ボワワワーン
褐色娘「……ぷふぅ」
男「…………」
褐色娘「はじめまして。あなたが私の新しいマスターですね?」
男「……へ?」
褐色娘「ワタシはランプの魔人――名を褐色娘と申します。以後お見知りおきを」ペコリ
男「あ、これはどうもご丁寧に」ペコリ
褐色娘「ではマスター、早速月並みではありますが……」―フワリ
褐色娘『 マ ス タ ー の 願 い を 三 つ ―― 叶 え て あ げ ま し ょ う 』
男「…………えっと……ランプの魔人、さん?」
褐色娘「褐色娘で結構ですよマスター」フワフワ
男「褐色娘さんは、その……ランプの魔人なんですよね?」
褐色娘「敬称も略して貰って結構です。敬語も勘弁してください。背中がムズムズします」グネグネ
男「あ、ああ……ごめん。気をつけるよ。でも……その……何だ」ポリポリ
男「――コレ。『やかん』なんだけど」
褐色娘「……フフフ」クスクス
男「あ、あははは……」
褐色娘「新しいマスターは冗談がお好きな人のようですね」
褐色娘「グレイビーボートやソースポットと勘違いされたことなら何度かありましたけど……フフ」
男「グレ……? ああ。カレー入れるアレかな。 いや、そうじゃなくてそれはどう見ても――」
褐色娘「ランプの名が示す通り、近いものをあげるならば照明器具ですね」
褐色娘「ですがこれは魔法のランプ。もちろん夜の闇を照らす明かりなどではありません」フフン
褐色娘「決して嫌味ではない――緻密で豪奢な装飾が施された、匠の技が光るマジックアイテムなのです」
―クルッ
褐色娘「…………」
男「…………」
褐色娘「ウワァァァァァァァァァァァァァァァ!!」ゴォォォォ―
男「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」ビクッ
褐色娘「アァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」ギュォォォ―
男「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」ビクビクッ
――――
褐色娘「ハァ……ハァ……」ゼッ… ゼッ……
男「だ、大丈夫? お茶でも飲む? あ、やかんが塞がってるから駄目か……」
褐色娘「やかん……やかんですよこれ……マスターこれやかんじゃないですか……!」プルプル
男「あ、や、う、うん。やかんだよ……やかんなんだよ……」
褐色娘「い、一体いつから……慣れ親しんだ我が家がやかんに……!」ワナワナ
男「あ、やっぱり魔人ってランプに住んでるんだ」
褐色娘「さかのぼって思い出しましょう……最初にこの世界に飛ばされた時は……いえ、流石に戻りすぎましたね……」ブツブツ
男「この世界……?」
褐色娘「魂の井戸にお邪魔していた時? それともテンプル騎士団に宝物ごと連れて行かれた時でしょうか……それとも密林奥地の寺院で……」ブツブツ
男「……あれ? ど、どこかで聞いたような……」
褐色娘「ッ!」ハッ
男「あ、思い出せた?」
褐色娘「ひょっとしたらあの時に……。あれは確か骨董屋で――」
――――
―
―
――――
褐色娘『うぅ……あの『ぱそこん』という箱は恐ろしいですね……』
褐色娘『悠久の時を生きるワタシでさえ、いたずらに時を浪費したと分かるこの虚無感……』ゲッソリ
褐色娘『……うあー、朝日が黄色く見えます……。早く寝なければ……』フヨフヨ
―ピカリ
褐色娘『……あっ』
褐色娘『…………』ジーッ
褐色娘『……やかん、ですか』
褐色娘『ワタシの家より大きいですね……』
褐色娘『これだけ広ければ安眠できそうです……』
褐色娘『…………』
褐色娘『いつも窮屈な思いしてますし、一回くらい試してみても構わないですよね』ウンウン
褐色娘『では、失礼しまして――』シュルッ―
――――
―
――――
男「ひょっとしたらというか、それ以外考えられないですね」
褐色娘「あれから爆睡してしまって……こすられて、出てきたらやかんで……その……」
男「つまり、慣れ親しんだ我が家より、やかんの方が居心地が良かった、と……」
褐色娘「マ、マスター。どうか信じてくださいっ……ワタシ、正真正銘ランプの魔人なんですっ」ズイッ
男「あ、うん。信じるよ」
褐色娘「確かに信じられないというマスターの気持ちも分かります。ですので、ワタシが今まで願い事を叶えてきた歴史の偉人たちのミニコラムを聞いて――」
褐色娘「…………」
褐色娘「……え?」
男「……ん?」
褐色娘「今信じるって……マスター言いませんでしたか?」
男「うん。言ったよ」
褐色娘「……やかんから出てしまったのに、ですか?」
男「ああ。やかんの魔人だって信じるよ」
褐色娘「マスターありが――違います! やかんじゃなくてランプの魔人です!」プンスカ
男「あ、ごめんね。インパクトがすごかったからつい」
褐色娘「…………」
褐色娘「……アレ?」
男「ん? どうかした?」
褐色娘「何と言うか、微妙にズレを感じると言いますか……」
男「やかんはやっぱり体に合わなかった?」
褐色娘「いえ。むしろやかんの寝心地はうっかりするとニ千年近く二度寝するほど心地良く――」
褐色娘「じゃないっ。違います違いますっ」ブンブンッ
褐色娘「え、あの、マスター……やけにあっさりとワタシが魔人だと受け入れてませんか?」
男「うん。ランプの魔人の褐色娘さんなんだよね?」
褐色娘「ですから敬称は略してもらって結構です。さん付けでなく呼び捨てで――」
褐色娘「ああもうっ! そうじゃなくてですねっ! 今までのワタシの経験上、まず魔人と信じてもらうのが非常に困難なんですよ!」
男「ああ。確かにそうかも」
褐色娘「…………あの、ひょっとしてマスター……過去に他のランプの魔人のご利用があったり……?」
男「ううん。褐色娘さんが初めてだよ」
褐色娘「は、はぁ……」
男「あ、えっとね。うちの親が若干特殊な職業に就いてるその影響で……こういう事に多少慣れがあるだけだから」
褐色娘「……えと、それじゃぁ別に話を進めても構わない感じでしょうか?」
男「うんうん。どうぞどうぞ」
褐色娘「で、では気を取り直しまして……」コホン
男「おお。部屋が急に暗く――」
褐色娘『 マ ス タ ー の 願 い を 三 つ ―― 叶 え て あ げ ま し ょ う 』―ボワァァァン
男「スポットライトにどこからともなく銅鑼の音が……」
褐色娘「願い事のルールはこの千巻に及ぶ超☆大魔人取扱説明書にすべて記されていますが――」バラララララ―
男「……うわぁ」
褐色娘「相当な気合を入れて製作したにも関わらず、過去相当数のクレームがついたのでワタシが直々に説明します……」ショボォォォン―
男「……ほっ」
褐色娘「概略を述べますと……特に禁止されているルールはなく、すべては願うマスターの『器』に委ねられています」
男「器?」
褐色娘「極端な話、『世界を滅ぼす』という願いであっても、マスターが世界を滅ぼすに足る『器』であれば叶うということです」
男「願いの善悪の区別はないんだね」
褐色娘「一部の例外を除いてはこれが大原則となっています」
男「ふむふむ」
褐色娘「とは言っても人の可能性は無限大――大それたことでなければ、大体の願いは叶うと考えて考えていただいて結構です」
男「なるほど」
褐色娘「……こんなに物分かりのいいマスター、ワタシ初めてです」
男「褐色娘さんの説明が丁寧だからだよ」
褐色娘「で、ですから呼び捨てで結構ですとあれほど……! やっぱりマスター物分かりよくないかもです……」ハァ
男「ごめんごめん。気をつけるよ」
褐色娘「では早速一つ目の願い事を――」チラッ
―ピカリ
褐色娘「アバァァァァァァァァァァァ!!」―シュゴォォォ
男「うわぁ!」ビクッ
褐色娘「忘れてましたっ! ランプじゃなくてやかんなのすっかり忘れてましたっ!」ダンダンッ
男「え、やかんだと何か駄目なの?」
褐色娘「ランプはワタシの家であると同時に、ワタシの魔力を増幅させる装置でもあるんです……」
男「あー、ランプ自体にも役割があるんだ……」
褐色娘「これでは世界や因果律を改変するクラスの願い事は愚か、スタンダードな願い事を叶えることすら……あぁ……」ズーン
男「うーん……」
男「でも願い事を叶える為のその、魔法みたいなものは褐色娘さんが使えるんだよね?」
褐色娘「……それはそうですが……」
男「だったら試してみたらどうだろう。ささいな願い事だったら意外とやかんでいけちゃうかもしれないよ?」
褐色娘「……確かに。一理ありますね」スクッ
褐色娘「では――」
褐色娘「――出でよ、神の雷」―カッ
―パリッ
男「……静電気?」
褐色娘「うっ……! ――焔の御手よ、災いを灰塵と化せ!」―カッ
―ポッ
男「温かいね」
褐色娘「――受けよ、無慈悲なる白銀の抱擁!」―カッ
男「涼しいなぁ」ヒヤッ
褐色娘「――風よ、我前に集いて裂刃となせ!」―カカッ
男「わぷっ。目にゴミが……」ソヨソヨ
褐色娘「」
褐色娘「……そ、そんな!」プルプル
褐色娘「……このやかんっ! 増幅どころか減衰に拍車かかってますっ!?」ガーン
男「やかんの住み心地と比例するかなと思ったんだけど……駄目かぁ」
褐色娘「うぅ……一時の欲に流されたばかりに魔法一つ満足に扱えないなんて……」シクシク
男「…………」ポリポリ
褐色娘「魔人の名折れです……ああいっそ五千年くらいやかんに引き篭もりたい……そして二度寝したい……」シクシク
男「ね、褐色娘さん」
褐色娘「……は、はい?」グスグス
男「俺の一つ目の願い事を叶えて欲しいんだけど」
褐色娘「……今ワタシの魔法のお粗末さ加減を見たでしょう? どんなに小さい願い事だって今のワタシには――」
男「――俺の為に、お昼ご飯作ってくれないかな?」
褐色娘「…………」
褐色娘「……え?」
男「そもそもやかん出したのって、カップ麺食べるためなんだ」
男「時間的に丁度お昼でしょ? 俺もうお腹減っちゃって減っちゃって」
褐色娘「…………」
男「だからそのやかんで褐色娘さんがお湯沸かしてさ」―パリパリッ
―パッ パッ
男「褐色娘さんがこのカップにお湯を注いで……ホラ、ね?」
褐色娘「……ワタシが、お昼ゴハンを……」
男「そそ。それが俺の一つ目の願い事ってことで」ニッ
――――
シュンシュン…
男「良かったら一緒に食べる?」
褐色娘「……え? えと、あ、あの……」
男「カレーとトマトと塩があるけど、どれにする?」ガサガサ
褐色娘「あ、じゃぁ、カレーで……」
男「カレーね。おぉ、ラスト一個だ」パリパリッ
――――
ピピピピッ ピピピピッ―
男「いただきます」
褐色娘「い、いただきます」
―ズズッ ズズーッ
…フーッ フーッ
ハフッ ズゾゾーッ―
褐色娘「……あの」
男「ん? コショウいる?」
褐色娘「いえそうではなくてですね……」…チュルッ
褐色娘「ワタシの聞き間違いかもしれませんが……マスター、先程これが一つ目の願い事だとか仰ってませんでしたか?」チュルルッ
男「うん。おかげで楽しい昼食になったよ」ズズッ
褐色娘「……ッ」―ピキッ
褐色娘「ばっ、バカにしないでくださいっ!」ズゾゾゾゾゾーッ
――ゴクゴクゴクッ
褐色娘「っぶはァ! こんな……こんな力がないワタシを憐れむような願い事をするなんて……!」プルプル
男「いや別に――」
褐色娘「屈辱です! 許せません! やかんだけでも十二分にワタシのプライドはズタズタだと言うのにマスターの中途半端な思いやりでもうボッコボコになりました!」プンスカ
男「そんなつもりじゃなくて――」
褐色娘「――四つです」
男「……へ?」
褐色娘「……ワタシの独断でマスターの願い事の数は四つに変更します」ツーン
男「あれ? 願い事を増やすのってルール違反じゃ――」
褐色娘「ワタシが増やしたんですから何の問題もありません」
男「え、えぇー……?」
褐色娘「なのでマスターの願い事は残り三つです」フンッ
男「最初に戻ってしまった……」
褐色娘「残りの三つはマスターが本当に望む願いを……! 魔人のプライドに賭けて叶えてみせます……!」メラメラ
男「…………」ポリポリ
男「でも実際問題、やかんだと力が出ないんだよね?」
褐色娘「……う”っ!」―ザクッ
褐色娘「そっ、そこは……そこは根性でっ! 嵐でスペインの財宝船ごと海底に沈められた時だってバミューダ海域から自力で脱出しましたからっ!」
男「……うーん」
褐色娘「そうですよ……口があって色も何となく似てるんですから……やかんだってやれない事はないはず……」ブツブツ
男「……!」ポンッ
男「じゃあこうしよう。一つ目――じゃなくて二つ目の願い事は――」
男「――家事を手伝って欲しいってことでどうだろう?」
褐色娘「家事、ですか。それはつまり使用人やメイドが欲しいという願い事ですね。心得まし――」
男「ううん。そうじゃなくて褐色娘さんに家事を手伝って欲しいんだ」
褐色娘「ワ、ワタシに、ですか?」
男「そう。そういう願い事」
褐色娘「…………まさかまたワタシに気を使って……」ジロ
男「違うよ。両親が仕事で今家を空けてるから、身の回りのことは自分でやらなきゃならなくてさ」
褐色娘「…………」ジー
男「あんまり家事は得意じゃないからね。手伝ってくれる人がいると俺としてもすごく助かるんだ」
褐色娘「……言われてみれば、少し部屋が雑然としているような気もしますね」キョロキョロ
男「でしょ? それでお手伝いの期限は……褐色娘さんのランプが見つかるまでってことで」
褐色娘「え?」
男「ランプがあれば褐色娘さんは力を取り戻せるから、魔人としての役目を果たせるようになる」
男「そうすれば三つ目と四つめの願い事が例え大変なものであっても叶えられるようになるし……」
男「しかもそれまでの間、俺は家事が楽になるんだから……ほら、いい事尽くめだよね?」
褐色娘「う、うーん……そう、なのでしょうか……」
褐色娘「……何かうまい事言いくるめられてる気がしないでもないですが」
褐色娘「マスターの願い事、承りました。ワタシは今、この瞬間から――」
―フワァ
褐色娘「マスターのメイドです」
―キュァァァァ
ポフンッ
褐色娘「……まぁ期限付きではありますけど」ストッ
男「おぉー。チューブトップ&ハーレムパンツがあっと言う間にエプロンドレスに」
褐色娘「自前の服装を変える位ならギリギリいけるみたいですね」クルクル
男「でも何故にメイド?」
褐色娘「郷に入っては郷に従えと言います。この国の家事を手伝うフォーマルなスタイルだと学んだので、それに倣ったまでです」
男「……どこで学んだの?」
褐色娘「骨董屋の『ぱそこん』からです。そこに入っていた画像や写真だけ留まらず、電子書籍の小説やマンガ、全年齢非全年齢対象のゲームを通してメイドとは何かを完全に学習済みです」
男「え、えぇー……?」
褐色娘「お任せください。やるからにはプロフェッショナルのお仕事を。ジャパニーズメイドを完璧にこなしてみせますよマスター」フシュー
――――
褐色娘「ふんふふ~♪ ふふふふふー♪」サッ サッ
男「…………」
褐色娘「ふんふふ~♪ ふふふふふー♪」キュッ キュッ
男「……驚いた」
褐色娘「ふんふ――何がですかマスター?」フワフワ
男「いや、頼んだ俺が言うのもなんだけど……まさか褐色娘さんがこんなに出来る娘だったなんて……」
褐色娘「フフフ、魔人は無茶ぶりに答えてなんぼなんですよ」フワフワ
褐色娘「それに伊達に何千年もランプに閉じ込められていた訳ではありません」フンッ
褐色娘「呼び出される時以外は、寝るかランプを掃除する以外やることありませんでしたからね。掃除スキルなら専門職の方にも引けは取らない自信があります」
男「頼もしいな。助かるよ褐色娘さん」
男「……あ、それとさ。そのマスターって呼び方、どうにかならない?」
褐色娘「……これは失礼しました。ワタシは今メイドなのですから、『ご主人様』が正解でしたね」ペコリ
男「いや、そうじゃなくて普通に名前で呼んで貰った方が――」
―ピンポーン
男「ん?」
褐色娘「どうやらお客様のようですねご主人様」
男「えーと、ご主人様じゃなくて――」
褐色娘「来客の応対もまたメイドのお仕事。居間にお通ししますので、ご主人様はそちらでお待ちください」パタパタパタ
男「あ、いや、そうじゃなくて、この時間なら多分――」パタパタパタ
――――
――
―
「……ふぅ」
「呼び鈴鳴らすの、やっぱり何度やっても慣れないわね……」
「…………///」ドキドキ
「……ええいっ。落ち着けあたしっ。いつも通りあいつを夕食に誘うだけよ。緊張する必要なんて微塵もないじゃない」フー…
「どうせあいつカップ麺しか食べてないんだろうし……そう、そうよ。あたしには男の両親のいない間、男の健康管理をする義務があるんだから」ウンウン
「義務も小父さんと小母さんの許しもあるし……やましいことなんて一切ないんだから……へーき、へーきなの」ブツブツ
「だからっ、今日こそは自然にっ、トゲのある言い方とか態度は無しでっ、あいつをっ! 純粋にストレートに夕食に誘うのっ! ……下心なしでっ!///」カァァァ
ガチャッ
「あたしがこの位の時間にくるの分かってるでしょ? だったら呼び鈴鳴らされたらさっさと出なさいよね。まったく気が利かないんだから……」ブスー
―クルッ
「どうせあんたはインスタントで体に悪い食事……し、か……取って……」
褐色娘「…………」ジーッ
「…………え、と……? あなた……誰?」
褐色娘「申し遅れました。ワタシご主人様にメイドとして仕えております、褐色娘と申します」ペコリ
「ご、ご主ッ!? それにメイドって、ええっ!? だ、だってここ男の家よねっ!?」ワタワタ
褐色娘「ご主人様の友人の方でしょうか? 新聞や宗教の勧誘であれば丁重にお断り致しますが――」
男「見えないでしょ。それに幼馴染ちゃんは俺の友達だから、家に入れてあげてよ褐色娘さん」
褐色娘「これは大変失礼致しました。すぐに居間へお通し致します」パタパタ―
幼馴染「…………」ヒクッ
幼馴染「……~~ッ! ちょっ、ちょっとどういうことなの!? 何であんたの家に異国情緒満点のカワイイメイドさんがいるわけェ!? あたし何も聞いてないわよォ!」ギャーギャー
男「……んー、そうだなぁ……。うん、話すとかなり長くなるからさ、とりあえず上がってよ、ね?」
――――
ズズッ
幼馴染「……美味しい」
男「お茶っ葉は安物なのにね。俺が淹れてもこうはいかないよ」ズズッ
褐色娘「恐縮ですご主人様」
幼馴染「……ふぅ」
幼馴染「それで、何だったかしら」ズズッ
男「んー?」ズズッ
幼馴染「……やかんをこすったらランプの魔人が出てきたとか言ってたけど」
男「うんうん。びっくりだよね。だってランプじゃなくてやかんなんだもの」
―ッダァン!
幼馴染「嘘をつくな嘘をォッ!」ゴォッ
幼馴染「そんなの信じられるワケないでしょうが! ファンタジーやメルヘンじゃあるまいし!」
男「……やっぱりやかんってところが引っ掛かるのかな」ヒソヒソ
褐色娘「それ以前の問題ですご主人様。そもそもランプの魔人を最初から信じてるご主人様が異端なんですよ」ヒソヒソ
幼馴染「あたしの前でイチャついてるんじゃないわよそこの二人ィ!」ビシッ
幼馴染「それに苦し紛れについた嘘にしても出来が悪すぎよ! そんなんであたしを騙す気あるの!?」
男「いや騙すつもりはないけど――」
幼馴染「あ、あたしだって知ってるんだからね……世の中には女の子に何かこう、萌え萌えなオプション山盛りにしてデリバリーする嫌らしいサービスがあるってことを!」
男「デリバリー……? 女の子を注文するの?」
幼馴染「今更すっとぼけても無駄よ! 小父さんと小母さんが家を空けてるのをいいことに生活費をこんなことにつぎ込んで……!」フルフル
幼馴染「しかも外国人で褐色肌に銀髪に青い瞳でおまけにメイドとか……あ、あんた一体幾ら追加料金払ってるの!?」
男「お金なんて払ってないよ。俺はただやかんをこすっただけ」
褐色娘「お金も魂もいただきません。ワタシはただご主人様の願いを叶えるのが使命ですから」
幼馴染「……なッ!?」
男「ね? だから褐色娘さんは本当にランプの魔――」
幼馴染「そんなニッチなシチュエーションプレイに対応できる子を指名するなんて……! 一体どれだけの野口さん――いえ、諭吉さんを重ねたのあんたはァ!」クワッ
男「……うーん」ポリポリ
男「あ、そうだ。褐色娘さん、出てきた時の格好に戻れるかな?」
幼馴染「な、生着替え追加!? あたしがいるのに!? ハッ――むしろ男はギャラリーを増やして羞恥させるのが目的なの!?///」
褐色娘「かしこまりました」
幼馴染「え、ええーっ!? 羞恥心ゼロ!? それはそれでどうなの!? 男の意向に沿ってるの!?」
―フワァ
幼馴染「……え?」
―キュァァァァ
幼馴染「え”っ!?」
―ポムッ
幼馴染「え”ぇぇぇぇぇぇぇっ!?」
―ストッ
褐色娘「――変身、魔人フォーム……褐色娘にございます」シャラァン
幼馴染「ハ、ハイィ!? いっ、今浮いて!? 魔法少女みたくメイド服が一瞬で変わっ――何々!? 何がどういうことなのッ!?」グルグル
男「えっとね。最初に説明した通り、褐色娘さんは正真正銘ランプの魔人なんだよ」
幼馴染「……ラ、ランプの……魔人、さん……」
褐色娘「……ああ、この畏怖と若干の欲望が詰まった視線……本当に久しぶりです。あぁ魔人やってるんだなって実感します」ホゥ…
男「色々事情があって今はやかんなんだけどね。一応俺がマスターってことで、願い事をきいてもらってるんだよ」
――――
幼馴染「……異世界出身のランプの魔人で今はやかん住まいで男のメイド? あ、頭が痛くなってきたわ……」
男「家事を手伝って欲しかっただけで、別にメイドを頼んだつもりはなかったんだけどねー」
幼馴染「て言うかそれ以前に! 家事ならいつもあたしがしてあげてるじゃない!」
男「うん。だから褐色娘さんにお手伝いをお願いしたんだよ」
幼馴染「……へ?」
男「ほら、俺いつも幼馴染ちゃんに迷惑かけちゃってたから丁度いいかなって」
幼馴染「……え?」
――――
幼馴染『あたしの朝の貴重な時間削ってお弁当作ってきたんだから、存分にありがたがって食べなさいよ』
幼馴染『この体操ジャージ汗臭すぎて鼻が曲がりそう。汚れもヒドそうだから一旦うちに持って帰って洗うわ。感謝しなさい。……一週間後に返すから』
幼馴染『夕飯美味しい……? 当たり前でしょ。あんたの好物しかないんだから。わざわざ献立合わせてるこっちの身にもなって欲しいわ』
――――
男「――とか幼馴染ちゃん言ってたでしょ?」
幼馴染「……その、それは、こ、言葉の綾と言うかその……」ダラダラ
男「見るに見かねてだとは思うんだけど、厚意に甘えちゃってたのは確かだからさ」
男「……ま、待って――」
男「でもこれで大丈夫」ポンポンッ
男「もう幼馴染ちゃんの力を借りなくてもちゃんと生活出来るから」ニコッ
幼馴染「」―ピッシャーン!
男「これからは俺に時間を割かなくても――ん? どうしたの?」
幼馴染「……ふ」
男「……ふ?」
幼馴染「……ふぇ」ウルッ
幼馴染「ふわぁあああああああん!」ドバー
ダッ
バァンッ
ダダダダダ……
男「…………あれ、おかしいな。喜んでくれると思ったんだけど……」
褐色娘「……ご主人様」
男「ん?」
褐色娘「ひょっとして、幼馴染様は……」
男「うん」
褐色娘「――猫舌だったのでは?」
男「……あー。舌を火傷したの我慢してたのか。言えば薬くらい出したのに」
褐色娘「時期的にも熱いお茶より、冷茶をお出しした方が良かったかもしれません」
男「確かに。最近やけに蒸すようになったものね」
褐色娘「……申し訳ありません、ご主人様」
男「ううん。褐色娘さんは悪くないよ。どちらかと言えば付き合いの長い俺が気付かないといけない話だし」
男「……でも幼馴染ちゃんって猫舌だったかな?……油マシマシのアッツアツのラーメンスープとか豪快に啜ってた気がするんだけど……」
男「…………」ウーン
男「まっ、いっか、うん。細かいこと気にしてるとまた幼馴染ちゃんにどやされちゃうしね」
褐色娘「あ、ご主人様。今日の晩御飯について相談したいことがあるんですが……」
男「うん、いいよ。何々?」
――――
男「……おおー、ホントだ。食材が見事に何もないや」ガチャッ
褐色娘「ありあわせでもと考えたのですが……冷蔵庫の中にあったのは栄養ドリンクと飲むゼリー」
男「うん。俺の朝昼晩のご飯だね」
褐色娘「パントリーには異様に充実した香辛料達と大量のねるねるねるねだけでして……」
男「香辛料は両親が海外から送りつけてくるんだよ。それでもって使わないという。あ、ねるねるねるねは俺のおやつだよ」
褐色娘「…………」
男「体に悪そうな不自然な甘さと酸味がたまらないんだよねー」
褐色娘「……魔人は無茶ぶりに答えてこそ、です。お望みとあらば今ある材料だけで美味しい料理を……!」ゴォォォォ
男「あ、それはやめよう。料理がよくわからない俺でも危険信号がチカチカ見える」
褐色娘「カレーなら……カレーならきっと何とか……!」
男「ゼリーと栄養剤とねるねるねるねでしょ? 流石にカレーでも荷が重すぎる気がするね」
男「……うーん」
男「うん。明日でもいいかなと思ってたけど、今日にしよう」
褐色娘「ご主人様?」
――――
テクテク
男「あまり行かないんだけどね、わりと近くにスーパーがあるんだよ。あ、スーパーって分かる?」
褐色娘「特定の男性に対しての好感度を上げる為に必要な料理の材料を仕入れる商店のことですよね?」
男「……えーと、その知識はどこで仕入れたの?」
褐色娘「『ぱそこん』に入っていたゲームですよ。男性と同伴、ばったり遭遇、荷物持ち、様々な型があると記憶しています」
男「……まぁ、お買い物が出来るお店ってことが分かってればいいか、うん」
褐色娘「ところでご主人様。晩御飯は何かリクエストがありますでしょうか?」
男「そうだなー。さっきカレーの話をしてたから、カレーを食べたい感じの舌と胃になってるね」
褐色娘「ではカレーにしましょう」
男「褐色娘さんは料理も得意なの?」
褐色娘「フッフッフッ。魔人に不得意なものなどはありませんよ」チッチッチッ
褐色娘「にんじん、玉ねぎ、ジャガイモ、豚バラ肉をあっという間に魔法で――あっ」―ピシッ
男「これは大苦戦の予感だねー」ハハハ
褐色娘「だっ、大丈夫ですっ! アッと言わせる魔人カレーを完成させてみせますよっ! 手順はええと……ザクザクッとジュワーでグツグツ、ザクザクッとジュワーでグツグツ……」ブツブツ
――――
男「着いたよー」
褐色娘「…………」
男「ん? どうかした?」
褐色娘「ご主人様。ここって……スーパー、ではない、ですよね……?」
男「そうだね。スーパーじゃないね」
―ズズズズズ…!
【 アンティークショップ [ MAID iN HEAVEN ] 】
男「探しものがあるから、先にこっちへ寄ろうと思ってさ。スーパーはこの先だよ」
褐色娘「……何でしょう。奇妙な既視感を感じると言いましょうか……」キョロキョロ
―ガチャッ
チリンチリン♪
男「こんばんわー」
「……いらっしゃ――って何だ。男かよ」ケッ
男「うん。叔母さんに用があって来たんだ」
叔母「……客じゃないなら帰れ帰れ。こちとら仕事中で暇じゃねぇんだ」シッシ
男「仕事中ならタバコは控えようよ叔母さん。売り物ヤニ臭くなっちゃうよ?」
叔母「……あ~の~なぁ~。何度も言ってるように叔母さんじゃなくて、『お姉さん』、な? わたしゃまだ二十代だっての」フーッ
男「ごめんごめん。うっかりしてた。次から気をつけるよ叔母さん」
叔母「…………」スパー
叔母「……ハァ」ホワ…
叔母「……で? 何、用事って? 万年閑古鳥のわたしのお店を冷やかしに来ただけとか抜かしたら――根性焼きでぶちスライムみたいにするから」ニコニコ
男「用事っていうのは……おーい褐色娘さん、こっちこっち。そのツタンカーメンみたいなマスクを右に行って、フジツボだらけの棺桶をくぐればすぐだよ」
ゴトッ… ガタガタ… ズリズリ…
褐色娘「……この宝物庫に適当に物を放り込んだような混沌さ加減……以前にも見た気がしますが……一体どこで……ごく最近……」ブツブツ
叔母「…………」―ポロッ
叔母「お、おい男、あのメイドさんは誰だよ」ユサユサ
男「褐色娘さんって言うんだ。色々あって今俺のメイドやってもらってるんだよ」
叔母「メメッ、メイドッ!? お前のッ!? や、やってもらってるッ!? ど、どんなシチュだ!? 借金の形か? 姉さんと義兄さんからのプレゼントか? それとも野良メイドを拾ったのか!?」フシュルルル
男「…………うん、その反応。やっぱりここで間違いなさそうだ」
褐色娘「ご主人様、ワタシ何だかこの場所に見覚えが……え?」ピタッ
叔母「……褐色肌にメイド服……アリだな。エプロンドレスの装飾もうるさすぎな――ん? そのメイド服なんかどこかで見たような……」ブツブツ
褐色娘「あーっ! この人、この人ですよご主人様! ワタシこの人の『ぱそこん』を使わせてもらってたんですよ!」
叔母「……わ、わたしのパソコン?」ヒクッ
男「うん。じゃないかと思ってたんだ。やかんを譲ってもらったのもこのお店だしね」
褐色娘「どおりでこの趣味の悪い骨董品たちに見覚えがあるはずです」キョロキョロ
叔母「趣味が悪いのはわたしのせいじゃねぇ! 姉さんと義兄さんがエンドレスでワケの分からない発掘品を送り続けるからこうなっちま――違う違うそうじゃないだろ!」
男「ん?」
―ビッ
叔母「その娘がわたしのパソコン使ったってどういう事だ男! わたしはそんなメイドさんに一切面識ないぞ!」
男「……えーっと、何て言えばいいのか」
男「…………」ンー
男「褐色娘さんはね、ランプの魔人なんだ」
叔母「……は?」
男「その褐色娘さんの住んでる魔法のランプがどうやらこのお店にあったみたいでさ」
叔母「…………」
男「その時に褐色娘さんが暇つぶしで叔母さんのパソコンを借りてたらしくて」
叔母「…………」
男「その後安眠を求めて褐色娘さんがランプじゃなくてやかんで眠ってたら」
叔母「…………」
男「そうとは知らない俺がそのやかんを引き取ってしまって」
叔母「…………」
男「お湯を沸かすつもりでやかんをうっかりこすったら褐色娘さんが中から出てきて」
叔母「…………」
男「願いを叶えようとしてくれたんだけど、ランプじゃないと本来の力が出ないみたいで」
叔母「…………」
男「じゃぁランプが見つかるまでは家事とか手伝って貰えるという願い事はどうだろうと提案したら」
叔母「…………」
男「今のようにメイドの姿で手伝ってもらえることになったんだよ」
叔母「……ああ」―ポンッ
叔母「分かったぞ」
男「分かってくれた?」
叔母「ああ。そういう無茶な設定のプレイに付き合ってくれる彼女が出来たと自慢しに来たんだろ?」ハッハッハッ
男「……分かってもらえなかった」
褐色娘「……着替えますかご主人様?」
男「うん。悪いんだけど、お願い」
叔母「……き、着替えるのか!? 折角のメイド服なのに勿体な――じゃなくて慎みが――」
―キュァァァァ
叔母「なッ、何だとォォォォォォォォッ!?」ガーン
――――
――
―
叔母「……マジかよ」
男「マジなんだよ」
褐色娘「はい、マジなんです。ランプの魔人の褐色娘と申します。以後お見知りおきを」ペコリ
叔母「姉さんたちが送りつけきたガラクタの中に、まさか本物が混じっていようとは……」
叔母「しかも夜な夜なわたしのパソコンで暇つぶししてたとかもうね……」ハハ…
褐色娘「その節はお世話になりました」
叔母「…………あ、れ?」
叔母「……褐色娘ちゃん、まさかそのメイド服って――」
褐色娘「はい。叔母様のぱそこんのゲームに出てきたメイドの服飾を参考にしましたよ」
叔母「……ッ」ダラダラ
叔母「……お、男?」ギギギ
男「叔母さんがそこまでメイド好きだとは知らなかったよ」
男「このお店の名前の綴りは間違ってなかったんだね。長年の謎が解けたよ」ウンウン
叔母「」
―ドシャァ
叔母「バレてんじゃん……わたしの趣味、何故か魔人経由で……よりによって甥っ子に……」ヌォォォ
叔母「……て言うか……て言うかぁぁぁぁぁッ!」ガバッ
叔母「メイドが好きで悪いかぁぁぁぁぁぁッ!」ゴォォォ
叔母「わたしはな……こんな先祖代々から続くこんなヘンチクリンな骨董屋なんて継ぎたくなかったんだよ……」
男「それは初耳だね」
叔母「わたしは…、そう、メイドになりたかったんだ……」
男「それも初耳だね」
叔母「でもな……でもなァッ!」ギリリッ
叔母「こんなッ……こんな身長180オーバーの巨女にメイド服なんて似合うワケねぇだろうがァァァッ!」キシャァァァ
叔母「しかも幾ら運動しようがまったく痩せる気配のねぇメイドには不釣り合いな胸と尻ッ!」タプンッ ダプッ
叔母「更に追い打ちをかけるようにこの可愛げの欠片もねぇ三白眼ッ!」ギンッ
叔母「増税を何回重ねられようが一向にやめられる気配がねぇタバコッ!」スパーッ
叔母「邪魔なんだよ……何もかもが邪魔なんだ……! わたしの身長が、体型が、すべてがッ! メイドへの道をことごとく閉ざしちまうんだ……ッ!」ワナワナ
男「それならまずは禁煙だね」
叔母「……メイドになりたくてもなれない。わたしはその飢えを癒したかっただけなんだよ……」
叔母「小説やゲームに出てくるメイドに自己投影したって別にいいじゃん……ドラマのヒロインに自分重ねるのと何ら変わらないじゃん……」
叔母「着ないメイド服コレクションしたって別にいいじゃん……眺めるだけでもキュンとしてフワフワするスゲェ服なんだぞメイド服はさ……」
叔母「……叔母さん」
>>71 修正
叔母「……叔母さん」→男「……叔母さん」
叔母「……その密やかな趣味をなんだお前は……何でランプの魔人がわたしのパソコンを無断で――」ピタッ
叔母「…………」
叔母「……ランプの、魔人?」
男「叔母さん?」
叔母「褐色娘さんとやら」
褐色娘「呼び捨てで結構です叔母様。褐色娘とお呼びください」
叔母「褐色娘、ランプの魔人ってのは願いを叶えてくれるんだよな」
褐色娘「はい。三つまでマスターとなった方の願いを叶えます」
叔母「……何でもか?」
褐色娘「はい。その人がその願いに足る器であれば、如何様にでも」
―バッ
ダゴンッ
男「天井近くまで跳躍してからの地面にメリ込む程の――メテオ土下座?」
叔母「褐色娘! 頼むっ! わたしの身長を縮めてくれ! 160センチ――いや、150センチ位まで!」
叔母「あと胸と尻を控えめに――具体的にはMサイズのメイド服に収まる位にして欲しい! あと出来ればこのツリ目気味の瞳もパッチリした感じに頼む!」
褐色娘「……それは出来ません、叔母様」
叔母「」―ピシャーン
―ガクッ
叔母「…………」
叔母「……ふふっ」
叔母「ふふっ……そうか……そうだよな……」ハハッ
叔母「わたしがメイドって器じゃないってこと位……ああ、分かってたさ……」
叔母「……でもな、それでも願わずにはいられなかったんだよ」
叔母「庇護欲を掻き立てられつつも、ご主人様を献身的に支える――フワフワでキュンキュンするメイドになる夢を……」
―カチッ シュッ ボッ…
叔母「……しかし、ランプの魔人に全否定される程とはね。所詮、見果てぬ夢だったと言う訳だ……フフ……」スパー…
褐色娘「いえ、そうではなくてですね」
褐色娘「今のワタシのマスターはご主人様ですから」
叔母「……へ?」ポロッ
男「うーん、マスターがご主人様ってややこしいね」
褐色娘「ご主人様の願いをすべて叶え終えるまで、ご主人様以外の方の願いを叶える事は出来ません」
叔母「…………」ツカツカ
―グイッ
男「わわっ」
叔母「願え。今すぐ。可及的速やかに。奉仕の為ならば音速を超えるメイドの如く」ギラギラ
男「あ、うん、そうしたいのは山々なんだけどさ」
男「今褐色娘さんはやかん住まいで力が出ないんだよ」
褐色娘「…………」カクーン
男「だから叔母さんのお店にあるランプを取りに来たわけで」
叔母「何だ。それならそうと早く言え」スッ
男「……俺、さっき言わなかったっけ?」
―ガサゴソ
叔母「ランプなら確か……ああ、ワゴンに突っ込んだ気がするな」ポンッ
男「ワゴン?」
叔母「ワゴンセールだよワゴンセール。余りにもガラクタが売れないからテキトーに値段つけて売ってるんだよ。ま、売れた試しはないけどな」ハッハッハッ
――――
叔母「…………」
男「叔母さんが店を開けたまま、よく出かけるのは知ってたけどさ」
叔母「…………」
男「まさか骨董品の無人販売まで導入してたとは……。これってわりと世界初かもしれないね」
叔母「…………」
男「これは……聖剣エクスカリバー? 500円で買えるのか。……うーん、これ欲しいなぁ」フーム
叔母「…………」
男「こっちは魔剣ダインスレイヴかー……これも500円。うーん、でも二つは流石に場所を取ると言うか、もう家パンパンだしなー……」ウーン
叔母「…………」
男「でも模造品にしてはやけに出来がいいし、いっそ二つ――あれ? どうしたの叔母さん」
叔母「……ない」
男「……え、偽物じゃないのコレ?」
叔母「……ラ、ランプが……魔法のランプが……わたしのメイドの夢そのものが……つまり……」プルプル
叔母「『 魔 法 の ラ ン プ 』が売れちまってるんだよォォォォォォッ!!」―ゴォォォォ!
男「……ザルに500円玉が一枚あるね」
叔母「どうせならやたら場所取る刀剣とか鎧買えよ! 何の為に1コインで叩き売りしてるか分からないだろうが!」
男「あ、1000円入れるからコレとコレ後でもらってくね」
叔母「毎度あり。よりによってランプだけ買いやがって……ちくしょう、ちくしょう……バラ色のメイド人生がすぐ目の前だってのに……」オォ…
男「うーん、褐色娘さん。これからどうし――」クルッ
褐色娘「…………」ズーン
男「うわぁ」
褐色娘「ワタシの……長年連れ添ったランプが……行方不明に……」カクカク
男「大丈夫――ではないよね。大切な我が家なんだもの」
―ハッ
褐色娘「ご主人様、心配には及びません。これしきの事はピンチの一つにも入りません。余裕です。何ともないです」
男「あ、うん、そっちは俺じゃなくてグリズリーの剥製だよ」
褐色娘「あっ、う……その……」
男「…………」フーム
男「叔母さん、このお店ってあまりお客さん来ないよね?」
叔母「あ”ぁ!? ケンカ売ってるのか男! そもそもウチが繁盛してないのはわたしの経営手腕云々以前にお前の両親のせいだろうが!」
叔母「店内のガラクタも! 店に続く小道にあるおびただしい数の禍々しい石像も! 全部全部姉さん達が考え無しにだなぁ!」プンプン
男「あ、いや、そういうわけじゃなくて……客層が限られるなら、お店に来た人を特定出来ないかなって」
―ピタ
叔母「……何?」
男「この威圧感のある店構えを無視して入ってこれるって事は……この店を知っているとか、もしくは普段から利用しているとか――意外と顔見知りだったりしないかな、と」
叔母「…………」スクッ
男「叔母さん?」
叔母「ちょっと出かけてくる」
男「え?」
叔母「顔見知りかもしれないってんなら話は早い。この商店街をしらみつぶしにあたれば、情報が手に入るってわけだ」
男「ただあくまで仮定の話だし、それに――」
叔母「じゃ、戸締まりよろしくな。待ってろよメイドのランプッ!」―シュバッ
男「――防犯カメラとかあるならそっちを見た方が――ってもういないし……」
褐色娘「ワタシの……ランプ……」ズモモモ
――――
―ガチャッ
男「ふぃー、さっぱりした。暑くてもやはり風呂に限るねぇ」
褐色娘「あ、丁度よかったですご主人様。ご飯も今さっき炊き上がったところですよ」
男「うーん、食欲をくすぐるこの香辛料の香り……たまりませんなぁ」
褐色娘「……あまり期待をしないでください。何分、魔法を使わずに調理するのは初めてなもので」
男「すごく美味しそうだよ。あ、ご飯は大盛りでお願いします。カレーのルゥはサイド掛けで!」
――――
男「いっただきまーす」
褐色娘「ど、どうぞ」ソワソワ
男「あれ? 褐色娘さんは食べないの?」
褐色娘「いえ、今のワタシはメイドですから。ご主人様の食事中は給仕に努めさせていただきます」ペコリ
男「えー……。あ、じゃぁご主人様として命令するよ。一緒にご飯食べよう?」
褐色娘「え、あ、その……」
褐色娘「では、いただきます」ペコリ
――――
モグモグ
男「おお、スパイシー。眠っていた香辛料たちが役に立つ日が来るとは思ってなかったよ」
褐色娘「……麦茶、お注ぎしますね」
男「ありがとー」
ゴキュ
…モグモグ
褐色娘「……美味しい、ですか?」
男「うん。とってもね」
カチャ
褐色娘「……あの、気を使わなくてもいいですよご主人様」
男「ん?」
褐色娘「お肉ちょっと焦げてますし、ニンジンも形がまばらで火の通りがバラバラですし、じゃが芋もほぼ溶けかかってますし……」
男「…………」
褐色娘「……ワタシが魔法さえ使えれば……もっとちゃんとしたものをご主人様に作れるのに……」
男「…………」モグモグ
褐色娘「ランプさえ、ランプさえあれば、あまりの美味しさに空を飛んだり目からビームが出るほどの料理をご主人様にお出しできるのに……」
男「…………」ゴキュ ―ムグムグ
褐色娘「いえ、料理だけじゃありません。お掃除だってランプがあればもっと綺麗で早く終わるんです。雑巾や箒に魔法をかけてちょちょいのちょいなんです」
褐色娘「……でも、ランプがない今のワタシは……人と同じように料理や掃除をする他ありません」
褐色娘「しかも素のワタシの家事スキルは、プロ水準以上どころか一般平均以下で……」
褐色娘「カレー一つだって満足に作れない、ヘッポコ魔人なんです」
男「…………」モニュ… モニュ…
褐色娘「…………」グスッ
褐色娘「……ワタシ、何であの時にやかんになんか入ったのかな……」
褐色娘「やかんにさえ入らなければ、ワタシは魔人としての役目を――ご主人様の願いをちゃんと叶えられたのに……」ポロッ
男「…………」ゴクンッ
男「……ごちそうさま」
褐色娘「あっ、えとっ、お、お粗末さまです」
男「……褐色娘さんはね、ヘッポコ魔人なんかじゃないよ」
褐色娘「ご主人様……」
男「だって俺の願い事、もう二つもちゃんと叶えてるじゃない」
褐色娘「で、でもそれはご主人様がワタシに配慮したからで……」
男「ううん、違うよ」
褐色娘「……違う?」
男「一つ目は、楽しく食事したかったから」
褐色娘「……楽しく」
男「一人で食べても味気ないでしょ? 誰かと一緒に食事をするって、俺にはとても大切なことなんだよ」
男「だからちゃんと叶ってるよね?」
褐色娘「それは、その……」
男「二つ目。家事のお手伝い」
男「これは一目瞭然だよね。俺一人じゃこんなに家中綺麗に出来ないし、ましてや料理なんて絶対に無理だから」
褐色娘「でも、魔法さえ使えればもっと――カレーだって、この世で一番美味しいものをご主人様にお出しできるのに……」
男「俺は充分に満足しているよ、褐色娘さん」
男「……それにね、例えこの世で一番美味しいカレーを出してもらったとしても――」
男「――褐色娘さんが作ったカレーには敵わないと思うよ?」
褐色娘「……え?」
男「ただポンと出てくる美味しいだけのカレーと、褐色娘さんが指を傷つけながらも一生懸命作ったカレー」
褐色娘「……あっ」ササッ
男「それなら俺は今日食べたカレーがいいな。あたたかくて、何より嬉しいもの」
褐色娘「…………」パクパク
男「ね? 俺の願い事、バッチリ叶えられてるでしょ?」
褐色娘「……えと、でも」
男「それともう一つ」
褐色娘「はい?」
男「もしも褐色娘さんがやかんに入ってなかったら、俺は褐色娘さんと出会えなかった」
褐色娘「あ……」
男「褐色娘さんがやかんに入っていたからこそ、俺は二つも願い事を叶えることができた」
男「ランプがなくて、大きい願いが叶えられなくても……俺にとって褐色娘さんは願いを叶えてくれる、立派なランプの魔人だよ」ナデ
褐色娘「……ご主人、様……」
男「それにランプはきっと見つかるから、大丈夫」
褐色娘「……見つかるのでしょうか」
男「うん、見つかるよ。ほら、昼間の叔母さんの気合の入りっぷり見たでしょ?」
褐色娘「それは……はい。入り口の扉のドアノブがひしゃげてましたし」
男「叔母さんは一度ああなったら、目的を果たすまで絶対に止まらないからね。多分頭だけになってもランプを探しだして齧りつくんじゃないかな」
褐色娘「……えと、失礼ですが叔母様は人類、人ですよね?」
男「人だよ。並よりちょっぴり力が強くて、天を突く程の長身で、相手を睨み殺せる程度の三白眼なだけで」
褐色娘「……まるでワーウルフのような方ですね……」
男「ワーウルフ……人狼?」
男「……確かに犬歯もどちらかと言えば長いし、髪質ゴワゴワのポニテだし、お肉大好きだし……うん、ちょっぴり似てるかもね」ウンウン
褐色娘「い、いえ、どちらかと言うと外見の話ではなくて――」
男「でもね、そっちの世界のワーウルフさんがどうかは知らないけれど……」
男「叔母さんは信用できる人だよ。俺が保証する」
褐色娘「……ご主人様がそう仰るなら、はい」
男「それに俺も協力するからさ。任せてよ」ポムッ
男「俺、運動も勉強も何かの呪いなのかって位ダメダメなんだけどさ……一つだけ特技というか、変な体質があるんだよ」
褐色娘「体質?」
男「うん。何となく『失くしたものが見つかる』体質なんだ」
褐色娘「……もしや魔法ですか?」
男「違う違う。そんな大袈裟なものじゃなくてさ。何て言うのかな……」ウーン
男「何となくいつの間にか側にあったり、頼んでないのに人づてに渡ってきたり……とにかく失くした物が俺の周りによく集まるんだ」
男「自分が失くしたものだけじゃないから、いつもあちこち物が溢れて困ってるんだけど――」
男「今回ばっかりはこの体質に感謝しないと」ニッ
褐色娘「……ご主人様」キュッ
男「叔母さんもいるし、ランプは必ず見つかるよ」
褐色娘「…………」
男「……褐色娘さん?」
―ハッ
褐色娘「……あ、いえ、な、何でもないです」ワタワタ
褐色娘「別に、何でも……」―トクンッ
――――
男「はい、これ歯磨きとコップ」
褐色娘「……はい」ボー
男「ホテルのアメニティーでごめんね。今日買い物の時に一緒に買えば良かった。うっかりしてたなー」
褐色娘「……はい」
男「明日は学校あるから……そうだ、放課後に褐色娘さん用の買いにいこっか」
褐色娘「……はい」
男「服装は……魔法で何とかなるから問題ないんだっけ。褐色娘さん、他に何か必要なものあるかな?」
褐色娘「……はい」
男「……褐色娘さん?」
褐色娘「……は――ハァっ、あの、えとっ、なな何でしょう?」
男「うん、学校帰りに褐色娘さんの生活必需品とかをね……あ、俺の行ってる学校って言うのは高――」
褐色娘「――学校。学園。学院。一年、もしくは三年かけて男性が様々な女性を籠絡する為の施設」
褐色娘「子孫を残す為のプロセスを主とし、それ以外の空いた時間、もしくは前述のアクセントとして勉学に励む学び舎――ですよね?」
男「……うーん、学び舎ってところは合ってるし、まぁいいか」
褐色娘「対象となる女性がメイド、もしくはその女性の従者がメイド、あるいは学園付きのメイドなど……メイドとの遭遇率が100%の場所だと記憶しています」
男「……叔母さんのPCゲームのラインナップ、偏ってるんだねぇ」
褐色娘「?」
男「ともかく、明日は褐色娘さんがうちで暮らすのに必要な物を買いに行こうよ」
褐色娘「必要なもの、ですか……?」
褐色娘「…………」ムムム…
褐色娘「ワタシ、基本ランプの中で過ごしていたものですから、必要と言われてもその……」
男「あー、そっか。……でも俺も男だからなー。女の子が必要なものって今一つ分からないし……」
―!
男「そうだ。幼馴染ちゃんに聞けばいいんだ」
褐色娘「……幼馴染様に、ですか」
男「うんうん。むしろ一緒についてきてもらった方がいいかも。料理も上手だし、他にも色々教えてもらえるんじゃないかな?」
褐色娘「……料理が、上手……」
男「それじゃぁメールしておくね」スッ ススッ
褐色娘「…………」モンモン
――――
男「布団じゃなくて本当にいいの?」
褐色娘「はい。やかんは魔法道具としてはアレな感じなのですが……寝心地は最高ですから」
男「分かった。あ、クッションとか肌掛けとか、やかんの中に持っていけるなら自由に持って行っていいからね」
褐色娘「……何から何まで、本当にありがとうございます、ご主人様」ペコリ
男「気にしない気にしない」ハハ
男「それじゃおやすみ。何かあったらすぐ言ってね?」
褐色娘「はい。おやすみなさいませ、ご主人様」ペコリ
カチャッ バタンッ ―トッ トッ トッ トッ…
…バタンッ
褐色娘「…………」
褐色娘「おやすみなさい、マスター……」キュッ
―シュルッ
―シュポンッ
――――
――――
―フワフワ
褐色娘(あァァー……)
―フヨフヨ
褐色娘(おォォー……)
ノビーッ
褐色娘(ん~、やはりやかんは素晴らしいですねぇ……)
褐色娘(頭上のたっぷりとした空間のせいでしょうか。それともこの美しい曲線の壁のせいなのでしょうか)
褐色娘(いずれにせよ、まるで魔人専用に――ワタシにあつらえたかのようにピッタリなことには変わりはないですが……はふゥ)クテッ
褐色娘(…………)パタパタ
褐色娘(……これで魔法が使えれば、非の打ち所がない、完全無欠なマジックアイテム&物件なのに……残念至極です…)ハァ…
褐色娘(…………)
褐色娘(……でも、仮にワタシのランプが戻ってきて、元通りに魔法が自在に扱えるようになったとしても)
褐色娘(マスターの願い事って魔法がそもそも必要ないものばかりなんですよね……)
褐色娘(夕飯のカレーも、ワタシが一生懸命作ったから美味しいと言ってくださったわけですし)
褐色娘(美味しいと……美味しいって……えへへ)
―ハッ
褐色娘(違います違います。それはともかく、それはともかくです!)ブンブン
褐色娘(……それって、つまりワタシが魔法でパパッと超絶美味な料理を作っても、マスターの意向にそえないってことなんですよね……)ウーン
褐色娘(もし、もしマスターがワタシへの配慮ではなく、心からそう思っているのなら)
褐色娘(料理だけではなく、掃除や洗濯、家事全般もすべてそういうことに、なったり……?)
褐色娘(…………)ゴロゴロ
褐色娘(うーん……マスターは下手でも美味しいって言ってくれました。あたたかくて、嬉しいって)
褐色娘(……ワタシが、一生懸命だったから、『あたたかく』なったのでしょうか)キュ
―!
褐色娘(そうですよ! マスターが『あたたかさ』を望むなら魔法でいくらでも――あっ)
褐色娘(……よく考えたら、魔法じゃ駄目です)
褐色娘(魔法は、過程や方法を一切合切無視して、結果だけを実現させる力)
褐色娘(指先ひとつで万物を――果ては世の理さえ、瞬き一つの間に書き換える魔人の力)
褐色娘(……マスターの願う『あたたかさ』とは、むしろ真逆な気がします)プラプラ
――――
―シャーッ
褐色娘「んーっ……いいお天気ですね」
男「……んん」モゾッ
褐色娘「朝ですよご主人様」
男「……んー」モゾリ
褐色娘「ご主人様」ユサッ
男「……ん」
褐色娘「…………」
男「…………」スピー
褐色娘「……えーと、確かメイドの正しいご主人様の起こし方は――」―コホン
褐色娘「ご主人様~、今日も朝からカワイイ褐色娘が~、こ~ってり、た~っぷりニャンニャン愛の詰まったご奉仕をするから早く起きてにゃん♪」キャピッ
男「…………」クカー
褐色娘「…………」
褐色娘「あれ?」
――――
褐色娘「べ、別に好きでアンタの事起こしに来てるわけじゃないんだからッ! メイドだからッ、仕方なくなんだからねッ!」ビシッ
男「…………」グー
――――
褐色娘「うふっ♪ お・は・よ・う・ご・ざ・い・ま・す♪ ご主人様ぁ♪」クネリ
男「…………」クカー
――――
褐色娘「……主従の関係は起きている間だけですよご主人様。ほら、早く起きないとご主人様の唇はワタシが奪っちゃいますよ……」ヒソヒソ
男「…………」スピー
褐色娘「……おかしいですね。叔母様のゲーム、もしくは書籍では、どれも効果テキメンのメイド目覚まし法のはずなのですが……」
褐色娘「……!」―ポンッ
褐色娘「……ご主人様、朝ごはんの支度が出来ておりますよ」ボソッ
―ムクリ
男「……朝、ごはん……」ボーッ…
褐色娘「はい。こちら洗顔用のタオルと、制服とワイシャツです。着替え終わりましたらワタシに一声お掛けください、ご主人様」ペコリ
――――
褐色娘「…………」ショボーン
男「そんなに落ち込まなくてもいいのに」モグモグ
褐色娘「……いえ、目玉焼きで、その――目玉が潰れているのはいかがなものかと……」ハァ
男「いいんじゃない? 俺半熟より、火が通った黄身の方が好きだしさ」パクパク
褐色娘「……初めて会った時から薄々感じてはいましたが……ご主人様は仕える者に対して甘すぎる気がします」―トポポ
男「ん、お茶ありがと。そうかな?」
褐色娘「ええ。本来であれば、ここぞとばかりにミスを攻め立ててお仕置きか調教をする場面ですよ?」
男「……それってひょっとして――」
褐色娘「はい、叔母様のゲームです。抵抗するか、従順に従うか、メイドの最初の反応は様々でしたが――最終的にろれつが回らなくなる程忠誠を誓うケースがほとんどでした」
男「……えーと、そうなりたいの?」
褐色娘「魔人として、主従そのものを旨とするメイドという役職には近しいものを感じています」
褐色娘「そして究極の忠誠心が行き着く先が……あのだらしなく口の端からヨダレを垂らし、崩れた笑顔で痙攣しながら両手でピースをするを姿ならば――」
褐色娘「是非とも体験してみたいです。きっとそこにはマスターに対する魔人の立場とは違った忠のカタチがあるはずですから」ムンッ
男「……叔母さんの守備範囲が広いのか狭いのかよくわからないな」ズズッ―
――――
男「いやー、久しぶりの飲むゼリー以外の朝ごはん、ごちそうさまでした」パンッ
褐色娘「お粗末さまでした」ペコリ
褐色娘「……でも、久しぶりと言っても、その、短い期間なんですよね、きっと……」チラ
男「ん? どういう意味?」
褐色娘「その……お隣に住んでおられる幼馴染様が、朝ごはんの支度などをしておられたのではないかと」
男「あー、そんな事も昔はあったねぇ。でも最近は全然だよ?」
褐色娘「そう、ですか……」ホッ
男「一時期は毎日朝ごはんとお弁当と夕食と全部お世話になってたんだけど」
ガタッ
褐色娘「ま、毎日、三食も……」
男「うん。確か中学生の時くらいだったかな? 幼馴染ちゃん、うちに朝ごはん作りに来れなくなっちゃってね」
褐色娘「朝ごはんを、ですか?」
男「そうそう。『突然朝だけあんたの家限定で体調が優れない病』にかかってしまったとかで」
褐色娘「はぁ……それはまた随分とピンポイントな名前の病ですね」
男「アレルギーの親戚? みたいなものらしいんだけど、結構これがひどくてさ」
褐色娘「具体的にはどのような症状が出ていたのでしょう?」
男「えっとね――」
男「朝目覚めると床一面が真っ赤に染まってて、枕元で幼馴染ちゃんがゆらゆらしながら鼻から滝のように血を流しているんだよ」
褐色娘「た、滝のようにですか……?」ウッ
男「うん。そりゃぁもうものっそい量の血がだくだくと。それで、いくら呼びかけても――」
――――
幼馴染『試されてる? もしかしてあたし試されちゃってる?』ダバァー…
幼馴染『……あたしの目の前で無防備なのが悪いんだよ。あたしは悪くない。……悪くないから、わ、悪くないから、つまり……』フ フヒッ ―ボタボタ
幼馴染『――いやいやいや待て待て待てぃあたしっ! 一時の欲に流されて積み上げてきた信頼や布石を台無しにしていいのっ!? 駄目よ、駄目駄目、そんなんじゃ駄目っ!』ブンブンッ ―ビシャッ
幼馴染『……でも、逆に行くとこまで踏み込んで既成事実コースって手も無きにしもあらずというか据え膳というか男の唇超美味しそう……』ブツブツ ―ダクダク
――――
男「――とかひたすらよく分からないうわ言を虚ろな目で呟くばかりでさ」
褐色娘「激しい出血に加えて、幻聴に幻覚まで……恐ろしい病ですね……」ブルブル
男「最後には髪の毛が真っ白になっちゃって……微笑んで仁王立ちで気絶している幼馴染ちゃんごと救急車に担ぎ込まれたんだ」
男「そんなわけで、最近は朝ごはんは10秒チャージ。お昼は購買で焼きそばパン。晩御飯だけは幼馴染ちゃんの家にお世話になってたから――」
男「そう、あたたかい朝ごはんは本当に久しぶりなんだよ。ありがとう、褐色娘さん」ハハ
褐色娘「い、いえ、そんなわざわざ礼を言われるような事は何も……メイドとして――魔人として、当然のことをしたまでですから」///
男「……あれ?」ジー
褐色娘「は、ふぁ? へ? な、ななっ何でしょうご主人様っ!」///
男「……んー、気のせいかな? 褐色娘さん顔がかなり赤い気がするんだけど」ジー
褐色娘「い、言われてみればやけに頬が火照るような気もしますが……ってあ、あのご主人様、顔が、顔が近くてそのっ」ワタワタ
男「うん、ちょっとごめんね」スッ―
―コツン
褐色娘「――ッ!?」
褐色娘(な、ななななな……なァー!?)ボンッ
褐色娘(ご主人様のおでこと、ワタシのおでこがく、くくっ、くっついててててッ!?)
男「……うん。やっぱり、熱っぽい気がする」
―ドックン ドックン…
褐色娘(い、いけません。原因は不明ですが心臓が破裂しそうな程脈打ってます。加えて顔全体が自然発火しそうな位熱いです)カァーッ
褐色娘(数万度の高熱にも耐え、絶対零度の状況下でも行動可能なワタシが、何故このような不調に――)
―― 『 老 衰 』 ――
褐色娘(……ッ!)―ガカァッ!!
褐色娘(よもや、いえまさかそんな……)
褐色娘(最早日常生活を送ることすらままならない程、進行していると言うのでしょうか……)
褐色娘(ワタシの体が……そこまで限界を迎えていたなんて……)
―スッ
褐色娘(あ……おでこが離れて……)
―ズキッ
褐色娘(……また胸の痛みが)
男「俺は平熱低い方じゃないし」
褐色娘「…………」ボー…
男「褐色娘さん、魔人もやっぱり普通に風邪とかで体調くずしたりするものなの?」
褐色娘「……あの、ご主人様。これは体調不良などではなくて……」―キュッ
男「ん?」
褐色娘「……ッ」
褐色娘「その、ランプがないと、ワタシ、アレなんです。た、体温調節がうまくいかないと言いますか何と言いますか……」ヘロリ
男「へぇー、ランプにそんな機能があるんだ」
褐色娘「え、ええまぁ……そんな感じの機能があるようなないようなどちらでもないような、そんな感じでして……」ヘロリ
男「それで、体は平気なの? 人で体温調節がきかないって言ったらかなりの重症だけど……」
褐色娘「い、いえっ。ちょっと、ほんのちょっとだけ顔の表面だけが重点的に熱いとか、その程度のものなのでっ」アセッ
男「うん、そっか。分かった。じゃぁ――」ゴソゴソ
男「コレ渡しておくね」―スッ
褐色娘「は、はい。……あの、ご主人様、これは一体」プヨッ
男「冷えピタだよ」
褐色娘「……ヒエ・ピタ?」ツンツン
男「うん。冷却ジェルシートって言って……いや、つけた方が早いかも。ちょっとじっとしてて」ペリペリ
褐色娘「あの、えっと……?」ンッ
―ペトリ
褐色娘「ひゃっ!?」ビクンッ
男「これでよし、と」
褐色娘「ごっ、ご主人様、これは一体――ってうわぁ! な、何なんですかコレっ!? おでこが冷たいですっ! すっごくヒンヤリしてますっ!?」ワタワタ
男「どうかな?」
褐色娘「どどどどどうと言われましてもっ!?」グルグル
褐色娘「おでこが冷たくてっ……! おでこが、ヒンヤリしてて……非常に……これは……あの……」
―スーッ…
褐色娘「…………」
―ハフゥ…
褐色娘「……とっても、気持ちいい、です……」ホゥ
男「でしょ?」
褐色娘「……これが……ヒエ・ピタ……」アフゥ
男「しばらくしたら冷える効果が無くなるから、取り替えるといいよ。ここに予備置いておくから」
褐色娘「ありがとうございます……ご主人様……。これは……とても、素晴らしいモノです……」ホフゥ
男「大袈裟だなぁ、褐色娘さんは」アハハ
――――
男「クーラーとか、扇風機も使っていいからね」
褐色娘「いえ、ワタシはこのヒエ・ピタさえあれば大丈夫です。無敵です」ヒンヤリ
男「アハハ。よっぽど気に入ったみたいだね。今日の買い物リストに入れておくよ」
褐色娘「本当ですかッ!? ――あ、いえ、その、ワタシはメイドなので、必需品でない嗜好品を買うなどと……ご主人様のお財布をこれ以上使わせてしまう訳には……」ツンツン
男「気にしない気にしない。それに体調を維持する為に使うんだから必需品だよ?」
褐色娘「……そ、それなら、その……い、いいのでしょうか? お言葉に甘えてしまっても……?」キラキラ
男「いいよ。お徳用でどーんと買っちゃおう」
―ガチャッ
男「――それじゃぁ行ってきます」
褐色娘「はい、いってらっしゃいませ、ご主人様」ペコリ
―ピタッ
男「…………」
褐色娘「……? どうかしましたかご主人様?」
男「……ううん、何でも。いってきます、褐色娘さん」ニッ
――――
男「おはよう」
友「んぁ? お、男か。はよーッス」ムクッ
幼友「おっはよー男くん。いやー、今日もマイナスイオン全開だねぇ」ウンウン
―ガシッ
友「なぁ、男。ちょっと聞いてくれ」
男「? 何を?」
友「お前さ――」
友「女騎士ってどう思う?」マジッ
幼友「……ぅあー。ぁ朝っぱらから、まぁーたくぅだらない話を……」ポチポチ
友「くだらなくなんてねぇ。女騎士について友と語り合う。神聖過ぎて不可侵だろうが」
幼友「だって昨日はくノ一で、一昨日がメイドさんでしょー? 神聖どころか超ヨコシマで不埒じゃん」ポチポチ
友「……あいつは無視しろ。オレの問いに集中するんだ。お前は女騎士をどう思う?」
男「……女騎士」
友「ああ。女騎士だ。女性でノーブルな騎士だ。種族はエルフでもヒューマンでも可。騎士で女性なら何でも可。……さぁ、お前は女騎士をどう思う?」ギラッ
男「そうだなぁ。女性で騎士になれるって事は、すごく強くてカッコイイんじゃないかな」
友「……オーケー。質問が悪かった。『どう思う』なんて曖昧な表現にしたオレが悪かった。質問を変えよう」
友「つまりだな。女騎士がグッとくるか、グッとこないか……それを答えて欲しいだけなんだ、男よ」
男「……グッと?」
幼友「……結局くノ一とかメイドさんとかと全然変わんないじゃん」ポチポチ
友「お前はだぁーっとれ」シッシッ
友「そうだ、グッとくるか? どうなんだ?」ジリッ
男「…………」
男「……?」
友「チィッ! まだ表現が緩かったか! つまりだな! こう、股間に対してドカンと――」―ギクンッ
友「…………」ピタァ…
男「ん? どうしたの友?」
友「……いや、体がな、いつもこのタイミングで高確率でアイツにぶっ飛ばされるから……勝手に反応をだな……」ブルブル
男「そう言えば、始業前に友が地面に対して水平に飛ぶことが稀によくあるね。……誰にぶっ飛ばされてるの?」
友「あァ? 凶暴なお前の連れに決まってるだろが。……あぁ、でもそうか。いつも男の死角でしか襲って来ないもんな」
友「…………」
友「……ってあれ?」キョロ
友「おい、お前の連れどした?」
男「幼馴染ちゃん? 何かね、今朝は体調優れなかったみたいで……午後から来るって言ってたよ」
幼友「あー、わたしんところにもメール来てたよ。今絶賛返信中ー」ポチポチ
友「ん? LINEでなく?」
幼友「長文の時は大体メールだからねー」ポチポチ
友「……ほぅ。長文ねぇ」
幼友「そ、長文。今日如何に自分が体調不良でぇ~、今朝登校する事によって後の学園生活に深刻な影響がぁ~――だとかなんとか延々書き殴ってる長文メール」ポチポチ
友「ほーん。するってぇとアレか。今日学校に行きたくないような『何か』が幼馴染と男の間で昨日あったと……そういうワケだな? いつもの如く」ニヤニヤ
幼友「そういうワケだねぇ、いつもの如く。例によって例の如しだねぇ」ニヤニヤ
友「コイツは詳しく男に聞かねーとなァ」イッヒッヒッ
―ガッ
男「わっとっと」
友「さぁ、白状しろ男。昨日何か面白いことあったんだろ? ん?」
男「……面白いこと?」
友「まぁお前から見て面白いかは別としてだ……昨日さ、普段と変わったこととかあったろ?」
男「……変わった、こと」
幼友「そうそう。例えばあの幼馴染がぁ、思いっきり顔真っ赤にして取り乱しちゃうような感じのイベントみたいなものだとか」キラキラ
友「我がクラスが誇るある種行き過ぎて倦怠期MAXの壁ドンツーマンセルなお前らに……そう、今まで閉塞感に風穴を空けるような、新たな旅立ちのような感じのアレだとかだよ」イッヒッヒ
男「真っ赤……閉塞感……新たな……」フーム…
男「……あっ」
男「あったよ、うん。結構不思議な出来事」
友「おーおー。やっぱりなァ。だろうと思ってたよオレはよ」ポンポン
幼友「幼馴染が朝恥ずかしくて来れなくなるレベルでしょ? わたしら甘々で砂糖吐いちゃうかもね~」ヒヒッ
男「昨日、メイドさんがうちに来たんだ」
友「あーメイドさんね。メイドさん。そりゃすごいわぁ。だってメイドが奉仕してくれたら――」
幼友「メイド、メイド。身の回りの世話を焼いてくれるメイドさんねぇ。もうわたしら甘々で砂糖を――」
―ビダッ
友「――ってぬわぁんどぁってェェェェェェェェェッッ!?」―グォォォォォッ
幼友「――ちょと待て、ちょ待っ、え、男くん、何? メイド? はィ? ちょ、はィィィィッ!?」―ブワァァァァッ
友「おい……おいおいおいおい。メイド? お前の家にメイド? 何故に? オレの家にはいないのに? おかしくない?」グラグラ
幼友「えと、メイドさんって……お掃除したり、お料理を作ったりする、あのメイドさんってことだよね?」
男「そうだね」
幼友「……ぅえーマジですか……あー、幼馴染が学校来ないのってそういう事かぁ……。いや、これは……うん、不貞寝どころの騒ぎじゃないね……」ゥァー
友「あ、ありえねぇ……大体一昨日聞いた時にはお前、メイドにさしたる興味持ってなかったじゃねぇかよ」
友「そんなお前が何でたかだか二日程度であっさりメイド雇ってるんだよ!」
友「しかも何の感動も無く至極あっさりと言いやがったなこの野郎! それならせめて自慢してくれた方がまだマシだよこの野郎!」
友「オレはなぁ、毎晩祈ってるんだぞ! 朝起きたら突然オレ専用のメイドがいますようにって! 毎日欠かさずに! 北極星に向けてな!」ズァッ
幼友「……友ってさ、純粋なのか不純なのかさっぱり分からないね。純粋に気持ち悪いのは確かだけど」
友「おぉ神よ……! あなたはメイドを届ける場所を間違えた……! こんなメイドに何の感慨も抱かない男に何故……! 何て残酷な仕打ちをオレにするんだ神よッ!」―ガンッ
友「――ゥ足の小指がァァァッッッ」ゴロゴロ
幼友「うわ、大丈夫? 今のはメチャ痛そう。写メ撮っていい?」―パシャッ
ピタァ
友「…………」
幼友「あ、ひょっとして折れた? 動画撮ってもいい?」―ジィーッ
友「……クッ」
友「クックックッ……」フルフル
幼友「……あー、折れたのは指じゃなくて心だったかー」―パシャッ
友「違うッ! 心は折れてなどいない! 絶妙なカーブを描いて曲がっただけに過ぎんッ!」
幼友「……曲がったのは認めるんだね友」―パシャッ
友「オレは気付いてしま――おい写メ撮るな、やめろ。人の話を聞け――オレは気付いてしまったんだよ。こいつの仕掛けたトリックにな」フッ
幼友「トリック?」
友「ああ。いいか? こいつの両親は仕事の関係でほとんど家に帰ってこない。それは知ってるよな?」
幼友「そりゃね」
男「…………」
友「つまり雇ったのは両親と考えるのが自然だ。と言うか勝手に一介の学生がメイドを勝手に雇えるはずもない」
幼友「……いやまぁそりゃそうだろうけど、それがトリックとどう繋がるの?」
友「いいか? まともな両親が、思春期真っ只中の男子学生に……俺たちが即座に連想するようなかわゆ~いメイドさんを雇うと思うか?」
幼友「……!」ハッ
友「フフッ、どうやら気付いたようだな幼友」
幼友「『朝目覚めたらメイドが』とか言ってる友が至極まともな事言ってる……!」ガタガタ
友「そこかよッ!? そこはどうでもいいだろ! ほっとけ! 今は男の話をしているんだ!」
友「……コホン。いいか? つまり俺が言いたいのはだな――」
友「――こいつの家に来たメイドはッ! 単なる家事手伝い(おばさん)である可能性が極めて高いってことだッ!」―ビシィッ
幼友「おー、なるほど。確かに確かに」
友「そしてこいつは巧みにその事実を伏せつつ、『メイド』と言う単語だけを俺たちに与えた上で、優越感に浸りつつも絶望を煽ったってわけだッ!」―ズビシッ
幼友「……男くんそんな友みたいに嫌な性格してないよ?」
友「以上が、こいつが仕掛けた心理トリックだ。どうだ。ぐうの音も出まい男よ」クックックッ
幼友「聞いてないし……」
ポンッ
幼友「あ、でもさでもさ。これであんたの理想とする、若くてかわゆいメイドさんとやらがマジに来てたらどうするの?」
友「…………」
友「……ゴホッ」ツー
幼友「おぉぅ、口から血が……」―パシャッ
友「……いや、バカな。ありえん。常識的に考えて。だってそんな幸福、オレ以外にあってはならないんだ……そんな事は……」ブツブツ
バッ
友「ええいっ!」
幼友「おお。何かを振り切ったようにも見える友。男くんに聞いてしまうのか。トドメを刺されに自ら向かうのか。友はやっぱりMなのか」―パシャッ
友「写メ撮るなこの野郎! あとトドメとかないから! 絶対おばさんだから! 多少Mなのはしょうがないから!」ザッ
友「男ォ!」グォォォ
男「ふぁ~……ん、何、友?」
友「お前の家に来たメイドとやらは――」
男「うちに来たメイドさん?」
友「――実はお前の年齢二回り位上回ってるだろっ!」ビシッ
男「メイドさんの、年齢……」
友「……ッ」ドキドキ
幼友「…………」ワクワク
男「…………」ウーン
男「……うん、二回りじゃ全然きかないかも」
友「――――ッ」
―グッ
友「やった……! 俺は運命に打ち勝ったんだ……! メイドの神はオレを見捨ててなんかいなかったんだ……!」ォォォォッ
幼友「そっかー。じゃあ幼馴染が落ち込んでるのって、家事のポジション取られちゃったからなのか。まぁそれはそれで納得するねぇ」
友「アハハッ。二回りじゃきかないって、三回り? 四回り? それっておばさんどころかお祖母ちゃんじゃないか!」ハッハッハッ
幼友「事実確認したら元気になっちゃってまぁ……」
友「ムハハッ。それ程年上って事は経験豊富だからな……アレだ、料理とか美味いぞきっと」ウンウン
男「そうだね。とても美味しかったよ」
幼友「なるほどなるほど。料理のスキルは高い、と……」ポチポチ
友「まぁ、良かったんじゃないか? お前どっか抜けてるところあるしさ。誰かにサポートしてもらった方が絶対いいって」バシバシ
幼友「……そこは本来あの子がきっちり抑えておくべき役割なのになぁ」ポチポチ
友「あいつは天然にツンデレが機能しないことをいい加減悟るべきだろ」
幼友「いや、別にツンデレは幼馴染が狙ってやってるわけじゃないしさ……」
幼友「しかしあれだよ。かわゆいメイドさんじゃなくて良かった良かった。あんた的にも、幼馴染的にもねぇ」アハハ
友「そうだな。オレはともかくとして……もしかわゆ~いメイドさんだったらあいつ立ち直れなかったかもな」ハッハッハッ
男「……今頃、褐色娘さん何してるだろうなぁ」ボー
――――
褐色娘「…………」ペラ
褐色娘「……ふむ」ペラ
褐色娘「……つまり、ここを」シュッ
褐色娘「……こう、こんな感じで」シュッ シュッ
褐色娘「……なるほど」パタムッ
褐色娘「理解しました」
褐色娘「この二本角のプラグを、壁の穴のコンセントとやらに差し込んで……」
褐色娘「この手元のぽっちを押しこめば……」
褐色娘「この『そうじき』と言う機械が動く仕組みなのですね」
褐色娘「…………」
褐色娘「なんだ、『ぱそこん』よりもずっと簡単じゃないですか」
褐色娘「埃やゴミを吸い込むと聞いて、どれだけ複雑な手続きを踏むかと思えば――説明書はこの程度の厚さですし」ペラペラ
褐色娘「でも、これで晴れてワタシも『そうじき』使いに……。そうです、ハタキと箒を使うよりもっと早くお掃除出来るようになります……!」キラキラ
褐色娘「……何より短所は長所で補うもの。料理が美味しく作れない今、ここはワタシの得意とする掃除でご奉仕ポイントを稼ぐしかありません」ムンッ
――――
褐色娘「コンセント良し」ピッ
褐色娘「吸い口交換良し」ピッ
褐色娘「ヒエ・ピタ良し」ヒンヤリ
褐色娘「…………」
褐色娘「えいやっ」カチッ
フィィィィィィン
褐色娘「おぉ……思っていたより静かな音ですね」
フィィィィィィン
褐色娘「…………」
褐色娘「本当に吸っているのでしょうか」―ソッ
―ズボボッ
褐色娘「わわっ」ビクッ
フィィィィィィン
褐色娘「……なるほど。実力のある者ほど、力を悟らせない――それは機械も同じと言うわけですね」コクコク
――――
フィィィィィィン
褐色娘「ふんふふ~♪ ふふふふふー♪」スイスイ
フィィィィィィン
褐色娘「……なんと素晴らしい機械なのでしょうか」
褐色娘「これなら箒で掃くより遥かに短い時間でお掃除が出来ます」
褐色娘「余った時間を他の家事に費やすことも可能ですし……あ、料理の練習もいいかもしれませんね」
フィィィィィィン
褐色娘「…………」
褐色娘「お料理がうまくなったら……」
褐色娘「……マスターはワタシをもっと褒めてくれるかもしれないですし」ボー
フィィィィ――ズボゥッ
褐色娘「ひゃっ!? な、何事ですか!?」
ズボボベベベボボボボ―
褐色娘「『そうじき』がカーテンを勝手に吸い込んで……!?」クッ
褐色娘「術者の意図に反して勝手にゴミではないモノを吸うなどと……!」フヌヌヌッ
ズブビビベベボボボボ―
褐色娘「くっ! ワタシが全力で引っ張ってもなお喰らいついている……! な、何というパワーなのでしょうか……!」フンヌゥ
褐色娘「……やむを得ませんね。魔力の無駄遣いは避けたかったですが……ここは浮いてでも……!」フワァ
ズビッ ボッ ベッ ボボッ―
褐色娘「手応えあり……! このまま引けばこの吸引オバケからカーテンを解放――」
―スポッ
褐色娘「ひゃわぁっ!?」グラッ
―ゴスッ
褐色娘「~~ッ!!」ゴロゴロ
褐色娘「……ひたひ」
褐色娘「うぅ……魔人でメイドともあろう者が空中で一回転を決めた上に顔面着地してしまうとは……不覚です」サスサス
褐色娘「…………」
褐色娘「あれ? ワタシ、『そうじき』を手から離し――」
ズボッ ビッ ビブブブ―
褐色娘「あァーッ!? 洗濯物がッ! ワタシが綺麗に畳んだ洗濯物がーッ!!」ヒィィィ
ズボビブッ ベベッ―
褐色娘「このッ……カーテンだけでは飽きたらずに……! 洗濯物まで……何て貪欲な……!」グイグイ
褐色娘「コラッ! 離しなさいッ! このっ、折角洗って畳んだのに、しわくちゃになっちゃうでしょう!?」フヌッ
ズビビビブブベボゥ―
褐色娘「このままでは洗濯物が全滅して――ハッ!」
褐色娘「そうです! この機械のエネルギー源は壁から出ている雷の力! ならばその源を断てば……ッ!」
ズボボブブビブボ―
褐色娘「止まってェーーーー!!」―グンッ
ブッ
―ィィィィィィン…
褐色娘「は、ハァ……ハァ……と、止まった……良かった……止まって良かったです……」ゼッ ゼッ
シワァ…
クチャァ…
褐色娘「……いえ、何も良いことなんてないですね……」ズモモモ
――――
サッ サッ
褐色娘「うぅ……ひどい皺です。どれもこれも洗い直さないと駄目ですね……」
褐色娘「……何もかも、アレのせいで……」ジトー
―シーン…
褐色娘「……もう金輪際『そうじき』は使いません。やっぱりお掃除はハタキと箒に限りますよ」プンプン
テキパキ
褐色娘「さて、洗うとなるとやはり……」スクッ
――――
褐色娘「これを相手にせねばなりませんね」
―ドォーン
褐色娘「……『せんたくき』」
褐色娘「しかし、昨日マスターが操作している姿を見ている分……『そうじき』より扱い方を鮮明にイメージ出来ます」
褐色娘「……説明書も熟読しましたし」ペラ
褐色娘「今度こそお役に立てるはずですっ」ムンッ
ピッ ピッ …ドジャー
褐色娘「ええと、この粉を一杯入れてから」―サーッ
褐色娘「ここにこの――やたらとヌメヌメする液を注いで……」―トプッ
褐色娘「フタを閉める、と」―パタンッ
―ジャァァァァ
…ゴゥン ゴゥン ゴゥン ゴゥン―
褐色娘「後はピーと言う音が鳴るまで待つだけ……」
…ゴゥン ゴゥン ゴゥン ゴゥン―
褐色娘「…………」
褐色娘「えっ。たったこれだけ、ですか?」
褐色娘「洗濯は家事の中でも重労働な部類だと記憶していたのですが……」ペラ
褐色娘「これでは魔法と大差ないレベルですね……。術者を選ばない事を考えれば、魔法よりも高度と言えるかもしれません」ペラ
褐色娘「…………」
褐色娘「いずれ、ワタシのような魔人の役割もひょっとしたら……」キュッ
褐色娘「……いえ、今考えるべきことではありませんね。ワタシが思慮を割くべきは、マスターの願い事の成就。それ以外、今は必要ありません」フルフル
褐色娘「さて。最後までこの子に勝手に洗ってもらえるならば、その空いた時間で他の仕事を――ハッ」
―ピキィィィン!
褐色娘「……いけません。これでは先刻とまったく同じ流れではないですか……!」ワナワナ
褐色娘「万能のカラクリに心を許し、慢心したばかりにワタシはあの魔物に蹂躙されたのですから……!」
褐色娘「『そうじき』でさえ、一瞬の隙に乗じてカーテンや衣服を見るも無残な姿に変えてしまった事を考慮に入れれば……」
褐色娘「より高性能な『せんたくき』――もはや爆発の一つや二つ起こってもおかしくありません…!」
褐色娘「やかん住まいとは言え、腐っても魔人でメイド。同じ轍を踏むわけにはいかないのですっ」キッ
褐色娘「……ならば!」
―シュンッ
…シュタッ
褐色娘「ここに座布団を敷き――」トウッ
モフッ
褐色娘「――ワタシは、見張り続けます……!」―クルクルクル
―パフッ
褐色娘「――洗い終える、その時までっ!」シャキーンッ
――――
…ゴゥン ゴゥン ゴゥン ゴゥン―
褐色娘「…………」
…ゴゥン ゴゥン ゴゥン ゴゥン―
褐色娘「…………」
…ゴゥン ゴゥン ゴゥン ゴゥン―
褐色娘「…………」スクッ
パカッ
…ゴゥン ゴゥン ゴゥン ゴゥン―
ヴィーヨ ヴィーヨ ヴィーヨ―
―パタンッ
…ゴゥン ゴゥン ゴゥン ゴゥン―
褐色娘「…………」スタスタ
褐色娘「…………」ポフッ
褐色娘「…………」ジーッ
――――
…ゴゥン ゴゥン ゴゥン ゴゥン―
褐色娘「……んっ」
褐色娘「くぅ……ふ、あ……」ノビー
褐色娘「…………」
褐色娘「…………」ウト―
褐色娘「――ッ!」ブンブンブンッ
褐色娘「…………」
褐色娘「…………」コクリ
褐色娘「…………」コクリ コクリ…
―カクンッ
褐色娘「ふあっ!?」バタバタ
褐色娘「…………」シパシパ
褐色娘「……~~ッ!」パシパシッ
褐色娘「…………」ジーッ
――――
…ゴゥン ゴゥン ゴゥン ゴゥン―
褐色娘「……すー……すー」スピー
褐色娘「……むにゃ」ゴロリ
――――
―コソッ
(…………)
(……何?)
(……何々、何なの?)ワナワナ
―バッ
(うぅ……。何度見ても、やっぱりいる……)チラ
ギリギリギリ…!
(~~ッ! 頬をつねったらやっぱり痛いし)ヒリヒリ
(……幻じゃない……やっぱりあの娘、本当に実在したんだ……!)
幼馴染(……やかんの魔人兼男公認のメイド――褐色娘さん……!)キッ
幼馴染(……昨日あたしは涙で虹を描きながら逃げ帰り、布団の中に引き篭もった)
幼馴染(今見ているのは悪い夢で、目覚めたらいつもどおりの男との日常が待ってるはず)
幼馴染(だから早く寝なければと布団つむりになり――酸欠で気絶してしまった)
幼馴染(……でもあたしはその薄れゆく意識の中で一つの可能性を見出した)
幼馴染(――『集団幻覚』)
幼馴染(何らかの強い暗示をあたし達は常日頃から受けていたのではないか、という可能性だ)
幼馴染(男は溜まり続けたフラストレーションを解放する為に、救済のイコンであるメイドを想起し――)
幼馴染(――結果として暗示を受けていたあたしも同じ幻覚を見るに至った、と)
幼馴染(まぁそれが駄目なら金星からの光が反射しただとか、プラズマだとか――アレだ、もうとにかく何でもいい)
幼馴染(とにかくあたしたちが見たのは虚像だったと考える方が、よっぽど世の中の物理法則に従っているって寸法だ)
幼馴染(――そう考えたあたしは午前の授業をサボタージュして、現場――あの男のハウスの調査に向かったのよ)
幼馴染(……幸い、うっかり間違ってコピーしてしまった男家のディンプルキーが手元にあることだし)ヘロリ
幼馴染(……そして玄関の鍵を開け、こっそりと覗きこんでみれば……この通り)ハァ…
幼馴染(いないどころかこの娘は勝手に掃除を始めて、洗濯物がシッチャカメッチャカになったり――)
幼馴染(――おもむろに洗濯機を動かしたと思えば、見張ったり眠ったりと支離滅裂で……一体全体本当に何なのあの娘……)ハァァァ…
幼馴染(…………)
幼馴染(ただ一つ言える確かな事実は……少なくともあの娘は昨日、一つ屋根の下で、男と、一夜を過ごしたということ……)ギリギリギリ…
幼馴染(あたしなんて小学校卒業してからこっちの家にお泊りに来てないって言うのに……! クゥッ!)
幼馴染(二人の男女が同じ家にいて、かつ両親は留守とか……おぉ、もう、何この。壮絶に凹んできたわ……何でその場所にあたしいないのよ……)
幼馴染(しかもメイドとか淫猥だわ……! 嫌らしいことを命令されたり、ねだったりする気満々じゃない……!)
幼馴染(大体ランプの魔人にメイドとか属性重ねすぎよ! あざといわ! 貪欲だわ! 許しがたいわ!)
幼馴染(……それに、人と人の親密度は物理的な距離に比例して上がるって聞いたことがあるわ)
幼馴染(今まで一番近い距離にいたのはあたしだったのに……)
幼馴染(男家に住まわれたら、完ッ全に『幼馴染としての立ち位置+お隣さん』のアドバンテージ0じゃないの!)
幼馴染(加えて同じ空間を共有しているわけだから……トイレとかお風呂とか寝ボケてお布団にインとかアレやコレやが起こる可能性が生まれてしまうわけで……!)ガタガタ
ゼェ ハァ…
幼馴染(……ふー。落ち着けあたし。そうよ、何もかも終わってしまった……まだそんな致命的なシーケンスではないのだから)
幼馴染(そもそもの話、あの娘にその気がないなら接点も生まれない――いや、生まれ難いはず)
幼馴染(昨日見た限りでは、メイドに徹していたように見えたし、男に色目を使っているようにも見えなかった)
幼馴染(……なら今あたしのすべきことは――)ギラッ
――――
―ササッ
幼馴染(――胃袋を制するものは、男を制する)
幼馴染(美味しい料理は、男性のハートならぬ胃袋をキャッチする立派な女の武器――もとい兵器っ!)
幼馴染(もしあの娘の料理の腕が立つならば、それはあたしの偉大なるお嫁さん計画遂行の障害となりうる……)
幼馴染(故に、見極める必要がある。あの娘の料理の功夫を、出来るだけ正確に……!)
幼馴染(……まぁ、男専用に特化したあたしの料理がそう簡単に敗れるとは思わないけれど……念には念をってヤツね)フフンッ
―コソコソ
幼馴染(……イン、男家のキッチン)
幼馴染(いずれは、あたしがここに立って……)モワモワ
――――
幼馴染『あなた~♪ 晩御飯が出来たわよ~』キャピッ
幼馴染『あとはリビングに運ん――ひゃんっ! ヤダもー、あたしはおかずじゃないんだぞ☆』メッ
幼馴染『あっ、駄目っ、ご飯冷めちゃうから後で――んむっ!? んっ、んんーーっ』ビクビクッ
――――
幼馴染「くふっ、くふふふ……」ジュルリ
幼馴染(――ハッ!?)
幼馴染(トリップしとる場合かーっ!)ブンブンッ
幼馴染(いくら男家で自由に行動できるからってテンション上がりすぎよあたし! 落ち着いて深呼吸を、スゥー……ハァァァァ……)スゥ ハァ…
幼馴染(……そうよ。もし興奮するならここは心を鬼にして、写メで撮るなり、脳に焼き付けるなりして冷静に行動し……部屋で存分に興奮すれば良い話……)スゥッ―
幼馴染(……持ち出す男のアイテムは、男が無くなったら困るものは避け、かと言ってまったく男が思い出せないような関連性が低いものは価値がないので除外し――)
幼馴染(――無くなってニ日三日経った頃に気付く程度のものをチョイスすること……それがベストではないけれどベターな選択肢……)
幼馴染(……フフ、いいわ。その調子よ。厳冬期の沼の底に沈むナマズのようにクールよあたし)フフンッ
幼馴染(さて、冷静になったところで……お食事チェックね)キラッ
―ヒュパッ
幼馴染(キッチンに入った時から香っていた芳しいターメリックの香り、そしてやたらデカい鍋から察するに――)
―カパッ
幼馴染(――『カレー』。老若男女問わず愛され続ける国民食。食べ盛りの彼も納得の白米キラー)
幼馴染(……知っているのか、聞き出したのか、あるいは単なる偶然なのか……何にせよ男の大好物の一つをこうもあっさりと当ててくるとは……!)
幼馴染(……いえ、肝心なのは味。早速特に理由はないけど、男が普段から使用しているこのスプーンを使って味見してみましょう)ハァハァ
―ムグムグ
幼馴染(……味が濃い――恐らく水を入れすぎてルゥの粘度が足りなくなったから、市販のルゥを追加したのね)チラッ
幼馴染(――微かな苦味。ルゥの粘度が高い状態で掻き回すのを怠ったせいで、鍋の底が焦げている)グチッ トロトロ―
幼馴染(――追加したカレー粉がダマになって溶けきっていない)ペロッ
幼馴染(――肉に火が通り過ぎて、若干のパサつきと筋ばった固い食感が口の中に残る)モニュモニュ
幼馴染(――ジャガイモやニンジンのサイズが統一されていない為に、火の通りがバラバラ)ングング
―コトッ
幼馴染(……総括すると)ゴクンッ
幼馴染(ほどほどにマズい。まぁ、ギリギリ味は整えてあるから、食べれなくはないってレベルね)ケプッ
幼馴染(……これならあたしが料理で敗れることなんて100%ありえないわ)フフンッ
幼馴染(…………)
幼馴染(……でも、それなのに、負けるはずなんてないのに……)―ヒュォォォ
幼馴染(あたしがさっきから感じているこの悪寒は何……?)ブルルッ
幼馴染(…………)チラッ
幼馴染(……三角コーナー……)
幼馴染(…………)ジッ
幼馴染(……!)
幼馴染(な、何なのこのジャガイモの皮……一つ一つが恐ろしく小さくて薄い……)ピロッ
幼馴染(皮の切れ具合から考えると、ピーラーではなく包丁)
幼馴染(何でこんなにブツブツに切れちゃってるのかしら……いくら不器用だからってこれじゃかえって――)
________∧,、______
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄'`'` ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
幼馴染(……違う)
幼馴染(不器用だからじゃない……。何てことなの……あの娘……)
幼馴染(わざわざジャガイモの表面だけを、本当に『皮だけ』を削りとったんだ……!)ゾワッ
幼馴染(……包丁やピーラーをジャガイモに対して真っ直ぐ入れると、どうしても可食部を余分に削いでしまう)
幼馴染(しかも品種は男爵芋。メークインに比べるとはるかにデコボコしていて、ストレートに剥ける部分が圧倒的に少ない)
幼馴染(表面の凸凹に沿うように刃を入れれば、均等に皮は剥けるけど……どうしたって1アクションで剥ける範囲は狭くなる。だからこそこんなに小さく薄く、そして多い)ピロッ
―パシッ
幼馴染(台所に残っていたこのジャガイモは買ってきたばかりで新鮮そのもの。つまり皮と果肉の間に『旨味』がある状態のジャガイモ……)
幼馴染(確かに正しく調理するならその『旨味』を活かすのが正答)
幼馴染(……でも、普通は『やらない』。カレーという、最終的に味つけが濃くなる料理に対して、余りに効果が低いから)
幼馴染(そもそもあのカレーの出来から察するに、あの娘はジャガイモの皮付近にある旨味成分についても知らないはず……)
―パシッ
幼馴染(……そうなると、導き出される答えは一つ)
幼馴染(あの娘はただ、料理に対して真剣に臨んだ)グッ
幼馴染(食べてくれる人を想って――男を想って懸命にカレーを作った)
幼馴染(……美味しく食べてもらいたいから)
幼馴染(……出来れば、その料理で幸せになって欲しいから)グッッ…
幼馴染(知識や技術は無くとも、あの娘は必死で考えて……一心不乱に包丁を操った)
―ピロッ
幼馴染(それがこの、ジャガイモの皮……)
幼馴染(…………)
幼馴染(……ん?)スッ―
幼馴染(一冊だけ埃が被ってない……これは家庭料理の本?……それもバカに古いヤツ)
幼馴染(付箋がついてる……)ペラッ
幼馴染(……カレーのページ)
幼馴染(見開きどころか片側しか載ってないし、写真も絵もない)ペラッ
幼馴染(材料と簡単な手順しか載ってない雑なレシピ)ペラッ
幼馴染(…………)
幼馴染(一日で何回読めばこのページだけこんなに開き癖がつくんだか)ペラッ
幼馴染(こんな内容、一度読めば覚えられるでしょうに……)
幼馴染(一度読めば……こんなの……)ギュッ―
幼馴染(…………)
幼馴染(……うん)
―パムッ
幼馴染「……負けたわ」フゥ
褐色娘「何にでしょうか」
幼馴染「やかんの魔人によ」
褐色娘「……事実なので否定できませんが。せめてワタシのことは褐色娘と呼んでいただけないでしょうか、幼馴染様」
幼馴染「…………え?」
幼馴染「ひゃわっ!? あ、あなたいつからそこにっ!?」ババッ
褐色娘「幼馴染様が本を熱心にお読みになられたあたりからです。幼馴染様はいついらっしゃったのですか?」
幼馴染「い、いえ、あたしもその、ついさっきよ?」アハハ…
褐色娘「そうでしたか。お出迎えも出来ず申し訳ありません」ペコリ
幼馴染「あ、うん。全然気にしなくていいわよそんなこと。そ、それじゃ長居するのも何だしあたしはお暇させて――」
褐色娘「つかぬ事をお聞きしますが、幼馴染様」
幼馴染「な、何かしら?」ビクッ
褐色娘「……この家にどうやって入られたのですか?」
幼馴染「え”っ」
褐色娘「玄関の鍵はもちろん、どの窓も施錠されていたはずですが」ジッ
幼馴染「そ、それはその……」ツンツン
褐色娘「…………」ジーッ
幼馴染「と、トーゼン! あたしがこの家の鍵を持っているからに決まってるじゃない!」
褐色娘「……幼馴染様が、ご主人様の家の鍵を?」
幼馴染「ま、まァね。長い付き合いだし、小父さんと小母さんがいない今、男の世話はあたしが任されてるから」フフンッ
褐色娘「……そう、なのですか……」
―チクッ
褐色娘「……ッ」
褐色娘「また……」
幼馴染「? どうしたの?」
褐色娘「い、いえ、何でもありません」フルフル
褐色娘「それで、ご主人様に何か御用でしょうか? ご主人様は今学校ですので、お会いいただくには放課後まで――」ピタッ
褐色娘「――確か、幼馴染様も同じ学校に通われていますよね?」
幼馴染「ぎくっ」
褐色娘「登校時間はとうに過ぎていますが、よろしいのですか?」
幼馴染「け、今朝は体調あまり良くなかったから……午前中は休むことにしたのよ」ヘロリ
褐色娘「……体調が優れない状態で、何故こちらに来られたのですか?」ジーッ
幼馴染「え、えーっと……何故と言われると、その……」タジッ
褐色娘「ご主人様が学校に登校されていることは幼馴染様も勿論ご存知のはず……一体何のご用向きで訪ねて来られたのですか?」
幼馴染「あ、あー! そ、そうそう! 昨日あたし忘れ物をしちゃったのよ! とても大事なものだから居ても立ってもいられなくて……」ダラダラ
褐色娘「……忘れ物。それはどのようなものでしょう?」
幼馴染「へっ!? そ、れは……ち、小さくて……こ、これ位の大きさで震えたり震えなかったり、オンオフ自由自在っていうか何ていうか……」ワタワタ
褐色娘「……嘘をつかなくて結構ですよ、幼馴染様」
幼馴染「う”っ」
褐色娘「ズバリ。訪ねられた目的は――ワタシ、ですね?」スゥッ―
幼馴染「ぎくぎくっ!」
幼馴染(なな何て鋭い眼光なの……! それこそまるで全てを見透かされてるよう……!)
幼馴染(腐っても魔人、家事がいくらヘッポコでも読心術くらいわけないってことなの……!? それじゃぁあたしの胸に秘めた想いも何もかも――)
褐色娘「――ランプの魔人であるワタシに、願い事を叶えて欲しい。そういった用件で来られたのでしょう?」ニコッ
幼馴染「……………………え?」
褐色娘「誤魔化さなくても結構です。願いを叶えてくれるランプが目の前にあって、願わぬ者などいませんから」
幼馴染「……えっと、別にあたしはそんな――」
褐色娘「ランプを手に取った者の三つの願いを叶える、人智を超えた禁断の秘宝。……幼馴染様がワタシに惹かれるのは無理からぬことです」
幼馴染「は、はぁ……」
褐色娘「……ですが申し訳ありません。今、幼馴染様の願いを叶えることはできないのです」
幼馴染「いや、あたしは――」
褐色娘「今のワタシのマスターはご主人様です」
褐色娘「ですからマスターの願いを叶え終えるまで、マスターの方以外の願いを叶える事は出来ないのです」
褐色娘「それに恐らく次のマスター候補は叔母様ですので……幼馴染様がマスターになるとすれば、その後、ということになるでしょう」
幼馴染「だからあたしは願い事なんて――ってはいィ? 何で魔女オバサンがそこで出てくるわけ!?」
褐色娘「……魔女、オバサン?」
幼馴染「あー、男の叔母さんのアダ名でね。まるで魔女みたいな家に住んでて、しかもコワモテで――……ごめん、この話はなかったことにして。バレたらあたし殺されちゃうから」ゾォーッ
褐色娘「畏まりました」
幼馴染「……そっか。魔女オ――叔母さんもあなたの存在を認めてるんだ……まぁあんだけ胡散臭いモノで溢れてる店だからあっさり信じそうでもあるけれ――ごめん、これもオフレコで」ゾッ
褐色娘「承りました」
幼馴染「魔――叔母さんは何願うつもりなんだろ? 行き遅れを解消する為に婿の召喚とか……? あ、単純にお金とか言いそうよね、あの人って」ウーン
褐色娘「…………」チラ
褐色娘「純粋な好奇心でお聞きしますが、幼馴染様の願いは何でしょうか?」
幼馴染「……それってあなたに叶えて貰いたい願い事を、教えてくれって言ってるの?」
褐色娘「はい。不都合でなければ」
幼馴染「…………」
幼馴染「そうね、『ない』わ」
褐色娘「…………え?」
幼馴染「ランプの魔人さんに叶えて欲しい願い事なんて特にないわ、って言ったの」
褐色娘「そ、それは、一体、どうしてですか……?」
幼馴染「どうして、って……それは――」
幼馴染「――あたしが一番叶えたい願いは、あたし自身の力で叶えたいからよ」
褐色娘「……自身の、力で……?」
幼馴染「そうよ。もし魔法で望む結果を得たとしても、それはあたしにとって価値のないものになってしまうから」
褐色娘「……そんなのおかしいですよ。だって望む結果が得られたのに……それで、何故価値が無くなってしまうのですかっ!?」ズイッ
幼馴染「わっ、ちょちょっ、ど、どうしたの急に?」
褐色娘「はっ――あっ……も、申し訳ありません」ペコリ
幼馴染「…………」
幼馴染「……そうねぇ」
幼馴染「何て言ったらいいのかな……」
幼馴染「ここにカレーがあるじゃない?」カパッ
褐色娘「……ワタシの作ったカレー、ですか?」
幼馴染「ええ。このカレーはあなたが手間暇かけて作ったカレーでしょ」
褐色娘「……はい」
幼馴染「うん。……じゃぁ、これからあなたが魔人の魔法とやらでカレーを出すとするわよ?」
褐色娘「あの、ワタシ、今やかん住まいでまともにカレーを出せるか少し――」
幼馴染「あー、別に本当に出せなくていいの。あくまで仮定の話だから」
褐色娘「……?」
幼馴染「魔法カレーとあなた特製カレー、二種類あったとして……あなたならどっちを選ぶ?」
褐色娘「…………」
褐色娘「それは勿論、美味しい方を――」―ハッ
幼馴染「どう?」
褐色娘「……違います。ご主人様なら……きっと『あたたかい』方を選ぶと思います」
幼馴染「男が? いや、あたしはあなたが――いやまぁ、同じか。結局のところ」
褐色娘(……魔法では叶えられない願い……)
幼馴染「……あなたの言った『あたたかい』のニュアンスはイマイチ分からないけれど……」
幼馴染「ま、その顔見る限り、あたしの言わんとしている事は何となく伝わったみたいね」
幼馴染「つまりはそういう事。魔法で作っても、店で買っても、過程をすっ飛ばして手に入れたカレーは……本当に単なるカレー」
幼馴染「どんなに美味しくても、どんなに早く目の前に出されても、ただカレーである事以上は望めない」
幼馴染「でもあなたがカレーを一から作り上げたなら――そのカレーには物語が生まれるわ」
褐色娘「……物語」
幼馴染「そ。そのカレーには愛があるから」
褐色娘「……愛?」
幼馴染「うん。対価を要求しない料理って、あなたのかけた時間と想いの分だけ……特別なものになるのよ」
幼馴染「食べる人にとっても、それを作った人にとってもね」
褐色娘「…………」
幼馴染「あー、えーと少し本筋から脱線しちゃったわね。つまり何が言いたいかって言うと……」ポリポリ
幼馴染「……魔法でカレーをパッと出せてもさ、そのカレーにはあたしってものが含まれてない――あたしはどこにもいないわけよ」
褐色娘「だからもしもそのカレーを誰かが美味しいって言っても、あたしは全然嬉しくないし、何の達成感もないの」
幼馴染「うまく言えないんだけど、大体そんな感じかしら。……分かる?」
褐色娘「……いえ、その……」キュッ
褐色娘「……まだよく理解できていないと、思います……」
幼馴染「……ごめん。やっぱあたしの説明がマズかったわね」
褐色娘「あ、いえ、違います。幼馴染様の言おうとしていることは何となく分かるんです」
幼馴染「そうなの?」
褐色娘「はい。……きっと、ワタシが――」
褐色娘(――理解したくないから)
褐色娘「――……」ボー
幼馴染「……ま、あなたは魔人で、あたしは人間。考え方や常識なんて違って当然よね」
褐色娘「あ、は、はい。それもあると思います」コクコク
褐色娘「……でも流石ご主人様の幼馴染でいらっしゃいますね、幼馴染様」
幼馴染「何よそれ? ちょっと意味が分からないんだけど」
褐色娘「いえ、ご主人様もそうだったのですが……即物的なモノすら願わない方達にお会いしたのが、ワタシ初めての経験でして」
幼馴染「即物的……」
褐色娘「ええ。お金なり、欲しい物なり、量や質に差はあれど大体の方は願っていましたから」
幼馴染「…………」
幼馴染「………………」
幼馴染「……ねぇ」
褐色娘「はい? 何でしょう」
幼馴染「叔母さんが終わった後でいいから、マスターに立候補させてくれないかしら」
褐色娘「へ?」
幼馴染「…………」
褐色娘「でも、さっき叶えたいものはないと――」
幼馴染「よく考えたら、一番叶えたいもの以外は別にランプの魔人にお願いしてもいい気がしてきたの」コホン
褐色娘「は、はぁ……」
幼馴染「日々の癒しと言うか、リラックスして過ごせるグッズのようなものが二三、手元にあってもいいかなって……///」
褐色娘「癒しですか……」
幼馴染「だから予約を入れておくわね。別に、本当に大した願い事じゃないけど、まぁあるかないかで言うならあった方が賢明なのは確かだし、冷静になってみたら本物の魔人に会って願いを叶えてもらうとかすごく特殊な経験だし、将来やらなかったことを後悔する位なら今やっちゃえって感じだし、だからと言って深く執着しているわけじゃなくて――」ペラペラ
褐色娘「はい、承りました。その時は是非、褐色娘をご利用くださいませ」ペコリ
幼馴染「期待はしてないけどね。折角だしね。記念にね」コホン
褐色娘「……あ!」
褐色娘「そうです! 幼馴染様!」
幼馴染「な、何よ。急に大きな声で」
褐色娘「ワタシに料理を教えてください!」
幼馴染「……はい?」
褐色娘「ご主人様が仰っていました。幼馴染様は大変料理がお上手だと」
幼馴染「――――」ピシャーン
幼馴染「ご、ごめん。もう一回言ってもらってもいいかしら」
褐色娘「え? あ、はい。ご主人様が、幼馴染様は大変料理がお上手だと――幼馴染様?」
幼馴染「……くふ」ニヘェ
幼馴染「あいつがあたしの料理を、上手って……ぐふ。くふふふ」ニヨニヨ
褐色娘「お、幼馴染様?」
幼馴染「え、あ――オホン。それで、あたしに教えて欲しいってわけね……えへぇ」トロォ
褐色娘「はい。ワタシ、幼馴染様が料理が上手だと聞いてから胸の内がやたらとモヤモヤしてしまって……」
褐色娘「それってきっと自分の料理の腕が未熟だからだと思うんです。だから幼馴染様に教われば――幼馴染様?」
幼馴染「くふふ――あ、ごめんごめん。うん、いいわよ。あなたに料理を教える位ワケない――」ピタッ
幼馴染「…………」
幼馴染「ダメ」
褐色娘「へ?」
幼馴染「絶対ダメ!あなたに料理は教えないわ!」キッ
褐色娘「ええーっ!? な、何故ですか!? 今途中までいいって言ってたじゃないですか!」
幼馴染「あったりまえじゃない! 何であたしが敵に塩を送るようなことしなきゃいけないのよ!」ムキーッ
褐色娘「て、敵ってワタシがですか!?」
幼馴染「ただでさえ、あたし料理の姿勢や真剣さで一回は白旗上げてるんだから! これで技術まで身につけられたらたまったもんじゃないわ!」
褐色娘「し、白旗? いえ、ワタシは幼馴染様と料理勝負がしたいわけでは――」
幼馴染「と、とにかくダメなものはダメ!」
幼馴染「それにそう! 大体、今あなたが一番頑張らなきゃいけないのって、魔人としての力を取り戻すことじゃないの!?」ビシッ
褐色娘「うぐっ……! でもそれにはランプが不可欠で……だからせめて家事でご主人様にお役に立ちたいと……」
幼馴染「ランプが不可欠ぅ? あなたそれでも本当にランプの魔人なの?」ハンッ
褐色娘「……え?」
幼馴染「何千年も魔人やってきといてさ、『ランプがないです。マスターの願いに応えられません』ってそれどうなの?」
褐色娘「…………」
幼馴染「魂だとか生贄だとか、そういう対価を貰ってはいないみたいだけれど……『願いを叶える魔人』ってあなたの立派な看板じゃないの?」
褐色娘「あ……」
幼馴染「何千年も魔人やってきた自負があるなら、『ランプがないから何も出来ない』って嘆く前に、何とかしようって死に物狂いで努力しなさいよ」
幼馴染「そんな方法の模索もしないで家事で役に立ちたいとか……それって誰の為の努力なわけ? 男の為? それともあなたの自尊心を守る為?」ズイッ
褐色娘「…………」ギュ
幼馴染「何も言えないってことは、どうやら図星みたいね」フンッ
幼馴染(しまった……。あきらかに言い過ぎたわ。男が絡むとつい……。でもそんなに的外れな事は言って、な、い……?)
―ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ
褐色娘「…………」スゥッ―
幼馴染(ひッ!? 何かあの娘の周りの大気歪んでないッ!? ま、まさか怒りによって何らかの力が解放されるようなタイプとか!? ひょっとしてあたし逆鱗ヨシヨシして死に急いじゃった感じ!?)オロオロ
―ゴ ォ ッ
幼馴染(――あ、男ごめん。あたし死んだ)
―ガシッ
褐色娘「――そのっ! 通りですっ! 幼馴染様!」―パァッ
幼馴染「…………え?」
褐色娘「ワタシ! ランプを失ったことばかりに気を取られて、肝心な魔人としての本分を失ってましたっ!」ブンブンッ
幼馴染「……え? え?」グラグラ
褐色娘「ワタシは魔人なんです! ランプがあっても無くても魔人なんです! ランプの魔人ってワタシ自身のことなんです!」ブンブンッ
幼馴染「あ、うん? あの、ごめん、手が痛いんだけど、振るのやめてもらえないかな」グラグラ
褐色娘「魔法のランプがあるから魔人ってことではなくてですね、ワタシが魔人だからこその魔法のランプって言うか、えっとつまりそのですね――」
褐色娘「――今、ワタシが住んでいるのが『やかん』ならばっ!」―バッ
褐色娘「それこそが魔人のマジックアイテム『魔法のランプ』――『魔法のやかん』ってことなんですよっ!」―バァァァンッ
幼馴染「……………………は?」
褐色娘「ランプがないないと騒ぐ前に、やかんを全身全霊をもってマジックアイテムに改造してしまえば良かったんです! まさに逆転の発想です!」ムフーッ
褐色娘「幼馴染様はその事を暗に指摘していらしたんですね!」キラキラ
幼馴染「…………え、いや、あの、あたしは」
褐色娘「魔人としての誇りを、ワタシに取り戻させる為に!」キラキラ
幼馴染「…………」
幼馴染「そうよ」ド ォ ー ン
褐色娘「やっぱり! ワタシ、あらん限りの力を持って! やかんを必ずマジックアイテムにしてみせますね!」ムンッ
幼馴染「ええ、何かよく分からないけど、頑張りなさいよ」ハァ
幼馴染「……これで通算二度目の負けかしらね」ボソッ
褐色娘「はい? 何か言いましたか幼馴染様?」
幼馴染「……別に。ところで最初からずっと言いたかったんだけど……何であなたおでこに冷えピタ貼ってるの?」
褐色娘「あ、幼馴染様もヒエ・ピタご存知なんですね。これはですね、ご主人様に貼っていただいたんですよ」フフッ
幼馴染「なッ!? それ剥がしなさい! 今すぐに! あたしがつけるから!」
褐色娘「だ、ダメですよ! これはワタシのヒエ・ピタです! いくら幼馴染様と言えど――」
――――
――
―
――――
幼馴染「……お待たせ」
褐色娘「お待たせしましたご主人様!」
男「そんなに待ってないよ。ドラッグストアとかハシゴしてたから、来たの今さっきだし。何を買ってきたの?」
褐色娘「えぇとですね。すっごくカワイイ縞々ストライプの下――もがーっ!?」バタバタ
幼馴染「あッ、あなた何考えてんの!? 少しは慎みってものを持ちなさいよ! バカなの!?」
男「…………」ニコニコ
幼馴染「……あんたも何ニヤニヤしてんのよ」
男「うん。二人共仲良くなって嬉しいなって」
幼馴染「ばッ! 仲良くなんて――」
褐色娘「はい! ワタシもとっても嬉しいですよ!」
幼馴染「う”……と、とにかく、あたしは離れて歩くから」フンッ
褐色娘「? どうしてですか? 幼馴染様」
幼馴染「どうしてもこうしてもないでしょ! あなたメイド服だからひたすら周りから浮きまくりなのよ!」ビシッ
…チラ …チラチラ
褐色娘「幼馴染様、メイドはメイド服を着るものですよ」エッヘン
幼馴染「……あのねぇ。ここは日本の趣都じゃなくて、しがない地元の商店街なの。TPOをわきまえなさいな。郷に入っては郷に従えって言うでしょ?」フンッ
褐色娘「……そう、なのですか? ご主人様……」シオシオ
男「うん? 俺は気にしないよ? だって仕事着だし、それにカワイイからいいんじゃない?」
褐色娘「――カワッ!?」ボッ
幼馴染「――カワッ!?」ガーン
褐色娘「じゃ、じゃあワタシはこのままでいいです///」エヘヘ
幼馴染「…………」
幼馴染(……じゃ、じゃぁあたしもメイド服着たら――)モアモア
――――
幼馴染『ど、どうかしら?』キャルン☆
男『カワイイよ幼馴染。……もう家まで我慢できそうにないよ』―ドンッ
幼馴染『あっ……もう♪ 壁ドンまでされて断れるわけないじゃない……』ススッ
――――
幼馴染「……くふ。ぐふふふ……」ジュルリ
男「―――ちゃん」
男「幼馴染ちゃん?」
幼馴染「ふぇっ、な、なな何かしら?」ゴシゴシ
男「着いたよ」
幼馴染「ど、どこに?」
男「商店街の管理事務所」
幼馴染「……管理事務所?」
――――
叔母「だァかァらァ、別に悪用しようとかそんなんじゃなくてさァ。ちょっと見たら返すからさ、な?」
会長「な? って言われても困るんだよ叔母ちゃん。これは商店街の防犯目的であって一般人が勝手に見たらプライバシーの侵害とか色々ね――」
幼馴染「……叔母さん、アレ何やってるの」
男「防犯カメラとか調べたら、ランプを買っていった人が分かるかもって叔母さんにアドバイスしたんだけど……」
幼馴染「それで商店街の防犯記録映像を見ようとしてるの? 相変わらずあの人滅茶苦茶ね。大体、自分のお店の見ればそれで一発じゃない」
男「でもあれハリボテだったんだって」
幼馴染「……骨董屋が防犯費用ケチってどうすんのよ……いや、施錠無しで店空ける人間に何言っても無駄よね。……で、何であんたが呼ばれてるわけ?」
男「交渉が難航してるから援軍に来て欲しいって――メールで」スッ
幼馴染「アレは交渉と言うより最早タカリか乞食めいた――」
叔母「お? 随分早かったじゃねぇか男、褐色娘」ポンポン
叔母「……うん? それに……幼馴染? 何でお前がここにいるんだ?」
幼馴染「……あによ。あたしがいちゃ悪い?」フンッ
叔母「……ふーん」チラッ
男「……?」
叔母「……ほーん」チラッ
褐色娘「……?」
叔母「……へーぇ」ジーッ
幼馴染「な、何よ。そもそもあたしはこいつに頼まれてここにいるだけで――」
叔母(お前も落ちるところまで落ちたなぁ)ボソボソ
幼馴染(はぁ!? 一体何の話よ!)ボソボソ
叔母(アレだろ。お前も褐色娘のマスター志願してるんだろ?)
幼馴染(…………ま、まぁ、少しだけ。ランプの魔人に会えるなんて、希少な機会だし?)ヘロリ
叔母(で、男を魔法で自分の虜にしちまいたいと)
幼馴染(ッはァァッ!?)
叔母(振り向いて貰えなさすぎて色々こじらせたあげく、ランプの魔人の魔法で解決……うーんある種催眠とか脅迫よりタチが悪いよなぁ)ウンウン
幼馴染(バッッッカじゃないの! しないわよそんな事! 大体、心を操った時点でもうそれは男とは呼べない別のナニかでしょうが!)
叔母(でもアレだぞ。まるで振り向いて貰えずに、男が誰かと結ばれて……それでも想いを振り切れなくて乙女としての賞味期限切らすのと――)
叔母(――ナニカサレテしまった男だけど、何でも思い通りになって、浮気もせずに一途にお前だけを想って、一生一緒に暮らせるのと……どっちがマシよ?)
幼馴染(……何でも思い通り……あたしだけを想って……)エヘェ
幼馴染(――ハッ! 駄目駄目! やっぱりそんな悪魔に魂を売り渡すような所業は――って言うかあたしがフられる選択肢前提とかふざけるんじゃないわよ!)クワッ
叔母(まぁお前が何を願おうとわたしは知ったこっちゃない。そんなのはお前の自由だし……第一、道徳説ける程綺麗に生きてもいないしな。……が、一つだけ言っておく)カチッ
シュッ ボッ―
叔母(――次のマスターは、わたしだ)―ギンッ
幼馴染(――ッ)ゾワッ
叔母(それだけは譲らない。絶対にだ)ゴォォォ
幼馴染(……叔母さんは、一体何を願うつもりなの……?)ゴクリ
叔母(言えないねェ。それに、その時が来たら嫌でも分かるさ)スパー…
叔母「そうだ、丁度いい。幼馴染、500円玉貸してくれ」
幼馴染「……はぁ?唐突に何よ」
叔母「交渉の為に必要なんだよ。元々男呼んだのそれが理由だしな」
幼馴染「……お金で解決とか、もう言葉も無いわ……。学生から借りようとするのもあり得ないし」ハァ
叔母「紙幣ならあるけど硬貨は持ってないんだよ。返すから貸してくれ」
幼馴染「? 意味が分からないんだけど? あと何であたしが持ってる前提で話が進んでるわけ?」
スパー…
叔母「……ぬいぐるみハンター」
幼馴染「!?」ビクッ
叔母「地元のゲーセン荒らし過ぎて出禁くらって……わざわざ隣町まで遠征してるファンシーグッズ大好きJKがいるらしいねぇ」
幼馴染「――ッ」プルプル
叔母「まぁ? 誰とは言わないけど? 大人な幼馴染とは無関係な話だけど? 未だにぬいぐるみ抱いてないと寝れない、そんな年齢不相応な趣味してるJKと幼馴染はまったく無関係だろうけど?」ニヤニヤ
叔母「……関係ない話だけどさ、500円と100円硬貨が詰まったがま口をさ……幼馴染は持ってるよな。な?」
―カパッ
幼馴染「…………」スッ
叔母「ん。いい子だ。幼馴染とはまったく無関係なJKの話はここまでにしておこう」ンー
幼馴染「……ちゃんと、返しなさいよ」ギリギリ…
叔母「わたしは約束を守る女だ。……あとぬいぐるみに顔写真貼り付けるのはもうやめとけよ」
幼馴染「――ッ!? な、何の話だかさっぱりだけど、き、気をつけることにするわ……!」ヒククッ
叔母「さて、会長さん」
会長「何々何なのもう……何度言ったって見せられないものは見せられないよ。それに甥っ子まで呼びつけて……叔母ちゃんはねぇ、大人としての自覚が足りないと言うか何と言うかねぇ――」
叔母「ん」―スッ
会長「……はい? 500円玉? ……まさか買収とは言わないよね。買収するにしたって500円って金額はあまりに商店街を舐めてると言うか、いやそもそも金額を釣り上げたってやっぱり見せられないけどね――」
叔母「違う違う。500円は会長さんにはやらないよ」
会長「……はぁ?」
叔母「これをさ、こう――」グッ
―クニャッ
会長「」
幼馴染「」
男「おー」パチパチ
褐色娘「わぁ! 硬貨が二つ折りになっちゃいました!」パチパチ
叔母「で、こう」グッ
―グネッ
会長「」
幼馴染「」
男「おおー」パチパチ
褐色娘「今度は四つ折り。叔母様は力がお強いですねー」パチパチ
叔母「……さて、それで会長さん」
コッ…
叔母「わたし、いつも申し訳なく思ってたんだよ」
コッ…
叔母「いつも迷惑かけてばっかりでさ、ろくなお礼も返せてないしさ」
コッ…
ピタッ
叔母「だから今日はいつもの恩返しをしようと思ってさ」ズイッ
会長「ひッ……!」
叔母「そう。今日はわたしの事を娘だと思ってさ。わたしの恩返しを受けてくれよ」―スーッ
会長「お、恩返しって……!?」ガタガタ
叔母「わたしが」
叔母「懇切丁寧に」
叔母「全身全霊で」
叔母「『 肩 揉 み 』――してやるからさぁ」ワキワキ
会長「」
叔母「もう二度と肩が凝らなくなるように、肩なんて無くても良かったと思えるくらい……徹底的にやってやるよ」ニィィッ
―パキポキッ
会長「こっちのダンボールに直近1ヶ月分のBDが入ってるよ。それぞれの監視カメラ毎にカラー分けされてて、あ、時間帯はディスク表面に書いてある通りで、うん、よく考えたら結構量が多いから後で叔母ちゃんの店に届けてあげよう。うちの若いの体力有り余っちゃってるし、昼間は結構暇してるし、あ、お礼なんて全然気にしなくていいからね。本当に本当にお礼はどうでもいいんで、いや本当に勘弁して下さい。リアルタイムでこれからもデータ届けるんでホント勘弁して下さい」ペラペラ―テキパキ
叔母「お、そう? 悪いな会長。助かるわー」アハハッ
―キィンッ パシッ
叔母「――ッと。じゃ、何かあったら『また』来るから。その時はよろしく、な?」ポンポン
会長「ひィッ!?」ビクビクッ
叔母「『肩揉み』で足りないなら、もっとイイ恩返し用意しとくから、さ」―ヒソッ
――――
叔母「幼馴染ありがとな。500円玉返すわ」ヒョイッ
幼馴染「『返すわ』――じゃ、ないでしょ!? これ、こんな四つ折りにされて返されたって使い物にならないじゃない!」
叔母「なんだよ。元通り返すなんて一言も言ってないだろ」
幼馴染「ゴリラも真っ青の握力で硬貨折り畳むなんて想定するわけないでしょ! 500円の価値は重いのよ! プライズ系なら1プレイおまけにつくのよ! 500円を舐めるなー!」プンスカー!
男「あの、幼馴染ちゃん」チョンチョン
幼馴染「何!? 100円で刻んで結局ぬいぐるみ取れないんだったら500円最初から投入するのは当然でしょ!?」ガーッ
男「ううん、そうじゃなくて。その500円と俺の500円交換しよう?」
幼馴染「……へ?」ピタッ
男「元々俺の500円がそうなる予定だったんだしさ」
幼馴染「え、で、でも……」
男「そんなに綺麗に四つ折りになった硬貨とか見た事ないし、欲しいから。ホラ、交換しよう?」
幼馴染「――ッ」
―パッ
幼馴染「あ、後でやっぱり無しって言っても返さないんだから。……ぜ、絶対に返さないんだからねっ!///」
褐色娘「フフ、幼馴染様。500円良かったですね」
幼馴染「……うん」ポーッ
褐色娘「これでプライズ・ケイというものに使えますね」
幼馴染「何言ってるの? この500円はもう永久に使わないわよ……」フヘヘ
褐色娘「……? えっと、どういう事でしょう?」
幼馴染「この500円はね……男が、男の意思でトレード――いえ、もうこれはあたしに譲渡したものなの……」トローン
褐色娘「は、はぁ……」
幼馴染「あたしが男のものを隠れてちょっとだけレンタルするのとはまるで違う、別次元のイベントなのよ……」フヒッ
褐色娘「…………」
幼馴染「額に入れて飾ろうかしら。いつも通りジップロックからのファイリング……ううんパウチして真空処理してからあたしの幸運のお守りとして常に持ち歩くという手も……」ブツブツ
褐色娘(…………)
褐色娘(マスターから硬貨をいただいた幼馴染様……とても嬉しそうです)
褐色娘(貨幣としての価値ではなく――マスターが所有されていたこと、そしてマスター自身の意思で交換を申し出たことに価値を見出しているのですね)
褐色娘(……幼馴染様はいただけても、メイドのワタシにはきっと、何も……)キューッ…
褐色娘(ふあっ!? な、何だか胸の辺りが苦しいです! 心臓を握られた上に絞られているような……!)キュゥゥゥッ―
褐色娘(……こ、これはいよいよもって『その時』近づいているのかもしれません……!)キュッ クッ クゥゥゥ―
褐色娘(……でも、だからと言ってもう焦ったりはしません)スゥ―
褐色娘(今までのワタシとは違います。そう。マスターと、そして幼馴染様のアドバイスでワタシは覚醒め、魔人としての誇りを取り戻したのです)
褐色娘(ワタシが為すべきこと、ワタシが為さねばならぬことを、ワタシは理解しました)
褐色娘(……それはこの身が果てるまで、ランプの魔人で在り続けること)
褐色娘(命が尽き果てるその瞬間まで、願いを叶えるという魔人の使命を全うし続けること)
褐色娘(……ランプを失い、願いを叶えるのが困難だと言うならば……ランプを新たに作ってしまえば良いだけのことなんです!)
褐色娘(そう、ただそれだけなんですっ!)ムンッ
褐色娘「見ていてくださいご主人様っ! 近い内にワタシがご主人様があっと驚くようなモノをお見せしますからっ!」ズイッ
男「……え? あ、うん。楽しみにしているよ」
褐色娘「はいっ!」キラキラ
男「……なにかな? なんだろう?」ニコニコ
幼馴染「くふ。ぐふふふ……夢が広がるわぁ……」ニヘニヘ
叔母(褐色の健康的な肌に、艶々の銀髪、そして青い瞳が、実にメイド服にマーベラスでマグニフィセント……健康的な印象も受けるし、無垢さと相まってある種扇情的な印象も――いいなぁ羨ましいなぁ……わたしもなぁ……)ボソボソ
――――
――――
酒屋「らっしゃいあっせー三河――」
叔母「――よう若旦那」
酒屋「あ、これはどうも。叔母の姉御じゃないスか。あれ、スーパードライ切らしちゃいました? それとも魔王――」
叔母「今日は防犯カメラの映像貰いに来たんだ」
酒屋「いや、それは無理ッスよ。冗談キツいッスよ姉御」ハハ
叔母「――若旦那。貰えないなら店内の酒すべてを飲み尽くすぞ。 ツ ケ で 」ニッコォ
酒屋「それでいつ頃からの映像がいるんスかー?」ガサゴソ
――――
叔母「一つ120円のリンゴと、一つ80円のミカンがあります」―グッ
―グシャァッ! バブチュッ!
八百屋「」
叔母「 次 は お 前 が こ う な る 番 だ 」―ポタッ ポタタッ
八百屋「ちょッ!? お叔母嬢、待ってくれぇッ! い、意味が分からねぇよォ!」ガタッ ズルズル
幼馴染「せめて用件を言ってから、ハァ……八百屋のおじちゃんごめん。防犯カメラの映像貸して貰えるかな」
――――
―キュポッ
叔母「……ん。これで商店街全域カバー出来たか」キュッ キューッ…
幼馴染「おーもーいーわーよー……」ズシィ…
叔母「後は帰ってチェックするだけ。……量が多いから手こずりそうだけど」
幼馴染「重いっつってんでしょぉッ!? ねぇ聞いてるッ!?」ガァー
叔母「……んだよ、うっさいなぁ。ホレ、男と褐色娘見習えよ。黙って運んでるじゃねぇか。それに男に至っては見ろ、いつの間にかVHSとβとLDのデッキまで持ってるぞ」
幼馴染「あいつは、って言うかあいつらは優しすぎるから叔母さんの横暴に付き合って――べ、べーたとれーざーでぃすくって何?」
叔母「……答えたらわたしのSAN値が減るからパス。あとでググれ若人」
幼馴染「……って言うかさ。調べるなら管理事務所の映像で充分なワケでしょ。何でわざわざ商店街の店舗ごとにBD、DVD、ビデオを回収したわけ?」
叔母「……もし商店街の防犯カメラの位置を熟知している奴だったら、そっちには映ってないかもしれないからさ」―カチッ
幼馴染「……は?」
叔母「犯人は個々の店舗の防犯カメラまで気が回っていない可能性が高い。もしそうならこっちバッチリ映ってるからな。……それと仮に、犯人がそこまで警戒してなかったとしても……」―シュッ ボッ
叔母「遠景と近景、映像が両方に対応出来ていれば、顔から身元の割り出しがスムーズに進むだろうし、その日のそいつのお買い物の行動から犯人のプロファイリングを作成することだって可能になるからな」―スパー
幼馴染「……一体叔母さんは、何と戦っているんだ……」
――――
幼馴染「つ、疲れたわ……」グッタリ
男「幼馴染ちゃんお疲れ様」
幼馴染「バカにしないで。微塵も疲れてなんていないわ」シャキーン
男「俺だけでセッティングしてたらこんなに短時間で終わらなかったよ。ありがとう、二人共」
幼馴染「ふ、ふんっ。ありがたく思いなさいよ。……べ、別に言葉だけじゃなくて形のある誠意とかも受け付けてるから///」
褐色娘「ご主人様のお手伝いをするのはメイドとして、ランプの魔人として当然ですから!」フシュッ
幼馴染「……にしても叔母さん、十個もディスプレイ並べてどうするつもりなのかしら」
男「同時に防犯カメラの映像を見るんじゃないかな?」
幼馴染「はァ? 人間の目は二つしかないのよ。どうやって十個も同時に見るのよ」
褐色娘「『見るだけなら朝飯前。流石に同時にプレイしろって言われたら六個が限界だけどな』って叔母様仰ってましたよ?」
幼馴染「……プレイ?」
褐色娘「……あ、ごめんなさい。これ内緒にしろって言われてたので、今から内緒にして下さい……」
幼馴染「今から内緒って……まぁ別にいいけど。……あたしも叔母さんの恐ろしさは知ってるから」ブルブル
男「?」
幼馴染「あ、そうだ。あんた晩御飯どうするの? その食材で料理でもするの?」
男「ううん。今日はね、昨日のカレー残ってるからそれを食べるんだ。一日経ったカレーすっごく美味しいからねー」
褐色娘「……///」エヘェ
幼馴染「……二日続けて同じモノ食べるのは感心しないわね」
褐色娘「……ッ!?」ガーン!
幼馴染「栄養バランス考えて――って何よあなたそのドヨドヨした今にも世界が破滅しそうですーって雰囲気の表情は……」
褐色娘「……な、何でも、ないです」エヘヘ…
幼馴染「……あー」
幼馴染「あ”ーっ! も”ーっ! 何であたしはこう割り切れないかなーっ! もーっ!」グシグシ
男「幼馴染ちゃん?」
――――
…ピーッ ピーッ ピーッ
幼馴染「さてさて、どうかしらっ、と」
ガッチャン ―ホワァ
幼馴染「んー」
―ジュワァ
幼馴染「良し良し。イイ感じの焼き色ね」
幼馴染「二人共ー、出来上がったわよー」
男「この匂い……チーズとカレー?」
褐色娘「わっ、わっ! すっごい香辛料のイイ香りがします! これは何て料理なんですか?」
―ゴトッ
幼馴染「……『焼きカレー』よ」
褐色娘「ヤキ・カレー?」
幼馴染「あんたのカレーをベースに作ったのよ」
褐色娘「こ、これが……ワタシが作ったカレー、ですか?」
幼馴染「トマト缶放り込んでテキトーに煮込んで」クルクル
幼馴染「チーズとパン粉かけてオーブンで焼いただけ」
幼馴染「……まぁ、だから」
幼馴染「あなたのカレーとあたしの『合作』料理ってこと」
褐色娘「幼馴染様とワタシの……」
幼馴染「ホラ。こうやって少し工夫すれば、別物になるし、飽きなくて済むでしょ?」
幼馴染「それと言っとくけど。味付けは変えてないからね」
幼馴染「トマトで風味は変わってると思うけど、大部分はあなたが作ったカレーのままだから」
褐色娘「!」
幼馴染「……まぁ、その、うん」
幼馴染「折角作った料理を食べてもらいたいって気持ち……あたしも分からないわけじゃないしさ……だからね、合作」ブツブツ
褐色娘「幼馴染様……」
褐色娘「ありがとうございます」ペコリ
幼馴染「バッ!? べ、別に感謝されるようなことじゃないし! そんなのどうでもいいから早く食べ――ってもう食べてる!?」
男「アフッ、おいひいよコレ、ふーっ、ふーっ」モキュモキュ
幼馴染「い、いただきますぐらい言ってから食べなさいよ!」
男「ん? もう言ったよ? ほら、チーズが伸びる内に食べようよ。コレね、一晩熟成したカレーの風味にトマトの酸味がアクセントになってて、焼き具合も最高だよ。美味しいよコレ。アフッ」フーッ フーッ
幼馴染「……ん。美味しいってさ///」オホン
褐色娘「……はい///」コクン
――――
男「これで良し、と。鏡の右戸棚に、洗面用品一まとめに出来たね」
褐色娘「ありがとうございます、ご主人様」ペコリ
男「でも良かったの?」
褐色娘「? 何がでしょうか?」
男「歯ブラシとコップ。俺のと一緒の製品で」
褐色娘「は、はい。それは、その、一緒でいいかなー、と……」エヘヘ
男「もっとカワイイ歯ブラシとかにしても良かったのに」
褐色娘「え、えっと……ご主人様が使っているから使いやすいと思いまして……」
男「そうかな? でも、ずっと同じ製品買ってるからそうかもね」
褐色娘「はい。お揃いがいいとか別にそういうのではないです」
男「お揃い?」
褐色娘「なっ、なんでもないですっ///」ブンブンッ
――――
男「それじゃ、おやすみ褐色娘さん」
褐色娘「はい。……おやすみなさいませ、ご主人様」
キッ―
褐色娘「あのっ」
男「ん?」
褐色娘「そのっ……」
褐色娘「……カ、カレー。美味しいって言ってもらえて、嬉しかった、です」
男「うん。俺も嬉しかったよ。二人のカレー最高だった」
褐色娘「――ッ」トクン
褐色娘「……ワ、ワタシ」―グッ
男「?」
褐色娘「……いえ、何でもありません。おやすみなさいご主人様」
男「うん、おやすみ」
バタン
褐色娘「…………」
褐色娘(日に日に強くなる胸の疼きと体の火照り……)
褐色娘(でも……ワタシの寿命を説明したところで、マスターにご迷惑をかけるだけですよね)
褐色娘(…………)
褐色娘(ワタシは、ワタシのやれることを全うするだけです)
ピリピリ…
ペタァ
褐色娘「……よし」ヒンヤリ
褐色娘(やかんに魔法の増幅機関が存在しないなら、回路を彫り込んで作るまで)
褐色娘(それできっとランプの役割を果たしてくれる――はず)
―ヒヤァ
褐色娘(ふおおっ! マスターのくれたヒエ・ピタが、冷たさとやる気をワタシに授けてくれるっ……!)
褐色娘(全身全霊を懸けて! やかんをランプに勝るとも劣らないマジックアイテムにしてみせますっ!)
カリカリ… コリコリ… キュッキュッ カリカリ… コリコリ…
――――
男「く……あ、ふ」ノビー
カチャッ ―トッ トッ トッ トッ… バタン
男「……おはよー」
男「涼しくなったせいか、いつもより多めに寝ちゃ――あれ?」
クツクツ… トントントンッ… ジュ-… コポポ…
―クルッ
幼馴染「ん。丁度良かったわ、今起こしに行こうと思ってたから」
男「…………」
幼馴染「もう少しで朝ごはん出来るから、顔洗ってきなさいよ」
男「…………」
幼馴染「……あと、その爆発してる頭も何とかした方がいいわ」
男「…………」
幼馴染「……な、何よ。そんなに見つめられると困るって言うか、困らないけど困るって言うか、その」
幼馴染「……あっ」
幼馴染「……えっと、その」モジッ
幼馴染「……お、おはよう?」
男「……ふふっ」
幼馴染「なッ、何で笑うのよ! さっきあんたが挨拶したのにあたししてなかったから、それで黙ってるのかなとか、てっきりそういうのだと思ったからあたし……!」
男「踏み台無しで届くようになったんだなって思ったら、何だか懐かしくなっちゃって」
幼馴染「……一体いつの話してるのよあんたは」プイッ
男「でも最後にうちに来た時はまだ使ってたよね? うーん、いつだったかな……」
幼馴染「……1095日と23時間16分48秒前」ボソ
男「ん?」
幼馴染「な、何でもないわよ!」
男「あ、そう言えば病気はもういいの?」
幼馴染「……病気?」
幼馴染「――ハッ!」
幼馴染「あ、あー……びょ、病気ね。確かにあたし病気だったわ……家に入れない感じのアレよね」アセッ
幼馴染「むしろ今現在も進行形かもしれないけど……ううん、確実にそうだけど……」
幼馴染「……ま、まあ、やりようはあったのよ。かなり強引な方法だけど……一時的に症状を緩和させる、みたいな応急処置と言うか……」ツンツン
幼馴染「こう、ムラムラをスッキリさせちゃえば……一時的に邪念や雑念は遠ざけることが出来るじゃない?」―ツヤッ
男「スッキリ?」
幼馴染「……あくまで一時的だけどね。……今も内なるエネルギーが急速に溜まりつつあるのを感じるから」フゥ
男「よく分からないけど……」
男「――また幼馴染ちゃんの朝ごはんが食べれるなんて嬉しいな」ニコ
幼馴染「――ぶほッ!?」パシッ
男「ど、どうしたの幼馴染ちゃん? 発作?」
幼馴染「ど、どほもしてないわよ! ただ……ただ熱くて赤い何かがこみ上げただけだからッ!」フーッ…
男「そ、そうなんだ。平気ならいいけど……背中さすろうか?」スッ
―ヒュバッ!
幼馴染「ノォゥッ! 絶対にノォォウッ! あたしの後ろに立つんじゃないわよッ! トドメ刺されちゃうじゃないッ!」ブンブンッ!
男「……トドメ?」
幼馴染(き、危険だわ……このままじゃわざわざ早起きしてスッキリさせた意味がなくなってしまう! さっきまでの清々しい気分も消し飛んでドロドロまで来ちゃった感が――ハッ)
幼馴染「――なら強引にあたしから意識をそらすまで!」―バッ
幼馴染「ハイッ!」タンッ
…ホワァ
男「わっ、油揚げの味噌汁だ。人参と大根も入って……うーん鰹と昆布出汁のいい香りがするねー」
幼馴染「ハイッ!」タンッ タンッ
男「おお。葱と刻み海苔たっぷりの納豆、たくあんに――」
幼馴染「ハイィィィッ!」タンッ タンッ タンッ
男「焼き鮭に胡瓜とわかめの酢の物――それと山盛りの炊きたてゴハン!」キラキラ
幼馴染「……ふーっ。さぁ朝ごはん冷めない内に洗面所へ行った行った」シッ シッ
男「はい。顔洗ってきます」
――――
幼馴染「…………」
幼馴染「セ、セーフ……」プシュー…
幼馴染(やっぱりこの家はあたしにとって魔境だわ……空間に充満する男アロマだの、男味満載な衣服だの、猛毒の沼地を歩いてるのとまるで変わらないじゃない……)
幼馴染(いえ、これはむしろ天国? ……って、どちらにせよ天に召されるの変わらないじゃない。死に方としてはそう悪くはない方だけど……)
幼馴染(それもこれもあたしが一人だから大変なのであって――ん?)
男「いただきまーす」
幼馴染「早っ! ――って一人で勝手に食べ始めるんじゃないわよあんたはァ!」
男「え?」ピタッ
幼馴染「目の前に三食分あるんだから、それ位察しなさいよ!」
男「ごめん。てっきり俺の分かと思って……」グゥゥ…
幼馴染「嘘でしょ……あんた朝からその量平らげるつもりだったの? ……ま、まぁ作りがいがあって嬉しいけど――いやいやそうじゃないわよそうじゃなくて!」
幼馴染「……あ、あんたのメイドはどうしたのよ」
男「……あれ?」
幼馴染「まさか今の今まで忘れてたの? 流石にそれはあんまりじゃない?」
男「そう言えば朝起こしてもらってないし」
幼馴染「……一瞬で同情したあたしの気持ちが霧散したわ。何その光栄な役目。羨ましすぎて鼻血出そう」
男「まだ顔も合わせてないね」
幼馴染「……とりあえず朝ごはん冷めちゃうから呼んできなさいよ」
男「うん」―スラッ
幼馴染「って隣じゃない! しかも和室!? ランプの魔人が畳敷きの部屋ってそれはどうなの!?」
男「畳の香りが気に入ったから褐色娘さんがこの部屋にしたんだよ。向こうの世界の葦の織物に香りがそっくりなんだってさ」
幼馴染「そ、そうなんだ……あッ! あと女の子の部屋ノックも無しに開けるなんて非常識! ……いえ、ふすまにノックってするものだったかしら……」
男「…………」
幼馴染「確かにやかんで寝てるなら、布団の上であられもない状態で寝てる褐色娘イベントに遭遇することはないかもしれないけど――」
男「――しーっ」
幼馴染「え?」
褐色娘「うぅん……」スヤスヤ
褐色娘「……えへぇ」ニヤニヤ
幼馴染「……やかんを懐に抱えて、文机に突っ伏して寝てる、ランプの魔人……」
男「…………」―ソッ
幼馴染「げぇッ!?」
幼馴染(あ、あれは……! 疲れきって寝落ちしてしまった相手に対してそっと毛布を背中にかけてあげる奴ーッ!)
幼馴染(かけてもらった方は気付くことなく、目覚めた時に相手の思いやりにキュンキュンして毛布をクンカクンカしてしまうという非常に高度で精緻なたらしテクニックッ!)
幼馴染(あたしの『しぬまでに男にしてもらいたい10000のこと』リストの内の一つをあの娘はああもあっさりと……! おのれ……おのれぇッ!)ワナワナ
―ススーッ…パタン
男「――やかんで寝てないってことは……夜更かししたのかな?」
幼馴染「おのれェ……!」プルプル
男「褐色娘さんの分の朝ごはんは、ラップをかけておいて……」
幼馴染「ゆるすまじ褐色娘……!」
男「じゃぁ先に二人で食べよっか?」
幼馴染「男の寝落ちした異性に毛布かける童貞はあたしがいただきたか――……へ?」
男「学園行くの遅くなっちゃうし」
幼馴染「……ふ、二人で……」
男「うん?」
幼馴染「二人きりで、ごはん?」
男「褐色娘さんいないから、そうなるね」
幼馴染「二人きり……あたしの手作りの朝ごはん……そして一緒に登校……///」ポーッ…
男「……幼馴染ちゃん?」
幼馴染「……今話しかけないで。日記に絵付きで記す必要があるから。どうしても。何が何でも」―ドシュ! ドシュ! ドシュドシュドシュッ―ズバッ!
――――
男「それじゃぁ今度こそ……いっただきまーす」
幼馴染「い、いただきます」
男「まずは納豆を白くなるまで~……練るッ!」シュゴォォォ―
幼馴染「…………」モグ…モグ…
幼馴染(マ、マズいわ……)
幼馴染(いえ、料理は不味くないのだけれど……むしろあの煩悩と悟りの間を激しく前後してこれだけまともに出来たもんだと褒めてあげたい位だけれど……)
幼馴染(今この状況で何がマズいって――)
幼馴染(――『男に何て声をかけたらいいか分からない』――これがマズいわ。一体どうなってんのよあたしの脳ミソ……ッ!)
幼馴染(……そう、よく考えたら……今まで何だかんだで、男と二人っきりになったことはなかったのよ)
幼馴染(小学生の時の男の家のお手伝いは、保護者としてあたしのお母さんが常に横にいたし……)
幼馴染(学園に行けばクラスメイトがいるし、屋上とかに男呼び出しても150%の高確率でバカ友か幼友ちゃんついてきちゃうし)
幼馴染(放課後は放課後で気付いたら叔母さんが入り浸ってたり、季節のイベントの折々には『荷物持ち』の名目で男さらって行っちゃうし……)
幼馴染(いつもいつものあまりのタイミングの悪さに、皆をさんざん呪ったもんだわ……『あたしと男の時間を奪いやがって』と……)
幼馴染(……でもいざ、本当に――隣で褐色娘が寝ていると言う事実さえ抜きにすれば――本当の本当に二人きりになってしまうと……)
幼馴染「……ッ///」パクパク…
幼馴染(シチュエーションに恵まれすぎてッ! 完ッ全に何言っていいか分からない!!)
幼馴染(……も、勿論、別にあたしだって家に来れない間、ただ手をこまねいていたわけではないけど!)
幼馴染(男についてありとあらゆる事態を想定した――『対男特殊対策想起訓練』を、暇さえあればこなしてたけど!)
幼馴染(……だけど……だけど! それは無駄だった! 何てこったそれに今気付いたわ! 断言できる! まったくもってクソの役にも立たない程の時間の無駄だったと!)
幼馴染(だって都合よく男が発情したりとか、このタイミングであたしが裸エプロンとか……オカシイじゃない! よく考えても考えなくてもそんなの絶対無理に決まってるじゃない!)―カッ
幼馴染(『ウシュシュ♪ なったらいいなァ……ハァフゥ』なんて戯言をイメージトレーニングだと、己に思い込ませていた過去のあたしを助走をつけて食洗機で殴り飛ばしたいわ!)
幼馴染(だって単に妄想のストックが増えただけで、まるで日常生活に還元されてないもの! せいぜい役に立ってベッドの上でモゾる位だもの!)
男「おぉーふわっふわのメレンゲみたいになったね。後は薬味と醤油を少量づつ加えつつ……よッ!」シュゴォォォ―
幼馴染「……ッ」ドキドキ
幼馴染(お、落ち着けあたし……もう納豆混ぜる姿にときめいてるとか相当重症だから落ち着くのよ……氷がぎっしり詰まった発泡スチロールの上で寝ている秋刀魚のようにクールに落ち着くんだあたし……)スゥゥ…ハァァ…
幼馴染(……ッフー……要は変なことさえ言わなきゃいいのよ。自然に話題を振って、朝の優雅な食事を談笑しながらいただく……)
幼馴染(これよ、これ。こう言う普通な感じでいけばいいのよ。難しいことは考えずにシンプルに、1つずつ確実にクールに片付ければ問題ないわ)
幼馴染(天気、天気とか政治の話とか、新聞とかニュースとかそういう当たり障りのないあたりからだと、いかにも『普通』って感じね。なら――)
幼馴染「……オホン、今日午後から天気崩れやすいみたいね」
幼馴染(決まったァァ!! これ以上ないってレベルの『普通』の会話の軽いパスよ! グッジョブあたし!)
男「…………」ネリネリ
幼馴染(しまったァ! 納豆を練るのに夢中で聞いてなァァい! でもそんな集中している男も素敵だわァ!///)―カッ
幼馴染(……それにしても……くっ、これは面倒なことになったわ……)
幼馴染(一度『天気』のネタを振り、聞いてなさそうだから、もう一度『天気』の話題に触れる……)
幼馴染(一見何の問題も無さそうに見えるけど……大きな落とし穴がある)
幼馴染(もし男が『天気』の話題を聞いていて、納豆を練るのに忙しいから答えを『保留』しているだけだとしたら……!)
幼馴染(あたしは『同じ話題を繰り返し話す鬱陶しい女』、というマイナスイメージを貼りつけられてしまう可能性大!)
幼馴染(『天気』はもう使えない……! となればニュース、新聞系統から話題を……)
幼馴染(そう言えば動物園でレッサーパンダの赤ちゃんが産まれたとか、昨日トピックで見たわね)
幼馴染(相手が知っていても、いなくても、動物の赤ちゃんがカワイイと言う話題に持っていけば問題なく両対応可能……イケるわ)
幼馴染(そうと決まれば早速――)
幼馴染「……ウォッホン!」
男「ん? 幼馴染ちゃんどうしたの?」
幼馴染「う、うん。ええとね、レッサーパンダの赤ちゃんが――」
幼馴染(――待って)
幼馴染(今あたし、特に何も考えずに動物の赤ちゃんの話題を選んでしまったけれど……)
幼馴染(……マズい! よく考えたら動物の赤ちゃんのニュース駄目じゃない!)
幼馴染(このままだと『動物の赤ちゃんカワイイ』から『あたしも赤ちゃん欲しいな♪』になって『……カレンダー○つけとくね』に会話が移行することは自明の理!)
幼馴染(あたしがそう発言しなくても、男がそう察してしまったら、あたしは『結婚もしてないのに赤ちゃんを欲しがる女子学生』というイメージをモロにおっ被さる可能性大!)
幼馴染(然るべきステップを踏まえて愛の結晶が欲しいと訴えかけるならまだしも……付き合ってすらないのに要求してしまったらブッチギリで頭のイカれた女判定は免れないわ!)
男「レッサーパンダの赤ちゃんが……何?」
幼馴染(あぁ……男がわざわざ納豆を練る手を止めてまで、会話のキャッチボールをしてくれようとしているのに……あたしは何て危険な話題をチョイスしてしまったんだろう……)
幼馴染(……ここは話題提供のミスを認めて話を打ち切るべきだわ。この願望はいずれその時が来るまで、胸に留めておくのよあたし)
幼馴染「そうね、赤ちゃんが欲しいわ」
男「…………」
幼馴染「…………」ダラダラ
幼馴染(う”あ”あ”ァァァァァァアァァアアアァァアァァアァァァ!?)
幼馴染(なっ、なっ、何口走っちゃってるのあたしぃぃぃぃ!? 『動物の赤ちゃんカワイイ』の枕部分さえすっ飛ばして、本音ドストレートの豪速球とか……肉食男子ですらドン引きするわよォォォ!)
幼馴染(一体! 何を! どう! 間違えたら! 本音と口が直結するのよ! 胸に留めるどころかぶっ放してるじゃない! 大リバースよ! それも致命的な大リバース!)
幼馴染(うはぁ……これもう、今日を境に男があたしに対して微妙な距離感をおき始めて、以降何かと理由つけられ避けられてあたしの運命が男の運命と永遠に平行線ってことも十二分にありえ――)
男「うん。そうだね、レッサーパンダかわいいから。赤ちゃんから育てて懐かれたりとかしたら……甘やかしちゃいそうだね」ネリネリ
幼馴染「……え」
幼馴染(――ハッ! 男は前後の話から、レッサーパンダ『の』赤ちゃんだと勘違いして――)
幼馴染(――いや、普通そうよね! いきなり赤ちゃん所望するのどう考えてもおかしいわよね!)
幼馴染(……そうよね)
幼馴染「あたしも好きよ。……レッサーパンダの赤ちゃん」
男「あの独特の顔のカラーリングがかわいいよねー。生き残る為に必要な模様だったのかな? それにしては随分と――」
幼馴染(……冷静に考えたら……こいつがそれを勘違いして真っ赤になるようなタイプならあたしもこんなに苦労しないし……)
幼馴染(仮に本気で告白したとしても『?』で返しかねない超鈍感なんだから、気の利いたおしゃべりとかこっちが気にしただけ無駄だもの……)
幼馴染(……世間一般のセオリーが、一概にベストとは言い切れないし……ましてや相手はあの男なら尚更よ)
幼馴染(異世界の魔法のランプを入手したばかりか、そのランプの魔人をメイドとして雇っている男――それに対するハウトゥー本とかありえるわけないし……)
男「……よっ、と」トロー…ネバァ…
幼馴染(……ようやく納豆完成ね。小学生の時から本気で練る癖変わってないんだ……フフ、男ってばカワイイなぁ、ムラムラするなぁ)
幼馴染(――熱々ごはんに、よく練った納豆を乗せかき込む……よく噛んで味噌汁、漬物、鮭とバランス良く食べて、また白米)
幼馴染(はふぅ……相変わらず美味しそうに食べるなぁもぅ……ご飯で膨らんだ頬とかぷりちーこの上ない……あの粘ついた箸思いっきり舐りたいなぁ……)
幼馴染(……うん、この光景をしばらく見れてなかったわけだし……二人きりで朝食を取れただけで、一歩前進としよう。焦りは禁物だから)
幼馴染(一歩ずつ、一歩ずつ目標へ歩いて……いずれは、いつかは裸Yシャツのあたしが、ハンドドリップの朝ホットコーヒーとホットサンドを持って男のベッドへ……!)キラキラ
幼馴染(いずれ……必ず……叶えて……うしゅしゅ……)ジーッ
男「ふーっ、ふーっ、ずずっ」―ゴクッ
幼馴染(…………ん?)
男「はむっ、もっ、もっ」カリッ コリコリッ
幼馴染「…………」ジーッ
男「? 幼馴染ちゃんどうしたの?」
幼馴染「……うーん」
男「ひょっとして……歯に海苔ついてたりする?」
幼馴染「違うわ。……何て言うか、あなた」
幼馴染「何か悩み抱えてたりする?」
男「……えっと、何でそう思ったの?」
幼馴染「今朝あなたがキッチンに来た時に軽く目視でチェックしたけど――」
幼馴染「――吐息口臭は臭わず、目の充血無し、爪の色も濁ってない、肌は瑞々しく張りがあり、髪も太くて状態が良く頭皮も問題はない、そして体温も平熱――」
幼馴染「――体の表面に出てくる疾患が無い、ということは健康そのものってこと」
幼馴染「……それでもあんたがごはんを食べるペースを落としたってことは……」
幼馴染「何か悩みながら食べてるんじゃないかな、って」
男「わー! すごいなぁ、幼馴染ちゃんは。まるでお医者さんみたいだね」
幼馴染「バッ、バカ言わないでよ! あたしに感染ったら嫌だから気にして……ただ、け……――お医者さん?」
幼馴染「お医者さん……服をまくる……聴診器……舌圧子……注射……アリかも……メモメモ……」―ビシュッ ビシュッ! バッ バッ! ビッシャァ!
男「……実はね」
幼馴染「ヌへへ――ハッ! あ、うん」ゴシゴシ
男「……願い事をね、ずっと考えていたんだ」
幼馴染「願い事って……当然褐色娘のランプのことよね?」
男「……うん」
幼馴染「あと二つに絞り切れないってこと?」
男「ううん、違うよ」
幼馴染「? 叶えてもらえれるか分からない、とか?」
男「んー、そうでもなくて……」
男「……その、何を願っていいか分からないんだ」
幼馴染「……はい?」
男「二つ目以降、全然思いつかなくて……」
幼馴染「……別に大袈裟な願い事じゃなくてもいいみたいだから、何でもいいんじゃない?」
幼馴染「あれ食べたいからお願い~とか、これ欲しいからお願い~みたいな感じでも……あ、あたしもそのつもりだし」ボソ
男「…………」
男「そういう願い事で、褐色娘さん納得してくれるかな……」
幼馴染「ん? 納得?」
男「……褐色娘さんは魔人のお仕事に誇りを持ってるから」
幼馴染「……あー」―ズズッ
幼馴染「つまり、大袈裟な願い事じゃないと『ワタシ馬鹿にされてるのでしょうか?』とかあの娘が思うんじゃないかなってこと?」フゥ
男「アハハ。結構褐色娘さんの声まね似てるね幼馴染ちゃん」
幼馴染「……それで?」コトッ
男「……うん」
男「一つ目の願い事も、二つ目の願い事も、俺はすごく嬉しかったんだけど」
幼馴染「……うん」グッ
男「褐色娘さんは余り納得してなかったみたいで……」
幼馴染「……まぁ、世界滅ぼせるクラスの魔人がようやっと呼び出されたと思ったら『カップ麺作れ』だの『メイドになれ』だとか言われたら困惑するでしょうね」
男「……やっぱり。そう思ってるよね、褐色娘さん……」
幼馴染「……うん、でもね、これだけは言っておくわ」
男「……?」
幼馴染「仮にあんたが、褐色娘が納得いくような願いごとを探し出したとして――」
幼馴染「――それって本当にあんたの願い事?」
男「……あっ」
幼馴染「あんたはランプのマスターで、あの娘はランプの魔人。あんたが願う方で、あの娘は叶える方」
幼馴染「そしてあの娘はウン千年、ウン万年も魔人として生きてきたプロ中のプロ」
幼馴染「そんなあの娘に配慮しようってこと自体、カップ麺より質悪いかもよ?」
男「…………」
幼馴染「余計なこと考えてないで、純粋にあんたの願いを褐色娘にぶつけちゃえばいいのよ」
男「純粋に……」
幼馴染「まぁ? 確かに舐められてるかもしれないってあの娘の気持ちに、同情の余地は無くはないけど……」
男「……そうか、そうだよね」
幼馴染「そもそも主の願い事に対して不満述べるって、魔人としての領分超えてるから――な、何よ? 急にニコニコしちゃって……」
男「ありがとう、幼馴染ちゃん」
幼馴染「へ?」
男「自分が何を願うべきか、少し見えてきた気がするよ」
幼馴染「そ、そう……な、なら良かったじゃない」プイッ
男「幼馴染ちゃんは、褐色娘さんのことよく知ってるんだね」
幼馴染「…………あんたのこともよ」ボソ
男「ん?」
幼馴染「べ、別に何でもないわよっっ」フイッ
幼馴染「ホ、ホラ! もうあんまり時間もないから、食べた食べた!」パンパン
男「あ、うん。そうだね」―カカカカカッ!
幼馴染「あたしは家からお弁当取ってくるから、あんた自分の分の食器はテキトーに漬けといてね」―チャプッ
男「ふぁい」モグモグ
幼馴染「口に食べ物含んだまま喋らない!」
男「…………」モグモグ
幼馴染「……よし」
幼馴染「先に玄関先で待ってるから、早くしなさいよ」
男「…………」モグモグ―コクリ
幼馴染「……じゃ」クルッ
男「――っぷふぅ。あ、幼馴染ちゃん」
幼馴染「……何?」
男「うん、朝ごはんありがとう。美味しかった。ごちそうさまでした」ペコリ
幼馴染「……ッ!」―ピタッ
幼馴染「…………お、オ、お粗末サマでシた///」カァァァ
――――
男「おはよう」
友「んぁー……? おぅ男! はよーッス!」ビシッ
幼友「おっはよー男くん。朝っぱらから癒しオーラダダ漏れですなぁ」ウンウン
―ガシッ
友「早速だが、男、ちょっと聞いてくれ」
男「ん? 何をだい?」
友「女騎士についてだ」
幼友「おや? 二日連続で同じ話題って……何気に初じゃない?」ポチポチ
友「前回、メイドさんの件でうやむやになっちまったからな」
友「……前回はお前にどう思うか尋ねただけだった」
友「そして前回の言動から察するに……どうやらお前は女騎士に関しては素人のようだ」
幼友「……普通、女騎士に対して玄人な方が少数派だと思うんだけど」
友「だからと言って女騎士素人であっていいという免罪符にはならないだろ!」
友「俺が男を女騎士のスペシャリストへと導く理由はたった一つ……幸せになって欲しいからだ。人生の楽しみはより多いに越した事はないからな!」
友「……あとまぁ語り合う相手が欲しいってのも、1%位はある」ボソ
幼友「……建前と本音、逆でしょそれ」
友「ん゛んっ!……男は前回、女騎士はカッコ良くて強いのではないか――そう言っていたよな?」
男「うん。騎士って男っぽいイメージがあるから――」
男「男性に負けないように、体をたくさん鍛えて、精神も大きく成長したら……そうなるんじゃないのかなって」
友「おう。なかなかいいイメージだ。そういった物事の背景までしっかりと想像を巡らせてからの結論――かなりイイ線いってると思うぜ」
男「そうかな? ありがとう」
友「んじゃぁ、そこから更にイメージを固めるために、一つ一つ情報を刻んでいくんだ」
男「……刻む?」
友「更なるイメージの具体化の為にだ。例えばそう、女騎士は鎧を着ている……どうだ? イメージ出来るか?」
男「……うん。鎧を着て、佇んでいる姿が見える」モヤモヤ
友「いいぞいいぞー! 今度は輪郭をはっきりさせてみるぜ。金髪、ポニーテール、脚甲、籠手、兜、長剣……そう言った女騎士に欠かせないパーツを嵌めてみるんだ」
男「……金髪のポニーテールを兜から覗かせる女騎士が、鎧や籠手、長剣など全て装備して……勇ましく構えているのが見えるよ……」モヤモヤ
友「……パーフェクトだ男。……俺はひょっとしたら、眠っている男の才能を覚醒めさせてしまったのかもしれないな……」ンッフッフ
幼友「そうかもねー。……だけどさー、くだらな――こんなことを友が教えてるって幼馴染にバレたら……どうなるのかなーって、わたし気になってしょうがないんだけどさー」ポチポチ
友「フッフッフ、心配には及ばないぜ」チッチッチッ
友「黒板にはっきりと幼馴染が日直と書いてあるじゃぁないか。小テストの準備だとかノートの返却でこの時間はバッチリ職員室ってわけよ」
幼友「……そこまでして女騎士を説きたいとか……何かもう気持ち悪いとかそういう次元飛び越えて逆に感心するわー」アハハ
友「いいか男。その女騎士のイメージを保ったまま、俺の話をよく聞くんだ」
男「……うん」モヤモヤ
友「スゥゥゥ、フーッ……」
―カッ
友「重い鎧や脚甲を身に纏い、長剣を軽々と振るい、相対する敵を鮮やかに倒してのける女騎士……」
男「……うん。カッコいいね」コクリ
友「だろう! 強い意思を宿した瞳に、敵の返り血を意にも介さず戦い続ける乙女! 文句無しにカッコいい!」
友「しかも! 粗野な戦士のように荒っぽいわけでもなく、どことなく優雅! どことなく高貴! 何となくいい匂いしそう! いや絶対にする!」
男「……うん」
友「が、女騎士が活躍するのは戦いの場だ。出発した時ならいざ知らず、数日、数週間、数ヶ月戦い続けたとなれば……そのフレグランスは失われてしまうだろう」
男「……戦っているから」
友「その通り。運動をすると汗をかくし、新陳代謝は止められないからな」
友「しかも身につけているのは鎧だ。通常の衣服以上に蒸れる。柔道着や剣道の防具なんか目じゃない位蒸れる。ムレッムレだ」
友「そう都合よく宿や温泉、泉があるわけもなく……水は貴重なので水浴びは控え、せいぜいが濡らした布で体を拭く程度……」
友「鎧のメンテナンスは、鎧としての役割を果たすかに重点をおかれ……当然汚れや臭いに関しては後回しになる……」
男「……うん」コクリ
友「つまりある程度の期間戦ったであろう女騎士は……やはり『臭く』なってしまうんだ」
友「そこに奇跡はない。アイドルがトイレに行かないなぞという、説得力に欠け、誰かの悲鳴のような迷信も勿論女騎士にはないんだ」
男「……うん」
友「――だが!」バッ
友「その『臭ってしまう』女騎士こそ! 我々が焦がれて止まない女騎士だろう!!」
男「……!!」
幼友「……うっわー……」
友「騎士とはいえ、性別は女性。普段清潔さを心がけている女騎士が、体臭が気にならないわけがない!」
友「となれば予め用意していた香水や、お香、お薬、果実諸々のフレーバーで誤魔化そうと尽力するだろう!」
友「だが果たして本当に効いているのか、不安に思いつつ日常の生活、任務をこなしていく女騎士……!」
友「『今隣にいる者に私の匂いはバレていないのか』『それともバレていて内心汚い女だと蔑んでいるのか』!」
幼友「――あっ」
友「気丈な態度を崩さず、内心に暗雲のように立ち込めた不安を押しとどめ、凛々しくあろうとするその姿!」
幼友「ねぇねぇ」チョンチョン
友「あるいは女として生まれたことにコンプレックスすら抱えて――」
幼友「ねぇってば」クイクイ
友「ンだようっさいな。今最高に重要な部分の設定をだなァ!」
幼友「後ろ」
友「後ろ? 女騎士の背後から鎧の隙間に手を入れてアレコレの話はもっと後にしようと――」
幼友「あー、うん。それにもドン引きだけど、そっちじゃなくて友の背後の話」
友「……俺の、背後?」
ゴゴゴゴ…
友「……お、俺の、俺の後ろに誰かいるのか?」ゾワッ
幼友「……うん」
友「あ! せ、先生だよな? 『早く席につけよー』って感じでさ、そうだよな?」アハハ…
幼友「……ううん」
友「じゃ、じゃぁまさか……まさかまさかッ……!!」
―クルッ
友「ッッヒィッ!?」ビクンッ
幼馴染「…………」ゴゴゴゴ…!
友「お、幼馴染!? い、いつの間に!?」
幼馴染「……あたし何度も、何度も何度も何度も何度も……言ったよね?」
幼馴染「男に変な事教えたり、吹き込んだりしないでって……あたし、今まで、何度も、ずぅーっと言ってきたよね?」ビキビキ
友「い、言ってたかな~? あ、いやうん、かなり言われて――いやすごく――むしろ毎日かもしれないような……」ダラダラ
幼馴染「……その都度丁寧にやめるよう問いてきたけれど、もう限界よ」グググッ…
友「嘘こけェ! 問う問わない以前に有無を言わさず鉄拳制裁だったろうがよォ!」
幼馴染「体に問いてあげてたじゃない――それも極めて優しく」グググッ…!
友「あれで……優しく……だって……?」―ギョクリッ
友「お、おいバカやめろ! 今までのお前のノーモーションの打撃で教室の後ろまでロッケンローしてたんだぞ!」
友「つまり構えるってこたぁそれ以上の……だから話聞けって! 振りかぶってるその握りこぶしをほどけ! あとそれ以上上半身を捻るな!」
幼馴染「……もう二度とくだらない変態知識を語れないよう……そのこらえの効かない前頭葉を吹き飛ばしてやるわ……!」ググググッ…!
友「やべぇ……目がマジだ……。いや、あいつはいつだってマジだったが……やべぇ。今回は超マジを超えた超マジだ。何かもう殺されそうじゃん、やべぇ……どうしようやべぇよ……」
―ハッ
友「そうだ男! 男さえ視界に入っていれば俺を攻撃すること不可――」
男「えーと、アイマスクと耳栓してればいいの?」
幼友「うんうん。幼馴染がちょっとの間だけして欲しいってさ」
友「――ノォォォォォォォゥッ! 対策されてたぁぁぁ! それも用意周到にぃぃぃ!」
友「って幼友ォァ! あっさり寝返ってるんじゃないよ! ホラ見ろこれやばいよ! 幼馴染の腰あたりの溜めがやばいよ! 俺死んじゃう! 死んじゃうじゃん!」
幼友「……友、何かあったらすぐパパに電話するからね。ケータイ構えておくからね。……なむなむ」パシャッ
友「お前んとこの親父は坊さんだろうがァァァ! 呼ぶなら救急車を――あっ」
幼馴染「~~~~~ッッ!」グググググッ…!
―ボッ
――――
――
―
―
――
――――
友「う、ぐ……」ゴロリ
―ゴロゴロ…
友「……ぐっ、うぅーん」
友「婚前……交渉で……許される……ライン、は……」ムニャムニャ
幼友「…………」ポチポチ
友「その……プニコリの……尖り耳をニッチュニッチュ…………――ッハァ゛ッ!?」ガバッ
友「…………あれ?」
幼友「お。目が覚めたー?」
友「……俺に献身的でトランジスタグラマー、チャームポイントとウィークポイントが耳の先端なダークエルフっ娘の花嫁は?」
幼友「はいはい勿論いないよー。ここは現実だからねぇ」ポチポチ
友「夢、だったか……」
友「…………」
友「目覚めたの早かったなぁ……後ちょっと、ほんのちょっと遅ければ……クソッ……」ガクッ
ゴキッ ゴキッ…
友「っ痛ー……えーと湿布はこっちで……ガーゼと消毒薬はこっちの棚だっけか」
幼友「あ、その紙……そうそれ。それに使用した数と理由書くの忘れないでねー」
友「うーぃ」ヌギッ
友「んで今何時限目だ? 2、3時限あたりか?」ペリペリ…ペタッ
幼友「何時限目って言うか……もう放課後だよー」パシャッ
友「だから写真撮んなって! 男の上半身撮ったところで……」
友「――ほ、放課後ッッ!?」バッ
幼友「うん、放課後。だから保健医の先生も帰っちゃってるわけでしてー。代理わたしってことでしてー」ポチポチ
友「……そうか。俺は丸一日保健室のベッドで寝てたわけか……」
友「何てこった……学生の貴重な勉強タイムがまるまる吹き飛んじまったじゃないか。あのゴリラの化身め……!」
幼友「友はさー。普段授業受けてても、寝てるか、気持ち悪い妄想をノートに延々と書き込んでるだけだよねー。……勉強なんてしてたっけ?」
友「う゛っ……でもよ。俺の貴重な睡眠時間と、高尚な考察研究の時間がまるっと削られたのは……確かだろ」
幼友「素直でよろしい」ペリペリ…
幼友「ま、それもこれも友が幼馴染を怒らせるのがいけないんだからさー。結局自業自得じゃん?」ペトッ…ペンペン
友「痛っ……俺はただ、良かれと思ってだな……」
幼友「はいはい。知ってるよ。それでもやめないってんでしょーどうせー」ペリペリ…
友「……まぁ、そうだが」
幼友「んじゃま、わたしが言うことはないねー。はいっ、湿布おーわりっ」ペシンッ!
友「ッ痛~~っっ!! ……で、出来れば、そういったタイミングで幼友が間に入ってくれると……非常に助かるんだがな」
幼友「アハハッ。それは無理無理ー。わたしも巻き添えくらって死にたくないからねぇ」
友「そう言われると何も言えねぇ……」ガクーッ
幼友「あ、そうそう。コレ忘れない内に渡しとくねー」―スッ
友「ん?」
幼友「今日あった授業の分の授業のノート、友の分も書き写しておいたから」
友「……いつもすまん。正直助かってますです、はい」ハハーッ
幼友「も・ち・ろ・ん、無料ではないのでー、お忘れなく。貸しだよ貸しだからねー」
友「もういくつ貸しがあるか覚えてないけどな……あ、言っとくが金はないぞ。定期的に木、金曜日で箱を買わなきゃならないからな」
幼友「知ってる知ってる。どこでナニ買うのかも知ってるってー。大丈夫、大丈夫、お金以外で返してもらうからさ」
友(……肝心の返す内容に触れないし……催促がない分不気味で、恐ぇんだよなぁ)
幼友「何か言った?」
友「いんや、何にも」
幼友「そ。それじゃ片付けて帰ろっか」
友「おう。シーツは……」
友「…………」
友「……?」
幼友「どしたの友。まだ痛む箇所あった?」
友「いや、痛む箇所ってよか……」
友「…………」
友「……痛みが少ないんだ、普段より」
幼友「…………」
友「…………」
幼友「……いやぁ、流石にそれは引くわー」
友「……あ? あッ! 違う違う! そういう方向性の話じゃないって! あの暴力で興奮するのは無理だから! 記憶が混濁するレベルだし! それに第一!愛がないッッッ!」ババッ
友「…………そういうんじゃなくてさ」ポリポリ…
友「何つーかこう、全体的にダメージが浅めなんだよ、いつもに比べて」
幼友「? 幼馴染が友に加減したってこと?」
友「そんな器用なことできる奴じゃないだろう」
友「技のキレが足りないっつーのかな……いつもはこう、内蔵にもダメージが残るような感じでさ」
幼友「…………」
友「意識が飛んだとは言え、これかなり軽く済んでる気がするんだよなぁ……俺の気のせいか?」グルグル
幼友「友、それ気のせいじゃないと思う」
友「ん?」
幼友「幼馴染が男に対してテンパってるのは日常茶飯事なんだけど……」
幼友「今日は男を見てはブルーな溜め息、ってのを繰り返してたんだよね」
友「……隙あらばガン見して、うっかり視線が合いそうになったら吹けない口笛吹いて誤魔化すあの幼馴染が……溜め息?」
幼友「でしょー? きっと何か二人の間にあったんじゃないかなぁ」
友「なるほどな。『何かに悩んでいて、気がのっていなかった』から俺に放った技も不完全だったと……」
幼友「……まさか告白に失敗したとか」
友「いや、ありえないな。だったらその程度で済むはずないだろ」
幼友「だよねぇ。もしそうだったら、精神崩壊の一つや二つじゃきかないだろうし……」
友「…………」
友「よし、そいじゃその謎を確かめに行こう」
幼友「へ?」
友「放っておいたら、またあいつらのカップル成立が遠のいちまうしさ」
幼友「で、でもそれは幼馴染と男が解決すべき問題で……」
友「だから、そうだな……家へ遊ぶ名目で調査に行こう」
幼友「えー、聞いてなーい……。頼まれてもないのにそこまでするのってどうなのさ」
友「だってこのままだと、延々と展開を引き伸ばされ続ける少女漫画みてぇな状態が輪をかけてひどくなるんだぜ?」
幼友「う……それは……」
友「第一クラスメイトの負担も尋常じゃない」ビッ
友「最初は『初々しいねー』なーんて微笑ましく見守ってた連中も今じゃ『や、やめろ……お願いだ! やめてくれ! 頼む!』と血涙で訴える始末だし」
幼友「確かに……くっつきそうでくっつかず……」
幼友「ツンを抑えて、甘々な態度で幼馴染が男くんに臨んでも天然であっさり全スルー ――を幾十、幾百、幾千も見せられてしまったらー……」
友「だろ?」
友「それに、よくわかんねぇけどさ。どうせ今回も幼馴染の一人相撲ってパターンだろ? 多分」
幼友「……今までの傾向からすると、それがありがちだねぇ」
友「だからそいつをささっと解決して、幼馴染、男、そして俺たちクラスメイト共々みんなハッピーになろうって寸法よ」
幼友「……うーん」
幼友「……本当は?」
友「何があったのかすごい見たいですッ!」
幼友「……野次馬根性丸出ーし」
友「……幼友も人の事言えないだろうが」
幼友「…………」
友「……まぁ、さ」ポリポリ
友「男や幼馴染とはもう大分長い付き合いだしさ、何つーのかな。親心っつーのかな、そういう感じでずっと気にはなってるんだよ」
友「その……出来ればうまくいって欲しいっちゃぁ欲しいしさ。何か、時間を共に長く過ごした想い人同士が、付き合うってロマン、あるなら大切にしたいじゃんよ」
幼友「…………ハァ」
友「何故に溜め息を……」
幼友「ううん、いつもそうなら生傷減らせるのになーって、それだけだよ」
友「いつもそうなら……って、俺はいつもいつでもどんな時も本気で真剣なんだが」
幼友「はいはい知ってるよ。で、結局いつ行くつもりなの?」
友「思い立ったがうにゃららら、って奴だ! 今日だな!」
幼友「……早。あと吉日ね。じゃぁ連絡しておくから――」
友「駄目駄目。連絡したら取り繕わられて終わりだからな。ここは奇襲だ。兵は拙速をほにゃららだ」
幼友「尊ぶ、ね。……言っておくけどさぁ、もし当人同士で解決できるような問題なら――」
友「わぁーってるわぁーってる。必要以上のお節介は焼かないって。そこら辺、恋愛の機微に関してはマスタークラスだから心配するない」ワハハ
幼友「……次元が一個足りてない女の子限定でしょーに」ハァ…
友「んじゃまぁ、戸締まり――いや、先に用務員さんに連絡するのが先だな。ダッシュで行ってくるぜー」
幼友「戸締まりはやっておくから、終わったら下駄箱前の傘立てのところでね」
友「うーッス! んじゃよろしくッ!」―ダッ
タッタッタッタッタ…
幼友「…………」パシャッ
幼友「……ごめんねぇ幼馴染」ポチポチ
幼友「迷惑かもしれないけどさー、こっちはこっちで……まぁそれなりに必死なんだー」ポチポチ
ポチポチ…
ピッ…
《 tomo_182b を壁紙に設定しますか? 》
《 はい / [いいえ] 》
幼友「……バーカ」
―パクンッ
――――
――
―
男「あ、あははは……」
褐色娘「新しいマスターは冗談がお好きな人のようですね」
褐色娘「グレイビーボートやソースポットと勘違いされたことなら何度かありましたけど……フフ」
男「グレ……? ああ。カレー入れるアレかな。 いや、そうじゃなくてそれはどう見ても――」
褐色娘「ランプの名が示す通り、近いものをあげるならば照明器具ですね」
褐色娘「ですがこれは魔法のランプ。もちろん夜の闇を照らす明かりなどではありません」フフン
褐色娘「決して嫌味ではない――緻密で豪奢な装飾が施された、匠の技が光るマジックアイテムなのです」
―クルッ
褐色娘「…………」
男「…………」
褐色娘「ウワァァァァァァァァァァァァァァァ!!」ゴォォォォ―
男「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」ビクッ
褐色娘「アァァァァァァァァァァァァァァァァ!!」ギュォォォ―
男「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!?」ビクビクッ
――――
褐色娘「ハァ……ハァ……」ゼッ… ゼッ……
男「だ、大丈夫? お茶でも飲む? あ、やかんが塞がってるから駄目か……」
褐色娘「やかん……やかんですよこれ……マスターこれやかんじゃないですか……!」プルプル
男「あ、や、う、うん。やかんだよ……やかんなんだよ……」
褐色娘「い、一体いつから……慣れ親しんだ我が家がやかんに……!」ワナワナ
男「あ、やっぱり魔人ってランプに住んでるんだ」
褐色娘「さかのぼって思い出しましょう……最初にこの世界に飛ばされた時は……いえ、流石に戻りすぎましたね……」ブツブツ
男「この世界……?」
褐色娘「魂の井戸にお邪魔していた時? それともテンプル騎士団に宝物ごと連れて行かれた時でしょうか……それとも密林奥地の寺院で……」ブツブツ
男「……あれ? ど、どこかで聞いたような……」
褐色娘「ッ!」ハッ
男「あ、思い出せた?」
褐色娘「ひょっとしたらあの時に……。あれは確か骨董屋で――」
――――
―
―
――――
褐色娘『うぅ……あの『ぱそこん』という箱は恐ろしいですね……』
褐色娘『悠久の時を生きるワタシでさえ、いたずらに時を浪費したと分かるこの虚無感……』ゲッソリ
褐色娘『……うあー、朝日が黄色く見えます……。早く寝なければ……』フヨフヨ
―ピカリ
褐色娘『……あっ』
褐色娘『…………』ジーッ
褐色娘『……やかん、ですか』
褐色娘『ワタシの家より大きいですね……』
褐色娘『これだけ広ければ安眠できそうです……』
褐色娘『…………』
褐色娘『いつも窮屈な思いしてますし、一回くらい試してみても構わないですよね』ウンウン
褐色娘『では、失礼しまして――』シュルッ―
――――
―
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