千早「生き死にさえパラレル」 (47)
[如月千早のプロデューサーの日記]
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――月――日
日記はどうも苦手で、今まで何度も書き始めて三日か長くて一週間でやめてしまったものだが、また書き始める事にする。
自分で書いて、自分で読み返すくらいだろうし――解決するまで長くなりそうだ。
簡潔に書くつもりだ。
ようやく仕事も軌道に乗り始めた。千早には歌の仕事もちょくちょく入り始めて、
良い調子だと思っていたのだが、ここ二、三日元気がないようだった。
なんとなく気になって訊いてみると千早は「ユウが……」と言いかけて止めた。
長いこと二人でやってきて、信頼関係が築けていたと思ったのだが、まだまだ千早は閉ざしている部分があるらしい。
――月――日
スタジオからの帰りにそれとなく昨日のことを訊いてみた。
少しの間渋っていたが、『優くん』について話してくれた。
何でも幼い頃に交通事故で亡くなったらしく、ずっと引っかかったままでいるらしい。
話してくれたことが嬉しくて、つい「ありがとう」と言うと千早は悲しそうな顔をした。
そして、何か言いかけていたらしいのに、口を噤んでしまった。失敗だ。
明日からもっと気を付けようと思う。
――月――日
今日の千早はいつもより変なカンジだった。
話しかけても上の空で(いつもか?)、珍しく歌のレッスンにも力が入っていないようだった。
何かあったのか訊くと、何とも歯切れの悪い返事を返すだけで他には何も話してくれなかった。
――月――日
千早が話しかけてきた。って、まあ珍しい事でもなかったんだけど、
ここ最近は俺が話してばっかりだったから何か新鮮だった。
何を話すかと思いきや、生きるってなんでしょう、それは必ずしも幸せなんでしょうかとか、
死んだ方が幸せな場合もありますよねとか……。
何とも重たい話題で、コーヒーで真っ黒い俺の胃をじりじりと焼こうとしているのかと思うくらいだ。
千早はどう思う、と訊くと物凄く難しそうな顔をしていた。
俺は普段あんまり生き死にについて考えこまない性質であるし、
どうしても俺に訊きたいなら少し時間をくれ、と正直に言うと、
千早は分かりましたと物わかりのよいところを見せてくれた。
まさか自殺しようとしてるんじゃあるまいな。
――月――日
相変わらず千早は悩んでいるらしい。
俺も仕事の合間に生きることと死ぬことについて考えてみたが、
千早の欲しがるであろう答えに辿り付けない。
今日は千早も俺もだんまりだった。
小鳥さんや律子は、千早はともかくとして俺がずっと黙ってるのが気味悪いらしく、
具合が悪いんですかとかなんとか心配してきた。
律子に生きることってなんだと訊くと、この歳になって哲学ですか、と少し呆れたように訊き返された。
――月――日
車に乗ってる時、千早が何にも言わないのをいいことに、俺は気兼ねせずカーステでロック音楽を聴いてた。
二曲目くらいが終わると千早が話しかけてきたので、ボリュームを絞った。
優くんの話だった。
重っ苦しい話なのに、千早はどこかシステマティックというか……何かの確認作業のように話していた。
俺が優くんは五歳のときに亡くなったんだな、と訊くと、千早はええ、五歳のときに亡くなりましたと言った。
何だか怖かった。
――月――日
本来なら喜ばしい事なんだけれども、千早が話したいことがあると俺のところへ来た。
この間のこともあって何だか気が進まなかったけど、聞くことにした。
外へ行くのも面倒だし、かと言って事務所には他の人もいるから話しづらいだろうと思って、屋上へ二人で行った。
千早はしばらく黙ったままでいたけど、やがて[渋々と(二重線)]考えあぐねた後ポツポツと話し始めた。
私、弟を殺したんです。と言うので、事故に巻き込まれたのを助けなかったことを言ってるのかと思ったらどうやら違うらしい。
千早は本当にその手で優くんを殺したらしい。
しかも、二年前に!
どういうことだろう、俺には飲み込めない。
きっと疲れているんだろうと思って、話が終わった後、下の自販機にココアを二本買ってきた。
千早の分と俺の分を買ってきたつもりだったのだが、
律子がふざけてありがとうございまーすと俺の分をひょいと手から取ったので、また自分の分を買いに行かなきゃならなかった。
結局、事務所にいた全員分を買う羽目になった。律子の奴……。
でも、今考えるとアレで重苦しくなった気分が少し軽くなっていた気がした。
一応感謝しておこう。しかし気分だけでなく財布も軽く……律子の奴。
――月――日
今日は雨だった。
千早はいつにもまして気分が沈んでいた。
どんよりとした空気の中で一段と濃いどんよりとした空気を纏っていた。
まだ、優くんのことを考えていたのだろう。
俺もなんとなく気が重くって、溜め息ばかりついていた。
律子が今日はココアは買ってくださらないんですか、と言うので、
お前が買ってこいよ、と言うと、無言で掌を突きだしてきた。
ココア七本と領収書に書いてその手に渡すと、経費じゃ落ちませんよ、と律子は笑った。
律子と談笑していても、千早の沈んだ表情を見るとまた俺は気持ちが落ち込んでしまった。
少しして律子が俺に缶のお汁粉を買ってきてくれた。
嬉しかったが、この季節にお汁粉って……律子、お前。
――月――日
今日も千早に特に変わった様子はなかった。
と思ったのだがテレビの、新興宗教団体の教祖が自殺したとかいうニュースを見てすごく驚いていた。
だが、訊いてみても、どこか上の空でほとんど返事らしいものをしなかった。
少しすると具合が悪いので早退します、と千早は言った。
確かに、顔は真っ青だし、元より健康そうな奴でもないし、本当に具合が悪いんだと思って帰した。
レッスンがなくなって、俺も暇になった。
暇だー、とあくびと伸びをすると律子にそれを見つかって、書類仕事を手伝わされた。
お前の仕事だろ、と言うと、私の仕事じゃないです、会社の仕事です、そしてあなたは会社員です、とまくしたてられた。
しかし律子の仕事の早いこと早いこと。
俺がやった量の倍くらいやってた。怖かった。
仕事が終わると、手伝ってくれてありがとうございます、とまたお汁粉を買ってくれた。
あんまり好きじゃないんだけど、やっぱり嬉しかった。
――月――日
今日は千早が休んだ。
電話してみたが本当に具合が悪そうな声だった。
昨日のことがあったので、今日はあくびも伸びもしなかった。
でも、小鳥さんと律子が忙しそうにしているのを見ると何となく居心地が悪くて、結局自分から手伝いを申し出た。
今日もお汁粉が良いですか、と律子が訊くので、いや、もういいよ、と俺は自分の胸を擦った。
――月――日
千早が事務所に来た、っても大したことじゃないんだけど……。
何から書けばいいだろう。千早に許可を取って、音声に録ったが……まるで刑事ドラマみたいだ。
とにかく、千早が来て……休んだ理由を尋ねた。
そしたら、話したいことがあると言うので、また俺たちは屋上へ行って(今日は晴れていた。良かった)、
長い話になるからと屋上ではなく……結局車の中で話した。
話の内容は驚いた。今、また聴きなおそうと思うんだが……。
文字に起こして、[この奇妙な話を誰かに(二重線)]いや、俺だけが持つべきだろうか……。
ともかく、音声は何処にもやってはいけないということだけは分かる。
[何せ、アイドル如月千早……いや、千早自身が(二重線)]もうよそう。
俺はこれからICレコーダーの電源を入れて、その内容を簡潔に書いて起こすのだ。
今はそれで十分だ。
今、レコーダーの電源を入れた。
……そうだ、この時ラジオを点けていて、サティが流れていたな。
世紀毎の時間と瞬間的な時間?
聞いたことのないタイトルだと思っていたが、千早の話の方がずっと興味深かった。
[ICレコーダーに記録された音声]
ザー ザザッ…
プロデューサー、大丈夫ですか。準備……私に負けず、機械音痴なんですから。
……そうですか。
……世紀毎の時間と瞬間的な時間? いえ、知りません。
エリック・サティはほら……ジムノペディですよね。私、それは好きですけど。
はあ……一体、どこから話せばいいのか。
ええ、すみません。じゃあ、ずっと最初の方から。
ユウのことなんです。ええ、弟……優のことでずっと……。そうなんです。
優は五歳くらい……四歳だったかな、ともかく、小学校入る前に死んじゃって。
ええ、その……私が優を殺したのは二年前です。忘れもしません……それについては、ええ、話しますよ。
今はまだ……えーと、どこまで話しましたっけ。
ああ、全然話してませんね。
優が死んじゃって……それで、何年くらいしたんだろう。
私が中学二年に上がったくらいでしたか、お母さんが変な宗教にハマっちゃって。
ええ、ほら、この間……自殺した、とかって……アレです。
……はい。
それで、お母さん、高いお金払って何だかよく分からない置物買ってきたんです。
……人形だったかな。
人型で、口が開いてて……でもやっぱり空ろで……なんか気持ち悪かったです。
ね、それで、お母さん、その人形を抱いて、優の名前を呼ぶんです。
……気持ち悪いですよね。私も、すごく嫌でした。
お父さんも気味悪がって、……それが原因だったんでしょうね。
離婚した後もお母さんはその人形をずっと抱いてて、本当に気味が悪くて……。
いっそ、壊そうかとも考えたんですけど……近付くのも嫌でしたし。
お母さんはすっかり入れ込んでて……それを失ったら本当に気が狂っちゃうんじゃないかと思って、それも怖くて。
……でも、あの時点ですでにお母さんは狂っていたんですかね。
さすがに家の外までは持って行ってなかったみたいで、お母さんが出掛ける時は、
用意されてた専用の椅子に座っていたんです。
それで、私が学校から帰ってきたある日……お母さんは出かけていて……。
いつもの様にただいまって言ったんです。
癖ですよ。いつもの癖。誰も居なくっても、ついつい……まあ、それは構いませんが。
ただいまって言ったら……その人形がおかえりって言ったんです。
……いえ、優がおかえりって。
ザザザ ザッ ザー…
……プロデューサー、平気ですか?
………………
ええ、いや……私、本当に腰ぬかしちゃって。
だって……あの……今考えたって狂ってます……あの、私怖かったんですけど、その時信じたんです。
お母さんのこと。
だって、本当に優だったんだ。って、そのおかえりの一言で信じちゃったんです。
優? って私が訊くと、優はお姉ちゃん? って訊くんです。
怖かったし、不気味だったけど……何となく受容し始めていて。
それからはお母さんと一緒の家って、嫌だったんですけど……。
何となく、その人形……。
まあ、それからの話……ですよね。
特に変わりないんです。
ただ、その人形、おかしかったんですよ。
……いや、始めからおかしい点ばかりですけど。
本当に優だって思ったとは言いましたけど、なんだか変なんです。
あの……詳しくは訊けなかったんですけど。勇気がなくて……。
その人形には死んだ優の魂の一部を憑依させてあるとかなんとか……。
まあ、そういうインチキっぽいオカルトでも、お母さんは……それはさておき。
そう考えると変なんですよ。いや、元から変ですけど。
……優は五歳くらいで死んじゃったんですよ。
その、人形の優と話しているうちに何だか妙な……。
私、色々話したんです。……おかしいですか?
今も話せるなら話したい……変ですよね。あんなインチキ……なのに。
……プロデューサー、多世界解釈って知ってます?
…………
所謂、パラレルワールドですよね。私も詳しくは知らないんですけど……。
いえ……その、優じゃないんですよ。その人形。
ごめんなさい、無茶苦茶なこと言ってますよね。
その、死んだ優じゃないんです。私の世界に居た優じゃないんです。
……その、色々話しかけて、訊いたんです。
――優は十一歳でした。
その……私が考えただけなんですけど、憑依した魂……仮に魂とするなら。
その人形に宿った魂は、この世界の死んだ優じゃなくて、
別の世界の生きている優の魂だったんじゃないかって……。
……その優は生きていました。確かに。
生きているのに魂や意識をこっちの世界まで持ってこれると思いますか?
……優が死んでいる私の世界に近い世界に、
生きている優が居ることがすでに奇跡だと思いませんか?
でも、宿った魂は確かに生きている優でした。
私はずっと話して……それで、やっと分かったんです。
優は半分死んでたから、こっちに呼べたんです。
………………
半分死んでる、っていうのはつまり、植物状態、とでも言うんでしょうか。
事故にあった、そして、死ななかった……でも、意識が戻らない。
そういう世界の優の魂、意識を無理やりに私の世界と交信させた。
……そう考えると、ええ、何となく、……筋は通るじゃないですか。
優は寝たきりらしかったです。
向こうの世界の私と話してる気分だったんでしょうか……、
外の様子とか……色々……訊いて来たり。
正直言って、楽しかった……例え、こっちの優じゃなくても、優は優だから。
それで、いつだか言ったんです。優が……。
――死にたい。
…………そう言ったんです。
人形がブルブル震えたようでした。
……私、パニックになっちゃって。
優、優、優――!
震える人形をぎゅっと抱いて、……ああ、なんでだか、私泣いたんです。
涙が止まりませんでした。
だって……優は生きているんですよ?
こっちじゃ死んじゃってて、向こうじゃ生きてる。
…………意識不明のまま、何年も寝たきりであっても、私は生きているのが嬉しかったのに。
……優。どうして死にたいの。
優は答えませんでした。
でも、私にだってその理由は分かります。
…………それから、何日か経って、話していると、また優がブルブルと震え始めたんです。
怖かった。この震えは……優の魂が、きっと生きる怖さに震えているんだって。
……怖かったです。
また、ずっと人形をぎゅっと抱いて、震えが治まるよう待っていました。
…………それで、その時は震えが治まったと……思うんです。思ったんです。
良かった、って顔を上げたら私は病室に居ました。
……嘘だと思いますか?
でも、魂や意識を人形に閉じ込めるイカサマ師が居るんですよ?
…………私は病室に居たんです。でも、変な違和感がありました。
きっと、私の居る世界じゃ……私の居てはいけない世界だから、
どこか世界全てが拒絶するような表情をしていました。
病室は白くて……もう、あんまり思いだせないんですけど、ベッドには優が寝ていました。
……あっちこっちに管がつなげられてて、本当に悲しかった。
優が死んだのを悲しんでいる私やお母さんやお父さんが、馬鹿に見えるくらい悲しかったです。
自分じゃ、ごはんを食べられないし、トイレだってできない……ただ生かされてるって……本当に悲しい。
ただ、青白くて半分死んでる優は、間違いなく優だって分かりました。
それだけが私、本当に嬉しかった。
でも、それよりも私、その時すごく怖かった。
ここに長居はできないと思ったんです。
…………だって、私の居てはいけない世界に、居るんです。
馴染んでしまったら……何が起きるのか……。
どうやったら、帰れるか……私の目には寝ている優が居ました。
ああ、きっと優の魂が私を連れてきたんです。
カルトのイカサマ師が、優の魂を私の前に出したように。
…………あんまり、よく覚えていないような気がします。
でも、くっきりと鮮やかに思い出せるような気もするんです。
――私は優を殺しました。
………………
……どうやって殺したかは、訊かないでください。
優が……死んでから、優の身体を潜って……? 私は帰ってきました。こっちに。
人形はもう、何も言わなくなってました。
私はそうやって、二年前、優を殺しました。
…………お母さんはすごくショックを受けたみたいでした。
でも、私も一緒になって、悲しんでいたし……心から慰めると、何とか持ち直したみたいで。
……とても言えませんでした。私が……それこそ優の息の根を止めたって。
ふふ……
ザザッ
ピー ザッ
……………………
それから、お母さんはまともに……って言うと変ですか。
とにかく、人形は処分しようということになったんです。
……でも、私、捨てるふりして、自分のものにしたんです。
なんでだか…………予感があったんですかね。
それで……高校上がる頃……は、アイドルになったんでしたね。
お母さんは人形がなくなってから、また、めそめそって戻り始めて……。
私は私で、また、嫌になって……一人暮らしを始めました。
…………それで、今まで、何もなかったらそれでよかったんでしょうが。
この間、人形が……優が喋ったんですよ。
でも、以前とは様子が違っていました。
ラジオのノイズみたいなのが混じった声で……。
ザ――ザザッ――ザ――
私に言うんです。弱弱しく、でもまくしたてるように……。
ザザザ―――ザッ…ザッ……ザ―――――――――
殺して――お姉ちゃん……殺して――。
そう言うんです。
………………ずっと。
怖かった。
…………この間、ニュースでやってましたよね。
カルト教団、教祖、自殺って。
……あれから、音は止んだんです。
……………………
…………優の魂は。
今も私の知らない世界で……苦しみ続けてるんじゃないか……って思うんですけど。
ザァ――――――――
す、すみません。
ザザザザザ……ザッ
もう平気です……。
…………今まですみませんでした。
私……。
……………………。
ザァァアアア――――――――
私――――ザアッ……――――
ピッ
…
[如月千早のプロデューサーのメモ]
……………………
以上が、千早の語った内容だった。
……俺に何ができるだろう。結局、解決の糸口を見いだせていない。
何がいけなかった? ……なんて、考えても仕方がない。
千早も、今は何が何だか分からずに、ただ混乱しているんだろう。
…………この考えに囚われたままでは、千早は自殺するかもしれない。
千早は精神的にタフとは言い難い。
少ししたら何処か、気分転換に連れて行ってやろうか。
さっきメールを寄こしたのだが、まだ返信が来ない。
……千早のことだ、きっと文章を打つのに手間取っているのだろう。
それとも、気付いていないのかもしれない。
しかし、温泉はちょっとストレートすぎるかもしれないな……そうだ、律子も一緒に誘ったらいいかもしれない。
でも、そうなると全員を……また、俺の奢りになるかも……。
どうにか上手い方法を考えないと。
…………まだ、千早から返信は来ない。
以上、終了。
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