苗木「幻の至宝と呼ばれる希望色の学園ライフ」 (53)


中学時代は特に部活動もせず、半ば無理矢理押し付けられた飼育委員の活動で、動物達と慎ましやかな学校生活を過ごしていた。
しかし今やボクはぴかぴかの一年生。堆い校舎の建物を仰ぎ見て未来の自分に想いを馳せる。幻の至宝と呼ばれる「希望色の学園ライフ」はこの門の先に無数に開かれている事であろう。
そう、ここは成功が約束されるという希望の園。誰もが羨む希望ヶ峰学園である。その巨大な学園はまるで自らが世界の中心であるかの様に、都会のど真ん中一等地に聳え立っていた。
ありとあらゆる分野の一流高校生、即ち超高校級と称される生徒を集め育て上げる事を目的とした政府公認の超法規的な学校法人。何百年という歴史を持ち、各分野に有能な人材を輩出し続けている伝統ある学園である。国の未来を創る「希望」達を育てる、まさに希望の園と呼ぶに相応しい場所だ。
そんな学園への入学条件は二つ。第一に現役の高校生である事。第二に特定の分野において超一流である事。一般の募集等は行っておらず入学資格は学園からのスカウトのみによって与えられる。
そんな超が三つも四つも――いや、それでも足りぬ。超が二桁は付くであろう超一流の学園の門の前に、今ボクは立っている。
何故、どの業界どの分野でも実績も無く、もちろん悪魔使いでも超能力者でも無く、どうしようもなく平凡で普通な一介の高校生であるボクがここにいるのか。
責任者に問い質す必要がある。責任者はどこか。
それはある日突然舞い降りた一通の封書。希望ヶ峰学園からの通達によると、平均的な高校生の中から抽選で一名を選出し「超高校級の幸運」として入学資格を与えるという事らしい。
つまりボクが選ばれたのはただの運だ。運も実力の内などと言うが、たまたまこの一回に当たったからといって何だと言うのだ。
これまで特に運が良いと感じた事もない。そんなボクが本来持っているはずも無い「超高校級の幸運」と呼ばれ、とにかくこの成功が約束された希望の学園にさえ入ってしまえば、きっと素晴らしい未来が切り開けるに違いないと思ってしまったのだ。
この様な機会、普通は辞退出来ようはずも無い。そう思ってのこのこやって来たことこそボクがどうしようも無く普通である証明であり、もはや手の施しようのない阿呆であったとしか言いようがない。


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とりあえず改行してくれ


実際こうしてあまりにも立派な校舎の眼前に立つと、やはり場違いなのでは無いかと臆してしまう。この門を潜る事はいささか躊躇われる。
しかしいつまでもこうしているわけにもいかぬ。入学案内によれば集合時間まではまだ時間はあるとは言え、ぎりぎりでは心象が悪い。
そろそろ行くべきであろうと、なけなしの勇気を振り絞って、たかが入学式には大きすぎる決意を固める。
集合場所に指定されている玄関ホールは、門を潜り校舎の中に入ってすぐのところのようだ。集合時間は八時。ホールに着いて時計を見上げると、時刻は七時十分を指していた。
五分前行動ならぬ五十分前行動である。あまりにも早すぎたようで、そこには他の新入生はおろか職員教員誰一人としていない。
想定外に時間を持て余してしまったボクは、どうしたものかと思案に暮れる。
この建物に呑まれているのならば、その緊張を解す意味でも内部の構造を把握するのもいいかも知れない。ボクはすでにこの学園の生徒であるはずなのだから、問題はないはずだ。
そう誰に言い聞かすでもなく、自分で納得して玄関ホールから一歩、校舎に向けて足を踏み出す。
これは小さな一歩だが、ボクにとっては大きな希望の一歩である。
はずだった。

地の文入れまくるのはssとしてどうなのか


       ○

入学式も終わり、ボク達は体育館に足を向けた。そこでは新入生歓迎会という名の部活動や委員会の説明が行われるからだ。
体育館の中は時代をリードする程の才能を持ち、さすが個性的な「希望」に満ちた新入生の面々と、その才能を獲得しようとする先輩方で賑わっていた。
各分野の一流としてスカウトされたはずの生徒達だが、意外な事に部活動や委員会活動で何をするかは全くの自由らしかった。
ボクは、もしかしたらここでの選択如何によっては自分の才能が開花し、他の超高校級のみんなと並び立てるようになるのではないかなどと、根拠も無い万能感に我を忘れていた。
そこでボクの選んだ選択肢は水泳部。
こういった体育会系の部活に入って汗を流し、社会に出れば絶対に必要であろう先輩後輩との付き合いや運動女子との交流も難なくこなせる社交性が身に付くに違いないと思っていた。
もしかしたら彼女なんて出来たりするのではないだろうか。いや、決して邪な考えで入部したわけではない、あくまでコミュニケーションの技術を身に付けたいのだ。しかし技術を身に付けた結果として運動女子も付いて来るならば、特にそれを拒む理由はない。
今にして思えば運動部に入った事が無いどころか、本格的に運動をした事も無かったボクなのに、柄にも無く水泳部になど入部すべきではなかった。
重ねて言うが、ボクは手の施しようのない阿呆だったのである。
かくして水泳部に入ってみたものの、体育会系とは想像していたよりずっと辛く厳しいものであった。そもそもそのノリになかなか馴染めず部員とも満足にコミュニケーションを取る事が出来ない。ここでいきなり体育会系の世界に足を踏み入れる前に、どこかよそで体育会系の人たちの輪の中に入って行く術を学んで来るべきだったと思った時にはもう遅かった。
これも精神修行の一環だと自分に言い聞かせるが、ボクの希望はすでに折れかけていて、プールサイドの隅の方がボクの定位置となっていた。実際に誰かが追いやるといった陰湿な事をするわけではないのだが、耐え難くなり自分から隅に追いやられていったのだ。
ある日そのボクの傍らに、ひどく縁起の悪そうな不気味なぬいぐるみが置かれていた。
「うぷぷぷぷぷ」
なんとそのぬいぐるみが喋ったのである。これは参ってしまっているボクにだけ聴こえる幻聴の類だろうかと思った。
「安心してよ。ボクはキミの味方だよ!」
それがモノクマとのファーストコンタクトでありワーストコンタクトでもあった。


モノクマはボクと同学年であるらしい。こんな仕組みもわからないようなロボットの様なモノを作ってしまうにもかかわらず、電子にも工学にも興味が無い様であった。
授業にはほとんど出ておらず、現に同じクラスであるらしいボクも今まで一度も会った事が無い。いや本当は会った事があるのかも知れないが、ボクにはその正体はわからなかった。少なくともこんな不気味な人物に心当たりは無い。
野菜嫌いでサケばかり食べているから、片目が赤くなってしまったと大真面目に言われたがその実は定かではない。声を聞けば、十人中八人が青ダヌキを連想するだろう。残りの二人はノーコメントである。
弱者を煽り、強者を堕とし、わがままであり、飽きっぽく、天の邪鬼であり、理不尽であり、他人の絶望をおかずにして飯が三杯は喰える。およそ誉めるべきところはプリティな尻尾ぐらいであるとは本人の談だ。もしコイツと出会わなければ、きっとボクの魂はもっと希望に満ち溢れていたであろう。
その原因である元を辿れば、やはりこの水泳部に入部したことは間違いであったと言わざるを得ない。

四畳半か。
これは期待。

元ネタの雰囲気を出すためだと思うけど読みにくいな
でも面白い

読みづれえ


水練場には部外の人間も多く出入りしていた。水泳というのは負担が少ないながら運動量が豊富という優れたスポーツである。
様々な分野の超一流を集めている学園なだけあって、他のスポーツをやっている者が泳ぎに来る事はもちろん、ここには超高校級のアイドルまでもが出入りしていた。
当然ながらそんな時は気を使って関係者以外は立ち入り禁止にしていたのだが、元々水泳部の女子というのは人気があるもので、不埒な事にそれを目当てに水練場を訪れる輩も後を絶たない。
ただ興味本位に見に来ている輩は中に入れなければ済む話なのだが、泳ぎに来ているという名目がある手合いはそうは行かない。
中でも『超高校級の野球選手』などという肩書きのある者は、調整なのだと言われてしまえば納得せざるを得ない。ボクの目から見ても、水泳部女子を見に来ていることが明らかなのにだ。
そんな彼の最近のお目当ては『超高校級のアイドル』と呼ばれる舞園さやかに移っているようだった。
「水泳部の朝日奈の巨乳も捨てがたいけど、やっぱ舞園ちゃんだよなー! なんてったってアイドルだしよ」
などと他のミーハーな男どもと会話しているのを聞いた事がある。
確かに舞園さんはすごく可愛い。それに相手が朝日奈さんだから分が悪いだけで、胸だって平均よりはある方だ。清純派アイドルである彼女だがグラビアアイドルとしてもやっていけるであろうほどの見事なプロポーションをしていて、未だ一般には解禁されていない彼女の水着姿を見られるだなんてこれこそまさに『超高校級の幸運』と呼んでもいいんじゃないかと思うほど――だいぶ脇道に逸れてしまった。
ともかくそんな彼のお目当てである舞園さんだが、幸いな事にと言うべきか彼女は彼の事をどこか避けているように見えた。それどころか彼の事はあまり良く思っていない風ですらあった。
そうだ、そうに違いない。


ある夜ボクは寄宿舎内を当て所もなく徘徊していると、食堂の方から何とも言いしれぬ匂いが立ち込めて来た。ここは超高校級の料理人が取り仕切っていると言う食堂である。
その料理人は人格的に少々問題があり、その作り出す料理には何が入ってるのかわかったものじゃないという根も葉も茎も実も無い……種ぐらいはあるのかも知れない専らの噂であったが、その味は無類である。
匂いに釣られ、そういえば夕飯をまだ食べていなかったなと思いつつ誘引されてしまう。中は閑散としていて本当にやっているのか疑わしい。件の噂の為に穴場と化していてるようである。
夕飯には少し遅い時間にそこでラーメンを頼み、独特の何かよく分からない油のような物の匂いに期待と不安感を同時に感じつつまずはスープでもと器に手をかけた時、新たなお客がやって来た。
やって来た客の男は白いシャツをだらしなく着こなしその中には派手な柄のTシャツ、銀のアクセサリをじゃらじゃら付けて皮の小物を垂れ流している。パンクファッションというやつだろうか。
顎鬚だけを長く伸ばしそこにも銀のアクセサリ、顎にピアス。髪は真っ赤に逆立っていて眉は異様に細く整えられている。とても高校球児とは思えない風体だ。
「お、苗木じゃねーか。うーす」
水練場でよく見かけるが一度も会話は交わしたことのなかった彼が、隣に座るなり話しかけて来た。ちなみにクラスメイトでもある。
「こんばんは桑田クン、キミもここにはよく来るの?」
なんて当たり障りなく相手をする。
「んー、まーな。ここうめぇからよ」
「だよね」
それっきり会話が途絶えてしまいやがて彼の頼んだ物も出て来ると、物凄い勢いで食べ出した。音を立てて肉物をがつがつ食べる姿はさすが運動部と言ったところだろうか。少し食べ方が気に障る。

先に食べ始めていた一応は現役で運動部に所属しているボクよりすでに現在運動部では無い彼は先に食べ終わると、急に喋り出した。
「なあ。やっぱ舞園ちゃんってミュージシャン好きかな? あ、それとも俳優?」
「ど、どうしたの急に」
「いやよ、作戦会議っつーの? やっぱこの学園の中じゃ舞園ちゃんがダントツじゃん? 朝日奈とか江ノ島もいいけど。あ、いっこ上の罪木ってのもいいな、なんかこういじめたくなるっていうか。
 ホントこの学園は可愛い子多いよなー、おまけにダイナマイトボディーな子もちらほら! いやー、来てよかったぜッ!!
 でもよ、やっぱ一度はアイドルをモノにしたいよなー、って思うじゃん?」
「どうかな……」
「あれ? 苗木は舞園ちゃんに興味ねーの? じゃあさじゃあさ、オレに協力してくれよ」


桑田怜恩は超高校級の野球選手である。この学園にスカウトされて来る以前の経歴は実に華々しく、いつぞやの高校野球大会決勝での活躍は記憶に新しいだろう。打てばホームラン投げればノーヒットノーラン、なんだそれは。俗に言うエースで四番、漫画の様な人物である。
全国球児の憧れの的と言っても過言ではない彼だが本人は野球に全く執着は無く「野球なんてダサいから辞めたい」が口癖である。実際学園では野球部に所属していなかった。これだから天才はと言わざるを得ない。
ただし女性にモテるという理由から野球自体を辞める事は未だ実現していないそうである。
反対に彼が執着のある事柄と言えば偏に女性の胸だ。その執着たるや並々ならぬもので彼の野球を辞めたい一因にすらなっていて、曰く巨乳のお姉さんと付き合いたいが為だけにミュージシャンを目指す事にし、野球を辞めたいのだそうだ。実に度し難い。
そんな彼も腐ってもスターと言うべきかオーラでもあるのか最近頻繁に訪れる水練場では専ら皆の中心的人物となりつつあり、忌々しいことに余計な事さえ言わなければ存外に女子にもモテる。
万に一つも舞園さんがこの男になびくような事は有り得ないとは思うが、周りの人間やボクまで使ってあれやこれやの策を講じようとする彼のその積極性にはいささか焦燥を覚えたのもまた事実である。


翌日の深夜、焦燥と不安に苛まれながら廊下を歩いていると、奥のコインランドリーから漏れている明かりが目に付いた。
中の様子を伺ってみると、何やら青い布のような物をいじいじとして挙句部屋のど真ん中に干そうとしているドレッドヘアーの男がいた。超高校級の占い師である。
いったい何をやっているのかとしばらく観察していると、乾燥機の蓋を開けたり閉めたり、備え付けの自動販売機のおつり返却口に何度も手を入れたり、更には這いつくばって自動販売機の下を覗いていたりする。
これはどんな占いに必要な儀式であろうかと乏しい知識で思案するがどうにもわからない、そうこうしている内に向こうがこちらに気付いたようだ。
「うおッ!? ……ってなんだ苗木っちじゃねーか、びびったぞ」
彼もまたクラスメイトである。
「……何してるの?」
「占術師洗濯室で戦利品選択中」
「は?」
「……まあ、普通に洗濯してただけだべ。苗木っちこそこんな時間にどした?」
「いや、ちょっと考え事しながら散歩してたんだ」
「ん? なんか悩み事か? そういうことならやっぱ占いだべ! 深夜割引で超格安にしといてやんぞ」
「占いに深夜割引なんてあるんだ……ちなみにいくら?」
「普通は10万円のところを、9万円にしてやるべ!」
「高ッ!! しかも1割しか安くしてくれないの!?」
「おいおい冗談きついべ。超高校級の占い師に占って貰うって言ったら、普段は行列が出来るぐらいなんだぞ?」


超高校級という肩書きには説得力があった。論理的に考えて超高校級とまで言われている人物の占いが当たらないわけがない。
当たる占いであれば少々、いやかなり高いがそれで今まで間違って歩んで来た道を正せるというのなら、安いものなのではないだろうか。
思えば幸運であると信じて疑わず大きな岐路に立たされても自分の直感だけを信じて来た。その挙句が今の有様である。
ならばここらで何か超常的な力に縋ってみてもいいのではないだろうか。判断を委ねてしまってもいいのではないだろうか。
そして正しい選択を出来たのなら、ボクの学園生活はもっと違ったものになっていたはずだ。
水泳部などという男どもの欲望の塊のような部活に入ることもなく、部活動で疎外感を感じることもなく、ぐるぐると絶望に浸りきったような目をしたモノクマと出会うこともなく、きっと何らかの才能を開花させていたはずだ。
そして傍らには美しき黒髪の乙女、あわよくば幻の至宝と言われる『希望色の学園ライフ』を手にする事もあっただろう。超高校級の幸運であるならば、そんな未来が待っていてもなんら不思議には思わない。
だが生憎今は持ち合わせがない。貯金はあっただろうか、とだいぶ傾きかけたその時。
「特別にこの学園を卒業して成功したら払うってのでもOKだべ。なんせ成功を約束された学園だからな、そん時はたんまり払ってもらうけどもよ」
ボクの天秤はもはや傾いたまま戻っては来なかった。

「それで? 何を占って欲しいんだ?」
「えーっと、なんと言ったらいいのかな」
一度で大金が掛かるのだ、なるべく一発で未来が開けるような占いをお願いしたい。そう思ってああでもないこうでもないと唸っていると、
「試しに近い未来のことを占ってみるか? というかすでに占っているぞ!!
 苗木っちは今の環境に不満があると出たべ。才能を活かせていないと感じてるんじゃねーか?」
「……うん、そうなんだよ。その通りだ」
「どれどれ……」
そう言うと葉隠クンはまじまじとボクの顔を見た。
「お、また来たべ。苗木っちの一番の取り柄は前向きさなようだな。あと、どうやら幸運じゃないもっとすごい才能があるみたいだぞ」
葉隠クンの慧眼にボクは早くも脱帽した。ボクの唯一の取り柄である前向きさをあまり話したこともないのに看破するとは、やはり超高校級は伊達ではない。更には漠然と感じ望んでいた幸運ではない何かを見抜くとは。
「とにかく好機を逃がさないことが肝心、と出たべ」
「好機?」
「好機ってのは好い機会ってことだべ」
「それはわかるよ……具体的には?」
「……裁判所」
葉隠クンが今までより少し低い声で呟いた。
「裁判所? あ、裁判所がどういうところかはわかるからね」
「うーん。よくわかんねーけど、裁判所が見えたべ。こりゃ重要な分岐点に関わるもんなようだな。
 じゃ、今のはお試しだから割引と出世払いは効かないんで10万円の振り込みをよろしく頼むべ」
「裁判所って、ボクに訴訟を起こせってことじゃないよね?」
あれだけすがる思いだった超高校級の占い師への信奉も、今や訴えたいところまで下落している。
「ちょ、訴訟は勘弁してくれ!! チッ、仕方ねーな……今度特別の特別に2割引で占ってやっから! なッ?」
「それでも2割引なんだ……」
「おう! 赤字覚悟の出血大サービスだべ」
そもそも占いに赤字とかあるのだろうか。
「とにかく苗木っちの重要な転機の時には裁判所な。その時に今までと同じことをやってたらダメだぞ?
 思い切って行動すれば好機を掴めるはずだべ!」
それ以上は聞いても有益な話は得られそうもないのでその場を後にしようと振り返ると、入り口に少女が立っていた。
「迷える子羊さんごっこですか?」
舞園さんは言った。

マダー


ボクと舞園さんは中学の同級生である。とは言っても当時は一度も会話を交わしたことはなかったし、その時から有名人だった舞園さんのことは遠巻きに見るだけであった。
向こうは当然ボクのことなんて覚えていないだろうと思っていたが、この学園に入って初めて顔を合わせた時に、なんと舞園さんの方から「私のこと覚えてますか? 中学の時同級生でしたよね」と聞いて来たのだ。
もちろん覚えていると答えたものの内心驚きを隠せなかった。彼女は同級生なのだから当然だと言ったが、特に目立ったこともない平々凡々なボクなんか、と言ったらとても可笑しそうに笑われたものだ。
その時の笑顔が頭から離れない。アイドルのものじゃない、ボクにだけ向けられた忘れがたい舞園さんの笑顔だった。
身も蓋もなく手っ取り早く言ってしまえば、当然と言えば当然のごとく、その笑顔だけでボクはほとんど恋に落ちかけていたのである。国民的アイドルの個人的な笑顔を向けられて、そうならない男がいるだろうか。それはまるで月が東から昇るのと同様に当然の事である。
舞園さん、キミは月だ。そしてボクはそのキミの引力に引っ張られ、哀れにも惑う小さな星だ。
そんな彼女はどうやらテレビの収録で遅くなって今帰って来たところだという。未成年は本来こんな時間まで仕事をしてはいけないらしく、こっそり帰って来たそうだ。
ボクは偶然にも舞園さんとの時間を得ることが出来た幸運に感謝した。もじゃもじゃの余計な人間がいることはこの際置いておいて。
しかしもう夜も遅い時間である。あまり話をして引き止めるわけにもいかない。ここはそろそろ紳士的に部屋まで送るべきかと思案していると、

「でも嬉しいです、苗木君とこうして話すことが出来るようになって」

「え?」

「中学の頃は目も合わせてくれませんでしたから。私だいぶ嫌われちゃってたんですね……」

「そ、そんなこと」

「ふふ、冗談です」

あの頃は思春期特有のむにゃむにゃというか、いやそもそも人をじろじろ見るのは失礼ではないか。そんな不躾なことが出来ようはずもない。
あれ? でも目が合わなかったということは……。

「はい、私は苗木君の事見てましたから」

「え! 聞こえた?」

「私、エスパーなんです」


夜も明けそうな深夜、モノクマがボクの部屋を訪ねてきた。

「やあやあ苗木クン」

「なんだよ、何か用か?」

「相変わらず何の面白みもない部屋ですなあ」

モノクマはボクの部屋のゲーム機なんかをいじいじしながらそう言う。

「恋人もいない、部活で居場所もない、真面目に勉強するでもない、キミはいったいどうしたいの?」

「うるさい、お前に言われたくない」

「まあまあまあ、今日はいい話をしに来たんだよ!」

ニヤリと口を繊月の様に細く吊り上げ、モノクマは言う。

「お前のいい話なんて聞きたくもない」

ボクがそう言うとモノクマ心底意外そうに応じた。

「あれー? いいのかなあ、舞園さんが桑田クンといい感じになっちゃっても」

「舞園さんは人を見る目があるから大丈夫さ。決してお前の言うようなことにはならない」

「えー、でもなんだかんだ言っても桑田クンの誘い結構受けてるらしいよ?
 やっぱり結局、行動力がってぐいぐい来る男って無視は出来ないみたいだね」

「まるで本人に聞いたみたいな口ぶりだな」

「うん。この前舞園さんとお茶した時言ってたんだよ」

「いつのまにそんな仲に」

「そう、そこでなんだよ。ボクは今、恋のキューピットをしたい気分なんだ」

「キューピット?」

「ようするに、キミと舞園さんの仲を取り持ってやろうかなってこと!」

ボクは部屋に一人、ベッドに寝転がり昨日のモノクマが言っていたことを考えていた。
実際のところモノクマに頼んだ場合、うまく事が運ぶとは到底思えない。先にあるのは破滅しか存在しないことだろう。
しかしアイツが舞園さんと割と親しい間柄であることは事実なようだ。証拠の写真やメールなんかを見せられた。

「どうするか決まったら言ってね。よくここの二階の研究室にいるから。あ、そうそう! 期限は四十八時間にしよう! ボクの気が変わらない内にね」

ボクがモノクマと舞園さんとの関係を半ば信じたことを確認し、それだけ言うとモノクマは帰って行ったのだ。
しかしいざその研究所に訪ねて行ってドアを開いたら、モノクマのモの字もなく、頭が良さそうな美形の男に「どちらさまでしょうか?」と言われたり、はたまたモノクマは居たとしても「うぷぷ、本気にしちゃったの? キミはじつにばかだなあ」なんて言われた日にはボクの繊細な精神は耐えられない。立ち直るのに四半世紀は掛かることだろう。
モノクマとはそれぐらいの嫌がらせは平気でやる男なのだ。いや、男なのかどうかは知らないが。
そうだ。きっと舞園さんと親しいというのも嘘であろう、写真もメールも捏造なのだ。それを確かめる術はないものだろうか。


端的に言えば二人の関係は本当だった。
ボクは未だに未練たらしく縋り付いている水泳部でその事実を知ることになる。
事実の証言者は朝日奈葵、『超高校級のスイマー』と呼ばれる押しも押されもせぬ水泳部のエースである。

「私も何回か二人と遊びに行ったことあるけど、舞園ちゃんとはこの学園に来る前からの付き合いなんだって。やっぱり仕事柄面識があったんじゃないかなー?」

彼女はそう言った。意外だったのは朝日奈さんがモノクマを知っていて、しかもすんなり受け入れていることだ。そして仕事柄と言った。アイツは普段何してるんだ。

「そりゃあもう色々だよ。脳科学の研究・開発したり、活動資金を稼いだり、物資調達したり、人手もまだまだ足りないし、使えないヤツもいるし、あの計画の準備もしなきゃいけないし……恋に遊びに大忙しだよ!」

ボクはいつの間にか研究所に来ていた。そこには数々の想定をすべて裏切ってくれてモノクマだけがいた、ほっと胸を撫で下ろしたものだ。

「いやいやいや、今の中に恋の要素も遊びの要素も無かったよ! だいたいお前恋人なんていないだろ?」

「うぷぷぷ」

「なんだよその変な笑い方」

「ヒ・ミ・ツ」

モノクマはかわいこぶりっこのような仕草をした。

「それで、決心はついたの?」

「うん……モノクマ、ボクと舞園さんの仲を取り持ってくれ」

「偉いねえ! よく言ったよ」

「それじゃあ、張り切っていきましょうー!」

心底愉快そうに、最後まで残しておいた好物を前にしたような満面の笑みを浮かべる。どこか薄ら寒い。

改行が無くて読む気が失せる
論外

別に読まんでもええんやで
楽しみにしとるよ

これ読んでるの俺だけじゃなかったのか

久しぶりにきたらきてた


「恋を成就したければ、まずはライバルを蹴落とすのが基本だよね!」

「彼女の周りに不穏なヤツら アイツもコイツも彼女が狙いさ どいつもこいつもボクのライバル そうはさせない! 今すぐゴーゴー!!」

どこかで聞いたことのある曲に合わせモノクマが楽しそうに歌う。

ボクはモノクマに唆されて、あくまで唆されてだがまずは小手調べとして舞園さんに近づこうとする者の悪い噂を流した。

風紀委員のIクンは実はむっつりであるとか、2年のS先輩は女なら誰でもいいんだとか、Yクンが女子のごみを漁っているところを見ただとか、その程度の些細なものだ。

その出所もないような噂をボクがでっち上げた先から、モノクマは写真を捏造し、証人を用意し、まさに煙もないところに火をつけて回っていた。その結果舞園さんに近づく者は淘汰されていく。今まさに一番近い存在であるのはボクと桑田クンの二人だけであろう。

この桑田クンが存外手ごわい。まず彼は曲がりなりにも高校野球大会のスターである。彼の悪い噂というのはでっち上げるまでもなくいくつかあったのだが、彼はそれを隠そうともしない。それはもはや噂ではなく事実となってしまう。悪びれない態度と彼がスターであるが為に大抵のことが許容されてしまう土壌が出来つつあった。

我々が彼を貶めようと画策すればするほど、彼のそういったキャラが確立して行くような気がした。

この作戦は失敗であった。


「しょうがないなあ、ボクのとっておきの情報を出そうか」

「とっておき?」

「世間や他人の評価がどうであろうと、一番致命的なのは相手本人の評価だよね」

「つまり! 桑田クンが舞園さんの嫌いなタイプであればいいんだよ」

「そんなの知ってるの? というかあの舞園さんに嫌いなタイプなんて……」

「ボクの情報網をなめてもらっちゃ困るよ。キミの妹のスリーサイズだって知ってるんだからね!」

「なッ――!? ボクも知らないことを……」

「おっほん! いいかい? 舞園さんの嫌いなタイプはね、努力をしない人。そして自分の世界、つまり芸能界を軽くみている人」

それは確かに信憑性はあった。彼女が今までどれだけ努力をしてきたかは想像に難くなかったし、自身のグループを、アイドルとしての居場所を何より大事にしていることは伺い知れた。

「でも、それを知ったからってどうするの?」

「思った以上に阿呆だね。もちろん桑田クンをその嫌いなタイプだって思わせるんだよ」

それは無駄だ、と思った。開き直った相手には悪い噂も捏造も通用はしまい。何より舞園さん自身が噂で人を判断するタイプではないのだ。その手の姦計で脱落させるとしたら、あくまで男側が自ら身を引くか周りが排除しようという方向になればならない。

「やっぱりわかってないみたいだねえ。桑田クン本人の口から言わせて、舞園さん自身にそう思わせるってことさ」

「そんなこと……」

「出来るよ」

うぷぷぷぷ、とモノクマは笑う。

「ちょーっと、桑田クンに協力してあげればいいんだよ」


そういえば前に桑田クンと約束ともいえない約束をしていたことを思い出した。

「舞園ちゃんってさー、やっぱミュージシャンとか俳優が好きかな?
 あ、その辺ちょっと聞いてきてくんね? だってよ、そういうのオレが聞くといかにもってカンジじゃん?」

つまりは舞園さんの好みについて聞いてくるようにと彼に乞われたのであった。

そのような破廉恥なことを紳士たるボクがそう軽々と聞けるはずもなく、放課後教室で一人悶々としてると後ろから声が掛けられた。

「私の好みのタイプですか?」

「舞園さんッ!? ど、どうしてここに?」

「忘れ物を取りに来たんです」

「それより苗木クンもそういうこと考えるんですね。ちょっと意外です」

そう言うと彼女はいたずらっぽく微笑む。ああ、なんて眩しいんだ。

それにしても会話途中や顔を見ながらならいざ知らず、後ろ姿から心を読むなんて鋭いなんてものじゃない。彼女は本当にエスパーなのか。

「ただの勘ですよ」

ふふ、と今度は屈託なく笑う。この笑顔が見られるならば他のことなどどうでもいいとさえ思える。

「えっと、そうですね。前向きに頑張ってる人、価値観を共有できる人がいいですね」

「やっぱり同じ芸能人とか?」

「うーんそういうわけじゃないんですけど……」

彼女はどこか寂しそうな、煢然たる面差しを見せる。


「あと……約束を守ってくれる人」


意図せず舞園さんから桑田クン御所望の情報が聞き出せたが、これがどうして桑田クンを貶める事に繋がるのか皆目見当も付かずに部屋でぼうっとしていると、忌々しい白黒ダヌキが訪ねてきた。

「やあやあ苗木クン、首尾はどうだい?」

「モノクマか。一応、桑田クンに頼まれてたことは聞いてこれたけど。これでどうしろっていうんだ?」

「まだわからないの? キミはじつにばかだなあ」

「うるさい、このやろうぶっころしてやる」

ボクは何故か異様に腹が立った。

「まあまあまあ、これあげるから機嫌なおしてよ」

「なんだこれ」

「カステラだよ。知らないの? ちょっと知り合いに差し入れにきた、おすそ分け」

「カステラぐらい知ってるよ、でも普通カステラって縦長じゃないか。それがこんな巨大で正方形だったから確認しただけだ。
 それにお前がものをくれるなんて……何か変な物でも入ってるんじゃないだろうな」

「あ、ひどいなあ。別にボクは苗木クンをコレステロールの摂りすぎで病気にしようだなんて思ってないよ。形はそうだね、差し入れ相手の好みの問題かな。
 ほらほら、クマの好意は素直に受け取るものクマ!」

「わ、わかったよ……あとでいただくよ。それで、桑田クンをどうするの?」

「うぷぷぷ。こんな大きなカステラを一人で食べるなんて、苗木クンてばさびしいヤツだねえ」

「いいからボクに何をさせたいのか言え!」

「まったくもう、仕方ないから説明してやるよ。舞園さんの好みのタイプがわかった今、逆に舞園さんに嫌われさせる為には当然――」

「桑田クンに嘘の報告をしろって言うのか? そんなことしたらすぐにバレちゃうんじゃ」

「もー頭悪いなあ。頭も悪いし不細工だし性格も気持ち悪いなら黙っててよ。いいかい? なにも嘘をつく必要はないんだよ。キミが舞園さんに聞いたという事実が重要なんだ」

「……」

「桑田クンは単純だからね、キミでもある程度行動の予測は付くだろう?」

「たぶん……」

「そこで舞園さんの言ったことを、ちょーっとわかりやすくしてあげるとどうなると思う?
 『前向きに頑張ってる人』を『苦労を見せずに目標を達成出来る人』、『価値観を共有できる人』を『同じ目標を持てる人』……そう桑田クンに言うんだ」

「あ……」

「わかったかい? 桑田クンの性格からして、それを聞いた彼が舞園さんにどういうことを言うか想像出来た? 加えて勘のいい舞園さんなら気付くだろうね、苗木クンに頼んで聞き出したんだって。
 そうなれば効果は倍増だよ。自分の好みを知って、自分の嫌いなことを言う桑田クンを舞園さんはどう思うかなあ」

「相変わらず……悪魔のようなことを考えるヤツめ」

「でも、それを実行するのは苗木クンだよ? さしずめ使い魔ってところかな。ま、使い魔と違ってやるかやらないかはキミ次第だけどー」

「くっ……ええい悪魔よ立ち去り給え! ボクをそそのかすなッ!!」

「はいはーい。予定も押してるし、それじゃあねー」

また、モノクマが「うぷぷぷぷ」と笑いながら出て行ったのを見計らって塩を撒き、やっとボクの平穏は保たれた。


夜も更け、先ほどモノクマに言われたことを、ぐるぐるとまるで天使と悪魔の化かし合いのような詮無き様で考える。
いくら考えたところで結論なんて出ずに、ただただ腹が減るばかりだ。
仕様がなく件のカステラに手を付けることにする。カステラには紅茶だろうかと思ったがあいにくインスタントコーヒーしかなかったので湯を沸かす。

珈琲を淹れるとおもむろに巨大なカステラに向かう。誰にはばかることもないのだ、真ん中から抉りとって食べてやろう。
意地汚く手でちぎりとっては口に運んでいると、甘い味が広がる。どこか懐かしい。
だがやはりこんなに大きなカステラを一人で食べるのは少し味気ない。そう、例えば舞園さんとなんか一緒に食べられたら最高だろう。
そんなことを考えている自分に心底驚いた。おこがましいにもほどがあるではないか。

最近のいろいろな出来事のせいで、どうやらボクは分不相応な妄想に取り付かれてしまったようである。
舞園さんはあくまで憧れの人でありみんなのアイドルである。誰のものにもならなければそれでよかったのではなかったか。
このような妄想に囚われて本気でアイドルと付き合えるかもなんて玉砕覚悟で彼女を困らせてきた輩を軽蔑していたのではなかったか。
そうだこれは聖戦だ。なんぴとたりとも彼女に近づけてはならぬ。

負けてたまるか、負けてたまるか。自身の欲望にも。

勢いをつけるため、宣戦布告のごとく、戦いの狼煙、戦の前の腹ごしらえとして、カステラむさぼり食う。
一人部屋で巨大なカステラを食べているという孤独を紛らわせるために、一心不乱に食べた。
そのカステラの真ん中部分が底を見えた時、ようやく我に返る。気付けばボクの目からは涙が流れていた。甘い物の食いすぎで気持ちも悪い。
ふと、元カステラであったその残骸を見やると、その中心にはボクがいた。周りを高い机や椅子に囲まれた、罪人のようなボクがいた。

「裁判所……」

ボクは呟いた。

まだか



 それは入学してまだ間もない頃、新一年生であるボクらを集めて視聴覚室でちょっとしたレクリエーションが行われた時である。
 レクリエーションとは言っても全員で映像を見るだけだったのだが、その映像と言うのがそれぞれの生徒の大事な人、家族や仲間たちからのメッセージであり、恐らく本人を奮い立たせるのと同時にその生徒の人となりを他の同級生にも伺い知れるようにとう狙いであったのだろう。
 ボクの番に流れた映像は、父母と妹からの応援のメッセージだった。もちろんこの学園に入る前から家族全員そのことは知っていたのだが、実際ボクが通いだし寮生活を始めて数日経ったことでやっと実感が湧いているようで、父から激励の言葉、母からは心配の言葉、妹からは茶化すような応援の言葉をもらった。
 この催しでみんなについて新たにわかったことは、葉隠クンにはビデオメッセージを送ってくれる人がいないことと、舞園さんが何よりもアイドルグループのメンバーを大事にしていること。あんなに仲の良さそうな、それでいて切磋琢磨出来るような関係であると伺い知れるようなメッセージを見せられては、きっと誰しもが彼女たちのファンになってしまうことであろう。実際その日を境に彼女の周りには男女問わず人が集まることになる。
 それまではみんな同級生の顔と名前ぐらいは一致するものの、一部コミュニケーション能力の高い者以外はまだ友達と呼べる友達もおらず、また超高校級である個性豊かな自己も相まってかほとんどが個人主義であると言えた。
 しかし大半が個人主義な中で、幸いなことにボクは中学で同級生だったことも手伝って舞園さんと行動を共にすることが度々あり、特にクラス行事の時には一緒に行動することが多かった。それまでは。
 今ではクラス一の人気者である舞園さんとは一定の距離を保ち、何かあっても同じグループになることはなく、二人きりで話すことも最小限、数えるほどしかなくなった。
 ボクはそのレクリエーションが終わった後にした舞園さんとの会話を思い出す。
「なんだか照れちゃいますね、ああいうのをみんなの前で流されると」
 くるくると人差し指で髪の毛を巻きながら、はにかんだ笑顔で恥ずかしそうに、でも嬉しいそうに言う舞園さん。
「みんないい人たちなんだね。舞園さんにこんなこと言っていいか分からないけど……ボク、芸能界のイメージってちょっと悪かったから」
「はい。みんな……とても、いい子で。本当にとてもとても大切な仲間……です。でも、そういうイメージ通りのことも、やっぱりある世界なんですよ」
「そう、なんだ」
「……私は、アイドルになる夢のために、色んなことをしてきました。それこそ嫌なことだって……なんでも……。
 ファンの人に知られたら幻滅されちゃうようなことだってしてきたんですよ?
 必死、だったんです。あの世界は少しでも弱みを見せれば途端に引きずりおろされるようなところですから。
 私の夢は、叶いました。今がすっごく幸せで、だからこそ思うんです。不安……なんです……。
 ずっと夢を叶え続けることがどんなに大変なことか、夢を叶えることより大変なことだってわかって。叶った夢は簡単に終わっちゃうんじゃないかって考えちゃうんです……」

「私が今までやってきたことを知ったら、本当の私を知ったら……みんな離れていってしまうかもしれない……愛想を尽かされてしまうかもしれない!
 それが、怖いんです……不安で不安で仕方がないんですよ……私の見続けているのは、もしかしたら幸せな悪夢なんじゃないかって…………」
「舞園さん……」
 彼女の独白には、不安には、恐怖には、何も解決策なんてないのかも知れない。
 けれどもボクは何か言わずにはいられなかった。それがたとえ気休めにすらならなかったとしても。
「頼りない……ただのファンの一人かもしれないけど、ボクはずっと舞園さんのファンだから。
 ボクがずっと……キミの味方で居続けるよ! どんな事があっても絶対に!!」
「苗木君……」
 こんなことを突然言われても困るだろう、それもただのクラスメイトなんかに。
「……信じても、いいんですか?
 何があっても……苗木君だけは、ずっと私の味方でいてくれるって……」
「も、もちろんだよ!!」
「約束、してくれますか」
 よっぽど不安なのか、彼女は念を押す。
「うん! だって、ボク達は……と、友達じゃないか!」
「そう……ですね。嬉しいです! 苗木君がずっとファンでいてくれるなら百人力ですね!
 だって苗木君は私の一番の味方だもんね」
 そう言った舞園さんは、いつもの舞園さんだった。


 次の日ボクは一日中考え事をしていた。舞園さんにとっての最善とはなにか。
 もしかしたら桑田クンといい仲になってきゃっきゃうふふと走り回るのが幸せなのかも知れない。そんなことを少しでも考えたら不意に涙が出てきた。
 いいや、やはり断じて桑田クンではない。彼女に相応しい誰かがいるのかも知れないが、それは桑田クンではない誰かだ。
 彼女の将来について何パターンもの選択を吟味する。超高校級の御曹司と結婚すれば安泰であろうだとか、はたまた将来きっと政治家になるであろう超高校級の風紀委員との未来なんていうのも一般的にいえば幸せなのかも知れない。料理人と芸能人というのはよく付き合ったりしている印象があるけれど、実際のところはどうなんだろうか。同人作家はきっとない、却下だ。
 そこまで考えてアイドルとスポーツ選手はやはり鉄板か、とまた最初に戻る。
 待てよ。そもそもいつぞや彼女はこう言っていたはずだ、「忙しくて彼氏なんか作るヒマがない」と。それと同時に聞いた「気になる人ならいる」という事実にはこの際目を瞑ることにする。
 だからやはりボクのやってきたことは間違いではなかったのだ。彼女が彼女の夢であるアイドルをずっと続けるためには、浮いた話などご法度。ボクはそれから彼女を守っていたのだ。これからもそれを続ければよいのではないか。
 しかし葉隠クンは言った。好機を掴めと。そしてそのための重要な分岐点には裁判所が見えるという。ならば今ここがそうであろう、今までの自分の人生を鑑みるに、同じことをしていてはまたしても好機を取り逃がすことは必至。
 ならばボクと舞園さんの両方が幸せになるにはどうするべきなのか。そのためには誰を犠牲にするべきなのか。そして、今まで散々人の邪魔をしてきたボクが、今更幸せになっていいものだろうか。
 考えに考え抜いて、一つの結論が出た。


 時刻は夕方、授業も終わり寄宿舎の部屋に戻ってきたボクはもう一度考えを整理する。
 しかして以前と変わらぬ結論に達したボクは、桑田クンに会うべく寄宿舎の彼の部屋へと赴く。
 インターホンを鳴らすとほどなくして桑田クンがドアの隙間からぬっと現れた。
「桑田クン。例の話なんだけど食堂でご飯でも食べながら、どうかな」
「お……おおー! 聞いてきてくれたのか! そういうことならいいぜ、なんでも好きなモンおごってやるからよ」
「あ、そういう意味で言ったんじゃなかったんだけど……でも、せっかくだから奢ってもらおうかな」
 食堂に着くとやはり得も言われぬ匂いが立ち込めていた。食欲が湧くような、もしくはかえってなくすような、そんな匂いである。
「オレはラーメンねー、苗木はどうするよ?」
「ボクもラーメンでお願いします」
「ははは、やっぱそうかよ」
 思えばここに来てラーメン以外を食べたことがないような気がする。さては何か中毒性の物が含まれているのではないだろうか。
「でよ、どうだった? 舞園ちゃんのこと、聞いてきてくれたんだろ?」
「あ、うん……えっと、ね」
 ボクは少し勿体つけるようにして、短く区切り区切り言葉を選ぶ。
「まず、目標に向かって前向きに努力してる人」
 嘘は言っていない。モノクマの“とっておき”の情報とやらから、ちょっと拝借してきただけだ。
「ゲッ! オレ、努力とかそういう暑っ苦しいの嫌いなんだよなぁ……」
「あとは……芸能界が厳しい世界だっていうことに、理解がある人。そして価値観を共有できる人」
「ほー……いかにもって感じだなぁ。ほかには何か言ってなかったのか?」
「ほか、には……」

「うん。これだけだよ」
「そっか。サンキューな! お、ラーメンきたぜ。ほら食ってくれ食ってくれ!」
「いただきます」と言って無心にラーメンをすする。これでよかったのだ。
「いやー、ほんと助かったぜ! これで舞園ちゃんと結婚なんてことになったら、苗木には仲人なんか頼むかもしんねーな!」
 はは、と自信満々に白い歯を見せて笑う桑田クン。
「結婚って……いきなり飛躍しすぎじゃないかな……」
 桑田クンのあまりの堂々ぶりたるや、本当に同じ人間であるかも疑わしいぐらいに自分に自信がなくなり、卑屈になってしまう。
「ウーン……じゃあ次はどうすっかなー。なんとか遊びにでも誘いたいところだけどよー」
「い、いきなり? さすがだね桑田クン」
「なに言ってんだよ苗木、まずはデートだろ? それで友好深めてよ、あわよくば……」
「でも舞園さん、ここのところずっと忙しそうにしてるからそんな暇ないんじゃないかなぁ」
「それなんだよなー。オレはガッコ以外はほとんど暇だけどよ、そう言うのもなんかカッコワリーじゃん?
 ここは事前に舞園ちゃんの予定を知っておいて、ちょうど休みの日に誘いを掛けたいところなんだけど……」
 ちらりとこちらを見る桑田クン。
「そこでまた苗木の出番だ! なっ、予定聞いてきてくんねー? 前のより楽だろ、なっ!」
「え、ええ……そんなことまでボクがするの?」
「ほら、乗りかかった船ってやつじゃね? 頼むぜー!」
「うーん……一応聞いてはみるけど。期待しないでね」
「おう! いざとなったらオレがバシーッと決めるからよ!!」
 よく分からない頼もしさを発揮され、次の作戦の決行が決まってしまった。


 ここ何ヶ月もボクの方から話しかけたことはなかったというのに、なんと難易度の高い使命を受けてしまったことだろうか。
 明日のことを考え一人部屋で悶々としていると、どこからともなく白黒のクマがにゅっと出てきた。
「ねぇねぇ苗木クン、どうしてボクの言った通りにしなかったの?」
「……うるさいな、どうするかはボクの自由だったはずだぞ」
「こんなことしても、今までさんざん人の恋路を邪魔したことは変わらないのにねー! おかしいねぇ、うぷぷぷぷ」
「そんなことわかってるよ。でも、もう邪魔をするのは……舞園さんの邪魔をするのはやめるんだ」
「ふーん」
「ああ……そんなことよりどうしよう、ロクに喋ったことない相手にいきなり休日の予定を聞くなんて……。
 おいモノクマ、お得意の情報網とやらで舞園さんの予定とか分からないのか? ……って、分かるはずないか」
「分かるけど? 舞園さんは今度の土曜の夜が久々のオフなはずだよ。それよりロクに喋ったこともないって、前はあんなに仲睦まじかったのにさー」
「え。ちょ……ちょっと待ってよ。それ本当か!?」
「別に嘘つく意味もないんだけど、まぁどうしても信用出来ないなら――」
「どっちにしろ本人に確認するしかない、ってことか……。はぁ、意味のないこと聞いちゃったな」
「むかっ! そっちから聞いといてその態度! まったくもう、失礼しちゃうよねー」
「ああ、はいはい悪かった悪かった。もうなに聞いても意味ないんだから、帰ったら?」
「まぁまぁ待ちなよ。まったく意味のないってこともないんじゃない? ほら、今の情報で一つ選択肢が増えたじゃない。
 明日、舞園さんに予定を聞かず、桑田クンより先に土曜日デートに誘っちゃうんだよ!」
「なッ、そ、そんな……こと」
「いま目の前にあるのは好機だよ。常日頃からキミが憧れている黒髪の乙女が舞園さんなんじゃないのかい」
「だけど……ボクなんかじゃとても舞園さんとなんて」
「ああもう、じれったいなぁ。そんなにうじうじうじうじやってるんなら、この好機、ボクがもらっちゃうよ。
 今度の土曜はちょうど花火大会だし、そんなロマンチックな場所であとからボクが決めちゃうのもいいかもしれないね!」
「……なんだって?」
「ふっふーん、こう見えてボクの中の人はなかなかイケてるんだからねぇ。
 仕事柄、舞園さんとの接点も多……おっと」
「だからお前は普段なにやってるんだよ」
「ヒ・ミ・ツ」


 舞園さんには放課後に少し時間をもらうことにした。
 幸い今日はそこまで急いではいなさそうだったので、予定通り授業終わりに呼び止める。
「ま、舞園さん。ちょっと時間いいかな?」
「あ、苗木君! いいですよ、なんですか?」
「えっと……あの、舞園さんって次のお休みはいつなのかな?」
「……どうしたんですか? 珍しいですね、苗木君が私の予定を気にするなんて」
「あ、いや、言いたくないならいいんだ」
「なに言ってるんですかー、全然そんなことないですよ! 次のお休みは土曜日ですけど、もしかしてデートに誘ってくれるんですか?」
 ふふ、と悪戯っぽく笑う舞園さん。
「えっ!? あ、え、えっと……」
 どうしよう。考えろ、考えろ。この後すぐ桑田クンがデートになんて誘ったら、さすがにおかしい。
 今は舞園さんのエスパー並の勘の良さが、ただただ恨めしかった。
「……で、デートってわけじゃないんだけど。よかったらその日遊びに行かないかな? く、桑田クンと三人で」
「桑田君、ですか? 苗木君仲良かったんですね、知りませんでした。
 あ、それで土曜日ですけど、大丈夫ですよ。丁度お休みはどうしようかなって思ってたところでしたから。みんなでパーッと遊んじゃいましょう!」


「と、いう訳なんだけど……」
「おいおい! なんで三人で遊びに行くことになっちまってんだよー」
「し、仕方なかったんだよ。さっきも言ったけど、あのあとすぐ桑田クンが誘ったら、絶対変に思われたって!」
「んー、まぁそうかもしれねーけど……ま、いっか!
 苗木にはいろいろ世話になってるしな、それに最初は二人っきりじゃない方がいいかもしんねーし!」
「それで、またボクは協力させられるんだね……」
「いやー! 今度は全然難しいことじゃねーって!
 オレな……このチャンスに舞園ちゃんに告白しようと思うんだ」
「え、ええッ!?」
「だからよ、花火がいい感じの時を見計らって、ちょーっと離れて二人っきりにしてくれりゃそれだけでいいぜ!」
 桑田クンのまるで肉食獣のような積極性に気後れしてしまう。
 確立されつつある彼のキャラクター、超一流のスポーツ選手である実績、そしてこの積極性。不本意ながらこれらでもって桑田クンはモテている。内心、舞園さんの“気になる人”というのは彼ではないかと第一候補として見ていたのかも知れない。だからこのような仲を取り持つような真似をしているのだ。表立っては絶対に認めたくはないが。


 土曜日、花火大会当日。
 ボクと桑田クンは少し先に来て、舞園さんを待っていた。授業の終わりが一緒である以上、どうしたって舞園さんの方が支度に時間が掛かるのは仕方のないことだろう。
 しばらくすると、遠めから見慣れない浴衣姿の女の子が近づいて来て――
「あ、苗木君、桑田君! ごめんなさい、お待たせしました」
「……舞園さん? なんだか、随分雰囲気が」
「はい、軽く変装です。ふふ、伊達眼鏡と髪型を変えるだけでも結構ばれないものなんですよ」
「おおー! 舞園ちゃん、そういうのも可愛いな! さっすが、なにしても似合うっつーか」
「そうですか? ありがとうございます」
 なんだかさっそく持っていかれてしまった気がする。これはもうボクは離れたところで二人を見守っていてもいいんじゃないだろうか、なんて思っていると。
「苗木君、どうですか? せっかくなので浴衣を着てきました!」
「え、う……うん、綺麗だ……と思うよ」
「思うって、もー! はっきりしないんですかー?」
「ご、ごめん。えっと……綺麗、です……」
「うん、よろしい! ふふっ」
 本当に、舞園さんの、淡いピンクの花柄が控えめな浴衣姿が綺麗で……思わずそのままぼーっと見つめてしまう。
「で、でもよぉ、そんなに目立つとさすがにバレちまうんじゃね?」
「大丈夫だと思いますよ、花火大会ですし。浴衣の方がかえって目立たないかなと思って着てきたんです。
 でも、いざとなったら……守ってくださいね?」
 その言葉は桑田クンに言ったのかボクに言ったのか、ボクには分からなかった。


「いやぁ、やってるやってるぅ」
 花火大会も大いに盛り上がり、クライマックスも近いといった辺りでボクは兼ねての予定通り、桑田クン達から離れた。
 その場から気になる二人の様子を伺ってみたり、素知らぬ振りをしてそわそわしてみたり、そうだ何か飲み食い出来る物を買って来ようと屋台に向かう 途中、前から見知った顔が近づいてきた。その不気味な顔は忘れもしない白黒ダヌキであるように見えた。どうしてお前がここにいるんだと嫌な予感が付き纏う。
 ヤツは口を三日月にしてにやりと笑うと、その短い歩幅にあるまじき一瞬でボク懐に入り、腹を殴った。
「ぐっ……がッ」
 声にならない呻き声をあげるボクの横を通り過ぎると、ボクの服のポケットに何やらねじ込む。後ろからふわっと風が通ると、何かの花のようないい香りがした。
「うぷぷぷぷ、これは餞別だよ。とってもチャーミングでしょう?」
 ボクが薄くなり掛けた意識をどうにか保ちながら、それが何なのか確認しようとしたその時、人混みの端の方から悲鳴が上がる。
「な、なんだあれは?」
 逃げ惑う人と、その原因が分からずただ困惑する人。後者であったボクは騒ぎのある方へと向かってみる。
 なにやら黒い靄のようなものが見える。気象現象の類にしては小規模であり、その靄にちょうどすっぽりと覆われた人々は皆一様にして大騒ぎで逃げ惑っている様子である。
 更にはどこからかぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞと蠢く黒い靄が次々と噴出してくる。それはこちらまで流れてきて、近づきすぎたと思った矢先にはもはや手遅れでボクも靄に飲み込まれてしまった。
 それとほぼ同時、「ぎょええええ」となんとも奇抜な悲鳴がボクの隣から上がる。
 どうやらその黒い靄の正体は蛾の大群であった。

 執拗に顔や身体に飛び掛ってくる蛾の大群をどうにか払いのけ、隣でうずくまっている女性に近づいた。その女性は気の毒なほど怯えきっており、呼び掛けても反応がない。
 放っておくわけにもいかず暫く彼女の傍らに寄り、なるべく蛾が当たらないように盾となっていた。
 しかしどうにも鱗粉が目に入ってきてたまらない。薄目がちなボクの目に映ったのは、仲間との邂逅を大いに謳歌して飛び回る蛾の大群と、艶やかな銀色の髪だけだった。


 蛾の大群がようやく通りすぎると、銀髪の女性はすっくと立ち上がるも顔面は蒼白である。
「……」
「あれ? 霧切さん?」
「……あなたは確か苗木君、だったかしら」
「うん、一緒のクラスだったよね。えっと……大丈夫?」
「ええ。見苦しいところを見せたわね……」
 あまり大丈夫そうではないが、本人がそう言うならそれ以上は追及すまい。
「苗木君は、どうしてここに?」
「あ、えーと……花火大会に来てたんだけど」
「一人で?」
「い、いや。桑田クンと舞園さんと来たんだけど、その、はぐれちゃってさ。はは……」
「そう……」
 霧切さんは怪訝そうな顔でボクを見るが、一応は納得したのか、未だ残っている蛾の群れの方に視線を向ける。
「それにしてもこれは……何なのかしらね」
「うーん、異常気象とか? なにかの前触れかも……」
「そう、ね……」


 霧切さんはボクと同じクラスで、肩書きは超高校級の探偵である。
 普段は物静かで知的な印象の彼女だが、一本通った芯を持っていて誰に対しても遠慮がなく、誰を相手取っても臆することなく言いたい事を言える女性だった。その為クラスメイトから敬遠されがちで孤立することが多かったが、凛とした佇まいとその姿は孤独というより孤高である。
 まだ入学してしばらくした頃、クラスの雰囲気も多少軟化しつつあり、調子に乗った桑田クンなどがその美貌と乳に惹かれて「探偵ってさ、やっぱ殺人事件とかバシバシ解決すんの?」などと気軽に話し掛けた時である。彼女は桑田クンの方を見ようともせずに、
「守秘義務があるから」
 そう答えた。
 至極まっとうな受け答えではあったのだろうが、それ以来彼女に興味本位で近づく者はおらずその時すでに孤立しかけていたボクなどは彼女の孤高さを頼もしく思ったものだ。
 しかし彼女は決して前に出ようとはしないが、持ち回りの役などをやらせるとなんでも人並み以上にこなした。その為、近寄りがたくも一目置かれている彼女は、どうしようもなく平凡で空気のような存在であるがゆえに孤立しているボクとは大違いである。

 そんな鉄面皮と陰で囁かれる彼女にも弱点があるとわかり、ボクはまた親近感を覚えた。また、同時に彼女の普段との差異による魅力に、よもや好意とも思える感情を抱きつつあった。おそらく自ら舞園さんと桑田クンを引き合わせた為の人恋しさに危うく負けかけたのだろう。そんなことでは霧切さんにも失礼である。
 ボクはこの荒ぶる心を落ち着け心頭滅却するために何かないかとポケットをまさぐると、妙な感触を見つけた。取り出してみるとこれが憎き白と黒のタヌキを模した小さな人形であった。
「苗木君……」
 取り出した人形をじっと見ていると、霧切さんがそれに興味を示したようだ。
「それは?」
「いつの間にかポケットに入っていたみたいなんだ。霧切さんはこれを知ってるの?」
「いえ、知らないわ……ただ――」
 霧切さんが一枚の紙を取り出し、ボクに見せる。
「これに描いてある絵と、似ていると思ったの」
 その紙には幼稚園児の落書きのような汚い字と絵が描かれている。確かに描かれている絵はこのモノクマ人形に似ている。
『はんこーよこく  ○がつ×にちの はなびたいかいで なにかがおこる』
「……モノクマ、なのか?」


「おーいたいた! 苗木ー!
 なにやってたんだよ、探したぜー」
 桑田クンと、少し離れた位置に舞園さんがこちらに手を振っていた。
「ごめんね桑田クン、それに舞園さんも。
 ちょっとした事件があってさ……」
「ああ、それならオレも見たぜ。スゴかったよなぁ、ありゃ」
「うん。ちょっと様子見に行ったら巻き込まれちゃってさ……」
「マジかよ! あん中にいたの? げぇ!!」
「まぁ、大変だったよ……。ところで。そっちは、どうだったの?」
「あーんー……それがよ……」
 どうにも歯切れが悪いのは、ボクに気を使っているのだろうか。桑田クンに限ってそんなことはあるまい。
「ま、ぶっちゃけ振られちまったわ! 『気になる人がいるんです、ごめんなさい』なーんて真面目に謝られちまった。こりゃ望みなしだぜー」
「え……ッ!」
 “気になる人”は桑田クンではなかったのか。混乱と安堵のようなものが同時に降って湧いて、間の抜けた声を出してしまう。
「まーこれでスッパリ諦められるってもんよ。カッコワリーからオレはもう帰ることにしたわ。あとは頼むぜ、苗木!」
 そう言いながら親指で後ろの舞園さんを示す。
「え、た、頼むって言われても……」
 桑田クンが振り返りもせずに歩いて行ってしまう。それに気付いた舞園さんがボクの方に近づいてきた。
「苗木君……」
「あーえっと……桑田クンとのこと、聞いたよ」
「そう、ですか……」
「なんていうか、ごめん。勝手にこういうことしちゃって」
「いえ、いいんです。……苗木君、少しお話しませんか?」
「うん……」
 そうは言ったものの、何を話していいかも分からず手持ち無沙汰に先ほどのモノクマ人形をむぎゅっと握ったり潰したりしていた。
「それは……?」
「ああ、いつの間にか持ってたんだ」
「モノクマ……ですね」
「知ってるの!?」
「はい、一部の人達の間で今、ちょっとしたブームなんですよ?」
「へぇ、こんな気味の悪い人形がね……」
「気味悪い、ですかね? でも、なんといっても超高校級のギャルがデザインしたキャラクターですからね」
「超高校級の……ギャル…………」
「江ノ島さんですよ、クラスメイトじゃないですか。もっとも、学校では滅多に見かけませんけど」
「いや……ボクは……」
 会っている。それも何回も……。

「……苗木君? 大丈夫ですか?」
「あ、うん……ちょっとぼーっとしちゃって」
「さっきの蛾の大群に巻き込まれちゃったんですよね? だったら、早く帰って休まないと」
「そうだね……でも、もう少しこうしていたいかな」
「はい……ふふ。よかった、またこうして苗木君とお喋り出来て」
「え……」
「苗木君、ずっと私のこと避けてましたよね」
「そんなことは……」
「いいえ、絶対に避けてました!」
「そう、かもしれない……ああ、そうか。約束、したんだったよね」

「ボクは舞園さんの友達で、ずっと舞園さんのファンで……どんなことがあっても、舞園さんの一番の味方でいるって」

「そう、そうですよ。
 約束したんですから、裏切っちゃだめですよ!」

「はは……これからも、よろしくね舞園さん」
「はいっ!」



 ボクと舞園さんの関係がその後どうなったかは、それはこの話の主題に反する。なので細かいところは大胆に省略させていただきたい。諸君らもそんな壁を殴りたくなるようなものを読んで時間を無駄にはしたくないだろう。
 いつも通りの日常ほど、語るに値しないものはないのだから。



 ボクの学園生活に多少の発展やこれからの希望が見えたからと言って、絶望に染まりかけていた過去を漫然と肯定していようはずはない。ボクはそう簡単に過去を清算出来るような出来た人間ではないからだ。ボクは決して過去の自分を許してなどやらぬ。
 あの、未来を分けた新入生歓迎会において、水泳部を選んでしまったことは後悔をしてもしきれない。もしあそこで、文芸部を見学に行っていたら、あるいはサバイバル格闘部の門を叩いていたら、あるいは委員会連合に所属していたら、あるいはあの奇妙な助手求ムの募集に応じていたら、あるいは葉隠クンの言うセミナーに参加していたら、あるいは映画サークル「オールフィクション」に入っていたら、あるいはギャンブル部に入部していたら、あるいはコンピューター部を選んでいたら、あるいはゲーム同好会に入会していたら、あるいは会話教室「暗黒のバブル期の宴」に通っていたら、あるいはあるいはカムクライズルプロジェクトに応募していたら、ボクはもっと違う学園生活を過ごしていたことだろう。少なくとも今より絶望に侵されていなかったことは確かであろう。あわよくば幻の至宝と言われる「希望色の学園ライフ」をこの手にしていたかもしれない。
 なによりも、モノクマと出会ってしまったという最大の汚点を払拭出来ていたことであろう。



 思い立ってボクはモノクマに会いに行くことにした。研究所にはもういない、だがボクは場所を知っている。

「……会っていた。確かに会っていたのに、気付かなかったんだ」
「お前が、モノクマだったんだな……江ノ島盾子ッ!」
「待っていた……私様は待っていたぞ人間よ!」
 何故か王冠を被ってはいるが、確かにクラスメイトである超高校級のギャル、江ノ島盾子がそこにいた。
「ねぇねぇ苗木クン、どうしてわたしの言うとおりにしなかったのぉ?
 ちゃんとしてれば舞園ちゃんと、もっともーっと仲良くなれたのにねー」
「それは……」
「まったく、本当に使えない苗木クンですね。あなた達の関係が深くなれば深くなるほど、私の計画はより洗練されるというのに」
「どういう……ことだ。どうしてそんなにボクに構うんだ」とボクは問いただす。
「うぷぷぷぷ……それはね」
 もうお馴染みとなったあの笑い声。江ノ島盾子はいつの間にかモノクマのぬいぐるみを抱いていた。
「ボクなりの絶望《あい》だよ」
「それは違うよ!」
 ボクは答えた。


構想だけで技術が追いつかない為、きりのいいここで終わりたいと思います。
読みづらい習作にお付き合いいただきありがとうございました。

もう依頼出してんじゃん
おつ

内容は割と好きだけど、如何せんとっつきが悪かったな
掲示板でやると読みづらいし、ここに来る層にウケる系ではない

まだ?

面白かった

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年07月23日 (水) 15:15:02   ID: GjGcOQTv

フィルタ無効化しないと最後まで読めないな

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