伊織「あーあ、これでまた一つ歳を取っちゃうのねぇ」 (14)

水瀬伊織は、一人きりの事務所で、虚しく溜息を漏らした。

「おや、良いではないですか。それだけ大人に近づいたということです」

「……他人のひとりごとに勝手に加わらないでもらえるかしら」

背後から突然現れたその人に、伊織は邪険な態度で文句を言う。
文句を言われた人物――四条貴音はすみません、と肩を竦めた。

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「あんた、今日仕事は?」

「それがたまたま休みなのですよ」

「……知ってるわ。ついでに言うとみんなもこの一週間、散り散りでもみんな多めに休みが入ってることや一週間後の午後から全員がフリーになってること、それに他の皆が私の顔を見る度に逃げるように出ていった訳もね」

今日、久々のオフだった伊織は退屈しのぎに事務所に来たのだが、さっきから事務所に来た人は伊織の顔を見る度に驚いた顔をして、あっそういえばこのあと収録が~……などと呟きながら逃げていくのだ。
最初は避けられていることに怒りを覚えたが、彼女たちが持っているたくさんの荷物と、事務所の予定表を見てティンときた。

「はぁ……サプライズパーティーなんて、いかにも春香辺りが思いつきそうなもんよね」

「出来ればその事には気付かないふりをしていて欲しかったのですが」

困ったような笑みを浮かべる貴音を見て、伊織も困った顔をする。

「あのね、貴音。サプライズパーティーをするのはいいけど、相手の予定くらい把握しててもらわなきゃ困るわよ。私、毎年誕生会は水瀬家に各界の大物を招いて盛大に行う事になってるの。それなのに誕生日当日にサプライズパーティー仕掛けられたって、行ける訳ないじゃない」

「おや、それは困りましたね」

貴音は全く気にしていないような、飄々とした面持ちでそう言った。

「全然困っているようには見えないけど?」

「多分、伊織を信じているからでしょうか」

その言葉に、伊織は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「……あのねぇ」

「いえ、勘違いしないで下さい。何もすっぽかせだとか、父親を説得しろなどと言うつもりはありませんから」

何というべきか逡巡し、結局素直に文句を言う事にしたらしい伊織の言葉を遮り、貴音は続ける。

「ただ、面倒見のいい貴方なら……例えばどうでしょう。『午後七時より、事務所にて待つ。』……と、こんな文面のめぇるが仲間から送られてきたとして」

伊織は視線を中空に漂わせる。サプライズのために詳細な内容も書かないそのメールが送られてくる様は、容易に想像できた。

「もちろん七時などという、宴が最も盛り上がる時間に抜け出すことは出来ないでしょう。しかし……」

貴音は少し言葉を切り、伊織の横に腰掛けた。

「貴方なら約束の時間から一・二時間程度遅れたとしても、少し落ち着いてきた頃にうまく立ち回って正当に抜け出してきてくれることくらいはしてくれそうだ、と」

伊織は怒りを通り越し、心底呆れ果てた顔で天を仰いだ。
貴音はまた少し困ったような、照れたような顔で笑う。

「貴方の誕生日にまで迷惑をかけてすみません」

「いいわよ、別に。アンタはこうして嫌な役回りを引き受けに来てくれたんだから」

聡い彼女は気付いたのだろう。水瀬の家が娘の誕生日に何も行わない筈がない、と。しかし他の皆はその事に気付きそうにもないので、彼女自身がフォローに回る必要があったのだ。

「いいわ、アンタに免じて何とかしてあげるわよ。これまでも散々皆の我儘に付き合ってきてあげたんだしね。この伊織ちゃんにかかれば誕生会からちょっと早く抜け出すことなんて訳ないわよ」

ヤケになったように捲し立てる伊織の頭に、貴音の手が置かれた。

「貴方は本当に仲間思いですね。伊織」

「な、なによ……」

白く、透き通りそうなほど綺麗な掌が優しく伊織の頭を撫で付ける。
伊織は最初こそその手を撥ね付けようとしたが、そのうち観念したのか大人しくなった。

「その重荷が、もしも苦痛に感じたなら……いつでも降ろしてくれて構いませんからね」

「……」

「私達はあなたのそういう所に随分と助けられてきました。だから、もしもあなたが辛い時は是非助けさせて欲しいと、そう思っているのですよ。皆も、もちろん私も」

伊織は貴音の優しい言葉に一瞬くすぐったそうな笑みを浮かべたが、すぐにいつもの不敵な笑みに戻った。

「……なーに言ってんのよ、この完璧な伊織ちゃんを助けたいなんて百万年早いわ!それに残念だけど、皆の我儘を聞いてあげるこの役割をそう簡単に降りるつもりもないの!」

参りました、というような顔で小さく笑う貴音。

「流石ですね、伊織は」

「そうよ、水瀬伊織の名は伊達じゃないの!」

そして、伊織はスタスタと事務者の出口に歩いていった。

「そうと決まれば、私も色々と準備しなくちゃいけないわ。……もちろん、アンタたちもね」

「お察しの通りです」

貴音に背を向けたままヒラヒラと手を振る。それから小声で、ありがとう、と呟き、伊織は事務所から出ていった。

「さて、彼女に無理をさせてしまった以上、私達も最高に素晴らしいぱーてぃーを作り上げなくてはいけませんね」


その年、彼女が事務所のサプライズパーティーに辿りつけたかは分からない。
ただ、伊織は素晴らしいスピーチで会場の人々を感動の渦に巻き込んだ後、緊張から部屋に戻って休んだという。
もちろん、部屋に戻った彼女の姿を見ていた人はいない。

終わり

今日がいおりんの誕生日だと昼過ぎに気付きました。
おめでとういおりん。

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