兄「お兄ちゃん大好き……(裏声)」(932)

兄「俺もだよ……」

兄「お兄ちゃん……!!(裏声)」

兄「抱き合い、見つめ合う二人……」

兄「そして……愛し合う二人は寄り添いながら、寝室へ……!!」

兄「あふん、うふん、の大合唱!!」

兄「やがて……」

妹「……」

兄「……あの、いつからそこに居ましたか?」

妹「……最初から」

兄「わおっ、こいつはたまげたな! てひひひっ」

妹「……」

兄「……」

妹「……」

兄「うわああぁぁあんっ」

妹「兄は号泣しながら、窓を突き破り落下し、帰らぬ人となった」

兄「……死んでない。死んでない。落下はしたけど」

妹「ちゃんと硝子の破片、片付けておいてよ」

兄「……はい」

兄「やれやれ、恥ずかしい所を見られたぜ」

兄「……」

兄「……おっと。おてぃんてぃんの事じゃないぜ?」

兄「……」

兄「……誰に向かって話してんだろ。俺」

兄「まあ良い。しかしな、俺だって彼女欲しいし、ちょめちょめとか、したいんだよ!!」

兄「今回はたまたま近親相姦で妄想して見ただけなんだよ!!」

兄「……はあ、彼女ほちい」

幼なじみ「……あんた、何やってるの?」

兄「げっ……お前は……」

幼なじみ「何よ」

兄「……誰だっけ?」

雲子「……あんたの幼なじみの雲子……って馬鹿にしてるの?」

兄「うんこ? 可哀相な名前だな……」

雲子「く・も・こ!!」

兄「ああ、隣の家に住んでる幼なじみか……何か用か?」

雲子「何か用か? じゃないわよ……」

兄「俺のプリティな顔を見に来たのか?」

雲子「違うわよ。……凄い音がしたから、見に来たら馬鹿が訳の分からない事を喋ってただけよ」

兄「……」

雲子「……」

兄「そうなんだ。俺さ、彼女が欲しいんだ。こう見えてウサギさんより寂しがり屋だから」

雲子「彼女……?」

窓(ガラッ)

妹「雲子さん! 馬鹿が感染するから早く逃げて!!」

雲子「えっ!? 馬鹿って感染するの? 大変っ!!」

兄「走り去ってしまった……」

兄「……馬鹿が感染するとか……そんな話を信じる時点で充分馬鹿だろ……」

兄「やれやれ。所で妹さんや。俺は家に上がっても良いのかい?」

妹「馬鹿がうつるから駄目」

兄「……」

妹「……」

兄「……ねえ? もしかして、本当に家に入れてくれないの?」

妹「貞操の危機を感じたので」

兄「……気のせいだよ。もしも、そんな輩がいればお兄ちゃんがやっつけてあげるよ」

窓(ピシャッ)

兄「……」

兄「……まあ、野宿は慣れっこだからな」

兄「昔は良く、お仕置きと称して、深い森の中に置き去りにされてたし……」

兄(あ~、ひょっとして、アレは本当に俺を亡き者にしようとしていたのでは無かろうか……)

 などと考えながら、行く宛ても無く、イく宛ても無く、さまよっていると、クラスメートに出会した。

山村「あ、こんにちは……えっと……」

兄「俺の名字か? 俺も知らん。好きに呼べよ」

山村「じゃあ……兄くん」

兄「そういう君は、てきとーな名字の割に美人の山村さんじゃないか」

山村「うん、美人の山村さんだよ」

兄「そうか……。山村さんはちょっとナルシストなのか? どうでも良いけど漢字にすると、奈留志須斗、人の名前っぽいよな」

山村「漢字は知らないけど……っていうか、兄くんどうしたの? 裸足で泥だらけだけど……」

兄「……よくぞ聴いてくれた! 話せば長くなるのだが」

山村「あ、うん。結論だけでお願い。美人の山村さんは今ちょっと急いでるから」

兄「……彼女が欲しい」

山村「へぇ~、兄くんってそう言うの興味無さそうだったから、意外……」

兄「……でさ」

山村「あ、美人の山村さんはちょっと兄くんは論外だよ?」

兄「……そうか」

山村「うん。それじゃあまたね。彼女を探して三千里の旅、頑張って!!」

兄「あ、ああ」

兄(とは言え、今は彼女よりも寝床と食糧の確保だな……)

兄(……)

 俺は早速、近所の公園へと向かった。
 あそこには、野外生活のプロ達が生息している。
 こういう時は助け合いが大事なのだ。

兄「……まだ誰も居ないか。……ん? おーい、そこの君!!」

占師「……」

兄「君も外で暮らしてるの?」

占師「……何を言ってる? 私はここで人を導いている」

兄「導く……。つまり、ホームレスのボスか!! 今日から宜しくな新入りの俺です! 可愛がってね!!」

占師「違う! どう見ても占い師でしょ!!」

兄「占い師……?」

占師「そう。……お前、今何か困っているな?」

兄「んー……? あー……」

占師「……」

兄「……まあ、そうかも」

占師「だろうな」

兄「……良く見たら、意外にも可愛い子で、胸がドキドキして困ってる」

占師「なっ……!?」

兄「うん、凄く困ってる」

占師「ばっ、馬鹿な事を言ってからかわないでくれ! 他にあるでしょ? 困ってる事」

兄「あ、うん。寝床と食糧が無いんだぜ」

占師「理由は知らないが、とりあえず胸を張って言うことでは無いぞ、それ」

兄「まあな……、どうしたら良いか、占ってくれ」

占師「……これを」

兄「鍵……だよな?」

占師「私の父が所有するアパートの一室の物だ」

兄「……すまない。話が良く見えない。つまり、その部屋でHな事しよ? っていうお誘いか? てひひひっ」

占師「やっぱりその鍵、返してもらう」

 むしり取る様に鍵を奪われてしまった。

兄「むぅ……せっかくのチャンスをお茶目な冗談で逃してしまった……」

 俺は人差し指をくわえて、物欲しそうに占い師を見る。

占師「じゃ、私は帰るからな」

兄「くそっ、スルーされるとは……あ、待ってくれ! 鍵はともかく、どうしたら良いか占ってくれぇえ」

占師「……」

兄「ぐっ……待ってくれ!!」

 占い道具一式を背負ってる上に、マントらしき物を羽織っているにも関わらず、素早い。

兄「しかし……俺も諦める訳にはいかん……!!」

 なんでだろう。やっぱりあの子、結構可愛いからだろうな。

兄「待ってえぇえぇぇんっんんん!!」

 待ち行く人々が白い目で俺を見るが、そんなの関係ない!!
 俺は内股の女の子走りで占い師を追い続ける……。

兄「はぁはぁ」

兄「はぁはぁはぁ」

占い師「……」

兄「はぁはぁ」

 別に興奮している訳じゃあ無い。
 ようやく追い付いた……と、言うか、彼女がとあるアパートの前で立ち止まったのだ。

占い師「じゃ、二階の一番奥の部屋だから」

 と、鍵を放り投げられる。
 俺はシャツの裾を前方に引っ張り、鍵を可愛らしくキャッチする。
 
兄「ど、どういう事だ? 見ず知らずの俺にこんな……」

 そこまで言って、ようやく気付く。

兄「そっか……俺のようなプリティなイケメンが困っていたら、放っておけないよな」

占師「違う。……お前の背負う運命はあまりにも辛すぎる……だから……」

兄「助けてくれるのか?」

占師「そういう事だ」

兄「どういう事だ? 結局、俺がプリティなイケメンだからなのか?」

 俺の問には答えず、彼女は自分の部屋と思しき扉に入ってしまった。

兄「なんだかなぁ……」

 運命と言うか、妹を始めとする家族に嫌われてるだけの様な……。

兄「まあ良いや。とにかく寝床、ゲットだぜ!!」

兄「……おお」

 当たり前だが、家具は1つも無い。
 っていうか、水道とかはどうなってるんだ……。

兄「きゅっきゅっ」

 俺は口で効果音を奏でながら、蛇口をひねる。

兄「水は出るのか……」

兄「水でも浴びて、今日はさっさと寝るか……」

 俺は無駄にセクシーに水を浴びながら、これからの事を考える。
 寝床の次は食糧か……いや、そもそも妹に許しを貰えれば、それで済むよな……。
 妹に許しを貰うには、あなたの穴に俺の松茸を入れる気はありません、と言う意志を証明せにゃあならん。
 その為には……やっぱり彼女を作るべきだ……。

兄「はぁ……」

兄「彼女欲しいなぁ……」

~1日目~

兄「ふあ~あ……」

兄「良い朝だ……」

兄「これで全裸でさえ無ければな……」

 そう、今俺は生まれたての姿で朝日を浴びている。
 全裸の理由? 俺が知りたいぜ。
 大方、空き巣が侵入したは良いが、盗む物が無くて、腹いせに追い剥ぎして行ったのだろう。
 かなりおおざっぱな推理だが、それは正直どうでも良い。

兄「学校どうしよ……いや、それよりこのままじゃ外に出られない……」

 全裸のまま孤独死する可能性もある。

兄「ヤバい! これはヤバいぜ!! どうしよう!!」

 さっきから悩んでいるのだが……良い解決案が見つからない。
 いや、1つだけあるにはあるのだが……。

兄「ここを追い出されても困るなぁ」

 占い師の女の子にどうにかして貰うしか無いのだ。
 しかし、出会って間もない彼女にフリチンで会いに行くのはどうだろう。
 見られる側の俺としては、問題ない……むしろ興奮するのだが……。

兄「むうぅう……」

兄「……」

兄「何か他に良い意見のある方、挙手をお願いします」

兄「……」

兄「……無いか」

 やはり、あの子に助けて貰うしかないようだな。
 俺は両手で暴れん坊の息子を覆い隠し、占い師の部屋と向かった。

 眩しい陽射しに俺の裸体が照らされる。
 ちゅんちゅん、と言う雀の鳴き声に妙な恥ずかしさを覚えつつ、昨日の記憶を頼りに、占い師の部屋を訪ねる。

占師「ん~……」

兄「お、起こしちゃったか? 悪いな」

占師「うーん……?」

 本当に寝起きなのか、薄青のパジャマで目をこすっている。

兄「……」

占師「……もうちょっと寝かせて」

兄「いや……」

 俺が裸である事に気付いて無いのか?

占師「んー……?」

 仕方ない。

兄「ほらっ、恥ずかしがって無いでお前も挨拶しなさい」

 俺は両手を開き、息子をこんにちはさせる。
 ちなみに、ビンビンである。

兄「こんにちは! お姉ちゃんっ!!(裏声)」

占師「……」

兄「よろしくねっ(裏声)」

 念のために上下に揺らす。

占師「……っ!!」

 占い師は、ようやく気が付いたのか顔を真っ赤にして扉を勢い良く閉める。

占師「なっ……なんて格好してるんだっ!!」

兄「いやぁ……それは俺が知りたいんだぜ?」

占師「どっ、どういう事なんだっ!」

兄「理由は後から話すから、着るもの貸してくれないか?」

占師「わっ、わかった……ちょっと待ってろ」

兄「ふぅ……」

 これでどうにかなるだろう。
 それにしても、なかなか良い反応だったな……。
 なので、俺は占い師が戻って来てから、もう一度――。

兄「ありがとう! お姉ちゃん!(裏声)」

 息子に礼を言わせた。
 ちなみに、まだビンビンである。

占師「……っ! 馬鹿ぁっ!!」

占師「……全く、空き巣に入られるなんて、相当に不運な星の下に生まれたんだな、お前」

兄「まあな……」

 ちなみに、借りた服は真っ黒のマントだった。
 股間がすーすーするぜ。

占師「しかし、服も何も無いのは不便だな」

兄「不便どころじゃ無いけど……学校に行くのも大変だ」

 まあ、学校に行けばジャージでも借りれば良いか……。

占師「うん……? 学校?」

兄「あ、言って無かったか、今をときめく高校生なんだ。俺」

占師「私もだが……」

 高校生だったのか!!

占師「ちなみに今、何時だ?」

兄「知らん。腕時計も盗られたからな」

占師「……おい! もうこんな時間じゃないか!!」

 いつの間にかそんな時間なのか!!

占師「40秒で支度してくる!」

兄「おう」

 40秒後……。

占師「待たせたな」

兄「……同じ学校だったのか!!」

占師「そうなのか?」

兄「ああ……って、早く行かないと遅刻だぞ!!」

占師「そうだな、走るか」

 こうして制服を着ていると、普通の女の子に見えるな。
 などと考えながら、俺は占い師と共に学校に向かった。
 ちなみに、走るとマントがなびき、ちらちらと松茸が顔を覗かせていた。

 朝の教室は相変わらず喧騒に包まれていた。

兄「おはよう、プリティな俺が来ましたよ」

益垣「おう」

散見「(ちらっ)おはよう」

男尻「おはよう、今日も良い男だな」

 こいつらは一応、俺の友人だ。
 益垣(ますがき)は猿顔で毛深い男らしい男だ。
 さっきから、女子の生足をちら見しているのが、散見(ちらみ)。
 そしてホモ雑誌を読んでいるのが男尻(だんじり)。

益垣「どうしたんだ? 妙な格好をして」

兄「いや、色々あってな……」

 こいつらにジャージ借りるのはちょっとな……。

山村「おはよ~」

兄「おっと、美人の山村さんか……おはよう」

山村「兄くん……どうしたの? マントなんか着て」

兄「いや、色々あってな」

山村「ふぅん……大変そうだけど、頑張ってね」

兄「ああ……」

 山村さんにジャージを借りるのもちょっとな……。

兄「……そうだ、雲子に頼んで見るか」

兄「ガラガラッ」

 俺は引き戸を開き、雲子のクラスへと侵入する。

雲子「あれ……? あんた何その格好……」

兄「いや、色々あって……」

 と、言う説明も少し飽きてきた。
 ここはちょっと趣向を変えるべきだな。

兄「いわゆる読者サービスだ、ちょっと来い」

雲子「なによそれ……」

 俺は雲子を連れて、教室の後ろへ。
 そして、他の生徒から見えないように位置を調整し……。

兄「こういう事だ」

 サービス精神旺盛な息子を見せつける。
 何故サービス精神旺盛なのか? 何故なら、ビンビンだからだ。

雲子「ばっ、ばば馬鹿! 学校で何やってんのよ!!」

兄「学校じゃなきゃ良いのか?」

雲子「そういう事じゃ無いわよ!! なんでそんな格好してるのよ!!」

兄「家を追い出された挙げ句に、追い剥ぎに会ったのよ!!」

雲子「それ、本当に? 確かに家には帰って来なかったけど……」

兄「本当よ! 朝気が付いたら全裸だったのよ!」

雲子「ねえ、さっきからそれは誰の真似なのよ」

兄「あんたに決まってるじゃない、馬鹿ねぇ」

 俺は殴られた。

兄「いたた……ちょっと手加減しなさいよ! この暴力お、ぐぼぁっ!!」

 俺は更に殴られた。

兄「もうしません。ごめんなさい」

 俺は素直に可愛らしく謝ってやった。

雲子「もうしないなら良いけど……何しに来たのよ。そのシメジ見たいなのを見せに来たの?」

兄「俺の松茸に向かって、シメジとは……もっかい見るかぁあぁぁんっんっ?」

雲子「い、良いわよ! 松茸で……良いって言ってるでしょ! 馬鹿!!」

兄「そうか?」

兄「……で、ジャージ貸してくれたら嬉しいにゃん、って事なのだが」

雲子「ジャージ?」

兄「さすがに、マントだけじゃ……ヤバいだろ」

雲子「まあね……」

兄「で、どうなんだ? 貸してくれるのか?」

雲子「良いわよ。それくらい、はい」

兄「サンキュッ! この恩は来世で必ず返すぜ!!」

雲子「現世で返しなさいよっ!! ……って、ちょっと待ちなさい!!」

兄「ん? 最後にもう一回、見るか?」

雲子「見ないわよ! ……素っ裸にジャージ着るつもり?」

兄「む……? セクシー過ぎるかな?」

雲子「っていうか、汚いでしょうが」

兄「酷いや酷いや! 昨日だってちゃんと水浴びしたのに!!」

雲子「ご、ごめん。汚いは言い過ぎたわ。でも、やっぱりちょっと私としても抵抗あるし……」

 それに、と言いかけて雲子がうつむく。

兄「なんだ?」

雲子「こ……こすれたりしたら、痛いんじゃ無いの……?」

 頬を赤らめながら雲子がそんな事を聴いてくるとは……。
 一応、こいつも俺を男として認めてくれてるのか?
 まあ、さっき立派な松茸を見せたばっかりだからな……。

兄「いや、むしろこすれると気持ち良いぜ?」

雲子「……っ」

兄「変な汁とか出ちゃうかも」

雲子「や、やっぱりそのままなんてダメよ! ほら、これもあげるから」

 鞄から取り出した何かを俺に無理やり握らせる。
 何だろう……。

雲子「あ、こら! 堂々と広げちゃダメ!!」

兄「……」

 こっそり見てみると、それは……。

兄「おぱんちゅ……」

 なのだった。

雲子「へっ、変な事に使ったりしないでよ!!」

兄「お、おう……何でこんなの持ってるんだ?」

雲子「予備よ。女の子には色々あるのよ」

兄「ふうん……」

 立ちションも出来ないし、女って不便だな……。

兄「はあぁ……」

 なんだか妙に興奮している俺。
 ジャージだけならともかく、下着までだと……落ち着かない。
 雲子の持ち物の癖に、良い匂いがするし。

兄「はふぅあぁぁんん……」

 あくびも妙に艶かしく麗しい物になってしまうのだ。

益垣「なんでお前、女子のジャージ着てるんだよ」

兄「借りて着たからな。ちなみにパンツもその女子のだ」

益垣「……」

兄「結構、快感だ」

益垣「……ちょっとトイレ行って来る」

 あらあら、想像力が豊かだな……。
 ちなみに、授業中である。
 こんな感じで、特に楽しい事も無く、午前中は終わってしまった……。

 放課後、俺は占い師の下を訪れていた。

兄「相談なんだが」

占師「なんだ?」

兄「金を稼ぐ良い方法って無いか?」

 そう。
 このまま家に戻っても、食料も無ければ、洗濯も出来ない。
 ティッシュすら買えという事は、思春期の男にはとても辛い。

占師「そう言うのは……専門外だが……いや、一つだけ当てがあったな」

兄「なんだ?」

占師「探偵の助手なんだが……」

兄「パンティの助手? それ良いなっ!!」

占師「そんな仕事あるかーいっ!!」

兄「……」

占師「……」

兄「……」

占師「も、もしかして私は面白く無いことを言ってしまったか?」

兄「うむ」

 悪いのは俺だと思うけどな。

占師「すまない……。占い以外の事は良く分からんのだ……」

 そう言う彼女はどこか寂しそうで、俺は――。

兄「ふっ、これからは、何でも俺に聞くと良い。一人遊びの方法から、良質な動画サイトまで教えてやるぜ!」

占師「……」

兄「……」

占師「まあ、探偵の助手と言ってもだな」

 俺のお茶目な冗談は、華麗にスルーされた。

兄「って言うか、探偵の助手って、女の子の特権だろう?」

占師「別にそう言う事も無いだろう」

兄「うーん……」

 俺の読んでる漫画では、助手は可愛い女の子なのだが。
 
占師「それでな、別に探偵の助手と言っても難しい事は無い。雑用がメインだからな」

兄「えー……? 俺が格好良く、推理したりするんじゃないのか?」

占師「そんな大そうな仕事はそうそう無いらしいぞ」

兄「ま、そんなもんか……。なあ、それってすぐに働けるのか?」

占師「そうらしいぞ。何せ慢性的に人不足らしいからな」

兄「へえ……」

 鬼太郎みたいな髪型の探偵の事務所は、慢性的に金欠だったけどな。
 とにかく、俺と占い師はその探偵の下へと向かうのだった。

兄「あ。その途中でコンビニに寄ろうぜ?」

占師「コンビニ?」

兄「ああ。肉棒くんって言う棒状のからあげが売っててな……」

占師「嘘を吐くな嘘を。コンビニくらい、私だって利用する」

兄「そっか……残念だな。生産地が俺の奴ならあるけど? いる?」

占師「い、いらん!」

 今朝の事を思い出してか、占い師が顔を赤くする。
 可愛い奴だな。
 ……。
 あ? もちろん俺だよ。俺が可愛い奴だよな、って話。

 その探偵事務所は、、雑居ビルのテナントの一つとして、そこにあった。

占師「いるかー? いないかー?」

 良く分からない呼びかけをしながら、占い師がドアを叩く。
 インターフォンも付いて無いなんて、ちょっと不安だ。

兄「……留守か?」

占師「……いや、さっき連絡したから、居るはずだ」

 再び、占い師がドアをノックする。
 俺はそれを口で実況する。
 あとでお礼にハンバーガーをおごって貰おうと言う魂胆だ。

兄「ドンドン、ドンドンドン、ドンッ、ガチャッ」

探偵「むぉぉ……うるさいぞ」

占師「早く出てこないお前が悪い」

兄「こ、こんにちは! 兄です! 可愛くて格好良くて、良い所を挙げると両手じゃ足りない俺です!!」

探偵「お、君が例の……うむうむ。男の子は元気なのが一番だな」

 そう笑う探偵さんは、年上のお姉さんだった。

占師「ちょっと頭のネジが緩んでるが……よろしく頼むぞ?」

探偵「もちろん。こっちとしても有難いからなー。もう帰るのか?」

占師「私も暇じゃあ無いからな」

兄「あっ、そうだ。お礼はハンバーガーで良いからなっ!」

占師「何の話だ……?」

探偵「で……。君は探偵にはどんなイメージを持ってる?」

兄「お姉さんが男なら、そのまま俺の探偵像です」

探偵「そっか。ありがとう」

 黒いスーツに白いシャツ。それからタバコと。
 これさえあれば探偵かな? と言う気がする。

兄「あー……それで、俺は何をすれば良いですか?」

探偵「逆に聞くけど、何をしたい?」

 おっと。
 そう来るのか……。
 俺はもじもじとする。

探偵「ん?」

兄「えっ、えっと……そ、その……ダメッ! 恥ずかしくて言えないよぉ!!(裏声)」

 どうでも良いけど、最近良く、裏声を出している気がする。

探偵「まあそう言わずにさ。馬鹿にしたりはしないさ」

兄「あ……あの……エッチな事……したいの……(裏声)」

探偵「ふーん……」

 お? 本当に馬鹿にされなかったぞ。
 探偵さんが俺の胸に手を当て、耳元に顔を近づける。
 ふっ、と甘い匂いが俺の鼻腔を掠めたかと思うと、生暖かい吐息が耳に吹き込まれる。

探偵「良いよ。……教えてあげよっか?」

兄「……っ!! お、おまわりさーん!! 痴女です!! 痴女がいまあぁぁぁすううぅう!!」

探偵「失礼な奴だな。君から言い始めたんじゃないか」

兄「じょ、冗談ですたい!」

探偵「私も冗談で言ったけど?」

兄「ぐっ……」

探偵「ふっふっーん」

兄「これが年の功って奴か……」

探偵「失礼な奴だな、君は」

とりあえず、あと一人で主要メンバーが揃うのだけど

進まないにゃぁぁあ……。

兄「正直な所、雑用と聴いて来ました」

探偵「雑用? ……うーん……。そうだ、それはともかく、敬語で喋る必要は無いぞ」

兄「おう。俺もそう思っていた所だ」

探偵「私から言い出したけど、微妙に失礼だな君」

兄「てへっ。と言うか、探偵さんは何歳なんだ?」

探偵「21かそこらだった、ような気がする」

兄「なんだ。やっぱりそんなに変わらないじゃないか」

探偵「まあな……」

 彼女候補に入れておこう。
 クールな見た目は割と好みだからな。

兄「んで、俺は何をすれば良い?」

探偵「今入ってる依頼は、迷子の犬探しだけど……動物は好き?」

兄「頭だけの亀さんとなら、毎日遊んでるが?」

探偵「……」

兄「白い液体を吐き出して、元気無くなるけどな」

 コホン、と咳払いする探偵さん。
 俺は間違った事は言って無いはずだが……。

探偵「とにかく、差し迫った仕事は無いし、その犬を探しに行こうか」

兄「そうだな……で、お代はいかほどいただけるんで……?」

 俺は格好良く言った。
 因みにある漫画の名台詞である。

探偵「あ、その漫画面白いよな!!」

兄「まあな。で、真面目にいくら位貰えるもんなんだ?」

探偵「……」

兄「……」

探偵「さあ、行こうか」

兄「そうだな。給料は体で払って貰えるなんて、良い仕事だ。ぐひゅひゅひゅ」

 おっと。
 色々と想像して涎がたれてしまった。

探偵「誰もそんな事は言って無いぞ。出来高制だ」

兄「へ?」

探偵「……出来高だと言えば、大概の奴は逃げてくが、君はどうだ?」

兄「うーん? つまり、大した事が出来なきゃ、ボインタッチで、完璧にこなせば、挿入って事か?」

探偵「まずは体で払うって考えから離れようか?」

兄「出来高かぁ……」

 と言う俺を探偵さんは面白そうに眺める。
 どう答えるべきかはさて置き。

兄「あン……そんな風に見られたら……私……(裏声)」

 俺はもじもじと顔を赤らめる。
 我ながら可愛らしい事この上ない。

探偵「……」

兄「やる気出ちゃうよぉ」

探偵「ん?」

兄「百匹以上、捕まえて来てやるよ」

探偵「いや、迷子の犬探しだからな?」

兄「じゃあ速攻で見つけてやるぜ。正直、出来高の方が俺には合ってる」

 コンビニの様な本質よりも、常識や世間体を重んじる仕事は合わない。
 3日でクビになった事もあるからな。
 エロ本を買っていく人にこんにゃくやティッシュをしつこく勧めたり、モテなさそうな女性にバナナやソーセージをしつこく勧めたのが不味かったみたいだが。

探偵「そうか? ふふっ、実は私もそうなんだ。気が合うかもな」

兄「え? 探偵さんも、こんにゃくとかバナナを勧めたのか? 使い方の説明までして?」

探偵「何の話だ?」

兄「てひひひひっ」

 俺は可愛く笑って誤魔化した。
 探偵さんは疑問符を浮かべていたが……。
 因みに、こんにゃくは俺も使用済みだ。
 感想?

兄「そんな事……恥ずかしくて言えないよぉ……(裏声)」

 くねくねと身悶える俺。
 
探偵「何やってるんだ? 時は金なりだ、急ぐぞ」

兄「そうだなっ。……よっしゃ、いっちょやってやるか」

兄「およ?」

 ビルの外に、一足先に出たハズの探偵さんが見当たらない。
 どこに行ったんだ?
 俺はゴミ箱の蓋を開け、マンホールを開き、探し回る。
 通りかかった知らないおじさんのヅラの下も探した。

兄「どこ行ったんだよぉ……ぐすん、ぐすん」

探偵「何をしてるんだ……君は」

兄「お、探してたんだぞっ! プンプンプーン!」

探偵「……人を探してる様には見えなかったぞ」

 探偵さんはVespa(スクーター)を押していた。

兄「あれ? どっか行くのか?」

探偵「手分けして探した方が、早いだろ?」

兄「……そういう事か。所で、写真とか、手がかりとかは?」

探偵「ああ、これが写真で、こっちがその犬が好きな餌だ」

 缶詰めを3つと、写真を手渡される。

兄「……こっ、これは!!」

 俺は驚愕した。
 その様子に、探偵さんが神妙な顔で尋ねてくる。

探偵「なんだ? 知っているのか?」

兄「……まるで犬見たいな顔の人だな、ぷぷっあはははっ、本当に犬に似てる!」

探偵「いや、それ犬の写真だからな?」

 俺は驚愕した。

兄「そうなのかっ!? てっきり飼い主の写真かと思った」

探偵「どこをどう解釈すれば、そうなるんだ……」

兄「なるほどな、犬に似てる訳だ」

探偵「んじゃあ、私は街外れの方を探して来るから……待ち合わせはここで良いか?」

兄「おう。見付けたらここに戻って待ってるぜ?」

探偵「ふふっ、そう簡単に見付かるかな?」

兄「必ず見付けるぜ! じっちゃんの名にかけて!」

探偵「ま、見つからなくても気落ちするなよ?」

兄「因みに俺の爺ちゃんは、巨乳の若い姉ちゃんと野球が大好きな普通の年寄りだが?」

探偵「……君は本当にマイペースだな」

 とっとと走り去ってしまった探偵さんを見送った後、写真をもう一度確認する。
 白い毛並みの賢そうな犬だ。……犬種は分からないがな。
 そういえば、名前を聞くのを忘れていた。

兄「むむむ……?」

 良く見ると、首輪に吊された札に名前が書いてある。

兄「……村……ぺ……ロリィヌ……?」

 村と言う字は飼い主の名字か?
 って事は、名前はペロリィヌか。

兄「バター犬っぽい名前だぜ……まあ良い」

兄「待ってろよ、ペロリィヌ……必ずまた、股をペロペロ出来る様に、連れ戻してやる!!」

 もはや、俺の中でペロリィヌは完全にバター犬になっていた。

 さてと。
 まずは情報収集だな。
 餌は……役に立たない気がするから、どっかそこら辺に仕掛けて置こう。
 減ったとすれば、その周辺に居る可能性も出て来るしな。
 その他の野生動物に食い荒らされるかも知れないが……。
 俺は道行く人々に聞き込みをしつつ、公園などに餌を仕掛けていった。

兄「ふぅ……手がかり無しか……」

 長時間の聞き込みは全く無意味だった。
 今時、野良犬も居ないし、犬がプラプラしてればすぐに気付くよな……。
 と、言う事はすでに誰かに拾われている可能性もある。

兄「……それを見付けるのは困難だにゃぁぁ」

 はぁ、ため息を吐いたその時だった。
 俺が休んでいたベンチの裏で、咀嚼音が聴こえて来た。
 そこには、餌を仕掛けている……ひょっとして、ペロリィヌか!?

?「ンマイ、ンマイ、コリャンマイ」

 変わった鳴き声だな……。

兄「……」

 俺は気配を押し殺して、餌を貪るその生き物に近付く……。

兄「……」

 どう見ても、人間のおっさんだった。
 ……しかし、こいつがペロリィヌの可能性も捨てきれない。
 動物の環境適応能力が犬を人間に進化させたのかも知れない!!

兄「ぺ……ペロリィヌ……か……?」

?「ん?」

 振り返った顔を、俺は知っていた。

兄「なんだ……ホムさんじゃないか」

ホム「そういうお前は……誰だ……?」

 因みに彼は¨ホムさんレスさん¨と言う二人組のホームレスの一人である。
 命名したのは俺だ。

兄「名付け親の顔を忘れたのか? ホムさん」

ホム「め、命名……?」

 何の事だかさっぱりと言った顔のホムさん。
 それは当然だ。
 話し掛けたのは今日が初めてだからな。

兄「全く、犬の餌なんて食べてるから、ペロリィヌかと思ったじゃないか」

ホム「い、いや、これは……妙に良い匂いがしたから食って見たら、美味くて」

兄「ははは、ホムさんはお茶目だな……」

ホム「いや、あの、ホムさんって……?」

兄「所で、こんな犬を見なかったか? ペロリィヌって名前なんだが」

ホム「む……? こ、これは……。おい小僧、お前が飼い主なのか?」

兄「いや、俺は飼い主に頼まれて探して歩いてるんだが……」

ホム「ふむぅ……。相棒が拾った犬にそっくりだ……」

兄「レスさんが? ……ちょっと見せてもらっても良いか?」

ホム「ああ、相棒も飼い主に返したいみたいだったしな……」

 そっか。
 手放したくないとか言われなくて、良かった。

ホム「ところで、さっきからホムさんだの、レスさんだの……なんなんだ?」

兄「俺とホムさんの仲じゃないか、気にすんなっ!」

ホム「……?」

探偵「むぅ……まさか見つけちゃうとはな……」

兄「半分くらいは運が良かっただけだけどな」

 もちろん残り半分は俺の実力じゃ。ガハハ。
 俺達は今、依頼人の元へと向かっている。
 俺としては給料だけもらってさっさと帰りたかったのだが……。
 探偵さんがこう言ったのだ。

探偵「依頼人は相当その犬を可愛がってるみたいだからな。自分の力で誰かが喜ぶ姿は……見てて嬉しくなるぞ?」

 そして、俺も多少はどんな奴がバター犬を飼っているのか気になっていたし、付いて来たのだ。

探偵「お、ここだな」

 依頼人の住居は如何にも新築だった。
 まあ、犬探しに探偵を使う位だから、金持ちなんだろうな。

探偵「……すいません。探偵社の物ですが」

?「え? も、もしかしてっ、ペロが見付かったのですか?」

探偵「はい、ばっちりお連れしました」

?「い、今開けます!!」

兄「ばっちり連れて来たのは俺じゃないか……」

探偵「だけど依頼を受けたのも、君に仕事を紹介したのも私だからな? 二人で解決したと言える」

兄「そう言うものかぁ……」

 それにしても、この依頼人の声、どっかで聴いた事あるような……。

ドア(ガチャッ)

山村「ペロッ……! おかえりペロ……!!」

 美人の山村さんだった。
 俺には気付いて居ないのか、ペロリィヌに抱き付き、撫で回している。
 山村さんがバター犬を飼っていたなんて……。
 俺が軽い目眩を起こしていると、隣からすすり泣きが聴こえて来た。

探偵「良かった……本当に良かった……」

兄「た、探偵さん!?」

探偵「君は感動しないのか……?」

兄「し、しますけど……、泣く程は……」

 急に真顔になった彼女は、低い声で、そうか、と呟いた後、右足をスッと、引いた。
 何をしてるんだ?
 と、聴く間もなく彼女の右膝が俺の股間にめり込んだ。

兄「オギィギャアァアウッ!!」

 何事もなかったかの様に再び泣き出す探偵さん。
 再会の喜びを噛み締める山村さん。
 あまりの痛みに変な汗をかきながら、涙と鼻水を流す俺。
 ハタから見れば、感動的に見えるのかも知れない……。

兄「ウウッ……! オウッ! オウッ!!」

兄「一体何がしたかったんだよ!!」

探偵「感動的な場面を作りたかった。反省はしていない」

兄「反省しろよ! 俺の最終兵器息子が使い物にならなくなったらどうすんだよ!!」

山村「……一生使う機会は無いかもよ? 兄くん」

兄「毎晩、自分で使ってるから良いんだよ!!」

 どうしてもお礼がしたいと言う山村さんに言われるまま、俺達は家に上がりケーキを食っている。

兄「むしゃむしゃ……全くもう……」

山村「それにしても、兄くんが探偵なんてね……びっくりしちゃった」

探偵「私も二人が同級生だなんて、驚いたな」

兄「俺は山村さんがバター犬を飼ってる事にびっくりだ」

 ああ。ペロリィヌとキスしとけば良かった。
 そしたら間接的に色々ペロペロになるのに。

山村「……」

探偵「……」

兄「……なんだ? 黙り込んで」

探偵「お前、冗談にしてはそれはヒド――」

山村「……どうして分かったの?」

探偵「えええぇえええぇっ!?」

兄「余所の家でそんな大声だすなよ……。ペロリィヌって名前がバター犬っぽかったからな」

山村「……っ」

兄「ん?」

 いつも堂々としている山村さんが、顔を赤くして、うつむいている。

山村「……お願い……この事……誰にも言わないで……」

 今にも泣き出しそうな声でそう言われちゃあ……。

兄「ヤダ」

 と、言わざるを得ない。

探偵「この馬鹿っ!!」

 探偵さんが勢い良く俺の鼻に指を突っ込む。

兄「あだだただっ!!」

探偵「誰にだって秘密の二つや一つはある! それにプライバシーの守秘は探偵業の基本だろっ!」

兄「お、俺はただの助手だってば!!」

探偵「何の助手か言って見ろー!!」

 更に指がねじ込まれる。

兄「あだだっ、たっ、探偵だ!!」

探偵「だろう?」

 ようやく、¨高校生鼻穴蹂躙~鬼畜探偵~¨が終了する。

兄「……すまん。そうだよな」

 俺達の様子をきょとんと見ていた山村さんが、再び泣きそうになる。

山村「……お願い……この事……誰にも言わないで……」

 いや、別にビデオの巻き戻し見たいな事しなくても……。
 とは言え。

兄「わかったよ、言わない」

 と、約束するのだった。

山村「……ありがとう」

兄「……でも、どうしてそんな事を?」

探偵「また君は……」

兄「ちっ、違う! 犯行の動機を明らかにするのも探偵の仕事だろ?」

探偵「……」

 い、今のは流石に言い訳としてきつかったか……?

探偵「……」

兄「……」

探偵「……確かにな」

 ……この人は探偵に絡めれば何でも有りなのかよ。

山村「あれは……高校に上がったばかりの事でした……」

 ポツポツと山村さんが語り出す。
 俺は期待に胸と松茸を膨らませる。

山村「今日みたいに両親の帰りが遅くて……私はペロとお風呂に入ってました……」

兄「うんうん、それから?」

山村「ペロはお風呂に入るとハシャいで……私の体をあちこち舐めまわしたのです……」

山村「……最初はくすぐったくて……ちょっと気持ち良いな、位に思っていたけど……」

山村「ペロが私の大事な所を舐めたとき……まるで体に電気が走ったかのような感覚に襲われて……」

兄「病み付きになった、そういう事か?」

山村「ち、違います! ただ……一回だけ……興味本位で……バターを塗ってしまったのです……」

 そこまで言うと、山村さんは泣き崩れてしまった。

山村「私は……私は……いけない子なんです……」

探偵「君がした事は魔が差した……では片付けられ無い事だ」

山村「わかってます! ……私は取り返しの付かない事をしてしまったのです」

探偵「だが……君は一つ勘違いしているようだな」

山村「え……?」

探偵「ペロリィヌは、君を恨んでなんかいなかったんだ」

山村「……そんな……私はあんな事をしたと言うのに……」

探偵「彼が憎んだのは己の食欲。卑猥な事と知りながら……バターを舐めずにいられなかった……その食欲……」

山村「……っ!!」

探偵「私もまた、貴女では無く罪を憎む者だ……」

山村「ま、待って! 私は……私はこれからどうすれば……!」

探偵「大変だろうが、健全な飼い主とペットに戻る努力をするんだ。それが一番の……罪滅ぼしになるだろう……」

 おい、なんだこの展開。

休憩する。

もうちょっと見やすく書けたら良いな。

兄「きのこ、きのこ、きのこ~♪ きのこを~食べるのは~♪」

兄「あわび、あわび、あわび~♪ あわび~が~食べ~るよ~♪」

 俺はルンルン気分で帰路を辿っていた。

兄「何故なら、今日の給料は二万もの大金だったからじゃ!!」

 報酬は三万だったらしく、探偵さんは何とその半分以上を俺にくれたのだ。
 探偵さん曰わく、報酬が全てじゃないから、それ位はかまわない、との事だ。
 どういう事は知らんが、とにかく俺はありがたく給料をいただき、買い物を済ませて来た。
 で、俺は自分の部屋ではなく、占い師の部屋へ向かう。
 今日の礼と俺のおニューなファッションを披露する為だ。

兄「ピンポーン」

 口で言いながら、インターフォンを鳴らす。
 少しだけ間を置いて占い師が顔を見せた。

占師「ん? お前か、仕事はどうだった?」

兄「悲しい事件だったぜ……」

占師「女手一つで育てて来た息子がニートになるより悲しい?」

兄「何だその嫌な例えは……。ま、見せたい物もあるし、ちょっと部屋に上がっても良いか?」

占師「かまわんぞ。あっ、ちょうど夕飯を作っていた所でな、一緒にどうだ?」

兄「良いのか? 女の子の手料理なんて食ったら、感動で泣いちゃうけど?」

占師「よ、良く分からんが、とにかく入れよ」

兄「ほほぅ……」

占師「あんまりジロジロ見るな」

 女の子の部屋って感じはあまりしないが、きちんと整頓されていて感心してしまう。

兄「俺の部屋はプラモや漫画で足の踏み場もないぜ?」

占師「貸した部屋は汚すなよ?」

兄「ああ……。そういえば、家賃は? 俺が体で払おうか?」

 言いながら、俺はズボンに手をかける。

占師「やっ、家賃はいらん!!」

兄「そっか……」

占師「それより、仕事はどうだったんだ?」

兄「ばっちりだ。予想以上の報酬で、服も買えたぞ」

占師「そうか……ご苦労だったな」

兄「おう……。なんかこうしてるとさ」

 占い師が台所で料理をしていて、俺はテレビを見ながらゴロゴロしている。

占師「んー?」

兄「夫婦みたいだよな」

占師「……」

兄「……」

占師「も、もうすぐお湯が沸くから、待ってろ」

兄「おう」

 ほどなくして、占い師が頬を赤らめながら、夕飯を持って来た。

兄「……なにこれ?」

占師「何って……イモリの黒焼きとカップ麺だが?」

兄「カップ麺は……良いけど……イモリの黒焼き?」

占師「MPの回復に良いんだぞ? 知らないのか?」

 知らんわ、そんなん。

兄「まあ良いや、いただきます」

占師「いただきます」

兄「むしゃむしゃ……」

占師「ちゅるちゅる……」

兄「見た目の割に美味いじゃないか……むしゃむしゃ……」

占師「……なあ?」

兄「ん?」

占師「私もいつか……家庭を築けるのだろうか……?」

 ああ、これはアレか、良いお嫁さんになれるよ、って言えば良いのか?
 だが……。

兄「無理」

占師「なっ、何でだ!?」

 食卓にイモリの黒焼きが並ぶような家庭は嫌だ。
 それだけだ。
 しかも、主食はカップ麺って……。

兄「……今日は助かったよ」
 
占師「うん?」

兄「いや、仕事紹介してもらってさ。部屋も借りてるし、本当ありがとう」

占師「なんだ……お前らしくもない」

兄「お礼に俺の新ファッションをいち早く紹介してやろう」

占師「は……?」

 俺はジャージと下着を勢い良く脱ぎ捨てる。
 そして、古着屋で買って来たシャツとジーパンを装着!

兄「ふっ……、どうだ? 格好良いだろう?」

 と、言うか格好悪いハズが無い。
 今の俺は超かっちょ良いのだ。
 あるアニメのキャラクター「モヘンジョダモンちゃん」がプリントされたTシャツ。
 薄水色のジーンズは猫ちゃんモチーフのバックルのベルトで締めてある。

占師「……」

兄「まあまあ、そう褒めるなって、照れるだろ?」

占師「……」

兄「てひひひひっ」

 俺は照れながら、くるりとその場で回転して見せた。

占師「……」

 おかしいな。
 ここで拍手喝采が湧き上がり、感極まって占い師が抱きついてくるハズだが……。

兄「……?」

占師「……」

 占い師は俺が脱ぎ飛ばした下着を頭に乗っけて仏頂面を決め込んでいた。

兄「おぱんちゅがっ!! す、すまん!!」

 俺は慌てて下着を手に取り、すっぽりと頭に被せてやった。

兄「ふぅ……これで良し……」

占師「何がどう良いんだよ!!」

 それは俺にも分からん。
 なんとなく被せて見ただけだからな。
 何やら騒がしく占い師が俺に抗議するが……まずはパンツを脱ぐべきでは無かろうか……。

占師「全く。あんな物を人に被せる気が知れんぞ」

兄「そうか? 俺は何とも思わないけどな」

 ここで俺は閃いた。

兄「それじゃあ俺に被せて見たら? 俺の気持ちが分かるぞ」

占師「……は?」

兄「俺の気も知らずに、一方的に怒って良いと思ってるのか?」

占師「そ、それは……」

兄「さあっ! 君の! おぱんちゅを! 俺に! 被せるのだ!!」

 占い師は困った様におろおろとしている。
 が、ついに意を決したのか、震える声でこう言った。

占師「分かった……でも……恥ずかしいから目を瞑っていてくれ」

兄「てひひひっ、それくらいお安いご用でぇぇぇぇすぅう」

 俺は言われた通りに目を瞑り、鼻で激しく呼吸する。
 お、女の子の脱ぎたておぱんちゅが、俺に今、被せられようとしている。

兄「スンスンスンスーン!!」

 そして、少しひんやりとした占い師の手の感触と共に神聖なる布が俺に被せられる。

兄「スン……スンスン……」

占師「どうだ?」

兄「むきょぉぉおおぉぉ!! 超良い感じ!!」

 なんだか良い匂いがする! そして、そして……。

兄「ちょっと湿ってるよおおぉおぉ!!」

占師「そ、そうか……尿漏れには気をつけろよ?」

兄「はい……?」

兄「この湿り気は……占い師の卑猥なお汁じゃないのか?」

占師「いや、それお前が脱ぎ捨てた奴だぞ?」

兄「はっ!?」

 俺は慌てて被せられた下着を脱ぐ。

兄「……」

 確かに俺が一日中穿いてたおぱんちゅだ……。
 女の子のだけど……俺が穿いていたのではな。
 神聖なる布ではなく、呪いの装備と言える。

兄「ち、ちくしょぉお!! こんな物に興奮していたのか! 俺は!!」

占師「……私の気持ちが少しは分かったか?」

兄「ぐふっ……ごめんなせぇ……」

占師「もうこんな事するなよ?」

兄「ああ……もうこんな思いは……あれ? じゃ、あの良い匂いはなんなんだ?」

占師「良い匂い?」

兄「俺の『蒸れ蒸れ松茸君』の匂いじゃ無かったぞ? ちょっと甘い様な……」

占師「さあ……? ん? 甘い?」

兄「あっ! そうか!」

 俺は慌てて占い師の両肩を鷲づかみにして、彼女の頭に鼻を押し付ける。

兄「スンスンスン……お、おおう! このほのかに甘い匂いだ!!」

占師「そうなのか?」

兄「おう! スンスンスンスンスン」

 俺は夢中に何てその匂いを堪能する。

占師「もっ、もう良いだろう!?」

兄「まーだまだぁ!!」

 俺はさらに激しく嗅ぎまわる。
 ……。
 どれくらいそうしていただろうか?
 そろそろ疲れて来たので、占い師から離れて休憩する事にした。

兄「ふいー、第一ラウンド終了だ……」

占師「……ぐすん」

兄「え? あ、あのぉ……?」

占師「もうスンスンしないで……お願い……」

 占い師は目にいっぱいの涙を浮かべていた。

兄「は、はあ……?」

占師「怖かったの……」

 怖かったって何が?
 と、聞ける雰囲気では無いな。
 占い師は必死に涙を零さぬ様に堪えてるみたいだし。
 どうしたもんかにゃあ、と頭をボリボリかいていると、ふと、鏡が目に入った。

兄「あっ、あんた誰!?」

 そこに映っていたのは、血走った眼の凶悪そうな人相の男だ。
 額には青筋が浮き出ており、口の端には涎の跡がある。
 アブナイ薬でもやってそうな奴だぜ……。

兄「……くっ、君は下がってるんだ! ここは俺が食い止める!」

占師「それ、鏡だからな……」

 泣きそうながらも、冷静な占い師。

兄「鏡か。どう見ても凶悪犯の顔だぞ?」

占師「自分で言うなよ……」

 健気に突っ込みを入れる占い師が少し可愛く思えてしまう。

兄「それはともかく、こんな顔してたのか、俺。そりゃ怖いわ。すまん」

占師「うん……怖かった……」

兄「よしよしよし」

占師「もっと……」

 くっ。可愛いじゃねぇか。

兄「よーし! 今日は俺が一緒に寝てやろう」

占師「有難迷惑って言葉知ってるか……?」

 やっぱ可愛くねぇ。
 ……。
 こんな感じで俺の一日は幕を閉じて行くのだった……。

~二日目~

兄「おはよう! 今日も俺はプリティだぜ!」

益垣「おう!」

 今朝は早めに登校した俺だ。
 益垣とはトイレの前でばったり出くわしたのだ。
 何やらすっきりした顔をしているが……。
 朝から何をしていたのやら。

益垣「今日はやけに早いな、どうかしたのか?」

兄「んや、ちょっとやらなきゃならん事があってな」

益垣「ん? なんだ?」

 と言う益垣を引き連れて教室へ入る。

益垣「……?」

兄「……益垣」

益垣「なんだよ」

兄「女の子にモテるにはどうしたら良いと思う?」

益垣「あ? ……女なんか乳揉めばイチコロだろ?」

兄「ありがとう。実に童貞らしい答えだ」

益垣「なんだよ。お前ならどうするんだ?」

兄「そりゃお前……褒めたり、優しくしたりだろ?」

益垣「……具体的には?」

兄「例えばだな、欲求不満で淫らな格好をしている女性がいたとするだろ?」

益垣「……あ! あれか! スカートがやたら短い奴!」

兄「う? うーん……」

 今時、スカート短いからって淫らって事は無いんじゃ……。
 まあ良いや。

兄「そういう時に……『お嬢さん、僕の松茸で良ければ存分にお使いなさい』と下半身丸出しで……」

益垣「そうか! それが女子が良く言う優しい男って奴か」

兄「多分な」

益垣「よっしゃ! これで俺も大人の階段登れるぜ!」

兄「あ、おい! どこ行くんだよ!」

 益垣は俺の言葉も聴かずに走り去ってしまった。
 ……まあ良いや。
 俺にはやらなきゃいけない事がある。
 彼女を作る為のコツや、仲の良い女の子の情報などをまとめた、『恋愛ノート』の作成だ。

兄「ふふふひ、とりあえず山村さんの項目には……」

 女の子の名前を順に書き出して行く。
 妹、雲子、山村さん、占い師、探偵さん……。
 それぞれ知ってる範囲で好みなどの情報を書いていく。
 因みに、異性のタイプの項目は全員の箇所に『俺』と書いておいた。
 途中、遠くから……。

女子「きゃあぁぁっ!!」

益垣「ち、違う! これは違うんだ離せ! 離せぇえ!」

教師「良いから早くこっちへ来い!! この変態がっ!!」

 と、聞こえて来たが気にしない。

 俺は黙々と、『恋愛ノート』の作成に勤しむ。
 今は女の子のおっぱいの大きさに関する項目だよ。
 雲子が一番の巨乳で、占い師が一番の貧乳だ。
 まあ、大きくても小さくても、俺の大好物だがな。おっぱい。
 そんな中、ちらほらと席が埋まり始める。
 
兄「あ……」

 一般生徒に紛れて、美人の山村さんも登校して来たようだ。

山村「おはよう……兄くん……」

兄「お、おう、今日も良い形のおっぱいじゃのぅ」

山村「え?」

兄「あっ、つい……今、おっぱいの事を書いてたからさ」

山村「え?」

兄「いや……。今日も良い天気だなって事だよ?」

山村「う、うん。良い天気だね……」

 山村さんはどこかぎこちない。昨日があっての事だろう……。

兄「あー……あのさ」

山村「うん?」

兄「あの事はもちろん誰にも言わないけど……別に恥ずべき事じゃないと思うぜ」

山村「……」

兄「うん。俺はあの話を昨晩のオカズにしたし」

山村「……オカズ?」

兄「うむ。俺のオカズになれた事は誇るべき事だ」

山村「オカズ? ……オカズって? オカズオカズ?」

 俺は大きく息を吸い込む。そして……。

兄「地球のみんなぁー!! 俺は昨日!! 山村さんをオカズにしたぁあぁららぁ!!」

 教室のざわめきが一瞬で静まる。

兄「ふっ……ざっとこんなもんよ」

 俺は目一杯格好良く言った。

山村「よ、良く分かんないけど……みんなポカンとしてる……オカズって凄いね」

兄「うむ……」

山村「えへへ、兄くんありがと。ちょっと元気が出たよ」

兄「うむ……」

 俺が偉そうに頷いていると、たった今、登校して来た事情を知らない女子が、山村さんに話しかけたようだ。

女子A「あ、おはよう、山村さん」

山村「おはようAさん。あのねっ、凄いんだよ」

女子A「……?」

山村「私、兄くんのオカズになったんだって」

 その女子は、うわぁ……、と言った顔で俺と山村さんを交互に見る。

兄「うむ……」

山村「えへへ」

兄「一片たりとも間違っておらん! オカズにした!」

 俺は威厳たっぷりに答えた。
 山村さんは嬉しそうな顔をした。
 女子は俺を、心底軽蔑している様子だが、心配無い。ツンデレだろうよ。

山村「まあ……美人の山村さんだから、オカズ? にもなれるんだよ」

女子A「そ、そっか、ははは……」

 女子はそそくさと、離れて行った。
 何にせよ、山村さんがいつもの調子に戻ったみたいで、良かった。

山村「あのさ、兄くん?」

兄「うん?」

山村「何かお礼がしたいな……、ほら、オカズってのにしてもらったし……」

兄「んー……」

 本来であれば、こう言った物は謹んでお断りする紳士な俺だが……。
 今は生活が苦しいからな。
 と、言ってもお金は昨日もらったし……。

兄「あ……。山村さんって兄弟いる?」

山村「お兄ちゃんが一本生えてるよ?」

兄「生えてる!? 何が!? ナニか!?」

山村「だから、お兄ちゃんが一本生えてるんだよ」

兄「……どこに?」

山村「庭」

兄「……?」

 俺は可愛らしく首を傾げた。

山村「……?」

 山村さんも可愛らしく首を傾げた。

兄「……じゃあさ、お古の制服とか無いか? 色々あって、制服が無いんだ、俺」

 俺は難しく考える事を止めた。

山村「あ、うん。お兄ちゃんここに通う予定だったから、制服あるよ」

兄「予定?」

山村「結局ね、お兄ちゃん引っこ抜けなかったんだ……」

兄「……?」

山村「……?」

 何でも真似する子供みたいで可愛い。
 俺はそれ以上は考え無い事にした。

兄「あー……、じゃあ放課後に貰いに行っても良いか?」

山村「うん、大丈夫だよ」

兄「ありがと」

山村「ううん……。良かったら、これからも私の事……オカズにしてね?」

兄「……おう、当たり前だ」

 何故ならすでにビンビンだからだ。

~二日目・昼休み~

雲子「ちょっと! 聴いたわよ」

 俺が食堂で『オムアンコ定食』を食べていると、雲子がいきなり突っかかって来た。

兄「何をだ? 俺のチン長か?」

雲子「違うわ。山村さんを……オカズにしたそうね!」

兄「そうだな。それで?」

雲子「……っ! ちょっと待ってなさい!」

 少し顔を赤らめて走り去ってしまった。
 一体何なんだ。

兄「……まあ良いや。オムアンコ……食べよう」

兄「むしゃ……むしゃむしゃ」

 10分程で俺はオムアンコを食い終わり、食堂のお姉さんに、「お前のオムアンコ良かったぜ」と告げた。
 さて、教室に戻って『恋愛ノート』の作成でも、と言う時に雲子が戻って来た。

雲子「はぁはぁ……間に合ったわ」

兄「……なんだ?」

 雲子の奴は妙な着ぐるみを被っていた。
 茶色の棒状の着ぐるみに手足を出す穴が付いている。

兄「うんこのコスプレ……?」

雲子「違うわよ! エビフライよ!」

 くるりと回る雲子。
 確かにお尻の方に尻尾らしい赤い扇状の物が付いている。

雲子「べっ、別にあんたの為にエビフライになってる訳じゃ無いんだからね!」

兄「お、おう……」

雲子「でも……そこまで言うならオカズにしても良いわよ?」

兄「……お前はオカズの意味を分かってんのか?」

雲子「知ってるわよ。副食でしょ」

兄「……」

雲子「ほ、ほら、食べなさいよ!!」

兄「着ぐるみだろ? さすがに食えないって」

雲子「た、食べられるわよ? ……ほら」

 雲子がお腹辺りの一部分を千切って食べて飲み込んで見せた。
 千切られた部分からは雲子の白い肌が顔を覗かせている。

兄「……ふぅん、がぶりっ」

雲子「んっ……」

兄「……結構美味いな。クッキーで出来てるのか?」

雲子「そうよ」

兄「早く言えよう! これなら全然、食べるぜ?」

雲子「そ、そう……」

兄「むしゃむしゃ」

雲子「ちょ、ちょっと! そんなに早く食べないでよ! あっ、そこは駄目よ!」

兄「むしゃむしゃむ……ふごっ!?」

兄「ふごっ、ふがっふが!」

 苦しい……。
 勢い良く食べ過ぎたのか、クッキーが喉に詰まってしまった。

雲子「馬鹿ね、慌て過ぎなのよ」

 雲子がバシバシと俺の背中を叩く。

兄「ん、んん、げほっげほっ……助かった……」

雲子「まだ時間はあるんだし、ゆっくり食べなさいよ」

兄「そうだな……」

 それから俺はゆっくりとクッキーを剥がして食べていく。
 因みに、クッキーの下は水着姿だった。
 全裸を期待していたのだが……食堂で水着姿ってのも悪くないな。
 何より巨乳だからな。ありがてえ。
 
兄「ありがたや、ありがたや~」

雲子「何よ。そんなにオカズが欲しかったの?」

兄「お前じゃなくて、おっぱいを拝んでんだよ」

 一応、『恋愛ノート』に名前はあるが、しょせんは幼なじみ。
 雲子と恋愛やチョメチョメなど、あまり考えられない。
 おっぱいは素晴らしいけどな。

雲子「じゃ、授業の前にシャワー浴びて来るわ。またね」

兄「おう。ごちそーさま……」

~二日目・放課後~

兄「お邪魔しまー……いや、俺が邪魔な訳あるまい。一家に一人、ハンサムでプリティな俺がいまーす」

 そう宣言して山村さんの家に上がる。
 俺は約束通り、制服をいただくべく、ここに居るのだった。
 
山村「お茶持って来るから、少し待っててね」

兄「そんなに気を使わなくても良いけど?」

山村「ううん。良いの、兄くんにはお世話になったし」

兄「お互い様だろ? 俺の息子も世話になったしさ」

山村「……? とにかくちょっと待っててね。出来れば大人しく待っててね」

兄「おう」

 だが俺は、大人しく待ってる様な甘い男ではないのだ。
 とりあえずテレビを付ける。
 ついでに周囲も調べる。

兄「むむ……? これは!?」

 俺は一つのゲームパッケージを手に取る。

兄「ときメメじゃ無いか……」

 ときめけメメリアル、通称『ときメメ』は伝説の恋愛シミュレーションだ。
 山村さんがこんなゲームを持ってるなんて、意外だ。

山村「お待たせ。……何やってるの?」

兄「……これ、山村さんの?」

山村「そうだよ?」

兄「山村さんは女の子が好きなのか? おっぱいとおっぱいをくっつけて愛を育むのか?」

山村「ち、違うよ! それはその……」

兄「うん?」

山村「女の子の心理が知りたくて……」

兄「なんで? やっぱり女の子同士でちゅっちゅっするのか? 俺は興奮するが、そういうの」

山村「兄くんの性的な嗜好はどうでも良いよ! ……良く女の子に、嫌われるから、その」

兄「嫌われる?」

山村「ほら、山村さんは美人だから……」

兄「なるほど。僻まれるのか……」

山村「それだけじゃなくて……男の子にも……」

兄「え?」

山村「話しかけると、みんな中腰になって股間を手で隠して離れてくの……」

 美人をいやらしい目で見るのは男なら仕方ないが……。
 俺の学校の奴らは殊更に性欲が燃えたぎっているようだな。

山村「だから、兄くんには嫌われたくないな……」

兄「ならば、今すぐに服を脱ぐのだ!! そうすれば嫌いにならんぞ!!」

山村「やっぱり嫌われても良いかな」

兄「……」

山村「……」

兄「……僕チンの事、嫌っちゃヤダ」

 俺は人差し指をくわえて上目遣いで山村さんに訴える。

山村「う、うん……気持ち悪いな、って思ったけど嫌いにならないよ」

山村「あ、そういえば制服だよね。はい」

 おお……。まるっきりの新品じゃないか。これは助かる。

兄「ありがとよ。この恩はその内倍にして返すぜ」

山村「ええっ? 私からのお礼にお礼されたら、切りがないよ」

兄「そうか。じゃあ俺は何もしないんだぜ」

山村「うん。そっちの方が兄くんっぽいよ、駄目人間っぽくて」

兄「や、山村さんは俺にそんな感想を持っていたのか……?」

山村「うん。……今は少し、違うけどね」

兄「そっか……」

 順調に好感度が上昇しているのか。
 良いね、良いね。
 と、俺が一人で盛り上がっていると、山村さんがとんでもない事を言い出した。

山村「せっかくだから、お兄ちゃんを見ていかない?」

兄「生えてる?」

山村「そう、生えてる」

兄「……それって見たら気が狂うとかじゃなくて?」

 俺もさっきから気にはなっていたのだ。
 庭に面した窓の向こうで、人の大きさの何かがゆらゆら動いている。
 俺はそれを見る事が禁忌の様に思えて、極力視界に入れないようにしていたのだが……。

山村「お兄ちゃん優しいから、大丈夫だよ。いこっ?」

 ニコニコしながら、手を握られてふりほどける奴がいるか?
 いや、いない。
 俺は山村さんの柔らかくて小さな手に引かれて、裏庭へと向かった。

山村「これがお兄ちゃんだよ」

兄「……そ、そうか」

山村「どうして下を向いてるの?」

 怖いからだよ。
 足元を眺めているだけで、妙な気分になってくる。
 土に汚れた足にも、二本の木の杭にも見えるそれは揺らめいている。
 いや、俺が目眩でも起こしているのか?
 良く見れば止まって見える。
 が、そうとも言い切れない。
 止まっているとも、動いているとも、言い切れないそれは、俺の不安と恐怖を煽る。

兄「……」

山村「どうしたの? 兄くん」

 足だけですら、俺の本能が拒絶しているのに……。
 嫌な汗が吹き出る。
 なのに俺の顔は徐々に上がっていく。
 まるで何かに取り憑かれたかの如く。

兄「……!!」

 俺が見た物は……。

兄「……はっ!!」

 俺は見知らぬ場所に寝かされていた。

兄「まさか……あの世……? 天国なのか?」

 俺にかけられている布団はやけに心地良く、良い匂いがする。
 頭を乗せられていた枕も良い匂いだ。
 
兄「スンスン……」

 いや、待てよ?
 この匂いは……山村さんだ。
 と、言うことは……。
 つまり……。

兄「どういう事だ?」

 俺は何をしていたんだ? なんで山村さんのベッド(仮)に寝ていた?
 ヤダ、怖い。

兄「スンスンスー……」

 俺は恐怖を紛らわせるべく、山村さんの匂いを肺いっぱいに吸い込む。
 
兄「……」

兄「……理由はその内分かるだろ、それより今はやるべき事がある」

 この匂いを! 感触を! 温もりを! ……いや、温もりは俺のか。
 とにかく、山村さんのベッドを堪能するのだ!!

兄「フハハハハ!!」

 俺はあちこちに鼻を当てては激しく呼吸し、あらゆる箇所に頬ずりする。
 そして動きを止めて、普段、山村さんが寝ている様子を想像して、あちこちから涎を垂らす。

兄「うひひひひ……」

山村「……」

兄「もしかして、山村さん夜な夜な一人で……きゃっ、俺っばエッチぃ~!!」

山村「……」

兄「スンスン……スリスリ……」

山村「……」

兄「ここら辺がお尻か……? てひひひっ、てひっ、スーリスリスリ」

山村「……」

兄「さてさて、お次は直に肌で感触を……」

 俺は服を脱ごうと立ち上がった。
 山村さんと目が合った。

兄「あの……何時からそこに……?」

山村「結構前からだよ」

兄「……」

山村「……」

兄「ぴぇあぁあぁぁっ!!」

 恥ずかしさのあまり俺は叫んだ。
 そしてそのまま、窓へ向かって全力で走る。
 この場所に一秒たりともいられない!!

兄「らめぇええ! もう俺おうち帰るうぅうぇぅぅぇらぁあ!!」

 俺は窓を突き破って逃げ出そうとしたが、後ろにぐいっと引っ張られる。

山村「制服忘れてるよ?」

兄「……」

 俺は大人しく制服を受け取る。
 もう窓は突き破れないな……。

窓(ガラッ)

兄「ていっ!!」

 俺は窓辺から、伝説の少年になりそうなくらい恰好良く飛び立った。

山村「また明日ねー! 兄くーん!!」

兄「……」

 俺があんなはしたない真似をしたのに、普通に接してくる山村さん。

兄「……」

兄「ぴぇぁぁっー!!」

 俺はいたたまれなくて、走り去るのだった。

~二日目・夜~

兄「ぐすん、ぐすん……恥ずかしいよぅ……」

占師「人が見てないからと、変な事をするからだ」

 俺は占い師に慰めて貰おう、と彼女の部屋に来たのだが……。
 慰められるどころか、お説教されているのだ。

占師「だいたいお前は常識と言う物を知らんのか?」

兄「ぐすん……知らない……」

占師「……はあ。じやぁ、常に人の目があると言う事を覚えておくんだ。良いな?」

兄「トイレの時も?」

占師「そうだ」

兄「お風呂の時も?」

占師「そうだ」

兄「じゃ、じゃあ……」

占師「なんだ?」

兄「どこで息子と遊べば良いんだよ!!」

占師「息子……? お前、子供なんて居ないだろ?」

 いるもん! と言う代わりに俺はズボンを脱ぐ。
 目をぱちくりさせる占い師の前で、俺は息子を上下に揺らす。

兄「また会ったね! お姉ちゃん!(裏声)」

占師「……」

兄「てへっ、僕成長期だから、すぐ大きくなるよ(裏声)」

 もちろんビンビンになっている。
 占い師は声も出さずに台所に向かってしまった。
 悲鳴を上げて顔を赤くすると思ったのだが……。

兄「待ってよお姉ちゃん!(裏声)」

 俺は股間を前に突き出しながら、占い師を追う。

 電気の消えた台所で、占い師はしゃがんでいた。

兄「何やってるの!(裏声)」

 流しの下の扉を開いて、何か探している様子だが……。
 カメラでも探してるのか? そんな事しなくても、いつでも見せるのに。

占師「良いことを思いついたんだ……」

 占い師が姿勢を変えずに語りかけて来る。

兄「ん?」

 唐突だったので、俺は素に戻ってしまった。

占師「それをな……」

 ゆらりと立ち上がる占い師。

占師「切り落とせば良いんじゃないか……?」

包丁(キラリーン)

兄「じょ、冗談だよな……?」

占師「話して通じないなら……体に教え込むまで……だろ?」

兄「ひっ、ひいぃいぃぃ」

 に、逃げなくては……!
 しかし俺の体はあまりの恐怖に動かない。
 
兄「あ、あわわわ、来るな! 来るなー!!」

 俺の大事な大事な松茸くんが切り落とされるなんて……!!
 アンケートの回答用紙の『男・女』の欄で、『・』に丸を付けないといけなくなるなんて……!!

兄「嫌だぁぁあぁ!!」

占師「ふふふ……きっと立派な女の子になれるぞ……!!」

 占い師が腕を振りかぶる。
 もう駄目だ!!
 包丁が、俺の松茸へと振り下ろされた。
 ……。

占師「なんてな、これ良く出来たおもちゃだろ」

占師「……?」

占師「き、気絶してる……!?」

占師「……っ!」

占師「そういえば、コイツ裸じゃないか!!」

占師「う、うー……」

占師「恥ずかしいけど、服くらい着せないとな……」

占師「……」

占師「……その前に……ツンツン……」

占師「ふぅん……こんな物か。あっ……この箸はもう使えないな」

 こうして俺が気絶している間に、今日と言う日が幕を下ろすのだった。

~番外編・エンディングが欲しい。その1~

 こっから先は、物語の外の世界だぜ?
 そういうのが嫌いな人は、回れMIGIだよ!!


兄「……と、言う事でな」

占師「うん?」

兄「他のスレで良く見る『今日はここまで』に代わって、このスレではエンディングを付けたいんだ」

占師「アニメみたいに、か?」

兄「そうだぞ。因みに俺は最近のアニメが分からんから……ひょっとしたらドラマの様に終わるのかも知れんが」

占師「何にせよ、エンディングが欲しいのだろう?」

兄「そうだぜ」

占師「歌……とか、どうだ?」

兄「歌か。てっきり俺は占い師らしく、次回予告かと思ったぞ」

占師「おお、それも良いな。だがとりあえず歌でどうだ?」

兄「んー……悪くは無いが……誰が歌う?」

占師「……」

兄「……」

占師「……」

兄「仕方ない。俺の美声を……」

占師「ま、待て! お前が歌うとどうせ下ネタになるだろ!?」

兄「当然だ」

 俺は胸を張った。
 このスレの見所は、しつこいぐらいの俺の下ネタと、女の子へのセクハラだからな。

占師「それはちょっとな……」

兄「なんだよ。じゃあ誰が歌う?」

占師「それはその……うーん……」

兄「……」

占師「……どうしたものか……」

 ここで俺はピンッと来た。

兄「よし、お前が歌うんだ」

占師「なっ、なんで私なんだよ」

 と、言う割には嬉しそうだ。

兄「嫌か? じゃあ他の人に……」

占師「そ、そうだな、それが良い……」

 と、言う割には悲しそうだ。

兄「面倒くさい奴だなぁ」

占師「だ、誰も歌いたいけど自信は無いから、無理やり私に歌わせる流れにして欲しいなんて言ってないだろ!?」

 今ばっちり言いましたよ。あなた。

兄「はぁ……どうせ俺達二人しか居ないんだし、歌えよ」

占師「わ、笑ったりしないか?」

兄「しないしない」

占師「じゃあ……準備して来る……」

~番外編・エンディング欲しい、その2~

兄「まだか……」

 準備して来る、そう言った切り占い師が戻って来ない。
 かれこれ30分だ……。

兄「はぁ……何やってるんだか……」

 妙に気合いを入れて準備をすると、ハードルが上がると知らんのか?

兄「ふあーぁ……」

 更に30分後、ようやく占い師が戻って来た。
 ……妙な格好で。

占師「待たせたなー! てめーらっ!!」

 キャラもおかしくなってらっしゃる。
 てめーら、って俺しか居ないし。
 っていうかあの格好は何だ? 一昔前のヴィジュアル系?
 黒い皮を重ねて、あちこちにトゲトゲを付けた衣装に、指出し手袋、やけにデカい首飾り……。
 顔は目の回りが黒く、さらに左目を中心にするように十字が書かれている。

占師「おうおう! てめーらもっと盛り上がって行こうぜー!」

兄「わー」

 完全な棒読みである。

占師「まだまだ足りねえぜえぇ!?」

兄「わぁあぁあぁぁぁ!!」

 今度はヤケクソである。
 だが、それに満足したのか占い師がCDプレイヤーのスイッチを入れる。
 激しいギターの重低音が響く。

兄「うわぁぁ……」

 音に合わせて占い師が激しく首を縦に振っている。
 まさに、うわぁぁ、だ。

占師「まっばゆーいっ♪ 月にぃい、照ーらされー♪」

 お……、歌はまぁまぁ、か?
 元が分からないから何とも言えないが、声は出てる。

占師「狂気をぉぉ♪ 孕んだっ、俺の目が君をー♪ さがぁあすぅう♪」

 いわゆるデスボイスって奴か?
 むちゃくちゃ喉を痛めそうな、声で、探すの部分。
 って言うか、なんだコレ。
 占い師は相変わらず激しく首を振っている。

占師「さぁまぁよおぅっ! 俺えぇのォオ♪ 網膜にぃ♪ 焼き付いたぁぁ……♪」

 おい。
 テンション上がり過ぎて、音程ズレてないか?

占師「君のー♪ 横顔をぉぉ……目を潰してもおぉ♪」

 占い師が左目を引っ掻く様な動作をする。
 PVか何かでやってたのか?
 何でも良いけど、素人がやると、ちょっとウザいぞそれ。

占師「暗闇にいぃ♪ 君が浮かぶよー…♪」

 ん……? そろそろ前半終わりかな?

占師「まぁあるでえぇえ♪ 悪夢さあぁあぁぁあっあぁぁアアアアァァァッ!!」

 重傷だな。俺はプレイヤーのスイッチを切った。

~番外編・エンディングが欲しい、その3~

占師「おい、何で止める?」

兄「……笑いはしない」

占師「ん?」

兄「笑いはしないが、引いた。ドン引きだ」

占師「……何か変か?」

兄「どっから指摘したら良いか分からん」

占師「しゅ、趣味は人それぞれだろ?」

兄「それはそうだ。だが……」

占師「なんだ?」

兄「テンション上がり過ぎて、もはや意味不明だ。最後のは単なる絶叫だっただろうが!」

占師「う……それは、まぁ……」

兄「しかもエンディングにそれかっ!? 毎日それ歌うかっ!?」

占師「確かにエンディングには向かないかもな……」

兄「だろ?」

占師「うぅむ……」

兄「大体、本編で一切触れて無い趣味を番外編で披露するなよ! 反応に困るだろ! 読者が!」

占師「言われて見れば、確かに……」

兄「……」

占師「……」

兄「……と、言う事で、今度は占い師らしく、次回予告……いや、予言? してくれ」

占師「うむ……そうだな……いや、でもなぁ? やっぱり歌が……」

兄「それは却下だ! あとで冷静になって恥ずかしくなるのはお前だぞ!」

~番外編・エンディングが欲しい、その4~

 で、仕切り直しで占い師による次回予告!!


兄「まさか、あなたが……」

探偵「くくく……」

兄「そんな……そんな……!!」

探偵「くくく……、ははは……アーハッ、ハッハッハ!!」

 驚愕の新事実!!


兄「雲子……俺は君の事が……」

雲子「ダメよっ! それ以上は言わないで!!」

兄「どうしてだ!」

雲子「私達……本当は血の繋がった兄弟なのよ……妹ちゃんが本当はウチの子……」

兄「……それでも」

雲子「……」

兄「それでも君を愛している!!」

 昼ドラの定番、実は兄弟でした!!


山村「兄くん……」

兄「ん?」

山村「私の為に……死んでください!!」

兄「あららぁっ」

 超手抜きなサスペンス!!


妹「貴様……」

兄「俺はお前を倒す為に修行を積んだ……」

妹「ごくり……」

兄「そして……」

兄「そして編み出した技の……実際の映像が、これだ……!!」

妹「ワン♪ トゥッ♪ スリー♪」

 びっくり映像大放出!?


占師「以上」

兄「ねえ、これ本当に当たるの?」

占師「私の占いは百発一中だ」

兄「へえ……」

占師「ふふん」

兄「って、ちょっと待て! 百発一中って、言葉の響きは凄いけど、外れる確率99%だろ!?」

占師「ま、占いなんて気休めだぞ?」

兄「お前が言うなよ!!」

~番外編・エンディングが欲しい、終了~

今日はここまで

~三日目~

 占い師の部屋の台所で目覚めた俺は、彼女と朝食を取り学校へ向かうのだった。

占師「うー……」

 並んで歩く占い師が俺を恨めしげに見上げる。

兄「悪かったって。いい加減に機嫌直せよ」

占師「イヤだ」

 朝の星座占いを見逃した位でそんなに怒らなくても良いじゃないか。
 例え原因が、俺のお茶目な悪ふざけだとしてもな。

兄「やれやれ、困ったお子ちゃまだな」

占師「困った奴はお前だろう!」

兄「あれ位で牛乳を吹き出す様じゃ、俺の嫁にはなれんぞ!」

 占い師は最後の一杯だった牛乳を飲んでしまったのだ。
 仕方なく「じゃあ俺は母乳で」と、占い師のほぼ平らな胸に軽く噛み付いたのだが、その瞬間に牛乳を吹き出したのだ。
 その後片付けをしている間に占いが終わってしまい、彼女は機嫌を悪くしたのだ。

占師「お前の嫁になる予定なんか無い!」

兄「……! わ、私との事はお遊びだったのね!(裏声)」

占師「変な声を出すな! 何もして無いだろに」

兄「まあ……いや……そう言えば俺、下半身丸出しで気絶したけど? 何かしたんじゃないか?」

占師「し、してない!」

兄「本当かぁ?」

占師「本当に本当だ!」

 その割には妙に焦っている様子だが……。

兄「……俺のチョメチョメに変な跡が付いてたけど?」

占師「……!」

兄「フッ。実はあれ、気絶した振りだったんだ。まさかあんな……」

占師「す、すまない! ただちょっとした好奇心で……痛むのか?」

兄「……ほほう。やっぱり何かしたのか。痛くなる様な事?」

占師「……謀ったのか?」

兄「まあな。何かしたっぽい態度だったからな」

占師「む、う……」

兄「で、何をしたんだ、ナニ?」

占師「変な事はしてないぞ! ただ少し突っついて見ただけだ」

 知らぬ間にとは言え、女の子に触られていたとは……。
 今日は良い日になりそうだぜ。

占師「箸でな……」

兄「箸ぃ!?」

占師「手はちょっと抵抗があってな……」

兄「敏感で繊細なガラスの十代なおてぃんてぃんに対して……箸ぃ!?」

 箸は酷い。
 手が駄目なら足があるじゃない!!

兄「遺憾の意を表する! 箸だったら足で良いだろう! 一文字違いだし! 手より足の方が興奮するし!」

 などと騒いでいると、背後からポンと肩を叩かれた。

雲子「朝から何を騒いでいるのよ」

兄「なんだお前か……」

雲子「何よ。私じゃ不満なの? ……ねえ、その子は?」

兄「あ? 誰だよその子さんって。お前の友達なんて知らん」

雲子「違うわよ馬鹿。あんたの後ろに隠れてる子」

兄「後ろに隠れてる子? 変わった名前だな。どこまでが名字だ?」

雲子「む……。面倒くさい奴ね! この子よ」

 と、いつの間にか俺の背後に隠れていた占い師を引きずり出す。
 雲子の頭一つ分小さい占い師の肩に手を置き、俺へと押し出す。
 占い師は何やら泣きそうな顔をしているが……。

雲子「誰なのよ!」

 雲子はお構いなしだ。

兄「ちょっと色々な……。それより解放してやれよ。その生き物はそろそろ泣くぞ」

雲子「え……?」

 雲子が手を離した瞬間、凄まじい勢いで背後へ戻り、俺にしがみつく占い師。

兄「何なんだよ」

占師「ひっ、人見知りと言う奴だ」

兄「人見知りって……占いなんかしていたら、知らない人と話すだろ?」

占師「占いの時は別だ!」

兄「なんだそりゃ……。別に雲子は怖く無いぞ?」

占師「わ、分かってる! ただ、どうしたら良いのか……」

兄「普通にしてれば良いだろう? ……それにしても人見知りか。体型と言い、やっぱりお子ちゃまだな」

占師「ううー……」

雲子「ちょっと! 私を置いてけぼりにしてイチャイチャしないでよ!」

兄「別にイチャイチャはしてないが……何の話だっけ?」

雲子「その子は誰なのよ」

兄「俺のおてぃんてぃんを箸で突っついた不届き者」

占師「そ、そんな紹介の仕方は無いだろう!?」

兄「じゃあ自分でやれよ」

 俺は占い師を引っ剥がして雲子の前へと出す。

占師「ううー……」

 そんな顔で俺をみる前に自己紹介したら良いだろうに。

兄「やれやれ……まずは名前から言ったらどうだ?」

占師「そ、それが普通なのか?」

兄「多分な」

占師「よ、よし!」

 意を決したのか、占い師が大きく息を吸い込む。
 後ろからでも肩の動きが分かるって、どれだけ緊張しているんだか。

占師「私は――」

雲子「ちょっと!!」

 突然、雲子が大声を出した為に、占い師がその場で腰を抜かす。
 そして占い師には目もくれず、鬼の様な形相で俺へと向かって来る。
 なんなのか。

雲子「幼なじみの私が突いた事が無くて、見ず知らずの女の子はあるって何よ!!」

兄「お前は見ず知らずかも知れんが、俺は違う」

 そもそも突っつきたいのか? 雲子の奴は。

雲子「どっちも同じ事よ! とにかく私にも突かせなさいよ!」

兄「いや、色々と訳が分からんぞ……」

 その対抗意識はなんなのか。
 そして、他の事ならともかく、おてぃんてぃんを突く行為を羨む理由が分からん。

兄「……おてぃんてぃんは突かれる物じゃない! 突く為の物だ!」

雲子「どうでも良いわ! 付いてきなさい」

 そして、余程怖かったのか未だに放心状態の占い師を残し、俺達は校舎へ入る。
 靴も履き替えずに俺の手を引く雲子はズンズンと、どこかへ一直線で進んで行く。

兄「なあ? どこに向かってるんだ?」

雲子「家庭科室よ」

 何でだ。
 昔から卑猥な事をするなら、保健室か体育館倉庫と決まっているだろうが。

雲子「あそこなら箸が沢山あるわよ」

兄「何本の箸で何回突く気だ、お前」

雲子「あの子より多くよ!」

 だから、その対抗意識はどこから湧き上がって来るんだよ。

雲子「何回突かれたのよ」

兄「え? さぁ……? 知らんな」

雲子「ふんっ。だったら百回にしとくわ」

兄「なっ!?」

 箸とは言え、そんなに弄くり回されたら反応してしまう。

雲子「さ、着いたわよ」

兄「い、嫌だ!!」

 箸責めと言うマニアックなプレイの開拓者にはなりたくない。
 箸でしかイけない体質になったらどうするんだ!!
 割り箸を見て興奮するのか!?
 女の子が箸を持っていたら、いやらしい妄想で頭が一杯になるのか!?
 カレーも箸で食べるようになるのか!?

雲子「何よ……」

兄「箸しか愛せなくなるのか!?」

雲子「何よそれ」

兄「と、とにかく! 俺は絶対に家庭科室に入らないからな!」

 俺はその場に座り込んだ。
 因みに、女の子のように脚を揃えてだ。
 可愛いぜ。俺。
 雲子は黙って俺を見ているが、ここは絶対に譲らんぞ。
 俺達にしばしの沈黙が訪れる。

雲子「……ねえ」

 数分後に沈黙を破ったのは雲子だった。

雲子「どうしても? あの子は良くて、私は駄目なの?」

兄「本来なら誰でも駄目だ」

雲子「でも突いたんでしょう?」

兄「許可もしていないし、俺としては足の方が良かったけどな」

雲子「なに? 何の方が良かったって?」

兄「足」

雲子「足ぃ!?」

 先程、俺が言った「箸ぃ!?」とほぼ一緒だ。
 幼なじみって怖いな。

兄「……うむ」

雲子「……箸と足ならどっちが上よ」

兄「うーん……」

雲子「やっぱり箸よね。腕の方が高いもの」

兄「高さの問題かよ」
 
 って突っ込み入れてる場合じゃない。
 何とか足でいじくる方向に持って行かなくてはな。

兄「あー、ちょいと待ちなされ、お嬢さん」

 俺は如何にも有識者っぽい口調で語り出す。

兄「箸を使う文化は東アジア中心に割と限られているがぁ?」

雲子「……」

兄「割礼のごとく足を切り落とし使わない民族は、存在しない。つまり、人類は総じて足を使うのです!」

 いや、ひょっとしたら存在するかも知れないが、雲子は頷きながら俺の話を聴いている。

兄「それと。一つ良いかね?」

雲子「何よ」

兄「箸が使えなくなるのと、足が使えなくなるの、どっちが困るかね」

雲子「足に決まってるじゃない。箸が無くてもスプーンがあるわ」

兄「……これでもまだ、箸の方が高尚である、そうおっしゃるかね?」

雲子「……足の方が上ね」

 ああ……。
 雲子が短絡的な思考回路の持ち主で良かった。

兄「うんうん」

雲子「じゃあ足で突くわ」

兄「え? そ、そうだな」

 あまりにも馬鹿らしい話をしていて、すっかり忘れていたが、そうか。
 俺はこれからおてぃんてぃんを足で突かれるのか。
 ドキドキしてきた。

雲子「靴は脱いだ方が良いわよね?」

兄「当たり前だ」

 世の中には靴の方が良いと言う猛者もいるが、俺はそこまで達していないからな。

兄「お、俺は座った方が良いのか?」

雲子「……箸の時はどうしてたのよ」

兄「倒れてたな」

雲子「じゃあ、そうしなさい」

 言われるままに仰向けに寝転がる。
 なんとなく指示に従ってしまったが、良い興奮の材料になってしまった。

雲子「行くわよ?」

 紺色のソックスに包まれた雲子の足がゆっくりと俺の股関へ近付く。

 そして、躊躇いがちにつま先が触れる。

兄「……それじゃあズボンに触ってるだけだろ」

雲子「わ、分かってるわよ! これからよ!」

 今頃になって恥ずかしくなって来たのか、雲子が頬を染める。

兄「さあ来い!」

雲子「……えいっ」

兄「あっ、あふぅん」

 今度はきちんと俺の松茸に雲子の重みが伝わった。
 ズボンの上からなので温もりや足の感触はしないが、間違いなく雲子の足はそこに乗せられている。
 それを考えると倒錯的な快感に、俺の息子は元気一杯になるのだった。

雲子「も、もう一回行くわよ?」

 一度離れた雲子の足が再び俺の股間へ近付く。

兄「ま、待て!」

 だが、雲子は俺の制止も聴かずに、元気百倍な息子に足で触れた。

雲子「……!」

 異質な感触に驚いたのか、雲子は勢い良く足を引っ込めた。
 そして、俺の股間がこんもりと盛り上がっている事に気が付く。

雲子「ご、ごめん……こんなつもりじゃ……」

 目に見えて雲子が落ち込む。
 おてぃんてぃんを巨大化させり事は悪いと思っているのか?
 確かに俺のライフポイントの方が高ければ、攻撃力は半分になってしまうが……。
 ……って、それは遊戯王の話じゃないか!!

雲子「本当にごめんなさい……」

 雲子がこんなにもしおらしいのは珍しい。
 申し訳ないと思うなら鎮めて貰おうか? と、色々要求する予定だったが、中止だな。
 すでに萎れたしな。

兄「そんなに気にするなよ」

 俺は背中やお尻の埃を払いながら立ち上がる。

雲子「でも……」

兄「それより、何だって対抗意識を出してたんだ?」

 ひょっとして、女子高生の間で、おてぃんてぃんを弄くるのが流行ってるのか?
 もしもそうなら、今すぐに女子校に潜入するが……。

雲子「……悔しかったからよ」

兄「悔しい?」

雲子「あんたと一番仲が良い女の子は私だったじゃない……」

兄「……」

雲子「それなのに……。ねえ、幼なじみ同士っていつか離れてくの?」

兄「……」

雲子「私は……そんなの嫌よ……」

兄「……なあ? これって告白?」

雲子「違うわよ!! ただ何だか悔しかっただけよ……別にあんたと付き合いたい訳じゃないわ」

兄「あー、そう」

 ちょっとドキドキして損したぜ。

雲子「ただ……ただね。私達の関係は終わったりする物なの?」

兄「そんな事無いだろう。俺やお前に恋人が出来たって、幼なじみなのは変わらねえよ」

雲子「……そうね」

 ふっ、と軽いため息を吐き、雲子が微笑む。

雲子「変な事でムキになって悪かったわ」

兄「別に良いけどな。俺も興奮したし」

雲子「ねえ、その事なんだけど……」

 雲子は俺から目を逸らし、後ろ髪を弄る。
 これは彼女が物言いを躊躇う時の仕草だ。
 昔は良く、俺のプラモデルを壊してそうしていた。

兄「なんだよ。大人になった俺は怒らんぞ」

 もちろん、女の子に対してであり、男には全力で制裁を加えるが。

雲子「……そ、そこって、足で触られると、気持ち良いの?」

兄「そこってどぉこ? 僕わかんにゃぁい」

雲子「は、話の流れで分かるでしょ!?」

 分かるわい。
 だが、女人に卑猥な単語を口にさせたいのは男なら誰もが一緒だ。

兄「さあ……?」

雲子「……む。ここよ!」

 すでに靴を履いているにも関わらずに股間を小突く。
 こいつめ、遠慮が無くなって来てないか……?

兄「屈辱的でありながら、甘美な快感をもたらす禁断の果実だ」

雲子「ふ、ふーん……良く分からないけど、そう言う物なのね……」

兄「それはそうと、お前に借りたジャージを持って来たんだが」

雲子「そういえばあんた、制服ね。昨日は家に戻ったの?」

兄「いんや。山村さんに……」

 ……貰ったと言えば、また対抗意識に火を付けちまうだろうか。
 すでに言いかけたので、もう遅いが。

雲子「……」

兄「……」

雲子「……そう」

兄「お、おう。……ああ、それでな、まだ洗って無いんだ」

雲子「なんでよ」

兄「まあまあ。俺達は今どこにいる?」

雲子「家庭科室の前よ」

兄「そういう事だ」

 その後、俺達は一時間目をサボって雲子のジャージを洗濯機に放り込み、雑談しながら過ごすのだった。

~三日目・二時間目~

山村「おはよ、兄くん」

兄「や、山村さん……」

 昨日の失態が思い起こされる。
 山村さんは意図的に普段通りを努めているねだろうか。

山村「どうしたの? 寝坊?」

兄「寝坊と言えば、眠る、眠ると言えば……ベッド……!?」

山村「兄くん……?」

兄「あ、あれはその……何と言うか……性なる儀式で……」

 いや、これは言い訳になってないか!?

兄「まぁ……その……」

 上手い言い訳が思い付かない。
 いや、言い訳はいらないか。
 こんな時には素直に謝るべきだ。

兄「昨日はごめん。山村さん」

山村「ううん。私こそごめんね」

 どういう事だ?

山村「お兄ちゃんったら、兄くんが私の彼氏だって勘違いしちゃったみたいで」

 それとあれにどういう関係が?
 と言うか、山村さんのお兄ちゃん?
 俺が疑問符を浮かべいると、山村さんが衝撃的な言葉を放った。

山村「お兄ちゃんね、昔から怒ると、呪詛を紡いで世の理から外れた不可思議な力で人の精神を掻き乱すの」

 衝撃的過ぎて、ちょっと意味が分からんぞ。

兄「も、もう少し分かりやすく頼み」

山村「えぇと……、お兄ちゃんの事は覚えてる?」

兄「……いや」

山村「うーん……じゃあとにかく気にしなくて良いからね?」

兄「お、おう」

山村「あ、ほら、先生が来たよ」

 そうして普段通りに授業が開始される。
 俺の心に漠然とした不安を残したまま……。

兄「気になるが……深追いしない方が良いと俺の本能が告げている……」

散見「何の話だ?」

 俺の独り言に対して、散見が反応して来る。

兄「いや、別に……そう言えば、益垣は?」

散見「さあ……? 昨日から連絡も取れないんだ」

兄「……?」

 どうかしたのだろうか?
 学校にも来ず、連絡も取れない……?

兄「……まあ、良いか。おやすみ」

散見「あ、ああ……」

 因みに、授業中だが、俺は気配を消せるので問題ない。

教師「コラー! 兄いぃい!!」

 問題ない。

~三日目・放課後~

 俺は1日振りに探偵さんの元を訪れていた。

兄「一体、何を……?」

 そこまで馴染み深い場所では無いが、これがおかしいのは分かる。
 棚と言う棚は倒れ、中身をぶちまけている。
 と言うか、見渡す限り、正しく座する物は皆無だ。
 俺はひっくり返ったソファをまたぎ、ジュースか何かの水溜まりを避け、探偵さんに近付く。

兄「一体何があったんだ? 空き巣?」

探偵「君はこれが空き巣にあった様に見えるかい?」

 見えないな。
 空き巣より、この部屋だけが台風の直撃を受けた、の方がしっくり来る。
 何せ、探偵さんは頭にバナナの皮を乗せているし。

兄「……実は掃除が出来ない女なのか?」

探偵「違う」

 探偵さんはバナナの皮を放り投げる。
 因みに、探偵さんから少し離れた場所に、不自然に物が無いが、そこで転んだのか?

探偵「これの仕業だ。君にも連絡が取れなかった」

 二つの物が俺に手渡される。
 見るも無惨に砕けかけた携帯。
 もう一つは……。

兄「壺……?」

 手の平に乗る大きさだが、俺の持つ壺像と一致する。

探偵「そいつは人を不幸にする壺……らしい」

兄「らしい?」

探偵「私はオカルトは信じない方だからな」

兄「ふぅん……じゃあ何だってそんな物を?」

探偵「依頼だ。三日間、耐えると不幸をもたらす力は消えるとかでな」

 禍々しい感じはしないけどな、この壺。
 小さめの割に精巧な造りで、ミニチュア品の様な可愛らしさならある。

兄「それで部屋の中がこんなになったと?」

 まさか、と一歩踏み出したが、その瞬間俺は何かに足を引っ掛け、派手に体勢を崩す。
 その拍子に手にしていた携帯を意図せずに放ってしまう。
 携帯は探偵さんに命中し、今度は彼女が体勢を崩す。
 背中から床に落ちる直前に彼女は腕を伸ばし、何とか持ちこたえる。

探偵「……気を付けてくれよ。まだ死にたくは無いんだ」

兄「流石に転んだくらいで……」

 言いながら、手を貸そうと近付いた所で、ハッとする。
 彼女の背後には本が小山を築いており、それらに固定されているのか、山頂には万年筆が垂直に生えていた。
 位置から察するに、首筋に突き刺さっていた可能性は無きにしも非ずだ……。

兄「ひょっとして本物……?」

探偵「気のせいって奴だろう」

兄「う、うーん……そっか。何にせよ大変だな」

探偵「他人事みたいに言うんだな」

兄「……流石に今回は俺は何も出来んぞ?」

探偵「三日間所有するだけで何かする必要は無い」

 と、言う事はあれか、ひょっとして俺と探偵さんの二人で持ちこたえろと?

兄「で、でもさ、三日間の所有が条件なら、途中で俺が加わるのは駄目なのでは?」

探偵「それは問題ない。我が探偵チームで所有しているからな」

 な、なんて勝手な……。
 と言うか探偵チームって。小学生か。

兄「まあ、それは良いけど……この探偵事務所、意外と仕事が来るんだな」

探偵「まあ……本家が有名だからな」

兄「本家?」

 俺の脳内検索エンジンに本家と言う単語を入力。
 ――もしかして:本気汁。

兄「……本家?」

探偵「言ってなかったか? 正式には探偵事務所じゃ無いんだよ。ここ」

 正式には?
 何かの漫画で読んだが、探偵業適正化法とやらで、色々と規制があったはずだ。
 その中に、探偵業者として届け出を必要とするとあったが、それをしていないのか?

兄「そういう事か?」

探偵「うむ。どうせ届出をした所で、特別な権利がある訳でも無いしな」

 それだもの。
 まともな奴はここで働く気にはならんな。
 俺は一向に構わんが。

兄「……で? 本家?」

探偵「ああ、そうだ。本家があれだ。聞いた事あるだろう? 時次啓示朗って」

 時次啓示朗(ときつぎけいじろう)と言えば……。

兄「有名な占い師だろ? 子供でも知ってる」

 例によって、俺は下半身を丸出しにする。

兄「僕も知ってるよ(裏声)」

探偵「……」

兄「……」

探偵「あっ」

 突然、既に倒れている棚に覆い被さる様に、後から倒れたであろう棚が、地面に転がる。
 元々不安定だったのだろうか。
 ……。
 それよりも、今転がった棚のガラス戸が砕け、破片が俺の息子の直ぐ近くを通って行った。

探偵「……位置がもう少しズレていたら、直撃だったな」

兄「……」

探偵「……不用意な行動は避けるべきだぞ、君」

 俺は無言のまま、ズボンを履き直した。

兄「そういう事は早めに教えてくれ」

探偵「ああ、すまんな。……で、どこまで話した?」

兄「……探偵さんが処女か否かの話だろ?」

 もちろん、そんな話はしていないが、俺はそう言った事に興味津々なお年頃なのだ。

探偵「ああ……処女だぞ?」

兄「俺の為にか!?」

探偵「で、その時次啓示朗が経営している……」

兄「俺はスルーか!?」

 しかも自力で本題に戻れてるじゃないか。

探偵「君に合わせていたら、話が進まないだろう?」

兄「まあな……」

 何せあまり興味が無い。

探偵「興味無いね、って顔をしているな」

兄「ん~、まあな」

探偵「良し。ならば要点だけを話そう」

兄「おう」

探偵「娘が君をここに、探偵事務所は部署の一つで、幼い頃からの付き合いだ」

兄「……」

探偵「……」

兄「俺が悪かった。真面目に話を聴きます」

探偵「あ~……つまり、時次の経営する占い会社の部署の一つがここだ」

兄「……なんで?」

 テレビにしょっちゅう出ている様な有名人が何でまた、こんな……。

探偵「彼の成功は、私の暗躍に因る、って所だな」

兄「……?」

探偵「私が事前に依頼人を調べ上げて、時次にその情報を渡す。彼はそれを占いに利用する。……そういう事だ」

兄「……なるほど。要するに奴はインチキ占い師か」

探偵「あ……この話、あの子には内緒だぞ」

兄「アソコの内緒ぉ!?」

 いっ、一体、彼女のアソコにはどんな秘密があるのか!?
 俺はドキドキしながら、探偵さんに尋ねる。

兄「そ、それはどんな……?」

探偵「……」

 あ、滅茶苦茶に冷めたい目で見られてる。

兄「……すまんかった。あの子って?」

探偵「君をここに連れて来た……時次の娘だ」

 時次の娘……俺をここに……?

兄「占い師か……?」

探偵「ああ。あの子は純粋に占いを信じているからな。……父親の事も同じくな」

 俺は何とも言えなかった。

探偵「ま、そんな訳で時次の元に持ち込まれた依頼の内、占い等ではなくて、実質的な解決が求められる物を引き受けてるんだ」

兄「あ、ああ……そういう事か……」

 そう言えば、話の発端はそれだったな。

兄「しかし……色々とビックリだな……」

探偵「ふっふ。甘いな。君は甘い!」

兄「え?」

探偵「更に驚かせてやろうじゃないか」

兄「ま、まだ何かあるのか!?」

探偵「……実はな」

 俺は生唾を呑む。
 
探偵「実はあの子……本当は相当な甘えん坊なんだぞ」

 あの子と言えば、占い師か。彼女が本当は甘えん坊……?

兄「……甘えられた事は無いけど、そんな気はしてたぞ」

 人見知りで知り合いが少ないとなれば、逆に知り合いにはべったり、ってのは予測出来るしな。
 と、述べると、探偵さんはしょんぼりしてしまった。

もう、全キャラ(兄以外)に名前があった方が分かり易い気がしてきた。

因みに、妹再登場の目処は立って無い。
スレタイ詐欺っぽくて、ごめんなさい。

探偵「……そうだ。すっかり忘れていたが、本題に戻ろう」

兄「こいつか?」

 俺は手にしている壺を掲げて見せる。

探偵「ああ。……私は信じないが、そいつは人を不幸にする」

 部屋の惨状と、ここに来てから起きた出来事で、俺には信じられる。
 出来ればお断りしたい仕事だ。

探偵「……偶然だと思うが、色々と邪魔が入り、ご飯も食えなければ、煙草も吸えない」

兄「……なんで頑なに真実を拒むんだよ」

 容易に想像がつくぞ。
 煙草に火を付けた瞬間に、棚が鼻先を掠めて倒れていく画が。

探偵「君はどうやら壺の話を信じる様だな。安心したぞ」

兄「安心?」

探偵「任せられるな」

 そう言って、探偵さんは暗い影のある笑顔を浮かべ、窓を開く。

兄「た、探偵さん……?」

 一体何を?
 俺が尋ねるよりも早く、彼女は窓枠を華麗に、抜けた。

兄「……」

 人間、あまりに唐突な出来事には素早く対応出来ないらしい。

兄「えぇえぇえぇっ!?」

 俺はワンテンポ遅れて驚愕の叫びを上げた。
 あまり関係は無いが、[田島「チ○コ破裂するっ!」]中に母親が部屋の扉を開けた時の反応速度を維持出来れば、銃弾さえ回避出来る気がする……。

兄「って、それ所じゃねえ!!」

 ここはビルの六階だ。
 どれだけ身体能力が高くても、怪我は免れ無い。
 俺は慌てて、窓から身を乗り出し、そして慌てて目を閉じた。
 真っ赤な花が咲いている可能性が、思考を急に横断したからだ。
 深呼吸の後、俺はゆっくり、ゆっくり、瞼を上げる。
 赤色は見えなかった。
 代わりに、探偵さんが、喫煙する姿を捉える。
 ほっ、と息を吐くと同時に、おかしな物が目に映る。

兄「何だこれ」

 黒い鉤が窓ガラスをスライドさせる為の隙間に食い込み、鉤と探偵さんは黒い紐で繋がっている。
 これを使って地上に降りたのか?

探偵「おぉい!!」

 探偵さんが声を張り上げる。

兄「日も安心んんんー!!」

 通行人の幾つかが立ち止まり俺を見上げる。
 ひょっとして俺のファンか?
 まあ良い。

兄「どうかしたかー!!」

探偵「その鉤爪ー、外してくれー!」

 やっぱり、これを利用したのか。
 あんたはバットマンか……。
 俺が鉤を外すと、探偵さんは紐を回収し、スキップしながら、何処かへ。

兄「……どうしたもんかね」

 残された俺はため息混じりに一人言つのだった。

ああ……sagaを入れ忘れた……。

しょんぼりしちまうよ。

警官「そこの不審人物! 速やかに逃走をやめ、その場に止まりなさい!」

兄「俺の輝ける未来に前科はいらない!」

 青空に見守られる閑静な住宅地。
 俺は警察に追われていた。
 生まれたままの姿で暮らす事が違法だなんて、嫌な時代だぜ……。
何故全裸?
 探偵さんのビルがある繁華街を抜けるまでは良かった。
 しかし、アパートのある住宅地に入り、一連の不運は起きた。
 転んだ拍子にベルトが千切れ、上着に蜂が入り込み、半裸の俺を見て悲鳴を上げた厚化粧の中年女性、慌てて身を隠そうとした俺。
 気付けば全裸だ。
 一応、件の壺はなんとか無事なのは、幸い……いや、原因がこれだから、不幸か?

兄「……まあ良い、過去を振り返る余裕は無い!」

 大分、警官との距離が開けて来たとは言え、立ち止まるにはまだ早い。
 ぶらりぶらり、揺れている俺の松茸。
 全力で走っていると、太ももにぶつかり、良い刺激だ。
 これで沢山の女の子が観客なら、ドビュッビューだ。

兄「……ちょっと卑猥な事を考えると反応する愚息だが、これからも宜しくな!」

 俺は誰も居ない空間に向かって親指を立てる。
 そして爽やかな笑顔。
 ……これがランナーズハイって奴か?
 などと考えながら、右手の脇道へ。

子供「!?」

子供2「裸だぁぁあぁああぁぁっ!?」

兄「むう……」

 そこには小学生らしき子供の集団が、集まっていた。
 残念ながら、保護者等の大人な女性は見当たらない。

兄「ちっ……」

子供「なんでお前裸なんだよ!!」

子供2「ちんぽでけぇ!!」

子供3「そうか? 父ちゃんよりちっちぇ」

 口々に騒ぎ出す、お糞餓鬼様方。

子供「俺んちのポチよりも小さいな」

子供2「良く見たら小さいね」

兄「……ウオォオォオオオ!!」

 俺は雄叫びと共に餓鬼の群へ突撃するのだった。
 小さく無い、と言うことを拳で激しく教え込む為だ!!

子供「うわぁ!!」

 俺の拳は空を切った。
 標的を別の子供が突き飛ばしたのだ。
 そいつが叫ぶ。

子供2「お前ら下がってろ! こいつは……俺がやる!!」

 やれるもんなら、やって見ろ。

兄「まずは貴様から八つ裂きにしてくれ――」

 刹那、俺の股間に激痛。

兄「うっ!? ぐぉ!? ひいぃっ!! ひぎっ、ひぎぃ!?」

 連続的に襲う痛み。
 あの餓鬼、エアガンを持っていやがる……!!

兄「おぐっ」

 股間を抑えて、太ももを固く閉じ、座り込む俺。
 それでも壺は優しく地面に置いた。健気な俺。

子供2「……」

 俺を撃った子供は警戒し続けている。
 こうなれば、仕方ない。
 あの技を使う時が来たのか……。
 目を瞑り精神を統一し、この股間の痛みを――。
 美少女とのSMプレイに寄る物だと妄想する。
 因みに、山村さんに鞭で打たれたと言う設定にしてみた。
 そして、俺の全身を巡っていた、HENTAIエナジーが股間へと一気に収束される。
 俺は開眼と同時に立ち上がる。

子供「!?」

子供2「巨大化……しただと……!?」

子供3「お、俺達は悪い夢でも見ているのか!?」

兄「これが大人の特権だぁぁあぁああぁぁっ!!」

 高く俺は跳んだ。
 空中で体を捻る。
 ――ぺちよん。
 秘技、松茸殴打が悪鬼へと叩き込まれた。

子供2「き……」

兄「……ふっ」

子供2「きめえぇ!! ぬちょってした! ぬちょって! きめえぇぇ!!」

 エアガンを放り出して、逃げ出す子供。

子供「ま、待てよー!!」

 残りの子供も後を追う。
 完全に俺の勝ちだな……。

兄「おっと」

 勝利の余韻に浸って、気が抜けていた様だ。
 放り出されたエアガンが、壺にぶつかりそうになったが、何とか捕らえる。
 同時に、叫び声。

警官「そ、その銃を大人しく捨てなさい!!」

 見ると、追い付いた警官が、銃を構えていた。

兄「……ちょ、待てよ、これはオモチャだぜ?」

警官「ほ、本官にその様な、う、嘘は通じん!」

 ……微妙に震えてる辺りから察するに、本気でこれを銃だと思っているらしい。

兄「……」

 どうしよう……。

 相手が銃を出して来た以上、こちらが丸腰になる事は好ましくない。
 撃たれる事は無いだろうが、抵抗出来ずに捕まってしまう。
 そうなれば、俺は公然わいせつ罪で――。

 少年鑑別所へ送られる。
 そこに待つのは荒くれ者達との喧嘩の日々。
 荒む心、生傷の絶えない身体。
 出口の無い暗闇に閉ざされた俺。
 そんな中、俺はある男との出会いを契機に――。
 ボクサーとして生きて行く道を見出すのだった。
 ……。

兄「ヤダァ! ボクサーになんかならないもん!!」

警官「なっ、なんの話だっ!?」

兄「いや、俺にもちょっと分からん……」

警官「訳の分からない事を抜かすな!!」

 むぅ。
 不味いな。
 逃げ出すってのも、怖い。
 日本の警察は早々発砲しないだろうが……。
 銃の生み出す威圧感は俺の足を棒にするには充分だ。

兄「……」

警官「……」

 一触即発の空気が――。

?「ヒヒーンヒンヒンヒンッ!!」

 流れていた様な気がするが、俺たちは同時に珍妙な叫びの上がった方向を向いた。
 その鳴き声は何だか妙に可愛らしく、俺は脳内で『いつか彼女が出来たらしたい事リスト』にお馬さんごっこと付け足した。
 ……それはともかく、そこに居たのは馬の顔を模した被り物で、素顔を隠した謎の人物だった。

警官「なっ、何者だ!?」

兄「……」

 顔はともかく、下は見覚えのあるスーツだな……。

兄「ひょっとして、探偵さんか?」

 返事は聞き慣れた声で。

馬面「違うぞ」

兄「……せめて服も変えようぜ?」

 その馬面だけで、正体を隠せると思った貴女の頭が心配です。
 一応、俺の雇い主だし。
 そんな俺を余所に、探偵さんは謎の馬面として話を続ける

馬面「私はこのモリモトシティを救う正義のヒーロー、ホースマンだっ!」

 シティじゃないだろ。森本町なのだから。
 まあ、突っ込みたい所は他にもあるしな……。
 もちろん一番突っ込みたいのは、卑猥な穴だが。
 等と考えていると、警官が声を上げた。

警官「まさか、共犯者か!?」

 慌ただしく、俺と探偵さんへ、交互に銃を向ける。
 正直、俺に向く度にビビっているが、探偵さんは平気そうだ。
 ひょっとしたら、顔は強張っているかも知れないが、馬面に寄り、確認は出来ない。
 だが、彼女を巻き込むのは本意では無い。
 どんな死線も、てぃんてぃん一本でくぐり抜ける。
 そういう男に、俺はなりたい。
 俺は静かに深く、息を吸い、そして叫ぶ。

兄「彼女は関係ない!!」

警官「……」

 俺に向かい銃口が止まる。
 す、少しちびってしまった。
 緊張状態からの疲労故か、警官の目が据わっている。
 これじゃあ何時、ぶっ放して来るか分からん。
 いや、弱気になるな、俺!!

兄「さぁ、危ないから離れているんだ!」

馬面「そいつに耳を貸すな! 私とその男は大いに関係ある!」

 ……俺の決意とは何だったのか。
 銃口が再び、探偵さんへ。
 どういうつもりなのか、と彼女を見る。
 特に策がある様には見えない。
 ポケットに手を入れて、突っ立っているだけだ。

警官「ふ、二人共、抵抗を止めて、手を頭に乗せてその場に跪け!!」

 ……どうやら、ここまでの様だ。
 俺は観念し、手を頭へ、そして、探偵さんへ目配せする。
 もう諦めよう、と。
 だが――。

馬面「ふっ!!」

 と言う掛け声と共に探偵さんがポケットから何かを放る。
 それは警官が手にする銃に、当たった――様に俺には見えた。
 しかし……。

警官「なん……だと……」

 ペンらしき物が、銃口からにょっきりと生えている?
 いや……信じられ無い話だが、探偵さんが投げた物が、銃口にすっぽり収まったのか?
 警官が慌てて、それを引き抜こうとするも、ビクともせず。
 目に見えて、警官の顔に焦りの色が浮かぶ。

馬面「せいっ!!」

 その行為に、俺の顔も同じ色に染まる。

兄「な、なにやってんだよ!?」

 大きく振られた探偵さんの拳が、警官の腹にめり込んだのだ。

警官「うぐぅ……」

 一撃で地に伏せた警官が、苦しそうに呻く。

兄「あうーっ……」

 どうすんだよ。
 本格的に凶悪犯じゃないか、俺達。

馬面「うぐぅとあうー……私はえぅの子が好きだな」

兄「何の話だ? いや、それよりどうするつもりだ!?」

馬面「こうしよう」

 探偵さんの答えは単純明快だった。
 もう一発、今度は蹴りをぶち込む。

警官「だっ!? だぉ……」

 妙な声を上げたきり、警官はピクリとも動かなくなった。

馬面「私は魔物を討つ者だから……」

 馬面のまま、探偵さんが空を仰ぐ。
 さっきから何のパロディか分からんぞ。
 俺、18歳未満だしさ。

兄「で、気絶させてどうするんだよ」

 目下の危機は去ったが、これはこれで危機的状況である事は間違いないぞ。

馬面「その前に……私の正体を知りたくはないか?」

 何を今更……。
 ため息を吐く俺。

兄「探偵さんだろ?」

馬面「……」

 何だよ、その沈黙。
 正体を隠せていると思ってたのか……。

兄「……だろ?」

 追い討ちをかける俺。

馬面「……賢い男は嫌いじゃないぞ」

 馬面のまま言われても嬉しくないぞ。
 と、俺の心中を察したかの様に、馬面を脱ぐ探偵さん。

探偵「兄、少し……昔話をしないか?」

~番外編・昔話と名付け親、その1~

雲子「昔はあんた達、仲良かったのにね」

 夕暮れ時の教室。
 ふと、雲子がそんな言葉を零した。
 
兄「あんた達って誰だよ。 凸と凹か?」

雲子「何よそれ」

 俺も知らん。

雲子「あんたと、妹ちゃんよ」

兄「んー……? どうだったかな」

 机に腰かけて、紙パックのジュースをストローで啜る雲子を見上げる。
 俺は床に寝そべっているのだ。
 パンツ見えるかなと思っての事だ。

雲子「私はほら、一人っ子だから。少し羨ましかったのよ」

雲子「今は全然。むしろあんたみたいなお兄ちゃんが居たら、嫌だけど」

兄「おっ、俺もお前みたいな妹、お断りじゃけん!!」

雲子「なんで顔を赤らめてるのよ」

兄「ゆっ、夕日だ」

 ”お兄ちゃん”って呼ばれた事に反応したのは秘密だ。
 
雲子「ねえ? 何か思い出とか、無いの?」

 ふむぅ? 思い出か。
 よっと、俺は起き上がり、後頭部をかく。

兄「あるっちゃある……かな」

 年を重ねる毎に嫌われているので、仲が良かったのは本当に幼い頃だけだ。
 記憶も、そうそう残っていない。
 それでも、俺はその日の事を良く覚えていた。

~番外編・昔話と名付け親、その2~

 両親は、俺と妹が仲良くする事を良しとしていなかった。
 その理由を、俺は知らない。
 ともかく、一緒に遊んで居たりすると、即座に引き離されていた。
 妹自身は、まだ俺に懐いていたので、その度、泣きわめいていた。
 
雲子「あんたは? どうだったの?」

兄「俺は……」

 俺は両親に辛く当たられて――これまた理由は分からないが――いたので、子供ながらに
 そういう物だと納得していた。
 そんなある日、俺はどうしても妹に見せたい物が有って、彼女を密かに外へと連れ出したのだ。

雲子「見せたい物って?」

兄「ちんちんにそっくりの石」

雲子「……」

 そこは家から遠くない、小さな山だった。
 名前を、山田山と言ったはずだ。
 山田さんが所有していたから、山田山。
 馬鹿みたいに単純な名前だ。
 過去形なのは、区画整理に寄り町が買い取った為だ。
 もちろん、当時の俺はそんな事を知りもしなかった。
 現在では花壇やベンチ等が設置され、中高生のデートや、犬の散歩の定番コースとなっている。
 俺と妹が、ただ一度きり、共にそこを訪れた時には、ようやく草刈が済んだ所だった。
 母が買い物に出た隙に、こっそりと家を抜け出し、坊主頭の様な斜面を、登った。
 すぐに妹が転び、そこから俺たちは手を繋いだ。
 他には誰もいない。
 二人だけの時間。
 妹が終始にこやかだったのを、良く覚えている。

雲子「ふぅん……って言うか、やっぱり仲良かったじゃない」

兄「だな……」 

 やがて俺達は、宝物を埋めた、小山の中腹へと辿り着く。
 緑の頭に出来た、茶色の十円禿。
 昨日ほじくり返した、湿った土は、すっかり乾いていた。 

~番外編・昔話と名付け親、その3~

 掘ってごらん? 俺はそう促した。
 何が埋まってるの? 妹は俺を見る。
 俺は何も言わず、笑顔だった。
 きっと妹は喜んでくれる。そう思っていた。

雲子「……変な形の石で喜ぶのなんて、あんたくらいでしょ」

兄「いや、それが……」

 妹はゆくっりと、それを掘り出した。
 ちんちんにそっくりの石――いや、あの日の俺が妹に見せたかったのはちんちんの化石だ。
 幼い俺にとっての世紀の大発見。

兄「あ……」

雲子「何よ」

兄「性器の大発見か?」

雲子「……」

 なにこれ? と妹は首を傾げた。
 俺は誇らしげに、ちんちんの化石だよ、そう教えた。
 もちろんそんな大層な物ではなく、形が似ていただけだが、俺はそう信じていた。
 ふーん、と妹は様々に向きを変えて、それを眺めた。
 妹が化石と言う言葉を知らなかったのかも知れないが、俺の考えは違う結論を出した。
 ちんちんの形が分からないんだな、と。
 俺はその場でズボンとパンツを下げて見せた。
 似てるだろ? と俺。
 妹は首を傾げていたが、やがてにんまり笑った。
 お兄ちゃんは1個持ってるから、このちんちん、私が貰って良い? そう言って。
 本当はずっとここに埋めたままにして、時々二人で、見に来たかったのだが。
 俺の口からは……。
「大人になったら、毎晩使うんだぞ?」
 そんな言葉が放たれた。

雲子「……あんた、もしかして全部作り話なの?」

兄「違う。……今でも何でそんな事を言ったのか、自分でも不思議だ」

雲子「私はあんたが捕まらない事が不思議に思うわ」

~番外編・昔話と名付け親、その4~

 うん、大事にするよ。
 その石をポケットにしまうと、妹は嬉しさの余りか、小躍りを始めた。
 やった、やった、やった、やった、と。
 俺は満足げにその様子を眺めていたが、やがて思い出す。
 長く外に居れば、それだけ母親の怒りが増すであろう事を。
 そろそろ帰るぞ、と声をかけると、妹の小躍りはピタッと止まった。
 ほら、と、少し離れた位置に立つ妹に手を差し出す。
 妹はその場でじっと俺を見ていた。
 もう一度、手を差し出す動作をする俺。
 だが、妹はその手を取らず、口を開いた。
「ありがとう、お兄ちゃん……あ、あとね?」
 続いた言葉は満面の笑みで。
 俺の心を満たすに相応しい言葉。

「お兄ちゃん大助……」

雲子「え?」

兄「そう、俺の名前、大助だったらしい」

雲子「そ、そうなの? 初耳だけど?」

 そりゃそうだ。
 だいすき、と、だいすけ、を掛けたつまんねーギャグを作者が言いたかっただけで決まった設定だし。

兄「……はあ、そろそろ帰るか」

雲子「あ、待ちなさいよ! 私も帰るわよ!」


 おわれ。

~番外編・昔話と名付け親、終わり~

今日はここまで。

~番外編・ごっつ短編~

雲子「私の誕生日?」

 今日も崩壊後のきょうし……。
 ……。
 放課後の教室で雲子と俺は駄弁っていた。

兄「そうだ。俺にプレゼントの才能がある事を証明してやる!」

 雲子曰わく、俺にはそういうセンスが無い。
 そんなお言葉を否定すべく、俺は吠えたのだ。
 因みに、パンツ見えないかな? と思って逆立ち中である。
 夕映えが眩しいぜ……。

雲子「4月の6日だけど?」

兄「……は? お前今なんて言った?」

雲子「誕生日よ。あんたが聴いて来たんじゃない」

 それはそうだが、そうじゃない。
 俺は逆立ちを止めて、ポケットからキャラメルを取り出す。

雲子「あんた……やっぱりセンス無いわ」

兄「ちげーよ。ちょっと待ってろ」

 俺は机に6つのキャラメルを並べる。

兄「雲子……何も言わずこれを順番に数えてくれ」

雲子「……ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ、ごっつ、ろっつ」

 こいつはたまげた。
 6日をろっか、と読んだかと思いきや、今度は、ごっつ、ろっつ、と来たか……。

兄「まあ、良いか……」

 これも個性か……?
 
雲子「何で私を哀れんだ目で見るのよ」

兄「まあ何だ……その……頑張れ」

 作者もな。

~番外編終わり~

兄「……昔話?」

探偵「そうだ」

 昔々……お爺さんとお婆さんは、そんなに沢山は居ませんでした。
 何故なら現代よりもずっと医学の程度が低く、平均寿命が短かったからです。

兄「みたいな?」

探偵「いや、童話じゃなくてな。と言うか今のは童話じゃないだろ」

 ぶっ倒した警官を放置で昔話は、如何なものかと思うが……。

兄「いや、その前に服を着たい」

 すっかり全裸だった事を忘れていたぜ!
 ……。
 俺、まともな人生を送れていないんじゃ無かろうか……。

探偵「ああ、それならそこにあるぞ」

 探偵さんの指差す方向、民家の塀に俺の服らしき物が掛けてある。

兄「回収してくれたのか?」

探偵「ああ。見覚えがあったからな」

兄「さんきゅ。探偵さんが野外露出する時は俺が回収するぜ?」

 下着はこっそりポケットに忍ばせるつもりだがな。

探偵「そういう事はないと思うけどな……」

 探偵さんの言葉を最後に、しばし沈黙する俺達。

探偵「どうした? 着替えないのか?」

兄「う、後ろ向いててよぉ!(裏声)」

探偵「……すでに全裸なのに?」

兄「着替える所を見られるのは恥ずかしいの……(裏声)」

 はぁ、と面倒くさそうにため息を吐き、探偵さんが後ろを向く。
 やれやれ……乙女の気持ちが分からない人って困っちゃうわ。

兄「プンプン(裏声)」

 土埃を払いながら、服を着込んでいく。
 服が窮屈に感じられる……俺、大丈夫なのか?
 裸で生きて行く運命なのか?
 服が着れない精神的な病として学校に認められ、教室で俺だけ全裸で座るのか?
 ちょっと興奮するから、まあ良いか……。

探偵「もう良いか?」

兄「おう。俺の松茸様は隠居なされたぞ」

 くるりと、振り返る拍子に長い髪が揺れる。
 すっきりとした顔立ちに髪が掛かる様が何ともクールだ。

探偵「さてと……」

 探偵さんがしゃがみ込み、警官の上着に手をかける。

~番外編・が多くてごめんね、その1~


 やあ!
 題名通りね、俺も悪いと思ってるんだ。
 番外編が多いうえに、本編はシリアスとギャグが中途半端で。
 もちろん、悪いと思っているだけじゃあない。
 こうして――。

雲子「何の用よ」

 なぜか不機嫌そうに腕を組む雲子。

占師「……」

 初対面の人間と、まだ打ち解けていない雲子がいる為に、縮こまっている占い師。

探偵「こんなに誑かしていたのか?」
 
 妙に楽しそうな探偵さん。相変わらず男装気味のスーツ姿だ。

山村「何だか久しぶりだね、兄君」

 確かに久しぶりかも知れない山村さん。
 そして俺を含めた五人は、何もない俺の部屋にいる。
 彼女達には、俺から召集をかけたのだ。
 その理由は――。

探偵「読者サービスの為にキャッキャッウフフしろ?」

 俺が掲げるスケッチブックに書かれた文字を読み上げる探偵さん。

雲子「あんた……ただセクハラしたいだけでしょ?」

 違うわい。
 俺はスケッチブックをめくる。
 そのページには。
「女の子同士の絡み。これぞまさに読者サービスOK? 今日は俺は一切口を開かん」
 そう書かれている。

山村「そう言われても……この女の子達は? 兄君」

 う……。
 美人の真顔は怖い。怖いよ山村さん。
 冷や汗を垂らしながら、俺はページをめくる。
「俺が色々と世話になってます。ハーレムとか、そんな大それた事は考えて無いです。はい」

占師「……」

 何か言いたそうだが、人見知りがこの状況で口を開く事はできまい。
 と、まあそれは良い。

雲子「自己紹介? まあ、良いけど……」

~番外編・が多くてごめんね、その2~

雲子「んー……」

 と、親指を唇に当てて考え込んでいる様だったが、やがてぽつぽつと雲子が語り出す。

雲子「不名誉ながら、こいつの幼馴染ね」
 
 緩い釣り目で俺を流し見る。

雲子「それから、制服を見れば分かると思うけど、山村さんと、この子とは同じ高校ね」

 ちなみに、雲子だけが制服を着ている。
 占い師はマントで、その下は不明だ。
 山村さんは、上品そうな薄青色のブラウスに、白いズボンだ。

山村「うん、そう言えばすれ違った事あるかも」

雲子「私も山村さんの事は知ってるわ。美人で有名だものね」

 俺を睨むなよ!

雲子「あなたとは、校門であったわよね?」

占師「は、はひっ!」

 突如話を振られて素っ頓狂な声を出す占い師。

占師「そっ、その節は、大変、お、お世話に……」

 何とか絞り出した、その受け答えは間違ってるぞ。
 俺のおてぃんてぃんを箸でどうこう言う話だった上に、何一つ世話になってねえよ。

探偵「なんだ、みんな少なからず、面識があるのか」

山村「あ……探偵さん! あの時はお世話になりました」

 深々と頭を下げる山村さん。
 こっちは正解だな。
 あれ? そう言えば、探偵さんと占い師は小さい頃からの中だって聞いてるな。
 実際には二人が話してる姿すら見ていないが、探偵さんに俺を紹介したのは、占い師だしな。
 って事は。
 占い師と山村さん、探偵さんと、雲子が初対面か。
 俺はいそいそとスケッチブックに文字を書く。
「探偵さん、占い師の分も含めて、自己紹介を!!」

探偵「ええと、私は探偵だ。こっちは……占い師……見習い? かな」

 それ、紹介になってないぞ……。
 呆れながら、俺は次の文字を書く。
「なんかグダグダなんで、俺がまとめるぜ!」

探偵「そうしてくれ、こういうのは苦手だ」

 そう言う探偵さんが、左端、続いて占い師、山村さん、雲子だ。
 その順に則して、俺は簡潔に彼女達の情報をまとめて、提示する。
「貧乳、無乳、乳、巨乳」
 うむうむ。

雲子「なによそれ! 胸の事だけじゃない!」

 と、言いつつも巨乳なので、まんざらでも無さそうだ。

山村「乳……って?」

 巨乳と貧乳の間が分からんかったのじゃ。

探偵「……」

占師「……」

 この二人は黙って見つめ合って……いや、互いに胸元を見ているな。
 と、思いきや、探偵さんが小さく笑みを浮かべる。

占師「!?」

 それはどこか、嘲笑めいた、勝者の笑みだ。
 占い師が、半泣きになってこっちを見る。
 や、やめろ、俺が悪い見たいじゃないかっ。

~番外編・が多くてごめんね、その3~

「移動中です」
 あまり意味をなさない自己紹介を終え、俺達は外へ出た。
 理由はスケッチブックに書いてある通り。

山村「どこに向かってるの?」

「俺に話しかけるのはNGだぜ。山村さん、減点一点」
 俺だけが筆談してるだけで、いつもと変わらなくなっちゃうからな。

山村「むぅ……」

 山村さんが小さく頬を膨らませる。
 可愛いので、一点あげよう。

探偵「誰も行き先を知らないのか?」

 と、探偵さん。
 すかさず、俺はペンを走らせる。
「探偵さんみたいな感じで頼む。円滑な進行に一役買ってくれたので一点」

雲子「なるほどね……ところで、点数ってのは?」

 このお馬鹿、何回説明すれば良いんだ?
 と言う顔をする俺。
 歯をむき出して、猿の様に威嚇しただけだがな。

雲子「あ、えっと……山村さん、知ってる?」

 意図が通じた辺り、流石は幼なじみと言うべきか。

山村「ううん? 君は?」

 山村さんが回した相手は占い師だ。

占師「い、いや……全然……」

 目は泳いでるし、緊張から来ているらしき手遊びが目立つ。
「挙動不審過ぎ。減点三点」

占師「な、なんで私だけ三点なんだ!」

「はい、俺に話しかけたから、減点一点」

占師「む……」

 可愛げの無い、全力で不機嫌な顔をしたので、更に減点。

探偵「あー……最下位には罰ゲームがあるのにな……」

雲子「そ、そうなの?」

 ……そうだったのか?
 単なる俺の気紛れだったはずだが……面白いので、そうしよう。
「はい、それは酷い罰ゲームを受けます」

雲子「なんで和訳みたいな文なのよ」

 言ってから、雲子はしまったと言う顔をする。
「俺に突っ込みを入れたので、減点」

山村「……なんか恐ろしい事になって来たね」

 山村さんの言葉に、首を縦に振る占い師。
「徐々に、コミュニケーションが取れてるので、一点あげよう」

占師「!!」

 一瞬、山村さんの顔を見た後、ややうつむいて満面の笑み。
 点数じゃなくて、コミュニケーションが取れた事が嬉しいようだな。
 どんだけ人見知りなんだよ……と思うが、少し可愛らしくも思う。

~番外編・が多くてごめんね、その4~

山村「私はグラタンにするよ!」

雲子「サラダとオムレツにするわ」

探偵「……ラーメンだ。味? ラーメンって塩以外の味があるのか? ないよな?」

 ちなみに俺は味噌派なのだが、黙っておこう。
 さて、お楽しみはここからだ。

店員「……以上でよろしいでしょうか?」

 探偵さんの言葉の後、やや経ってから店員が口を開く。

占師「ま、待ってくれ……」

店員「はい」

 ファミレスに着くまでの間に、点数は逆転しなかったのだ。
 占師が最下位のままである。
 その罰(ゲーム)が今、与えられようとしている……!!

占師「えと……あの……お子様ランチ、一つ……」

店員「はい、かしこまりました」

 ……なんか、普通だ。
 それから普通に注文の品が届き、普通に食事が始まる。

雲子「このドレッシング美味しいわ……」

 探偵さんは黙々とラーメンをすすり、山村さんはふぅふぅとグラタンを冷ましている。

山村「あ、私猫舌なんだ」

 じゃあグラタン頼むなよ。
 占い師はと言うと、プラスチックの小さなスプーンでチャーハンを食べている。
 なんか妙に似合うな……。

探偵「……」

雲子「……」

山村「……」

占師「……」

 違和感も特に無い為か、みんな普通に食事を楽しんでいる。
 無言で、黙々と。
 まあ、女の子が美味しそうに食べている様子は、確かに見ていて幸福感に浸れるが……。
 これは……読者サービスになってないだろ……。
 ……。
 ……。

兄「お前ら喋れよ!!」

 はっ!?
 やべえ……つい……言っちまった……喋っちまったよ……。
 最低だ! 俺は最低だ! 自分で作ったルールすら守れない……。

兄「そんな奴だったんだぁああぁぁぁあぁっ!!」

 余りの情けなさに俺はその場から走り去った。

雲子「どうしたのよ、あいつ……」

山村「さあ? 兄君のやることにいちいち意味を見出そうとしていたら、日が暮れちゃうよ」

探偵「そうだな……ところでそのグラタン、美味しそうだな」

山村「あっ、一口食べますか?」

雲子「そっ、それなら私にもラーメン分けて欲しいわ! ちょっとこってりした物が欲しくて……」

占師「だっ、誰か……コロッケ食べてくれないか……?」

山村「もーらいっ」

~番外編・が多くてごめんね~ 
                    お わ る 。

探偵「私は昔、警察に憧れていたんだ。父の影響でな」

兄「……父親が警官だったのか?」

探偵「ああ、今はもういないけどな」

 言いながら、横たわる警官の上着を脱がせる探偵さん。
 ……何故?

兄「何故?」

探偵「そこに私が探偵になった理由がある」

 いや、そっちじゃなくて。

探偵「私の父は交通事故で死んだ。そして」

 言葉を区切った探偵さんは真っ直ぐに俺を見る。
 硬質な、そこに何が押し込められているのか伺い知れない視線で。
 それは逆に続いた言葉の真意を、容易に想像させる。

探偵「法に守られた悪魔に、警察は手出し出来ない。そう知った」

 突然の告白に、言葉を詰まらせる俺。
 まばたきも出来ずに、立ち尽くす。
 しばしの沈黙の後、探偵さんが口を開く。

探偵「それでも憧れは憧れのまま、僅かに私に残っているのかもな」

 警官から脱がせた制服に袖を通す。

探偵「これくらい、許されるだろう?」

 更に、帽子まで被り両腕を広げる。
 そしてにんまりと笑う探偵さん。

兄「探偵さん……」

探偵「なんだ?」

兄「気持ちは分かるけど、これって追い剥ぎじゃないのか?」

 警官に暴行し、制服を奪い取る、正真正銘の追い剥ぎ。

探偵「そうだが……抱きしめて慰めてくれるとか、ないのか?」

兄「えっと……いや……」

 探偵さんに昔日を憂う様子は無く、もう何かを決心して、立ち上がった様に見える。
 今、俺がするべきは、抱擁では無く。

兄「探偵さん。詳しくは分からないし、俺の勘違いかも知れない。でも」

 復讐なんて、と言う俺の言葉に探偵さんの声が重なる。

探偵「結構ドラマチックな作り話だったろ?」

兄「ん?」

探偵「ほら、また何に巻き込まれるか、分からないだろ? 早く移動するぞ」

兄「ちょ、ちょっと待てよ! 作り話だったのか!?」

 当たり前だろ、と制服を脱ぎ捨てる探偵さん。

 そうだったのか、と受け流して良いのか。
 俺には判別がつかない。
 かと言って、作り話と言われてしまった以上、ほじくり返すのも気恥ずかしい。
 本当の話だと勘違いして、熱くなるなんて、格好悪いじゃないか。

探偵「置いていくぞー?」

 すでに探偵さんは先へと向かっている。
 俺は、その時はその時、と腹を括り、彼女の後を追うのだった。



占師「ふぅん……呪いの壺か……」

 俺と探偵さんが壺と、それに寄り起こった出来事をかいつまんで話した感想がこれだ。

占師「まあ、壺が有っても無くても、こいつのやってる事は一緒だな」

 あ、確かに。

占師「それは良いとして、どうしてここに?」

探偵「一応私と、兄で所有しているからな。無関係の人間に手助けしてもらうのが妥当だろう?」

 なるほどな。
 てっきり俺の部屋で壺の力が切れるまで耐えるのかと思っていたが。
 違ったのはこういう訳か。

占師「む……私には何の利益も無いじゃないか」

 確かに……いや、待て。

兄「俺の椎茸が無料で見れるぞ?」

探偵「君は下半身を有料で公開しているのか?」

兄「そういう訳じゃないが……って、探偵さんの考えを通す為に上手い事言いくるめようとしたのに!」

占師「お前は今ので私が言いくるめられると思ったのか」

 なんてこったい。
 この子、俺の松茸様が見たくないのか?

占師「あんなもの……」

 と、そっぽを向く占い師。
 その頬はわずかに赤く染まっている。
 思い出してるのかなぁ……うぇひひひっ、可愛いのぅ。

探偵「何をニヤニヤしているんだ……?」

兄「い、いや、今晩のオカズの確保をしただけだっ!」

 俺のその言葉に、二人の顔には疑問符が浮かんでいた。 
 

探偵「なにはともあれ、手伝ってくれると凄く助かるんだけどな」

占師「む……う……」

 占い師が渋い顔をする。
 
兄「なんだよ、俺はともかく、探偵さんとは仲が良いんだろう?」

占師「別に……」

 なんだそりゃ。
 エリカ様かよ……そろそろ忘れてる人もいるだろうし、そういうネタは控えていただきたいな。
 と言うか、喧嘩でもしてるんだろうか?
 考え込む俺に、そっと探偵さんが近づき、耳打ちをする。

探偵「あれだ、あれ。久しぶりにあった年上の親戚とかに気まずさを感じるような?」

兄「ような? って聞かれても、俺は親戚とかに会わせてもらった事無いし」

占師「親戚?」

 あ、声が大きかったか?
 しかし、それをフォローする前に、探偵さんが口を開く。
 あれ? 耳打ちの必要あったのか?

探偵「桃子(とうこ)、お前、私ときちんと会うのは久しぶりだし、ちょっと人見知りしてるだろ?」

占師「そ、そんな事ない」

 字面だけを見れば強気だが、しっかり俺の陰に移動してるじゃねえか。

兄「……って言うか、桃子って名前だったのか」

占師「なっ、名前で呼ぶな! 今まで通り、占い師で良い!」

 可愛い名前だと思うんだけどなぁ……。

兄「分かった。ベッドの中でしか名前は呼ばんよ」

占師「お前と一緒にベッドに入る事なんか無いぞ」

 意味が分かって否定したのかどうか、それは分からないがちょっと凹むぜ……。

探偵「桃子、桃子? 桃子!! 桃子!? 桃子ぉぉ! とーこーー」

 突如探偵さんが叫ぶなり、にんまりと占い師を見る。

探偵「私はどうだ?」

占師「べっ、別に……んは、構わない」

 何は構わないと言ったのか、俺には聞こえなかったが。
 探偵さんにはそれで伝わったのか、満足げに頷いている。
 何にせよ、喧嘩をしている訳でも無さそうなので、安心した。

兄「さてと……どうする?」

占師「何がだ?」

兄「このまま黙って居るのも、つまらないだろうが」

 この状況で娯楽を求めるのはいささか贅沢と言うものかも知れないが、暇なものは暇だ。
 探偵さんだって先ほどから、通算して200回以上もあくびをしている。

探偵「ふうむ……だったらアレするか」

兄「アレ? ……アレってのはアレか?」

探偵「そう、アレだ」

占師「……アレって?」

兄「野球拳!!」

 俺は拳を突き上げて声を張り上げる。

探偵「いや、トランプだ」

 ……トランプ……だと……?
 野球拳じゃない……?

兄「あっ、そういう事か!!」

占師「うん?」

 占い師が小首を傾げる。
 俺は彼女に向けて満面の笑みで言い放つ。

兄「脱衣トランプだ」

探偵「いや、着衣トランプだ」

兄「ウオオォゥ!? なん……だと……!?」

 脱衣の無いトランプなんて、ただのトランプじゃないか!!
 俺は立ち上がり憤怒を込めた視線を探偵さんにぶつける。
 なぜ! 脱がない!!

探偵「……どうしても脱衣が良いのか?」

兄「ああ……それだけは譲れない……!!」

 全人類の夢は俺が守る……!!

兄「例え……それがあなたを倒す事になっても……!!」

探偵「くくくっ……面白い! 貴様がこの私を倒すと言うのか!」

 呆れた視線を俺達に投げかける占い師を無視し、互いに構える。
 勢いだけで倒すと言ってしまったが……。
 何かと高性能な探偵さんに勝つ自信は全く無い。
 が、脱衣トランプを施行するには、この勝負に勝しかない。
 俺は意を決し腹に力を込める。

兄「キ、キエエァァァアッ!!」

探偵「……!!」

 俺が奇声を発すると同時に、探偵さんの目の色が変わる。僅かな挙動も逃すまいと。俺への反撃だけを彼女の脳は試算する。
 だが……甘い……。

兄「なんちゃってー、奇声を上げてみただけでぇす、てへっ」

 俺は可愛らしく、頭をかき、舌を少しだけ出す。

占師「はぁ……アホか……」

 と、単なる冗談に見せかけて、気がゆるんだ隙に、俺は一気に探偵さんとの距離を縮める。
 堅く拳を握り、身をかがめ、彼女の腹に狙いを定める。
 ――これは決まった。
 俺がそう確信すると同時に、一条の細長い影が視界の端を走る。
 ――今のは何だ?
 答えが出る前に、俺の体は後方へ飛び、腹に衝撃を認める。

兄「うぐ……う」

 腹に手を当て、うずくまった所に痛みが訪れ、俺は何が起きたのか理解する。

兄「か、完璧な作戦だったのに……」

 途切れ途切れにしか声が出ない。

占師「……お前がふざけてる間、あいつは終始真顔だったぞ」

兄「お、恐ろしい奴だ……」

探偵「さてと……トランプするか、着衣で」

占師「そ、そうだな」

 痛みに悶える俺を意に介さず、占い師がカードを配り始める。
 自分と探偵さんの分だけだ。

兄「な……なにやるんだよ……」

 芋虫の様に這いずりながら、何とか二人の元へ。

占師「ん? ババ抜きだぞ」

兄「二人で!?」

探偵「だって君は参加出来ないだろ? 手加減はしたが、しばらく安静にしていた方が良い」

兄「……ああ」

 それから、俺はもぞもぞと痛みを紛らわせる為に動き回ったり
相対的に高い位置にある二人の顔を見上げて、女の子に見下ろされる事に興奮を覚えていたりした。
 その間、何故か二人ババ抜きで彼女達は大盛り上がりしていた。

兄「……やっぱり恐ろしい奴らだ」

占師「もう大丈夫なのか?」

兄「頑丈だけが取り柄だか……? あ、いや、そんな事は無い! 俺の長所なんて数え切れないわ。すまんこ」

 俺は素直に謝罪した。
 自分でも意味が良く分からない謝罪だけどな。

兄「で、せっかく3人になった事だし、次は何をやるんだ?」

探偵「うーん……」

探偵「脱衣神経衰弱だな」

 ――脱衣神経衰弱。
 それは、古来より伝わる大人の娯楽である。
 人類が着衣と言う文化を得て、恥じらいを覚え始めた頃が起源と言われる。
 詳しい発祥の文献こそ残っていないが、発祥以来、様々な場で執り行われてきた事は間違いない。
 日本でもっとも有名なそれは、1902年の1月25日に、旭川で行われたものだろうか。
 第109回、寒中脱衣神経衰弱世界大会である。
 同時に、その開催日は日本の最低気温を記録した日でもあり、その陰に隠れてしまっているが……。
 さて、では一体どのような物なのか、と言う事である。
 ルールは極単純だ。
 脱衣の対象となる人物は衣服をすべて脱ぎ捨て、カードを全身に張り付ける。
 プレイヤーはそれを用い、神経衰弱に興ずる、それだけである。
 にも関わらず、多人を魅了してやまないのは、ゲームが進むにつれて露出が高まる、興奮必須の仕組み故であろう。

兄「ふむ……俺が脱ぐのでもかまわんが……」

探偵「ここは公平にじゃんけんだな」

占師「そ、そんな事、本当にするのかっ!?」

兄「紳士、淑女の嗜みだからな」

占師「で、でも、さっき……脱衣はしないって……」

探偵「……未来は誰にも分からないものだ」

兄「それに、じゃんけんに勝てば脱がなくても済むぞ?」

 人の裸を見るのも恥ずかしいだとか、なんだとか抜かす占い師を無視して、じゃんけんへ。
 ぱーが二つ、ぐーが一つ。俺と探偵さんが同じ手だ。
 当然、ぐーを出して負けたのは占い師であり、俺は至福の時間を過ごす事となる。
 占い師が奥の部屋へと消えて、期待に色々と膨らませる俺。
 やがて、ゆっくりとふすまが開かれ、素晴らしき姿に生まれ変わった占い師が現れる。

占師「こ、これで良いのか……?」

兄「う、ううう……うう……」

 目から落ちたのは涙だった。
 ファンタスティックスポットを隠すものが、トランプのみの少女の姿に俺は感動していた。
 完全に隠せる訳はない。隙間から覗く白き柔肌のなんと甘美な事か。
 占い師は恥じらいに、頬を染める。
 だが、それは俺の同情ではなく、欲情を誘う。
  
兄「ええもんじゃのう! それじゃあ俺が先攻だぁぁよぉおぉん!!」

 パイパイの敏感な部分を隠すカードに手を勢い良く伸ばす。

兄「おおおぉっと!? 手が滑ったー!!」
 
 むにゅっと、むにゅっと、確かに、小ぶりながらそこに息づく女の芽吹きを俺は感じた!!
 感じたぞ!! 現在進行形で感じているぞ!?

占師「い、いやぁぁっ!!」



探偵「……? 何をニヤニヤしているんだ?」

兄「はっ!? 妄想か!? 妄想だったのか!? 淡き夢だったのか!?」

占師「で、どうなんだ? パスか?」

兄「……パスです、はい」

 俺たちは、極普通に大貧民で遊んでいた。
 が、どうにもこのままでは負けてしまいそうだ。
 
探偵「ほら、ジョーカーだ」

占師「なっ……」

 何せ、一番強いカードが10だったからな。
 負けたらマジギレするのが正解だろうか……。
 等と考えている内に、探偵さんが勝ち抜け、次いで占い師がさっさと俺を負かす。 

兄「はあ……まあ、手札がひどかったからなあ……」

 ちなみに、負けてもカードを配る役を押し付けられるだけで、特に被害はない。
 まあ、女の子の勝負事なんて、こんなものか。
 男尻あたりが相手となれば、掘るか掘られるかの熾烈なせめぎあいになるのは必至だ。
 どっちでも俺、得しねえな、それ……。

兄「さあ皆さん、ごはんですよ(裏声)」

 あれから、俺は一勝も出来ずに、最下位を貫き通した。
 何故か強いカードが一切来なかったのだ……。
 壺の力だろうか?
 この程度なら可愛いもんだが。

占師「テーブルの用意をするから、少しよけてくれ」

探偵「ああ。それにしても君、料理出来たのか?」

兄「大した物は作れないけどな」

 今日の献立も安っぽい物だ。
 中華系のナシゴレン(平たく言えばチャーハン)と、バクテー(豚の骨付きバラ肉の漢方煮込み)。
それから……。

兄「イヤらしい形に切った人参スティックだ」

 ちなみに、パラパラ漫画の要領で、少しずつ大きくなっていく様を、数本に分けて再現した力作だ。

占師「む、無駄な事に才能を使うなよ……」

探偵「人参はともかく、何で外国の屋台っぽいメニューなんだ」

 等と言いながらも、食べ始めてからは褒められた。
 ずっと、自分で作って自分で食べていたので、そういうのは素直に嬉しかった。
 が、人参を俺一人で食したのは言うまでもない。

兄「ふ、ふぇぇ、大きいよぅ(裏声)」

 せめて茹でれば良かった……。



兄「ほかほか……ほかほか……」

 風呂上がりの夜風は心地良い。
 明日の動きに関しての話し合いめ済ませた事もあり、気分爽快だ。
 部屋には俺一人。
 探偵さんと占い師は俺と入れ替わりで、入浴中だ。
 就寝時には自室へ引き上げるつもりだが、まだ寝るには早い。
 娯楽がセルフピュッピュッしか行えない部屋に戻った所で、暇を持て余すのは間違いない。

兄「と、言う訳で、ここにいるのさ」

住人「は、はあ……」

 外に面した窓を空けていたので、偶然通りかかった中年男性に話しかけてみたが、不審な目で見られるだけだった。

兄「つまんなーい、プンプン(裏声)」

 ……。
 やべえ。
 ……つまらない上に虚しくなってきた。

 こうなったらもう、――でいこう。
 しかし、奴らの砦は小さいが故に隙がない。
 その上、策を立てる時間もない。
 やれる事はただ一つ。

兄「正面突破だ」

 生唾を一つ飲み込み、新世界の門の前へ。

探偵「三つ揃えば団子っ、団子、二つだけだとタマキンっ、タマキン♪」

占師「その……下品な歌は止めてくれないか」

探偵「なんだ、昔は良く、一緒に風呂で歌ったじゃないか」

占師「いや、そういう事じゃなくて……」

 良し、俺の気配には気付いていない様だな。
 いや、別に気付かれても良いのか。
 何故なら……。

兄「バババーン」

 正面突破だからだ。
 ……。
 勢い良く、風呂の戸を開けたのだが、無反応。
 人間と言うのはとっさの事には反応出来ないのか。
 ちなみに、直視はしていない。
僅かな理性と良心からだ。
 視界の端には色々と、素敵な物が移っているがな。
 とにかく、作戦を遂行しよう。

兄「なっ、なんと!?」

 俺は大げさに驚いて見せる。

兄「水を被ると、幼児になっちゃうおかしな体質だったのか!?」

 二、三度のまばたきの後、俺の言葉を理解した。

占師「元々こういう体だっ!!」

探偵「裸を見られた事は良いのか?」

占師「……」

兄「おい、スケベな悪戯でからかいたかっただけなのに……」

占師「バ……バカーっ!!」

兄「どうしてこんなバイオレンスな結果に……」

探偵「自業自得だな」

 シャワーのヘッドノズルで殴打された俺はその場に倒れ、意識は遠退いていくのだった。
 しかし……。
 ノズルを振りかざした時に見えた占い師の腋。

兄「女性の綺麗な腋って本当に良いものだな」

占師「早く死ねっ!!」

 もう一発ぶち込まれ、本当に俺の意識は途絶えるのだった。

今日はここまで。

すみおやー。

兄「お……おお……眩しき光よ……暗きこの世界を照らしたまえ……」

 俺は仰々しい台詞と共に起床した。
 正確に言えば、気絶から回復したのだが。
 
兄「むふぅー、それにしても、一週間くらい寝ていたような気分だ」

探偵「ブツブツうるさいなあ……」

兄「ほひっ?」

 と、声のした方向に首を向けると、探偵さんが布団に包まっている。
 くの字に身体を折って、眠たげな顔だけを出している。
 探偵さんにそっと近づき、耳元で唱える。

兄「ぶつぶつぶつぶつぶつぶつぶつ」

探偵「あー! うるさいうるさい!!」

 俺は殴られた。

兄「オンブズマンっ!?」

探偵「意味の分からない声を出すな!!」

 更に殴られた。

兄「ちっきしょー……腹いせに占い師の貧弱な身体でもバカにしてやるぅぅうう!」

 意気込んで、あたりを見回すも、見当たらない。

兄「どこに寝てんだ?」

 とりあえず、手近な箪笥を開ける。
 おお……ぱんてぃー……ではないか。
 一枚くらい拝借しても問題なかろう。

兄「よしっ」

 これで未来は明るい。

兄「さてと、もう一眠りするか……」

 パンツは枕元に置く。
 目が覚めた時に「うわぁっ!? え? え? ぱ、ぱぱぱぱんつ!?」と嬉しい驚きを味わう為だ。

兄「すんすん……うーん……大人の女性の香り……」

探偵「んー……」

 探偵さんが邪魔臭そうに身をよじるが、関係ない。俺は抱き枕が無いと眠れない体質なのだ。
 ……。
 ……たぶん、つい数分前に体質が変わったのだよ!!
 これで正当な理由も出来たし、一安心だ。
 さっさと寝てしまおう。




兄「んーあー……」

探偵「怠い……眠い……もうやだ……」

 探偵さんは、恐ろしく寝起きが悪いようだ。
 かく言う俺も、二度寝の為に気分爽快とは言えない。

探偵「もう五分……五分だけで良い。お布団と愛し合いたい」

兄「そろそろ起きようぜ、もう九時だ……ぜっ!?」

 自分の言葉でようやく気が付く。
 もう九時かよ! 遅刻しちゃうよ!!

探偵「……」

兄「寝るなよ! 起きてくれ! 今日は壺と俺の様子を見ていてくれるんだろう!?」

 探偵さんを揺さぶる。

探偵「むおおお……」

 のそりと起き上がる。
 
兄「ほら、早く着替えて着替えて!」

探偵「わかったよ……そんなに急かすな……」

 緩慢な動きで、パジャマを脱ぎ始める探偵さん。
 上着のボタンが二つ開かれた時点で、俺が叫ぶ。

兄「こっ、ここで着替えるなよ!!」

探偵「ああ……」

 のそのそと、奥の部屋と向かう探偵さん。
 ……その姿を見て、俺は違和感を覚える。

兄「……!!」

 しまった! 朝の忙しさに感けて、生着替え鑑賞のチャンスを逃した!?

兄「た、探偵さん! 今の無し! 俺の前で艶かしく麗しく着替えてくれ!!」

 叫ぶも、遅し。

探偵「はぁ、君は相変わらずだな。元気なのは結構だが、ほどほどにな」

 俺の前に再び現れた探偵さんはすでに、いつものスーツ姿。

兄「着替えるの早いよ……」

 って言うか、一分もかかっていないのではないか?

探偵「そんな事より、学校は良いのか? 桃子は朝早く出ていったぞ」

兄「ぬ、ぬぅう!! あの小娘め、なぜ俺を起こさない!! 俺は怒ったぞ! パンツ被るぞ!!」

 枕元に置いたままのパンツを頭にはめる。

兄「ふうっ……俺に逆らおうだなんて百年早いわ……」

探偵「……学校」

兄「ぬぁあぁぁっ!?」

 その後、俺は慌てて準備を済ませ、探偵さんと共に駆け足で家を出るのだった。



 息切れしている俺の横で、探偵さんは涼しい顔をしている。

探偵「もう少し鍛えたら良い」

兄「自慢の矛なら毎日磨いてるのだがな……」

探偵「それを実戦で使う技術と体力が無きゃ、意味がないだろうに」

 どっちの意味でも正論だな。それ。

兄「ところで、占い師は何だって朝早くに出て行ったんだ?」

探偵「確か……花壇の水やり当番だとかで」

 何なのか。
 小学生じゃあるまいし……。

探偵「あ……それから、壺も持っていったはずだ」

兄「な、なんでだ?」

 昨夜は何事も起きなかったが、今日も然りとは限らない。
 危険はないと判断したとしてもわざわざ持っていくか?
 そもそも俺達の話は聞かせてあるし、何だってそんな事を……。

探偵「あー……思い出した。朝の貴重な睡眠時間を邪魔されのが嫌で、押し付けたんだ」

兄「……その内寝起きの悪さが仇となって、卑猥な目に遭うんじゃないか?」

探偵「酷い目じゃなくて?」

兄「卑猥で酷くて、ああ、想像しただけで恐ろしい!!」

 あまりの恐ろしさに? 俺は涎を垂らした。

探偵「と言うか、こんなにのんびり歩いていて良いのか?」

兄「日が暮れる前に着けば俺の勝ちで良いかなと」

探偵「何なんだそれは……」



 学校付近で待機していると言う探偵さんと別れ、俺は誰もいない玄関を通り抜ける。
 壁に掛かった時計を見ると、そろそろ二時間目が終わろうとしていた。

兄「仕方ねえ……」

 俺は保健室へと向かった。
 今から授業に出ても仕方ないので、一休みしていくつもりだ。

兄「ピピッ……網膜の照合を行います……ピピッ……登録番号071と一致、扉を開きます。プシュウゥ」

?「……」

兄「んばぁっ!?」

 手動で扉を開くと、ベッドで寝ている生徒が哀れみを湛えた眼差しで俺をみていた。
 『最新の科学技術が使われた学校の日常ごっこ』を聴かれていたに違いない。
 恥ずかしいぞ、これは!!

 俺はそっと、ズボンと共に下着を下ろす。
 衝撃的な映像を見せる事により、記憶を上書きする為だ。

?「あ、兄君……?」

 もう少しで”漆黒の大森林”――ギャランドゥが見えそうな位置で俺は手を止めた。

兄「もしや、山村さんか? 美人の?」

山村「うん。美人の山村さんだよ」

兄「こんなところでどうしたんだ? 眠れぬ夜に俺一本! 俺汁5mg配合! なのか?」

山村「なのか? って聞かれても意味が分からないよ」

兄「へ、へへ……そうだろうよ」

 なにせ知り合いに痴態を見られて気が動転してるからな。

山村「今日は朝から具合が悪かったんだよ。兄君も?」

兄「俺は元気だ。どこも悪いところなんて無い! 欠点が無いところが欠点です!!」

山村「うん。頭が悪いんだね」

 山村さんの俺に対する好感度が急下降している気がする。
 ここは一つ、ばしっと決めなくては。

兄「あー……山村さん?」

山村「うん?」

 格好良い台詞を放たなくては……うむぅ……。

兄「君の……」

兄「君のおっぱいを片方だけ、吸わせてくれないか? 片方だけで良い」

兄「もう片方は、これから生まれてくる俺たちの子供の分だからな……」

 言ってやった。最高に格好良い、真摯な表情で事もなさげに言い放ってやった。
 山村さんの頬がみるみる赤く染まっていくのが……。

山村「……あはは、面白いねそれ」

 目が笑ってない。と言うか、無表情だ。
 美人の無表情は怖いと、常日頃言っているのに……。

兄「お、おしっこちびりそうなんで、失礼しまーす!!」

 俺は勢い良く保健室を飛び出した。

兄「ふー……病人をからかうもんじゃないな……彼らほら、余裕がないから……」

兄「良い子のみんなと俺とのお約束だ 病人はからかわない!!」

兄「以上! 今日の授業終わり!!」

 その時、俺は奇跡を目の当たりにした。
 終わり、の声と同時にチャイムがなったのだ。

兄「おわっ!? すげぇや!! 今日から俺が校長だな!!」

兄「……ああ」

兄「……一人って、悲しいな」 

 まあ、良いか。
 俺は首を一振りし、気分を入れ替えて歩き出す。
 何も無いとは思うが、占い師が心配だ。
 授業終わりの騒がしい生徒達の群れを抜けて占い師の教室へ。

兄「ガラガラッ。おい、そこの君! ここに小学生と見間違いそうな貧弱な体の子はいないか?」

 話しかけた生徒は「え? あ、あれ……?」と、確かに小柄な、しかし小猿の様な男子を指している。

兄「ちげぇよ! ええい、どけろ! そいつは俺にしか見えない架空の妹なんだよ!」

 と言うか、俺にも見えない。
 出会って数日だが、見つけられるに違いないのだが。

兄「う、うーん……ひょっとして本当に架空の女の子だったのか……?」

 夢と現実の境目を見失った哀れな仔羊だったのか?
 その時、俺は肩を叩かれる。

兄「にゃ?」

雲子「おはよ、何やってるの?」

兄「むう……」

 じっと雲子を見つめる……が、現実なのか妄想なのか、俺には区別が付かない。
 教室に入ってすぐに捕まえた男子生徒の手首を取り、雲子の胸に当てる。

兄「その感触はぁ! 本物かぁっ! 偽物かぁ!」

男子「し、シリコンかどうか!?」

雲子「誰がシリコン胸よ!!」

 雲子が殴りかかって来たので、男子生徒を盾に回避した。

男子「ぐぼぁ」

兄「ふっ……悪は滅んだ。大丈夫か?」

雲子「全部あんたが悪いと思うけど……まあ、手が当たった程度だから良いわよ」

兄「そうか……とりあえず俺の妄想ではないのか」

雲子「意味がわからないわよ……。で、結局何やってんのよ」

 俺は占い師を探している事を雲子に伝えた。
 誰よそれ、と雲子の表情が険しくなって来たので、慌てて単なる友達だと弁明する。
ついでに昨日、校門で俺と一緒にいた子だとも伝えた。

雲子「ふぅん……ちょっと待ってなさい」

 言うなり雲子は友達らしき子に近寄り、一言二言交わしてこちらに戻って来る。

雲子「休みらしいわよ? 朝から見てないって」

兄「休み……?」

 どういう事だ……?



兄「そういう事らしいんだ。心当たりはないか?」

探偵「ない」

 電話の向こうから探偵さんが即答する。
 俺は教室でのやり取りの後、とりあえず探偵さんに事情を伝えたのだが……占い師がどこに行ったのか、彼女にも見当が付かないらしい。

探偵「君の様にどっかで裸になっているのかもな」

兄「なにぃ!?」

 そいつは大変だ。
 早く保護してひとしきり鑑賞した後、俺の制服を羽織らせて、

兄「うへへっ……」

 全裸で制服姿を想像しただけで俺は涎を垂らした。

探偵「……どうかしたか?」

兄「いや……早く見つけないと、とりあえず想像だけでセルフサービス、賢者の時間でどうでも良くなっちまう。急ごう」

探偵「意味がわからないが、とにかく手分けして探してみるか」

 ああ、と答えて俺は電話を切った。
 切った後、探すと言っても当てがないことを思い出し、ため息を吐いた。
 向かいのホームや路地裏の窓でも探して見るか……?
 俺はトボトボと歩き出す。

教師「おい、そこのお前、授業はとっくに始まってるぞ」

 俺の前に現れたのは、プロレスラーの如き体型を持つ家庭科の教師だった。

兄「あー……うーばっばっ! あぅあぅ」

 面倒くさい相手と対面する時のコツは人語を忘れ去る事だ。

教師「……」

兄「うー! ぶー!」

教師「こ、こら! 鼻くそを私に付けようとするな!!」

兄「うぃ?」

 俺は可愛らしく小首を傾げる。

教師「と、とにかく、職員室まで来なさい」

 むう……人語を忘れ去る作戦、失敗に終わる、か……。
 俺は職員室まで手を引かれる。
 職員室では、授業が無い教師数人が、机に向かっていたり、くつろいだりしていた。
 件の家庭科教師は、一人では俺を手に負えないと思ったのか、何やら教頭(禿げているから多分そう)と話している。

兄「ん……?」

 机の1つに見覚えのある鞄が、プリントの束や、筆記具に混じって置かれている。占い師の物だ。

兄「おい、この鞄はどうしたんだよ」

 教師が一瞬肩を上げて振り返る。
 先程まで、人語を解せない生物だと思っていた俺が喋り出して驚いたのだろう。
 そんな事は関係ないと言わんばかりに俺は詰め寄る。

兄「どうしたんだ。って聞いているんだよ、これ」

教師「あ、ああ……詳しくは分からないが、遠田先生に寄れば、校則違反の生徒の物らしいぞ」

 遠田と言うのは、何かと口うるさい事で悪名高い生活指導を勤めている教師だ。
 まさに、自分よりも立場が下の者ばかりを相手にし続けて、天狗になった者の典型例の様な性格をしている。
 それにしても、占い師が校則違反?

兄「いやらしい下着だけを身に付けた変態スタイルで登校してきたのか?」

教師「は?」

兄「まあ良い。遠田に捕まったって事は、生活指導室だな?」

 自分の言いたい事だけ告げて、さっさと職員室を出る。
 誰も追いかけて来る気配はない。あまりに堂々としていたせいか。

兄「さてと……」

 占い師は何をしでかしたのか。トイレ以外の場所で排尿行為でも?
 などと考えながら歩き出した時、俺の耳に楽しげな声が届く。
 何事かと窓に近付く。

兄「ほほう……」

 俺は感心した。
 揺れる乳、汗ばむ太もも。

兄「くひほ~ほほほ~う」

 どこかのクラスの女子が体育の授業を受けているらしい。
 一度閉じてから、かっ、とまぶたを開く。
 ガラスに映る姿に変わりはないが、俺が生まれつき有する特異な能力を発動させた。
 『魔眼ブスは見えない』である。
 この能力はその名の通り、不美人を認識しな――
 俺の思考は突如鳴りだした携帯に遮られる。

兄「もじもじ?」

探偵「そっちはどうだ? 私の方はダメだ……向かいのホームも路地裏の窓も探したが……」

 ……探偵さんと俺って趣味が合うらしいな。

兄「イモウトプリンセスで誰が好き?」

 イモウトプリンセスとは、120人の妹がどうたらこうたらと言う、メディアミックス作品群の事である。略称はイモプリだ。
 ちなみに俺は彗佳と言うキャラクターが好きだが……。

探偵「う、うーん……彗佳だな。それがどうかしたのか?」

兄「……」

探偵「もしもし?」

兄「けっ、けけ、結婚しよう!!」

探偵「……は?」

兄「いや……趣味が合うなと思ってさ」

探偵「趣味が合うだけで結婚するなら、アニメショップで適当な男を捕まえて、同性同士で結婚出来る国に移り住んだらどうだ?」

兄「……悪かった」

探偵「真面目に探してるのか?」

兄「おおう。一応手がかりは手に入れたぞ。どうやら学校には来たらしいな。その後……詳しくは分からないが、生活指導の教師に捕まったらしい」

探偵「そうか……壺はどうなった?」

兄「カバンには入っていなかったが……占い師が持っているんじゃないか? とにかく生活指導室に行って見るぜ」

探偵「了解。何かあればすぐにそっちに行くからな」

 何か、か。
 普通に考えれば、何もないはずだが、壺と言う厄介な要因があるからな、油断は禁物だ。

兄「その時は頼むぞ」

 交信を終了し、今度こそ生活指導室へ。

~久しぶりに次回予告~

兄「さぁて、来週のお兄ちゃんは」

兄「山村さん、美人罪で逮捕される」

兄「雲子、UFOに触られる」

兄「兄、auアプリの通信制限解除を申し立てる」

兄「の、3本でお送りいたしますっ」

雲子「相変わらず馬鹿な事ばかり言ってる幼なじみに代わって私が」

雲子「遅くても今週の土曜日には更新するつもり、らしいわよ」

兄「……」

雲子「何よその顔」

兄「えー……次回までの間、雲子の裸でも想像してお待ちください」

雲子「何でよ!!」

兄「うるさい! このスレには萌えが足りないんだよ! 一度だってそんな感じのレスが、むぐぅ」

雲子「長くなりそうなんで、今日はこの辺でね」

雲子「しーゆーあげいん!!」

兄「むがっ、ぐ、ぐ」



兄「ふむ……」

 部室棟。俺がいるここは、そう呼ばれている。
 旧校舎の一部が残り、いくつかの教室が部室として使われている。
 その内に紛れて、生活指導室がある。
 当然の事ながら、授業中である今は、部室棟は静まりかえっている。
 本校舎に比べて、壁も廊下も劣化しており、少し不気味だ。

兄「気の弱い生徒なら、連れて来られるだけで縮こまるだろうな……」

 極めつけが、手書きで扉に張られた生活指導室の文字だろう。
 妙に力強いタッチが特徴だ。
 果たして、鬼が出るか蛇が出るか……変な汁が出るか。

兄「あなたの騎士(ナイト)が助けに来ましたぞ! しめ!!」

 妙なところで、気恥ずかしくなり、姫を「しめ」と叫び、扉を開く俺だった。

兄「……」

兄「……誰もいない」

 二組の机が向い合せに置かれているだけで、他には何もない。
 ……もう教室に戻ったのか? 俺と入れ違いで。
 その可能性は否定出来ないが……肯定する気にもならない。
 もっとこう……嫌な感じだ、上手く言えないが。

兄「やれやれ……道に迷いそうな時や、誘拐される時は、陰毛を千切って道なり置いていくようにいつも言っているのに」

 ヘソデルとグレテールの如くな。
 ……仕方ない。
 一度教室に戻るか。



兄「はあ?」

 俺は思わず口にした。
 今更授業を受ける気にならなかった俺は、校内のあちこちで、Hな妄想を行って来た。
 休み時間に合わせて教室に戻る為の時間潰しだ。
 教室に入るなり、すぐさま俺に走り寄って来た散見が、おかしな事を言い出した。

散見「だから、益垣の奴、自宅謹慎って事になってるらしいんだ」

 散見が珍しく、俺をまっすぐ見据えている。

兄「いや……でも連絡取れないんだろう?」

 俺がおかしいと思ったのは、その件と、益垣の様な男が校則違反を起こしたと言う事だ。

散見「ああ、担任と偶然そういう話になってな。聞いてみたら、自宅謹慎だって……」

兄「そういう事か……じゃあ、携帯が壊れてるとか?」

散見「あいつのおふくろから聞いたんだけど、家に帰ってないって……」

兄「ふむ……」

 これはあれか、壺の力か?
 いや、益垣が学校に来なくなったのは昨日からだし……。

兄「わからん。とりあえず俺は電話をするぞ!!」

散見「ど、どこにだよ」

兄「……美人なお姉さんの探偵」

 散見の目の色が変わったのを、俺は見逃さなかった。
 やれやれ、どいつもこいつも思春期ですな。

兄「もしもし? 思春期してる? 下着の色は?」

探偵「……それが何かの手掛かりになるのか?」

 うっ……。心の中で思わずうめいてしまう程、探偵さんの苛立ちが伝わってくる。

兄「い、いやあ、それはもう……重要参考人が、下着の色を聞くまでは口を割らんって……」

散見「そ、そんな事言ってねえよ! お、女の子は、ちらちら見るのが一番良いんだよ!」

 近い将来、警察のお世話になりそうな台詞だが、無視だ。

兄「で? 何色?」

探偵「黒」

兄「……」

 探偵さんの雰囲気から想像される通りだ。
 すらっとした肢体に、鼻筋の通った凛々しい顔立ち。
 そして、女性的な格好の良さを引き出す黒の下着。
 
兄「そんな彼女も、ひとたび情事に突入すれば、なんの事はない。ただのメスと化して俺の下で喘ぐのだ」

探偵「だから……」

兄「や、やだなあ、さっきの奴からの要求で言わされてるんだよ!」

散見「この野郎! 俺をお前みたいな破廉恥少年と一緒にするな!」

 こっちこそ一緒にされたくないぞ。
 とは言わずに。

兄「オーケー。知っている事を話してもらおうか。これ以上俺を怒らされると……チャキッ、こいつが火を噴くぜ」

散見「何なんだよ……それ……」

兄「ふむふむ……なるほど。分かった。お前はもう良いぞ。ん? 報酬? ……お前の命じゃ不満か?」

 俺がふざけているだけだと思ったのか、散見はそそくさと俺の元を離れていく。

探偵「で? どういう事だ?」

 俺は先ほどの散見の話を、彼らに関する説明を交えながら繰り返した。

探偵「なるほどな。……多発と言う程でもないが、その事例は確かに桃子の失踪と関連性はありそうだ」

兄「だろう?」

探偵「ああ……。私に出来そうな事は……」

 答えを見つけあぐね、探偵さんは「うー」と唸っている。

兄「俺を愛するとか?」

 返答はない。

兄「俺のお姉ちゃんになって、”ふふ、お姉ちゃんにこんな事されて、大きくしちゃうんだ?”とか?」

 返答はない。

兄「へぇ、こうなってるんだ……可愛い~。とか?」

 返答はない。
 相変わらず、唸り声が聞こえて来るだけだ。

兄「……」

 俺の目からは一滴の涙がこぼれ落ちた。
 だって寂しいし、女子が変な目で俺を見るし。

探偵「あ、そうだ。生活指導を受け持つ教師がいるんだろう? そいつの名前を教えてくれないか?」

兄「なんで? ぐすっぐすっ」

探偵「調べるつもりだが……どうした?」

兄「なんでもないもんっ(裏声)」

探偵「そうか? まあ君にいちいち付き合っていたら、日が暮れるしな。で? 名前は?」

兄「確か……遠田六郎、だったと思う」

探偵「分かった。……また連絡する」

兄「ほい」

 遠田が何かしでかした?
 ……と考えるよりは、占い師と遠田が共に、何かに巻き込まれた、そう俺は考える。
 そうならそうで、探偵さんには困った事である。壺の所有権が渡った事になるからだ。
 それも踏まえての調査だろうか? 
 どっちでも良いか。他に手掛かりはない。
 むしろ問題は、俺が何をするかだ。



 結局、保健室に行く事にした。
 考え通りであれば、どこかで二人そろって怪我でもしている可能性もある。
 それから、元気そうに見えたが、山村さんも心配だからだ。

兄「余りにも格好良すぎて、バレンタインにチョコレートを貰えない俺ですよ」

 保健室の扉をあける。
 3つあるベッドの一つが膨らんでいる。
 山村さんはまだいるのだろう。

兄「何故って? 高嶺の花として扱われてんだよ! えへへ」

 自分でも良く分からない事を言いながら、山村さんが眠っているであろうベッドへ。

山村「あ、兄君……」

 俺に気付いた山村さんが、むくりと上体だけを起こす。
 
兄「具合はどうだ。ん? 顔が赤いけど、熱でも出て来たのか?」
 
山村「ど、どうしよう……」

 ベッド脇に立つ俺に、山村さんがもたれ掛ってくる。

兄「ど、どどど、どうしよう! 良い匂いと柔らかさと温かさ!?」

 いきなりの大胆な行動に、俺は慌てふためいた。

兄「何かあったのか……?」

山村「私……私……おかしいんだよ……」

 全く意味の分からない事を言って、両手で顔を覆ってしまった。
 おかしいって?

兄「お、落ち着けって、何がおかしいんだ?」

 あれか? 初めて自分で自分の……を、見たのか?
 確かに無修正のエロ画像を初めて見た時は、俺も「うわぁ……」と思ってしまったが……。

山村「病気、だって……先生が……。ううん、自分で分かるんだ……おかしいって」

兄「……」

 こんな時、俺はなんと声をかけるべきなのだろうか。
 詳しく問いただす? とりあえず慰める?

兄「……」

 何も言えない。
 うつむく山村さんを見つめているだけ。
 結局、次に口を開いたのは、山村さんだった。
 俺はひょっとしたら、これが正解だったのかも知れない、そう思った。
 彼女が、俺に詳しい話を聞かせてくれる覚悟を決めるのを待ったのだと。

山村「あのね……私……」

 妙に潤んだ瞳で俺を見上げてくる。
 ただでさえ美人なのに、赤い頬とその目は反則だ。
 目を逸らしたくなるのを、何とかこらえる。

山村「……」

 やはり言いにくい事なのか、再び山村さんが口を閉ざす。

兄「……何か、俺に出来る事があるかも知れないだろ?」

山村「……私……今ね……すごくエッチな気分なんだ……」

 俺の目は点になっていただろう。
 
山村「先生が、世界でも例の少ない……エロエロ病だって……」

 これは、ぎゃぐ、なのですか?
 神様、僕はどうすれば良いですか?

兄「えーと……」

 俺は落ち着きを取り戻す為に、後頭部を掻く。

山村「兄、君……」
 
 心なし、山村さんの息が荒くなって来ている。

山村「私の事……美味しくいただいて……」

 音を成していないだけで、喘ぎ声の様な息を漏らす。
 俺は唾を呑んだ。
 ひょっとすれば、ぎゃぐではなく、単に俺への愛の告白の、照れ隠しかも知れない。

山村「お願い……もう我慢出来ないんだ……」

 山村さんは俺の手を取り、下半身を隠す布団の中へ導く。
 ついに濃厚なエロシーンが始まろうと言うのか!?

兄「……?」

 異質な感触に俺は手を止める。
 固い板のような物だ。
 止せば良かったのに、とはこの後の俺の思考だ。
 ひっぱり出したそれは、やはり板で、文字が書かれていた。

山村「ドッキリ、大成功!!」

兄「……」

山村「完全に騙されてたよね? ふふ、これって少女漫画でこう言うシーンが有ったんだよ」

兄「ドッキング、大性交。の間違いだよな!?」

 俺はあきらめ切れずに、ズボンに手を掛ける。

山村「ドッキリだから、脱がなくて良いんだよ!」

 その板で俺は殴られた。

次回は未定。
だけど、なるべく早く書くつもりです。

すみおやー。

~幕間劇・譲れません~

兄「んだとごるぁ!!」

益垣「何度だって言ってやるよ! お前こそ何様のつもりだ!!」

散見「や、やめろよ、2人とも!!」

 殴り合いに発展しかねない険悪な雰囲気の俺と益垣を、散見がなだめようとしている。
 今は昼休み。
 発端は些細な事だった。
 女の子に関する、萌える言動を題に雑談を交わしていた俺達。
 ……あとは言うまでもないだろう。

兄「女の子の言う『可愛い~』は『可愛い~』って『言ってる私が可愛い~』みたいなもんだろうがっ!!」

益垣「何を!! お前の言う、『何だか疲れちゃった……肩借りるね?』なんてビッチが身体を武器に金持ちを落とす時の常套句じゃねえか!!」

兄「ガルルルル!!」

益垣「フシャーッ!!」

散見「お前ら動物かよ……」

兄「人間も動物だろうが!! 猿と象の合成獣! もしくは猿とあわびの合成獣!!」

益垣「んな事はどうでも良い!!」

 益垣が派手に机を叩く。

益垣「散見はどっちが正しいと思う!?」

散見「え? ……分かんねえよ。女の子とそこまで仲良くなった事ねえし……」

 俺と益垣は黙った。
 参考資料は両者共に深夜アニメなのだ。

兄「……」

益垣「……」

散見「しかし、いつの間にお前ら女の子と仲良くなったんだよ」

兄「ん? んー……さっきは悪かった。仲直りだ」

 俺は益垣に右手を差し出した。

益垣「お、おう……! さっきの話はさっさと忘れようぜ!!」

散見「……?」

 まさか散見がモテる男、と言うか……普通の観点を持っていたとはな……。

兄・益垣「ははははは」

散見「何なんだよお前ら……っていうか、お前も」

男尻「やはり男同士の友情は美しいなと。女が議題なのはいささか残念だが……」

散見「……」

 ちなみに作者が好きな女の子の言動は、目が合った時に、なにも言わずに微笑みかけて来る事。
 もちろん参考資料は深夜アニメです。



山村「ふぅん……女の子がプチ行方不明……」

 妙に用意周到な悪戯に、悔しがりながらも俺は占い師の事を山村さんに話した。
 教室以外の場所に居た彼女ならではの、何かを見ていないかと思っての事だ。

山村「残念ながら、保健室は変わりなかったよ」

兄「そうか。……ああ、そういやすっかり忘れてた。具合はもう良いのか?」

山村「兄君、女の子にそれは酷いよ」

兄「……あんな悪戯する位だから、言うまでもなく元気か」

山村「まあ、そうなんだけどね」

 にしても、手掛かり無しか。
 顎に手を当て、ややうつむく。
 どうだ、探偵っぽいだろう?

山村「どうしたの兄君、急にどや顔して」

兄「いや……。事件の結末をだな……あれやこれや」

山村「こういう時は基本に戻るんだよ。最後に見たのは何時?」

 最後に見たのは……風呂に入ってる時、とは言えないよな。
 
兄「学校には来てるらしい。その後、遠田が鞄を没収した。俺に分かるのはそこまで」

山村「だったら簡単だよ。遠田先生を探せば良いんじゃない?」

兄「ああ……でも、生活指導室には居なかった」

 二人そろって黙り考え込む。
 ややあってから、山村さんが口を開いた。
 
山村「じゃあさ、職員室で聞いてみようよ。遠田先生がどこにいるのか」

兄「そうだな……」

 山村さんが仮病だったんじゃないかと思えるほど軽快な動きでベッドから降りる。

山村「ほら、行くよ兄君」

兄「ああ……」

 俺はこの時、場違いな事を思った。
 にっ、と笑った山村さんは、『美人』ではなく、どこにでもいるような女の子だと。
 何言ってるか、良く分からないだろう。俺もそうだからな。



山村「体育の授業をしてる?」

教師「ああ、そうだよ」

 ねちっこい笑みだな。
 その仮面の下に隠したつもりの劣情がはみ出てやがる。
 こんな美人が相手じゃ仕方ないのか?
 と言うか、遠田は体育の教師だったのか。知らなかったぞ。

兄「その割に占い師が戻って来ないのはおかしいな」

教師「さあな? 先生は知らないぞ」

 こいつ……相手を見てやがるな。
 仕方ねえ。最終手段だ。
 俺は山村さんの背後に回り、頭を隠す。

兄「ふうん……教えてくれたら……良い事、してあげるのになぁ(裏声)」

 どういうつもりか山村さんは俺に合わせるように目を伏せ、肩をすくめる。
 もったいないね、と言わんばかりの仕草だ。

教師「し、しかし、しかしっ」

 明らかに動揺している。
 こういう輩は早めに駆除すべきだと俺は思う。

兄「●●●に指突っ込んで、●●●を●●しながら、●●でじゅぽじゅぽって●●●●●を●●●●尽くしてあげるのに……(裏声)」
 
 やばい。
 自分で言っておいて、興奮してきたぞ!?
 それは相手も同じらしく、

教師「あ、あまりに態度が悪かったから、自宅謹慎処分にしたそうだ」
 
 すぐに口を割った。
 自宅謹慎……。
 なるほど、益垣の一件と占い師の行方知れずは同一の出来事か。
 一体彼らをどこへやったのか。
 俺は山村さんの背後から出てくる。
 もちろん股間のもっこりさんは両手で隠してある。

兄「……遠田を問い詰めるしかねえな」

山村「そうなの?」

兄「そうなんだよ」

山村「そうなんだ」

 間抜けなやりとりだと思った。

教師「そ、それで……さっきの……」

 面倒くさいなこいつ。
 こんな展開、自費出版の薄い本の中でしか起きる訳がないだろう。
 超スーパーウルトラミラクルサンダーパンチでも見舞って黙らせようかと思案していると、ふう、と山村さんが息を吐いた。
 かと思えば、教師の胸に手を当てる。
 山村さんは妖艶な微笑みを浮かべた。
 涎を垂らし兼ねない勢いで、教師の顔が崩れる。。
 どうするつもりかと見ていると、当事者でなくとも悲しくなる出来事が起きた。
 
山村「一人でやってなよ、気持ち悪いよ」

 奈落に突き落とす如く、ぐっと一押し。
 哀れにも、教師はその場に尻餅をついた。
 俺が思うに、力の強さでは無くて、山村さんの微笑みが、冷酷無比な笑みに変わった事が原因だろう。

兄「……お大事に。変な趣味に目覚めるなよ」

 それだけ言って、俺たちは職員室を後にした。
 変な趣味とは、罵られる事に快感を覚える様な性癖だ。
 ……やっぱ今の無しな。
 全国の紳士に怒られてしまうわい。
 それはともかく、

兄「……あんな事して怒り狂って襲い掛かって来たらどうするんだよ」

山村「兄君がいるでしょ? 大丈夫だよ」

 今日の山村さんは妙にアクティブだな。
 寝てた分、元気なのか?
 台詞自体は嬉しいから、特に文句はないけどな。

山村「ところで、さっきのどういう意味なの?」

兄「……男の夢じゃよ。女子供には分からんもんじゃよ」

 俺は老人の様に腰を折って歩き出す。

山村「なんなのそれ……」


 体育館は静まり返っていたので、俺たちはグランドへと出た。
 ジャージ姿の男子生徒達がうろうろしている。
 授業中にも関わらず、文字通りうろうろしているのだ。
 中には座り込んでいる者もいる。
  
兄「おい、今授業中だろ?」

 手近な奴に話しかけるも、無視される俺。
 
山村「今授業中だよね? どうしたの?」

 前に出た山村さんが問いかける。

生徒「あ……あ……」

 今度は無視ではないが、山村さんの美しさに声も出ないようだ。

兄「あー、悪いけど美人局だ。怖い人が来る前に事情を喋ってもらおうか?」

生徒「あ、ああ……じ、自習になったんだよ」

 体育の自習って、聞いた事ないぞ。

山村「遠田先生は?」

生徒「し、知らない! 俺金なんて持ってないから!!」

 臆病な奴だな。
 脱兎の勢いで生徒の群れに紛れ込みやがった。

兄「どういう事だよ……」

山村「ねえ、美人局って?」

兄「……」

山村「兄君?」

兄「……って事だ。分かったな? よし行くぞ」

山村「口をパクパクさせてただけだよね?」

 有無を言わせず俺は校門へ歩き出した。

山村「あ、待ってよ!」

  

兄「……どぴゅっ」

山村「……?」

兄「いや、これが俺たちの合い言葉でな」

 もちろん、校門まで歩いている最中に浮かんだ思い付きだ。

兄「……来ないぞ」

山村「誰が? ううん、その前に合い言葉、どぴゅっ、で合ってるの?」

 山村さんが「どぴゅっ」なんて口にするもんだから、ちょっと興奮してしまう俺。
 だが、この程度で満足する程甘い男じゃないぜ。

兄「聞こえなかったのかも知れないな。山村さんも協力してくれ」

山村「う、うん。どぴゅっ!」

兄「いや山村さんは、ぬぷっ、って言ってくれ。俺はどぴゅっだ」

山村「うん。じゃあいくよ、ぬぷっ」

兄「どぴゅっ!」

山村「ぬぷっ!」

兄「どぴゅっ!」

 しばらく破廉恥行為(ぬぷぬぷどぴゅどぴゅ)に耽っていると、見知った姿がスクーターに乗って現れた。
 探偵さんだ。

探偵「こんな所でどうしたんだ?」

山村「探偵さん!」

探偵「……ああ、あの時の。ワンコは元気かい?」

山村「はい、おかげさまで」

探偵「そうか。良かったな」

 二人の間に和やかな空気が流れる。
 仲睦まじい様子は傍から見ると、美男美女の逢瀬にも映る。
 どっちも美人だからなぁ。
 などと考えていると、不意に探偵さんが振り返った。

探偵「……なあ、兄。ちょっと不味い事になってるかも知れないな」

 遠田の事を調べてみると言っていたな。
 俺はかっこ良く、言葉を返す。

兄「奇遇だな。俺の方もそう思うぜ」

 何かしら、おかしな事をしているのは確かだろう。
 
探偵「……ほら、これ」

 探偵さんはクリアファイルを俺に手渡す。

兄「……こ、これは!?」

山村「ん~?」

 山村さんが後ろから、俺の手元を覗きこむ。
 俺はどきりとした。

兄「な、なんだよ。俺の事好きならそう言えよ!」

山村「ん?」

 と、俺を見上げる山村さん。顔がさらに近付く。

兄「こ、こんなに顔が近いとドキドキするだろ? 吊り橋効果って聞いた事あるだろ? もうメロメロなんだろ!? よし! キスするぞ!!」

 山村さんの肩を掴み、頭突きでもするかの勢いで唇を伸ばす。

兄「うふぉっ!?」

 いとも簡単に止められた。
 山村さんの人差し指が俺の唇に添えられていた。

山村「キスは好きな人同士じゃなきゃ、駄目だよ。ね?」

 じっと目をみつめて、乙女的な台詞で諭されて、止まらない男はいないだろう。
 いたとすれば、そいつは遊び人だから、俺が毎晩そいつの家でピンポンダッシュしてやる。

探偵「あー……君たち? 話が進まなくて困るんだが。確かに彼女は美人で、気が動転するのは分かるが……」

兄「あ、ああ。すまん」

山村「ごめんなさい」

 今度はきちんと間合いを取って、二人でクリアファイルを読み始める。
 それは雑誌の切り抜きだった。
 ある高校で起きた生徒の飛び降り自殺。
 幸か不幸か、その生徒は一命を取り留めた。それだけなら、幸運だったと言える。
 死に至らなかった分、自殺の原因とされる教員の不適切な指導はうやむやにされ、該当教員にも何ら過失はないと言う結末を迎えた。
 この記事では、その結末に疑問を投げかけている。
 保護者からすれば、納得がいかないらしい。
 真実を知るのは実際に指導した教員と、それを受けた生徒だけで。
 不祥事をもみ消そうと学校側は躍起になった事だろうし。

兄「……」

山村「……この教員が、遠田先生?」

探偵「そこに名前は出ていないが、裏は取ってある」

兄「……ヤバいのは良く分かった。だけどな、どこに居るやらさっぱりで」

探偵「そんな時の為の……探偵だろう?」

 言うなり、探偵さんは四角い布にくるまれた何かをスクーターのトランクから取り出す。

兄「そりゃ何だ……?」

探偵「ドキドキお着替えタイム自動式二型だ」

兄「どっドキドキ!? お着替え!?」

山村「どういう事なんですか?」

 まあまあ、と、山村さんの問いには答えずに、スイッチらしき物を押す。
 手乗りサイズだった四角くは、今や六十センチ四方程になった。更にむくむくと膨らみ、人の背と変わらない立体になった。

山村「簡易更衣室……? なのかな」

探偵「簡単に言うならばな」

 言うが早いか、さっさとそこへ入ってしまった。
 そして布が擦れる音や、蠢くシルエットに興奮する間も無く、カーテンが開かれた。

兄「早すぎだろ……」

探偵「特技だからな。それよりどうだ? 似合うか?」

山村「はい! 可愛いと思います」

兄「……」

 愚息よ。鎮まりたまえ。
 そう念じた理性とは裏腹に、本能は愚息をポケット越しに握っていた。
 高校生と言うには無理がある探偵さんが制服を着ているのだ。
 清楚であるハズの制服は一転していやらしい物にしか見えなかった。
 エッチな衣装に身を包んだ美人探偵……。

兄「うっ……」

山村「兄君……? なんだか股間に染みが……」

兄「い、いや、軽い尿漏れ、白い。あー……俺も歳かなー」

 ベタベタして気持ち悪いから早くトイレに行って処理したい。

探偵「尿漏れか。そうだ、制服が通じなかった場合を考えて、別の衣装もあるんだ。それなら目立たないだろう」

兄「流石探偵さんだ!!」

 俺はさっそく更衣室に飛び込んだ。

兄「……」

 用意されていた衣装を見て俺は唖然とした。

兄「……スクール……水着……」

探偵「良い感じだろう? 早く着替えて遠田を探しに行くぞ」

兄「あ、ああ。因みにこれ、どうしたんだ?」

探偵「桃子の部屋から借りて来た。黙って」

兄「……」

 迷いはなかった。
 もちろんそれは、個人的な性的興奮を得たい一心ではなく、益垣と占い師の身を案じてだ。
 こんなところでもたつく訳には行かない!
 俺は全裸になり、スクール水着を着用した。

 ぺたぺたぺた。
 ……俺の足音だ。
 ビィーンビィーン。
 痴態を衆人に見られる事に寄り、倒錯的な快感を得てあちらこちらが立った音だ。

兄「はぁ……はぁ……」

山村「兄君……」

探偵「気持ち悪いぞ……」

兄「この衣装を用意した奴には言われたくないぜ」

 サポーターが無いために、全身の凹凸が鮮明になっている俺。
 こんな格好で歩き回って興奮しない奴がいるか? いや、いない。

探偵「ま、変装の技術は要練習だな」

 ……言わないけど、探偵さんだって十分目立ってるぞ。
 特に女子が「お姉様……」などと呟いて頬を染めていた。
 いつもの格好の方が目立たなかったのではないだろうか。
 この変装は俺を喜ばせただけだな。



山村「ここが生活指導室だけど……」

兄「俺が見た時には、誰一人いなかったぜ」

探偵「ふむ……。もう一度確認して置こうか」

 探偵さんが教室の扉を開く。
 そこにあるのは、やはり向かい合わせの机だけだった。

兄「な? 誰もいないだろう?」

探偵「……」

山村「……探偵さん?」

探偵「桃子は近くにいる。匂いで分かるんだ」

兄「んな事言ったって……」

探偵「隅々まで探す」

兄「でもなぁ……」

 とぼやく俺を置いて、探偵さんは教室に踏み込む。
 仕方なく、俺と山村さんも後に続いた。

山村「隠し部屋とか? 女子高生と秘密の部屋、みたいな感じ?」

兄「なんかエッチなビデオのタイトルみたいだな。それ」

 そんな事を喋りながら、おかしな所がないか床や壁を調べていく。
 当然――

山村「何もないね……」

 と、なる訳だ。

兄「普通に考えれば、隠し部屋なんてな……」

探偵「隠し通路かも知れない。ここの隣は?」

兄「んー……物置だな。板でがっちり封鎖されてるから、出入りは出来ないと思うが」

「ふむ……」と呟き探偵さんは生活指導室から出て行ってしまう。

 探偵さんはさっさと出て行ってしまった。
 取り残された俺と山村さんは、顔を見合わせ、

兄「どうしようか?」

 手持ち無沙汰だ。
 そうなると、俺の思考は自然と卑猥な方を向く。
 山村さんと二人きり、俺は全裸よりも恥ずかしい格好。やはりこの状況は興奮する。
 
山村「兄君、また股間が……」

兄「にょ、尿漏れだぜ。我慢はしたけど垂れちゃったタイプの透明な」

山村「……ほら、これで拭いたら良いよ」

 山村さんがティッシュを差し出す。
 俺はその場から動けなかった。
 もしも。
 もしも、山村さんがその白魚の様な繊手で直接俺の股間を拭いてくれたら……。
 そんな考えに取り付かれてしまったのだ。

山村「兄君……?」

兄「あ……いや……山村さんに拭いてもらえたらな……なんて……」

山村「うん、分かったよ」

兄「え?」

山村「私、弟が欲しかったんだよ」

 などと言いながら、俺の足元にしゃがむ山村さん。
 彼女の鼻の先には俺のもっこりさんが有って……。

兄「ひゃあああぁっ」

 思わず後ろに飛び跳ねた。
 想像の上では非常に俺が得する展開だったのだが、弟の世話をする様な感覚の山村さんを騙して、性的快楽を得る事に良心が痛んだのだ。

山村「兄君、どったの?」

 微笑みを向けられると、さらにそれは加速して、

兄「いや、いやいや、冗談だった、あだっ!?」

 遂には黒板に頭をぶつけてしまった。

探偵「今の……」

山村「探偵さん?」

 俺が頭を打ったのと、探偵さんが戻って来たのは同時だったらしい。
 小首を傾げる探偵さん。

兄「どうかしたのか……?」

 つかつかと歩み寄って来る。

兄「なんだよ」

探偵「少し痛いかも知れないけど、我慢してくれ」

兄「え?」

 何の事だか分からなかったが、とっさに俺は、

兄「初めてだからゆっくり優しくしてね……(裏声)」

探偵「ていっ」

 事もあろうに可愛らしい俺の頭を鷲掴みにし、黒板に頭を打ち付けたのだ。

探偵「やっぱり……空洞になってるみたいだな」

山村「兄君の頭が……?」

探偵「いや、この黒板……だと思う。多分な」

兄「俺の頭は空っぽじゃねぇ! ピンク色でいっぱいだ!」


探偵「ふむ。どうやらこの奥が隣の部屋らしいな」

 驚いた事に黒板は横にずらせる仕組みになっていた。
 黒板の大きさと同じ通路がある訳では無く、一人がなんとか通れる程の穴が空いている。
 中は薄暗く、様子をうかがう事は出来ない。

山村「な、なんだか緊張して来たね」

 この先で、生活指導と言う名の私刑が行われているかも知れないのだ。

兄「んむ……流石の俺も緊張するぜ」

探偵「行くぞ」

 探偵さんは臆する事なく、身を縮めて穴に入ってしまう。
 ……パンツ、見えそうで見えなかった。

山村「ううー、ちょっと怖いよ」

兄「大丈夫だろ。探偵さんもいるし、俺だっている」

山村「うん……」

 山村さんが、探偵さんに続く。
 ……パンツ、見えた。水色と白色の横縞だった。

兄「うひっ」

 下と上から涎を垂らして、俺も後に続く。
 狭い穴に無理やり体を通し、先に通った二人に体を引っ張り出してもらう。
 
山村「兄君……何かぬるぬるだよ……」

兄「危険な戦いに備えて、耐熱性に優れた粘液が放出されてるんだよ」

 女の子二人に体を触られて、興奮と緊張で汗をかいたわけじゃないのだ。

 隣の教室には俺たちが通った穴以外、光が差し込む箇所がなかった。

兄「ただの物置なら、ここまでしないだろ……」

 俺は無意識の内に探偵さんの制服の裾を摘んでいた。

山村「こういう雰囲気は得意じゃないんだよ……」

 山村さんも怖いのか、俺の服の裾……は無いので、尻の肉を摘んだ。少し痛いぜ。
 連なりながら、暗闇を歩く。
 暗がりから遠田が襲い掛かって来ないか、内心怯える。
 いや、待てよ。
 遠田に怯えるってのは、何かおかしくないか?
 俺がそんな事を思っている間に、驚愕の声があがった。

探偵「こ、これは!! この匂い!! この肌触り!! 桃子の物だ」

 探偵さんが占い師の物と思われる制服を振り回す。
 確かにこの匂いは占い師だ。
 って事は……。

兄「少なくとも下着姿なのか!?」

探偵「そうだな……。桃子……無事でいてくれ……」

 祈るような探偵さんの声をあざ笑うかの様に、俺たちに闇が訪れる。

山村「わっ!? な、なに!?」

 どうやら、閉じ込められたらしい。
 俺が感じた違和感はこういう事だ。
 内側から黒板を閉める仕組みは無いにも関わらず、黒板は閉まっていた。
 ここには誰もいなかったのだ。
 居たとしても、すでに後にしている。

探偵「むう……。敵を甘く見ていたようだな」

 一向に俺と山村さんが遠田を見つけられなかったのは、すでに勘付かれていた為か。

山村「ダメだよ。こっち側からだと、開けれなさそう……」

兄「ふーむ……」

探偵「ふーむ……」

山村「二人とも、どうしたの?」

 遠田はこの後どうするつもりなのか。
 占い師を下着姿にして、それを隠す場所も学校内じゃそうそう無いだろう。
 かと言って連れまわしてれば問題だ。
 
兄「……となると、殺すつもりか?」

探偵「いや、それは無いだろう。私が思うにだが、遠田ってのは静的な嗜虐性を持った男じゃないか?」

山村「性的な……嗜虐性? SM……とかかな?」

兄「つまり、今占い師は校内強制露出をさせられてると……?」

探偵「馬鹿、動的の反対だよ」

 なるほど。
 俺は占い師の校内露出の様を思い浮かべて、滴った涎をぬぐって気を取り直す。

兄「静的な嗜虐性って言うと、あれか? 殴ったり蹴ったりじゃなくて、ネチネチとした感じの?」

探偵「ああ……以前の自殺未遂の件で長々説教をしていた様だし、お前の動向に気が付いたのも、知能犯だからかもしれない」

山村「でもさ、結局どうするつもりなんだろ? 桃子ちゃんと、益垣君を捕まえて……」

兄「俺もそれは気になってたな。何がしたいんだ、遠田の奴は」

探偵「益垣とやらは単に遠田の餌食になっただけだろう。問題は桃子をどうするつもりかだ……まさかとは思うが……」

 ……まさかこの馬鹿っぽいSSで本格的なレイプ事件が!? ねっとりと濃厚な性描写が!?

山村「兄君、不謹慎だよ」

兄「いやいや、待ちたまえ。それはいけない事だと思ってだな……って、俺、口に出してた?」

山村「ううん」

兄「……」

 美人は他人の心も読めるのか……勉強になったぜ……。

 探偵さんの蹴りが炸裂し、黒板は破壊された。
 脱出が上手くいったのは良かったのだが、問題は遠田に先手を打たれた事だ。
 校内に戻った途端に、血相を変えて走り寄って来た散見に寄れば、

散見「益垣が女の子に乱暴して、退学になるって……」

 そういう事らしい。
 恐らくは遠田が仕組んだのだろう。
 あるいは、俺たちは深読みをしており、散見の言葉通りなのかも知れない。

兄「……益垣と連絡は取れないのか?」

散見「電話してみたんだけど、俺が悪いとしか言わないんだよ、あいつ」

兄「やっぱり、俺たちが深読みし過ぎただけか?」

探偵「結論を出すには早いだろう。壺の件もあるし、空き教室への出入り口は、自然に出来た物ではないからな」

 なるほど、と思う俺の横で散見が首を傾げていた。 

散見「良く分からんぞ。……ま、それは一旦置いておくとして、兄、お前の格好は何なんだ」

兄「恥ずかしいんだから、あんまり見ないでよ(裏声)」

 身体をくねらせ、恥ずかしがる俺。我ながらセクシーである。
 
探偵「とりあえず、桃子の様子を見に行くか」

山村「そうですね」

 俺の妖艶な姿に目を奪われるハズだった二人はさっさと歩きだしてしまった。
 くやしいから、声を掛けられるまで、くねくねしててやる!
 段々と二人の背中が遠くなっていく。
 
散見「お、おい、兄、付いて行かなくて良いのか?」

兄「良いんだよ。奴らが慰謝料を身体で払うってんなら、考えんでもないが……」

散見「どういう流れで、その言葉なんだよ……。と、とにかくほら」

 散見が俺の手を取る。
 スクール水着姿の俺と、学生服姿の散見が手を繋ぐ光景は、傍から見れば非常に汚い画だろう。
 俺が観客ならば、返金と謝罪を要求してるぜ。

兄「……とりあえず手を離せ。そして俺の話を聞け。真相が気になるなら、お前だけで行けば良いだろう?」

散見「ば、馬鹿な事を言うな! 美人二人と一緒に行動するなんて、俺には無理なんだよ!!」

 相変わらず、散見は小心者と言うか、女の子に慣れてないと言うか。
 かく言う俺も女の子をエッチな形の生き物としか見れないのだがな。
 だからモテない。そう自己分析している。


 今日はやけに保健室へ訪れる事が多い気がする。
 保護された占い師は、予備のジャージを着こんで椅子に掛けていた。

占師「何から突っ込んで良いのか……」
 
 何からと言っても、主に俺と探偵さんの格好だろうがな。

兄「何って指からだろ?」

探偵「君はちょっと黙っていた方が良い。……桃子、何があった?」

占師「うーん……何から話したら良いのか。私にも分からない事が多いんだ」

探偵「重要なのは、誰が君の服を脱がせたのかと言う事だ」

 あ、やっぱり。俺もそれが一番気になってたぜ。
 明るみになった事実が真実であれば、益垣が脱がせた訳だが……。

占師「分からない。目隠しされてたから……。あ、でも二人くらい近くにいたような気がするんだ」

兄「散見、退学になるのは益垣だけなのか?」

 YES! と明確なのだが、なぜ英語なんだ? と言う返事をする散見。
 顔を見合わせる俺と探偵さん。

探偵「恐らく遠田だろうな……。しかし、益垣と言う人物が全ての罪を被っている。どうした物かな……」

占師「なあ、やっぱりこれのせいなのか?」

山村「なに? それ?」

 占師の手に乗っているのは件の壺だ。
 ちょっと忘れかけていたが、無事でよかったぜ。
 と、山村さんの疑問に答えようじゃないか。

兄「それはね、大人の玩具だよ」

 んー、と考え込んでいる山村さん。
 ややあってから、何か思いついたのか、ぽんと手を打つ。

山村「骨董品? 確かに大人しか興味がない玩具みたいな感じだよね」

 ……心が綺麗なのは良い事だ。
 決して俺の心が汚い訳ではないがな。

探偵「……時に桃子。花壇の水やりには間に合ったのか?」

占師「は?」

 こいつは何を言っているのですか? 馬鹿ですか? 気が狂ってますか? 元気ですか?
 そんな表情を浮かべる占い師。

探偵「その顔」

 探偵さんが不満げに占い師を指さす。

探偵「結構傷ついたぞ。花壇の水やりがあるって、朝早く出て行ったじゃないか」

占師「花壇の水やりって……小学生じゃあるまいし……」

兄「おっぱいは小学生並みだがな」

占師「うるさい馬鹿。私が朝早くに出たのは……」

 言葉に詰まる占い師。
 俺は小声で散見に耳打ちする。

兄「誰もいない朝の校舎で露出してはぁはぁするつもりだったのよ。なんて淫乱なのかしら、あの小娘」

散見「そっ、そそそそっ、そんな子だったのか!?」

 俺の小声を台無しにするように、声を上げる散見。

山村「何が?」

散見「い、いや、その、あの……」

 視線を右往左往させ、鼻息を荒げる散見。
 ふっ、しょせん貴様は俺の手の平の上で弄ばれるだけの哀れな子羊だぜ……。

占師「思い出せない……」

探偵「ふむ……」

占師「どうして私は朝早くに学校に……?」

 いや、俺たちに聞かれても知らんがな。

探偵「思えば私が桃子に壺を渡した事もおかしいな……責任感が強いこの私が、そんな事をするはずがない!!」

兄「そんな力説されても、寝起きがああだからな……」

散見「な!? お前! お前朝チュンかよ!!」

兄「あ、いや、そうじゃないんだが……」

探偵「とにかく」

 探偵さんが、手近な机を両手の拳で二、三度鳴らす。
 みんなの注目が集まる中で探偵さんが語り出す。

探偵「この壺が今回の件に多大な影響を与えているのは間違いないと私は思う」

 何の事だか分からない山村さんと散見は顔を見合わせた。
 しかし、すぐに散見が目を逸らした。

兄「俺も同意だぜ。何せこの俺が事態を解決出来ないのだから……」

占師「どうしてお前らはそんなに自分に自信が持てるんだよ」

探偵「何って、それは……なあ、兄?」

兄「探偵だからだ!」

 いえーいと、ハイタッチする俺たち。
 
探偵「そんな訳で。この壺の件を私たちが解決するまで、遠田の件は様子見だ。良いな?」
 



 探偵事務所の窓から見える景色は夜に染まった。 
 後の事を散見、山村さん、応援に呼んだ雲子に丸投げして、俺たちがここに帰ってから結構な時間が経った。
 二人掛かりで何とか部屋を片付け、今ようやく一息吐いていた。

兄「一緒に居てやらなくて良かったのか?」

 俺は窓の外を眺めながら、振り向かず声をかけた。

探偵「そこまで過保護にする必要もないだろう?」

兄「でも未遂とは言え、女の子が服をはぎ取られたのは、怖かったんじゃないか?」

探偵「……ま、この件を片付けない事にはな」

 探偵さんが俺の隣に立つ。
 彼女の手には、呪いの壺が乗っている。

兄「そうだな……また何か起きても厄介だ」

探偵「ああ。ところで今何時だ?」

 機能している時計はこの部屋に残っていなかった。

兄「……俺の工場の時計に因ると、八時位だな」

探偵「工場? 何の?」

兄「精子工場だ」

探偵「アホか」

 軽く頭を叩かれた。
 それから、口数は徐々に減り、遂にはお互い黙り込んでしまった。
 静かな夜だ。
 俺は探偵さんの事を考えていた。
 彼女は俺が家を出てから知り合った女の子の中で、比較的落ち着いている方だ。
 弄り甲斐が無く、華やかな楽しさも無いと、悪くも言えるが、どちらかと言えば俺と波長が合う。
 二人で黙っていても、それが苦ではなかった。
 むしろ心地良い。
 
探偵「ん?」

 黒い革のソファに掛けて、何かの書類を読んでいた探偵さんが、ふとこちらを向く。
 その顔を見て、俺は少し照れくさくなってしまった。

兄「べ、別にあんたの事を考えていた訳じゃないんだからねっ!(裏声)」

探偵「……なんなのか」



~五日目・朝~

探偵「起きろ、朝だぞ」

 探偵さんの乱暴な揺さぶりで俺の一日は始まった。

兄「むにゅぅ……まだ眠い……」

探偵「……寝るんじゃない! 寝たら怖い人が来るぞ!」

兄「……怖い……人……?」 

 ベッド代わりにした、マッサージチェアに掛けたまま、俺。

探偵「そう! 怖い人だ!」

 悲鳴の様な探偵さんの声に、徐々に覚醒していく。
 怖い人って……。

兄「な、何者だよ、その怖い人って」

探偵「それは……」

兄「それは……?」

 ごくりと、唾を呑みこむ俺。
 目は完全に覚めていた。

探偵「N○Kの職員だ……奴らから身を守る術は、テレビを隠す事しかない!!」

兄「は……?」

探偵「と、まあ冗談はこれくらいにして」

 咥えた煙草に火を付けて、微笑んだ。

探偵「おはよう、兄」

兄「お、おう! もう交代の時間か!?」

探偵「いや、もう朝だ……まだ寝ぼけてるのか?」

 昨晩、もしもの場合に備えて交代で仮眠を取ることにしたのだが、まさか。

兄「俺は寝てしまったのか!? おお、俺よ寝てしまうとは情けない!」

探偵「ぐっすり寝てたぞ」

 ほら、と探偵さんが俺の襟元を指さす。
 涎が染みを作っていた。
 これは相当、ぐっすり眠っていたらしい。

探偵「因みに、寝言は録音しておいた」

 ポケットから銀色の細長い何かを取り出す。
 察するに、ボイスレコーダーだろうか。
 スイッチが押された。
 ノイズ交じりの俺の声が再生される。

兄『馬鹿! 下着姿で部屋を歩くなよ! 俺だって男なんだぞ』

兄『やだ、お兄ちゃん! じろじろ見ないでよ!(裏声)』

兄『み、みみみ、見てねぇよ』

兄『嘘! いやらしい目で私のお尻を……(裏声)』

 こんな感じで、と探偵さんがレコーダーのスイッチを切る。

兄「なんなんだよ、こいつ本当に寝てるのか? かなり明瞭な発音だったぞ」

探偵「私が聞きたい」

 くっそー……。実録! 俺の寝言24時だよ!!
 意味は俺も分からんがな。

兄「俺の愛くるしい寝言を聞けた分を差し引いても、悪い事をしたな」

 俺は素直に頭を下げた。

兄「慰謝料を身体で払う覚悟も出来ている」

探偵「いや、払ってもらわなくて結構だ」

 待ったを掛ける様に探偵さんが手を伸ばす。
 もったいないお化けが出るぞ。ああ、もったいない!!

探偵「私は別に、良く眠る方じゃない。ただ寝起きが悪いんだ」

 24時間テレビだって、全部見れるんだからな、と。誇らしげに言う。
 強がりなのか、本当にそうなのか、分からないが、悪い事をしちまったぜ……。

因みに、兄の寝言は一時間半越えの大長編で。

次回はなるべく早めに。

 深い意味は無い。
 だけど俺は股間を念入りに洗った。
 繰り返し言うが、深い意味は無い。

兄「探偵さんは、ここに住んでるのか?」

 台所から、風呂まで完備されているなんて、そうとしか思えない。

探偵「自宅は別にあるぞ。最近は帰ってないけどな」

 そうか、と相槌を打つ。
 頭にタオルを被せ、乱雑に残った水気をふき取った。
 
兄「はふぅー」

探偵「目は覚めたか?」

兄「ああ、もうばっちりだ。風呂上りの俺は一段とイケメンだろう? サインが欲しけりゃ、色紙を持って並ぶんだぜ」

 探偵さんは俺の言葉に答えず、煙草に火を付けた。
 どことなく、怠そうだ。
 一目で分かる程ではなくて、いつもの凛とした感じが僅かに影を潜めていた。

兄「ひょっとして、眠いのか?」

探偵「……少しな」

兄「だったら寝ろよ。俺はこの通り元気だ。安心しろ」

 肘を曲げた腕を二、三回上下させて見せる。

探偵「それは安心しちゃいけない事じゃないのか? 君が元気なのは」

兄「取りあえず全裸にするだけで、それ以上は何もしないって、絶対!!」
  
 俺の理性を甘くみるな!
 猿以上、犬以下だ。
 そう力説してやったのだが……。

探偵「柵の無いビルの屋上でスイカ割をするような、危険な事は出来ない」

 だそうだ。
 だが、睡魔は確実に彼女を蝕んでいく。
 脱力した様に、身体を椅子に預け、連続して煙草を吸っている。

兄「眠いんだろう? 俺の手に手錠でもかけて寝たらどうだ?」

探偵「そんなに眠く、ない」

 言葉が区切られたのは、煙草が指の間から落ちかけた為だ。

兄「火事になっても知らんぞ」

探偵「それは困るな……む……ぅ」

 うーうーと唸りながら、徐々に頭が下がり始める探偵さん。
 ……このまま放置してれば、勝手に眠りにつく気がして来たぞ。
 果たして、彼女は睡魔に完敗した。一時間にも及ぶ戦闘の果てに。
 勝手に戦ってれば良いものを俺まで巻き込みやがって。
 しつこくしつこく「何でも良い。面白い話を頼む」と言ってくるのだ。
 しかも最高に面白い俺の「オナニー失敗談」を聞かせてやっても無反応だし。
 流石に俺も疲れた……。
 両頬に張り手を食らわせ、立ち上がる。探偵さんに近づく。

兄「あ、いや。別にお前の出番じゃないんだぜ、息子よ」

 俺の意志と関係なく気合いを入れ始めた息子を鎮める。
 本当の本当に、卑猥な事をしようって訳じゃない。
 せっかくだから、きちんとした睡眠を取らせてやろうってだけだ。
 椅子と机が布団と枕じゃな。

兄「ほっ」

 脇から背中へ腕を潜らせ、抱き上げる。
 う……貧乳でも柔らかいもんなんだな……。
 いかんいかん。
 女体の神秘に対する考察はまたの機会にせねば!
 
兄「んしょ、んしょ、んしょ」

 何とか、せめてソファまで運びたいが、非力な俺には大変な仕事だ。

兄「んしょ、んしょ」

 ふと、俺は動きを止めた。
 ……可愛い。
 可愛い。もっと言えば「くわぁわぁい~い~」だ。

兄「んしょ、んしょ!」

 ああ……可愛いな……俺って……。
 一生懸命な俺可愛い! 頑張って! ちゅっちゅっ!

兄「ふぅ……」

 探偵さんをソファまで運べたのは良かったのだが……。

探偵「ん……クマさん……」

 と言う謎の寝言と共に俺に抱き着き、離れないのだ。
 悪い気はしなかったが、不運にも予期せぬ来訪者が現れ、俺は窮地へ追いやられる。

雲子「……」

 突然やって来た雲子は俺の様子を見てか、手にしていたビニール袋をその場に落とした。
 寝たふりでやり過ごすか。
 黙ったまま雲子が近づいて来る。
 まさかとは思うが、寝たふりに騙されているのか? そこまで阿呆なのか?

兄「ZZzz」

雲子「何が『ぜっとぜっとちっちゃいぜっとちっちゃいぜっと』よ!!」

兄「いや、あの……そうなるよな」

 そもそも、最初に目が合った訳で。
 寝たふりなんて、出来る筈もない。

雲子「そんな事はどうでも良いのよ!! これはどういう事よ!!」
 
兄「話せば長くなるんだが、不幸の壺ってのが……」

雲子「壺? 壺の話なら山村さんから聞いたわ。だからこうして差し入れに来たのに、あんたは……」

兄「いや、いや、これは……」

 正直に話すべきか?
 いや、俺が寝ている女性に何もせず、ソファに運んだだけなんて、誰が信じる!?
 百万円の英語教材を訪問販売で買っちゃうような人だけだろう!?

雲子「これは?」

兄「えっとね、うんとね……」

 壺に全責任を丸投げしたいのだが、全然不幸な状況じゃない。
 いや……待てよ?

兄「これは、壺の力を弱める儀式なんだよ!!」

雲子「儀式ぃ?」

兄「そ、そう。仕方なしにやってるんだ……!」

雲子「ふぅん……」

 納得するのか、雲子よ。そこまで馬鹿か。
 
雲子「大変そうね。私も……」

 言葉を区切って雲子が俺に近づいて来る。
 何だ? 疲れた俺にマッサージでもしてくれるのか? 卑猥な感じで。
 
雲子「私も手伝うわ」

 手伝う? 目の前まで来た雲子の言葉が理解できない。

兄「良く分からんが……ダメだ! 壺の所有者が変わる様な事はしちゃいけないんだ」

雲子「その儀式なら、大丈夫でしょ?」

兄「え?」

 あまりの唐突さに、俺は呆けた。
 雲子が、俺に抱き着いていた。

兄「あー……」

 思考能力を奪っていく巨乳の感触。
 巨乳……巨乳が……俺の腕に……。

兄「なにがなんだか分からない……」

雲子「……何か間違ってるの? 女の子が抱き着く事が儀式よね?」

 今更嘘だとも言えず、

兄「……お、おう」

 と答えるしかない。
 それにしても……大きなおっぱいだ。
 巨乳と言う単語が俺の頭の中でぐるぐると回っていた。


雲子「ねえ、ちょっと良いかしら?」

 しばらく黙って俺に引っ付いていた雲子が急に口を開く。
 あまりに唐突だった為に、考えていた事と返事がごちゃ混ぜになってしまった。

兄「ぱ、ぱい?」

雲子「何よ、それ……」

 当然、大きなおっぱいの「ぱい」だが、そうは言わずに

兄「なんだ?」

雲子「少し離れるけど、良いかしら?」

兄「大丈夫だと、思うぞ?」

雲子「思う?」

 雲子が不審げな眼差しで俺を見る。
 
兄「……探偵さんに聞いた通りにしてるだけだからな」

 すまねえ探偵さん! だが、男には引くに引けない時があるんだよ!

兄「どうかしたのか? トイレなら玄関の隣だぞ」

雲子「違うわよ」

 ソファを離れ、入り口付近に放置されていたビニール袋を拾い上げる。
 それを高めに掲げて俺に向き直った。

雲子「せっかく買って来たシュークリーム。食べなきゃ勿体ないわよ」

兄「それは良いが、これは食べにくくないか? しかもシュークリームはこぼれるぞ」

 戻った雲子は躊躇いなく俺に抱き着き直したのだ。
 雲子本人も食べ難いだろうが、俺に至っては両腕が塞がれている。

雲子「仕方ないじゃない、儀式なら」

 そう言って雲子はどこか面白そうに笑った。
 ひょっとして嘘だとばれてるのか? いや、雲子はアホの申し子だから、それはないか。
 そもそも、嘘だと分かっていながら俺に抱き着くか? それもない。
 当の雲子は俺に引っ付いたまま、器用にシュークリームを食べ始めている。

雲子「あむあむ……やっぱり天海屋のシュークリームは美味しいわね?」

兄「俺は食べてないからな。ひょっとしたら、しょっぱかったり苦かったり、するかも知れないだろう?」

 とある双子の幼女に言わせれば、チーズの味がするから嫌い、かも知れないだろう?

雲子「食べるの? 仕方ないわね」

 雲子が食べかけを俺に差し出す。
 シュークリームの食いかけはデロデロヌチョヌチョかと思いきや、綺麗に食べてるな……。
 ……?
 俺、別の事を考えなきゃいけない気がするんだが……。

兄「……そうか」

雲子「何よ」

兄「……俺はいつからギャルゲーの主人公になっていたんだ!?」

雲子「は?」

兄「女の子に抱き着かれて、食べかけを貰う!? 現実にある訳がない! 俺はギャルゲーの世界に迷い込んでいたのか!?」

雲子「さっきから意味が分からないわよ。ギャルゲーって何よ……」

兄「と、とにかく、すでにフラグ立ってるんだろう!?」

 こうなっては、キス、頬を染めて見つめ合い、ヌチョヌチョ、の定番コンボは避けられん!!
 俺は目を閉じて唇を伸ばした。
 
兄「んんー……」

雲子「ん」

 柔らかい感触が俺の唇に触れる。
 触れたかと思うと、それが広がり唇周辺を覆い、一部が口の中に侵入してくる。
 こ、こんなにいきなり激しいキスなんて!?
 
兄「んんっ……」

雲子「ん? 何よその食べ方」

 俺は目を開いた。
 雲子の腕が俺の顔に伸びている。
 って事はこれはキスでは無くてシュークリームか!?

兄「ぶはっ! 洋菓子の分際で俺を謀るんじゃねぇ!!」

雲子「……あんたねぇ」

兄「ほひ?」

 雲子の顔には、俺の激しい呼気に吹き飛ばされたクリームが散りばめられていた。

兄「エロデコレーションッ!?」
 
 不機嫌そうに俺の顔を見上げる瞳、黄みを帯びたとろみある白濁液滴る柔肌。
 俺の心の選択肢が「押し倒しますか?」「はい・YES」と問いかける!!

兄「すでに十八禁シーンとは知らなかった!!」

 探偵さんと雲子を振り払い、雲子を押し倒す。
 
兄「ぐえ」

 何が起きたのか、急に俺の首が締まった。
 雲子は事が急展開だった為か、床に座りきょとんとしている。

探偵「君は少し落ち着くべきだ」

 背後に、探偵さんが立っていた。自分の後頭部を撫でている。
 俺が振り払った時にぶつけて、目が覚めたのか。


兄「止めるにしても、襟を引っ張るのは無しだろう」

 18禁への突入を阻害したのは服の襟だった。

探偵「前科がつかなかっただけ、ありがたいと思うべきだ」

 探偵さんは、ガスコンロでお湯を沸かしている。
 俺が起こした、雲子に言わせれば「強姦未遂事件」が収束した後、皆でお茶にする事になった為だ。

雲子「あんたがそんな目で私を見ていたのは知らなかったわ。ま、私が可愛いのがいけないのね」

兄「デコレート効果だろうが……」

 俺はそんな言葉を放ったが、本音はそう言い切れなかった。
 自慢げな表情の雲子から目を逸らす。
 コーヒーカップ三つを盆に乗せて、探偵さんがテーブルへ戻って来た。
 
兄「そうしてると、まともな事務所みたいだな……」

探偵「何がだ?」

兄「いや、まともな事務所の来客対応っぽいなと」

探偵「……まるで普段はまともじゃない、みたいな言い方だな?」

 今受けている依頼だってまともではないだろうに……。
 
雲子「大体、あんたを雇ってる時点でまともじゃないわ」

 雲子が言ってはいけない事を口走った。
 
兄「俺のどこがまともじゃないって言うんだよ! 怒るぞ!」

 立ち上がり憤怒する俺を、雲子と探偵さんが見上げる。
 その顔が「え? 自覚ないの?」と問いかける。
 俺のまともじゃない部分なんてあるわけ……そうか!

兄「いや、まあ、そりゃあ、ちょっとあり得ない程の良い男だなと自分でも思うけど……てへへっ」

 何だか照れくさくなって俺は後頭部を掻いた。

雲子「アホくさい……」

探偵「兄を雇ってる時点でまともじゃない。そこに気が付くとは良い目の持ち主だ。どうだ? 私の元で」

雲子「遠慮しとくわ」

 探偵さんの顔がいつになく、しょんぼりとしていた。


 それは、突然の出来事だった。
 シュークリームを貪るに夢中になっていた俺たちは、その存在を忘れていた。
 件の壺が、一人でに物音を立てた。
 見やった俺達を閃光が襲う。
 固く閉じた瞼をゆっくり上げる時、部屋の色彩は異常を起こしていた。
 壺が、部屋を染めあげる緑の光を放ち、あまつさえ拳一つ分程宙に浮いている。

兄「お、おい……おい! これなんだよ!?」

探偵「私に聞かれてもな……」

 探偵さんの声に緊張が含まれている。
 横目で彼女を見やると、雲子を庇うように立ち、小さなナイフを構えている。
 俺は何時でもズボンを脱げるように手を掛けた。
 ごくりと唾を呑んだ。
 壺は上下にゆっくり揺れながら、光を放ち続けている。
 ファー。
 壺から小さくそんな音が鳴った。
 俺たちは慌てて行動を起こした。
 探偵さんの投げたナイフが窓ガラスを割り、俺の息子は丸出しとなった。
 それ以外に異変は何一つ無い。

雲子「はあー……びっくりしたわ……」

 情けない話だが俺も探偵さんも、驚きのあまり、先走った行為に出たのだ。

兄「お、驚かせるなよ、探偵さん」

探偵「私はどこぞの悪霊退治が生業の兄弟じゃないんだ。みっともなくても勘弁してくれ」

雲子「それよりあんたは何で脱いだのよ!」

兄「威嚇になるかと思って」

 俺から目を逸らす雲子の前に回って、

兄「こんな具合に?」

雲子「このっばか!!」

 殴りかかってきた雲子の手が不意に止まる。
 ファー。
 再び壺が音を奏でた。

兄「何なんだよ……」

 ファー……ブルスコ……。

探偵「……外国語か?」

雲子「聞いた事無いわよ。ふぁーぶるすこ?」

 ファー……ブルスコ……。
 何度も壺は同じ音を出すが、それ意外に動く気配はなかった。
 最初は警戒していたんだけど、なんかウザくなったので近づいて思い切りチョップしたら
 「モルスァ」みたいな事を言いながら凄い勢いで窓を割って飛んで行った。
 何事もなかったかの様にいつもの色を取り戻した部屋で、俺たちは立ち尽くした。

兄「……」

雲子「……」

探偵「……」

 しばらく呆然としていた俺達だが、雲子が思い出した様に言った。

雲子「飛んで行っちゃったわよ!?」

探偵「……壺は残ってる、問題ないな」

兄「光だけが飛んで行ったみたいだな……俺、霊能力者だったのかも……」

 殴って除霊って……と、自分でも思ってしまうけどな。

 探偵さんは壺を依頼主に返す為に出かけ、俺と雲子はそれぞれの家に帰宅した。
 何も無い部屋の真ん中で寝転がり、自分の手を眺める。

兄「良く見れば、何か力を秘めていそうだよな……俺の手って……」

 一見平凡でありながら、それでいて不思議なオーラを纏っている……様な気がする。

兄「よしっ」

 俺は立ち上がり、占い師の部屋向かった。
 占い師はエプロン姿で俺を出迎えた。

兄「……何で服の上にエプロン付けてるんだ?」

占師「え?」

兄「え?」

 俺、おかしな事言ってるのかな……?
 
占師「何を言ってるのか分からんが、夕飯食べていかないか?」

兄「良いのか?」

占師「ああ、一人分も二人分も変わらないからな」

兄「んじゃ、お邪魔しますよ」

 部屋に入って、俺は奇声を上げた。

兄「きえええぇぇぇっ!!」

 占い師の部屋に男が居た。
 それも長身痩躯のモテそうな奴だ。
 精神的に弱ってる所を狙って手籠めにしたって言うのか!?

兄「ゆるさねぇわよ!!」

 語尾を女言葉にしたのは「え? こいつ女? マジ!? うっそー! 見た目男じゃん!」と敵を困惑させる為だ。
 何と言う策士! 頭脳明晰! 冷静かつ冷酷!!

兄「超かっこいい!!」

 顔面目がけて拳を放つ。もちろん手加減なしだ。
 俺はこの時思った。
 卑怯な手で占い師の貞操を奪ったこの男は死を持ってその罪を償うべきだと。
 だが、次の瞬間に俺はこう思う。
 人の命はそんなに安くねえ! と。

兄「ぎゃああぁあ!!」

 奴の澄ました顔面を苦痛に歪めるはずだった渾身の一撃は、しかし、奴の頭部を壁に叩きつけ、床に転がす結果となった。

兄「ひっ、人を殺めちまった!?」

 どうして!? 殴っただけで人の首が飛んだ?
 おかしい。どれだけ鍛え上げようがそんなのはフィクションの中だけだ。
 あり得ない、あり得ないんだ、こんな事は!!
 いや……。
 俺の脳が一つの答えを導き出す。
 それは俺を納得させ、これが現実である事を突きつけた。
 俺は膝から崩れ落ち、床に手を付いた。右手が目に入る。
 あいつを殴ったのは、右手。壺の光をぶっ飛ばしたのも右手、だ……。
 やっぱり俺の右手には……力が……恐ろしい、破滅の力が……!!

兄「そんな……そんな……」

 どうりで右手で息子を握ったら気持ち良い訳だよ!!

占師「兄……?」

 背後に居た占い師は俺を怯えた顔で見ている。
 それが、普通の反応だよな……。
 俺は人間かどうかも疑わしい。
 ここにはもう居られない。
 立ち上がると、占い師は後退りした。

兄「……今まで、世話になったな」

 最後の挨拶は、占い師の足元を眺めながらだった。
 これ以上、俺に怯える彼女を見たくはなかった。

占師「びょ、病院紹介してやろうか? な、何か悩みがあるなら聞くぞ?」

 支離滅裂だ……怖い思い……させちまったんだな……。

兄「俺は人を殺しちまった……俺の事は忘れて、平和に生きて行け……俺の願いはそれだけだ……」

占師「えーと……色々勘違いしていないか?」

 勘違い……?
 突然の言葉に、思考が停止する俺に構わず占い師は生首を拾い上げる。

兄「な、何を……!?」

占師「良く見ろ馬鹿」

 良く見ると、のっぺりとした顔だな……。
 溢れ出ているはずの鮮血もない。
 ……はい?

兄「マ……マネキン……?」

占師「そうだ馬鹿」

 先とは違って、安堵の脱力で膝から崩れる。

兄「良かった……俺はまだ、この世界で生きて行けるんだな……」


占師「普通、マネキンだって気が付くだろうに……」

兄「うるさい! 色々あってちょっと勘違いしたんだよ!」

 俺は探偵事務所での事を聞かせてやった。
 
占師「私はてっきり、とうとう手遅れなまでに進行したのかと思ったぞ」

兄「進行って何がだよ」

占師「心か頭の病だ」

 ……なるほどそりゃあ目の前で知り合いが発狂したら怯えるわな。
 居間で転がっていた俺は、台所に移動した。
 背後から占い師の手元を覗き込む。
 
兄「今日はまともそうだな……」

 少なくともイモリは見当たらない。

占師「いつだってお前よりは、ずーーっと、まともだ」

兄「ぬぅ……。そう言えば何でマネキン何て置いてあるんだ?」

 占い師の肩が一瞬上がったのを俺は見逃さなかった。

占師「ひ、一人ファッションショーだ!」

兄「なるほど……その気持ち分かるぜ!」

占師「そうだろう?」

 ……俺もそこまで鈍くないんだぜ!!

兄「嘘が下手だな。俺がオナニーを誤魔化す為に吐いた嘘より酷い」

 因みに「左手で箸を持つための練習だ」だった。
 いつもと違った感覚を求めて左手でしていて良かったぜ……。
 いや、結局誤魔化せなかったから、どっちでも駄目か。

占師「う……嘘じゃない」

 占い師が唇を尖らす。
 その仕草と、背後に立つ事で改めて認識する身体の華奢加減が相まって、何だか彼女がとても幼く思える。

兄「……悪かった」

占師「な、何がだ?」

兄「あの後、一緒に居てやれなくて」

占師「そんなんじゃない……料理の邪魔だから、向こうへ行ってろ」
 
 意地を張って強がる言葉に対し、湧き出た感情を俺は止められなかった。
 小さな体を抱きしめた。

占師「ば、馬鹿! 何をする!?」

兄「す、すまん……つい」

 腕の中で身を捻る占い師を解放する。

兄「……寂しかったから、マネキンで一人プレイしてるのかと思ってな」

占師「そんな事するかっ!」

兄「だったら何だよ? 俺との同棲生活のシミュレーションか?」

占師「そんな事しない! 外から見た時に、二人に見える方が安全かと思って」

 そこまで言って、占い師がハッと止まった。

占師「単なる自己防衛だ! 一緒に居ろなんて子供みたいなわがままは言いたくなかった」

 本当は「一緒に居ろ」と、子供の様なわがままを言いたかった。
 占い師の言葉を裏返せばそう取れる。
 俺の胸はきゅんとなった。

占師「……それに、もう平気だ」

 そして、拗ねた顔をする。
 連続してきゅんとなった。
 最近忘れかけていたが、俺って長男だし、こういう子は守ってあげたくなる性分なんだよ。

兄「今日は一緒に居てやるから、もうそんな顔をするなよ」

 占い師の頭を撫でてやる。

占師「さ、さわるな! 大体お前と居る方が危険だろ!」




兄「くほあぁあぁ……!!」

 長男スイッチが入った俺は、次こそ占い師を守ろうと気合いが入っている。
 
兄「せやっ! せやっ!」

 空に向かって拳を連続して突き出す。止めに回し蹴りだ。

兄「ほいやぁっ!!」

 俺の正義の力が、悪しき変態を吹っ飛ばす。
 ……と言うイメージトレーニング兼準備運動だ。
 一息吐いたところで、台所から声がかかる。

占師「埃が舞うからやめてくれ」

兄「……分かった」

 とは言ったものの、何かしてなきゃ落ち着かない精神状態だ。
 仕方ない。

兄「ほあたぁぁぁっ!! ほあっ!!」

占師「だからやめろって言って……あれ?」

 台所から顔を出した占い師が首を傾げる。

兄「何だ? 俺は今忙しいんだが」

占師「……今、何してたんだ?」

兄「頭の中だけでイメージトレーニングする事にした」

占師「そうか……近所迷惑だし、声も出さないで欲しいけどな」

兄「ぬぅ……静かにイメージトレーニングに励むか……」

 まずは舞台設定だが、これはこの部屋で良いだろう。
 次に敵だ、敵は……占い師の貧乳を狙う変質者だな。
 状況としては、この部屋で変質者に追い込まれている占い師を俺が格好良く助ける感じで行こう。
 ピンチの時に現れてこそのヒーローだからな。
 ……待てよ?
 変態に襲われてピンチなら、半裸か……。
「精密なイメージトレーニングを心がける」が人生の標語である俺としては、下着の色から形まで想像しなくてはならない。
 ふむ……全く想像が出来ん。これは、やはり一度現物を手にする必要があるな。
 俺は気配を忍ばせ、ゆっくりと箪笥へ近づく。
 一つの引き出しを開く。
 外れだ。服やマントがしまってあるだけだ。
 次は別の引き出しを……。

兄「おほっ」

 見事に当りを引いたようだ。
 一つのブラジャーを慎重に取り出す。
 黒の3/4カップブラだ。飾り気がなく、子供っぽいが、それが良い味を出している。

兄「ふむ……ふむ……」

 乱れた衣服から覗く黒いぶらじゃあ……怯える瞳……ふむ……。

兄「悪くないな」

占師「そうか……」

兄「自分が守らなくちゃいけない存在を、しかし穢してしまう! この背徳感!! たまらないと思わないか?」

占師「……」

兄「ピンチに駆けつけ、助けるまでは良かったが、今度はその姿に興奮してしまい、過ちを……を……?」

占師「……」

 ふと気配を感じ、振り返るとそこには占い師の姿が。
 手には一般家庭では中々お目にかからないごつい中華鍋を持っている。

兄「……あのさ、いつからそこに?」

占師「……箪笥を開けた時からだ」

兄「これはイメージトレーニングの為にだな……ちょっと当初と方向性が変わってしまったのは認めざるを得ないが」

占師「そうか……」

 ゆらりと、占い師が中華鍋を振りかぶる。
 
兄「待て! それは不味い! ただでさえ最近脱線ばっかりだろ!?」

兄「彼女は出来ないし、妹の出番はないし、オカルトちっくで……さらに俺が死んで舞台があの世になるなんていけないよ!!」

占師「何言ってるのか、全然分からんぞ」

兄「お、俺も良く分からんよ!!」

 占い師がため息を漏らす。

占師「何から何まで意味が分からんが、今すぐに下着を元に戻せ」

兄「はい……」

 俺は素直にブラジャーを元の位置に戻した。

占師「全く……あまり酷いと、ご飯抜きだぞ?」

兄「……!!」

 俺の動きがぴたりと止まる。

占師「兄……?」

 静かに、と言う意味を込めて人差し指唇に当てて見せる。
 占い師が不思議そうに俺を見る。
 この時、俺の聴覚は不審な音を捉えていた。
 
兄「静かに。外に何かがいる……かも知れない」



 玄関前に何者かがいるのは間違いなかった。
 断続して扉に何かがぶつかり、それに併せて足音が響く。
 何をしているのかの判断は付かないが、怪しい事だけは間違いがない。
 昨日の今日で連続して占い師が狙われるのも、おかしな話だが、安易な判断は出来ない。
 遠田の件も解決はしていないし、壺の光が何かを引き起こした可能性もある。

占師「兄……」

 占い師が小声で俺を呼ぶ。
 後に続いた言葉は無かったが、不安な気持ちは読み取れた。
 俺と同じ事を考えたのだろう。

兄「大丈夫だ……!!」

 俺はドアノブに手を掛けた。そして威嚇を兼ねて勢い良くドアを開く。
 作戦は功を奏した様で、小さな悲鳴が上がり、何者かは体勢を崩したらしい。
 そいつが手にしていた円盤状の何かが地面に落ち、金属音が鳴った。

 占い師を守ろうと言う感情が高まり過ぎて、気持ちだけが先行していた様だ。
 俺は相手をまともに確認せずして、右腕を振りかぶった。
 だが、その拳が対象に届く前に、認識してしまった。
 白濁液を浴びた美少女……だ……。
 どうして!? 最近頑張っている俺へ、神様からのご褒美!?

 ほぼ無意識に俺の拳は左頬へとUターンを始めた。
 それを回避しようと身体を捻るが、咄嗟の事に反応しきれずに、俺は仰向けの格好で地面へ転ぶ。
 後頭部に激しい衝撃を感じた同時に、視界が暗転し、思考は途切れた。
 ぶつかったのは、花壇に使われているレンガの角だった。
 痛みを感じる間も、占い師の安否を気遣う間も無く俺の意識は途絶えるのだった。
  

兄「はっ……!? こ、これは……!!」

 俺は驚愕した。これは現実の出来事なのか?
 夢の中に取り残されているのではないかと、俺はほっぺを抓った。
 目は覚めない。
 指に全力を込め、ほっぺを引きちぎらんばかりの勢いで捩じる。

兄「あだだだっ!」

 痛い。痛いぞ!!
 これだけ痛くて目が覚めないと言う事は……。

兄「現実……だと……?」

 山村さんと、占い師が、パジャマ姿で倒れている。
 何故山村さんが? と言う疑問や、倒れている事はさしたる問題ではない。
 俺が現実として受け止めきれなかった事象は――。

兄「手を繋いで、でこを合わせる様に寝ている事だ……!!」

 こんな、こんな……!! こんな光景を見せられると色々想像して、俺の股間に潜む眠れる獅子も鎌首をもたげるわ!!
 い、いや! 息子の様子なんざどうだって良い。
 窓を開け放つ。
 俺だけが独占して良い光景ではない。

兄「百合好きのみなさぁぁぁぁあん!! 祭りの合図ですぞぉぉおおぉぉぉ!!」

 俺の絶叫に、近くの木に止まっていた雀が一斉に飛び去った。
 反応したのは、哀れにも百合の良さが分からない鳥類だけだ。おかしいな……。

占師「うるさいなぁ……」

山村「ううーん……?」

兄「ひゃぁあぁっ!?」

 むくりと起き上がった二人に、俺は驚き飛び退いた。

占師「あ……大丈夫か……?」

 占い師が片目を擦りながら、俺に問いかける。
 質問の意味が一瞬分からなかったが、一つ、思い当たる節があった。

兄「ダメに決まってるだろ!?」

占師「うん?」

兄「お、お、女の子、ど、どどど、同士なんてっ!! りっ、倫理を問われても」

山村「どうしたの? 兄君、落ち着いて」

兄「と、取りあえずだな!! ね、ねね、寝起きのキスをだな、見せたまえ!! 自主規制を掛けるかどうか検討するから!!」

 エロ過ぎたら、その光景は俺の記憶の内だけに留めておこう。

占師「……打ったの頭だよな?」

山村「うん……打ち所が悪かったんだね……」

占師「救急車呼ぼうか……」

山村「そうだね。残念だけど……」

 何でしょう。こんなに愛らしくて、誰もが羨む端麗な容姿の俺が憐みの視線を投げかけられている?
 
兄「待て待て。何だよ、それ。ひょっとして恋人同士の合言葉か?」

占師「恋人同士って、なんの話だ?」

兄「なんのって……昨日の夜はお楽しみだったんだろう?」

山村「うーん……昨日は楽しかったけど、兄君は勘違いしてるよ」

占師「そうだぞ! 恋人同士じゃなくて、友達同士だ!!」

 ビシッと俺を指す占い師。その顔は得意げだった。
 
兄「どう言う事だ?」

 山村さんが、説明をしてくれた。
 学校で解散する際に、様子を見に来てくれと探偵さんに頼まれたらしい。
 
山村「一緒に寝てたのは、えぇと、初めて友達が出来たことが嬉しくて……」

 赤面しながらはにかむ校内一の美人。
 隣で同じ色に染まる幼さい雰囲気を持つ小柄な少女。
 これは夢の膨らむ画だぜ……。

兄「おっと」

 俺は中腰になった。
 夢だけじゃなくて、股間も膨らむもんね。
 その後、昨夜の美少女は山村さんで、白濁液の正体は彼女が作って来たシチューと言う事が明かされた。
 悪い事しちまったな……。


 三人……と言いたいが、ほぼ二人と一人で通学路を歩いてると、散見が前方から走ってきた。
 
散見「はぁ、はぁ……! 遅い、遅いよ!!」

 占い師と山村さんは、散見には目も向けない。
 何やらお互いの携帯に保存されている画像を見せ合って、キャアキャア騒いでいる。

兄「悔しいから、俺達も股間の松茸を見せ合いっこしようぜ? な?」

散見「ば、馬鹿な冗談を……言ってる場合じゃ……ない……!!」

 言葉が切れ切れなのは、散見が仲睦まじい美少女達をちらちらと見ていた為だ。

兄「なんだ? この素敵なお宝映像に関してのお問い合わせは受け付けないぞ」

散見「違う! 違うって!! 遠田が自白したんだよ!!」

兄「……遠田が自白?」

 散見が言うには、遠田は益垣を監禁しており、それをもみ消す為に、益垣を強姦未遂事件の犯人に仕立て上げたと。

兄「俺が想像した通りのシナリオだが……どうして自白?」

散見「分からん……」

探偵「その疑問に答えるのが私の仕事だ」

兄「探偵さん……と、雲子?」

占師「何か知ってるのか?」

探偵「自白は全て、録音したが……分からない事はまだある」

探偵「昨晩の事だ。依頼主への報告の帰りにもう一度学校を調べようと思って忍び込んだ所で、その現場に出くわしてね」

探偵「遠田は酷く慌てた……いや、怯えて校長室に駆け込んで行き、この通り」

 探偵さんのICレコーダーから、遠田の自白が流れる。
 酷く狼狽した様子の遠田と、それをなだめる校長。
 遠田の言葉は散見が話した通りの内容だ。

兄「訳が分からんぞ……ところで」

雲子「……たまたま会ったから一緒に来たのよ」

 質問を皆まで言わずに答えが返って来た。
 流石は幼馴染。

探偵「時に……君たち? この少女を知らないか」

 探偵さんが一枚を懐から取り出す。

山村「この子がどうしたの? 何度か見かけた事はあるけど……」

 俺の関心は写真よりも、散見に向いていた。
 視線が、それぞれ女の子の胸、太もも、顔、と移動し続けている。
 首が小刻みに動き続ける様は、変な生き物か、ロボットだ。面白い。
 
探偵「遠田の自白の間、校長室の前をうろうろしていたんだ」

 再生されている録音に、益垣の声が混じる。

散見「んん? 益垣か……?」

探偵「ああ、遠田に呼ばれた様でね」

兄「なんでだよ」

探偵「兄……お前、真面目に聞いてなかっただろう」

占師「中々自白を受け入れない校長に業を煮やして呼んだ様に思えるが……」

探偵「その通りだろうな。理由は分からんがどうしても罪を認めさせたいらしい。おかしな話だよな」

 益垣は淡々と遠田の自供を肯定している。
 
兄「益垣の様子もおかしいよな……散見」

散見「ああ……」

探偵「やっぱり真面目に聞いてなかっただろ。せっかく不必要な場面はカットして編集したのに……」

兄「そんな事していたのか……。で、理由は分かってるのか?」

山村「言いなりなっちゃう位に、怒鳴ったり脅したりしたって。酷いよね……」

 俺達の間に沈黙が訪れた。
 言葉にすれば簡単だが、想像してしまうと、言葉を失う程の行為だ。

兄「どうしてそんな奴が自白なんてしてるんだよ」

探偵「本当に人の話を聴いてないんだな……」

「これだよ」と、探偵さんが先の写真を俺の目の前に突き出す。
 ……近すぎて、全然分からない。
 白くほっそりとした探偵さんの指の方が気になっちゃうぜ。

探偵「壺が放った緑の光。勘違いかも知れないが、この少女の背後にも見えたんだ」

雲子「そ、それってこいつが殴り飛ばした、アレ?」

探偵「そんな気がしたな。
   ……もっとも、小さかったし一瞬で消えたから、断定は出来ない。が、この少女はこの件に関係してると思うんだ」

兄「……何でも良いけど、そろそろ写真を遠ざけてくれないか? 勢い余って指をぺろぺろしちゃいそうだし」

 視界が開けると探偵さんが複雑な顔をしていた。
 言いたい事があるなら言えば良いのに。

兄「んで、これがその……」

 改めて写真を見る。

兄「んほぉぉお!?」

 絶叫する。

占師「知り合いなのか? 凄く可愛くて叫んだとか、言うなよ」

兄「いや……可愛いけど……その、なあ?」

 俺は雲子に視線を投げる。
 不思議そうな顔をしながら、雲子が横から写真を覗き込む。
 そして黙ったまま俺の顔を見る。

探偵「なんだ? 二人の知り合いか?」

兄「知り合いと言うか……ほら」
 
 俺は探偵さんから写真を奪い取り、自分の顔の横に掲げた。

兄「可愛さ二倍だろ?」

探偵「いや、何が何だかさっぱりだ」

 雲子が深いため息を漏らした。

雲子「……こいつの妹よ。全然似てなくて、可愛い子だけど」

 短い沈黙の後、探偵さんが口を開く。

探偵「……なるほどな……どうりで薄幸そうな顔してる訳だ」

 うんうんと頷く一同。
 俺の様な格好良い兄がいるのに、薄幸ってどういうことだ? あ、そうか。
 血が繋がってるから、結婚出来ないもんなぁ……。
 なるほど、と納得し、俺もみんなと同じ様に、うんうんと頷くのだった。


妹の出番、および壺の話に決着がつくまでもう少し。

兄「こいつはピンチって奴かな……?」

 少しでもずれていたら、俺の端整な顔は、二目と見れなかっただろう。
 壁に背を預ける俺の顔のすぐ横に、巨大な鎌の刃がある。

妹「もう少しだけ……お兄ちゃんに任せてくれないかな……」

 誰もが亡羊として立ち尽くしている中、妹が口を開いた。
 何の話かは、俺には分からない。

?「甘っちょろい事を言いますね……」

 俺に鎌を振りかざした、見た目は清楚なお嬢様が、妹の言葉を嘲った。

?「こいつはここで、ぶっ殺さないと何をしでかすか、分かりませんよ?」

 柔和な笑みを浮かべて、とんでもない事を言う。

妹「でも、お兄ちゃんは……悪くない……」

 妹は、今にも泣き出しそうだ。
 何の話か分からない上に、危険に立たされている俺は、下の目から黄色の涙が出そうだ。
 鎌の女は、俺をじっと睨み付けているが、状況次第では、怖いどころか微笑ましい。
 どうも中身と容姿が一致しない女の子だ。
 ツンデレか? どちらにしても可愛い子には違いないので、仲良くなってあれこれと……。 
 思考を遮るように目の前の女の子が口を開く。

?「……こいつが今何を考えているのか、知っていますか?」

妹「え……?」

?「私にさえ、欲情している、らしいですよ?」

妹「で、でもそれはお兄ちゃんのせいじゃ……」

 女の子が、壁を蹴る様にして鎌を引っこ抜く。
 いよいよ中身と容姿が一致しない。

?「良いですか? あれとこれとを別と考えるのが間違いですよ。……行きましょう」

 女のが妹の背に手を添えて、俺たちに背を向ける。

兄「良く分からんが、助かったのか……?」

 ホッと胸を撫で下ろす俺の心情を知ってか知らずか、探偵さんが声を上げた。

探偵「まだ終わってないぞ。勝手に帰らないでくれないか?」

 だが、まるで聞こえていないかの様に、立ち止まる事さえしない。
 
探偵「待てと言ってるだろう」

 探偵さんが女の子の肩を掴む。

?「しつこいですよ。貴女達被害者は、黙って私に助けられれば良いんです」

探偵「助けてもらえるなら有難いが、少しは説明してくれたって良いだろう?」

?「生憎、私は正義のヒーローじゃないので」

 話はもう終わりと言わんばかりに、女の子が消えた。
 え? 消えた?

探偵「何が……どうなってるんだ……?」

 妹が無言のままこちらに振り返る。
 その手に乗っていたのは、球体をした緑の光だ。

兄「あれって……まさか……」

探偵「壺の光、なのか……?」

 俺達の疑問に答える事無く、妹は再び背を向け、歩き出した。




兄「ぬふ、う……」

雲子「それ、ため息なの?」

 俺と雲子は、中庭のベンチに並んで掛けている。
 今は昼休みだ。
 巨乳の幼馴染は、のん気に昼食をとっている。
 購買部で買って来た、「ぺろぺろちーの」と言うパスタっぽい何かをだ。

兄「はあ……お前は良いよなあ……考える事が無くて……」

雲子「何よそれ! 馬鹿にしてるの!?」

 もちろん馬鹿にしたが、ここまで怒るとは思わなかった。
 顔中パスタっぽい何かだらけだ。

兄「……」

雲子「ご、ごめんなさい……」

兄「いや、良いんだけどな。食べるし」

雲子「え? 食べるの?」

 女の子の食いかけなんて、プレミア物を食べない奴がいるか? 居るならそいつはアッチ系だ。

兄「しかし、俺がする悪い事ってなんだ?」

 あの女の子が襲って来た時、止めに入った妹とそんな事を話していた。
 現在の俺に罪は無いが、近い内に罪を犯すと。

雲子「女の子にセクハラするとかじゃないの?」

 俺は黙って雲子を見つめる。不思議そうに雲子が俺を見つめ返す。
 頃合を見て、俺は雲子の立派に成長した胸を鷲づかみにする。
 柔らかな感触を一瞬だけ感じ、素早く手を引っ込め、立ち上がる。

兄「うおー!! 俺は乳を揉んだぞ!! 裁きでも何でも下してみろ!!」

 鎌の女の子を挑発してみようと思ったのだが、「馬鹿じゃないの!」と言う罵倒と共に、雲子にビンタされただけだった。

兄「……セクハラじゃないんだろうな。そもそも人類はそう言う行為を繰り返して繁殖して来た生き物だ」

 俺は格好良く言った。

雲子「別に格好良く無いわよ。……妹ちゃんに危害を加えるとか? あの子、妹ちゃんと一緒に居たわよね?」

兄「まさか。兄の鏡と呼ばれるこの俺が?」

雲子「確かに、叩いたりはしないと思うけど……え、え、エッチな……事とかは?」


兄「ふむ……」

 近親相姦は悪い事だって印象はあるな。
 と、なると俺は妹に対して松茸を使う事になるのか。

兄「……ある訳無いだろ? 冗談でなら何度か言ってるけどな」

雲子「……妹ちゃんが冗談だって分かってなかったら?」

兄「……」

 俺が思い出していたのは、俺が今の生活を送る羽目になった原因の出来事だ。
 ……嫌われてるから家に入れてくれなかったのではなく、本当に危険を感じてたのであれば、雲子が立てた仮説通りだ。
 じゃ、じゃあ、解決策としてはやっぱり、彼女を作って、妹とにゃんにゃんする気は無いって事を示すべきか?
 人ではない女の子に見張られてるとは言え、そんなに俺の生活は変わらないのか……。

兄「はあ……それじゃあ、気楽に行こうか……」

雲子「この状況で何で気楽に行くのよ」

兄「いや、妹をエッチな目で見てる訳じゃないと示すのには、彼女を作るのが一番かと思ってな」

雲子「そもそも、あんたの犯す罪って言うのが別の事かも知れないじゃない」

兄「そうだとしたら、俺には想像が出来ないからな。知らん」

雲子「はあ……」

兄「なんだよ、その馬鹿にした様なため息は」

雲子「馬鹿にしてるわよ」

兄「馬鹿って言った方が馬鹿なんだよ」

雲子「あんたは二回言ってるわよ」

 雲子の分際で、ちょっと頭良いっぽい返しをしてくるじゃねーか……。

兄「ふ、ふん。だったら馬鹿って漢字で書いてみろよ」

雲子「そんなの簡単に決まってるじゃない」

 雲子が宙に向かって人差し指を動かす。
「ここは確か……」等と言いながら、苦戦しているらしい。やっぱり馬鹿だ。
 俺は夢中になっている雲子からそっと離れて、そのまま中庭を後にする。
 しばらく経ってから「あー! 逃げたわね!!」と聞こえて来た。

兄「ぷーくすくす」

 俺は笑いを堪えながら、教室に戻るのだった。

前も飛んでるような気がしてたけどあれはわざと?

番外編~兄「超分かりやす……かったら良いな。そんな解説講座」~その1


 いつものみんなを俺の部屋に呼び集めた。
 これまでの俺の活躍を振り返りつつ、現状を把握する事が目的の講座を行う為だ。
 もちろん講座と言うからには、制服着用が義務だ。
 そう……みんな制服だ……うひっ。うひゃ。
 因みに、講師役は、探偵さんに任命した。制服は、ほら、なんか卑猥だからさ……。

探偵「はい、では講座を始めます」

一同「よろしくお願いします」

 傍から見ると……偉い人と、その召使いの様だ。
 探偵さんが立ったままで、俺、雲子、山村さん、占い師が床に正座しているからか?

探偵「ではまず、基本的な事柄から入るとしましょう」

 探偵と言う職業柄からなのか、メガネを掛けているだけなのに、知的な雰囲気を放つ探偵さん。

探偵「そこのおっぱいのデカい子。今、何日目か、分かりますか?」

 知的な雰囲気をぶち壊して、基本中の基本を問いかける。

雲子「六日目……だったはずよね。意外と進んでないのね」

探偵「はい。六日目で正解です」

 知らなかったよ、俺。……まだこの生活が始まってから、六日しか経ってないのか。
 てっきり八か月近く経過してるのかと思っていたぜ……。

探偵「では次にテキスト>>279ページをご覧ください」

 言われた通りに手元のテキストをめくる。
 うーん……? 分かりづらい部分は特に無いと思えるが……。

探偵「下から四行目に書かれている文章を……桃子、読みなさい」

占師「ええ!?」

 まさか音読させられるとは、思っていなかったのか、占い師が裏返った声を出す。
 さらに、該当する文章に目を向け、赤面した。
 なぜならそれは、俺のセクシーシーンだったからだ。

占師「ほ、本当に読めないとダメか……?」

 怯える小鹿の様に探偵さんを上目使いで見る占い師。
 俺なら、すぐさま抱きしめて、ナデナデしているところだが……。

探偵「先生に向かってその口の聴き方は何だ!! その腐った根性を……」

兄「ストーップ!! 熱い教師的な展開は良いから! 
  そんな事ばっかりしてるから、話は進まないし、文章が水増しされて、作者が前回までの話を再確認するのを面倒臭がるんだよ!!」

探偵「そ、そうだな、悪かった」

探偵「では、本講座の円滑な進行の為にも……な?」

 ここでごねると、主役から降ろすぞ? そんな目で占い師を見る探偵さん。
 しばらく視線を泳がせていたが、やがて諦めが付いたのか、立ち上がって指定された文章を読み始める。

占師「お、俺は中腰になった、夢だけじゃなくて、こ、こか……」

探偵「どうしましたか? 早く続きを」

 そう言った探偵さんの顔はにやけていた。完全にセクハラを楽しんでるぞ。

占師「こ……股間も膨らむもんね……その後」

探偵「はい、そこまでで結構です」

番外編~兄「超分かりやす……かったら良いな。そんな解説講座」~その2



 何だったんだ……占い師が恥ずかしがる姿を見れただけじゃないか。

探偵「その続きの文章を、山村君、翻訳してください」

山村「え? 翻訳? ……これが日本語だから……英語に……?」

 いや、それは無い。作者が英語を理解出来る筈がない!!

兄「そうなると……ああ……俺は知っているけど、改めて当事者から詳細をって事じゃないか?」

山村「あ、そっか。えと……扉にぶつかってたのは、シチューを入れていた鍋だよ」

山村「タッパとか、小さい鍋に入れれば良かったんだけど、
   大き目の鍋だったから、両手が塞がってて、何とか呼び鈴を押そうとしてたんだ」

兄「で、俺が急に扉を開けたから、体勢を崩して、鍋をひっくり返したと」

山村「その後が大変だったんだよ。シチュー片付けたり、兄君片付けたり。ねえ?」

占師「ああ……全くだ」

 なるほど。二人きりになった上に、俺やシチューの処理を共同で行っている内に、仲良くなったのか。

探偵「はい、これでこのページは終わりです。次は問題の>>286です」

雲子「ここは、単純に冒頭に、妹ちゃんの所までみんなで行ったよって事を入れれば良いんじゃないかしら」

 雲子よ、詰めが甘いな。
 雲子の言葉に加えて、妹の所に行ったら、なぜか生徒以外の女の子が一緒にいて、
 問答無用で俺に巨大な鎌を振り下ろして来た事も入れるべきだ。

探偵「うーん。二人とも、惜しいですね。満点を付けるなら、これも入れるべきです」

探偵「鎌が突き刺さっていた壁には、傷痕一つ残っていなかった。と」

兄「……それは……単純に作者が入れ忘れただけじゃないか……」

探偵「……はい、では今日はここまで!!」

番外編~兄「超分かりやす……かったら良いな。そんな解説講座」~その3



探偵「あ、補足なのだが」

探偵「鎌の女の子の正体や妹との関係、遠田の自白の真実等は……
   後々話の中できちんと明かされるらしいっぽいような気がするから、安心してくれ」

 きっちり仕事をこなす探偵さんの背後で。

兄「さて、次はお待ちかね保健体育の授業だ!!
  今日は男女の体つきの違いを、手で触れ、目で見て、舌で味わあああぁああぁ!?」

山村「わっ、でっかい蜂だよ!!」

雲子「ちょ、ちょっと、これ不味いわよ!!」

占師「……バーリア」

兄「い、いや、待て待て! 俺を盾にするんじゃねえよ!! 動けないし! 
  来ないで!! 来ないで!! イ、イヤアァァアァ!」

探偵「なんだ、騒がしいな」

 探偵さんが振り返る。

兄「ダメエェェ!! 服の中なんて、ダメなのぉおぉぉ!!」

 その後、刺された箇所が酷く腫れあがり
 出目金の目と、ピエロの鼻と、常に膨らんだ股間を持つ謎の怪生物として、一週間程過ごす俺だった……。





何かあんまり説明出来た気がしない。
ただの番外編っぽくなっちゃった。

>>293
わざと飛ばす様な事は、意図してやってます。
面白くなら無さそうな場面は飛ばす方が読む側にも書く側にも良いかなと。
今回ので、分かりにくくならないように、気を付けようと思いましたが。

ちょっと間が空いた事もあり、リハビリがてらに番外編。

~幕間劇・体育祭編~その1



兄「……ふっ」

 俺は占い師の部屋で朝日を浴びて格好良く立っていた。
 いや、俺の息子じゃなくて、俺が立っているのだ。
 秋晴れの青い空。前夜は一人遊びを自粛し、力溢れる俺。
 良い感じじゃないか。
 学校指定のジャージにも着替え、準備は万全だ。

兄「体育祭が始まるぜ……!!」

 俺が拳を握りしめ、溢れる思いを口にしたところで、占い師が奥の部屋から出てくる。
 桃色の寝巻がはだけ、胸元が開いているが、何せ谷間が無い可愛そうな子がこの占い師――こと、時次桃子だ。
 寝ぼけ眼に俺を捉えた彼女が裏返った声を出す。
 
占師「わっ……あ、兄!?」

兄「おう、『バナナはお菓子に入りますか? いいえ、玩具に分類されます』でお馴染みの俺だ」

占師「い、色々と意味が分からないぞ……」

 言いながら寝巻を整える。

兄「ここで言う玩具とは、大人の玩具であり、バナナは女性の……」

占師「そ、それはどうでも良い! 何で私の部屋に居て、勝手にジャージを着てるんだ!!」

兄「俺はジャージを持ってないからな」

 妹に着の身着のまま家を追い出されたっきり、帰ってないので当然だ。

占師「だ、だからって私のはないだろ!?」

兄「二着有ったから、良いかなと思って……」

占師「い、良いかなと思ってって……」

兄「そんな事よりほら、今日は待ちに待った体育祭だ! 細かい事は気にするんじゃない」

占師「別に待ってないし、細かい事じゃないだろ?」

 勝手に家に入り、ジャージを探して箪笥を開き、間違ったふりして下着を手にとり、
 色々あってようやくジャージを着こんだ。
 よくある事じゃないか。

兄「うんうん」

占師「なんなのか……」
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その2


兄「久しぶりだな、ペロリーヌ、あいや、ペロリィヌだっけか?」

山村「小さい『イ』で正解だよ」

 朝の件は、以前に山村さんのお兄さんの制服を貰った事を思い出した俺の機転により解決された。
 制服と同じく、ジャージもお世話になろうと考えたのだ。
 早めに家を出た俺と占い師は、山村さんのお宅にお邪魔している。
 
兄「……ところで、お前は何で俺の後ろに隠れてるんだ?」

 山村さんとは打ち解けたはずだ。

占師「い、い、い……」

兄「淫乱症候群? 淫乱ナース、夜の診察は過激?」

占師「犬怖い……」

山村「ペロリィヌは怖くないよ」

 ほら、とペロリィヌを抱き上げて占い師に近づける山村さん。

占師「ひぅっ」

 ペロリィヌに頬を舐められ、変な声を上げる占い師。
 この白い毛玉の何が怖いのか、俺には分からないな。
 わしゃわしゃと頭を撫でてやると、嬉しそうにしっぽを振る。

兄「っと、愛玩動物を愛でている暇はないんだよ!!」

山村「そうだね、そろそろ学校行こうか」

占師「あ、ああ……」

 ほっと胸を撫で下ろす占い師。

兄「準備は良いな? いってきまーす! お義母さーん!」

山村「やめて」

兄「うっ……」

 ちょっとした悪戯のつもりが、割と本気で嫌がられてる?
 友人代表の占い師が居る事もあり、ずっと笑顔だった山村さんが真顔で俺を非難する。

兄「ごめんなしゃい……」

山村「罰として、二人の鞄は兄君が持ってね。はい」

 山村さんが鞄を俺に押し付け、占い師がそれに習う。

兄「いっひっひっひ、どれどれ、役に立たない豊胸器具は……」

占師「が、学校には持っていくわけないだろ!?」

山村「……には?」

占師「あ……えっと……」

兄「……持ってるのか?」

占師「……」

 その沈黙は、肯定と受け取って良いのか?

山村「と、途中でコンビニに寄って、牛乳買って行こう? ね?」

 ……フォローになってないし。
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その3


 妙にしんみりしながら慣れた道を三人で行く。
 占い師の手には紙パックの牛乳。
 悲しい気持ちになるから、直視しないぜ!!
 あまり意味の無い誓い立てていると、不審な影が目に留まった。
 電柱に寄りかかり煙草を吹かす、警備員風な装いの人物。
 深く被った帽子で顔は伺い知れないが、長髪である事は分かる。
 コスチュームプレイヤーだろうか……? いや、なんの……?

?「そこのお三方」

 視線を気取られたか、声を掛けられる。
 辺りに俺達以外の三人組はいない。

兄「あー……なんだ?」

?「最近、この辺りに変質者が出没しているらしいので、ご注意を」

山村「変質者……」

兄「どうして俺を見る」

 体育祭で揺れるおっぱい、汗ばむ太ももを狙う変質者が居てもおかしくない。
 故の警備員だろうか。

?「こんな顔の男を見かけたら、すぐに知らせてください」

 一枚の写真が俺たちの眼前に掲げられる。
 写っていたのは、紛れもない俺の顔だ。

兄「……変質者とは思えない良い男だな。冤罪じゃないのか?」

山村「……ノーコメントだよ」

?「ん? この写真の男と、君ってもしや……」

 手にしていた写真と俺を見比べる謎の警備員。
 ……逃げるか。

占師「……何逃げようとしてるんだ。早く落ちを付けろ」

兄「落ち?」

山村「気づいてなかったの?」

?「目を鍛えるんだな」

 警備員がゆっくりと深く被った帽子を上げる。
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兄「貴女は……!! 生き別れた姉さん! 会いたかったよ!!」

 抱き着こうと飛びつくも、華麗に回避される。
 俺は彼女の背後の壁に激突した。

探偵「……おはよう、二人とも」

 俺の精一杯のボケを無視して、挨拶を交わす探偵さん。

占師「こんな所で何をやってるんだ?」

探偵「体育祭の警備員だ。この制服は伊達じゃない」

山村「警備員って……本当に不審者でも居るんですか?」

探偵「うーん……実は近くにある男子校の校長から、こんな手紙が届いたらしくてな」

占師「何々。『貴校の生徒は美少女が多くて羨ましいけしからん。悔しいから我が校の精鋭を率いて、遊びに行くよ』か」

探偵「そんな訳で警備の依頼が来てね」

兄「探偵さんの所に?」

山村「あ、兄君……鼻血出てるよ」

 山村さんが差し出すティッシュを受け取り、鼻を拭いながら、気になった事を聴く。

兄「俺以外に所属している人間もいないんだろ? 一人で勤まるのか? そもそも探偵事務所に依頼するような物じゃ……」

探偵「私の私情だ」

兄「え?」

探偵「あ、いや。間違えた。大人の事情だ」

兄「……」

 訝しげな視線を送る俺に探偵さんが耳打ちする。

探偵「桃子の晴れ姿が見たいだけだ」

 探偵さんが懐からデジカメを覗かせて、意味深い笑みを浮かべる。

探偵「良いのが取れたら君にもやる。私の事は見なかった。良いな?」

兄「……」

 恐らく、個人的な目的の為に、警備会社の制服を調達して、潜り込んだのだろう。

兄「頼りになる警備員さんに守られて、体育祭で青春の汗を流せる俺は幸せ者だなぁ」

山村「あ、兄君? どうしたの? 急に」

兄「さあ学校に行こう」

探偵「行ってらっしゃい」

兄「はい。貴女は俺の知り合いに似てる様に見えるけど、他人のそら似でしょうな。はっはっはっは」

山村「……どう言う事?」

占師「私に聞かれても……なんなのか……」
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取りあえず今日はここまでで。
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その4


 学校に到着し、飲み物が欲しくなった俺は二人と別れ、自動販売機に向かった。
 そこでおかしな光景に出くわしていた。

兄「お前……」

雲子「んく……んくんく……」

 幼馴染の雲子がペットボトルの飲料を勢い良く飲んでいる。
 それは別に構わないのだが……。
 問題は彼女の足元に転がる大量の空のボトルだ。

兄「何やってるんだよ」

雲子「ん……? 兄? なによ」

兄「なによはこっちの台詞だ。吸血鬼は血以外じゃ喉の渇きが収まらないのか?」

雲子「吸血鬼? 何の話よ」

兄「淫魔は男の……うぇひっひっひっ?」

雲子「……笑い声で問いかけられても困るわよ」

兄「まあ良い。お前、何だってそんなに飲み物を飲んでるんだよ」

雲子「体育祭でしょ? スポーツ飲料を飲めば……勝てるわ!!」

 そう力説し、再びペットボトルに口を付ける雲子。
 馬鹿だ。馬鹿がいる。
 水分や栄養の補給には適しているが、身体能力の向上効果は無い。
 ……誰かこいつにそれを教えてやれる大人は身近にいなかったのか?

兄「……俺は『午前の紅茶』にしよう」

雲子「それ、不思議よね」

兄「何がだ?」

雲子「どうして午後には飲んじゃ駄目なのよ」

兄「……」

雲子「兄?」

兄「……午後に飲んで見たらどうだ?」

雲子「嫌よ。死んだらどうするの」

兄「……あ、ああ。じゃ、俺行くから」

雲子「私はまだ飲むわよ! 一等を取るわ!!」

兄「……頑張れよ」

 体育祭……ではなく、人生と言うか、そんなに頭が弱いと苦労も多いだろうに……。 

その5


 教室では男尻、散見がそわそわしていた。
 俺の挨拶も聞こえないくらいに、周りが気になるようだ。

益垣「おはよう、兄」

兄「お? おはよう」

益垣「晴れ渡る空の下、健康的に運動し、汗を流す。社会人になるとそう言う機会も減る。
   今日は高校生らしく、楽しもうじゃないか」

兄「……あ、ああ」

 妙に知的で、それでいて運動の良さを理解している。
 道理に通じた賢い――賢者の如き物言い。
 恐らくはトイレで、邪な感情を消化してきたのだろう。

男尻「沸き立つ男の香り! 弾ける汗! 躍動する筋肉! ふっ……良いじゃないか! 良いじゃないか!」

散見「視界に含まれる肌色の割合が急上昇! 由々しき、これは由々しき、由々しき」

 一般的に面倒なイベントと認知されている体育祭だが、俺の周りの人間はそれなりに楽しみにしているらしい。
 程なく、真っ赤なジャージを着用した担任教師が入室し、ざわめきを鎮め、連絡事項を伝える。

教師「今日は体育祭だ。怪我には充分に注意するように。それと……。
   近くの男子校の生徒が忍び込んでいると言う噂がある。見つけた生徒はすぐに警備の人に伝えるように。以上」

 教師が出ていき、再び騒がしさを取り戻す教室。
 生徒の中にはジャージ姿と制服姿が混ざっている。
 制服で登校して来た者が、更衣室へと向かう。
 益垣は早々にトイレに向かった。お盛んな事で。
 自分の出場する競技の時間以外は基本的に自由行動なので、俺は山村さんと連れ立って校庭へ向かう。
 途中、占い師と雲子がそこに合流する。

占師「はあ……雨が降れば良かったのにな……」

兄「ひょっとして、運動は苦手か?」

占師「運動は構わないが、競技なのがなあ……」

兄「協調性がないもんな」

占師「人を社会不適合者みたいに……」

兄「おっぱいも無いしな」

 占い師が何かを言いかけたが、横目で雲子の大きな胸を見ると口をつぐんだ。
 雲子の隣で、おっぱいが有ると主張する程虚しい事は無いだろう。

山村「私は運動自体ちょっと苦手だなあ……」

雲子「え? 飲んで無いの?」

山村「……? 何を?」

雲子「スポーツ飲料を摂取すると、運動能力が上がるかも知れないって、誰かが言ってたかも知れない様な気がするわ」

 そんな不確定要素だらけの理論を実践するのはお前だけだ……。

 飽きれる事自体に飽きると言う稀有な状態の俺の行く手を遮る様に影が割り込む。

?「ここに居たか、問題児」

兄「少子化の原因は俺が格好良すぎて、他の男に女の子が興味を示さなくなったから、と言う意味では問題児だ。異論はない」

 異論はないので、脇を抜けて行こうとするも……

?「待て! まだ話は終わってないぞ、問題児!」

 引き留められる。

兄「何だよ。俺は忙しいんだ。って言うか誰だ?」

?「なっ!? 生徒会長の顔も覚えてないのか! 問題児め!!」

 生徒会長? 俺の中で生徒会長は責任感が強いが、それが空回りしてしまう天然な美少女だと決まっている。

兄「偽物に興味はない」

?「い、言うに事欠いて偽物だと!? ぐぅ……だが、問題児よ、そう強気でいられるのも今日までだ」

 ずれた眼鏡を直しながら、偽会長が含み笑いを浮かべる。

会長「お前が実は大した運動も出来ず、頭も悪い男だと言う事を、全人類に示してやる!!」

兄「校内の運動会で全人類は無理だろ」

会長「む……じゃ、じゃあ生徒全体だ! とにかく、貴様の無様な姿を晒してやる! 覚悟しておけ!」

 言い捨てて走り去る偽会長。
 残された俺は、いつの間にか一人ぼっち。
 面倒臭そうだからって、先に行ったんだろうな。
 寂しいが、ここでいつまでも悲しみに暮れていても仕方ない。
 校庭へと階段を下りる。

妹「あ……」

 意外な、しかし、少し前までは毎日顔を合わせていた人物に出くわす。

兄「よ、よう……お兄ちゃんだぜ」

妹「うん……」

 ぎこちない兄妹の挨拶。
 鎌の女の子の姿は見えないが、あの時の光景が頭を過ぎる。妹の泣きそうな顔。

兄「……大丈夫か?」

 何に対しての質問か、自分でも分からないがそんな言葉が口からこぼれた。

妹「大丈夫……だよ?」

兄「そ、そっか……」

 お互いに、続ける言葉が見つからないが、立ち去る事も出来ない。
 気まずい空気を打破しようと、俺は思った事をそのまま口にする。

兄「その髪型……似合ってるな、可愛いぞ」

 単なるポニーテールだが、あまり見た記憶はない。

妹「あ……ありがとう」

 妹の顔に柔らかな笑みが咲く。
 胸が高鳴った。
 
兄「あ、あー……その何だ、あれだな、玉ねぎのみじん切りってある種の拷問だよな?」

 誤魔化す様に脈絡の無い事を話し出す俺。妹相手に何をやってるんだ。

妹「そ、そうだね? でも、なんで」

「今玉ねぎの話?」と続いたであろう言葉は、妹の名を呼ぶ大声にかき消された。
 俺の知らない女の子が、妹に走り寄る。後ろから更に三人がやって来て妹を取り囲む。
 途端に賑やかになり、楽しそうな妹達。
 ……俺はその脇を抜けて階段を降りようとするが、妹が俺を呼び止める。

妹「お、お兄ちゃん……! あの……」

 何を言おうとするかは分からないが、俺は片手を上げるだけに留めて、先を行く。
 こんな日は何かを悩んだりして欲しくない。妹もそれ以上は言わなかった。
 ……今の俺、クールで格好良くなかったか? うん、格好良かった。
 
兄「うひひょひょひょ……」

その6


 俺が出場する競技の一つ目は100m走だ。

兄「ふっ……俺の美しく力強い走りに惚れるなよ?」

男尻「そいつは出来ない約束だな」

兄「……」

 迂闊だった。ほぼ全ての競技は男女別に行われる。
 従って、俺の周りには男ばっかりだ。むさ苦しい事この上ない。

兄「まあ良いか……」

 すでに競技は始まっており、俺の組が走り出す番は確実に近づいて来ている。

会長「くくく……地獄への扉は開かれた!! さあ並ぶが良い! 問題児よ!!」

兄「俺は甘くないぜ? どっちかって言うとしょっぱいぜ!!」

 何が? どこの味? と言う質問は野暮ってもんだ。
 男尻を含むライバルと横一列に並ぶ。
 背後で何やら偽会長とその部下? らしい女の子がひそひそと話している。

会長「準備は良いか? 副会長?」

副会「抜かりはござりません。いつでも発動可能でございます」

会長「にやり……。おい、問題児! 100m走で一位になれば、お前の好きな子とキス出来る権利をやろう!」

 突然の言葉に俺は戸惑いながらも、ある疑問を問いかける。

兄「か、仮にだが……俺のキスが素晴らしすぎて、女の子がその先を望んだ場合は……?」

会長「え? さ、先? 先ってその、あの……あ! あー!!」

副会「顔を真っ赤にしている場合ではありませんよ。自由だと仰ってください」

会長「じ、自由だぁ!!」

 会長が拳を振り上げて叫んだ。

兄「ほぅ……ならばこの勝負……負ける事は出来ないな……」

男尻「俺からも質問だ!! 女どもはどうだって良い! 男も自由に出来るのかっ!?」

会長「え……えぇ!? お、男の子同士なんて、そんな……」

副会「だから」

 副会長が苛立ち交じりの声を出す。それに慌てて応じる生徒会長。

会長「じ、自由だ!!」

男尻「くくく……悪いな兄……今の言葉で俺の勝利は確定した!!」

 再び会長と副会長は背後に回り、ひそひそと話し出すが、そんな事に構う暇はない。

今日はここまで。

次回は週明け、遅くとも来週末までには。

出来るだけ早く書こうとは思ってるんで、最低限のラインで次回予定は書いていく予定で。

 俺の目はゴールとその先の素晴らしい未来だけを映す。
「位置に付いて」の声が掛る。

兄「ん……?」

 腰に小さな違和感を覚えるが、気にする必要は無い。
 俺は勝つ、俺は勝つ、俺は勝つ。それだけで思考を埋め尽くす。
「よーい……ドン!!」
 掛け声と共に、俺の身体は疾風の如く、駆け出すはずだった。

兄「うぐっ!?」

 しかし、俺は派手に転んでいた。立ち上がり、走り出そうとするも、また転ぶ。
 何かに引っ張られた感触を覚え、振り返ると俺のズボンから、縄が伸びている。

兄「な、なんだ!?」

会長「あー、その辺に置いてあった縄が偶然にも問題児のズボンに絡まってしまった、事故だー大変な事故だー」

副会「棒読みになってます、会長……」

 一つ舌打ちし、俺はすぐさま対応策を弾き出す。
 悠長に縄を解く暇はない。だったら、脱げば良い。
 俺は躊躇う事無く、下着と靴ごとズボンを脱ぎ捨てた。
 女の子が悲鳴を上げるが、問題ない。アイドルを前に黄色い声を上げるだろ? そう言う事だ。

兄「うおおぉおおぉおぉっ!!」

 雄たけびを上げて、股間の最終兵器を大きく揺らし駆け出す。
 小石が足の裏にめり込む。その痛みさえ感じない。今の俺は勝利の為にだけに存在する。
 雑魚を簡単に追い越し、男尻の背を捉える。
 このまま走り続ければ、彼を追い越す事も不可能ではないが、100mの内に抜かなければ意味がない。
 男尻との差は僅か。しかし、ゴールまでの距離も同じく僅か。
 拳一つ、二つ分なのに!
 妙に決まり事が多いこの体育祭、プロの陸上競技と同じく、頭部、手足、でゴールを切る事は出来ない。
 手を伸ばせば男尻より先にゴールに届くのに、それが出来ないもどかしさ。

 俺は勝ちたい……勝たなきゃいけない……!!
 その思いが天に通じたのか、天啓が俺に道を示す。
 俺に無くて、男尻に有る物。それは下半身を覆う無駄な布だ。
 真っ赤に燃える闘志を、桃色淫猥絵図へと高速変換する……!!

『やっ……挟めないからって、擦りつけないで……っ! んっ、んんぅ……』
『え? ペロリィヌと入れ替わる? だ、だめだよ! そんなとこ……舐めちゃ……あっ……』
『ふふ……散々馬鹿にしてた私に足で弄られて気持ちよくなっちゃうのね? くすくす……』
『初めてなんだ。だから、どうしたら良いか……く、咥えるのか……。ん……んく……』
『兄妹でこんな事……ダメなのに……身体が止まらないの……あうっ……お兄ちゃん大好き……』

 俺の息子が噴火の勢いで巨大化する。
 
兄「いっっけえぇぇぇっ!!」

 腰を突き出し、少しでも先を目指す。
 ゴールテープを引きちぎり、勢いを殺せず俺は地面に転がった。
 感覚では、男尻とほぼ同時だが……。
 それは奴の方も同じらしく、声を荒げている。

男尻「くっ……おい! どっちが勝者だ!!」

生徒「少々お待ちを……写真判定の結果……」

 俺たちは荒い息のまま、静かに先の言葉を待つ。
 俺の息子は、すでに縮こまり、所在無さげに揺れている。
 長く短い時間が流れ、果たして、俺の策が功を奏した結果が言い渡される。
  
生徒「……ただいまの勝負、おちん○んの差で……兄の勝利です!!」

 男尻がその場に崩れ落ちた。

男尻「そんな……俺も下半身を露出していれば良かったのか……くそっ、くそっ!!」

 男尻が何度も地面を殴りつける。
 閃きと偶然と。何かが抜けていたら、その立場は俺の物だっただろう。

兄「……男尻……互いに全力を尽くしたんだ……だから、その……」

男尻「分かっているさ……勝者はお前だ……。見っとも無い所を見せたな」

 男尻が立ち上がって土を払い除け、俺を見た。
 その顔には涙が滲んでいる。

男尻「へっ、汗が目に染みるぜ……」

兄「男尻……」

男尻「そんな顔はやめろよ。お前は勝ったんだ。ほら、もっと堂々としろ!」

 俺の手首を掴んで、高く掲げる。

男尻「落ち込むのは俺だ。英雄は……お前だ。もっと笑え! 叫べ! 兄!」

兄「お……おおぉおぉおおぉぉぉ!!」

 勝利を示す雄たけびを上げる俺。
 観客もそれに続いて叫び、盛大な拍手を浴びせ……る……はずが、妙に静かだ。

警備員「勝ったのは君だけど、君、下半身が素っ裸じゃないか。そう言った変態的な人物は拘束しろとの命令でね」

 気付けば数人の警備員に囲まれており、その内の一人に両手が縛り上げられる。
 
兄「ちょ、ちょっと待てよ、俺はこれからキスを……」

警備員「あーはいはい。続きは警備隊本部の教室で聞くから」

兄「……」

生徒「えー……兄の反則負けにより、勝者は……男尻君です!!」

 何故か今度は「わー!」と言う声が観戦していた生徒達から上がる。
 盛り上がる会場を背に俺は、説教が待つであろう警備隊本部とやらに連行されるのであった。

兄「……納得いかん……納得いかん……」

警備員「かつ丼もあるんだ、元気出せよ」

その7


 連行の途中、俺は白いタオルを渡された。
 これで俺の『デンジャラス・スティック』を隠せと言う意味らしい。
 そんな事をするくらいなら、俺のジャージのズボンを回収して欲しいのだが。
 一年生が使っている教室の一つが、警備隊本部だった。
 
警備員「ま、そんなに叱られる事は無いだろうから、あまり気構えなくて良いぞ」

兄「俺の様な愛らしく、格好良い男を叱るのは気が引けるのか?」

警備員「いや、すでに君の様な変態的で、周囲の迷惑を考えない男が沢山捕まっているからだ」

兄「何? 俺の様な紳士的な、その場に居るだけで雰囲気が和む男? そう褒めないでくれ。たまには俺を非難する様な声も」

 言葉を遮るように警備員が黙って俺を教室に押し込んだ。

兄「声も、聞きたいだろ? だから……」

 ふくれっ面の探偵さんが、窓辺で煙草を吹かしていた。

探偵「何の話か知らないが、今度は君か」

 今度は俺で、その前は探偵さんの周りでぐったりしている珍妙な格好の男達だろう。
 幼稚園児の格好、真冬に羽織るようなロングコート(その下は裸だ)、乳首が露出する様に胸元を丸く切り取ったシャツ。
 まだまだ居るが要するに、とても珍妙な格好の集団だ。
 近所の男子校では、一体何を教えているのか……。
 深くは考えない事にした。そもそも男子校と言う名の地獄には近づく気も起きないから、関係ないぜ。

兄「よ! 俺が来た途端に探偵さんの不満げな顔が……あら、不思議! 笑顔になっちゃった!!」

 なってない。全然なってないうえに、殺気のこもる眼差しを向けられる。
 僅かだが尿が漏れた。

探偵「理性がないのか、君たちは」

兄「い、いや、俺は違う! 勝つために仕方なく脱いだんだ」

探偵「そんな事知るか。私の貴重な時間を奪わないでくれ。今この瞬間に桃子がヘソチラでもしてたらどうするんだ!」

兄「……俺のペニチラで我慢してくれ」

 タオルを横にずらし、一瞬息子の頭を見せる。
 その行為が、探偵さんの頭に血を昇らせたらしい。
 舌打ちが耳に届くと同時に、何かが、股下を掠めて過ぎた。
 床に転がっていたのは、銀色のオイルライターだった。

探偵「今度は当てるからな、当てるぞ」

兄「つ、使い物にならなくなったらどうするんだ!」

探偵「知らん。いつまで私はこの変態共を見張ってなきゃいけないんだ?」

兄「し、知らん」

 そもそも貴女が勝手に警備会社に忍び込んだんじゃないか。
 保護者として見学すると言う手もあっただろうに。

探偵「はあ……隣の女子の胸が揺れる中、微動だにしない桃子の胸を小馬鹿にしたりしたかった……」

兄「アホか……」

 この人は占い師の事になると、思考が俺と変わらなくなって来ちゃいないか?

兄「ところで、俺は何時になったら、体育祭に復帰出来るんだ?」

探偵「知らん」

 二人で同時にため息を吐く。
 その時だった。
 教室のドアが二、三度叩かれ、入っても良いかと問いかけられる。

探偵「どーぞ」

 やる気無さげに探偵さんが答え、ドアが開かれる。
 現れたのは、妹だった。

次回は、日曜日以降、来週水曜日以内で。
早まる可能性も無くは無いです。


兄「どうしてここに!? ここには変態と探偵さんと、
  格好良くて優しくて良い所を紙に書き始めたら、世界中で紙不足が起きる俺しかいない! 危険だ!!」

探偵「……訳が分からない。確か、兄の妹だったな?」

 探偵さんが妹に歩み寄る。
 
妹「あ、あの……これ……」

 おずおずと差し出したのは、俺のズボンだった。
 きちんと畳まれていた事を嬉しく思っている中、探偵さんが良く分からない事を言い出した。

探偵「あー……すまない。受け取る気はない」

 妹が首を傾げる。可愛い! 今すぐ持って帰って妹にしたい! いや、元々俺の妹だった! わぁい!
 ま、それはさて置き。

兄「どう言う事だ? まさか、俺のペニチラが気に入ったのか?」

探偵「違う。せっかく持って来たんだ。直接渡せば良いだろう?」

妹「そ、そうですね。……はい、お兄ちゃん」

兄「お、おう、悪いな」

 妹からズボンを受け取り、物陰に隠れてそれを穿く。

妹「それで、あの、お兄ちゃんの罰は……」

探偵「本来なら厳しく罰している所だが、私の権限で早めに解放するよ。どうせ皆、慣れっこだろうしな」

妹「まあ……」

探偵「と言う訳で、もう良いぞ、兄」

兄「え? 本当にか? お説教とか、良いのか?」

探偵「説教の内容を考えるのが面倒臭い。早く行け」

 俺としては助かるが、こうまで適当な対応で良いのか?
 出口まで向かったものの、そう言った思考が過ぎり、振り返る。

探偵「あんまり妹に心配かけるな。後始末は大人に任せれば良い」

兄「大人に任せればって、無責任な……探偵さんも一応大人だろ?」

探偵「その大人の私に後始末を任せろって意味だったんだが……」

兄「そ、そっか……ははは……胸で人を……」

探偵「胸で人を判断する癖は直すぜ。なんて言い出したら、解放は取りやめにして、厳しく折檻するつもりだ」

 見抜かれてたのかよ……。

兄「じゃ、じゃあな!」

 慌てて教室を飛び出す。
 廊下から俺達の様子を見守っていた妹が、咎める様な口調で言う。

妹「もう変な事はしたら駄目。分かった?」

兄「……はい」

その8


兄「ま、益垣! 大丈夫か!?」

 グラウンドに戻って、最初に目に入ったのは、今にも倒れそうな益垣の姿だった。

益垣「あ、ああ……」

 息は荒く、顔色も悪い。おまけに靴とズボンの裾が、酷く使い古した態だ。

兄「一体どんな競技に出たら、そこまでボロボロになるんだ?」

益垣「競技じゃない……これは……戦いなんだ……」

兄「戦い……?」

益垣「ああ……女の子達がこんなにも素晴らしく輝いている、余す所無く……ひょおぉおおぉおぉ!!」

 突然の奇声に驚きながらも、何事かと益垣の視線を追う。
 雲子の巨乳が揺れていた。玉入れだ。跳躍の度に上下する胸……うむ。
 俺も思わず中腰になった。

益垣「つ、つまりだな、人間の記憶は時と共に薄れて行く! 何事も忘れない内にだ!」

 早口で言い終えると、益垣は校舎に向かって駆け出していった。

散見「通算53回目だ」

兄「おわっ、散見、居たのか?」

散見「まあな」

 顔は俺を見ているが、視線は玉入れと俺を行ったり来たりだ。

兄「と言うか、53回って……そりゃ顔色も悪くなるな。そうだ、男尻はどうなった?」

散見「あれを見れば分かるだろ?」

 散見が指さす先には、男尻が達成感と満足感と征服感に溢れた表情で寝転んでいた。
 指が、別の方向を指す。
 体育座りの格好で泣いている男子生徒と、それを囲みなだめる男女数人。

兄「あー……」

 ご愁傷様。せめて彼の魂が救われる様にと、俺は右手で十字を切った。

山村「戻って来たんだね、兄君」

兄「俺の人徳のなせるわざだ。……ところで、そのはちまきはどうしたんだ? いや、可愛いけどさ」

 俺を見つけて小走りで寄って来た山村さんは真っ赤なはちまきを付けていた。

山村「担任の先生が用意したんだって。ほら、今の所うちのクラスは負けてるから」

兄「流石『隠れ熱血』だな……」

 言動には現れず静かな印象だが、時々こうして熱血が顔を出すのだ。

山村「これ、兄君と散見君の分だよ」

散見「ほぐっ……!!」

 散見が突然、胸元を抑えて苦しみ始める。

散見「うぐ……お……ぐあああ……!!」

山村「な、何!? どうしたの!?」

兄「……名前を呼ばれたからだろ?」

散見「お、女の子に名前を呼ばれるなんて……嬉し……過ぎ……ぐぼあ」

 それっきり、散見は動かなくなった。
 今日は晴れてこそ居るが、そこまで日差しが強い訳ではない。放って置けばその内回復するだろう。
 
兄「ところで、次の競技は何だった?」

山村「借り物競争だよ。……そこに座って?」

 言われた通りに山村さんの前に正座する。

兄「次は勝つぜ……借り物競争に置いて大切なのは、運と洞察力だからな……」

 スタートダッシュが多少遅れても、それを補う事が出来る種目だ。
 慎重に事を進め、縄の件の様な不測の出来事に備えよう。
 ところで、

兄「山村さんは何をやってるんだ?」

山村「兄君の頭にはちまきを巻いてるんだよ?」

 ……そうかと思ったら、やっぱりか。
 例えるなら、新婚の奥様が旦那のネクタイを結ぶ様なものか。……ん? って事はだ。

兄「遠回りに俺にプロポーズしてるのか?」

山村「ごめん、ごめんね……」

兄「いや、謝られると……何か悲しい気持ちになるからやめてくれ」

山村「うん。はちまき、巻けたよ」

兄「さっきの悲しげな声は演技かよ。まあ良い。俺は次こそ勝つぜ」

山村「うん、頑張って」

 山村さんが胸の前で両手の拳を握り、にっこり笑って俺を励ましてくれる。
 可愛い仕草の激励に、関係の無い周りの男共が感極まった様子だ。

「可愛すぎる……なんて美人なんだ……いや、美人どころではない! 神だ、神がおられる!!」
「ありがたや、ありがたや……」
「危篤状態だった爺さんが息を吹き返した!」
「立った! 若くして元気を失くしていた息子が立った!」
「大変だ! 散見が噴水の様に鼻血を出しているぞ!?」

 俺は競技のスタート地点へ駆けて行く。

次回は21日までに。

その9


会長「さっきは災難だったな、問題児」

 副会長を引き連れた、日光の似合わないもやし眼鏡が俺に話しかける。

兄「……果てしなく胡散くさい事故だったが、俺の心は寛大で、股間は雄大だ。何も言わないぞ」

会長「次の競技では良い所が見せられると良いな」

 なんだ、良い奴じゃないか。俺を励ましてくれるなんて。
 相手が男じゃ嬉しくは無いけど……。
 別に生徒会長に乗せられた訳ではないが、次こそ勝ちたいものだ。
 グランドでは、相変わらず玉入れが続いている。
 雲子の出番も終わったので、ぼんやりと競技の様子を眺めていた。
 雑多な音に混じり、生徒会長と副会長の声が耳に届く。

会長「ところで、あれは順調か?」

副会「ええ、問題ありません。完璧です」

兄「あれって何だ?」

 俺の背後でしゃがみ込み、ひたいを突き合わせていた二人に声を掛ける。

会長「い、いや! いやいや! 問題児を陥れる計画を立てている訳では……ない!」

兄「俺を陥れる計画を立てていると受け取って良いんだな、その言葉。……俺は優しくないぜ?」

会長「ひ、ひうぅ」

 拳を見せた途端に、生徒会長は頭を守る様にして縮こまる。

副会「待って、問題児。私達が話していた『あれ』と言うのは、生徒会長の写真集です」

兄「……写真集?」

副会「そうです。嫌がる生徒会の役員に無理強いをして、会長が作らせている物で……わざわざグアムにまで行ったりと……」

兄「く、苦労してるんだな……」

 俺が代わりに被写体になってやれれば、写真集は飛ぶ様に売れるだろうし、写真を撮るのも楽しいだろうに……。
 実際に俺の写真集が売り出されたら、少子化が進むだろうから、やらないけどな。

兄「さてと、そろそろ競技が始まるな……」

副会「その様ですね。……ご武運を」

 うーむ、さっきから応援されっぱなしだ。
 やっぱり皆、俺の活躍に期待しているのだろうか。
 借り物競争が始まった。

 並べられた紙から一枚を拾い、そこに書かれた物を誰かから借りて、ゴールを目指すというルールだ。
 最初の組の連中が借りるべき品の名を叫ぶ。
 ジャージの上着、ペットボトル、坊主頭の男子……坊主頭の男子!?

兄「お、おい偽会長よ、物以外も借りる物の候補に入ってるのか?」

会長「そうだ。だが、このグランドに有ると思しき物しか書かれちゃいない」

兄「ふーん……」

会長「ところで、問題児よ……」

 含み笑いを見せ、俺を手招きする生徒会長。一体何なのかと顔を寄せる。

会長「絶対に勝つ方法があるとすれば、知りたくないか?」

兄「そりゃあ……まあ……今度こそ皆に俺の活躍を見せないと、大規模なデモ行進でも始まりそうだし」

会長「なら、これを混ぜておいてやる」

 生徒会長が懐から取り出した紙には『何にも借りずにゴールしてOKだよ』と書かれている。
 なるほど、これなら絶対に勝てる。
 だが……。

兄「何を企んでるんだ? 俺にそこまでする義理は無いだろうし、そう言えば階段で会った時には……」

会長「あ、いや……あれはだな……その……」

副会「会長は心を入れ替えたのですよ。貴男の活躍無くして、この体育祭の成功無し、と」

兄「うぬぅ……」

 それは間違い無いが、どうも怪しくはないか……?
 俺が首を縦に振らずにいると、副会長がもうひと押しと言わんばかりに、囁く。

副会「もしも貴男が活躍して、この体育祭を盛り上げてくれたのであれば……生徒会はお礼として一つ権利を与えましょう」

兄「権利ってなんだよ」

副会「どんな校則でも一つ、作れる権利です」

 なん……だと……。
 って事は、あれか?
 校舎の床を全て鏡する。なお、女子はスカートの下にスパッツや短パンを穿いてはいけない。とか。
 俺は着替える際に女子更衣室を使わなくてはならない。とか。
 授業の際、女子生徒はスクール水着の着用を義務とする。とか。
『俺の世話係』を作り、膝枕してもらったり、「はいっ、あーん……」してもらったり……。とか!?
 
兄「その話、乗ろうじゃないか」

副会「では、この紙は真ん中に設置しますから、間違わないようにお願いしますね」

兄「うひひひひょひょひょひょ……」

 涎まで垂らして奇妙な笑い声を発する俺を、近くの生徒が気持ち悪がって遠ざかる。だが関係ない。
 もうすぐ俺はバラ色の高校生活を始めるのだ……。
 俺の出番が来るまで、笑いも涎も止まらず、気付けば俺と他の生徒の間にバリケードが築かれていた。
 段ボールや、他の種目で使うポールや三角コーンを押しのけ、スタート位置に付く。

生徒「では、位置に付いて……用意……」

「ドン!」と言う声と共に駆け出し、俺は迷わずにその紙を手にした。

兄「う、うひっ、うひひぃぃ」

 もう、嬉しすぎてまともに声なんか出ない。

 手にした勝利への切符を改めて確認する。

兄「……これは、一体どう言う事だ。な、なんで!? おい!」

「約束が違うじゃないか!」と叫びそうになるのを堪える。
 俺達が交わしたのは裏の取引で、表立って問いただす事は出来ない。
 視線の先で、生徒会長がわざとらしく頭を掻く。

会長「まあ、誰にでもミスはある。そっから逆転すれば良いだろう?」

兄「良いだろう? じゃねぇよ! メロンなんて誰が持ってるんだ!?」

 俺が手にした紙に書かれていた文字は『メロン』だ。
 小学校の運動会なら、昼食用に持って来ている家庭もあったかも知れない。
 だが、高校生の体育祭に干渉する親は少ない。昼食は別々取るのが常だ。
 弁当に小さくカットした物が入っていたとしても、昼食まで時間があるのにグランドに持ち込むか?

兄「メロンなんて誰も持ってる訳ないだろ!!」

 俺の叫びが虚しく響く中、遅れて紙を拾った生徒達が、順調に必要な品を借りてゴールへ向かい始める。
 このままでは、最下位どころか、晒し者だ。
 おろおろと辺りを見回す俺。……当然の事ながら、視界にメロンが入る事はない。
 辺りで競技を見ている生徒達の視線が痛い!
 涎を垂らして奇声を上げて、競技が始まるとおろおろしている様は、何と言うか、非常に可哀想な子だ。
 
会長「おーい! どうした問題児! ギブアップしたらどうだ!!」

 俺以外は全員ゴールして、少し経った後、生徒会長が声を上げた。
 あの嬉しそうな面が意味するのは、俺は一杯食わされたと言う事だろう……。
 ギブアップなんてルールがあるのは知らなかったが、それに従うのも癪だ。
 何とかゴールしてやりたいが、自分で言った様にメロンなんざ誰も持っていない。

兄「むぅ……うー……うー……」

生徒「やだ、ウーウー言ってる。こわーい」

 じろり。視線の先に居たのは、「語尾に『ブヒッ』を付けろよ」と言いたくなる様な容姿の女子生徒だ。
「地獄」と言う言葉を体感させてやろうかと考えたが、俺の関心はそいつではなく、その背後に向かった。
 雲子だ。相変わらずスポーツドリンクらしき物を飲んでいる。
 ……その姿を見て、一つ考えが浮かんだ。

兄「おーい! 雲子! 俺は今、世界で一番お前が必要だ!」

雲子「へっ!?」

 俺が競技に出ている事自体、気付いていなかった雲子が裏返った声を出した。

兄「頼むよ、どうしても雲子の協力が必要なんだ」

雲子「な、何よ……って言うか、何してるのよ」

兄「借り物競争中なんだが……他の奴はみんなゴールしちゃったんだ」

 グランドに立っているのは俺と、ゴール係だけで、とても競技中には見えなかったのだろう。

雲子「そう言う事になるから、スポーツドリンクを……」

兄「ス、スポーツドリンクの良さに関してはあとでゆっくり聞くから! 今は何も言わずに一緒に来てくれ!」

 雲子の腕を掴み、グランドに引きずり出す。
 
雲子「何が何だか分からないわよ……」

 今更走ったところで、疲れるだけなので、歩いてゴールへ。
 係の生徒に、俺が拾った紙を見せる。

生徒「メロンと書いてありますが……」

兄「メロン」

 俺は雲子の胸を指す。

「……」
 
 雲子もゴール係の生徒も何も言わなかったので、念押しと言わんばかりに下から鷲づかみして、上下に揺らした。
 てっきり、鷲づかみにしようとした時点で殴られると思ったのだが、あまりに唐突な行動だった為か、成功してしまった。

兄「ほ、ほらなっ」

 自分でやっといて何だが、非常に柔らかく、これぞおっぱい! と言った感触に、俺の声は上ずっていた。
 
雲子「こっ、この! エロスケ!」

 我に返った雲子が俺の頬に拳を叩き込んだ。
 
兄「馬鹿な……服の下にメロンが仕込んであるだけだろ? エロスケ呼ばわりされるいわれはない!」

 言いながら、手を伸ばすが今度は蹴りを入れられる。

兄「うぐっ!?」

 す、脛は駄目だろ。スネ。ダメ。ゼッタイ。
 悶絶する俺をしり目に、雲子はその場から駆け足で離れて行く。

生徒「あっ……鼻血……」

 ゴール係の生徒の鼻から一筋の赤が垂れた。
 感触も素晴らしかったが、視覚的にも良い光景だったからなあ……。
 
警備員「また君か……」

 雲子と入れ替わる様に、先と同じ警備員がやって来た。

警備員「全裸の次は痴漢か……やれやれ……」

兄「面倒臭いなら、捕まえなくても良いんだぜ?」

警備員「そう言う訳にはいかないんだよ」

兄「だよな」

 俺は大人しく両手を伸ばし、警備員が縄を巻きつける。
「探偵さん、怒るだろうなぁ……」等と考えながら、俺は校舎に連れて行かれるのだった。

次回、今週末までに。

番外編、ようやく折り返し地点……長いね!

その10


 何かが、真っ直ぐに俺に向かって飛んで来ている。
 それが、探偵さんの飛び蹴りだと理解した時、すでに回避不可能な距離だった。

兄「うぐぁっ」

 身体がくの字で吹っ飛び、壁に激突した。
 背中と腹に激痛が走る。
 
探偵「……良い話っぽく帰したのに、どうして戻ってくる?」

兄「……その質問は、蹴り飛ばす前にして欲しかったぜ」

探偵「すまない。しつこく足にまとわり付く男にイライラしてたんだ……」

 大丈夫か? と近くに屈んだ探偵さんが、俺の背を撫でる。
 立ち上がろうとする俺を、彼女が抱き上げる様に支えてくれた。
 おっぱいの感触はあまり感じられないが、体温と香りが俺をむらむらさせた。
 しかし、立ち上がって一息吐いた所で悲惨な光景が目に入り、俺のむらむらはサッと陰に隠れた。
 しつこく足にまとわり付いてたと思われる男が、股間を押さえて床を転がりながら悶絶している。

兄「俺が頑丈に出来ていなければ、大惨事だったぞ……」

 すでに、探偵さんが本物の警備員なら、社会的な問題になってる程に色々とやっている気がするけどな。

探偵「あー……悪いな。あんなに飛ぶとは思わなかったんだ、私も」

兄「……思いもしなかった結果に、実行した当人が一番驚くって事は良くある話だ」

 ついさっきもあったな。

探偵「思わせぶりな物言いだな。何かあったのか?」

 俺は思った。ここから始まるべきだったんだ、と。
 警備本部に入った瞬間に来るのは、飛び蹴りではなく、その質問だろう。
 ここに来る事となった原因を俺は詳しく話した。

探偵「詳しく話した。と言うが、幼馴染のおっぱいを掴んで揺らした時の興奮と感触しか聞いてないぞ?」

兄「い、今から本編に入るんだよ! それよりも地の文に突っ込むなよ……」

 今度こそ、俺は詳しく話した。

探偵「生徒会長に陥れられた、か……」

兄「そうだ。状況的に見て間違いはない。これまで数々の難事件を解決して来た俺が言うんだ、信じてくれ」

探偵「数々の難事件、例えば?」

兄「ほひっ?」

 てっきり「『犬探し』だけだろ、解決したのは」とでも言われると思っていた。想定外の質問だ。

兄「う、うーん……妹の下着盗難事件とか、全裸男徘徊事件とか?」

探偵「……その事件の真相は?」

兄「下着の件は、俺が犯人だし、全裸は趣味だ。俺じゃなければ解決出来ない事件だった……」

 俺は昔日を懐かしむ様に、事件の辛さを噛みしめる様に、遠くを見やった。
 ツッコミが無いまま、しばし無言が続いた。

探偵「もういい?」

 いるよね。自分のボケには他人を乗せたがるのに、他人のボケには乗らない奴!

兄「良いけどさ……」

探偵「話を戻すが、兄は生徒会長に恨まれる様な事をしたのか?」

兄「思い当たる節はない。まあ……問題児だとは俺も向こうも思っている様だが」

探偵「問題児に鉄拳制裁、と言ったところか」

兄「だろうな。そう言う事だから、戻っても良いか?」

探偵「いや、戻るな」

兄「……なんでだ? 俺が悪くないのは分かっただろ?」

探偵「生徒会長とやらが、どれだけ仕事熱心なのかは分からないが、どうも信じられないな」

兄「普通は問題児を粛清しようだなんて、考えない。……そんな所か?」

探偵「そうだ。それに、自業自得と言える面もある。大人しくここで、変態共の見張りをしていようじゃないか」

 一応俺も見張られる対象に含まれるが……それを言っても仕方ない。
 子供の様に駄々を捏ねるか、俺の眠れる力を解放して探偵さんを倒すか……。
 どちらもここから出られる可能性は低いが、変態共の見張りだなんて夢のない暮らし、俺には耐えられない!
 
兄「仕方ない……」

 俺は床に寝そべり、深く息を吸う。

兄「やだやだやだやだ! 僕ちゃんみんなの所に帰るのぉ!」

 両手両足を無造作に動かし、首を左右に振る俺。
 さぞ可愛いに違いない。天井に鏡が付いてないのが残念だぜ!
 ともかく、母性の欠片も見えない探偵さんだが、俺の可愛さを受け目覚めるに違いない。
「そうだね、帰ろうか。もう裸になっちゃダメだよ?」等と言いながら、グランドまで手を繋いでくれるだろう。
 尚も駄々を捏ねる俺に、探偵さんが近づいて来る。

探偵「……蹴り飛ばしても良いのか?」

 母親とは程遠く人間味すらない……悪鬼と呼ぶべき形相で俺を見下ろす。
 俺はすぐに口をつぐみ、その場に正座した。

兄「これと言った意味はない質問だが、探偵さんって子供嫌い?」

探偵「嫌いだな。今分かった事だが、子供の真似する奴はもっと嫌いだ」

兄「そ、そうか……俺は子供は普通だが、子作りには興味津々だ」

生徒「あ、俺もそうッス」

「俺も俺も」と辺りで変態達が挙手を始める。

兄「何なんだよ……ひょっとして誰か一人、探偵さんと子作り体験できるのか?」

探偵「ジャム作り体験みたいに言うな」

 探偵さんの声は、ざわめきにかき消された。

「お、大きさには定評がある俺です!」

「毎晩イメージトレーニングしてます!」

「三年間ため続けた!! だからとっても濃厚なはず!!」

 聞いてもいないのに、自らを宣伝する男子高生たち。

探偵「待てお前ら。誰が子作りするだなんて言った?」

 俺だ……。いつもの調子で言って見ただけで、こんな展開になるとは思いもしなかった。
 男子高生たちが動きを止める気配はない。
 それどころか、更に白熱し服を脱ぎだす生徒まで出てくる始末だ。

探偵「うるさいぞお前ら! 子作りなんて絶対しない!!」

 とうとう探偵さんが怒りを爆発させる。
 静まり帰る教室内。
 彼女が怒ると、容姿からは想像も付かない暴れん坊振りを発揮する事を分かっている様だ。

占師「子作りって何の話だ?」

 何時から居たのか、教室の入口には占い師が立っていた。
 その後ろには、山村さんの姿もある。

探偵「……色々と事情があってな。桃子こそどうしたんだ?」

占師「用があるのは私じゃない」

山村「私なんですけど……」

 と、山村さんが一歩前に出る。
 再び生徒達がどよめくが、山村さんにとっては慣れた反応らしい。
 顔色を変えずに続ける。

山村「探偵さんはここで何をなさってるんですか?」

探偵「見ての通りだ」

山村「えっと……保健体育の特別授業ですか?」

探偵「子作りから離れようか……。変態共を見張ってる、看守の様な、とても損な役だ」

山村「あ、良かった」

 山村さんが嬉しそうに笑った。
 見慣れてるはずの俺でさえ、胸が高鳴るのだから、男子高生の内、何人かは間違いなく惚れただろう。

山村「兄君、貸してもらえますか? このままだと補欠の益垣君と組む事になるから、それはちょっと……」

 益垣と組む? 何の事だかすぐには分からなかった。

兄「……あ。二人三脚か」

山村「そうだよ。今日の益垣君は様子がおかしいと言うか……怖いから……」

 本来なら同性同士で組むのが常だが、彼女はこの通り、とんでもない美人なので、隣に女子が並びたがらないのだ。

中途半端ですが、今日はここまで。

少し遅くなったので、次回は余裕を持って来週木曜日までに。

 男は男で、その役を巡って揉めに揉めるかと思われたが、山村さん本人に俺が指名されたのだ。

占師「どっちもどっちだと思うが……」

兄「何だと! 俺がどさくさ紛れに胸や尻を触る人間に見えるか!?」

占師「見える云々の前に、前科があるだろ? やっぱり別の奴に……」

 提案に、山村さんは首を横に振った。

山村「兄君なら大丈夫だよ」

兄「ふっ、流石山村さんだ。それに引き替えて占い師! 乳もなければ人を見る目もないぜ!」

 ビシッと指差した。
 悔しそうに唸った占い師が山村さんを見る。なぜ? と問いたげだ。

山村「や、根拠はないよ。ただ……兄君の事の方が良く知ってるからね」

兄「その発言は、知らない人が俺と益垣を見と、どっちもどっちと判断すると言いたいのか?」

山村「と、とにかく、変な事はしたら駄目だよ? 分かった?」

 誤魔化す様に、怒った顔を作る山村さん。
 可愛いので許そうではないか。

探偵「……私が兄を開放する前提で話が進んでいるが……どうせ戻ってくるんだ。手放す気はないぞ」

 話は終わりだと言わんばかりに、背を向け煙草に火を着ける探偵さん。

占師「どうせ偽警備員だし、良いだろ?」

探偵「偽と言えども今の私は警備員の一員だ。くせ者を解き放して何の得がある?」

 正論ではあるが、そこまで意地を張る事もないだろう。
 にやり、と笑った探偵さんの言葉で、俺は納得した。

探偵「しかしな、例えば……私の頼みを聞いてもらえるのであれば、考えなくもないな」

山村「私に出来る事ならしますよ?」

探偵「待つんだ。桃子に一つ聞きたい。君は何故ここにいる?」

 そう言われれば、確かに何故? だ。
 彼女は探偵さんに用は無いと断言していた。

占師「……と、友達が困ってたら助けるのが普通だろ?」

 恥ずかしがるなら、言わなくても良いのだが、恐らく一度言って見たかった台詞なのだろう。
 因みに俺は「先にシャワー浴びてこいよ」と言ってみたい。

探偵「ほう、素晴らしい心意気だ。それを無下に扱うのは酷いと思わないか?」

 演技じみた仕草を添えて語る探偵さんに、山村さんは戸惑うばかりだ。

山村「は、はあ……」

探偵「そこでだ! 私は敢えて桃子に課題を与えようじゃないか!」

占師「な、なんか……おかしな方向に話が進んでないか?」

兄「俺に聴かれてもな。……探偵さん、どんな事をさせるんだ? ま、まさか」

探偵「別に兄が喜びそうな事はしないぞ? 簡単な、本当に簡単な事だ」

 ほっと(平らな)胸を撫で下ろす占い師。
 安心するにはまだ早いと思うんだが……。

探偵「可愛くおねだりすれば良いだけさ。簡単だろ? 兄? 山村さん?」

山村「はい、それくらいなら別に……」

探偵「そこのお前、やってみろ」

 様子を伺っていた変態達の一人を指して、探偵さん。

生徒「あふぅん、も、もう我慢出来ないのぉ、ちょうだい! はやくぅ!(裏声)」

 腰を怪しく振りながら、ゴリラに良く似た顔つきの男が裏声を出す。

兄「全然駄目だ! お前のはただの痴女だ!! 可愛いってのはなぁ……」

 両手の人差し指同士をくっ付けて、それを胸の前で小さく動かす。
 顔を少し俯け、上目遣いで探偵さんを見る。

兄「あ、あのね……その……えっと……ほ……欲しい……の……駄目……?(裏声)」

 我ながら、決まったぜ!
「おお! これは可愛い! 惚れた!」等と感嘆の声が変態達から上がる。

兄「可愛いってのはこうだ! 分かったか!? ひよっこ共!」

生徒「貴様、他校の生徒にしてはなかなかにやりおる。どうだ? 我らと共に男子高生にならぬか?」

兄「お断りだ」

山村「次、私がやるよ? ……お願い」

 合わせた両手を頬に当て、頭を傾けて山村さん。
 媚の入った声色に、やはり山村さんには小悪魔気質があるなと思う。
「可愛い!」の合唱の後、変態達が俺を槍玉に挙げる。

生徒「一瞬男に萌えた俺を殴ってくれ!」
生徒「やっぱり無理あるよなー、本物の女の子に限るわー、裏声とか無いわー」
生徒「同性愛者のノリを公の場に持ち込むのはやめて欲しいよな?」

兄「てめーら……このやろう……」

探偵「と、まあ……実に簡単な事だろう?」

占師「う……」

 そうか。突然変態達に話を振ったのは、この為か。
 世界的大スターの俺や、悪女の卵である山村さんには楽な事だ。
 引っ込み思案の占い師にとっては厳しい課題だが、すでに周囲の空気は「それくらい楽勝」となっている。
 俺たちを上手く操り、逃げられない状況を作るとは、流石だ。

占師「な、なんで私がこんな……」

探偵「友達の為だろ? な?」

 雰囲気だけに飽き足らず、脅しにかかったぞ……。
 おろおろと狼狽える占い師。仕方がない、俺が助け舟を出してやろうではないか。
 手招きで傍に寄らせ、耳打ちする。

占師「そ、それ、本当にやるのか……?」

兄「何度もやり直しさせられるより、良いだろ?」

占師「確かに……だが……」

 踏ん切りの付かない様子だ。俺は指を振って見せる。

兄「素人が自分の考えでやろうとするから失敗するんだよ。何事もな」

占師「……それは何となく分かるが……いや、分かった。兄を信じよう」

 探偵さんの眼前へ足を進める占い師。
 深く息を吸ってから、ビシィッと探偵さんを指す。

占師「ど、どうしても私の命令が聞けないなら、お前なんて首だ! どこへでも行ってしまえ!」

 きょとんとしている探偵さんを他所に俺が伝授した『お願い』は続く。

占師「待て! 本当に出て行く奴がいるか! ま、待てって……待って! 首だなんて言わないから……待ってよ……お願い……」

 身振り手振りのアドリブも出来た、上出来だろう。
 占い師も、やりきった表情だ。
 しかし……。

探偵「え? なんだ? 今のは? 何が何だか分からない……」

山村「えーっと……」

 しまった! 「わがままでツンデレなお嬢様とその執事」風なお願いは、分かりづらかったのか!?
 回りの変態たちも、どう反応して良いのか分からず、どこから出したかのか、花札に興じている。

兄「まあ、その、なんだ……これで許してやってくれ、探偵さん」

探偵「あ、ああ……」

占師「お、おい! 兄! この空気どうしてくれるんだ!!」

兄「俺に言われても……フォローよろしく、山村さん」

山村「え、ええ!? う……あー……可愛かった……と思うよ? えへへ」

占師「す、すごく困った顔で言われても……」

12月中にもう、2、3回投下出来ると良いかなと。

投下の日付を予定出来るまで、こんな感じです。

すみませんが、よろしこお願いします。

番外編中に番外編と言う多重債務。2レスだけなんで。
新年の挨拶替わりに。


兄「っしゃぁああぁ!! 今年こそは彼女が出来ますように!!」

 俺が編成した精鋭部隊――ご縁がありますようにの意を込め、5円玉を50枚だ――を賽銭箱に投げ入れる。
 さらに、その場で土下座をする。神様に誠意を目に見える形で表すべきだと思ったのだ。

兄「ふぅー……俺の意気込みが分かったか? 願いを叶えるには恥じらいは捨て……」

 一緒に初詣に来ていた女の子達は、俺から離れ、遠くで知らん顔をしていた。
 全身に突き刺さる他人の視線。

兄「これ以上俺を見るってんなら、金を払ってもらうぞ!!」

 知的で冷静沈着、長身痩躯に加えて美形の俺が見せた、ちょっと恥ずかしい失態なんて貴重な一幕、無料な訳がないのだ。
 そそくさと背を向ける人の群れは、俺が足を進めると見事に裂けた。

兄「どうして俺を見守っていないんだ! 他の女に取られたら、取り返しが付かないぞ!?」

雲子「あーはいはい、そうねそうね」

 4人の連れの一人で、幼馴染である雲子が俺を追い払う様に手を振る。

兄「……何をやっているんだい?」

 低く柔らかな声色で、占い師に問いかける。因みにこの声、『お父さん』を意識している。

占師「おみくじだ。占いってよりはちょっとした遊びだな」

山村「兄君も引いてみたらどう?」

兄「いやー……俺はちょっと……」

 美人の山村さんに進められようとも、俺の食指は一枚100円のくじ引きが詰まった箱には伸びない。

探偵「ふむ……今年も大吉だ」

兄「俺の対極にいるのか……」

雲子「そう言えばあんた、子供の頃に三年連続で大凶引いてたわよね」

 雲子とはそれっきり初詣には行っていないので、知らないのだろう。
 俺はあれから、毎年決まって大凶を引き当てているのだ。

兄「そんな訳があってだな」

占師「……知る知らないに関わらず、お前は苦労するぞ?」

 美人薄命の言葉通り、美形は辛い運命を辿るのか?
 俺の気も知らずに、女の子達は「大凶ってちょっと見てみたい」などと話している。
 占い師が言う様に、知った所で変わる訳でも無い。

兄「美少女の為に生き、美少女の為に死ぬのが俺の運命だ! 君たちの期待は裏切らないぜ!」

 結局俺は、おみくじを手に取った。
 
『あなたの運命は大凶
 色々失うかも知れん。葉っぱ一枚あれば良いの精神を持たないと生きられんよ☆彡』

山村「だ、大凶なんて、本当にあるんだね……」

雲子「と言うか雑な文章ね。馬鹿にされてるんじゃない?」

兄「う、うるせー! そもそも雲子はおみくじに書いてある小難しい文章の意味をちゃんと分かってるのか!?」

雲子「そ、それはもちろんよ……当たり前じゃない……」

 声が小さいので、俺はそれ以上は突っ込んでやらなかった。



 神社を後にし、俺たちは帰路を辿っていた。
 別れ際で、雲子が切り出した。

雲子「そうそう、妹ちゃんがね、明けましておめでとうって、あんたに伝えといて欲しいって言ってたわ」

 俺は雲子に投げキスをする。

兄「って、返事しといて」

雲子「そんな馬鹿馬鹿しい事、自分でやりなさいよ。あーそれから、兄以外のみんなにも」
雲子「ご迷惑でしょうが、今年もお兄ちゃんの事をよろしくお願いします。って」

 探偵さん、占い師、山村さんが思い思いにしぶしぶ了承を唱える。
 
兄「色々言いたいが……今年も可愛くて勇敢な俺をよろしくな!!」



兄「そんな経緯を経て、私は戦場に舞い戻って来たのです」

山村「どうしたの、突然?」

兄「何でも無いぞ。俺は定期的に自分の置かれた状況を声に出して確認するのが癖なんだ」

 吹き抜ける血なまぐさい風、響き渡る銃声。
 ぬるま湯の様な生活は性に合わない。戦場こそが安住の地だ。
 
山村「……銃声なんて聞こえないよ?」

兄「……地の文に突っ込みを入れるのが最近のトレンドなのかい?」

山村「地の文? 変な兄君……。でも、戻ってくれて良かったよ。頑張ろうね?」
 
 なんて山村さんに笑顔で言われると、真面目に取り組もうと思える。
 
兄「勝利を我らの手に収めようではないか!!」

 五分後。
 俺の手に収まっていたのは、山村さんのおっぱいだった。
 二人三脚、説明するまでも無いだろう。出場者二人の足首同士を縄で結び、その状態で走る競技だ。
 その縄が突然ぎゅっと締まったのだ。
 俺たちはもつれる様に転んだ。幸か不幸か、山村さんを押し倒す様な形でだ。
 ここが無人島ならば、当然至福と言えるが……。
 無人島で二人三脚ってどんな状況だ? などと考える間も無く、輪は収縮と拡大を繰り返し、俺たちを痛めつける。
 二人揃って苦痛にもがいている内に、ボインタッチ! おっぱい柔らかぁい、うえへへへ……と言う訳だ。

山村「や、やめて! 兄君!」

兄「お、おう」

 と応えて体制を整えんとするも、俺は「うひょっ」と妙な悲鳴を上げる。
 奇妙な縄の動きはまだ止んでいないのだ。
 赤面しながら、俺を押しのけようともがく山村さん。彼女の膝が俺の股間に当たる。
 勢いがあれば地獄の苦しみを味わっていたが、これはむしろ心地よい!

兄「落ち着け! 俺の息子も山村さんも!」

 そんな言葉は誰にも届かず、やがて俺たちは引き離される。
 駆けつけた警備員の手によるのは言うまでもないか。

山村「兄君!」

 両頬の赤みが引かない顔で山村さんが俺を睨みつける。
 
山村「頑張ろうって言ったのに……変な縄まで用意して! 酷いよ!」

兄「む? 山村さんは俺がこのスペクタクルな出来事を仕組んだと思っているのか?」

山村「全然スペクタクルじゃないよ! そもそも兄君以外に誰がこんな事をするの?」

 俺の視線は自然と生徒会長へ向いた。
 にやり、と奴の唇の端が上がる。

兄「お前の仕業かぁ!!」

 喚いた所で、俺の体は奴に近づく事も出来ない。
 俺を羽交い絞めする警備員は憎々しげに力を強める。
 
「貴様の様な奴は……えっとだな、その、なんだ……貴様のような奴だ!!」

 誰もが見惚れる美人に狼藉を働いた男……となれば、憎くも思えるのは分かる。だが……。

兄「俺は無実だ!!」

「うるさい! お前の様なうらやま……いや、うらやま……あ、いや、うらやま……あー! 違う! 極悪な男は裁かれなくてはならない!」

 この野郎、散々羨ましいと言いそうになっておきながら、俺を極悪だと!?
 いつの日にかきっと、目の前で可愛い女の子とイチャイチャしてやるからな! 覚えてろ!!

 俺は密かに復讐を誓いつつ、鬼よりも恐ろしい探偵さんが待つ教室へと引きずられるのだった。
 



 恐る恐る教室の扉を開くと、真っ先に探偵さんと目があった。

兄「皆の衆! 俺は只今失禁中だ! しばし待たれよ!」

 開き直る以外の道が塞がれる程、大量におしっこを漏らしてしまった。
 にも関わらず蔑む言葉はない。
 教室に拘留された変態たちも納得せざるを得なかったのだ。
 それほどまでに恐ろしい形相の探偵さんがこちらに近づいてくる。

兄「ば、馬鹿! 魔法少女の変身中に攻撃するのはご法度だろう!?」

探偵「……ああ。意味が分からないが、取り敢えず少女にしてやろうか?」

 探偵さんのつま先が俺の股間にあてがわれる。
 妙に硬い感触は、安全靴あるいは似た構造の靴なのか。
 どちらにせよ今の彼女に手加減の三文字は期待出来ない。

兄「い、いや、早まるな俺の股間にぶら下がる稲荷寿司は黄金出来ているんだ、だから、その……」

探偵「良いだろう。摘出して売り払えば私の怒りが鎮まる額にはなるんじゃないか?」

 目が本気だ。牛乳パックを折りたたむよりも簡単に摘出するのではないか?
 こうなってしまっては……もはや……最後の賭けに出るしかあるまい。

兄「せめて一度くらい息子に愛を教えてあげたい!!」

 すべての衣服を脱ぎ捨て、俺はありのままをさらけ出す。
 不思議な気分だ。
 これを最後に息子と離別しなくてはならないと言うのに。
 二人の意思は綺麗に一致していた。

「この状況下で……腹にくっ付く勢いだと……!?」

 誰かが呟いた言葉の通りだ。
 ゆっくりと探偵さんへ歩み寄る。
 女の子には分からない複雑な男心からの行動に、探偵さんは戸惑っている。

兄「隙あり!!」

 素早く探偵さんを抱きしめる俺。
 反射的に彼女は拳を振り上げるも、対応策は既に用意済みだった。
 まずはキスをするのが礼儀だろう?
 
探偵「うわっ……あ、危ない所だった……」

 顔を背けられた為にあごに口付けする結果となる。

今日はここまで。

次回は今週末~来週半ばまでに。

探偵さんと兄はしょっちゅう戦ってる気がする。

以前に貼ったまとめサイトを作ってくれた知人が忙しいらしいので。
自分でサーバーレンタルしました。

http://karide.web.fc2.com/

取りあえずHTML化した『僕(隣の……』のをそのまま、まとめたテキストしかないです。
『僕……』の続きは上記のサイトで。
ひょっとしたらさらに移動するかも知れないけど、その時はその時でよろしくお願いします。

 もとより防御の意味が強く、一度で決まるとは最初から考えていない!
 不発に終わった一撃であるが、彼女の思考を乱すには十分だったはずだ。
 好機を確たる物とすべく、俺は次の手を打つ。

探偵「ひあっ、あ、兄!?」

 耳に息を吹きかけると同時に、上着の裾から息子を潜り込ませる。
 シャツ越しに感じるそれの温度は、彼女の漏らした声からも分かる様に、高い威力と取れる。
 この勝負もらった……!!
 息子を引き抜くと同時に、彼女との距離を取る。
 畳み掛けなかった理由を探偵さんは見抜けなかった。
 平時ならともかく、今この勝負では俺が圧倒的優位に立っている事を改めて認識する。口角が自然と持ち上がる。
 
兄「甘いぜ! 最後の一手を自ら出しちゃうとはな!!」

 左手を打ち付け、落ちるそれを右手で捉える。

探偵「くっ……私とした事が……」

 ここまでの動揺が響いてか、先の言葉に惑わされてか。
 いとも簡単に、彼女が取り出したナイフは俺の手に渡った。
 この揉み合いの中で、探偵さんを裸にひん剥く為に、俺はこいつを待っていた。

兄「ふひっ……ふひひひっ……」

 だが、俺は突如として窮地に立たされる。

妹「お、お兄ちゃんの馬鹿! キ○チガイ!! ちん○ぽ脳!!」

 突然響いた妹の声に、俺の思考は真っ白く塗り潰される。
 どうでも良いけど、ズレてるよな。伏字の位置。

探偵「そうだ! お前は馬鹿野郎だ!!」

 次いで、頬に強い衝撃。踏ん張る事も出来ずに、俺はその場に崩れる。
 一瞬の静寂が起こり、ナイフが床に落ちる音がやけに強調されていた。

兄「ど、どうして……ここに……」

 俺は情けない顔で、床に尻餅を付いていた。いきり立っていた息子もしんなりとしている。

妹「それよりもお兄ちゃんは一体何をしていたの!」

兄「あ、えっと……その……相撲……だよ? まわしは無かったから……」

「そんな訳あるか! こいつはその女性を強姦しようとしていたんだ!!」
「そうだそうだ!」と変態たちが声高に俺を非難する。
 ついさっきまでは、期待のこもった眼差しで俺たちを見ていたくせに!

探偵「……悔しいが、私の負けだ」

 探偵さんが巻いていたネクタイを外し、俺に渡す。
 意味は分からない。

探偵「なに。ちょっと手合わせしていただけだ。それよりも予備の服を調達して来てくれないか?」

妹「え? ……は、はい?」

探偵「ネクタイだけじゃ寒いだろう。兄のズボンはちょっとした事故で駄目になってしまってな」

妹「は、はあ……そういうことなら……」

 良く分からないと言った風だが、妹は教室を出て行った。
 俺は裸にネクタイを締め、息子を隠して替えの服を待つ事になる。
 探偵さんがじっと俺を見つめる。

兄「な、なんだ? さっきの事なら悪かった……その……ごめん」

探偵「いや……動物としての本能だろう? 私が未熟だっただけだ」

 会話はそこで途切れたが、彼女の視線は俺に刺さったままだ。

兄「えーっと……そんなに見られると、少し恥ずかしいぞ……」

 何時妹が戻るか分からない状況では、羞恥を快楽に変えられるはずもない。
 ただでさえ、兄としての沽券に関わる出来事の直後だ。

探偵「いや、その、慣れておいた方が良いかと思ってだな……」

 素晴らしい学習意欲だったが、探偵さんも恥ずかしくなって来たのか、赤面して目を伏せている。
 意外な反応だが、俺の恥じらいが伝染したのだろうか?
 向き合ったまま、赤面し、俯く俺たち。しかも俺は全裸ネクタイ。なんだこれ。




 保健室で予備のジャージを借りられたらしい。
 俺は妹が持って来た埃っぽいそれを着込んだ。

兄「ノーパンにジャージはザラザラするんだが……」

探偵「あまり贅沢を言って困らせるなよ」

 下着の予備があったとしても、履きたいとは思わないので、この件に関しては無理やり納得する事にした。

兄「で、愛しのマイシスターはどうしてここに? 俺を叱りに来たのか?」

妹「そうじゃなくて、山村先輩がお兄ちゃんに謝って欲しいって」

兄「山村さんが俺に謝る? ……ひょっとして、真実を分かってくれたのか!?」

 生徒会長が暗躍していた事実に如何にたどり着いたか、想像も出来ないが、他に謝られる覚えはない。

探偵「……まだ生徒会長を疑ってるのか?」

兄「疑ってるも何も、俺は何もしていないぞ! な? 山村さんもそう言っていたんだろう?」

妹「山村先輩も半信半疑と言った風だったけど、取り敢えず謝って欲しいって」

 妹を介してなのは、罪が俺になくとも、おっぱいを揉んだのは俺で、気まずいからだろうか?
 
探偵「調べて見る価値はあるかもな……初めて兄以外の口から生徒会長の名が出たんだ」

兄「探偵さんが動いてくれるなら、一発で解決だな」

探偵「君たちが私に依頼するだけの額を持ち合わせていたら、だけどな」

 探偵さんの言葉に対し、俺は無言のまま妹へと近づいた。
 さり気なく身構える妹。……お兄ちゃんは悲しいぞ。
 叩いた肩がビクッと上がる。 
 内心凄く傷ついたが、表には出さず、予定通りの言葉をかける。

兄「こんなに可愛らしい俺が困っているのに、金を取るらしいぞ、どう思う?」

妹「え、えっと……」

兄「居るよなー、血も涙も無い人間って」

 これみよがしに探偵さんを非難する俺。
 同意も否定もせずに聞いていた妹が、おずおずと口を開く。

妹「お、お兄ちゃんあの……顔が近い……」

 ほあー!? 何だって!?

兄「……い、嫌なのか? 顔と顔が近いのが、嫌なの……か?」

探偵「優しく言ってる内に離れな……それとも息がくせえよ豚野郎と言わなきゃ分からないか?」

兄「ほひああぁああぁああぁ!?」

 妹の辛辣な言葉に、奇声を上げ、膝から崩れ落ちる俺。

妹「い、今の私じゃ……」

兄「く、臭くないもん……豚じゃないもん……うぐっ、ぐすっひぐっ……」

 このままでは、精神的外傷から暗黒面に堕ちてしまう!
 妹のパンツを被って「コーホーコーホー」と呼吸する『ダースお兄ちゃんダー』になっちゃうよ!? 良いのか?
 おもむろにスカートに頭を突っ込む俺。

妹「お兄ちゃん!? や、やめて!!」

 全力で俺の頭を押し出そうとする妹、負けられんぜ……!!
 兄妹は「うぐぐぐ……」とくぐもった声でうなり合う。 
 一進一退の攻防に待ったがかかる。

探偵「シューリョーだ。兄の姿を見ていて悲しい気持ちになったから、代金はいらない」

 何だって? パンツに夢中で上手く聞き取れなかったが、耳寄り情報らしき言葉だ。

妹「わ、わぁっ!?」

 均等していた力の一方が突如消え、妹の体は前のめりに倒れた。
 俺の頭を押さえ付けていたので、着地点は当然、俺だ。

兄「は、初めてだから、優しくして……(裏声)」

 俺たちの性別が逆だとしても、十字の形で重なっているので、場違いな台詞だ。
 馬鹿でもやらないと、誤魔化せなかったのだ。
 血の繋がった妹の『重み』に興奮している自分を!!
 お、俺……来世は美少女の体重計になりたいな……。
 来世に思いを馳せている中、妹はとっとと体勢を直した。

妹「大丈夫……?」

 元を正せば俺が悪いのだが、それでも心配してくれる妹。
 そんな優しい妹ならば……聞いてくれるかも知れない。俺の――願いを――
 うつ伏せのまま、俺は言った。

兄「何も言わずに踏んづけてくれないか? ぐりぐりと」

 教室内は静まり返った。
 甘美な重みを感じられる予兆も無かった。
 顔を上げる気にはなれない。妹が世にも汚らわしい生き物を見るかの如く、俺を見ている気がしてならないからだ。
 やれやれ。欲望に忠実に生きる性分を直せないと、この先生きのこる事が出来ないんじゃないか?
 この先生、きのこる……誰? きのこる先生って誰?
 現実逃避を決め込んだ俺だが、能天気な声にその試みは打ち砕かれた。

雲子「お昼ご飯の時間よ!!」

 雲子か……俺に用事がるのだろうが、今はあいつの馬鹿話に付き合う気にはなれない。

雲子「あれ? ここにいると思ったけど……ああ、妹ちゃん」

兄「うごっ、げはっ、ぐえっ」

 妹に歩み寄る雲子が、わざとらしく俺を踏みつけた。

雲子「兄はここに居るって聞いたけど、いないのかしら?」

兄「お前の足元だ!! 違うんだよ! 俺が求めていたのはもっとこう、ゆっくりと沈み込むような踏みつけ方だ!!」

 俺は雲子を押し退けて立ち上がった。そして力説したのだ。
「うわぁ……」と声は無いが、表情で物語る探偵さんと妹。
  
雲子「何の話よ。そんな所で寝ているアンタが悪いんでしょう?」

兄「ぬ? てっきり俺のおねだりを聞いていたのかと思ったぞ」

kyouhakokomade

次回は来週のsandayもしくはmandayです。(日曜日もしくは月曜日)
出来上がらなかったら、その旨を生存報告を兼ねてレスする方向で。

雲子「どうせくだらない話でしょ? それよりもお昼ご飯よ!!」

 開口一番にも昼食だと言っていたが、普段から一緒食べている訳でもないのだ。
 なんなのか。

探偵「……もう昼か。私も少し腹が減ったな」

 何事もなかったかのように、探偵さんは呟いた。

兄「お、おい、どこに行くんだ?」

探偵「昼は交代してもらえるらしいからな。一度着替えて桃子でもからかってくるよ」

 背を向けたまま、手だけを挙げてさっさと退場。
 俺も出るか。いつまでもここに居た所で、見知らぬ警備員と出くわすだけだ。
 
妹「もう変な事したら駄目だよ。それと山村先輩と話してみて」

兄「変な事に関しては約束出来ないね」

 俺は茶目っ気たっぷりに、妹にウインクした。
 映画に出てくる外人みたいで格好良い! 俺!!
 
雲子「アンタから『変』を取ったら何も残らないものね。それよりアンタに頼みがあるのよ」

「なんだよ」と返しながら、揃って教室を出る。
 並んだ背を見る妹の瞳が寂しげだった事に、俺は気づくはずもなかった。



兄「ジュースか、狙いはジュースなのか」

 PTAからの差し入れと言う形で、生徒たちにジュースが配られており、その周囲には人だかりが形成されている。

雲子「……いるの?」

兄「良いだろう、ジュースはくれてやる。だがな、おっぱいをひと揉みふた揉みさせてくれるくらいのお礼はしてくれるのだろう?」

雲子「じゃあ、いらないわ」

 おっぱいは揉んだって減るもんじゃないのに、ケチな奴だ。
 どうにか上手くおっぱいを揉める流れに持っていけないだろうか?
 首をひねっていると、人垣から、持たざる者が満足げな顔で現れた。

兄「ジュース一本でずいぶん嬉しそうだな。俺のホットカルピスならいつでも飲ませてやるぞ?」

占師「いらない……」

兄「遠慮しなくて良いよ! とっても美味しいよ!」

 俺は飲んだ事がないし、飲もうとも思わないけどな。
 占い師がそっぽを向いて、缶の封を切る。
 照れ隠しだろう。きっと体育祭が終わる頃に呼び出されて、「飲んでも良い……?」と言われるに違いない。
 震える指先で俺のズボンをゆっくりと降ろす占い師の姿を想像してしまい、俺は中腰になった。
 それと同時位だろうか。
 占い師が吹っ飛んだ。

益垣「わ、悪い、大丈夫かお嬢ちゃん」

 例の如くトイレに駆け足で向かう益垣が犯人らしい。
 尻餅を付いた占い師に手を差し伸べている。

兄「がるるるるる!!」

 俺は慌てて占い師を抱き上げ、益垣を威嚇する。

益垣「なんだよ、ただ急いでいただけだぞ?」

兄「この子は体育祭が終わったら俺に愛の告白してホットカルピスを味わうんだよ! 手を出すんじゃねぇ!!」

占師「あー!!」「なんでバレてるの!?(裏声)」

 後半はもちろん俺の裏声だ。事実は違ったらしい。
 もぞもぞと動く占い師を慌てて地に降ろす。

占師「わ……私のジュースが……」

 駆け寄った先で、地面に転がった缶は踏み潰され、無残な姿を晒していた。

益垣「すまない……その……一口飲んじまったけど、俺のでよければ……」

占師「そんな汚れた物はいらない!」

 言葉は強気でも、やはり人見知りだ。
 益垣では無く俺に向かって言葉は放たれていた。

兄「俺のジュースはおっぱいの為になるのであって、哀れなお子様に恵んでやる事は……」

雲子「……仕方ない。これ、あげるわ」

 言ってるそばから、俺のジュースが!!
 いつのまにか、ジュースを受け取っていた雲子は、二本の缶の内、一つを占い師に手渡していた。

兄「お、おお、おお……おっぱいの夢が!!」

雲子「どっちにしても指一本触れさせないわ」

 なんてこったい。しかも占い師の奴、ちゃっかり口を付けて自分の物としている。
 ま、女の子の飲みかけなら、俺としてはむしろ歓迎するけどな。全力で口が付いた部分を舐め回すつもりだ。

雲子「そう言えば……それ、生徒会長が必ずアンタに渡すように言ってたけど、仲が良かったっけ?」

兄「いや、犬猿の仲だ。ひょっとした毒を盛られていた可能性もある」 

 それを聞いた占い師の顔が見る見る赤くなっていく。
 そう、赤く……? 赤?

兄「青くなるなら分かるが……なんだ、どうした?」

占師「分からないが……何だか凄く、体が熱いんだ……」

 占い師はゆっくとジャージのファスナーを下ろす。

今日はここまで、次回は今週末前後で。

 Tシャツの白がゆっくりと顔を見せるだけだ。
 それでも『脱ぐ』行為自体が、年頃の俺たちを興奮させる。
 益垣と俺はその様子を鼻息荒く凝視する。
「ほわぁー!?」どこかで奇声が上がる。
 何事かとそちらを向くと、生徒会長が慌てて走ってくる姿が目に入った。

会長「ま、まさか、あれを時次さんに渡したのか!?」

雲子「え? ……まさか本当に毒でも入れていたの?」

会長「くっ……副会長! 取りあえず彼女を止めるんだ!」

 会長が叫んだと同時に、シャツの裾を捲り上げんとする占い師を副会長が制していた。

副会「どうするつもりですか? 解毒剤は作らなかったじゃないですか」

 面倒だと言いたげな口調だ。
 辺りには人が集まっており、好奇の眼差しの中心に占い師はいる。
 俺の性欲は引っ込み、彼女を守る為の頭に切り替わっていた。寝取られは好きじゃないからな。
 媚薬らしき物を盛られた事は容易に想像できる。
 会長と副会長の会話から察するに、あの状態を解く薬もないのだろう。
 俺は隣で占い師を凝視する益垣のズボンをパンツごと降ろした。

兄「ちくしょう! 無駄に立派な物ぶら下げやがって!!」

 トドメと言わんばかりに、俺は益垣を張り倒した。
 下半身を露出し、地面に転がる益垣へと、多くの視線は移った。
 悲鳴や笑い声が辺りに響く。これで良し。
 生徒会長の野郎を一発ぶん殴って占い師をどこかへ隠そうと、振り返ると、探偵さんが居た。
 何故か白衣を着用している。

探偵「具合の悪い生徒が居ると聞いて来た」

会長「は、はあ……ところで、誰ですか?」

探偵「今日赴任して来た養護教諭だ。疑うのであれば、今すぐに次世代の身体測定を執り行う」

 次世代の身体測定? なんなのか。
 生徒会長と副会長も馬鹿みたいに呆然とした顔をしている。

探偵「今すぐ裸にひん剥かれて、性感帯やら性器の長さを測られたくなかったら、その子をこっちに寄越せって言ってるんだ」

 早口に言い終えると、占い師を担ぎ上げた。
 立ち去る際に、俺へ向き直ると、こう告げた。

探偵「養護教諭と言うのは保健室の先生だからな」

 颯爽と、人を抱きかかえているとは思えぬ速さで去っていく。
 行く先は保健室だ、と伝えたかったのだろうか。
 そこへ向かう前にしなければならない事がある。
 益垣のフォローだが……改めて様子を見ると、その必要はないらしい。

益垣「俺は……この程度の試練には負けん!!」

 これだけの人数の前で自分を慰める事が出来るとは……やはり益垣、ただ者ではない。
 今回は男子高からやって来た変態たちが居るので、捕まって面倒な展開になる事はないだろう。
 木を隠すなら森の中、と言うからな。



 エロい。何がって、隠されてる方が余計にエロい。
 姿が見えれば痛ましいと感じたかも知れない。
 布の擦れる音と荒い息からは、卑猥な想像しか生まれなかった。
 
探偵「……話しづらいな」

兄「まあ、な」

 俺は保健室にいた。未だ白衣姿の探偵さんが迎えてくれた。
 カーテンで仕切られたベッドの上には、占い師が居るのだろう。
 丸椅子に座って探偵さんと向き合っているが、ベッドの方ばかり気になって仕方ない。
 股間の膨らみを上手く隠せているかも気になっている。

探偵「……どうやらお前の話は本当だったらしいな」

兄「何度も言っただろ。どうするんだ?」

探偵「君の事はどうでも良いが、桃子に恥をかかせた罪は重い」

兄「お、俺はどうでも良いだと!? もう一度言ってみろ!!」
 
探偵「君の事はどうだって良い、知らん」

兄「なっ……!? 奇遇だな、俺も俺の事はどうでも良いと思っていたところだ」

 自分で言うのもおかしな話だが、やってる事はあんまりいつもと変わらなかったし、美味しい思いも出来たからな。
 今はそう思う。
 
探偵「だろうな。具体的な仕返しは考えているのか?」

兄「いやこれっぽっちも。探偵さんは?」

探偵「私はそもそも乗り気ではなかったからな」

 二人揃って「うーん」と唸る。
 仕返しに就いて尋ねると言う事は、探偵さんもこのまま終わる気はないのだろう。
 俺も探偵さんも、やられっぱなしで引き下がる人間じゃないのだ。
 
兄「……あいつが今までしてきた事をそのままやり返すのはどうだ?」

探偵「君じゃなければ、何事もなく単なる事故として扱われるだろう」

 そうか。生徒会長が女子のおっぱいをメロンと称して鷲掴みする姿は想像出来ない。
 体育祭も終盤に差し掛かり、罠を仕掛ける機会も少ない。
 やはりそのままやり返すのは良い手ではないのだろう。

探偵「人を陥れるにはまず弱点を見つけるべきだな」

兄「……探偵さんが言う本気っぽくて怖いぞ」

 俺が思うにそれも難しいだろう。長期間に渡り準備をするなら別だろうが、俺だって良く知らない奴なのだ。
 探偵さんの腕があろうとも、即座に見つけるのは……。
 不意に鳴ったノックで、俺の思考は遮断された。
 山村さんだろうか? あの場にいた野次馬から話を聞いたのであれば、保健室だと分かっただろう。

探偵「誰だ? 具合が悪いなら病院にでも行けば良い」

 ……いや、確かに占い師の奏でる卑猥な音色を他人に聴かせたくないのは分かるが、体調不良の女の子だったらどうするんだ。
 男が相手であれば、探偵さんの言葉が正解だが。
 ドア越しの声は意外な人物の物だった。
 
会長「え? あ……生徒会長です。時次さんの具合は……」

 俺たちは顔を見合わせた。
 あの野郎。占い師の痴態を覗きに来るとは……下劣なむっつりスケベじゃねーか。
 指の関節を鳴らす俺を、手振りで制する探偵さん。

探偵「見舞いか? 彼女は寝ているが、聞きたい事がある。入りなさい」

 驚いた顔の俺を見て、生徒会長も驚いた。
 
会長「ど、どうして問題児がここに!?」

兄「お前こそ何しに来やがった。オカズの確保か? あぁ?」

探偵「二人とも落ち着きなさい」

兄「たん――ぐはっ!!」

「探偵さんは何を考えてこいつを入れたんだ?」と聞こうとした瞬間、腹を思い切り蹴られた。

会長「せっ、先生何を!?」

 生徒会長の言葉で納得する。探偵さんは先生を演じて何かを聞き出そうとしているのだ。
 腹痛を堪えて俺は笑顔を作った。

兄「すみません、先生。名前で呼ぶのは二人きりの時だけにします」

探偵「そうしなさい」

 俺と探偵さんの顔を交互に見る生徒会長の戸惑った顔が少し笑えた。
 だから、「もう少し上手いことを言え」と踏まれた足の痛みは我慢しようじゃないか。

探偵「とう――彼女の具合は急に悪くなったのか?」

兄「うぐっ」

 自分だって「桃子」と言いそうになったじゃねーか、と足を踏もうと試みたが、先に脛を蹴られた。痛い。
 俺に不審の眼差しを向けつつ、生徒会長が言葉を返す。

会長「そうです……体調は戻ってきてますか?」

 なるほど。こいつはそれが気になってここへ来たのか。
 時間の経過で自然に治るのか、あるいは解毒剤を作って持って来たのか?

探偵「いや、それどころか悪化している。おまけに言動もおかしい」

会長「ほ、本当ですか!?」

 身を乗り出す生徒会長を「まあまあ」となだめる探偵さん。
 それから、朝の様子などの一般的な質問を「アレルギーかも知れない」などと脅しを入れながら続けた。
 探偵さんは何をしようと言うのか。俺には分からない内に彼女は生徒会長を追い出した。
 
兄「……なんだったんだ?」

探偵「最初は勘に過ぎなかったが……今のでほぼ確定した」

兄「えーと……探偵さんの運命の相手が俺だって事?」

探偵「どうしてそう考えたのか、少しも理解出来ないが……話の類としては悪くない」

 探偵ってのは、どうしてこう勿体ぶるのが好きなのかね。
 さっさと答えを教えてくれ、と目で訴える。

探偵「あの生徒会長、桃子に気があるようだ」

兄「ほー……」

 占い師が俺以外の男と喋っている姿を見た事はない。だが、見た目だけで彼女を好きになる男は少なくないだろう。
 俺の彼女候補を狙う男がいるのか。少し焦るぜ……。

兄「因みにどこで判断したんだ?」

探偵「同じクラスでもないのに桃子に関して良く知っていた。
   加えて、アレルギー反応だなんだと脅した時、彼は自白しようとしている」

兄「なるほど。自分の保身よりも占い師の身の安全を優先したと言うことか」

探偵「それから、君にチョッカイを出す理由も桃子かも知れないな。問題児への制裁であれば、君はとっくに学校を追放されている」

兄「俺と占い師が仲良くしているのが気に食わなくて、俺に嫌がらせをしてるってのか? 小さいぜ……」

 弱みを見つける事は出来たが、そこを突くのかは保留のまま、俺は保健室を後にした。
 そろそろ息子がパンツを突き破りかねないからだ。
 トイレへと中腰の姿勢で向かう。今日はさぞかし大量だろうな。
 
兄「おっと、涎が……」

「じゅるり」とやっているところに声が掛かったもんで、俺は相当間抜けな顔でそちらを向いたのだろう。

山村「兄君……? だよね」

 疑われるのも無理はない。あんなに格好良かった俺がこんなに無残な姿に!? と思うのが普通だろう。
 やや距離を置いて向き合っている山村さんに言葉を返す。

兄「さっきのは気ままな悪戯妖精の仕業だ! 俺はこの通りハンサムだぜ?」

山村「え? う、うん……そうだね……」

 廊下の窓から差し込む光が彼女を照らしている。
 反して俺は影の部分におり、『淫獣VS天使』の様な構図だ。そんな事はどうでも良いんだけどな。

兄「どうした? 俺に謁見か?」

山村「兄君は全然目上の人じゃないよ。……その、さっきの事……だよ」

 流石山村さんだ。雲子が相手なら謁見と言う言葉が通じなかっただろう。

兄「あー……妹から大体聞いたぞ。どうして俺が無実だと?」

山村「生徒会長と副会長の内緒話が少し聞こえたから……上手くいったとかなんとか」

 それはまた、大きなボロを出したもんで。
 一連の嫌がらせは思い付きの類であり、綿密な計画ではないのだろうか。
 だとすれば、媚薬だのおかしな縄だのを個人的に持っていた事になる生徒会長の人間像が怪しげなものに変わってくるな。

兄「……だとしても、謝っておく。悪かったな」

 彼女の顔に驚きの色が浮かんだ。

山村「わ、私こそ! ……先に言われちゃったけど、謝りたかったんだ。ごめんね。酷い事しちゃったよね。
   兄君は頑張ろうとしてくれてたのに……」

 このまま喋らせていたら、その内泣き出しそうなくらい申し訳なさそうだ。
 俺はゆっくりと彼女に近づき、頭に手を置いた。そのままわしゃわしゃと撫でる。

兄「気にするな。誤解されるのは慣れてるぜ」

山村「……そうだよね。兄君の日頃の行いが悪いんだよ、全部」

 けろりと悪態をつかれた。……まあ良いか。それが俺の本意だし。
 
山村「ところで、桃子ちゃん見なかった? さっきから探してるんだけど……」

兄「なんだ、聞いてないのか? 色々大変だったぞ」

 首をかしげる山村さんに事情を説明しつつ、保健室に向かう。
 保健室へ行くのは別に「友人の前で淫らに乱れるのはどうだ? 興奮するか?」とか言いたい訳ではない。
 あ、いや、否定はしたが、ちょっと良いかもと思ってしまった。
 生徒会長が危ない奴だった場合に、強硬手段に出ちゃいないか確認の為だ。
 探偵さんが居るから大丈夫だと思うが、念を押すついでに今の様子も聞いておきたい。
 山村さんが保健室の扉を二、三度ノックする。
 
探偵「誰だ? 今取り込み中だから、具合が悪いなら野垂れ死にしとけ!」

 扉越しの対応がさっきよりも酷くなってやがる。

兄「俺だよ俺。柔らかな口溶けと濃厚な味わいの俺だよ」

探偵「兄か。一緒に誰かいるのか?」

 言葉を発したのは俺だけだが……。驚いて山村さんと顔を見合わせた。
 
山村「山村です。どうして分かったんですか?」

探偵「ノックの音が違ったからな。君なら構わないだろう。入っておいで」

 ノックの音で人を判断出来るとは、末恐ろしい人だ。などと考えながら、言われた通りにする。 
 ……中は少し空けていただけで、随分と変化していた。
 まずは占い師。媚薬の効果が抜けたのか、ベッドに腰掛け落ち着いているようだ。まだ少し、頬は赤い気がする。
 それから、以外な人物が椅子に拘束されていた。

兄「どうして副会長が……?」

 副会長は何も答えずに俺を睨みつけた。……雰囲気が違う。その原因はすぐに眼鏡だと分かった。 
 こうして見ると、やや釣り目の美人だ。

探偵「それは今から説明しよう。私が聖母の様に桃子を見守っている所にだな……」

副会「そこで嘘をつく必要は……? 楽しそうに写真を撮っていた癖に」

占師「なっ……!?」

 文句を言いたげな様子の占い師を止めるように探偵さんが口を挟む。

探偵「その辺は些細な事だろ。要するに、こいつが忍び込んで来たから、捕らえたまでだ」

 ……なるほど。そこまでは容易に想像が出来たが、問題は何故忍び込んで来たのかである。

兄「理由は分かってるのか?」

副会「もう少し長く楽しみたかっただけですよ。想定外の異物が紛れ混んだら、排除するのが普通でしょう?」

兄「それは生徒会長の命令か?」

 答えずに、副会長はため息をついた。探偵さんがフォローを入れてくれた。

探偵「楽しんでいたのは、こいつだ。要するに黒幕。媚薬や二人三脚の縄は君が用意したのだろう?」

副会「流石ですね。……あなたとは」

 副会長と椅子を括っていた縄が解ける。彼女は立ち上がり、横髪をかきあげた。
 
副会「場を改めて、遊んでみたいですね。それでは。これ以上この件には関わらないので、あとはお好きにどうぞ」

 呆然とする俺たちを尻目に副会長さっさと出て行ってしまった。
 なんなのか。

探偵「まー……物好きってのはどこにでも少数いるからな。私も昔はあんな感じだった」

兄「呆気なく終幕を迎えたな。……そうだ、もう平気なのか?」

占師「あ、ああ……まだ熱っぽいが。……さっきは助かった」


 *

兄「女々しいぞ。お前」

 生徒会長への言葉だ。これ以上何かが起こる可能性はないにせよ、文句を言う権利くらいあるだろう。

会長「……何の話だ? 副会長から、聞いただろう?」

兄「それは聞いた。男同士の個人的な話だ。仮にもこの俺の! 俺の! 俺の彼女候補だからな」

 黙って俺を睨みつける生徒会長。
 副会長の後ろ盾がなければ、ただの陰気な奴か。
 身を翻した所で、声が掛かった。

会長「待てよ。……問題児、お前に何が分かる」

兄「おっぱいが小さい事なら知ってるが」

会長「俺は小学生の頃から彼女が好きだ!」

 その告白は俺にすべきじゃないと思うぞ。

兄「とにかく、お前のやり方は卑怯な上に女々しいんだよ。もう少し男らしくすればどうだ?」

 生徒会長がそれ以上言葉を返す事はなかった。
 これで一件落着だろう。副会長の興味も探偵さんに移ったようだし、生徒会長も懲りただろう。
 それから俺は普通にリレーに出場し、普通に勝利を得ていた。
 残りの競技には出場しない予定だ。

兄「波乱万丈な体育祭だったな」

雲子「話は山村さんに聞いたけど……私の件に関してはアンタが悪いんじゃない」

兄「違うな。けしからん胸をしているお前が悪い!」

 なんて話を雲子としている間にも、益垣は順調に記録を伸ばし、ついには100回を越えたらしい。
 いちいち数えている散見も相当暇なのだろう。

 長かった体育祭も幕を下ろそうとしている。
 残すは閉会式のみだ。俺のクラスはブービー賞で終わった……俺の与えた影響はない、と思いたい。
 優勝旗の授与や、個人MVPが発表が行われていく。
 益垣が特別賞を貰ったのは、なんなのか……。

 この後はクラス毎の打ち上げがあるらしい。昼食を取れなかった事もあり、腹が減っている。関心はそちらに向かった。
 何を食おうか考えていた時だ。異変は突然起こった。

会長「突然だが、聞いて貰いたい事がある。俺には好きな人がいる!!」

 こいつは……。ざわめき出す生徒たち。 
 事情を知る俺たち数人は嫌な予感しかしない。

会長「それは……時次桃子さんだ!!」

 周囲が更に騒がしくなる。クラス毎に分かれて整列している為、占い師の様子はここから見えない。
 しかし、聞こえてくる言葉から、占い師が生徒会長の待つ壇上へと引きずり出されるのが分かる。
 あれよあれよと言う間に占い師は生徒会長と向き合っていた。

会長「ずっと前からあなたが好きだ! 付き合ってください!!」

 一際大きな歓声の後、静まる生徒たち。教師や警備員が動く気配はない。
 ……俺が生徒会長の立場であれば、すぐに引きずり下ろされてるのに、不公平だな。
 どうせ断られるだろうと、黙ってみていたが、占い師にその素振りはない。
 こんな話を聞いた事がある。女の子は押しに弱い、と。
 このまま黙っていると、非常に面白くない展開になりそうだ。
 俺は壇上へと駆け上がっていた。
 生徒会長のライバルが出現したと思われたのか、場内が騒がしくなっていく。

兄「馬鹿野郎!!」

 マイクを奪い取って吼える。

兄「男らしいってのはこんな事じゃない!!」

 全裸になるのも手馴れたもんだ。手早く衣服を脱ぎ捨て、生まれたままの姿になる俺。

兄「これこそが真の漢の姿だ!!」

 女子からは悲鳴、一部の男子からは応援の声が飛ぶ。
 何故か驚いた顔の生徒会長と、「アホか……」と呟く占い師。
 教師と警備員が慌しくこちらに駆け寄り、俺を拘束する。

校長「この大馬鹿者が!! お前のような生徒は――」

「待ってください!!」

 恐らく、「退学だ!」と言いかけたのであろう校長を止めたのは、意外な人物だった。

校長「ど、どうしたのかね、生徒会長?」

会長「彼は……彼は正しい!」

「は?」と言ったのは俺も含めたその場にいた全員だっただろう。

会長「俺は自分の事しか考えていなかった! 時次さんの性格を知っていながら、彼女の迷惑も省みずにこんな真似をして……」

警備員「そ、それはともかく……こいつのした事との関係は?」

会長「分からないのか!! 彼女を救ったんだ! 
   断ろうと、受け入れようと、注目の的になるのは間違いない。それをかき消す為に彼は自分の身を犠牲にしたんだ!!」

 そう、なのかな……? あまりに予想外だった展開に俺は何も言えずにいた。

会長「俺は浅はかだった! うんこちゃんだった! 彼の表面だけを見て、問題児と決め付けていた!! 何より大切な物は心だと言うのに!!」

 気付けば、俺は警備員から解放されていた。股間の毛が風に揺られている。

会長「そうやって、今までも……人知れず、誰かを助けていたのか?」

兄「ま、まあそんな事もあったりなかったり……?」

 あんまり記憶にないが、否定したとしても、その答えを否定されそうな勢いが今の生徒会長にはある。
 生徒会長は俺に拍手を送った。しかも泣きながら。
 釣られてか、辺りからも拍手がちらほらと聞こえる。
 いつしかそれは盛大な物へと変わり、俺はその中心で困った顔をしていた。全裸で。
 ……こうして、良く分からないままに、体育祭は大円団を迎えたのだった。


 数日後、俺たちは休日を利用してファミリーレストラン『まさひこ』に来ていた。

兄「季節外れのコーンポタージュも美味い!!」

妹「服にこぼしてる。恥ずかしいなあ……」

 ペーパータオルで俺の胸を拭く妹。お兄ちゃんは嬉しいぞ、こんなに良く出来た妹がいて!

探偵「なんだかんだで聞けなかったが……桃子は何と答えるつもりだったんだ?」

桃子「……断るつもりだったが、何と言えば良いのか思いつかなくてな」

 慣れてないだろうしな、交際を求める男にお断りの意を伝えるような状況。
『ペロペロチーノ』と言う名のぺペロンチーノを食っていた雲子があの件をほじくり返す。

雲子「あんた、あの時本当にこの子の為に服を脱いだの?」

山村「まっさかー。兄くんがそんな事考える訳がないよ。ねえ?」

兄「山村さんは俺に何か恨みでもあるのか?」

 そうとしか思えない辛口だ。

雲子「そうよね……聞いた私が馬鹿だったわ」

妹「そうですよ、雲子さん、山村先輩。お兄ちゃんの行動理由の大半は身勝手な欲望、ですよ」

兄「素直なんだよ」

「素直とはまた違う気が……」等と言い出す三人を他所に占い師が呟いた言葉を俺は聞き逃さなかった。

兄「だよな!? そう言う事なんだよ!!」

 何が? と首を傾げる面々。

探偵「もう一度よろしく。私も聞き取れなかった」

占師「……大事なのはきっかけじゃなくて、結果かも知れない」

 そう。結果的に占い師はミーハーな女子に囲まれる事もなく、場の空気に押し切られて生徒会長と付き合う事もなかったのだ。
 
探偵「結果論だな。生徒会長がここぞとばかりに兄を陥れた可能性もあった」

占師「それは分かってる。ただ……兄にはあるかも知れないなと思ったんだ。思いがけず人を助けるような節が」

 め、珍しく褒められてる!? なんだよ、さ、さささ、詐欺か?
 
占師「ありがとな。兄」

 簡素に礼を述べて、紅茶に口を付ける占い師。気取った仕草だが、それをぶち壊すように探偵さんが占い師の鼻をつまむ。

占師「ふごふっ!」

探偵「桃子ー! 抜け駆けか!?」

 俺もコーンポタージュを噴出した。

雲子「きったないわね……」

妹「ちょ、ちょっと待って! お二人はお兄ちゃんの事が好きなのですか!?」

探偵「え? いやー……言ってみたかっただけだが?」

妹「え?」

山村「ふふふ、大好きなお兄ちゃんが取られなくて良かったね?」

妹「ち、ちが! そう言う事じゃないです! 山村先輩!!」

 なんなのか。
 俺の噴出したコーンポタージュや、妹が勢い良く立ち上がったせいで皿からこぼれた料理が惨状を彩る。
 
雲子「兄、アンタ……幼馴染と妹、どっちを取るのよ!!」

兄「へ? い、今のそんな話だったか?」

妹「!? く、雲子さん、ま、まさかお兄ちゃんの事が……」

雲子「何となく張り合ってみただけよ? 大丈夫よ。妹ちゃんから兄を奪ったりしないわ」

妹「だ、だから、違うんです! 違う! 皆さんニヤニヤした顔でこっちを見ないでください! ああ、もう!! お兄ちゃん謝って!!」

 こんなに慌てた妹を見るのは初めてだ……。
 流れに乗るべきだな。
 
兄「お前はいつまでも俺の一番、さ……」

 探偵さんが指笛を鳴らし、他の面々が拍手をする。

妹「ど、どうしてこんな事にー!!」

 妹の大声を聞くのも久しぶりだ。
 この後、騒ぎ過ぎた俺たちが、店から追い出されたのは言うまでもないだろう。


おわり。

という訳で、長かった番外編も終わりです。

次回から、本編に戻る予定です。

投下予定日は、週末以降で。投下出来なくても週明けには生存報告予定です。


それにしても、本当に長かったね。



 放課後、俺は繁華街に出ていた。
 人ごみをすり抜け、短いスカートの女子高生にムラムラし、巡回中の警官から隠れたりしながら、目的地に着く。
 探偵さんの事務所だ。
 仕事熱心な訳ではない。朝の一件の後「色々と調べて見る」と帰宅した探偵さんに話を聞きに来たのだ。

兄「いるかー? いないかー?」

 初めてここに着た時、占い師がそんな声を掛けていた。それに習ってみた。
 すぐに扉が開き、探偵さんが顔を出す。

探偵「君か。あれから進展はあったか?」

兄「何もないぞ。探偵さんの方はどうだ?」

 言いながら、事務所に入り、来客用のソファに腰を降ろす。
 探偵さんは台所で作業中だ。

探偵「あの壺に関して少しだが分かったぞ。古い物らしいが、『呪いの壺』と呼ばれ始めたのは20年程前からだ」

兄「その経緯は? 何か不幸な事故でもあったのか? 例えば壺を踏んで転倒して、死んだ奴がいるとか」

探偵「そこまで派手な事はない。ただ、これを所有していた女性が病死している。ほら、コーヒーだ」

兄「……ほら、じゃなくて、まん! って言ってコーヒー出してくれ」

探偵「まん、コーヒー……」

兄「痛い! 痛いって!!」

 耳を引っ張られる俺。怒るのなら先に気づけよ!
 一つ咳払いをして、話を戻す探偵さん。

探偵「年の頃はお前とそう変わらないな。……ひょっとすると、あの少女は壺に憑く亡霊なのかも知れない」

兄「そうだとして、俺に何の関係が? 殺人事件なら、俺を犯人と間違うとか、仮説は立てられるが……」

 現状では意味不明だ。俺が何をすると言うのか。あの少女にとっての俺とは? 妹との関係は?
 考えれば考える程、頭が痛くなってくる。

兄「情報が少ないな。他に分かった事は?」

探偵「無理を言うな。あれだけの珍事を起こす壺だ。今のは一種の付加価値として残っていた話で、それ以上の事は調査中」

 この話はお終い。そんな口調だ。
 煙草に火を点けコーヒーをすする探偵さん。本当に今の話以上の事は知らないのだろう。
 そうなると、深く掘り下げて話し合う事も出来ない。
 全て嘘の可能性すらあるのだ。
 探偵さんによるものではない。壺の価値を高める為に古物商辺りが話を作ったのだとしてもおかしくはないだろう。
 その割には地味だが……いや、逆説的に言えば、地味な方が信憑性は高まる気も……。

兄「ヤメだヤメだ! 考えても分からん! 次の仕事は来てないのか?」

探偵「来てはいるが、商談中って所だな。今日はする事もない。帰るか?」

 どうしたものか。探偵さんと共に壺に関して調べてみるか、妹の様子でも見に行くか……。
 あれこれ考えていると、何か引っ掛かりを覚える。忘れている事がある。
 
兄「……そう言えば、報酬は?」

 ピタリと動きを止める探偵さん。その動作が意味する所は!?

探偵「べ、別に隠していた訳ではないんだぞ。ただ、君が無駄遣いしないよう預かっておこうかと思ってだな。うむ」

兄「怪しい言い方だな。金がなければ体で払ってもらっても構わないぞ!!」

 悪役の台詞だって似合う俺。これからはダークな路線でいこうか?
 それはともかく、まずは服を脱ごう。俺はベルトを外す。

探偵「服を脱ぐな! すぐ出すから少し待っていろ!」

 事務机から手持ち金庫を取り出し、それを開ける探偵さん。
 札束だ! 札束だぞ!!
 無造作に半分程を握り、俺に向ける探偵さん。

探偵「これくらいで良いか?」

兄「良いか? ってアバウト過ぎないかい。札束なんて初めてで、ちょっと混乱してきたよ俺。おち○ちんが付いてるのが男で、付いてないのが女だよな?」

探偵「どう混乱したのか想像も出来ないが、20万で良いか? 報酬は60万だったのだが……」

兄「お、おう……」

 と答えるのが精一杯だ。悪趣味な金持ちが依頼主だったのだろうか。
 探偵さんが20万を茶封筒に詰め、俺に手渡す。

探偵「落とすんじゃないぞ? 訳の分からない事に使うなよ?」

兄「俺は子供じゃないぞ! 見るか!? 俺の大人の証、見るか!?」

 ズボンの腰周りに手を突っ込み、思い切り前に引っ張る。
 上から覗き込めば俺の宝物が見えてしまう状態で、探偵さんににじり寄る。
 彼女は「面倒だ、ああ、面倒だこいつ」そんな目をして、追い払う様に手を動かす。
 やる事もない上に冷めた仕草であしらわれたのでは、帰るしかないな……。
 20万の入った封筒を片手に俺はとぼとぼと事務所を出る。

探偵「落とすなよ!? 落とすくらいなら、私にくれよー!?」

兄「わかってるよ。それじゃあまた明日な!」




 自宅に戻った俺は、台所に20万を隠した。
 前に住んでいた人が置いていったらしいガスコンロのグリルの中だ。
 
兄「ふふ……ちょっとワクワクするよな……」

 数回、グリルを開けたり閉めたりを繰り返す。

兄「クックックッ……」

 更に数回繰り返したところで、飽きた。
 何やってたんだろうか……馬鹿馬鹿しいぜ!

 忘れかけていた次の目的地へ向かうとするか。 
  
兄「もう我慢出来ません! 実家へ帰らせていただきます!」

 
 足音をわざと鳴らし怒り狂っている体で外へ出る。
 もちろん鍵はしっかりかけた。
 道中は気が重かった。
 いくら愛する妹の様子を見にいく為とは言え、あの家に帰るのは非常に憂鬱だ。
 家を数日空ける事は多々あったが、その度に俺は両親に嫌味を言われていた。
 思春期にありがちな反発心から、そう思ったのではなく、あれは本当に嫌味だろう。
「帰ってこなくても良かったのに」だぜ?
 慣れてはいるものの、気持ちの良いものではない。
 両親の不在を祈るばかりだった。
 学校を基準にすると、家はアパートの反対側だ。
 見慣れたはずの通学路を懐かしく感じながら、歩き続ける。
 角を曲がり、家が見えた時、俺の不安が杞憂だと分かった。
 父の車も母の自転車も見当たらない。

兄「神話級の美しさを誇る事で有名な俺だ! そう! 俺が……俺がお兄ちゃんだよ!!」

 家に上がるなり、そう叫んだ。
 二階から妹が慌ただしく降りてきた。

妹「お……お兄ちゃん……?」

 目を丸くさせて驚いている。
 別に死んだ訳じゃないんだぞ。とは言え突然だった事には違いない。

兄「すまん……」

 何に対する謝罪かは分からない。
 妹はその言葉に頷くだけで、何も言おうとしない。
 こうしてきちんと向き合う事も久しぶりで、朝の一件もある。
 なんと声をかけようか、戸惑ってしまう。
 こんな時はおどけて見せるのが一番だ。
 俺は本をめくる様な手振りで、次の言葉を探す。

兄「まいったなー、本番中なのに台詞忘れちゃったよー、えーと、次の台詞、次の台詞……」

妹「ただいま、じゃない、かな?」

 少し笑った顔の妹がぎこちなくそう言ったので、

兄「ああ、そうだったな。ただいま」

 俺は素直に従った。

遅くなりました。ずびばぜん。
今日はここまでです。次回は週明け辺りで。
以下今回のおまけです。


~番外編『本気のNGシーン』~

兄「やあみんな! 番外編の時間だ!!」

占師「このSS番外編が異様に多いと思うのだが……まあ良いか。今日はNGシーンだってな」

兄「しかも本気と書いて『ガチ』と読むNGシーンだ!」

占師「作者が前回までの話を完全に忘れていて、設定に矛盾が生じたらしいぞ」

兄「片づけを二回もしちゃった話だぜ!!」



 放課後、俺は繁華街に出ていた。
 人ごみをすり抜け、短いスカートの女子高生にムラムラし、巡回中の警官から隠れたりしながら、目的地に着く。
 探偵さんの事務所だ。

兄「いるかー? いないかー?」

 初めてここに着た時、占い師がそんな声を掛けていた。それに習ってみた。
 すぐに扉が開き、探偵さんが顔を出す。

探偵「君か。あれから進展はあったか?」

兄「何もないぞ。……今日の仕事は片づけか?」

 荒れ果てた部屋の様子を思い出す限り、一日を費やしてようやく片付くかどうかだろう。
 探偵さんの格好もいつものスーツではなく、ジャージだ。
 色気の欠片もない私服だが、彼女の秘密を知ったような心地で、俺はニヤけた。

探偵「大事な書類は救出した」

兄「片付けは苦手なのか?」

 朝の一件が済んで、すぐに帰ったにも関わらず片付いた様子がまるでない。
 彼女の言う書類は確かにクリアファイルにしまわれているが……。

探偵「共同作業を通して仲間意識を育むのだよ」

兄「要するに俺を頼りにしてたのか? 残念だな、俺の部屋も汚い! いや、使用済みのティッシュはきちんと始末しているぞ!?」

 仮にも生命の素だ。きちんと始末しないで新たな生命体が誕生しても困るからな。
 
探偵「なんとかなるだろ。こう見えても一人暮らしは長いんだぞ」

 壊れた家具をビルの廊下に出し、使える物は配置しなおす。
 家具は多くない。この作業はすぐに済んだ。
 幾分か見栄えがマシにはなったが、書類が多い。荒れ果てた感は拭えない。

兄「こいつらは? どうするんだ」

 足元の紙束から一枚を手に取り見せる。

探偵「「間が空きすぎて意味が分からねぇ」……か。意味が分からないな。捨てていいぞ」

 言われたままにその紙をダンボールに詰める。
 確認しながら全てを片付けるのは骨の折れる作業になりそうだ。
 時折現れる小難しい内容の物を確認し、明らかにゴミと分かるチラシ等はダンボールへ。
 それを何度も繰り替えす。

*この辺りまで気づかず真面目に書いてました。

探偵「そう言えば」

 と探偵さんが切り出したのは30分経ったかどうかの頃だ。
 片づけに飽きたのか、窓辺で煙草をふかしている。

探偵「片づけ、すでに済ませたんじゃなかったか?」

>>231 本文3行目に注目

兄「マジで!? ……うお!! マジだ!!」

探偵「ひゃっほーう!! じゃあもう片づけはしなくて良いんだな!?」

 ダンボールの中身を窓から外へ放り出して、大はしゃぎの探偵さん。
 そこまで片づけが苦痛だったのかよ!

兄「まあ、ここはNGシーンって事で良いんだな」

探偵「……片づけに費やした時間を返して欲しい。あの時間でシャワー浴びて、借りてきたDVD見て……色々出来たんだぞ!!」

 俺に言われても困るが……。と言うか、実質10分あるかないかだったじゃないか。
 それでもまだ不平を垂れる探偵さんに、送るべき言葉が見つかった。
 俺はニヤけた顔でこう言ってやった。

兄「共同作業を通して仲間意識は育めたんじゃないか?」


 以上、番外編『本気のNGシーン』でした。

兄「いいオチがついた訳じゃないだろ、これ……」

占師「NGシーンだし、別に良いんじゃないか?」



 俺たち兄妹の再会を邪魔する者はいなかった。
 両親も鎌の子もいない。
 それはそれで少し緊張するんだけどな、何せ二人きりだ。

兄「……窓、直してくれたんだな」

妹「お兄ちゃんが帰って来た時に部屋の中が雨水でぐちゃぐちゃだったら、嫌でしょ?」

兄「そうだな。修理代、いくらだった?」

 今の俺は小金持ちなのだ。窓の修理費を負担した所で、生活には困らない。
 だが、妹は首を横に振った。

妹「いらない。その代わり……」

兄「お姉ちゃんになってだと!? タイに行ってちん○んを取り除く手術を受けろってか!!」

 妹は何も言わない。
 酷く冷ややかな眼差しで俺を見ている。

兄「冗談だ。力仕事でも、密偵でも何でも任せろ。殺しはちょっと……」

妹「そんな事しなくて良い。……時々で良いから来てよ」

 予想もしていなかった言葉に俺は間抜けな面をした。
 おっと、いかん。俺はいつでも格好よくあるべきなのだ。

兄「来るって家にか? ……何の為に?」

 深い意味のない頼みだったのか、妹は無言だ。
 くつろぐにしたって、親が居る時なら、アパートの方が居心地が良い。
 ひょっとして、妹は俺に会いに来て欲しいのか?
 いや、恋愛シミュレーションゲームのやり過ぎだろ……俺……。
 そう思ったのだが、

妹「私に……会いに来る、じゃ駄目かな?」

 妹も恋愛シミュレーションゲームのやり過ぎなのだろうか?
 それとも恋愛シミュレーションゲームは現実に適用出来る、精密なシミュレーションシステムだったのだろうか?
 どちらにしても、答えは一つだけどな。

兄「両親がいない時ならな。お前もその方が良いだろ?」

妹「うん」

 ……それは良いのだが、困った。
 次は何を話せば良いのだろうか。

 若者の性が乱れている件? 年金問題? サ○エさんの最終回?
 どれも違うぜ……。
 黙り込んでいると、妹が一つの提案を持ちかけてくれた。

妹「ゲームしない?」

「エッチな?」と聞き返しそうになる口をふさぐ。
 怪訝な眼差しを向ける妹に、俺は胡散臭い笑顔で返す。

兄「そうは言っても、ゲームなんて古臭い物しかないだろ」

妹「古臭くて良いよ。『マリヨカート』しよう」

『マリヨカート』と言うのはマリモを模したキャラクターがカーレースに興ずるゲームだ。
 小学生の頃に妹と遊んだ記憶はあるが……。

兄「今やっても楽しいか?」

「楽しいよ」と断言して、せっせと用意を始める。
 古臭いゲーム機をテレビに接続し、カセットの端子部分に息を吹きかけホコリを払う。
 懐かしい音楽が鳴る。
 
兄「……週末は遅くまでこれで遊んだよな」

 自然と俺は在りし日を思い出していた。
 だから、俺たちは当時と同じく並んでテレビの前に座った。

妹「そうだね。……懐かしい」

 それから、俺たちはあまり言葉を交わさずにゲームで遊んだ。
『マリヨ』の笑い声は、久しぶりに聞いてもイライラするな……。

兄「これで10勝だぜ」

 俺の操るキャラクター『ヨシオー』が一着でゴールし、妹の『ビッチ姫』が二着。
 ゲーム自体(エッチな物は除く)で遊ぶ事が少なくなっていた俺だが、腕がなまっているのは、妹も同じだったらしい。
   
妹「やっぱりお兄ちゃんには勝てない……」

 脱力した様に俺の肩にもたれかかる妹。
「うひょっ!?」と声を漏らした。
 妹は黙ったままだ。
 ……なんなんですか、この状況は!!
 このままR18に突入するのか!? そうなんだろ! 漫画で読んだもん!!
 服は俺が先に脱ぐのか? それとも先に脱がせるのか?

妹「このままで良い?」

兄「な、なにが!?」

 この質問の意味は? 着衣プレイ? それともシャワーを浴びてくるかどうか!?


妹「肩、借りてて良い?」

兄「あ、ああ……そういう事か……」

 どうやら俺の思考は先走りしていたようだ。

妹「ごめんね、お兄ちゃん」

兄「か、肩くらい、気にするなよ! なんなら肩だけお前に預けておこうか?」

妹「それは怖いって。肩じゃなくて、色々と」

 色々と、か。
 この家での待遇だとしても、それは両親の責任が大きい。
 妹に謝られる様な事はないと伝える。
 首を横に振られた。

妹「だってお兄ちゃんは――」

 言葉を遮ったのは、深緑の閃光だった。
 俺たちは短い悲鳴をあげた。
 
「それ以上は言わない約束です」

 視界が戻ると、鎌の子が立っていた。
 妹の口に人差し指を当てている。

兄「またお前か!! 読者が減るからお呼びじゃないぜ!!」

「読者? 何の事だか分かりませんが……とにかく、言わない方が良いかと。貴女の為にもね」

妹「……うん。お兄ちゃんもさっきのは忘れて」

 忘れてと言われて忘れられる奴がいるか。
 とは言え、ここで揉めても俺に勝ち目はないだろう。
 従う事が、賢い選択だ。それだけで終わる俺ではないけどな。

兄「興味深い話を聞かせてくれたら、今の話は忘れちゃうかもな。……質問、良いか?」

「話によりますが……貴方に関してでなければ、答えましょう」

兄「遠田を自白させたのは、お前の仕業か?」

 状況から察するに間違いないのだが、どうしたのかまでは分からなかった。
 
「実は私も分からないのです、自分が何者であるか」


 その言葉の真偽は定かではないが、踏み込むべきではないな。
 遠回りでも、確実に情報を引き出しておきたい。

兄「どう遠田を追い込んだのかも、分からないのか?」

「いいえ。どうにも私は『悪いことを終わらせる』存在のようで。勘ですけどね。それに従ったまでです」

兄「話が見えなくなって来たぞ。簡潔に頼む」

「こうです」の声ともに、どこからか現れた鎌が俺の胸に突き下ろされる。

兄「ぎゃあぁ!? 打ち切りなのか? 俺が死んで世界は平和になったとか言って、打ち切るのか!?」

「痛いですか?」

兄「痛いどころか遺体になっちったよ。……うん?」

 痛みもなければ、血も見えない。
 鎌はどう見ても胸に突き刺さっているのに。

「この鎌は特別で。殺さずに痛めつける事が出来るのですよ。今は痛みを与えなかったのですけど」

 鎌が引き抜かれるも、やはり俺の体には傷一つない。
 妹はすでにこの事実を知っていたのか、無言で俺たちを見ている。

兄「つまりだ……」

「力ずくで自白させた。それだけですよ」

 楽しそうに笑う少女を見て、俺はため息を漏らした。
 この先どうなるんだよ……。


 帰り際、鎌の子が姿を消し、二人きりになった。
 定期的に戻って来る約束を交わした。
 
兄「それじゃ。元気でな。宿題やれよ、歯磨きしてから寝ろよ」

妹「分かってる。お兄ちゃんこそ、しっかりして。……きっと大丈夫だから」

 何が大丈夫なのか、見当も付かない。
 帰路を辿る中、俺は占い師との出会いを思い返していた。
「お前の背負う運命はあまりにも辛すぎる」占い師はそう言った。
 ……ひょっとして、全て繋がっているのだろうか。鎌の子が言う俺の悪事と、占い師が言う辛い運命は。
 憶測の域を出ないが、俺はアパートへと駆けた。
 
占師「……どこ行ってたんだ?」

 アパートの近くで占い師と出くわした。
 手に買い物袋を提げている。
 
兄「ちょっと家にな。お前は買い物か?」

占師「そうだ。……夕飯、食ってくか?」

「イエス」以外の答えは思い浮かばなかった。
 ここへ向かう最中、あれほど頭を支配していた疑問は引っ込んでいた。
 まずは飯を食おう。それからで十分だ。
 今日はパスタらしい。
 一緒に家に上がり、電灯のスイッチを入れる。
 
兄「じゃ、俺は風呂に入るから、飯の用意は任せたぞ」

占師「待て。少しくらい手伝う気はないのか?」

兄「……俺の体を皿がわりに使うんだろ? 女体盛りの如く。だから、綺麗な方が良くないか?」

占師「何を言っているのか少しも理解出来ない、したくない。なんでそんな事をするんだよ!!」

兄「興奮するだろ? 俺もお前も。元はと言えば、お前が箸で突っついたりするから、俺が変な性癖に目覚めたんだろうが!!」

占師「あ、あれは悪かった。だけど……」

 と、中途半端に言葉を切った占い師。
 なんだ? と聞こうとしたが、止めた。
 何かに気付いた風の占い師がにんまりと笑ったからだ。

占師「残念だったな!! パスタは箸じゃなくてフォークだから、今回の件に関しては、私に拒否権があるぞ!!」

 あまりに嬉しそうな笑顔だったので、何かと思えば、屁理屈か。
 子供っぽい物言いに、俺は思わず笑ってしまった。

占師「何かおかしいか? 完璧な理論だったじゃないか!!」

兄「いや、可愛い奴だな、と思って」

占師「な、なんだよ、突然! 邪魔するならあっちでテレビでも見てろ!!」

兄「分かった分かった。そんなに怒るなよ」

 言われた通りに、テレビの前で寝そべる事にした。

今日はここまで。

読んでる方にこちらの意図通り情報が伝わっているか
前回までの話との間に矛盾はないか

不安が色々あったので、遅くなりました。ごめんなさい。

次の次の更新辺りから、各キャラ個別に掘り下げていく様な展開になる予定です。

今後ともよろしくお願いします。

サイトの方もよろしこオナがいします。



 料理が完成するまで、俺はニュースを見ていた。
 ……事件の報道を見ている内に忘れていた疑問が蘇って来た。
 しかし、鼻歌交じりに料理をする占い師の邪魔をするのは気がひけた。
 俺は大人しく完成を待った。

占師「出来たぞ。テーブルに運んでくれ」

兄「おう。任せとけ。こう見えても運び屋界では名の通った男なんだぜ、俺」

占師「いや、十歩もないだろ。台所からテーブルまで……」

「まあな」と適当に返事し、パスタが盛り付けられた二人分の皿を運ぶ。
 カルボナーラだ。チーズとベーコンの匂いに食欲をそそられる。
 占い師は小さめのカップを二つ手にしている。
 何かと聞くと、コーンポタージュとの事だ。

兄「まさか手作りなのか!?」

占師「これは既製品だ。カルボナーラは手作りだぞ、ほら」

 首で示した先にはパルメザンチーズの塊が鎮座していた。

兄「本格的じゃないか。ひょっとして料理が趣味だったのか?」

占師「いいや。チーズが好きなんだ」

 そう聞いて、真っ先に一つ思い浮かんだ。

兄「乳製品だからか?」

 占い師がカップを手にしたまま、黙り込む。
 図星だったのかよ。

兄「ま、まあ……そんなに気にするなよ。俺は好きだぞ、小さいのも」

占師「うるさい! 早く食べるぞ!!」

 急かされるまま俺は手を合わた。

兄「いただきます」

 フォークで巻き取ったパスタを口へ。

兄「んむっ!? 美味いぞ! 調味料の加減と言い、卵も固まっていないし、火の加減も出来ているな」

占師「評論家気取りは嫌われるぞ……あまり人と食事する機会がないから、多分だけどな」

 褒めたのに!!
 お世辞ではなく、本当に俺の舌に合っていたので、ペロリと平らげてしまった。

もはや投下予定は何の意味もなくなってる気が。

するので、しばらく小出しでこまめに更新する予定です。

一日一レスずつくらいで。

すみません。

 占い師はのんびりと食事を続けている。

占師「冷蔵庫にコーヒー入ってるから、飲んで良いぞ」

 断りを入れて、冷蔵庫を開く。実家の冷蔵庫に比べて、整理整頓されていた。
 一人分だからか、あるいは占い師には良い奥さんになる素質があるのか。
 どっちでも良いか。俺は缶コーヒーを手に取った。

兄「意外だな。ブラックなんて、飲めるのか?」

占師「……飲めなかったから、お前にやるんだよ」

兄「どうして買ったんだよ」

占師「……体型を雰囲気でフォローしたかったんだよ」

 涙ぐましい努力だ。
 しかし「ブラックを飲んでいたら大人っぽい」その発想が子供だよな……。
 かくいう俺も好物ではないので、ちびちびとすすった。
 半分程開けた所で、占い師の食事が終わったので、皿洗いを申し出る。

占師「じゃ、頼む。割るなよ」

 流し台の中には、今使った皿とマグカップが一つ。
 感心しながら俺は洗い物を始める。

兄「なあ? この後聞きたい事があるんだけど、良いか?」

 俺のせいで占い関係の番組を見逃す事になれば、怒られるだろう。

占師「ああ、構わないけど……変な事じゃないだろうな?」

兄「女子高生の性知識に関するアンケートなんだが……」

占師「そうか。帰れ」

兄「冗談だ」

 洗い終えた食器をすすぎ、水切りカゴに立てる。

兄「初めて……」

占師「まだ初めてなんて経験していない! これで満足か!? ほら、帰れ!!」

兄「いや、初めて会った時の話。お前、何の話と勘違いしたんだ?」

 もちろん分かって言ってる。
 ニヤニヤする俺から真っ赤な顔で目を逸らす占い師、可愛い奴だな……。
 些細な勘違いでこれだけニヤニヤ出来る俺がだよ?

兄「どうして俺を助けてくれるのか、聞いただろ?」

占師「あ、ああ……それが、どうした?」

兄「どう答えたのか、覚えてるか?」

占師「お前が辛い運命を背負ってると……ああ、そういう事か」

 質問の真意を察してくれたのだろう。
 その上で占い師は困った顔をした。
 なんだよ、ちょっと怖くなって来たじゃないか……。

兄「そうだ。……話してくれるか?」

 俺の声は震えていたかも知れない。
 耳をふさぐ事は許されない。既に何かが始まっているのなら、知っておくべきだろう。

占師「多分、関係ないだろうな」

 拍子抜けした。

兄「関係ないのかよ!!」

占師「言ってしまえば、実はお前の運命も良く分からないんだ」

兄「俺の格好良さに惹かれて手を貸してくれただけなのか?」

占師「それは違う。……あまり話したくないが、助けてしまった私には話す義務があるかもな」

 占い師はためらっている様子だったが、やがて意を決したのか、静かに語り始める。

占師「父には敵わないが、私も他人の過去や未来が見えるんだ」

 時次啓示郎か。
 探偵さんが言うには、彼のそれはいんちきだ。
 口には出さなかった。
 そう約束したのもあるが、父がいんちき占い師だとして、娘もそうとは限らないだろう。

占師「……笑わないのか?」

兄「ああ。ひょっとして、馬鹿にされると思って話たくなかったのか?」

占師「そうだ。信じる方がおかしいだろう?」

兄「俺は信じるよ。続きを頼む」

占師「そうだな……。先に言っておくが、今は見えないんだ。自分自身や身近な人のは見えない」

 なるほどな。見えるのなら、初日の盗難は防げただろう。

占師「お前を初めて見た時、見えた光景がある」

 曰く、それは過去とも未来とも判断が付かず、ただ『遠い』と感じられたそうだ。
 俺らしき人物が呆然と立ち尽くしている姿。

占師「深い孤独感と悲しげな雰囲気に、思わず手を貸した」

 今の生活が始まったきっかけの裏側を見た気がして、不思議な気分だった。

兄「……俺の年齢はどうだったんだ?」

占師「見えたと言ったが、感じ取った、の方が近いんだ。そこまでは分からないな」

 確かに俺は、親に見放され、孤独を感じていた時期もあった。
 今もないとは言い切れないが、昔ほどではない。
 こうして話す相手もいれば、必要としてくれる人もいる。
 そもそも、多少の事はえっちな妄想をしている内に忘れるし。

兄「分からん……。でも、ありがとな」

「ん」と短い返事をした占い師は照れくさそうに顔を逸した。
 訪れる沈黙。テレビの音だけが室内に響く。
 この先、何かが起こるかも知れないと言う不安はあったが、考え込みすぎるのも、良くないだろう。
 俺は占い師の頬を突っついた。柔らかい!!

占師「なんだよ」

兄「そろそろ帰るぜ。胸は骨と皮しかなくても、ほっぺたが柔らかいから、良いんじゃないか?」

占師「どんなフォローだよ……と言うか、ちゃんと微妙に膨らんでるぞ!!」

 思わず胸を見たが、どこまでも平坦だ。
 俺はコーヒーの残りを飲み干して、自室へと引き上げた。




 七日目の朝。
 気分は最悪だった。原因は夢だ。
 具体的には覚えていないが、夢の中で俺はとんでもない間違いを犯した。
 何をしたのか分からないまま、俺は後悔していた。
 だけど、それは最早取り返しの付かない事で、苦しんでいる。
 そんな夢だった。
 昨日の話の影響だろうか。
 
兄「まあ良いか。気分転換に息子と戯れようじゃないか!!」

 下着姿で寝ていた俺はすぐさま生まれたままの姿になった。
 そこで、呼び鈴がなる。

兄「何者だ!! 名を名乗りたまえ!! 俺は全裸で仁王立ちしている!!」

 誰だか知らないが、朝の楽しみを邪魔するとは、許せん。
 
「ど、どうして全裸なんだよ!! またか!? またなのか!?」

 扉越しの声は間違いなく占い師だ。
 仕方ない。相手が占い師なら、許してやろうじゃないか。
 
兄「制服着るからちょっと待ってろ」

占師「急げよ。そろそろ危ない時間だからな」

 もうそんな時間か。
 時計のない暮らしも悪くはないが、目覚まし時計でも買って来ようと思った。
 慌てて着替えて、占い師と小走りで通学路をいく。
 途中で山村さんと合流し、いつもの様に学校へ向かった。
 


 教室に入ると、散見が駆け寄って来た。

散見「兄! 益垣が……益垣が帰ってきたぞ!!」

 見ると、何くわぬ顔で席についているではないか。

兄「もう大丈夫なのか……?」

益垣「なんか色々あった気がするけど、一人遊びしている内に忘れちまったぜ!!」

 それは良かった。
 良かったで片づけて良いものか疑問だが、ここは良しとしよう。
 こうして、俺の学校生活は表面上は元に戻った。
 俺の内にある問題を除けば順風満帆だ。

 朝のHRで遠田が私情のために退職したと発表された。
 親が急に倒れて介護が必要でどうたら。それが理由だ。
 益垣の件を公表するわけにもいかないのだろう。
 本人も綺麗に復帰したし、遠田にはそれなりの裁きがくだったはずだ。事を荒立てる必要はない。

兄「おやすみ、お月様。おやすみ、星達……」

担任「こら兄ー! HR中に寝るんじゃない!!」





兄「うぬぅ……」

 騒がしい教室の中で、俺は一人唸っていた。
 手元の『恋愛ノート』を睨んでいる。

 どうすれば彼女が出来るのか……俺はこう考えている。
 女であれば、いや男でさえも俺の格好良さと逞しさには惚れぼれしているのだ。
 今更アプローチの必要はない!
 つまりだ。
 俺が誰か一人を選べばそれだけで即彼女が出来るのだよ……。
 それにも関わらず今まで恋人が居なかったのは、俺が誰かに本気で恋した事がない為だろう。

兄「それは実に悲しい事だ! すべての(可愛い)女の子に申し訳ないぜ!!」

教師「……」

 驚愕と哀れみの混じった視線で俺を見る教師。
 気付かずにいたが、すでに授業が始まっていたらしい。

兄「まあ……」

 と教壇に向かって歩き出す俺。

兄「人は悲しみを知り、そして喜びを知る。何も無いと思っている奴程、案外幸せなんだぜ?」

 ぽかんとしている教師の肩を一つ叩き、俺は出口へと向かう。
 
教師「あ、兄君、どこへ……?」

 何も言わずに俺は教室を後にする。
 無人の廊下で呟きを漏らす。

兄「あいつに必要なのは、他人の言葉じゃなくて、考える時間さ……」

 ……こんな感じで誤魔化せただろうか?
 教室を出る予定はなかったが、静かに立ち去る方が格好良いと思ってしまった。
 


 放課後のチャイムが耳に届く。
 俺はあれから、授業に一切出ずに作業をしていた。
 自分をデジカメで撮影して、印刷した紙にこう文字を添える。
「挑戦者募集中!! 俺を惚れさせる自信のある女の子かかってこい!」と。
 早速女の子に見せて回ろうと思い、まずは山村さんに見せたのだが……。

山村「兄君……これって……」

兄「なんだ? 格好良すぎて言葉も出ないのか」

山村「いや、そうじゃなくて……」

兄「あと5種類もバリエーションがあるんだぜ?」

 扇状に広げて、それらも披露する。

山村「兄君! お寺とかで見てもらうべきだよ!?」

兄「寺? ……神社じゃ駄目か? 巫女装束の美少女と……うひえへへへ」

山村「そうだね、じゃあ私急ぐから」

 そそくさと俺から離れる山村さん。一体どうしたのか全く分からない。
 首をひねりながら、次は占い師の元へ。
 反応は山村さん以上に大げさで、酷かった。

占師「ひ、ひぃ!? 私こういうの駄目なんだよ! トイレに行けなくなったらどう責任取るんだ!」

兄「……良く分からんが、付き添って間近で放尿を眺めるぞ?」

占師「そんな事する位なら見せるな!」

 小走りで逃げていく占い師。
 
兄「何なのか。トイレに行けなくなる……?」

雲子「何がよ。どこに行けなくなるって?」

 振り向くと、雲子が腕を組んで立っていた。押し上げられた巨乳に見入る俺。

雲子「……兄? ねえ、聞こえてないの?」

兄「今良い所だから、邪魔するなよ」

雲子「だから何がよ」

 俺に眠る超自然的な能力が覚醒し、雲子の服が透けて見える! ……かも知れない。
 一切反応しない俺を雲子が観察する。
 目に留まるのはやはり手にした紙束だろう。
「それなに?」の声も耳に届かず、俺は第六感の覚醒を願いつつ、おっぱいを凝視している。
 俺の手から、大切な写真がむしり取られる。流石に現実へと引き戻された。

兄「おい、それには俺の将来がかかってるんだ、乱暴に扱うなよ?」

雲子「この下手くそな合成写真に?」

兄「俺の顔は合成せずとも人智の及ばない美しさだぞ」

雲子「あんたの顔じゃなくて……」

兄「他に見る物ないだろ。どうだ? 俺を惚れさせてみないか?」

雲子「アホくさ……あんたは女の子なら誰でも良いんでしょう?」

兄「馬鹿な! 可愛い女の子にしか興味ないぞ」

 雲子の目が泳ぎ、落ち着かない様子で肘をさする。
 何だ? 尿意でも催したのか?
「厠はあちらぞよ」と、トイレの方向を指す。
 動きが一瞬止まった。恐らく、厠の意味が分からなかったのだろう。

雲子「それより……さっきのって……私の事も可愛いと思ってるのかしら?」

兄「おう。可愛いと思ってるが……それがどうした?」

雲子「別に……? よ、用事を思い出したから、もう行くわ」

 写真を俺に押し付け、早足に立ち去る雲子。
 ……あの挙動不審な慌て様。

兄「……やはり尿意に違いない」



 同学年の女の子達からは、良い手応えを掴めなかったので、俺は妹の教室に出向いた。
 扉に付いている小窓から中を覗くと、妹が一生懸命掃除をしている様子が伺える。
 普通に入っては面白くない。
 どんな時でも華麗に! 優美に! そんな振る舞いを俺は求められているのだ。

兄「イケメンも楽じゃないぜ……」

 ワイヤーアクションで宙を舞いながら、もしくは煙幕の中からゆっくり歩いて。
 どちらか選び兼ねていると、背後から声がかかった。

「こんな所で何をしているのですか?」

 聞き覚えがある。俺は言ってやった。

兄「……的として立ってる訳じゃないぜ」

 鎌を振り下ろされるのは、ごめんだ。
 降参の意を込めて両手を挙げ、振り返る。

兄「お……制服……」

 顔は間違いなく壺から出てきた? 鎌の少女だ。

「溶け込むにはこれが一番でしょう?」

兄「そりゃあな……ひょっとして、生徒の振りでもしてるのか?」

「私が何者であれ、楽しめる事は楽しむべきだと思いまして」

 ポケットから取り出した生徒手帳を開いて、俺に向ける。
 姓は鎌野、名は霧衣?

霧衣「『カマキリ』をもじって鎌野霧衣だそうです……」

 ……名付けたのは妹だろうか。

霧衣「あなたは何を?」

兄「ちょっと妹に相談があってな。俺の将来に関してだ」

霧衣「愛の告白でも受けましたか?」

 軽口とも取れるが、彼女の瞳は危険な色を帯びている。
 分からないな。俺が何をするって言うんだ。

兄「問題があるなら、話し合って、一緒に対策を立てないか?」

霧衣「それは出来ません」

 提案はばっさりと、そう切り捨てられた。
 俺の目から何を読み解こうとしているのか。
 じっと見つめられている。
 俺は逸らさずにいる事で、やましい腹の中など無いと伝えられたと思い、そうした。

霧衣「もう行きます。……あまりおかしな事はしないようにお願いしますよ」

 どこまでの精度で生徒の振りをしているのか知らないが、友達でも作ったのだろうか。
 元々訳の分からない壺から出てきた訳の分からない存在だ。
 彼女の事は考えても仕方ないか。
 すっかり格好良い登場に関してを忘れてしまった俺は、普通に教室の扉を開いてしまう。
 開いてから、失敗したと思う。
 歓声に迎えられるはずだった俺には、教室の中がやけに静かに感じてしまった。

兄「よう! お兄ちゃんだぜ!? 何? 証拠を見せろ? ならば俺の下半身に宿る男の証を……」

 ズボンに手をかけた所で、妹が俺の元へすっ飛んで来た。
 
妹「お兄ちゃん!!」

兄「はい、お兄ちゃんです」

 無言の妹に服の袖を掴まれ、教室の外に連れ出される俺。
 お兄ちゃんを同級生に取られたくないけど、仲の良さ自慢したい、難しい年頃なんだな。

妹「みんなが怖がるから、不用意に教室に来ないで」

 妹の言葉が一瞬理解出来なかったが、すぐに分かった。
 惚れるのが怖いのだろう。
 俺の様な高嶺の花に叶わぬと知りながら恋をするのは、嫌なのだ。

兄「分かった。用がある時は雲子にでも呼んでもらう」

妹「うん。それで、何の用?」

兄「用がなくちゃ、会いに来ちゃ駄目?(裏声)」

 無言だ。悲しいくらい、妹は何も言ってくれない。
 仕方なく俺は本題に入る。例の素晴らしき発案を妹に見せた。

兄「何もそんなに驚かなくても、俺の顔は見慣れてるだろ?」

 確かに驚く程に格好良いけどさ。

妹「そうじゃなくて……。これ、霧衣に見せた?」

兄「いや? 可愛いとは思うけど、あの子は……駄目だ。人かどうかに関わらずな」

 何故なのか、はっきりとした理由はない。
 それでも駄目だ。幽霊娘に悪魔っ子、猫耳メイド、どれでもいけるが、彼女は駄目だ。

妹「可愛いとは思うんだ……」

兄「オゥ!? ジェラシーかい? 大丈夫。俺にとって一番可愛いのはお前だよ」

妹「変な冗談はやめて」

 流石は俺の妹だ。冷静かつ真顔で俺の言葉を切り捨てた。
 だが兄である俺には妹を越える義務がある!

兄「本気だ。お前が血の繋がった妹じゃなければ、今すぐに結婚を前提とした交際を申し込んでいるところだぞ」

 勝った。妹は何も言い返せずにまばたきをしている。
 その頬が僅かに赤みを帯びているのは、気のせいだろう。
 俺はにやりと笑い、言った。

兄「なんちゃってな! びっくりしたか?」
 
妹「それ、霧衣には見せない方が良いよ」

 悲しげな顔で言い残し、中へ戻ってしまった。
 からかい過ぎたのだろうか……。
 そうだとするには、前提として妹が俺に好意を抱いている必要がある。有り得ないだろう。
 どうしてあの反応だったのか。女の子は良く分からないぜ……。
 腑に落ちないものを抱えたまま、俺は学校を出た。
 目的地は探偵事務所だ。
  



兄「みんな、訳の分からない反応するんだ。驚いたり、怖がったり……どう思う?」

 難しい顔で写真を眺めていた探偵さんだったが、数回頷き俺を見た。

探偵「それは当たり前じゃないか。これ、心霊写真だろ? 良く撮れてるな」

兄「なに? 心霊写真だと!?」

探偵「よく見ろ……って普通気がつくと思うぞ? これだけ鮮明に写っていれば」

 探偵さんの言葉に偽りはなかった。
 確かに全ての写真に、陰気な男の顔が写っている。

兄「ぬぅ……どこの誰かは知らないが、俺の写真に入り込むとは許せん」

探偵「許せんって、恐怖はないのか」

兄「所詮死者だろ? 生きてる方が強いに決まっている」

探偵「なるほど。面白い考え方だ。私は好きだぞ」

兄「……なに? 俺に惚れただと!?」

探偵「相変わらずだな……」

 やれやれと言った様子だが、照れ隠しに違いない。
 可愛い所があるじゃないか。

探偵「ああ、そう言えば商談中の件があると言ってあったはずだよな」

兄「おう。決まったのか?」

探偵「気は進まないけどな。ある家庭から娘の素行調査の依頼だ」

兄「ふーん……変な依頼だな。素行なんて本人に聞けば良いじゃないか」

探偵「そうもいかないと、依頼主が言っていたよ。……最近の親はどうしようもないな」

 まだ親にもなってない俺たちがする話ではないような気が……。
 いや、ここは依頼を完遂する為にも、親の気持ちを知る必要がある!!

兄「だから、今から子作りしよう」

探偵「大真面目な顔で何を言い出すかと思えば……」

兄「いやいや、これは非常に大事だぞ? 依頼通りの事を済ませただけで解決か?」

 俺の力説に探偵さんは耳を傾けている。
 いける……!! かも知れない……!!

兄「名探偵ってのは、依頼から少し逸れてでも、幸せな結末をもたらす存在だ!!」

探偵「!!」

兄「歪んだ家庭を正す為にも子作りして親の気持ちを知ろう!!」

 探偵さんの肩を強く掴み、顔を近づける。
 近づけ過ぎたかも知れない。俺の方がドキドキして来た。

探偵「……君となら」

 熱を感じられるくらいに近い距離で探偵さんの頬が朱に染まる。

兄「ほ、ほわああぁぁ!?」

 慌ててその場から飛び退く。
 酷く狼狽した俺は探偵さんを指した腕を上下に振り回す。

兄「な、なんなんですかあなたっ! こ、こ、この物語に痴女がいるなんて聞いてないぞ!!」

探偵「君から言い出した話だろう」

兄「痴女がうろつく部屋になんかいられるか!! 俺は自宅へ戻るぞ!!」

 事務所を飛び出そうとする俺の腕を探偵さんが掴む。

探偵「馬鹿な小芝居もうったんだ。きちんと仕事を手伝ってもらうぞ」

 芝居かよ! この人は顔色まで自由自在かよ!


探偵「むしゃむしゃ……」

 物陰に潜んで夕食を頬張る探偵さん。
 素行調査の対象である娘を尾行中なので、夕食をゆっくり取る暇はないのだが……。

兄「あんぱん片手に尾行ってベタ過ぎないか?」

探偵「余計な事を考えるな」

兄「もごっ!?」

 食いかけのあんぱんが口にねじ込まれる。
 お、女の子の食いかけ……!!

兄「はぐっ! むしゃっむしゃっ……んまい!!」

探偵「……腹が減っていたのか?」

兄「女の子の食べかけが美味しくない訳がない!!」

探偵「真っ直ぐな目をしてそんな事を言うな!」

 珍しく狼狽した様子に、俺は目を丸くさせた。
 なんだよ、一体。

兄「変な事を言ったか?」

探偵「何でもない。……どうして私が男装してるか考えろ」

 男装の理由、それは……。
 俺の心の選択肢が三つの答えを導き出す。
 1.おっぱいの小ささを隠す為に、胸が強調されない服を着たいから。
 2.実は女の子同士で、うへへへへ……な関係を持ちたいと切に願っているから。
 3.「服は男っぽい癖に意外と女らしい尻じゃないか」とか俺に言われたいから。

兄「間違いない! 3番だ!!」

探偵「何の話だ? あ、ターゲットが店を出たぞ!」

 探偵さんに引きずられる様にして、俺たちはターゲットを追いかける。

 その日、収穫はなかった。
 同性の友達と遊んで、21時近くにターゲットは家に帰った。

探偵「収穫無しか……」

 依頼主の家の前でつぶやく探偵さん。

兄「ところで、依頼をする事になった原因は?」

探偵「帰りが遅い日があったり、金遣いが荒くなったりしたそうだ」

兄「……だからそんなもん本人に聞けば一発なのに」

探偵「おかしな話だよな」

兄「まあ良いや。所でさっきの問題の答えは? やっぱり3番だろう?」

探偵「3番が何かは知らないが、多分不正解だ」

兄「ええ……? じゃあ一体どうしてなんだ?」

探偵「女扱いされたくない。胸が無いと言われるのは腹立つけどな」

 難しい年頃なんだな。
 探偵さんが俺に背を向け歩き出す。そのまま右手を挙げて別れを告げられる。

探偵「明日も来てくれ。じゃあな」

 月明かりに照らされた後ろ姿はやけに頼りなく見えた。
 だが、彼女にとっては暴漢の一人や二人、虫けら以下なのだ。
 それを知っている俺は、「ああ」と答えて帰路についた。


 八日目。今日は山村さんが学校を休んだ。
 風邪らしい。
 なので、熱で色っぽくなってる彼女の姿や、俺の息子が座薬だったらああなって、と妄想を膨らまして過ごした。
 昼休み、珍しく占い師が俺の教室にやって来た。

占師(意を決して兄のクラスに入ったけど……み、みんながこっちを見ている気がする……!)

占師「あ、兄……」

兄「どうした、死にかけのカブトムシみたいな顔をして」

益垣「どんな顔だよ……と言うか、この子は?」

 隣にいた益垣が占い師の顔を覗き込むと、彼女は慌てて顔を逸した。
 どう説明したら良いのだろうか。
 俺の運命の人? いや、もっと簡潔で良い。詳しく話した所で、信じないだろうし。

兄「俺の住んでるアパートの管理人さん、みたいな?」

益垣「なに!? なんだと!? なんだって!!」

散見「死ね!! お前は地獄に落ちて死ね!! 俺たちがさもしい青春を送っていると言うのに……」

益垣「お前はこんな小学生みたいなロリ娘の管理人さんがいるアパートに住んでるだと!?」

兄「小学生……」

 ちらりと占い師の顔を見ると、恨めしそうな視線を俺に送っていた。
 どうして俺なんだよ……。

兄「ええい!! 黙らんか!! 俺とお前たちの違いを教えてやる!!」

散見「なんだ言ってみろ!!」

兄「顔。それと配役」

 益垣、散見ともに言葉を失ったようだ。完勝である。

兄「ふっ……ここは野獣の巣窟だ。廊下で話すぞ」

占師「あ、ああ……」

 廊下に出ると真っ先につま先を踏みつけられた。

兄「……俺は悪くないと思うのだけど」

占師「うるさい! 小学生みたいな、の部分を否定しなかった癖に!!」

 そろそろ諦めれば良いのにな、こいつも。
 俺は適当に「おや? よく見ると胸が膨らんでいる様な……」とフォローした。
 なのに殴られた。

兄「なんだよ! ストレス発散なら他所でやれ」

占師「う、うー……今日は相談したい事があって来たんだ……」

兄「俺に相談? 一体なんだ」

 問いかける俺に、占い師は困った様に言い淀んでいる。
 指先で唇を弄りながら、俯く。
 ここは紳士らしく、答えを当ててやるべきだろう。

 ……色恋沙汰は違う。好きな奴がいるなら、俺を部屋にあげないはずだ。
 金銭面、これも違う。俺が金を持っていない事は良く分かっているはずだ。
 と、なれば健康面か……?

兄「あっ! そうか!」

占師「そ、そうなんだ!」

 次に俺たちは同時に言葉を発した。

兄「お前も遂に大人の女性の仲間入りか!!」
占師「友達が風邪の時は見舞いに行くべきなのか!?」

 互いに全く違う内容を口にしていた。
「えっ……?」と、戸惑いの声が重なった。

占師「……お前のはどういう意味だ?」

兄「いや、あの……その……せ、生理が初めて来たのかと……」

 占い師は何も答えない。
 
兄「すまん。流石にそれはないよな……」

占師「当たり前だ……」

 ようやく本題へ。
 占い師の悩みは、山村さんの所へお見舞いに行くべきか否か。
 初めての友達を大切にしたいのは良く分かる。
 だが、俺を相談相手に選んだのは間違いかも知れない。
 男同士なら、放置が普通だ。
 女の子同士は……分からん。
 恐らくは、体を温める為に、裸になって布団の中で抱き合ったりするのだろうが……。

兄「……良し、雲子に聞こう」

占師「お前の幼馴染にか?」

兄「ああ見えて友達は少なくないからな」

 俺の言葉に占い師は自分の胸元をじっと見つめた。
 
兄「いや、乳の大きさと友達の数は関係ないだろ……」

 早速俺たちは雲子の元へ向かった。
 教室に入るまでに俺の妄想は加速し、うっかりそれを口にしてしまった。

兄「裸で抱き合ってる女の子の間に割り込みたいんだが、どうだろうか」

雲子「……アンタ、拾い食いでもしておかしくなったの?」

 因みに占い師は教室の入口で待機している。
 
兄「露出狂の気はあっても拾い食いはないぜ!?」

雲子「何しにきたのよ。みんな変な目でこっち見てるわよ」

兄「ええっと……友達が風邪をひいたらどうする?」

雲子「なによそれ」

兄「良いから答えてくれ! 裸で抱き合って暖め合うんだろ!?」

雲子「それはない。お見舞いくらいには行くだろうけど……。まあ、誰が風邪かは知らないけど、好きにすれば良いんじゃない?」

 なるほど。好きにすれば良いのか。
 お礼に俺の股間にそびえ立つスカイツリーの精密なデッサン画を進呈しようと申し出たが、断られた。
 後で後悔しても知らないんだからね! ぷんぷんっ。
 
占師「な、なにを怒ってるんだ?」

兄「いや、大丈夫だ。絵は後日お前の部屋に飾っておこう」

 首を傾げる占い師だが、サプライズプレゼントと言う事で俺は何も言わなかった。

占師「それで、なんだって?」

兄「おう。ありがたいお言葉を頂戴してきたぞ!!」

占師「お、おお……。一体どんなだ」

兄「好きにすれば良いとさ」

占師「……」

兄「……」

 なんだよ、その目は。




 放課後、結局俺たちは山村さん宅の前にいた。

兄「心の準備は良いか?」

占師「……大丈夫だ。押すぞ?」

 呼び鈴に添えられた指が震えている。
 お見舞いごときで随分と緊張している様だ。俺は言ってやった。

兄「玄関まで歩くのも辛い程、体調が悪かったら迷惑だよなー」

 日頃(と言っても数日程度だが)の様子を見るに、それはないだろうが、効果は抜群だ。
 まるでこの世の終わりみたいな顔で占い師が振り返った。

占師「ど、どうしよう……帰る、か?」

兄「冗談に決まってるだろ。せっかく見舞いの品も買ったんだ。早く押せよ」

 占い師の手を取り、呼び鈴を無理やり押させる。
 そう待たずに玄関が開いた。
 
兄「や、やあ山村さん。風邪だって聞いたけど元気そうじゃないか」

 こころなしか背が高くなり、胸も少し大きくなっている気がする。
 おまけに美人なだけではなく、大人の色気まで漂わせている。

兄「成長期だもんなぁ。成長痛で休みだったのか?」

山村?「あ、あの……」

占師「馬鹿! この人はお母さんじゃないか!!」

兄「……そうなのか? あまりにも美しく若々しくて山村さん本人かと思った!」  

山村母「あ、ありがとう。……桃子ちゃん、今日はどうしたの?」

 俺は初めて山村さんの母親に会うが、占い師は違うらしい。
 余計な口を挟まずに話を通してもらおう。と、決めたのだが、どうも山村母は困った様子だ。

兄「あっ、男の俺がいるから心配? ふっ、確かに俺はイケメンだが、理知的で聡明だ。何の問題もない」

山村母「そうじゃなくてね。あの子ったら、部屋から出てこないのよ。理由も教えてくれないし……」

兄「そうか。俺も理由は知らないが、この美声が閉ざした心を開くに違いないので、お邪魔します!!」



 開かなかった。
 今日は帰ってとドア越しに言われてしまい、俺たちは肩を落として帰路を辿っている。

兄「なんだろうな……。お前、何かしたんじゃないのか」

占師「ば、馬鹿な! 確かに私は友達づきあいに慣れていないが、不快にさせるような事はしていない!」

兄「友情を深める為と言いながら、ベッドに押し倒したりしたんじゃないのか?」

占師「そんな事してない!」

兄「……そうか? 残念だな。
  とりあえず、後で電話かメールしておけば? 親の前では言いにくい事があるかも知れないだろう?」

占師「そうだな……。お前はこれからどうするんだ?」

兄「今日も探偵さんの手伝いに行くよ」


今日はここまで。
個別話、まずは山村さんから。

これはちょっとどうだろう。
危険物なので取り扱い注意。

 番外編 ~もしも登場人物の性別が逆ならば~

姉「お姉ちゃん大好き……(低音)」

姉「私もだよっ」

姉「お姉ちゃん……(低音)」

姉「抱き合い、見つめ合う二人……」

姉「そして愛し合う二人は寝室へ……あふん、うふんの大合唱!」

姉「やがて……」

弟「……」

姉「いつからそこに……!!」





姉「やれやれ、恥ずかしい所を見られちゃったよ」

姉「……」

姉「……おっと。おみゃんみゃんの事じゃないよ?」

幼馴染「お前、何やってんだよ」

姉「……誰?」

雲彦「お前の幼馴染の雲彦……頭でも打ったか?」

姉「くそひこ? 可哀想な名前だね」

雲彦「本編より酷くなってやがる!!」

番外編 ~もしも登場人物の性別が逆ならば~その2



山村「あ、こんにちは……えっと……」

姉「む。君は美少年の山村君!!」

山村「うん、美少年の山村君だよ」

姉「……自ら名乗るとは。ナルシストなの? 漢字にすると奈留志須斗、人の名前みたいだよね。改名したら?」

山村「は、ははは……。姉ちゃんはこんなとろこで何を? 裸足で泥だらけだけど……」

姉「彼氏が欲しい!!」

山村「へえ。姉ちゃんってそういうの興味なさげだったらから意外……」

姉「……でね」

山村「あ、美少年の山村君はちょっと姉ちゃんは論外だよ」

姉「……そうか」




姉「ふあーあ……良い朝……」

姉「これで全裸でさえなければ……」

 そう、今私は生まれたての姿で朝日を浴びている。さぞ美しい光景だと思われる。鏡がないのが残念だ。
 全裸の理由? こっちが知りたい。
 大方、強姦魔が侵入したは良いが、いざ脱がせると萎えた……。

姉「はあ? この世界一の美少女相手に萎える!? ふざけんなよ!!」

 昨夜出会った占い師の少年で試してみようじゃないか。
 しかし、出会ったばかりの彼にマンチラどころかマンモロで会いに行くのはどうだろう。
 見られる側としては興奮を禁じ得ないのだけれど。

姉「むぅぅ……他に意見のある方、挙手をお願いします」

姉「……」

姉「無いか……」

 私は両手でおてんば娘を覆い隠し占い師の部屋へ向かった。

姉「悪いね、起こしちゃった?」

占師「もう少し眠らせてくれ……」

 私が全裸である事に気がついていないらしい。
 仕方がない。

姉「ほら、恥ずかしがってないでお前も挨拶しなさい」

 両手を開いて、娘をこんにちはさせる。
 指をVの字にあてがい、開いたり閉じたり。くぱぁくぱぁと。

姉「こんにちは! お兄さん!!」

占師「……」

姉「よろしくねっ」

占師「……っ!!」

 占い師はようやく状況を把握したのか、顔を真っ赤にして扉を閉める。

占師「なっ……なんて卑猥な腹話術なんだ!!」

 はっ!? そうか。声が遅れて聞こえてくる的な事もするべきだった!!


 番外編 ~もしも登場人物の性別が逆ならば~その3


 学校の友人は女尻(にょじり)、豆井尻(まめいじり)、散見(ちらみ)だ。
 それ以上の紹介もなければ、活躍もない脇役なので、放っておこう。
 それよりも下着くらいは確保しないと……。
 ここは雲彦に頼ろう。

姉「そんなわけで、なにか寄越せ」

雲彦「何かって……まあ良い。ほら」

姉「わお。なくしたと思ってた私のおぱんちゅ!! 犯人は貴様だったか!!」

雲彦「すまん。魔が差したとしか言いようがない。お前のパンツなんて何の価値もないのにな」

 ぶん殴ってやった。




 私 in the 探偵事務所前だ。
 生活の為には仕事せねばという事で占い師に紹介してもらった訳だ。
 さてはて、どんな人が探偵なんだろうか。
 私は期待に胸を膨らませて扉を開く。

探偵「あら、いらっしゃい」

 女装のおっさんだった。
 私は無言で扉を閉めた。



 完!!
 
 本編よりも下品な感じだったね。


 *

 今日の仕事も相変わらず素行調査。物陰に隠れ、目標を監視中だ。
 探偵さんの手にはあんパン。これも相変わらずだ。
 俺は探偵さんに訪ねた。仕事柄、問題を抱える人と多く接している彼女なら、良い答えが期待出来るだろう。

兄「見た目も綺麗で頭も良く、これと言った不満が無さそうな奴の悩みって何があると思う?」

探偵「急にどうした」

兄「いや、ちょっとね」

 探偵さんには事を大きくする癖がある様に思えたので、事実は伏せておこう。

探偵「ふーむ……過失により重大な過ちを犯しているとか……」

 そこまで言って探偵さんはあんパンを手早く口に詰め込んだ。
 山村さんが事件あるいは事故を起こしてしまった可能性……無くは無いだろうが、思い当たる節はない。
 大きく顎を動かしてあんパンをやっつけ、探偵さんが口を開く。

探偵「あるいは、口の中が乾いて牛乳を欲しているとか……」

兄「それは今の探偵さんの心情なのでは」

探偵「ふむ。そう言う解釈もありだな。よし、牛乳を買ってこい」

 そう言うもなにも、それしかないだろう。
 尾行の標的に動く気配もないし、俺はコンビニに走った。
 
兄「これで良いか」

 俺が手にとったのは、『白濁液(商品名)』とデカデカと書かれた牛乳だ。
 パッケージの下部に『温めますと、よりリアルに楽しめます』と書いてあったのが決め手となり、すぐに会計を済ませた。
『白濁液(商品名)』をストローで吸う探偵さんを想像し、胸と股間を膨らませて俺は戻った。

兄「ほい」

探偵「……」

 タバコの吸口側に火を点けてしまった時の様な顔で、『白濁液(商品名)』と俺を交互に見る探偵さん。

兄「飲まないのか?」

探偵「誰がこんな物を飲むか! 君が飲んでみろ!」

兄「馬鹿な! 男が『白濁液(商品名)』を飲む画が許される程甘くはないぜ!!」

探偵「うるさい、だったら普通の牛乳を買ってこい! 普通の!! 『白濁液(商品名)』ってなんだ!」

 とっつか見合いになり、『白濁液(商品名)』を押し付け合う俺たち。
 段々と声も動きも大きくなり、気がつくと通行人が足を止めて『白濁液(商品名)』を連呼するみっともない争いを見物していた。
 探偵さんもそれに気がついたのか、手を止め、一つ咳払いした。

探偵「……仕事に戻るか。この件に関しては後でじっくりと話し合おう」

兄「ああ……」

 電柱の陰に隠れる俺たちを見て、数人の歩行者は怪訝な顔をしたが、見てみぬふりで歩き出した。
 
探偵「君のせいで非常に恥ずかしい思いをしたじゃないか」

兄「標的に気がつかれなくて良かったじゃないか。
  大体、元を正せば俺の相談に真面目に答えてくれなかった探偵さんが悪いんだぞ」

探偵「私が答える義務は無いと思うが……まあ良い。それで、なんだっけ?」

 俺は先と同じく、山村さんである事は伏せて、話を繰り返した。

探偵「直接聞けば良いんじゃないのか? それとも私が根掘り葉掘り、個人情報をほじくり出してやろうか?」

兄「……直接聞いてみるよ」

 他に返す言葉がなかった。
 それから、俺は思考を切り替えて尾行に専念したが、今日も収穫はなかった。
 昨夜よりも早めに標的が家に帰ったので、俺たちも解散の流れとなるが、一つ、聞きたい事があった。
 
兄「一度帰ってから、家をこっそり抜け出す可能性は?」

探偵「さあ? 依頼人がそれは無いと言っていたし、そこまでは良いって話だったからな」

兄「そうか。……依頼人からしてみれば、夜中見張られるのもいい気はしないだろうな」

探偵「ああ。それじゃあまたな」

 別れの挨拶を笑顔で口にして、『白濁液(商品名)』を俺の顔に押し付ける。
 良い笑顔だ。まるで、受け取らないならこのまま握りつぶして顔中にぶちまけてやると言わんばかりだ。
 パックが破裂しても嫌なので、俺は素直に受け取った。
 どうすんだよ、これ……。
 呆然と立ち尽くす俺の視界に、探偵さんの姿はすでになかった。



 思いがけず、時間が出来てしまった。
 山村さんの事は気になるが、占い師が連絡を取っているはずだ。
 夕飯の際にでも結果を聞いてみれば良いだろう。
 俺は我が家へ向かう事にした。
 昨日約束したばかりだが、いつ両親が不在なのか分からないのだ。
 行ける時に行っておこうと思う。今日だって家に上がらずに帰るかも知れない。
 俺は手に持つ『白濁液(商品名)』が体温で徐々に温まってゆく事を不快に思いながら、歩いた。
 
兄「どうやら、どちらもいないらしいな」

 親父はまだ仕事、母親は買い物にでも行ったのだろうか。
 二階にある妹の部屋には明かりが灯っている。
 俺は家にそっと忍び込んだ。妹が二階から降りてくる気配はない。
 
兄「むっ!?」

 リビングからテレビの音だ。
 リビングの電気をつけたままにするのは、家族の癖だが、テレビは消すはずだ。
 こっそりと中の様子を伺うと、妹と霧衣がいた。並んでテレビを見ている。

兄「ふむ。ならば妹の部屋に潜んで、驚かせてやろうじゃないか」

 俺は静かに階段を登り、妹の部屋に入った。
 まずは電気を消す。そして勉強机の下に潜り込む。
 普通に俺が居ても驚くだろうが、暗闇から得体の知れない物が飛び出してくる方が怖がってくれるだろう。
 人の悪い笑みを浮かべて俺は妹が戻ってくるのを待った。

 途中、窮屈過ぎて体育座りだとベルトが腹に食い込むので、外した。ボタンも外した。
 そして、ひたすら待った。
 実際には五分程度だったかも知れない。しかし、ただじっとしているのは俺の性に合わない。
 あまりにも暇過ぎて、俺は手にした『白濁液(商品名)』を見つめていた。
 暇と言うのは時に、人にとんでもない事をさせる。
 俺の手は、そのおぞましき紙パックにストローを差し込んでいた。

兄「……」

 ストローに口を付け、吸い込む。出てこない。さらに強く吸い込む。出てこない。

兄「なんだよ、これ……」

 振るとタプタプと音が鳴るので、入っていない訳ではなさそうだ。
 俺は長く息を吐き、思い切りストローを吸った。同時に紙パックの腹を強く押した。

 ドビュッ、ビュッ、ビュルルルッ!!

 あれほど出が悪かったのが嘘の様に勢い良く飛び出る『白濁液(商品名)』。
 思わず咳き込む俺。吐き出された白濁液が床に飛散する。宜しくない状況だ。
 俺は電気を点けた。

兄「わーあ……」

 思わず現実逃避したくなる光景がそこに広がっていた。
 吐き出した分はもちろん、床に置いた紙パックから白濁液が飛び出し絨毯を汚していた。
 
兄「なんだよこれ……」

 三度の射出を終えて、紙パックが動きを止める。
 手に取ると『温めますとよりリアルに楽しめます』の文字の下に、
『本製品は肺活量の少ない方でも飲みやすい様、当社独自の技術である自動射出機能を採用しております』と書いてある。
 なんなのか。

兄「特許出願中とかどうでも良いから、注意書きをかけっ!!」
 
 と、一人憤慨したところで、もう手遅れだ。

 どうすんだよ……。
 綺麗に整頓されていながら、可愛らしさも内包する理想的な女の子部屋だったのが、今や乱交の跡だ。
 
兄「タ、タオルかティッシュは……」

 掃除の道具を探すが、俺はその動きを止める。
 聞こえて来たのだ。
 妹が階段を上る足音が。小さく、しかし、確実に。
 血の気が引いてゆくのを感じる。
 せっかく仲直り出来たと言うのに、ここに来てまた変態扱いされてしまうのか!?
 それどころか、二度と口を聞いてくれないのでは!?
 冗談じゃ済まされないぜ? 妹の部屋に忍び込み、大人のホットカルピスをぶちまけたなんて!!
 慌ててタンスを開く。適当に布を掴み取り、白濁液をぬぐい去ろうと絨毯に擦りつける。

兄「わ、わぁ!?」

 手にした物を確認して、俺は馬鹿みたいな声で驚いた。
 おぱんちゅだ。手にしていたのは、おぱんちゅだったのだ!!
 ピンクと黒の縞模様のおぱんちゅ様に白濁液がべったりと付着している。
 状況を忘れてしまう程の卑猥さだ。
 おぱんちゅ様に白濁液……。

妹「お兄……ちゃん……?」

 パンツに見とれている内に、妹が部屋に到着したらしい。
 俺は何を手に持っているのかも忘れて、振り返った。
 妹、驚愕の表情。確かに俺はその顔が見たくて忍び込んださ。
 でも、これはちょっと違うだろ。

 続けるべき言葉が互いに見つからない。
 重苦しい沈黙が流れる。

 言い逃れ出来る状況ではない。
 隠す事も忘れて握り締めたままのパンツにはべったりと白濁液が付着しているのだ。
 加えて、ズボンは脱ぎかけ、もしくは穿きかけにしか見えない。
 妹は驚いた顔のまま、パンツと俺の顔と下半身を順に見ている。
 何度もその三角形を描いたが、何も言わない。

 沈黙が辛い……。
 罵倒してくれた方が、土下座だってしやすい。
 だが、妹は何の反応もしてくれない。

兄「……も、もう、我慢出来ない!!」

 信じてもらえずとも、真実を語ろう。そう決めた俺は立ち上がる。
 対して妹が尻餅をつく。急な動きに驚いたのかも知れない。

兄「だ、大丈夫か?」

妹「え? う、うんっ。大丈夫」

 妹の声が上ずっている。
 いかなる心境の変化があったのか分からないが、妹の頬が赤く染まり、視線が泳ぐ。
 そして、意を決した様に俺を見つめ、こう言った。

妹「お兄ちゃんとなら、私、良いよ……」

兄「え……っと……。それはどう言う意味だ……? 俺はこの未曾有の大惨事に関して、真実を語ろうとしていたのだが……」

妹「し、真実って、その……お兄ちゃんが私の下着で……その……」

兄「いや、そうじゃないんだ」

 目を丸くする妹に、事の顛末を詳しく話した。
『白濁液(商品名)』の自動射出機能も見せた。
 絨毯には、ようやく見つかったティッシュを敷いてあるので、問題ない。
 偶然手にしたのがパンツだった事に関しては深く詫びた。
 それは良いのだが、話をしている内に、妹の顔がどんどん赤くなり俯いてゆくではないか。

兄「で、お前はなんで恥ずかしそうにしてるんだ?」

妹「それは……それはその……」

 俺は何一つ卑猥な事はしていない。
 話の中にも卑猥な単語はなかった。

兄「……俺となら良いってもしかして」

 俺の言葉を遮る様に妹が声を張り上げる。

妹「き、霧衣!! 霧衣ー!! ちょっと二階に来て!!」

兄「ば、馬鹿! なんであいつを呼ぶんだよ!!」

霧衣「何か問題でもありましたか?」

兄「うわぁ!?」

 足音一つなく、霧衣はやって来た。まるで最初から居たと言わんばかりに。
 清楚な装いにそぐわぬ巨大な鎌を持つ少女に、妹が駆け寄る。
 真っ赤な顔のままとんでもない事を言った。
 
妹「お兄ちゃんの記憶を切り落とす事って出来る!? 出来るよね! 早くやって!!」

霧衣「はあ……。出来ますけど……どうしたんですか?」

妹「良いから早く!!」

霧衣「……分かりました」

兄「ひっ……こ、こっち来るな!!」

 いくら傷も痛みも無いとは言え、像でも狩れそうな鎌には恐怖しか感じない。
 俺は素早く土下座の姿勢を取った。

兄「み、見逃してください! 妹が俺に処女を捧げても良いと宣言した件に関しては誰にも言いませんから!!」

妹「くっ……!! 霧衣! 早く!!」

兄「な、なんでだ! 誰にも言わないから! と言うか忘れるから! だから――」

 頭を上げた俺の視界に飛び込む、振りかざされた凶刃と微笑む霧衣の顔。

兄「こいつ死神なんじゃないのか……」

 そう呟くと同時に俺の意識は途絶えた。


妹「お兄ちゃん……! お兄ちゃんってば!!」

 俺を呼ぶ妹の声。
 どうして俺の部屋に……?
 俺はゆっくりと目を開いた。

妹「お兄ちゃん、良かった……」

 妹が心配そうに顔を覗き込んでいる。
 俺は……何をしていたんだ……?
 ゆっくりと体を起こし、辺りを見回す。

兄「あれ、ここ……お前の部屋じゃないか」

妹「う、うん。お兄ちゃんね、近所の小学生にいじめられてたの」

兄「いや、意味が――」

 分からない。そう言いかけた声を遮るように妹が話を続ける。物凄い早口でだ。

妹「浦島太郎の亀さんみたいにね。数人で囲んで蹴ったり枝で突っついたり、叩いたりしててね。
  偶然通りかかった私が慌てて止めに入ったんだけど、全然言うことを聞いてくれなくて。
  何度か声をかけたんだけど、それでも駄目でね。
  いい加減お兄ちゃんも心配だったから、つい本気で怒ちゃった。
  そしたら小学生が逃げて行ったんだけど、そこからが大変だったよ。
  なんだかお兄ちゃん、自分が亀だと思い込んでたみたいで、まあ仕方ないよね。
  まさに浦島太郎の亀状態だったんだもん。それで、お礼に竜宮城にってしつこく言ってくるんだよ。
  私は良いって言ってるし、近くに海もないのに、「さあ背中にどうぞ、さあ背中にどうぞ」って繰り返すの。
  あ、でもちょっと笑っちゃった。何だか学芸会みたいで。
  そうそう学芸会って言えばこの前物置を片付けてたら、小学校の時のビデオが出てきてね。
  学芸会もばっちり映されてたよ。お兄ちゃん、主役やってたよ。しらゆき姫の王子様役。
  小さい頃のお兄ちゃん可愛かったなぁ……。
  そうだ!
  あとで一緒に見よう? あ、でもお母さん達帰って来ちゃうからまた今度だね。
  お兄ちゃんが今住んでる所にテレビってあるの? ないの? ないなら家で良いよね。
  今度帰ってきた時に見ようね! 約束だよ? うん、約束。嘘付いたら針千本飲ませちゃうから。
  話が逸れちゃった。
  それでね? 亀だって言い張るお兄ちゃんを説得しようと頑張ってたんだけど、近くにマンションあるでしょ?
  そこの三階から鉢植えが落ちて来てね? そう! お兄ちゃんに直撃しちゃったの。
  お兄ちゃんって時々もの凄く不運な事故に合うよね? でも、時々凄く運がいい時も有って極端だよね。
  私? 私は普通かなぁ、でも普通で良いよ。お兄ちゃんだから大丈夫だったけど、私じゃ大怪我してたもん。
  それで気絶しちゃったお兄ちゃんを家まで運んで来たんだ。
  とっても、とーーっても、心配してたんだから……。
  もう小学生にいじめられたら駄目だから。分かった?」

兄「え、あ、はい」

 小学生にいじめられた記憶もなければ、亀だと言い張った覚えもない。
 しかし、頷く以外になかった。
 何度か口を挟もうとしたが、一切の隙がなかった。
 妹の態度は不思議だが、良い。思い出せないし、何より俺なら有り得そうだからな。

妹「あ、大変、もうこんな時間。そろそろ二人とも帰ってくるよ」

兄「ああ……じゃあ俺はそろそろ帰るとするか」

妹「うん! 頭が痛むようなら病院に行ってね? バイバイまたね!! ほら、早く出て行って? ね?」

兄「……うん」

 俺、嫌われるような事をしただろか。

今日はここまで。

個別話のはずが、相変わらず寄り道しまくり。

次は来週以降で。


 気がつくと九日目の朝だった。
 昨日、妹に嫌われた悲しみから泣き喚いている内に寝てしまった様だ。
 美しい物は壊れやすい。俺も例に漏れずと言ったところだな。

兄「今、何時だろう……」

 やっぱり時計が無いと不便だ。
 時間が気になる事もあり、俺は占い師の部屋へ向かった。
 呼び鈴を連打する。不愉快そうな顔をした占い師が扉を開いた。

兄「よっ、今日も朝日以上に輝く俺だぜ!?」

占師「あー……? なんでこんなに早いんだよ……」

兄「そんなに早かったか?」

占師「まだ5時になったばっかりだぞ……」

兄「そ、そうだったのか。……俺はテレビでも見てるから二度寝でもしてれば?」

占師「ああ……。時間になったら……起こしてくれ……」

 占い師はのそのそとした動きで寝床に戻ってしまった。
 確かに外に出た時、やけに静かだとは思ったが、まだ5時だったとは驚いた。

兄「昨日は早くに寝たからなあ……」

 独りごちながら、テレビの電源を入れる。当然ながらニュースしかやっていない。つまらん。
 総理の失態なんてどうでも良いから、お天気お姉さんのパンツの柄とか伝えたらどうなんだ?
 
 そんな事を考えながらも、肘を付いてぼんやりテレビを眺めていた。
 30分くらい経って俺はふと、あることを思い出した。
 山村さんの話だ。昨日は占い師に聞きそびれてしまった。
 
兄「なあ……」

 寝室に入り、眠る占い師に声をかけた。

占師「んー……なんだ……?」

兄「山村さんの話なんだけど……」

占師「あー……私にも教えてくれなかった……」

兄「そうか。分かった」

占師「ん……」

 短い返事の後、占い師は再び眠りについたようだ。
 こうして寝顔を見ていると、子供っぽと言うか、本当に保護欲をそそる子だと思う。
 持ち帰って飼育したい……。
 
兄(お、俺は何を考えているんだ……)

 危険な欲望を追い払う様に頭を振って、俺はテレビの前に戻った。

兄(……今日の一人遊びタイムはそんな感じの妄想で楽しむか)



 朝の教室は相変わらず騒がしい。
 今日も山村さんの席は空白だった。

兄「何があったのか……」

 その席を見ながら、俺は呟いた。

男尻「どうした? 何か悩みでもあるのか」

 独り言に言葉が返ってきた。声の方に振り向くと、男尻が立っていた。

兄「……他人の悩みを解決する方法。何か良い策はあるか?」

男尻「ふむ。兄よ、俺は悲しいぞ。女にうつつを抜かしおって」

兄「まあまあ。それで、どう思う?」

男尻「全ての物事には原因がある。まずはそれを探るところから始めるべきではないのか?」

兄「そうだな……」

 それが一番難しいが、それが一番重要だ。
 とは言え、占い師にも話さなかったのだ。俺で聞き出せるだろうか。

兄「ところでさ、お前にも原因はあるのか?」

男尻「俺に原因? 何の話だ」

兄「男が恋愛対象になったきっかけだ。元々か?」

男尻「ふむ……ふむむっ!? 何故だ!! 確かにきっかけがあったはずだが、思い出せない!!」

兄「別に気まぐれで聞いたんだ。気にしないでくれ」

男尻「いや!! そのきっかけをお前にも与えれば、きっと目覚めるはずだ! 思い出さなくては!!」

 思い出さないでくれ……、頼むから……。切実にそう思う。
 男尻は唸り声を出しながら、席に戻った。
 
兄(原因か……。話してくれないなら、調べる他にないが、もう少し様子を見よう)




 15日目。
 あれから山村さんは学校に来ていない。理由は依然として不明のままだ。
 俺の方の生活には彼女以外の変化はなかった。
 時々妹の元を訪ねたり、探偵さんの手伝いをしたりと、平常運転だ。
 一度だけ以前と似た悪夢を見たが、気にしても仕方がないだろう。

 そして今、俺は学校を抜け出し、外を歩いている。
 平日の昼間だけあって、人通りはほとんどない。
 学校をサボった目的は、当然山村さんなのだが、俺の歩みは彼女の家ではない方向へ進んでいた。

兄(訪ねた所で、家に上げてくれるとは思えないし……どうするかな)

 気づけば俺は川原を歩いていた。
 考え事ならここが一番だろう。
 てくてくと歩いていると、向こうから人影が近づいて来た。
 ジャージ姿のマスクをした女だ。

兄(……どこかで見た気がするんだが)

兄「……や、山村さん?」

山村?「……ど、どちら様でしょうか?」

 理由は分からないが、ここで俺と会ったのをなかった事にしたいらしい。
 いや、ひょっとしたら記憶喪失かも知れない。これはチャンスだぜ。

兄「俺は君の恋人だよ!!」

 出方を伺うつもりも含めた冗談のつもりだったが、怖い目で睨まれてしまった。
   
山村「そんなの私が美人だから言えるんだよ! 美人じゃなくなったら、興味無くす癖に! 兄くんのバカタレ!!」

 バカタレって……。山村さんは立ち尽くす俺に背を向けて駆け出した。
 俺も慌てて後を追う。
 
兄「むほおおぉぉ!!」

 流石は俺。あっという間に山村さんを射程範囲に捉えた。
 しかし、どの様に彼女をを止めるかと言う問題にぶち当たる。
 前に回り込むのでは、また逆走されて逃げられてしまうだろう。
 仕方ない。俺は覚悟を決めて山村さんに飛びついた。

山村「!?」

兄「……」

 目測を誤ったようだな……。
 下半身に抱き着く形となってしまい、俺の両腕は山村さんのジャージのズボンを脱がせていた。
 驚愕の表情で俺を見下ろす山村さんはあまりの出来事に言葉を失っていた。

兄「その……可愛いおぱんちゅですね」

 俺は山村さんの顔を見上げて笑顔を浮かべる。
 この優しい微笑みに女の子はどんな事だって許しちゃうのさ!

兄「ぶべらっ」

 そんな事はなかった。蹴られた。

兄「す、すまんかった! この通りだ!」

 山村さんだけに恥をかかせる訳にはいかないと、俺もズボンを脱いだ。
 パンツはまだ保留だ。しかし、俺は全てを脱ぐ覚悟を持って謝罪しているのだ。

兄「これで足りないなら、全部脱ぐ!!」

 声高に宣言して、俺は深く頭を下げた。
 何の言葉も返って来ない。やはり男のパンツと女の子のパンツじゃ価値が違うか!
  
兄「ええい! これでどうだ!」

 俺は、はいていたパンツを全力で放り投げた。

兄「この通りだ! 悪かったから許してくれ!」

 恐る恐る顔を上げると、すでに山村さんの姿は遠ざかっていた。
 残された俺は、セクシー過ぎる格好をしている。通行人の悲鳴が耳に届いた。
 パンツはどこ行ったのか分からない。ここはひとまず、逃げ出すしかなかった。

「変質者め! 覚悟しろ!」

 今日は警察が現れるのが早いな。妙に変質者慣れしているが、俺も追われるのは慣れている。

兄「ふぅ……。振り切ったか」

 警察に追われる謎の美少年(下半身露出中)の噂が街に広がるのも時間の問題だな。

兄「しかし、これからどうしたもんか……。バランスが悪いから上も脱ぐとして……」

 全裸になる事で考察力が40%増加した俺はしばし考え込んだ。
 山村さんの言葉、いつ捕まってもおかしくは無い俺の状況、なすべきこと。
 
兄(今日の目的は山村さんから話を聞く事だったが、どうもこのままじゃ話が出来ないらしい)

兄(すると、俺がなすべきは一つに絞られる!!)

 俺は駆け出していた。
 目的地は学校だ。



兄「雲子……おい……こっちだ、こっち向け」

 なんとか人に見つからず学校に侵入した俺は、壁に身を隠して雲子に呼びかけた。
 音楽の授業後だったらしく、声がかけやすかったので、手伝って貰おうって魂胆だ。

雲子「ねえ、なにか聞こえない……?」

「え? うーん……」

兄(馬鹿野郎! 友達に話しかけるんじゃねぇよ!!)

兄「雲子……俺だ……兄だ……」

雲子「……? ほら、やっぱり何か聞こえるわ」

「……お化けかな? 怖いね」

 言葉の内容は聞き取れていないらしく、こちらに気づく様子はない。
 大半の生徒はさっさと自分の教室へ向かったらしく、残る気配は雲子とその友人のみだ。
 強硬手段に出ても良いだろう。
 俺は素早く二人の前に躍り出た。

兄「ふはははは!! こんちには! 良い子の諸君!」

 両手を広げ「美しい俺を見ろ!」と言わんばかりの表情の俺に対し、二人の顔が真っ赤に染まった。
 
兄「こやつめ! はしゃぎおって!!」

 俺は股間でいきり立つ慌てん棒を叱った。げんこつを食らわせてやった。ちょっと気持ちよかった。

雲子「な、なにやってんのよ、アンタ!」

兄「え? ちょっと手伝って欲しい事があってな。残りの授業はサボってくれ」

 何か言おうとする雲子に近づき、担ぎ上げた。
 巨大おっぱいを持っている癖に軽いじゃないか。

「な、なに……なにこれ……」

 雲子の友人が目の前で起こる出来事が信じられないと言った顔をしている。
 俺は言った。

兄「この場で見た事は誰にも言うなよ。もし口にすれば……明日を待たずに雲子が大人っぽくなるぜ?」

「は、はい……」

兄「さあ行こうか」

雲子「どこに行くっていうのよ! 下ろしなさい! 馬鹿!」



 美術室。ここになら俺の探す物があるだろう。

雲子「目のやり場に困るから、これで隠しなさいよ」

 手渡された布を暴れん棒に被せた。
 戦闘モードが解除されたら布が落ちてしまうので、心配だ。

雲子「それで? 今度は何よ。また強盗にでもあったの?」

兄「……今は何も聞かずにこれを俺に塗ってくれ」

雲子「これって……銀色の絵の具よ……?」

兄「おい。可哀想な人を見る目で俺を見るな」

雲子「いや、だって……」

兄「頼む! こんな事を頼めるのは他にいないんだ!! お前にしかできないんだ!!」

雲子「ぜ、全身に塗るの……?」

兄「ああ、全身くまなく頼むぜ!」

雲子「く、くまなく……」

兄「さあ! 遠慮はいらない!!」

 俺は両腕を広げて、どんと来いと宣言した。

雲子「じゃ、じゃあ行くわよ?」

 刷毛が俺の身体が遠慮がちに撫でた。


兄「駄目だ! そんなじゃ日が暮れちまう! もっとだ!」

雲子「わ、分かった!」

 今度は大胆に。

兄「んふっ……」

雲子「変な声出さないでよ!」

兄「仕方ないだろ? お前だってこんな刷毛でべたっとした液体を塗られて見ろよ。試すか?」

雲子「試さない! 絶対試さないわよ! 良いから黙ってなさい!」

兄「はいはい……」

雲子「全くあんたのせいで……」

兄「なんだよ」

雲子「なんでもない!」

 やがて俺は全身を銀色に染められた。
 耳には粘土を付けて尖らせた。股間には雲子の希望で身体と同じ色の布を巻いた。
 どっから見ても妖精だ。

兄「だろう?」

雲子「どっから見ても凶悪な性犯罪者だけど……?」

兄「馬鹿な! この優しそうな顔を見ろよ。どんな悩みだって相談したくなるだろう?」

雲子「ならない」

 俺は仕方ないと首を振った。人間のセンスなんてそれぞれ違う。
 雲子が常識を逸したセンスの持ち主なのだろう。

雲子「ところでさ、それって山村さんの為なのよね?」

兄「ああ、そうだけど?」

雲子「ふぅん……」

 雲子は不満げな顔をしている。俺は言った。

兄「お前が困っている時も駆けつけてやる。その時は、そうだな、全裸に羽の生えた天使の格好で……」

雲子「遠慮しとくわ。……捕まらないようにね」


兄「ふーっ……」

 無事に山村宅への侵入に成功した俺。今は山村さんのベッドに腰を下ろして小休止している所だ。
 警察や正義感の強いサラリーマンに追われて、逃げ回っている内に耳は取れてしまった。
 なかなか山村さんが現れず、タンスでも漁ろうか迷い始めた時だった。
 足音が近づいて来る。俺は自分に言い聞かせた。

兄(分かっているな? 俺は妖精だ! 悩める子羊に手を差し伸べる妖精だ!)

 扉が開いた。
 相変わらずマスクをしたままの山村さんが目を丸くした。

山村「……え?」

兄「……お、俺は妖精だ!!」

 俺は両腕を広げて偉大な妖精のポーズをとった。

山村「え……?」

兄「どんな悩みも俺が解決して見せる! さあ、話せ!!」

山村(い、家に帰って来たら全身銀色の変質者がいた……。わ、訳が分からないよ……)

兄「ははーん。その顔は恋煩いだな? 同級生の超格好いい好青年に惚れているのだな?」

山村「い、いや……私は……美人じゃなくなっちゃったから……」

兄「……? 山村さんは相変わらず美人だろ? ほら、俺の美人センサーが激しく反応しているじゃないか」

 俺は股間に巻いた布をめくって美人センサーを見せた。

山村「あ……あ……兄くん!?」

 美しい造形のおてぃんてぃんで判断したのか、行動から判断したのか、凄く気になる。
 気になるが、今は問い詰めている場合じゃない。


兄「美人じゃなくなったって、何言ってるんだ?」

山村「か、帰ってよ! 兄くん!」

兄「待て。俺は兄などではない! 心優しい妖精だ!」

山村「どうせ兄くんだって、私が美人じゃなかったら話しかけても来ないくせに!」

 いつも余裕ある態度の山村さんが珍しく焦っていた。
 これはひょっとして、本当に美人ではなくなったのだろうか。

兄「……そうかも知れないな。でもそれはきっかけでしかないぞ。もう友達だろうが」

山村「いっ……良いから早く帰って!!」

 結局、追い出されてしまった。
 全身銀色のまま山村さんの家の前でしばし考え込む。
 本当に美人じゃなくなっていたら、俺に何が出来るだろうか。
 先の言葉を偽りにはしたくない。
 どんな不美人とだって友達にはなれる。もちろん、進んでなろうとは思わないが。
 だとすれば、友達として慰めるべきだろうか……?

 答えが出る前にひそひそとした話し声が聞こえて来たので、今日は退却する事にした。
『イケメン妖精、人間と禁断の恋か!?』
 なんて記事が新聞に載ったら困るもんね!


兄「ただいまー」

占師「……!?」

 俺の顔を見るなり、占い師が奥へ逃げ込んでいった。

兄「なんだよ……。俺があまりにも格好よくて恥ずかしくなったのか?」

「ただいま」だなんて言ってしまったせいで、同棲とか夫婦とか、そんな想像をしたのだろうか。
 
占師「け、け、警察とお姉ちゃんに電話……電話……!」

 部屋へ上がると占い師が電話機片手にそんな事を言っていた。
 ボタンを押そうとしているが、震えで上手くいかないようだ。

兄「待て待て! 俺だって!!」

 銀色だと遠目には妖精にしか見えないだろう。顔を近づけた。

占師「ひ、ひぃっ!!」

兄「そんなに怖がらなくても……」

 まあ良い。風呂で絵の具を落とせば分かってくれるだろう。

兄「風呂、借りるからな」

 勝手に浴室に入り、俺は絵の具を洗い落とした。
 風呂から上がると駆けつけていた探偵さんにボコボコにされた。
 途中から変質者などではなく、俺だと気づいていながら殴っていた様な気がするのだが……。
 そりゃ確かに仕事サボったけどさ……。
 因みに、探偵さんが服を回収してくれたので、その点は非常に助かった。



 16日目。

兄「あちこち痛いのだが……」

占師「自業自得だ、馬鹿」

 俺は占い師と並んで学校へ向かって歩いていた。
 口にした通り、身体のあちこちが痛い。

兄「山村さんはすぐに俺だって気づいてくれたのになぁ……」

占師「……? 会ったのか?」

兄「そう言えば昨日、話すの忘れてたな。会いに行ったよ」

占師「そうか……。ん? あの姿でか!?」

兄「と言うか山村さんに話を聞く為に妖精の姿になったんだぜ」

占師「だぜってお前……。馬鹿だろう? いや、答えなくて良い。馬鹿だよ、馬鹿なんだ」

兄「もう良い。お前には何も話さん」

 どの道、最初から言うつもりはなかったけどな。
 言いふらすもんでもないし。
 しかし、横で文句を喚くちびっ子も、別に見た目に惹かれた訳じゃないよな。

兄「お前はもしも山村さんが美人じゃなくても友達になってたか?」

占師「え? ああ……当たり前だろ」

 学校を休んでいる原因が美人じゃなくなったからだとしよう。
 その根っこにあるのは恥ずかしいと言う感情だ。
 しかし、なってしまった物は仕方がない。
 俺は無免許天才美容整形医ではないのだ。
 折り合いを付ける手伝いしか出来ないだろう。

兄「会って話すしかないか……」


占師「何がだ?」

兄「え? あー……今日も学校休むからな! ぐっばい! 牛乳飲めよ!」

 疑問符を浮かべる占い師を放置して、俺は駆け出した。
 会える可能性は低いだろうが、昨日の川原で待って見よう。
 平日の昼間だと言うのに、人はいる。そのほとんどが年寄りだが。
 可愛い女の子が胸を揺らしながら走っていれば少しは楽しいのにな。
 俺は芝生に寝転がった。

兄「……あー。スカートはいてる子が俺をまたいでいかないかなぁ」

 俺はひたすら待った。
 スカートはいてる女の子ではなく、山村さんをだ。
 果たして彼女はやって来た。

兄「……よ!」

山村「兄くん……」

兄「なんとなく事情に察しはついてる。理由までは分からないけどな」

 山村さんが逃げ出す様子はない。

兄「そこでこの俺が……俺が……えっと、なんか、こう、うん」

 話を聞いてやろうと言いかけたが、それでは随分と偉そうだ。俺は言葉に詰まって自分でも良く分からない事を言った。
 山村さんは苦笑いしたようだった。

兄「俺もみんなも心配してんだよ」

山村「うん……。ごめんね」

 ようやく俺の心が通じたのか、今日はきちんと話せそうだ。
 俺たちは近くのベンチまで歩いた。
 並んで座る俺たち。
 可愛いな、と素直に思う。
 学校サボって女の子と並んでベンチに座ってると言う事実に少なからずドキドキしている俺って可愛い!!

山村「昨日はごめんね?」

 山村さんが俺の顔を覗き込んで言った。
 十分美人だと思うのだが……。


兄「気にするな。誰にでも機嫌の悪い日はある」

山村「うん……」

 俺たちはしばし黙った。
 焦って話を進めても仕方ないので、俺は彼女が語り出すのを待つつもりだった。
 だったのだが。
 走っていたせいか、シャンプーと山村さん自身の匂いがブレンドされた香りが隣から漂ってくる。
 俺のデンジャラス・スティックは大きくなった。
 汗にはフェロモンが含まれていると言う話を聞いた事がある。
 俺が特別変態な訳ではない。本能ゆえの、ああ、もう駄目だ。
 黙っていたらポケットに手を突っ込んでゴソゴソしてしまいそうだった。

兄「あのさ……。詳しくは分からないけど、美人じゃなくなったってどういう事だ?」

山村「……うん。ちょっと太っちゃって」

 なるほど、と俺は頷いた。
 だから走っていた訳だ。しかし……。

兄「それだけ?」

山村「そ、それだけじゃないよ! 上手く言えないけど、美人じゃなくなったんだよ!」

兄「そうなのか?」

山村「うん。私なんて見た目以外に良い所なんて無いのに……」

兄「……そんな事無いと思うけどな」

 しかし、山村さんは首を横に振った。
 これは重症だな。
 俺はふと思った。見た目だけが取り柄と考えるあまり、見た目に対して厳しくなりすぎているのではないかと。
 だとすれば美人じゃなくなったと思い込んでいるだけかもしれない。

兄「……」

 それを言ったところで素直に聞くとは思えないな。
 
山村「えっとさ……学校に行ったら桃子ちゃんに謝っておいて欲しいな」

兄「……」

山村「やっぱり今のままじゃ学校に行きたくないんだ……」

兄「……」

山村「兄くん?」

兄「今からデートしようぜ」

「え?」と俺を見た山村さんの目が丸くなっていた。
 俺は気にせずに言葉を続けた。

兄「ほら、恋をすると綺麗になるって言うだろ? つまり、そういう事だ。はしゃぐ俺を見てやさしく微笑めば良いじゃん?」

山村「ごめん。ちょっと何言ってるのか分からないよ」

兄「良いから良いから。取りあえず着替えて来いよ」

 *


>>1が書かないからチベット自治区在住の俺が書く事にした。



うそです。
僕が>>1です。ネカフェからでした。
遅くなってすいみませんでした。
ちゃんと辻褄合ってあるか、読者置いてきぼりにしてないか心配で中々投下出来ずにいました。
今日はまだ余力があるので、また夜と言うか深夜に来るかも知れません。

質問なんだが兄は本当にかわいいのか?

>>536

見た目に関しては想像にお任せします。
ただ、それだとせっかく頂いた質問に対して、あまりにも突き放した態度になってしまうので、こんな形で。

Q.兄を可愛いと思いますか?

兄「世界一可愛い」

妹「可愛くはないと思います」

雲子「可愛くはないわ」

山村「可愛くはないよ」

占師「可愛くない」

探偵「私の助手がこんなに可愛いはずがない。……言ってみたかっただけだ」

益垣「無理」

散見「無理」

男尻「お前は可愛いぞ。食べてしまいたい」


兄「…………」


Q.では、兄の息子は可愛いと思いますか?

兄「可愛いだろ、ほら」

雲子「見せてなくていいわよ! 可愛くないわ」

妹「……こっちに来ないで。変態」

山村「ペロリィヌのの方が大きいかも……」

占師「な、泣きながらズボンはいてる……」

探偵「うーん? 兄に息子なんて居たのか? それは知らなかった……。学生なのに大変だな(若干棒読み)」

益垣(下ネタの知識がない大人の女性だと!? 萌える! 俺が色々と教え――ふぅ……カマトトぶってんなぁ)

散見(チラッ。チラチラチラッ。チラチラチラチラチラチラチラ。ウヒョッ。チラッ)

男尻「息子も可愛いぞ。食べてしまいたい」


兄「…………ぐすっ、ぐすっ、いじけてやるいじけてやるぅぅ」


山村「ほ、本当に行くの?」

 ジャージから可愛らしい白いワンピースに着替えたものの、気乗りしない顔だ。
 よほど見た目が気になるのか、つば広の帽子まで被っている。

山村「あんまり人の多い場所には行きたくないよ……」

 太った風には見えない。
 しかし、本人が気にするのであれば、考慮すべきだろう。

兄「んじゃあ隣町の水族館にでも行ってみるか?」

山村「うん……。水族館なら……あまり人目は気にならないかなぁ」

兄「よし、じゃあ行くか」

 途中で俺の部屋に寄り、資金の確保と着替えを行った。
 さすがに制服で出歩くのもな。

兄「お待たせ」

山村「兄くん……その紫の柄シャツ、チンピラみたいだよ……」
 
兄「俺の様なイケメンはどんな格好だって似合うから良いんだよ。行こうぜ」

 俺たちは駅へ向かって歩き出した。

山村「兄くんは凄いよ。いつでも自信いっぱいだもん」

兄「……俺って小さい頃から親にかまってもらった事がなくてさ」

山村「うん? それじゃあ逆に自信なくなっちゃうんじゃない……?」

兄「その逆だ。俺自身だけでも自分を褒めてやらないと」

山村「そっか。大変だったんだね」

兄「そう思っていたが、良い所しかないから、褒めるまでもないけどな」

山村「あははは……」


 駅に着いたが、次の電車まで少し待たなくてはならないようだった。
 元々思いつきだし、仕方ないだろう。
 山村さんを待合室に残し、俺はジュースを買いに向かった。
 無難にオレンジジュースを選び、缶を二つ手にして戻った。
 まばらに埋まった長椅子の端で、山村さんはうつむいていた。

兄(やっぱり無理に引っ張り出したのは失敗だったか……?)

 そう思ってしまうが、今更引き返すつもりはない。

兄「ほい」

 何でもないと言った体で、缶を差し出す。

山村「あ……。ありがとう」

 オレンジジュースを受け取った山村さんが少し笑った。
 やはり十分美人だと思うのだが、目から下は平安時代の美人みたいになってるのだろうか。
 それは考えても仕方がないかも知れない。
 見た目がどうであろうと、元気になって欲しいのだ。
 俺は首を振って思考を切り替えた。

兄「隣町の水族館、俺は初めて行くけど、山村さんは?」

山村「リニューアルする前になら、何回かあるけど……」

兄「へえ。新しくなったのか?」

山村「うん」

兄「人魚は居るのか!?」

山村「いないと思うよ。イルカショーならやってると思うけど」

 上手いことイルカと入れ替わって飼育員のお姉さんに調教されてみるか。
 俺がショーをすればイルカとは比べものにならない程の人気者になれるだろう。
 いや、ご褒美として与えられる生魚を、さばきもせずに食えるだろうか……。

山村「どうしたの? 急に難しい顔して……」

兄「いや、人間何匹までなら魚を丸呑み出来るかなと思って」

 ふと山村さんを見ると、両手で握ったままジュースを開ける気配すらない。
 マスクを外したくないのか。

兄「そこまで見た目って大事かな?」

 思った事をそのまま口に出していた。
 俺の顔が引きつった。

兄「す、すまん。真剣に悩んでるんだよな……」

山村「他に良いとろこがあれば、見た目は普通で良いと思うよ」

兄「……」

山村「でも、私には見た目くらいしかないから」

 そんな事はない。
 しかし、人の良い所を具体的に説明するのは難しい。
 俺の口から言葉が出る事はなかった。

 なんてこった。完璧超人の俺に出来ない事があるだと!?
 そうか、昨夜の一人遊びで力を消耗してしまったのか……! どうにか回復させなくては!
 俺はジュースを一気に飲み干した。
 突然の行動に山村さんが不思議そうな顔をしている。

山村「喉が乾いていたなら、これも飲む?」

兄「ああ! 俺とした事が迂闊だったぜ!!」

山村「何が?」

 そんな事をしている間に、アナウンスが響き、電車が到着した。

 一両編成の車内は人がほとんどいなかった。
 俺たちは向かい合って座る形の席に腰掛けた。
 沈黙の後、俺は重い口を開いた。

兄「もしも……」

 何時になく真剣な眼差しで、真っ直ぐに山村さんを見た。

兄「もしもこの電車が痴漢マニア御用達の車両で、車掌もグルだったらどうする?」

 山村さんは首をかしげた。少し、何かを考える素振りを見せてから言った。

山村「あ、その話聴いた事あるよ」

兄「え?」

 悪趣味な冗談のはずだったのだが……。

山村「痴漢マニアで男好きの男が集まる電車だって」

兄「じょ、冗談だろ……?」

山村「そう言えばあそこに座ってるおじさん、さっきから兄くんを舐める様な視線で……」

兄「ひっ! こ、怖くなんかねぇぞ!! 返り討ちにしてくれる! そ、そんな目で俺を見るな!!」

 俺は立ち上がり、おじさんを睨んで叫んだ。
 山村さんも慌てて立ち上がり、俺の肩を掴んだ。押し込める様に下に向かって力を込められる。

山村「冗談だよ! 座って!」

 山村さんは俺を座席に押し戻し、おじさんに頭を下げた。

山村「もう……。びっくりしたよ……」

兄「俺もびっくりしたよ。お尻の穴がきゅっと締まったよ……」

 でも、調子が戻ってきたのには安心だ。


 白い外観の水族館に足を踏み入れる。
 平日の昼間だ。賑わいはあまり感じられない。
 青く塗られた壁、暗めに設定された照明。まだ入口だが、すでにそこは別世界の様だ。
 少なからず気分が高揚するのを感じる。
 俺はにこやかな笑みを浮かべて受付のお姉さんに声を掛けた。

兄「さてお姉さん。ここで問題です。俺は大人でしょうか? 子供でしょうか? 正解はパンツの中に!」

 山村さんにグーで頭を殴られた。

山村「ごめんなさい。大人二人です」

 苦笑いする受付のお姉さんを残して、俺たちは奥へと進んだ。

兄「山村さんが暴力で事態を解決するなんて、珍しいじゃないなか」

山村「……恥ずかしかったんだよ」

 俺は手頃な従業員の肩を叩き、声をかけた。

兄「ちょっと良いですか?」

「はい?」

兄「おっぱいがデカい人魚は一体どこに――」

山村「何でもないです。ごめんなさい!」

 俺の手を握り、駆け出す山村さん。
 角を曲がり従業員の姿が見えなくなってから止まった。

山村「あ、兄くんは水族館に何しに来たの? 恥を晒しに来てるの?」

 青い照明の下で、山村さんがそっぽを向いて目線だけを俺にくれながら言った。

兄「いや、デートだろ」

 俺は握られたままの手を上げて、言った。
 不意に山村さん顔色が曇った。はしゃぎすぎたか?
 柔らかな少し冷たい手が去っていく。

山村「……美人じゃない山村さんとデートなんかしたって面白くないよ」

兄「なんだ、そういう事か。てっきりはしゃぎすぎて嫌われたのかと思ったぞ」

 今度は俺から手を握る。

兄「面白いかどうかは俺が決める。さあ! 恋をしてもう一度美人になれば良い! 行くぞ」

山村「う、うん……」

 恋をすれば綺麗になると言う話を信じている為か、俺の強引さに飲まれた為か、どちらにせよ、手が振り払われる事はなかった。
 ふっ、この手は洗わずにおこう。息子にお土産だ。

兄「さて、じゃあまずは人魚を……」

山村「それはもう良いってば……」



 クラゲの展示場で、繋いだ手を離した。
 山村さんがゆっくり見たいと言うので、クラゲに興味のない俺は、近くのベンチにかけて待つ事にした。
 
兄(勢いでここまで来たが、結局俺に何が出来るのか……いや、やろうと思えば何でも出来るよ?)

兄(ただ、何をすべきなのか……)

 山村さんは静かに、水中をたゆたうクラゲを眺めている。
 その姿を見て思った。取りあえず笑顔が見たい、と。
 俺の勝手な願望ばかりで動いている気もするが……構わないだろう。

兄「……俺を見ろ! ほら! クラゲ!」

 山村さんに近づいた俺は両腕をぶらぶらと揺らし、ふらふら歩いて見せた。

山村「……」

 スルーされた。何故だ。
 可愛らしくもあり、おかしくもある、俺の魅力を余すところなく活かしたパフォーマンスのはずなのに。

兄「そうか! 触手が足りないんだな!? よーし。俺の隠された第三の足を……」

 山村さんに背を向け、ズボンに手をかけた。
 息子よ! 今こそお前の力が――
 首に冷たい感触。山村さんの手が襟を握っていた。

山村「脱がなくて良いんだよ」

兄「冗談に決まってるだろ? 俺はただ山村さんの笑顔が見たかったんだぜ?」

 ふっ……。「ぜ?」と同時に超爽やかな笑みを浮かべてやった。
 
山村「……? お腹痛いの?」

 確かに少し笑顔に失敗して、少しいびつになってしまったが、苦痛を訴えていると思われるとは。

兄「……やり直して良い?」

山村「何を?」

兄「超爽やかで格好いい俺のスペシャルな微笑み」

山村「さっきの笑顔だったんだ……」

 山村さんが少し笑ってくれた。
 俺はそれが嬉しくて、今度は自然な笑顔を浮かべた。……と、思う。




兄「ペンギンか……」

山村「可愛いね」

兄「いや、俺の方が可愛いだろ」

 山村さんは返事すらしてくれなかった。

 仕方なく、俺も黙ってペンギンを眺める事にした。
 岩場と深い水槽の人工的な海岸で、飛んだり、潜ったり、好き勝手にやっている。
 その姿の可愛らしさと言ったら、流石の俺でも引き分けが精一杯だ。
 隣に立つ山村さんに視線を移す。
 それに気付いた彼女が、俺を見て、言った。

山村「ペンギンはみんな可愛くて良いね」

兄「うーむ……確かに見た目の不公平感はないが……」

 言葉に切れがないのは、ペンギンの可愛さに納得がいかない為ではない。
 どうしてそこまで見た目なのか、だ。
 確かに山村さんと言えば美人で有名だが、別にそれ以外がとても駄目な訳ではない。
 勉強は普通に出来るようだし、友達だって一人だけでも作れたのだ。
 際立った長所のない奴なんてごまんといる。
 人より優れていたいと言う欲求は誰にでもあると思うが、それともまた違う気がしている。

兄「少し休まないか? 残り半分はそれからって事でどうだ?」

山村「ん。そうだね」

 並んで休憩所へと歩く。

兄「俺は目を閉じている。約束を破らない。女の子を悲しませない。
  いや、全ての(可愛い)女の子の幸福! その心は俺の存在が芽生えさせているのだ!!」

山村「ごめん。何の話か全然分からないよ」

兄「喉乾かないのかな、と思って」

 「ああ……」と納得はした様だが、「うん」とは頷かない。
 
兄「ここのジュースはどろりとしていて濃厚で美味しいぞ」

山村「来るのは初めてって、言ってたじゃん」

兄「ま、そう言うなよ。ストローでならマスクしたまま飲めるんじゃない?」

 半ば無理やりに休憩所に連れ込む。
 対面して席にかけた。俺は財布代わりの紙袋から小銭を出して、カウンターに向かった。

兄「ジュースを二つ」

「いくつか種類がございますが」

兄「魚卵をふんだんに使った物を頼む」

「ございません」

兄「ならば、魚肉を使った」

「ございません」

兄「では、イカのすり身を――」

「ございません」

兄「よろしい。かに味噌ジュースで頼む」

「ございません」

兄「ぶどうジュースで良いです」

山村「今のやりとりなんだったの……」

 山村さんのつぶやきが聞こえた。俺にも何だったのか分からない。
 ぶどうジュースを二つ手にして、戻った。
 受け取ったものの、口にする気配はない。

兄「じゃあ目を閉じてるよ」

 俺は固くまぶたを閉じた。
 健気な俺の仕草にきゅんとしても知らないんだからねっ!!
 動きがあった様に思えた。
 俺は嘘をつかない。つかないが、屁理屈はこねる。

兄(両目とも閉じるとは言っていないもんね!!)

 片目をうっすらと開く。
 マスクをあごに掛けてストローに口を付けている山村さん。
 その顔は以前と変わらない様に思える。
 
兄(やはり思い込みか? しかし、薄目のせいでぼやけていたからな……)

 きちんと両目を閉じてから声をかける。

兄「もう目を開いても良いか?」

山村「あ、うん。ちょっと待って。……良いよ」

 目を開くと、山村さんはマスクを元に戻していた。

兄「……やっぱり喉渇いていたんじゃないか?」

山村「うん。ちょっとだけだよ」

 見た目に関しては思い込みの可能性が高い。
 多少太った事や、一人で思い悩んでいる間に表情筋が衰えた事があったとしても、それは誤差のレベルだ。
 だとすると「見た目以外に良い所がない」との主張に固執しているのが一番の問題だ。

兄「なあ、聞いても良いか? どうして見た目以外に良い所がないと思うんだ?」

山村「……どうしてかな?」

 山村さんが不思議そうな目で俺を見た。
 考えた事もなかった、と言った風だ。

兄「周りの奴らの態度か?」

 自分で質問しておいて、自分で答えを出してしまった気がする。
 特に記憶に引っかかる出来事がないのであれば、他にないだろう。

山村「そう、かも……。初めて会う人とか、仲良くしてくれようとするんだけど、私……そう言うの下手だから……」

兄「なるほどな……。勉強を教えてくれとか、体育で何か任された事もあるだろ」

山村「え?」

 と、目を丸くした後、「あるけど、どうして?」そう言った。

兄「分かったよ。簡単な話だ。そこまで美人だと色々と出来そうに見えるんだろうな」

山村「そうなの?」

兄「ああ。散見って見た目は秀才っぽいだろう? 勉強出来ると思うよな?」

山村「うん。……成績良くないの?」

兄「真面目に勉強してるくせに俺より悪いぞ」

山村「そうなんだ……。確かに見た目で中身を想像しちゃうよね」

兄「山村さんくらい美人だと相手は身構えちゃって、どんな奴かを知る前に勝手に期待して、勝手に落胆するんだろ」

 勝手に社交性に富んでると想像し、現実を見て、勝手な想像との違いに落胆する。
 そんな事が繰り返されれば、自信がなくなるのも無理はないだろう。
 周りもただの美人としか見なくなるだろうし。

山村「でも、落胆するって事はさ……」

兄「大丈夫。見かけで相手を判断する余裕もなくて、変な期待を持っていない奴とは友達になれただろう?」

山村「あ……うん……そっか。そうだね」

兄「俺は知ってるからなー。山村さんがちょっと変わった普通の女の子だって」

山村「ちょっと変わった?」

 不服そうな声だ。
 俺は言ってやった。

兄「バター犬を試しちゃう様な――うぐっ」

 ジュースを持つ手を下から押し上げられる。
 鼻にストローが突き刺さった。

山村「こ、こんな所で止めてよ!」

兄「二人きりのベッドの中でなら良いのか?」

山村「そんな状況には一切ならないよ!」

 ストローで刺激されたせいか、鼻水がたれて来る。袖で拭いながら俺は続けた。

兄「普通なら「もう! やめてよぉ(裏声)」みたいな反応だぞ? ほら、変わってる」

山村「むぅぅ……変なのは兄くんだと思うけどなぁ……」



 それから俺たちは残り半分を見て回った。
 山村さんは、依然としてマスクを付けたままだ。
 しかし、状況は良い方に向かい始めたと思う。雰囲気はずいぶんと変わった。
 深海魚を不思議そうに眺める瞳も、クラゲを追う瞳も、どこか遠くを見ていたが、今は違う。

 確かな変化を感じながら、俺たちは、イルカショーの会場にいた。
 隣から楽しそうな悲鳴が上がる。
 それは、イルカショーには付き物である水しぶきによる物だった。

山村「今のジャンプ! すごかったね!!」

兄「びしょ濡れになったけどな……」

山村「そりゃあ、兄くんを盾にしたからね」

 なるほど、道理で濡れていない訳だ。

兄「次はびしょ濡れにしてやる!」

 宣言して上半身を山村さんの背後にすべり込ませる。
 山村さんが慌てて位置を入れ替えようとするも間に合わず。盛大な水しぶき。
 
兄「ずいぶん濡れてるね」

 にやにやと笑いながら山村さんに声をかけた。
 これだけではエロシーンの様だが、現実は違う。

山村「む、う……。次は負けないもん」

 素早く俺の背後に回り込みシャツを強く掴む。
 水しぶきは容赦なく俺を襲う。

兄「水も滴るいい男とはまさに俺の事だが、本当に水を被ってどうする……。
  服の下に潜り込んで、楽しく嬉しく隠れてやる!」

 背もたれのない長椅子にかけているので、立ち上がれば簡単に背後を取る事が出来る。
 俺はしゃがみこみ、ワンピースの裾から侵入を試みた。
 ひらりと布地が舞う。山村さんも立ち上がり、徹底抗戦の意思を見せていた。

兄「ふっ、俺を敵に回した事! 後悔させてやろう! ぶらじやーが透けるまで濡らす!!」

山村「帰りの電車で、乗車拒否されるレベルになっても知らないよ!」

 もはやイルカショーはそっちのけである。
 構わないだろう。これはこれで楽しいからだ。
 はしゃぎながらも、ふと、ここのイルカは何回ジャンプすれば気が済むのか、
 と疑問に思ったが、山村さんの反撃にそんなものは吹き飛んだ。



 戦闘は苛烈極まるものだった。
 故に、マスクが意図せず外れたのも、仕方がないだろう。
 何度目か分からない水しぶきを浴びた直後だった。
 久しぶりに見る素顔に対し、浮かんだ感想。それが俺の口から自然とこぼれた。

兄「なんだ、可愛いじゃん」
 
 何故、美人ではなく、可愛いだったのか、分からない。
 俺の言葉で事態に気がつくと、山村さんは両手で口元を覆った。
 それは反射的な行動で、理解は後から追いついたのかも知れない。

山村「今、なんて?」

 山村さんが目を丸くして言った。

兄「そんな驚かなくても……。可愛いって言ったんだ」

山村「美人じゃなくて?」

兄「見た目は変わってないよ。美にはうるさい俺が言うんだ間違いない。でも、可愛いと思った」

山村「……どうして?」

 問いかけると共に、手がゆっくりと顔から離れる。
 山村さんは、濡れて張り付いた髪を頬からはがした。不思議そうな視線は、俺に向いていた。
 答えに自信はないが、これまた思った事をそのまま口にした。

兄「今日の事だけじゃなくて、色々知ったからかな? 俺も正直「美人の山村さん」だったから」

山村「うん、私は――

 見つめ合った俺たちを冷やかす様に水しぶき。このタイミングで、か。
 二人で声を出して笑った。
 ひとしきり笑った後で、イルカショーは終演を向かえた。
 司会者が礼を述べる中、俺は山村さんに問いかけた。

兄「さっきは何を言おうとしたんだ?」

山村「……私は普通だよ。見た目は良いかも知れないけど、普通の子なんだよ」

兄「普通は自分で「見た目は良い」とは言えないぞ?」

山村「またそうやって! 兄くんは真面目だったり、お馬鹿だったり、変態だったり、忙しすぎるよ」

兄「イケメンだからな」

山村「理由になってないよ」

兄「溢れ出す俺の魅力、その源を知りたいか?」

山村「聞いてないよ!」

 確かに聞かれていない。
 俺はそろそろ外に出ることを提案した。

山村「うん。日に当たって服を乾かさないとね」

 そう答えた山村さんに、マスクはもう必要ないだろう。
 俺は床に落ちたままのそれをポケットにしまおうと、拾い上げた。

山村「あ……それ、捨てないとね」

兄「え? いやいや。俺に任せろ! 持ち帰ってオカズにするぜ?」

 良い返事が期待出来ると踏んでいた。
 オカズにされる事を「とても名誉で素晴らしい」と思っている山村さんなら……!
 ところが、山村さんは頬を赤く染めた。

山村「それ、調べたんだよ……恥ずかしいから黙ってたけど……」

兄「……あ、ああ。もう軽はずみにオカズにされたと言っちゃあいけないぜ?」

山村「と、と言うか、兄くんが報告して来なければ良いんだよ!!」

 言いながら、マスクを俺の手から奪う。

兄「意味を知ってるなら、ちゃんと礼は言うぞ? ごちそうさまでしたと」

山村「やめてよ」

 うひはー! 恥ずかしがってる! これは良い。良いものだ。
 この興奮、もはや隠しきれない。

兄「しょ、しょれはひょっとして、羞恥プレイのお誘いか? ふぇっふぇっふぇっふぇっふぇ……」

山村「違うよ!!」

 逃げる山村さんを追う様に水族館を後にした。

兄「ふぇっふぇっふぇっふぇ……!」



 水族館を出てから、あちこち歩いて回った。服もすっかり乾いている。
 何でもない道を二人並んで歩いていると、不意に山村さんにシャツの裾を引っ張られた。
 立ち止まる俺に、山村さんが言った。

山村「これって、まだデート?」

兄「もちろんだ」

山村「じゃあ、一度くらい名前で呼んでみてよ」

 俺は困った。顔に出ていたのだろう。

山村「ひょっとして……苗字しか知らないの?」

兄「……ええっと、まさとし?」

山村「それじゃあ男の子だよ。皐月、だよ」

 俺って脳に重大な欠陥でもあるのか?
 同じクラスの、しかも美少女の名前を覚えていないなんて!
 しかし、本人ですら「美人の山村さん」と名乗る事があるのだ。そこまで定着しているので、仕方ないだろう。

兄「それじゃあ……皐月」

 ずっと苗字で呼んでいたのだ。これは、こそばゆい。
 名前を呼んだのみでは照れくさいので、言葉を続ける。

兄「今日は楽しかったぜ。オカズも豊富に手に入った」

山村「それは言わなくて良いよ……。名前だけでも照れるんだから」

兄「ああ……取りあえず、名前は一回だけで……」

 それからまた、歩き出す。
 俺は声にはせず、名前を繰り返した。
 皐月。
 どれだけ派手でも、名前負けはしないと思っていたが、意外と普通の名前。
 その名で彼女を呼ぶのは、恐らく両親くらいだけだろう。
 そう考えると、随分と距離が縮まった様に思えて、嬉しくなる。
 俺は少し前を歩く山村さんを呼んだ。
「皐月」と。

山村「一回だけじゃなかったの?」

 くるりと振り返り、照れくさそうに笑った山村さんを、俺は直視出来ずに目を逸した。
 だって暗がりに連れ込んで色々と悪戯したくなりそうだから。

兄「いや、なんとなく、な」

山村「嫌な気はしないのに……」

兄「お、俺だけ名前で呼んでたら、変な噂になるぞ?」

山村「良いよ?」

兄「ん? んー……あ、ああ……」

 どうする俺!
 これは「周囲の目はどうでもいい」と取るべきか
「兄くんとなら……ふふふ」と取るべきなのか。

山村「そ、そろそろ帰ろう? 乾いたけど、着替えたいよ」

 照れ隠しの様に再び俺に背を向ける山村さん。
 ……良いか? この先、子供は見ちゃいけない展開が待っている気がする。
 良い子のみんなは目を閉じているんだぞ?
 だって山村さんが向かう先にはホテル街――ではなかった。駅の方向だ。
 
兄「そ、そうだよな……うん、そうだと思った」

山村「うん?」





 俺たちの住む町。その駅で電車を降りた。
 辺りはすっかり夕闇に飲まれていた。

兄「送ってくぞ。家に着くまでがデートだからな」

山村「うん。ありがとう」

 街灯がちらほら灯り出した道を二人で歩く。
 
兄「晩御飯には間に合いそうか?」

山村「みんな揃ってから食べるから、大丈夫だと思うよ」

 そんな短い会話を時折挟みながら、ゆっくりとした歩みで帰路をたどった。
 
兄「それじゃ、また明日な」

 無事に家へと送り届け、立ち止まる事無く歩き出す。
 振り返らずに、手を上げてだ。
 格好良すぎるぜ……我ながらこれはヤバイぜ……。
 夜道でニヤニヤと笑う俺に、背後から声がかかった。

山村「あ、兄くん!」

 薄笑いを無理やり引っ込めて、振り返った。

兄「なんだ?」

山村「お礼くらいさせて欲しいな」

 帽子を脱ぐと、山村さんは「今日はありがとう」と、丁寧にお辞儀をした。
 姿勢を戻した彼女の顔に、はにかんだ笑顔が映っていた。 
 でも、俺は好き勝手やっていただけだ。

兄「礼には及ばん。俺が好きでやって事だからな」

 山村さんの可愛さに釣り合う格好良い台詞だ。どうしちまったんだ俺は……。
 分かっちゃいたけど、素敵過ぎる!!

山村「あの……兄くんが裸足で歩いていた日の事、覚えてる、かな?」

兄「……ああ」

 そう答えたものの、どの日なのかさっぱり分からない。
 裸足と言うか、全裸で過ごす日が多いのが俺だ。
 だが、「それっていつ?」と聞くのは野暮に思えてしまったのだ。
 ここまでは、ばっちり決まっていたんだからな。

山村「えっと……あ、あのさ……」

兄「うん?」

山村「あの時言った事、取り消して良いかな?」

兄「良いぜ」

 どんな発言だったのか。
 きっと「兄くんは格好良くない」だとか、思わず良い眼科医を紹介したくなるような寝言だったのだろう。

山村「うん……!」

 取り繕う様に足早で玄関前の階段を登り、扉を開く。
 そこで山村さんは振り返った。そして小さく手を振り、

山村「また明日、学校でね」

 そう言った。
 扉が閉まった。

兄「ふっ……」

 俺は両手をポケットに突っ込んで、アパートへ歩き出した。
 今日は良い一日だった……。
 学校をサボった甲斐があったぜ。

兄(……? サボった? 何か忘れている様な……。まあ、良いか)

 日中の出来事を思い出しては、スキップし、小躍りし、浮かれ調子丸出しで帰宅した。





兄「あ……ああ……ああああ……」

 これを忘れていたのか。
 アパートの手前で、俺は愕然としていた。
 るんるん気分の俺を待ち構えていた者、それは――

探偵「良い度胸だな。二日続けて連絡も無しに仕事をサボるとは……」

 黒いオーラを纏った探偵さんだった。

兄「い、いや、これには深い訳があってだな、その、なんと言うか……」

 いくつかの答えが俺の頭に浮かぶ。

「女の子とデートしてました、てひへへ」これはアウト。
「イケメンの務めなのです」これもアウト。って言うか意味不明だろう。
「ヤキモチかい? いけない子猫ちゃんだ」アウト。

 駄目だ。
 どうにもならねぇ!!

兄「えっと、あの……仕事は……順調なのか……?」

探偵「君がサボっている間に解決してしまったよ」

兄「そ、そう……良かったじゃないか……」

探偵「……ああ。依頼人の娘はいじめにあっていたようだ。いじめっ子をぶっ飛ばして終了だったぞ」

 説明が雑だな。
 金遣いが荒くなったのは、ゆすられていた。
 帰りが遅かったのは呼び出されていじめられていた為か?
 と言うか、ぶっ飛ばして、とは、文字通りの意味なのか?
 だとしたら、やっぱり雑だ。

兄「えっと、まあ、その話は占い師の部屋で飯でも食いながらゆっくりと……」

 探偵さんは俺に近づき、腕を振り上げた。

兄「ひっ、すまんかった!!」

 目を固くつぶり、両手を合わせる。
 激痛ではなく――肩にふわりと手が乗せられる感触。

探偵「桃子から大体は聴いた。……どうだったんだ?」

兄「え、あ、ああ……」

 ホッと息を吐き、俺は親指を立てて見せた。

探偵「そうか。なら今回は不問だな。……桃子も悩んでいた様だ。早く話を聞かせてやれ」

 それだけ言うと探偵さんは俺の脇を抜けて、歩き出した。
 住宅街に靴音が響く。黒いスーツ姿が闇に消えるのを見届けて、俺はもう一度安堵のため息をついた。

兄「はあ……。でも、探偵さんには悪い事しちゃったな」

 不問と言うことは、納得してくれたらしいが、埋め合わせをしなくてはなるまい。
 今度、脱ぎたてのパンツでもプレゼントしようかな……。



今日はここまで。


個別話、こんな感じで山村さん編終わり。

色々と言い訳したい事はあるけど、名前に関してだけ。
どうしても「今まで苗字で呼んでいた同級生を名前で呼ぶ」シーンが欲しかったもんで。
もちろん僕の実体験ではありません。
壁殴り代行を頼みながら書いたのです。

「さつき」の漢字ですが、「彩月」「颯希」「皐月」で悩みました。
だいぶ進んだ後に名前を出す訳で、万人受けしそうな物がベストかなと思ったんで。
「皐月」にしました。

似合わねーと思った方、ごめんなさい。


次回は未定。
夏らしい番外編をやるか、雲子編に進むか。
投下日時も含めて未定です。

なるべく早くします。待ってくださる方、いつも遅くてごめんなさい。

お待たせしました。
番外編ですが、書き溜め分を投下しようと思います。

今回は、実験的に台詞前の名前を外してあります。
見づらいようでしたら、元に戻します。また、本編を再開する時には、今まで通りにしようかなと。

夏も終わりだと言うのに夏の話です。

 2XXX年――日本は暑かった――


 夏なので当たり前だが、連日暑い。
 テレビは毎日の様に「猛暑」だの「節電」だのを飽きもせず繰り返していた。

 俺には中古品のテレビを買う経済的余裕はない。
 いや……テレビは良しとしよう。
 問題は扇風機だ。安くてしょぼい物しか買えなかった。
 片手に持って使うアレだ。触っても安全な奴。
 そんなもので夏を乗り切れるだろうか?
 無理だ、俺はそこまで暑さに強くない。

「――なので、ここにいる。以上。分かったら扇風機をこっち向けろ」

 高さが60cm程ある白い扇風機の頭を鷲掴みし、向きを変えた。
 心地よい風が俺へと吹く。
 思わず「ほえぁぁ」と間抜けな声が出てしまうのも無理ないだろう。

「お前はもう帰れ! 図書館でもスーパーでも、他に涼しい所はあるだろう!?」

 この部屋の主――占い師が喚き散らした。
「どうして毎日来るんだ?」と非難を含んだ声色でなされた質問には、先程答えたぞ。
 わがままな奴だ。
 扇風機を取られまいと抱きしめた俺は、横目で占い師を見た。
 よほど暑かったのか、今日の彼女は黒いタンクトップ姿だ。

「せっかくタンクトップを着ているんだ。怒る時は腕をあげなさい。腋を見せなさい。もっと言えばぺろぺろさせろ」

 他の誰かが言えば変態的過ぎて、訴えられてもおかしくはない発言だ。
 前髪を風に揺らし、爽やかな笑みを浮かべる俺だから許される。

「で・て・い・け」
  
「け」のタイミングでげんこつが俺に落ちた。
 許されてなかったのか。
 
「おかしいな……。それよりもこの野郎! 知識の泉と呼ばれた俺の頭を殴るとは!!」

「もー……良いから出て行けよ……たまにはゆっくりさせてくれ……」

 疲れ果てた表情で言われると、流石に俺も考えてしまう。
 涼ませてもらっているお礼くらいはすべきだろう。

「悪かった。お詫びに宿題を見せてやろう」

「……お前、宿題やったのか?」

「自由研究だけ、な」

 少し待ってろと言い残して俺は、自室へと戻った。
 家具が一つもない部屋の中心で、無造作に置かれていたスケッチブックを手に取った。
 パラパラとページをめくり、うなづく。これで良いだろう。
 俺は意気揚々と占い師の部屋へ戻った。

「続きを書いてこれを提出するが良い! 大変よく出来ましたの評価は間違いないぞ!」

 スケッチブックを占い師に差し出す。
 クリーム色の表紙に森本高校と名が入っている、学校指定の物だ。
 占い師は「なんなのか」と表情で言った後、ゆっくりとスケッチブックを開いた。

「……何の絵だ?」

「説明文もちゃんと読め。観察日記だ」

 更に数ページめくって、スケッチブックを床に叩きつけた。

「アホか!!」

「何がだ!? 占師のおっぱいが成長する様子を書き綴った素晴らしい内容じゃないか!!」

 因みに、今の所は成長の兆しすら感じられない。

「自分の胸を観察日記の対象にする奴が居るか! ただの変態じゃないか!」

「お前が変態だとしても、俺はお前の全てを受け入れるよ! ちゅっちゅっ」

「ち、近づくな!」

 占い師は一度放り投げたスケッチブックを拾い上げ、武器として使った。
 唇を尖らし、彼女へにじり寄る俺に振り下ろされる紙束。

「へぶらっ! お前! 「千年に一度の天才」と呼ばれた俺の頭を――ほぎゃっ!!」

 威力自体は大した物ではないが、連続で繰り出される攻撃は鬱陶しい。
 力ずくで止めるのも可能だが、美少女貧乳占い師に怪我でもさせたら大変だ。
 ここは俺の素晴らしい頭脳を駆使した戦略で行くぜ。

「あー! あんな所に俺のヌード写真集が!! 早く拾わないと誰かに――ほぐあっ!!」

 駄目だった。
 こうして、徐々に玄関へと追いやられてしまい、最後はスケッチブック共々放り出された。

「こんな暑い中、俺を外に出して!!
 汗でシャツが透けてしまって、乳首が見えたらどうするんだ!!」

 扉の向こうからは何の反応もない。
 ドアノブを回すも、鍵をかけられたらしく、開く気配もない。
 このまま干からびるのを待つしかないのか?
 俺の心に不安が舞い降り、夕立の様に加速度的な広がりを見せる。

「俺が悪かった! 謝るから入れてくれ! 100円で買った手持ち式の扇風機で耐えられる訳がない!!」

 赤いビニールの羽を持つ頼りない相棒の姿が頭をよぎった。
 無理だろ。
 ドアを何度も叩き、入れてくれと訴える。
 汗が滲むどころか、頬を伝い始めた時、日よけの為に閉められていたカーテンが開いた。
 助かった、俺はそう思った。
 ところが……。

「ほあああぁぁぁぁぁっ!?」

 俺は絶叫した。
 占い師がアイス片手にうすら笑いを浮かべていたのだ。その目はいじめっ子のそれと同じ。
 夏場はさぞ鬱陶しいであろう長い髪を扇風機でなびかせ、俺を見下ろしている。
 部屋に入れる気は無いと言うのか!?

「うおおおぉぉぉぉおっ!!」

 全てを悟った俺は叫びながら走り出していた。
 
「ちくしょぉぉぉぉ!! 汗が目に染みるぜ!!」

 正直に言おう、この時俺は泣いていた。

 ここしばらく毎日押しかけては、日が暮れるまでごろごろとくつろぎ、家事も手伝わず
 時に下着を手に取り、時に風呂を覗いたりしていたが、何もここまでする事ないだろ!

 俺は悲しいぞ!!
 汗を撒き散らしながら駆ける体は、心の癒しスポットへ向かっていた。




 玄関を勢い良く開き、家までの勢いそのままに階段を駆け上がる。
 俺は実家に居た。里帰りではない。
 目的は「俺に似て美形」の可愛い妹だ。
 彼女の部屋へと突進するかの様に入り込む。
 標的確認。机に向かって何か書き物をしていた様子、現在は驚愕の表情を浮かべこちらを向いている。 
 構わずに妹へと飛びつく俺。

「ひゃあっ!?」

 突然の出来事に可愛らしい悲鳴が上がり、椅子が揺れた。
 少し目測を誤ったか。
 胸に顔を埋めるはずだったが、腰に抱き着く様な形になってしまった。
 頭上では妹が目をぱちくりやっているのだろう。
 突き飛ばされる事も非難の言葉を浴びせられる事もなく、しばらく俺は妹の香りを楽しんだ。
 肺が妹成分で満たされた頃、俺はお腹に埋めた顔を上げて、静かに言った。

「慰めてくれ」

「え?」

 扇風機の風に揺れる前髪の奥で、瞳に困惑の色が滲んだ。当然の反応か。
 じっと妹の目を見ながら、次は別の言葉で。

「癒してくれ」

「え、えっと、それは……」

 何を言いかけたのか分からないが、俺は「ああ、お前しかいない」と呟いた。
 それをどう取ったのか、妹は頬を朱に染めた。

「きょっ、今日、暑かったから、しゃ、シャワーあ、浴びて」

 ぎくしゃくとした物言いに俺は首を傾げた。

「いや……扇風機で涼みながらアイスを食べたいだけなんだが……」

「え?」

 妹がきょとんとした顔で俺を見下ろす。
 しばし無言で見つめ合った後、俺は言った。

「ひょっとして、身体で癒してくれるの?」

 朱が赤に変わり、口をパクパクと動かしている。
 図星かよ! 血のつながりって怖いね!
 頭から煙でも上げそうな程に困惑している様子なので、俺はなだめに入ろうとした。

「す、すまん、冗談――」

「えっ、あ……あー……」

 何かを言わんとしているので、俺は口を閉ざした。
 
「あの、その、えっと……」

 と、要領を得ない言葉を並べ立てた後、妹はにっこりと笑った。

「えへ」

 それはもう、子供にしか出来ない様な満面の笑みだ。
 俺も釣られて微笑んだが、妹の手が机の上で素早く動いたのを見逃さなかった。
 認識していても、対応が出来ない速度で、何かが俺の頭に振り下ろされた。

「ほぎゃあっ」

 鉛筆削りだった。
 削りカスを収納している引き出し部分が衝撃で開いて、俺の綺麗な黒髪に降り注いだ。
 シャーペン蔓延る現代日本で鉛筆を使っている我が妹をどう思う?
 可愛いだろう? いや、可愛いで間違いないから答えなくて良いや。





「俺で無ければ死んでいたぞ」

「ごめん……」

 リビングに置かれた扇風機の前で、並んでアイスを食べながら、言い合う。

「でも、お兄ちゃんがいきなり抱き着いて来るからで」

「俺の行動を正しく予測し、対処する事。これが出来なければ、戦いには勝てん! 土俵の上では誰もが一人だ」

「うん。全然意味が分からない」

 俺にもさっぱりだ。

「暑さで頭がどうにかなってるんだ。お前もそうだろう?」

「……そういう事にしておく」

 妹が恥ずかしそうに顔を逸らした。そして小さく「ありがとう」と呟いた。
 小さく息を吐く。これで一件落着だろう。
 隣に顔を向けると、半袖のパーカーから覗く白い二の腕が目に止まった。
 もちろん突っつく。
 何も言わず、顔を更に遠ざけて見せる。
 俺の妹がこんなに可愛いのは俺の妹だから当たり前!!

 そんな言葉が浮かぶのは……やはり暑さで頭がやられているな。
 早急に冷やす必要があると判断した俺は、アイスをむしゃむしゃと平らげた。
 隣でゆっくりと楽しんでいる妹が、思いついた様に言った。

「ところで、急にどうしたの」

「ああ……すっかり忘れていたが……。いや、忘れていたかった……」

「うん?」

 思い出すと自然と涙が溢れて来た。

「何も言わず、肩を貸して(裏声)」

 妹の肩に顔を押し付けて、嗚咽を漏らす俺。
 世界的大スターである俺だって、泣きたい時はあるもん!  

「うっ、ううっ……」

「なんなのか。取りあえず離れて」

 無理やり俺を引き剥がそうとするが、海よりも深い悲しみに起因する男泣きだ。
 そう簡単に泣きやめる訳もなく、泣き顔も見せたくない。
 
「お兄ちゃん!」

 なんてやり取りをしていると、インターフォンが鳴った。
 
「は、はーい! 少し待ってくださーい!」

 妹が大きな声で返事を返す。
 待てと言われているにも関わらず、扉の開く音が聞こえた。

「入るわよー。コンビニの帰りに山村さんと偶然会って」

「お邪魔しまーす」

 隣に住む幼馴染の声と、美人のクラスメートの声。
 状況が伝わる事を恐れてか、妹が小声で「早く離れて」と俺を叱る。
 そんな余裕は今の俺にはない。
 廊下とリビングを繋ぐ扉は開け放したままだった。
 そこをくぐって、二人が現れる。

「西瓜をもらったって言うから――」

 雲子の言葉が途切れた。沈黙のリビング。俺は嗚咽を堪えていた。
 俺が泣いてる姿なんて放送事故と言っても良いのだ。隠し通さなくてはなるまい。
 来客者二人が黙っているのは恐らく、俺と妹が抱き合っている様に見えたからだろう。

「本当にお邪魔しましたー」

 クラスメート――山村さんが深い意味のありそうな挨拶を残して回れ右した。

「……その、ごめんなさい」

 幼馴染――雲子も深い意味のありそうな謝罪を残して、山村さんに習った。
 妹が慌てて弁明を図るも、

「ち、違うんです! これには深い訳があって!!」

「うん。浅い訳で禁断の一線は超えないよね……」

「そうよね……。覚悟を決めた上での……」

 全く効果はないようだ。

「だ、だからそんな話じゃなくて! お兄ちゃんも泣いてないで説明して!」

 説明してと言われても「占い師にいじめられた」とは言えない。俺のプライドが許さない。
 俺は立ち上がり、目をこすった。
 涼しげな、言い方を変えれば露出度の高い格好をした二人が視界に入る。
 ショートパンツとスカート。どちらからも白い太ももが伸びている。思わず喉が鳴った。
 俺は変態か!? 違う、健康なんだ。そうだ。
 頭を振って思考を切り替えた。

「汗が目に染みて、こいつの服をハンカチがわりに使わせてもらったんだ」

「そ、そうですよ」

「でもさっき「泣いてないで」って……」

 流石は山村さん鋭いな。
 面倒になって来たので、勘違いを正さずに話を進める事にした。

「隠し通すのは不可能らしいな。俺と妹は今日結ばれたぜ。で、二人はどうしてここに?」

「す、西瓜をお裾分けしようと思ったんだよ」

 あまりにも自然な流れだった為に、二人は何も言わなかった。
 妹に関しては、もはや諦めた様子だ。
 俺の意図通りになったので、良しとして、西瓜か。
 占い師に西瓜を献上してやれば、少しは機嫌が治るだろうか。
 
「じゃあ、少し歩くが、占い師の家でみんなで食べないか?」

「そうだね。そうしよっか」

 俺と山村さんが玄関へ向かう。
 リビングを振り返ると、雲子が赤い顔して妹に妙な事を訪ねていた。

「は、初めてって、痛いらしいけど……ど、ど、どうだったのかしら?」

「えっ? いえ、あの……本当にそういう事はしてないのですが……」

「隠さなくても良いじゃない。私と妹ちゃんの仲だし……はっ!? そ、そうよ! ひ、避妊は!?」

 自分で言った「仲だし」から「中出し」を想像したらしい。
 アホか。

「おーい! そこのむっつりスケベ! 早くしないと置いて行くぞ」

「誰がむっつりよ!」

「後で良いから、ちゃんと説明して。しないなら……」

 妹は、親指で首を切る動作をして見せた。
 可愛い顔して、こういう仕草が似合うんだもん。
 ちょっとちびったし、道すがら誤解を解くとするか。



「ここが桃子ちゃんの住んでるアパートだよ」

 先頭を歩いていた山村さんがくるりと振り返った。
 俺の隣に居た妹が言った。
 
「じゃあお兄ちゃんもここに?」
 
「ああ、そうだよ」

 背後でため息が聞こえた。
 少し後ろを歩く雲子は俺の説明が終わった辺りから、ずっと同じ調子だ。
 居心地悪そうに、少し俯いている。
 仕方のない奴だ。俺は首を後ろにひねって、声をかける。

「もう気にするな。勘違いは誰にでもある。俺だって「パイパン」を果物かパンの一種だと思っていたしな」

「パイパンって何よ」

 おうふっ。意図したつもりはないが、女の子の口からそんな言葉が聞けるとは。
 嬉しくなって、事細かに説明してやろうとしたが、妹が口を挟んだ。

「お兄ちゃんの馬鹿な話に付き合うと、ろくな事になりませんよ」

「妹ちゃんは知ってるの?」

「え。え、ええ、まあ……」

 知識としては。と答える妹。
 賢そうに返答して見せたが、意味を知っている俺としては、一つだけ言いたい。

「お前もむっつりらしいな」

 俺の妹だから、仕方がないのか?
 と言うか、俺が昔教えたのかも知れない。

「ち、違う……もん……」

「兄くん」

 咎めるに俺の名を呼んだのは山村さんだ。
 山村さんか……。

「妹よ。仲間は他にもいたぞ」

 もちろんバター犬の話に関してだ。
 山村さんが表情を凍りつかせた後、恐ろしい事を言った。

「さっき道端に、手頃な「バールのようなもの」が落ちてたよね」

「拾いに行きましょうか? 山村先輩」

 無表情で殺人を企てる二人の美少女。
 俺は素直に土下座した。

「ごめんなさい」

 股間の息子は全く反省していないらしく、足にめり込む小石の感触と冷ややかな二つの視線を受けて、テントを張っていた。
 やれやれ、だぜ。



 俺が留守の間に来客があったようだ。
 バイト先の雇い主であり、占い師にとっては姉の様な存在である探偵さんだ。
 外廊下に面した人が通れる大きさの窓を開き、足を放り出してタバコを吸っていた。

「君たちか。勢ぞろいでどうしたんだ?」

 西瓜を見せて事情を話す妹たちを他所に、俺は部屋の奥を覗き込んだ。
 扇風機は探偵さんに向けて風を送っていた。
 さらに向こう、部屋の隅で占い師は三角座りをしていた。

「私に夏休みはないのか……」

 いじけているらしい。
 哀愁漂う背中に向けて、俺は声をかけた。

「西瓜、食べるか? 略して「するか?」だ」

 占い師はゆっくりと顔だけで振り返り、「食べる」と答えた。
 素直でよろしい。と頷き、俺たちはぞろぞろと部屋に上がった。
 山村さんと占い師が西瓜を切り分ける為に台所に向かい、残りの面子でテーブルを囲った。
 
「ここに後二人か、狭いな」

 元々一人、二人用なので仕方がないか。
 慣れた手つきでテレビの電源を入れる。BGM代わりなので、チャンネルはそのままだ。
 
「桃子。人数分のコップを取ってくれ」

 既に冷えた麦茶を飲んでいたらしい探偵さんが言った。
 しぶしぶと言った具合でグラスが運ばれて来た。
 夏はやっぱり麦茶に限る。
 冷たさが身体に流れ落ちて行くのを感じる。最高だ。
 グラスを傾けながら部屋の中を見渡す。
 女の子いっぱい。しかも一人を除いて薄着だ。
 俺は何気ない動作でより深く机に下半身を潜り込ませた。バレちゃうからね。

「暑くないのですか?」

 妹が探偵さんに尋ねた。
 いつも通りの真っ黒なスーツ姿だ。聞くまでもなく暑いと思う。
 ところが彼女は首を横に振った。

「全身に熱冷ましシート」

 なんて無意味な贅沢だろうと思った。
 その金で俺に扇風機を買ってくれたらどれだけ良いか。
 とは言わずに、俺は尋ねた。
 
「今日はどうしたんだ? 珍しいじゃないか」

「ん……。君に仕事の話をしに来た、みんなにも協力してもらおう」

 丁度スイカを切り終えた二人が「なに?」と言った顔で立ち止まった。
 
「夏にぴったりだと思うぞ」




「これが……体の内側から涼しくなる薬……」

 唾を飲む音が複数聞こえた。俺の分ももちろん含まれている。
 グラスに注がれた薄青色の液体は気泡を断続的に吐き出している。
 西瓜をみんなでシャリシャリやった後、探偵さんがおもむろに取り出したのが、これだ。

「人体実験の依頼まで来るのね……」

 雲子が呆れた様な声を出した。
 
「まあ」

 そこは誇らしげな顔をする場ではないと思うんだが、探偵さん?
 節操なく依頼を受けているとしか思えない。

 テーブルの中心に置かれたグラスをみんなで覗き込み、時折手をかざしている。
 液体自体もひんやりとしている様だ。
 しばらく興味深そうに観察した後、視線がある一点に集中した。
 俺だ。

「なんだ? みんな揃って……。ま、まさか俺の魅力に今更気がついたのか!?」

 誰も答えない。照れているのか?
 仕方ない。俺はシャツのボタンに手を掛けた。

「アンタ、飲むんでしょう?」

「何を言ってるんだ、俺たちはこれから楽しい事するんだろう?」

 顔を見回すも、「お前が何を言っているんだ」と表情が語っている。
 ……。

「え? これを俺が飲むって? 何を言ってるかさっぱりだぜ?」

 ……。
 美少女達による無言の圧力。気付けば俺の手はグラスを握っていた。
 改めて見直す。これは口にして良い物ではないだろう。
 本能が拒絶しているにも関わらず、俺はグラスを口へと運ぶ。
 美少女の期待に答える。
 それが俺、イケメンの使命だ。
 意を決し、俺はヤバイ液体を口に含んだ。
 
「……」

 なんとも言えない、例えるなら炭酸水に液体ノリを混ぜた様な味だ。
「うわぁ」と言った表情が俺を囲んでいる。
 気持ちは分かるが、ここは俺の勇気を称えて欲しかった。
 全部飲めば良いのか? と半ばヤケになって炭酸ノリを飲み干す。

「……まさか本当に飲んでしまうとは」

 探偵さんの一言に皆が「えっ」と声を出した。

「死にはしないと思うが……何が起こるか分からないぞ」

「ど、どういう事だ!?」

 全員の視線が探偵さんに集中する。
 非難の色も混じっていたのだろう、探偵さんはバツが悪そうに頭を掻いた。

「私の事務所が入っているビルのオーナーが自称発明家でな。
 良い歳したおっさんなんだが、こうして時折発明品を寄越して来るんだ」

「そ、それで? 今までの発明はどうだったんだ!?」

 探偵さんは黙って目を逸し、テーブルに置かれていたタバコとライターをポケットにしまい込んだ。
 わざとらしく片手をあげて、部屋を後にしようとする。
 慌てて彼女の腕を掴んだ。

「ちょっと待て! もう一度聞くぞ今までの発明はどう――クシュンっ!」

 くしゃみで途切れた言葉を続ける気にはならなかった。
 しばしの沈黙が訪れる。俺は腕を掴んだまま、探偵さんはドアノブに手をかけたまま。
 一分近い沈黙を破ったのは妹だった。

「お兄ちゃん? どうしたの?」

 俺はすぐさま答えた。「寒い」と。



 極寒の地。
 猛吹雪の中、杖にすがりつく様にして歩く一人の男。
 肢体は大きくに震え、あちこちを凍りつかせている。

「そんな感じ」

 妹と雲子が数回頷いている。
 例えの話よりも、俺をどうにかしてくれ。

「本当に寒いんだよ!!」

 声を上げた俺は、占い師が押入れから引っ張り出してくれたピンクの毛布に包まっていた。

「うーん……私達じゃ何も出来ないよ」

 困った様に山村さん。
 やはり探偵さんを待つしかないのか。
 
 賭けになるのを承知で、ビルのオーナーとやらに会いに行かせたのだ。
 そのままトンズラされる可能性は大きいが、山村さんの言う通り、俺たちではどうにも出来ないのだ。

「……凄いわ。触ると冷たい」

 雲子が俺の頬に手を当て、声を漏らす。
 
「暑いなら、お、お、俺に、だ、だだだ、抱き着け!」

「馬鹿な事を言ってないで、これでも飲め」

 占い師が差し出したのは、熱い緑茶だった。
 続けて、彼女が言う。

「震えで馬鹿な事もきちんと言えてないぞ」

 イモリの黒焼きを出された時はキ*ガイかと思ったが、やはり占い師は良い嫁になるだろうな。
 
 こうなっていなければ、見るのも嫌であろう熱々のお茶が、今は心地よい。
 両手で握った湯呑を口に運ぶ。

「あー……冬だな……」

「いや、夏だけど……」

 



 それから小一時間経ち、探偵さんが戻って来た。
 手ぶらで帰って来た時点で、話を聞くのが怖くなった。
 手ブラで帰って来たら良かったのに。
 
「言いづらいのだが、三日程その症状が続くそうだ」

「え? なんだって?」

「三日間そのまま」

「ごめん、全然聞こえない」

「どうしようもない、はい、終わり」

 ひどい! この人は悪魔か何かだ!
 
「ぐぬぅ、た、ただでは済まされんぞぉ……!」

 震える身体でなんとか立ち上がる俺。
 ただでは済まされない身体にしてやろうと探偵さんに向かう。
 いや、向かおうとした。
 関節が痛い。激しく痛い。
 直立と同時にバランスを崩し、もたれ掛かる様に探偵さんに抱き着く。

「……ふむ。ひんやりしていて気持ちが良いな」

「お、俺が健康だったら、『無理やりされてるのに気持いい』と鳴かせてやる、の、に……」

 今は探偵さんの肩にあごを乗せて呻くのがやっとだ。

「しかし、どうしたものか。病院に押し込んだところで、どうにもなるまい」

「確かに、ただ寒がってるだけですからね……」

「ふーむ……」と、考え込む面々。
 俺は探偵さんにもたれ掛かったまま、背後にその気配を感じていた。
 数分の後、探偵さんが占い師の名を呼んだ。

「よろしくな」

 酷く怪訝な声で占い師が言う。

「何がだ?」

「こいつ」

 と、俺の体をひっくり返す探偵さん。
 言いたい事は分かる。
 歩けもしないので、このままここで面倒見てやれば良いじゃん? だろう。
 俺としても移動するのは辛い。
 とは言え、これまで散々迷惑をかけていたのだ。
 俺から頼むのも気が引ける。
 
 それを知ってか知らずか、妹が声をあげた。

「それだと時次先輩が大変ではないですか? 私が家に持ち帰って見ていますよ」

「連れて帰って、看ている」ではないらしい。
 これがツンデレか。俺の状態はツンドラ。
 などとくだらない事を考えている内に、話がこじれ始めた。

「それなら私が見てるわよ? 妹ちゃんだって予定があるでしょ」

 雲子の妙な対抗意識に火がついたらしい。
 妹が「大丈夫です」と答えても、引き下がろうとしない。
 俺を巡って勃発した美少女同士の争いを止めなくては、と思うものの、体は言う事を聞かない。
 そんな中、山村さんまでもが争いに加わって行く。

「兄くんは両親と仲が悪いんだよね? それなら……私の家でも」

 山村さんの提案に、雲子は腕で罰印を作り、妹は「駄目です」と首を横に振った。
 続けて探偵さんが親切に聞こえる言葉を発した。

「家族に迷惑がかかる可能性を考えると、一人暮らしをしている私の自宅が良いかもな。ベッドも広いぞー」

 俺には分かるぞ、これは悪だ! 純然たる悪だ!
 一人暮らし、ベッド、の単語は明らかに挑発だろう。
 最高品質の美男子である俺を奪い合う女の子達を焚きつけておけば、
 絶対に自分が面倒を見る羽目にはならないだろう、と考えているに違いない。
 事の起こりは彼女だと言うのに。
 
「あ、悪魔、め……」

 小さな俺の声に、笑い声が返って来た。
「分かっているじゃないか」と耳元で囁かれる。この人は……。

 あーでもない、こーでもない、と持論を展開させる三人。
 余裕の笑みで俺を支える探偵さん。
 ふと、占い師はどうしているだろうと、隣を見る。
 難しい顔をしていた。
 何か言おうとしているのか? そんな考えを起こさせる横顔だ。
 黙って様子を見ていると、珍しい事が起こった。

「みんな少し落ち着いたらどうだ」

 あの小心者で人見知りの占い師が毅然とした態度で、言葉を発している。
 視線が一斉に占い師へと集まった。
 すると、いつもの彼女らしくあたふたした後、小さな声で言った。

「い、いや、怒っているわけじゃないんだ」

 やはり占い師は占い師だった。




 
 占い師の一声をきっかけに、平行線を辿っていた話し合いは終結を迎えた。
 
「それでは、またのちほど」

 最後の一人――妹が占い師の部屋を出た。扉がゆっくりと閉められる。

続きます。


投下した以上、きちんと続きを書きたいなと。
まだ事の起こり部分と言うこともあるんで。
なるべく早く、なおかつ面白くしていこうと思います。

待ってくださっていた方、ありがとうございます。
きちんと「SS」でお礼が出来ていれば良いなと。

では、また。

 俺は毛布に包まれたまま、それを見送った。
 相変わらず寒さは続いているが、少し落ち着いた気がする。
 
「良かったのか?」

 隣に居る占い師に声をかけた。
 話し合いは、交代で俺の面倒を見る、と言う事で落ち着いたのだ。
 俺としては誰かが傍に居てくれるのは安心だが、場所はここを使うのだし、占い師には迷惑だろう。

「他に良案があるのなら聞くが、私とお前でうだうだ言い合うつもりはないぞ」

 言い残して、占い師は玄関から部屋へと戻った。
 言葉だけを見ると辛らつだが、表情は柔らかだった。
 ならって、俺も毛布を引きずり続く。
 占い師は居間を越えて、押入れへ向かった。
 布団をもう一枚出してくれるのだろうか? 俺は毛布を巻きなおし、テーブルの前に腰を下ろした。
 最近は自分の家よりもここに居る時間の方が長いのだ。大変に落ち着く。
 とは言え体の震えは止まる気配もなく、憂鬱な気分ではある。
 思わずため息が漏れた。
 それが聞こえてしまったのか、占い師が声をかけてきた。

「どうしたんだ? お前らしくもない」

 彼女は押入れを開いて何かを探している様だ。
 季節はずれの暖房器具でも用意してくれるのだろうか?

「そうだな……考えようによっては暑さから逃れられて良いかもな」

 俺の言葉に曖昧な相槌を返した占い師は、再び押入れへ。
 一体なんなのか。
 気になり始めた俺は声をかけた。

「確かこのあたりにしまっておいたはずなのだが……」

「だから、何をだ?」

「今のお前にぴったりだと思うんだが……」

 んもう! それが何か聞きたいんだよ! 
 湯たんぽも電気ストーブもすでに押入れの外だ。一体、何を探しているのだろうか。
 そう思いつつ、俺はテーブルに突っ伏した。
 見つかるのを待てば良いだろう。
 ぼんやりと外を眺める。
 景色はあからさまな夏なのに全身に寒気が走っているのは不思議な心持ちだ。
 しばらくそんな非日常を味わっていると、声があがった。
 
「見つかったのか?」

 体勢はそのままに奥の部屋に向かって問いかける。
「ああ」の返事。続けて、足音。

「これだ!!」と嬉しそうに言った占い師は、植物の葉を掲げていた。
 なんなのか。

「それで俺に股間を隠せと言うのか? 
 俺の美しい裸体に興味があるのは良く分かるが、今は寒くて脱げないぜ」

 占い師は悲しそうに俺を見た。
 可哀想な奴を見る目ではない。裸を拝めないのが悲しいだけだ。
 そう信じて黙っていると、占い師は手にした葉の説明を始めた。

「これは私が二年前に通販で買った物だ」

 胡散臭さが一気にあふれ出る単語『通販』。
 万病に効く薬草だとでも言いたいのだろうか。

「飲むと火を吐けるらしい……のだ!」

 らしくない語尾で意味不明な説明を終えると、それを差し出してきた。
 仕方なく受け取るも、俺はこれをどうすれば良い? 飲めば良いのか?
 確かに火を吐く俺の姿はさぞや格好良いだろう。
 火を吐き、街を踏み壊し、戦闘機を叩き落す俺。
 いや、体はデカくならないのか。デカいのはちんちんだけで良い。

「で、俺はどうすれば良いんだ?」

「飲んだらどうだ? 火を吐くと言うのは大げさなうたい文句で、本当は冷え性に効く漢方薬らしい」

 らしい、とはまた不安になる言い様だ。
 手にした葉はぎざぎざとしていて、いかにもな姿をしてはいるのだが……。
 仮に効き目のある漢方だったとしよう。
 しかし、今の状態に正しく作用するとは思えないのだ。
 そもそも事の発端は『訳の分からない薬を飲んだ』せいだ。
 そこにまた怪しげな物を入れるのは……。
 ちらりと占い師を見て、俺は考えを改めた。毒をもって毒を制す。そんな言葉もあるのだ。
 難しい言葉を出したが、結局は占い師の顔が本気で俺を心配していたのが理由だ。
 飲むしかあるまい。
 女の子の心遣い! これを無下にあしらう男は男じゃないぞ!

「むしゃむしゃ」

 俺は手にした葉を食った。そのまま食す物では無いような気もするが、構わない。

「……ど、どうだ?」

「と、聞かれてもな。即効性があるにしても、流石にまだ何も……いや……」

 言葉が止まったのは、紛れもない変化を感じたからだ。
 熱い、のだ。それを占い師に伝える。

「……いや、全然冷たいぞ?」

 俺の額に手を当てて占い師が言った。それは当然の言葉だった。
 なぜなら、熱いのは――

「熱いのは股間だけ、なんだ」

「なに?」



 
「あつ……い……」

 股間のみの宿ったかと思われた熱は全身に広がっていた。
 熱でも出ているかの様に息を荒立て、額に汗を滲ませている。
 それだけなら良いのだが、俺は一体何をしているんだ。
 占い師に頼み込んで全身を拘束させた後、もぞもぞと床を転がっていた。

「……寒気が止まったのは良いが、とうとう頭が」

「頭がおかしくなった訳ではない! 身体がおかしいんだ!
 その証拠に、こうしてきちんと対策を講じたではないか!!」

「いや、意味が分からん……」

 占い師の声色には若干の恐怖が含まれていた。
 突然「俺をきつく縛り上げろ!」などと命令されたのだから、当たり前か。
 頭がどうにかなったか、精神が崩壊したのかと疑っても無理はない。
 その証拠に占い師は俺と距離を取り、腕を組んで訝しそうな目をしている。
 腕を組むのは、身を守ろうとする無意識のサインなんだとか。
 説明をせねばなるまい。

「どういう訳か、ムラムラしてどうしようもない。
 このままだとお前を押し倒してもぐもぐごっくんだ。分かったか?」

 原因は恐らく謎の葉っぱだろう。
 占い師の表情は険しさが増したように見えた。

「まだ良いじゃないか! 自分で理性を超える性欲が沸いていると自覚して対策してるだけ!」

「それは、確かにそうかも知れないが……そんな事を言われても、な」

 顔を逸らす。横顔はほのかに赤らんでいた。
 俺は気付いた。説明のしようがないとは言え、直接的過ぎた。
「あなたに欲情してもす!!」と伝えた様なものか。
 
「とりあえず、私はお前を信じる……」

「む……、良いだろう。俺を信じろ!! だが俺は……俺を信じられない! 
 今すぐ拘束を解いて襲いかかるのではないかと心配だ!」

「だろうな。私も信じられない。次の当番に連絡してみるか。確か、お前の幼馴染だ」

 そう言って、占い師は携帯を操作し始めた。
 俺は悲しいぞ。
 俺が俺を信じられない今、占い師だけには信じて欲しかった。
 ……無理な話か。
 だって思いっきり股間膨らんでるし。

すみません、遅くなった上に少量ですが、投下しました。

次回の投下時期も未定です……。

時間が少し取れたので、生存報告。


兄「そういや、バレンタインデーとか言うイベントがあったな……」

兄「俺は一つも貰えなかったが、読者の皆さんはどうだったんだ?」



雲子(今年も渡せなかったわ……毎年ちょっとずつ上手になってるのに)

山村(「チョコより君が食べたい」「……優しく食べてね?」
    なんて妄想してたら15日になってた。……私、兄君に似てきてるかも知れない)

妹(味見したらお腹壊してトイレに2時間こもったなんて言えない……。
   霧衣はチョコを見せただけ逃げ出したし……)

占師(せっかく作ったのに全部食べられた! 山村さんと友チョコしたかったな……)

探偵(美味しかったけど、もう少し甘みが抑えてあったら良かったかなー)



兄「……皆! 泣くな! 俺たちは仲間だ!」

兄「来年こそは貰える様に頑張ろうぜ!」


以上、失礼かも知れない生存報告でした。



 もぞもぞ。
 少しの時間が経ったが、俺は相変わらず床に転がっていた。
 それは見た目だけの話。
 もぞもぞ。
 繰り返す動きの意味は変わっていた。
 先ほどまでは、気を紛らわす為に体を動かしていた。
 今は……本気で拘束を解こうとしていた。
 無言で身体を動かす俺に感じるものがあるのか、占い師は遠くから不審そうに見ている。
 目が合うとすぐに逸らされた。
 
「お」
 
 声を上げたのは俺だった。
 もう少しで縄がほどけそうだ。
 占い師は声に気付いていないのか、あるいはその振りか。こちらを見ない。
 事実を告げて逃がすべきか、黙っているべきか。
 理性が崩壊しかけているものの、俺は悩んだ。2秒程悩んだ。
 俺が出した答えはもちろん黙っている、だ。
 そうと決まれば縄をほどくのは早かった。
 いつでも自由に動けられる状態になった俺は大声をあげた。

「さては貴様、わざとゆるく縛ったな!?」

 ぶんぶんと凄い勢いで首を横に振る占い師。
 嫌よ嫌よも好きの内、と言う。

「ふふ、今の俺はさぞや色気に溢れているだろう!」

 占い師はまた首を振った。
 とにかく、だ。
 こうして自由の身になったからには、成すべき事はただ一つ。
 俺は階段を登るぞ。大人の階段をな――

「ひひひひ、観念するが良い。もはや避ける事は出来ない愛の交わりを!!」

 両手の指を淫靡に細かく動かしながらにじり寄る。もちろん股間は膨らんでいる。
 占い師の顔に焦りの色が浮かび始めた。
 俺から目を逸らさない様にしつつ、後退を続ける。
 もちろんすぐに壁に背が付いた。

「ほ、本気なのか……!?」

「本気だ。今にもあふれ出しそうな俺の種を無駄にする訳にはいかないぜ」

 常日頃無駄に出しているのは内緒だ。
 占い師は少しの間目を泳がせた後、こう言った。

「わ、分かった。原因は私にある……だからせめてシャワーを浴びさせてくれ。ずいぶんと汗をかいたからな」

「駄目だ」

 即答だった。

「時間を稼いで助けが来るの待つつもりだろうが……。
 そんな事はどうでもいい。
 メロンソーダと美少女の汗なら俺は美少女の汗を選ぶ男だからだ。
 美少女(付属品として汗が付いております)なんて、ご褒美でしかないだろうがぁぁぁ!」

 絶望に染まる占い師に飛びつこうと、迫った。
 彼女は目を固く閉じた。

「うぐぅ」

「そこまでだ」

 俺の腕は占い師に届かなかった。
 それを彼女も認識したのか慌てて脇を抜けて背後へ。
 目で追うと探偵さん、雲子、山村さん、妹が居た。
 俺の動きは襟を引っ張られて抑制されていた様だ。

「ぐぬぬ……貴様らぁぁ!!」

 もはや完全に悪役の俺。
 それもしかたあるまい、誰だってご馳走を前にして、口に運ぶ寸前で取り上げられたら怒るだろう。

「せっかく治療薬が出来たと言うのに、うるさい奴だ」

 探偵さんは襟から手を放すと、俺の腕を掴んで背中へ回した。
 手首には縄の感覚。次いで身体を回転させられながら、縄があちこちを通って行く。
 慣れた手つきで探偵さんは俺を亀甲縛りで拘束した。

「これで少しは大人しくなるだろう」

 次に俺は床に仰向けで転がされた。
 俺を覗き込む五つの顔。どれも蔑む眼差しをしている。
 複数の視線がゆっくりと、見ずにはいられない股間の大きな膨らみへ――
 見られただけで、現物を直視された訳でもなく、ズボン越しに見られただけで、俺はイった。
 血の繋がった妹に、幼馴染に、同級生に、年上のお姉さんに、見られながら、溜りに溜まった欲望の証を放出した。
 仕方ないじゃないか。
 縛り上げられた挙句、美少女に股間の膨らみを見られたのだ。

「……ふぅ」

 何が起きたのか分からないと言った顔の面々。
 
「俺はもう大丈夫だ。この澄んだ目を見てくれ」

「まさかお兄ちゃん……」

 妹がこの世の終わりにでも遭遇した様な顔をしている。

「すまない。お兄ちゃんは自分でも予想が付かない程の変態だったらしい」


 あれから大変だった。
 俺の身に起こった生理現象一つで良くもあれだけ騒げた物だ。
 ただ、ちょーっと特殊な性癖が発露しただけじゃあないか。

「よし、では落ち着いた所で、俺のHな染み付きパンティーの競りを始めようじゃないか」

「1000万円!!」

「ほほう。いきなりの巨額! さあ! さらに値を付けると言う者はいないか!?」

「2000万!」

「2500万!!」

「3億だ!!」

 と、ひとしきり一人芝居ではしゃいだものの、恥ずかしさは全く誤魔化す事が出来なかった。

「……はあ」

「その……すまない。私が良く分からない漢方薬を飲ませたせいで」

 そうだ。すっかり忘れていた。
 原因は占い師が出して来た謎の漢方薬だ。
 あれさえ無ければ、俺は占い師に強姦未遂を働く事も、美少女数人に見守られながら果てる事もなかった。

「責任取って息子と結婚してもらおうか!? おっと、勘違いするなよ!
 俺ではなく息子だ! 俺の松茸の様な息子に向かって跪け! 旦那と呼んでネクタイを結べぇぇ!!」

 ちん○んと結婚させられる美少女占い師……ってキャッチフレーズのエロゲー作ったら売れそうだよね。
 そんな訳で俺はズボンを脱いで永久の愛を誓わせようと――
 背後から思いっきり頭頂部に拳を振り下ろされた。

「このあんぽんたん! 被害者面してるけど、悪いのはあんたの動物じみた理性なのよ!」

「うぐぐぅ、雲子めえ、我が息子の晴れ舞台を台無しにするとはどう言うつもりだ」

「あー、君たち。馬鹿な話はさて置き、解毒剤は試さなくて良いのか?」

「そうだ、すっかり忘れた」

 探偵さんの一言で自身の置かれていた状況を思い出す。
 思い出すと急に寒気がしてきた。

「……そもそも根っこまで掘り下げると、探偵さんが原因なのだが?」

「なのだが? ってなんだその疑問形は。私はこうしてきちんと解毒剤を用意したぞ。
 君の股間にぶら下がる、しめじの様な物体に求婚されるいわれはない」

 俺、反論出来ず。
 ここは大人になって話を進めるとしよう。

「分かったよ。その解毒剤を早く飲ませてくれないか?」

 俺の言葉に探偵さんは歯切れの悪い返答をした。
 まさか解毒剤を持って来たと言うのは嘘か? と、この人ならありえる、と、誰もが思っただろう。

「なんだ君たち、その目は! 解毒剤ならちゃーんとここにある!」

 小瓶に入った怪しげな薬品を掲げて見せる探偵さん。
 だったら早く使えば良い、と誰もが思っただろう。
 無言。探偵さんは黙って首を振った。

「……確かにこれは解毒剤だ。少なくとも私はそう聞いている」

「だったら早くそれを俺に」

「君が飲んでも意味はない」

 四畳半の狭い部屋に疑問符が満ちた。

「つまり、どう言う事ですか?」

 山村さんの質問に渋々と探偵さんは語り出した。


「つまり、これを飲んだ人間の体液中に解毒作用のある成分が作られると言うのか」

「要するにお兄ちゃん以外の人が飲んで、お兄ちゃんはその人の体液を飲む、と?」

「ああ。君たちが……一人を除いて物分りが良くて助かったよ」

 雲子は苦悶の表情を浮かべて頭を抱えている。バカは放っておこう。

「全然助かってないだろ。あ、兄を助ける為には、その、えっと……」

 占い師がもじもじと言い淀んでいる。
 その様子を見て目を輝かせたのは、探偵さんだ。
 ここぞとばかりに占い師にまとわりつく様に抱きついた。

「桃子、君は指先を少し切って兄に血を飲ませるだけの事がそんなに恥ずかしいのか?
 口にも出せない程に?」

 驚く占い師。なるほど、そう言う事だったのか。

「まさか、ひょっとして……この平らな胸から母乳でも出すつもりだったのか?」

 んー? と胸に人差し指で円を書くように挑発する。
 占い師は顔を真っ赤にして「違う」だとか「そんな事は」と反論しているが、声が小さすぎてほとんど聞き取れない。

「それとも……」

 と、二本の指を使って人が歩く様な動きをしてみせる。
 向かう先は下半身だ。

「そこまでにしてください。お兄ちゃんの教育に悪いので」

「……助かったな、桃子」

 ほっ、と占い師は平らな胸をなでおろした。

今日はここまで。
相変わらず遅筆で申し訳ないですんすん。

申し訳ないです、から続く「すんすん」は泣いている様子を表しています。
皆さんも泣く程申し訳ないと思った時に使ってください。

会社でミスした時に、顧客に迷惑をかけた時に、クレーム対応に!

申し訳ないですんすん!!

いや、本当にお待ちいただいて感謝してると同時に申し訳なく思ってます。

次回もなるべく早く更新出来る様に努力します。


「問題は誰がそれを飲むのか、だ」

 机に置いた小瓶を囲って、美少女達は避けては通れぬ議論を始めた。
 俺は黙って様子を見る事にした。
 徐々に寒気が増して来ているので、早く結論を出して欲しいと願う。
 ――不穏な沈黙。
 誰が俺の看病権を巡って起きた争いの二の舞にならないと良いが。
 
「それは一旦さて置き、今度の薬は大丈夫なのですか?」

 山村さんの言葉を受けて皆が「確かに……」と言った視線を探偵さんに送った。
 これを飲んだ人間が今度は極度の暑さに襲われる――なんて事になれば大変だ。

「大丈夫……とは言い切れないのが事実だ」

 一瞬、「なんて無責任な」と思ったが、俺が探偵さんの立場でも同じような事を言っただろう。
 とは言え、他に解決策がないのだ。
 女の子達も同じような事を思ったのか、非難の声は上がらなかった。

「それでだ。私にけじめを付けさせてくれないか?
 この騒動の根本的な原因は私にある。
 例えこの薬が不良品で私に何か起きても、それは私の責任であり罰だ。自分でどうにかしよう……」

 異を唱える者はなかった。
 ここに来て突然正論を語り出す事に違和感はあるものの、止める理由にはならなかった。
 だが、次の言葉で場の空気は一変する。

「そんな顔をするな。少し指先を切って兄にちゅぱちゅぱっと、れろれろっと、指を舐めさせるだけだ。
 ……少し破廉恥な絵面になるかも知れないが、心配するな」

 小瓶に伸びる腕を二つの手が止めた。
 山村さんと妹だ。

「もう少し考えましょう」
「ここでおかしな事が起きれば、騒動に巻き込まれるのは私達ですよ」

 探偵さんは一瞬笑みを浮かべて腕を引っ込めた。
 この人は……。いい加減、怒っても良いだろうか? 良いに違いない。
 お仕置きと称して、電動マッサージ器を局部に固定して放置しても良いだろうか? 良いに違いない。

 パンティーは完全に脱がさず、片足に残したままにしてやろう。
 そう意気込むも、腕に力が入らない。俺は立ち上がれなかった。
「謎の漢方薬」騒動も含めて、相当体力を消耗しているらしい。

「……何でも良いから早く決めてくれ」

 俺にはそう言うのが精一杯だった。
 体力を失っていると自覚した途端、寒気が増した気がする。
 このまま話が平行線を辿り、放って置かれている内に俺は死ぬのではないだろうか。そんな気がしてくる。
 思った以上に追い詰められているようだ。頑張れ俺!

(ふれふれ俺! 頑張れ俺! 美しい俺! えーと……すばらしい俺! 俺俺俺~)

 疲労のせいで語彙が乏しくなっている応援歌を心の中で歌っていると、存在を忘れかけていた雲子が突然立ち上がった。

「分かったわ! もう考えるのをやめれば良いのよ!」

 何が良くて、何が分かったのか。
 俺には理解出来ないが、本人は真理へ近づいたらしい。
 馬鹿は放って――

「ああ! 清々しい気分!」

 放っておいてはいけなかった。
 小瓶に入った治療薬を飲み干して、雲子は満面の笑みを浮かべているのだ。

「それで? 兄はどうなったのよ?」

 凍りつく周囲を他所に、雲子は能天気な様子で俺を覗き込み、そして首を傾げた。

「……あれ? 何も変わってないじゃない。あの薬は?」

「そ、それはたった今、雲子さんが飲み干してしまいましたよ?」

 雲子が驚愕の声を上げる。声を上げたいのは他の面々だろうに。
 慌てふためきながらも、雲子は俺に謝って来た。
「どうしよう」だとか「せっかくの薬が」だとか、探偵さんの話を何一つ理解していないらしい。
 こいつと同じ高校に通っている俺って何なんだろうか。

「大丈夫だ、雲子。それは他人が飲んでこその物だ。難しく考えずに、俺に血でも唾液でも飲ませてくれ!」

「は、はあぁ!? あんた頭大丈夫!?」

「それはこっちの台詞だ!!」

 よりよって雲子が飲んでしまうとは! どうする?
 いくら説明した所で理解出来るとは到底思えない。
 そもそもそうする気力がない。
 最後の最後でこんな難題にぶつかるとは……。

「ついに寒さで頭がおかしくなったんじゃない? ねえ?」

 と振られて妹は苦笑いを浮かべていた。

 数秒の沈黙の後、探偵さんが言った。

「兄。考えるのをやめろ」

「……強行突破、か?」

 ああ、と返事をするやいなや、探偵さんは雲子の背後に回った。
 探偵さんのポケットから縄が伸びる。
 目で追えた者はいなかっただろう。一瞬の内に雲子は両手首を頭上で縛り上げられていた。

「な、何をする気なのよ! みんな変よ!? どうしたのよ!」

 酷く動揺している様だが、恨むならアホな自分を恨んでくれ。
 俺が一人で立ち上がれない事に気がついた山村さんが手を貸してくれた。
 狼狽し、困惑の言葉を繰り返している雲子へとゆっくりと近づいた。
 手を伸ばせば届く距離だ。

「もう大丈夫だ、ありがとな」

 山村さんに礼を述べ、少しよろめく足に力を込めた。
 激しく抵抗の意を見せていた雲子だが、探偵さんの緊縛から逃れる事は出来ないと悟ったのか大人しくなっていた。

「指先じゃあ抵抗されるだろうな……首筋で良いか?」

 探偵さんの右手でナイフを光った。
「ひっ」と小さく悲鳴を上げて雲子は固く瞼を閉じた。
 アホな自分を恨めと言ったが、可哀想な気がしてきた。

「……体液って、汗でも良いのか?」

「恐らくな。……駄目ならやり直せば良い」

 乙女の柔肌に傷を付けるなんて許されないだろう?
 変態の誹りを受けようとも、俺は紳士として生きる道を選ぶ! 
 雲子が袖なしの服を着ているのは偶然じゃない! 必然だ!
 倒れ込む様にして雲子に抱きつき、腋に口を付けた。
 ぺろぺろ。
 俺は今、恋人でもない幼馴染の腋を舐め回している。

「――!? あ、あんた何してるのよ!!」

 独特な凹凸加減と柔らかさが舌から伝わってくるも、それだけでは腋を舐めている実感はない。
 しかし、間違いなく俺は雲子の脇を舐めている。
 あからさまな性的象徴でこそないものの、俺は腋が好きだ。
 舌を這わせている。その事実に興奮を禁じえない。

「んっ、いやっ! 離して! あうっ、くっ、ふんっ」

 くすぐったいだけだろうが、今の俺には随分と艶かしく聞こえる。 
 ぺろぺろ。俺は黙って雲子の腋を舐め続けた。
 どれだけ摂取すれば良いのか分からないからな。――と言うのは当然建前だ。
 調子に乗って、ぺろぺろりとやっていると、突然腹を蹴り飛ばされた。

「この変態っ!!」

「ごぼぁ」みたいな声を出して、俺は床に倒れた。

 見上げると、やれやれと言った様子で探偵さんが雲子の縄を解いていた。

「兄を助けるのに必要だったんだ。一応説明したが……」

「ぜ、全然分からないわ! いつもどおりのセクハラじゃない!」

「まあ、詳しい説明は――桃子に任せる」

 占い師の肩を軽く叩いて、探偵さんは俺の元へ来て、しゃがみこんだ。

「どうだ?」

「しょっぱいかと思いきや、あれは……制汗剤か? 苦かった。石鹸が口に入った時の味がした。
 でも興奮し――」

 した。と言い切る前に雲子は俺の頭を全力で踏み潰した。
 探偵さんは、ため息を吐いてから首を横に振った。

「君は私が彼女の腋の味に、興味があると思ったのか?」




 解毒剤はきちんと作用した様で、俺はおぞましい寒さから解放された。
 雲子にも何の異変も見受けられなかった。
 一通りみんなに叱られた後、俺は言った。

「アイス。一人一個。これでどうにか許してくれないか?」

「アイスぅ!? そんな物で私の気が収まるとでも思ってる!?」

 雲子が食ってかかってくるが、妹がなだめに入ってくれた。

「まあまあ。きちんと説明を受ければ、きっと納得出来ますよ。ねえ? 占い師さん」

「え。あ、ああ……」

 探偵さんがどさくさまぎれに擦り付けた難役に占い師は絶望的な顔をした。
 すまねえ。と心の中で謝って、雲子と占い師を残してアパートを出た。
 
 うだるような暑さは、例えあんな事があった後でも、愛しくは思えなかった。

「あぢぃぃぃ」

 むしろあの寒さが恋しく思えるのだから、現金な物だ。

「妹ちゃんは、アイス何にするの?」

「ゴリゴリ君のオレンジにしようかと……山村先輩は?」

「私もゴリゴリ君が好きだよ。何味にしようかなあ……」

 ……夏休み、か。
 前を歩く妹と山村さんを見て、ふとそんな事を思う。
 ……せっかくの夏休みなのに、みんなには迷惑を掛けた。
 原因は探偵さんだけどな!

「なんだその目は。私だって少しは反省している。半分、出すつもりだ」

「そりゃあ、ありがたい。ところで……占い師はどんなアイスが好きなんだ?」

 今回の騒動で一番被害を被った占い師には少しを気を使ってやらなければならないだろう。
 今後、涼む場所が無くなっても困るからな。

「おっぱいアイスだ。私の事務所の近くにある駄菓子屋に売っているから寄っていけ」

「本当かよ」
 
 その結果は言うまでもないだろう。
 おっぱいアイスを手渡された占い師は眉をよせ、探偵さんは必死に笑いを堪えているのだった。
 西から差す夕日に染められた赤い顔で、おっぱいアイスを片手に占い師は言った。

「私の優雅な夏休みは、どこへ行ったのか……」 

 
 番外編終わり。

 
兄「水着シーンは!? 水着シーンを忘れてはいないか!?」

益垣「俺達が!」

散見「いるじゃないか!」

男尻「忘れるなんて酷いじゃないか。ふふ……男だけで真夏のプールを楽しもう……」

兄「は……放せぇぇぇ! 夜中に学校のプールに忍び込むなら女の子とじゃなきゃいやぁぁぁっ!!」

 ずるずるずるり。

 本当に番外編終わり。

 お付き合いいただき、ありがとうございました。
 夏が終わる頃に始まり、春に終わると言う長引きっぷりですが。

 次回の投下日時は未定ですが、次回から本編に戻るつもりでいます。

  

お待たせいたしました。
少量ですが、更新します。


>>560からの再開です。


 山村さんがきちんと登校するようになって、数日が経った。
 これは希望的観測に過ぎないのかも知れないが、どこかふっきれた様子だ。
 思い返すと、元々別の意味でふっきれている感はあったのだが、良しとしておく。
 俺はと言えば――

「ぶべらっ」

 おパンティーを脱ぎかけた状態でぶん殴られていた。
 俺を殴ったスーツ姿の女性――探偵さんが、うんざりと言った。

「君は大いなるマヌケだ」
 
「納得いかないな。脱ぎたてパンツのプレゼントだなんて、最上級のお詫びだろうが」

 それを無下に扱いやがって、と悪態を吐きながらもパンツを元に戻す俺は良い子だ。
 ため息を吐きながら、探偵さんが来客用の黒いソファに腰掛ける。俺も向かいに座る。

「で、何の用だ? 仕事なら今の所は無いぞ」

「今日はこの前のお詫びに、ホカホカパンツをプレゼントに来ただけだが?」

 沈黙がややあってから「帰れば?」とだけ言われた。
 彼女の目に強い意志を感じた俺は、何も言えずに事務所を後にした。
 扉を抜けてすぐの塗装が剥げ、ひび割れた壁に、傷ついた俺の心を重ねてみる。

(白く塗り上げられていたであろうこの壁の様に……俺の純真な心も……ぶろーくん)

 天才と呼ばれた俺にもポエムの才能はなかったらしい。
 上手くもなければ面白くもない。最低だった。


 俺は仕方なく、夕日で赤く染まった住宅街を歩いていた。
 雲子に「おてぃんてぃん」をテーマにポエムを作ってもらおうと、彼女の家へ向かっている。
 馬鹿の雲子にポエムなんて作れるのか、と普通はそう考えるだろう。
 それは違うと俺は思う。
 俺たちとは見ている世界が違う雲子だからこそ、素晴らしいポエムを作れるのだ。
 そう信じて、二階にある雲子の部屋目掛けて、小石を放った。
 何故そんな事をするのかと言えば、雲子の両親に嫌われているからだ。
 反応がないので、もう一度。
 こつん、と音がして終わり。やはり反応はない。
 良く見れば、雲子の部屋はカーテンが閉まっている。留守か? いや……居留守か!?
 だとすれば許せん。
 
「嘘は良くない、特に俺に対しては。他の奴は知らん」

 子供の頃から雲子にはそう言って聴かせていたのだ、再教育が必要だ。
 彼女の為にも見過ごす訳にはいかない。
 そうと決まれば、部屋に乗り込んで、お仕置きと称しておっぱいをむにむにしてやろう。
 我家のフラット屋根に登れば、窓から雲子の部屋へ侵入出来そうだ。
 庭に置いてあった自転車を足場にして実家の車庫によじ登る。
 ここからなら、家の屋根に手が届くはずだ。
 予想に反して、背伸びをして指先がなんとか屋根の先に触れる程度だった。
 一瞬のためらい。
 首を横に振り、それを打ち払う。
 雲子の為にもここを登り、おっぱいをむにむにしなくてはならない。
 俺は跳んだ。落下への恐怖はなかった。
 おっぱいを鷲づかみにする様に、屋根の出っ張りに指をかけた。

「こんなに強く掴んだら筋が切れて垂れる原因になるな……」

 などと呟きながら、余裕で屋根に上がった。流石は俺。超クール。
 のしのしと歩きながら、雲子の部屋の窓へ近づく。
 滑り落ちない様、注意を払いながら、四つん這いの格好で手を伸ばす。

 YES! 手が届いた。
 これで窓を開く事が出来る。残る問題は、どう進入するかである。
 屋根から屋根への移動であれば、軽く跳べる距離だ。
 そうではないのが、問題だ。
 普通に跳んだのでは、壁に激突するに決まっている。
 ではどうするのか。
 決まっている。祈るんだ。
 窓際にでもベッドが設置されていれば、頭から飛び込んでも怪我はしないだろう。
 エロの神(見た目は幼女)に祈って俺は飛んだ。
 窓を開いてから、間髪入れずにだ。
 これなら雲子の奴に『俺対策』を講じさせる時間を与えない。

「ぶりゃぁぁぁっ!!」

 水泳の飛び込みの様な姿勢で、雲子の部屋へと跳んだ。
「俺は今! 大空を自由に羽ばたく鳥になっている!」そんな夢心地は、迫る現実にかき消された。
 ベッドは窓際にあったが、目測を誤った。
 予定していた着地点を大幅に通過し、フローリングの床に頭から着地した。
 派手な音が鳴った。

「ちょっと雲子!? 凄い音がしたけど、大丈夫ー!?」
 
 すぐさま雲子の母親が階下から声をかけた。

「だ、大丈夫よ! ちょっと転んだだけだから!」

 雲子がそう返す。
 転んで今の音だとすれば、大怪我は必至だと思うのだが? もっとマシな嘘はないのか。
 そんな事を思いつつ、起き上がった。
 雲子の母が階段を上って来る音は聞こえなかった。
「転んだのね」と納得しているのだとすれば、雲子のアホ加減は母親譲りか。


 幼少期に入ったきりの幼馴染の部屋は、以外にも女の子らしかった。
 水色を基調にまとまっており、ぬいぐるみや香水の小瓶なんかが飾ってあった。
 母親が掃除している説も考えられるが、意外と綺麗好きでセンスも良いのかも知れない。
 ふと床を見ると、ピンク色のレースで飾られた布が落ちていた。
 ……良く見るとパンツだ。視線をずらすと、スカートも落ちていた。
 何事かと雲子を見ると、布団から頭だけを出している。
 これはつまり?
 
「す、すまねえ。自慰に耽っているとは思わなかった」

「は、はあ!? な、何を言ってるのよ!!」

 と、顔を赤くして言いながら、布団からは出てこない。
 まさか。
 ……いや。あり得ないだろう。
 幼馴染のオナニーに遭遇? 
 エロ漫画じゃないんだ、馬鹿じゃねーの、と俺は布団を引っぺがした。
 すぐさま、雲子が悲鳴をあげ、俺の手から布団を取り返した。
 一瞬だったが、俺は見た。
 大事なところは見えなかったが、下半身は間違いなく裸だった。
 なぜ、人はオナニーをするのか。
 性欲があるからだ。エッチな気分になるからだ。
 つまり、雲子はエッチな気分だった、と。
 巨乳をたゆたゆさせながら、馬鹿な事ばかり言ってる雲子がだ。
 俺の中で何かがぶっ飛んだ。

「俺、帰るね」

「えっ、ちょ、あっ、うん?」

 俺は飛び込んで来た窓とは別の、裏庭に面した窓を開いた。
 
「じゃあね、また明日学校で」

「えっ、あっ、うん?」

 雲子に手を振って外へ向かって一歩踏み出した。
 ぐしゃっ、と音を立てて落下した。

(さっきのは玄関じゃなくて、窓だったんだー、へえー)

 などと意味不明な関心を覚えながら、起き上がって身体に付いた土を払う。
 もう一度、雲子の部屋に向かって手を振ってから今度こそ帰路についた。

 
 


 どうやって家に帰ったのかは覚えていなかった。
 帰ってからの事も覚えていない。
 気付いた時には、窓から朝日が差し込み、全裸でぐったりしていた。
 辺りには丸めたティッシュが散乱していた。

(お、落ち着け俺……。まずは状況を整理しよう)

 ヒントは三つだ。しなびた息子。4つあるティッシュの空き箱。脱ぎ捨てた衣服。
 考えられる事は一つ。俺は夜通し一人遊びをしていた。
 なぜ……?
 
「はっ!? そ、そうだ……」

 昨日の衝撃映像が脳内で再生される。
 4箱もティッシュを消費しておきながら、律儀に息子が反応した。
 ……雲子か。
 馬鹿で巨乳な幼馴染。
 それ以上でもそれ以下でもないはずだった。
 まさか彼女に対して意識が飛ぶ程に欲情する日が来るとは思っていなかった。
 などと少年漫画における
「幼馴染から恋愛対象に変わる瞬間の描写」的な思考をしてみたが
 股間はR18状態である。
 惚れた弱みの様な、謎の敗北感はあるものの、俺たちの関係は何ら変わらないだろう。
 元々恋愛ノートには雲子の名もあったのだ。
 謝罪と、飯の一つや二つを奢る必要があるくらいだ。





「誰?」

 謝ろうと声をかけた雲子の反応である。

「俺俺、この前テレビでやってたイケメン高校生特集に出てた俺だよ」

「イケ……メン……?」

 その疑問符はなんのつもりだ、この野郎。
 俺が高性能アンドロイドだったら、
 瞳に内臓された高性能カメラで撮影したオナニーシーンをスクリーンに映し出すぞこの野郎。
 などと考えていると、思い出し笑いならぬ思い出しもっこりしてしまったので、身体を壁に向ける。
 首だけを雲子に向けて、本題を切り出す。
 
「昨日の事を謝ろうと思ってな。俺に損害の無い範囲で何でもするつもりだ」

「だから、アンタ誰よ」

 首をかしげてやがる。
 この俺が何でもすると言っているのに。
 頭にきたが、ここは冷静になるべきだと、堪える。

「俺俺、この前テレビで――

 言い終わる前に、雲子はさっさと歩き出した。
 追いかけようにも股間のもっこりを隠しもせずに廊下を練り歩くわけにもいかなかった。

「なんだ。喧嘩でもしたのか?」

 占い師だ。
 いつから見ていたのかと尋ねると、お前が急に壁にくっ付いた辺りからだと。
 ならば俺が心の底から謝ろうと言った言葉も聞いていただろう。
 怒っているのは分かるが、あの態度はなんなんだ、と占い師に愚痴る。
 
「損害の無い範囲で何でもするって、どこが心の底から謝ろうとしているのか分からん」

「何でもするだなんて約束して、地下で労働させられるとか、お前も嫌だろう」

「お前が地下労働してアイツに良いことがあるのか?」

 答えられなかった。
 そんな会話している内に息子も落ち着きを取り戻した。
 時間を尋ねると、朝のHRまではもう少し時間があった。
 ファミレスで済ますつもりだったが、焼肉くらい奢ってやろう。
 そう覚悟を決めて、雲子のクラスへ乗り込んだ。
 
「俺が悪かった」

 机に座っている雲子の前で土下座した。
 
「さっきから、何よ」

 この態度。
 どうも相当頭に来ている様だ。
 馬鹿の雲子がまるで本当に意味が分からないと言った表情を作っているのだ。
 長い付き合いの中、何度か怒らせてこんな態度を取らせてしまった事はある。
 その度、下手な演技に笑ってしまい、それが原因で新たな争いが起き、うやむやの内に仲直りしていた。
 
「ぬぅ。一つだけ言っておく。知ってて部屋に入った訳じゃないからな」

 言い争いをしても仕方ないだろうと判断した俺は、それだけ伝えて自分の教室へと戻る事にした。
 さて、どうしたものか。



今日はここまで。

どうも調子がまだ戻っていない感じがするのですが、
雲子編序章と言うことで大きな見せ場でこのコンディションよりは良かったかなと。
ここからエンジンかけいきます。


次回は一応8月9日を予定しております。
9の付く日はネカフェの料金が半額なもので……。


「私はアンタなんて知らないし、迷惑なのよ。次変な事したら、裁判所に通報するわよ!」

 俺の脱ぎたてパンツをプレゼントしようとした時のことだ。
「裁判所に通報」などと、馬鹿丸出しの事を言いながら、本気で怒っているようだった。
 放課後までにあらゆる手を試してみたが、どうも雲子の心には響かなかったようで、これが最後の手段だった。
 それにも関わらず、状況はむしろ悪化していた。
 これは一人で解決出来ないと判断した俺は、いつもの面子(妹、占い師、山村さん)を集まってもらった。
 
「俺はどうしたら良いんだ? 貞操を捧げるしかないのか!?
 オークションにかければ世界の富の大半が動くであろう俺の貞操を!!」
 
 声を張り上げた俺とは対照的に、教室内には冷ややかな空気が流れていた。
 ややあってから、山村さんが当然の疑問を口にした。

「えっと、突然集められたけど、何の話なのかな?」

 ありのままを話す訳にもいかず、他人に見られたくない姿を見られた時、どうするのかと聴いてみた。

「例えばどんな事? それによって変わると思うけど」

 妹が俺をいじめるような質問を発した。
 それが言えないからこんな遠回りな質問をしているのではないか。

「そうだなぁ。
 好きな子のリコーダー舐めてる所とか……
 RPGで、ヒロインに好きな子、主人公に自分の名前を付けてニヤニヤしてる所とか」

「それは兄くんの実体験?」

「てひへへ」

 三人揃って後退りする。
 きっとその対象が自分だと思って照れているのだろう。
 
「おっと、昔の話だから勘違いするなよ?」

「お前こそ何を勘違いしているのか……」

 まあいい、と区切り、占い師が言葉を続ける。
 
「朝の様子と今の話から立てた仮説だが
 要するにお前はあの幼馴染の人に見られたくない姿を覗き見て怒らせてしまった。
 お前の馬鹿な謝り方でなだめられる訳もなく、私達を頼った、と。違うか?」
 
 俺はこくこくと頷いた。
 山村さんと妹は感嘆の声を漏らした。
 
「お兄ちゃんに話を続けさせていたら、本題まで何年かかったことか。流石は時次先輩です」

 占い師は顔を真っ赤に染めてから、山村さんの背後に回り、「ま、まあな」と頷いた。
 照れくささと人見知りと、年上の威厳を保ちたい気持ちが複雑に絡まった行動だ。
 彼女を良く知らない人物が見れば挙動不審以外のなにものでもなかった。

「それで、兄くんは一体どんな場面を覗いたのかな?」

「そ、それは……。すまないが、アイツの為にも言えないな」 

「そっか。人に見られたくない姿だもんね」
 
 山村さんは少し考える素振りをしてから、続けた。
 
「でも……私が雲子ちゃんの立場なら、こうして他の人に相談されている時点で嫌かも」

「そりゃあ、内容は伏せてあっても、人に見られたくない姿を話題にされるのはな」

「あ、そうじゃなくてね」

 口を挟んだ占い師を、山村さんがばっさり切り捨てた。
 仕方ないので目線で妹にフォローを指示しておいた。
 
「二人の間で起こった事だし、私なら、他の女の子に相談されるのは嫌だなって」

「ふむ……。恋する乙女の様な思考だな。雲子の思考は占い師寄りだと思うが」

 妹が「フォロー不可能であります! 近づくと小動物の様に逃げ出します!」
 と目線を送って来たので、フォローついでだった。
 実際に思った事でもあったが。

「こ、恋って……。えっと、いや……。
 ううー、今夜は枕に顔をうずめて足ジタバタだよ……」

 山村さんが視線を泳がせる。
 別に恋する乙女だって良いじゃないか。目の前には俺がいるんだ。
 どんな美少女も美人だって、心が浮かれてしまうのは仕方がないのさ。
 と伝えると、凄く冷たい声色で「そうだね」とだけ返された。クールデレと言う奴に違いなかった。
 
「それはさておき、どちらもないとは言いきれない気がしてきたぜ」

 謎の対抗意識を燃やされ、足で息子を弄られた時の事を思い出していた。
 あれを考慮すると、山村さんの言うように、嫌がられるのかも知れない。
 冷静に思考しつつも息子が「俺の出番か? ん? ん?」と
 反応しかけたので、若者の車離れについて真剣に考え、鎮める事にした。

(○○離れ○○離れって、単に趣味や生き方が多様化してきただけじゃないか!!
 マスコミのイメージ操作で何でもかんでも統一させようとすんな!)

 俺が唐突にどうでも良い憤りをたぎらせていると、妹が話しかけてきた。

「ねえ? お兄ちゃんが普通に……
 いや、一般常識に照らし合わせた方法で謝れば良いのでは?」

「俺だって何度も謝ったんだけど、まるで俺の事なんて知らないって態度で話にならんのだ」

「お兄ちゃんの事を知らない……?」

 妹の表情が険しいものに変わったのを俺は見逃さなかった。




 夢の中で、俺はもてない男だった。
 もてなくてもてなくて、震えていた。
 もてなくてもてなくて、辛かった。
 夢の中で、俺は死んだ。
 意識が消える寸前まで、女を抱けない事を悔やんでいた。
 最後に一瞬、見たことのない女の子の顔が浮かんだ。
 あれは誰だったのか……。
 
 夢の中の俺の意識が途切れると同時に、俺は覚醒した。
 
「なんなのか」

 思わず声に出して呟いた。
 映像や細部はほとんど抜け落ちているが、もてなかった事と、死んだ事だけは鮮明に覚えていた。
 俺は、そんなに飢えていただろうか。
 まあ良い。
 水でもセクシーに浴びてから、学校に行くとしよう。

 

 
 俺が教室に入ると、ひそひそとした声がちらほらと上がった。
「来たぞ……」「この死線、どう潜り抜けるのか……」等。
 なんなのか。
 
「ふふっ……待っていたぞ、兄ぃ!!」

 男尻だ。いつになくエネルギーに満ち溢れているようだ。
 その理由も気になるが、俺を待っていただと? 全然嬉しくないぜ。
 
「俺はお前を待たせた覚えはないぞ?」

 これを見ろ! と男尻が声高に取り出した物は、『俺とキスできる券』だった。
 慌ててポケットに手を突っ込むが、そこには残り2枚の券すらなかった。
「俺とキスできる券 有効期限:世界の終わりまで」と書いたノートの切れ端を睨みつける。
 うかつにも俺は教室に置きっぱなしのまま帰宅してしまったようだ。

「筆跡鑑定はすでに済んでいる。これは間違いなくお前の字だ。
 さあっ! 唾液の架け橋を作ろうではないか! この俺と!!」
 
 ぐっ……。
 無効にしてしまえば済む事なのだろうが、実はこっそり他の二枚を可愛い女の子が拾っている可能性がある。
 その子を悲しませる訳にはいかないのだ。
 何か良い手はないかと思案しながら、にじり寄る男尻から逃げるように後退する。
 視界の端で散見がチラッ、とこちらを見てからにやりと笑った。
 さてはキス券を回収して男尻に渡したのはアイツだな!?
 醜い嫉妬をしやがって。
 憎たらしい事この上ないが、考えようによっては反撃のチャンスだ。
 散見が拾ったのであれば、可愛い女の子が拾った可能性はないと言う事だ。
 慢心したな、散見! お前の思い通りにはさせないぜ。
 
「ええい! そんな物は無効だ! 昨日の世界は昨日で終わった!
 今日は今日の世界! はい、おしまい!!」
 
「ふっ……約束を守らない悪い子にはお仕置きが必要だな……」

 男尻がベルトに手をかけた。
 
「今日の俺は強いぜ……?」

 そう言って何度俺に敗れた事か。
 迎撃の構えをとって、男尻を睨む。

「……はったりって訳じゃなさそうだな」

 今までのどんな男尻よりも鋭い眼光だ。
 だが、俺も負ける訳にはいかなかった。

「……確かにお前は強い。だが……真っ向から挑むだけが勝利を掴む方法ではないと俺は気付いた。
 そして、その為に早撃ちと圧倒的精度の狙撃を身に着けた。
 そう……一矢報いる、もとい一発ぶっかけるくらい俺にだって出来るのさ!!」

 や、やべぇ。そう言う攻撃は想定していなかった。
 他人のホットカルピスがどれだけの距離をどんな速度でどんな軌道を描くのかなんて考えた事もない。
 散見や益垣に比べ、身体能力も高い男尻だ、下手な回避行動では撃たれてしまう。
 どうしようかと脂汗を滲ませていると、意外な人物が割り込んできた。
 山村さんだ。
 
「なんの真似だ? 俺のマグナムが萎んでしまうから、視界に入らないでくれるか?」

「それ、私のだから、返して貰おうと思って」

「はっ!! 何を言い出すかと思えばこの糞アマがっ!
 これは兄が俺へ直接想いを告げられずに作ったラブレターなのだよ!!」
 
 お前が何を言っているのか。
 と、思わぬ展開になったが、山村さんが出してくれた助け舟を全力で漕がねば。
 
「山村さんが正解だ。それは相談に乗ってくれたお礼に俺が彼女に渡した物だ」

「うん。教室に忘れて帰っちゃっただけで、捨てた訳じゃないし、返して?」

 男尻が鬼の形相で歯を食いしばっている。
 このままでは自棄になって襲い掛かってくるかも知れない。
 怒りと肉欲の矛先をどこか別の……ああ。ちょうど良い奴がいるじゃないか。
 
「男尻。確かにそれはお前の物ではない。だがな? お前に想いを告げられない男はいるぜ?」

 ちらっ、と散見を見ると、頭の上に「!」と「?」が浮かんでいた。

「それをお前に渡した奴が、本当はお前とキスしたいんじゃないか?」

 ゆらぁ、と男尻が散見へと振り返る。「ひっ」と声が漏れた。
 
「そうじゃなくとも、他人のキス券を渡して、悪戯にお前の期待を煽ったのは事実だ。
 興奮を鎮める義務くらいあるだろ。……いけっ! 男尻ッ!!」
 
 慌てて逃げ出す散見を追って男尻は教室を出ていった。
 どうなる事かと思ったが、危機は去った。
 
「サンキュー山村さん」

「困ってるみたいだったからね」

 危険極まりないキス券だ、もったいないが破棄しようと手を伸ばす。
 山村さんは券を持った右腕を引っ込めた。
 
「それ、捨てようと思うんだが?」

「えっ? なに?」

 またこんな事があっても困るから、とさらに手を伸ばす。
 ひらりとそれを回避する山村さん。
 
「……俺とキスしたいのか?」

「ううん。全然。これっぽちもだよ?」

「じゃあ……どうして、離そうとしないんだ?」

「えっ? ごめん、日本語でお願い」

 ……などとやっている内に、チャイムが鳴った。
 朝のHRが始まっても男尻と散見は戻ってこなかった。
 一時間目が始まる前に、遅刻してやって来た益垣が不思議そうに二人の所在を尋ねて来たが、
「お前はただ純粋にシュッシュッしてろ」と肩を叩いてやった。
 益垣は不思議そうな顔をしながらも、女子の生足を網膜に焼き付けてから、男子トイレへと向かった。

 
 

 昼休み、珍しく妹が俺を訪ねてきた。
 手近な空いている席から椅子を引っ張りだし、「まあ座れ」と促した。
 
「どうかしたのか?」

「……昨日の話。ここじゃ話にくい」

 ならば中庭で、と二人で立ち上がった。
 教室を出る前にふと、振り返ると妹が座っていた椅子を益垣が抱えていた。
 
「お前、それをどうするつもりだ?」

「どうするって訳じゃないけど、行く先はトイレだ」

「そうか」

 益垣から椅子をぶん取り、30秒程全力で尻をこすり付け、ぬくもりを上書きしてやった。
 妹をオカズにしていいのは兄だけだと、六法全書にも書いてあるだろうが。
 
「待たせたな。行こうぜ」

 妹は、こいつら一体なんなのかと、微妙な顔をしながらも頷いた。

 
 
* 

今回はここまでです。

あまり本筋が進まなかったので、次回こそは。

次回の予定は9月9日です。
まだ先の事ですが、次々回は19日をお休みして、29日の予定です。

兄「ここで突然だが、あまり有り難味のないおまけ!」

兄「前回、帰宅途中に連れ去られ、探偵さんと一仕事してから帰宅する事になった……と言う没にしたシーン!」




「なん……だと……?」

『それ』の数が少ない事に気付いた俺は肝を冷やした。
 外へ出てから落としたならば、可能性は低い。
 恐ろしいのは校内で落とした場合だ。
 男尻に「俺とキス出来る券」を拾われる可能性が高まってしまう。
 
「どうした?」

 探偵さんが不思議そうに俺を覗き込んだ。
 
「大事な物を落としてしまった」

 少し考えてから、探偵さん。

「人として生活する上での最低限の知性か?」

「英知を極めた男と呼ばれた俺に対する挑戦か? やらしいルールの決闘なら受けて立つぞ。一人遊び耐久戦なんてどうだろう」

 一人でやってろ。とそっぽを向かれた。
 帰宅中に探偵さんに拉致された俺は、詳細を聞く前に街中に連れて来られた。
 そこで探偵さんとシュークリームを




兄「はい、ここまで! こんな感じで一仕事終えてから、帰宅し、眠りに付き、今回更新分の寝起きに繋がる予定でした」

探偵「なぜ、没になった?」

兄「え? いや、なんとなく……」

探偵「乳か? 私が貧乳だから没になったのか!?」

兄「え? いや、違うかと……」

探偵「乳のデカさと登場頻度が比例してるのか!?」

兄「いや、そうだとしたら、占い師に出番は無いだろ。そもそも名前すら出ないだろ?」

探偵「それも、そうだな。すまない、気が動転していたようだ」

占師「……」


※1 六法全書に『妹をオカズにして良いのは兄だけ』とは書いてありません。
※2 おっぱいと登場頻度は関係ありません。
※3 他人の話をする時は、周囲に本人がいるのかどうか確認しましょう。ポロっと出た本音が人を傷つける事もあります。

占師「……名前が出るくらいには、あるだろ」

山村「ぎゅ、牛乳飲もう? 牛乳! ね?」

占師「……うん」



 中庭にはちらほらと人がいたが、プライバシーを確保出来るだけの距離は保てそうだ。
 適当なベンチに並んで腰掛けた。
 
「ここなら、周りを気にせず話せるな」

 妹の顔を見ると、こくりと頷いた。
 そのまま視線を下げて、ゆっくりと戻す。妹は不思議そうな顔をした。
 
「いや、もっと歳が離れていたら、お前の制服姿に本気で欲情するだろうなぁ、俺。と思って」

「と言う事は、今は私に変な気を起こさないんだ?」

 ……妹の言葉を冷静かつ客観的に分析しよう。
 まず、俺は格好良い。そして妹はそんな俺に素直に甘えられない。
 以上を踏まえて、「変な気を起こさないんだ?」は「今だって欲情してよ!」と置き換えるのが正しい分析と言えよう。
 
「まっ、まさか、俺に告白する為に人気のない場所に!?」

 仰け反って驚いて見せると、妹は立ち上がり、冷たい顔で言った。
 
「変な電波を受信しているようなので、話はまた後日」

「待て待て! 今のはほんの冗談だ!」

「そう言う冗談はやめた方が良いと思う」

 更にふざけようとしていたのだが、妹の表情を見て、止めた。
 妙に切なげだったので、悪かったとだけ伝えた。
 ひょっとして妹は本気で俺のことを……いや、こんな事を考えていてはまた怒られてしまう。

「雲子さんの話だけど、やっぱり霧衣が関わっているみたい」

「そうか。……ところで、雲子の件に限らず、お前はどこまで知っているんだ?」

 妹は黙って首を横に振った。
 実は妹も深くは知らないのか。しかし、霧衣に関しては一番情報を持っているはずだ。
 まあ良い。やる事は決まった。
 
「取り合えず霧衣に話を聴いてみるか。すんなり行くとは思えないが……。
 放課後、霧衣を連れて俺の部屋に来れるか?」
 
「うん」

 これ以上はここで話していても仕方がないだろう、と俺は立ち上がった。
 妹がベンチにかけたまま、「ねえ」と俺を呼んだ。
 振り返るが、妹は俺を見ようとはせず、俯いて言葉を続けた。
 
「……私が雲子さん見たいに、お兄ちゃんの事、忘れちゃったらどうする?」

「そうか。雲子の状態は「俺を忘れている」のか」

 あっ、と妹が短く声を漏らした。
 やはりなんらかの事情があるのか、妹は俺に話せない事があるのだろう。
 それに関しては追求する必要はないだろう。
 出来る範囲では協力してくれているのだ、揉めるよりは、その辺の裁量は任せてしまう方が良い。
 
「さて、昼休みが終わる前に、飯を食わないとな。俺はコンビニでパンでも買ってこよう」

「うん……」

「……ああ、それとさっきの質問の答えな。相手がお前でも、どうにかするさ。
 忘れられるなんて、寂しいだろ」

 
 


 夕方、約束通り、妹と霧衣が尋ねてきた。
 妹は私服に着替えていたが、霧衣は制服のままだった。
 ふと、一つ気になり、俺は霧衣のほっぺを人差し指で押した。
 
「何ですか」

「いや、実体のない霊的な存在だから着替えは必要ないのかと思ったが、普通に触れたぜ」

 これは、と区切って胸に手を当てた姿勢でヒラリと一回転。

「ただ着替えていないだけです」

 それは良いが、今のファッションショーみたいな挙動はなんなのか。
 見た目だけはお嬢様風だから、似合わない事はないのだが、
 「似合うでしょう」などではなく、「ただ着替えていないだけ」とは、なんなのか。
 
「そんなくだらない事の為に私は呼ばれたのですか?」

「そう思うか?」

「いえ。用件は察しがついていますよ」

「なら話は早い。雲子に何をしたのか知らないが、元に戻してもらうぜ?
 今なら耳に息を一時間吹きかけ続ける刑で許してやる!」
 
 霧衣は妹の方を向いて呆れて見せた。
 
「こんなのの何が良いのか分からないです」

「そ、それより、霧衣にだって考えがあるんでしょう?」

 霧衣の考え。また訳の分からない話だろうか。
 いや、用件に察しがついていて、それでもここへ来たと言う事は、俺を納得させる何かがあるのか。
 どちらにせよ、回りくどい話はいらない。
 
「単刀直入に頼もう」

 一つ、と霧衣が人差し指を立てる。
 
「ゲームをしませんか?」

 勝てば雲子は元に戻るが、負ければ俺は親しい女の子に関する記憶を失う、と。
 霧衣はそう言った。
 こいつの正体は未だに分からないが、雲子に俺を忘れさせたのだ。
 俺から記憶を奪う事が出来てもおかしくない。
 
「霧衣、そんなの……」

 妹も知らなかったのか、驚いた様子で間に割り込んできた。

「安心してください。実の妹であり、恋愛対象にはなりづらい貴女に関する事はそのままにしておきますよ」

「俺も納得いかねぇな。勝手に雲子に俺を忘れさせておいて、ゲームだ?」

「勝手にですか? 私は頼まれたので、記憶を消しただけですよ。
 それに、ゲームと言うのも単なる酔狂ではありませんし」
 
 頼まれたから、と言われると俺にも非があるので何も言い返せなかった。
 なにより、雲子なら後先考えずに、その場の勢いで記憶を消せと言い出しそうだ。
 分が悪くなった事で、少し冷静になれた。
 まずは霧衣の話に乗ってやろうじゃないか。

「ゲームってのには、何か理由があるのか?」

「頼まれて記憶を消したのですから、当人の話を聴きもせず元に戻すのは、私としては納得がいきません。
 ですが、私にもメリットがあれば別です」
 
「そのメリットが親しい女の子に関する記憶か? ……お前ひょっとして俺の事」

「違います」

 無表情のまま即答だった。
 
「何故私にとってそれがメリットになるのかは、別の話でしょう?
 今貴方がするべき事は、私の提案に乗るかどうか、決める事」
 
 考えるまでもないだろう。
 ふと、妹を見ると、どこか居心地の悪さを感じているようだった。
 どちらに転んでも自分だけは影響を受けない立場なので、仕方ないと思った。
 
「乗ってやるぜ。……それで、そのゲームとやらはなんだ? 性感帯の当てっこか?」

「アホですか。いえ、アホですね。
 アホに理解出来るか分かりませんが、ルールをお話しましょう」
 
 こ、こいつ、やっぱり嫌いだ。三回もアホって言いやがった。

「貴方にはこれから、あの少女の精神世界に旅立ってもらいます。バットで。
 そこで、三日以内に彼女に思い出してもらう事が出来れば、貴方の勝ちです。
 そのまま彼女の記憶が戻ります。
 三日を過ぎるか、彼女が貴方を強く拒み、精神世界から追い出した場合、私の勝ちです。
 どうです、簡単でしょう?」
 
 ぐぬぬ……! 大まかには理解出来たが、一部どうしても分からなかった。
 バットで、ってのはどう言う意味だ。
 心理学に出てくる用語か!? 未来の装置か、魔法の名前か!?
 
「ああ、それと。その世界に貴方は今の記憶を持って行く事は出来ません」

「そんな事はどうでも良い! バットでってのはなんだ!」

 音も無く霧衣の右手に大きな鎌が現れたかと思うと、一瞬の内に野球のバットに姿を変えた。
 目の錯覚を利用した手品を見せられた子供の様に俺は一度目をこすった。
 
「これがバットです」

「あ、ああ……確かにそれはバットだが……「で」って?」

 こうです、と霧衣がバットを構える。
 殴るのか!? まさか殴って俺を雲子の精神世界とやらにぶっ飛ばすのか!?
 い、いや、もう何が起こっても驚くまい。
 
「や、やさしくしてね(裏声)」

 可愛らしい俺の哀願も空しく、激痛の後に俺は意識を失った。

 
 


「お、おあーーっ!!」

 身体が吹っ飛んでいる。
 一体何故? と考える間もなく、俺は何かを突き破った。
 響く破壊音、続いて無数の悲鳴が上がった。
 
「いたたた……たたたくない?」

 何かを突き破った先に地面があったらしく、俺はふらふらと立ち上がった。
 ここは……学校?
 突然ガラスを突き破って現れた謎の美男子に恐怖しているのか、生徒はみな俺から離れて警戒しているようだ。
 
「おっす! オラ……オラ誰だっ!?」

 そもそも俺はどっから飛んで来て、窓ガラスを突き破った!?
 いや、怪我してないのもおかしいぞ。
 俺は宇宙人か何かなのか!?
 何も分からない……いや……一つだけ覚えていた。
 俺は格好良い! それだけは何故か自信を持って言えた。
 
「驚かせてすまないが……ここがどこだか教えてくれないか?」

 まずは状況を把握しようと、怯える生徒達に向けて声をかけるも、誰も返事をしなかった。
 それどころか、まるで俺が見えていないかの様な言葉が聞こえた。
 一人でにガラスが割れただの、学校の七不思議だの……。
 どういう事だ?
 試しに一人の女子生徒にキス出来る距離まで近づいて見たが、無反応だった。
 謎の存在である俺を見ないようにして現実逃避をしている訳ではないようだ。
 何故なら、いくら素性が知れずとも、俺ほどの美形にキス出来る距離まで近づかれて頬を赤くしない訳がないからだ。
 理由は分からないが、本当に見えていないのだろう。

「参ったな。何の手がかりもなしか……」

 記憶が無いこと。非常識な存在であること。どこかから吹っ飛ばされていたこと。
 この三つを踏まえて考えるに、俺は何か重大な指名を背負っているのだろう。
 地球を救う、とか?
 
「そうだとすれば……俺、超格好良い……」

 本当の所、何も覚えていないが、薄っすらと何かをしなくちゃいけないと言う意識があった。
 それが果たして地球を救う事なのかは分からないが……。
 と思案していると、視線を感じた。
 まさか地球を滅ぼそうとしている怪人か!? と振り返ると、一人の女生徒が慌てて目を逸らしていた。
 小さな声で「やばっ」とも言っていた。
 
「ひょっとして、俺が見えているのか?」

 そう問いかけると、その子は近くの生徒の陰に隠れた。
 顔は良く見えなかったが、肩に触れるくらいの長さの髪が少し跳ねた、可愛い印象の子だった。

 ……ひょっとして、俺は正義の味方ではなく、悪者で、俺の狙いは彼女か?
 彼女の身に宿る『なんかすごいエネルギー』を求めて宇宙から飛来した、と。
 ……あり得るな。
 だとしたら、俺は悪役をきちんと演じなくてはならない。
 
「ヌフフフ……隠れても無駄だよ……俺とヌフフ……ヌフフフだぜ……?」

 ひっ、と小さな悲鳴が漏れた。
 
「どうしたの雲子? 大丈夫?」

「だ、大丈夫よ。何でもないわ……」

「へえ……雲子ちゃん、って言うのか……ヌフッヌフフフゥゥゥ」

 ずんずんと彼女に近づいて行くと、青ざめた顔で保健室へ行く、と言って教室を出ようとしている。
 教師はガラスの破片を処理する為の道具を持ってくると出ていって戻っていない。
 誰も止める事なく、彼女は教室を出た。
 俺を幻覚か何かだと思っているのだろうか。
 当然、俺も後を追って教室を出る。
 雲子は一瞬、振り返ったあと歩みを速めた。
 
「そんなに怖がらないでくれよ、何も殺そうって訳じゃない。ただ君の身体に眠る『力』が欲しくてね」

 俺は良く分からない設定を貫きながら、追いかける。
 どれくらい追いかけっこを楽しんでから襲い掛かろうかと考えていると、チャンス到来。
 彼女は転んでしまった。
 立ち上がろうにも恐怖で腰が抜けているのか、俺へと振り返ってから、少しずつ後退りするので精一杯だ。
 完全に狩られる者と狩る者の構図が出来上がってしまった。
 
「ヌフフ……力を譲り受けるには、地球人の性交に似た儀式が必要だ。
 なぁに、痛いのは最初だけだぜ……ヌフッ……」
 
「い、いや……来ないで……」

 良く見れば雲子と言う少女は素晴らしい巨乳の持ち主だった。
 後退りの度にふるふるとゆれる果実を前に「全部冗談だった」などと言えるはずがない。
 なんだか本当に自分が悪い宇宙人だった様な気もしてきたし、最後までやってしまえば良い。
 がしっと腕を掴むと、彼女が悲鳴を上げた。
 そして、誰かに助けを乞う様に叫んだ。
 名前を言っていたが、それは認識出来なかった。男の名前だったと思う。
 不思議な事に、俺はそこで手を離してしまった。
 大きな瞳から涙を零した少女が助けを呼んだ相手を羨ましく思った。
 俺の様な謎の怪人に目を付けられた絶体絶命の状況で、その名が浮かんだ男を、きっと彼女は信頼しているのだろう。
 まあ、こんなに可愛くて巨乳なら、彼氏がいてもおかしくない。
 
「あー……すまない」

 悲鳴を聞いて教室から人が飛び出して来て、彼女を取り囲んでいた。
 心配そうに何があったのかと尋ねる声に複数の声に、俺の謝罪はかき消されていた。
 やがて、彼女は数人に付き添われて、保健室へ向かった。
 彼女以外の誰にも俺の姿は見えていないようだった。

「……やべぇ。唯一の手がかりを失ってしまった」
 
 などと呟きながらも、俺にとって本当に「やべぇ」と感じているのは、彼女を傷つけてしまった事だった。
 これからどうすべきか……。
 俺は一体、なんなのか……。

 
 

今日はここまで。
次回は29日予定です。

投下していてふと思った事が。
台詞の前の名前です。
すっかり自分の言った事を忘れていて、付けないまま書いてますが、このまま継続させてもらいます。
自分の都合で申し訳ないのですが、読み返すにも書くにもこっちの方が楽なもので。

よろしくお願いします。


 立ち尽くす俺は、次の行動指針を決める前に、状況を整理する事にした。
 雲子と言う女の子を除く他人に俺の姿は見えていない。
 自分が格好良いと言う事しか俺は覚えていない。
 何かをする必要がある。と言う意識はあるが、覚えていると言う程ではなかった。
 
「仕方ない。まずは俺がどれだけ格好良いのか鏡でも見てくるか」

 他人に見えない俺が鏡に映るのか少し心配だったが、鏡の中にいけてるメンズが見えた。
 それに関しては一安心だが、謎が増えた。
 頭の右上に俺の似顔絵と数字が浮かんでいた。
 
「……×(かける)03って何じゃあ、これは」

 何かしらのアイテムを100個入手したら増えたりするのだろうか。
 考えてみたが、全く答えが見えそうに無かった。





 校内を探索してみたが、手がかりもなければ、他に俺が見えている人間もいないようだった。
 校外に出る事も考えたが、行くあてがなかった。
 俺は保健室の前に来ていた。
 もう一度彼女に会う事を考えていた。
 先の出来事で警戒されているだろうが、可愛らしく謝ればきっと大丈夫だ。
 保健室のドアを開く。保健室の先生はいないようだった。
 
「……恐らく君にしか聞こえていないだろう」

 三つ並んだベッドの内、一番奥の窓際で人の動く気配があった。
 そこにいるであろう彼女に向けて、

「さっきは怖がらせてごめんなさい(裏声)」

 俺は謝った。
 彼女はむせていた。
 あまりにも俺の裏声が可愛くて驚いたのだろう。
 
「これ以上近づかないし、襲い掛かったりしないから、聞かせて欲しい。
 何か……俺に関して知っている事はないか?
 君も気付いているように、他の人には俺が見えていないようだからな。
 見えている君なら何か知っているんじゃないかと思って」
 
「知らないわ。……あなた、頭のおかしい幽霊じゃなかったの?」

 なんなのか。
 何故彼女がそう思ったのか、窓に突入してからの事を思い返してみる。
 自己紹介しようとして自分の名前が思い出せなかったり、地球を救う使命に燃えてみたり、
 怪人ごっこしてみたり、と確かに一貫性のない行動をとっていた様は「頭おかしい」だろう。
 
「そうかも知れないが、そうじゃないかも知れない」

 彼女が何の反応も示さないので、俺は言葉を続けた。
 
「俺は自分が何者なのか覚えていない。何故こんなに格好良いのか、何故他人に見えないのかも知らない。
 君に襲い掛かろうとしたのは、ちょっとした悪ふざけだ」

「……信用は出来ないけど、気持ちは分かるわ」

 信用の証に脱ごうか? と問いかけたが、近づかないでと怒られてしまった。
 
「私も何かを忘れている気がするのよ」

「君が忘れている記憶に、俺が関係しているのかも知れないぜ?」

「どう言う事よ」

「君が特別霊感が強いのなら、俺は頭のおかしい幽霊なのだろうが、そうは見えなかった。
 それじゃあどうして君にだけ俺が見えているのか。不思議に思わないか?」
 
「確かにそうだけど……絶対にそうだとは言えないわ。
 私は何を忘れているのかも分からないし、ひょっとしたら、単なる勘違いかも知れない」
 
 謎は深まるばかりだ。
 俺は記憶喪失の透明人間(?)で彼女は何かを忘れているが何を忘れているのかも忘れている(?)のだ。
 手がかりを求めてここに来たはずが、余計に訳が分からなくなってしまった。
 どうしたものかと、うんうん唸っていると、妙な物が視界に映った。
 思わず、
 
「ふぇぁああっ!? おっぱいいっぱいっ!?」

 などと訳の分からない驚き方をしてしまう様な代物である。
 
「な、なによっ!?」

「い、いや……み、見えていないのか?」

 何が? と言った反応である。
 ベットの近くにもう一人雲子が立っていた。
 それも「自分はそっくりさんとかそんなチャチなもんじゃねぇ」と言わんばかりに半透明だ。
 なんなのか。
 混沌を極める状況に頭を抱えていると、謎の雲子がふらっとベッドに倒れこんだ。
 寝ている方の雲子が「んっ」と色っぽい声をあげた。
 大丈夫かと声をかけると、平気よ、と返事があった。
 
「一瞬妙な感覚があったけど、あなた何かした?」

「いや、俺は何もしていないはずだ」

 そう前置きしてから、俺は今しがた自分が見た光景の事を雲子に話した。
 
「その……半透明な私? ひょっとして、忘れている事と関係があるのかも知れないわ。
 どうしてか、私は絶対に何かを忘れているって確信が持てたのよ」

 失くした記憶が彼女の姿をして、その辺をうろついているとでも言うのか。
 そうだと仮定して、『記憶』は自ら彼女に戻った様に見えた。
 何かそうなる条件が――

 思考を遮る様に、再び半透明の雲子が現れた。
 今度は二人同時だ。そうかと思うと、声をかける間もなく、ベッドの中へと消えた。
 
「ひょっとして、またなの?」

「ああ、今度は二人同時だった。何か思い出したか?」

「ええ、私も良く分からないけど……その記憶は私にとって大切で、でも、私はそれを自分から捨てた……?」

「ど、どう言う事だ?」

「私も分からないって言ったばかりじゃない」

 確かにそうだ。
 何か記憶が戻る条件があるのなら、それを発見出来ればすぐに雲子の記憶は戻るのではないだろうか。
 その条件とは……いや、その前に俺は自分の事を優先すべきだろうか。
 俺もきっと、何か大事な事を忘れているのだろう。
 などと思案していると、雲子がベッドから起きたようだ。
 
「……おかしな事もあるものね」

「全くだ。いや、俺の存在もおかしな事に含まれるのか?」

「そうね。……あなた、私以外には見えないんでしょう? だったら、しばらく私に協力してくれないかしら」

 彼女曰く、今起きた出来事が偶然じゃないのなら、俺が記憶を取り戻す手がかりになる。
 そして俺は話し相手が出来て寂しい思いをせずに済む、らしい。
 
「これこそ、二兎を二丁拳銃で撃つ? んん?」

「一石二鳥の事か?」

「べ、別に間違ったわけじゃないわよ! あなたの知能を試しただけよ?」

 ……ちょっとおバカな所があるらしい。
 寂しい寂しくないを抜きにしても、会話出来る相手がいると言うのは俺にとっても悪くないだろう。
 雲子を介して他の人間からも情報が得られる可能性もある。
 何より目の前の少女は巨乳である。
 断る理由はどこにもなかった。
 それにしても、本当に良い乳である。
 
「む、胸ばかり見てるんじゃないわよ!」

 腕で胸を庇うようにし、俺から胸を遠ざける様に身体を捻る雲子。
 隠されると余計に魅力的に見えると言うものだ。
 思わずそのおっぱいの感触を思い浮かべ、両手を突き出し宙を揉む様に動かしてしまう。
 顔がほころび、涎が垂れるほど、おっぱいをむにむにする妄想を楽しむ。
 ……気付けば雲子がすごく冷たい眼差しで俺を見ていた。
 
「あ、新たな謎が、発生したぜ? い、今俺は一体何を?」

 などと言ってみても、雲子は黙ったままだ。
 慌てて話題を切り替える。
 
「そ、そういや、俺が襲い掛かった時に名前を呼んでいたのは、彼氏か?」

「ん? 何の話かしら」

 聞けば、よく覚えていないらしい。
 ついでに彼氏はいないとの事だ。
 
「……あの時の事は、本当に冗談だったのよね?」

「……信用は出来ないだろうが、そうだ」

 信用出来ないどころか、仮に俺が本気で襲い掛かれば呆気なくどうこうされてしまうと言う事実は敢えて言わなかった。
 力で男に敵うはずもなければ、見えない存在である俺から彼女を救える人間もいないのだ。
 ……彼女がその事に気づいていれば、関係を修復する事は不可能だったろう。
 
「自分でも危機感がないと思うけど、一応、信じるわ」

「俺のようなイケメンなら、強引に事に及ぶ必要もないしな」

「イケメン」

 なぜか、雲子が半笑いで言った。
 馬鹿にされているのかと思ったが、そんなはずはない。
 あまりにもイケメン過ぎて笑うしかなかった、と言ったところか。
 

今回はここまでです。

次回更新は10月9日予定です。
あと二回ほどで雲子編終わるかなーと思ってます。

それと、いつもレスしてくれてる方、ありがとうございます。

以下お礼のおまけ
※非常にバイオレンスなんで一応注意

テーマ【教育番組】

兄くん:ちょっと頭がアレな少年
妹博士:物知り

妹「今日は「二兎を二丁拳銃で撃つ」と言うことわざについて、お勉強しようね」

兄「ええ~! 妹博士~、そんな事よりボク子作りについて勉強したいな~」

妹「そうね~、例えばここにもう一人、兄くんみたいなクレイジーな糞ガキがいるとするでしょう?」

兄「え、う、うん」

妹「どっちもイカれた妄言を垂れ流しててイライラするよね?」

兄「は、はい。すみませんでした。調子に乗りました」

妹「そんな時、拳銃が二丁あると、いっぺんに頭を撃ち抜けるから便利だよね?」

兄「……はい」

妹「そんなことわざなの。わかったかな~?」

兄「……はい」

妹「次回は『石を上から3トン』と言うことわざについてお勉強するよ!」

兄「……う、うかつな発言をしないように気をつけます」

妹「ふふふ、兄くんはどうしちゃったのかな~? みんな次回も見てね! ばいばーい!」

兄「ば、ばいばい」


妹「一応言っとくけど、そういう企画だっただけで、普段はあんな言葉使わないから」
兄「そうですよね」
妹「なんで敬語?」
兄「いや……なんとなく……」

そんな感じで次回もよろしくお願いします。


 日常生活に支障をきたす訳ではないので、雲子は普段通りの生活を送りつつ、空いた時間で記憶探しをすると言う。
 今日の授業はまだ終わっていないので、一度俺たちは別れた。
 今後の方針だが、俺自身の事は何一つ分からないので、ひとまず雲子への協力を中心に行動するつもりだ。
 とは言え、具体的に何をすべきかは明確ではない。

 仕方なく校内を徘徊している時だった。
 角を曲がる人影が視界に映る。
 今のは、雲子だろうか?
 慌てて追いかけるが、またしても後姿を一瞬捉えただけだ。
 階段を全力で駆け上がるが、距離は少しも縮まっていないように感じる。
 あれは雲子の記憶だろうか。
 追いついた所で俺一人じゃどうしようもないとは思うが、可愛い子を追いかけるのは好きだ。
 本音を言えば捕まえて「ぐへへへ……」と下品な笑い方をしてしまいそうな事をする方が好きだ。

 



 全然捕まらない。
 その割りに見失ったかと思えば、背後に遠ざかっていく雲子がいたりする。
 まるで遊ばれているようだ。

「ぬおおっ!! これ以上俺を怒らせると卵の白身だけで作った『白目焼き』食べさせるぞ!!」

「へえー……そんな料理があるのね」

「いや、俺の創作だ。なんなら『白濁液を床にぶちまけた様な食べ物』と言う名前でも……ん?」

 気付けば隣に雲子がいた。
 授業の終わりを告げるチャイムはまだ鳴っていないはずだ。
 
「……本物か? それとも記憶の方か?」

「その二つなら記憶の方ね。だけど偽者って訳でもないわ」

 念の為におっぱいのさわり心地も確認した方が良いだろうか。
 記憶が喋る新しいパターンだ。
 匂いや味も確認すべきだろうか。いや、するべきだろう。
 まずは耳の味から……と近づく。
 
「余計な事をしないでくれる?」

 雲子が強い口調で言った。
 
「す、すまん、ただ……味も調べた方が良いかと思ってだな……」

「味? 何を言っているのか分からないけど、私はあなたを思い出したくないの」

 俺を思い出したくない? どういう事だ。
 記憶にないだけで、俺と雲子の間には繋がりがあったのか? あるいは性的な意味で繋がった事あるのか!?
 
「そ、そんな事言わないで、もう一度あのめくるめく快楽の日々を!!」

 ぐおお、と迫る俺を軽く避け、雲子はすたすたと歩き出す。
 
「私は戻るわ。……これ以上、あなたに近づかせるわけにはいかないの」

 近づかせるわけにはいかない、か。
 雲子は自分から記憶捨てたと言っていた。
 今のは「忘れているのは思い出すのも嫌な記憶」であり、それは俺に関しての記憶であると言う事か。
 確かにそんな記憶が戻れば、彼女は俺を拒絶するだろう。



 案の定、とでも言うべきか。
 放課後に会った雲子は「記憶の事はもう良い。関わらないで欲しい」と言った。
 
 俺は食い下がらなかった。
 二人の間に何かがあったのか。俺はまずそれを知るべきだと考えていた。
 雲子と別れてから、俺は校内に残っている生徒達の会話を盗み聞いていた。
 仮に俺が幽霊だとすれば、窓ガラスの件で噂になっているだろうと考えたのだ。
 だが、「きっと○ヶ月前に死んだ○○の霊の仕業だよ」みたいな会話はなかった。
 
 途中、ゴリラ顔の男と、せわしなく視線を泳がす男が雲子のおっぱいがどうだとか話していたので、手近にあったジャージで抱き合うような形で縛り付けておいた。
 しばらくして「素晴らしい! 素晴らしい!」と野太い声で歓声があがっていたが、男色嗜好の生徒でもいたのだろうか。
 そんな事は本当にどうでも良かった。
 
「思えば……ここまでことごとく作戦に失敗しているな……」

 我ながら情けない。
 記憶こそないが、これだけ格好良くて知的な俺の事だ。世界中にファンがいるのだろう。
 そんなファン達を失望させる訳にはいかない。
 
「もう頭脳プレイは終わりだ! 全ての記憶を捕まえれば良いんだろう!?」

 追いつけないなら、もっと早く動けば良い。
 見つからないなら、もっと探し回れば良い。
 だが、このままでは駄目だ。では、どうするか。答えは『欲』だ。
 欲望は人を動かす。
 
「捕まえたらおっぱい触り放題、捕まえたらおっぱい触り放題、捕まえたらおっぱい触り放題……」

 うつむき、何度も何度もその言葉を繰り返す。
 洗脳だ。思い込みの力で俺は限界を突破した速さを手にしてやろうと言うのだ。
 人目を気にしなくて済む今の状態ならではの作戦だった。
 
「捕まえたらおっぱい触り放題!!」

 何千と繰り返したであろう言葉を高らかに叫んだ。
 
「……」

「……くくっ」

「くくくくっ、ふふ、はははっ、ははははは!!」

「捕まえたらおっぱい触り放題!」

「捕まえたらおっぱい触り放題ぃぃぃいっ!!」

 俺は人ならざる速度で駆け出した。
 そこに知性は一欠けらも無かった。

 
 

 記憶を捕まえては雲子に投げてぶつけて強引に身体に戻し、また記憶を捕まえる。
 野生の本能がなせる技か、俺は雲子の家まで探り当て、記憶を戻していた。
 全部でいくつあるのかは分からないが、6つ程の記憶を捕まえた。
 そして7つ目を探している時だ。
 
「うおああぁぁっ!?」

「おっぱいおっぱい」と虚ろな目をしながら呟く俺がガラスに映っているのを見てしまった。
 どう見てもアレな人だ。
 そのアレな人っぷりや、一瞬で理性を取り戻すほどだった。
 俺が他人に見えていたら、今頃は警察に捕らえられていただろう。
 でも大丈夫だ。
 物好きなどこぞのお嬢様が俺に面会を求めに来ていただろう。
「おっぱいおっぱい!」と鼻息荒く繰り返す俺を見て、彼女は狂喜するのだ。
「この狂気に満ちた瞳。こんな男こそが、私のペットに相応しい生き物よ!」と。
 お嬢様に引き取られた俺は、彼女のペットとして飼育され、毎晩地下の調教室で……。
 
「うおああぁぁっ!?」

 危ない妄想をしている俺の姿もやばかった。
 一瞬で理性を取り戻したんじゃなかったのかよ、俺!
 
「と、取り合えず雲子の様子でも見て……ん?」

 ガラスに映る自身の姿に違和感を覚えた。
 アレな人だった俺はすでに普段のクールでキュートな顔をしている。
 俺の足を止めたのは、右上に浮かぶ謎の数字と似顔絵だ。
 減っている。「×03」だったはずが「×01」となっていた。
 思えば、走り回っている最中に二度夜明けを向かえた気がする。
 これは残り日数だったのか? ――何の?
 0になった時、何が起きるのか。
 
「むむむ……考えても分からん。取り合えず雲子を見に行こう。
 ……それは良いが、ここはどこだ?」



短いですが、今日はここまで。
次回は10月19日を予定しています。
そろそろ雲子編も終わりです。



>>769

節子、それ明日ちゃう…… 今日(20日)やで……


 俺はどことも知れぬ場所から雲子の家に向けて歩いていた。
 地名の記憶もないので、勘だけを頼りにしている。
 
「後どれくらい歩けば良いんだ……」

 昼過ぎに歩き始めて、すでに夕方だった。
 せめて学校近くまでいけば、雲子の家へはすぐなのだが。
 見知らぬ、あるいは忘れている景色の中をひたすら歩き続ける。
 
(これだけの苦労したのだから、当然おっぱい触り放題だな……)

 何の根拠もないが、そう信じて自分を奮い立たせる。
 せっせと進んでいたが、景色の一部に違和感を覚えて足を止めた。

「病院か……」

 どこにでもあるような白い外壁の建物だ。
 変わった所は見当たらないが、妙に気になる。
 これも何か、記憶に関わっているのかも知れないが、後回しで良いだろう。
 今はとにかく、おっぱ……雲子に会いに行こう。

 
 


 学校にたどり着いたのは夜になってからだった。
 ここまで来れば道順は覚えている。
 校舎の外壁のもっとも高い位置に付けられた時計を見上げる。
 
「10時か……」

 触れる事は出来ないが、頭上の数字に手を伸ばしてみた。
 当たり前の様に、手は空を切った。
 これが0になった時に俺がどうなるのかは分からないが、何かが起こる予感はする。
 何とかその前に会う事が出来そうだ。

 少しの安堵を覚えた俺は、道すがら捕まえた「記憶」達の様子を思い返す。
 それぞれが何かしらの記憶が身体を持った存在であり、「記憶」の性格はその内容を反映している。
 例えば、雲子が俺を拒絶するに至った原因の記憶は「忘れているのは思い出すのも嫌な記憶」であり、
「記憶」もそんな事を口にしていた。

 それを踏まえて考察するに、雲子が忘れているのは「想いを寄せる幼馴染に関する記憶」であると俺は思う。
「幼馴染を探していると言った記憶」
「どうしてあの人の事が思い出せないのかと嘆いていた記憶」
 他にもいくつかそれらしい言葉を聴いた気がする。
 
「しかし、そうだとするとますます俺と言う存在の訳が分からない……」

 俺がその幼馴染の幽霊や何かである可能性は極めて低い。
 何故なら「記憶」達の言葉にも、生徒の話にも、人が死んだ事を匂わすような物は一つもなかったのだ。
 幽霊の類でないとして、突然、誰も知らない、誰も見えない存在になどなるだろうか。
 ……あまりにも格好良過ぎて世界から認識されなくなった美青年。俺。
 夜道を一人で歩きながら、にやけてしまうが、有り得ないだろう。
 
 だとすれば、その幼馴染はもっと幼い頃に亡くなっていると見た。
 で、俺はと言うと、恐らく雲子が作った妄想だ。それなら彼女にしか見えないの事にも説明が付く。
 加えて「思い出すのも嫌な記憶」が言った俺を思い出したくないとの言葉も理解出来る。
 俺自身の事ではなく、死んでしまったと言う事実を思い出したくないのだろう。
 現在の俺の姿はその幼馴染が成長した後の様な姿を、更に美化して出来上がったのだ。
 そうでなければこんなに格好良いはずがないからな!
 
(しかし、他人の妄想でしかない俺がこんなに独立して思考したり行動する物なのだろうか……)

 
 


 俺は押し倒されていた。
 隣の家の車庫に登り、屋根を伝って雲子の部屋へとたどり着いてすぐの事だった。
 
「遅かったじゃない……」

 俺に覆いかぶさった上下黒の下着だけを纏(まと)った雲子が言った。
 
「お、おう……。きゅ、急にどうしたんだ……?」

「急に? 何を言ってるのよ。私はずっとこうしたかった……」

 こ、これは……。
 幼馴染はすでに死んでいると言う記憶を取り戻す前に、恋愛感情だけ取り戻したのか?
 
「と、取り合えず落ち着け!」

 自分にも言い聞かせるように俺は言った。
 これ以上、吐息の温度まで感じられる至近距離で接していると、股間が反応してしまいそうだった。
 そうなったら会話どころではなくなる。
 その前に両肩を手を当て、雲子を押しのけて起き上がる。
 
「一体何を思い出して、どうしてそんな格好なのか説明してくれ! ついでに、あ、いや何でもない」

 ついでにおっぱい触らせてくれと言いかけたが何とか飲み込んだ。
 
「何をって……私は……あ、あなたが好き……幼馴染でずっと一緒だったあなたが……」

 俺の予想通りだったと言う訳か。
 まだ分からない事がいくつかあるが、どうすべきか。
 とりあえず、もう少し会話から情報が欲しい。
 
「そ、そうか。こ、こんな時に悪いが、ちょっと頼みがある」

「なに? ……今なら、何でも聞くわよ」

「お、俺は……正面から見るよりも、背後から見る方が好きだ。……その、おっぱいの話だ」

 会話を続ける前に襲い掛かってしまいかねなかったので、取り合えず視界に入る肌色の量を減らそうと言う作戦だ。
 ベッドの淵に座り直して、開いた股の間をポンポンと叩く。ここに来い、と。
 雲子は素直に従った。

 そして俺の作戦は完全に裏目に出た。
 でまかせのはずだったが、背後から見るおっぱいは素晴らしかった。
 谷間がとてもはっきりと分かる事に加え、
 ブラジャーの隙間からおっぱいの敏感な先端が見えるのではないかと言うドキドキ感。
 鼻先にある後頭部からはシャンプーの良い香り。息子に当たる柔らかなお尻。
 
(くっ、鎮まれ……! まだお前の出番じゃない……!!)

 ぎりぎりもっこりせずにいるが、いつまで持つことやら。
 
「あ、ありがとう。それで……えっと、俺と君は幼馴染なんだな?」

「……あなたは忘れたままなの?」

 素直に謝罪したが、雲子はその方が良いと言った。
 どう言う事だ?
 俺はすでに死んだ存在ではなく、単に彼女の想いを拒んだだけなのか?
 そもそも、彼女はどこまでを思い出している!?
 駄目だ、息子を抑えるのに精一杯で考えがまとまらない。
 
「触っても良いのよ?」

 置き場に困ってダラリと降ろしていた手を雲子が掴む。
 向かう先はその豊かな胸だ。

 
「ま、待て待て! 俺は君を思い出していないんだぞ!? 
 そんな状況で突っ走れば君を傷つける事になるかも知れないだろう!?」


「やっぱり、優しいのね。……でも大丈夫、これは私の夢でしょう?」

 夢。
 確かに現実と言うには、非常識な事ばかりだ。
 彼女の夢の世界だとすれば、何かと説明は付くが……。
 どうもそれだけとは思えない。
 俺は何かをしなくてはならない。
 例えこれが雲子の見ている夢だとしても、その中で何かすべき事がある。
 そんな気がしてならないのだ。
 
「どうしてこれが夢だと思ったんだ?」

「だって……他の人にあなたが見えなくて、私だけが独り占め出来るなんて、夢以外に有り得ないわ」

 むう……。
 言われて見れば、俺と雲子の関係が妙に繋がり過ぎている気はする。
 想い人が登場する、都合の良い展開の夢。
 そう言ってしまえば、それだけの気がしないでもない。
 
「そんな事、どうでも良いわ。……はっきり言うわね」

「抱いて」

 顔をこちらに向けた雲子が言った。
 思わず俺の方が赤くなってしまう。
 
「ばっ、だっ、だっ、だい……ま、待て」

 口ではそう言いつつも、息子はすでに制御不能の狂戦士状態である。
 再び部屋に入った時と同じく、押し倒される。
 
「良いの。何も考えないで……。夢で結ばれれば、きっとあなたを忘れられる……」

 後半は独り言だったのか、小さな声の呟きだったが、俺は聞き逃さなかった。
 やはりこれは夢で、雲子は現実世界で俺を忘れようとしているのか?
 
「ま、待てって言ってるだろう!?」

 押し付けられた胸の感触に我を忘れそうになりかけたが、何とか雲子を押し返す。
 
「ゆ、夢でも何でも俺は絶対にしないぞ! 雲子が俺にとって何なのか思い出せたら、それからどうするか考える!!」

 家族が起きて来そうな程に大きな声を出してしまったが、階段を上る音は聞こえなかった。
 
「思い出さなくて良い……思い出したら……アンタは私になんて興味ないじゃない……」




「俺が君に興味がない?」

「……今の格好より、もっと恥ずかしい姿を見たってアンタは何もしなかったし、逃げるように帰ったじゃない!」

 う……今、核心に迫るような事を言われている気がするが、それでも俺の記憶は全く戻る気配がない。
 
「興味がないなら、放っておけば良いのに……私を女の子として見てるような事を言って……
 どうしてよ! 一人でやきもち妬いたり、期待してる私が馬鹿みたいじゃない!」
 
「す、すまん……全く思い出せない……」

 わ、我ながら情けない台詞だ。
 そりゃあ雲子だって泣き出すし、それを受けて息子も空気を読んでしぼむ訳だ。
 どうしたものか……いや、何とか解決しようなんて考える必要はないのか?
 思うままに口を開く。
 
「なあ? 俺は……今の俺は君の知ってる俺と似ているか?」

「……記憶がない」

 泣きながらも雲子が答えてくれた。
 
「そうか、それだけか。それじゃあ、きっと現実の俺にも雲子は魅力的に見えているよ」

 雲子は何も答えなかったが、俺は続けた。
 
「初めてこの夢で会った時、俺は雲子を追い回したはずだ。
 君が転んだ時、誰かの名前を呼んだな? ――ひょっとしたら俺の事かも知れないが、そいつが羨ましく思ったんだ。
 謎の性欲怪人に追い詰められた絶対絶命の状態で、助けを求められたそいつがな。
 もちろん、あのまま襲い掛かろうと本気で思うくらい魅力的だったのも確かだ」

「それと、俺たち幼馴染なんだろ? お互い素直になれないだけで、決して脈なしって訳じゃないんじゃないか?」

 一方的にここまで話して、俺は雲子の言葉を待った。
 
「……やっぱり、アンタに振り回されるのね。せっかく忘れようと思ったのに」

「考え直してくれたか。……忘れてる俺が言うのも気が引けるが、勝手に失望して忘れられるなんて、嫌だからな」

 雲子の頭に手を置き、ポンポン、と軽く叩く。
 それから、手近にあったカーディガンを羽織らせた。
 
「ねえ……これはやっぱり夢なのよね? 忘れちゃうの?」

 まだ涙の残った瞳をこちらに向けられる。
 一枚羽織らせたとは言え、白い肌と対照的な黒い下着も見えている。
 うう……。「忘れるわけがないぜ!」とか格好良く言って抱きしめたい衝動に駆られる。
 やっぱり現実の俺は頭がおかしいのか、素直じゃないだけだろう、これ。
 とは言え、抱きついたりして俺は忘れて雲子だけが覚えていたりしたら、大変だ。
 
「分からん。夢かどうかもはっきりしないしな」

 そう言いながら、目元を拭ってやるのが精一杯だった。
 
「……私たち、幼馴染じゃなかったら、良かったのかしら」

「俺はそうは思わないぞ。
 お互いに中身を知っていなければ、雲子にとって俺は「やたらおっぱい見てくる失礼な変態」でしかなかったはずだ」

 雲子は少し考える素振りをしてから、確かに、と言った。
 おいおい、俺が好きなんじゃないのか。

「まあ、これで一件落着と言う事で良いか?」

 どういう理屈かは分からないが、
 俺を忘れようとしている雲子に思いとどまらせる為に俺は彼女の夢に入り込んだのだろう。
 あとは夢が覚めるのを待つだけだ。
 
「……今なら俺も現実よりは素直だろうし、雲子、お前もそうだろう?」

「……? ええ……まあ……アンタも妙に落ち着いているし……」

「だったら、お前から見た俺ってどんな奴なのか教えてくれよ。夢が覚めるまでさ」

 そう言うと、雲子は少しずつ語り始めた。
 最初は「馬鹿」だとか「変態」だとか、そんな単語ばかりだった。
 これは、目が覚めた時に覚えているかも知れないと言う照れからだろう。
 その証拠に話が進むに連れて、楽しくなって来たのか、少しずつ褒めるような話も増えてきた。

「これは――幼稚園の時ね。私の名前って読み方変えると、ほら……子供が馬鹿にしそうじゃない?
 実際そう言う事もあって……その時、アンタが女子トイレからすっ飛んで来て」
 
「……ちょっと待て。俺はどうして女子トイレから来た?」

「さあ? 覗いてたんじゃない?」

 ……俺は幼稚園児の頃からちょっとアレだったのか。
 
「まあ、とにかくアンタのおかげで名前で辛い思いをした事って意外とないわ。
 基本的に変態だけど、良い奴なのよ」
 
 それからも、雲子は色々俺との思い出話を語ってくれた。
 相槌を打ちながら聞いていたが、少し頭がグラグラして来た。
 時計を見ると、もうすぐ0時。……俺の頭上の数字が0になる時、この夢は終わってしまうのだろう。
 
「――――で、――――、――なのよ」

 雲子の言葉もほとんど聞こえない。
 ただ……ぼやけた視界の中、俺の事を話す雲子は笑顔だ。
 現実の俺は雲子をこんな風に笑わせられているのだろうか?
 
「――本当に――――けど――――」

「――好き」
 
 それが、この世界で最後に聞いた雲子の言葉だった。
 意識が途切れる刹那、俺は目の前の少女の為に何かしたいと手を伸ばした。
 


「――っ!?」

 左腕に鋭い痛みを感じて目を覚ました。
 虫にでも刺されたかと腕を見ると、それどころではない傷を負っていた。
 
「な、なんなのか。……すなおに?」

 右手の人差し指も血だらけだ。
 ……まさか自分で傷つけたのか?
 
「あ、そうだ! 俺は確か、霧衣にバットでぶっ飛ばされて……それから
 ……いや、その前に血を流して来よう」
 
 染みる!
 生傷に水道水をかけたら染みるって俺の妹が言っていた!
 言ってないが、ライトノベル風に今の状況を把握してみた。
 
(しかし、この「すなおに」って何だ? 雲子の精神世界に行っていたはずだが……)

(……見事に何も思い出せない)

 だからと言って意識の外に追いやる事は出来なかった。
 この俺の瑞々しい決め細やかな肌を傷つけるに至った出来事、重大でないはずがない。
 ぬーんと考え込んでいたが、呼び鈴の音に遮られた。
 玄関を開けると制服を着た占い師が立っていた。
 
「……もう学校の時間か?」

「兄、私が誰だか分かるか?」

 なんなのか。

「わ、分からない……、なぜ君は胸にまな板を仕込んでいるんだ……? ぶぎゃっ」

 全力を込めてつま先を踏まれた。
 俺は裸足だと言うのに。
 
「この状況でその冗談は止めろ。どっちか分からないだろう」

 聞くと、妹から昨夜の出来事を伝えられ、様子を見に行くよう頼まれていたらしい。
 占い師だろ? と尋ねると、ほっ、と息を吐いた。
 
「その様子なら、問題なしだな」

「ああ。俺がお前の事を覚えているなら、賭けは俺の勝ちで、雲子は記憶を取り戻しているはずだ」

「ふむ。妙な話もあったものだな……。ところで兄、腕の傷はどうしたんだ?」

「俺にも分からん。目が覚めたら傷があった」

 それから、占い師の部屋へ連れられ、応急処置を受けた。
 占い師は余裕を持って訪ねて来たらしく、学校には十分間に合いそうだった。

 
 


 一時間目が終わってから、俺は雲子の元へ向かった。
 
「ちょっと良いか?」

 そう聞くと、無言で立ち上がり、俺の後を付いて来た。
 屋上へ向かう階段の踊り場まで歩き、俺は雲子へ向き直った。
 
「俺が誰だか分かるか?」

「……兄」

「まだ完全には思い出していないようだな……。俺は強くて優しい女の子の味方、兄だ。
 強くて優しい女の子の味方、が抜けているぞ」
 
「そんな事より」

 俺の魅力を一言に凝縮した素晴らしい名前は「そんな事」で片付けられてしまった。
 
「アンタこそ、夢の事、覚えてるのかしら?」

 夢?
 精神世界での出来事を雲子は夢として記憶しているのか?
 
「……すまん、全く思い出せない」

「そう……」と、雲子が俯く。
 覚えていないが、何かあったのだろうか。
 
「と、とにかく……記憶が戻ったんだ、良かったじゃないか」

「……私は……そんな事望んでなかったのよ……」

 俯いたまま雲子が言った。
 参ったな。せめて何があったか分かれば手も打てるのだが。
 ……手がかりと言えばこの腕の傷か。
 すなおに。……何に対して素直になれば良いのか。
 
(雲子が記憶を消したいと願ったきっかけはアレだよな……だったら……)

「く、雲子」

「なによ」

「……俺はあの日見た光景をオカズにティッシュを四箱消費した! 
 エロ素晴らしい! そ、そうだ! 使ったティッシュ持って来ようか!?」

「なっ、なによ! 突然!!」

 俺とした事が、少し動揺しているようだ。使ったティッシュを持ってくる必要はないだろう。
 
「い、いや、目が覚めたら腕に「すなおに」と傷が付いててな……
 取り合えず、思春期男子の秘密を素直に語ってみたんだが……」

「そんな事は素直にならなくて良いわよっ!!」

 顔を真っ赤にして俺に背を向ける。
 昨日の俺よ……どうして何の役にも立たないヒントを残したんだ!
 釈然としない物は残ったが、雲子に記憶が戻ったのは確かだ。
 少し時が経てば、いつもの関係に戻るだろう。
 そんな事を思いながら、去って行く雲子の背を眺めていたが、ぴた、と動きが止まった。

「……その……記憶の事……ありがとう」

 振り返った雲子がにっこり笑って言った。
 
「あ、ああ……」

 こいつがこんな風に笑っている所、しばらく見ていなかった様な気がする。
 こんなに可愛く笑うのか、などと思ってしまうほどだ。
 
「もう、記憶を消すだなんて言わないよな? お金じゃ買えない価値がある。俺との記憶はプライスレスだぜ?」

「ええ。この先、どうなっても……アンタとの思い出は私にとって、必要な物だと思うわ」

「雲子……」

 図らずして、見つめ合う俺たち。
 お、おいおい、俺の心臓よ、何をドキドキしてるんだ?
 ただ珍しく素直な事を言ってるだけじゃないか……。
 どうする事も出来ずに立ち尽くしていたが、始業を告げるチャイムが鳴った。
 
「ほら、行くわよ」

 雲子が俺の手を取って歩き出す。
 
「……お、おい!」

「何よ。照れてるの? 意外とヘタレね」

 勝ち誇った顔で雲子が言った。
 
「何を!? 俺の鍛え上げられた精神にかかれば、今ここで全裸になる事も全くいとわん!!」

「相変わらず馬鹿ね。大馬鹿ね」

「ぬ、ぬうぅ……馬鹿は感染するぞ!? 感染させるぞ!? お前も馬鹿にしてやろうか!? あぁん!?」

「馬鹿じゃないの。馬鹿が感染するとか、頭どうかしてるんじゃない?」

 ぐぬっ! こいつ……!
 俺が妹に恥ずかしい所(おてぃんてぃんの事ではない)を見られた日に、こんな話を真に受けてた癖に……!
 
「一瞬でも可愛いと思った自分が悔しいぜ」

「かっ……」

 雲子がピタリと動きを止めた。
 かと思えば、さっさと俺の手を放して「もう行くわ!」と慌しく去っていった。
 なんなのか。
 
「ま……一件落着と言う事で良いか」

 昼休みにでも妹に報告しに行こう。
 あいつも心配していたしな。



今日はここまで。
昨日はすみませんでした。

一応雲子編、終了です。
次回の予定は10月29日です。
とりあえずもう少しだけ雲子編に関連した話が続きますが、探偵さん編へ向かうつもりです。
よろしくお願いします。


>>771

「兄ちゃん、なんで夜中働いてた人間って、昼間働くようになっても
 0時基準じゃなくて、自分が寝て起きたら次の日って感覚抜けないん?
 発注書や報告書に日付を記入する時、0時過ぎてても前日の日付だから、癖になってしまうん?」

「節子、わい兄ちゃんやない。下半身丸出しのおっさんや!」

「きゃー!」

という事なのです。


 昼休み、俺は妹を中庭に連れ出していた。
 雲子の事を伝える為だ。
 彼女の記憶が戻った事と、俺はなんともないが、精神世界での事は覚えていない事などを話した。
 
「うん。本当に良かった」

 随分とあっさりした反応だったので、尋ねると知っていたと言う。
 
「だって霧衣が何度も舌打ちしながら、ぶつぶつ文句言ってたから」

「そうか……。あいつ、なんなんだろうな」

 妹は小さく相槌を打ったが、話題を変えた。
 やはり何か知っているのでは無いかと勘ぐってしまうが、ここは合わせておこう。

「お兄ちゃん、何か変わった事とかない?
 自分の意思と関係なく身体が動くとか……」

「朝起きると俺の意思とは関係なく、股間の松茸が――」

「特に変わった事はないんだ?」

 早口で遮られてしまった。
 確かにいつも通りの事だからな。
 朝から元気な息子と、それをなだめる様子を詳細に語って聞かせたかっただけだ。
 恥ずかしがって怒る妹を見て、うほほいと盛り上がりたかっただけなのだ。
 
「気を付けて、と言っても仕方ないかも知れないけど、自分を見失わない様に」

「お、おう? ……真剣な顔でそう言われると少し悲しいぜ」

「悲しい?」

「自分を見失うな、って、性犯罪には手を染めないように、と言う事だろう?」

 そう言うと、妹は困った様な顔をした後、
 
「まあ、そういう事も含めて。気を付けて」

 と、強引に話をまとめて去っていった。
 そう言えば今日は友達と昼飯を食う約束があったと、ここに来る途中に言っていた。

 
 


 妹と別れてから数分後、俺は妙な組み合わせの二人を連れて中庭に戻ってきた。
 山村さんと雲子だ。
 ここの所、山村さんは占い師と昼食を共にしていた。
 今日は探偵さんの所に行っているとの事で、俺が誘われた訳だ。
 雲子も似たよう理由で、友達が欠席していると言う。
 
 俺の様なハンサム男に対して女の子が二人。
 普通なら修羅場は避けられないものだが、今日は違った。
 二人とも「俺を含めた三人」で飯を食うのを希望していた。
 事前に俺を巡る壮絶なバトルがあったのかも知れないが……。
 今は平和だ。
 
「しかし、昼休みに学校を抜けるとは、何かあったのか?」

「桃子ちゃん? 特に何も聞いてないけど……」

「あの人――探偵さんなら、何があっても平気だと思うわ」

「そうだなー」と気の抜けた返事を返して、俺はパンにかじり付いた。
 生活資金も減って来たし、放課後にでも会いに行くか。
 何か良い仕事があると良いな、などと考えながら空を眺めていたが、ふと気が付く。
 沈黙だ。
 俺が最後に言葉を発してから、沈黙が数分続いている。
 仲良しって程でもない二人だ。気まずさでもあるのだろう。
 ここは一つ、俺が場を和ませてやる。
 
「俺は一夫多妻って素晴らしい制度だと思うけど、お前らはどう思う?」

「どうって、今まさにそんな感じじゃない」
「確かにそうだね。ふふ、悪くないかも」
「二人とも俺の嫁じゃーい!」
「もうっ、兄ったら……」
「平等に愛してくれないと怒っちゃうよ? なんてねっ」
「「「うふふ、あはは、あははのは」」」

 この様に和やかな雰囲気になる事、間違いなし。
 そのはずだったが、俺はどこで何を間違えたのか。
 命の危機を感じていた。
 
「山村さん……この石を兄の頭の上に勢い良く落として良いかしら?」

「そうだね。これ以上被害者が増える前に……ね、雲子ちゃん」

 俺の頭と同じくらいの大きさの石を持ち上げる雲子と、生ゴミでも見るような眼差しの山村さん。
 気の弱い人間なら、この状況だけで失禁のち失神だ。

「ま、待て待て。冗談だ、冗談」

 慌てて弁明を図るも「へぇ」だの「ふぅん」だの、まるで聞いちゃいなかった。
 
「本当に冗談だって! そもそも被害者ってなんだよ!」

 自慢じゃないが、あまりにも格好良過ぎて女の子に告白された事すらないぞ!
 そう伝えると、一瞬、きょとんとした後、二人して急に顔を背けた。
 なんなのか。
 雲子が石を地面に戻し、山村さんが「行こう」と声をかけて去っていった。
 
「……なんだったのか」

 ひょっとして、あれか?
 今日は4年に1度の頻度で訪れると言う、気温や湿度、日光の加減、体調などの条件が偶然重なり、いつもの33倍俺が格好良く見える「ウルトラハンサム」の日だったか?
 なら仕方ない。
 33倍格好良い俺を見てしまえば、怒りも急速に収まると言うもの。
 二人とも、去り際は少し頬が紅潮していた。きっと俺の予想どおりだろう。
 
(写真の一枚でも撮ってくれれば良かったのにな)

 なんて事を考えながら、俺は一人、パンを食べるのであった。

 
 


 放課後、俺は探偵さんの事務所を訪れていた。
 中にいるであろう、探偵さんに気付かれぬ様に扉を開く。
 覗きである。
 なぜ覗くのか。
 
(誰もいないオフィスで一人遊びしているOLの卑猥過ぎる映像って良いよね)

 それだけの理由だ。
 制服も良いけどスーツも良い物だ。探偵さんの場合、男物だが、それは我慢しよう。
 涎を拭いながら僅かな隙間から事務所を覗く。
 居た。
 残念ながら、一人遊びの最中ではなかった。
 いつもの椅子に座って、力なく仰け反っていた。
 
「……兄か?」

 流石は探偵さん。こちらに視線を動かした様子はないが、気取られたようだ。
 仕方なく、扉を開いて事務所に入る。
 
「何だか疲れている様に見えるが、どうかしたのか?」

「ああ。一つ、大きな依頼を受けていてな。……そうだ、他の仕事、君に任せても良いか?」

「元々、何か仕事があるのか聞こうと思っていたし、それは良いぜ。
 でも、探偵さんは一人で大丈夫か?」

 大丈夫だ、と探偵さんは言った。
 付け加えて、他の依頼が大分遅れているから、そっちを頼む、と。
 
「俺一人で大丈夫か? 見た目は格好良いだけの高校生だぞ?」

「心配するな。成果主義の力仕事ばかりだ」

 それなら、俺一人でも問題ないか。
 変装だの交渉ごとがないなら、ある程度の事は出来るはずだ。
 
「それじゃあ。よろしく頼んだ」

 探偵さんは椅子から降りてさっさと事務所を出ようとする。
 
「もう行くのか?」

「仕事の準備だ。机の……一番上の引出しに、依頼書と事務所の鍵が入っている」

 忙しそうだな。
 一体どんな依頼なのか気になるが、俺は任された仕事に専念しよう。
 探偵さんを見送った後、言われた通りに引出しを開けると、書類の束とその上に鍵が置いてあった。
 パラパラとめくり、一通り目を通す。
 ……なんなのか。
 
「確かに力仕事と言えるが……、これは探偵に頼むより、傭兵にでも頼めよ……」



短いですが、今日はここまで。

次回は11月7~13日までの間で一度投下しようと思ってます。
11月9日は会社の行事なので。


以下、おまけです。


探偵さん編

改め

喫煙者で中途半端に男装で言葉遣いは乱暴で暴力的でついでにおっぱいも小さい探偵さん編

探偵「……」

占師「……ぷっ」

探偵「笑ってるけど、桃子の胸の方が小さいからな?
   その小ささと言ったら、顕微鏡でも見えるかどうか……」
   
占師「そ、そんな物、もはや胸でも何でもないじゃないか!」

探偵「落ち着け、桃子。そんな君の為の胸が大きくなる方法を事前に調べて来てある」

占師「そんな都合の良いものあるわけないだろ」

探偵「物は試しだ。揉むと大きくなると言う」

占師「なっ!? ま、待て、そんな方法で、放せ! はーなーせっ!」

探偵「同性同士だ。そんなに恥ずかしがる事もないだろ? いくぞっ!!
   激しく揉みしだいてやる!」

占師「……っ!」

探偵「――と思ったが、残念だ、揉めるほどの胸が見当たらない! どこにも見当たらない!」
   
占師「さ、最初からそれが言いたかっただけだろうお前!」


喫煙者で中途半端に男装で言葉遣いは乱暴で暴力的でついでにおっぱいも小さい探偵さん編

改め

胸の話になると大人気ないゲスに豹変する探偵さん編

兄「これだと長いから、適度に省略しようぜ」

妹「では

胸の話になると大人気ないゲスに豹変する探偵さん編

改め

探偵さん編

と言う事で」

兄「よし!」

 と言うわけで、探偵さん編もよろしくお願いします。


 巨大生物討伐、警備用武装ロボットとの実戦形式動作試験、秘境踏破
 ドーバー海峡横断、力士100人VS一般人(俺)
 バナナの皮を敷き詰めた100mを走った時に人は何度転ぶか、など……普通に生きていれば関わる事の無い様な仕事ばかりだ。
 いや、むしろ、命に関わる仕事ばかりだ。
 
「探偵さんを怒らせるような事をしただろうか?」

 思い当たる節はなかった。
 愛が俺に伝わらず、もどかしい思いをしている内に憎しみに変わってしまったのだろうか?
 一瞬「それか! モテるって辛いぜ!」と思ったが、彼女の性格を考えると、それは違った。
 回りくどい事をせず、自ら俺をぶっ飛ばしているはずだ。
 
(単純に、偶然こんな依頼が重なった? それも考えにくいな。
 意図して集めたとしか思えないが、理由は想像もつかない)
 
 どうしたものかと、いつも探偵さんが座っている椅子に腰をかける。
 力なく背もたれに身体を預けると、軋む音が鳴った。
 
「……そうか! 探偵さんが真面目な振りをしていたから、すっかり騙されたぜ!」

 何故、今まで気付かなかったのか。
 探偵さんは嘘か真実か分からない冗談を言う人だ。
 恐らく、最近俺がチッス(接吻)してやってなかったから、拗ねていたのだろう。チッスした事ないけどな!
 絶命の危機は回避出来たが、これは困った事になったかも知れない。
 探偵さんの話の内、「大きな依頼を受けている」だけは真実であり、細々した依頼は受けていないと予測出来る。
 生活費が足りなくなる前に稼ごうと思っていたので、これは痛手だ。
 
(俺の生写真でも売るしかないのか……?)

 いや、それは最後の手段として残しておこう。
 仕方ない。占い師にでも相談してみるか。
 探偵さんから何か聞いているかも知れない。
 ひょっとすれば、まともな依頼を占い師に預けている可能性だってある。
 きちんと戸締りをして、俺は事務所を後にした。

 
 


「か、解雇されたのか!?」

 占い師に事情を説明すると、目を丸くして驚かれた。
 
「なんでだよ。それなら「うぇんうぇん」泣きながらここに来てるだろうが」

「だろうがって、当たり前の様に言われてもな……。まあ良い、中で話そう」

 言われるままに、俺は占い師の部屋へ上がった。
 仄かに美味しそうな匂いが漂っている。
 声に出しながら、くんくんと匂いを分析する。
 
「ポテトサラダと味噌汁とレバニラ炒めだな?」

「良く分かったな。私には、レバニラの匂いが強くて他は分からないぞ」

「ふっ、伊達にイケメンやってねーぜ。女の子を頭皮の匂いで判別する事も出来る!」

 気持ち悪い。とだけ言い残して、占い師は台所へ向かった。
 俺がいかに優れた美少女ソムリエか語って聞かせようと思っていたのに、残念だ。
 とは言え、せっかく夕飯をご馳走になれそうな流れを断ち切る訳にはいかない。
 
「何か手伝おうか?」

「そうだな……ご飯をテーブルまで運んでくれ。ああ、それと、お前が来るとは思ってなかったから、量はそんなにないからな」

 
 



 食事の最中は特に探偵さんの話はせずに、テレビ番組にツッコミを入れたりしていた。
 言われていた通り、少し物足りない気はするが、贅沢は言うまい。
 占い師が食べ終わるのを待って、俺は二人分の食器を洗った。
 水切りかごに食器を立て、空になったシンクも清掃する。
 これだけやれば十分だろう。
 頬杖をついてテレビを見ていた占い師の向かいに腰を下ろす。
 
「さて……飯までごちそうになって、さらにまた世話になるのも気が引けるが、俺ほどの美青年なら許されるだろう。仕事、あるのか?」

 中で話そうと言うくらいだから、何かあるのだろうと、俺は期待していた。
 
「無いな。……自分でバイトでも探すか、家に戻るんだな」

「おい! 甘い話と美味しいご飯で俺を誘惑して、部屋に引きずり込んで何が目的だ!? お医者さんごっこか!?」

 期待させておいて、無いとは何事か。お医者さんごっこするなら何でも許すが。
 
「そんな訳あるか。ただ……」

 そこで区切ったっきり、占い師は黙り込んだ。
 やはりお医者さんごっこか!? 診察と称してあちこち触りまくって良いのか!?
 そろそろ股間にぶら下げた聴診器を取り出そうかと悩んでいると、占い師が何かを思い出したような声を出した。
 
「そう言えば、お前が見たって言う、変な依頼だが、嘘じゃないと思うぞ?」

「ん? どう言う事だ?」

 聞くと、手の込んだ冗談でも何でもなく、本当に受けている依頼なのではないか、と。
 何故そう思うのかと問うと、再び黙り込んでしまった。
 
(まったく。妹と言い、みんなして俺に何を隠してるんだよ。隠すのはおっぱいだけで良いってのにな!)

 食事の事も含めて礼を言ってから、俺は占い師の部屋を後にした。
 あの依頼、全てをこなすのは無理だろうが、一つくらいどうにかなる物もあるかも知れない。
 明日にでももう一度事務所に行ってみよう。

 
 


 夢だ。
 男の背中が見える。他には何もない。
 その後ろ姿に見覚えはないが、男が来ている服にはどこか懐かしさを感じる。
 男が何かを言っている。
 一つの文章を繰り返している様に聞こえるが、なんだ?
 声に意識を集中させる。聞き取りづらくはあるが、いくつかの言葉は拾えた。
 
「モテれば」「次はイケメンに」

 この男が一体なんなのかは分からないが、相当モテないらしい事は分かった。

 
 



(妙な夢を見ていた気がする……。エロ楽しい夢なら…目覚めても記憶していたのだが…)

 可愛い子のおぱんちゅでも枕の下に敷くべきだろうか。
 取り合えず、水でも浴びて学校へ行く用意でもしようかと立ち上がる。
 同時に呼び鈴が鳴った。
 玄関を開けると占い師が立っていた。
 私服姿だ。……今日は土曜日だったか。
 
「おはよう。どうかしたのか?」

 質問に答える前に、占い師は俺の頭からつま先まで視線を滑らせた。
 
「準備が済んでからで良いが……」

 どこを見て俺が寝起きだと判断した!?
 寝癖か、股間の染みか!?
 
「あいつの事務所の行ってみようと思ってる。一緒に来てくれないか?」

「おう」

 股間を注視するが、もっこりもしていないし、妙な染みもなかった。
 
「それで? 何の用だ?」

「聞いてなかったのか……」




 身なりを整えて格好良さ3割増しの状態になった俺は占い師の部屋を訪ねた。
 彼女も準備が済んでいるようで、すぐに探偵さんの事務所へと向かう事になった。
 
「俺は元々、少しでもマシな物がないか、もう一度依頼を見直しに行こうと思っていたが、お前はどうしたんだ?」

「気になる事があってな、思い過ごしだと良いが……」

 一体なんなのか。それは教えてくれないらしい。
 自分の用事だけ済ませれば良いか。
 程なくして、事務所へ到着。鍵を開けて中へ入る。
 昨日ここで会った時から一度も戻っていないようだ。

「お前が言っていた、依頼書の束はどこにある?」

「それならいつも探偵さんが座っている机の引き出しだぜ」

 俺はソファに腰掛けながら言った。
 占い師が依頼書をテーブルに広げて、俺の向かいに座る。
 
「これを見てもまだ本物の依頼だと思うか?」

「ふむ……。あいつのやりそうな悪ふざけにも見えるが……」

 全くだ。改めて見ると、本当に酷い依頼ばかりだ。
『一度もされた事がないので、お姫様だっこして欲しいな。※ただし依頼人は200kgオーバーの巨漢のホモである』
 こんなもんどうしろと……。
 まともな依頼はやはり無いのだろうか。
 期待せずにパラパラと依頼書を捲り続ける。
 
「……なあ、兄?」

「なんだ? 筆で小一時間ほど敏感な胸の突起をくすぐってくれってか?」

「頭おかしいのか? この状況でどうすればそんな事を言い出すと思うのか」
 
「抑えきれなくなった願望がふと出てしまったのではないのか?」

 占い師はわざとらしくため息を吐いた。
 ふむ……。男なら察した時点で黙って筆を取ってくるべきだったか。
 
「そんな馬鹿話はどうだって良い。これだ」

 占い師が依頼書の一部を指して言った。
 数字だ。通し番号は依頼書の右上に記されている。ではこれは?
 
「むむむ……暗号か? 解き明かすと俺への愛のメッセージが!!」

「それはないだろ」

 さらりと占い師が言った後、もっとも若い数字の依頼書を束の上に引っ張りだした。
『育ち過ぎたミニトマトが襲い掛かって来ます。どうにかしてください』

「……」

 なんなのか。
 二人して黙るしかなかった。
 気を取り直して他の依頼書にも目を通す。通し番号以外の数字が与えられた物は全部で7枚あった。
 
「なんだろうな? これ。この7つだけ本物とかなのか?」

「さあな。書かれている住所はそう遠くないが……行ってみるか?」

「それが手っ取り早いだろうけど……襲い掛かってくるミニトマトってなんなのか……」
 
 等と話している時だ。入り口で物音がしたのを俺は聞き逃さなかった。
 
「誰だっ!? 男なら不審者として問答無用でぶっ飛ばす! 可愛い子なら入っておいで? そして互いにペロペロしあおう!!」


 

今日はここまで。

次回は11月29日の予定です。
上の方にも書きましたが、29日に更新出来ないようなら、早めにお伝えしますので、ご容赦ください。

すまぬ・・・すまぬ・・・


「どうした座らないのか?」

 そう声をかけて来たのは探偵さんだろうか。
 整った顔立ちと凛とした雰囲気は子供の頃からだったらしい。
 よく見ると、探偵さんの上着の裾を握っている子がいた。占い師か。

「そうだな。座るかぁ」

 俺は良く分からない返事をしてソファに腰掛けた。
 改めてリビングを見渡すと、一人足りない事に気が付く。
 雲子だ。
 どこに行ったのか探そうと立ち上がると同時に、がさがさと袋の擦れる音が耳に届いた。
 台所の方か、と首を向けると雲子がスナック菓子を持って小走りでやってきた。
 
「これ食べて良いー?」

(……そういや雲子ってガキの頃はぷよっとしてたな。小学校高学年くらいの時から、腹回りの脂肪が乳へと変わっていったんだっけ)

「ああ。食べて良いぞ。……ただし、みんなで分けて食べろよ?」

 嬉しそうに頷いて雲子はテーブルの上でお菓子を広げた。
 みんながお菓子に群がる中、占い師だけが俺に近づいて来た。
 相変わらず探偵さんの裾は掴んだままだ。
 なんなのか。いや、それよりも……。
 
「何も成長していない……」

「え?」

「ああ、いや。何でもないぜ」

 幼女の時から現在まで一つも胸のサイズが変わっていない。これはもはや奇跡と呼ぶに相応しいのではなかろうか。
 占い師は不思議そうに首をかしげていたが、「君は未来永劫にまな板なんだよ」などと言って夢や希望を打ち砕いてはいけないので、俺は何も言わなかった。
 
「それ、絵本?」

 占い師が指差した紙袋は絵本ではなく、エロ本だ。
 一文字違うだけで「幼女を喜ばせる物」から「幼女で悦ぶ物」に変わってしまうとは、悲しい運命だ。

「こ、これは、し、仕事の本だよ?」

 忘れかけていたが、早い所これを隠しておこう。
 もし中身を見られたりすれば、確実にトラウマを作ってしまう。
 占い師にみんなと一緒にお菓子を食べるように勧めて、俺は立ち上がった。
 
「俺は少し二階に行ってくるから、お菓子の後はきちんと手を洗うんだぞ?」

 将来良いお父さんになるであろう事が予測出来る様な大変素晴らしい台詞だ。

「ふぁーい!」

 口いっぱいにお菓子を含んだ雲子が元気良く返事をしてくれた。

 
 



 無事にエロ本隠しを終え、ついでに霧衣にいくつか質問して分かった事がある。
 気付いてはいたが、5人を幼女化させたのは俺のエロファンタスティックなクリスマスを邪魔する為だ。
 なので、目的が達成される……つまり、24日の夜を過ぎればみんな元に戻ると言っていた。
 
(それまでしっかり世話をしなきゃいかんのか……)

 元に戻れば子供に戻っていた間の記憶はなくなると霧衣は言ったが、
 クリスマスに限らず俺の恋路を阻む障害である彼女の事だ。
 俺が失態を犯せば前言撤回で記憶をそのままにしておく、なんて事も有り得るので、うかつな事は出来ない。
 とは言え、子供に襲い掛かるほど飢えてもいないので、出来る限りの事をすれば、それで十分だろう。
 
「さて、幼女天国に戻るとするか」

「楽しそうですね」

 ニヤけて言った霧衣を無視して俺はリビングに戻った。
 部屋に入る俺を見た途端に、探偵さんと雲子が台所に小走りで向かった。
 珍しい組み合わせだが、一体なんなのか。
 
「あのね! これも食べて良い!?」

 雲子が今度はアイスキャンディーを持って来た。
 家の冷凍庫は高い位置にあるので、探偵さんが協力して開いたのだろう。
 一仕事終えたと言った顔で遅れて戻ってきた。
 食べても良いぞ、と言いかけて俺は止まった。
 
(『じゅっぽじゅぽ大人のミルクキャンディー』? なんだってそんな卑猥な商品名なんだよ!
 これはアレか? 俺が幼女にエロスを見出すように仕組まれた罠か!?)
 
 霧衣を睨みつけると、無表情のまま親指を真っ直ぐ立てた。
 くそぅ。みんなが通常通りの食べ頃なお年頃だったら息子も俺も大喜びなのに。

「駄目なの?」

 俺が黙っているのを怒っていると勘違いしたのか、雲子が悲しそうに俺を見上げていた。
 こんな顔でそう聞かれて「駄目だ」と言える訳が無い。

「い、いや、良いけど……零したりしないようにな?」

 ……雲子の両親もこうして甘やかしてしまっていたのだろうか、そんな考えが頭を過ぎった。

「うん! みんな食べよう!」

 雲子がアイスの箱を開いて一本ずつ配る。
 みんなに行き渡ったので、残りは俺が冷凍庫に戻す。
 もちろん俺も一本いただく事にした。
 誰よりも大胆かつ卑猥に食べて大人としての威厳を見せておこうではないか。

 リビングに戻ると、山村さんが手にしたアイスを袋も開けずにいた。
 
「どうした?」

「あのね、これ開けて?」

 今の姿でも難なく開けられるだろうが、子供は時に突拍子もない事を考えるものだ。
 大人の俺が考えを見透かすのは難しい。素直に開ける事にした。
 
「ありがとー」

 嬉しそうに笑ってアイスを食べ始める山村さん。
 俺に開けさせた真意は分からないが、思わず抱きしめたくなるほど可愛らしい行動だった。
 ……美人ならぬ美幼女か。
 
(はっ!? ま、待て息子よ! いくら美幼女とは言え、相手は子供だ! 起き上がろうとするな!)

 幼い姿の山村さんが、タラタラと白い液体滴る棒状の物を舐める姿を見て、
 戦闘モードに切り替わろうとする息子を理性で抑える。
 辺りを見渡せば似たような光景がいくつも。
 ちゅぱっ、じゅるっ、なんて音も聞こえてくるのだ。
 
(だから待てと言っているだろうが!)

 息子を叱り付けるも、俺の股間にテントが張るのも時間の問題だった。
 
(それだけは駄目だ。そうなってしまえば俺は大切な何かを失ってしまう気がする……!
 何か、何かないか!? 息子を抑える物は……!!)

 あった。探偵さんだ。
 苦戦しながらも何故かアイスを舐めずにかじって食べている。
 
(あれを自らの息子に置き換えて想像するんだ!)

 股間に寒いものが走ると同時に、息子が動きを止めた。
 危ないところだった。
 改めて見ると、探偵さんはまるで急いで食べている様に思えた。
 取り合いにでもなるのか? と他の子を見てみるが、雲子も競っている様には見えない。
 なんなのか。
 やがて最後の一口をがぶりとやると、探偵さんが残った棒を高く掲げて言った。
 
「一番最初に食べ終わった人はもう一本もらえるんだろう!?」

 な、なんて横暴な子だ。勝手に自分ルールを作ってやがる。
 
「待て待て。俺はそんな事言ってない。言ってないから、急ぐなよ雲子」

 だが、おかわりしようと焦る雲子には俺の言葉が届いていないようだ。
 みっともない食べ方で何とか素早く食べようとしている。
 ……仮に一番最初に食べ終わった奴がおかわり出来るとしても、すでに探偵さんが食べ終わってるんだけどな。
 子供の頃からちょっとバカだったんだな。
 なんて事を考えていると、雑な食べ方のせいでアイスが一欠けら雲子の服に落ちた。
 
「もう一本とか無いんだから、大事に食べろよ」

 取り合えずアイスを拭き取ろうとティッシュを持って近づく。
 その俺の耳元で霧衣が囁いた。
 
「幼女に着衣ぶっかけ、ですか」

 ……。そう言えばこのアイス、妙にドロっとしていて、少し黄ばんでいる。

(もう着衣ぶっかけにしか見えないじゃないか!)

 せっかく収まりかけていた息子が再び反旗を翻す。

 無心だ。親になりきるんだ、俺! 雲子の服に付いたアイスを拭う事だけ考えろ!
 
「ちょうど胸の位置ですね。新旧おっぱいさわり心地比べですか?」

 だぁぁぁっ!!
 子供の胸なんて何とも思っていなかったのに、霧衣の言葉で妙に意識してしまう。
 水を得た魚のように、息子がずんずん元気になる。
 ええい! もう知らん!
 さっさと雲子の胸元を拭いて、俺はソファに座りなおした。
 すでに七割ほど本性をさらけ出した息子を今度は鎮めようとはせず、少しでも隠そうと両腕をだらんと股の間に垂らす。
 だが、その行動が裏目にでた。
 
「もう一本くれないなら、お父さんの食べる」

 そう言って探偵さんは、俺が手にしていたアイスをぱくりとくわえた。
 すかさず霧衣が言った。
 
「幼女相手に擬似フェ○○○ですか」

 確かにこの姿は俺の股間に顔をうずめて何か棒状の物を舐めている。
 ……やってしまった。
 脳内で大人の探偵さんと置き換えてしまった。
 パンツもズボンも突き破ってやろうと言わんばかりに息子がいきり立ってしまった。
 先ほどと同じくガリガリ食っていればまだしも、もうこれしか口にする事はないからか、
 大事そうにペロペロしているのだ。収まる気がしなかった。

「これがアイスではなく、本物だったらさぞ素晴らしい快感でしたでしょうね」

 まだ煽るか、霧衣。
 
「ぺろぺろぺろ……ちゅぱちゅぱぺろぺろ……」

 実際にはそこまで音を立てている訳ではないが、もはや何もかもが卑猥に感じる。
 霧衣は相変わらず俺の耳元で囁き続けている。
 もう我慢の限界だ。
 
「さっきから何の真似だっ! 俺をロリコンに仕立て上げて何になる!? 少し黙ってろッ!!」

 リビングが静まり返った。
 
「ご、ごめんなさいぃ」

 なぜ自分が悪いと思ったのか、妹が泣きながら謝りだす。
 
「ち、違う! お前に言った訳じゃあ……」

「じゃ、じゃあ私……?」

 なぜそうなる。今度は占い師が泣き出してしまう。
 
「い、いや、違う……な、泣くな! 今のは何でもないんだ」

 言って泣き止めば苦労はしない。
 アイスを探偵さんに渡してから、泣く二人を引き寄せる。
 わしわしと頭を撫でながらなるべく優しい声を出して謝った。
 
(このままじゃ駄目だな……。襲うことはなくても、また泣かせてしまいそうだ)

 自分の敵は自分、と言うが、まさか強靭かつ強大な自らの性欲が敵になる日が来ようとは。
 二人が落ち着いたら部屋に戻ってお稲荷さんが干からびるまで出しておこう。
 俺はそう決めてから、股間を膨らませたまま二人の頭を撫で続けた。
 何故膨らんだままなのか。
 抱きついて来た二人が柔らかくて温かく、髪の毛からはシャンプーの良い匂いがするからだ。
 それだけだ。
 決してもはや手遅れなレベルでロリコンと化してしまった訳ではないのだ。
 ……ないのだ。

 
 

今日はここまで。
次回は12月19日の予定です。
残り一回で終わらない場合、全4回になるかも知れません。

それと一応。僕はロリコンではありませんよ。
……ありませんよ。


 二人を泣き止ませた後、みんなにテレビでも見ているように伝えて、俺は自室にこもる事にした。
 部屋に戻った俺は、室内の家具を入り口に集めバリケードを築き上げた。
 これで万が一にもみんなが、「”お父さん”が布団の上で股間からキノコを生やして息を荒げている」様子を見てしまう事はないはずだ。
 準備は整った。早く体の底からあふれ出すこの性欲(チカラ)を鎮めなくてはならない。
 
「だがしかし! どうする俺! ここは俺の部屋! 俺臭のする俺グッズしかない!」

 流石の俺も、俺をオカズに俺がハッスルなんて事は出来なかった。
 
「自分で隠した餌をすぐに忘れてしまうバカ犬の様な人ですね」

 背後からの声に振り向くと、霧衣が小ばかにした表情で俺を見ていた。
 
「な、なんでお前がここにいるんだよ! ここは女人禁制だ! 出て行け!」

 これからは男の子だけの秘密の時間なの!
 霧衣はわざとらしく不思議そうな表情を作って、言った。

「女人禁制……? ならば貴方の妹にもそう伝えておかなくてはいけませんね」

 どういう意味か。……俺不在の間に、妹はここに何の用があって来ているんだ。掃除か?
 
「貴方の様な兄とは言え、離れていると寂しいのでしょうかね。時折タンスから貴方のシャツを引っ張りだして……うぐっ!?」

「ど、どうした霧衣!?」

 突然、霧衣が胸元を押さえて苦しそうにうずくまった。
 
「これ以上……喋らせないように……今は記憶もないはずなのに……なんて強力な念力……!! 無念!!」

 そのまま霧衣は消える様に去った。
 残された俺はどうすれば良いのか。どこまでが悪ふざけで、どこからが真実だったのか。
 深くは考えない事にした。
 今はそれよりもオカズがないこの状況をどう打破するかを考えるべきだ。
 
「霧衣が言っていた隠すだの餌だの……そうかっ!!」

 ――エロ本。
 エロ本の存在を忘れていた! 霧衣の言葉通りちょっと間抜けな動物レベルの記憶力だった! 俺!
 
「まあ良いか。アホ可愛い犬耳の俺とか、モテてモテて全国の散見や益垣みたいな奴らに申し訳なさ過ぎて死にたくなるくらいだろうし」

 一人納得して、隠したエロ本を再び手に取った。

 ページを捲るたびに繰り広げられる破廉恥行為の数々を思い描き、思わず口の端から涎が垂れた。
 それを拭い、がむしゃらに紙袋を破いた。
 
「こ、これは!!」

 忘れていた。なぜか益垣と散見はロリ物をチョイスしていた!
 この状況でこれは不味いぞ。
 子供になってしまった女の子達に対して微塵も邪まな気を起こさない為に性欲に立ち向かおうと言うのに、
 目の前にあるのは邪悪な欲望を抑え切れなかった大人とその餌食になった子供達の様子を描いた猥褻書物!
 ぬう、どうすれば……。他にオカズはない、絶対絶命だ。
 
「……まあ、待て。待つんだ、落ち着け」

 誰に言うでもなく、俺は語り出していた。
 
「この本を読んで、息子が反応しなければ、俺は大丈夫だ。無理に性欲をかき消す必要はないのだ」

 ゆっくりと薄い本を開く。セーフ。日常を描いたシーンだ。
 次のページへ移る。これもセーフ。おっさんが主役の女の子に声をかけてどこかへ連れ出すシーンだ。
 次はそろそろ来るか……。
 予想通り、倉庫らしき場所でおっさんに服を破り捨てられるシーンだ。
 ここから本格的に卑猥になっていくぞ……!!




「ははっ、はははははっ!! なにやってるんだろうな……俺……」

 乾いた笑い声を上げて、俺は自嘲気味に呟いた。
 エロリ本の横には、丸めたティッシュの山が出来上がっていた。その量、十箱分だ。
 倉庫のシーンですでに息子はびんびんだったのだ、こうなる事は分かっていたはずだ。
 それでも改めて積み上げられたティッシュを見ていると、流石に情けなくなってくる。
 
「空っぽだぜ……心も……股間も……」

 渋い台詞で俺の中の『格好良さ濃度』を上昇させて、立ち上がった。
 一箱消費するのに30分だとして、5時間ほど経過している。
 手違いはあったが、当初の予定通り幼女にも美女にも反応しないほど松茸を酷使した。
 それに、そろそろみんなお腹を空かせている頃だろう。
 俺はせっせとバリケードを撤去して、リビングへと降りた。

「お腹減ったー!」などと言いながら、5人が駆け寄ってくるかと思いきや、そこには異様な光景が広がっていた。
 大泣きしている雲子と、腹筋や背筋などを鍛えている探偵さん。
 ソファの上には何故か布団。ちょうど子供二人分くらいに膨らんでいた。
 中にいるのは見当たらない占い師と妹だろうか。時折、中からすすり泣く声が聞こえる。
 
「なにがあったんだ?」

 一人、平気そうな顔をしている山村さんに声をかける。
 
「そこの……」

 と指先した先には、両親が集めている映画のDVDが収納されている棚だ。

「お化けの映画見たの。……そしたらみんな怖い、って」

 なるほど。暇を持て余してDVDを見る事にしたは良いが、ホラー物を見てしまったのか。
 プレイヤーを開くと、中には確かにそれらしきタイトルの物が入っていた。
 
「泣くのは分かるけど……」

 俺に気付いてしがみ付いてきた雲子を撫でながら、探偵さんに話しかける。
 
「何やってるんだ?」
 
「お、お化けなんて私は怖くない! 強くなって倒してやるんだ!」

 涙目で言う探偵さん。……可愛いじゃねぇか。
 
「お化けが来たら俺が守ってやる」

 勇ましく胸を張る俺。……格好良いじゃねぇか。
 俺の言葉を受けて、探偵さんも俺にしがみ付いて来た。
 今は子供だから当たり前だが、本当は甘えたいし頼りたいのだろう。
 軽く頭を撫でると、探偵さんが右腕を突き上げた。
 
「なんだ?」

「約束しろ」

 よく見ると、小指を立てている。指きりしろと言う事か。
 小さな指に俺の太くてゴツゴツした指を絡ませる。
 
「約束した。だから安心しろよ」

 腹にうずめていた顔を上げて、探偵さんがにっこりと笑った。
 ……。
 もういっそみんな元に戻さず俺が育てるのもありかも知れないな。と一瞬本気で思ってしまった。
 



今日はここまで。
次回は一応29日の予定です。


「ぐふー……少し疲れたな……」

 大きく息を吐いてソファに倒れ込むように座る。
 怯える5人をなだめて食事や風呂を済ませ、寝かしつけ終わった所だ。
 気付けば時刻は10時を過ぎていた。
 少なくとも明日一杯はこうして過ごす必要があるのか。
 俺の理性は耐えられるか!? 霧衣の邪魔も入るだろう。
 不安の種は尽きないが、ひとまずコーヒーでも飲んで心を落ち着かせよう。
 台所でインスタントのコーヒーを用意し、ソファに戻る。
 ちょうどその時だ。五人が寝ている部屋から物音が聞こえた。
 霧衣がまた俺を陥れるネタでも仕込んでいるのかと様子を見に行くと、目が覚めたらしい妹が立ち上がるところだった。
 
「どうした? まだ怖いのか?」

 寝ぼけているのか、しばらくぼんやりと俺の顔を見ていたが、
 「怖い」の単語でホラー映画を思い出したのか、泣きそうな表情になった。
 慌てて近づき、頭を撫でながらなだめる。
 落ち着いてきた頃に、妹がとんでもない事を言い出した。
 
「トイレ行きたいけど、怖いから一緒に来て?」

 よ、よ、幼女がおしっこをしている所を間近で観察して、俺の理性は果たして無事で居られるのか!?
 だが待て俺。良く考えれば間近で観察する必要はないだろう。
 妹と手を繋いでトイレに向かう。
 一緒に中に入ったりはせず、ドアの前で待つ。
 ちゃんとここに居るから、と2,3回繰り返したので、隠れて脅かそうなど思ってもいけない。
 ほどなくして出てきた妹に手を引っ張られるままにみんなが寝ている布団へ連れて行かれる。
 少し早いが、俺も寝るとするか。
 自ら進んで幼女まみれの中で眠るつもりはなかったが、3枚敷布団を並べているので、スペースは十分だろう。
 
「やめて……」

 俺が眠れそうな空きに腰を下ろしたところで、弱々しい声が聞こえてきた。占い師だ。
 
「ヤギさんやめて……」

 探偵さんが占い師の頭に顔をうずめてもぞもぞしている。寝ぼけて髪に噛み付いているのか?

「ハゲても可愛いよ」

 どんな夢を見ているのやら。

 
 


 翌朝。騒がしさに目が覚めた。
 あまり寝た気がしなかった。
 寝返りを繰り返して、腹に突撃してきた雲子や、しがみついて離れない占い師に何度か目を覚まされたのが原因だろう。
 半開きのまぶたを擦りながら、リビングへのそのそ歩いてリビングに入った。
 探偵さんが手にしたカップに口をつけて、大げさな身振りと共に「にがっ! まずっ!!」などと声を上げていた。

(ああ……俺が昨日用意だけして飲まなかったコーヒーか……)

 ぼんやりとした視界を時計に向けると、針は正午を過ぎを指していた。
 
「お前ら、腹減ってないのか……?」

「雲子お姉ちゃんが作ってくれたから、大丈夫」

 妹がソファに座ったまま、小首を傾げて「お父さんは?」と問いかけてきた。
 サラサラの長い髪が動きにあわせて揺れた。
 ……いっそ彼女だけは元に戻さず歳の離れた妹と言う設定にしてもらおうか。
 いや、しかし、俺が家を離れて暮らしている現状を考えると、会う頻度が減ってしまうのは間違いないので、却下だ。
 
「俺も腹減ったな。飯、残ってるのか?」

 あるよー、とエセ中国人の語尾のような言葉を残して雲子が台所へ駆けていった。
 そう言えば、食べれる着ぐるみを作った事もあるくらいだ、料理は出来るのだろう。
 思い出せば、幼い頃は良く雲子の作ったお菓子をもらっていた。

 
 


 雲子の作ってくれた飯を食べ終え、昨日は飲みそびれたコーヒーをすすってくつろぐ。
 その間5人は勝手にワイワイと騒いでいたのだが、やがて飽きてきたのか、口々に「つまんない」を繰り返しだした。
 
(じゃあ、おじさんと楽しくて気持ち良い事しようか……)

 エロ本の登場人物の台詞が頭に浮かぶ。
 俺の中の性欲が
「何度満たそうとも俺は消えない。俺はお前の性欲であり本能だ。
生きている限り何度でも蘇り、おてぃんてぃんをふっくらもこっりさせてやる……くくくっ……もっこりとな……!」
 と影をちらつかせる。
 
「よ、よし、何かしようか!」

 自分に言い聞かせるように立ち上がった。
 
「ジャコス(郊外にある大型ショッピングモール)行きたい!」

 雲子が挙手と同時に声をあげた。
 
「ジャコスか……ジャコスは良いところだよな」

 探偵さんも同調し、ジャコスムードが高まる一同。
 が、俺はその意見をいかにして却下するかに知恵を働かせる。
 
(どう見ても俺は父親には見えないし、5人は姉妹にも見えないだろう。
そもそもジャコスが出来たのは俺が中学生の頃だ。
外に連れ出して誘拐犯にでっち上げようと言う霧衣の意図が見える気がする)

「きょ、今日はジャコスは駄目だ!」

「どうしてジャコス駄目なの……?」

 山村さんが泣きそうな顔でじっと俺を見つめる。
 思わず「駄目じゃないよ! 今すぐ行こう! むしろジャコスに住もう!」と言葉が出そうになるが、
「うっ」「いっ」と妙な声を出すだけに留めた。
 
「今日は……そりゃあ、だって……。そ、そうだ! クリスマス! クリスマスだからパーティーしないと!!」

「パーティー……? パーティーする!!」

 良かった。忘れかけていたが、今日はクリスマスイブだ。
 料理やお菓子の用意をしなくてはならないが、それなら俺一人で買い物に出れば大丈夫だろう。
 ジャコスムードから一転してパーティームードへ。
 これでみんなが子供化してなければ、美少女ハーレムパーティーで夜はうへへ、だったのに、と残念ではあるが
 今更言っても仕方がないので、みんなを喜ばせてやろうと思う。
 俺は喜び浮かれる面々を微笑ましく眺めながら、クリスマス用の飾りはどこにしまってあったか記憶を手繰り寄せていた。

(完全にただの良いお父さんじゃねぇか……)

 5人を娘として認識させて異性として見れなくしようとする霧衣の作戦かと疑ってしまうが、
 時折妹にドキドキする事だってある俺には通じないので、問題なしだ。

 
 


 雲子の作ってくれた飯を食べ終え、昨日は飲みそびれたコーヒーをすすってくつろぐ。
 その間5人は勝手にワイワイと騒いでいたのだが、やがて飽きてきたのか、口々に「つまんない」を繰り返しだした。
 
(じゃあ、おじさんと楽しくて気持ち良い事しようか……)

 エロ本の登場人物の台詞が頭に浮かぶ。
 俺の中の性欲が
「何度満たそうとも俺は消えない。俺はお前の性欲であり本能だ。
生きている限り何度でも蘇り、おてぃんてぃんをふっくらもこっりさせてやる……くくくっ……もっこりとな……!」
 と影をちらつかせる。
 
「よ、よし、何かしようか!」

 自分に言い聞かせるように立ち上がった。
 
「ジャコス(郊外にある大型ショッピングモール)行きたい!」

 雲子が挙手と同時に声をあげた。
 
「ジャコスか……ジャコスは良いところだよな」

 探偵さんも同調し、ジャコスムードが高まる一同。
 が、俺はその意見をいかにして却下するかに知恵を働かせる。
 
(どう見ても俺は父親には見えないし、5人は姉妹にも見えないだろう。
そもそもジャコスが出来たのは俺が中学生の頃だ。
外に連れ出して誘拐犯にでっち上げようと言う霧衣の意図が見える気がする)

「きょ、今日はジャコスは駄目だ!」

「どうしてジャコス駄目なの……?」

 山村さんが泣きそうな顔でじっと俺を見つめる。
 思わず「駄目じゃないよ! 今すぐ行こう! むしろジャコスに住もう!」と言葉が出そうになるが、
「うっ」「いっ」と妙な声を出すだけに留めた。
 
「今日は……そりゃあ、だって……。そ、そうだ! クリスマス! クリスマスだからパーティーしないと!!」

「パーティー……? パーティーする!!」

 良かった。忘れかけていたが、今日はクリスマスイブだ。
 料理やお菓子の用意をしなくてはならないが、それなら俺一人で買い物に出れば大丈夫だろう。
 ジャコスムードから一転してパーティームードへ。
 これでみんなが子供化してなければ、美少女ハーレムパーティーで夜はうへへ、だったのに、と残念ではあるが
 今更言っても仕方がないので、みんなを喜ばせてやろうと思う。
 俺は喜び浮かれる面々を微笑ましく眺めながら、クリスマス用の飾りはどこにしまってあったか記憶を手繰り寄せていた。

(完全にただの良いお父さんじゃねぇか……)

 5人を娘として認識させて異性として見れなくしようとする霧衣の作戦かと疑ってしまうが、
 時折妹にドキドキする事だってある俺には通じないので、問題なしだ。

 
 

今日はここまで。
書き込んだ日程より延び延びになってしまって、すみませんでした。

次回は一応1月19日を予定していますが、しばらくはあくまで目安、程度に考えてくだしあ。


 あれから長い月日が流れた。
 俺の読みは、外れてしまっていた。
 すっかり「お父さん」と化した俺は、高校を中退し、小さな工場に勤めながら、5人の娘(内1人は年の離れた妹、他は養子だ)を男手一つで育て上げた。
 新婚気分で旅行に向かった両親は、現地で新たな暮らしを始めたと、風の噂で聞いた。
 今、この家に住んでいるのは俺一人だ。
 娘達には、あまり構ってやれなかった。
 高校中退のハンデを追いながらも、なんとか人並みの暮らしを送るのは、苦難の連続だったのだ。
 若かった俺には、家庭と仕事の両立なんて、出来なかった。
 
「言い訳なんてしたって……虚しいだけだよな……」
 
 家族として機能していたのは、上っ面だけだった。
 その証拠に、娘達は帰省どころか、連絡すら寄越さずにいた。
 もう皆、いい年だ。ひょっとすると、孫が生まれているのかも知れない。
 そんな事を考えていると、熱いものが目頭から零れ落ちた。
 
「もう、眠ろう……。明日も仕事だ……」

 どうして、こんな事になってしまったのだろうか……。
 ……やめた。考えるのも、面倒だ。
 老いた身体を冷たい布団に横たえ、まぶたを下ろした。
 


「と、言う夢を見ていたんだが」

 それに対してどう返事をすれば良いのか。そんな顔で俺を見つめる五つの顔。
 霧衣に意識を奪われ、妙な夢を見せられている内に、クリスマスは過ぎていた。
 
 実家にエロ本を隠しに行った時に、俺は襲われていたらしい。
 今日は12月26日。俺は3日間眠っていた。
 実家で目覚めた俺は、妹から、みんなが俺を心配していると聞いた。
 すぐに各人に連絡を取り、俺の住むアパートに集まってもらった。
 見せられていた夢を、紙芝居にまとめて発表する為だった。
 ちなみに、エロ本は俺が眠っている間に、妹が処分してしまったとの事だ。
 
 まだ何とも言えない顔をしている女の子達に、俺からも質問したい事があった。
 
「で、君達は一体どんなクリスマスを過ごしていたのかね? 答えによっちゃぁ……二日分のエネルギーが充填されている俺の相棒が黙っちゃいないぜ!!」

 腰を前後左右に振り回して、元気一杯である事をアピールする。
 誰も口を開こうとしなかった。
 
「ええい! だんまりか! ならば順番に名指しで指定してやる! まずは山村さんだっ!!」

「えっ、わっ、私? 私は、その……」

 珍しく慌てふためく美人の山村さん。
 その頬がほんのりと色づいているのを、俺は見逃さなかった。
 
「そっ、その反応……まさかっ! まさかぁぁぁ!! いやぁぁぁぁっ!!」

「うるさい」

 狼狽し、奇声を上げる俺を、占い師が殴った。
 
「イブの夜は、私達一緒に過ごしていたんだ」

 それはつまり……!!
 占い師と山村さんは、同性同士でありながら、恋人同士だったのか!?
 俺の脳内劇場で、白いシーツの上でもつれ合う二人の裸体が、放映される。
 刺激的過ぎる妄想に、俺は再び奇声を上げ、取り乱す。
  
「いやぁぁぁぁっ!! 女の子同士でそんな事……!! 混ぜてくれなきゃ許さないぃぃ!!」

 両側に感じる乙女の柔肌を想像するだけで、グエヘヘヘ。
 思考を真っピンクに染めている最中だった。
 突如俺を襲う、衝撃、次いで痛み、それが何かを理解するより早く、再び衝撃。
 探偵さんか? いや、それ以上の強敵が――。
 
(何ッ!? なん……だと……!!)

 薄れ行く意識の中で見たのは、目にも留まらぬ速さで拳を繰り出す、無表情な妹の顔だった。



【クリスマスに何があったのか。~占い師、山村さん編~】
※占い師視点。

 クリスマスイブの夜。
 いつも通りの食事を終えて、私は部屋でくつろいでいた。
 横目で冷蔵庫を見る。
 中にはクリスマスケーキが入っている。
 パーティーの約束があるわけではなかった。
 誰か訪ねて来たら、一緒に食べたい。クリスマスってみたい。
 誘う勇気もなく、妄想に近い期待を抱いて、買った物だった。
 
(……1人でもなんとか食べきれる量にしておいて、正解だったかな)

 時刻は夜7時を過ぎている。そろそろ食べ頃かも知れない。
 立ち上がり、冷蔵庫の扉を開いた瞬間だ。
 外で大きな物音がした。
 
(この音……階段で誰か足を滑らせたのか?)

 見てくるか、と、冷蔵庫から離れ、コートを羽織った。
 退屈に過ぎていくかに思えたイブの夜に、変化が訪れるのだろうか。
 ただの物音に、妙な期待をしている自分に気がつき、言い訳を唱える。
 
(いや、いやいや。知り合いかな? なんて期待してないからな。私はケーキを沢山食べられる方が嬉しいんだ)

 外に出ると、雪がくるぶしの辺りまで積もっていた。
 
「寒いな……」

 音を立てたのは、一体誰なのか。
 階段で足を滑らせたのなら、それは二階に住んでいる者だ。
 
(兄か……? いや、いやいや。だから期待なんてしていないぞ。ただ私は管理人として……)

 極力無表情を心がけ、二階へ繋がる階段まで足を運んだ。
 
「いたたた……」

 聞き覚えのある声だった。
 
(……ん? いや、でも、おかしいな)

「あっ……」

 転んだ拍子にぶつけたであろう箇所をさすっていた同級生が、こちらに気づいた様だった。
 
「桃子ちゃん……。こんばんは」

「あ、あぁ。こんばんは……」

 どうして美人の山村さんがここに居るのか、何故、ミニスカサンタ服なのか。
 ……なんなのか。

 
 

「クリスマスパーティー、しない?」

 私とパーティーをする為に、ここにいたのではないと思う。
 それなら、二階に上がる必要はないからだ。
 共通の知り合いである兄の部屋を見上げる。
 その部屋に家具は全くない。
 カーテンすら取り付けられていないので、中の様子はここからでも分かった。
 真っ暗のそこに、今は主がいない。
 
「あ、兄くんは関係ないよっ! やっ、あ、あるけど……ないんだよ!」

 明らかな狼狽の色を見せて山村さんが叫ぶ。
 他の住民の事もあるし、何より見ているだけで寒い格好だったので、さっさと部屋に上げる事にした。
 
「ご、ごめんね、急に……」

「いや、私も特に何かをしていた訳ではないからな」

 山村さんを座布団に座らせて、私は台所へ向かった。
 
「紅茶で良い?」

「うん。本当、ごめんね?」

 兄に会いに来たのか――とは聞けず、部屋に上げた時と同じような事を言って、あとは黙って紅茶を用意した。
 山村さんと向かい合って席に着き、ティーカップを傾ける。
 ここで私はケーキの存在を思い出した。
 状況的に、山村さんと食べるのがベストだが、なんと言って冷蔵庫から出せば良いのだろうか。
 誰か訪ねて来た時の為に用意していた、と言うのは恥ずかしかった。
 かといって、他に上手い言い訳も思いつかない。黙って出すのもおかしいだろう。
 
「どうかしたの? 桃子ちゃん?」

「い、いや」

 私は難しい顔で悩んでいたらしい。
 何でもないと答えたが、山村さんは不思議そうな表情をしている。
 話題を逸らそうと、思わず言ってしまった。
 
「そっ、そういえば、どうして山村さんはここに?」
 
 言ってしまってから、後悔した。
 兄が目的だったのは、間違いない。
 薄々私だって気づいている。山村さんが、兄を好意的に見ている事に。
 問題なのは、その話を本人から聞いていない事だった。
 触れてはならない話題だったかも知れないと、不安になる。
 様子を見ていると、山村さんが、一瞬うつむき、すぐに顔を上げた。
 
「お兄ちゃんが……」

 その言葉が発せられた途端、生ぬるい風が室内に吹いた。
 一定の温度以下になると、点火するよう設定したストーブに、目をやる。
 点火した様子はない。どこから吹いたのか。
 
「仲の良い同級生がいるって話したら、こんな服まで用意して、おまけに空間転移で兄くんの部屋の前まで……」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。それは、あの、生えてる? お兄さんの事なのか?」

「そうだよ? ……ん?」

 山村さんが振り返る。
 一際強く風が吹いた。
 揺れるカーテンの隙間から、ちらりと、【それ】が見えた。
 私は【それ】が何であるか考えるよりも早く、本能的に目を逸らした。
 
「お兄ちゃん!? 付いて来てたの?」

 視界の端で【それ】が、暗い湖面から這い上がる異形の怪物の様に、ガラスをぬるりと通り抜けていた。
 高音や低音がいくつも重なった響きの声で、何かを語った。
 
「××××××、×××××」

 聞いた事の無い言語だ。
 私は無意識の内に、耳を塞ぎ、身体を丸めていた。
 なのに――
 
「××××、××、××××××、×××」

【それ】が操る言語で語られる言葉は、私の頭に明瞭に響いた。
 私は怖かった。
 耳を塞いでいるにも関わらず、はっきりと言葉が聞こえたからではない。
 意味が分かる事が怖かった。
 ――こんばんは、いつも皐月がお世話になってるみたいだね。
【それ】の言葉は、そんな意味を持っていると、何故か私は確信していた。
 記憶にない言語が私の脳に刻まれている、あるいは、今この一瞬の内に刻まれたのか。
 どちらにせよ、私が私でなくなってしまう様な感覚に襲われ、私は恐怖していた。
 
「×××××、××××××」

 ――お礼に、世界の真実を少しだけ教えてあげよう。
【それ】が言うと同時に、凄まじい量の知識が私の頭に流れ込んで来た。
 それは、ほんの一部だけを利用しても、世界を破滅へも、飛躍的な発展へも導く事の出来る
 ――この世の理の中で生きる者には、一生掛かっても触れる事の出来ないものだった。
 人類が到達してはいけない領域の一端を垣間見た私は、脱力し、情けなく息を漏らす。
 
「あ、あぁ……あ……」

「お、お兄ちゃん! そんなモノで喜ぶ女子高生なんていないよ!」

「×××××」

「すまんすまん、じゃないよ! もう! 桃子ちゃん、大丈夫?」

 山村さんが私の身体を抱き上げる。
 友人の優しい体温は、私に少しの安らぎをもたらしてくれた。
 安堵の為か、意識がもうろうとし始めた。
 
「大丈夫。大丈夫だから、今は少し眠るんだよ」

 最後にその言葉を聴き、私の意識は完全に途切れた。

 
 

 翌朝。
 何故か私は山村さんと寝ていた。同じベッドでだ。
 昨日、夕飯を食べた事までは覚えている。
 それから、何がどうして今に至るのだろうか。
 
「×××××……」

 呟いてから、違和感に気がつく。
 私は「思い出せない」と口にしたはずだが、今、何を言ったのだろうか。
 
「……訳が分からない。なんなのか」

 昨晩、何かがあったのだ。
 ……思い出さない方が良い。
 理由は分からないが、何故だかそう訴える自分が居る。
 私はそれに従うことにした。
 山村さんを起こして、朝食にしよう。

 
 


「と、言う訳で、あまり覚えてはいないが、一緒に居たのは間違いない」

(……やっぱりこの二人、そういう関係なんじゃないかしら)

「つまり、山村さんのミニスカサンタ服を見て、理性を失った桃子が襲い掛かって手篭めにした、と。
 胸の発達異常のせいで、自分が女性だと認識出来なくなってしまったのか……可哀想に……」

「シリアスっぽい雰囲気を出して人を馬鹿にしないでくれ!」

「まあまあ二人とも。探偵さんは、どう過ごしていたんですか?」

「ん? 私はそこの巨乳娘と居たが」

「え? 意外な組合せだね、雲子ちゃん」

「色々あったのよ……」


【クリスマスに何があったのか。~雲子、探偵さん編~】
※雲子視点

 私は、何をやってるのだろうか。
 風邪で寝込んだ友人に頼まれ、仕方なくこうしている。
 私は、クリスマスイブの夜に、ミニスカサンタ服を着て、商店街でケーキ売りのバイトをしていた。
 
(さっきから、じろじろ胸元見てるんじゃないわよ、道行くおっさん達!)

 本当に何をやっているのだろうか。
 どうせこんな恥ずかしい格好するなら、アイツと……。
 不意に、アイツとサンタ服を着た私が一緒にいる姿が頭に浮かんだ。
 
(な、なに考えてるのよ、私! こんな格好でアイツに近づいたら押し倒されて……)

 今まで気にも留めていなかったが、やはり道行くカップルは多い。
 ふと、改めてそう思った。
 だからか、いや、だからだ。
 
(クリスマスだし、それもありね……)

 私にあるまじき発想が浮かんでしまったのは、カップル達が放つ雰囲気のせいだ。
 
(わ、私はそんな子じゃないはずよ! そんなハレンチではないのよ! でも……でも、じゃないわ!!)

 妙な思考を頭から追い出そうと、ぶんぶんと頭を振っていた時だ。
 
「君はさっきから何をやっているんだ? 赤くなったり、頭を振ったり」

 聞き覚えのある声に、私は顔を上げた。
 
「あ……。アンタ、兄のバイト先の……そんな格好で何を……」

 スカートか、そうでないかの違いはあるが、 探偵さんも、私と同じくサンタ服を着ていた。
 
「君と同じだ。ケーキを売っている」

「う、売ってる、って……食べてるじゃない」

 左手に乗せた小皿には、食べかけのショートケーキが乗っている。
 右手にはフォークだ。口の端にはクリームも付いている。
 
「ほう。なかなかの推理だ。私は君の前では、まだ一欠けらもケーキを口に運んでいないのだが」

 馬鹿らしい。誰が見ても、その程度の事は想像出来るに決まっている。
 変なのに見つかってしまった、場所を変えよう。

「待て。冗談だ。せっかく知り合いに会ったのだから、聞いておきたい事がある」

「なによ。またくだらない事だったら、もう口聞かないわよ」

「不審者を見なかったか?」

 不審者――まっさきに兄の姿が浮かんだ。
 でも、今更兄を不審者とは呼ばないか。
 そんな事を考えていると、探偵さんが、意地悪そうな笑みを浮かべた。
 
「なによ」

「いや、君の想い人ではなく、今日は本物を探している」

「だっ、誰が、兄なんか!!」

「……私は一言も兄の名は出していないが、兄がどうかしたのか?」

 くっ……。この人、兄よりも憎たらしいかも知れない。
 これ以上馬鹿話に付き合ってられない。
 今度こそ背を向け、歩き出す。
 
「あー。一応言っておくが、気をつけるんだ。この商店街に宛てて、クリスマスをぶっ潰すと脅迫状が届いていたのでな」

今日はここまでです。
長らく黙ったまま手を付けずにいて、申し訳ありません。
更新出来る目処が立っていない中、生存報告だけを繰り返すのもアレかと思ったので。

次回は、未定ですが、なんとか一ヶ月以内には、更新したいと思います。

「STAP細胞はあります!!」

S 最後まで書く気は
T 多分
A あります
P ぱいぱい

という訳で、もうGWの季節ですが、まずはクリスマスを終わらせられるよう、頑張ろうと思います。

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