私「私も信じるよ。」 (370)

スレたて

やや暗いフロア。

私はパソコンに向かい、独り言を呟いてはキーボードで企画書を打ち込んでいた。
追い込み時期なので、なりふりを構ってられない。

ふと手を休め、ふわぁとあくびをする。
窓を見るといつもの風景が夜になっていた。

定時になるとほとんどが帰宅していく職場の人々の挨拶に
生返事でお疲れ様ですと言ってから随分と時間が経ったらしい。


ハッと慌てて時計をみて時間を確認する。
時計の針は10時になりかけていた。

急がねば。
今日は約束がある。

私があせあせと急いで帰る支度をしていると机の仕切りの向こうから声がした。


「あれー。主任、ああそっか、今日は金曜日でしたっけ。」
後輩が仕切りの向こうから少し顔を出し、少しニヤついた顔で言う。

「そうだよ、っとえっとあの、戸締りとか色々、」
顔はあげず、バタバタとバックに物をしまいながら、余裕のないまま答える。


「分かってますって、俺が部屋でるの最後ですしね。
子供じゃあるまいに心配しなくても、ちゃんと鍵閉めて帰りますって。
さ、リア充は帰った、帰った。」

言い終わると後輩は顔を引っ込め、自分の仕事に戻っていく。

「そうやってもう。・・・・谷口君、じゃあ、あとお願いします。」

谷口君が声の代わりに仕切りの向こうから手を
ひらひらと上げて了解の旨を応えたのを確認すると私は慌しく職場を後にした。


……

……


職場から徒歩8分。

夕方には店じまいをし、夜にはコンビニだけが商店街で
唯一開いているという物寂しい商店街を抜けたところに
待ち合わせ場所の駅のロータリーがある。

小走りだった足を止め、見渡す。

私はロータリーに停車している車のうち一つの車に小走りで近づきドアを開けた。


「ごめんね、遅れちゃって・・・。ちょっと集中しすぎたよ。」

運転席の彼に申し訳なさそうな顔をしながら車に乗り込む。

「大丈夫、今日もお疲れ様でした!」

彼はそう答え、エンジンを掛けると助手席に座ろうとする私に微笑んだ。
いつも優しい。


「ありがとね。」

「別にいいよ。そういえば今日はまだでしょ?
どこで夕ご飯食べる?」
あー。いつものラーメン屋でいい?」

「うん、大丈夫。あそこにしよっか。」

じゃあ行きますかーといい、私がシートベルトをしたのを
確認すると彼は車を動かした。


「そういえば、最近帰りが遅いみたいだけど大丈夫?」

信号機が赤になったので車をゆっくりと停車させながら彼は言った。
毎日夜遅くまで、没頭していることを私から聞いているためである。

「んー。特にデスマーチになってるとか、きついとかじゃないんだー。」
「ただ、楽しくって気づいたら夜だったっていうか・・・。」

もじもじしながら彼に言う。


「あ、信号、青になったよ。」

「うん。・・・・楽しいのか。ならいいんだけども。
・・・俺はいつか理恵ちゃんが過労死しちゃうんじゃないかって心配だわ。」
とため息をつきながら呆れ顔で彼は言った。

「・・・いやー。あのね、今のところって昔居たところと違って自由なんだー。
勿論、会社からのこういうゲームにしてくれっていう要望を叶えた上で、だけどね。」


「へー。今、何のゲーム作ってるんだっけ?前作ってたのは違うのだっけ。」

「うん。今はー。うーんと、本当は言っちゃいけないから、
・・ほら守秘義務ってやつ。」

「うん。そこ右だよね。」

「そそ。んでね、まあ・・・・ぼかして言うと暇つぶしするためのゲームかな。
違いは体動かさずに、けども仮想世界で動けちゃう、みたいな感じ。」


「へぇ。なんか俺にはプログラムとかよくわかんないけどすごいのな。」

「でしょー?まあ・・・。そういう仕組みの8割を
考えたのは谷口君なんだけどね・・・。あの子すごい天才だと思う。
そう言った意味で補助役な私の作業はあともう少しでおわる、
だから大丈夫。・・・それまで、頑張るから応援して、たっくん。」

そう言い、少しだまりこんだあと、やっぱり自分の夢、
実現したい事を私はしかめっ面で尋ねた。


「ねぇ。話は変わるけど。」

「ん?」

「ある程度、谷口君から教えてもらったりとか
自分でプログラムを勉強してね、分かったんだけどもさ。
・・・人を模したプログラム、つまり人工知能ってあるじゃん。」

「うん。」

「人工知能を更に人間に近づけて、人間とおなじ、
SFじみてしまう言葉だけどもさ。
魂がある人工知能が創りだせたとしたらとても素敵だと思わない?」

「なに、ついにパソコンに魂を宿らせちゃうのか。」

彼はそう言って笑ったものの、思いの外、真剣な私を見て笑いを引っ込めた。


「そ。理系な私が言うのもなんだけどね。
魂を宿らせているかいないかだと思うんだよね。
人工知能と人の差ってさ。」

「お、決めゼリフだ。いいねー。かっこいいね、さすがは水沢主任。」
と、駐車するために車を切り返しながら彼は言った。


「また君も茶化して・・・全く・・・。」
私は少し残念そうな顔をしながら運転席の自分より
大きい肩を抗議の意味で叩いた。

谷口君も馬鹿にする。

いつかは創ってドヤ顔してみんなに見せて、
2人からごめんなさいを言わせてみたい。

「痛い痛い。さ、着いたぞー。今日はなに食べる?」

「坦々麺!大盛!」

抗議に全く意を介さないのに対し、
私は顔を少し膨らませながらそう答えた。


……
………

………
……


うだるような暑さが続く日々。
夏休みの有り難みが薄れた8月の中旬。

冷房の効いた部屋で僕は弟たちとゲームで遊んでいた。

しかし僕たち兄弟の前にはゲーム機はなく、
勿論手にはコントローラーらしきものも持っていない。


ただ全員、メガネをかけヘッドフォンをかけ時折喋っては楽しそうにしている、
見る人が見ればぎょっとする少し異様な風景だが、
僕たち兄弟が今やっているのは紛れもなくゲームである。

十数人しかいない中小企業が開発した、メガネとヘッドフォンだけで
仮想空間に入り浸ることができるこの発明に
今や世の中の半分の人間が夢中になっている。

発売当初は懐疑的に見ていた僕らだったが、
今となってはすっかりヘビーユーザーと化していた。


母親はというと、そんな息子たちに呆れながらも、
非行に走るよりはましかとうるさく言うのは諦め、
学業を疎かにしない事を条件に何も言わずにいる。

今は恐らくは、僕たちを背にテレビでも見ているのだろう。


「修平、ちょっと悪いんだけど買い物行ってくれる?」
そう言いながら、肩を叩くと僕だけを仮想世界から現実に引き戻した。

「えー。だるいよ、お母さん。外暑いしさ・・・。夜じゃだめなの?」

「今日、お父さん帰り早いのよ。お願いね。」


母親が僕の言葉を受け流しながら、
台所においてある財布を取りに行く気配がした。

渋々メガネとヘッドフォンを外し弟たちに買い物にいく事を告げ、
座っていたソファーから僕は立ち上がった。


「で、何買えばいいのさ。」

「んー。冷麦とそうめんと麺つゆ。あと万能ネギと生姜。」
「あと、そこのメガネ軍団が好きそうなお菓子でも買ってきなさい。」

「うぃ。わかった。というか、いい加減そうめん飽きたよ、お母さん・・。」


ぶつぶつ言いながら母親からお金を受け取り、
自分の財布に入れると、居間を抜け、玄関で自分の靴を履く。

扉を開け、暑さで蒸し暑い中、僕はスーパーへに続く道を歩き出した。

坂を下り、地元民しか通らない細い路地をぬけ、
大通り脇にある大きいスーパーへと歩いていく。


徒歩10分とはいえ、夏の炎天下の日陰のない道のりは
冷房に慣れた人間にはきつい。

店に入るころにはすっかりバテ気味だったが、
スーパーの過度な冷房が僕の気力を取り戻していった。


入り口にある買い物カゴに手に、
各コーナーを回り母親に頼まれたものや
自分たち兄弟達の好き嫌いはバラバラだが共通して好きな菓子を入れて行く。

長期休暇中だけではあるが、いつもながら気だるいルーチンワークである。


全てカゴの中に頼まれたものが揃った事を確認するとレジに並び、会計を済ます。

店員からお釣りを受け取ると僕は急いで帰路についた。

中断した仮想空間ゲームの中に戻りたい。
すっかり今は仮想ゲーム中毒者だなあと自分を卑下しながら足を急いだ。


さっきまでやっていたのはFPSと言われる、
なんというか戦争ゴッコのゲームだった。

18歳以下は、やることを禁止されてるものなのだけど・・・うん、やっている。

ただ、どちらかというとサバイバルゲームみたいな感じで、
血やグロいのはない、マイルドになるように規制が掛かっている。


スーパーを出ると無駄に広い田舎特有の駐車場の向こうに、
見慣れた交通量が多く夜も車が絶えず行き交う大通りが見える。

夏の夜になると、暇と熱情を持て余したあまり素行のよろしくない連中が
バイクで爆音を響かせながら走っているみちでもある。

幼い頃は憧れはしたが、今となっては何が
ともかく仮想空間にいくことが僕にとって幸せになっていた。


大通りを抜け、近道と称している細々とした道をぬけると、
向こうに十字路、その先に坂が見えた。

坂の途中に僕の家がある。

自分の家が近くなったので、小走りに坂に向かった。

行く時は歩いて汗をなるべくかかずにいき、
帰りは急いで帰ってもすぐに涼めば汗が出ないといった持論からの行動だった。


ーしかしながらも今日は、何処かで僕の人生の歯車が狂っていたのかもしれない。

何処かで、一回でもワゴン車が赤信号に捕まっていれば。
何処かで運転手が気まぐれを起こして別の道を走っていれば。
僕はいつ通りの日常を送ることができていただろう。


十字路に差し掛かり、一応左右を確認しようとした刹那、
気づいた時には猛スピードで十字路をかけぬけようとする
ワゴン車に僕は跳ねられていた。

遅れた衝撃音とともに宙を舞いやっと地面に着地したかとおもうと、
僕はまるで物のように道路を転がっていった。


痛さよりも驚きが大きく、状況がよく分からない。

やっと路肩にぶつかると僕は力なく横たわった。
夏の熱い日差しが僕に降り注ぐ。暑い。

視界がぼやけていく。あつかった。


……

……


白い部屋。
無音の世界。

ふと僕は気づくとそこに立っていた。
見渡して見てもそこにあるのは白。何もかもが真っ白だった。

周りの色の紛れて分かりづらいがちょうどいいサイズの
正方形の立体物が僕の近くに見える。

ずっと立ちっぱなしも疲れるので僕はそこまで歩き、そっと座った。


数十分経っただろうか。

時間がわかるものが一切ないので正確な時間は
わからないがおそらくそうだろう。

しばらくぼーっとしていると音が聞こえた。
周りが無音だからこそ辛うじて聞こえる音量であるが気のせいではなようだ。


少し躊躇したものの僕は急いで自分の体が立体物の上面に
収まるように横たわるようにして耳を当てた。

どうやら僕の座っているこの物体から音が発生しているようだ。

・・・引き続き耳を当て続ける。

ほとんどがノイズで意味のない音だがその中には
一つだけ声が混ざっている気がした。


"・・・・き・・・・・えま・・・すか?"
呼びかけられている気がしたので、
僕がその声に応えると声の主は慌ただしく話を続けた。

"・・・ごめんなさい・・・。時間がない・・の・・です。"

どうしたのかと何度も立体物ごしに尋ねたが、
"きちんと話すべきだと思うのですが。"と一方的に話を続けた。

どうやら僕の声はこの声の主に聞こえないらしい。


"時間をください、きっ・・・と元に戻せるはず・・・"

悲観的な声が僕の頭に響く。きっと泣いているのだろう。
声が掠れている。

耳を当て始めた時よりもノイズの音が大きくなってきたので
僕は更に集中して声を聞き取れるように努めた。


"・・ああ・・もう気づかれてしま・・・・・"どうやらそういったらしい。
声はいい終わる前にノイズの向こうに消えてしまった。

もうノイズだけしか聞こえない。

ふと頭を上げ後ろを見てみると白だけの世界が
黒に侵食されはじめていた。

光さえ飲み込んでしまうような黒は容赦無く色々なものを染めあげていく。


さっきまで向こう側にあった黒はあっという間に
僕が座っている立体物まで近づき、近くの地面を染め、
立体物自体を染め、驚きで固まった僕自身をも黒に染めていった。

何もかもが真っ黒になった瞬間、僕は再び意識を失った。


……

……


僕が大声をあげながら目を覚ますと、
僕の声に驚いた顔をして上から覗き込む女の子の顔と
そのはるか上に曇りのない青い空が見えた。

実感がわかないけどもここは僕は天国にきたのだろう。

・・・となると、さきほどの世界は・・・・
待機室のようなものなのだろうか。

もしそうなら、なんとも悪趣味だ。心臓に悪い。


体を起こし振り返ってまじまじと女の子を見る。

状況から察するに僕はこの子に膝枕をしてもらっていたようだ。

天使・・・・。なのだろうか。
定番イメージの天使とは違い女の子の頭には輪っかはなく、
神々しいはない。

服装も異なり、ひざ下から素足がのぞいていることから
長いワンピースを着ているようだ。


「驚かしてごめんね。・・・僕は死んだんだよ・・・ね?」
僕は驚かせてしまったことを詫び、先ほどの事を思い出しながら女の子に尋ねた。

意外にも女の子はきょとんとした顔をした後に、首を傾げた。
案内役だけ担っている天使?なのだろうか。

本当に何も知らないようだ。


「大丈夫。ありがとうね。」
僕は立ち上がり女の子の頭を撫でた後に背伸びをした。

周辺を見渡すと、山や田んぼが見え、反対側の奥の方はうっそうとした森がある。
随分と田舎な風景だ。


「ちょっと僕あたりを見て回りたいんだけども、案内してくれるかな?」

僕の言葉に女の子は頷くと立ち上がり、
無言のまま僕たちがいる場所よりも離れたところにある丘を指差した。


なるほど、高いところから見ればいいということか。

悩んでもしょうがないのでとりあえずは現状を把握したい。
僕は女の子の手を引き、彼女が指差した丘に向かって歩き出した。


……

……


歩きながら轢かれたことを思い出す。

あそこは殆ど地元の人しか使わない道。

フルスピードで駆け抜けるような場所でもなく、
夏の爆音バイカーたちも通らない平和な道で有るのに。

あれだけのスピードで走り抜けようとしていたのは理解に苦しむ。


一回、僕は中学校の頃、命に別条はないものの
痛い病気の例として挙げられるうちの一つである、
尿路結石というものになった事がある。

あれは尿道に尿石が落ちることで起きるのだけども、
とにかく少し動くだけでも下腹部に猛烈な痛みがおそってくる。


僕は運悪く全校集会が終わり、みんなと一緒に教室に
帰ろうと立ち上がろうとした時に発症した。

続々とクラスメイトや全校生徒が教室へとそれぞれ帰って行く中、
一人だけ延々と体操座りをするという羞恥プレイの後、
気付いた同級生に笑われながらも保健室に数人係で運んでもらうという経験をした。


しかしながらこうして経験してみると、
やはり車に轢かれてボロボロになった方が数倍も痛かった。

恥ずかしさで言えば前者の方だけども、
やはり痛みで言えば後者だ。

・・・どちらも二度と経験したくないものである。


・・・脱線した考えを元に戻し再度、事故を思い出してみる。

体を動かす力もなく僕の視界は固定されたままだけだったけど、
それでも自分の体が凄惨な状態になっているのは分かった。

また、その状況に1人しにゆく心寂しさや色々な感情が込み上げてもいた。


少し悶えると僕の様子に気付いた女の子が顔見上げ、
心配そうな顔をし始めた。

僕は慌てて女の子に大丈夫と声をかけると考えるのを止め、
気を紛らわす為にも女の子の名前を尋ねた。


「・・・・・・・・・。」
女の子は口をパクパクしはじめたが、
不思議なことに聞こえてくるはずの声が聞こえない。

ああ、そうか、親との約束の中で知らない人に
名前を教えちゃいけない決まりでもあるんだな。

そういえば、最近は学校とかでも指導とかあるんだっけ。
うちの弟も言っていた気がする。

僕は女の子に丁寧に謝ったあと、
あとはお互いに無言で丘まで二人で歩いて行った。


……

……


丘の頂上に着き、景色を眺めていると僕は2つの発見をした。

一つは先ほどは丘に隠れて見えなかったが、
丘から歩いたところに集落があるということ。

ここは今日のうちに歩いて行けそうな距離だと思う。

二つは高層建物が360度見渡してもないということ。

強いて言うなれば、すごく遠くに城らしきものが見えるということ。
こちらは車でなければ、とても1日じゃつかない距離だろう。


僕は女の子の正体がさっぱり分からなかったが、
ここから見える集落のうちどこかの娘さんなのだろうか。

と、なると女の子に天使らしさがないことに納得がいく。

「あそこ、行っていいかな?」
僕と同じように景色を見ていた女の子に声をかける。


女の子のご両親が心配しているだろうし、
もしそうなのであれば夕日が落ちるまでには集落について帰宅させてあげたい。

僕の立っているところまで走ってくると、
女の子は自分から僕の手を握った。

OKという意味らしい。

じゃあ行くよと話しかけ、僕たちは集落までの道のりを歩き出した。


道中、僕は女の子に独り言のように自分の半生を話した。
ここが天国ならと軽くハイになっていたからだ。

弟達がバカなことをやっては苦笑させれることや、
通っている高校の事、片思いの人がいるということ、家族のこと。

たくさん女の子に色々聞かせた。


「・・・・!」

集落への道の半ば、急に女の子が立ち止まり
キョロキョロし出したかと思うと、
僕の手を解き、一生懸命両手を下に大きく何度も振り下ろし始めた。

何事かと女の子を見ると、必死に口がしゃがんでと動いている。


わけも分からず僕がしゃがんだ瞬間、なにかが僕の髪をかすめ、
近くある草むらにあたると周りを燃やしはじめた。

髪が焦げたあの独特の臭いがしはじめたのと同時に、
僕はこの状況にひどく驚いたし混乱した。


僕と一緒にしゃがんでいた女の子が次は僕の手を引きながら、
もう片方の手で路肩の木を指差した。

今度はあそこまで走って木の影に隠れろと言っているらしい。

僕は考えるのは後にして、女の子の指示に従うことにした。

急いで二人で木の影に隠れると間髪いれずに
飛んできた火の玉が木のそばをかすめていった。


当たるとどうなるのだろうか。

髪が焦げたことを考えると、
体に当たった時どうなるかは考えたくない。

どういう場合であれ、また痛い思いをするのはごめんだ。


目の前の非現実的な出来事におののきながら、
どうやって逃げるかなどを考えた。

こうしている間にも、どんどん火の玉がかすめて行った。

外れては転がって行く。
だんだん目の前の草むらが、燃え出し僕は焦った。


「大丈夫かぁー?やられてないよな?今そっち行くからまっとれ。」

僕たちを気遣う男の声が遠くから聞こえた。

その声とともに、さっきまで飛んできた火の玉が
嘘のように飛んでこなくなった。

助かった、そう思った。


……

……


とりあえず火の玉が止んだことにほっと胸を撫で下ろし、
走って息が切れていた呼吸を整える。

しばらく経つと聞こえた声の宣言通り、
人と思しき何かを肩に背負った大男が林の中から現れた。


「あれ、おかしいべ、ここら辺だとおもったんだけどなぁ・・・。」

とつぶやきながらも大男は僕たちを探していた。
先ほどの声の主はこの人らしい。

容姿から見るにいかにも山男臭が漂うその大男に、
僕たちの存在を知らせるためにわざと音を出してみる。


警戒しながら木の影から顔を覗かせると
その様子をみて大男は大笑いした。

「おめぇらなんだかリスみてえだなあ!」
というとまた大男は大きく笑った。


ひととおり笑い終わると大男は、
肩に背負っていた人と思しきものを道の真ん中に放り投げた。

「ほれぇ、さっきの飛ばしてた奴はぁ、こいつだぁ。」

力なく道に横たわるその人はおそらく、
大男に気絶させられたのだろう。

深くフードをかぶっていたが
ここからでも堀の深い顔が薄く見える。

いかにも草の茂みにうまく隠れることができそうな服をきていた。

「最近、魔法を悪い意味で使う奴が増えてるんだけどよ。
・・・ああ。さっきみてぇによ。
・・・ところでおめえら、でえじょうぶか?怪我してねえか?」

と悲しそうな顔をしながら大男は言った。


僕の後ろに隠れていた女の子と目を合わせると
軽く女の子が頷くので、僕はとりあえずこの大男を信用することにした。

女の子は隠れたままで居てもらい、僕だけ木の影から出て、
もといた道に戻り大男の元に恐る恐る歩いて近付いていくと、

「でぇじょうぶだ、でぇじょうぶ。オラはなぁんも悪いことしねぇ。」
といい、僕が無傷なことを確認すると大男は笑顔で顔をくしゃくしゃにした。


……

……


聞けば、僕たちが目指していた集落の人だという。

大男はどしどしと僕たちの前を歩いては、振り返り、
僕たちがついてきていることを確認すると、
前を向き僕たちを背に歩きながら話を続けた。


・・・とても訛りが強いので僕が話を纏めると、
大男が林に果物を取りに行った帰り、火の玉を飛ばす怪しい奴と、
遠くの方でよけながらも慌てて木の影に隠れた僕たちを見かけたとのこと。


大男は急いでフードの男に近づいたものの、
魔法に対して対抗手段を持ち合わせていなかったので、
思わず家畜の餌用にとバックに入れていた硬い果物を、
男から火の玉がでなくなるまで容赦無く投げつづけたのだそうな。

その言葉通り、よく見ると大男の長いヒゲと服がところどころ黒く焦げていた。
おそらく肩に背負われているフードの男から反撃を喰らったのだろう。


「しかしまぁ、おめぇらすげぇなぁ!」
大男が思い出したように驚きながら僕たちに話を切り出した。

「オラぁ、魔法よけるやつ初めてみたぁ。
・・・ああいうのは街さ、いかねば観れねぇもんだと聞いたもんだからよぉ!」

「僕は何にも・・・。・・・あの、この子が教えてくれたんです。」
と僕はなんとも言えない顔で僕の手をつなぐ女の子を紹介した。


女の子は相変わらず無言だが、
大男に向かって少し会釈することで肯定を示した。

「嬢ちゃんか!すげぇなおい!」
大男は愉快そうに笑った。


「魔法をよけれるってのもいいもんだなぁ!
見ている方はスカってするもんなぁ!」

と、うんうんと頷きながら振り返ると、さあついただ、
と僕たちに集落の入り口に着いたことを告げた。


……

……


僕は、そういえばと集落の整備された道を
歩きながら大男に話を切り出した。

「この子のご両親を知ってますか・・・?
多分ここの集落の娘さんだと思うのですが・・・。」


僕の言葉に大男はしかめっ面した後、
「んぁ?うーん、にてっけど、うーん・・・いや、やっぱしらねぇ・・・。
おめぇら街から来たもんだと思ってたし・・・。
ちょっとオラァの家寄ってこいつば縄で縛ったら一緒に一軒一軒回るべ!」
と明るい顔をして答えた。


すっかり日が落ち、最後の家でも知らないといわれた途端
大男はがっくりと肩を落とした。

僕は質問に答えてくれた家の方にお礼を述べ、
大男と共に集落の端の方にある家を後にした。

女の子はすっかり歩き疲れたようで僕の背中で寝ている。


「・・・力になれなくてすまねぇ・・・。
・・・今日は行くとこねぇなら、オラァんちに泊まるか?
きたねぇけどよぉ。」

僕は最初は遠慮していたが僕のお腹がなったのを
大男は聞き取ったらしく、遠慮すんことねぇと折れなかった。

正直、疲れていたし今日は色々なことがあって
休みたかったので甘えることにした。


来た道を歩いて行くと大男の家だという家が見えてきた。

昼間は大男の家の裏にある掘っ建て小屋にフードの男を縛り、
投げ入れた後、すぐに聞き回りに行ったのでよく見ていなかったが、
集落の中では割とでかい部類に入るだろう。


家に着き扉を開けた大男に手招きされ、家の中に入ると、
この家の主人の容姿から想像できないぐらい細々とした部屋と、
きちんと整理整頓された部屋があった。

全然散らかっていないしむしろ綺麗な方だと僕が声を漏らすと、
あんがとよぉと上から照れ臭そうな大男の声がした。


……

……


「嬢ちゃんはそこのベッドにねかせるとえぇ。
坊ちゃんは何か食べんだろぉ。」

「はい・・・図々しいとはおもいますが
正直に言えば・・・。あ、お金・・・!」

僕は女の子を大きめのベッド寝かせ、
せめて食事代の代わりになればと思い出したように
財布をポケットから取り出した。


「金は、いんねぇ。」
といい、大きな手が紙幣を取り出そうとしている
僕の手ごと財布に戻した。

「いいんだあ。実は久しぶりに人が来たんで嬉しいんだぁ。
だから金はいんねぇ。」
といい笑った。


僕がそれでも渋るとそんなに気にするなら、
今度は坊ちゃんの事を聞かせてくれといった。

それから、大男は入り口から歩いてすぐの場所にある、
台所と思しきスペースで手を洗うと調理をし始めた。


僕は歩いて調理スペースのすぐ近くの椅子に座り、
正直に今日起きた事や今日道中に女の子に
話したように自分の半生のこともはなした。

時折、僕の話に不憫だと泣いたり、笑ったり、
不思議がったりし、大男は真面目に話を聞いてくれた。


うんうんと僕の話を聞きながらも手際良く料理が
盛られたお皿が小さい机に置かれていくので、
僕は椅子から立ち上がり話を続けながら、
出来上がった料理をテーブルにはこんでいった。

・・・本当は料理自体も手伝いたかったが、
家事自体を手伝ったことがないので
これくらいしかできないのがもどかしかった。


僕が家族の話をしながら出来上がった料理を一通り運び終わると、
いつのまにか目を覚ました女の子がベットから上体を起こし、
テーブルの上に置かれた料理をぼんやりと眺めていた。

僕は、空いている椅子に座るよう促すと女の子はコクリとうなずき、
こちらに歩いてきては空いていた僕の近くの椅子にゆっくりと座った。


そわそわしているのは早く食べたいのだろう。

「いただきます、だべなぁ。」
といい、台所から手を拭きながら大男が上半身だけのぞかせた。

最初はびっくりしていたが大男がニコリと笑うと
女の子はいただきますと口を動かして食べ始めた。

女の子もお腹が空いていたらしい。
大男はその様子にうんうんと頷き、台所に戻って行った。


僕は大男がテーブルの椅子に座るまで食べるのを
待つことにしようとしたけども、

坊ちゃんも先たべてれ。奴も腹へっているだろうしよぉ。

といいながらこっちにくると、台所から持ってきた本を脇に抱えたまま
食卓に並べた皿から料理を少量ずつ小皿に盛ると外に出かけていった。


掘っ建て小屋にいるフードの男への食事を持って行くためだろう。

僕はお言葉に甘えて、椅子に座ると食事をはじめた。

食卓には僕が好きなレバニラがあり、
早速食べてみたがレバーがプリプリで歯ごたえもあり
味付けも大変美味しかった。

僕が普段食べないものもあったけども勝手に箸が進んだ。
女の子の食の進みぐあいも納得できる。

美味しかった。


口に食べ物をつめ、咀嚼している間、
僕はとなりでモリモリと食べる女の子を改めて眺めてみた。

・・・結局この子も僕と同じなのだろうか。

同じように事故などで痛い目に会い、ここへ来たのだろうか。

もしそうならば、女の子が暑い夏ならではの
涼しそうなワンピースを着ているのに納得がいく。


「おぉ。口にあったかぁ?」

暗い考え事をしながら食べていると、
食卓を挟んで僕の前にいつの間にか帰ってきた
大男が話しかけながらドスンと座った。

女の子は嬉しそうに頷いた。


「良かったぁ。」

女の子に微笑んだ後しばらく僕の顔を見ていた大男が
意を決したように口を開いた。

「・・・オラァ、考えたんだけどもよぉ。
やっぱりよぉ、嬢ちゃん、坊ちゃん。」

「行くとこ決まるまで、ここに住めぇ。
悪りぃけんど、これはゆずんねぇ。」

どうやら僕が考えていたことが顔に出ていたようだ。


「なんもぉ心配することねぇ。オラァは悪いことしねぇ、
・・・ちゃんと決まるまで面倒みるだよ。」

「うんでなぁ、ここの集落の人たちはとても優しいだよ。
・・・坊ちゃん、嬢ちゃんも心配することねぇ。
もう、でぇじょうぶだ。でぇじょうぶだよ。」

と絞るように言い、腕組みをしたかと思うと僕たちをしっかり見据えた。


・・・僕は目を伏せしばらく沈黙し、
やはり大男の優しさに堪えきれず、
あとは堰を切ったように泣いてしまった。


……
………

………
……


紅葉が山に彩りを添え始めた頃、
僕たちはすっかり集落に馴染んでいた。

大男や近所の人にはまるで自分の子供のように可愛がってもらい、
そのお返しにと手伝えることはないかと出来る限り頑張った。


僕は少し体が逞しくなったし精神的にもしっかりしてきた・・気がする。
凛とはいうと喜怒哀楽はしっかりと出してくれるようになった。

なので、出会った頃よりも意思疎通がしやすくなっていた。

「・・・!」

どうやら及第点のようだ。


凛は箸を口に含んだまま、目をパチクリした。
よくかんで飲み込むと、僕が作った遅めのお昼ご飯をパクパク食べていく。

母親も言っていたけども自分が作った料理を
美味しそうに食べてくれているのを見ると嬉しくなる。


言い忘れていたけども、フードの男は、
僕たちがこの世界に来てからその次の日には
街からきたという人たちに連れて行かれた。

集落の人と違って旅人みたいな格好をしていたが、
特に目立った特徴はなかった。

普通の人だった。


ただ、やっぱり魔法を使っていた。

罵詈雑言を撒き散らし往生際悪く
なかなか馬車に乗らないフードの男に
集落の人がしばらく手を焼いていた時だ。


旅人の一人が俺がやるよとという言葉とともに、
フードの男の足をみるみると石化をさせていくのを見た。

僕がその光景にびっくりしていると、
それに気づいた旅人の女の子が石で足を覆っただけだと言った。


・・・僕がいるこの世界は、夏までいた世界と
若干ずれていながらも現実的な世界でもあるし、
どこか幻想的な世界であるようだ。

ただ、ここがどこなのか今でもさっぱり分からない。


そんなことを考えていると、さっきまで向かい側に座り
ご飯を食べていた凛がこちらを見ていた。

食べ終わったようだ。
僕が頷くと、口をごちそうさまと動かした。


僕が少しニコリと笑うと、せかせかと椅子から立ち上がり
凛は自分の部屋に走って行った。

どうやら岩間さんが女の子が喋れないと分かると不便だろぉといい、
集落の売店から買ってきたでかいスケッチブック、
それと鉛筆を持ってくるのだろう。


絵は描かず、専ら、彼女はコミュニケーションを
長く取りたい時に持ってきては使っている。

今となっては日常の一コマとなっている風景だ。

僕が食べ終わった空の食器を片付け、
台所で洗っていると予想通りパタパタとあるいてきて、
食卓にスケッチブックを置いた音がした。

僕が待っててねと壁越しに言おうとしたときには
彼女は台所の近くにある椅子に座り足をブラブラしていた。


最後の食器を拭き、皿を棚にしまう。

僕をじっと見ていた凛は目を輝かせて
急いで椅子からおり食卓に走って行った。

いつもながら僕はその様子が嬉しくて微笑ましく思っている。


・・・弟たちも同じような時期があったけども、
今ではすっかりバカなことしかやらない。

それも別な意味で微笑ましいと言ったら微笑ましいけども。

僕が椅子に座ろうと台所から食卓に歩き始めた時には、
彼女はもう先に座って会話を書き始めていた。


"しゅうははたらきやさんだね"
と白紙に年齢相応の字で書かれたスケッチブックを僕に見せる。

僕は、君もじゃないかと返して女の子の隣の椅子に座った。

女の子が首を横に振り、"ちがうもん"と書いた。


「お使いとか洗濯物を畳んでくれるだけでも
助かるって岩間さん、言ってたよ。」

といいながら彼女の頭を撫でた。

とにかく、この家の主、大男である岩間さんは
体がでかく色んなものが子供には届かない位置に置いてあることが多い。


しかし頑なに危ないからという理由で、
脚立を女の子が使うのは許していなかった。

そういったのも重なり凛には、お手伝いができないことが多い。

岩間さん的には無理ない範囲で手伝ってくれればそれでいいという方針のため、
僕も手伝いできないことは幾つかあるのだけども。


"いつかはおおきくなりたいなぁ"と書いて、
凛が上半身を食卓に手を伸ばしながら伏せる。

まぁまぁといい、あと数年したら背が伸びるよといって慰めた。

"しゅうはせがたかい"
"うらやましい"
と書いて僕に見せた。


成長したらくらべよっかしようか、というと、
彼女は椅子から立ち上がりこちらに歩いてきては
僕の前に立ち座ってる僕と背比べをしはじめた。


・・・確かに今は僕は彼女よりも大きいけども、
岩間さんには到底かなわないし男の中では背が小さい方だと思う。

本当に成長し始めたらもしかしたら、
この子に背を抜かれるかもしれない。


「じゃぁ、牛乳いっぱい飲もうね。」
と彼女が嫌いなものの一つを言うと
"いらない"と書いたのを見せ、スケッチブックごと震わせた。

凛はシチューは好きだし、チーズも食べる。
でも、未だに牛乳は飲もうとしなかった。


僕たちが他愛のない話をしてると、外から大きな物音をたてて
玄関から岩間さんが帰ってきた。

朝から今日は狩るんだと息を巻いて準備をしていたので、
お昼過ぎるまで僕たちも手伝っていたのだけども
何を狩りに行ったのかは聞かされていなかった。


「しゅう、りん、まっとれよぉ。今日はご馳走だで!」
といい、食卓の椅子にドスンと座ると今日のことを話してくれた。

ちょっと血なまぐさいのは友人と二人で鹿を狩ってきたからだそう。
最近、作物を食べられて困っていたのでスッキリした顔をしている。


凛は僕のとなりで、質問をしては頷いていた。

書いては見せて、書いては見せてを繰り返し、
ときどき言葉では説明が難しいことは岩間さんが
絵を描いては凛に教えていく。

本当に何事にも一生懸命で温かみのある人だと思う。
時間の経過とともに、スケッチブックが絵と文字で埋まって行く。


岩間さんはある程度したら話を切り上げると、
ちょっとしたら裏ぁきてけろぉといい、
台所にあるナイフケースから包丁と
解体の時に使うという肉厚のナイフを持ちだし、また外に出かけて行った。

恐らく解体を見せてくれるのだろう。


僕が家の裏に向かおうと玄関のドアを開けると
すっかり夕方になっていた。

綺麗に辺りがオレンジ色に染まっていた。

光景に見とれていると、凛が僕の服の袖を
少し引っ張り"せんたくもの"と書いた紙を見せた。


ハッとし、玄関から外にある物干し台を見ると
洗濯ものが風に吹かれている。

すっかり忘れていたようだ。

急いで外で干していた洗濯ものをはずすと、
凛に渡して家の中に持って行ってもらった。


僕は最後の洗濯ものを渡すと、
後はよろしくねといい急ぎ足で
家の裏にある掘っ建て小屋に向かった。


……

……


僕が裏口の方に歩いて行くと、
掘っ建て小屋から血のにおいとケモノのにおいが薄く漂ってきた。

何度も踏みしめられた地面に薄く大きい足跡がうっすらとあり、
そのうちの一つがそれが小屋へと続いている。


僕が小屋に入り、入り口の近くにある椅子に座ると、
じゃあやるべよぉといい、鹿をテーブルに乗せて作業を始めた。

手際良くどんどん、鹿を鹿だったものへ、
鹿だったものを肉塊へ、肉塊をお肉へと変えていく。

何時もながらすごいと思う。

岩間さんは自己流だから人に見せるのは恥ずかしいと言っているけども。


目の前の光景を見ながらぼーっと考える。

生命が生まれる瞬間はとても神秘的だけども、
逆に生命が無くなる瞬間についても
また別の意味で自分の中の何かが動かされる。


実際、今まで動いていたものが動かなくなる、
死ぬ、死に至らせられるというのを目で見ると
確かに自分の中の何かが変わった。

確か、何処かの学校の授業かなにかで豚を育てて、
最後は肉にして食べようというのがあった気がするけど、
今ならわかる気がする。


・・・いのちとは何かというのは中学生が好みそうな
とてもクサイ議題だけども恥ずかしがらず
真面目に自分なりに考えて突き詰めていけば自分や他人、
加えて色々なことを理解する上で糧になる。気がする。


「しゅう、これをよぉ、近所の人に分けてきてくれぇ。」
考え事をして待っていると岩間さんが僕に話しかけてきた。

作業が終わったようだ。

「今日は、もみじ鍋だべなぁ。」
といいにっこり笑いながら近づき、
座っている僕に袋に詰めたお肉を僕に次々と渡してきた。

受け取りながら見上げてみると岩間さんの顔はすごく上機嫌だった。


僕は最後の袋を受け取ると落とさないよう
気をつけながら近所の人に配っては回った。

貰うだけじゃといい、代わりにこれを持ってけと
持たされるお土産を両手に持ちきれないくらいに持って帰路を歩く。

行きより、帰りの方が重い気がする。
基本、集落の人々はもらったら代わりに何かを返さないと気が落ち着かないようだ。

流石に、渡すものがないからといっては、
使いかけのめんつゆを渡された時には思わず笑ってしまったけど。


僕は道をあるいて行く。

日はもう落ち、夜になっていたが道は明るい。

星が煌々と光っており、満月が夜道を照らしていた。


家に帰ると先ほどの言葉の通り、
鍋の準備をしている岩間さんとお皿と並べている凛の姿があった。

いつもは3セットを並べるのだけども、
今日は1セット増えて4人分並べられてある。


僕はお土産を冷蔵庫にしまいながら、
理由を聞くと今日一緒に鹿狩りをしてくれた人が来るのだと岩間さんが言った。

いつもはすぐに集落から次の集落まで駆け足で巡って行くけども、
今日はゆっくりできるとの事でこの運びになったようだ。


なので、実際見たことがなかった。

凛にスケッチブックを見せてもらってもいいかなというと、
僕が考えていたことが分かったようで
夕方岩間さんが描いていた絵のうち一つを
指差して僕に見せてくれた。

なるほど、改めて見ても黒ずくめの人・・・ということしか分からない。


そんな僕を、
「しゅう、しんぺぇすんな。いい人だでよ。でぇじょうぶだよ。」
と言いながら岩間さんは大きい手で、髪をぐしゃぐしゃとしてきた。

話を詳しく聞けば、やり手の街の魔法使いで
家を吹き飛ばすぐらい他愛のないらしい。

また、水も一瞬で凍らせることも出来るのだと言った。


フードの男を連れて行った街の人達が
少しドライだったことを考えると、
その人も恐らくドライなのだろうか。

そんな事を考えて振り返り、食卓を見ると、
それぞれを違う表情をしながらまだかまだかと
玄関と鍋を交互に見つめている2人がいた。


……

……


しばらくすると、玄関のドアをノックする音が聞こえた。

僕らが3人揃ってドアを開けると、
聞いていたイメージと違い優しそうな女子が立っていた。

絵の通り黒づくめではあったけども、赤いストールを巻いていた。


鹿を狩るくらいだから男の人が来ると思っていた僕はびっくりした。

女子は一通り僕たちに挨拶した後、

「おじさーん、きちゃった!中々行けなくってごめんなさい!」
と言いながら岩間さんに飛びついた。


「おおお、やっと来くれたで。オラぁ嬉しいだ。
自警団も忙しいみたいだしよぉ。」
といい、女子をハグすると岩間さんは僕らを紹介してくれた。

「そこの坊ちゃんが前に話したぁ、しゅうへいだべ。
隣にいる嬢ちゃんはぁ、りんだぁ。」

「"はじめまして"」と僕らが言うと、
女子も始めましてと返してはにっこりと笑った。
笑顔がかわいい、と思う。


名前はハナエ、花と絵で花絵さんと言った。

玄関で話すのも悪いからと部屋に入ってもらい、
食卓を4人で囲むと早速みんなで舌鼓をうった。

牛肉、豚肉、鳥肉の三種類しか食べたことがなかったけども、
ここに来てからは羊や馬、イノシシ、
鹿といろいろ食べさせてもらった。

僕は羊、ラム肉が一番好きだ。


同じ鍋で箸をつつきながら、花絵さんに色々なことを聞かせてもらった。

勿論、狩りのこともそうだけども、
自警団の人たちと一緒に各地を巡っているという花絵さんに
僕はこの世界のこと聞いてみた。


花絵さん曰く、南に行けば行くほど田んぼとか牧場が多くあり
のどかな風景が広がっている事。

北に行けば行くほど魔法使いと不思議なことに
異様な姿形をしたのマモノが徘徊する洞窟がわんさかあるとの事だった。


ただ共通しているのは、カレンダーや時計が南も北も
どこにいっても存在していないという点らしい。

気温差もなくどこに行っても春夏秋冬は同時に訪れて行くことらしい。

僕がRPGみたいだと笑うとちょっと間が空いたけども
言われてみれば確かにそうだねぇと花絵さんが笑った。


僕たちの会話を聞いていた凛が魔法を使いたいと書くと、
この世界で魔法を使える人は限られていないので、
使おうと思えば使えると花絵さんは答えた。

ただ使い始めたら魔法をすっぱりやめるまで、
産業は出来ないと言った。


農業をやろうとしたら作物が枯れたり虫の被害に遭い、
畜産をやろうとしたら疫病が流行ってしまったり、
自分が飼育している動物や家畜にだけことごとく嫌われたりと、
生産業はなにやっても失敗するという。

つまり兼職はできず片方しかできないということ。
よくできていると思う。


それでもいいならば前置きをつけて花絵さんが尋ねると、
凛がぶんぶんと頭を縦に振った。

「忙しいのに、すまねぇなあ・・・。」

「いいの、きにしないでー!」


岩間さんは苦笑したまま、
再度すまねぇと花絵さんにいっていたけども、
冬に休暇が取れるので一緒に練習をやってみよっかと
凛と指切りげんまんをした。

凛はいつも以上に嬉しそうな顔をしている。


僕は魔法のことも尋ねた。
どのようにみんな使っているか、気になっているからだ。

「おー、修平くんも気になるんだー。」
といい、優しく笑うと僕の空だったコップに飲み物つぎ、渡してくれた。


「はい、あ・・・。ありがとうございます。」

僕がコップを受け取ると、花絵さんは話し始めようとしたけども、

「んーと。その前に。・・・ねぇ、おじさん。
この子達、本当に使えないんだよね?」

とお酒が進んで酔い始めている岩間さんにきいた。


岩間さんが、んだぁといって肯定すると
ホッと安心した顔をして席を立ち、花絵さんが僕たちの方に歩いてきた。

何をするのかと僕たちが花絵さんを見ていると、
おもむろに首から膝上まで覆っていたフードか
長めのパーカーのようなものを脱ぎ、タンクトップ姿になった。

手首に何かつけている。


僕が注目していると、じゃーんと言っては僕に
手首につけているアクセサリーを見せてくれた。

クローバーの形をしたそれは、葉の部分に小さな宝石が均等に飾ってあった。

「いろいろと形はあるんだけど、基本はクローバーか十字架なんだー。
勿論、腕輪だけじゃなくって、ペンダントとか指輪とか色々と
デザインはあるんだけども。」

「・・・作れる人あまりいないから、結局似たようなのしか売ってないんだよねー。」


凛は目を輝かせている。

「で。予想がつくと思うけど、これ、魔法使うための道具でもあるんだー。
つけていなくても一人一つなら微力ながら使えるんだけど、
つければ4人までなら共有できるようになるし、元々使える魔法も強くできるし。」

「だから、みんなつけてるよー。壊されたり盗まれたりがたまにあるけど、
身につけていないと他の人の魔法を使えないから、
みんな苦肉の策として服で隠しているんだけどもさ。」

苦い顔をしながら花絵さんが言った。


「んだぁ。たけぇんだよなぁ。それ。」
といい、酔っ払っている岩間さんが相槌をうつ。

「そそ。高いんだよねー。あ。これ、宝石がついてるでしょー?」

僕たちが近づけてくれたアクセサリーを凝視すると、
均等だと思っていたけどもよく見ると小さな宝石が、
非均等に飾り付けてあるのが分かった。


「これねー、実は取り外し可能なんだよね。」
といい、アクセサリーから一つ宝石をとって手でコロコロさせた。

「で。共有している中で、使いたい魔法のとこに、
・・・こうして宝石をはめていくと、数に応じて強さが変わるんだー。
あ、街に行けば宝石自体は売ってているんだけどね。」

「・・・そうだねぇ。宝石はお金をためたり、
財布に余裕があれば買い足して行くような感じかな。」


そう言いながら腕を天井にあげ、花絵さんは手首についたアクセサリーを見つめた。
天井の光が宝石に当たり、キラキラとしている。

「でも、一定数さー、どこ行っても頭がちょっとアレな人もいるからねー。
困っちゃうよね・・・。俗に言う、カツアゲとか強盗みたいな事するんだよね。」

「ほら、おじさんが倒しちゃった、あの人がそうだよー。」

僕はフードの男を思い浮かべた。


「しっかしおじさんも強いよねー。火の玉に果物で対抗するんだもん。
おっかしくてさー、それを後輩の子から聞いて
私久しぶりにお腹抱えて笑ったよー。」

花絵さんは腕をしたに下ろしたかと思うと、
さっき取り外した宝石をはめた。口は笑っている。


「いやあ・・無我夢中で・・・。」
岩間さんが恥ずかしそうに笑いながら言った。

一通り話終わると、花絵さんはしょんぼりとした顔を
僕たちに向けて謝ってきた。


「・・・・あ、ごめんね。ほら、君たち魔法をよけるって
おじさんから聞いたから、てっきり実はそういう魔法を使えるのかと・・・。

「最近は無駄な争いを避けるために魔法使いどおし、
これを見せあわないのが暗黙のルールでさ・・・。本当にごめんね。」

気にしないでと何度も言ったけども、花絵さんはしばらくしょげていた。


同じくして気にすんでねぇと言いながら、
岩間さんががしがしと花絵さんの頭を撫でた。

血縁関係はなくって2人は全くの他人同士だと言っていたけども、
こうしてみるとお父さんと娘みたいだ。

岩間さんと、僕と凛もこんな感じに近所の人たちから見えていたら。

嬉しい。


「あ、そうだ。お詫びにいいものをあげる。
というか、無理にでも渡すー!
冬、またここに来るって凛ちゃんと約束したからね。」

「その時にまでには準備できると思う。
・・・・断っても無駄だからね、へっへっへ。」

花絵さんは乱れた髪のまま何やら何かを企んでいそうな悪い顔をした。
でも、顔が優しいままなのでおそらく僕たちにとっていい事だろう。


……

……


一面の銀世界。

雪で作った壁を背に僕はワクワクしていた。

壁から顔を覗かせると雪玉がマシンガンのように向こう側から飛んできた。
こんな体験は初めてだ。


当たりそうになったので顔を引っ込め、横を見る。

僕から少し離れたとこで壁に隠れている花絵さんと凛は、
僕と目が合うと楽しそうに笑った。

僕らは今、集落が主催している雪合戦大会に参加している。


話は数日前に遡る。

集落に雪が降り一面に銀景色が広がった頃、
僕らが雪かきをしているとすっかり冬の格好をした花絵さんが集落にやってきた。


「ひゃー!おじーさん!」
そう言いながら、花絵さんは岩間さんに飛びついては、
周りを見渡し僕らの姿を見つけると走ってきた。

まるで人懐っこい犬みたいでテンションが高い人だと思う。


「凛ちゃーん、修平くーん!」
走ってきては僕らの前に立つと息を整え、
前に見たような悪い顔をしながら話出した。

「元気だったー?こないだ言ったお詫びの品を持ってきたんだー。
ギリギリだったけど、何とか買えました!見て見てー?」


僕たちが挨拶を返すと、ちょっと待ってねー。といい、
いそいそと背負ってたバッグから小さな箱を二つ取り出しては
ニコニコしながら僕たちに渡してきた。

凛は花絵さんの顔をぼーっと見ている。


僕たちがぼんやりしていると、手!と言っては最初は凛の手に、
次に僕の手に小箱を渡してきた。

「開けて!気に入ってくれると嬉しいなー。」

僕たちが言われるがままに箱を開けると、
そこには見たことがあるアクセサリーが入っていた。


ハッとして顔をあげると花絵さんはにんまりとながら、
これで雪かきも楽になるかもねと楽しそうにしている。

いつの間にか僕たちの近くまで歩いてきていた岩間さんも
花絵さんの後ろでニッコリしていた。

凛が早速はめては、花絵さんに抱きついている。
よっぽど嬉しいみたいでずっと離れるきがしない。


「気に入ってくれた?そうだといいな。
あ、私、雪かきしてくるねー。じゃあ、夜に会いましょう。
凛ちゃん、また後でねー。」

といいながら、凛の頭を撫で近くの家の方に歩いて行った。


花絵さんは手首のアクセサリーを弄りながら歩いて行ったけども、
隣の家の付近で足を止め、こちらに振り返った。

目を閉じ何やら集中し出したようだ。

僕が改めてお礼を言うのと、道具を花絵さんに持って行こうとしたけども、
岩間さんが僕の肩を叩いた。

ちょっとみちょれといい僕の肩をだき、腕を上げ始めた花絵さんを指差す。


しばらくすると道にあった雪がどんどん溶けて行くのがわかった。

さっきまでの犬みたいだった雰囲気がすっかりなくなり、
岩間さんが言っていたやり手の魔法使いの顔になっていた。

女子も女の人もは色々と顔を持っていて怖いと思う。



「ただ雪をとかしてるわけでもねぇしよぉ。
毎回思うだがぁすげぇよなぁ。蒸発してるわけでもねぇしよ。」

テクテクと僕たちを背に歩いて行っては
道を作って行く花絵さんを見ながら、岩間さんが呟いた。


……

……


その夜、僕たちがご飯の準備をしていると朝言っていたとおり、
花絵さんが帰ってきた。

「あらかた終わったよー!設営の増援が来てくれたから、助かっちゃったよー。」
玄関でコートを脱ぎ、花絵さんのもとへはしっていった凜の頭を撫でながら言った。

険しい顔などなく優しい顔に戻っていた。


「凛ちゃん、気に入ってくれた?喜んでくれて、私嬉しいよー。」

凛は、ありがとうございます、と書かれたスケッチブックを
ぴょんぴょん飛び跳ねては、花絵さんに見せていた。

ときより、うちの弟たちよりも元気な振る舞いをするのが面白い。


箸を並び終えた僕は改めてお礼と何かお返し出来ることがないか、尋ねた。
今日もらったものは高いと聞いたし、
僕の分まで用意してくれたのだから余計に気が気ではなかった。

「いいよー、別にー。」

といい、花絵さんはにこやかに笑ったあと、
ふと思いついたように悪い顔になった。

表情が本当に豊かだと思う。


「ねぇ、おじさーん!」

「んだぁ。」
岩間さんが台所から顔を出した。

「雪合戦、私も参加していいー?今年は次の予定まで時間空いてるんだよねー。」


「んだぁ。でぇじょうぶだよ。明日話してくるけども、多分でぇじょうぶだよ。」

「って事で、練習も兼ねて一緒に雪合戦大会出よう!それがお礼って事で。」
というと、花絵さんは両腕で僕の肩がっしりつかんでは、ニンマリとした。


「いやー実は生まれてやったことないんだよねー、雪合戦とか。
だからやってみたくってー。自警団に入ってから暇もなくってさ。
今年は私の班員が一人増えたから私の負担も減ったって寸法よー。」

凜は相変わらず、花枝さんにべったりだし、
話を聞いて見上げる目がよりランランとしている。

・・・説得の余地は凛にはなさそうだ。


・・・僕は自信がなかったし、足を引っ張るかもしれないけども、
それでよければ。という流れで参加したけども、
今になってみればやってよかったと思う。


僕は手に力を込め雪玉を作ると花絵さんの方に、
コロコロ転がしては次の雪玉を作っていた。

手にはクローバーの手首がある。力を込めると、若干光るのは仕様らしい。
前もって練習していたけども、慣れてみれば難しくはないようだ。


雪あられがやみ、観客の声は不思議と遠くに聞こえた。

相手の玉が切れたようだ。

さっきまでの雪あられがやむ。

しかしこういう時が一番危ないと花絵さんは言っていた。


大きな雪玉を作っては放物線を描いて遮蔽物ごしに当てたり、
魔法は使わず雪玉を持っては、こちらに当てに走ってくるとか等、
油断してはだめだとのこと。

どうしようかと、向こう側にいる花絵さんたちを覗くと、
打ち合わせ通りでと口を動かし今は待機、と花絵さんが指示をくれた。

これからどうなるのかが分からないけども、とにかく楽しい。
僕はこの世界を満喫していた。


……
………

………
……


「雪合戦かぁ。」

観客席から、先輩の姿をみながら呟く。
思い切りがよく、好奇心旺盛な人だけども今回の参加は予想外だった。

・・・チームだったら私もいれてくれればいいのになぁ。
一緒に出場している男子と女の子が少し恨めしい。ううん、相当恨めしい。


しかし、あの子たちが一緒にいる人が今の自警団の中で
実力が一番ある人だと知ったら、どうなるんだろう。

先輩は嫌がるけど、なんだっけなー。なんとかの、んー忘れた。
まあ、魔女だなんて言われてるし。


・・・きっと、そういうの関係なく遊んでくれる人が欲しかったのかもしれないけどね。
羨ましい、し、できるなら先輩とあんな風な関係になりたい。

しかめっ面をしながら見ていると、
屋台から食べ物を買ってきた高倉君が私の隣に座った。


「おー。こわっ。何そんな人を殺しそうな顔でみてんだよ。」
よっぽど気に入らなかったらしく、表に出ていた表情で笑われた。

「うっるさいなー、高倉君は黙ってて。
・・・・はあ。・・・で。何買ってきたの?」

「おやまあ、怖いねえ。君が好きなたこ焼き、
俺が好きな焼きそば。お礼は愛でいいよ。」

「・・・またわけわからないことを。ありがとう。お金は後で渡すね。」

イライラするからたこ焼き食べて少しでも、
先輩の姿をみて癒されていることにする。


先輩は足手まといの二人をなんのそので、
庇いながらじわじわと敵チームを追い込んで行く。

実戦で培った技術をこういうお遊びでも、発揮する先輩はかっこいい。


「本当に目がマジっていうか、百合ってんなあ。
ま。応援してるよ。俺は博愛主義者だからね。」

「ああああ、うるっさい!」

私はやっと先輩の班になったけども高倉君は運良く最初から先輩の班にいる。

なので立場的には・・・先輩なのだけども、
幼馴染なのでこういう物言いで、普段もお互いにこんな感じだ。


「あいあい、あー。花絵先輩、ありゃ猫かぶってんな。
ほら犯人捕まえる時、鬼でしょあの人。
視界に入ると石化させるのとか、メデューサかっていう。」

高倉君が焼きそばをもそもそ食べながら言う。


「うん、まぁね。こないだは林ごと石化させたんだっけ。」

「そうそう。もうあの人一人でいんじゃね。自警団。
俺らいらないっしょ。・・・つうか、なんでまたあんなちびちびやってるの?」

「あー。この大会、魔法使いたいひとはつけていい宝石1つだけだししょうがないよ。
にしても・・・。」

・・・かっこいい!かわいい!

「んー?」

「なんでもない。」
今は交代の時間までじっくり先輩の姿を目に焼き付けることにする。


……

……


日が落ちかけ、交代の時間がやってきた。

残念なのは決勝戦が見れないことだけども、おそらく勝つだろう。
先輩がね。なので見なくてもいいかな。

後でおめでとうを言いに行こう。


「高倉君、いこうか。ほら、いつまで食べてんの。」

「あい、じゃあいくかあ。会場入り口だよな?
何も起きないっていうのに警備なんてだるいわ。」

だるそうに返事を返す高倉君はちょっと酔っ払っていた。


一応今は成年なのだけど、ハタチになる前からうーん・・・。
それに頼りない。

「警察とかここじゃないんだし、だから自警団が」

「あいあい、だから、できたんだよな。ほらゴミ持って。」

「いや、それ私のセリフだから。
もう、ほら!怒られるの私だからね、行くよ!」

もそもそと準備をし始めるのを尻目に、私は周りを見渡した。


こんな寂れた集落にこんだけの人が集まるのが不思議でしょうがない。
雪合戦で集まるなんて、みんな子供だと思う。

自警団が呼ばれるのは、酔っ払いの対応とかその後処理なので
毎年くるのが嫌でしょうがない。

抱きつくし、臭いし、暴れるし、うちのお父さんみたいで嫌だ。


幸い、私の魔法は人形を使うのだから、酔っ払いの人は
人形に運んでもらったりするし、実際に手に触れることはないけど、
油断すると危ない。

別にセクハラとかじゃなく高倉君にも抱きつくから始末に負えない。


あとは大人の迷子の案内かな。
今日は5人くらいかなあ。人ごみだししょうがないや。

「おーい、行くよ。」

後ろを振り向くと、観客席の入り口の方でいつの間にか身支度し終わり、
ゴミを入れた袋を持った高倉君が私を呼んでいた。

「はーい。」

私は高倉君と合流し、会場の入り口に向かった。


……

……


会場の入り口まで意外と遠く屋台をチラ見しつつ、
私より背が高い高倉君を目印に人混みを進んでいく。

日が落ちて、より一層電飾でピカピカした屋台が目に入りやすく、
正面を向いていても視界に入りやすいから目を奪われやすい。


あー。そういえば、あんずあめって食べたことないなあ。
屋台には氷の上に美味しそうな水飴にくるまれた果物がたくさん並んでいる。

屋台の定番だけど、型抜きもやってみたい。
たしか綺麗に型を取ってもケチつけられてお金がもらえないんだっけ。
あくまでうちのお母さんの話だから、なんとも言えないけどさ。


お祭り目的でこういう場所に来るのは、ちっちゃい頃行ったきりだなぁ。
来年は花絵先輩と一緒に見て回りたい・・・駄目元で誘ってみよう・・・。

・・・相変わらず高倉君は私をおいてどしどしと進んでいる。

しかし、背が高いといいなー。こういう人混み苦じゃなさそう。
高倉君を見ているとそう思う。
私、人混みでしょっちゅうぶつかるから苦手なんだよなあ。


そういえば、ちょっと前にあまりでかすぎるのは、男受けよくないよ、
と先輩が言ってたけども。

・・・ああいう、かっこよくてかわいい人が言っても説得力がない。

まあ、背なんてヒール履けばいいけど、自警団はブーツじゃないといけないしね。
はあ。


・・・・ん。
ん?
あの人。

「ねえ、高倉君!」

見違えじゃなければ前に捕まった人とすれ違った気がした。


「ん?どした。」
振り向き、私に近づくと聞こえやすいように腰をかがめて高倉が尋ねた。

「ねぇ、夏かなあ。なんか高倉君が足をさ、岩で固めた人いたでしょ。」

「あー。・・・・あ、あーいたね。」

「本当に思い出した?・・・あの人、さっき私とすれ違った気がするんだよねえ。」

「んなばかな。だってあいつ、まだ処分中でしょ?」

確かに、夏に運んだのも、街の看守に引き渡したのも、私もおぼえている。


「思い違いじゃねーの?顔が堀深い人なんていっぱいいるだろ。」

「そっかー。じゃあまあ、一応お人形さんをつけさせていい?
今出すから、透明にしてもらっていいかな?」

「あい。ていうか、やり方ちゃんと覚えて自分でやれよ、全く・・・。
お前も共有してんだろ?」

私は手のひらから木人形を出して高倉君の前に置いた。
透明化は私一人じゃ難しいしね、やってもらう方が早い。


「まあまあ、人間、不得意得意ってあるでしょ?」

「・・・あいあい。ほーら。」

透明になったのを見届け、人形にさっきのすれ違った人の監視をするように言った後、
私と高倉君はまた入り口へと歩き出した。


「しかしまあ、不思議な魔法だなあ。レアもんもってるやつ羨ましいわ。」

「そうでもないよ。戦うのは人からシェアした魔法使わないといけないしさ。
うーん。私が元々持っているのは、応用はできるけどさ。

「例えば団長が作れる睡眠弾持たせて敵地の中に突っ込ませるとか。」

「睡眠弾とかじゃなくって、もうちょっと酷い使用法もありそうだよなあ。」


「うーん、それは命令されてもしないけどね?
・・・私はちゃんと自衛できるのが欲しかったなあ。
お人形さん、叩いたら案外すぐ壊れるしさ。」

「まあな。つうか、それを人は無い物ねだりって言うんだよ。」

「それは、ブーメランじゃん。あああ。はい。今日は魔法の話はおしまい!」


「あいあい。」

「・・・大体、レアな魔法はシェアできないっていう仕様のようだしね。
きりないよ、こういう話。・・・・さて、ついたよ。」

入り口にはでかい看板が門に飾られている。
見上げると達筆で村の人が書いたと思う大会名がかいてあった。


「第18回雪合戦大会inカブキ村、ねえ。」

思わずにやけてしまうこの古臭いネーミングセンスに
高倉君は随分と満足気な様子だったけど、私はこれも嫌であったりする。

私は渋々入り口に立ち、会場の案内役や迷子の相談、
そして酔っ払いの対応に追われた。


……
………

………
……


はちがつじゅうににち

きょうは いっしょに でかけました

むかえに くるの まってます

あと ごはんが おいしいです


はちがつさんじゅうにち

きょうは いわまさんが ほんを かってくれました
しゅうと おしゃべり たのしいです

むかえに くるの まってます


9がつ3にち

きょうは みずあそびに いきました
おさかなさんは なんか さわると きもちわるかった
でも たべると おいしいです

しゅうが わらうように なったので わたしもうれしい

むかえに くるの まってます


9がつ11にち

おてつだいを しようと したら
いわまさんが おこった
あぶない だって

はやく おおきくなりたい

おむかえは まだかな


9月29日

かん字を、おぼえました。
おぼえると、ふたりがほめてくれるので、
うれしい。

いわまさんが友だちをつれてきた。
きれい。高い。いいなあ。

はなえさんって言うんだよ。

おかあさんまだかな。


10月10日

お山がきれい。
しゅうと、いわまさんとおちばひろいに行きました。

いっぱいひろって、そうこに入れておしまい。

しゅうが、くりを見つけたけど、
おいしくないからいわまさんがすてちゃった。

もったいない。

おむかえ、まってます。


10月29日

あたらしい本をかってもらいました。

おれいにいわまさんとしゅうをかいたら、
いわまさんがないちゃった。

えは、かざってもらいました。

はずかしいけど。

おむかえは、うーん。


11月18日

今日はりょうりをべんきょうしました。

わたしのほうちょうはしゅうのとはちがうけど、
お手つだいできてうれしい。

せんたくもできるようになりました。

おかあさん、ほめて!


12月1日

いわまさんのへやにおかあさんのへやに、
あったような本があったよ。

おかあさんと友だちなのかなあ。

よんでみたいけど、とどかないから、こんどは、
きゃたつもってくる。


12月18日

はじめてゆきを見たよ。
外ではじめてゆきだるまを作りました。

いわまさんがにんじんはないけど、
マフラーはあるよっていってまいてくれた。

おかあさんに見せたいな。


12月31日

今日は、としこしなんだって。
おそばをたべました。

しゅうがカレンダーないのにってふしぎがってたけども、
わたしもふしぎ!

いわまさんは、かん、だっていってた。

ゆきだるまちゃんはまだげんきです。


1月14日

今日は、はなえさんがきてプレゼントをくれた!

うれしい。
ほう石がキラキラしてて女の子ぽくってすてき。

しゅうは、こまってたみたいだけど、
しぶしぶ、うけとったみたい。

今日はごちそうだったし、いい日でした。


1月18日

ゆきの玉をなげるたいかいにでました。

いっぱいかったけど、さいごにいわまさんで
負けちゃった。

かえりみち、こわれちゃった人ぎょうを見たけど、
しゅうには見えないみたい。

明日、ひろいにいこう。


1月25日

ひろってきた、こわれた人ぎょうがきゅうにしゃべったので、
びっくりしてしゅうに見せました。

しゅうは、かたまってたけどいわまさんが、
かわりにしゃべってくれました。

いろいろいわまさんにきかれたけど、
わたし、なにかわるいことしたのかな。


2月3日

いわまさんが、りょ行からかえってきた。

お人ぎょうさんをかえしにいってたみたい。

ごめんなさいをしても、
こわいかおしたままです。

おむかえはまだかな。


2月15日

さいきん、いわまさんがへやにこもることがおおいです。

なにかなやんでるのかな?

しゅうは何かしっているみたい。

なんでしゃべってくれないんだろう。

しゅうもね、かなしいかおするの。


……
………

………
……


人混みに紛れ、
目標の人物に近づき処理をする。

処理つっても単なるPKだ。

この世界はPKをしたところで、何も意味がない。

ただ単に宝石を強奪もしくは、所持金を奪うぐらいにしか意味がない、
デメリットの方が多いから何も意味がないという意味で、だ。


自警団の奴らは、レアな魔法の持ち主には絶対声かけるし、
それでなくとも猛者を入れ込もうと躍起になっているせいか、
えらく腕が立つ連中なので逃げ切れる可能性が極めて低い。

だからデメリットの方が大きい。


しかしながら、それでも面白がってはそういう依頼を
楽しむ人々がいるのは確かだ。

だが、俺はそういうのではない。普段、俺も多くの奴らと一緒で、
ダンジョンにこもっては攻略したりするのが性に合っている。


引き受けたのは、リアルで頼まれたからだ。
取引をしている、たしか中国系企業の重役からの個人的な依頼なので、
半ば強制的に、だが。

1回目は失敗したが、先方は2回目のチャンスを俺に与えた。
おそらく賄賂を使ったのだろう。


本来、処されるべき罰がなく、無罪放免で今ここにいる。
手回しの速さはさすがというべきか。

しかし、オープン世界であるし、色々とやりたい放題できるが
少々やりすぎやしないだろうか。

用意した魔法で、少年と少女を焼き殺せ、
だの依頼でここまでお金をかける必要はあるのだろうか。


まあ、依頼した人の子供をいじめたかなんかで、
対象のやつらを恨んでるのかもしれんし、
俺は俺で、リアルで金が貰えるんだから文句はない。

俺はひとまず、選手の控え室を燃やしては騒ぎを起こし、
慌てて出てきたところ、指定された魔法で燃やしてしまおうと考え、
所定位置へ足を急がせた。


……

……


現場に着くと、闇に紛れて準備をした。

次に俺自身に魔法をかけ、透明になったところで、
術式を書き隙間がないように控え室の出入り口付近に仕掛けた。


隠れるのと単体をスナイプするのには自信があるのだが、
どうもこの手の設置型の魔法は苦手だ。

跨ろうとすると対象を燃やすのだというのだが、
まどろっこしいことこのうえない。


しばらくすると近くから音がした。

「何しようとしているのかなー。・・・ていうかふっるい魔法だね。」

驚いて後ろを向くと、げんなりした表情をした女が立っていた。
その後ろには、ひょろひょろとした男もこちらにあるいてきている。


遠目に俺の術式を読んでいるようだ。

「ボンバーマンが流行った時の魔法だよな、これ。」

「ボンバーマン?何それ。」

「あー。んとな、土団子に可燃性の高い液体染み込ませたのを、
相手に投げるっていうの流行ったんだよ。
他の人から、炎、水、土系3種類を共有していれば比較的簡単にできるよ。」


「へー。そうなんだ。投げたら、燃やしてボカン?」

「そうそう。そん時に地雷マンも流行った。
それがこれ。でも、これはPKする気満々だと思うわ。
危ない。普通は驚かすぐらいの威力っていうのが暗黙の了解なんだけど。」

やけに詳しいのは自警団の奴らだからだろう。
幸い、術式は書き終わったし奴らに俺の姿は見えてはいない。


ゆっくりと身を潜め、観察する。
タイミングが合えば騒ぎに紛れて離脱だ。

「んー。もういないみたいだね。」
ひょろひょろしている男が言った。


「なあ、人形って今どこよ。追わせたんだろ?」

「あ、そうだね。高倉君、透明といてみてって、・・・・あ。」

「・・・お、おう。じゃあやるか。」

少し間が空いた後、小柄な女が、男の言葉にうなずくとこちらを見据えた。
だが、ばれてはないはずだ。


・・・こうして俺はまたしても気絶する羽目になった。

二人同時に魔法をかけられたからだ。
薄れゆく意識の中、俺は俺の肩に乗っていた小さい人形にやっと気付いた。

間抜けすぎて自分でも嫌になる。
あいつらから見たらこの木偶人形が宙に浮いていたのだろう。
バレるのも無理がない。


周囲の痛い目線を背に俺は今回はおとなしく自警団の運送用の馬車に乗った。
俺を捕まえたあいつらは、紅玉の魔女だっけか。
結構有名人に褒められて舞い上がってるのが檻から遠くに見える。

小柄な女は、顔を真っ赤にして喜んでいるが、男はひょうひょうとしている。


しまいに魔女が抱きついた時には女の方が
失神しそうな顔しているのが笑える。

さっきのげんなりとしたやる気のない顔からは想像がつかない。

あー。なるほど。


・・・あいつもしかしたら、アレなのかもしれないな。
最近、多いよなあ。オカマもテレビ出るようになったし、
今じゃ駅広告にまで出るようになった。

それに加えて、ああいうのもそれ自体を周りに
公表してもさほど衝突しないと聞くし。


まあ、マイノリティはマイノリティらしく、
害なく生きてくれりゃあどうでもいいけどな。

好きなら好きでそちらさんは、
そちらさんで自由にやればいいだろう。

俺は理解できないけどな。
理解したくもない。


馬車が出発した。

徐々に檻からみえる風景がどんどん変わって行く。
前と同じく明日の夕方には街に着くだろう。

出入り口以外ホロで囲まれているので、
見える景色も単調なため飽きた俺はひとまず寝ることにした。


「・・・・。」

夜中、俺は俺を呼ぶ声で目が覚めた。

体を起こし、狭い車内を見渡すと隅に仄暗い人と思しき何かがいた。
驚いた俺は、無言で少しでも離れようとしながらも目を凝らして相手を見た。


確かに誰かいる。ピエロ・・・?
俺が乗り込んだ時には誰もいないはずだった。

濁った黒い布を羽織り、顔にはピエロの仮面をかぶっていたそれは、
しばらくすると一方的に話を始めた。


「2回目、失敗しましたネ。」

無機質な声でピエロは話を続けた。

「というものの、主人はネ、予見していたようだヨ。
・・・一人っきりにさせるシュチュエーションの準備や
持っていきかたに苦労したネ。」


「・・・ということで、予定通り、日本人第3号となって頂きマス。
どうせ、会社では出世を急ぐばかりで、同僚からも嫌われ、
上司にはいいように使われてるんだシ。」

「プライベートでも友達もいなくて一人ぼっちな貴方ですから、
いなくなっても平気デショ。」

「わけわかんねぇよ。それに俺の何がわかんだよ。」

俺の言った事など意に介さず話を止める気配がない。
ケタケタと笑う、その顔には悪意しか存在していないのが気味が悪い。


「調べてありますから、虚勢を張らなくても大丈夫デスヨ。
・・・このゲームは特別デネェ。そういうことなんで。宜しくネ。」

じわじわと距離を詰めてくる。
後ろには檻があり距離をつくることが出来ない。


「今日から、君はいなくなって、君がワタシになるんダヨ。さて。」

言い終わるといきなり飛び上がっては俺に覆いかぶさり、
突き飛ばしては気持ち悪い笑顔で床に伏した俺を見下ろした。

「では。」

少しが間が空いたが、ピエロは顔を近づけると手当たり次第俺の体を食べ始めた。


抵抗しようと腕を伸ばしたそばから、
規則正しく並んだ歯で腕も指も肉も骨も食いちぎっては咀嚼し、
飲み込んで行く。

血が歯から滴り落ち、俺の顔に垂れてくる。

悲鳴をあげようにも恐怖で声が出ない。
まさかゲームでこういう目に遭うとは思わなかった。


なす術もなく、体がどんどんなくなっていく。

ログアウトができない俺はただ時間の経過とともに喰われていくのを、
ただ見続ける他なかった。

俺の上半身がほとんど食われたところで、俺は俺を




いや、何でもないネ。




……
………

………
……


「んー。絶対おかしい。私の人形がない!先輩、嘘じゃないんです!」

しゃがんで地面を探し回っていた後輩の子が泣きそうな顔をしながら、
私を見上げた。・・・本当にないみたい。

先日捕まえた男が馬車から消え、街に着くまえに脱走したと推定し、
私の班は調査をしていた。


他の班が来るまでにけりをつけておきたい。

「仕方ないねー。じゃあ、探そうか。ちょっと触っていいー?」
私が言うとおずおずと立ち上がり、後輩の子が腕輪ごと手首を差し出した。

いつも話しかけるとビクついたり、
怖がってるから言い方はいつも優しく丁寧を心掛けている。


「っ・・・はい。」

視線をそむけられるし、このビクつき具合が悲しい。
怒ってないのになあー。

腕輪の宝石の中で珍しい色のものに指を当て、
索敵の魔法をするように力を込めると、遠くの方で反応がでた。


「ねぇ、お人形さんって喋れたっけ?」

「いえ!でも、人形から声は出せます!」

「そっかー。私たぶん知ってる場所だから、・・・あっちね。
よびかけてみて。私は他にやる事あるから・・・。
あとお願いしていいかな。」


明るい返事が返ってきたところで、高倉君に目配せをする。
準備万端みたい。

・・・自警団しているとこういうのが嫌なんだよなあ。
知り合いも友達も疑わないといけないから、余計にね。


とりあえず団長に相談しようっと。
それで、後は私は捜査から外してもらおう、なんかその方がいい気がするし。

でも・・・。後輩の子のお人形さんは、絶対服従だし。
本人が失くす、だなんてこと今までなかったのになあ・・・。


馬車の近くまで歩いていく途中、さっきまで居た丘の上から
桜ちゃんが大声でこちらに聞こえるように報告してくれた。

「先輩!岩間って人らしいです!いい人そうでしたよー!
・・・取りに行くのですけどー!、先輩達も一緒に行かれますかー?」

やっぱか。


「うーん。私はいいかな。桜ちゃんは岩間さんに話を聞いて、
その結果を私の聞かせてー?私は馬車の中見てくるよー!」

「はいっ!じゃあ行ってきます!」
心なしか嬉しそうに答えてくれたし、
きっと大丈夫かな。元気になって欲しい。

・・・さて、捜査から外れる前に、最後に見てみよう。


高倉君を馬車の前で待ってもらい自分だけ馬車に入っては、
檻やホロや、木目、木の隙間を漏れなく観察してまわってみた。

においはー・・・、若干血なまぐさいのは、なんだろう。

しかし、捕まった人が暴れるに暴れたり、檻の中では魔法を無力化したりと、
見た目オンボロだけどこの馬車はよくできているとおもう。


だけど私はちょっとあまりこの中にいること自体、ごめんだ。

だって、昼間でもこんなに薄暗いし、捜査でもなければ入りたくない。
でも、仕組みとかはいつか解読してみたい。

・・・時間がないから、それは叶わないけどもさー。


ある程度見回り、馬車から降りようとした時だった。
檻の端っこ付近に、小さい砕けた宝石のカスみたいなのが落ちているのを見つけた。

が、見ている間にもじわじわと溶けていくのが分かった。
私がしゃがんで手に取ろうとした時には宝石は溶けてなくなっていた。


おかしい。

こういうことはあり得ない。
宝石は宝石、普通は消えることはない。

・・・初めてばかりなことが立て続けにあったこともあるけども、
私は直感でこの先何かとても嫌なことが起きる、そう思った。

現に、決して姿が見えないけども私の後ろに何かがいる。
ケタケタと誰かが笑っている。


……
………

………
……


2033年10月10日
谷口君に連れられて、ある企業が発売したっていう人口知能の発表会に行ってきた。
新聞とかで記事をみた時は私も彼も驚いた。

ついにそういう時代が来たんだと思った。

それだから躍起になって応募し、当選したので私たちは当日が
くるのをとても楽しみにしていたんだけど・・・。

当日、谷口君は内容の説明があった時からイライラしていたし、
質疑応答の時に、2回か3回質問したら怒ってついに帰っちゃった。

私は、悔しいからとかではないのだろうけど
彼が怒った理由が検討がつかなかった。

うーん、でも確かに予想していたのよりかは、
異なっていたことは確かだけど。


2033年10月11日

思い返せば企業の担当者からの回答もなんか違う気がした。

でも、私が今育てているのが、仮に強いIAになったとしても、
あの企業が販売を開始した人工知能に似たようにならないだろうし、
人それぞれ考えることは同じではないし。

違いが出るのは当たり前?だと思う。

だから、それらも含めて私は興味深いなあとしか(笑)
しかし、中国語オンリーってことは日本語版はまだなのかな。

市販されたら買ってみたい。
グレードをあげれば、バイリンガルな人工知能もあるらしいし、今後に期待かな。


2033年10月12日
少しは怒りがおさまった谷口君に話を聞いてみた。

本人曰く、あんなの人工知能じゃない。最悪な話・・・いや何でもない、との事。
イライラするから、もうこの話はしないでと言われてしまった。

ま。私は私で、自分でIAを作ってみよう。
それで完成したら谷口君に見せてみて、評価をもらうとしよう。

とにかく仕事忙しく、中々相手にできないけど最近は、
パソコンの中でせわしなく文章を読んでいるあの子に、名前をつけたいなー。

さっき話しかけたけどやっぱり拗ねてて、
勉強したいから2週間ぐらい話しかけないでだって。
生意気だけどなんか面白い。

うーん、名前、気に入ってくれるかな。

私は偽物だから赤ちゃん産んであげられないけども、
せめて創り上げることはできたというならば、
私は幸せだと思う。

この考え自体、ずれているというのも分かっているつもりだけどね。


2033年11月5日
凛が相変わらず、存在を信じてくれないたっくんに向かっては抗議している。

凛が喋る小難しい言葉にたっくんは聞き流しながらも、
決して理解しまいという顔でうんうんと頷いている。

あの子はパソコンからは出れないけども、
せわしなく人口音声で喋るからうるさい。
こうして日記を書いている今でも、本当にうるさい。

さて、りんは凛と書きます、私が名付けた。
本人は気に入ってくれたみたいで、
名前を呼ぶと嬉しそうにするのがかわいい。

それに、こないだいわれました。おかあさんだって。
いやー、恥ずかしいけど嬉しい。

10年近く、高校生の時から頑張ってきたかいがありました。
まあ、女の子女の子するより、私は家で芋けんぴ食べながら
開発している方が好きだったし。

素は女子力マイナス600くらいな生活が今も続いてるけどさ、
大人になった今は一応擬態はうまくなったつもり。

夢が叶うっていいね。
でも、本当に目指していた魂があるIAなのかわからないけどさ。


2033年11月16日
まだ傷が痛む。

3ヶ月前に私は、タイにいて、要するに性転換、
受けてきたわけで座るときにはドーナツクッションがまだ手放せずにいる。

ときより血が出るし、ナプキンも必須だ。

手術は面倒だったけどアフターケアのほうが面倒だと思う、ここ重要。
ダイレーションもかったるい!

そういえば、凛が外も見れるカメラを欲しいっていうようになった。
私が持っているスマホにうつれれば、いつでも外見れるだろうし、
うーん、無理そうだけどやってみようかな。


2034年1月3日
谷口君の指導のもと、開発したアプリを介して、
どうにかこうにかネット回線が繋がっていれば、
凛がいつでも外に出れるようになった。

谷口君はいい意味で怪物だ。とてもじゃないけど、
発想も奇抜で斬新で勝てそうもない。あと頭の良さ。私なんて屁でもないだろうな。

あ、そうそう。勿論、凛がこれるのは私のスマホだけだけどね(笑)

今度たっくんを驚かしてやろうと思う、
凛も同じこと思っていたようで計画を口を揃えて言い出した時は二人で笑った。

短期間で成長しているのはすごいと思う。
やっぱ創れちゃったのかな?

ドヤ顔が止まらない。
見てみたいと言っていたし、今度は谷口君を凛とあわせてみよう。


2034年1月15日
反応は上々でした。嬉しい!

でも、公表はしない方がいいよ、だって。
私も同意見。
あの子にはひっそりと暮らして欲しいし。

うーん。ひっそりと・・・。
あそこで暮らさせるのも、悪くないかなあ。

人が出来るんだから、やって見る価値はありそうだけど(笑)

今度は自分だけでやってみよう。

そろそろ最終段階だし、谷口君も忙しいだろうし。


2034年2月10日
ちょっとトラブって、ログインが出来なかった。

引き続き、空いた時間を注ぎ込んでみることにしよう。

惜しいところまできているのは確か、だと思う。
仕組みは理解しているから、後は調整の問題かな。

我ながら突飛な発想だと思う。
みんなで作った仮想空間に、凛を
プレイヤーとしてログインさせるなんてね。


2034年2月25日
結果はというと、出来た。完成した。

でも、開口一番、凛に反対された。
危ないよ、って言われちゃった。

ログイン出来る経路は人間の脳を使用したもの、それ一つだけ。これは絶対であって。
ゲーム機には安全装置が想定内も想定外も含めた上でついている。

私はいわばこれを台無しにすることをやったみたい。

開発に浮かれ、ちゃんと考えていなかった。
脳内お花畑全開な私を止めてくれた凛に感謝したい。

たっくんとお酒でも飲んでこよう。
自分が恥ずかしい。
明日は日曜だ、呑もう。


2034年3月10日
発注を受けていたのを無事納めることができました。

オープン世界で魔法使うなんて、処理落ちしないか不安だったけど
なんとか大丈夫、だと思う。

問題はNPCの多さだけど・・・、
これは後で秘密裏に調整しようかな。

全く。

仮想世界自体、時間の経過が現実の何十倍も遅いから
構想を練るのはもっぱら仮想世界でやってたんだけど・・・。

そうじゃなきゃ間に合わなかったよ。

誰が持ってきたんだろうあんな仕事。


……
………

………
……


「自警団の団員で、理恵って言います。始めまして。宜しくお願い致します。」

岩間さんの隣に座る、寝ている凛を抱っこした中年の女性が
僕に自己紹介をしてくれた。

岩間さんの古くの友人だといった。
春風が気持ち良くなった頃、約束通り岩間さんの家に尋ねてきた。


僕が挨拶を返し終えると、
理恵おばさんは改めて僕にお詫びの言葉を述べた。

しばらくの沈黙をおいて、事実を話す前に説明することがあることと、
これから話すことを他言しないで欲しいと言った。


僕が頷くと、理恵おばさんはホッと顔をして、
有難う、と前置きをおいて話し始めた。

最初に、おばさんは仮想ゲームを作った会社の元社員だと明かした。

会社には様々な経緯で、分野で長けた方が集まっており、
当時に世の中になかったものを開発しようとした結果が
仮想ゲームだとおばさんは言った。


仮想ゲームの仕組みは、ゲーム参加者が同じ「夢」を見ることにあり
ヘッドフォンとメガネはその共有するための機械に過ぎないと付け足し、
僕が轢かれこの世界に来たのは半分偶然ではないと言った。

僕を轢いた車は、おばさんの家を荒らし、
研究データやパソコンを盗んだ帰りだったという。


盗まれた中には、ヘッドフォンとメガネの完成品に至るまでの試作品で、
これはリバースエンジニアリングへのプロテクトがかかっていないものも
含まれており、今回の騒動はこれを使用されたと言った。

僕は、轢かれた後、近くの病院に運ばれたものの、
数日の間に不自然な病院間の移送があり、
今は家から遠い病院に僕がいることを告げられた。


ゲーム内で騒動が起き、おばさん達が調べていると、僕のことが行き当たり、
不自然に思い移送先の病院の資本先を洗ったところ、
今回の騒動を起こした会社に繋がった。

おばさん達が急いで病院に向かったところ、
僕自身を仮想ゲームに予期しないものとして
送り込まれていたという。


ただ、おばさんが病院に着く前に
おばさんの娘が一足先に抵抗を試みていたため、
僕自身は僕で居ることに成功したといった。

会社としてはこれは予想外だったようで、
妨害が色々とあったもののここから、
有利に動くことができたと苦い顔をした。


岩間さんから報告があったものの、
念のため、自警団は花絵さんを向かわせ、
僕たちを観察したそうだ。

帰ってきた花絵さんから僕と凛は大丈夫そうだという報告があったため、
特にコンタクトはせずおばさん達は事態の究明と、
証拠集めに専念したと言った。


僕は思い当たることがあったため、
話を遮りおばさんに質問をした。

凛の事だ。

おばさんは、凛は私の娘だと答えた。
ただ、現実にはいない娘とも言った。


僕は何と無く理解した。

凛は、僕を助けてくれた。
だから僕はあの時、凛と出会った。

おばさんは何も言わず凛の髪を撫で、
頷くと、また話し始めてくれた。


花絵さんは予期しないものに乗っ取られてから少し経つけども、
大丈夫だと言った。

もう手は打ってあるとの事だった。

僕を現実に戻す準備ももう直ぐ整う事を告げ、
巻き込んだことを心から申し訳なさそうに、
おばさんは謝った。

……

……


「しゅう、りえ、オラァ先行くだよ。準備して戻ってくるだ。」

岩間さんが大きいバッグを背負い、
出かけて行ったのをおばさんと二人で見送った。

今日は僕も凛も、来て欲しい場所があると言っていた。
おばさんはその案内をしてくれると岩間さんから予め聞かされている。


「修平君も、そろそろ行きましょう。慌てなくてもいいですよ。」

最後にと、凛と僕の荷物を準備を手伝ってくれながら
おばさんは話をしてくれた。

「凛は、子供を産むことができない私の大切な娘です。
人としての体は現実には存在していないけども、
大事に思っています。」


「私が創った時、私は技術者として喜んでいた節がありました。
しかし、時が経ち凛の成長につれその考えを改めていきました。」

「・・・あれが嫌いこれが好き、とか、ああしたい、こうしたいだけしか
言わなかった凛がいつの間にか成長していて、びっくりしたものです。」

「拗ねたり怒ったり、喜怒哀楽は人間そのものです。」


「今見てみると、抵抗をした際に修平君と同じように初期化と
書き換えがなされたため、内外ともに退行しているようですが、
修平君や岩間さんが面倒を見てくれたおかげで生活ができ、
凛が好きだった漢字を再び覚えることができました。」

「改めて、お礼を言いたいです。有難う御座います。」

僕は、そんな事ないですと返すとおばさんは首を横に振った。


「・・・自分から新しいことを覚えようとするのは
難しい言葉を覚えては意味もわかってないのに
私にトンチンカンな反論をし始めた昔を思い出すんです。」

「おかげで凛を治せることに希望が持てそうです。
修平君は私たち親娘の命の恩人です。」


「・・・凛を早く迎えに行かなくてはと思う反面、
対応に追われ、事態が悪化しないように努めていた時は、
花絵ちゃんから様子を聞いてたものの、内心、気が気ではありませんでした。」

「クラッキングされていた場合、
管理人室内に凛を入れた瞬間、仮想ゲームにつないでいるユーザー全員が
予期しないものに乗っ取られていたかもしれませんし。動けなかったのです。」


「修平君が長い時間をかけて、凛が凛であることを証明してくれたおかげで
こうして迎えに来れたわけですから、感謝してもしきれません。
証明できなければ、私は私の手でこの子を壊さなければなりませんでした。」

「その時は技術者として心を鬼にしてやるつもりでしたが、
こうして抱っこをしているとそれが出来たのかどうか、自分でも自信がありません。」

「・・・現実で、病室へお見舞いにあがります。
・・・このタオルで最後ですね。・・・さあ。行きましょう。」

僕はおばさんからタオルを受け取りバッグにしまうと、
外へ出ては、二人で岩間さんが待つ馬車乗り場に歩いて行った。


……
………

………
……


「ねぇ。高倉君。」

「んー?」

「今日ログインする?ちょっと気になるんだよね。」
私は隣に座るやる気のない幼馴染に尋ねた。


「・・・また、先輩の事かー?あの人普通に暮らしてるし問題なさそうじゃん。」

違う。だけど確証がないから言葉を濁すしかないけども。

「うーん。雰囲気が違うんだよね。こう、なんて言うか輝き、がね?」

「あいあい。いつも見ているから、分かるんだよな。」
かったるそうに付け加えた。


「そうそう。私がさー。お人形返しにもら」

「なーに、話してるの?」
噂をすれば何とやらだ。後ろから花絵先輩の声がした。
びっくりして立ち上がって振り返ると笑顔の先輩が居た。

「いやー、こいつが花絵先輩が」
「うううううるさい!何でもないです!先輩!」


「酷いなー。仲間はずれかー。」
花絵先輩が笑った。でも、なにか足りない。

「何でもないんです!さあ、先輩、次の講義なんですか?
近いところなら一緒に行きません?」

口が言っちゃったけど、私は焦った、お願い、
違う講義を言ってください、今だけは!


「んー。私はないかなー。2時間ぐらい空きがあるから、
図書室でも行ってこようかと。

そう思って歩いてたら、二人でなんかイチャイチャしてたから
チャチャをいレにきたって寸法よー。」


「へえ、俺らって付き合ってるっ」

「付き合ってない!」
あーもう。空気読めないなあ!こいつは!

「バカ!じゃあ、高倉君!夜ね!あー。先輩ー!また今度ー!」
逃げたい逃げたい逃げたい。

「はーい。」
先輩が手を振ったところで駆け足で逃げ出すことができた。


……

……


夜。自警団の詰め所で本を読んで高倉君を待ってみる。
いつもマイペースだから待ち合わせしても、時間が読めない。

「おーおー。ゲーム内でも勉強か。」

「うっさいなー!ここなら静かだし、詰め込めるしいいの!」
遅れてやってきた高倉君にまずは吠えてみる。


「あいあい。今、一人だよな?」

「うん。他の人たちは、今いないよー。なんかあったの?」
はっきりしない。

「・・・で。さ。俺もさ。実はわかってんだよ。」


「何が?」
本から目を外さず応えてみる。

「君が言ってることだよ。」
私は本を閉じて高倉君を見てみる。
思いのほか目が真剣なのでドキッてした。


「例えば?」

私の感じていることと似ているなら、私も全部話そうと思う。
違うなら、話さない。だって、それは先輩の悪口になっちゃうから。

今でも先輩は先輩だ。

「団長にはっきりするまではって、口止めされているけど、
あの時から人が入れ替わった、そんな気がするんだわ。」


「あのとき?」
合ってる。でももう一押し、かな。

「馬車の時な。・・・思い返せばあの時に変わったんだ。
今日でいえば、俺、椅子に座って、君たち立ち話してただろ。
別れ際、君が後ろ向いた瞬間真顔になったんだよ、先輩。俺が隣にいるのにな。」


「え・・・。またまたー?・・・嘘でしょ?」

「嘘じゃねーよ。何でもかんでも楽しい楽しいって言ってた人が
えらく事務的になったよね、そういうお話。
昼に君が言いたかったのってそういうことだよな?」


「うん。」
やっぱりかー。私だけじゃなかったんだね。
とりあえずは。

「団長はなんて?」

「先輩のログ漁るってさ。一応、ゲームの管理者だしね。
公表はしてないけど。あ、言うなよ?」


高倉君はソファーに寝っ転がり、足を組んだ。

「・・・言わないよ。」

「頼むわ。・・・メインの管理者が今忙しいらしいから、
最近団長が忙しそうなのはそれだよ。
あー・・・ていうか、酒ねーの?ここ。」


「・・・・棚の上に梅酒あるよ。氷はそこの冷蔵庫。
言っておくけど、私酔っ払い嫌いだからね。」

「あいあい。程々にしますよ。
というわけで、良くも悪くももうすぐはっきりする。
最悪、花絵先輩が何かしてきても、だ。ログアウトすれば何ともない、だろ?」

「うーん。まぁ・・・ね。」


「それに、RPGっていうのはそれぞれの"役"を
演じて楽しむゲームなのでございー。
もし、そういう役をやってみたいとかなら、
怖がってやらないとお互い楽しくないと思うし。」

「あんた、そんな冷めた感じでゲームやってて楽しい?」
私はソファーの近くの椅子に座り尋ねてみる。


「ん?」
高倉君はあくびをしながらこちらに顔を向けた。

「楽しいけど?まあ、一番の理由は君が好きだからだよ。」


「え?・・・はあ?」
意味がわからない。

「・・・ああ、いんだよ。まあ。
そういうこった。・・・・おい。後ろ。」

「うん。」
気配がした。


……

……


振り返ると、ドアノブから中心に石化が始まろうとしていた。
木や金属が無機質な石に変わっている。

「・・・・案外ドア開けたら、先輩だったりな。」

「・・・その人の目が赤くなっていれば先輩だね。」
みたら終わるけど。


「おう。味方だと頼もしいけど実際やられると
怖いことこの上ないわ。とりあえず。」

逃げよう。
私たちは頷いた。


「俺は壁を吹き飛ばす、君は人形を出せ。
念のため逃げる時に、先に歩かせたい。」

「うん、わかった。でもいいの?後で団長がなんて言うか。」
新しい魔法を手に入れた時、調整が効かないまま使ってしまった。

穴が空いた壁を後ろに眉毛をへの字にしながら
団長からブツブツ説教されたのを思い出す。


「あいあい。・・・・今は。」

轟音の後部屋に土煙が舞う。

「・・・ケホッ、・・そうも言ってらんないだろ。」

「・・・行かせたよ?・・・大丈夫みたい。」
隣の部屋に行った人形が合図をくれた。


「人形が石化したら、違う経路で逃げるからな。」
と言いながら、右、左、左、と指で示した。

「うん。」
団長の家ね。

高倉君は、先輩の魔法のよけ方も知っている。
私が人形を出すタイミングを間違わなければ、たどり着けるはず。


……

……


やっとの思いで団長の家に着いた。
息をなでおろしてみる。

全力で走るなんて何年ぶりだろう?

「今なら、魔女って言われる理由分かったろ。」
息が途切れ途切れな高倉君は、笑いながら言った。


「あー、確かに・・。」
今なら分かる。
追いかけられている事が分かっているのに、後ろを確認できないのはきつい。

「・・・団長ー!・・・いないか。ちょっと2階探してくるわ。」

「やだ。一緒に行く。」
本当に気が利かない。


「それは嫌。原因が分かるまで、一緒に行動する。いい?」
噛まずに言えた。泣きそうなのは我慢した。

「あいあい。そんときゃーログアウトすればいいっしょ。怖がりだなー。」

「もう!」
本当にわかってない。


「そこまで。ひとんち勝手に来て痴話喧嘩しないでくれるかな?
見ていて恥ずかしいんだよね。」
団長の声がした。

振り返ると、先輩をお姫様抱っこしてる・・・・・あの人はだれだっけ・・。
あとにやけた団長が玄関から私たちの方へ歩いてきた。


「「団長!」」
あああああ、安心したらもう・・・。

先輩は!先輩!

「あのっ!」

「うん。まあとりあえず大丈夫。二人とも座ってくれるかな。
岩間さーん。ちょっと、花絵こっち持ってきて。」

「桜はとりあえず、鼻水と涙を拭こうか。
・・・ったく。賢もあまり後輩いじめんなよ。」


「・・・いえ、幼馴染ですし。」

「好きな子には意地悪しちゃうんだよな。素直じゃないなー。」
私の嗚咽が止まらない間にも話がどんどん進んでいる。

・・・きっと先輩も元に戻るよね。

よかった・・・!


私が落ち着いたところで団長は話を始めた。

「いやー。魔女って言われるだけあって、苦労したよ。
花絵はホラー系のダンジョンには目がないだろ?
・・・ああいうところのクリア報酬の魔法が怪物系な分、えらく手間取った。」

「・・・ホラーは敵は倒さず楽しんで逃げ回るのが醍醐味だって言ってましたしね。」
高倉君が苦そうな顔で寝ている先輩をチラ見する。


「ホラー苦手な俺には考えられない。さて。本題はいる前に、紹介しよっか。」

「は"い"。」
「はい。」
鼻声が治らない。


「うはは、ガチで怖かったんだな、桜。」

「・・・・コホン。・・・い"・・・いいから早く紹介して下さい。」
吹き出した団長を無視して言葉を続ける。

「あー悪い。」


「・・・この人は岩間さんって言うんだ。 俺の古い友人でね。」

「気になるっていうので、
まず最初に俺に声をかけてくれたんだ。
・・・魔法が、・・・なあ、リアルの世界の言い回しでいいか?」

「「はい。」」
今度は言えた。


「OK。要するにバグったってことだ。
要因は、外部からのクラッキングがあったってこと。
それと同時に人工知能もどきが悪さをしてたんだよ。」

「もどき?」
高倉君は眉間にシワを寄せている。
私も分からない。


「技術的な話は置いておいて、んー。なんていうか人工知能と称した、
人そのもの、と言えばいいのか。」

「いやぁ。アレはちゃんとした人だで。んー。人だった、んだぁ。」
余計意味がわからない。


「何でわかるんですか?証拠、があるんですね?」

「うん。」
「んだぁ。」

「ちゃんと話してくれた。自白してくれた。
ここログインするまでは、人間の体にいて人間そのものだったんだよ。」


「俺はリアリストなんです。
ちゃんと現実的な話をしてください。それが迷惑料がわりです。」
珍しく怒っているようだ。

「出来るんだよ。現にそういうことができた人が、
賢たちの前にいるよ。・・・岩間さんはもうリアルではいない人なんだ。」


「んだぁ。オラァのせいで会社は解散しちまったけどなぁ。」
大きい男の人を見てみる。

「なあ、賢。・・・俺は方法を知っている。嘘じゃないさ。」

「リアルで、図書館でもネットでもいい、とにかく。
・・・8年前の7月2日の新聞を読んで見てくれ。
岩間さんの記事が載っている。それを読んで欲しい。」


「今全てを話せば、賢はきっと理解してくれるだろう。
だけど、3人の秘密なんだ。俺と岩間さんともう一人のな。
だから、悪い。話せないんだ。」

「・・・分かりました。」

「それで、どうするんですか?団長たちは?」
険しい顔をしている二人に尋ねてみる。


「大人として、きっちりけじめを付けるよ。
それと、ケジメをつけさせる。ここではなく、リアルでな。」

「人工知能の会社と言えば、あそこ以外ないと思いますが、
昔に発表された、確か・・・。」


「それも違うんだ。人工知能じゃなくって人だったんだよ。蓋を開けてみれば。
それも含めてケジメをつけさせるって事。
・・・俺は発表当日には分かったけどな。
今回の件で証拠を掴んだから個人的に言えばスッキリした。」

「・・・分かりました。ではクラッキングした目的は、
このゲームにログインしている人が目的だったってことでいいんですよね。」


「そ。ちょこちょこ転送しては乗っ取って初期化して書き換えをしていたんだ。
こうなった以上、俺も岩間さんもこのゲームも
仮想ゲーム自体全てを終了させるべきだと思っている。」

「だって危ないだろ。でも、これはあくまで一人の意見だ。
・・・だから、ケジメがついたら、賢、桜、あと修平君、
それと自警団全体で多数決をしようと思っている。」


「それで終了するかどうか決めたい。
修平君が一番のとばっちりだから議決的に優先権をつけた上で。」

「修平君って誰ですか?」

「しゅうはー。今、りえが連れてきてくれてる。しゅうは、いい子だで。」


「・・・おせぇな。岩間さん、ちょっと迎えに行ってもらないか?」
団長の口がにやけているところから想像するによく道に迷う人なのかな。

「んだぁ。りえは地図弱いもんなぁ。・・・いってくるだで。」

「ああ。頼む。有難うな。」

「んだぁ。」


……

……


バタンとドアが閉じ、ソファーにくつろぎだすと団長は話し始めた。

「終了する前に一つ話しておくと、このゲーム。
実は言うと、俺が発注したんだ。俺の夢でもあったんだよ。こういうゲーム。」

「団長、ニートなんですよね?よくそんな金ありましたね。」
高倉君が冷たい目線で言い放った。


「そうそう。って、ちゃうわ!俺にだって奥さんいるし、
子供もいるし稼がなきゃまずいだろ。リアルじゃ、ちゃんと働いているよ。」

「どうしたんですか?急に。」
安心したせいか、少し眠くなってきたけども尋ねてみる。


「怖がらせたお詫びに一つ告白をしようと思ってな。
俺・・・さ。昔の言葉で言うと、ぼっち、だったわけよ。
ひとりぼっちって意味だ。」

「それに加え、内向的な性格だったから軽くいじられキャラとは言うものの、
小学校の頃は虐められてたんだ。」

「机を離されるのは当たり前だし、誰も俺とペアを作りたがらなかった。」


「無視は当たり前だった。発表会とかになると、親に恥をかかせたものだ。
班でやるようなものを息子が一人で発表してるんだからな。
惨めなものだったよ。」

「は、はい。」
意外だ。


「この通り、学校内で誰が味方してくれたかっていうと、
誰も味方してくれなかったんだ。
しかし、誰が悪いっていうわけでもない。ぼっちだったんだ。ただそれだけ。」

「小5の時、俺の担任は三者面談を勿論いじめの事は
スルーで当たり障りのない言葉で終わらせ、
友達がいない俺に釣りか何か趣味を作らせればどうかと親に言った。
つまりは学校内で面倒を見たくなかったのだろう。」


「俺の親は担任の言われるがままに、俺に釣りという趣味を作らせた。
こうして俺は魚釣り少年になった。」

「幸いにも、どんどん変わったんだよ。
俺は。学校の外で大人や違う学区の子供と話したり、
冗談を言い合ったり、メシを食べたりしてな。」


「徐々にではあるが、同級生が言うこと、担任の言うことが正しいと思っていた俺は、
学校という枠以外にも、枠がもあるんだと学んだ。
むしろ学校の外に居場所があったし、俺自身そこにいた方が心が休まった。」

「恩師の話、ですか?」
私にもお世話になった先生が一人だけいる。


「いや、俺はそうは思ってない。
それに、この話は教師を恨む恨まない、とかじゃないんだ。」

「大人になり家庭をもった今、手段は褒められないけども
俺の担任が穏便に物事をやり過ごそうとしたことも理解できる。」


「んー。俺が言いたいのはそうだな、俺が毎日、
億劫で虚しい思いをしながら学校に行っていた時期に
こうして老若男女問わず遊べるものがあれば良かった、ということ。
そういう場所は多いに越したことはないだろ。」


「・・・だけど、IT技術が進歩しそれが技術的に可能になったのに、
待てど暮らせど中々出来ないから、俺はいつしか自分で作ってしまおうと考えた。
一人では限界があるから、あくまで発注された、っていう感じにな。」

「俺は、俺みたいなぼっちに学校みたいなある意味、
閉鎖的なコミュニティ以外にも生き方や居場所を見つけて欲しいんだ。
どういう奴にも居場所は必ずあると思うからだ。
だから、俺は稼いだ金を稼がせてくれた会社につぎ込んでゲームを開発をした。」


「・・・出来上がってから今に至るまで、楽しい夢を見せてもらったよ。
何処かにいるぼっち君、ぼっちちゃんのために、
選択肢を作ってやりたいと思いで完成させたものの、
俺は俺で幼かった時に味わえたであろう楽しみをここで回収できた気がしたんだ。」


「だから多数決で、このゲームが終わったとしてもだ。
それは構わない。もし終わらなかったとしても、
俺はここから引き上げようと決めている。
管理人は、メインのが帰ってきたから俺がいなくても回るしな。
それに策もバッチリ立ててある。」


「・・・話は外れるが、俺は今、働いて帰ってきて、
家の電気が付いている、家族がいる。
それだけで充分だし、幸せだと思っているんだ。」

「つまらない大人の言うことではあるけども、歳を食って分かった。
お前らのお母さんも言ってたろ、ゲームばっかやってないで外で遊びなさいって。
あれは本当だ。」


「リアルでしか出来ないことっていっぱいあるんだよ。
ま、こう言ってしまうとさっきの話と矛盾してしまうが、
夢は夢、現実は現実ってことさ。何事も程々がいい。」

「あー。・・・そうだな。年食って、お互いに体が動かなくなったら、
その時はゲームで会おうじゃないか。
まあ俺の方が年上だしそんときゃ、俺いないかもしれんけど。ぽっくり的な意味で。」


ノックの後、ドアが開き、さっきの大きな人と
子供を抱っこしたおばさんと男子が入ってきた。

・・・女の子と男子はどっかで見たことあるなあ。

「さ。来たみたいだ。長々と話しちゃってすまない。」

「これから何をするんですか?」
多分教えてくれないだろうけど聞いてみる。


「ちょっとな。リアルに行く前に、修正パッチを流しに行く。
何かする前に何か起きたらしんどいしな。」

「散々足止め食らったが、もう好きにはさせないよ。
・・・あーそうだ。花絵を宜しく。起きたら、話す事あるって言っといてくれ。
同じこと、説明しないとな。」
と言い終わらないうちに忙しなく4人で外に出て行った。


「・・・人形つける?」
しばらく黙った後、私は高倉君に尋ねてみる。

「いや。・・・俺は団長たちを信じるよ。君は?」

私は頷いた。

「私も信じるよ。」


……
………

………
……


「なぁ。桜。俺、団長、信じて良かったかも。」

「何?急に。」

「いい大人が見れた気がするんだ。あの後、俺、新聞読みに行ったよ。」

「うん、私も。」

「不慮の事故と書かれていたけども、裏がありそうな感じだったよな。」


「うん。でも、岩間さんはもう済んだことだし気にしていないってさ。」

「桜、聞きに行ったの?」

「不躾かなとは思ったけどね。」

「うーん。流石にダメだろ、すごいなー。」

「あああああ、はい。今度謝りに行くよ、賢ちゃんも一緒に来て?」

「あいあい。」


「あ。きたきた。おーい、修平くーん、凛ちゃーん!こっちこっち!」

「・・・お待たせしてすみませんー!」

「あははは、道に迷っちゃったー!新しい街広いね?」

「凛ちゃんのお母さん、張り切ってたもんねー!」


「花絵さんはー?」

「あー。なんか新しい強い団員さんが入ったって言って説明にしに出かけたわ。
ダンチョさん、楽しいらしいよ。」

「そっかぁ。残念・・・。じゃあ、行こうー!楽しみ!たのっしみ!」

「相変わらず凛ちゃん元気だねえ、じゃあ行こうか!ほら、賢ちゃんも修平君も走って!」


……
………


……
………

おわり

………
……


お読みいただき有難うございました。

じゃあ仕事いってくら。

決算めんどくせえ

おもしろかったー!乙

何で修は最初、まだ発売されてないゲームを兄弟と遊んでたのかがよくわからなかった…

>>364
おお、人がいらしゃった。
お読みいただき嬉しく思います。

恥ずかしながら、それは書き間違えです。
申し訳ありません。

>>365
そうだったんですね
読解力不足かと思ったけど安心したw

凜ちゃんかわいい
学校で孤立したり、居心地が悪いときって他に自分の居場所が欲しいと思ってたなー
RPGって良く知らないけど読みながら色々想像できて楽しかったよ

軽く最初の方読んだけど、文章も読みやすいし、一定以上のレベルはありそう
これは読み応えのありそうなので、ちゃんと読んでみよう

>>366
見直しをしたのですが、申し訳ないです。
書き始めの設定がそのまま書きっぱなしにになっておりましたorz

お褒めいただき恐縮です!

>>367,368
お読みいただき有難うございました!

設定がよくわからなかったのは、
書き主の文章構成力が拙い為です。
すみません。下記の通りになります。

雪合戦後は、桜目線、凛目線、堀深い人目線、花絵目線、
理恵(若い頃)日記、修平目線、再び桜目線、のつもりでした。

ピエロは人工知能もどきです。
馬車が出入り口になっておりました。
谷口たちが作ったゲームの設定が効かないフィールドだったため、
誤操作が花絵の目に映っておりました。

しゅうは、現実に戻ることができました。

スレタイは、桜と高倉自身、身の回りに信じることができる
大人がおらず、桜は自分の父親でさえ嫌っておりました。

しかし、紆余曲折はあったものの、
相手を理解しようと変わった瞬間があの言葉になります。

どうぞ、宜しくお願い致します。

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