モバP「鼻毛」 (14)
私は鼻毛だ。机の下で目に涙を浮かべながら声を押し殺しているアイドルの鼻毛だ。右の穴だ。上から下に生えている。
生え始めてからまだあまり日は経っていないひよっこではあるが、なんとか鼻毛として機能するまでに至っている。
今、私には仕事がいくつかある。
この少女がいる机の下の、少々雑な掃除のせいで残っている埃が体内に入るのを防ぐ事もそのうちのひとつだ。
鼻毛「誰だ!?」
埃 「空気です」
鼻毛「騙されんわ!鼻毛ブロック!」
鼻毛「わっはっは、出直してこい!」
鼻毛「ああ、私は今日も実に素晴らしい働きぶりだなあ!」
森久保「はっ…、はっ…」
鼻毛「ん?」
森久保「はっくしょん…!」
鼻毛「ガボゴボガボゴボボ…!」
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酷い目にあった。
とはいえ鼻水が突発的に出るのを防ぐ事も、また私に課せられた仕事のひとつ。
決して日の目を見ることはないが、人体に無くてはならない働きをすることは私の誇りだと自信を持って言える。
しかしこのアイドルはそうではないらしい。
活動を始めてから日は浅く知名度もあまりない彼女だが、事務所はそこそこの規模であるためぽつぽつと仕事は入るようだ。
そしてその度に逃げ出そうとするのはもはや事務所の日常風景である。
しかし人前にでるのを極端に嫌がる彼女がなぜアイドルを続けているのだろうか。
P「みつけたぞ」
森久保「…」
P「初めてのサイン会だって握手会だってやってこれただろ?」
P「それが次はライブってだけだ。レッスンは逃げずにやってきたじゃないか」
森久保「でも私になんか…裏方の仕事なら…」
P「大丈夫だ。小さいハコのミニライブだし森久保ならいけるぞ。…それとも今回は流すか?」
森久保「…」
森久保「…Pさんにこれ以上迷惑はかけれないですし…やります」
P「よし!」
森久保「…ぐすっ」
P「ごめんな。まだこの仕事を持ってくる時期じゃなかったな」
ライブに成功や失敗の基準なんてものはないだろうが、このライブは失敗したと断言できる出来栄えだろう。
やはりステージの上とは特別で、独特の熱を帯びあっという間に過ぎ去ってしまう魔法の世界だ。
レッスンで身に付けたダンスもたどたどしく、人が羨む澄み切った歌声もその魅力を出せずステージ上でまごつくうちに終わってしまった。
森久保「…」
森久保「私…悔しいです」
鼻毛「…」
鼻毛「…まあ元気出せよ!」
鼻毛「ライブはこれだけじゃないだろうしな!」
鼻毛「とりあえず泣き止めよ、な?」
鼻毛「…」
鼻毛「…」
鼻毛「じゃないと…」
鼻毛「ホラッ 来ちゃっただろ鼻水が!!」
P「今日からはユニットを組んでの活動もしてもらう」
それからレッスンや活動を続けしばらくが過ぎたが、成る程いいユニットを組ませてもらったようだ。
この少女のアイドルとしての武器は歌声だ。小さな身体から発せられる優しく柔らかい少し低めの声は聞くものを虜にする。
その反面運動神経はお世辞にもいいとは言えず、心も決して強いわけではない。
しかしその欠点も補える仲間らしい。
美玲「のの、ここのステップウチがもう一度やるからよく見とけよ?」
輝子「トモダチ…つ、次の仕事が不安なのか。このキノコを食べれば大丈夫…」
お互いに教え合い切磋琢磨し成長していく姿は美しいものだ。
最近は何故かきのこの胞子が飛んでくるおかげで私も元気よく成長している。
ラジオ収録、バラエティ番組の収録、雑誌のインタビューなど、ソロでユニットで様々な仕事をこなし、仕事に慣れ、ファンも少しづつ増えてきた。
今回は未経験である合同でのグラビア撮影のようだ。
私も長い間ぶら下がってきたが、やっとなぜこの子がアイドルを続けているのか気付き始めた。
ネガティブな以上に乙女であると。読んでいる漫画、雑誌、着ている服など本当に女の子らしいものばかりだ。
この撮影で最新の水着やライブでのきらびやかな衣装を着れる喜び、自分が可愛い女の子つまりアイドルとして活動できる喜びが他人の目に触れる羞恥心より大きいのだ。
そして嫌々ながらも最終的にきちんと仕事に向き合う彼女に周りは期待を寄せるようになったのだろう。かくいう私もそのひとりだ。
鼻毛「しかし合同グラビア撮影とはいいものだな。」
鼻毛「おお、あっちのもすごいぞ!」
鼻毛「…」
鼻毛「…ナイス世界レベル」
ふと下に目をやると彼女の戦闘力73が佇んでいる。72と74に板挟みされている数字ではあるがまだまだ成長期ではある。
鼻毛「数年後に期待かな…」
ついに二回目のソロライブにこぎつけたか。前回はまだまだ新人の頃のライブだったが今の彼女なら大丈夫だろう。
色んな仕事をして色んな人とふれあい色んな経験をしてきたんだ、ステージ上で自分の魅力を十二分に伝えるパフォーマンスができるだろう。
いろんな角度に光源があるから私にもスポットライトがあたるかもしれんな、なんてな。
P「よし、森久保準備はいいか、前回の事は忘れて思いっきり行けよ!」
森久保「今の私は多くの物を皆さんから教わりましたので、大丈夫です」
森久保「…行ってきます」
P「行って来い!」
鼻毛「よしいくぞ!」
P「あ、ちょっと待て」
P「鼻毛一本飛び出てるぞ」ぶちっ
鼻毛「おんぎゃあああああああああああああああ」
P「よし、もう大丈夫だな。行って来い!」
ふふ、あわよくば裏方の私にも光が当たるかもしれないと背伸びをしたばかりにこんなことになってしまうとは。
しかし私は幸運な鼻毛なのかもしれない。鼻の闇の中で生涯を終えるはずの私が彼女の光あふれるステージをこんなに間近で見られるのだ。
鼻の穴から見る景色とは随分違うが前回よりよく踊れている。
鼻腔からの振動が直に伝わっていた時とは違う心地よい歌声が響き伝わってくる。
仕事から逃げ出してばかりのころとは違う、もう立派なアイドルだ。
鼻毛「頑張れ!森久保!」
もうこれからは彼女ために働くこともないだろう。また新たな鼻毛が私の代わりをしてくれる。
そうして一生働き続けてきた私は静かに目を瞑った。
おわり
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