少女「こんなものの為に生まれたんじゃない」(80)

人間の世界に興味があった。

人間の世界がどういうものか、私にはよくわからなかった。

そういった点で、私は少しだけ、他の天使とは違った。

注意
 ・ハッピーエンドではありません
 ・ほのぼの不思議系がお好きな方は微妙かもしれません

だから、人間の世界に行かせてくれと神様に頼んだのだ。

「天使として修業を積めば、時間はかかるが人間に転生できるのだぞ?」

そう諭されたけれど、私はそれを待っていられなかった。

「……実地研修という形でよければ、落とすことができるが、それでいいのか」

私は頷く。

目を覚ますと、そこは崩れた建物に囲まれた小さな広場だった。

「世界中のどこに落ちるかは、運じゃぞ」

そう、神様が言っていたのを思い出す。

直感する。
ここは戦場だ。
地響きと粉塵。
血と死体。

この上なく、不幸なポイントに落ちてしまったといっていいだろう。

月光か

人間の世界に来て、何がしたかったのか。
それは自分でもよくわからない。

ただ、自分のとは違う世界へ、他の天使たちがあまり興味を示していないことに違和感を覚えた。
こんなにも似た姿のものが、すぐ近くにいるというのに。
むしろ、似ているから興味を示さないのだろうか。
そこに生きられないことが、悔しいから。

それとも、いずれ転生する世界だから、先入観を持ちたくないのだろうか。

もし人間だった頃の記憶がある天使がいたとしたら、一体どういう感覚なんだろう。

「危ないよ、こっち」

私の手を握る誰かがいた。

まだ小さな少女。
薄汚れたワンピースに身を包む少女。
裸足の少女。

私のことを不思議そうに見ながら、しかし手を握る力はか弱くはなかった。

「兵隊さんが来るよ」

そう言って、私の手を引いて小さな廃屋に連れて行った。
今にも崩れそうな、小さな。

屋根は半分しかなかった。
壁のレンガは今にも剥がれそうだ。

「ここで静かにしていたら、兵隊さんは来ないよ」

少女はそう言って、笑った。
こんな戦場にいるとは思えない、屈託のない笑顔。

「……ありがとう」

私も、少しだけ笑った。

「あなたのお洋服、きれいね? 異人さん?」

「あっ……」

私の格好は確かに、この場には不釣り合いかもしれない。
汚れはなく、靴も履いている。

「……私、空から来たの」

「……宇宙人さん?」

「……似たようなもの、かな」

「そう!」

少女は嬉しそうに笑う。
天使だとは名乗れない決まりだ。

年の頃は私と同じくらいに見える。

「お母さんは?」

「……死んじゃった」

「お父さんは?」

「……ずっと北の方で、鉄砲を撃ってると思う」

「あなた、一人?」

「あたし、一人よ」

気の毒に。
この戦争がどれくらい続いているかわからないが、こんなちっぽけな少女が一人で生きている。
それがどれだけ辛いか、私には想像がつかない。

「せっかくなら、都会に行けばよかったのに、ね」

そう言って、けらけらと笑う。
可愛い少女だ、と私は思った。

「どこに落ちてくるかは、運だったのよ」

「じゃあ、とんでもなく運が悪かったのね」

「ええ、本当に」

都会は近いのだろうか。
それとも、遠いのだろうか。

「あなたは、都会へは行かないの?」

「……行けないし、行かないの」

どういうことだろう。

「都会はずっと遠いし、お母さんのお墓があるから」

「……そう」

「ほら、あの丘を越えたところにね、お墓があるの、杭を十字に刺してね」

お墓?
お母さんが死んだというのは、戦争とは関係がないのだろうか。

「埋めてくれた、親切な兵隊さんがいるのよ」

「その兵隊さんも、すぐに撃たれて死んじゃったけど」

戦争というものは知識として知ってはいたが、こんなにも簡単に「死」が子どもの口で語られるものだとは。
私は胸のあたりがぎゅっと痛くなった。

「ここでは、一体誰が戦争をしているの?」

「東軍と西軍よ」

「あなたのお父さんは?」

「東軍!」

「勝っているの?」

「わからないわ、でも、西軍は嫌い」

「西軍はお母さんを埋めてくれた兵隊さんを殺したの」

「あたしのお家を、壊したの」

「あたしは逃げられたけど、でも、あの赤いバッチが嫌い」

西軍は赤いエンブレムを掲げているのだろうか。
父の軍を応援するのはよくわかるが、では、ここはどちらの軍の支配下なのだろう。

「ここはまだ東軍の領地だけど、たまに西軍が襲ってくるの」

「それに、兵隊さんはピリピリしているから、あんまり姿を見せたり物音を立てたらダメなの」

なるほど。
確かに戦場で、自分以外の人間に会えば警戒するだろう。
子どもとはいえ、いきなり撃たれるかもしれない。

「ねえあなた、食料は? 水は? 寝床は?」

「宇宙人も、ご飯食べるのね」

「そうじゃなくて、あなたは、どうやって生きているの?」

「死んだ兵隊さんの持っていた缶詰があるのよ」

「この間、大きな爆撃があってね、たくさんの兵隊さんが死んだの」

「でも私はちょうど地下室に隠れていたから、平気だったの」

よく見ると、汚れたワンピースには少し血が着いているようだ。
すり傷も多い。
痛ましい。

「上に出てみたら、たくさんの人が死んでいたけれど、その代わりたくさんの物を貰ったの」

「あなたもお腹が空いているなら、一緒に地下室へ行きましょう?」

私は彼女に手を引かれ、廃屋を飛び出した。

ではまた明日

乙はむ

少し通りを歩いた先の、小さな家。
いや、元、家と言うべきか。
四方の柱以外、家だった頃の形を残しているものはなかった。
壁さえも。

「ほら、ここから地下に入れるのよ」

少女はがれきの陰に隠れていた扉をギギギと開く。

「あたししか知らないの、秘密よ」

私は頷く。
ちっぽけな少女のちっぽけな秘密。
誰がそれを侵害できようか。

「わ……すごい」

私は素直に驚いた。
地下室はかび臭く埃っぽかったが、棚に並ぶ物は壮観だった。

「なんでもあるわ、食料、水、燃料、武器……」

「これ、全部兵隊さんたちの?」

「そうよ、でも、生きているうちにもらった物は、ほとんどないけれど」

そう言って少女は少し寂しそうに笑った。

「あなたはすぐに帰ってしまうの?」

そう問われて、私は考えた。
帰る、そのことを忘れていた。
研修として人間の世界に来た以上、何らかの課題があると思っていたが、それもない。
ただ放り出されただけだ。

「しばらく、ここにいるわ」

私は確証がないまま、そう言った。
この少女をもう少し知りたい、そう思ったからかもしれない。

「そう!」

少女はやはり、きれいな顔で、笑ってくれた。

天使には、人間と違うところが3つある。

一つ目は羽根と輪があること。
だがそれはすでに隠してある。

二つ目は魔法が使えること。
私は大した天使ではないから、できることは限られているが。

三つ目は死なないこと。
天使は死なない。
ただ、それがどういうことなのか、試したことはないからわからない。

空腹で死ぬことはないが、私は一緒に豆の缶詰を食べた。
特に旨いわけではないが、まずくもない。
天界で食べていた豆とそう変わらない味だと思う。

「うふふ、美味しいね」

少女が、また、笑う。
こんな戦場で、屈託なく笑えるということがどれほどの才能か。
私は人間の素晴らしさを知った気がした。

「そうね」

私も精いっぱい、笑ってみせた。

ガランガラン

頭上で音がした。
がれきが転がるような、引っくり返るような、かすかな音。

「……?」

少女も不安そうな顔をしている。
もしかしたら、兵士かもしれない。
それも、赤いエンブレムの。

私も少し、不安になる。

しかしそれ以来、物音は聞こえなかった。
ずっとこの地下室にこもっているわけにもいかないので、私たちはそっと扉を開けて外の様子をうかがうことにした。

ギギ……ギ……

静かな中、扉がきしむ音だけが不気味に響く。

「……誰か……いる……」

この家の柱に寄りかかる、誰かがいた。
赤いエンブレムは、見えなかった。
身体すべてが、赤く濡れていた。

「あの……大丈夫ですか?」

私たちは恐る恐る近づいて、そう聞いた。
とてもじゃないが、大丈夫には見えなかった。
肩で大きく息をしている。

左腕と、右足がなかった。
辺りに広がる血だまり。
胸に大事そうに抱えたライフルも、ぼろぼろだ。

そして、彼はゆっくりと目を開ける。

「ああ……こんな戦場で……最後に天使に会えるとはな」

私は少しドキッとしてしまった。
だが、私の正体を見抜いたのではなく、私たち二人に対して向けられた言葉だと気づいた。

「神様も粋なことをするじゃねえか」

私たちは言葉を失う。
いや、正確には、私だけ。
少女の方は、もう見慣れた出来事なのか、それほど動揺していない。

「最後に何か、してほしいことはありますか?」

そう聞く余裕もあるようだった。

「足が痛えんだ……さすってくれねえかな……」

「それと……一口……水が欲しい」

それを聞いて、少女は地下室に取って返した。
水を持ってくるのだろう。

なら、私にできることは一つだ。

「痛いですか?」

恐る恐る、残された左足をさする。
血で汚れる気がしたが、そんな考えは一瞬で吹っ飛んだ。
血で汚れるからなんだというのだ。
この人の最後の頼みを聞かなくて、なにが天使だ。
ただ一人の人間に安らぎを与えられなくて、なにが天使だ。

「ああ……ありがとう」

ゆっくり、ゆっくりさする。
傷を治すような高等な魔法は私には使えないけれど、痛みを和らげるくらいはできるはずだ。

「でも……痛えのはそっちじゃなくて、右足……」

はっとした。
そりゃそうだ。
でも、なくなった足の痛みを、どうやって和らげてあげればいいんだろう。

もしかして、彼は自分の右足がどうなっているのか、わからないのかもしれない。

そうこうしているうちに、少女が水を持って帰ってきた。

「はい、お水。ちょっとずつ、飲んでね」

そう言って、口元にボトルを傾ける。
少し水がこぼれたが、兵隊さんはそんなことは厭わないようだ。

「ああ、ありがとう、生き返る」

私はなくなった右足をまだ見つめている。
そこにあったはずの、筋肉質の、足。
力強く大地を踏みしめ、前進する足。

私はゆっくりと、その空間をなでる。
足のあった場所を、なでる。

痛みがなくなりますように。
兵隊さんが、少しでも楽に逝けますように。

「ああ……はは……すげえ……ほんとに楽になった」

兵隊さんが笑う。
その笑顔は、戦場には似つかわしくない、自然な笑顔だった。

「ありがとう……ありが……」

兵隊さんが眠るように亡くなるまで、私は空間をなで続けた。

「……」

少女二人の力では、とてもじゃないが兵隊さんを埋めることはできなかった。
人目にあまりつかないところに移動し、布をかけてあげるので精いっぱいだった。

「つらいね、人が死ぬのって」

私は、そうつぶやいた。
人間には劣るが、天使にも感情があるのだと、知った。

「……だからあたし、戦争は嫌い」

私はなにも言わなかった。言えなかった。
彼女の母も、戦争で死んだのだ。
好きになれる理由がない。

「ね、でも、すごいね」

「……なにが?」

「兵隊さんのない足をさすってあげてたでしょう?」

「……うん、痛みを忘れられますようにって」

「宇宙人はそんなことができるの?」

「……そうかもね」

私にもわからない。
そんな魔法は使ったことがなかった。
でも、確かにあの兵隊さんは楽になったと言ってくれた。

「いいな、あたしにもそんな力があればな」

兵隊さんを運んだあと、私たちは装備をいくつか貰った。
腰のナイフ、手榴弾。
胸ポケットの葉巻、マッチ。

大事そうに抱えていたライフルは、そのままにしておいた。
死の瞬間まで、右腕で抱きしめていたライフル。

「兵隊さんにとって鉄砲はね、恋人なのよ」

「恋人……」

「だから、奪っちゃだめなの」

「そうね」

その美学は、私にもよくわかった。

では、また明日です

乙乙

おつ
切ないな

すみません、昨日は帰りが遅くて投下できませんでした……
今日もボチボチと

夜が来た。
満天の星は美しかったけれど、遠くに光る閃光が気になって仕方がなかった。

「あそこでは、まだ殺しあいが続いているのね」

あちらこちらで煙が上がっている。
山の一部が燃えている。

「この戦争は、いつから続いているの? いつ、終わるの?」

答えなど出なくとも、私は問いかけていた。
早く終わってほしい、この少女が幸せに暮らしてほしいと思うからこそだろう。

「偉い人が、戦争を始めようと思った時からだよ」

「偉い人……」

「偉い人はね、お勉強をしすぎたから、戦争なんてものを考えちゃったのよ」

「……」

「誰かが死ななくてもいい方法には、目を向けなくなっちゃったの」

「それは、偉い人が馬鹿だからじゃないの?」

「馬鹿だったら、自分の感情を爆発させて、誰かを傷つけて、それでおしまい」

「馬鹿じゃなかったら?」

「馬鹿じゃなかったら、犠牲と得られるものを天秤にかけて、『判断』ができると思うの」

「……その判断で誰かが悲しんだとしても?」

「そう。……あたしは馬鹿だから、わかんないけど」

「ねえ、遠くまで逃げようと思ったことはないの?」

「……うん、あたしはここで死んで、お母さんと一緒に天国へ行くの」

「……そう」

お墓があることもそうだが、少女は逃げること、生きることに固執していないと思えた。
たくさんの死を目の当たりにしてきて、そうなってしまったのかもしれない。

「もっと生きたい、とは思わないの?」

「……あんまり思わないな」

「じゃあ、早く死にたい?」

「……楽に死にたいな、一瞬で、楽になりたい」

小さな子どもにこんな言葉を言わせるのか、戦争は。
私はよくわからない悲しみに包まれた気がした。

……

ある日、私たちの上をたくさんの飛行機が飛んでいった。

「また、たくさんの人が死ぬのね」

少女は目を細めてそう言った。
あの飛行機はどちらの軍なのだろう。
交戦している様子はない。
これからどこかを爆撃しに行こうというのだろうか。
その先に、彼女のような不幸な子どもがいないことを祈る。

……祈る?

……一体誰に?

爆弾は空から落とされるものと、兵士が投げるものと、地面に設置するものがあるらしい。
高いところから落とされた爆弾は、遠隔操作で起爆するものと、地面に落ちる衝撃で爆破するものがあるらしい。

そして、そのうち爆発せずに鉛の塊として地面に埋まってしまうものがあるという。

「ちょっと遠いけど、爆弾が埋まっているところがあるのよ」

「危なくないの?」

「危ないわよ、だからあたしはあんまり近づかないの」

戦争がもし終わっても、そんなものが埋まっている町は危険だ。
爆弾は人間を不幸にする。

「一瞬で吹き飛んで死んだら、痛みも感じないかしらね」

そのつぶやきは、聞かなかったことにした。

……

ガガガガガ……

ガガガガガがガガガガガが……

またある日、騒々しい音で目が覚めた。

付近に大きな機械が近づいている。

戦車というやつだ。

「……西軍のやつらだ」

彼女がぐっと唇を噛みしめるのを見た。

ガガガガガ……

ガガガガガがガガガガガが……

不快な音が耳にこびりつく。

「ね、お花のあるところ、連れてってあげる」

彼女が急にそう言い出した。

「お花? こんな戦場で、お花が咲いているところがあるの?」

私はこの狭い地域のことしか知らないが、花のことは知っていた。
天界にも、花がある。
丁寧に世話をしないと枯れてしまうのに、一体誰が世話をしているのだろう。

「うん、見せてあげる」

そう言って私を引っぱる彼女は、なんだか少し悲しそうな表情だった。

なぜだろう?

教会のような建物の崩れた跡地。
その陰に、ひっそりとその花壇は残っていた。

「ね、きれいでしょう?」

「……うん」

紫色に咲くその花の名前を、私は知らなかった。
でも、きれいだということはよくわかった。

「これ、摘むのを手伝ってほしいの」

「摘むの?」

「うん、花束を作りたくて」

「そう……」

それはとてもいい考えだ、と私は思った。
さっそく腰を下ろして、花を摘む。

5分ほど花を選んで摘んでいただろうか。

私たちは、誰かの近づく気配に注意を払っていなかった。

ザリッ

軍靴がアスファルトをこする音がした。

はっと身体を固くしてそちらを見ると、兵士が銃をこちらに向けて固まっていた。
汗とも血とも思える液体で顔中が汚れている。

「……君たちは……」

「……花?」

「あたしたちのお母さんのお墓にね、お供えするの♪」

少女は満面の笑みで、兵士に笑いかける。
緊張や怖れといった感情は、ないようだった。
兵士に会うことに、慣れているのかもしれない。

「……そうか」

兵士は息をつき、銃を下ろした。
張りつめていた緊張が解ける。
私も、知らず知らず握りしめていた掌を、そっと開く。

期待

胸がぐっと詰まって、息ができない。
銃を向けられている。
撃たれると、死ぬ。

天使でも?

天使でも死ぬのだろうか?

撃たれると痛いだろうか?

兵士の目は血走っている。
軍服も血で汚れている。
赤いエンブレムは見当たらないが、私には彼がどちらの軍か判断できなかった。
彼が西軍なら、容赦なく撃たれるだろうか。
もちろん、彼が東軍であったとしても、見逃してくれる保証はない。

「お花を摘んでいるの♪」

少女の能天気な声が、私の思考をかき消した。

失礼、間違えました
正しくは>>52のあとに>>50です

「あっちに、西軍の戦車があるよ、気をつけて」

「っ」

兵士がまた表情を硬くする。

「何人兵士がいるか知らないけれど、危ないよ」

「……忠告、ありがとう」

兵士はそちらの方へ、ゆっくりと進んでいった。

「気をつけてくださいね」

「君たちも、気をつけて」

兵士は強がりのような笑みを浮かべ、肩を緊張させて行ってしまった。

「止めた方がよかったかな?」

兵士の姿が見えなくなってから、私はつぶやいた。

「兵隊さんは戦うのが生き甲斐よ」

「……どちらかが死んでも?」

「戦いながらどうやって死ぬのかを探るのが、生き甲斐なの」

「……難しいのね」

「あたしにもよくわかんないわよ」

少女はまだ健気に花を摘んでいる。
きれいな花が集まっている。

私も、目の前の花を摘む作業に戻ることにした。
握りしめて崩れてしまった花は、そこに置いておくことにした。


パパパパン……

パンパパパパパン……


いくつかの銃声がして、そして止んだ。

また、明日です

おつおつ
支援

その日の夜、私たちは少し豪勢な食事をした。
缶詰に入った肉は、不思議な味がした。
地下室でこっそり火をおこして温めた缶詰はとてもおいしいと思えた。

「どうして今日は豪勢なの?」

「……内緒よ」

ふふっと少女は笑っていた。

摘んだ花は地下室の隅で水につけられている。
本当はお日様に当てるのがいいんだろうけれど。

「あのお花は、半分ずつの花束にして、片方はあなたに渡すわ」

「うん」

「お母さんのお墓に供えてくれる?」

「うん、もう半分はどうするの?」

「あの兵隊さんに、あげるの」

「あの……?」

あの兵隊さんとは今日会った人のことだろうか。
それとも、前に私たちの目の前で死んだ人のことだろうか。

この世界に来てから、道を歩くときは、周りをびくびくと見回していた。
人間の世界がこんなにも生きにくいとは思っていなかった。

天使だとは言っても、このような環境で使える魔法なんてないに等しい。
目立ってはいけない。
姿を消す魔法は使えるが、私たち二人ともを同時に消すことはできない。
それでは意味がない。

空を飛んでも、飛行機に見つかって撃墜されるだろう。
彼女を抱えて飛ぶ力はない。
私一人で飛んで行っても、何の意味もない。

戦車のいる街中には怖くて行けなかった。
戦車は遠巻きに見ても、恐ろしいものだった。
あの戦車は、いつまでここにいるのだろう。
兵士は何人くらいいるのだろう。
会いたくない。
西軍の兵士には、会いたくない。

そんなことをぐるぐると考えていた。

そうして、私たちは狭い地下室で丸まって眠った。

……

目を覚ますと、少女は部屋の隅でごそごそと何かをしていた。

「……おはよう」

「おはよう、お寝坊さんね」

「もう朝かしら? ここは暗くて、時間がわからないわ」

「……そうね」

少女は、がさがさと音を立てて、花束を作りだした。
不格好ながら、きれいな花が集まると美しいことがよくわかる。

それは立派な花束だった。
紳士がレディを微笑ませるにも十分だろう。

「はいこれ、あなたに渡しておくわ」

そう言って、少女は私に一つの花束を渡した。

「お母さんのお墓に、供えておいてほしいの」

「ええ、それはいいけれど……一緒に行けばいいじゃない」

「あたしは、やらないといけないことが」

「そう……」

「ね、ついてきて」

少女は、一つの花束を持ち、地下室から出る扉に向かった。
私は寝起きの姿だったが、素直に従う。
今日はなにを見せてくれるのだろう?

ギギギ……

嫌な扉の音も、晴れ渡った空にはきれいに響いた。
今日はよく晴れている。

墓参りがわりの散歩も、気持ちがよいかもしれない。

家々の陰を縫うように歩く。

ところどころに死体がある。

新しい死体もあるようだ。
昨日のあの人は無事だろうか?
手足を失った兵隊さんのように、死んでしまっただろうか?
それとも西軍に一矢報いただろうか?

すっと少女が壁に身を寄せる。

「どうしたの?」

「しっ」

少女の手が私の口をふさぐ。

「なに……これ……」

私は手に渡されたものを見つめる。
ずしっと重量感がある、トランシーバーのようなもの。

「あなたは出てきちゃあダメよ」

「なに……これ……」

「あたしが十分に近づいてから、スイッチを押してちょうだい」

「なに……それ……」

私は気づいていなかった。
花束が西軍の兵士に届けるために作られたこと。
少女のワンピースの下が、妙に膨れていること。

そういえばこの先に、西軍の戦車があった、ということ。

「ダメ……あなたは……そんなことをする為に……」

少女の手を握る。

私の持っていた花束が落ちる。

「そんなことをする為に、生まれたんじゃない」

少女は、微笑みを浮かべている。
その眼に浮かべる意志は固い。

「こんなものの為に……」

手の中の黒い機械に目を落とす。
目が熱い。

「じゃあ、行ってきます」

少女はそう言って、手をするりと解き、壁の向こうへと消えていった。

「待っ……」

言葉にならなかった。
なにもできなかった。

「あ……あ……」

この感情はなんだ。

「う……あ……」

私の中で渦を巻く、この感情の名前は。

魔法で彼女を隠してあげられればよかった。

爆弾を遠くから飛ばしてあげられればよかった。

私が行けば、彼女が死ぬことはなかった。

ああ、彼女は重い爆弾を身に着け、憎い兵士のもとへと死を届けに行ってしまった。

弔いの花まで用意して。

ちっぽけな少女が命を捨てに行ってしまった。

もっと私が……

―――――パパパパン―――――

―――――パンパパパパパン―――――

いくつかの銃声がした。
それは、乾いた音で、あの瑞々しい少女の命を終わらせるには不似合いだと思った。

私は、家の陰から向こうを覗く。
兵士が少女に群がっている。

少女は……血だまりの中に倒れている……

私はまた手の中の機械に目をやる。
武骨なつくり。
どこかの兵士から手に入れた凶器。

目が熱い。
涙が零れ落ちる。

「こんなものの為に生まれたんじゃない」



私は、目をつぶって手の中の凶器のスイッチを押した。

長いこと、座り込んで泣いていた。
空はもう暗くなってきている。

人間に触れ、私は少しだけ人間のことを知ることができた。
しかしこれが人間界での研修だとしたら、いくらなんでもひどいと思う。

あの手を離さないでいられたら、彼女を救うことができたかもしれない。
戦争など起こらない世界が作れたら、彼女のような不幸な子どもを生み出さなくて済むかもしれない。

私は花束を握り直し、立ち上がる。

私の実地研修はまだ終わっていない。

そう信じて、歩き出した。


★おしまい★

終わりです
少々後味の悪いお話になってしまいました
この天使が後に「手をつなごう」で活躍してくれます


    ∧__∧
    ( ・ω・)   ありがとうございました
    ハ∨/^ヽ   またどこかで
   ノ::[三ノ :.、   http://hamham278.blog76.fc2.com/

   i)、_;|*く;  ノ
     |!: ::.".T~
     ハ、___|
"""~""""""~"""~"""~"


おつ!
確かにハッピーエンドではないが、なにかこう感動するものがあるな

乙です
少女は何故死を選んでしまったのか
生きる事を諦めてしまったのか
考えてしまいます
ハッピーエンドではなかったけれど面白かったです

少女はここで決心したのか

GWに読むには少し重いが、こういうのもいいものだ

おつ

おつ

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