【艦これ】提督「そしていつかは」隼鷹「夢見た航路を二人で」 (270)

隼鷹メインのSS。
艦これSS投稿スレに投下したものが、我ながら出来に満足いかず、加筆修正して初めてスレを立ててみた。
以下の点に注意。

・メインヒロインは橿原丸(断言)
・世紀末空母?何それおいしいの?
・艦娘達の戦後からスタート
・勢いで書いたので短い

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1396094062

隼鷹「はぁ……今日もこんなにいい天気になるとはねぇ……」

佐世保の港は、夏の熱い日差しに照り付けられていた。
港を見下ろす高台に、軍服とも巫女服とも取れるような恰好をした女性が佇んでいた。
彼女の傍らには松葉杖があり、落下防止のための木の柵に立てかけられていた。
その隣に並んで立つ軍服の男性は、女性の言葉をただ聞いていた。

隼鷹「なぁ……提督」

提督「なんだ?」

隼鷹「戦いは……終わっちまったな」

提督「……ああ、終わった」


昭和20年(1945年)8月15日。ポツダム宣言の受諾により、日本は無条件降伏をし、これを玉音放送で知らせた。

商船改装空母 隼鷹。

一航戦をはじめとした空母四隻を緒戦でいきなり失った日本帝国海軍は、当然のことながらその補完の必要に迫られた。

結果、彼女は商船から空母へと転身した。

元々そういう前提で作られたのだ。

いくつかの戦いに身を投じたが、敵の攻撃を受け、その機関の損傷で自力航行ができなくなり佐世保に停泊したままとなっていた。

機関の損傷が影響してか、艦艇の魂である艦娘の体にも影響が出て、隼鷹は杖を突かねば歩けない体になっていた。

もっとも、それがわかるのは彼女の姿を見ることができる提督に限られていた。

降伏が知らされてから数日が経っていた。

上層部とそりが合わずに事実上の退役扱いだった提督は、人材不足を理由に再び軍服に袖を通していた。

隼鷹「提督……この後、どうなるんだろうな」

提督「私にはわからん……ただの軍人だからな。だが、それなりにわかることはある」

視線を港に向けた提督は、少し前の会議の内容を思い出していた。

提督「無事だった船は、復員任務に就くそうだ。鳳翔や北上、雪風……動かせる船はできるだけ動かす」

隼鷹「お艦は結局無事だったか」

提督「空襲の被害も受けなかったのが幸運だったな。無事なドックで外洋航行できるように改装を受けることが決定した」

提督「もっと言えば、呉にいる伊勢、日向、利根なども動かしたかったのだがな。流石に、着底していては難しい」

隼鷹「で、あたしは行けないのか……」

提督「すまん」

言葉に詰まった提督は、視線をまた港の方へと向けた。

隼鷹「良いって良いって……あたしの機関は結構手が込み過ぎてるんだし」

隼鷹の機関部は修復のめどが立たず、おそらく復員任務に就けないと推測されていた。

何しろ、資源もなく、整備をする人間もなく、そして時間もなかった。

あっけらかんと言う隼鷹だったが、提督は包帯が巻かれた足にちらりと目が行ってしまった。

それを悟ってか、隼鷹はわざと明るく言った。

隼鷹「提督だって、いろいろ手を尽くしてくれたんだろ?それでもできないなら仕方ない」

隼鷹「今なら、提督と酒も飲めるしぃ」

提督「……そうだな」

昼酒を飲めるほど、提督には余裕はない。降伏したら降伏したで、やることは山ほどあるからだからだ。
だが、息が詰まるような提督を楽にしてくれるのが、この隼鷹だった。

提督「また、来る」

隼鷹「ん、待ってるよ」

ひらひらと手を振る隼鷹に見送られ、提督は石段を下りて行った。

まだ、やることは多いのだと、提督は自分に言い聞かせていた。

だから、この感情はまだ殺すべきだった。

隼鷹の視線の先は、遠いマリアナを見ていた。

提督が去ってから、隼鷹は高台に残っていた。

隼鷹「なぁ……飛鷹、戦争が終わっちまったよ」

隼鷹の前身となった橿原丸と出自を同じくする軽空母飛鷹。

彼女は、隼鷹とともに挑んだマリアナ沖の戦いで傷つき、そのまま沈没した。

船体の不燃化及び鎮火能力が高められていたのだが、燃料タンクへの被弾はそのキャパシティを超えていたのだった。

あの戦いで、隼鷹も飛鷹と同じ被害を受けていてもおかしくはなかった。

隼鷹「戦争終わったら、今度こそ太平洋を股にかけることができるって、そう話していたのになぁ」

答える相手は、もういない。マリアナの水底で静かに眠っているだろう。

紙一重で彼女が沈み、自分は生き残った。

それを分けたのは運なのだろうか。

隼鷹「提督は幸運だっていうけど、こうして一人残されるのは幸運とは呼ばねえだろ……」

なあ、と呼びかければ、いつもなら神経質な声が帰ってきたものだが、もう聞こえない。

隼鷹「……帰るか」

隼鷹の手が、松葉杖をつかんだ。

足音に交じる松葉杖の乾いた音が、虚しかった。

次に提督が隼鷹の元を訪れたとき、既に季節は巡って晩秋に差し掛かっていた。

冬の気配は徐々に強まり、夜ともなれば肌寒さが身に染みる。思わず身震いしながらも、提督は埠頭を袋を下げて歩いていた。

打ち寄せる波が静かなためか、足を投げ出すようにして、隼鷹は埠頭の先に腰かけている。

提督は、少しためらいを感じ、しかしいつものように彼女を呼んだ。

提督「隼鷹」

隼鷹「お、待ってたよ。提督」

相変わらず、隼鷹の傍らには松葉杖があった。

それを一度だけちらりと見た提督は、隣へと腰を下ろした。

そして、持参した袋から大きめの瓶を取り出した。

隼鷹「提督、それって……」

提督「秘蔵の大吟醸だ……屋敷の地下で見つけたんだ。多分、祖父のだろう」

隼鷹「提督の爺さんの?」

提督「ああ……間違いなくな。何かと隠し事の多い祖父だったが、まさかこんな一品まで隠しているとは」

提督「私が提督に昇格した時だって、こんな上等なのは飲んだことがなかった。あの狸ジジイめ、独占する気だったな」

用意していた猪口の一つを隼鷹の手に押し付けると、提督はそれに静かに酒を注いでいく。

芳醇な香りが潮の香りを塗り替えて鼻孔を刺激し、思わず隼鷹の口もほころんだ。

元来、酒に目がないのが隼鷹だ。それは提督も同じだ。親しくなったきっかけは、酒が要因だった。

食指が動かないはずがなかった。

提督「駆けつけ三杯とはいうが、一気に飲むのももったいないな」

隼鷹「そうか?」

提督「普通の椀ならたった一杯で安酒が一瓶買えるくらいはするぞ?」

隼鷹「マジかよ……そんな高い酒なら、それに合うつまみが欲しいねぇ」

提督「そんな贅沢はできないな。月を肴に、と洒落こんでみろ」

隼鷹「あたしはそこまでできないなぁ」

ケラケラと隼鷹は笑う。笑って、猪口を呷った。

実際、晴れた夜空には程よい雲と見事な満月が浮かんでいる。

暫くは、二人の間で酒が酌み交わされた。

その沈黙を守って、不意に隼鷹が提督を呼んだ。

隼鷹「復員任務、始まったんだって?」

提督「一部ではな。何しろ、あまりにも広い地域に人が散らばっているからな」

隼鷹「そっか……それでさ、提督」

隼鷹は、猪口を手にしたまま静かに提督に問う。





隼鷹「あたしへの沙汰、決まったんだろ?」

提督「……」



無言のまま猪口が置かれ、提督の手は軍服の内側へと向かう。

取り出された書簡を開け、提督は中身を読み上げた。

提督「元日本帝国海軍第二航空戦隊所属 隼鷹。その任を遂行する能力なく、既にその任の大義なく、これを明朝午前零時を以て解任し……」






提督「……解体処分とする」






非情な宣告が、提督の口から絞り出された。

くしゃりと、提督の手に合った書類が形を失う。

隼鷹「そっか……」

空になった猪口に、隼鷹は酒を注ぎながら、ただ呟いた。

隼鷹「ま、覚悟はしていたんだけどねぇ……なんだよ提督、そんな顔して」

提督「すまないな……お前を元の商船に戻したかった……」

隼鷹「謝るなって……て、酒がこぼれてるぞ、勿体ない」

慌てて、隼鷹が提督の手を支え、瓶を手に取って継ぎ足した。

隼鷹「あたしに責任感じてんの?」

提督「いや……そうではなくだな」

中身が継ぎ足された猪口をぐっと空けた提督は、言葉を探した。

だが、言いたい言葉はあまりにも多く、それを言い表せるものではなかった。

隼鷹「あのさ、提督。そんな責任取ろうなんて考えないでくれよ」

提督「だが……!」

隼鷹「あたしのことも考えてくれよ……動けなくても、戦えなくても、あたしは軍艦なんだ」

隼鷹「もう太平洋の夢は諦めてる。それなら、軍艦として、もう終わらせてくれよ」

隼鷹の懇願する声に、提督は殴られたような衝撃と、隼鷹の悲哀を感じた。

サンフランシスコ-横浜間の北米航路を駆ける、豪華客船となるはずだった隼鷹と飛鷹。

しかし、戦争の開始によって彼女らはその夢をあきらめた。途絶えた夢に対して、思うところは当然あったのだろう。

提督「……」

隼鷹「あたしだって、一応は未練はある。けど、軍に身を置いて戦ったのは覚悟と希望があったからだよ」

提督「覚悟と、希望?」

隼鷹「ああ……」

隼鷹「いつか戦いが終わった時には、また改装を受けて、本当の自分の役を果たせると信じていたのさ」

隼鷹「まぁ……それは叶わなかったし、一緒にいるはずの飛鷹も沈んじまったけどさ……」

口を湿らせるようにして、隼鷹は酒をもう一度呷る。

提督「なら……もう、いいのか?」

絞り出すような提督の言葉。

隼鷹「十分さ」

それに、隼鷹は静かにうなずいた。

隼鷹「所詮は夢……見るだけでも儲けもんだよ」

悲しげな隼鷹の言葉に、提督は今度こそ言葉を失った。

隼鷹「人の夢と書いて儚い……船だけどさ、それを実感できた」

冷たい風が、二人の間を走った。

思わず身震いした提督は猪口の中を一気に飲み干した。酒が、熱燗ではないが体を温めてくれた。

その傍らで隼鷹は、言葉をポツリと漏らした。

隼鷹「みんな、あたしを置いて逝っちまった……」

提督「そうだな……」

生き残った空母は、いや、まともに運用できる軍艦自体が少なかった。

作戦行動が可能な、駆逐艦を除いた水上機はおよそ40隻ほどで、潜水艦が60隻ほど。

戦前・戦時中に建造された総数がおよそ650隻だったことを考えれば、おおよそ6隻に1隻しか残っていない。

当てはめるのはやや乱暴だが、軍事定義上の全滅をはるかに超えていた。

隼鷹「戦争が終わってみるとさ、どいつもこいつも、戦いの中で死に急いでいるみたいだったな」

隼鷹「あたしら艦艇も、提督達軍人もな」

提督「死に急いだわけじゃない……生きようとして、結果的に死んでしまっただけだ」

提督「傍から見れば、滑稽かもしれないがな」

隼鷹「滑稽なはずはないぜ」

提督「そうか」

暫く黙々と二人は酒を飲んだ。

徐々に酒瓶の中身は空に近づいていた。

酒には強い隼鷹と提督も、さすがに頬に赤みが差し、少し思考が定まらなかった。

隼鷹「……っと、もう無くなったな。互いに最後の一杯になっちまった」

提督「ああ……」

提督は猪口を目線の高さまで持ち上げた。

そこには酒に反射して、満月の付きが揺らいでいた。

提督「酒に酔ったのか、それとも月に酔っているのか……わからんな」

隼鷹「提督、自分で言ってて恥ずかしくないか?」

提督「そうか?思ったままを言っているだけだ」

隼鷹「意外とそんなとこもあるだと感心してんだっての」

そうか、とつぶやいた声は漣の音に消えた。

提督「なあ、隼鷹」

そして、提督は目を細めて口を開いた。







提督「杯の酒に映る月も、綺麗なものだな」





隼鷹は、おちゃらけた何時もの表情を失った。

代わりに浮かんだのは、儚げな乙女の、太平洋を夢見た少女の顔だった。

すぐにそれは消え去る。わずかに口角が上がって、隼鷹はいつもの調子と表情で言い返した。







隼鷹「ははっ、このまま死んでも悔いがないよ、提督」





一旦ここまで

風呂入って来る

大体1時間くらいしたら再会する

あれか
おつ

さぁて、ぼちぼち再開する

>>19
あっちも読んでくれた人がいたとは嬉しい限り
少しはクォリティーが上がっていれば幸いだったり

最後の一杯を二人は同時に飲み干した。示し合わせたわけではないが、なんとなくそうなった。

暫く、二人は掛け合いの余韻に浸る。

先程の言葉が、まだ酒の酔いと共に体を回っている気がした。

体を走る熱は、酒とは関係ないだろう。

提督「有難う、隼鷹」

隼鷹「あたしにいきなり何言わせてんだ……全く……」

提督「その答えだけで、もう十分な気がした」

提督がよろりと立ち上がると、隼鷹の手を取って立ち上がらせた。

隼鷹は松葉杖を突き、提督は酒瓶の入った袋を背負った。

提督「……これから、隼鷹の船体に戻るのは大変じゃないか?」

隼鷹「そうだなぁ……ちょっと酔ってるし、海に落っこちたら洒落にならないな」

提督「少し歩くが、私の家ならば空いているが。どうだ?」

提督の言葉に、少し沈黙を挟んだ隼鷹は、やがて上品な笑みを浮かべ、答えた。

隼鷹「この私でよろしければ、お相手いたしましょう」

怪我を抱え、軍服じみた格好をしながらも、優雅に誘いを受ける様は、太平洋の華となりえた艦娘に相応しいものだった。

連れ立った二人は、ゆっくりと足を海からそむけた。

海には、未練が無くなっていた。





提督「いいのか、隼鷹」

隼鷹「はい……私の願いでもあります」

提督「そうか、ありがとう」

隼鷹「ん……ちゅ……」

提督の自宅で、男と女の一夜は静かに始まる。

熱情と、愛情と、独占欲が、二人の体を突き動かした。

月だけがそれをやさしく見守っていた。








そして、1947年(昭和22年)8月1日、日本帝国海軍空母 隼鷹の解体が完了した。





隼鷹の解体が終了してから、すでに四半世紀近くが経過していた。

戦火によって焼け野原となった日本は、再びかつての隆盛を取り戻さんとしていた。

文字通り、ほとんどを失った状態から、たくましく人々は立ち上がっていた。

提督「その足場になったんだな、隼鷹」

自宅の自室で、提督は既にいなくなった隼鷹へと思いをはせていた。

提督「伊勢、日向、榛名、利根、北上、葛城、鳳翔……たくさんの船が、お前を追いかけて逝ってしまった」

解体された資材が、具体的にどのように使われたかを知るすべは、退役した身となっては持っていなかった。

分かるのは、めざましい復興と発展を遂げている陰に、文字通り彼女たちの遺産が役立てられていることだ。

風に聞いた噂で、あの大戦艦長門がアメリカの標的艦となったことを知った。

原爆を二発も受けて、しかも二度目は沈みやすいように細工をしてもなお、長門は浮かんでいたという。

他の標的艦が悉く沈んだことから、その異常性は日本側にも伝わってきていた。

提督(ビックセブンの名は、伊達や酔狂ではなかったのか……)

また、いくつかの艦艇が戦後賠償のために海外へと引き渡されたとも聞いた。

それぞれの船の艦娘達もまた、故国日本に別れを告げて、新しい道を歩み始めていた。

提督(彼女たちは、何を思って行ったんだろうか……)

窓の外の世界は、遠い異国とつながっている。だが、あまりにも距離があった。
 


既に、25年。

解体された海軍の尻拭いと言えば良いのか、提督は平和主義・民主主義を掲げる日本政府の命令を受けて活動してきた。

その中で、多くの艦娘達が海軍将兵たちと戦いへ挑んだ遺産や記録を目にすることとなった。

6隻に1隻しか、艦として生き残らなかった、あの大戦。

信じていた正義が覆され、多くの軍人が涙を流したと、身をもって理解していた。

提督(……無駄な戦いではなかったと、思いたいな)

おそらく、自分が生きているうちに日本帝国は他国との間で砲火を交えることはない。

そのように連合国は日本をつくりかえたのだから。

この体は既に痩せ衰えた老体だ。もはや提督として働くことはない。

ならば、出来る事は彼女たちと日本帝国海軍の戦いを語り継ぐことだけだった。

提督(いかん……眠くなってきたな……)

既に、夜だった。

何時かと同じ、満月が浮かんでいた。

提督「お前がいないと、少し残念だなぁ」

提督は、自室の壁際に置かれた木製の冷蔵庫へと歩み寄った。氷を注ぎ足して使うそれは、祖父の遺産だ。

なんと手作りしたものだ。変わり者の祖父ながら、よくぞこんなものを作ったと思う。

提督「敢えて、冷酒を飲むのがたまらん」

そこから、ゆっくりと酒瓶を一つ取り出す。

提督「あの時より、時代は良くなっているぞ隼鷹……」

隣にある戸棚から、大切に保管している猪口を取り出す。

数は二つ。出来るならば、あの佐世保の埠頭にまで行きたいが、それができるほど若くはない。

二つのそれに静かに注ぐと、一つを手に取った。

一人酌だ。

だから、会話などなかった。

もう一つの猪口も、中身がけっして減ることはないだろう。

提督「ああ……月だけは、あの時と変わらんな」

今ある平穏を、敗戦で勝ちえたのなら、それも悪くないと思っていた。

戦時中は勝利を目指していたのがひどく懐かしい。負けてこそ、得るものがあったのだから、不思議なものだ。


提督「……と、これはいかんな」

おかわりを注ぐために瓶を持ち上げようとして、腕が痺れていることに気が付いた。

昔なら俊敏に動き頑強だった肉体も、今となっては年相応となっていた。

いや、戦時中よりも改善した環境でも維持ができなかったのは、自分の意志が弱くなったからだろうと知っていた。

情けないことに、酒を自力でそそげないほど疲労しているようだった、

提督(これでも健康なつもりだったが……張り合いがないせいかねぇ)

独り身を貫いたのだが、やがて見合い婚をした。

だが、結婚した妻は自分の想い人に薄々感づいているようだった。

こちらは初めての結婚だが、相手は子連れの未亡人だった。

それでも何も言わないほど出来た女だったのが悔やまれた。

文句の一つでも、言われておかしくなかったというのに。

だからこそ、結婚生活というものが特に変化を生んだわけではなかったのだ。

あれだけの女が自分に惚れたわけが、よくわからない。

自分が一方的に迷惑をかけたようなものだというのに。

提督「なんでだろうなあ……ん?」

その時、提督は隣に気配を感じた。

提督(なんだ……そこにいたのか)

彼女が、そこに変わらぬ笑みを浮かべて寄り添っていた。

あの時と変わらぬ、白磁のような肌を持つ腕が伸びて、そっと瓶を持ち上げた。

提督「まだ出てくるの早いだろう……お前」

珍しく、悪態をついてしまった。

彼女がいなくなってからは、言い合う仲もいなくなったためか、他の人よりも物静かだと思われていた。

しかし、その悪態に笑みで返した彼女が瓶の注ぎ口をこちらに向けた。

提督「ふっ……あの時と同じ月見酒か」

口元へ、淵まで入った猪口を運んでいきながらつぶやいた。

提督「杯に映らなくても、綺麗な月だな……隼鷹」

わずかに残っていた酒が喉へと吸い込まる。

その猪口は静かに机の上へと置かれ、二度と持ち上がることはなかった。

その日の日付は奇しくも1972年(昭和47年)8月1日。

彼女に遅れながらも、提督は同じ日に静かにこの世を去った。

平均寿命が延び始めていた日本においては、いささか早い老衰だった。







もう一つの猪口がいつの間にか空になっていたことに気が付いたのは、誰一人としていなかった。




いったん休憩

十分後くらいにまた始める

混濁し、徐々に薄れゆく提督の意識は、不意に過去へと回帰した。

それは走馬灯のようなもの。

あるいは、無意識に思い出していた記憶だった。

最期の瞬間に、最高の時が再生された。


提督「なあ、隼鷹」

隼鷹「ん?」

丑三つ時。草木が眠りについたころ、隼鷹と提督は窓から降り注ぐ月明かりの下で同じベットに横たわっていた。

同じシーツで、互いが体をわずかしか隠していなかったが、気になるほどではない。

今更、気にするような仲ではないのだ。

提督「いや、橿原丸か?もう、零時を過ぎているし、隼鷹の名前は返上したことになるか?」

隼鷹「どっちでもいいんじゃね?」

あっけらかんという隼鷹に、提督は少し眉を顰める。

提督「……少しは慎ましくしゃべらないのか?もう『隼鷹』じゃないんだ」

隼鷹「いや、一度体に染みつくとなかなか抜けないっていうかさ……そんなもんだ」

提督「そうか」

洋風の寝室で、隼鷹はシーツで体を隠しながら視線を逸らしていた。

乱れたベットの上には独特の匂いがこびりつくようにして残っており、二人とも体には倦怠を感じていた。

だが、それが先ほどまでの至福の時が夢でないことの証であった。

提督「……それより、足は大丈夫か?何か障りがあったら大変だ」

隼鷹「解体待ちの艦娘に言うセリフじゃないっての……一応大丈夫さ」

艦娘の体が船体の影響を受けるのと同様に、船体もまた艦娘から影響を受ける。それを心配したのだ。

だが、流石に不謹慎だったなと、提督は反省した。

提督「すまん、気が回らなかった」

隼鷹「良いって、良いって……」

隼鷹の言葉に提督は謝ると、手を伸ばした提督は、テーブルから水の入ったグラスをとる。

二人きりの夜戦に入る前に氷を入れていたものだが、すでに溶けて温くなっていた。

だが、水分を体が欲しているため、提督にはそれで十分だった。

喉に落ちる水に体のほてりがわずかに冷めていく。

そして、提督は口の中に水を含むと隼鷹を呼んだ。

提督「隼鷹」

隼鷹「ん?……んむぅ!?」

隼鷹の顔がこちらを向いた瞬間に、提督は一瞬で唇を重ね、水を舌と共に隼鷹の中へと滑り込ませた。

隼鷹「んぅっ……ちゅ……あ……て、ていふぉ、く……」

この不意打ちに隼鷹は抗えず、しばらくなすがままに口の中を蹂躙される。

やがて提督が満足すると、静かに唇は離れ、銀の橋が二人の間に架かった。

提督「まだ、飲むか?」

隼鷹「……い、いきなり何をすると思ったらぁ……」

顔を赤くし抗議する隼鷹に、提督は素知らぬ顔でコップを差し出した。

それをしばらく見つめて考えた隼鷹は、大人しくそれを受け取って嚥下した。

隼鷹「あれだな、コップで間接的に接吻してるって考えると、少し変な気分だなぁ」

提督「接吻……育ちが言い方に出るな」

隼鷹「これでもお嬢様だぜ?箱入りの」

提督「その口調はお嬢様らしくないな」

隼鷹「へいへい」


ところで、と提督はコップをテーブルに戻して居住まいを正した。

隼鷹に尋ねたいことがあった。

提督「輪廻思想って、知っているか?」

隼鷹「あー、人並みには知っているけど?死んだら別な世界に生まれて、何度も何度も生まれ変わっていくやつでしょ?」

提督「ああ。その輪から抜け出せずに人間は苦しみ続けるという仏教の思想だ」

提督「隼鷹が、命を全うして眠ったらどうなるかと、少し考えていた」

隼鷹「提督……」

艦娘は、艦艇に宿った魂であり、艦艇そのものだ。体は鋼鉄の塊であろうとも、その魂は人のものだ。

同時に体である船体が無くなれば、それは艦娘にとっての死ではないかと考えていた。

提督「死んだ後の世界なんて、誰もわからない。だが、隼鷹のことだから少し気になってしまった」


暫く提督の言葉を黙って聞いていた隼鷹だが、やがて不意に反応した。

隼鷹「……っぷ、アハハハハ!」

提督「な、なんだ!」

思わず声を上げた提督に構わず、隼鷹は笑う。

隼鷹「アハハハッ!さっきまでずっと考えていたのか?ヤってる最中も?」

提督「そ、それが悪いか!?これでも私は真剣にだな」

図星を疲れた提督の頬に赤みがさす。

隼鷹「あたしを機関部をぶっ壊すような勢いで襲ってきたのに、そんなこと考えていたのかよ……プハハハ……」

提督「お、おい」

流石に声を荒げた提督だが、隼鷹の声に遮られた。

隼鷹「わかってるって。あたしと提督の仲だ、提督の考えた意味くらい分かるって」

弾んだ息を整えながらも、隼鷹は提督を制する。ふざけていないのは口調ではっきりわかる。

隼鷹「あれだろ?提督もあたしも死んだとしても、生まれ変わって遭えるんじゃないかって考えてるわけだろ?」

提督「ま、まあ、そうなるな」

提督「おかしいと思うなら、別にかまわんが……少なくとも、私はそう願ってる」

隼鷹「うれしいこと言ってくれるじゃん。さっすがあたしが惚れ込んだ提督だよ」

提督「むぅ……」

からかったかと思えば、いきなり褒めてきた態度に少し困惑する。

そんな提督との距離を詰めた隼鷹は、表情を改め、じっと目を覗き込んだ。

提督は心を見透かされそうな視線に思わずたじろいだが、隼鷹は有無を言わせぬ口調で迫る。

隼鷹「いいか、提督」

提督「う、うむ」

隼鷹「確かに、提督の考えも間違いじゃない。あたしら艦娘の元となる魂は、多分だが船として一生を全うすれば輪廻の輪に乗る」

隼鷹「だけど、あたしらは提督と違う。人が生み出した、限りなく人に近い魂だ」

提督「付喪神のようなもの、ということか?」

隼鷹「ああ、そういうこった。モノが祀られるうちに神や人になるっつう神道の考えにもよるあたしの解釈だ」

隼鷹「でもな、そんな出自の違う魂同士が同じような輪廻をめぐるかといえば、多分そうじゃない」

少ないが確かな希望を知り、浮かれかけた提督に隼鷹は釘を刺す。


隼鷹「あたしの言いたいこと、分かるだろ?」

提督「次に生まれ変わって逢う可能性はあるが、保証はないと、そういうことか」

隼鷹「そう。勝手な予想だが、あたしは『隼鷹』か『橿原丸』にしか生まれ変わることはない」

隼鷹「生まれが生まれだから、おいそれと人様に生まれることはない。魂と肉体が、反発するだろうな」

そうか、と提督は深く頷いた。少なからず、提督が予想していたことだった。

生物というくくりの中で、自分は輪廻をめぐる。だが一方で、隼鷹は艦艇というくくりの中で輪廻をめぐる。

その二つが重なり合うのは、どれほど先になるのだろうか?

だとするなら、と提督は腹をくくった。

いや、いつからか覚悟を決めていたのを、今ようやく認識したのだ。

隼鷹の死が近づいた、今頃になって。

誤爆した


提督「なら隼鷹」

隼鷹「ん?」

提督「私は、隼鷹と再会できるまで、その時まで、生まれ変わるたびに船乗りか提督になろう」

提督「どれほど先になるか、どういう形になるかはわからん」

提督「だが、いずれ逢えると信じて、私は生きよう」

>>39
いきなり寝取り云々言われてびっくりしたけど、誤爆なのか。
なら許す。


隼鷹は提督の言葉に呆気をとられたかのように、固まってしまった。

壁に掛けられた古い時計の秒針が一周はしてから、漸く隼鷹は復活した。

見る見るうちに隼鷹の顔が赤く染まり、ついでに体もボイラーが動いたかのように熱を発した。

提督「じゅ、隼鷹?」

隼鷹「あ、あ、あの……あの……提督?」

提督「うん?」

隼鷹「埠頭でお酒を酌み交わしながら、漱石の訳のような告白をされて、喜んで受けましたが……」

隼鷹は混乱してか、何時もの砕けた口調ではなく、上品な言葉づかいへと戻っていた。

たどたどしく言葉を選ぶ様子に新鮮さを感じながら、提督は隼鷹の言葉を待った。

隼鷹「ええっと……さすがにいきなりそんなことを言われますと、流石に恥ずかしいというかうれしいというか……」

隼鷹「あー……もう!なんと言えば良いのでしょう……!」

手で顔を覆い隠した隼鷹は、そのまま提督の胸へと縋り付くようにして身を沈めた。

それを両腕で自然と抱き寄せながらも、提督は隼鷹の答えを待った。

暫くして、隼鷹は提督の名を呼んだ。

隼鷹「提督、離してくださいます?」

身を離し、隼鷹はややあってから、まっすぐに提督を見つめた。

その顔には、何か付き物が堕ちたような清々しさがあった。

迷いが、消えたのだろうか。


隼鷹「提督のお覚悟、この胸に刻みました」

身を起こし、隼鷹はベットの上で正座をした。

正対するように、提督も慌てて身を起こした。

隼鷹「それに応えて、この私も覚悟をきめました」

隼鷹「いつしか……輪廻の巡りあうその時まで、この隼鷹、提督をお待ち申し上げます」

提督「……隼鷹」

そのまま、三つ指をついた隼鷹は静かに頭を下げる。

提督「こちらこそ、だな。隼鷹」

隼鷹「フフッ……橿原丸でも構いませんのよ?」

提督「なんだか、くすぐったいなその口調は」

身を起こした隼鷹は、まるで別人のようだった。

同じ艦娘であるはずなのに、纏っている空気、表情、笑い方。その全てが違っている。

月下で見る幻覚とは思えない。

それが表情に出たかのか、隼鷹は口角を釣り上げ、目を細めた。

隼鷹「女は、生まれながらに女優の才を持つのですよ。特に、好きな殿方に対しては、ね?」

嫣然と微笑んだ隼鷹は、そのまま提督の体を抱きしめ、耳元で囁く。

思わず、提督の体が興奮に震えた。

隼鷹「まだ月夜も序の口です……楽しみませんと」

提督「お言葉に、甘えよう」

そのまま、隼鷹は提督の体に押し倒された。

別れの時まで、少しでも互いに互いを刻み込むために。

夜の宴は、始まったばかりだ。


突如として現れた深海棲艦と呼ばれる艦隊と人類が争うようになって数年。

日本帝国海軍の鎮守府の一つであった佐世保鎮守府にも多くの提督が集い、日夜艦娘達を率いて戦いに身を投じていた。

戦局は一進一退を繰り返しており、戦力の拡充が日々進んでいた。

よく晴れた、とある日のことだ。

鎮守府の一角の執務室の電話が、けたたましい音を立てた。それをとった人物が、一言二言言葉を交わして頷いた。

???「Hey.提督ぅ?連絡が来たネー」

提督「む……金剛か?」

金剛「寝てたみたいネー。What's happen?」

秘書艦である金剛の声に、執務机で居眠りをしていた提督はびくりと身を震わせ、瞬きを繰り返した。

久しぶりに、あの夢を見た気がした。

提督「いや……少し昔をな」

だが、言えるはずもない。かつて、帝国海軍の一人として生きた時を思い出したなど。

未練がましくも、一人の女性を追いかけていることなど。

金剛「実は、工廠から連絡が来たのヨー」

金剛が、何事かを提督に伝えた。

すると、手にした紅茶をうっちゃり、部屋の主は扉を蹴破らんばかりの勢いで部屋を飛び出していた。

紅茶を入れた金剛の抗議の声も無視し、その足は工廠へと向いていた。

提督「……!」

弾む息と、胸を打つ鼓動。

抑えようとしても、抑えきれない高揚が体を走り抜けた。

広い鎮守府の敷地を突っ切り、まったく勢いを落とすことなく走る。

建造ドッグに入ると、提督の姿に妖精さんたちが驚きの声をあげ、連鎖的に何かがひっくり返る音がした。

だが、それに振り替えることすらしない。


提督「あっちか」

ドック内に船体が完成したことを知らせる鐘が鳴り、作業を終えた妖精さんたちがわっと船体から降りてきた。

見覚えのある船体。

アメリカのそれを参考に作られた傾斜煙突。

飛龍型を凌駕する24000トンの船体。

広い飛行甲板。

提督「あ……」

そして、視線の先、見覚えのある衣装を身にまとった艦娘が佇んでいた。

特徴的な頭髪、胸元の勾玉のような飾り。

あの時、再会を誓い合った瞳が、こちらを捉えた。

提督「あぁ……」

万感の思いが、息となって漏れた。

それが届いたのか、艦娘が笑みを浮かべて、言葉を紡いだ。








「お待ちしていました、提督」








艦娘は優雅な仕草で一礼した。

提督は言葉を少し躊躇したが、すぐに表情を引き締めて、しかしあふれる想いを込めて尋ねた。

提督「君のことを、どう呼んだらいいだろうか」

「お好きなように……私には二つも名前はございますが、どちらで構いません」

提督「なら……好きなように呼ばせてもらう」

「はい……では、着任のご挨拶をいたしましょうか」

互いに身だしなみを整え、提督と艦娘は向かい合った。




提督(あれから、どれほどかかっただろう)

(もう、覚えていない……いえ、思い出せない)

幾度、会えないことに涙を流し、苦しんだかはわからない。

提督(でも、構わない)

(貴方に、こうしてまた出逢えたのだから……)




提督「また、戦いの中で出逢えたな」

隼鷹「そういう運命と、覚悟しておりました」

そうか、と提督は頷いた。

彼女がすでに覚悟を固めていることに提督も喜びを抑えきれなくもあり、悲しくもある。

だが、再会の喜びに勝るものは無い。

提督「今度も、戦いの終わりを二人で迎えよう」

隼鷹「はい、今度は敗北などしません。他の艦娘の犠牲など、出したくありません」

隼鷹は力強く提督の言葉を肯定した。

提督「ああ、勝とう。そして、平和をつかみ取ろう」

隼鷹「はい」







提督「そしていつかは」





隼鷹「夢見た航路を二人で」






FIN

お疲れ様でした

隼鷹というとヒャッハーでうわばみな破天荒感あるけどこういう隼鷹もいいよね

投下終了。

今回は自分が満足できるものが書きあげられたと思う。

あとは小ネタが書きあがり次第投下する予定。あ、あくまで予定だなんだからね!?

次は飛鷹を主人公にして書いてみるかなぁ……

支援と読了してくれた全ての人に感謝を。

最後に、空母 隼鷹と幻の豪華客船 橿原丸にこの作品を捧げる。

>>52
戦争に巻き込まれなければ、世界一の豪華客船になったはず。やはり彼女の根底はお嬢様だろうと考えた。
逆に言うと、彼女が空母となったことで、現代人が艦これを通じて出会えたのだから、皮肉だと思う。

短編を書いているが、勢いで始めたせいなのかネタがない。

提督と隼鷹がお風呂でしっぽりする話を漸く思いついたけど、それで>>1の文才では限界っぽい。

なので、安価でネタを募集する。

安価は>>60>>62>>64

安価をとれなくても、いいアイディアだと思ったら拾うのでよろしく。

隼鷹と二人でカレーライスを食べる

踏んで行け

鎮守府総出の飲み会の後、提督と隼鷹が二人だけのダンスパーティー

踏み台

ケッコンカッコガチはまだ早いかね?
ならば激選が終わってからのデートをメディアに取材されるとか?
恋人といるときの雪は素敵な云々てあったじゃん

踏み台になってくれた>>61 >>63の人には感謝を。

二人でカレーを食べる
二人きりのダンスパーティー
デートをメディアに取材

了解した。全力で執筆中なので投稿をお楽しみに。
多分カレーの話が最初に投下出来ると思う。

読んでくれた人の反応があってうれしい限り。これを機に隼鷹メインのSSが増えてほしい。
出雲丸メインのSSも増えてほしいな。というか、自分で書けばいいのか(真顔)。

では、短編一本目を投下する。
お題は『提督と隼鷹が二人でカレーを食べる』。


昼食休憩の始まりを告げる鐘が鳴る。

張りつめた空気の中で仕事を続ける鎮守府の提督や艦娘達も、これを聞けば緊張の糸を緩める。

昼食を鎮守府の外に食べに行く艦娘や提督もいたが、多くの場合は鎮守府内の食堂“間宮”で済ませることが多い。

各鎮守府および泊地に最低一人はいるのが給料艦の艦娘と、その艦娘が管理を行う酒保や食堂だ。

艦娘が人と同じような感性を持っていることから、そういった施設は士気高揚のために積極的に設けられていたのだ。

その食堂の入り口を、提督と隼鷹は連れだってくぐった。

間宮「いらっしゃいませ、提督」

和服の上から割烹着を着込み、調理などで邪魔にならないように背中に集約された艤装を持つ艦娘が、にこやかに挨拶した。

給料艦『間宮』。この鎮守府に配属された艦娘だ。

間宮「あら、今日は隼鷹さんといらしたのですね?」

提督「昼食を一緒に食べながらデートと言ったところだ」

隼鷹「提督……そんなふうに言われると恥ずかしいです」

恥ずかしさを隠せない隼鷹だが、嬉しさも隠していない。

少しずつこの鎮守府に慣れてきていると実感した提督は、メニュー表を見るまでもなく注文を決めた。

提督「今日は金曜日だったな……私はカレーライスにする」

間宮「はい、大盛りにしておきますね」

隼鷹「カレーライス、ですか?」

提督「そう、カレーライス。戦争をしていた当時とはちょっと違うが、おおむね同じだと思うぞ」

隼鷹「一応、船員達が召し上がっていらっしゃるのを見たことはありますが……詳しく教えていただけます?」

提督「ああ、知っている限りなら」

提督自身も、当時はあまり詳しくはなかった。しかし、この時代に生まれて調べた際に見つけたのだ。

出来上がるまでの徒然にと、提督は語り始めた。

日本におけるカレーは、生まれであるインドではなくイギリスの影響が強いものだ。

イギリスは当時インドを植民地としており、そこから本国へと輸入された料理の中にカレーがあった。

そのカレーは、イギリスに海軍のイロハを学んだ日本へと伝わって広まった。

イギリス軍のカレーは、簡単に言えばシチューにカレー粉を入れて作ったもので、これにパンを浸して食べていた。

だがこれは日本人の舌に合わなかったのだ。

しかし、海軍後進国の日本は船員達の栄養不足を補う方法を持っておらず、イギリスの食を真似るしかなかった。

そこで生まれたのが、小麦粉を用いてとろみをつけて白米と合わせて食べやすくしたカレーだった。

時代が流れて、日露戦争が勃発した際に、横須賀鎮守府がバランスの良い食事として採用したのがこのカレーライスだったのだ。

調理が楽で、野菜と肉を一度に取ることもでき、調味料を変えれば同じ材料で肉じゃがに変えることもできるという点も評価された。

最も大きい理由は、当時猛威を振るっていた脚気対策だ。ビタミンB1の不足によるこれは、当時は結核と並んで死の病だった。

1908年に海軍の調理レシピである『海軍割烹術参考書』にカレーライスが掲載されたのも、日露戦争のことがあったためだろう。

その後時代は巡り、提督が生きた時代に近づくと浦上商店(ハウス食品)が『即席ホームカレー』を販売した。

これに前後して多くのカレーが世の中に打って出たのであった。

因みに1931年(昭和6年)には「C&Bカレー事件」と呼ばれる事件が発生した。

要するに安い国産のカレー粉をC&B社の高級品と偽装して販売された事件だ。

この事件がきっかけでイギリスとの国際問題にまで発展したのだから、食い物の恨みは恐ろしいというべきか。

提督「トラブルとはいうけれど、国産のカレー粉の品質が向上して食べてもわからないくらいだったから、しょうがないともいえる」

隼鷹「それならイギリスが怒っても仕方ありませんね、自分たちの商品が敗北したわけですから」

提督「それだけ、日本の製造業者も努力したということだ」

提督「今の時代、当時よりもさらにうまくなっているはずだ。食べてみるか?」

隼鷹「ぜひ」

提督「というわけだ、間宮さん。隼鷹の分のカレーライスをお願いする」

間宮「かしこまりました」

ほどなく、隼鷹の分のカレーライスが厨房から二人の前に出された。

隼鷹「これが、現代のカレーライスですか……」

大きな楕円の皿に白米とルーが乗り、端には福神漬けとラッキョウがさり気なく添えられている。

湯気と共にカレー独特のスパイスの香りが漂い、思わず唾があふれて来る。

海軍の伝統でカレーと共に出される牛乳もグラスに注がれて並び、サラダとゆで卵も小皿に盛られていた。

隼鷹「……記憶にあるのとは少し違う気がしますね」

提督「当然と言えば当然だ。基本的な材料と調理法は同じだが、その質は違っている」

提督「例えば調理に使われる道具の改良だな。あとは、科学的な分析に基づく調理工程の合理化。それらがかなりの違いを生んでいる」

隼鷹「なるほど……常に進歩が続いているんですね」

提督「進歩しなければ生き残れない……戦争中と同じだ」

提督と隼鷹はカレーの乗ったお盆を手にして、間宮食堂の二階にある個室へと足を踏み入れていた。

提督や一部の艦娘の希望で作られたこれは、賑やかな一回とは違い、好きな相手と静かに食べるのに向いていた。

二人は向かい合うようにテーブルに着く。

隼鷹「では、いただきます」

提督「いただきます」

スプーンを手にとって早速食べだした提督に対し、隼鷹は少しためらってからスプーンでルーと白米をすくった。

提督が問題なく食べられたのだからと、隼鷹もそれを口へと運ぶ。

隼鷹「ん……はふ」

最初は、出来立ての熱さが口の中に満ち、スパイスの香りが口からあふれ出るような感覚に襲われた。

徐々に口の中の熱さになれると、舌の上で独特の辛みが感じられた。

隼鷹(玉ねぎと人参、馬鈴薯……それらが見事に調和してます……)

だが先程提督も言ったように、調味料一つをとっても当時よりも品質は上がっていた。

当時の辛さに慣れていた隼鷹が、現代のカレーの辛さに気が付くことなく食べてしまったのだ。

野菜の甘さで中和されていない、ルーそのものの辛さが、具のおいしさを味わっていた隼鷹を襲った。

隼鷹「ッ………!?」


提督「隼鷹!?」

好物の一つであるカレーに舌鼓を打っていた提督は、隼鷹の異変に気が付いた。

口元を押さえ、さらに眉を顰めている。

手で覆われた口からは苦悶の声が漏れ出ていた。

隼鷹「か、辛い……!痛い……!」

狭義における五味とは酸味 苦味 甘味 旨味 塩味だ。この中には辛味は含まれない。

なぜか?

辛味とは、舌で感じる味覚ではなく感覚だからだ。

口や舌にはカプサイシンの受容体が存在し、それが刺激されると辛さが認識される。

辛いものが好きな人は、こういった刺激に慣れているのだ。

翻って、カレーにおいても同じことが言える。カレーには数多くのスパイスが含まれている。

それらは単純に辛いというより、痛いと形容される辛さをもたらす。それがカレーのおいしさの一つでもあるが。

提督(隼鷹には刺激が強すぎたか!)

だが、考えてみれば隼鷹はこの時代のカレーをはじめて食べたのだ。辛さに慣れていないことを考慮に入れるべきだった。

例えるなら、中辛のカレーしか慣れていない人に、知らせることなく辛口のカレーを食べさせたような状況だ。


提督「隼鷹!大丈夫か!?」

提督は彼女が咄嗟の判断から、カレーを口から出そうとしているのがわかった。

だが、カレーは白米と混ざりやすいように粘度があるので難しい。

また、舌を動かそうにも口の中に辛さと痛みが満ちて、うまく動かせないようだった。

隼鷹「うぁう……いふぁい……いたいぃ……」

提督「くそ……」

提督は余りの辛さに涙を流す隼鷹の隣に駆け寄ると、どうにかできないかと思考を巡らせた。

吐き出させるにしてもカレーは難しい食べ物だ。ならば、何とか飲み込ませるしかないだろう。

提督の手は、一瞬迷った後に牛乳の入ったコップへと延びた。

提督「隼鷹、返事はしなくていい。これを飲むんだ」

口を押える手でコップを握らせ、それを支えてやりながら提督は励ますようにように言う。

提督「さあ、これを飲めば楽になる」

だが、コップを口に運んでもうまく注ぐことは出来ない。辛さで隼鷹が震えて牛乳がこぼれてしまうのだ。

提督「くそ……」

こうしている間にも、隼鷹は辛味に苦しんでいる。

慣れるまで待てばいいのだが、そんなに悠長に待つのは忍びない。

彼女のために意を決した提督は、コップを持ち直して、行動を移した。

提督「しばらく動かないでくれ、隼鷹」


辛さに悶えていた隼鷹は、不意に温かいものが唇にあたり、そこから口内に液体が流れて来るのを感じた。

同時に、口の中を蝕んでいたそれが何かに中和されていくのを感じた

隼鷹「んぅ……」

不思議と、無理やり液体を飲まされるような感じはしなかった。

むしろ温かみと、優しさと、冷たさが冷静さを呼び起こし、言葉で言い表せない安心感を感じる。

隼鷹「ん……?提督……?」

目を開けば、提督の顔が文字通り目の前にあった。

それを見たことで、漸く隼鷹は状況に気がついた。

隼鷹(口移しで……飲み物を)

自分は、カレーがあまりの辛さで冷静さを欠いてしまったのだろう。

時間が経てば落ち着いただろうが、提督はそれを待つのが忍びなかったのだろうと隼鷹は想像した。

隼鷹(提督は、優しすぎますよ……)

やがて、提督とのキスを心地よく感じる余裕も生まれ、隼鷹は提督の体を軽くたたいて合図した。

もう、大丈夫なのだ。

隼鷹「ふはぁっ……提督、ありがとうございます」

提督「礼を言われるなど、そんな筋合いはない。迂闊にも隼鷹のことを考え無かったのだからな」

唇が離れ、目を細めた隼鷹は感謝した。しかし、提督はそれを手で制して逆に謝った。

提督「もう大丈夫だな?」

隼鷹「はい……」

提督「次からは、辛さを選べるように頼まねばな」

隼鷹「残しては、作った方に申し訳ないですね。いただきます」

提督「ああ、時間はかかってもいい。牛乳のおかわりなら、もらって来よう」

隼鷹「いえ……もう、大丈夫ですよ」

漸く落ち着いた隼鷹は、せき込みながらも提督に笑みを見せた。

それが何者にも勝る安心感を提督にもたらした。

提督「では、改めていただきます」

隼鷹「いただきます」

今度は、問題なかった。

このカレーが出来上がるまでにかかわったすべての人に感謝し、隼鷹はスプーンを動かした。


提督「間宮さん、ごちそうさま」

隼鷹「おいしかったです、また食べに来ますね」

間宮「はい。また来る時をお待ちしています」

間宮は手を振って、食堂を出て行く提督とその秘書艦を見送った。

入れ替わるようにして、駆逐艦の艦娘達がやって来た。

第六駆逐隊の暁、電、雷、響の四人に、潮と五月雨を加えた一団だ。

暁「間宮さん、ご機嫌ようなのです」

間宮「いらっしゃい。みんな遠征から帰ってきたの?」

暁「はい。遠征が大成功に終わったので、提督から報酬としてアイス券をもらっています」

誇らしげに出されたのは、艦娘に報酬として支給される通称『間宮券』だった。

多分提督はご褒美として渡しておいたのだろうが、暁は子供に与えるような言い方を意図的に避けたようだった。

間宮「ご苦労様。アイスクリンも用意するわね。伊良湖ちゃん、注文の受付お願いするわね」

厨房の奥で作業中だった同じく給料艦の艦娘『伊良湖』に声をかけると、間宮はアイスの用意を始めた。

宮の艤装は、戦闘用ではなく調理などを目的に使われている。

勿論、彼女の船体にはきちんと砲塔がつけられているが、あくまでも自衛用だった。

彼女の操作で、艤装から冷えたアイスクリームディッシャーが顔を出す。

厨房の片隅にあるアイスクリームの納められた冷蔵庫のふたを開くと、冷気がふわりと頬を撫でた。

背後では、アイスクリームの気配を感じた暁たちが興奮した吐息を漏らすのが聞こえた。

間宮(やっぱり、軍属でも子供なのね)

思わず笑みが浮かび、冷蔵庫の中に保管されていた容器にディッシャーで盛り付けていく。

すでに慣れた作業だ。一切の遅滞なくアイスクリームを玉状にして容器に入れ、サクランボを載せる。

六人分を盛り付けている間に、伊良湖が出した食事がそれぞれがお盆の上に鎮座していた。

カウンターで今か今かと待ち受ける彼女達のところに、六個の容器をトレーに乗せて差し出す。

間宮「はい、アイスクリームよ」

歓声が上がり、一斉に手が伸びて容器はそれぞれのお盆へとおさまった。

それを元気よくテーブルに運んで席に着く駆逐艦娘の様子は、思わず頬を緩めてしまうほほえましさに満ちていた。


伊良湖「みなさん元気ですね……」

先程まで食器を洗っていた伊良湖は、手を布巾でぬぐいながら間宮のところへやって来た。

それに賛同して、間宮は目を細めた。

間宮「母性を刺激するかわいい子たちよね」

伊良湖「母性、ですか……」

間宮「そう、母性よ。男の人は意外と色気だけじゃなくて、包容力で落とせばいいのよ」

伊良湖は、先輩であり自分にとって憧れである間宮の顔に、いたずら気な表情が浮かんだのを見た。

思わずこちらの頬が引きつってしまう。感情を見透かされたのだ。

しまった、と思うが既に蜘蛛の巣に囚われた蝶に等しい。

間宮「提督さんは隼鷹さんにぞっこんだけど、やっぱり彼女は隠れた母性があるのよねぇ」

間宮「そこに少なからず影響されていると思うわよ」

伊良湖「そ、そんなのはどうでもいいんです……」

間宮「あら、でも視線の熱さは隠せてないじゃない」

言葉に窮したが、結局伊良湖は否定しない。

否定できないくらいには、提督を想っている。

伊良湖だけではない、この鎮守府の多くの艦娘達が提督に上司に対する以上の感情を抱いている。

間宮「まあ、貴方は私にとってはかわいい後輩というか娘。だからその恋路がたとえ困難な物でも応援するからね?」

伊良湖「本当ですかぁ?」

間宮「本当よ……貴方は隼鷹さんに母性でちょっと負けているけど、ね」

伊良湖「……気にしないでください。私は真っ向から提督を落として見せますから」

間宮「きにするわよぉ。提督の使っていたスプーンをぺろぺろと舐めちゃうくらいなんだし」

伊良湖「な、なんでわかったんですか!?」

間宮「えっ」

伊良湖「えっ」

冗談で言ったことに意外な反応を占めた伊良湖に、さすがの間宮も固まるしかなかった。

二人は、遠征艦隊を率いていた龍田と天龍がやって来るまで固まったままであった。


昼食を終えた提督と隼鷹の二人は、そのまま執務室に向かっていた。

午前中に出発した遠征艦隊の報告書に決済を済ませたり、午後の演習の手配をするためだ。

だが、執務室の扉が見えてきたところで、ついに提督は隼鷹を呼んだ。

先ほどから隼鷹はそわそわしており、落ち着きがなかったのだ。気になって仕方がなかった。

提督「どうした、隼鷹。具合が悪いのか?」

隼鷹「い、いえ……そうではないのです」

だが、ちらちらとこちらに視線をやってきたり体をわずかにもじもじさせるなど、何かありそうだった。

自分のことよりこちらを優先しがちな彼女だ、何かあってはこちらも困ってしまう。

提督「遠慮なく言ってくれ。先程の失態の埋め合わせはしたいからな」

そうですか、と隼鷹は神妙にうなずいた。

暫く考えていた隼鷹は、手を伸ばして提督の手を取った。

提督の手がわずかに熱を帯びた隼鷹の手に包まれ、提督に密着した隼鷹が耳元で囁く。

隼鷹「あの……先程のキスが、あの時と同じ状況だったなと思いまして……その」

提督「あー……そうだったのか……」

消え入りそうな声でぼそぼそと告白する隼鷹に、流石の提督も苦笑いをするしかない。

緊急とはいえ、あのようなキスを交わしたことが、彼女の記憶を刺激してしまったのだろう。

あの時。初めて隼鷹を抱いたあの時。

思いを初めて交し合った、あの暑い夏の夜。

提督(そういえば、そうだった……)

彼女がもじもじと足をすり合わせているのは、つまりそういうことなのだろう。

提督も、その時のことをつい思い出してしまう。嫌でも、彼女の肢体の感触が興奮とともに蘇る。

これは、少し我慢するにはつらいものだった。

提督「なら……仕事の余裕はなくなるけど、いいか?」

隼鷹「……はい」

二人は手をつないだまま、執務室の隣にある提督用の私室へと向かう。

仮眠用の簡易なベットがしつらえられ、シャワー室が完備され、さらに防音に優れている。

今の二人にとっては、十分すぎる環境だった。

部屋に入ると提督はドアを後ろ手に閉め、鍵をかけた。

鍵のしまる音が、合図となった。

部屋を、男女の熱情が満たす。

互いの息が、熱かった。




FIN

投下終了。

なんだか二番煎じになったような気もするが、カレーを食べるっていうリクエストに合わせたらこれが限界。
カレーに関する知識とかは殆どwiki並ですまない。

提督と隼鷹がナニヲシタ化の続きを読みたい人は、>>1の鎮守府に大鳳が実装されていないエラーを直してほしいな。

そして今回はゲストとして間宮と伊良湖を出してみた。
給料艦 伊良湖はまだゲームで登場していないから適当にキャラをつけた。
間宮さんに憧れているけど、まだまだ修行とか色気とか包容力の足りない高校生……と>>1は妄想した。

読了感謝。
さて、次は二人きりのお風呂かダンスパーティー。頑張ってみる。

乙です。変にこねくり回さない、シンプルな恋物語なのがいいですね。

ひとつ。
>>3
>一航戦をはじめとした空母四隻を緒戦でいきなり失った日本帝国海軍は、当然のことながらその補完の必要に迫られた。
>結果、彼女は商船から空母へと転身した。

これだと、ミッドウェー敗戦後に改装されたかのように読めるけど、隼鷹・飛鷹は開戦前に軍艦として進水しており、ミッドウェー海戦の時には隼鷹はアリューシャン攻略戦に出撃してたのでね。
ちなみにこのアリューシャン攻略戦は戦力の分散ということでMO作戦と並んで批判されてるけど。

>>86
おぅ……これはうっかりした。指摘感謝する。隼鷹SSを書いておきながらこの失態は恥ずかしい限り。
もう一回史実を確認してくる、

誤字報告

>>82 宮 → 間宮 “間”が抜けた。失敬。

多くの感想感謝する。>>1も感想があるとモチベーションが上がる。

なお、本日大型建造で大鳳を狙った結果、>>1は3人目の加賀さんをお迎えした。レベリングの引率役はもう十分なんだが(困惑)。

安価のお題は現在執筆中なので、先に書きあがった『提督が隼鷹とお風呂』を投下する。

今回の話は提督と隼鷹がしっぽりするというのは無しにした。流石にワンパターンすぎると>>1が思ったためで、ご了承願いたい。

提督の姿は、鎮守府の浴場にあった。

日本人にとって一日の疲れを落とすには、やはり風呂が一番の手段だった。

特注の檜の浴槽を据えた浴室は、お湯から立ち上る湯気に満たされ、静寂に包まれていた。

同じく檜で作られた椅子に腰かけた提督は、シャワーの蛇口をひねった。

降り掛かるお湯は、提督の体を伝っていきながら温めていく。

提督「ふぅ……」

5分近く経ってから、シャワーを止めた。

吐き出した息に今日一日分の疲労が混じっているような気がした。

昼食を食べた後に隼鷹を抱いたので、午後からの仕事がほぼ休みなしになったのだ。

ベットの上とシャワー室で二回戦ずつやったため、その反動が重くのしかかっていた。

隼鷹は普段こそおしとやかだが、夜戦となるとそれが一変する。昼は淑女で、夜は淫魔とでも言えばいいのだろうか?

単なる美しさだけではなく、形容しがたい艶めかしさがどうしようもなく提督を駆り立ててしまう。

提督(我ながら、現金だな)

身支度を整えて戻った後のことは、あまり思い出したくない。

隼鷹と書類を大慌てで整理しながら、ほかの艦娘からの嫉妬と呆れの視線に耐えるのも堪えた。

一部にはハイライトが仕事をしていない艦娘も多くいたのだ。精神の衛生上問題があり過ぎる。

だから、今夜は長風呂にしようと決めていた。どうせ明日はようやくとれた休暇なのだから。


髪を洗った提督は、入念にシャンプーを洗い流していた。

前世、というか帝国海軍に身を置いていた時からの習慣だ。

その身分上、公式の場に顔を出すことが多く、身を綺麗にするのが必要不可欠なことだったからだ。

指の腹で丁寧に頭皮の汗や油をこすり落とし、お湯で流す。爪を立てると肌が傷つき、場合によっては部分的な脱毛を引き起こす。

提督「はぁ……やはり、この爽快感はたまらん」

蛇口を捻ってお湯を止めて、提督は深く息を漏らす。

普段から周りに人が多いので、こういう時くらいは一人でいたいと常々思っていたのだ。

既に4つの艦隊と100近い艦娘達を率いているのだから、自然と自分の周囲は賑やかになる。それはある意味必然だ。

しかしながら、賑やかな鎮守府も好きな一方で、静かになれるこの浴室も提督は同じくらい好きなのだ。

隼鷹は迷いを抱きながらも脱衣所で準備をしていた。

引き戸の向こうには、提督が今まさに入浴中なのは承知の上で、お邪魔しようとしていたのだった。

だが、恥じらいから躊躇し、そわそわと落ち着きなくタイミングを計っていた。

隼鷹(ほ、本当に突入してしまうべきでしょうか……)

既に衣服は脱いで、タオルだけを巻いた姿になっておきながらこんなことを考えてしまう隼鷹。

だが、彼女からすればかなり勇気を絞った方である。

どれくらいかといえば、駆逐艦で敵艦隊に突撃をかけるくらいの勇気である。

隼鷹(あ……でもやったことのある艦娘さんが結構いらっしゃいますね)

思い当たる白露型駆逐艦や特型駆逐艦を思い出した。

彼女たちの武勇は船員達の間で語られ、また艦娘の間でも聞いたほどだ。

概して、かつて日本帝国海軍は戦艦から駆逐艦までもが無茶をやってのけたりするのであった。

そんなことを思い出す隼鷹も、アウトレンジ戦法という無茶攻撃をやってのけていたのだが。

隼鷹(でも……本当にいいのかしら?)

彼女が生まれたのは戦前。価値観も当時のそれに準じている。

だから、未婚の男女が口づけを交わしたり、肌を見せ合ったり、あまつさえ同衾したりするのはアウトなのだった。

まあ、提督が望むなら、と考え直すくらいには隼鷹は柔軟な思考を持っていし、他の艦娘達も、同じように価値観は変わっていたと聞く。

今更騒いでもしょうがないのだ。

隼鷹「……でも、こうして入れば、提督は喜んでくださいますよね?」

とある艦娘から提案されて、隼鷹はこうしてお風呂突入を選択したのだ。

ある意味これはマリアナ沖海戦に匹敵する作戦である。

兵力は十分。支度も成った。敵の情報もつかんだ。士気は高い。今こそアウトレンジ戦法の真価を示す時。

隼鷹「では、推して参ります!」

その手が、引き戸を開け放った。

提督は引き戸を開ける音がした瞬間、いやな汗が背中を伝うのを感じた。

午後の執務中には、提督たちの間で提督LOVE勢と呼ばれる艦娘達からもそれとなく迫られたのだった。

提督の艦隊には金剛 榛名と言った有名どころはもちろん、千歳 如月 鳳翔なども配備されている。

その艦娘達が、真昼間からの情事についに彼女たちの堪忍袋の緒が切ったのだろうか?

それで、もしも浴室に飛び込むような暴挙をしでかしたのでは?と

あらゆる意味で提督は覚悟を決めた。

ひたひたと歩いてくる足音に振り替えることは出来ない。

だが、それを吹き飛ばしてくれる声が後ろからした。

隼鷹「提督、お邪魔しますね」

提督「じゅ、隼鷹か?」

振り返った先には、タオルを巻いた姿の彼女がいる。

隼鷹「お背中、流しますよ」

屈託なく笑う隼鷹に、提督は驚きのあまり言葉を失った。

提督「せっかくだから……お願いするか」

隼鷹「は、はい!では早速」

嬉しそうにタオルを手特から受け取った隼鷹はボディソープのボトルも受け取った。

提督「けど、今は『そういうこと』はさすがになしにしようか」

隼鷹「そ、そうですね……」

提督の背中を流しながら隼鷹はうなずいた。さすがに一緒にお風呂に入る事は許可できても、それ以上は駄目と提督自ら行ってきた。

少し残念だが、隼鷹は諦めることにした。というよりも、提督の体力を鑑みれば無理だとも考えた。

暫く、隼鷹は提督の背中を洗うことに集中した。

祖父から聞いた三助のことを思い出しながらも、提督は隼鷹の厚意に甘えた。

手際よく背中が現れて、隼鷹が差し出したタオルで体の全面を洗う。

背中に刺さる隼鷹の視線が何となく恥ずかしく、提督は大急ぎで洗い終えた。

隼鷹「でも、提督」

提督「どうした?」

隼鷹「こうしてお背中を流すだけでも、私は何となく嬉しいのです。なんででしょうか?」

提督「うれしい、か……確かにうれしい気もするな。不思議だ……」

優しく背中に残っていた泡を流す隼鷹の手は、疲労の濃い提督には極上の感触だった。

幼少期を通り過ぎて久しい提督は自分で流すことが当たり前だったが、こうして流してもらう感覚もなかなかに心地よい。

こそばゆさが、心地よかった。

隼鷹「提督の背中は……大きいですね」

提督の背中をこすりながら、隼鷹は感嘆の息を漏らして言う。

隼鷹「いつも見ていますが、こんなに広くて、たくましくて、頼りがいがあるなんて……」

提督「褒めても何も出ないぞ?」

隼鷹「いえ、私が思ったことを口にしているだけですから」

機嫌よく言う隼鷹には、さすがに提督は何も言えなくなった。彼女が喜んでいるならば、それでいいと思った。

手際よく洗い終えた隼鷹は、提督の背中越しに蛇口をひねると、シャワーのお湯で背中を流していく。

隼鷹「はい、終わりました」

提督「ありがとう。では、次は隼鷹だな」

隼鷹「え……わ、私は自分でやれますし」

提督「やってもらった礼と思ってくれ。それに、お湯につかるにしても体を洗っていないのは問題だ」

ちょっと困惑したが、すぐに顔を赤くした隼鷹は手を振って断る。

だが結局、提督が押し切り、隼鷹は渋々と背中を向けた。

タオルを外し、背中を向ける。もちろん体の前の方は隠しているが、どちらかといえばこれ以上は無し、ということを示すためだ。


浴室の穏やかなオレンジ色の光に、タオルを外した隼鷹の背中が浮かび上がった。

提督「綺麗だな」

隼鷹「ふぇっ……!?」

提督は、口から自然と感想を零した。

直球の感想を言う提督に、隼鷹は思わず声を漏らしてしまった、

女性である以上、その筋肉の付き方や骨格などは男性とは違う。また肌の色やラインの細さはくらべものにはならない。

一種の芸術品を思わせるものだ。

触れば脆くも崩壊してしまいそうな背中。

普段、腕や顔の部分で見慣れている肌の色が、背中や腹部などでは違って見えるのはどういう原理なのか。

違ってみるどころではなく、普段は感じない匂い立つような、自然と視線を引きつける何かがあるのだろう。

理解できない。理解できないが、ただそこに静かな感動だけがある。

隼鷹「あ、あの……提督?」

提督「そうだな……優しくするから、安心してくれ」

体を洗うためのタオルに、ボディソープを垂らし、軽くもんで泡立てる。

いきなり擦り付ければ、それだけで皮膚を傷つけてしまうのだ。

提督「じゃ、いくぞ」

隼鷹「は、はい」

十分に泡立ったのを確認すると、提督はそっと隼鷹の背中へと当てる。

タオルが触れると、ピクンと隼鷹は背中を震わせた。

隼鷹「く、くすぐったいです……」

未知の感覚に少し戸惑っているとわかっている提督は、少し待った。

しばらくたってから、隼鷹の再度の促しを受けて提督は手を動かす。

自分の背中ではなく、他人の、自分の惚れ込んだ相手の背中だ。何時もの調子ではできない。

優しく、撫でるようにして汚れを落としていく。

隼鷹「ん……ぅ」

提督「大丈夫か?」

泡を含んだタオルがこすれる音が静かに浴槽に生まれ、それに混じって隼鷹が軽く声を漏らす。

提督はそれらを聞かなかったことにして、隼鷹の背中を洗うことに集中する。

一日の疲労があったのは自分だけではない、彼女だって同じだ。

いや、考えてみれば秘書艦としても働きながら出撃や塩性もこなした彼女の負担は推して測るべしだ。

その慰労のためと考えれば、隼鷹が無意識に出してしまう誘惑の声にも耐えきることができるのだ。

提督(……隼鷹、恐ろしいな。いろいろな意味で……)

無意識だが、艶が混じっているのは努めて認識しないようにしている提督だった。


背中が終わると、隼鷹は自分で体を洗い始めた。流石にそれ以上は、と固辞したのだ。

提督もそれに賛同し、そのまま浴槽へと身を沈めた。

提督(しかし……これもなかなか)

提督の視線の先では、隼鷹が椅子に腰かけて体を洗っているのだ。

揺らぐ煙の向こうに見える隼鷹の背中が、間近で見た時とは違った美しさを放っている。

思わず哲学的な思考に入りかけた提督は、手でお湯を救って顔にかけ、頭をスッキリさせた。

正面から見て分かる美しさと、背中から見てわかる美しさは違うのだと、納得したのだ。

隼鷹「如何されましたか、提督?」

提督「いや……隼鷹を近くから見るのもいいけど、遠くから見るのもいいものだと思っていたんだ」

隼鷹「そ、そんなこと……恥ずかしいです」

こちらを振り返った隼鷹が慌てて視線を逸らすが、うなじのあたりまで真っ赤に染まっていた。

浴室の熱さは恐らく関係ないだろう。

その初心さと、うなじの眩しさに、思わず提督はめまいがするようだった。


誰が言ったのか、カポーンという効果音が聞こえてきそうな浴室内。

体を洗い終わり、タオルで体を覆った隼鷹は静かに提督の隣へと身を沈める。そのまま、提督の肩に頭を預けた。

自然な動きで、提督はそれを受け入れた。

お湯が注がれる音以外、二人の空間を邪魔するものは無い。

やがて、隼鷹は目を静かに閉じて提督の名を呼んだ。

隼鷹「不思議ですね……どこかでは戦いが繰り広げられているというのに、ここはまるで別世界です」

満足げなため息が漏れる。

提督「そうだな。でも、こういう場所も必要だし、こういう場所があるからこそ、平和を守る意味があるんだと思う」

提督の口からもつられて吐息が漏れた。

提督「戦いだけでは、やがて疲弊してしまう。私たちだって人並みの生活をしなければ苦しいからな」

隼鷹「はい。以前……戦時中は私はお酒ばかり飲んでしまいましたけどね」

隼鷹「あ、あとは……飛鷹の持っていたピアノを弾いていましたね」

提督「ほぉ……それはいつか聞いてみたいな」

隼鷹「いずれ、機会がありましたら。戦争末期には、そんなこともできなくなりましたけどね……」

提督「戦時中は、私たちはひたすらに戦いを続けていた。けれど、こうした場を守っていた日本に生み出すことができたかは、知らなかったな」

隼鷹「私だって……あちこちの海で戦って、ろくに鎮守府や港を離れたことはありませんでしたよ」

隼鷹「今になって考えれば、わからないところにきちんとこのような平和を生み出すことができたのでしょうね」

今の時代に生まれ変わり深海棲艦との戦いに身を投じていると、ふと当時のことを思い出すことが二人には多い。

あの地獄のような、しかし輝かしい思い出の詰まった時代は、すでに遠い過去のものとなっている。

それに比べれば、今の戦いは、いくらかは楽なものだった。

隼鷹「提督」

提督「ん?」

隼鷹「あの戦争のようには、なりませんよね?」

暫く、提督は視線を虚空へと向けた。

思うところや、考えていることはたくさんある。この戦いのことも、艦娘のことも、この国の……世界の未来のことも。


やがて、提督は静かに言う。

提督「私たちは、軍人。国の矛であり盾であり、防人である。私たちには戦うことしかできないし、それ以外は国が決定することだ」

だが、と提督は断言する。

提督「軍人にできるのは、戦いに身を投じる者たちを一人でも多く生き延びさせ、次の世代へとつなげることだ」

提督「たとえそれがバッシングを受けたり、評価されないものだとしても。構わない。それしかできないからな」

隼鷹「そう、ですね……」

提督は隼鷹の過去を思う。夢見た道を諦め、戦争へと飛び込み、親しい者たちを多く失った。

最後まで生き残ったがゆえに、仲間たちの死後も、哀悼し、忘れまいとしていた。

隼鷹「提督」

提督「どうした?」

隼鷹「少し、眠たくなってきました……」

提督「なら、もう上がって、寝てしまおう」

隼鷹がさり気なく目じりをぬぐったのを見なかったことにした提督は、隼鷹の手を取って浴室を出た。

手を取るというより、支えるに近い動作だった。

彼女と支え合うのが、自分なのだから。辛いことくらいは、共有したい。

提督(隼鷹を甘えさせるのも、私にとってうれしいこと、ということか……)

そんな思いを感じてか、隼鷹も提督の手をぎゅっと握って来た。


提督は、空を見上げていた。

脱衣所の窓を開いた先には晴れた夜空があり、目を凝らせば星が瞬いていた。

平和というか、平穏だった。

嘗ては、夜中に明かりを外に漏れるように灯すなど考えられえないことだった。

それができるだけ、今は良い状況なのだと提督は信じたかった。勿論、自分たちが気を抜けばこれもできなくなるだろうとも理解している。

嘗ての二の舞は、何としても避けなければならなかった。

隼鷹「提督、戻りましょう。そろそろ本格的に寒くなりますから」

提督「そうしようか」

静かに窓が閉まり、涼しかった夜風が途切れた。

もう一度だけ外を振り返った提督は、そのまま脱衣所を後にした。

提督(たまに、風呂に隼鷹を誘ってみるのもいいかもしれないな)

特徴的な頭髪が綺麗にまとめられて垂れている隼鷹の姿を楽しみながら、提督はそんなことを考えた。

隼鷹と一緒に風呂に入ることが他の艦娘に露呈し、また騒ぎが起きるのだが、それはまた別な話。

何事もなく更けていく夜は、今日も鎮守府が平和であることの証のようだった。

投下終了。
FINってつけ忘れていたとはうっかりした。
何事もない、ただ平和な日常をうまくかけていればいいかなと思う。

次は提督と隼鷹の二人きりのダンスパーティー。色々なシチュエーションで書いているから少し時間がかかるかもしれない。
場合によってはケッコンカッコカリorケッコンカッコガチネタを書くかもしれない。

読了感謝する。

こんなん?
http://imgur.com/1lpIR28
http://imgur.com/jUGHGs8

>>113は優秀(断言)
良いイラストを見つけてくれた。
おかげでイラストをネタにした話が思い浮かんだ。今夜中に書きあげなくては(使命感)。
ダンスパーティー編は後回しになるけど、>>113の功に報いて見せる。

漸く8割がた書き終わったので、投下しながら書いていく。

>>113の持ってきてくれたイラストの要素はちょっとしかないけど、功に報いる仕上がりであったらうれしい。


早朝の鎮守府にまな板が届いた。

龍驤「なんや、この悪意のある始まりは!?いや、実際届けらてるみたいやけどな!?」

軽空母 龍驤は私物を入れた鞄を背負って鎮守府の建物の前で、誰にともなくツッコミを入れた。

龍驤は宅配業者から渡された鎮守府宛の本物のまな板の包みを手にしていた。鎮守府内に入るのだからついでに届けてくれと頼まれたためだ。

おそらく、宅配業者に悪意はなく、まな板が今日届けられたのは偶然だろうと考える。

龍驤「つまり……ウチの自爆っちゅうわけやな……」

龍驤は肩を落としてしまう。成長の見込みはあるのだ。まだ小さいが、これから脱却できる。

改二にでもなればワンチャンあるに違いない。いや、無ければ困る。このまま小さいままとか、敗北なのだ。

いや、ワンチャンあるとはいえ、自分の芸風でもある。これを失ったらあとはキャラが成り立たない。

しかしキャラとしてのアイデンティティーを失うのは、胸が大きくなっても新しく見つけられるはず。

そう、元貧乳としてのキャラがあるではないか。

龍驤(あれ?なんかウチ、ループしたというか、本末転倒なこと考えとらん?)

龍驤(気落ちしてもしょうがないわなぁ……せっかく、佐世鎮に着任なんや)

艦娘を補充可能な駒のように扱い、犠牲を前提にする提督がみられる昨今。

上層部から高評価を得るホワイトな提督の元に配属されたのは、本当に幸運としか言いようがない。

艦娘は兵器でもあるが、人間としての面も持っているのだ。そんな扱いは死んでもお断りだった。

龍驤「邪魔するでぇー」

木製の扉を開けると、広い玄関ホールとそこに立つ見知った背中が見えた。

背中に垂れるストレートの長髪と、巫女服と軍服を掛け合わせたような服装。

何より、飛行甲板を模した巻物を手にしているのが、その艦娘だと龍驤に教えていた。

龍驤「飛鷹、久しぶりやん!」

飛鷹「あら、龍驤?あなたもここに配属なの?」

予想通り、振り返った顔は戦時中に一時期行動を共にしていた飛鷹だった。

振り返った拍子に目に入った、飛鷹の胸部装甲へと恨みのこもった視線を向けてしまったが、気を取り直した。

龍驤「そうやで。ここの鎮守府も戦力拡充を上に訴えているみたいやし、その一環だと思うわ」

飛鷹「ふぅーん……資料によると、ここって正規空母も軽空母が少ないってあったし、戦力が欲しくなるのもわかるわね」

龍驤「で、飛鷹はここで何しとるん?」

飛鷹「さっき任務娘が提督に伝えに行ってくれたから、ここで待ってるの。今日は生憎休暇をとっていたみたい」

やれやれ、と肩をすくめる飛鷹。

飛鷹「でも、配属が急に決定されたから仕方ないわ。多分連絡が追い付かなかったんだと思うし」

龍驤「そりゃしゃあないわぁ……ま、ゆっくりまとか」

龍驤も飛鷹や提督の立場を考えて納得すると、ホールに置かれている椅子に飛鷹と並んで腰掛けた。

昨夜までの激務と夜戦の影響でだるい体を何とか起こした提督は、仮眠室のベットの上で大あくびをしていた。

提督「ふぁあー……っと。んー……まだ8時か」

何時もなら、艦娘達とのミーティングが始まる時間だ。しかし、今日は休暇だからゆっくり二度寝ができる。

しかし、いつもの習慣から目が覚めていて、寝るのもなんだか億劫だった。

如何したものか、と考えたときに寝ぼけ眼の隼鷹が目をこすりながら提督の名前を呼んだ。

隼鷹「んぅ……ていとくぅ……?」

シーツだけを体に巻いた彼女は、まるで無垢な赤子にも見える。

特徴的な頭髪は寝起きの為か、とげとげしたいつもの形を失ってシーツの上に横たわっている。

見慣れていない人間が見たら、絶対に彼女が隼鷹とはわからないだろう。

こうして朝を一緒に迎えることが多い提督くらいしか知らない、彼女のもう一つの顔だった。

提督「おはよう、橿原丸」

隼鷹「じゅんようでふよ……ふぁあ……」

提督の手に頭を撫でられ、かつての名前を呼ばれた隼鷹は眠そうに言い返す。だが、それが逆に可愛らしく見えてしまう。

提督「ははっ……カワイイな隼鷹。いつもは綺麗だというのに……」

隼鷹「からかわないでくだふぁい……」

まだ眠い隼鷹は、幼いころに逆行したかのようにあどけない。

だから、提督も思わずいぢめたくなってしまう。

虐めるのではない。いぢめるのである。

いぢめるのである。

大事だから、二回も言った。

提督「隼鷹が悪いんだぞ、こんなに可愛らしい面を見せて来るから……」

コンコンっ……

任務娘「提督、よろしいでしょうか?」

提督「おっと……いいところだったんだが。何かあったのか?」

ドア越しに、任務娘の声が聞こえた。

その声で一気に目が覚めたのか、隼鷹は頬を赤く染め上げたのを可愛らしいと感じながらも、提督は返事を返した。

それを知ってか知らずか、任務娘は扉を開かずに連絡事項を伝える。

任務娘「先程、提督が上層部に具申していた増援として、軽空母の飛鷹と龍驤が到着。提督との面会を求めています」

提督「了解した。そうだな……あと10分、いや5分したら執務室に通してくれ」

任務娘「はい、ではそのように伝えます」

任務娘の気配が遠ざかっていくのを感じた提督は、面会の支度をしようと立ち上がる。

しかし、その手が隼鷹に掴まれた。

提督「どうした、隼鷹?」

隼鷹「て、提督……本当に、飛鷹と龍驤が来るのですか?」

それがどうした?と提督は疑問符を浮かべる。

隼鷹からすれば、彼女と行動を共にしていた艦娘達の着任なのだから、喜ぶかと思っていた。

だが、その予想は外れたらしい。

隼鷹の顔には、明らかな焦りと困惑の色がうかがえた。

提督「……隼鷹?」

何かあるな、と感じた提督は隼鷹に慎重に尋ねる。

提督「なにか、あるな?」

断定系で聞いた提督に、びくりと隼鷹は身を震わせた。

そして、苦しげな声で言う。

隼鷹「私は、提督に謝罪せねばなりません……」


提督「なるほど……そういうわけか」

海軍の制服を着て、面会の準備を整えた提督は、自分の椅子に身を沈めていた。

その提督と机を挟んで、隼鷹が顔をうつむかせている。

先程まで、隼鷹が語った内容を反芻して提督は言う。

提督「つまり、隼鷹は普段私に見せているお嬢様な面を見せたことがなかったんだな」

隼鷹「はい……特に、飛鷹には」

5分ほどで、と言った手前それを反故しないために着替えながら隼鷹の話を聞いた

隼鷹「私たち飛鷹型空母は、元が商船で、私たちは夢を捨てて戦いに身を投じました……」

隼鷹「あきらめた夢、互いにとって触れない方が良い過去なんです。だから、その時の思い出も学んだこともほとんどはひた隠してました……」

ある意味、黒歴史。いや、白歴史というべきだろうか。

綺麗すぎて、目をそむけたくなる過去。

戦争へと飛び込んでいた彼女たちにとって、『たられば』の話は希望でもあり苦痛でもあったのだろう。

育ちの良さをあらわにすることは、未練がましく太平洋を夢見ているようにも見えてしまったのだろう。

あるいは、何となく虚しさを感じたというべきか。

血と硝煙にまみれた戦いの場で、そんな素をさらけ出すことに忌避感を感じたのか。

隼鷹「飛鷹は、元々つんけんしたところがあったのでそれが定着しました。でも私は、どうしても隠すのが難しすぎたんです」

提督「なるほど……だから、あえて目立つ容姿や言動をしていたのか……」

提督は、かつての隼鷹のことを思い出した。

あれは、自分を守りたかったがための、無意識の行動だったのだろう。

儚く弱い自分が、戦争の中でつぶれるのが怖かったのか。

その恐怖は、提督には理解しきれないものだった。

隼鷹「すいません……もっと早く提督にお話しできればよかったのですが……」

手で顔を覆い隠し、隼鷹は謝罪した。


提督「……隼鷹」

隼鷹「は、はい」

提督は暫く考え込んだが、やがて隼鷹を呼んだ。

提督「私が、提督として『気にするな』と飛鷹や龍驤に命じることは簡単だ」

隼鷹は何かを言いかけるが、提督の手が制した。

提督「同じように、隼鷹に提督として何らかの措置を講じるように命じるのも簡単なことだ」

だが、と言葉を区切った提督は隼鷹の目をじっと見つめて言う。

提督「だが、それでは蟠りが残ったままになる。そんなのは提督として困るし、お前を愛する男としても困る」

提督「肝心なのは、隼鷹の意思だ。そして、隼鷹の行動だ」

隼鷹「私の……意思と行動、ですか?」

見つめ返す隼鷹は、淡々と、しかしあらゆる感情をこめて言葉を紡ぐ提督から視線を外すことはなかった。

提督「どう対応するかは、今すぐ決めてしまえばいい。あと三分もしないうちに二人がこちらにつく」

提督「あれこれ悩むより仕方がない。その時、自分の決めたようにふるまえば……思うが儘に行動しなさい」

隼鷹「……ですが」

提督「私は、それがどんな『答え』であれ、肯定する」

力強い提督の言葉を、隼鷹は目を伏せたまま聞いていた。

長い沈黙が降りた。

提督と隼鷹は、ただ見つめあったままでいた。

『答え』。

過去に対して、ありえたかもしれない未来に対して、隼鷹が自ら出さなければならない、回答。

自分だけでなく、飛鷹にも出さなければならない。

そして、隼鷹は口を開いた。

隼鷹「では、私の意思で『答え』を決めます」

提督「強制はしないが、悔いがなく決めるといい」

隼鷹「……はい」

その時、執務室の戸をノックする音が聞こえた。

任務娘「お二人がいらっしゃいました」

提督「よし、隼鷹はそっちの扉から隣の部屋へ行ってくれ。合図を出したら入ってきて」

隼鷹「はい」

意を決した隼鷹を送り出し、提督は扉の向こうへと呼びかける。

提督「入ってくれ」


飛鷹「航空母艦 飛鷹よ。正規空母並の活躍を史実ではしたわ、よろしくね」

龍驤「同じく軽空母 龍驤や。独特のシルエットやけど、舐めたらあかんで?」

提督「私がこの艦隊の指揮を執る提督だ。君達二人を、重要な戦力として歓迎しよう」

正式な辞令書が二人から手渡され、それを提督が受け取る。

この手交を以て、二人は佐世保鎮守府の艦隊に配属となるのだ。

提督「現在、私の艦隊は重要海域解放の作戦を行っている。君達にも、そのローテーションの一角として、明日から出撃してもらう」

提督「私の艦隊には、すでに鳳翔と隼鷹の二人が配属されている。彼女たちから詳しく話は聞くといい」

隼鷹という名に、二人の表情に変化が出た。

やはり、と思いながらもなるべく感情を表に出さないように提督は続けた。

提督「飛鷹とは一時期行動を共にしていた伊勢と日向もいる。あとであいさつをしに行くいい」

飛鷹「配慮に感謝するわ。ところで、提督の秘書官は?」

提督「私の秘書艦だが今席をはずしている。少し所要を頼んでいてな。そろそろ戻ってくるはずだ」

コンコン……

提督「来たようだな……入ってくれ」

そして、静かに扉が開いた。

隼鷹が、自分の決めた意思を貫くことを祈って、入室してくる隼鷹を見つめた。


隼鷹の姿が、扉の向こうから現れた。

いつものとげとげした頭髪ではなく綺麗に梳いて、背中に垂らしていた。

表情も、いつもの陽気なものではない。

やや神妙な、しかし飛鷹との再会の感動を隠しきれない表情だった。

飛鷹「じゅ、隼鷹?」

半信半疑の飛鷹と龍驤だが、隼鷹の表情に変化はない。

入室した隼鷹はしずしずと提督の隣に歩いてくると、一礼して自己紹介した。

隼鷹「秘書艦の軽空母 隼鷹です。以後、よろしくお願いいたします」

言葉を切った隼鷹は、ふっと表情を緩め、陽気に言った。

隼鷹「久しぶりじゃん、飛鷹に龍驤。元気そうであたしはうれしいよ」

新任の艦娘の二人は、固まったままぽかんとしていた。

最初に復帰したのは、龍驤だった。

龍驤「じゅ、隼鷹!?なんや今の言葉づかい!後なんか別人みたいな容姿やし表情やし。名状しがたい隼鷹のようななんかか!?」

隼鷹「あたしは隼鷹だって……そういや、龍驤はあんまり知らなかったっけ、あたしのお嬢様な面」

龍驤「知るわけないやろ!?一瞬ぞわっと鳥肌立ったわ!」

隼鷹「驚いただろ?あれが素だぜ?」

龍驤「はぁっ!?いきなり言われても納得出来へんわ!」

まくしたてる龍驤にやれやれ、と肩をすくめた隼鷹は、執務室の一角に置いてある鏡台の陰に隠れた。

身の丈ほどはあるその陰で、隼鷹は暫く

隼鷹「でも、知っていただろ飛鷹は?」

飛鷹は隼鷹の問いに暫く黙っていた。

何かを迷っていたようだが、やがて、息を大きく吸ってから口を開いた。

飛鷹「隼鷹、何を今更、素をさらけ出してんのよ!?」

その怒声が、提督と隼鷹と龍驤の鼓膜を盛大に揺らした。


隼鷹「まあ、聞けよ飛鷹」

隼鷹は叫んだ飛鷹の肩に手を置いて、なだめるように言う。

思わず隼鷹を睨んだ飛鷹だが、返されてくる視線の鋭さにひるんだのか、そのまま押し黙った。

隼鷹「あたしと飛鷹の仲だから、まあ言いたいこともわかる。何があったのか知りたいんだろ?」

飛鷹「と、当然よ! 私がマリアナ沖で沈んでから、一体何があったの!?」

隼鷹「何って、飛鷹が知っているような悲惨な目に遭ったんだぜ?艦載機が無くなって、輸送船のマネして、挙句に攻撃喰らってドック入り」

隼鷹「そのあと間一髪で撃沈されそうな攻撃をかわして、佐世保で係留されて、そのまま終戦さ」

非常にざっくりと説明した隼鷹は、しかし納得のいっていない表情の飛鷹に気が付いた。

隼鷹「あー……その、なんだ?ナニをしたかと聞かれたらナニをしたとしか言えねぇんだけど……」

視線をあらぬ方向へとそらし、頬を染めた隼鷹に、半目になった飛鷹はその先を言い当てた。

飛鷹「そこで誰かとデキたわけね?あ、子供じゃないわよ?」

龍驤「ウ、ウチの突込みつぶさんといてな」

龍驤の言葉を華麗に無視した飛鷹に、隼鷹は頬を染めて告白した。

隼鷹「そこで提督に告白されて……ああっ、今思い出しても恥ずかしい!」

飛鷹「ちょ、なんでここでのろけ話を聞かされなきゃならないのよ!?ていうか、提督って何者なのよ!」

隼鷹「私の提督であり、恋人であり、将来の伴侶です」

ぽおっと頬を染めた元相棒に、ついに飛鷹の堪忍袋の緒が切れた。

飛鷹「そんなことは聞いていないのよッ!」

叫んだ声は、廊下にも響き渡っていそうなものだった。

そこには、隼鷹が危惧したような、飛鷹の悲哀がこもっていた。

憤り、嫉妬、そして悲しみ。

提督(うまくやれるな、隼鷹)

一連の会話で、隼鷹は飛鷹の本音を引きだした。

この後、どのようにするかは隼鷹に任せるしかない。


飛鷹「なによ……恋人とか伴侶とか……もう……」

隼鷹「飛鷹が沈んでからのことだしな……あたしにも、あんたへの呵責はあった」

絶叫の膝をついて俯いた飛鷹と視線を合わせるように、執務室の床に膝をついた隼鷹は語りかけた。

隼鷹「なぁ……隼鷹。あたしらは建造されたときから改造されることが前提だったのは覚えてるよな?」

飛鷹「ええ……私たちの設計図を見る人が見ればわかったでしょうね」

飛鷹の言葉に、提督も胸中でうなずいていた。

後の時代になって、隼鷹と飛鷹のこと日本郵船に問い合わせて調べたのだ。その際に設計図にも目を通していた。

明らかに、航空母艦としての改装が前提になっていた。

隼鷹「あたしら、生まれたときから戦争とは切っても切れない関係だった」

隼鷹「挙句に、飛鷹は沈んじまって、あたしは損傷がひどくて第四予備艦扱いで終わった」

でも、と隼鷹は言葉を切った。

そして、俯いていた飛鷹の顔を強引に起して、こちらを向かせた。

童顔が、感情によってゆがめられていた。

瞳がわずかにうるんでいたが、無視した。

隼鷹「でもさ、あたしはそれに未練はない!」

そして、叱りつけるように言った。

腹の底から絞り出したかのような、気迫のこもった声だ。

思わず提督が身震いをしてしまうほどに、強い意志があった。

ストックが切れたので、ここからちょっと投下がゆっくりになる。


案の定、飛鷹はびっくりしたまま固まった。

隼鷹「未練がましかったさ、いつかはって思ってた。けどな、浮き砲台以下の扱いになって気が付いたんだよ」

隼鷹「夢を見た分、あたしらは現実を見なきゃいけないんだってな。その時、外面ばかりつくろったってしょうがない」

隼鷹「自分を隠して、傷つかないようにするのは簡単さ。でも、それで結局傷つくのは……自分なんだよ!」

飛鷹「隼鷹……」

いつの間にか、飛鷹は涙をこぼしていた。

そして、飛鷹の肩をつかむ隼鷹の手も震え、目じりからは大粒の水滴が垂れていた。

隼鷹「それをさ、提督が破ってくれた。殻にこもっていたあたしを、殻ごとぶっ壊してくれたのさ」

隼鷹「告白されたときにな、ついあたしは素に戻っちまった。何十にも覆い隠していた自分を、不意に外に出されたんだ」

あの時の告白が隼鷹の中でフラッシュバックする。

あのさりげない一言で、自分はすべてを救われた気がする。

それまで蓋をしていた感情が、それを吹き飛ばして、あふれ出てきたのだ。

隼鷹「そしたら、理解した。自分の殻にこもって傷つくのは、誰かに傷つけられるよりも何倍も痛いってな」

隼鷹「で、あたしはもう、そんな痛みは勘弁してほしかった」

隼鷹「あんたと一緒に、沈んでいた方がましだって思えるくらいな」

飛鷹「……」

吐き出された隼鷹の感情に、飛鷹は受け止めることしかできなかった。

消化ポンプの故障で船体が火に包まれた感触は、いまだに飛鷹の体が覚えていた。

辛く、苦しいあの時を超えるそれを、隼鷹は耐えてきた。

その事実が飛鷹に反論を許さない。

隼鷹「だからもう、あたしは隠さないって決めたんだ。解体されて、死んだ後もいつかは提督と会えるって希望もあった」

隼鷹「正直、何度生まれ変わったか覚えてないんだ。でも、こうして提督と再会できた」

隼鷹「その前から誓っていたんだ、もう、自分を隠さないってな」


飛鷹「貴方、生まれ変わっても提督を探したの?……呆れた精神力ね」

隼鷹は飛鷹の言葉に鼻を鳴らして、続けた。

隼鷹「いいじゃん、惚れた相手は水平線の果てまでも追っかけるのが艦娘ってもんだ」

まあいいや、と言葉を切った隼鷹は一度涙をぬぐって、再び隼鷹と目をあわせる。

隼鷹「でも、こうも考えた。飛鷹も、あたしと同じように傷ついていたんだなって……」

飛鷹「今更ね……私もあなたが傷ついていたのは知っていたけど……」

そうだなぁ、と相槌を打った隼鷹はちょっとためらってから、言葉をつづけた。

隼鷹「だから、あたしはもう自分を隠さない。だから、飛鷹も『それ』をやめたらどうかって思ったんだよ」

『それ』。

嘗て隼鷹が囚われていたもの。

整理のつかない感情の蟠り。

心なしか、深海棲艦に近い感覚を感じる、『それ』。

隼鷹「……あたしは提督がいるけどさ、飛鷹にはいない。けど、姉妹艦のあたしらの間になら遠慮はいらないと思う」

飛鷹「そう……かしら」

飛鷹「もう……捨ててもいいのかしら?」

ぽつりと漏らした飛鷹の言葉を、隼鷹は逃がさない。

隼鷹「吐き出しちまえ。で、何もかもスッキリさせちまえ」

隼鷹「そうでないと、何も始まんないさ」

そっか、とつぶやいた飛鷹は、そのまま隼鷹の胸へと沈み込んでいった。

それを受け止めた隼鷹は、目で提督に合図した。

提督「さて、龍驤。ここは外すぞ」

龍驤「そうやな……さっさといこか」

提督「隼鷹、任せた」

隼鷹「はい」

提督は部屋を出て、足早に廊下を歩いてく。

遠くから、何か声が聞こえたような気がしたが、無視した。


部屋を出た二人は、そのまま工廠へと一直線に向かう。

龍驤「なぁ、提督?ウチはよくわからんけど、あれでいいん?」

提督「隼鷹なら、うまくやってくれるさ」

龍驤はそこに提督の隼鷹に対する信頼を垣間見た気がした。

自分の理解の付かない領域まで、提督と隼鷹は繋がっているのだと直感的に納得がいった。

龍驤「まぁ、明日は明日の風が吹く言うしな。なるようになれとしか思えへんわ」

提督「そうだな……うまく転がってくれれば、私もうれしい」

ところで、と龍驤は提督の主観で不吉な笑みを浮かべる。

龍驤「あんた、隼鷹とはどんな感じにヤってたん?ちょっと気になるわぁ~」

提督「そ、それは言えないな!プライベートなことだ」

龍驤「横文字つこうたかて、ウチのことはごまかせへんで?せめて馴れ初めくらいは教えてほしいわぁ」

言葉を濁しても、しつこく食い下がる龍驤に押され気味となった提督は、心の中で助けを呼んだ。

提督(じゅ、隼鷹……助けてくれー!)

筑摩(筑摩大明神)

龍驤(こいつ、直接脳内に……!?)

提督(というか、今の誰だ)

それからしばらく提督は、龍驤からの追及を受けるのであった。

飛鷹「すっきりしたわ」

隼鷹「そうかい」

漸くすっきりした飛鷹は、充血した目を押さえながらもぼそぼそと言って隼鷹から離れた。

飛鷹「ま、隼鷹の選んだ相手なら、私はとやかく言わないわよ。好きなだけヤればいわ」

隼鷹「おぅ、その辛辣な口調、昔のまんまじゃん」

飛鷹「でも…………貴方があの提督のどこに惚れたのかちょっとわからないわね」

隼鷹「知らねぇ方が良いぞ?飛鷹まで惚れちまう」

頬をお染めた隼鷹に、手で顔を仰ぎながらあきれ顔で飛鷹は言う。

飛鷹「はいはい御馳走様。ま、とにかく」

息を入れ直し、飛鷹は手を出す。

飛鷹「また、よろしくね」

隼鷹「おう、任せとけよ」

その手を握り返して、飛鷹型の二人は笑いあった。

そして数日後、飛鷹型の軽空母が艦隊の一角として出撃した。

勿論、飛鷹と隼鷹の二人だ。

機動部隊の中枢を担う大役だ。

しかし、彼女たちにためらいや恐れはない。

飛鷹「さぁ……飛鷹型航空母艦の出撃よ!」

隼鷹「航空母艦隼鷹、推して参ります!」

艦載機が、甲板から飛び立つ。

籠の中に囚われていた鷹が、大空へと羽ばたいていくように。

佐世保の海を、二つの鷹が突き進んでいく。

その前途は、晴れ渡る海が表現しているかのようだった。












FIN

投下終了。

超頑張った、としか感想が出てこない。
>>113の苦労に報いることができていたらうれしい。

さて、これでようやくダンスパーティー編が書ける。シチュエーションも漸く決定した。
あとは書くだけだ、楽勝に違いない(慢心)。

では寝る。

>>127
途中で途切れてたとは、迂闊。

身の丈ほどはあるその陰で、隼鷹は暫く の続きにはこれが入るはずだった




隼鷹は暫く何かをしていたが、やがて姿を曝す。

そこにはとげとげした特徴的な頭髪の隼鷹が現れた。

龍驤「じゅ、隼鷹やん……」

隼鷹「そうだよー、軽空母の隼鷹さ。まあ、隠してたけどね」

でも、と隼鷹は視線を巡らせた。

慢心すると、やはりろくなことにならない(一航戦並の感想)。

今夜は書き溜めをして、明日の夜から投下する。

>>1の鎮守府は春イベントに向けて資材やアイテムの備蓄を開始。しかし大型建造で大鳳も狙いたい二律背反。

こんばんは。
慢心したけれど昨夜と今日の昼まで何とか挽回。
長くなるし明日は>>1の予定もあるので書きあがった分だけ投下する。
なんだか最近筆の進みが悪い。安価ネタがこんなに大変だとは思わなかった(小並感)。


提督は、鎮守府の食堂『間宮』でグラスを手にしていた。

普段四角いテーブルが置かれている食堂は、何処からか持って来たテーブルクロス付きの丸テーブルが並んでいる。

その上には、所狭しと料理や飲み物が並んでいる。

そして、提督の旗下にある艦娘達がそれらの間に立ち、同じように飲み物の入ったグラスを手にしていた。

咳払いを一度した提督は、声を張り上げた。

提督「では、新戦力である長門とあきつ丸 伊168の三人の鎮守府への着任と、海域解放の成功を祝って……乾杯!」

「「「「「乾杯!」」」」

提督に艦娘達が復唱し、グラスを打ち合わせる音が鳴った。


あきつ丸「……ふう」

立食パーティーではあるが、休憩用のテーブルが片隅に用意されており、あきつ丸はそこに腰を下ろして息をついていた。

既にパーティーが始まって一時間余り。

どこからか持ち込んできた酒を、重巡の那智や水蒸気母艦の千歳が飲み始めて、提督が大慌てで止めようとするのが見える。

あきつ丸(提督殿は、周りに振り回されているでありますな)

先程は何やら駆逐艦の艦娘に近づいた長門が、なぜか他の艦娘から非難を受けて何かを言い返して騒ぎがあったはずだ。

聞こえてきたのは『ろりこん』だとか『イエス駆逐、ノータッチ』だとか、そんな言葉だった。

よくわからないが、長門が駆逐艦などの小さな艦娘に近づくのを止めようとしているのは分かった。

結局は提督が何事か長門に言ったことで、事態は沈静化したのだ。

あきつ丸「ふぅ……」

賑やかな喧噪のなかに身を置いていたのだが、さすがに息抜きがしたくなり、少し抜け出てた。

あきつ丸(賑やかに食事をするなど、随分と久しぶりであります……)

陸軍出身で、それなりに上司との付き合いからこういったパーティーに顔を出したこともある。

だが、強襲揚陸艇の船娘であるあきつ丸にはどうしても肌に合わなかった。

まさか、生まれ変わってから海軍で戦うことになるとは思わなかった。

潜水艦への哨戒任務や強襲揚陸が目的で建造された自分が、まさか砲雷撃戦に参加するなど。

設計や建造を行った嘗ての陸軍の面々が知ったら、どんな顔をするだろうかと思った。


その時、こちらに歩いてくる人物に気が付いた。

提督「まったく……少しは自重してほしいものだな。陸奥が以前から言っていた通りか……」

騒ぎがようやく沈静化したのか、頭を書きながら歩いてくるのは艦隊の指揮を執る提督だ。

視線を上げ、あきつ丸に気が付いたのか、手を挙げてこちらに歩み寄って来た。

提督「あきつ丸、楽しんでいるか?」

あきつ丸「提督殿」

提督「敬礼はしなくていい……ほら、せっかくなのだから、食べてもいいぞ」

思わず慣れぬ海軍式の敬礼をするあきつ丸を制して、提督は手にしていた皿をこちらに差し出した。

皿にはいくつもの料理が綺麗に盛られている。

提督「ちょっと疲れた。相席させてもらうぞ」

それを畏まって受け取ったあきつ丸の正面に、提督は腰を下ろした。

緊張の色が濃くなったあきつ丸に気が付いたのか、提督はなだめるように言った。

提督「そんな硬くなる必要はないぞ、あきつ丸。遠慮せずに食べたり飲んだり、一緒に騒いでもいい」

あきつ丸「自分には、その、性に合わないであります」

あきつ丸「それに、戦いが続いている中でこういった宴は少し不謹慎ではないか、とも思うのであります」

あきつ丸「我々が第一に考えるべきは、いかに民を深海棲艦の脅威から守るかということではないかと」

提督「なるほど……そうだな」

包み隠さないあきつ丸の言葉を黙って聞いていた提督は、しばらくして頷いた。

提督「確かに、軍人として、軍の身を置いて戦うのは国民を守るためであり、この国土を守るためだ」

提督「それ故に疲弊は許されないし、常に万全の状態でいなければならない」

あきつ丸「そうであります」

だけど、と提督は前置きしてグラスの中身を呷った。

提督「疲弊をとるには、休むだけじゃなくて、こうして騒ぐことも重要なんだ。人間に近い平気なんだからな」

あきつ丸「……提督殿のお考えであれば、構わないであります」

提督「そうか。あまり堅苦しく考える必要はない、仲良くやってくれ」

あきつ丸「了解であります」

ところで、あきつ丸はふと思ったことをそのまま口から出した。

あきつ丸「提督殿の秘書艦……隼鷹殿でしたか?提督殿とはどうにも上司と部下で収まらない関係と察せられるのですが」

あきつ丸は建造された後に提督へのあいさつに向かった。

その際、秘書艦である隼鷹とも引き合わされた。執務室で話をしていた二人は、非常に砕けた間柄特有の空気だった。

自分に気が付いた後はすぐに切り替えたが、印象に残ってしまったのだ。

提督「ああ……すぐに気が付いたか……」

あきつ丸「何と言いますか、直感的に理解できたであります」

あきつ丸「他の鎮守府から聞こえた噂では、提督が艦娘との婚約関係になることができるとか……」

あきつ丸「ひょっとしたら、と思ったのであります」

臆面もなく尋ねあきつ丸は、やはりほかの艦娘とは違うなと提督は感じていた。

提督「まあ、あきつ丸が思っている通りだ。私にとって隼鷹は、秘書艦であり、旗下の艦娘であり、将来を誓った仲だ」

提督「それこそ、不謹慎なのかもしれない。だが、彼女とまた逢えたから感情を抑えるのはできないな」

あきつ丸「左様でありますか……」

船体の色に準じて色白のあきつ丸。彼女の顔に浮かぶ表情が動くことはなかった。

ただ、少し伏し目になってあきつ丸は言う。

あきつ丸「それだけ提督に思われる艦娘は、さぞ幸せなのでありましょうな」

羨ましいと頭のどこかで声がしたが、あきつ丸はそれを聞かなかったことにした。

自分は艦艇……詰まるところ兵器なのだから、そう言ったモノとは縁がないと思っていた。

思っていただけで、目の前にあるとまた違う感情が動いた。

あきつ丸(嫉妬、でありますな)

この提督が、多くの艦娘達を率いているのが、ひどく罪なことに思えてしまった。

指揮下に入ってそこまで時間が経っていない自分ですら、この有様。

果たして、久しく付き合いのある艦娘はどう思うのか。

それを理解するには時間が足りないと、あきつ丸は考えた。

そのまま、皿の上の料理に端を伸ばした。


隼鷹「罪なお方ですね、提督は……」

飛鷹「?隼鷹、どうかしたの?」

飛鷹が隼鷹の視線の先を見た。

そこには、あきつ丸と向き合い話し合う提督の姿がある。

隼鷹の言葉と、あきつ丸の様子をしばらく眺めた飛鷹は、やがて頷いた。

飛鷹「確かに、罪な男ね。連れ添う相手がいても、ほかの女をひっかけるなんて……」

隼鷹「…………」

飛鷹「あ、ごめんなさい!言い方、ちょっと悪かったわ!」

隼鷹「……いえ、構いません」

少し寂しげな隼鷹は、そのまま飲み物を求めて席を立った。

それを見送った飛鷹は、内心ため息をつく。

飛鷹(やぱり、どこか遠慮してるじゃない。隼鷹ったら……あれだけ私に発破かけておいて)

飛鷹(でも、みんながあんなことを考えるのも、理解できるわね)

グラスを持ち上げ、光を反射するのを楽しみながら飛鷹は隼鷹に心の中で言う。

飛鷹(我慢、し過ぎないでね。今夜は)

そのまま、一気にグラスを空にした飛鷹は、料理にフォークを伸ばした。

宴も竹縄となり、駆逐艦や軽巡の艦娘の一部が椅子に寄りかかって眠ってしまい始めたころ。

テーブルの上の料理は少なくなり、飲み物もなくなってきた。

それを確認し、時計をちらりと見た隼鷹は提督のところへとやってきて耳打ちした。

隼鷹「提督、ただいまフタヒトフタマルです。そろそろかと」

提督「もうそんな時間か……よし」

隼鷹から時刻を知らされた提督は、手にしていたグラスを一気に飲み干すと、声を張り上げた。

提督「少し早いが、本日はこれでお開きとする。明日も一応休暇はとってあるが、できるだけ早く就寝してほしい」

提督「特に、明日遠征に向かうことになっている艦娘は明朝遅れないように頼む」

はーい、と返事が返ってくるのに頷いた提督は、パンと手を鳴らした。

それが、終わりの合図となった。


隼鷹「はい、これをお願いしますね」

伊良湖「はいはいっと……」

隼鷹は伊良湖や間宮らとともに片づけを続けていた。

彼女たちのほかには、まだ残っていた駆逐艦をはじめとした有志の面々が手伝いをしていた。

残った料理もそれなりにあるのだが、手を付けていないものはそのまま保存し、手が付いたものはその場で処理された。

赤城「残すのも、勿体ないですからね」

加賀「気分が高揚しますね」

空母の二人が大食いで何よりだ、と結論した隼鷹は、重ねた皿をカウンター越しに伊良湖へと渡す。

そこに間宮がコップの乗ったお盆を手渡し、それを伊良湖へとリレーする。

そんなことを繰り返すうちに、瞬く間にテーブルの上は綺麗になり始めた。

提督は寝込んでしまった艦娘達を背負って寮へと向かっている。まもなく帰って来るだろう。

テーブルクロスを片付け、念のために布巾で磨いていく。

あらかた片付いて、あとは食器を洗うだけとなった時、間宮が隼鷹を呼んだ。

間宮「あ、そう言えば隼鷹さん。鳳翔さんが呼んでましたよ」

隼鷹「私を、ですか?」

間宮「そ。大事なことみたいよ」

いたずらっ子のような笑みを浮かべた間宮に、隼鷹は疑問符を浮かべたが行くしかないと決めた。



間宮から鳳翔の呼出を聞いて、普段は入ることが少ない応接室へと隼鷹はやって来た。

既に明かりの多くが落されているために薄暗い廊下で、隼鷹は壁に掛けられた看板の応接室という文字を呼んだ。

ここは、鎮守府をたびたび訪れる来賓や他の鎮守府の提督、上層部からの連絡役と面談する部屋だ。

その特性上、普段から空き部屋となることが多い。

少しためらった隼鷹は、静かに扉をノックした。

コンコンと、鈍い音が静かな廊下に反響した。

そして、向こう側から扉が開かれると、見知った顔がそこにはあった。

鳳翔「あら、隼鷹。待っていたわよ」

隼鷹「鳳翔さん?何か、ありましたか?」

鳳翔「良いから、入って。時間がないし」

促されるままに入った隼鷹は、部屋の中に置かれたものに目を丸くした。

隼鷹「……これは!?」



隼鷹「に、似合ってますか?」

鳳翔「うんうん、よーく似合ってるわよ。やっぱり、隼鷹は育ちがいいのね。磨けば出るわ」

数十分が経った後、隼鷹の姿は応接室にある巨大な鏡の前に合った。

そこにはローブ・デコルテと呼ばれるイブニングドレスの一種を着て、白真珠のネックレスをかけた姿が映っていた。

隼鷹「でも、こんな素敵なのをいつの間に……」

鳳翔「ちょっと奮発して、良いドレスをそろえてみたの。どうかしら?」

隼鷹「あ、このドレス……よく見たら」

一見して白の無地に見える。

しかし、よく身を凝らすと日本の絵画に書かれるような雲をイメージした刺繍が全体に施こされていた。

嘗ての名前を出雲大社から名を授けられた隼鷹。その出雲をモチーフにしたこのドレスを選んだのだろう。

また、普段は飛鷹のようにしてまとめられている髪の毛は、シニヨンに結わえられていた。

エレガントさを強調するために低い位置でまとめられ、宝石の付いたリボンがそれに華を添えている。

普段はナチュラルメイクで済ませている化粧も、紅を注し、顔全体を明るく見せるように施されていた。

宴会会場から引っ張られてきた隼鷹は、一時間も経たないうちに軽空母から夜会に出るお嬢様の姿へと変身していた。

どこかの灰被り姫もビックリである。


隼鷹「まさか、こうしてドレスを着ることになるとはねぇ……世の中分からんもんだよ」

鳳翔「ほらほら、お姫様がそんな口の利き方をしちゃいけませんよ?」

思わず乱暴な口調で呟いたが、鳳翔にたしなめられた。

鳳翔は日本帝国海軍が最初から空母として建造した軽空母であり、自分たちにしてみれば母親のような艦だった。

だから、頭が上がらない。

鳳翔「お化粧の乗りも良いし、服装もばっちりね。女の子は、好きな相手のために綺麗になれるって本当ね」

隼鷹「ほ、鳳翔さん!」

鳳翔「ふふ、冗談よ。でも、提督が喜んでくれるからいいでしょう?」

言葉に窮して俯いた隼鷹は、やがてぽつりと漏らした。

隼鷹「なんだか、気恥ずかしいです……」

隼鷹の周りをまわって、あちこち直していく隼鷹は、頬を染めた隼鷹を見て優しく笑う。

鳳翔「女の子は、一度くらいお姫様になれるのよ。提督は差し詰め王子様かしら?」

隼鷹「お、王子様って……」

わたわたと慌てる隼鷹だが、提督の名に少し冷静さを取り戻した。

そして、おずおずと気になったことを尋ねることにした。

隼鷹「これは……提督が手配なさったのでしょうか?」

鳳翔は隼鷹の問いかけに首を振った。

鳳翔「そうねぇ……私たちが勝手に焼いたおせっかいかしら?」

隼鷹「おせっかい、ですか?」

そう、と言った鳳翔は香水を隼鷹から受け取ると、髪をまとめるリボンのずれを直した。

鳳翔「気が付いているかもしれないけど、結構提督はモテちゃうの」

隼鷹「そのようですね……」

あきつ丸のことを思い出し、少し隼鷹は表情を曇らせた。

隼鷹の目から見ても、艦娘達の多くが提督に好意を抱いているのがわかる。

元気にアピールする金剛。控えめに寄り添う榛名。悪態をついたりするが世話を焼く叢雲。

小柄だが色気を放って迫る如月。言葉が少ないが提督を慕う日向。

面倒を何かと見る雷。無邪気な好意を寄せる由良。

感情を表にしないが頼りにしている加賀。

他にもたくさん。

隼鷹が隣にいるとわかっていても、近づかずには入れないのだろうか。

鳳翔「提督は優しいのよ。無茶な行軍もしなければ、捨て艦もしないし、きちんと休息をとらせる」

鳳翔「艦娘達の待遇の改善のためにいろいろ働きかけたり……何より、まっすぐなのね」

隼鷹は鳳翔が誇張無しに提督を褒めるのがなんだか恥ずかしかった。

鳳翔「でも、きちんと隼鷹に愛を貫いている。だから他の艦娘のアピールも蹴っているのね」

隼鷹「そう、でしたか」

鳳翔「でも、隼鷹は優しすぎるわ。私たちに申し訳ないっていつも思ってくれているし、提督に私たちと触れ合いなさいって、言ってくれてる」

隼鷹「そ、それは……提督と他の艦娘との間で、きちんとコミュニケーションをとってほしいからですし……」

いいのよ、と鳳翔は隼鷹の言葉を遮った。

鳳翔「それでもね、隼鷹が少し嫉妬しているというか、寂しそうな顔をしているのをみんな知っているのよ」

鳳翔が指摘したのは、隼鷹が無意識にためていた寂しさや嫉妬などの感情だった。


鳳翔「ずっと我慢するのも辛いだろうし、何より原因になった私たちが何とかしてあげたいって、考えたのよ」

隼鷹「鳳翔さん……みなさんも、そんなことを考えていたんですか」

言葉を詰まらせた隼鷹に、にっこりと、しかし、寂しそうに鳳翔は笑いかける。

鳳翔「だから、これは私たちからのおせっかい。私たちに気兼ねせずに、提督と楽しんできてね」

隼鷹「何が、始まるんですか?」

鳳翔「隼鷹と提督の、二人っきりのダンスパーティーよ」

さあ、と鳳翔は応接室の扉を開いて、隼鷹を促した。

鳳翔「今頃、伊良湖ちゃんと間宮さんと、あとは駆逐艦の皆が準備をして食堂の改装が終わっていると思うわ」


提督は、緊張の面持ちで隼鷹を待ち受けていた。

提督がいるのは、食堂の扉の前だ。

普段は海軍の制服を着込んでいる提督だが、今回ばかりはタキシード姿でびしっと決めていた。

駆逐艦達をベットに連れていく手伝いをする途中で呼ばれ、無理やり着替えさせられたと思ったら、二人っきりのでダンスパーティーになるとは。

全く予想できなかったことだ。

自分があずかり知らぬところでこんなことが計画されていたとは、知らなかった。

提督「しかも、隼鷹とダンスか……」

一応、海軍の将校になる過程でダンスや宴会での作法は一通り叩き込まれて、時折勉強会にも参加しているので問題はない。

だが、かなり緊張していた。

たびたび開かれる宴会などとはわけが違うのだ。

二人きりで、相手をリードして、ダンスをする。

それが愛する相手であることが余計にハードルを上げているように感じた。

手に汗がにじみ、落ち着きがなくなって来る。

一分が経ったのか、それとも十分か、一時間か。

やたらと時間を長く感じた提督が落ち着きなくそわそわしていると、明かりが殆ど落とされた廊下に人の気配がした。

目を凝らせば、そこには白い何かが見えた。

足音を立てて近づいてくるそれは、徐々にはっきり見えるようになった。

そして、漸くその白い物の姿を提督は見た。

提督「隼鷹……」

隼鷹「て、提督……」

視線を地面にそらしてもじもじとする隼鷹に、しばらく提督の目は奪われた。

絵本や童話の中から、そのまま飛び出してきたかのようだった。

隼鷹「に、似合いますか?」

提督「……あ、ああ!似合うぞ」

隼鷹の問いかけに、やや遅れて答えた提督は、改めてじっくりと隼鷹の姿を見る。

私服の姿を見たことがあるが、こうしたドレス姿は初めてだった。

だが、いつまでも見とれているわけにはいかない。

おほん、と咳払いした提督は、隼鷹に手を伸ばして問う。

提督「Shall we dance?」

それに対し、隼鷹は優雅に手を重ねて返事をした。

隼鷹「Yes. I'm glad to dance with you」

にっこりと笑った二人は、扉を開けてダンスホールへと改装された食堂へと入っていく。

今日はいったんここまで。続きはまた明日。
明日から投下のペースはゆっくりになるかもしれないので了承願いたい。更新は途切れさせないつもり。
次の安価の話が終わったら、一気にエンディングだな。
隼鷹を書いていたら次は飛鷹を書きたくなった。

やっぱりShall we dance?にはI'd love to.な気分

>>164
やっぱそっちが良かったか……これはちょっと反省。各自脳内変換を頼みます。

言われて振り返ると誤字脱字とか酷くて泣ける。気を付けて行きたい。

こんばんは。これから、昨日の続きを投下する。

肝心のダンス描写はかなりざっくりだけれど、>>1が社交ダンスとかに出たこともないためなのでご了承を。

あと、この作品を楽しんで感想を書いてくれる方に感謝する。

では始める。


扉を開けた先は、見知った場所であるはずなのに、全く違う世界が広がっていた。

先ほどまで並んでいた丸テーブルが運び出されて無くなり、十分な広さを確保している。

食堂の隅にテーブルがわずかに残されているが、そこにはどこからか持ってきた音響機器が並んでいる。

音楽を流すためなのは、火を見るよりも明らかだ。

部屋の中央には、一体どうやったのか慎ましかなシャンデリアが普段電灯のある場所から下がっている。

そこから広がる淡い光が室内を幻想的に照らし、より雰囲気を醸し出していた。

思わず、提督の口から感嘆の声が漏れた。

提督「すごい……」

隼鷹「驚きましたね……普段見慣れている場所とは思えません」

隼鷹もそれに肯定し、提督はそっと扉を閉めた。

これで二人だけのこの場所への出入りは、もうできなくなる。

本当に、二人っきりだった。


提督「曲は適当にかけてくれるようだから、好きなように踊れるみたいだな……」

扉の内側に置いてあったメッセージカードに気が付いた提督は、それを持ち上げて目を通した。

堅い作法などはある程度目をつむって、本式というよりは社交ダンスのようにして構わないと書かれていた。

そして、一番重要なこととしてきちんと隼鷹と話し合うように念を押されていた。

提督「気を遣いすぎじゃないか……まったく」

隼鷹「ありがたく厚意は受け取りましょう。折角、こんな素敵な場を設けてくれたのですから」

艦娘達の無駄に結集された努力と準備の結晶であるこの会場に、少しため息が出た提督。

しかし、無邪気に喜ぶ隼鷹を見ていると、もうどうでもいいかと思うようになった。

提督「では……」

隼鷹「はい」

二人は食堂の中央に向かって、少し間隔を空けて並ぶ。

肩より少し高い位置で、隼鷹の手を提督が取る。

そのまま、食堂の中央まで歩んでいく。

中央につくと、二人は自然な動作で

隼鷹の右手と提督の左手が重なり、提督の右手は隼鷹の背中へと回る。

その右腕に添えるように、隼鷹の手が重なった。

目と目が合い、視線で合図が交わされた。


それを見計らったかのように、緩やかな旋律が音響器から流れ出した。

バイオリンを中心に、絡み合うようでいて美しさを損なわないピアノの音色。

『Serenade to Spring』

静かに満ちて来る春の空気が、西洋の楽器によって、緩やかに表現される。

そしてそれは、二人きりのダンス会場へ満ちていった。

隼鷹「……」

提督「……」

二人は、自然と動き出した。

互いをよく知っているからこそ、阿吽の呼吸で、ステップを踏み間違えることもなかった。

ナチュラル・スピン・ターン。

リバース・ピポット。

そこから転じてフォーラウェイ・リバース&スリップ・ピポット。

流れるような、動きの緩急が素早く切り替わりながらの、ターニング・ロック・トゥ・ライト。

いつの間にか、二人は笑みを浮かべて踊っていた。

楽しい。

二人きりがうれしい。

こんな素敵な場所で思い出を刻める。

今この瞬間を、永遠に感じていたい。

声を上げるようなことはせず、また、言葉を交わさずとも感情を交わしていく。


暫くして、曲は静かに終わりを迎えた。

二人は手を放すと、優雅に一礼した。

空気の中に、曲の余韻がまだ残っているのを二人は感じていた。

提督「ありがとう、隼鷹」

隼鷹「こちらこそ」

続ける言葉を探した提督は、しかし何も言わなかった。

何か言うように促すつもりだが、その必要はなさそうだった。

提督「隼鷹、言いたいことを言ってくれるか?」

暫く考えた隼鷹だが、やがて首を横に振った。

隼鷹「ダンスを踊っていたら、なんだか忘れてしまいました……」

隼鷹「本当は、いろいろ言いたいことはあったはずなのに……提督の顔を見ていたら、どうでもいい気がします」

フフ、と笑みをこぼした隼鷹の表情は明るい。

憑き物が、どこか落ちたようだった。

提督「私も、隼鷹に何か言いたかった気がするが……どうでもよくなってきた」

隼鷹「何でも言って構いませんのよ?」

提督「いや、良い。思い出せたら、言うさ」


暫くは言葉を交わさずに、ただ向き合ったままだった。

しかし、沈黙の間に感情の高ぶった提督は動く。

提督「隼鷹」

隼鷹「はい」

深閑としたダンス会場の中央で、提督は隼鷹を抱き寄せた。

作法云々は差し置いて、ただ近くにいてほしかった。

提督「思い出せたから、先に言っていいか?」

隼鷹「私も思い出しましたが、提督がお先に」

それに頷いた提督は、短く、しかし、重ねてきた感情のままに言葉を紡ぐ。

提督「もっと、我儘になろう」

隼鷹「我儘、ですか……」

そうだ、と頷いた提督はじっと隼鷹の目を見つめる。

提督「二人で一緒に我儘になろう。我慢も必要だけど、必要でないときはそうしなくていい」

提督「隼鷹が我慢して、つらい顔をするのは見たくないんだ」

提督の告白。

それを隼鷹は静かに聞いていた。

言葉をゆっくりと飲み込んだ隼鷹は、それに対する思いを言葉として、提督に投げかけた。

隼鷹「提督は、もっと自由になさってください」

隼鷹「皆さんは……提督の良さを知っているから、提督を慕ってくださっていると思います」

隼鷹「それにきちんと答えてあげないと、皆さんも悲しんでしまうと、思います」

隼鷹も、何処か不安だった。

誓い合った二人だからこそ、言いようのない不安を感じてしまう。

それは二人の間を取り巻く世界が、変わってしまうことだ。

隼鷹「提督のことを想っていますが、同じように他の艦娘の方々も同じなんです」

提督「そうか……そうだな」

隼鷹「提督が、他の艦娘の皆さんとも仲良く過ごせて、そして私が提督のお傍に居られたら、それで十分なんです」

隼鷹「それが、私の幸せなんです」

隼鷹「ダンスで忘れて、でも、思い出せました。余計な感情なんて抱かないで」

提督「私と同じだな」

嬉しそうに言う提督に、隼鷹もまた笑顔で頷いた。


隼鷹の、自分たちだけでなく周りをも気遣うその告白は、提督にとっては重みがあった。

それを受け、今ある感情が言葉となる。

そして、それを素直に吐き出した。

提督「私は、今ある幸せが信じられないくらいなんだ」

提督「他の皆に祝福されて、隼鷹と愛し合えて、こうして生きている……とてつもなく、幸せだ」

提督「間違いなく、隼鷹のおかげだ。ありがとう」

思わず目を伏せた隼鷹だが、しばらくして顔を上げ、提督を見上げる。

隼鷹「私も、すごく幸せです。ただ、提督がお傍にいてくれる……それだけなのに、すごく」

その時、すっと提督の唇が隼鷹のそれに重なる。

驚くこともなく、隼鷹はそれを受け入れた。

単なるキスではない。

互いの感情を伝え、分かち合うかのようなキスだった。

頭の中で熱が生まれ、全身を走り抜けるようだった。

やがて、離れた二人は熱い視線を交わす。

提督「続きを、踊ろうか」

隼鷹「はい、お願いいたします」


二人のダンスパーティーは、その後、互いの気が済むまで続いた。

最後になって、眠くなった隼鷹の手を取った提督は、優しく部屋までリードを続けた。

シンデレラとは違い、日付が変わろうとも魔法が解けることはない。

また明日も、きっと魔法は続く。

今日も明日も、そして、いつか来る平和の時を超えて、二人にかかったままになる。

決して解けることのない魔法は、きっと二人の間の絆でできていた。











FIN

ダンスパーティー編、投下終了。
前半に比べて後半が短かった気もするけれど、それなりに濃い内容を書いたつもり……自信があまりないけれど。

さて、次はいよいよ『メディアによるインタビュー編』。
これは正直書き溜めがないから投下までに時間がかかる。>>1の私生活も忙しくなることも原因なので赦してほしい。

気長に待ってくれるとうれしい。では失礼。

こんばんは。

中々に手が進まなくて困っていたが、漸く書きあがった。

といっても、安価のインタビュー編が半分ほどまでしかできていないので、代打でケッコンカッコカリ編を投下する。


その日は、鎮守府内に色めいた空気が満ちていた。

2月14日、即ちバレンタインである。

聖人バレンタインの名前をとったこの日は、日本において女性が好きな男性にチョコレートを送るとして定着していた。

起源である欧米の方では男性が女性に贈るのが一般的であるが、そこは文化の違いだろう。

鎮守府内では、当然艦娘達が提督宛にチョコレートを贈る様子があちこちで見られた。

一部では、いわゆる友チョコという形で艦娘同士でチョコレートを贈りあっている。

そして、鎮守府にいる数少ない男性で、且つ異性としても見られている人物にとってはちょっとした悩みの種になる日だった。

提督「ふぅ……毎度毎度のことだが、これはすごいな」

仕事が始まって間もない執務室で、提督は抱えていたものを机の上へとおろす。

ドサドサと腕から零れ落ちるのは、艦娘達から送られてきたチョコレートである。

続いて提督の隣に隼鷹が大量のチョコレートを同じように腕から降ろし、山を築く。

都合100ほどの、艦娘達からのチョコレートだ。勿論提督宛である。

義理と本命と友……理由はそれぞれ違うだろうが提督への感情をこめて手作りされたものだ。


隼鷹「提督はモテモテですね」

提督「うむ……ここまで好意を向けられているとは。あまり実感がわかないものだが……こうして形になると伝わるものもあるな」

提督「まあ、少し重い気もするが」

物理的にも感情的にも、艦娘達の思いは提督にのしかかっている。

愚痴を漏らす提督に笑みを浮かべた隼鷹は、山積みのチョコレートを整理しながら言った。

隼鷹「それだけ思われていらっしゃるのはご存知かと思いますが……やはり、艦娘にとって提督は大事なのですよ」

ダンスパーティーをしたときのことを思い出した提督は、確かに、とつぶやいた。

あのダンスパーティーの準備がなされていたことは、提督すらも知らなかったことなのだ。

知らぬ間に、隼鷹が着たドレスや音響機器が用意され、相応しいようにセッティングされた。

しかも、それはレンタルなどではなく購入された物なのだから提督の驚きは推して測るべし。

それらにかかった費用は、何と艦娘達に払われる給料から出ていたと聞かされて、さらに驚いた。

驚きすぎて、感覚が麻痺したのはその日が初めてだったと、提督は振り返る。


当然提督はそれを補填しようと提案したのだが、全員から拒否されてしまった。

それでもなお食い下がった提督だが、隼鷹にいさめられて、結局提督は諦めた。

彼女たちも、人並みの生活を送る以上、収入なども必要だ。それなりに個人でお金がかかる生活の艦娘が自分からお金を出す意味は、おのずと分かる。

提督「……私が引け目を感じては、いけないんだろうな」

隼鷹「そうですね。もっと遠慮をなくすべきでしょう」

提督は椅子に腰かけると、チョコレートの包みの数を指折り数えていく。包装の形もチョコレートの種類も様々だ。

それらをじっと見つめる提督は、やや心配げだった。

それに気が付いた隼鷹は微笑を浮かべて、安心させるように言う。

隼鷹「あ、もちろんボーキサイトが混じっているチョコレートはありませんからね」

提督「そ、そうか……それは良かった」

ボーキサイト。

要するに鉱物の一種で、艦載機補充には欠かせない資源だ。

しかし、それは重要な資源であるとはいえ、人間にとっては非常に有害だ。


艦娘達はそのままぼりぼり食べても体の中で吸収される仕組みを持っているのだが、それが『通常』になるとたまにトラブルが起きる。

具体的には、『人間もボーキサイトや燃料を摂取できる』と言った勘違いが艦娘達の間に広まることだ。

燃料は言うに及ばず、ボーキサイトも人体には有害だ。何しろ、主成分もそうだがその粉塵を吸い込むとボーキサイト肺になる。

粉じんを吸い込み続けることで、肺の中にたまってしまうのだ。ボーキサイトの場合非常に進行は早く、2~4年で死に至ることもある。

チョコレートに含まれていても、おそらく食べた拍子に砕けて粉じんとして舞うだろうし、何よりアルミを食べることになる。

誰だって、アルミホイルを進んで食べようとはしないだろう。

つまり、食ったらアウトなのである。少なくとも、体にいいはずがない。

だが、人と接するよりも出撃の方が多い艦娘達が、その間違いに気が付くのは意外と遅いのだ。

提督の最初の秘書艦である叢雲は、うっかりこれを忘れて艦娘向きの食べ物を購入し、提督に食べさせたこともある。

その顛末については、彼女の名誉のためにこれを秘しておく。

ただ言えるのは、あの後提督が無茶苦茶リバースしたということと、それをきっかけに叢雲のつんけんした態度が改善されたことだ。

隼鷹はこの話をバレンタインが迫った時に提督から聞かされ、思わず笑ってしまった。


執務室の中で、二人はチョコレートの数と送り主の確認を行い始めた。

送られてきた以上、きちんとお礼をするのが礼儀という物。

提督「さて……これは金剛、比叡、鳥海、愛宕……第六駆逐隊は全員で一つのチョコレートか……」

巨大なハート形や円形、楕円、円形を2つ繋げ山のように盛り上がっている形、あるいは4個のチョコレートがセットになったもの。

艦娘ごとの嗜好が顕著な、非常に多彩なものだった。

提督「隼鷹が着任したからか……気合が入っているなぁ」

アピール合戦というのは、隼鷹が着任する以前から存在した。

だが、それが目に見えて激化するようになったのは、やはり隣にいる彼女の存在だろうと提督は考えていた。

提督(申し訳ないなぁ……我ながら罪な男)

独白した提督は暫くは無言でチョコレートの送り主の記録を続けた。

何しろ、黙っていないとチョコレートの甘い香りに飲まれそうだったからだ。


チョコレートの甘い香りが限界になりそうになった時、漸くチェックが終了した。

我慢の限界だった提督は椅子から立ち上がると、一気に窓を開け放った。

隼鷹は耐えきれたのか、席に座ったまま書類に目を通し始めていた。

それをすごいなあと感心しながら提督は新鮮な空気を楽しむ。

提督「ふぅ……」

室内の停滞していた空気が窓の外へと流れだし、ついでに外の寒さが風に乗って滑り込んできた。

その時、風が封筒を一つ浮き上がらせた。

丁度、提督が机の上に置いたそれは床へと落下。それに気が付いた隼鷹は拾い上げた。

隼鷹(何かしら……)

つい、興味がわいた。

興味が指の動きとして、隼鷹は大本営から送られたと思しき書類にざっと目を通した。

隼鷹(やはり大本営からの……特別許可?婚姻……適当な錬度……婚姻関係の許可!?)

文字列に並んだ言葉は、隼鷹の予想にはない主旨を述べていた。

隼鷹(ええっと……つ、つまり、艦娘と提督が仮とはいえ、夫婦になれる……!?)

一定の錬度を持ち、決められた手順を踏むようにとの指示がかなり固い口調で書かれている。

よく読めば、都合のよい解釈や抜け穴などが無いように事細かに規約が設けられていた。

書類の冒頭部分には、このケッコンカッコカリが導入された経緯が簡潔に述べられている。

隼鷹(やはり……戦争が長引いたことで艦娘達にも提督たちにも、厭戦気分が湧いたのでしょうか)

厭戦気分。一言で言えば、戦争への忌避感である。

深海棲艦と人類が敵対し、戦闘が続いているのは周知のことだ。

妖精さん達の協力によって、かつての戦争のような負担が強いられていないのが救いではある。

だが、それでも、続いていく戦いに疲れは出てくるのだ。艦娘達はもちろん、それを率いる提督にも負担は大きい。

風に聞いた噂では、あちこちの鎮守府で提督と艦娘が駆け落ちしたらしい。

隼鷹(分からなくもない、感情ですね……)

隼鷹は、この戦いに最後まで加わる覚悟を固めている。

だが、正直に言えば終結するのがどれほど先になるかはわからない。

覚悟も、斧間に揺らぐかもしれない。

自分は艦娘で、提督は人間。寿命のことを考えないようにしているが、どうしても考えてしまう。

そんな環境で、悲観するのも仕方がないだろう。

それならばいっそ……となる感情を理解できるのは、自分も同じく提督に恋するためだろうか?

話は戻る。

日々激化する戦いの中で、優秀な人材が軍を離れるのは痛手でしかない。

艦隊の司令官として提督を養成するのも時間がかかり、都合よく補充が出来るものではない。

まず軍人として鍛え、その中から才能のある者を引き抜いて、さらに艦隊指揮能力を身に着けさせなければならない。

これには早くて高校、遅くとも大学と大学院で教育を続けなければならない。

そして、あくまでも志願制であるため絶対数が少ないのため、不足に拍車をかける。

そうして晴れて提督となったとしても、戦果をあげたりしなければならず、プレッシャーや期待が重くのしかかる。

隼鷹(大本営は、これで変化を促そうというわけですね)

なるほど、と深く頷いた隼鷹は静かに封筒を元に戻すと元の位置に戻す。

これを5秒足らずの間にしてのけただから、彼女は優秀だ。なにが、とは言わないが。

隼鷹(しかし、どう切り出したらいいのでしょう……)


提督は、大きく息を吐いていた。

甘い香りから解放されて、頭はスッキリした。

提督(しかし、どう切り出すかだな……)

奇しくも隼鷹と同じことを考えながら、提督は窓の外に見える鎮守府の港を眺めていた。

考え込んでいるがために、後ろで隼鷹が書類を発見したことに気が付けなかった。

自分と隼鷹の仲だ、拒否されるなど最初から考えていない。

むしろ、どういえばいいのかということだ。

断られないとわかっているからこそ、きちんとした言葉で隼鷹には伝えたかった。

既に錬度は十分であるし、指輪に関しても用意が済んでいる。

シルバーリングではなく、欧州等では一般的な金の指輪だ。本来ならダンスパーティーで消える資金は、ここに費やされた。

提督(ま、待て……落ち着いて考えれば、妙案が浮かぶはず……!)

表面上涼しい顔をするが、内心は焦っていた。

めぐる思考は終わりがない無限航路へと進路を向けかけた。

だが、提督の頭の中に残っていた冷静な部分が羅針盤を操作し、それを回避させた。

そして、提督は決めた。

彼女……隼鷹へと、どうアプローチするかを。

思えば、悩むようなことではない。

何時ものように、いつもの口調で、そしていつもの思いをぶつければいいのだ。

提督(なんで、迷っていたんだろうな……)

思わず自嘲した。

それくらいの余裕が生まれたことに、自分でも驚いた。

ポケットに忍ばせていた指輪のケースを確認し、提督は一回深呼吸した。

そのまま、振り返って隼鷹の方を向いた。

ケースを取り出しながら、名前を呼んだ。

愛しい彼女に与えられたその名前を。

提督「隼鷹」


提督が自分の名を呼んだのを、隼鷹は机の上の資料を整理しながら聞いた。

ごく自然と呼ばれたそれに、自分も同じように自然と返事をして顔を上げた。

隼鷹(……)

提督の表情で、隼鷹は提督の言わんとすることを理解できた。

視線を正して、まっすぐに提督と向き合う。

提督「橿原丸」

もう一度、提督が隼鷹の名を呼んだ。

その名前は、とうの昔においてきた名前だった。

隼鷹「はい」

態々提督がその名を呼んだ意味を、隼鷹は察していた。

空母としての自分と、嘗て存在していた豪華客船の自分。

その両方をまとめて受け入れるつもりなのだ。

静かに返答した隼鷹は、小さな箱が提督の手に乗せられて差し出されてくることに、一種の安堵を覚えた。

提督も、言葉を選んだり、気持ちを落ち着かせたりしたのだろう。それでも、固めた。

だから自分も、固めた。ごく自然なことだ、何ということもない。

自分が、嘗て告白されたときに、あの佐世保の埠頭で誓い合ってから、ずっと覚悟する準備をしていたのだ。

待ちわびた瞬間は目の前にあった。


提督は、真剣な顔で言った。

提督「……一緒になろうか?」

隼鷹「はい」

隼鷹は、それを笑顔で受けた。

そして、二人は笑顔になれた。

もう、余計な言葉も迷いも、そこにはない。









FIN

短いけれど投下終了。
逆に言えば無駄に長くしない方がよいと思った。

しかし……何かがおかしい、ケッコンカッコカリのはずがケッコンカッコガチになっていた……一体何を言っているかわからないと思うが(ry。

ワンパターン化しないようにいろいろ考えているけれど、やはり難しい。

次こそはインタビュー編を投下する。また時間がかかるかもしれないが待ってくれるとうれしい。

おまけ 淑女モードの隼鷹さんのセリフを妄想してみた。

・入手/ログイン 商船橿原丸を改装して生まれた、軽空母隼鷹です。よろしくお願いいたしますね。

・母港/詳細画面
提督、お呼びでしょうか?
はい、私はここに控えておりますよ
提督、艦載機の整備、手伝っていただけます?少し数が多くて……

・編成
軽空母 隼鷹、推して参ります!

・出撃
軽空母 隼鷹、推して参ります!
機動部隊の真価、お見せします!
総員、抜錨。機動部隊の出撃です!

・遠征選択時 準備は良いようですね

・アイテム発見 これはいいものですね

・開戦
敵艦隊発見、各艦戦闘用意!
今の私は……マリアナの時ほど甘くはありません!

・航空戦開始時
今の私は……マリアナの時ほど甘くはありません!
第一次攻撃隊、発艦開始!

・夜戦開始
これも戦いです……弱った敵は確実に仕留めます!

・攻撃
全力で行かせてもらいます
攻撃隊、順次発艦!
隙を見せたのが、貴方の失態ですね!

・小破 この程度の破損を与えた程度で、勝った気ですか!

・中破 くっ……まだ、機関部は生きています!

・被弾カットイン

・勝利MVP 他の皆さんの力もあってです。でも、うれしい限りですね。

・帰投 作戦が完了しました、艦隊の帰投です。戦果はどうでしょう?

補給 補給感謝します。これで、もっとお役に立てます。

・改装/改修/改造
近代化改修ですか、私のためにだなんて……うれしいです
他の皆さんのこともしっかり面倒を見てあげてくださいね
感謝いたします、提督。

・入渠(小破以下) これくらい、何ともありませんが……ありがたく休ませていただきますね

・入渠(中破以上) 船体の損傷も酷いですし、無理はいけませんね……

・建造完了 新造艦の竣工です。迎えに参りましょうか

・戦績表示 艦隊司令部より連絡が入っております

・放置時 何時でも提督のお傍で控えていますので、ご安心を。少し、寂しいですけど。

飛膺、龍驤が新規絵きたから次は隼膺の番かな

>>198に轟沈台詞が無い辺りに>>1の心意気を感じる

隼鷹は終戦まで残った武勲艦だから改2がある  ト思いたい

>>199 隼「鷹」・飛「鷹」 な

お久しぶり。
執筆中にキーボードが操作を受け付けなくなるトラブルが発生したけど、唐突に回復したから漸く書き込める。
今回はインタビュー編の前半部分をお送りする。

>>199 >>203

改二実装来てほしいな。>>1も史実の活躍ぶりから結構チャンスあると思ってる。新規絵で終わりにしないでほしいな。

>>202

轟沈台詞なんて、>>1には考える気がなかった。だって、轟沈させなければいいのだから。

では始める。


隼鷹の手を提督は取った。

見た目は薄いが最新の化学繊維を用いているそれは、佐世保では珍しい冬の冷たさから隼鷹を守っていた。

それもそのはず、冬を迎えた佐世保では九州とは思えないような降雪に見舞われていた。

北からやって来た寒気が、何と九州まで出っ張ってきたのだ。異常気象だと連日大騒ぎだ。

提督「ここで、まさか雪を見ることになるとはな」

地面を踏みしめる靴は積もった雪に沈んでいき、足には雪を踏みしめた独特の感覚が伝わって来る。

生まれが雪国の提督は、不慣れな隼鷹の手助けをしながら佐世保の街を見つめていた。

深々と降り続ける雪は、大きな戦いの終わった地上へと降り注ぐ天使の涙が凍ったようだった。

しかし、二人をはじめとした鎮守府の、そして海軍や政府にとっては大した問題ではない。

それよりはるかに大きなニュースがあったからだ。

提督「漸く半分終わったな、隼鷹」

隼鷹「はい。長い戦いも、漸く終わりが見えてきました」

二人は同じ傘の下で、静かに言葉を交わした。


人類が深海棲艦との戦いに突入してから既に十年近くが流れた。

海洋の多くを封じられた人類は、艦娘達による反抗を続けながらも国力を徐々に結集し、ついに大反抗に打って出た。

多くの艦娘、通常戦力、輸送船、衛星……およそつぎ込める戦力を一斉に動かした、その作戦は『天号作戦』と銘打たれた。

戦争が始まって以来の、いや人類史上でも類を見ない規模のそれは、なんと1カ月近い前哨戦と2週間に渡る決戦の果てに、終結した。

結果から言って、人類はその作戦を成功。

太平洋を中心とした深海棲艦の拠点などを一挙に制圧し、制海権を取り戻した。

もっとも、大西洋やインド洋、北極海などを含めれば深海棲艦の勢力はまだまだ残っていると推測された。

また、まだ残党が残っていると考えられ、それが完全に駆逐されるのはさらに長い時間がかかる。

それでも世界の海の一角を取り戻せたのは、大きな成果だ。

日米間での通商もかつてのような勢いを取り戻し、貧しくはないが何かと苦労が多かった日本に余裕が生まれた。

そして、艦娘達の行動拠点もまた、インド洋や大西洋の解放に向けて移動することになった。

だが、流石に日本から遠く離れたところまで出撃するのはさすがに骨だ。

よって艦隊をグループ分けし、解放作戦を進めるグループと日本近海の防備を固めるグループでローテーションすることが決定された。

一年を三分割して行われるこのローテーション。決して無限に戦力や資源があるわけではない日本は、国力のことを鑑みてそう決断した。

アメリカ並みの国力があれば余裕なのだろうが、生憎と日本にそんな余裕はない。そして浮いた国力を、国内の復旧に充てることが優先されたのだ。

そして、戦いを終えた全国の提督や艦娘達には、特別報酬と特別休暇が与えられていた。

提督と隼鷹は、戦いの後のそれを桜花仕様と喜びを分かち合ったものだ。

提督「激戦の後だから、この雪がとても違って見えるな」

本州でも北の方に出自を持つ提督は、幼い時からずっと雪とともにあった。それゆえに、雪を見慣れているのだ。

いや、見慣れているというより、冬という季節が訪れると違和感を感じるほどに身近にあった。

しっかりと雪靴を履き、慣れた足取りで雪の上を行く。

隼鷹「そうでしょうか?」

提督「ああ……あれだけの激戦地と同じ空の下に、こんな光景がある。あの時あの場にいたのが、夢のように思えて来るんだ」

佐世保の街は、降り続く雪の中でお祭り騒ぎになっている。

日本はその四方を海に囲まれ、切っても切れない関係にあった。実際、漁業や海運業などはかなりの制限を受けていた。

航路を襲撃されるならともかく、酷いときには民間の漁港や停泊地などにも攻撃を加えていたので、漁業への被害はかなりのものだった。

ただでさえ食料の寮が制限されていた日本で、安定して取れるのが海産物だった。今後はさらに漁獲量も伸びていくだろう。

日本に残った戦力は暫く貿易船や漁船の護衛に従事することが決定され、佐世保に残留が決まった提督は暫くの休暇を旗下の艦娘達に出していた。

提督の旗下に入って以来ほぼ休みなしで戦い続けていたことに比べて、あまりにも短い休みではあるが、それでも提督は功労に報いようとしていた。

大本営からの指示、と建前こそあるが、提督個人としても休みを作ってやりたかった。

何より、隼鷹と過ごす時間を作りたかったのだ。

隼鷹「私も、提督と過ごせる時間が増えるなら構いませんが……」

隼鷹に提案したところ、彼女らしく控えめにOKを出した。

こうして、二人の何度目かのデートは雪の中で幕を開けたのだった。


雪の中、白い息を吐き出しながら隼鷹は口を開いた。

隼鷹「鎮守府の外に出るのは、意外と久しぶりとなりますね」

提督「そうだな。外に出る暇もなく出撃したり演習をしたりと、忙しかったからな」

普段、提督や艦娘達が佐世保に出る機会はめったにあるものではない。

鎮守府やその周辺の狭い範囲内に酒保や福利厚生に必要な施設が密集して整備されているためで、遠くへと出る必要がないのだ。

これには、艦娘達が犯罪に巻き込まれないようにするための配慮や、艦娘達が海軍の外へと出て行くような事態を防ぐなどの目的もあった。

他の国々では、その国の政治や宗教などの要因も絡んで、たびたびトラブルが発生し、それが時に大きくなることがあった。

その点、日本という国はおおむね肯定的に艦娘を受け入れていた。

何と言っても、あらゆるものに神が宿るという神道の考えが根底にあるため、忌避感が生じにくいのだ。

アンパンやたこ焼きすらも擬人化できる日本人にとっては、夢物語が現実化したようで、ちょっとした興奮を生むのだ。

閑話休題。

そんなわけで、提督と隼鷹の姿は佐世保の街にある商店街に入った時から、人々の目を引きつけていた。

ある意味、地元のアイドルや有名人のような扱いを受けている。手を振られたり、声をかけられたりすることも多い。

何より、先の大反抗作戦が成功したのが、それなりに高かった評価をさらに高める結果となったのだ。

今も、買い物の途中と思われる主婦の一団から手を振られていた。

隼鷹「ふふっ……私たちが守る平和が見れて、うれしいですね」

手を振り返しながら隼鷹は笑みを浮かべる。

第二次世界大戦が終わった直後は、玉音放送に涙を流したりする人々や、船倉に敗北したことを天皇に詫びて自決する軍人などがいた。

浮き砲台となり時間を持て余した隼鷹は、街を歩いてそれを目に焼き付けていた。

戦いの記憶を少しでも刻むために。

自分の関わった戦いの、すべてを見るために。

それから見れば、かなり明るい雰囲気で、戦いの中間地点を迎えることができていると感じた。


この町の様子を過去と現在の二つの視点から何時めるのは、提督と隼鷹のみが分かち合えるものだ。

嘗ての佐世保を想いながら、隼鷹はマフラーを直す。

街に出たのだが、隼鷹はこれからどうするか提督に聞いていなかった。

隼鷹「提督、今日はどちらに向かわれるのですか?」

提督「ん、行きつけのカフェだな。隼鷹のお茶や珈琲も旨いが、時には違う物も飲みたくなる」

隼鷹「まあ……それは楽しみです!」

提督「この雪だ、ゆっくり行こうか」

提督は傘を持ち直して、隼鷹に雪がかからないようにしながら歩いている。

いわゆる相合傘という状態だ。

示し合わせたわけでも、どちらが提案したわけでもない。きわめて自然な動作だ。

沈黙を言葉に、二人はゆっくりと足を踏み出していた。

そのまましばらく歩いた提督は、表通りから一本外れた裏路地に入った。

未だに古い建造物がしぶとく生き残っているそこは、時代の時計が一周遅れになったこのようだ。

隼鷹「あら……」

寂れた、と言えばそうなるのだが、中々どうして、人を引き付ける魅力がそこにはあった。

隼鷹の手を引いた提督は古ぼけた看板の脇を抜けてドアノブに手をかけると、慣れた様子でで開け放った。


カランカラン、と鳴るベルが店内に響く。

ドアを開けた先には、落ち着いた装飾の店がある。

広いとは言い難いが、カウンターに6席とボックス席を3つも受けたそこは、逆に狭いゆえの静かさを持っている。

隼鷹と提督は店内に満ちていた温かな空気と、ドアから入って来た外の冷たい空気との間に飲まれた。

カウンターの内側でコップを磨きながらぼうっと虚空を見ていた店主は、提督の姿に気が付くとその厳つい顔で破顔する。

店主「よう、提督。随分とご無沙汰だったな」

提督「理由は知っての通りだ。」

そうかい、と相槌を打った店主は、提督の傍らに寄り添う隼鷹を見て目を丸くした。

その視線に気が付いた隼鷹が一礼し、提督はコートを脱ぎながら言った。

提督「今日は誰よりも大切な人を連れてきた。一番いい豆を使ってくれ」

隼鷹「提督……嬉しい言い方をしてくれますね」

提督「事実を隠す必要はないな。折角のデートなのだし、このいまだに独身の店主に見せつけたくもある」

いたずら気な笑みを浮かべる提督に、ちょっと困った表情の隼鷹。

そして、二人の視線の先にいる店長は目だけが笑うことなく、営業スマイルを顔に張り付けていた。

店長「ほ、ほぅ……俺に見せつけてくれるじゃないか提督」

訂正、やや頬が引きつっていた。

店長の視線を受け流した提督は隼鷹を促してカウンター席へと腰かけた。

隼鷹は店長へと一礼すると、防寒着を脱いで腰かける。

一分の隙もない、且つ優雅な仕草に見惚れた店長だったが、隼鷹の視線に気が付くとあわてて背筋を伸ばした。

明らかに人離れした雰囲気と、提督が連れている女性。佐世保で客商売をする店長は直感的に彼女が艦娘と理解した。


店長「こりゃ、ちょっと気を入れないとな」

そうつぶやいた店長は、その姿をカウンターの奥へと引っ込めた。

三分とかからず戻ってきた店長は、先程までの軽さが抜け、カフェを取り仕切る店長としての風格を放っている。

何時もとは違う店長の様子を見た提督は思わずじと目で店長を見た。

提督「私に応対するときとはまるで違うな?」

店長「そりゃあ、野郎を相手にするのとこんな美人を相手にするときにはこっちのモチベーションは違う」

あっけらかんと言い切る店長にやや納得のいかない顔をしていた提督だったが、それでも隼鷹にきちんと接しているのに文句は言えなかった。

艦娘に対して、時にあからさまな敵意をむき出しにする店や店員などを少なくない数みてきた提督だが、やはりこういう店ならば安心が出来た。

店長「しかしだ、大反抗作戦が成功したんだって?佐世保銃で噂になってるぜ」

提督「噂の通りだ。大本営からの正式発表はもうしばらくしてからになる」

店長「なら、お役目ご苦労様と言ってやる。ただし、コーヒーは奢らないがな」

提督「なんだ、常連を邪険に扱うのか?」

店長「こっちも商売だって」

提督との掛け合いを終えた店長は、一度咳払いをすると店長としての仕事に戻った。

店長「提督はいつものでいいとして、そちらの……ええっと、名前聞いていなかったな」

隼鷹「いえ、私も名乗っておりませんでした。佐世保鎮守府で提督の秘書艦をしております軽空母の隼鷹です」

店長「へぇ。軽空母の隼鷹さんか、よろしく……って、隼鷹!?」

隼鷹「? いかがなさいましたか?」

首をかしげた隼鷹に、店長はばつが悪そうに言った。

店長「い、いや……どうも『隼鷹』っつう艦娘は世紀末空母だのひゃっはぁーだの酒のみだの言われるもんだしな」

隼鷹「ああ……そうでしたね」

店長の言葉に納得した隼鷹は、確認をとるように提督に視線を送った。

隼鷹と同じ容姿、同じ声、同じ名前の艦娘は数多くいる。店長も他の提督の連れている『隼鷹』を見知っているのだろう。

だが、提督の連れている『隼鷹』は明らかに異質だった。そこに驚いても仕方がないだろう。

隼鷹の視線の意図を察した提督はうなずきを返して、自分は出されていたコップで水を飲んだ。

隼鷹「まあ、他の方はご存じないことですが……」

店長「訳アリって感じだな」

隼鷹「はい……提督が信頼を置かれている方ということで、少しお話ししましょう。出来れば、他言無用で」

店長「おう」

居住まいを正した隼鷹と同じく、店長もまた静かに聞く姿勢をとった。

店長「なるほどなぁ……」

あちこち端折ったものの、あまり一般には知られていない自分の過去について語った。特に、日本郵船の豪華客船として生まれたことを、言葉を端折ることなく丁寧に。

十分余り語った隼鷹は、話し終えると静かに身を椅子へと預ける。戦闘後に感じる疲労に近いものを、今も感じていた。

その隼鷹の前に、店長は入れたばかりの珈琲をそっと置いて、自分はカウンターの内側にある椅子に腰かけた。

黙考している店長の様子に少し困ったような隼鷹は、またちらりと提督を見たが、その提督は悠然と珈琲を飲んでいた。

その顔には心配するなと書かれてあるようだった。

やがて、店長は隼鷹の名を呼んだ。

店長「不躾なことを聞いちまったようだ、すまんな」

隼鷹「い、いえそんなことはないですし……」

一度頭を下げた店長は、丁度良く淹れ終わったコーヒーを静かに隼鷹の前に置いた。

礼を言って隼鷹がミルクと砂糖を入れ始めるのを見ながらも、店長は何やらそわそわしていたのだが、やんわりと提督が声をかけた。

提督「店長、特に気にすることはない。隼鷹がもともとお嬢様だったなど、あまり知られていることではないからな」

店長「だが……」

隼鷹「構いませんよ……私は吹っ切れていますから」

言いよどんだ店長だが、隼鷹の言葉にようやく納得したのか、表情を和らげた。

店長「……なるほど。提督が、過去まで背負ってくれると誓ったのかい」

隼鷹「はい。嘗ての夢を一緒に叶えようと、誓い合いました。終わるかわからなくても、希望を一緒に持ち続けようと」

ふー、と息を吐いた店長は、一転していたずら気な顔を提督へ向ける。

店長「秘書艦って聞いたからもしかしたと思ったら、やっぱりケッコンカッコカリしてたのかよ」

提督「彼女と以外には考えていなかったし、錬度も十分だった。なら、ケッコンしないわけにはいかないしな」

店長「で、どんな風にコクったんだ?あれか、月が綺麗云々ってやったのか?」

提督「おい、それはさすがにプライベートだぞ」

隼鷹「一緒になろうか……って言いましたよ」

提督「おい隼鷹」

楽しげに暴露する隼鷹に、提督は少し慌てたが隼鷹は平然としたものだ。

笑みを浮かべた彼女は提督を諭すように言った。

隼鷹「もう隠しておく必要もありませんし、せっかく戦いがひと段落したのです。こういう時こそめでたい話がいいのではないでしょうか?」

提督「む……」

流石の提督も、隼鷹には勝てなかった。

結局、提督は隼鷹との日々を根掘り葉掘り聞かれ、答えざるを得なかった。


再び提督と隼鷹は同じ傘の下に収まり、雪の佐世保を歩いていた。

先程までよりも風が吹いていたが、カフェで飲んだ珈琲が体を温めてくれたので問題はなかった。

ひらひらと舞っていた雪は、今は風に乗って軽く吹き付けるようにして降って来る。

マフラーをしっかり巻いた隼鷹は、提督の体に寄り添うようにして風を避けていた。

提督「店長め……プライベートまで聞いてくるとは……」

まだ文句を垂れている提督だが、心なしか頬を緩めているのに隼鷹は気が付いた。

あれこれ言っていた提督だが、結局自分と一緒に過ごせることを誰かに自慢したくなるで、また話したことが楽しかったようだ。

おそらく何の悪意もないのだろうが、鎮守府では本人にその気がなくても惚気を聞かせていたのかもしれないと隼鷹は思った。

隼鷹(だから、他の皆さんがイライラするわけですね)

まったく、と内心隼鷹は吐息する。

隼鷹(女心に聡いのか疎いのか……さっぱりわかりません)

幸せなのはわかるが浮かれすぎている気もする。他の艦娘のことも考えた欲しいのだ。主に精神の衛生の観点で。

そんな隼鷹とは裏腹に、提督は雪が降ったことにも興奮が隠せないようだった。

無邪気な子供のように空から降る雪を見つめ、笑みを浮かべているのはどう考えても『でっかい子供』と言える。

そして、そんな表情を見ていると頭の中に詰まっていた文句の言葉が霧散するのを感じた。

『言っても無駄』、というあきらめというよりは、『しょうがないなあ』という許容の心情。

隼鷹(そこに惹かれたのですから……私も弱い女ですね)

結局、何も言わないことにした。

提督が幸せな様子が、自分の幸せにつながっているのを実感した。

佐世保の街を暫く散策した二人は、時計を見て時間を確認した。

提督「そろそろ帰るか?」

隼鷹「そうしましょうか……」

ふと目を上げた提督は、雪の中を早足で歩く一団に気が付いた。

3,4人のその一団は、そのうち一人が何かを肩に担いでおり、もう一人が戦端に四角い箱の付いた長い棒のような何かを持っている。

そして、彼らの傍らに泊められている大型のバンには特徴的なロゴがペイントされていた。

提督「あれは……テレビ局か?」

隼鷹「民放のテレビ局ですね。おそらく、この雪景色でも収録するためなんでしょう」

二人の視線の先、こちらに気が付いた一団が何やら盛んに話し合い始めた。

そしてすぐに一人がこちらに大急ぎで歩み寄って来た。

慎重に雪を踏みしめ、駆け寄ってくるのは小柄な体。明らかに女性だ。

「あの、お時間よろしいですか?」

提督「構いませんよ」

「よかった……あの、私達は佐世保ローカルテレビのものなのですが、ひょっとして佐世鎮の提督さんでいらっしゃいます?」

提督「はい、佐世保鎮守府所属です」

後ろから追いかけてきた一団に何事かささやいた女性は、意を決して提督と隼鷹に尋ねた。

「あの、よろしければインタビューしてもよろしいでしょうか?」


前半部分はここで終了。明日か明後日の夜に後半を投下する。

実際の海軍とか自衛隊では民放がホイホイ取材できないのかもしれないけど、そこはまぁ、目をつむってもらえると助かる。
>>1はインタビュー受けるとか撮影に来ている民放のカメラマンとか見たこともないから、ざっくり書いた。

いよいよイベント海域が解放だけれど、>>1はあまり無理しないで挑むつもり。抜猫とか本当に怖いし。

では失礼。

待たせたな(伝説の傭兵並のセリフ)。

E-1攻略もあと半分くらいまで進んだ。あんまり無理に進めると資材やらアイテムが枯渇するし。

というわけで、インタビュー編後半を投下する。

民放の取材。

その申し出に対し、少し提督は判断に逡巡した。

海軍は、色々な事情こそかかけているがお役所なのだ。おいそれと簡単には取材などに応じるのは出来ない。

提督はそう考えていたが、半ば鎮守府が開店休業なのだ。個人的に答える分には問題ないだろうと思い直した。

だが念には念を、と思い詳しい人物を頭の中でリストアップした。

提督「ちょっと失礼」

女性アナウンサーに断わった提督は、懐からスマホを取り出してある番号をダイヤルする。

数回のコールの後に、旗下の艦娘の声が提督の耳を打った。

青葉『どもども、こちら青葉です!』

提督「青葉、少し頼みがある」

電話の相手は、青葉だ。パパラッチというかマスコミの悪い面を持ち合わせる重巡洋艦の艦娘だが、一方で海軍の広報部の一員として働いてもいる。

艦娘がこなすのは、何も出撃などに限ったことではない。鎮守府内での業務だって担当する。

川内型軽巡の那珂がアイドル活動をやっているのも、上層部のお墨付きを受けてのことだし、同じように青葉もまた記者として飛び回っている。

史実において、記者を載せていた経緯を持つ青葉ならではの仕事だった。

ある意味鎮守府で一番こういったメディアに通じているのもまた青葉なので、提督はコンタクトをとった。

提督「民放からのインタビューを申し込まれたのだが、上に報告してほしい」

青葉『それくらいはお安いご用です。あ、司令官。そのテレビ局の人に代わってくれます?ちょっと相談しますので』

餅は餅屋だな、と判断した提督はスマホをディレクター格の人物へと差し出して言った。

提督「うちの鎮守府の広報担当が話し合いたいと言っている、代わりに出てくれないか」


青葉は自室の机に向かいながら、テレビ局の担当の人物と話し合いをしていた。

鎮守府内で発行している『青葉新聞』の構想を練っている最中だったのだが、上司に助けを求められたなら仕方がない。

青葉(何かの形で借りを返してもらわないと、釣り合いませんからね)

具体的には何を求めようか。

秘書艦の隼鷹との性活もとい生活を根掘り葉掘り聞いてみたいし、いつの間にか深い関係になっているそのきっかけを聞いてみたい。

多分、多くの艦娘が知りたがっていることだろう。需要があるならそれを探り当てるのが記者の使命。

青葉(とまあ、そんなことより今は仕事の話ですね)

電話越しに効いた限りでは、提督や艦娘を標的とするやらせ報道などではないと十分に分かった。

放送局の名前も身元もきちんとしたものだというのは、目の前にあるパソコンでも確認できたことだ。

おそらく、この降雪について取材しているのだろうし、自分が同じ立場ならそうしていただろう。

ディレクター『いかがでしょうか?』

青葉「取材に関しては偶発的みたいですし……構いませんよ。海軍の広報部にもこちらから許可をとっておきますから」

ディレクター『ほ、本当ですか!?』

青葉「あ、でもきちんと映像とか質問内容はこっちを通してくださいね」

一応提督が軍事上の機密を漏らすとは考えていないのだが、もしうっかり洩らしたらということもある。

意外なところからほころびは生まれる。それがたとえ国内のメディアであっても、だ。

提督へと通話相手が変わり、礼を言われた。それに応対しつつも、青葉自身も想像していた。

提督と、建造されたばかりにもかかわらず仲睦まじくなっていた軽空母の隼鷹が、一体どのような秘密を持つのか。

青葉(んー、ちょっと感情移入しちゃいましたかね)

青葉にとって、提督とは上司であり、新聞のネタを提供してくれる一人でもある。趣味と実益を兼ねた相手と言って過言ではない。

だが、あくまでも公平の、第三者の視点が必要なのにもかかわらず青葉の関心は提督に向かっている。

他の艦娘が、と言い訳こそしているが、そんなのは建前のように感じている。

あの二人が、鎮守府に来る前からの知り合いだったというなら、納得がいく。

だが、どう考えても二人が知り合ったのは隼鷹が建造される時までしか説明がつかない。互いが互いに一目ぼれなら納得がいくが、それにしても早い。

青葉(実は前世で逢ってました!とかなら面白いんですがねぇ……)

椅子に寄りかかった青葉は、天井を見つめながら考えを巡らせる。

しかし、自分の中にふっと浮かんできたその考えを首を振って投げ捨てた。いくらなんでも、そんな話があるとは考えにくかった。

前世で逢瀬を交わした男女が、時代を乗り越えて再開する。

よくあるようなシチュエーションだ。二世の契りという言葉があるように、過去の人物たちは互いが来世で逢うことを誓い合ったりしている。

だが、あくまでそれが本当に果たされたかどうかもわからない。

二束三文の恋愛小説ではあるまいに、と呟くと長時間の作業で固まった首や肩を動かすと、雪の積もった窓越しに佐世保の街を見る。

あそこで、提督と隼鷹が二人きりでデートをしている。

それが、何とナウ落ち着かない感情を呼び起こしていく。

青葉(司令官、高くつきますからね)

心中で言った青葉は、上層部への届け出をするための書類一式を手に取った。

ペンを走らせる動きが、その感情をわずかに慰めてくれた。

インタビューのセッティングが進み、集音マイクや大将を明るく照らす携行式の電灯がスタッフの手ではおばれて来るのを、提督は傘の下から見ていた。

顔などの露出もOKということで、提督は制服に付属する帽子をかぶり、隼鷹は顔を一部覆っていたマフラーを外していた。

何を考えたのか、隼鷹は手袋をはずして指輪をあらわにしてた。

それに視線のみで抗議する提督だが、隼鷹は黙った微笑むだけだった。

ケッコンカッコカリ。一応公になっていることだが、場合によってはジュウコンカッコカリが許される制度でもある。

世の中の男性の(ときには女性の)嫉妬の対象になっていることは言うまでもない。

得てして、艦娘達はいわゆる美少女なのだ。それぞれが史実を反映した外見や性格を持ち、それにアイドルに向けるような感情を持つ人も多い。

そんな大多数の人々に、ケッコンを見せつければどうなるかは提督にとって想像に難くない。

提督(明日から、佐世保を歩けないな……)

どんよりした思いが頭の中に湧き上がってくるなか、ついにインタビューの準備が終わったことが告げられた。

インタビュー自体は、非常に簡素なものだ。

元々が、珍しい降雪に対する市民の声を聞くことが目的なのだから、インタビュアーが相手に質問して、その答えをカメラに収めるものだった。

何個目かの質問で、インタビュアーは、事前に決めたものとは違う質問を提督にぶつけてみた。

インタビュアー「提督は今回の降雪に驚いていらっしゃらないように見えますが?」

提督「まあ、生まれが北の方なので。雪とは切っても切れない生活を送っていました。だから、特別という感じはしないですね」

なるほど、とインタビュアーは納得し頷いた。

提督「まあ……今日は少し違う感じもします」

インタビュアー「と、言いますと?」

思わず身を乗り出したインタビュアーに、提督は少し頬を緩めながら答えた。

提督「御存じのとおり、大規模反攻作戦が成功をおさめ、暫くは平穏な日が始まります。その始まりがこんな日なのですから」

隼鷹「そうですね……提督もおっしゃるように、特別ですね」

カメラマンの男性が『リア充爆ぜろ』と呟くのを視線で制したインタビュアーは、提督に続きを促す。

文句を言いたいのはこっちだって同じなのだ。喉元までせりあがったカメラマンと同じセリフを飲み込んだ。

それを知ってか知らずか、提督は続ける。

提督「それに……今日は一人ではなくて、秘書艦で、しかもかけがいの無い相手の隼鷹も一緒なんですからね」

隼鷹「まぁ……!」

嬉しそうな隼鷹の声に恥ずかしさを覚えながらも、提督は思ったままを吐き出した。

その瞬間は、周りの嫉妬だとか妬みだとか、そう言ったものをまるで感じなかった。

ただ、伝えるべき事実が、頭の中で選択された。






提督「恋人と一緒にいる時の雪は、いつになく特別な感じがします」






隼鷹「っ~~~!」

羞恥に耐えられなくなったのか、隼鷹は顔を手で覆って俯いた。

しかしその仕草は薬指にはめていた金色の指輪をカメラのレンズにさらすことになった。

インタビュアー「あ……て、提督と隼鷹さんは、ケッコンなさっていたのですね……」

辛うじて冷静さを失っていない声をのどから絞り出したインタビュアー。その後ろでADやカメラマン、照明担当が尋常ならざる表情でいたが、提督は気にしなかった。

隼鷹も、ぼそぼそと、しかし嬉しそうに暴露した。

隼鷹「カッコカリっていいますけど……これ、提督から個人的に送っていただいたものです」

提督「そういえば、今日はそっちをしていたのか」

隼鷹「海軍上層部姉弟の指輪は、今日はしていません。折角仕事を忘れられる日なのですし」

上目で提督に報告する隼鷹に、つられて提督も笑みをこぼした。

大本営が指定した指輪は、シルバーの特注リング。妖精さんの手による特別なものだ。

しかし、今隼鷹がつけているのは提督が給料をはたいて購入したもの。人がつけるそれと変わりはない。

インタビュアーは、何とか平静の表情を保った。

目の前で見せつけてくれた二人に文句の一言でも言いたいが、流石に仕事中は言えない。

手にしたマイクを握りつぶさんばかりに、すごい力がかかっているのがわかる。妙な音が手のひらを通じて聞こえるが、気のせいだろうと結論した。

インタビュアー「ありがとうございました……では失礼しますね。ご協力ありがとうございました」

提督「いえいえ、こちらこそ」

隼鷹「またいつか、機会がありましたらお願いいたします」

インタビュア(絶対にお断り!私だって出会いを見つけるんだから!)

後ろでいら立ちをぶつけ合うスタッフを華麗に無視しながらも、インタビュアーは固く誓うのであった。



後日、このインタビューは放映されて、ネットをはじめとした多方面において大きな話題を引き起こすことになるのだが、提督と隼鷹は知らぬことだった。

しいて言えば、今日という雪の日が二人にとって新しい意味を持ったことくらいしか影響を与えていない。

隼鷹「提督」

提督「なんだ?」

鎮守府の門をくぐりながら、隼鷹は提督を呼んだ。

既に雪はまばらになり、雲海には切れ間が見え始めていた。

隼鷹「また、散歩しましょうか」

提督「そうしよう。また、思い出が作れそうだしな」

今日という記憶を刻んで、また明日に進んでいく。

戦いはまだ終わらない。けれど、二人が夢見る航路は、さほど遠くないと二人は思えてきた。

平和が広がっていけば、必ず叶う願いなのだと、そうあらためて感じられた。

提督「さあて、仕事の続きをやろうか」

隼鷹「はい!」

隼鷹の元気な返事が、佐世保鎮守府に響いた。








FIN

投下終了。
インタビュー編が短い割に苦労した。>>1の私生活が忙しかったこともあるけど、遅れて申し訳ない。

インタビュー編を書いている最中に思い付いた小ネタも執筆して投下するつもり。それが終わったらエンディングにする。

次のSSは何を書こうか……IF世界の飛鷹か、それとも最近手に入れたあきつ丸か、はたまた吉原鎮守府にするか。
とにかく、次の話をできるだけ早く投下したい。

では次をお楽しみに。

乙です、吉原鎮守府…なんと甘美な響き

こんばんは。イベント海域攻略がE-2で停滞した>>1です。
ボス直前の夜戦が強敵過ぎる(憤慨)。都合20回ほどアタックして無事ボス到達できたのが1回ってどういうことだ。
リアルラックが足りないのか……>>1は他の提督がどうクリアしたのか気になるな。
やはり米帝課金で応急修理女神積んでいくしかないのか(白目)。

>>229
吉原鎮守府は実は結構前から考えていた。史実通りにするのもちょっとあれだから、>>1の解釈が混じる。
まあ、このスレをとりあえず完結させることを目指す。

というわけで、小ネタを投下する。

分散首都『東京』

嘗て栄華を極めた日本の首都は、海面上昇によってその版図を狭めていた。

1996年から急速に北極圏の氷が融解し、海面上昇が引き起こされたためだ。

千葉県だった場所が本州と切り離され、関東は大宮までもを含むかなり広い地域が海面の下に沈んだ。

今もなお、大地は海面上昇に伴って人の生活圏を徐々に狭めていく。

総務省からの立ち退き予告の看板が、今日もまた水没しつつある地域で潮風に吹かれていた。

そう言ったところに多くあるのが、無資源の日本が継続している発電の一つ太陽発電だった。

ソーラーパネルが太陽の光に煌めき、好物資源が基調になったために普及した木造船の上に所狭しと並べられている。

生み出された電力が人々の日々の生活を支え、日本という国を動かしていた。

だが、資源がないことや海面が上昇したことは、さしたる問題ではなかった。この程度の環境変化で、人類は弱ったりはしない。

問題は、2012年に不可解な霧を伴って出現していた。

国籍はおろか、その正体すら不明な艦隊。

第二次世界大戦の艦艇を模した外見を持ちながら、常識外な力を持つ。

光学兵器や未知の兵器を操り、こちらの攻撃を一切受け付けない。

大国であったロシアの艦隊をあっけなく蹂躙し、抵抗した各国の軍すらも文字通り沈めた。

やがて地球上の海洋を支配し、海洋に依存する面を持っていた人類の隆盛は大きく損なわれた。

その艦隊は、いつしか畏怖と敵意を込めて呼び名がつけられた。

『霧の艦隊』と。

巨大な白いドームがある。

日本の国旗が風にはためき、その形ははるか南の大陸 オーストラリアのオペラハウスを連想させるそれは、政治の中心たる東京議会場だった。

今日もまた、政治にかかわる多くの人間が集い、議論を交わし、その意思を日本全体へと飛ばす。

統制軍 軍務省の次官補である上陰龍二郎の姿もまた、ここにあった。

彼がここにいたのは、とある会合に顔を出すためだ。本来ならもっと別なことに時間を割くつもりであったが、一応は仕事である以上無視できなかった。

会合が終了し、参加者が三々五々に出て行くのに混じって、上陰もまた部屋を出た。

その時、自分の名を部下が呼んだ。

明らかに自分を待ち受けていたようだったので、すぐに用件を尋ねた。

「こちらを」

部下は封のされた封筒を差し出してきた。すぐに封を切って目を通した上陰は、じっくりと情報を読み取りながら尋ねる。

上陰「これは……いつのものだ?」

「今からおよそ20分ほど前の出来事です」

中身は紙の束だ。衛星から得られた情報をもとに、日本の近海を進む台風とその台風の目に居座る霧の重巡洋艦を映し出していた。

そして、海面下に存在する4つの物体も捉えていた。

上陰「イ401か……」

上陰は、軍務省の次官補であるため、ある程度の軍事的な知識を持ち合わせていた。

実際に船を動かしたり、艦隊の指揮を執るなどは出来なくとも、どういった状況なのかくらいは理解できる。

暫く黙考した上陰は、その視線を廊下を歩く恰幅のいい男性へと向ける。

スーツ姿が多い中で目立つ海軍の白い制服。肩や襟元にある階級章はその人物が中将であると示していた。

豪快な笑いを響かせるその人物を、上陰は呼んだ。

上陰「浦上中将」

呼ばれた声に振り返ったのは、統制海軍中将で戦術技術局局長の浦上博だ。

浦上「おお、上陰君か。どうした?」

上陰「これに関して、意見をお聞かせ願いたい」

餅は餅屋に任せるには限る。そう考えた上陰は手にしていた紙の束を手渡した。

浦上「なるほど……台風に紛れて航行するわけか」

呟いた浦上はじっくりと紙面の情報を読み取っていき、頷いた。

浦上「確かに海上艦の索敵能力は天候に大きく左右される」

椅子に腰かけ、表情を引き締めた浦上は断言した。

浦上「特に、光学および電波系の索敵能力は雨に弱い」

にしても、と浦上は破顔した。

浦上「大胆というか、若いというか……博打に打って出たものだな!」

衛星からとられた解析写真に目を移した浦上は二,三回質問をして暫く考え込んだ。

肯定した上陰は、彼らがこの状況を如何に打破するかに興味を移した。

上陰「彼らは横須賀に向かおうと北上中のはずです。名古屋沖の重巡洋艦クラスを突破しないとどうにも……」

なるほどなぁ、と相槌を打つ浦上は懐から煙草を取り出して加えた。

浦上「悔しい限りだが、『霧』に関しては謎が多すぎる。それに彼らの方が経験は豊富だし、戦力もある。信じるしかあるまい」

上陰「情けないですが、その通りです」

浦上「世事辛いな……あの大海戦の時と言い、今回の事と言い、年寄りは負担ばかりかけてしまう」

言葉の中に浦上の感情を感じた上陰だったが、努めて冷静さを保った。

あの時、大海戦の後に感じた憤りや怒りが、またこみ上げてきたのだ。

浦上もまた、同じように思っているだろう。

ふっと息を吐き、上陰は頭を冷やした。感情的になるのはあとでいくらでもできるのだから。

その時、廊下を初老の男性が通って行った。

ひげを蓄え、油断のない目を光らせている人物の名を、二人とも知っていた。

その人物の地位は、通り過ぎようとした議員や役員たちが立ち止って一礼するほど重要なものだというのがうかがえる。

浦上「北良寛……次期首相候補のナンバーワンだな」

浦上は、意味ありげな視線を上陰に送る。

浦上「彼は、君の例のプロジェクトには反対だったか?」

上陰「はい」

表情をあまりうかがえないが、上陰にはどこか苦々しいようなものが浮かんでいた。

如何に統制軍と言えど、結局は政府の下に存在する。当然、その行動に関しても色々と注文をつけられるのだ。

疎ましいとすら感じることもあるが、政府の下を離れるわけにはいかない。

浦上は上陰の感情を悟っていたが、あえてそれ何も言わず、紙の束を返して敢えて明るく言った。

浦上「ま、互いに政治家ににらまれると大変だな。精々うまく立ち回ろうや」


紙の束を受け取った上陰は、ところで、と話題を切り替えた。

目的の一つはイ401の動向について専門的な意見を聞くことだったが、もう一つ聞くことがあった。

上陰「以前お願いをした件についてですが、結果をお聞きしたいです」

以前お願いをした件、と聞いた浦上は少し表情を歪めた。少し言葉を迷った浦上は、しかし答えを吐き出した。

浦上「そっちからの依頼で交渉に出向いた……だが、正直に言えば、望みが薄いだろうな」

上陰「提督は、力を貸してはくれませんでしたか」

上陰は落胆を隠さなかった。

浦上と提督は、17年前の大海戦以前から上司と部下の仲だった。順調に昇格をしていれば、大将にものぼりつめていただろう。

浦上が年上で提督は年下だったが、その能力を買われた提督は上位の階級だった。飛び級を利用した提督は、あの大海戦にも参加していた。

若くして才を発揮したその人物を、浦上や上陰は掛け値なしに評価している。提督、という名もその時の秀逸な指揮能力を評価しての二つ名だった。

そんな飛び級を繰り返したエリートに、少なからず嫉妬や憎悪の感情を向けている人間は多かった。

あの時の指揮権を押し付けたのも、提督を貶めるための短絡的な感情が動いたためなのだろう。

結果は、そんな思惑とは裏腹のものとなった。

大敗北を喫した戦いの中でも、損失を抑えることができた提督はプロパガンダのためとはいえ大いに賞賛された。

勿論、すべては救えなかったのだが、少なくとも『霧』に対して対向できたことが評価された。

もっとも、本人は意気消沈し、そのまま損失を生んだ責任を引き受けて退官していた。

当時のことを、浦上は思い出していた。

若いながらも、責任とプレッシャーと周囲の敵と戦い、さらには『霧』と戦ってのけた提督は、一体どんな世界を見ていたのか。

何を想い、身を引いたのか。

分からないことだらけだ。

浦上「提督は……あの戦いで多くを救い、多くを失ったと聞いている。撤退戦の指揮を行って、多くの船を生還させたのはかなりの手腕だ」

浦上「今でも、あの指揮を記録で見るたびに興奮する。数や武装で劣る中で、全滅必至の指揮下の艦艇を4割も救い出した……」

熱のこもった浦上の弁は、しかし尻すぼみになっていく。

浦上「だが、あの提督はこうも言っている『あと1割を帰還させることもできたはず』とな……」

上陰「しかし、あの状況は……」

あの大海戦は、もはや戦闘ですらなかった。

人類の抵抗もむなしく、圧倒的な矛と盾を持つ『霧』に戦いを挑んだ艦隊は敗れ去ってしまった。

あの状況をひっくり返すとまではいかなくても、局地的な戦闘で少なくとも五分にまで持って行ったのは行幸以外の何物でもない。

浦上「提督が指揮を行う中でな、ほんの3分ほど指示が途切れた瞬間がある」

浦上「運命の3分……帝国海軍の赤城の逸話ではないがな、その3分間、提督は指揮を行わなかった」

上陰「あれは……通信管制艦が轟沈したことによる指令系統の混乱が原因では?」

上陰も知る、指揮系統混乱の原因。大艦隊を指揮するにあたって用意されていた通信管制を行っていた艦艇は長距離射撃を受けて轟沈し、大きな混乱を生んだ。

今もそれが有力だと評価されるその原因に対して、浦上は首を横に振った。

浦上「それもある……だが、あの時提督は提督は何かによって指揮能力を失ったらしい」

上陰「『何か』ですか……」

その『何か』について、上陰は想像することができなかった。

あの、年齢に似つかわしくない思慮深さと冷静さを持つ提督が、我を失うような状況になること自体信じられない。

浦上「何を見たか、あるいは聞いたか、それとも何かが提督自身に起きたのか、誰もわからない」

浦上「わかることはそのあと、提督は職を辞して佐世保に引っ込んでしまったことくらいだ」

浦上「もしイ401に協力してくれるなら、人類にとってはこれほど強力な味方は手の指ほどしかないな」

全く、と同意した上陰は、もう一度視線を紙へと落とした。

しかし、その提督が認めた逸材が乗り込んでいるのがイ401だ。彼らの力を、今は信じるしかなかった。

上陰がイ401クルーを信頼するのも、提督が評価していることである程度の保障があることに起因する部分がある。

残りの希望を、何とか運んでもらわなければならないのだから。

挨拶を済ませて去っていく浦上を見送った上陰は、部下に指示を飛ばした。

上陰「振動弾頭の梱包を急がせろ……与党幹事長には知られないようにな」

あと、と付け加えた上陰は暫く考え指示を付け加えた。

上陰「刑部博士に連絡を……あとは佐世保の『提督』に振動弾頭のことを伝えて、協力要請を」

「よろしいのですか?」

上陰「少しでも戦力が欲しい……無理を承知で構わん」

はっ、と言って部下は急ぎ足で離れた。


分散首都長崎 佐世保

嘗て佐世保鎮守府の設置されていた港は、海面上昇に伴って大小の島々が入り乱れるように存在する港町としての姿をとどめていた。

南方へ向かう船の主港であり、嘗ては在日米軍の基地も存在していたここは、霧の出現に伴い分散首都 東京と同じく日々海面上昇の影響を受けていた。

しかし、佐世保は何も湾口だけがある土地ではない。それなりに海抜の高い土地はあるし、そもそも海綿状に都市を形成する技術は人間が持ち合わせていた。

そんな佐世保の中心都市から少し離れ、やや寂れた印象を覚える地域がある。

決して佐世保中心部から遠いわけではないが、中心とつながる交通手段が少ないことから、人の数はやや少ない。

建造物等も、新しいものはあまり見受けられなかったし、海面が迫っていることもあって新しく開発をしようとする動きも少ない。

そこに、やや年季の入った一軒家があった。

好事家の別荘のような雰囲気と装飾を持つそれは、それなりに整った庭を持ち、今も一人の男性が手入れをしていた。

日に焼け、細身ながらもがっしりした体を活動しやすいジャージに包まれ、手袋や日差しよけの帽子をつけた状態で剪定ばさみを動かしている。

やや不慣れなところが見られるが、枝を丁寧に見極めながら切り落とす様子はなかなかに絵になっていた。

「提督」

呼ばれた男性は、返事をして剪定ばさみを動かす手を止め、額の汗を拭うと縁側に立つ女性の声に振り返った。

そこに立つのは、和風のドレスに身を包んだ、目の覚めるような美女であった。

外見は20代前半と言っても通じそうだが、何処となく大人の女性にのみある印象を覚える。

「先ほど、名古屋沖のタカオより、共通戦術領域に情報が上がりました」

その言葉を聞いた提督は、しばらく考えたがすぐにうなずいた。

提督「ほう……珍しいこともある。話を聞こうか。その前に冷えたお茶でも飲みたい」

「分かりました……ではゆっくりとお茶でもしながら報告いたしましょう」

提督「頼んだ」

女性が奥へと引っ込むと、提督と呼ばれた男性は縁側へと大儀そうに腰を下ろした。

その人物こそが、上陰と浦上の話題に上がっていた元統制軍大佐の提督だった。

ほどなくして、女性がお盆に冷えたお茶とお茶請けを用意して持ってきた。

優雅な仕草で出されたお茶を受け取ると、提督は女性に報告を促した。

「今から20分ほど前のことですが、『霧』を出奔していたイ401を早期警戒艦のタカオが捕捉、交戦を開始したそうです」

提督「名古屋沖か……確か、今ちょうど台風が通過中だったな」

「はい。イ401もそれに乗じて突破を図ったようです」

ふむ、と唸った提督は庭の垣根ごしに佐世保湾を睨んで黙考した。

二分ほどしてから、提督はもう一度お茶を喉に落とし、お茶請けのまんじゅうを口にした。

ゆっくりかんで嚥下すると、もう一口お茶を飲んでのどを潤した。

提督「台風を利用したのはなかなかにいい判断だな……如何に霧でも自然を支配しているわけではない」

「提督も、あの大海戦で潮の流れを利用して味方を離脱させましたからね」

それに頷いた提督は言葉を続ける。

提督「しかし、タカオがそんな状況にいるイ401を捕捉できたというのは少し解せないな」

提督「センサーに引っかかるようなうっかりをあのクルーが犯すとは思いにくいし、かといってタカオが簡単に見つけるとは思いにくいな」

しかし、女性はややいたずら気な笑みを浮かべて新しい事実を口にした。

「タカオには、潜水艦の501も行動に加わっているようですよ……」

そして、女性が一枚の紙を差し出した。

それは浦上が見せられたものとほぼ同じものだった。違うとすれば、それは『霧』の側から観測されたものだった。

台風の目の中心にタカオがおり、台風の暴風域にはイ401とアクティブデコイと思われる船体が鮮明に描かれている。

提督は暫くそれを見ていたが、やがて目を細めた。自然と口角が吊り上がり、声にも興奮が現れた。

何度も頷き、興奮した様子の提督は感情の高ぶりを隠さなかった。

提督「なるほど……『霧』にしてはなかなかにやるじゃないか。似たことなら、やった経験があるな」

「もうタネを見破りましたか」

呆れたような、嬉しそうな女性の声に、提督は頭をかいて恥ずかしげに言った。

提督「タカオの持つ本来の索敵域をはるかに超え、しかも台風のカーテンの向こうにいるイ401を捕捉できた……状況的に超重力砲で攻撃したのだろう?」

「そのようですね」

提督の確認に首肯した女性に礼を言うと、提督はもう一度紙面を見下ろして頷いた。

提督「間違いない、と断言できるな。さて……共有戦術領域を張っておいてくれ。多分、この後イ401は動くぞ」

「私からイ401にメッセージを送れますが、よろしいので?」

提督「この程度を突破できないなら、その程度というわけだ。あの2番手も、それなりにできる奴だ」

それに、と提督は付け加えた。

提督「浦上も私を現場復帰させようというのだが……流石にそうもできないしな」

「そうでしょうか?」

提督「それはそうだ……だって、『霧』の一員と一緒に隠居を決め込んでいるんだからな」

それに女性は少し困ったような顔をしながらも、提督の言葉を肯定した。

「提督のお望みのままに、私は行動しただけですからね」

嘗ての航空母艦隼鷹を模した霧の艦艇の一隻であり、あの大海戦で奇跡的な再会を果たした彼女。

運命の3分を提督が生み出してしまった『何か』。

長い人生を、生まれ変わって通常の何倍もの人生を経験しようとも、提督はその再開に思わず運命を恨み、そして再会できた喜びを感じた。

提督「嬉しいことを言ってくれるな、ジュンヨウ」

ジュンヨウ「提督がうれしいなら、私もうれしいです」

にっこりと笑いあった二人は、お盆を手に家の中に戻っていく。

輪廻の、そして運命のいたずらもあり、二人は『霧』と人類の敵対する世界で再会を果たした。

余人が理解できない絆を、立場を超えて二人は結び直していた。

そう、提督が戦場へと赴かない理由は嘗ての大海戦にあった。

大海戦の撤退戦において、通信管制艦が吹き飛ばされたことで、提督は周囲の状況を確認するべく目視確認をした。

その時、気が付いたのだ。

見覚えのある、愛しい彼女の船体が敵の艦隊にいることを。

ジュンヨウもまた、メンタルモデルが形成されたあとに大海戦の記録を確認し、提督の姿に気が付いた。

愛しい人が、自分の勢力と敵対する艦隊にいることを。

敵同士であり、メンタルモデルを持たぬ状態だったとはいえ、提督は攻撃を命じたのだ。

そして、ジュンヨウ……いや隼鷹もまた、命に従ったとはいえ提督の部下の生命を圧倒的な力で散らした。

愛する人を、仕方がないとはいえ傷つけた。

互いが無知の状態だったからと言い訳できるが、それを是とすることは出来なかった。

だから、互いが互いに、贖罪を行っているつもりだった。生まれ変わった中でも、何番目かに歪だった。

しかし、隼鷹は理解している。

隼鷹(提督は、いまだに燻っていますね……)

『霧』に勝利することではなく、『霧』について知り、『アドミラリティ・コード』や『霧』自体の謎を解き明かそうとしている。

その時のために、自分は『人類側でも危険度の高い人物の監視』の名目でここにいるのだから。

勿論、提督はそんなことを口にはしていない。

だが、理解できる。そういう人だと、知っているから。その時に力を以て助けるのが、自分だから。

隼鷹(私は、その時をお待ちします……提督)

その誓いは鋼鉄の如く固かった。






FIN

投下終了。
短いけれど、蒼き鋼のアルペジオの世界に二人が生まれ変わったらという設定で小ネタ。
>>1はアニメを見逃しているので、漫画でアルペジオを追いかけている。

隼鷹が『霧』に所属していた場合、多分空母ではなくて強襲制圧艦になると推測された。
けどどういう艦艇かわからないためお茶を濁すことになってしまった。というか、強襲制圧艦ってなんだ?

では次はエンディングになる。
>>1の事情もあって投下はまた遅れるかもしれないので待ってくれるとうれしい。では失礼。

こんばんは、そしてお久しぶり。

エンディングが書きあがったので、9時ごろから投下したいと思う。

200レス以上続いたこのスレも、そろそろ終わり。最後まで付き合ってくれるとうれしい。




佐世保鎮守府 工廠

普段は大型建造の際に使われる工廠では、今、巨大な船体が妖精さんの手によって開発されていた。

大型建造で開発されるのは、多くの場合がその名の通り大型艦だ。

大和型や長門型をはじめとする大戦艦、五航戦や大鳳といった大型の正規空母や装甲空母が建造される。

まれに軽巡や重巡なども建造され、ある意味ハズレ枠として扱われる陸軍の潜水艦『まるゆ』もたまに建造される。

建造されているのは全長が200m以上、横幅25m以上はありそうな大型の船体だ。

この船体の大きさでは戦艦や正規空母クラスの艦娘が建造されることは容易に想像ができる。

しかし、この光景を艦隊の運用に知識を持つ人間が見たら首をかしげる光景だろう。

現在、主戦場が大きく絞られたこともあって、日本海軍はその戦力を分散させることなく、一極集中して運用している。

そのため新しく建造するよりも既存の艦艇をローテーションしながら運用した方が効率的だと判断されていて、積極的な新戦力投下は避けられていた。

また、太平洋や日本近海での戦いの中で錬度を上げた艦娘が多く、今から完熟訓練を行っても戦力としてはいささか劣ってしまう。

実際、この船が配備される予定の提督は、この建造計画については知らされていない。

知っているのは、この計画を主導した軍上層部と、この佐世保鎮守府の中でも最古参の元帥のみだった。

元帥は、警護の人間を引き連れ、自分の秘書艦である艦娘の重巡 高雄を傍らに工廠の中を歩いていた。

元帥「うん、なかなかに順調じゃないか」

工廠の中には金属音やクレーンの駆動音で満ち、重油のにおいが鼻を突く。その中で元帥の声は負けずに響いた。

その声に気が付いた妖精さん達が敬礼してくるのに返礼しながらも、色々な角度からその船体を眺める。

着々と完成に向けて工程を進んでいく船体は、予定よりも少し早いペースで進んでいる。

元帥「この分だと、提督の帰還に間に合うな」

高雄「はい。予定では明日のヒトヨンマルマル頃に入港予定です」

元帥「ん、ならよかった」

提督の艦隊は、インド洋派遣の任務に就いていた。南の気候に慣れるための期間を含めておよそ6か月。短くはない派遣期間だ。

そのあとに特別休暇を出してやるところだったが、生憎とそんな余裕はなさそうだった。

大本営からの特別命令なのだから、すべてにおいて優先される。軍人はあくまでも上の命令に従わなければならない。

元帥「提督を酷使する意味でブラック鎮守府と言われそうだな」

高雄「この提案が上がってから真っ先に提督を推薦したのは元帥ではありませんか?」

ジト目の秘書艦に言われるが、元帥はそれをあっさりと聞き流した。

元帥「ふん、あの提督とあの隼鷹なら、断ることはなかろうよ。むしろ、受けさせてほしいと言ってくるはずだ」

高雄「……私は少し心配です」

そうか、と元帥は高雄を振り返った。視線の促しを受け、高雄は少し身を縮めるように

高雄「この建造計画は、上層部の肝いりとはいえ艦娘の……隼鷹さんと飛鷹さんの意思とは関係なく進められていることです」

元帥「まァ、そうだな。あの二人が引き受けるかどうかなんてその時にならないとわからない」

だが、と言葉は続いた。

元帥「既にイギリスやアメリカにおいては取り組みが始まっている計画を、日本でも行おうという動きがある。しかも、上層部でな」

元帥「我々の手で……嘗ての軍の業を償う。足りないかもしれないがな、これくらいはしたいものだ」

高雄「元帥……」

遠くを見るような元帥に、高雄はかける言葉を失ってしまった。

そんな二人の間に、建造の音が響いていた。

少し悲しいような、何とも言えない音が、それには混じっているようだった。



程よく冷えた風が、提督の頬を撫でて通り過ぎて行った。

季節が、ちょうど夏から秋へと移り変わろうとする変わり目に差し掛かっていた。

提督はゆっくりとした足取りで、秋の夜の空気に冷えた埠頭の上を歩いていた。

冬が近いことを提督はなんとなく察した。前世も含めれば百近い春夏秋冬をここで過ごしてきたからわかることだった。

空を見れば満月がぷかりと浮かび、程よい雲が漂っていた。

それを見上げながら、提督は袋を手にしたまま埠頭の舳先へと向かっていた。

提督「……」

提督の視線の先、波に足を投げ出すようにして一人の艦娘が腰かけていた。

見知った軍服のような巫女服と、紙で束ねられたつややかな髪が目をひきつけてやまない。

提督は、その艦娘の名前を呼んだ。

提督「隼鷹」

隼鷹「あら、提督。お待ちしていましたよ」

振り返った隼鷹は手を挙げて提督を呼ぶ。

それに応えて提督は隼鷹の隣へとゆっくりと腰を下ろした。

隼鷹はそれを見ると傍らに置いてあった袋を手に取った。紐が解かれて袋の口を空けながらも隼鷹は提督をねぎらった。

隼鷹「インド派遣艦隊の指揮、お疲れ様でした」

提督「こちらこそ私を支えてくれてありがとう」

隼鷹は袋から小ぶりな瓶を取り出した。

提督「大吟醸酒か……久しぶりに飲めるな」

隼鷹「あちらに持ち込めなかったのは痛かったですね……」

残念でならない表情の隼鷹。あちらにおいても酒保などでアルコール類の購入もできたのだが、日本から持ち込まれた量は多いとは言えなかった。

隼鷹「ちょっと奮発してみました。あの時と同じくらいの銘柄ですよ」

興奮を隠せない提督は隼鷹から猪口を受け取った。

図らずも、このシチュエーションもまたあの時と同じようなものに近づいていた。

酒瓶の蓋が緩められ、小気味よい音と共に取れて芳醇な香りがあふれ出た。

期待に胸を膨らませる提督だったが、隼鷹は提督の猪口ではなく、袋から出した別の容器へと酒を注いでいく。

その容器はいわゆる銚子だった。

提督「どうする気なんだ?」

隼鷹は提督の問いに笑って答えない。

酒が注がれた銚子を手にした隼鷹は、それを胸に抱き寄せると目を閉じた。

ほどなく、隼鷹の肌が赤く染まり、温かな風が隼鷹の方から提督の方へと流れてきた。

五分ほどすると、隼鷹は銚子を提督の方へと笑みとともに差し出した。

隼鷹「どうぞ、提督」

提督「……なるほど、面白いことをするものだな」

隼鷹は体の中にあるボイラーの熱で燗をつけたのだ。艦娘はその機関を体内に収めるために、自発的に熱を生み出すことができる。

天津風や加賀、加古、古鷹などが体温が高いのも嘗ての艦艇が機関や構造上の問題を反映しているためだ。

隼鷹はそれを利用していた。

銚子に入った酒は、どうやら燗映えする銘柄だったらしい。先ほど以上に鼻孔を刺激してくる。

押しつけがましくないその香りに誘われるままに、提督は猪口を差し出した。

提督は隼鷹が自分の猪口へと酒を注ぐのを待ち、二人は乾杯した。

口から喉に、熱の塊が通り過ぎるような感覚が提督を満たす。通り過ぎながらも口と鼻に良い香りを残していく。

胃のあたりに到達したところで熱さが体の中に広がっていくのを感じる。寒い風の中でそれが非常に心地よい。

提督「うむ……やはりいいものだな」

言葉少なに、提督はその感動を吐き出す。

胃の腑に染みわたる酒精は幾度生まれ変わろうとも提督を魅了し続けていた。

熱さは上燗(およそ45度前後)で、秋の夜風に吹かれるときにはちょうど良いくらいだった。

提督「つまみがいらないな、これほど酒が良いと」

隼鷹「本当なら用意してもよかったのですが……」

提督「いや、むしろ余計なつまみは無粋だ。月がかろうじて肴の役を果たしているが……」

そうですか、と隼鷹は自分の猪口を傾ける。

熱い熱が、喉を通り過ぎていく。

二人は暫く、酒を酌み交わした。途中隼鷹が酒に燗をつける工程を経ながらも、静かに二人きりの宴会を続けた。


暫く酒を飲んだところで、隼鷹は話の口火を切った。

隼鷹「そういえば、提督は元帥閣下に呼び出しを受けておりましたが……何かありましたか?」

提督「ん?……ああ、そういえばそうだったな」

佐世保に帰還した提督は、任務完了の報告のために元帥の元を訪れていた。

報告から帰ってきた提督は、任務が完了したにもかかわらず晴れやかな表情ではなかった。むしろ、何か新しい問題を抱えたかのようだった。

隼鷹がこうして場を設けたのも、提督の話難そうな心情を察してのことだった。

隼鷹「何か、ありましたか?」

提督「ん……まあ、あったといえばあった」

一旦咳ばらいをした提督は隼鷹へと問いかけた。






提督「隼鷹、橿原丸に戻る気はないか?」




隼鷹「えっ…………」

隼鷹は動きを止めてしまった。

提督の言葉が

提督は、懐から書簡を取り出し、中身を開いた。

提督「これはな、元帥と上層部から持ち込まれた提案だ。正式なものだから、心して聞いてほしい」

その中身を、提督は読み上げた。

朗々と、あまり感情をあらわさないように。





提督「日本海軍佐世保鎮守府所属 軽空母隼鷹。その錬度・戦果共に特筆すべきものと判断す。之を讃え、報奨として……」

提督「特殊艤装及び船体“橿原丸”を供与する。これ以後も一層の奮起を期待する」





読み上げた提督は、それを元に戻すと隼鷹へと差し出した。

暫く隼鷹は沈黙し、しかしそれを受け取った。

隼鷹「報奨、ですか」

空になった猪口を静かにおいて、隼鷹は呟いた。

提督「ああ……同時に太平洋航路の復活を内外へとアピールする重要な任務も兼ねている」

太平洋の開放が進んだことで、多くの船が再び太平洋を越えてアメリカとの交易にいそしめるようになった。

しかしながら、太平洋における残党の掃討はピーコック島を中心に展開する艦隊に手間取り、反抗作戦の実施後も完全に復活したとは言えなかった。

そこで、軍が率先して抱えている輸送船や商船を動かして、安全性を訴えることにした。

隼鷹に声がかかったのも、元々が日本郵船の橿原丸だったことに起因するのだろう。

また艦娘の存在が大きく広まったことが、嘗て報われることなかった艦艇に救いを与える動きを加速させていた。

提督「私たちがインド洋に派遣される以前から、すでにこの計画は持ち上がっていたらしい」

隼鷹「なるほど……」

隼鷹の視線は上層部から届いた書類へと落とされ、じっくりと確かめるようにその目は文字列を追いかけた。

提督は、ただ隼鷹の判断を待った。


暫くして、隼鷹は無言のままに猪口を右手で取った。

その動きを見た提督は銚子で酒を注いだ。満たされたそれは隼鷹の口へと運ばれる。

黙考する隼鷹は目を伏せたままで、酒を飲みほした。

隼鷹「あの航路を、ですか」

そこに込められた感情は、提督も理解しきれないほど複雑だった。

隼鷹「……」

隼鷹の心は、大きく揺れた。

思いがけない言葉、提案、そして訪れたチャンス。混乱しない方がおかしい。

追いかけていたはずの夢が、いつの間にか自分の手元に飛び込んできたのだから。

提督も隼鷹の心情を察していた。自分もこの件を最初に聞かされた時、同じように困惑したからだ。

提督「……隼鷹」

隼鷹「はい」

一言だけ呟いた隼鷹に、提督は静かに呼びかけた。

提督は、思ったことを隼鷹にぶつけた。

提督「断っても、良いんだぞ」

提督が言ったのは、隼鷹の予想を超えたものだ。

再開した時に誓い合った太平洋航路を目の前にしながらも、提督はそれを捨ててもよいと言った。

流石の隼鷹もこれには反応した。

隼鷹「え……て、提督!?上層部からの勅命を無視して、良いのですか!?」

提督「良いも悪いも、こちらの意思をくみ取ってくれる。と言うか、まだ戦いは終わっていないんだ。拒否されることも上は考えてあるらしい」

少し慌てた隼鷹に対して、提督は落ち着き払ったものだ。

それより、と前置きするともう一度問いかけた。

提督「いやなら、他の提督のところにこの話は転がるそうだ。受け入れ先が最終的に見つからなければ、また戻って来るだろうが」

なあ、と提督は隼鷹の猪口に酒を注ぎながら言った。

提督「これまで頑張った努力、少しくらい報われてもいいんじゃないか?」

提督は、隼鷹がこの鎮守府に着任してからのことを思い出していた。

長い戦いだった。

敵は疲弊を知らず、数の限界を知らず、時節を知らずに襲い掛かって来る。

こちらは、疲弊し、数に限りがあり、どうしても不利な時がある。

それでも、守るためには戦わねばならなかった。

提督達の間に広がっている暗黙の見解がある。それは、自分達には弱い力しかないという見解だ。

故に一時しのぎにしかならない。疲弊し、消耗し、次の世代に受け継いでいくしかない。

戦いに終わりは見えているが、その終わりがどれほど確かな物かははっきりしない。

自分は、隼鷹が来るまでに疲弊したし、隼鷹と再会し手からしばらくたってまた傷つき、ケッコンカッコカリの後にも消耗した。

彼女の方は、自分よりひどいことは簡単に察することができた。引退する、という選択肢はあったが自分も隼鷹も選べないものだ。

選ばない、と誓った選択肢でもある。

既に艦隊の錬度は高い物となっており、最前線まで駆り出されることも多くなってきた。

知らずの内に、自分たちは戦いに囚われているのではないかと提督は危惧していた。

だから、と提督は隼鷹の手を取ってまっすぐに見つめた。

隼鷹「て、提督……」

動揺したような、困ったような、嬉しそうな、複雑な表情の隼鷹が視界を満たす。

提督「個人的な事情もあるし、軍からの命令もある……それでも、私は隼鷹に頼みたい」

だが、と前置きし、提督は言葉を紡いだ。

願いの結晶である、自分の言葉を。





提督「橿原丸……私と、太平洋を渡ってほしい?」



訂正

橿原丸……私と、太平洋を渡ってほしい? → 橿原丸……私と、太平洋を渡ってくれないか?


隼鷹「……まったく、あなたは」

呆れたような声が、提督の耳に届いた。

隼鷹は、口では言いながらも、瞳を潤ませていた。

鼻をすすり、一度頬を自分の手でたたいて気を入れ直した隼鷹は提督に対して、もう一度言う。

隼鷹「まったく、あなたと言う人は……私が断れないと知っているのに」

そこから先は、また言葉にならなかった。

しかし、俯いてからもう一度顔を上げた隼鷹は、決然として言った。

隼鷹「提督……言うまでもありませんが、この際言っておきたいことがあります」

提督「何かな?」

言うまでもないこと。

二人にとって、暗黙の了解となっていること。

敢えて隼鷹は言葉にし、形にして、そして二人の記憶に刻んだ。

隼鷹「私は、まだ艦娘として……軽空母隼鷹として戦います」

提督「ああ」

隼鷹「そして、これからは橿原丸としても戦います」

隼鷹「戦争と平和の、両方の船として、戦っていきます」

ですから、と隼鷹/橿原丸は、その二つ分の意思を一つにして、提督に伝えた。





隼鷹/橿原丸「私のすべてを、忘れないでください」




提督「……もちろんだ」

隼鷹/橿原丸「私の過去も、今も、未来も。その全てを忘れずに、受け止めてください」

提督「今更だな、とは言わない。改めて、私もここに誓う」

そしてその誓いは、無言のままに提督が顔を近づけ、そのまま唇へと落とした口づけによって結ばれた。

過去は消えない。隼鷹が夢を諦め、戦争へと身を投じたことを。

IFは存在しない。隼鷹が豪華客船の夢を果たしたかもしれない。

だが、それらを否定できるたった一つのものがある。

否定するというよりは、その矛盾を包括し、丸ごと認め、それでいて違う物へと変える。

それは、空母としての『今』であり、豪華客船としての『未来』だ。

二つで一つ。一つで、二つ。

提督と隼鷹の関係にもよく似た、未知の航路にも等しい。

二人の誓いは月下の元で交わされた。

それからしばらくして、隼鷹の特殊艤装『橿原丸』は完成し、無事に進水した。

その際に色々と騒ぎになったのだが、それについてはあまりにも些細なことなのでこれを略する。

大本営から勅命としてくだされた特殊任務である、太平洋航路横断の船旅。

それを遂行するのは、艤装『橿原丸』を身に着けた隼鷹と、その臨時船長であり船団の指揮を執る提督だ。

出航時間は間もなくだ。

最上甲板にある操舵室で、二人は遥かなる太平洋航路を見ていた。

艤装に合わせてか、隼鷹は和風のドレスに身を包んでいた。対する提督も、普段の軍服から日本郵船から借り受けた制服を着ていた。

あの時、終戦後に夢見て、しかし果たせなかった姿で、二人は夢の場所にいた。

自然と笑みがこぼれ、鼻孔を刺激する潮の香がたまらなかった。

そして、時間となった。

提督「さて……いこうか」

隼鷹「はい。参りましょう」

二人の夢の始まりは、ここにある。

まだ、仮初の平和の中で、仮初の船体で、あるべきではない護衛船団までもある状態だ。

だが、これが始まり。

小さな種は蒔かれ、ここから大きくなっていくのだろう。

どこからともなく、ピアノで演奏された『海行かば』が聞こえて来る。

おそらく、鎮守府のドックで船体の完成を待つ飛鷹/出雲丸が弾いているのだろう。

先に旅立つ、同じ出自と過去を持つ相棒へのエールを込めて。


そして、船の機関が動き出し、ゆっくりと船体が前に進む力を得た。

二人は、一度視線を交わし、宣言した。

これから始まる、二人の新しい航路を歓迎するように。


提督「あの航路を」



隼鷹「貴方と二人で」



提督・隼鷹「橿原丸、出航」









FIN

投下終了。
これでこのスレは完結となる。>>1の妄想から始まったこのスレが無事に完結できて、本当にうれしい。
最後まで読んでくれた人、支援してくれた人、>>1を奮い立たせる画像を持ってきてくれた人、安価でいいネタを提案してくれた人に感謝する。

このスレを通じて、隼鷹/橿原丸について少しでも知ってくれるとうれしい。艦これは史実を知ってもらいたいという意図もあるし、>>1もそれに賛同する。

次のスレは出雲丸メインか吉原鎮守府を書いてみたい。

では次のスレでまたよろしく。

言い忘れていたけれど、html化は明日以降にでも依頼を出してくる。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年11月13日 (木) 06:06:01   ID: uXnZ9p__

一度でもいいからアマデア(旧飛鳥)・飛鳥Ⅱに乗ってみたい♪橿原丸&出雲丸の妹たちに…橿原丸級貨客船に…人生で一度は…太平洋の貴婦人にねヾ(>ω<)ノ☆

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