真美「進めっ、インフェルノスターズ!」(236)


 「Song on the wave」。
 注目されているアイドルやアーティストが出演する、有名音楽番組。
 出演したアイドルは必ず仕事も増え、トップアイドルへと近づく。

 多くのアイドルがパフォーマンスをした場所。
 日高舞が伝説を作り上げた場所。
 ジュピターが頂点へ近づいた場所。

 ――その番組に、ついにフェアリーが出演する。



SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1364826599


 夜、23時30分。
 クッションの上に座って、ガラスのテーブルを挟んだ向こうのテレビを見つめる。

響「おーい、始まるぞ、ハム蔵」

 ヂュイッ、とハム蔵が自分の肩に乗る。
 テレビはビールのCMから、大人っぽいトランペットのBGMと夜景の空撮へと毛色を変えた。

『Song on the wave、今夜のゲストは……アイドル、プロジェクト・フェアリー』

響「すごいなぁ」

 フェアリーのプロフィールが読み上げられる。


『プロジェクト・フェアリーは、961プロのアイドルユニットとして結成された』

 最初の記者会見の映像が流れる。美希がセンター。サイドに貴音と、自分。

響「……」

『765プロに移籍後は、イメージを変更。明るさと不思議さを押し出したユニットとなる』

響「ヴァンパイアガールだっ」

 ヴァンパイアガールの発表の映像。移籍してから初のシングルだった。
 ……どうして移籍したかは、言わないんだな。

『我那覇響が引退し、現在は2人のアイドルデュオ』

 自分が引退の挨拶をした「生っすか!?」の写真が表示され――スタジオに映像が切り替わる。


 椅子に座る美希、貴音。セットのテーブルを挟んで、司会者が座っている。

司会者『それでは、よろしくお願いします』

美希『よろしくなの』

貴音『よろしくお願い致します』

司会者『本日は961プロ時代の楽曲も披露していただくわけですが……』

 Song on the waveだからと言って身構えない2人。

響「2人はこの番組でもいつも通りだなー」

司会者『四条さん。……我那覇さんが抜けたフェアリーは、やはり以前と違いますか?』

 貴音が話し出す。

貴音『響がアイドルを辞めると知ってからは……何度も解散を考えました』

司会者『解散、ですか……』


貴音『ですが、美希と話し合い、響の分まで活動することを決めたのです』

司会者『なるほど……星井さんは、我那覇さんに何かお声をかけたり?』

美希『うーん……負けないよ、とは言ったかな』

司会者『何か、勝負をされているんですか?』

美希『うん、響のプロデュースしてるユニットと、ステージで真剣勝負をするの』

司会者『……我那覇さんは、プロデューサーになられたんですか?』

美希『インフェルノスターズ……765プロの新ユニットなの』

 司会者は目を丸くした。

司会者『あのユニットは、我那覇さんがプロデュースしているんですね』

 自分は、まだ正式に「インフェルノスターズのプロデューサーだ」とは世間に言っていない。
 あの屋外ステージで、3人が話したぐらいで。

 ……インターネットでは、自分がフェルノスのプロデューサーであることが、結構知られているらしい。
 あんまり、ネット見ないけどな。


美希『そう。フェルノスと戦うことが、今のミキ達フェアリーの目標……なの』

 こ、こんなことを言って大丈夫なのか……?
 思わず身を乗り出した。

司会者『なるほど。……ちなみに、勝負に向けて新曲などは?』

美希『ううん、今ある曲で実力を出すよ』

司会者『なるほど……』

 アイドルクラシック本戦で、フェアリーはどの曲を歌うのだろう。

司会者『それでは、披露して頂きます。プロジェクト・フェアリーで……』

 この衣装を着ているということは……あれを歌うつもりなんだろう。
 「Song on the wave」には似合うと思う。自分も、フェアリーに居たらそう提案する。
 夜の雰囲気にはピッタリだ。

響「『KisS』……」


 961プロ時代の楽曲。
 デビュー曲ではないけれど、この曲には思い入れがある。

 黒井社長を盲信していて、765プロや、プロデューサー、アイドルのことを毛嫌いしていた。

響「王者は常に孤独であれ……か」

 ……961時代のフェアリーは、孤独だった。
 他の事務所のアイドルと話すことはおろか、挨拶すら許されない。
 でも……自分たちは王者になれなかった。

美希『ねえキス、キス、キス♪』

貴音『何十回も♪』

 王者になれなかったから――765プロに移籍して、アイドルが楽しいんだ、って気づくことが出来た。


貴音『分かってる、だけど♪』

 それは、美希も貴音も一緒だと思う。
 黒井社長が提案した、765プロと961プロの合同ライブ。ここで、765プロを潰すつもりだったようだ。

美希『――――どこにキスしてほしい?』

 ……黒井社長の息がかかった、765プロだけにいっぱい妨害をするスタッフと、
 「美希を取り戻す」ために精一杯歌って踊った765プロのアイドル。

美希『ねえキス、キス、キース……♪』

 一方、「三流プロダクションに負けるな」と駒扱いされた961プロのアイドル。
 どちらがモチベーションが高く、そして勝ったかは――――言わなくても分かる。

響「オーバーマスター、KisS……聞くたびに、思い出すよな」

 プロデューサーは、黒井社長にこう言ったらしい。
 合同ライブ後、観客に投票してもらう。どちらのステージが良かったか。

貴音『キース、キース、キーッス……』

 それで765プロの票数が上回っていれば、美希を返せ。


 765プロに負けて苛立った黒井社長は、自分と貴音までをもクビにして……。
 プロジェクト・フェアリーを、手放した。

響「貴音は、961時代の曲にはいいイメージがないみたいだけど」

 自分は、好きだ。
 なんだかんだ言って、黒井社長が居なければフェアリーは生まれなかったんだ。
 961プロに、貴音が来なければ。美希が、移籍して来なければ。

 『オーバーマスター』も『KisS』も、3人がアイドルを始めた証、みたいに思える。


司会者『ありがとうございました。こちらは、961プロ時代の曲ですね』

貴音『はい』

司会者『765プロに移籍した今でも、ライブなどでは歌われるんですか?』

美希『オールスターライブじゃ歌わないかな。フェアリーのライブだと歌うよ?』

司会者『なるほど……』

 携帯が震えた。メールだ。

響「もー、曲の途中じゃなくてよかったぞ……」

 差出人は……エルダーレコードのプロデューサー。

響「あっ……もしかして」

 フェルノスのデビューシングルの話だろうか。


 『Little Match Girl』のシングル。そのカップリング曲を……新しく作ってもらう。
 完成次第パソコンのメールで送って、携帯にお知らせします、とのことだった。

 作曲家さんは千早の大ファンで、ノリノリで新曲を作ってくれたという。
 『新曲が出来ました。音源と歌詞とメッセージを送ります』だって。

美希『カモ先生は、ミキにいろーんなことを……』

 パソコン……起動するのが面倒だ。
 近くにあったタブレットを手にとった。

貴音『らぁめんが、わたくしがアイドルを続ける動力源と……』

 律子がセッティングしてくれたWi-Fi。……それと、プレゼントしてくれたタブレット。
 自分がプロデューサーとして初出勤した日、あの荷物の中に入っていたのは2人の先輩からのプレゼントだった。

 律子からはタブレット。プロデューサーからは、電子メモパッド。

響「ほっ……ついた」

 メールのアイコンをタップする。


響「どれどれ……」

 メールを読んでいく。作曲家さんのメッセージがあった。

 実は、生っすかのステージを見るまで、新曲作りは全く進んでいませんでした。
 僕には、インフェルノスターズに似合う曲が書けそうになかったのです。
 か弱い、というイメージ。その中に真美ちゃんがいるギャップ。

響「……うん」

 でも、イメージに合うかわからないという不安は、上手く消えました。
 『We just started』を歌った彼女らを見て、僕は「根底にある情熱」を感じたのです。

 だから、この曲を歌って欲しい。強く、そう思います。

響「……」

 音楽ファイルを、タップする。「保存しますか?」のダイアログ。
 早く聞きたい。


 保存が終わった。「アプリケーションを選択」。
 どれでもいいから、早く聞かせてよ。

 メールには、歌詞のファイルも添付されている。
 ファイル名は、曲名じゃない。

 音楽が再生される。
 メールに戻って、歌詞を開いた。

響「…………『今 スタート!』か」

 爽やかな曲調。前向きな歌詞。
 作詞と作曲を同時にこなす作曲家さんだから作れる、互いに支えあう楽曲。

 不安な気持ちを、強いメロディが支える。
 消えそうな旋律を、真っ直ぐな歌詞が支える。

響「……すごい」


 聞き終わって、早くみんなの声で聞いてみたい、と思った。
 千早の力強い声で。雪歩の優しい声で。真美の元気をくれる声で。

響「本当に、こんな素敵な曲がカップリングで、いいのかな」

 カップリングということは、シングルCDの2曲目。
 表題曲と違って、ほとんどテレビ番組で流れることはない。

 ライブでは出来るだろうけど。CDを1枚しか出さずに、単独ライブは出来ないだろう。

響「……最初は、2曲だけのCDなんて売れない、って思ってたけど」

 エルダーレコードのプロデューサー、作曲家さんとの三者面談で言われた。
 カップリング曲は1曲だけ。

 ……不安だったけど、こんなにクオリティの高い曲なら、大丈夫だ。

 あのライブから、もう3日。
 CDの発売まで、3週間もない。

響「…………そうだ、千早に連絡しないと」


 どんなに遅い時間でもいいから、新曲が届いたら私に真っ先に連絡して欲しい。
 千早には、そう言われている。

 つけていたイヤホンを外して、タブレットをテーブルに置いた時、気づいた。

『Song on the wave、次回のゲストは、アーティスト――』

響「あっ!」

 番組が終わっている。

響「し、しまった……」

 新曲にすっかり気を取られていた。
 ま、まあ録画してあるから大丈夫だな。自分、完璧だから。

響「……と、とりあえず千早に」

 千早に「新曲が届いたよ」とメールをする。
 同時にパソコンを立ち上げて、空のCD-ROMを取り出した。

響「あと、CDに入れて持って行くぞ」

 やる気が湧いてきた。
 ……まあ、『Song on the wave』の録画が失敗したことに気づいて、やる気はちょっとしぼんじゃうんだけどね。


 翌朝、事務所。
 木曜日は春香がラジオの収録で朝は事務所にやって来ない。

 ……自分は朝から新曲を何度も聞いて、テンションは最高潮だった。

響「はいさーい!」

P「おはよ、響」

真「おはよー!」

響「あれっ、みんなは?」

P「竜宮小町はもう出かけたな。春香は『春場所』の収録で、他はまだ来てない」

真「響、早いね……。プロデューサーになってから、いつもこの時間なの?」

 ……8時20分。
 アイドル時代は、10時ぐらいに事務所に来て……その後仕事、それがいつものことだった。

響「いや……今日は、なんとなく早く来ちゃったんだよね」

 ……プロデューサーになってからは、9時に変わっただけ。……うん、遅いよね。
 律子やプロデューサーはもっと早く来ているだろうし。


P「小鳥さんも、そろそろ来るだろうな」

響「ぴよ子って、いつも早く来てなかったっけ?」

P「……昨日、飲んだんだ」

響「へ!?」

P「『Song on the wave』を見ながら、音無さんの家で」

真「い、家で!?」

 男女が家で夜にお酒を飲む……って、まさか!

P「……音無さん、すごい飲んでな……。寝ちゃったから、俺は家を抜けだして、終電で帰った」

響「た、大変だったな……」

真「そ、そうだったんですか……」


響「ねえ、プロデューサー。昨日の放送、録画してる?」

P「ああ……俺の家でも、音無さんの家でも……ついでに、事務所のレコーダーでも」

響「事務所のも? ……見てもいいかな」

P「ん、いいけど…………響、『Song on the wave』見るーって言ってたろ」

響「実は、フェルノスの新曲が放送中に届いて……途中から見てないんだ」

真「新曲?」

響「うん、シングルのカップリングで……」

真「ボク、聞いてみたいな! 響、その曲ってどこにあるの?」

響「え? あぁ……このCDに入ってるぞ!」

 CD-ROMをバッグから取り出して、真に渡した。

真「『今 スタート!』……っていうの?」

P「おっ、フェルノスの新曲かー。俺も聞いていいかな」

響「もちろん!」

 


 プロデューサーと真に歌詞を印刷した紙を渡した。
 真がデッキにCDをセットして、再生ボタンを押す。

 流れだす、かっこいいギターの音色。

P「ギターか……」

真「かっこいいね……」

 そして、すぐに音楽の雰囲気がガラッと変わる。
 弱く、優しい旋律。

P「…………」

真「……」

響「…………」

 な、なんかちょっと照れるな。
 自分が作ったわけでもないのに、なんでだろ。


 最後は、最初と同じギターの音が入って、アコースティックな音へと変わっていく。
 綺麗なフェードアウト。

真「…………いい曲だね」

 真はうっとりと歌詞を見つめている。

P「ああ、すごいいい曲だな……これがカップリング曲なんて、すごいな、フェルノスは」

響「フェアリーだって、『We just started』があるじゃないか」

P「あれはライブで盛り上がるよな。……てか、『今 スタート!』って……曲名」

響「ん?」

真「――ああっ! 意味、似てます!」

 We just started。
 私達は、まだ始まったばかりだ。

 ……今 スタート。

響「……確かに」


 メールに書いてあった、作曲家さんのメッセージを思い出す。
 「We just started」を歌う姿を見て思い付いた……。ということは。

 曲名が似ているのも分かる。

真「フェルノスとフェアリーが同じステージに立った時、2つの曲を歌ってるのを見てみたいよ」

P「……俺も、そう思う」

響「…………出来たら、かっこいいな」

 2人のおかげで、『今 スタート!』の新たな一面に気づいた。

 その後、プロデューサーが「じゃあ『Song on the wave』を最後まで見てもらおうかな」と言ったので、
 真と一緒に見ることにした。

真「ボク、もう1回見たくなったよ! それぐらいカッコ良かった!」


 『KisS』が終わる。

真「セクシーでかっこいいなんて、反則だよねぇ」

響「そうだな……すごいや」

 司会者は2人の個人的な話を聞き始めた。

司会者『星井さん、四条さんがそれぞれアイドルを続ける動力源となるものは、なんですか?』

響「…………」

 動力源。美希は”ハニー”だろう。貴音は……なんだろ。”くに”の人たちかな。

美希『うーん、のんびりすることかなぁ』

司会者『のんびりすること、ですか?』

美希『うん。ミキ、のんびりすることが好きなの。アイドルをやってる時は、キラキラ出来るよね』

司会者『はい』


美希『でも、キラキラと同じぐらい、のんびりすることが好きで、それが幸せでもあるんだ』

貴音『ふふっ』

美希『ミキの尊敬するカモ先生は、ミキにいろーんなことを教えてくれるの』

司会者『カモ先生?』

美希『うん、カモ先生みたいにのんびり出来たらいいなぁ、って考えるんだ』

司会者『のんびりすることが動力源なんですか?』

美希『ううん、違うよ。アイドルとしてキラキラして、サイコーってカンジの夜にのんびりするのが、ミキは大好きなの』

司会者『なるほど、キラキラしてのんびりしたい、という思いでアイドル活動をしているんですね』

美希『うーん……まあ、そうなのかな』

 真が隣で苦笑いしている。
 ”ハニー”のことを言わないだけ、美希もプロデューサーのことを大切にしているんだろうな。


司会者『続いて、四条さんに伺ってもいいですか?』

貴音『はい。ずばり……らぁめんです』

 貴音はすごいなぁ。
 『Song on the wave』でラーメンのことを話せるなんて。
 まぁ、貴音だから出来ることだろうな。

真「……貴音、すごいよね」

響「貴音じゃなきゃ、この番組でラーメンのことを話せないんじゃないか?」

真「ははっ、それもそうだね」

貴音『らぁめんが、わたくしがアイドルを続ける動力源といるのです』

司会者『四条さんは、ブーブーエスの番組でラーメンを食べるコーナーを担当されているんですよね?』

貴音『はい。らぁめん、それは現代の食が生み出した究極の……』

 その後、貴音のラーメン話は2、3分続いた。
 司会者が「では、2曲目を披露して頂きます」と言っても、まだ話し足りないようだった。



司会者『本日は本当にありがとうございました』

美希『ありがとうなの!』

貴音『ありがとうございました』

司会者『それでは、765プロ移籍後第1弾のシングル曲です。プロジェクト・フェアリーで』

 美希が突然、曲名を言った。

美希『きゅんっ! ヴァンパイアガール! なのっ』

司会者『……どうぞ!』

 司会者も上手く美希に繋げる。

 映像が切り替わって、2人の衣装も変わった。マイディアヴァンパイアだ。
 ヴァンパイアガールのイントロが流れだし、ダンスが映る。

真「恋しちゃったのよっ♪」

 真が口ずさむ。この曲は歌いたくなるような、楽しい曲だよね。


美希『青白い肌、赤い唇♪』

貴音『ヴァンパイアガール♪』

美希・貴音『きゅんっ!』

 1番のサビが終わると――突然、映像が切り替わった。

響『銀の、弾丸込めたピストルで♪』

 ……自分が歌っている。ソロで。

響「え、ええっ!?」

真「響はここも見てなかったんだね」

響「ど、どういうことさ!」

真「響がアイドルのころ、深夜の音楽番組で、ソロでヴァンパイアガールを歌ったでしょ?」

響「……あー、うん」

 ランキングTVっていう、曲のランキングとゲストライブを流す深夜番組。
 単独でゲストライブに出て、マイディアヴァンパイアを着てヴァンパイアガールを歌ったことがある。


響『ハッピーエンドにして~♪』

 また映像が切り替わる。
 自分の映像が右半分、美希と貴音の映像が左半分に映った。

美希・貴音・響『しゃーなりしゃなりおじょうさま♪』

 この瞬間――フェアリーは、3人だった。

響「す、すごい……」

真「ボク、これを見てすっごく嬉しくなったんだ!」

響「か、感動だぞ……」

 ちょっと涙が出てきた。
 一瞬、自分の病気が治ったような気がして。

真「ひ、響!? どうしたのさ!」

響「ご、ごめん……」

真「と、とりあえずハンカチ使って!」

 真から借りたハンカチで、目元を拭う。


貴音『ルビーの瞳♪』

響『濡れたまつげの♪』

美希『ヴァンパイアガール♪』

美希・貴音・響『きゅんっ!』

 スタッフロールが流れ、次回のゲストの予告が始まった。

響「……すごかった」

P「見終わったか?」

響「プロデューサー! 一言いってよっ」

P「ははっ、悪かったよ。まあ、サプライズだ」

響「えっ……?」

P「美希がな。『Song on the wave』に出たかったのは響も同じだ、って言ってさ」

響「……」

 美希は、優しいな。


 自分の目標は、フェルノスをあの番組に出演させて、アイドルクラシックで優勝させることだ。
 でも……自分は裏方。千早たちが出演しても、『Song on the wave』に出られることはない。

 だから――美希が、叶えてくれたんだ。
 フェアリーのみんなで『Song on the wave』に出る、という自分の夢を。

美希「おはよーなのー!」

響「み、美希っ」

美希「あっ、響……おはよ!」

響「おはよう……あの、美希!」

美希「ん?」

響「『Song on the wave』、本当に嬉しかった! ありがとう!」

美希「……ミキ、フェアリーの3人で……あの番組に出るの、夢だったの」

響「えっ? 自分は、夢だったけど……美希も思ってたのか?」

美希「うん。貴音もそうだよ。ミキ、2つの夢があったの」

響「2つ?」

 1つが、あの番組に出ることだとすると。

美希「アイドルクラシックに3人で出て、優勝すること」

響「…………」

 叶えられない。今では、とても叶えられそうにない。

美希「去年、予選から勝ち上がって……あと一歩及ばずだったの」


美希「だから、今年こそは、って思ってた」

響「…………ごめん」

美希「ちっ、違うの! 響を責めてる訳じゃないよ!」

響「……」

美希「だから……せめてもう1つは、叶えたいって思ったの」

響「……」

 それが、

美希「『Song on the wave』に出ること」

響「……美希」

美希「……ミキ、やっぱりフェアリーは3人がいいの」


響「……自分、もうアイドル、出来ないぞ……」

美希「……ごめんね」

響「…………自分こそ、ごめん」

美希「ねえ、響」

響「……?」

 俯いていた美希は、自分の目をまっすぐ見つめた。

美希「響の分まで、ミキも貴音も頑張る」

響「……うん」

美希「だから…………響は、フェルノスのプロデュース、頑張って」

響「…………うんっ」


美希「今は、新しい夢があるんだ」

響「新しい夢?」

美希「うん。……アイドルクラシックの決勝で、フェルノスを倒すこと」

響「……フェルノスを」

 美希と貴音にお願いをした。
 『フェアリーを倒したいから、活動を続けてくれ』と。
 馬鹿だと思う。身勝手で、2人のことを何も考えていない、自分の馬鹿なお願いだ。

 でも、2人は優しく受け入れてフェアリーとしての活動を続けてくれている。

美希「響、言ったよね。自分のプロデュースするユニットに倒されてくれ、って」

響「……うん」

美希「だから、それは美希が阻止するの!」


美希「やるからには、全力で」

響「…………」

美希「フェルノスと、戦いたい」

響「……うん」

美希「……お互い、頑張ろうね!」

響「…………うんっ!」

 おもいっきり頷いた。

P「……いいユニットだよな、フェアリー」

真「そう、ですね。深い、深い絆で繋がってるような……そんな感じがします」


美希「ミキが一番ふかーく繋がってるのはハニーだよー♪」

 美希がプロデューサーにぎゅっ、と抱きついた。

P「うわっ!」

真「あはは……」

響「ははっ」

 がんばろう。
 素敵な新曲もあるんだ。まず、アイドルクラシックの予選に向けて。

 フェルノスを、導いていくんだ。


 今日はここまでです。
 響「自分たちの、インフェルノスターズ」の続きとなります。
 響「自分たちの、インフェルノスターズ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363010814/)

 我那覇Pとフェルノス、ゆっくり書いて行きたいと思います。
 お付き合いいただき、ありがとうございます。よろしくお願いします。


 「楽曲のレコーディングは金曜の朝です」。
 昨夜のメールに、そう書かれていた。つまり、明日だ。

 雪歩と真美は早すぎ、と驚いていたけど、千早は既に音を自分のものにしているようだった。
 ソファに座る千早を、自分のデスクの周りから真美、雪歩、ぴよ子と見る。

千早「……いーつかーはベーストマイフレンド♪」

雪歩「す、すごいね千早ちゃん……もう歌ってる」

真美「千早お姉ちゃんがあのヘッドホンを付ける時は、本気モードなんだよね」

響「そうなのか?」

真美「亜美と手を出さないって決めてるんだ……あの事件があってから」

小鳥「あ、あの事件って……?」


 真美が遠くを見つめ、達観した表情になる。

真美「千早お姉ちゃんのCDウォークちゃんの中身を、すり替えたんだよね→……」

雪歩「え……?」

真美「クラシックのCDを、亜美の持ってたフェアリーのCDに差し替えて……」

 ここでフェアリーが出てくるとは、予想外すぎる。

真美「クラシックを聞くとき、千早お姉ちゃんはあのヘッドホンで、大きい音量で聞くんだよ……」

小鳥「ま、まさか……」

真美「突然ヴァンパイアガールが流れ出して、驚いただろうなぁ……」

千早「~♪」


響「……」

真美「亜美と一緒にメッチャ怒られたよー…………」

雪歩「なんていうか……」

真美「トラウマなんだよね……」

 双子のいたずらは765プロの名物みたいなものだけど……。
 千早が音楽関係でちょっかいを出されたら、すっごく怒るだろう。

響「千早にとって音楽は、身体の一部みたいなもんだからな」

真美「あの頃は幼かったね……」

小鳥「それ、いつの話なの?」

真美「……んーと、ひびきんがプロデュースの勉強をしてるときだから…………」

 ……最近じゃないか!


雪歩「かなり最近だね……」

真美「……で、でもほらっ! 今は真美、オトナだからさ」

響「まあ……そういうことにしておこうか」

真美「ヒドっ!」

 ドアが開く音。目をやると、律子が帰ってきたのが見えた。

律子「お疲れさまで……って、少ないわね」

響「プロデューサーは、真をテレビ局に送っていったぞ。帰りに春香を拾うって」

律子「美希と貴音は?」

真美「ラーメン屋さんの列に並んでるよー」

 強引に美希が貴音に連れて行かれたんだけどね。
 来て早々に「さあ、行きますよ」と手を掴まれて……。


 時計を見る。12時1分前。
 もう少しで、真の生放送番組が始まる時間だ。

 千早の元に駆け寄って、ポンと肩を叩いた。
 雪歩と真美とぴよ子が、千早の向かいのソファに腰掛ける。

響「千早、テレビつけていいかな」

千早「ええ。……もうそんな時間?」

小鳥「集中してたのねぇ。今日の真ちゃんはいったいどんな」

律子「小鳥さんはお仕事っ! お願いしますよ、もう」

小鳥「はっ、はい……」

 ぴよ子はデスクに戻る。テレビをつけると、タイミングよく番組が始まった。


『こんにちは! イブニングキャッチ、サワヤカ木曜日担当の菊地真です!』

 木曜日に、真が司会をするワイドショー。最近はこれを見るのが定番になっている。

律子「響、フェルノスは今日、レッスンするの?」

響「あ、ああ……」

 電子メモパッドを取り出して、電源を入れる。
 3日以内の重要な予定は、ここに書くことにしてるんだ。

響「今日は、14時からレッスンして、その後挨拶回りだね」

律子「そう。頑張ってね」

響「う、うんっ」

 律子が微笑む。


律子「それ……プロデューサーのあげたメモパッド?」

響「うん、使いやすいぞ」

律子「私のタブレットも使ってくれてる?」

響「もちろん! 家で重宝してるよ」

律子「ならよかったわ。響のプロデューサー生活にちょっとでも手助けができているなら」

響「へへっ」

 ……最近は専ら、パズルゲームで遊ぶために使ってる……とはいえない。
 き、昨日みたいにメール見たりしてるもんな!

『それではっ、中継先の山口アナウンサーに、ジャストキャッチ!』

真美「ジャストキャッチ!」


 番組の決めポーズをテレビの中の真と一緒に決める真美。

律子「……あれ? 電話……」

響「ほんとだ、どうしてマナーモードに?」

律子「さっきまで、竜宮のレッスンスタジオに居たから。書類を作りに戻ってきたのよね」ピッ

響「ふぅん」

 律子が電話に応答する。

律子「……もしもし? どうしたの、伊織」

雪歩「ジャスト、キャーッチ」

響「好きだな、2人とも……」

 この間貴音がやっていたのを思い出した。


律子「えっ!?」

響「……?」

律子「……そ、そんな……分かったわ、すぐ迎えに行く」

 律子が電話をスーツのポケットにしまい、デスクの上のカバンを持った。

響「どうしたんだ?」

律子「…………亜美が、倒れたって」

真美「あ、亜美が!?」

小鳥「ど、どうして……」


律子「伊織が言うには、高熱だ……って。私、ちょっと行ってきます」

真美「ま、真美も行く!」

律子「ダメ」

真美「なんでさ!」

律子「真美はフェルノスでしょう? ユニットにいる以上、あなたを連れて行く訳にはいかない」

真美「あっ……」

 そっか。……今まで真美は、自由に動くことができた。
 ”双海真美”にレッスンや営業、仕事が無い限り。

 でも、今は「インフェルノスターズの双海真美」でもある。

響「り、律子。真美なら、大丈夫だぞ。亜美のこと心配だろうし」

律子「……それでフェルノスに何か問題が起きない?」

響「えっ…………ああ、挨拶回りまでに戻ってきてくれたら大丈夫」


律子「……分かった。真美、それでいいわね?」

真美「う、うんっ」

律子「じゃあ、行ってきます」

雪歩「い、行ってらっしゃい……気をつけて」

 律子と真美が小走りで事務所から出て行った。

小鳥「だ、大丈夫かなぁ」

雪歩「……心配、ですね」

千早「竜宮小町の単独ライブって、確か……明後日、よね」

響「あっ……」

千早「亜美がもしインフルエンザみたいな病気だったら……」


 ホワイトボードに目が行く。
 『フェルノス・レコーディング』の右横に……『竜宮単独ライブ』の文字。

千早「……大丈夫なのかしら」

小鳥「ま、また律子さんが出たりするんじゃ」

千早「明後日だと、厳しいんじゃないでしょうか」

雪歩「竜宮小町は、新曲も出したばっかりで……多分、明後日はライブ初披露なんじゃないかな」

 竜宮小町のニューシングル「ハニカミ! ファーストバイト」。
 先々週に発売され、ウィークリーランキングで1位を獲得していたっけ。

響「ってことは……2人でやるのかな」

雪歩「前は2人で失敗しかけたから、律子さんが出た、って聞いたけど……」


『美味しいですね、このうどん!』

響「…………」

千早「……亜美、大丈夫なのかしら……?」

雪歩「わ、私たちも……行きたいね……」

響「……それは、ちょっと困るかな」

千早「え、ええ。分かってる。分かってるけど……」

雪歩「心配だね……」

 その後、レッスン場に行く車に乗るまで、この空気は続いていた。


 □

律子「亜美っ、大丈夫!?」

真美「亜美ぃっ!」

あずさ「り、律子さんと……真美ちゃんも来てくれたの?」

伊織「とりあえず、うちの新堂を呼んだわ。家に送る車がもうすぐ着くから」

真美「大丈夫っ、亜美っ!」

亜美「うー…………」

真美「朝からちょっと元気無かったけど……言ってよっ」

亜美「ごめ…………だいじょーぶだと、思ったんだけど」

律子「ねえ伊織、病院に行ったほうがいいんじゃないかしら」

伊織「保険証とかは持ってるの?」

律子「事務所にコピーがあるわ。取りに行けば……」


あずさ「あの、律子さん。じゃあ、取りに行く帰りに、熱冷ましのシートを買ってきていただけませんか?」

律子「分かりました。あと、薬も」

亜美「あ、ありがと……」

律子「それじゃあ、行ってくるわね」

真美「い、いおりん……あずさお姉ちゃん、着替え手伝って?」

伊織「ええ、亜美、バンザイして」

あずさ「私、服を……」

真美「お願いっ、あずさお姉ちゃん」

亜美「ご、ごめんね……ライブ……」

伊織「……ライブなら大丈夫。リーダーの伊織ちゃんに任せなさい」

 □


 久しぶりにトレーナーに頼んだレッスン。
 CDの発売日に都内のCDショップの特設ステージで歌う『Little Match Girl』の練習だ。

T「萩原さん、もうちょっと早く手を下げてみましょうか」

雪歩「は、はいっ」

T「……如月さん、私でも分かるぐらいに、声が上ずってます」

千早「すみませんっ」

 ……2人とも、動揺していると思う。
 普段はやらないようなミスが多い。

T「…………少し、休みますか? 2人とも、あんまり調子が良くないようですね」

響「……はい、すみません」

T「真美ちゃんから、連絡はありましたか?」

響「ええ、律子の車でここに来るって」


 亜美は、伊織が車を呼んで病院に送ったらしい。
 あずささんも付き添ったそうだ。

T「伊織ちゃんのおうちで?」

響「はい……」

T「あのっ、竜宮小町って明後日ライブですよね?」

響「……そう、ですね」

T「どうするんでしょうか?」

響「……自分には、わからないです」

T「……そう、ですか…………」


T「一旦休憩を入れましょう。お疲れ様です」

千早「……っ」

雪歩「ふぅ……」

響「お疲れ、2人とも」

千早「ひ、響……亜美は?」

雪歩「わ、私も、気になって……」

響「伊織の家で、スタッフの人が看病するって。真美も戻ってくるよ」

千早「そう……良かった」

雪歩「あんまり、レッスンの身が入らなかったよ」

T「だと思いましたよ、萩原さん……普段はスピードが早くなることはありませんから」


千早「……雪歩は、テンポを大切にするものね」

T「あなたもですよ、如月さん。あなたの声が上ずるなんて」

千早「すみません……」

T「今日はもう終わりにしましょう? ベストコンディションでレッスンをした方がいいと思いますから」

響「今日は、すみませんでした」

T「いえ……あの、亜美ちゃんの具合が良くなったら、教えてください」

響「は、はい」

T「それでは……失礼しますね」

 トレーナーがレッスン場を出る。

千早「……」


響「じゃあ、千早、雪歩……着替えて。この後は、挨拶回りに行くから」

雪歩「うん」

千早「ええ」

 千早と雪歩が端に置いてあった着替え入りのバッグを持って、レッスン場を出た。
 カウンターに鍵を返そうと、電気を消して部屋を出ると、携帯が鳴った。

響「もしもし?」

『ひびきんっ、まだレッスンしてる?』

 真美だ。

響「いや、もう終わったぞ。ロビーで待ってるけど」

『真美、レッスンつけてほしかったんだけど……』

響「へ? まだ2週間はあるし、別にいつでもいいんじゃないか?」

 今日は2人とも調子が悪かったけど、この間屋外ステージで踊ったから大丈夫なんじゃないか。

『違うんだ、フェルノスじゃなくて』

響「……へっ?」


『竜宮小町のライブ、真美が代わりに出たいの』

響「…………」

『お願いだよ、ひびきん!』

響「……マジで言ってるの?」

『大マジだよっ』

響「……だ、だって真美は今、ユニットメンバーなんだぞ?」

『分かってる、分かってるけどっ』

 ロビーのカウンターの目の前にあるエレベーターの扉が開いた。

真美「あっ、ひびきん!」

響「……真美」

 電話を切る。

真美「お願い、真美を……竜宮小町のステージに立たせて!」


 そりゃ、

響「気持ちはわかる。分かる……だけど」

 真美は今「インフェルノスターズの双海真美」でもあるんだ。
 フェルノスの仕事もある以上、ソロの時みたいに細かく予定を調整できるわけじゃない。

響「真美、だってその日は……」

 電子メモパッドを見る。

響「その日は…………あれ」

 今日の日付……の横には、レッスンと挨拶回りと書かれている。
 夕方にテレビ局。
 明日の日付……の横には、レコーディングと書かれている。
 カップリング曲の『今 スタート!』をレコーディングする。
 明後日……竜宮小町ライブの日。予定が…………書かれていない。

響「あれ……?」

真美「……?」


 手帳を取り出して、明後日……土曜日のメモ欄を見る。

響「あ、明後日……何にも予定、なかったっけ?」

真美「オフ、ってこと?」

響「い、いや……そんなはずは」

 日曜日には、音楽番組の収録。深夜のランキングTV。
 そして雑誌のインタビュー……と書かれている。
 土曜日だけ、何も書かれていなかった。

響「……」

 ぴよ子の携帯に電話をする。

『もしもし、どうしたの響ちゃん?』

響「な、なぁぴよ子。自分の手帳、土曜日だけ予定が書いてないんだけど」

『予定……? ……ホワイトボードにも、何も書いてないわよ?
 ああ、フェアリーは番組の収録みたいね。やよいちゃんはロケ。竜宮小町がライブ』

響「お、オフってこと?」

『……ええ、そうなんじゃないかしら。フェルノスのみんなと、春香ちゃん真ちゃんはオフ……かな』

響「……」

真美「ねっ、お願い!」


真美「明日のレコーディングが終わった後、竜宮小町の練習に参加して……」

響「……うん」

 フェルノスの予定がないのなら、自分に止める権利はない……のか。

真美「明後日、亜美の代わりにライブに出たいんだよっ」

響「…………ん?」

真美「真美、フェルノスの宣伝もするからぁ」

響「そ、そういうことを言ってるんじゃなくて」

真美「フェルノスのお仕事も、ちゃんとやるよっ」

響「……」

 亜美の努力を一番知っているのは、双子の姉の真美だろう。
 ライブに向けて亜美が頑張ってきたのも、知っているはず。

響「……真美」

真美「なにっ!?」


響「やるからには、亜美の分までやるんだぞ」

真美「……いいの!?」

響「だって、ダメって言っても聞かないだろ?」

真美「あ、ありがとうひびきんっ」

 真美が思いっきり抱きついてきた。
 ……と同時に、千早と雪歩がロッカールームから出てくる。

千早「真美っ」

雪歩「真美ちゃん!」

真美「あ、千早お姉ちゃん、ゆきぴょん……はいさーい」

 真美が少しおどけてみせた。

千早「亜美は大丈夫?」

真美「うん……病院に連れてったみたいだから、いおりんから連絡を待ってるよ」


雪歩「そ、そっか……」

真美「あ」

 真美は自分から離れて、くるっと後ろを向いて千早と雪歩に言った。

真美「2人に、伝えなきゃいけないことがあるんだ」

千早「え?」

真美「真美ね、明後日の竜宮小町のライブに、出ようと思う」

雪歩「えっ!?」

真美「みんなにメーワクかけちゃうかもしれないから、伝えたかったんだ」

千早「……竜宮小町の曲は踊れるの?」

真美「『ハニカミ』以外だったら、亜美のダンスを見て覚えてる」

千早「そう…………真美、1つだけ言わせて」

 千早は真美の手を握った。


千早「私達との活動も、竜宮のライブも……疎かにしないで」

真美「う、うん……」

千早「真美ならやれる、って信じてる」

雪歩「わ、私もっ」

真美「あ、ありがと、2人とも!」

響「……真美、それ……自分たち以外の誰かに言った?」

真美「まだ言ってない、けど……」

響「だったら、律子にちゃんと言わないとダメだ」

真美「そ、そうだよね」


響「とりあえず、この後は一緒に行動してもらうからね」

真美「もちろんっ」

 真美が代わりに……って、大丈夫なのかな。
 あずささんがおたふく風邪で出られなくて律子が代わりに出た時は、
 律子が竜宮小町のプロデューサーだから、と受け入れられていたけど。

 今の真美は、いわばライバルユニットのメンバーなのだ。

 竜宮小町のファンに批判されたりしたら、どうしよう?
 嫌な考えが頭をよぎる。

 ……とりあえず、ぴよ子を呼ぼう。
 挨拶回りに行くための車の運転を頼むために、ぴよ子に電話をかけた。


 今日はここまでです。一応「真美編」と位置づけています。
 「ジャストキャッチ!」は「ズームイン!」みたいな感じです。
 お付き合いいただき、ありがとうございました。


 ――――
 ――

 いぬ美がベッドを揺らした。
 携帯電話が大きなコール音を鳴らして震えている。

響「ごめんないぬ美、起こしちゃったな……」

 いぬ美の頭を撫でて、携帯を手に取る。
 そこには、珍しい名前。

響「……もしもし?」

『良い朝か? 我那覇響』

 ……黒井社長だ。


 壁の時計を見る。朝もやの中、電気をつけていなくてよく見えないけれど、
 朝早くということは理解できた。

響「…………非常識だぞ、こんな朝早くに電話なんて」

『ふん、貴様の常識など私の知るところではないな』

響「……何の用だ? 自分に電話なんて、したことないのに」

 黒井社長の声のトーンが変わって、

『貴様に渡したいものがある』

響「…………え?」

 黒井社長が、自分に渡したいもの……見当もつかない。
 「使えない駒は消えろ」とフェアリーをクビにした社長が、何を渡したいんだ?


『朝9時、961ビルで待っている』

響「ちょ、ちょっと待ってよ。自分、今日はフェルノスの」

 新曲のレコーディングがあるんだ。

『貴様のユニットにも、悪くない話になると思うがな』

響「…………え?」

 プツリ、と電話が切れた。
 やっぱり非常識だよな。

響「……5時半かぁ」

 待受で時間を確認する。
 普段は7時になっても起きられない自分が、この時間に起きていることに違和感を覚えた。


 起きあがる。変に目が覚めてしまったから。
 テレビをつけても、馴染みの朝のニュース番組はまだ放送していない。

響「……ぴよ子にメールしないとな、後で」

 今日のフェルノスは、9時に事務所集合。
 ぴよ子に送迎してもらって、レコーディングスタジオへ。

 961プロに行けば確実に間に合わない。
 自分は途中合流する、とみんなにもメールをしよう。
 真美を連れて、竜宮ライブのリハーサルにも行かないといけない。

響「せっかくだし、今のうちに本文を打っておこうか」

 メールを打ち込んで、朝の7時半に予約送信されるように設定した。
 ……トーストでも焼こうか。


 ――

 961プロダクションはデカい。規模も、知名度も。
 自社ビルを持ち、その中には大量のアイドル候補生のためのスタジオや施設がある。
 ただ、候補生がアイドルデビューしたケースは非常に少ない。サポートまでは上手くいかないのがこの事務所。
 候補生仲間は、別の事務所で細々とやっていたり、アイドルを辞めたり。
 ちゃーんと続いたのは、自分ぐらいなもんだ。……もう、やってないけど。

 貴音はフェアリーのオーディションで選ばれたし、美希は765プロからの引き抜きだ。
 ジュピターが候補生上がりなのかな、だとしたらやはり黒井社長は見る目がある。

響「……趣味悪いよなぁ」

 真っ黒の壁と遮光ガラス。黒い筒が縦に伸びたような威圧感。
 なーんにも変わっていない。
 それが嬉しく、同時に残念でもあった。


 ビルに入る。ロビーは昔からホテル並に綺麗だ。
 インフォメーションカウンターに向かう。
 自分の顔を見るなり、受付のお姉さんは社長室へどうぞと言った。

 ……さすがに元所属事務所となると、部屋の場所も分かる。
 エレベーターに乗り込み、35階のボタンを押す。

響「…………長いな」

 35階、社長室のフロアでございます。エレベーターの音声が教えてくれる。
 銀色の扉が開いた。

 腕時計を見る。丁度9時だ。

 黒井社長は時間にうるさい。それが早くても遅くても。
 フェアリーは時間厳守なの、って言葉が美希から飛び出したほどだ。
 あの時の行動が、身体に染み付いている。


 ドアをノック。
 「入れ」という声で、ドアノブをひねった。

響「来たぞ、黒井社長」

黒井「歓迎はしないぞ」

 呼び出しておいてそれってひどいぞ。
 椅子に座っている社長。机の前に行き、向き合う。

黒井「貴様に渡したいものがある、と言ったな」

響「ああ」

黒井「これだ」

 黒井社長は引き出しから一枚のCD-Rを取り出し、
 乱暴に机上に投げた。


響「なんだこれ?」

黒井「CDだ」

 見りゃ分かるよ。

響「自分は中身のことを聞いてるんだ」

黒井「プロジェクト・フェアリーのサードシングルの曲が入っている」

響「サードシングル?」

 ファーストシングルは『オーバーマスター』。セカンドシングルは『KisS』。
 そして765プロに移籍して、サードシングルは……。

響「ヴァンパイアガールか?」

黒井「そんな幼稚で低俗なありきたりのアイドルソングを、私がわざわざ渡すと思うか?」

響「い、いや……」

 冷静に考えたら、CD-Rに765プロの曲を入れる理由もないよな。
 それを自分に渡す理由も。


黒井「こう言い換えれば分かりやすいだろう」

 黒井社長は引き出しを開け、一枚の紙を机に置いた。

黒井「プロジェクト・フェアリーが、961プロから発表する予定だったサードシングルの曲だ」

響「……え?」

 そんな曲、存在するのか。

黒井「貴様らが765プロに負ける前日に完成した曲だ」

響「そ、そんなの自分知らないぞ!」

黒井「作詞、作曲者と私しか存在を知らない。無論、星井美希も、四条貴音もだ」

響「……」

黒井「それを貴様にくれてやる」


響「はぁ!?」

 思い切り叫んでしまった。

黒井「その曲はプロジェクト・フェアリーが歌う予定だったバラードソングでな」

響「な、ならフェアリーをクビにした時に捨てれば良かったじゃないか」

黒井「駒がギルティでも、楽曲に罪はない。私はこの曲を歌うことの出来るアイドルを探してきた」

 黒井社長はスーツの胸ポケットから黒のポーンを取り出し、指で弾いた。
 ポーンは横に倒れ、そのままゆっくりと転がって自分の足元へ落ちる。

黒井「しかし、候補生どころか他の事務所のアイドルにも――この曲を歌うに値するアイドルはいなかった」

響「……」

黒井「――如月千早を除いてな」

響「千早……?」

 社長はコーヒーをすする。


黒井「如月千早の歌唱力はアイドルの中でもトップクラスだ。ダンスやビジュアルを磨けば、
   あの日高舞にも並ぶ素質がある」

響「ひ、日高舞なんて無理に決まってる!」

黒井「非常に不本意だ。あの高木なんぞの事務所の所属アイドルに、楽曲を渡すことは」

響「……」

 紙を持って、歌詞を見る。
 女性視点のバラードソング。

黒井「しかし、楽曲を葬るのも私の主義に反する。美しいものは輝きを放たねばならないのだ」

響「…………」

黒井「今の如月千早のプロデューサーは貴様でいいんだな?」

響「そ、そうだ」

 紙を机に置く。


黒井「では、このCDと歌詞のデータを貴様に渡し、楽曲の権利を765プロに譲渡してやろう」

響「……何か、裏でもあるのか」

黒井「裏とは?」

 黒井社長は今まで、自分たちにいろんな妨害をしてきた。
 千早の記事を流したり、貴音の移籍話を作り上げたり。

響「自分がこの曲を受け取って、社長が何か765プロを攻撃する記事を流したりするのか?」

黒井「…………私は以前言ったな、貴様らが961プロの敵となれば蹴落とすと」

響「ああ」

黒井「では聞くが、まだファーストシングルすら発売していないユニットが私の敵になりえるのか?」


響「みんなすごい力を秘めてる。すぐに961の敵になるぞ」

黒井「だが今は敵という程ではない」

 黒井社長は立ち上がり、窓の外を見る。

黒井「そんなユニットに妨害行為をする価値はないな」

響「この間、したばっかりなのに?」

黒井「黙れ小娘。曲を受け取ったのならば、今すぐここを出て行くんだな」

響「…………そうだな」

 CD-Rと歌詞の紙をカバンにしまう。


響「黒井社長」

 朝の東京を見たまま自分を見ようともしない社長に、言葉を紡ぐ。

響「自分、今でも社長には感謝してるんだ」

 父親に「アイドルになりたい」とずっと言ってきた。
 無理だ、諦めろと何度も諭されて、時には怒鳴られたこともあった。

響「社長がいなければ、自分はアイドルになれなかったから」

 そんな父親を見返してやろうと、ダンスも歌も猛練習した。
 色んな所にも通った。

響「美希にも、貴音にも出会えなかったから」

 でも、突然父親は死んでしまった。
 自分と家族を残して。

響「沖縄に居たままじゃ、きっと今みたいな楽しい生活、送れなかったから」

黒井「…………」

 そんな自分に、声をかけてくれたのは961プロ。
 地元を離れて、東京で一人暮らしを始めた。


響「だから、自分」

 黒井社長の目にとまって、ユニットのメンバーになれるって決まった時は。
 嬉し泣きしてしまった。

響「自分をアイドルにしてくれた、社長をさ」

 結局、クビになったけれど。
 クビにならなければ、765プロには行けなかった。最低な事務所だと、誤認したまま。

響「765プロのみんなに出会ったきっかけを作ってくれた社長を」

 みんなと出会えた。
 プロデューサー。春香。やよい。真。伊織。あずささん。亜美。律子。ぴよ子。
 美希。貴音。…………千早。真美。雪歩。

 みんなと一緒に、自分は笑えている。

響「……信じてみるよ」

黒井「…………」

響「じゃあ」

 ドアに向かう。


響「…………この曲……自分がプロデュースしていいんだな」

黒井「……好きに使え」

 ドアノブをひねって、廊下へ出た。




 エレベーターの中で、歌詞の紙を開く。
 恋人を思い続ける冬のバラード。
 少し季節外れだけど、それもまたいいだろう。

響「……どうして、自分に渡したんだ?」

 変な疑問が浮かんだ。
 元々フェアリーのために作られた曲であるのなら、
 プロデューサーに渡して美希と貴音に歌ってもらうべきなんじゃないのか。

響「…………でも、千早を認めた、ってことだよな」

 如月千早にこの曲を贈る、って意味と同じだと思う。
 黒井社長はフェアリーの代わりの歌い手に、千早を選んだ。

 ……でも、今ソロプロジェクトを始めるのはあまり良くないかもしれない。
 ユニットの方に集中して欲しいし――千早がそれぐらいで混乱しないのは知っているけど――、フェルノスの勢いを止めたくない。

響「……そうだ、これ……フェルノスなら、イメージにも合うんじゃないか」

 …………黒井社長。千早にも歌ってもらえるし、ユニットの楽曲としてもイメージにピッタリだ。
 言葉に甘えて、好きに使わせてもらうよ。

 Melted Snow。
 それが、幻の楽曲の名前だった。


 ――

 ぴよ子にメールを送ったら、『丁度レコーディングをしているところよ』と返ってきた。
 まだ整備されていない地下の電波、圏外と3本のアンテナのマークを交互に表示する携帯電話で、
 メールを打ち込んで、送信した。

響「…………楽しみだな」

 『今 スタート!』を、みんなの声で聞きたい。
 三者三様の声の違いを、あの曲で感じたい。

響「……お、っと……」

 レコーディングスタジオの最寄り駅。
 電車を降りて、階段をのぼる。

響「まだ慣れないなぁ」

 都会の象徴、地下鉄。
 ホームのにおいが、好きじゃない。


 A3出口から出たところに、ちょうどそのスタジオがある。

響「えーっと……どのスタジオか分からないんですけど」

受付「ああ、今日はCスタジオですよ」

響「あ、ありがとうございます」

 受付のお兄さんには、アイドル時代からお世話になっている。

 Cスタジオ、Cスタジオ。
 廊下を進んで、Cスタジオの扉の前へ。

響「……」

 かすかに音が聞こえる。
 収録中は入ることが出来ない。気が散ってしまうから。


響「……入れないからなぁ」

 受付に戻って、お兄さんに話しかけた。

響「あのー……」

受付「はい?」

響「CDを聞きたいんですけど、プレイヤーを貸してくれませんか?」

受付「ああ……丁度ありますね。いいですよ」

 CDを再生する小型プレイヤー。ヘッドホンも一緒に渡してくれた。

受付「何を聞くんです?」

響「実は、新曲があるんですよね」

受付「えっ、だって今日は新曲のレコーディングでしょう?」

響「それとはまた別の」

受付「す、すごいな……」

 CD-Rをセットする。

受付「あ、乾電池入ってますから」


響「ありがとうございます、そこのソファーで聞いてても……」

受付「ええ、構いませんよ」

 一礼して、ソファーに座る。
 ヘッドホンをつけて、プレイヤーの電源を入れた。

 ディスプレイに【PLAY> T.1】の表示。
 トラック1を再生します、という意味だ。

 曲が始まった。

響「……」

 歌詞を見ながら、脳内で千早の声を思い浮かべる。
 フェアリーらしい、少しアイドルソングとはズレているようなイントロ。

 サビまでは平坦な曲調なのに、突然サビで高音を要求される。
 歌うのは難しい曲かもしれない。

 ただ、似たような構成の「眠り姫」を歌える千早ならば問題はないだろう。


 これを真美と雪歩が歌えるかどうかだ。
 雪歩はウィスパーボイスと言って、ささやく声に音を混ぜるような歌い方をしている。
 高音を出しにくい歌い方だ。
 真美は……こぶしをきかせなければ大抵は大丈夫だけど、音程がついてくるかどうかだ。
 少し声が低いから、出にくいだろう。

 それでも、この曲はみんなの声が似合うと思う。
 いつまでも愛する人を待ち続ける、という気持ち。
 か弱いようで、とても強い。

響「……」ピッ

【REPEAT> T.1】

 何度もリピートして曲を聞く。


 両肩が掴まれた。直後、ゆらゆらと身体を揺らされる。

響「ん?」

 ヘッドホンを外す。

真美「ひーびきんっ」

響「あっ、真美。……レコーディングは終わったのか?」

真美「うんっ、真美の部分だけ早く録ってもらったんだYO!」

響「そっか」

 電源を切って、CDを取り出した。

真美「ん、何聞いてたの?」

響「新曲だよ」

真美「『今 スタート!』?」

 真美は首を傾げる。

響「いいや、セカンドシングルの表題曲にしようと思ってる曲だよ」

真美「ま、マジっすかひびきん……」

響「ああ。まぁ、まだ秘密な」

 真美を撫でる。普段は身長差で撫でられないから、こういう時に撫でておく。

真美「ねーねー、もう竜宮のリハーサル行ってもいいって!」

響「千早と雪歩はどうしたんだ?」

真美「まだレコーディングだけど、終わったらピヨちゃんが送ってくって」

響「そっか、じゃあ……行こうか」

 ここから地下鉄で5駅だ。

真美「んっふっふ~、真美の変装セット! ディス・イズ・帽子!」

響「なんで野球帽なんだよ……」


真美「イッツジョーク! 本当はこれね」

 真美がどこからか白の帽子と黒縁のメガネを取り出した。

響「おぉ、ちゃんとした変装セット」

真美「ひびきんも変装しなきゃ!」

響「え?」

真美「ひびきんは元アイドルなんだからっ」

 白の帽子を思い切り自分にかぶせてきた。

響「……に、似合うかな」

真美「モチのロンっしょ! 行こっ、ひびきん!」

 真美がヘッドホンとCDプレイヤーを持って、受付のお兄さんに渡した。

真美「いつもありがとっ、受付のにいちゃん!」

受付「ああ、がんばれよ」


真美「さあ行こっ」

響「よし、行こうか」

 レコーディングスタジオを出る。陽の光が心地良い。

真美「真美、昨日の夜、いおりんに教えてもらったんだっ」

響「伊織の家に行ったのか?」

真美「ううん、電話で」

 電話で分かるのか……?
 ダンスって映像がないと厳しいと思うけど。

真美「だから『ハニカミ!』も大丈夫! もう亜美の代わりに頑張るしかないっしょ!」


 今日はここまでです。
 『Melted Snow』はベストアルバムにも収録されてない、本家でも幻同然の楽曲です。
 お付き合いいただき、ありがとうございます。また、よろしくお願いします。


 遅れていてすみません。書きためていますので、もうしばらくお待ちいただけると嬉しいです。
 よろしくお願いします。


真美「双海真美でーす! よろしくお願いしまーす!」

 明日、竜宮のライブを行うエキサイトシティホール。
 961プロ時代に、自分たちもここで歌ったことがある。

 急いで真美を着替えさせて、ステージへ。
 それにしても……竜宮小町の衣装、似合ってるなぁ。セクシーな紫色が真美の身体を包んでいた。

響「な、なんとかなったぁ……」

 後ろの方の客席に腰掛ける。
 携帯電話を取り出すと、未読メールのアイコン。

 律子からだ。みんなに一斉送信されている。
 自宅に戻った亜美の看病をしに、双海家に行っているらしい。

『亜美の熱は下がりました。でも、大事を取ってお仕事はしばらくお休みします』


 携帯を閉まって、ステージを見る。
 3人が並んでマイクを持っていた。

あずさ「それでは、よろしくお願いします~」

伊織「よろしくお願いしまーす!」

真美「よろしくお願いしますっ」

スタッフ「それでは、1曲目から確認します! 1番だけ流しますので、お願いしまーすっ」

伊織「あずさ、真美、行くわよ!」

真美「うんっ!」

あずさ「ええ!」

伊織・あずさ・真美「Colorful Days!」


 ……始まった。竜宮、フェアリー問わず……765メンバーなら必ずライブの最初に歌う曲。
 「Colorful Days」。

 カバンからセットリストの紙を取り出して、真美の担当を確認する。

響「『Colorful Days』、『七彩ボタン』、『SMOKY THRILL』、『ハニカミ!』か……」

 その他は、伊織とあずささんのソロ、他のアイドル曲のカヴァー。
 亜美が歌うはずだった『YOU往MY進!』は横線をひかれて消されている。

響「大丈夫かなぁ」

 真美曰く、「ハニカミ!」以外は元々覚えているから大丈夫だそうで。
 全部ちゃんと、ここから見てるからな。自分、真美のアイドル仲間で、プロデューサーだから。

響「んっ」

 携帯電話が震えた。着信だ。
 さすがにここでするわけにもいかないと、席を立ってホールの外へ。
 ごめん、真美。すぐに戻ってくるからな。

 真美の方を見ると、順調に踊って歌っている。その調子だぞ!


響「もしもし」

P『おう、もしもし。俺だ、俺』

響「詐欺?」

P『違うって』

響「解ってるよ、プロデューサー。どうしたんだ?」

 プロデューサーは嬉しい感情を声に混ぜて、

P『ルーキーユニットフェスの参加枠、取れることになったんだ』

 ルーキーユニットフェス?

響「なにそれ?」


P『結成して半年以内のフレッシュなユニットだけが出場できるフェスだよ』

響「そんなフェスがあるのか?」

 全く知らなかった。これでも、フェスについてはそれなりに勉強してきたのに。
 なにより、フェアリー時代にそんなフェスに参加することはおろか、話を聞いたこともない。

P『ああ、このフェス……そこそこ売れてる事務所でも参加枠を取るのが難しくてな』

響「そうなの?」

P『961プロだって参加枠を獲得出来ていない年もあるんだ』

響「961プロまで……?」

 そんなの、他の事務所からお金で買うでしょ。あの黒井社長なら。
 どうして獲得出来ない、なんてことが起きるんだ。

P『黒井社長なら普通は金で解決しようとするけど……このフェス、出版社の開催でな』


響「出版社?」

P『そう、黒井社長は出版業界で記者以外にあまりコネを持っていないらしくてな』

響「そうなんだ……」

P『フェアリーの時も、竜宮の時も……参加枠は取れなかった』

響「それを取れた、ってこと?」

P『そう。このフェスに……フェルノスに出て欲しいと思ってさ』

響「フェルノスに……? って、まさか」

 プロデューサー。

響「せっかく苦労して取ったその参加枠、自分にくれるっていうの?」

P『フェルノスのために頑張ったんだよ。サプライズだ』


響「プロデューサー……」

P『参加要項と他の事務所について、メールで送っておくから。見とけよ』

響「あ、うん」

P『じゃあな、響。明日は竜宮ライブ、行くんだろ?』

響「そりゃ、もちろん! 真美の活躍を特に見るよ!」

P『うん、俺も見に行くからな。明日は純粋に楽しもう!』

響「そうだな! あの……ありがと、プロデューサー!」

P『おう! じゃあな!』

 勢いが良いまま、通話が終わった。
 ほどなくしてメールのアイコンが点灯する。


『キャンパス広げ 描いてみよう♪』

 中の歌声が漏れる、無人のホール外。

響「ルーキーユニットフェス……5組のアイドルユニットで競い1位を決めます」

 こんなに芸能事務所が多い中、5組ということは5つの事務所だけ。
 よくもまあ、取れたよね。事務所に帰ったらもう一回ありがと、って言わなきゃ。

響「参加事務所は、765プロ、シンデレラプロ、コスモプロ……」

 聞いたことのない事務所の名前がみっつと、超有名事務所の名前がひとつ。
 情報のない事務所のアイドルは厄介だ。こういうフェスに出るなら、対策を練らなきゃ。


響「パフォーマンスは1曲に限り、審査員の得点で1位が決まります」

 そこはアイドルクラシックより緩い。5組が順番にパフォーマンスをするのか。
 1曲に集中出来るのは大きいかもしれないぞ。

響「楽曲は未発表でも構いません。1位になった場合、未発表の楽曲は委員会後援で発売されます……かぁ」

 ふと、頭の中にポンと浮かんでくる。

  ――「このCDと歌詞のデータを貴様に渡し、楽曲の権利を765プロに譲渡してやろう」――

響「……ルーキーユニットフェスの日付は」

 メールの一番下、開催日時。
 ……2ヶ月後。

響「……2ヶ月あれば」

 CDの発売は迫っている。セカンドシングルの話はまだまとまっていない。
 今後しばらくはメディアへのアピールが多くなると思う。

 だったら、みんななら。

響「みんななら、出来ないことじゃない……よね」


 ルーキーユニットフェスの優勝で手にするものは、
 未発表であれば、その楽曲のリリース。「アイドルクラシック」予選への優先参加権。

響「…………フェルノスを、出したい」

 みんなを、フェスに出場させたい。そこで、輝かせたい。

響「……でも」

 自分ひとりで突っ走るのはダメだ。
 フェルノスはユニットなんだ。みんなに確認をとって、それからじゃないと。

 ぴよ子に電話をかける。


 レコーディングは、終わっただろうか。
 今から、とっても楽しみだ。

 あの曲を、みんなの声で聞きたくて仕方がない。

響「もしもし、ぴよ子」

小鳥『もしもし、響ちゃん』

響「レコーディング、どう?」

小鳥『ええ、もう終わって……帰り道よ』

響「そっか……ごめん、ちょっと千早と雪歩に聞こえるようにしてくれないかな?」

小鳥『スピーカーモードってこと? ええ、分かったわ』

 数秒後、ぴよ子の携帯の操作音と雪歩の声、バイクの走行音。

『響ちゃーん、聞こえてるよー』

響「わ、わかった! えっと……聞いててくれ」


 自分がフェルノスをルーキーユニットフェスに出場させたいことと、
 黒井社長からもらった新曲があることを説明した。

 千早と雪歩は質問を交えながら、聞いてくれていた。

響「……というわけなんだけど、どうかな」

『ええ、いいと思うわ。私もその曲を、そのステージで歌いたい』

『楽しみだなぁ、その新しい曲』

響「そっか……ありがと、ふたりとも」

 千早はいつもの聡明な声で、雪歩は期待の入った声で答えてくれる。

『ねえ、響』

響「ん、なに、千早」


『真美はどう?』

響「うん、大丈夫そうだよ」

 七彩ボタンが聞こえ始めている。ということはつまり、『Colorful Days』は
 順調に終わったということだろうから。

『そう……良かった。あの娘、無理していたから』

響「え?」

『そ、そうだね……今日のレコーディングも、寝てる時があったから』

響「……そんなに」

 ぴよ子が喋る。

『確かに、真美ちゃんは大変だったでしょうね。2つのユニットの練習をこなすんだから』

響「…………だよね」

 当たり前だ。真美が疲れないわけがない。
 亜美の分のダンスを踊り、歌を覚えて。


『だから響。今日は最後まで真美のそばに居てあげて』

響「え?」

『まだライブのリハーサルは序盤でしょう? 私は、自分でテレビ局に行くから平気』

『わ、私も……今日はもうお仕事ないから、大丈夫!』

響「……千早、雪歩」

 大丈夫。自分は最初から、そのつもりだから。
 全部見守るって決めたんだ。真美の努力を、自分がしっかり見る……って。

響「ありがと、みんな。自分、真美のところに行ってくる」

『ええ、お願い』

『よろしく、響ちゃんっ』

響「うんっ」

 真美が頑張って覚えた『ハニカミ!』、しっかりと見るからな。
 だから……しっかりと踊って、歌ってよ。真美。


 □

亜美「…………ほえ、ひびきん……?」

響「あっ、起きたか亜美。おはよ」

亜美「あ、うん……おはよう」

響「……お腹へってないか?」

亜美「うん……寝起きだしね……」

 寝ていた亜美が上半身を起こし、ベッドから出てくる。
 二段ベッドの下段に寝ていたから、窮屈だったろうな。

亜美「真美は?」

響「ん? ぐっすり寝てるよ」

 上を指すと、亜美が二段ベッドの上段を見た。
 真美はリハーサルを完璧に終えて、ぐっすりと眠っている。

 ……電車で真美の家に来て、真美を送っていったんだけど、気がついたら亜美の看病をしていた。
 まあ、そんな感じ。


 2人のお母さんと話をしていたら、夜勤で病院に戻るという。
 亜美が起きるまで面倒を見てくれませんかと言われたら、断れない。

 いぬ美たちには悪いけど、勘弁してねと心のなかで謝った。

亜美「……ひびきん」

響「ん?」

亜美「真美、今日どうだった?」

響「うん、すっごく頑張ってた。『ハニカミ!』も完璧だったぞ」

亜美「そっか……すごいな、真美」

響「頑張り屋だよね」

亜美「……亜美ね?」


 亜美が俯く。

亜美「みんなの優しさが辛いんだ」

響「……優しさ?」

亜美「風邪ひいた亜美に、みんなが優しくしてくれるでしょ。
   りっちゃんも、ひびきんも、いおりんたちも……真美も」

響「……」

亜美「悪いのは亜美だよ」

響「そんなこと……」

亜美「ううん、亜美が悪いんだ」

 亜美の縛られていない髪が横に揺れた。


亜美「亜美が風邪なんてひかずに、明日のステージに立てる状態だったら」

響「ねえ、亜美」

亜美「……」

 少し強引に、亜美の言葉を遮った。
 風邪をひくと、なんとなく自分を責めてしまうような、弱い気持ちになるよね。

響「こう考えてみるんだよ」

亜美「……?」

響「亜美がたとえ転んでも、みんなが支えてくれるって」

亜美「…………転ぶのは、はるるんのお家芸だよ?」

響「いや、そうだけど」

 亜美が小さく笑った。


亜美「ごめんね、茶化して。ありがとう、ひびきん」

響「ん? ううん、大丈夫だよ」

亜美「……亜美、明日見に行きたいなぁ」

響「…………ダメだよ。亜美は病人なんだから」

亜美「だよねぇ」

響「ねえ、亜美。今熱は何度?」

亜美「……わかんない、測ってないから」

響「それじゃあ、測ってみようよ。もし熱があんまりなかったら」

亜美「……いいの?」


 真美の姿を見たいのは自分たちだけじゃない。亜美だって、見たいはずだ。
 毎日クタクタになって帰ってくる真美の成果を。

響「……内緒だぞ」

亜美「亜美が来る時点で、内緒にできないよ」

響「ははっ、そうだな」

 体温計を見つけて、亜美に渡した。
 同時に、腕時計で時間を確認する。

響「……結構、遅い時間だな。ご両親は毎日遅くまで居ないの?」

亜美「うん。小学校の時まではどっちかは居てくれたけど……亜美たちがもう大人だから、って」

響「夜勤を多くしてるってこと?」

亜美「そー。でも、真美がいるからへいき」

響「……じゃあ、風邪ひいても大変だよね」


亜美「さっきみたいに、ときどき開いた時間に帰ってきてくれるから」

響「そうか……」

亜美「まあ、今日みたいに誰かが居るのは、嬉しいかな」

響「……寂しくなったら、いつでも呼んでいいんだぞ」

 幸い、今までより夜はヒマになった。
 双海家なら、近い距離にある。

亜美「ううん、ひびきんにメーワクをかけるわけにはいかないもん」

響「迷惑だなんて」

亜美「いいの」


 体温計から電子音がする。
 亜美から手渡されて覗いてみると、そこには低い体温。

響「下がってるじゃん、やったな!」

亜美「う、うんっ! これなら……」

響「そうだな、明日……」

亜美「行けるよね!」

響「ま、まあこっそりだけどね」

亜美「ヨッシャ! 待ってろ真美っ」

 まだ少しだるそうだったけれど、亜美はその日一番の笑顔を見せた。
 


 すみません、今日中に続きを書こうと思ったのですが、もう少し書きためてきます。
 皆様、ありがとうございます。更新が遅れすみませんでした。よろしくお願いします。


 ―

響「……バレなかったか?」

亜美「もち! 真美、早いうちに行っちゃったからねっ」

響「そっか、さすがに病み上がりの亜美を連れて行くのは、真美が許さないかなって思ってさ」

 朝の10時、今日はオフなのでスーツではなく……割りとカジュアルな服装。
 関係者パスは律子からもらっていた。1枚だけど、ま、心配しないで大丈夫。

 亜美は髪を下ろしていて、白いベレー帽をかぶっている。

亜美「いやぁ、にしても楽しみだなぁ」


響「あっ、言い忘れてたけど、体調が一番大事なんだからな!」

亜美「分かってるよー! あとそれ、ひびきんにそっくりそのまま返しちゃうかんね!」

響「へ?」

亜美「真美から聞いてるよ! テーキケンシン、行ってないんでしょ?」

響「うっ……」

 だって最近忙しいんだぞ?

亜美「行かなきゃだめだよ、ひびきんが倒れちゃうとみんな悲しいんだかんね!」

響「うん……ごめんな」

亜美「んっふっふー、行こう行こう!」


 ―

 朝11時、会場に到着した。
 関係者パスで裏から入る。亜美が来ていることを真美に伝えたら、怒るかなぁ。

響「ねえ、亜美」

亜美「ん?」

響「バレたら、真美怒るかな」

亜美「どして?」

響「病み上がりの亜美を、連れて来ちゃっただろ。無理させちゃってさ」

亜美「うーん、大丈夫だよ」

響「大丈夫かな……?」


亜美「だって、亜美が来たいから来たんだもん。こんなの、無理してるうちに入らないし」

響「亜美……」

亜美「もし何か言われたら、ぜーんぶ亜美のせいにしていいからサ」

響「……」

亜美「それに、バレないようにするつもりだしね」

響「え?」

亜美「バレたら変に心配させちゃうかなって」

響「……そっか」

亜美「よーし、楽しもう!」


 スタッフ同士の確認作業。
 舞台装置、観客誘導……裏方さん達が集まる、言うならばリハのリハ。

響「じゃあ、自分は竜宮のみんなに挨拶に行こうかな」

亜美「じゃあ亜美、トイレ行ってくるね」

響「分かった。じゃあ、連絡して」

亜美「らじゃ!」

 亜美がびしっと敬礼をして、スタッフ専用のトイレに向かう。
 自分は階段を上り、控え室を目指した。


千早「あっ、響」

響「千早、雪歩! 2人だけ?」

雪歩「う、うんっ。竜宮のみんなは着替え中で、別の部屋にいるよ」

 ドアを開けると、私服姿の千早と雪歩がソファに座っていた。
 目の前のテーブルにはお茶のペットボトル。

響「着替え中かぁ」

 二人の向かいのソファに腰をおろした。

千早「真美、はりきってたわよ」

響「ん?」

千早「亜美の代わりに歌うんだ、って」

響「そうか……」


 真美が頑張ってたことは、すごく知っているつもりだ。
 多分、一番知っているのは……亜美だろうけど。

千早「……そうだ、響。ここで待っていて?」

響「ん?」

千早「みんなに伝えてくる。響が来たこと」

 千早は少し早足気味に控え室を出る。
 雪歩とふたりきり。……なんだか、久しぶりだ。

雪歩「……な、なんか久しぶりだね。二人きり」

響「う、うん」

 同じことを思ってたみたいだ。


雪歩「そういえば、亜美ちゃんはどうなの?」

響「亜美?」

雪歩「うん。真美ちゃんが教えてくれたんだ。響ちゃんが看病してくれたって」

響「あー……そっか。亜美、もう熱も下がってるよ。多分、明後日ぐらいには復帰できそう」

 いまこの場所にいるんだけど。

雪歩「良かったぁ……」

 胸に手を当ててふう、と安堵する雪歩。
 ふと、携帯のバイブレーション。

響「……おっ」

 画面には双海亜美の文字。
 残念だけど、亜美のそばにいなきゃいけないし、そろそろここを出ないとね。


響「はい、もしも――」

『――双海真美は預かった』

響「……は?」

 男の声。

『返して欲しければ、今日のライブはすぐに中止しろ』

響「なっ、ちょっと!」

 プツリ、と電話が切れる。

雪歩「……響ちゃん、どうしたの……?」

響「ま、真美が」

 真美がどうして誘拐されるんだ。


雪歩「真美ちゃんがどうしたの?」

響「真美が、誘拐されたって……」

雪歩「……え? そ、そんなはずないよ! 今はあずささん達と一緒に、隣の部屋に居るもん」

響「で、でも」

雪歩「何かの間違いだと思うけど……」

響「ご、ごめん! ちょっと待ってて!」

 走って部屋を出て、隣の部屋のドアを開ける。
 少し息が切れた。


響「真美ッ!」

 部屋の中では、紫色の竜宮小町の衣装を着た3人と、談笑する千早。

真美「あっ、ひびきん! はいさーい!」

伊織「あら……って、どうしたの?」

あずさ「なんだか、息が切れているけれど……」

千早「どうしたの?」

響「あ、あの……千早、自分ちょっと用事あって、だから……」

千早「……ええ、分かった。控え室には居ないってことね?」

響「そ、そう」

伊織「響?」


 控え室に戻って、ソファに倒れこむ。

雪歩「響ちゃんっ、ダメだよ走っちゃ!」

響「……真美、誘拐なんてされてなかった」

雪歩「多分、何かの間違いだよ」

響「……」

 携帯を取り出して、着信履歴を見る。

響「…………あれ?」

雪歩「ん?」

 双海亜美。
 ……亜美の携帯からの電話だった。


響「…………まさか」

 亜美の番号へと電話をかけてみる。電源が切れていて、繋がらない。

雪歩「ね、ねえ……どうしたの、響ちゃん」

 …………冷や汗が、首の後ろをつたう。

響「……真美じゃない」

雪歩「えっ?」

響「――亜美、だ…………」

 誘拐されたのは、亜美だ。


雪歩「どういうこと……亜美ちゃんが、誘拐されたの?」

響「……」

雪歩「も、もしかして響ちゃん、亜美ちゃんをここに連れてきたんじゃ」

響「…………」

雪歩「なんでそんなことしたのっ、病み上がりなんだよっ!?」

響「……ぁ」

 どうしよう。
 亜美が、なんで。

雪歩「響ちゃんっ!」

 ハッとする。
 雪歩の、普段は聞いたことのないような大声。

雪歩「私に話して」


 今日のライブに、亜美を連れてきたこと。
 亜美の携帯から『双海真美は預かった』と電話がかかってきたこと。
 『ライブを中止しろ』と言っていること。

雪歩「……亜美ちゃんを」

響「自分、どうすれば」

雪歩「亜美ちゃん、どこに居るのかな」

響「分からない……もしかしたら、この会場から出ちゃったたかも」

雪歩「……うーん、でも亜美ちゃんが使ったトイレは、関係者しか入れない場所なんだよね」

響「そ、そうだぞ」

 パスがなければ、絶対に入れない。
 アイドルのライブは厳重だ。


雪歩「だったら、スタッフさんが犯人なんじゃ」

響「え……?」

 今日、この竜宮小町のライブを成功させるために動いているスタッフの中に、
 誘拐犯がいる……ってことか。

雪歩「だって、そうとしか考えられないよね……?」

響「確かに……」

雪歩「この間読んだ推理小説に、中から疑えって書いてあって」

響「中から疑え……?」

雪歩「うん……」

 沈黙。雪歩は考え込んでいる。
 スタッフが犯人なら、亜美はそう遠くには居ないはずだ。雪歩は、そう言いたいんだろう。

 スタッフはこの場に居なくちゃいけない。同時に誘拐をするなら、亜美を閉じ込める場所はこの会場内だ。


 静寂を打ち破るように、携帯が震えた。テーブルの上に置いてあったからか、振動が大きな音として伝わる。

響「亜美っ……!」

雪歩「え!?」

 双海亜美・仕事用。今度表示されている名前と番号は、さっきのものとは違う。
 必要だと言った人にだけ事務所が支給していた、仕事用の携帯。

 亜美はネットを見たりしてすぐにスマホの電池を切らしてしまうからと、それを持っていた。

響「もしもしっ、亜美!」

『ひびきん!』

響「いま、どこにいるんだ!?」

『え、えっと……真っ暗で、ほとんど見えないけど……多分、何かの部屋』

響「部屋……」

 雪歩と目を合わせる。雪歩はうん、と頷いた。


『亜美のスマホ、とられちゃった』

響「顔は見た?」

『うん、メガネの男の人。今は居ないみたい』

響「よし……亜美、助けに行くからな」

『ごめん、ひびきん』

響「悪いのは自分だから……!」

 電話が切れた。
 ――雪歩がすぅ、と息を吸って。

雪歩「絶対に、亜美ちゃんを助けよう」

響「うんっ……!」

 身体に響く重低音。控え室のテレビ画面には、ステージが映っている。
 手を振りながら歌う、伊織、真美、あずささん。


響「……しまった!」

雪歩「えっ?」

響「誘拐犯がステージの上の真美を見ちゃったら、誘拐したのが真美じゃないって、気づいちゃうよ!」

雪歩「あっ……!」

響「急がないと!」

雪歩「ま、待って響ちゃん! 走っちゃダメ!」

響「そんなこと言ってられないだろっ!」

 勢い良く控え室のドアを開けて、廊下に出る。
 怪しい動きをしたスタッフがいれば、きっとそいつだ。

 誘拐したはずの真美が、ステージに立っている。
 だったら、”誘拐した真美”が居るはずのどこかの部屋に向かうはずだ!


響「…………っ」

雪歩「ひっ……響、ちゃん……ダメだよ……」

響「ご、ごめ……ゆき……」

 肩で息をして、会場を見渡す。

『失敗恐れていたら 手に入らない♪』

 周りでは忙しなく動くスタッフ達。これでは、誰が誘拐犯か分からない。
 ……そもそも、さっきの推理だってもしもの話だ。実際にこの中にいるとは、限らない。

雪歩「あっ」

響「え……?」

 雪歩が指をさす。そこには、竜宮小町のロゴと、その下にSTAFFと書かれた緑色のTシャツを着た男が、
 少し鈍い駆け足で控え室の並ぶ廊下へと向かっていた。

響「あ、あれか!」

雪歩「う、うんっ」


 もし違ったら、それはすごく申し訳ないけど。
 その人を追いかける。

響「……っ」

 やがて男は一番奥の部屋のドアの前で立ち止まり……。

雪歩「……!」

響「……え?」

 雪歩が携帯を操作している。
 微かに音楽が聞こえるこの廊下で、無機質な着信音が鳴った。

 ――部屋の中から。

「……っ!」

雪歩「響ちゃん!」

響「――――待てえっ!」

 部屋の中に亜美がいる。
 雪歩は、亜美の仕事用携帯を鳴らしたんだ。

 男が慌てた隙に、自分は上に覆いかぶさって……。


「はなせ、はなせっ」

響「離すもんか! 亜美を誘拐しておいて、ただじゃおかない!」

「く……っ!」

響「わっ!」

 男が身体を翻す。抑えることが出来ず、尻餅をついた。そのまま上半身も倒れる。
 同時に、視界が暗くなっていく。

「――雪歩!」

「千早ちゃん!」

「なんだお前らは!」

「……っ!」

 ふと、手に温かい感触。頬を何度も叩かれる。

「……」

 荒い呼吸を抑えられないなりに、目を少しずつあけた。


亜美「ひびきんっ!」

 亜美がいる。

響「……あみ」

亜美「ひびきんっ、言ったじゃんっ!」

響「……え?」

亜美「タイチョー管理!」

響「……ああ…………そうだったね……」

亜美「そーだったねじゃないよ!」


 ゆっくりと起き上がって、目の前で起きている出来事を整理する。

千早「……ふう」

雪歩「よ、よかったぁ……」

 千早が男を取り押さえているのだ。華奢な身体で、千早より大柄な男を。

響「……ちは、や」

千早「どうして勝手にこんなことしたの!」

響「ごめん……」

千早「もう……」


 ――亜美じゃなきゃ、竜宮じゃない。
 男が千早に取り押さえられたまま、亜美の質問に答えた。

亜美「だからって、亜美を真美だと思って誘拐したの……?」

「そうだよ、悪いか!」

亜美「悪いよ!」

 亜美が大声を出した。

『……ック…………みんなきれ……だね…………♪』

 終わる寸前、曲が聞こえる。

亜美「真美がどれだけ頑張ってたか、カケラも知らないくせに! 勝手なことしないでよ!」

「……」

亜美「真美はなんにも、悪くないっしょ!?」


 こんなに怒っている亜美は、久しぶりに見た。

亜美「……風邪ひいた亜美が、一番いけないんだよ」

「……」

亜美「お願い、勝手なこと、やめて」

 亜美の消えそうな声が、男の表情を渋くする。
 やがて雪歩に電話で呼び出された律子と、律子の呼んだスタッフが到着し――男はどこかに、連れて行かれた。


 ――

 『Colorful Days』が終わり、歓声と拍手が交じる。

亜美「きたああああああ! まーみーっ!」

 最後列、千早と自分の間の席の亜美は立ち上がり、黄色のサイリウムをブンブンと振る。

伊織『みーんなーっ! 竜宮小町のライブに来てくれて!』

伊織・あずさ・真美『ありがとー!』

 大歓声だ。桃色、紫色、黄色、緑色の光が会場中を包んでいる。
 ――秋月律子プロデューサーにも、敬意を払う。それが、竜宮ファンの掟らしい。
 だから緑色のサイリウムが、こうして使われている。自分も、いつか。

真美『え……っと……今日は、亜美は風邪でお休みなんだ』

 事前に告知していたからか、あまりどよめきはおこらない。
 むしろ、真美を励ます言葉ばかりが観客席からステージへと、投げられる。

真美『あ、ありがと! その……今日は、亜美の代わりに頑張って歌って踊るから、よろしくね!』

 再び、大歓声。


伊織『それじゃあ、いっくわよーっ!』

あずさ『私達の応援も、お願いしますね~!』

亜美「あずさお姉ちゃーん! Fu!」

 亜美がサイリウムのボタンを押すと、色が黄色から紫色に変わった。
 うひゃー、今の時代は進んでるなぁ。

真美『にいちゃん、ねーちゃん、盛り上がってねーっ!』

 そして、竜宮小町の正規メンバーでない真美に暴言が吐かれたり、ざわめきが起こることもなく。

伊織・あずさ・真美『七彩ボタンっ!』

 ――竜宮小町のライブは、大成功に終わった。


 □

 深夜の音楽番組の収録、ラジオ特番のMC。
 雑誌の表紙撮影、インタビュー。

 フェルノスの3人はファーストシングル『Little Match Girl』の発売に向け、仕事に熱中していた。

 そして、今日はCD発売イベントの前日、最後のレッスン。
 結局場所はCDショップの特設ステージから、その近くにある大きなショッピングビルの地下ステージに変わった。

 通称「ウォーターステージ」。滝のように水が壁を流れていることから、そう呼ばれ親しまれている。

T「……うん、どうですか、我那覇さん?」

響「はい、すっごく良い感じです!」

真美「ほへぇ……キツいよぅ……」

T「ほらほら、真美ちゃんいつもの元気は?」

真美「出ないよー……」


T「もう、前日のレッスンなんて調整なのに、ここまで全力でやるなんて」

千早「それが……私達の、ユニットですから」

 千早が息を切らしながら、笑う。
 そうかもね。

真美「……ねえ、ひびきん」

響「ん?」

 大の字で寝っ転がっていた真美が上半身を起こし、まっすぐ自分の瞳を見つめた。

真美「明日、『今 スタート!』を歌ってもいいかなっ」

響「……『今 スタート!』を?」


真美「……あの曲、せっかくだから歌いたいなぁって」

響「……時間なら、トークをちょっとだけ削れば大丈夫だけど……」

雪歩「真美ちゃん、珍しいね。あんまりこういう提案、しないのに」

千早「ええ……どうしたの?」

真美「な、なんでもないよ! でも、この間の竜宮ライブで、ちょっと考えが変わったかなーっていうかさ」

響「……」

真美「ちょっと、メンドくさがらなくなったかな」

響「……よし、じゃあ明日は『今 スタート!』も歌おう」

千早「ふふっ、もちろん」

雪歩「楽しみだねっ」

T「なんだか……いいなぁ、素敵ですよね。こんなユニット」

響「ありがとうございます。これが、自分たちの、インフェルノスターズなんです」

 そう。みんなで楽しくアイドルをする。やるときには全力でやる。
 これが、4人で作ってきたインフェルノスターズだ。


 ――

 ライブ当日、ウォーターステージ。
 ショッピングモールの裏にある楽屋に3人を入れて、担当のスタッフと打ち合わせをしに行く。

響「おはようございます!」

スタッフ「あ、あの……765プロさん」

響「はい?」

スタッフ「今日、イベントできません」

響「……はい?」

スタッフ「ダブルブッキングで、この会場は使えないんです」

響「……え?」

 スタッフは困り顔だ。

 この会場を抑えたのは、3週間も前だ。
 それに、もうアイドルは到着している。


 いまさら、どうしろっていうんだ。

響「あの、それはどういう――」

「あれれっ? 誰かいるよー、うらら」

「……ホントだ」

響「……?」

 振り向く。そこには、端正な顔立ちの女の子が3人並んでいる。
 まるでアイドルユニットのような――。

「……アンタ、元アイドルの我那覇響だよね?」

響「そう、だけど」

「へぇ……今は何をしているの?」

響「……アイドルユニットの、プロデューサーだよ。……ところで、キミ達は誰?」


「あれ、知らないの?」

 右にいるショートカットの女の子が言った。

「あたしたち、結構有名になってきたと思ってたんだけどね」

 左にいるおとなしそうな女の子が続ける。

「――コスモプロのアイドル、って言えば分かってもらえる?」

 そして、真ん中にいる小柄な女の子が……告げた。

響「コスモプロ……」

 その名前は聞いたことがある。かつてあの有名アイドルユニットが所属していた、大手事務所。
 そして――最近は新ユニットを売出中という。

うらら「『プチプラ☆ネット!』の天王寺うらら、覚えといてね♪」

 ルーキーユニットフェス、参加事務所。
 ユニット名――『プチプラ☆ネット!』。

響「まさか……キミ達が?」

うらら「この会場、譲ってくれるよね? 我那覇響プロデューサー?」

 リーダーの天王寺うららは、幼い笑顔と冷たい声で言った。


 今日はここまでです。次回の投下で終了すると思います。
 お読みいただき、ありがとうございます。


 お久しぶりです。最近なかなか時間が取れず、更新が遅れております。
 申し訳ありません。保守・生存報告とさせていただきます。
 投下にはもうしばらくお時間を頂くかもしれませんが、よろしくお願いいたします。


 お待たせしました。今から投下させていただきます。どうかお付き合い下さい。


うらら「ふたりとも、控え室に行ってていいよ?」

「それじゃあ……」

「じゃあね、765プロのプロデューサーさん」

 天王寺うらら以外の2人が、この場を去っていく。

響「……どういうことなんだ」

うらら「さあ?」

響「自分たち、この会場を3週間も前に押さえたはずで」

うらら「そんなわけないと思うんだけれど?」

響「え?」


うらら「アンタ、忘れてない?」

響「な、なにを」

うらら「765プロが最初に押さえた会場はここじゃなくて、
    ホップレコーズのステージでしょう?」

響「――!」

 そうだった。
 でも3日前にスタッフからあった連絡で、ここに変わったって……!

うらら「だから、このダブルブッキングは765プロの責任」

響「でも……自分たちがここに変えてって言ったわけじゃない。向こう側から連絡が来たんだよ」

うらら「それが観客に関係あると思う?」


響「思わない、けど」

うらら「ねえ我那覇さん、冷静に考えてみてよ」

 うららは自分に思い切り近づく。もう少しでぶつかってしまうぐらいに近い。

うらら「765プロとコスモプロ、どっちの規模が大きいのか」

 パッと手を掴まれ、強い力で握られていく。

うらら「ねえ、アンタ達……ちゃんと活動したいなら、ウチに楯突いちゃダメよ?」

響「……え」

うらら「ウチに楯突いて順調に活動できたアイドルなんてひとりもいないんだから」

 顔を見る。アイドルらしい、ほほえみ。


 手を離され、自由が戻っていく。

うらら「イベントが始まる前に、とっととここを立ち去ってね?」

響「……」

うらら「アディオス♪」

 うららが後ろを向いて歩いて行き……そこには、そそくさと移動するスタッフと、
 自分だけが残った。

 気がつけば、壁に貼り付けてあった数枚のポスターが剥がされている。
 薄い青が基調の「インフェルノスターズ」のポスターが、黄色の「プチプラ☆ネット!」のポスターに。

響「なんでだ……」

 どうすればいいんだ。


千早「あら、響…………どうしたの?」

雪歩「響ちゃん……?」

響「……みんな」

真美「ん?」

響「ここ、ダブルブッキングらしいんだ」

千早「え?」

 千早が目を丸くする。

響「この会場、今日はコスモプロが演るから、って」

雪歩「そ、そんなのおかしいよっ!」

響「自分もそう思うんだけど……急に会場がここに変わったでしょ? だから、何かあったんじゃないかって」


 千早が恐ろしく冷たい声で呟いた。

千早「……妨害」

響「っ……!」

 妨害?

真美「な、なんでさ! なんで妨害されなきゃいけないの!」

千早「……ルーキーユニットフェスの話、聞いたわよね」

真美「う、うん……」

千早「コスモプロも出場するとしたら、今のうちに名前を売っておいたほうがいい」

雪歩「まさか、そのために今日の私達のライブに被せてきたってこと?」

千早「……急に私達のステージをここに変えたのも、スタッフに圧力をかけて……」


 そう考えると、恐ろしいほど合致する。
 なぜうららが最初会場が違ったことを知っていたのか。

響「で、でもさ」

千早「……」

響「なんでも疑ってかかるのは、良くないって思うんだ」

雪歩「……うぅ」

響「だからとりあえず。ここでは自分たちは歌えなくて、えーと」

真美「……ひびきん」

 真美が名前を呼んだ。

響「……?」

真美「真美、ここじゃなくてもいい。……外でもいいんだ!」

 真美が立ち上がって、自分へと近づいてくる。


真美「少しでも聞いてくれる人がいるなら、真美はそこで歌いたい!」

響「真美……」

千早「……」

真美「真美、竜宮のライブに参加した時、いっぱい応援してもらったから!」

響「応援?」

真美「うんっ、ユニットでも頑張ってね、ってファンのみんなに! だから」

 真美の大きな声が、部屋中に響く。

真美「どこでもいいから、ステージに立たせて!」


響「……」

真美「……っ」

 ギュッ、と抱きつく力を強くする真美の手にポンと手をかぶせた。
 真美の身体を離して、目を見て言った。

響「分かった。そうだよね、自分が諦めちゃダメだ」

真美「ひびきん……」

 千早と雪歩を見る。ふたりともまっすぐに、じっと自分を見つめていた。

響「自分、もう一回ここのスタッフとコスモプロに掛けあってみる。
  それでダメだったら、別の会場を……」


雪歩「ね、ねえ響ちゃん。こういうのはどうかな……?」

響「え、何?」

 雪歩が昨日お父さんがしていた話から思いついた、と前置きをして話し始めた。

雪歩「……」

真美「なんかそれ、出来たらメッチャ面白そうだね!」

千早「ええ、これならあまり一方的ではないわね」

響「よし、自分ちょっといってくる!」

 雪歩の案なら、フェルノスはあのステージに立てる。
 急いで話しに行こうとすると、千早に「待って」と肩を掴まれた。


千早「私達も、一緒に行くわ」

響「え?」

真美「真美達、ひびきんに付いて行くよ!」

雪歩「だって、私達はユニットだもんねっ」

 3人が笑う。その笑顔が自分の背中を、思い切り押してくれた。
 練習の成果を見せ、ファンを魅了するために。自分たちは、最高の気分を味わいたいんだ!

響「うんっ!」


響「おーい、コスモプロー!」

うらら「それで――って、あれ? 帰り支度、済んだの?」

 さっきのスタッフと話し合っているうららを呼ぶ。
 プロデューサーを兼業しているらしく、資料を何枚も持っていた。

響「違うよ、……自分たちはここで歌うために来たんだ」

 うららは鼻で笑った。

うらら「ハァ? アンタ人の話聞いてなかった? ここはプチプラのステージよ」

響「頼む、自分たちに……ここで歌わせてくれ!」

 思いっきり頭を下げた。後ろで千早が「響」と、自分の名前を呟く。

うらら「……アイドル揃えて来たと思ったら、そういうことね」

 同情を誘うのはナンセンスだわ、とうららは肩をすくめた。


響「別にそんなの誘ってないってば」

うらら「無理よ無理。今日の15時から16時、私達のライブと一般の撮影会をするの」

響「……765プロがお願いしたのと、同じ時間だ」

うらら「そう? まぁ、よく知らないけど……とにかく、アンタ達がやる時間なんて一分もないわよ」

千早「それ、2ユニットともは出来ないかしら」

 顔を上げて後ろを向くと、千早が言った。
 自分が格好良く決めるつもりだったんだけどなぁ。

うらら「なにそれ? そんなことが出来るなら苦労しないし、だったらバーターでウチの新人を使うわよ」

真美「だったらさ、真美たちとプチプラの『ライバル同士』のほうが、盛り上がるんじゃないかな」

 今度は真美がいたずらっぽく笑って一言。

うらら「は?」


雪歩「――あの、ライブの撮影は許可していますか?」

 雪歩が一歩前に出る。

うらら「いいえ、してないけど」

雪歩「だったら、撮影許可にしてくれませんか?」

うらら「どうして?」

雪歩「撮影会を無くして、ライブ自体を撮影許可にすれば……撮影会は無くても、いいかなって」

うらら「……」

雪歩「『ダブルヘッダー』で、私達をこのステージに立たせて下さいっ」

 雪歩の提案、ダブルヘッダー。野球の話らしい。
 同じスタジアムで朝と夜、試合を二試合やること。

 それを案として、コスモプロの撮影会の時間にフェルノスが「二試合目」をする計画を話してくれた。
 撮影会を無くす代わりに、普段禁止にしているライブの撮影を許可にする……これでなんとかなるはずだ。

 プチプラも大きな変更はないから。


うらら「それでいいって思ってるワケ?」

響「……」

うらら「ねえ、誰が考えたのかしら」

雪歩「わ、私ですけど……」

 雪歩が小さく手を挙げた。

うらら「アイドルなら分かるわよね? 本番当日になっていきなり進行が変わることの重大さが」

真美「っ……」

響「そりゃ、分かるよ。それでも、自分たちはここで歌いたいんだ」

うらら「無理よ、バカなのアンタ、そんな案を話すなんて。プロデューサーのくせに、そんなことも分からないの?」

響「でもっ……!」


真美「ひびきん、もういいから」

響「……っ」

 真美の右手が、こぶしを作っている。
 そしてそれは、かすかに震えているように見えた。

 怒っているんだ。

うらら「それじゃあ、とっとと帰ってね♪」

 と、うららが手を振りながら言った。
 アイドルらしいあの笑顔で。

 そしてくるっと後ろを向いて、数歩、まっすぐ歩いて……止まった。

響「……?」


うらら「……何しに来たの?」

「自分の会社のアイドルを見に来てはいけないか?」

うらら「……別に、そういうことを言ってるんじゃ」

 初老の男性とうららが何か話している。
 会話の内容から、なんとなく社長かな……と思って聞いてみる。

真美「ひびきん……あれ、誰?」

響「さあ……社長とかかな」

千早「ずっと笑顔ね、あの人」

雪歩「うん……なんか、怖いね」


 その後すぐ、男性が自分の目の前へと歩いてきた。

社長「やあ、コスモプロの社長をしている者だ。よろしく」

響「あっ、はい。……765プロダクションでプロデューサーをしています、我那覇です」

 名刺を手渡すと、社長はそれをスーツのポケットにしまった。
 ぐちゃぐちゃになっちゃうぞ、あんな入れ方。嫌味か。

社長「さっき、ウチの所属アイドルと話し合ったんだがね。ぜひその案でやらせてもらおうかと思ってね」

うらら「ハァ!? なにそれ、聞いてないわよ!」

社長「ゴホン。だから、あとはプロデューサーの君に一任するよ。ウチはアイドルが兼任しているから」

響「い、いいんですか?」

社長「なに、その方が面白いと思っただけだ。元々このような無料イベントに私は期待していないからね」

響「えっ……?」

社長「利益が物販だけで不定なものでは、多くパフォーマンスするだけ時間の無駄だからねぇ」


 そしてコスモプロの社長は、笑顔のまま去っていった。
 涙目のうららが残る。

うらら「……先に私達がステージに立つ。それはいいわね」

響「……うん、よろしくな」

 うららは頷いて、走り去っていった。

千早「……やったわ!」

真美「ねえ、みんなでステージに立てるんだよねっ!」

雪歩「こ、ここで出来るんだよっ」

響「みんなっ、急いで準備して!」

 3人は笑顔で頷いた。

響「インフェルノスターズの、CD発売記念ライブだ!」


 □

 ――プロジェクト・フェアリー、また移籍?

 765プロのアイドルユニット、プロジェクト・フェアリーが、
 再び移籍の渦中にあるという。
 仕事量が増え、さらなる飛躍を目指し大手の某プロダクションへと移籍をするというのだ。

 かつて961プロを解雇され、移籍という形で765プロの所属になったフェアリーだが、
 果たして再び移籍することがありえるのだろうか。


真美「……フェアリーが移籍なんて、やだなぁ」

 フェアリーが移籍する、って雑誌の記事を見てからフェルノスのみんなは
 明らかにモチベーションが落ちていた。

 話を聞こうにも、フェアリーとプロデューサーはただでさえ忙しい。
 竜宮小町よりも仕事があるというのだから、メールも出来ない。

千早「この記事、本当なのかしら」

春香「そ、そんなことないと思うけど……」

 765プロの事務所は乙女が集まっている――社長・談――けれど、今日の雰囲気は悪い。
 貴音にも、美希にも、プロデューサーにもメールをした。
 3日経った今でも、帰ってこないのだ。


 ルーキーユニットフェスまで、もう時間がない。
 今年から優勝したユニットはアイドルクラシックの一次予選通過、という権利を持つだけに、厳しくなる。

響「ねえ、みんな曲は大丈夫? レッスン、まだ入れようか」

 自分はというと、フェルノスへ入る仕事を捌きながら、フェスに向けてレッスンを多く入れていた。

春香「ま、まだやるの、フェルノス? すごいなぁ……」

千早「そういえば春香は、最近はよく電車を使って移動しているんですって?」

春香「うん。今、プロデューサーさんが忙しいんだって。フェアリーがいろいろあって」

 ――移籍。
 いや、違う。自分たちに黙って移籍なんか、するわけない。
 するわけないって、信じたい。

 何年も一緒にやってきた仲間が、何も言わずに事務所を抜けるなんて考えたくもない。


雪歩「私、まだ不安なところがあって……」

真美「あ、真美も真美もっ」

千早「そうね、ダンスをもう一回踊って、最終調整したいわ」

春香「みんな頑張ってね! 私も、見に行くから」

真美「おっ、はるるんの差し入れが楽しみだなー!」

春香「ええっ!? りょ、了解!」

 今週末は、ルーキーユニットフェス。
 それは明後日に迫っていた。

響「分かった、それじゃあ明日は空き時間にレッスンをしよう」


 1ユニットは2曲を歌えて、2曲の審査の合計点数で順位が決まる。
 前々からレッスンをしていた「Little Match Girl」と……”新曲”を演ることは決まっていた。
 新曲は、継続的に練習して、みんな歌えるようになっていた。ダンス曲じゃないから、踊りはほぼない。
 これなら、後はみんなのがんばりで順位が変わると思うからだ。

 ――自分も、……自分が一番、頑張らなくちゃ。

 フェス前日のレッスンで、みんなは弱点の克服をこなしていた。
 トレーナーさんが心配していたところもちゃんと改善できている。

 これなら、大丈夫。移籍の記事なんて気にしない。
 勝てる、って思ったんだ。


 フェスは千葉県の大きな野球場が会場だ。
 海の近くにあって、風が強い。

 観客席も広くて、とってもいい場所だと思う。

「ルーキーユニットフェス、今回は審査員として、プロジェクト・フェアリーのお二人が来てくれました!」

響「んなっ!?」

 変な声を出して、周りのスタッフに睨まれた。

貴音「よろしくお願い致します。精一杯審査をさせていただきます」

美希「今日勝ったら、アイクラ2次予選に行けるんだよねっ! がんばるのー!」

 歓声が大きくなる。ファンからも、スタッフからも。
 控え室にいるアイドル達も、驚いているんだろうか。


「それでは最初に、『シンデレラプロ』のみなさんです! ユニット、『トライアドプリムス』!」

「よろしくお願いします!」

 黒と青の衣装に身を包んだ3人組のアイドルが舞台の上に登場してきた。
 自分のいるスタッフボックスからは審査員の得点が見える。

 アイクラの審査委員長の元アイドルの女優、神長瑠衣さんや、
 961プロの社長、黒井崇男さん……黒井崇男さん!?

黒井「……」

 審査員席に、黒井社長がいる。こ、こんなこともやってるのか……。
 そして、この手のフェスには絶対いる審査員さんと、美希、貴音。

 合計は7人。


「ありがとうございました」

 ファンの大歓声が聞こえてくる。さすが、今人気の事務所ってだけはある。
 それでも、センターの娘の声があんまり出てなかった。

 不調なんだろうか。審査結果は、それが響いていると思う。
 まだ1ユニットだけだから1位だけれど、維持できる1位ではない。

 そして、コスモプロ――プチプラの3人が、ステージにあがる。


「ありがとー! ありがとーっ! みんな、応援本当にありがと! 2曲目もよろしくお願いしまーす!」

 比べ物にならない大声が、後ろから聞こえる。
 コスモプロってこんなに勢いがあるのか……。

 シンデレラプロとは大差の1位。
 コスモプロが、王冠マークの横に名前を載せた。

 この後、もう1ユニットがパフォーマンスをした後、休憩が入って……フェルノスの番だ。


響「みんな、差し入れ持ってきた……けど……」

 控え室に入ると、衣装を纏った3人が暗い顔をして座っていた。

響「ど、どうしたんだよ」

千早「…………さっき、美希と廊下ですれ違ったの」

響「え、それで?」

千早「……私たちに、ごめんね、って言って……走って行ったのよ」

響「……『ごめんね』って……」

 そんなの。まるで、

雪歩「本当に、移籍しちゃうの……?」

 それを肯定しているようなセリフじゃないか。

真美「そんなの、やだよ」


 自分はなんにも言えなくて、結局すぐ時間が来てしまって。

「ユニット『インフェルノスターズ』、楽曲は『Little Match Girl』!」

千早「よ、よろしくお願いします」

 ベストコンディションでないみんなは、連続して失敗をして。

雪歩「きゃあっ!」

 スターポイントはリセットされて。

真美「わわっ」

 結局フェルノスは――4ユニット中、4位。


 ――
 ――――

貴音「……失礼、いたします」

響「っ、貴音」

 6ユニットが1曲目を終わらせて、今のところ順位は5位。
 この順位で未発表のアレをやるのは――あまりにも賭けをしすぎる。
 そう思っていたところに、貴音がやってきた。

 ピンク色のドレスを纏っている。

貴音「こちら、皆に」

真美「……これ」

貴音「春香に呼び出されまして、これを渡して欲しいと」

千早「春香……来てくれたのね。ありがとう、四条さん」

貴音「いえ。春香は一般観客席に居るので控え室に来られず申し訳ないと言っていましたよ」


貴音「雪歩」

雪歩「は、はいっ」

 貴音が少し怖い声で、雪歩を呼んだ。

貴音「もう少し、腕のふりを大きくしなさい」

雪歩「う、腕のふり、ですか」

貴音「はい。今の貴方はふりがとても小さい、それではあのダンスは目立ちません」

雪歩「ごめんなさい……」

貴音「千早、あなたは声が上ずっていましたよ。音程がずれています」

千早「……すみません」


貴音「真美」

真美「……なあに、お姫ちん」

貴音「真美は、焦りすぎています。数秒早く踊っていました」

真美「……お姫ちんのせいだ」

貴音「え?」

 真美が立ち上がって、思い切り泣き始める。

真美「お姫ちんたちが、フェアリーが移籍なんて、するからっ」

貴音「……移籍?」


 貴音はキョトンとしている。

響「貴音、フェアリーが移籍するかもって雑誌の記事、知らない?」

貴音「はい……聞いたこともありませんが」

雪歩「で、でも美希ちゃんがさっき『ごめんね』って」

貴音「……その意図は分かりませんが、わたくし達が移籍など、するはずありません」

響「ほ、本当か」

貴音「はい。一度961プロに捨てられている身……765プロを捨てようなど、思うはずもないでしょう?」

 貴音の純粋なほほえみを見て、思わず真美と雪歩と一緒に、貴音に抱きついてしまった。

貴音「っ」


真美「お姫ちん、本当なんだねっ」

雪歩「私達、勘違いしてましたぁっ」

響「たかねえっ!」

貴音「……? よく、分かりませんが、それがフェルノスへの応援となるのなら」

千早「四条さん」

貴音「……はい」

千早「信じて、いいんですよね」

貴音「ええ、もちろん」

 千早がぎゅっ、と拳を握り締めた。


 貴音が部屋を出た後、自分が提案をする。

響「みんな、次はやっぱり『今 スタート!』で行かないか」

雪歩「え?」

響「慣れてた『Little Match Girl』でも、結構失敗しちゃったよね。
  だから、未発表曲で挑むのはちょっと無謀だって思うんだ」

千早「確かにそうね。確実にポイントを稼がなければいけない訳だし、敗退すればこの曲を無駄に知られてしまうわ」

響「だから――慣れてるあの曲で行こう。1曲目の最下位からだから、パフォーマンスは2番目」

 だから、あんまり時間はないけど。
 不慣れなことをするよりは、確実に行った方がいい。

響「円陣組もう!」

 ここを勝ち進むことが、フェアリーと戦う近道になるから。
 「絶対優勝!」「オーッ!」という声が、控え室に響いた。


 球場独特の少し割れた音が、ファンの熱狂さをアップさせている。
 一番最初の男性アイドルデュオは、結局最後まで小さな失敗を繰り返してしまっていた。

 黒井社長の顔が怖い。あの人は酷いパフォーマンスを見るといつもあんな顔をするんだっけな。

「それでは、続いてのユニットです! 『765プロ』の『インフェルノスターズ』!」

 大きな拍手がこだまする。
 もうすぐ夏だっけ。ちょっと暑くなってきたこの時期にピッタリの雰囲気だ。

千早「よろしくお願いします!」

「曲は『今 スタート!』です、どうぞ!」


千早「輝く今君とスタート、淡色スタッカート♪」

 千早の透き通るような声。

真美「大切な日々も、色褪せちゃうけど♪」

 真美の少し大人っぽくなった可愛らしい声。

雪歩「いつかはBest My Friend、確かな運命♪」

 雪歩の小さく力強い声。

 これがインフェルノスターズの、本当の力だ。
 それを分かってもらうには、充分だった。

 黒井社長が腕組みをしている。
 パフォーマンスを気に入ると、あのポーズを取るんだ。知ってるぞ、自分。


「――4位、シンデレラプロ。トライアドプリムス」

 わぁっ、という声。ステージ上には今日出演したアイドルが全員立っていた。
 審査員は横に立って、審査委員長の発表を見守っている。

「――プロ。ジョーカーズ」

 あと名前が出ていないのは、うちと、コスモプロ。

「――――2位」

 時間が、空気が、止まった気がした。

「――――コスモプロ。プチプラ★ネット」

 その日一番の歓声は――――、

真美「やった……っ!」

「1位…………765プロ! インフェルノスターズっ!」

 ――フェルノスに向けられたものだった。


 フェルノスの3人を始め、今日出演した全員がスタッフボックスに移動した。
 どうやらスタッフの話によると、この後何か別のパフォーマンスがあるらしい。

響「みんな、本当におめでとう!」

真美「ありがとー、ひびきん!」

雪歩「私達、本当に勝てたんだよぅ!」

千早「やっとスタートラインに立てたのね!」

 みんなとハグし合う。増え始めたテレビの仕事、雑誌の取材。
 並行してやった、レッスン。キツくないワケがないのに、みんな頑張ってくれた。

 最高だ……っ!

千早「そういえば、フェアリーがステージで歌うんですって?」


真美「そうなの?」

雪歩「フェアリーはもう優先参加権を、持ってるんだよね」

千早「ええ。何を歌うのかは知らないけれど」

響「ふぅん」

 忙しいのに大変だな。審査員をやって、さらにパフォーマンスまでするなんて。
 身体を壊さないように、ってメールしとこ。

「お待たせいたしました! アイドルクラシック参加権を取得したユニット、プロジェクト・フェアリーです!」

 そして司会の声が、会場中に響く。
 フェアリーは、いつものとは違う、純白のドレスに着替えていた。


美希「はいさーいなのー!」

 はいさーい、とこだまする観客。
 自分の挨拶なんだけど……まあ、いいや。

貴音「本日は、大変素晴らしいものを見させて頂きました。わたくしたちも精一杯、歌わせて頂きます」

美希「今日は……フェアリーの新曲を歌っちゃうよ!」

 どよめきと歓声が入り混じる。

千早「新曲?」

真美「フェアリー、新曲出すんだね。ひびきん」

響「いや、自分は何も知らない」

雪歩「え……? プロデューサーから聞いてないの?」


響「うん、今週の会議はプロデューサー、休みだったんだよ」

 テレビ局としなきゃいけない会議があったみたいで。
 目線をステージ上に戻す。

美希「この曲は、とっても素敵な曲だよ」

貴音「……ええ、皆様にも好きになっていただけると思います」

美希「それじゃあ、聞いて下さい」

 美希が、曲名を言った。













美希「――――『Melted Snow』」





 ……え?

千早「え……ねえ、それって」


雪歩「フェルノスの新曲じゃなかったっけ……」

真美「このイントロ、そうじゃん!」

 会場に流れ出す、淋しげなイントロ。
 黒井社長の顔を見る。向こうは、自分のことを思い切り睨んでいた。

 どうしてこれが、本物の”フェアリーの新曲”になっているんだ……?

千早「もしかして……これのこと、かしら」

響「え?」

千早「美希の『ごめんね』、って……」


 ――ごめんね。
 その言葉は何に対して。美希は自分たちに何をしたのか。

 それが、新曲を奪ったことに対して、だったら。

 パズルのピースがはまるように、式が完成していく。
 そんなことを考えたくもないのに。

響「謝った、ってことは……知ってたんだ」

雪歩「……え」

響「美希は知ってて盗んだ、ってことだ」

真美「盗んだ……?」

響「フェアリーは盗んだんだ。自分たちの、インフェルノスターズの……新曲を」

 千早がとても小さく、「どうして」と呟いて。

美希「風が冷たくて……♪」

 海沿いの球場に、美希の歌声が響き始めた。

To be continued.■


 1. 響「自分たちの、インフェルノスターズ」
 響「自分たちの、インフェルノスターズ」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1363010814/)

 前作に引き続き、本当にありがとうございます。また続きを書きたいと思ってます。
 アイドルクラシックのところは追って行きたいです。
 今回はあまりユニット無所属組の出番がありませんでした。反省します。
 お読みいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。


 少し訂正します。
 最初のルーキーユニットフェスは5ユニットが1曲ずつ、となっていますが、
 6ユニットが2曲ずつ、に訂正します。

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