伊織「抑えた笑顔と私」 (62)


伊織「おはよう」

P「おう伊織、おはよう」

朝、事務所に来るとプロデューサーが珍しくデスクではなくテレビに向かっていた。

伊織「何見てんの?」

P「ん?あぁ、CGプロの総選挙の結果だよ」

伊織「CGプロって最近出来たやたら馬鹿デカイ事務所よね?」

P「そう、所属アイドルが100人以上いるんだ」

伊織「ふ~ん、うちとは大違いね」

P「それを言うなよ……」


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テレビ「第43位は!………………新田美波!」

画面に大写しされたアイドルはスポットライトに照らされ、自分の名前が読み上げられた瞬間に嬉しそうな表情を見せていた。

P「うぉぉぉぉぉ!!43位か!50位内入った!よし!!……ハッ!」

伊織「…」

その結果にウチのプロデューサーが両手を上げて喜んでいる。
ライバル事務所にいるアイドルに対して。
私は目線で無言の圧力をかけた。


P「あ、いや、これはな……その……」

伊織「好きなんだ、その子」

P「え?ち、違うよ……そういうんじゃなくてさ……」

しどろもどろになりながら答えるプロデューサー。

伊織「別にいいんじゃない?好きな芸能人の一人や二人くらいいるものでしょ」

P「伊織……」

この位許してやるのが余裕ある女という物だと思う。
別に悔しくなんてない。


伊織「ま、でも他の子の前では謹んでよね」

P「…………はい」

その一言にプロデューサーはしおらしい返事を返した。




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テレビ「第2位!…………安部菜々!」

P「おぉ、ウサミンやるなぁ。ってことは…」

テレビ「栄光の第1位は渋谷凛だぁぁぁぁ!!!」

P「はー、良かったなぁしぶりん」

伊織「へぇ、この子が1位なんだ」

P「うん」

スポットライトに照らされてトロフィーを受け取ったアイドル、渋谷凛からはあまり嬉しそうな印象を受けなかった。
無論目には涙を浮かべているし笑顔も見せてはいるけれど、どこか抑えているような、そんな風情ね。


伊織「何か1位取った割には平然としてるじゃない」

P「クールな子だからな」

伊織「ふ~ん、ま、いいんじゃない」

P「ちなみに今度この渋谷凛と同じ現場入ってるぞ」

伊織「は!?」

P「そのためのリサーチでもあったわけだな」

本当なのかどうかは分からないけれどあっさりと言ってのけた。


伊織「あ、そう……。ま、誰が来てもこのスーパーアイドル伊織ちゃんの相手じゃないわね!」

P「そんな事言って油断してると足元すくわれるぞ~?」

伊織「これは油断じゃなくて余裕ってやつよ」

P「言うじゃないか。まぁ準備はしっかりな」

伊織「当然よ!」




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P「行くぞ伊織~」

伊織「えぇ、準備できてるわ」

P「今日はこの前言ってた渋谷凛と同じ現場だ」

伊織「あらそうなの」

あの、クールなアイドルが今日のフェスの相手らしい。

P「あぁ、相手は今ノリに乗ってるからな。一筋縄ではいかないぞ」

伊織「ふんっ。私だって今をときめくスーパーアイドルなんだから」

P「ははは、そうだったな」


伊織「さ、今日も私の勝利で飾るわよ!」

P「自信満々だな」

伊織「当然!この私がぽっと出のアイドルに負ける訳無いじゃない!」

P「向こうだってしっかりと準備してきてる、それを忘れるなよ」

伊織「ふんっ。分かってるわよ!」





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P「よし、伊織。相手は今絶好調だが、気を抜かずいつもの通りにやれば勝てない相手じゃない」

伊織「えぇ、わかってるわ」

P「よし、行って来い!」

プロデューサーに背中を軽く叩かれて送り出される。
観客席のボルテージは中々に盛り上がっているみたい。
恐らくは渋谷凛効果でしょうね。


伊織「みんな~、お待たせ~!」

いつもの通りにステージに駆け出し、その瞬間客席が沸きファンの歓声がフロアを埋め尽くす。
その空間を支配しているのが私。
私の一挙手一投足にファンの感情が爆発する。
それが私のステージ。

いつもであれば。


この日もプロデューサーの指示通りいつものように駆け出した。
客席は沸いたが普段よりも盛り上がりが足りない。
よく見ると観客の視線は、渋谷凛に向いていた。

相手の曲が始まるとそれが顕著になり、思い通りにならないステージに焦り、苛立ち、遂にはミスを犯した。
普段ならば絶対にやらないような、初歩的なミスを。
なんの事はない、ステージでつまづいて転んでしまった。
ただそれだけ。

しかしその瞬間、観客席の意識はほぼ全て渋谷凛に持っていかれた。
そう、私は自分で評した「ぽっと出のアイドル」に負けてしまった。

ぎこちない笑顔でステージをやり過ごし、袖に戻ると残念そうな笑顔のプロデューサーに迎えられる。


P「お疲れ伊織」

労いの言葉にもどこかいつもの勢いが感じられない。

伊織「……」

無様なステージを披露してしまった私はそのまま押し黙ることしかできず、ただ地面とにらめっこしていた。

客席からはアンコールの声。
勿論私にではない。


早々と着替えを済まして控え室を出ると、プロデューサーが関係者と思しき人物と話をしていた。

モバP「今日はありがとうございました」

P「いえ、こちらこそ。それと、渋谷さん1位おめでとうございます」

モバP「恐縮です」

どうやら相手のプロデューサーのようだ。

P「お、伊織着替え終わったか。こちらCGプロのモバPさんだ」

伊織「初めまして、水瀬伊織です~」


営業スマイルもすっかり身についてしまった。
相手方と話していると別の控え室の扉が開いた、中から出てきたのは制服姿のは渋谷凛。

凛「プロデューサー、着替え終わったよ」

モバP「おぉ凛、こちら765プロのプロデューサーさんだ、お前も挨拶しなさい」

凛「ふ~ん、そうなんだ。初めまして」

こちらに歩み寄ってきた渋谷凛がプロデューサーに向かってぺこりと頭を下げている。

モバP「すいません、無愛想な子でして……」

P「あぁ、いやいや。大丈夫ですよ」


渋谷凛が頭を上げた時に目が合ってしまった。

凛「えっと、今日の相手の水瀬さん、だよね?」

伊織「……ええ」

凛「今日は楽しかった、ありがとう」

そういった渋谷凛の表情は、あの画面越しに見た抑え気味の笑顔だった。

モバP「それでは我々はここで……」

P「はい、お疲れ様でした」

連れ立って歩く二人を見送って私達も現場を後にした。



P「……今日は残念だったな」

帰りの車内、重苦しい空気をプロデューサーの一言が破った。

伊織「悪かったわね……」

何とかその一言だけ絞り出す。

P「責めてるわけじゃないさ、それに向こうには勢いもあった」

だから何だというのか、負けたことは事実。
思い通りにならず動揺して自滅した。
それが現実よ。


P「なぁに、たったの一度負けただけだ。それに負けるのは散々経験してきただろ?」

デビューしたての頃はオーディションにも中々受からず、フェスにも負けてばかりだったわ。
その度にコイツが励ましてくれていたのを思い出す。

P「まだ次がある、切り替えて頑張っていこう!」

こんな風に。
けれど、あの頃よりも励ましの言葉に元気が感じられなかったのはきっと、この後起こる事を予見していたのかもしれない。




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あの日から幾日が経過して、今私は事務所のソファーに座っている。
午後からのレッスンの為に。

負けた翌日、紙面を賑わせたのは渋谷凛だった。

『渋谷凛快挙!765プロの水瀬伊織を破る大金星!早くも新世代の幕開けか!?』

各紙こんな調子で持て囃した。

それ以来緩やかに私の仕事は減り、レッスンに費やす時間が増えている。
逆に渋谷凛をテレビで見ない日が無くなった。


P「伊織~、レッスン行くぞ~」

伊織「えぇ」

二人揃ってレッスン場へ歩く。

伊織「…最近仕事減ったわね」

P「ん?まぁ、な」

プロデューサーは隠しもせず仕事が減った事を認めた。

P「まぁ、敢えて減らしてるんだけどな」

その言葉に耳を疑ってプロデューサーの方に目をやる。

P「伊織くらいのアイドルになるとある程度仕事を選べるんだよ、だから、な」


伊織「なって……。それ、本当なの?」

P「おぅ、この前の負けからほとぼりが冷めるまでな」

負けた事が一因とはいえそのせいでオファーが減ったのではなく、受ける仕事を減らしただけなのね。
その言葉に、少しだけ胸の支えが取れた気分になった。

そんなレッスン漬けの日々から2ヶ月が経ったある日、お父様から声が掛かった。
新堂から執務室に来るようにと言われ、やたら威圧感のある大きな扉を押し開く。


伊織「失礼します」

部屋に入ると同時に、椅子を回転させてお父様が私の方に向き直る。

伊織父「来たか」

椅子に座りながら私を見据えるお父様。

伊織父「負けたそうだな」

単刀直入。
本題から入るのはいつものことね。

伊織「……はい」

お父様がじろりとこちらを睨みつける。


伊織父「そのせいであの男、何といったか。……まぁいい、プロデューサーにどれだけの心労をかけているか」

プロデューサーに心労?
全くの寝耳に水の発言だった。
普段からオーバーワーク気味なのは感じていたが、仕事を減らしているのならプロデューサーの負担も減っているはず。

伊織「どういう事でしょうか……?プロデューサーは、敢えて仕事を減らしていると言って…」

言いかけた言葉を遮るようにお父様が口を開いた。

伊織父「本当にそう思っているのか?」

呆れを含んだ声でお父様が続ける。


伊織父「お前が負けた事によって、お前への仕事が全てあの新人に流れていった

    あのプロデューサーはそれでも多方面に営業をかけて、日夜動き回っている」

プロデューサーそんな素振りは見せなかった。

伊織「だ、だってプロデューサーは……」

そう、プロデューサーはそんな事言わない。
自分がどんなに忙しかろうと、それを他人に見せたりは絶対にしない。
分かっていたのに、私はそれに気付けなかった。

お父様との話が終わり、私は自室に戻ると携帯電話を握った。
ボタンを操作して電話帳からプロデューサーの番号を呼び出す。
コールボタンを押そうとする親指が震えてしまった。

結局、私からかける事は無かった。




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翌日になって事務所に行くと、プロデューサーから話があると呼び出された。

応接間で向かい合って座る私たち、プロデューサーの表情は硬い。

P「突然で申し訳ないんだが、伊織。俺はお前の担当を外れることになった」

突きつけられたのは最悪の宣告だった。
恐らく、というより間違いなく私が負けた事が原因でしょう。

P「なぁ伊織、負けた時悔しかったか?」

伊織「……当たり前でしょ」

何よりも自分に腹が立った。


P「うん、俺も悔しかった」

大一番にやらかすようなアイドルじゃ悔しくもなるのでしょうね。
私は何も言い返せなかった。

P「俺の伊織はこんなもんじゃない、もっと、輝けるんだって。

  そう思ったら悔しくてな、もっと何かできたんじゃないかって」

どうしてそこで自分を責めるのだろうか。
あれは自滅で、責められるべきは私の方だというのに。

P「だからな、律子や社長と相談したんだ。そしたら、律子がユニットに伊織を入れたいって言い出したんだ」

伊織「それで、あんたはそれを受けたのね」


P「あぁ、でもな…」

伊織「そう、わかったわ」

言いかけたあいつの言葉を遮って了承した。
そのまま立ち上がってその場を後にし、トイレへと駆け込む。
悔しくて堪らなかった、自分のせいでプロデューサーは連日駆けずり回り、今度は自分の担当まで外れる。
あの日私が負けたせいで。

狭い個室の中で、肩を震わせながら嗚咽を噛み殺していると扉がノックされた。
返事はできなかった。

P「いるんだろ、伊織」

やはりというべきか、ノックしたのはプロデューサーだった。

P「そのままでいいから、聞いてくれ」

優しくて穏やかな口調で話し始めたプロデューサー。


P「俺は確かに伊織のプロデュースから手を引く、けどな。ユニットを組む条件として律子に言ったんだ」

条件?
律子相手に一体どんな条件を出したというのか。

P「渋谷凛にもう一度挑戦して勝つまで待ってくれって」

耳を疑った。
正直、今の私でもう一度挑んで勝てるかなんて分からない。
それでも、プロデューサーは勝つ気でいた。
負けても、次を見据えて前向きに動いていた。

伊織「……勝たせてくれるの?」

扉越しに言葉をかける。

P「約束する」

伊織「いいわよ……。そのかわり、絶対に勝たせてちょうだい」

そう言って扉を開くと、プロデューサーは笑顔で迎えてくれたのだった。




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渋谷凛に勝つまでという条件の元、私とアイツの活動が始まった。
どうせならという事で、ユニットのメンバーも一緒に活動することになる。
選ばれたのはあずさと亜美。
律子に選ばれた二人と私で作られたユニット、その名も竜宮小町。

あずさ「伊織ちゃん、よろしくね」

亜美「いおり~ん、亜美め~っちゃ頑張るからヨロヨロ→」

伊織「えぇ、よろしく」

見知った顔ではあるけれど、形式的に顔合わせをした。


P「暫くは俺と律子で見ていくことになるからそのつもりで」

私に異論はない、他の二人も異論は無いようだった。

律子「それじゃあトップアイドル目指して頑張りましょう!伊織」

伊織「な、何よ」

突然呼ばれて少し戸惑ってしまう。

律子「貴女がこのユニットのリーダーよ。さぁ、気合入れてちょうだい」

年齢的にあずさが仕切るものと思っていたものだから突然のリーダーへの指名に正直驚いた。


伊織「……一度負けた私が、こうしてここに立てるのはみんなのお陰よ。

   だからこそ、私はもう負けたくない。この面子なら勝ち続けられる、そう思うわ」

円陣を組んだ5人の顔を見渡す。
皆その目に確かな決意を秘めていた。

伊織「皆、私に力を貸してちょうだい。その代わり、私も全力で皆に応えるわ」


亜美「当然だよ!いおりん!」

律子「えぇ」

あずさ「私たちならきっと大丈夫よね」

P「ここからだ、伊織。ここからもう一度始めよう」

そうして私達は再スタートを切った。
もう、あんな無様なステージをしたくはない。
仲間の為にも。

アイツの為にも。
そう、心に誓った。




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3人でレッスンをして、営業をして、ライブをやって。
色んな仕事をこなしていくうちに、徐々に以前のような仕事量に戻ってきた。

ユニットを組んでから、一つだけ変わった事があるわ。
以前はミス無く完璧に、そう思っていたけれど最近では仲間を信じて多少のミスならフォローしあえると思うようになった。

無論ミスはしないに越したことはない。
でもミスをしてはいけないと思いながらステージに立つよりも、少しくらいならば皆が何とかカバーしてくれる。
誰かのカバーを自分がしてあげる。
そういう考えの方が、もっと、ずっと舞台に立っている時間が楽しく感じられる。

思えばあの日私が負けた理由はそこにあるのかもしれない。
次はきっと勝つ。

そのチャンスは意外と早く訪れた。


ユニットを組んでから早2ヶ月が経ち、舞い込んできたフェスの舞台。

相手はこの数ヶ月で更に磨きをかけた渋谷凛。
……だけではなかった。

伊織「ニュージェネレーション?」

律子「えぇ、今日の相手のユニットよ」

そう、渋谷凛もユニットを組んでいた。

P「それぞれがかなりの人気を誇ってる、気を抜くなよ」

メンバーはどうやら渋谷凛に匹敵する人気らしく、CGプロの看板を背負う3人によるユニットのようだった。

P「伊織、大丈夫か?」

心配をしたのかプロデューサーが声をかけてきた。


伊織「だ、大丈夫に決まってるじゃない!」

虚勢を張るが声が上ずっている。
それをプロデューサーは見逃さなかった。

P「珍しく緊張してるじゃないか」

亜美「なになに~、いおりんキンチョ→してんの?」

あずさ「あらあら」

伊織「な、べ、別にそんなんじゃ……!」

強がる私をあずさが抱きしめてきた。
胸に顔を埋める形になり、息ができない。


伊織「~~~ッぷは!な、何すんのよ!!」

あずさ「うふふ、少しは緊張が解れるかと思って」

そんな事で解れるのなら最初から緊張したりなどしないだろうと思ったけど、嬉しそうなあずさの顔を見たら何も言い返せなかった。
隣で羨ましそうにしているプロデューサーを睨みつけてため息をこぼす。

伊織「はぁ、もういいわ。今日の相手の一人、渋谷凛に私は負けたのよ」

私が呆れながらも話すと亜美とあずさの表情が変わった。

亜美「そっか、いおりんが勝てなかった相手なんだ……」

あずさ「とっても手ごわいのね……」


正直に言って相手のレベルとしてはそこまで高くはない。
しかし彼女達には今勢いがある。
そして自信がある。
それが追い風となり、会場を飲み込む。
一つミスでもしよう物ならあっという間に自分まで飲み込まれる。

律子「確かに相手は手強いけど、貴女達も今日までレッスンに耐えてきたんだから

   私は勝てると信じてるわ」

あの日プロデューサーは私を勝たせてくれると言ってくれた。
その為の竜宮小町で、その為に鬼のようなシゴキにも耐えてきた。

P「俺は、今も昔も、伊織たちなら絶対に勝てると信じてる。

  あれだけのレッスンに耐えてきたんだ。怖いものなんてないはずだろ?」


脳裏をユニットを組んでからの特訓がよぎった。
思い出すだけでも吐きそうになるくらい辛かったレッスン。
でも、逃げ出そうとは思わなかった。
それだけ、私達が本気でトップアイドルを目指していたから。

伊織「……負けないわよ。今の私は一人でステージに立つんじゃない

   信頼できる仲間が傍に居てくれるんだもの、絶対に勝ってやるわよ!」

勝つ。
その決意を言葉にして紡ぐ。

スタッフ「竜宮小町さん、そろそろスタンバイお願いします!」

楽屋の扉をノックしてスタッフが顔を覗かせた。
準備は出来ている、5人連れ立って袖まで移動した所で律子が発破をかける。


律子「さぁ、特訓の成果を見せてやりなさい!」

5人で輪になって円陣を組み、あの日のように私がみんなに声をかける。

伊織「この舞台に立つまで大変だったわよね。だけど、あんた達となら絶対に大丈夫だって信じてる

   みんな、ありがとう」

紛れもなく本心からの言葉だった。


亜美「ちょいちょ~い、いおり~ん」

伊織「な、何よ?」

あずさ「うふふ、伊織ちゃん、私達はまだまだこれからなのよ~?」

律子「そうよ、これで終わりなんじゃないわ」

伊織「亜美、あずさ、律子……」

P「そうだぞ。今日勝って、それから先がずっと続くんだ」

確かにそうね、このフェスだけが全てじゃない。
この先に、トップアイドルへの道が待っているんだから。


伊織「……そうね。そうよね」

先へ進むためにも、今日は負けられない。

伊織「勝つわよ、みんな!」

掛け声と共に3人でステージに駆け出していく。

伊織「みんなお待たせ~!」

亜美「今日も最高のステージにするかんね→!」

あずさ「楽しんでいってくださいね~」

客席が盛り上がり、私達のステージが始まった。


未央「私達も負けないよ~!」

卯月「盛り上がっていきましょう!」

凛「みんな、いくよ……!」

向こうのステージも始まったようだ。
相変わらず渋谷凛は冷めた表情だったけれど、対照的にパフォーマンスには熱がこもっていた。
今をときめくユニットだけあってかなり勢いがある。
客席の反応でそれがよくわかった。
以前はここで動揺してミスをして負けた、だけど今は―――――。


亜美「いえ~い!」

あずさ「ジューシーですか~!?」

信頼できる仲間がいる。
序盤に持っていかれた流れを徐々に巻き返して、こちらのステージも盛り上がってきた。

いける。
これなら勝てる。

確信にも似た思いが胸に去来した時、渋谷凛の表情が変わった。
どこかムキになったような、感情の籠った目に。


伊織「そんな顔も出来るんじゃない」

マイクが拾わないように小さく呟く。
と同時に、不思議と口角が釣り上がり私の中で闘志が燃え上がるのを感じた。

負けてなるものかとこちらのパフォーマンスにも更に熱がこもる。
それに煽られて向こうのパフォーマンスも更に加熱する。

手強い。
けれど、凄く楽しかった。
このままずっと歌って踊っていたいほどに。

伊織「まだまだいくわよ~!」



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その後の事は余り覚えていない。
真っ白になった頭で、ただひたすら全力を出しきった。
それだけは確かね。

ファン投票の結果、本当に僅差で私達は勝利を納めた。
けれど、勝利よりも何よりも、あの瞬間が忘れられない。
何をどう歌ってどう踊ったのか思い出せない位の高揚感。

アンコールが終わって楽屋に捌けた私は、そのまま倒れ混むように眠っていたみたい。
目が覚めると亜美も、あずさも眠っているのに気づく。

もそもそと衣装から私服に着替え、オレンジジュースを買おうと自販機まで行くと先客がいた。


伊織「あんた……」

凛「ん?あ、水瀬さん……」

いつかの時と同じ制服を纏った渋谷凛が、自販機脇のベンチに腰かけて思案げな表情をしている。
オレンジジュースを買ってから、彼女に声をかけた。

伊織「隣、良いかしら?」

凛「……うん」

微妙に距離を取ってベンチに腰かける。
沈黙が場を包み込んだ。


伊織「今日の……」

その場の空気に耐えきれず思わず口を開く。

伊織「今日のステージ、楽しかったわ」

純粋な感想を述べる。
そこに虚飾やてらいはない。

凛「うん、私も楽しかった。負けたけど、満足してる」

薄く微笑みを浮かべた渋谷凛。

伊織「ふふっ」

凛「何?」

思わず溢れた笑いに怪訝な顔をされる。


伊織「いえ、何でもないわ」

凛「そう……」

モバP「ここにいたのか、凛」

突如渋谷凛のプロデューサーがやって来た。

凛「プロデューサー、何?」

モバP「未央と卯月が起きたからそろそろ帰ろう、今日は疲れたろ?」

凛「ふーん、分かった」

立ち上がって歩き始めた渋谷凛だったがすぐに立ち止まってこちらを振り返った。


凛「水瀬さん、またステージで」

伊織「伊織で良いわよ」

何となく、そういう気分になったのだ。

凛「……うん、じゃあ私も凛でいい」

伊織「そう、それじゃあそう呼ばせてもらうわね、凛」

凛「うん、次は負けないよ、伊織」

伊織「こっちだって負けるつもりはないんだから、そのつもりでいなさい、にひひっ♪」


私がお決まりの笑顔を向けると、凛もあの抑えた笑顔を返してくれた。
そのまま踵を返して楽屋へと戻っていった。
去っていく二人を見送り、オレンジジュースを飲み干す。

凛達はまだまだ手強くなる。
けれど、私達だってまだまだ強くなれる。

伊織「さて、あの二人はそろそろは起きたかしらね」

私は空き缶をゴミ箱に放り込んで、楽屋に戻ろうと歩き始めるのだった。


終わり

終わりです。

ギリギリ間に合った感じですね。
いおりん誕生日おめでとう!
そしてしぶりんも総選挙1位おめでとう!
この二つを祝うために書きました。


ほんの少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
それではお目汚し失礼しました。

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