兄「人間が一番怖いってフレーズ聞きあきた」(48)

妹「そうなの?」

兄「怪談とかの話になるとすぐしたり顔で言うんだよアイツら」

妹「そういう台詞嫌い?」

兄「お兄ちゃんはお化けに夢を持ってるからね、嫌いだね」

妹「じゃあ私も嫌い」コトッ

兄「お、今日はオムライスか」

妹「うん。いっぱい食べて」

兄「旨そうだな。いただきまーす」

妹「えへへ」

兄「あれ。なんかこのケチャップ水っぽいぜ」

妹「愛がつまった特製ケチャップだから」

兄「お前手首の包帯どうした、怪我したのか?」

妹「心配しないで、妹大丈夫だよ」

兄「そっか」モグモグ

妹「……」ニコニコ

兄「いってきます」ガチャ

隣人女「……」ボー

兄「あ、こんちくは」

隣人女「……」

俺と妹が住まう部屋の隣に住む隣人女さん。

何故か毎朝俺が学校にいく時間に、必ず俺の部屋のドアの前にたっている。

兄「いい天気ですね」

隣人女「……」

しかし話しかけても何の反応も無く、する事といったらうつろに見開いた目を時折まばたかせる程度だ。

兄「……」

隣人女「……」

兄「立ってんのつまんなくないですか?」

隣人女「……」

兄「まあいいや、ではまた」

隣人女「……」

ガシッ

兄「え?」

隣人女「っ……」ギリギリ

背を向けて、階段へ向かおうとする俺の二の腕を掴んだ隣人女さんの表情は、先程と急変していた。

目は血走ってぎょろりと見開き、歯を軋り合わせ、俺の二の腕をちぎれんばかりに強く握りしめてくる。

兄「隣人女さん握力あるんですね」

隣人女「っ……」

兄「じゃあしばらく一緒にいましょうか」

隣人女「……」

そう言うと隣人女さんはまたしても元の生気の感じられない表情に戻った。
この変わりっぷりがなんとも可愛いのだ。

そうして無表情のまま見つめてくる隣人女さんを背に俺は今日も今日とて学校へ足を運ぶのだった。

女教師「お前らはクズ!クズ!クズ!!!!」

兄「ふわぁ……」

女教師「やがてお前らも腐った大人になる!私は知ってる!知ってんだよおおお!!」バンバン

hrが始まると担任の女教師が教卓を叩きながら熱い話をしてくれる。
ここまで熱心に語ってくれる先生も今時珍しいだろう。

女教師「えー今日は、今日はね、歌を歌いましょうね」

女教師「かーえーるーのーうーたーがー!!!!」

女教師「きーこーえーてーくーるーよー!!!!!!!!」

女教師「うたえ!!うたええ!!」バンバン

生徒達「かーえーるーのーうーたーがー」

女教師「黙れええええええ!!!!!!!!」

女教師「そんなに私の事が嫌いか!そんなに私を苦しめたいか!!!!」

女教師「ママあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

兄(しみるぜ)

ジョボボボ

兄「トイレは休み時間のうちにすまさないとな」

ゴクッ ゴクッ

兄「ん?」

ゴクッ ゴクッ

何かを喉で勢い良く飲み干すような音が、大便用の個室から聞こえてくる。

ドアが開いていたのでなんとなく中を覗いてみるとそこには、便座に両手をつけ、便器の中の水を一心不乱に飲み続けている男子学生がいた。

兄「……」

ゴクッ ゴクッ

兄(教室もどるか)

世の中には邪魔してはいけない世界もあるのだ。

軍オタ「兄二等兵!兄二等兵!」ダダダッ

兄「おう、今日も制服にエアガン似合ってるぜ」

軍オタ「冗談を言ってる場合か!銃をもてい!」ビュッ

兄「え、貸してくれんの?」パシ

軍オタ「弾薬は装填済みだ!!すぐに奴等がせめてくるぞ!!」

兄「奴等ってなんだ?」

軍オタ「俺はたった一人になっても諦めないっ!!殉職した上官のためにもなあああ!!」ダッ

兄「おいあぶねえぞ」

軍オタ「大日本帝国万歳!!!!」ガシャァン

叫びながら教室の窓に突っ込んだ軍オタは、頭から大量の血を流しながら救急車で運ばれていった。
その間ずっと衛生兵、衛生兵と喚き散らしていたらしい。

実に気持ちのいい男だ。

兄「昼休みは図書室で読書に限る」

読書娘「……そうだね」

兄「この前紹介してもらった本面白かったよ」

読書娘「……良かった」ニコ

兄「他にもなんかオススメある?」

読書娘「……あ、これ」ガサ

そう言っておもむろに手渡されたのはファイルに挟まれた、辞典並みに分厚い用紙の束。

ちらっと目を通してみると、どうやら読書娘ちゃんを主人公とした自作の純愛ストーリーがびっしり書き連ねられているらしく、恋人は俺だった。

読書娘「ずっと書いてたの……授業中も、家でも、ご飯の時も、寝る前も」

さすがの俺も驚いた。

この根気と文章力は凡人のレベルではない。
彼女はきっと将来いい小説家になるだろう。

男子1「最近ひもなしバンジーが流行ってるんだってよ」

兄「なにそれ」

男子2「ひもなしで屋上からバンジージャンプするんだよ」

兄「それただの飛び降り自殺じゃね?」

男子1「やってみたら意外とバンジーかもしれないだろ」ドンッ

兄「おわっ」

前触れなく三階建ての校舎の屋上から突き落とされた俺は、空気を喘ぎながら、職員の車のボンネットに勢いよく叩き付けられた。

落ちていく最中に見上げた、男子達の満面の笑みが印象的だった。

兄「これただの飛び降り自殺じゃね?」

とうとう我慢出来ずに俺も笑ってしまった。

兄「ただいま」

隣人女「……」

アパートに帰ればいつも通り隣人女さんがドアの前で棒立ちしながら出迎えてくれる。

隣人女さんは上下スウェットだったのでこの時期は寒かろうとコートを貸してあげ、ポケットの中に入れた鍵を取り出し手早く鍵穴に差し込む。

ガチャリ

兄「妹ただいまー!」

妹「お帰りお兄ちゃん」テテテ

兄「いいこしてたか?」

妹「うん、お兄ちゃん頭の包帯どうしたの」

兄「紐無しバンジーしてたんだ」

妹「お兄ちゃんなにか悩み事でもあるの?」

兄「ないよ」

妹「肩もんであげるね」

兄「まじかよ気がきくな」

妹「えいえい」

兄「んぎもぢい」

妹「んしょんしょ」

兄「妹は将来マッサージ師になれるよ」

妹「お兄ちゃん専属だもん」

兄「はいはいペロペロ」

妹「ペロペロ」

兄「ひゃあっうなじを舐めるな」

妹「今日はお兄ちゃんの好きな唐揚げだよ」

兄「やったぜ!」

妹「えへへ」

兄「この唐揚げレアなの?」

妹「そうだよ」

兄「道理で中から血がでてくるんだな」

妹「いっぱい食べて」

兄「妹、腕の絆創膏どうした?」

妹「これ? なんでもないの」

兄「そこの注射器もなんだよ」

妹「いいからもっと唐揚げ食べて」

兄「はいはい」モグモグ

妹「おいしい?」

兄「鉄っぽいけどまあおいしいよ」

妹「……」ニコニコ

「郵便でーす」

唐揚げを美味しく食べ終わった頃、機を見計らったかのように玄関の方から男の声がきこえ、妹と顔を見合わせる。

兄「郵便ってなんだ。心当たりあるか?」

妹「妹心当たりないよ」

俺もだ。そう言って、炬燵に吸い付けられた下半身を渋々引き剥がし、のたのたと玄関へ向かう。

兄「……」

玄関に近付くうちに何故だか、なるべく足音をたてぬよう、気配を殺す自分がいる事に気付いた。

ドアの向こう側の人物に対する不信感からであろう。

「郵便でーす」

多くの人々が、ああ、郵便屋だな、郵便配達屋であるだろうなと、認識するに相応しい台詞を発しながらに、右手にはギラリと輝く包丁を握りしめている、そんな光景は想像に難しくない。

ドアの覗き穴からお前の姿を覗いて見てやろうとも思った。

兄「てめえ郵便屋じゃねえだろ!!」バタン

だが開ける。
残念なことに俺はそういう男だった。

浮浪者「ひっ!」

ドアの前の男は大方の予想通り郵便屋以外の何者かであると断定できた。

一目見てああ、郵便配達屋であろうな、というよりはああ、ホームレスであろうなといった考えの方が正しく思える、そんな風体の男である。

ただ予想と違ったのは、彼が握りしめているのが包丁でなく生卵であり、彼の表情がまるで化け物でも見たかというように、ひきつって、怯えていた点。

恐らく右手の生卵を勢いよく俺の顔面にかまし、なんらかの快感を得る手筈だったのだろう。

浮浪者「ひゃああああっあああ!!」ダダダッ

一目散に逃げていく浮浪者を見据えながら気付いた。

自分の頭の包帯からは血がにじみ、したたり、顎まで一本線をつくっているようで、口元には先程食べた唐揚げのせいでみっともなく血液がこびりついている。

そんな姿の男が怒声を発しながらいきなりドアを開け放ち、現れれば、成る程少しは驚くかもしれない。

兄「……」

隣人女「……」

兄「あ、こんばんみ」

隣人女「……」

深淵を覗く時深淵もまたこちらを覗いている、異常行動に出ればより大きな異常に見舞われたりもするのだ。

隣人女「っ……」ギリギリ

兄「あはは握力あるなあ」

兄「携帯マナーモードにしたままだったい」

時刻は夜の12時。
湿り気を帯びた布団に身をくるませ、今にも寝ようかという姿勢の中で携帯を開く。

兄「おお」

不在着信:134件

おびただしい数の着信が待ち受けに表示されていた。

さらに電話帳という全く便利な機能が、そのどれも同じ人物からの着信であるものだと知らせてくれる。

プルルルル

そうこうしている内にまたもその人物からの着信があったので、2コール手前で通話ボタンを押し、携帯を耳に押し当てると、聞き慣れた声が鼓膜に届いた。

後輩『先輩ですか?』

兄「後輩か」

後輩『こんばんは!』

兄「こんばんは! じゃなくて、あの着信なんだってんだよ」

後輩『あは、大した用じゃないんです』

兄「大した用じゃなくて着信130件ってお前も暇だなあ」

後輩『134件です』

兄「で、この電話は何の用なの」

後輩『ちょっと先輩の声がききたくって』

兄「そうなんだ」

後輩『先輩の声って素敵ですよね』

兄「よく言われる」

後輩『え? 私以外の誰に!?』

兄「冗談だよ食い付くなよ」

いやーそれにしても先輩って素敵ですよねと後輩の跳ねるような声に、ひたすら褒め殺される通話が始まった。

後輩『先輩今日もかっこよかったなあ、ほら体育の時間とかも周囲に広がる野菜畑の中で先輩だけが輝いてましたよね、先輩って何やらせても素敵です、なんでこんなに魅力的なんでしょうか、え?点取れなかったって、点取る事に何の意味があるんですかそんなものに意味はありませんよ、先輩がいて私がいればいいんですから、そういえば先輩机の中にプリントいっぱいたまってましたよ、ふふそんな所も可愛いですね先輩ああ先輩、先輩はきっといいお父さんになります、子供は何人欲しいですか、私は先輩の子供だったら何人でも産めますよ、でも先輩の命令なら何人でも埋めます、先輩一人暮らしの予定はありますか、私先輩のためならご飯もお掃除も洗濯もやっちゃいます、先輩のためなら死ねる、ああ、先輩私を殺して』

兄「なにお前俺に気があるの?」

後輩『愛してます』

兄「まじかよ照れるな」

後輩『今更照れないでください先輩、先輩と私の仲じゃないですか、ああでも付き合いたての新鮮な気持ちを持ち続けるっていうスタンスは好きですよ、ひいては先輩が好きです』

兄「え、俺とお前付き合ってんの?」

後輩『当たり前でしょう』

兄「初耳だなあ」

後輩『確かに私達あまり恋人らしい事やってきませんでしたもんね、でも恋人になるのにわざわざ告白をしたりする意味ありませんよね、だって先輩と私は通じ合っているんですから』

兄「せっかくだし告白してみてくれよ」

後輩『先輩付き合ってください』

兄「いいよ」

後輩『ああああああああああああ先輩先輩先輩先輩いとしい先輩すきです愛してますう!!!!!!』

ガチャリ

兄「いってきまーす」

警官1「……」

警官2「……」

兄「あれ」

今日のドアの外の光景は毎朝いつも見てきたものと異なった。

厳しい顔をした警官がなにやら話していて、いつも顔をあわせる隣人女さんがいない。

妹「お隣さん、子供の死体とずっと暮らしてたんだって」

兄「まじで?」

妹「ちょうどお兄ちゃんくらいの年齢だったらしいよ」

兄「ふーん」

寂しくなるなあとも思ったが、生きていればこんな事もあるのだ。

しかし俺ぐらいの年齢か。隣人女さんは毎朝俺にその子の面影を見ていたのだろうかと考えると、少し切ない。

それでも俺は学校には行かなければならない。
ずる休みばかりしていたら、単位を落としちゃうからだ。

女教師「朝だ!!朝だー!!」

兄「ふわぁ……」

女教師「クズ共め!お前ら調子にのるなよおおお!!!!!」キィィィ

女教師が甲高い叫びをあげながら、爪で黒板をひっかいてみせると、なんともいえない耳障りな音が教室に響いた。

女教師「ぎゃああああああ!!!!やめろお!!!!」キィィィ

女教師「耳がおかしくなるうううううう!!!!!!」キィィィィィィ

女教師「はあ、はあ」

女教師「はい、ペンを、ペンをだして」

女教師「耳に、耳に突っ込みなさい」

女教師「あああ聞こえます、聞こえてきますう!」

女教師「たけし!!!!何であんな女と子供なんかつくったっ!!!!!!!!」キィィィィィィ

兄(今日は高次元なhrだなあ)

保健教師「今日もセックスについて教えます」シコシコ

「先生なんで裸なんですか?」

保健教師「いい質問ですね」ニコ

保健教師「セックスというものは芸術であるべきだと先生常々思っています」シコシコ

保健教師「例えば委員長、今使用中の生理用品を教卓に持ってきなさい」シコシコ

保健教師「はいこれですね、このにおいです」シコシコ

保健教師「こんなものがあるから戦争がなくならないんです」シコシコ

保健教師「ああ、におい、におい」シコシコ

保健教師「今、私と、宇宙が交信、しています」シコシコ

保健教師「委員長、委員長、い、委員長っ」シコシコ

保健教師「うっ」ドピュ

保健教師「ふう。では後は各自自習で」

兄「難しすぎる」

体育教師「しゅっぽっぽ! しゅっぽっぽ!」

休み時間、廊下に出るとランニング姿の体育教師が満面の笑みで走り回っていた。

兄(元気だなあ)

軍オタ「兄二等兵!!」

兄「軍オタか」

軍オタ「その頭の怪我はどうした!?」

兄「まあ色々あってよ」

軍オタ「気を付けろ! 下手に怪我をすればお前も白い敵基地に閉じ込められるぞ!!」

兄「それ病院か?」

軍オタ「大和魂見せてやる!!」パンパン

そう言って乱射されたエアガンの弾が体育教師に当たると、打って変わって顔を真っ赤にした体育教師が、両拳をぐるぐると振り回し、奇声をあげながら軍オタに突っ込んできた。

体育教師「あー!! あー!!」ゴッ

軍オタ「がはっ!」ドサアッ

兄「おい大丈夫かよ」

体育教師「うー!!」ガッ

兄「ぐあっ!」ドサアッ

軍オタ「ちっ、敵軍の生物兵器だ! 距離をとれえ!!」

兄「なんで俺まで!」

体育教師「ああああああああああああ!!!!」

女教師「うるせええええええ!!!!」

保健教師「うっ」ドピュ

軍オタ「ふう、ふう」

兄「ぜえ、ぜえ」

軍オタ「ここまで来れば大丈夫だろう」

兄「理不尽だよ全く」

軍オタ「戦争とは理不尽なものだ」

読書娘「……あ」

兄「あれ、読書娘……ここ図書室か」

軍オタ「敵軍の捕虜だな」

読書娘「……どこまで読んだ?」

兄「ああアレか、読書娘と兄が新婚旅行でハワイに行った所まで読んだよ」

読書娘「……そんなとこまで」

兄「面白くて一気に読んじゃった」

読書娘「……そう」ニコー

軍オタ「ふふ、どうやら今水を差すのは野暮らしいな」

後輩「先輩」ギュッ

兄「おお後輩か」

後輩「お昼休み一緒にご飯食べましょう」

兄「いいよ」

後輩「ですよね、なんたって付き合ってるんですもんね、ああ先輩愛してますよ先輩」

兄「さて弁当くうか」

後輩「あっ先輩、先輩のためにお弁当つくってきましたよ先輩、私の大好きな先輩のために」

兄「なんだよ言ってくれれば良かったのに」

後輩「え?」

兄「妹がつくってくれた弁当があるからそんなに食えない」

後輩「そのお弁当箱かしてください」

兄「はい」

後輩「こんなもの」ブンッ

兄「おい! なにぶん投げてくれてんだよ!」

後輩「あんなもの必要ないです、じゃあお弁当食べましょうか」ニコッ

兄「いいから取ってこい」

後輩「なんでですか、あんなものいりませんよね、これから先輩はずっと私の愛妻弁当を食べて暮らすんですから当然ですだって先輩と私は愛しあってるんですから」

兄「ぐちゃぐちゃうるせえ」

後輩「先輩?」

兄「俺は食べ物を粗末にする奴は嫌いだ」

後輩はしばらく俺の顔を眺めた後、視線をずらさないまま目に涙をためた。

後輩「か、かわいそうです」

兄「は?」

後輩「先輩はその妹とかいうのにずっと縛られてきたんですね、先輩、ああ私の先輩、大丈夫ですよ先輩私がついてますから、先輩先輩先輩ああ私のいとしい先輩」

兄「いやそうじゃなくてさ」

後輩はしばらく泣きじゃくった後、先輩先輩とブツブツぼやきながらどこかに歩いていった。

兄「物分かりの悪い彼女ができてしまったな」

ていうか結局後輩の弁当も食べさせてもらってないじゃん。

そう気付くと急に空腹の度合いが増してきた。

しかし購買部に頼ろうにも財布が手元になく、午後はこの空腹を抱えたまま授業を受ける事になりそうだ。

空腹め。
及び後輩め。

兄「ただいまー」ガチャ

そうして空腹をこらえつつもなんとか学校を終え、帰宅。
なんとなくアパートの雰囲気がいつもと違う感じがしたがまあ隣人女さんもいないし、きっとそのせいだろうと気には止めなかった。

兄「妹ただいまー……妹?」

ドアを開けると、玄関から伸びる廊下の暗がりが静寂に相まって不気味に感じる。

というか何故電気が消えているのか。妹の帰りは自分よりいくらか早く、そもそもいつもなら玄関に入った時点で妹が元気に出迎えてくれるはずなのだ。

兄「寝てるのかー?」

靴を脱いでぎしぎしと軋む廊下を進み、居間に繋がるドアノブに手をかける。

なんとなくドアが重く感じた。

ガチャリ

後輩「あっ……先輩」

兄「お前がなんでいるんだ」

後輩「おかえりなさい先輩、だって私先輩に夕飯つくってあげないといけませんし、あ、お風呂はもうわいてますよ」

兄「その手に持った包丁はなんだ? なんでこんなに部屋が荒れてる」

後輩「もちろん先輩を助けてあげるためです、もう大丈夫ですから先輩、愛してますよ、先輩と私の愛を邪魔する女をちゃんと片付けてあげますからね」

そう言って幸せそうに手を振り上げる後輩の持つ包丁には血がついていない。

どうやら妹はまだ帰ってきていないらしい。

兄「いいからその包丁よこせ」

後輩「だめです、先輩は私が守るんですから、でも代わりに戦おうとしてくれるなんて先輩優しい、やっぱり先輩好きです、先輩結婚式はいつにします?」

兄「お前、妹を殺すつもりなのか?」

後輩「そうですよ先輩、勿論先輩のためです、先輩の妹は先輩を縛りつけて私達のなかを引き裂こうとしてるんです、でも大丈夫、私が先輩を守ってあげます、包丁でちょっと面積を減らすだけです、すぐすみますから、で、妹はいつ帰ってくるんですか?」

兄「お前の為に言っとくけど今の内に帰れ」

後輩「大丈夫です心配しないでください先輩、すきです、先輩の為なら何人でも何十人でも、任せてください、先輩のためなら」

兄「だから加害者ヅラするな」

後輩「先輩?」

兄「言っとくけど妹が帰って来たら被害者はお前だぞ」

後輩「被害者?」

兄「自分だけが狂人だと思うなよ」

そう言った瞬間、玄関のドアが勢い良く開け放たれ、居間にまで響き渡るその割れるような音に後輩がびくりと肩を揺らした。

次いで廊下を踏み鳴らす狂ったような足音が、玄関から猛スピードで駆けてくる。

妹「お兄ちゃん!!!!」

居間のドアがばたんと開いたと同時に姿を現した妹が叫びあげる。

兄「お前か……おかえ」

り、というより早く妹が血走った目玉をギョロリと動かし、状況が飲み込めず固まるままの後輩を捉える。

そんな後輩へ向けて跳び込むように、凄まじい勢いで突進する妹。
胸に強烈なヘッドバットを食らい、背中から食卓に倒れ込む後輩。

妹に吹き飛ばされる瞬間に後輩が「あ」と、小さく言葉を漏らした気がしたが、うまく聞き取れなかった。

妹「お前なんでお兄ちゃんと私の家にいるんだ!!!!」

倒れて胸の痛みに咳き込む後輩。馬乗りで怒りに顔を歪める妹。

包丁は体当たりの衝撃で手放してしまったようで、俺の足元に転がっている。

ごす、ごす、ごす。

妹が後輩の整った童顔に向けて一心不乱に拳を打ち付ける、鈍い低音が部屋を揺らした。

兄「妹、妹」

妹「この! この! この!」

ゴッ ゴッ

兄「もうやめとけ、おちつけ」

妹「聖域に! 入り込むなんて! このドブネズミが!!」

ゴッ ゴッ

兄「後でお風呂一緒に入ってやるからやめろ」

妹「え、わかったやめるね……お兄ちゃんだいすき」

兄「……」

後輩「あっ、げほ、ぁぐ……ぇ」

弱々しくうめいている後輩の顔は、まぶたや唇が切れて血がにじみ、流れる鼻血が顎まで赤く染め上げて、痛々しいものとなっていた。
歯が一本折れているのも見える。

兄「お前パンチ力あげたな」

妹「メリケンなんとかはめてたからだよ」

後輩「げふっ、ぇぐう……う、うぅぅ」

兄「大丈夫か後輩」

後輩「しぇ、しぇんぱぁ、いっ……うっ」ギュッ

ぐしゃぐしゃに泣いてしまった後輩が俺の手を握った瞬間、妹が割れた食器の欠片を握りしめ、後輩の手の甲めがけて突き刺した。

後輩「あっぁあ!!」

妹「お兄ちゃんこのゴキブリなんなの」

兄「俺の彼女だ」

妹「え?」

兄「付き合い始めたんだよ」

妹「嘘だよね?」

後輩「せんぱい……痛いよお」

妹「ぐちゃぐちゃうるさい」ブスッ

後輩「ああ!!」

発言すらも許されないようで間髪入れずに再度、後輩の手に食器が刺しこまれる。

砕けて凶器と化した食器を握りしめているせいで、妹の綺麗な手からも血がしたたっていた。

妹「お兄ちゃん?」

兄「手怪我してるぞお前」

妹「彼女ってなあに?」

兄「彼女は彼女だよ」

妹「嘘だよね、お兄ちゃんに彼女なんて出来るはずないもん」

兄「俺そんなに魅力ないかな」

妹「ちがうよ、お兄ちゃんの恋人は私だから」

面倒くさい事になったとため息をつきながら視線を横にずらした。

原因の後輩は血にまみれた手をふくらむ胸に抱きながら俺を見上げ、助けを乞うように目を潤ませている。

妹「そっか、このゴキブリがお兄ちゃんを無理やり脅迫したんだ」

後輩「っ」ビクッ

妹「消さないと」

兄「待て待て」

後輩「しぇんぱいは……わた、わたひが……守るっ」ギュッ

兄「後輩舌きってる?」

妹「この害虫が!」

兄「まてっつってんだろ!」

妹「お兄ちゃん?」

後輩は俺の背中に隠れてシャツを力無く掴みながら、小刻みに震え、完全に怯えてしまっているようだ。

先輩すき、先輩あいしてる、先輩まもると、ぶつぶつすがるように涙声で囁きながら。

生粋の肉食系乙女だった後輩も随分可愛くなってしまった。

なんのことはない、異常さに優劣をつけるなら妹のほうが若干上だったというだけの話だ。

妹「なんでその女をかばうの?」

兄「かばってねえよ」

妹「お兄ちゃんは私の事いっぱい食べてくれたのに」

兄「食べ?」

妹「ああ分かった、分かったよお兄ちゃん」

たりなかったんだね、と妹が小さく微笑んで、足元に落ちている包丁を拾い上げる。

後輩の俺のシャツを掴む力が強まったのを感じた。
背後のか細い嗚咽から緊張が伝わってくる。

兄「何をする気か三行でたのむ」

妹「大好き」
妹「伝える」
妹「繋がる」

兄「ははは何のcm」

妹の三行説明を受けてたまらず俺が吹き出すと、妹もつられて、はじけるような笑顔を見せた後、自らの小指を切り落とした。

鮮血が飛び散る。

妹「私の気持ち、いっぱい食べて」

ポトッと音がきこえて、妹の細くて綺麗な小指がカーペットに落ちたのが見えると、後輩がシャツを掴む力もストンと抜け落ちた。

兄「お前なにやってんだよバカ」

後輩「い、いかれてます、せんぱい、せんぱいこわいよう」

妹「もっと私を食べて」

兄「いいけどお前死んじゃうよ」

妹「ううん。お兄ちゃんの中で永遠に生き続けるの」

兄「ていうかうまいのかよ」パクッ

妹の小指を口に含んでみると、血の味が一瞬にして口内に広がり、思ったよりも舌になじんだ。

というかどこかで食べた事のあるような、むしろ毎日食べているご飯もこんな味がした気がする。

兄「うまい」モムモム

妹「えへへ、愛情がいっぱいこもってるから」

兄「オムライスも、唐揚げも、この味だった」

妹「お兄ちゃんが大好きだもん、料理は愛情だよ」

うまい。うまい。うまい。

妹「お兄ちゃんへの愛情もっと食べて」

妹の小指がうまい。

妹の手のひらがうまい。

妹の足指がうまい。

妹の二の腕がうまい。

妹のふくらはぎがうまい。

妹の肩肉がうまい。

妹の太ももがうまい。

妹の尻肉がうまい。

妹の性器がうまい。

妹の腹肉がうまい。

妹の乳房がうまい。

首から上は冷凍庫にいれておこう。
凄くいい笑顔だから、インテリアにするのもいい。

兄「これが愛情の味かー!」

もちろん全部位つまみ食いしただけで、全部は食べきれないので冷凍庫にしまうことにした。

料理に愛情をこめるというなら体そのものを食べた方が愛情たっぷりで美味しいのも頷ける。

うちの妹は合理的だなあと思いつつ、完全に存在を忘れていた後輩に目を向けた。

兄「後輩好きだよ」

後輩「私もせんぱいが大好きです、愛してます」

兄「へへ」

後輩「きゃっ、せんぱいの……ズボンごしにおっきくなっちゃってますよお」

兄「愛情を直に受け取ったからな」

後輩「あ、あの」モジモジ

後輩「私もせんぱいなら……せんぱいに、愛を味わってもらいたいです」

兄「ふふ」

後輩「じゃあ……その」

兄「服ぬいでくれるか?」

後輩「そ、その前に……んっ」

そう言うと後輩は頬を赤らめながら唇をすぼめ、そっと目をつむった。
その姿勢が何を意味するのかぐらい俺にも理解できる。

兄「後輩……すきだよ」

後輩「せんぱい……」

後輩の肩に手を添えて吐息がかかる距離まで、ゆっくりと唇を近付ける。

ちゅっ

兄「ん……」

後輩「んむっ」

早速後輩の唇を噛みちぎってみるとくにくにとした弾力があり、やはりうまかった。

――3年後――

兄「ハワイだ!」

読書娘「……泳ご」ギュッ

兄「おう、目一杯バカンスを満喫するか」ナデナデ

読書娘「……えへ」ニコニコ

現地民1「昨日殺人事件があったらしいな」

現地民2「まじで?」

現地民1「通り魔らしいよ」

現地民2「怖い奴がいるなあ」

現地民1「なんでも死体の部位が所々欠けてて、唾液が検出されたとか」

現地民2「なにそれカニバリズムかよ……おえ」

現地民1「今夜の肝試しの予定はキャンセルだな」

現地民2「やっぱり一番怖いのは人間だな」

おわり
途中から自分でも何が書きたいのか分かんなかった

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