京介「なあ、桐乃」 桐乃「なによ」(1000)
俺妹の京介桐乃SS
原作12巻以降の話になります。
*ネタバレ注意
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スレ立て失敗したと思ったら成功してる……
なんだか挙動おかしいですかね?鯖
まあ、投下できる分だけ投下していきます。
原作12巻のネタバレ含まれますので、未読の方は注意。
長編物になります。
桐乃と別れてから数週間、春休みも終わり、大学生となった俺は優雅な時を過ごしていた。
いや、過ごしたかった。 切実に。
まあ、あのワガママで生意気な妹様と同じ屋根の下で暮らしている限り、平凡な毎日ってのは訪れる事が無いんだろう。 ったく、本当に嫌になってしまう。
で、現在俺は妹の『人生相談』とやらを再度受けていて、妹の部屋へと来ていたのだが……。
桐乃「……すぅ」
なんでこいつは寝ているんだよ! おかしくね? そりゃまあ、この状況になるまでは確かに色々とあったんだけどさ……それでもまだほんの冒頭部分だぜ? なのにこいつは寝ちまってやがる。 意味が分からん。
京介「……はぁ」
小さく溜息を漏らし、今日あった事を回想する。
始まりは……そうだ。 俺が家に帰ってきた時、妹が玄関で待っていた所からだ。
いつもどーり不機嫌そうな顔で、いつもどーり偉そうに居やがったんだ。
腕を組んで、ふんぞり返ってな。
京介「ただいまー」
俺はそう言いながら、家の中へと入る。 ちなみに、ちゃんと玄関から。 別にこんな事に一々叙述トリックを使ったりはしない。 普通に玄関の扉を開けて、普通に入って、普通にただいまと言った。
桐乃「……おかえり」
桐乃「そこ、座って」
……何だよ。 てか、一応家の中には無事に入れた訳だが、まだ靴すら脱いでねえぞ? なのにそこに座れと妹様が指差したのは、なんと驚け! 入ってすぐの靴脱ぎ場である!
分かるか? 大学から帰ってきて、高校生の妹に靴脱ぎ場で座れと命じられた時の俺の気持ちが。 そりゃあもう、心底いらついたね。 仮に妹だったとしても、キレて良い場面じゃねえか? これ。
しかしまあ、こいつも前よりはちっとは素直になったのかな。 しっかり「おかえり」とは言った訳だし。
普段からもうちょっと素直でいれば、俺もわざわざこんな風に思ったりしねえんだけどなぁ。
とか思いながら、正座する。 勿論、靴脱ぎ場で。
京介「何だよいきなり」
俺がそう聞くと、桐乃はやはり不機嫌そうに答える。
桐乃「あんた、大学でモテモテらしいじゃん?」
京介「別に……んなことはねえよ」
桐乃「……ふうん。 あたしが聞いた話によると、既に何人から告白されたとか?」
……こええ。
一体、どこからそんな情報を仕入れているんだよ、こいつ。
まあ確かに、良く知らない奴から告白されたり……ってのはあるけどもよお。 それで浮かれていたってのもあるけどもよお。
だってさ、一度は終わったと思っていたモテ期がまだ続いていたとか、最高じゃねえか。 俺って俺が思うよりカッコイイんじゃね? とか思っちゃうよね。
それで多少は自分に自身が持てていたのも事実だし……
でもさぁ、それお前と関係無くね? とは言えないよな。 まず怒りそうだし、何より桐乃が言っている意味は、良く分かるし。
京介「そうだけどよ……全部断ってるぞ?」
桐乃「あったりまえでしょ。 そんなのは大前提なんだから」
この時点で大体の事情は分かってもらえただろうか。
俺と桐乃の関係についてだ。
俺と桐乃は、去年のクリスマスから付き合っていた。 期間限定で。
俺が高校を卒業するまで、桐乃が中学を卒業するまでの間の限定で。
そして、俺は無事に卒業をして、桐乃も無事に卒業した。 最後に二人で結婚式をして、俺たちは別れたのだ。
が、やっぱりそれは名目上と言った感じで、普通の兄妹に戻ると言っても中々上手くはいってくれない。
それが俺と桐乃に突きつけられた現実って奴だ。 一度踏み込んでしまったら、後戻りなんて出来やしない。 良くも悪くも、俺たちの関係ってのが現している。
こんな感じで、普通に話せる分には話せる。 そりゃあもう、普通に兄妹みたいに。
しかしどうしても、引っ掛かる物があるのは事実だ。 この前たまたまあった話をしてみようか。
あれは確か、俺がいつもより早く起きて、洗面所へ向かった時の話だ。
その日は俺も相当早く起きたはずなのだけど、それよりも早起きしている奴がこの家の中には三人ほどいる。
……俺以外全員なんだけどね。
で、その結果。
桐乃と鉢合わせになったのだ。 洗面所で。
別にあいつが風呂に入っていて、たまたま裸を見ちゃったーとか、そんなエロゲー的展開は断じて無かった訳だけど。
あった事と言えば、桐乃が顔を洗っていたというだけである。
が、それを俺自身は別になんとも無い普通の日常的光景だと思ったんだが、どうやら桐乃の方は違ったらしい。
桐乃「ちょ! 見ないでよ!」
そう言い、頬を赤くしながら俺の顔に拳を叩きつけてきた。 台詞は可愛いが、行動が恐ろしすぎる奴だ。
桐乃「朝からあんたと会うなんてサイアク! キモッ!」
前言撤回。 台詞も大分酷くね? もう朝から既に、精神ずたぼろなんすけど!
と、前までの俺なら思っていただろう。 だが、今は違う。 仲良くなっただけあり、大分桐乃語には慣れてきたから大体の意味は分かるのだ。 全部が全部分かる訳じゃないが。
恐らく今のは「やだ、すっぴん見られちゃった!」なのだろう。 顔を隠している事から、それが想像できる。
京介「……へいへい、悪かったな」
その時俺は、すごすごとその場を後にした。
変に絡んでも面倒だし、いつも通りの俺ならそうしているだろうから。
で、問題が起きたのはその後だ。
朝飯を食べ終えて、俺が自室へと戻ろうとした時の事。
丁度階段に足を掛けた所で、後ろから声が掛かった。
桐乃「……ね、ねえ」
振り返ると、桐乃が下を向きながら、もじもじとしながら何かを言いたそうにしている。
……似合わねー!
京介「ん? どうした」
とはさすがに言えないので、用件を尋ねる事にした。 桐乃から話しかけられるというのも今となっちゃ珍しい事では無いが、良くある事でも無いから。
桐乃「……さっき、すっぴん見たでしょ」
それを掘り返すのかよ、お前は。
俺は当然、やべえ、これまた殴られるんじゃね? とか思っていたのだが、次に桐乃の口から出た言葉は予想外の物だった。
桐乃「へ、変だった?」
京介「え?」
桐乃「っ! だ、か、ら!」
桐乃「あたしのすっぴん、変だったかって聞いてんのよ!」
京介「別に、変じゃねえだろ」
桐乃「そ、そう?」
あれ、何だか顔が熱くなってくる。
俯きながら、視線を泳がせて……時折、ちらちらと俺の顔を見てくる桐乃はなんというか。
俺の妹がこんなに……
京介「……可愛い」
桐乃「は、ハア!?」
つい、言葉にしてしまった。 それを聞いた桐乃は顔を真っ赤にして、いつもの様に言う。
桐乃「ばかじゃん!」
そう言われて気付くが、桐乃も大分恥ずかしそうにしているけど、俺の方がよっぽど恥ずかしいんじゃね? これ。
思い出したら止まらず、やばいこれめっちゃくちゃ恥ずかしい!
もうまともに顔を見ることができず、俺は早足で自室へと戻るのだった。 いつもとは多分、逆の立場。
とまあ、大体の関係については分かってもらえただろうか? 今話したのはあくまでも一例で、全てでは無いが。
要するに、すげえ纏めて簡潔に結論だけ話すと、つまりはこうだ。
気まずい。
このひと言に尽きる。 俺と妹は、そんな状態でここ最近を過ごしているのだ。
で、今日。 ついにその妹様が何を思ったか、俺を靴脱ぎ場で正座させていると言う訳だ。 どんな訳だよ!
思わず自分の回想に突っ込んでしまったじゃねえか! それくらい理不尽極まり無いだろ、こんな地面同然の場所に正座させるだなんて。
桐乃「一応……あたしも全部断ってるし」
京介「お前も告られてんの!?」
桐乃「そりゃーそうでしょ。 こんな超美少女なんだから、されて無い方がおかしくない?」
京介「……まあ、そうか」
しかしなんだ、この気持ちは。
多分、俺は今でもこいつの事が好きなのか。 妹としてではなく、高坂桐乃として。
……多分じゃねえよなぁ。 間違いなく、好きなのか。
だってそうだろ。 桐乃が俺の知らない所で告られているってだけで、すげえムカムカするんだもん。 たったそれだけのことで。
あれ? じゃあ今、桐乃が怒っている原因って……そういうこと?
なら、言ってやるか。 兄貴らしく、男らしく。
京介「俺は……お前が嫌だって言うなら、やっぱり誰とも付き合わない。 絶対に、誓って」
桐乃「……へえ。 誰に誓うって言うのよ」
京介「俺自身にだ! もし俺がそんな真似をしたら、ぶっ飛ばしてやる!」
桐乃「京介、それ矛盾してるけど大丈夫?」
京介「うっせ、そう俺が決めたんだよ。 文句あっか」
桐乃「……別にいいケド」
桐乃はふいっと顔を逸らし、そう呟いた。
ううむ。 俺の脳内にある桐乃語翻訳によると、今のは「ありがとう」ってことだろう。
桐乃「それより、あんたは何でそんな場所で正座してんの?」
……はああああ!?
なんだか今、これまでの雰囲気を全てぶち壊す台詞が聞こえたんだが……
待て、待てよ京介。 何かの聞き間違いの可能性がまだ残っている。 はは、そりゃあそうだろうが。 だってさ、考えてみ? 今俺が聞いた言葉をそのままの意味で解釈するとだな……
この妹様は、あろう事か自分で命令して座らせた事を忘れているって事になるじゃねえか。 無い無い。 ボケた婆ちゃんじゃあるまいし。
京介「……なんて?」
だから俺は聞き返す。 妹様の言葉を聞き逃さないように、再度。
桐乃「だーかーらー。 なんであんたは靴脱ぎ場なんかで正座してんの? 汚くない?」
……っかあああ!
うぜえ! なんだこいつ! 可愛くねえ! むかつく! 生意気すぎる!
京介「お前が座れって言ったんだろうが! 自分の言った事を忘れてるんじゃねえよ!」
俺がそう反論すると、桐乃は呆れたように返す。
桐乃「あたしは別に正座しろなんてひと言も言ってませんケド? それに、座れって言ったら普通、せめてこっちに座るでしょ」
そう言い、桐乃はバンバンと床を踏む。 家の中の、フローリングを。
京介「そうならそうと、最初に言えよ!」
桐乃「勘違いの仕方がおかしいでしょ。 座れって言って、その場にすぐ座るなんてあんた犬なの? どんだけ奴隷体質なの?」
うっぜええええ!
が、確かに……冷静になって考えて見れば、俺の行動の方こそ異常だったのかもしれない。 くっそ……すっかり俺も、妹様に逆らえない立場になっているのだろうか。
桐乃「ほら、いつまでもそんな所に座ってないで、行くよ」
京介「あ? 行くって、どこに?」
桐乃「決まってるでしょ。 人生相談」
はは、なるほどね。 これにもどうやら拒否権は無くて、桐乃はこれこそが本題だったのだろう。 その本題に辿り着くまでの過程が、長すぎる気しかしねえけど。
一足先に階段を上り始めた桐乃の後を俺は付いて行く。 そんな背中に、一つ言葉を投げかけてみた。
京介「なあ、もしもお前がさっき言っていたように、俺があそこに座らないで床に座ったら、どうしたんだ?」
桐乃「は? あんたが床に座る権利なんて、あたしが許可しない限り無いに決まってるじゃん」
……容赦ねえな。
という訳で、今に至る。
ん? どんな人生相談だったかって? そんなの、簡単だ。
「あたしとあんたがこれからどうするか」だ。
一度は恋人同士では無くなったとしても、俺は勿論今でも桐乃の事が好きな訳だし……桐乃も多分、同じ気持ちでいてくれていると思う。
そうじゃなかったら、こんな相談無いだろうし。
桐乃も俺と同じ様に、最近のことで悩んでいたんだろう。 そのくらいは、俺にも分かる。
が、だからと言ってどうするか……と言われてもな。
どうしようも無いってのが、正直な所じゃねえか? 世間体、両親、友達関係、将来……と、様々な問題が出てくる訳だから。 俺たちのワガママで、いつまでも周りを巻き込むのか?
桐乃にはそう伝えた。 したらこいつ、ぶちキレやがってさ。
散々俺の事を引っ叩いて……と言うと聞こえは良いが、割とガチでボコされた。 体中ボロボロだ。
そうしてひとしきり暴れた後、疲れたのか桐乃は眠ってしまった。
……俺にどうしろっつうんだよ、マジでさあ。
そりゃ、桐乃の気持ちだって分からなくは無い。 良い方法が見つかれば、それを実行するつもりで俺も考えている訳だし。
けど、なあ。
それにこいつときたら、人の話を最後まで聞きやしねえ。 俺が口を開く度に殴りかかってきやがる。 どんだけワガママお嬢様なんだよ。
……まあ、別に良いけどよ。
京介「……ったく」
桐乃が眠っている横で、呟く。
俺と桐乃の今後、ね。
引き返す事なんて出来ないし、そのつもりも無い。
黒猫や沙織とは未だに付き合いはあるが、他の奴らとはあれから一度も連絡を取っていない。
それもそうだろう。 俺と桐乃は自分でも分かるほどに気持ち悪いし。 距離を取るのは当然なのかもしれない。
そうでなくとも、ただでさえ一度告白して、振られているんだ。 わざわざ連絡を取りたいとも思わないはず。
それに関して言えば、黒猫には本当に感謝している。 あいつのお人好しも、どうやら留まる所を知らないらしい。
だからと言って黒猫や沙織に相談なんて真似、絶対にできねえ。
もししたら「……ほう。 あなた、私に喧嘩を売っているという事で良いかしら?」とか「今すぐ土下座をするか、死ぬか、選ばせてあげるわ」とか黒猫に言われるだろうな。
……はあ。 今回の二人の人生相談は、どうやら物凄く難易度が高い。 それはもう、絶壁だ。
それに、一度は結末を迎えた話。 それを掘り返そうとしているんだよな、俺たちは。
そんな馬鹿げた蛇足話に付き合わせるのもあれだが、こんな風にも思うだろ?
やれやれ、全く仕方ねえな。 こんな可愛い妹に頼まれて、断らない兄貴なんて居る訳ねえだろ?
俺に任せろ。
ってな。
威勢良く、せめてそう自分に言い聞かせる様に、決意した。
プロローグ 終
続きはその内。
あまり間隔は空けない様に投下していきます。
二人に関することだからじゃね?
二人の人生相談ってイブの時に京介は言ってたし
乙ありがとうございます。
腹パン眼鏡さんは戦死しました。
と言っても、まだ完結までは書ききれていないので、出番はあるかも?
大筋の流れは出来ているので……
きりりんからの人生相談は、そこまでこれがこうでこうだから、みたいな感じで書いている訳では無いです。
>>52さんが言っているような解釈の仕方が一番近いかと。
では投下します。
京介「アキバに行こうぜ」
日曜日の朝。 リビングのソファーの上。 いつもの定位置で雑誌を見る妹に声を掛ける。
親父は仕事、お袋は近所のお付き合い等と言って、朝から出かけている。 今はまあ二人っきりという事もあり、なんの気兼ねも無く話していられるって訳だ。
そう思ってしまうのもまた、普通の兄妹では無い……のか?
桐乃「……いきなり何?」
すると桐乃は心底嫌そうな顔をして、俺の方へと顔を向ける。 前までなら顔を向ける事すらしなかっただろうに。 こいつもこいつで、興味がある話なのだろう。 俺も実はそれを狙っていたんだし。
京介「だから、暇だろ? アキバ行こうぜ」
桐乃「昨日の今日でそれ言うの……?」
ん? そういやそうだ。 昨日の『人生相談』結局有耶無耶になってるんだよなぁ。
京介「こう言うのもあれだけどよ、今はどうしようも無いだろ。 だけど俺は諦めて無いからな。 それだけは言っておく」
桐乃「……そ」
桐乃は素っ気無く言ったつもりなのだろうけど、俺にはとても嬉しそうにしている様に見えた。 だから俺は言ってやる。
京介「おう、俺に任せろ」
桐乃「そういうの止めてよ。 駄目になった時、嫌だから」
桐乃「……それに、昨日はああ言ったけどさ。 このままじゃ駄目だと思うんだよね」
桐乃「兄妹でこんなのって、その……色々、大変だろうし」
京介「はっ。 それは自分の為に言ってるのか? それとも、俺の為に言ってるのか?」
桐乃「決まってるじゃん。 あんたの為に言ってるのよ」
京介「なら、俺が別に良いって思えば良いんだよな?」
桐乃「それは……!」
桐乃「……分かった。 それは分かっておいてあげる。 けど、あんた失敗ばっかだしなぁ」
京介「おいおい、俺が失敗した事なんてあったか?」
桐乃「……あんたそれ本気で言ってるの? 沢山あったっしょ」
京介「……そうだっけ?」
桐乃「うん」
京介「……今回は違げえんだよ! それで良いだろ!」
桐乃「ふうん。 ま、勝手にすれば?」
京介「ああ、勝手にさせてもらう。 で、話を戻すけどよ」
京介「アキバに行こうぜ」
桐乃「……はあ」
すげえやれやれって感じの溜息だな……俺も少し傷付くんだぜ、それ。
桐乃「あんたと行くくらいなら、他の奴と行くっつうの」
京介「分かってねえな、限定商品あるんだろ? 二人一組で貰える今日だけの奴」
桐乃「うっ! 何で知ってんの?」
桐乃「ふうん。 ま、勝手にすれば?」
京介「ああ、勝手にさせてもらう。 で、話を戻すけどよ」
京介「アキバに行こうぜ」
桐乃「……はあ」
すげえやれやれって感じの溜息だな……俺も少し傷付くんだぜ、それ。
桐乃「あんたと行くくらいなら、他の奴と行くっつうの」
京介「分かってねえな、限定商品あるんだろ? 二人一組で貰える今日だけの奴」
桐乃「うっ! 何で知ってんの?」
京介「……いや、お前が昨日渡してきた雑誌に書いてあったんだが」
てっきり「これが欲しいから、あんた明日アキバに連れて行きなさいよ」っていうメッセージだったと思ったんだが……違ったのか?
桐乃「た、確かに欲しいよ……妹充電器」
桐乃が言う『妹充電器』とは、簡単に言うと電池を充電できる代物らしい。 まあ、どこにでもある充電式の電池とその充電器だと思ってもらえればいい。
が、当然……妹と付くだけの事はあり、充電した際に「ありがとうお兄ちゃん、充電頑張っちゃうね!」との声が流れる仕組みだ。 すげー! 素晴らしい! 誰が特するんだよ!
桐乃「……ふひひ」
居たわ。 俺の目の前に特しそうな奴。
京介「で、どうするんだよ? 行くのか行かないのか」
桐乃「行きたい……ケド」
桐乃「でも、さ。 デートみたいじゃん?」
なるほどね。
つまりこいつは「もう付き合っていないのに、デートみたいで嫌じゃん?」って事を言いたいのか。
京介「別にそうでも無いんじゃないか。 兄妹なんだし、変じゃねえだろ?」
桐乃「……かな?」
ちらちらと雑誌と俺と視線を行ったりきたりしながら、桐乃は言う。
京介「……おう」
俺もまた、桐乃と宙に視線を行ったりきたりしながら答える。
うわあ、自分で言い出したことだけど、そう言われるとデートとしか思えなくなってきた。 やっぱり取り消そうかなこれ。
桐乃「よ、よし! 分かった!」
桐乃は突然立ち上がると、俺を指差しながら叫ぶ。
京介「きゅ、急に大声出すんじゃねえよ! びっくりするじゃねえか」
桐乃「うっさい! あんたがどうしてもって言うからでしょ!? 行ってやるわよ!」
どうしてもなんて、ひと言も言ってねえけどな……
だけど、行ってくれるなら良いか。 誘った甲斐があったって物だ。
京介「はは、んじゃ行くか。 準備済ませてくるわ」
と言い、俺は一度自室へと戻るのだった。
それにしても、どうして俺はこんなことをしているのだろうか。
午後一時頃。
俺は何故か、秋葉原駅前で桐乃を待っている。
京介「……おかしいだろ」
散々デートが嫌。 みたいな事を言っておきながら、結局待ち合わせしているって。
それをあいつに言ったら「はあ? 何調子乗ってんの? 京介となんか歩いている所を地元で見られたくないだけだし」と言われた。
何だよ? 翻訳か? 仕方ねえな。
多分「京介と歩いているの見られたら恥ずかしいし……地元から離れた所で、一緒に歩こ?」って事だ。 そうであって欲しい。
この俺の脳内に備えられた翻訳機能は、大分俺のそうであって欲しいだとか、そうだと良いな。 みたいな願いというか想いもあるので、もしかしたら外れている可能性も無くは無い。
だからどうだって訳でもないけど。
それに、桐乃は桐乃で寄る所があったらしい。 本当のところはそっちが主な理由だとは思う。
そんな事を考えながら待つ事数分、ようやく桐乃がやってくる。
桐乃「お、やるじゃん。 あたしより早く待ってるなんて」
そうかいそうかい。 ちなみに今の時刻は一時半。 約束していた時間は……三時。
前回の失敗を踏まえて、なんと驚け……十一時から俺はここで待っていたのだ!
つうか桐乃も桐乃だよな、約束の時間が最早何の意味も持ってなくね?
京介「いや、俺も今来たところだ」
はあ~。 やばくない? 今の俺ってめっちゃ格好良くない? 一度はこのやり取り、やってみたかったんだよね。
で、俺の最高に格好良い台詞に桐乃がなんと答えたかと言うと。
桐乃「でも、京介って朝の十時くらいには家から出て行ったよね」
との言葉だった。 うるせえ、ほっとけ。
京介「……まあ、行くか」
桐乃「うへへ……妹充電器……」
トリップしてやがる。 一体、こいつの頭の中ではどんな光景が映し出されているのだろうか。 兄貴として、少しばかり気になってしまう。
京介「おい、ふらふらしてんなよ。 迷子になるぞ」
さすがに秋葉原とだけあり、人の数は結構な物だ。 いくら慣れた町とは言ってもそんなトリップ状態で歩いていたら、普通に迷子になりそうだし。
との理由で、俺は桐乃の右手を掴む。
桐乃「……はっ!」
桐乃「なに手握ってんのよ! キモッ!」
聞いたか? 迷子にならないように心配してこうしてやったと言うのに、この言われ様だぜ?
京介「あー、悪い悪い。 ならせめて普通に歩けよ」
桐乃「……ふん」
素直じゃねえよなあ、本当に。
桐乃「ん……」
そう言い、桐乃は左手を差し出してくる。
京介「……握手?」
桐乃「なわけ無いでしょ! 手、繋いでやるっつってんの。 バカ」
京介「お、おう」
……デートじゃねえかよこれ!
いやぁ、マジで名目上別れただけだよな、これじゃあさ。 以前と以後で、大した違いって無いんじゃね?
桐乃はそのことに関してはどう思っているのだろうか? 俺的にはこんな感じでいつまでも一緒に居られたらそれで充分ってのはあるけど、桐乃が見ている未来とはどんな物なのだろう。
……俺じゃない他の奴が桐乃の隣に居るのを少しだけ、想像してみる。
……あああああ! 考えたらなんかムカついてきたな! くそ!
桐乃「ちょ、痛いって……」
京介「わ、わりい」
ついつい、手に力が入ってしまっていた。 怒られるか……これ。
と思ったのだが、意外にも桐乃は大して怒っておらず、いつも通り喋りだした。
桐乃「京介、あたしと手を繋げたのがそんなに嬉しかったの? チョーキモいんですけど」
そう言いながら、桐乃は愉快そうにケタケタと笑う。
京介「……はっ、んな訳ねえだろ」
桐乃「……ふうん」
桐乃「あたしはさ、京介の事……恋人では無いけど、友達以上だとは思ってるよ?」
はい!? え、えっと。
友達以上、恋人未満?
それって、えええっと。
京介「き、桐乃……それって」
やべ。 俺今顔真っ赤だよな。 確実に。
桐乃「だって決まってるじゃん?」
周りの音が聞こえなくなる。 まるで、これじゃあ……あの時みたいだ。 クリスマスイブの、あの時。
桐乃は俺の事を上目遣いで見ながら、小さな唇を開き、声を出した。
桐乃「あたし達、兄妹なんだし?」
意地悪そうに笑い、このくそアマはそう言ったのだ。
京介「て、てめえ! 思わせぶりな事を言うんじゃねえよ!」
桐乃「はあ? そっちが勝手に勘違いしたんでしょ? シスコン」
京介「う、うぐぐぐ」
桐乃「あーヤダヤダ。 チョーキモっ!」
京介「……うっせえブラコン」
後悔先に立たず。
どうやら、その言葉は桐乃の地雷原だったらしい。 それも、とても強烈な。
問答無用、手加減無しの金的がまずは炸裂する。
腰を曲げ、前屈みになった俺の頭を桐乃は掴み、続いて顔面に膝蹴り。
うめき声を出しながら顔を抑える俺に腹パン。
で、最後に腹を抑えた所為でフリーになった顔にビンタ。
格ゲーだったら、4comb! と表示されている筈である。
それからしばらく経って。
とか言って簡単に済ませたけど、マジで大変だったんだからな? 鼻血は出るし、下腹部はまだ痛いし、頬はヒリヒリするし。
桐乃は俺が回復するまでの間、傍に居てはくれたけど、ずっと「次同じ事を言ったら、二倍だかんね」との言葉を延々と言っていた。
……すっげえ理不尽っぷりだ。 自分は散々俺に対して言ってきていると言うのに。
この理不尽さに耐えられる俺も、第三者から見たら相当な聖人じゃねえの? 冗談抜きでさ。
で、今は並んで目的地へと着いた所なんだけど。
……なんだけど。
京介「お、おい……桐乃?」
横に居る桐乃に視線を向けると、滅茶苦茶青ざめた顔をしていた。
……こいつも予想外だったって事かよ。
今、目の前にあるデカイ広告。 それは今日だけ限定発売の『妹充電器』の広告だ。
何も、値段が高いって訳じゃない。 売り切れていたって訳でも無い。
むしろ、すげえ数の在庫がまだ残っている。
道行く奴も、目の前で足を止めるが……購入まで行く奴は一人も居ない。
何故かって? 広告にでっかく書いてあるんだよ。
『二人一組、一つまで購入可能です! *ただし兄妹に限る』
ふっざけんなよ! どんなふざけた条件だよ!? 考えた奴絶対頭おかしいだろ!?
しかもご丁寧に、身分証の提示まで求めてやがる! 正気か!?
どこの世界に妹を連れて、秋葉原まで来て『妹充電器』とかいう妹アイテムを買う兄が居るんだよ!?
しかも妹の目の前でだぜ!? 万が一そんな奴が居たら、正気を疑うね、俺は。
クリスマスの時はカップル限定、だったけどさ。 兄妹限定って実際、それより難易度めっちゃ高くねえか?
ふっつーのアイテムならまだ良いぜ? アクセサリーだとかね。 でもさ、よりにもよって妹系のオタグッズだぜ?
そりゃ買う奴なんていねえわな! どんな顔して買えって言うんだよ。 買う奴の顔が見てみたいよ俺は!
この条件を考えた奴は確実に、物を売る気ねえだろ。 明らかに嫌がらせとしか思えない。 或いは、どこかでその光景を見て楽しんでいる変態だ。
京介「……こりゃ、諦めるしかねえな」
桐乃「……うう、残念だけど」
桐乃がここまで簡単に引き下がるって事実が、どれだけその条件がヤバイのかを物語っているだろ?
もう一度言わせて貰おう。 兄妹でこれを買う奴が居たら、俺は正気を疑うね!
桐乃「まさか……あたしとした事が身分証を忘れるなんて……」
……ん?
桐乃「人生最大の失敗……カモ」
京介「身分証……? なら、俺持ってるけど」
桐乃「え!? マジ!?」
はん? なんだこの流れ。
桐乃「もう、それを先に言いなさいって。 京介が持ってるなら大丈夫じゃん」
一瞬ですげえ笑顔になったなぁ。 こいつ。
京介「えーっと。 何が?」
桐乃「はあ? だから身分証を出すのは一人だけで良いって書いてあるじゃん。 つまり片方が持ってれば買えるってワケ。 分かる?」
いや、言っている意味は分かる。 そうだよね。 確かにそれなら『妹充電器』は買える。 それは否定しない。
けど、けどさあ! 桐乃さん!
京介「きょ、兄妹であれを買うのかよ!?」
桐乃「何言ってんの。 当たり前じゃん?」
当たり前なんだ。 俺が間違っていたのかな。
……でもなあ。
ちらりと、桐乃に視線を移す。
桐乃「なに? もしかして兄妹よりカップルとして見られたいとか? キモッ」
……うぜえ。 心底うぜえ。
桐乃「早くしなさいよ。 あんたが行かなきゃ買えないでしょ? 何の為にあんたはここに居るのよ」
京介「あー! 分かった分かった! 買えば良いんだろ!?」
京介「おら、行くぞ!」
もう知った事か! 言っとくが恥をかくのは俺だけじゃねえんだからな。 一緒に居るお前も同じなんだぜ?
その辺、分かってるのかね。 桐乃は。
「いらっしゃいませー。 妹充電器ですか?」
半ばやけくそになりながら売り場付近まで行くと、すぐに店員のお姉さんが俺たち『兄妹』に向かって話しかけてくる。 もうそれだけで、十分気まずい。
京介「……は、はい」
「身分証はございますか?」
と言われ、鞄から取り出そうとした所で、服の袖を引っ張られた。
俺の服を引っ張る奴はこの状況なら一人しかいないはずだが、一体何だってんだ?
まさか、ここまで来て「やっぱり……」とか諦めてるんじゃねえんだろうな?
俺はもう決心してんだよ。 お前と一緒に恥を掻くってなあ!
桐乃「お兄ちゃん、ここなあに?」
……このヤロー! 裏切りやがった! マジでひでえ! 信じられねえ!
これじゃあ俺が「何も知らない妹を連れてきた変態兄貴」だと思われるじゃねえかよ!
桐乃「妹充電器って、なあに? お兄ちゃん」
店員さんに目を向けると、大分顔が引き攣っていた。 俺も多分、一緒だろう。
桐乃「ねー。 早くお家に帰ってお風呂入りたいよ。 一緒に入ろうよー」
妹は天使だとか赤城はよく言っていたが、俺には多分一生分からない感覚だな。
こいつは悪魔よりももっと酷い……今すぐにでも俺は死にたい。
京介「は、ははは」
「……はい、確認しました」
店員さんはこれでもかというくらい、俺に侮蔑の眼差しを向けていた。
桐乃「あっはははは! さっきの京介、チョーキモかったよね~」
俺の人生を左右しかねない一仕事を終え、近くにあったファーストフード店で休憩中、もう堪え切れないと言った感じで桐乃が笑いながら感想を言う。
デートでファーストフードはありえないとか前に言っていた気がするけど、今日は別に構わないらしい。
こいつは多分、今日のがデートでは無いと思っているのだろう。 そういった細かい事に気付く自分は果たして成長しているのか?
……俺は一応、デートだとは思っていたんだけどなぁ。 まあ、思っていても口には出さない。 怒りそうだから。
しかし、これは気付きやすくなったと言えるのかね?
俺が思うに、ただ飼いならされているだけな気がしてならないんだけど。
京介「誰の所為だよ! 誰の!」
桐乃「別に良いじゃん? あたしの欲しい物を買えたんだから、光栄に思いなさいよ」
すげえ台詞だよな。 真顔でこれを言う奴って、俺はこいつ以外知らねえぞ。
京介「……はあ、とっても光栄です」
俺が素直にそう言うと、桐乃は完全にその台詞をシカトして、答える。
桐乃「あ、そーだ。 お礼ってほどでも無いんだけど……ご褒美あげる」
京介「キスでもしてくれんの?」
桐乃「ばっ……! するワケ無いじゃん! 死ね!」
なんだよ、ちょっとだけ期待したっつうのに。 まあ八割方冗談だったけどな。
京介「じゃあ何してくれんの?」
桐乃「何もしない! あたしが言ってるのは物をあげるって言ってんの!」
桐乃「ほら……これ、あげる。 別にあんたの為に買ったワケじゃないからね?」
そういや、最初待ち合わせをする前にどっかに寄って行くとか言ってたな。 その時は別行動だったから、どこに行ったかは知らないけど。
桐乃「ま、大した物じゃないケド」
そんな事を言いながら、桐乃が渡してきたのは小さな箱だった。
京介「……開けてもいいか?」
桐乃「勝手にすれば」
へいへい、んじゃあ勝手に開けさせてもらいますよっと。
包装を解き、箱を開けると……そこには、腕時計が入っていた。
京介「……おお、おお!」
桐乃「な、なによ。 あたしがプレゼントをあげるってのが、そんなに珍しい?」
京介「いや……正直、フィギアでも出てくるのかと思ったからさ」
桐乃「ふ、ふん! それ本当は自分に買ったんだけど、買ってからメチャクチャダサいことに気付いて、それならダサいのが似合うあんたにあげようかなって思っただけだかんね」
ひでえ言われ様だ。 何もそこまで言わんでもって思うが。
京介「はは、そうかそうか」
桐乃「キモ……何にやついてんの?」
京介「なんでもねえよ」
つまり。
この腕時計が見る限り男物っぽいのもたまたまで、プレゼント用の包装がしてあったのもたまたまで、桐乃が今日持っていたのもたまたまで。
そういうこと、なんだろう。
京介「サンキュー、桐乃」
桐乃「うっさいわね。 ゴミなんか貰って、そんな嬉しいの?」
京介「ゴミじゃねえよ。 妹からのプレゼントだぜ? 一生の宝物にしてやる」
桐乃「……シスコン」
こうして、ある春の日の日曜日は終わる。
ぶっちゃけると、この前の話と今日の話、これは単なる始まりにしか過ぎなかった訳だ。
本当に大変なのはこれから。 俺たちの戦いは始まったばかりだ! みたいな感じ。
手始めに、この日。
桐乃と一緒に家に帰ってから、そりゃあもう大変な事になるんだよ。
第一話 終
本日の投下終わりです。
ありがとうございました。
乙ありがとうございます!
投下します。
京介「ただいまー」
あの後、ついでだからと言って他の買い物を済ませた俺たちは、日が沈みかけている頃にようやく家へと着いた。
俺は特に欲しい物が無かったので、メインは勿論桐乃の買い物だけどな。
靴を脱ぎ、リビングの横を通り、階段に足を掛けたとき、リビングの方から俺たちに声が掛かる。
佳乃「京介、桐乃。 ちょっと来なさい」
何だろうか? お袋がこういう風に呼び出すのは、少しばかり珍しい。
放任主義……とまでは行かないが、親父に比べると大分ぬるいというか、説教というのはあまり無い。
なので、こんな感じで呼ばれたのにはそれなりの理由があるのだろう。 それに気付いたのはどうやら桐乃も同じだった様で、顔から緊張している様子が見て取れる。
俺と桐乃は互いに顔を見合わせた後、大人しくリビングへと向かった。
食卓の定位置、俺が左側に座り、桐乃が右側に座る。
お袋は俺の正面に座り、なんだか顔色は若干悪い。
京介「どうしたんだよ? お袋」
佳乃「……」
佳乃「二人とも、最近仲が良さそうね」
……なんだ、この流れは。 デジャヴというか、実際に前にあったことだ。
嫌な予感がすげえする。 悪寒が走る。
京介「……悪い事か? 兄妹仲が良いってのが」
佳乃「そうは言って無いわよ。 今日も二人で出掛けていたんでしょ?」
桐乃「そうだけど……」
佳乃「仲が良いのね、本当に」
お袋はそれを何度も言う。 仲が良いのね、と。
何かを言い聞かせるように、そう言っていた。
京介「お袋、どうしたってんだよ。 それだけか?」
せめていつも通りを装って、俺は言う。 お袋が言いたい事ってのはなんとなく分かってしまったから。
桐乃の顔は青ざめていて、こいつもお袋が俺たちを呼び出した理由に行き着いた様だ。 テンパって変な事を言わなきゃ良いが。
佳乃「……分かったわ。 桐乃」
お袋は言い、桐乃の顔を真っ直ぐと見つめる。
いつもの雰囲気では無く、真剣そのものといった感じだ。 桐乃もそれに呑まれ、お袋から視線を外せずにいた。
桐乃「な、なに?」
お袋は一度息を吐き、少しの間を置くと口を開く。
佳乃「どうしてあなたの部屋に、京介の制服があるのかしら?」
……やっべえ。
俺の部屋に桐乃の物があるのは、まだなんとか言い訳を考えてあった。 言い訳というか、これは俺の物だ。 とでも言えば納得させられると思っていたから。
が、桐乃の部屋にある物については何も考えていない。 正直、いくらお袋でも勝手に桐乃の部屋に入るのは想定外だったんだ。
……くっそ、どうするかな。
桐乃「そ、それは!」
案の定、桐乃は言葉に詰ってしまう。 やはり、俺がどうにかしないといけない様だ。
京介「お、お袋。 それより問題は勝手に桐乃の部屋に入ったことじゃねえか? いくら親でも、そりゃ良くないんじゃねえのかな」
苦し紛れの発言ってことは自分でも分かっている。 なんとか論点をずらさないと……との思いが強かったから。 話を少しでも逸らして、有耶無耶にできれば儲け物だし。
佳乃「そうね。 本当はしたくなかったのよ、こんな事は」
佳乃「けど、あなたが高校を卒業する前、桐乃が中学を卒業する前の話だけど」
佳乃「毎朝桐乃の部屋に行く京介を見たら、何かあったんじゃないかと思うじゃない?」
冷静に思い返してみれば、確かにそりゃそうだ。 墓穴掘りまくりじゃねえかよ。 くっそおお。
佳乃「それで、勝手に部屋に入るのは良くないと思ったけど、今日もあなた達、一緒に出掛けたでしょ」
良く言うぜこのババア。 俺の部屋には勝手に入って、あろうことか宝物を全て把握してるっつうのに。
佳乃「それを知って、今日桐乃の部屋を確認したのよ。 そしたら」
佳乃「……京介の高校の時の制服があったから、ね」
てめえ隠しとけよ桐乃! と思いながら桐乃の方に顔を向けると、桐乃はすっかり黙り込んでしまっている。
駄目だ。 やっぱりこういう時の桐乃は頼りにならない。 普段なら、めっちゃ頼りになるんだけどな。
やっぱりなんとかするとしたら、俺が言わないと。
どうする。 どうやって乗り切ればいいんだよ、これ。
通常じゃ絶対にありえないことだから……だからお袋は、こういう風に俺と桐乃を呼び出しているんだろ?
なら、そう思わない様にすればいいんだよな。 だったら……!
京介「……お袋、聞いてくれ」
京介「あれにはな、ちゃんと理由があるんだよ」
佳乃「理由?」
京介「ああ……俺の制服が桐乃の部屋にあるのはだな」
京介「つまり、コスプレなんだ」
佳乃「コ、コスプレ?」
うわあ、視線が痛い。 俺のことじゃねえのに、すげえ恥ずかしいぞこれ。
京介「桐乃が、今度友達とそういう集まりがあるんだよ。 学園系のコスプレでな」
京介「で、さすがに自分の中学時代の制服は着れないし、今の制服も知り合いに見られたらあれだろ?」
京介「だから、男装しようってなってだな……俺の制服を桐乃が借りてるって訳なんだよ。 着こなし方とかもあるからさ、しばらくの間桐乃に貸してるんだ」
佳乃「……随分と変な集まりね? その、やましいことじゃないわよね」
京介「んな訳ねえだろ!!」
途中から桐乃にゲシゲシと足を蹴られているが、もう気にしたら負けだろう。 説教なら後でたっぷりと受けてやる。 今大事なのは、この場をどう乗り切るかなのだから。
京介「桐乃の趣味については、お袋もある程度知っているだろ? 同じ趣味同士の集まりみたいな物だよ。 俺も一緒に付いて行くし、心配する様なことは無い」
佳乃「そう……なら良いけど」
佳乃「最後に一つだけ、聞かせてちょうだい」
お袋はそう言うと、桐乃の顔を見て、次いで俺の方に顔を向け、口を開く。
最後に一つ。 一体、何を言うのだろうか。
佳乃「嘘はつかないでね」
お袋は前置きをして、言った。
佳乃「あなた達、妙な関係にはなって無いでしょうね?」
視線を逸らさず、俺たちの回答を待っている。
おいおい、最後にこれかよ……
桐乃に任せる訳には、いかねえな。 任せたら任せたで、変な事を言いそうだしさ。
ああ、くそ。 今日は割りと良い日だと思っていたのに、とんだ厄日じゃねえかよ。
京介「……ねえよ。 ある訳無いだろ?」
佳乃「……そう。 分かったわ」
怪しまれているだろうか……? お袋の言葉に即答できなかったのは、まずかったか?
佳乃「今は京介の言葉を信じるわね。 だけど」
佳乃「京介、あなたはもう一度一人暮らしをしなさい」
京介「……へ? 何で?」
佳乃「京介と桐乃がどうってのも、そりゃ少しはあるけどね。 お父さんと話して決めた事よ」
桐乃「で、でもいきなりだなんて!」
おい馬鹿、黙ってろお前。 ここで急に口を挟んだら、変に勘違いされるじゃねえかよ!
佳乃「元々、京介は大学から一人暮らしも考えていたんでしょ? なら良いと思うんだけど」
……お袋は多分、口ではそう言っているが心の奥では俺と桐乃の事を疑っているのだろう。
それだけの理由も、証拠も、きっちりとある訳だしな。
それに、その疑いってのは的を射てしまっているんだ。 だから、この場で俺が出す答えでその疑いが確証に変わってしまう可能性もある。
京介「……分かった。 一人暮らし、すれば良いんだろ?」
桐乃「ちょっと、京介!」
京介「別に良いじゃねえか。 俺が一人暮らししたって、あいつらと遊べなくなる訳じゃねえだろ?」
と、敢えて友達を引き合いに出す。 桐乃が嫌がっているのは、俺本人では無く、あくまでも友達がってのを伝わるように。
桐乃「……だけど」
桐乃もそれは分かっていると思う。 だから、それ以上文句を言う事は無かった。
佳乃「決まりね。 今日の夜、お父さんと話しましょうか」
って訳で、高坂京介二度目の一人暮らしが決まったのだった。
親父との話が終わり、決まった場所は前回と同じ場所。
大学からそれほど遠くは無いので、その点に関しては全く不便では無い。
問題は、いきなり明日引越しって所くらいか……
予め、話は決まっていたって考えるのが無難だよな。 この場合。
ったく、本人が知らない所でどんどん話を進めやがって。 お袋も親父も、何考えてんだか。
それもそれで意外な展開だったんだけど、もう一つだけ意外な事があった。
俺自身、自分でもびっくりするほどにイライラしているのだ。
前も同じ様な事があった気がする。 同じパターンで、同じ様な気持ちになった事が。
はは、なるほど。 今になって分かった。 あの時、テンションがあがらなかった理由。 それがもう俺にははっきりと分かっていた。
京介「……くっそ」
桐乃と、離れたく無い。
むしゃくしゃするな、ちくしょう。
確かに、今回のお袋の行動は正しかったんだろう。 現に俺と桐乃はお袋の言う『妙な関係』に一度なってしまっているし。
けど、それでも俺はやっぱり----------
バタン、と音がした。
こんな夜中に俺の部屋を訪ねる奴は、一人しか知らない。
音のした方に顔を向けると、予想通り……桐乃が居た。
京介「……どうした」
桐乃「分かるでしょ、そんなの」
桐乃「……人生相談」
京介「おう」
俺は精一杯笑いながら、超不機嫌そうな桐乃にそう言ってやる。 空元気って奴だな、こりゃ。
桐乃「あんた、本当に一人暮らしするつもりなの?」
桐乃の部屋に行き、お互いがいつもの定位置に座ったところで、本題へと入った。
京介「まあな。 変に断るよりは、怪しまれないだろ? それに、もう決まってることだったしな」
桐乃「でも! だって、今はもうそんなの関係無いじゃん。 あたしとあんたは普通の兄妹でしょ?」
桐乃はそっぽを向いて、呟く。
京介「そうだけどよ……お袋が言っている事が、間違いじゃないってのもあるだろ?」
京介「いつまでになるかは分からねえけど、もう会えないって話でもねえしな」
京介「お袋の疑いを晴らす為にも、こうするしか無いのは分かって欲しい」
桐乃「……ふうん。 あんたはあたしと離れたいんだ」
なんでそうなるんだよ! めんどくせえ奴だな!
京介「離れたくねえよ! お前とは一生一緒にいたいに決まってんだろ」
桐乃「……キモッ。 変態兄貴」
ああ言えばこう言うって感じだよな、こいつ。
京介「わりいかよ……言っとくけどな、俺はさっきまですんげえ落ち込んでたんだからな。 一日でもお前に会えないとか耐えられん!」
桐乃「ふ、ふうん」
京介「つうか、お前はどうなんだよ?」
桐乃「へ? あたし?」
京介「お前は、俺と離れられて嬉しいのかって聞いてんだ」
桐乃「それ聞くこと? マジ顔で何言ってんの? ちょーキモイ!」
桐乃「大体さ、あたしがそんなんで落ち込むとか思ってんの? 自意識過剰すぎ!」
京介「……そうかよ。 んじゃあ、別に俺が一人暮らししても文句はねえんだよな?」
桐乃「ふん! ある訳ないっつうの!」
可愛くねえええええ!!
良いぜ良いぜ、分かったよ。 意地張りやがって。 だってお前めっちゃ泣きそうじゃねえかよ。 矛盾しすぎだっつうの。
そんなの、一々言わないけどよ。 こいつが寂しがってるのも何だか少し見てみたいし、素っ気無く行ってやるよちくしょう!
京介「へいへい、分かりましたよ。 んじゃあまた明日な」
桐乃「……ふん」
京介「何だよ、まだ何か話でもあんのか?」
桐乃「無い。 早く出て行け」
京介「……へいへい」
桐乃の部屋から出て、俺は部屋へと戻る。
ったく、憎たらしい奴だ。 せめて今日くらい「行かないでよ……お兄ちゃん」くらい言ってみろや! お前が大好きな妹ゲーの妹たちは、このシーンだったら間違い無く言ってる台詞だからな。
そんで、次のシーンではエロシーンに移ってるんだよ。
…………望んでねえからな? 俺と桐乃がそうなるだなんて。 いやだけど、そういう願望が皆無かっていうとそうでも無いんだけどな……って俺は何を考えているんだよ。 とにかくこう、あれだ。
桐乃の事は大切にしたいし、今は隣に居られるだけで、俺は良いんだ。
そういうこと。 分かるだろ? しかし俺と桐乃がこのままワガママを続けていれば、周りに迷惑が掛かってしまうんだ。
その結果は、言わずもがな。 俺も子供で、桐乃も子供。 俺はもう大学生だから、多分家を追い出されるんだろうな。 両親のどちらも桐乃側になるだろうし。
俺がそそのかしただとか、そんな感じになるんだろう。 あくまでも予想なので、実際そうなるのかは分からないけど。
で、一生桐乃には会えないと。 最悪な、くそつまらない結末だよな、それじゃ。
だから分別は付けないといけない。 せめて……今だけは。
その日は眠れず、朝が来るまでずっとベッドの上でそんな事を考え続けていた。
翌朝、とは言っても一睡もしていない。
窓から差し込んできた太陽の光りで、朝だと分かっただけだ。
起きて、飯を食べて、歯を磨いて、顔を洗って、着替える。
その後は荷物をまとめたのだけど、今回ばかりはいつまでの期間なのかが分からないってのもあるから、結構な量になっていた。
必需品や、桐乃が前回くれた冷蔵庫などを親父が借りてきた軽トラへと乗せる。
エロゲーは……いらねえよな? 思い出の品ではあるが……これを見て思い出を振り返るとか、すげえ可哀想な奴に思えてしまうし。
他に持っていくべき物は……大丈夫か。
そんなこんなで適当に準備を済ませていると、出発の時間はすぐにやってきた。
この家からそれほど遠い場所では無い。 来ようと思えばいつでも来れる距離。
だけど、俺にはどうしようも無く遠い距離に思えた。 どうしてかは分からないが。
靴を履きながら、溜息を付く。 また面倒くせえことになっちまったな、と。
そんな風に気分が落ち込んだ所にお袋が見送りに玄関までやってきた。
佳乃「何か困った事があったら、連絡しなさいよ?」
京介「おう。 そん時は遠慮なく、頼らせてもらう」
とある事を言うべきか言わないべきか、少し悩んだ。 これを聞いたら、また疑われるんじゃねえかって考えて。
しかし、そう簡単に見過ごせるほど小さい物でも無かった様で、気付いたら勝手に口を動かし、お袋に尋ねていた。
京介「なあ、桐乃は?」
佳乃「あの子、今日は朝練があるとか言って随分早くに家を出て行ったわよ」
ふうん。 あっそ。
いつもなら家に居る時間だというのにねぇ。 素直じゃない奴だ、馬鹿め。
京介「んじゃ、行って来ます」
佳乃「はいはい。 行ってらっしゃい」
こうして、人生二度目の一人暮らしは始まったのだった。
第二話 終
以上で終わりです。
支援、乙ありがとうございます~
えと
第三話はあるんだよね?
>>144
ありますよー。
一応、全部で20話くらいの予定です。
こんにちは。
乙ありがとうございます。
投下します。
京介「しっかし、一人暮らしつってもする事がねえな……」
こんなことなら、エロゲーの一つや二つ持って来れば良かったか?
大学生ってのも、結構暇なんだよなぁ。
黒猫や沙織は学校だろうし、何より桐乃抜きであいつらに会うのは今となっちゃ少し気が引けてしまう。
となると、暇潰しも大分限られてきてしまうよな。 テレビも見飽きてきた事だし……
出掛ける、って言っても行く場所がなぁ。 あーくそ、マジで暇人じゃねえかよ俺。
壁に背中を預けて、天井のシミを数えるのも大分飽きてきた。
気分は収監された犯罪者ってところか、暇より辛い物ってこの世に無いんじゃねえのか?
ううむ。 やはり一度家に帰って、適当に桐乃から貰ったエロゲーでも持ってくるか?
……いや、それはちょっとあれだよな。 ついさっき、少しばかり感動的な別れをした奴がのこのことエロゲーを取りに来たって最悪じゃねえか。
エロゲーを取りに来たってのがばれなきゃいいんじゃとも思うけど、ばれた時が最悪な結末になるのは間違いない。
だってよ、俺が一人暮らしをさせられた理由の一つに、妹である桐乃の事があるんだぜ?
で、桐乃が俺に渡す物っては大体が妹系だ。 つうかそれ以外は殆ど無い。
後はまあ、分かるよな? それを見られたら最悪な結末になるって事くらい。
京介「……少し寝るかな」
一人で呟いても、それに返答する奴はいない。
布団に寝転がり、目を瞑る。
……
……背中が痒いな。
……
……寝れねえ!!
絶対睡眠時間は足りて無いはずなのに、全く寝れねえ!
京介「……アー」
よし、寝るのは諦めた。 次にする事を考えよう。
……んー、そういや昼飯まだだっけ。
適当にコンビニでも行って、弁当でも買うか。
幸い、生活費は支給されているし。
ついでだし、その辺をぶらぶら散歩でもするかぁ。 気分はあれだ、ニートってやつ。
次の行動を決めた俺は財布を持ち、ドアに手を掛ける。
その瞬間、俺の意思とは無関係にドアが向こう側へと引っ張られた。
京介「……うおっ」
桐乃「きゃ!」
京介「き、桐乃?」
おいおい。 何してるんだよこいつは。
京介「えっと……何してんの?」
桐乃「はあ? わざわざ会いにきたっていうのに、何それ。 ムカツクんですケド」
京介「いや、そりゃあ嬉しいけどさ……まずくねえか?」
桐乃「なにが?」
分かってねー! こいつもしかして、何も話聞いてなかったんじゃねえの!?
京介「だから、俺とお前の仲が疑われたからってのもあるだろ? 前回と一緒でさ」
京介「そんな状態の俺に、お前が会いにきたらまずいんじゃねえの?」
桐乃「あー、それね。 大丈夫大丈夫」
京介「……やけに自信満々だな。 なんか理由あんのか?」
桐乃「だって、内緒で来ているワケだし」
京介「お、お前なぁ……」
頭を抱えたくなるよ、本当にさ。
京介「ばれたらどうすんだよ? お前が今日みたいに出かけてたら、ばれるのも時間の問題だと思うんだが」
桐乃「だーかーらー。 この時間じゃん?」
この時間……って、普通に昼だけど。 何を言いたいんだ、桐乃は。
うーむ。 あれ、もしかしてこいつ。
京介「……お前、学校は?」
桐乃「ひひ、サボり」
ばれても知らねえぞ、そこまで責任持てないっつうの。
玄関でいつまでも喋っているのもあれなので、一旦は桐乃を部屋の中へと入れる。
桐乃「にしても、つまんない部屋だよね」
京介「お前の私物は置くんじゃねえぞ?」
桐乃「チッ……なんで一人暮らししてんのさ、それなら」
それには色々理由あるけどよ、少なくともお前の私物を置く為に一人暮らしをしている訳じゃないってのは、声を大にして言えるからな?
京介「つうか、そこまでして俺に会いたかったのかよ?」
お茶を桐乃の前に置きながら、俺は嫌味ったらしく笑い、桐乃に話しかける
桐乃「何言ってんの? あんたが昨日「一日でもお前に会えないとか耐えられん!」って言ったんじゃん?」
言いましたね。 そういえば。
桐乃「だからこうして来てあげてるのよ。 あたしの優しさってワケ。 学校さぼったのも、あんたの所為だからね」
俺の所為かよ……別に学校終わった後でも良かったんじゃねえの? それ。
京介「……まあ、嬉しいけどな」
桐乃「でしょ? でしょでしょ? もっと感謝しても良いんだよ?」
桐乃「感謝ついでに、あたしのコレクションを飾りたいなぁ」
おい、お前それが本音だろ。 絶対許可しねえからな。
京介「断固拒否だ。 持ってくるのも大変じゃねえか。 途中で知り合いにあったらどうすんだよ」
桐乃「その辺はあんたがなんとかしなさいよ」
桐乃「まあ、それは今度でいっか……きゃあ!」
京介「ど、どうした!?」
桐乃「あ、あああんた! アレ! ゴキブリ!」
京介「うわ、マジだ」
桐乃「マジだじゃなくて!! 早くどうにかしてよ!」
うるっせえなぁ。 ゴキブリの一匹や二匹、こんだけ年季が入ったアパートなんだからいても不思議じゃなくね? 確かに不快だから処分はするけどさ。
それにお前のすぐ傍にいるって訳でも無いのに、やかましい奴だ。
……ふむ。 なるほど。 これ、ひょっとしたらチャンスじゃねえの?
いいや、とにかくまずはゴキブリ駆除。
すげえ詳細に表現しても良いが、R18指定になりそうなので割愛させてもらおう。 結果だけ言うと、トイレに旅立ってもらった。
京介「ほら、これで良いだろ?」
桐乃「う、うん」
いつもの勢いはどこ行ったんだよ。 桐乃は未だに座りこんで、口をパクパクさせている。 どんだけ苦手なの? お前。
京介「お、おい桐乃。 お前の足元にもう一匹----------」
桐乃「きゃあああああああああああああ!!!!」
言い終わる前に桐乃は叫ぶ。 近所迷惑だからもうちょっと静かに頼むよ、マジでさ。
で、ぶっちゃけると俺の発言は冗談だった訳だが、桐乃はそれを信じきってしまった様で、そのまま俺に抱き付いてきた。
……おおう。 おう。
京介「……ええっと、大丈夫か?」
桐乃は黙ったまま、首をふるふると振る。 どうやら大丈夫では無いらしい。
京介「いや、その……悪い、今のは冗談だから……さ」
その言葉を受け、桐乃は全身をぴくっと震わせる。 俺はというと、多少の鉄拳制裁はもう覚悟していた。
桐乃「ほ、本当に?」
京介「……あ、ああ。 悪かった」
桐乃「……そう」
次の瞬間には殴られるかなぁ。 と思ったんだが、桐乃はというと、へなへなとその場に座り込んでしまう。
……どんだけ苦手だったんだよ、こいつ。
京介「……ええっと、大丈夫か?」
桐乃は黙ったまま、首をふるふると振る。 どうやら大丈夫では無いらしい。
京介「いや、その……悪い、今のは冗談だから……さ」
その言葉を受け、桐乃は全身をぴくっと震わせる。 俺はというと、多少の鉄拳制裁はもう覚悟していた。
桐乃「ほ、本当に?」
京介「……あ、ああ。 悪かった」
桐乃「……そう」
次の瞬間には殴られるかなぁ。 と思ったんだが、桐乃はというと、へなへなとその場に座り込んでしまう。
……どんだけ苦手だったんだよ、こいつ。
京介「ごめんな! 悪かった!」
手を合わせ、桐乃の顔を覗き込みながら、必死に謝る。
桐乃「……うう」
やっべえ。 泣きそうになってるじゃん。 なんだこれ、すげえ罪悪感だぞ。
京介「マジでごめん! お詫びするからさ、許してくれ!」
桐乃「も、もう……絶対に、しないでね」
目を潤ませて、途切れ途切れで言葉を紡ぐ桐乃の姿は、不覚にもかなり可愛かった。
京介「お、おう……」
桐乃「……絶対だかんね」
京介「分かったよ」
桐乃「なら……良いケド」
桐乃「それより!」
桐乃はそう言うと、俺の方に顔をぐいっと寄せて、続ける。
桐乃「さっき言ってたお詫び、期待してるから」
言いながら、笑顔になる桐乃。
京介「お前、やっぱり笑顔の方が良いな」
桐乃「ちょ、いきなり何言ってんの!?」
京介「……ただ感想を言っただけじゃねえか」
桐乃「いきなり言うなっつってんの!」
京介「なら、いきなりじゃなきゃ良いのか?」
桐乃「そ、それは……うん」
京介「……そうか。 じゃあ、桐乃」
桐乃「は、はい」
京介「……なーんて、言ってやらねえよ~~~~~!!」
この時の桐乃の顔は、大分面白かった。
目を見開いて、頬が引き攣って、コメカミの辺りがプルプルと震えていて。
桐乃「ぐ、ぐぎぎぎ」
京介「何だよ、言って欲しかったのか?」
桐乃「なっ! んなワケ無いじゃん! ばかじゃん!?」
京介「そうかいそうかい。 あーっつうかさ、話変わって悪いんだけど、飯買いに行くところだったんだよ、俺」
京介「一緒に来るか?」
桐乃「……ムカツク。 京介にからかわれると、すっごくムカツク」
京介「んだよ。 別に半分冗談だったけど、お前が言って欲しいならいつでも言ってやるぜ」
桐乃「そういうのを言ってんのよ! 分かれっつうの……」
京介「今度は気をつける。 で、一緒に行くか?」
桐乃「ふん。 あんたがどうしても来て欲しいって言うなら、行ってあげても良いケド?」
京介「はいはい。 どーしても来て欲しいです、桐乃様」
桐乃「……なら仕方ない」
扱いやすい奴だ。 最初こそ苦労した物の、今となっては大分桐乃の取り扱い方についてはマスターしてきた気がする。
果たして、マスターしたのが俺が桐乃をなのか、桐乃が俺をなのかはあまり考えないでおいた方が良さそうだが。
京介「そういやお前、昼飯は?」
桐乃「食べてなーい。 お昼まで学校行って、途中で来たし」
優等生からとんだ不良になってるじゃねえか。 原因が俺っていうのが、またなんとも。
京介「んじゃ、奢ってやるよ。 折角可愛い可愛い妹様が来てくれた訳だしな」
桐乃「お、あんたも分かってきたじゃん。 ふふん、嬉しいんでしょ? あたしが来て」
桐乃はそう言うと誇らしげに笑う。 で、それを見た俺がなんと言ったかというと。
京介「やっぱり、笑顔の方が可愛いな」
と、ニヤニヤしながら言ってやるのだった。
その後、桐乃に数発殴られたのは言うまでも無い事か。
今は二人で並んで昼飯を買いに行っている。 傍目から見たら仲が良いと思われているのだろう。 ただ、先程から明らかにわざと桐乃は俺の足をゲシゲシと蹴ってくる。
その度に俺は桐乃の方へと顔を向けるが、桐乃はというと頬を膨らませ、そっぽを向くだけである。
おお、今日も可愛いなマイハニー。 とでも言ってやろうかと思ったのだが、それはそれで後が怖いのでやめておいた。
京介「てか、お前って何着ても似合うよなぁ」
桐乃「当たり前じゃん。 着こなし方なんて分かっててトーゼンっしょ?」
京介「……ふうん」
桐乃は今、通っている高校の制服を着ているんだが、俺の知る限りじゃ制服をそこまで上手に着れる奴はお前だけだぞ。
桐乃「それに比べて、あんたは本当に冴えないよね~」
桐乃「ぷ。 大学生でそれはマズくない?」
一々腹が立つな、こいつは……ま、まあ俺ももう高校生では無いんだ。 ここは冷静な対応をせねば。
京介「おいおい桐乃。 なんで俺の格好がこんななのか、知らないのか?」
桐乃「はぁ? そんな大層な理由があるとも思えないんですケド」
京介「良いか、よく聞いとけよ?」
京介「俺はお前に服のセンスを任せているから、普段はこんななんだよ。 つまり、お前に選んでもらう為に "わざと" こんな格好をしているんだ!」
桐乃「へ、へえ。 あたしに任せるってのは、確かに間違って無いケドね? 京介ならそれが精一杯だろうし」
桐乃「でも、出かけた時に何回か服については教えてない? それを着ないのは何で?」
……そりゃあ、あれだ。 自分で着ようとすると、どうにも変な感じになってしまうからだ。
とは言えないよなぁ!
京介「それはだな……ま、毎日お前に選んでもらいたいからだな」
桐乃「……ふ、ふーん」
桐乃は顔を真っ赤にして、俺から視線を逸らす。
……あれ、俺ってひょっとしてとんでも無いことを言ったんじゃないだろうか。
桐乃「……そっか、ふふん。 なるほどね」
桐乃が何やら呟いていたが、風の音で俺の耳には届かない。
京介「あ? 何か言ったか?」
桐乃「へ? う、ううん。 何でもない」
京介「……あっそ」
何を言ってたのかね、こいつは。 まあ、そんな大した事じゃねえだろうし良いけどさ。
それからコンビニで適当に二人分の飯を買い、家へと帰る。
桐乃もついでに自分の分の飯を持たせて帰らせようとしたのだが、どうやら「今帰ったら早すぎて逆に怪しまれる」ということらしい。 面倒臭い奴だ。
京介「んで、お前は本当に何の理由も無く来たの?」
アパートでテーブルを挟んで飯を食べながら、桐乃が来た時から少し気になっていた事を尋ねる。
桐乃「あんた、本当にあたしが会いに来ただけって思ってんの?」
京介「……違うの?」
桐乃「ち、違わないケド……違う!」
どっちだよ!
桐乃「ほら、コレ。 あんた忘れてたからさ、持ってきてあげたってワケ」
そう言いながら、桐乃は俺に携帯電話を手渡す。
……する事ねえなって思ってたら、携帯忘れてたのか。 今更それに気付く俺も俺だけど。
京介「おー。 すっかり忘れてたな……サンキュー」
桐乃「あんたメールしても返さないし、まさかと思って家から持ってきたのよ。 ばれない様に取って来るの、大変だったかんね?」
京介「へへ、ご迷惑お掛けしました」
しっかし、わざわざ持ってきてくれるとか愛を感じちまうぜ。
そう思いながら、携帯を確認。 桐乃が言ったように、何通かメールが来ている。 その内の一件は桐乃。
ええっと。 タイトルは無し、本文は……ウザ。 とだけ書かれてた。
京介「なにこれ、意味が分からないんだが」
桐乃「それは授業で先生が全く関係無い話始めるからさー。 その時のあたしの気持ちをメールしたって事。 分かった?」
あー、いるよね。 そういう先生。 大抵の奴なら授業が潰れて嬉しいんだろうけど、こいつの場合は違うのか。 ほんっと、見た目とは違って真面目だよなぁ。
京介「って分かる訳ねえだろ! たったの二文字でそれが分かる奴なんていねえからな!?」
桐乃「そんくらい分かれっつうの、兄貴っしょ?」
京介「いいや、たとえお前の事をどれだけ知ってる奴でも分からねえだろ……」
桐乃「あっそ。 まあ分かったら分かったでキモいけどね」
……こいつは、くっそが! 俺にどうしろっつってんだよ! 理不尽女が!
んまあ、それを今更言っても仕方ねえか。 今に始まった事じゃねえからな。 元からだ、元から。
桐乃「それとさ、あんた寂しがると思って新作のエロゲー持って来ちゃった」
京介「お、おう……」
なんで桐乃の中では、俺はエロゲーが無いと寂しい思いをする奴認定されているんだろうか。 客観的に見て、違う意味で寂しい奴じゃねえかよ。
桐乃「大事にしてよね?」
と言いながら、桐乃は俺にパッケージを渡す。
ええっと、何々……
【~妹逃避行~ 秘密の駆け落ち vol.Ⅰ】
いらない豆知識だが『いもうとうひこう』と読むらしい。
お前なあ!
毎回毎回、こいつのセレクトは酷い! ありえん!
言っていいのか? 聞いても良いのか? ああ分かった、聞いてやるよ。
京介「お前、俺と駆け落ちしたいの?」
桐乃「なっ! なんでそうなんのよっ! 一人で駆け落ちしてろ!」
一人で駆け落ちって。 中々に面白いツッコミじゃねえか。 将来に期待が持てるな。
京介「んじゃあ、その時はお前も無理矢理連れて行ってやるよ」
桐乃「ゲームと現実を一緒にすんな。 絶対行ってあげないかんね」
京介「そうかい。 んじゃあずっとこっちに居るわ」
桐乃「……ばーか」
へっ。 もっと可愛く言えってんだ。 まあ、今のも俺の中じゃ十分可愛い分類に入るけどよ。
京介「んで、帰る予定は何時なんだよ?」
俺が腕時計を見ながらそう聞くと、桐乃は「チッ」と舌打ちをした後に口を開く。
ああ、ちなみにこの腕時計ってのは昨日桐乃に貰った奴な? 一々説明しないでも分かると思うが。
桐乃「あたしに帰って欲しいの?」
京介「……そうじゃねえけど、何時に帰るのかなって思っただけだ。 長居しすぎても、あれだろ?」
桐乃「べっつにー。 京介が帰れっていうなら、今すぐにでも帰っていいケド」
桐乃「逆にここに居ろって言うなら、いつまでも居ていいよ?」
と、桐乃はニヤニヤしながら言う。 憎たらしい奴だ。
京介「……なら、まだ帰るな」
俺は桐乃から視線を逸らしながら、呟くようにそう言った。
桐乃「きゃああ! キモ! シスコン!」
言いながら、手で自分の肩を掴みながら桐乃は後退る。
京介「てめえ……もう帰れ!」
桐乃「……ふうん」
俺がそう言うと、突然に桐乃の表情が曇る。 やべ、怒らせたか?
桐乃「良いよ。 分かった……ごめんね」
おい、おいおい。 どんだけしょぼくれてんだよ!
俺がそれに呆気に取られている間にも、桐乃はどんどん帰り支度を済ませ、席を立つ。
玄関へ向かって桐乃が歩き出したところで、俺はようやく動くことができた。
京介「ちょ、ちょっと待て! 冗談だ!」
言いながら、桐乃の腕を掴んだ。 俺は多分、大分焦っていたと思う。 それ程までに桐乃の顔色が悪くて、雰囲気が暗かったからだろう。
桐乃「……冗談でも、言って良いことと悪いこと、あるっしょ」
俺の方を見ずに、小さな声で桐乃はそう言った。
京介「本当にすまん。 頼むから帰らないでくれ」
桐乃に向かって頭を下げる。 誠心誠意、想いを込めて。
桐乃「……」
とんとん、と肩を桐乃が叩いてくる。 許してくれた……のか?
そう思い、顔を上げると。
桐乃「ふ、ふひひ」
あん?
桐乃「きりりん大勝利ーー!!! 妹にマジ顔で謝る兄貴キモーーー!!」
こ、このヤロー……
桐乃「「本当にすまん。 頼むから帰らないでくれ」って……ひひひ」
俺の肩をパンパンと叩きながら、桐乃は続ける。
桐乃「ど~しよっかな~? いひひ、帰っちゃおうかな~?」
桐乃「ねえねえ、京介ぇ? どうして欲しい~?」
ふ、ふむ。 俺、冷静に聞いてるけど、キレる寸前だぜ?
桐乃「ほらほらぁ。 あたし帰っちゃうよ~? 良いのぉ?」
ちくしょう……こうなったらヤケだ。 吹っ切れるしかねえ。
京介「……帰って欲しく無いっす」
桐乃「え~? なんてなんて? 聞こえなかったんですケド?」
嘘付けやこいつ。 すんげえ楽しそうに笑いやがって。
京介「帰って欲しく無い!!」
桐乃「ひい! シスコンに襲われるー! キモッ!」
こいつ……マジで覚えとけよ。
いつかぜってえ仕返ししてやる! くそが!
桐乃「まあでも? あんたがそこまで言うなら残ってあげても良いかなぁ?」
京介「あ、ありがとうございます。 桐乃さん」
体を震わせながらもしっかりと言う俺、マジ紳士。
桐乃「ふふん。 しっかたないなぁ」
ようやく満足したのか、桐乃は俺の横を通り過ぎ、部屋の奥へと戻って行く。
俺もその後に続いて部屋の奥へ戻ろうとした時だった。
後ろの方で、つまりは玄関のドアの方で、ガチャリと音が鳴ったのだ。
第三話 終
以上で本日の投下終わりです。
乙ありがとうございます~
アニメ11話のきりりんめっちゃ可愛かったですね!
早く来週にならない物か・・
こんにちはー。
投下いたしまする。
ドアの取っ手が動き、開ける動作を見せる。
が、桐乃と戻ってきてから鍵を閉めていたので、開けることは叶わずにガタンという音が部屋の中に響いた。
京介「……なんだ?」
俺はこの時、真っ先に考えるべき可能性に行き着いていなかった。 引越し早々来訪者ってのも珍しいな……新聞の勧誘でも来たのか? なんて、呑気に考えていたのだ。
京介「仕方ねえか」
そのまま放置しておくのも後味が悪くなるので、面倒だが出るしかないだろう。 そう思い、俺は玄関へと向かって足を進める。
しかし、次に見た光景は俺の予想外の物だった。
ガタガタと音がしたと思ったら、ドアの鍵がカチャリという音と共に回ったのだ。
おいおい、何で鍵が開いた? 外から開けたってことだよな、鍵が開いたってのは。
合鍵なんて、誰にも渡してないはずなのだが……
ううむ。
……ちょっと待てよ。 合鍵、持っている奴はいない訳じゃねえぞ。
京介「……やべえ」
来訪者の正体に俺はようやく気付き、いそいで部屋の中へと戻る。 つうか最初の時点で気付くべきだった! いきなりドアを開けようとする奴が新聞の勧誘な訳ねえよな! そりゃ『この家に入ることに躊躇いが無い奴』に決まってるじゃねえか!
俺とか、桐乃とか、それと後二人ほど居るじゃねえかよ!
京介「……桐乃!」
あまり大きな声は出さないように、それでも必死に桐乃に俺は呼びかける。
桐乃「な、なに? 怒ってる?」
何を言ってるんだこいつは。 もしかしてさっきのやり取りで、俺が怒ったとでも思ってるのか?
馬鹿言ってるなよ。 あれより理不尽なことなんてもう数え切れないほどあるんだからな? あんなんで一々怒ったりしねえっつうのに。
京介「……お袋か親父が来た。 どっか隠れろ」
桐乃「ウソ……マジで?」
京介「マジだよ! 押入れでもなんでも、とにかく見つからない場所に隠れろ!」
もう、浮気がばれる寸前の奴状態の俺だ。 相手は妹というのが、余計に罪悪感を高めている。
桐乃「わ、分かった!」
桐乃がそう言うと、玄関の方からドアの開く音が聞こえ、同時に声が聞こえてきた。 俺が毎日聞いている声、見知った声。
佳乃「京介~?」
ゴクリと唾を飲み込む。
お袋だったってのは……まだマシな方か。 親父だったら、いくら桐乃が隠れたとしても見つけられてしまいそうだし。
目の前にはまだ桐乃がいる。 目配せで早くしろとの合図を送り、俺は一旦玄関へと向かった。
京介「お、おう。 急にどうしたんだよ」
佳乃「あんたねぇ。 メールで行くって伝えたじゃない? 鍵くらい開けときなさいよ」
言われ、ポケットに突っ込んだままの携帯を確認。
……なるほど。 確かにメールが来ているな。 さっきの何件かの内の一つはお袋だったってことか。
京介「わりいわりい。 なんか忘れ物でもあったか?」
佳乃「そういう訳じゃ無いんだけど……あれ? 誰かと話してる声が聞こえたんだけど、あんた一人?」
京介「ああ、ちょっと電話してたんだよ」
佳乃「……ふうん。 女の子とか、連れ込んでるのかと期待したんだけど」
京介「連れ込む訳あるか!」
期待ってなんだよ、期待ってよ。
それに、連れ込んでいるのは女の子じゃない。 妹だ。 屁理屈かもしれんが。
佳乃「……桐乃は来た?」
はは。
おいおい、全部分かっているんじゃねえのか? そんな風に思わせる鋭さじゃね?
要するに、お袋はそれを聞きたかったんだろうな……さて、なんて答えた物か。
変に嘘を付くのはマズイか? くっそ……エロゲーの選択肢なら、もっとゆっくりと考える時間があるってのによ!
……いつの間にか、俺って大分エロゲー脳になってるんじゃね? すげえ嫌なんだが、それ。
あまり回答が遅くなってもマズイ。 そして、選択を間違えてもマズイ。 やり直しなんて出来ないんだ。
お袋に気付かれない様に息をゆっくりと吐き、俺は口を開いた。
京介「来たぜ。 携帯忘れていたみたいでさ、持って来てくれた」
佳乃「あら? 桐乃の方が家を出たのは早かったと思うんだけど……」
とことん疑ってやがるな。 このババアめ。
京介「昨日一緒に出かけたのは知ってるだろ? その時、桐乃に携帯を預けてそのままだったんだよ」
次から次へとどんどん言い訳の台詞が出てくる。 寝てないっつうのに、やけに頭が回る。 どうしてだろうな。
佳乃「なるほどねぇ。 まあ、そうね。 変に嘘を付かれるよりは安心したわ」
京介「……ん?」
佳乃「だって、京介が桐乃は来ていないって嘘を付いたらそれこそ怪しいじゃない? だから良かったって思っただけよ」
京介「いやいや、ちょっと待てよお袋。 なんでお袋は桐乃が家に来た事を知ってるんだ?」
佳乃「……あなた、大丈夫?」
なんか可哀想な奴を見る目で見られているんだが、なんだよ。 状況が分からねえぞ?
京介「えーっと……」
京介「ああ、お袋と桐乃はなんかしらのテレパシーで繋がっている……とか?」
佳乃「今度、良い病院を紹介してあげるわね」
京介「結構です」
実の息子にそれを言うか? ひでえひと言だよな……
佳乃「京介、この部屋香水の匂いがすごいじゃない。 それも桐乃がいつもつけてる奴の」
……あー、そういうことか。 なるほどね。 全っ然気付かなかったわ。 はは。
京介「そういやそうだな……それでか」
佳乃「それとも、いつも一緒に居るから分からなかったとか?」
京介「ちげえよ! とっとと帰れ!」
桐乃の時とは違い、誠心誠意、心からのとっとと帰れだった。
佳乃「あらあら」
お袋はというと、そんなのはいつもの事と言わんばかりに受け流し、次の話題へと移る。
俺的には一刻も早く、お袋にこの場から去って欲しい。 一つ、重大なミスを俺は犯していたからだ。
佳乃「それで、不便は無い? ご飯とか、洗濯とか」
京介「今の所はな……なんとかできそうだよ」
佳乃「そ。 なら良いんだけど」
京介「何だよ、用事はそれだけだったか?」
佳乃「あら、母親が息子の心配をしちゃ駄目なのかしら?」
京介「へいへい。 そりゃどうも」
いっつも心配なんて全くしねえ癖に、何言ってんだか。
だけど、こうやってたまにの配慮をしてもらえると、内心めっちゃ嬉しいんだけどね。
佳乃「ほら、あんたこれ忘れてたみたいだから、持ってきてあげたのよ」
京介「ん……?」
まだなんか忘れ物があったのかよ。 意外と俺って抜けてる奴なのか?
そう思いながら、お袋が渡してきた紙袋の中を見る。
【妹と恋しよっ♪】 【妹×妹~しすこんラブすとーりぃ~】 【おしかけ妹妻~禁断の二人暮らし~】
京介「おふくろぉおおおおおおおおおお!!!」
酷い! 酷すぎる! あろう事かこのセレクトはねえよ!
さっきまでのお袋への感謝を返せ! 俺の喜びを返しやがれ!
京介「……くそぉ」
京介「も、もう良いです……大丈夫です」
佳乃「あらそう」
ちくしょう。 大学生が一人暮らししている所に親が来て、妹物のエロゲーを渡してくるなんて、この世界は狂ってやがる!
佳乃「あ~。 そういえば、桐乃ってそのまま家に帰ったのかしら?」
京介「……知らねえよ」
佳乃「うーん。 途中で会わなかったのよねぇ」
とお袋が言った所で、携帯の着信音が聞こえる。
俺の……では無いな。 お袋のか。
佳乃「あれ? そういう事だったのね」
お袋は携帯を操作しながら、そんな事を呟く。 電話じゃなくて、メールだったのか。
佳乃「桐乃、今日は友達の家に泊まっていくらしいわ。 沙織ちゃん……って子の家みたいね」
京介「沙織? ふうん」
京介「つうか、お袋もやけに桐乃に対しては甘いよなぁ」
佳乃「そう? 女の子の友達みたいだし、そのくらいなら何も言わないわよ」
京介「へえ、そんなもんか」
佳乃「京介が女の子の家に行くのは止めないであげるから、心配しないでね」
京介「……とっとと帰れよ、もう」
佳乃「あらあら。 じゃあ京介も大丈夫みたいだし、私は帰るわ」
京介「へいへい。 もう二度と来んな」
佳乃「ふふ、照れちゃって」
京介「照れてねーーーーよ! アホか!」
俺の叫びをくすくすと笑いながらいなし、お袋はさぞ満足そうにようやく帰って行った。
京介「……ったく」
一応、ドアを開けて外を確認。 お袋は自転車で来ていた様で、実家の方向へ向かって行くお袋の姿が見えた。
京介「あぶねえあぶねえ……」
なんとか、最大のミスには気付かれなかった様だ。
今、この瞬間に桐乃が家の中に居るという決定的な証拠。 桐乃のローファーが、玄関に置きっぱなしだったのだ。
ドアを閉め、今度は鍵に加えチェーンを掛ける。 これで合鍵を持ってる奴が来ても心配いらねえな。
つうか、マジで何してんだよ俺は……これじゃあ本格的に浮気を隠す男じゃねえか。 しかも相手が妹で、ばれたらマズイのがお袋だぜ? 考えられねえっつうの。
殆ど一日分の体力を使った気分になりながら、部屋の中へと再度戻る。
京介「おーい、桐乃。 もう大丈夫だぞ」
そう声を掛けると、桐乃は本当に押入れに隠れていた様で、静かな音と共に襖が横にずれた。 ドラえもんみたいだなぁ。 なんて、押入れに隠れるよう指示した俺は思ったのだが……
押入れから出てきた桐乃はというと、顔を真っ赤にしながら俺の方へとずんずん詰め寄ってきて。
桐乃「う、うううう!」
京介「な、何だよ。 どうした?」
桐乃「あ、あんたねえ……!」
桐乃は右手に持っていた雑誌を俺の顔に突きつける。
……やっべ、それ忘れてた。
桐乃「こ、こここれどういう意味よ! 押入れに隠れろってゆったのも、あたしにこれを見せて、何かして欲しかったって意味!?」
何言ってんだ! とんでも発想じゃねえか!
京介「ちげえよ! 他意は無い! マジで!」
俺の目の前にある雑誌には表紙にでかでかと『眼鏡を掛けた桐乃』がプリントされている。
言い訳させてくれ。 これには深い理由があるんだ。
京介「それは、だな。 しっかりとした真面目な理由があるんだよ」
桐乃「……ふん。 一応聞いたげる」
京介「まずだな。 桐乃は可愛いだろ?」
桐乃「ぶっ!」
京介「おい、何だよ。 まだ話を始めて十秒も経ってねえぞ」
桐乃「あ、あんたねぇ……! ま、まあ良いわ。 続けて」
京介「で、お前はモデルやってんだろ? この雑誌にも載ってる様に」
桐乃「……うん。 そうだケド」
京介「そんで、俺はな……お前にだけは言うけど、ぶっちゃけると眼鏡っ子が好きなんだよ」
桐乃「いや……そんなの知ってるっつうの」
京介「お、おう。 つまりはだな」
京介「めちゃくちゃ可愛いお前が眼鏡をかけたら、もう最強じゃねえかよってことだ!!」
桐乃「……サイテー! 死ね! 変態!」
桐乃「しかも理由になってないし! 意味わかんない!」
京介「……分かったよ。 お前がどうしても捨てろっていうなら、捨てるけどよ」
くそぉ……割とマジでこれお宝だったんだが……
桐乃「べ、別にそんな……そこまで言って無いじゃん」
京介「……持ってて良いの?」
桐乃「ヘンなことに使わないでよ。 一応言っとくケド」
桐乃「ヘンなことに使ったら、マジで殺す」
京介「いよっしゃあああああああああああ!! やべえ! サンキュー!!」
桐乃「……」
京介「やったね! 一生の宝物だぜ! よっし!」
桐乃「やっぱ捨てろ!! あんたの喜びっぷりがキモい!」
京介「やだよ~~~! もう持ってて良いって言われたもんね~~~!」
桐乃「きいいいいい! 捨てろ! 今すぐ捨てろ!」
京介「へっへ。 断る!」
と、雑誌の奪い合いを小一時間くらい続けたのだった。
桐乃「……あんた、ほんっとーに変態」
京介「ふん。 今更すぎて痛くも痒くもねえな」
桐乃「開き直ってるし……」
京介「つうか、桐乃。 今日沙織の家に行くんじゃなかったのか? お袋がなんか言ってたけど」
桐乃「はあ? 行かないケド?」
京介「でも、さっきメールが来たとか言ってたぞ?」
桐乃「あんなの嘘に決まってるじゃん」
嘘なのかよ。 まあそれで難を凌げたってのはあるけどもよ。
京介「なんでまたそんな嘘を……」
桐乃「だって、ここに泊まるとは言えないっしょ?」
京介「まあ、そりゃそうだな……」
京介「え? 何お前、泊まってくの!?」
どんなイベントだよ。 CG一枚じゃ足りなくねえか? 十枚くらい用意できるんだろうな? この妹ゲーは。
桐乃「……悪い?」
京介「わ、悪くはねえよ! ただ驚いてるんだよ!」
桐乃「ならけってーい! ひひひ」
こういうのもあれだが、その時の桐乃の笑顔は……見蕩れてしまうくらいに綺麗だった。
京介「つうかよ、それで沙織に連絡行ったらどうすんだ? 無いとは思うけど」
桐乃「心配ご無用~。 しっかりと事前に断ってあるから、ほら」
えーっと?
From でかいやつ
心得たでござる。 きりりん氏、頑張ってくだされ~p(・∩・)q
顔文字がうぜえな。 てか登録名がでかいやつって相当酷いな、こいつも。
沙織が言う頑張れってのが少しだけ引っ掛かるが、聞いたら聞いたで恐ろしいことになりそうなので口には出すまい。 それが平和に生きるということだ。
京介「事情は分かった。 今度しっかりとお礼しとけよ?」
桐乃「大丈夫大丈夫。 今度京介がメイドコスプレするってことで、交渉成立してるから」
京介「なんで俺が体を張らないといけねえんだよ! つうかまずそれなら俺に確認取れや!」
桐乃「なに? あたしの為に体を張れるんだから光栄でしょ? 感謝してよね」
こいつなぁ……! マジ、俺のこと良い様に使いすぎじゃねえの?
ま、まあ良い……俺にはこの状態になった時から考えてある、最強の切り札があるからな。
楽しみにしとけよ。 このクソアマめ。
第四話 終
以上で本日の投下終わりです。
乙ありがとうございます~
こんにちは。
乙、感想ありがとうございます。
投下致します。
「ね、ねえ。 兄貴」
横で寝ている妹が、話しかけてくる。
窓から差し込んでいる月明かりが妹の顔を照らし、恥ずかしそうな表情が見て取れた。
「ん? 何だよ」
じっと見つめてくる妹から目を逸らしながら、俺は精々ぶっきらぼうに答える。 頬を染めている妹の顔は、まともに見れる物ではなかったから。
「あたしさ。 こんな風に兄貴となるなんて、夢みたいって思うんだ」
夢……か。 そんな訳、無いだろ。
消え入りそうな声を出す妹に、今度はしっかりと顔を向け、俺は答えた。
「……夢じゃねえよ。 ほら」
そう言い、俺は妹にキスをする。 妹はそれを受けて、頬を更に紅潮させながら俺に抱き着く。
「えへへ。 ほんとだ、 夢じゃない。 これから、ずっと一緒なんだよね」
「当たり前だろ。 もう二度と離さない」
「うん。 ありがと、兄貴」
「こちらこそ」
そうして、俺と妹は一晩幸せな時間を過ごした。 紛れも無く、そこにあるのは幸福という物で、これ以上の幸せが感じられるとしたら、それは多分……俺と妹が周り全員に祝福されながら、結婚した時だろう。
今はまだ叶わない願いだが、いつか……そんな日が来る事を願いながら、俺は確かにそこにある幸せを噛み締めながら目を瞑った。
~fin~
桐乃「……うう、やばいってこれぇ」
京介「とっとと結婚しろよって思うな」
何をやっているかって? そんなの分かるだろ。 エロゲーだよエロゲー。
桐乃が持ってきたゲーム。 【~妹逃避行~ 秘密の駆け落ち vol.Ⅰ】をプレイ中だ。 vol.Ⅰって事を考えると、ⅡやⅢもあるのだろうか……?
Ⅰでほぼ完結って言ってもおかしくは無いのに、Ⅱともなると何を書くんだろうな? まさか老後生活まで描くのだろうか。 どんな層に需要があるのか謎だが。
まあ、それは置いといて。
出だしでおかしいと思うだろ? まず、もし俺と桐乃だったとしたら、三文目の「あたしさ。 こんな風に兄貴となるなんて、夢みたいって思うんだ」って台詞でありえないって思うよな?
はは、あの桐乃がだぜ? そんなこと言う訳ねえっつうの。 「あたしさ。 こんな風にエロゲーに囲まれて夢みたいって思うんだ」くらいだろ。 言うとしたら。
桐乃「……分かってない! 結婚したくてもできない、でもいつかはきっとっていう想いが分からないの!?」
桐乃は瞳を涙で濡らしながら、俺に詰め寄る。
京介「そ、そうだな。 切ない話だ」
京介「でもさー。 俺とお前だって結婚できたじゃん」
桐乃「あああああああああ! 言うな! 思い出したらむず痒くなってくるから!」
そりゃ悪かったな。 あんとき、すっごく嬉しいってお前が言ってたの俺は忘れてねえぞ? 今でも頭の中で再生できちまうからな。
桐乃「そ! れ! に!」
京介「な、なんだよ」
桐乃「この文が読めないの!? ここ!」
と、桐乃が手馴れた操作でマウスを動かし、あっと言う間にバックログを呼び出して画面を指差す。
「俺と妹が周り全員に祝福されながら、結婚した時だろう」
京介「それが?」
桐乃「それがじゃない! この主人公は全員に祝福されながらの結婚式を挙げたいと思ってんのよ? それがどれだけ幸せなことか!」
京介「いやあ、そりゃ無理だろ……?」
桐乃「そ、そうだけどさ……でも! でもでも!」
こいつ、エロゲーのことになると本当に元気良いよな。 普段も元気良いけど、その何倍も活気溢れてる。 どんだけ好きなんだよ。
京介「あー。 分かったよ。 俺もそう思う。 それで良いだろ?」
桐乃「投げやりっぽく言われても、ムカツクし」
京介「じゃあどうしろって言うんだよ!?」
桐乃「ちゃんと、心の底からそう思ってんの? あんた」
京介「勿論だ!」
胸を張って、高らかに言ってやる。
まあ思ってないけどね。 桐乃はよく「ゲームとリアルをごっちゃにするな」と言っているが、こいつの方が酷いんじゃねえのかな?
桐乃「ふうん。 じゃあ祝ってあげてよ」
京介「……えっと、何を?」
桐乃「この二人を祝ってあげてって言ってんの。 結婚おめでとうって」
京介「この二人って……ゲームだぞ?」
桐乃「うん。 早く」
……はぁ。 マジかよ。
京介「……わーったよ」
俺は渋々、PC画面の前で正座する。 仲良く眠る主人公と妹の前で。
京介「け、結婚おめでとう」
やべえ、客観的に見て恥ずかしいし、すげえ虚しい。
……なんで俺こんな事してるんだろうな。 知り合いには絶対に見られたく無い図だ。 まさか結婚おめでとうって初めての台詞をエロゲーの主人公達に言う羽目になるとはな……涙が出てくるぜ。
桐乃「うんうん」
そう頷く桐乃はとても満足そうにしていて、俺はその時、結局いつもの様にまあ良いか。 と思うのだった。
それからしばらく経って、日も暮れてきたところである事を思い出す。
ちなみに、桐乃が持ってきたゲームはなんだかんだ言って、大分良い暇潰しになっていた。
京介「そういや、夜飯どうすっか」
桐乃「またコンビニは嫌。 あんたなんか作ってよ」
京介「……普通逆じゃねえの? お前なんか作ってよ」
桐乃「はあ? なんであたしがあんたの為に作らなきゃいけないの? 意味わかんないんですケド」
京介「んだよ。 俺じゃろくな物できねえぞ」
桐乃「今時それじゃ駄目っしょ。 練習も兼ねて作ってよ」
あーだこうだ俺と妹は言い合う。 まあ、いつもの光景だ。
それにしても、なんかこいつと将来一緒になったら酷い使われ方をされそうだよな。 料理から洗濯まで、殆どの家事を押し付けられそうな予感がしてしまう。
京介「んだよ。 こういう時に料理作ってくれるのが妹なんじゃねえの?」
桐乃「ふん。 こういう時に料理作ってくれるのが兄貴なんじゃないの?」
こいつめ、とことん俺に作らせたいらしいな……
てか、なんでそこまで頑なに拒否するんだよ。 まさかとは思うけどさぁ。
京介「桐乃、お前まさか料理下手なの?」
桐乃「は、はあ!? ぶっ飛ばす!」
顔を赤くして、桐乃は俺に掴みかかってくる。
なるほど、図星だなこりゃ。
以前からなんとなくそんな気配があったから想像は難しく無かったけど。
この分でいくと、あのバレンタインデーに投げつけられたチョコもとい石炭は真面目に作っていた可能性も出てくる。 当時は嫌がらせだと思ってた物だ。 懐かしい。
京介「落ち着け落ち着け! なら一緒に作ろうぜ?」
桐乃「い、一緒に?」
京介「おう。 二人で協力してやれば、なんとかなるだろ?」
桐乃「そ、そう。 まあ、やってあげなくも無いけど……それなら」
おお、これは分かりやすいな。
「一緒になら、やりたい」
って意味だろう。 これは多分当たっているはずだ。
京介「よし。 んじゃあ材料適当に買ってくるからさ、お前はここで待ってろよ」
桐乃「え? あたしも一緒に行くんじゃないの?」
京介「材料っつったらスーパーだろ? 少し距離あるし、知り合いに会う可能性もコンビニより全然高いだろうが」
京介「そこで誰かに見られたらどーすんだよ。 お袋や親父の耳に入ったらそれこそマズイぞ?」
桐乃「……ま、まあ。 そだね」
明らかに不満そうな顔だなぁ。 ったく。
京介「なにお前。 俺と一緒に買い物行きたかったのかよ?」
桐乃「……んなワケ無いじゃん」
京介「ふうん。 それじゃ、今度どっか出かけようぜ。 地元じゃなきゃ一緒に出かけられるしな」
桐乃「ほ、ほんとに!?」
と、反射的に桐乃はそう言った後、すぐに再び喋り始める。
桐乃「ち、ちがっ! 今のはそういう意味じゃなくて……!」
あたふたしながら、桐乃は必死に言葉の訂正を試みる。 大分手遅れだけどな。
京介「分かった分かった。 今度の休み、楽しみにしとくわ」
桐乃「……あっそ、ふん」
顔を真っ赤にしてそっぽを向き、何やらぶつぶつと文句を垂れている妹様に、アイスでも買っていってやろうかなどと考えながら、俺は近所のスーパーへと向かった。
桐乃「よっし!」
おお、すげえ気合い入ってるな。 さっきまでとはえらい違いだ。
スーパーから戻ってきた俺は適当に材料を台所に置き、桐乃に声を掛けたんだ。 したら今の様に、なんともやる気たっぷりの返事が返ってきたというわけで。
京介「頼りにしてるぜ。 桐乃さん」
桐乃「ふふん。 任せなさい」
よーし。 んじゃあやりますかぁ!
桐乃「あ、ちょっと待ってて」
……なんだよ。 出鼻を挫くんじゃねえぞ、このヤロー。
京介「今更どうしたんだよ。 準備は出来てるだろ?」
桐乃「ふっふっふ。 じゃーん!」
そう言い、桐乃は学生カバンから料理本を取り出す。 なんというか四次元ポケットみたいな鞄だな……
それはそうと、女子高生のカバンってのは未知数だよね。 何回か高校でも女子のカバンを持ったことがあるけど、あれって何であんな重いんだろうな? こんなの持って毎日学校来てんのかよって思うくらいの重さなんだよな。 石でも入れてるんじゃねえかと疑ったことさえあるし。
一応言っとくが、別にパシらされてたって意味じゃないからな? 「ちょっとカバンとってー」「はいよ」みたいな感じ。 良くある事だ。
京介「よくそんなの持ってたな。 学校で料理でもすんの?」
桐乃「ま、まあ……そんなカンジ、かな」
何やら隠していそうだが、まあ良いか。 料理本があるってのは正直言って助かるし。
桐乃「それで、何作るの?」
桐乃は持っていた料理本を台所に置くと、エプロンを着ながら言う。
京介「決まってるだろ、カレーだよカレー」
桐乃「お、あんたにしては中々良いじゃん。 お母さんが作ってるのちょくちょく見てるし、少しなら分かるカモ」
そりゃ良い事だ。 俺はさっぱりだからなぁ……期待してるぜ。
桐乃「……ふむふむ」
などと言いながら、桐乃は熱心に料理本を見ている。 そういや、やると決めたら最後まできっちりとやる奴だからなぁ。 料理も例に漏れずって感じなんだろう。
……というか、だな。
制服にエプロンって、やばくね?
もう、なんつうか色々とヤバイ。 正面から見ると、こいつのスカートが短い所為で下履いてないみたいじゃねえか! 変態かよこいつ!
上も上で今はワイシャツだけだし、その上にエプロンだと? 全体的にエロすぎだろうが!
桐乃「……何みてんの?」
京介「み、みてねえよ!」
桐乃「ウソ。 絶っ対見てたし」
京介「……少しな」
桐乃「へへ、エプロン姿、可愛いっしょ」
桐乃はそう言うとエプロンの端を掴み、くるりとその場で一回転。 さすがはモデル、咄嗟のポーズでもかなり様になっている。
というか、ノリノリじゃねえかよ。 意外にもエプロンが好きなのかもしれない。 本当に意外だ。
京介「ま、まあな」
少しだけ照れながら答えると、桐乃は一度にっこりと笑い、料理本をぱたんと閉じる。
桐乃「よ~し! 始めますか!」
……俺が買い物に行ってる間に心境の変化でもあったのだろうか。 ま、こいつがやる気出してくれるってんなら良いんだけども。
との訳で、俺と桐乃による料理が始まったのだが。
桐乃「えーっと。 何これ……」
料理本を再度開き、確認しながら作業をする桐乃。
俺も一応、先ほど目を通していたので大体の流れは分かっている。
ええっと、確か最初は野菜類や肉を食べやすい形に切って、鍋で炒めるんだよな?
んで、ある程度炒めたところで鍋に水を入れて、煮るって感じだった気がする。
肉はこびり付くから、フライパンで炒めたほうがいいんだっけ? 麻奈美が昔、そんな事を言っていたと思うが。
で、分担的には一応、桐乃が野菜と肉を切って、俺が炒めるって感じなんだけど。
……いつまで悩んでいるんだ、こいつ。
料理本を見ながらうんうんと唸っている桐乃を見ながら、俺はそんな風に思う。
京介「大丈夫か?」
桐乃「……ちょっと静かにしてて」
はいはい。 すいませんでしたね。
桐乃「よし。 京介、鍋温めて」
京介「え? もう?」
桐乃「うん。 早く」
まだ野菜とか切ってないのに、大丈夫なのか?
まあ俺も詳しくは知らないから口を挟むべきじゃねえのかな……
一応、桐乃の方がしっかりと本を読んでいるみたいだし。
京介「オッケーオッケー。 分かった」
ここは桐乃の指示に従っておこう。 俺はおとなしくコンロの火をつけ、鍋を温める。
油を入れ、少しの間温める。 こっちの準備は大丈夫なんだが……
京介「……もう大丈夫そうだけど」
桐乃「ん。 ご苦労」
ご苦労って。 どんだけ上から目線っすか。
で、桐乃はそのまま野菜を丸ごと鍋に放り込む。
京介「おいいいいいいいい!?」
桐乃「な、なに? 大声出さないでよ」
京介「なにじゃねえよ!! これは明らかにおかしいだろ!?」
京介「人参とか玉葱とかじゃがいもって皮を剥くだろ!? それくらい俺でも分かるぞ!」
桐乃「……大丈夫っしょ? じゃがいもの芽は取ってあるし」
いやいやそういう問題じゃなくてだな……
まあ確かに、人参とじゃがいもは皮も食べられるって聞いた事はあるが……玉葱の皮ってどうなんだよ。
京介「百歩譲って皮を剥いてないのは許してもな……せめて小さく切ろうぜ?」
桐乃「……ふん」
なんだよその反応。 こいつってここまで料理下手だったの?
京介「まあ、やっちまった物は仕方ねえか……このまま炒めるぞ」
桐乃「うん。 ヨロシク」
むかつくよろしくだなぁ。 桐乃さんよぉ。
炒められているのか炒められていないのか分からないまま、俺は鍋の中でゴロゴロと野菜を炒める。
いや、絶対炒められてないよこれ。 すげえ重量感だし。
桐乃「そろそろ良いんじゃない?」
横から桐乃がそんな事を言う。 お前絶対適当に言ってるだけだろ。
京介「本当か?」
桐乃「うん」
どんだけ自身満々っすかー。 びっくりするぜ、全く。
もういいや。 こいつの指示に従おう。 どうなっても俺はしらねえ!
京介「んじゃあ、一旦火止めるぞ」
言いながら、コンロの火を止める。
京介「つか、肉は?」
桐乃「あ。 い、今から切るところ!」
忘れてたよね。 まあ一々言っても仕方ねえけど、最初だからこんなもんだろ?
桐乃は慌しく肉を取り出し、まな板の上に乗せる。
……なんつうか、危なっかしい奴だな。
京介「気を付けろよ? 手を切らない様にな」
桐乃「大丈夫だって、心配しすぎ。 キモッ」
京介「キモくて結構。 シスコンだからな」
桐乃「ふん」
で、俺は横で桐乃が肉を切るのを見ている訳なんだが。
……普通に指ごと切ろうとしてるしね? お前は俺にグロ映像でも見せる気かよ。
京介「待て待て待て待て待て待て待て! 待て!!」
咄嗟に叫び、それを聞いた桐乃は動作を止める。 あぶねええええよ!
桐乃「……なに?」
ギロリと俺を睨んできやがった。 俺の優しさはこいつに伝わらない様ですね。
京介「お前、その持ち方だと絶対自分の指切るじゃねえか。 ちゃんと持てよ」
桐乃「そ、そう言われても……」
桐乃はそう言うと唇を尖らせ、俯く。
もしかしてこいつ、正しい持ち方とか知らないのか?
京介「だああ! こうだよ!」
痺れを切らし、後ろから桐乃の手を掴む。
京介「持ち方はこうだ! で、抑える方はこう! 分かったか?」
桐乃は体をぴくっと震わせ、俺の方に顔を向ける。
桐乃「ちょ、あんた!」
おう。 分かってるよ。 だけど仕方ねえだろうが。
京介「……分かったなら離すけど」
桐乃は小さく「うう」と声を漏らすと、顔を伏せながら口を開く。
桐乃「わ、分からない。 分からないから……教えて」
京介「お、おう?」
……デレやがった! マジかよ信じられねえ!
よ、ようし。 それなら俺も覚悟を決めてやるぜ。 後悔してもしらねえぞ、この妹様め。
そんなこんなで、こうして俺たちは『仲良く』カレー作りをしたのだった。
詳細はいらないよな? 普通の兄妹らしく、仲良く料理を作ったってだけだし。
そんなこんなで俺と妹で作った人生初の料理だった訳だが、見栄えはなんというか……地獄釜って感じだ。
我ながら良いたとえだと思う。
後半は何だか桐乃がすげえやる気だして、俺は殆ど見ているだけだったんだがな。
桐乃「うん。 すごくおいしそう!」
……マジで言ってるのかよ、お前。 俺には今の今までそんな言葉浮かんで来なかったぞ? 地獄にあっても違和感なさそう! なら思い浮かんだけど。
桐乃「なんかヘンなこと考えてない? あんた」
京介「いやいや、俺も丁度おいしそうだなって思ってたとこだよ。 マジで」
桐乃「ふうん」
だってよ、そんな俺が感じていた感想なんて言えないだろ? こんな嬉しそうな桐乃を見たらさ。
……ってなると、これを食べないといけないんだよなぁ。
俺、生きていられるかなぁ。
もういっそのこと、沙織やら黒猫やらも呼んで食わせるか……
京介「な、なあ桐乃。 折角だしさ、あいつらも呼んで皆で食べないか?」
桐乃「あいつらって、黒いのとかでっかいのとか?」
京介「おう。 そうそう」
桐乃「別に良いけど……じゃああんたが連絡してよ」
京介「……俺っすか?」
桐乃「なんであたしが「あんたらと一緒に食べたいから来て♪」って言わなきゃいけないの?」
桐乃「「食べ物を恵んであげるから、来ても良いよ」くらいなら言ってもいいケド」
最低だな! お前は友達を何だと思ってるんだよ!
京介「あー。 分かったよ。 俺が連絡すりゃ良いんだろ?」
桐乃「うん。 さっさとしてよね」
ったく。 こいつもこいつで、皆で食べたいと思ってるだろうに。 素直じゃねえよなぁ。
とは言っても、沙織はさすがに距離的に厳しいか……こんな時間から呼んだら、桐乃だけでなく沙織まで泊まる羽目になってしまいそうだし。
それはマズイ。 さすがにありえないと俺でも思う。 なので。
京介「とは言っても沙織は時間的に厳しいよな。 黒猫に電話してみるよ」
桐乃「うん」
よし。 んじゃあ電話する訳だけど……気まずいよなぁ。
まあ、仕方ねえ。 やらないと桐乃にしばかれてしまうし、何よりこのカレーを俺と桐乃だけで食べるというのは、下手したら俺たちの命に関わることだ。 まだ若いので命は落としたくない。
俺は恥ずかしがって声を掛けられない桐乃の代わりに電話を掛ける良い兄貴。 そう思いながら黒猫の名前を電話帳から呼び出し、発信ボタンを押す。
台所から居間に移動している間に、電話は繋がった。
「もしもし、こんな時間に何の用かしら?」
京介「おう。 実はだな……カレー作ったんだけどさ、お前も一緒に食べないか?」
「妹さんとの愛の料理って訳ね……気持ち悪い」
京介「うるせえよ! つうかなんで分かったんだよ?」
「そんなの、あなたの声を聞けば分かるわよ。 ふん、そんな嬉しそうにしちゃって」
京介「そ、そうか……? んで、どうすんだ? 来るのか?」
「……ご家族に迷惑じゃないかしら?」
京介「大丈夫だ。 色々あって、今は一人暮らし中なんでね」
「あら、そうだったの」
「……ちょっと待って、ということは」
「もしかして、最初から最後まであなたと桐乃でカレーを作ったという訳?」
京介「おう、そうだよ」
「ごめんなさい、遠慮しておくわ」
京介「え? なんで?」
「莫迦ね。 足りない頭で考えてみなさいよ。 そんな魔界料理なんて食べられる訳が無いでしょう?」
京介「魔界料理って……否定はしねえけどさ」
「大方、私や沙織にでも食べるのを手伝って貰おうと考えていたのでしょう。 そうはいかないわ」
「私はあなたのような人間風情の言葉には騙されない……闇猫を舐めないで頂戴」
京介「ふっ。 さすがは闇猫……暗黒面に落ちたお前は侮れないな……」
「分かっているじゃない。 それじゃあこういうのはどうかしら」
「あなた達の魔界料理を上回る、闇世界の料理を味あわせてあげる……というのは」
京介「……えーっと」
若干俺も乗ってみたんだが、付いていけねえ。 少しばかり考える時間をくれ。
俺たちの魔界料理ってのはまあ、あながち間違ってはいないから、そうなのだろう。
んで、黒猫の言っている闇世界のなんちゃらってのは……黒猫がカレーを作ってくれるってことか?
京介「ご馳走になるでござる。 でいいのか?」
「何故、いきなり沙織口調なのよ……まあ、そういうことね」
「今度の休みにでも、沙織も呼んであなたの家に行くわ。 良いかしら?」
「勿論、あのビッチにも伝えておくがいいわ。 真の料理という物を見せてあげる」
京介「お、そりゃ嬉しいな。 宜しく頼むぜ」
「ふん。 精々余生を楽しみなさいな」
京介「おう。 またな」
との話を終え、電話を切る。
わりと、いつも通りに話せてたな。
それも多分、黒猫がいつもの様に接してくれたおかげだろう。 あいつには本当に酷い真似をしたっていうのに。
いつか何かしらの形で、恩を返さないと俺自身が地獄釜に放り込まれるだろうな。
桐乃「あんた若干厨二病入ってる? 大丈夫?」
京介「俺は至って健全だ。 今日は黒猫、来ないってよ」
桐乃「……素直じゃないんだから、あいつ」
いや、俺には素直になりまくった結果だと思えたんだがな。 身の危険を感じたとも言えるだろう。
つうか、結局うまいこと逃げられたな……この魔界料理、俺と桐乃で食わなきゃいけねえのかよ。
京介「あー、それと今度の休みに黒猫がカレー作るとか言ってたよ。 沙織も呼ぶってさ」
桐乃「ふうん。 んじゃお手並み拝見ってところか」
よくその台詞が出てきたね、桐乃さん。 お兄ちゃんびっくりだぜ。
んで、そんな上から目線で言う割りにはすっげえ嬉しそうな顔してるよなぁ、こいつ。
桐乃「それじゃ、しょうがないし食べよっか。 持ってくるね」
おお、実に妹らしい行動だな。 心が安らぐ。
まあ、そんな台詞と共に持ってくるのは黒猫曰く魔界料理なんだけども。
第五話 終
以上で本日の投下終わりです。
乙ありがとうございます~
構成はほぼ出来たのですが、なんか予想以上にお泊りパートで話数が消費されていく……
まだ話自体が2/5くらいも進んでいないはずなので、話数増えるかもしれません。
おつおつー増えても全然OKだ。毎日のちょっとした楽しみになってます
自分の料理食べた桐乃の反応が気になる
乙
桐乃が料理下手なの京介と親父、あやせは知ってるはず
桐乃と黒猫の公式ツイッターとバレンタイン短編で発覚してる
>>301
次回をお楽しみに!
>>302
バレンタイン短編だと、京介は桐乃が投げてきたチョコを何かの嫌がらせみたいな感じで受け取ってませんでしたっけ?
勘違いだったら申し訳ないです。
公式twitterは完全に見逃してました。 どこかで見れますかね・・?
修正はちょっと難しいですけど、単純に内容が私気になります
>>304
受け取った後食ってた描写があったはず
公式ツイッターは少し調べてみたが探せなかった
たしか桐乃がバレンタインチョコを親父にもあげたあと、桐乃は理解してなかったけど親父がまずいと感じてる様子が伝わる内容だったはず
http://www45.atwiki.jp/kuroneko_2ch/pages/473.html
http://www45.atwiki.jp/kuroneko_2ch/pages/472.html
kuroneko_daten 今日は勤労感謝の日よ。あなたは、ご両親に何かするの?
kirino_kousaka うん、お父さんに手料理を作ってあげよっかなーって、思ってる。
kuroneko_daten そういえば以前、料理が得意だと言っていたわね。
2日後
kirino_kousaka お父さん、体調崩しちゃったみたい……心配。
黒猫wikiからだけど、これかな
>>305
食べる→感想を聞きに来た桐乃を見て嫌がらせか?みたいに思う→京介「超美味かったぜ!」
って流れだったような気が……もしかしたら自分がどこかのSS見て思い込んでいる可能性が高いかもです。
>>306
うおお! ありがとうございます。
殺人料理ぱねえ・・
確かにそこは疑問だったが、軽く流した。
そんなことより振った元カノに料理を作らせる京介が鬼畜に思えてしょうがないww
>>310
京介が鬼畜というよりは、黒猫が優しいって考えて頂ければ!
一応、その辺りの補完話もあります。
こんにちは。
乙ありがとうございますー
投下致します。
魔界料理を食べ、ひと言。
桐乃「……マズっ。 何これ」
お前が作ったんだろうが。 俺も一応手伝いはしてたけどさぁ。
京介「つうか、肉は一応火が通ってるけど、野菜とか火通って無いよな」
桐乃「な、何でだろうね」
あなたが丸ごと放りこんだ所為ですよね?
じゃがいもとか人参はシャリシャリだし、玉葱は辛いし、何より皮がうぜぇ!
味もめちゃくちゃ薄い。 明らかにルーの量が足りてねえ……
桐乃「……その、ごめんね」
京介「ん? 何が?」
桐乃「だ、だって、後半とか殆どあたしだけだったし、京介に手伝ってもらってたらもうちょっとマシになっただろうし……」
なーに言ってんだか。 いつものお前なら「残さず食べなさいよ。 折角あたしが作ったんだから」くらい言ってるだろうに。
京介「べっつに。 食う前から予想出来てたからな」
桐乃「残しても良いよ? あたし、コンビニで何か買ってきても良いから」
京介「残さねえよ、全部食ってやる。 それ、残すなら俺に寄越せ」
桐乃「……あんた正気? こんなマズイの、食べられないって」
京介「うるせー。 折角妹が作ってくれた料理を残すなんて、ありえねえだろうが」
京介「良いか、桐乃。 兄にとって妹の手料理ってのはすっげえ嬉しいんだよ。 今回は俺も一緒に作ったけどさ、お前が作ってくれた事には変わり無いだろ?」
桐乃「で、でも」
京介「確かに、このカレーはヤバイ。 それもかなり上位にランクインするヤバさだ。 野菜は火通ってないし、ルーの量も足りてない。 挙句の果てには野菜丸ごとそのままだし、皮もそのままだ。 ぶっちゃけ、魔界料理だろこれ」
京介「けどなぁ。 言っておくが俺はこれを食べてから「不味い」なんて一度も思ってねえんだよ。 俺はシスコンだからな。 妹の手料理万歳だぜ」
京介「お前が作った物なら俺は何でも食えるぞ! つうかぶっちゃけ美味い! めっちゃ美味い!」
桐乃「そ……そう言ってくれるのは嬉しいけど、泣きながら食べないでよ」
京介「うっせえ! 玉葱めちゃくちゃ辛いじゃねえかよ! けど美味いもんは美味いんだよ!」
もう、自分でも支離滅裂なことを言っているのは分かってる。 だけどこんなしょぼくれた妹に面と向かって「美味しくない」なんて言える訳ねえだろ? 俺はそこまで薄情な人間にはなれないね。
桐乃「……分かった。 それじゃあ、あたしも食べる。 負けたみたいでイヤだし」
京介「めちゃくちゃ美味いぞ!」
桐乃「う、うん……」
桐乃は俺の様子に若干引きながら、カレーを一口食べる。
京介「どうだ? 美味いと思えば美味いだろ?」
桐乃「……ねえ、京介」
京介「ん?」
桐乃「無い。 やっぱりコレ、普通にマズイ」
それから二人して黙々とカレーを食べ、どうにか完食。
正直言って、かなり気持ちが悪い。 けどまあ、こういうのもたまには悪くねえか。 俺、前向きだなあ。
桐乃「次は絶対に心の底から美味しいって言わせるから、覚悟しときなさいよ」
京介「おう。 楽しみにしとくわ」
さて、一息ついたところでそろそろだろうか。
桐乃「それじゃ、あたしお風呂入ってこようかな」
と、桐乃は食器を片付けながら言う。
京介「ああ、風呂はそっちな」
俺はそれを聞き、風呂場の方を指差しながら桐乃に言った。
自分の分の食器も片付け、桐乃の後に付いていく。
洗面所に入ったところで、桐乃は俺の方に向き直り、口を開いた。
桐乃「あ、あんた。 なんで付いてきてんの?」
京介「え? 一緒に入るんだろ?」
桐乃「なっ! なななななな! なんで!?」
ラッパーみたいな喋り方になってやがる。 こいつ。
てか、何でって言われてもなぁ。
京介「兄妹だから?」
桐乃「全っ然! 意味分からないんですケド!?」
桐乃「兄妹でもありえないから! とっとと出て行け!」
そう言いながら、桐乃は俺の背中をぐいぐいと押し、追い出そうとしてくる。
京介「ははは。 良いのかよ、桐乃」
桐乃「は、はあ? 何が?」
ふっふっふ。 桐乃よ、俺はしっかりと借りは返す男なんだぜ。 お前に今日、散々良い様に使われた借りも、しっかりとな。
この妹様はどうやら、すっかりと自分が言った言葉を忘れている様だ。 覚えて無いとは言わせねえぞ。 証拠だってしっかりとあるんだしな。
京介「んじゃあ、これを聞いてみろよ」
そう言い、携帯を操作し、ある音声を再生する。
『ねー。 早くお家に帰ってお風呂入りたいよ。 一緒に入ろうよー』
桐乃「そ、それは!?」
京介「思い出したか? 一緒に入りたいって言ったのはお前だぜ?」
桐乃「なにあたしの声盗聴してんの!? キモすぎ!!」
京介「それには触れるんじゃねえよ! 今大事なのはお前が俺に一緒に風呂に入りたいって言った事だろうが!」
桐乃「そんなの今から取り消すし! 無効だっつうの!」
京介「んだよ。 自分が言った言葉を取り消すのか? 桐乃さんよー」
桐乃「あ、あんたねえ……!」
盗聴じゃなくて録音じゃないか?
京介「まさか桐乃が降参しちまうなんてなぁ。 仕方ねえかぁ」
桐乃「こ、こんの~!!」
と、桐乃は今にも殴ってきそうな勢いだったが、俺の言っている言葉に間違いは無い。 それは桐乃も分かっているのだろう。 殴ってくることはせずに、ただ床をドンドンと踏むだけだった。
あんま激しくやるなよ、それ。 苦情が来るからさ。
桐乃「あ、あああ! ほんっとキモイ! ムカツク!」
そんな文句をしばらく言った後、桐乃は鋭い眼差しで俺の方を見て、言い放った。
京介「ま、マジで?」
桐乃「あんたが言ったんでしょ。 けどちゃんとタオルくらいは巻いてよね」
京介「……お、おう」
マジかよ。 思いっきり良すぎだろ、桐乃さん。
ぶっちゃけこの展開は想定外だ。 少々煽りすぎたかもしれないか? 元々は桐乃の悔しがる顔を見て、散々いじったら大人しく退散しようと考えていたんだが。
もうなるようになれで良いのか……? 分からん。 だがここで引くのは駄目だ。 何故か、誰かの意思でそうさせられているような気分がする。
くそ! 妹と風呂上等じゃねえか! マジでどうなってもしらねえ!
そして、俺と桐乃は二人で入浴中という訳で。
風呂は正直広くは無いので、桐乃が洗い終わって湯船に入っている時に、俺が呼ばれたって流れだ。
京介「……」
桐乃「……」
きまずっ! これすげえ辛いぞ!? 俺も桐乃もお互い何も言わねえし、顔も合わせようとしない。
冷戦時代とは違って、そこにあるのは恥ずかしさだけだが。
桐乃「……なんか喋りなさいよ」
俺ですか!? 話題提供しろって事かよ? ええーっと、どうするどうするどうする?
京介「お、お前の体って綺麗だな」
桐乃「……キモッ」
……冷静に考えれば、確かに今のはキモかった。 セクハラ発言も良いところだろう。
京介「桐乃はなんか話題ねえのかよ……」
シャンプーを手に付けながら、俺は桐乃に投げかける。
桐乃「あたし? うーん」
桐乃「特には無いかなぁ……あ」
京介「ん? なんかあったか?」
目を瞑りながら頭を洗っていると、桐乃が何かを思いついた様で、一旦言葉を切った。
桐乃「いや、何でも無い」
なんだよ。 ちょっと気になるじゃねえか。 だが、桐乃はそれを話す気が無いようで、待っても続きを話すことは無かった。
京介「……」
桐乃「……」
また沈黙。 それが果てしなく気まずい。
頭を洗っている間は目を瞑っていられるので、幾分か楽っちゃ楽なんだが。
ただ妹と風呂入るってだけで、こんな緊張するもんなのかね……
桐乃「……あんた、いつまで頭洗ってんの?」
京介「うっせ。 俺の勝手だろうが」
桐乃「……ふん」
桐乃はそう言うと、湯船から出たようで、お湯が打ち付けられる音が聞こえて来る。
やっと出て行く気になったか。 これでようやく解放されるな……
決めた。 もう二度と妹と風呂には入らないようにしよう。 気まずくて緊張して気が気じゃないからな。 マジで。
で、シャワーヘッドを掴もうと手を伸ばす。
桐乃「ねえ、京介」
京介「ん? なんだよ」
まだ居たのか。 まあ出て行く音はしなかったし、居るとは思ってたけど。
俺は頭を流しながら、桐乃の言葉を聞く。
桐乃「背中、流してあげよっか。 いつものお礼で、さ」
……なんだ? いつになく優しいな、こいつ。 まさかさっきのカレーでおかしくなっちまったのか?
いや、そんなことはさすがに無いだろうし、多分その言葉は桐乃の本音なのだろう。 なら、それを無碍にするのは少々気が引けてしまう。
シャワーヘッドを元の位置に戻しながら、俺は顔はそのまま正面を向きながら、後ろにいる桐乃に向けて口を開く。
京介「ん、じゃあ宜しく頼むわ」
そう答えると、桐乃は小さく「おっけ」と返し、俺の後ろに座り込んだ。
後ろに居る桐乃の方は見ずに、ボディソープを付けたタオルを桐乃へと渡す。
桐乃「なんか、こーして二人してお風呂入るのも随分久し振りだよね」
京介「……だな。 最後に入ったのって、いつだったか覚えてすらいねえよ」
桐乃「あたしは覚えてるケド。 あんたがあたしと入りたくないって言ったんじゃん?」
京介「そんなことも、あったかな」
桐乃「ふん。 今だから言うけどね……結構ショックだったから、あれ」
京介「……そりゃ悪い事しちまった」
桐乃「別に良いって。 こうして今になって入れてるワケだし」
京介「それもそうだな。 ちょっと前の俺なら、考えられなかったよ」
桐乃「あたしだって一緒。 もう仲良くなるのは無理なのかとか、思っちゃったりね」
京介「だな。 なんつうか」
京介「……ありがとよ、桐乃」
桐乃「どういたしまして。 んじゃあ、あたしも」
桐乃「ありがと、京介」
京介「へへ、どういたしまして」
こんな、打ち解けた会話も今では珍しくなくなった。
俺と桐乃は、この二年間程で恐ろしく変わったのだから。
……いや、変わったのは俺の方か? 桐乃はずっと、変わらない想いを持ち続けていてくれたのだし。 だが、関係が変わったということは、二人が変わったってことなのかね。 結局。
桐乃「ねえ、一つ聞いてもいい?」
京介「何だ?」
桐乃「今でも、あたしと一緒にお風呂とか入りたくないって、思う?」
京介「……どうだろ。 自分でも、良く分からないかな」
桐乃「……そっか」
京介「けど、けどさ」
京介「こうしてお前と話してるだけですっげー楽しいし、悪くねえって思うぜ」
桐乃「……うん。 あたしも一緒かも」
京介「そうかい。 そりゃ良かった」
桐乃「きょ、京介……その」
桐乃「そ、その」
桐乃「……やっぱ良い! 今度にする!」
京介「……そうか」
桐乃が言おうとしたことは、なんとなく分かった。
そして、それに対する俺の答えなんて物は当然決まっている。
京介「俺は今でも好きだよ。 お前の事が」
桐乃「……うん。 ありがと」
桐乃は安心したような、嬉しいような、それと少しだけ寂しさも含めた様な言い方をする。
その言葉には多分、様々な意味が込められていたのだろう。 そのくらい、俺にだって分かる。
このままだと何だか俺まで気分が落ち込んできてしまいそうで、とにかく場の流れを変えようと桐乃に話しかけた。
京介「もう良いぞ。 後は自分で洗うから」
桐乃「そ、そっか。 じゃ、あたしは先に出てるね」
京介「ん? 一緒に湯船入らねえの?」
桐乃「は、入るワケ無いでしょ! 調子のんな変態!!」
桐乃「あーもうキモイキモイ。 どうせあんた、あたしが入った後の湯船に入りたいから後から来たんでしょ? ちょーキモイ!」
ようやく、いつも通りって感じか。 つうかなんでそんな発想が出てくるんだよ……
京介「いや、まあ……どっちでも良いや」
言い訳するのも疲れるし、桐乃にどう思われようが今更だしな。
桐乃「ふんっ!」
桐乃はそう言い残すと、風呂場のドアを勢いよく閉める。 壊さないで欲しい物だ。
そんな風に思いながら、俺は先程まで桐乃が入っていた湯船へと入る。 あいつが変なことを言う所為で、意識しちまうじゃねえかよ……
京介「……はぁ」
一日で色々ありすぎて、疲れた。
家を半ば強制的に追い出され、桐乃が来て、泊まるとか言い出して、飯を一緒に作って、最終的に風呂まで一緒に入って。
風呂の件は俺の所為なんだろうけどな。 それでも疲れるもんは疲れるんだよ。
けど、そんな疲れなんてどうでもよくなるくらいに楽しい。 そうも思う。
これから先、どんな物語になっていくのだろうか。 時が経てば、俺たちの関係も更に変わってくるのだろうか。
果たして、それは『俺たちにとって』良い方向なのか悪い方向なのか。
今はまだ、ちょっと分からないな。
そんな事を考えながら、水面を見つめる。
……ふむ。 さっきまでここに桐乃が入っていたのか。
いや、それはマズイだろ京介! 気をしっかり持て! 早まるな!
でも、ちょっとこの水で顔を洗うくらいならセーフじゃね? いやいやでもなぁ。
……俺、変なテンションになりつつあるな。 こりゃやべえぞ。
一回。 一回だけなら……
そう思い、湯船の水をすくう。
京介「……よし」
俺がしているのは、ただ湯船の水で顔を洗うっていう至って健全な行為だ。 やましい気持ちは無い!
よし、よし。
で、顔をその水につけようとしたところで、俺に声が掛かった。
桐乃「ね、ねえ京介」
京介「うぁああああああああああ!?」
あ、あぶねえ! 危うく見られるところだった! つうかとても兄がするべき行為じゃない事をするところだった! 危ないじゃなく、助かったが正解だな……
俺、頭大丈夫かな?
桐乃「なに驚いてるの? まさか、ヘンなことしてた……とか」
京介「無い無い無い。 する訳無いだろ? つうかどうしたんだよ、桐乃」
桐乃「……そっか、なら良いけど。 その、言いにくいんだけどさ」
桐乃「あたし、今日制服しか持ってないの」
京介「……それで?」
桐乃「っ! それでじゃなくて!」
ええ、何だよ。 制服しか持ってないときて、なんて答えれば良いんだよ、俺は。
京介「あー。 わり、何が言いたいんだ?」
桐乃「……服が無いっつってんの」
京介「……マジ?」
俺がそう聞くと、桐乃はこくんと頷く。
いつもはそういうのしっかりしてるはずなんだけどな……
まあ、仕方無い。 ここは裸で過ごしてもらうしか……とか言ったら、冗談抜きで殺されそうなので、俺の服を貸してやるか。
京介「タンスに何着かスウェット入ってるからさ、それ着とけ」
桐乃「……分かった。 ケドさ」
京介「ん?」
桐乃「あ、う……何でもない」
それだけ言うと、桐乃はそそくさと出て行く。
何だよ。 言いかけて言わないっての、結構気になるんだからな?
俺はそれから少しの間湯船に浸かり、桐乃が着替え終わったであろうタイミングで居間へと戻る。
京介「おう。 どれか分かったか?」
桐乃「……見れば分かるっしょ」
桐乃は髪を乾かしながら素っ気無く答える。 可愛くねえ奴だな。
まあ、確かに見りゃ分かるけどよ。 一応は聞いておきたいじゃん?
そんな事を言う桐乃は、グレーのスウェットで床にぺたんと座り込んでいる。 後姿だけ見れば、どっかのヤンママみたいだな。
京介「そうかよ」
俺はそのまま桐乃の横を通り過ぎ、冷蔵庫からアイスを取り出す。
京介「アイス食うか? スーパー行ったときに買っといたんだけど」
桐乃「お。 珍しく気が効くじゃん~貰っといてあげる!」
京介「へいへい」
桐乃に一個アイスを渡し、テーブルを挟んで桐乃の正面へと座る。
京介「大体予想はしてたけどさ、その服ぶっかぶかだな」
桐乃「あんたと違ってあたしはスリムなの。 トーゼンっしょ?」
京介「別に俺が太ってる訳じゃねえだろうが……」
桐乃「ふん」
京介「つうか、一つ言っても良いか?」
桐乃「……何よ?」
京介「……目のやり場に困る」
具体的にいうと、胸元とか。
桐乃「あ、あんたどこ見てゆってんのよ! へ、変態っ! シスコンっ!」
京介「うっせ! 事実なんだから仕方ねえだろうが! それともお前は俺が黙ってそう思い続けてる方が良かったのかよ!?」
桐乃「どっちもキモイ! つうかそんな目で見ないでくれる!? 身の危険感じるから!」
京介「お、お前なあ……! そんな台詞言う奴が泊まるとか言い出してるんじゃねえよ!」
桐乃「なっ! それとこれとは別問題だし! 妹が兄の家に泊まるなんて普通じゃん?」
ううむ、そう言われると確かにそうなのだから困る。
京介「それを言うなら兄が妹の事を性的な目で見るのも普通なんだよ! 分かったか!」
桐乃「あ、ああああんた……あたしのことをそんな目で見てるの……?」
桐乃「性奴隷としてみてんの!?」
いやそこまで言ってねえだろ! テンパりすぎじゃねえかこいつ!
京介「そ、そういう訳じゃねえ! 言葉の綾だ!」
桐乃「きゃー! キモイキモイキモイ! ばかじゃん!?」
今更だけど、兄が妹の事を性的な目で見るってどう考えても普通じゃねえよな。 勢いに任せすぎてしまった。
京介「き、桐乃……一旦、お互い落ち着こうぜ。 このまま言い合っていたら、警察でも呼ばれそうな会話の流れだ」
桐乃「ふ、ふん。 あんたがヘンなこと言わなきゃ、こんな流れになってなかったし」
京介「いや……だってお前の格好がさあ」
桐乃「い、言うなつってんの! あたしも恥ずかしいんだから!」
京介「お、う。 悪かったよ」
湯上りだからか、それともマジで恥ずかしがっているのか、桐乃は顔を真っ赤にしながら俺にそう言ってきた。
そろそろいい加減にこの会話の流れを変えないとな。 一生言い合いになってしまう気がする。
さて、どうした物か……
止まった?連投規制か何かあるのかな?
しかし、どうやら今日の俺は本当に冴えていたらしい。 あることに気付いてしまったのだ。
桐乃は今日、学校を途中で抜け出して俺の家に来ていて。
で、着替えなんて当然持ってきていなくて。
その所為で、俺の寝間着を借りている訳で。
……まさかとは思うけど。
ああ、くそ。 一旦気になりだしたらどうしても気になってしまう。 聞かずにはいられない!
俺は決心し、恐る恐る桐乃に話しかける。
京介「桐乃、最後に一つ聞いても良いか?」
桐乃「……どしたの? そんなマジな顔して」
京介「お前、もしかして今ノーパン?」
俺がそう聞くと、桐乃は目を見開き、目じりに涙を溜めて、自分の履いていたスリッパを手に持ち、俺の顔をフルスウィングでぶち抜いた。
桐乃「し、死ね!!! 死ね死ね死ね死ね!! 変態!! シスコン!! 鬼畜!! キモすぎっ!!!」
顔を抑えて蹲る俺に、上から更にスリッパでばしばしと叩いてくる。
京介「わ、悪かった! 今のは完全に俺が悪い! すいませんでした!!」
桐乃「うっさい!! 絶対許さない! このクソ兄貴!」
京介「記憶から消しておくから! 申し訳ありませんでした!」
桐乃「このっ……!」
俺の頭を掴み、引き倒す。 その上に馬乗りになり、桐乃は対兄貴用スリッパを片手に攻撃を繰り返す。
京介「ま、マジで痛いから! 何でもするから許してくれ!」
俺がそう言うと、桐乃はようやく攻撃の手を止める。
桐乃「……何でもするってほんと?」
え、ええっと。 目が怖いんだけど……
京介「あ、ええっと」
桐乃「なに。 ウソってこと?」
そう言い、再度スリッパを構える桐乃。
京介「いや! マジマジ! 一つだけな!」
桐乃「オッケー。 仕方ない、なら許してあげる」
最後にスリッパで俺の額をコツンと叩き、ようやく妹様から許しが出た。
桐乃「だけど……さ、さっきあんたが言ってたこと! あれは忘れてよね? あたしも後悔してるんだから」
京介「わ、分かった。 記憶から消しておく」
桐乃「……次からはちゃんと持ってくるし」
うん? 次もあるんすか?
第六話 終
以上で本日の投下終わります。
途中間隔あいてしまってごめんなさい。
>>330
盗聴で合ってるかと! 多分!
>>362
仕事しながら投下してるので、タイミング外すと結構時間が空いてしまうんです。 申し訳ない。
乙、感想ありがとうございます~
乙です
次は持ってくる……… 近藤さんか……?
今見直していたら
>>331-332
の間、桐乃の台詞が一つ抜けてました。
正しくは↓になります。
桐乃「……分かった。 一緒に入ってあげる」
京介「ま、マジで?」
桐乃「あんたが言ったんでしょ。 けどちゃんとタオルくらいは巻いてよね」
京介「……お、おう」
マジかよ。 思いっきり良すぎだろ、桐乃さん。
ぶっちゃけこの展開は想定外だ。 少々煽りすぎたかもしれないか? 元々は桐乃の悔しがる顔を見て、散々いじったら大人しく退散しようと考えていたんだが。
もうなるようになれで良いのか……? 分からん。 だがここで引くのは駄目だ。 何故か、誰かの意思でそうさせられているような気分がする。
くそ! 妹と風呂上等じゃねえか! マジでどうなってもしらねえ!
乙、感想ありがとうございます。
それでは投下致します。
その前に
>>383
それ以上言うとあやせさんにぶち殺される可能性が。
一応、きりりんが言っているのは着替えの事ですから!
桐乃「ちょ、めっちゃ似合ってるじゃんそれ! あっはははは!」
最悪だ。 俺は心底そう思っていた。
桐乃が命令してきた一つのこと。 それが現在のこの状況を作り出している。
京介「俺、もう生きていけんかもしれん……」
桐乃「だ、大丈夫だって! 可愛い可愛い! ひ、ひひひひ」
桐乃はそう言いながら、先程から何枚も写メを撮っている。 何に使うつもりなのかは聞かない方が良さそうだ。
この流れになったのは完全に俺の所為なのだが、それでも酷い仕打ちじゃね?
ともあれ少しばかり回想しよう。 このイジメ現場になった経緯を説明する為に。
桐乃「何でも一つねぇ」
京介「……分かってると思うけど、死ねとかはやめろよ?」
桐乃「あたしがあんたに死ねってゆったことなんて、一回も無いじゃん。 なにゆってんの?」
ほ、ほう。 こいつ本気で言ってるのかよ。 もう百回以上言われてるぜ? 俺。
桐乃「うーん……」
京介「別にそんな真剣に考えなくても良いんじゃね? エロゲー買って来いとかで良いだろ」
桐乃「でも、それって今回の『何でも一つ』を使わなくても行くっしょ?」
京介「……確かに、そう言われればそうかもしれん」
つうか、そう聞くと俺って妹のパシリになりつつあるな……気をつけなければ、いつの間にか奴隷同然になっていてもおかしくなさそうだ。
京介「まあ、今考えなくても良いんじゃねえか? その内なんかしら俺に頼む時が来るだろうしさ」
桐乃「ダメ。 今してもらわないと気が済まないの」
京介「……そうかよ。 んじゃあ頑張って考えてくれや」
桐乃「……」
桐乃は黙り込み、部屋の中をぐるぐると歩き回る。
どんだけ真剣に考えてるんだよ。 それ、答えが出た時が恐ろし過ぎるんだが。
桐乃「今日くらいしか出来ないことが良いよね……」
そんなことを呟きながら、桐乃はうんうんと唸る。 そしてそれを数分続けた後、何かが閃いたようで、ぱっと笑顔で俺の方を向いてきた。
桐乃「ねえ、京介。 練習してみない?」
京介「練習? なんの?」
桐乃「今度する奴のれんしゅー。 それがあたしの命令」
京介「……今度する奴って、何だよ?」
桐乃「さっき言ったじゃん。 沙織にメイドコスプレした京介を見せるって。 だからそれの練習ってワケ」
京介「つまりなんだ。 コスプレの練習をしろってことを言ってんのか?」
桐乃「そ。 一石二鳥でしょ?」
果たして一石二鳥なのかどうかは置いといて、だな。
思いの他、嫌なことではなかったな。
こいつなら相当酷い仕打ちをしてきそうなのだけど、何だか今日の桐乃はいつもより何倍も優しい。 ぶっちゃけ気味が悪い。
コスプレなんて何回か沙織やら黒猫やらを交えてした事だってあるし、むしろ案外面白いんだよな、あれ。
京介「別に構わねえけど、衣装がなくね? 今から取ってくるのかよ? もうさすがに夜だし、明日で良いんじゃ無いか」
俺がそう答えると、桐乃はあからさまに大きな溜息を吐き、言った。
桐乃「衣装ならあるじゃん? それにあたしは今すぐ見たいの」
京介「はあ? 俺の部屋にコスプレ衣装なんて置いてる訳ねえだろ?」
桐乃「そんなの知ってるっつうの。 あんたがコスプレ衣装なんて持ってたら、それこそドン引きだし」
京介「お前って、時々マジで酷いひと言あるよな……俺が持ってるのがそんなにおかしいのかよ!」
桐乃「……え? あんた衣装持ってんの?」
京介「いや持ってねえけど!」
というか、世間一般で言えばエロゲーやオタグッズをあれだけ揃えてるお前の方がどうかと思うぞ!
桐乃「……ま、別にあんたがどんな趣味してようが良いけどさ。 あたしにヘンな物は見せないでよね」
京介「だから持ってないっつってんだろ! そんなに疑うなら部屋中探してみやがれ!」
桐乃「はい、ろくおーん。 今度暇な時に、部屋中探してあげるから」
京介「お、お前……最初から分かってやってやがっただろ……」
桐乃「ふっふーん。 何のこと?」
京介「……くそ」
結果的に、桐乃に部屋を探し回る権利を与えてしまう形になった。 コスプレ衣装なんて本当は持っていないとこいつは最初から分かっていたのだ。 目的は、大方俺の弱味探しってとこだろうな……ちくしょう。
桐乃「そんで。 話戻すけど、いい?」
京介「ん? ああ、コスプレしろとかなんとかだっけか。 んで結局どうすんだよ?」
桐乃「だから、衣装ならあるってゆってるじゃん。 ほら」
そう言いながら、桐乃は指をさす。
何かと思い、俺はその先を見て、まず俺が感じたこと。
やべえこれはマズイ。 あり得ない。 逃げなければ。
と思った。
何故かって? 簡単な話だよ。 桐乃の指の先には、制服があったからだ。
京介「お、おま……ちょちょちょっと待て、待てよ」
桐乃「なに? 拒否すんの?」
京介「いや、いやいや違くてだな。 あれってお前の制服じゃねえかよ!」
桐乃「そうだケド。 それが?」
お、お前なあ!
京介「色々マズイだろ! お前、あれ毎日着るんだろ!?」
桐乃「そだけど。 なーに? もしかして妹の制服に欲情してるとか……?」
京介「ちっげええよ!! サイズとかあるだろ!?」
桐乃「だいじょーぶだって。 あんたってそんながっしりしてないし、あの制服だって多少大きく作ってるし」
京介「だ、だけどなあ……!」
うううう。 これは駄目だろう! 人間として、兄として、男として駄目だろ!?
桐乃「さっきもゆったけどさ、拒否すんの?」
じりじりと俺の方に詰め寄りながら、桐乃は言う。
先程まで、今日の桐乃は優しいなあ! とか考えていた自分を殴り飛ばしてやりたい。
はっきり言おう。 今日も桐乃はいつも通りだ。
てか。目がこええ……拒否したらどうなるっていうんだよ、これ。
京介「え、ええっと。 もし拒否ったらどうなんの?」
桐乃「そりゃ、お父さんに「兄貴に襲われた!」って言いに行くケド」
死にますね、俺。
京介「ま、まじで?」
桐乃「ちょーマジ」
桐乃はそう言うと、八重歯を見せながらにっこりと笑う。 可愛いけどうぜえ!
ぐ、ぐうううう! このくっそガキめ! 何かしら仕返ししてえぞ! 俺のことを舐めやがって……!
よし……よし。 仕方ねえ。 ちょっと脅してやるか、この妹様を。
そう決心し、短く息を吐き、桐乃を真面目な顔で見据える。
京介「……なら、今襲っても問題ねえよな?」
その言葉を聞き、桐乃は一瞬驚いた顔をした後、すぐに口を開いた。
桐乃「は、はあ!? 冗談きつすぎ! キモッ」
京介「冗談じゃねえよ。 俺は大真面目だぜ? んで、どうなの?」
桐乃の肩を掴み、正面から顔を見ながら俺は言う。
……あれ、こいつ少し震えてるじゃん。 やりすぎたか、さすがに。
桐乃「そ、それは……」
桐乃は視線を彷徨わせたあと、喉を鳴らし唾を飲み込む。
そして、小さく何事か呟き、俺と目が合い、そのまま止まる。
周りの音が聞こえなくなり、俺も桐乃も見つめあったまま、時が止まった。
……なんか、流れおかしくね? 俺的には桐乃がいつも通りぶちキレて、罵詈雑言を俺に浴びせて、それで結局このコスプレが有耶無耶になればなぁ。 なんて思ってたんだけど。
桐乃「……きょ、京介となら」
待てええええええええええい!! 何言おうとしてんだこいつ!? それはヤバイ!! 普っ通にマズイ!!!
京介「うぉおおおおおおおおおおおおお!!!」
桐乃「ひっ! な、なに!?」
京介「違う! 違うんだ桐乃! お前の言おうとしたことがなんとなく分かったけど、それはマズイ! ヤバイ!」
京介「お、俺も一応男だから! この際だから正直に言うけど、お前がそれを言ったら俺も多分抑えられん! だから言うな!」
桐乃「あ……う、うん」
京介「俺が今言った事は忘れてくれ! いや忘れろ!」
京介「コスプレでもなんでもしてやるから、とにかく一旦落ち着こう!」
自分にも言い聞かせるように俺はそう言い、急いで桐乃から離れる。
あ! ぶ! ねえ!
色々とギリギリだったぞ? 今。
ぶっちゃけ、今のはかなり危なかった。 桐乃の顔、めちゃくちゃ可愛かったしな……
桐乃「……そ、そうだよね。 うん」
……すげえ変な空気になってしまった。 なんだこれ。
俺はそれに耐え切れず、一旦台所へ行き、水をコップにいれて居間へと戻る。
京介「……ほら。 水」
桐乃「あ、ありがと」
俺と桐乃はコップの水を飲みきり、流しへと片付ける。
ふう。 さてどうするか。
桐乃「それで……その、ちゃんとしてよ?」
……え、っと?
ちゃんとするって、何を? まさか、こいつはまださっきの話を続ける気かよ!? 正気か!?
京介「……お、俺は」
京介「べ、別に良いけどよ」
何言ってんの俺!? うわあ。 水を飲んである程度落ち着いたかと思ったけど、全然そんなことねえじゃん! どうすんだよ……これ。
このままだと頭がどうにかなってしまいそうだ。 桐乃には悪いが、このままだと俺は俺を許せなくなってしまう。 よし、旅に出よう。
桐乃「……それじゃ、ほら」
そう言い、桐乃は俺に制服を手渡す。
桐乃「するんでしょ? コスプレ」
ああ、そういうことね。 はは。
こうして、冒頭へと繋がるわけだ。
桐乃はというと、先程からケラケラと笑いながら俺の姿を写メっている。 どんな羞恥プレイだよ、くそ。
桐乃「あ、そーだ。 ちょっとこのスマホ持ってさ、自分で撮ってるみたいにしてよ」
京介「どんな要求ですか!?」
桐乃「イヤならイヤでいーよ。 イヤ?」
京介「嫌に決まってんだろうが! 誰がそんなことするか!」
桐乃「ふうん。 んじゃメールしよっと」
京介「……誰に、何を?」
桐乃「黒猫と沙織に、あんたの写メを」
京介「やめろ! マジで社会的に死ぬからやめてくれ!」
桐乃「じゃあ、ほら」
桐乃はそう言い、俺にスマホを渡す。
やるしかねえの? マジで?
いや……待てよ。 この瞬間にデータフォルダから俺の写メを消し去れば、もうこの妹に命令されることも無いんじゃないか?
ははは。 桐乃の奴も肝心なところが抜けてやがるな。
京介「お、おう! 任せとけ!」
桐乃「ノリノリのところ悪いケド、あんたの写メは逐一あたしのノーパソに送ってるから」
そうですか。 手際いいっすね。
泣く泣く、自分で自分の写メを撮って行く。 傍目から見たら本当に変態じゃねえか……
桐乃はその姿を見て、とても満足そうにニヤニヤと笑っている。 性格悪いな、こいつめ。
一旦、冷静に状況を考えてみよう。
兄が妹の制服を着て、自分撮りをしている。 ってことだな。
すげえ分かりやすく変態だ。 屑じゃねえのそいつ。 俺だけどさ。
桐乃「だいじょーぶだって。 結構似合ってるし?」
そんな俺の考えを読んだかの様に、桐乃は相変わらず笑いながら、そんなことを言う。
京介「……褒めてんの? それ」
桐乃「うん。 めちゃくちゃ褒めてる」
京介「今まで生きてきた中で、一番嬉しくない褒め言葉として受け取っておくぜ……」
つうか、今更だけどこの制服って明日も桐乃は着て行くんだよな? 良いのかね、俺が着ちゃって。
まあ明日になって後悔すればいいさ! 今は精々楽しんでおきやがれ!
京介「も、もう絶対しないからな……あんなの」
俺が寝間着に着替えなおし、桐乃に向けてそう言うと、桐乃はすぐにスマホから視線を逸らして俺に向けて口を開く。
桐乃「良いじゃん。 マジで似合ってたって」
京介「それが嫌なんだよ! 女子高生の制服が似合って喜ぶ男なんて変態じゃねえか!」
桐乃「なに今更ゆってんの。 あんた変態じゃん。 実の妹を襲おうとするし」
京介「あ、うぐぐ。 あれは……違う!」
桐乃「へえ。 何がどう違うってゆーの? んー?」
京介「うるせえ! お前が変なこと言い出すからだろ? 俺の所為じゃねえからな」
桐乃「うわ。 サイテー」
減らず口叩きやがって……こんの妹様はよお!
京介「チッ……」
俺が舌打ちをして、テーブルの横に座ると、桐乃はスマホを置いて俺の方に顔を向ける。
桐乃「ねね、京介」
京介「……んだよ?」
返事をすると、桐乃は立ち上がり、俺の近くまで来て俺を見下ろす姿勢となる。
京介「……えっと、なに?」
桐乃「ふふ。 あのさ」
壁に持たれかかり座る俺に、覆いかぶさるような形で桐乃はしゃがみ込んだ。
京介「な、なんだよ。 どうした」
桐乃「さっきの続き……あたし、別にしても良いよ?」
京介「は、はん! もう騙されねえぞ! 馬鹿にすんじゃねえ!」
桐乃「……ま、どう捉えて貰ってもいいケド」
桐乃「うーん。 今日は寝ようかな。 明日も朝早いし」
それだけ言うと、桐乃は俺から離れ、そそくさと寝る仕度を始める。
京介「お、おう」
なんだよ、こいつは。
京介「桐乃」
桐乃「なに?」
素っ気無く、桐乃はそう言った。 俺の方に顔は向いておらず。
京介「……お前、マジで言ってたの?」
俺がそう聞くと。
桐乃「……」
桐乃は少々の間を置いて。
桐乃「はあ? 冗談に決まってるっしょ。 ありえないし」
桐乃はそう言ったが、俺にはどうしても質問と答えの間が、気になってしまった。
京介「……そうか」
桐乃「ふん。 キモッ」
京介「へいへい……今、布団出すわ」
桐乃にそう言いながら、押入れから布団を取り出し、敷く。
後ろに居るだろう桐乃に向け、俺は今日最後の質問をすることにした。
質問というか、俺がただ言いたい事を言うだけの、そんな感じだが。
京介「なあ、桐乃」
桐乃「なによ」
京介「これは、俺が勝手に喋るだけだから、別に返事はしなくて良いけどよ」
京介「俺は、もっとちゃんと俺たちの関係にケリを付けないと、それは絶対しないと思う」
京介「だから、お前がもし望んでるんだったらさ、ごめんな」
京介「俺にとってはお前が一番大切だから……よ」
それだけはしっかりと、伝えておきたかった。
桐乃「……冗談だって言ってるじゃん。 ばーか」
そう言う桐乃の声は、どこか嬉しそうな声色だった。
そして、一日が終わる。
なんだかすげえ長い一日だったが、それでもやはり楽しかった。
楽しいのと、それともう一つ。 確実に分かる物がそこにはあったのだ。
明日が来れば、次に桐乃と会うのはいつになるだろうか? こいつはまた、放課後には来てくれるのだろうか?
そんなの、考えるだけ無駄だっつうのに、だらだらと俺は考えてしまう。
それに毎日こうする訳にもいかない。 いつか、近い未来か遠い未来か、俺と桐乃が抱えている秘密はばれてしまうのだろうから。
もしかしたら明日にでも、ひょっとしたら何十年後になるのかもしれない。
そしてそうなった時、俺と桐乃はどうするのだろうか。
相手の事をすっぱりと諦められるほど、俺も桐乃も大人じゃない。 そんな状態の俺たちが無理矢理にでも引き離されてしまったら、どうなるのかはちょっと自分でも分からないが。
それもまた、考えておかねばならない問題だ。
ったく。 本当にエロゲーみたいに格好良くいかない物かね。 現実はとてつもなくハードモードでしかねえよな。
だけど、確信して言えることは一つだけある。
俺は妹に恋をして、後悔なんてしていない。
それだけは、死ぬ寸前でも言えるだろう。 妹に恋をして、最高だったと。
桐乃はどう考えているのだろうか。 それを聞くのは出来ないが、同じ気持ちでいてくれたら嬉しい。
桐乃「あんた、何ぼーっとしてんのよ。 寝るよ」
京介「ん。 おう。 そうだったな、わりいわりい」
京介「あー。 つうかさ、一つ言い忘れてたことがあった」
桐乃「その顔見る限りじゃ、あんま良いことじゃ無さそうなんですケド」
まあ、遠からずも近からずって感じだな。
京介「布団、一人分しかねえんだよ」
桐乃「……あんた、ベランダで寝る?」
京介「寝ねえーーよ! 諦めて一緒の布団で寝ろ! それかお前がベランダ行け!」
桐乃「チッ……ヘンなこと、したら殺すから」
京介「しねえってさっきも言ったじゃねえか……どんだけ信用無いの、俺」
桐乃「ふん。 信用ならないっつーの」
桐乃「あんた、最低でも三十センチは間空けてよね?」
注文が多い奴だな、こいつ。 つうかそれだけ文句言っといて、前に俺のベッドに入ってきたのは何だったんだよ。
京介「へいへい。 分かりましたよお姫様」
桐乃「指一本でも触れたら、あんたの写メばら撒くから」
京介「……へいへい」
気持ち、距離を先程よりも置いて、俺は眠りに就いた。
最後に桐乃は。
「……おやすみ」
と、そう言った。
第七話 終
以上で本日の投下終わりです。
乙ありがとうございますー。
ブルーレイ買ってきた~きりりん!!
(お、クンカか?)
マジレスで感想書くと、(京介が触れたのは使いたくないから)京介専用クッションを用意した桐乃がどういう心境に変化したのか。
そこら辺を京介目線で掘り下げて欲しかったかなと。
こんにちは。
乙、感想ありがとうございます。
>>435
自分もブルーレイ買いました! ドラマCDのきりりん可愛かった!
>>436
なるほど……もし、話の流れがそっち方面に流れた時は取り入れてみます。
それでは投下致します。
窓から差し込んできた光りで目が覚める。
昨日とは違い、今日はとてもゆっくり眠れた気がした。
京介「ふああ……っと」
あくびをしながら、体を起こす。
隣を見ると、既に桐乃の姿は見えなかった。
京介「……あいつ、もう行ったのかよ」
目を擦りながら、テーブルの上を見ると、小さな紙が目に入る。 良く見ると、そこには何やら走り書きで文字が書いてあった。
「あんた寝すぎだっつうの。 服、今度来た時に返すから」
紙にはそう書いてあった。 そんな寝すぎた気はしねえんだけどな。
というか、別にわざわざ洗って返さなくても良いだろうに。 真面目な奴だなあ。
……ん。
ああ、そうか。 なるほどね。
京介「そりゃ、今度返すになるか」
さすがの桐乃でも、制服のスカートをノーパンで履く気にはならなかったってことだろうな。 さすがにそんな真似をしたら、露出癖があるのではと疑いたくなるし。
京介「にしても、起こせば良い物を」
行ってらっしゃいくらいなら言ってやったのになぁ。 ま、良いか。 寝てる俺を起こさなかったっていうのも、気配りなのだろうから。
そんなことを思いながら、時計を見る。
京介「……桐乃がいねえのも当然か」
時刻は既に、正午過ぎを示している。
京介「もう昼かよ……さすがに寝すぎってのは否定できねえよな、これじゃ」
高校時代は、休日たまに昼近くに起きることがあったけど……なんだか、損した気分になるんだよなぁ。 あれ。
京介「………あ、やべえ」
そして、思い出した。
京介「今日一限からじゃん、俺」
やっぱり起こしてもらった方が良かったな、ちくしょう。 目覚ましをセットしていなかった俺も俺だけど。
まあ、仕方ねえか。 最近、この言葉を使う機会が多い気もするが……その内に「やっべえー単位足りねえじゃん、まあ仕方ないかぁ」とか言いそうな勢いだ。 気を引き締めよう。
その後、軽く準備をして家を出る。 歩きながら携帯を開くと、メールが一件着ているのに気付く。
手馴れた操作で、内容を確認。
From 黒猫
朝早くにごめんなさい。 少し話したいことがあるのだけれど、今日大丈夫かしら?
京介「……黒猫?」
あれ以来、黒猫の方から俺に話しがあると言ってきたのは、初めて……だな。
メールが来た時刻は朝の6時30分。 相変わらずの早起きっぷり。 さて、どうした物か。
選択肢は二つ。 黒猫と会うか、会わないかだ。
仮に会った場合。 黒猫には何かしらの話が俺にあるらしい。 内容は全く分からないが、わざわざ呼び出すってことは重要な話でもあるのだろう。
で、会わなかった場合。 そうすれば多分、俺と黒猫の間には決定的な溝が出来る可能性がある。 いきなりでかい溝が出来る訳ではねえ。 小さな、とても小さな溝ができる。 そして、それは次第に広がっていく。 その結果、いつかは修復できないほどの物になる可能性がある。
何故かは、分からない。 今までの黒猫の行動からして、この時間ってのは少々異常だからだろうか? それとも、今はお互いに若干の気まずさがあるのに、それすらも関係無いと言わんばかりに黒猫は連絡をしてきた。 その所為だろうか?
なら、俺が取るべき選択は……
To 黒猫
分かった。 時間と場所を教えてくれ。
こうして、俺は黒猫と久し振りに二人で会うこととなった。
夕方、松戸にある黒猫の家。
京介「……なんか、久し振りだな」
黒猫「そう? この前だって会ったじゃない」
黒猫が言うこの前、とは恐らく何回か行っているアキバのことだろう。 しかし、俺が言いたいのは。
京介「いや、こうして二人で会うってのが、久し振りだなって思ったんだよ」
黒猫「……そうね。 あなたに夜遅くに、酷い事をされた時以来かしら?」
京介「誤解を招く言い方をするなよ……」
黒猫「あら。 それならあの時のあなたは酷くなかったと言いたいの?」
京介「いや……それは……」
黒猫「ふふ。 冗談よ。 もう今となっては気にしていない……と言えば嘘になってしまうわね。 まあ、過ぎた事でしょ?」
京介「そう、だけどな」
黒猫「私にとっては、あなたや桐乃や沙織とばらばらになってしまうのが一番厭なのよ。 それは、分かっているわよね?」
京介「ああ。 分かる。 分かっているつもりだ」
黒猫「なら、良いじゃない。 私が良いと言っているのにそれをいつまでも引っ張るのかしら?」
京介「……そうだな。 それもそうだ。 ありがとよ、黒猫」
黒猫「莫迦ね。 礼には及ばないわ」
京介「いや……謝るつもりも、許してもらうつもりも、無いけどさ。 お前には感謝しているんだよ、俺は」
黒猫「……そう。 なら、素直に受け取っておくわ」
黒猫は俺の顔を見て、優しく笑い、そう言った。
本当に、お人よしだよ。 お前は。
京介「それで、俺に話しがあるってのはこの事だったのか?」
俺が黒猫にそう尋ねると、黒猫は鼻で笑い、いかにも見下した感じで喋り始める。
黒猫「はっ。 莫迦ね。 これだから下等生物には付き合っていられないわ。 たかがあなた如きと話す為に、わざわざ呼び出すなんてするとでも? そんなのは電話で済ませられるでしょうに」
京介「……そ、そうか」
急に態度変わりやがった。 しおらしい方が似合うってのに。
京介「それじゃあ、この下等生物に教えてくれよ。 なんでここに呼ばれたか」
黒猫「そんなのは決まっているわ。 あなたにしか出来ない相談があるのよ」
黒猫「いえ……少し違うわね。 あなたにだからこそ、しなければいけない相談。 かしら」
その二つの言葉にどれほどの差異があるのかは、俺には少し分からない。
が、黒猫が言い直したからには多分、大事なことなのだろう。
黒猫「あなたはどうする? 聞くの?」
京介「そんなの分かりきっているだろ?」
俺は正面から黒猫の顔を見て、はっきりとした口調で言う。
京介「聞くぜ。 勿論」
黒猫「……そう。 分かったわ」
そう言うと、黒猫はパソコンの前に座り、カタカタとキーボードを打ち始め、何やら画面に表示させる。
京介「これは、チャットか?」
黒猫「見ての通りね。 私や沙織や桐乃がいつも使っているチャットルームよ。 この日のチャットは……私と桐乃、二人っきりだったわ。 たまにあなたが居る日もあるけれど、今は関係無いわね」
黒猫「これで大体の予想は付いたかしら?」
後ろから覗き込むように見ている俺の方に振り返り、黒猫はそう尋ねてきた。
なるほど。 分からねえぞ?
それが表情に出ていたのか、黒猫はというと。
黒猫「あなた、本当に前世は亀かしら? それとも鶏? 無機物の可能性も捨てきれないわね」
なんか、こいつのこういう言い方って桐乃のよりもある意味ぐさっと来るんだよな。 桐乃が正面からずばずば攻めるタイプなら、黒猫は内面からずばずばと攻めるタイプって感じ。
お前ら、やっぱり相性いいぜ。 と思いもするんだけど、正直被害が主に俺なのは勘弁して欲しい。
京介「……前世は好きにしてくれ。 で、それがどうしたんだよ?」
黒猫「これよ。 一昨日のチャットログなのだけど」
黒猫「時刻は夜中ね。 急に桐乃から呼び出されて、私は寝るところだったのだけど、あの女の戯言に付き合ってあげようと、優しい心の私は思ったのよ」
つまり、いつもは呼び出されない時間に呼び出され、不安に思って話を聞いた。 って事だな。 分かり易い奴だ。
京介「それで、なんて言われたんだ?」
黒猫「あなた、乙女のチャットを見たいの? そんなに?」
京介「……悪かったよ」
黒猫「まあ、見なければ話は始まらないし、仕方ないわね」
こいつ、地味に俺に対して嫌がらせしてねえか!? すげえ分かり辛く、地道に攻撃されている気がするんだけど!
京介「……おう。 頼む」
俺がそう言うと、黒猫は満足そうに笑い、作業を続ける。
チャットが開始されたのが……二時、か? やけに遅い時間だな。 というかそれに付き合う黒猫も黒猫だ。 お前らマジでどんだけ仲が良いんだよ。
黒猫「まあ、もしもあの女がくだらない話でも始めたら、すぐに寝ようと思っていたのだけど」
そう言い、黒猫は一番最初のチャットログを表示させる。
どうせまた、アニメやらゲームの話で喧嘩でもしたんじゃねえの?
内心、そんな風に思いながら画面を見た俺は、最初の一文目で言葉を失った。
2:03 きりりん@ さんの発言:つらい。
2:04 †千葉の堕天聖黒猫† さんの発言:どうしたのよ、急に
2:06 きりりん@ さんの発言:ごめん、何でも無い。 忘れて
2:07 †千葉の堕天聖黒猫† さんの発言:あなた、そんな事を言われて忘れる莫迦が居るとでも思っているの? 莫迦なのかしら?
2:09 きりりん@ さんの発言:うっさい。 忘れろつったら忘れろ。 アホ猫
2:10 †千葉の堕天聖黒猫† さんの発言:却下するわ。 ねえ、本当にどうしたのよ? 何か悩み事でもあるの? つらいなんて言葉、私に言うなんて
2:15 きりりん@ さんの発言:本当に、何でも無いから。 もう大丈夫。 ありがとね
2:16 †千葉の堕天聖黒猫† さんの発言:……そう。 もし、何かあったら言いなさいよ。 友達でしょう? 私たち。
2:18 きりりん@ さんの発言:うん。 その時は相談させてもらう。
僅か十分程の会話。 そこで、チャットは終わっていた。
京介「……黒猫、これって」
黒猫「あなたの妹とのチャットよ。 心当たり、あるかしら?」
黒猫「何かの冗談……とかでは無いのくらい、あなたでも分かるでしょう? あの女がそんな弱音を吐くなんて、考えただけでも気味が悪いのよ」
黒猫は俯き、消え入りそうな声でそう言う。 こいつも余程、心配なのだろう。
京介「確かに、そうだな。 桐乃がわざわざチャットに呼んでまで使いそうな言葉ではねえよな……」
京介「……心当たりか」
黒猫「そう。 些細なことでもいいわよ」
そう言われ、俺は初めに思ったことを口にする。
京介「真っ先に思い浮かぶのは、俺が一人暮らしになったってことかな。 決まったのが一昨日の夜で、引っ越したのが昨日の朝なんだよ」
俺の所為で桐乃がああ言ったって、前までの俺なら考えすらしなかっただろうさ。
けど、今は違う。 自意識過剰だといわれて、本当にそれで済むならそれで良い。 別に俺がどう思われようと構わねえ。
黒猫「……あなた、引っ越したその日に妹を部屋に連れ込んだの?」
京介「人聞きが悪い言い方するんじゃねえよ。 桐乃が押しかけてきたんだ」
黒猫「ふん。 まああの女がしそうな行動ね」
京介「で、こう言っちゃあれだが、それで桐乃がああ言ったってのなら嬉しいな。 んで、桐乃は俺と別々に暮らすのが嫌で、お前にさっきの言葉を言ったとか?」
黒猫「そうね。 私も『昨日あなたと電話した時にそれには行き着いたわ』 だけど『違うと思った』のよ。 途中でね。 それは電話が終わったときには、確信に変わっていたわ」
京介「ってことは、今は「違う理由があるんじゃないか」って思っているっつう事だよな?」
黒猫「ええ。 可能性としては……」
黒猫「あなたと離れるのが嫌で、私にチャットをしてきた」
黒猫「これは違うわね。 だって、昨日桐乃が来たのでしょう? なら、そんなすぐに会える人と一緒の家じゃないってだけで、そこまでの想いをする訳が無いもの」
京介「そうだな……前と違って、模試がある訳でもねえしな」
京介「それにすぐ来れる……か。 確かに、黒猫の言うとおりだ。 桐乃のやつ、学校さぼってまで来てたし」
俺は真剣にそう言ったのだが、黒猫は顔を若干引き攣らせながら答える。
黒猫「あなた達、時々思うのだけど、素で気持ち悪いわね……」
京介「ほっとけ」
俺が投げやりにそう言うと、黒猫はコホンと小さく咳払いをし、再び口を開いた。
黒猫「……話を戻すわね。 それで、電話している途中でそう思って、終わる頃には変わっていたってことなのよ」
黒猫「あなたと桐乃はその時一緒に居たから。 それであの女が私にそういうことを言うなんて、あり得ないわ」
黒猫「一応確認しておくけれど、桐乃の様子はどうだったかしら?」
京介「……ううむ。 俺が見る限りいつもより優しかった様な気はしたな」
黒猫「関係あるかしら? それ」
京介「ねえかも」
黒猫「惚気るのはやめて頂戴。 殺したくなってくるわ」
京介「わ、わりい……」
黒猫さんこええな……伊達に闇猫を名乗っているだけある。
黒猫「さすがに殺したくなるというのは冗談よ。 そこまで怯えられても悲しいのだけど……」
京介「……あやせの前例があるからな。 癖になっているかもしれん」
黒猫「嫌な癖ね。 それじゃあこういうのはどうかしら? あなた、桐乃に対しては怯えとかは無いのでしょう?」
京介「そう言われれば……そうだな。 結構暴言吐かれたりしてるけど、びびるとかはあんま無いかもしれん」
黒猫「なら、試しに桐乃の真似をしてみるわ」
黒猫「キモッ。 死んでよ。 ウザッ」
京介「……黒猫さん?」
黒猫「はあ? 話し掛けないでくれない? 調子乗んないで」
京介「駄目だ。 お前に言われるとマジで傷付く」
黒猫「……どうかしら? 似ていた?」
京介「魂入ってたよ。 でも二度とやって欲しくはねえな」
黒猫「仕方ないわね……それならやめておくわ」
つうか脱線しすぎだっつうの! ええっと、何の話だっけか。
黒猫「桐乃の悩みの話よ。 しっかりして頂戴」
京介「俺、声に出してたか? 今」
黒猫「顔に出ていたわ」
京介「そっすか……」
京介「で……えっと、つまり」
京介「それ以外の何かしらの理由が、あるってことか? 俺と離れて暮らすことになった以外の理由が」
俺がそう聞くと、黒猫はコクリと頷き、口を開く。
黒猫「そう考えるのが、妥当ね」
帰り道、結局大学へ行く気分になれず、とぼとぼとアパートへ向けて帰宅途中。
くっそ。 ムカムカするな。 桐乃は何に悩んでいるんだ? 本人に聞けば分かるのだろうが、それを先程黒猫に言ったところ「莫迦じゃないの? そんなことしても、あの女がほいほいと理由を語る訳が無いでしょう?」との答えが返ってきてしまったしなぁ。
けど、全くその通りだぜ。 あいつは桐乃のことを良く分かっているよ。
あいつがそんな思い悩むこと。 そして、いつもは弱音なんて吐かないあいつが、どうして黒猫にだけ、一瞬でも弱味を見せたのか。
……分からねえ。 俺に相談、してくれないのかね。 あいつは。
黒猫は今はまだ様子を見たほうが良い。 と言っていたが、そう言われたからといって俺は、はいそうですかと気持ちを切り替えられる人間でも無い。
学校で、何かあったのだろうか?
それとも、家で何かあったのか?
そうじゃないとしたら、案外楽しみにしてたエロゲーやらが発売延期になったとか。
でも、家のことだったら真っ先に俺に相談しているよな。 間違い無く。
それが今回は無い。 だとすると……
桐乃が学校でいじめられてるとか? 想像できねえぞ……
むしろ返り討ちにでもしそうだよ、あいつは。
まあ、でもその辺りを調べておくのは間違いって訳でも無いだろう。 問題は、それをどうやって調べるか、だけど。
一番繋がりがあるとしたら、あやせか。
……でもなぁ。 あいつ、桐乃とは仲良くやってくれているみたいだけど、俺とは話すらしてねえんだよな。
あやせと繋がりがある奴は……麻奈実か。
つっても結局、そっちもあれから話して無い訳で。
……詰みかよー。 ちくしょうめ。
そんなことを考えながらの帰り道。
偶然というか、必然というか、なるべくしてなったのか。 目の前から、見知った人影が歩いてきた。
京介「……あやせ」
あやせ「お久し振りですね。 お兄さん」
第八話 終
以上で本日の投下終わりです。
乙ありがとうございます。
>>31ってなんだ?って思ったら
> 断らない兄貴なんて居る訳ねえだろ?
っておかしくない?と書こうとしてたの思い出した
>>471
なんと……ただのクソ兄貴になっている……
やれやれ、全く仕方ねえな。 こんな可愛い妹に頼まれて、断る兄貴なんて居る訳ねえだろ?
に脳内補完お願いします。
こんにちはー。
投下いたします。
京介「お前……どうして」
あやせ「随分と酷い事を言いますね。 私だって、この辺りに住んでいるんですから、偶然会っても不思議では無いじゃないですか」
京介「……そうだな。 そりゃそうだ」
今まで出会わなかったのが、逆に珍しいくらいか。 にしてもこんな風にばったり会うなんてな。
あやせ「それで、挨拶はまだですか?」
あやせは眉間に皺を寄せ、俺にそう言う。
一瞬何のことか分からなかったが、少しの間考え、俺はようやくあやせの言っている意味を理解し、口を開く。
京介「久し振り、あやせ」
俺がそう返すと、あやせはにっこりと微笑み、こう返した。
あやせ「ええ、お久し振りです」
道端で話すのもあれなので、近くにあった公園に入り、あやせはベンチに腰を掛ける。
途中にあった自販機で飲み物を二つ買い、その片方をあやせに渡しながら俺もそのベンチへと腰を掛けた。
京介「元気そうで、何よりだよ」
あやせ「そう見えますか? これでも随分と落ち込んでいたんですよ?」
落ち込んでいるではなく、落ち込んでいたか。 それはそういう意味なのだろう。
京介「……ああ」
あやせ「ふふ。 謝らないんですね」
京介「謝らないさ。 俺が決めたことで、こうなってんだからよ。 お前だって今更謝って欲しくはねえだろ?」
あやせ「ええ。 もしも謝っていたら、ぶち殺していましたね」
笑顔でそんなことを言うあやせの声からは、今までのような迫力は無い。
京介「はは、そいつは助かった」
あやせ「お兄さん。 もしかして何か、悩んでいます?」
まだ何にも言ってねえのに。 何で俺の友達ってのはこの手のタイプが多いんだろうな?
……怖い怖い。 隠し事、できねえのかね。
京介「……まあな。 そんな顔してたか?」
あやせ「はい。 この世の終わりなんじゃないかってくらい、酷い顔でした。 もしかするとですけど、元からでしたっけ?」
京介「元からそんな顔だったとは思いたくもねえよ」
まあ、あやせが言っているこの世の終わりってのは誇張だとして、悩んでいるってのは当たっているんだよな。
京介「ええっと、簡単に言うと桐乃のことだ」
京介「そんで、桐乃と親友のお前と連絡が取りたかったんだけど……タイミングは、良かったかな」
あやせ「ふふ。 桐乃のことですか。 それはつまり、告白にオッケーでもしてくれるんですか?」
京介「……そうじゃない。 聞きたいことがあったってだけだよ」
あやせ「冗談ですよ。 私、こう見えても諦めは良い方なので」
京介「そうだったのか。 てっきり包丁で脅されるとでも思ったよ」
あやせ「お兄さんがお望みなら、いつでも構いませんけど……」
京介「や、やめてね? マジで」
あやせ「しませんよ。 そんなことは」
あれ。 そういや軽く流しちまったけど、こいつはさっき桐乃の事と聞いて、あやせの告白の話に繋げたか? それは、何故だ?
あやせには、言ったら何をされるか分かった物じゃないから黙っていたんだけどな。
京介「……なあ、お前もしかして」
俺がそれを言いかけると、あやせはそれを手で制した後に口を開く。
あやせ「知ってますよ。 桐乃から、色々と説明されたので」
桐乃からって……事は、やはり聞いたのか? あやせは。
京介「えっと。 どこまで、聞いた?」
あやせ「私が聞いたのは、お兄さんがイブの夜に桐乃に告白したことと、それから付き合ったということだけです」
京介「……そっか」
あやせ「ええ。 その話を聞いている時、とても嬉しそうでしたよ。 桐乃」
あやせは特にどうという訳でもなく、そう言い放つ。 俺はそれを聞き、ついつい、聞いてしまった。
京介「俺と桐乃のこと、気持ち悪いとか思わねえのか?」
あやせ「……難しい質問ですね。 まあ、世間一般で言えばおかしいとは思いますけど」
あやせ「でも、その話を聞いた時、最初に思ったのは『良かった』って気持ちでした。 それは絶対に否定できません」
京介「……良かった?」
あやせ「はい。 桐乃、とても幸せそうでしたから」
そう言うあやせも、俺から見たらとても幸せそうに笑っていた。
京介「……お前も、変わったよな」
あやせ「そうですか? 元からこんな感じだったと思いますけど……」
京介「知り合ったばっかなら、そんなの気持ち悪いだとか、死ねだとか、ぶち殺すだとか、俺に言ってたと思うんだが」
あやせ「……お兄さん、私を何だと思っているんですか。 失礼ですね」
あやせ「ですが、そうかもしれません」
あやせは地面を見つつ、一人笑う。 先ほどまでとは違い、儚げな笑顔。
京介「今は違うのか?」
あやせ「ええ。 違いますよ」
あやせ「まあ、心の底から応援することなんて出来ませんよ? ですが」
あやせ「お兄さんなら、きっと大丈夫だと信じていますから」
それを言った後に、小さい声で「だからそんな気持ちになったんだと思います」とあやせは言った。
京介「はっ。 えらく信用されてるんだな」
あやせ「それはそうですよ。 だって、私を惚れさせた人ですからね」
あやせは言い、可愛らしく笑う。
そして、続けて口を開いた。
俺の方に向き直り、はっきりとした口調で。
あやせ「お兄さん。 お願いがあります」
京介「……懐かしいな、それ」
あやせ「私も少し、懐かしい感じがしてました。 でも、今回のは今までのよりも大変かもしれません」
京介「そりゃ、聞かない訳にはいかねえな。 約束じゃなくて、お願いか」
あやせ「ええ。 私から、お兄さんへのお願いです」
京介「……聞くよ。 言ってくれ」
あやせ「はい。 では、言います」
そう前置きをして、あやせはゆっくりと、そのお願いを話し始める。
あやせ「桐乃を守ってあげてください。 桐乃を大切にしてあげてください。 桐乃を導いてあげてください」
あやせ「桐乃を泣かせないでください。 桐乃を幸せにしてあげてください」
あやせ「桐乃と一緒に、歩いてあげてください。 それが、私のお願いです」
そのお願いを言っている時のあやせの顔を見て、俺はこう思った。 変な意味でもなく、純粋に。
綺麗な顔だ。 そう、思った。
京介「……任せとけ。 つうか、桐乃のことばっかだな。 相変わらずだよ、お前は」
あやせ「ふふ。 親友ですからね」
京介「そうだったな」
あやせ「あ。 ごめんなさい、もう一つだけありました」
あやせはまるで、それをわざと最後に回したような言い方をして、続ける。
あやせ「自分自身を大切にしてください。 お願いします」
俺はそれを聞いて、笑いながら、いつもの様に返す。
京介「おう。 任せとけ」
それから、少しだけの世間話をした後に、いよいよ本題へと入る。
京介「……桐乃のことでさ、一つ聞きたいことがあるんだ」
あやせ「私が答えられる範囲なら、お答えしますよ。 その聞きたいこととは?」
あやせは口に手を当てながら笑い、俺に続きを促してくる。
京介「なに笑ってるんだ?」
あやせ「あ、いえ。 お兄さん、桐乃のこととなると、すごく真剣になるので。 つい」
そりゃどうも。 シスコン万歳だぜ。
あやせ「気にしないで続けてください」
それを聞き、俺もようやくその続きを話すことにする。
京介「あやせってさ、桐乃と同じ高校だったよな?」
あやせ「そうですけど……それが?」
京介「あいつさ。 学校でいじめられたりとかって、あるの?」
俺が恐る恐るそう聞くと、あやせは俯いてしまう。
ええっと……マジでいじめられてるとか?
あの桐乃が? マジで?
あやせ「…………お兄さん」
冷たい声、冷えきった声であやせは口を開く。
京介「は、はい!」
ついつい、元気良くといえば聞こえは良いが、内心かなりびびりながら返事をしてしまう。 最早条件反射といっても過言ではない。
あやせ「もし、仮に桐乃をイジメる輩が居たとして、その人たちが無事で居られると思います?」
京介「そっそれは……」
あやせ「無事でいられる訳、無いですよね? だって、私が片っ端からぶち殺してしまいますから」
光彩を失った目で、あやせは俺に言う。
マジこえええ。 桐乃にちょっかい出したら、そりゃあやせにぶち殺されますよね。
そして俺はというと……昨日の事を思い出し、鳥肌が止まらなかった。
やべえ、一応桐乃に口止めしておかないと。 俺が山に埋められる!
京介「は、はっはははは。 そうだよなぁ! そんなこと、ある訳ねえよな?」
あやせ「ええ。 勿論です」
あやせ「ですが、お兄さんがそれを聞くってことは何かあったんですか? 桐乃に」
あやせは一転して心配そうな顔つきとなり、そう尋ねてきた。
京介「いや、何かって程でもねえけど……」
俺は分かりやすく、端的にまとめ、あやせに成り行きについて話すことにする。
勿論、俺が一人暮らしをしていて桐乃がそこに泊まりに来たという話は伏せて。
全てを説明し終え、黙って聞いていたあやせはようやく口を開く。
あやせ「なんとなく、分かりました」
あやせ「ですが、今回は私じゃどうしようも無いですね……お兄さんにお任せしますよ」
京介「いや、そう言われてもだな……」
あやせ「心配しなくても、お兄さんが危険視しているような事はありませんよ。 大丈夫です」
京介「……お前、桐乃が何で悩んでいるのか知っているのか?」
あやせ「知っているとは少し違いますけど……うーん」
あやせは口に指を当て、少し考える素振りを見せた後、答える。
あやせ「予想が付く、ですかね」
京介「その、予想が付くってのは?」
あやせ「それは私からは言えないです、ごめんなさい」
はっきりとそう言うあやせからは、嫌がらせだとか、意地悪だとか、そんなのは一片たりとも感じられない。 単純に、純粋にそう思っているのだろう。
京介「つまり、自分で考えろってことか」
あやせ「はっきりと言うとそうですね。 でも、私の予想も外れているかもしれないので、それで良いんじゃないかと」
京介「……ああ、分かったよ」
あやせ「頑張ってください。 それでは、そろそろ私は帰ります」
あやせはベンチから立ち上がり、俺に一礼をしながらそう言う。
京介「悪かったな、俺の相談に付き合わせて」
あやせ「何を今更言ってるんですか。 私だって散々今まで相談させてもらいましたし」
あやせ「それに、お兄さんが私に相談してくれたのだって、嬉しかったんですよ? 満足のいく答えはできませんでしたけど」
京介「そんなことはねえよ。 大分助かった」
嘘偽りなく、それは俺の本心だった。
そうして公園から出て、俺とあやせは互いに向き合う。
京介「んじゃあ、俺はあっちだから」
あやせ「ええ。 また会った時は、どうなったか報告お願いしますね」
京介「おう。 良い報告が出来るように頑張るさ」
あやせ「期待してます」
あやせ「では、最後に」
あやせ「桐乃のこと、宜しくお願いします」
礼儀正しく、頭を下げて、あやせは俺にそう言った。
それには言葉だけでは分からない、確かな想いが込められている。
京介「ああ、必ず」
あやせは俺の言葉を聞き、今日一番の笑顔を俺に見せ、帰って行った。
京介「……さて、俺も帰るかな」
黒猫やあやせと話して、大分時間を使っちまったし、日も暮れてきている。
明日はさすがに大学へ行かないとマズイよなぁ……
今日は早めに寝るとするか。
なんてそんな風に考えている時に限って、厄介ごとは起きると決まっている。
現実ってもんは本当にままならない。 そんなの、この二年で嫌と言うほど分かっていたのに。
From 桐乃
今、家にいるんだけど、急いで来て。 家の前に着いたら、電話して。
絶対に、ばれないように急いで。
第九話 終
以上で本日の投下終わりです。
乙、感想ありがとうございます。
おつです
昨日今日と引きがいいね
明日も投下してくれるのかな?
予想はしてたけどこの展開は少し文句あるよなアニメの展開
こんにちは。
投下いたします。
4月の終わり。
腕時計に目をやると、針は既に0時を指している。
京介「くそっ……!」
そんな事を呟きながら、俺は必死に千葉の町中を走っていた。
息を切らしながら、必死に。
空は真っ暗で、辺りを照らすのは外灯のみ。 本来なら寒いはずなのだが、生憎ずっと走っている所為で汗がダラダラだ。
なんだってこんなことになってんだよ、ちくしょう!
そう悪態を付いても、状況は変わらないし変えられない。 どうにもならないんだ。
だから、俺は走る。 今はそれしか出来ないから。
足も大分張ってきて、棒の様になってきているが、そんなの気にしていられない。 何より、俺にはすべき事があるのだ。
時間は少し戻り、桐乃からメールが来た直後。
京介「……何だ、これ」
不審に思い、メールを返す。 何があったのか。 という簡単な内容で。
先程、あやせと桐乃のことで話していたのもあり、何だか嫌な予感がしてしまう。
電話を掛けようか一瞬迷うが、メールの内容を再度見る。
家の前に着いたら電話をしろ。 ってことだよな、これは。
なら、今電話を掛けたらマズイ状態ってことか? そうだとすると……まさか、泊まったのが親父かお袋にばれたってのもあるよな。
くっそ。 こんなに早く対面することになんのかよ? いきなりラスボスを通り越して裏ボスって感じじゃねえか。 こんな予感、外れてると良いけどよ。
京介「チッ……」
俺は舌打ちをし、今歩いてきた道を振り返る。
ここからだと、走ったとしてどのくらいだ? 自転車か何かあれば良いんだが、生憎そんな物は持っていない。 御鏡の奴と運よく会って、運よく自転車を押していて……ある訳ねえよな、そんな偶然。
なら、やはり走るしかねえ。 時間を計算しても何も変わらねえ。 今はただ、急いで桐乃に会いにいこう。
俺はそう思い、薄暗くなってきた道を走る。
待ってろよ。 なるべく早く、行ってやるからよ!
息を切らしながら家の前に着いた時には、既にあれから三十分程経っていた。
外から見る限り……家の様子は普通か? リビングと、それと桐乃の部屋の電気が点いている。
くそ。 未だに状況が全く分からないじゃねえかよ。 このまま家に入るか?
……いや。 それは止めておいた方が良いか。 桐乃がメールでわざわざ「家の前に着いたら電話しろ」と言うくらいだ。 さすがにそれには理由がある……と思いたい。
とにかく、まずは電話。
桐乃もすぐに電話が来ると分かっていたのか、コール音の一回目で電話は繋がった。
京介「もしもし、桐乃か!? どうした!?」
俺がそう言うと、桐乃は意外にもいつも通りの口調で、返事をする。
「遅い! メールから何分経ってると思ってんの!? まったく……」
京介「お、おう。 わりい。 で、なんかあったのかよ?」
「……ちょっとね。 今からお父さんとお母さんの気を引いておくから、合図をしたら、あんたあたしの部屋までばれない様にきて」
京介「わ、分かった」
そう返事をすると、電話は切られる。
ばれない様に……かよ。 一応、俺の家でもあるんだけどな。
ええい。 もうどうにでもなれだ。 とにかく合図がきたら、桐乃の部屋までばれない様に行けば良いんだな。 やってやろうじゃねえか。
で、それから待つ事数分。
携帯に一件、空メールが届く。
差出人は勿論、桐乃。 なるほど……これが合図ってことか。
そう判断した俺は、音を立てないようにゆっくりと玄関扉を開ける。
京介「……お邪魔しまーす」
呟くように、決して聞こえないように俺は言う。 一応の礼儀として。
つうか、自分の家なのになぁ。 なんでこんな泥棒みたいな真似をせねばならんのだ。
そんな愚痴を頭の中でつきながら、リビングの横を通り過ぎる。
……おっと。 そうだ。 靴は持っていかねえとな。
昨日は桐乃の靴を隠し忘れていて、お袋にばれる寸前だったからな……
過去の失敗は今になって役立っている。 あれも案外良い失敗だったのかもしれない。 もう二度としたい失敗ではねえけど。
で、靴を回収した俺は二階へと向かう。
リビングからは桐乃とお袋と親父の話し声が聞こえてきた。 俺抜きで仲良くやってんだなあ。 なんて、そんなくだらないことを考えてしまう。
ま、今はそんなことよりとっとと桐乃の部屋にいかねえと。
階段を上るときに軋んで鳴る音に一々びくびくとしながら、俺はできるだけ音を立てないように桐乃の部屋へと向かう。
最大の難関である階段を上り終え、後は桐乃の部屋へ向かうだけ。
それでも俺は細心の注意を払いながら、歩く。
ふと、その時視界の隅に俺の部屋が見えた。
京介「……当たり前だけど、札とかそのままなんだな」
まだ引っ越して一日しか経っていないのに、既に何だか懐かしい。
少し、見ていくか。 そのくらいなら大丈夫だろう。
そう思い、俺は自分の部屋の扉を開ける。
京介「……あのヤロー!」
俺の部屋の中が、見たことも無いオタグッズで溢れているではないか。 一日家を空けただけでこれかよ! 信じられねえ!
今すぐにでも片付けてしまいたいが、生憎そんな時間は無い。
俺は仕方なく、変わり果てた姿になってしまった自分の部屋に合掌をして、桐乃の部屋へと向かった。
京介「……ふう」
桐乃の部屋に無事到着し、一息。
思えば、最初に来た時と全然違うことを俺は今感じているな。 面白いもんだ。
あの時はすっげえ緊張していたっけ。 んで、今は真逆って訳だ。
この二年で桐乃に対する俺の気持ちも、随分と変化を見せたって事だよな。
あいつのこと、色々分かって、驚かされるようなことが何度もあった。
で、妹物のエロゲーみたいな展開になっちまって。 今に至る。
面白すぎるだろ、なんだよこれは。
そんなことを思っていると、部屋の扉が前触れも無く開いた。
桐乃「……なにニヤニヤしてんの?」
京介「おお、桐乃。 別になんでもねーよ」
桐乃「ふうん。 まさかとは思うけど……あたしの下着とか漁ってないよね」
京介「漁るわけねえだろ! アホか!」
桐乃「ちょ、静かに! ばれたらマズイんだかんね!」
京介「お、おう。 そうだったな……すまん」
桐乃「ふん。 別にいいケド」
つうか、これは言っても良いのか分からないが、桐乃もめっちゃニヤニヤしてるじゃねえか。 人の事言えねえじゃん。
桐乃がベッドの上に座り、俺はクッションを一つ貰い、その上に座る。
いつものポジション。 さて、今回はどんな内容やら。
今日、黒猫やあやせと話した事もあり、俺の内心は決して穏やかではなかったが。
京介「それで、どうして俺を呼んだ?」
俺がそう切り出すと、桐乃はいつもの様に言う。
桐乃「分かってるでしょ。 人生相談があるの」
来たか。 こんな状況でされる人生相談ってのは、かなり怖いが……聞かない訳にはいかない。 どんな内容でも、引き受けてやらないと。
京介「ああ。 今回はどんな相談だよ?」
桐乃「……えっとね。 実は」
桐乃は言いながら、床に置いてあったカバンをごそごそと漁り始める。
なんだ、何が飛び出すんだ……
桐乃「これ! 買ってきて欲しいの!」
……あん?
京介「え? ええっと?」
桐乃「だ、か、ら! これ買ってきてくれない?」
桐乃が取り出したのは、チラシ? 待てよ、これはもしかして俺が予想していた事態よりよっぽどくだらない事かもしれないぞ?
いや……落ち着け、京介。 まだそうと決まった訳じゃねえ。 判断を下すのは早急だ。
まずは、桐乃が俺に突き出しているチラシを確認しない事には何も進まない。 おし。
京介「これは……えーっと」
京介「一番くじ?」
桐乃「そう! メルルの一番くじ!」
……ふむ。
一番くじってのは、何回か沙織やら黒猫やら桐乃に聞いた事がある。
確か、コンビニで売られるくじなんだよな? で、アニメのグッズが当たるって奴。
京介「メルルのグッズが欲しいってこと?」
桐乃「そうなの! 見て、このA賞のグッズ!」
A賞は、何々……実物大、メルルの魔法ステッキ。
桐乃「これはね。 重さから大きさ、装飾、全部が忠実に再現されているすごい一品なのよ! もーこれが欲しくて欲しくてさ、最近寝れなかったんだよね~」
……マジかよ。
俺が! あんだけ悩んでいたのが! これだってのか!?
桐乃に悪気はねえんだろうけどさ! ひどくねえか!
京介「は、ははは……ああくそ。 分かったよ。 買ってくればいいんだな?」
桐乃「行ってくれるの!? やった!」
無邪気に喜ぶ桐乃はとても高校生とは思えない。 それも喜んでいる理由が魔法少女だぜ。 普段とのギャップが酷すぎるだろうが。
京介「けど、これってくじだろ? A賞のこれが当たるとは限らないんじゃねえの?」
桐乃「その辺はだいじょーぶ。 買い占めてきて」
……んんん。
京介「……買い占めるって。 このメルルのくじを? 俺が? コンビニで?」
桐乃「もっちろん。 まあ買い占めるって言っても、そのステッキが当たればその時点で買わなくてもいいよ」
桐乃「あ、お金はちゃんと渡すから安心して」
京介「えーっと、つまりだな。 大学生である俺が、人の目を気にせずに星くず☆うぃっちメルルのくじを買えばいいってことか? 大量に」
桐乃「分かってるじゃん、ひひ」
桐乃が漏らした笑いは、俺を馬鹿にしている訳じゃないだろう。 多分、嬉しくて嬉しくて堪えきれないといった感じだ。
京介「……は、ははは。 任せとけ」
もう、諦めるしかないだろう。 それにわざわざここまで来て断るってのも、後味が悪いしな。
京介「けど、買い占めって大丈夫なのか? 他に欲しい人も居るだろ?」
桐乃「その辺は大丈夫。 この辺り一帯は穴場になっててさ。 よっぽどヘビーなファンじゃないと、来ないと思うから」
マジっすか。 俺の地元がそんなヘビーオタクの集まりになってたのか。
京介「なるほどね。 なら大丈夫か……」
いや全然大丈夫じゃねえだろ。 そのオタクの方たちと一緒に俺は買わないといけないんだろ。
京介「一応聞いておくけどさ、自分で買いにはいかねえの?」
桐乃「ムリじゃん? くじが始まるのって、夜中の0時だし」
桐乃「そりゃー、勿論あたしも行きたいケド」
京介「は!? 夜中の0時にコンビニ行けって言ってんの!?」
なんだよそれ! メルルって子供向けアニメじゃねえの!? なんでそんな夜中にくじが始まるんだよ!?
桐乃「場所によっても違うんだけどね。 朝とかの所もあるし」
桐乃「事前に開始時間はチェックしてあるから、大丈夫だよ」
京介「そういう意味じゃねえよ! 俺明日も一限からなんですけど!?」
桐乃「今日行けとはゆってないじゃん。 今週の金曜日だからぁ……明々後日!」
桐乃「てゆうか、明日もってことは今日も一限からだったの? あんたふっつーに寝てたケド」
京介「う……」
桐乃「別にいーけどさぁ。 あたしと同学年になったりとかはやめてよ?」
妹にすげえ心配されてるな、俺。
同学年にならないか心配されるって、どうなんだよ本当に。
つうか誰の所為でこうなってると思ってんだよ! ちくしょう……
桐乃「で、どうなの? 明々後日、行ってくれる?」
京介「……はあ。 分かったよ。 行ってやる」
桐乃「いやったああ! マジサンキュー!」
……まあ。 こいつがこれだけ喜んでくれるなら、別に良いか。
なんだか若干キモいが、ベッドの上ではしゃぐ桐乃を見ていると、俺も自然と嬉しい気持ちになってきた。
京介「おいおい。 どんだけ嬉しいの? お前」
桐乃「ふひひ。 あたしが堪能したら、あんたにも貸してあげるね」
……いらねえけど。
つうか、こいつは手に入れる前提で喜んでいるが、もし手に入らなかったらどうなるんだ……
まあ、それを突っ込むのは少し野暮か。 俺が何としてでも手に入れないといけないってだけで。
京介「んじゃ、用件はこれで終わりか? そろそろ帰るぜ?」
桐乃「うん。 じゃあまた気を引いておくから、その間にね」
良かった。 これでこの場で「早く出て行け」とか言われたら、さすがの俺でも理不尽っぷりに怒り狂っていたかもしれない。 良かった良かった。
とか思っていたときだった。
桐乃の部屋の扉が、コンコンとノックされる。
京介「……っ!」
俺が驚き、桐乃の方に顔を向けると、桐乃もどうやら不測の事態に驚いている様子だった。
すぐには開けないと思うが、急いで隠れないとマズイ。 ばれたらこれ、否定できねえぞ?
桐乃「……!」
口をパクパクさせながら、桐乃はこっちに来いとジェスチャーで俺に伝える。 こいつの部屋はこいつが一番詳しい訳だし、ここは素直に従っておくか!
そう思い、俺は桐乃の方へと急いで駆け寄る。 勿論、音は立てずに。
桐乃「……っ」
桐乃は本当に小さな音で舌打ちをしたかと思うと、俺をあろうことか桐乃の布団の中へと押し込んできた。
それをやった桐乃は俺を隠すように布団に入り、布団から頭だけを出して、ようやく声を出す。
桐乃「はーい」
それを聞き、ノックをしていた主は扉を開ける。 布団の中に潜り込んでいる俺には、どんな光景かは分からないが。
ちなみに、俺が持ってきた靴はベッドの下へと放り込んでおいた。 部屋が汚れてしまうかもしれないが、そんな事言っている場合じゃねえしな。
やがて、俺にも誰が入ってきたかが分かる声が聞こえてきた。
大介「……寝る所だったか?」
よりにもよって親父かよ! 最悪だ! ばれたら俺は間違いなく死ぬ!
桐乃「あー。 ううん。 話をしてて」
大介「やはりそうか。 桐乃、話すにしても時間を考えろ。 声が下まで響いていたぞ」
桐乃「う、うん。 気をつける。 ごめんなさい」
こいつ、演技うまいな……
というか、対親父に対する話し方をなんかマスターしてやがる。 下手に嘘はついていない。 親父に対して嘘はすぐにばれるからな。
敢えて本当に起きている事しか言わない。 なるほどね。
……いや、そんなことはぶっちゃけどうでもいい。
俺はそれよりも非常にマズイ事態に陥っているからだ。
なんつうか、あれだ。
桐乃の布団とか、すげえ良い匂いがするんだが。
そんで、今は一枚の布団に俺と桐乃が入っている訳で、それも体がはみ出ないようにしている訳で。
体が、密着している。
……やべえ。 変な方に思考がいってしまっている。
今、起きたらマズイことが起きようとしている!
くそ……し、静まれ、俺の! 俺の海綿体!
そうだ。 今俺の前に居るのはただのクッションだと思うんだ。 そう思い込め!
クッションクッション。 ううむ。
……こいつの体、すっげえやわらけえな。
いや何考えてるんだよ! 余計にマズイじゃねえか!
桐乃「うん。 おやすみなさい、お父さん」
桐乃の声が聞こえ、次いで扉の閉まる音が聞こえてきた。
の、乗り切ったか? なんかすげえ嬉しい! なんだこの安心感は!
京介「……もう良いか?」
もし、万が一親父がまだ居ても、桐乃にだけ聞こえるような声量で俺は聞く。
桐乃「……」
返事は無い。 確かに聞こえているはずなんだが……
むう。 もう俺と桐乃以外に誰かが居る気配は感じねえんだけど。
そう思い、俺は桐乃の脇腹を突付く。 これで嫌でも気付くだろ。
桐乃「……ふひっ」
……面白いなこいつ。
と思ったのも束の間。 桐乃は声は出さずに、俺の腕を抓って来た。 布団の中で、器用に。
京介「いっ……!」
マジかよ。 桐乃が声を出さないってことは、まだ危ないってことだよな?
折角乗り切ったと思ったのに、まだ耐えなきゃいけねえの!? 辛すぎるぜこりゃ。
もうこうなったら無心になるしかない。 桐乃から合図があるまで、無心に。
桐乃「……」
未だに桐乃は無言で、随分となげえなと思っているときに、こいつは何故か寝返りを打ち、俺の方に体を向けてくる。
京介「……!」
親って付き合ってたこと知ってたんだっけ?
この馬鹿妹! 動くんじゃねえよ! アホ!
布団の中で、俺と妹は正面から密着している訳だ。 なんで!?
一応まだ耐えられているが、これが何分も続いたらぶっちゃけ耐えられん。 もしそうなったとしたらほぼ確実に桐乃からは白い目で見られ、散々罵倒されるのだろう。 最悪だ。
つうか、こうなったのもこいつの所為じゃねえかよ! どうにかしてくれ!
なんてそんな風に思っても、事態は何一つ解決しない。 俺に出来ることと言えば、この状態を耐え抜く事だけだ。
京介「……」
桐乃「……」
まだなの!?
もう5分は経っただろ? まだ駄目なのかよ。
そして俺は再度、桐乃の横腹を突付く。
桐乃「ひひっ!」
やっぱ面白いな、こいつ。
そして桐乃はというと、今度は抓ることはしないで、俺の脇腹を突付いてきた。
京介「っ!」
その仕返しに俺はやけになり、今度は脇腹をくすぐる。
桐乃「……ちょ……くくく」
体を震わせながら、桐乃はなんとか耐えているようだ。
こうして、俺と妹の布団の中での攻防は、約三十分ほど続いた。
京介「……あっちい」
桐乃「……あんたがいつまでも出てこないからでしょ」
俺が桐乃の脇をくすぐった辺りで、ついに桐乃は観念したのか、俺をベッドの上から蹴り落とした。
その音で再度親父が来るんじゃねえかと思ったが、幸いにも風呂に入っていたのか、親父が部屋に来る事は無かったけども。
京介「つうか、お前なあ。 もう居ないって分かってるならとっとと教えてくれよ……」
桐乃「ふん。 まだ近くにいるからって思っただけだっつうの。 それにしてもあんたくすぐりすぎだから」
京介「お前が反撃しなきゃ、俺もあそこまではやらなかったって。 まあ、お互い様だろ?」
桐乃「てか、あんた顔真っ赤だけど大丈夫?」
京介「布団の中にずっと入ってりゃそうなるわ! そういうお前も顔真っ赤じゃねえかよ」
桐乃「そりゃ、ずっと布団の中で動いてたんだからそうなるっしょ?」
京介「……そうだな」
桐乃「……うん」
京介「あー。 んじゃあ、今度こそ俺は帰るぞ。 良いか?」
桐乃「おっけ。 様子見てくるから、また合図する」
京介「おう。 んじゃあまたな」
桐乃「……ふん」
桐乃はそう言い、部屋の外へと出て行く。
んだよ、可愛らしく「またね、お兄ちゃん」くらい言えって。 憎たらしい奴だ。
こうして、俺の悩みでもあった桐乃の今回の相談だったが、無事に解決したという事である。
まあ、桐乃が言っていたステッキを手に入れるまで、なんとも言えねえけど。
第十話 終
以上で本日の投下終わりです。
乙、感想ありがとうございます。
>>548
両親は知らないですね。
乙
野暮なことだがこのくらいの用件ならメールか電話でよかったんじゃ…と思ってしまう
用事にかこつけて会いたかったんだよ言わせんな恥ずかしい
こんにちは。
>>558
その件は>>559さんが言っている感じですね。
メールや電話ではなくて、その日の内にどうしても会いたくてわざわざ危険を冒して家に呼びました。
京介の家に行くのでは無く、自分の部屋に呼んだのも色々な想いがあってのことです。
では、投下致しますー。
「申し訳ありません。 一番くじ完売いたしましたー」
「うああああ!! またかよ!!」
と、俺と同じ様に落胆するオタク軍団。 それを聞いて一瞬で現実に戻される。
京介「……何してんだ、俺」
というか、深夜のコンビニにこれだけ人が集まるって物凄い図だよな……このパワフルな方達の行動力には、時々驚かされるぜ。
一応、桐乃は「戦争」と表現していたことも過去にあったので、事前に一番くじとやらの事は調べたのだが、かなりの情報が飛び交っていた。
なんでも人気アニメともなると、深夜のコンビニでじゃんけん大会が始まったこともあるそうで……末恐ろしい。
それに桐乃は「くじを引く楽しみをあんたにあげるんだから、感謝してよね」とか言っていたが、兄として妹をこんな場所には絶対に送り込みたくない。 もし、あいつが行くと言ったら是非とも俺も付いて行きたい気分だ。
で、既に三件目になったんだが、さすがはヘビーな方達が集まるとだけあり、買い占めが多発している。 今のところ全滅である。
つうかさぁ。 これで本当に穴場なのかよ? ここら辺。
京介「っと! そんな事考えている場合じゃなかった!」
俺は急いで店から出て、地図を開く。
ご丁寧にも桐乃がここら辺一帯のコンビニの場所をマークして渡してくれたのだ。 優しい心遣いに涙が出るぜ。
……なんか、違う種類の涙も出てきそうだけどな。
そういう訳で、現在俺は深夜の千葉町中を走り回っている。
この地図はロードマップ的な感じになっていて、次にどのコンビニに行くのが手っ取り早いのかを教えてくれている。 最初の一件目を視界に入れたとき、人が沢山並んでいたのは本当に衝撃的だった。
京介「ええっと……次はあそこか!」
腕時計で時刻を確認すると、既に0時30分。 開始からもう三十分経ってんのか!? やべえ、このままだとマジで買えないかもしれん!
気持ち、足を早め、コンビニへと入る。
京介「すいません! メルルの一番くじ!」
中に居た一般の客達が何事かと俺の方に視線を集中させる。 ええい、こんなのはもう慣れた! 知り合いに会うことだけは避けたいが、この際そんなのはもうどうでも良い! 後からいくらでも言い訳なんて出来るからな!
「も、申し訳ありません。 一番くじは売り切れてしまいまして」
だからはええんだよ! なんでもっと用意しておかねえんだ!
俺の形相に、店員が若干引き気味に答えていた気がするが、気にしない。
俺は店員の言葉に返事もせず、店を後にする。
くそ! 次だ次!
とぼとぼと歩く。 結果だけ言おう。 全滅だった。
京介「……おいおい。 どんな顔して報告すりゃ良いんだ、これ」
ちっくしょー。 悔しいぜ。
辺りはまだ薄暗い。 時刻は午前6時。 約6時間の無駄足だったってことか。
もうコンビニマスターになれるんじゃねえかな。 一帯というか地元から結構離れた場所も踏破しちまったよ。
こんな休日の初っ端に、なーにやってんだかな……俺は。
京介「はあ」
溜息を吐きながら、携帯を見つめる。
さて、どう言った物かね。 あいつ、すっげえ楽しみにしていたのによ。
そんな風に悩んで、電話帳から桐乃の名前を出しては消してを繰り返していたとき、携帯が鳴る。
俺は反射的に、それを取っていた。
「ね、ね! どうだった!?」
その声が、今の俺にとっては何よりも辛かった。
京介「いや……その、だな」
「ひひっ。 焦らさないでよ~。 早く見たいんですケド!」
朝っぱらから元気な奴だな。 こいつ、休みだからって寝てないんじゃないのか?
……まあ、言わなきゃいけねえよな、さすがに。
京介「桐乃、すまん!」
京介「全部売り切れててよ、買えなかった……悪い」
「……」
少しの沈黙の後、先程までの元気の良さは桐乃から消えていて、電話の向こう側で落ち込んでいるのが俺にも伝わった。
「そっか。 ダメだったかぁ……」
京介「お前が教えてくれたとこ、全部回ったんだけどな……ごめん」
「良いって良いって。 気にしないでよ」
桐乃が強がってそう言っていたのは、俺には分かる。
京介「……桐乃」
そしてその時俺がどう思って、どうしたいのかなんてのは、もう分かりきっている事だった。
京介「桐乃、もうちょっと待っててくれ」
「……へ?」
京介「他の場所を探してくる。 東京とか、そっち方面も」
「ちょ、さすがにそこまでしなくて良いって! 今から行ってもあるワケ無いじゃん!」
京介「始まる時間って、その場所によっても違うんだろ? なら、まだ諦めるのははえーだろ」
「……でも」
京介「お前は!」
京介「……お前は今日、笑うはずだった。 笑顔になるはずだったんだよ。 だから、そんな悲しそうな声を出すんじゃねえよ。 俺が必ず、取ってきてやるから楽しみして待ってろ!」
「京介……」
京介「俺を舐めるんじゃねえ! 今日中に必ず持っていく。 惚れ直させてやるよ。 へへ」
俺が冗談交じりでそう言うと、桐乃は最後に。
「……もう充分惚れてるっつうの。 ふん」
よっし。 待ってろよ、メルルステッキ! 俺が必ずゲットしてやる!
そう意気込み、まずは駅へと向かう。
時間はたっぷりとあるんだ。 俺は諦めねえぞ。 何より、あいつと約束したからな。
それから昼頃まで、東京やその近辺のコンビニを歩き回る。 さすがに大人気アニメとだけあり、中々うまくは目的の物が手に入らない。
運良く、くじが残っているコンビニもあったが、それらは既に今回の目的でもあるメルルステッキが無くなっている後だった。
京介「ちっくしょー!」
今現在は秋葉原。 お馴染みのメイドカフェで休憩中。
京介「……ええっと。 回って無いのは後どこだ?」
途中で寄ったコンビニで周辺の地図をプリントしておいたので、大体の場所は分かる。
行った場所は塗りつぶし、他を確認。
京介「まだ結構あるな。 一つくらい残ってれば良いんだが……」
……よし、もう少しだけ休んだら、また探しに行こう。
そう思い、コーヒーを飲む。
「おや。 京介氏ではありませんか?」
この声は。
後ろを振り向くと、そこにはぐるぐる眼鏡のいかにもな格好の桐乃の友達でもあり、俺の友達でもある沙織が居た。
京介「沙織か! 偶然じゃねえか!」
この状況で沙織に会えたのは正直言って助かった……こいつなら、その辺の事情に詳しそうだしな。
沙織「ええ、何たる偶然。 運命を感じますなぁ」
沙織「それにしても京介氏、今日は見たところお一人の様ですが、何用でこんな所まで?」
京介「俺が趣味でここまで来ると思うか? いつものパターン……みたいなもんだよ。 大体な」
沙織「ふむ。 なるほどなるほど。 きりりん氏関係でござるな」
京介「ま、そんな所だ」
沙織はさぞ愉快そうに笑い、俺の正面へと腰を掛ける。
そして、テーブルの上に広げていた地図に視線を落とし、得心がいった様な顔をして口を開いた。
沙織「この地図は……ははーん。 大体の事情は分かりましたぞ」
なんでこの地図を見ただけで分かるんだよ……こいつ、エスパーなのか?
沙織「ええ。 きりりん氏、京介氏、そしてこの地図」
沙織「それだけあれば、簡単な話ですな。 ずばり」
沙織「一番くじ、ですかな?」
マジで当てやがったよ、こいつ。
京介「……恐れ行った。 正解だ」
沙織「そして目当てといえば、A賞のステッキ……と言った所ですな。 それはまた随分と難題を請け負った物ですなぁ」
京介「難題って……そんな人気なのか?」
沙織「それはもう。 くじにしてはかなり豪華な賞品ですので。 それに加え実物大と再現度。 数にも限りがある。 これはもうファンにとっては至高の一品ですぞ?」
そこまですげー物だったのか。 あのステッキがねぇ。 とことん分からない世界だぜ。
京介「最初は地元……千葉の方を回ってたんだが、全滅でな。 遠路はるばるここまで来たんだよ」
沙織「ふむう。 確かに向こうの方は最近までは穴場だったのですが、ネットで情報が出回るようになって結構な知名度となっておりますから」
この手の情報は、沙織の方が桐乃よりも数倍詳しそうではあるし、そういう事ならあのファンの数は納得が出来る。 思い返してみても、やっぱり穴場って感じでは無かったしな。
京介「んで、折り入って相談なんだが……今からでも、A賞のステッキがありそうなところってあるか? こっちで何件も回ってるんだけどさ、中々見つからないんだよ」
沙織「ふむ。 あるにはあるのですが……その前に、京介氏に少しお願いしたい事があるのですよ。 よろしいか?」
京介「交換条件ってことか。 いいぜ、任せろ」
沙織「助かりますなぁ。 拙者一人じゃ、どうしようも無かったところなので」
京介「で、このアルバイトね……」
俺の隣では眼鏡を外し、メイド服を着た沙織が恥ずかしそうにしている。
メイド喫茶の客引きアルバイト。 それが、俺に沙織が出した条件であった。
沙織「ええ……一人ですと、その、恥ずかしくて」
相変わらず、めちゃくちゃキャラが変わる奴だな。
京介「なら、どうしてこんなバイトを受けたんだよ? 他にもあっただろ?」
沙織「うちの会社系列でして。 断ることも出来たんですけど、わたくしって恥ずかしがり屋ですので……それを克服、したいんですの」
なるほどねぇ。 こいつもこいつで、頑張っているんだな。
ちなみに言っておくが、俺はメイド服を着ている訳じゃないぞ? とは言っても私服の男がメイド服を着ている女の横に立っているとあれなので、今現在は執事っぽい格好をしているが。
京介「でもさ、お前って俺の引越しパーティの時は平気じゃなかったか? だから大丈夫だと思ったんだが」
沙織「そんな事はありませんよ。 あの時は、そこまで人数もいなかったので」
言われ、辺りを見回す。
ああ、確かにここだとあの時と比べ物にならない程に人がいるよな。
京介「……ま、俺に協力できる事ならやってやるよ。 今日の事に限らずさ。 気軽に言ってくれ」
沙織「はい。 ありがとうございます。 京介さん」
沙織は言いながら、にっこりと俺に笑顔を向ける。
沙織さん、それ割りと反則だぜ……
その後、数時間のアルバイトを終え、俺と沙織は再びメイド喫茶で打ち合わせ。
京介「お疲れさん。 どうだった?」
正面に座る沙織に声を掛けると、既にいつもの格好。 つまりはぐるぐる眼鏡にオタファッションの格好だ。
俺は未だに、執事っぽい格好である。 着替えるのが若干面倒だったので、先に休憩を取る事にした。
沙織「そうですなぁ。 もう少し積極的に出来れば良かったのですが……それでも、中々に面白かったでござる。 また、機会があれば京介殿とご一緒したい所存ですぞ」
俺から見たら、消極的なおどおどメイドさんが必死になっている姿は惹かれる物があったけどな。 そこら辺歩いている人らも同じ感想なんじゃねえかな? 事実、盛況っぽかったし。
ま、そう言ってくれるなら嬉しいよ。
京介「そうか。 んじゃあその時は声掛けてくれよ。 俺も結構楽しかったからさ」
沙織「合点承知。 しかし、京介氏」
京介「ん?」
沙織「そのお姿……中々に決まっていて、案外似合っておりますぞ?」
京介「……ほ、ほう。 本当か?」
沙織「おやおや、嬉しそうな顔ですな」
京介「ま、まあな。 褒められて嬉しくない奴はいねえと思うぞ」
沙織「では! 京介氏」
沙織「記念に一枚、撮っておきましょうぞ」
言うと同時、沙織は俺にカメラを向けて写真を一枚撮る。 咄嗟の出来事だったので、ポーズを決めたりだとか全く出来なかったんだが!
京介「……せめて、撮る前に声掛けてくれよ。 なんも決まってねえだろ、それじゃ」
沙織「いえいえ。 人間、自然な姿が一番ですぞ?」
言いながら、沙織は先程撮った写真を俺に見せる。
京介「自分の写真を見ても、すげえコメントし辛いが」
沙織「はっはっは。 まあ、少なくとも拙者から見た限り、かなりの出来ですな」
京介「そりゃ良かったよ。 んで、沙織」
京介「一番くじの件なんだけど」
沙織「……はて。 なんの事ですかな?」
京介「おい?」
俺が少しだけ苛立ちながら言うと、沙織は眼鏡を外し、口を開く。
沙織「さすがに冗談ですよ。 京介さん」
沙織「ご気分を害されたのなら、申し訳ありません。 きりりんさんの事、大事なんですね」
京介「……そりゃ、まあな」
沙織「ふふふ。 約束は忘れていませんよ。 付いて来てください」
沙織はそう言うと、席を立ち上がりすたすたと歩き始める。 が、何かを思い出したのか、俺の方に振り返り、口を開いた。
沙織「その前に、そろそろ着替えられてはどうでしょうか?」
京介「……それもそうだな」
すっかり忘れてた。 あんまり道草を食っていてもあれだし、とっとと着替えてしまおう。
着替え終え、沙織に案内された場所は、いつか乗った事があるマスケラのワゴンだった。
京介「えっと……? 車で移動すんの?」
沙織「まさか。 そうでは無くてですね」
沙織はそんな事を言いながら、ワゴンの中から何かを持ってきた。
沙織「実はですね。 わたくしも本日の一番くじは参加しておりましたので。 これ、差し上げますわ」
沙織はそう言うと、俺が探しに探しまくったメルルのステッキを手渡してくる。
京介「お前、これ……」
沙織「遠慮なさらないでください。 本日お手伝い頂いた分の、ささやかなお礼ですので」
京介「けど、これってすげえレア品なんだろ? 悪いだろ、さすがに」
沙織「大丈夫ですわ。 もう一本ありますし」
沙織はそう言うと、車の中から本当にもう一本のメルルステッキを取り出す。
恐れいったぜ。 俺なんかよりもよっぽどパワフルじゃねえか。
京介「でも、なんか悪いな……」
沙織「京介さん。 わたくし、今日の事は本当に感謝しているんですよ? 一人だと、絶対にうまくは出来ませんでした」
沙織「ですので、受け取ってください。 きりりんさんの為にも、持って行ってあげてください」
京介「そっか。 ありがとよ、沙織」
沙織「いえいえ。 また何かありましたら遠慮無く頼ませて頂きますので、その時はどうか宜しくお願いしますね」
京介「……おう。 任せとけ!」
こうして、俺がメルルのステッキをゲットしたのが夕方の六時頃だった。
実に十八時間探し続け、ようやく手に入れたそれは、確かな重みのある物で、思わずにやけてしまう。
そんな感覚に襲われている所、急にパシャリとの音が聞こえてきた。
沙織「ふふ。 嬉しそうで何よりです」
京介「おま、だから写真を撮る時は言えって……」
沙織「自然な表情が一番ですのよ。 ほら」
京介「……どうだかな」
まあ、沙織が見せてきた写真の俺は、本当に嬉しそうな表情をしていたが。
夜の七時頃、ようやく俺は地元へと辿り着く。
メルルのステッキをそのまま持ち歩く訳にはさすがにいかないので、でかい袋で隠しながらの帰り道だ。
桐乃には一応、何とかゲットできたとの報告をメールでしておいたのだが、返事は返ってきていない。
まあ、あいつもずっと起きていたみたいだし、疲れて寝ているのかもしれねえな。 明日にでも渡せば良いか。
そんな風に考えながら、一人暮らしのアパートへと到着。
ドアの前に着き、カバンから鍵を取り出す。
その時、視界が少しだけぶれて、鍵を取り落としてしまった。
京介「……やべ。 すっげえ疲れた」
夜中からずっと動きっぱなしだったので、もうかなりふらふらである。 汗が気持ち悪いので風呂にとっとと入って寝よう。 飯は……今日は良いか。
地面に落ちた鍵を拾い上げ、ドアを開け、ようやく引っ張るとガタンという音と共に、途中でドアが止まる。
京介「あん?」
何でチェーンが掛かってんの? これ。
「お! 帰ってきたきた! 待っててね、今開けるから」
……何で桐乃の声が中からするんですかね。
俺はもう考えるのも面倒になり、素直にドアを一旦戻す。
程なくして、チェーンを外す音と共にドアが開かれた。
桐乃「おかえり! メールみたよ!」
はは、すっげえ嬉しそうな顔だ。
京介「おう。 しっかりゲットしたぜ」
そういって、桐乃にそれを見せる。
桐乃「メルルステッキきたああああ!! 待ちに待った! メルルちゃあああん!!」
桐乃「ふひひ。 しゅごーい!」
おい騒ぎすぎだ。 時間考えろ馬鹿。
京介「一応言っとくけど、それは沙織がくれた物だからな。 後でお礼言っとけよ?」
桐乃「うん。 分かってるって」
桐乃は俺の方を見ず、そりゃあもう嬉しそうにステッキを眺めている。
ま、良かった良かった。
そんな事を思いながら、居間まで歩き、座り込む。
桐乃「なーにしてんの。 お風呂作っといたから、入っちゃいなよ」
京介「……なんだ、気が効くじゃねえか」
桐乃「そりゃ……まあね」
嬉しいじゃねえの。 素直に好意は受け取っておこうか。
んで、風呂にゆっくりと浸かり、再び居間。
京介「ふう。 あ、つうかさ、桐乃」
桐乃「んー?」
京介「お前、どうやってこの部屋入ったの?」
桐乃「ああ、それね。 この前来た時、鍵一つもらっといたから」
桐乃は言いながら、指で摘んだ鍵を見せる。
京介「すっげえナチュラルにぱくっていくんじゃねえよ……」
桐乃「ダメ?」
京介「……別に良いけど」
桐乃「ひひ。 なら良いじゃん?」
それだけ言うと、桐乃は再び手に持っている戦利品に視線を戻す。
戦利品……メルルステッキをニヤニヤと笑い、若干よだれを垂らしそうな勢いで眺めている。 ぶっちゃけキモイ。
俺はそれを見て、ある事を思い出した。 そうか、これが沙織の言っていたやつなのかもしれない。
テーブルの上に置いてあった携帯を取り、桐乃に向けて。
カシャリ。
桐乃はその音を聞き、俺の方へと顔を向ける。
桐乃「なに盗撮してんの!?」
京介「と、盗撮じゃねえよ! アホ!」
桐乃「あんた……写真撮るならせめてひと言断ってからにしてくれない!?」
京介「はは。 沙織曰く、自然な表情が一番良いらしいぜ?」
そう言いながら、俺は今撮ったばかりの写真を表示させる。
……なるほど。 確かに沙織の言うとおりだな。
桐乃「け、けどさあ!」
京介「わーったよ。 じゃあもう一枚撮るから、ポーズ決めてみろよ」
俺がそう言うと、桐乃はすぐさまステッキを構え、ポーズを決める。
さすがはモデル様。 ステッキだけ見たらどう見ても子供向けの物なんだが、妙に似合ってやがる。
別に桐乃が子供っぽいとか、そういう訳ではないのにな。 どういう風に持って、どういう感じで決めれば見栄えが良くなるのか分かっているのだろう。 すげえよ、本当に。
京介「んじゃ、撮るぞ」
そう言い、俺はもう一枚写真を撮った。
桐乃「ちゃんと撮った? 見せて見せて」
桐乃は俺の方に駆け寄ってきて、横から携帯を覗き込む。
桐乃「うは! ちょーかわいい!」
……まあ俺もそうは思ったが、自分で言うのかよ、それ。
桐乃「ねね、折角だし一緒に一枚撮ろうよ」
京介「俺とお前で?」
桐乃「他に誰もいないっしょ。 それともこのアパートって幽霊でもいんの?」
京介「……居ないと思いたいな、それは」
桐乃「んじゃほら、はやくー」
桐乃はそう言って、俺の手を引っ張り立たせる。
京介「分かった分かった! お前のスマホで撮んの?」
桐乃「うん。 タイマーにしてセットするから、そこ居てね」
へいへい。 ぶっちゃけるとすぐにでも寝たかったけど、まあ明日ゆっくりと休めばいいか。
今日くらい、桐乃に付き合っても良いだろう。 こんだけ嬉しそうなこいつを見るのも中々珍しいしな。 と思い、桐乃に指定された場所に立つ。
桐乃「よし。 三十秒後ねー」
桐乃は器用にスマホをセットし、俺の横に並ぶ。
……お前、くっつきすぎじゃね?
そんな俺の考えも無視され、ピッピッピッという音と共にカウントが始まった。
京介「……三十秒って長いな」
桐乃「うっさいな。 あたしも今そう思ってた」
ならうっさいとか言うなよ! 傷付くぜ、全く。
京介「良かったよ、それ。 必死に取ってきた甲斐があったってもんだ」
俺は桐乃が手に持っているステッキを指して、言う。
桐乃「……ちょー欲しかったしね。 あんたにも貸してあげる」
だからいらねえって!! 俺に貸してもらっても使う気皆無だからな!?
そんな会話をしている内に、定期的に鳴っていた音が早まってくる。
京介「そろそろじゃね?」
桐乃「うん。 あと十五秒かな」
ふうん。 音で分かるってすげえな。
ピピッ、ピピッ。 という音を立てながら、ゆっくりとカウントがされる。
桐乃「あ。 そだそだ」
京介「あん? 今になってなんか思い出したの?」
桐乃「うん。 ちょー大事なこと思い出した。 思い出したっていうより、言う気になった」
京介「……それって今かよ。 もうカウント終わっちまうぞ」
そんな俺の言葉を無視し、桐乃は正面を向く俺の方を向き、口を開く。
桐乃「京介。 今日は本当にありがとね。 すごくすっごく嬉しかった!」
京介「おま! 急にどうしたの!?」
俺が驚き、桐乃の方を向くと。
桐乃の顔は、すぐ目の前にあって。
桐乃はそのまま、俺にキスをしてきた。
それと同時に、シャッター音。
桐乃「ふひひ。 仕返し!」
京介「お、お前なあ!」
桐乃はニヤニヤとしながらスマホを取り、今撮ったばかりの写真を俺に見せてくる。
桐乃「どうかな。 これなら、せなちんにも勝てるっしょ?」
桐乃「どーする? 見せびらかす?」
果たして桐乃は狙ってやったのか、たまたまそうなったのかは分からないが、ばっちりと俺と桐乃のキスシーンが写真に収められていた。
京介「……いや、誰にも見せんな。 絶対に」
桐乃「おっけ。 んじゃそうしとく」
桐乃はそう言うと、大切そうにスマホをカバンへとしまう。
桐乃「……これで今回のことでお礼を言うのは最後。 しっかり聞いときなさいよ」
桐乃「ありがとう、京介」
桐乃がどんな顔を俺に向けていたのかなんてのは、それこそ説明する必要なんて無いだろう。
こういうときのしめ方は、もう分かるよな?
俺の妹がこんなに可愛いわけがない。
第十一話 終
以上で第十一話終わりです。
以下おまけ。
あの馬鹿。 本当に東京まで行くなんて……
ほんっとシスコンすぎだっつーの。
……でも、何だろうな。 すごく、優しい気持ちになってくる。
安心するような、嬉しいような、それとも別の感情? 分からないケド。
そりゃ、あいつの事は好き……だけど。 それとも少し違う感情な気がする。
そんな事を考え、ベッドの上でゴロゴロ。
京介が電話で東京に探しに行ってくると言ってから、もう結構な時間が経っていた。
桐乃「……なにしてんのよ。 チッ」
あたしはさ。
メルルのステッキも、そりゃあ……ちょー欲しいケド。
でもそれと同じくらいに、もしかしたらそれよりも大事な物だってあるのに。
なのに、あの馬鹿は。
……はあ。 いつ、帰って来るんだろう?
もう夜になりそうだけど、大丈夫なのかな。
うー。
そんなことが頭の中に浮かんできては消えていく。 モヤモヤした気持ちに若干イライラしてきたとき、点けっぱなしだったパソコンから音が鳴り響いた。
これって、チャットの招待が来た時の音じゃん。
誰だろ? 黒猫? 沙織?
ベッドの上からのそのそと移動して、画面を確認。
そこには、先程頭に浮かべた二人の内の一人。 沙織からの招待が届いていた。
桐乃「……することないし、いっか」
パソコンの前に座り、沙織からの招待に参加を押す。
いつも通り、画面に見慣れたチャット画面が表示される。
18:13 きりりん@馬鹿が東京に旅立った件 さんが入室しました。
18:14 きりりん@馬鹿が東京に旅立った件 さんの発言:どしたの? 次のオフでも決まった?
18:15 沙織バジーナ さんの発言:いえ、そういう訳ではありませんの。 きりりんさんに見せたい物がございまして。
18:16 きりりん@馬鹿が東京に旅立った件 さんの発言:あたしに? なになに?
そう言うと、沙織から二枚の画像が送られてくる。
一枚目。 何故か執事の格好をした京介の写真。
二枚目。 メルルのステッキを持って、ニヤニヤと笑っている京介の写真。
ウソ。 あいつ本当に取ってくれたんだ。
18:19 きりりん@馬鹿が東京に旅立った件 さんの発言:な、なに見せてんの!? こんなの見せてどうすんの!
18:21 沙織バジーナ さんの発言:あら? きりりんさん、喜ぶと思って送ったのですが……嫌でしたか?
18:23 きりりん@馬鹿が東京に旅立った件 さんの発言:喜ぶワケないっしょ! こんなの。
18:25 沙織バジーナ さんの発言:そうでしたか。 いらぬお節介でしたね。 ですけど、きりりんさん。
18:26 沙織バジーナ さんの発言:京介さん、とても喜んでいましたよ。 写真を見て頂ければ、分かると思いますが。
18:26 沙織バジーナ さんの発言:きりりんさんの為に、真剣に頑張っていました。 それは、認めてあげてくださいね。
18:28 きりりん@馬鹿が東京に旅立った件 さんの発言:ふん。 あたしの為に働けて感謝して欲しいくらいだっつーの。
18:29 沙織バジーナ さんの発言:そうでしたか。 ところできりりんさん、話が変わってしまうのですが……京介さんは結構前にわたくしと別れましたので、そろそろ家に着くころかと思いますよ。
18:29 きりりん@馬鹿が東京に旅立った件 さんの発言:へえ、んでそれがどうかした?
18:30 きりりん@馬鹿が東京に旅立った件 さんの発言:あ、ごめん! ちょっと用事できたし、落ちるね。 また明日。
18:30 沙織バジーナ さんの発言:ふふ。 行ってらっしゃい。
急いで着替えを済ませる。 あの馬鹿は本当にほんっとーにホントに!!
あいつの家の鍵を机の引き出しから出して、階段を下りる。
桐乃「お母さん、ちょっと友達の家に忘れ物しちゃったから、取って来るね」
佳乃「あら。 もうすぐご飯よ?」
桐乃「あー。 今日はいらない……っての、アリ?」
佳乃「仕方ないわね。 お父さんには上手い事言っておくから、気を付けてね。 あやせちゃんのお家?」
桐乃「ううん。 違う友達。 黒いのとか、沙織とか、そっち系の友達」
京介の事を友達だというのには、少し胸が痛む。
いつか、堂々と言える日は来るのだろうか?
……無理だよね。 さすがに。
佳乃「趣味のお友達のことね。 それにしてもこんな時間から?」
桐乃「うん。 大事な物、すごく大事な忘れ物だから」
佳乃「そう。 分かったわ。 行ってらっしゃい」
桐乃「うん。 行ってきます!」
靴を履き、家を飛び出す。
必死に走って、走って、走る。
あいつの家なら、あたしが本気で走ればそこまで時間は掛からない。
……あんな嬉しそうに笑って。 馬鹿じゃん。
ありがとう。 ありがとう。 ありがとう。
桐乃「ありがとう。 京介」
よし。
しっかりと、言葉にして伝えよう。
うまく言えるか、分からないけど。 しっかり伝えないと。
……ああ、何だか顔が綻んでしまう。 だらしない顔になっていそうで、あいつが戻ってくる前にしっかりしないと。
本当に、無茶しすぎなんだって。
ばーか。
第十一.五話 終
以上で本日の投下終わりです。
乙、感想ありがとうございます。
この出来なら纏めて同人誌か何かにすればイベントに持って行っても売れるレベルだと思います
つまり何がいいたいのかと言うエタらず続けて下さい(懇願
原作一冊分になりそうな量だな
面白いし応援してます
当然まだ続きますよね?
乙、感想ありがとうございます。
>>636
ありがとうございます。 そう言って頂けるととても嬉しいです。
完結まではしっかり書き切るので!
>>638
まだ続きます。 折り返しくらいはしていると思います、たぶん。
こんにちは。
乙、感想ありがとうございます。
投下致します。
「あ、あなたって人は……一体何を考えているの!? 正気!?」
「はぁ? だって、これって今入れるのが良いんじゃないの? そう書いてあったんですケド」
「どこの世界にカレーに角砂糖を入れる文化があるというの!? あなたが見たという本を見せて頂戴!!」
先程から、台所の方でなにやら怒鳴り声が聞こえて来る。
それを聞きながら、俺は隣に居る沙織と顔を見合わせ、苦笑い。
京介「……安心しろ、沙織。 黒猫が付いているから大丈夫なはずだ」
沙織「はっはっは。 心配ご無用。 拙者、コンビニでお弁当を買ってあります故」
てめえ、食う気ゼロじゃねえか!? つうか準備良いな! 俺の分もくれ!
……いや、妹の手料理とかマジで嬉しいけどさ。 さすがに週に何回も食ってたら体が持たないだろ? そ、そうだ。
俺が体を壊してしまったら、誰が桐乃の料理を食べるというんだ! 犠牲になるのは俺だけでいい! だから沙織さん、俺の分の弁当も。
「あんたなにしてんの? うっはー。 ばかじゃん?」
「あ、あなたねえ……カレーを正しく作ってそこまで莫迦にされたのは初めてよ……怒りを通り越して、尊敬してしまいそうになるわ」
……はあ。
週末である今日は、俺が住むアパートで黒猫が料理を振る舞う日となっていた。
が、当日になって桐乃が「あたしとあんた、どっちが料理上手いか勝負しない?」と何やら血迷った事を言いやがってだな。
結果なんて、見ずとも分かるだろ? 最初は軽く簡単に作れるポテトサラダを二人が作ったんだけど、片方はポテトサラダで、もう片方は生じゃがいもだった。
どっちがどっちなんて、言う必要もねえか。 んで、今に至る。
詳しく説明すると、それで黒猫が桐乃のことを散々煽り、最終的に桐乃がぶちキレて「あたしの料理はいくら不味くても、京介は食べてくれるから構わない」みたいな事を言い始めて(実際には奴隷だとか、そんな不穏な単語が聞こえていた。 俺の変換で都合良く解釈した)それを黒猫が鼻で笑って……
つうかな、確かに俺は食べるぜ? そりゃ折角作ってくれたのを残すのはあれだしね。 けど俺だって早死にはしたくねえんだよ。 改善されるなら改善して欲しいってのが正直なところだ。
それをすんげえオブラートに包んで、もう包みすぎて何が込められているか分からないくらいに包んで、桐乃に説明して、んでそれなら仕方ないという事になって。
そうして、黒猫に料理を教えてもらうって過程になった訳だ。 ここに至るまでに、かなりの苦労をして、かなりの労力を使ったのは言うまでもないことだろう。 俺、グッジョブ。
「も~~~~~~やってらんない!! 大体なんであんたなんかに料理を教えてもらわないといけないワケ!?」
「……はんっ! いいわ。 私も丁度そう思っていたのよ。 マル顔鳥頭に料理を教えるのは無理ってことね」
「あ! あんた! 今マル顔っつった!?」
……喧嘩になってるしよぉ。
つうか、鳥頭には突っ込まないのかよ。
京介「ったく。 なんで毎回毎回こうなるんだよ」
沙織「仲が良いからだと思いますぞ。 お二人とも、本心から言っている訳でも無いかと」
京介「そりゃ……分かるんだけどな」
沙織「なら、拙者たちは大人しくここで待っているのが一番ですな」
京介「……大丈夫かね、ほんとに」
沙織「恐らく」
恐らくかよ。
京介「しっかし、あいつもあんだけ嫌がってるのになんで料理の練習なんてするんだか。 分からねーやつだ」
沙織「……京介氏も大概ですな」
京介「ん? なんか言ったか?」
沙織「いえ、なんでもござらん」
ニタニタと笑う沙織を見て、なんだか馬鹿にされている様な気分になる。 何故だ……
「あら、あなたも多少は分かって来たじゃない。 まあ、私の足元にも及ばないけれど」
「ふん。 確かに今はそうかもしんないケド……精々今だけふんぞり返ってれば?」
そんな会話を聞いて、俺と沙織は再度顔を見合わせる。
何を言おうとしているかなんてことは、言葉にせずとも分かった。
ほら、仲が良いでしょう? って事だな。
全くその通りだぜ。 これなら心配いらねえな。
それから待つ事数十分、ようやく黒猫と桐乃が居間に戻ってくる。
黒猫「なんとか出来たわ。 少々時間が掛かってしまったけれど」
桐乃「明らかにこのビッチの所為で遅くなりました~(笑)って感じでこっちみんのやめてくんない?」
黒猫「あら? 私はビッチなんて言葉、今この時は思ってもいないわよ? ああ、そうね。 ひょっとしてあなた自覚があったのかしら?」
桐乃「はぁ!? あたしは純粋だっつうの。 それよりあんたの方がビッチなんじゃない? えーっと、なんだっけ」
桐乃「確か「この男の魂は、わたしの所有物なのだから。永遠に」とか言ってたらしいじゃん? ぷっ」
桐乃「魂(笑)所有物(笑)」
黒猫「あ……あなた、言ってはならないことを……」
桐乃「んでんで~。 その結果どうなったの? 知りたいなぁ~? きりりん気になるぅ~」
黒猫「わ、わたしは別に……」
いつまで喧嘩してんだよ……つうか、桐乃はさすがに言いすぎだろうが!
京介「おい、お前らその辺でやめ--------------」
そう言いかけた所で、黒猫が急に声を張り上げた。
黒猫「我の名は闇猫! あっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
……壊れた?
黒猫「わたしは! あなたと京介がどんな関係でも構わない! たとえどんな変態プレイをしていたとしても関係ないわ!」
黒猫「あなたが京介にピーしてピーされてピーとなっていたとしても! わたしはあなたを愛せるわ! 桐乃!」
一応ここ、お隣さんとかいるんだから卑猥な言葉を大声で言うんじゃねえよ、こいつ。
というか、なんか方向性がおかしくなっている。
黒猫「逆でもそうよ! 京介があなたにピーされてピーといわされてピーを強要されたとしても! わたしはあなたを愛せるわ!」
思いっきり百合発言に聞こえるけど、大丈夫か……?
つうか、俺は冷静に分析しているが、顔真っ赤。 勿論、桐乃の顔も真っ赤になっている。
桐乃「あ、あああああああああんた! な、なああにいってんの!?」
黒猫「我の名は闇猫! あっはっはっはっはっはっは!」
桐乃「あ、あたしはそんなヘンなこと望んでないしっ! 普通で充分だっつうの!」
桐乃は真っ赤になって黒猫が先程口にした卑猥な単語を否定するが、普通で充分ってお前。
京介「……沙織、俺は今すぐにでもこいつらを追い出したいんだが」
沙織「はっはっは。 拙者も同じ事を考えておりましたぞ」
沙織にここまで言わせるってのが、どんだけのことなのか、分かるよな?
沙織「ですが、まあ……このまま追い出したら、それこそ捕まりかねませんから。 宥めましょう」
沙織は言い、立ち上がる。
俺もそれに習い、渋々この馬鹿たちを宥めることにした。
京介「……んで、落ち着いたか?」
黒猫「え、ええ……醜態を晒してしまったわね」
京介「桐乃は?」
桐乃「……ふん」
京介「落ち着いたかどうかって聞いているんだが」
桐乃「チッ……落ち着いたっつうの」
京介「……まあ、良いけどよ」
京介「頼むから、時間とか場所を考えてくれよ。 迷惑すんのが俺だけなら別に良いが、沙織も折角来てくれているんだしよ」
黒猫「……申し訳ないわ」
桐乃「……ごめん」
京介「俺にじゃなくて、沙織に謝れって。 それとお互いにも」
俺がそう言うと、二人は小さく頷き、沙織と互い同士に謝る。
ったく。 どうしてもっと静かに仲良く喧嘩できねえのかね。
仲良く喧嘩ってのもおかしな話だがな。
沙織「いえいえ。 これもまた、拙者の楽しみの一つですので、気にしないでくだされ」
二人に謝られた沙織は、そんなことを言う。
こいつもこいつで、たまには怒って良い物を。 前に俺って聖人じゃね? とか思ったが、よっぽどこいつの方が聖人だな……
沙織「では、気を取り直して食事にしませんか? 折角、お二人が作ってくれたカレーがあることですし。 正直さっきから待ちきれないんでござるよ」
京介「そうだな。 俺も腹減っちまったよ」
黒猫「……そうね。 今用意するわ」
桐乃「ん。 あたしも手伝う」
黒猫と桐乃が、そう言いながら立ち上がり、台所へと向かう。 その背中に向け、沙織が何かを思い出したのか、声を掛けた。
沙織「っと! その前に、黒猫氏ときりりん氏には約束がありましたなぁ」
黒猫「……約束?」
沙織「忘れたとは言わせませんぞ? きりりん氏は覚えている様子ですが」
沙織の言葉に、桐乃は顔を赤くし、肩をぷるぷると震わせている。
俺には全く話の流れが分からないが……何かを企んでいるのだろうか、こいつら。
黒猫「ま、まさか……くっ。 仕方ないわね。 約束を守れなかったのはわたし達なのだから、罰は受けるわよ」
沙織「左様ですか。 では京介氏、出て行ってくだされ」
京介「へ? 俺、ここも追い出されるの……?」
実家から追い出され、その引越し先でも追い出されるのか!?
沙織「一時的に、でござる。 さすがに拙者、そこまで酷い仕打ちは致しませんぞ」
京介「そ、そうか……でも、なんで?」
沙織「……女子の着替えが見たいのですかな?」
何でも、事前チャットで話し合っていたらしい。
桐乃と黒猫が喧嘩をした場合、罰ゲームだと。
あいつら、すっかり忘れていたんだろうな……会って数分もしない内に喧嘩し始めたし。
で、その罰ゲームの内容がメイドコスプレという訳で、俺は追い出されている。
沙織の奴も、あいつらが喧嘩するのは分かっていたのだろう。 しっかりと三着、持ってきているらしいし。
「京介氏ーもう大丈夫でござるよー」
京介「へいへい。 今行くわー」
つうか、どうせなら俺も漆黒のコスプレをしたかった物だ。 あれ着ると、ちょっと気分良いしね。
なんだこれは。 ちょっと待てよ……
おかしい、何がおかしいかって?
黒猫は前に一度見たメイド姿だ。 猫耳と尻尾が付いていて可愛い。
で、沙織は眼鏡を外している。 相変わらずの美人っぷりである。 メイド服も結構様になっているんだよな、こいつ。
そんで最後に桐乃。
京介「……何でお前も耳と尻尾つけてんの?」
桐乃「うっさい! 見んな!」
うお、いつもだったら少しびびっているところだが、猫耳の所為でなんとも言えない感じだ。
黒猫「わたしが説明してあげましょうか?」
京介「お、頼む」
桐乃「ちょっと! なに勝手に話し進めてんの!?」
黒猫「沙織。 そこの女を少しの間静かにさせておいて頂戴」
沙織「ええ、分かりました……という訳できりりん氏! 覚悟!」
途中で眼鏡を掛け、キャラを変える沙織。 眼鏡を掛けたら身体能力が上昇でもするのだろうか。
桐乃「ちょ、ちょっとあんたた----------」
途中で沙織が桐乃の口を抑え、声を遮る。
なんか、俺の方から見ると桐乃が暴漢に襲われているみたいな図だな……
かわいそうに。 ドンマイ。
決して声には出さず、頭の中で桐乃に同情しておいてやった。 ぶっちゃけいつものバチが当たったのだろう! はっはっは! ざまあみろ!
黒猫「さて。 ようやく静かになったわね」
京介「んで、なんで桐乃はあんな格好しているわけ?」
黒猫「前に、あの女が耳を頼んでいたのは知っているでしょう? わたし手作りの耳ね」
聞きようによっては恐ろしい台詞だな、なんか。
黒猫「それで、中々渡す機会がなかったから、今日持ってきてあげたのよ。 心優しいわたしはね」
狙ってたんだろうなぁ。 黒猫のやつ、顔がそう物語っているぜ。
黒猫「それで尻尾もついでに作っておいてさっき渡したのだけど、その場面をたまたま、本当に偶然沙織に見られてしまい……」
黒猫「どうせなら付けようと言うことで、ああなっているのよ」
そう言いながら、桐乃を指差す黒猫。 クスクスと笑いながら言う黒猫の顔は、すげえ楽しそうだった。
なるほどね。
桐乃「あ、あんたねえ! 大事なとこ省略しないでくんない!?」
沙織がようやく桐乃を解放し、溜まりに溜まった言いたい事を口に出す桐乃。
京介「ん? 大事なとこって?」
桐乃「う……それは」
黒猫「あっらあ? 言って良かったのかしら?」
桐乃「い、言い方があるっしょ! 京介! この黒いのがあたしのこと脅して、付けさせたんだって!」
京介「脅した……って。 マジ? 黒猫」
黒猫「ええ、そうよ」
京介「……お前なぁ」
俺の妹を脅してんじゃねえ! と言おうとしたところで、黒猫が急に携帯を落とした。
まるで、わざと落としたように。
黒猫「あら、いけない」
黒猫がそれを拾おうとしたところで、気付く。
京介「……黒猫、ちょっとそれ見せてくれないか」
黒猫「あら。 この携帯? 構わないわよ」
少しだけニヤケながら、黒猫は俺に携帯を手渡す。
京介「……これは」
やっぱりだ! 見間違いじゃなかった!
……なんて言ってる場合じゃねえええええええええよ!!!
京介「き、桐乃てめぇええええええええええええええええ!!」
黒猫の携帯には、俺が桐乃の制服を着ている写メが写っていたのだった。
桐乃「あ、あははははは……」
桐乃は冷や汗を掻きながら、後退る。 こいつがここまで焦るのって、相当珍しいな……
じゃねえ! なんてことしてんだお前!
京介「約束がちげえじゃねえか! 裏切りやがったな!」
桐乃「だ、だってぇ……それはぁ」
なんてぶつぶつと言い訳を始める。 こんのヤロ……マジ泣きたくなって来たぜ。
黒猫「この京介、ちょーかわいくない? ヤバイって!」
黒猫「欲しい? 欲しい? しっかたないなあ! 何枚かあるケド、あんたにあげるのは一部だけだかんね?」
黒猫「でもぉ。 京介には絶対にばれないようにしてね? ふひひひ」
京介「……黒猫?」
黒猫「何かしら?」
ふむ。 気のせいだろうか……
京介「……いや、何でもない」
黒猫「うっひー。 今度はどんなコスさせよっかなあ! 楽しみ!」
黒猫「あんたも一緒に考えてよ! また写メあげるからさ!」
京介「やっぱりお前桐乃の真似してんだろ!?」
黒猫「あら? 真似というか再現と言ってくれないかしら?」
桐乃「こ、このクッソ猫! わ、分かった。 あんたがそうするならあたしだって……!」
桐乃「……ふむ。 中々ね、これは。 他には無いかしら?」
桐乃「あなた、やるじゃない。 これは次の夏コミで使わせてもらうわ」
桐乃「そうね……うまいこと言い包めて、次の夏コミで立たせるというのはどうかしら? 勿論、コスプレをさせて」
黒猫「ね、捏造はしないで頂戴! わたしがそんな、はしたない真似をする訳が無いでしょう!?」
桐乃「女装というのも中々ね……新しい可能性が見えたわ」
桐乃「あの男には、それが本来するべきコスプレだったということかしら?」
京介「お前らやめろっ! 俺がめちゃくちゃ恥ずかしいじゃねえか!」
京介「なんでこんな暴露大会みたいになってんだよ!? 話が全然進まねえぞ!」
いつになったら俺たちはカレーを食べられるんだよ。 ちくしょうめ。
京介「……今聞いた事は全部水に流すから、一旦やめよう。 カレー食べようぜ、カレー」
ああ、やっぱり聖人だわ。 俺。
沙織「さて、準備が出来たところで頂きましょうか」
ようやく。 ようやくここまで辿り着けた! すんげえ長い道のりだったぜ、本当に。
目の前のテーブルの上に、カレーが四皿。
多分、殆ど黒猫のおかげだろうが、前回とは全然違って至って普通のカレーだ。 これが本来の姿なのだろう。
桐乃「……ふん」
京介「どうしたんだよ、桐乃」
桐乃「べっつにー?」
ああもう面倒くせえ奴だ! なんでこいつはこんなに不機嫌なわけ? でも、顔付きは超不機嫌なのに猫耳が付いている所為で、なんつうか……あれだな、可愛い。
黒猫「あらぁ? もしかしてあなた、わたしのおかげでこんなに出来が良いのに不服なのかしら?」
桐乃「……あたしのおかげだっつーの」
いや、それはおかしい。 絶対に黒猫のおかげだ。
ううむ……なんとなく、見えてきたぞ。
恐らく桐乃は、それが分かっているんだろう。 黒猫のおかげだということが。 んで、それを認めたく無い訳だ。
だから、こんなに不機嫌って訳か。 なるほど。
京介「二人のおかげって事で良いだろ? 俺や沙織は、どんな物でも嬉しいんだからよ」
確かに嬉しいっちゃ嬉しいからな。 嘘は言ってない。
京介「桐乃も、これから練習すれば良いじゃねえか。 お前なら大丈夫だって」
桐乃「そんなの、分かってる。 練習するし」
黒猫「そうね。 わたしも教えるのはやぶさかでは無くてよ? 飲み込みが早いのは教えていて楽しいから」
桐乃「……う、うん。 分かった」
へ。 やっと滞りなく進みそうだぜ。 カレーを作って食べるってだけで、どれだけ労力を割かれるのか分かった物じゃねえな。
京介「んじゃ、いただきます」
俺がそう言うと、周りの三人も声を合わせて言う。
さて、腹が減ったし楽しみなんだが。
京介「……なあ、一つ聞いて良いか?」
俺がそう言うと、黒猫が手を口に当てながら答える。
黒猫「あら、何かしら?」
京介「俺のスプーンは?」
なんで俺のだけ無いんですかね。 新手のイジメかよ。 それとも手で食べるっていう、本格的なカレーだったのか、これ。
黒猫「大変! まさかわたしとした事がスプーンを忘れるなんて! 一生の不覚よ!」
黒猫「……こ、これは! なんということ!? もうスプーンが無いじゃない!」
黒猫さんよぉ。 すっげえわざとらしい演技だな。
黒猫「仕方ないわね。 ここはわたしのスプーンを使って……」
桐乃「ちょ、ちょっと待ったあああああああああ!!」
桐乃「なんであんたのスプーンを使うのよ!? 手で食べさせればいいじゃん!」
やだよ。 なんで皆スプーン使ってる中、俺だけ手で食べなきゃいけねえんだよ。
黒猫「あらあら。 せ、ん、ぱ、い、はそんなのは厭だって顔をしているわよ? ねえ……せ、ん、ぱ、い?」
京介「え、あ、まあ……そりゃな」
黒猫「なら、わたしが「あーん」とするしか無いじゃないの。 仕方無いわね」
桐乃「仕方ないワケあるか!! そ、それならあたしだって!」
……おいおい。
頼むから、普通に食わせてくれって。
第十二話 終
以上で本日の投下終わりです。
乙、感想ありがとうございました。
こんにちは。
投下致します。
カレーを食べ終え、休息中。
言っとくが、黒猫や桐乃に「あーん」なんてされる事は無かったぜ。 ある訳無いだろ? 少しだけ期待したけどさ。
何分か同じ様なやり取りをした後、黒猫が「全く、それなら仕方ないわね」と言ってスプーンを取り出したからな。 俺の家のスプーンをパクるんじゃねえよ。
桐乃といい、黒猫といい、こいつらはお前の物は自分の物みたいなジャイアニズムなのだろうか。 だとすると俺がのび太くんか……勘弁して頂きたい物だ。
で、その後は何事も起きずに全員で食べ終え、今は水を飲みながら休んでいるってことだ。
味はまあ、普通に美味かったな。 桐乃も「美味しい」と言っていたし、同時に「いつか絶対あんたのより美味しく作る」とも言っていたので、桐乃の方はこれからに期待しておこう。
黒猫「ちょっと、聞いてくれる?」
ようやく落ち着いたところで、黒猫が話を切り出す。 顔付きは真剣その物といった感じで、黒猫は続ける。
黒猫「実は……集まった時に言おうと思っていたことがあるのだけど、良いかしら?」
京介「ん? どうした、急に」
黒猫「今度の夏コミなのだけど、あなた達は来る予定とかはある?」
夏コミか。 まだ先の話だが……どうするかな。
桐乃「あたしは行こうと思ってるケド……あんた、また何か出すの?」
黒猫「当たり前じゃない。 その為のサークル活動なのだから」
黒猫「……まあ、落選していたら元も子も無いのだけどね」
京介「マイナス思考になっても仕方ねえだろ? 大丈夫だ、とは言えないけどさ」
黒猫「そう、ね。 ありがとう」
黒猫は、結構そういうところがあるからな。 フォローしてやらねえと、一人で勝手に落ち込んでしまいそうだ。
桐乃「ふうん。 売れない本がんば」
黒猫「……」
……なんだ? 黒猫の様子が少し変だ。
いつもなら桐乃の軽口に言い返していてもおかしくはねえはずなんだが。
京介「……おい、さすがに言い過ぎたんじゃねえの?」
黒猫には聞こえない様に、隣に座る桐乃に耳打ちをする。
桐乃「……マジ?」
桐乃は同じ様に耳打ちをして、それを聞いた俺は小さく頷いた。
桐乃「ちょ、ちょっと。 あたしも本気で言っているワケじゃないって……」
急いで黒猫にそう言う桐乃。 やっぱり、こいつにとっては大切な友達なのだろう。
黒猫「……いえ。 あなたの言葉なんて私の心に全く響かないから良いのだけど」
そうなのか。 その耐性は是非とも欲しいな……桐乃用と、黒猫用で。
黒猫「それより、頼みがあるの」
京介「……頼み?」
黒猫「ええ。 その、本を作るのに少し手間取っていて……出来れば」
黒猫「手伝って、くれないかしら」
あー。 そういうことか。
要するにこのままいくと、夏コミまでに間に合わないってことね。
桐乃「印刷の絞め切りって、七月くらいだっけ? 全然出来て無いんだ?」
黒猫「いえ、一応は完成しているわ……だけど一人だと厳しくて。 駄目、かしら?」
完成しているのに厳しい? どういうこっちゃ。
つうか、馬鹿かこいつは。 俺たちを何だと思っているんだよ。
横に居る桐乃と、斜め前に座っている沙織の顔を見ると、どうやら二人も俺と同じ考えだった様子。 こういう時は、息が合う。
沙織「何を今更。 拙者たちに出来ることなら、何でもお手伝いさせて頂きますぞ?」
京介「んだな。 仲間が困ってるんだったら俺は嫌がっても手伝うぜ? 邪魔になったらごめんな」
桐乃「ふん。 まあ? あんたがどうしてもってゆーならぁ。 考えてあげても良いケド」
黒猫「あ……」
黒猫は、驚いた表情をして目を潤ませる。 そこまでのことか?
桐乃「ほら、お願いします桐乃様ってゆってみ? 考えてあげるから」
どんだけ鬼畜なんだよ、お前。 雰囲気台無しじゃねえかよ。
黒猫「お、お願いします桐乃-----------」
京介「流されてるんじゃねえ! お前、それ後々すっげえ後悔することになんぞ!?」
あぶねえ。 マジで言いそうだったじゃねえかこいつ。
桐乃「チッ……」
沙織「まあまあ。 黒猫氏、困った時はどんどん頼ってくださって結構ですぞ? 拙者はともかく、京介氏ときりりん氏は引いてしまう程のお人好しですから」
京介「お前が一番だろうが。 それに桐乃がお人好しって無い無い」
手をぶんぶんと振って否定。 それだけは絶対に無い。
桐乃「はぁ? あたしがどれだけ優しいか知らないの? あんたってほんと薄情だね」
は……はぁ!?
ちょっと待て、今ありえない台詞が聞こえた気がしたぞ。
桐乃様のありがたいお言葉を咀嚼して飲み込むとだな……ええっと?
俺が!? 薄情だと!?
こ、こいつ……つい先日のことを忘れているんじゃねえの!? 俺が東京まで行ってお前の為にメルルステッキを取ってきてやったっていうのによ!
京介「お、お前……マジで言ってるのか」
桐乃「それはあたしの台詞。 どー考えてもあたしの方がお人好しじゃん? んでぇ、あんたは薄情者」
京介「てんめぇ……分かった、分かったぜ桐乃。 もう絶対にお前の為に一番くじはやらねえ! 今決めた!」
桐乃「その件についてはしっかりお礼したじゃん。 まさか忘れたのぉ?」
ああん!? んだとこのヤロー! くっそムカつくぜ! お礼をすれば良いってもんじゃねえだろうがよ!
京介「はっ。 忘れたね。 もう何もかも覚えちゃいねーーーーーよ!」
桐乃「は、はああああああ!? 折角あたしがキスしてあげたのに何ゆってんの!? ありえないんですケド!」
京介「は、はああああああ!? 俺を薄情だというお前の方がありえないんですケド!」
オウム返し的に返す。 いや、だってマジでありえないんですケド状態だよこれ。
桐乃「ぐぐぐ……!」
京介「んだよ。 俺は間違ったことを言っちゃいねーぞ!」
桐乃「ふ、ふうん。 じゃあ黒いのとか沙織に聞いてみようよ。 それで分かるっしょ?」
ほう。 上等じゃねえか。 ぶっちゃけそれなら負ける気がしねえんだけど。
京介「良いぜ。 この際なんか賭けるか?」
桐乃「自分の首を絞めることになると思うケドー。 ま、あんたがそれで良いなら」
京介「どっちがだ。 じゃあ賭けの内容だが……」
桐乃「決めた。 あんたが負けたらあたしの事をこれから一っ生! 様付けで呼ぶこと。 分かった?」
一生のところをやけに強調しやがったな、こいつめ。 ふん、いいぜ。 要は負けなきゃ良い話じゃねえか。
京介「おう。 なんとでも呼んでやるよ。 なら俺が勝ったら」
京介「お前は俺のことをこれから一生、お兄ちゃんって呼べ。 分かったか?」
俺がそう言うと、桐乃は冷めた目で俺を見ながら言う。
桐乃「……あんた、あたしにそういう風に呼んで欲しかったの?」
京介「ちげーよ!! お前が嫌そうなのを選んだまでだ!」
桐乃「ふうん。 ま、良いよ。 もしあたしが負けたら呼んだげる。 でも一生はイヤ。 キモいし」
京介「相変わらず理不尽だな! その時点で勝負決まってる気がするんだが!」
桐乃「チッ……うっさいな。 良いからあいつらに聞けば分かるっしょ」
そう言い、偉そうに腕を組んでいる妹様は、座っている黒猫と沙織に視線を向ける。
俺と桐乃の口論を眺めていた二人の顔は、何だか引き攣っていた。
黒猫「……というか、まずその前に聞きたいことがあるのだけど」
京介「ん? 何だ?」
黒猫「あなた達、今この場にわたしと沙織が居る事は忘れていないわよね?」
何を言っているんだよ、黒猫の奴は。 そんなの忘れる訳が無いじゃないか。
桐乃「何ゆってんの。 会話聞いてればそんなの分かるじゃん?」
うむ。 これには俺も桐乃と同意見だぜ。
黒猫「そう……なら聞くけど」
黒猫「あなた達、その。 しょっちゅうなのかしら?」
京介「しょっちゅうって……こういう口喧嘩みたいなの? そりゃまあ、たまにあるけどよ」
黒猫「そういう意味じゃないわ! ああもう!」
うお、黒猫がすげえ動揺している……顔まで赤くなってるし、何が言いたいのか分からねえぞ。
黒猫「さ、沙織……後は任せてもいいかしら」
沙織「あ、あははは。 黒猫氏、それはかなり厳しい頼みですな……まあ、仕方無いでござるか」
沙織はそんな事を言い、小さく溜息を吐いた後、ゆっくりと口を開く。
沙織「その、ですな。 つまり……拙者と黒猫氏が言いたい事というのは」
沙織「普段から、お礼だとか言ってキスしてんのか? って事でござる」
……
……ふむ。
京介「する訳ねえじゃん! ばっかじゃねえの!?」
桐乃「無い! 無い無い無い!! たまにしか無いし!」
京介「お前は黙ってろ! 余計面倒なことになるから!」
桐乃「だ、だって! キ、キキキスを普段からしてるかとか!? ありえないじゃん!?」
京介「そうだ! もっと言ってやれ!」
数秒前と言っている事が変わっている俺。 頭の中は軽くというか、かなりのパニック状態だった。
黒猫「その慌てようはかなり怪しいわね……週一ペースかしら」
京介「ねーーーーーよ!! 勝手に予想して納得してんじゃねえ!!」
沙織「と、すると……ひと月ペースでござるな」
桐乃「あ、あんたねえ! あたしが京介とキスなんてするワケ無いじゃん!」
黒猫「あら。 でもしたんじゃないの?」
桐乃「そっそれは……お礼だったし」
黒猫「なるほど。 お礼で一々キスをするという訳ね。 納得したわ。 だとすると毎日じゃない」
京介「変な解釈してんじゃねえ!!」
黒猫と沙織の誤解を解くのに、それはもう俺と桐乃は必死だった。 で、その結果さっきの賭け事も有耶無耶となった。 桐乃にお兄ちゃん呼びをさせたかったが……ま、仕方ねえか。
桐乃「あんた、覚えときなさいよ……」
京介「……俺かよ」
なんでこの場面で俺を睨むんだよ。 謎は深まるばかりだぜ。
黒猫「さ。 痴話喧嘩も終わったところで本題に入りましょう」
沙織「そうですな。 黒猫氏の同人誌、ですな?」
黒猫「そうよ。 内容はマスケラなのだけど、前半が漫画、後半が小説となっているわ」
京介「なんだ。 それならもう大丈夫なんじゃないか? 文章書くの、早かったろ?」
京介「それに、さっき完成しているとか言ってなかったっけ。 でも厳しいとかなんとか」
黒猫「そうよ。 なんと言えば伝わるかしらね……」
黒猫「……一人でも、出来ない事は無いわ。 だけど」
黒猫は何かを言い辛そうにしている。 俺には何が言いたいのか、伝わってこねえが。
桐乃「はっはーん。 分かった。 きりりん分かっちゃったかも!」
沙織「拙者も、なんとなくですが予想は付きましたな。 京介氏はどうでござるか?」
……俺にはさっぱり見当が付きませんが。
京介「沙織氏~きりりん氏~。 拙者さっぱりでござるよ~」
桐乃「……キモッ」
なんだよ。 少しノってやったらこれだぜ? 酷い奴だ。
いや、まあキモかったのは確かだとは思うけどね。
京介「チッ……教えてください。 これで良いか?」
桐乃「ふん。 あんたがそこまで頼むなら別にいっか。 要はさ」
桐乃「自分の文章とかに、自信が無いってことじゃないの? 黒いの」
黒猫「……くっ」
あー。
そういや、昔小説を持ち込んだ時、ずたぼろに言われたことがあったっけかな。 こいつ。
それでか。 納得いったぜ。
黒猫「ま、まあ? わたしの高尚な文章を? 愚かなあなた達に助言をさせてあげようってことね。 感謝しなさい」
なんか、難しい言葉を使う桐乃みたいになってんな、黒猫。
桐乃「わなび乙! んじゃあたしが助言してあげるよ? その高尚(笑)な文章に」
俺に言われている訳じゃないのに、すげえムカつくな、この言い方。
これが多分、オリジナルの桐乃語ってことか。 俺はよくこんな奴と一緒に仲良くやれてるよなぁ。 時々疑問に思っちまうよ。
という訳で、その日は日程やらを合わせ、これから何回かの打ち合わせを行う事を決めた。
その日程を決める段階で度々喧嘩になりそうだったのは、言うまでも無い事か。
黒猫「ふう。 すっかり遅くなってしまったわね。 わたしはそろそろ帰るわ」
夕暮れで赤くなっている外を見ながら、黒猫は言う。
沙織「拙者も、そろそろお暇致します。 お三方、今日はありがとうございました」
京介「お礼を言いたいのはこっちだよ。 ありがとな、三人とも」
桐乃「ま、良い暇潰しにはなったかなぁ。 また今度ね」
黒猫「ふふ。 強がっちゃって」
黒猫「どうせわたしと沙織が帰った後、二人でいちゃいちゃするのでしょう? くだらない」
桐乃「す、するワケ無いでしょ! 何ゆってんの!」
黒猫「……京介。 今日はごめんね? あたし、本当は京介と仲良くしたいから」
黒猫「ああ、分かってるよ……桐乃。 俺だって、お前と仲良くしたい」
黒猫「当然、今よりもっと……な」
おいおいおいおい。 何言ってんだこのアホは!
京介「ちょっと待てい! 全然似てねえし!」
黒猫「あら。 そうかしら? この後は二人で仲良くキスをする予定なのだけど」
桐乃「だからしないっつってんでしょ! いい加減にしろ!」
全く同意見だ。 今日は珍しく桐乃と良く意見が被るなぁ。
桐乃「大体、あたしだってそろそろ帰らないとだし。 あんたが言っているような展開は絶っ対にありえないから!」
京介「ん、お前も帰るのか。 んじゃあある程度送ってくぞ?」
桐乃「ふん。 勝手にすれば?」
へいへい。 じゃあ勝手にさせてもらいますか。
沙織「それでは、京介氏も拙者たちと途中までは同じ方向ですな?」
京介「ま、そうなるな。 折角だし一緒に行こうぜ」
黒猫「ふ。 そのまま闇に飲まれ、あなたは二度とこの家には辿り着けない……」
いつから千葉はそんなデンジャーゾーンになったんだっつうの。
沙織「それでは、仲良く帰りましょうぞ。 拙者たちは先に外に出ているでござるよ。 京介氏」
京介「おう。 軽く準備してすぐ行くわ」
俺がそういうと、沙織と黒猫は外に出て行く。
京介「ん? お前も外で待ってりゃ良いのに」
部屋に残っていた桐乃に向けて、俺は言う。
桐乃「別にいーじゃん。 ちょっと、聞きたいことあったし?」
京介「俺に? 何だよ」
桐乃「……あの、さ」
桐乃「きょ、今日、どうだった?」
……なんだ? 今日どうだったって、別にいつも通り楽しかったが。
京介「えーっと……まあ、楽しかったけど」
桐乃「っ! そうじゃなくて!」
桐乃「あ、あたしの……コスプレ、どうだったかって聞いてんの……!」
そ、そういうことか。 察しが悪い自分が嫌になっちまうぜ。
京介「お……う。 いや……まあ、良いんじゃねえの?」
桐乃「……それだけ?」
京介「……ふ、普通に可愛かったと思う」
桐乃「……普通に?」
京介「ち、違う。 その……超、可愛かった」
桐乃「ば、ばかじゃん!?」
え、えええええええ!? なんで俺きれられてんの!?
京介「う、うっせ! そう思ったんだから仕方ねえだろ!」
桐乃「ふ、ふーん。 あんた……その、ああいうの好きなワケ?」
京介「ま……まあ、それなりには……?」
なんだよこの会話! すっげえ恥ずかしいんですけど!
桐乃「そ、そっかぁ。 ふうん。 きもっ」
そっぽを向く桐乃を見て、俺は今日……本心から思ったことを伝えようと、決めた。
京介「……い、一応言っとくか」
桐乃「ん? なに?」
京介「今日、沙織とか黒猫も似たような格好してたけど……あれだ、お前が一番、良かったから」
桐乃「~~~~!」
俺がそう伝えると、桐乃は顔を真っ赤にしながら下を向く。
なんだよ! 褒めろってことじゃなかったの!? これ!
駄目! 無理! これ以上は無理です! 既に恥ずかしくて死にそうだわ俺!
そんな風になんとも妙な空気になっているところで、玄関のドアが開き、黒猫が「案の定じゃない。 わたしたちは後何時間外で待っていれば良いのかしら」とすんげえ冷たい目で言ってきた。 勿論、土下座して謝ったが。
それから四人で歩き、家へと向かう。
桐乃「あ、ここら辺で良いよ。 もう近いし」
しばらく歩き、桐乃は自宅近くの『別れ道』でそう言った。
京介「そうか。 沙織は駅までだよな? 黒猫はバスで来たんだっけ」
沙織「ええ、ですが拙者もこの辺で大丈夫でござるよ」
黒猫「わたしも大丈夫よ。 あなたはさっさと家に帰りなさい。 闇に飲まれない内に」
黒猫は俺の方を向き、そう言う。
いや、だから千葉はそんな危ない場所じゃねえからな?
京介「そっか。 んじゃあそうするかな」
俺が言うと、桐乃が少しだけにやけながら口を開いた。
桐乃「あたしはもうすぐそこだから大丈夫じゃん? んでぇ、沙織は見た感じそこら辺の男より強そうじゃん? 背、高いし。 だからあたしと沙織は大丈夫だけどさぁ。 黒猫は危ないんじゃない? ちっちゃいし」
そこら辺の男より強そうって、大分酷いな。 少なくとも女子に向けて言う台詞じゃねえぞ。
当人の沙織は、そんな事はなんとも思っていない表情をしているが。
沙織「はっはっは。 その通りでござるな」
黒猫「ま、待ちなさい」
黒猫「あなた……! わたしがチビだと言ったわね?」
桐乃「事実っしょ? ってことで京介、黒猫をよろしく~」
京介「……まあ、本人が嫌じゃないっていうなら良いけどさ」
俺は言い、黒猫の方に顔を向ける。
黒猫「仕方ないわね……好意に甘えておくわ」
んじゃ、決定だな。
京介「おっし。 じゃあ次まで、またな」
沙織「ええ。 さらばでござる」
桐乃「うん。 またね」
黒猫「なんだか、こういう別れも目新しいわね」
京介「そうか? いつもこんな感じだろ」
黒猫「……そうだったわね」
そして、桐乃は真っ直ぐと歩き、沙織は駅に向かって行き、俺と黒猫は桐乃と反対方向に進む。
何故か。
どうしてか、一度振り向いてしまった。
大して離れていないはずなのに、やけに桐乃との間の距離が遠く、やけにその姿は見え辛い。
理由は分からない。 だけど。
その時俺は、どこかで『選択を間違えた』様な気分になっていた。
重要な分岐を間違えた様な、感じがする。
……少々エロゲーをやりすぎた所為かもしれねえな。
黒猫「どうしたの? さっさと行かないと暗くなってしまうわよ」
京介「ん……おう、そうだな」
黒猫に言われ、俺は再度歩き出す。
黒猫「丁度二人っきりね。 あなたには聞きたい事があったのよ」
京介「聞きたい事? 俺にか?」
黒猫「……ええ。 この前の件なのだけど、あれは解決したのかしら?」
京介「あれって言うと……桐乃が「つらい」って言ってた奴か」
黒猫「そうよ」
京介「心配すんな。 あれなら解決したよ。 すっげえ嬉しそうにしてたなぁ、あいつ」
黒猫「そう。 なら良かった」
そう言う黒猫はとても幸せそうに笑っている。 本当に、心配してたんだな。
黒猫「やはり、あなたに相談して正解だった。 今思えばあなたにしか解決できない事だったと思うから」
京介「そうかぁ? 俺じゃなくても大丈夫だったと思うけどな。 ま、お前が言うならそうだったのかもしれん」
黒猫「……? まあ、良いわ。 行きましょう」
京介「おう、ありがとな。 黒猫」
黒猫「別に。 わたしの方こそ、感謝しているから」
京介「へへ、そうかい」
俺と黒猫は歩く。 千葉の町中を。
もう一度、ふと振り返ると。
既に、桐乃の姿は見えなかった。
第十三話 終
以上で本日の投下終わりです。
乙、感想ありがとうございます~
こんにちは。
乙、感想ありがとうございます。
投下致します。
黒猫「できたわ! ふふ、正直な所、かなりの完成度よ」
8月の上旬、夏コミまで後少しの所で黒猫から集合が掛かり、今は俺が借りているアパートへと集まっている。
なんか、この場所って都合良く集まりの場所にされている傾向があるんだよな……最近。
そういえば、少し前の話だが……大学から帰って部屋の中に桐乃と黒猫と沙織が中に居た時はさすがにびびったな。 勝手に俺の部屋を使ってるんじゃねえよ、全く。
主犯はほぼ百パーセント、鍵を持っている桐乃だろうけど。
桐乃「へえ。 見せて見せて」
沙織「楽しみですな。 拙者の長年の感覚からいって、一番の出来だと思うでござるよ!」
京介「表紙は結構良い感じだな。 これは黒猫が描いたんだよな?」
黒猫「ま、まあそうね。 あまりジロジロみないで欲しいのだけど」
そう言いながらも嬉しそうな黒猫の姿を見ていると、それだけでなんだかここ数ヶ月、協力した甲斐はあったと思える。
桐乃「へえ、中も良い感じじゃん!」
パラパラと出来た同人誌を捲りながら、桐乃は言う。
黒猫「そ……そうかしら?」
桐乃に面と向かって褒められるのには、さすがに慣れてないか。 長年一緒に居た俺でも未だに慣れないしな。
沙織「部数はどの程度で? この出来なら数は結構捌けると思いますが」
黒猫「今年は五十部ね。 売れるか不安だけど……」
桐乃「大丈夫っしょ。 あたしが約束したげる」
桐乃は、自信満々にそう言う。
なんだかんだ言いつつも、こいつもしっかりと黒猫のこと、想っているんだな。
黒猫「……桐乃」
おお、なんかすげえ良い感じだ。 友情って奴か。 いいね。
桐乃「どうせ四十冊くらい売れ残るだろうし、そうしたらあいつに買わせればいいっしょ?」
なんで俺を指差してるんですか? 買わねえぞ? 確かに買ってやりたい気分にはなるだろうが、一人暮らしの大学生にそこまで求めないで頂きたい。
京介「それを言うなら、金持ってるお前が買えばいいじゃん」
桐乃「あたしが使うのはエロゲー! あんたって無趣味だし、どうせ使わないんだから良いっしょ?」
良くねえっしょ。 どう考えてもよー。
京介「全部が全部エロゲーに使う訳じゃねえだろ。 なら良いじゃねえか」
桐乃「服とかアクセとか色々あんの! あんたみたいな冴えない奴には分からないだろうケドぉ」
んで、そんな風に俺と桐乃が言い合いをしていたら、その間に黒猫が割って入る。
黒猫「大人しく聞いていれば……あなたたち、喧嘩を売っているのかしら?」
京介「な、なんで?」
黒猫「ふ、ふふふ。 どうしてあなたたちは、わたしの本が売れないのを前提として話しているの? わたしの呪術にかかりたいということでよろしい……?」
……確かに。 今思い返してみるとすんげえ失礼な会話だったよな。
桐乃「だってそれも仕方ないんじゃな~い? 漫画はまあ、面白いケドさぁ」
桐乃「小説なにこれ! 折角あたしが教えてあげたのに、全然改善されてないじゃん!」
そうか? 最初のよりは大分表現やら言い回しが砕けていて、読みやすくなっていると思うが。
そんな風に思っていたのが顔に出ていたのか、隣に座っていた沙織が俺にだけ聞こえるように、話し掛けてくる。
沙織「きりりん氏も、あれで褒めているんじゃないかと。 漫画はしっかりと褒めていますしな」
……そういやそうだな。 少し考えれば分かることか。
黒猫「ふ。 あなたの様な下界に住まう者には変化が分からないのでしょうね……可哀想に」
桐乃「いや。 どう考えてもその厨二病の方が可哀想だし。 てゆうか、あんたって高二でしょ? そろそろ恥ずかしくないの?」
黒猫「な……厨二病……ですって……? ふ、ふふふ。 あなたにはそう見えるかもしれないわね。 人間風情が精々吠えていれば良いわ」
桐乃「後から絶対黒歴史になると思うんですケド。 ま、それで良いなら良いんじゃない?」
で、段々とヒートアップしていく二人。 いつも通りの、見慣れた光景だ。
その流れが分かっていたのか、始めから予想していたのかは分からないが、沙織がタイミングを見計らったかの様に口を開く。
沙織「ははは。 まぁまぁ、喧嘩はやめましょうぞ。 拙者からお話もあります故に」
京介「話? 沙織からか?」
沙織「うむ。 皆さん方にとっても悪い話では無いと思いますぞ?」
桐乃「ふうん。 なら聞いてあげても良いよ」
なんでこいつは毎回毎回、上から目線なんだよ……
黒猫「ふ。 仕方ないわね。 上界に住まうわたしが、特別に耳を傾けてあげるわ」
……お前もかい。
沙織「はは。 では、失礼して」
沙織「実はですな。 拙者、旅行を計画しているのでござるよ」
京介「旅行? えっと、この流れからいくと……このメンバーで?」
ちょっとだけ興味あるな、それは。
沙織「左様。 京介氏ハーレム旅行でござるな」
うわ、いきなり行きたくなくなった。
沙織「まあ、それは冗談として……ここから電車で一時間ほどの所に、別荘がありましてな」
沙織「海の近くにあるので、中々に良いところでござるよ」
黒猫「べ、別荘……ですって?」
黒猫の顔が青ざめている。 いや、俺や桐乃だって当然驚いているが、黒猫の驚き様は凄かった。
沙織「良くある話ですな」
と沙織が付け加えた途端、黒猫が勢い良く沙織の胸倉を掴む。
黒猫「よ、よよよよくある話!? あなた、死にたいの……?」
京介「うおい! 黒猫やめろ!! 気持ちは分かるが!」
当の沙織はというと、そんなの何でも無いように再び口を開く。
沙織「それでですな……是非、皆さんもと思いまして」
沙織「勿論、夏コミが終わってからでござるよ。 少し豪華な打ち上げパーティみたいな感じで、どうですかな?」
桐乃「行きたい!!」
開口一番、そう言ったのは桐乃だった。 意外だな……こいつなら、海ならあやせと行くとか言いそうなんだが。
黒猫「ふ、ふふ。 闇の眷属を召喚するには相応しい場所ね……」
良く分からないが、黒猫も行くということらしい。
京介「んじゃ、俺も行くしかねえな」
沙織「決まりでござるな! では、日程などは改めて決めましょうぞ。 今はまず、夏コミで黒猫氏の同人誌完売を目標にして」
だな。 綺麗に全部売って、良い気分で打ち上げをしたいよな。 やっぱり。
黒猫「そんなのは当然よ。 この素晴らしい出来で買わない輩が居たら呪い殺すわ」
それはやめてもらいたい。 変な通り名がつくぜ、お前のサークル。
桐乃「売れ残ったら京介が買い取るってことで」
なんでそうなるんだよ。
京介「その案は断固拒否する。 まあ、残った部数にもよるけどさ……」
黒猫「だからあなたたちは、どうして売れ残る事が前提なのよ……そろそろ本当に儀式をするわよ?」
京介「は、はは。 悪い悪い」
今年の夏も、大分忙しいことになりそうだな。
なんて、そんな風に思った。
……だったんだけどな。
黒猫が参加することになっていたのは、夏コミの二日目。 つまりは今日なんだが。
京介「……やっべえ」
なんという偶然なのか、まるで狙い澄まされたかの様に、俺は風邪を引いた。
時刻は朝の6時。 黒猫と沙織は恐らく、もう行っているはずだ。 サークル入場時間? という物があり、それに遅れるとかなりのペナルティが発生するらしい。
で、俺と桐乃は後から合流するという感じになっていたんだが。
京介「こりゃ……ちょっと厳しいか」
頭はすげーガンガンするし、体も大分重い。
本当に申し訳ないが、俺は今日行くのは無理だろう。
……ついてねえ。 ちくしょうめ。
京介「……桐乃にも、メールしとかねえとな」
電話帳から桐乃の名前を出し、メールを作成。
To 桐乃
悪い。 風邪引いたみたいだ。
具合が悪く、なんとかそれだけを打ち、送信。
返事はメールではなく、電話で返ってくる。 送信してから数分もしない内に携帯が鳴った。
京介「……おう、桐乃か。 相変わらず朝はえーな」
「あんた、風邪引いたってマジ?」
京介「んなことで嘘はつかねーよ。 マジだ」
京介「……はは、かもしんねー」
「ほんっとに具合悪そうだね……家、いこっか?」
京介「そこまでじゃねえよ。 良いからお前は黒猫のとこいってやってくれ、頼む」
京介「……んで、悪いけど俺の分まで謝っといてくれ」
「……だけど」
京介「心配すんなっつーの。 ブラコン」
「なっ! あ、あんたねえ! 電話だからって好き放題言って……覚えとけ!」
桐乃は言い、電話を切る。
後が大変恐ろしいことになってしまったが、まあそれで良いか。 あいつがそれで黒猫のところに行ってくれるなら、それで良い。
黒猫も、桐乃が居ると居ないとで随分調子が違うしな。 いつも喧嘩してばかりのあいつらだけど、居なければ居ないで調子が落ちる。 とても面倒くせえ関係な訳だし。
しっかし、マジでこのタイミングで風邪とか引くかよ……普通。 なっさけないったらありゃしない。
布団の上に倒れ、天井を見つめる。
京介「……だっりー」
桐乃には多少強がってしまったが、正直動くのすらだるくて億劫だ。
朝飯は……良いか。 食欲ねえし、作れる気もしない。
薬を飲むのも、これだけ体が動かなければ寝ていた方が楽だ。
……今日は行けないが、明日は最低でも行きたいよなぁ。
桐乃と、沙織と、黒猫と。 また四人で騒ぎながら見て回りたい。
京介「……寝るか」
考えていたら、なんだかボーっとしてきた。 眠気も、襲ってくる。
する事も出来ることもねえし、寝よう。
数時間、程だろうか。
自然と目が覚める。
ぼやけた視界の中に、人影が見えた。
いつも見ている人影。 いつも近くに居る奴の、気配。
「お目覚め? よく寝てたねー」
未だに視界はぼやけているが、声ですぐに誰か分かった。
京介「おま……桐乃、コミケは?」
桐乃「んー、午前中で切り上げてきた」
京介「……黒猫は、良かったのかよ」
桐乃「てゆうか、あの黒いのに言われたんだし。 行ってきなさいって」
黒猫にも、心配掛けちまったか。 後で俺からも謝っておかないと。
京介「そっか。 悪いな」
桐乃「別に。 あたしも一応さ……心配だったし」
桐乃「それに、あんたご飯とか食べた? 薬は?」
京介「……いや、全く」
桐乃はそれを聞き、呆れ顔になりながら口を開く。
桐乃「ったく。 やっぱりダメじゃん。 しっかたないなぁ」
桐乃「あたしが看病したげる。 へへ、嬉しいっしょ?」
京介「……ああ。 めちゃくちゃ助かる」
桐乃「ふん。 まぁ、ご飯作ってくるから、待ってて」
そう言うと、桐乃は台所へと向かっていく。
……桐乃のご飯かよ。 余計に悪化するんじゃ……なんて、そんなことはねえか。
あいつが作ってくれたなら、多分そりゃあどんな特効薬よりも効くかもしれないな。 そんな風に思ってしまうのは熱の所為だろうか。
俺は首を横に動かし、台所に居る桐乃へと視線を向ける。
そして今日初めて『桐乃の格好を認識』した。
京介「ぶっ!」
京介「お、おまっ! それどうしたの!?」
桐乃「へ? なにが?」
俺の声を聞き、桐乃はちょっとだけ驚いた様に振り返る。
京介「い、いや。 だってお前、その……耳とか、尻尾とか!」
桐乃「あ、あー。 あはは。 これね。 前にゆってたじゃん? その……可愛いって」
桐乃「だ、だから……喜ぶかなーって思ったんだケド……違った?」
京介「い、いや! 違わねえけど! で、でもなぁ!」
桐乃「っつか、大声出しすぎ。 あんた病人でしょ。 大人しく寝てなさいって」
し、しかしだな……
気が散ってそれどころじゃねえんだけど。
そんな事を思いつつも俺が渋々横になると、桐乃は満足そうな顔をして、再度台所へと向かう。
桐乃「ふんふーん♪」
なんて鼻歌を唄いながら、料理をしている桐乃の姿を見ていたら……一つのありえない可能性が見えてしまった。
待て、これも多分熱の所為だ……だってそうだろ?
赤城が以前言っていたことが、俺には理解できてしまいそうなのだから。
「妹は天使」
ねーーーーーよ!! それはない! 絶対に断じてありえない! あろうことか俺の妹が天使!? ふざけんな!
桐乃は絶っ対そんなんじゃねえ! あ、あいつは……何かを企んでいるに違いない! 俺の病気が治った途端に「あんた風邪良くなったんだね。 じゃあこれ買ってきて?」とか言ってパシリにしてくるに違いねえ!
そ、そうだ……今日の桐乃は何故か俺に優しい。 おかしいくらいに、だ。
だとするならば裏があると考えるのが妥当! 当然だろ?
だって、そうじゃないとこの状況は説明できんぞ!
ありえん……断じてありえん。 まだ、宇宙人が襲来してきたってことの方が信憑性があるぜ。 だってよぉ、風邪を引いた俺の元に妹が来て? 飯を作ってくれて? コスプレまでしてくれて? んで看病をすると言って? んな訳ねーだろ! 目を覚ませ京介……!
あんだけ俺をこき使って、夜中にコンビニに一番くじを引かせにいったり、目当ての物を東京まで探しに言って、数日後には「あんた薄情だよね」とか言っているような妹だぞ!?
そんな妹が今になってこんなに優しくなるわけがない!
俺にコスプレをさせて、黒猫にその写メを送ったりするような妹様だぞ……少し、冷静に考えるんだ、京介。
ま、まず……どうして桐乃が俺のところまで来たか、だな。
これは多分、黒猫に言われたからではないだろうか? どんな会話があったのかは分からないが、それは多分そうだ。
で、だとすると……何故、ここまで世話を焼くんだ? それが謎だ……
……確かに、桐乃と俺は……その、付き合っていた訳だし? まあそういう面もあるかもしれんが。
でも、だからってなぁ!
桐乃「ちょっと、京介……大丈夫?」
京介「うぉおおおお!?」
気付いたら、目の前に桐乃の顔があった。 すんげえ近い、びびったぜ。
桐乃「きたなっ! 唾飛んでるんですケド!?」
そう言い、キッと俺を睨む桐乃。 しばかれるかこれ。
と、思ったのだが。
桐乃「もう……ほら、ご飯できたよ。 おかゆだけど、別にいいっしょ?」
特に怒ることもせずに、桐乃はお盆に乗せたおかゆを俺の前に置く。
京介「お、おう?」
桐乃「ぷ。 なにその顔。 あたしが作ったおかゆそんなに嬉しいんだぁ~?」
なんか面白い勘違いしてるな、こいつ。
京介「ま、まあな」
桐乃「ふ~ん。 折角だし、あれやってみる?」
京介「あれって?」
桐乃「良くあるじゃん。 あたしがスプーン持って「ふー」ってして「あーん」ってするの」
京介「や、やらねえよ! 一人で食えるっつうの!」
桐乃「そ、そう? で、でもぉ。 折角だし、一回だけ!」
なんの折角だよ!? 訳分からないぞ! というかお前はどうしてそこまで頼み込むわけ!?
桐乃「ね? いいっしょ?」
猫耳を付けた桐乃が、俺の顔を覗き込み、可愛らしく首を傾げながら言う。
……あれだ、こいつ絶対あれだ。
自分の可愛さを理解してねえ! 正直俺、かなりやべーんだけど!
桐乃の顔を直視できないとか、そんなレベルでやべえっつうの!
京介「じゃ……じゃあ。 一回だけ、なら」
ほらな? こんなこと言っちまうし。 どうかしてるぜ、俺。
桐乃「よ、よし」
桐乃はそう呟き、スプーンを持つ。
茶碗から一掬いし、自分の口へと近づける。
桐乃「……ふーっ……ふーっ」
……エロ! エロいぞこいつ!
や、やべえ。 なんてことだ。
猫耳を付けたメイド姿の超美少女がおかゆをフーフーしている、だと? もしかして、俺って超幸せ者なんじゃね?
あれもこれも、全て風邪の所為だ。 そうに違いない。
桐乃「ほ、ほら。 きょーすけ、口開けてよ」
桐乃「……あーん」
京介「あ、あーん」
桐乃「んっ……どう?」
俺の口の中にそっとスプーンを入れ、俺は桐乃が作ってくれたおかゆを食べる。
どう、って言われてもな。 俺はそれどころじゃねえんだが。
……まあ、感想を言わないってのは失礼、だよな?
京介「いや、なんつうか……可愛かった」
桐乃「ばっ! そっちじゃないし! おかゆの方をゆってんの!」
そ、そっちか。 なんか、この前は逆パターンで怒られた気がするな……難しいぞちくしょう。
京介「あ、ああ。ははは。 味ね、そうだよな」
京介「ん? あれ、そういや……美味いな」
今更、気付いた。
桐乃の奴、料理できるようになってるじゃん。
桐乃「ま、マジ? お世辞とか、そういうのいらないケド」
京介「お世辞じゃねーよ。 マジで美味いって」
桐乃「ほんと? へへ、やった!」
はは、すげえ笑顔だ。 そんな嬉しかったのか。
京介「練習、してたんだな。 やっぱすげーよ、お前」
桐乃「ふふん。 あたしを舐めすぎだっつーの。 これからもっと美味しい物、作ったげるから」
そんな風に言う桐乃を見て、俺は先程からずっと気になっていることを聞いてみた。
京介「……つか、気を悪くしたら悪いけどさ」
京介「お前、どうして今日はそんな優しいわけ?」
桐乃「……はぁ?」
うわ、なんだか馬鹿にされている気がするんだが。
桐乃「あんたさ、病人には優しくしろって教わらなかったの? 今のあんた、すごく辛そうだし」
桐乃「それに……その、いつも……色々手伝ってもらってるし? お礼とゆーか……そんなカンジ」
桐乃「だ、だからとゆってキスはしないかんね!?」
京介「……ああ、そうだったな。 そういやそうだ」
京介「サンキューな、桐乃」
全く、くだらない事を考えていた俺が嫌になっちまうよな。
桐乃は単純に俺を心配してくれて、気遣ってくれて、それだけだったっていうのにさ。
風邪を引いた兄の看病をしてくれる妹。 そこにあるのはそれだけのことだ。
世界中探せば、そんな光景はありふれているのかもしれない。
だけど、今の俺にはそれが何よりも嬉しくて、ありがたかった。
兄妹として、冷めていた期間があったからか?
この二年間程で、仲良くなれたからか?
それもあるかもしれない。 だけど。
俺が桐乃の兄で、桐乃が俺の妹で、俺たちが兄妹なのだから。 俺は、そう思う。
第十四話 終
以上で本日の投下終わりです。
乙、感想ありがとうございます~
>>818
ありがとうございます。
正しくは↓です。
「タイミング悪っ! 黒いのに呪いでもかけられたんじゃない?」
京介「……はは、かもしんねー」
「ほんっとに具合悪そうだね……家、いこっか?」
京介「そこまでじゃねえよ。 良いからお前は黒猫のとこいってやってくれ、頼む」
京介「……んで、悪いけど俺の分まで謝っといてくれ」
「……だけど」
こんにちは。
乙、感想ありがとうございます。
同人って簡単に出来る物なんですかね? その辺りの話を出すときも詳しく知らないので調べながらな物なので。
ですが気力がががが。
一応、大体の話数が決まりましたのでお知らせを。
22~24話程で完結予定となります。
一時頃から、本日の投下始めさせてもらいます。
コンビニとかでコピーして作るコピー本ならあんまり金はかからない
印刷屋に依頼して作るオフセット本ならそこそこかかる
でも簡単にできるかどうかで言えばどっちもそこまで手間じゃない、と思う
当然一番手間がかかるのは内容だしね
>>828
なるほど……
もし機会があればって感じですね。
では、投下始めます。
桐乃「熱、少し下がってきたかな?」
京介「多分な。 体もさっきより全然楽だし、ほんと、お前のおかげだよ」
桐乃「そっか。 なら良かった……ひひ」
桐乃「でも、まだ安静だかんね? 明日、行くつもりっしょ?」
京介「……良く分かったな」
桐乃「あんたが考えそうな事くらい、分かるっつうの。 兄妹じゃん?」
京介「そうだな。 ありがとよ、桐乃」
桐乃「別にいーって。 それより明日行くんだったら、今日はずっと寝てなさいよ? 本当なら、明日だって寝てた方が良いくらいなんだし」
京介「……おう。 分かった」
めっちゃ頼りになるなぁ、こいつ。
そういや昔……もう、2年くらい前になるのか? 桐乃がインフルエンザで寝込んでたこともあったっけかな。
あの時、兄貴っぽいことなんて、大して出来なかったっていうのに。 こいつときたら。
いっつも迷惑掛けられてる。 とか思ってるけどさ……迷惑掛けてるのは、俺の方なのかもな。
なんとなく、だけど。 桐乃のおかげだもんな、全部。
俺が今、こうして黒猫とか沙織とかとも上手くやって行けているのも、あやせとも話せたのも、馬鹿な話だが……家を追い出されたのも。
俺と桐乃が仲良くなれたのも。 多分。
桐乃「あ、あんた。 なに泣いてんの?」
京介「え? 俺……」
気付けば、涙が出ていた。
京介「多分……嬉しかった」
桐乃「なに? あたしが来てくれて?」
京介「それも、これも。 全部だよ。 色々あったじゃん、俺たち」
京介「桐乃とは、喧嘩することもあった。 無理な事、頼まれたりな」
京介「お前に会いにアメリカ行ったこともさ、俺が黒猫と付き合って……お前が本音言ってくれて」
京介「そんな風にしている内に、段々とお前の事が分かるようになって」
京介「……今思うと、マジでくだらないことばっかだったけど」
京介「すっげえ、楽しかったな」
桐乃「……ふうん。 そっか」
桐乃は素っ気無く言ったが、顔はとても嬉しそうにしていた。
桐乃「あ、あたし、ちょっと黒いのと電話してくるから……!」
俺がじっと桐乃のことを見ていたら、桐乃は慌ててそんな事を言う。
京介「へいへい。 んじゃ、俺は寝ておくわ」
桐乃は小さく頷き、そのままの格好で部屋の外へと出て行く。 お前、それ着替えた方がいいんじゃねえか……?
つうか、もし姿を見られたら俺自身が変な誤解を受けるのか。 間違いねえな。
まあ……良いか。
俺は昔の、色々な事を思い出しながら、ゆっくりと目を瞑った。
少々の寝苦しさと暑苦しさから、目が覚める。
先程目が覚めたときとは違い、大分視界も意識もはっきりとしている。
京介「……はは」
思わず、顔が綻んでしまうじゃねえか。
桐乃「……ん」
俺の胸にかぶさる様に、桐乃がすやすやと眠っていたから。
京介「……悪いな、本当に」
起こさないように、そっと桐乃の頭を撫でる。
心無しか、先程よりも若干、幸せそうな顔をしていた様に見えた。
京介「さて、と」
桐乃を起こさない様に、そっと体を動かし、布団の上へと寝かせる。
京介「大分楽になったな……熱も下がったか」
時計に目をやると、時刻は夕方。
あー。 そういや、黒猫たちの方はどうだったんだろうか? ちょっと電話してみるか。
布団の横にあった携帯を手に取り、一旦外へと出る。
携帯には何件かメールが届いていて、一応確認。
From 黒猫
あなたって本当に運が悪いわね。 まあ、仕方無いわ。 お大事に。
From 黒猫
あなたの莫迦な妹が、この世の終わりの様な顔付きで来たわよ?
そんな顔で横に居られても迷惑だから、帰させるわ。
うわあああ!
編集前の奴投下してました。 申し訳ない。
最初から投下しなおします。
桐乃「熱、少し下がってきたかな?」
京介「多分な。 体もさっきより全然楽だし、ほんと、お前のおかげだよ」
桐乃「そっか。 なら良かった……ひひ」
桐乃「でも、まだ安静だかんね? 明日、行くつもりっしょ?」
京介「……良く分かったな」
桐乃「あんたが考えそうな事くらい分かるっつうの。 兄妹じゃん?」
京介「へへ、そりゃそうだ。 ありがとよ、桐乃」
桐乃「別にいーって。 それより明日行くんだったら、今日はずっと寝てなさいよ? 本当なら、明日だって寝てた方が良いくらいなんだし」
京介「……おう。 分かった」
めっちゃ頼りになるなぁ、こいつ。
そういや昔……もう、2年くらい前になるのか? 桐乃がインフルエンザで寝込んでたこともあったっけかな。
あの時、兄貴っぽいことなんて、大して出来なかったっていうのに。 こいつときたら。
いっつも迷惑掛けられてる。 とか思ってたけどさ……迷惑掛けてんのは、俺の方なのかもしれん。
なんとなく、だけど。
桐乃のおかげだもんな、全部。
俺が今、こうして黒猫とか沙織とかとも上手くやって行けているのも、あやせとも話せたのも、馬鹿な話だが……家を追い出されたのも。
俺と桐乃が仲良くなれたのも。 多分。
桐乃「あ、あんた。 なに泣いてんの?」
京介「え? 俺……」
気付けば、涙が出ていた。
京介「わかんねぇけど……多分、嬉しかった」
桐乃「なに? あたしが来てくれて?」
京介「それも、これも。 全部だよ。 色々あったじゃん、俺たち」
京介「桐乃とは、喧嘩することもあった。 無理な事、頼まれたりな」
京介「お前に会いにアメリカ行ったこともさ、俺が黒猫と付き合って……お前が本音言ってくれて」
京介「そんな風にしている内に、段々とお前の事が分かるようになって」
京介「……今思うと、マジでくだらないことばっかだったけど」
京介「すっげえ、楽しかったな」
桐乃「……ふうん。 そっか」
桐乃は素っ気無く言ったが、顔はとても嬉しそうにしている。 何を考えているのかなんてのは、当然分かった。
だって、兄妹だから。
桐乃「あ、あたし、ちょっと黒いのと電話してくるから……!」
俺がじっと桐乃のことを見ていたら、桐乃は慌ててそんな事を言う。
京介「へいへい。 んじゃ、俺は寝ておくわ」
桐乃は小さく頷き、そのままの格好で部屋の外へと出て行く。 お前、それ着替えた方がいいんじゃねえか……?
つうか、もし姿を見られたら俺自身が変な誤解を受けるのか。 間違いねえな。
まあ……良いか。
俺は昔の、色々な事を思い出しながら、ゆっくりと目を瞑った。
少々の寝苦しさと暑苦しさから、目が覚める。
先程目が覚めたときとは違い、大分視界も意識もはっきりとしていて、俺は起きてすぐに目の前の光景を認識した。
京介「……はは」
思わず、顔が綻んでしまう。
桐乃「……ん」
俺の胸にかぶさる様に、桐乃がすやすやと眠っていたのだ。
京介「……悪いな、本当に」
起こさないように、そっと桐乃の頭を撫でる。
心無しか、先程よりも若干、幸せそうな顔をしていた様にも見えた。
京介「さて、と」
桐乃を起こさない様に、そっと体を動かし、布団の上へと寝かせる。
京介「大分楽になったな……熱も下がったか」
時計に目をやると、時刻は夕方。
あー。 そういや、黒猫たちの方はどうだったんだろうか? ちょっと電話してみるか。
思い出したらやはり気になってしまい、布団の横にあった携帯を手に取り、一旦外へと出る。
携帯には何件かメールが届いていて、一応確認。
From 黒猫
あなたって本当に運が悪いわね。 まあ、仕方無いわ。 お大事に。
From 黒猫
あなたの莫迦な妹が、この世の終わりの様な顔付きで来たわよ?
そんな顔で横に居られても迷惑だから、帰させるわ。
その二件のメールが届いていた。
……ぶっちゃけ、桐乃が来てくれなかったら今もまだ具合は悪いままだったかもしれねえし。
ありがとう、って言わないとな。
そう思い、黒猫に電話を掛ける。
数回のコール音がなり、繋がった。
「もしもし。 具合は大丈夫なのかしら?」
京介「桐乃と、お前のおかげでな。 ありがとよ」
「ふっ。 わたしはただ、お兄ちゃんに会いたいオーラを出しているビッチを帰らせただけよ。 何にもしてないわ」
京介「はは、そうかい。 んで、結果はどうだったんだ?」
「……来たわね、その話題が!」
やけに元気が良い奴だな……というか、なんかテンションが高い?
「実は、思いの他売れ行きが良くってね。 お昼過ぎには完売したのよ」
おお……おおお!
京介「本当か!? 良かったじゃねえか!」
「ま、まあ……わたしの同人誌なのだからね。 当たり前よ。 ふふ」
電話越しでも、にやにやしていそうな黒猫の様子が伝わってくる。 そんな声色だった。
京介「はは。 これで打ち上げも、気持ちよくできるな」
「そうね……桐乃が言っていた様に、大量の売れ残りが発生していたら目も当てられなかったわよ……本当に良かったわ」
京介「んだな。 ま、とりあえずはおめでとう。 一応、明日はいけそうだから、皆で回ろうぜ」
「ええ、分かったわ。 ぶり返さない様に、お大事に」
京介「おう。 んじゃ、またな」
そうして、電話を切る。
良かった。 無事、完売か。
なんか、俺が手伝ったのって本当に些細なことなんだが、それでもすげー嬉しいな。 本当に。
京介「よっし。 あ、そういや桐乃は知ってんのかな?」
あいつと黒猫が電話したのって、丁度昼くらいだっけ? ならまだ全部売れたのは知らないんじゃねえのかな?
報告、しときますか。
そう考え、部屋の中へと戻る。
敷かれている布団に目をやると、桐乃は未だにすやすやと眠っていた。
疲れていたんだなぁ。 こいつも。
俺は近くまで行き、そのすぐ横に座り、桐乃の顔を覗き込む。
京介「……こういう風に静かにしてれば、すげえ可愛いのに」
ううむ。 こいつ、黙ってればマジで世界一可愛いと思うんだが。 どうだろう?
口を開いた途端にクソ生意気な妹になるんだけどな。
……さて、そんな事よりそろそろ起こしてやった方が良いのだろうが、こんだけ幸せそうに寝られていると、随分と起こしにくいよなぁ。
で、俺がしばらく眺めていると桐乃が寝返りを打つ。
布団が捲れて、俺に背中を向ける感じで。
……尻尾が見えた。
京介「……んむ」
自分でも、良く分からない声が出る。
……やっべえ、超触りたい。
起きねえよな? さすがに本物の尻尾じゃねえし。
意を決し、そーっと、触ってみる。
ふかふかとした感触。 本物の猫の様な感じだな……その辺りはさすが黒猫ってことか。
そのまま尻尾を掴んだり、なぞったりしてみる。
……ほほう。 なるほど。
果てしない罪悪感がこみ上げてくるな、これ!
しかし込み上げては来た物の、俺には探究心というのも同時に込み上げていたのだ。
結局触るのをやめることはせずに、そんな感じで数十分、尻尾を握ったり耳を触ったりして遊んでいる内に、ふと閃いた。
閃いたっつうより、気付いてしまった。
京介「……やるか」
そうだ。 このくらいなら多分、桐乃も許してくれるはず……! 恐らく!
頭の中で結論付け、俺はポケットに仕舞っていた携帯を取り出す。
一枚くらいなら、撮っても大丈夫だよな!?
京介「よ、よし……」
ど、どの角度が良いだろう。 やはり正面からか……?
横顔も良いよなぁ。 ううむ。
……まさかのローアングルとか?
いや! それは駄目! 最低じゃねえかそれ!
ふ、ふう。 危ない危ない。 危うくとんでもない間違いを犯すところだった。
さて! それじゃあとっとと一枚撮ろう。
かなり悩んだが、桐乃の顔が良く見える正面から、一枚だけ撮ることにした。
京介「……お、良い感じだ」
カシャリ。
その音で桐乃が起きてしまわないかびくびくしながら、そっと離れる。
京介「案外……大丈夫なんだな」
んで、今撮った写メを確認。
やっべえ! これすげえ! 家宝じゃねえか!?
も、もう誰にも見せたくないな……これは。
俺はその写メを待ち受けに設定して、そっとポケットに仕舞う。
はー。
絶対許されねえぞこれ。 ばれたらあやせばりの攻撃が飛んで来るのは間違いねえな。
しかし、今日はとても運が悪い日だと思ったが、すげえ最高に良い日だったじゃねえか……。
こう言うと黒猫に怒られてしまいそうだが、まあ一気に良い日になったと考えれば良いか。
……さて、一仕事終えたところでそろそろマジで起こさねえとな。
京介「おーい、桐乃」
桐乃「……んー」
寝ながら返事してやがる。 こういう反応、地味に面白いんだよこいつ。
京介「……桐乃さーん」
人差し指で、頬を突付いてみる。
桐乃「……んっ」
すると、桐乃はパッと目を開き、俺の方に顔を向けた。
こ、こわっ! 体を触られるとすげえ速度で起きるなこいつ!?
京介「お、おはよう」
桐乃「……えっと」
桐乃は寝惚けているのか、自分の姿と俺の姿、そして状況を確認する様に首を振って、辺りを見回す。
猫耳が未だに付いているからか分からんが、まるで猫みたいな動作だ。
桐乃「あ、あんた……もしかして襲おうと……!」
京介「何故そうなる!? 俺が起きたらお前が寝てたんだよ! だから寝かせてやってたっつうのに!」
桐乃「あ。 そうだったんだ。 ふーん」
未だに少しばかり眠そうな目をしながら、桐乃は俺の顔をじっと見つめる。
京介「な、何か?」
桐乃「あんた、本当にヘンなことしてない? ぜったい?」
京介「……お、おう。 勿論だ…………多分」
最後はすっげえ小さい声で言う。 桐乃も中々に鋭いからな、注意しねえと。
桐乃「ひひ。 ま、いーや。 布団さんきゅ」
桐乃はどうしてか笑っていて、俺には理由が分からんが……まあ、そう言うなら良いのか?
桐乃「てゆーか、もうこんな時間? 寝すぎたぁ!」
分かるぜその気持ち。 損した気分になるからな。
京介「ま、俺も起きたら夕方だったから」
桐乃「ふうん。 そーいえば、具合はどうなの?」
京介「ん。 大分良くなったぜ。 桐乃様のおかげだよ」
桐乃「へへ、もっと讃えて良いんだよ?」
京介「これ以上どう讃えろっつうんだよ。 一応、かなり感謝してるからな」
桐乃「へえ。 じゃあ、お礼は?」
京介「……えっと、ありがとう?」
桐乃「はぁ。 そうじゃなくてー。 前に黒いのがゆってたじゃん。 お礼の度にキスしてんのかって。 だからぁ……ね?」
いたずらっぽく笑いながら、桐乃はそんなことを言う。
京介「は、はあ!? おま、お前! 俺の風邪が移って頭おかしくなったんじゃねえの!?」
桐乃「はぁ!? って言いたいのはこっちなんですケド! 可愛い妹がゆってんのに頭おかしいってひどくない!?」
京介「自分で言うんじゃねーよ! つうかお前はそんなに俺とキスしたいのかよ!?」
桐乃「ちょ、んなワケないじゃん! 冗談に決まってるっつうの! 調子のんな!」
で、いつも通りにこうやって口論が始まる訳だ。
京介「……お、おう。 そりゃあ、冗談なら悪かったが……お前、そろそろそれ取った方が良いんじゃね?」
そう言って、桐乃の頭にあるそれを指差す。
桐乃「へ? それって……」
両手を使い、自分の頭を確認する。 ようやくそれに気付いたか。
桐乃「……も、もっと早くゆってよ」
京介「……わり」
桐乃は恥ずかしそうに猫耳を外し、次に尻尾を確認する。
桐乃「……あれ?」
京介「あん? どうした?」
桐乃「いや……なんか、すごく尻尾が曲がってるんだケド」
心当たり、ありまくりなんだケド。
京介「た、多分……寝てたからじゃね?」
桐乃「そか……なるほどね」
京介「おう」
桐乃「京介、触った?」
京介「……なんて?」
桐乃「あたしの尻尾、触った?」
京介「……布団に寝かせる時に、少し」
桐乃「ほんとに、少し?」
京介「……すいません、大分触りました」
桐乃「……変態っ!」
京介「わ、悪かったよ……でも、気になるじゃねえか、やっぱり」
桐乃「ふん。 べっつに、起きてる時でも「触らせてくれ!」って頼めばオッケーするのに」
京介「ただの変態じゃねえか! 俺!」
桐乃「だって変態じゃん? んで、どーなの?」
京介「た、頼めるかっつうの!」
桐乃「頼まなくても良いケド。 触りたいのか触りたくないのか。 はっきりしてよ」
なんでこいつは若干不機嫌なんだよ! マジ意味わからねえぞ、おい。
京介「そりゃあ……どっちかっていうと、触りたいけどな」
てかさ、まず冷静に考えよう。
なんで俺は病み上がりに、妹とこんな話をしているわけ? おかしくね? いやもうこんな感じの展開に慣れつつあるから、若干怖い。
桐乃「ひひ。 じゃあいーよ。 どーぞ」
そう言うと、桐乃は尻尾を俺の方へと向ける。 なんだよこの図は……。
京介「……おう。 じゃあ、いくぞ?」
桐乃の表情は見えないが、頭が上下に動くのを見て、頷いたのだと理解した。
京介「……」
ちょっと待てよ、なんで俺と桐乃はこんな構図になってんの!? どういう流れだよ!?
その考えが頭を過ぎったのは一瞬で、俺はすぐに忘れる。
で、触った。
京介「……ふむ」
な、なんだ……さっきとは違った感覚だ。
罪悪感ではなく……達成感か!?
待て待て、そんなのはまやかしだろ。 明らかにそこにあるのは……ただの馬鹿な兄妹ってだけだ!
桐乃「んふっ……」
京介「何エロイ声だしてんの!?」
びびるぜ。 急に変な声出しやがって。
桐乃「だ、だって……あんたがいきなり触るから……」
ええ!? なに、この尻尾って感覚伝わってんの!? すっげー!
京介「わ、悪い……」
俺が謝ると、桐乃は体を俺の方へと向ける。
桐乃「……ぷ。 冗談に決まってるじゃん。 べっつに尻尾触られても、なんも感じませんケド~?」
そりゃそうだよな! 少し前の感動を返せ!
京介「し、知ってたし!」
無意味に強がる俺。 対する桐乃は全て見通したかの様に「はいはい、そーですか」と返した。
そして、立ち上がった桐乃の姿をみて、俺はふと気になったことを聞いてみる。
京介「そーいやさ、耳ってカチューシャみたいになってるんだよな? 尻尾ってどうやって付いてんの?」
桐乃「耳はそーだケド。 尻尾は安全ピンで留まってんの。 あの黒いのが付けてるのもそーだよ」
桐乃「けどぉ……あいつが持ってる奴の中には、直接縫い付けてるのもあるみたいだけどね。 気合い入りすぎだよね~」
京介「ふうん。 案外簡単に付いてるもんなんだな」
桐乃「そんなもんっしょ。 てゆうか、どういう風にくっついてると思ってたの?」
そりゃ、当然あれだろ。 アレ。
京介「いや、直接ケツに……」
桐乃「な、ななな! んなワケあるかっ!!」
桐乃「あんた、あたしをどんな目で見てるワケ!? そんなことしてんのはエロ動画だけの話だかんね!」
京介「そ、そりゃそうだよな! 悪い!」
京介「ん……? てか、桐乃」
桐乃「……なに?」
京介「お前、なんでそーいう動画があるって知ってんの?」
桐乃「ぶっ! そ、それは……ゲームで、そうゆうのあったし?」
ああ、そういうことか。 てっきり桐乃がエロ動画漁りまくってるんじゃねえのかって心配しちまったよ。
ゲームなら良いか、ゲームなら。
こういう風に思う俺って、感覚ずれてたりすんのかね?
京介「……」
桐乃「……」
俺、妹とどんだけ深い話しているんだろうな……?
俺と桐乃との間に沈黙が訪れて、冷静になると、なんかじっとしているのが辛い空気なんだけど。
京介「よ、よし! 飯作るか!」
桐乃「……いや、あんた一応病人じゃん」
京介「も、もう大丈夫だから」
桐乃「安静にしとけっつったでしょ! あたしが作ったげるよ。 ご飯」
京介「……おう。 頼むわ」
桐乃「おっけ。 じゃあきりりん特製料理、楽しみにしてて」
桐乃は向きを変え、台所へと歩いて行く。
と、とりあえずは乗り切ったか……。
よし、俺も気持ちを切り替えていこう。 さっきのおかゆも美味かったし、期待していいよな。
桐乃「出来た! ちょー美味しそう!」
テーブルの上に作った物を置きながら、桐乃はそんな事を言う。
京介「……うお、本当だ」
おかゆ……じゃなくて、リゾットか? それと、スープ。
つか、すげえな本当に。 ここまで上手くなれる物なんだなぁ。 感動だぜ。
桐乃「ゆっとくけどさ、レトルトとかじゃないからね? ちゃんと一から作ったんだから」
京介「おう……めちゃくちゃ美味そうじゃん」
桐乃「でしょでしょ? こっちのスープは、卵とか生姜とか入ってるから、風邪に効くはず。 こっちのはふっつーのリゾットだけどね。 食べやすいかなって思って」
やべー。
もうさ、天使って言葉に代わって桐乃って言葉になっても良いんじゃないかって思うわ。 ほんとに。
つか、俺、泣きそう、マジで。
京介「……うう。 ありがとよ、すっげえ嬉しい」
桐乃「なに涙目になってんの、キモ」
桐乃「まぁ? 今度しっかり恩返ししてもらうから、覚悟しときなさいよ?」
京介「おうおう。 何でも働いて返してやるよ。 期待しとけ」
京介「んじゃ、冷めない内に食おうぜ」
俺と桐乃は手を合わせ、一緒に飯を食べる。
恐ろしい事に、時刻は午後7時だ。 習慣って本当にこえーな。
んで、肝心の味の方なんだが。
数ヶ月前のカレー事件に比べたら、まるで天と地の差だ。 超美味い。
てか、リゾットって作るの難しいとか聞いた気がするんだが……この妹、末恐ろしいぞ。
こいつのことだから、努力したんだろう。 だってそりゃあ、気づいちまったからな。 最近、爪とかあんまオシャレにしてなかったのはそういう事なのだろうと、今更ながらに。
桐乃「一応、ネタばらしすると」
桐乃が一足先に飯を食べ終え、口を開く。
桐乃「レシピとか、黒いのに教えてもらった奴だから。 風邪に効きそうな料理教えてくれたの」
京介「そっか。 けど作ったのはお前じゃねえか。 ぶっちゃけ、それだけで俺もう泣きそうだからな」
桐乃「どんだけ涙腺弱いのよ……てか、殆ど泣いてたじゃん」
京介「……うっせ。 ほっとけ」
だってよー。
いくら教えたのが黒猫って言っても、聞いたのはお前じゃん。
風邪に効きそうな料理をわざわざ聞いて、作ってくれたのはお前じゃねえか。
それで感動しねえ奴なんて、いないっつうの。
桐乃「んじゃ、これであんたの風邪もばっちりっしょ? これで明日も引いてたから、マジで許さないから」
京介「……はは、そりゃあウィルスの方に言ってくれや」
桐乃の脅しが効いたのか、面倒を見てくれたのが効いたのか、それとも手料理が効いたのか。
俺的に一番効いたと思えるのは、携帯の待ち受けにもなっているこの画像なのだが……。
まあ、とにかく風邪は次の日にはすっかりと良くなっていた。
第十五話 終
以上で本日の投下終わりです。
投下ミスすいませんでした。
乙、感想ありがとうございます。
焼き依頼出しときました
>>938
すいません、ありがとうございます。
次の話で埋まりそうですので、埋まり次第新スレ立てます。
残りレスありましたらURLにて誘導します。
このSSまとめへのコメント
やばいな