男「魔王猫と僕」【 完全版 】(379)


十一月の晩秋を告げる木枯らしが今年の冬も例外なく寒くなることを一足早く伝えてきた。

都立H高校の校庭では額にたくさんの汗を流し体中を土まみれにして、白い息を吐きながら白球を追いかける球児たちが声を張り上げて活動している。

どこからか吹奏楽の耳を撫でるような心地よい演奏が聞こえてくると、今度はそれを遮る様に軽音楽の激しく楽器を掻き鳴らす電気音が耳を劈く。

体育館では掛け声を上げて忙しなく駆け回っている少年少女たちの喧騒が響いている。

この学校の表舞台は、活気があり華やかな学生生活を送っている数多くの生徒達の笑顔で溢れていた。






誰も皆、その裏にある闇に気づかぬ振りをして。


▼放課後/学校/グラウンド

――カキーン!

「センター! レフトー! 行ったぞー!」

「ショートは中継に入れ!」

「急げ! ランナーがセカンド回るぞ!」

「サードだ! サードに投げろ!」

ワー! ワー!


▼同時刻/校舎裏

――バキッ!

男「ぐあっ!」ドサッ

D太「おい。顔は痕が目立つからやめろって何度も言ってるだろ」

Q也「悪い悪い。つい手ぇ出ちまった」ケラケラ

N雄「気持ちはわかる、って。コイツの顔見てると殴りたくなってくるんだ、って」ケラケラ


D太「ちっとも言う事聞かねえよな、お前らは」

Q也「そんな怒んなよ。もうやらねえからさ」

N雄「まぁまぁD太。そんなに心配しないでも先公ですら見て見ぬ振りしてんだから大丈夫だ、って」

D太「全く……。大丈夫か男、ほら顔見せてみろよ」グイッ

男「うぅ……」

――ガスッ!

男「うぐっ!」ドサッ

D太「あっ、ホントだ。なんか殴りたくなっちまったわ」

Q也「ぶはははっ! 結局自分だって殴ってんじゃんか!」ケラケラ

男「うぅ……」


D太「あぁーなんか、つまんねぇな。弱い者イジメってホントつまんねぇよ」

Q也「ぶははっ! お前が言うなっての!」

N雄「なら駅前のゲーセンにでも遊びに行こ、って!」

D太「ゲーセンか。それでもいいけど最近金欠なんだよな」

Q也「あっ。そういや俺の彼女がいい金ヅル拾ったって言ってたぞ」

D太「お前の彼女ってたしか6組にいるギャル女だよな? あのアホっぽい奴」

Q也「あぁ!?」

D太「冗談だよ冗談。……で、金ヅルってどんなのよ?」

Q也「彼女と同じクラスにいる奴で、いっつもボッチの暗そうな女らしい」

D太「何だ、リーマンのおっさんとかじゃねぇのか。何でまたそんなヤツを金ヅルにしてんだよ」


Q也「この前彼女がトイレでタバコ吸ってたらボッチ女が注意してきて、それがウザかったからストレス発散に虐めたり金持ってきてもらってるんだってさ」

D太「ふ~ん。便利だなそりゃ。あー、こいつもそういう面で役立ってくれりゃいいんだけどなー」

N雄「コイツは無理だ、って。コイツんち超貧乏って話だ、って」ケラケラ

Q也「そうそう! こいつ普段から昼飯もろくに食えてねぇもんな!」ケラケラ

男「…………」

D太「そうなんだよなー。あー、ホント使えねぇ奴だよお前は!」

――ガスッ!

男「うっ!」

Q也「ぶはははっ! お前マジ鬼畜だな!」


Q也「この前彼女がトイレでタバコ吸ってたらボッチ女が注意してきて、それがウザかったからストレス発散に虐めたり金持ってきてもらってるんだってさ」

D太「ふ~ん。便利だなそりゃ。あー、こいつもそういう面で役立ってくれりゃいいんだけどなー」

N雄「コイツは無理だ、って。コイツんち超貧乏って話だ、って」ケラケラ

Q也「そうそう! こいつ普段から昼飯もろくに食えてねぇもんな!」ケラケラ

男「…………」

D太「そうなんだよなー。あー、ホント使えねぇ奴だよお前は!」

――ガスッ!

男「うっ!」

Q也「ぶはははっ! お前マジ鬼畜だな!」


D太「じゃあそろそろ俺らもQ也の彼女のおこぼれを頂戴しに行くか」

N雄「それがいい、って!」

Q也「とりあえずメールしとくわ。俺らの分の金も取っとけって」

D太「頼んだ。じゃ、また明日もよろしくなー、男ー」

D太・Q也・N雄 ケラケラケラケラ




男「……ゲホッ」


▼夕方/廃ビル/1階

男 スタスタ

男「……マオウ! マオウ!」

――シーン。

男「…………」

――スタスタスタ。

黒猫「…………」スタスタ

男「よかった。いないのかと思ったよ」ホッ


廃ビルの中から、少し小柄だが艶やかな黒い肢体に満月のような輝かしい金色の瞳を持つ黒猫が男の足元まで寄ってくると、不敵な笑みを浮かべてその口を開いた。


黒猫「やぁ、男。遅かったではないか」


威風堂々としたその黒猫とはある日の偶然に出会った。

その当時から不思議な魅力を持つ猫だった。

彼はここではない全く別の世界で、人間軍と対立していた魔族軍の長――つまり魔王として君臨していたのだと言う。

その決戦の果てに討ち破れて死したものの、気がつけばこの世界に猫として転生していたらしい。

傍から聞けば眉唾ものの与太話に聞こえるだろう。

でも僕はそれを疑うことは無かった。

何故なら彼は、僕の唯一の友達だから。


黒猫「昨日よりケガが増えてるようだが」

男「……まぁね」

黒猫「しかしまた今回はずいぶんと手酷くやられたものだ」

男「授業中に漫画読んでたら教師に没収されて、その憂さ晴らしだってさ」

黒猫「なんとくだらない理由だ。自業自得ではないか」

男「うん。マオウの言う通りだよ」

黒猫「しかしだな、毎度毎度良い様にされてキミは嫌にならないのか?」

男「そりゃ嫌だけど……」

黒猫「毎日のように的にされて悔しくないのか?」

男「悔しいけど……」

黒猫「ならばキミもやり返せばいい」

男「簡単に言わないでよ……。それが出来れば苦労しないよ」

黒猫「なぜ出来ないのだ?」


男「…………」

黒猫「どうした?」

男「……僕だって本当はやり返したいよ。でも相手は何人もいるし、僕じゃどうせ敵わないから」

黒猫「…………」

男「変に反抗してその分さらに酷くされるなら、最初から受け入れてた方がまだ軽く済むからさ」

黒猫「……いや、違うな。それだけじゃないだろう?」

男「え?」

黒猫「キミの目には敵意はあっても殺意は感じない。相手を傷つけようとする意思が見受けられない」

黒猫「つまり、キミはそんな奴らが相手であっても傷つけてしまうことを恐れているんだろう?」

男「…………」


黒猫「男よ、キミはとても穏やかで優しい人間だ。しかし、その悪童どもはキミの身なぞこれっぽっちも案じてはいないぞ」

黒猫「怪我をしようが死のうが構わない未必の殺意が込められている。つまりキミは今にも殺害されそうになっているのだ」

黒猫「なのに大した抵抗もせず亀のように縮こまっているのは愚の骨頂だぞ?」

男「うん……わかってるけど……」

黒猫「ふむ。男には気骨が足りないな」

男「キコツ?」

黒猫「そう。何事にも挫けず、我が信念を貫き通す心得、そして反骨の精神だ」

黒猫「このままではキミは一生やられてばかりになってしまうぞ」

男「…………」

黒猫「……っと、ずいぶん説教地味てしまったな。すまない」

男「ううん、いいよ。マオウの言うことはもっともだから」


黒猫「しかし私にかつての魔力があったならばその悪童どもを懲らしめられたのに……。あぁ口惜しい……」

男「魔力? マオウは魔法とかも使えたの?」

黒猫「もちろんだ」

男「本当に?」

黒猫「本当だよ。魔力は我が強さの源だ。肉体はより強靭になり、空中より炎や雷を起こし、また様々な魔物を召喚することができたりしたものだ」

黒猫「キミに私の魔力を分け与えることができたなら、きっとこの世のどの人間よりも強くなれただろうぞ」

男「胡散臭いなぁ」

黒猫「なんだと!?」

男「えっ!?」ビクッ


黒猫「私の魔力が……胡散臭いだと……!?」ワナワナ

男(やばい! 何かすっごい怒ってる!)アセアセ

黒猫「魔界を総べ、世を震撼させたこの私の魔力が……胡散臭いだと……!?」ワナワナ

男「ご、ごめん! 冗談だよ! そんな怒らないでよ!」アセアセ

黒猫「何百年を生き、何千もの軍勢を従え、何万もの人間を蹴散らした魔王の、この私の魔力が……胡散臭いだと……!?」ワナワナ

男(やばいやばい! すっごい毛が逆立ってる!)アセアセ


男「えーっと、あの……あー、いやぁ悔しいな! 確かにマオウの魔力を分けてもらえたら、きっと僕もすごい強くなれただろうなぁ!」アセアセ

黒猫「…………」ワナワナ

男「僕もマオウみたいに強くなれたんだと思うと……、あーもう、すっごい悔しいよ!」アセアセ

黒猫「…………」ワナワナ

男「やっぱりそれだけ強大な魔力持ってた魔王だっただけあって、マオウって威厳があるよね!」アセアセ

魔王「…………」

男「いつも堂々としてて、気品があって、すごいカッコいいよ! うん!」アセアセ

黒猫「……そうか?」

男「そうだよ! 最高にカッコいいよ! 僕もそういう風になりたいなー!」アセアセ

黒猫「そうか……、最高か……、なりたいか……」


黒猫「…………」

男「…………」ドキドキ

黒猫「…………」

男「…………」ドキドキドキ

黒猫「……フフン。キミもようやく私の凄さが理解できたようだな。先程の無礼は不問にしてあげよう」ニヤリ

男「あ、ありがとう……」ホッ


黒猫「だが次また私の魔力を馬鹿にしたら……噛みついてやるぞ!」シャーッ!

男「わかったよ、ごめんって」

黒猫「ふんっ」

男「……でもさ、本当になれるかな」

黒猫「何がだ?」

男「僕でも本当に強くなれるかな」

黒猫「なんだ早速噛みついて欲しいのか」シャーッ!

男「ちっ、違うよ! そういうつもりじゃなくて!」アセアセ


黒猫「ならば何だというのだ」

男「僕、運動苦手だし、体力も無くて、ケンカだって出来ないし……」

男「こんな僕が強くなれるなんてありえないんじゃないかと……、あはは」ポリポリ

黒猫「そんなことないぞ。キミの体には、本当は強き魂が込められている」

男「そうかな……」

黒猫「そうだとも。鍛えれば魔王にだってなれる素質を持っている。私にはわかるぞ」

男「本当に?」

黒猫「あぁ。だからキミはもっと自分に自信と誇りを持て」

男「……うん、わかった!」


黒猫「ただ、しかしだなぁ……」

男「?」

黒猫「男のその貧弱で軟弱で虚弱な身体が、我が強大で尊大で荘厳な魔力をもらい受けても耐えられたどうかはわからんがな」ニヤリ

男「あっ、言ったな!?」

黒猫「事実だろう?」ニヤニヤ

男「あーあ、せっかく今日は奮発して猫缶持ってきてあげたのに、そんなこと言うならあげるのやめよっかなー」

黒猫「むむっ!?」


男「勿体ないけどこれは捨てるしかないなー」

黒猫「たっ……確かに私も少々言い過ぎだったかもしれんな!うん!」アセアセ

男「……」ジーッ

黒猫「でもそれは冗談の範疇と言うか、キッ……キミだって体を鍛えぬのが悪いのだぞ!」アセアセ

男「……」ジトーッ

黒猫「……言い過ぎてすまなんだ。許してほしい。猫缶ください」ペコリ

男「ふふっ。わかった、無礼は不問にしてあげるよ」

黒猫「まったく。意地悪な所は既に魔王クラスだな……」

男「にひひ」ニコッ


――カパッ

男「意地悪してゴメンね。ほら、どうぞ」スッ

黒猫「あっ、ありがたい!」ガツガツ

男「これ新発売のやつなんだけど……どう、おいしい?」

黒猫「※▼○+#;、*◇"#&+!!」モグモグ

男「……ごめん。何言ってるのか全然わかんない。食べ終わってから聞くよ」

黒猫 ガツガツ


男「……ねぇマオウ」

黒猫 ピタッ

男「あっ、いや、ご飯食べたままでいいから聞いてて」

黒猫 ガツガツ

男「あのさ……、僕ね、生きるのってやっぱりつまらないよ」

男「学校ではこんな目に遭って、家に帰ればお母さんがアレだし……」

黒猫「…………」モグモグ


男「でもマオウとここにいる時だけは特別。ここでマオウと会って話すのが僕の人生で一番楽しい時間だよ」

男「だからね、僕のつまらない話聞いてくれたり、マオウの面白い話してくれたり、僕の為に怒ってくれたり、心配してくれたり……」

男「いつも僕のこと気にしてくれて、ありがとう。すごく嬉しいよ」

黒猫「…………」

男「唐突だけど、それを伝えたくなっちゃった」

黒猫「キミは存外、キザなのだな。なんとクサいことを……」

男「本心だから言えるんだよ。あっ、もしかして照れた?」

黒猫「わわっ、私が照れるなどあるはず無かろう! 私は元魔王だぞ!」

男「あははは! 照れてる照れてる!」

黒猫「ふんっ!」プイ

男「ふふっ」クスッ


男「……あっ。マオウ、もう食べ終わっちゃったの?」

黒猫「うむ。馳走であった」

男「もう、食べるの早すぎ。ちゃんと噛んで食べないと太るよ?」

黒猫「魔王は太りはせん」

男「何だよそれ……」

黒猫「そんなことより、さて今日は何の話をするか」

男「んン~……、じゃあマオウがまだ魔王だった時に普段どんなこと考えてたのか、ってどう?」


黒猫「うむ、いいだろう。とっておきの話があるぞ」

男「とっておきの話!? 何なに!?」ワクワク

黒猫「昔に私が考えたオリジナル拷問全五十種の話をしてやろう」

男「……何それ。怖そうだしいいよ」

黒猫「そんなに嫌そうな顔をするな。何事でも知識があって損はせんぞ」

男「そんな知識必要無いよ」

魔王「まぁいいから聞け」

男「魔王が話したいだけじゃん……」

魔王「いいか男、拷問というのはだな――」


僕の不満気な顔も嫌味も無視してマオウは教えを説くように喋り始めた。

それからマオウの考えた「オリジナル拷問全五十種」の話は3時間半も続いた。

マオウは「どうやって生かしながら苦しめるかを考え抜いた」と、少年のように目を輝かせながらずっと力説していた。

内容はとても残酷で時には耳を塞ぎたくなるようなものだったけど、マオウの嬉々とした顔を見ながら生き生きとした声を聴いているのがとても心地よくて、この時間が延々と続いていればいいのにと思っていた。


▼夜/男宅/リビング

――ガチャッ

男「……ただいま」

母「……最近ずいぶんと帰りが遅いじゃない」

男「うん……。ゴメンなさい……」

母「しかも制服汚れ過ぎ。洗うかクリーニングに出しなさいよ、まったく、みすぼらしいわね。みっともないったらありゃしない」

男「…………」

母「返事は?」

男「……うん」


母「もう、アンタって本当に愚図よね。そういう所誰に似たのか本当にわからないわ」

男「…………」

母「何突っ立ってんのよ」

男「あの……制服をクリーニング出すから、お金……」

母「はぁ!? 何真に受けてんの!? そんなものぐらい自分で洗いなさいよ! お金が勿体ないじゃない!」

男「…………」

母「だから返事は!?」

男「……わかった」

母「ったく。忙しいのに。あーもう!」

男「…………」


母「私、これから職場の人と食事会があって帰るの遅くなるから」

母「ご飯は米でも炊いて、冷蔵庫の中にあるもので適当に食べてなさい」

男「え? でも母さん、あの――」

母「何よ? 米の炊き方ぐらい、高校生なんだからもうわかるでしょ?」

男「そりゃわかるけど……」

母「なら大丈夫じゃない、イチイチ呼び止めないでよ! 忙しいって言ってるでしょ!」

男「そうじゃなくてさ、あの――」

母「ったく……」スタスタ


――キィ、バタン。


男「…………」

男 スタスタ


――ガチャッ


冷蔵庫を開けると、中には牛乳とマーガリン、そして缶ビールが数本あるだけだった。

それを僕は知っていたが、母は見て見ぬ振りなのか、はたまた本当に気がついていないのかはわからない。

台所の収納の中に米びつがあるが、残りの米はわずか半合弱にも満たない程度だ。

食パンやインスタント食品すらも置いていない。

かろうじて醤油や料理酒、みりん等の調味料があるが、僕自身もそうだが母が使っている所もまったく見たことがなかった。


男「……これで何を食べろっていうんだよ」


――そして結局、翌朝になっても母が帰ってくることは無かった。


▼後日/放課後/校舎裏

Q也「必殺! 飛び両ヒザ蹴りぃー!」

――ドスッ!

男「うぅっ!」ドサッ

Q也「う~し! 華麗に決まったぜ!」

N雄「こいつはクリティカルヒットだ、って! 痛い、って!」

D太「いくら顔じゃないからってやり過ぎんなよ。大事になったら面倒だぞ」

Q也「悪い悪い。新技考えたもんだからつい力んじまってさ」ケラケラ

N雄「仕方ない、って。新しく覚えた必殺技は試したくなるものだ、って。うんうん」

D太「まったく本当にお前らは……」


Q也「やり過ぎっていやぁ、この前の女子たちの方がエグかったよな」

D太「あぁアレな。金を持って来させるだけじゃなくて、そこらのクソジジイ相手にその場で生下着売らせたり、さすがの俺でも引いたわ」

N雄「女子ってのは恐ろしいものだ、って……。俺、もう女子を信じられん、って……」

D太「でも体を売らせてないだけまだマシだな」

Q也「そこまでいったらもう俺、気軽に女子に話しかけられねぇわ……」

N雄「恐ろしや……恐ろしや……」


Q也「でもあの女もよく生きてられんな。俺だったらとっくに自殺してるわ」

D太「そんなこと言ってるけど主犯はお前の彼女じゃん」

Q也「あっ、そういやそうだ」ケラケラ

N雄「でもあの生下着売り! マジで興奮したじゃん、って!」

Q也「興奮しすぎてお前、あの女のブラ買ってたもんな。この変態め!」ケラケラ

N雄「バッ、バカ! それは言わない約束じゃん、って!」

Q也「何恥ずかしがってんだよ」ケラケラ


男「…………」ジーッ

D太「あ? 何見てんだテメェ」

男「…………」プイッ

D太「…………」スタスタ

N也「どうした?」

D太「…………」ガシッ

男「痛っ!」

N也「おいおい。そんな力強く握ったら、髪抜けてハゲちゃうぞ」

D太「何だよ。何か言いてぇことあんなら言ってみろよ、おい」

男「別に……無い……」


D太「……いいか、俺はな、お前みたいに人生悟ってる風なヤツが大嫌いなんだよ」グググッ

男「痛っ!」

D太「なんならもっと死にたくなるほど追い込んでやろっか? あぁ!?」

D太「悔しいだろ!? 悔しかったらやり返してみろよグズが!」

男「…………」

D太「何か答えやがれテメェ! 殺すぞ!」ググッ

男「うっ!」

N雄「D太! 首絞めるのはマズイ、って! 落ち着け、って!」アセアセ

Q也「バカ! 早く止めろよ!」


D太「どうしたよ!? 何か言ってみろよ!?」

男「ぐっ……う……」

Q也「D太! やめろって! マジで死んじまうぞ!」ガシッ

男「げほっ! げほげほっ! げほっげほ!」

D太「……チッ、離せよ」

Q也「どうしたんだよ、そんなムキになって」

D太「つまんねぇんだよコイツ! 顔色一つ変えやしねぇからよ!」

N雄「だからって首絞めることない、って!」


D太「俺はもっと面白いことやりたいんだ、よっ!」ドスッ

男「うぐっ!」

D太「最近のお前は特に、つまんねぇんだよっ!」ドスッ ドスッ

男「ぐうっ!」

D太「お前のその顔と態度が、最悪にむかつくんだよぉ!」ドスッ ドスッ

男「ごぁっ! うぅ……」ドサッ

Q也「だからやり過ぎだって! 自分でやり過ぎるなっていってたじゃんかよ!」

D太「大丈夫だろこのくらい。人間そう簡単に死なねぇようにできてっからよ」

男「う……うぅ……」


D太「おい男、いつかお前が死にたくなるぐらい最悪な目に合わせてやるよ。そん時は最高に楽しいだろうからな」

男「…………」

D太「いいか、お前に一つ大事なこと教えてやる」

D太「人ってのはな、生きてる内に食う側と食われる側に分かれる。わかるか? 俺とお前のことだ」

D太「食われる側ってのはこうなる運命なんだよ。恨むんなら自分のくだらない人生を恨むんだな」

男「……げほっ、げほっ」


D太「なんか冷めちまったな。今日はもういいや。さぁ、行こうぜ」スタスタスタ

Q也「ちょ、ちょっと待てよ!」タッタッタッ

N雄「…………」

男「げほっ……げほっ……」

N雄「こんだけやられてツマランって言われて、ずいぶんと悲惨な人生送ってるよねぇキミ、って」

男「…………」

N雄「俺からも一つ大切なこと教えてあげる、って」

N雄「キミがさっきの首絞めで死んでたとしてもヤツらも俺も全然悲しまないし悪いとも思わない」

N雄「もちろんその場では反省した振りするけど、何年かもすれば簡単に忘れて日々楽しく過ごしてるよ、って。そんなものなんだよ世の中、って」

男「…………」

N雄「そんだけ。ほんじゃサヨナラだ、って」タッタッタッ

男「…………」


男「…………」

男「……ぐっ」フラッ

男(いててて……)

男(今日はちょっとヤバい、な……。体中痛くて……意識、飛びそうだ)

男(でもマオウに……ご飯……あげな……くちゃ……)

男(マオ……待……って………)


――ドサッ


男「…………」


▼夜/学校/校舎裏

男「…………」

男「…………」

男「…………」

男「…………」

男「……んン」パチッ

男「あれ……僕、あの後……、――って!?」ガバッ

男「空、真っ暗……夜!? うっ、嘘でしょ! 誰も気づかないなんてありえないよ!」アセアセ

男「大変だ、マオウの所行かなきゃ!」ダッ

――タッタッタッタッ


▼廃ビル

男「ハァ……ハァ……」ゼェ、ゼェ

男「マ……マオウ! マオウ!」

――シーン。

男(……いないや。寝床に行っちゃったか)

男(そりゃそうだよな。もうこんな遅いし)

男(マオウ……お腹空かせてただろうな……。ごめんね……)

男(ご飯だけここに置いて、今日はもう帰ろう)ガサゴソ

男(……明日はすぐ来よう)

男「じゃあねマオウ、おやすみ」

男 トボトボ


▼深夜/男宅/リビング

――ガチャッ

男「……ただいま」

TV『ガヤガヤ ガヤガヤ』

母「…………」

男「…………」

母「……ずいぶんと遅いお帰りね。こんな時間まで何してたのアンタ?」

男「いや、何してたって訳じゃないけど……」

母「まだ高校生のくせにこんな夜中までどこぞをほっぽり歩いて、いい御身分じゃないの」

男「……ごめん」


母「…………」

母 スタスタ

――バシッ!

男「痛っ!」

母「アンタ、自分の立場わかってんの!? 誰がアンタを育ててやってると思ってるのよ!」

母「アンタが学校行く金も! 食べるもの買う金も! 誰が払ってると思ってるの!?」

母「そんなのも知らずにアンタは好き放題やって……ホントいい身分よね!」

男「…………」

母「何か言いなさいよ愚図! のろま!」バシッ!バシッ!

男「つっ!」


男(何が「育ててる」だよ……、ろくにご飯も作らなければ全然買いやしないクセに……)

男(好き放題だって? こっちは何も食べない日だってあるんだぞ……!)ギリッ

母「何その目? 何か言いたいことあるの?」

男「……別に、何も無い」

母「あーもう何でこんなの産んじゃったんだろ! こんな気の利かない子に育って、おまけに生意気だし!」

母「養育費もらえるからってアンタなんか引き取るんじゃなかった! ホント失敗したわ!」

男「…………」


母「ホント最悪。こんなデカい連れ子がいるから新しい男も出来ないし……」ハァ

母「ねぇ、いっそ死んでくれない?」

男「…………」

母「どうせ友達なんかできずにイジメられてるんでしょ? 最近やけに服ボロボロで痣だらけだし」

男「…………」

母「あれ、もしかして図星だった!? そうでしょ!? やばっ、笑えるわ!」ケラケラ

母「死にたくなったら言ってね。保険金とか上手くかけられる方法探しとくから」

男「…………」

母「ったく、ホントかわいげの無いヤツ。私、出かけてくるから何か食べたかったら自分で探してちょうだいね」スタスタ


――ギイッ、バタン


男「…………」



母の言う通りだ。僕はなぜ生まれて来たのだろうか。

母にも、学友にも、自分自身にさえも愛されないこの人生で、僕は何の為に、何を成す為に、何を得るため
に生きねばならないのだろうか。

僕は生きたいから生きるのではなく、死ぬことができないから生きている。

望みも願いも無く惰性で歩んでいけば感覚は鈍化して苦痛を感じ取ることは無くなるが、やがては身も心も枯渇して屍のような出で立ちで生きてくことになるだろう。

でも、そうなることで僕は今の悲惨な現状もこれから延々と続いていく絶望的な未来も全て受け入れられることができるような気がしていた。


けれど、この渇きを潤せる何かがあれば、きっと今の生き方も、この人生も、考え方も、何もかも変われるに違いない。



それが例え、腐敗した汚泥の水だろうと。





今回はここまで。
続きは本日の20時~21時頃に再開します。
【完全版】の意味は、一通り書き終えたら説明します。
それでは。


▼数日後/朝/男宅/リビング

男 ボーッ

TV『昨晩、都内のマンションの一室で高校生の少女が自殺する痛ましい事件が起きました』

TV『東京都内H市にあるマンションで、午後11時頃、少女の母親が仕事を終え帰宅すると、少女が自室で自分の首と左手首をカッターナイフで自ら深く切りつけて自殺を図り、血を流して倒れている所を発見しました』

TV『発見当時に既に大量の出血があり、現場に駆けつけた救急隊員によりその場で出血多量による死亡が確認されたようです』

TV『警察の調べによると少女の部屋の机に遺書のようなものが残されており、このように記されてありました』

TV『「私が何をしたというのか。誰にも必要とされない私は何のために生まれてきたのか。苦しみ続けて、すべてを憎んで生き永らえるよりはいっそ、短絡的な死に安らぎを望む。それでも、このような私の傍にいて励ましてくれた彼だけに特別な感謝を。」』

TV『警察は少女が何らかの事件に巻き込まれていた可能性も視野に入れて調査するとともに、この遺書に書かれている男性らしき人物を捜索している模様です』

TV『なぜこのような悲しい事件が起きてしまったのでしょうか。 詳しくは後ほどお知らせ致します』

男(……自殺か。朝から痛ましいニュースだな)

男(この辺り知ってる、けっこう近くだな。高校生って言ってたけど、ウチの学校の子ってことはないよな……)

男「……まさかね」


▼学校/校門前

ガヤガヤ…… ガヤガヤ……

女性「現在、私は自殺した少女が通っていた学校の前に来ております。この閑静な住宅街の中に建てられた校舎の中で、少女は一体どのような学校生活を送っていたのでしょうか」

女性「これから、登校中の同じ学校の生徒の方々にお伺いしてみようと思います。……すいませーん! 今ちょっとよろしいですか!?」スタスタ

ガヤガヤ…… ガヤガヤ……


男「…………」

男(本当にウチの学校の生徒だったんだ……)

男(あんな遺書残してたんだから何があったかなんてわかるだろ。でも、僕以外に同じ目に遭ってた人なんていたっけ……)

男(……死ねる勇気があっただけうらやましいよ)


▼学校/教室

ガヤガヤ…… ガヤガヤ……

「ねぇねぇ今朝のニュース見た!? あれヤバくない!?」

「ヤバイよねー。私さっきリポーターの人に色々聞かれちゃったし」

「じゃあテレビに映ったの!? いいなぁー!」

「全然良くないよー。もっとオシャレしてくれば良かった」

「でも死んだのって6組の人でしょ!?」

「そうそう、『女』って子。いつかやりかねないと思ってたけどね~、なんかイジメっぽいのされてたしさ」

「うっわぁ~、悲惨だわ~」

ガヤガヤ…… ガヤガヤ……


男「…………」



▼数日後/夕方/廃墟ビル

男「マオウ、お待たせ」

黒猫「やぁ男。今日もまた手酷くやられたのか」

男「いつも通りだよ。それよりほら、今日のご飯だよ」

黒猫「む……」

男「どうしたの? お腹空いてない?」

黒猫「いや、そうではない。腹は常に空いておる。いつでもご飯が欲しい」

男「じゃあ何?」

黒猫「実は今朝からずっとイヤな予感がしてて……な」

男「イヤな予感?」


黒猫「少しずつ近づいてきている……」

男「何の話?」

黒猫「……いや、何でもない。気にするな」

男「変なマオウ」

黒猫「むむっ!? 変とは何だ! 変とは!」


(?)「見つけたぞ、マオウ!」


男「!?」

黒猫「……やはり貴様だったか」


声がした方へ振り返ると、熟れた林檎のように真っ赤な目をした白猫がいた。

白猫は総毛を逆立てて、マオウを睨みながらゆっくりと歩み寄ってくる。


白猫「まさかお前もこの星で生きながらえているとは思いもしなかったぞ……」スタスタ

男「……マオウのお友達?」

黒猫「腐れ縁のようなものだよ。しかし久しぶりだな、まさかお前もこの世界に転生するとはな」

白猫「慣れ慣れしく話しかけるな!」

男「……で、結局誰なの?」

黒猫「こいつはだな――」

白猫「俺の名はユウシャ! 魔王を倒すべく人間軍から選ばれた勇者だ!」

男「勇者!?」

黒猫「……まぁそういうことだ」


白猫「この魔力は間違いないとは思っていたが……案の定、お前だったか」

黒猫「私もずっと貴様の魔力を感じていたよ。まぁ私に比べれば貧弱な魔力だがな。クククッ……」クスクス

白猫「何だと!? ナメやがって!……キミ! 早くソイツから離れろ!」

男「えっ、僕!?」

白猫「何をしてるんだ! 早くこの場から逃げるんだ!」

男「えっ、えっ、何で!?」

白猫「何でだと!? まさか……キミもマオウの一味なのか!? まさか魔族の生き残りか!?」

黒猫「何をバカなことを言っている……。彼の名は『男』、この世界の人間で私の友人だ」

白猫「友人だと!?」

黒猫「そうだ」


白猫「マオウ! お前、この世界の無垢な少年を魔法で操りやがるとは……相変わらず卑劣な野郎だ!」

黒猫「はぁ?」

白猫「何を企んでやがる! 今すぐ彼を解放しろ!」

黒猫「解放も何も、そんな魔術をできる力なぞ今はもう持っておらんよ」

白猫「騙されるものか! 少年! まだ自分の意思があるなら早くそいつから離れるんだ!」

男「そんなこと急に言われても……ねぇ?」

黒猫「うむ」

白猫「くそっ! もう手遅れか!」

男「えぇ、何が!?」


白猫「こうなってはもうマオウを倒すしかない……。 マオウ、覚悟しろ!」

黒猫「いいだろう。望むところだ」

男「ちょっとちょっと! さっきからどうしたの!? 全然話しが読めないんだけど……」

黒猫「説明は後でする。すまないが男、少しだけ時間をもらうぞ」

男「ちょっと、マオウ!」

白猫「今度こそお前を完全に滅ぼす!」スタスタ

黒猫「威勢だけは一人前だな。しかし、ここにはもう頼みの仲間もいないのだぞ? 貴様一人で私をやれるのか?」スタスタ ピタッ
 
白猫「やれるかどうかじゃない。例え一人だろうと、猫の身だろうと、お前だけは絶対に滅ぼす! それが俺の宿命だ!」スタスタ ピタッ

黒猫「よかろう。ならばかかって来るが良い、ユウシャよ!」

白猫「いくぞ、マオウ!」バッ


黒猫「フギャー!フギャー!」ジタバタ カミツキ
白猫「フギャギャギャギャ!」ジタバタ カミツキ


男「ちょっと待って! ストップ!」

黒猫「フギャフギャ!」ジタバタ カミツキ
白猫「フギャーーオ!」ジタバタ カミツキ

男「ストップ! ストップだって! ほら、やめなよ!」ガシッ


男はマオウとユウシャそれぞれの首根っこを掴み、お互いを引き離した。


黒猫「フニャ~オ!」

白猫「シャーッ!」

男「やめなって二人とも!それ以上やるなら怒るよ!?」

黒猫「…………」

白猫「……シャーッ!」

男「『シャーッ』じゃない!」

白猫「!?」ビクッ


男「まったく……。マオウ、ちょっとそこから動かないでね」

黒猫「……うむ」

男 スタスタ

白猫「くそっ! おろせ! 俺をどこに連れて行くつもりだ!」ジタバタ

男「出口だよ。……って暴れないでよ! 落ちるって!」

白猫「ええい! 離せ! 離せー!」ジタバタ

男「ちょっと危ないよ! ジッとしてて――あっ!」パッ

白猫 バッ スタッ

白猫「フッ、甘いな少年! 行くぞマオウ、第二回戦だ――」

男「コラッ!!」

白猫「!?」ビクッ


男「また暴れるなら本当の本当に怒るよ?」

白猫「しかしだな、俺には宿命が――あっ」グゥ~ッ

男「…………」

黒猫「…………」

白猫「…………」ググゥ~ッ

男「…………」

黒猫「…………」

白猫「そっ、そんな目で見るな! 腹が減ってて悪いか!」



男「ハァ……。ねぇ、ユウシャだっけ? お腹空いてるならこれあげるから今日はもう帰ってよ」


男が制服の上着のポケットからポリ袋を取り出すと中には煮干しが大量に入っていた。

おもむろに煮干しを拳ひとつ分だけ握って拾い上げ、男は白猫の前に差し出した。


男「はい、どうぞ」スッ

白猫「むむっ……このそそる臭いは……」クンクン

男「煮干しだよ。お腹空いてるならこれ食べな」

白猫「むむむっ……。だがしかし……」チラッ

男「大丈夫。毒も何も入ってないから食べなって」

白猫「むむむむっ!」ガツガツ


男「…………」

黒猫「…………」

白猫 ガツガツ

白猫「……なぁ」

男「何?」

白猫「これ、おかわりはできるか?」

男「あ……、あぁ。まだ一杯あるよ、ほら」スッ

白猫「むむむーっ!」ガツガツ


白猫 ガツガツ

男「…………」

黒猫「…………」

白猫 ガツガツ

男「…………」

黒猫「…………」

白猫「ふぅ。ごちそうさま」

男「…………」

黒猫「…………」

白猫「……ゲフッ」


男「…………」

黒猫「…………」

白猫「……マッ、マオウ!」

黒猫「何だ?」

白猫「今日の所はこの少年に免じて仕方なく引いてやる! 仕方なくだ!」

黒猫「……そりゃどうも」

白猫「しかし忘れるな! お前は俺が必ず倒す!」

白猫「男とやらも忘れるな! そいつは所詮、魔王だ! いつ毒牙を向けるかわからんぞ!」

男「……はい」

白猫「そいつを生かしている事をいつか後悔する日が来るぞ! 肝に銘じておけー! わかったなー!」ダッ

白猫 タッタッタッタッ

黒猫「…………」

男「…………」


黒猫「……ちゃっかりとおかわりまでして何しに来たんだ、あやつは」

男「あはは……。ねぇ、今のは結局誰だったの?」

黒猫「アイツの言う通り、元勇者だ」

男「元勇者だ、なんて言われてもよくわからないよ……」

黒猫「そうだな……。まだ私が魔王だった時、人間と争っていた話はしただろう?」

男「うん。魔王軍と人間軍で大規模な戦争をしてたってやつでしょ?」

黒猫「そう。その人間軍が私に対抗すべく武術や魔術を極めた者達を選抜した少数精鋭の部隊があってな、その部隊を統率していたのがあやつだ」

男「そうなんだ。そんなに凄いようには見えないけどな……」

黒猫「やや直情的だが、意外と頭も切れるし実力もあるぞ。事実、相討ちとはいえ魔王の私を倒した程だ」

男「へぇ~」


黒猫「それがまさか同じ星の下に転生するとは思いもしなかったよ」

男「そういうことだったんだ。その割にはマオウ、全然驚いてなかったね」

黒猫「微かだが、ずっと魔力を感じていたからな。もしやくらいには思っていたさ」

黒猫「……ただ、あやつも猫になってるとはそれこそ予想もしてなかったがな」

男「でもマオウはもう魔王じゃないんだし、猫になってもまだ戦おうとするなんて無茶苦茶だよ」

黒猫「あやつは私を倒すためだけにに生きていたようなものだったらしいから、それも仕方なかろう」

黒猫「……だがな、悪い奴ではないというのはわかってはおるよ」

男「え? でも敵だったんでしょ?」

黒猫「当時はそうだが、今ではもう敵だとは思っておらん。争う気ももう起きんよ」

男「じゃあ喧嘩しないでよね。ケガしたら大変なんだし」

黒猫「すまぬ。あやつに挑発されてつい血が騒いでしまった……」

男「まったくもう」


男「マオウの分のご飯はここに置くね」

黒猫「かたじけない」

男「マオウ、悪いんだけど今日はちょっと早めに帰らなくちゃいけないんだ」

黒猫「そうか……今日はオリジナル拷問パート2を話そうと思ったのだが……」

男「ごめんね。僕も本当はもっといたいんだけど……」

黒猫「仕方ない、今宵の内にパート5ぐらいまで考えて次回に一辺に話してやろう」

男「あははは、楽しみにしてるよ。それじゃまたね」

黒猫「うむ、さらばだ。また会おう」


▼街中/帰り道

男「…………」スタスタ

男「…………」スタスタ

男(……『私の友人』、か)

男「……ふふっ」ニコッ

男 スタスタ


▼数日後/夕方/廃ビル/1F

男「マオウ。ご飯持ってきたよー」

――シーン。

男「あれ、マオウ? どこにいるの?」

――シーン。

男「いない……」

白猫「アイツなら留守のようだぞ」

男「うぇっ!?」ビクッ

白猫「何をそんなに驚いてんだ」

男「いっ、いきなり話しかけられたら誰だって驚くよ!」

白猫「ふん」


男「マオウはどこに行ったの?」

白猫「さぁな。俺もわからん」

男「そっか。散歩でもしに行ってるのかな」

白猫「やれやれ。今日こそ決着をつけてやろうと思ったんだが……」

男「もう。またケンカしに来たの?」

白猫「ケンカ!? ケンカだと!?」

男「えっ、何、どうしたの?」

白猫「おい、お前! いいか、よく聞けよ! 俺と魔王はかつてだなぁ!」

男「うん?」

白猫「――、だぁー! もういい!」

男「何をそんなに怒ってるんだよ……」


白猫「もう好きにしてくれ……」

男「変なの。……とりあえず、マオウが戻るまで待ってるしかないか」

白猫「…………」

男「キミも待つの?」

白猫「ふんっ。魔王の仲間なんぞには何も答えん」プイッ

男「……いじわる」

白猫「…………」


▼数時間後

男「…………」

白猫「…………」

男「……んー、戻ってくる気配なさそうだし、今日はご飯だけ置いて帰ろっかな」

白猫「…………」

男「どうしたの?……あっ、ユウシャも欲しいんでしょ。でもマオウとケンカするからなぁ~、どうしよっかなぁ~」

白猫「…………」

男「嘘ウソ、冗談だよ。いっぱいあるからユウシャにもあげるよ」

白猫「…………」

男「でもそのかわり、ケンカはもうダメだからね」

白猫「……お前って変なヤツだな」

男「そう?」


白猫「アイツもいないことだ。この際にお前に聞きたいことがある」

男「何?」

白猫「お前はアイツを何だと思ってるんだ?」

男「アイツって、マオウのこと?」

白猫「それ以外に何がある。何を考えてあんなのと一緒にいようとするんだってことだよ」

男「ん~……何でって言われてもなぁ」

白猫「アイツは魔王なんだぞ!?」

男「元、でしょ? 知ってるよ」


白猫「アイツが俺たち人間にどれだけ残虐なことしてきたのか知ってるか!?」

男「うん。前に聞いたことある。オリジナル拷問五十種とか」

白猫「……何だそれは」

男「僕だって知らないよ。マオウが魔王だった時考えたんだって」

白猫「……ま、まぁいい。知っているなら尚更、何でお前はあんな奴を慕ってるんだ!?」

男「僕もマオウを友達だと思ってるから、かな」

白猫「……友達だと?」

男「うん。マオウだけなんだ、僕の友達」

白猫「……だから何だっていうんだ」

男「……僕ね、学校で虐められてるんだ」

白猫「!?」


男「いつもって訳じゃないんだけど、校舎の裏に呼び出されて殴られて、蹴られて、唾吐かれて、また殴られて……そんな日ばっかり」

男「家は家で、そりゃもう最悪でさ。父親は僕が小さい頃に浮気して出て行って、母親は僕に向けて暴力と暴言の繰り返し」

男「安らげる場所なんてどこにも無くて、ずっと苦痛だった」

男「それで……あれは夏服に変わったばかりだから、6月の最初の方だったかな」

男「ここでマオウと出会ったんだ」


男「その日も僕は虐められててさ、生きた芋虫を無理矢理食べさせられたよ」

男「知ってる? あの柔らかい身を噛み千切ると黄色くてドロっとした体液が出てくるんだけど、苦くて臭くて呑み込めたもんじゃないんだ。……まぁ実際は、呑み込ませられたんだけど」

男「さすがに僕も耐えきれなくなってさ、死のうと思ったんだ。どんな方法でもいいから死にたかった。本気で死のうと思ったんだ」

男「帰り際に人気の無いこのビルを見つけて、やるならここしかないって思った」

男「誰にも見つからないように慎重に入って……駆け足で屋上まで上がったんだ!」

男「それで柵に手をかけて、よじ登って越えて、あと一歩! あと一歩踏み出れば僕は死ねる所まで来た!」

男「……でもね、僕は死ねなかった……死ぬのが怖かったんだ、……情けないでしょ?」

白猫「…………」


男「うちの学校にさ、『死ぬ勇気より生きぬく勇気を持て』って自殺防止のポスターがあるんだけど、それっておかしいよね」

男「生きてくのに必要なのは勇気なんかじゃない、ただの根気なんだから」

白猫「…………」

男「話は戻るけど、僕は足がすくんで動けなくなっちゃった。僕には死のうとする勇気すらなかったんだ」

男「でもね、だからわかったんだよ。僕は……ううん、僕だけじゃない。今まで自分で自分の命を絶った人皆がそう、死にたいんじゃない、生きたいんだよ」

男「死ぬのは誰だって怖い、行きていたい。でも上手く生きれない。綺麗に生きれない。楽しく生きれない。そして生かさせてもらえない。……だから死ぬんだ」


男「僕は自分の惨めさに絶望したよ。友達なんて一人もできない、母親には愛なんか無い、父親はとっくにいない」

男「普通にも生きれないし生かさせてもらえない、かといって死ぬこともできない」

男「こんな人間の人生なんて何の意味も価値も無いんだろうなって悟ったよ」

男「結局何もできなくて、とりあえずあの家に帰ることにしたんだ」

男「きっと相当虚ろな目をしてビルの階段を下りてたんだと思う。その時、マオウに話しかけられたんだ」

男「今でも覚えてるけど、おかしいんだ、それがまた。猫がいるなーって思ったらいきなり話しかけられて、『どうした、人の子よ』だよ?」クスクスッ

男「おかしいでしょ。猫が喋れるのもおかしいのに、しかも『人の子よ』って、何その言い方」ケラケラ

男「……でも僕は不思議と驚きはしなかった。むしろこの猫と話せて当然だと思ってたんだ」


男「その日はずっとここでマオウに僕のことを話したんだ」

男「クラスの奴らに虐められてること」

男「教師も他の生徒たちもそれを見て見ぬ振りしてること」

男「父親は浮気した女性と逃げて行ったこと」

男「母親は僕を見捨ててること」

男「……死のうと思ってここに来たこと」

男「嫌なことから絶望まで何もかも全部マオウにぶちまけて話したんだ」

男「全て思いの丈を吐き出した時にマオウが言ってくれんだ。『辛かったのだな』、って」

男「誰もわかってくれなかった……でも初めて会ったばかりのマオウだけが理解してくれた」

男「その一言でなんか僕、わんわん泣いちゃってさ、何時間もずっと泣いてたんだ」

男「マオウはね、僕の傍にずっとくっついてくれてた。あれがぬくもりってやつなのかな。……すごい暖かった」


男「マオウもね、僕に色々といっぱい話してくれたよ。昔、ここじゃない世界で魔王だったこととか、人間とどんな戦いをしてたかとか、戦いに敗れてこの世界で猫になってたってことも」

男「それから僕たちは友達になったんだ。それが僕とマオウの出会い」

白猫「…………」

男「ごめんね。すごく長くなっちゃった」

白猫「……信じられないな、マオウが……人間に心を寄せるなんて……」

男「全部事実だよ」

白猫「だがマオウだぞ!? あの魔族の王だぞ!? 何でそんな奴を信用できる!?」

男「そんなこと言われても……」


白猫「いいか、教えてやる! アイツがいるせいで大勢の人が家族や友人を失った!」

白猫「俺のいた村だって魔族に襲われてなくなった! 俺の親は、俺の目の前で魔物に食われて死んだんだよ!」

白猫「魔族ってのはそういう野蛮で醜悪な奴らだ! アイツもそういう奴なんだぞ!」

男「マオウはもうそんなことしないよ」

白猫「お前はアイツに騙されてるんだよ!」

男「騙されてるって何がだよ!」ムカッ

白猫「アイツはキミを取り入って何かを企ててるに違いない!」


男「マオウが何を企んでるって言うんだよ!」

白猫「今はわからん! だがそうに違いない!」

男「そんな憶測でマオウを悪く言うな!」

白猫「憶測なんかじゃない! アイツはな、魔族ってのはそういうヤツらなんだよ!」

男「違う! たしかにキミがいた世界ではマオウは酷かったのかもしれないよ! でも、マオウはもうそんなことはしない!」

白猫「それこそそんな保証はどこにある!」

男「無いよ! でもマオウだけが僕の話しを聞いてくれて、悩んでたら励ましてくれて、一緒に笑ってくれる、僕の唯一友達なんだ!」

男「マオウだけが僕の味方になってくれた! 僕はそれに救われたんだ!」

男「マオウがいてくれるからまだ生きたいと思うんだ!」

白猫「そうやって弱みにつけこんで取り入るのは魔族のいつものやり口だ! 魔族なんぞ何も信用するな! お前は騙されてるんだよ!」

男「じゃあキミなら僕に何ができるっていうんだよ!」

白猫「!?」


男「キミは勇者だったんだよね? 魔王を倒して世界の人たちを救った勇者なんだよね!?」

男「なら僕のことも救ってみろよ! できるだろ!」

男「マオウみたいに、キミが僕を虐めや絶望から救ってみろ! そしたらキミの言うことを信じてあげるよ!」

白猫「…………」

男「どうしたよ! やってみてくれよ! 今すぐ、さぁ!」

白猫「…………」

男「ほら……何も言えないじゃないか……。何が騙してるだよ……何が勇者だよ!」

男「何も知らないクセに、何もできないクセに、マオウのことを悪く言うな!」

男「それ以上僕の友達を悪く言うなら絶対に許さない!」

白猫「…………」


男「…………」ハァ ハァ

白猫「……すまない」

男「!?」

白猫「確かに俺は……何もできない」

男「あっ、いや、……ううん、僕の方こそ言い過ぎたよ……ゴメン……」

白猫「いや、悪いのは俺だ。昔からそうなんだ、すぐ突っ走っちまうんだ……」

白猫「そうだよな、“友人”を悪く言われたら許せないよな」

男「…………」

白猫「色々言って本当にすまなかった……」ペコリ

男「…………」


男 ガサゴソ

男「……ご飯、ここ置いておくよ。こっちがマオウの分、こっちがユウシャの分ね」

白猫「……すまない」

男「ううん。いいんだ。好きでやってることだから」

男「……でもね、これだけはわかって欲しい。きっと今のマオウはもう魔王だった頃のマオウとは違うんだよ」

白猫「…………」

男「一度、マオウと話し合ってみて欲しい。そうすればキミもわかると思う」

白猫「…………」

男「僕はもう行くよ。もしマオウと会えたらご飯のこと言っておいて」

白猫「……わかった」

男「それじゃ」

男 スタスタ

白猫「…………」

白猫「話し合ってみろ……か……」


▼夜/廃ビル/1F

黒猫 スタスタ

黒猫「おやおや、珍しく客人がお待ちかねだったようだな」

白猫「…………」

黒猫「また懲りずに戦いを申し出に来たのか?」

白猫「……違う」

黒猫「ならば何だ?」

白猫「……お前と話したいことがあってな」

黒猫「私とか?」

白猫「そうだ」


黒猫「ふむ、いいだろう。だが少しばかり時間をくれ」

白猫「何故だ?」

黒猫「まずは飯を食ってからだ。これは男が持って来てくれたのだろう?」

白猫「あっ、あぁ……そうだ。アイツが置いてった」

黒猫「遠出の散歩をしてしまっていてな。男に会えなかったのは残念だ……」

白猫「…………」

黒猫「今日はカリカリフードの大盛りか。ありがたや、ありがたや」パクッ モグモグ

白猫「…………」


黒猫 モグモグモグ……ゴクン、ペロッ

黒猫「……ふぅ。さて、待たせたな。話してみるがいい」

白猫「悪いが場所を移していいか?」

黒猫「おいおい、こちらは腹が膨れたばかりだぞ」

白猫「…………」

黒猫「まぁいいだろう、案内しろ」

白猫「こっちだ。ついてこい」

白猫 スタスタスタ

黒猫「やれやれ」

黒猫 スタスタスタ


▼廃ビル/屋上

黒猫「で、話とは何なのだ?」

白猫「……ここには俺とお前しかいないな?」

黒猫「当り前だろう。わざわざこんな所に移動しなくても元々人気なんぞ無いわ」

白猫「……よし。マオウ、腹を割って正直に話せ。お前はあの男のことをどう思ってるんだ?」

黒猫「男のことか? 前にも言っただろう。あやつは私の友人だから、友だと思っておるよ」

白猫「またそれか……」

黒猫「それしか言い様が無いからな」

白猫「嘘をつくな! お前が人間を友と思うことなどあり得るか!」

白猫「お前の企みを今ここで全て話せ! 事次第ではお前をここから突き落として葬り去ってやる!」

黒猫「…………」


白猫「どうした!? 今更怖気づいたのか!?」

黒猫「……お前がそう思うのも無理もないだろうな。人間にとって私はこの世で最も忌むべき存在だったのだからな」

黒猫「無論、私にとってもまた然りで人間なんぞただ駆逐するだけのものだった……が、しかし今はもうそのようには考えていない」

白猫「……男と出会ったからとでも言うのか?」

黒猫「……実際そうかもしれぬ。あやつとはひょんな出会いだったよ」

黒猫「初めて会ったのはこの場所だ。男は虚ろな目でふらふらと歩いておった」

黒猫「この世界には魔族と人間との戦なんぞ無ければ虐殺されることも無い。まさに平和そのものだ」

黒猫「なのに何でこやつはこんなにも絶望の顔を浮かべているのか妙に気になってな、だから話しかけてみたのだ」

黒猫「猫である私の言葉が通じるとは思わなかったが、そのまさかだ。逆に私の方が驚いてしまったよ、クククッ」クスクス

白猫「…………」


黒猫「それから私たちはお互いのことを話すようになり仲を深めていった」

黒猫「どうやら男は『虐め』という迫害に遭っているようでな、話せば話すほど不憫な奴だったよ」

黒猫「だが、あやつは私の前ではあまり辛さを見せないようになっていった」

黒猫「まぁきっと男のことだ、私が心配するのをさらに心配しておるのだろう。あやつはどうにも優しすぎるからな、クククッ」クスクス

黒猫「さらには食事の世話までしてくれて、いつも私を気にかけてくれている。いつしか私も男の為に何かをしてやりたいと思っていた」

黒猫「ふふっ。この私が人間の為にだぞ? これが慈悲というのか……初めてだよ、こんな感情は。クククッ……」クスクス

白猫「…………」


黒猫「かつての魔力があればその悪童どもを懲らしめることもできたが、今ではただの野良猫だ。私に何かできる力なんぞ無い」

黒猫「ならばせめて私といる間だけは苦しみを忘れさせてやりたい」

黒猫「それが私が今、男の友としてできる唯一のことだと思っている」

白猫「……お前、本当にあのマオウか?」

黒猫「クククッ……。なんて間抜けな顔してるのだ、そんなに信じられないか? 」クスクス

白猫「…………」

黒猫「まぁ無理もない。私は猫になって魔王としての心持も毒気も抜けてしまったのだろうな」

白猫「…………」


黒猫「ちなみにだが、私は今では貴様のことも友だと思えられるぞ」

白猫「なっ!?」

黒猫「ただし貴様の場合は宿敵と書いて友だがな」ニヤリ

白猫「おっ、俺はそんなこと思わないぞ! お前は魔王で、俺にとってはただの敵だ!」

黒猫「貴様ならそう言うと思ったよ、クククッ」クスクス

白猫「ふんっ」プイッ

黒猫「……ところでユウシャよ、一つ提案があるのだが」

白猫「何だ!?」

黒猫「お前も男と友となってみてはどうだ?」

白猫「はぁ!?」

黒猫「お前と、私と、男と、それはそれで面白いと思うぞ?」

白猫「馬鹿を言うな! 誰がお前らとなんぞツルむか!」


黒猫「とは言っても、貴様も男から食事の施しは受けておるのだろう?」ニヤリ

白猫「ぐっ! それは……そうだが……」

黒猫「やはりか、クククッ」クスクス

白猫「うるさい! アイツが置いてくから仕方なくもらってやってるだけだ!」

黒猫「仕方なくか……クククッ」クスクス

白猫「わっ……笑うな!」

黒猫「すまぬすまぬ、そう怒るな。これは私からの頼み事でもある。男の友となって欲しい」

黒猫「私の前ではもうあまり表に出さなくなったが、私は知っている。あやつの受けている痛みとそれに伴う憎しみや怒りは根強く、強大だ」

黒猫「それを魔力化できたならば、私をも上回る魔王になれる程にだ」

黒猫「いつかその憎しみや怒りが抑えきれず爆発してしまった時、男は本当に魔王になってしまうだろう」

黒猫「だがそんなことはさせたくない。あやつには日々を笑って過ごせるようにしてやりたいのだ」

白猫「…………」


黒猫「私のためではなく男のために、あやつの友となって欲しい……頼む」ペコリ

白猫「!?」

黒猫「…………」

白猫「……今日、俺がここでお前を待ってたのは、お前と一度話し合って欲しいと男に言われたからだ」

白猫「そうすればマオウはもう魔王の頃のマオウじゃないとわかる、……そう言っていた」

黒猫「…………」

白猫「確かにお前はマオウだが、もう俺が知ってるマオウではない。ようやくわかったよ」


白猫「かと言ってお前を信用したわけではないし、これまでのことを許した訳でも無い! その頼み事とやらも……一応聞いておいてやるが、どうするかは俺次第だ!」

黒猫「そうか……わかったよ。それだけでもで十分だ」

白猫「……だが、悪いようにはしない……と思う」

黒猫「ふふふっ。そうか。ありがとう」

白猫「まっ、魔王のクセに礼など言うな! 気色悪いだろうが!」

黒猫「今の私はただの野良猫だ。もう魔王ではないよ」

白猫「うっ、うるさいうるさい! 俺はもう帰るからな!」

白猫「今度会う時は……かっ、覚悟しておけよー! わかったなー!」ダッ

白猫 タッタッタッ

黒猫「まったく……。相変わらず落ち着きのない奴よ」


▼数日後/夕方/街中

Q也「あ~、なんか退屈だな~」

N雄「仕方ない、って。毎日そうそう面白いことなんて無い、って」

Q也「そりゃわかってるけどよぉ……」

D太「そういやお前の彼女、停学はまだ終わんねぇのか?」

Q也「まだまだ当分先。勝手に死なれたのにとばっちりくらうとか、アイツもついてねぇよな」

D太「だから主犯はお前の彼女じゃねえか。むしろ停学で済んで儲けもんだろ」

Q也「それもわかってるけどよぉ……、ってあれ? おい、あれ見てみろよ?」

N雄「どれどれ、どれだ、って」キョロキョロ



男 スタスタスタ


Q也「ほら。アイツ、男じゃね? こんな所で何やってんだ?」

D太「あ? 男だぁ?」

N雄「うん間違いない、って。確かに男だ、って。あの廃ビルに入って行った、って」

D太「アイツがこんな所で何してるってんだよ」

N雄「こいつは興味が出て来たぞ、って。ちょっくら見に行ってみる、って」


▼廃ビル/建物の物陰

N雄 ソロリソロリ

N雄「……あ~、ハハ~ン。なるほどね~、って」

Q也「何がなるほどなんだよ」ヒョイッ

N雄「ほら、あそこ見てみんしゃい、って」


男「――。――――。―――。」

黒猫 ガツガツ


D太「…………」

Q也「野良猫に話しかけるなんて、なんて不憫な奴なんだ」

N雄「わざわざ餌まで用意してるし、よっぽど退屈な奴なんだな~、って」


D太「……面白いこと思いついた」

Q也「え、何々?」

N雄「どんなことだってよ?」

D太「あのな……――」ゴニョゴニョゴニョ

Q也「いや……それはさすがに……なぁ?」

N雄「たしかに気が引けるってか何ていうか、って……」

D太「大丈夫大丈夫。そんな気分は最初だけでその内楽しくなっから。ほら、行くぞ!」


▼廃ビル/1階

男「今日はユウシャ来ないみたいだね。残念だな、せっかくまた新発売の缶詰め持ってきたのに」

黒猫「#$☆%&@¥~#●!」ムシャムシャ

男「わかった、わかったから。ご飯が口に入ってる時は喋っちゃダメだって。飲みこんでからね」

黒猫 ガツガツ ガツガツ

男「ふふっ。そんながっつかないでも、ご飯は逃げないよ」

D太「お前は逃げなくていいのか?」

男「!?」

黒猫「?」モグモグ

D太・Q也・N雄 ニヤニヤ

黒猫 モグモグモグ……ゴクン、ペロッ

黒猫「……こやつら、例の悪童どもか?」

男「……うん」


Q也「最近は放課後すぐにいなくなりやがると思ったら、こんな所にいやがったのか」

N雄「しかも学校でお友達できないからって野良猫を相手にし始めるなんて、すっげぇ寂しいって、それ」

D太「よくこんな汚ねぇ場所いられんな。まぁお前にはお似合いの場所か」

男「…………」

黒猫「ふん、所詮は凡人だな。威圧が無さ過ぎるわ」

男「……マオウ、逃げて」ヒソヒソ

黒猫「何!?」

男「何だか嫌な予感がするんだ」ヒソヒソ

黒猫「しかし……」


男「僕は大丈夫だよ、慣れてるから」ヒソヒソ

黒猫「だが……私は元魔王だぞ! 人間の童子ごときに背を見せられるか!」

男「でも今はただの猫でしょ?」ヒソヒソ

黒猫「うぐっ! わっ、私に本来の魔力があればこのような雑魚共など……」

男「その話はまた今度聞いてあげるから」ヒソヒソ

D太「さっきから何ボソボソ喋ってんだよ! 言いてぇことがあるならハッキリ喋れボケが!」

N雄「落ち着け、って。こんな所を急に見られて男もビビってんだ、って」

D太「……チッ」

Q也「せっかくだから猫ちゃんも痛い目に遭ってもらいますか。主人とペットは運命共同体だもんな」


男「ほらマオウ、今の聞いたでしょ?」ヒソヒソ

黒猫「あぁ。ふざけおって……私は男のペットなんかでは無いぞ!」

男「違うよ、そこじゃないよ。アイツらはマオウにまで暴力を振るおうとしてるんだ」ヒソヒソ

黒猫「…………」

男「マオウをこんなことに巻き込みたくない、ほとぼりが冷めるまで逃げてて」ヒソヒソ

黒猫「ぐっ……しかし!」

男「僕は大丈夫だよ。頼むよ、早く行って!」ヒソヒソ

黒猫「だが、男が……」

男「ほら、早く!」

黒猫「しかし、私は――」

男「いいから早くどっかに行くんだ!!」

黒猫 ビクッ

D太・Q也・N雄 ビクッ


黒猫「男……すまぬ!」ダッ

黒猫 タッタッタッ

Q也「なっ、なんだよ急にデカい声出しやがって!」

N雄「あーあ、猫ちゃんもびっくりしてどっか行っちゃった、って……」

D太「しかたねぇ、とりあえずここでいつものやっとくか」ニヤリ

男「…………」

男 ダッ

Q也「あっ、逃げやがった!」

D太「逃がすな! 追うぞ!」ダッ

N雄「まかせろ、って!」ダッ

Q也「ちょっと待てよ!」ダッ


▼廃ビル/4F

男 タッタッタッタッ

男「ハァ! ハァ!」

N雄「ハァハァ、このっ、手こずらせるな、って!」ガシッ

男「うぐっ! はっ、離せ!」ジタバタ

N雄「くそっ! 暴れんな、って! 観念しろ、って!」

男「やめろ! このっ! このっ!」ジタバタ

N雄「諦めろ、って! これがお前の運命なんだ、って!」

男「うるさい! 何が運命だ! お前らさえいなければこんなことにならないじゃないか!」


D太「黙れよ」ドガッ

男「ぐぅ……!」ドサッ

D太「うるせぇのはテメーだろーがボケ」

Q也「やっと捕まったか……。よーし! 今日もサンドバッグし放題始めるぞー!」

N雄「よーし! 任せろ、って! ほら男、起きろ、って!」ガシッ

男「ぐっ!」

Q也「N雄、しっかり押さえてろよ!?」

N雄「バッチコーイ! カモンだ、って!」


男「は……離せ!」グググッ

Q也「男ちゃん、しっかりと口を閉じて歯を食いしばりな。舌噛んじゃうぜ。ほ~ら、よっ!」ドスッ

男「うごっ……かはっ……!」

Q也「誰が顔殴るなんて言った? ちゃんとお腹にも力入れてなきゃダメだぞ? ほらもう一回、っと!」ガスッ

男「がぁっ!」

N雄「おぉ、見事なボディブロー! これは効いた、って!」


D太「お前らずいぶん楽しそうだな」

Q也「何してんだよ。D太も早くまざれよ」

D太「待て待て。そんなんだけじゃつまらねぇだろ」

Q也「何拾ってるんだ?」

D太「こんなもんでいっか……ほら久々にやるぞ! ザ・虫食い大会~!」

Q也「いよっ! いいねぇ! 待ってました!」


男「う……うぅ……」

D太「ほら男。お前の大好きなダンゴムシだよー。はーい、アーンしてー」

男「ぐっ……」

D太「お腹空いたよねー。さっさと口開けろー」

男「イ……イヤだ……」

D太「つべこべ言わずに開けろっつってんだよ!」ガシッ

男「ぐっ!」

D太「ほら! お前の大好物だろうが! 食えよ!」グイッ

男「むぐ!」


D太「お前が飲みこむまで口開けさせねぇからな!」ググッ

男「んーーー!! んンーーー!!」ジタバタ

D太「ほら早く飲み込めってんだよ!」グググッ

男「ンンん! ンんンンーーー!」ジタバタ

男「ンんーー! ン――、ペッ! オエッ!」

Q也「あーあ、吐き出しちまいやがった。つまんぇねぇの……」

男「ハァ! ハァ! オェッ、ウオェッ! ペッ、ペッ!」

D太「お前本当につまんねぇ奴だな……オラッ!」ドスッ

男「ぐぇっ!」


▼廃ビル/4F/階段付近

D太「――!――!」

男 フラフラ

N雄「――――!」

Q也「――――!――!」

ガヤガヤ… ガヤガヤ…


黒猫「…………」

黒猫(これが虐めというやつなのか……なんという陰険なやり口だ)

黒猫(男は毎日これを耐えて、私の前では笑顔を絶やさずにいたというのか)


黒猫(私は今や非力な猫だ。私がいたところで役にも立たずなぶり殺されるだけだろう)

黒猫(かつての私の強さが懐かしく、今の私の弱さがなんと恨めしいことか……)

黒猫(だが、私だけ逃げていられるか! 私は男を助けたい……例えこの身に替えてでも!)

黒猫(ユウシャが知ったらまたさぞ驚くだろうな、信じられんと。クククッ)

黒猫(……もし私に何かあった時は男を頼むぞ、ユウシャよ)

黒猫 タッタッタッ


▼廃ビル/4F

D太「オラッ! まだ寝んのは早ぇだろうが!」ドスッ ガスッ

男「ぐっ! うぇっ!」

Q也「おいD太、そんなにやりすぎると死ぬぞコイツ」

D太「こんな奴死んでも構わねぇんだよ! オラッ!」ドスッ

男「あぐっ!……ゴホッ! ゴホッ!…………うぅ」

Q也「あーあ、ほら。やりすぎて動かなくなっちまったじゃねぇか」

N雄「うげぇ……。今日はまた格別に痛そうだ、って……」

D太「チッ、死んじまえばいいんだよ、こんなクソは!」



――クソハキサマラダロウ……。



N雄「おまけに血まで吐いちまって。マジで死んだかも、って」

D太「こんな奴死んだって誰も気にしねぇだろ。むしろさっさと殺して埋めるか?」

Q也「ぶはははっ! お前マジで鬼畜だわ!」



――コノゲスドモガ……。



黒猫 スタスタスタ

黒猫「…………」

Q也「アレ、さっきの猫ちゃんじゃないの」

D太「あ?」

男(……マ……オウ……何……で……?)

D太「おぉ、ここでまさかの主賓のお出ましか。ほら、さっさと捕まえろ」

Q也「わかってるよ。ほらほら猫ちゃん、こっちおいでー」

黒猫「…………」

黒猫 タッタッタッ

――ガブッ!

Q也「うあ、痛ってぇ! 痛ぇー!」

黒猫「シャーッ!」


N雄「Q也! 大丈夫か、って!」

Q也「マジ痛ぇ! こいつ、俺の顔噛みやがった!……この野郎、ブッ殺してやる!」
 
D太「たかが猫相手に何やってんだよ。さっさと捕まえろよ」

Q也「うるせぇ! このクソ猫は俺がブッ殺す!」

N雄「落ち着け、って。俺も手伝うからよ、って」

男「……マ……オウ……」

黒猫(なめるなよ……今は猫の身でも、元は魔族軍の王だ。貴様ら全員狩り殺してくれる!)

黒猫(男、……今助けるぞ!)


マオウはその小さくしなやかな身を活かして素早く立ち回りQ也達を翻弄した。

ひとつ躱しては彼らの顔や手、足に噛みつき、爪で皮膚を裂く。

しかし所詮は猫だ。

おまけにその身も小さく、多少の傷は与えるがどうあがいても相手を怯ますには至らない。

威力の乏しいその抵抗はほとんどがただただ彼らの怒りを買うだけであった。

それでもマオウは懸命に闘い続けた。

それは何故か。

戦うことへの奮い、元魔王としての誇り、悪童たちへの憤り……そんなものの為ではない。

男を守りたいが為、ただそれだけのために闘い続けていた。


N雄「イテテ! また噛みやがった、って!」

Q也「このクソ猫がぁ! 止まりやがれ!」

黒猫(鈍臭い奴らだ。まだあの頃の雑兵の方が手応えあるわ)

黒猫(この程度なら私が男を守れ――)


――ドゴッ!


黒猫「ぐぅっ!」


Q也に飛びかかろうとしたマオウの脇に突如蹴りが突き刺さる。


黒猫(くっ……油断した)

D太「いつまで手こずってんだよ、こんなクソ猫相手に」

Q也「すまん。意外と素早くて……」

D太「ったく……トロいな、お前らは。俺も入るからとっとと捕まえんぞ」

男「やめ……ろ……。マオウに……手、出すな……」ガシッ

D太「汚ったねぇ手で俺に触んじゃねぇ!」ガスッ

男「ぐぁっ……!」

黒猫「男!」

黒猫(男……怪我がひどい、ズタボロじゃないか)

黒猫(でももう大丈夫だ。私がキミを守ってみせる!)


マオウの奮闘は続くが、小さき武勇は束の間のものだった。

先ほどのD太の蹴りはマオウの体に予想以上のダメージを与えていた。

時折マオウから顔を歪ませ痛みに耐えるような表情が見えると、素早かった動きにもぎこちなさがあらわれ始める。

疲労も痛手も蓄積していき、生命線だったマオウの素早い動きも次第に鈍り始めると彼らの攻撃も徐々に直撃するようになる。

顔も体も殴られ蹴られて、所々で皮膚も肉もえぐれている。流血がどうにも止まらない。

さらには床や壁に叩きつけられ、骨がきしみ内臓が押しつぶされる。

弄られて甚振られて、そしてマオウがD太らの手に完全に捕らわれるのは、そう時間のかかるものではなかった。

捕らわれたマオウはD太に首元を掴まれ地面へと抑えつけられていた。

傷ついたその体にはもう抵抗できる力は全く残されていなかった。


男「マ……オウ……」

黒猫「…………」

黒猫(……ここ……までか……。すまない、男……)

黒猫(どうやら、私は……キミを、助ける事ができない……よう、だ)

D太「ったく、手こずらせやがってクソ猫が」

男「や……めろ……」


D太「これ以上暴れたら即、首の骨折ってやるからな」

黒猫 ガブッ

D太「痛っ!」

男「やめろ……!」

D太「この野郎……、わかったよ! 今すぐ殺してやるよ!」

男「やめろぉ!!!」

D太「!?」ビクッ



横たわった体はまるで自分の意思を拒絶しているかのように力が入らない。

それでも男はなんとか半身と頭だけを向けてD太に涙ながらに懇願する。


男「やめろよ……お願い……だから……もう……やめてくれ……。そいつに……マオウには……もう……手は出さないで……くれ……」

D「うるせえ! お前はこいつの後だ、黙って死んでろ!」

男「僕は……どうなってもいい。……でも、マオウだけは……マオウにだけは……やめてくれよ」

D太「んなもん知るか! このクソ猫は俺に噛みつきやがったんだぞ!?」

男「ごめんなさい……謝るから……僕が……いくらでも、謝るから……何でも……する……から」

D太「……本当に、何でもするんだな?」

男「あぁ……何でもするよ……だから……お願いだ……」

D太「よし、いいだろう」



D太はマオウの首の後ろ、その根元の皮をぐっと掴み、男の横を通り過ぎて窓へと歩き始めた。

廃ビルの窓ガラスは全体が欠けておりわざわざ開ける必要は無かった。

D太はマオウを掴んだままの手を窓の外へと伸ばすと、ぐったりと脱力した黒猫が宙ぶらりんに吊るされた。


D太「そんなにコイツを助けたいなら10秒以内にここに来て土下座しろ。もう二度と俺に逆らいません、ってな」

D太「それができなきゃ、ここからコイツを落とす」

男「わかった……わかったよ……」

D太「じゃあカウントダウンだ。じゅー……」



マオウの所まではおよそ3メートル。

進む速度はあまりにも遅いが間に合わない距離ではない。

男は体中を襲う痛みに声を漏らしながらも耐えて、冷たいコンクリートの床を這う様にして少しずつ体を引き摺っていく。


男「うっ……」ズズッ

D太「きゅー……」

男「わかったから……やめろよ……」ズズッ


D太「はーち……」

男「マオウを……離せよ……」ズズッ

D太「なーな……」

男「離せよ……そいつは僕の……僕の……」ズズッ

D太「ろーく……」

男「もうちょっとだ……マオウ……待ってて……」ズズッ


D太「ごー……」

男「あと……少しだから……」ズズッ

D太「…………」

男「?」ズズッ

D太 ニヤリ

D太「ゼロ」ポイッ

男「!?」


その時、世界の全てが無音となった。

静寂な空間の中、この場にいる生き物の動作が全てスローモーションに見えた。

離された手。

落ちて行くマオウ。

伸ばしても届かない僕の手。

周りの奴らが何かを口々に言っているが、何も聞こえなかった。

僕も確かにマオウの名前を叫んだはずだが、何も聞こえなかった。

マオウは落ち行く中で一瞬僕に顔を向けたような気がしたが、その姿はすぐに窓枠から消えてしまった。

疑問、困惑、焦燥、そして絶望……灰と黒の色をした感情が渦を巻いて僕の脳裏に襲いかかる。

思考が完全に沈黙し、無音の時間は永遠に続くかと思われる程長く感じたが、僕の意識を元の世界へと呼び起こしたのは……。



――ドォン!



……皮肉にも重量のある何かが無慈悲に地面へ叩きつけられて響いた残酷な音だった。


男「あ……あぁ……」

D太「悪い、手が滑っちまった。……あーあー、こりゃ死んだわ」

男「そんな……ウソだ……。こんなの、ウソだ……」

D太「残念だったな。ゲームオーバーだ」 

男「ふざけんな……この……クソ野郎……!」

D太「あっ!? お前がトロいのが悪いんだろーが!」ガスッ

男「ぐっ!」


D太「言ったろ。いつかお前が死にたくなるぐらい最悪な目に合わせてやるってな」

男「ふざけんな……ふざけんな……!」

D「おかげで最高に楽しかったぜ。ありがと、よっ!」ガスッ

男「うぐっ!」

D太「ペッ! さて、帰るぞお前ら」スタスタ

Q也「おっ、おう。じゃ、じゃあな男!」ダッ

N雄「待て、って! 俺を置いてくな、って!」ダッ

男「うぅ……ぐっ!」


男「うあっ……ぐぅっ……そ、そんな……マオウ……、ウソだよな……」ズッ

男「大丈夫だよな……なぁ……マオウ……」ズズッ


痛めつけられた体の軋みで歩み一つでさえも全身が悲鳴を上げる。今にも気を失いそうだ。

けれども僕は壊れかけた体に鞭を振るい、気力を絞って立ち上がりマオウの元へ急いだ。

両手両足に全く力が入らず、歩行は困難を極めた。

右手の腕、右足の腿と足首に激しい痛みを感じる。きっと骨に異常があるのだろう。

咳き込む度に喉の奥から血が吹き出てくる。

でも今はそんなことを気にしている場合ではない。

ズルズルと足を引きづりながら、僕は急ぎ続けた。


男「マオウ……待ってて……マオウ!」ズルズル


気絶しそうな程の苦痛に耐え、壁や柱を伝って必死で廃ビルから出た男は、一匹の黒猫が横たわっているのをすぐに見つけた。

少しでも早くマオウの元に辿り着けるように、右足を抱えるようにしてその足を早める。

あと5歩、あと4歩、あと3歩、あと2歩、少しずつマオウに近づき、あと1歩……。









……そこには僕にとってこの世で最も残酷な光景があった。









男「そんな……マオウ……そんな……」

男「こんなの……ウソだ……」


マオウはすでに息絶えていた。

何度も蹴られたことで毛や皮膚が裂け剥がれ、肉はこそぎ落ちて血が溢れ出ている。

両耳も大きく裂け、右の眼球に至っては破裂してしまっていた。

抱きかかえると首はやわらかく頭がグニャリと垂れた。

それは本来曲がるべきでない方向に曲がってしまっている。


男「ウソだよな……ウソだって……言ってくれよ……」

男「誰か……ウソだって……お願いだ……」


唐突に与えられる死に何を感じただろう。

見開いた片目でその最後に何を見たのだろう。

その死の間際に何を思ったのだろう。

マオウは死んでしまった。

マオウは何で死んでしまったのか。

マオウが死んだのは僕のせいだ。

マオウが死んだのは僕が弱いからだ。

マオウが死んだのは僕が何もできなかったからだ。

マオウが死んだのは……マオウが死んだのは……マオウが死んだのは……。





なんで……マオウが死ななくちゃいけないんだよ……。







僕はマオウの瞼をそっと閉じてあげた。

僕が唯一してあげられたのは、それだけだった。

もうたったの、それだけしかなかった。

たったのそれだけしか……。


男「ごめん……ごめんよ……、マオウ……」ポロ

男「ごめ……なさい、ごめんなさい……。マオウ……マオウ……ごめん……」ポロポロ

男「ヤダよ……マオウ……こんなのヤダ……イヤだ……マオウ……ゴメン……」ポロポロ

男「うわああああああああああぁぁぁぁぁーーーー!!!!!」



僕はマオウの遺体を強く抱きしめ泣き叫んだ。

この世で本当に唯一を僕を慕ってくれた友の名を何度も叫んだ。

しかし黒猫の閉じた目はもう二度と開かれることは無い。

満月のようだった金色の瞳は新月となり宵闇の中に消えもう二度と現れることは無くなった。

僕はマオウの冷たくなっていく体を胸にいつまでもいつまでも泣き叫んでいた。

灰色の外壁に僕の泣き声が響き渡り、先程まで真っ青だった空はすでに群青の藍へと変わっており、夕闇の橙が空の端へと落ちていった。


▼夜/廃ビルの近くにある公園

男(ごめんね、マオウ。こんな所で、こんなお墓しか作れなくて……)

男(今までありがとう。本当に……)

男「……マオウ、さようなら」グスッ

白猫「…………」


男は様々な花やマオウの為に買っていた餌と一緒に、黒猫の遺体を土中に埋め、その上に土をゆっくりと、優しく、温かく包んでもらえるようにかぶせた。


男「……グスッ……グスッ」ザッ ザッ

白猫「……すまない、男」

男「グスッ、なんでユウシャが謝るの?」ザッ ザッ

白猫「……助けてやれなかった」

男「ユウシャが気にすることは無いよ。ユウシャはあの場所にいなかったんだし」グスッ

男「むしろマオウがいなくなったんだから、ユウシャは本来喜ぶべき立場じゃないの?」グスッ

白猫「……たしかにアイツら魔族がやってきたことは今も目に焼きついて忘れられない」

白猫「けどアイツはもう魔王じゃなかった。ここでは、ただの野良猫で、お前の友人だったんだ」

男「…………」


白猫「俺は勇者のクセに……クソッ! 何が勇者だ!」

白猫「俺はいつもそうだ! いつだって……あの時だってそうだ!」

白猫「俺は肝心な時はいつも無力だ……クソッ!」

男「……ユウシャは何も悪くないよ」

白猫「だが俺は! 俺は――」

男「悪いのは僕だ。僕がもっと強ければ守れた。ただそれだけなんだ」

白猫「男……」


男「ねぇ、ユウシャ」

白猫「何だ?」

男「ユウシャは昔から強かったの?」

白猫「……いや、全くだ。むしろ子供のころは泣き虫だったよ。兄の陰に隠れてばかりだった」

男「そうなんだ。意外だね」

白猫「必死に体を鍛えて、死ぬほど修行して、色々と乗り越えてようやく俺は強くなれたんだ」

男「でも勇者になれるぐらいなんだから元から素質はあったんじゃない?」

白猫「……そうでもない。まだまだ鍛えたりないくらいだ」

男「そうなんだ。強くなるって大変なんだね……」

白猫「……そうだな」


男「僕でも強くなれるかな……」

白猫「…………」

男「僕は強くなりたい。もう今さらなんだけど強くなりたいんだ」

白猫「…………」

男「もう弱いのはイヤだ……」

男「惨めなのはイヤだ……」

男「失うのはイヤだ……」

男「守れないのはイヤだ……」

男「何もできないのは……もうイヤなんだよ!」


白猫「気持ちはわかるが、かといってどうする……」

男「お願いだ……ユウシャ、僕に強くなる方法を教えてくれ!」

白猫「俺がか!?」

男「ユウシャなら強くなるためにどうすればいいか知ってるでしょ!? それを僕に教えてくれ!お願いだ!」

白猫「そう言われても俺は……」

男「強くなる為ならどんなことでもやるよ! だからお願いします!」

白猫「…………」

男「お願いだ、ユウシャ!」

白猫「……わかった」

男「!?」

白猫「でも俺が教える修行は厳しいし、とても辛いぞ? それでも根を上げずについてこれるか?」

男「はい!」

白猫「いい返事だ。……よし! 俺がお前を誰よりも強くしてやる!」



本日はここまでです。
続きはまた本日の午後8時~9時頃に再開します。
それでは。


▼翌日/廃ビルの近くにある公園

白猫「さて、早速修行を始めたいと思う」

男「はい!」

白猫「……が、その前にひとつ聞こう。男、強さってのは何だと思う?」

男「えっ? んン~……ケンカが強かったり、体がすごい丈夫だったり、そういうこと?」

白猫「それは確かにそうなんだが、もっと本質的な所をわかってないな……」

男「ねぇ何の話? それが何の関係があるの?」

白猫「そう急くな。いいか男、覚えておけ。強くなるために必要なのは“覚悟”だ」

男「覚悟……?」


白猫「そう。強さってのは肉体以上に心に必要なんだ」

男「心の方が大事なの?」

白猫「どちらが大事というよりも、いくら肉体を鍛えても心が強くなければいけないってことだ」

白猫「絶対にやる、目的を達成してやるっていう固い意志を持って、その為には罪ですら背負う程の強い覚悟が必要なんだ」

男「なるほど。でも強くなるために罪を背負うって、そんなことあるの?」

白猫「……俺は、強くなるために人を殺さなきゃいけないことがあった」

男「え!?」


白猫「時には半魔になった人間を殺さなくちゃいけないこともあった」

白猫「また別の時には仲間を見捨てなくちゃいけないこともあった」

白猫「俺は確かに勇者になるために強くなって実際になったが、勇者と言えど俺だって所詮はただの人間だった。誰も彼も絶対に救えることなんてできなかった」

白猫「守れなかった人々はたくさんいた。その結果、民衆から白い目で見られて石を投げられたりもしたし、国から追放されたこともあったよ」

白猫「でも俺は全部受け入れて来た。そうなることも魔王討伐の為に覚悟していたからな」

男「…………」


白猫「あー、つまりだな。強くなるには絶対にやり遂げるって意思と、時には非情になれるぐらいの覚悟が必要だってことだ」

白猫「お前はどうせ『自分は弱いから殴られて当たり前』とか『相手には大けがするのが怖い』とか思っているんだろう?」

男「う、うん……少しだけ……」

白猫「ぬるい! そんでもって甘い! そんなんじゃ絶対強くなんかなれないぞ!

男「うぅ……」

白猫「まずはお前のその心の弱さを全部消し去ってやる! 覚悟はいいな!?」

男「うん! お願いします!」


白猫「……とは言ったが、お前の場合は肉体から鍛えなくちゃいけないな。なんだその貧相な体つきは。モヤシか」

男「うっ、うるさいな! 生まれつきこうなんだよ!」

白猫「まずは徹底的に筋トレと走り込みをして、筋力と基礎体力をつけるんだ」

男「えぇー……どっちも苦手だなぁ……」

白猫「つべこべ言うな! 何でもやるんだろ!? 言い訳してたら強くなれないぞ!?」

男「わっ、わかってるよ! もちろんやるよ!」


白猫「なら最初は腕立て伏せと腹筋を200回ずつだ!」

男「200回も!?」

白猫「どんなに時間をかけてもいい。だから今日中に200回ずつこなすんだ。できない数字じゃない」

男「ひぇ~……」

白猫「だから言っただろ、俺の修行は厳しいってな。ほら、さっさと始めるぞ! 準備しろ!」

男「ちょっと待ってよ!」アセアセ

白猫「待たない! よーい……スタート!」

男「う……うおおおぉぉぉ!!」バッ


▼後日

白猫「今日は走り込みだ。20km走ってもらう」

男「20kmも!?」

白猫「ここから5つ離れた駅まで往復してくれば大体そのぐらいだ」

男「い……いきなりそんなに走ったら体壊れちゃわないかな……」

白猫「走れなくなったら途中で歩いても、最悪休んでも構わん。とにかく20kmをやりきることが大事なんだ」

男「わかったよ……行ってくる!」

白猫「おう。車に気をつけろな。よーい……スタート!」

男「うおおぉぉぉ!!」ダ゙ッ


▼さらに後日

白猫「筋トレと走り込みで体つきもずいぶん良くなってきたな。次は実戦練習だ」

男「実戦って、……誰と?」

白猫「誰とって、そうだな……」

男「…………」

白猫「…………」

男「…………」

白猫「…………」

男「……?」

白猫「……そう言えば相手がいないな」

男「えっ!? 考えてなかったの!?」

白猫「仕方ない。山に籠もって野熊とでも戦ってもらおうか」

男「熊!?」


白猫「田舎の方に行けば簡単に見つかるだろ」

男「無理無理無理! 無理だって! 熊になんか襲われたら死んじゃうよ!」

白猫「何をそんな弱腰になってんだ。大丈夫だ、覚悟を決めれば勝てる!」

男「何その精神論!? 無理無理、本当に無理! 無残に食い殺さる覚悟しかできないよ!」

白猫「情けないな……何でもやるんじゃなかったのか?」

男「確かに言ったけど……そっ、それにほら! 僕は学校があるし! テストの勉強もしなくちゃいけないから!」

白猫「しまった、学び舎があったか。……ならば仕方ない、熊は諦めよう」

男「……ふぅ」ホッ


白猫「代わりに俺が直々に相手をしてやる」

男「ユウシャが!?」

白猫「心配するな。噛みついたりしないから安心しろ」

男「なら、どんなことするの……?」

白猫「お前は俺が飛び掛かってくるのを避けるだけでいい」

白猫「頭、体、手、足、どこかに俺が飛び掛かるから、俺の動きをよく見て避けるんだ」

白猫「これで動体視力と反射神経が鍛えられる。全身運動は体を鍛えるのにも丁度良い」

男「なるほど」


白猫「お前に避けられたら俺はまたすぐに飛び掛かる、それをまたお前が避ける。これの繰り返しだ。わかったな?」

男「うん」

白猫「よし。じゃあ今日はそれを500本くらいやるか」

男「いきなり500本も!?」

白猫「俺だって疲れるんだ、文句言うな。それともなんだ? 野熊と決闘の方が良かったか?」

男「いっ、いや、わかったよ! お願いします!」

白猫「よし! 行くぞ!」

男「はい!」


▼数日後/放課後/学校/校舎裏

Q也「オラっ!」ガスッ

男「うっ!」

Q也「もう1発!」ブンッ

男「くっ!」サッ

Q也「テメェ! なに避けてやがんだ!」

男「もうヤメてくれよ、こんなこと……」

Q也「あぁ!? うるせぇぞ! テメェはただ殴られてりゃいいんだよ!」

男「もう十分殴って来たじゃないか! まだやり足りないのかよ!」

D太「そうだよ。お前は一生、死ぬまで俺らにやられ続ける。それがお前の運命だ」

男「……クズ野郎」ボソッ


D太「あ? お前、なに調子に乗ってんだ? マジで殺してやろうか?」

N雄「まぁまぁ。さすがに殺すのはマズイ、って」

D太「あぁ!? じゃあこんなカスに調子乗らせたままにすんのか!?」

N雄「俺にキレるな、って。そんなら生意気な口聞けなくなるまで痛めつければいい、って」

D太「……なるほどな。お前の言う通りだわ」

Q也「ぶはははっ! N雄、お前もすっかり鬼畜になってきたな!」ケラケラ

男「…………」


▼夕方/廃ビル

男「おーい、ユウシャー! ユウシャー!」

白猫「そんなに叫ばないでも聞こえてるよ」

男「あぁ、そこにいたんだ」

白猫「男、ケガが増えてるじゃないか。今日もまた手酷くやられたのか?」

男「え……」

白猫「ん? どうかしたか?」

男「……」


――「やぁ男。今日もまた手酷くやられたのか」


男「……ううん。何でもない。大丈夫だよ」

白猫「?」


男「今日も筋トレと走り込みと実戦訓練?」

白猫「そうだ。基礎を鍛えて極めれば応用なんかどうとでもなるもんだ」

男「なるほどね。じゃあ早速腕立てから始めるよ」

白猫「……その前にだな」チラッ

男「ふふっ。大丈夫、わかってるよ。ほら今日のご飯、ここに置くね」スッ

白猫「うむむっ!」ガツガツ

男「でも煮干しなんかでいいの? もっと他にも色々あるのに」

白猫「#$&‘▼◎◇*#□!」ガツガツ

男「あーごめんゴメン、あとで聞くよ。ご飯に集中していいよ」

白猫 ガツガツ

男「ふふっ」クスッ


▼数時間後

男「198……、199……、200……!」ドサッ

白猫「よし、今日の腕立てと腹筋のノルマクリアだ! 次は走り込みいくぞ!」

男「ごめん……その前に……一旦休憩……させて……」ハァ ハァ

白猫「むむむ……仕方ない。少しだけだぞ」

男「あ……ありがとう……」ハァ ハァ

白猫「まったく。まだまだ鍛錬が足りないな」


男「……ねぇ、ユウシャ?」

白猫「何だ?」

男「ユウシャはこの世界に来て、僕やマオウと出会う前はどこにいて何をしてたの?」

白猫「ずいぶん唐突な質問だな」

男「そういえば僕はユウシャのこと何も知らないなって思ってさ。……会う前からずっとこの辺りにいたの?」

白猫「いや……ここじゃない、でもそう遠くない場所にいた」

男「そうなんだ。この世界に来て大変だった?」

白猫「大変だとかそんなもんじゃない! 勇者として魔王と闘ってて、死んだら知らない世界で猫になってるんだぞ! あれほど気が動転したのは初めてだ!」

男「あははは。確かにそれは大変だ。マオウとは相討ちだったんだっけ?」

白猫「よく知ってるな。アイツから聞いたのか?」

男「うん」

白猫「まぁ、そのようなもんだ」


男「マオウもユウシャも同じくらい強かったんだね」

白猫「いや、僅かだがアイツの方が強かったよ。相討ちがやっとだった」

白猫「……って言っても自爆して道連れにしただけだがな」

男「自爆? 爆弾とか?」

白猫「爆薬なんぞアイツに効くかよ! アホか!」

男「僕そんなの知らないし!……じゃあどうやったの?」

白猫「魔法だよ。持ってる全魔力を暴走させて、とてつもない破壊力の爆発を起こす自爆の魔法だ」

白猫「ちなみに勇者である俺だけにしかできない究極魔法なんだぞ」フフン

男「すごいね。伊達に勇者じゃないんだ」

白猫「まぁな。ただ、自分の命と引き換えだけどな」


男「でもさ、自分も死んじゃうならマオウを倒せたかわからないんじゃないの?」

白猫「その通りだ。倒せる確信はあったんだが倒した実感は無かったし、もちろん確かめる方法なんてなかった」

白猫「だからこの世界でマオウの気配を感じた時は、今度こそヤツを完全に倒さなくちゃと思ったよ」

男「そっか。それであの時はあんなに食ってかかって来たんだね」

白猫「……いや、違う」

男「え?」

白猫「それだけじゃないんだ。あれは……八つ当たりのようなもんなんだ」

男「どういうこと?」

白猫「せっかくだ。懺悔代わりに聞いてくれ」

男「……うん」

白猫「実は俺……この世界でも人を殺してるんだ」

男「……え?」


白猫「驚くのも無理は無いな。少し俺の話を聞いてくれ」

白猫「俺がこっちの世界に来たばかりの時、俺はお前と同じくらいの年の女の子に拾われてたんだ」

白猫「餓死寸前で倒れてた俺を拾って、手厚く看病してくれて、住居や餌まで提供してくれた」

白猫「そいつはお前がマオウを慕うように俺のことを好いてくれたよ。猫としての人生も悪くないなって、この時初めて思った」

白猫「でもある日、アイツが学び舎から泣きながら帰ってきたんだ。……体中に痣や傷をつくってな」

白猫「俺はどうしたのか聞くんだが、いくら話しかけてもアイツはすぐに笑顔をつくって俺の頭をなでてくるだけだった」

白猫「お前みたいに俺の声が聞こえれば良かったんだがな……」


白猫「それからアイツが泣いて帰ってくる事が日に日に増していった。帰ってからも家でずっと泣いてることもあったよ」

白猫「でもアイツの親は仕事ばかりで、自分の娘のことを何もわかってなかった。気づいてやれたのは俺だけだったんだ」

白猫「腕や足、しまいには顔にも痣をつくって、雨なんぞ降っていないのにずぶ濡れで帰ってきたりした時もあった」

白猫「外で何かされてるのは間違いないんだが、アイツが帰ってくるまで俺はずっと家の中にいさせられて出られなかった」

白猫「でもある日、たまたま部屋の窓が開いていた時があってな、外に出てアイツを探したんだ」

白猫「結局見つからなくて家に帰る事になるんだが……俺は後悔したよ、あの時外に出た事を……」

白猫「…………」

男「……どうしたの?」

白猫「……帰ったらアイツが、……自殺してた」

男「!?」


白猫「俺がもっと話しかけてやれば、アイツの支えになってやれてたかもしれない」

白猫「俺が出しゃばらずに、いつも通りに家にいれば止められたかもしれない」

白猫「俺は結局何も出来ずにアイツを見殺しにしてしまったんだ……」

白猫「そんな中、お前やマオウに遭遇して、何も出来ない自分への怒りを敵意にしてお前らにぶつけただけなんだ」

男「…………」

白猫「元勇者のくせに実際はこんなもんだ。幻滅しただろ?」

男「ううん。そんなことないよ。むしろ、ゴメンね」

白猫「何がだ?」

男「辛い事、思い出させちゃって……」

白猫「俺が話そうと思ったんだ。男が気に病む必要はない」


男「それだけじゃなくて、前にユウシャに酷いこと言っちゃったから」

白猫「酷いこと?」

男「うん。ほら、ここで二人で話してた時、キミは何も出来ないクセに……みたいな」

白猫「あぁ……アレか。正直言うとアレはだいぶ堪えたよ」

男「ゴッ、ゴメンね! そんなつもりじゃなかったんだ!」アセアセ

白猫「冗談だ、気にするな。それこそ男は知らなかった訳だし」

白猫「それに……事実だからな」

男「…………」


男「……でもその話、聞けて良かった」

白猫「こんな無様な話をか?」

男「だって、僕とユウシャは同じなんだってわかったから」

白猫「同じ?」

男「そう。僕たちは同じ罪を背負ってる者同士なんだよ」

白猫「同じ……罪……?」

男「うん」

白猫「……そっか。たしかに、そうかもしれないな」

男「でしょ?」


白猫「でも俺はお前ほど弱くはないし、泣き虫でもないがな」ニヤリ

男「あっ、言ったな!?」

白猫「事実じゃないか」ニヤニヤ

男「ユウシャなんて僕がいないと何も食べられないクセに!」

白猫「ナッ、ナメるな! お前に頼らなくても餌くらいありつけられるぞ!」

男「あぁ、そう! じゃあもう煮干し持ってきてあげないからね!」

白猫「むむむっ!」


男「ふんっ!」プイッ

白猫「あっ、いや、待て! お……俺も少し言い過ぎだったかもしれんな!」アセアセ

男「……」ジーッ

白猫「でもこれは冗談って言うか、そんな本気でとらえなくてもいいだろ!」アセアセ

男「……」ジトーッ

白猫「……言い過ぎてすまない。許してくれ。煮干しください」ペコリ

男「ふふっ。わかった、許してあげよう」

白猫「まったく、敵わないな……」

男「ふふふっ」クスクス


白猫「あー、湿っぽい話はもうやめだ! 修行を再開するぞ!」

男「うん!」

白猫「よーし! 今日の走り込みは50kmだ!」

男「無理無理無理! 無理だって!」

白猫「諦めるな! 強くなる為の覚悟があれば――」

男「出来ないって!」


▼数日後/夕方/廃ビル

男「ユウシャ! ユウシャ!」ダダダッ

白猫「どうした、騒々しいな」

男「僕、今日また呼び出されて、でも全部当たらなかったんだ! やったよ!」ハァ ハァ

白猫「すまん、全くわからん。落ち着いて話せ」

男「ゴメン、ゴメン」ハァ ハァ

男「……ふぅ、あのね、今日もまたアイツらに呼び出されたんだ」

白猫「ふむ」

男「でもね、アイツらの攻撃全部避けて、ここまで逃げきてやったよ! 今日は一回も殴られてないよ!」

白猫「おぉ! やるじゃないか!」


男「ユウシャに比べたら全然遅いし、もうアイツらのことも前ほど怖く無いんだ!」

白猫「鍛えてた成果が出てきたな。そこまでできれば上出来だ」

男「うん! ユウシャのおかげだよ、ありがとう!」

白猫「……そんな改めて礼を言うな、照れるだろうが」プイッ

男「あははは」


白猫「それじゃ、今日で最後の試練だ。これをクリアすればお前はもう一人前になれる」

男「うん! 何をすればいいの!?」ワクワク

白猫「…………」

男「どうしたの?」

白猫「……男」

男「何?」

白猫「俺を殺せ」

男「……え?」


男「殺せって……どういうこと……?」

白猫「そのままの意味だ。俺を殺すんだ」

男「ちょっと待ってよ……、何言ってるの?」

白猫「殺し方は問わない。お前に任せる。どんな方法でもいいから――」

男「ちょっと待って! 勝手に話しを進めないでよ!」


男「何だよそれ、何でそんなことしなくちゃいけないんだよ!」

白猫「それが、お前の師である俺の宿命だからだ」

男「だから何でなんだよ! 宿命とか意味わからないよ!」

白猫「男、前に強さって何だと聞いたのを覚えてるか?」

男「……覚悟が必要って話でしょ」

白猫「そう。これはその覚悟を心に刻む為の試練なんだ」


白猫「これも前に話したよな、俺は強くなる為に人を殺したことがあるって」

男「……うん」

白猫「あの時は少し誤魔化して話したけど、実はそれな、本当のことなんだよ」

男「……どういうこと?」

白猫「そのままだ。強くなる為に殺したんだよ。……自分の兄貴を」

男「!?」


白猫「人はいきなり強くなれる訳じゃない。心は特にそうだ」

白猫「やむをえず人を殺すことになったらそれができるか。その後、人殺しの罪に耐えられるか」

白猫「やわな心じゃそんなことできないし耐えられるはずも無い」

白猫「なら心はどうやって鍛えるのか、どうやって強くするのか」

白猫「一番手っ取り早く効果的なのは、罪を負わせることだ」

白猫「勇者となる者に自分の師を殺させ、その罪悪感を魔王討伐の為の覚悟に替えさせる」

白猫「人を殺すことを経験させることもできて一石二鳥だしな」

白猫「俺のいた世界では、勇者となる者はそうやって鍛えられてきた」

男「まさか……」

白猫「……そう。俺の場合はそれが兄貴だったんだ」


白猫「これも話したな。俺のいた村は魔族に襲われて滅んだって。親は目の前で食い殺され、無残なものだったよ」

白猫「唯一生き残りだった俺と兄貴は、王都の軍に拾われてからずっと二人で生きてきたんだ」

白猫「俺たちは魔族を憎んでた。だから兄貴は俺を勇者にする為に俺が幼い頃から徹底的に鍛え始めた」

白猫「そして、勇者に覚悟を持たせる最後の試練の理に倣って……兄貴は俺に自分を殺させたんだ」

男「何だよそれ……そんなの、おかしいよ!」

白猫「俺も初めて聞かされた時はお前のように泣いて喚いたよ。何でそんなことしなくちゃいけないんだって」

白猫「そしたら兄貴は笑って言ったよ。“お前を勇者にさせると決めた時からもう覚悟してる”って……」


白猫「俺も今ならわかる。お前を鍛えようと決めた日から決めてたからな」

男「ちょっと待ってよ! 違う! 違うんだよ! 僕はそんなんじゃないんだよ!」

白猫「何が違うんだ?」

男「僕は……僕はユウシャを利用してただけなんだ!」 

白猫「…………」

男「僕が強くなりたかったのは……本当はマオウの仇を討ちたかったからなんだ!」


男「助けてあげられなかった……だから、せめてマオウが受けた痛みをあいつらに教えてやりたかった……」

男「そのために強くならなくちゃって……だから僕は……ユウシャのことを利用したんだ……」

白猫「…………」

男「ユウシャの教えてくる修行は根性論ばっかりで大変だったよ……。でもマオウの仇を討つ為ならと思って、必死になって鍛えた……」

男「けどね、ユウシャと一緒にいるのが、マオウといた時みたいに楽しくなってたんだ……」

男「いつか言おうと思ってた……利用してゴメンって……、だけど友達でいて欲しいって……」

男「だから……ユウシャを殺さなくちゃ強くなれないなら僕は弱いままでいい!」

男「僕はまた僕のせいで友達を失いたくないんだよ!」

男「僕にはできないよ……、僕にそんなこと……させないでくれ……」

白猫「…………」


白猫「……すまなかった」

男「……?」

白猫「俺はお前に勇者としての強さを求め過ぎていた。この世界には魔王がいる訳でも無いのにな」

男「ううん。僕の方こそゴメン……期待に応えられなくて……あと、騙してて……」

白猫「そんなこと気にしてない。でも俺はお前に過度にやらせ過ぎだったな。本当にすまない」

男「ユウシャは悪くないよ。悪いのは全部僕が弱いせいだから……」

白猫「そんなに卑下するな。俺はお前を弱いと思ったことはないよ」

男「え……?」

白猫「お前は弱いんじゃない。優しすぎるんだ」

白猫「ただの野良猫を友人と思ってくれて、毎日のように餌まで持ってきてくれるんだからな。お人好しにも程がある」

男「…………」


白猫「それにな、お前が復讐心を持ってるのには気づいてたよ」

男「……うん」

白猫「でもな、マオウはお前に復讐者なんかにはなって欲しくないと思ってるぞ」

男「何でユウシャにわかるの?」

白猫「前にアイツと話した時があってな、その時言ってたよ」

白猫「『男は憎しみを抱えてる。それを何とかしてやりたい。笑って過ごせるようにしてやりたい』、ってな」

男「マオウが……」

白猫「そんなこと言う奴が復讐をして欲しいなんて望むと思うか? それよりもアイツはきっと、お前に笑って生きられるようになって欲しがってるはずだ」

男「そっか……」


白猫「それでもまだお前が本気で復讐したいってなら、俺を殺していけ」

白猫「俺はお前が強くなる為なら死んでも構わない。そう思いながら今日までやってきたんだ」

白猫「それにこれが、マオウの気持ちを知っててお前をここまで育てた俺の贖罪だ」

男「…………」

白猫「どうだ、やるか?」

男「……ううん。もういいよ。マオウが望んでないなら、その為にユウシャを殺さなくちゃいけないなら、僕はやらない」

男「悔しい気持ちは消えないけど……今はもう、ユウシャがいてくれればそれでいいから」

白猫「……そうか、わかった」

男「ユウシャ」

白猫「何だ?」

男「ありがとう」

白猫「……何がだ?」

男「ふふっ。色々とだよ。ありがとう」クスッ

白猫「……ふん」


白猫「さて、じゃあ始めるか」

男「え?」

白猫「何を驚いてるんだよ。今日の修行だよ。……やるだろ?」

男「うん!」

白猫「よーし! 今日も徹底的に鍛えてやるからな!」

男「うん! お願いします!」


▼数日後/学校/校舎裏/昼休み

N雄「なぁ! 購買のカレーパンがマジでウメェ、って! やべえ、って!」

Q也「お前はいつも楽しそうでいいな。俺は最近一日がつまんなくてよぉ……」

D太「彼女と遊びに行きゃいいじゃねぇか、停学も終わったんだろ?」

Q也「そうなんだけど、アイツ当分学校休むって。つーかしばらく誰とも会わないってさ……」

D太「はっ、何それ? どうした?」

Q也「昨日の帰りにいきなり野良猫に噛みつかれたらしくてさ、それがスッゲェ痕になっちまったから誰にも見られたくないんだと……」

N雄「うわぁ……それ悲惨だな、って」


D太「そういや前に、お前も顔噛まれてたよな。似た者同士かよ」

Q也「うっせーぞ!」

D太「冗談だよ。キレんなって」

Q也「あー! あのクソ猫のこと思い出したらムカついてきたわ!」

D太「イラってんならアイツでも呼び出してサンドバックやるか?」

Q也「……面倒だからいいや。あー、マジで何か楽しいことねぇかなー」

N雄「じゃあQ也の彼女の為にさ、こんなんはどうだ、って」

Q也「んぁ?」

N雄「その猫さんに復讐してやるんだ、って」


Q也「復讐って、ずいぶん大げさだな……」

N雄「何言ってんだ、って。女の子の顔に傷をつけるなんて許せない猫だ、って!」

Q也「……そうだな。俺の大事な彼女をキズものにしてくれたんだ。例え猫だろうと落とし前をつけてもらわなきゃな」

N雄「そうそう! そうだ、って!」

Q也「でもよ、野良猫なんてそこら中にいっぱいいるのにドンピシャで見つかるか?」

D太「そんなの気にする必要無ぇだろ。野良のクソ猫なんぞ片っ端から殺してやればいいんだよ」

N雄「そうそう! どうせ保健所で処分される運命だし! それに正義は俺らにあるんだ、って!」

Q也「……そうだな。俺も噛まれたの思い出してムカついてっし、やっちまうか!」

D太「一応お前の彼女にその猫の特徴ぐらい聞いておけよ」

Q也「わかった。とりあえずメールしてみるわ」


Q也「お前のこと……噛んだ……猫の……特徴って……何……、っと」ポチポチ

N雄「お前の代わりに復讐してやるって書いておきな、って。きっと喜ぶ、って」

Q也「おぉ、さすがN雄。よく気がつくじゃねぇか」ポチポチ

N雄「うへへ。照れる、って」

Q也「返信早っ。もうメール来たわ。……こんな感じだってさ」



『おはよー☆(^O^)
メールしてくれてありがとう♪

昨日は本当にマヂで最悪!
あのクソ猫、超本気で許せない!
復讐ゼッタイにヤッテよね!

特徴はねー……突然だったから白い猫ってことぐらいしか覚えてないの(T-T)
ゴメンね……、私、ダメな彼女で…・…。

あっ! でもね! イッコだけ特徴ある!
すごくわかりやすいよ!

目がね、赤いの!
リンゴみたいに真っ赤だった!』


▼夕方/街中

白猫 スタスタ

白猫(ん、あれは……?)



「おい! あの猫そうじゃね!?」

「あれは白ってよりクリーム色だ、って。目もそんな赤くなさそうだし違う、って」

「クズ猫なのはどれも同じだろ。とりあえず石投げておくか」ブン

「ニ゛ァ!」バシッ

「おっ。当たった当たった」

「D太、コントロール抜群過ぎだ、って……」

「当たり前だ。元球児をナメんなっての」


「ほらQ也、お前も投げてみろよ」

「でも俺じゃ当たるかわかんねぇぞ……」

「いいからいいから」

「そうだ、って。さっきのイライラもまだ解消してなかったでしょ、って」

「そういやそうだな……うへへへ、やっちゃるか」

「その意気だ、って!」



白猫(……なんて性根の腐った奴らだ)

白猫(こういう奴らがいるから男もマオウも……アイツだって……)

白猫(……いや、今は感傷に浸ってる場合じゃ無いか)

白猫 タッタッタッ


Q也「よーし、じゃあいくぞ。Q也選手の第一球、大きく振りかぶって――」

――ガブッ!

Q也「痛ぇ!!」

白猫「シャーッ!」

Q也「んだよこのクソ猫が!」

D太「待て、Q也!」

Q也「あぁ!?」

D太「見てみろ。赤目の白猫……間違いない、こいつだ」


▼街/路上

男(はぁ……まさか今日の体育が10キロマラソンだったなんて……疲れたなぁ……)

男(でも僕が学年で10位以内に入れたなんて、運動部の人たちも驚いてたな)

男(ユウシャも知ったら驚くかな、喜んでくれるかな)

男(だけど、今日は走り込みの修行だけはやめてもらおう……さすがに疲れて死んじゃうよ)

男(早くユウシャのところ行かなきゃ……、あっ)


「ようやく大人しくなったか、このクソ猫」

「痛ってぇ……また顔噛まれたし……もう何度目だよ……」

「大丈夫だ、って! 俺ら若いからスグ傷もなくなる、って!」

「あーもう! イラつくぜ!」

「何やってんだよお前らは……」


男(アイツら、学校サボってまた何か変なことやってんのか……)

男(……あれ、……あそこにいるの……まさか!?)

男 ダッ


▼街/路地裏

D太「さて、こいつの処分を決めないとな。何がいい?」

Q也「燃やしてやろうぜ! こんなクソ猫は地獄行きだ!」

N雄「まぁこの猫ちゃんの罪深さからしたら仕方ないな、って」

男「お前ら何やってんだ!」

D太「あ? なんだ、お前かよ。見りゃわかんだろ。クソ猫退治だ」

白猫「…………」

男「ユウシャ!」ダッ



男はユウシャのもとに走り、その身を抱きかかえた。

体は土まみれで汚れ、真っ白だった毛並みも裂傷による流血で所々が赤く染まっていた。

鋭く立派だった歯はいくつも折れて口からも出血している。


白猫「…………」

男「そんな……しっかりしろユウシャ! 僕だよ、男だよ!」

白猫「おと……こ……」

D太「おいおいマジかよ。このクソ猫の飼い主もお前かよ」

Q也「こいつが俺の彼女の顔に噛みついて傷つけやがったんだぞ! どう責任取ってくれんだ!? あぁ!?」

男「うるさい! 知るかよそんなこと!」


Q也「あぁ!? ふざけんじゃねぇぞテメェ!!」

男「ふざけてんのはお前らだろ!」

Q也「何だと!?」

男「そんな女のことなんて知るかよ! どうせユウシャに何かしようとしたんだろ! 自業自得だ!」

Q也「調子乗ってんじゃねぇぞ! テメェから先に殺してやろうか!?」

男「やれるもんならやってみろよ!」

Q也「!?」

男「弱い者しか相手にできない卑怯で臆病なお前らが本当に人を殺せんのかよ!」

Q也「な……なんだとぉ!?」

男「そんな覚悟も度胸も無いクセに吠えるな!」


D太「おい男。その言葉、俺にも言えるか?」

男「あぁ、言えるよ」

D太「はっ、開き直れば俺らが怯むと思ったか? 甘ぇよ、望み通りに殺してやるよ!」

男「……なら刺し違えてでも、僕もお前らを殺してやる!」

白猫「男……ダメだ……」

男「!?」

白猫「俺は、もういいから……お前は……に、逃げ……るんだ……」

男「そんなことできるわけないだろ!」


D太「は? いきなり何言ってんだテメェ」

白猫「これはな……俺が撒いた……種なんだ……俺の方が……自業……自得って……ヤツなんだ……」

男「そんな……でも……」

D太「何ボソボソ喋ってんだよ。死ぬのが怖くてイカれたか?」

Q也「ぶははっ! お前の方こそ臆病じゃねえかよ! やっぱお前は俺らに虐められてんのが似合ってんよ!」

N雄「カッコつけるのはヤメて土下座でもして許してもらえ、って。だけどその猫ちゃんは俺らが預かるけど
な、って」

男「絶対にユウシャは渡さない……渡すもんかよ!」

D太「じゃあ奪い取るしかねぇな」

男「…………」


男「……ユウシャ」ボソッ

白猫「?」

男「少し揺れるけど、我慢してて……」ボソッ

白猫「…………」

男「うっ、……うおおおぉぉぉぉ!!」ダッ

D太「おっと」ヒョイッ

Q也「あぶね!」ヒョイッ

N雄「いだっ!」ドシン

Q也「ぶははっ。そんなバレバレな体当たり、当たるかっての!」


男 タッタッタッ


D太「違ぇ! アイツ、逃げやがったんだ! 追うぞ!」ダッ

Q也「おう!」ダッ

N雄「いたた……ちょっ、ちょっと待て、ってー!」ダッ


▼街/路地裏/ビルの陰


「クソッ! あの野郎どこ行きやがった!」

「俺らをナメやがって! ぜってー捕まえてやる!」

「まだそこら辺にいるはずだ! 探すぞ!」

「おう!」

「待て、って……2人とも速すぎる、って……」ゼェゼェ


男「ハァ! ハァ!」ゼェ ゼェ

白猫「…………」

男「ユウシャ……大丈夫……?」ハァ ハァ

白猫「…………」

男「ユ……ユウシャ!?」

白猫「だ……大丈夫だ……まだ、なんとか……生きてる」

男「よかった……」ホッ


男「でも怪我が酷い……アイツら、ふざけやがって!」

白猫「…………」

男「すぐ病院連れてってあげるから! ユウシャ、頑張れよ!」

白猫「……なぁ……男」

男「クソッ、まだ近くにいやがる! さっさとどっか行けよ!」

白猫「お……男!」

男「えっ!? どうしたの!? ゴメン、痛かった!?」

白猫「違う……。男に、頼みが……あるんだ」

男「頼み? 何?」

白猫「……俺を……殺してくれ」


男「何言ってるんだよ! そんなことする訳ないだろ!」

白猫「もう……ほとんど……目が、見えてない……今に、意識も……落ちそうだ」

白猫「俺はもう……もちそうに……ない……」

男「なに弱気になってるんだよ! すぐ病院に連れてくからそんなこと言うな!」

白猫「それだけじゃ……ないんだ」

男「もうしゃべるなって! 傷が――」

白猫「いいから……聞け!」

男「!?」


白猫「前に……俺を慕ってくれた女が……自殺したって……話したよな……」

白猫「俺は……知っちまったんだ……アイツを自殺に……追いやった奴を……」

白猫「だけど……そいつは……まったく、反省してなくて……俺は……」

白猫「怒りにまかせて……復讐しちまった……」

白猫「顔に噛みついて……二度と、消えないような……傷痕を……つけてやったんだ」

男「…………」

白猫「あれだけ……お前に言ってたクセに……俺自身が、復讐に……とらわれちまった……」

白猫「こんな俺はもう……勇者なんかじゃない……」

男「わかったよ……わかったからもうしゃべるなって!」

白猫「まだだ……最後まで、聞け」


白猫「アイツらは……その、報復に……きたそうだ……」

白猫「もしここで……生きながらえても……またアイツらは俺に……報復をしに、来る……だろう」

白猫「……アイツらにやられて……お前のいない……所で、死ぬなんて……そんなのは……御免だ……」

白猫「……あんなヤツらの為に……死ぬくらい、なら……俺は…………お前を、強くする為に……死にたい」

白猫「……お前の師として……友として……誇り高く、死に……たい……」

男「ユウシャ……」

白猫「わかって……くれるよな……?」


男「そんなの……そんなのヤダよ! わからないよ! わかりたくないよ!」グスッ グスッ

白猫「泣くな……よ……強くなり、たいんだろ……?」

男「言ったじゃないか! 僕はそんなことしたくないって!」ポロポロ

男「ユウシャがいてくれればそれでいいんだって、言ったよね!?」ポロポロ

男「なのにユウシャまで僕を一人にするのかよ! ヤダ! そんなのヤダ!」ポロポロ

男「もう一人はイヤだ! お願いだから死ぬなんて言うなよ!」ポロポロ

白猫「男……」

白猫「……ゴメンな」


男「ユウシャ……」グスッ グスッ

白猫「ゴメン……」

男「何でだよ……何でこんなことになるんだよ……」グスッ グスッ

男「僕が強くないから……こんなことになるんだ……」グスッ グスッ

男「僕が結局、何もできないから……こんなことに……ゴメンね……」グスッ グスッ

白猫「お前は何も……悪くない……」

白猫「ただ……マオウも……俺も……運が悪かっただけだ……」

白猫「勇者と、魔王が……まさか……猫なんかに……生まれ変わるんだ、もんな……」

白猫「俺たちが……弱くなっちまったのが……悪いんだ……」

男「ユウシャ……ユウシャ!」ガバッ


ユウシャの体を強く抱きしめると今にも止まりそうなほど微かな鼓動と細かい息遣いが僕に伝わってきた。

体温もどんどん低くなっていく。……死が近いんだ。

ユウシャがもうもたないと言ったのが本当だとわかった。


男「ユウシャもマオウも悪くない! 二人とも弱くなんかない!」ポロポロ

男「僕が……、僕が……!」ポロポロ

白猫「……まったく、お前は……まだまだ泣き虫だな……」

男「うぅ……」ポロポロ

白猫「お前に、ずっと……言おうと、思ってた……ことがある……」

男「……何?」グスッ

白猫「初めて会った時……マオウのこと……悪く言ってゴメンな」

男「そんなのもう……もう気にしてないよ……」グスッ グスッ

男「ユウシャ……わかってくれたから……」グスッ グスッ

白猫「よかった……。それと……今まで……ありがとよ……」

白猫「お前が……持ってくる……煮干し……最高に、うまかっ、た……ぜ……」

男「うん……うん……」ボロボロ

白猫「お前とも……出会えて……よかったよ……」



白猫は男の目を見つめた後、身を震わせながら少しだけ顎をあげて、か細い喉元を晒した。

男は震える両手でゆっくりと白猫の首を掴み、声無く「ゴメン」と呟いた。

白猫は泣き止まぬ男に微笑みかけて首を横に振り、目を閉じた。

そして小さく息を吸い込み、男に叫ぶ。


白猫「さぁ……やれ……男!」

男「―――――――――!!」


男は声にならない声で叫び、意を決して両手に力を込めて白猫の首を絞めた。


――ゴキッ!


何かが弾けるような、はたまた砕け散るような音が鳴る。

それは白猫が息絶えたことを証明する生命の音だった。











男「うぅ……うああぁぁ……あああああああああああああああああああああああああああ!!!!」











胸の鼓動が激しくなり、心臓が張り裂けんばかりに縮小と膨張を繰り返して脈動し始めた。

血液が濁流となり体中を駆け巡る。

体の内側の、深い奥底から熱い何かがゆっくりとこみ上げてくる。

体の中が熱くて苦しい。

内側からこの身を焦がすような熱が炎のように燃え盛り、この身を苦しめる。

これは僕の怒りによる、僕を断罪する地獄の業火だ。

僕は罪を犯した。

親友を殺した罪だ。

この世で最も大切な者を二人も自分の因果で殺してしまった。

その贖罪と懲罰がこの痛みと苦しみだ。


灼熱の業火に焦げ尽くされていく心身とは裏腹に、僕の頭の中は妙に青く澄み渡っていた。

彼らの死の原因は何だ。

それは僕が弱かったからだ。

僕がもっと賢ければ。

僕がもっと強ければ。

僕がもっと覚悟を持っていれば。


僕がもっと。


僕がもっと僕がもっと。


僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと。


僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと。


僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと。



僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと僕がもっと……。


尽きることのない自問自答を幾重にも繰り返したその果てに僕は、とある答えに辿り着く。

僕にはもう何も残っていない。

守りたいものはもう全て失ってしまった。

むしろ、これから得るであろうもの全てを失ってもいい。

それらを犠牲にしてでも僕にはやるべきことができた。

友人たちの思いや願いを反故にすることになるがそれでも厭わない。

この固い決意こそが、彼の言っていた“覚悟”であると確信している。

まずは何よりも先に、不器用だが勇敢で他人思いだったこの白猫を弔おう。

嫌がるかもしれないけど、あの黒猫の隣に……。


瞳からはもう涙は出てこなかった。

頬を伝っていた雫を片手でぬぐい、胸で安らかに眠る冷たい白猫を抱きかかえながら僕は再び歩き始めた。



本日はここまでです。
見てる人がいるかはわかりませんが、
続きはまた本日の午後8時~9時頃に再開します。
それでは。


▼深夜/男宅/リビング

――ガチャッ

男「…………」

母「あれ。アンタもう寝てるかと思ったのに。電気も付けずに何してんの、気持ち悪い」パチッ

男「……おかえり母さん。ずいぶん遅かったね」

母「はぁ? 私がどこにいようがアンタに関係ないでしょ」

男「……そうだね」


母「ちょっとアンタ! 何でご飯置いといたのに食べてないのよ!」

男「ご飯?」

母「ここに置いてあるでしょ! 冷蔵庫に何も入ってないから買ってやったんじゃない!」

男「あぁこれか。ゴメン、気づかなかったよ。……でもお腹空いてなくてさ」

母「空いてる空いてないって問題じゃなくて、勿体ないでしょ! それだってタダじゃないのよ!」

男「なら母さん食べていいよ」

母「何よその言い方! アンタの為に置いといてやったんでしょうが! そんなのもわからないの!?」

男「…………」


母「アンタって本当に全然言うこと聞かないわよね! 本気でどうしようもないわ!」

男「…………」

母「制服もボロボロで汚ならしいわ、髪もボサボサだわ、身なりくらいちゃんとしなさいよ! 私まで変に見られるじゃない!」

男「…………」

母「せっかく買ってやった食べ物も粗末にするわ! 本当に何なのよ!」

男「…………」

母「アンタも私みたいに働いてみなさいよ! ガキだからって甘えてんじゃないわよ!」

男「…………」

母「それすらもできないクセにまだワガママ言ってんなら、アンタなんかさっさと死んじゃえばいいのよ!」

男「…………」

母「アンタ聞いてんの!? ねぇ!?」

男「…………」


男「…………」

男「…………」

男「…………」

男「……ろよ」ボソッ

母「はぁ!? 何!?」

男「……なら……前……みろよ」ボソボソ

母「聞こえないわよ! 言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!」

男「そんなに死んで欲しいのなら……お前が殺してみろって言ってんだよ!」


母「なっ、何をムキになってるのよ! 声も大きいし! もう夜なんだから静かにしてよ!」

男「何が僕の為だよ……お前が今までに本当に僕の為を思って何かしたことあったかよ!」

男「これだって何だよ、コンビニのおにぎりひとつって! こんなのどうせお前がただ食い残した分だろ! ふざけんなよ!」

母「ふざけてるのはアンタでしょ! あるだけ感謝しなさいよ!」

男「何に感謝しろって言うんだよ! 本当にわかってんのかよ、この家には何も無いって! 冷蔵庫にも台所にもどこにも、昔からずっと食べれる物がろくに無いんだぞ!」

男「その中で小さい頃から飢えを耐え凌いできた僕の気持ちがお前にわかるか!?」

母「そんなこと知らないわよ! ここに住まわしてやってるだけでありがたく思いなさいよ!」

男「この家は父さんがお前と離婚した時に置いてった家だろ! お前が威張りちらして言うことじゃない!」

男「僕の学費だって父さんが養育費代わりに払ってるじゃないか! お前が僕のために何をしてくれてるんだよ!」」

母「うるさいわね! アンタに何がわかるのよ!」

男「わかってんだよ! 僕は全部知ってんだよ!」

母「何がよ!」


男「全部言ってやろうか!?」

男「父さんは自分勝手なお前が嫌になって他の女の所に出ていったこと!」

男「お前が父さんと離婚して多額の慰謝料をもらったこと!」

男「なのに僕の学費とは別にさらに養育費を毎月もらってること!」

男「その金を好きなように使って遊んでる上に、いい歳して職場や飲み屋で男を漁ってること!」

男「そしてお前が僕を本気で邪魔だと思ってること!」

男「全部知ってるんだよ! わかってんだよ!」

母「…………」

男「どうだよ! 何か間違ってるなら言ってみろよ!」

母「……チッ」


男「……中学の時、僕はこの家を出ようと思って、一度だけ親戚を頼って父さんに会いに行ったことがある」

男「ずいぶん遠い所に住んでたよ。まさか僕が来るなんて思ってなかっただろうから、父さんはすごく驚いてた」

男「ちなみに父さんは再婚して、新しく子供も作って、幸せそうに暮らしてたよ」

母「…………」

男「父さんは僕を見ると、無言で家の中に戻って何かを持ってきた。……封筒だった」

男「その封筒を投げつけられて、こう言われたよ。『それをやるから、もう俺と俺の家族に二度と関わるな』って」

男「金の無心をしに来たと思われたのかな、中には20万円入ってた」

男「それを……まるで汚いものでも見るような目で、投げつけてきたんだ……」

母「…………」


男「方や嫌悪憎悪の塊で……、方や絶縁してもう無関係と決め込んで……」

男「何なんだよ……何なんだよ……この家は! お前らにとって家族って何だったんだよ!」

男「お前は何で僕を産んだんだよ! 何の為に僕を産んだんだよ!」

男「養育費目当てか!? ストレスの捌け口か!? それともペット感覚で産んでみたっていうのか!?」

男「どうせそんな所だろ!? 違うなら何か言ってみろ!」

母「…………」

男「ほら……やっぱり、そんな所か……」


男「……ふざけるなよ。お前が僕を産んだせいで、僕はこの世界で生きなくちゃいけなくなったんだぞ」

男「お前が僕を産んだせいで、僕がどれだけ苦しんできたか……どれだけ惨めに生きて来たか!」

男「そんなこともわからないしわかろうとしない、責任も愛情も持てない奴らが子供なんてつくってんなよ!」

男「お前らみたいな奴らが僕を産もうすること自体おこがましい間違いなんだよ!」

男「こんなのは家族なんかじゃない! 僕には家族なんて存在は元から無かったんだ!」

男「お前が僕を産んだせいで、僕は生まれたその瞬間からずっと独りにさせられたんだ!」

母「…………」

――カチッ、シュボッ

母 スゥー…ハァー

母「……で、何なの?」


母「アンタを産んだ理由が知りたいの? はっきり言おうか? それね、全部正解」

母「そんなに嫌だったならこの家出てけばよかったのに」

母「っていうか、さっさと出てってよ。アンタがいると男が寄り付いてもここに呼べないから邪魔なの」

母「バツがあろうと子を産んでようとね、女は一人なら大体上手くやれるのよ」

母「なのにアンタがいるだけで何にも上手くいかないったらありゃしない!」

母「アンタがいるせいで本気で惚れた男に逃げられたこともあったわよ!」

母「何度アンタを殺してやろうと思ったか! 違うわね! 今でも思ってるわ!」

男「だから言ってんだろ! そんなに僕が憎いんならお前の手で僕を殺してみろよ!」

母「はぁ!? 何で私がそんなことしなくちゃいけないのよ! バカじゃないの!? そういうところ生意気な所が大嫌いなのよ! 死ねクソガキ!」

母「だいたいアンタねぇ、さっきから親に向かって――」

男「やめろ!!」

母「!?」ビクッ

男「今更母親面するな。お前をもう母だなんて思ってない。お前が僕を自分の子だと思ってないようにな」

母「……チッ」


男「話を戻すけど、いいからやってみてよ。動かないであげるから好きに僕を殺してみてよ」

母「だから何でそんなのことしなくちゃいけないのよ、馬鹿らしい」

男「なんだ、結局口だけか。臆病者だよ、お前も」

母「アンタを殺して捕まるほど馬鹿じゃないって言ってんのよ! じゃなけりゃアンタをもう百回は殺してるわよ!」

男「……なるほどね。仕方ないな、じゃあ代わりに僕がやってあげるしかないか」ガシッ

母「アンタ、ほっ、包丁なんて持って、何する気よ!」

男「勘違いするなよ。これはお前の願いを叶えてやる為のものだから」

母「はぁ?」

男「これを僕のお腹に思いっきり突き刺して死んであげるよ」


男「僕に死んで欲しいんでしょ?」

母「どうせ本気じゃないクセに、ばっ、馬鹿らしい!」

男「……僕の目を見て言えよ」

母「は?」

男「僕の目が冗談で言っているように見えるか? しっかりとこっちを向いて言ってみろよ」

母「やっ、やれるもんならやってみなさいよ! 死にたいならさっさと死ねば!?」

男「…………」

母「ほら見て言ってやったわよ! 早くしなさいよ!」

男「……後悔するなよ?」

―― ドスッ!

母「!?」

男「うぅ……」ドサッ


母「あ……あっ……」

男「……いっ……痛い……痛い……母さん、助けて……」

母「そんな……嘘でしょ」

男「母さん……痛いよ! 早く助けて! 痛いよぉ!」

母「……わよ」

男「救急車……呼んで……早く! 痛い! 死んじゃう!」

母「……知らない! 私、知らないわよ! 私のせいじゃない!」

男「痛い! 痛いよ! 痛いよ! 早く、母さん! 早く助けて!」

母「アンタが勝手にやったことでしょ! 助かりたいなら自分で何とかしなさいよ!」

男「母さん……助けて……」


母「私は知らないから! 私のせいじゃないから! 悪いのはアンタなんだから!」

母「死にたいのなら勝手に死になさいよ! 私を巻き込まないでよ!」

母「何なのよアンタは! どれだけ私に迷惑かければ気が済むのよ!」

母「だからアンタなんか大嫌いなのよ! 死ねよ! 今すぐ死ね!」

母「死ぬんなら一人で勝手に死ねよ!!」

男「母さん……」

男「…………」

男「…………」

男「……ぷっ、くくっ」クスクス

男「あははははははははははっ!」ケラケラ

母「……え?」


男「嘘だよ」

母「嘘って……何が……?」

男「だから嘘だって。ほら」ドサッ


男は服の中から、穴の開いた漫画雑誌を取り出し、包丁と一緒に机の上に放り投げた。

雑誌には厚さの半分にも満たない程の穴が開いている。

包丁は刃先が少し曲がってしまったようだ。

母は腰を抜かしたかのようにその場にへたり込んでしまい、心ここにあらずというように呆然と目の前を見つめていた。


男「刺してなんかないってこと」

母「は……? どういうこと……?」

男「お前を試したんだよ。ほら、刺さってないでしょ?」

母「……アンタ、こんなことして、何がしたいのよ……」


男「お前の本心を確かめたかっただけだよ。毎日僕に死ねだとか言うから、本当に死のうとしたらどうするのか試してみたくてさ。驚いた?」

母「ふざけないでよ……」

男「ふざけてなんかない。……おかげで、心おきなく事が進められるよ」

男「それに良かったじゃん、これで本当に僕に死んで欲しがってるってことが証明できたんだから」

母「…………」

男「だけどそっちだって悪いんだよ? 止めてくれたり、反省して一言でも謝ってくれたり、一瞬でも愛情らしきものを見せてくれればこんなことするのはやめようとは思ってたんだ」

男「でも止めるどころか逆に煽ってきて、助けを求めてもヒステリックに喚いてばかりで、挙句には自分を巻き込まずに死ねとか……予想通りだったけど……クククッ……」クスクス

母「…………」キッ

男「ゴメンゴメン。そんな睨まないでよ。お詫びにここから消えてあげるから」


男「それじゃ母さん、お別れだね」

男「僕を産んでくれてから今までありがとう。これまでの16年間に感謝するよ」

男「退屈で……」

男「苦惨で……」

男「残酷で……」

男「冷酷で……」

男「死にたくても……死ぬこともできなくて!」

男「陰鬱で!」

男「安寧も無くて!」

男「虫けらのようで!」

男「無意味で!」

男「無価値で!」

男「最低最悪な!」

男「……そんな16年間をありがとうございました」


男「さっきも言った通り、僕は消えるよ。もう一生会うこともないだろうね」

母「…………」

男「それじゃ……さようなら、母さん」

男 スタスタ
 
 
 
――キィッ バタン……
 
 
 


▼数日後/学校/下駄箱/放課後

D太「……チッ」スタスタ

D太(最近、Q也もN雄も学校に来やがらねぇな)

D太(どっか遊びに行ってんなら誘ってくれたっていいのによ……ったく)

D太(男の野郎も来やがらねぇからストレスが溜まって仕方ねぇ……)

D太(あー、マジでイライラすんぜ! くそっ!)

D太(ん、俺の下駄箱に何か入ってやがる。……何だこれ)


[ あの廃ビルでキミを待つ。 男 ]


D太(あのクソガキ……ふざけてやがって)

D太(もしかしたらQ也たちが来ねえのもコイツが関係してるのか?)

D太(……まさかな)

D太(暇だし、からかいに行ってやるか。ついでにストレス発散だ!)


▼廃ビル/1F

D太 スタスタ


―― シーン……。


D太「おい、来てやったぞ。いるんなら出て来い」


―― シーン……。


D太「テメェが呼び出したんだろうが! 今すぐ出て来ねぇと殺すぞ!」


―― シーン……。



D太「……チッ、クソが。くだらねぇことしやがって」

D太「帰るか。とんだ無駄足――!?」

男 ダッ

―― バチバチバチバチバチバチバチバチッ!!

D太「ぐぉああああ――――!!」

D太 ドサッ



男「…………」




▼時刻未明/廃ビル/地下1階

―― パチパチッ、パチパチッ。

男「…………」

D太「……んン、うぅ」


D太が目を覚ますと、屋根も壁も床も一面が灰色のコンクリートで覆われた殺風景な空間が最初に目に映った。

その広さは4メートル四方、概ね十畳程だろうか。高さは3mも無い。

その空間の中央で男が分厚いステンレス製の一斗缶をじっと見つめていた。

男が覗く一斗缶の中には幾つもの積み重ねられた木炭が轟々と火炎を巻き上げて赤熱していた。


D太「あ……、なんだ……?」

男「ようやく起きたね。おはよう」

D太「んあ?」

男「首の後ろ痛くない? 少し長めに当てすぎちゃったからさ」

D太「……?」

男「都心に行けば本当に売ってるんだね、スタンガンって。しかもわりと簡単に買えるんだよ。世の中っておかしいよね、クククッ」クスクスッ

D太「は……、スタンガン……?」

男「高かったけど買った甲斐があったよ。おかげで準備もしやすかったし」


D太「準備……?」ジャラジャラ


ここでD太は自分の体の違和感に気が付いた。

体は壁を背にするように座らせられている。

衣服は肌着と下着以外が脱がされており、肌寒さに身を震わせると、それが朦朧としていた意識を正常に戻していった。

自分の二つの手は左右に大きく開かれ、壁に打ち付けられた手錠に繋がれていた。

両足も同じだ。床に打ち付けられた鉄の錠に両足首は繋がれ大の字となり、身動き一つできないようになっていた。


D太「……んだこれ」

男「ようやく、どういう状況か理解できてきた?」

D太「お前、何やってんだ……ここどこだよ」

男「前に僕のことを殴ったりした廃ビル覚えてる? あそこに地下室があってさ、たぶん倉庫かなんかに使ってたんだと思う。僕も最近知ったんだよね」

D太「ふざけんなよテメェ……こんなことして後でどうなるかわかってんだろうな」

男「安い脅し文句だな」

D太「あぁ!? 調子乗ってんじゃねぇぞコラ!」


男「ねぇ」

D太「あぁ!?」

男「僕はキミのせいで友達を二人も殺してしまったよ。一人は見殺しに、もう一人は僕のこの手でね」

D太「はぁ!? んな話知るか! さっさとこれ外しやがれ!」

男「外して欲しいの?」

D太「ふざけてんじゃねぇぞコラ! 早く外しやがれクソ野郎!」

男「外して欲しいなら条件がある」

D太「あぁ!?」


男「1つ目。僕にもう二度と関わらないこと」

D太「チッ、……わかった。もう絡まねぇでやるよ」

男「2つ目。僕に今までのことを謝ること」

D太「あ!? 誰がテメェなんぞに謝るかボケ!」

男「別に気持ちなんて入れなくていい、言葉だけでいいんだよ。従っておいた方が得だと思うけど?」

D太「クソッ……、わかったよ。あー悪かった、すんませんでしたー」

男「そして3つ目」

D太「はぁ、まだあんのか!? マジ調子乗ってんじゃねぇぞ!」

男「これで最後。でもこれが一番大切だからしっかり聞いてね」


男「3つ目。僕が殺してしまった友達の墓前で、地面に手と頭をつけてしっかりと謝ることを約束すること」

D太「はぁ!?」

男「僕に対しての謝罪はおざなりでもいいよ。でも、これは誠心誠意もって謝ってもらわなきゃ」

D太「何で俺がそんなことしなきゃなんねえんだよ!」

男「当たり前だろ。キミも関係してるんだから」

D太「知るかボケ! テメェで殺したとか訳わかんねぇこと言ってたろーが!」

D太「大体テメェなんぞに友達なんかいねぇだろ! 意味わかんねぇことほざいてっとマジで殺すぞ!」

男「あれ、忘れた? その内の一人はキミが弄って痛めつけて、挙句の果てには窓から落として殺したんだよ」

D太「あぁ!?」

男「ほら、僕の目の前で。このビルで。窓から落として。覚えてない?」

D太「あ……」

男「その顔、思い出したね」


D太「…………」

男「そしたら今度は白猫も酷く傷つけてくれたよね。結局、あの白猫も死んじゃったよ。その二人に謝ってくれないと――」

D太「……くっ……くくくっ」

男「……何がおかしいの?」

D太「お前もしかして……くくっ、友達ってあの汚ねぇ猫どものことかよ、ぷくくっ」

男「…………」

D太「そんなのの為にお前こんなことしでかしてんのかよ! マジでアホ過ぎるわ!」ケラケラ

男「……謝る気は無いの?」

D太「当たり前だろうが! お前マジ馬鹿だろ!」

D太「クソ猫が死んだくらいで何をトチ狂ってやがんだ! 頭イカれてんじゃねえのか!?」

D太「テメーもついでに死ね! 糞キチガイ野郎!」


男「そっか。謝る気は無いんだね……」

D太「何度も言わせんなボケ! さっさとこの手錠外せや!」

男(……結局、自分の置かれた状況がわかってないのか。哀れな奴だ)

男(いまだに自分の立場の方が上だと思ってるなんて愚か過ぎて笑えてくるよ)

男(こいつらはいつもそうだよな。何の根拠も無いクセに自分の方が格上だと思い込んでる)

D太「何ぼさっとしてんだ! さっさと外せっつってんだろが!」


男(何でこんな奴らがのうのうと生きてられるんだ)

男(周りの奴らもこいつらを野放しにして、自分たちはさも関係無いように気づかない振りだ)

男(世の中腐ってる……クズばかりだ……どいつもこいつも……)

男(その中でもこいつらは本当にクズだ。こいつらこそ生きる価値なんて無いクズだ)

男(何でこんなクズたちにマオウとユウシャが……)

男(…………)

男(…………)

男(マオウ……ユウシャ……ごめんね)

男(僕は……)

男(僕は……)

男(…………魔王になるよ)


男「よかった、キミがそういう人間でいてくれて」

D太「は?」

男「泣いて謝られてすがってこられたら、僕は迷ってたかもしれない」

D太「何言ってんだお前?」

男「なんてね、嘘。キミがそんなことする人間じゃないのはわかってたし、そんなことされても僕の気持ちは変わらないから」

D太「はぁ!?」

男「それに本当に謝られたところで手錠も足枷も取らないけどさ」

D太「んだとコラ! ふざけてんじゃねぇぞこの野郎!」

男「ありがとう。最後までクズ野郎でいてくれて。これで心置きなく――」

男「キミを殺せる」



男は制服の内ポケットからアイスピックを取り出し、それをD太の左肩にズブリと突き刺した。

筋肉の繊維と繊維の間を抜けていく感触と、鋭利な先端が筋繊維をぶちぶちと裂いていく感触が交互に右手に伝わる。


D太「ああああああああああぁぁ!!」

男「うるさいな。ちょっと刺しただけじゃないか」

D太「痛ぇ! やめろクソが! ふざけんなテメェ!」

男「まぁでも好きなだけうるさくしていいよ。地下だし、どうせ誰にも聞こえないから」


D太「ぐうぅ……マジで覚えとけよ、このキチガイが!」

男「うん。僕も今日の事は忘れないよ」グッ


刺さったアイスピックをぐりぐりと回し傷口が開いていくと、再びD太の絶叫が響く。

白い肌着には、薔薇のような赤い花が蕾からその花弁をゆっくりと咲き開くかのようにじわりじわりと血が滲んでいった。


D太「うがああぁぁぁあああぁぁああああ!」

男「キミって意外と痛がりなんだね。僕はいくら殴られてもそんなに叫ばなかったけどな」


男がアイスピックを抜き取ると、その勢いで針先についていた血が男の顔に飛沫した。

しかし男はその血を拭うことなく微笑を浮かべながらD太の苦悶する顔を眺めていた。


D太「ううぅ……何でだよ……」

男「何が?」

D太「何で俺だけにこんなことすんだよ! Q也もN雄だってやってただろ!?」

男「あぁ。そうだね」

D太「アイツらだってあの猫を蹴飛ばしたりしてただろうが! 何であいつらには何もしねぇんだよ!」

男「……ほら」ゴソゴソ ポイッ


男がブレザーのポケットから放り投げた“それ”は地面に落ちた途端、熟した柿のようにグチャリと潰れた。

それは間違いなく人間の目玉だった。

次に数本の千切れた指がD太の前に転がっていった。


D太「ひっ!」

男「二人ともね、あそこにいるよ。キミが来るのをずっと待ってたんだ」


男が指差した先には、“盛り上がった何か”を覆っているブルーシートが部屋の隅に見えた。

“盛り上がった何か”はピクリとも動かず、またブルーシートに完全に覆い隠されていて中身は見えないが、よく嗅げばこの部屋の空気に少し腐敗臭を感じたような気がした。


男「彼らには別に大した事してないんだけど、あっさり終わっちゃってさ。つまらなかったなぁ」

男「ただ、今が夏じゃなくて良かったよ」

D太「あ……あ……マジ……かよ……」

男「でもキミにはいっぱい酷い目に遭わせてあげるから覚悟してね」

男「僕は、拷問には詳しいんだ」



男がにこりと微笑みかける。しかし、目は笑っていなかった。

顔は真正面を向いてD太を見ているが、淀んだ黒目は焦点が合っているのかわからず、その目にD太を捉えているのか、それとも後ろの壁を見つめているのかわからない視線だった。

だがその奇怪な眼つきこそが獣や人間をひたすら弄び嬲り殺すだけの残虐な魔物や魔族が持つ特有の眼つきだ。

D太が意思せずとも身体が勝手に震え上がり、身震いで上下の歯の先が当りガチガチと鳴り始めた。


D太「嘘だろ……嘘だろ……」ガチガチガチ

D太「嘘だろ嘘だろ嘘だろ嘘だろ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」ガチガチガチガチ

男「さて、次は何が良いかな……」


男「そうだ。まずはキミにもコレを味わってもらわないと」


男は鞄の中にある紙でできた箱からごそりと何かを取り出した。

その手の平には、うねうねと体をよじる黄色いウジ虫が十数匹ほど蠢いていた。


男「じゃーん」

D太「ひっ!な、なんだよそれ!」

男「ウジだよ、蠅の子供。見たことない?」グイッ

D太「んなもん知らねぇよ! 近づけんな気持ち悪ぃ!」

男「あはは、本当に気持ち悪いよねこれ。でも僕はこういうの食べさせられたんだよ。……だからお前も食えよ」

D太「え?」


男「え、じゃなくて。食べさせてあげるからほら、口開けて?」

D太「冗談言うな! んなもん食える訳ねぇだろ!」

男「ほら、ほら」グイグイ

D太「ふざけんな! 近づけんじゃねぇよバカ! さっさと捨てろ!」

男「……ハァ、キミってば仕方がないなぁ」


男は子供の駄々を見るように、はにかんで苦笑する。

しかし笑みは一瞬にして消え冷徹な表情に変わりD太を睨む。


男「さっさと食えって言ってんだろ!」ガバッ


男は片手でD太の口を力強く掴み強引に開けさせるとウジの群れを無理矢理ねじ込んだ。

そのまま両手で口を塞ぎ、力任せに咀嚼するよう促す。


D太「んーー! んンーーーー!」ジタバタ

男「よく噛んでね。生きたままのを飲み込むとどうなるかわからないから」グッ グッ

D太「ンンん! ンンんンーー! んンーー!」ジタバタ

男「暴れないでよ。ほら、飲み込めって」グッ グッ

D太「んーーーーーーー!、――んが、ウオェ!」ゲロッ


D太の口からウジ虫が吐き出される。

口元から垂れたウジ虫の黄色い体液が撒き散らかす青くさい臭いでさらに嘔吐を繰り返す。

噛み千切られた肢体をうねらせながらウジ虫は零れて地面に落ちていった。

男はそれを一瞥すると一気に踏み潰した。生き残った数匹のウジ虫たちはさらにくねくねと身を蠢かせて地面を這い転がっている。


D太「オエッ! ウオェッ! ウェッ!」

男「これでキミもわかったよね、虫の味」

D太「オエッ! ウェッ!……ふざけんなよ……こんなの……オエッ!」


えずくD太の口内からさらにもう2、3匹のウジ虫が零れ落ち地面にはじいてどこかへと転がっていった。

もうウジ虫には目もくれず男はD太の右手を手に取ると、品物を定めるかのようにまじまじと指先を眺め、爪に触れた。


男「D太くんの爪ってさ、太くて丈夫そうだよね。野球やってた賜物かな」

D太「は?」

男「ねぇ知ってる? 爪って実はかなり重要なパーツなんだよ。爪が無いと指を握っても全然力が入らないんだ」

D太「おい何だよ……だから何なんだよ……」

男「じゃあ早速、実際に試してみよっか」


男は近くに置いてあった工具箱に手を伸ばし、中から銀色のペンチを手に取った。


男「まずは右手から。ほら、手を開いて」

D太「イヤだ……イヤだ!」

男「おい。さっさと手、開けって」ガン!ガン!


拳をぎゅっと固く握りしめてD太は抵抗するが、男は意に介さず手に持ったペンチをD太の拳に殴りつけ無理矢理に手を開かせた。


D太「痛ぇ! おいやめろって! 痛ぇ!」

男「…………」ガシッ


男は右足の裏でD太の右手の平を壁に押さえつけ、両手で持ったペンチの先にD太の右手親指の先を挟みこんだ。


男「最初は親指」

D太「おい、嘘だろ。やめ――」

―― メリメリパキベキバキ。

D太「うああああああああぁぁぁあああぁぁぁああ!!」


男がペンチを両手で力いっぱい握り締めてD太の親指を圧迫する。

爪は割れ始め、徐々に砕かれていくが男は一向に力を緩めようとはしなかった。

割れた爪が剥がれ落ちても、むき出しになった肉をえぐるようにグリグリとさらにペンチで挟みこみ、ついには肉をえぐりだして真っ白い指の骨をむき出しにさせた。

それでもまだ力を緩めることはなく、さらに一層の力を込めて男はペンチを握り込んだ。


D太「わがあああああああぁ! 痛い痛い痛い痛い痛い!」

男「……」グググッ

D太「痛い痛い痛いイダイイダアアアアアアアァ!!」

――ベキン!


倉庫内を小気味の悪い炸裂音が響いた。

それは圧迫され過ぎたD太の親指の骨が粉砕された音だった。


男「ふぅ。こんなものかな。手を握ってみて?」

D太「ああぁ、うああぁぁ……」


D太は言われるがままに右手の親指を動かそうとするが数センチ程度しか動かない。

親指の引裂かれた肉片は曼珠沙華のように、砕かれた骨は白百合のように花開いてた。


男「ね? 全然力入らないでしょ?」

D太「うぅぅ……」

男「次は人指し指」

D太「お……お願いだから……ヤメて……」

男「痛かったらいっぱい叫んでいいよ。それじゃ行くね」

D太「お願いだ、ヤメ――」


D太の絶叫が木霊する中で男はペンチをひたすら握りしめ、ベキンと破壊音を炸裂させては休みなく次の
指を破壊しにかかる。

破壊音が十本分全てに辿り着くまでの時間はそうかからなかった。


男「これで全部だけど、どう? もう全然握れないでしょ?」

D太「いだい……痛いよ……手が痛いよ……いだいよぉ……」

男「しまった。指先って結構血が出るんだね。早く止血しないと」


男は持ち手の長いトングで一斗缶から灼熱の塊と化した木炭を拾い上げると、躊躇なくD太の左手の指先に木炭をあてがった。


D太「ああぁああああ!! 熱いイダイアヅイやめろぉーーああああああ!!」

男「暴れちゃダメだよ。ちゃんと焼かなきゃ止血できないじゃん」

D太「ああああヤメテお願いヤメ熱い痛いアツイイダイああああああ!!」

男「よし。これで左手は大丈夫」


D太「うあぁぁ……もうやめで……ぐださい……お願いじます……」

男「でもまだ右手が残ってるよ。ほら」ジュウ

D太「ああああ熱いあづい痛いアヅイ! 助けてくれえええぇやめろおおお!」

D太「おああああああああああああああああああああああ!!」

男「……このくらいでいいかな」

D太「うあああぁぁ!!……うぅ、痛いよ……イダイよぉ……!!」


D太「すみまぜんでじた……許してください……もうやめでぐださい……」

男「……わかった、もうやめるよ」

D太「うぅ、本……当……?」

男「こんなんじゃ物足りないしね。チマチマやるのはやめて、次から派手にやろうか」

D太「あ……ああぁ……」


男はリュックサックを逆さまにして様々な道具を見せびらかすように地面に落とした。

五寸釘、金槌、バール、のこぎり、マイナスドライバー。

いくつかの道具には、既に渇いて錆のような色をした血糊が付着していた。


D太「ああぁ……ああああぁ……」

男「せっかくだから好きなの選んでいいよ。どれにする?」


D太「……何でだよ」

男「え?」

D太「何で……何でこんなことするんだよ……」

男「何が?」

D太「何で俺らにこんな事すんだってんだよ! ふざけんじゃねぇ!」

男「キミらだって僕に色々としてたじゃないか。同じことだよ」

D太「俺らはこんな事までやってないだろうが! このキチガイ野郎!」

男「何言ってるんだよ。キミたちは――」

D太「うるせえよ! 口開くんじゃねえよキチガイ! ぶっ殺してやる!」

D太「クソ野郎! 死ね! 死ね! マジで死ね! 殺してやる! 手錠とれよ! 今すぐぶっ殺してやる!」

男「ちょっと落ち着いて――」

D太「ふざけんじゃねぇ! イカれ殺人野郎! 死ね! 死ねよ! 死ねよクソ野郎! 死ね!」

男「いいから黙れ!! 今すぐ殺すぞ!!」

D太「っ!?」ビクッ


男「自分はここまでしてないとか、そんなのが理解されると本当に思ってるのか?」

男「口だけで手を出さなければいいのか? 相手が死ななきゃ何やっても許されるのか?」

男「そんな訳無いだろ!!」

男「程度の問題じゃないんだよ! キミらみたいな人間が軽くからかったつもりでも、傷ついて死のうとする人だっているんだぞ!」

男「虐めってのはね、それを苦にして死なせたら殺人と同じなんだよ! 実際にそれで死んでる人だっているんだぞ!」

男「僕だって何度死のうと思ったか、実際に試みたかなんてお前らは知らないだろ! 僕が死んでいればキミらは殺人者だったんだ!」

男「キミはずいぶんと言ってたよね、僕を殺すって! それが立場が逆転した途端に命乞いか! 今まで僕の言うことなんか聞く耳も持たなかったクセに!」

男「まさか殺される覚悟も無いクセに殺すとかのたまってたのか!? キミだってこうなる覚悟があって僕を虐めてきたんだろ!?」

男「どっちが間違ってるんだ!? どっちがふざけてるんだ!? どっちがクソだ!?」

男「答えてみろよ!!」


D太「うぅ……」

男「どうした!? さっさと答えろよ!!」

D太「あ……あぅ……」

男「……そういえばさっき『何でこんなことするのか』って聞いたよね? むしろ、それはこっちのセリフなんだよ」

D太「……?」

男「なんでキミたちは僕のことを虐め始めたんだい?」

D太「それは……」

男「それは?」

D太「…………」

男「言えないの? それとも覚えてない?」



男は地面に転がる大きな木槌を手に取った。

1メートル強程の持ち手の先にバスケットボールのような大きな木製の槌がついていて、重さは優に10キロ
以上はあるだろう。


男「質問を変えよう。何であの時、黒猫を殺した?」

D太「ごめん……なさい……」

男「それは答えになってない。もう一度聞く。何で黒猫を殺した?」

D太「ごめん……俺が……悪かったから……」

男「最後だ。何で、黒猫を、殺した?」

D太「俺が間違えて……ました……許して下さい……お願いします……許して……」

男「ハァ……」



男は木槌を大きく振りかざし、そしてD太の右足の脛を目掛け思い切り振りおろした。

――ドスン!グシャリ!

床に叩きつけられた大木槌の重く鈍い音と足の骨が砕け肉が潰れる音が同時に鳴る。


D太「ぎゃああああああああああああああああああ!!」


男は再び木槌を頭上に振りかざした。

今度は左足の脛に大木槌を振り落す。

――ドスン!グシャリ!

右足と同じように重く鈍い音と左足の骨が砕ける音と肉の潰れるが同時に鳴る。


D太「あああああああああああああああああああああああ!!」


男「毎日のように物を捨てられたり、服を脱がされたり……」

――ドスン!グシャリ!

D太「あああああぁぁぁぁああぁぁあああああ!!」

――ドスン!グシャリ!

男「殴られて、蹴られて、靴をナメさせられて、虫を食べさせられて……」

――ドスン!グシャリ!

D太「痛い! 痛いよおおぉ! あぁああぁぁああ!」

――ドスン!グシャリ!

男「僕が何をしたっていうんだ! 答えろよ!」

――ドスン!グシャリ!

D太「うわあああああ! 痛いイダイ! ゴメンなさい! ゴメンなさい! ゴメンなさい!」

――ドスン!グシャリ!


男「謝罪なんていらないんだよ! 教えろよ!」

――ドスン!グシャリ!

D太「があああぁぁぁああああ! ゴメンなさい! ゴメンなさい!」

――ドスン!グシャリ!

男「教えろよ! 答えろよ!」

――ドスン!グシャリ!

D太「痛い痛いイダイ痛いよおおお! ぐぁがああああああああああああ!」

――ドスン!グシャリ!


男「マオウをいたぶって殺しやがって!」

――ドスン!グシャリ!

男「アイツは僕の初めての友達だったんだ!」

――ドスン!グシャリ!

男「魔王のクセに猫で! 食べることが大好きで!」

――ドスン!グシャリ!

男「魔王のクセに優しくて! いつも傍にいてくれて!」

――ドスン!グシャリ!

男「アイツが僕に生きる楽しさを教えてくれたんだよ! 僕を独りじゃなくしてくれたんだよ!」

――ドスン!グシャリ!

男「なんでアイツが死ななくちゃいけないんだよ!」

――ドスン!グシャリ!


男「ユウシャだって良いヤツだった!」

――ドスン!グシャリ!

男「不器用だけど実直で、本当に良いヤツだった!」

――ドスン!グシャリ!

男「あんなに魔族を憎んでたのに、マオウのことをわかってくれた!」

――ドスン!グシャリ!

男「自分だって辛かったのに、会って間もない僕の為に強さを教えてくれた!」

――ドスン!グシャリ!

男「僕の為に、自分が死ぬ覚悟までしてくれたんだ!」

――ドスン!グシャリ!


男「二人とも僕のことを優しいって! 友達だって言ってくれた!」

――ドスン!グシャリ!

男「アイツらが何をしたんだ! 僕らが何をしたっていうんだ! 答えろよ!」

――ドスン!グシャリ!

男「答えろよ!」

――ドスン!グシャリ!

D太「がああああ! ごめんなさい! 許してください! ごめんなさい」

――ドスン!グシャリ!

男「うるさい! さっさと答えろ!」

――ドスン!グシャリ!

D太「ごめんなざい! すみまぜんでじだ! 許じであああああああああーーー!」

――ドスン!グシャリ!


男「許すもんか……お前らはだけは絶対に……許さない!」

――ドスン!グシャリ!

男「絶対に許さない!」

――ドスン!グシャリ!

男「このクズが!」

――ドスン!グシャリ!

男「クズ野郎が!」

――ドスン!グシャリ!

男「クズ野郎が!」

――ドスン!グシャリ!

男「クズ野郎が!」

――ドスン!グシャリ!

男「クズ野郎が!」

――ドスン!グシャリ!


男「クズ野郎が!」

――ドスン!グシャリ!

男「クズ野郎が!」

――ドスン!グシャリ!

男「クズ野郎が………ふふっ……」

――ドスン!グシャリ!

男「クククッ………あはっ……ははは」

――ドスン!グシャリ!

男「ふはは……あはは、あはははははは!」

――ドスン!グシャリ!


男「あはははははははははははははははははははははははははははははははははは!!」

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!

男「あははははははクズヤロウはははははははフザケンナはははははははははははは!!」

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!

男「あははクズヤロウクズヤロウははははフザケンナはははシネヨははシネはははは!!」

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!

男「あはシネはははシネコロシテヤルはははははブッコロスはははコロスははははは!!」

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!

男「シネヨシネシネはははシネはははコロシテヤルははクズガはははクソがはははは!!」

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!


男「あはははははははははハハはははははははははははアハハははははははははは!!」

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!

男「あはははハハハははははヒャハはははははひゃははアハははあひゃヒャはははは!!」

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!

男「あははアハはははアひゃははヒャははははあひゃはアははハハははヒャヒャはハハ!!」

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!

――ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!ドスン!グシャリ!

………
……



D太「うああぁぁ……ああ……」


D太の両足は膝下からにかけては男が何度も木槌で叩きつけたことにより、皮膚は引きちぎれ肉はグチャグチャになるまで潰されミンチ肉のような肉塊と化していた。

それでも骨だけは丈夫で、真っ赤な鮮血を撒き散らし肉も皮膚も失って千切れかけている脛から下の足をどうにか繋いでいる。

多少は折れたり割れたりしてしまっているが概ね原型を留めていることに少しだけ感嘆を覚えた。


男「……また止血してあげないと」


再び一斗缶にトングを突っ込み、新たに燃え盛る木炭を取り出すと、D太の足を踏みつけて抑え、むき出しの肉塊に押しつける。


D太「ぎゃああああああ熱い熱い熱い熱いイダイやめろーーー!!」

男「そんなに喜ばないでよ」

D太「熱い! 熱い熱い痛い! 助けて! 誰か助けああがあああぁぁ!!」

男「そんなに嬉しいならもうこっちにもあげるよ。ほら」

D太「アヅイアアアアアァーーーー!!」


男が熱された木炭をDの右頬に押しつけると、D太は首から上をブンブンと振って抵抗した。


男「暴れ過ぎだよ。落ち着けって」ゲシッ

D太「ぐえっ!」


D太の首元を足で抑えつけ、さらに木炭を強く深く当てていく。


D太「グア″ァァーーー! ア″ーーーー!」

男「焼き肉みたいなイイ匂いがするね。少し焦げ臭いけど」


D太の右頬の肉や皮膚は焦げ臭さを放つほどドロドロに焼き溶けて口内の歯や歯茎が見えてしまっていた。


D太「ううぅ……ぁぁ……」

男「右耳も焼けて小っちゃくなっちゃった。これじゃ釣り合いが悪いな」


男は先程リュックサックから取り出したのこぎりを手に取って、左足でD太の頭を壁へと踏み抑えて、左耳の付け根にその刃を当てる。

ギラギラと鈍く光る刺々しい無数の細かい刃にはちらほらと血錆の痕が見える。


D太「ひっ……ヤ……ヤメ……」

男「ちょっと時間かかりそうだけど、よっと」

――ギコギコギコ。

D太「ぎゃああああああぁぁあああぁ! イダイイダイ!」

男「動かないで。切りにくいから」

――ギコギコギコ。


D太「うわああああああ!! 痛い痛い!! イヤだ!! もうイヤだ!!」

――ギコギコギコ。

D太「イダイ痛いイダイイダイ痛イいダイイダイイダイイダイ痛いイダイ!!」

――ギコギコギコ。

D太「イダイイダイ痛いイダイ!! イダイよやめでぐれイダイ!!」

――ギコギコギコ。

D太「あああああああぁぁぁああ!! イダイ!! 痛いイダイよおおおおおおお!!」

――ギコギコギコ  ボトッ

D太「あああああああああああああああああああぁぁぁああああ!!」

男「ふぅ。……あれ、ごめん。全部切り落としちゃった」


D太「あああああぁぁぁ……ああぁ……」

男「前にキミが言ってたけど、本当に人間って意外と丈夫なんだね。さすがにもうショックで気絶するか、死んじゃってもおかしくないと思うんだけどな」

D太「痛いよ……うう……誰か……助けて……」

男「キミも馬鹿だね。まだ助かると思ってるの?」

D太「助けて……助けてください……お願いします」

男「命乞いとか意味ないから。いい加減覚悟しろよ」

D太「うぅ……誰か……助けてくれ……コイツ……悪魔だ……」

男「悪魔だって? クククッ……」クスクスッ

D太「……?」

男「違う、違うよ。そんなんじゃない……」

男「僕は魔王だよ」クスッ


D太「うぅ……あぁぁ……」

男「さて、次は何がいい?」

D太「もぅ……や……やめてくれ……」

男「そうだ。せっかく高いお金出して買ったんだから、アレ使わないと」


再びリュックサックを手を取ると、サイドポケットから黒い塊を取り出した。

先刻にD太を気絶させた武骨で真っ黒で大きなスタンガンだった。


男「これスゴイんだよ。出力調節ができるんだ」

D太「やめで……お願い……家に帰りだい……」

男「また気絶されたらつまらないから……少し弱めにしないと」カチカチカチ


「強」と表記されていたスタンガンのメモリを三段階下げて「中弱」に変え、男はスタンガンの先をD太の左目に押し当てた。



D太はこれから男がやろうとしていることをすぐ様理解してやめるよう懇願するが、男のD太を見ているようで
まるで見ていない視線と表情を見て、それは無意味だということを悟った。

それでも藁をも掴む思いで必死にすがり付いた。


D太「お願いだ……やめで……なぁ……謝るから……土下座でも何でもするがら」

D太「もうやめてぐれ……俺、死んじゃうよ……」

男「…………」

男「あっそ」

――バチバチッ!!

D太「ああああああああああぁぁぁあああああ!!」

男「一瞬しかやってないのに大げさだな。ほら、もう一回」

――バチバチバチッ!!

D太「があああああああああああああああああああ!!」


男「まだ一秒も当ててないじゃん。もっと我慢してみろよ」

――バチバチバチッ!!

D太「ああああああああああああああああああああ!!」

男「まだまだ、もっとだよ」

――バチバチバチッ!!

D太「ああああああああああああああああああああががが!!」

男「もっとだ……もっともっと」

――バチバチバチッ!!

男「もっと、もっと、もっともっともっともっと!」

――バチバチバチバチ パツンッ!

D太「わあああああああああああああああああああ!!」

男「……うわっ」



放電された電気の独特な音の中に何かが破裂するような異音が聞こえ男はスタンガンのスイッチをオフに切り替える。

どうやらD太の左目が電圧で熱膨張して破裂してしまったようだ。

眼輪筋は電熱により焼かれ芳ばしい匂いを放ち、目の奥から黒いゼリーのようなガラス体と体液が血と入り混じってD太の頬を下に伝っていた。

それはさながら贖罪の涙のようにも見えた。


D太「がああああぁぁぁ!! 痛いイダイ! 目が痛い! 見えない!」

男「目が潰れたくらいで大げさだな」

D太「ああああ! ううぅ! あああああ……!」


男「ねぇ、顔上げてよ」

D太「うあぁ……あぁ……」

男「顔上げろって言ってるだろ」ガシッ

D太「ぐうぇ……」


男はD太の胸元を足で押しつけ、片手で前髪を鷲掴みにして顔を持ち上げる。


男「汚い顔、ゾンビみたいだ。気色悪いなぁ」

D太「うぅ……」

男「どう? 少しは虐められる側の気持ちがわかった?」

D太「あ……う……」

男「ちゃんと答えてよ。まだ意識あるでしょ? それともまた熱いの顔につけて欲しいの?」

D太「う……わ……わかり……まひた」

男「それはよかった。じゃあ、もう仕上げに入ろうか」



そう言うと男はD太から手を放し、返り血のついた服を脱ぎ捨てて新しい服に着替えながら部屋の片隅に進んで行く。

そこにはポリタンクが置いてあり、男はその蓋を開けると中に入っている透明な液体を部屋中に撒き始めた。

脱ぎ捨てた服、リュックサック、壁、床、そしてブルーシート、部屋の中のありとあらゆるものに順ずつ順ずつバシャバシャとかけて回って行く。

液体から発せられる錆びた鉄のような臭いが段々と部屋に充満していった。


男「こんなもんかな」

D太「お前……何……してんだ」

男「仕上げ前の準備だよ。ほら、キミにも」バシャバシャ

D太「ぶぁ! べっ、うぇッ! ペッ……ペッ!」

男「バカだなぁ。飲んじゃ駄目だよ」

D太「うぇ……これ……ガソリン……?」

男「正解」

D太「お前……まさ……か……?」

男「お察しの通り。最後に相応しいと思わない?」


D太「そんな、やめてぐれ……お願い……だ……それだけ、は……やめてぐれ……!」

男「何で?」

D太「だっで……そんな……ひど、すぎるだろ……もう……やめてぐれよ……助けてぐれよ……」

男「……これもキミが前に言ってたよね。覚えてる?」

男「『人ってのは食う側と食われる側に分かれる。食われる側はこういう運命だ』」

男「『恨むなら自分のくだらない人生を呪え』、って」

男「だからキミも受け入れろよ。今度は、キミがくだらない人生を呪う番なんだよ」

D太「う……うぅ……」


男が再びトングに手をかける。一斗缶の中では赤熱した木炭たちが未だに轟々と空気を焼いていた。

トングで炭をごろごろとかき回すと火の手は酸素を吸ってより大きく赤く燃えていく。

トングを一斗缶の中で回しながら頭だけ向けてD太を見やると彼は嗚咽するほど泣いていて、目の前にいる者はつい最近まで虐げ見下していた人間だということもことも忘れて、ひたすらに泣き喚いていた。


D太「男……なぁ、もうやめてぐれ……頼む……もう何もしないがら、俺が悪かったがら……」

男「…………」


D太「やめ……やめで……頼む……お……願い……だ……」

D太「死んじゃうよ俺……死にだぐない……じにたぐない!」

D太「死にだくない! じにだくないんだよ! やめでぐれよ! やめろよぉ!」

D太「帰りだい! 帰らぜでぐれよ! お願いだがら! もう何もじないがら!」

D太「イヤだ! 死にだぐない! 誰か助けて! 死にたくない! 誰が! 誰がぁ!」

D太「誰がぁーーーー!! 助げでぐれぇぇーーー!! 誰がぁぁーーーーーー!!」

男「…………」






男は、ずっとD太を睨みつけていた。

その眼はやはり焦点が合っておらず、叫び喚くD太の存在に気づかないように、はたまた無視するかのように、微かな希望も感じさせない深い闇の如き黒い瞳でずっと睨みつけていた。

そして、ようやく開いたその口から力強く無情に言葉を言い放った。





男「苦しみ悶えて死ね。これは地獄の業火だ」







灼炎の塊を一つ掴みブルーシートへと放り投げた、その刹那、気化して溜まっていたガスが小爆発を起こしながら瞬く間に部屋中に火が広がっていく。

辺り全てが炎の海と化していく様はまさに地獄への入り口のようだ。

ガスに導かれた火の手は地を這う大蛇のようにD太の方へと向かっていき、彼の体を飲みこむように炎が襲い掛かっていった。


D太「あああアアァぁああ熱い熱いよおおおお熱いあああアアあああーーーーーー!!」

D太「助けてえぇぇ!! 誰が助けてぐれぇーーー!! 熱いよおおオオ!!」

D太「ヤダ! ヤダァ!! 死にたくない!! 死にだぐない熱いよォォうああああああ!! ぐぁァァアアああアアア!!」

D太「熱いよ!! 助けてぇぇ!! 誰かああああああイヤダアアアアアアアアア!!」

D太「あああああああぁぁぁぁぁぁ、ぁぁ……誰……助け……たす……て……」

D太「……た……て……………………」

D太「…………………」



タンパク質は熱を受けると凝固する。それは食肉も人間も等しく同じで、D太の焼かれた筋肉は収縮していき、首や腕は意味不明な方向にねじ曲がり、腰は男のくせに娼婦の様にくねらせて何とも無様な恰好へと変形していった。

身も頭髪も目玉も皮膚も内蔵も焼尽して、目の前の人間がただの黒炭の物質へとその姿を変えていく。

耳障りな断末魔はもう微かにも聞こえなくなっていた。

“これ”はもう、本当にただの屑へと成り果てた。




僕の復讐劇はこうして幕を閉じた。

しかし、何故か心は全く満たされなかった。

読んでいた絵本が未完だったような虚しさだけが残った。

熱い……この部屋はなんて熱いのだろうか。

周りではさらに炎が燃え盛って舞い踊り、今にも僕のことも飲み込もうとしている。

これが僕の体の奥底から生み出された業火ならば、この身もここで焼き尽くすべきなのではないかと少しばかり迷ったが、このクズどもと同じ場所で死ぬのは御免だ。

ふさわしい場所があるとは思わないが、少なくとも僕が死ぬべき場所はここではない。



空っぽの心が無為に体を動かした。

それはとてつもなく重い一歩だった。

鈍い動きで僕は出口へと向かう。

ドアのノブに手をやると、炎で相当に熱せられていたために掴んだ右手の平からジュウと焼ける音がした。

しかし焼ける痛みは感じなかったので僕はそれを全く意に介さずドアを開けた。

地上へと続く暗い階段を炎が照らしている。

これは地獄へとのぼる階段だ。

その段をひとつひとつ、ゆっくりと進んで行く。

これでもう僕には生きる為の目的が無くなった。

あとはもう、わが身の朽ち果てる場所を探すだけだった。


▼深夜/郊外/山道の中


僕は人目を避けながらひたすら西へ北へと歩き続け、都内の中でも地方にある山中へと辿り着き、表通りから外れて獣道を当ても無く彷徨っていた。

さらにそのだいぶ奥へと進んだ所に大きな木があり、幹には生命力に溢れた根が隆起して大人一人分ぐらいが収まる空間があったので、その中でひざを抱きかかえて蹲った。

あの場所から少しでも遠くに行こうとは考えていた。

人気のない廃ビルの地下とはいえ、あれだけの火事が起きれば気づかない者はいないはずだ。

その上、中で行われた惨状を知れば警察もマスコミも躍起になって関係者、もとい下手人を探すに違いない。

それらを避けるべく出来るだけ遠くへ逃げる必要があった。

これ以上アイツらとは関わりたくなかった。

いや、もう誰にも関わりたくなかった。

一人になりたかった。



この山林の中にいたとしてもいずれは僕の居場所が誰かに見つかってしまうのは間違いない。

だが、その頃にはきっと僕はもう生きてはいないだろうから、どうでも良かった。

僕は、このままこうしていれば自分は死ねると今まで以上に感じ取っていた。

今更だが、死を願い何か行動を起こすことよりも、こうして本当の意味で何もせずにゆっくりと死を受け入れていくことの方が僕には良かったのかもしれない。

……それでもやはり死ぬことは怖い。

友を殺しておいて、さらにその復讐で人を殺しておいて思うべきではないが、それでもやはり死ぬことが怖い。

我ながら自分の臆病さに辟易し苦笑する。



目を閉じ、マオウとユウシャの事を想う。

終わったよ。何もかも。すべて。

仇は取れたよ。そのつもりだけど。だけど――。


そこで唐突に睡魔が襲って来た。

瞼が鉛のように重くなり、もう持ち上げていられない。


もう考えるのは止そう……。

体もひどく疲れてる……。

寝むいな……とても……。


まばたきを2、3度した後に目を閉じた所で僕はすぐに眠りに落ちていった。

もうこのまま永遠に眠ることができる、そう思っていた。


▼夜/場所不明


目を覚ますと、僕は仄暗く狭い空間でうずくまっていた。

見上げれば確かに夜空が見えるのだが、それがどうも見たことの無い空だった。

月が二つある。片方は満月だが、もう一方はその殆どを隠し、下弦だけが赤く輝いていた。

その周りで多くの星が輝いているが、知っている星座が何一つ見当たらない。

夜景を遮るようにして巨大な野鳥がギャアギャアと奇声を上げ鳴きながら夜空を飛んで行った。


ところで自分の体にも異変を感じていた。

まず呼吸をしていなかった。自らの呼吸音は何一つ聞こえない。

視界が広く、首を動かさずともほぼ360度見渡せるようだ。まばたきも必要としていなかった。

手が多い。暗喩ではない。手の本数が多い。多すぎるのがわかる。

しかし足は無いようだ。下半身の感触が無い。

僕の体はどうなってしまったのだろうか。

背中の肩甲骨の辺りから大きな何かが生えているのも気がかりだ。



違和感は体内にもあった。

体の奥底から得体の知れない力がみなぎってくる。

筋力でも感情の渦でもない、まったく別の何かだ。

起き上がるべくして背中に力をこめて、その体を起こすと、僕は一気に夜空へと飛び上がった。

肩甲骨の辺りから大きく生えた十数枚の薄刃の羽がジジジと鳴らしながら羽ばたき、この巨躯を持ち上げている。

地上に現れた僕は相当な大きさだった。

どうやら僕はどこかの山の火口から入って奥深い底で眠っていたようだ。

そんな所にいたはずもないし、この体もありえないのだが、僕は混乱することなくそれを受け入れていた。



森の上を少しばかり飛んでいると大きな湖畔が見えた。

丁寧に磨かれた鏡のような水面は、凛として浮かぶ双つの月と輝き散らばる星たちから木々の枝ひとつひとつまでを鮮明に写し込んでいる。

そこに上空を飛ぶ僕の姿が映った。

水面に写る僕の姿は残酷なまでに禍々しく醜いものだった。

大きく膨れ上がった複眼の目は赤黒く、背には羽虫のような薄刃の羽が幾重にも重なっている。

鉤爪と節のある足が胸や腹にかけて数十にも生え伸びており、歪な針金の如き体毛が体全体に隙間なく生えている。

僕は巨大な蝿の怪物と成り果てていた。

その姿はまるで……。


男「何だこれ……あぁそっか、僕は、本当になっちゃったんだ……」

男「ククククッ、僕は……なったんだ、本当に……あはは、ははは」

男「あはは……、あハ、アはハハ、アハハ、ヒャハハハハ!」

男「アヒャヒャヒャヒャアハハヒャハハヒャ! アヒャハヒャヒャハハアハハハヒャハ!」


赤く不気味に輝く下弦の月のように口を歪ませて、泣いている様な笑い声を夜空に響かせながら巨大な怪物はどこか遠くへと飛び去って行った……。



本日はここまでです。
見て下さってる方がいるようでありがたいです。
続きはまた本日の午後8時~9時頃に再開します。
長くなりましたが次がラストです。それでは。

――――――――――

この世界に転生した我が身は元が人とは思えぬ異形の姿だった。

その姿を見るや畏怖した民衆が「蠅の王」だ「魔王」だと騒ぎ立て始めると、人々は剣を携え、弓を引き、私の元へと進攻し始めた。

この世界の人間たちが私を見る目は、かつて人であった頃に見た、かの者たちと同じ目だった。

私をまるで害虫や汚物と同じだと言わんばかりの蔑みの目。

詭弁を掲げ、腐った利己的な正義の名のもとに集う愚かで盲目な確信犯たちの目。

この人間共がかの者たちと同じならば、この者らにも等しく生きる価値など有りはしない。

ならば私がこの世界でやるべきことはたったひとつだ。

皮肉にも醜悪な容姿と併せて得た力は絶大なものだった。

かざした手足から魔方陣を生み出せば、火は礫となり、風は刃と化し、光は雷を纏い、闇は様々な魔物を召喚した。

その強大な魔力と魔術で、襲い掛かかってくる人間共を薙ぎ払っては討ち滅ぼしていった。

もう何万の人間を葬ってきただろうか。いつしか私は名実共に魔王としてこの世界に君臨していた。

人間であったという意識は日に日に霞んでついには押し殺された時、心に残っていたものは憎悪だけだった。

あの時生まれた業火は燻ることも消えることもなく、今もなお私の中で燃え続けている。

――――――――――


▼時刻未明/場所不明


腐乱した屍骸の数々。風化した白骨の数え切れぬ集積。絶えることのなく漂う死臭。

そこはまさに死屍累々という言葉が似合う場所だった。

陽も無く、風も吹かず、黄泉のように荒廃したこの地には鳥や小動物どころか虫一匹でさえ生物はいない。

その地獄ような地に魔王は居を構えていた。


ワーッ! ワーッ! ワーッ!

「全軍突撃ー! 我が軍の全総力をもって攻撃しろー!」

「「「オオオオオオォォォォォ!!!」」」

「歩兵は騎馬と連携して挟み込め! 弓兵、もっと矢を放てぇ!」

「魔王に一瞬たりとも隙を与えるな! ヤツは防戦一方だ! 攻めろー!」

「「「オオオオオオォォォォォ!!!」」」


魔王「グルルゥ……ヴボオオオオオオオォッ!!!!」

「たっ、ただの雄叫びだ! 怯むな! 全員進めぇー!」

「「「オオオオオオォォォォォ!!!」」」

「いいぞ攻めろー! 進め、進めー!」

魔王「グオォォ…………ォォォオオオオオオ!!」


魔王が大きく開いた口の奥底から閃光が飛び出して辺り一体を包む。

それはあらゆる生物を焼き尽くす熱線だった。


「まずい! ぜっ、全軍後退だ! 下がれぇ!下が――」


輝きに包まれた兵士たちは瞬時にして焼け焦げた肉片と化していく。

一閃にて人間らの軍はほぼ壊滅状態となった。

指揮官を失った残党兵は恐怖で叫び声上げながら一目散に逃げ始めた。


魔王「グルゥ…………」

――スタスタ。

魔王「……グオオォ」

――ピタッ。


逃げ惑う人々の流れに逆らって、幾万の軍勢をもっても敵わぬ魔王の面前にたった一人の人間が現れた。

突如現れたその人間は足を止めて頭一杯に覆いかぶさったフードを脱ぐと、その下にいたのは、赤茶けた黒髪を風になびかせる、まだあどけなさが多分に残る少女だった。


少女「あなたが魔王ですね」


凛とした透き通る声。

威圧するのではなく、畏怖している訳でもなく、冷静で落ち着いた声が魔王の耳に届いた。

恐れることになく魔王を直視する少女の顔はどこか見覚えのある顔だった。

……しかし思い出せない。

誰かの面影を残した顔で少女は魔王をじっと見つめ続けた。


魔王「グオオォォ……」

少女「やっと会うことができました。ここまで長かったなぁ」

魔王「グルルルゥゥゥ……」

少女「私の言葉がわかりますか、魔王。――いや、男さん」

魔王「!?」


魔王の唸り声が止むと、辺りに吹いていた生ぬるい風も一斉に止まった。

魔王の腹で蠢いていた無数の手もピタリと動かなくなり、一瞬数枚の羽を小さく振ってジリッと鳴らしてから口を開いた。


魔王「……貴様、何故その名を知っている」

少女「なんだ、ちゃんと喋れるんじゃないですか」

魔王「何故その名を知っていると聞いている!」

少女「名前だけではありません。あなたは元々異世界の人間だということも知っています。そしてそこで何があったのかも」

魔王「貴様……何者だ」

少女「私の名前はミコ。勇者です」

魔王「勇者だと?」

少女「とは言っても、あなたが知っている勇者とは別ものですが」


魔王「これで最後だ……答えろ! 何故私の名を知っているのだ!」

少女「……夢で見たんです」

魔王「夢だと? ふざけるな!」

少女「いいえ、ふざけてなんかいません」

魔王「何?」

少女「私は他の人には無い特殊な力を持っているんです。その力のおかげで男さんのこれまでの全てを知っています」

少女「人間だった時のことも、魔王になってからのことも」

魔王「…………」

少女「話しを続けても良いですか?」

魔王「……聞いてやろう。ただし簡潔に話せ」

少女「わかりました」


少女「私はこの世界で、ある特別な力を持って生まれました。眠っている間だけ夢の中で誰かの記憶を覗くことができるんです」

少女「誰の記憶を覗けるかは自分では決められないのですが、もう何十万以上の様々な生物の記憶を見てきました」

少女「そしてある日私は見たんです。ここではない遠い星で、元魔王を名乗る黒猫と元勇者を名乗る白猫、その二匹の猫たちだけに心を開いた孤独な少年の記憶を」

魔王「…………」

少女「同じ学び舎の者たちから日々迫害を受け、両親からでさえも疎まれ……」

少女「友を失った悲しみと罪に苛まれ、復讐を成し遂げる為に魔王と化した……」

少女「その記憶は今までで最も悲惨で、過酷で、可哀想な記憶でした」


魔王「……もういい」

少女「…………」

魔王「どうやら貴様は私のことを本当に知っておるようだな」

少女「……はい」

魔王「もう昔のことだ。確かに私は異世界にて人間であった。非力で貧弱な小童であったよ」

魔王「そしてその弱さ故に二人の友人を死なせてしまった……」

魔王「私は憎んだ……なぜ彼らが死なねばならなかったのか……。思えば思うほど、全てを憎むようになった!」

魔王「わが友を殺したクズども! 子を愛さないクズな親! 他人の苦しみを理解せず、のうのうと生きているクズな奴ら! 人間はすべてクズの集まりだ!」

少女「…………」


魔王「人間は所詮、他者を蹂躙せずにはいられない残酷で傲慢な生き物だ! それはこの世界でも同じだと知った! 人間なんぞ、こんな種は生かす価値など無いと悟った!」

魔王「だから私は全てを滅ぼす為に魔王になったのだ!」

少女「……違いますね」

魔王「何が違うか!」

少女「あなたが最も憎んで壊したいもの……それはあなた自身でしょう?」

魔王「…………」

少女「あなたは友人を殺した相手と同じくらい自分を憎んだ。彼らの死は自分のせいだと責め続けて、死んで償うしかないと思った」

少女「でも、あなたは自分を殺すことはできなかった。誰よりも死ぬことの怖さを知ってたから。それも憎かった」

少女「だから復讐をすることにした。仇は討てたけど虚しさだけが残って、何も満たされず、何も報われなかった」


少女「やがて虚しさも無くなって、あとはもう憎しみしか残らなかった」

少女「死ねずに、その身も魔物に成り果てて、今度はもっと他の誰かを憎んでいった」

少女「誰かを憎んで、自分を憎んで、死ねないから憎んで、殺してもらうために憎んで……」

少女「憎んでなければ自分が救われないから、あなたはずっと憎み続けてるんだ!」

魔王「……違う」

少女「違わない!」

少女「確かにあなたは凄惨な人生を歩んできた! でも憎しみだとか復讐だとか破滅だとか、そんなのじゃあなたは救われないし、何も終わらないんですよ!」

少女「だって、そんなことはマオウもユウシャも望んでなんかいないって、あなた自身が本当はわかってるから!」

魔王「…………」


少女「だからもうこんなことはやめましょう! 元の優しい男さんに戻ってください!」

魔王「…………」

魔王「…………」

魔王「……貴様に……かる」ボソッ

少女「?」

魔王「貴様に……貴様に私の何がわかるというのだぁ!!」


突然の魔王の怒号に少女は驚き体を強張らせた。

その突如、魔王の周囲には無数の火球群が発生し始め、ミコに向けて放たれた。

乱射された弾丸のような火の雨がミコに襲い掛かる。


少女「!?」


ミコは背中から光でできた翼を生やし即座に飛翔して砲撃を回避する。

しかし、火球群は止まることなく放たれ続け、左右上下に逃げ回るミコを魔王は追撃していく。

微かに火球が衣服に触れ、焦げた臭いがミコの鼻に刺さった。


魔王「幼稚な憶測で私のことを語るな!」

少女「憶測なんかじゃありません! あなたの記憶を共有した私だからわかるんです!」

魔王「記憶を見たから何だ! それだけで貴様に何がわかる!」

少女「わかるよ! 私はあなたの心の声を常に聞いてたから!」

少女「あなたはずっと悔やんでた! 憎んでた! ずっとずっと! だから魔王になってしまった!」

魔王「そうだ、私はすべてを憎んだ! そしてあの時、魔王になると決めた!」

魔王「この姿もこの力も私が願ったものだ! 私の本望だ!」

少女「そんな姿になってまで復讐するなんて……そんなのマオウもユウシャも喜ばない!」

少女「彼らはあなたに笑っていて欲しいって言ってたじゃない!」

魔王「だ……黙れ!! 黙れ黙れ黙れ黙れ、黙れぇ!!」


火球を撃ち止めて魔王が新たに大きな楕円の魔法陣を生み出すと、闇の中から甲虫のような鎧兜をその身に纏い、カマキリのような鋭い刃を両手に持つ魔物が次々と勢いよく飛び出してきた。

その魔物は薄刃の羽をジジジと羽ばたかせ束となってミコに向かっていった。


甲虫魔物「キシャアアアア!!」

少女「くっ!」


ミコが右手に持つ杖の頭に光の玉が収束していく。

大きな輝きの塊をまとった杖を力いっぱい振ると、杖の先から光の槍が飛び出し甲虫魔物の体に光の槍が貫通した。

魔物は金切り声の断末魔を挙げながら墜落していく。


魔王「私の記憶を見たならば貴様もわかっているはずだ!」

魔王「彼らは私に関わらなければ、死ななかった! 二人とも私のせいで死んだ!」

魔王「それはもう私が殺したも同じだ! 実際にその首にも手をかけた!」

魔王「そんな私が彼らのことを忘れて笑って過ごすなどできると思うか!? できる訳ないだろう!」



ミコは次々に飛びかかってくる甲虫魔物の攻撃をかわしては光の槍を打ち込んだ。

三体の甲虫魔物を連ねて打ち落とした所でミコは魔王を正面に見据えて叫んだ。


少女「あなたの気持ちはわかります……、でも、あなたは間違ってる!」

少女「あなたはそうやって全て自分のせいだと決め付けて、自分を責めて償ってるつもりになってるだけだ!」

魔王「何だと!」

少女「優しさを無くして憎しみだけ残して揚句には本当に魔王になって……そんなのマオウもユウシャも望んでない!」

魔王「うるさい! 何も知らぬ貴様がマオウとユウシャを語るな!」

魔王「彼らも死の間際にきっと心の奥底では悔やんでいただろう! 私と関わったことを!」

魔王「そして憎んだに違いない! 自分たちを死に追いやった人間という種のことを! 私のこともだ!」

魔王「だから私は人間を滅ぼすと決めたのだ! 人間なんぞ……こんな利己的で愚かな種なんぞ、どれもこれも全て生かしてやる価値は無い! それは私とて同じだ!」

魔王「人間を全て滅して、そして私は死に切れるまで一人で苦しみ続ける……それが私の背負う業だ!」

少女「……何もわかってない」ボソッ


魔王「これ以上貴様と話すことは無い! 消えろ!」


魔王の体から稲光が走り青白く発光し始めた瞬間、上空360度全方位へ向けて雷の矢が無数に放射され、敵味方を問わず無差別に襲い掛かる。

空中を飛び交う甲虫魔物たちが雷の矢に体を貫かれると、一瞬にして絶命し、そのまま力なく墜ちていった。


少女「まずいっ!」


少女は杖を振り魔方陣を浮かび上がらせると、その身をガラスのような魔法の玉で覆わせた。

その直後に空中を駆け抜けていく数多の雷の矢に襲われる。

桁外れの威力に大きく弾かれ態勢を崩したが、魔法障壁によって直撃は全て防ぐことができた。


少女「間に……合った……」ハァ ハァ

魔王「ちっ! 小賢しい奴め!」


少女「この……」ギリッ

少女「この、わからず屋ーー!!」


少女が魔王に向けて叫ぶと背中の光の翼が巨大化し、体には熱気のようなオーラが浮かび上がる。

ミコは目を閉じ両手を組み、呪文を詠唱をし始めると、魔王の胴体の周囲に青白い光を放つ魔王陣が一つ、二つ、三つと浮かび上がり取り囲んでいく。


魔王「何だこれは!?……くそっ、鬱陶しい!」


魔王は幾重にも連なる大きな羽を広げ、その身を宙へと持ち上げた。

鈍重そうな巨躯とは裏腹に俊敏で素早い動きで飛び回る。

不規則な急旋回と上下降を繰り返し引き離そうと試みるが、魔方陣は魔王の身の回りをグルグルと周回しながらも魔王にピタリとつき剥がされることはなかった。

むしろ、それらは少女の詠唱に呼応してさらに数を増やし続け、ついには二十を超える魔法の円盤が魔王を取り囲んだ。


少女「何もわかってないのはあなたの方だ!」


少女は閉じていた目を力強く見開いて組んだ両手を魔王に向けて開いた。

その瞬間、魔王を取り囲む魔法陣が一層の輝きを放ち、その円の中心から光の帯が勢いよく飛び出した。

二十超もの光の帯は魔王の手足、羽、胴、そして頭をきつく縛り上げ、さしもの魔王も動きを止めざるを得なかった。


魔王「くっ、何だこれは! 小癪な術を!」グググッ

少女「…………」ハァ ハァ

魔王「こんな足止め程度の技で私を倒せると思ったか!? 解けた瞬間貴様を食い殺してやる!」

少女「男さん、落ち着いて私の話を最後まで聞いてください!」

魔王「言ったはずだ! 貴様と話すことなど何も無い! ましてや何も知らずしてマオウとユウシャを語る貴様なんぞに!」

少女「いいえ、本当に私には彼らの気持ちがわかるんです!」

魔王「たかが私の記憶を夢で見たごときで何を語る! 貴様なんぞに何もわかりはしない!」

少女「わかるよ! だって私はマオウとユウシャの記憶も見たから!」

魔王「!?」ピタッ


魔王「……何だと?」

少女「私は元々、戦いに来たわけではないんです」

魔王「…………」

少女「男さん……あなたに見てもらいたいものがあります」


ミコは祈るように右手を胸に当てると、その手が虹色の眩い輝きを放ち始めた。

そして少女は魔王に近づくと、輝く虹色のオーラを纏った右手を差し出してきた。


少女「さぁ。私の手にあなたの手を合わせてください」

魔王「……何をする気だ」

少女「私が見た、マオウとユウシャの記憶をお見せします」


魔王「クククッ……何を言うかと思えば……そんな怪しいもの信用できるわけないだろう!」

少女「大丈夫です。罠も何もありません」

魔王「…………」

少女「拒み続けるなら無理矢理にでも掴ませます」

魔王「……貴様の言葉が偽りだとわかった時、貴様は地獄を見ることになるぞ?」

少女「わかってます。さぁ、早くお手を」

魔王「……いいだろう。本当にできるというのならば見せてみろ!」


魔王は数ある中から主たる腕を差し出し少女の掌に合わせた。途端、周りの景色が瞬く間に暗闇に覆われると、辺りは限りなく黒に近い濃紺に包まれた何もない空間へと変わっていった。



ミコも魔王もまるで深海のような深深とした空間の中に身を漂わせている。

すると小さな気泡に似たものが下から上に、右から左に、はたまたその逆に、それらがゆらゆらと浮遊しているのが見えた。


魔王「何だ……これは……」

少女「これは記憶の遊庭。私が今まで夢の中で見た記憶が貯蔵されている空間です」

少女「この泡のようなものは記憶の欠片たちで、目を凝らして耳を澄ませば中の様子を伺えますよ」


目の前を通り過ぎる記憶の欠片たちは、宝石のような輝きを放っていた。

そして水晶のような濁りの一切ない透明度を持っているが、少女の言う通り気泡の中を注視して覗きこむと、そこには歌を歌いながら陽気に作業をする農夫のものらしき記憶の映像が見て取れた。

それだけではない。酒場で歌い踊るの踊り子の、釣ったばかりの魚を捌く漁夫の、家臣と議会を行う国王の、戦争に駆りだされた兵士の、他にも家畜や虫、魚までの……周囲の気泡ひとつひとつそれぞれにあらゆる生物たちの生の記録が映像として映し出されていた。



魔王「…………」

少女「男さん。そこの欠片の中を覗いてください」


ミコに促されて覗いた気泡の中には、無機質なコンクリートに囲われた空間が映っていた。

塗装の剥げた壁、薄汚れた床と天井、廃棄された機材の数々……この場所は、誰よりも私が知っている。

廃ビルの入り口から表情の冴えない少年が入ってくると、こちらを見つけるなり、笑顔で駆け寄ってくる。

不意に、昔は当たり前のように聞くことができた、今ではほとんど思い出せない懐かしき声が聞こえてきた。



『やあ男。今日は元気そうじゃないか』



魔王「まさかこれが……」

少女「そうです。マオウの記憶です」


『そんなに毎日持って来ずともいいのに。本当にお人よしだな、キミは』

『全く、自分の方が大変なクセに私のことばかり気にかけおって……』

『……いつもありがとう。感謝しているよ』


少女「これはマオウの心の声です」

少女「マオウは心の中でいつもあなたのことを気にかけて心配していました」

魔王「……マオウ」



孤高の気高さを持つ優しくてあたたかくて懐かしい声が耳の奥へ、心の奥深くへと浸透していく。

この映像を眺めていると、この魔王の姿は幻で、元の人間の姿に戻っているような気がして腕を目の前に持って来るが、やはり身体は魔王のままだった。

この姿は魔王としては威厳を持ち人々を畏怖させるに足りるものだったが、昔のわが身と見比べるとなんとも醜悪な姿なのだと改めて認識させられる。

あまりに食い入るように見ていた為か、少女から「懐かしいですか?」と問いかけられたが私は何も答えなかった。

そのような私を見て、少女は少し微笑んだように見えた。


少女「すみません。もっと見ていたいかと思いますが、この空間を作り出すのは魔力の消耗が激しく、あまり長く維持することができません」

魔王「…………」

少女「マオウの記憶の時間を早めました。男さんには辛い場面ですが……もう一度覗きこんでください」



私は言われるがまま再び気泡を覗きこんだ。

そこにはマオウがD太に掴かまれて窓の方へと持ち運ばれる所が映し出されていた。

肝心の私と言えば……そう、ウジ虫のように地べたを這いずっている。


『そんなにコイツを助けたいなら10秒以内にここに来て土下座しろ。二度と逆らいませんってな』


あの忌々しいD太の声が響き渡る。

マオウとの思い出はそのほとんどが廃れて枯れてしまっていたが、皮肉にもこの瞬間だけは鮮明に憶えている。

私はとにかくマオウを助けたかったのだが、私にはそれができなかった。

……ひとえに私が弱かったからに他ならない。

今でも思い出すだけで激しい自責の念に苛まれるのだから再びこの光景を目の当たりすれば、私の動悸が苦しい程に激動するのは当然のことだ。

今では魔王として君臨している私の唯一の弱点、それがかつての弱い自分の記憶というのはいかにも滑稽なことだろう。


少女「ここから、マオウがあなたに語りかけます。これはあの時、マオウがあなたに伝えたかった思いです」

少女「その言葉をしっかり聞いてあげてください」

魔王「…………」



『まったく……元魔王ともあろう私が……何て様だ……』

『男よ……、なんて情けない顔をしているんだ……』

『すまないな……私は、キミを助けられないばかりか……この身すら守れず、この体たらくだ……』

『……伝えたい……キミに、本当に感謝していると、キミに会えてよかったと、……私のことで悔やむことは何一つないと』

『男……、今まで……ありがとう。キミは……、いつもの優しいキミのままで、いてくれ。……それだけが私の、願いだ』

『ただ……悔いるのは、いつでも笑って過ごせるように……してやりたかった―――――――――』



映像がブラックアウトする。それは黒猫が二度目の絶命を迎えたことを意味していた。

終わりを見計らっていたかのように気泡は黒猫の記憶を連れてゆらゆら上昇していった。


魔王「…………」

少女「……男さんの苦しいお気持ちはわかります」

魔王「…………」

少女「でもこちらも、ユウシャの記憶も見てあげてください」

魔王「…………」


気泡の中には、ぐしゃぐしゃに崩れた泣き顔を浮かべながらこちらを見つめる男の顔が映っている。

こちらに向かって伸ばされた両手、これは私の手だ。私がこれからユウシャを……。

突如映像が消え暗転したが、それはユウシャが目を閉じた為だろう。

あの時と同じように、ユウシャが最後に叫んだ声が聞こえる。


『さぁ……やれ……男!』



覚えている。

この時の様子もすべて鮮明に覚えている。

ユウシャの首周りの細さ、骨の軋み、折れる感触と音。

それだけはこの醜くなった体になってからもいまだに昨日のことのように覚えている。

人間時代の私の嗚咽しすすり泣く声と、押し殺した叫び声が聞こえる中、ユウシャの最期の心の声が聞こえる。


『……ごめんな、男。……最後に……こんな役を押し付けちまって』

『でも……気にするな……これは俺が望んだことだ』

『男、……生きろ! 強く、優しく! 男―――――』


先程と同じくして、目の前に浮く記憶の欠片はその役目を終えると上昇して気泡の渦の中に消えていった。

そして記憶の遊庭は霧が晴れるように薄れていき徐々に視界は晴れ、辺りは元の殺伐とした戦場に戻った。



マオウとユウシャが残した最期の言葉、そして真意をようやく知ることができた“僕”は、只々呆然とすることしかできなかった。

最早少女の言うことも見せたものも疑うことはなく、そしてまた、闘う気力も失っていた。


魔王「…………」

少女「あなたは大切な人を失った悲しみで人間と自分を憎まずにはいられなかった。……でも彼らはあなたに誰かを憎めなんて言ってません」

少女「むしろ優しくあって欲しいと、笑って生きて欲しいと、あなたに出会えて良かったと、最後の最後まで本当にあなたのことを想っていました」

少女「だからもう、自分を責めて苦しめるのも、憎しみ続けるのもやめてください」

少女「誰も憎まなくていいんです。……もちろん、自分自身も」

魔王「…………」

少女「それを伝えに私はここへ来たんです」

魔王「…………」


魔王「……キミの名前、ミコだっけ」

少女「……はい」

魔王「……ミコの言う通りだよ。わかってはいるんだ。こんなことマオウもユウシャも望んでなんかないって」

少女「…………」

魔王「でも……アイツらだけは絶対に許せなかった……だから、僕はやると決めたんだ!」

魔王「僕は……憎いんだ! 僕の憎しみは止まらないんだよ! 全てが憎いんだ!」

魔王「アイツらも! 他の人間も! どいつもこいつも! 僕自身も! 全部憎いんだ!」

魔王「アイツらを殺したことに後悔なんてしてない!」

魔王「この憎しみが僕をこの姿に変えたんだとしても後悔なんかしてない!」

魔王「……後悔してるのは、僕が何かできれていれば、マオウたちが死ぬことはなかったんじゃないかってことだ」


魔王「僕は弱くて、臆病で……何もできなかった……」

魔王「僕はただ、マオウとユウシャがいればそれで良かった……3人で仲良く、ずっと一緒にいたかっただけなんだ……」

魔王「なのに……なのに……何で僕は……僕は……」

少女「…………」

魔王「……会いたい……マオウとユウシャに、もう一度、会いたいよ」ポロ、ポロ

魔王「謝りたい……、マオウに……ユウシャに……ゴメン、って……」ポロポロ

魔王「ゴメンって……ゴメンなさいって……」ポロポロ

魔王「ゴメンね……マオウ……ユウシャ……」ポロポロ

魔王「ゴメン……助けてあげられなくて……ゴメン……」ポロポロ



僕は泣いていた。

肥大した蠅の目から涙が零れていた。

もう忘れてしまった人間としての心を思い出したからか。

……いや、違う。

本当は泣きたかったんだ。

我慢していた訳では無い。

涙が枯れ果てていた訳でも無い。

僕はもう、あの二人の為に泣く資格は無いと思っていたんだ。

今でもその資格は無いと思っている。

でも溢れ出した涙を止めることはできなかった。


少女「あなたと会って話しが出来て良かった」

魔王「え?」

少女「やっぱり、男さんは優しい人ですね」

魔王「……僕はたくさんの人を殺してきた。こんな奴が優しい訳あるもんか」

少女「だって、あなたが本気で滅ぼそうとしていれば、とっくにこの世界の人間は滅亡させられてたはずですから」

魔王「……どうかな。そんなのわからないよ」

少女「ううん。きっとそうです。それにあなたが本気だったなら、私はさっきの攻撃でとっくにやられてしまっているはずです」

魔王「…………」

少女「そうでしょう?」

魔王「…………」


魔王「……僕は、人間を滅ぼすことに何の迷いは無い」

魔王「人間も自分も憎い。この憎しみはずっと尽きないで増える一方だ」

魔王「その内僕は心も完全に魔物になって、人間だけじゃなくてこの星の全てを消滅させるに違いない」

魔王「でも、そうやって何もかも無くして孤独になって、ずっと一人で憎んで苦しみ続ける、……それが贖罪になると思ってた」

少女「…………」

魔王「……でも、そうじゃなかったんだ。今わかったよ」

少女「?」

魔王「ミコ、……キミに頼みたいことがある」

少女「……何でしょうか」

魔王「僕を殺してくれ」


少女「…………」

魔王「僕はあまりにも人を殺し過ぎた。僕のやってきたことは、それこそ僕の死をもって罪を贖うほかない」

魔王「でも情けないことに自分じゃ自分を殺せないんだ……」

少女「…………」

魔王「勇者であるキミならできるだろ? それに僕を殺せば人間も滅ばずに済む」

魔王「だから……頼む、僕を殺してくれ!」

少女「……いえ、私はあなたを殺しません」

魔王「何でだよ……キミは勇者だろう!? 僕を殺す責務があるはずだ!」

少女「…………」

魔王「頼むよ、お願いだ! 僕を殺してくれ!」



魔王が死を欲する姿はこれまで対峙してきた人間たちからすればとても滑稽なもので、なんとも身勝手な物言いに見えるだろう。

聞こえずとも怨嗟の声が訴えかけてくるのがわかる。

今までお前は何をしてきた。

どれだけの人間を殺してきた。

そこにある死骸の山を築いたのは誰だ。

お前だ。

お前が殺した。

お前が殺してきたんだ。

それがこの期に及んで死にたいだと。

ふざけるな。

魔物は殺せ。

魔王を殺せ。

魔王を滅ぼせ。

人類を滅ぼそうとする悪しき魔王に、正義の鉄槌を下せ。



それは死人の声だけではなく、世界の総意でもあった。

……しかし、ここで一つのある事実を述べよう。

確かに男は魔王となり数多くの人々の命を奪ってきたけれども、それは全て“返り討ち”にしたことの結果だった。

初めに魔王を見た人間はこの世のものとは思えない禍々しい怪物の姿にさぞ驚き恐れたことだろう。

そして人々は武器を手に取り軍となって、この怪物を討伐する為に戦うことを選んだ。

魔王の居する地に毎度数千から数万もの軍勢で押し寄せて、魔王を取り囲んだ。

先の戦いもそうだが、以前からの戦いもそうだった。

人々がここまで進軍し、魔王がそれを灰塵に帰す。

その繰り返しだ。

それ故に出来上がったのが、この死屍累々の地だ。



それは魔王が、――男が意図してやっていたのかというとそういう訳でもない。

なぜなら男も襲い掛かる人間らを気にも留めず殺してきたのは間違いなく、また滅ぼそうとしていたのも事実で、そうなるまでは時間の問題だったからだ。

ただ、魔王となって人間を滅ぼすべきだと心に決めたものの、男はこの地を一歩たりとも動いてはいない。

それも一つの事実だった。

ミコはそれを記憶を通じて見ていた。故に知っていた。そして言ったのだ。

男に向かって「優しい人だ」と。

だからこそミコは突然の男の哀しき願いに狼狽することもなく微笑んで答えることができた。


少女「男さん、大丈夫です。私に任せてください」

魔王「?」

少女「あなたがもう人を憎まずに済むように、二度と魔王になんてならないように、元の優しいあなたに戻れるように」

少女「私の全魔力と、この命を捧げて、魔王であるあなたを封印します」

魔王「命を捧げて……?」

少女「はい」

魔王「そんな……僕なんかの為に、何でキミが死ぬ必要があるんだ!」

少女「あなたの魔力が強大過ぎて、この封印魔法でないと歯が立ちませんから」


魔王「……僕が悪いのか。僕は……いつもそうだ! 僕は、人を死なせてばかりだ!」

少女「違います! それは誤解です!」

魔王「キミは怖くないのか!? 死ぬんだぞ! 怖くないのかよ!」

少女「……怖くないと言ったら嘘になります」

魔王「なら何でそんなことができるんだよ!」

少女「私はその為にここへ来たんですし、覚悟もしてきてますから」

魔王「何でキミが僕なんかの為にそんな覚悟をしなくちゃならないんだ!?」

少女「それは……」

魔王「教えてくれよ!」

少女「…………」


少女「……私も……後悔してるから」

魔王「後悔?」

少女「……はい。男さんが魔王になってしまったのは……私のせいでもあるんです」

魔王「キミのせい……?」

少女「…………」

魔王「どういうことだよ。何でキミが関係してるんだ?」

少女「……ごめんなさい、言えません」

魔王「言えないって、そんなので納得できる訳ないだろ! 少しくらい話せよ!」

少女「ごめんなさい。これ以上はもう言えません。言ってはいけない気がするんです」

魔王「…………」

少女「……でも、大丈夫です」

少女「男くんならきっと、わかってくれると信じてるから」ニコッ


魔王「……本当にやるんだね?」

少女「はい」

魔王「ゴメン、こんな僕なんかの為に……」

少女「謝らないでください。男さんは悪くありません。だから気にしないでくださいね?」

魔王「……うん。ありがとう」

少女「ふふっ」クスクス

魔王「どうしたの?」

少女「すみません。魔王にお礼を言われるのって、確かになんか変な感じだから」クスクス

魔王「?」

少女「失礼しました。では……始めます」



少女は目を閉じ、杖の頭にある水晶石を眉間と額に合わせて歌を歌うように呪文を唱え始めた。

少女の凛とした声とは裏腹に、どこか悲しげな旋律が辺りに流れている。

彼女の肩口からオレンジ色を纏った光の粒子がふわりと浮かび上がると、同色のオーラが薄い膜を張るようにミコの体と杖を覆っていく。

ミコは杖を額から離してその先を地面につける。そして歌いながら舞うように白く輝く魔法陣を描き出した。

何度も何度も円を描くように舞い踊る彼女は、何故か泣いているようにも見えた。

大きな魔法陣を描き終えると、彼女はその中心で舞いを止め、笑顔でこちらに目を向けた。


少女「お待たせしました。こちらへおいでください、男さん」


差し出された可憐な手に、自分の醜い手を重ねると魔法陣から放たれた光がより一層輝きを増して僕たちを包んでいく。

段々と意識は薄れていき視界が黒くなっていく。

少女は僕の手を離すまいと強く握り締め、僕もミコの手をしっかりと握り返す。

お互いに祈るように、眠るように目を瞑っていた。



気がつけば、母胎の中で羊水に浸るようなあたたかくて心地よい空間に僕は漂っていた。

体も手も羽もどこの感触もなく、薄らとした視界と意識だけがそこには残されていた。

不意にミコの声が聞こえてくる。


「男さん、聞こえますか?」

――あぁ。聞こえるよ。

「よかった。封印魔法も上手くいったようです。もう暫くすれば、私の声も聞こえなくなります」

――そっか。

「最後に私から伝えたいことがあります」

――何?

「怒ることも憎むこともあると思います。でも、どうかもう魔王にはならないでください」

「どうしても憎しみを捨てられない時は、マオウたちの言葉を思い出してください」

―― ……。


「約束してくださいね?」

――わかった。約束する。

「……本当に約束ですよ?」

――あぁ。わかったって。

「よかったです」

―― ……もう一つ約束するよ。

「何でしょうか」

――ミコ、キミのことも忘れない。

「本当ですか?」

――うん。忘れないよ。絶対に。

「ふふっ。嬉しいです」

「ありが……とう……ざいま……す……」

――ミコ?




少女の声は途切れて完全に聞こえなくなった。

真っ暗な夜の海を連想させる瞑目の景色、その深奥の底でたゆたう僕は、しばし思考を巡らせていた。




僕はまた新たに人間に生まれ変わるのか。

それとも、家畜か、野良の動物か、虫か、草花か。

それはわからない。

でも何に生まれ変われたとしても、僕は強くなれるなら強くなりたい。

世界を滅ぼせるほどなんかじゃなくていい。

ただ目の前の大切な人たちを守れるくらいの力が欲しい。

自分を奮い立たせられる勇気と強さが欲しい。

……いや、願ってるだけじゃダメなんだ。

大切なものを失いたくないなら、自ら強くなろうとする覚悟と意志が必要だ。

世の中はいつだって不条理で、強者が弱者を喰らうのが常だ。

強者はいつでも襲い掛かれるように牙と爪を研いでいる。

だけど僕ら弱者には、強者に対抗できるような爪も牙は無い。



なら弱者である僕らはどうすればいいのか。

僕らは棘や殻を身に纏おう。弱者は弱者なりの力を身につけるんだ。

それらを得るまでの道のりは辛く険しく、ようやく手に入れられたとしてもまだ棘は柔く、殻は脆いかもしれない。

でもそれは今まで自分を甘やかしてきたツケだ。

痛みから避けて、苦しみから逃げるのはもう止めだ。

心を閉じこめて自我を麻痺させても何も変わらないし変えられなんかしない。

どんな苦難の中でも足掻いて、もがいて、“強くなろうとする覚悟”と“確固たる意志”を持たなくてはいけないんだ。

それは僕を守ろうとしてくれた黒猫のように。

それは僕を強くしてくれようとした白猫のように。

それは僕を憎しみから解放してくれた少女のように。

自分の為だけじゃない。

何よりも大切なものたちの為に。









意識が薄れ始めた。

もう思考することも出来なくなった。

あとはもう、ただこの身を漂わせて、深深と深深と眠りの中に落ちていくだけだった。








▼日時未明/男宅/男の部屋

男「ん……んン……」パチッ


目を覚ますと僕は制服を着たままベッドの上で横になっていた。

白い壁紙が陽光を反射して部屋の中が眩しい。

カーテンは風に遊ばれてさらさらと泳いでいる。


男(あれ……ここ……僕の部屋……?)

男(僕……そうか……寝ちゃってたのか……)


男(――って、そうじゃない!)ガバッ

男(何で!?)キョロキョロ

男(何で!?)キョロキョロ

男(何でだ!?)キョロキョロ

男(さっきまで僕は……)

男(もしかして……まさか……夢?)


男(そんなハズない! だって全部覚えてる!)

男(マオウが殺されて冷たく硬くなってく感触も!)

男(ユウシャに鍛えられて、そして僕が殺したことも!)

男(アイツらを拷問にかけた時のことも、叫び声も、肉の焦げ臭さも、返り血の生臭さも!)

男(魔王になって、人を憎んで殺し続けて、ミコに出会って……、全部覚えてる!)


男「…………」

男「……あははは。何だよこれ、どういうことだよ……何なんだよ……」

男「…………」

男(――そうだ! あそこに行ってみればわかる!)

男 ダッ


――ギィッ、バタン


▼昼/廃ビル/地下1階

男「…………」

男「…………」

男「……嘘だ」


廃ビルの地下には荷物置き場らしき空間が確かに存在したが、廃棄され埃をかぶった機材たちを物一つ動かした形跡は無く、“本来ならそこにあるはずのもの”も無かった。


男「……どういうことだよ。何で無いんだよ」

男「全部夢だった? それともこれが夢?」

男「そういえば今日っていつだっけ? 夏服着てるし6月? いや、暑いし7月?」

男「……もう訳わかんないよ……教えてくれよ、誰か!」

男「なぁ! ミコ! これ何なんだよ! 僕を封印するって何だったんだよ!

男「何でまたここにいるんだよ! 今度は一人で生きてみろっていうのか!?」

男「この最悪な世界で罪の意識だけ背負って生きろっていうのかよ!」

僕「何の為に僕をまたこの世界に戻したんだ! 答えろよ! ミコ!」


――シーン。


男「何なんだよ……何なんだよ、もう……」

男「……帰ろう」


▼廃ビル/1階/外

男 トボトボ

男(マオウもユウシャもミコも、全部が夢で、元からいなかったのかな……)

男(普通に考えたら、猫が喋るなんてありえないし、人間が魔王になるなんてのもありえないよな)

男(でもあれが夢とは思えない。だって、僕は……)

男(……わかんなくなっちゃった。これからどうすればいいんだろ)

男(ここに無いってことは学校に行けばアイツらがいるんだよな。母さんも……)

男(またあんな日が続くのか……今度は一人っきりで……)

男(……もういっそ、今度こそ本当に死んでやろうかな)

男「……なんて、どうせできるわけないのにね」

男「どうすればいいんだよ、僕は……」














「ニャーン」












男「!?」

黒猫 スタスタ


ビルの陰から、少し小柄だが艶やかな体つきの黒猫が現れた。

光り輝く満月のような金色の瞳、どこか威厳のある佇まい。

そして懐かしき優しい声で黒猫はもう一度鳴いた。


黒猫「ニャーン」


男「マオウ……?」

黒猫「ニャーン。ニャーン」

男「マオウ……だよね……?」

黒猫「ニャーン」トコトコ

男「どうしたの? 普通の猫みたいじゃん……」

黒猫「ニャーン。ニャーン」スリスリ


足元に頭を擦りつけて懐いて来る黒猫を男は抱きかかえた。

改めて黒猫を隈なく見回してみるが、すべてを鑑みてもこの黒猫はまぎれもなくマオウだった。

黒猫は目を閉じ、喉をグルグルと鳴らして男の腕の中でくつろぎ始めた。


男「そっか……僕、マオウの声聞こえなくなっちゃったんだ……」

男「それとも本当に夢だったのかな。マオウがこんな猫っぽく懐いてくるはずないもんね。……よしよし」ナデナデ

黒猫「ニャーン」

男「…………」

男「……でも……でも……よかった」グスッ

男「また……マオウに会えて……よかった」グスッ グスッ

男「マオウ、ゴメンね……僕……本当に……ゴメン……」ポロポロ

男「よかった……ゴメンね……マオウ……」ポロポロ

男「マオウ! ゴメンね、マオウ!」ポロポロ



黒猫「!?」バッ


不意に黒猫が起き上がり男の足元に降りる。

そして誰もいない方向へ向かって懸命に鳴き始めた。


黒猫「ニャーン」

男「?」

黒猫「ニャーン」

男「マオウ、どうしたの?」

黒猫「ニャーン。ニャーン」

男「そっちに誰かいる……の……」







白猫 スタッ

白猫「ニャオン」






隣地の塀の向こうから今度は白猫が現れた。

しなやかな細身と熟れた林檎のように真っ赤な目が特徴的な、真っ白い猫だった。


男「………………」

白猫 タッタッタ

白猫「ニャオン。ニャオン」

男「ユウシャ……」

白猫「ニャオン」

男「……ごめん。僕ね、もうユウシャたちが何言ってるのかわからないんだ」グスッ

白猫 スリスリ

男「ユウシャも……よかった。ユウシャも……ゴメンね。それと、ありがとう」ポロポロ

男「二人とも……僕……ゴメン、ありがとう、ゴメン」ポロポロ

男「また会えて良かった……良かったよぉ……」ポロポロ



(?)「ユウシャー? どこ行ったのー?」


男「!?」

男(誰か来る……涙拭かなきゃ……)ゴシゴシ

女「ユウシャここにいたの。――あっ、すみません。ウチの猫がそっち行っちゃったみたいで」ア
セアセ

男「ど……どうも。――あれ!?」

女「どうしました?」

男「あっ、……いや……すみません。何でも無いです」

女「……あの、もしかして男くん……ですか?」

男「はい……そうですけど」

女「やっぱりそうだ! ほら私、6組の『女』です。1年の時に一緒のクラスでしたよね」


女「あまり……というか全然話したことなかったけど、一回だけ席が隣になりましたよね」

男「…………」

女「……って覚えてないですよね。すみません、外で学校の人と会ったの初めてなので、なんか浮かれてしまって……」アセアセ

男(6組の……女……、ユウシャ……、ミコの後悔って……まさか……)チラッ

白猫「ニャオン」

男(そうか……そういうことだったのか……)

女「どうかしましたか?」

男「……いや、何でもないよ。何でもないんだ」

女「?」



ここまで来てようやく気づけた自分の間抜けさに僕は苦笑を浮かべた。

あの時、少女が元に戻れるようにと祈りを込めてくれたおかげで、確かに僕はまたここにいる。

あれほどまで止め処なく溢れ出てきた憎悪も今では嘘のように無くなっていて、この身と心を焦がし尽くしていた業火もまた消え去っていた。

だけど僕は思う。

それでも僕の罪が無くなった訳でない、僕の贖いは何も終わってなんかいないんだ。

僕が償う為にしなくてはいけないこと……その答えはもうとっくに出ている。

あの穏やかな暗闇の中で眠りにつく直前に辿り着いた思い、あれが答えだ。

僕はある決意と覚悟を胸に決めて、それらを死ぬまで守り続けると心に誓った。

それこそが罪深き僕に科せられた償いであると今度こそ確信している。

そしてこれから本当の僕の贖罪の日々と、生きるということが始まるんだ。



女は風でなびく赤茶けた黒髪を右手で抑えて、白猫を手招きした。

白猫は僕の手から離れ、女の元に駆け寄っていく。

僕の足元でくつろぐ黒猫に目を見やると丁度目が合った。

すると黒猫は少しだけ誇らしげで、不敵に、でも優しく微笑んだような気がした。




―― fin.


だいぶ夜分になってしまいましたが、
以上で、男「魔王猫と僕」【 完全版 】はくう疲です。

これは以前に投稿したものを、
誤字脱字等の訂正・分の加筆修正をして
完全版として再投稿させて頂いたものです。
ストーリーは変わりないですが、キャラのセリフ・文で、
情景や自分の考えを思い切りにぶち込みました。

一度ご覧になられたことがある方も
初めて読まれる方も
楽しんお読み頂けたなら幸いです。

末筆ですがここまで飽きずに
ご覧頂き続けた皆様方に感謝したいと思います。
ありがとうございます。

それでは。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年08月08日 (金) 20:40:05   ID: lgyKWErS

泣けた、最高の評価した
僕もイジメにあったこと
あるから・・・共感した

2 :  SS好きの774さん   2014年08月10日 (日) 13:49:12   ID: N9UHrXNs

友人に薦められて読んだが
中々面白かったよ
色々と考えさせられるし
作者の熱意が伝わる良い作品だ

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom