上条「俺は、美琴が好きなんだ」フィアンマ「……」(1000)



このスレには
上琴、女体化、右方通行、幻想右方要素が含まれます。


・フィアンマさんが女の子且つ盲目

・闇条さん(Not病み)

・上フィア→上琴(予定)→一フィア(予定)

・NTR

・キャラ崩壊、設定改変及び捏造注意

・ゆっくり更新


支部にも上げた半年書き溜めだったものの一部を流用しています。
お約束していた幻想目録要素はなくなってしまいましたがご容赦ください。


幸せな番外編(同人物観)

フィアンマ「暗闇の世界から」アウレオルス「当然、救い出す」
フィアンマ「暗闇の世界から」アウレオルス「当然、救い出す」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1368015095/)



※注意※
エログロ描写が入るかもしれません。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1372597346


さよなら、純愛。
 



生まれた時から、暗闇の中に放り出された。
皆に見える筈の世界は、俺様には見せてもらえなかった。
父親は産まれる前に消えていて、母親は俺様を産んだ日に死んだ。
そうして物心がついた頃、俺様は既に塔の上へと幽閉されていた。

『神の如き者』の適性。
救世主の素質。
数百年振りの『右方のフィアンマ』の到来。

難しい事を沢山言われたが、何となくは理解した。
産まれながらの体質によって、エリートコースに乗った訳だ。
そこに嬉しさはなかった。
ここにあるのは、拘束と、退屈と、魔道書だけ。
光を持たぬ俺様にとって、狭い室内はそれ程窮屈には感じなかった。
外に出たところで、危険な目に遭ってしまうだけだ。
そう自分に言い聞かせ続け、勉強だけを続けた。

「……そとは、たのしいのか?」

問いかけたところで、返ってくる言葉はない。
俺様の知り合いは非常に少なくて。
人が訪れてくる時間も、限られていた。
今が夜なのか朝なのかもわからないままに、呟く。
手探りで窓を探し、少しだけ開けてみる。
飛び出す事も、飛び降りる事もままならない狭さは、換気の為だけに設置されたものだ。

「…いっしょう、でられないのかもしれないな」

それならそれで、仕方がない。

どうせ何も見る事の出来ない世界など、知らなくてもいい。
涼やかな風を堪能した後に窓を閉めて、自分にそう言い聞かせる。


硬質で無機質で、そんな音。
ガラスが割れたような音が、した。
侵入者かもしれない。殺されるだろうか。
それでもいいな、と思う辺り、きっと俺様は絶望しているんだろう。

『や、やべえ。どうしよう』

少年の声が聞こえた。
ひんやりとした床に手をつき、のろのろと立ち上がった。
壁伝いに歩き、どうにか扉を探し当てる。
ドアノブに指先が触れたところで、ドアが開いた。

「わ、」
「……だれ、だ?」

少なくとも、知り合いではない。
同じ歳の頃と思われるが、同じ歳の知り合いは居ないからだ。
俺様の目の前に居る少年は、しばしあたふたとした後。
そうしてようやく落ち着きを取り戻して、自己紹介をした。

「お、おれ、とうま=かみじょう。…きみは?」
「……おれさまの、なまえは」

与えられた名前は、これまでも、これからも、一つしか知らない。

「ふぃあんま」

だから、そう答えた。


俺は、産まれた時から幸運というものを持ち合わせていなかった。
誰かに不幸にされ、誰かを不幸にするのが当たり前の日々を送ってきた。
外に出れば石を投げられ、話しかければ罵倒される。
それが日常茶飯事になってしまえば、特にもう何も思うことはなかった。
両親が俺に優しかった事だけが救いだと、いつも思っていて。
きっとこのまま一生友達も出来ないままに不幸な人生なのだろうなあ、と思っていた。

『当麻、父さんとイタリアに行こう』

マスコミに不幸の元凶と追い立てられ、カメラを向けられ。
客寄せパンダのごとく日本中の注目を集めた俺は、とある日に、殺されかけた。
多重の借金を背負った男が、捨て身で俺を刺そうとした。

『全部お前のせいだ! 疫病神め!』
『…うん。ごめんね、おじさん』

事実、きっと俺のせいなんだろう。
思わず笑っていた。俺は、絶望していた。

そうして入院した日の夜。
縫合手術を終えて、父さんにそう言われた。

バチカンでオカルトに頼る事で、俺の体質をどうにかしようとしたのか。
それとも、どこでもいいから、ひとまずほとぼりが冷めるまで日本から逃げようと思ったのか。

そのどちらなのかはわからないが、俺は素直についていった。



結局のところ。
イタリアでも、俺はいじめられた。
人種や宗教の違い、不運体質。
様々なものが積み重なっていじめられたが、日本の陰湿で意地の悪すぎるそれよりはマシだったかもしれない。

『おいカミジョウ、あのとうにのぼってこい』
『え、ええ…?』
『はやくいけよ』

ラプンツェルの塔と呼ばれる、廃墟があった。
面白半分に追い立てられ、明日感想を聞かせろと言われ。
もはや死んでも構うまいと、俺は塔に入った。

ゆっくりと、階段を上っていく。
最上の場所には、扉があった。
この向こうに、何かがあるのだろうか。
疑問に思いつつ、そっと手を触れてみる。


壊れた。


「!!!!?????」

動揺して一歩下がる。
これは不味い事態だ、と子供心でもすぐにわかる。

『や、やべえ。どうしよう』

思わず呟く。
焦燥感が全身を支配して、どっと冷や汗を噴出させていた。
焦りながらも怖いもの見たさで、ドアを開けてみる。

可愛い女の子が居た。

赤い髪は長く真っ直ぐで、腰辺りまで伸びている。
白い肌と、やや虚ろな金の瞳。

「わ、」

驚いた声が出た。
ふんわりとした長いスカートを握り。
お姫様のような彼女は、不可解そうに首を傾げる。

「……だれ、だ?」

問いかけられ。

「あっ、えっと、えっと」

焦った。
自己紹介しなければ。
何と言えば良いのだろう。

「お、おれ、とうま=かみじょう。…きみは?」
「……おれさまの、なまえは」

彼女は、スカートから手を離し。
修道服の上衣の、襟をそっと撫でた。

「ふぃあんま」

鈴を転がし、砂糖をかけたような甘くて愛らしい声。

「ふぃあんま、か」

彼女は、塔上の姫君<ラプンツェル>だった。


「まいご、か?」

問いかけて。
彼女は、そっと手を伸ばしてくる。
右手に触れそうになって、咄嗟に手を引いた。
手に触れては不幸にしてしまうという自分なりの配慮のつもりで。
しかしながら目の前で手を引くというのは傷つけたかもしれない。
焦る俺に対して、その子は不思議そうな表情でちょいちょいと手を動かした。

「…ん? どこにてがあるんだ?」

玩具で遊ぶ猫のように。
ちょいちょいと手を動かして、彼女は首を傾げた。
俺を見上げ、しかし、どこか別の方向を向いて。

「…ぞんがいとおくにいるのか。きょりがつかめん」
「…おれのこと、みえてないの?」

彼女は、しばし口ごもり。
そして、困ったような笑顔で言った。

「おれさまは、めがみえないんだ」

ごめん、と反射的に頭を下げつつ謝る俺に。
彼女は首を緩く横に振って、それから、もう一度手に触れようとした。

「お、おれにさわるとふこうになるからだめっ!」

再び手を引く。
彼女は、じ、と金色の瞳をこちらの方へ向けた。
何も見えていないのだろうが、その眼光は存外鋭く。

「う」
「…だいじょうぶだよ」

彼女は、俺の手を掴み。
そうして、やわやわと優しく握った。

「ひとのからだは、なにもせずにだれかをふこうにするちからはもたない」
「……、お、れ。やくびょうがみだから。ふこうに、しちゃうんだよ」

掠れた声で反論する俺に。
彼女は、緩く首を横に振って明るく笑ってみせる。

「おまえはどうかんがえてもひとだとおもうがね。
 まあ、かりにやくびょうがみだとしたならば、かみさまにあえてこうえいだ」

ふふ、と笑うその声には冗談の色こそあれど、嘲りの意図はなく。
何故だか泣きそうになった。俺は、その言葉に救われたんだろう。

「……よかったら、しばらくいてくれないか。たいくつしていたんだ」

彼女の細い足首には、長い鎖と、足枷。
俺は室内に足を踏み入れ、会話をすることにした。


彼女は、物心がついた頃にはここにいて。
閉じ込められているが故に、外の世界をロクに知らないらしい。
目が見えないために、仮に外出してもよくわからないだろう、と悲しげに彼女は笑う。

「…こ、こんど!」
「…こんど?」
「いっしょに、そとにでよう」

どうしてそんなことを言ったのかはわからない。
けれども、自分が死ぬ程求めていた言葉を、態度をもらったから。
彼女に、外の世界のことを教えてあげたいと思った。

「そとに?」
「……いや?」
「…なにもみえないから、めいわくをかけるぞ」
「だいじょうぶだよ、おれは」

目が見えない人間のサポートなどしたことはない。
それでも自然と、自分は大丈夫だと自信が持てた。


その日はその後、真っ直ぐに家に帰り。
誰に対しても、親に対してさえも秘匿して。

「………へへ」

握られた手の感触を思い出す。
柔らかくて真っ白な手。
自分よりも遥かに細い、女の子の指。

『まあ、かりにやくびょうがみだとしたならば、かみさまにあえてこうえいだ』

そんなことをいって、微笑んでくれた。
虐げられてきた人生の中で、あんな風に言ってくれた子は居なかった。
絶望していた人生に、一筋の光が射した。

「……」

彼女の足首にまとわりついた鎖を思い出す。
あれを壊さないことには、連れ出してあげることは出来ない。
上条は、がさごそと道具をあさった。
ドライバーだの、のこぎりだの、そんなものを。
そんな簡単に壊れれば苦労しないのだが、子供の知恵ではそれらの凶器を探し出すのが精一杯だ。
日曜大工用に父親が買っていたそれらを紙袋にしまいこみ。
上条はカレンダーを見やり、ひとまず今夜は眠ることにした。


『…こ、こんど!』
『いっしょに、そとにでよう』

上条の言葉を思い返し。
フィアンマは、期待をするか否かで悩んでいた。
彼と沢山『外』の話をした。
興味を背けていたのに、少しだけ期待した。

「…そと、か」

彼は、疫病神と呼ばれ、不幸体質によって虐げられているらしく。
それでも、両親には恵まれ、世界には良いところもあると口にしていた。
そんな"良いところ"を見たところで。

自分が籠の鳥であることには、何の変わりもないのに。

「………」

それでも、出てみたら。
何かが変わってくれるかもしれない。

「…ねるか」

狭い窓ガラスから手を離し。
手探りでベッドを探し、横たわる。
足を動かす度に、じゃらり、という重い鎖の音が絡みついた。


数日後。
上条は、再び塔へとやって来た。
重い紙袋を持ち、よろよろと。

「…えーっと」

右手を扉に沿わせる。
ガチャン、という音がして、鍵が壊れた。

「ふぃあんまー?」
「…とうまか」

初対面時と、少々服装が変化していた。
修道服を基準としたワンピースのようなものだった。
上条は、がさごそと紙袋からノコギリを取り出す。
彼女の脚の鎖を切る事に、何の罪悪感も無かった。

「…なんだ?」
「のこぎり。くさり、きろうとおもって。あぶないからおとなしくしてて」
「……わ、かった」

少し怯えた様子で、フィアンマは大人しくする。
目が見えないのだから、ノコギリを振りかぶられてもわからないのだ。
当然のことながら、怯えてしまうに決まっていた。

「ぐおおー」

間の抜けた声を出し、上条は子供なりに精一杯ノコギリを鎖へ押し付けて引く。
ギャリギャリという耳障りな音はしても、一向に壊れない。

「…はあ」

疲れを感じ、上条はノコギリを紙袋にしまいこむ。
どこか弱点はないかと鎖に触れたところで。

パキン

壊れた。
上条が右手で触れただけで、あっさりと。

「…あれ?」
「…どうしたんだ? だめ、だったのか?」
「いや、…うん。だいじょうぶ。こわれたよ」
「…ほんとうに?」
「うん」

足枷と鎖が、いっぺんに壊れていた。
ノコギリでは壊せなかったのにと首をかしげつつも、上条は手を差し出す。
それから彼女には見えていないのだと気がつき、直接彼女の手を握った。

「いこう」
「……、うん」


鎖が壊れた。
足枷が外れた。

手を引かれて立ち上がってみて、重さの無さに気がついた。
普通に歩ける。外に出られる。
吹いてくる涼やかな風が頬を撫でて、気分が良い。

「…あるけるか?」
「……あるける。……ありがとう」

きゅ、と手を握った。
温かい手だ。あまり触れたことのない人の肌。
当麻に手を引かれるまま、ゆっくりと階段を下っていく。
途中バランスを崩して、抱きついた。
当麻は拒否をせず、咄嗟に壁に手を這わせてバランスをとったらしい。

「だ、だいじょうぶか?」
「とうまは?」
「だいじょうぶ」
「そうか」

ゆっくりと降りて。
やがて、外に出た。
風と太陽光を感じる。

「………これが、そとか」

風景とやらが見えたなら、もっと素敵だったに違い無い。

「どこに、いくんだ?」
「どこがいいかな。とりあえずおれのおうちいこう」

ノコギリを置きに戻りたい。

そう言う当麻に賛同して、歩き出す。
裸足に砂利が刺さり、僅かな痛みに表情が歪んだ。


途端に、浮遊感。
混乱していると、上から声が降ってきた。

「その、くつはもってないし、かしてあげられないから…」
「……とうま?」
「おれのくびのうしろのほう、うで、まわせる?」

腕を引かれる。
首後ろに回し、抱き寄せた。
そうしてようやく自分の姿勢に気がついた。

「おもくないのか?」
「かみぶくろのほうがおもいくらい」

本の中でしか読んだ事のない『お姫様抱っこ』というものだった。
存外力持ちなのか、当麻はてくてくと歩いて行く。

「……なんだか、」
「? なに?」
「なんでもない。きにするな」

自分が姫だなどと気取るつもりはない。
それでも、当麻は王子様のようだ、と感じた。
俺様を初めて外に連れ出してくれた、少年。

「ついた。ただいま」
「お帰り当麻。…その子は…?」
「え、えーっと。ともだち。ふぃあんまっていうんだ」
「そうか。…そうか」

感慨深そうに、男性の声が二度相槌を打った。
当麻の父親だろうか、と首を傾げる。
と、当麻が紙袋を片付けに歩き出す。
がさごそとしまいこむ間も、視線は感じられた。


ひと段落つき。
促されるままソファーへと腰掛けると、もてなされた。

「紅茶は嫌いかな?」

甘い匂いがする。
砂糖と牛乳、それからダージリンの香りだった。

「ありがと、とうさん。てつだおうか?」
「…そうだな。あつそうだし」
「…もしかして」
「うん。…ふぃあんま、めがみえないんだ」

当麻は父親らしき男性にそう軽く説明して、カチャリという音を持つ。
恐らくカップをもってくれたのだろう。
ふう、ふう、と息を吹きかけて冷ます音が聞こえる。
ぺた、と唇に陶器の感触。少しずつ傾けられてくるので、少しずつ啜った。
甘く温かな味がする。それはいつも口にする高級品とは程遠かったけれど。

一人で飲むより、ずっと美味しい味。

「……おいしい」
「よかった」

手を伸ばす。
当麻の顔に触れた。
笑みを形作っていることを、触って確認する。

「とうさん、いらないくつってない?」
「靴?」
「うん。ふぃあんまにあげたいんだ」

明日からも、一緒に出かけたいから。

そんな言葉に、泣きそうになった。


次の日も、その次の日も。
当麻は俺様の下を訪れては、手を引いて外に出してくれた。
友人は居ないのか、と失礼を承知で尋ねれば、もう必要無いとの言葉。

「だって、おれにはふぃあんまがいるから」
「…おれさまが、いるから?」
「うん。…おれをやくびょうがみあつかいしたり、いやなことをさせるともだちは、もういらない」

当麻がどんな人生を送ってきたのか。
俺様は、当麻の口から出てきた言葉でしか、知らない。
当麻もきっと、それは同じだろう。
俺様は送ってきたままの人生をそのまま言葉にして伝えた。
しかし、当麻の言葉が全て本当とは限らない。
が、少なくとも毎日に絶望し、俺様と同じように閉塞感を抱えて生きてきたことは理解出来た。




「とうま」
「ん?」

短い期間で。
それでも、世界に拒絶されていた幼い子供が恋に落ちるのに、依存するのに。
特別な理由はありふれ過ぎていて。

「とうま、だーいすき」
「え、あ、……へへ。おれも、」

何も見えない闇の中で。
唯一見つけた光に、恋をした。
恋と呼ぶには生ぬるい感情に、うまく名前をつけられない。
少なくとも、当麻が生きている限りは自分も生きられる、と思った。


楽しい。
人生とはこんなにも楽しかったものだろうか、と疑問を覚えてしまう程に。
たまらなく幸せで、産まれて初めて神様とやらに感謝した。
これまでの辛さも不幸も全て、当麻と出会えた事で帳消しにしてしまって構わない。

だから。


「…かえりたくない」

ぽつり。

つい、本音が漏れ出した。
そんな様子で呟いた彼女の顔は、長い髪に隠されて見えなかった。
消え入りそうな声。ともすれば、街中の五月蝿さに掻き消えてしまいそうな。

「もどりたくない」

ぽた。

彼女の瞳からこぼれたであろう水滴が地面を濡らしたのは、きっと見間違いなんかじゃなくて。
子供特有の無計画性のまま、無計画に言葉を発していた。
何を考えることもなく条件反射的に、彼女の涙を止めたくて。

「じゃあ、おれといっしょににげる?」
「…にげ、る?」

逃げられるだけ逃げてみよう、と提案して。
頷いた彼女の手を引いて、歩き出した。
どこまでいけるかわからなかった。
金の持ち合わせもなく、未来を考える余裕もなく。
ただ、俺を救い出してくれた彼女を、救いたいと思った。


そうして、歩いて。
歩いて、歩いて、歩き続けて。
夕方を過ぎ、辺りが暗くなって。
それでもなるべく塔から遠ざかろうと歩いていたら。

ふと、大人にぶつかった。

フィアンマが、強く俺の手を握る。

「…困りますねー。これ以上逃亡されては」

金属を擦ったような、不愉快な男の声。
逃亡すべく衝動的に走り出すと、男にフィアンマの腕が掴まれた。

「い、っ」
「はなせよ!」

フィアンマの痛そうな声。
大人に対してこんな風に怒鳴ったのは初めてだ。
冷えた視線に睨み返すと、軽い蹴りを喰らう。

「げほ、っ」
「少し大目に見たのが間違いでしたか。異教徒のクソ猿に触れられては穢れますよ。
 さて、戻りましょうか」

痛みに立ち上がる事が出来ない。
フィアンマは全てを諦めたような、そして申し訳なさそうな表情で、俺の居る方向を向いた。

「つぎ、は」
「…とう、ま?」
「きっと、おまえをたすけてみせるから」
「………、…」

言葉は、届いただろうか。
徐々に遠ざかっていく二人の姿に、悔しくなる。





――――俺は、あの子を救えなかった。


やがて俺は、日本へと戻り。
それでもやはり周囲は俺を不幸の疫病神だとみなしたままで。
両親と相談した結果、俺は学園都市に来た。
科学で全てを説明しようとするこの街は、とかくオカルトを信じない。
故に、俺の不運体質も周囲は不思議だねと首を傾げる程度。
科学でどうにか説明しようとするか、不思議なものだと軽く片付けるか。
俺にとっては、住みやすい街だった。選択は間違っていなかったのだろう。

「………」

思い出すのは、フィアンマのことだった。
結局彼女は、あの後どうなったのだろう。
逃げるように日本へ戻ってきてしまったが故に、確かめられず仕舞い。

「……ん?」

小学四年生のある日。
ポストに、手紙が入っていたことに気がついた。
中身は点字で書かれており、一瞬妙な暗号文に思えた。

点字。
盲目の人間が主に使う文字。

差出人の、名前は。


それに気がついてから、必死に勉強した。
その手紙を読めたのは、届いてから実に一ヶ月後のこと。
内容はいたって普通のものだった。
挨拶に、世間話に、それから。

『助けに来るの、待ってる』

そんな言葉。

あの日、振り絞った言葉は届いていた。
学びたての点字で、返事を書いた。

手紙を出して一週間後には、返事が来た。
内容は、やっぱり閉じ込められたままなのだと悟れるような寂しいものばかり。
やりとりをしている内に、中学に上がり、そして高校に上がった。
必死に勉強をした。入った高校はお世辞にも頭が良いとは言えない高校。
それでも勉強をする理由は簡単だ。留学するため、その一言に尽きる。



今度こそ、彼女を連れ出してみせる。


酷い雨の中、俺はイタリアに居た。
短期留学が許された。
親友と遊ぶ時間を削って勉強しただけの甲斐はあったかもしれない。

「…何処にいるんだ…?」

見つからない。

雨の中を走り回ってみるが、見つからず。
まぐれで見つかることなどありえない。
自分は不運だったし、これから先だって不運だ。

「……はあ」

手紙の差出元、住所を訪ねれば、そこは廃墟で。
もしや引っ越してしまったのだろうか、と愕然とする。
彼女は未だ目が見えないだろうから、自分を見つけてくれる訳もないだろう。

可能性が少なすぎるからといって、諦める訳にはいかない。

「………」

観光名所や、逆に観光とは無縁の場所を探してみる。
数度襲われかけたが、そこは腕力で回避した。

彼女を助ける為に、嫌な勉強をした。
彼女を助ける為に、嫌な暴力を学んだ。

だから。
世界を敵に回すことになったとしても、彼女が笑って傍に居てくれるなら、後悔することは何もない。


「あ」

酷い雨の中。
ため息橋の窓向こうを見つめる少女が居た。
細身の体は長身で、赤い髪は長く。
肩を露出するタイプのワンピースだが、卑猥な印象はない。
それは彼女が肉感的とは程遠い体つきのスレンダーなタイプだからかもしれない。
その後ろ姿には、酷く見覚えがあった。最後に見た時は、もっと小さかったけれど。

「フィ、アンマ」

上条は、傘の持ち手を握り締め。
人違いではありませんようにと祈りながら呼びかける。
彼女は、肩をビクつかせて驚いた後。
ゆっくりと振り返り、上条の姿を見た。
いいや、実際には見られてはいない。彼女は盲目なのだから。

「……当、麻?」

彼女の声は、かすれていた。
泣きそうな声だ、と上条は思う。

「久しぶり」

ずっと、会いたかったよ。

同じく泣きそうになりながら、上条当麻は傘を放り出した。


初回はここまで。
>>1に書いておいて何ですが、次の投下分で盲目設定なくなります。
日常ネタ募集中です。

相変わらず新スレ立てるの早いですね

交互に空白投稿してるのはなんかの演出?

乙。相変わらず驚異のスピード、執筆力(?)だわ。どうなるかワクワクする

空白投稿はeモバ規制の弊害。>>1はセルフ支援しないと作品を投下できない。

ネタなら紅茶の味飲み比べとか


>>43
立てられる時に立てておこうと思いまして

>>44-45
>>48様の説明してくださった通りです。演出ではないです。

>>48
ネタ提供ありがとうございます!










投下。


雨の中。
長らく待ち続けた少年に抱きしめられ。
フィアンマは泣くべきなのか笑うべきなのか、迷っていた。
ただ、腕を回し、ぎゅう、と強めに抱きしめ返す。
ぺたぺたと頬や顔を触り、パーツの形を確かめた。

「当麻」

安心する。

「会いに来たよ。助けに、来たよ」
「…ほん、とうに?」
「ああ」

攫いに来た。

そう言って、上条はフィアンマの手を引いた。
世界を敵に回しても構わない、それ程の覚悟で。

「一緒に日本に行こう」
「…うん」
「それで、一緒に暮らそう」

うん、とフィアンマは再度頷く。
上条は彼女の手をしっかりと握って、安堵の笑みを浮かべた。


そして、今日。
上条当麻は、学園都市のとある病院へとやって来た。
手術が終わり、短期入院を終えたフィアンマを迎えに来る為だった。
何の手術かといえば、見えぬ目を見えるようにするためのそれである。
彼女を救うために良くも悪くも様々な知識を手に入れた上条によって、彼女のIDは既に用意されている。
勉強の傍ら、"バイトで貯めた"お金もこの手術で使い切ってしまったが、後悔はない。
幼い頃から、ずっと想っていたのだから。彼女を救おうと。救わねばならないと。
だって彼女は、自分を救ってくれたのだから。笑いかけてくれたのだから。

「…何か緊張するな」

病室の前で、上条はそわそわとする。
入る勇気が出てこないのである。
しかし、いつまでもここで立ち往生する訳にもいかない。

「……よし」

気合を入れて、中に入る。
ドアを開けた向こう、彼女がたっていた。
窓の外を見つめているようだった。

「フィアンマ」
「ん、」

振り返る。
彼女の瞳には、生気が宿っていた。

口元には笑みが浮かんでいる。


「…当麻のお陰で、何でも見えるよ」

ありがとう、と。

その言葉だけで、上条は笑みが浮かぶのを堪えきれなかった。
ああ、良かった。自分の努力は無駄ではなかったのだと。

「良かった」

彼女を救う為に、沢山の人を殺した。
金が欲しかったから。その一言に尽きる。
元々、不幸な右手<たいしつ>を持ち、人に虐げられてきた。
ずっとずっと、世界を恨んできた。後悔などあるはずもない。
自分を虐げてきたような人間達を消して、お金までもらえる。
歪みきった異常者<ぎぜんしゃ>にとって、これ以上に最適な居場所はなかった。

彼は、偽善使い(フォックスワード)。

嘘をつき、人を殺め、傷つけ。
ただ一人、自分を救ってくれた少女だけを想うバケモノ。

「じゃ、一緒に帰るか」
「そうだな」

彼女は何も知らない。
たとえ知ったとしても、恐らく彼を責めない。
彼女は笑顔を浮かべたままに、上条の穢れた右手を、握った。


初夏。
上条当麻は、ぐだぐだと歩いていた。
今日も素敵な補習コースだったのである。
フィアンマを攫ってきたので、勉強をサボったツケがこれだ。
死に物狂いでやる必要もないので、馬鹿なまんまで良いかと思っている。

日中は学校で平和ボケした学生生活を楽しみ。
夜の数時間は仕事という名の殺戮に手を染め。
家に帰れば、聖女のような彼女が待っている。

上条の生活に、何一つ不自由はなかった。

「…ん?」

路地裏。
すい、と視線が吸い寄せられた。
そこには一人の少女が居て、数人の男に囲まれていた。
上条は小さく笑って、介入する。

少女の名は御坂美琴。
学園都市第三位の『超能力者』―――電撃使いの超電磁砲(レールガン)。

「まったく、迷子になるなって言っただろー?」

上条に勝負を仕掛けてくる、表側の、学園都市の広告塔の役割をこなす少女だ。
少々自己中心的な言動は、女子中学生あるが故、上条は許している。








「逃げんなコラーッ!!」
「うおおおおおお不幸だあああああ!!」

叫びながら上条は走る。
不良達を彼女から救う為に声をかけた訳だが、やっぱりこうなる訳だ。
お嬢様学校で電撃姫として名を馳せる彼女は、余程自分が気に入らないらしい。
何でも、無能力者なのに超能力者を圧倒した挙句飄々としているのがムカつくそうで。
何発か本気で殴れば二度と関わらなくなるのだろうが、そこまで危険な相手ではない。
自分以外に電撃を向けなければそれでいいかな、と上条は思う。

獲物を追う為にどこまでも最適化された速度。
早すぎず、遅すぎず、それでいて長持ちする体力。
やがてそれについていけなくなったのか、美琴はぜぇぜぇと息を切らした。

あの野郎、いつか痛い目に遭わせてやる、と思いながら。




そうして。
上条当麻は携帯電話に"命令(れんらく)"が来ていないかどうか確認して。
それから、家に入った。

「ただいまー」


「お帰り」

フィアンマはというと、料理中だった。
上条と同じ学校に編入したはいいものの。
初めて行く"学校"が怖くて、まだ行けていないのだ。
どっちでもいい、と上条は思う。
彼女が好きなように人生を選択していくべきだ。
今まで彼女は、そんなことも許されない生活をしていたのだから。

「今日の晩飯何?」
「何だと思う?」
「んー。匂いからして…シチューか」
「不正解」
「わかった、クラムチャウダーだろ」
「正解」

たわいのない言葉の応酬が、心地良い。

「汗まみれだが、そんなに暑かったのか?」
「いや、ちょっと追いかけっこしてた」
「…追いかけっこ?」

きょと、とする彼女に笑って、上条は風呂場へ消える。
幸せだ。前まではそれなりの生活だったが、今はすごく幸福に思える。
事実、不満など何一つない。


夕食を終えた。
風呂に入れば、後は眠るだけ。
一緒に寝ては間違いが起こるかも、と思っている上条は風呂場で寝ている。
それはあまりにもあんまりなので、フィアンマは一緒に寝ようと誘っているのだが。

「ダメ」
「当麻、」
「いくらフィアンマの頼みでもダメなモンはダメ」

理由はいくつかある。
暗部の仕事に呼び出された時、彼女を起こさない為だったりだとか。
本当に過ちを犯してしまった場合、色々と困ったことになるからだったり、だとか。

不満げなフィアンマをベッドに差し戻し、上条は風呂場へこもる。

換気をしておいたので、さほどの暑さはない。

「ふー」

さて、眠ろう。
上条は目を閉じ、緩やかな呼吸を繰り返した。


今回はここまで。


この世界のインちゃんはおとなしくしていて欲しいわ……
自分のせいだと感じたら自殺しそう


てか、投稿スピードがはえーよwwwwwwww
そのスピードの十分の一…いや、百分の一くらいハンターハンターの作者に分けてほしいよ……

乙。祝再会。この清純さを感じさせる雰囲気が昼ドラ以上のドロドロ泥沼になるのか…wktk。

なんとなくこのフィアンマさんはデートで美術館とか荒城でお茶会とか、図書館でよくある子供に絵本の読み聞かせとかしそうww


>>66
インちゃんは出番少なめになるかヤンデレエピソード発端役で終わってしまうので、出しません…ご了承ください。
速さは…頑張っております。

>>67
錬金右方よりドロドロにしたいという目標は持っております。
彼女はオルソラさん並みのほのぼの聖女です。"今"は。











投下。


梅雨は終わったのではなかったか。
前日の天気予報でわかってはいたものの、酷い雨に上条はうんざりする。
今日は学校は休みだし補習はないが、『仕事』が入ってしまった。
フィアンマには不規則に入るバイトだと告げてある。シフト制だ、と。
嘘はついていない、と上条は思う。だって、本当にバイトなのだから。

「行ってきます」
「ああ」

出ていこうとする上条の手を、彼女が掴んだ。
きょとん、とする上条を見つめ、フィアンマは小声で言う。

「……ないのか」

しないのか。
行ってらっしゃいのちゅーは。

フィアンマの言葉に、上条は思考を停止した。

「…はい?」
「…だから、」
「し、ししししません! そんなふらちな!!」

不埒、などと普段使わない言葉を口にする上条。
フィアンマは首を傾げ、上条を見つめる。

「…嫌、か?」
「嫌じゃ、ねえけど」
「……」
「…わかったわかりますわかりましたよ三段活用。
 ……ただしほっぺたにしよう。な?」

促され。
フィアンマは小さく笑って、彼の頬へと口付ける。
柔らかな女の子の唇の感触に動揺しつつ、上条は走って家を飛び出すのだった。


上条がバイトに行ってしまった。
この事実が彼女の生活にもたらすのは、『暇』である。

寂しい。

これを解消するには、彼に連絡をぶつけることではない。
そもそもケイタイデンワーというものがよくわからないというのもある。
いつかは克服せねばならないだろうと思いつつ、外に出た。

「…ん」

今日は土曜日だ。
大雨だけれども、だからこそ、かえって人は少ないはずである。

「…買い物でもするか」

首を傾げ。
財布の中身を確認した後、行き先を設定せずに歩き出す。


ぐちゃり。

ぶちまけられた臓物は気分が悪くなる。
これは昼飯がまずくなりそうだ、と思いつつ。
上条は、尚死に体でよろよろと歩く男を追いかけていた。

別に楽しさは感じていない。

むしろ、特に何も感じない。
部屋の掃除をする時と一緒だ。
そこにゴキブリの死骸が転がっているなら、何も考えないようにして片付ける。
埃があれば掃除機を使うだけだし、必要なら濡れ雑巾で丁寧に拭く。
その程度のこと。その程度の感覚。

「ひ、ぃっ…かん、べんしてくれ!」
「んー」

ほんの少しだけ、期待させるように悩んでみせる。
手に握っている拳銃は煙を出し、硝煙の臭いを漂わせていた。
上条当麻は優しい笑顔を浮かべて、こう言う。

「…俺相手だから生き延びられるなんて幻想。気に入らねえからぶち壊すけど―――いいよな?」
「あがッ、」
 ・・・・・
「不運を呪えよ。俺に出会っちまったから仕方ねえさ」

笑みを浮かべたまま。
風船が破裂するような音が二回程響いて。
男の体は泥のように地面に倒れこみ、二度と動くことはなかった。


眠い。
今日はいつ始まるかわからない実験らしい。
どこから狙撃されるかは不明だが、恐怖はない。
いつものように引き金を引かれ、いつものように反射する。

「…つまンねェなァ……」

お気に入りの缶コーヒーが尽きたので、買い出しに出た訳だが。
生憎の大雨。別に『反射』があるので濡れないのだが、それでも人目用に傘は必要だ。
ただでさえ目立ってしまうのに、これ以上悪目立ちしてしまうのも考えものである。

「さて、と。……はァ」

気合を入れてみるも、ため息が漏れた。
何の陰謀かは知らないが、どのコンビニも気に入りの品が置いていない。
かといって他のコーヒーで我慢しようという気にはなれなかった。
カフェに寄りたいかというと、そういうコーヒー欲しさではないのだ。

いうなれば、ジャンクフード。

安っぽいハンバーガーを食べたいのに、高級店のステーキでは満たされないのと同じ。
あれでなければダメなのだ。オンリーワンの価値が、そこにはある。

「……困ったな」

迷い果てて入ったスーパーマーケット。
一人の長身の少女が悩んでいた。
長身といっても、あまり凛々しい感じはしない。
細くはあるものの、鍛えている訳でもなければ、ダイエットしているようにも見えない体型だ。
長い髪を揺らし、彼女はうろうろと歩き回っている。
店員は、運の悪い事に一人も居ないようだ。
レジを担当している人間まで呼び立てるのは気が引けたのだろう。


「………」
「……勉強不足か」

はあ、と落ち込んだ様子である。
常であれば、一方通行は無表情で素通りする。
これまではそうしてきたし、これからも"そうするべき"なのだ。
この力は、好意だろうが敵意だろうが、向けた相手を、いつか傷つけてしまう。
だから不用意に人には触れられないし、触れたいとも思わないようにしてきた。
感情のブレが誰かを傷つけてしまうのなら、何も考えないように、と。

だったはずなのだが。

「……オイ」

声をかけてしまった。
内側から何かを刺激されたかのように、声をかけずにはいられなかった。
それは彼女の"才能"の一つでもあるのだが、彼はそれに気づかない。

「ん?」

振り向く。
白色人種の整った顔立ちだった。
一方通行と同等か、或いはそれ以上に白く。
やや青みがかった肌は、不健康そうにも見える。
声をかけてもらって助かった、とばかりに彼女は笑みを浮かべた。
それは柔らかで、作り物のようで。
宗教画か何かの天使の笑顔に似ている、と一方通行はオカルトに詳しくない並に思った。

>>78 ×詳しくない並に ○詳しくないなりに》


紅茶には全く詳しくないんだけれど、こういう味の品を探している。

そんな要求に、一方通行は茶葉の売り場を眺める。

アールグレイ、ダークグレイ、オレンジペコ、キャンディ…。

雨の日に茶葉を買うのは好ましくないと思うのだが、そこまで口を出す義理もない。

「…っつゥかここに並ンでるヤツの味は一通り知ってンのかよ」
「いや、わからないが」
「…紅茶好きじゃねェのか」
「んー……」

彼女は人差し指を顎にあてがい。
少しだけ考え込んでから、一方通行を見て。
悪意も邪気もない、純度百パーセントの笑みを浮かべつつ答える。

「実を言うと、人生で一度しか紅茶を飲んだことがないんだ」
「………そォかい」

一方通行は、人生で産まれて初めて、ツッコミのためにずっこけるかと思った。


今回はここまで。
(書き溜めが尽きてしまった)

寝取られ野郎がNTR書くとか滑稽だwww

乙。一方さん来たか。フィアンマさんとの絡みにwktk

カミやん暗部設定なら、各組織との絡みとかガチ仕事中描写とか見てみたいな。『メンバー』とか『ブロック』とか…査楽やら手塩さんとかマイナーキャラとかww


ちょっと前に考えた学園都市に視察に来たフィアンマが黄泉川達に無理矢理セーラー服を着せられた一方通行(百合子)に惚れる話を思い出したwww
>>1は文章力あってうらやましい


>>83
ちょっと頑張ってみようかと思いまして。
いつもご覧くださってありがとうございます。

>>85
今回の投下分でとりあえず一フィア分は暫くお休みの予定です。

>>86
あのSS、再開してくれませんかね…ありがとうございます












投下。


何してンだ、俺は。

先程からそんなことを自分に問いかけ。
しかしながら答えは出ないまま。
缶コーヒーの詰まった袋を荷物籠に入れ、彼は紅茶を啜っていた。
一人ではない。一人で紅茶専門店に来る素敵な趣味の持ち合わせはない。
向かい側には先程出会ったばかりの悪意無き少女が座っている。
彼女は何個ものカップを眺め、一口ずつ啜って吟味していた。

『味が分かンねェモンを探すってのは無理が過ぎンだろ』
『家を出る時にふとそう思ったのだが』
『…はァ』
『どこか紅茶の飲み比べを出来るような店に心当たりはないか?』
『ンなモン、』
『………』
『……まァ、一件だけだがな』

連れて来たところで、お礼にと奢られる羽目になった。
金なら腐る程あると言ってもまったく聞かなかった。
微妙に人の話を聞かない類の女のようだ。だからといって不思議と腹は立たないが。
紅茶を飲んでばかりでは喉が潤い過ぎるからか。
彼女の手元には塩マドレーヌなるものがある。塩気で喉を渇かそうということらしい。
飲み比べのためには必要といえば必要なこと、とはいえ。

(酒飲みかよ)

そう思った一方通行である。


「…ンで、味は一致したンかよ」

記憶と。

彼の問いかけに、フィアンマは僅かに悩んでみせる。
アールグレイとダージリンを少しずつ啜って、カモミールティーを遠ざける。

「この二つの内のどちらかだとは思うのだが」
「曖昧過ぎンだろ」

思い出の品とやらはミルクティーらしい。
アールグレイとダージリンはミルクティーへ用いられる一般的な茶葉だ。
あまりにも普遍的過ぎて、彼女の思い出話からではわからない。

「……んー」

しゅん、と落ち込むフィアンマを見やり。
一方通行はいたたまれないような妙な気分になり、視線を逸らすがてら店員を睨んだ。
完全に八つ当たりで睨まれた店員はビクついている。

「……カミサマの言う通り、ってヤツで決めればイイだろ」

うんざり、といった感じで彼はそう提案した。
それは良い考えだ、とフィアンマは同意する。

「…しかし預言を行うには道具が足りんな」

うーん、と彼女は(一方通行にとっては)訳のわからないことを呟き、首を傾げる。
一方通行は痺れを切らしたように手を伸ばし、彼女の手を掴んだ。

「指を適当に振りながら"カミサマの言う通り"って言うンだよ。
 ンで、数え歌が終わった時点で指が指しているヤツを選ぶ」
「なるほど。短絡的だが、神託術式における最低限の要件は満たしているな。
 つまり詠唱だけで偶像崇拝の理論を活用する訳か」
「………」

何言ってンだコイツ。

思った一方通行だったが、顔には出さない。
フィアンマは自分の手を掴んだままの一方通行の手を握り返した。
上条と同じように、世界でたった一人、特殊な力のこもった体質、特別な右手で。
『反射』はデフォルトで行使されているにも関わらず、彼女はきちんと彼の手を握り返した。


一方通行の呼吸が止まる。
思考が停止して、心臓が止まったかのような錯覚すら覚えた。

「……」
「…どうかしたのか?」

『反射』を越えてきた人間は、今まで研究者しか居ない。
だが、彼女はとてもではないが研究者には見えない。
となると、未だ存在の秘匿されている第六位の超能力者か。
いいや、そんな風にも見えなかった。
こう言っては何だが、超能力者というものには独特の雰囲気がある。
それは強固な『自分だけの現実』や、それに付随する実生活の孤独によるものだ。
そういったものが、彼女には無い。どちらかといえば、無能力者の平凡さだ。

それ以上に。

本当に、久しぶりの悪意も殺意もない人の手の感触に。
一方通行は、自分で思っている以上に動揺していた。

「……」
「…体調不良か?」

不可解そうに、彼女は眉を潜める。
彼女は恐らく、自分の事を知らない。識らない。

学園都市第一位の化けものであることを。
手が一瞬触れただけで簡単に人を殺す事の出来る存在であることを。


「…別に、何でもねェ」

手を、離しがたい。
離すべきなのに、手放すべきなのに。

フィアンマはそんな一方通行を見つめ。
それから、やっぱり心配そうに、こう言った。

「……体調が悪いのなら、休養すべきだと思うが」
「悪くねェよ」

一方通行の中の時間が、普通の流れを取り戻した。
何故だか、彼女には自分の素性を知られたくない、と思った。

「なァ、」
「ん?」

彼女は無事に思い出の紅茶の銘柄を見つけたらしい。
アールグレイを上品に啜り、マドレーヌを食べ終えている。
片手は繋いだままに。警戒心など微塵もないまま、握手をしたままで。

「オマエが知ってるか識らねェかは別として」
「?」
「俺が、学園都市最強の頭脳を持つバケモノで。
 手を触れれば一秒とかからずに相手を殺せる野郎だったら、どォ感じる?」
「どう、と言われてもな」

何だかフィアンマは、昔のことを思い出した。
疫病神だから自分には触らない方が良い、と言った少年のことを。
彼女は人類を平等に捉えている。その思想はブレない。

「学園都市最強、ということは最高の頭脳の持ち主か。なら、勉学を究めた事を讃える。
 …手は…超能力に限らず、触れれば相手を殺せるものだと思うが。首を絞めれば人は死ぬしな」
「………どンな攻撃をしてもそっくりそのまま跳ね返すバケモノだとしても?」
「お前が何を言っているのかはよくわからんが、素晴らしい盾を持っているとしか思わんな。
 そもそも、人に反撃される覚悟があって人は人に攻撃するのだろう? 正当防衛だと思うが」
「……そォか」
「余計な手を加えずにそのままそっくり返すなら、それは人道的だとも感じる」

そうして、彼女は手を離した。
一方通行は沈黙して、彼女の言葉を受け入れる。


すとん、と。

乾いていた土に水が染み込むように。
デコボコのへこんだ部分にぴたりとピースがハマるように。

一方通行が奥底で求めていたものが、今ここで手に入った。

誰かに、否定して欲しかった。
自分を認めて欲しかった。

バケモノではないと。
何も悪いことはしていないと。
最強でも普通の人間だと。

ただ一度、誰もかけてくれなかった言葉だった。
かけてくれたとして、裏に事情や理由、怯えの無いことは、初めてだった。

「……そォ、か」

無敵になりたいと思ったのは、こういった言葉がもらえなかったからだったのか。
誰かが手を握って、お前は普通の人間のままだと、笑いかけてくれなかったから、なのか。

「………」

それでも。
今更止まれない、と彼は思う。
絶対能力者進化実験を中止したいと願い出て通ったところで、妹達は処分されるだけ。

もっと早くに、この少女と言葉を交わせていたら良かった。

誰にも認めてもらえず、兵器扱いのみをされてきた少年は、ひっそりと思う。


「世話になったな」
「……じゃァな」

紅茶専門店を出てスーパーに戻り。
無事茶葉を出て外に出ると、外はすっかりと晴れていた。
快晴の空を見て、彼女は『今日はラッキーデイだな』と上機嫌だった。
持ち運とやらが良いのだろうか、と一方通行は思う。
立ち去ろうとする彼の後ろ姿を見て。
あ、と彼女は声を出し、唐突に彼の服を掴んだ。
特殊な"奇跡の右腕"で掴まれ、一方通行は思わずバランスを崩しかける。
解析・分析をすればこの手を拒否出来るのだろうが、する気にはなれなかった。

「……なンだ」
「ケータイデンワー番号を交換しようかと思ったのだが」
「…何でカタコ、…あァ、オマエ外国人が」

ツッコミかけ、今更ながら思い出す一方通行。
研究者の、或いは研究所の連絡先ばかりが入ったアドレス帳。

「……」

この女を入れて良いのか、と躊躇する。
もしこんなことをして、彼女が、自分を嫌う下衆な連中に狙われたらどうする。
少しでも"大事"だと、自分にとっては価値があると思えた人間なら、尚更関わらないでいるべきだ。
躊躇する一方通行の様子を知ってか知らずが、フィアンマはやや億劫そうに携帯電話を差し出した。

「…操作が苦手なんだ」

だから、相互の登録をしておいて欲しい。

頼まれ、一方通行はやっぱり躊躇して。
それでも、何度も偶然は起こらないと経験則で知っているから。



登録を、した。


このことによって彼女が襲われるなら。
それこそ自分が無敵に成り上がって守れば良いと、とある少年のように誓いながら。


今回はここまで。
次回は上フィアデート回です。

>>103
そんなフィアンマちゃんも最終的には我妻由乃や世界みたいな感じに……ガクブル
五和さんとはなんとなくだけど仲良くなれそうな気がするわ……


一方さんのお名前案は知人よりいただきました。


>>104
「歪んでいるのは俺様ではなく、俺様と当麻が結ばれないこの世界の方だよ!!」
















投下。


山田幸之助。

本名か偽名かはともかく。
学園都市最強の超能力者、一方通行を指し示す名前が、アドレス帳に刻まれた。
彼女の携帯電話に入っている情報は、上条が最初にインプットした情報しかなかった。
学校の連絡先、病院の連絡先、それ位しかない。
なので、こうして彼女自身が築いた人間関係の記録は、一方通行が初めてだった。

「…ン」

返される携帯電話。
フィアンマはそっと受け取り、かちかちと弄って確認してみた。
詳しくはないものの、操作は何とか出来るし、名前も読める。

「…山田幸之助か」
「あァ」
「何と呼ぶべきかね」
「ファミリーネーム、ファーストネーム…好きな方にすりゃァイイ」

通称である能力名を名乗らなかったのは、本性を知られたくなかったから。
学園都市第一位のバケモノだと知られて手のひらを返されるのが怖かったから。

そう考えてしまう自分は何と弱いのか、と一方通行は思い。

「じゃァな」

今度こそ、彼は歩き出す。
彼女はゆっくりと手を振った後、携帯電話をいじった。


一方。

『仕事』を終えた上条当麻は、やっぱり不幸であった。
あまりにも雨が酷いので、コンビニで傘を買い(元持っていた方は風で壊れた)。
これで雨宿りしつつ移動しなくて良いぞ、と外に出たところ。

快晴である。

暗雲などどこへやら、美しい青空である。

「…ふ……不幸だ」

がっくり。

項垂れる上条当麻。
ぐすっ、と鼻を啜っても仕方ない。
運の悪いことに、傘は既に開いてしまった後であった。
値札を剥がし、セロファンを少し剥がしてしまったこれは返品出来ない。
仕方がないと諦め、歩きだそうとしたところ。

「…お?」

フィアンマの後ろ姿が見えた。
彼女はビニール袋を片手にゆっくりと歩いている。
少しだけ眠いのか、ぐしぐしと目を擦っていた。
彼女が一人で外を歩けている。
見える目を使って、ふらつくでもなく、確かな足取りで。
たったそれだけのことで、上条はたまらなく幸せな充実感に満たされた。

「おーい」
「ん?」

呼びかけると、彼女は振り返った。
視界に上条を入れるなり、嬉しそうな笑みを浮かべてみせる。

「偶然だな」
「だな。幸運だ」

上条はそんな珍しい言葉を使い、素直にラッキーを喜んだ。


お昼は外食にしよう。

そんな訳で、上条とフィアンマはファミレスへとやって来た。
安いメニューはつまり、大学からの提供品が多い事を示している。
故に、値段が安ければ安い程、ゲテモノ、或いは見たこともないようなメニューということだ。
普通の、一般的なハンバーグはそこそこのお値段である。

「どれにすっかなー」
「…地獄煮込み…?」
「いや、それはやめた方が良いと思うぞ」
「……」
「え、エスカルゴの地獄煮込みってゲテモノとゲテモノじゃねえか…」

うええ、と引く上条。
フィアンマは見なかったことにしよう、とページを捲る。
無難なのはパスタ系だが、正直に言ってパスタ料理ならイタリア出身のフィアンマが作った方が美味である。
となると残りは肉料理だが、やはりこちらもゲテモノ揃い。

「……よし。チーズトマトハンバーグにしよう」
「それが一番だろうな」

うん、と頷いて、注文を揃える二人だった。


「紅茶の茶葉?」
「ああ。ティーポットを発見したものでな」
「そっか。よく迷わないで買えたな。詳しくないだろ?」
「少し手伝ってもらったんだよ」
「そっか」

店員にでも手伝ってもらったんだろう、と勝手に判断して。
荷物を持ってやり、手を繋ぎ、上条はのんびりと歩いていた。
仮に友人に突っ込まれても、恥ずかしくはあれど、隠そうとは思わない。
自分は彼女の幸福のために生きてきたし、これからもそうしていくだろうから。

「お菓子は買わなくて良いのか?」
「ん? 買ってある」
「へー。…これか」

よいせ、とビニール袋から小袋を取り出す上条。
そこにはこう書いてある。

『ぽりぽり小魚くん』

「……フィアンマさんや」
「んん?」
「お紅茶のお伴にこれはどうかと思う」
「当麻の身長を伸ばそうかと思ったのだが」
「余計なお世……でもねえな」

はあ、とため息を吐き出す上条。

現在身長、168cmである。


今回の狙撃は中距離且つ、サイレンサーをつけていたようだ。

何の音もなく向かってきた弾丸が、反射された。
何を思うでもなく、反射をした先に視線を向ける。
脱兎の如く逃げ出す妹達の姿がやや遠くに見えた。
地面を蹴って、跳ぶようにして追いかける。

「…はン」

少女と過ごした時間が、消費されていくかのように。
あっという間に戦慄と血液に彩られるモノクロの生活。
本当に、本当に、くだらない。一方通行は、そう思う。

「……見ィつけた」
「ッ」

向けられる銃口。
幼い頃に向けられてから、ずっと突きつけられてきた。
何も悪いことなどしていない頃から、ずっと。

手を伸ばす。

少女の華奢な腕を掴んで、玩具のようにもいだ。
そのまま、気の違った人間を真似て彼女の指を噛もうかと考えて。






―――やめた。

彼女と一緒に飲んだ紅茶の味がかき消されるなら、口に何も入れたくなかったから。


今回はここまで。
通行止め好きな方には当スレはオススメしません。

乙。上フィアはもっとデートらしいデートしたっていいのよ?

通行止めがアレ=いずれは打ち止めの頭パーンなのか…

そういや意外に見た事ないけど妹達実験で本当にlevel6になれたら色々な意味でどうなるんだろ一方さん。

>とある安価スレの台詞
浦上「それだけ好きだったんじゃないかな?」

五和「愛が憎しみ変わってしまったんですね」


今後のフィアンマさんを示す台詞
的確な判断だが五和にはブーメランである


愛の反対は無関心。


>>120
過去の名作に書かれているのがたまにあったような。













投下。


お買い物。
それはとっても楽しい響きなのだが。
こと、上条家にとってはさほど楽しいイベントでもない。
フィアンマが身体測定(正確には学校)から逃げていること。
そしてそれを承知で上条が匿っていることにより。
暗部の仕事で入る給料<ボーナス>を除けば、上条家は基本的にあまり裕福ではなかった。
上条一人分の奨学金で賄っているからである。
二人の食べる量は常人の、平均的なそれ。

しかして、上条はまだまだ育ち盛りの少年。

牛丼並ではおやつ程度で終わってしまう。
ボリュームのある食事を作ろうと思えば、どうしても材料費がかかる。
かといって食費を減らせば上条が倒れる、と彼女が意見を通したため、そこは削れない。

結果として。

「…よし、上条さんは戦ってくる」

まるで戦争に出立する前の少年兵の如く、上条は凛々しく言った。
実際にはスーパーの特売セールに参加する、ということなのだが。

「幸運を祈る」

こく、と頷いて、彼女は上条と別ルートへ向かった。
上条は肉担当、フィアンマは野菜担当の割り振りなのである。


「………」

ボロッ。

そんな効果音でもつきそうな程に、上条はぐたりとしていた。
その手には戦利品である豚バラの薄切り500g150円のお得過ぎるタイムセールス限定商品。
対してフィアンマはというと、無傷で、その手に玉ねぎと人参の詰め合わせを持っていた。
たくさん詰め込まれているが、これも150円である。

「…大丈夫か?」
「…大丈夫」

不幸だ。

わしゃりと髪をかき、上条は気を取り直した。

「そっちは怪我とかないか?」
「ああ。むしろ周囲が譲る雰囲気だったな」

不思議そうに首を傾げる彼女に、なら良いかと上条は小さく笑って。
それから、会計に向かおう、と歩き出す。

何でもない日常の一秒一秒が。
持ち前の不運でいつ死ぬかわからない上条にとっての、唯一の宝物だった。



暗部の仕事に手を出したのは、小学校を卒業した頃だった。
人間の闇を嫌という程見た俺にとって、殺人はさほど難しいことでもなくて。
やめてくれ、と逃げ惑う相手を撃ち[ピーーー]だけの、簡単な仕事<ゲーム>。
なるべく弾数を減らさずに殺せばお金が増える、シューティングゲーム。
もちろん、最初は悩んだり、悔やんだりもした。

『疫病神』
『こっちくんな』

だけれど。

罵倒を思い返せば、いくらだって暴力を振るえた。
記憶はいつだって苦しいことばかりで、全人類が憎らしく思えた。

俺に笑いかけてくれたのは両親と彼女だけだ。
微笑んで、手を握って、疫病神なんかじゃないと言ってくれたのは。

両親は俺に愛情をくれた。
彼女は俺に希望をくれた。

だから、俺はそれ以外の人間などどうでも良いと、ある種思えるようになった。
どうせ俺が何かしたところで、相手は俺に感謝しないし、それどころか唾を吐きかけていくのだから。

それでも、悪いことをしている自覚はあったから。
その釣り合いを取るように、俺はスキルアウトに絡まれている女の子を助けたりもしている。






―――偽善使い(フォックスワード)。


嘘をついて笑って誤魔化して。
まるで善人のように振舞って演技して生きている。
所詮。

……そんな男が、俺の本質だ。


会計を終えた今日、八月八日。
上条とフィアンマは重いビニール袋を手に歩いていた。

「ぐおお。暑すぎて料理する気にならねえ…」
「ランチバリューなら300円で済むが」
「ん? お、ハンバーガーか」

目に止まったのは、ファーストフード店。
夏休みだからか、ランチを提供しているらしい。
いつもは五百円台はしてしまうメニューが300円台のお手頃価格にダウンしていた。
店内は混み合っているようだが、休憩も兼ねて食事をするのも悪くない。

「じゃあここにするか」

上条はそう決めて、彼女と共に店内へ入る。
中は外から見ていたより混み合っている。
空いているのはテーブル席が一つ、カウンター席が二つ。
カウンター席は今にも誰かが座ってしまいそうな程に無防備だ。
相席でもいいかも、と思い、上条はテーブル席へ目を向ける。

巫女さんが居た。

黒く長い髪に、赤と白の巫女服。
顔はよく見えないが、おっとり風の和風美人だ。
大和撫子の巫女、と、彼女の写真を撮影すれば説明に使えそうな程。

しかしながら声をかけ辛い。
それでも一応許可を取ってみようか、と上条は思って。

「………」

ふと、振り返る。



無表情。

彼女の顔は、その一言に尽きるものだった。
唯一、その視線だけは冷たくて。
北極海でもここまで冷たくはないのではないか、と思える程に。
彼女を愛している上条でも寒気がする程の、冷えた態度だった。

「………」

彼女は無言のまま。
上条の手首をそっと掴む。
それから引っ張っていき、カウンター席へと導いた。
整った顔からは、何の感情も読み取れない。

「…フィアン、マ?」

店の雑音が、人の話し声が。
どこか遠く、遠すぎる出来事のように、ぼやけて聴こえない。
一人、まるで耳栓をしたかのように、世界が遠い。
意識下、無意識下共に緊張しながらも、上条はカウンター席へ座り。
恐る恐る、再度彼女の表情を窺ってみる。

「……俺様が買ってくる。飲み物は何が良い?」

いつも通りの、優しい笑顔だった。
ほっとしながら、上条は財布をまるごと明け渡す。

そうだ、気のせいだったのだ。
彼女があんな顔をする訳がないじゃないか。
もししていたのだとしても、きっとヤキモチだ。

上条当麻は、自分に、そう何度も言い聞かせる。


幸運とは、神様のご加護のことだ。

そして、自分は恐らく、世界の誰よりも神様に愛されている。
その自覚と自信があったからこそ、自分は当麻を守ろうと、守れると、思った。
不運にばかり遭遇し、世界で最も神様から見放された少年。
彼の事が好きだ、と思う。実際、時々口に出す程に。

だから。

彼を不幸にするとわかるものは遠ざける。
たとえ自分がどう思われようと。
彼を戦乱に巻き込む人間なら、助ける必要などない。

巫女服の少女のことは知っていた。
吸血殺し(ディープブラッド)と呼ばれる"原石"の少女だ。

彼女もまた、カインの末裔には決して被害に遭わされない―――神様に愛され過ぎた人間だ。

かかわらせたくない。
何がしかのトラブルに巻き込まれる、と直感で思った。

「ただいま、当麻」

本心を隠し通す為に、笑みを浮かべる。






当麻は、俺様だけを見ていれば幸福なんだよ。


今回はここまで。
上条さんさえ鬱にさせるフィアンマさんの言葉責めとアウレオルスさんの精神はとても相性が悪いと思いました(小並感)
>>1でお分かりだとは思うのですが、このスレは上フィア→上琴(逆NTR)からの一フィア(NTR。エロはないかもしれない)です。


頑張れみこっちゃん。














投下。


八月半ば。
上条は今日も今日とて『仕事』だった。
こうして身体を動かすので、まだまだ夏バテはしていない。

「んー。逃げ足早ぇな。ったく、『メンバー』同士の諍いに巻き込むなっての」

上条は呟いて、走る速度を早める。
仕事のお陰で学校の持久走はベストタイムを常に更新していた。
自分で自分の身体の制御を行う、さながらアスリートの如く。
どうせならこの努力を能力認定してくれればいいのに、と上条は思う。
そうしてくれたら、彼女をタイムセールスという過酷な戦場に駆り立てなくて済むのに。

「困り、ましたね」

ちょっとしたミスが気がつけば膨大な損益になっていた。
そんな訳で、これまで暗部組織『メンバー』の一員として働いてきた少年―――査楽は、逃げ惑っていた。
相手は拳銃を持っているし、単体だ。

死角移動(キルポイント)―――敵の背中に回って、奇襲も考えた。

けれど。
相手は一人、こちらも一人。
マウントを取られてしまえば、それでおしまいだ。

「く、……」

ゲート近くまで逃げれば、或いは。
考えを巡らせ、走る。


「……もう、無理ですかね」

走っても走っても、相手は諦めない。
肉食獣に狙われた兎のごとく、彼は諦めた。
査楽は困ったように薄く笑って、座り込む。
徐々に近づいてくる足音。
相手は少年だった。死神のような雰囲気を纏う、しかして平凡そうな少年。

「ッ、」

死への恐怖を振り払い、査楽は演算する。
少年の位置を頭に入れ、十一次元上に変換し、背後に回った。

回ったはず、なのに。


上条はそれを見越したように、右手を自分の背後に振った。
幻想殺しに空間転移が打ち消され、査楽は下半身のみを移動し、上半身はそのままだった。

つまり。

上条の背後に現れたのは下半身だけで。
移動しきれず元の場所に戻ったのは、上半身。

人間の身体が上下に分かれてしまえばどうなるか。

答えは、あまりにも明白だった。


「……」

マグロの解体ショーみたいだ。
頬に付着した返り血を手の甲で拭い、上条はくつくつと笑う。

ああ、そうだ。
右手を出せばどうなるか、わかっていたさ。

「自滅か。上条さんよりバカだな」

罵倒して。
上条は下部組織に連絡をすると、そのまま懐からウェットティッシュを取り出す。
まるで汗を拭くように返り血を拭って、丸め、死体に投げつけた。
未だびくびくと痙攣を繰り返す少年の脚を踏み越え、ゆっくりと表に出る。

外は明るい。

「ふー」

ひと仕事終えた後は、何か冷たいものを飲みたい。
ちょっと小腹も空いたな、と思いながら歩いていると。

「……っと」
「……はー。こうも暑いとやる気起きねえなあ」
「無視してんじゃないわよコラアアアアア!!!」

びりびりっ。

雷撃の槍が飛んできた。
咄嗟に右手を突き出せば、それは吸い込まれるように右手に直撃し、消える。
ぜぇはぁ、と肩で息をする美琴を見やり、上条はのんびりと言った。

「走ってたのか? この炎天下ご苦労さん」
「アンタのせいだろうがあああああ!!!」


一方。
フィアンマは涼しい店内に居た。
一般的なファミリーレストランである。
上条と頻繁に来るのとは、また別の場所。
一人で来ている訳ではない。


---------------
From:山田幸之助
Title:昼
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飯食いに行かな
いか

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そんなメールが来たので、お誘いに乗ってみた訳である。
上条は今日はバイトらしいので、なかなか帰ってこない。
ちなみにお金がないので最初は断った。
断ったのだが、奢る、とのことで。
一方的に奢られるのは、と返せば、人生相談に乗ってくれればいい、と返され。
存外食い下がるなあ、と思いつつ、フィアンマは彼と食事をしていた。



山田幸之助。



――― 一方通行である。


「…少食だな。遠慮か、女特有の気取りかは知らねェが」
「幼い頃は完全に管理された食事だったものでな。胃の容量がないんだ」
「…能力開発か」
「いや、学園都市に来たのは今年に入ってからだよ」
「そォか」

何やら事情があるらしい、と判断し。
一方通行はアイスコーヒーを飲みつつ、ぼーっとしていた。
何か彼女に話すことがあったような気がしないでもないのだが。

「……紅茶はギフトか何かか」
「ああ、この間のか。そうだよ。自分で飲みたいだけならお前と専門店に行った時点で満足しているしな」
「そォかよ」
「助かった。ありがとう」

改めてお礼を言われる。
笑顔を向けられ、一方通行は思わずそっぽを向いた。
ツンはともかく、ツンデレになった覚えなどないというのに。


「お前は肉料理が好きなのか」
「あン? …この年代の男なンざ大体そうだろ」

平均に合わせた、とも聞こえる発言だった。
本当は誰よりも一般人に溶け込みたいのに。
超能力者、それも第一位故、集団からは孤立する。
常に異端として扱われてきた彼には、もはや普通というものがわからない。
昔には、憧れていた。

日中は学校に行き。
クラスメートと適当にダベり。
放課後は友達と遊んで。
家に帰って、宿題と格闘する。

そんな当たり前の、普通の生活に憧れた時期も、確かにあった。
だが、今ではそれを願えば願う程、自分が場違いだということを再認識してしまう。

無敵にならなければ。

文字通り決して敵を作らない存在にならなければ、友人は作れない。
誰かを愛することも、愛されることも、仲良くなることも、ない。

彼女と現在共に食事をしていることがその前提を壊していることに、彼は見て見ぬフリをしていた。

「そうだな。では、その内何か作ってやる。今日の礼といったところか」
「…作る?」
「肉料理はそんなに難しいものでもないしな」

今度、どうやら手料理を振舞ってもらえるらしい。

素っ気なく断ろうとした一方通行だったが。

「……」

穏やかに微笑む彼女の顔を見て、無言で受容の合図を返したのだった。


今回はここまで。
次回は上琴デート回です。


カカロット症候群、及び記憶喪失はない予定です。

















投下。


仕事帰りにはいつも絡まれている気がする。
そう思いつつ、上条は適当に少女の相手をしていた。

少女の名は、言わずと知れた超電磁砲―――御坂美琴。

彼女の攻撃から逃れるには、彼女の興味を他に移すしかない。
他の、彼女に勝てる無能力者辺りでもぶつけて。
もっとも、彼女に勝利出来る無能力者などそうそう存在しない。
卑怯な搦手を使えばともかく、基本的に能力の差とは絶対的なのだから。
ましてや、大能力者と超能力者ならともかく、無能力者と超能力者では。

「もう追いかけてくんなっての!」
「なら勝負しなさいよ、ばか!!」

追いかけられる。
逃げる。
追いかけられる。

先程の仕事とはまるで真反対な役割に、上条は苦く笑う。
フィアンマはどうしているのだろう、と携帯を見やれば。
友人と食事をしているからお昼は用意出来なかった、とのことだった。
友達が出来たと聞くと、嫉妬より先に安堵が先立つ。

という訳で。
上条当麻は本日、昼食を自分の手で用意することとなった。

ぴた、と立ち止まる。
電気を用いて空気を爆発させ、驚異的な速さで進んでいた美琴はブレーキをかける。
かけたは良いものの、車が急に止まれないのと同じで、美琴はまともに上条に突っ込んだ。
振り返った上条は、決して大柄ではないものの、平均的な体格で彼女を受け止める。


ぼふり。

そんな音を立てて。
美琴の顔は、上条の胸元に埋まった。

汗の匂い。
上条の人格を表すようなおひさまのような匂い。

それらが入り混じった匂いは、男性特有のものだ。

少女のような制汗剤の匂いはしない。
大人の女性のような香水の匂いはしない。

正真正銘、男性の匂いだった。
美琴は何だかんだで、男性に対して免疫がない。
スキルアウトに対してはある種あるが、それは見下しに基づくものだ。
こんな風に、少年と密着したことなど、一度もなかった。

「ぁ、う」

美琴は、言葉を喪う。
顔を真っ赤にして、ぴりぴりと紫電が放たれた。
これは落雷するのではないか、とほんの僅かにビビる上条。

しかし。

(……血?)

鉄臭い臭いが、した。
美琴は眉を潜め、上条を見上げる。


「アンタ、怪我でもしてんの?」
「へ? してねえけど」

女の子が近くに密着している状況にドキドキと(本能だから仕方ない)しながら、上条はきょとんとする。
反撃を受ける前に相手は殺したし、怪我などまったくもってしていないのだが。

もしや。

血の臭いに感づかれたか。

上条は険しい顔になりそうな己に気がついて。
表情を取り繕って、笑みを浮かべてみせた。

「あ、そうだ。安っぽいところでよければ、飯一緒に食わないか?」
「…ご、ご飯?」
「そうそう。今日昼飯用意してないんだ」

時刻は12時半を少し過ぎたところ。
昼食を摂るにはまだまだ間に合い、まだまだ最適な時間だ。
美琴は困惑したり、気になりつつも、頷くのだった。


男と二人きりで食事なんて、黒子がうるさいだろうな。

思いながらも、じゃあやめよう、ではなく。
見つからないようにしよう、で留める辺りに、美琴は自分の本心を見出した。

(怪我してないって言ってたけど、)

視線を向けた先。
ツンツン頭の少年は、もぐもぐとハンバーガーを食べている。
美琴はポテトを華奢な指でつまみ、口に放りながら、彼を観察した。

(どうもそうは見えないのよね)

何となく、覇気がない。
何か、無理をしているように感じる。

「ねえ、」
「ん? 何だよ」
「本当に、ほんっとーに、怪我してない?」
「してねえって」

彼は嘘をついている。
何故だが美琴は、そう思う。
それが女の勘(笑)なのか、心配からくる偏見なのかはわからない。
仮に彼が嘘をつくとしたら、それは自分が加害者ということなのだろう。
電撃で、どこかを怪我したのかも。そうでなくとも、自分との追いかけっこで。
だとすれば、自分のせいだ。


「…これ、あげる」
「は? 何だこ…ぶふっ」
「笑うな!!」

上条が渡されたのは、絆創膏。
それも普通のものではなく、所謂お子様絆創膏だ。
お子様向けの、カエルのキャラクターが描いてある。
それはゲコ太という名前のキャラで美琴がドハマリしているものなのだが、上条は知らない。
仮に知っていたとして、こうしたやや馬鹿にする態度は変化しないだろう。
むむむ、と気分を害する美琴だったが、言う割に受け取ってくれた上条に安堵する。
ポテトを食べ終え、アイスティーを口に含む。涼しい気分になった。

「……」

はたと気がついた。

これって、デートじゃないのか。
人生初の、男性とのデートなんじゃ。

沈黙して、美琴はぶんぶんと首を横に振る。

そうだ。
意識してはいけない。

コイツだけは私をただの少女としてあしらう、だとか。
電撃を投げられても、笑いかけてくれる、だとか。
あれだけの力があって、それでも決して殴られたことはない、だとか。

色々と思うところが、あり。

「じゃ、じゃあ、帰るから。帰り道気をつけなさいよね」

言って、美琴は逃げ出した。
上条は彼女の後ろ姿を見やり、首を傾げた。

「変なヤツ」

ぼやきながら。


今回はここまで。
次回から絶対能力者進化実験編です。
(上琴書き辛い)

乙です
上琴描写上手いと思うよ!頑張れ

>>1って元々上琴嫌いじゃなかったっけ


(右方の腕スレがまとめられていたことに驚いた昨年の思い出)

そろそろ物語が動き始めます。


>>169
ありがとうございます。

>>171
嫌いというか苦手です。でもそれは良くないと思ったので、改善しようと思いまして。














投下。


一方通行は、フィアンマと共に信号待ちをしていた。
まだ明るい時間帯ということもあり、離れがかったからだ。
どちらが、などということは言わずとも明白である。

「暑いな」

呟き、フィアンマは空を見上げる。
昔であれば術式を衣服に施していた。
いたのだが、現在は上条にいつ触れられるかわからないため、していない。
上条にその気がなくとも、うっかり右手が触れれば服ごと分解されてしまうからだ。
彼に裸を見られる分には、"自分は"少々の羞恥で済むのだが、上条が落ち込むのが目に見えている。

「そォか?」

一方通行が暑さを感じないのは、反射をしているからだ。
ホワイトリスト形式でしか、彼の体には触れられない。
余分な暑さは、太陽光諸々を反射してしまえば全くもってない。
冷房がしっかり利いている適温の部屋にいるかのように、彼の肌はさらさらで、汗ばんでいない。
聞き返した初めて彼女と自分の体感温度に差異があるのだから当たり前だ、と一方通行は気がつく。

「何か冷たいものが欲しくなる程度にはな」

応え、フィアンマはうんざりとした様子で眉を寄せる。
日傘の類を忘れてしまったので、直射日光を浴びる他なかった。

「……。ghiaccio tritato!」

うっかり本国の言葉が出る位には暑さにやられていたらしい。
フィアンマは唐突にそう言うなり、目を輝かせてワゴンを見つめる。
いつもはクレープの販売ワゴンの定位置なのだが、今日はかき氷、及びアイスクリーム屋のワゴンが停車中のようだ。

「……味は何がイインだよ」
「この程度なら自分で払えるが」
「イイ。…急に呼び出した詫びだ」

適当に理由を押し付け、一方通行はワゴンに近寄る。
人の良さそうな運転主兼店主は、二人を見て快活そうに笑いつつ言った。

「彼女にご馳走か。サービスしてあげよう」

このオンボロ車ぶっ壊してやろうか、と一方通行は思った。


おいしい。

細かく砕かれた氷にかかった赤いシロップは、苺味。
こぼさないよう慎重に食べつつ、フィアンマは笑みを浮かべていた。
元よりよく笑ったり微笑む少女だが、今回は本当に幸福そうである。

「お前は食べなくて良かったのか」
「暑くねェし」
「寒がりか」
「そういう訳じゃねェよ」

説明すると、身元がバレるかもしれない。
故に、自分の能力についての説明はしない。
彼女は彼女で、自分の能力には興味がないらしい。
今年に入って学園都市に来たのなら、それも当たり前か、と思う。
相手の能力が気になる。自分の能力を多かれ少なかれ多少なりとも自分の拠り所にする。
それは学園都市に馴染みきった人間だからそうなのであり、『外』の人間はそうではない。
聞いてこないのが、詮索してこないのが、むしろ有り難かった。

なりたくて最強になった訳ではないのだから。

「……夕飯は何にするか。希望を聞きそびれたな」

ふむ、と彼女は首を傾げる。
一方通行はそんな彼女の呟きに反応した。

「…誰かと住ンでンのか」
「まあ、そうだな」

恐らくルームメイトだろう。
となれば女子校所属なのだろうか、と一方通行は思ったりもして。


かき氷を食べ終え。
夕飯の買い物をして帰ろうかと考えている、と言った彼女に合わせ、一方通行はスーパーへと歩いていた。
彼らが出会ったスーパーだ。品揃えは多いが、安いものと高いものの差がはっきりとしている。
メインは魚で、サラダを作りたい、と彼女はぼやいていた。
そのルームメイトが余程大切なのか、栄養バランスを一生懸命考えているようだ。
今日日、サプリメントの類でいくらでもビタミンなんて摂取出来るのに、と一方通行は思う。
そして、そんな冷めた考えしか出てこない自分に思考回路がつくづく嫌になった。

はたと。

一方通行は気がついた。
自分が囲まれていた事態に。

「あ? 今日は女連れか」

いつも通り、自分を倒して名誉を欲しがるアホ共<スキルアウト>だ。
いつもなら会話ごと丸無視をして歩いていれば、反射されて相手が勝手に倒れてくれる。
そういった生活に嫌気がさしたからこそ、無敵になる実験へ手を出した訳だが。

今日は、無関心ではすまない。
今の一方通行には、守るものがある。
守りたいと、無意識下で思える人が、隣にいる。

「……チッ」

舌打ちする。
フィアンマはというと、上条の前では基本的に見せない冷めた視線で周囲を眺めていた。


選べる選択肢は二つある。

一つ、周囲のスキルアウト全員をぶちのめす。
二つ、彼女を抱えてこの場から逃げる。

一つ目は、倒しきるまでのわずかな時間で彼女を傷つけられる恐れがある。
となれば、選べるのは必然的に二つ目の選択肢。

「オイ」
「ん?」
「舌噛まねェように喋るな」

言って、一方通行は彼女の身体を抱える。
所謂お姫様抱っこをすると、二回地面を蹴った。

一度目の蹴りは、コンクリートを破壊し、その欠片を男達に浴びせる牽制の一撃。
二度目の蹴りは、運動エネルギーを産み出し、爆発的な速度を生み出す為の一手。

喋るな、と言われ、沈黙を堅く守りながら抱えられ。
やがてスーパーの前で降ろされると、フィアンマは自分の足で立ち、一方通行を見た。

「…あれがお前の日常か」
「まァな」

くだらないが、仕方のないことだ、と彼は肩を竦める。
フィアンマは少しだけ考えて、それから、言葉を紡いだ。

「全てを跳ね返す力が相手を傷つけたとしても。
 それはお前を最初に傷つけた相手が自分の悪意をそのまま受けたのだから、お前は悔いなくて良い」

それだけ言って。
礼の意だろう、彼女は一度だけ軽く頭を下げ、スーパーの中へと消えた。

「…………」

どうして。

どうして彼女の言葉は、自分にこんなにも都合が良くて、優しいんだろう。
当たり前のことを、当たり前のように、言ってくれるんだろう。

一方通行は唇を噛み締め。
思い出したように、携帯電話を見た。

「……」

まもなく、実験が始まる。


どうしたら、いいのかな。
私が、全部悪いのかな。
私が死ねば、なかったことに、なるのかな。

美琴は、誰にも言えない気持ちを、心の中でループさせていた。
妹達は殺され続けている。自分がどんな努力をしても、それは変わらない。
そして、きっと、これからも。打開策は無い。
唯一の功績は、ハッキングを仕掛けて樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)を破壊出来たことだろう。
あのことによって、再演算は出来ない。これで、たった一つだけ、選択肢は出来上がった。
自分が辿るべき未来なんて、とうに見えていた。

「…当たり前、じゃない」

ベッドの下には、ぬいぐるみが押し込んである。
その中のたくさんの資料に綴られた悪夢の内容を思い返す。
ああ、そうだ。自分は、加害者なのだ。
これからあの計画通りに殺されてしまうあの子達を思えば、自分の死に方は何と良心的なのか。
超電磁砲を反射されて死ねば、文字通り消し飛ぶ。きっと、そんなに痛みはない。

「……」

私は。
あのバカに、こんな恐怖を押し付けていたのかもしれない。
なのに、彼は笑っていた。笑いかけてくれた。
怪我をしたのに、嘘をついて隠し通し、絆創膏を受け取ってくれた。
うっかり防ぎそびれば死ぬ程の攻撃を受けながらも、微笑んでいた。

美琴は暗い部屋の中、膝を抱える。
精神は、確実に追い詰められていた。
中学二年生にはあまりにも遠いはずの『死』が、近すぎる。

「私は、…一万人を殺したんだ」

過去には戻れない。
現在は変わらない。

でも。

未来を終わらせることは出来る。

少なくとも、自分の未来を終わらせることで、残り9000以上の少女を救う事は出来るかもしれない。
可能性が一%でもあるのなら。贖罪の意思がほんの少しでもあるのなら、選ぶしか、ない。

「……外、出よ」

シャワーを浴びよう、と美琴は思った。
それから、お腹いっぱいご飯を食べよう、とも。

きっと。

今日が、最初で最期の、日常<しあわせ>になるだろうから。


晩御飯は鮭のムニエルとサラダだった。
スーパーでパプリカが安かったらしく、大量に入っていた。
昼間女の子と抱き合ってしまった、という罪悪感に言葉少ない上条。
そんな彼の様子に、フィアンマは不思議そうに首を傾げていた。

「…具合でも悪いのか?」
「ちっ、違いますよ!! 元気!! 見ての通り!!」
「…そ、そうか」

見た感じは元気ではなかったのだが、何やら隠したいことがあるらしい。
上条の精一杯の元気ですアピールにやや引きつつ、フィアンマは信じてあげることにした。

「それにしても、友達出来て良かったな」
「ああ。よく買い物に行くスーパーマーケットで会ってな」
「へえ。紅茶について教えてくれた子だっけ?」
「そうだよ」

紅茶について詳しい、という情報しか知らない上条は、フィアンマの友人を勝手に女の子だろうと思い込む。
男というのは、好きな子の情報に対してかくも幻想フィルターをかけてしまう生き物である。
あばたもえくぼ、ずぼらもかわいい、そんなところだ。

「……ん」

食べ終わって。
皿洗いをそろそろ終えるというところで、携帯電話が震えた。
仕事上の付き合いである麦野沈利―――第四位の超能力者、原子崩し(メルトダウナー)からのメールであった。
添付されているのは、どうやらPDFファイルのようだ。

「……?」

首を傾げ、開封してみる。
そこに綴られていた事実は。


『絶対能力者<レベル6>進化実験』


八月二十日。
上条当麻は、補習帰りに自販機と格闘していた。
格闘というよりも、正確には不戦勝。
二千円札を飲み込まれてしまった上条の全面敗退である。

「ぐ…ぐう……ッ」

ぐうの音は出た。
出たが、だからといって状況は変わらない。
あれがないと生活がとても苦しくなる。
がくりと項垂れる上条を発見し、美琴は小さく笑って声をかけた。

彼女は、自問自答で気がついていた。
どんなに身勝手でも受け止めてくれたこの少年が、好きだということを。
それでも、今宵、自分は死にに行くから。
せめて最後の日常を崩さず、告白もせず、彼と少しだけ話したい、と思っていた。

「はいはい、どいてどいて。こちとら炎天下一滴も飲まないでここまで歩いてきたんだから」
「……はあ」
「…何よその落ち込みよう。私の顔見んのがそんなに嫌って訳?」
「いや、自販機に二千円飲まれちまって…」
「…二千円? 何でそんなハンパな額―――あ」

言いかけて、美琴の優秀な頭脳が、一つの答えを導き出す。
ぶふっ、と少女は思わず吹き出した。

「も、もしかしてもしかしなくても、に、二千円札?」
「……そうだよ…」

「ぷっ、ぁは、あははははは!! に、二千円札! 
 今時店員さんでも困惑する代物をこのバカ自販機に? 
 そりゃお釣りも商品も出ないわよ! 出る訳ないじゃない!」


あはははは、と笑い続ける美琴。
今度こそぐうの音も出ない上に落ち込む上条。
そんな彼に申し訳なさが芽生え、美琴は笑いすぎて滲んだ涙を拭った。

「ま、まあ? お金は…げほっ、ふふっ、…はあ。取り返せるかわからないけど」

手を、自販機に近づける。

「やってみるだけ価値はあるかもね。二千円分のジュースでも、プラマイゼロにはなるでしょ?」

二千円札、見てみたいし。

言いつつ、自販機に電撃を食らわせる美琴。
自販機は当然誤作動を起こし、酔っ払いがゲロでも吐くみたいに缶ジュースを吐きだし始める。

「種類は選べないけど、こんなとこか。ざっと二千円分はあるでしょ。
 はー。残念ね、二千円札の方はダメだったみた…」
「………」

美琴の言葉の途中で。
上条は顔面蒼白になりつつ、彼女の手を掴んで走り出す。
次の瞬間、ジュースを吐きだし終えた自販機は甲高い警報を鳴らし始めた。


咄嗟にジュースを抱えてきてしまった。
上条はぐったりとしつつ、公園のベンチに座った。

「は、ぁっ」
「飲む?」
「違うだろ!」

その言葉は、とツッコミつつ、ぐったりとラムネを口にする。
練乳サイダーはべたべたしつつもなかなか美味しい。
美琴はヤシの実サイダーを飲みつつ、上条の背中をさすっていた。

「情けないわね」
「うるせえ! 大体、自販機に電撃食らわせるやつがあるか!」

もうやだこのビリビリ、と上条は尚更ぐったりとする。

「あら。あらあらあら? これはこれはお姉様」

何やら芝居がかった少女の声。
視線を向ければ、ツインテールの可憐な少女が立っていた。
腕章には風紀委員(ジャッジメント)、と書いてある。
学園都市の"表側"の治安組織、学生主体の組織の一人である証。

上条と美琴は、各々『げっ』という表情を浮かべた。

「お姉様、こんな冴えない殿方と真昼間からランデブーだなんて」
「そんな訳あるかああ!」
「ああん、お姉様、今日は一段と手荒でございますのおおお」

美琴の電撃を受けて嬉しそうな彼女の名は白井黒子。
腕章通り風紀委員の一人であり、御坂美琴を心から慕う常盤台中学一年生である。


フィアンマは、一人で暇を潰していた。
上条が補習のため、どうにも時間が余ったからだ。
やりたいことはないし、家事は終わってしまった。

「……」

やはり、学校に行ってみるべきかもしれない。
元より自分で学んだ訳ではないのだ、魔術に対する未練はさほどない。

能力者は魔術を使えない。
これは過去の実験で判明している事実。
実際、使用出来ないことはないが、まず確実に死ぬ。

運が悪ければ一度の行使で。
運が良いにせよ、何度も繰り返していれば体はボロボロになる。

超能力者向けの魔術など、この世界には存在しない。

「……まあ、良いか」

上条と一緒に居れば、魔術を行使することはない。
教会世界に連れ戻されることだって、ない。

『いいよ。お前の為なら、世界を敵に回しても、いい。
 俺は元々神様に嫌われてるしさ。今更って話でもあるし』

何があっても、俺が必ず守るよ。

上条の言葉を思い出すと、胸の中がじんわりとあったかくなる。
何だか気恥ずかしくなって、フィアンマは笑みつつ目を瞑った。


ツインテール少女は空間移動で消え。
再び世間話をしていた上条と美琴の二人。

「…アンタ、あれってどう思う?」

彼女が指差したのは、飛行船。
今日と明日の天気や、ニュースを流している。
樹形図の設計者の予測演算の傍ら、演算した天気を予言する機械。

「どう思うも何も、普通の機械じゃねえのか?」
「そうね。…私、アレ嫌いなのよ」

機械が決めた政策に、人が従っているのが気に入らない。

美琴の意見に、上条はほんの少し同意した。
自分の人生や考えは、自分で決めるべきだ。

「…お姉様?」

少女の声だった。
上条と美琴は振り返り。

上条は昨夜のPDFファイルを思いだし。
美琴は、黙った。

彼女は、軍事用ゴーグルを装着していた。
彼女は、御坂美琴に瓜二つだった。
彼女は、実験を控えて野外研修に出ていた。

彼女は。





御坂美琴の体細胞クローン―――妹達<シスターズ>の一人だった。


今回はここまで。
当スレ、上フィアのエロはないです。

自動取得の割りには全レスは乗ってなかったりなんだったりだったような…いや詳しく知らんが


そういや昨日七夕だったわけですが七夕ネタはあったりしないんだろうかチラッ


>>202
上条「そうだフィアンマ、七夕に何かお願い事しないのか?」
フィアンマ「元は中国の節日だからしない」
上条「そ、そっか……」

















投下。


「……あー。もしかして、御坂の妹さん?」

彼女の正体にすぐ思い当たりながらも、上条は笑ってそう問いかけた。
彼女は首を傾げ、美琴を見て、それから言葉を返す。

「妹のようなものです、とミサカは肯定します」
「そっか。双子か何かなのか? そっくりだな」
「ミサカとお姉様は細胞レベルで同一ですから、とミサカは頷きました」

会話を聞いている内に。
御坂美琴の中で、爆発的に感情が膨らんでいく。
その膨らみはキャパシティを押し上げ、やがて溢れ出す。

「―――――アンタ!!」

雷鳴の如き一言。
妹達の一人は、彼女を見た。

「…ちょっと、来なさい」
「ミサカにも予定があります、とミサカは」

美琴は立ち上がり、彼女の手を掴む。
鋭い視線を向け、再度言い直す。

「いいから、来なさい」




去っていく同じ後ろ姿二つを見送り。
上条は、ぼんやりと呟く。

「……てっきり協力してるんだと思ってたんだが」


上条は、大量のジュース類を飲みつつ、携帯電話をいじる。
そこには、かつて美琴がクラッキングの苦労をして手に入れた情報が悠々と刻まれている。
暗部伝いできたのだ、この情報は間違いないだろう。
麦野が送ってきた理由はよくわからない。
恐らく、第三者には美琴と近頃親しく思える自分にバラすことによって、彼女への精神的ダメージを狙ったのだろう。
本当に格上が気に入らないのだなあ、と上条は麦野について再評価しつつ。
さて、この情報をどう活かそうか、と首を傾げた。

「んー」

様子からして、美琴は積極的に実験に協力してはいなさそうだ。
諸々の会話内容、様子を加味すると、実験を忌避している様子さえ感じられる。

「…」

改めて資料を読み進めた。
昨晩は眠かったこともあり、真面目に読んでいなかったのだ。

「……」

そして。
内容をよく読み込み、上条は舌打ちしそうになった。

上条当麻は、救う対象を相対的に判断している。
その内容が過去のフィアンマにどれだけ被っているかで判断する。

今回のケースは、顕著だった。

「…気に入らねえな」

自分の人生を自分で決められない、少女。
他の大人のいいように操られ、使われ。
誰に助けを求めることも許されない存在。

「気に入らねえ」

上条は、もう一度呟く。


今日やる実験は二回。
午前中も一度やったので、それをカウントすれば三回。
ともかく、一方通行は暇だった。
実験が開始されるまでは、基本的にやることはない。

やるべきことは何もないし、やりたいことも―――

「…ン」

視界に、赤いものが入った。
その正体は、赤い日傘を差した一人の少女だった。
上品に傘を差し、彼女は退屈そうに空を見上げている。

「オイ」

声をかけてみた。
彼女は振り向き、笑みを浮かべる。
赤く長い髪を今日は結んでいるらしく、真っ白な項が見えていた。

「幸之助か」

はにかんで、彼女は近づいてくる。

フィアンマ。

一方通行にとっての、安堵と平穏の象徴。


「あなたの家で飼うことは出来ませんか、とミサカはお願いします」
「ダメ」

黒猫を抱っこし。
『いぬ』と名づけて、妹達の一人は、上条と共に歩いていた。
上条はペットの飼い方を買ってやる、と古本屋へ消え。
彼女は一人で古本屋の外に立ち、猫と戯れていた。
微弱な電磁波を恐れなくなったのか、ぴちゃぴちゃと指を舐めてくる。
そんな黒猫に、彼女は目を細めて小さく笑む。

そして。

背後から感じる視線に、ぴたりと動きを止めた。
無関係な黒猫が巻き込まれるかもしれない、という恐怖に体がびくつく。
緊張によって心拍数が上がり、どうにも息切れがした。

「……」

彼女は黒猫を足元に降ろし。
優しく優しく、その小さな頭を撫でた後。

本来の自分の役目を全うするために、裏路地へ消えた。


上条は、裏路地に立っていた。
本を抱え、黒猫を抱え。

そこには、少女の死体が転がっていた。

上条は、呆然と彼女の死体を見つめていた。
吐き気を催して蹲るようなことはしない。
それをするには、既に一般人の感覚を捨てていた。
ただ、どこか遠い出来事であるかのように、見つめていた。

「……」

黒猫と見つめ合う。
にゃあん、と子猫は弱々しく鳴いた。

「……ひとまず、俺の家来いよ」

言って、上条は引き返す。
家路を歩む脚は、ひどくだるくて、重かった。


八月二十一日。
夕方をとうに過ぎた、空の暗い時間に。
御坂美琴は寮にも帰らずに、鉄橋でぼんやりとしていた。

「……」

彼女は、これから死ぬ。
死ななければならないと、自分の未来を選択した。
このまま見て見ぬフリをして、自分の幸福を継続することをやめた。
本来彼女は何も知らなかったフリをして生を謳歌しても良いのに。

度重なる悪夢と心労、自責の念。
そして蘇る、9982号の死に様。

美琴は、疲れていた。
あんなイカれた実験を認める学園都市自体にも。

「……けて」

本来、自分が放つべきでない言葉が、漏れ出した。

「助けて……」

涙が頬を伝いそうになる。
けれど、そんなものはとうに枯れ果てた。

「誰か……たすけてよ……」

華奢な体にのしかかったものは、あまりにも重い。


足音。


そして、偽善者<ヒーロー>はやって来た。


「お前、どうするつもりだ?」
「…どうするって、何が?」

美琴は、笑みを取り繕う。
いつも通りの、生意気な、自分勝手な、勝気な笑顔。
直接の被害者でもない自分が、彼に頼ってはいけない。
そうでなくとも、彼は優しすぎる、単なる一般人の無能力者なのだから。

巻き込みたくない。

助けて、と言ってしまった。
それでも、巻き込むところまで、落ちぶれたくはない。

「たまには夜遊びもいいかなって思っただけよ。心配される程のことでも、」
「絶対能力者進化実験」

上条の口から飛び出したワードに、美琴は背筋が凍った。

どうして、知っているのだろう。

「お前があいつらを助ける為に頑張ってたことも知ってる」
「………」

巻き込みたくない。
彼は一般人だ。
無能力者なんだ。
関係ない人なんだ。

言い聞かせてみても。

わざわざ調べてくれた理由が不明だから、希望を持ってしまう。

「…それで? アンタは何しに来た訳?
 いくら人命のためとはいえ、研究所潰すなんてダメっていうお説教か何か?」

自分で思っていた以上に冷めた声が出た。
上条は、ゆるく首を横に振る。
振って、否定してから、こう言った。

「俺は、お前と御坂妹を助けに来たんだ」


今回はここまで。
一フィアのエロも……多分ない……です(?)

乙でしたー

エロは無くとも激甘はあるはずさ

紅茶とコーヒー語り合う一方さんとフィアンマさんとかいかがか?


闇条さんなのでナチュラルに勝ちます。


>>221
ネタ提供ありがとうございます!















投下。


上条が帰ってこない。
携帯電話に電話をかけてみても繋がらない。
時刻は午後八時半。

「………」

眠い目を擦り、それでもフィアンマは彼の帰りを待っていた。
いつもなら遅くなると連絡が来るのだが、それもない。
もしかしてスキルアウトに襲撃でもされているのだろうか。
夜九時過ぎまで追い回されたこともある不幸な彼なのだ。
それならそれで仕方がないかな、ともフィアンマは思う。

「……」

それにしても、遅すぎる。
少し、寂しい。

「……当麻」

早く帰ってこないかな。

うっかりうたた寝をしそうになりながら、フィアンマは呟く。


「………んで」

退け、と言った。
退かない、と言った。

美琴に死んで欲しくない、と上条は言った。
死ぬしかないのだ、と美琴は言った。

上条は、美琴の前に立ちふさがり、どかなかった。
巻き込みたくない、という彼女の思いを踏みにじるかのように。
『自分だけの現実』がブレ、美琴は気がつけば能力を使用していた。

そうして。

上条は、いつも通り右手を――――突き出さなかった。

それどころか、拳を握らなかった。
一切戦わない、拳を握らない。
美琴が何度促そうが、彼は絶対に反撃しなかった。

「なんで、邪魔するのよ」

こうするしかないじゃない、と彼女は泣いた。
彼女が我慢しようとすればする程、それは上条の気に障る。

「うるせえよ」

幾度もの落雷。
雷撃の槍。
砂鉄の弾丸。

それらを受け、彼の体はボロボロになっていた。
それでも、彼は立ち上がる。
手負いの獣のような瞳が、美琴を見据えていた。

「俺は、そういう"仕方ないからそれを選ぶ"ってのが、この世で一番気に入らねえ」
「っ」
「だから。お前が死ぬしかないってんなら、まずはそのくだらねえ幻想を―――ぶち殺す」


思い出すのは、塔の上。
外に出たいとぎこちなく笑った、盲目の少女。
一緒にどこまでも行こうと言った時。
本当に、心の底から嬉しそうな顔をした彼女の表情が、忘れられない。

彼女が笑うと。
自分が生きることを許されているような気分になり。

彼女が泣くと。
たまらなく世界が憎らしいものにしか感じなくなる。

上条当麻の中心には、常にフィアンマが居る。
だからこそ、過去の彼女と重なる状況を、上条は許せない。
一度失敗して、彼女を救う為にかけた十年が、許さない。

『当麻と一緒に住めるなんて、夢みたいだ』
『夢なんかじゃねえよ。…これからは、これが現実だ』

悲しむ彼女を彷彿とさせる幻想は、ぶち殺す。


上条当麻は、そうやって、何のためにでも戦う。


そうやって生きている彼の生き様こそが彼女を悲しませるとも、知らずに。


「オマエらも飽きねェなァ」

白い少年は、つまらなそうに言う。
壁の上に腰掛け、悠々と脚を組んでいた。

彼が話しかけているのは、御坂美琴―――ではなく。

彼女の体細胞クローン、妹達の一人。
ナンバリングは10032。
まもなく開始される第一○○三二次実験に備え、武器の整備をしている少女。

「飽きるとは何のことですか、とミサカは聞き返します」
「実験だよ、実験。ま、俺が無敵になる実験に付き合わせといて何だけどさァ。
 死ぬのが怖ェとか、考えねェ訳? 毎回安楽死でもあるまいし」

むしろ、毎回凄惨な死を迎えているはずだ。

一方通行の言葉に何を思うでもなく、彼女は言う。

「それがミサカ達が生み出された目的です、とミサカは答えます」
「……そォかい」

やっぱ話になンねェわ。

呆れたように呟いて、一方通行は壁から飛び降りる。
軽い音と共に地面へ舞い降りると、少女を見据えた。
これから殺すために実験を行う相手の、泥人形を。

「―――では、只今より第一○○三二次実験を開始します」


電気による酸素分解。
流石に酸素を奪われれば、一方通行も呼吸が苦しくなる。
第一次実験に比べれば、随分とレベルアップしたものだ、と彼は思う。

「でも、だァめ」

笑う。嗤う。

一方通行は立ち止まり、足元をトン、と一度踏んだ。
軽くリズムでも刻んだかのような、動作。
たったそれだけなのに、線路が蛇のようにうねり、一○○三二号を襲う。

「っ!」

彼女は咄嗟に線路をライフルで的確に撃った。
金属は僅かに軌道をズラし、彼女の横側に逸れて落ちる。
辛うじて下敷きになる事態を避けた彼女だが、敵は何も線路の鉄骨だけではない。

一方通行が、飛び込んできた。

嗜虐的な笑みを浮かべている。

触れられれば、身体を爆破させられるのは間違い無い。
何にせよ、この一手を封じる術など、ない。

もはやこれまでか、と彼女は実験終了<しき>を悟る、も。


パキィン
  


甲高い音。
一方通行の、学園都市最強を誇る能力が。
異能の力による攻撃が、少年の右手によって打ち消された。

「邪魔させてもらうぞ」

少年は。
平凡そうな少年は。

上条当麻は、そう言った。

カミサマさえ殺せる右手を振りかざし。

一方通行の攻撃からしっかりと一○○三二号―――御坂妹を守りながら。

「…何を、しているのですか」

御坂妹は、思わず問いかける。
銃を握る手は震え、今にも崩れ落ちそうに、膝を震わせて。

「退いてください、とミサカはいいます」
「お断りだ」
「ミサカは、…単価にして18万円の、実験動ぶ「うるせえ」」

獰猛な笑みすら浮かべて。
上条は、言い切る。

「たとえお前が自分を実験動物だと言ったとしても。
 猫を可愛がって、御坂と一緒に何かを食べて、何かを感じたなら。
 テメェに対して誰がどう言おうと、テメェは人間なんだ。
 いくらでも生産出来る? だから何だよ。お前は、世界にたった一人しかいねえだろうが」

上条の言葉に、御坂妹は目を瞬く。
いくらでも代用の利く存在だとばかり、思っていた。

「お前は隠れてろ。……たとえ拒否されようと、助けてやる」

御坂妹は、銃を抱きしめる。
彼の言葉は、何故だか体を動かした。

コンテナ向こうに隠れた御坂妹を確認し、上条は一方通行を睨む。


「よお、三下」

幻想殺し。

ありとあらゆる異能を消し去る、右手。
学園都市最弱は、圧倒的な戦力差を自覚した上で、一方通行をそう呼んだ。
安っぽい挑発。されども、一度攻撃を防がれた一方通行は、気に入らない。

「あァ……?」

眉を寄せる。
現在状況を理解し、一度後ろに飛び下がった。
手を伸ばし、適当にコンテナを投げる。

「……」

上条は無言で体を低めた。
コンテナが弾け、中から小麦粉が散らばる。
無風状態の今宵、細かい粉末はほどよく空中を舞った。

「居るンだよなァ、こういうバカが」

面倒そうに言って。
一方通行は、薄く薄く笑む。

「ンで。俺を三下呼ばわりしたナニサマくンに質問。
 ―――粉塵爆発って何か、知ってっかァ?」

問いかけ。
直後、爆発。


目の前が白と赤で満たされる。
上条は身を低め、隠れるでもなく、走って逃げた。
完全に制御してある速度は、逃亡にも有効だ。

(……さて)

暗部の戦いよりは、やや生ぬるい。
少なくとも、彼女をイタリアから連れ去る時に戦った魔術師相手の方が難儀だった。
上条は冷静に考え、しゃがみ、無表情で地面を見つめる。

美琴からの情報は、いくつかある。

学園都市最強。
ベクトル変換。
反射。
孤高の王。

それらから導き出される解答は一つ。

(喧嘩に負けたことがねえなら、喧嘩の勝ち方なんざ知らねえよな)

不戦勝を繰り返してきた相手なら。
自分が学んできた喧嘩が、暗殺技術が、役に立つ。

上条は火傷をした左腕を軽く押さえ、立ち上がった。


コンテナから何かが飛び出してくる。
攻撃を仕掛けようと笑みを浮かべる一方通行、だったが。

「な、」

正体は、コンテナの木を切り抜いて作られたハリボテ。
くだらないブラフに引っかかってしまった、と思っていると。

「がっ、ァ!!」

横からの一撃。
歯が抜けてしまうのではないか、と思う程の、痛み。

一方通行はここ数年、痛みを感じたことがなかった。

全ての攻撃を跳ね返してきた彼には、痛みというものがわからなかった。
未発達な感覚が激痛に侵され、一方通行の思考が真っ白になる。

「ぎ、」

踏みとどまる。
手を伸ばし、殺してやろうと顔を掴もうとして。

避けられた。

「ご、ッがァアアア!!」

下からの一撃。
脳を揺さぶられ、まともに立っていられない。

「は、ァ…く、そ。なン、なンだよ、その能力……」
「学園都市最弱だよ、最強」

ふざけやがって。

一方通行は舌打ちし、目を閉じる。
彼は両手を掲げ、まるで神にでも祈るような体勢で、何かをしようとした。
風が吹き荒れ、誰もが彼に近づけないにも関わらず。


「高電離気体(プラズマ)を作りたかったのかもしれねえけどさ」

上条は右手を前に出し、走っていた。
音が死んだ世界の中、上条の言葉はよく響いていた。

「結局はそれも、異能の力」

右手は、拳ではない。
手のひらを広げ、異能の力によって生じた向かい風を殺している。

(何なンだ、このバケモノは)

一方通行の思考に、ノイズが走る。
恐怖という名の雑音は、徐々に思考を遮断していった。
殴られた痛みがリフレインして、体が凍る。

「俺の不幸(ちから)の前では、無意味なんだよな」

不幸を呪え。

どこか自嘲染みた声音。
一方通行の顔面めがけ、男の右拳が飛び込んできた。
高電離気体を諦め、両腕でガードをする一方通行。
そんな何の腕力もないガードは、正に、無意味。

上条の無慈悲な神様殺しの一撃は。
一方通行の腕を折り、顔を殴り、脳を揺らし。






―――学園都市最強を、倒した。





「当麻、当麻、当麻、当麻、当麻、当麻、当麻、当麻……」
ローマ正教最暗部『神の右席』(休職中)――――右方のフィアンマ




「……あの、…ご。……ごめんなさいでした」
学園都市『無能力者』(レベル0)・『幻想殺し』――――上条当麻




「……クソ痛ェ」
学園都市最強の超能力者―――― 一方通行




「とりあえずのお礼ってやつよ」
学園都市第三位の超能力者――――御坂美琴



今回はここまで。

乙でしたー
相変わらず気になる予告

今回の主要四人を活かせる日常はゲーセンじゃないかな
幸運(メダル)と演算(クレーン)と格闘(格ゲー)と電撃(違反)……あれ?
約一名活かせてなかったな


>>252
闇条さんは仕事で鍛えた反射神経諸々でガンシューティングゲーム得意ですから(震え声)
















投下。



気力で立っていたが、体力は尽きて。
美琴の雷撃によって既にダメージを受けていた上条の体はあっさりと倒れ。
学園都市最強を倒した最弱は、最強以下の蓄積ダメージで昏倒したのだった。


左腕全体の大火傷。
右手の複雑骨折。
内臓への深刻なダメージ。


そんな訳で。
上条当麻は、あの場に駆けつけた美琴と御坂妹の手によって病院へ運ばれ。
適切な治療を受けた後、個室にて静かに眠っていた。

戦いは終わった。
美琴は、気持ちを決めた。
一方通行は上条と同じ病院へ入院した。
フィアンマには医者から連絡が来た。


そうして、夜明けはやってくる。


「ん……」

上条当麻は、目を覚ます。
真っ白な天井をぼんやりと見つめ、包帯まみれの左腕を見やり。
包帯でぐるぐる巻きにされた右手を見て、これでは何も出来ないな、と苦く笑った。
それでも、一方通行を倒した自信だけは確かにあったから。
このまま妹達が救われれば良いな、と思う。
学園都市の決定を覆す程の力もなければ、そこまでの気力もない。

「………」

上条は、のろのろと視線を移す。
そこには、自分が大切に思う少女が居た。

いつもなら。
眠る彼女の髪を優しく撫でて、微笑んだ。
とうま、などと寝言で自分を呼ぶ彼女が酷く愛おしくて。

けれど。

現在、上条は恐怖に震えていた。
ローマ正教からの追っ手すら獰猛な嘲笑と共に倒した男が、だ。

「当麻、当麻、当麻、当麻、当麻、当麻、当麻、当麻……」

彼女は目を開けていた。
眠っているのか起きているのか、意識朦朧とした様子で、上条を見ている。
金色の瞳は虚ろであり、声は単調で、何というか、ものすごく恐ろしかった。
実際問題、その気になれば惑星ごと破壊出来るレベルの最凶ヤンデレ少女である。

「…………」

ぴた。

上条と目が合った途端、フィアンマは黙った。
上条はがくがくと震え、涙目になりつつ、ひとまず謝罪した。

「……あの、…ご。……ごめんなさいでした」
「…………当麻、俺様が怒っている理由を当ててみろ」
「ひい! めちゃくちゃ怒ってらっしゃる!!」


謝罪を繰り返し。
理由は有耶無耶にしたものの、上条は反省しつつ頭を垂れた。
そんな彼に折檻する程フィアンマも冷たくはなく。

「……また入院費がかさむな」
「う」
「せっかく返済が終わったところだったというのに」
「うぐ」
「困ったものだ」
「……すみません」

平謝りの上条。
これが他の人物だったら言い返すのだが、惚れた弱みというやつである。
買ってきた林檎を丁寧に剥き、フィアンマは差し出す。
火傷は痛むものの動かしても問題ない左手を使い、上条はのろのろと食べた。
甘い林檎だった。そもそも、食物が完全管理された学園都市で販売されている果物は大体甘いが。

「……だが、まあ」
「…ん?」

しゃくしゃくと果実を頬張りながら、首を傾げる上条。
フィアンマは胸元のループタイをいじり、上条をちらりと見た。

「生きていて、良かった」
「……、…」

上条は、不幸体質だ。
ツキというものがまるでなく、アンラッキーしかない。
世界で最も神様に嫌われてしまった、人間。

「……本当に、心配かけてごめんな」

上条自身、自覚はあった。
だから、再度、真面目に謝罪して。
ほんの僅か、泣きそうに俯いた彼女の髪を撫でた。

フィアンマにとって、上条は、唯一の大切な人だから。


じゃあ、帰るから。

夕方になり、フィアンマは出て行った。
今回の入院は一体どれだげかかるやら、と思いながら、上条は横たわる。
ふかふかの白いベッドは、何となしに消毒臭い。
何かと不幸な上条にとっては、既に慣れ親しんでしまった臭いだ。

「……」

彼女に、泣きそうな顔をさせてしまった。

少なくとも。
泣きそうになる程、心配させてしまった。

申し訳ないなあ、と上条は思った。
後先考えずに動くのは長所だと思っているが、短所でもある。
人格とはそんなプラスマイナスで構成されているが、それでも、上条は自省した。

ガラガラ。

ドアが開く。
そちらを見やれば、一人の少女の姿。
茶色い髪をヘアピンで留めた、常盤台中学二年生。

御坂美琴。

彼女は、小さな箱を手に立っていた。

「おお、御坂か」
「……はい」
「? えーと…クッキーか。手作りだったりすんの?」
「そんな訳あるか! ……とりあえずのお礼ってやつよ」

前半はいつも通り、後半はごにょごにょと言う美琴。
お礼なのだろうと察し、上条は苦笑いした。

「気にしなくていいのに。俺が勝手に首突っ込んだんだしさ」
「でも、……いいから受け取りなさいよ。私の気が済まないから」

傲慢に言い、美琴はスカートの裾を落ち着き無く払う。


「じゃあ、……また、お礼は、そのうち」

そう言葉を残し、彼女は去っていった。
入れ替わりに、彼女と全く同じ見目の―――御坂妹が、入ってきた。
何か用事があるらしく、やや早口だったが、それでも伝えてくれたことはいくつか。

妹達は世界中に存在する学園都市の関係機関で調整を受けること。
絶対能力者進化実験は無期限凍結になったということ。

そして。

「ありがとうございました、とミサカは全妹達を代表して一礼します」

お前は、世界にたった一人しかいない。
人形でも実験動物でもなく、人間だ。

そう、言ってくれて。
自分達の為に戦ってくれて、傷ついて尚、立ちふさがってくれて。

お礼を告げて、彼女もまた、去っていく。

自由になった少女を見て。
上条は、うっすらと、安堵の笑みを浮かべた。


両腕が痛い。
すごくすごく痛い。
腕に刺さっている鎮痛剤入り点滴の針も痛い。

両腕の折れた学園都市最強は、ベッドの上でぼーっとしていた。
携帯電話を使ってメールをしようにも、手が痛すぎて話にならない。

「……そォだ、イイこと思いついた」

指先でほんの少しだけ、スプーンに触れる。
食事用のものだったが、床に落としてそれっきりだったものだ。
ベクトルを操作し、指を使うように、携帯電話のキーを押した。
ゆっくりゆっくりと打ち込み、送信ボタンを押す。

「………」

彼女に依存してしまっている気がする。

「……クソ痛ェ」

それは腕のことか、或いは行動のことか。

一方通行は目を閉じた。




良い匂いがする。
最低限の『反射』を行っている一方通行だが、食べ物の匂いはホワイトリストに入れてある。

「…あン?」

目を開けた。


「目が覚めたか。多方、メールだけ送って力尽きた、というところかな」
「……」

フィアンマが居た。
メールに応えて、来てくれたのだ。
一方通行は両腕の痛みも忘れて、思わず笑みそうになる。
ポーカーフェイスを貼り付け、一方通行は起き上がった。

「……来ンの早かったな」
「ああ、近くに居たからな」
「…そォかよ」
「食事は」
「…腕が両方とも折れてンだよ」
「そうか」

彼女は、温かな夕飯を見やった。
暫く上条は家に帰って来ないので、遅く帰っても早く帰っても変わらない。

「手も動かせんのか」
「…まァな」

点滴さえ打っていれば、死ぬことはない。

素っ気なく言い切る彼は、どこか寂しげで。
自分が無敵になれないことを悟ったからかもしれない。
無気力そうな彼は、フィアンマとの話題をどう切り出すか悩んでいた。
対照的に、フィアンマはスプーンを手にし、肉の炒め物のようなものを乗せた。

「よし。あーん」

一方通行の全思考が、止まった。


今回はここまで。
次回はテンパる一方さん回です。


一方さんが妹達に罪の意識を明確に意識した(理解した)のは打ち止めとの対話がきっかけらしいです。
上条さんに殴られて即改心、という訳ではないので。
フィアンマちゃんの能力については追々。










投下。


「……どうかしたか?」
「どうかしてンのはオマエだろ、どォ考えても」

思考停止に次ぐ混乱。
一方通行はくらくらと揺れる思考回路で、どうにかそう言葉をはじき出した。
対して、フィアンマは傷つく様子でもなく、不思議そうに首を傾げる。

「お前は両腕を使えない。俺様は両腕が使える。
 腕が使えないがために、お前は食事が出来ない。
 ならば、腕が使える人間が食べさせてやるのは自然なことだろう。
 "ふたりはひとりにまさる"、だよ」

旧約聖書に綴られている名言を引用し、彼女はのんびりと微笑んでみせた。
尚食事を施されることに躊躇する一方通行の唇へ、ちょこん、とスプーンが触れる。
無意識下で、彼は顔面周辺の反射を解除していた。
勢いのないスプーンなど反射されても、ちょっと逸れる程度で済むことはわかっていても。
無意識下で、もしも仮に彼女の手首が折れてしまったら、と考えた結果であった。
能力者の思想は、そのまま能力の出力を左右する。

「……好き嫌いは良くないと思うのだが」
「違ェよ」

調子が狂う。

思いながら、一方通行はスプーンを口に含んだ。


(……赤ン坊の頃を除けば、初めてか)

人に、こうしてものを食べさせてもらうのは。

研究者達にとって、幼い一方通行は実験動物だった。
だから、わざわざ食事を摂取させずとも良い。
当人が自力での食事を拒絶するのなら、栄養剤や点滴をぶち込んでおけばいい。
バイタルさえ安定していれば、痩せこけたとして、死ぬことはないのだから。

「………」

誰にも愛されないまま、過ごしてきた。
思いやってもらうことも、慈しまれることもないまま。
ただいたずらにアメを与えられては、すぐさま絶望させられ。
楽しい日常が続いたと思えば、思考実験の一部でした、と笑いながら告げられ。
そんな毎日の積み重ねに疲れきった頃、暗部の研究所からは解放され。
けれど、スキルアウトに狙われる日々に変化しただけで、本質は何も変わらなかった。
危険と隣り合わせの日々。単調で、無慈悲に満ちてしまっている日常。

だから。

無敵になればもう傷つけられることはないと。
そう思っていたのに。

じんじんと両腕が痛む。
点滴の鎮痛剤が効いていてこれなのだから、薬が切れれば更に痛むだろう。
生体電流を操って痛みを消そうとして―――やめておいた。

この少女の前では。
本当に、本当の最低限以外に、能力を使いたくない。

この少女にだけは。
能力を使って人を傷つけてしまう瞬間は、見せたくないと思った。

「……は。ガキみてェだな」
「人に頼るのはそんなに悪いことでもないさ」

本当に。

―――――出会うのが、遅すぎた。


「缶コーヒーを大量に購入していたようだが、趣味なのか?」
「嗜好品の買いだめだ。ま、ヘビースモーカーの煙草程じゃねェよ」
「下の自販機で販売しているもので良ければ購入してくるが」
「いらねェ。…言っちゃ何だが、オマエ貧乏だろ」
「……そんなことは…あるが。あるが、……色々とやれば、金はある」

やったら当麻に怒られるかな、などとぶつぶつ呟くフィアンマ。
ちなみに後暗いことではなく、単純に宝くじの類である。

彼女は世界を救える程の力に呼応し、人並み外れた才能を持っている。

並みの『聖人』を超越する幸運。
神の如き者の性質に適応した肉体。

そして。

神様に祈れば、何らかの形で必ずそれが叶ってしまう、ということ。

ただし、それは他者を確実に犠牲にする。
たとえば、『飴が食べたい』だとする。
お金はない、店にも売っていない。
それでもどうしても食べたいからと、彼女が祈る。
そうすると、その飴を購入した人間が交通事故に遭遇し、その飴を手放す。
何かが飛び込んできた、と認識して咄嗟に受け止めた彼女の手には、血まみれの飴の袋。

これは極端な例だが、こういう願いの叶い方をする。
故に、彼女は基本的に神様には願い事をしない。
宝くじに関しては、やたらとやると賭博ばかりは良くない、と上条に叱られるから、である。
実際、彼女が当選した分だけ、落選する人間が居る訳でもあって。

「…そォいや、紅茶は何が気に入ったンだよ」
「ん? そうだな。アールグレイのミルクティーとダージリンのレモンティーか」
「……紅茶なら何でもイイのか」
「まあ、お前のお陰で飲ませてもらったからな。多くの種類が好きになった」
「そォか」
「お前は何の珈琲豆が好きなんだ」
「豆にこだわりはねェ」

要は苦味と酸味と甘み、深みのバランスだ、と一方通行は言う。
黄金率を崩せば、どんなに高級な豆でも美味しくない。
紅茶以上に、淹れ方が重要なのだ、と彼は珍しく饒舌に語った。
フィアンマはのどかに相槌を打ち。

「なら、今度お前に作る肉料理は豚肉のコーヒー煮込みにするか」

忘れていなかったちょっと前の宣言を、改めて口に出した。


やらかしたことはやっぱり大きかったらしい。

退院するなり、上条はスキルアウトに追いかけられていた。
何でも、学園都市第一位を倒した見せかけ最弱最強少年ということになっているらしい。
裏路地では、ほとんど賞金首的な扱いとなっていた。

「ああもう! 面倒くせええええ! 不幸だああああああああ!!」

叫びながら走り続ける。
曲がり角を曲がり、階段を駆け上がり、ついてきたところで飛び降りる。
窓から窓へ飛び移り、掴めるものは何でも掴んで逃げ続ける。
そうして相手に打ち勝って、完全に撒いたところで、家に帰ってくる。

そんな生活を数日続けていると。

『お前やり過ぎ、ひとまずほとぼり冷めるまで出てけ』というお達しが来た。
情報操作が済むまで、実家に避難していなさい、ということらしい。

「一緒に行くか?」
「勿論だ」

当麻の父上にも会いたいし、とぼやき。

フィアンマは皿洗いしつつ、欠伸を噛み殺した。
上条は彼女に近寄り、抱きしめようとして、恥ずかしくなって、やめた。





「……神様にお願いしておくべきか」
『強制善意(グラフトアフェクション)』・?能力者――――フィアンマ




「……でも、…いや、………けど…」
『幻想殺し(イマジンブレイカー)』・無能力者――――上条当麻




「(何だこの怪人チビ毛布…?)」
学園都市最強の超能力者―――― 一方通行




「――――だから、私を抱いて」
『超電磁砲(レールガン)』・超能力者――――御坂美琴




今回はここまで。
フィアンマちゃんがとある高校に通うようになるので、学生生活ネタなどありましたらご提供の程よろしくお願いいたします。

>>1の捏造及び創作能力が登場します


姫神はフィアンマの“願い”の犠牲になったのだ……


ネタは、雨の日に2人で一つの傘で帰る
学校でラッキースケベが発生してフィアンマさん嫉妬
学校で弁当をあーん
先生達に関係を聞いて先生達が「若いっていいじゃん」みたいなムードを出す(わがままを言えばまさかのステファニーさんがいる)

乙。みこっちゃん…そしてサラバ打ち止め。

ネタなら

フィアンマさんがふっきーの片乳鷲掴み、揉みしだき、「いだだだだっ!?もげるもげる!乳もげるから!?」→なんだこれはありえんいや別に大きくても将来垂れるだけだし動きづらいだけだし肩こるし嫌なことだらけじゃないか的な葛藤→「不公平だッッ!」クワッ「知らないわよ?!」

体育時に何らかの勝負してる時にフィアンマさんの声援受けて燃える上条さん

つっちーと暗部トークする上条さん

姫神、吹寄、フィアンマさんに会いたくて潜入した鈴科百合子さん(仮名)と女子会でガールズトーク

借金返済の研究のアポとるために幻想殺しを探そうと学校に潜入する天井奮闘記→フィアンマさんに見つかる


上フィアが夫婦で一フィアがカレカノっぽいというこれは…不倫?(困惑)


>>287-288>>290
ネタ提供ありがとうございます! 
出来る限り書く所存です。













投下。


そんな訳で。
フィアンマと上条は、上条の実家へとやって来た。
家の方はリフォーム中らしく。
旅館での再会となったが、だからといって何かが変わる訳ではない。
幼い頃のフィアンマを見たことのある刀夜は、穏やかに挨拶した。

「久しぶりだね」
「お久しぶりです」

緊張しつつ頭を下げる彼女に、刀夜は微笑んでいた。

「良かったな。…目が見えるようになって」
「…当麻君のお陰です」

慣れない敬語を使い、フィアンマははにかみ気味に言う。
刀夜にとって、彼女は上条の大切な幼馴染であると共に、息子を救ってくれた少女でもある。
不幸を嘆くことすら忘れ、絶望していた息子を立ち直らせてくれたのは彼女だった。
彼女との交流がなければ、今頃歪みきった人間になっていたかもしれない。
何の事情も知らない刀夜は、素直にそう思っている。

このまま順調にいけば、彼女を迎えに行ける。
だからもう、不幸じゃない。

数年前、上条が父親に笑ってそう電話してから。
刀夜は、仕事先でオカルト染みた土産品を買うことをやめた。
将来は彼女が義理の娘になるのだろうか、と思っている。

「ところでフィアンマちゃん、当麻とはどこまで」
「と、父さん!」

制止する上条。
どこまでとは、と首を傾げるフィアンマ。
夏の時間は、穏やかに過ぎていった。


両親と積もる話を終え。
夜更けになり、上条はフィアンマを連れて海辺へと来ていた。
旅館に程近い海だ。爆竹はダメだが、花火は許される。

「線香花火しようぜ」
「花火?」
「そうそう。…初めて見るだろ?」

つい最近まで、フィアンマは盲目だった。
上条は、そんな彼女に、たくさん綺麗なものを見せてあげたかった。
一緒にデートをして、水族館やプラネタリウムには行った。
それでもまだ足りない。彼女には、一生かかってでも、たくさんのものを見て欲しい。
世界の綺麗な部分を知ってもらって、どうか、微笑んでいて欲しい。

その為なら。
自分はどれだけ血にまみれようと、汚泥を啜らされようと、構わないから。

「……綺麗だな」

着火した蝋燭に、花火先端をあてがう。
やがて火は移り、線香花火はじわじわと赤い膨らみを見せ始めた。
ぱちぱちぱち、という炭酸飲料の泡が弾ける音にも似た、小さな破裂音。
砂浜にしゃがみこみ、フィアンマは笑みを浮かべつつ線香花火を見つめる。

「……ッ、」

上条は、思わず視線を逸らした。
長めの彼女のスカートから、脚と、下着が覗いていた。
その無防備さは自分の前だけであって欲しい、と上条は思う。


「楽しかった」

感想を告げ。
上条にバケツを持ってもらい、フィアンマはゴミを詰めたビニール袋を持ち。
お互いに空いている手を繋ぎ、夜道を歩いていた。
星はあまり見えないが、満月が美しく輝き、二人を照らしている。

「……神様にお願いしておくべきか」

ぽつり。
彼女の珍しい呟きに、上条は首を傾げる。

「何を?」
「んー」

内緒にしようかどうか、ちょっと迷ったらしい。
フィアンマは小さく笑って、"必ず叶ってしまう"願いを吟味した。
自分が願えば誰かが犠牲になる。
わかってはいるのだが、こうして幸福だと、願ってしまいたくなる。
それでも謙虚な心は忘れずに、彼女はこう言い、そして、願った。









「――――どれだけ遠回りしたとしても。必ず、当麻が俺様のところへ帰ってきますように」


八月三十一日。
帰省疲れのとれた上条は、散歩をしていた。
真昼間に外に出れば暑い為、夕方近くになってから。
徐々に太陽が夕陽になりつつある。
真っ赤に染まる学園都市を見ながら、上条は悠々と歩いていた。
情報操作はきちんと済んだらしく、追い掛け回されることはない。

「ふー……」

アイスクリームでも買って帰ろうかな。

ぼんやりと思った上条に、声がかかった。

「ねえ、ちょっと」
「んあ?」

上条は、そちらを見やる。
今日も元気そうな御坂美琴が、立っていた。

「お礼」
「は?」
「しに来たのよ」

きっぱりと言い切る。
首を傾げる上条。
周囲に人気はない。
皆帰りつつあるので、立ち止まっているのは上条と美琴の二人だけ。

彼女は、口ごもり。

「…アンタは、私とあの子達を救ってくれた。
 アンタが戦ってくれなければ、私は死んで、…それも無駄死にになったかもしれない」
「……ビリビリ?」
「私は、アンタに命を救われた。そのお礼がクッキーひと箱で済むとは思ってないし、済ませるつもりもない。
 ―――アンタは、気づいてたかな。気づいてないかもね。気づかなくてもいい。
 とにかく、感謝してることは、わかって。……この気持ちを下地に、念頭に置いておいて」
「……さっきから何言って」
「私の未来を救ってくれたのは、紛れもなくアンタなのよ。
 ……わたし、は。………ううん、卑怯になるから言わないでおく。
 ………私の命とか、人生は、アンタにあげる。…ううん、あげたいって、思う」
「……でも、…いや、………けど…」

気にしなくていいだとか、色々と言おうと思ったのだが。
上条はうまく言葉が出てこず、そんな自分に舌打ちする。

夕陽に照らされ。
御坂美琴は、すぅ、と息を吸い込んだ。

そして。
端正な顔立ちに笑みを浮かべて、言った。






「――――だから、私を抱いて」



学園都市最強は、買い物に出ていた。
フィアンマからは、暫く学園都市から出るのだ、と連絡を受けている。
なので、彼は一人で日常を過ごさなくてはならなかった。

「……はァ」

倒れ伏すスキルアウト達。
自分があの少年に負けてから、アホな輩が増えた。
面倒臭い。七面倒臭い、と一方通行は思う。

何もやり返さなくなった自分に対しても。

「………」

コツ、コツ。

ゆっくりと歩く。

「ねえねえ、ってミサカはミサカは親しげに呼びかけてみたり」

音を反射。
何も聴こえない無音の世界を、緩やかに進む。
仮に自動車が自分を撥ねたとして、大破するのは自動車の方だ。

「       」

(…しつこい)

舌打ちしそうになりつつ、白い少年はそちらへ視線を向けた。

(何だこの怪人チビ毛布…?)

やたらと話しかけてきているようだ。
音の反射をやめた途端、彼女の声が聞こえてくる。

「いやー、何というか、悪意をもって無視しているにしては反応がなさすぎるというか。
 でもシカトをしているならもっと苛立っているはずだよね、ってミサカはミサカは首を傾げてみる」
「何なンだコイツ…あン? "ミサカ"?」

眉を寄せる。
一方通行はぴたりと立ち止まり、少女を見やった。

「ようやく話を聞く気になってくれたのね、ってミサカはミサカは安堵を隠しきれない」
「…オイ。オマエ、ちょっとその毛布とってみろ」
「……へ? ほ、ほんき? 往来で女性に服を脱げというのは些かよろしくないというかあのそのわあっ!!」

強制的に毛布を剥ぎ取る一方通行。

チビ毛布怪人の正体は―――妹達の最終ロット、生けるコンソール、ミサカ20001号。

通称を。
最終信号・打ち止め<ラストオーダー>という。


夏休み中に、顔見せだけしておこう。
そんな訳で、正午過ぎ、フィアンマはとある高校へとやって来た。
セーラー服を纏っている訳だが、何となしに落ち着かない。
膝丈のスカートを丁寧に直し、深呼吸して、教室へと入る。
補習中だったのか、青い髪の少年と、ピンク髪の幼い少女が向かい合って勉強していた。

「……教師はいないのか」
「はいはい、教師をお望みなら小萌先生がお相手しますですよー」
「…冗談だろう?」
「むむ。ふざけてなんかないのです!」

小さい少女に怒られた。
本当に教師だったのか、と判断を改め。
フィアンマはふと、青髪の少年の視線に気がついた。
対外者用の柔らかな笑みを浮かべ、小首を傾げ、挨拶してみる。

「…夏休みが終わり次第転入する予定の、フィアンマだ。よろしく頼む」
「こ、お、」
「……?」
「こないな美人初めて見た! ボクは青髪ピアス、よろしくよろしく!!」

両手で握手され、ぶんぶんと振られる。
きょとん、としながらも、彼女は笑みを浮かべたままでいることにした。


小萌と話し。
ひとまず身体検査を行おう、という話になった。
学校に入れば、もう後戻りは出来ない。
魔術を使えば、死ぬ体になってしまう。
元の体へ出来ないこともないのだろうが、右席に戻らなければならなくなる。
覚悟なら、既に決めてきた。

いくつかのテストを行い。
測定を幾度も行い、結果が出た。

能力名は『強制善意(グラフトアフェクション)』。

所謂元からあった才能、"原石"だ。
無能力者とも超能力者とも断定し難い、難しい能力。
言うなれば、上条の幻想殺しと同じだ。
あるといえばあるし、ないといえばない。
シュレディンガーの猫箱理論を突き詰めたかのような能力だった。

発動条件は、彼女自身のマイナス感情。
不安、困惑、絶望、悲哀、憤怒、そういったもの全て。

対象は、超能力者に限らず、自我のある人間ならば誰しもが持つ『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』。

効果は、彼女を助けたくなる、というものだ。
たったそれだけ。原理不明のため、ベクトルを操作するかの第一位でさえ、防御は不可能。

困っているなら手を差し出そう、怒っているなら怒りを宥めよう。
悲しんでいるならそれを取り除こう、絶望しているなら希望を与えたい。

自我の存在する相手の善意を揺さぶり、厚意を押し付ける能力、といったところだろうか。
どんな悪党でも、彼女を傷つけこそすれ、トドメを刺すことはためらわざるを得ない。
日常的に役に立つとしたら、"落ち込んでいるとすぐ慰めてもらえる"位のものだろうか。

「…なるほど」

魔術サイド側でも、この才能は判明していたかもしれない。
この能力は、うまく活用すれば、ローマ正教に有用なものだ。
神の子を無条件に皆が信じ崇め助けになりたいと思ったように。
自分に対しても多くの人がそう思えば、彼女を所有している組織の利益にそのまま繋がる。

だからこその監禁。
冷酷な対応。

彼女が悲しみ、絶望すればする程、利益率は上昇する。
盲目ですら、仕組まれたことだったかもしれない。

ふと、そんな結論にたどり着き。
そうだったなら本当に人間は醜いものだ、とフィアンマは思った。

そして、同時に思う。

―――山田幸之助は、自分のこの能力に感化されてしまった哀れな少年なのではなかろうか、と。


研究者に連絡を取って欲しい。

打ち止めと名乗った少女の希望と素性を聞き。
ロクに考えずに即決で却下した一方通行は、自室へ戻ってきた。

「路地裏で寝た方がまだ安全だろォな」
「でも、誰かと一緒に居たいから。…って、ミサカはミサカは言ってみる」

彼女には警戒心がないのだろうか。

一方通行は、目を閉じる。
毛布に包まり、何も考えず、疲れに身を任せた。
荒れ果てた部屋はいつものことで、もはや掃除すらする気になれない。

「…襲うのはNGなんだからってミサカはミサカは」
「寝ろ」

厄介なものに絡まれてしまった、と一方通行は思う。

やがて、彼は深い眠りへ堕ちていった。


今回はここまで。
今後NTR展開だなあ、と憂鬱に感じると共に、そもそも闇条さんは神様からフィアンマちゃん寝取ったんだから自業自得だ、と感じてみたり。
明日は更新出来ないかもしれないです。


フィアンマちゃんはひんぬーなのでセーラー服すごく似合うどころか原作でセーラー服…。
ひ、日付変わるまでにはきっと投下します(震え声)
かみことのぬるいえろがあります


NTRですがハッピーエンドを予定しております。矛盾。

(>>八月三十一日 
 日付を間違えてしまったので前回投下分は三十日ということにしておいてください)

















投下。




迷った。
迷って悩んで、考えて。
彷徨う思考の果て、美琴の言葉に、上条は折れた。

『ピルの類なら、この通り』
『ホテル代は出す』
『別に彼女にしろって訳じゃないわ』

身体で礼をする。
人生を救われた見返りにはそれ程のレベルが必要だ、と彼女は譲らなかった。

上条は、断ろうとして。
フィアンマのことを考え、踏みとどまろうとして。

(良いのか? フィアンマのことは、一生抱けないかもしれないのに)

上条は、フィアンマを愛している。
愛して、大切で、彼女のことをよく知っているが故に、手を出せない。
どこか神聖視している部分があるのかもしれないが、抱きしめることですら躊躇してしまうのだ。

なら。
ここで、一人位抱いてみるのも、良い人生経験じゃないか。
この少女が自分から言ってきているのだから、罪にはならないはずだ。

下衆な考えだとは思いながらも、上条は頷いた。
美琴は笑って、彼の手を引いて。

そうして。
上条から見えないように、ほんの僅か、素直になりきれない自分に泣きそうな顔をした。


学校からの帰り道。
上条からメールが来た。

「…ん」

今日は遅くなる、とのことだった。
夕飯を先に食べて寝ていて欲しい、という旨のメール。
一方通行とメールをやり取りしているので、携帯電話の扱いは既に慣れている。
GPSを活用する技術まで手に入れたので、もう怖いものはない。

「……遅いのか」

いつ頃までに帰る、と書かれていない。
上条は友人が多いタイプなので、遊びに行くのかもしれない、とフィアンマは好意的に解釈する。
少し寂しかったが、『さみしい』などと書く訳にはいかなかった。
上条が不幸になると確信した相手からなら地の果てまで遠ざける所存ではあるものの。
上条がせっかく築いた人間関係を壊したくはない、とフィアンマは思う。

「……」

かちかち。

ゆっくりとキーを押し、『うん。帰り道、絡まれないように気をつけてね』と打つ。
寂しい気持ちを堪え、それでもやはり態度には出てしまい、俯いて歩いた。

ここ最近、特にこうしたことが多い。

目が見える自分は、心配に値しないのかもしれない。
別に心配させたい訳ではないのだし、この状況は喜ぶべきことのはずだ。
それなのに、嬉しくない。むしろ悲しくて、寂しくて、じわりと涙が滲みそうになる。

「……、」

マイナス感情は、能力の効果を撒き散らす。
はっと我にかえり、フィアンマは無表情、無感情で帰ることにした。


---------------
From:Fiamma
Title:わかった
--------------
うん。帰り道、
絡まれないよう
に気をつけてね

---------------


返信内容に、上条は唇を噛み締め。
シャワールームから聞こえる水音に、緊張していた。
上条と美琴が過ごしているこの部屋は、安っぽいラブホテルなどではない。
美琴がかつて着替えの為だけに利用した、ややお高いビジネスホテルである。

「……」

ダブルのベッドが、緊張を煽る。
今夜中には帰ろう、と上条はうっすら、決めていた。

「ん、ちょろっとー、何してんの?」
「へ? あ」

緊張していたからか、無意識でベッドスタンドを点けたり消したりしていたらしい。
そんな上条の言葉に笑って、美琴はバスタオルを体に巻いたまま、彼の隣りへ座った。

アフターピル、コンドーム。

枕元にはそんなものが置かれている。
これじゃまるで風俗だ、と上条は思った。

「…電気、消しなさいよ」
「…そう、だな」

手を伸ばし、電灯を消す。
窓の向こう、カーテンの透ける夜景が、責め立ててくるように見えた。


バスタオルを剥いだ先、身につけている下着はパンツだけ。

控えめな胸を触る。
ふにふにと揉み、そっと唇を寄せた。
小さな突起に舌を這わせ、ちゅ、と吸えば、素直に跳ねる華奢な体。

「んっ」

14歳。

未発達で未熟で。
それでも女という部分は充分醸し出せる年頃。
華奢で白い太ももをなで、上条は下着に手をかけた。
ちょっと早いのでは、と思いながらも、美琴は目をぎゅっと瞑って身を任せる。
胸の突起を甘く噛み、吸い付きつつ、下着の上から割れ目を指先でなぞった。
それを何度も繰り返す内、焦らされ続ける少女の体が性欲を催し始める。

「ぁ、」

じわり。

下着越しに、水気のようなものを感じた。
するり、と上条は脱がし、陰部を撫でた。
指先で神経の集まった核を刺激され、快楽に慣れぬ美琴の体がびくりと震える。
自慰の経験もほとんどないのか、或いは一度もないのか。

「あっぁ、ん」

声がこらえきれないといった様子で、恥ずかしそうに彼女は喘ぐ。
可愛らしいだとか、欲情は煽られども、だからといってキスをしたいとは思わなかった。

(俺、最低だな)

自覚しつつ、上条は美琴の手に触れて言った。

「言いにくいんだけど、扱いてもらって、いいか?」


「ん………」

うつらうつら。

先に寝ていてほしいとは言われたものの、いまいち眠れない。
疲れが足りないし、寂しかったし、上条を待ちたかった。
それでも少しは眠いので、うとうとしつつ台所で待つフィアンマ。
一応上条の分の夕飯も作ってあるが、時間帯的に食べてきているかもしれない。

ガチャリ

ドアが開いた。
ぐしぐしと眠い瞼を擦り、体を起こす。

「ッ!? …起きてたのか、フィアンマ。先に寝てて良かったんだぞ?」
「ん……眠れなかった、からな」

夕飯を見やった上条は、謝罪と共に、それを冷蔵庫へしまった。
明日の朝ごはんにするよ、と告げ、上条はそのまま風呂場へ向かおうとする。
布団を引き連れている辺り、眠りに行くようだ。

「…入浴はしないのか?」

八月も最後とはいえ、まだ夏だ。
日中に汗をかいたはずなのに、とフィアンマは首を傾げ。

そして。

上条から漂う、嗅ぎ慣れぬボディーソープの匂いに気がついた。

「……、…今日は何か疲れちゃってさ。ごめん。おやすみな」

言って、上条は風呂場へと消えた。

慣れないボディーソープの匂い。
夜遅くに帰ってきて、どこか気まずそう。

そうか。
そう、なのか。
そういうことか。

「………」

唇をきつく噛む。
様々な感情が渦巻き、そんな自分の思いに、見て見ぬフリを、した。


八月三十一日、午前十時半。
一方通行は目を覚まし、そうして。

隣りで毛布に包まり震えている子供を見た。

「……」
「うう。ミサカの毛布返してー…」

彼女は華奢すぎる腕で、一方通行の毛布を引っ張る。
今までの旅のお伴なんだから、などとごにょごにょ言っていた。
気づけば、彼女のまとっていたボロ毛布を抱いて眠っていたらしい。
一方通行は無表情で毛布を手放し、だるそうに起き上がり、立ち上がった。
いそいそと、ベッドのではなく返してもらった毛布に包まって、打ち止めは彼を見上げた。

「お腹がすきました、ってミサカはミサカは報告してみたり」
「……で?」
「何かおいしいものを食べさせてくれると幸せ指数が三十程アップしてみたり、ってミサカはミサカは」
「他当たれ」
「いえーい、冷たい反応すぎるってミサカはミサカはヤケクソ!」

一方通行に合わせ、彼女は外に出てくる。
一方通行はというと、朝食をファミレスで摂ろうと考えていた。

「何処に行くの? ってミサカはミサカは質問してみる」
「ゴミ捨て場」
「ゴミ捨て場?」
「オマエを捨てようと思ってな」
「それはあまりにも酷いかも、ってミサカはミサカはしょんぼりしてみたり」

言いつつも天真爛漫についてくるクローン少女であった。


朝ごはん(もとい昨晩の夕飯の残り)を食べるなり、上条は仕事に出てしまった。
一人家に取り残されたフィアンマは、静かにベッドで膝を抱える。

「……」

何か、楽しいことを考えないと。

思うのに、全然浮かばない。

「当、麻」

聞く勇気が出てこない。
何となしに察してはいる。
誰かと性行為に及んできたんだろう。

「……」

彼の人間関係は大切だ。
彼を不幸にしたい訳じゃない。

けれど。

彼が自分ではない誰かと結ばれて幸せになることを、祝福出来るのか。

できない。
できないよ、と彼女は呟いた。

彼の幸福のために自分を犠牲に出来るのは、彼が自分を選んでくれるからだ。
もし、彼が違う人を選んだなら。きっと、祝福出来ない。

泣きそうになって、フィアンマは毛布を抱きしめる。


『だから、これ以上は一人のミサカだって死んでやることはできない』

打ち止めの言葉を思い返しながら。
一方通行は、彼女をファミレスに捨て置き、研究所へとやって来た。
中に居るのは、芳川桔梗。
彼の絶対能力者進化実験の一端を担うどころか、主要的に働いていた研究者。
本人も口にしている通り、彼女は甘いだけで優しくはない女だ。

「あら、良いタイミングで来てくれたわね」

彼女は一方通行を手招き、現在の状況を説明した。

「…ミサカ20001号」

彼女を救うか。
彼女にウイルスを入れ込んだ天井亜雄―――研究者に暴力を振るうか。

一方通行は提示された選択肢を眺め、思考して。

「……くっだらねェ」

浮かんだのは、一人の少女の笑顔だった。
お前のお陰で助かったと、そう微笑んでくれた彼女。

もう、後戻りは出来ない。
自分がどうしようもないクズだと、理解はしている。

けれど。
ほんの少しでも、彼女に見られて胸を張れる行動を、したかった。

彼が選んだのは、救う方の選択肢。


心身症というやつだろうか。

考え続けている内に、体調が悪くなってきた。
フィアンマはふらふらと外へ出て、気分転換を試みる。
上条への依存心が強すぎることに対して、自覚はあるのだ。

「……」

日差しが眩しい。

日傘を差し、ゆっくりと息を吐き出す。

「……ふぁ」

欠伸を漏らす。
散歩をして、家に帰って、冷たい飲み物を飲んだら眠ろうかな、と思う。

「………」

ぎゅう、とループタイを握る。
上条は、きっと自分を好きなままでいてくれる。


暗部の仕事中、土御門に会った。
フィアンマから逃げ出した自己嫌悪で凄惨な殺し方をしていた上条に、彼は苦く笑む。

「あーあー。そんなに汚して後始末が大変だぜい?」
「俺がやる訳じゃないし」

そんなことを言って、上条は身を清める。
ズボンに付着した血液は、喧嘩をしたとでも言えば納得されるだろう。

「それにしても荒れてるにゃー、カミやん。彼女と何かあったのか?」
「…いや、別に何も」

土御門元春は敵でも味方でもない。
暗部だから仲間という訳ではないし、敵対しなければ敵にはなりえない。
なので、上条は親友へ話すように、会話を続ける。

「そっちこそ、舞夏と喧嘩したんだろ?」
「まあ、ちょっと言い争いになってにゃー」
「…ま、身内を狙うなんてのは」
「非常に暗部らしいぜい」

上条と土御門が個人的に粛清した目の前の死体。
馬場芳郎という名前だっただろうか。
暗部組織の一人であり、卑劣な手段を用いる人間だった。
一人で動いている上条当麻という強すぎる人間を潰そうと、人質を取ろうとしたのだ。
その対象がフィアンマと土御門舞夏だったため、こうして殺された訳だが。

「なあ土御門」
「んー?」
「一回やっちまったら、取り返しなんてつかないよな」
「何の話かは不明だが、だいたいはそうだぜい?」
「そっか」

美琴とのセックスを思い返し。
ほんの少し、彼女に情を入れ込み始めている自分と。
彼女を悲しませてしまった自分に。

上条は、死体を踏みつけ、自業自得のストレスをやつ当たった。


「普通真っ先に浮かびそうな所は避けるモンだが、どォ見ても普通じゃねェしな」

一方通行は、天井亜雄の乗車するワンボックスを発見するなり。
ワンボックスの前に平然と立った。
戦慄する研究者はアクセルを踏み込んだものの、一方通行の反射によって車を破壊されたのみに終わる。

「ひっ、ぃいい!!」

逃げ出そうとする男。
一方通行は面倒そうに手を伸ばし、車のドアを軽く開けた。
開けた途端に能力を使用しつつ勢い良く閉める。
挟まれ、強い衝撃を受けた天井亜雄は、ボディブローでも受けたかのように項垂れ、意識を喪った。

「あー、悪りィな、むちゃくちゃ地味な倒し方で。死ぬよかマシだろ」

軽い調子で言って、一方通行は天井を引っ張り出し、適当に投げ捨てる。
次いで打ち止めに近寄り、携帯電話を耳にあてがった。

「手間取らせやがって。…ンで、どォすンだ」

パソコンに表示されているのは、BC。
ブレインセルの略称だ。脳細胞の稼働率を表示している。

『今、そちらへ向かっているわ。打ち止めが死んでしまわないように見守っていて。
 専用の機材がなければ、データの上書きはできないから』
「そォかい」

電話の相手は芳川桔梗。
彼に打ち止め捜索を頼んだ女研究員だ。
だるそうに相槌を打った一方通行はワクチンコードの入ったメモリ片手に打ち止めを見つめる。
ぜぇぜぇと荒い息は繰り返しているが、発熱しているだけなのだろう。

「ンじゃ、多少ブッ壊れちまってるがこっちも車動かし、」

言おうとして。

「ミ、サカはコード01982よりコード47586へ伝達ミサカfihugfsxgh!!」

打ち止めの絶叫に、固まった。
首を動かし、彼女を見る。
発熱に苦しみながら、涙を流しながら、彼女は何事かを叫んでいた。


「おい、どォなってやがる。何なンだこれは!」
『…ウイルスコード。もう起動準備に入ってるわ』
「…何?」

本来、ウイルスコードは0時に開始されるものだったはずだ。
だからこそ、日付が変わるまでに打ち止めを見つけ、ワクチンコードを脳に上書きしなければならなかった。
甘さはあれど優しさはない芳川は、打ち止めの絶叫の内容をよくよく理解した上で、一方通行へこう告げた。

『ダミー情報を掴まされていたようね。後一時間で、ウイルスは起動するわ』
「ッ、」
『私も現時点で車を飛ばしてはいるけど、一時間では到着しない。
 仮に到着したとしても、上書きをするための設定や準備で過ぎてしまう。
 ……処分なさい』
「処、分?」
『もしもウイルスが稼働すれば、全世界の妹達は暴動を開始する。
 そうすれば―――彼女達を生み出した学園都市自体の終わりよ。
 だから、処分なさい。その子を殺すことで、残りの妹達を守るのよ』
「………」

一方通行は、思わずメモリを握りつぶしそうになった。

自分は、結局、殺すことしかできないのか。

今回ばかりは、何も言い訳の出来ない殺人だ。

「……は、」

自分に武器を向けた訳でもない打ち止めを殺害する。
それは言い訳の出来ない、本当に、理由を打ち立てられない殺人だ。
一方通行は愕然としながら、模索する。

『だから、これ以上は一人のミサカだって死んでやることはできない』
(どォする。…俺の能力は、ベクトル操作)
『ごちそうさま、も、してみたかったな、ってミサカは、ミサカ、は』
(物質、熱、電気―――この世界に存在するありとあらゆるベクトルを観測し、操る)
『でも、誰かと一緒に居たいから。…って、ミサカはミサカは言ってみる』
(……待てよ、電気? なら、生体電気も)

はたと気がついた一つの可能性。

「オイ芳川。生体電気を操作すりゃ、人ってのは操れるよな?  
 記憶操作―――精神系能力者なンざその典型だが」
『ええ、それはそうだけれど…まさか、あなたの能力で学習装置(テスタメント)の代わりを?』
「あァ」
『無理よ! それに、ほんの少しでもしくじれば打ち止めの脳は無茶苦茶になってしまう!
 確かにそのメモリにはワクチンコードが記入されているけれど、それでも』
「出来るさ」

一方通行は、メモリの中に存在するデータをパソコンへ入れる。
計測するしか脳のないパソコンは、彼女の脳のデータとワクチンコードのデータを表示した。
相違点を眺め、データを頭に叩き込み、一方通行は右手を伸ばす。
そして打ち止めの額にそっと触れ、目を閉じた。


「やってやる」

通話を無理矢理に終える。
どうすべきは既に頭に浮かんでいた。
ワクチンコードといっても、ウイルス対策のものとは少々毛色が違う。
一週間前の脳のデータをそのままぶちこむことで、一週間の間にあったことを無かったことにする、というものだ。

天井亜雄が打ち込んだウイルスコードも。
一方通行と打ち止めが過ごした短い時間も。

(後悔はしねェ)

ほんのわずか。

"彼女"と同じような安らぎを与えてくれた少女だったが、あの時間は、記憶は、本来存在してはいけないものだ。
自分のことなんて、忘れればいい。自分と過ごした時間のことなんて、忘れてしまえばいい。

ただ。
この少女が死ぬことは、許されてはならない。

「…始めるか」

呟き。
"デフォルトの反射を含む"余計な演算を排除する。
その上で、彼女の生体電気を操ることに、集中した。
産まれて初めて、人を救うための能力行使。


それでも。










―――神様は、彼に微笑まない。





「神の子は右手によってありとあらゆる病を治し、悪霊を祓った」
『強制善意』――― フィアンマ




「……なン、で」
学園都市最強――― 一方通行




「邪、まを、するなあああああ!!」
学園都市の研究者―――天井亜雄



 


今回はここまで。
世間一般的なNTRとは少しタイプが違うような気がしてきました。

乙。さりげに馬場が殺られたww次はてつもうや手塩、ブロックの人達か

NTRってか、単に上条さんが浮気しただけのような。お互いの心離れてないし、何回も体重ねて肉欲とみこっちゃんの体に溺れてるわけでもないしなぁ…フィアンマさんも割りきってるし…

これは一方さんもサヨウナラかね


>>346
予定としては後者になる感じです(肉欲)











投下。



データを上書きしていく度に。
彼女の危険度を示すパソコンの画面上、ウィンドウが消えていく。
このウィンドウが全て消えれば、彼女が救われたことになる。
演算に集中しつつ、一方通行は時折パソコンを見やった。

残りコード54286。

みるみる内にウィンドウは減っていく。
同時に、打ち止めの体調も落ち着いていく。
ついにはデスクトップの背景が見えてきた。
まだ後四十分ある。時間は、ある。

「……」


無言で演算を進めていく。
途中でやめれば、中途半端な命令文が彼女の精神をズタズタに引き裂く。
だから、絶対に手を離さない。演算もやめない。

「ぐ、」

遠く。
男の声が、聞こえた。
集中したままに、視線だけを動かした。

銃口が、見えた。

気絶していた天井亜雄が目を覚まし、一方通行へ銃口を向けていた。
悪鬼の形相で少年を睨みつけ、男は叫ぶ。

「邪魔、を。邪、まを、するなあああああ!!」

彼には後がなかった。
学園都市に反発する機関との取引は、ウイルス発動如何にかかっている。
ウイルスコードの消滅は、天井亜雄の未来の消滅。
邪魔をするな、と叫び、彼は引き金を引こうとする。


残り五分。
残りコードは268。

引き金にかかった指は、動いている。
防御用の反射を展開するには、間に合わない。
この手を放してそちらへ対処すれば、打ち止めの精神が破滅する。

「ッ、」
「死ねえええええ!!」

怒りのこもった絶叫。

(だ、めだ。手を、はなすな、)

自分へ、そう言い聞かせる。

手を放さずに、演算を継続しろ。

ウィンドウが一つでも残っている内は、彼女の安全が保証されていない。







そして。


彼に向かって撃ち込まれた銃弾は。
一方通行の体表面に触れて"跳ね返り"、天井の体を撃ち抜いた。

つまり。

一方通行は最後の最後、反射の為に演算をしてしまった。
その一瞬、処理を中断して、自分を守ってしまった。
事実に気がつき、一方通行はそろそろと天井から打ち止めへ視線を移す。

「……ァ」

手は、離していない。
だが、演算は中断してしまった。

残りコードは1。

後一歩のところで、一方通行は失敗した。
ウイルスは起動しないが、打ち止めの精神は、記憶は、めちゃくちゃになっている。
もしかすると、無意識の『反射』をした時点で何か要らないコードを書き込んだかもしれない。

ただ一つ、これだけは確実に確定してしまったことがある。

自分は、打ち止めを救えなかった。


「………」

一方通行は、手を放した。
虚ろな瞳で何か言葉にならぬうわ言を呟く廃人となった少女から、男へ視線を移す。
研究者は無様に地面を転がり、自分の血で白衣を染めながら、逃げようとしている。
何も考えられないまま、ただ、絶望感がその身を押すまま、一方通行は天井へ近づいた。

「ひ、ひいっ! な、何だ、ウイルス起動は失敗してしまったのだろう、なら、」
「……なン、で」

一方通行自身、何を言おうとしたのか理解出来ていなかった。
ただ、どうしようもない悲哀と痛みが、体を突き動かしていた。
もう、自分を制する事が出来ない。この男を滅茶苦茶に殺してやりたい。

がしり。

天井の髪を掴み。
一方通行は、演算をしようとした。

この男は自分に武器を向けた。
打ち止めを救えなかったのも、元を正せばコイツのせいだ。
こんな男なら、殺してしまってもいいだろう。

フィアンマがかけてくれた優しい言葉を無理矢理自分勝手に拡大解釈して。


殺人を犯そうとした正にその瞬間、




「……幸之助?」


一方通行が無理矢理にでも顔を見てしまう程大切に思う少女が、立っていた。
畳んだ日傘を手に持ち、彼女は一方通行と天井亜雄を見つめている。
女子学生の革靴が、広がった血だまりを踏んでいた。

「………」

今度こそ。

一方通行は、世界に絶望した。
少女を救えなかったばかりか、彼女に醜態を見られた。
死んでしまいたい程の強い後悔が、胸を締め付ける。

「違う、ンだ」

天井の体を放る。
彼女の声で反射を一瞬解いてしまっていたのだろうか。
両手は天井の血に汚れてしまっていた。

「ちが、違う、」

言い訳をしようとする。
一方通行は、うまく言葉が紡げなかった。
学園都市で一番の優秀な頭脳が、言葉を生み出してくれない。

彼女のが侮蔑した視線を向けてきたら。
今度こそ、自分は全てを壊してしまう。

手を震わせる一方通行を見て。
それから、フィアンマは車の中でぶつぶつと何事かを呟く、体調の悪そうな幼い少女を見た。


フィアンマは、たまたまここへやって来た。
何を思うでもなく、帰り道の散歩ルートにここを選んだだけだ。
だから一方通行が何をしようとしたのかは知らないし、何をしようとしているのかも知らない。
けれど、少年が思いつめた様子が見えたから、声をかけてみただけのこと。
研究者と喧嘩中なのか、とぼんやり考えただけで、何も思っていない。
ただ、少女の体調が悪そうで、一方通行がそれを何とかしようとしたのか、と予想がついた。

「……」

首を傾げ。
フィアンマは車に入る。

「…何、してンだ。もォ、手遅れなンだよ。ソイツは、助からねェンだよ」

呆然とした一方通行の声が、後ろからかけられた。

能力測定を行っただけの自分は、まだ無傷で能力を使用出来る。

その事実を確認したフィアンマは軽く振り返り、一方通行を見た。
教会へ救いを求めてやって来る『罪人』の顔をした彼に。
彼女は優しく微笑みかける。右手を見せながら。

「安心しろ。死んでいない限り、手遅れな人間などいないさ」

言って、少女に向き直る。
右手で打ち止めの右手を、そっと握る。
彼女は目を閉じ、歌うように言った。

「『神の子」は右手によってありとあらゆる病を治し、悪霊を祓った」

そして、何事かを言った。
それはヘブライ語だったが、ヘブライ語を学んでいない一方通行にはわからなかった。


淡い光は、金色をしていた。
その光は打ち止めの体を優しく包み。
まるで毛布のように包み込んだ後、消滅した。

打ち止めのうわ言が、止む。
熱がすっかり引いた様子で、少女は眠っていた。
体調の悪さも、精神が破滅したが故の異常さも、見られない。

「……さて」

手を離す。
フィアンマは一方通行を振り返った。
救いきった自信があるために、笑みを浮かべたまま。

「体調不良を『歪み』と認定して"直した"形だが、医者に診せた方が良いと思うぞ」

天井亜雄は、逃亡していた。
だが、一方通行は天井への殺意が失せていた。
ただ、呆然としたまま、ふらふらと歩き、打ち止めの顔を覗き込む。
彼女はどこかうっすらと笑みすら浮かべて、夢に包まれている。
幸福そうに眠っている少女は、平凡な子供に見えた。

車の音が近づいてくる。

やがて停車した自動車から出てきた芳川は、二人を見た。
そして打ち止めを見て、驚愕の表情を浮かべた。
少女を抱え上げ、自分の車へ乗せながら。

「正規のルートでは支障が出るから、私の車で病院に運ぶわ。
 …彼女を救ってくれて、ありがとう」
「…俺じゃねェ」

その呟きは、蚊の鳴くように小さい音量だった。


芳川が打ち止めと共に病院へ去り。
能力を応用して血液を掃除した一方通行は。
フィアンマと共に、彼女の家へ向かっていた。
元々彼女は帰るつもりだったので、それを送る形だ。

彼女は何も聞かない。
一方通行も、何も聞かない。

沈黙は、酷く優しかった。

「………」
「………」
「…なァ」

一方通行が、沈黙を遮った。
反応した彼女を見やって、言葉を紡ぐ。

「……あのガキ、は」
「よく状態がわからなかったからな。
 発熱、言語機能障害、全てを歪みと判断させてもらった。
 歪んでしまった鉄を熱して叩き直すように、治した形だ。
 医者がするのは、状態のチェックと点滴程度じゃないか?}
「そォか」

あれはどういう能力なのか、と聞くつもりはなかった。
そんなことには、さほどの興味はなかった。

「失望、しねェのか」
「ん? 何がだ?」
「俺は、人を殺そォとしてたンだ」
「……」
「あのガキを救えなかったから、……あの研究員が元凶なンてのは言い訳にならねェ」
「そうだな。殺人は確かに良くないことだが」

彼女は立ち止まる。
綺麗な満月を見上げて、こう言った。

「拳銃が落ちていた。お前は、武器を向けられたんだろう?」

なら、自衛のためには仕方ない。


一方通行は、泣きそうになる。
どうして味方をしてくれるのか、わからない。
自分は、彼女に失望されてしかるべきだ。
もっと叱られて、冷たくされて、当然なのに。
しかし、こういったところで、何となしに読めている。
彼女は恐らく、こう答えてくれるだろう。

『お前自身が罪の意識を抱えているなら、尚更責める必要はない』、と。

フィアンマは、やや眠そうに瞼をこする。

「…ん」

携帯電話に着信がきた。
メールの内容は、上条からで、帰宅が遅くなる、というものだった。
避けられている、と思うと、悲しかった。
彼女が哀しい気分になると、一方通行の情動が揺さぶられる。

「…メール。何かあったンかよ」
「いいや、…何でもないさ」

ふふ、と寂しそうに笑って。
フィアンマは携帯電話をポケットにしまった。
少し空腹を覚える。

「ああ、そうだ。幸之助」
「何だ」
「これから暇なら、一緒に食事をしないか?」

約束のご飯を作るから、と彼女は笑いかける。
一方通行に、断るなどという選択肢は存在しなかった。


今回はここまで。
次回は一フィア+上琴えっち回です。


全員幸せになる予定です。 予定。



















投下。


スカート覗き防止用の柵が見当たらない。
もしやここは男子寮では、と一方通行はふと思いつつ。
それでも特にツッコミを入れることなく、フィアンマの家へお邪魔した。
正確には、上条当麻の家である。とはいえ、家主は居ない。

「適当に座ってくれ。カーペットは今朝方掃除したし、汚くはないと思うぞ」
「ン」

相槌を打ち、一方通行はカーペットへ座る。
フィアンマは料理をするためか、髪の毛を結び直していた。
赤い髪が揺れ、自然と視線が吸い寄せられる。

「すぐ出来る」

告げて、彼女は台所に立った。
鍋に水を溜め、肉を切り、分量を計っている。

「……」
「ん……」

少し眠そうだ。
打ち止めについては、点滴中だとメールが来ている。
そこには病室番号も綴られていた。
明日、行こうとは思うものの。
実質、あの少女を救えなかった自分に行く権利はないとも思う。

「あ」


そんなことを考えていると。
フィアンマが、何かに気がついたかのような声を漏らした。
何やら不穏な予感に、一方通行は思わず立ち上がる。

「どォかしたか」

彼は元々過保護とは真逆、無関心な人間だ。
それはこれまでの生活が形作ってしまったアイデンティティーである。
しかし、その彼の態度を、フィアンマのマイナス感情による能力発動が揺さぶる。
能力の影響を受けていることにも気づかないまま、一方通行は彼女に近づいた。

不穏な予感は、どうやら的中してしまっていたようだった。

彼女の指から、血が出ている。
じわじわと滲み出す傷口は些細な分、地味に痛そうだった。

「……、」
「ああ、心配には及ばんよ。これ位、」

一方通行は、彼女の手を掴んだ。
そして指先で彼女の傷口周辺に触れ、生体電流を操る。
自己治癒能力を高めれば、傷口は即座に塞がっていく。
まるで魔法のように消えていく傷口に、フィアンマは目を瞬いた。

「…能力か」
「…まァな」

気まずい気分で言う一方通行をしっかりと見て、彼女はありがとうと言った。
少年は黙って、頷いて、それから、定位置へと戻る。

「……」

無言のままに、一方通行は身勝手ながら思う。

彼女と、このままずっと一緒に居られたら良いのに。


上条は、美琴と共にホテルへ来ていた。
元々恩返しの為に自分を抱いて欲しいと要求し、それ以上に彼が好きな少女に、拒む理由は無かった。
あるとしたら精々後輩を心配させてしまうという負い目だが、その程度。
ごめんね、今度一緒にご飯食べに行きましょ、とでも約束をして果たせば良い、その程度の話。

一方。
上条は自分の事が嫌になっていた。
美琴に肉欲をぶつけることで、ストレスを解消する自分が。

負い目や罪悪感は、ある種快楽の元だ。
万引き、不倫、これらがやめられないのは、人間に悪への快感があるからである。
彼女に対しての負い目、美琴に対しての申し訳なさ、自責の念。
これらは上条の精神を追い詰めると共に、悪いことへ駆り立てる要因へなっていた。

お洒落な白いシャツは、黒インク一滴でダメになる。
シミ抜きをしたところで、完全に抜けなければ捨てるだけ。
それと同じこと。手遅れなものは、救えない。

「ん」
「んっ、…くすぐった」

上条に首筋を舐められ、美琴はこそばゆそうに笑う。
楽しそうに、くすぐったそうに、切なそうに、幸福そうに。

「……別に嫌ならいいんだけど」
「何だよ?」
「御坂、とか。ビリビリじゃなくて」

美琴、って。
よんで。

耳元で要求され。
上条は、無言で頷いた後、彼女の服へ手をかけた。


豚肉のコーヒー煮込みは、美味しかった。
中華風の味付けで、甘すぎた感は否めないものの、美味なことには美味だった。

「俺様の味覚で作ってしまったが、口に合わないようなら謝っておく。
 無理に食べる必要はない。もし気に入らないのであれば、別のものを作る」
「いや、これでイイ」

本当は、"これが良い"と言いたかった。
のだが、流石にそこまでは言えず。
どうにも羞恥が邪魔をして、思うままを口にすることなど不可能だった。




食事を終えて。
皿洗いの終わったフィアンマは、ベッドに座っていた。
一方通行は立ち上がり、ほんの少しだけ距離を空けて、彼女の隣に座る。
時計の音が、部屋の中に粛々と木霊していた。


彼女と過ごしている時間は、とても安らぐし、幸福だ。
だけれども、同時に。同時に、一方通行は思う。

このままではダメだ。
いつか、彼女が傷つけられる。
自分を嫌いになるかもしれない。
それに自分は耐えられる気がしない。

なら。
なるべく早く、自分から。
嫌われるように仕向けて、嫌われた方が良い。

恩の貸し借りは終わった。
もう、これで良いだろう。
自分勝手な自分は、自分勝手に関係を終わらせるべきだ。

やはり、こんな平穏は自分には似合わない。

あまりにも身勝手すぎる考えを元に、少年は動く。

「オマエ、警戒心が足りねェよな」
「…ん?」

一方通行は、獰猛で悪どい笑みを浮かべてみせた。
先ほどの絶望をいつの日か味わう日が来るのなら、今、この手で。


どさり。

華奢な体は、一方通行の手であっさりとベッドに沈んだ。
見下ろしてくる紅い瞳を見上げ、フィアンマはぼんやりとする。

「或いは、こォやって男誘いこンでる尻軽って可能性もあるか」
「…幸之助?」
「いや、警戒心が足りな過ぎる辺り処女って可能性も強ェが」
「…何の話をしているのか、よく、わからんのだが」
「男と自室で二人きり。誘ってるとしか思えねェよな?」

怯えてくれ。
そして、自分を突き飛ばしてくれ。
もう二度と近寄るなと、そう言ってくれ。

一方通行の願いとは裏腹に。
フィアンマは戸惑いの表情しか、浮かべない。

「何を、言っているのか。よくわからない」
「あ? ―――セックスの話だっつゥの。ガキかよ」

一方通行の発言に。
フィアンマは無表情になった。
何を考えているのか、少年にはわからない。


彼女は、笑っていた。
笑いながら、微笑みながら。

ぼろぼろと、涙を流していた。

怯えによるものとは思えない。
微笑みはあくまでも柔らかで。

その表情はまるで。
自らの過失を眼前に突きつけられた聖女のような。

「そうだな。こんな人間だから、飽きられてしまったのかもしれないな」
「…、」
「なりふり構わず、セックスを要求すべきだったのかもしれん。
 そうすれば、少しは、少しだけは、留める事が出来たかもしれない」

優しい微笑は、徐々に歪んでいく。
金色の瞳から溢れる涙の量は増し。
膨れ上がる複雑なマイナス感情が、一方通行の良心を、思いやりを、愛情を、ギリギリと締め付ける。
フィアンマは手を伸ばし、一方通行の服を僅かに掴んだ。
泣きながら、唇を噛み締める。

「体の繋がりがあれば、いっしょに、いて、」

くれたの、かな。

その言葉は、一方通行に当てられたものじゃない。
思考の海に溺れた彼女は、現在の状況すら目に入らない。
たった一人の少年の不在と彼の現状を思って、涙を流している。

「抱いてと言えば、帰ってきてくれるのか」

一方通行は、黙り込む。
何をどうすればいいか、わからなかった。
ただ、自分の行いが、彼女の何か触れてはいけない部分へ接触したことだけは理解した。

「…悪りィ」

じくじくと痛む罪悪感。
思わず謝罪する少年の服を握り締め、フィアンマは子供のように泣いていた。


結局。
一方通行は謝り通し。
一時間の間、フィアンマが泣き止むまで。
不器用に、慣れぬ手つきで、彼女の髪を撫でていた。

「…すまなかったな」
「…いや、別にイイ」
「…お前は何がしたかったんだ?」
「…気にすンな」

手を引き。
一方通行は深呼吸すると、彼女から視線を逸らした。
先程までの言動を総合して、気がついてしまった事実に、内心落ち込んでいた。
彼女は、誰か、好きな人がいる。
そして、その相手が帰ってこない辛さに、泣いていた。
泣いてしまう程に、その相手を好いている。

それは、一方通行には関係のないことだ。
なのに、彼の心は、切なくキリキリと痛みを発していた。

(あァ、そォか)

馬鹿馬鹿しい程あっさりとした事実に、気がつく。

自分は、この少女の事が、好きなのだ。

自分に初めて微笑みかけてくれて。
自分のことを肯定してくれて。
自分の罪を許してくれて。

そんな彼女を、愛していた。

そのことに気づいた瞬間、失恋した訳だが。

「じゃ、そろそろ帰るわ」

告げて、一方通行は立ち上がる。
フィアンマは指で目元を擦り、笑って彼を送り出す。


美琴の腹に吐きだした精の熱さが、今でも脳裏に蘇る。
上条はふらふらとしながら、自宅へ向かって歩いていた。
彼女と顔を合わせるのが、怖かった。
怖いならこんなことやめればいいのに、むしろ、何度もしてしまう。

「……」

こうも続くなら、彼女とさよならをした方がマシなのではないか。

思えど、そんなことが出来る訳もない。
自分にとって、彼女は世界でたった一人、替えのきかない存在だ。

「……ただいま」

鍵を開けて、声をかけた。
部屋は暗く、少女の控えめな寝息が聞こえていた。

「…」

そっと、顔を覗き込んでみる。
泣いていたのか、目元がやや赤かった。

「……ごめん」

聞こえていないとわかっていながらも、無意味な謝罪をして。
上条は布団を手に、風呂場へ消えた。


九月一日。
始業式を終えた教室は、どことなく騒がしかった。

「はいはい皆さーん、静かにしてくださーい」

見た目小学生な担任教師の一声。
騒いでいた学生達は、雑談の音量を下げる。
ガラガラガラ、とドアが開いた。

入ってきたのは、赤い髪をした、細身の少女だった。

「では自己紹介をお願いします!」
「……フィアンマ=ミラコローザです。よろしくお願いします」

控えめに、彼女はぺこりと一礼する。
彼女の『不安』『緊張』への呼応、その見目に、男子学生は盛り上がった。
女子学生達も、そんな彼女の様子に笑みを浮かべ、既に友人として迎え入れようという態度を取る。
上条は、照れ臭そうにクラスメートの質問に答えるフィアンマを、見つめていた。


女心と秋の空。

これはあくまで諺だが、両方共、気まぐれで変わりやすいものの例えだ。
実際、この二つはころころと変わっているように見えるものである。

そんな訳で。

始業式が終わり、クラスメート達が帰り。
上条も帰ろうとしたところで、唐突に雨が降り始めた。

「げっ」

嫌そうな顔をする上条。
昇降口で立ち止まる彼の袖を、誰かが引っ張った。

「ぁ、」
「…当麻。一緒に帰ろう」

フィアンマは、彼に微笑みかける。
何も知らないかのように。いつものように。

「…そう、だな」

彼女から傘を受け取り、開く。
大きめの傘は、どうやら教師から拝借してきたものらしかった。

「……」
「……」

久しぶりの相合傘。
なのに、上条の心には申し訳なさが満ちるばかりで、嬉しくなかった。
フィアンマは彼を見て、唇を噛み、俯く。
しとしとと降り続ける雨が、二人の無音を誤魔化していた。


翌日。
一時限目は体育だった。
本日の科目は男子がリレー、女子がバレーである。

「ええなあ、女子バレー」

でれでれと。
ややいやらしい視線を、試合中の女子達に向ける青髪ピアス。
彼は上条の親友であり、あだ名は見目通り、ちょっとどころではない変態男子生徒だ。
上条はやれやれといつも通りな親友に肩を竦め、フィアンマを見つめる。
白い体操服の向こう、やや透ける下着。

「っ」

上条は、咄嗟に視線を逸らした。
むら、と何かがこみ上げそうになり、我慢をする。

「時にカミやん」

いやらしく緩んだ表情をやめ。
青髪ピアスが、ジト目で上条を見つめている。

「何だよ」
「フィアンマちゃんとやたら親しげやけど、どういう関係なん?」
「……」
「……」
「…さーって、リレー準備しますか!」
「カミやんんんん! おのれええええ!!」

襲いかかってくる大男から脱兎の如く逃げ出し、上条は快活に笑う。
ようやく、ようやっと、彼は自分のペースを取り戻し始めていた。


リレーというのはバトンが回ってくるまで緊張が続くものだ。
実際に走り出してしまえば走ることに集中出来るのだが。

「カミやん、任せたぜい?」

土御門が小さく笑う。
上条の走る速さと速度コントロールは皆が認めるところだ。
まさか暗部で鍛えられた最適な走りなど、誰も知らないだろうが。
スタートラインに立ち、上条は静かにバトンを待つ。

「当麻」

少女の声が聞こえた。
上条は、そちらへ視線を向ける。
校庭の石段に腰掛けたフィアンマが、笑顔で手を振ってくれていた。

「頑張って」
「…よし、任せろ!」

今なら、ギネス記録だって抜かせる気がする。

上条はバトンを受け取り、神の如き速さで走り出すのだった。






ちなみに結果を言うと、堂々の一位である。


着替え時。
フィアンマは体操服からセーラー服に着替えつつ。

ふと、片手が触れた女子生徒―――吹寄制理の胸を揉んでいた。

「い、いたたたたっ!!」

じたばたとする吹寄。
しかしながら、何人もフィアンマには危害を加えられない。
吹寄はいたって普通の少女なのだから、絶対に。
痛い痛いと言いつつ暴れる吹寄の胸を揉みしだき。
フィアンマ眉根を寄せ、頬を小さく膨らませる。

(なんだこれはありえんいや別に大きくても将来垂れるだけだし動きづらいだけだし肩こるし嫌なことが多い…。
 それはわかっているが僅かに憧憬を抱かなくもいやそんなことはないだろうこんなものなくたって俺様は、
 いや当麻はもしかしてこういう大きめの方が好きなのか実際に質問する勇気などないから調査は不可、)

「……不公平だろう!」
「知らないわよ!?」

不服そうに怒るフィアンマ。
何故怒るのだと、困惑しかない吹寄。

男子が憧れるような百合百合空間とは程遠い殺伐お着替えタイムは、昼までに幕を閉じた。


今回はここまで。


物語が進行していきます。
(レスがつくとすごく嬉しいです。いつもありがとうございます)












投下。


お昼時。
昼休みは通常五十分あるのだが、学食闘争に身を投じる学生にはそんなに時間がない。
とはいえ、上条とフィアンマには関係のないことである。
本日のお弁当はハムチーズサンドと唐揚げ、ツナマヨキャベツサラダだ。
カロリーが全体的に高めだが、野菜も入ったなかなか豪華なお弁当である。
少なくとも、朝時間がないとされている学生にしては。

「……当麻」
「ん?」

もぐもぐとサンドイッチを食べ。
隣に座って同じく食事をしていたフィアンマに袖を引かれ、上条はきょとつきながらそちらを見やる。
口元に、フォークが近づけられていた。

「……ぁ…あーん…」

恥ずかしそうに、フィアンマが言う。
フォークの先端には、やや大きめの唐揚げ。
上条に好かれようと、彼女なりの精一杯の努力だった。

「……い、いただきます」

上条は緊張気味に、唐揚げを食べる。
嬉しいはずなのだが、味はよくわからなかった。


と、そんなところを見られた訳で。
上条は、現在、体育教師である黄泉川愛穂に揶揄されていた。

「彼女じゃん」
「そういう感じじゃないです」
「照れなくても良いじゃんよ」
「その、…幼馴染です。大切ですけど、恋人じゃないんで」
「ふーん? 若いってのは良いじゃんねー?」

にやつく黄泉川。
気まずさに視線を彷徨わせる上条。
事実、上条とフィアンマは恋人ではない。

「…、…」

再認識した現実。
そして。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
自分が彼女と恋人になるつもりがないことに、上条は閉口した。

「も、もう予鈴なるんで! それじゃ!」
「走ると転ぶじゃんよー」

走り出す上条。
何から逃げているのか、上条はわからなかった。


一方。
フィアンマはというと、ちょっと茶目っ気のある女子学生に揶揄されていた。
具体的に言うと、タコの写メを見せられているのであった。
イタリアにはタコを使った伝統料理があるが、十字教では歓迎されない。
ローマ正教によって育てられた彼女は、とかく、タコが苦手だった。
上条と過去一緒に行った水族館でも、タコからはかたくなに視線をそらしていた程だ。

「…デビルフィッシュ……」
「タコのぬいぐるみとかもだめなの?」
「…好かん」

あの触手がもう嫌なのだ、と彼女はぶんぶんと首を横に振る。
女子は笑って話題を変え、フィアンマに話しかけた。
化粧だとかお洒落の話はうまくついていけないものの。
恋の話だけなら、どうにかついていけそうだった。

「好きな人っているの?」
「もしかして上条くん?」
「……」

攻撃的な言い方ではないものの、圧力のようなものを感じる。
うぐ、と言葉に詰まり、視線を逸らしている内に、チャイムが鳴った。


目が合った上条は、どこか浮かない顔をしていた。


「じゃ、一緒に帰るか」
「そうだな」

上条に誘われ、フィアンマは立ち上がる。
そのタイミングで、残念なことに、上条の携帯が震えた。
確認してみれば、いつも通り、『仕事』についての命令。

「……」

もしもフィアンマが隣にいなければ、上条は舌打ちしていただろう。

「ごめん。バイト入っちゃったから、先帰ってもらって良いか?」
「ああ、それは構わんが」
「本当、ごめんな。今日は早く帰れるように頑張るから」
「ん。…いってらっしゃい」

寂しい気持ちを我慢して、フィアンマは教室から出る。
出たタイミングで、今度は彼女の携帯電話が震えた。
慌てて外に出、通話に応答する。

「もしもし」
『よォ。……今日、時間あるか』
「ああ。この後はもうずっと暇だよ」
『ン。…ちょっと付き合ってほしい場所がある』
「わかった」

通話を終える。

通話相手――― 一方通行との待ち合わせ場所へ向かい、フィアンマは歩き始めた。



(……あれ?)

御坂美琴は、帰り道をぶらついていた。
今日はゲームセンターへ行こうか、お菓子専門店を見て回ろうか。
色々と考えを巡らせていた彼女の視界に、とある人物が目に入った。

昨夜も自分を抱いた少年―――上条当麻。

特別特筆することのない、平凡な見目をした少年。
一万人近い妹達を救ってくれた、美琴の想い人。
未だに告白は出来ていないし、これからも出来ないだろう。
だけれど、美琴は彼が好きだった。そして、ちょっぴりからかいたかった。

(何処行くんだろ?)

裏路地へ向かい、彼は歩いている。
何だか、いつもと様子が違うように思えた。



路地裏。
美琴は注意しながら、上条を探す。

そして。

彼を見つけた。

「今日はこいつで終わりかな、と」

彼は。
血に手を染めていた。
つまらなそうな笑みを浮かべ、死体を蹴っていた。

「…………え?」

美琴は、思わず学生鞄を取り落とす。
トサリ、という音が、上条を振り向かせた。

「………美琴」
「ぁ。……な、に。してん、のよ。アンタ…」
「……」

美琴の喉が、嫌な緊張に干上がる。
かたかたと体は震え、うまく言葉をすんなりと放てない。

上条は、困ったように笑んだ。

「何って。人殺しに決まってんだろ?」


フィアンマは、一方通行との待ち合わせ場所へついた。
つくなり、手渡されたのは缶に詰められたアイスミルクティー。

「すまないな」
「ン。……」

無言で、彼は歩き出す。
開封し、ありがたく飲みつつ、彼女は一方通行についていった。



辿りついたのは、病院の一室。
空き缶をゴミ箱に捨て、フィアンマは彼を見やった。

「誰かの見舞いか?」
「…この間のガキだ」
「そうか」

その説明だけで理解したフィアンマは、薄い笑みと共に頷いた。
そっとドアに手をかけ、ゆっくりと開ける。
そこには天真爛漫そうな少女が座り、暇そうに脚をパタつかせていた。
彼女はドアが開いた事に気がつき、二人を見るなり明るい笑みを浮かべる。

「一方通行と……お母さん(仮)! ってミサカはミサカは呼びかけてみる」

何やらとんでもないあだ名が付けられている、とフィアンマはほんの少しだけ渋い顔をするのだった。

乙。上フィアのギクシャク感、一方さんの超不器用さといい、描写が繊細、丁寧でいいな

一方さんはフィアンマさんと『親友』になればある意味幸せにはなれるんじゃないかな…というかみこっちゃん、それセフレかオナホ的あつかry

かなり昔に読んだ本の『登場人物が、全員100%のハッピーエンドはあり得ない。誰かのハッピーエンドは誰かのバッドエンド』をふと思い出したわ(なんだったかは忘れたけど)




めっちゃ関係ないけどフィアンマさんカラオケで第九とかハレルヤ、もろびとこぞりてとか聖歌、オラトリオ系歌いそう


今回はここまで。

恋愛感情

美琴→上条
フィアンマ→上条
一方通行→フィアンマ

友情

フィアンマ→一方通行

依存

上条→←フィアンマ
一方通行→フィアンマ
打ち止め→フィアンマ

という感じになっております。

再び乙。投下中にすまんかった…リロったら投下されてたとか笑えねぇ…


いやまさかこのタイミングで更なる投下があるなんて思わなくて


フィアンマちゃんの歌で世界が救える(確信)
修羅場へ向かっていきますが、まだほのぼのターン。

(かまちーの親族というレスを久々に頂いた)



















投下。


これは、夢だ。
学校帰りに疲れがたまっていた自分の見ている、白昼夢なんだ。
そう、きっとそうだ。

私はきっと、疲れていて。
学生寮に帰るなり、眠っているんだ。
それで、余程疲れているものだから。
そして、妹達のことを考えていたものだから。
だから。…だから、こんな光景を見ているのだ。
こんなことが現実にある訳ないじゃないか。
妹達を救ってくれた優しいヒーローが、人を殺して笑っているなんて。

「何だよ。そんなに怯えなくても良いだろ」
「………どうして」
「何が」
「何で、こんなことしてんのよ」
「仕事だから」
「し、ごと?」
「バイトみたいなもんだよ。金が欲しくてさ」
「……」
「美琴だし、今回は見逃すからさ。早く出て行ってくれ。
 だから前々から言っただろ、裏路地は危ないから入るなって」

スキルアウトに絡まれたところへ介入してきた時。
彼は幾度もそう言っていた気がする。

美琴は真意を見抜くべく、上条の顔を見つめる。

いつも通りの表情に思えるけれど。
非日常に日常を持ち込まれた上条は、動揺していた。
美琴に少しばかり情を移していたこともあり、哀しい気持ちはあった。


「……アンタ、喜んで…やってる、の?」

そんなことはない。
上条だって、やめられるならやめたい。
だが、やめればそれはそれで制裁がくる。
一度始めれば抜け出せない、それが暗部というものだ。
だから、これまで暗部を卒業してきた人間は全員死亡している。
自分だけが死ぬならともかく、フィアンマが狙われたらと思うと尚更やめられない。
だが、それを美琴に説明する義理は存在しない。
上条は笑みを深め、暗部を仕切る男にふさわしい嫌な笑顔で言う。

「当たり前だろ?」

楽しいよ、と両手を広げる上条。
それは、実験中の、かの第一位より余程邪悪に見えた。
美琴は、そんな上条に対して鋭く言う。

「見え透いた嘘ね」
「嘘じゃねえよ」
「嘘よ」

願いではなく、ようやく現実を認識した上で、美琴はそこを譲らなかった。
学生鞄を拾う事もせず、上条に近づき。
彼よりも低い身長で、やや背伸びし、彼の体を抱きしめた。

「……何かに怯えてる顔、してるじゃない」


フィアンマと一方通行は、見舞い客用のパイプ椅子に腰掛ける。
打ち止めは余程退屈だったらしく、現在の彼女自身の状況について説明してくれた。

一方通行のことを覚えていること。
ミサカネットワーク上に記憶をバックアップしてあること。
フィアンマが助けてくれたことも覚えていること。

「光に包まれている時、何だかお母さんのお腹の中みたいだった、ってミサカはミサカは経験があるかのように言ってみる。
 このミサカは培養基によって作られたけど、あの時産まれ直した感じなのかも、ってミサカはミサカは哲学的に言ってみたり」

一度は救われず、あのまま人として生きられずに終わったはずの人生。
フィアンマの行使した奇跡によって人としての思考能力を取り戻した打ち止めは、そう言った。
だからこそ、彼女をお母さん(仮)などと呼んだのだ、ということも。
なるほど、と納得し、それでもやっぱり16歳で母親というのは、とフィアンマは苦く笑い。

(確かに聖処女マリアは13歳程度で神の子を産んだとされているが)

人は皆神の子なので、産んでいようが産んでいなかろうが突き詰めれば打ち止めがフィアンマの子供でもおかしくはないのだが。
ないのだけれど、やっぱり彼女もまだ少女なので、そこまで本質的に受け入れるには時間がかかる。

「…アクセラータとは、幸之助のことか?」
「へ? 幸之助ってどなた、ってミサカはミサカは首を傾げてみる」

四つの瞳が自分を捉え、気まずい気分になる一方通行。
視線を逸らす彼は、素性を話すべきだろうと腹を括った。
彼女ならきっと、それでも自分を拒絶しないだろうと信じた上で。


暗喩などは使わず、自らの素性を話した一方通行。
打ち止めが補足をする形で、"実験"についても真実が露呈された。
断頭台に立つ死刑囚のように、一方通行は沈黙している。
打ち止めは多少フォロー的な発言をしながらも、妹達の司令塔として彼のことは許さないと言っていた。
フィアンマは黙って聞いた後、何と反応すれば良いのか困っていた。

彼女は元々、ローマ正教最暗部に居た人間だ。
死ななければならない、生きなければならない。
そういった命のやりとりについても幾度も見ている。
一方通行と打ち止め、及び妹達の悲劇など、世界クラスに比べればちっぽけなものだ。
フィアンマならさほど悩まずに『殺す』『殺さない』を決められる程に。
確かにそれは悲劇なのかもしれないが、終わった以上、自分が何かをすることでもないと感じる。
"その程度のこと"でフィアンマは打ち止め含む妹達に同情しないし、一方通行を軽蔑することもない。
ただ、皆、運が悪かったのだな、とぼんやり思ってあげる位だ。

「……大変だったようだな。だが、もう終わったことなんだろう?」

慰める必要性は感じなかったので、フィアンマは首を傾げる。

「生き残った者は人生を楽しめば良い。
 幸之助は――― 一方通行は、負い目に思うのならその妹達とやらを守ってやれば良い」

打ち止めも含めて、と彼女は言った。
それ以外に、今後、皆が納得する未来などありそうにもなかったから。

「俺様は友人に死んで欲しくないし、妹達とやらも特段それを望んでいないのだろう。
 それに、死ねば罪がなかったことになる訳でもないしな。贖罪は生きて行なうものだよ」

元聖職者らしくのどかに言って。
フィアンマは僅かな眠気を堪え、伸びをした。


一方通行は、沈黙のままにフィアンマの発言を聞き、態度を見て。
予想以上の優しい(ある意味厳しいのだが)反応に、安心していた。

「……何か買ってくる」

立ち上がる彼に、打ち止めは甘いジュースをねだった。
面倒そうに相槌を打ち、一方通行は病室から出て行く。

「……ありがとう、って、ミサカはミサカはお礼を言ってみる」
「んー?」
「ミサカ達がやめてほしいと言えていたら、あの人はやめていたかもしれない。
 きっと、これからあの人は罪の意識に悩まされてしまうんだと思う。 
 ……でも、あなたがいれば大丈夫そう、ってミサカはミサカは判断してみる」
「憎んではいないのか」
「そこまで複雑な情緒が発達してない感じかな、ってミサカはミサカは苦笑いしてみたり」

あの実験に関してはお姉様<オリジナル>以外皆加害者だ、と打ち止めは言った。
ただ、罪の比重が一方通行に大きいというだけで、それは自分も背負うべきなのだと。
強い覚悟だな、とフィアンマは思った。本来、幼い子供が背負える重さではない。

「……うん、やっぱりお母さんっぽいってミサカはミサカは再認識すると共にアタックしてみたり!」
「な、」

幼い少女はベッドから抜け出し、フィアンマに抱きつく。
にこにこと天真爛漫で悪気の無い笑みを浮かべる彼女は、フィアンマに懐いているようだった。


フィアンマは、親の顔を知らない。
産まれてからずっと塔の上へ幽閉されていたし、魔道書が父母のようなものだ。
だから、幼い子供に対して、フィアンマは冷たくしたくない、と思う。
それはきっと、自分が両親の優しさを受けられなかったから、だろうとも。
自分と同じような孤児を見ると、同情を覚えずにはいられない。
そんな心優しさを持っているからこそ、彼女の能力は『強制善意』なのかもしれない。

「あったかい、ってミサカはミサカは呟いてみる」

膨らみは残念ながらないが、フィアンマの胸元に顔をうずめ、打ち止めはそう言った。
フィアンマは手を伸ばし、やや慣れぬ様子で打ち止めのさらさらとした髪を撫でる。
子供特有の痛みの無い髪。エンジェルリングと呼ばれる輝きを、病室のライトが創造していた。

「……」

ガラガラ。

ドアを開けた一方通行は、暫し停止していた。
ドアを閉めて帰ろうかと思った彼だったが、打ち止めの手招きに従ってやる。

(何やってンだ)

ため息をつかぬよう飲み込む。
買ってきた三本の缶を枕元、見舞い品用スペースへ置く。

「ふふふ、とミサカはミサカは悪どい笑みを浮かべてみたり」
「…あン?」

打ち止めは手を伸ばし、一方通行を引っ張った。
フィアンマの前ということもあり、反射を解いていた彼はバランスを崩す。
転ばないように咄嗟に手を突き出せば、フィアンマに抱きつくような形になる。

打ち止めを挟み、フィアンマを抱きしめた状態で。

一方通行は羞恥と緊張に固まった。

「な、ァ、」

言葉が出てこない。
対して、フィアンマはくすくすと楽しそうに少しだけ笑った。

「俺様が母親で打ち止めが娘なら、お前は父親のようだな」
「この人が居なければミサカ達は廃棄だったことを鑑みると正にお父さんかも? ってミサカはミサカは首を傾げてみる」


『超能力者<レベル5>』とは扱える能力が特異、制御が出来ている、などといろいろ条件があるのだが。
その中でも、『自分だけの現実』の強固さもなかなか重要な判定基準となっている。
『自分だけの現実』の観測が可能ということは"まともな現実から切り離されている状態"という一種の精神障害と同義でもある。
だからこそ超能力者は全員揃いも揃って人格破綻者、などという噂がなされる程に。
事実、一方通行の精神はだいぶ破綻しているし、異常ではある。

一瞬で、彼女との家庭風景を想像してしまう程度には。

彼女には好きな人がいるし、自分なんかでは(罪深くて)不釣り合いだとわかっているのに。
彼女の今さっきの言葉は冗談で、打ち止めもそれに便乗しただけだと知っているのに。

『ン、ただいま』
『お帰り、幸之助。食事はもう出来ているが、打ち止めはもう眠っているよ』
『そォか』
『ああ、風呂の準備もしてある。ご苦労だったな』
『……ン』
『それで』
『?』
『お帰りとただいまのキスは、しないのか』

「……バッカじゃねェの。付き合ってらンねェ」

冷たく言い放つ一方通行だったが、その顔は僅かに、ほんの僅かに、赤かった。
冗談を本気にしなくても、と笑う彼女は、気づかない。
幼い少女は一方通行の様子を見つめ、ぴょん、とアホ毛を揺らすのだった。


「アンタが辛いなら、私が助ける。
 助けを求められないなら、私が飛び込む」

暗部の仕事なんて、辛くないと思っていた。
いいや、そう自分へ言い聞かせなければやっていけないと思っていた。
彼女を守るためなら、いくらだって戦えると、傷つけると。

自分が泣けば、彼女は泣かなくて済む。
自分が制限されれば、彼女は自由に生きていける。
自分が苦しめば、彼女は苦しまなくて済む。

そう思っていた。

(……ああ、そうか)

彼女のためと言いながら。
結局は、彼女のために努力している自分が大事になっていたのかもしれない。
彼女のために苦しんでいれば、努力をしていることになっている気がして。

「……美琴」
「私の時、アンタは無理矢理に介入してきて、……救ってくれた。
 私だけじゃない、妹達も。だから、今度は私が助ける」
「……、」
「アンタがどういう理由でこんなことをしているのかは知らないけど。
 でも、好きでやっているようには、どうしても思えない。苦しそうにしか見えない」

酷いダブルスタンダードだな、と上条は思う。
妹達を殺した一方通行は許せなかったクセに、自分のことはどこまでも信じてくれるだなんて。
それでも、それが本当に人を好きになるということなのだろうな、とも思う。

フィアンマのことは大切だ。
大事で、大切で、かけがえのない存在だ。

けれど。
これはきっと、恋の類に分類される愛情じゃない。
それはむしろ、きっと。

「もうこれ以上、一人もアンタに殺させない。
 これ以上、アンタに手を汚して欲しくない」

だから、助けさせて。

少女の言葉は、かつて疫病神と呼ばれた頃のように、少年の心に染み込んだ。
殺人のストレスで知らず知らず滅茶苦茶になっていた彼の心は、美琴に満たされた。



今こそ。





――――優先順位は、変わる。





「付き合おう、美琴」
          学園都市最弱―――上条当麻




「な、何でそんな急に、………も、もちろん良いけど」
                         学園都市第三位―――御坂美琴




「………ろして、やる」
            『強制善意』―――フィアンマ


  


今回はここまで。

乙。

これもう当初の予定変更して上琴、一フィア+打ち止めにして、年食った後の30代頃にあれはあれでいい思いでだったみたいにしたら全て丸く納まるんじゃ

フィアンマ「(魚を三枚にお)ろしてやる」だったりしたら面白いのに


『――――どれだけ遠回りしたとしても。必ず、当麻が俺様のところへ帰ってきますように』



















投下。


「ありがとう」

上条の礼の言葉に。
美琴は、やはり断るのか、と唇を噛み締める。
自分を救ってくれた人の助けになりたいと思うのは、普通のことだ。
美琴は酷く人間的な少女だった。
上条がダブルスタンダードだと感じたのは無理もない。
美琴自身も、妹達の死と上条が殺害した相手の死を同一視出来ない自分が嫌だった。
けれど、それ程までに、身勝手過ぎる考えになる程、上条のことを好いていた。

「とう、」

当麻、と思わず言いかける。
上条は凶器に付着した血液を拭き取り。
身を少しばかり清めてから、彼女の体を抱きしめた。

「……ありがとな」
「……、…私、は。アンタの力に、」
「美琴」

上条は、美琴の言葉を遮る。
ぎゅう、と抱きしめたままに、真面目に告げた。

「付き合おう、美琴」
「……え?」

美琴の気持ちがわかっただけで、伝わっただけで。
上条がうっすら抱いていた恋愛に似た感情へ気づくのは簡単だった。

「な、何でそんな急に、………も、もちろん良いけど」

ごにょごにょと応える美琴。
上条は、彼女を抱きしめながら、暗部を抜け出す決心をした。


九月三十日。
一方通行は、退院した打ち止めと共に生活をしていた。
保護者役となっているのは、芳川桔梗―――及び、その友人である教師、黄泉川愛穂だ。
警備員(アンチスキル)のツテで黄泉川が借りているマンションはセキュリティが抜群のようである。
とはいえ、時折セキュリティの方式が変更されるらしいのだが。

「…チッ。何処行きやがった…」

打ち止めは見当たらない。
フィアンマと、あの少女へ贖罪をすることを約束した。
それに、あの少女は自分へ笑いかけてくれる貴重な存在だ。
なので、探さなければならない。

「……あン?」

捜している内に、雨が降りだしてきた。
徐々に雨の勢いは増していくが、反射をすればどうということはない。

「……あのガキ」

お使いの話題になった途端、子供用財布を持って飛び出して行ったようだ。
まったくどこにいるのだろう、と一方通行は面倒そうにガシガシと頭を掻く。


学校帰り。
傘を忘れてしまったフィアンマは、仕方なしに雨宿りしつつ家へ向かっていた。
向かっていたはずなのだが、雨宿り場所を転々としている内にルートがズレこみ。

(そういえば、当麻は何も言わずに帰ってしまったな)

何か用事でもあったのだろうか。

思いながら、ゆっくりと歩く。

コツ、コツ。

順調に刻まれていた足音。
フィアンマは、不意に立ち止まる。

彼女の視線の先には、二人の男女。

ツンツン頭の少年と。
お嬢様学校の制服を着用した茶髪の少女。

二人は手を繋ぎ、幸福そうに歩いていた。

「ホテル、行くか? もう、これからは俺が出すからさ」
「別に私が出すわよ、それ位」
「前とは違うんだから、ダメだ」
「……そ、そうね。…今のアンタと、私は」

どこか、遠い出来事のように感じる。

「恋人、なんだもの」
「……だよ、な。お前のお陰で、"バイト"やめられたんだし」


上条が暗部から抜け出すにあたって、代償は金銭だった。
多額の金など用意出来なかった彼の代わりに、美琴が用意したものだ。
札束を受け取って、『電話の男』は上条の解放を許可した。

それと同時に。

上条は、美琴を愛する他なくなった。
ここまで尽くされてしまっては、こちらとしても尽くすしかないからと。
身勝手と自分勝手が生み出した結果。
本当に大切なものを守る、そんな自分が好きだったと気がついた少年の末路。

後二日経過したら。
きっと、フィアンマに別れと謝罪を告げよう。
クラスにすっかり馴染んだ彼女なら、きっと自分が居なくても幸福になってくれる。
自分はもう、彼女を守らなくたって大丈夫だろう。

上条当麻は、そう思っていた。

今謝らなくたって、別れなくたって、たかが後二日。

それこそが誤りであったことにも気づかずに。


「………」

雨が、赤い髪を濡らしていた。
長い赤髪は雨に濡れ、蜘蛛の糸のようにフィアンマの頬や首へ張り付いていた。
雨が酷い為か、ここにいるのは、フィアンマとひと組のカップルだけ。

『フィアンマと暮らしていくためには必要なバイトなんだ』
『だから、やめられないんだ。ごめん』
『そりゃ、俺だってフィアンマのことは好き、だけど。 
 …だああもう、何で急にこんな恥ずかしいこと言う流れになってんだよ!』

脳裏に蘇るのは、上条の言葉だった。
勢いをやや増した水が、フィアンマの顔を濡らす。

「………」

立ち尽くしたまま。
フィアンマは、無意識の内に言葉を漏らしていた。

「……そ、だ」

嘘、だ。
嘘つき。
嘘に決まってる。
こんなの、夢なんだ。
悪い夢だ。
こんなの知らない。
知りたくない。
何も見ていない。

目の前で、少女は腕を組んでいる。
上条は照れ臭そうに笑って、それを受け入れる。

「ぁ、」

手足の先から、身体が冷えていく。
雨に打たれているせいではなかった。


「…っ。フィアン、マ」

ふと。
振り向いた上条が、驚愕の表情を見せた。
美琴も同じく振り返り、しかし、二人の関係を知らぬ為、特に表情を浮かべることはなかった。

だけれど。

フィアンマには。
美琴のその整った顔立ちが、自分を嘲笑っているように思えた。

告白せず、関係を変化させなかった臆病者。
お前が私の位置に立つことなど、もう二度とない。
当麻の隣は、これから先ずっと、私だけのもの。

一言も発していないし、美琴は侮蔑の視線など向けていない。
これは全てフィアンマの被害妄想による幻聴のようなものだ。

だが、許せなかった。

上条の隣で笑って、幸福そうに。
彼の恋人と認められた少女がいることを。

「………ろして、やる」


『人払い』の術式すら忘れた。
フィアンマはただ、無表情で、二人を見据える。
敵対目標を美琴に設定した上で、『聖なる右』を顕現させた。
細い肩から現れ伸びた、靄の様な巨大な腕。
術式を行使すればどうなるかすら忘れて、フィアンマは右手を振った。

一瞬の閃光の後。
美琴の少女らしい華奢な身体が、数メートル程吹っ飛ばされた。

勿論、彼女とて無防備に飛ばされる訳もなく。
砂鉄を操ってクッションにし、事なきを得る。
だが、その体には何発ものボディブローを受けたかのような重い痛みがあった。

「ま、待て!」
「待たない」

上条の制止が癪に障る。
フィアンマは懐からチョークを取り出し、空中へ文字を綴った。
黄金の膜を通した雨は熱湯となり、美琴と上条を襲う。

「ッ!!」

上条は咄嗟に右手を突き出した。
美琴への被害がなくなったところで、気がつく。

美琴が、居ない。


一瞬にして距離を詰めたフィアンマが,美琴の襟首を掴み、壁へ叩きつけていた。
いつもは力のない細い腕も、天使の力を適切に封入すれば人の頭を潰せる程の握力を秘める。
美琴は手の平からちりちりと電流を放出し、フィアンマへ反撃しようとした。

だが。

出来ない。

「う、……」

まるで。
自分が心から大切に思う後輩、白井黒子を相手にしているように。
自分が恋人としてこよなく愛する上条当麻が、真剣な視線を向けてくれている時のように。

攻撃したくない。
相手を大切にしたい、という美琴本来の優しさや良心が発揮される。
フィアンマの能力によって刺激され美琴の良心が、優しい強さが、反撃を許さない。


一方。
反撃を受けていないにも関わらず。
フィアンマの体は、血まみれだった。


超能力者には、魔術は使えない。
正確には、使えば使う程、死の確率がはね上がる。
薬物乱用と同じで、一度目で死ぬ恐れもある。
能力開発を受けた人間と、一般人では脳の回路が違う。

「……」

体中から血液を滴らせ。
血液を吐きだしながらも、フィアンマは美琴を殺すまでその手を止めるものかと思っていた。
上条はフィアンマに暴力を振るうことができない。そして、説得で止めるには時間が足りない。

故に。

上条当麻は、覚悟を決めた。
たとえこのたった一つの嘘で彼女が再起不能になったとしても。
彼女に人を殺させないために、残酷な嘘を吐こうと。
これ以上魔術を使わないよう、彼女自身が傷つかないよう。

「フィアンマ」

金色の虚ろな瞳が、上条を見た。

「別れよう」
「……」
「さよならだ。ごめん。でも、約束は破棄だ。もう、ずっと一緒になんていられない」
「当、」
「美琴のお腹には、俺の子供がいるんだ」

嘘だった。
だが、その一言はフィアンマの攻撃をやめさせるに適した言葉だった。


フィアンマは、親の顔を知らない。
だから、よほどの人でなしでない限り、子供には親が必要だと考えている。
その考えから、彼女は妊産婦に優しく、両親が居る人間を羨ましいと思う。
決して叶えられなかった両親の愛情。
それは、自然と失われることはあっても、他者が奪って良いものではない。

「……」

涼やかな目は、美琴の下腹部を見た。
真っ平らだったが、妊娠して日が浅いのであれば、膨らみはないだろう。
恐らく、上条の態度がぎこちなくなったあの日、彼はこの少女と性行為をしたのだ。

どうしたって。
フィアンマは彼女の生い立ちが変わらない限り。
美琴の子から、美琴を奪うことが出来ない。

「……」

ふらふら、と彼女は後ずさる。
多量出血で視界が歪み、そのまま、ぺたん、と地面にへたりこんだ。
雨が血液を洗い流していくが、それでも尚出血は止まらない。

(これで、いいんだ)

彼女は幸運だ。
恐らく死なないだろうと判断してしまい、上条は美琴を抱え起こす。
そうして、こんな割り切った態度を取る自分の醜さに反吐が出た。

あんなにも彼女のことを大切にしていたくせに。
それは、彼女が自分に害を及ばさなかったから、だなんて。

「……、」

へたりこんだまま、じわじわと目に涙を溜め、フィアンマは唇を噛む。

「…ひくっ、」

喉が鳴った。
我慢しようとは思うのに、今度ばかりは、涙を堪えきれない。

ずるい。
自分だって、頑張ったはずだ。
上条の好きな料理を作った。
上条の好きな髪型をした。
上条が笑ってくれるように努力した。

なのに。
どうしてあんな、幸福そうな、何でも持っていそうな少女が、かっさらっていくのだろう。

「ひくっ、っう、うう、あ、うあああああ……!!」

彼女が泣いている。
上条は、条件反射的に彼女へ手を伸ばそうとして。









足音が、聞こえた。


血の臭いがする。
一方通行は眉を寄せ、臭いは反射せずにゆっくりと近づいた。
打ち止めに万が一があったかもしれない、と判断しての行動だったが。

「……、…な」

言葉を喪った。

そこには、一人の少女がへたりこみ、血まみれで泣いていた。
ツンツン頭の、かの妹達を救った少年が、オリジナルを抱き起こしている。
学園都市第一位の優秀な頭脳は、何となしに状況を掴む。

恐らく、この少女はあのヒーローが好きだった。
だが、ヒーローは彼女ではなく、オリジナルを選んだ。

納得がいかないのは、彼女が血まみれであることだ。
勿論オリジナル―――御坂美琴も傷だらけではあるものの。

「何で、だよ」

ぽつり。

呟いて、一方通行は歯ぎしりをした。
一万人近い妹達を救ったヒーローが、何故無傷で。
一生懸命人の為に微笑める彼女が傷だらけで、血まみれで、誰にも抱きしめられることなく泣いているのか。
ああいうヒーローは、強者―――超能力者<レベル5>であるオリジナルなどではなく、彼女を抱きしめるべきではないのか。


「ふざ、けンじゃ、ねェぞ」

怒り。
それだけでは済まぬ感情。
一方通行は足元をつま先で軽く叩いた。
コンクリートの弾丸が、上条と美琴を襲った。
上条は右手を突き出し、弾丸を防いだ。

「一方通行…?!」
「……」

本音を言えば、徹底的に殺してやろうかと思った。

それはフィアンマが現在襲われているマイナス感情による能力が引き起こした一方通行の情動。

とも言い切れない。
一方通行は今現在、本心からフィアンマを好きでいるから。

あの二人をぶっ殺してやりたい。

だが、それ以上に、一方通行はフィアンマの怪我の方が心配だった。
何をどうされてこんなことになっているのかはわからないが、死ぬのではないかと不安になった。

「……力抜いてろ。腕は…回せねェか」

一方通行は、彼女の体を抱え上げた。
多量の出血で体に力が入らないのか、ぼんやりとした表情を浮かべ。
フィアンマは彼を見上げ、困ったような笑みを見せ、掠れた声で言った。

「…………死んで、しまいたい」

未だ止まらぬ血が、泣き疲れた彼女の涙の代わりのように見えた。


今回はここまで。


もう……NTRは……終わったんだよね……?














投下。


腕の中のぬくもりは、すぐに消えてしまいそうだった。
他者の死は、一方通行にとってはどうでも良いことだったはずだ。
それなのに、まるで自分が死んでしまうかのように。否、それ以上に。
もはや、あのヒーローたちに関わっている時間など微塵もない。
一方通行は地面を蹴り、壁を蹴り、病院へ向けて走る。
息を切らし、注意を払い、懸命に。

反射を解除している手で、彼女の体に触れる。

傷だらけの体をしっかりと抱えているから、一方通行の手は血まみれだった。

「死ぬンじゃ、ねェぞ」

一歩でも早く前へ進む。

傲慢な、命令的な口調なのに。
何故だかその言葉は、懇願しているように聞こえた。


「それでね、炊飯器ハンバーグの作り方をマスターしたの、ってミサカはミサカは報告してみる」
「上位個体、それはミサカネットワークを通じて既に得ている情報です、とミサカは指摘します」
「細かいことばっかり気にしないのー、ってミサカはミサカはむくれてみたり」
「その行動は異性には効果的でも同性は単純にムカつくだけです、とミサカは」

病院で会話をしているのは、同じ顔をした歳の違う二人の少女。

片方は10歳程度―――ミサカネットワークの司令塔である、ミサカ20001号。
もう片方は14歳程度―――ミサカネットワークの一員である、ミサカ10032号。

彼女達はとりとめもない話をしつつ、缶ココアを飲んでいた。
10032号は現在、冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)の下、病院で看護師の手伝いをしている。
打ち止めはおつかいをしようと飛び出したは良いものの、買うものを聞きそびれ、病院へ暇つぶしに来たのだった。

ガッ、という音。

勢い良く、救急病棟のドアが強引に開けられた。
鍵を壊すような勢いに、10032号はそちらへ視線を向けざるを得ない。

入ってきたのは、白い少年だった。
黒いTシャツも、白い両手も、頬も、赤黒く汚している。
彼の細い腕に抱かれているのは、色の白い少女だった。
妹達は、彼女のことをよく知っている。
何しろ、打ち止めを救った少女なのだから。

「そ、その怪我は…? ってミサカはミサカは、」
「退け」

冷たい一言だった。
一方通行は10032号を見やり、冥土帰しは何処だと迫る。
戸惑いながらも、10032号は職務を全うすべく、居場所を答えた。
一方通行は教えられた情報に従い、その部屋へと駆ける。


「…何、だったの?」

げほげほ、と噎せ。
雨に濡れて額に張り付く前髪に、美琴は不愉快そうな顔をした。

「何アレ。当麻の元カノか何か…?」

息を吸い込み、吐きだし。
落ち着きを取り戻した美琴は、上条を見る。
彼はというと、世界の終わりを迎えたかのような表情を浮かべていた。

「ちょ、ちょっと大丈夫!?」
「……あ。………ああ、大丈夫だ。美琴は、怪我は? 
 病院、行くか?」

美琴の手のひらが背中をさすり。
はっと思考の海から現実へ引き戻された上条は、そう問いかけた。
美琴は戸惑い、少しだけ迷った後、こくりと頷いた。


「危ないところだったね?」
「…結果はどォなンだよ」
「勿論、命に別状はないね? 治療は済んでいるからね?」

医者の口調はのどかだったが、それは自信に基づいているものだ。
命に別状はないと聞き、一方通行の肩の荷が降りる。
ようやくデフォルトの反射を展開して、血液を払った。

「体中の血管がボロボロに傷ついていたね?」

まるで薬物乱用を一瞬にして数十回繰り返したかのようだ、と彼は称する。
あのまま出血が止まらなければ死んでしまっていただろう、とも。

「……病室は」
「ふむ。少し待っていてほしいね?」

医者はノートを捲り、病室の番号を告げる。
立ち上がり、早速向かおうとする一方通行を、呼び止めた。

「彼女の病状で問題なのは、むしろ―――」
「…あン?」
「身体的な傷よりも、精神的なものだね?」


ドアへ、そっと手をかける。

「…入ンぞ」

うんともすんとも、返事がない。
しばらく待ってみても、まったくない。
もしかすると寝ているのかもしれない、と考え。
一方通行はさほど躊躇せず、ドアを開けて中へ入った。

フィアンマは、起きていた。
その身を包帯まみれにして。
髪は治療中か治療後か、軽く拭いたらしい。汚れはほとんどない。
血液の臭いは消毒液の臭いで上書きされている。

彼女はぼんやりと、窓の外を見ていた。
現実から逃げるように、何も見ていなかった。

「……オイ」

声をかけてみる。
彼女は僅かに反応して、一方通行を見た。
どこか、抜け殻のようだった。

「………ああ。幸之助、か」

彼女自身は、どうやら笑みを浮かべているつもりらしい。
らしいのだが、それはただ顔の筋肉を歪めているだけに過ぎなかった。
微笑というよりは、泣き出す直前の表情にしか見えなかった。


"笑顔のつもり"が、痛々しかった。

冥土帰しの判断は適切だっただろう。
彼女の精神は、自滅した身体の傷より、余程深刻な痛みを発していた。
八つ当たりすら通り越して、茫然自失。

もし。
もしも、後少し早く、上条が自分の口で別れの言葉を告げてくれていたら。
好きな人が出来た、恋人が居る、そう教えてくれたなら。
目にして初めてしった真実でなければ、彼女は飲み込めたかもしれない。
その痛みは心身を灼いたかもしれないけれど、我慢出来たかもしれない。

「……当麻は、悪くない」

ぽつり。

諭すような口調だった。

「あの少女も、悪くない」

言い聞かせるような語調だった。

その声は震えているし、今にも叫びだしそうなものなのに。
こらえる必要のない激情を堪えて、彼女は一方通行を見つめる。
泣き顔のようなぎこちない微笑は、浮かべたままに。

「全部、俺様が悪いんだ。だから、…あの二人のことは、放っておいてやれ。
 わざわざ病院まで運んで来てくれて、感謝する」

ありがとう。

掠れた声だった。
一方通行は、内臓が締め付けられるかのような苦痛に、こらえる。


「オマエは、悪くねェだろ」
「いいや、…一番悪いよ」

当麻の想いに気がつけなかった。
告白を先延ばしにしてきた。
あの少女に暴力を振るった。
当麻から別れを告げられた。

全部が全部自業自得だ、と彼女は言った。
二人を恨むのは間違っているのだと。
自分が全部悪いのだから、泣くのも本来おかしいと。

そんな考えこそがおかしい、と一方通行は思う。
彼女の語る内容から推測すれば、彼女は何一つ悪くない。

愛する少年の帰りを、どんなに遅くても文句一つ言わずに待ち。
好きな人の好みの髪型をして、好みの料理を作って。
彼の前ではいつでも明るく努めようと、笑顔を繕って。

何一つ、悪いことなんてしていない。

少なくとも、彼女だけは無罪のはずだ。

「オマエは、悪くねェ」

今一度、一方通行はそう言い切る。

「ありがとう」

フィアンマは、自分に都合の良い優しさを、受け入れなかった。


誰の一番にもなれないなら、こんな人生に意味は無かった。
産まれてこなければ、こんなに辛い思いをしなくて済んだ。
産まれてこなくても、きっと誰も困らなかった。
ずっとずっと昔に、誰も知らない場所で不幸に見舞われて死ねば良かった。
こんな幸運さえなければ、死ねたはずなんだ。

彼女の独り言は、それでいて、一方通行の心に傷をつけていくものだった。

そんなことはない、と思う。
少なくとも、自分は彼女に出会えて、満たされた。
幸福な時間があって、この関係を大切だと思えた。
どんなことがあっても、彼女に死んで欲しくないと思った。
彼女が居なければ、物理的には何も困らなくても、心情的に困る。

自分にとって、彼女は唯一無二の存在で、たった一人、一番だ。

思うのに、言葉は出てこない。
手を伸ばせど、彼女の頭を撫でてあげるのが精一杯で、抱きしめる勇気すらない。

ガラガラ

病室のドアが、少しずつ開いた。
ぴょこ、と覗いたのは、茶色のアホ毛。

打ち止めだった。

「お、お邪魔します、ってミサカはミサカは入ってみたり」

フィアンマは、少女の顔を見られなかった。
短い交流と一度の救助で、親しいはずの少女の顔を。






―――御坂美琴の顔をしていたから。





「最終信号は何処だ」
          学園都市第二位―――垣根帝督(かきねていとく)




「もー、あのアホ毛ちゃんってばどこに…?」
                     無能力者の『空力使い』―――佐天涙子




「見捨てて、しまえば。少しは、気が楽に―――」
                       『強制善意』―――フィアンマ




「もう一度笑いかけて欲しかったな、って。ミサカは、ミサカは…思ってみる」
                                    MNWの司令塔―――打ち止め            

                       



今回はここまで。
何か展開希望や予想がありましたらどうぞ。


どうも垣根くんをヤンデレにしそうになります。悪いクセです。
これ以降は上琴成分ほとんどないので、ご注意ください(最後で描写はするつもりです)。


















投下。


結局。
あの日からあの人は口を利いてくれないな、と打ち止めはぼんやり思っていた。
正確には、どうしても目を合わせてくれないのだ。
あの日何があったのか心配だったので、下位個体へ頼み、事の次第を調べてもらった。
大体の事情を把握した打ち止めは、フィアンマへ顔を合わせ辛くなった。

自分のお姉様<オリジナル>は、自分ではない。

とはいえ、顔を見ればオリジナルが浮かぶのも無理はない。
だとすれば、自分や妹達はもう二度とフィアンマに関わらない方が良い。

理論的には、そう解答が導き出されたとしても。

「…でもやっぱり仲良くしたいな、ってミサカはミサカは呟いてみたり」

呟くなり、外へ駆ける。
学園都市最強や家主が昼寝をしている間に。

今日は、十月九日。
学園都市の独立記念日―――楽しい祝日だ。


とある少年は、面倒そうに首をコキコキと鳴らしていた。
統括理事長との直接交渉権を得る為に暗躍していた彼だったが。

「やっぱ、殺すしかねえか。それが一番手っ取り早いよなぁ」

パソコンの電源を落とし。
垣根帝督は、のんびりと伸びをした。
他に三名の仲間が居たが、足手まといになることを考えて"処理"しておいた。
他の暗部組織で都合の良かった『アイテム』メンバーとぶつけることで。
本当は暗部組織複数を巻き込んだ抗争形式にしたかったが、一人の男が滅茶苦茶にしたせいで出来なかった。
どちらにせよ、抗争で犠牲者を出してもこのような結果になっていただろう、と少年は推察する。

彼の名は、垣根帝督。
暗部組織『スクール』を率いていた、『超能力者』だ。
保有する能力は『未元物質(ダークマター)』。
暗黒物質などとは違い、本当の意味で"この世界には存在しない"物質を観測し、操る能力だ。

故に、彼の序列は第二位。

だが、それでは彼は満足出来なかった。
直接交渉権を得られると思われる位置―――第一位が欲しかった。

「さて、行くか」

くぁ、と欠伸を漏らすも、彼の瞳は冷えていた。
彼は実に暗部らしい方法で、一方通行を追い詰めようと、考えている。


午後二時。
祝日も風紀委員は大忙しらしい。
何でも、こういった休日に限って犯罪が増えるんだとか。
友人の何人かも連絡は取ってみたものの、皆約束があるらしい。

「はあ。彼氏かあ」

こういう時だけは、その響きが羨ましくなる。
かといって好きな男子は居ないし、候補は存在しない訳で。

「ナンパとか……いやでも…」

それはよろしくないような、と思う女子中学生。
彼女の名は、佐天涙子。
過去、何度か事件に巻き込まれながらも友人の為に戦ったりした心優しい少女である。
ちょっとお調子者な部分は否めないが、そこもまた彼女の魅力の一つだ。

「へいへいそこの可爱いお嬢さん、ってミサカはミサカはナンパしてみたり」
「……へっ? あ、あたし?」

もしや先程の発言を聞かれたか、と焦りつつ振り返る佐天。
そこには予想に違い、アホ毛の目立つ可愛らしい少女が立っていた。

(……あれ?)

少女を見て真っ先に頭に浮かんだのは、御坂美琴だった。
首を傾げる佐天の手を掴み、打ち止めは人懐っこそうに微笑む。

「一般的に喜ばれるプレゼント探しを手伝ってほしいな、ってミサカはミサカはお願いしてみる!」


フィアンマは病院から一時外出し、一時的に上条の家へ帰っていた。
とはいっても、長居をするつもりはない。
元々口座はしっかり分けていたし、キャッシュカード一切は手元にある。
彼女はただ、掃除をしに一旦戻ってきただけだ。

もう、約束は破棄された。

一緒にいられないのなら、一緒に暮らせるはずもない。

「……」

自分が使用したもの。たとえば、毛布。
歯ブラシ。ヘアブラシ。ハンカチやタオル。
そういったものを、次々とゴミ袋に詰めていく。
ベッドシーツも。
まったく同じ代用品は買ってあるから、怒られる心配もないだろう。

「……」

上条と二人で撮った写真も。
自分が写っている部分だけを指一本残さず丁寧に切り取り、ゴミ袋へ。
これらは全てひとまとめにして、後で燃やすつもりだ。

「……さて、」

これで済んだ。
外に出て、鍵を閉める。
後はゴミ袋に合鍵を放り込んでしまえば、全て終わり。

「………、」

終わり、だ。

彼とのことは、もう忘れよう。
元々、恋人などではなかったのだから。
同情をかけてもらって、優しくしてもらった、それだけで良い。

「……どうするか」

退院したら、どこに住もうかな。

考えながら、上条宅の合鍵をゴミ袋へ。
歩き進む先は、大型のゴミ処理オートメーションだった。


大切な人。お母さんのような人が居る、と少女は言う。
その人はとっても大事で、けれど、今はぎこちない状態で。
直接喧嘩した訳ではないけれど、顔を合わせにくくて。
だから、何かプレゼントを買って贈りたい。
だけれど、同年代には友人が居ないし、女性の知り合いは年上過ぎる。
お母さんと呼べるその人は十代半ば、当然、感性は合わない。
それでいて、自分も少々特殊な育ちなものだから、感性が合わない。
平凡そうなあなたにこそ頼める仕事なのだ。という訳でナンパしました。


………と。
以上が、このアホ毛少女のお願い兼自己紹介兼ナンパなのだった。

「"平凡そう"ってところが何となしに釈然としないけど、まぁいっか…」

どうせ初春忙しいし。

なんてぼやいて、佐天は少女に付き合ってあげることにした。
天真爛漫そうな彼女は小さな身体ですばしっこく動く。

「あっ、あれ美味しそう! ってミサカはミサカは反応してみたり!!」
「プレゼント買うんじゃなかったの!?」

たたたた、と彼女は走っていってしまう。
仕方がないなあ、と笑って、佐天は追いかけた。


やっぱり、調子が出ない。
身体の芯が抜けているような感じがする。
一時外出が許されているのは午後六時までなのだが、それより早く戻るべきか。
しかし、せっかく病院から出たのだから、せめて美味しいものを食べてから戻りたい。
病院食はまずくはないものの、完全に栄養バランス重視で物足りないし、味気ないのだ。

「……」

ゴミ袋は、オートメーションに放り込んできた。
放り込んですぐさま焼却され、灰になった。
遺伝子情報すら灰に還す炎は、どこか地獄の業火を彷彿とさせた。

「………」

彼女は、空を見上げる。
真っ青な空、君臨する堂々たる太陽が見下ろしている。
降り注がれる紫外線が肌を焼き、それでいて、風は涼しい。
十月なだけあって秋の天候なのだなあ、とフィアンマは思った。


プレゼントに購入したのは、いかにも女子学生が好みそうなメモ帳だった。
打ち止めはプレゼントを買うなり、今度は自分の目的に移ったらしく。
まだ夕方ではないから、と佐天に付き合ってもらっていた。
ファミレスの中、パフェを頬張る姿は、やっぱり。

(御坂さんっぽいよね…?)

佐天は長めのスプーンを口に含み、首を傾げる。
アホ毛を無視すれば、顔つきは御坂美琴そっくりなのだ。
ちょうど、美琴の幼少期イメージである。
もしや妹さんなのだろうか、と思う佐天。
だが、こんな元気そうな妹が居れば話題にするはずである。病弱ならまだしも。

(それとも都市伝説の……)
「はっ、あんなところにゲコ太限定ストラップだと、ってミサカはミサカはダッシュ!」
(御坂さんの、クローン……?)
「……はっ。え、えええっ?」

気がつけば、少女がいなくなっていた。
今の今まで、向かい側の席で食事をしていたはずなのだが。
どうやら近くの小物店へ行ってしまったらしい。
ただ、二軒ある内のどちらなのかはわからない。

「自由な子だなぁ……」

見目からして、小学生程度だ。
やれやれとため息をつき、佐天はパフェを食べる。
小物店を窓越しに眺めるが、わからない。

「…もー、あのアホ毛ちゃんってばどこに…?」

さっぱりわからない。

と。

「失礼、お嬢さん」

少年の声が、聞こえた。


上条当麻は、補習(こじんじゅぎょう)を終えて家へ戻ってきた。
祝日だというのに、短時間の補習とは何とも不幸である。
もっとも、彼の本日の最たる不幸は、彼女に会えなかった事、なのだろうが。

「……ただいま」

誰も居ないのに、クセで言ってしまう。

『お帰り、当麻。食事なら出来ているぞ。どうする?』

そんな声は聞こえない。
当然だ。自分がこの道を選んだのだから。
転入してきたばかりだというのに、彼女は転校願を出したらしい。
どこかの学校にさえ所属していれば、学園都市には居られる。
だが、もうこの学校には来ませんと、彼女は包帯まみれの体で言っていたそうだ。

「……っ、」

家に入って、唇を噛んだ。
写真が部分的に切り取られていた。
タオルやシーツ、毛布までもが新品に変わっている。
彼女の匂いも、痕跡も、何一つ残っていない。消えていた。

「嘘、だろ」

自分が補習へ行っている間に、彼女はここに来た。
そして、自分の痕跡を消し、置き手紙一つ無しに、消えてしまった。

自業自得。

自分が悲しむことなんかじゃないのに、上条の心にはぽっかりと穴が空いた。
とさ、と力なく膝をつく。
ご丁寧にも、彼女が過去送ってきた自分宛の手紙も無くなっていた。

「フィアンマ………」

上条当麻はここに来て初めて、自分がどれだけのことを仕出かしたか、知った。


「こういう子が何処へ行ったか、知らないかな?」

少年は、端正な顔立ちで、長身だった。
ホスト予備生とも、チンピラとも呼べる服装だ。
髪の色は明るく、笑顔は完璧過ぎて、かえって怖かった。

提示された写真には、打ち止めの姿。
先程まで一緒にパフェを食べていた、少女。
今は恐らく小物店でゲコ太グッズ辺りを眺めているであろう彼女。

(…もしかして、あの子のお兄さん?)

ふと、思う佐天。
だが、何となく違う気がする。
このオーラは、スキルアウトが自分を追いかけてくる時に出すようなものだ。
狩猟本能丸出しの、危険人物特有の雰囲気。

「見てないなー。すみません」

だから、佐天はそう答えた。
毅然として、知らないと答える。

「そっか。それは残念だ」

少年は、にっこりと笑って。


「……面倒臭ェ」

昼寝をしていて、目を覚ましたら打ち止めが居なかった。
迷子捜索係としていつも駆り出されるのは一方通行だ。

「……チッ」

打ち止めは、自分に笑いかけてくれる貴重な存在であり。
彼女との約束の象徴でもあり。
何より、自分の罪と贖いの象徴でも、ある。

「今回は何処だ……」

晴れだったのは幸いというべきか。
雨の日と違い、傘を差す面倒さはない。
それだけはまだマシな方か、と一方通行は思った。


「―――なんて、言うとでも思ったか?」

一切の音が消えた。
佐天の体は、気がつけば冷たい床に押し付けられていた。
少年の足が、無慈悲な靴裏が、佐天の肩を踏みにじっている。

「あ、あああああああ!!!」

痛い。
これまで味わったことのないような激痛。
周囲はどよめいているものの、助けはない。
当然のことだろう。誰だって、自分が一番大切だ。

「テメェがあのガキと歩き回ってたのは知ってんだよ。
 だからこそ、俺はこう聞いた訳だ。"何処に行ったか知らないか"って」

こういう子を知らないか、ではなく。
最初から、知っていることは前提に話していた。

「アレにはなかなか価値があるんだよ。餌としての価値がな。
 分かってもわからなくてもどちらでも良い。ただ、俺の邪魔は感心しねえ。
 俺のこの期に及んで俺の邪魔をするってんなら、脱臼では済まないぜ?

 俺は格下には手加減してやるが、自分の敵には容赦しねえ。 
              
               ――――さて、もう一度聞かせてもらおうか」


垣根の笑みは酷薄で。

「最終信号は何処だ」

彼の言葉一文につき、佐天の肩にかかる重みが1kgずつ上乗せされていく。

こんな時、あたしの親友ならどうするかな。
きっと、知らないの一点張りを通して、死んででもあの子を守ろうとするんだろう。

思って。
けれど、真似は出来なかった。

人は、不安になった時、不安な対象を確認しようとする。
強盗が現れた時、財布の存在を気にしてしまうように。
だから、佐天の視線は動いてしまった。小物屋の方へ。
そして、間の悪いことに、散々ウィンドーショッピングを楽しんだ打ち止めが、外に出てきていた。
佐天の視線の先を観察していた垣根は、当然、その存在に気がつく。

「見つけた見つけた、見つけたよん。―――最終信号ちゃん」


病院へ戻るかどうか迷いながら、フィアンマは街を彷徨っていた。
ふらふらと歩きながら、喉が渇いたら飲み物を買う。
そんなことを繰り返していると、だいぶ良い運動になった。
今夜はよく眠れそうだな、とフィアンマは思った。
退院まではまだまだ日にちがあるし、これから毎日病院内を散歩すべきだろうか。

「……あれは」

ふと。
人ごみが目に入った。
正確には、危険な地点から遠ざかろうとする必死な人々の群れ。
迷う人々は正に迷える子羊だな、と思いつつ、フィアンマは中心点へあえて向かう。

「……、…」

そこには、一人の少女と、少年が居た。
アホ毛をぴょこんと立てた少女のことを、フィアンマはよく知っている。
彼女の手には、可愛らしい紙袋が握られていた。
誰かへのプレゼント用だろうか。随分と丁寧なラッピングだ。
少年の背には白い翼。何となくわかる。あれは、打ち止めを標的に定めている。

彼女は、御坂美琴のクローンだ。
自分から上条を奪った少女と、ある意味同じ生き物だ。
一度は救った命だが、何度も救わなければならないという義理はない。

それに。

"あの顔が苦痛に歪む"。

それだけで、心情的に。

「見捨てて、しまえば。少しは、気が楽に―――」

それはあまりにも冷酷で理不尽な考えだったが、仕方のないことだ。
要するに、自分から愛する人を奪い去っていった女の妹を見殺しにする、しない、の問題なのだから。
ましてや、御坂美琴とほとんど同じ顔をしているのだ。

苦しめばいい。
苦しめ。

思ってしまうのは、不可抗力。


対して。
垣根の攻撃から運良く何度か免れた打ち止めは。
とうとう疲労困憊で逃亡不可能なところをロックオンされて。

微笑んでいた。

寂しそうな。
到底、子供が浮かべるものではない笑顔だった。

「……出来ることなら」

ぽつり。

今にも殺されんとする状況で。
下位個体へ命じて自分を守らせるでもなく。
周囲の臆病な民衆に助けてと叫ぶ訳でもなく。
理不尽で不条理な現実に泣き喚くでもなく。

打ち止めは、呟く。

「もう一度笑いかけて欲しかったな、って。ミサカは、ミサカは…思ってみる」
                                    
せめて。
このプレゼントを渡して。
あの人に、もう一度笑いかけて欲しかった。
打ち止め、とあの声で呼んで、頭を撫でて欲しかった。

運命は冷酷で。
人々は残酷で。
人生は不条理で。
現実は理不尽だ。

だからこそ。
たった一人のミサカだって、自分の盾にするつもりはない。
下位個体に命じて自分を守らせる位なら、死んでも構わない。
自分が死んだら悲しむ人はきっといてくれるだろうけれど。

「お姉様がごめんなさい、って。ミサカはミサカは、代理謝罪してみたり」




そうして。
ややあって。

―――――白き死神の鎌<ツバサ>は、振り下ろされた。


今回はここまで。



10032号「点滴交換の時間ですよ、とミサカは告示します」

フィアンマ「そういえばそうだったか」

10032号「……」

10032号(情報通り、頑として目を合わせてくれません、とミサカは残念に感じました)

フィアンマ「…換えないのか?」

10032号「今からします、とミサカは準備を開始しました」

フィアンマ「……」

10032号(上位個体が娘ポジションならば上位個体の姉であるこのミサカもこの方の娘にあたるのでしょうか、とミサカは考えます)

10032号「おか、ぉ、」

フィアンマ「ん?」

10032号「………………何でもありません。ミサカは職務を全うします…………」


(うっかりスレタイ回収し忘れたので近々します)


これから先垣フィア描写がちょっとあると思いますがくっついたりはしません。
一フィア止めです。




















投下。


生まれ変わったら、普通の子供に産まれたい。
望んでも良いのなら、一方通行と、あの人に出会いたい。
また三人で笑い合って、下らない話をしたい。
楽しくて和やかな時間を過ごして、一日を終えたい。
そこに黄泉川や芳川もいたら、きっと多少のことでは落ち込めない程幸福だ。

『お願いだから、…アンタの力で! アイツの夢を守ってあげて!』
『いくらでも生産出来る? だから何だよ。お前は、世界にたった一人しかいねえだろうが』

思い出される人の善意は、打ち止めに向けられたものではない。
一方通行は自分を救おうとしてくれたし、あの人は自分を救ってくれた。
今家に居るであろう黄泉川と芳川も、もちろん、大切な家族だ。

でも。

それは、味方であるという保証にはならない。
自分は誰にも守ってもらえないまま死にゆくのだろうな、と打ち止めは思った。

一方通行の一番はフィアンマ。
フィアンマの一番はヒーロー。
ヒーローの一番はお姉様。
お姉様の一番はヒーロー。

打ち止めは、誰の一番でもない。

それはとても哀しいことだった。
一番でも二番でもいられないことは。

そんなこと思える時点で。
打ち止めはもう、完全に人間と呼んで差し支えないだろう。




びちゃびちゃ。

そんな音では済まない、真紅の濁流。
アスファルトに広がっていくのは、大量の血液。
急所にこそ刺さっていないものの、硬質な翼は、少女の体に突き刺さっていた。
ナイフで刺されたかの様に、或いは、それ以上に惨たらしく。
血だまりは延々と広がり、留まるところを知らなかった。
赤さは徐々に酸素と混じって黒く色を変えていく。

けれど。

その翼を受けたのは、打ち止めではなかった。
打ち止めと垣根の間に割入った、第三者のものだった。

正確に言うならば。

それは、フィアンマの体から溢れている血液だった。
貫通した翼が引き抜かれ、穴の空いた肺から、妙な呼気が漏れ出していく。

「……え…?」

打ち止めは、いつまでたっても襲いかかってこない痛みと、恐怖と。
それから、鼻につく鮮血の鉄臭さに、困惑していた。
現実へ徐々に認識能力が適応されていき、打ち止めは、はたと気がついた。

自分が今、誰に抱きしめられているのかを。

「……どう、して、って。ミサカは、ミサカは、疑問に、思って、みる」
「ん……? どうして、だろうな。…まあ、お前に罪はない訳だしなぁ…」

じわじわと目に涙を溜める打ち止めを抱きしめ。
垣根の暴力から守り抜いたフィアンマは、打ち止めの頭を優しく撫でた。
血液を唇から溢し、呼吸に異常が発生しているにも関わらず、いつも通りの口調で、言葉で、態度で、優しく。
しゅるり、と片手でループタイを引き抜き、飾りを外し、リボン部分で打ち止めの目元を覆う。

血まみれの世界を見るのは、もっと大きくなってからでいい。


「このまま、真っ直ぐ走ってくれ」
「でも、」
「良いから、……行け」

真っ直ぐに進めば、警備員が何人も居る控え室のようなものがある。
そこまで逃げ込んでしまえば、後は身の保障がなされるはずなのだ。
何も見えず、首を傾げる打ち止めの髪を撫で、振り向かせ。
フィアンマはその細く小さな背中をそっと押すことで、この戦地から逃げさせた。

本当は。

見捨てようかと、思っていた。

自分はあの歳の頃誰にも守ってもらえなかった。
そして、そんな大人達が憎く思えた。
幼い子供は守られて然るべきだ、とフィアンマは考えている。

何よりも。

『お姉様がごめんなさい、って。ミサカはミサカは、代理謝罪してみたり』

彼女の背中を押したのは、打ち止めの一言だった。
打ち止めはあくまで打ち止めだということを、再認識した。
美琴のことは憎いと思わないでもないが、それはこの少女とは関係のないこと。

「………テメェは。……第一位の女か」
「そういう訳でも、ないのだがね」

肺が一つダメになっている。
息が苦しいが、無理矢理に垣根と相対した。
相手の力量は未知数だ。が、恐らく『聖なる右』の敵ではないだろう。


垣根帝督は、困惑していた。
突然現れた少女を傷つけたことを悔いている自分に。
最終信号を殺しそびれた事などどうでもよくなるほど。
彼女を傷つけてしまった自分を、罵倒したい気持ちで満たされていた。

それは、痛みに辛さを感じている彼女の能力によるものだ。

良心を刺激され、垣根は後ずさる。

「ッ、」

目を閉じ、自分の謎の感情を振り払う為に、能力を行使した。
未元物質によって構成された槍が、フィアンマへ向けて放たれる。
そのどれもが急所を外したものだったが、垣根は気がついていない。

彼女の能力は、『強制善意』。

相手の善意と良心を刺激し、自分に慈悲を向けさせ、愛を抱かせるチカラ。
相手に良心がなければ無理矢理に植え付け、自分を傷つけられないように仕向ける力。

「ぐ、」

数本は避けたが、やはり全ては無理だったらしい。
何本かが腹部に刺さり、フィアンマは惨めにも膝をついた。
出血が止まらない。急所にあたっておらずとも、人は失血で死ぬ。

「……ふ」

これまでか、と思う。
それでもいい、と思う。


これで死ねるなら、それでいい。




だって、自分は誰の一番でもないのだから―――


「ふ、ざけンな」
  


少年の声だった。
倒れたはずのアスファルトは、何故だか、優しい受け止め方をした。
目を凝らしてみれば、それはコンクリートで固められた地面ではない。

「………こ、……すけ……?」
「ふざけやがって、チンピラ野郎が」

ぼんやり滲んで見える赤い瞳が、怒りを湛えていた。
自分を支える細すぎる腕は、彼のものだ。
紛れもなく、自分を抱きとめてくれたのは、一方通行だった。

「ぁ………」

運命は冷酷で。
人々は残酷で。
人生は不条理で。
現実は理不尽で。

自分が願ったことは、いつでも誰かを不幸にして。
本当にほしいと願うものは、いつだって手に入らないのに。

それなのに。

何で。どうして。

宝物を扱うように、彼は抱きとめてくれるのだろう。
まるでたった一人、かけがえのない人間であるかのように、扱ってくれるんだろう。


「は、はははは! そうこなっくっちゃなあ、ヒーロー気取り!!」

垣根が、狂笑する。
一気に距離を取り、その翼を爆発的に広げた。
空気中の未元物質が、彼を守るようにピシピシと嫌な音を立てる。
一方通行は、どうするか迷った。

彼女と打ち止めを連れて逃げる。

浮かんだ。
だが、垣根を無力化しなければ、今後の安全は保障出来ない。

「………ブチ、殺す」

今度こそ。
言い訳の出来ない殺人をしてみせる、と一方通行は思った。
実験でも何でもなく、必要だから、純粋に人を殺そう。
彼女や打ち止めを傷つけたあんなクソ野郎なら、躊躇せずに殺せるはずだ。

あのヒーローじゃない。
オリジナルでもない。

何の負い目もない、純粋な、敵。

「…すぐ終わる」

言って、一方通行はフィアンマを壁に寄りかからせる。
血だまりの中、奇妙な呼吸を繰り返すフィアンマは、意識朦朧とする中、一方通行を見上げる。

次の瞬間、白い悪魔は地面を蹴って跳んでいた。


学園都市第一位、第二位。
この二人は、他の超能力者に対して圧倒的な差があるという。
どのような手段を用いても越えられない壁。
そう称される程に、両者は強かった。

能力の特異さだけではない。
頭の良さだけでもない。

お互い這いずってきた地獄にふさわしいだけの応用力こそが、その本幹。
血と泥に塗れる屈辱的な生活によって培われてしまった化けもの。

実験とはいえ、少女を一万三十一回殺した一方通行。
暗部の仕事、過去の実験で老若男女問わず五千以上は殺してきた垣根帝督。

両者はどちらも罪深く、その罪に見合っただけの強さがある。
ただ一つ違いがあるとするならば。

今の一方通行には誰かを守り救うための"力"があって。
今の垣根帝督には誰かを傷つける"暴力"しかない。

その性質の差が、勝敗を決定付ける。


垣根はアスファルト上に広がる赤黒いシミに、ぼんやりとした表情を浮かべていた。
死闘を繰り広げた結果、どうやら未元物質を解析された上、敗北したらしい。
このまま放り置かれたとして、恐らく死ぬことは避けられない。

(反撃、は。できねえ、か……)

身体の芯が失われているかのようだ。
立ち上がるだけの馬力が、身体の中に存在していない。
呼吸が苦しいし、息を吸う度に血液が口に入る。
自分の血液を啜ること程気持ちの悪いこともない。

「ぐ……」

視線を向ける。
血液が入り込んだのか、耳が遠い。
けれど、その言葉のやり取りは聞こえた。
どうやら自分の前に立っているのは、正義感たっぷりの警備員らしい。

『殺す必要なんて、ないじゃんよ。どんな理由があったって、殺人なんてのは間違ってるじゃん』

一緒に帰ろう。

手を差し伸べる女。

自分と同じか、それ以上の畜生である一方通行は。
女警備員の言葉を聞き、自分を殺そうとする手を、引っ込めようとする。
敗者は勝者の手によって殺害されるべきだ。それが、殺人者の世界というものだ。

だから。

酷く、腹が立った。


少しの間、気を喪っていたらしい。
目を開けると、先程より血だまりが広がっていた。
自分だけの血ではない、とフィアンマは気がつく。

視線を前へ。

警備員と思わしき装備の、それでも武器を持たぬ女性が、倒れていた。
一方通行はあっけにとられた表情で、女性を見つめている。
対して、打ち止めを殺そうとした少年は、笑っていた。
笑う。嗤う。彼は、一方通行を嘲笑していた。

と、同時に。

その笑顔は、どこまでも孤独なものだった。
何か、一つでも大切なものを持つ人間は、あんな顔はしない。

「ゥ、」

一方通行の悪意が、怒りが、爆発的に膨らんだ。
それは精神状態の変調に留まらず、黒い翼となって彼の背中から顕れた。

"魔術"という数値は、フィアンマの行使を観測したことで入力されている。
一方通行自身、自分が今どのような力を振るおうとしているのか、わかっていないだろう。

ゆらり、と彼の身体が動いた。
獣のような咆哮。細い体は憎悪の翼を噴出したまま、垣根へと歩み進む。

一方。
垣根帝督の方も、一方通行の翼を見、飛躍的な進化を手にしていた。
彼の翼はキロメートル単位で広がり、彼は全能感に満たされていた。

「は、ははは、ははははははは!!!!」

笑い声。

垣根の翼と、一方通行の翼がぶつかりあった。


ゴキャリ、という音が聞こえた気がする。
垣根はアスファルトに身を押し付けられ、血液と胃液の混じったものを吐きだした。

「な、に?」

一方通行の翼を見て、未元物質を理解した。
そんな自分は、もはや誰にも負けないと思っていた。
視線をのろのろと動かす。右肘から向こうの感覚がない。
血液がだくだくと溢れ、吐き気がした。

右腕が、肘の先から無くなっていた。

「あ、ぁ、」

声が、掠れる。
ざり、という足音が近づく度、死を覚悟した。

もうすぐ、寿命(カウントダウン)は終わる。

悔しさでも悲しさでも恐怖でも。
何の感情を代価にしたところで、垣根の体は、もう指先一本だって動かせない。

「ォォォぉおおおおおおおおああああああ!!!」

絶叫。
黒き翼が、振り下ろされる。
もはやここまでか、と垣根は笑った。


翼が、止まった。
空中で止まり、震えながら、それでも、それ以上は振り下ろされない。

「……」

垣根と一方通行の間に、少女が立っていた。
血まみれで、傷だらけで、呼吸が不規則で。
咄嗟に飛び込む為の転移術式の影響で、身体の内外をボロボロにしながら。

しかし、一方通行に人を殺させまいと。

ふらつく脚を精神論で無理やり地面に縫い止め。
両手を広げ、敵意も何もなく、フィアンマは一方通行を見据える。
一方通行は瞳に傷まみれの彼女の姿を捉え、いっそう翼を凶悪な形へ飛躍させる。
その表情は醜悪なまでに怒りと絶望で歪んでいたが、そこにはメッセージ性があった。

『退け』

一言凛と放たれるより余程凶悪な伝達方法。
フィアンマは、ゆるく首を振った。

「ダメだ」
「ぐ……」
「……俺様は、信じている。言葉や人の善意や神の奇跡で、暴力は覆せると」

暴力を振るい、一方通行を沈黙させるのは簡単だ。
多少体を痛めつけても死ねないことを知っているフィアンマは、『聖なる右』を行使すれば良いだけ。
だが、そうはしない。決めたのだ。

上条に別れを告げられ、美琴に暴力を振るったあの日。
もう二度と、安易な、感情論だけの暴力は振るわないと。

「お前は、あの女や、俺様のことを想って怒れる人間だ」

だから、殺人なんてさせたくない。
手を汚さなくて済むのなら、汚さないでいてほしい。

彼女はその時、一番世界で強かった。
能力効果もさることながら、その態度が、だ。

人の善意や神の奇跡に頼る。
それは、行動の積み重ねによって悲劇を創造する悪とは対照的な、善の道。

一方通行は、沈黙し。






やがて、黒い翼は空気に溶けて、消えた。





「…………オマエに、言おうと思ってた事がある」
                   学園都市第一位――― 一方通行




「……あの女を寝盗って第一位の出方を見るか」
                   学園都市第二位―――垣根帝督




「い、いぎででよがっだあ、っでみしゃ、みしゃか、うあああああん!!」
                   ミサカネットワークの最終個体―――打ち止め




「――――――お前のそれは、勘違いだよ」
                   『強制善意』―――フィアンマ




            


今回はここまで。
垣根くんのセリフはふととあるスレが頭に浮かんだもので。

《書きためはあるのですが投下が日付変わってからかもです》


打ち止め「ところであなた」

一方「なンだ」

打ち止め「あの人にはいつ告白するつもりなのってミサカはミサカは野次馬根じあ痛ぁ!? 
     急に脳天チョップだめぜったい、ってミサカはミサカは涙目になってみる」

一方「オマエにゃ関係ねェだろクソガキ」

打ち止め「少なくともこのミサカには関係あるもん、ってミサカはミサカはむくれてみる」

一方「……似合わねェだろ」

打ち止め「?」

一方「…見合わねェし」

打ち止め「じゃあ今度顔が近い時に物理的に背中押してあげるね、ってミサカはミサカはあ痛たた!」

一方「」ペチンペチン


NTRより寝取りの方が書いていて楽しいということに気がついたのですが需要がない。


















投下。


バタバタと慌ただしく治療を受け。
フィアンマは現在、冥土帰しにちょっぴり叱られていた。

「外出中に大怪我、というのはやめてほしいね?」

せめて退院してからにしてくれ、と彼は溜息でも吐き出しそうな様子だった。
すみません、と謝り、フィアンマは再び病室へ。
せっかく点滴も終わりそうだったというのに、輸血と点滴生活に逆戻りだ。

「……」

病室へ入る。
待っていたのだろう、フィアンマのベッドで、打ち止めは軽くうたた寝していた。
静かに開けたつもりだったが、ドアの音に敏感に反応し、少女は目を覚ます。
ガバッ、と勢いよく起き上がると、次いでフィアンマへ走り寄る。
何かを言おうとして、言葉が出てこなくて、彼女は愛らしい顔を歪める。
大きな瞳がみるみる内に潤んでいく。止める術はない。
そして、そんな様子を目撃出来る程、フィアンマは今、まっすぐと打ち止めを見ていた。

「い、いぎででよがっだあ、っでみしゃ、みしゃか、うあああああん!!」
「っ、」

勢いよく抱きつかれる。
ふらつき、点滴と共に転びかけ、フィアンマは一歩後ろに引くことで堪えた。
わあああん、と子供らしく泣きじゃくり、打ち止めはフィアンマに精一杯抱きつく。
そんな少女の小さな頭を撫で、痛む傷口に苦く笑い、まずは座れ、と勧める彼女だった。


しばらくは絶対安静、手洗い場へ行く時以外基本的にベッドから出るな。

それが病院側からのお達しだった。
人助けの代償とは、いつだって高くついてしまうものである。
打ち止めは泣き疲れたのか、フィアンマに頭を撫でられながら、ベッドに上体を横たわらせる。
ちょうど、授業を受けている学生が眠るような体勢だ。
腰を痛めてしまわないだろうかとふと心配が浮かんだフィアンマだったが、彼女を起こすのは気が引ける。
そんな訳で、フィアンマはベッドに座ったまま窓の外を眺め、打ち止めの髪をなでていた。
優しく頭を撫でられ、時々むにゃむにゃと呟いて微笑む少女は、きっと素敵な夢を見ているだろう。

コンコン

性格を表すかの如く、やや乱暴なノック。
返事をすれば、予想通り、白い少年が入ってきた。

「…よォ」
「打ち止めを迎えに来たのか?」
「…まァな」

一方通行は適当にパイプ椅子を出し、座る。
脚を組み、彼は黙っていた。
打ち止めは、まだまだ眠り続けている。


「………フィアンマ」
「んー?」

名前を呼ぶとは珍しい、と彼女は首を傾げる。
病室は静かで、点滴がぽたぽたと落ちる音さえ聞こえてくるかのようだ。
静謐に包まれた白い部屋で、白い少年は暫し言いよどむ。
大切なことを言おうとしているようだ。言葉が詰まっているらしい。

「……?」
「…………オマエに、言おうと思ってた事がある」

ずっと。

彼は、そう言った。
フィアンマは、思わず身構える。
悪い想像がいくつも頭の中を駆け巡り。
そうしてから、ふと、彼の様子のおかしさに気がつく。
彼が緊張しているというのは、珍しい。

だから、先回りして、気がついた。

きっと、彼は。
自分へ、好意を伝えようとしてくれている。
悪意に慣れた彼は、悪意ならよどみなく言い放つはずだから。

故に、先手を打った。


「――――――お前のそれは、勘違いだよ」
「………、」
「俺様を好いてくれていることは嬉しいが。
 だが、それはまやかしだ。俺様の能力によるものだ」
「能力……?」

善意を押し付け、好意を抱かせる能力。
『強制善意』と能力の対象や範囲を説明し、フィアンマはやるせなく笑った。
唯一能力が通用しない、していないと思われる上条には、捨てられた。

自分に本当の意味で愛される才能などない。

性格、見目、言動、行動。
その全てを総合したとしても。
どんなに健気に尽くしても、想いは届かなかった。叶わなかった。
誰かに好かれているとしたら、それは能力によるものだ。
フィアンマはもう、そうとしか思えない。それ程までに、現実を諦めている。

「……違ェよ」

否定する。

確かに、最初に声をかけてしまったのは、能力に感化されたからかもしれない。
だが、彼女を好きになったのは、彼女と話して、肯定されて、許されてからだ。
笑いかけてもらって、手を握られて、話して、それで、好きになったのだ。
能力の影響を受けて即座に好きになった訳ではない。

でも。
たとえどんなに言葉を尽くしても、今の彼女は信じてくれないだろう。

あのヒーローが、きっと、この少女にとっては世界だったのだろうから。


一方。
右手の義手慣らしに病院の中を歩いていた垣根帝督は、そんな二人のやりとりを耳にした。
ドア越しの声はくぐもっていたが、何となしにその流れはわかった。
そして、彼女の返答と、一方通行が沈黙の内に落ち込んでいることも。

「……」

無言のまま、垣根はゆっくりと歩く。
病室の番号は既に頭の中へ叩き込んである。
それにしても、加害者と被害者を同じ病院に入れるとは、あの医者は何を考えているんだろう。
或いは、万が一の事態が起きても必ず救えるという自信があるのか。
はたまた、あの医者でなければ、自分もフィアンマも治療が間に合わなかったのか。

「……あの女を寝盗って第一位の出方を見るか」

殺すことは諦めた。
だが、復讐はしてやりたい。
少なくとも、喪った右腕に釣り合う位には。
それには、あの女を取ってしまうのが手っ取り早いだろう。
それで今度こそ殺されたとしても、第一位に吠え面をかかせられれば成功だ。

それ以上に。

「………」

女警備員と同じように立ち塞がったはずなのに。
ムカつくどころか好意さえ抱かせたあの女が、非常に気になる。

「……ま、第一位に嫌がらせするためだ」

そう、自分に"言い聞かせた"。


「信じないとしても構わねェ」

元々、自分のような犯罪者が彼女と結ばれて良い理由などない。
想いを伝えてもどうしようとは考えていなかった。
どちらにせよ友人でいてくれればそれで良い。それが良いに決まっている。
これ以上の関係を望むなど間違っているし、きっとうまくいかない。

でも、これだけは伝えておこうと思った。

これだけは伝えておかないと、後悔すると思ったから。

「だが、俺にとっては。…オマエは、一番の人間だ」
「………、…こう、」
「何を差し置いてもオマエを助けに行かなきゃならねェと焦る位には。
 俺が死ぬよりオマエが死ぬことに恐怖を感じる位には、一番だ」
「…………」
「……ンじゃ、ガキは連れて帰る」

告げて、一方通行は打ち止めを抱きかかえる。
お姫様だっこをされた打ち止めは、依然としてすやすやと眠っていた。
一方通行はフィアンマに背を向け、外へ出る。

打ち止めを、一度家へ送り届ける為に。


夕方を過ぎた。
外は暗くなり始めている。
消灯時間ではないものの、個室に関しては自由だ。
昼間から消灯しても問題はない。夜に点けるのは少々問題だが、ドアを閉めれば問題なし。

「……、」

フィアンマは、膝をかかえる。
手の甲に突き刺さった点滴用の固定針を見つめ。
それから手を伸ばし、ベッドサイドを探った。
携帯電話を手にし、カチカチと操作する。
上条の名義で登録しているものだ。
解約しに行かなければならないだろう。

「………」

アドレス帳を開く。
一番に登録されているのは、上条当麻のもの。

『だが、俺にとっては。…オマエは、一番の人間だ』

嘘かもしれない。自分の能力に言わされたものかもしれない。
そうと思っても、それでも、嬉しかった。
きっと自分は、あの一言で、生きていける。

上条の連絡先を消そうとした瞬間。

狙いすましたかのように、電話着信。
画面が切り替わり、発信者の番号と名前を示す画面へと変化する。
かけてきた相手は。



上条、当麻。


今回はここまで。
(再構成じゃないのでプラン云々は書きません)


暫くほのぼのです。
何かシリアスネタあったらご提供ください。
















投下。


電話に出ず、問答無用で通話終了ボタンを押すという選択肢もあった。
だが、それをしたら一生後悔する羽目になるような気が、した。
単調で古風な着信メロディーが鳴り響く。
ジリリリリン、という音は、興味を向かせる為だろう、不愉快な音階だった。

「………、」

恐る恐る、通話ボタンを押す。
左手で膝を抱えたまま、右手で持った携帯を耳に当てた。

『…もしもし。フィアンマ、だよな』
「……」
『……その。ろくに、話出来なかったから、さ』

ぎこちない様子だった。
一人で部屋に居るらしく、しん、としている。
上条の声は決して大きな声ではなかったけれど、よく通っていた。
フィアンマは膝を抱えたまま、俯く。
そして、無理やりな笑みを浮かべて、言葉を口に出した。


「当麻は、あの少女が好きなのか」
『……』

少しの沈黙の後。
諦めたように、困ったように、観念したように、上条は答える。

『ああ。…俺は、美琴が好きなんだ』
「……そうか」

不思議と、もう何も思うことはなかった。
勿論哀しいけれど、涙は出てこない。
散々泣いて、暴力を振るったからかもしれない。

「なら、話すこともないだろう」
『…フィアンマ』
「掃除はさせてもらったが、俺様の関わっていない部分は手をつけていない、安心しろ」
『……俺、お前の事、』
「今更言ってくれるなよ」

くすりと笑い、フィアンマは目を閉じる。
思い出すのは楽しい日々、幸福だった過去。
それら全ては、もう過ぎ去ったことだ。終わったこと。

「情が移っているのだろうが、それは恋人に失礼だ」
『………、…ごめん』
「何を謝っているんだ」
『俺、お前のこと、』
「俺様とお前は恋人でも何でもない、ただの幼馴染兼同居人だった。
 たったそれだけの話だろう。俺様にとって、お前は俺様を救い出したヒーローに過ぎん。
 それだけだよ。複雑な話も、特別な関係でもなかったんだろう。あっさり捨てられる位には」
『あっさりなんて、』
「……お前は、俺様を見捨てて、その少女を選んだんだ。
 この事実は、この先何十年経過しても消えない。……だから」

別に、プライドなどさほどないけれど。
みっともなく縋ったところで、誰も幸せになれないのなら。

「俺様を踏み台にした分――――当麻は、御坂美琴と幸福になってくれ」






―――この先、二人が出会う事は一生無い。


電話を切った。
操作し、上条の番号を着信拒否に設定する。
その上で、アドレス帳からデータを削除した。
バックアップも、上条の分だけ削除する。
病院の場所は教えていないし、これから住む場所が決まっても知らせることはない。
だから、彼と自分が会うことは、この先無いだろう。
学校も変えたが、行くつもりもない。

「………幸福になってくれ、か」

思ってもいないことを、とフィアンマは自嘲して。
携帯電話を枕元に放置すると、窓の外を見た。
どうやら夜空は曇っているらしい。
星は見えなかった。つまらなそうに、視線を戻す。
白い毛布を見つめ、卑劣だとは知りつつも願った。

「あの少女が、幸福を味わい切る前に死んでいまいますように」

酷い祈り文句だった。
幸福の絶頂の直前で死んでしまえ、と念じた。
これでも最大限に優しい譲歩をした方だ。




ドア越しに。
フィアンマのそんな言葉を聞いた一方通行は、入ろうかどうか、迷った。
本来は、入って、慰めて、抱きしめるのが順当なのかもしれない。
だが、そんなことをしても彼女が自分を見る訳ではない。
余計なことをしてはいけないな、と彼は思った。
静かに引き返す白い少年を、誰も、止めない。


翌朝。
絶対安静のフィアンマは、それでも必要に駆られて廊下へ出た。
具体的に言うと、洗濯をしなければならなかったのである。

「……っつ、」

かがむと、腹部が痛む。
呼吸の調子が正常に戻っているのはありがたいものの、内臓ダメージがあるようだ。
だが、御坂妹や打ち止めに頼むつもりはない。頼んだらやってくれそうな分、尚更。
かといって一方通行に預け任せる程恥じらいが無い訳でもない。

「……ぐ」

気分が悪い。
胃液がこみ上げそうになり、思わずしゃがみこんだ。

と。

目の前に、男のものと思われる手。
そろそろと掴みつつ、見上げてみる。

垣根帝督であった。

普通の少女であれば、きゃあ、とでも叫んで逃げ出していただろう。
しかし、フィアンマはそういったことはしなかった。する気力もなかった。

「……お前も洗濯か?」
「まあ、そうだな。……その、悪かった」
「それは退けという意味か?」
「いや、怪我させた方って意味だ」
「ほう」

本気の謝罪とは程遠い、と鼻で笑ってやろうかと思ったフィアンマだったが、やめる。
神の子は言った。敵を愛せよ、自らのように愛せ、と。


垣根とフィアンマは、病院内のカフェテラスへとやって来た。
元々は入院患者と見舞い客が話す為の場所だが、患者同士でも問題はない。
紙コップ式の自動販売機で購入したココアを啜り、フィアンマはぼーっとしていた。
ちなみにここへ来ようと誘ったのは垣根である。
理由としては、洗濯が終わるまで時間がかかるから、と。

「…聞かねえんだな」
「ん? 何をだ」
「俺が最終信号に手をかけようとした理由」
「聞いたところでやったことは変わらんしな」
「……後、普通は俺を忌避するモンだと思うが」
「今のお前に殺意や敵意を感じないからな。
 そもそもこれは俺様が途中介入したが故の怪我だ」

打ち止めに会うことを止めるのならともかく、逆恨みはしない。

そう言い切る彼女は非常にさっぱりとしていて、垣根の興味を惹いた。

「まあ、何だ。だが、贖いと言っちゃ何だが、何か困り事はねえのか?」
「特にないな。あったとしても、人生における試練とは基本的に自分で乗り越えるべきものだよ」

取り付くシマのない解答である。
彼女はココアを飲み、点滴を揺らす。
だんだんと残りが少なくなってきた。

「ああ、連絡先の交換くらいはしておこうか」
「メアドか」

このまま拒絶されるかと思っていた垣根はきょとんとしながらも携帯電話を取り出す。
カチカチと操作をして、彼女の携帯電話と連絡先を交換した。


両者共内臓を痛めているので食事は出来ない。
そんな訳で、垣根とフィアンマは一旦別れた。
病室に戻ると、そこには一方通行が居た。
彼女を捜して行き違いになることを考え、パイプ椅子に腰掛けていたのだった。

「…よォ」
「すまないな、洗濯をしに行っていたんだ」

証拠に、彼女の手にはカゴ。
一人分の洗濯物が入っているだけなので、さほど重くはない。
客人の前で洗濯物を畳む作業というのは無礼だし、皺になって困るものはない。
フィアンマは一小さめのカゴをクローゼットに入れ、ベッドへ入り込み、座った。
体調不良というのはそれだけで体力を削っていくもので。
短時間の、必要最低限な生活努力のみで体力がかなり削り取られた。
疲れた、と口には出さず、フィアンマは欠伸を噛み殺す。
別に疲れたといっても身体的なもので、眠気はない。
絶対安静とは暇なもので、一方通行が来てくれることはとても嬉しい。
退屈は猫をも殺す。フィアンマの精神とて、例外ではない。

「それは構わねェが。…っつゥか絶対安静の身の上で何してやがる」
「わかってはいても任せる相手が居なかったんだ」
「…一○○三二号辺りなら喜ンでやっただろ、オマエの世話なら」
「実質あれは幼児のようなものだろう。幼いものに労働を押し付けて喜ぶ趣味は無い」

自立というかそれでは孤立だ、と一方通行は思う。
自分ではないのだから、もっと色んな人に頼れば良いのに。
はたまた、力になってくれることがわかっているからこそ、頼りたくないのだろうか。

「ン、見舞品」

思い出したように、一方通行は傍らにあった紙袋を差し出した。

「わざわざすまないな」

受け取り、フィアンマは中を見てみる。
彼女の体調を考えてだろう、飲食物ではなかった。

「……熊?」

入っていたのは、小さなテディベアだった。

アルビノの。


今回はここまで。
フィアンマちゃんが一見無防備なのは強者の余裕です。

フィアンマは掴みにくいな・・・
器が大きそうに見えて実は小さいし、他者への理解が広いように見えて考えが偏ってるだけだし、心情は放っといてくれで能力は構ってチャンだし、もう何が何やら


皆様ネタ提供本当にありがとうございます!

>>615
『右方のフィアンマ(大人)』としての部分は器が大きいし他者への理解が広く心情は放っていて欲しい。
彼女本人、つまり十代半ばの少女としての意思は当然器は小さいし考えは偏っているし構って欲しい。
という訳で非常に矛盾した状態の女の子です。









投下。


ちょこん、と。
手の平サイズの白いテディベア。
取り出して右手のひらの上へ乗せ、フィアンマは首を傾げた。
対して、一方通行は肩を竦めつつ言う。

「オマエ、前にそォいうのが欲しいって言ってただろォが」
「前に?」

言っただろうか、とフィアンマは指先を顎にあてて考える。
うーんうーん、としばらく考えていると、メールの文章を思い出した。
まだ上条と住んでいた頃の、一方通行との下らない雑談の中での、メール。

『何か好きなものとかねぇのか?』
『くまのぬいぐるみ。大きいものでなくて良い』

問われ、そう返した気がする。
よくよく見てみると、アルビノちび熊の腹部には時計が縫い付けられていた。
現在時刻を指し示す双つの針が、ちく、たく、とゆっくり進んでいる。
首元には赤いリボンが巻かれていた。とても可愛らしい、一般的なテディベアだ。
そんな可爱いものをくれたこと以上に、自分が『欲しい』と言ったことを覚えてくれていたことが、彼女は嬉しかった。
素直に笑顔を浮かべて、熊の頭を指先で撫でながら一方通行を見る。

「…ありがとう。高くなかったか?」
「超能力者の財布と無能力者の財布比較してンじゃねェよ」

ふい、と彼は視線を適当な方向へ逸らす。
フィアンマはやんわりと笑んで、ぬいぐるみを枕元に置いた。


十月十八日。
だいぶ内臓ダメージは減ってきた。もう痛みはない。
点滴は無事外れたので、煩わしさもない。
一方通行は今日は打ち止めの買い物で忙しいらしい。
午前中は打ち止めからもらったメモ帳の血液除去に時間を割いていたが、それも終わった。
退屈だなあ、と思っていると、コンコンコン、と三回のノック音。
三回音を鳴らすのは、垣根帝督の癖だった。

『あー、入って良いか?』
「構わんが」

入ってきた垣根は、患者服ではなく、洋服を身にまとっていた。
あの日のようなチンピラ染みた派手なジャケットではない。
同じ高級ジャケットだが、落ち着いた茶色だ。
インナーは黒いワイシャツを合わせている。
服装で人の評価というのは二転三転するものだ。
だからといって惚れはしないものの、フィアンマは垣根を見つめた。
それから、総合的に情報を統括して判断した。

「退院か」
「ああ、本日付けで。それで、なんだが」
「ん?」

言いにくそうに、垣根は誘った。
そのぎこちない緊張の演技を見抜いた上で、フィアンマは乗った。


(さて、どう切り崩すか)

一方通行についての悪評を吹き込んでみようか。
自分を善人ということにすれば、この女は多少反応するかもしれない。
上等な第二位の頭を下等な嫌がらせへ費やし、垣根は彼女と共に歩く。
意外にも、数時間の短い外出ならば即日でも許可が出るようだ。
最も、止めて逃亡されても面倒だから、ということかもしれない。

「そういや、あー…名前。名前は?」
「フィアンマ=ミラコローザ」

直訳にして、『奇跡の聖なる炎』。
偽名か本名か通称か、垣根には判別がつかない。
実際問題、これが偽名なのか本名なのか通称なのか、フィアンマでさえもうわかっていないのだ。
学園都市の書類上はそういう名前なので、ここでは本名と捉えて差し支えないのだろうが。

二人はファミレスへ入り。

垣根は適当なハンバーグプレートを。
フィアンマはミルクグラタンを注文した。

料理が来るまで暇なため、水を飲む。

ファミレスはがやがやとしていて、内緒話には最適だ。
長年暗部に居た垣根は、どんな場所なら秘密話出来るかをよく知っていた。

「一方通行について、何を知ってる?」
「大体は」

フィアンマは水を飲み、肩をすくめた。
垣根は、緩やかに話し始めた。
一方通行の悪行を。自分がやろうとしたことを善行として交えながら。


絶対能力者進化実験。
その内容と裏事情、全貌。
一方通行がいかにして人を殺したか。
自分は彼よりも第一位に相応しい。

垣根は軍人が武器を自慢するかのように、そうつらつらと話した。
対してフィアンマは運ばれてきた料理を口にしつつ、静かに聞く。
時々相槌を打ってやりながら、彼の表情をじっと観察していた。

「……って訳だ。…あれ? 幻滅しねえの?」
「知っていたことだしな。まあ、殺し方が凄惨だったという話は今さっき聞いたばかりだが」

よく火の通った甘い人参を、かじる。
ふぅ、と息を吹きかけ、ほどよく冷ました。

「だからといってどうとも思わん」
「自分の友達が人殺しだってのに?」
「だからどうした」

何を思うでもなく、彼女は言葉を口にする。

「今、ヤツは死ぬ気で贖おうとしている。
 それで充分だろう。第三者に糾弾する権利はない」
「………」
「お前のやろうとしたことは、十字教的に言えば善行だろうな。
 悪竜を打倒し、英雄となり、この街をよりよくしようと考えているのだから」
「……、」

かちゃ、というフォークの硬質な音。

「…だが、その為に弱者を踏みにじる必要はない」

本当の、幼い、自分では何も出来ない子供は、関係ない。
打ち止めや妹達を巻き込むことは間違っている、と彼女は言った。
垣根の行動も、一方通行のことも否定はせず、肯定はしたままに。
それでもお前は巻き込む相手を考えるべきだった、と叱った。


そうして。
フィアンマは手を伸ばし、彼の頭に触れた。
そのまま、子供を褒めるかの様に撫でる。
一見して馬鹿にしているかのような行動。
表情が笑顔であることも相まって。

「……馬鹿にしてんのか」

言いつつも、垣根は彼女の手を振り払わなかった。
撫でられるのは、ともすれば屈辱のはずなのに、嫌じゃなかった。
相手が悪意を持ってしているからではないと、わかるからかもしれない。

「していないさ」

否定して。

「……お前はよく頑張った」

だから、誰かが讃えて、労って、認めるべきだ。
少なくとも、俺様はお前の努力を認めるよ。

ほどよく和らいだ柔らかな微笑は、見る者を安堵させる。
垣根帝督は、初めて誰かに認めてもらう心地よさを知った。
闇に君臨する人間が憧れてはならないものだと、わかっている。
わかっていても、欲しいと思った。失いたくない、と。
垣根少年の頭の中にはもう、彼女を寝取ってやるだの何だのという邪念はなかった。

(……第一位の野郎が血眼になってやがったのは、"これ"か)

「……髪型崩れるだろうが」
「顔立ちが良ければ問題ないだろう」
「……口説いてんの?」
「男を口説く趣味は無いな」

女は口説くのかよ、と違う方向に思った垣根であった。


十月二○日。
すっかりと内臓ダメージを克服したフィアンマは、退屈を持て余していた。
病院内を散歩するとはいっても、限界というものがある。
入ってはいけない場所以外には行ってしまったので、暇だった。

「んー……」

かといって外出することは考えていない。
適当な学校へ転校したは良いものの、その学校は空洞化している。
研究施設の隠れ蓑の役割しかない。行くつもりもなかった。
彼女の能力は研究価値がない。故に、無能力者扱いだし、研究所へ身を預けねばならない訳でもない。
という訳で、彼女は自力で次の住処を探さねばならない訳なのだが。
一般住宅を探すのとは訳が違う、なかなか見つかるはずもない。

「相談してみるか…?」

ふと、一方通行の顔が浮かぶ。
彼は学園都市第一位の超能力者だ。
学園都市の全てについて知っていそうな感じさえする。
少なくとも、住めそうな物件は見つけてくれるかもしれない。
しかし、そこまで頼っても良いものか、とも思う。

……自分は、そうして頼って甘えて、捨てられたのだから。

暗い考えを、首を横に振って振り払う。
こんこん、と丁寧にドアを叩かれた。

これは御坂妹――― 一○○三二号だろうか、とフィアンマは音の感じで判断する。

「どうぞ」


促してみた。
入ってきたのは、数人の妹達だった。
打ち止めもいるようである。
各々、その手にはタッパらしきものがあった。
打ち止めを除く三人の妹達は、ミサカ10032号・ミサカ13577号・ミサカ19090号の三名。
学園都市に残った妹達である。

「……見舞いにしては多すぎないか?」

見舞い客の人数に限りはない。
とはいえ、四人いっぺんに来るとは何事だろう、とフィアンマは思う。
13577号、19090号とは初対面だが、ミサカネットワークについて知っているので、改まった挨拶はしない。
妹達の一人とさえ会っていれば、他の個体にも情報は行き渡っているのだから。

「見舞いではありません、と」
「ミサカはこのタッパーを見せ」
「これは第一回愛娘決定戦なのですと」
「ミサカはミサカはあなたにご飯を食べて欲しかったり」
「………食事?」

時刻は正午を三分程過ぎたばかり。
食事にはちょうど良い時間帯とはいえ。

「……まさか、その中身を全てか?」
「うん、ってミサカはミサカは頷いてみる」

何でも、料理を一番褒めてもらえた個体が彼女の愛娘ということらしい。
確かに打ち止めは娘のようなものだという結論にはなったが、まさかこんなことになるとは。
タッパーの中身はどうやら様々な料理の詰められたお弁当のようである。

胃袋保つかな。

ふと不安に思うフィアンマであった。


全員を平等に褒めるには、全員の弁当を平等に食べきる必要があった。

胃袋の容積が無い割にはよく頑張った方だと思う、とフィアンマは自画自賛する。
まったく平等に褒められた妹達は納得がいかないといった様子で先程出て行った。
もうこんな謎の大会は一度きりにして欲しい、と彼女はうなだれた。
現在はベッドに座ったまま、膨らんだ腹部を摩っていた。
横になると嘔吐してしまいそうだったし、立つと倒れてしまいそうだった。

「……」

やっぱり無理をする食事は楽しくない。
思うも、これは誰も傷つけない為の必要な犠牲だったのだ。仕方がない。

「んー……」

消化が間に合わない。
腹が膨らんでいるのは、一時的なものである。

コンコンコン。

音が鳴った。
腹を摩りつつ、やや苦しいと感じながらも促すべく声を出す。

「ん、邪魔する…ぜ…」

入ってきた垣根は、フィアンマを見た。
調子よく挨拶をしていた口が、言葉を飲み込む。

(何……だと…?)

彼女はベッドに腰掛け、膨らんだ下腹部を摩っていた。
(苦しいから)慎重に、(垣根の偏見で)愛おしそうに。
垣根帝督の体中を、びっしょりと冷や汗が覆った。

(う、嘘だろ…? いつ、いつだ?)

一方通行とフィアンマが出会ったのは、確か六月頃。
仮に六月二○日と仮定して、今日で四ヶ月ジャスト。
まだ腹が目立つような時期ではないはずだ。妊娠ならば。
確か、この少女はかの幻想破壊(イマジンブレイカー)とも関係を持っていたと聞く。
そちらと肉体関係があったと思考する方がまだしも自然というもの。
しかしながら、幻想破壊は第三位とくっついたという情報も得ている。

(考えろ……)

最適な判断をしよう、と垣根の脳細胞が隅々まで稼働する。
一方通行はこのことを知らないはずだ。知っていれば多少は意気消沈するはず。


垣根は彼女に近づく。
そして、パイプ椅子を取り出すでもなく、彼女の傍らへ片膝をついた。
まるで異国の王子様が姫へ求婚するかのように、真面目な表情を浮かべた。
満腹故にやや苦しげな表情を浮かべている彼女の手を取り。
そっと両手で彼女の右手を握ると、金色の瞳を見上げた。

「俺は手を汚しまくったクソ野郎だが、金はある」
「……ん?」
「まあ、何だ。その……一方通行と違って贖罪云々のしがらみもねえ」
「……そうか」

何の話をしているかわからないフィアンマは、不可解そうに首を傾げる。
対して垣根は、笑みすら浮かべて言った。

「俺が、その子の父親に―――」

ガラガラガラ。

問答無用で病室のドアが開いた。
垣根は気づかなかったが、フィアンマの腹部は元の真っ平らへほぼ戻っていた。
が、彼女自身はまだまだ続く呼吸の苦しさに息を詰めていた。

なので、入ってきた超能力者――― 一方通行には、こう映る。

あのチンピラ野郎が彼女の手を握り締め、痛みを与えている。
彼女は振り払えずに、ベッドの上で苦しんでいる。

事実はどうあれ、そう捉えた一方通行がやることは簡単だった。

歪んだ笑みを浮かべ、彼は言う。

「よォ、チンピラ。右の毒手か、左の苦手か。好きな方を選べ、クソ野郎」


―――かつてリーダーとして据えていた少女の近況を調べ。

緑髪の男は、不味いワインを口にした。
黄色い修道服の女は、彼の方をちらりと見る。
その目には苛立ちのようなものが垣間見えた。

「…で? どうするワケ?」

暗闇の中。
女の声が鋭く問うた。
男はのんびりとした口調で、答える。

「私が出向きましょう。隠密性には優れているつもりですしねー」
「…そ」
「安心してくださって結構ですよ」

ワインを飲み終え。
ボトルを置くと、男は石段から立ち上がる。
その表情は優しかったが、瞳の奥底はいたく冷えていた。

「―――彼女は、我々にとっての命のパンであり、ローマ正教の財産です。
 あの少年が彼女を愛するあまり連れ去ったのであればともかく、これは見逃せません」

彼の手には、書類が握られていた。
ローマ教皇直々のサインが刻まれた書類だった。

暗殺命令。

対象者は、上条当麻。
ローマ正教の魔術師を幾人も打倒し、フィアンマを連れ去り―――捨てた、学園都市の少年。

ギリ。

男は、歯を噛み締める。
だから、家畜にも劣る異教の猿は嫌いなのだ。





「こっちも仕事だからさぁ、悪く思うなよアクセラちゃん?」
              学園都市最悪<さいこう>の研究者―――木原数多




「何、何なのよあいつ…っ」
        学園都市第三位の超能力者―――御坂美琴




「貴男が"あの子"と結ばれたのならば、それで良しと出来たのですがねー」
                 ローマ正教最暗部『神の右席』―――左方のテッラ




「……美琴は、関係ねえだろうが。やるなら俺を殺れよ、魔術師」
              暗部から抜け出したヒーロー―――上条当麻




「テメェはクローンのガキ、俺が彼女担当。オーケー?」
              学園都市第二位の超能力者―――垣根帝督




「………俺様が奪われれば、それで全て済む話じゃないのか…?」
              聖女には決してなれないヒロイン―――フィアンマ




「あの女の願いも、このガキの命も、踏みにじられてイイ理由になンざ、ならねェだろォが!!」
                          学園都市第一位の超能力者――― 一方通行
  



今回はここまで。
一生懸命書きますが、次の投下は文章量的に遅くなります…ご了承ください。
展開予想はご自由に。

乙。

アレイスターに対抗しようとフィアンマを養子にしようとするオッレルスと、
当初呆れつつもその後乗り気になるシルビア。

経験値稼ぎしようと接触して、フィアンマが本気を出せないことに落胆するも
何故かその後も付きまとうトール。

無限の可能性の克服の為に接触するも、
フィアンマに説教されつつ互角に戦い、
結局フィアンマと友達になるオティヌス。

これらのメンツに囲まれるフィアンマをハラハラ見守るアックア。




12480文字書きました。少ない…。明日投下します。
いつもの様に戦闘描写は苦手ですのでお察しください。

フィアンマちゃんが一方さんに甘いのは所詮他人事、つまり被害者じゃないからだと思います。
みこっちゃん特に何も悪くないのにすごくとばっちり(震え声)


>>647-648
ネタ提供ありがとうございます! 
ほどよく取り入れさせていただくかもしれません。


(ウートガルザロキさん出したい)



今が原作通りの年齢なので右席の皆さんは良いお歳じゃないです…いやでも特筆しないのでお好きなご想像で問題ないのですが。













投下。


結局、垣根と一方通行の喧嘩はフィアンマの仲裁で終わった。
元より、彼女には危害を加えられない両者である。
彼女が間に立ってしまうと、相手を睨みつけるのみで終わるのであった。

「……少し悩んでいることがある」

退院が迫っていることを受け、フィアンマはそう言葉をこぼした。
垣根は首を傾げ、一方通行は脚を組む。

「困り事ってなンだよ」
「…もしかしてあれか? 住む場所か?」
「よくわかったな」
「まあな」

垣根は暗部組織に居た(現在進行形で『スクール』だが)ため、色々と知っている。
上条当麻―――幻想破壊から、彼女が一緒に住んでいたことから、本当に色々と。
一方通行は少し黙り、考え込んだ。
気軽に誘えれば良かったのだが、生憎今住んでいる家は自分の持ち物とは言い難い。
んー、と垣根はのんびりとした声を漏らし、提案する。

「俺の暮らしてる寮…………の隣の部屋なら空いてるし、安全だけど、どうだ?」

暮らしてる寮においで、と言いかけるも、一方通行の睨みに視線を逸らしつつ提案内容を変更する垣根。
フィアンマは少しだけ考え込み、こくりと頷く。

「すまないが、紹介してもらえるか?」


十月二十五日。
フィアンマは無事退院し、垣根の隣室に居を移した。
元々移動させる家具や思い出の品の類はない。
上条の家から自分の痕跡を消したあの日、手紙なども捨てたから。
持っているものといえば、最低限の衣服一式と、時計付きぬいぐるみ程度のもの。

「って訳で、あれだ。あれ買いに行こうぜ」
「あれ?」
「携帯電話」

前のは解約したんだろ、と垣根は首を傾げる。
確かに、上条名義のフィアンマの携帯電話を使用するつもりはもう無い。
使用していなければ、その内上条が勝手に解約してくれることだろう。
契約をした本人でなければ解約出来ないというのだから、面倒この上ない。

「問題は金が足りんことだな」
「あん? 退院祝いに買ってやるよ」
「そこまでしてもらう義理がないのだが」
「じゃあ飯作ってくれよ。コーヒー煮込みナントカ。一方通行にも作ったんだろ?」
「それで代価になるのか…?」

携帯電話の代金とはかなり高いものではないのか、とフィアンマは首を傾げる。
対して、お金を出すことで彼氏気分な垣根はふと、今は亡き同僚の言葉を思いだし。

(それなりの地位にいる男の人ってね、気がついたら家庭を壊したりする人が多いの。
 だから私はお金と引換に話し相手をしているって訳。相手はお金を渡すことで、自力で人間関係を構築している気になれる)

「……そんなんじゃねえよクソボケ」
「?」

ぼそ、と呟く垣根に、フィアンマは無言で首を傾げた。


外は曇っていた。
天気予報では、雨は降らないとのことだった。

「…の割には暗いが、まあ大丈夫だろ」
「そうだな」

垣根とフィアンマは、ゆっくりと携帯ショップへと向かう。
かつての加害者と被害者のようには、とても見えない。
それは、一方通行と打ち止めの関係性にも似たものかもしれない。
少なくとも、垣根は今後、暴力を振るうことはないだろう。
守りたいと思ったものために使う力なら、それは暴力とは呼ばれないから。

「涼しいな」
「残暑厳しいからな」

携帯ショップの中は、とても涼しかった。
機械を置いてあることもあり、冷房がしっかりと利いている。
文明の利器が生み出した心地よさは、肌を冷やしていく。

「……ペアキャンペーン、ねえ」
「利点がよく読めんが」
「月々の支払いが安くなるとかじゃねえの……あ。一緒に写メ撮ろうぜ」
「ん? 何故だ?」
「だから、キャンペーンだよ。お前は無能力者なんだし、安いに越したことはねえだろ?」

会話の流れを誘導していく垣根。
やや納得いかなそうな彼女を見つつ、自分の携帯を取り出した。
ペア契約をすれば安くなる他、契約をした携帯電話間での通話が無料になるようだ。
これを利用すれば電話をたくさん出来る口実が出来上がる、と画策する垣根。

「ん、こう…カメラ入るか。笑顔笑顔」
「ん、……」

垣根に抱き寄せられ、フィアンマはカメラを見上げる。
携帯画面には、いかにもカップルのように、二人の姿が映っていた。
これで二人が笑顔を浮かべていれば、仲良しのカップルにしか見えない。
催促され、笑顔を浮かべようかと思うフィアンマだったが。

「どどーん! ってミサカはミサカは突撃してみたりーっ!!」

お子様アタックにより、垣根帝督の陰謀はぶち壊されたのだった。


「っ、…打ち止めか。危ないだろう、唐突に突撃してきては」
「えへへ、ごめんなさいってミサカはミサカは作戦成功」
「このガキ……んん。…この前は本当に悪かったな、お嬢さん」
「お母さんが許したからミサカも許すよ、ってミサカはミサカは頷いてみたり」
「おかあ…さん…だと?」
「急に走ってンじゃねェよクソガキ」

動揺する垣根。
苦笑いするフィアンマ。
照れ笑いと黒笑いを交互にする打ち止め。

打ち止めは、近づいてきた気だるげな少年に振り返る。

「そんなことより、ってミサカはミサカはあのポスターを指差してみる」

彼女が指差すのは、先程垣根も見ていたペアキャンペーンについての告知ポスター。
それがどうした、と言わんばかりに一方通行は眉を潜める。

「撮ってあげるから並んで並んで、ってミサカはミサカはぐいぐい押してみたり!」
「押すンじゃ、」
「おい打ち止め、」

垣根の妨害が入る前に、と打ち止めは二人をくっつける。
流石に打ち止めを止める程子供にはなれない垣根。

パシャリ。

わざとらしいシャッター音だった。
フィアンマと密着したことで一方通行はやや顔を赤くしていた。
フィアンマは一方通行とくっついたことで所在なさげな表情を浮かべている。
どこからどう見ても、初々しいカップルに見えた。

「これで完璧ね、ってミサカはミサカは携帯電話契約にこれを使ってください、とあなたとお母さんを押し込んでみる」


当初の予定である垣根ではなく、一方通行の奢りで。
且つ、一方通行とのペア契約で。
やや長かった携帯電話の契約を終えたフィアンマは。
数時間待たされ、退屈に退屈を重ねた打ち止めは、彼女の手を引いて走り出した。

「ふふふふー今からはミサカの時間なのだーってミサカはミサカはダッシューっ!」
「だから待てと、…また後で連絡する!」

打ち止めに付き合わされつつ、フィアンマは垣根と一方通行へそう言った。
残された超能力者二人は、地下街で眉を寄せる。

「……よりによってオマエと残されるとはなァ。反吐が出そォだ」
「そうかい。腹殴って楽に吐かせてやろうか?」
「はっはァ、…殺すぞ」
「テメェこそ死ぬか? あ?」

喧嘩腰な二人だったが、頭の中に自分を止める少女が浮かんだので、やめることにする。
ここで殺しあったところで、彼女は自分を好きになるどころか嫌いになる恐れが高いだけだ。

「……飯食うか」
「……そうだな」

同じ一人の女を好きになるということは、感性が似ているということでもある。


「手、繋ぐって存外恥ずかしいわよね」
「そうか?」
「そ、そうよ!」

美琴と上条は手を繋ぎ、街を歩いていた。
雨はまだ降らないが、そろそろ降りだしそうである。
フィアンマと電話をし、正式に別れを告げたあの日から。
上条は,美琴とホテルへ行かなくなった。
正確には、彼女を抱かなくなった。
八つ当たりをするべきストレスの元凶がなくなったからかもしれない。

或いは。

『俺様を踏み台にした分――――当麻は、御坂美琴と幸福になってくれ』

笑いながら、泣き出しそうに震えた声を思い出すと。
性欲など、とてもではないが保てる訳もなかった。

ぽた。

水滴が、二人の手を濡らした。
ぽたぽたぽた、と水滴が落ち始める。

「げっ」
「ふっ、降り出した!?」

二人は手を離し、学生鞄を頭の上へ。
付け焼刃程度の傘の役割しか持たない。
すぐに雨宿りをする場所を探そうとして。

上条は、動きを止めた。


そこに立っていたのは、細身の小柄な男だった。
緑は髪、纏う服も緑の修道服。
襟は少々特殊なもので、男の首周りをがちりと覆っている。

十年近く前の記憶が、上条の脳内を埋め尽くす。

『…困りますねー。これ以上逃亡されては』
『少し大目に見たのが間違いでしたか。異教徒のクソ猿に触れられては穢れますよ。
 さて、戻りましょうか』

金属を擦ったような、不愉快な男の声。
この男が居たからこそ、幼い頃、自分はフィアンマを連れ出すことが出来なかった。
降りしきる雨の中、水一滴すら修道服に受けていない男は、うっすらと微笑む。
聖職者らしい、慈愛に満ちた笑み。それでいて、瞳には悪意が漲っている。

「お久しぶりですねー、幻想殺し」

優しげな表情で、吐き捨てるように。

「テメェ、は。……、何で、」
「貴男が"あの子"と結ばれたのならば、それで良しと出来たのですがねー」

彼は、右手を広げた。
ゆるりと広げたその手には、白い粉。
それは単なる小麦粉に過ぎなかったが、魔術で補強すれば恐ろしい武器だ。

「そこの少女との肉欲に溺れた結果が、これですか。見下げたものですねー」


学園都市への侵入者。
それへ対応するために、必要なコード。
それは『ANGEL』というウイルスコードだった。
どういった内容がプログラミングされているのか、彼は知らない。
特に興味も湧かないし、調べようとも思わない。

彼の名は、木原数多。

かの木原一族の出身者であり。
学園都市第一位を開発した、学園都市最高の科学者。
故に、彼にとって一方通行は敵にあらず。
彼に与えられた仕事は、たった一つ。

妹達の最終ロット、最終信号の回収。
最終信号へのウイルスコード注入。

そのためのありとあらゆる敵対因子の殺害。

第一位でさえ例外でないというのだから、驚きだ、と彼は思う。
だが、モルモットなんて、正直に言っていくらでも代わりはいるのだ。
もちろん時間はかかるが、その気になれば一方通行を再び作り出すことは可能だろう。

「さて、と」

ロケットランチャーを担ぎ。
部下に指示を出した研究者は、のんびりと欠伸を漏らす。

「こっちも仕事だからさぁ、悪く思うなよアクセラちゃん?」

かつて手塩にかけた実験動物を思い浮かべ、彼は獰猛に笑った。


「何、何なのよあいつ…っ」

上条と共に走って逃げながら。
美琴は、ぜぇぜぇと息切れをして、立ち止まる。
彼女の電撃はことごとく『素手で』はじかれた。
特別な対策をしているようには見えない。
駆動鎧(パワードスーツ)じゃあるまいし、と彼女は懸命に思考を働かせる。
だが、そもそも前提からして彼女は魔術というものを知らない。
そして、理解するつもりもないだろう。故に、わからないまま。

「―――優先する」
「っあ、」

ぐらり。

美琴の体が、揺れた。
頭がガクガクと揺さぶられたかのように、まともに立っていられない。
上条は咄嗟に彼女の体を抱きとめる。

神の子の肉、神の恵み―――小麦で出来た白い霧の向こう、男が立っている。

上条は、ギリ、と歯を食いしばる。

「……美琴は、関係ねえだろうが。やるなら俺を殺れよ、魔術師」
「おや。てっきりその少女が全ての元凶だと思っていたのですがねー」
「責任は全部俺にある。…誰のせいにするつもりもねえよ。
 誘惑に乗ったのも、フィアンマを裏切ったのも、俺だけの責任だ」
「そうですか。では改めてやらせてもらいましょうか。
 少なくとも、あの子が受けた痛み程度は受けていただきませんとねー?」

白い殺意が、降りかかる。


打ち止めとはぐれてしまった。
先程まで一緒に居たはずなのに。
気がつけば、さらわれたかのように姿を消していた。
人ごみを歩いていた訳ではないのだから、気づかない訳がないのに。

「………」

不穏な予感がする。
フィアンマは携帯電話を取り出し、一方通行へ電話をかけた。
返答は、存外早かった。

『どォした』
「打ち止めが行方不明だ」
『何?』
「ずっと一緒に居たのだが、まるで気配が掴めん」

連れ去られた恐れがある、と彼女は不安を堪えて言った。
わかった、と一方通行は返答して、電話を切った。

一方。

垣根は一方通行の向かい側で同じく電話をしていた。
電話の相手は、かつてよく利用した下部組織の一人。
侵入者がいる、とのことだった。

「テメェはクローンのガキ、俺が彼女担当。オーケー?」
「そォだな。…余計な事してみやがれ、今度は左手飛ばしてやる」
「何もしねえよ。"彼女が嫌がる"ことは」

学園都市の双璧は、そうして別れた。


気がついたら、手が離れていた。
迷子になるような人ごみなんてなかったはずなのに。
精神操作系の能力者による干渉結果だということすら気づかずに。
ぼんやりとした表情で、打ち止めは男の腕に抱えられていた。
黒い防護服のようなものを身にまとっているのは、暗部組織『猟犬部隊』の一人。
何か支障があれば、リーダーである木原数多によって死ぬより辛い目に遭わされる。
今頃どこぞの研究所で切り売りされていそうな元同僚を見ているから、知っている。
だからこそ、彼は走っていた。
打ち止めを木原に引渡し、自らに降りかかる難から逃れる為に。

「よ、よし、もう少しで、」

そのために、ごくごく個人的に下部組織を雇い入れたのだ。
精神系能力者を使い、こうして少女を確保した。
手柄さえ立てれば、危険に晒されることはない。
暗部組織の中にいながら、彼は保身のことしか考えていなかった。

「遅かったじゃねえか…お」
「ひっ! き、きちんとガキは連れてきまし、」

男は、木原数多へ打ち止めを受け渡そうとして。
突如、腹部を何かが突き抜けた。
それは装備を軽々と貫き、腹部を貫通し、内臓を纏って地面に落ちる。

それは、ただの石ころだった。

路傍の石とはいえ、速度によっては銃弾よりも凶悪な武器となる。
そして、たかが石ころをそこまでの威力に引き上げられる能力者など、限られていた。

「ぶっ殺すぜェ、木原くゥン!!」

怒号。
飛び込んでくる少年に笑って、木原は打ち止めの華奢で小柄な体を部下に投げた。
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべ、銀のグローブのようなものをはめた右手の調子を確かめる。
そして、ロケットのように飛び込んできた一方通行の顔面を。

・・・・・・・・・
素手で殴り飛ばした。


上条に突き飛ばされ。
逃げてくれ、と大きな声で言われ。
何度残ろうとしても、大丈夫だからの一点張りで。
美琴は泣きそうになりながら、走っていた。

お前が死んだら、俺はどのみち死ぬんだ。
お前が生きていなきゃ、帰る場所がない。

そう言っていた。
だから、自分は生き延びなければならない。

後ろで、肉が潰れる嫌な音がした。
大雨の中、美琴は一人ぼっちだった。
迫り来る悪意に対抗する術は無かった。
一瞬だけ、誰かに頼ることも考えた。
だが、そもそもここまでの大事にも関わらず警備員が気づかない時点でおかしいのだ。
先程すれ違った人は倒れていた。
一応救急車を呼ぼうと専用コールをしてみたが、繋がらなかった。

「被害者とはいえ、あなたも間接的にあの子を傷つけた人間ではありますしねー」

気がつけば。
声は、すぐ後ろだった。
振り返り、一気に距離を取る。
そこには、修道服を僅かに血で汚した緑の男。
笑みは優しげでいて、それでいて、恐ろしかった。


(当麻、の)

血、だろう。

男の服を見て、美琴はそう判断する。

電撃は通用しない。砂鉄の剣も。雷も。
超電磁砲を跳ばしてみるか。

しかし、美琴は迷う。
超電磁砲は必殺の一撃。
文字通りの必殺技は、下手をすれば相手が死ぬ恐れがある。
だから基本的には射程から相手を僅かに外すか、物を壊すように使用してきた。

「当麻を、どうしたの」
「殺してはいませんよ。一応、まだ彼女が諦めていない可能性も考慮しましたから」
「そう」

ならば、やはりこの男を殺す訳にはいかない。
だが、上条を傷つけられてこのまま引き下がる訳にはいかない。
手元に武器はないが、手当たり次第に物をぶつければ何かがヒットするかもしれない。
どのような対策をしているのかは不明だが、電撃対策が万能に効くとは思えない。

「―――美徳の一において優先する」
「っ、」

周囲の鉄骨を組み合わせ、武器を作ろうと電撃を飛ばす美琴だったが。
優先する、と男が言う度に、ぐらぐらと意識が揺れ、演算が出来なくなる。
演算の式をかき乱され、その場に膝をつく以外の選択肢がなくなる。
徐々に薄れゆく意識に、壁へ手をつき、歯を食いしばり、こらえる。

意識を下位に、肉体を上位に。

たったこれだけで、人は意識不明状態へと陥る。
美琴が耐えられているのは、彼女自身に生体電気を操る能力があること。
また、テッラの術式が昔よりもマシとはいえ、まだ未完成であることが関係していた。
だが、耐えるのが精一杯で、反撃には転じられない。
仮に出来たとしても、人体を電撃より上位に設定されてしまえば防御されるだけ。

七つの美徳という点に着目して研究をした彼の術式―――『光の処刑』。

七つまで、物事の優先順位を変更出来る術式だ。
人体を壁よりも上位に置けば、壁をすり抜けることが出来る。
上位のものは、下位に対して絶対的な優位性を誇る。
かつては一つしか設定出来ないこと、距離が限られ過ぎていること、再設定が何度も必要なことでデメリットが多かった。
幾度もの『調整』、研究を重ねた結果、飛躍した性能。
とはいえ、デメリットはまだまだある。七つしか出来ないことや、彼自身が理解しているものしか設定出来ないことだ。


徹底的な暴力に打ちのめされた。
どういうカラクリかは、知らない。
気を喪う直前、木原はベクトルを逆にして攻撃していると言っていた気がする。
自分を開発した張本人であるあの男は、自分の演算パターンを網羅している。
それこそ、自分の思考回路を植えつけられたかの実験体達よりも、余程。

「ク、ソッタレ、が……」

地面に手をついて立ち上がる。
時間はまださほど経過していない。
遠くに見えた光。あれは何だろうと思ったが、悠長に確かめている暇などない。

「は、ァ」

捕獲されたということは、すぐ殺されはしないだろう。
一方通行は、出血している頭を手で押さえながら思考する。
こちらの思考が読める相手の思考なら、読めない道理はないだろう。
打ち止めは妹達の司令塔。つまり、狙いはミサカネットワークだろう。
ミサカネットワークへ外部的に干渉するための近道は、打ち止めの頭にウイルスを打ち込むこと。
研究所を借りているとは思えない。あの男はそういうお堅く一箇所に留まる研究者ではなかった。
なので、車の中に見えたあの黒い機材は、恐らく『学習装置(テスタメント)』だろう。
あれさえあれば、ウイルスコードを直に入力出来る。少々時間はかかるが。
自分なら落ち着いて作業をするために、どこを選ぶだろうか。
この非常事態ならどこでも廃屋のようなものだが。

「……」

視線を上へ。
一方通行の視界には、多くのビルがあった。
彼の能力は、ベクトル操作。及び、この世界に存在するありとあらゆるベクトルの観測。
ベクトルとはすなわち、『空間における、大きさと向きを持った量』のことだ。
生きている人間がいれば、一方通行はその熱量や呼吸による空気状態の変化から測定出来る。
相手は複数人で、そのどれもが成人。作業内容から考慮して、各人共動きが少ないはず。

条件さえ、設定してしまえば。

世界最高のスーパーコンピュータとやり合える程に優秀な彼の頭脳は、一つのビルを特定出来た。


「これ、っなら、」

ぐらぐらと煮立った思考回路で、演算する。
鉄骨と砂鉄をまとめた塊が、テッラへ向かって襲いかかった。
彼は悠々と優先順位を設定し、美琴は歩み寄ってくる。
男は、こう言っていた。

『御坂美琴が居なくなれば、あの子は報われる』。

男が言う『あの子』が誰なのかは知らない。
だが、上条は理解していたようだった。
もしかすると、自分に暴力を振るったあの赤い髪の少女なのかもしれない。
仮にあの少女の指示なのだとしたら、本当に卑怯だ、と思う。
あの少女が上条の恋人だったのかどうかは知らない。
もし上条がそのようなことを言ったのなら、教えてくれたなら、このような関係にはならなかった。
詳しいことはよくわからないが、こんな卑怯な手段は良くないことだ。
あの少女本人に暴力を振るわれた時は、何となしに納得出来た。
自分だって、上条への好意を自覚した後、彼に自分以外の恋人が出来れば、あの様に振舞ったかもしれない。

でも、赤の他人は関係ないはずだ。

「げほ、っげほ」
「終わりにしましょうか」

あの日のように。
助けてと乞うてみたところで、ヒーローは来ない。
美琴のヒーローは冷たい雨に打たれながら、意識朦朧と地面に倒れ伏しているのだから。

元は小麦粉なのだろうが、白い斧が降りかかってくるように見えた。
雨の中でも刃の形を保っている時点で、ただの小麦粉ではない。

「………」

その時。
美琴は、笑っていたかもしれない。
上条が言ってくれた、『妹達を生み出したことだけは誇って良い』という言葉と。
自らが今でも抱え持っている『一万人の妹達を殺した殺人者』という思考が混ざって。

ああ、このまま死ねば。

上条は悲しむし、生き延びるという約束は果たせないけれど。
少なくとも、あの子達に面と向かって謝ることは出来るかもしれない、と。

「……めんね」

ごめんね。

その謝罪は。
後輩に、上条に、生きている妹達に、死んでしまった妹達に、友人に、告げたものだったかもしれない。

彼女自身、もう何が何だかよくわからなかった。
せめて死の瞬間からは目を背けまいと、彼女は決して目を閉じない。
死んでいった妹達は目を開けていただろうから。死の恐怖から、目を背けてはいけない。

その時、その瞬間。
彼女がもし十字教に組みしていたのなら、聖女と呼ばれたことだろう。

彼女の覚悟はあった。
テッラの殺意があった。

だが、彼女が傷つけられることは、無かった。

>>689 ×組みして ○与して




ビルの中に辿り着く。
目の前どよめく邪魔な雑魚共を、文字通り払った。
窓ガラスを突き抜けて落ちていった人間は、恐らく生きていることだろう。
衝撃緩和用のスーツを着用していたのだ、死ぬ方がおかしい。
敵の生死を先に考える時点で、一方通行は自分自身に苦笑する。
彼女の願いを意地でも叶えようとしている自分が、馬鹿に見えた。

お前に手を汚して欲しくない。

彼女があの日、自分の前に立ち塞がって言ってくれた言葉。
それを守りたかった。これ以上手を汚さず、贖いだけを続けることで人生を終えたかった。
だが、そうもいかないようだ。この目の前のクソ野郎だけは、殺さなくてはならないだろう。

ごめン。

口の中で呟いて、一方通行は拳銃を拾い上げる。
能力が通用しないというのならば、後はこうしたもので殺すだけだ。
銃弾を当てる自身など、無い。だから、一度自分に撃って、操作をして確実に当てる。
打ち止めは熱病に浮かされたような様子で、荒い息を繰り返している。

「ハッ。カッコイー、惚れちゃいそうだぜぇ、一方通行ぁ?
 すっかりヒーローヅラしちまって。ゴミ処理場にぶち込んでやりてえ男前っぷりだ。
 一万人を殺した殺人者とはとてもとても思えねえなあ。ああ、ありゃクローンだから人形か?
 このちっこい人形もその一部だったか」

ゲラゲラと笑う男。
その笑い声に神経を逆撫でされながら。
一方通行は打ち止めを見やり、拳銃を握り締める。
彼が守りたいのは、自分自身などではない。

打ち止めと。
そして、彼女が。
二人で普通に、笑顔で話している、その風景だ。

願わくば、そこには黄泉川愛穂や芳川桔梗も居る。

自分なんてどうでもいい。
こんな手は、いくらでも汚してみせる。

だが、あの風景だけは、壊したくない。壊させたくない。

「確かに、俺はオマエ同様、或いはそれ以上のクソ野郎だ。
 こォいう闇の世界では弱者から真っ先に餌食になって藻屑扱いで終わりになる。常識だ」

自殺でもするように、彼は頭に拳銃を突きつける。
一見して頭が狂ったようにしか見えないその行動は、確実な勝利のために。

「だが、それは。そンなくだらねェモンは。くだらねェ人間達の、くだらねェ事情は。
 あの女の願いも、このガキの命も、踏みにじられてイイ理由になンざ、ならねェだろォが!!」

怒号。
発砲。

肉がぐちゃりと潰れる、嫌な音がした。


血液が、飛び散る。
雨と混ざった鉄臭い赤は、コンクリートの上を流れていった。
美琴とテッラの間には、一人の少女が立っていた。
魔術を使った反動で、彼女は既に血を流している。

「……」
「おや。これはこれは」

男が言葉の続きを言う前に、彼女は右手を振った。
正体不明の閃光と共に、テッラの身体が吹っ飛ばされる。
かなりの距離を飛ばしたことを確認後、フィアンマは美琴の方へ振り返る。
額や腕を血だらけにしている彼女に、美琴はびくりとする。

「な、によ。…アイツは、アンタが、指示したん、じゃ…?」
「流石にそこまでは落ちぶれていないつもりだが」

彼女の右手が、美琴の頭に触れる。
そっと、その優しい動きだけで、美琴の体調不良の全てが回復した。
はっきりとした視界、美琴の瞳に、血液を口から零す苦悶の少女が見える。

「ちょ、ちょっと!?」

美琴は慌てて立ち上がり、フィアンマの背中を摩ろうとする。
彼女は左手でそれを制し、地面にチョークで何らかの模様を描いた。

「待ちなさいってば。何してるのか知らないけど、まずはアンタの怪我の治療の方が先、っ」
「大丈夫だ」

言って、描いたのは魔法陣のようなもの。
飛ばす先は、冥土帰しの居る病院だ。
あの場所は安全圏だ、とフィアンマは思う。

少なくとも。

この戦場での優先順位は、自分の方が美琴よりも上だ。

「当麻が、お前を選んだ理由が、わかったきがする」

呟いて。
彼女は小さく苦々しい笑みを浮かべ、美琴の手を引っ張った。
魔法陣の中に立たせ、一呼吸つく。
対して、美琴は混乱しながらも目の前のフィアンマを気遣っていた。
元々、怪我人を見れば悪人相手でない限り心配してしまう性質だ。
だからこそ多くの後輩に慕われる。彼女は、そんな少女だった。

「大丈夫じゃないわよ、どう見ても」
「慣れているんだ、この程度なら。
 問題ないさ。あの男に負ける程弱くはないはずだしな」

だから、当麻を頼んだ。

言って、彼女は美琴を転移させる。
彼女の姿が消失したところで、魔法陣は雨に流され、かき消された。


「あの少女が憎いのだとばかり思っていたのですがねー」
「否定はしないが、間違っているよ。俺様も心の整理位はつけるさ」

余計なことをしてくれた、と言わんばかりの少女の視線に。
聖職者は笑って、優しく優しく微笑みかけた。
その笑顔に一切の悪意も、敵意も見えない。
だが、確実に凶器は握っているし、射程範囲を探っている。

「そうですか。では、戻りましょう」
「……何?」
「お伽噺のような時間は終わったでしょう?」

あなたは姫じゃない、と男は言った。

「そろそろ、貴方は帰るべきですねー。
 このような穢れた養豚場では、あなたが傷つけられていくばかりです」
「……、…」
「あの少年に未練がないというのなら、それこそ残る必要などありません」

それは、冷たくも事実だった。
上条に連れられ、上条と共に居ることを夢見て、ローマ正教から逃げ出した。
上条に見捨てられ、別れ、一人になった今、彼女が学園都市に残らねばならない理由は存在しない。

「我々の叡智さえあれば、あなたを元の体に戻す事も出来ます。
 勿論、あなたが今後、もう二度とこのような想いをしないよう―――感情も消しましょう」

ゾッとする一言は、恐らく確定事項なのだ。
魔術的な手段を用いて、自分の感情を消去するつもりなのだろう。
才能を鑑みて、程よいマイナス感情程度なら残してくれるかもしれない。
だが、それはもはや人間とは呼べない。
情緒も無く、笑顔を浮かべられないものなど、人形にすら劣る。

左方のテッラは、ローマ正教を愛し、心から篤く信じている。

勿論、フィアンマのことを大切に思っている。
だからこそ、決めてしまったのだろう。
それは人間の尊厳を踏みにじる行為だが、そもそも『神の右席』に人間の尊厳など必要ない。
人間の限界を超越し、原罪を極限以上にまで薄め、神上へ至ることが目的なのだから。

「………」

彼女は、無言で考える。
思い返す。上条とさよならをしてからの、この短い期間を。


『信じないとしても構わねェ』
『だが、俺にとっては。…オマエは、一番の人間だ』
『オマエ、前にそォいうのが欲しいって言ってただろォが』

『見舞いではありません、と』
『ミサカはこのタッパーを見せ』
『これは第一回愛娘決定戦なのですと』
『ミサカはミサカはあなたにご飯を食べて欲しかったり』

『俺の暮らしてる寮…………の隣の部屋なら空いてるし、安全だけど、どうだ?』
『あん? 退院祝いに買ってやるよ』
『じゃあ飯作ってくれよ。コーヒー煮込みナントカ。一方通行にも作ったんだろ?』


自分を一番だと言ってくれた少年がいた。
自分に笑いかけてくれた少年が居た。
自分を慕い、懐いてくれた少女達が居た。


感情を消すついでに、恐らく記憶も消されるだろう。
ローマ正教がよりよく利用しようと思うなら、自分はそういう処置を受けるはずだ。
たとえ記憶は残ったとしても、感情を消されれば、こうした思い出の価値もなくなる。

「……仮に、俺様が拒否をしたら?」
「学園都市を制圧します」

にこやかな声。
数の暴力には、もしかすると、学園都市も屈するかもしれない。
そうでなくとも、ローマ正教の誇る『聖霊十式』の中には、『使徒十字(クローチェディピエトロ)』などがある。
物理的に制圧はしなくとも、傘下に加える方法はあるのだ。

「………」

あの少年達が。
あの少女達が。

自分のワガママのせいで、傷つけられる。
それは良くないことだ、とフィアンマは思った。

「そうか」

体中、ボロボロだ。
魔術を使った弊害で出血は止まらない。
こんな弱さでは、彼らを救うことは、守ることは、到底出来ないだろう。

だから。

彼女は、頷こうとした。
盲目の頃、怠惰に、他者の敷いたレールの上、不幸へ向かって歩み続けてきたように。


轟!! と。

風が吹き荒れた。
テッラは思わず顔を手で覆う。
風よりも自身を上位に設定しても、防ぎきれない。
突風に耐え切れず、細い男の体が宙を舞った。

「…………、…」
「よお。遅くなって悪かったな」

フィアンマの前には、少年が立っていた。
右手に義手を嵌めている、明るい髪色の少年。

彼は、垣根帝督。
『未元物質』を操る、学園都市第二位の超能力者。

「なん、…どうし、」
「どうしても何もねえだろ。ガラじゃねえ自覚はあるが、守りに来たって訳だ」
「………何の、ため、に」
「俺の為かな」

垣根は素っ気なく言った。

「……、…ヤツは、俺様の奪回を目的としている」
「へえ」
「だ、から」

無意識下で、安心してしまったからだろう。
体に、うまく力が入らない。
今にもへたりこんでしまいそうだった。

「………俺様が奪われれば、それで全て済む話じゃないのか…?」

感情も。
自由も。
喜びも。
希望も。
友人も。
或いは、視力ですら。

「んー。多分、それが一番簡単で手っ取り早い解決方法なんだろうけどよ」

自他共に認める悪人は、肩を竦めた。
ヒーローになるつもりも、王子様になるつもりも、騎士様になるつもりもない。
彼女一人に認められていれば、後は人様に評価されるような善行などクソ喰らえ、だ。
彼はただ私利私欲のために、フィアンマを守ると決めている。
そのために、邪魔なものは力でひねり潰す。悪とはそういうものだ。







「それを認めたくねえから――――俺も、あの野郎も、こうして立ってんじゃねえのかな」


ヤンデレなローマ正教と学園都市わんつーとキチデレな魔術師数名に愛され過ぎて眠れないフィアンマちゃん。
今回はここまで。
(明日来られるかどうか自信ないです)


肉しか食べない一方さんに野菜サラダ作るフィアンマちゃんが見たいです!
後お隣さんな垣根くんとほのぼのしてるフィアンマちゃんも。日常パートが欲しい。

(自演じゃないです。今夜は来られないかもしれません、すみません)


ギリギリ間に合っ……













投下。


気がつけば、病院の入口に立っていた。
体調不良はすっかり消えていた。
頭の中には、あの血まみれの少女の姿が残っていた。

だが。

『だから、当麻を頼んだ』

頼まれているのだ。
美琴は一度だけ深呼吸をすると、上条を迎えに行く。
雨に打たれ、ぼんやりとした表情の彼は、血だらけの傷まみれだった。
意識が朦朧としている彼の体は重かったが、どうにか病院まで連れて来られた。
テッラと交戦をしつつ逃げていた美琴は、病院寄りの上条の倒れていた位置からすっかり離れていたのだ。
あの少女の空間転移は助かった、と美琴はひっそりと思う。

そして、それと同時に。

あの少女は本当に大丈夫なのか、と不安になる。
だが、向かおうとまでは思えなかった。上条が心配だった。

こんな時、同時に二つのことが出来ればいいのに。

美琴は、そんな神様のような技能を欲しいと、願った。


木原数多は、死んでいない。
一方通行が手を汚すことを止めたのは、一方通行自身だった。
一方通行が木原へ当てた弾丸は、正確に男の両手足を撃ち抜いている。
弾丸は小さめだったため、放っておいても死ぬことはないだろう。
暗部組織の一人なのだから、回収や何かがあるはずだ。

「………チッ」

最後の最後、殺せなかった自分に反吐が出る。
一方通行が殺しを出来なかったのは、彼女の姿が浮かんだからだ。

きっと、何百人殺したって。
その全てに理由と言えそうな理由があれば、彼女は笑いかけてくれるだろう。

だけれど、既に一万三十一の血に汚れた手を。
これ以上穢しては、彼女に触れられない、と思った。

心臓や脳に来ると予想して銃弾を防いでいた木原数多は、激痛による絶叫で自ら喉を潰していた。
一方通行の思考パターン全てを予測出来ると豪語していた彼は、一方通行の善性と意思の強さを見誤ったのだった。

虫のように地べたをみっともなく蠢く研究者を冷徹冷酷に見下ろして。

一方通行は打ち止めに取り付けられた学習装置を操作し、ウイルスデータを消去した。
莫大な、窓の外から射していた光が、潰える。

「…ま、どっかには拾われンだろ。どォ転がっても"木原"だしな」

言って。
一方通行は、そっと打ち止めを抱え上げた。
汗でべっとりと張り付いた彼女の明るい前髪を、手で退けてやる。
一度も振り返ることなく、彼はドアを後ろ足で蹴り閉めた。


「この、風、は…? ッ。――――優先する!」
「まあ、そんな訳だ。俺を止められんのは俺しかいねえ」

小麦粉が雨で塊となり、斧の形となって振り下ろされる。
対して、垣根は指先一つ動かすことなく。
あくびでも漏らさんばかりの怠惰な態度でいた。
斧を抱きとめるかのように、両腕さえ広げて。

とある超能力者を除き、誰しもが理解出来ない攻撃。

空中で小麦粉の塊は圧縮され、ゴロリと地面へ転がる。
それどころか、垣根の意のままに動くようになった。
未元物質によって変質させられた物質は、もはや小麦粉とは呼べない。
ついでに言うならば、未元物質の影響を受けて完全変質した物質は垣根の手の内にある。

「見たところ、『一方通行』よりは対応しやすいな。
 どういう原理かは知らねえが、台詞と雨を弾く様子からして―――優先順位の設定ってところか?」
「ぐ、」

テッラは、指揮をするように手を動かす。
だが、垣根の干渉を受け、支配下に置かれた小麦粉は、もう動かなかった。
テッラの手元へ戻ることもなく、ただただ、雨と同じ様に排水口へ流れていく。
垣根はにやにやと笑い、実に実に悪党らしく小首を傾げた。

「それで、手品はそれでおしまいか? だとしたら残念だ。宴会の一発芸じゃあるまいし」
「何、だ。その能力は……?」
「何だと思う? 少なくとも、テメェにゃ理解出来ねえだろうな。
 上位のものが下位に絶対的優位。下位のものは上位に干渉出来ない。

        ――――俺の未元物質に、その常識は通用しねえ」

さて、と。

垣根は背後の彼女に何を見られようが気にしない様子で、言葉を放つ。
一方通行と違い、彼は悪党として生きる道を既に選択している。
言い訳の出来ない殺人に対し、既に真理を得ている。

「それじゃあ、殺すけど……良いよな?
 命乞いをするのは勝手だが、俺は悪人なモンでな。
 相手が改心しようが何だろうが、殺す時は殺す。
 ましてや、………この女が嫌がってることをしようとした野郎だから、確実に」

突如、左方のテッラの狭量ではとても防ぎきれぬ白き槍が、ありとあらゆる場所から飛び出した。


病院へ辿りついた。
打ち止めをカエル顔の医者に任せた一方通行は、待合室の椅子へ腰掛けた。
体中が疲れているが、治療が必要な程の怪我はしていない。
殴られはしたが、骨折もしていないだろう。意識を飛ばす為の暴力とはそんなものだ。

「………」

疲れきった体は、思うように動かない。
打ち止めが気にかかるが、彼女のことも気にかかる。
だが、自分に何発も食らわせたあの第二位なら、という思いもあり。

(…クソッタレ。甘えた考え持ってンじゃねェよ)

この世界に、本当の意味でヒーローなど居ない。
だから、どんなに場違いでも、間違っていても。
守りたいと、救いたいと思った人間が行動しなければならないのだ。
垣根に任せていれば全て解決するという保証はどこにもない。

「…ぐ、」

だが、一度座ってしまった以上、体に力が入らない。
気力だけで無理に動いていたからなのだろう。
元より、痛みへの耐性も体力もない方だ。
こんなことなら体を鍛えておけば良かった、と思う。

「……侵入者に渡したら、容赦しねェぞあの野郎…」

時計を見つめる。
夜が、更けていった。


「……殺しそびれたか」

手応えが足りない。
血が雨で洗い流されていくアスファルト。
白い小麦の霧が晴れた時、そこに男の死体は無かった。
どのような方法を使用したのかは知らないが、逃げる後ろ姿すら見当たらない。
槍は何本か刺さったようだが、出血量から見て致命傷ではないだろう。
垣根は面倒そうに、チッ、と舌打ちをする。
追撃をしても良いが、逃げたと思われるルートが多すぎて特定出来ない。

どしゃり。

水溜りの中に、何かある程度の重みが落ちた音だった。
立っているのが限界だったのか、フィアンマが座り込んでいた。
慌てつつ、垣根はしゃがみこんで彼女と視線を合わせる。

「お、おい、」
「………疲れた」

ぽつりと呟き。
フィアンマは手を伸ばし、垣根のジャケットを軽く掴んだ。
出血故か、意識朦朧としているようである。
垣根は一旦地面へ片膝をつき、彼女の体を抱え上げる。
息が浅い。あまりにも出血量が多すぎる。
加えて、この雨だ。体が冷え切っている。
どこが傷ついてこの出血なのかも不明なため、体をさすることさえ出来ない。
垣根に出来ることは、彼女の体をなるべく刺激しないように病院へと運ぶことだった。


「こ、れは。痛手、でしたねー……」

光の処刑で何とかなると思っていた。
だが、そもそも相手の手札を理解出来なかった。
喩えるならば、ババ抜き中、相手の手札が実はタロットだったと知ったような気分。
そもそも規格からして違うし、短時間で理解出来るようなものではなかった。

「一度、戻り、ましょうか……」

先程、バチカンの方へは連絡を入れた。
みっともない敗走だ、とヴェントに嘲られたことを覚えている。
彼の脇腹や脚は槍による傷がつき、出血していた。
ふらふらとしているが、後もう少し。
別働隊が設置してある術式で繋がれたゲートへ入ってしまえば、すぐそこに聖ピエトロ大聖堂があるのだ。

「……な、に?」

そうして。
左方のテッラは、立ち尽くした。
別働隊の部下達、皆が皆力なく倒れている。
ゲートの役割を果たしていた空間移動用の陣は、的確にかき消されていた。
素人の消し方ではない。
たとえるならば、プログラミングコードの文頭にセミコロンを入力するように。
魔術記号だけが崩されていた。素人が適当に崩せば別の術式が発動してしまうからだ。

「左方のテッラ、で合っているかな。まあ、まず間違いはないだろう」

倒れている部下達の中心に。
一人の青年が立っている。
現在進行形で世界を敵に回している、とある魔術師だった。

「安心してくれて良い。痛みを与えない殺し方は得意なんだ」

左方のテッラは、一歩後ずさる。
この相手には勝てない、と直感が告げていた。
垣根帝督以上に、理解の出来ないものだった。

「貴、様。何故―――」
「理由は簡単だよ。自分で言うのも何だが、私は博愛主義の人間だ。
 ……だが、彼女だけは特別なんだ。そして、特別なものを傷つけられれば報復する。当然のことだろう」

光の処刑が発動するまでもなく。
一語すらそれ以上を紡がせず。
魔術師が行使した"説明の出来ない力"が、左方のテッラの体を、潰し消した。


術後。
目を覚ました上条は、美琴がいることに気がついた。
目覚めを待ちくたびれたのか、彼女はうとついている。
上条は、そっと自分の毛布を彼女の膝にもかけた。
その柔らかな触感がかえって刺激だったのか、彼女は目を覚ました。

「…目、覚ました、のね。…よかった…」

ぐし、と目元をこすっているのは、眠気覚ましと、浮かんだ涙を消すためだろう。
上条はゆっくりと呼吸をしつつ、美琴を見上げた。

「無事、みたい、だな…」
「ズタボロだったけどね。助けがあったから」
「…助け…?」
「…この間、私達を攻撃してきた赤髪のヤツが治療してくれた。
 血まみれだったんだけど、大丈夫だの一点張りで。…死んできゃ、…良いんだけどね」

目を伏せる美琴。
上条は手を精一杯伸ばし、気に病むことはない、と彼女の髪を撫でた。
自分を心配する気持ちとフィアンマへ再度助力しに行くか、きっと迷ったのだろうと予測して。

(……フィアンマ、美琴のこと、助けてくれたのか)

上条は、その事実に目を閉じた。
彼女はもう、美琴に怒りを向けていないのだろう。
彼女が今何を考えているのか、わからない。

一度、面と向かって冷静に話すべきだろうか。

思うも、連絡は既に取れなくなっていた。


もう、病院を終の棲家とした方が良いかもしれない。

ベッドの上、輸血パックを視界に入れつつ。
目を覚ましたフィアンマはぐったり憂鬱にそう思いながら。
起き上がる体力も気力もなく、天井を見つめていた。

コンコンコン

ノック音。
促すと、予想に違わず訪問者は垣根だった。
一方通行を伴っている。

「……ン。怪我は」
「ああ。調子は悪くない。単純に鎮痛剤が効果を発しているのかもしれんが」
「とりあえず大事なくて良かったな」
「そうだな」
「………」
「さて。それじゃ、聞きたい事があるんだけど、良いか?」
「何だ?」

一方通行と垣根は、拳二つ分の距離を空けて見舞い客用の椅子へ腰掛ける。
四つの瞳が自分へ向いていることにほんの僅かな緊張を覚え、フィアンマは首を傾げた。
疲れた様子の一方通行に代わって、といった様子で、垣根は言う。

「あの男の素性とか、お前の元居た立場の話。話せる限り教えてくれ」
「…………」

フィアンマは、暫し沈黙する。
毛布を軽く握り、彼らから顔を逸らした。
窓の外の方を見つめながら。

ぽつりぽつり、消え入りそうな声量で、話し始める。





「………………幻滅したか?」
            『神の右席』を降りることを決めた少女―――フィアンマ




「ああ、幻滅した」
       暗部を仕切る冷酷な超能力者―――垣根帝督




「………ローマ正教、ねェ」
       学園都市最強を譲らぬ超能力者――― 一方通行




「さて、到着ー……っと」
        とある戦闘狂の魔術師―――雷神トール


 


今回はここまで。

あっほのぼのネタとしては、「お前を変えたやつが気になる」とか言って父親面して出てくる木原くんとか俺得です!


かの左方のテッラを一撃で……一体何レルスなんだ…


>>730
ネタ提供ありがとうございます!

















投下。


左方のテッラからの連絡がない。
彼自身が戻ってくることもなかった。
ヴェントは不信に思いつつ、部下に調べさせることにした。
数時間の後、届けられた報告は、左方のテッラの行方不明。
ただし、部下達全てが昏倒させられていた時点で、何者かの妨害があったようだ。
フィアンマではない、と彼らは報告していた。
金髪碧眼の、一見して人の良さそうな青年だったとのこと。
前方のヴェントは、そういった見目の魔術師に心当たりがある。
ローマ正教どころか、世界ごと敵に回しているフリーの魔術師だ。
魔神になることが出来ず、術式を無闇に振るい、かつてフィアンマと戦ったことがあるはずだ。

「………」

だとすれば。
此度のローマ正教―――ひいては左方のテッラの行動が気に入らなかったのかもしれない。
六年前の戦闘を経てフィアンマを気に入ったのであれば。
あの男が左方のテッラを殺害してもおかしくはないと、思う。
そして、行方不明ということは死体の見つからない殺し方をされたということだろう。

「如何いたしましょうか」
「調べは終了…っつか、中止。行方不明じゃなく死亡だろうしね」
「畏まりました」

男が頭を下げ、闇へ姿を消す。
ヴェントは学園都市に向かいたい気持ちでいっぱいだったが、あの男には勝てないと判断する。

「……フィアンマが無事なら良いケド」

過去に死んだ弟の代理として。
彼女は、フィアンマを大切に思っていた。
左方のテッラの様な歪んだ思いではなく、純粋に、姉として。
今回のテッラの誘いを断ったということは、バチカンにフィアンマは戻る意思がない。
そういうことなのだろう、とヴェントは少しだけ寂しくなって。
我慢し、ゆっくりと息を吸い込んだ。


ローマ正教。
右方のフィアンマ。
先天性の盲目。
上条当麻。
魔術。
才能。
されそうになったこと。

自分の人生における構成要素。
一切の事情を話したフィアンマは、やがて言葉を締め、黙った。
直接手を汚したことはないが、人に指示をして小さな国を滅ぼしたこともある。
それは政治的な判断で、決して個人的な事情などなかったとしても。
これは、軽蔑されるべき立派な理由になるだろう、とフィアンマは思った。

「………………幻滅したか?」

たとえ、右方のフィアンマをやめることで世界を敵に回す覚悟が持てなかったとしても。
上条が来てくれなければ、自らの力で運命を打破出来ぬ程にひ弱な精神しか持っていなくても。
盲目のままに魔術を教え込まれ、背中を突き飛ばされる形で最暗部の長へ君臨せざるを得なかったとしても。

だからといってそんなものは、どこかの誰かを貶めて良い理由になるはずがない。
彼女が選択をしなければ、両方の国が滅んでしまったのだとしても。
机上で導き出された数よりもずっとずっと多くの人が死んでしまうのだったとしても。
それでも、彼女が宗教組織の頂点、最暗部で遠まわしに人を殺す選択をしたことは変わりない。

能力が発動してしまうことを懸念して。
フィアンマは、何も考えないことにした。
マイナス感情を抱けば、二人は同情してしまう。

「ああ、幻滅した」

垣根の声音は、少し怒っているようにも聞こえた。
それも当然のことだろう、とフィアンマは小さく笑う。
頭に拳銃を突きつけられようが、他人を殺す選択肢を選ばない聖人はこの世に何人もいる。
自分がそうなれなかったことは、糾弾されて然るべきだ。

「………ローマ正教、ねェ」

ぽつり、と一方通行が復唱する。
その声もまた、何かを責めるような意味合いが感じ取れた。


「なら、俺達に"助けて"って言えよ」
「……、」
「結果的にあの野郎は取り逃がしちまった。
 けど、俺や一方通行に電話して、助けてって言うことは出来ただろ。
 そうしたら、多少到着すんのは早まっただろうが」
「……、…」
「誰もオマエを責めやしねェよ。責める必要がねェンだから。
 生まれつき奴隷として育てられたガキは奴隷になるしかねェ。
 オマエのそれも同じだろ。責められねェのは罪がないからだ。
 俺やこのチンピラみてェなのとは違う」

幻滅、というのは。
呆れた、という意味ではなく。
そもそも、彼女に対してではなく。

ローマ正教という組織に対して、だ。
世界的に有名な宗教組織なのだ、二人も名前位は知っている。
科学の街に居る以上無縁だが、それでも宗教は人を救うためのものだと思っていた。
だが、実情はこれだ。
どれだけの力があるにせよ、痛みを堪え、血まみれで誰かを庇う為、敵の前へ立てる少女に。

重責を押し付け。
血を浴びせかけ。
罪を背負わせて。

そんなことをする組織に、二人は幻滅し、憤慨していた。
能力が発動していなくたって、二人は彼女を否定しない。罵倒しない。
否定するべき要素がないのだから。そして、肯定してあげたいから。


ぽふぽふ。

二本の手が、彼女の頭を撫でた。
そのまま、優しく撫でた。
人殺しの笑みは、それでいて優しいものだった。

彼らは罪人だ。
罪人にこそ救いが必要だと、かつて『神の子』は言った。
彼らはフィアンマの肯定によって、救われた。
『神の子』に救われた人間達が、使徒として仕えたように。
彼らは、フィアンマのことを守ってあげたかった。

「オマエは連れていかせねェ。これ以上何も奪わせねェよ」
「幻想破壊については仕方ねえが、それ以外の平穏は守ってやる」

二本の手が引く。
フィアンマはふと、二人の顔が歪んでいることに気がついた。
というよりも、空間全体が歪んでいる。
じわじわと侵食する歪みは、水の中の光景に酷似していた。

「…ふ…………ぇ」

彼女は、決して聖女にはなれない。ヒーローにだってなれない。
保有している力に対して、その心はあまりにも弱すぎて、勇気に欠ける。
だからこそ、もっと頼ればいい、と二人の少年は思う。
彼女が普通の女の子の様に、怖い時、辛い時、助けて欲しいと手を伸ばすのは、悪いことではないのだから。


「さて、到着ー……っと」

暗闇に、一人の少年の影があった。
ともすれば少女の如き容姿でもある。

長い金髪に、透き通った青の瞳。
手足は細く、纏っている服はストールなど、中性的なものだ。
肌はとても白く、睫毛もやや長い。

彼は、のんびりと伸びをする。
ひとまず、学園都市には忍び込めた。
その達成感に少しだけ酔いしれ、欠伸を噛み殺す。
路地裏に座り込むと、一匹の野良猫が寄ってきた。

「おーおー、人懐っこいなお前」

よしよし、と指先で頭を撫で。
更にじゃれつかれ、完璧になつかれそうになったところで。
彼は何の前触れもなしに、指先から紫電を放った。
空中に向けて放たれた紫電に、野良猫は驚き逃げ去っていく。

彼は、『グレムリン』と呼ばれる魔術結社の一人。
学園都市に恨みを持っていて、リーダーに見初められれば誰でも加入出来る魔術結社の。

名は雷神トール。
勿論、本名ではない。
加えて言えば、学園都市に対して恨みは持っていない。
ただ、面白そうな戦闘を出来そうな情報集めの為に入ったに過ぎない。
そして彼はとある情報を聞くなり、潜入情報収集役を買って出たのだった。

「『敵に対して最適な出力を捻出する術式』―――か。
 …少しばかり"味見"しちまっても、オティヌスの野郎、怒らねえよな?」

『グレムリン』は、右方のフィアンマ―――現在は学園都市の一生徒を欲しがっていた。
世界を歪めるために、必要な人材だったから。
雷神トールは、そんな大きな目的などどうでも良かった。
ただ、彼は自らが強くなれそうな、経験値を積めそうな素晴らしい敵と戦いたいだけだ。


十月二十八日。
二十五日に退院した患者が全て退院した日、その翌日。
上条当麻は、ゆるゆると目を開けた。
のろのろと起き上がり、台所でいそいそと調理をする。
それなりに手の込んだ朝食は、かつてとある少女が幸せそうに食べていたものだ。
上条と同じ食卓で、にこにこと、幸福そうに。彼の心を満たしながら。

「フィアンマ、これの味付―――そっか」

聞こうとして。
彼女はもう居ないのだった、と気がつく。

「……、…」

美琴のことは、好きだ。愛している。
恋人として、これからも大切に関係を続けていきたい。
それでも、どうしても、彼女の痕跡が、自分の中から消えない。
良い思い出になってくれないし、今すぐ会いたい。
これは浮気に入るのか否か、上条には判断つきかねる。

作りすぎてしまった二人分の朝食。

食べてくれる人は、居ない。
このご飯のために早起きするのはとても楽しいと言ってくれた少女は居ない。

「……」

上条の心は、ぽっかりと穴を空けていた。
自業自得だからこそ、今更取り戻せないものだ。


一方。
同じく朝食を作りすぎてしまったフィアンマはというと。

「……もしもし」
『ん? んー…!! フィアンマか。
 何だよ、何かトラブルか?』
「いや、…言いにくいのだが、朝食を作りすぎてしまってな」
『朝飯?』
「一緒に食べてもらえると、ありがたいのだが」
『おお、すぐ行く』

お隣さんである垣根は、すぐにやって来た。
フィアンマは迎え入れ、作りすぎてしまった朝食を二つの皿へ分ける。
席についた垣根の前に配膳し、自分も着席した。
祈り文句を済ませてパンを口に含み、フィアンマは首を傾げる。

「……何だ?」
「……いや、警戒心ねえなあ、と」
「襲うのは勝手だが、痛い目に遭って血を見るのはお前だ」

もぎゅ、とパンを口に含み、フィアンマは事も無げにそう言った。
垣根はちょっぴり眉尻を下げ、スクランブルエッグを食べた。

(お前の貞操が脅かされるってだけで俺は嫌なんだけど)


一方通行は、買い出しに出ていた。
頼まれたのではなく、自主的なものだ。
黄泉川愛穂の家へ住んでいる彼だが、基本的に自由だ。
というよりも、反射をされてしまうと誰も彼を止められない。

コツ、コツ。

靴音を鳴らして歩く。
ふと、自分が買おうと思っていた缶コーヒーが飛んできた。
中身入り、無開封だと判断し、何の気無しにキャッチする。
たとえそれが偽装された爆発物だったとして。
自分の『反射』の前では、何の意味もなさないのだから。

缶コーヒーを投げてきたのは。
数日前に戦闘したばかりの人でなしだった。

「よお、一方通行」
「どのツラ下げて俺の前に現れてやがる」
「人の顔は一個しか基本ねえんだが、そんな常識も空の彼方か。
 痴呆にはまだ早いんじゃ…ああそうか、テメェはもう年寄りだったか! ぎゃはは!」
「うっぜェ……」

改心したんだか何だかは知らないが、好意的(??)になった木原数多だった。


今回はここまで。


『グレムリン』のトップはオティヌスちゃんです(今回)
(寝取られの定義がわからなくなってきたのですがヒロインが他の男に靡いたらもう寝取られでしたっけ…?)














投下。


お腹いっぱい。
そんな訳で、フィアンマは垣根と共に外出していた。
病院でだらだらとしていた彼女には、体力作りの散歩が必要だった。

「だいぶ涼しくなったな」
「だな。俺としては嬉しい限りだ」
「秋冬の方が好きなのか?」
「お洒落出来るからな」
「……もう少し好青年然とした服装を勧めるが」
「い、いいだろうが別に。大体、人の良さそうな顔してる野郎程何やらかすか分からないモンだ」

そんなことを言い、垣根はてくてくと歩く。
そんなものだろうか、とフィアンマは首を傾げる。

「そういえば、行ってみたい場所があるのだが」
「あん? 何処だよ」
「ゲームセンター、という場所だ」
「付き合うぜ。もう開いてるだろうしな」

治安が悪い場所には露払いと一緒が一番だ。

そこまでは考えていないものの、適度に垣根を頼ってみるフィアンマだった。


……何やってンだ…俺…。

一方通行は、久しぶりにそんなことを考えていた。
原因としては、目の前で肉塊<ハンバーグ>を食べているあからさまにガラの悪いおっさんのせいである。
一方通行もチーズ掛けのハンバーグを食しているはずだが、あまり美味しくない。
誰かと一緒に食べるごはんは美味しい、と打ち止めは言っていたが。
それも相手によるものだ、と一方通行はぼんやりと思う。

「…っつゥか何しに来たンだよ」
「暇つぶしだ、暇つぶし」
「暇つぶしねェ」

木原は一方通行を憎んでいなかった。
一方通行も、特段木原を憎んではいない。

何も思わない、というのが正直なところだ。
腐れ縁にも近い感覚かもしれない。
言うなれば、牛乳のようなものだ。
水のように飲まなくてはいけないものだし、毎日飲めば飽きる。
だが、自分の成長のために多少なりとも摂取すべきもの。
とはいえ、人生においては無くともまったく問題はない。
その程度の存在、関係性だ。

「俺の読みは当たっていた。だが、お前は撃つ場所を変更した。
 それも、最後の最後、発砲直前の土壇場で、だ」
「……だったらどうした」
「そこまで変わった理由に興味が湧いた訳だ。かつてお前を開発していた研究者としては?」
「ふゥン」

本当に暇つぶしか、と一方通行はつまらなそうに呆れる。
そんな彼が水を飲んだところで、男からこのような指摘が入った。

「やっぱあの女か」
「ぶっ」


「んー……」
「こっちじゃねえの?」
「ああ、これか」

垣根とフィアンマの二人は、クイズゲームに精を出していた。

科学や物理学ジャンルは垣根。
文系や宗教学ジャンルはフィアンマ。

と、担当こそ決めているものの、協力して百点を目指しつつ。
パズル問題に頭を悩ませる彼女をサポートしつつ、垣根はふと気になったことを尋ねた。

「特に悪い意味はねえんだが」
「んー?」
「お前、何で一人称が『俺様』なの?」

一般的に、女子の一人称は『私』『あたし』などが多い。
勿論それは一般論の話で、本来一人称は私的な場において自由なものだ。
『僕』や『俺』と名乗る女性だっていても良いだろう。
だが、『俺様』というのは珍しい一人称である。
自分の名前にちゃん付けをして可愛こぶる女子の派生系だろうか、と垣根は首を傾げた。
彼自身は、彼女がどのような一人称を使用していようがどうでも良いと考えている。
自分だって、私的、公的、気分、目的で一人称を変更するのだから。

「偉そうにしようと思ったんだ」
「偉そう?」
「幼い頃、既に俺様の未来は決められていた。
 だから、人の上に立つに相応しい口調にしようと思った訳だ。
 当時は年端もいかん幼い子供だったからな。偉そうイコール偉いと考えていたんだよ」

実際には、偉そうにしていなくても偉い人間は偉い。
しかし、その当時、フィアンマにとっては偉い人は偉そう、逆に言えば偉そうな人は偉いというイメージがあったのだ。
それは偏見だったが、今となってはこの口調は染み付いている。
今更変えようと思っても、なかなかうまくいかない。変える必要性も感じられない、と彼女は言う。

「なるほどな」

科学記号を適切に選択し、ハイスコアを叩き出しながら、垣根は相槌を打つ。
楽しい時間は、ほどほどに早く過ぎ去っていった。


女なんざ体さえモノにしちまえば簡単簡単。

父親面半分にそんなことを言った木原数多の言葉を思いだし、一方通行は舌打ちする。
ハンバーグを食べ終え、会計を終えた後、あの男とは別れた。
応援なのか揶揄なのか、恐らく後者なのだろうが、余計なことを言ってくれやがったものだ。

「……そンなンじゃねェし」

一人の帰り道、一方通行は缶コーヒーの入ったコンビニ袋片手に呟いた。
彼女のことはとても大事に思っている。
だが、恋愛対象として見ることはいけない、と彼は思う。
微笑みかけてくれているだけで良いのだ。彼女は言うなれば天使のようなものだ。
手を伸ばしてはいけない。友人としての距離を保つべきだ。

どのみち。
彼女の心の中には、一生涯あのヒーローが居るのだろうから。

それを塗り替える自信など、ないのだから。
大罪人である自分が、彼女を幸福に出来る道理もない。

「おー、一方通行ー」

声をかけられる。
振り返り見やれば、本日は警備員非番らしい黄泉川の姿。

「これから帰るところなんだけど、乗っていくじゃん?」
「……ン」

笑顔で提示された善意に、一方通行は乗ってみることにする。


「じゃあ俺はちょっと用事があるから。気をつけて帰れよ」
「ああ。朝から巻き込んでしまってすまなかったな」
「俺も楽しかったし問題はねえよ」

垣根と別れ。
フィアンマは少しだけ迷った結果、一方通行の家へお邪魔することにした。
打ち止めも既に退院しているはずだし、会っておくのは悪いことではないだろう。
ゲームセンターからそう遠い場所でもなかったため、徒歩三十分程で到着する。
アポイント無しで訪問してしまって良かっただろうか、とフィアンマはふと思い。
仕事相手や何かではないのだから、と自分に言い聞かせ、インターフォンを鳴らした。

ぴんぽーん

鳴らした。
しばらくの沈黙に、彼女の心臓はドキドキと高鳴る。

『はいはーい、ってミサカはミサカは応対してみたり!』
「ああ、打ち止めか。遊びに来たのだが、入っても問題ないか?」
『うん、ってミサカはミサカは頷いてみる。ちょっと待っててね!』

元気いっぱいな声が止み、数秒後に開かれたドア。
にこにこと天真爛漫に愛らしい笑みを浮かべる少女が出迎えた。

「今から一方通行とヨミカワが帰ってるくるの、ってミサカはミサカはお留守番をしていたことをアピールしてみる」
「そうか、一人で留守番をしていたのは偉いな」

よしよし、と頭を撫でて褒めてやる。
一応の礼儀として持ってきたお菓子(500円程度)をテーブルに置き。
打ち止めが振舞ってくれた麦茶を飲みつつ、フィアンマは家の中を見回してみる。
特に変哲の無い家だ。そのことに、彼女は何となく安堵した。

「あっ、帰ってきたってミサカはミサカはダッシュしてみたり」

幼い少女が駆けていく。
帰宅したのは、一人の女性と一人の少年だった。


世間話をしている内に時間は過ぎていき、夕方へ。
良ければ夕飯を、と勧められ、最初こそ断ったものの。
一人暮らしなら良いだろうと再度勧められ、フィアンマは頷いた。
なので、今宵の晩御飯は黄泉川家でいただくことになる。

(この子、上条のところの……)

思うも、言わないでおく。
それが優しさだ、と黄泉川は思ったから。
二人の関係性はよく知らないが、上条もかつて『恋人じゃない』と言っていた。
突然学校を転校していったことは不可解だったが、それも今は聞かないでおこうと、思う。

「…幸之助、手伝ってもらえるか?」
「あン?」

黄泉川に頼まれ、野菜を切っている彼女だったが。
少し手が疲れたのか、一方通行にじゃがいもの皮むきを頼んでいる。
一方通行は基本的に家事はしないし、嫌なことがあればデフォルト反射を設定して沈黙する。
それは打ち止めに対してさえもそうだ。家事をする位なら出来合いの飯を買う、と言いきった程に。
いつものパターンで素っ気なく断るだろうか、と思う黄泉川だったが。

「…剥けばイイのか?」
「ああ。剥いたら手渡してくれ」

素直に彼女の頼みを聞き、皮むき器を手に悪戦苦闘を開始する。
フィアンマは礼を言いつつ、身体が冷えたらしく、手洗い場へ消えた。

「一方通行、もしかして」
「…ンだよ」
「あの子のことが好きじゃん?」
「………違ェよ。どいつもこいつも、テメェの偏見を押し付けてンじゃねェ」

不機嫌そうに言う一方通行。
が、フィアンマが戻ってきた途端、表情を改める。
打ち止めが他愛ない話をしてきている時か、それ以上に表情が柔らかくなる。
もっと素直になれないものか、と黄泉川は微笑ましそうに首を傾げた。


夕飯を終えて。
まだそんなに暗くないから、と送るという提案を断って。
フィアンマは一人、帰り道をゆっくりと歩いていた。
夕方の空は赤く朱く、夕陽は地平線へと沈みゆく。

「…ふ、」

あくびが漏れた。
家に帰ったら洗濯だけして寝た方が良いかもしれない。
概ね、もう彼女に人生において心配すべきことはなかった。
左方のテッラの提案を跳ね除けたのだ、ローマ正教だって諦めてくれるだろう。
二○億人もの数があるのだから、神の如き者の適性をもった人間だって居るはずだ。

「………、…」

ふと。

彼女は、完全下校時刻のチャイムに、足を止めた。
この時間、完全下校時刻ということで、学生が多少は居るはずだ。
チャイムに焦って走る学生が数人は居なくてはおかしい。

あまりにも人が居ない。

その状況を作り出すには、いくつかの方法がある。
そして今回のケースは、彼女のにとって身近なパターンだった。

振り返る。

そこには、少女的なシルエットの少年が立っていた。

「よお。あんたが右方のフィアンマであってるか?」
「…………お前は?」
「雷神トール」

北欧神話の神名をそのまま名乗り、彼は笑みを浮かべた。
軽く首を傾げ、明るく、あっけらかんと言った。

「―――俺が強くなって、高みに登る為。勝負してくれよ、ローマ正教二○億の頂点さん」


十歳近く歳の離れた少女への恋心で左方のテッラを殺るなんて…一体どんなロリコン誰レルスさんなんだ…。
(しつこいネタは嫌われますねごめんなさい)

ネタ提供・展開予想、希望お待ちしております。

今回はここまで。

乙。
加群さんに落第防止に戻ってもらって、
みんなまとめて勉強みてもらう的な展開希望


この世界じゃオッレルスの本来の嫁はイギリスのでメイドやってるのか?
それとも相棒としているのか?(だとしたらかわいそう)

乙でしたー

しつこい?
いえいえ、>>1様のそれは定番と言うのですことよ

そして>>1様は上琴が好ましくないので上琴成分が少なくても致し方なし!
つーか上琴ってよりぶっちゃけみこっちゃんが好きじゃないんじゃないかなぁとか思ったり

ネタとしてはフィアンマさんのお父さん(的立ち位置)のアックアさんと、一方さんのお父さん(面)の木原くんの二人の話が見たいなぁ…


申し訳ないのですが上琴描写はとても少ないのでご容赦ください…


>>782
どちらが良いのでしょうか…やはり前者ですかね。


>>781>>783
ネタ提供ありがとうございます!














投下。


フィアンマは、冷静に目の前の少年を観察する。
その身に纏っているのは、雷神トールの構成要素を模した霊装だ。
メギンギョルズを模した力帯まである。
物理的にも、通常の物理法則を捻じ曲げた腕力を発揮するだろう。

「……」

少しだけ考える。
話して通じる相手だろうか。
戦意満々の相手の戦意を喪失させるのは骨が折れる。
見たところ、暗殺に来たといった様子ではないようだが。

「…高みに登るとはどういう意味だ」
「言葉通りだよ。あんたと良い戦いをして経験値を積みたい」
「ほう」

彼女にとって、戦闘とは右手を出せばすぐに終わるものだ。
だが、『聖なる右』を行使するには、天使の力の呼び水程度、自分の魔力が必要になる。
魔力を精製した時点で、血まみれになることは避けられないし、痛い。
これが誰かや何かを守るための戦いならばともかく、そういう訳でもない。

「ならば、先に言っておこうか。まず、お前は俺様には勝てない」
「随分と自信があるんだな。流石だといったところか」
「俺様が右手を出した次の瞬間、お前は地面に倒れ伏す以外の選択肢を喪う。
 だから、よく考えろ。二分程目を閉じて作戦を練れ。その程度の努力なら許してやるさ」
「作戦タイムなんざいらねえよ」
「思考も含めて全身全霊で戦った方が、得られる経験値は負けたとして、大きいと思うがね」
「……一理あるか」

不意打ちをされても死なない自信があるのだろう。
雷神トールは、目を閉じた。作戦を練り始める。


しん、とした空間で。

二分間きっちりと考えた雷神トールは、静かに目を開ける。
整った顔立ち、その青く透き通った瞳が、何も無い空間を捉えた。


何も無い空間を。


・・・・・・・・・・・・・・・・・
何も無い空間を視界いっぱいに捉えた。

「…………は?」

トールは呆然として。
暫しの思考時間の後、一つの真実に辿り着く。

「に、逃げやがった!?」


「っは、はぁっ、」

フィアンマは夜の街を駆けていた。
路地裏を走り、追撃を避ける為に妙なルートを通る。
どこまで行けば撒いた事になるかはわからない。
もしかするとあちらはサーチ魔術を使ってくるかもしれない。
正々堂々と勝負を申し込んできた時点で、砲撃術式はないだろうと予測出来るが。

「……どうするか」

困った。
こういったトラブル回避には自信がない。
誰かに助けを求める程の事案とも思えない。
血まみれ傷だらけを覚悟して一度だけ攻撃するべきだろうか。

「おい、逃げんなよ。卑怯過ぎんだろ」

気がつけば、追いつかれていた。
フィアンマは後ずさり、床と壁に視線をやる。
爪が傷むのを覚悟で傷をつければ、術式が発動した。
自分の魔力は一切使用していない。故に、傷つくことはない。
この術式は魔力を通してある霊装に過剰な地脈の力を注ぎ込み、使用不能にさせるもの。
その霊装に魔力を通した当人が勝手に魔術を使う羽目になる。

「な、っ」
「……お前に話が通じるかは不明だが、…先程のはハッタリだ。 
 やれん訳ではないが、正直に言って現在の俺様はまともな魔術師とは呼べん。
 学園都市の能力開発の影響で、単純な術式でも命に関わる」
「なるほど」

納得し、攻撃姿勢をやめたトールはがっくりと項垂れる。

「条件がフェアじゃねえなら戦う意味もねえ。…残念だ。っつか先に言ってくれよ」
「本当に、純粋に勝負をしに来ただけなのか?」
「"俺は"な」
「……お前の所属している魔術結社は」
「ん? ああ、そういやその辺りは名乗ってなかったか。俺は『グレムリン』」

機械に悪戯をする妖精の名だった。


彼は先程までの素らしい態度ではなく。
一介の魔術師としてある種冷酷な態度になって彼女を見た。

「『グレムリン』の狙いはアンタだ」
「……俺様か。魔術が使えん体だというのに」
「その体質」

言われ、彼女は黙り込む。
彼女は"神様から愛されている"人間だ。
聖人とはまた違う特殊パターン。

特別な右手。
祈りの確実な成就。
類まれなる強運、幸運。

魔術師であれば欲しいと思う要素が、生まれつき彼女には備わっていた。
他の魔術師が奇跡の間借りをするのとは違い、彼女は自身の持ちうる奇跡を加工して捻出する。
彼女の傍に居るだけで、他の人間は幸運に恵まれる。
言うなれば、生けるラッキーアイテムと言ってしまっても問題はないだろう。

「……それを、ウチのリーダーが欲しがってる」
「お前は斥候か」
「一応な。別に命令が無い限りアンタに危害を加えるつもりはねえよ。
 最も、命令があっても従うかどうかは別だけどな」
「実に魔術師らしいな」
「まあな」

霊装が壊れていないかチェックしつつ、トールはゆっくりと息を吐きだした。

「害意はねえよ。信じるかどうかは別として、一応言っておく」
「そうか」

信じる訳がない、と彼女はぼんやりと思う。


オティヌス。

そう普段名乗っている魔術師は、少女の見目をしていた。
実際にはそれなりの年齢なのだが、容姿は偽装している。
鍔広の帽子を被り、物々しい眼帯が隻眼を覆っていて。

「……」

彼女は、空を見上げる。
彼女は、右方のフィアンマ―――フィアンマ=ミラコローザという少女を保護する為に、ここまでやってきた。
勿論学園都市にはちょっとした不快感もあるし、世界を歪めたいとは思っている。
現在の、争いばかりでどうしようもない世界を適度に歪めて。
多くの混乱とふるい分けの後、心が美しい人間だけを残そうと思っているのだ。
ローマ正教に虐げられてきた少女が、もう二度と泣かないで済むように。

「……ん」

彼女は、魔神―――ではない。
かつて一度その座についたものの、奪われた。
その男がフィアンマを攫う前に、彼女を連れ去らねばならない。
学園都市は、彼女に何の得ももたらさない。拒絶はしないだろう。

「…元気だろうか」

気性の荒いオティヌスにしては珍しく。
懐かしむように、愛おしむように、彼女は呟いた。


後にオティヌスと名乗る少女は、劣等感に苛まれていた。
幼い頃から兄弟と比較され、学校に入れば同年代と比較され。
たった一度の成功体験すらなく、何を思うでもなく過ごしていた。
誰かに手を差し伸べたことも、差し伸べられたことも、そのような機会にも恵まれず。

『……む…』

そんな時に、幼い女の子と出会った。
盲目だった彼女は、目の前に落とした小さな石一つ拾えずにいた。
周囲には人がおらず、彼女を助ける人はいなくて。

『……これか』
『あ、…かんしゃする』

石を拾って渡すと、彼女は嬉しそうにはにかんだ。
その笑顔は愛らしくて、人に安堵を与えるものだった。
息が荒く、その頬は赤かった。照れではない。

『…飲み物が必要か』
『えあ、』

缶ジュースを開封して、手渡す。
きょとんとした後、幼い少女はちびりと飲み始めた。
初めて飲んだ、と嬉しそうにまた笑ってみせて。
それから、近づいてきた聖職者らしき男に手を引かれていった。
最後に見えたその表情には、怯えと絶望しか見えなかった。

助けたい、と。
救いたい、と。
守ってあげたい、と思った。

産まれて初めて、誰かを助けることを教えてくれた、あの子を。


雷神トールは去り。
フィアンマはゆっくりと自宅へ向かう。
走っていたからか、汗で張り付いた服が冷える。
ぶるりと小さく体を震わせ、彼女は歩いた。
一人で帰って良かった。誰かを巻き込まずに済んだ。

「…『グレムリン』か」

少なくとも、そのネーミングからして学園都市のことは嫌悪していそうだ。
自分の体質を何に活用するのかは知らないが、物騒なことであることは間違い無い。

「……」

空を見上げる。
雲で覆い隠された月は、どうしても見えなかった。

「………っくしゅ、」

肌寒い。
早く帰ろう、とフィアンマは足を早める。


今回はここまで。
エンドは決めてあるので後はどれ位詰め込むかです。


(そんないっぱい書けな…ふぇえ… いやまあ次スレはいくと思いますが)















投下。


「偵察終了。軽く接触したが、五体満足で無事っぽいぜ」

雷神トールが戻ってきた。
『グレムリン』の潜伏する廃ビルは沈黙していた。
正規メンバーしか、ここには居ない。
非正規を入れることも考えたが、使い捨てる予定がなかったのだ。

「おー。お疲れ」

だるそうに労ったのは夜ふかし中のウートガルザロキだった。
軽薄そうな青年は、見目通りに軽い口調、明るい態度で喋る。
トールは肩を竦め、欠伸を噛み殺しながら首を傾げた。

「あん? オティヌスは?」
「月でも見てんじゃねえの?」

満月だし、などといい。
彼は再び暇つぶしの手遊びに戻ったようだ。
術式開発なのだろうが、日頃の行いの影響で真面目に見えない。

一応、報告だけは済ませておこう。
思い、雷神トールは屋上へと上がった。
そこには十三、四歳程度の少女が、転落防止用の柵へ腰掛けている。
ふわふわとしたブロンドを揺らし、ちらりとだけ彼女はトールを見やった。
失墜した魔神。雷神を冠する戦闘狂ですら倒せぬ魔術師。

「ご苦労」
「無事だ。傷一つねえように見えた」
「そうか。下がって良い」

淡々とした返事。
へいへい、と軽く返したトールに、オティヌスは思い出したように告げた。

「……決行は、明後日の夜だ」
「ん、了解」


家についた。
ゆっくりとシャワーを浴びると、身体が温まる。
湯船に浸かるべきかと考えたものの、恐らくのぼせるだけ。
わざわざ苦しい思いをする必要もなし、と彼女は断じて。
風呂上りに冷たい水を飲んだ後、フィアンマは時計と冷凍庫を交互に見る。

「……」

冷凍庫の中には、アイスクリームが入っているのだった。
だが、時刻は23時26分。
もうすぐ眠るだけだというのに、食べて良いものか。
まだ歯磨きはしていないので、食べるなら今の内だ。

「………」

ぺた。

彼女は無言で自分の腹部に触れてみる。
当然のことながら、基本的に少食な彼女に余計な肉はついていない。
悲しくも胸元を含めて、まったくといって良い程に。
肋骨が浮き出す程、ではないものの、余計な脂肪分はない。

「……」

少しくらい。

思い、ピタリと空中で手を止める。
ぶんぶんと首を横に振り、洗面台へ向かう。
腹に肉がつかなくても顔につくかもしれない。
そのような強迫観念が浮かんだ時点で、彼女は平凡な女学生の道を歩みつつあるのかもしれない。


魔神の座を奪われた。
その事実が人生に強く食い込み、絶え間無い絶望を遺していた。
別に、魔神になったところでやりたいことなどなかったはずだ。
精々が自分の気に入らない人間を消す程度、それ位。
だから気にしなくても良いはずだったのに、予想以上に、その出来事は響いた。

呆然とする道中に。

立ち塞がるローマ正教の騎士団が、酷く邪魔なものに思えた。
俺の人生はただ一度たりとも、成功が許されなかった。
幼い頃から貴族の家の次男(スペア)として育てられ、ぞんざいな扱いを受け。
生みの親にさえまともに愛されたこともないまま、魔術の道に進んだ。
魔神になれば、魔術の道では成功したことになる。そう思っていた。
だというのに、唐突に湧き出てきた女に攫われた。

『……邪魔だ』

八つ当たりだという自覚はあった。
普段ならば、関係のあるなしに関わらずストレスを他者へぶつけたりはしない。
だが、どうしても我慢ならなかった。

どいつもこいつも。

全員が全員、俺の人生を阻害する。
当人達にその意思はなくとも、結果的にそういう行動をしている。
何を考えるでもなく、ただ持っている力を乱暴に振るった。
倒れていく人間の姿に昏い快楽を覚えなかったといえば嘘になる。

が。

『……とまれ』

その少女を、障害物と認定することが、出来なかった。


倒れている、ローマ正教が誇る騎士団の男達。
まだ息の根のある彼らに最期を与えようとする俺の前で、その小さな少女は両腕を広げていた。
まるで、その騎士団達の上司か何かでもあるかのように。
そこまで、考えて、俺は彼女が何者であるかという可能性に辿りついた。

『…右方のフィアンマ、か』
『……』
『そこをどいてくれないか。先に攻撃してきたのはそちらだろう。
 魔神になり損なった私を捕縛する目的だったのだろうし、反撃も自由なはずだが?』
『だめだ。……こちらのひれいはわびよう。ここはひきさがってくれないか』

彼女の瞳は、焦点が合っていなかった。
弱視か、或いは盲目か。
薬物を使用している様子は見られないし、音で判断していることから恐らく後者だろう。

籠の鳥。

彼女のイメージは、そんなものだった。
ローマ正教二○億が秘匿する奥底の最終兵器。
どこかの大聖堂に隠されていると言われていた箱入りの令嬢。

年齢にして十歳程度、といったところか。
そんなにも幼い少女が正体であったことにやや驚きつつも。
俺の正体を恐らく理解していながらも騎士達を守るために立ち塞がる彼女が、眩しく見えた。


『…まじんになれなかったことは、……どうじょうする。
 だが、それはぼうりょくをふるっていいりゆうにはならん』

幼い、鈴を転がした、或いは砂糖をまぶしたような声。
十歳程年齢が離れているはずなのに、彼女と俺はその時対等だった。
彼女の瞳には敵意がなく、むしろ、思いやりのようなものが感じられた。

『……まじんになれるほどのどりょくをしたおまえなら、』

安易な暴力を振るわずとも。
その知性でもって、この場は許してくれないだろうか。

丁寧で、僅かに傲慢な嘆願。
それは彼女自身のためでなく、背後に倒れ、傷ついた人間達のために。
恐らくここで俺が暴力を振るっても、彼女は逃げない
目を細め、少しだけ"北欧王座"を行使する。
盲目なりに術式感知の霊装の類でも使用しているのか、彼女は右手を振った。
不可思議な現象同士がぶつかり合い、巨大な腕のようなもののビジョンが僅かに歪む。
と、同時に彼女もやや痛そうな顔をして。それでも、絶対に退かないという意思を感じた。
それは強さであり、優しさでもあり、自己犠牲でもあり。
俺がかつて憧れた、心優しさの象徴にも思えた。

――――欲しい。

率直に、そう感じた。
この少女を手に入れたい、と思った。
守ってもらっている男達が羨ましい、とも。
一目惚れに近い感情だったかもしれない。
ただ、彼女を手に入れられれば、魔神の座など霞む程の成功だと思った。

彼女の笑顔が見たい。
彼女の泣く顔が見たい。

湧き上がる感情は執着と呼ぶに相応しいものだった。
……またの名を、恋心とも。

『……わかった。ここは引き下がろう』
『…そうか』

良かった、とはにかんで、彼女は手探りで倒れた騎士の体を掴もうとする。
移動してしまうのだろう、と察し、咄嗟に俺は言った。

『もし、魔神の座を取り戻せば、君は俺とまた会って…いや。
 ………俺のものになってくれないか?』
『………、……ん。おまえが、せかいをてきにまわし、おれさまをさらうかくごがあるのなら』

ほんの少し寂しそうな表情を浮かべ。
何かを思い浮かべた後に、彼女はそう応えた。
もしかしたら、同じような約束を誰かとしていたのだろうか。


「……だから、世界を敵に回したし、魔神の座も取り返したよ」

あれから十年もの月日が経過した。
時間にして、43800時間。
現在の彼女の現状を掴むまでに、だいぶ時間がかかってしまった。
学園都市へ連れ出したのは、どうやら幻想殺しという少年らしい。
全てを打ち消す異能の力。なるほど、彼女を守るには最適の力だっただろう。

「……」

だが、彼女は見捨てられた。
幻想殺しを宿す少年は、彼女ではない少女を選び、愛した。
今はとある学区のマンションで一人暮らしをしていると聞いている。
能力開発を受けた影響で、まともに魔術を使用することも出来ないと。
かといって、学園都市製の能力開発で大きな成果を儲けた訳でもなく。

心配だった。

今はもう、彼女の泣き顔を見たいとは思わない。
彼女には幸せでいてほしい。笑っていて欲しい。
そのためには、俺と一緒に来た方が。
俺と結ばれて、ずっと一緒にいた方が良いに決まっている。
純粋な魔神になった今、力の総量では誰にも負けない自信がある。
可能性が負に傾けば自分が傷つく羽目になるが、そんなことは些細なことだ。
一刻も早く、彼女を学園都市から連れ出したい、と思う。

「…明晩……に、しようか」

一人、呟く。

彼女はどんな美人に育っているのだろうか。
今でも、暴力から誰かを守るために立ち塞がるような人格性の持ち主なのか。
その答えを既に知っているからこそ、俺は彼女を迎えに行ける。





「……魔神、ねェ」
       学園都市第一位――― 一方通行




「その『グレムリン』ってのをぶっ潰せば良い訳か」
             学園都市第二位―――垣根帝督




「やあ、フィアンマ。迎えに来たよ」
        純粋な魔神―――オッレルス




「久しいな、フィアンマ。助けに来たぞ」
        転落した『元』魔神―――オティヌス




「………どういう、ことだ」
        学園都市の学生―――フィアンマ



今回はここまで。
次回投下はちょっと遅くなるかもです。

(割と酷い誤字脱字があるのですが訂正すると長くなりますのでご容赦ください。すみません…)

乙。皆フィアンマさん大好きなのに、皆が皆自分事情で歪んだ愛なのは何ゆえなんだww

オッさんの中にある、フィアンマさんを不幸にしてきたモノに対して猛り狂う"鬼"を上条さんとかにぶつけるとかあってもいいじゃないヤンデレだもの


きがついたら すごくぷれっしゃーを かけられていた 
すうじつかけたのに ぜんぜん かけませんでした ごめんなさい


>>828
ヒント:フィアンマちゃんの能力











投下。


翌日は、酷い雨だった。
十月二十九日。
それが、本日の日付。

「……」

フィアンマは、ベッドで携帯電話をいじっていた。
一方通行からのメールだった。

『大事な話がある』

「…大事な話、か」

何だろう、と彼女は首を傾げる。
何か、能力に関わることだろうか。
いつも以上に素っ気ない文章は、彼にしては珍しかった。
普段はもう少しばかり気さくな文体なのだが。
だが、学園都市第一位である彼が誰かに携帯を奪われたとは考え難い。
こんな雨の中会いたいというのは少々奇特だが、不愉快ではなかった。

『オマエは連れていかせねェ。これ以上何も奪わせねェよ』

自分勝手で、一途とは程遠い。何て身勝手なんだろう。
思いながらも、フィアンマにとって、一方通行はかつての上条のような存在へなりつつあった。
自分を一番大切だと言ってくれた、たった一人の少年。

「……行くか」

待ち合わせ時刻は正午半。
今からゆっくり着替えて身支度すればちょうど良いだろう、と思う。


「イイ加減返せっつのクソガキ、」
「はい、ってミサカはミサカはお返ししつつメール送信済画面を見せつけてみる」
「勝手に送ンじゃ……オイ」
「というわけでお昼からあなたはあの人とデートね、ってミサカはミサカは勝手に予定を決めてみたり」

本日、黄泉川は出勤、芳川は大学の特別講義へ出席中。
そのため、打ち止めと一方通行しか黄泉川家にはいなかった。
一方通行が寝ぼけている間に打ち止めが彼の携帯を勝手に使い、フィアンマにメールを送信した。
その結果が『大事な話がある』というあまりにも簡素で素っ気ない文章だったという訳だ。
ご丁寧にも送信履歴、その内容を吟味した上で彼らしい文章を構築した打ち止めである。

「…チッ」

先程のは打ち止めが勝手に打った、とはかけなかった。
そんなことを記すのは何だか言い訳がましいし、何となしにみっともない。
一方通行は舌打ちし、携帯電話をポケットへ突っ込んだ。
デフォルト反射を設定しながら刺々しく言う。

「…っつゥか、大事な話なンざねェだろォが。嘘書きやがって」
「ないの? ってミサカはミサカは首を傾げてみる」
「ねェよ」
「……」

本当に? とばかりの視線。
煙たがるように、一方通行は顔を逸らす。
打ち止めは特に邪気を持つことなく言った。

「あなたはあの人が好きなんでしょう? って、ミサカはミサカは一切のからかい無しに指摘してみたり」


外に出てみる。
待ち合わせにはまだまだ早いが、どこかで昼食を軽く摂って行くのも悪くない。
雨の中わざわざ遊びに行くような酔狂な人間は少なく、街は静まり返っている。
彼女が外に出たタイミングで、豪雨はしとしととした雨に変化していた。
これもまた自らの保有する幸運の効果か、とフィアンマはぼんやりと思う。

「……ん」

水溜りに足を突っ込みかけ、危うく立ち止まる。
しとしとと降り続ける雨が、傘を打っていた。
その音は心地良く、目を閉じると眠りそうになる。
だが、目が見えることがどれだけ幸福かを身を持って知る彼女は、目を閉じない。
起きている間は、瞬き以外においては常に目を開けていたい。
素敵なものを沢山見せてくれた少年は、もう、隣りにはいないけれど。

「っ、」

つんのめる。

考え事をしていたからだろう、バランスを崩した。
あわや、水溜りへ手をつきそうになる彼女の体が、抱きとめられる。
思わず傘を放棄し、フィアンマは慌てて体を起こした。

「…すまない」

感謝の言葉を続けて口に出し、顔を上げる。
視線の先には、涼やかな金髪の青年が立っていた。
彼女の体をしっかりと支えつつ、彼は笑みすら浮かべて告げる。

「やあ、フィアンマ。迎えに来たよ」


「あなたはあの人が好きなんでしょう? って、ミサカはミサカは一切のからかい無しに指摘してみたり」

打ち止めの発言を、一方通行は否定出来なかった。
"あってはならないこと"と"そうでないこと"は別問題だ。
彼は、彼女を好きになる人間にしては珍しく、能力に惑わされた好意ではなかった。

笑顔が好きだった。
手を汚して欲しくないと言い切ってくれたことが嬉しかった。
華奢な手足が好きだった。
整った顔立ちが好きだった。
臆病な本心が愛おしかった。
打ち止めを救えなかった自分を救ってくれたことに感謝していた。
産まれて初めて、自分のためだけに、利害なく料理を振舞ってくれた少女だ。
初めて『ありがとう』と言ってくれた少女だ。

好きに決まっていた。
好きに決まっている。
愛してしまっても仕方がないだろう。

だけれど。

「……だったらどォした」

打ち止め相手だからこそ、彼は認めた。
黄泉川や芳川、他の他者が居れば淡々と否定したのだろうが。

「…ミサカ達は。妹達はあなたを許さない、ってミサカはミサカは言ってみる。
 けど、それはあなたとお母さんの幸せを阻害することじゃない、ってミサカはミサカは考えを伝えてみたり」
「…………」

続けて、打ち止めはぽつりと呟いた。
懺悔をするかのように、小さな声で。

「……あの人とヒーローさんを別れさせちゃった原因はミサカ達にあるから、って。
 ミサカはミサカは、あなただけに言ってみる」


妹達が居なければ、一方通行は妹達を殺さなかった。
一方通行が妹達を殺さなければ、美琴は阻止しようとしなかった。
美琴が阻止しようとしなければ、悩むことはなかった。
美琴が悩まなければ、上条が介入することはなかった。
上条が介入しなければ、美琴が恩返しとの名目で彼と関係を深めることもなかった。
美琴と上条が関係を深めなければ、フィアンマは上条とさよならしないで済んだ。

かもしれない。

そう締めくくった打ち止めの表情は、常の明るさはどこへやら、すっかり暗かった。
それはあまりにも論理が破綻しているし、何より、原因があるとしたならそれは自分のせいだ。
一方通行はすぐさま結論を叩き出し、沈黙する。

「………だから、あなたとあの人がくっついて幸福になれたらな、って"このミサカは"思うの」

打ち止め個人の意見らしい。
妹達の総意とはまた別なのだろうか。
何にせよ、打ち止めの言葉でますます強まったことがある。

「…なら、尚更。……尚更、俺にはアイツに告白する資格すらねェよ」


人の良さそうな。
穏やか雰囲気に、ほどよく整った顔立ち。
整っているとはいっても、フィアンマのような怜悧なイメージを与えるものではない。
真顔でいて尚、優しげな様子に見える。

「……私のことを、覚えているかい?」

男の声に、フィアンマはひとまず自力で体勢を立て直し。
それから、傘を拾い上げて改めて差し、じっと男を見上げた。
青年は傘を差していないが、その服は不思議と濡れていない。
年齢からして能力者ではないだろう、と彼女は予測する。
この態度から見て、自分が何かをやらかした訳でもないようだ。
となると、過去の知り合いだと考えた方が真っ当。

……とはいえ、盲目時代の知り合いなどうろ覚えだ。

長い間一緒にいた神の右席や、つい最近まで一緒にいた上条であればともかく。
何年も前に一度会ったきりの青年のことなど、たとえ最初から目が見えていてもわからないものだろう。
首を傾げ、フィアンマはじーっと彼を見つめた後、その顔をぺたりと触ってみる。
触って覚える程の間柄ではなかったようだ。感触に馴染みがない。
彼は苦々しく笑って、彼女を見つめ返した。

「……オッレルスだよ」
「……ああ、お前か」

魔神のなり損ない。
世界を敵に回した魔術師。
幾つもの魔術結社を根絶やしにした怪物。

二つ名のようなものは沢山あるが、フィアンマの価値観としては一つ目が適切だ。

「何をしに学園都市へ?」

濡れた前髪を指先でどかし、彼女は問いかける。
オッレルスは肩を竦め、言葉を返した。

「そうだね。しいて言えば、君を守りに来たということかな」
「『グレムリン』からか?」
「ああ」

純粋な魔神はうっすらと笑んで、様々な案を画策していた。


黙ってしまった打ち止めを尻目に、一方通行は家を出た。
大事な話とは何だ、と聞かれるだろうが、適当に誤魔化しておこう。
何はともあれ、勝手にされた約束といっても彼女を待たせるのは忍びない。

「おい、第一位」
「…あン?」

視線を向ける。
そこには予想通りというべきか、第二位が立っていた。
彼は所謂ジト目というやつで一方通行を見つめている。
或いは、睨んでいるともいう。

「何処行くつもりだ」
「何処だってイイだろォが」
「彼女とデートか?」
「オマエにゃ関係ねェ」
「あるに決まってんだろ」

むす、とご立腹マター。
面倒臭い、と一方通行はひっそり思う。
どのみちついてきそうなので、彼を連れて行ってやることにする。
桃太郎かよ、と一方通行は自らへ肩を落としたのだった。


二人の少年が少女の下へたどり着いた時。
彼女はというと、金髪の青年と話していた。
それもナンパといった様子ではなく、旧知の仲という感じで。

第一位、第二位は共に沈黙する。

白髪の少年は、邪魔をしない方が良いのでは、という卑屈な感情に囚われ。
茶髪の少年は、あいつ誰だよぶっ殺す、という感情を持ち。

立ち尽くす二人の少年は色んな意味で目立った。
故に、フィアンマは二人を見、近づいて声をかける。

「時間まで余裕があったのも手伝って無駄話をしていた。
 帝督も居たのか」
「…あいつ誰なの?」

垣根に問われ、フィアンマは少しだけ悩む。
魔術の話はしたが、明かしてしまって良いものか。
金髪の青年は少し考える素振りを見せた後、三人へと近づく。
そして、自らの名前と身分を明かした。

・・・・・・・・・・・・・・・
魔神のなり損ないという嘘の身分を。

「……魔神、ねェ」

フィアンマの補足説明を受け、一方通行はぽつりと呟いた。

「……ンで、オマエは何しに来たンだ」

科学と魔術は本来相容れない。
そのため、基本的に魔術師は学園都市になど来ない。

(……相討ちにさせれば邪魔な者は全て排除出来るかな)

そう考えた魔神は、目的を話すついでに、『グレムリン』の強襲予定を口にした。
彼はあくまで本来の目的を口にしない。
ただ、フィアンマを魔術結社の魔の手から守る、そのためだけに来たのだと、そう主張する。


「フィアンマの体質目当て、替えは利かない、ねェ…」
「問題解決には、その『グレムリン』ってのをぶっ潰せば良い訳か」
「そうなる。…一歩間違えば魔術と科学の戦争になるところだが、そこは私が隠蔽しておこう」

トントン拍子に話が進んでいく。
フィアンマは慌ててその会話を止めた。

「オッレルスはともかく、お前達を巻き込む訳にはいかんだろう」

魔術サイドの問題は魔術サイドで解決するべきだ。
それは常識の問題でもあったし、何よりも。
フィアンマは、自分の友人に進んで傷ついて欲しいような人間ではなかった。
垣根と一方通行はというと、彼女を見据えて苦笑い気味にこう言った。

「…助けを求めろって言っただろうが」

彼女には笑っていて欲しい。平和な世界にいて欲しい。









――――三者三様の同一の願いは、悲劇を生むことになる。

「それで、大事な話とは何だったんだ」
「今度でイイ」


「ねえ、ちょっと」

美琴に話しかけられ、上条はハッとする。
現在、彼は美琴と共にお洒落なカフェに居た。
美琴曰く『学舎の園』には劣るらしいが、それでも割とお洒落な内装の場所。
上条はコーヒーを、美琴は紅茶とメロンケーキを食べていた。
美琴が楽しげに話し、上条は、相槌を打つ。
それがいつものデートのお決まりだった。セックスの絡まぬ最近は。

上条は、外を見ていた。

雨が降っている中、フィアンマを連れ出して逃げた日を思い出していた。
追撃を右手で打ち消し、左手で彼女の手を掴んだまま、逃げたことを。

『これ以上の危険を冒してまで俺様を連れ出さずとも、』
『決めたんだ。今度こそ、お前を連れ出してやるって。
 もう二度と一人にしないって、決めたんだよ。だから、大丈夫だ』

俺にはこの右手があるから、大丈夫だよ。

そう言い切って、息切れして尚走り続けた。
泣きそうな顔で、ありがとう、と彼女は言っていた。

「何さっきから上の空な訳? …ひょっとして、話の内容つまらなかったとか?」
「そんなことねえよ」

別に、美琴の話がつまらなかった訳ではない。
友人と遊園地に行った、という思い出話は、むしろ楽しかった。
ただ、彼自身が吹っ切れていないために、思考の海へ沈んだだけ。

(遊園地、一緒に行けば良かったな)

携帯電話のアドレス帳には、まだ彼女のデータが残っている。
もう繋がらないとわかっているのに、消せなかった。

「………当麻」
「何だよ?」
「……私とのデート、楽しくない?」
「そんなことないって。ちょっと疲れが残ってるだけで」
「……そ」
「……あっ、…あー。そういや、美琴って電撃マッサージとか出来んの?」
「出来るけどしたことはないわね」
「そ、そっか。あ、今度クッキー作ってくれよ。この前くれたやつ美味かった」
「ほんと? えへ、……じゃ、また作ってあげる。感謝しなさいよねー」


翌日は、昨日よりも酷い雷雨だった。
フィアンマは外に出て、ゆっくりと歩く。
不用意に見えるが、家にいるところを攫われるよりはこちらの方が守りやすいと垣根が判断したのだ。
六つの目に監視されて移動するのも何だか気味が悪いような、とフィアンマはひっそり思う。

コツ。

ブーツの靴音。
フィアンマは足を止め、眼前の少女を見据えた。
十二から十四の間の年齢と思われる、細身の少女だった。

鍔広の帽子。
黒い衣装。
ショートブーツ。

基本的に黒で色は統一されている。
その印象は、魔女の様だった。

北欧神話における主神オーディンの別名を名乗るだけはある。

「久しいな、フィアンマ。助けに来たぞ」
「……」

フィアンマは、一歩下がる。
オッレルスから吹き込まれた情報しか知らない彼女にとって、オティヌスは敵だ。
幼い頃に会ったことなど、覚えていない。
あの時、フィアンマは五歳程度だったのだ。
対して、オティヌスは薄く笑みを浮かべる。
その笑みはどこまでも優しく、善意と愛情に満ちていた。

「あの忌々しい魔神の毒牙には、まだかかっていないようだな」
「……」
「私は魔神の座から転落した不完全だが、……お前を守る自信位はあるぞ?」
「…何?」
「ああ、先に説明しようか。出会った頃、お前はまだ幼かったからな」

オティヌスは、出会った時のこと、満たされたこと、大事に思っていることを話す。
そして、自分は魔神の座を横取りして、後々転落したこと。
オッレルスという純粋な魔神がフィアンマを攫い、何もかもを滅茶苦茶にする前に来たこと。
世界を歪めはするものの、それはフィアンマが何にも縛られない程度に留めようと考えていること。
オッレルスの方は、同じ世界を歪めるでもフィアンマ以外の人類を根絶やしにする恐れがある、とのこと。

どうも話が噛み合わない。

オティヌスによると、オッレルスの方こそが純粋な魔神で、危険だという。

「………どういう、ことだ」

勿論、騙すための虚言かもしれない。
思うも、オッレルスの発言にもそもそも裏付けがないのだ。
彼女が考え込もうとした途端。

『説明の出来ない力』が、その場へ介入した。
未元物質によって造られた槍が飛んできた。
自転のベクトルを操作した結果の人為的な地震がその場を襲った。

チッ、とオティヌスが舌打ちする。同時に、落雷があった。
その雷鳴が、戦闘開始を告げる。


今回はここまで。


戦闘描写が省かれてるのは…お察しください。
死ネタ注意。





















投下。


雷雨の最中。
オティヌスの相手は、どうやらオッレルスが買って出たらしい。
オティヌス側、つまりは『グレムリン』からは、一人。

『黒小人』―――マリアン=スリンゲナイヤー。

褐色肌、銀髪三つ編みの少女。
眼鏡をかけ、素肌の上に直接オーバーオールを着こんでいる。

「人が居ないってのは不便だね。ストック使わなきゃならないからさ」

彼女は笑い混じりにそう言って、ポケットから小さな何かを取り出した。
それを空中へ放り出すと同時、黄金製の金槌を懐から取り出して振るった。
途端、それは黄色い人間の脂肪のような、否、脂肪のシャワーを撒き散らす。
それは的確に地面へ陣を描き、オティヌスは攻撃途中で指先を触れさせた。
魔力を流された陣が適切な威力を発揮し、白い塔のようなものを作り出す。
術式として発動しきれなかったそれの役目は、爆発物。
当然、神々の武具を創造する『黒小人』の彼女としては、それを加工するつもりであり。

黄金の金槌が振るわれた。
加工された爆発物である槍が飛んでくる。
防げば爆発して身体が吹っ飛び、防がなければ刺殺は免れない。
垣根は咄嗟に未元物質の盾を展開し、衝撃ごと彼方へ追いやった。

「行け」

垣根の言葉を聞くと同時、一方通行はフィアンマの手首を掴んだ。
そのまま地面を蹴り、早めの速度で移動する。
ここはビルが多い。拓けた場所へ移動した方が良いだろう。


移動する。
移動する。

しているはずなのに、同じ場所へ堂々巡りしている気がする。
はたと気がつき、一方通行は移動することをやめた。
軽く息切れしている彼女の背中を軽く撫でる。

一方通行は、全方位からのベクトルにはデフォルトの反射では対応出来ない。
それはかつて垣根帝督が彼を殺すために仕掛けた攻撃からも読み取れること。
加えて、彼が理解していない不可解なベクトルは反射しきれない。
学園都市最高の頭脳は、科学に対しては最強であれど、オカルトに対してはそうではない。
現にフィアンマの特別な右手や奇跡の力は反射出来ないのだから。

「……『人払い』の応用か。訛りがあるな」
『ま、専門じゃー…ねえからな』

男の声。
一方通行は周囲を見やり、能力でもって観測しようとする。
観測する前に、目の前に少年が現れた。

黒髪。
ツンツン頭。
学生服。

目の前にいつの間にか立っていたのは、正しく上条当麻だった。
一方通行は、僅か、後ずさりそうになる。
フィアンマは思わず彼を見つめていた。

『フィアンマ、怪我してないか?』

『上条』が喋る。
フィアンマは黙ったまま、視線を下へと下げた。
これは幻覚だと、わかっている。上条は、自分のところには来ない。
こんな風に心配なんてしてくれない。もう、他人なのだから。

けれど。

黙り、固まってしまうフィアンマ。
一方通行は改めて自分の罪と彼女の想いを考え、沈黙した。
なかなか動けないでいる彼に、衝撃が襲いかかる。
反射した先、淡い光のようなものが舞って消える。
反射しきれなかったダメージは魔術によるもの、一方通行の内臓にまで達していた。
上条が走り出し、一方通行を殴りつける。
人の体というのは不思議なもので、思い込みや錯覚がそのまま身体へ顕れる。
有名なのは、「これは熱湯だ」「今からあなたは血液を喪う」と被験者に告げながらぬるま湯を垂らした実験だろう。
被験者は錯覚によって火傷し、或いはショック死してしまった。
故に、幻覚から与えられた打撃も、衝撃さえ与えればそれは立派な一方通行への痛みとなる。
ましてや、本物の上条に対して軽い心的外傷を持つ一方通行ならば尚更。
加えて、幻術を操る側は何も気にしなくて良い。
与えた衝撃が反射によって分解されても、自分はダメージを受けないのだから。

このままダメージを蓄積すれば、彼は倒れる。

「…、」

フィアンマは一方通行を後ろへ庇い、『聖なる右』で術式の執行者ごと一薙ぎしようと考える。
だが、その前に一方通行が鋭く言葉を放った。

「っ、使うンじゃねェ!!」

魔術を使えば、絶対に彼女は傷つく。
最悪、死んでしまうかもしれない。
それを思えば、術式を使わせたくないのは当然のことだった。

これ以上。
自分のせいで、彼女が傷つくことは絶対に容認出来ない。


消耗試合も良いところだ。
ストックの失せたマリアンに未元物質製の剣を投げつけ。
それを避けてバランスを崩したところを一発殴るという安直な暴力で沈静化した垣根は、息切れしていた。
体は人間の脂肪と血液にまみれているし、死体の臭いで吐き気がする。

気がつけば、音が止んでいる。

視線をやれば、あの魔女の様な少女はいなかった。
困った様子で残っていたのはオッレルスである。
彼は垣根を見やり、歩み寄ってきた。

「怪我をしているようだが、」
「あん? 問題ねえよこれ位。っつかあのガキは」
「逃げられてしまったようだ」
「チッ。……悪いが、俺は動けねえ。早く行、」

垣根の脚は、マリアンの黄金の鋸を一度だけ受けていた。
体全体を改造こそされなかったものの、奇妙にひしゃげていたのだった。
走ることは勿論、歩くことだって出来ない。

ふと。

彼は、久しい善意の仮面の裏にある悪意に気がついた。
視線を下げる。怪我の手当をしようとしているオッレルスだった。

「治癒術式は長らく使っていなかったから自信はないが…」

言って、彼は手を垣根の脚へ触れさせた。
灯された光は、フィアンマがかつて使った救いの金色でも、癒しの緑色でもない。

呪い、或いは毒物を示す深紅。

垣根の体から、力が抜ける。
どうにか立っていた少年の体が、ふらり、と倒れる。
その体は誰に支えられることもないまま、ばたりと倒れた。
ごぼ、と口から吐き出され、地面へ流れていく血液。

「が、ぐ……?」
「ああ、やはり自信がないことはするものじゃないな。
 ……彼女にとって、君は不要だ。俺だけが居れば良い」

淡白な声。
この男が、フィアンマを守りたいと豪語していたあの優しげな青年と同一人物だとは思えない。
ごぼごぼととこみ上げる血液を嘔吐しながら、垣根はオッレルスを睨みつけた。
今こそ魔神としての狂気を見せつける、最悪の魔術師を。

「だ、まし……が…って…」
「騙してなどいないさ」

放り置けば垣根は死ぬ。

呪術術式がきちんと執行状態にあることを確認して、オッレルスはフィアンマ達を追うべく方向転換した。

「初めに言ったはずだよ。俺は、"彼女を"守りに来たと」

フィアンマの味方ではあるが。
フィアンマの味方の味方をするつもりはない。

僅かに痛む優しさ<良心>を押さえつけ、彼はその場から姿を消した。


内臓が滅茶苦茶になっているのかもしれない。
理論さえ組み立てれば体を未元物質で補えるかもしれない。
思ったが、理論を組み立て、適切な演算を行えるだけの時間はない。
今すぐ救助要請したところで、救急車は間に合わないだろう。

つまり、死ぬしかない。

そう、自分の状況を判断して。
垣根はごろりときちんと仰向けになった。
雷雨は酷く、雷が時折鳴っている。
垣根はのろのろと手を伸ばし、ズボンのポケットへと手を突っ込んだ。
冷たい機械を取り出す。この大雨でも壊れないのは、流石学園都市製といったところか。

「う、……」

体中が痛い。
時間を追うごとに痛みが増している気がする。
フィアンマの話を聞くまでは鼻で笑っていたが、案外オカルトも馬鹿に出来ないようだ。

「は、あ」

げほげほと噎せる度に、血液が散る。
死ぬ前にせめて、言えることだけは伝えなくては。

垣根はかちかちと携帯電話を弄り。

フィアンマにかけようとして―――やめた。

死ぬ間際の声なんて聞かせたくない。
下手をすれば、彼女は泣いてしまう。
そうでなくとも、断末魔など耳について離れなくなってしまうだろう。
垣根は、何があってもフィアンマの前では格好良くありたかった。

だから。

かける相手を、再設定。


「んー。これ位でいいか? 殺すなって指示受けてるしな…」

制止され、フィアンマは魔術を使えなかった。
魔術が使えないフィアンマには能力しかない。
だが、彼女の能力は本当に、彼女を守るためにしか使えない。
精々の価値が命乞いの確実性だけ。
面倒くさそうに姿を現したのは、軽薄そうな青年。
金色の髪に、顔立ちは整っているが、服装はややだらしない。
スーツの色合い一つとっても、その軽薄さが窺える。
彼は重なる衝撃と痛みに壁へもたりかかって虫の息の一方通行を見やった。
それからそう軽く言って、肩を竦める。

「…っつう訳で、来てもらえるか? お姫様」

半分冗談、半分皮肉。
そんな様子で言って、彼は首を傾げた。

「……俺様がお前達に身を任せるとでも?」
「んー。思わねえな。だが、あの魔神野郎の所よりかマシだろ。
 オティヌスは余計な殺しはしない予定らしいしな」
「………オティヌスは、純粋な魔神ではないのか」
「あん? 本人から聞かなかったのかよ。今は落ちぶれた、って。
 …あ、これ本人には内緒な? ぶっ殺されるのは流石に勘弁」

悪びれず笑う男。
幻術を扱う彼は、虚実入り乱れていて発言の真意がわからない。
だが、魔神程の域に存在する人間でなければ、フィアンマは嘘を見抜くことが出来た。

だから、男―――ウートガルザロキの瞳を見れば真実を判断出来た。

しかし、彼の瞳を見据えることは叶わなかった。
彼の体が、数十メートル単位で吹っ飛ばされたからだ。

防御、回避、反撃。
そのどれもが不可能な程、その一撃は重いものだった。

「良かった、間に合ったみたいだね」

青年の声。
フィアンマは、ゆっくりと振り返る。


彼の衣服は。
薄水色のセーターから、黒いシャツに変わっていた。
左目には眼帯をしているし、被っている帽子は鍔広のものだ。
オティヌスと同じような装いは、魔神としての力を引き出すために必要な一揃え。
ここに『主神の槍』を揃えれば、純粋な魔神特有の『無限の可能性』に囚われずに済む。

「……………、」

フィアンマは、一方通行の前へ立った。
動揺と困惑に支配された脳が、警鐘を鳴らしている。
この男は、一方通行を殺害する気だ。

「待て」

フィアンマとオッレルスの間に、少女が現れた。
いつの間に現れたのかまったくわからない辺りが、魔神の領域にいる魔術師というべきか。
オッレルスは少女、オティヌスを前に、冷めた視線を向ける。

「……彼女は私が保護をする」
「その必要はない。私が保護をすれば良いだけだ」

大きな音。
衝撃と衝撃が積み重なり、決着のつかぬ膠着状態が続く。
フィアンマはオティヌスの背後で膝をつき、一方通行の頬へ触れた。
幻覚による打撃、しかし受けたダメージは本物。
彼の頬は軽く腫れていた。魔術を使うことを拒否されている彼女は、冷たい手で優しく撫でた。
それはひりひりとする痛みを呼び起こすものだったが、心情的には多少痛みが安らぐ。

「ッ…」

彼は、何かを言おうとした。
だが、うまく言葉にならない。喉が渇ききり、声が出てこない。


気がつけば、失神していたようだ。
ダメージの蓄積により、身体が強制的に意識を絶ったらしい。
そこには血痕があり、フィアンマと魔術師は姿を消していた。
身体の芯がブレている気がするのは、魔術攻撃だったからだろうか。
ベクトルを解析しようと考えてはいるものの、後何度か受けねばどうやら不可能らしい。

携帯電話が震えた。

相手も見ずに着信を取る。

『なん、かい。かけさせ、きだよ、クソ』
「……垣根か」
『オッレルス、ってやつの、方、が、魔神、だっ、た』
「……俺達は騙されたってことか。……クソッタレ」
『っ、ぐ、……ごぼ…』
「………オイ、垣根?」

思わず言葉を返す。
まるで溺れている人間の様な、苦しげな声。
電話越しの男は、小さく笑った。

『わりい、な。俺は、ここでゲームオーバー、だ』

オッレルスの正体を知っている。
つまり、攻撃を受けたのだろう。
助からないと判断して、電話をかけてきたのかもしれない。
一方通行はそう判断し、携帯電話を握り締めた。

『ま、二枚目…ってのは…死ぬって、決まりみてえなもんだし…?』
「………オマエ」
『……最初は、お前からフィアンマを寝取ってやろうと思って、近づいた。
 あの女も俺の邪魔をしたから、傷…げほっ、けて、やろう、って』
「……」
『……でも、ちがった。…あいつは、…俺のあたまを、なでて…認めて、くれたんだ』

頑張ったって。
努力をしたって。
褒めてくれた。
認めてくれたんだ。

だから。

『一緒に居たいと、思った…アイツの為に、手、汚すんなら、楽しい位だって……』
「………」
『俺……気づいたら、…すきに、なってた…。が、…言えなかった…。 
 幻想破壊にゃ永遠に勝てねえだろうし、…多分、フィアンマは俺よりお前の方を信頼してる』


びちゃびちゃ、と粘着質な水音。
吐血をしながら通話をしているのだろうか。
呼吸音には、ぜひゅ、という息切れにも似た奇妙な音が混ざっている。
掠れ掠れ、少年の声は言う。

『俺、は。ここで、リタイア……だが』
「……」
『お前は、そうじゃ、ねえだろ。げほ、』
「……あァ。…だが、…持って行かれちまった」
『役立たず、野郎…ハッ…。……お前も、彼女が好きなんだろ』
「………」
『俺の分も、守って、やれよ。もう、なにも、奪わせないって、その口で言ったんだろうが。
 もうこれ以上、フィアンマが誰かの都合に振り回されないように、してやれよ。 
 多分、それにはお前が一番向いてる。妹達の為だって、偽善者みてえに奔走してるテメェが』

声から、力が徐々に抜けていく。
彼女の携帯にかけなかったのは、この様子を聞かせないためだったのだろう、と一方通行は勘づいた。
格好付け野郎、と罵倒して、一方通行は視線を地面へ落とす。
壁に手をつき、無理矢理に立ち上がった。頭が痛い。

「安心して死ンどけ。……後はやってやる」
『……しくんなよ』


通話を、終えた。
揺らぐ視界は酷くぼやけている。
垣根は携帯電話をポケットへしまった。

わるくない、人生だった。

ぽつりと、そう評価する。
自分の人生は、そんなに悪くなかった。
少なくとも、彼女に会えたことだけは、良いことだった。

幼い頃から『置き去り』として、モルモット扱いをする研究所に育ち。
気がつけば暗部組織のリーダーで。
暗部そのものを潰すために、統括理事長との直接交渉権が欲しくて。

「……」

その頑張りを、彼女だけは認めてくれた。
讃えて、あまつさえ微笑みかけてくれた。

自分は、彼女を傷つけたのに。
最終信号を傷つけたのに。

誰からか許されたい彼女はきっと、自分以外にも沢山の人を赦し続けた。

「……フィアン、マに」

知らず、笑みが溢れ出た。
訪れる死の予兆は、何だか温かい。


目を閉じた垣根の網膜の裏。
ゲームセンターで一緒に遊んだフィアンマの笑顔が、焼きついていた。





「すき、だって……いっとけば…良かった、なあ………」


今回はここまで。
収拾つくのかな…いや、つかせます…。辛い…。早くほのぼのな場面にいきたい…です…。


魔神さんは相変わらず通常運転。















投下。


未だ重いダメージの残る体を引きずって歩く。
今すぐ連絡しても、きっと彼女には繋がらない。
落ち着くための思考時間が必要だった。
垣根の最期の言葉や様子を見るに、魔術師達がフィアンマを傷つけることはないだろう。
行動の結果が彼女の精神を落ち込ませることはあったとしても。

「……クソッタレ」

一方通行は、思考しつつ、垣根の下へとやって来た。
戦闘中に場所を移動することはなかったようだ。
いくつかの壊れた建物、散らばる血痕。
敵側だったはずの少女の姿はないが、垣根が跡形もなく消したか、或いは回収されたのか。

「……」

垣根の体は、そこに横たわっていた。
手は広げられ、僅かに開いた瞳には光がない。
呼吸もなかったし、触れてみれば脈もなかった。
一方通行のベクトル操作は、ベクトルを生み出すことは出来ない。
生者の血を止めることは出来ても、死者を蘇らせることは出来ない。

「………」

一方通行にとって、垣根は恋敵であると同時、『彼女』を挟んだ友人でもあった。
彼女のために手を汚す勇気、強い覚悟は、評価に値するものだったと、思う。
決して二人きりで遊びたいと思うような相性の良さはなかったが、確かに友人ではあった。
フィアンマのことを好きでいる今となっては、純粋な友人は彼だけだった。

「……オマエの遺志は、継いでやる」

ぽつりと呟き。
一方通行は、手を伸ばした。


超能力者は、学園都市に莫大な利益をもたらす人間だ。
髪の毛一つ、爪の欠片一つとっても、そのDNA情報には重大な価値がある。
たとえ死体だったとして、丸々残っていればいくらだって活用出来るのだ。
普通の人間では考えもつかないような。
死者を冒涜するありとあらゆる術を、この街は持っている。
一方通行は、幼い頃に身を置いた数々の研究所でそれを知っている。
だからこそ、彼は垣根の頭へ触れた。やることは単純だ。

垣根帝督という死者が穢されないようにする。

それだけだ。

そっと、目を閉じさせる。
最期に何を考えていたかはわからないが、穏やかな死に顔だった。
薄い笑みのようなものすら窺える。

「……ッ」

ぐじゃり、と嫌な音がした。
所謂脳漿が、液体となって地面に広がった。
ここまで徹底的に脳を破壊すれば、彼の身体が利用されることはないだろう。
『反射』をしているため、一方通行の手は汚れていない。

死者の尊厳を守る。

それは、ヒーローには決してなれない一方通行にしか出来ない仕事だ。

「じゃァな、」

俺の、初めての、友達。


フィアンマは、痛む左腕を摩っていた。
既に治癒はされていて傷跡一つ無いが、痛かったことは痛かった。
オティヌスに勝利するためにオッレルスが選んだ行動は簡単だった。
彼女の動揺を引き出す為に、フィアンマへ攻撃を加えたのだ。
オティヌスは当然、一瞬だけ動揺することを避けられない。
その間にオッレルスは強い一撃を加えて退け、彼女を連れて逃げ出した。
サーチを攪乱する霊装を身につけた上で、フィアンマの治療を終え、現在に至る。
廃墟染みたビルで、フィアンマは膝を抱えていた。

「……勝利するために致し方なくとはいえ、ごめんね」

オッレルスが、謝罪と共に手を伸ばしてくる。
フィアンマはひょいとそれを避け、膝を抱えたまま俯いた。
自分の痛みなどどうでも良かった。自分のことなど。
ただ、オッレルスに危害を加えられた他の人間のことが気になっているだけだ。

特に、一方通行と垣根のことが。

彼らは、自分のために戦ってくれていた。
自分なんかのために、命を張ってくれた。
断りきれなかった自分は、彼らを利用したのだ。

浅ましい。

つくづく、自分が嫌になる。

「……何故、お前は俺様を捕らえた」
「人聞きが悪いな。保護をしているだけじゃないか?」
「…そんなものは必要なかった」
「『グレムリン』に預けるよりは良いと思うよ。
 君は、俺の傍にいた方が確実に安全だ」
「………」

信用出来ないし、信頼出来ない。
目の前の男の真意が見えなくて、怖い。

それを態度に出すことなく、彼女は視線を落とす。


ひんやりとしたコンクリートの感触が、彼女の下半身を冷やしている。
膝を抱えたその体勢では僅かに下着が覗いているが、それには気づかない。

「……帝督は、どうしたんだ」

一方通行が無事であることは、知っている。
自分を連れて逃亡するのが限界だったオッレルスが追撃を喰らわせているとは思えない。
フィアンマの問いかけに、オッレルスは首を傾げて笑みを浮かべた。
その笑みは完璧で、優しげで、それ故に悪意がひた隠しにされたものだった。

「死んだよ」
「………」

予想していなかった訳じゃない。
それでも、思っていた以上にその解答が与えた衝撃は大きい。
涙が出てこないのは、ショックが大きすぎたからだろう。
彼女は沈黙し、自らのふくらはぎへと爪を立てた。

「……お前が、殺したのか」
「どう思う?」
「答えろ」
「そうだよ」

何でもないことのように、彼は言う。

フィアンマは、唇を噛み締める。
垣根が死んだ。
自分に笑いかけてくれた、友人が、死んだ。
それも、自然な死ではなく、殺された。

痛かっただろう。
辛かっただろう。
自分のせいだ。
自分さえいなければ、こんなことには。

彼女が自分を責める度、能力が発動する。
その度に、オッレルスの目に彼女は魅力的に映った。
絶対に逃したくないと、執着心を強める程。

「だって、君には―――俺だけが居れば良いじゃないか?」


電話をかけてみたが、当然、彼女は出なかった。
雷雨の中、一方通行は無力感に打ちひしがれていた。

何が学園都市最強だ。
何が『一方通行』だ。

何も奪わせない、と宣言してくれたことに安堵して涙を流した。
たった一人、救いたい女の子さえ守れない力の、どこが最強なんだろう。
自分の能力<チカラ>は、誰かを助けることには向いていない。わかっている。
誰かを救ったことなんてない。打ち止めだって、実際には彼女が救った。

「……」

自分は、ヒーローじゃない。
ヒーローにはなれないし、なろうとも思わない。
垣根の様に手を汚し、裏から彼女の笑顔を守る一流の悪党にだってなれない。

でも。

ここで立ち止まっていたって。
自分は人を救うのには向いていないから、なんて言い訳をしたって。
それで彼女が笑ってくれる訳じゃない。
また、彼女が自分の隣を歩いて、微笑んでくれる訳じゃない。

決めたはずだ。

たとえどれだけの暴力を振るうことになっても。
彼女と打ち止めが笑い合う、あの穏やかな風景を守ると。
才能に人生を潰され、魔術の二文字に振り回される彼女を見るのは嫌だと。

そして、垣根とも約束した。

彼女が、もう誰かの都合に振り回されないように、守ると。

「……策はねェのか」

彼は、一人の少女を見据えていた。
ふらふらとしながら、ビルにもたれかかっている魔女の様な少女だった。

オティヌス。
主神オーディンの別名―――怒れる者を自称する、落ちぶれた元魔神。

「………あることにはある、が。彼女の意思があの男側にある場合はどうにもならん」


「……お前は、俺様を好いている訳ではない」

フィアンマの言葉に、魔神は首を横に振った。
そんなことはない、と自信がある様子だった。

「俺は、君の為になら何でも出来る」
「……」
「愛情がなければ不可能だろう?」
「………」

能力のせいだ。

思うも、言ったところでこの男は否定するだろう。
自分は能力を制御出来ないし、相手は能力被害に遭ったことを認識出来ない。

「……」

かつて。
幼い頃、自分は見えぬ目で祈った。

『だれかのいちばんになれますように』

その頃は、自分の願いが必ず誰かを不幸にして成就するだなんて知らなかった。
言い訳になるだろうが、本当に、叶うとは思っていなかったのだ。
願いは叶った。だからこそ、この能力が与えられたのだろう。

誰かの一番に。

不特定多数の一番になれば、争いが起きると考えれば分かりそうなものなのに。
願いの取り下げは出来ない。身をもって知っている。
この状況を打開しようと何かを願えば、何かを代償に間引かれる。
それは、自分の不幸にはならない。関係のない誰かを傷つけて、自分は幸福になる。


「お前の愛情は、本物か」
「ああ。…嘘も打算もない」

男の手に、頭を撫でられる。
今度は、拒絶しなかった。
彼女は、自分の手で今回の件にケリをつけよう、と思った。

「……オッレルス」
「…うん?」

金色の目が、碧眼を捉える。

「お前が言う通り、俺様にはお前だけが居れば良いんだろう」
「………」
「だから、他の人類を滅ぼす必要はない」
「……、」
「学園都市に手を出さないでくれないか」

垣根は死んだ。
ならば、せめて。
自分を差し出すことで、打ち止め達や一方通行のことは、守ろう。
フィアンマは、笑みを浮かべる。綺麗な笑顔だった。
幸福の本質は奪い合い。自分が不幸になった分、誰かが幸福になる。

「お前には、俺様が居れば良いんだろう?」

戦うには、相手が強すぎる。
彼女の能力が活かされるのは、命乞いの確実性だけ。


命乞いの、確実性。


最近、上条が素っ気ない気がする。
別に冷たくされている訳ではないのだが。
何となく、上の空のような気がするのだ。
自分の話がつまらないのかと言えばそういう訳でもないらしく。

「……ねえ黒子」
「はい、お姉様?」
「私の話し方って不愉快になるモン?」
「いえいえ、凛々しくてはっきりした物言いですのよ。
 歯に衣着せぬ、さっぱりしたお話ですの。不愉快になどなる訳がありませんわ」

何かありましたの、と首を傾げる可爱い後輩。
美琴は首を横に振り、窓を見つめる。
酷い雷雨だなあ、と思った。

「あ、呼び出しがありましたの。行ってまいりますわね」
「ん、いってらっしゃーい」

間延びした声を背に、白井は出て行った。
美琴は、上条に電話をかけることにした。


「…もしもーし」
『ああ、美琴か。何かあったのか?』
「ちょろっと話したくて」

余談だが、彼女達はペア契約をしている。
そのため、電話代はいくらしてもタダだった。

『話?』
「……当麻、最近上の空でしょ」
『そんなこと、』
「ある。……何か悩み事でもあるの?」
『………、…』
「…アンタは、私が困っていた時、無理やり介入して助けてくれた。
 ……だから、私は無理やり介入してでも、アンタが苦しんでるなら助けたい。
 それは、悪いことじゃないはずよ。絶対に。……だから、教えて」
『……別に悩んでる訳じゃ、ないんだよ』

絞り出しているかの様な声だった。
苦しそうだ、と美琴は率直に思う。

『俺、美琴が好きだ』
「なっ、ななにゃ、何よ突然! 私は今アンタの悩み事を」
『でも』
「ッッ」

もしや浮気か、と彼女は思う。
固まる彼女へ、少年の声は、続けた。

『……でも、幼馴染の女の子が、いつまでも心配なままで』
「……」
『最低だよな。だけど、心配で、気になって、どうしようもなくて。
 せっかく美琴がデートしてくれてるのに、その子のことを考えてる時もあって』
「………ばか」
『…ごめん』
「…馬鹿当麻。そんなの、当たり前のことじゃない」


美琴には、幼馴染など居ない。
だけれど、何となく察することは出来る。
幼馴染というのはきっと、親友以上に特別なものだ。

「長い付き合いなら、気になって当然」
『………』
「心配なら連絡取りなさいよ。 
 別にそれ位気にしないから」
『取れないんだ』
「……って、着拒か何か?」
『ああ』

その笑い混じりの声は、自嘲の響きが込められていた。
上条のそんな声は、美琴の胸を強く締め付けてくる。

「何かしちゃった訳?」
『…………思いっきり。多分、許してくれないだろうな』
「……もしかして、その幼馴染って」
『赤い髪の女の子だよ』

美琴もしっかりと覚えている。

自分に攻撃をしながら、失意にまみれていた少女のことを。
自分の治療をしながら、血まみれで微笑みかけてきた少女のことを。

「……そ、っか」

彼女はきっと、上条が好きだった。
好きであればある程、人は裏切りに憎悪を抱く。
上条と連絡を断つのも、当然と言えばそうだった。

「……でも、話をしたいならさっさとどうにかしないと。
 取り返しがつかなくなる…その、前に」

美琴は、どうにかそれだけ言った。
上条の相槌を聞き、断りを入れてから通話を終える。

「……心配、か…」

自分も、あの少女とは話したいことがある。
美琴は仰向けになり、静かに目を閉じた。


今回はここまで。
現段階であまりにもNTR要素少ないのでちょっとエロ入れたいなって思ってます。


荒れる前に色々とお話した方が良いのか、ネタバレになるので黙っておいた方が良いのか悩んでおります。




















投下。


夜になった。
一方通行は『グレムリン』に囲まれ、無表情でいた。
考えたところで、手がかりがなければ助けようがない。
利用出来るものは何でも利用する。
それがたとえ、魔術師という得体の知れないものであっても。
『グレムリン』側もそのつもりらしく、攻撃を仕掛けてくることはなかった。
尚、オッレルスの攻撃から生き延びたウートガルザロキは一方通行によって愉快なオブジェ状態である。
死んでいないというのが尚更エグさをそそる。
が、仲間と協力して治癒術式を施したらしく、ようやく彼は言葉を紡ぎ出した。

「っつつ、ひでえなオイ。倍返しどころじゃねえぞ」
「……」

ふん、とばかりに一方通行は取り合わない。
青年は肩を竦め、体を休めるべく壁にもたれかかった。
廃ビルの中、魔術師数名と超能力者一名はほそぼそと言葉を交わす。

「策ってのは何だ」
「話してわかるかどうかは不明だが、一応説明はしてやろう」

言って、少女は壁へ息を吹きかけた。
どのような仕組みかは知らないが、壁につらつらと日本語が綴られては消えていく。
一方通行はちらりと視線をやり、文字列を眺めては瞬時に記憶する。
学園都市最高の頭脳において、この程度の暗記は造作もなかった。


内容としては。
主神オーディンの敗北を体現すれば、オッレルスは勝手に倒れるらしい。
名前を名乗っていない通り、彼の基軸は『オッレルス』と『オーディン』の間にあるらしい。
故に、終焉の獣<フェンリル>の陣を描いたところで、倒すか退かせるのが精一杯。
純粋に『オーディン』頼りであれば死に至らしめることは可能らしいのだが。

「憎らしいが、別にヤツを殺害する必要はない」
「…フィアンマさえ取り戻せりゃ俺としては問題ねェ」
「あの少年は貴様の友人でもあったのではなかったか?」
「……復讐にこだわるような野郎でもねェよ」

垣根が、仮に生きていれば。
復讐などどうでも良いからまずは彼女を救い出せと急かしたことだろう。
もう居ない人間のことを想えば、その分だけ気持ちは落ち込む。
一方通行は唇をきつく噛み、一度だけ深呼吸をした。

「ただ、問題は」

金の長い髪を持つ少女的な印象の少年が口を挟んだ。

「彼女があっち側にいることだ」

フィアンマは莫大な幸運をその身に保有している。
神から愛され過ぎた彼女は、居るだけで不幸を振りまくことの出来る存在だ。
彼女が味方をしようと思わずとも、近くに居る人間は彼女の体質の恩恵を受ける。

加えて。

「オッレルスの野郎の場合、"強制的に"手篭めにする恐れが高い」
「……何?」
「……私も使用出来ん訳ではないが、オーディンを名乗れる者は性魔術を扱う。
 主神オーディンはかつて首を吊り、多くの秘技を得た。その中に、人を手篭めにするものがある」

特に若い女性を、と彼女は付け加えた。
帽子を深めに被ったその表情は、窺えない。
神話には疎い一方通行は、彼女達の言っている内容から推測できることが少ない。


「主神オーディンの得た秘技の一つにはこういうものがある。
 十八の魔術が一つ―――『賢い娘の心を意のままに自分に向けさせる法』。
 第十七の魔術―――『さらにその娘が自分を欺くことから身を守る法』。
 この二言から拡大解釈すれば拘束術式も構築出来る訳だが…もっと手っ取り早い方法があるだろ?」

洗脳、或いは精神干渉。
自分を好きにさせる、という好意発生の術式。
術式の発動キーとして条件付けるにおいて最も単純で簡単なのは性行為だろう。

魔術を抜きにした場合、男女の力量差とは決定的だ。

ましてや、フィアンマは格闘技を習っている訳ではない。
多少の護身術ならば出来るかもしれないが、それにしたって弱い。
魔術を使用しても、魔神相手に勝利することは難しい。
一言に集約されてしまえば、こうだ。

強姦されてしまえば、彼女は永久に戻ってこられない。

偽りの好意に精神を支配され、二度と自分の正しい意思を持つことは叶わなくなる。

「……時間がねェ。手遅れになってる恐れがある」

一方通行は、手足の先から身体の芯まで冷えていくかのような錯覚に囚われた。
彼女が犯されることは、自分の腕が消し飛ばされるより嫌だと思った。

「今宵一晩はそれどころではないだろう。
 サーチを応用してヤツの霊装を破壊すれば、たどり着ける。
 下準備は済ませてある。……後は、彼女が助けを求めてくれれば、それで勝利出来る」

勝利条件は単純で、しかしながら難解だった。
一方通行は、何となくだが、彼女は垣根の死を知らされたような気がした。
だとすれば、もう二度と誰にも助けを求めないと考えていてもおかしくはない。

「……クソッタレ………」

数十回目の通話は、やはり繋がらない。


パンを差し出されたものの、食べる気にはなれなかった。
垣根の死について考えると、気分が落ち込んでいく。
だからといって考えないわけにはいかない。
自分が殺したも同じことだ。

「……」

別に、フィアンマは垣根に恋愛感情を抱いていた訳ではない。
第一印象はお互い良くなかっただろうし、むしろ悪かったはずだ。
だけれど、二人で出かける位には、友人として好ましく思っていた。
これからだってずっと、下らない日々が続いていくと信じていた。

打ち止めがいて。
一方通行がいて。
垣根帝督がいて。
自分が、一緒にいる。

それだけで、楽しかった。
上条と一緒にいられないことは、もう割り切っている。
仕方がないのだ。彼を縛り付けていい理由などどこにもない。

だから。

せめて、四人で楽しく暮らしていたかった。
朝、起きたら垣根にメールをして。
一方通行と電話をして、打ち止めとも電話をして。
そうして目を覚ましたら、適当に朝食を作って。
余りすぎてしまったそれを、垣根と一緒に食べる。

あまりにも優しい日常だった。
涙が出るくらい、大切な毎日だった。

でも、自分がかつて願った事のせいで、台無しにされてしまった。
もう戻ってこないであろう日々を祈ることは出来ないし、そんな資格はない。

「っ……」

垣根に謝りたい。
自分のせいで死なせてしまってごめんなさいと、謝りたい。
絶対に叶わない願いと自覚している。だから、神には祈らない。


「……フィアンマ」

優しい手つきで、男の手が頬に触れた。
思わず震えそうになる体を押さえ込む。
頭を撫でられ、膝を強く抱えて下を向いた。

逆らってはならない。
男の機嫌を損ねてはならない。
そんなことをすれば、今度は打ち止めや一方通行にも危害が及ぶ。

これ以上、自分のせいで誰かが傷つくことを許容してはいけない。
これまで沢山の人を傷つけて幸福になってきたのだから。
いい加減自分勝手にも見切りをつけて、自分が不幸になるべきだ。

「……何だ」
「……泣いても良いよ」

誰のせいで。

思うも、口には出さない。
かといって泣き出すでもなく、フィアンマは笑みを浮かべてみせる。

「…心配せずとも大丈夫だよ」


この男の性質は、『オッレルス』と『オーディン』を半々ずつ、と推測出来る。
どちらかの神話をなぞってもそう簡単には殺せないように、調整したのだろうか。
フィアンマでいえば、神の如き者と神の子の属性の調和だ。
魔術師は自分の中に特殊体質を発見した場合、出来る限りそれを活かそうとする。
オッレルスは『無限の可能性』というデメリット且つメリットを気にかけて、調整したのかもしれない。
殺されさえしなければ、いくらだって巻き返しを図れる。
魔術師とは自らの目的のためにどこまでも貪欲に戦い続ける生き物だ。

「……」

フィアンマは幼い頃に多くの魔道書を学ばされた。
大体はローマ正教の秘匿する術式やローマ正教訛りの術式ばかり。
だったが、北欧神話についても軽くなら触れている。

(仮に、この魔神が性魔術を扱えるとすれば)

主神オーディンの秘技位なら、彼女も覚えている。
扱えはしないが、知識だけ、といった感じだ。
性行為をトリガーに相手を魅了する術式の存在も感知はしている。

「………」

嫌だ、とは思う。
好きでもない男に抱かれて嬉しい女など、よほどの酔狂者しか居ないだろう。
わがままを言える立場にないのはわかっているし、一度抱かれれば偽りの好意で支配され、この考えは消え失せるだろう。
だが、オッレルスに抱かれるのは嫌だった。愛がないからだ。
しかし、求めてくれば断り続ける訳にもいかない。機嫌を損ねないためにも。
拒否を続けたところで、恐らくねじ伏せられて犯されるのだろうから。

オティヌスを動揺させるために自分へ傷をつけた。

その時点で、オッレルスが自分を本当の意味では愛していないことはわかる。
能力に魅了された、実に表面的な執着、愛情。


「…しかたが、ないだろう」

願いの代償。
神様は自分の祈りを聞き届けた。
それがどれだけの不幸を招くものだったとしても、天恵は授かったのだ。
この能力でオッレルスに愛されているにせよ、もはやどうでも良い。

自分は、きっとこのまま。
この男の良い様に扱われ。
惨めに死んで、垣根に会いに行くべきだ。

「………」

何がいけなかったのだろう。
反省するべきことが多すぎて、判別がつかない。

誰かの一番を願ったことがいけなかったのか。
上条と出会ったことがいけなかったのか。
ローマ正教から逃げ出したことがいけなかったのか。

それとも。

エトセトラ、エトセトラ。

考えても、答えは出ない。
惨めな気持ちになるだけ。

「………」

目を閉じる。
瞼の裏に浮かんだのは、意外にも上条当麻ではなかった。

『遅かったじゃねェか。道でも混ンでたのか?』


霊装を破壊するまで時間がかかる。
願わくばフィアンマが当たり障りのない会話でオッレルスの気を引くことを。
オティヌスはそう告げたきり、黙りこくった。
一方通行は静かに時間を持て余し、どうしようもない焦燥感に何度目かのため息を飲み込んだ。

「…この非常事態に世間話というのも何なのだが」
「…あン?」

視線を向ける。
そこには一人の男がいた。
ずっと昔、顔を見たことがあるような気がする。

彼はベルシ。
『グレムリン』の正規メンバー。

或いは。

木原一族の生み出した異端の青年、木原加群。

「木原病理という女を知っているか」
「あァ?」

聞き返し、一方通行は少し考え込む。
ふと、垣根の言葉を思い出した。

『自分を開発した野郎を超えなきゃダメだと思って殺ったんだが、だからといってレベルアップするモンでもなかった』
『開発? …誰だよ』
『木原病理。木原一族特有のなかなか良い戦いっぷりだったけど、俺の壁にゃならなかった』

一時期、彼女を守れる程に強くなろうと意気込んだ彼は、そう話していた。
一方通行はそっくりそのまま、木原加群に打ち明ける。
彼は僅かに息を止めて衝撃を受けると、うなだれた。

「…そう、か」
「……」

眉をひそめる一方通行。
眠そうな黒小人少女が、薄く、安堵の笑みを浮かべて言った。

「…復讐、しない内に終わったみたいだね。ベルシ」


今回はここまで。


読者様がいらっしゃるだけで心の励みになります。
そろそろ次スレですね。












投下。


一夜明けた。
オティヌスによれば、霊装は逆算して破壊出来たとのこと。
だが、逃げられた。感づかれた、とのことだった。
無限の可能性が幸運、つまりは成功の方に傾いているからだ。
理由は言うまでもない。彼女の身柄が傍にあるからだ。

「……本気で助け出す気あンのかよ」

一方通行は、オティヌスに掴みかかりたい気持ちでいっぱいだった。
自分が力になっていないことは充分理解している。
自分は近くのサーチしかできない。
地球の裏側まで逃げられてしまえば、彼女が何をされているかなど観測出来ない。
だからこそ、魔術師の力に賭けるしかなかったのだ。

にも関わらず。

返ってくる結果は、失敗、取り逃がした、そんなものばかり。
今この瞬間彼女が強姦されそうになっているのかもしれないのに。
ギリ、と歯ぎしりをする一方通行を、オティヌスは静かに見つめていた。

彼女も、精一杯努力はしている。

だが、元魔神が出来るのは現魔神にも出来ること。
魔術師同士の戦いとは知識と思考の読み合い。
同レベルの相手が逃げに徹してしまえば、距離を詰めることは難しい。


「…現在の居場所を推測するに、イタリア近辺だとは思うのだが」
「根拠は」
「オッレルスは思い出に拘るタイプだ。
 それに、彼女と性行為に及んで術式をかけたいのなら落ち着いた状況を選択したいだろう」

魔神の心は魔神にしか理解出来ない。
オティヌスの推測は、あながち間違ってもいなかった。

「……イタリア、か」

幸いにして、学園都市の警戒レベルはオールグリーン。
『外』へ出ることはさほど難しくはない。

垣根の損壊死体は今頃発見されて処理されているだろう。
もしかすると、自分が殺したことになっているかもしれない。
それならばそれで構わない、と思う。
かつて自分は垣根を殺そうとしたし、殺しあったのだから。

「……詳しい場所…」

サーチ術式を精密にすれば迎撃される。
一方通行のサーチは近隣にしか及ばない。

何か、居場所を特定出来るもの。
一方通行は、残り電池二個の携帯電話を見つめる。

「……位置情報特定サービス…」


GPSによる位置特定。
それは学園都市に限らず、一般的に普及されている携帯電話のほとんどに搭載されている。
学園都市の携帯電話は、しかしながら勝手に利用出来ないようになっていた。
悪用されてしまっては学園都市の威信に関わるし、学生にはある程度のプライバシーの自由を与えねばならないからだ。
電気系能力者でない限り、使用出来る機能はこの方法のみ。

GPS利用許可メールを送ってもらう。
そのメールに記載されたURL情報を元に、相手を見つける。

それだけだ。
相手が応答してくれなければ何の意味もない。
この機能については、フィアンマも知っているはずだ。
だが、現時点でこっそりとでも送ってきていないということは、考えられる理由は二つ。

一つは、携帯電話の没収。
もう一つは、助けてもらう意思の無さ。

この二点のどちらかだ。

電話さえつながれば、或いは。
思うも、自分に説得の技術などない。
心に届く言葉なんて浮かばない。

だが、一方通行は電話をかけ始めた。
手遅れになる前に繋がると、一縷の可能性を信じて。



フィアンマとオッレルスは、イタリアの一住居に居た。
元は貴族のお屋敷か何かだったのか、存外広い。

「……ここは、元の俺の家だよ」

彼はつまらなそうに言った。
勧められ、フィアンマはソファーへと座る。
ふかふかのソファーはとても質の良いものだった。

「俺の兄、……長男へ譲られたんだ。 
 資金を回す頭がなかったんだろう、すぐに売りに出された上、一家心中だけどね」

テレビの類はない。
照明器具は全て間接照明だった。
柔らかな灯りが、室内を照らしている。
カーテンは閉めっぱなしだったが、掃除はしてあるらしい。
ホコリっぽい感じはしなかったが、落ち着きもしなかった。

「……約束を、覚えていないか?」
「……すまないが、思い出せん」
「そうか」

オッレルスは黒い帽子をテーブルへ置き。
彼女に近寄ると、指先で彼女の首筋をなぞった。

「俺のものになるという約束は、覚えていない、か」


吐息が頭の上にかかる。
オッレルスに抱きしめられた状態で、フィアンマは固まっていた。
約束などまったく覚えていない。
幼い頃にした約束は、上条としたものだけだ。

「……もしも、俺が魔神になったなら。魔神へなれたなら」

髪を撫でられる。
そのまま掬われ、軽く口づけられた。
入浴をしたため、お互いの体は汚くはない。
だが、それでも気分が良いものではなかった。

「俺のものになってくれ、と俺は言った。
 君は少しだけ悩んだ後、こういったんだよ」

赤髪をさらさらと手で愛でながら、彼は言う。

「"お前が、世界を敵に回し、俺様を攫う覚悟があるのなら"、とね」

嘘ではないし、でまかせでもなかった。
それはかつて、上条の助けを諦めかけていたフィアンマが、確かに言った言葉だった。
この男はそれを信じ、五年間じっくりと待ち続けた。

彼に責められるべき訳はない。

垣根を殺し、良心を痛め、世界中を敵に回してでも。
たった一人、手に入れたいと思った少女の為に戦っていた魔術師を、誰が責められるだろう。
仮に責められたとして、それは見当違いというもの。魔術師とはこういう生き物なのだから。

「だから、俺は魔神になったし、世界を敵に回した。
 君を攫って手中に抱く権利はあるはずだ」

壊れ物を扱う様に、彼は腕の中の少女を抱きしめる。

「……君は俺のものだ、誰にも渡さない」

抱きしめたまま、立ち上がる。
当然の流れとして、フィアンマは彼の腕に抱きかかえられた。

「好きだよ」

好意とは、ここまで恐ろしいものだっただろうか。
フィアンマは自業自得の招いた現状に、誰かに、助けてとも言えず。






豪奢なベッドへと、押し倒された。


今回はここまで。


好きな相手がセックスして自分以外にメロメロ、もNTRらしいです。
……やっぱり>>1にはNTR向かないんですね…

ほんばんなしのえろびょうしゃがあります。



















投下。


シャツのボタンに手がかかった。
身体がびくつくことだけは堪えきれなかったが、言葉は出さない。
耐えていればすぐに終わる。
フィアンマはそう自分に言い聞かせ、目を閉じる。

「……目を開けてくれ」

要求され、仕方なしに目を開けた。
能力被害による偽りの愛情に踊らされている男の顔が見えた。
哀れなものだ、とほんのわずかに思って。
それでも、垣根のことを想えば、心から同情など出来るはずがない。

「……五年前から、君のことが好きだった」

情熱的な告白だとは思う。
思うが、それは客観的な視点で感じるだけ。
仮にオッレルスが垣根を殺していなかったとして、彼女は彼を愛することはないだろう。
あったとして、それは長く時間をかけなければありえないことだ。
その積み重ねを短縮するために、彼は彼女を抱いて術式を執行しようとしている。
悪いことをしているという考えはないのだろう。正しい意味での確信犯だ。

「君が欲しかった」
「………何故、そこまで俺様に執着する」

服を乱された状態で。
諦念を湛え、彼女はそう問いかけた。


「…先に話した内容からわかるように、俺は貴族の家の次男だった」

父親は長兄に家を継がせると言い。
無能な長兄は将来に確定した財産に甘え。
母親は父親の言いなりで、自分を愛してはくれなかった。

習い事を真面目にやっても褒めてくれない。
食事は一人だけ粗末なものという場合もあった。

『お前は兄の予備<スペア>なのだから、それなりに優秀で、生きていれば良い』

そう言い聞かされて育った。
勉学にしても運動にしても、兄より優っている自覚はあった。
だというのに、周囲は決して自分を褒めなかった。
唯一、使用人見習いの少女だけは、少し褒めてくれたものの。
二歳程年下であった彼女の褒め言葉はいまいち染み込まなかった。

「いつでも代用品扱いで、一人の人間として扱われているかすら怪しかった」

そして、そのことが悔しかった。
だから、自分は魔術を学ぶようになった。
多くの原典に手を出し、家を出て、魔術師となった。

一度として、人生において成功したことがない。
誰かに愛されたことも、誰かを愛したこともない。

「……好きになった人間は、君が初めてだ」

理由は、執着。
そして、初めて自分にそれを抱かせてくれた人間だから。

でも、やはりそれは能力被害の結果だな、とフィアンマは思う。

今の流れに何一つ。
自分に対しての好意要素が、一つも入っていないから。


それでも、仕方がないだろう。
自分が能力で魅了してしまったことは事実で。
五年前、問いかけに承諾してしまったのも自分だ。
フィアンマは拒絶を許されない。彼女自身が、そう決めた。

「……ん」
「っ、」

シャツを脱がされ、首筋を甘く噛まれる。ついでに下着も外された。
生命の危機までは感じないが、快楽はない。
仮に快楽があってもそれはそれで嫌だ、とフィアンマは思う。

「ぁ…」

薄い胸に触れられる。
男のそれかと見紛う程に肉はない。
だが、突起は色素の薄い桜色をしている。
指先で刺激され、思わず身体がこわばる。
緊張した様子で固まった彼女の胸の突起を、男の口が含んだ。
決して歯は立てず、優しく、焦れったい程に優しく刺激する。
強い刺激に慣れることのない処女にはその程度の性感がちょうど良い。

手が伸びる。

太ももを軽く撫でられ、フィアンマは唇を噛み締めた。
彼女にも希望や夢や理想はあったが、この性行為で全て台無しになる。
最も、この嫌悪感や恐怖も、男性器を挿入されてしまえばなかったことになるだろう。

「ふ、…っ、んぅ、」

深く口づけられる。
舌を噛みそうになり、我慢した。


下着を脱がされ、直接触れられる。
指の腹でそっと陰核に触れられ、仕方なしに身体が身動いた。
我慢しようと頑張ってみても、泣きそうになる。

欲を言えば、初めて位は好きな男に捧げたかった。

乙女特有の下らない夢だとは思う。
それが叶わない状況を作り出してしまったのは自分だ。

「ぅ、ん、」

男の唾液にぬるつく指が、陰核を擦る。
神経の集中した鋭敏な部分を刺激されれば、嫌でも快楽を感じる。
快感など知りたくなくても、優しく愛撫されれば体は反応してしまう。
そんな自分が嫌でたまらなくて、心から死にたいと思った。

「あっ、ぁ、」
「痛かったらすまないな」

何分経験が少ないんだ、と言い訳染みた言葉。

数回口づけられ、陰核から膣口へ指先が移動する。
引切り無しの、それでいて優しい愛撫に、僅かながら愛液は滲んでいた。
決して乱暴にすることなく、指先が陰核や膣口を刺激する。
さっさと挿入すれば良いものを、そうしない辺りは本来の彼の性格故か。


精神的ストレスが高じてか。
一時的に、フィアンマは過呼吸の症状を起こした。
そのような持病はないので、緊張状態が主な原因だろう。

「……ごめん」

服を着せ、落ち着いた彼女の背中を摩り、魔神は謝罪する。
魔術を究めても、本質的には通常の人間とさほど変わらない。
彼の本質は、本来優しすぎる程の好青年に過ぎない。
フィアンマは呼吸を落ち着かせ、オッレルスの様子を窺った。
体調不良による中断の為、機嫌を悪くしてはいないようだ。
安堵し、フィアンマはふらふらと立ち上がる。

「少し休んでも良いか」
「ああ。隣の部屋ででも」

勧められ、フィアンマは廊下へ出、隣室の、その更に隣室へ入った。

黒いカーテン。
真紅の銃弾。
白いシーツ。

ベッドに腰掛け、フィアンマは膝を抱える。
今でも、性行為の残滓が体にこびりついていた。
今すぐにでももう一度風呂に入りたいが、それでオッレルスを怒らせても困る。
機嫌をとってさえいれば、世界が危機に晒されることはない。
勿論、学園都市だって。ひいては、打ち止めや一方通行達も。
自分一人が我慢すれば、それで全部丸く収まってしまうのだから。

「……」

ワガママの代償は、そろそろ自分で引き受けるべきだ。
自分はもっと不幸になって然るべきだ、と思う。


最初の願いは、誰かの一番になること。
次の願いは、上条と再び出会えること。
三つ目の願いは、上条が不幸にならないこと。そのための必要犠牲。
四つ目の願いは、美琴の思う最高の幸福、その手前での死。

覚えていないだけで、もっと祈っていたかもしれない。

願いの取り消しは出来ない。
願いを取り消す為に願えば、何かの犠牲が出る。

自分の祈りの確実性をわかっていながら、願った。
その結果の集大成がこの不幸なら、飲み込むべきなのだ。
どんなに辛くても、痛くても、怖くても、嫌でも。
今まで多くの人に敷いてきたように、我慢して呑み込むしか。

「…ああ、そうか……」

上条と離れることになった原因は、願いにあったのだろう。
確かに、あのまま一緒に仲良く暮らしていれば、いずれにせよこの状況にはなった。
自分のことを想ったままであれば、彼は魔神と戦い、不幸になっただろう。
彼の不幸を嫌悪した結果が、自分に降ってきた。
幸福の本質とは争奪戦なのだから、当然のことだった。

携帯電話が、ふと、震えた。

フィアンマは、のろのろと手を伸ばす。
最後にほんの少しだけ、友人と話すことを許されても良いだろうか。
いずれオッレルスのことしか見えないようにされるのだから、今だけ。

たった一度だけ。

どうか。

多くの人を赦し続けた彼女は、誰よりも神様に許されたかったのかもしれない。

着信履歴は何十件もの夥しい数。
現在かけてきている相手は、その着信履歴を占めている相手。

山田幸之助。

すなわち。

学園都市最強の超能力者――― 一方通行だ。

震える指先で、通話ボタンを押した。
そっと、機械を耳にあてがう。



「もし、もし」


今回はここまで。いつも閲覧ありがとうございます。
明日とか、近々次スレ立てます。本編の続きはそちらで。
このスレの残りは時系列無視の小ネタで埋めようかな、と思っております。
ほのぼの小ネタ希望、次スレでの展開希望などありましたらどうぞ。
……地の文である確定事項作ったので、あるネタはいただいても書けないのですが。

《本気でやれない理由はですね、そもそも>>1がNTR萌えじゃないからなんです。後、皆さんありがとうございます》



みこと「できたー、おほしさまーっ」

ふぃあんま「……ほしがつくれるのか?」

ていとく「たぶんそらのほうじゃねえだろ」

みこと「さわる? はいっ」

ふぃあんま「……んー…」ぺたぺた

みこと「おほしさまにおねがいする?」

ふぃあんま「なにをねがうと」

みこと「ふぃあんまちゃんのめがみえますようにー、って」

こうのすけ「そォいうこというンじゃねェよ」

ていとく「ぶえんりょ」

みこと「え、あ、えう、」

とうま「おほしさまにおねがいしなくても、いつかみえるようになるよな」

ふぃあんま「…ん。とうまがそういうならそんなきがする」

《このSSのみこっちゃんの扱いは悪くないんですけどね……》


とーる「つよくなりたい」ぐっ

おてぃぬす「くまとでもたたかってこい」

とーる「かった」

おてぃぬす「」

とーる「くまってうまくないんだな」

おてぃぬす「たべたのか…」

とーる「ついでだったしよ」

おてぃぬす「……」うーん

みょるにる「」がたごと

おてぃぬす「……そうか」ぽん

とーる「ってわけでなにかあどばいすしてくれ」

しぎん「しゅぎょうあるのみ、ってところかな」


次スレ立てました

一方通行「俺は、オマエが好きなンだ」フィアンマ「……っ」
http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1375879837

移動をお願いします。
>>1000を取った人の願いが叶う……かも?

1000なら美琴が死なずに済む

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