モバP「財前時子の黄昏」 (47)

――――――――――――一ヶ月前、繁華街


時子「はぁ……」

http://i.imgur.com/pgIXgn0.jpg
財前時子(21)

時子「鬱陶しいわね……」

時子「日差しも暑苦しいけど、豚どもの姿が更に拍車をかけるわ」

時子「頼むから話しかけないで頂戴」


P「あっ、そこのあなた!」


時子「あぁ?」

時子(ほら、来たわ)

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P「ちょっといまお時間よろしいですか?」

時子「何よ?」

P「よかったらお話しませんか?」

時子「なんで?」

P「え? えと……」

時子「そもそも、あなた誰? 名前も名乗らず話を聞かせろとかふざけてるの?」

P「あ、あ……す、すいません。僕はこのようなもので……名刺をどうぞ」

時子「……芸能事務所……プロデューサー?」

P「そうです。あなたを見てティンときました。うちの事務所に所属してみませんか?」

時子「お断りよ」

P「えっ」


時子「どうせ、いかがわしいDVDの事務所とかでしょ? バカにするのも大概にしなさい」

P「ち、違います! ちゃんとしたアイドルの事務所です!」

時子「あのねぇ……ちゃんとした事務所なら入るには、書類審査やオーディションが必要でしょ?」

P「それは……大手だと、そうなりますが」

時子「じゃあ、ちゃんとしていないじゃない? 素人だと思ってバカにしないでほしいわね」

P「で、でも……僕は!」


時子「どうせ水商売や下品な仕事でしょ? 反吐が出るわ」

P「そんな事ありません!!」

時子「!」

P「あっ……すいません」

時子「な、なによ? 大声出せば怯むと思って?」

P「でも! 僕はあなたならできそうだと信じて……」

時子「みんなそう言うのよ、男は。それで情を惹きつけようとする……小賢しいわね」



がしっ


P「お願いです! 一度、事務所に来てみてください! あなたならやれます!!」

時子「さわら……ないでよっ!!」


ぴしいっ!!


P「あうちっ!!」

時子「!……」

P「いたたた……な、なんでムチなんか……」


時子「……」

P「あの……?」

時子「!!……ふ、ふんっ! 今日びの女が丸腰だと思ったら大間違いよ。バカな豚をしつけるために武器くらい持ってるわ」

P「えっ……」

時子「とにかく私の目の前から消えなさい。さもなくば、もう一撃があなたの顔面をとらえるわよ?」

P「ひ、ひいっ!」

時子「男って……本当に下衆な生き物ね」

P「あ……ま、待ってますから! 気になったらいつでも連絡してきてください!」

時子「さようなら」


――――――――――――一時間後


時子「まったく……久しぶりに街に出てきたと思えばロクなことないわね」

時子「こういう時は、さっさと帰るに限るわ」

時子「本当に……なんて男なの……」

時子「……でも」

時子「なんか……違う……あの男……」

時子「わからないけど……」

時子「どうしてこんなに気になるの……」


P『そんな事ありません!!』


時子「この私に……まっすぐ向かってきたから?」

時子「そんな馬鹿な……」

時子「世迷い言よ……どうやら暑さにやられてしまったみたいね……私らしくもない」

時子「チッ!……イライラする!」


チャラ男「へーい、おねえさんっ! ウチの店こない? おごるよ?」

時子「……」イラッ


ぴしっ!


チャラ男「いでえっ!」


どんっ


893「おう、姉ちゃん。ぶつかっといて無視たあ、どういうこっちゃ? 風呂屋に沈めるどワレ」

時子「……」イラッ


ぴしっ!


893「いたあいっ!」


ビラ配りのお兄さん「ただいま、カラオケ980円になってまーす」


ぴしっ!


ビラ配りのお兄さん「いったあ!」


飼育員「檻からライオンが逃げたぞ! 逃げろー!!」


ぴしっ!


飼育員「あいたあっ!」


ライオン「グワアアアオオオッ!!」


ぴしっ!


ライオン「きゃうんっ!」


時子「ダメね……余計にイライラするわ」

時子「……? 名刺?」


P『あ……ま、待ってますから! 気になったらいつでも連絡してきてください!』


時子「…………」


――――――――――――数日後、事務所


P「よーし、お前ら。朝礼するぞー」

夏樹「はいよー」

http://i.imgur.com/QZNBkYc.jpg
木村夏樹(18)

涼「ういーす」

http://i.imgur.com/NScf08n.jpg
松永涼(18)

拓海「おう」

http://i.imgur.com/Hg18j0k.jpg
向井拓海(18)


P「今日はな、最初に報告だ。この度、新しく所属することになったアイドルを紹介する。入ってくれ」


がちゃり


時子「……」


P「財前時子だ。みんな仲良くな」

涼「うーす」

拓海「なんか、目付きの悪いやつだな……」

夏樹「お前が言うか」

P「それじゃあ、時子。軽く一言を頼む」

時子「……一言?」

P「まあ、自己紹介みたいなものだ。これから仲間になるんだからな」

時子「…………」


時子「財前時子よ。以上」

涼「……」

夏樹「……」

拓海「……」

P「いや、あのな……」

時子「何よ?」

P「一言とは言ったけど、他に何か言うことはないか? 趣味とかそういうの」

時子「別に必要ないわ」

P「いや……しかし……時子」

時子「しつこいっ!!」


ぴしっ! ぴしっ!!


P「あうっ!! あうちっ!!」


涼「いきなりムチ攻撃かよ」

拓海「ブッ飛んでやがるな」

夏樹「感心してる場合かっ! 止めるぞ!!」 

涼「おっと、そうだ」


涼「おいおい、もうその辺でやめときなよ」

時子「何故止めるの?」

夏樹「さすがに目の前でぶっ叩かれたら、誰だって止めるだろ?」

時子「止めるようなことでもないでしょ?」

拓海「何言ってんだ、おめー? イカれてんのか?」

時子「よく見なさい。この男が嫌がってるようにみえる?」

P「……うぅ」

涼「えっ?……まさか……」

拓海「アンタ、その気があんのか? 変態だとは思ってたが、ここまでとはな」

P「ご、誤解だ!!」


夏樹「でも、体を傷つけるのはさすがにな……」

時子「あら? どうやらあなた達は本当に誤解しているみたいね?」

拓海「あ? どういう意味だよ?」

時子「そこのあなた」

涼「アタシ?」

時子「この男のシャツをはぐって背中見てみなさい」

涼「……Pサン、ちょっとごめんよ」

P「あ、こら!」

がばっ

涼「……え?」

拓海「嘘だろ……」

時子「おわかりいただけたかしら?」


夏樹「……跡がない?」

涼「なんで? あんだけぶっ叩かれてたのに?」

時子「力の入れ方からムチのしなり、体への入射角、手首のスナップ。その時の気温や湿度も加味した上で、最も音が響く叩き方をしているわ」

時子「つまり、体のダメージが残らず音が最も響く叩き方をしているのよ。そこいらの偽物とは一緒にしないでほしいわね」

拓海「よくわかんねえが、すげえ……」

夏樹「すごいのか……?」

時子「どう? これでも止める?」

涼「まあ、痛いわけじゃないならな……」

P「いや、結構痛いぞ!!」

拓海「世話かけやがって。おい、レッスン行こうぜ」

夏樹「そうだな」

涼「そんじゃーなー」

P「おいおい! お前ら……」


がちゃり


P「……」

時子「フフフ……さあ、これで心置きなくご褒美をもらえるわね?」

P「い、いや! ちょっと待て時子!」

時子「さっきから時子時子って呼び捨てにして……なんなのアナタ?」

P「そ、そりゃあ……お前年下だし……」

時子「と・き・こ・さ・ま・でしょ? 立場をわきまえなさい、豚」

P「で、でも……」


時子「口ごたえしない!」

P「ひいぃっ!」


ぴきっ  ぱきーん


時子「!!!」

P「あ」


時子「私の……ムチが……」

P「……真っ二つだな」

時子「そんな……」


時子「…………あぁ」


――――――――――――数日後、事務室


時子「………………」ズーン


涼「……」

夏樹「……」

拓海「……」

時子「………………」ズーン

拓海「だああああっ!!」

涼「わっ、びっくりした」

拓海「なんなんだよ! 朝から辛気臭え雰囲気出しやがって!!」

時子「…………」

拓海「ムチの一本ぐらいで膝抱えて落ち込んでんじゃねえよ!!」

夏樹「おい、拓海。言い過ぎだぞ」


時子「…………あなた」

拓海「あン?」

時子「あなた……バイク乗ってるんですってね?」

拓海「それがどうしたんだよ?」

時子「……思い入れはないの?」

拓海「あるに決まってんだろ。相棒だぜ」

時子「……その相棒が動かなくなったら?」

拓海「え? そ、そりゃあ……」

時子「廃車にできる? 割りきって他のバイクを買い直せる?」

拓海「う…………できねえ」


夏樹「でも、このままふさぎこんでても、何にもなんねえっしょ?」

時子「…………」

涼「えっと……あった。これでどう? 代わりになんない?」

時子「……ハエたたき?」


ひゅん ひゅん


時子「……ダメね」ポイ

涼「やっぱダメか」

時子「叩ければいいというものではないわ。それにこれはハエ専用。人を叩くには失礼よ」

夏樹「豚呼ばわりはいいのか……」


拓海「しゃあねえ。あたしがとっておきを貸してやるよ」

時子「……なにこれ?」

拓海「特殊警棒ってやつだ。これがありゃ、ガタイのでけえ野郎にも負けねえよ」

時子「……いらない」ポイ

拓海「なにすんだよっ! 何が気に入らねえってんだ!」

時子「私にはムチが必要なの。豚を躾る道具が必要で、喧嘩をする道具じゃないのよ」

拓海「めんどくせえな」


涼「Pサンならなんとかしてくれると思うんだけど……」

時子「別に期待なんかしてないわ。ただの豚なんかに」

夏樹「ああ、Pさんなら……」


ばぁん!


P「はぁ、はぁ……時子! 時子はいるか?」

涼「お? 噂をすれば……」

時子「何よ…………」

P「見つけてきたんだ! お前に合うムチを!」

時子「は? バカにしてるの? そんなに簡単に見つかるわけ無いでしょ?」


P「いいから! これ!」


ガサガサ


時子「……これは」

P「とりあえず振ってみろ」


ひゅんっ


時子「!!!……うそ……」

P「どうだ?」



ひゅんっ ひゅんっ


時子「手に吸い付くように馴染むグリップ……空気を切り裂くようなしなり具合……これは……」

時子「こんなの初めてだわ……どうしてこんなものが?」

P「まあ、いいじゃないか。どうだ? 気に入ったか?」

時子「ま、……まあまあね。これだけでは判断できないわ」

P「だと思ったよ……ほら」


時子「なによ?……背中向けて」

P「打ってみないとわからないだろ?……試しに打ってみろ」

時子「……ふん、豚にしてはいい心がけね。わかってるじゃない」


ひゅんっ

ぴしいっ!


P「いぎゃおうっ!!」

時子「!!!」

時子(これは……)


P「ど、どうだ……?」

時子「ふ、ふん……まあまあね」

P「へへ……それはよかった。イテテ」

時子「貰ってあげてもよくてよ。感謝なさい」

P「それはどうも」

時子「フン」


拓海「結局、なんだったんだ?」

涼「まあ、いいじゃん。これで一件落着ってことでしょ?」

拓海「バカバカしい……いこうぜ」

涼「だな。変態の思考はよくわかんねーや」


夏樹「……」


――――――――――――廊下


時子「意外に使えるじゃない、あの豚……」

時子「でも……」

時子「正直、ムチよりも……あの男を打っている時のほうが、いい気持ちがした」

時子「私が理想とする豚なのかもしれないわね……」

時子「……まさか」


時子「あ、携帯……事務室に忘れたのかしら?」

時子「……ぼんやりしてるわね、私」


時子「早く携帯持って帰るか……疲れてるみたいね」


???「Pさんも大変だな」


時子(事務室の中から声がする……確か、木村夏樹とか言ったかしら?)


――――――――――――事務室


P「ん? 何がだ?」

夏樹「何がだ、じゃないよ。アンタ、今日休みだったんだろ?」

P「まあな」

夏樹「二ヶ月ぶりの休みだって言ってたのにさ」

P「大したことないよ」

夏樹「でも、あのムチ、既成品じゃないだろ? 一体どうしたんだ?」

P「以前、ロケに言った時に、信州の山奥に伝説のムチをつくる職人がいたってのを思い出してな」


夏樹「信州まで行ってきたのかよ?! でも、そんな簡単に作ってくれるのか?」

P「いや、なかなか頑固な人でな。ひたすら土下座してなんとか作ってくれたんだ」

夏樹「そこまでするかねえ、フツー?」

P「俺の役目は皆がアイドルとして輝く手助けをすることだからな」

P「これで時子が自分を出せるなら休みなんて安いもんさ」

夏樹「……お人好しだねえ」

P「ははは、よく言われるよ」



時子(…………)


――――――――――――翌日、事務所


P「よし、時子。今日は営業に行くぞ、ついてこい」


ぴしぃっ!


P「おほぉっ!!」

時子「……生意気に先導するんじゃないわよ。しかも、また呼び捨てだし」

P「ご、ごめんなさい……」

時子「まったく、ぶt……」

P「ん?」

時子「なんでもないわ。行くわよ」

P「ああ、行こうか」


時子「………プロデューサー」

P「ん?」


時子「……………………………ありがと」 ボソッ


P「え? え?」

時子「……」

P「今なんて言ったの?」

時子「な、なんでもないわ! 早く行くわよ!」


P「でも、顔真っ赤だぞ? もしかして、お前……」

時子「…………」


P「熱でもあるのか?」


時子「!!!」

時子「……この……この………豚ッ!!」


ぴしいっ ぴしいっ ぴしいっ


P「あひいいいい!」





おわり

※これで終わりです。
皆さんの知ってる時子様とは違い、コレジャナイ感があるかと思います。申し訳ないです。
ちなみに、信州の山奥に伝説のムチ職人などいませんのであしからず。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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