日記:12月20日
先日、晴れて成人を迎えた。俺ももう二十歳だ。
……世間一般で言うところの立派な社会人になれる喜びの反面、もう少し学生としてはしゃぎたかった、という後ろめたさもある。
って、いかんいかん、俺はもう大人だ。そんな気持ちでどうする。
あまり関係は無いが、明日は2012年12月21日。大体の人は知っているだろう、マヤ文明だかの予言で、人類滅亡とされている日。
まったく、めでたい日のすぐ後にそういう縁起でもないイベントを用意するのはやめてほしい。
いや、信じているわけではないけれども。
大体、人類滅亡の予言なんて、俺が小学校のチビだった頃にもあった。ノストラダムスの大予言……だったかな。
見事に大外れ。
まぁ、また数年後にも同じような予言がうんたら~の騒動が始まるんだろうな、と思う。
くだらないなぁ。
……ところで、マヤって縦に書くと予言の「予」みたいになるよな。余計胡散臭い。
End
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男「ふぅ~~」コトッ
日記。小学校の頃にも何度か書かされたが、自主的にやろうと思ったのはこれが始めてだった。
誰に見せるわけでもないのに、なんだか少し緊張する。
きっかけは、成人になったこと。
何か新しいことをやらなきゃ、みたいな使命感に煽られて、つい昨日日記帳を購入してしまったのだ。
男「……っと、もうこんな時間か。明日は面接の日だったよな……寝よ寝よ」バサッ
明日は面接の日だ。ちょっとばっか緊張するけど、大丈夫、俺は人見知りでもないし、多分上手くいく。
自己暗示的に考えながら、ベッドの上で布団を被り、眠りに就いた。
12月21日
ジリリリリリリン………ジリリリリリリリン……
スマホのアラームの音がする……朝だ。起きよう。
男「ふぁあああ……っと、面接面接」ガバッ
男「早めに朝飯食っとくか」
俺の朝ごはんは、基本的に食パンと目玉焼き、プラスアルファ。
シンプル且つ美味い。さらにお財布にも優しい。
目玉焼きにはソース派。
男「いただきます」カチャ
男「あぐ」ザクッ モグモグ
今日も美味い。
今日のプラスアルファは、昨日の夕飯の残りのトンカツ。縁起が良い。
俺はそそくさと食パンを平らげ、コーヒーを一杯、飲み干した。
男「ふぅ」
男「よぉーっし!気ぃ引き締めてくぞ!」
男「って言っても、わりと時間あるんだけどな」
……ちょっと張り切りすぎて暇ができてしまった。
面接マニュアルでも読んで復習しておくか。
そう思って枕元にある本を開いた。……部屋が暗くてよく見えん。
男「そういやカーテン閉めたんだっけな……」グイッ バサッ
目に入ってくるのは綺麗な青空。
うむ、いい天気だ。
俺の家は東京のとあるマンションの7階。
それなりに見晴らしはいい。
……ついでにテレビも点けるか。
男「リモコンリモコン……あった」スッ ピッ
液晶画面に映るのは俺のお気に入りの朝のニュース番組。
……じゃない。
映ったのは、画質も音質も粗い、ヘリコプターからと思われる映像。
『緊急避難報告!緊急避難報告!繰り返します!午前0時頃、アメリカ軍の放ったウィルス兵器によって、街にはゾンビが溢れかえっております!』
あれ?
『ウィルスは単体では放出から数時間後に死滅する程度の生命力です!空気からの感染の危険は既にありません!』
『しかし人間などの動物に寄生した場合、脳を含め全身を荒らし回ったのち、その動物をとても攻撃的な生物にさせます!』
『感染体の特徴は皮膚などがズタズタな点、挙動不審な点などです!感染体に触れる程度では感染の危険性はありません!』
『しかし、噛む、引っ掻く等によって血液そのものにウィルスが侵入、感染へと至る場合があります!十分注意してください!』
ゾンビ?
バイオハザードかよ……ドッキリも大概にしてくれ。
……冗談だよな?
まだ俺の心に余裕があったうちに、街中の映像に切り替わる。
すぐ目に入ってくるのは、映画とかで見るような、肌が緑色に変色したゾンビ……ではなく、ただ皮膚がぐちゃぐちゃに切れただけの人間だった。
しかし挙動がおかしい。
『こちらは東京都の様子です!ご覧の映像は東京都の街中の映像です!』
『ゾンビに関してわかっている事は、人間の全速力には至らないものの、走ったりできること、そして、痛覚が無いとみられること、知能がかなり低いということ、腕力などが通常の1.5倍~2倍まで跳ね上がっているということです!』
『避難する場合には十分気をつけて下さい!ゾンビの体は脆くなっていて、鉄パイプ程度の硬度のもので殴打すれば、骨折などをさせ、足止めをすることが可能です!』
『また最大の弱点は頭部です!脳細胞を破壊すれば活動を停止します!しかし、危険なため足などを狙うことを推奨します!』
『避難する際には上空にヘリの飛んでいるお近くのビルへ!入口付近にて自衛隊が援護いたします!』
『繰り返します!緊急避難報告!緊急避難勧告!…………』
おいおい、よくできたドッキリだな。
心臓がバクバクいってる。
なあ、めちゃくちゃリアルなだけだよな?
男「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
現実を受け止められない。
窓の下を見て、現実を見れない。見たくない。
男「い、いや、そんなわけないだろ、なんだよゾンビって、政府がそんなアホらしい名前口にしていいのかよ」
くそ、考えれば考えるほど冷静になっていく。
……中学ん時に銃とかにハマったから知ってる。
このリピートされる映像に映る自衛官の背負っているのは、スナイパーライフル。それもめちゃくちゃ精度いいやつ。
詳しい名前までは覚えてないけど、とにかくあれはホンモノだ。
やばい、どんどん頭の中で根拠が固まっていく。
……この窓を開けたくない。
でも開けなきゃいけない。現実を確認するために。
震える手で、窓をゆっくり開く。
男「……………」
男「………ああ」
見てしまった。
現実。
東京都の終焉。
マンションの下にいる、数人かのゾンビ。
よく見ればすぐそこのビルの上にはヘリが飛んでいる。
男「………」
本当、都合の悪い頭だな。こんな時くらい動揺させてくれよ。
ぜんぜん冷静だ。
男「……どうしようか」
まずテレビで得た情報を頭の中でリピートする。
……走れる。痛覚が無い。………あと知能が低い。あと力がめっちゃ強い……体が脆い。
そんくらいか。
ほんと、ゾンビ映画とかで見るゾンビそっくりだ。
笑えない。
やるしかない。
ここにいると、多分ヤバい。
頭を切り替えろ、俺。もう日常じゃない。
とりあえず、ヘリが飛んでるってことは、あのビルに行けばいいんだよな。
……その前にこのマンションから脱出だ。
男「何か、何か武器」キョロキョロ
鉄パイプくらいのもんで殴ればいいって言ってたよな。
まあそんな都合よく家の中に置いてあるわけでもない。
机の足とか……だめだ、細すぎる。ハンマーは……だめだな、短い。
家具とか道具とかを見て、分解できるかどうか、できたとして役に立つかどうか、ひたすら考える。
男「そうだ、とりあえず包丁……短いけど持っといた方がいいよな」
ナイフ程度にはなる。そう思い、キッチンへ向かう。
男「普通のより、果物ナイフの方がよさそう……だよな」カチャッ
男「いやでも、どうやって持ち運ぶか」
そのまま持ってると、自分の腕とかを切りかねない。
ペルト……いや、足とか危ないよな。
……そうだ、ポーチ。ポーチならそこそこ安全だ。
男「ポーチは……あったあった」ガサゴソ
試しに果物ナイフを入れてみる。
ぴったりだ。よし、これでいこう。
男「んで、鉄パイプ的なものは……なんかないかな」
考えろ……ナイフだけで人間を相手できるほど、俺はプロくない。
ましてや相手から一発くらったらアウトだ。
別に鉄じゃなくてもいい、殴れて、かつそれなりに長いもの……
男「……あ、木刀」
そうだ、引っ越す時に、なんとなく記念にと思って、持ってきてたはずだ。
確か押入れの中に……
卒業アルバムだとか、ちょっと懐かしいものを手で押しのけて、木刀を探す。
男「くそ、邪魔だな……あ、あった!」ガシッ
なんとなく手が触れただけだが、この感じは間違いない、修学旅行の日に買った、あの木刀だ。
少し安心しながら、思いっきり引き抜く。その拍子に、思い出の数々がどさどさと落ちてくる。
我ながら整理がヘタクソだな……。
男「………思ってたよりは長くないけど……いや、十分マシだ」
武器は揃った。
あとは服……そうだよ、服だ。一発くらっても大丈夫なように、ジャンバーとかの厚着をしよう。
急いでクローゼットを開けて、分厚いジャンバーを取り出した。
男「よいしょっ……と」バサッ スーッ
完璧。
だと思う。
これ以上の装備は多分無理だ。
…………これから外に出て、多分あのゾンビどもと戦わなきゃいけないんだろうな。
嫌だ。怖い。死ぬ。
ゾンビになるってなんだろうな。
男「………脱出しなきゃ」
くそ、ふつうに生きてきたはずなのに、なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
本当に神が恨めしい。
ああ、怖い。
ポーチを左側に提げ、右手に木刀を持ち、ゆっくりと玄関へ向かう。
男「……あ」
玄関の扉の前に立った時、非常食の乾パンが目に入った。
男「一応持っていっとこう」ガシッ スッ カランッ
それを一缶だけポーチに入れる。
男「……………」
扉に手を置く。
扉を開けたらすぐ目の前にゾンビがいてゲームオーバーとか、本当に洒落にならない。
………思いっきり蹴って開けて、ドアが開く右側に向かって木刀をぶん回せば、一応なんとかなるか?
男「………行くぞ、俺」ガチャッ
ドアの鍵を開ける。
心臓の音がよく聞こえる。
……ドアノブに手をかけ、少し、ほんの少しドアを開け……
男「うおおおぉぉッ!!」ドガァッ
思いっきり蹴って開けた。
そしてすぐに木刀を振り回す。
男「ぉぉぉぉあああああっ!!」ブオンッ ブンッ
……………。
想定外に誰もいなかった。
男「……あ」
玄関の扉の前に立った時、非常食の乾パンが目に入った。
男「一応持っていっとこう」ガシッ スッ カランッ
それを一缶だけポーチに入れる。
男「……………」
扉に手を置く。
扉を開けたらすぐ目の前にゾンビがいてゲームオーバーとか、本当に洒落にならない。
………思いっきり蹴って開けて、ドアが開く右側に向かって木刀をぶん回せば、一応なんとかなるか?
男「………行くぞ、俺」ガチャッ
ドアの鍵を開ける。
心臓の音がよく聞こえる。
……ドアノブに手をかけ、少し、ほんの少しドアを開け……
男「うおおおぉぉッ!!」ドガァッ
思いっきり蹴って開けた。
そしてすぐに木刀を振り回す。
男「ぉぉぉぉあああああっ!!」ブオンッ ブンッ
……………。
想定外に誰もいなかった。
とりあえず通路を見渡してみた。右、左、右。
誰もいない。
しかしそれでも、木刀を構えるのは決してやめない。剣道とかはやったこと無いし、多分この構えはあんま合ってるとは言い難いんだろうけど。
男「エレベーターは死亡フラグってもんだよな……階段か」
うちのマンションは左右に階段がある。比較的近い方の右の階段に行こう。……っと、その前に階段にゾンビがいないかどうかだな。
壁から身を乗り出して、見れるだけ確認する。……くそ、反対側が確認できない。
しかし幸いな事に、『見える分』には階段には何もいない。
どっちに行こうか迷う。
男「……普段降り慣れてる方がいいよな。右行こ」スタ…スタ…
上の階から急にゾンビが降ってくるとか、お隣さんのドアが空いてゾンビがあふれてきてもいいように、慎重に、注意深く進む。
もちろん後ろの確認も忘れない。左手は果物ナイフの柄に添えておく。
男「階段前到着、っと」
とりあえず無事に階段前にたどり着いた。
念のため、さっき確認したときとは反対側から階段を見渡す。
よし、何もいない。
一歩ずつゆっくりと、踏み外さないように階段を降りる。
できるだけ足音は立てない。
男「……ふぅー……」
無事、ゾンビに遭遇せずに6階に到着した。
左右を確認、すぐに階段を降りる。
俺はいわゆるFPSのゲームが好きだ。だから、足音とかには鋭い方だと思ってる。
足音が聞こえたら、すぐに反対側の階へ戻る。そして木刀を構えて、ゾンビと交戦、またはやり過ごす。
頭の中でその動きをシミュレーションしながら、ゆっくり、ゆっくりと、5階に着いた。
少し心に余裕ができた。
しかし油断はできない。
男「……っし、よく考えたら、いちいちマンションの階段上がってくるゾンビもそうそういねーよな……」
だが、念には念を。
木刀を構えるのはやめず、4階への階段、4階、3階への階段へと進む。
よし、すぐそこが3階だ。
もう少しで1階。最悪の場合、2階から飛び降りれば、おそらく死にはしない。
と、ちょっぴり安堵した時。
コツ………コツッ、コツコツ、コツッ………
足音が聞こえた。小気味いい音で床を叩くのは、多分革靴とかその辺りの靴。
そしておかしなリズムで歩く音。まるでふらふらと歩いている感じの。
男「…………!」
確信した。これゾンビだ。間違いない。
すぐに身を屈めた。おそらくこのゾンビは3階の通路にいる。
って事は、今俺がいる階段は、通路からはかなり見えにくい位置にあるはず。
落ち着け、落ち着け……距離はだいぶ開いてる。このまま屈んで、2階へ向かえばいい……
ゆっくり、静かに、2階の階段の方へ進む。大丈夫だ、あっちには俺の位置はバレてないはずだし、この距離なら問題ない。
それでも腕がかたかた震える。
くるりと回って、2階の階段へ、犬が階段を降りるように手を置こうとした……その時。
ガンッ……カラカラッ……
男「~~~っっ!!」
2階の手すり下のパイプに、左側に掛けていたポーチが当たり、その拍子に中に入っている乾パンがわかりやすく音を立てた。
しまった。
心臓が一瞬、凍りつくように冷たくなる。
コツ、コツコツッ、コツコツ………
そしてゾンビも、わかりやすく足音を立ててこっちに向かってきた。
やるしかない。俺はゾンビと戦う。
そうと決まったら、できるだけ早く相手を確認しなければならない。覚悟を決めて、すぐに立ち上がる。
……いた。
10メートルくらい先、左の通路に、ゾンビはいた。
さっきテレビで見たような、皮膚がぐちゃぐちゃの気持ち悪いゾンビがいた。
はっきり言って想像を遥かに超える気持ち悪さだ。
血で真っ赤に染まってはいるけれども、多分こいつが着てる服はワイシャツとスーツのズボン。それと革靴を履いているところを見ると……会社帰りだったのかもしれない。
男「ああ、あ、あ、…………うう」
やばい、あまりにイメージと違ってて頭がくらくらする。
ゾンビっつったら、片足をずるずる引きずって、虚ろな目で、片手か両手をキョンシーみたいに真っ直ぐ構えて、ゆっくり近づいてくるもんだと思ってた。
それがどうだ。こいつは、片足を引きずるどころか、すごい普通に歩いてくる。目なんかガン開きだ。
ゾンビ「あ、あアア、アがガああァァ」コツ コツッ コツ
……声もボロボロだ。言葉という言葉は発していない感じだけど、声帯がボロボロになってそうなのはわかる。ところどころかすれてる。
このまま階段で戦うのは危険だと思った。だから、すぐに3階通路へ入り、後ろに下がってゾンビと距離を取る。
木刀を両手で握りしめ、どこを狙おうかよく考える。
頭が弱点……それはわかる。でも危険とか言ってたよな。じゃあ足を殴って骨折させて……いや、狙いにくい。
というか、そもそも人間を殴りたくない。でもやらなきゃ俺が死ぬ。
名前は知らないけど、あんまり恨まないでくれよ、会社勤めの誰か。
男「はぁ、はぁっ……よし、やるぞ」ギュッ
狙う場所は決まった。
脳天をぶっ潰す。
ゾンビが近づいてくる。……少し距離を取ったところで、足元の植木鉢に気付いた。
それなりの大きさだけど、持てないほどじゃない。
そこで俺はいいアイデアを思いついた。これ投げよう。
中には土がたっぷりだ。頭めがけて投げれば、植木鉢そのものの衝撃で致命傷、それがだめでも土で目くらましはできると思う。
そうと決まれば迷ってる暇はない。木刀を地面に置いて、すぐさま植木鉢を持ち上げる。
できるだけ大きな遠心力をかけるために、植木鉢を前後に振る。ぶん、ぶん、ぶおん、ぶおん………
ゾンビ「ガああァアがァああ」コツ コツ
ゾンビとの距離が縮まっていく……目測だけどもう5メートルも距離はない。
4メートル、3メートル半、3メートル、2メートル半……そして2メートルくらいの距離にゾンビが来た時、十分に遠心力を詰め込んだ植木鉢をゾンビの頭目掛けて投げた。
ぶんっ……
ゴシャアァァッ………バサッ
男「クリティカルヒットォッ!」パシッ
植木鉢はゾンビの顔面に当たり、砕け散ると同時に中身をぶちまけた。
ゾンビの顔は土まみれになり、おそらく俺は見えてない。
本当のところそのまま倒れてほしかったけど、まだこいつは立ってる。
すぐさま木刀を持って、ふらふらしているゾンビの頭に木刀を振り下ろす。
男「うおおあああああ!!」ヒュッ ブオンッ
……ゴスッ
鈍い音がした。めちゃくちゃ嫌な手応えだ。
人間の頭って殴るとこういう音がするのか……
ゾンビは頭を殴られた拍子にうつぶせに倒れた。しかし、まだ手足は動いている。
嫌だとは思いつつも、ここでとどめを刺さなきゃ俺が危ない。そう思って、冷酷に、また木刀を振りかぶる。
男「うっ、うああああっ!」ブオッ
ゴチャッ……
多分頭蓋骨を砕いて、ついでに脳みそが潰れたんだと、なんとなくわかるくらいの嫌な音が聞こえた。
ゾンビ「アが………………」
『ウオオオォォォォォ……』みたいな叫び声を上げるわけでもなく、ちょっと呻いた後、ゾンビはぴくりとも動かなくなった。
……ああ、やっちまったなぁ。
ゾンビとはいえ、元人間を殴り殺しちまった。
血まみれになった通路と、血が滴り落ちる木刀。
男「うえぇ………早く降りよ」
血なまぐさくてここに留まってられない。
ゾンビの死体を飛び越えて、さっきの階段へ戻る。
足音があるかどうか確認してみたが、とりあえずは何も聞こえない。多分2階にもいない。
ゆっくりと階段を降りて、2階へ到着。足音無し。1階へ向かう。
マンション入口の自動ドアは住人じゃないと開けられない。だから安全だとは思うが……
考えてるうちに1階に到着。
あそこの自動ドア大して厚くもないガラス製だし、割ろうと思えばゾンビにだって割れるはずだ。
裏口からの脱出も検討しながら、とりあえずロビーに向かう。
足音は……聞こえない。
男「いやでも、さっき窓から見た時は何匹か外にいたよな……」
マンション入口。ラッキーだ、ドアは割られてない。
外の様子を伺う。
男「……いた。3匹……うわ、車の陰から出てきた、これで4匹か」
ゾンビは4匹。バラけてはいるが、それでもかなり不利だ。
こっちには気付いていない。
さて、どうするか。
金魚の水槽洗ってきます
あとどうしようか考えてきます
走るか……ここの4匹だけなら走れば突破できるはず。問題は道路とかにいるかもしれないやつらだ。
テレビの情報が正しければ、街にはゾンビが溢れかえっているとか……
まずいな。
そこのビルまでは大した距離はないんだ……ヘリだってすぐそこに見える。
どっかのゲームみたいに段ボールでも被って行くか?
男「はぁ……せめて拳銃とかあればな……」
大量のゾンビ相手に、一匹一匹的確に急所を刺せるほど、俺はゲームキャラみたいなナイフのスキルは持ってない。
というか、扱い方すらよくわからない。
男「あのヘリ、こっち気付いてくれないかな……おーい」
少し控えめに手を振ってみる。が、もちろん反応なし。
まあ、そうだよな。
………いや待て、もしかしたら、どうにかして俺を発見してくれれば、援護とかしてくれるかも……
男「! そうだ、スマホの懐中電灯のアプリ」
確かあのアプリ、SOSって意味の点滅とかしてくれる機能あったはずだ。アップデートで無くなってなけりゃ!
急いでポケットからスマホを探す。
ジャンバーの左右のポケット、ズボンのポケット、ポーチの中……、あれ、無い。
しまった、慌てて部屋に置いてきたか……
男「戻る……しか、ないよな」
このマンションにはさっきのゾンビ以外いないのを確認した。おそらく帰りは安全なんだろうけども、怖いものは怖い。
階段で行こうとも思ったが、さっきのような緊張状態はもう嫌だったので、エレベーターで7階へ戻ることにした。
……もし開けたら出待ちしてましたー、みたいな事になったら……
いや、一匹か二匹なら、木刀で怯ませてその隙にドアを締めればいい。最悪、タックルして切り刻む。
ナイフをすぐ取り出せるようにして、慎重に、エレベーターのドアを押す。
ゴウン………ゴウン………ゴウン………
5階で止まっていたエレベーターは、1階へ音を立てて降りてくる。
7階でドアを開けた時にゾンビがいる状況をイメージ、対処の動きをシミュレーションする。
タックル……いや、蹴りの方が安全かもしれないな。
なんて考えているうちに、エレベーターは1階に到着した。
そこに乗っていたのは、一匹のゾンビ。
男「───ッ!!」
予想外だ、まさかエレベーター内に残っていたなんて。
完全に油断して構えを解いていた腕を、再び構え直す。
ゾンビもこっちに気付いたらしく、ドアに手をべちゃりとくっつけている。
……どうする、さっきみたいに植木鉢は無い。となると、小細工無しのタイマンになっちまう。
鈍いならまだしも、割とそこそこの速さで歩いてくるこいつら相手に、無傷で、且つ頭を正確に叩くのは難しい。
やべぇな。
とりあえず逃げる。少し開きかけたドアを見て、時間切れで十分な思考を得なかった頭は、その結論を出した。
タッタッタッタッタッ………
男「はっ、はっ、はっ………」チラッ
エレベーターからゾンビが出てきたのを、一瞬振り向いて確認し、すぐに階段を駆け上がった。
タンッ、タンッ、タンッ、タンッ
久々の1段飛ばしでの駆け上がり。懐かしい、高校生くらいまではよくやってた。
しかし今はそんな感傷に浸ってる場合じゃない。考えろ、対処法、戦う方法を。
まずあのゾンビ……多分女だ。皮膚は頭皮までもボロボロだが、僅かに残っていたり肩にかかっていたりしていた髪はかなり長かった。
そして服装──ワイシャツにミニスカ。靴は……おそらくハイヒール。OLだな、多分。
……待て、ハイヒール?
ハイヒールっつーとあれだよな、俺は履いた事無いからわかんないけど……歩きにくいとか、そういうやつ。
つまり、転ばせやすい?
男「いや、にしたってどうやって転ばせる?ロープとか、どっかに置いて……ねえよなぁ、普通。はぁ……」
常識的に考えて、そんなものを玄関先に置いてある家は無い。
しかし、何か見れば思いつくかもしれないと思い、3階からの階段を上ったあと、5階への階段へ行かずに、4階の通路に入った。
少し通路から身を乗り出して階段を確認した。
ゆっくりだが、階段を上ってきているゾンビが見える。あそこは……2階と3階の間くらいか。
とりあえず、そこそこの余裕はある。ちょうど息も切れ始めてきたし、少し歩くか。
男「はっ、はっ……ふぅ、はぁ、はあー……」スタスタ
4階の玄関先を見回ってみる。が、特にこれといって役に立ちそうなものはない。
次は5階だな。
さっきとは反対側の階段を上る。今度は普通に歩いて。
そして5階に到着。一応左右を確認するが、誰もいない。安全だ。
ゾンビの位置も確認しようと思ったが、どうにも見当たらない。3階か4階の通路へ行っているんだろう。
4階の通路にいる場合、少しヤバい。ので、早歩きで5階の通路を歩く。
男「お、傘……いや、殴るにしたって軽すぎるよな」
ビニール傘を目にして一瞬立ち止まったが、すぐに早歩きを再開した。
そして反対側の階段も近くなり、この階もダメか。と思いかけた時、階段付近の家の玄関先にある、何かを発見した。
少し小走りになり、すぐに確認する。
男「お」
これはいい。
そこにあったのは、木刀と同じくらいの大きさのスコップだった。……あれ、シャベルって言うんだっけ。なんか大きさで名称が違うとか、そういうのを聞いたことがあるんだけど……まあいい、あんまり関係は無い。
先端が鉄な分、木刀よりも威力は十分だろう。迷わずにそのスコップを拾い上げた。
しかし、強力な武器が手に入ったと共に、両手がふさがってしまった。
ここで木刀を置いていくのも、何か勿体無い。何かの役に立ちそうなもんだが。
二刀流──いや、そこまでの腕力は無いし、だいいちナイフが役に立たなくなる。じゃあ──
そうして木刀の使用用途を考えていると、向こう側の階段から上がってくるゾンビが見えた。
男「やっべ……」
明らかにこっちに向かって歩いてきてる。
どうする、このスコップ──シャベル?で応戦するか。
……いや。そうだ、こいつはハイヒールを履いてる……バランスを崩しやすいはずだ。
つまり、この木刀でなんとか転ばせれば……新武器でぶったたけるかもしれない。
って、なんとかってなんだよ……
ゾンビ「アぁあ゛ア──゛─………」
濁った声で呻くゾンビ。ただ音を伸ばすだけでも、声が荒れてところどころ途切れたりする。
俺とゾンビとの距離、15~20メートルくらい。
一応十分な距離とはいえる。
さて、この木刀でどう転ばそうか……
やっぱ、床に思いっきり転がす、とかか?
男「……っしゃ、作戦は決定だ、やるぞ」
どんどん近づいてくる。
そろそろ8メートルくらいの距離に差し掛かるだろうという所で、姿勢を低くして、木刀を転がす準備をする。
徐々に距離は縮まり……5メートルくらいだろうか、そのあたりにゾンビが近付いてきたところで、ゾンビ目掛けて木刀を思い切り転がした。
カランッ……カンッ、ガッ、ガラァンッ、カンッ、カァンッ………ドガッ
不規則に音を立てながら、木刀はゾンビの足首あたりに当たった。
ゾンビ「ァあ」グラッ ガッ バダンッ
丁度後ろの足を上げている最中だったこともあり、ゾンビは少し地面に突っかかってから、派手に転んだ。
すぐにシャベルを両手で握り締め、ゾンビの頭上で振り上げた。
男「うぉぉぉおおっ!!」ブオンッ
──ガァアンッ!
とてもいい音を立てて、シャベルはゾンビの頭に直撃した。
死んだかどうか確認しないうちに、もう一度スコップを振り上げる。
……ブオンッ
グチャァッ……
ゾンビ「……………──゛───゛…………」
文字にできないような、かすれた呻き声だけ上げ、ゾンビはその場に沈んだ。
男「はっ、はっ……」
男「や、やった」
たかが木刀とシャベルだけで、ゾンビを二匹も殺せた。タイマンだけど。
案外、サバイバルの才能があるのかもしれない。
男「ってちげぇ、スマホ……うえっ」
またも血なまぐさい。
さっさと死体を飛び越えて、階段へ向かった。
カン、カン、カン、カン………
カン、カン、カン、カン………
5階、6階の階段を上がり、7階に着いた。
ゾンビは……いない。
すぐに俺の家に向かい、ドアを開けた。
男「……ただいま」
孤高の戦士、帰宅。
万が一のためにドアに鍵をかけて、ソファーに座った。
男「はぁ~~~………」
疲れた。
体もそうだが、精神的に疲れた。
とりあえず適度に水分補給をしておこう。……ペットボトルに水とか入れて、ポーチに入れておこうかな。
冷蔵庫を開けて、麦茶を一杯コップに入れ、くいっと飲み干した。
しみる。うまい。
男「ペットボトルー……より、水筒の方がいいか」
頑丈だし、破裂とかの心配も無いし。
すぐに棚に置いてある水筒のフタを開け、中を軽く水洗いしたあと、麦茶を7割くらいまで入れた。
あまり入れると重すぎて困る。
きゅっ、きゅっ、とガッチリ蓋を閉め、ポーチの中に入れる。
……ちょっと窮屈すぎるかな。まあいい。
男「スマホは、っと、あったあった」スッ
椅子の上に放置してあったスマホを持ち、ジャンバーのマジックテープ付きのポケットに入れた。落ちると困る。
あとは……なんか用意できるものは無いかな。
いや、無いか……
ここに長居するのも少し危ない。早く出よう。
ドアをゆっくり開け、通路の安全確認をした。
よし、安全。
階段で1階に向かう。
カンッ、カンッ、カンッ、カンッ………
カンッ、カンッ、カンッ、カンッ………
………………
………………
さすがにもうゾンビはいないのか、安全に1階まで降ってこれた。
そしてスマホを取り出し、入口の近くへ来て、遠くにいるゾンビを見て………
あれっ、と思った。
………この日照りの中で、たかがスマホの光に気付くか?
…………………。
失策だった。
そうだ、そうだよ、よくよく考えてみれば、普通にゾンビにバレてアウトだろ。
男「はぁ~~………」
………ため息がこぼれる。
マジでどうしよう。
男「いや待て」
いや、失策じゃなかった。多分。
今は外が明るいからわかりにくいかもしれないが、夜ならだいぶわかりやすいはずだ。
ていうか、なんで入口でやる必要があるんだ。普通に屋上とかでやりゃあいい話だ。
考えれば考えるほど、このアイデアの欠点がぼろぼろ出てくる。
………夜を待つかぁ……。
男「……戻ろう」
夜までのしのぎを考えながら、階段ではなくエレベーターに向かった。
さっき呼び出したものの、ゾンビがいて乗れなかったせいで、1階にエレベーターがあった。
ボタンを押すと、すぐさま扉が開く。
男「上からゾンビが降ってくるとか、勘弁してくれよ」
まさに映画でありがちなシチュエーションが訪れないことを祈りながら、エレベーター内の『7』のボタンを押した。
7階に向かってエレベーターが動き出す。
ゴゥン………ゴゥン………ゴゥン……… ……………………
………まぁ、わりと普通に7階に着いた。
ドアの前で出待ち、なんてことも無かった。
だがまあ、外にいても万が一の場合、どこかに隠れていたゾンビに見つかる可能性も無きにしもあらずなので、すぐに家に戻った。
すいません、ご飯食べて多分今日の投下はここらで終わりです。
一日が長すぎますね、そろそろ終わらせます。
乙乙
今の装備は
木刀・スコップ・果物ナイフ・麦茶入り水筒・スマホ・ジャンパー・(乾パン?)
かな
>>38
そんなもんですね。まあ一般市民ならこんなもんでしょうって程度には。
あと時間がちょびっとできたのでちょびっと投下。
家に戻り、窓から外の様子を少し伺ってから、俺は再びテレビを点けた。一応音量を小さくして。
チャンネルはさっきと変わらない。違う映像が流れていないか確認してみる。
『~~場合には十分気をつけて下さい!ゾンビの体は脆くなっ』ピッ
男「変わってない、か……いやまあ、当たり前か」
流れた映像はさっきと変わらないものだった。すぐに別のチャンネルに変える。
すると、今度は生中継と思われる映像が映る。どうやら武装した自衛隊員らしき人物が、必死に話しているようだった。
『………我々のヘリは夜間、燃料補給等のため一時的に屋上に着陸、夜明けまでの飛行を中止しますッ!!』パァンッ パラララッ パンッ パンッ
流れたのは、ヘリの飛行中止を知らせる映像。そしてバックから聞こえてくる、複数の種類の銃声。
おそらく、何人、何十人かの自衛隊員で放送局へ突入したのだろう。
『ですがご安心下さい!!常時二人体制で監視および生存者の発見に努めております!!これをご覧になっている方は、夜間は光などでの合図をお願いしますッ!!』ダダダダッ パァンッ パララッ パァンッ
全く鳴り止まない銃声。かなりの量のゾンビと交戦中みたいだ。
いや、それよりも、この情報はありがたい。夜でもちゃんと発見してくれるそうだ。
『お知らせは以上です!自衛隊よりのお知らせでした!……放送は完了だァァァッ!!総員撤退ッ!撤退ィ──!!』パララッ バァンッ
──ブツッ
隊員の撤退の怒号と共に、映像はぷっつり切れてしまった。
男「……ありがたい、希望が持てた」
夜に備えよう。まだ時間はたっぷりある。多分ビルは避難所みたくなってるだろうから……持てるだけの食料、毛布、あと………何か装備になりそうなもの。
壁に掛かっているリュックサックを取り、毛布を一枚、それと懐中電灯、ポーチの中の乾パンと麦茶入の水筒を入れた。
男「あとなんか必要なものは………っとと、スマホもまだ使えるんだったな、充電しとかなきゃ」
充電器を床から拾い上げ、スマホに接続。70%ほどしか無い充電を、フルに回復させておきたい。
男「それから……乾パン以外にも缶詰とか必要だよな。あと……ああ、懐中電灯使うなら、予備の電池もだな」
自分で読み上げたものを、次々とリュックへ詰め込んでいく。
男「あとは……何か無いか。見落としてるもの」
無いとあとで困るものとか。
………いや、もう思いつかない。
男「あ、日記……」
そこでふと、机の上の日記が目に入った。
……日記か。どうしようか。
メモ帳代わりに使えるかもしれないし、一応持っていくかな。
あまり広くはなくなってきたリュックの中に、日記とペンを入れた。
それと木刀だな……
スコップの方が威力はあるんだろうけど、木刀だってあれば困らない。
かと言って両手に持つのも少し危ないし……
とりあえず、リュックに差しておいて、すぐに抜けるようにしておけばいいか。
考えて、適度に荷物の隙間を作って、木刀を差し込んだ。
男「よし」
懐中電灯が点灯するのを確認してから、リュックのチャックを閉めた。
その後、予想外なほど平和に時間は過ぎた。
さすがに眠りに就くのは避けたし、正直体が強張ってそもそも寝れないというのもあった。
一応、何度かスマホで木刀の扱い方やナイフの扱い方を調べ、適当に素振りなどをしてみたりもした。
が、なんだかしっくりこなかったので、木刀の振り方はさっきまで通りで、ナイフの扱い方のみ、調べた通りに使おうと思った。
所詮は付け焼刃だけど、無いよりマシだ。
昼飯を食べ、何度も外やマンションの入口の様子、見えるだけの道路の様子を伺ったりもした。
まだヘリは飛んでいる。
そして時は過ぎ、時刻は7時頃。
あたりは大分暗くなった。
男「そろそろ行くか、屋上」
腰を上げて、リュックを背負い、ポーチを掛け、シャベルを持つ。
装備は完璧。
スマホと、念の為に充電器をポケットに入れて、玄関に向かった。
そーっとドアを開け、外に出る。
左右確認。異常無し。
男「……よし」
確か9階までのマンションで、10階が屋上になっているはずだ。
なんとなくいつもの右側の階段へ。
あまり行ったことのない7階以上へと、階段を進む。
幸い電灯は灯っていて、視界は十分だ。それでも慎重に、足音をあまり立てないように上る。
8階へ到着。通路に少し顔を出して見てみたが、ゾンビがいないのを確認し、9階へ向かう。
風呂入って寝ます。支援レスありがとうございます。
9階に上がり、ひとまず通路を見渡す。
そしてミスに気付く。
男「やっべ……」
屋上の入口が見えたのは、遥か遠く。
俺が上がってきた階段とは反対、つまり左端に屋上入口はあった。
おそらくゾンビはいないだろうが、それでもこの長い通路を余分に歩かなければいけないのは、結構なリスクがある。
例えば、日中に俺が利用したエレベーターではない方のエレベーターの中にゾンビがいる可能性。または、うまい具合に隠れてて見つけられなかったゾンビが、出てきている可能性。
移動しやすいように、そしてポーチの件のごとく不意に音を立てないよう、構えを解いて懐に抱きしめていたスコップを再び構え直す。
そしてゆっくりと、通路を渡る。
……大丈夫だ。最終的に小細工を使ったとはいえ、2匹も相手したんだ。正面からの一騎打ちだって問題無い。冷静に対処すればいいんだ。
額を流れる汗を止めるように自己暗示を繰り返す。
もちろん玄関先のチェックは忘れない。このスコップのように、使えるものが見つかるかもしれない。
それでもチェックするのは、一瞬。ちらっと見て、すぐに前を見る。時々後ろも見ながら、通路を進んでいった。
男「……ふぅ」
何事もなく、通路を渡り終えた。
目の前にあるのは、屋上への扉。もちろん鍵が開いているわけではない。
しかし、天井があるわけでもなく、また格子戸のようなその扉は、登りやすい。
さすがに片手では登れないので、まずスコップのみを格子の隙間を通らせて向こう側に置き、その後に格子の一本を掴む。
懐かしいなぁ。子供の時は、こんな感じで柵とか飛び越えてたりしたっけ。
ふと童心に返りながら、体を上に持ち上げ、真ん中あたりの横に伸びた格子に足を置く。
男「よっ……っしょっと」
腕を扉の上に移し、少々強引に股を開きながら乗り越え、地面に飛び降りた。
置いておいたスコップを持ち、屋上への階段を上る。
……ようやく脱出だ。スマホのライトか何かで見つけてもらえば、もしかしたら迎えに飛んできてくれるかもしれない。
希望を胸に、階段を上る。
階段を上り終えると、始めて見る屋上が見渡せた。
よくわからない機械が点々と並んでいる。
男「広いな~……」
……っと、広さに感心してる場合じゃない。スマホスマホ……
上着のポケットを開け、スマホを取り出そうとした。
しかしそれは、不意に聞こえた足音によって中断された。
スタッ、スタ、スタ、…スタッ、スタスタ、………
冷たい12月の風のせいか、はたまた全身に走る緊張のせいか、背筋が凍りつく。
……冗談だろ、なんで屋上にまで。
理由を考える前に、相手の場所を探す。……が、並んだ機械が邪魔をして、ゾンビの場所を特定できない。
屋上は暗く、視界が悪いのも災いとなった。
不規則に、特に目標もなく歩いている感じの音を聞く限り、俺は発見されていないはず。
少しでも見つかりにくいよう、腰を低くして近くのタンクに向かい、足音からわかる相手の大体の位置とは逆側にしゃがみこんだ。
タンクの下部は少し隙間があり、なんとなくは向こう側が見える。
さらに頭を低くしてその隙間を覗き込み、ゾンビの場所を探る。
男「………………いた」
しばらくきょろきょろとしたあと、向こうの機械の陰から出てくるゾンビを発見した。
そしてその服装を見て、この場所にいる理由に納得する。
ゾンビの服装は、いわゆる作業員のものだった。
遠い上に暗く、細かい場所までは見えないが、頭にはヘルメットを被り、作業服と思われるものを着ている。
男「………まずい」
何がまずいのかと言えば、ヘルメットを被っているという点。
ヘルメットとは、頭を衝撃から守るもの。
つまり殴打に強い。
……つまり、スコップで殴っても効果が薄い可能性が高い。
となると。
男「ナイフ、か」
まったく、今日一日で木刀、スコップ、続いてナイフを使う羽目になるとは。
ゲームのチュートリアルかよ。
だとすると、ゲームならナイフのスキルの説明とか入るもんだけどな……
現実は何も教えちゃくれない。
とりあえず、さっきスマホで見たナイフの使い方を頭の中で復習する。
所詮付け焼刃程度。素人に毛が生えただけに過ぎない。
それでも、この状況ではナイフを使わざるを得ない。
抜くことはないと思っていた果物ナイフを、ポーチから静かに取り出す。
さあ、どう戦おうか。
作業員って事は、そこまで不安定な靴を履いているとは考えにくい。むしろ長靴とか、しっかりした靴を履いてそうなイメージだ。
だから、2匹目の女ゾンビのように転ばせる作戦は多分、失敗に終わる。
かといってここには植木鉢のようなものは無いし、はっきり言って投げられるものは一つも置いてない。
正面からナイフで挑むか?
いや、危険すぎる。
というかどこを狙えばいいんだろう?首の頚動脈あたりを切断すれば、やっぱり出血多量とかそのへんで死ぬのか?
少なくとも、今までのゾンビの頭を粉砕した時に、大量の出血があったところを見るに、血が流れていないというわけでもないとは思うが……
男「ん、んー……んk」ジー
しかし、本当に見にくい。
ゾンビがよろよろと歩いているのは確認できるが、果たしてこっちを向いているのか、それともまったく別の方向を向いているのか、検討が付かない。
だがまあ、それはあっちも同じのようで、こちらにはまったく気付いていない様子。
時間は割とある。考える時間も、今は時間制限なしのようなものだ。
満足のいく作戦を練ろう。
作業服は防御高いからなー
ナイフレベルでは刃が通らないかも。
シャベルをハルバード代わりに斬撃戦…
長丁場確定(ぉ
>>53
作業服の防御力について1ミリも考えてませんでした・・・
とりあえず屋上で一安心したところにゾンビを突っ込みたかっただけなのです。
自分でもどうやって倒せばいいのかよくわかりませんが考えながら書きます。
まず、武器は何で戦うか。
木刀は──まあ論外だな。スコップのほうがまだマシだ。
いやしかし、スコップだってどう使えばいい?頭を潰そうにもヘルメットが邪魔だ。
となると、やはりナイフか……
いやいやいや、ナイフは本当に緊急時、これ以上手が無いって時に使う用だろ。真正面から向かってくる相手に使う武器じゃねえ。
しかも相手が悪すぎる。ワンパンくらったら即アウトだ。
捨て身のタックルをしながらゾンビの首を掻っ切るってくらいなら俺だってできる。多分それでゾンビは死ぬ。
でも、首を切った後に来るであろうゾンビの攻撃を、俺は避けれないと思う。
仮に引っ掻きやら噛み付きやらに偶然当たらなくても、ヤツらの怪力(テレビで聞いただけで自分が体験したわけじゃないし真偽は不明だが)で腕を押さえ込まれそうなもんだ。
……………。
これ、ゲームで言うところの詰みだろ。
あっちは俺に気付いてないみたいで、なんだかふらふら歩いているけど、そのうち気が向いてこっちにでも来られたら、もうオシマイだ。
どうする、どうする、どうする。
男「………はっ、………はっ、………はっ、………」
脳内で広がっていく絶望に動揺して、息が荒くなる。
ああ、もう嫌だ。怖ぇよ…………
今すぐこの場から逃げ出したいくらいだ。
くそ。今まで普通に生きてきた俺が、なんでいきなりゾンビと戦わなきゃいけないんだ。
そういうのはせめて、もっと戦闘スキルのある奴に───……あれ?
無慈悲な現実に対して、全く意味を成さない愚痴を垂れていると、ごく単純なことに気がつく。
………『逃げ出したい』くらい?
ちょっとまて。──またタンクの下を覗き込み、ゾンビの位置を確認する。やはりこちらには『気付いてない』。
『気づいてなく』て、『逃げ出したい』なら…………ああ、そうだ。
逃げりゃいいんじゃん。
男「…………………」
名案どころか、恐らくこの場における最適な判断に至ったと言ってもいい結論に安堵しながらも、そんな根本的なところにすらすぐに気がつかない自分の頭が悲しくなる。
いや、自虐ならあとでやろう。そう、逃げたあとに。
俺が動き出すのは早かった。なぜならゾンビとの距離は十分で、且つ入口はすぐ5メートル先程度の場所にあったからだ。
しゃがんでこそいないものの、腰をかなり低くした体勢で入口へ向かう。
入口の階段へ差し掛かったところで、後ろをちらっと見てゾンビがこちらに気づいていないか確認した。……オーケー、問題無い。
音をあまり立てないように階段を降り、入った時と同じように、まずスコップを格子の向こうに置いた。
そしてさっきよりも早く格子をよじ登り、向こう側に降りた。
………あっさり。
とてもあっさり、絶望的な状況を回避できた。
はは………いやぁ、拍子抜け。
さっきまでマイナスなことしか考えていなかった脳が、安心したせいか、どんどんとポジティブなことを考え始める。
よく考えたら、あいつら頭悪いんだよな。怪力だとか、一発喰らったらアウトとか、そういうぶっ飛んだ情報しか考えてなくて完全に盲点だった。
そうだそうだ、相手だって元人間だ。能力にだって限界がある。
多分怪力だってのも、詳しい事はよくわからんが……脳のリミッターみたいなもんが、脳を荒らされまくったせいで解除されたってだけに違いない。
男「は、はは……」
自然と笑いがこぼれる。
なんだ。
チョロいじゃん、あいつら。
少しネットサーフィンしててアイアムアヒーローという漫画を見つけました。
なんだかこの漫画と設定が少し似てしまった気がして申し訳ないのです。
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