P(ここは、どこなんだろう?) (42)


どこまで歩いたのだろう、何を目指しているのだろう?

知らない建物、知らない景色

知らない人がそこらにモクモクと漂っている……ん?

高木「ようこそ、ここは勧誘の地」

勧誘の地?

高木「私はこの地の長、高木というものだ」

明確で簡潔な自己紹介だ

高木「ティンときた、ずばりここの住人にならないかね?」

理解が追いつかない…

高木「ここは、旅の目的を失った旅人の憩いの場…旅に疲れたら是非ここで永久の安らぎを得てほしい」

憩いの場?…それはなんだろう?

P「……!?」

声が出せない、いつもの感覚で喋ろうとしたが、詰まったように吐き出せない。

高木「その身なり、君も旅人なのだろう?」

確かに、自分は旅をしていたのかもしれない。

高木「まぁ、無理にとは言わなんさ…君はまだ、旅を続けるのだろう」

こくこくとうつむいた。

高木「そうだろう、そうだろう…」

続けざまにこう言った。

高木「君の旅は最初から最後まで孤独、得られるものなどたった一握りの喜びと、まるで背負いきれない悲しみだけだ」

高木「辛いと分かっていながらも、それでも歩みを止めない君を、私はただ見守ろう」

自分がこれからどんなことが起こるのか、全てを悟っているかのような物言いに目を丸くした。

高木「その地の人々は、その場所から出ることは赦されないのだ」

高木「私はただ、君の雄々しく大きい背中が一粒の砂となるまで、見届けよう」

きっとこの人は、今までもこれからもずっと旅人を勧誘するのだろう

一人の旅は孤独でさびしいもので、きっと心の内を共有したい

この人の心はきっとどこまでも暖かく広く深い海のようだろう。

こみ上げてきた言葉が、空気に触れることが叶わず、呑み込んでは腹に沈んだ

目に涙を浮かべ、頭を大きく下げ、自分は勧誘の地を後にした


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また、幾ばくか歩を進めたところにその空間は広がっていた。

ぼんやり暗くと束の間に、闇夜が訪れていた。

周りを見渡せど何もなかった、あるのは真上にすっかり浮かんだ丸い月。

月の明かりがあたりをともし、そして月の下に人影ぽつりと。

貴音「ようこそ、旅の方」

言葉を待てばお待ちしていましたと続きそうなくらい必然に、

その少女は自分に声をかけた。

貴音「ここは、望みの地。ただし、ここに望むものはありません…」

はて、それならなぜ望みの地と言うのか。

貴音「空は見ましたか?見ずとも目に映えますでしょうが…」

先から見えた、満月のことだろう。

貴音「決して届くことのない、あの月こそが希望です」

手に届かぬものを希望と、少女はこぼした。

貴音「届かぬが故の希望、きっとあそこには、喜びがあふれているのでしょう」

空ばかり見る少女の目は月の光を帯び輝いていた

その少女の居る場所は、まるで戦後の瓦礫山。

ここに何があったのか、自分が知る術はなかった

貴音「満月とは、望月と申します」

なるほど、この地の名にも合点がいった

貴音「しかしあれは、小望月(こぼうげつ)…満月の前の月なのです」

皮肉なものだ、と嘲笑してしまった

貴音「可笑しいでしょうか?わたくしには、あの月こそが一番輝いて愛おしいのです」

貴音「満月となった月は、後はゆっくりかけていき…後は何も残らない」

貴音「しかし、あの月にはまだ、望月があるじゃありませんか」

明くる日の満月が…残っているということだろうか

貴音「あの月が満ちることは、わたくしは見たことがありません…なればこそ、明日へ希望がもてるのです」

そういうと彼女は、月をただぼうっと見続けるだけとなってしまった

彼女に転機が訪れることを祈りながら、背を向けた

"かの旅人に月のお導きがありますように"

どこに放ったか分からない祈りは、確かに自分の心に収まっていた


目的もなく、歩む足はとどまることなく

ただ向かう先は、自分の知り得ないことばかりが広がる

また広がった景色は、穴だらけ

まるで、流星群が降り注いだかのような―

雪歩「ようこそ、旅人さん」

穴掘り道具をもち、その道具に不釣り合いなほど線の細い可憐な少女が迎えてくれた

雪歩「ここは探求の地です」

探求…穴を掘ることであろうか?

さしずめその為の装備か

雪歩「この地には、さまざまなものが埋まっていますぅ」

かわいらしい口からこぼれた言葉は、成金夢見る浪漫か何か

雪歩「下にはきっと、希望が埋まっているのだと思います」

見えない希望に膨らむ夢、見えないからこそ膨らみ続けて止まない

雪歩「こうしている間にも、もっとたくさん掘らなくちゃ…ごめんなさい旅人さん」

義務付けられているかのような言葉とは裏腹に、少女の動きは機械的ではなく、確固たる自分の意志だとよくわかった



自分はこの少女に、希望の地の少女を会わせたくなった

考えるより先に手が動き、彼女の手をつかんで歩んでいた旅路を指差した

P「……!」

行こう、会わせたい人がいるんだ

言葉が出ないとは、こんなにもどかしいものか

必死な訴えは彼女におそらく届いたが、

彼女はするりと、手から逃げてしまった

雪歩「私はこの地を離れることが赦されません、ごめんなさい」

先ほどあった、あの人に言われた言葉、すっかりと忘れていた



きっと、君と彼女は話が合うよき仲になるのにと

どうしようもできない気持ちが広がっていった

なんでこんなに無力なのだろう?

ただ少し、彼女の方へと向かうだけなのに

雪歩「本当に、ごめんなさい」

申し訳なさそうに、逃げるように彼女は穴掘りを再開した



心がこのモヤモヤで満たされないうちに、

言い訳がましく、旅路を闊歩した


ふと歩いていると、とてもきれいな声が聞こえてくる

進んで行くと通行人の波の先には歌う少女が一人

自分の存在に気がつくと、彼女は歌を止めこちらに声をかけた

千早「ようこそ、旅の人」

澄み切ったその声は、歌を歌っていたことを確信づけるほど聞き惚れてしまうものだった

千早「ここは、喜びの地です」

軽く頭を下げ、また少女は歌い始めた

少女はきっと、今までもずっとそうやってきたのだろう

この少女の歌を聞けば、否が応でも喜びを謳うだろう

ところがどうしたことか、この少女の周りを行く人々は

彼女のことなど目にもくれてやらない

一人ひとりの顔を見れば、それは幸せそうな顔をしているのが分かると言うのに

リズムに合わせて歩く人さえ見えると言うのに



嗚呼、なんて可哀想な少女なんだ

きっとこの少女が歌うということは、この人たちにとって当たり前なんだ

空気のを吸う、そんな風にこの声を聞くことが…

1つ、また1つと歌い終えても拍手喝采は聞こえることがない

それでも歌うことをやめない少女

それでも褒めることを知らない人々

全て、当たり前なんだ


千早「~♪……ふぅ」

パチパチパチパチ

次の歌が終わったころに、自分は目いっぱいの拍手をした

どうかこの人が、賛美の喜びを得られますように

壊れたおもちゃみたいに、それしかできない自分は

絶えず拍手を続けるのだった


歩き疲れ、少し休みたいと

目にとまった宿に足を向けた

木のしっかりとしたドアを開け、宿の中へ

律子「いらっしゃいませ、安堵の地へようこそ旅人殿」

メガネをくいっと直し、口早に彼女はそう言った

安堵と言うことは、落ち着けるという意味だろう

律子「5分と20秒ほど待っててくださいね」カキカキ

自分以外の客人も多々居るようだ、見たところこの店は繁盛している

律子「1分2秒後、案内完了…1分50秒後次の接客」

ぶつぶつと聞こえる声は、不気味なほど細かく決まったスケジュールのようであった

その分秒違えず、スケジュールを彼女はこなしている


5分程度たったころ、先ほどの彼女がこちらへやってきた

律子「5分20秒…お待たせいたしました、お部屋へご案内します」

時間ちょうど、その正確さに驚きを隠せないまま部屋へと案内された

―――
――


次の朝、騒々しい声に重い瞼を持ち上げた

律子「申し訳ございません!申し訳ございません!」

何事かと別の客人に聞いたところ、どうやら予定の時間を過ぎて接客してしまったらしい…2秒ほど



不思議なことに客人が怒っている様は見受けられない

ただ一方的に少女が頭を下げているだけだ



誰も求めていない正確さに、何か意味があるのだろうか

人間らしくもない彼女を、安堵させてもいいじゃないか

誰かが口をはさむ前に彼女は次の接客を間にあわせるべく、自分を急かした



宿賃を払う際、彼女に急いで時計をプレゼントした

5分に1分遅れる壊れた時計を

律子「ありがとうございます、3分10秒後…」

早速新しい時計を使ってもらえたようだ


どうか彼女に、1分1秒でも予定のない時間が訪れますように


自己満足な思いやりを押し付け、宿から飛び出した


野性的な香り、動物的な空気が自分の行く先を包み込んだ

響「はいさい!ようこそ旅の人」

天真爛漫、明朗快活、そんな言葉が似合う少女があいさつをしてきた

響「ここは、ふれあいの地って言うんだ」

自然あふれるこの場所は、とても空気が澄んでいた

響「ここに居る子たちはね、みんな自分の友達なんだよ」

そう、周りの子達…

よくて数匹、最悪全部息をしていないのだろうか?

響「自分は小さいころからずっと、みんなといっしょだったんだ」スリスリ

響「でも最近、自分となかなか遊んでくれないんだ…寝る時間が長くなっちゃったんだ」

小さいころから…きっとこの動物たちが彼女を見守ってきたのだろう

動物たちはほとんどが寿命で、生きているものもほとんどが、次に目を瞑ってしまえば

きっとまたその目が開くことがないのではないか、と思えるほどに淡い命だった

そんな動物たちをしり目に、この少女は動物たちを愛でていた

生死のシステムを知らない少女は、彼らが生きているものだと疑わないのだ



この少女に、死ぬことの辛さを教えなくてはいけないのに

周りに教える人なんていなかった

P「……!」

もうその子達は目覚めない、死んだんだよ!

そんなことを言いたくて、必死に腹と喉とに力を入れた

響「早く起きてほしいなぁ、もっと自分と遊んでほしいぞ」



この訴えが届いたところで、彼女が悲しむだけではないか

いっそ言わない方が、彼女のためではないか


怒りに近いこの思いはぶつける先を見つけられず、

ふてくされたように彼女に別れを告げた

葬送曲を頭で流しながら、目には涙を流して逃げた


旅を続けていると、小さな人影がこちらに向かってきていた

次第に大きくなって走ってくるのが分かる

美希「ハニー!」

甘い蜂蜜か、妻の甘美な呼び声か

その少女はこちらに飛び込んできた

選択肢はないようで、両手でしっかり受け止めた

美希「ようこそハニー!ここはね、愛情の地だよ」

愛情、彼女のこの動作がまさにいきすぎた愛情表現だろう

ここらの人は、愛なんて偶像を掲げた狂信者なのだ

が、周りには誰もいなかった

耳が痛いくらい静かだった

美希「ねぇ、いっぱいお話しようよ」

彼女の提案を飲み込むことができないので、首を横に振った

美希「駄目?」

P「…!……!」

声が、出ないんだ

感覚がどこか麻痺しているのではないか

いくら喋る気でいても、一向に声が漏れることはない

美希「ふーん、そっかぁ…じゃあ一緒にいて?それだけでいいのっ」

ギュッと手を握られたので、返すように強く握った

美希「なんだか…あったかいね」

肌が触れ合えば暖かい、そんなことやる前から分かることじゃないのか?

美希「ずっと、こうしていたいなぁ」

愛を知らないのに愛情の地なのか

彼女自身の愛しみはあった、だけど他人からの愛なんてここにはなかった

誰も居ないのだから

痛いほどにきつく握られた手を離し、踵をかえした

美希「…やだ、いっちゃ、ヤっ」

残った手のぬくもりが、自分に呪いをかけた

ここにのこって、彼女を愛せば良いじゃないか

まだ握られたような感覚に陥り、必死に手で空を切った

見れば彼女は泣いているのだろう、そしたらまた呪われてしまう



この少女に似合いの伴侶が現れますように

振り返ることなく、走った


ついた先は、特になんてことはないちっぽけな家だった

亜美「ようこそ兄ちゃん、ここは片割れの地だよ→ん」

小さな少女が踏み入れた地の名を言った

片割れ……どのような意味が込められているのだろうか」

亜美「ねぇ兄ちゃん、これ見てよ→!」

少女が嬉しそうに見せたのは手紙だった

亜美「この手紙をね、ずっと絶えることなく書き続けてるんだYO!」

その手紙は、必ず次の日には返事が届いている

中にはしっかり書き込まれた文章が

亜美「この手紙を書く人はね、亜美と好きな物や嫌いなものが同じなんだ→、話もチョ→合うし」

手紙の主が話を合わせているのではなかろうかと、思った

亜美「どんな人なんだろう……会いたいなぁ」

なら会いに行けばいい…そういう意図で外を指差した

亜美「駄目だよ兄ちゃん、掟を破ることはできないんだ」

こんなに小さな少女でさえも、愚かな掟を守るというのか

まぁいいやと諦め早く、その場を去った

とは建前で、すぐ隣の地に住まう手紙の主に会いに行った

―――
――


真美「ようこそ兄ちゃん、ここは片方の地だよ→ん」

デジャヴと言うには、早すぎるビジョン

先ほどの少女がそのまま居るだけじゃないか

…よく見ると、先ほどの少女とは違う少女であった

この二つの地は、蝶番のように繋がることができるはずだ

真美「ねぇ兄ちゃん、これ見てよ→!」

少女が嬉しそうに見せたのは手紙

真美「この手紙をね、ずっと絶えることなく書き続けてるんだYO!」

手紙の主が、先ほどの少女と同じ言葉を発した

真美「この手紙を書く人はね、真美と好きな物や嫌いなものが同じなんだ→、話もチョ→合うし」

無理だと分かっていても、先ほどより力強く外を指さして訴えた

真美「駄目だよ兄ちゃん、掟を破ることはできないんだ」


なんて無慈悲な掟なんだ、なんで二人を会わせることが叶わないんだ

鏡の前に立った少女の先には、何も映らない空虚だった

こんなに近くにいるのに、あんなに遠くに居るかのようだ


どうか二人がこれからも、意思疎通できますように

そう願いながら、次の地へと向かった


歩いた先の街に、寂れた建物があった

真「ようこそ、旅の人」

凛と声が響いた、目をやればそこには一人の中性的な顔の少女が

真「ここは、あこがれの地です」

憧れ、男の子ならヒーロー、女の子ならお姫様…と言った具合か

真「だけど…こんなボクじゃ憧れなんて夢のまた夢です…」

何やら思いつめた様子で、彼女はモノローグともとらえられる具合の調子で愚痴をこぼした

真「女の子に憧れて…どうしてもなりたくて、お化粧したり服も着て見たりしてるんだけど…」

真「ボクには、キラキラすることなんてできなくて……」

その建物のショーウィンドウにかざられた、きれいに彩られたマネキン人形を見ていた

最近のファッションだろう、とても女らしさが強調されたマネキンだ

少女は、マネキンを羨望と嫉妬の目で見つめている

真「どうしたらボクは、女の子になれるんだろう……」

がくっと肩を下げ、ため息をこぼした



なぜ少女は、今の自分を女だと自身を持てないのだろうか

真「憧れることが間違いなのかなぁ」

そんなことない、君はとても女の子らしいじゃないか

どうすれば伝わるかわからなくて、

ただ首をぶんぶんと横に振った

真「気を使わせてるみたいで、すみません」

そんなつもり毛頭ないのに、彼女にはこれが世辞としか思えないらしく

自分の思いが伝わらず、彼女はその場で固まってしまった



声がとどくなら、彼女を射止めるほどの愛のささやきで

彼女が女らしいと認めさせてほしい…


呆れるような想いを残し、その地を後にした


とある広場にやってきた

その広場で、女性が子供たちに金貨をくれている

あずさ「このお金は、大事にしなくちゃいけませんからねぇ」

よく見れば、子供たちの服装はしっかりしているのに対し

女性の服装はお世辞にも貧相という言葉を抜くことができない

近づいて見ると、女性はこちらに気づき子供たちは散り散りとどこかへ行ってしまった

あずさ「ようこそ旅人さん、ここは思いやりの地です」

思わず鼻で笑い飛ばしたくなるほどの似合わない名前だ

あずさ「ここは、みんなで手を取り合い、助け合いをする素晴らしいところなんですよぉ」

その手で繋がれた輪の外か内に、あなたはいるのでしょう

あなたには、平等という手の輪は繋がっていないようにみえて仕方がない

あずさ「与えられた仕事も、与えられた権利も、全て等しいものなんです」

その召し物で講じたところで、微塵の説得力にもなりません

首を横に振ってやると、女性は首をかしげた

あずさ「どこかおかしなところがありますか?」

先ほど大切にしろと言った金貨は、すぐにどうでもいいお菓子やおもちゃへと姿を変えていた

彼らにはお金の尊さがわからない

そんな子供たちを、まるで聖母のような目で見つめて笑う

貴女は勧誘の地で見たあの人に似ている

この人にだって、わがままを言う権利はあるというのに

なんで自分を犠牲にできるのか、自分には理解が及ぶことはなかった

欲しいものが何なのか、それを聞いてみたかった

したいことは何なのか、それを聞いてみたかった

あなたの欲を知り飢えを潤してあげられたら、なんと素敵なことだろう


どうか、あなたに思し召しが子供たちに感謝されていますように


子供の頃の無垢を思い出しながら、歩みを続けることにした


まるで物置小屋のような建物が並ぶ場所へやってきた

ところどころ錆び付いて、ところどころが腐りかけ

時間に蝕まれた建物の中からひょっこり現れたのは

この場所にはもったいない少女だった

やよい「旅の人ですね、ようこそっ!」

しっかりしたあいさつに、自分は黙って会釈した

やよい「ここは涙の地、ここには何もありません」

この子の顔に、浮かぶものは笑顔なのに、なぜ涙と言うのだろうか

やよい「旅の人が来たから歓迎しまーす!」

小屋の中に入って、ちゃぶ台の前に腰を下ろした

一瞥くれてやるだけで、この辺りの貧しいことが分かった

不揃いな食器、色落ちたペンキ、雨漏り受けるバケツ



やよい「おまたせしました!ごちそうです」

目の前に置かれたのは、丁寧でいてぞんざいな料理だった

やよい「それでは一緒に、いただきまーす」

合唱して早々にあいさつを済ませ、料理を口に運んだ…味は分からなかった

やよい「久しぶりにつくったけど、とってもおいしいです!」

久しく作られていないという御馳走

それは、旅人がここに伺うことが希有だということを教えてくれた

やよい「この地へは、あまり人が来ません…」

自分の暗い顔を見て察したかのように、語ってくれた

やよい「うちは貧乏で、食べ物も少ないから…でも、来てくれると嬉しいです」

悲しいことなのに、少女は笑顔を絶やさない

涙を忘れてしまったかのように、その目からは何も零れおちない


辛いときは、泣いていいんだよ

そうしないと気持ちは伝わらないんだよ

心と目で訴えながら、少女を見続けた


この少女に人並みの贅沢ができますように

笑顔を見るのが辛いから、目をそらしてその地を出た


歩くのがどんどんと苦になってきたとき、目の前に広がる建物の高さに驚いた

やがて乗り物が自分の前に現れ、一人の少女が顔を見せた

伊織「ようこそ、旅の人。ここは笑顔の地、最高級のおもてなしをするわ」

にひひと笑い、乗り物に乗せられどこまでも進んだ

随分進み着いた先、見えた建物見上げれば、天にも届く背の高さ

この地はとても栄えているようだ

伊織「急ぎで用意したものだから、大したものはないけれど」

そういった少女が召使に用意させたものは、この世のありとあらゆる食文化が詰まったようなフルコース

1口食べたら頬が落ち、2口食べれば虜となって、3口以降は満腹になる腹さえ恨めしくなる

食事を終えれば風呂に案内され、疲れをいやすことになった

霞んだ目が見せた幻か、水平線が見えるほど続く湯船

風呂を上がればふかふかの布団に包まれた

柔らかいという感触が自分の全てを優しく包み込んでくれた

世界中の悦だけを切り取ったようなこの地は誰しもが夢見た桃源郷

でも彼女はこの幸せを笑わない、彼女にとってはこれが普通

だから彼女は幸せを知らないんだろう


隣の地へ行けば、きっと彼女は今の幸せに気がつくのに

この地の悦を、彼女に分けてあげられればいいのに

不幸を知らない少女と、幸せを知らない少女

きっと二人共同じなのに



もしこの幸せを奪えるものならば、義賊になることも吝かではない

この地の不幸を祈りながら、次の地へ足を伸ばした


どこまで歩いたのだろうか

ようやく辿り着いた地は、僅かな光に照らされた暗闇

春香「ようこそ、旅人さん」

少女が自分に語りかける

春香「ここは、記録の地…貴方の記憶を記録する地です」

P「記憶を………あ!」

声が出る、当たり前のことがとても信じられなかった

春香「旅人さんの思い出を、聞かせてください」

少女は飽くまで機械的で感情を読めない表情で淡々と喋った

でもそんなこと関係ない

ここに来るまで起こった全て、ここに来るまで思った全てを、少女に吐き出した

泣いて、笑って、怒って、戸惑って、

とにかく誰かに伝えたかった感情を吐露した

―――
――


全てを喋り終えて、彼女の意見を待った

しかし彼女は喋らない、まるで役割を終えているかのように

彼女は幾らも表情を変えない

気持ちを共有したかったのに、これでは一方的に語っただけだ

彼女は何も思わない、心を何処かへやってしまった人形

P「なんで何も分かってはくれないんだ…」

P「ここに至るまでに、どれほどの人の想いとを避けてきたことか!」

P「荷物は何処かへ無くなって、代わりに背負っていたのは罪の意識と悲しみと」

P「微塵にもこの手に残ったものなどなかった!」

P「こんな無力な傍観者を貴女は黙って赦すというのか!」

ぽつりと彼女はこう言った

春香「あなたの記憶を記録しました」



結局言葉が出せたとしても、心まで繋がることはできなかった

失恋した乙女のような純心は音を立てることもなく崩れ去った

再び心を仕舞い込み、がむしゃらに地をかけた


足枷をつけた奴隷のように、足取りは重たくなっていた

旅を続ける意味を忘れてしまいそうになった時

その地を訪れることになった

小鳥「ようこそ、旅人さん」

その女性の後ろには、がらくた置き場か宝物庫か

山のように幾らも品々が積み込まれていた

小鳥「ここは忘れられた地、ここには何でもそろっています」

小鳥「財布の奥で使われることなく忘れられた金貨」

小鳥「最後まで綴られることなく、名曲になりそこねたスコア」

小鳥「いつの間にか大人になってしまった人の童心」

小鳥「ここには何でもそろっています」

彼女の言葉を聞いて、自分は何とはなしにがらくた山に手をかけた

持ち主に忘れられた宝物からゴミ屑までがそろっていた

探す気はなかったけど、見つけだした自分の旅鞄

いつの間にか忘れてしまっていたんだ

本当に、ここには何でもそろっていた

改めてそいつをしょい込むと、背負っていた罪や悲しみを地面に置いた

小鳥「あなたの背負っていた荷物は、ここに忘れて置くことはできないでしょう」

忘れるつもりもないのだと、鞄の中に無理やり詰め込んだ

この辺りの宝物を宝を少しばかり頂戴させてもらおう

泣くのも笑うのもそれからに、今は彼女たちに謝りに行かなくちゃいけないから

この宝の山を探して回り、彼女たちへのお土産に

想いが伝わることはなかったけれど、今度はそれを伝えにいこう


小鳥「旅の目的は、忘れずにお持ち帰りくださいね」

皮肉まじりのその言葉は、今の自分にはお似合いな冗句だった

自分の想いを忘れないように、しっかり鞄を閉じ込んだ


決まった道を、リズムを刻んで歩み始めた


歩いてきたのは望みの地

少女は今も月を見上げていた

貴音「また会いましたね、旅の方」

月の明かりに照らされた彼女の笑顔は、ここに居ないかのように儚かった

工事現場に置いたまま、忘れられてしまったつるはしやシャベル等の道具を持って、

自分は瓦礫の山を片づけはじめた

少女はそれを見ることなく、月を只管(ひたすら)に眺めていた

―――
――

時間を確認することをやめてから、幾らか経って

やっとの思いで、この地をきれいに整えた

いつの間にか少女はこちらの様子をうかがっていた


きっと少女はこの地に絶望をしていた

きっと少女は無理やり月へと希望を託した

溺れてしまった者に与えられた藁を

少女は必死で縋(すが)っていた


そんな少女に必要なのは、この地の希望

ようやく植え終えたこの花々もそろそろ満開になった

貴音「その美しい花は、何というのでしょうか」

この花は月見草、きっと貴方に一番似合う花

あの月が地の果てへ落ちたとしても、この花の美しさは残るだろう


気がつけば、少女の頬に一滴の涙が線を引いた

貴音「ありがとうございます、旅の方」

貴音「私は明日への希望を望むばかりで、今を見ることはありませんでした」

貴音「ですが、もう大丈夫です」

儚かった少女の姿は、やがて強い生気を帯び出した

貴音「この花…わたくしの希望として、立派に育てます」


空に浮かんだ月は、満月へと形を変えていた


歩いてきたのは探求の地

せっせと掘り進める手を止めず、なおも少女は掘り続けていた

こちらに気づいたけれども、今度は顔さえ向けず

雪歩「旅人さん、こんにちは」

ざくざく聞こえる律動は、とても聞き心地がよかった

だけど、それを止めなくちゃいけない

倉庫に眠ったままだった、職人が忘れた花火と筒を用意して

さぁ、パレードを始めよう


雪歩「……」ザクザクザクザク

ヒューーー ドーーーン

雪歩「え?」ヒョコ

出てきた少女の目に映された景色は、空一面に咲き誇る花々


きっと少女は逃げることが得意になっていた

きっと少女は逃げることに言い訳が欲しかった

高い所に成った葡萄を欲するキツネ

その手は届かず、知らぬうちに酸っぱいものだと決めつけていた


そんな少女に必要なのはその地の絶望

その花は、たったこれっぽっちの命だけれど

一瞬だけでも、十分すぎるほどに感動を分けてくれる

地面を幾ら掘ったところで、こんなに美しい花は見つけられまい


雪歩「…すごいですね。今まで散々掘ってきましたけど、こんなに容易く感動することはありませんでした」

じっと花火を見つめる少女は、くたびれたスコップを地面に置いた

―――
――


二人並んで手持ち花火に火をつけた

パチパチと鳴る音は、律動的ではなくてとても不安定で

それでもなぜか耳に入れば気持ちがいい

雪歩「ありがとうございます」

ぼんやり花火を見る少女が、消え入りそうな声を出した

雪歩「私、逃げてました…だって地上は怖いものばかりだから」

雪歩「地面の下はきっと、素敵なものがたくさんあって、掘っても掘っても飽きることはないって」

雪歩「でももう大丈夫ですぅ」

少女は今まで見せたことのない笑みを浮かべた

雪歩「この地の全ての楽しさを探求できる勇気が持てましたから」


この顔に浮かんだ笑顔は、一瞬で消えることはないだろう


歩いてきたのは喜びの地

相も変らぬ様子で人々の顔は幸せであふれかえっている

歌う少女の前に立って掲げたのは、時代に忘れられたテープレコーダー

カチッという音とともに、彼女の歌を収め始めた

―――
――


ひとしきり、彼女が歌っているのを聞いて、彼女にそれを手渡した

千早「なんでしょうか?」

これを聞いてほしいんだ、自分が生きてきた中で一番幸せになれる歌が詰まってる

彼女にイヤホンとをつないだレコーダーを渡して、再生した

少女は黙って、聞いていた…その顔は、歌うときと同じ喜びに満ちていた


―道行く人々の笑顔は消えていた

子供は泣き叫び、大人たちはどうしていいか分からずに戸惑っている


この人たちは、知らなかったんだ

耳に入ってくるいつもの音楽は、彼女によって奏でられていることに

この人たちは、知らなかったんだ

子供のころの子守唄は、彼女の口から歌われていることに

この人たちは、知らずに大人になったんだ

誰もが子守唄を聞きながら育ち、ずっと子供だったんだ


少女は歌うことをやめた

その耳には喜びが満ちている


人が一人、また一人と、少女の周りに囲いを作った

歌ってくれ、歌声を聞かせてくれとせがむその姿は

駄々を捏ねる子供そのものだった


少女の耳から音楽が止まった時、少女は再び歌い始めた

人々の声に応えるかのように、その声を待っていたかのように


歌が終わると聞こえたのは、手をたたく音

ひとつ、また一つと、強まる拍手は豪雨のように

―――
――


千早「ありがとうございました」

人々に言ったはずの言葉は、自分に投げかけられているようだった

千早「私は、歌を聴くことが好きです、でも歌を聴いてもらうことも好きです」

千早「だから私は歌い続けます、こんなに嬉しい気持ちになれたのは初めてです」

少女は歌う、人々の喜びを祈りながら

人々は賛美を謳う、少女の喜びを祈りながら


歩いてきたのは安堵の地

木のドアを開け、ドアにかけられたベルが彼女を呼んだ

律子「またいらしたんですね、いらっしゃいませ旅人殿」

自分が少し前にあげた、時計は顕在していたようだった

だけど、そんなガラクタとも今日限りでおさらばしよう

骨董品屋で最後まで売れ残って、埃かぶって置き去りにされた柱時計

今となっては、動くのは振り子だけ

律子「2分10秒……お待たせいたしました」

彼女の持ったその時計を、無理やり奪ってみせた

律子「な、何するんですか!」

その代わりと言うわけで、彼女にその柱時計を見せた

律子「代わりの、時計ですか?」

今度はそれを使ってほしい、勝手は悪いけどきっとこの子の為に働いてくれる

律子「持ち歩けないから、一々時間を確認しなくちゃなりませんね」

悪態ついて、彼女は律儀にそれに従ってくれた

―――
――


律子「わからない…わからない…!」

時計が動かず焦る少女、それに合わせて焦る客

少女が急げば客も急ぎ、客が寝るころに少女も床に就く

こんなところで安らぎを得られるはずがない

壊れた時計は振り子を無闇に振り続けた

少女は時間で動いていた、少女は時間に動かされていた

時計は止まった、少女も止まった


肩を叩いて、客の方を指差した

律子「時間も分からないのにどうしたら…っ」

客人は、気にしなくていいから案内してくれと

律子「…いらっしゃいませ、お待たせいたしました」

自分で動くことがここまで大変なものなのかと思えるほどに

少女は時計で廻っていた、時計は少女で廻っていた


壊れた時計の秒針が、ひとりでに動き出した

律子「いらっしゃいませ、少々お待ちくださいませ」

もう大丈夫、彼女は自分の時を刻み始めたから

もう大丈夫、その時計の振子も止まっているのだから


彼女も客もこれで本当に安堵できたんだ

律子「ありがとうございました」

宿を出るとき背中にかけられた

感謝の言葉が、全てを語っていたのだから


歩いてきたのはふれあいの地

いよいよ動物たちは、目を覚ますことが無くなっていた

響「はいさい、旅の人」

少女は無邪気に笑う、何も知らないのは罪だった

探求の地で不要となって忘れられたスコップ、最後に一度地面を掘らせておくれ

ザクザクザクザク、穴を掘る

響「どうしたの?」

埋めるんだ、この子たちを残らず全部

優しく抱き上げ、動物たちを地面に埋め始めた

響「や、やめてよっ!」

少女は強く言う、肩を震わせて何が起こったか分からず怒る

そんな少女に目もくれることなく、しっかり優しく埋めてやる

響「み、みんな!やめて…やめてっ!」

脚に抱きついて、その手を止めさせようとした

なんだ、いなくなることの寂しさを知っているじゃないか

だから少女は認めていなかったんだ、動物の死ぬということを

でも、それじゃ駄目なんだ

彼らにとっては常に夜、夜は寝るための時間なんだ

地上は、眠る彼らにとって明るすぎたんだ

だから言ってあげよう…灯りを消して、おやすみって

―――
――


響「うぅ…ごめん、ごめんみんなぁ…」

少女は泣いていた、少女はきっと知っていた

何事にも終わりがあることを

でも心には、彼らとふれあった思い出は残ってる

繋がりは消えることはないんだ

彼らは地へ帰り、緑を豊かにして、君を暖かく包み込む

風が吹けば彼らは葉っぱとなって囁きかける

雨が降れば彼らは木々となって君を雨から守ってくれる

―――
――


いつの間にか周りには、小さな動物から大きな獣までが集っていた

響「みん…な?」

彼らは少女を囲み、少女に寄り添った

響「は、初めましてみんな!よろしくね」

終わりは始まりを連れてきた

また、彼女たちはふれあうだろう

今の彼女はしっかり別れを告げられる…おやすみ、と


歩いてきたのは愛情の地

少女が一人で、愛を求めている…そう思っていた

美希「また会いに来てくれたのっ!」

変わらず飛び込んできて、それを受け止めた

この少女は愛なんて知らない、この少女は寂しいだけ

そんな少女にうってつけの忘れ物を持ってきた

親からのぬくもりを得られなかった、動物の卵

美希「これなぁに?」

ツンツンと、指でつついて不思議そうに見ていた

それを毛布で包んだ、こうやって温めるんだよ

美希「何が生まれるの?」

生まれてみてのお楽しみ、それまでこの子を大事にしてやって欲しい

美希「ありがとね、ハニー」

黙って少女は卵を見守り続けた

そこに行き過ぎた愛情は無くなった

日光のように暖かく、月光のように優しく

愛が欲しかったんじゃなく、誰かを愛したかった少女

この卵は、親の愛で孵(かえ)ることができる

黙って少女は卵を愛(め)で続けた

―――
――


卵を温め続け、どれだけ時間を待っただろう

卵は尚も孵らない

それでも少女は卵を愛で続けた


いつ生まれてくるかわからない

この卵の為、優しく抱きしめた

美希「はやく生まれてこないかなぁ」

つぶやいた彼女の声は母のように優しく

子供のように好奇心でいっぱいだった

―――
――


どれだけ、時を待ったことか

卵はいつまでたっても孵らない

美希「ハニー、もう大丈夫だよ」

少女が自分に話しかけてきた

美希「この子が孵るまで、ずっと待ち続けるのっ」

膝の上の卵を優しくさするその目は慈愛で満ち

この卵はそんな少女の愛に応えるだろう

そしたら今度は、この子が少女を愛してくれることだろう


やってきたのは片割れの地

ちっぽけな家は変わらずそこにあった

亜美「兄ちゃん、また来たんだ→」

あの時の少女が迎え入れてくれた

今、彼女は手紙を書いているところだった

この少女は、隣の地の少女へ様々な思いを馳せている


フィルムが残ったポラロイドカメラ、きっとこんな時の為に使うんだ

亜美「かきかき……ん?どったの兄ちゃん、写真撮るの?」

そうだとも、それがきっと全部を教えてくれる

カシャリと懐かしい音を立て、写真が出てきた

亜美「きれいにとれた?」

バッチリとれた写真をみて、こんな不条理な欠片を結ぶ、架け橋となることを祈った

―――
――


真美「これって…」

亜美「亜美とそっくりだ…」

そっくりだけど、全然違う

彼女たちは、もともと一緒だった

ほぼ同一なのに、違いがあるとそれを恐れて

だから距離ができてしまった

彼女たちは、もともと一緒だった

違いがあるから、たくさんから見つけられるのに

それを拒んでしまった

亜美「ねぇ兄ちゃん」

真美「私たちって、一緒なの?」

首を横に振る

一緒だけど、全然違う

それは恐れる事なんかじゃない

当たり前のことなんだ

違うということは個性なんだ

君には君の素晴らしさ、彼女には彼女の素晴らしさ

見つけづらいかもしれないけれど

君たち二人なら、すぐにわかるはず

鏡合わせ、間違いなんてすぐに見つかる

君たちは手紙を通して心を通わせようとしていたんだから

亜美「ありがとう、兄ちゃん」

真美「ありがとう、兄ちゃん」

個を認められた少女は、嬉しそうにほほ笑んだ

写真の少女は一人だけど、二人はこれからも寄り添い生きていくだろう


歩いてきたのはあこがれの地

寂れた建物のショーウィンドウの前で

一人の少女が黄昏(たそがれ)ていた

真「またきたんですね」

少女の顔は曇ったままだった

対称的に、厭味たらしく煌びやかなマネキンの姿

渡したいものがあるんだ

名のあるデザイナーとパタンナーが作った、たった一人も着ることがなかったもの

役割を果たせなかったそれは

布切れと言うには綺麗すぎて、ドレスと言うには足りなかった

真「素敵なドレスですね、この子の新しい衣装ですか?」

自嘲気味にマネキンを指差した

そうじゃないと、彼女に手渡した

真「これをボクに…?」

君にしか似合わないと思ったんだ、是非来てほしい

その建物の試着室、乱暴に彼女を閉じ込めた

真「そんな、ボクなんか似合いませんよ」

なんかじゃなくて、君だから渡したんだ

諦めたように、その衣装をまとった彼女

あわててショーウィンドウの前に立たせて見せた

真「…これが、ボク?」

ガラスの反射で映る少女は、

少女と言うには綺麗すぎて、美人と言っても言葉が足りないくらいだった

この衣装に足りなかったものは、何よりも着る人間だった

マネキンに着せようものならこの輝きは鈍ってしまう

生きた彼女にちょうどいい、彼女でなければ駄目だった


真「信じられない…こんなに女の子らしいなんて」

彼女に足りなかったのは、勇気だった

彼女がこのマネキンの衣装を着たら、似合っていたはずなのに

それを着るには勇気が届かなかった

自分には似合わない、自分は女の子らしくない

勝手に決め付け、勝手に諦め、勝手に憧れてしまっていた


彼女の見せた、目の輝きはマネキンに映ることはない

彼女の見せた、頬笑みはマネキンが真似することはない

彼女の昂る感情は、マネキンの体に宿ることはない

どこまでもマネキンはマネキンでしかない

ドレスを纏い、喜び跳ねる少女の前には

嫉妬と羨望に打ちひしがれた、人形が泣いていた


歩いてきたのは思いやりの地

みすぼらしい服装で、子供たちを見守る女性

片や貧相、片や裕福

子供たちは、潤いすぎていた

彼女は、乾ききっていた

あずさ「旅人さん、いらっしゃいませ~」

絶えず笑顔咲く、何を嬉しく思っているのだろう

彼女にプレゼントを持ってきた

女性が持つには不相応、子供が持つには相応な

何時しか廃り、見かけることも無くなった玩具

あずさ「子供たちへのお土産ですか?ありがとうございます」

勘違いをしないでほしい、これは一つだけで貴女一人だけへの代物なんだ

あずさ「これを…私にですか?」

他の誰でもない、貴女へのプレゼント


女性は少女、我儘を言うのが遅すぎて

女性は謙虚、諦めるのが早すぎて

女性は母親、その任を担うには幼すぎる


貴女はまだ子供だ、子供のうちは精一杯我儘に努めなきゃ駄目だ

そんなあなたを、贔屓したいんだ

こんな玩具、貴女には無用の長物かもしれない

こんな玩具、流行りの玩具に比べたら笑われるかもしれない

でも、そんな貴女が幼いころに流行った玩具なんだ

あずさ「私だけの……おもちゃ」

―――
――


女性は静かに泣いていた

生まれが早いだけで、譲ることに回されて

それに疑問を抱かなくなったとき、少女は女性を騙った

我儘を忘れて、主張をやめて

スポットライトから外れ、舞台から降りてしまった主役


あずさ「ありがとう、ございます」

女性は声を震わせて言った

―――
――


少女は玩具で遊んでいた、その顔は子供たちと同じだった

穢れのない屈託無い笑顔は、紛れもなく少女だった

少女は子供たちと手をとって

夕闇の街へと走って消えていった

>>9
片割れ……どのような意味が込められているのだろうか」

片割れ……どのような意味が込められているのだろうか

>>18
貴音「私は明日への希望を望むばかりで、今を見ることはありませんでした」

貴音「わたくしは明日への希望を望むばかりで、今を見ることはありませんでした」

>>29
彼女は、乾ききっていた

彼女は、渇ききっていた


歩いてきたのは涙の地

その地の貧しさには、憐みの涙が募る

やよい「また来てくれたんですねっ!」

嬉しそうに少女が出てきてくれた

実がなるときにこぼれて消えた、野菜の種を袋いっぱいに持ってきた

この地を満たしてくれると信じて植えよう

やよい「野菜の種ですか?」

この子にいっぱい御馳走してあげたいから

一生懸命地面に植えた

―――
――


来る日も来る日もしっかり手入れして、月日がたって出来上がった野菜畑

やよい「うわー、すごいです!」

キラキラした目で少女は感動していた

さあ、食事にしよう

真っ赤な実をつけ、まるで果実のように甘いトマト

緑のとげがしっかりついて、そのまま齧り付きたくなるキュウリ

黄色い粒がたくさん膨らんだ、のっぽなトウモロコシ

今度は自分が御馳走する番だから

腕をふるって、ごちそうをつくろう

―――
――


出来上がった料理を見て、少女は声より先にお腹で声をあげた

やよい「えへへ…食べてもいいですか?」

もちろんだ、一緒に手を合わせて、いただきますをした

やよい「モグモグ……」

無言で食べる彼女は必死だった

やよい「こんなにおいしい料理、食べたことありません」

心の底から感動している様子をみて、嬉しかった

ふと、彼女は泣いていた

やよい「モグモグ…あれ、美味しくて嬉しいのに…なんで涙が…?」

誰にも頼らず生きてきた少女に響いたのは優しさ

人にやさしくされることなど無かった少女


こんな悲しさしか転がっていない地で

一人懸命に笑顔を作って生きている少女が、初めて泣いた

豊かな実を成らした野菜がこの地へ転機を持ってきた

少女はまた笑う

涙の粒は地に落ちて、

満開な本当の笑顔を実らせたのだった


歩いてきたのは笑顔の地

ここには、笑顔の知らない少女が

今日も目に広がる幸せを、日常として過ごしている

伊織「ようこそ、またアンタなのね」

最高のおもてなしを受けたお礼に、最低なプレゼントを持ってきたよ

少年たちの手から手へ、渡り歩いた8mmカメラ

これに収めた映像を、是非その眼で見てほしい

伊織「映画でも映ってるの?」

当たり前の娯楽だと、僅かな期待を持ちながら少女はソファにドンと腰を下ろした

―――
――


映しだされた映像の中にいる主役は、涙の地の少女

伊織「誰なのこの子?」

薄暗い、少女の知る物置にすら遠く及ばないおんぼろ小屋で、彼女は生活していた

自分の料理は自分で作り、自分の家は自分で掃除し

自分の服は自分で縫いなおし、自分の布団は自分で干し

いつでもその子が主役だった。誰にも代役など、たてられなかった

そんな彼女に、料理を作った一人の旅人

伊織「こんなものが料理なの?」

この少女にとっては、全てが未完成…でもそれこそがあたりまえなんだ

フィルムは最後、彼女の笑顔を映し途切れた

―――
――


伊織「なんなのよこれ…これは映画じゃないの?」

違うよと、首を横に振った

この地のとなり、君が知らないすぐとなり

伊織「なんで誰も助けないの?なんで誰も手伝ってあげないの?」

彼女にとっては、それが当たり前だったから

伊織「なんで…なんで、なんでなの?」

自分の料理は他人が作り、自分の家は他人が掃除し

自分の服は他人が買いそろえ、自分のベッドは他人がメイクした

いつでも自分の影は薄かった、代役など、誰でもよかった

そんな彼女は、それが当たり前だった


彼女は料理を作った料理人を呼び出して食事をした

「いただきます」そして「ごちそうさま」

美味いかどうかは、分からなかった…それでも彼女は感謝した

伊織「ごめんなさい」

彼女は、涙を流し一人つぶやいた

彼女は、小さな不幸と今の幸せを知ることができた


歩いてきたのは記録の地

春香「ようこそ、旅人さん」

淡々と、前と同じ言葉を放った

彼女には、最初に渡しておかなきゃいけないものがあった

取り出したのは、誰かが忘れてしまった心

彼女に手渡すと、静かに溶けていった

P「君に話したい欲しいことがあるんだ」

P「ある地で出会った少女達の、心に出会う旅の話を」

ここに来るまで起こった全て、ここに来るまで思った全てを、少女に吐き出した

全部が全部、自分の記憶、自分の記録

とにかく貴女に伝えたかった感情を吐露した

―――
――


全てを喋り終えて、彼女も自分も泣いていた

春香「あなたの記憶を記録しました」

嗚呼、あの心は間違いなくこの子のものだった

春香「私には、記録することしかできません」

春香「旅人さんが嬉しそうに語れば、私はまだ見ぬ遠い地を思い、笑みを零し」

春香「旅人さんが悲しそうに語れば、私はまだ見ぬ遠い地を思い、涙を流し」

春香「旅人さんが愛おしそうに語れば、私はまだ見ぬ遠い地を思い、恋焦がれます」

春香「いつでも私のできることは、そんな記憶を記録すること」

春香「今にも張り裂けそうな感情を、私は奥底へと閉じ込めてしまいました」

そしていつしか、本当に心を忘れて置いてきてしまっていた


少女は語り、涙を流していた

様々な場所を知っている彼女は物知りで

様々な人と喋る彼女は聞き上手だった

でも彼女は、いつだって無力な傍観者だった

それを悟った自分は泣いていた


春香「こんな無力な傍観者を貴方は黙って赦すといいますか?」

かつて言った自分の言葉を彼女が言った

自分は何も知らなかった、知らないことが罪だった


一番辛いのは彼女自身だったのに

一番身勝手なのは、自分自身だったのに

春香「でも、心を思い出すことができてよかったです」

涙をぬぐい、彼女は無理やり笑顔を作った

春香「また私は、旅人さんの為に笑って、泣いて、怒って、恋します」

春香「心を共感することが、私の唯一力になれることですから」

いまさら彼女を赦す自分を、彼女は赦してくれたのだろうか


歩いてきたのは忘れられた地

ここには、なんでもそろっていた

名も無い芸術家の彫刻

最後まで差されることの無かった傘

セピアカラーの思い出

ここには、なんでもそろっていた


小鳥「旅人さん、いらっしゃいませ」

小鳥「再度ここに立ち入ることがあるなんて、初めてかもしれません」

こんなに素晴らしい場所なのに勿体無い

小鳥「きっと旅人さんたちの心には、留まっていることができなかったんですね」

ここは、忘れられた地

人々は、その地への行き方も、その地の出来事も全て忘れていってしまった

目的の忘れ物は、もう在りはしないのだから


小鳥「またきてくれて、ありがとうございます」

彼女は深々と頭を下げた

小鳥「貴方の忘れものはきっとここには無いでしょう」

小鳥「それでもここへたどり着くことができたのでしたら、貴方はこの地を忘れることを忘れていたのですね」

可笑しそうに、彼女は笑う

寂しそうに、彼女は笑う

何度だってここに来る、場所は頭より先に足が覚えた

小鳥「いつだって来てください、私は貴方を覚えていますから」

いつだって出向こう、自分は貴女を忘れはしまい


背負いきれない悲しみは、歩く先々で喜びに変えて振りまいた

背負いきれない罪は、歩く先々で償いに変えて振りまいた

得られたものは、背負いきれない喜びだった


行こう、あの人にまた会う為に


小鳥「いってらっしゃいませ、旅人さん」


忘れてしまいそうになったら、また来ます




―――
――


……さん!

プロ……さん!

P「……ん」

春香「プロデューサーさん!大丈夫ですか!?」

P「春香…それに、みんな?」

小鳥「よかった、本当に心配したんですよ?」

P「ここは、病院?」

律子「レッスン中にいきなり倒れるから、あせりましたよ」

P(そうか、たしか俺…みんなのレッスン見てたら急に……)

千早「もう大丈夫なんですか?」

P「大丈夫だと思うけど…医者は何だって?」

あずさ「過労ですって、言ってました」

亜美「兄ちゃん、最近全然休んでなかったっしょ?」

真美「途中からクラクラしてたもん」

P「あ、あはは…ちょっと夜更かししただけだよ」

伊織「今はおとなしく寝てなさいよ」

やよい「そうですよプロデューサー、しっかり休まなくちゃメッ、です」

P「ん、もう十分寝たよ…」

P(あんなに長い夢を見ていたんだからなぁ)


真「でも、本当に大丈夫そうでよかったー」

美希「普段から寝ないとダメだよ?」

響「美希みたいに、寝て無くても良いと思うけどね」

貴音「みなで押しかけて、申し訳ありません」

P「病室がそれなりに広くて良かったな」

雪歩「プロデューサー泣いてましたけど、夢でも見ていたんですか?」

P「ん…そうだな」

別々だった彼女達が揃っている

そう思うと、とても嬉しくなった

P「夢か…ははは、そうだよな」

亜美「どしたの兄ちゃん?」

P(それぞれの夢が、それぞれの想いが、それぞれの願いが)

P(一つになれるものを目指しているんだな)



P「皆、絶対トップアイドルになろうな!」

高みを望み、自分を探求し、憧れの的となり、

ファンを喜ばせ、ふれあい、愛され愛し、

皆一つになって、仲間を思いやり、

時に笑い、時に泣き、そんな感情を共有し、

嫌なことも全部忘れず思い出にしよう

P(トップアイドルになれば、皆の夢が叶うから)

―――
――


高木「やぁ、旅の先で何か見つけられたかな?」

これを見つけられました、あの地にあった旅鞄

高木「…何度も縫い直したつぎはぎだらけの鞄…ああ、これは」

貴方のものかと、思ったんです

高木「………そうか…私はずっと、旅人だった」

高木「旅の目的を忘れ散々歩き、誰も救えず悲しみを背負い、とうの昔に荷物は忘れていた」

赤子を抱くように、優しく鞄を引き取った

高木「この中には、後悔しか詰め込むことしかできなかった、そんな勝手な私は旅人だった」

高木「…ありがとう、これを見ることができるなんて欠片も思っていなかった」

高木「君はまた、旅を続けるのかな?」

旅ならもう終わりました、首を横に振る

高木「そうかね…ではここで安らぎを得るといい」

鞄を背負い、彼は言った

高木「私は掟に縛られない、旅人になるとしよう」

彼はこの地を去り、途方もない旅路を歩み始めた

その背中が地平線へと消えるまで見届けて、彼の無事を祈るばかりだった

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年11月08日 (土) 18:33:14   ID: gsekWhgq

設定が素晴らしい

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