これは、妹の心を取り戻すために奮闘する、とある兄妹の家族物語である。
ーーー【兄の部屋】ーーー
夜22:17
兄が、机の周りを整理している最中に見つけた、アルバムのある一点を見つめている。
そこには、妹がハツラツとした笑顔でダンスを踊っている写真がある。
兄は妹の笑顔の部分に目をとめている。
兄(俺は妹の兄だ。だが、兄とは呼べないような男だ。)
兄(妹の世話を焼いたりだの、誕生日プレゼントを買ってやったりだのしたことはなく、妹の生活に・・・いや、妹という存在自体に関心すら抱かなかった。)
兄(というのも、俺が小学生の時の恋愛のショックを引きずり、中学時代から突然内気になり、周りの人間との会話を断ち、自分の部屋という名の孤島に閉じこもっていたからだ。)
兄(あいつがn・h・kのテレビ番組『天才テレビくん』の倍率の高い全国ダンスオーディションに受かり、1年間のダンス出演契約を獲得したからといっても、それが変わることはなく)
兄(パソコンを操り、『メイポルストーリー』や『テイルズウィーパー』などのオンラインゲームを楽しんでいた。中学の時の俺は、ネット上の友達とのコミュニケーションでしか、毎日を楽しく過ごすことができなかった。)
兄(平日は学校から超特急で帰り、夕飯やトイレの時以外はずっと自分の部屋に入り浸っていた。家族と顔を合わせられる貴重な食事の時間でさえ、食器をお盆に移し、独り楽しげに2階の自分の部屋に持っていっては、ネットの世界にいそしんだ。)
兄(そんな俺が、妹の何を知っているというのだろうか?俺には兄の資格などない。知っていることと言えば、せいぜい時たま廊下に干しぶら下がっているブラジャーの色が、誰に見せるでもないのにド派手なことくらいだ。)
兄(でも、そんな俺でも、妹に関心を寄せざるを得ない出来事が起きた。)
兄(そうでなければ、今、俺はこのアルバムの中にある、中学の頃の妹の輝かしいダンシング姿を眺めていることはなかっただろう。)
兄(あの頃の妹は、俺とは相対的に活発で、日々ダンスに明け暮れていた。それこそ朝昼晩食事排泄以外は不休で踊ったり、何かのダンスのdvdを見ていた。)
兄(友達もたくさんいて、よくダンス仲間や元気な同級生が家を訪れ、2ヶ月に1回ぐらいの周期でお泊まりにも来ていた。)
兄(夜、眠る時、隣の妹の部屋から聞こえてくる女子中学生たちの声に、興奮して眠れなかったあの日々が懐かしい。)
兄「・・・」
兄(p.s. ちなみに俺は童貞だ。)
兄(話を元に戻すが、俺が妹に関心を抱いたのは・・・いや、抱かざるを得なくなったのは、妹が高校1年の夏休みぐらいの時で、俺が高校3年の時からだ。)
兄(妹が学校に行かなくなった。)
兄(単にこの事実だけに注意がいった。いつから行かなくなったのか、なぜ行かなくなったのか。今となっては全く思い出せない・・・いや、最初からそんなことは分からなかった。妹が大変な事態に陥ったというのに、答えは全て霧の中だ。)
兄(しかしそれも仕方が無いことだろう。妹が例え学校に行きたくないから家にこもっていたとしても、『どうせすぐに元気になるだろう』『なんとかなるだろう』と思っていた。)
兄(妹は俺とは違う。俺のように周りとのコミュニケーションの一切を断ち、やることもないのに家に引きこもれるような異常な忍耐力があるわけがない。それに、親もいるんだし、きっと妹がどう足掻いても、いずれは学校に強制送還されるだろう。)
兄(そんなことを無責任に考えていた。)
兄(しかし現実とは時に予想を逸する。俺の甘く無責任な考えは、不思議と全て的を得なかった。)
兄(妹から、このアルバムの中で見せているような元気な表情は消え、転校に転校が相次いだ。今思えば両親としては苦渋の決断だったのだろうが、普通の通学ではなく、自宅にプリントが届く通信制に変更した。)
兄(子供に教育方針を持たない両親としては、妹のワガママを聞く他なかった。自宅への引きこもりの理由等、一切を聞き出すことができず、理解できなかった両親にとっては、何が娘の将来ために1番いいのかも分からなかった。)
兄(そんな分からなさ加減が、混乱と悪循環を生み出した。)
兄(状況は目まぐるしく変わり、その度に事態は悪化の一途をたどり、とうとう妹を本物の引きこもりにさせてしまった。)
兄(今、思い返しただけでも、『"あの時"こうしていれば・・・"あの時"もっと妹とコミュニケーションをとっていれば・・・。』といった後悔の念が絶たない。)
兄(しかし果たして俺の思うようにコミュニケーションをとったとして、何が好転したというのだろう?結局俺には何も出来なかっただろうし、実際何もできなかったじゃないか。)
兄(そんなナヨナヨした考えや結果が、そしてアルバムにうつったあの頃の妹の輝かしい表情が、、俺を一層深い闇の中へといざなった。)
兄(だがしかし!!!!)
兄「」キリッ
兄(俺は妹のことが好きだ!!)
兄「」キリリッ☆
兄(愛している!!)
兄「」ドヤァ!!
兄(ちゅきでちゅきでたまらにゃいんだぁぁぁああああ!!!!)
《訳:好きで好きでたまらないんだ~(心の叫び)》
兄(べっ、べつに中学の時から引きこもって妹に関心を抱いていなかったからといって、嫌いになったわけじゃないんだからねっ!)
兄(小学生の頃はよく一緒に冒険ごっことかしていたし、仮面ライダーの変身ポーズも教えたりしていた。)
兄(今考えれば妹がスカートをやめ、ズボンに移行してしまったのも、半分以上は俺の影響だったのだろう。)
兄(・・・実に惜しい。スカート姿見たいマジで・・・!!)
兄(というわけで、今では『お兄ちゃんキモい』と言ってきたり、『人が怖くてお家の外に出れない病』にかかってしまった妹に、大いなる愛・・・いや、関心を抱いている)
兄(妹が家に引きこもり始めたのが高校1年の夏。あれから丁度2年が経ち、今では妹は高校3年生{学校には行っていないが}。俺は高校を卒業し、社会人2年目の19歳{早生まれ}だ。)
兄(と、ついつい机を整理している最中に余計なアルバムを発見し、マジで長々と回想に浸ってしまったが、そろそろ・・・)
ピカチュヴの時計《22:57》
兄「晩飯の時間だ。」
兄(丁度お母さんが晩飯の支度を終える頃だ。うちのママンはこれに遅刻するとスネるからな。さ、行こう。)
ーーー【リビング】ーーー
23:00
食卓に兄と母がいる。
机には母が兄のために作った料理がある。
ミートボールと野菜が盛られた皿、玄米入りご飯、ホワイトシチュー、麦茶が並んでいる。
兄「いっただっきま~っす♪」
母「はいね」
兄「いや~今日の仕事なかなかキツかったよ~(このミートボールがうまいんだよね~)」パクパク
母「・・・ねえ兄。」
兄「ん?どした?」モグモグ
母「・・・いや、何でもないわ」ハァ
兄「(なんじゃそれ!?)」モグッモグッ
兄の家で飼っている猫のポミュウが、兄の後ろのドアの方から現れる
ポミュウ「ニャ~」
兄「おっ!ポミュウただいま~」ナデナデ
ポミュウ「」ゴロゴロ
兄「(んっ?なんか変だぞ・・・)」
兄「(・・・アレ?ポミュウが廊下からリビングに入ってきたのにドアが空いてない・・・)」
兄「(空いてない・・・?)」
ポミュウ「」スタスタ・・・シュッ!
兄「(『シュッ』!?消えたっ!?・・・って)」
兄「ドアに穴空いてるじゃねーか!!」
母「やっと気付いたの?」ハァ
兄「え!?やっとって・・・えっ!?なにこれ!?どゆこと!!?」
兄「」ハッ!
兄「(まさか・・・!!)」
兄「ポミュウが頭突きで開けたのか!!!」
ドアのガラス部分には、丁度ポミュウが通り抜けられるくらいの穴が空いており、切断面はガムテープで覆われている
母「違うわよ!!んなわけないでしょ!」
兄「だよな~。じゃあ、誰が?」
母「・・・妹よ。」
兄「えっ?なにやってんのアイツ!?」
母「廊下でバアバを見て、イラッっとしてドアを蹴ったら、たまたまガラス張りのところに当たっちゃったらしいのよ。」
兄「あ~なるほど。」
兄「(俺の家には現在、バアバ・父・母・オレ・妹・ポミュウ(猫)・シャンプー(犬)・チャチャ(柴犬)の計5人と3匹が暮らしている)」
母「きっとまたバアバがイラッっとすること言ったのよ」
兄「(うちのバアバは嫌われ者だ。俺が中学に上がるぐらいの時に祖父と共に引っ越してきたのだが、まさかの嫁姑(よめしゅうとめ)問題が勃発していたらしく、父がそれを止めることができなかったため、現在まで問題が肥大化してきている)」
兄「(さらにバアバは心配症で、あれよこれよと不安になってはその陰鬱な種をバラまいている。『私いまから出かけるでね』『家に妹しかいなくなっちゃうから、ちゃんと鍵しめてよ!』『妹が家にこのまま引きこもってちゃあ、病気になっちゃうやあ』など様々だ)」
兄「(言わなくても分かるようなことを、何度となく不安げに繰り返す。だが、その必要はない。なぜならーーー)」
母「後から引っ越してきたくせに、色んな問題持ってくるんだから・・・」
兄「(その不安症と、しつこさのせいで父までもがバアバをうっとおしく扱うようになり、嫁姑問題は更に進行し、もはや互いに姿を見るだけでもイラッっとくるという状態だ)」
母「そうよ。きっとバアバのせいだわ。だってバアバが動いている音を聞くだけでもイラッとするんだから。」
兄「(訂正しよう。どうやら気配を感じるとイラッっとするところまで、問題は深刻化してしまっているようだ)」
兄「でもあんまりバアバの悪口言わないでよ?妹も余計に勢いづいちゃうから。」
母「私だって言いたくて言ってるわけじゃないのよ?でも仕方ないじゃないの。バアバがイラッっとさせるんだから」
兄「分かったよ(ん~堂々巡りか・・・。)」
兄「(俺とて両親の問題をとやかく言うつもりはないが、その怒りの影響は自分の子供たちにまで及ぶということを、親は知らない)」
兄「(バアバ達が引っ越してきた当時は、俺も妹も両親が持つ敵対心に感化され、理由もないのにバアバたちを毛嫌いしてしまっていた。)」
兄「(祖父が死んでしまった今となっては、後悔の念が絶たない。妹は親の影響でまだバアバのことを毛嫌いしているが、俺は祖父とバアバを意味もなく虐げた罪悪感から我に返り、今では普通に世間話するところまで回復した)」
兄「(だが、だからと言って祖父に対する罪が消えたわけではない。)」
兄「(俺たち家族が、家族であるはずの祖父とバアバを粗末に扱ってしまったという事実は、決して拭えるものではない。)」
母「この間バアバがまた勝手にリビングの絨毯(じゅうたん)を変えちゃって、大変だったんだから。」
兄「そーなんだ(俺はきっと・・・)」
兄「(きっと変えてみせる・・・!!この腐った状態を。)」
兄「(家族は家族として扱われるべきだ。そうでなければ何が家族だというのだ。)」
兄「(親がいなければ子が生まれることもない。母にとってはたとえ憎たらしい姑だったとしても、夫を生んでくれ育ててくれ自分と出会わせてくれた恩を、仇で返していいはずがない)」
兄「(いや、そうあってはいけないんだ・・・!)」
母「それで妹がね、ドア蹴っちゃって6針も縫う手術をしたのよ!」
兄「ろ、六針!!?」
兄「・・・ってどのくらい?」
母「そんなことも分からないの!?」
兄「うん。」
母「えっと・・・あの・・・あれよ・・・」
兄「うん」
母「こんくらい・・・血がドバァーっと出るくらいだったのよ!!」
兄「へえ~。すごい痛かっただろうなあ。」
母「だから今は包帯巻いてるけど、あんまり動けないから気にかけてやってね。」
兄「分かった。」
このSSまとめへのコメント
肝心な妹が登場しないって釣りじゃねえか