削板「久し振りだな、百合子!」(1000)
削板と一方通行♀が幼馴染だったら萌えるなーという妄想の産物です。
初投下なので色々勘弁してもらえると嬉しいです。
・当SSの一方さんは百合子たん
・ロシアから帰国後。新訳?新入生?何それおいしいの?
・削板はじめ色々とキャラが行方不明
・三主人公各陣営+御坂あたりが当たり前のように絡む
では投下します。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1349606218
「久し振りだな!」
いつものように打ち止めが一方通行と共に公園を散歩していたところ、ハチマキにボタンをひとつも止めていない白の学ラン、加えてその下には旭日旗模様のシャツというとんでもないファッションの少年に声を掛けられた。
自分の知人ではない。となると隣を歩く一方通行の知り合いだろうか。
同居人数名、妹達、様々な研究者、あるいは彼女がひた隠しにしている裏社会の同業者―彼女の交友関係全てを把握しているわけではなかったが、それでもこの少年は彼女の知人のようには思えなかった。打ち止めにはまるで彼女の正反対に位置する人間に見えたのだ。
しかしながら反応を示さない一方通行を見て訝しむような顔をしてから、少年はもう一度確認するように声を掛けた。
「久し振りだな、百合子!」
「………。」
「この人あなたの知り合い?ってミサカはミサカは疑問形。」
答えを聞かずとも、この少年と彼女の間に何かしらの関係があることは直ぐ知れた。
彼女は人違いなら「あァ?」とか何とかとても年頃の少女だとは思えないような声と表情で擦れ違った人物を一蹴し、そしてさっさとその場を去ってしまうだろうから。
そうはせず、まるで死んだ人間が生き返って目の前に現れたかのように呆然とした彼女の表情を見て、そして自分の手を握る彼女の手にぎこちなく力が入るのを感じて、打ち止めは彼女とこの不思議な出で立ちの少年の間に何かしら蟠りのようなものがあるのを直感的に理解した。
「………誰だオマエ。」
「何だよ、相変わらずつれないやつだなぁ!」
「どうやってごますかなァ」とたっぷり10秒は考え込んでその反応はない、と打ち止めは思った。嘘が下手というレベルじゃない。しかしながら少年は気にした様子もなく、気軽にばしばしと彼女の華奢な肩を叩いた。
それこそ豪快な中年男性が久々に会った親戚の子供にするような、少しばかり乱暴で、同時に酷く気さくな触れ合いを一方的に行なっていた少年は、ふと首を傾げた。ばしばしと彼女を叩くのを止め、さわさわと今度は彼女の肩を撫で始める。
「………??」
「反射されない??」
少年は小さく呟くと、今度は噛み付き癖の酷い犬に対してそれでも恐る恐る接触を図るように、人差し指でつんつんと一方通行の腕をつつく始末であった。何だこの人は猛獣扱いなのか、いやさして違いはないが、と打ち止めは思っても口にはしなかった。
「……オマエは反射される前提であンな勢い良く肩叩いたのかよ。」
彼女は心底呆れ果てたというふうに溜息を一つ、それから打ち止めと繋いでいた左手を離し、その左手で相変わらず不躾に自分の体をつつくばかりの少年の手をそっと払い除けた。その仕草が当たり前の少女のように酷く柔らかいのを、打ち止めは間近で見た。
「根性で反射を突破できないもんかと思ってな。」
「オマエって昔からそういうヤツだよなァ……。」
「お?俺を知らない振りするのはもう諦めたのか??根性ないな。」
「オマエは俺が認めるまで何が何でも付き纏うだろうからなァ……。」
「さすが百合子、俺のことをよく分かってるな。」
かか、と少年は愉快そうに笑った。
彼女とこの少年が嘗て深い付き合いであっただろうということが、打ち止めには容易に理解できた。ほんの2分にも満たない短い時間で交わされた簡単な会話が、その事実を雄弁に語った。
それに対して打ち止めは嫉妬のような感情は抱かない。何せ彼女と一方通行の付き合いはたかだか数ヶ月のものである。自分の知らない彼女の一面があることも、幼い彼女は健気にも理解していた。
「オマエは……変わらねェんだな………。」
一方通行が憧れるような、羨むような、それと同時に疎ましく思うような複雑な視線を向ける。そして少年はその複雑な色には気付かなかった。いや、気付いていたのかもしれないが、その意味は理解できなかっただろう。
「百合子だって変わってないだろ?」
「ん?でもあれ?反射はしなくなったな?やっぱり変わったのか??」
「…オマエの根性が俺の反射を破ったンだろうよ。」
「俺の根性はとうとうそこまで達したのか!しかし何だかあっさりしていて納得行かないな。」
実際には、彼女の反射を擦り抜けてその肌に触れたことのある人物は上条当麻を除いて他にいない。今はそもそも能力を使っていないのだから話が別だ。
木原数多は確かにダメージを与えているが直接触れてはいないし、垣根帝督もそうである。それくらい、彼女の肌の感触というのは、本来であれば貴重なものであった。
「さっきから気になってるんだが、そっちの子は誰だ?妹にしては似てないし…?」
「ミサカはミサカは打ち止めっていうのよ、よろしくね!って可愛らしく自己紹介!!」
「俺は削板軍覇、超能力者の第七位をやってるぞ。よろしくな!」
少年は打ち止めの髪を荒っぽく撫ぜた。若干力を入れ過ぎている感はあるが、愛情を感じられる大きな掌であった。初対面の間柄ではあったが、不思議と嫌悪感はなかった。
打ち止めは自分、あるいは一方通行に害を為す人間をほとんど本能的に峻別できる。彼は信頼に足る人物なのだと思った。
「つゥかオマエここで何やってるわけ?」
「ん、俺か??最近所属する研究所が変わってな、周囲の散策がてらランニングだ!」
「オマエ未だに研究所たらい回しにされてンのかよ。」
「お前に言われたくないな!百合子は酷いときは2ヶ月くらいでまた別の研究所に移されてたじゃないか!!」
『百合子』
先ほどから繰り返し呼ばれる女性の名前。
打ち止めはそれが女性の一般的な名前のひとつである、ということを理解している。ただ、その名を持つ女性を実際には知らない。
そして彼女は一方通行の本当の名前を知らない。
この2つの事実を繋ぐ極々シンプルな推測に、聡い彼女が至らない理由はなかった。
「お前は今どこの研究所にいるんだ??この辺りなのか??」
「………。」
一方通行が口を噤む。削板と名乗った少年は答えにくそうに視線をそらす彼女の様子を不思議そうに見ていた。
「…俺はもう、どこの研究所にも属してねェよ。」
「……どういうことだ?学園都市第一位が研究所に所属してない??」
それまで気軽な調子で話していた少年が、ふと顔を顰める。そうしてそっと目の前の華奢な少女の両肩を掴んだ。力はほとんど入れていないのだろう、杖がなければ自立もままならない彼女の体が揺らぐようなことはなかった。
そうして少年は彼女の姿を改めて確認する。何かとんでもない見落としがないか、恐れているかのような視線であった。
「24時間365日フル稼働だった反射がない………。この杖も…………。」
「本当に、何があったんだ……百合子???」
「………だからオマエの根性が、俺の反射を破ったンだって言っただろォがよォ。」
両肩を掴まれたまま、少女は目線を逸らした。肌どころか睫毛まで真っ白な瞼が、悲しげに一つ、ゆっくりとした瞬きをした。
少年の真っ直ぐで強い目は、それでも彼女を捉える。それに批難するような色はなく、ただ目の前の少女を気遣う気持ちだけがあった。
「それは嘘だろう?」
「なぁ、教えてくれ百合子。俺と会わない数年の間に何があったんだ??」
「……………お前に話すことはない。」
当たり前の少女のように揺れていた瞳が、意を決したように定まる。打ち止めはこのような彼女の表情を幾度となく見たことがある。何かを守るために、自分の気持ちも、宝物も、あっさりと切り捨ててしまうことを決めたときの表情だった。
そして彼女は体温など感じさせない冷たい声で、少年を突き放す言葉を告げる。
「俺のことは忘れろ。」
「俺はもう、お前の知ってる百合子じゃない。」
彼女はもう一度、左手で少年の腕をそっと払い除けた。はっきりと拒絶する風ではなく、どうか諦めて欲しいと懇願するような、切なげな仕草であった。それに対して声は酷く冷め切っていて、少年はそのちぐはぐな印象に戸惑った。
「じゃあな………、軍覇。」
最後に酷く優しい声で名前を呼ばれ、少年はその場に縫い止められたように動けなくなった。
本日はここまでです
こういうところに小説を投下したことがないので普段書く通りの形式で書いたのですが
読みにくかったら言ってください
台本形式は苦手なのでできないですが改行とか工夫します
前作プリーズ
>>1です
皆様反応ありがとうございます
今日はほんの少しだけ投下します
>>12
これが初投下なので前作などはございません
今後別の作品を投下する心積もりがあるのでその際にはぜひご贔屓にして頂けると嬉しいです
昔なじみの少女は打ち止めと名乗った少女の手を引いて行ってしまった。そのスピードは杖をついているにしては速いとはいえ、当然彼にとっては十分追いかけることができる程度でしかなかった。
だが彼はそうしなかった。
(脚が悪いようには見えないな…)
振り返りもせずに去っていく後ろ姿を注意深く観察してみるが、足どりはしっかりしたもので、杖つきにありがちな左右のバランスがちぐはぐであったりするようなところはない。だとすると視力障害者が足元確認のために使う杖のようなものかとも思ったが、杖先で前方を確認しているような様子もないし、何より杖の形が妙である。
(そもそも反射を持つ百合子が目にしろ脚にしろ傷めるような事態が思いつかん…)
金属バットだろうが刃物だろうが銃弾だろうが、恐らくはもっと大規模な兵器ですらものともしないその能力。それを打ち破って彼女を傷つけることができるものがそうそうあるとは思えない。
(第一、今も反射を使っていなかった…)
昔からいつ誰に絡まれるか分からない、と言って常に反射膜を展開していた。その状況が今は改善している、とは思えない。目立つ容姿、華奢な体、見た目だけなら格好の不良の餌食である。あの白い肌だって、まともに日光に晒されれれば直ぐ痛むだろう。素直に「反射をしないで済むようになった」とは考えにくい。
(何かしらの理由で、反射ができなくなってるのか…?)
それならば「今現在研究所に所属していない」というのにも納得がいく。能力がなくなってしまえば超能力者の第一位であろうとただの人である。
ただ、どういった経緯で能力を失ったのか、それについては全く想像がつかない。
(本当に、どういうことなんだ……百合子?)
彼女を取り巻く環境がどれだけ異常であるか、彼も同じ超能力者であるからこそ十分に理解しているつもりであった。その特殊な環境が、当たり前の少女と同様に、あるいはそれ以上に繊細な感性を持った彼女に何をしたのか、彼には全く想像ができなかった。
「ねぇあなた、さっきのお兄さん放っておいて大丈夫なの?ってミサカはミサカはお節介を焼いてみたり。」
振り返らない一方通行に対して、打ち止めは時折後ろの少年の様子を窺うようにちらちらと視線を動かした。詳しいことは全く分からなかったが、彼は自分と同様に彼女の身を案じる人物であるようだった。蔑ろにするのは多少後ろめたい。
「アイツもあンなだが一応超能力者だ。人に話せない事情があるってことくらいは理解しただろうよ。」
口調は厳しいが、打ち止めの手を握る力は酷く優しい。一方通行は自分を気遣ってくれる人間の尊さを理解している。彼を突き放したのは彼の為を思ってのことだろう。
彼女の抱えるものはあまりにも重すぎた。いくら彼も超能力者とはいえ、何も知らない少年をその重苦しいものに巻き込むようなことはしたくないのだろう。
(でも人に話せない事情があるのを理解することと、それでも追求することは別問題よね、ってミサカはミサカは内心思ってみたり)
きっとあの少年はまたこの人の目の前に姿を表して、要らぬお節介を焼こうとするのだろう、と打ち止めは思った。一方通行が背を向けて立ち去ろうとする瞬間、戸惑いとともに確かにその目に宿っていた何がしかの決意を信じてみたい、と打ち止めは思った。
「………オマエはいいのかよ?」
信号で立ち止まり、そこで彼と別れてから初めて一方通行は打ち止めの顔を見た。いつもの顰め面の中に、僅かな動揺の色が見られた。動揺―自身の過去を知る人物が現れたせいだろうか。その表情の揺れを知らぬ振りして、何喰わぬ顔で質問に質問を返す。
「何が?ってミサカはミサカは首を傾げてみたり。」
「オマエは俺とアイツの関係が気にならねェのか。」
「うーん、全く気にならないわけじゃないけどね、」
「ミサカが出会ったのは『一方通行』のあなただから、あなたが百合子だろうと薔薇子だろうと関係ないのだ!ってミサカはミサカは器の大きさを見せつけてみたり!」
嘘ではない。
あなたはどんな子供だったの?
何を考えて過ごしていた?
どんな遊びが好きだった?
嫌いな食べ物ってあった?
親は?兄弟は?友人は?
訊きたいことはそれこそ山のようにある。
でも、訊きはしない。
そんなことよりも今こうして共に過ごせることの方が大事であった。そんな打ち止めの心理を察してかどうか、手を繋ぐ相手は素っ気なく言った。
「そォかよ。」
「ふふっ、あなたってば照れ屋さんね、ってミサカはミサカはからかってみる。」
信号が青に変わったのを見計らって無言で手を引く横顔に、幼い少女は穏やかな笑みを浮かべた。
本日は2レスだけです
とりあえずしばらくは台本形式ではなくこの形式でやってみます
1です。フランス対日本見ながら投下します。
本日は百合子たん入浴シーンです。サービスシーンです。
皆さんお好きなように百合子たんの肢体を想像しながらお読み下さい。
ちなみに1は百合子たんは無毛であると頑なに信じております。
ではどうぞ。
生ぬるいシャワーが浴室の床を濡らす。水滴の落ちる音がいつもより響くように感じた。
正面の鏡はうっすらと曇って、それを見ていると元よりぼんやりとしていた思考に更に靄がかかるような気がした。いっそ水風呂でも入りたい。
(何とまァ、懐かしいヤツと会ったもンだ)
部屋数であったり、台所等の設備であったりもそうだが、一方通行が間借りしている黄泉川宅は学園都市の住居としてはかなり贅沢な造りになっており、浴室もゆったりとしていた。洗い場は勿論、浴槽も彼女と打ち止めが二人で入っても窮屈にはならない。
ただ、今日に限っては一方通行が一人で入浴していた。
(4年振り、ってところかねェ)
普段彼女らが一緒に入浴しているのには色々理由がある。単純に仲がいいということもあるし―一方通行は素直に認めないが―危なっかしい打ち止めを見守るためでもあるが、実のところ体の不自由な一方通行のためでもあった。
歩行に不自由している彼女にとって、濡れた浴室の床というのは結構な難敵だ。打ち止めもそれを重々承知しているからこそ、鬱陶しがられても毎度毎度一緒の入浴を申し出るのだが、今日はその限りではなかった。
(クソガキにまで気を遣われるとはなァ)
「あなたってば散歩から帰ってきて以来ぼーっとしてるよ?具合悪いのかもしれないし、お風呂入って寝ちゃえば?ってミサカはミサカはアドバイス。」彼女はまるで気の強い姉のような調子でそう言った。決して「彼と会ってから様子がおかしい」とは言わない辺りが何ともいじらしい。
自分があの少年、削板軍覇と出会って動揺しているのは自覚している。
するな、という方が難しい。
一方通行には長い付き合いがあると言える人物が、彼を除いていなかった。そんな人物に、こんな変わり果てた姿を見られて平静でいられる方が余程異常だ。
実際には、彼女の姿はさほど変わりない。病的なまでに白い肌も、蜘蛛の糸のようにきらきらと透ける白い髪も、獣めいて獰猛な赤い目も以前からのものであるし、華奢な体格も元々だ。確かに杖をついているが、歩くスピードは早く、不自由さは感じさせない。
にも関わらず、彼女は自身が「まるで別物に変わってしまった」と認識していた。
そして変わってしまった自身を見られたくないと思っていた。
(無理だろォがよォ…)
今だって、自分で自分の姿を見ることすら恐ろしいのだ。
浴室の鏡、その向こうに映る自分自身の姿、服を剥ぎ取ったその腕に、脚に、顔に、髪に、背中に、胸に、赤黒い血がこびりついていやしないかと。
暗部の仕事で手を掛けた人間のことなど気にかけていない。彼らは自分と似たり寄ったりのクソッタレだった。自分の血が自分の体に付いたところで気にしないように、彼女はクソッタレどもの返り血など気に留めていなかった。
自身を戒めるのは、全部同じ血だ。
同じ遺伝子を持った、何の罪もない少女たち。
10031人の少女の、血が、肉片が、脳髄が、眼球が、胃が腸が肝臓が、肺が、心臓が、自身にこびりついている。
確かに何もかもを反射していたはずなのに。
こうして浴槽に浸かっていても、乳白色の湯が赤黒く濁ってこないのが不思議で仕方がなかった。
普段だったら、きっとあの少女がこんな後ろ向きな自分を諌めてくれるのだろう。聡い彼女が一方通行の変調に気付きながらそれでも放置を選んだ理由を、一方通行自身も理解していた。
この気持ちの問題は、自分自身で解消しなければならないのだ、と。
「一方通行はどうしたのかしら?」
自身と打ち止めのため、二杯分ココアを用意しながら芳川桔梗は訊ねた。どうせ風呂上りの一方通行は缶コーヒーを飲むだろうから、彼女の分の用意は要らない。
因みに家主の黄泉川愛穂は警備員の仕事で出掛けており、番外個体は一方通行を遥かに上回る不摂生の末昼夜逆転生活を漫喫中だ。
「古い知り合いに会って、頭がこんがらがってるみたい、ってミサカはミサカは内緒話。」
「あの子の古い知り合い?研究者かしら。」
「同じ年くらいのお兄さんだったよ、超能力者って言ってたけど、ってミサカはミサカは詳しいことを知らないって白状してみたり。」
「あら意外。あの子に同年代の男友達なんていたのね。」
芳川は一方通行の理解者ではあるが、付き合いが長いとは決して言えない。絶対能力進化実験の開始に伴い知りあったのだから、ざっと4年ほどの付き合いだろうか。
従って彼女も、案外と一方通行の過去には詳しくないのだ。実験のための様々なデータは幾つも目にしたが、さすがにプライベートな交友関係までは網羅していない。
「超能力者ねぇ、どこで知り合ったのかしら。」
絶対能力進化実験の際、被験者が過去に参加した実験の内容はデータとして渡された。その中に他の超能力者と一緒に参加した、というような記述はなかったと記憶している。彼女も曲がりなりにも優秀な科学者である、その辺りの記憶違いはないだろう。
「……興味あるわね。」
「それは科学者として?ってミサカはミサカはココアをふーふーしながら訊いてみたり。」
「いいえ、完全に一個人としての興味よ。」
科学者とは非常に好奇心の強い生き物だ。だが、彼らの好奇心は職務上の問題にのみ発揮されるものではない。科学者だから好奇心が強いのではなく、多くは好奇心の強さ故に科学者になったような者だ。
そして今、芳川桔梗は厳密には科学者ではない。知識も技術も科学者たりうるだけのものを持ち合わせているが、生憎ポストがない。その結果として、彼女の好奇心はここ数ヶ月酷い放置プレイを受けていたのだ。
そうして飢えに飢えた好奇心を煽る餌がひとつ、ぽとりと目の前に転がってきたのだった。
(超能力者第一位の女の子と、昔馴染みの同じく超能力者の男の子。何だか気になるわ、ゴシップ的な意味で)
そうして芳川桔梗は、極々軽い気持ちで知らず知らずに一方通行と呼ばれる少女の根幹をなす物語に触れることになるのだった。
本日はここまでです。
ではサッカーに集中します。
こんばんは、大分寒くなって来ましたねぇ。
今日は百合にゃんと削板くんの出会いの話を投下します。
二人の出会いは、さほど特別なものではなかった。いわゆる極々当たり前のボーイ・ミーツ・ガール。活発な少年が引っ込み思案で寂しがりな少女を見出し、お互いの特別になっていく、そんなありふれた出会いだった。
ただ少しばかり世間一般と違っていたのは、二人が二人とも、幼かった当時既に上位の能力者として位置づけられていたことだろう。
「げンせき?」
鈴科百合子は聞き慣れぬ言葉を耳にして、読んでいた本から視線を上げた。その仕草は小学校低学年という年齢に相応しい可愛らしいものであったけれど、彼女が手にしていた本は大学生が四苦八苦して漸く読むような難しい学説を論じたものであった。
「まぁ、天然の能力者みたいなもんだよ。君に会わせたいんだ。」
「ふゥん。」
当時の彼女を囲む環境は、そこまで異質ではなかった。ただそれと同時に、少しずつ薄暗い影が差し始めた頃でもあった。知識だけはそこらの大人も舌を巻くほどのものを持っていた彼女でも、それらの影を拒絶するだけの判断力は持ち合わせていなかった。
そうして彼女は知らず知らず学園都市の深い闇に身を沈めることとなるのだが、彼、削板軍覇は、彼女に僅かしか許されなかった当たり前の子供時代の最後に漸く現れた存在であった。
「そぎいたぐんはだ、よろしくな!」
「……すずしな、ゆりこ。」
彼女は久し振りに自分を見下ろすのでもなく、横目に窺うのでもなく、見上げるのでもない視線を受け止めた。
この頃の彼女は同じ研究所に所属する子供たちとも異なるプログラムを受けていて、同年代の子供たちとも廊下などで擦れ違うばかりで真正面から向き合うことがなかった。聡い子供たちは既に彼女が自分たちとは異なる存在だと気付いていて、何となく遠巻きにしていた。
大人たちもさして変わりはない。あらゆる課題をそつなくこなす彼女を喜ばしく思いながらも、同時に不気味に思っているような気配があった。
既にそういった環境に囲われつつあった彼女にとって、何の含みもない彼の真っ直ぐな視線は新鮮なものとして受け止められた。
「………へンなやつ。」
お互いを担当する研究者が偶然にも知り合い同士だったらしいから、彼らがお遊び半分でセッティングしたのだろう。科学の粋を凝らして生み出された超能力者と自然発生した原石との接触が、彼らの能力にどんな影響をもたらすのか、科学者として興味がそそられるのは自然のことだった。
能力者の精神は能力に大きな影響をもたらすが、その精神自身も些細なきっかけで様々な変化を見せる。幼い頃となると尚更で、些細な出来事で能力が強化されたり、安定化したり、はたまたその逆の変化を見せることも珍しくなかった。
担当研究員達はこの出会いで二人の能力に変化が出れば面白いし、そうでなくとも子供たちは放っておいて大人同士茶でも飲みつつ愚痴でも言い合えればよかったのだろう。子供たちは念のため対能力者用の設備が整った部屋に二人きりで押し込められたのであった。
「オマエののうりょく、どンななの?」
「じぶんでもよくわからん!」
「なンだそれ?」
初対面の子供たちの会話は、好きな遊び、最近面白かったこと、嫌いな食べ物など取留めもなく話題の中心が移り変わっていって、やがて当然のように彼らを特別たらしめている「能力」に行き着いた。
「じぶンでのうりょくよくわかンねェの?えンざンどうやってしてるわけ?」
「えんざんとかしてないぞ。こう、どばーんって、ずごーんって。」
「ぜンぜンわかンねェ。」
見た目こそ幼いが、当時の彼女は既に学園都市の生み出した「能力」というものをそこらの大学生以上には理解していた。彼が持つ得体の知れない能力に、彼女も一人の科学者のように、単なる子供の好奇心以上の知識欲を煽られたようだった。
「みせてみろよ、このへやならたいがいのことやってもへいきだから。」
彼女のために誂えられた専用の部屋は、ちょうど学校の教室1つ分ほどの大きさだった。
いかにも特殊な加工を施してありますと言わんばかりに鈍く光る金属製の壁、申し訳程度に子供が漸く潜り抜けられるサイズの窓が幾つか開いていて、人工的な光が満ちる部屋の中に辛うじて自然の光を導いていた。反対側の壁には打って変わって大きな分厚いガラス窓が嵌っていて、その向こうには研究者達のデスクやら得体の知れない機材やらが見える。
劣悪な環境の中でも、それでも真っ当に成長しようとしている子供らを嘲笑うように、時折監視カメラの呻く音が響いた。
「みせてもいいけど、まきぞえでけがしてもしらないぞ?」
「ン、きけンなのうりょくなのか?」
「あぶないっていうか、こう、どかーんってしょうげきはみたいのが。」
彼女は、彼の能力は戦闘向きの能力であるらしいと判断した。今でこそ「核を撃っても大丈夫」と嘯く彼女であるが、当時はそこまで自身の能力に自信を持っていたわけではなかった。うーン、と少し首を捻ると、何もない壁を指差す。
「そっちのカベ、ねらってみろよ。」
彼の能力の余波を受けるくらいならば問題ないだろうと判断したのか、彼女は指さした壁とは反対側に移動する。彼は彼女が自分の背中側に回ったのを確認すると、じゃあいくぞ、と一声掛けて拳を振るった。
金属製の部屋が、まるで雷が目の前に落ちたような酷い轟音と共に揺れた。彼の拳を受けた壁は若干黒く煤けていたが、ほんの気持ち程度凹むだけで済んだようであった。
「このカベこんじょうあるな!おれのすごいパンチをうけてもむきずなんて!!」
「おれがこわさないようにとくべつせいだからなァ。」
「おまえののうりょくも、こんなカベがないとふせげないようなつよいやつなのか?」
「つよいっていうか、なンつゥか。たぶン、いちどみたからおまえにパンチされてもへいき。」
この時の彼女は彼の能力の全容を理解したわけではなかった。学園都市の優秀な科学者たちと最新の技術が何年かけても解明できていないものを、さすがの彼女といえど一瞬で把握できたわけではない。
だが一方で、子供の適応力というのは恐ろしいものがある。彼女は彼の能力を数値化できたわけでも言語化できたわけでもなかったが、確かに何か鍵となるものを掴んだ感触があった。その鍵の使い方も、どんな扉を開けるものかも分からない有様ではあったけれど。
よってして彼女は「なンかよくわかンねェけど、とりあえずはンしゃはできそう」という見切り発車にも程があるざっくばらんな判断から、彼に自分に拳を向けるよう促した。
「ほんとにいいのか……?」
彼はその頃から華奢と言える体格をしていた彼女の姿を改めて確認し、躊躇うように言った。こんなか弱い女の子に拳を向けるなんて根性ないことはできない、と思ったかどうかは知れないが、明らかに抵抗感を覚えている様子だった。
「だいじょォぶ、しンぱいすんな。」
胸を張って仁王立ちしたところで、10歳にも満たない少女の姿が格別大きく見えるわけはなかった。ちらと研究員がいるガラスの向こうを伺ってみると、彼女の担当者の方がOKサインを出していた。研究員が言うのなら大丈夫なのだろう、と子供が時折見せるような大人への根拠のない全幅の信頼を向けて、彼は確かに手加減せずに拳を振り抜いた。
轟、と空気が唸る音がして、その中で不思議なくらいはっきりと幼い少女の甲高い笑い声が響いた。
「きゃは。」
真正面から強風に吹かれるような感覚があって、彼は吹き飛ばされるように仰向けに倒れた。彼が背中に冷たい床の感触を感じるのとほぼ同時に、決して狭くはない部屋の壁四面と天井、床が何か巨人の平手でも食らったかのようにばぁんと一度大きく振動した。ガラスの向こうで研究員が飲んでいたコーヒーの液面が揺れて、ほんの少し零れた。
その騒動の中心で、華奢な体格の少女だけ、何でもない顔をして立っていた。―いや、何でもない顔、というのは語弊がある。とても幼い子供に似つかわしいとは言えない、だけど妙に彼女にはしっくり来る嗜虐的な笑みを、誰にも分からない程度にほんの僅かに浮かべていたのだった。
「なンだこれ、おもしれェの。うまくはンしゃできねェで、かくさんしちまった。」
戦闘中に気分が昂揚すると饒舌になるのは、この頃からその兆しがあったらしい。床に倒れた少年も、ガラスの向こうの研究員も、誰もが呆然としているのに、彼女だけはそんなの視界に入らないというふうに、一人けらけら笑っていた。
「オマエ、パラメータかえたなァ?さっきカベなぐったのとちがうことやったろォ?」
「あ、おれ、わかんない。えんざんとかしてないし。」
「あ、そォか。じゃあむいしき?てェか、オマエなンともないんだな?カベはすごいことになってるけど。」
少年は吹き飛ばされこそしたものの、無傷であった。けれど彼女が指さした彼の背中側に位置する壁は、それこそ爆撃でも受けたかのように真っ黒く煤け、歪んでいた。彼自身が放った衝撃よりも明らかに大きな力が加わった様子だった。
「オマエよけてしょうげきそらすつもりだったンだけどなァ、おもしれェの、これ。」
心底愉快そうに笑う少女を見て、彼は呆然とした。傍から見ると不気味な光景だったのかもしれないが、自分の得体の知れない能力を受けて平気だったのは彼女が初めてだったので、彼にとっては驚きの方が強かった。
「おまえ、すごいな!!」
がばりと立ち上がって、少年は目を輝かせた。どうしよう、おれよりもずっとすごいやつをみつけたかもしれない、このおんなのこにじぶんのちからをみとめさせたい、ぎゃふんのひとことぐらいはいわせたい、大層物騒な考えではあったが、少年は純粋にそう思った。
「こんどはおれがおまえをふきとばしてみせるから、まってろよな!」
ロマンの欠片もなかったが、これは彼なりの好意を示した言葉であった。
「なンだそれ、おもしれェの。」
彼女はきゃは、と笑って、当時既に浮かべることも少なくなっていた笑顔を見せたのだった。
本日はここまでです。
ロリ百合子ちゃんを想像するのは楽しいですね。
ロリなので笑い声は「ぎゃは」じゃなくて「きゃは」です。
こんばんは、超電磁砲2期ですってねェ奥さン。
一方通行さんに内蔵ぶちまけられたい系女子としては
是非とも美琴視点の絶対能力進化実験編やってほしいです。
では今日の分投下します。
学園都市に住まう人間は大きく分けて二種類存在する。
非能力者、そして能力者。
更に細かく分類すると、非能力者は教師であったり、研究者であったり、あるいは学園都市に住まう人々の生活を支える職業に従事する大人であったりする。
対して能力者は皆例外なく学生だった。
当然学園都市第一位の超能力者である一方通行も学生と呼ばれる身分であるのだが、彼女は現在学校に通っていなかった。
所属する研究所がしょっちゅう変わったように、学籍もまたあちらこちらに移動してばかりであった。最後に移動したのは暗部に堕ちたとき、そのときは長点上機学園に移動したはずであるが、はてさて暗部が解体された今その学籍がどうなっているものやら、一方通行自身も分からない。
というわけで、彼女は学園都市の能力者でありながら通学という当たり前の行為を行なっていなかった。
とは言ってもやることが全くないわけではない。むしろ山積みと言っても差支えがなかった。
解体したはずの暗部が再結成されていないだろうか、また妹達や打ち止めが得体の知れぬ大人たちに利用されはしないだろうか、それらに対して四六時中目を光らせることは結構な負担であった。
そして彼女は今、それ以外の「彼女のやるべきこと」、彼女自身は「自らの義務」だと思っていることにかかりきりであった。
「どう?何か分かりそう、ってミサカはミサカは難しい顔してるあなたに訊いてみる。」
「煩ェ。気が散るから喋るンじゃねェよ。」
そう言いながら彼女は作業に集中する。一方通行の両手は、打ち止めの小さな左手をそっと握って動くことがない。彼女は今、打ち止めの体を念入りに観察しているところであった。
学園都市の最先端の技術を用いて作られながらも、体細胞クローンとして短命の縛りを逃れることができていない妹達。今も生存している彼女らは、学園都市やあるいは世界各地の協力機関にて定期的な調整を受けなければならない生活を続けていた。
その縛りを脱することができたなら、どれほど彼女らの負担を減らすことができるだろう。一方通行がそう考えるようになったのは、ロシアから帰国してからのことであった。
単純にそれ以前にはそんなことを考える暇すらなかったのだ。
(さすがに一朝一夕で分かるもンでもねェか…)
体細胞クローンが短命となる理由は幾つか判明しているが、原因が分かっていても取り除く技術が確立していない、というのが現状だ。あるいは自身の特殊な能力を使えば可能かもしれないと思ったが、成功するという確たる証拠も自信もないのに実行するのは気が引ける。失敗すれば能力を使って彼女らを殺し続けていたあの頃と変わらない結果にもなりうるのだ。
(テロメアの方はどうにかなるかもしンねェが…DNAメチル化やらヒストン修飾やらは手が出せねェな)
クローンの寿命に関して研究した論文について、有名なものから眉唾ものまで、学園都市内外を問わず入手して片っ端から目を通した。その中から妹達の状態と照らし合わせて矛盾のないもの、データの信頼性が高いもののみピックアップして、更に読み込む―必要であれば引用文献やら、その筆者の過去の論文も引っ張り出して。
(だからと言って17533号の症状はDNAメチル化異常を原因とする疾患と酷似してるし、エピジェネティクス的な観点を無視することはできねェか)
「さすがに気が重くなンなぁ。」
一方通行はかちりと首元の電極のスイッチを入れ替え、肩を鳴らした。
「無理しなくてもいいのよ?調整だって月に1回だし、それくらいの頻度で病院に通うのはそんなに珍しくもないことじゃない?ってミサカはミサカは暗に現状のままでもいいって伝えてみたり。」
月に一度くらいであれば極端に多いというほどでもないだろう。世の中には何年も病院の世話にならず健康的に生活する人間もいるが、命に関わらないようなちょっとした持病でもこれくらいの通院頻度は珍しくない。調整の内容もこれといって痛みがあったりするわけでなく、数時間で済む。
妹達にしてみれば、これまでの実験やら何やらに追われる日々より余程楽で自由である。一方通行に無理をさせることを思えば、これまで通りの生活の方が余程いい、という打ち止めの気持ちは偽りではなかった。
「つったって、いつ調整を受けられなくなるか分かンねェだろォが。」
いつか、遠い未来の可能性の話ではない。番外個体の言うように第三次製造計画が運用開始されるというのなら、明日にでも十分起こりうる話だ。
生き残りの妹達は現在世界各地に散らばっているが、その誰もが学園都市の協力機関に所属している。恐らく学園都市側がその気になればいつでも彼女らを処分することができるはずだ。妹達が協力機関による調整を必要としなくなるための努力は、むしろ火急の課題にも思えた。
恐らく学園都市側は妹達を処分することを躊躇わない。例え学園都市第一位の演算能力が失われることになっても気にしないだろう。
一方通行の演算能力はMNW以外でも代替できる。どうも学園都市はMNWをそれ以外にも使おうとしている気配があるが、それにしたって彼女たちを新しく作り直せば済む話だ。
はっきり言って現状では、妹達を維持するのにかかる費用より、新しく製造するためのコストの方が余程安価であった。
(人を一人生かすってェのは、難しいもンなンだな)
殺すのなんて簡単だ。
それこそ彼女ならその方法はごまんとある。
反対に生かすということの何と難しいことか。生かすために能力を使うことがほとんどなかったから慣れていない、というだけが難しく感じる理由ではない。継続的な努力を要求されるのだ。
大概のことは能力使用一発で解決してきた彼女にとって、何度も繰り返す必要のあるそれは途方もなく困難な作業に思えた。
「気分転換に散歩でも行くか。」
てっきり自分の散歩に付き纏ってくるかと思った打ち止めは、芳川と連れ立って買い物に行ってしまった。本人曰くお手伝いをしてみたい年頃、ってやつらしい。
自分にはそンなもンなかったな、と一方通行は自身のこれまでを振り返る。子供の一般的な成長過程などほとんど無視してここまで来た。当たり前の子供の精神的成長について学術的な知識は持ち合わせているけれど、それが自分にも起こり得ることだとは思えなかった。
そして、そういった経験がなくても困ることなどないと思っていた。
誰かと関わり合いになるなんて、思ってもいなかったから。
平日の学園都市。昼間の人出は然程多くない。普通の学生は授業中であるし、学校にまともに通っていないスキルアウトどもも明るいうちは大人しいものだ。ただでさえ人気のない昼間の公園に変わった出で立ちの少年が立っていれば嫌でも目立つ。
一方通行はその少年に気が付くと、頭痛でも覚えたかのように片手で頭を抑えた。
「で、何でオマエがまた出てくるわけ?」
「いや何か、百合子の気配がこうピピーンって感じで。」
「びっくりするほど分かンねェ。」
目の前には非常に曖昧ながら恐ろしいことを言ってのけるハチマキ少年。嫌がるとか、怒るとか、そういう以前に彼女は呆れた。
一方通行だって、昨日の再会一回きりで終わる話だとは思っていない。またどこかでこの少年と出会う羽目になるのだろうとは思っていた。だがそれにしたって昨日の今日でこれはない、ちょっとこのシナリオ書いた奴出てこい殴り飛ばしてやらァ、と彼女は神様のイタズラを呪った。
「オマエ、探索能力なンてあったのか。」
何と言っても学園都市、それに近い能力は然程珍しくない。滝壺理后の『能力追跡』のように正確かつ広範囲に適用できるものはさすがに珍しいが、分かりやすいところだと超電磁砲は自身が発する電磁波をレーダーのようにして使うことができる。透視能力もある意味では探索能力の一種と言えなくないだろう。
というわけで謎の多い彼の能力が探索に応用できると判明したところで、一方通行にとっては然程驚きではなかった。
「いや、ほとんど勘だな。具体的な場所なんて分からなかったから、昨日会った辺りを走り回ってみただけだ。」
「そォか、そりゃご苦労なこった。」
滝壺の場合、体晶を用いないとAIM拡散力場を何となくでしか把握できないという話だったか。確か大体の方角と距離しか分からず、しかもよく知った人物であったり、余程強力な能力者でないと感知できないと言っていた覚えがある。
削板の方も似たようなものだろう。ただし体晶があれば改善するなどという話ではなく、恐らく彼の場合、自身の能力を把握できていない。何で自分が対象の位置を把握できるのか、どうやったら効率よく探索できるのか、そういうことを自分自身で理解していないのだ。
一般的な能力者であったら演算を最適化できていないときにありがちな症状であるが、原石である彼の場合だとどうなのだろうか。これ以上この能力が洗練されても困るので、一方通行としては現状で留まってほしいわけであるが。
「で、オマエは俺に何の用?」
「あ、そうそう、それだ。昨日お前と会ってからずっと考えたんだけどな、今、百合子は能力使えないんだろ?」
反射をしない彼女の様子を見て、彼は「能力が使えないのだ」と判断したらしい。厳密には全く使えないわけではないのだが、詳しい説明をしたくないので一方通行は彼の言を否定しなかった。
と言うよりも、彼が続けて言ったことの方が問題だったので、それどころではなかった。
「だから俺、お前のボディーガードやるから!」
一方通行はたっぷり5秒は停止した。彼女にしては非常に珍しいことに、完全に思考が停止し、呆気にとられた表情で固まった。遅延を起こしていた聴覚神経は数秒かけて漸く脳に正確な伝令を伝えたが、それでも彼女は何とも間抜けな反応しかできなかった。
「はァ???」
「いやだって、危ないだろ?お前昔っからしょっちゅうスキルアウトに絡まれてたし、そうでなくても歩くのに不便してるんだろ?」
ボディーガードなどというから暗部のことやら、学園都市上層部に対して離反したことやらを知られたのかとも思ったが、返ってきたのは日常的な当たり前のトラブルを想定しただけの返事であった。
第三次世界大戦の激戦区すらほとんど単身で乗り越えたというのに、今更そんな当たり前のことを心配されるのは心外であった。能力に制限がついた当初ならともかく、今ではそれぐらいのことなら能力なしでも解決できる自信があった。
自然と一方通行の返答は無愛想になった。
「……確かに俺は弱くなったかもしンねェが、全く能力が使えないわけじゃねェよ。オマエに心配されるほど落ちぶれちゃいねェ。」
「別にお前が落ちぶれてるなんて思ってないぞ?昔馴染みを心配するのは悪いことなのか?っていうかお前が断っても付き纏うから!」
「それストーカーって言うンじゃねェか…?」
「?ストーカーって嫌がらせだろ?」
「オマエのそれは嫌がらせじゃねェって言えるのかよ…。」
一方通行は面倒になって近くにあったベンチに腰掛けた。それを見てさも当たり前のように隣に腰掛ける少年の図太い精神に却って感心する。
一方通行が「要らン」「やだ」「死ね」くらいのことを言っても諦めるような男ではない。こうと決めたら最後、自分が納得行くまではやり遂げる男だ。恐らくその性格は今でも変わっていないだろう。
だからと言って一方通行も自分の身くらいは自分で守れると自負している。自分で対処できないような大きなトラブルを抱えたとしたって他人に任せるようなことはしたくない。
何より自分と接触することで、彼が何かしらのトラブルに巻き込まれないとも限らないのだ。実際、芳川桔梗や黄泉川愛穂だってこんな人間に関わり合いになったばかりに酷い怪我を負ったことがある。
いっそのこと彼も彼女らのように酷い目に遭えば諦めてくれるだろうか。あるいは何かの拍子に自分の所業を知って愛想を尽かしてくれないだろうか。
一方通行の脳裏にふとそんな後ろ暗い考えが兆した。芳川も黄泉川もそういったことがあっても彼女の傍を離れていない、その矛盾には気付いていなかった。
そしてわざと嫌われるようなことをするだとか、自分から過去のことを明かすだとかいう度胸もなかった。
「…オマエ、とンでもないことに巻き込まれたって知らねェぞ。」
「?何かトラブルに巻き込まれる可能性があるなら、尚更ボディーガードは必要だろ。」
「大怪我したって、死にかけたって、知らねェからな。」
削板は、それが脅しではないことを本能的に気付いていた。それに対して彼は、ただ黙って彼女の目を見詰め返すことで返事に変えた。彼女にはそれで伝わるはずだった。
「……オマエ、とンでもねェバカだな。」
「根性があると言ってほしいな。」
「途中で投げ出さなかったら、言ってやるよ。」
自身の手が既に一万人以上の罪のない少女の血で穢れていると知って、彼はどんな表情をするのだろう。
一方通行はそれを勝手に想像し、そして勝手に傷ついた。
本日はここまでです。漸く本題まで行けました。
というわけでこのSSは
「第七位が第一位に付き纏っているところをたくさんの人に目撃されカップル公認される」
というコンセプトでお送りしたいと考えています。
これから色んな人を出しますので宜しくお願いします。
こんばんは。
削百合とか需要無いだろうなと思いつつ
プロット切っちゃった分は上げようと考えてる貧乏性な>>1です。
削板軍覇は、彼女、鈴科百合子に初めて出会った日に、自分は男なのだと強く実感した。
彼女より弱かろうと、頼りなかろうと、それでも自分は男に生まれたからには彼女を守る存在でなくてはならないのだと、子供心に思った。
多分、男だったら遅かれ早かれ人生で一度くらいそういった思いを抱く瞬間があると思う。妹ができたとか、恋人ができたとか、あるいは子供ができたとか。
彼にとっては、それは彼女との出会いだった。
当時の彼は恋も知らないような、まだ真新しいランドセルを背負った少年だったけれど、その出会いが何か特別なものであることを本能的に知っていた。
初めて会った日に見た彼女の白い肌が、10年近く経った今でも日焼けの跡のようにくっきりと彼の脳裏にこびり付いていた。
一方通行のボディーガードを務めたいという削板に対し、彼女は幾つかの条件を提示した。
ひとつ、彼女の状態や打ち止めについてあれこれと詮索しないこと。
削板はこの条件を一も二もなく受け入れた。昨日彼女と会ったときは心配のあまり強引に訊き出すようなことをしてしまったが、人が秘密にしていることをやたらと詮索するのは本来好きではない。そもそも昔から彼女は自分のことを話したがらないタイプであったし、過去の付き合いとさして変わりがないとも思ったのだ。
ふたつ、本名で呼ばないこと。
彼はこれには少し嫌そうな顔をした。昔から能力名で呼ばれることの多かった彼女を、それでも頑なに本名で呼び続けていたのは彼だったから。
「じゃあ何て呼べばいいんだ?」
「本名でなければ何でも。」
能力名でも、適当な二人称でもいい。彼女がそう言ったので、削板は「お前」と呼ぶことにした。無機質な能力名を呼ぶよりも、ぶっきらぼうなそちらの方がまだ、彼には受け入れやすかった。
みっつ、外出時はともかく家にいるときは放っておいて欲しい。
聞くと彼女は今、女性ばかり住む家で生活しているらしい。同居人4人とも彼女と一切の血縁がないというので、果たしてどういった縁があってそんなことになっているのか多少興味が湧いたけれど、恐らく訊いたところで答えてはくれないだろう。
警戒心の強い彼女が共に暮らしているくらいだから、恐らく血の繋がりはなくとも特別な間柄なのだろう。そこは自分の踏み込んではいけない領域なのだと思った。
さすがの彼も女所帯に押しかけてまで自分の我侭を通すつもりはなかったし、ボディーガードは彼女の外出時に限る、という話で落ち着いた。
最後。外出の度に呼びつけたりはしない。ついて回りたいなら今日みたいに自分で探して勝手にしろ。
「え?それで終わりか??」
もっと無理難題を押し付けられると思っていた削板は少し拍子抜けした。
「何だ、もっと無茶苦茶言って欲しいってかァ?オマエ、マゾヒストかよ。」
「そうじゃないけど、俺が諦めるように無理難題押し付けられるかと思ってたから。」
「そんなことしたところで諦めるようなヤツじゃねェだろォが、オマエ。第一、俺はついさっきオマエの申し出を了承した気がするンだが?」
それはそうなんだけど、だからと言って彼女もそんなに簡単に諦めさせることを諦めるような人間ではなかった気がする。一度受け入れた振りをして、「やっぱ無理」ぐらいのことは言われるかと思っていたのだ。
きっと何かが変わってしまったのだ。
能力だけじゃない。
杖や、首に巻き付いている得体の知れぬ電子機器だけじゃない。
多分、もっと根本的なところで彼女は変わってしまったのだ。
昨日会ったときに彼女が言っていた「自分は変わってしまった」という言葉。この年頃の少年少女など4年もあれば大層様変わりして当たり前じゃないか、と思っていた彼は、だけど彼女の言う『変化』はそんなものではないのだと、ここに来て彼は漸く気付いた。
きっと自分は何か重大なことを見落としている。
決定的に違うのではない、何かボタンを掛け違えたような些細なズレがある。
「どうしたンだ、オマエ。ぼーっとしやがって。」
彼女が不思議そうに削板の顔を覗き込む。口調は相変わらずぶっきらぼうであるけれど、その表情には微かにこちらを心配する様子が窺えた。
それを見て、彼はふうと人知れず息を吐く。
大丈夫だ。昔と変わらない、百合子だ。
ぶっきらぼうで、恥ずかしがりで、臆病な鈴科百合子だ。
削板軍覇はこの日覚えた違和感をなかったことにしてしまったことに、後々後悔することとなる。
こんばんは、皆さんコメントありがとうございます。
今日はロリ百合子とショタ削板の話ですってよ、奥さん。
超能力者の身の回りは非常に慌ただしい。能力の詳細が判明していない幼い頃は特に酷く、数ヶ月で担当者が変わることも珍しくなかった。
担当者同士の繋がりで知り合うこととなった削板軍覇と鈴科百合子もその例に漏れず、出会ってから1年ほどの短い間で数名の担当者の間をころころと移動させられた。それでも不思議なことに彼らの個人的な繋がりが途切れることはなかった。
「ゆりこ、遊びに来たぞ!」
彼の姿を認めても、声を掛けられた少女は美しい柳眉を僅かに持ち上げただけであった。同じ年頃の子供だったら、手を振るだとか、笑いかけるだとか、そういった反応が普通だろう。その頃には彼女はもうはっきりと「変わった子供」、あるいは「得体の知れない子供」と周囲に認識されるようになっていた。
彼女はそれを重々理解していたけれど、自分の振る舞いを改めるつもりはなかった。彼女に周囲と関わり合う気はなかった、というのが一番の理由であった。
彼女にとって世界は恐ろしいものだったから。
少し触れただけで簡単に壊れるものばかりで構成されている世界は。
草木も虫も、人も、道路も、ビルも、彼女がそうと望めば指一本触れただけでも壊れてしまう。
否、望まずともちょっとした間違いがあれば十分に事は起こりうる。
彼女は積み木か、ドミノか、あるいは砂の城か、そういった壊れやすいものに足元を取り囲まれ、歩くことも座ることも儘ならないような日々に膿んでいた。向こうが勝手に近寄ってくるのだから壊れるのも仕方がないだろう、と開き直る何年か前のことだった。
そういった日々の中で、彼だけは彼女にとって壊す心配のない存在だった。
「今日は何の本読んでたんだ?」
「どすとえふすきィ。つまンねェの。」
「つまんないなら何で読むんだ?」
「他にすることないから。」
能力使用に役立ちそうな物理やら化学やらの書籍はあらかた読みこなして、最近では能力と全く関係のない文学などにも手を付けていた。美しい恋愛やら友情やら、あるいは苦悩や憎悪の感情を扱う文学にも触れてみたけれど、どうにも馴染めない。
古典主義の時代から、ロマン主義が現れ、果ては写実主義に至った、などという学問的な観点には興味が沸かないでもないのだけれど、一つ一つの物語に感傷や愛着を抱けない。
その理由が何であるか彼女には分からなかった。恐らく自分に何かが欠けているのだろう。それは分かるのだけれど、何が欠けているのか、具体的には何も分からない。
彼女にとって「分からないもの」というのは非常に珍しくて、自分に何かが欠けている、と気付いてからはそのことばかりが頭の中をぐるぐる回っていた。ぐるぐる回る思考回路の中で、自分自身の体も絶え間なく揺さぶられているような気がして、ふと吐き気を覚えるようなこともあった。
そんなときに彼の声を聞くと、終わりのない回廊を回っている思考がぱたりと止まって、何とも言えない気持ちの悪さもすうっと引くのであった。
だから彼女は、何だか分からない自身に欠けたものを埋めてくれる存在が彼なのだと思っていた。彼と過ごす理由なんて、それだけだった。
「つまんないならそんなの放っといて遊ぼう。何する?吹っ飛ばす?ぶん回す??」
「何だそれ、随分愉快な遊びだなァ。」
彼女はけたけたと笑って、それでも彼の差し出した右手を取った。まだ子供らしい柔らかな手が、それでも少しずつ自分と違う形に変わりつつあることに気付いていた。今は一回り大きいだけでそれほど自分のものと変わりないけれど、いつかきっとこれが固くごつごつとして骨ばって、例えばこの間まで担当だった若い男の研究員のように変わるのだ。
できることならそのときも、この手を握っていたいと思った。
外で遊ぶと言っても、それは当時の彼女にとって研究所の敷地内に限られた話であった。彼女に僅かばかりの自由が保証されるようになったのは、こんな生活から逃げ出そうという気力も失ってからのことで、これから2年ほど後の話であった。
「いい天気だな。」
「そォか。」
いい天気、その言葉が意味していることは分かる。晴天。多くの人はそれを見て気持ちよくなったり、嬉しくなったりするらしい。彼女はそれだけ知っていてもなお「そォだな」とは言えなかった。その感慨を共に抱くことはできなかった。
彼はそれを咎めない。眩しそうに目を眇めて笑って、背中のリュックから何か袋を取り出した。
リュックは彼のお気に入りで、どういう使い方をしたものか不思議なほどにぼろぼろだったけれど、そこから色々なお土産を取り出してくれるから、彼女は好きだった。
「これ、この間食べておいしかったおかし。ゆりこ、しょっぱいのは平気か?」
「おかしなのにしょっぱいの?」
彼が差し出したのは茶色くこんがりと焼けた煎餅であった。甘いものを苦手とする彼女のため、彼は友人に教えてもらって買ってきたのであった。
「結構かたいから気をつけて。」
袋を受け取り、ぴり、と破ると香ばしい匂いがした。
「しょォゆのニオイ?」
「オセンベイ、って言うんだって。」
彼女も彼も物心つかぬ内に研究所に押し込められ、宇宙食だかペットの餌だか判別のつかないような食事ばかりで生活してきた。最近ではコンビニでお菓子を買食いするようなことも覚えたが、飴だのクッキーだのチョコレートだのの何たるかも知らないような有様で、何を食べたらいいのかも分からない。
当たり前のお菓子ですら、二人にとっては得体の知れぬ異世界の物体であった。それほどまでに超能力者の住む檻はがらんどうであった。
その世界は狭くはないかも知れない。でも確かに空っぽであった。
彼らは彼らなりにお互い空っぽで欠けた部分を埋めようと必死だった。
「これ、ほンとに食べて平気なもンなンだな?」
「当たり前だろ。危ないものとか入ってないぞ。」
ぱくり。
恐る恐るといった風に彼女は端の方を口に入れた。形の良い白い歯が焦げ茶色の表面に当って、思ったよりも硬かったのか、少し間が空いてから、ぱり、と控えめながら気持ちのいい音がした。
ぽりぽり。ぱり。しゃくしゃく。こくり。
「何だこれ?おかしなのにめちゃくちゃかてェンだけど。」
不満気な口調であったけれど、言ったそばから彼女がもう一口齧ったので、それを気に入ったことが直ぐ知れた。
「リョクチャってのを飲みながら食べるんだって。」
「何それ?」
「何か葉っぱ?草?をお湯でこう、じゃーって??」
「例のごとく分かンねェ。草をお湯で何?煮る?茹でる??どっちにしたってウマそうじゃねェぞ。」
「コーヒーだって豆の煮たやつじゃないか?あの色もなんか怖いし。」
「それもそォか。」
彼女はふと自身の好物である焦げ茶色をもっと濃くしたような色の飲み物を思い返した。彼はズレているようで案外真っ当に物事を観察していた。
「そういう本も読んでみれば分かるんじゃないか。」
「そォいう本?」
「料理とか、食べ物とか。さっきの本、つまんなかったんだろ。」
「あァ、そォいうことか。」
確かにそれは面白いかも知れない。どうも世の中には自分の知らない食べ物がたくさんあるようだし、そういうものを調べるのは知識欲を満たすのにも適しているだろう。何だかよく分からない愛とか恋とかを態々難解な表現で書き連ねる純文学気取りの文章よりかは、彼女にも理解しやすいに違いなかった。
「それ、イイかもな。気になったヤツ、誰かに頼ンで食べさせてもらえねェかな。」
「難しいかもなぁ。俺が買ってきてやろうか?」
「それでも構わねェけど。」
「今度食べたいのはオニギリってやつなんだ。だけどそれ、お母さんに作ってもらわなきゃダメらしい。」
「作る人間指定する料理もあンのか。どォいうことだ?」
「よく分からない。けど、同じ研究所のやつが言ってたんだ。お母さんが作ったのが美味しいんだって。」
「じゃあお母さン以外だとマズイってことか?変なの。」
人工芝の上に座り込んで、彼女はもう一枚煎餅を取り出した。母親など知らないけれど、今はこれだけで十分だと思った。
その半月後、彼女がおせンべい食べたい、と零し、研究員が甘くて柔らかい煎餅を与えたところ大騒ぎになったのは別のお話。
今日はここまで。
次回は上条さんとインなんとかさんが出てくる予定でェす。
乙!
2人ともかわいいけどなんか悲しいな…
>>1乙!
ここsage進行だったのか
しばらく見逃してたわ 勿体ない
どうも、こんばんは。今日もひっそりと投下します。
>>92
このあと彼らはすれ違ってしまうので、意図的に悲恋っぽく書いてます。
しばらく現代編が続いて、次の過去編ではかなり大きく話が動く予定です。
>>93
マイナーな組合せ+かなりの捏造ということでひっそり進行しております。申し訳ございません。
>>1でも書いてますが改めてこのSSの設定について。
22巻後、新約のイベントが起きていない、という設定です。時期的には一端覧祭前、現在11月半ばくらいをイメージしています。
バードウェイが出てこないので、ベツレヘムの星と一緒に海に落ちた上条さんは一方さんと美琴さんに助けられたという設定にしてあります。その辺りは後々詳しく書く予定です。そんなこんなで一方さん、上条さん、浜面、美琴などは何となく蟠りがありつつも帰国後交流を持っているというイメージです。
次に削板のキャラについて。
意図的にかなりさっぱりした性格に設定しています。禁書目録SS2巻のオッレルス戦を見て「肝心なときには淡々と自分の為すべきことを為すタイプ」であるように感じたので。そんな理由で既存のSSとかなり雰囲気違いますがご了承下さい。
最後に百合子ちゃん。
面と向かって少し話せば「コイツ女なのか」って分かるくらいの俺っ娘。なので黄泉川家メンバーや上条さん、浜面、美琴なんかもちゃんと女の子だと認識してます。女の子としては身長でかい。削板との身長差はあまりありませんが、彼はがっしりしてるのでぱっと見ではかなりサイズが違うように見えます。萌え。
では本編投下しまァす。
一方通行のボディーガードを務めると言い張った少年は、彼女が外出するとどこからともなく現れてきては付き纏い、彼女の居候先であるファミリーサイドまで来るとふらりと帰るようになった。
しかしながら彼女の外出に毎回付き添っていても、彼の仕事はほとんどなかった。さすがの彼女もそこまでしょっちゅうトラブルに巻き込まれているわけではない。そして彼自身も何か周囲に目を瞠らせているとか、ボディーガードらしいことをしていない。
結局、彼は彼女の側にいる理由が欲しかっただけだった。
昔はそんなことはなかったのに、少しばかりの間離れていた彼らには、一緒にいるために偽りでもいいから理由が必要になっていた。
「何だこりゃ??」
あーダメだこれ、無視すんの失敗したわ、と一方通行が思ったかどうか知らないが、彼女が明らかに嫌そうな表情をしたのに削板も気付いた。しかし根性ある男、削板軍覇はさすがに道端に倒れ伏している少女を知らぬ振りして通り過ぎる冷血漢ではいられなかったのだ。
一方通行は彼がその白い塊に気付く随分前からその存在を発見していた。どうにかして彼の視界に入れぬように上手く誘導できぬものかと思っていたのだが、本日の学園都市の神様は虫の居所がよろしくなかったらしい、その作戦は失敗に終わった。
仕方ねェな、と一方通行は溜息を吐いて足元に倒れ込んでいる修道服の少女に声を掛ける。
「おい、暴食シスター。飯食わせてやるから、とりあえずあそこのファミレスまでは自力で歩け。」
「いいの??あくせられーたってば優しいかも!」
がばりと飛び起きた少女を見て、コイツ実は演技してたンじゃね?と彼女は酷くうんざりとした表情を見せた。
次々とテーブルに運ばれてくる料理を、あるいはそれ以上のスピードで胃に詰め込む小柄な少女を見て、さすがの削板も驚きを隠せなかった。何だこれ新手の能力者?と彼が呆然としている横で一方通行は携帯を取り出し、どこぞに電話をかけ始めた。
「どこにいる?」だとか「何してる?」だとか二言三言簡単に言葉を交わしたかと思うと、はァ、と酷くうんざりしたように溜息を吐いた。
「シスターの身柄は預かってるからすぐに第七学区郵便局前のファミレスに来い。」
最後には一方的にそんなことを言って電話を切った。昔から横暴な性格だとは思っていたが、まさか誰にでもこんな調子なのだろうか。そういえば自分以外の人間と接触しているところをあまり見たことがなかったな、と削板は思った。
「何て言うか、誘拐犯の脅迫電話みたいだな…。」
普段の削板だったら彼女のその物言いを軽く窘めるぐらいのことはしただろうが、インデックスの食べっぷりを目の前にしてはその気も失せるというものだった。俺の根性の灯火が今にも消えそう、何この人間ブラックホール―彼自身も世界びっくり人間コンテスト級のオモシロ人間なのだが、ちょっと自分とは異質の存在に度肝を抜かれていた。
「とうまは何だって?」
「今しがた超電磁砲を巻くのに成功したらしい。その内来るンじゃねェの、また別の不幸に巻き込まれなければ。」
打ち止め、9月30日、科学の天使、禁書目録、幻想殺し、ドラゴン、エイワス―散在した点と点が一方通行の中で線として繋がるようになったのは、結局ロシアから帰国してからのことであった。
ロシアで学園都市側に回収された打ち止めと番外個体を奪い返した後、偶然にも彼女たちのオリジナルに出会った。こんなところで何をしているのかと問えば以前自分を殴り飛ばした無能力者を探しているのだと言う。オリジナルにはその無能力者にもう一度このロシアで殴られたことは言わなかった。
一緒に探してやるのも悪くねェか、と言うとオリジナルに酷く疑わしい目を向けられたが、打ち止めと、それからオリジナルと行動を共にしていた妹達の一人に諌められてその場はとりあえず協力し合うことになった。因みにその間、番外個体は大嫌いな第一位とからかい甲斐のあるお姉様を煽るのに大忙しであった。
そして上条当麻を北極海から引き摺りあげるのに手を貸し―と言うかほとんど一方通行が一人でやった―かなり表面的ではあるが彼女と超電磁砲は和解らしいものに成功していた。
そんなこんなで一方通行は、帰国以来幻想殺しの少年とも禁書目録と呼ばれる少女とも、ついでに不本意ながら超電磁砲とも細々とではあるが交流を持っていたのだった。
「俺、飲み物取ってくる。オマエはコーヒーでいいよな?」
「あァ、頼むわ。」
削板が席を立ったちょうどそのとき、ファミレスに駆け込んできた人影があった。上条当麻であった。
「いやー、ホント助かりました!神様仏様第一位様!!」
いかにも這々の体で超電磁砲から逃れてきました、と言わんばかりの姿で現れた上条に両手を合わせて拝まれ、一方通行は酷く肩身の狭い思いをしていた。
彼女が上条当麻に対して向ける感情は複雑だ。
あの実験を止めた者、打ち止めを救う支えとなってくれた者、自分に対して怒りだとか憎しみだとかを抱えていてもおかしくない者―だというのに彼は帰国以来当たり前の友人のように接してくるばかりで、正直一方通行は戸惑っていた。
普通に話すくらいだったらもう気にならないのだが、こうやって感謝されたりすると何が何だか分からなくなる。自分はそんな風に有難がられるような人間ではない。嫌というほどではないが、落ち着かないのは事実であった。
一方通行は一つゆっくりと呼吸をして、頭を切り替えた。こういった自分の思考回路が非生産的であることは重々承知している。それが苦手でも、未知の世界であっても、そんな後ろ向きなことは考えずに彼とはごく普通に友人として接するべきなのだと、理解してはいた。
「オマエ、シスター放ったらかして何してたわけ?」
「いやホント心苦しいのですが、上条さんは今、一端覧祭の準備に追われてまして…。」
「これまでずっと学校サボってたから、準備押し付けられてるんだって。」
隣でデザート全制覇を進行させながらインデックスは何気なく言った。なるほどまともに学校に通っていない一方通行にはあまり馴染みがなかったが、そう言えば今はそんな時期だった。道理でやたらと浮かれた学生が多いわけである。
「はいコーヒー。保護者さん来たんだな。」
ドリンクバーから戻ってきた削板が一方通行の隣に座る。一方通行は特に礼を言うこともなく彼の置いたコーヒーカップに口をつけた。ミルクも砂糖もつけないどころかそもそもソーサーすら持ってきていないあたり、彼が彼女の嗜好をよく知っていることが知れた。
「あ、どうも。インデックスがお世話になったみたいで。俺、上条当麻って言います。」
「あ、ご丁寧にどうも。俺は削板軍覇、宜しくな。」
「えっと削板さんは一方通行の知り合い?」
「知り合いっていうか、幼馴染みたいなもんだな。」
「へぇ、一方通行にもそういう人いるんだな。小学校一緒だったとか?」
「いや、そういうんじゃねェな。」
一方通行は上条の言葉を否定したが、それ以上は何も言わなかった。じゃあどうやって知り合ったんだ?とは、上条は訊けなかった。何だか訊いてはいけないような気がした。
作り物のような顔貌をした真っ白い肌の少女と、野球や陸上でもやっていそうな健康的な少年は一見すると酷くちぐはぐなのに、ふとした瞬間驚くほど馴染んで見えた。自分とインデックスも、もしかしたらこんな風に見えるのかもしれないと思った。
「そう言えばオマエは一端覧祭何かしねェの?」
「俺か?何か壊すから毎年この時期は大人しくしてろって言われてる。そもそも普段からあんまり学校行ってないけどな。」
「ふゥン。」
一方通行は興味があるのかないのか、素っ気ない調子で言った。先程から幼馴染という割には何か距離があるというか、敢えて遠ざけようとするような意図を上条は感じていた。二人の間に何か細かい罅が入っているのが感じられた。冬に入ると気が付いたら指にできていて、大したことないと思って放っておいておくと寒さが厳しくなるにつれて悪化していくような。
何となくじっとしていられなくなって、上条は話題を探す。
「一方通行も学校行ってないんだっけ。よければ一端覧祭、俺の学校来ないか?」
「黄泉川にも言われてるからなァ、気が向いたら行くかもしンねェ。」
「ああ、そっか、そうだよな。そしたら俺のクラスも見に来てくれよ。」
「気が向いたら、な。」
素直でない言い方に、上条は内心くすりと笑ってしまった。そんなことを言って、当日には同居する幼い少女の手を引いて黄泉川先生のクラスに顔を出すに違いない。ついでだと言ってきっと隣の自分のクラスにも足を運んでくれて、もしかしたら上条や土御門に一言二言愛想のないことを言って帰っていくのだろう。
削板がそんな様子の一方通行を見て、心底不思議そうに訊ねる。
「素直に行く、って言えばいいだろ。何意地張ってるんだ?」
「オマエも一緒について来るとか言うんだろォが。それが面倒なンだよ。」
「当たり前だろ。その約束なんだから。」
「約束?」
上条は削板の口にした単語を出来の悪いおもちゃのようにそのまま繰り返した。彼の言った「約束」という当たり前の単語に、何か宝物のような特別な響きを感じたのだ。
「コイツ、俺のボディーガードするとか言って付き纏ってやがンだよ。余計なお世話だっつゥのに聞きやしねェ。」
「杖ついて能力使用にも不便してるようなお前を放ったらかせるか!」
「心底放ったらかして欲しい。真剣に。」
ボディーガード。映画とかドラマとかで見るだけの何だか大層な職業の名前と、目の前の男女がいまいち馴染まなくて上条は首を傾げた。それは単に友人を心配して夜道を送っていくような、そんな気持ちがちょっと大袈裟になったくらいのものじゃないだろうか。
彼らがどんな関係で、どうしてそんなことになっているのか、上条には一切分からなかったけれど、それでも何だか彼はほっとした気持ちになっていた。一方通行にもそういう人がいるのだ、という安心感のようなもの。彼女を心配して守ってくれるような、そういう存在。何だか自分のことのように上条はほんわりと温かい気持ちになった。
「よく分かんないけど一方通行を心配してるんだろ?能力使用に制限あるんだし、一方通行にだって悪い話じゃないんじゃないか?」
「オマエもそォいう考え方なわけ?まァお節介なオマエらしいけど。こっちとしてはちょっとコンビに行くくらいで付き纏われてやってらンないンだが。」
「まぁ、そんなこと言ってないで削板さんも一緒に遊びに来てよ。上条さんは歓迎しますよ。」
「あっそ。」
照れ隠しなのか何なのか、一方通行がコーヒーカップを持って席を立ったものだから、上条は内心くすりと笑ってしまった。
一方通行が席を立って見えなくなった途端に、向かいに座る削板が内緒話のように口に手を当てながら上条に声を掛けた。
「上条、だったよな。アイツと仲いいのか。」
アイツ、とは一方通行のことだろう。さすがにこの場面でそれ以外の人物を指し示すとは思えなかった。その口調には弟や妹を心配するような色を含んでいた。いい友達がいたらいいな、いてほしいな、そんな感情。
そしてその質問に対して、上条はふと考える。
「仲、いいのかな?」
初めて会ったときには殴り合いをした敵同士だった。色々あってロシアで和解めいたものをしたが、そのときだってお互い込み入った話をする余裕はなかった。まともに「知り合い」と呼べるだけの接触を持つようになったのは帰国してからのことである。
「こうやって会ったことなんて、まだ5回くらいしかないからなぁ。まだまだこれからじゃないか。」
「仲良くなるつもりは、あるんだな。」
そう言った少年の表情が酷く穏やかだったので、上条はすっと理解した。理屈でも何でもなく、直感。どんな言葉を尽くすよりも分かりやすい。
この人はきっと、一方通行のことがどうしようもなく大切なのだ。
それが恋愛感情を含むものかどうかは分からない。ただ、愛だとか恋だとかそんなことは些事でしかないと思う。どちらだってよくて、そんなことは気にならないくらい大切なのだ。
自分も同じように、どうしようもなく大切に思う少女がいるからこそ、彼の心情を理解できるのかもしれない。
初めて会った少年に何だか親しいものを感じて、上条は一端覧祭の準備やら超電磁砲との追いかけっこやらで消耗したことも忘れて何だか幸せな気分でその日一日を終えたのだった。
今日はここまで!いつもお付き合い頂きありがとうございます。
前回は上条さんとイン何とかさんでしたが、今回はあわきんです。
女の子同士がきゃっきゃうふふしている姿は堪りませんね。
一端覧祭を目前に迎えた学園都市は街そのものが何となく浮ついていたが、一方、結標淡希という少女はその空気にも馴染めず、どこかぼんやりと日々を過ごしていた。
10月17日、同僚たちとともに『ドラゴン』と呼ばれる存在と対峙した。いや、厳密には対峙したという事実を知覚する前に気絶した。そして気が付いたときには病院のベッドに横になっていた。
目が覚めた彼女は、最初ぼーっとした頭で夢でも見ていたのだろうかと思った。同僚の土御門元春と海原光貴は彼女と同じように入院していた。
そして一方通行だけは行方が知れなかったので、あれはどうも現実だったらしいと考え直した。
あの日何か重大なことが起きて、一方通行はそれに巻き込まれたか、あるいは彼女の性格を考えると積極的に関わったのかもしれない、とにかくそれで行方が知れなくなったのだ。
三人は足りない情報から曖昧な推測を立てることしかできなかった。
入院している数日の間、アレイスターに反抗した彼女らの処分は保留されていた。彼女らが意識を取り戻したときには既に学園都市は戦争に突入していたからだった。
学園都市自体は戦場になってないとはいえ、上層部は戦争に関するあれこれにかかりっきりであり、極端な話、たかだが飼い犬の反抗程度を気にかけている場合ではなかったのである。
かくして彼女ら三人は第三次世界大戦が行われている間病院に軟禁され、その後、突然何のお咎めもなしに放り出されたのであった。
あんなことをしておいてお咎めなしだったことにも驚いたが、何より彼女を驚かせたのは学園都市の少年院に収容されていたはずの仲間たちも同様に突然解放されたことだった。
理由が分からないのは恐ろしい。また何か知らない内に、自分が学園都市のろくでもない歯車に巻き込まれているのではないか、という気がしてくる。
理由を探ろうにも推測するための材料が少なすぎる。あれ以来案内人としての仕事もしていないし、呼び出されたわけでもないのに自分からアレイスターの元を訪ねるというのも勇気がいる。
知りたいことは沢山ある。しかし知るための手筈は少ない。動き出すのはリスキーだ。
彼女はできることがほとんどないにもかかわらず問題だけは大量に抱えていた。
そんな中、偶然にも彼女は気掛かりであったことを解決する手立てを見つけたのだった。
「一方通行?」
結標はまず我が目を疑ったが、いくら何でも見間違えるはずはないだろう。彼女の真っ白い髪は変わり種の多い学園都市でも他に見たことがないし、あの折れそうに華奢な体格だってそうそう見掛けるレベルではない。
ただ、にわかには信じ難かったのだ。
さすがに死んでしまった、などとは思っていなかったが、ドラゴンと対峙して無事でいるとはとても思えなかった。ましてやこんな風に当たり前に公園を歩いたりしているなんて思っていなかった。
「一方通行?」
「あァ?」
面倒臭そうに振り返る仕草も、聞いた瞬間初対面なら腰が引けてしまうような声音も、確かに間違いなく彼女を示すものであった。彼女が結標に気付いた瞬間に見せたあからさまに嫌そうな顔を見て、結標は確かに一方通行が生きてここにいることを実感した。
「お前の知り合いか?」
彼女の隣には変わった雰囲気の少年が立っていた。彼女と同類の人間というよりは、むしろ正反対―例えば明るくて、人当たりがよくて、真面目そうな、いわゆる好青年に見えた。あまり一方通行と接点があるような人間には見えない。
案内人をやっていた結標が知らないのだから、学園都市の裏の方とは関係のない人物なのかもしれない。「善人」たちを裏の事情に巻き込むことを一方通行は嫌う。それを知っていた結標は、今声をかけたのは失敗だったな、と自分の迂闊さを後悔した。
「ちょっと今いいかしら?あなたに訊きたいことがあるんだけど。」
結標はなるべく言葉を選んで簡潔に、余計なことは言わずに用件だけを伝えた。一方通行ならこれだけで裏に関わるような話をしたい、ということが伝わるはずだ。もし彼女が傍らに立つ少年にその話を聞かせたくない、と思うのならこの申し出は断られるだろう。
一方通行はふと考えこむような仕草を見せて、それから少年の方に声をかけた。
「オマエ、今日はもう帰れ。」
「何言ってるんだ?家まで送ってく約束だろ。」
一方通行は傍らの少年に命じたが、少年は意味が分からないといった表情をしていた。彼女は暗部の同僚だけでなく、普段付き合いのある人間にもこんな態度なのか。あまりの傲岸不遜っぷりに、却って結標は感心したほどだった。
「コイツと話すことがあるンだよ。オマエには聞かせらンないようななァ。」
少年がその言葉をどう解釈したかは分からない。一方通行の本心を伺うような―それは疑わしげ、というよりも気遣わしげと表現した方が適しているような―視線を向けた。全くの初対面である結標にも、ここで一方通行と離れたくはない、という意思がはっきりと見て取れたのだが、だからと言って無理に食い下がる様子でもなかった。彼らはどういった関係なのだろう、二人のやり取りを見ながら結標はぼんやり考えた。
「やっぱり家まで送ってく。」
「コイツは空間移動系の大能力者だ。飛距離は800mオーバー、オマエが心配するようなことがあったって何とかできるだけの人間だ。」
「心配なものは心配だ。お前たちが話してる間は俺は少し離れたところで待ってるから。」
一方通行は諦めたようにはァと溜息を吐いて、結標に場所変えンぞ、とだけ言った。イマイチ状況が読み込めてない結標が慌てて彼女の背中を追うと、少年も少し離れてから歩き出した。
「ここでイイだろ。」
一方通行が腰を落ち着けたのはチェーン店のコーヒーショップだった。態々寒い窓際に座ったのは外で待つ少年の為だろう。彼女はちらとそちらに目を向けて、目線で何事かを彼に伝えたようだった。
「彼と何か約束があったなら、また今度にしましょうか?外にいたら風邪ひいちゃうでしょう。」
11月の学園都市。天気は気持ちのいい晴れだったが、空気はきんと冷え込んでいて、風は身に沁みるようだった。お世辞にも厚着とは言えない少年を店の外で待たせているのは何となく申し訳ない気分になる。
向かいの本屋にでも入って待っていたらどうか、と声をかけたけれど彼は店の直ぐ目の前で待つといって聞かなかった。そうすることが義務である、というような彼の表情が印象的だった。
「別の日にしたところで変わらねェよ。アイツは俺のストーカーだからな。」
「へ?」
突拍子もないことを言われ少し呆然とした結標に対して、してやったり、という風に一方通行は笑顔を浮かべた。それが彼女特有の嗜虐的な笑顔と少しばかり違っていたので、結標は一瞬見とれてしまった。
「冗談だ。まァ、アイツに風邪ひかせたくねェンだったら、さっさと済ませることだな。」
そう言うと彼女はふと暗部の任務に就いたときのように怜悧な表情を取り戻した。結標のよく知る表情だ。恐らく彼について今の彼女に訊いたところで何も聞かせてくれないのだろう。結標は彼女らの関係を詮索することは諦めた。
「まぁいいわ、本題に入りましょう。あなた窓のないビルに行った後、今までどうしてたわけ?」
「あれ、オマエ土御門から聞いてねェのか?あの狸野郎には話したんだが。」
「つ、土御門??あいつとプライベートな付き合いなんてあるわけないじゃない。あなたたちいつの間にそんな仲良くなってたの?」
「いや、俺も偶々会っただけなンだが。」
事実一方通行は打ち止めを連れて上条とインデックスの二人と食事をしていたときに偶々土御門に会っただけである。上条と土御門が知り合いだという事実に驚いた一方通行に、クラスメイトなんだ、と告げた土御門の掴みどころのない表情を見て、益々コイツは信用ならない男だと思ったほどである。個人的な付き合いなど彼女とて持っていない。
「とにかく土御門のことはいいわ。あの後結局あなたはどうしてたのよ?」
「あァ…そォだったな。」
一方通行が言い淀んだのを見て、話しづらいことがあるのだろうと結標は思った。自分たちは同僚ではあるが、仲間ではない。何もかもを共有するような仲ではない。彼女が話したくないことがあると思ったとして、それは当然のことだった。
「話せる範囲で構わないわ。私も私で色々あって、ちょっと困ってるのよ。」
「オマエが悩みごと?また面倒なこと考えてるンじゃねェだろォな?」
一方通行が「また面倒なこと」と言ったのは、恐らく残骸を狙うに至った過去の話を思い出しているのだろう。妹達のことは一方通行にとって繊細な話題であることは重々承知していたので、結標は慌てて否定した。
「そうじゃないわ。いきなり暗部も解体されちゃったし、私の仲間たちは何の理由もなく少年院から解放されたし、訳が分からなくて気持ち悪いのよ。」
「あァ、それなら俺がやった。」
「はぁ??」
何の気もなくさらりと言ってのける彼女に対して、思わず結標は声を荒げたのだった。
「えーと要するに、第三位のクローンを好き勝手弄り回す学園都市上層部にブチ切れて、クローンも自分も他の能力者も都合よく利用するンじゃねェと脅しをかけたと。」
「まァそォいうことになるか。」
生まれついての性分なのだろうけれど人を怒らせるような言い方をしてみたり、人助けなんてやったことが気恥ずかしいのか回りくどい表現をしてみたり、何かと面倒な一方通行の話を要約すると百字以内で収まった。ドラゴンとの対峙にしても第三次世界大戦にしても実際は命がけのものだったのだろうけれど、こうして纏めてみると何とも間抜けだ。
「信じらんないわぁ…そんなことできるなら最初からやってよねぇ…。暗部であんな苦労しなくてよかったじゃない…。」
結標も最初からそんな都合よく話が進むわけがなかっただろうということは理解できる。戦争で学園都市も慌てていたときだったからこそ脅しが有効だったのだろう。それでもちょっと文句くらい言いたいのだ。
結標ががくりと肩を落として項垂れると一方通行はむすりとした。彼女らしからぬ子供っぽい表情に結標ははたと目を留めた。一方通行はいつも何かが気に入らないといった表情をしているが、こういう顔は珍しい。
「あ、ごめんなさい。あなたを責めてるわけじゃないのよ、っていうか可愛い顔するのね。」
「可愛くねェよ、茶化すな。」
「やだ、恥ずかしがっちゃって。あなた綺麗な顔してるんだから顰め面止めればいいのに。」
これまで長い間張り詰めていた緊張の糸が切れた結標は、思わず普通の女友達にするように一方通行の容姿について言及した。これまで延々と悩んできたのが馬鹿らしくなってきたのである。ちょっとくらいはしゃがないとやってられない。しかし彼女はあからさまに嫌そうな顔をして見せた。
「オマエうざってェよ。いきなり何テンション上がってンだ。」
「だって私の悩みごとすっきり解消できちゃったし、何か浮かれちゃって。」
「浮かれてるって自覚あんのかよ。もォイイわ、用は済んだんだろ?俺は帰る。」
「あらいやだ、つれない。ちょっとは世間話に付き合ってくれてもいいのに。」
「アイツが風邪ひくだろォが。オマエがそォ言ったんだろ?」
一方通行は店の外で待つ少年を指さした。この寒さを苦にする様子もなく一人立ち続ける姿はどこぞの王宮の護衛兵のようである。風邪なんかひいたことがないとか言い出しそうな健康優良児に見えるが、それにしたって確かに外に放っておくのは心苦しかった。
「結局彼って何者なの?あなたの彼氏さん?」
「うぜェ。俺にそンなもンがいると思うのか、オマエ。」
「あなたがストーカーなんて言ってたから余計に気になってるのよ。あんな熱烈に待っててくれるだなんてただごとじゃないし。」
「単なる昔馴染みだ。杖なンかついてる俺が心配だとか言って最近付き纏いやがってうざってェ。」
さっさと帰り支度を始める一方通行を見て、うざったいなどと言いながら結局彼が心配なのだろう、と結標は思った。結標は案外一方通行が細やかな感性を持っているのを知っていた。
「でもあなた受け入れてるんでしょう?そうじゃなかったら殴ってでも止めさせそうだものね、あなた。」
「殴っても効かねェだろォからな。」
「…どゆこと?」
「アイツ、第七位。」
「超能力者の?でもあなた第三位だって屁でもないじゃない?」
「アイツは特殊なんだよ。」
特殊―それは彼の能力が特殊だという意味なのか、それとも彼女にとって特殊な存在だという意味なのか、結標は図りかねたけれど一方通行がさっさと店を出てしまったので訊くことができなかった。
今日はこれにて終了です。次回は浜面の予定です。
皆さんいつも反応ありがとうございます。
今年もとうとう年の瀬ですねぇ。実家のこたつが恋しいです。
ではぼちぼち投下します。
「はまづら、大変。」
隣の少女を振り返ると、大変、と言うわりには相変わらずぼんやりとした表情をしていた。彼女の穏やかさは愛すべき性質だと思うが、こういうときにはちょっと不便なんじゃないかと思う。いまいち緊迫感を表現しきれない。
「何が大変なんだ?」
「ふれめあが逃げた。」
「はあああぁ!?ちょっと滝壺、それもっと早く言って!!」
浜面は咄嗟に後ろを振り返る。確かに少女の姿が見えない。先程からあちこちふらふらと道を逸れてばかりだったけれど、とうとう忽然と姿を消してしまったらしい。
彼らは愛すべき小さなお姫様を歯科医院に連れていく道中にあった。
一方通行は悩んでいた。議題は次の通りである。
「どうやったらこの馬鹿撒けるだろう?」
彼女はどちらかと言うと、いやかなり、孤独を愛する人間であった。いくら心を許した相手とはいえ、さすがに外出の度に四六時中付き纏われるのは我慢ならない。
10日は我慢したからそろそろ逃げ出してもいいんじゃないか。
気の短さでも第一位な彼女は正直そろそろ面倒臭くなっていた。
そこで一方通行は取り敢えず裏路地に入ってみた。
あんな目立つ奴だったら直ぐスキルアウトに絡まれるだろう―それに関しては自分も大概なのだがそれは別として―絡まれた隙にひょいと逃げ出すことくらいできるんじゃなかろうか。アイツは絡まれたらクソ真面目に相手するだろうし、その隙に。
案の定、いかにも不良共の好みそうな裏路地を歩いていたら10分も経たぬ内に絡まれた。
一方通行に喧嘩を売ったのか、削板に喧嘩を売ったのか、あるいはその両方かは定かではないがどちらでも構わない。どうせ彼らのターゲットが一方通行であろうと削板が出しゃばってくるはずだ。その隙にひょいと逃げ出して姿をくらまそう。
姿をくらましたところでどうせ直ぐ彼には見つけられてしまうのだろうが、それにしたって少しくらいは一人心安らかに過ごせるはずだ。
そして予想通り、一方通行に殴りかかろうとした男を削板が殴り飛ばした。
「ええっ??」
殴り飛ばされた男の仲間共が驚くのも無理はない。何せ男は野球のフライボールのように宙に放物線を描いて、そしてその軌跡には特撮のようなカラフルな爆炎が現れたのだから。
「うわァ…。」
暫く見ない間にコイツ変な方向にレベルアップしてンなァ、と一方通行はドン引きした。コイツとは何があっても殴り合いとかしたくねェわ、だって間抜けな絵面にしかならねェもン。一方通行は後にそう語ったという。
「どうした?」
「何があった??」
爆音に気付いてか、スキルアウトの仲間らしき男どもがわらわらと集まってきた。よくもまァこの狭い路地にこれだけ潜ンでいたもンだ、と思いながら一方通行は周囲の様子を慎重に窺う。スキルアウト共は削板に驚きの目を向けていて、その影に隠れる小柄な彼女のことなど忘れ去っている。
「オイ、ふざけんじゃねぇぞ!」
別の男が削板に殴りかかろうとする。一方通行はその隙にひょいと別の路地に逃げ込んだのであった。
「あ、ちょっとお前!俺を放ったらかして逃げるな!!」
削板の慌てるような声がしたが当然知らぬ振りをした。
さてどこへ行こう。態々能力使ってまで逃げるのは格好がつかないからこれまでして来なかったが、今日くらいはいいかも知れない。首元のスイッチに触れようとしたところ、彼女のお腹の辺りにぽすんと何かぶつかった。
「大体前方不注意。にゃあ。」
愛らしい容姿の白人の少女。色々トラブルを起こしては周囲の人を巻き込むという見事なお姫様気質。本人は意に介さず今日も元気にトラブルメーカー。
フレメア=セイヴェルン。
「オマエ、浜面ンとこのガキか?」
「大体そうだけど、何だか不本意な表現。」
「こンなところでガキが一人何やってンだ。危ねェだろォが。」
「浜面から逃げてるの。大体歯医者に連行されるから。にゃあ。」
一方通行は歯科医院なるものに行ったことがない。でもその場所が非常に恐ろしい存在であることは何となく知っていた。何せ最近妹達の間で都市伝説のように広がっていたので。
「MNWに歯医者行ったときの感覚アップした個体出てきなさーいっってミサカはミサカは涙目になって上位個体命令文を振り翳してみる!」と同居する幼い少女がじたばたと暴れていたのはつい最近のことだ。妹達の中にも不摂生がたたって虫歯になったようなヤツがいンのか、と一方通行は彼女らの個性の芽生えを不思議な気持ちで見守っていたのだ。
ふとそんなことに思考を巡らせていると、背後の騒音がぴたりと止んだ。
背後の路地では削板とスキルアウトたちが交戦していたはずである。そこから聞こえ続けていた騒音が止んだということは―
あれ?アイツもしかして全員伸した?
「オイ、終わったぞ!!」
後ろから若干息を切らせ気味に大声で呼びかけられ、一方通行は脱力した。そう言えば俺、コイツから脱走しようとしてたンだった、フレメアに気を取られすっかり忘れ去っていた当初の目的を思い出す。
削板が交戦していた路地の方をひょいと覗き込んでみると、死屍累々といった感じで伸び切ったスキルアウト共が折り重なっている。単に相手の攻撃を跳ね返すだけの一方通行と違って削板は一々まともに相手をするから、実のところ彼女が処理するのよりも酷い状況である。
因みに一方通行と同様にその様子を見たフレメアはぴゃっと飛び上がった。まぁ彼女はこんな光景に馴染みなどないだろう。
「ん?そっちの子は??」
「あァ?脱走犯みてェなもンだ。」
「大体失礼。にゃあ。」
「違わねェだろ。浜面呼び出すから大人しくしてろ。」
一方通行は削板から逃げ出すことは諦めて、目の前の危なっかしい少女を保護者のもとに送り届けることを優先した。こんなところでふらふらしていたらどこぞの馬鹿共に危害を加えられないとも限らない。幼女に甘いことに定評のある彼女は自分の目的を二の次にした。
「やだ、逃げるもん。」
「へェ?超能力者二人から逃げ果せようとはイイ度胸だなァ?」
一方通行に首根っこを押さえられたフレメアは両手をだらんとさせて不満気に頬を膨らませている。彼女を保護する親切な人と言うよりは完全に誘拐犯である。それに加えて能力に物を言わせ脅しまでかける大人気の無さだ。削板は状況が全く読めずに首を傾げる。
「え、俺も数に入ってんの?」
「当たり前だろ。オマエは俺の使いっ走りだろォが。」
「何かそれ語弊があると思うぞ。」
「大体無能力者いじめかも。にゃあ。」
こうして何とも不思議な三人組はできあがった。
時を同じくしてこちら大能力者の少女と元スキルアウトの少年の美女と野獣カップル。
ピンク色のジャージにもこもこの上着を着込んだ少女は何かの気配を感じたらしい。ぴくんと顔を動かした。
「あくせられーたの気配。」
「え?第一位近くにいるの?っていうか体晶使わなくても分かるの??」
「あくせられーたのAIMは他の人のと全然違うから。すごく分かりやすい。」
「ふーん、そういうもんなの?っていうか今はフレメア探してるんだってば!ん?」
そのとき浜面の携帯電話が着信を知らせた。画面を見ると今しがた噂していた第一位様の名前が表示されている。一応アドレスを交換し合った仲ではあるが滅多に連絡は取り合わない。
というか連絡なんか来ないでほしい。強くて気の短い女など麦野で間に合っている。一方通行はその麦野が手も足も出ないような人間なのだから、もう浜面なんか目をつけられた日にはどうしようもないのだ。
浜面は正直なところ身震いを覚えた。しかし出なかったら出なかったで半殺しにされること請け合いである。浜面は恐る恐る通話ボタンを押した。
「…はい、第一位サマがこの浜面に何の御用でしょーか?」
恐る恐る、慎重に言葉を選んで第一声。すると意外にも電話の向こうから困ったような呆れたような声が聞こえてきた。怒鳴り声でも猫なで声でもないので―実は後者のときの方が酷い目に遭うとは上条の談である―浜面は取り敢えず向こうに聞こえないようにほっと息を吐いた。
「え、フレメアと一緒にいるの?ちょうど今滝壺と探してたんだ。今からそっち向かうわ。」
「あぁ、あそこの公園?うん、じゃあちょっと待っててくれよ。」
浜面はほっとした顔で電話を切る。フレメアはスキルアウトが大勢たむろする路地裏に迷い込んでいたらしい。一方通行と偶然出会わなければ歯医者以前に病院に行く羽目になっていたかもしれない。
「第一位がフレメアと一緒にいるって。迎えに行こう。」
「うん、見つかってよかったね。」
「よかったね」―浜面はその言葉に素直に頷くことができなかった。フレメアを保護してくれた彼女は、以前彼の大切な仲間をつまらなそうな顔をして殺した人物でもある。そしてフレメアはその仲間が守ろうとした少女であった。
今ならあれは彼女の意思ではなく、彼女自身も学園都市の思惑の被害者だったのだと理解できる。それでも人が一人死んだという事実に変わりはない。
一方通行自身もそれは重々承知している。浜面が彼女をよく思わないことを、決して咎めない。ただ苦々しそうな表情を向けてくるだけで、浜面はその表情の意味するところをまだ正確に理解できていなかった。
「行こう、はまづら。」
ふと立ち止まってしまった浜面を、滝壺が優しく促した。
「浜面、助けて。超能力者に捕まっちゃった。」
そう言う割には彼女は呑気に缶入りのホットココアを飲んでいる。とても誘拐された年若い少女という悲劇的なシチュエーションには見えない。まさかこの短時間でストックホルム症候群を発症したわけでもなかろう。
浜面はその手のココアを見て、オイお前これから歯医者行くんだろうと突っ込みたくなったがそこは学園都市、謎の虫歯予防効果があるココアらしい。恐らくフレメアにこれを買い与えたのは妙なところで幼女に優しく、そして同時に厳しい第一位様だろう。
「俺ではソイツに勝てないよ、フレメア。というか今はその超能力者と協力関係だ。」
「何てことなの。にゃあ。」
「さぁフレメア、今度こそ歯医者行くからな。逃げ出したらそこの第一位にとんでもないことされるからな。」
「俺はナマハゲかっつゥの。」
「じゃあ麦野で。」
浜面の脅し文句にフレメアはぱっと飛び上がった。一方通行の能力はまともに見たことがないが、原子崩しは見たことがあるのかもしれない。なるほど、あの女の能力は分かりやすくて派手で、何だか得体の知れぬ自分のそれよりは脅しに向いているかもしれない、と一方通行は妙なことに感心した。
「あくせられーた、ありがとね。これ、お礼。」
浜面とフレメアが下らない言い争いをしている脇で、滝壺が紙袋を差し出した。中身は最近一方通行が気に入っている缶コーヒーだった。彼女は確かにぼんやりしているがしっかり者である。浜面なンかには勿体ねェなァと一方通行は思った。
「オマエ、体調はどォなんだ?」
「最近は随分いいよ。体晶使わなくてもむぎのとかあくせられーたとか強い人のは分かるようになってきたの。何となくだけど。」
「そのうち案外さらっと能力に干渉できるようになるンじゃねェの。俺もうかうかしてらンねェなァ。」
かか、と一方通行は小気味良く笑ったが、それに対して滝壺はふるふると首を振った。何故か悲しそうな表情だった。
「あくせられーたのは干渉できないと思う。」
「?」
「あくせられーたのは特別だから。多分、私の体も頭も持たない。」
「ふゥん、そォいうもンかね。」
何の気なしに相槌を打った一方通行に対して、滝壺は彼女の上着の袖を握り、縋るように言った。
「例えばね、あくせられーたの能力が暴走しても誰にも止められないよ。私が干渉して止めることはできないし、きっとらすとおーだーにも無理。だからね、気をつけなくちゃいけないよ。」
他の人間が聞いたら何て突拍子もないことを言っているんだと笑ったかもしれない。能力の暴走など、100人の能力者がいたら100人が体験せずに一生を終える。だけれど一方通行は笑わなかった。確かに自分の得体の知れぬ新たな力で身近な人物を危険に晒したこともあるのだから。
滝壺は確かにぼんやりしているが、その能力ゆえか妙な勘の鋭さを見せることもある。一方通行には彼女の発言を単なる喩え話だと唾棄することはできなかった。
能力の暴走。
一方通行はここ数ヶ月の、そして何年も前の記憶を思い返した。
そして少し離れたところで浜面と自己紹介など交わしていた削板の方を振り返った。こちらの会話が聞こえていたのだろうか、ふとこちらを向いた彼もまた一方通行とよく似た苦々しい表情を浮かべていた。
「そっちのお兄さんのAIMも変わってるね。」
「そォだろォな。馬鹿みたいな能力だ。」
「でもきっと、優しい人。」
滝壺と浜面は予約の時間だから、と言ってフレメアを連れて行った。
残された二人は、暫くそこを動こうとはしなかった。言葉を交わすこともなく、ただそっとお互い距離を縮めた。寒さに凍えたハリネズミ同士が痛みと寒さのどっちつかずに悩みながら距離を詰めるような、慎重なやり方だった。
「オマエ、あンときの傷、残ってねェよな。」
暫くの沈黙の後、一方通行は削板の左手を取った。大きくごつごつした手は温かい。一方通行は自身の冷えた手で彼の爪を、指の関節を、指の付け根の出っ張りを、甲に浮いた血管を、一つ一つ確かめるようになぞる。
削板は左手を彼女の好きにさせたまま、安心させるようにゆっくりと彼女に語りかける。
「何年前だと思ってるんだ。すっかり元通りだよ。見るか?」
「いや、イイ。ここじゃ無理だろ。」
幼いあの日と比べて、二人の手はこんなにも変わってしまった。大きさも形もまるで違っている。それはそのまま、二人が別れて過ごした時間を表していた。
「ごめンな。」
「謝るなよ、俺は気にしてないから。」
削板は彼女の好きにさせていた左手で彼女の右手を握った。酷く優しい握り方だった。
「帰ろう。冷える。」
「うン。」
二人は結局、ファミリーサイドまで手を繋いで歩いて行った。
次回
「セロリをストーキングしている第七位をストーキングするスレ16」
乞うご期待!!
乙!
この浜面の距離感はわかるんだけどもどかしいなあ…
こんばんは、>>1でェす。
今日投稿する部分は多分好き嫌いが分かれるンじゃないかなァ、と思いつつ投稿します。
合わない人はごめンなさい。
前提として、このお話の百合子ちゃんと妹達の関係は良好です。
>>130,131
新約1巻で一方さんにフレメア保護の協力を依頼した浜面が駒場さんを引き合いに出していたので
浜面にとってはもちろん、一方さんにとっても駒場さんは過去になってないと思うのです。
だから浜面と一方さんの距離感は歪なのです。
では投下しまァす。
セロリをストーキングしている第七位をストーキングするスレ16
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
今日も第七位の自宅を突き止められないスネークをpgrしてやろうぜ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
お前を姉とはもう思わない…
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka13335
泣くなよ
俺はスネークを応援してるぜ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19090
ぶっちゃけさー
第七位ってアホっぽい訊いたら教えてくれるんじゃね?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
言いたいことは分かるが
最早それって俺の存在意義がなくね?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14510
自宅なんかどうでもいい
問題は奴が俺のセロリに対して恋愛感情を抱いているかどうかだ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
いや
お前のじゃないだろ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
あれって完全に恋する男の顔じゃね?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka13335
いや
お前絶対恋する男の顔とか知らないだろ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14510
いやー!!!
俺のセロリたんが汚される!!!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka15321
安心しろ
お前の毒牙にかかるよりかは幾らかマシだ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
セロリたんも14510号も第七位も纏めてprprしてやんよ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka18021
やだ…きもい…
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka15071
20000号が変態だと今日も平和だなーって感じがするな
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17835
平和ってもっとほのぼのしたもんだろ…
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka12209
って言うかだいぶ趣旨変わってね?
結局スネークは今どうしてんの?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
こちらスネーク
ターゲットは間もなくファミリーサイドに到着する
セロリと別れたらミッション開始
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20001
こらー!!
いつまでこんなことやってるの!!!
あの人にも第七位さんにも迷惑でしょ!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
運営様今日もお疲れ様です!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17835
運営様今日もアホ毛が可愛らしいですね!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka18021
運営様今日もいいお天気ですね!!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20001
みんなおはよう!
じゃなくってぇ!!
いつまでもこんなことやってないで!!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17335
でもさー
運営様だってぶっちゃけあの男のこと気になるだろ?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka12530
つーかさ
セロリは俺達のセロリじゃん
それをあんなぽっと出の男に攫われて堪るかってんだよ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20001
あの人はミサカ達のものじゃないよ
あの人はあの人自身のものだよ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka12530
でもさ
俺たちがいないと能力は愚か話すことすらままならないんだぜ
「俺達のもの」は確かに言いすぎかも知れんけどさ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
セロリに俺たちが必要なのは事実だよ
だけどさ俺たちにもセロリが必要なんだよ
運営の言う通り求めるばっかりってのは違くね?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17335
まぁ
セロリに守ってもらわにゃいつ使い捨てにされるか分からんからな
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka12209
お互い様ってやつだな
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka12530
でもお互い様って言うならさ
セロリだって俺達の気持ち優先してくれたっていいだろ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20001
そうかも知れない
だけどミサカ達は一万人近くもいるんだよ
ミサカ達がたった一人のあの人を支えるのと
あの人一人がミサカ達一万人を守るのは全く等価じゃないよ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka15071
運営の言うとおりだな
ちょっと冷静になろうぜ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19090
それもそうだよな
たまにはセロリだってミサカ達のこと考えない時間があった方がいいよな
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:MisakaXXXXX
ミサカはそんなこと知らないよ
アンタらだって納得行ってないでしょ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka15321
お、末っ子か?
ピリピリしちゃってどうしたん??
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20001
番外個体?
昼間起きてるの珍しいね!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
おまいら同居してんだろ
MNW上で会話すんなよ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:MisakaXXXXX
ミサカだって好きでピリピリしてるわけじゃないよ
アンタらが原因でしょ
アンタらが幼女の言葉に納得行ってないのなんてミサカ分かるんだから
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
何?
おまいまたMNWで何か拾ってイライラしてんの?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20001
あっ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka13335
運営どった?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20001
番外個体がイライラのあまり家を飛び出しちゃった…
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka15071
えっwちょっww
飛び出したってどこにwww
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20001
分かんない…
17600号、今あの人と第七位さんってどこにいるの?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
こちらスネーク
セロリと第七位は間もなくファミリーサイド
末っ子と遭遇する可能性が高い
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20001
17600号、番外個体を止めて!
多分あの人達に何かやらかすから!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
無茶言うな!レベル考えろよ!!
手を繋いで歩いていた二人が、じゃあここまで、と別れを告げようとした瞬間にその少女は飛び込んできた。杖をついている一方通行を気遣いもせずにぐいと両手で自分の方に引き寄せる少女、番外個体。
「番外個体?オマエ珍しいな、昼間に起きてるなんて。」
一方通行はわけの分からない怒りと興奮と嫉妬とその他もろもろの感情に苛まれて自分でも何がしたいのか分からなくなっている番外個体の気持ちなど知りもせず、珍しくちょっと驚いたような顔をして彼女にされるがままにしていた。右手に取り付けた杖の先は宙に浮いていて意味を為していない。
「第一位はミサカ達のことだけ考えてりゃいいの!こんなわけの分からん男のことなんか放っといてさ!」
「?何言ってンだ、お前??」
彼女はつい今しがたMNW内で繰り広げられていたやり取りを知らない。当然MNW内で「ミサカ達の一方通行を突然攫いに来た男」に対する嫉妬が広がっているなどとは知る由もない。彼女にとって一番身近なミサカである打ち止めが健気にもその気持を押し隠して過ごしているのもその一因であった。
「第一位は黙ってて!ミサカはこいつに用事があるの!!」
「?俺に??」
「そうだよアンタだよ!」
打ち止めは何度か削板と会うことがあったが、番外個体が彼と直接顔を合わせるのは初めてであった。一方通行には当然MNW内で削板に対する嫉妬が人知れず膨らんでいることなど知り得ないし、削板に至っては突然現れた少女が何者なのかも分からない。
ただ、それでも彼は番外個体の強い視線を正面から受け止めていた。
因みに上位個体様直々に「番外個体をどうにかしろ」との命令を受けた17600号は―彼女にとっては幸いなことにそれは強制力のある上位個体命令文ではなく、ごく一般的な命令であった―大能力者に対するビビリと自身の隠密行為へのプライドにより、物陰に身を隠したままであった。
「第一位は引っ込んでてよ。先に家に入ってたら?最終信号も待ってるし。」
明らかに一方通行にはこの場にいてほしくない、という感情が透けて見える言い方であった。自分のいないところで番外個体が削板に対してどんな用事があるのか、一方通行には検討もつかなかったけれど、ただ漠然と彼女らを二人きりにしてはいけないような気がした。
そう感じた理由は、番外個体が今にも削板に飛びかかりそうな強い怒りを表している、それだけではない。彼ならいくら軍用に調整されたクローンとはいえ、大能力者に遅れは取らないだろう。そういうことではなく、何か胸騒ぎのようなものがあった。
「いいよ、お前は家帰って。この子が用事あるのは俺だけなんだろ?寒いし、風邪ひくぞ。」
削板がまるで旧友と偶然会ったかのような様子で言ったので、一方通行は何となく後ろ髪引かれつつもファミリーサイドの建物の中に向かったのだった。
一方通行が二人から5、6メートル離れたかと思うと、彼女を物陰に引きずり込む人物がいた。その少女に見覚えがあった。彼女と対峙し、そして生き残った数少ない超電磁砲のクローン。検体番号10032、一方通行と戦闘を行って今生きている個体は彼女と番外個体だけであった。
<で、結局俺に何の用なんだ?>
「何だオマエ、カツアゲにでも興味を示すお年頃か?」
<アンタになくても、ミサカはアンタに用があるの。>
「そんなわけないでしょう、物陰でやることがカツアゲしか思い浮かばないなんて貧相な発想ですね、とミサカは一方通行を小馬鹿にしてみます。」
<ミサカ?打ち止めのお姉さんか?顔もそっくりだけど。>
「小馬鹿でも大馬鹿でもいいけどよォ、じゃあオマエは何がしたいわけ?」
<ミサカは妹だよ。ってか、最終信号のことなんてどうでもいいんだって。>
「ミサカと一緒に第七位と末っ子の会話を盗み聞きしましょう、そうしましょう、とミサカは決定事項を口にします。」
<妹?どういうことだ?打ち止めは肉体変化能力者なのか?>
「あァ?よく分かンねェけど、アイツは俺に聞かれたくねェンじゃねェの?それともクソガキの差し金か?」
<ミサカ達のことなんてどうでもいいんだ。第一位の話をしたいの。>
「上位個体命令ではありません、とミサカは否定します。上位個体はむしろ番外個体を止めるように言っていますが、このミサカは敢えて反旗を翻すのです、とミサカは革命を主張します。つまりコレはあくまでこの10032号というミサカ個人の行動です、とミサカは個性の芽生えを主張します。」
<アイツがどうかしたのか?>
「ハイハイ。で、何で俺も一緒になって盗み聞きしなくちゃなンねェの?」
<どうしたもこうしたもないよ。>
「それはあなたが原因だからですよ、とミサカは本質を突きます。」
<第一位はミサカ達のものなんだから。>
一方通行は10032号の言葉に、そして漏れ聞こえてくる番外個体の叫びに息を呑んだ。自分は何か問題の引き金を引いただろうか、心当たりはないが、しかし自分の知らないうちに事態が進行していることなど何度も体験した彼女は10032号の言う「原因」とやらを探らずにはいられなかった。
<アンタなんか、部外者なんだから。>
「あなたと第七位が行動を共にするようになってから、ミサカ達の中に新たな感情が芽生えました。しかしこのミサカはその感情を言葉にする術を持ちません。その感情は積もり積もって爆発し、今、あの末っ子に押し寄せています。だからこのミサカは自分達の感情の発露を見守らなければなりませんし、あなたにも聞いて欲しいと思うのです、とミサカは現存するミサカ達の最年長らしく姉っぽいことを言ってみます。」
<ミサカ達の間に入って来ないでよ。>
「あなたがそれを聞いて何かする必要はありません。ミサカ達の願いを叶える必要などありません。ただ聞き届けて下さい、とミサカは極々シンプルな希望を述べます。」
<アンタが第一位とどんだけ長い付き合いかなんて知らない。>
「どんな無茶なことを言っても、我儘を言っても、ただ聞いていて下さい。はいはいと聞いて頭でも撫でて、そのあとはすっかり忘れて下さい、とミサカは母を求める赤子のような要求をします。」
<そんなことミサカは興味ない。>
「あなたを虐めたいわけではないのです。ミサカ達はあなたのことが大好きですよ。生存しているミサカはもちろん、死んでしまった10031体のミサカ達も、とミサカは壮大な告白をします。」
<ミサカと第一位の間に、時間の長さなんて関係ないんだ。>
「ある文学者は『I love you』を『わたし、死んでもいいわ』と訳したそうですね。ミサカ達も今なら分かります、あなたに殺されてもいいと思っていたミサカ達は確かにあなたを愛していましたよ、とこのミサカは確信を持って言います。」
<ミサカ達以上に第一位と濃密な時間を過ごした人間がいるの?>
「じゃあ、番外個体が言う負の感情ってのは何だ。俺を恨ンでるンじゃねェのか。」
<もしそんなヤツがいたならどうすればいいの?>
「愛とやらも綺麗な感情ばかりではないでしょう。あなたを殺したいと思うのも、愛ではないのですか、とミサカは人の感情の複雑さを問います。」
<ミサカ達はどうしたらあの人の全てになれるの。>
一方通行は幼い日に読んだ恋愛小説を思い返した。好きだと思った相手を殺したいという女も、好きな人物と一緒に身投げをした男も、自分には一向に理解できなかった。妹達には理解できるというのだろうか。それを羨ましくも思ったし、理解できない自分を申し訳なくも思った。
<第一位はミサカ達のために生きて、ミサカ達のために死ぬんだから。>
「もういいでしょう。番外個体が家に帰ったとき、あなたが家にいないと怪しまれますよ、とミサカは早めの帰宅を促します。」
<ミサカ達だってあの人のために生きて、死ぬんだから。>
「…オマエといい番外個体といい、大層な告白だなァ。」
<ミサカ達から第一位を奪わないでよ。>
「振られると分かっていますからね。少しはドラマチックに演出したくなるものなのですよ、とミサカは乙女心を語ります。」
<ミサカ達には第一位しかいないんだ。>
9971人の少女にとっていかに自分の存在が大きいのか、一方通行はその途方もない問いの答えを持ち得なかった。ただ、きっとこのままにはしておけないのだろうと思った。
変わることは恐ろしい。今のままでいられないことほど怖いものはない。何者にも侵されずに変化というものを拒み続けてた彼女は、遅ればせながら誰もが向き合ってきたものとの対峙を余儀なくされたのだった。
妹達にとっての世界は自分達と一方通行でできあがってると思うんですよね。
そしてそれは9971人対1人じゃなくて、彼女たちの理解の中では1人対1人。
一方さんの為に作られた妹達にとって、じゃあその一方さんは何かって言ったら神にも等しいと思う。
上条さんや美琴はアウトサイダー、或いはストレンジャー、もしくは宇宙人。
って、>>1の勝手な解釈でこの話はこんなことになりました、まる。
次回は黄泉川家大人たちの回です。
おつ。面白かった
私死んでもいいわって有名だけど言葉通りに受け止めるか比喩と見るかで違うもんだな
どォも、最近寒くってやンなっちゃいますねェ。
10032号の語る愛は真実でもあり、勘違いでもあり、詭弁でもあります。ミサカ達は経験がないながらも積極的に愛なるものを理解しようと務めています。その結果、自分達の中で一番容積を占める一方さんへの感情を「愛」と名付けた次第です。
因みにこれから書くことになりますが削板の語る愛は非常にシンプルです。シンプルが故に実行するのは難しいですが。
>>147
自分は根っからのヤンデレなものでそもそも比喩なんて発想がなく言葉通りに解釈してました…orz
珍しく一方通行から削板に電話があって、用事があるから付き合って欲しいと言った。指定された時間、指定された場所に行ってみたが、彼女は何をするでもなくいつもの散歩コースを辿るだけだった。
削板はそれに対して何も言わなかった。自分には分からなくても、それが彼女にとって必要なことなのだと思った。
「雨か。」
二人が形だけの『用事』とやらを終えてファミリーサイドまで歩いて来る少し手前で雨が降ってきた。小雨かと思いきや、あっという間に雨脚は強まっていく。
ファミリーサイドのエントランスまで来たところで、一方通行は削板の腕を引っ張った。
「ちょっと上がってけ。タオル貸す、あと傘も。」
「いや、いいよ。走って帰る。」
「馬鹿か。好意には甘えとけ。」
いつも通りのぶっきらぼうな言葉が、だけど酷く優しくて、きっと彼女はこういう言葉を毎日のように打ち止めやこの間会った番外個体と呼ばれる少女に向けているのだろうと思った。それが少し羨ましくて、ほんの少し妬ましさのようなものも混じっていて、削板は自分にもそういう感情があったのか、と驚いた。
「誰もいねェみたいだ。」
玄関から先には入れないと削板が頑なに主張したものだから、一方通行は玄関に削板を待たせて家の奥に引っ込んだかと思うと、清潔で柔らかそうなタオルを何枚か持って戻ってきた。
「ほら、拭け。」
削板は何も言わずにそれを受け取った。1枚は自分で使うつもりで持ってきたらしい、一方通行は自分の髪の毛にタオルを被せたかと思うと乱暴にぐしゃぐしゃとかき乱した。削板自分も同じようにしながら、黙って一方通行の様子を見ていた。
「何だ、黙りこくって珍しいな。」
すっきりしたらしい彼女がふと彼からの視線に気づいて訝しげな表情を見せた。服は撥水加工でもしてあるのか、濡れた様子はない。まだしっとりと水分を含んだ髪が玄関のオレンジ色の照明にきらきらと輝いて、ああこいつの髪も肌も白いから色が映り込むんだな、なんてぼんやり考えていた。
「具合でも悪いのか?オマエに限ってそンなこたァねェと思うが…。」
「あ、いや、何でもない。」
「?変なヤツだな。いつものことだけど。」
意外と周囲の人間に気を配っていることを知っている。決して傍若無人な性格ではないことを知っている。能力の強さ故に、わざと自分勝手に振る舞って他人を遠ざけようとしていたことも知っている。
ああそうか、こいつには今そんなことは必要ないんだ。
誰かと一緒に暮らしている、誰かと共に過ごしている。
そうはっきりと認識すると、玄関の柔らかな暖色の明かりすら目を刺すように感じられた。
「俺の傘、持ってけ。」
帰り際に渡されたのは薄いグレーで、縁のところにごく細いパステルピンクのラインが走っているシンプルなデザインの傘だった。傘立てに並んでいる他の傘はどれもデザインが異なっていたから、どれが誰の傘かはっきりと区別して使っているのだろう。
何の拘りもなくビニール傘でも使いそうな彼女が、シンプルではあるが女性用だと分かるデザインのものを使っているというのが意外だった。もしかしたら同居人に押し付けられたのかもしれないが。
「…一端覧祭、一緒にどっか見に行かねェか。」
「?ああ、打ち止めも一緒か?」
「いや、ガキは芳川…別の同居人と一緒にどっか行くらしい。」
ふらふらと彷徨っていた視線が、はっきりと削板に据えられた。その目がとても強くて、だけど頼りなくて、そんなふうに自分を見ないで欲しいと思った。
ああ、『第一位』の顔だ。
誰も寄せ付けず、誰にも触れられない、『一方通行』の顔だ。
意を決したように彼女が口を開くのを、削板は判決を待つ重罪人のような気持ちで待っていた。
「…そンとき、オマエに話さなきゃなンねェことがある。オマエは多分驚くと思う。もしかしたら怒るかもしれない。だけど聞いてほしい。」
「ああ。」
そうしてお互い「またな」も「バイバイ」も言わないで、削板は暖かい匂いのする玄関を出て、相変わらず冷たい冬の雨が降る街に戻っていった。
彼女が話したいと言うことの内容は、何となく想像がつく。
離れ離れになっていた4年間のこと。
打ち止め、番外個体などとまるで人とは思えない呼び名で呼ばれている少女たちのこと。
首に巻きついた奇妙な機械とそれのスイッチを切り替えた時だけ使える能力。
「第七位??」
彼女に借りた傘を広げようかと思ったところで、棘のある少女の声が聞こえた。
「アンタまた第一位に付き纏ってたの。」
「今日はあいつに誘われて出掛けてただけだぞ。」
「どっちが誘ったとかそんなことどうでもいいよ。ミサカはアンタと第一位が一緒にいること自体が気に喰わないんだから。」
「番外個体、そんな言い方は止しなさい。」
番外個体の後ろから声を掛けてきたのは、穏やかそうな女性だった。打ち止めや番外個体、或いは一方通行そのものに付き纏うどこか普通の人とは違う空気を全く持たないごく普通の女性に見えたので、削板はこの人も彼女の同居人なのだろうかと不思議に思った。
「ごめんなさいね、この子誰にでも喧嘩を売るから気にしないでちょうだい。あなた、一方通行のお友達?」
「あ、いえ。大丈夫です。」
「あの子に傘借りたのかしら。気を付けてね。」
「ありがとうございます。」
(あの男の子…、どこかで見たことあるような…?)
芳川は早足で歩いて行く少年の後ろ姿を確かめるように見詰めていた。
「あら、さっきの男の子の様子だと一方通行帰ってるはずよね。見当たらないけれど。」
家の中は静まり返っていて、芳川と番外個体がリビングに足を踏み入れても暖房はおろか照明さえ点いてない有様であった。番外個体はエアコンを点けるとぽいとリモコンを投げ捨ててぞんざいな仕草でソファーに腰を落とす。
「寝てるんじゃないの~?昨日遅くまで起きてたみたいだし。」
「あら、遅くまで起きてる原因を作った当人なのに気軽なものね。」
「ミサカだって好きでトラブル持ち込んでるわけじゃないよ。説明したでしょ、そういうふうにできてるって。トラブルを生むように調整されてるんだよ、このミサカは。」
昨日の夕飯時、番外個体はいつものように一方通行に噛み付いたのだった。理由は些細なことで、番外個体も日頃言っているのに少し毛が生えたくらいの悪口を少しばかり強い口調で言ったくらいのものだった。しかしながら暴言の受け手である一方通行の気分はいつも通りでなかったらしく、今朝も少し気落ちしているように見えた。
未だに何か収まらぬものを抱えているような様子の番外個体を見て、芳川は呆れ気味に声を落とす。
「そんなに一方通行が嫌いなら、この家に暮らさなくたっていいでしょうに。」
「別にミサカ第一位が嫌いなわけじゃないよ。むしろ大好きかな。めちゃくちゃに壊したいくらい。」
「随分なサディストなのね。妹達にこんな側面があっただなんてびっくりだわ。」
予想外の言葉が返ってきて、芳川は珍しくきょとんとした顔を見せた。妹達はこんなに感情的な生き物だっただろうか。クローンの少女たちに強い愛着を感じて大層な無茶をした長点上機の天才少女は、こんなふうに感情を顕にする番外個体を見たらどう思うのだろう。
「サディスト?ミサカはむしろミサカ自身のことをマゾヒストだと思うけどな。だってミサカが一番にぼろぼろにしたいものはミサカ自身だもの。」
「?どういうことかしら。」
「このミサカは亡霊なの。」
芳川は黙って番外個体の独白を聞いた。妹達を作るのに携わった人間の一人として、彼女たちの精神に強い興味があった。ただ入力されただけの人格データが様々な経験を経てどのように変質したものか、彼女の場合少しばかり背景は違うけれど、興味を惹かれることに変わりはなかった。
「ミサカは確かにMNW上の悪意を拾っている。だけど実際今生きているミサカ達の中に第一位に対する悪意を持っている個体はそれほどいないと思うよ。だって実際に殺されたのは自分ではないもの。」
「確かに同じミサカだけどね。ミサカ達の中には血が繋がっているだとか、同胞だとか、そういう感覚はあまりないし。MNW上にデータは残っているから、生き残っている側からすればそもそも誰かを喪ったという感覚も薄い。極端な言い方すると生き残ったミサカにしてみりゃ、他のミサカ達が死んだのなんてちょっとリアルな映画を見てるようなもんだよ。」
「でも死んだミサカ達自身はそうではない。だから多分、ミサカが拾っている悪意は死んだ10031人の残りカス。」
MNW上には確かに死んだ彼女たちの残したデータもあるだろう。それは怨念だとかそういった名前をつけられるものなのだろうか。単なる電子データと呼ぶには重すぎて、だからと言ってそこに魂だとか何かが篭っているとも思えない0と1の羅列。
番外個体は今もそのたった2つの数字に振り回されて生きている。
「だからミサカ自体はただの容れ物なのさ、亡霊が取り付くだけの器。」
「んで、亡霊の目的って言ったらあれだよ、恨みを晴らすことだよね。死んだミサカ達10031人が恨む相手って言ったら第一位だし、恨みを晴らしたらこのミサカは要らないんだよ。亡霊は最終的に成仏しなくちゃならないもの。」
「一方通行を殺して、自分も死にたいってことかしら。無理心中みたいね。」
「それが近いかもね。いいね、第一位と心中。第一位、ミサカと一緒に死のうって言ったら死んでくれるかな。」
本当に嬉しそうに言うものだから、芳川には生きたいと言った妹達と彼女が同じ存在には思えなくなってきた。いや、確かに同じ存在ではないのだろう。彼女たちには個性が芽生え始めているし、そもそも番外個体は作り方がまるで違う。でもまるで別物だと思うには、彼女たちはあまりにも同質過ぎた。
「本当にあなたは亡霊なのかしら?あなた自身に生きたいという気持ちはないの?」
「んー、不思議とないかな。別にこのミサカの原動力がMNW上の死んだ10031人の恨みだけってんじゃないよ。だけどね、ミサカ自身はミサカを一種の使い捨ての道具だと思ってる。」
「自分自身って最大の道具でしょう。誰でも最初から持っていて、最後まで持ち続けられる。このミサカですら。それをどう使おうが自分が決めることだよね。ミサカの命はミサカがミサカの思うままに使い果たしていいものだよ。」
「道具って何か目的があって使うものだと思うけど、ミサカはね、最高の死を迎える準備のためにこのミサカの生命を使いたい。誰しもそうなんじゃないかな。幸せな最期のための準備をしたい、って気持ちはさほど珍しいものじゃないでしょう?ミサカの場合はそれがちょっとアグレッシブなだけだよ。」
彼女が言う最高の死というのは一方通行を巻き込まなければ達成できないということだろうか。普通の人間だったら一緒に楽しく過ごして天寿を全うすることを考えそうなものだが、その辺りが「MNWの負の感情を拾う」彼女らしいところなのだろうか。
「アグレッシブの一言で片付けていいかは甚だ疑問だけれど。あなたのその気持ちは私には向かないのね。」
「何、ミサカに恨まれたいの?」
芳川は妹達に恨まれるだけの理由がある。
勝手に作って、勝手に使い捨てにして。
もしかしたら一方通行を止められたかもしれないのに―あの頃にはそんなことは思わなかったけれど、最終信号の言うように本当は誰かに止めて欲しかったというのなら、自分にだってその可能性はあった―のうのうと彼女らの隣で笑って暮らしている自分に対して、その感情は向かないのか。
「でも仕方ないんじゃない?愛は平等でないよ。贖罪なら他でやってほしいな。」
ああ、そうか。自分は彼女らにそんな強い感情を向けられるほどの人間ですらないのか。恨まれて、それを償うという当たり前のサイクルにも参加できないほどに、中途半端な人間だったのか。
残念なことにそれを自分は、悲しいとは思えなかったけれど。
今日はここまで。番外ちゃん書くの楽しいなぁ(*´Д`)ハァハァ
次はロリ百合子とショタ軍覇の回想ラスト、回想を挟んでヤマ場の一端覧祭に行く予定です。
こんばんは、今日は百合子ちゃんと軍覇くんの過去話です。
余談ですが、このSSの設定では二人は上条さんと同い年です。小学校上がった頃に出会い、中学校入学頃に絶対能力進化実験が始まったということで話を書いています。
それは鈴科百合子が、そして削板軍覇が10歳を迎えた頃のお話。
その日は朝から重い雲が空一面を覆っていて、視界が丸ごとモノクロに塗り潰されるような気さえしてくる嫌な天気だった。あの日は朝から不吉な天気で嫌な予感がしたんだよ、と後から事実を知った人間が訳知り顔で語るにはちょうどいいような、気持ちまで重くするような空模様だった。
夏の入りの頃だった。蝉の声はまださほど聞こえなくて、公園の木々の葉が安っぽい水彩絵の具を薄めもせずに塗りたくったように、面白みもない深い緑に色を変え切った頃だった。
その日、学園都市はその広い範囲全域がどこも例外なく静まり返っていた。
理由は明快である。
第一級警報、コードレッドが発令されていた。
その日、学園都市第一位、超能力者の一方通行こと鈴科百合子の能力が暴走した。
きっかけは何だったか分からない。
大人の都合で研究所を移動することはもう両手では足りないほどになっていたし、移動した先で同世代の子供たちに蔑ろにされるのは、余計な気遣いをしないで済むのでむしろありがたいくらいだった。
その研究所が子供たちを使い捨てにするような酷いところで、朝と夜で食堂に座る子供たちの数が合わないのももう慣れていたし、消えた子供たちの亡骸が地下で処理もされずに放置されているだなんて噂が流れるのもどこでも一緒だった。
何もかもいつも通りだった。
何もかもいつも通り、少しずつ彼女の精神を磨り減らしていった。
そうして彼女はぼんやりと思った。
ああ、
もうだめだ。
何か自分以外のものが体の中に入っていて、抑え切れずに漏れ出すようだった。
例えば何かお菓子の袋のように自分の体表が頭のてっぺんからびりびりと2つに破れて、中から形も定まらないようなものが飛び出しそうな。
例えば体の内側から幾つもの金属の塊が飛び出して内蔵も血管もめちゃくちゃにするような。
今思い返せばそれは、あの『黒い翼』が出てくるときの感覚にも類似していたかもしれない。だけれどもう随分昔のことで、一方通行自身にも正確なことは何も言えなかった。
いつもだったら何もせずとも自然と頭に入ってくる世界の全てが、揺れる水面に映り込む雲のようにぐらぐらと常に形を変え続けて、立っているだけで酔いそうだった。
この世に存在するベクトルの全てを把握する彼女が受け取っている情報量はそこらのコンピューターの比ではない。恐らく当時既に学園都市外のスーパーコンピューター並の処理能力は持っていただろう。彼女には可視光が、赤外線が、紫外線が、大気が、空気中の水分が、今どんな状態に在って、そしてこれからどんなふうに変わっていくのか分かる。
分かるはずなのにそのときはそれらの感覚がどれもいつもと違っていて、伸びたり縮んだり、ノイズが入ったり、消えかかったり、かと思えば突然爆発するように存在感を増したりした。
目眩をずっとずっと酷くしたような感覚だった。立っているのか横になっているのか、進んでいるのか下がっているのか、波間を漂うように頭がぐらぐらと揺れる感覚があって、体から芯が抜けてしまったように力が入らなかった。
ただ立っているだけで足元のアスファルトがぼろぼろと崩れて、何かに触れようと手を伸ばすと触れぬうちからそれにひびが入った。きっとこの気持ちの悪い感覚と能力のコントロールが効かないのは何か関係しているのだろう。解決法も何も分からないけれど、とにかく人の多い場所にいるのは危ない、と大きなペンチで挟まれたみたいに痛む頭で考えた。
それだったら飛んでどこか誰もいない、何もない学区まで行ってしまおうと思った。幸いにもそれぐらいの能力を扱うくらいのコントロールは自分の手の中にあった。
誰もいないところで一人蹲ってこの奇妙な感覚が治まるのを待っていた。いつになるのかも、そもそもいつか治まるものなのかも分からなかった。だけれど彼女には一人で待つ以外の術がなかった。恐らく研究員などを頼ったところで解決法はおろか原因も探り当てないうちに紙切れのように飛び散ってしまうだろうから。
そのうちに警備員の部隊が来た。それだけではもう抑え切れないと思ったのか、特殊部隊やら暗部らしい連中も集まってきた。
だけれど彼女は、きっと周囲が何をしてもこの感覚は治まらないと思った。放って置いて欲しいと思った。誰も巻き込みたくないと思ってここまで来たというのに、わざわざ壊されに来るなんて。
彼女に他人を害するつもりがなくても、その力は在るだけで力を持たない人間に恐怖を与えた。恐怖は伝染して彼女を取り囲み、途方に暮れる彼女を怨嗟となって取り囲んだ。泣けぬ彼女の代わりに、暴走した能力が地の底から響くような咆哮を発していた。
大人たちが彼女を遠巻きに取り囲み、互いに一歩も動かないまま何時間経ったのか分からない。それとも数十分の間のことだったかもしれない。時間の感覚すら、彼女の中では危うくなっていた。
何もかもゆらゆらと揺れているような感覚の中で一つだけ、はっきりと聞こえる声があった。まだ幼さの残る少年の声だった。危ないからと周囲の大人に押さえつけられそうになりながら、がむしゃらに彼女の元へと駆け寄ってくる姿があった。
『何でオマエ来たンだよ…。』
彼女の声は普通ではなくて、時折具合の悪いラジオのようにノイズが走ったり、奇妙に歪んで聞こえたり、不思議と響いて聞こえたりした。ただ、伝わるべき相手には正しく伝わっていた。
「何でって、お前が大変なときにほっとけるか!!」
どこで聞きつけたのかは分からない。後から確認してもその日「第一位の能力が暴走した」などという情報は一般人向けには流れていなくて、当然彼は彼女がこんな事態に陥っていることなど知り得ないはずだった。もしかしたらあの第六感めいた不思議な能力で何かを感じ取ったのかもしれない。
とにかく彼は奇跡的にもヒーローのごとく彼女のピンチに姿を現したのだった。
得体の知れぬ力を振り翳して君臨する幼い少女と、それを止めようとする大人たち。さしたる力も持たないほとんどの人間にしてみれば、少女は脅威で、彼女を取り囲む大人たちがそういった人間たちの味方であった。
だが一方で当事者である子供二人の視点からすれば、物語は一変する。
ただその物語は誰も知りえなかった。そしてそれ以降、明かされることもなくなった。
彼女はぼんやり立ったまま、どうしたらいいか迷っていた。
ここを立ち去ってまた別のところへ行っても、彼女を救うため彼はまた駆けつけてくるはずだ。どんな無茶をしても、それこそ大人たちに羽交い絞めにされて力づくで押さえつけられても。
だからといってここでぼんやり立ったままではいられない。遅かれ早かれ彼の力をもってすれば大人たちの制止を振り切ることに成功するだろう。そうしたら彼女と彼を遮るものは何もなくなる。彼がこの暴走する能力に晒されることになる。
他の誰を傷つけても、彼だけは傷つけてはならないと思った。
その一方で、彼に縋りたいという気持ちもあった。泣きながら父親や兄に何もかも曝け出すような、そんな精々が小学校1年生くらいの幼い子供にしか許されないようなことをしたかった。彼なら、彼だけなら、この暴走した自分の能力を受け止めてそれでも笑って立っていてくれるんじゃないだろうか、と思った。
そう思うのと、彼女を遠巻きに取り囲む人の輪から彼が一歩飛び出したのはほぼ同時だった。そうなるともう彼は一目散に彼女のもとに駆け寄ろうとした。彼女がその姿を見てほとんど反射的に手を差し出したときだった。
彼の体がぐらりと傾いで、それから少し置いて体の様々な部分が大きな手に握り潰されたかのように歪んだ。それは彼でなければ即死してもおかしくないほどの衝撃であるのは明らかで、彼でもただでは済まないだろう、と思えるものだった。
彼女の暴走した能力によるものだろう、ということは誰の目にも明らかだった。
ゆっくりと倒れる彼を見て、それまでずっと立ち続けていた彼女は思わず膝をついた。その場所からまた薄い氷を割るように地面に罅が入って、倒れ伏した彼の体を揺らした。彼の体は放り投げられた人形のように力なくうつ伏せに倒れていて、普通には曲がらないような向きに曲がっている箇所もあった。意識が残っているのか、それでも伸びた腕が彼女の方に差し出されていて、少しでも近づけるようにと僅かに藻掻いていた。
できることなら駆け寄って彼を助け起こしたい、そうは思っていてもこの状態では自分が近づくだけで彼を傷つけてしまうだろう。彼女には自分の能力を呪えばいいのか、迂闊にも彼に縋ろうとした自分を怒ればいいのか、何も分からなかった。
二人の距離は5メートルも離れていなかった。ただ、途方もなく離れてしまったように感じた。
更に少し離れたところで大人たちが二人を取り囲んでいて、膝をついた少女と、大怪我を負った少年はさながら舞台の登場人物のようだった。
彼女は力の入らない体を叱咤して、とにかくこの場から離れなくてはならないと思った。周囲の大人たちが彼を助けようとしても彼女が側にいたのでは迂闊に近づくこともできない。とにかく彼から離れよう。彼のためにも、そしてぼろぼろと崩れていく彼女の精神のためにも、それは最善の選択のように思えた。
また彼を傷つけてしまうことのないように慎重に、それでいて火事場から逃げ出すように慌ただしく、彼女はその場を離れようとした。その背中に途切れ途切れの声が届いた。彼の声だった。
繋ぎ合わせると『ごめんな』という4文字の言葉になった。
矢も盾もたまらず彼女はその場を離れた。
何で。
何で。
何で何で何で。
何でオマエが謝るんだ。
謝るべきは自分で、謝って謝って謝ったって足りないくらいのことをしたというのに。
どれぐらい街の中を彷徨ったのかは分からない。いつの間にかあの気持ち悪い感覚は消えていて、彼女の四肢にはいつも通りの能力が備わっていた。
だけれど気持ちは相変わらず、いやそれ以上に空っぽのままだった。
実のところ、その日彼女の暴走した能力は人的被害を出してはいなかった。道路や、木々や、建物を傷つけはしたものの、彼女は必死に人を傷つけることだけは避けていた。
彼が倒れるそのときまで。
これまで誰にも被害を及ぼさないように最新の注意を払ったというのに、何の意味もなくなってしまった。一番大切な存在を傷つけてしまった。
アイツは大丈夫だろうか。
自分が飛び去るそのときには彼にも意識があった。彼の頑丈さと学園都市の医療技術を鑑みるに、外傷だけなら時間はかかるかもしれないが治るはずだ。ただ、彼女にも分からないところで内臓や、神経や、或いはもっと別のダメージが与えられていたとするなら治るかどうかも分からない。
一刻も早く、あの場にいた大人たちが彼を救ってくれることを祈るばかりだった。
能力の暴走は治まったが、彼女は研究所には戻る気にはなれなかった。街の中は相変わらず警報が発されたままなのか静まり返っていて、そうしていつの間にか、彼女を追う大人たちがどこからともなく沸き出してきた。
彼をあんな目に遭わせてしまったらもう何もかもがどうでもよくなって、彼女は黒服の男共の放った銃弾を正確に反射した。銃弾は正しく男共の心臓を貫いて、彼らの命を奪った。
初めて彼女が人の命を奪った瞬間だった。
彼女を取り囲む大人たちの輪は段々と異常性を増していって、日暮れ近くに戦車も軍事ヘリもぶち壊したあと、彼女は自ら警備員の下に投降した。
彼女が彼の見舞いに向かったのはその1ヶ月もあとのことだった。
彼女が口を開くよりも先に彼の方が『お前、大丈夫だったか?』と訊いたものだから、彼女はそれきり何も言えなくなってしまった。
彼曰く外傷は酷かったが内臓やら神経やら重要な器官はほぼ無傷だったらしい。彼の驚異的な回復力も相まって、年内には何ともなくなるだろう、というのが医者の言であった。
そうは言ってもその時点では彼は全身の様々なところにギプスやら何やらを身に付けたままの状態で、ところどころ縫合した手術跡のようなものが残っていた。
何も言えず、触れることすらできずにただベッド脇の椅子で俯いて震える彼女の手を、彼の不自由な手が包んだ。慰めるような優しい仕草だった。
その日、彼女はひとつの決心をした。自分の力で誰かを傷つけることが二度とないように、誰にも、彼にも感情を向けないで生きていこうと。そしてもう二度と能力の暴走など起こさぬように、安定した、もっと絶対的な力を手にしようと。
皮肉にもこの出来事は、その2年後、彼女が絶対能力進化実験に参加する遠因となったのであった。
こういう場面苦手なんだな、ということがよく分かる文章ですねorz
投稿分書きながらバトルものは絶対に書くまい、と決意しました。
実は今これと並行して上条さん×百合子の長編プロット切ってるんですが、バトルシーン多いから多分完成させらんないんだろな…。
こんばんわ、今年ラストうpです。
一端覧祭編、と言っても原作でまだ描写がないので一端覧祭自体はメインじゃないですが。
6年前の事件以来、自分たちの関係はどこかぎこちなくなってしまった。
自分が怪我で入院していた間、彼女は実験協力に忙しいだろうにこまめに見舞いに通ってくれて、甲斐甲斐しく慣れぬ怪我人の世話をしてくれた。
その様子を見て、削板はきっと自分の怪我が治ればこのぎこちなさもなくなって、元の通りに過ごせるのだろうと期待していた。
だけれど彼がすっかり元通りに回復して、ちょうど今ぐらいの時期に退院したら、彼女は酷く素っ気ない態度をとるようになった。
元から決して愛想が良い少女ではなかったが、研究所に訪ねていっても取り次いでもらえなかったり、彼女の住まう学生寮に行っても居留守を使われるようなことが増えた。
本名を名乗ることはすっかりなくなって、能力名で呼ばれることを好んだ。
それでも削板は彼女が昔のように笑いかけてくれる日を待っていたけれど、それから2年ほどしたある日―今から4年ほど前のこと、彼女はふつりと姿を消した。
「やっと落ち着いたかにゃー?」
土御門元春は周囲を見渡してふう、と大袈裟に息を吐いた。人ごみは相変わらず絶えることがないが、先程までの妙な空気に比べたらよほどマシだと思う。
「みたいだなー。まさかあんなことになるとは思わなかった…。」
「いや、どう考えたって騒ぎになるだろ。アイツ学園都市第一位だぜい?」
現在、学園都市は一端覧祭の真っ最中である。
先程までこの辺りは学園都市第一位とその連れの第七位と、それを取り囲む野次馬の人だかりで大変な騒ぎになっていた。
騒ぎといっても煩かったわけではない。むしろ周囲の人だかりは固唾を飲んで第一位たる一方通行の挙動を見守っていた。超能力者二人と上条、土御門という4人組をぐるりと取り囲むように綺麗な人の輪ができていて、土御門はできることならこの場から逃げ出したいと思った。普段からやたらと目立っている上条ならともかく、自分はこういう人目を集めるようなことは苦手である。
「たしかにアイツ超能力者だけど、普段はあんまり意識してないからさ。」
「よくアレと向き合ってレベルを意識せずにいられるもんだにゃー。俺にはとうてい無理だぜい。」
つい1ヶ月ほど前まで暗部の同僚ではあったが、上条のように彼女を普通の知人というカテゴリーに入れることは土御門には到底できなかった。
さすがに寝首をかかれるようなことはないだろうとは思っていたけれど、彼女にそのつもりはなくてもあの能力に巻き込まれることがないとは言い切れない。ましてやまともに向き合った日にゃあ、入念に準備をする期間をくれるというのならともかく、無能力者で魔術も使えない身の上ではどうしようもない。
土御門にとって彼女は一人の人間である前に『超能力者序列第一位の一方通行』であった。
そもそもの出会いが暗部だった、というのもそういう見方をしてしまう一つの理由だろうが、それでいったら上条も大概だ。よくあんな目に遭っておいて彼女と日常会話ができるもんだ―絶対能力進化実験の存在も、それが中止になった成り行きも実は知っているこの多重スパイは、友人の底抜けのお人好しっぷりに却って身震いを感じた。
「カミやんがいけないんだぜい?アイツのこと第一位サマとか呼ぶから、騒ぎになっちゃって。」
「それがなくっても目立ってたと思うけどな。」
「あの容姿だからにゃー。キレてなけりゃ結構美人さんだし?」
「キレてるか、周囲を威嚇してるかどっちかだけどな。」
スキルアウト共には顔が割れているようだが、一般の学生には一方通行のことはあまり知られていない。上条のクラスに入ってきた男女を「変わった雰囲気だな」と思う人は多くてもその二人が超能力者であるなどとは誰も思わなかったのだ。
それを上条が何とも間抜けなことに「第一位サマ、来て下さったんですか!」などと大声で出迎えたもんだから、クラス内は一瞬で見事に静まり返った。そうでなくても人目を引くアルビノの中性的な少女が何者なのか、様子を窺っていたクラスメイトや周囲の来校者たちは自分の耳を疑った。
今この一級フラグ建築士、「第一位」って言った?
上条もそこで自分が失言をしてしまったことに気付いた。周囲の人々がひそひそと「第一位って…?」「もしかして超能力者…?」などと囁くのを聞いて、これは有名人が街中で発見されて騒ぎになるパターンだと彼の残念な脳みそでも理解できたのだ。
この時点ではどうにかごまかす方法もあったかと思う。上条はそういうのは得意ではないが、それこそ隣の土御門などごまかして嘘ついてが生業みたいなものである。しかしその可能性を見事にぶち壊した命知らずがいた。
変態の中の変態、キング・オブ・危険人物(対女性限定)、青髪ピアスその人であった。
「キミ、カミやんのお友達?美人さんやねぇ。ボク青髪ピアスっていうねん、キミの名前教えてくれへん?」
上条と土御門は心臓が止まるかと思った。一方通行に喧嘩を挑むスキルアウト共も大概バカだとは思うが、口説き出すとはそれに輪をかけて命知らずである。女なら何でもいいっていうレベルじゃない、マゾにしたってちょっと行き過ぎだ。正直二人は「明日青ピの机の上に飾る花は何がいいだろう」ぐらいまでは考えた。
しかしキレやすさ第一位で知られる彼女も、さすがに保護者が勤める学校で問題を起こすわけにはいかないという程度の常識は持ち合わせていたらしい。少し不愉快そうに眉を寄せただけで、口から出た声は落ち着いたものだった。
「何だオマエ?青髪ピアスって本名かよ。」
「いや、お前名前に関しては人のこと言えないだろ。」
突っ込んだのは彼女の傍らに立つ削板軍覇だった。いや一方通行に突っ込むよりも早くその危険人物排除して下さい。そこらのスキルアウトより危ないですその大男、ボディーガードのお仕事です―上条は第一位と変態の危険な化学変化を避けたい気持ちである意味胸がはち切れそうだった。
「ありゃ、結構口悪いんやね。ツンケンした子もボク好きやけど。」
「?結局何が言いたいんだ、オマエ?」
「いや、お近づきになりたいな、ってだけなんやけど。」
「はァ?オマエ、学園都市第一位をナンパするたァイイ度胸だなァ。」
「キミ、超能力者なん?」
「そォだが?」
あーこの人自分で言っちゃったよ。ナンパされるのは嫌だけど、序列がバレるのは構わないんかい、とちょっとズレた感性を持った彼女に内心突っ込んだのは、その時点ではギャラリーに埋もれて知らぬ振りを決め込んでいた土御門である。上条が学園都市第一位と知り合いだってバレるのはどうでもいいが、自分は巻き込まれたくないにゃー、と他人事のように思ってた土御門は次の瞬間凍りついた。
「オイ、上条、土御門。このバカ、オマエらの知り合いか?」
この時の土御門の心の声を書き起こすならば『こっちにも火の粉飛んできたー!!?』である。漫画的な表現をするならば、ショックのあまりサングラスが割れてもいいくらいの心境だった。
日常的に第三位に追い掛け回されている上条が第一位と知り合いというのは分からないでもないのだが、この金髪猫野郎も?何それどういう繋がり?という周囲の声が土御門の背中越しに聞こえた気がした。
そうして何だかんだで無能力者二人と超能力者二人を取り囲む人だかりが完成したわけであった。
黄泉川先生に会いに来たのだけれど隣のクラスにいなかった、と彼女が言ったので、上条と土御門は周囲の視線から逃れるように、「案内するから」と言って二人をクラスから連れ出した。
直ぐにクラスに戻ってもどうせ「何で第一位と知り合いなの?」とか「紹介して!」とかそんな具合にクラスメイトに取り囲まれることが明らかなので、二人と別れたあとも彼らは人気のないところで時間を潰していた。
「カミやん、あの一緒にいた男とも知り合いなのかにゃー?」
「ああ、削板さん?第七位さんらしいよ。」
「第七位ねぇ、第一位様ともなると知り合いも派手だにゃー。」
第七位、その人物の話は聞いたことがある。確か学園都市に侵入してきたオッレルスと対峙して敗北した能力者だったか。負けこそしたものの、話を聞いた限りでは一方通行と大差ないバケモノだな、という印象だった。
それ以外で彼の名を聞いたことはないから、恐らく暗部などとは関わりがないような人間なのだろう。見た感じもいかにも明るい世界の人間という感じだった。薄暗い世界に浸りながらもそういう匂いをさせない人間というのもいるにはいるが、同業者には何となく伝わるものがある。そういう気配に聡い土御門が何とも思わなかったのだから、実際にそういうものとは縁遠い人間なのだろう。
つまりは一方通行が最も大切にし、同時に最も苦手としている人種である。
そういう世界に身を晒す勇気もないくせに、それでもそういう人間と縁を切ることのできぬ彼女を、土御門は面倒臭いとも、好ましいとも思っていた。
「あれ、一方通行じゃん?来てくれたんだ。」
「おォ。オマエがクラスにいねェから探しちまったじゃねェか。」
上条と土御門は案内を申し出たくせに、今の時間なら多分入場口の近くにいるはずだ、と言って途中で放り出してどこかへ行ってしまった。しかしながら幸いなことに、一方通行の保護者兼家主、黄泉川愛穂は相変わらずの色気のないジャージ姿だったので直ぐに見つかった。
「ごめんごめん、警備の仕事があるじゃんよ。っていうか、一緒にいるのはもしかしなくても削板じゃん?」
「あン?オマエら知り合いなのか?」
上条と土御門がクラスメイトで、更には黄泉川の学校の生徒だと聞いたときも世間は狭いもンだとは思ったが、ここもまた繋がりがあるのか、と一方通行は呆れを通り越していっそ面倒だとすら思った。学園都市は確かに閉鎖空間ではあるが、さすがにここまで繋がりがあると裏を疑わずにはいられない。
「警備員の仕事でよく会うじゃん。風紀委員でもないくせに警備員の仕事横取りするのが趣味じゃんよ、こいつ。」
「横取りって人聞きが悪いな。人助けなんだからいいだろう。」
「一方通行と削板は何で知り合いじゃん?」
「昔馴染みみたいなもンだ。」
「へぇ、世間は狭いじゃんねぇ。」
彼女はそれ以上二人の関係について訊くことはなかった。あまり興味がなかったのかもしれないし、彼女なりに気を遣ったのかもしれない。彼女にしろ、芳川にしろ、そして打ち止めにしろ、一方通行の周囲には気が利きすぎるほどの人間が多かった。
「そういえば削板、最近会わなかったけど何してたじゃん?前は週に2回ぐらいは見かけたけど。」
「あー、別のことしてたからなぁ。というか黄泉川さんとコイツは何で同居なんかしてるんだ?」
「話すと長くなるじゃんよ。」
週に2回くらい会っていた、というのは、それだけ彼が警備員の動員されるようなトラブルに首を突っ込んでいたということだろう。確かにお節介で親切で真面目な彼なら、トラブルと聞いたら放っておきはしないだろう。そういうところは上条にも共通している。
そして最近そういった人助けをほったらかしてしていた別のこと、とは自分のことだろうと思った。
自分のことなど気にせずに、もっと綺麗で、明るいところに住む人間を守っていればいいのに。自分なぞにかかずらっていいことなんてないのに。
一方通行は、綺麗な世界の人達が交わす会話をぼんやりと眺めていた。
「ちょっと行きたいところがある。」
黄泉川愛穂と別れた後、そう言って彼女が削板を連れて行ったのは第十七学区の操車場だった。
長い話になるけれど、どうしてもここで話したい。寒いけど付き合ってくれるか、と彼女が言ったので、削板はもちろん、と手袋も何もしていない彼女の手を握った。
小さく縮こまり、時折震える彼女の体は単なる寒さ以上のものに苛まれているように感じた。不治の病でも抱えている、と言われたら納得できるような冷たい手だった。
そうしてゆっくりと深呼吸してから、彼女は訥々と語り始めた。
とても長い話だった。
全ての始まり、量産型能力者計画で生み出された2万人の少女のこと。
彼女らを一人ずつ減らしていった4年間のこと。
10032人目に手を掛けようとしたところで上条当麻という少年に止められたこと。
その舞台がこの操車場であったこと。
その後、彼女らの幼い20001人目と出会い、彼女に救われたこと。
彼女を救う過程で能力を失ったこと。
彼女の名は打ち止めということ。
現在彼女らに支えられてどうにか人らしい生活ができていること。
首元についた不思議な機材のこと。
生き残りの9969人の少女たちを統べる少女が学園都市上層部に狙われていること。
彼女を守る過程で暗部に身を堕としたこと。
そして第三次世界大戦の最中のロシアに渡ったこと。
そこで出会ったもう一人のクローンの少女に命を狙われたこと。
彼女が番外個体と名乗り、第三次製造計画の存在を仄めかしたこと。
帰国してから学園都市上層部に暗部を解体させ、自身も普通の生活に戻ったこと。
全て語り終えるのに、どれくらいかかっただろうか。彼女がふう、と一息吐いて「これで仕舞だ」と言っても、彼は口を開こうとはしなかった。
「何だよ、ショックで声も出ねェってのか?」
一方通行は蔑むようにお得意の皮肉っぽい笑みを浮かべ、彼女が語る間に一言も挟まず、また語り終えても表情一つ変えることのない少年に水を向けた。生真面目でお人好しの彼ならばそもそも話の前半で怒りだしてもおかしくないと思っていたので、彼女は人を喰ったような表情に反して、内心では彼の様子を酷く訝しんでいた。
少し考える素振りをしてから、少年は意外なことを口にした。
「そうじゃないんだけどさ、俺の話も聞いてくれるか?」
「?構わねェけど…?」
相当の覚悟を決めて話したというのに、彼にさしたる反応を示されなかったので、彼女は拍子抜けしてしまった。もしかして嘘だとか、作り話だとか思われているのだろうか。さすがに自分と彼の間でそんな行き違いがあったとは思いたくない。
第一、彼は何を話そうというのだろう。
もしこの場を逃してしまったら、今話した事実が全て有耶無耶にされてしまいそうで、彼女は少し不安になった。だけれどもその不安は、彼の言葉で掻き消えた。
「俺、絶対能力進化実験のことは知ってたんだ。」
「…どォいうことだ?」
二人の失われた4年間を埋めるための儀式が、今始まろうとしていた。
年内はこれでおしまいです。
皆さん良いお年を!!
乙
対オッレルス戦で妹達と会ったときは知らなかったんだよな。九つ子とか言ってたし
ということはその後?
年明けが気になる終わり方でした
あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い致します。
実家でぬことこたつでぬくぬくしてます、>>1です。
ここ1週間で酒瓶を何本開けたか分かりません。
箱根も終わったので今年の投下を始めようと思います。
「第七位さんが絶対能力進化実験のこと知ってるかもしれないってどういうこと?ってミサカはミサカは疑問形。」
茶色のもこもこしたコートを着込んだ少女の手を引きながら、芳川桔梗はその理知的な顔を少し顰め、遠くを見つめるような素振りをした。古く曖昧な記憶を呼び起こすような仕草だった。
「私、彼のことを見たことがあるのよ。直接ではなく、写真で。」
「一回ちらりと見たきりだったから、この間番外個体と一緒に擦れ違ったときには思い出せなかったけれど、間違いないわ。」
「写真を見たことあるのと、第七位さんが実験を知ってる、ってどういう繋がり?ってミサカはミサカは意味が分からなかったり。」
超能力者ともなればその写真を見ることくらいは誰にでもありえるんじゃないだろうか、一方通行のように徹底的に秘匿されている場合もあるだろうけれど。それこそ芳川のように学園都市の重要な研究に関わっている人物なら写真を入手する機会もあるだろう。
その写真を見たことがあるという事実が、どのように「彼があの実験のことを知っている」という可能性を導き出すのか、打ち止めには分からなかった。
「私があの実験に関わっていた頃に見たのよ、彼の写真。」
彼女はそこで一息、大事なセリフを述べる舞台の登場人物のように言葉を切った。
「研究所に侵入を試みる危険人物ということでね。」
「研究所って、絶対能力進化実験の研究所?ってミサカはミサカは念のため確認してみたり。」
「ええ、そうよ。しかもダミーや末端の協力機関じゃないわ。あの実験の中でも重要な施設の近辺ばかりに姿を現すということでマークされていたの。研究員たちにも念のため、危険人物ということで知らされていたのよ。」
あの実験を妨害しようとした人物といえば、まず妹達の遺伝子提供者である御坂美琴その人が思い出される。彼女は幾つもの研究所を潰して回っていたが、その対象は末端の協力機関ばかりで直ぐ再建できたため、実験の進行自体に影響を与えることはできなかった。
「もしかして、第七位さんも実験を止めようとしてたのかも?ってミサカはミサカは推理の飛躍をしてみる…。」
「可能性としては十分あるわね。あんな酷い実験の話知ったなら誰だって嫌に思うでしょうし、あの子の幼馴染というなら尚更止めようとするんじゃないかしら。でも結局、彼が何か妨害らしい行為を働いたという話は聞かなかったから、それが不思議なのよ。」
「研究所の近くにいただけってこと?ってミサカはミサカは確認。」
「そうね。とは言っても例え彼であってもあの実験を止めることはできなかったと思うけれど。」
たった一人で学園都市を敵に回すことの難しさは、それこそ絶対能力進化実験を止めようとした御坂美琴や、今現在も妹達を守ろうとしている一方通行自身が証明している。
彼は何をしようとしていたのだろう。打ち止めには「削板軍覇」という少年の有り様を捉えることはできなかった。
「俺、絶対能力進化実験のことは知ってたんだ。」
「…どォいうことだ?」
一方通行は反射的に身構えた。それこそ暗部の連中や妹達に害を為す輩に対峙するときのような緊張感が、彼女の脳髄を這い上がった。
あの実験のことを知っている?
まさかそんなことはないだろうと思いたいけれど、彼も関係者なのだろうか?
或いは彼も暗部のような世界に足を踏み入れて学園都市の薄暗い部分を見てきたのか。
彼女は咄嗟に最悪の可能性をいくつも考え出した。
「お前が突然いなくなって、4年間俺が探しもせずいると思うか?」
手負いの獣のように警戒心を顕にする彼女を宥めるように、彼は穏やかな声で言った。
「俺を探してたのか…?」
「お前を見つけられたのは2年以上経ってからだったし、見つけても妨害が入って接触できなかったんだけどな。」
「妨害?」
「関連する研究所に押し入ろうとしたり、実験中が無理ならプライベートでお前に接触できないが色々試したんだけど、俺に監視がついたりしてな。強行突破できなくもなかったけど、少年院とかに打ち込まれたら意味ないし。」
あの非道な実験を止めようとたった一人で行動した御坂美琴。彼女は学園都市に反抗した人間がどのような目に遭うのかそもそも知らなかったから、あのように大胆な行動に出れたのだ。そういった世界に身を浸したことはなくとも、何となく見知っている彼は積極的な行動に出れなかった、ということだろうか。
「お前があの実験に参加してることを知ってから、どうにかして止められないかずっと考えてたら、ある日突然実験が中止になったことを知ったんだ。」
「実験が終了したのかとも思ったが、そんな情報もどこにも出てないしな。実験が終わって解放されたはずのお前も行方が知れないし、俺についてた監視もいつの間にかいなくなってたし、最初は何が何だか分からなかった。」
「あ、俺が知ってたのはあくまで絶対能力進化実験だけだからな。打ち止めとか番外個体のことは今お前に聞くまで何も知らなかった。」
彼は上条当麻によって実験が中止になったそのときのことを言っているのだろう。
それから少しして打ち止めに出会ってからというもの、彼女は入院したり、暗部に所属したり、第三次世界大戦に巻き込まれたりと、あちらこちらに首を突っ込んで一箇所に落ち着くことはほとんどなかった。その主な原因であった打ち止めの存在を知らなかった彼が彼女を見つけられなかったのも無理はない。
「ところがある日、俺が原石として学園都市の外部の連中に狙われたことがあってな。超能力なんだか別の何だか、わけの分からない力を使う男と戦うことになった。」
一方通行もそのような事件の話は聞いたことがある。戦争が始まる少し前、学園都市と外部が微妙な緊張状態にあった頃の話だ。今思えばあれも戦争の前兆の一つだったのだろう、はっきりと学園都市の外と内が対立していることを示した出来事だった。ただ、彼女はその事件に彼も巻き込まれていたとまでは知らなかった。
「そのときに不思議な女の子たちに出会ったんだ。」
「おんなじ顔して常盤台の制服着た女の子9人。」
彼の話を聞きながら俯いたり、視線を逸らしたりするばかりだった彼女は、そのときばかりはその赤い目を見開いて顔を上げた。その少女たちの正体に心当たりがあった。
「どうもその女の子たちは俺の護衛として学園都市に派遣されてたらしいんだけどな。俺は根性なしの侵入者の相手をするので精一杯だったし、最初は全然気が付かなかったんだ。」
「後からあれはもしかして『妹達』だったんじゃないかって気付いた。」
一方通行はその当時暗部に所属して妹達とも打ち止めとも接触を控えていた。当然、妹達と彼が接触をしたということも知らずにいた。
全く同じ顔をした人間が9人いたら普通の人間はどう思うだろうか。
9つ子というのもありえなくはない。しかし9つ子なんて無事に生まれたらニュースになるので、少し調べれば彼女らがそうでないことは容易に判明する。
或いはこの学園都市内であれば分身したり、視覚的な誤認を起こす能力者ということも考えられる。だが常盤台中学の生徒は200人足らずである。そのような能力を持つ生徒がいるかどうかを調べるのはそこまで難しくない。
彼は直ぐに「常盤台中学のどこにもそんな生徒は存在しないこと」に気づいたはずだ。
「よくよく後から考えたら、第三位にそっくりだったしな。」
彼は深刻さを感じさせない口調で言った。本当にそのときには侵入者と戦うので一杯一杯だったのだろう。彼は鈍感ではなく、むしろ敏感な方ではあるが、何かに集中すると他をないがしろにするようなところがある。
「それで俺は実験は中止になったけど、妹達は生きているって知ったんだ。もしかしたら妹達のことを調べれば、お前に辿り着けるんじゃないかって思った。」
「何でそこまでして俺を探そうとした?実験が中止になって、妹達が生き残ってることに気付いたんだろ。実験を止めるっていうオマエの目標は達成されてるじゃねェか。」
「お前が無事かどうか気になるじゃないか。」
「俺のことなンかどォでもイイだろ、オマエも知ってる通りの人殺しだぞ、俺は。何でそンなに俺に拘るンだよ。」
「分からないか?」
彼の穏やかな表情は変わることがなかった。そんな風に、駄々を捏ねる子供をあやすように見てほしくなかった。あの実験は子供のいたずらだとかそんな可愛らしいものではなかった。彼女はふい、と視線を逸らせて悪態を吐いた。
「分かるわけねェだろ。」
「俺が助けたかったのは妹達じゃないからだよ。」
彼女の手を包むように彼の手が触れた。大きく、温かい手だった。かじかんだ彼女にはその温かさが肌を刺すようで、少し怖かった。ごつごつして大きくて、これまで色んな人を守ってきた手だ。
その手で自分のような人間には触れてはいけないのに、そうは思っても拒み切ることができなかった。
「俺が助けたかったのは、お前だよ。」
「俺を助ける?頭おかしいのか、オマエ。俺は加害者だろォが。」
「大人に利用されて、あんな実験に参加させられたお前を助けようと思うのはおかしいか?自分で言ってたじゃないか、本当はやりたくなかったんだろ。」
「そりゃァ今話を聞けばそォ言えるだろォよ。あの当時は俺にそンな自覚はなかった。邪魔に入った超電磁砲も上条も殺そうとした。」
彼女は少し苛立ったような口調で言った。責めるような彼女の視線を、彼は真正面から受け止めて、それでも少し困ったように笑うだけだった。
「それもそうだな。だけどお前が実験をやり続けたいって言ったなら、俺がぶん殴ってでも止めたかな。とにかく俺は、お前に昔みたいに笑って欲しかったんだよ。」
「わけ分かんねェよ、オマエ。人殺しなンか助けて何がしたかったンだよ!」
「10031人殺したンだよ、俺は。いや、それ以上だ!」
彼女は詰るように言った。どれだけ自分の汚いところを腹掻っ捌いて見せてみても彼を振り切ることができなくて、どうしたらいいか分からなくなった。自分から拒むようなことはできなくて、彼の方からその手を離して欲しいと思うのに、どれだけ言っても彼はその手の力を緩めることがなかった。
「実験の映像見せてやろォか!?行くとこ行きゃあ全部残ってる、1人目から10031人目まで綺麗に!それ見ても、オマエは俺を助けたかったンだなンてこと言えるってンのかよ!??」
「言えるよ。」
「言える。そのために、俺はいるんだ。」
優しく諭すような口調だった彼がそのときだけ強く言ったので、ほとんど怒鳴るように彼を詰っていた彼女ははたと黙った。肩や手に入っていた力がすっと抜けて、叱られた子供みたいに体を竦めた。そうして呟くように、やっとのことで反論した。
「さっき黄泉川だって言ってたじゃねェか、オマエは人助けが趣味のお人好しだって。そンなヤツが俺なンかにかかずらってンじゃねェよ…。」
「人助けはお前を探すためにやってたんだ、ずっと。」
「きっとお前は学園都市の暗いところにいるはずだから、ちょっと何か事件を見掛ける度に首突っ込んで、お前に繋がる情報がないかってずっと探してた。」
彼女は自分を探すために学園都市の闇に一人触れ続けた少年の4年間を思った。途方のない話だと思った。嬉しいのか悲しいのか分からなくて、ただ胸を掻き毟りたくなった。
「お前が今どんな暗いところにいようと、引き摺り出してみせるから。人殺しとか、暗部とか関係ない。どんなに変わり果ててようが、俺はお前を探し続けるよ。」
「……オマエ、とンでもねェバカだな。」
「根性があると言ってほしいな。」
二人はそのまま黙りこんで、暫くその場を動かなかった。
今日は短くここまで。ちょっと次回は意外な人が出てくる予定です。
>>191さんも指摘してますがちょっと蛇足。
最初から「削板は絶対能力進化実験のことを知っている」という設定で書き始めたので、SS2巻で彼がミサカたちと会ったことがあるという事実をどう処理するかというのはずっと考えていました。
まず打ち止めや番外個体に関しては話に書いた通り、「あくまで彼が知っているのは絶対能力進化実験のみなので、外見年齢の異なる彼女たちが超電磁砲クローンだと気付かなかった」ということにしてあります。
そして肝心の妹達ですが「彼は実験のことを知っていても妹達を見たことはなかった」ということでお茶を濁しました。美琴と面識がある設定なので「妹達見たことなくっても気付くだろ普通!」って感じですが、そこはご都合主義です。ご了承下さい。
というわけで大したことのない種明かしでした…orz
こんにちは、今日もぼちぼち投下します。
一方さんに顔面足蹴にされ、「跳べ」なんて言われたフロイラインに自分を重ねてマゾヒストな喜びに身を浸していました。
新約6巻、垣根倒して打ち止めも無事でカタルシスを感じていたのに、最後ミサカの総意なんてものが出てきてもやっとしてしまいました。一方さんを許すか許さないかが一意に決まってしまうので、そういう存在は出てきてほしくなかったなーというのが個人的な意見です。
あと第二位ともあろうものが精神攻撃なんてコスい真似を取ったことが若干消化不良です。でも一方さんが派手に暴れてたので概ね満足です。
ソギー大反響で嬉しいです。自分でも書いてて『誰コイツ』ってなったのは秘密です。原作で出番の少ないキャラは捏造しやすくっていいですね。
もう日は暮れて、何時間こうしているか分からない。11月の夜風に晒された白くて細い指は石膏像のように動かない。今立ち上がっても簡単には歩き出せないような気がするほど、彼女の体は冷え切っていた。
「もう遅いし、帰ろう。こんなところいたら凍え死ぬ。」
彼は立ち上がるといつものように家まで送って行くと言ったが、彼女は頑なに拒んだ。そんな彼女の様子を見て、少し困ったように彼は言った。
「俺、びっくりさせちゃったかな。お前を安心させようとしたんだけど。」
彼女は答えなかった。彼女は彼に返す言葉を持ち得なかった。
彼の言う通り、驚きはした。まさか彼があの実験のことを知っているだなんて思いもしてなかった。だけれどあの惨たらしい実験をした事実を知って、それでも自分を見捨てずにいてくれることが嬉しくもあった。
沢山の感情が溢れていて後から後から言葉が浮かんできて、舌が追いつかなくなりそうだった。結果的に彼女は何も言葉にすることができなかった。
「俺と一緒は嫌?」
彼女は首を振った。
「だけど俺と一緒には帰れないのか。」
無言で一度だけ小さく頷いた彼女を見て、彼は諦めたように苦笑した。
「ちゃんと帰るんだぞ。皆心配するだろうから。」
そっと一回彼女の頭を撫でて、そうして彼が「またな」と言って立ち去った後も彼女は操車場に一人残っていた。
彼はああ言ったけれど、家に帰る気は少しも起きなかった。ホテルだとか個室サロンだとか、もうちょっと気軽なところならカラオケだとか漫喫だとか、家に帰らずとももっと暖かい場所で夜を過ごすことはできるがそういう気分にもなれない。
頭の中がごちゃごちゃしていて、このまま寒い冬の夜に体を晒していればそんなごちゃごちゃした頭の中身も凍ってすっきりするんじゃないかと思った。
でもその前に一つ、片付けねばならないことがある。
すう、と気持ちを切り替えるように彼女はゆっくりと息を吸った。
おもむろに座っていたコンテナから立ち上がり、首元の電極のスイッチを切り替える。凍りついたように動かなかった体が無重力状態にでもあるように自由になる。風の流れも、雲の動きも全て分かる。理解できる。
覗きを働いていた下衆な男の息遣いも。
彼女が軽くコンテナに蹴りを入れると、空っぽの箱は粉々に砕け散って、その影から慌てて走り出す人物の影があった。
「いきなり何するんだにゃー!!土御門さん死んじゃうぜい!!?」
「盗み聞きするような奴に人権なンざねェだろ。手加減してやっただけ感謝しろ。」
粉々に吹き飛んだコンテナから慌てて離れたものの、いくつか破片を食らったらしい、彼は体のあちこちをさすりながら言った。涙ぐむような仕草を入れるのがわざとらしい。大してダメージも受けていないくせして―彼女自身がそうなるように仕組んだのだから、爆風に巻き込まれはしても怪我をするほどではなかったはずだ。
いつも通り派手な柄のシャツの上に学ランを着込んだだけの薄着である。削板の薄着はまだ彼のわけが分からない能力のお陰かと納得できなくもないのだが、無能力者の彼がこの格好で風邪をひかない理由は全くもって分からない。
削板のようにしっかりと鍛えられた体は体温が高いのだろうが、不思議とそれを彼と同じように好もしいとは思えなかった。その違いが何なのか、彼女はあまり深く考えないようにした。
「俺が聞いてたの最初っから気付いてたわけ?人に聞かれていい話だったのかにゃー?」
「今更プライベートなンか気にするような人生歩ンでねェからな。ガキの頃はトイレまで監視されてたもンでな。」
「なら何でそんな怒ってるのかにゃー。」
「別に聞かれるのは構わねェが、アイツを利用するつもりでいるンだったら我慢ならねェからな。」
一方通行と土御門は2mほど離れて向かい合っていた。二人共だらりと立っているだけで「いかにも敵対しています」といったポーズはとっていなかったが、それでいて息の止まりそうな緊張感があった。
盗み聞きがバレたら怒られるだろう、とは予想してたが正直ここまでとは思っていなかった土御門は、読み違えたな、と思った。この女が心配しているのは自分のことではなく、あの第七位のことか。彼女は自分を守ることにはまるで無頓着だが、周囲の人間の危機には敏感だ。第七位が妙なことに巻き込まれる可能性を危惧しているというなら、この怒りようも分からなくはない。
ここで自分が質問の回答を間違えたら腕の一、二本は持っていかれるかもしれないな、と土御門は判断した。自分は彼女が大切にする明るい世界の住人ではないから遠慮する必要はないし、実力差から言って自分の両腕引き千切るくらいだったら彼女の場合三秒もかからない。彼女の神経を逆撫でることがないよう、以前「癇に障る」と言われた口調を改めてから答える。
「お前が心配するようなことは何もない。別にお前との繋がりだとか、そういうのを利用して第七位をこっち側に引き摺り込むだなんてことはないから安心しろ。第一、お前同様俺だって学園都市の犬じゃなくなってるんだからな。」
「オマエはそれだけじゃねェだろォが。」
彼女は自分の立場をどこまで理解しているだろうか。ロシアで魔術に触れたという話だから、自分がそちら側の世界にも足を突っ込んでいることぐらいは気づいているだろう。だが、具体的にどんな首輪がいくつ付いているかなんてことまでは把握していないだろうな、と土御門は判断した。いくら彼女とはいえ一ヶ月やそこらで理解できるほど魔術師の世界は分かりやすくできてはいない。
「どっちにしたってお前や第七位をこっちに引き摺り込むメリットは今の俺にはない。どっちかって言うと、明るい方で楽しくやっていてくれた方が助かるかな。」
「どォいうことだ?」
「お前も知っての通り、俺についてる首輪は一つじゃないんでな。お前らがこっち側に来たとしたって必ずしも味方とは限らない。超能力者なんて味方にしたって扱いづらいし、敵対なんざ御免だからな、全く関係ない世界にいてくれた方が助かる。」
一方通行は土御門の言葉や表情に綻びがないか、入念に観察していた。あるいはその能力で脈拍やら呼吸やら体温やら、所謂嘘発見器が調べるようなパラメータを観察している可能性もある。ただ、自分はその程度のパラメータを見たところでバレるような生半可な『嘘吐き』ではないつもりだし、彼女もそういった自分の性分を理解しているだろう。
(俺が本当のことを洗い浚い話したって安心できないくせに)
疑わずにはいられないくせして、信じたいとどこかで願っている。自分はそんな可愛らしい感情を失ってしまって久しいから、あれだけの悪意に晒されながらそんな性質を失わない彼女が好ましくも思えた。
「なら、そもそも何で盗み聞きなンざした?」
「んー、興味本位?」
「興味本位で命を危険に晒すたァ、とンでもねェ大バカだな。」
「それは半分冗談だけど。さっきも言った通り、お前が明るい世界で最終信号や黄泉川先生や、第七位なんかと仲良くしてくれてた方が俺は助かるからな。お前がこっち側に戻ってくるとか、バカな気を起こさないか気になって盗み聞きしてたんだよ。」
彼女は土御門の言葉を半ば聞き流しながら諦めたように溜息を吐いて、電極のスイッチを切り替えた。もう彼から情報を引き出すのは無理だと判断したのだろう。残念ながら口で争って勝てる相手ではないし、多少の肉体言語を使うのであればまた話は変わってくるがそこまでする気力もない。
肚の下で何を考えているか分からないが、今直ぐ自分や削板に危害を加えないというのは取り敢えず事実だろう、と判断して彼女はそれ以上の追求を諦めた。
「俺が明るい世界で仲良しこよしだと?バカ言ってンじゃねェよ。」
「俺がバカならお前もバカだ。こっちにいたってそっちにいたってお前のやることは変わらない。どっちにしろちょっかいかけてくるバカな奴はどこかしらでやって来る。こっち側に戻って来たからってお前の大切な物を守れるわけでもない。」
「ンなこたァ知ってる。」
「じゃあ何で迷うんだ?昼間第七位と歩いていたお前は満更でもなさそうに見えたけどな。」
土御門は率直な感想を述べた。昼間、上条のクラスを訪ねてきた彼女と第七位は酷く似つかわしく見えた。からっとして明るい少年の隣で、彼女はごく当たり前の非力な少女のように映った。正直、土御門にとっては初めて一方通行を「普通の女の子」だと思えた瞬間だった。
今の彼女を見てもそういった感情は呼び起こされない。土御門よりも小さいくせにこちらを見下すような視線を向けてくる、彼女はあくまで超能力者序列第一位、『一方通行』であった。
「善人とか悪人とかかなぐり捨てて明るい方に行くんだろ?やるだけやってみろよ。」
「別にそっちに行ったからってもうこっちに戻って来れないわけじゃない。こっちに居場所がなくなるわけでもない。戻ってくるのは簡単さ、いつでもできる。」
まるでコンビニに行くのと変わらない簡単なことのように、土御門はさらりと口にする。この男のこういうところが嫌いだった。
知らないことを知っているかのように振る舞い、知ってることを知らないかのように取り繕う。何事からも一歩引いて、まるで自分は関係ないという素振りで、自分のことは棚に上げて無理難題を口にする。
コイツの言っていることはお題目と一緒だ、口当たりはいいかも知れないが中身がまるでない。この男自身が心からそう思ってないのだから、中身が無いのなんて当たり前のことなのだが。
こうして一緒の空間にいると呼吸も止めてしまいたくなるほどに嫌いだったが、打ち止めや上条や削板のような、綺麗な生き物と過ごしているときのような息苦しさは感じなかった。この男の前でならお綺麗な人間になろうとする努力なんて要らないから、楽だった。
「だけどそっちに行ける機会ってのは貴重だ。環境もあるし、タイミングもある。周囲の人の理解だとか協力だとかも要る。お前にだってそんなタイミングはもう二度と来ないかもしれない。」
この男の言うことは間違っていない。単にこの男が言うから気に障るだけだ。
確かに生き方を変えられるような大それたチャンスというのはそうそう舞い落ちてくるものではない。自分は上条との出会いだったり、打ち止めとの出会いだったり、奇跡的にもそれらのチャンスをこれまで逃すことなくやってこれたが、これからもそうだとは限らない。
削板との再会が、それらと同じように自分にとって大きなチャンスだというのは理解していた。だけれど自分は失敗するのが怖いのか、彼を危険に巻き込んでしまうことが怖いのか、その一歩手前で二の足を踏んでいる。
「失敗するとか、やる前から考えるな。無理だったときだけ考えろ、自分に明るい世界は合わないかもしれないだなんてことは。」
「オマエは俺に説教垂れて何したいわけ?何か得すンのか?」
「説教してるつもりはないんだがな。」
「さっきから何か気持ち悪ィンだよ、オマエ。元から気持ち悪いって言やァそォなんだが、らしくねェことしやがって。」
土御門も柄にもないことをしているのは承知していた。元同僚に足抜けのアドバイスをするだなんて、彼女が言うように自分ながら気持ちの悪いことをしているな、と思う。でも、自分がそんな「らしくないこと」をしている理由も何となく分かっていた。
「多分、羨ましいんだろうな、お前が。」
「羨ましい?」
「俺と違って明るい世界に戻るだけの環境も能力も持っているお前が、羨ましいんだよ。だからそれを放棄しそうなお前がムカつくんだろうな。」
恐らく自分は一生この薄暗い世界から抜け出すことはできない。例えば将来、妹を守る必要がなくなったとしても、目的がなくなったので足を洗います、で済むほど魔術師たちの世界はシンプルにできていない。利益を得た分だけ貢献をする。そしてその貢献は多くの場合、一生を意味する。魔術師の集まりとはそういうものだ。
そういったしがらみを脱するだけの強大な力を持ち、そして周囲の協力や理解も得ている彼女が、そのチャンスを放棄してしまいそうなのが気に喰わないのだ。捨てるなら俺にくれればいいのに。それが叶わないなら、せめてお前が真っ当にその権利を使ってくれればいいのに。
柄にもなく本心らしいものを口にした彼は、その後暫く口を噤んでいた。そしてその言葉を向けられた一方通行の方は、彼女らしくないことには、言葉の意味を解釈するのに少しばかり時間を要していた。
この男、今自分のことを羨ましいと言った?
咄嗟には意味が分からなかった。自分が羨ましいと思われるような境遇だとは思ってもいなかった、というのが正直なところである。
だがしかし、改めて観察してみると確かにこの男と自分はまるで違っていた。
暗部は解散されたはずだというのに、この男から漂う匂いはあの頃とまるで変わっていない。先日会った結標は既にその匂いを薄れさせつつあった。自分の匂いを自分で感じることはさすがにできないが、それでも今、自分がこの男と同じ世界に立っているのではないことは何となく感じていた。
どこか分かり合えない。ほんの薄いセロハン一枚、確かにこの男と自分の間には溝がある。同じように学園都市の闇に身を浸していた時にはなかった隔絶がある。
この隔たりは意図して生まれたものではあるまい。自然と、ごく自然と生じたものだろう。
もう自分は明るい世界に歩み出しているのかもしれない。自分の知らぬうちに、それがいつからのことなのかは分からないけれど―ロシアで打ち止めを救った日からかもしれないし、公園で削板に再会した日からかもしれない。
彼女は自分が何か新しいものを掴みつつあることに気付いた。その正体も何も分からないけれど、確かに自分が変わりつつあることを知った。
青白い学園都市の明かりに照らされてサングラス越しにうっすら見える男の目が、一瞬酷く淋しげなものに変わったように感じた。この男にもそういう感情が残っていたのかと―そういった点ではあまり自分も人のことは言えないのだけれど―素直に驚いた。
「オマエみてェなクソ野郎でもお綺麗な世界に憧れがあるたァ驚きだな。」
「お互い様だろ。」
そう答えた彼はもう、本来の彼らしい『嘘吐き』のものに戻っていた。
今日はここまでです。
新約関係ないとか言っておきながら、6巻読んで一方さんのメンタル面、大分書き直してしまった…。
こんにちは、今日の投下はいつもより長めかも?
インデックスと百合子ちゃんで百合百合してほしい。そんな気持ちを込めました。
そして土御門大好きです。禁書キャラでは一方さんの次に好きです。
いっそ土百合書きたいくらいだけど、舞夏がいるので難しい。
「自分で考えても切りがねェな。」
ふと呟くように彼女は言った。目の前の土御門など意識どころか視界にすら入っていないような仕草だった。
「え?」
「こォいうことは専門家に訊くに限る。」
彼女は一人納得したような表情を見せると、電極のスイッチを入れ替え、だんっ、と飛び上がってどこかへ行ってしまった。文字通り、あっという間の出来事だった。
「え、ちょっと待って欲しいにゃー!土御門さんを置いてかないでー!!」
その場に置いていかれた土御門はこういう場面の礼儀として大声で呼び止めるという古典的な行動を取ったが、さすがにその声が彼女に届くとは思えなかった。いや、彼女の能力を使えば自分の声も聞き取れるかもしれないが、聞き取れたからといって自分に気を遣うようなことはないだろう。どちらにしろ結果は同じだ。
「え、何か今ちょっといい感じのシーンじゃなかった?何で俺置いてけぼり食らってるのかにゃー??」
薄暗い操車場に置いてけぼりにされた土御門は、アレ俺何しに来たんだっけかなー、と珍しく途方に暮れる羽目になった。
その数分後、第七学区のとある学生寮にて。
カーテンを閉じたその向こうのガラス戸に、何かこつんとぶつかったような音がした。上条は最初、鳥でもぶつかったかと思ってそれを気にしなかった。
すると最初の音から何秒か空けてから、今度はこんこんとノックするような音がした。さすがに妙だと思ってカーテンを開けると、ガラス戸の向こうのベランダには世にも恐ろしい学園都市第一位が立っていた。ちょっとしたパニック系ホラー映画よりは断然怖かったと彼は後々語った。
上条は大慌てでガラス戸を開けた。我が家に入りたいらしい第一位様に窓ガラスを割られたりしたら困るからである。真っ当に玄関から訪ねてくるという発想はないのか、とか突っ込む余裕なぞなかった。
「一方通行、こんな時間にどうしたんだ?」
「シスター借りに来た。」
「え、インデックス?済みません、話が見えないんですが。ベランダから入ってきていきなり言うことがそれですか、そうですか。」
「何か文句あるのか?」
いや、あるっちゃあ、ある。何故ベランダ。何故そんな偉そうな態度。
しかしうっかりとここでYESを口にしようものなら彼女のご機嫌を損ねて大変な目に遭うことが分かりきっている。上条は黙って首を振った。
超能力も魔術も無効化する右手を持つ彼であるが、よくよく考えてみると彼女の能力とは相性がいいとは言えない。彼女の場合、大きな物を飛ばすだとか異能を利用した二次的な攻撃手段を多く持つからである。そうなると自分の右手は意味を為さない。しかもここは大事な我が家である。そういうわけで上条は彼女相手にあまり強気に出られなかった。
「あくせられーた、どうしたの?」
上条のそんな緊迫感をよそに、まるで帰ってきた猫を出迎えるくらいの調子で修道服の少女が顔を出した。その姿を見つけると一方通行は上条を押しのけてインデックスを手招いた。どこまでも上条は要らない子らしい。
「シスター、一晩俺の家出に付き合え。報酬は弾む。」
「報酬って?」
「学舎の園の高級洋菓子店、食い放題でどォだ。」
「ほんと!!?」
途端に目を輝かせたインデックスを抑えこんで、置いてけぼりにされたままの上条が口を開いた。
「ちょっと待って!俺の存在無視しないで!上条さんの質問に答えて!!家出ってどういうこと?」
「心配すンな、黄泉川に連絡は入れてある。家出っつったって大それたもンじゃねェ、ちょっとした外泊だ。」
「あ、そうですか。でもお前、学舎の園は入れるのか?」
「第一位のネームバリュー舐めンじゃねェぞ。」
学舎の園は基本的に部外者立入禁止であるが、内部の人間が知人を招待する場合などには案外簡単に部外者の立入許可が出る。あるいは内部の人間の招待がなくとも、学園都市第一位様なら立入許可くらい簡単にゲットできるのかもしれない。それにしたって学園都市のIDを持たないインデックスも一緒に入るとなると只事では済まなそうだが。
「でも外泊して何するの?」
「なァに、漫喫でスナック菓子食いながら夜通し駄弁ろォぜってだけだ。」
「何だか面白そうかも!!行く行くやるやる!!」
「いやー!!インデックスさんが不良の道に!!!」
かくしてイギリス清教所属シスター、禁書目録は一方通行とともに上条宅から家出した。
「で、あくせられーたは何で私をご指名なのかな。」
彼女らが腰を落ち着けたのは近場の漫画喫茶で一番大きな部屋だった。二人どころかちょっと詰めれば十人くらいは収まりそうな部屋である。持ち込みオッケーを謳うその店舗に、彼女らはそれこそ十人前くらいの菓子類を持ち込んでいた。
部屋の隅にはゲーム機やらパソコン端末が並んでいるが、彼女らはそんなものには目もくれず、示し合わせたように部屋の中央のテーブルを挟んで向かい合わせに座った。女性としては高身長である一方通行が横になっても余るほどの大きなソファーだったが、彼女らはむしろ縮こまるようにそこに収まった。
インデックスはコンビニの袋の中に手を入れて、取り敢えず手に触れた煎餅の一袋を開封した。醤油の匂いがする、硬い煎餅である。彼女はそのうち一枚を手に取って一方通行にも渡した。
「何で、って訊かれると困るんだが。でもオマエなら、俺の知りたいことの答えを持ってると思った。」
「私で力になれることなら何でもしてあげたいけれど。あくせられーたのような賢い人に、私が本当に必要なのかな。」
神の存在など信じてはいない。一方通行は宗教的な救いを求めているわけではない。ただ、彼女は信頼の置ける知人に悩みを打ち明けようとしているだけである。しかしながらそんなことをした経験のない、何もかもを一人で解決しようとしてきた彼女には、それは些か難しいことだった。
「生憎俺の苦手分野でな。オマエのよォな奴が適任だ。」
「そう。」
インデックスは神妙な面持ちで一方通行の次の言葉を待った。それは確かに懺悔を聞き届ける聖職者の姿に似ていた。
「過去に大きな罪を犯した人間が、幸せになってもいいと思うか。」
少し間を置いてから、一方通行は本題を口にした。
「どんな宗教でも罪人が悔い改めて後々幸せになった、というエピソードはあるんだよ。問題は罪を犯したことではなく、その後の行動じゃないかな。」
インデックスはまず誰もが想定するような一般的な回答を返した。一方通行の犯した罪とやらについて詳しい話を聞いていないのだから、彼女にはそれ以上の返答はできないだろう。
果たして自分のしでかしてきたことをすべて聞き届けても、彼女はそれでも同じ回答を返してくれるのだろうか。あの惨たらしい実験について彼女のような穏やかな人物の耳に入れるのは少し気が引けて、一方通行は極々簡単に自分の罪状を述べるに留めた。
「生半可なもンじゃねェぞ。何の罪もない人間を、自分のためだけに1万人以上殺した。わざわざ苦しむような殺し方をしたのだって一度や二度じゃねェ。殺した奴の肉を食ったことすらある。」
「それ全部、あくせられーたがやったんだね?」
彼女の声に責めるような色はなかった。そこにはただ、事実を確認するだけの意図しかなかった。
「信じられねェか。」
「うーん、あくせられーたはこの街で一番強いんでしょう?そういうことをしようと思ったら、実際できるだけの力があるのは分からなくはないんだよ。」
「私もその気になったら同じようなことはできるしね。力を持っている人は、その使い方に気をつけなくちゃいけない。」
一方通行も、上条にそれらしいことを聞いたことがあった。詳しいことは知らない、ただ、彼女はオカルトの世界での秘密兵器のような存在だとだけ聞かされた。彼女が望んでそんな立場になったとは思えないから、恐らく周りに仕立て上げられてのことなのだろう。
「私も力の使い方を間違えてしまったことがあるんだ。とうまに大怪我をさせてしまって、それだけじゃなくて、二度と取り返しのつかないことをしてしまった。だけどね、一緒にいる。」
「私は幸せだよ。あくせられーたが幸せになっちゃいけないなら、私も罰せられるべきなのかも。」
そう言って手を組む彼女は、幼い外見に似合わぬ淋しげな表情を浮かべていた。例えばこういう表情が信仰の対象となると言われたら納得ができるような、聖像だとか宗教画だとかを彷彿とさせるものだった。
もしかしたら自分と彼女は似た者同士なのかもしれない、と思う。自分にはそんな美しい表情はできないけれども、だけれどかつて傷つけてしまった相手とそれでも一緒にいたいと願うことは共通していた。
自分が迷い続けている選択肢を既に選び終えた彼女の心境が知りたくて、一方通行は質問を投げかけた。
「…何でそれでもアイツの側にいるンだ?」
「私が一緒にいたいからだよ。理由はそれだけじゃないけどね、しがらみとか、周囲の事情とか。だけど、私は私ととうまがそうしたいから一緒にいるんだ、ってそう思いたい。」
「アイツのこと、好きなのか。」
「うーん、どうなんだろうね。私はシスターで、神様と結婚したみたいなものだから。でも、神様と同じくらいには特別かも。」
彼女の告白は続く。一方通行に懺悔が必要なように、彼女もまた、それを必要としていた。
あるいは傷の舐め合いと呼ばれるかもしれないその行為を、それでも捨て置くことはできなかった。
「そもそもとうまと出会う前の私は『特別な感情』を持てなかった。持ったとしてもそれは長続きしなかった。とうまと出会えて初めて、私は私だけの特別な存在を持てるようになった。だから、とうまは特別だとかそういうのよりもずっと上の存在なのかも。」
「自分が我儘かもって、自己嫌悪に陥ることもあるんだよ。私ととうまの関係を悪い人に利用されたことも一度や二度ではないし。だけどね、一緒にいたい気持ちに嘘は吐けないよ。」
告白の最後に彼女は悪戯っぽい表情で付け加えた。それはいつも通りの彼女だった。
「汝、偽証するなかれ。なんだよ。」
「あくせられーたが好きだとか、そんなこと訊いてくるだなんて意外かも。あくせられーたも好きな人がいるのかな。」
時に友人のように、時に母親のように、時に妹のように―聖職者の少女は様々な表情を見せながら彼女の告白を待つ。
「…分かンねェ。」
「うん?」
「好きとか、そォいうのを俺はよく知らない。」
インデックスは何も言わなかった。仕草で先を促すことすらしなかった。冬の最中にあって未だ見ぬ春の芽生えを待つように、ただ彼女の言葉が自然に出てくるのを待っていた。
「だけど、アイツが全部始まりだったんだ。」
「嬉しいとか、悲しいとか、寂しいとか、楽しいとか、アイツが全部教えてくれた。アイツがいなければ、俺はきっと今でも知らないままだったと思う。」
それは自分も一緒だったと思う。嘗ては一年ごとに忘れてしまっていたから、もしかしたら過去にも自分にそれらの感情を教えてくれた人が在ったのかもしれない。だけれど自分は覚えていない。今の自分は彼しか知らない。
「アイツが教えてくれたけれど、でも一度俺は忘れちまった。いや、忘れようとした。忘れようと思って、そしてアイツらを殺してしまった。」
「クソガキと出会って、それでまた少し思い出して、でもやっぱり俺にはそんな気持ちは似合わねェンだって思うこともあった。」
インデックスの中で、朧気ではあるが彼女の過去の過ちが少しずつ具体的な姿を持ち始めていた。殺してしまった一万人、彼女が「クソガキ」と呼んで慈しむ幼い少女、その全ての始まりが姿も知らぬ人物に集約していく。インデックスはその人物と自身が既に出会っていることには気付かなかった。
彼女は聖職者としてではなく、同じような体験をした一人の人間として、彼女に言葉を投げかける。
「あくせられーたみたいな人こそ、そういう気持ちを大切にすべきじゃないかな。一度失くしてしまったからこそ、大切にして欲しいと思うよ。私もそうだったから。」
インデックスの言葉を丁寧に噛み砕くような間があった。その態度故に大きく見える彼女の華奢な体は、小さく縮こまり、雨の中に捨てられたみすぼらしい子猫のように微かに震えていた。
「本当はアイツにお別れを言おうと思ったんだ。」
「俺がしでかしたことを話して聞かせれば、きっとアイツは俺に失望して、離れていってくれると思った。」
「だけどそうじゃなかった。」
インデックスはいつの間にか彼女の目の前に膝をついていて、そして俯いて震える彼女の背を抱いていた。彼女よりずっと背の低いはずのインデックスでも容易に包み込むことのできる細い体だった。自分も同じように惨たらしい経歴を持っているのかもしれないが、だけれど覚えていない。彼女のこの細い体が一万人の死を覚えているのかと思うと、抱き締める手にぎこちなく力が入った。
「あくせられーたは、お別れがしたかったの?」
「…違う。そォいうわけじゃない。」
「でもやっぱり、アイツの手は取れないと思う。」
「なぜ?」
ソファーの前に膝をついたインデックスの肩に、一方通行の頭が凭れ掛かる。修道服の胸の辺りに荒い息が当たる。彼女の体は冷め切っているというのに、息ばかりが熱に浮かされたように熱かった。
インデックスには彼女の表情は窺い知れない。でも、泣いてはいないのだろう、と思った。泣けない子供は感情のやり場を知らない。もしかしたら彼女はもうずっと長い間行き場のない気持ちを抱えて立ち竦んでいたのではなかろうかと思った。
「俺はアイツに何もしてやれない。だから、俺はアイツの手を離してやらなくちゃならない。」
「あくせられーた、それは違うよ。側にいたいのに、いられるのに、離れなくちゃいけない関係ないなんて、絶対にない。」
「あくせられーた自身がちゃんと考えないと。自分はどうしたいのか。」
彼女自身が自分を鼓舞するような言い方だった。例え自身が幻想殺しと呼ばれる少年と共にあることでどんな不幸に見舞われても、それでも自身で選んだ選択肢に責任を持とうとする、彼女自身の決意が口を突いて出た。
「だって、それで失敗したンだ。アイツに大怪我させて、俺、殺しちまったかと思ったンだ。それでもう、二度とあンな思いしたくなくて。」
「あくせられーたはそれが怖いの?また間違えてしまうことが怖いの?」
「間違えたことしかないんだ。正解なんて、知らない。誰も教えてくれなかったから。だからきっとまた間違えてしまう。」
きっと、何も知らない赤児と変わらない。初めて空気に触れて、人の肌に触れて、声を聞いて、気持ちを向けられて。どうしたら良いか分からずにひたすらに泣く赤児と変わらない。知らないことばかりで、世界は自分に害を為すものばかりで、きっとそうやってずっと生きてきたのだろう。
この無機質な街で、道具のように扱われてそうやって生きてきた彼女のこれまでを思った。
でもそれを、可哀想だと片付けてしまってはいけない。
ソファーに座っていることすらできなくなって、床に座り込んだ彼女の体を抱きかかえたまま起こした。細いばかりかと思った体は思いがけず柔らかだった。
「正解なんて、誰も知らないんだよ。皆必死で探してる。」
「でもね、一緒に探してくれる人がいるから、皆平気なんだよ。」
「あくせられーた、一緒に考えよう。今度こそ、間違えないために。」
次回は百合子とインデックスが学舎の園で超電磁砲組と会う話です。
ここ数回と比較したら大分明るい話になるはず。
多分バレてると思いますが圧倒的に上イン派な>>1です。
土百合書いていいだと?
>>1が普通に幸せな恋愛する二人をイメージできなくて、NTR展開しか妄想できないことを知っても同じことが言えるのかい?
実はこの削百合にも「明るい世界で生きていくのはやっぱ無理ってなった百合子ちゃんが再び薄暗い世界に戻って来て、別に好きでも何でもないけど土御門と慰め合っちゃったりする爛れた関係になる」というバッドエンドが存在します。
胸に仕舞っておくだけで書かないけどね!削板とのトゥルーエンドしか書かないけどね!!
というわけで次回投下分を書いている最中の>>1でした。
マルチエンディングは皆の心の中にあるよ!!このスレにはないよ!!
上インは偉大な先人がいっぱいいるので書きづらいよ!!
さて、今回はいつもよりちょっと早めに投下してしまいます。
後日改めて報酬とやらを与えるために上条の家を訪ねてきた一方通行は、今度はちゃんと玄関から入ってきて上条を感動させた。
「何オマエ涙目になってンの?」
「今なら一方通行さんの悪態も可愛く聞こえる!不思議!!」
…何だか気持ち悪いので、一方通行は上条を放置してインデックスを連れ出したのだった。元からその予定だったけれども。
インデックスと一方通行は連れ立って歩きながら益体もないことを話した。飼い猫がどんな悪戯をしただの、上条がまた胸の大きなお姉さんとぶつかっただの、有り体に言うとインデックスが喋りっぱなしで、一方通行は聞いているのだか聞いていないのだかはっきりしない適当な相槌を入れるだけだった。先日の壮大な告白などお互い忘れた素振りである。恥ずかしがりで気難し屋の彼女にはそれが必要なのだとインデックスは理解していた。
杖をついているからあまり速く歩けないのだと嘯いてインデックスの歩幅に合わせてくれる。打ち止めという名の少女が全幅の信頼を寄せるのも分かる気がする。彼女は心根の優しい人物だった。周りがその優しさのまま生きることを許さなかったのだ。
それでも彼女が為したことについては彼女自身に責任があるのだけれど、似たような思いをしたことがないでもない修道女は、彼女の過去にそれ以上踏み込もうとは思わなかった。
「あくせられーた、何だか珍しい格好だね。」
いつもはただでさえ性別不詳な体をユニセックスな服装に包んで更に周囲を混乱に陥れている彼女であるが、今日ははっきりと女性と分かる服装をしていた。丈の短いライダースジャケット、ホットパンツ、タイツに革の編み上げロングブーツ―いちいち攻撃的なデザインで、間違っても可愛らしいとは言い難いコーディネートであったが、確かに「女性のファッション」である。
「学舎の園に入り込んだ変質者の男だなんて思われたら面倒だからな。」
「自分の外見が性別不詳だっていう自覚はあるんだね…。」
「まァそれ狙ってたところあるしなァ。」
性別不詳に見られることを分かっているのならあんな格好しなければいいのに、と思ったインデックスに対して、一方通行は意外なことを口にした。わざとそう見られるように振舞っていたというのである。インデックスが首を傾げると彼女は素っ気ない調子で続けた。
「女だと舐められるだろォが。」
「今は舐められてもいいの?」
「そォいうわけでもないけどな、気ィ張ってンのも面倒くせェし。」
理由はそれだけではない。数年前まではこの華奢な体格でも結構性別をごまかせていたのだが、さすがに男女の体格差が広がるこの年頃ではそんな意地も意味を為さなくなっていた。身長がさして変わらない上条と並んでも華奢に見えるのだから、一瞬判別に困るようなことはあっても、男と思われるようなことはまずないだろう。未だに服装を改めないのは単なる癖である。
「丸くなったってことだね。」
「何かムカつく物言いだが、オマエが言うとどォでも良くなるな。」
「褒め言葉として受け取るよ。」
純粋なだけでない少女は、一方通行の皮肉を笑顔で受け流した。
「本当にこれ全部食べていいの?」
インデックスの目の前にはホールのケーキばかりが10個ほど。店の奥にはまだまだ在庫があって、ディスプレイに並べられたバラ売りのケーキもざっと200個はある。一方通行は何とも豪気なことに学舎の園の中でも一番人気の洋菓子店を丸々貸し切っていた。
当然洋菓子店に貸切営業などという概念は本来存在しない。一方通行が金と地位に物を言わせ、インデックスのためだけに特別にセッティングしたものである。
店の中にはそこそこ大きなイートインスペースが設けられていたが、何せ貸切である、いつもは女子生徒で賑わう店内も今日ばかりはがらんとしていた。その真ん中にパンクファッションの少女と修道服の少女が向い合って座っている様はなかなか異様である。
「好きにしろ。俺は甘いもン苦手だからな。」
「じゃあ遠慮なく!あ、店員さん、私はアールグレイね、あくせられーたはコーヒーでしょ?」
そんな二人に気付かず、店が貸切になっていることにも気付かず、店内に入ってくる団体があった。
「え、貸切ですの?」
一端覧祭も終わって風紀委員の繁忙期も過ぎ、一息入れようと思ったらこの有様である。折角学舎の園の外から友人を招待してまで来たというのに―白井黒子は自身の間の悪さを呪った。
「ケーキ屋が貸切ってどういうこと…?」
その傍らで同じく呆然とする少女。明るい茶色の短髪はいかにも活発そうで、整った顔と併せて女子中学生らしい愛らしさを備えていた。彼女の名は御坂美琴、一方通行とは因縁浅からぬ人物であった。
「仕方ないですね。また今度来ましょうよ、白井さん、御坂さん。」
「そうですよ。またいつでも来られるじゃないですか!」
その二人を慰めるセーラー服の少女2人、初春飾利と佐天涙子。彼女たち4人が店員に断られ、すごすごと店を出ようとしたときのことだった。
「あれ、短髪?」
店の入口側からでは見えづらくなっているイートインスペース、そこから修道服の少女が姿を見せたのだった。貸切営業の今、そこから姿を見せるということはこの人物が正にこの店を貸し切っている当人だと思って間違いないだろう。御坂は意外な人物の登場に驚いた。
因みにインデックスは店先の騒ぎが気になって姿を現したなんてことではなく、単にディスプレイに並べられているケーキを選びに来ただけであった。
「アンタ、何でこんなところにいるの?ここって関係者以外は入れないはずなんだけど。」
「短髪はいきなり失礼かも。ちゃんと正規の手続きを踏んで入ってきたよ。」
インデックスは小柄な体を仰け反らせるように胸を張って言った。それからふと、御坂と並んで立つ3人の少女に目をやった。
「短髪たちもここのケーキ食べに来たの?よかったら一緒に食べる?」
「え、いいの?ここ、貸切になってるって聞いたわよ。」
「パトロンに訊いてみないと分からないけど。」
「パトロン?」
そう言えば貸切というからにはそれなりの料金が発生しているはずである。学園都市の奨学金を貰っていない彼女は勿論のこと、彼女の同居人の無能力者の少年も決して裕福とは言い難い。この店を貸切にするほどの資金はどこから出ているのか、御坂には咄嗟に思い描くことができなかった。
「あ、ちょうどよかった。」
なかなか席に戻って来ないインデックスを不審に思ってこちらに来た人物があった。かつかつと杖の音を響かせて姿を現したのは真っ白い肌に真っ白い髪、赤い目、華奢な体で背ばかり高い少女。この街にたった2人しかいない、超電磁砲の上に立つ人物のうちの1人。
学園都市第一位、一方通行。その人であった。
「あくせられーた、短髪とお友達も一緒にケーキ食べてもいい?」
姿を見せた予想外の人物に驚いて言葉も出ないといった様子の御坂を気にも留めず、インデックスは当たり前の調子で訊ねた。一方通行は御坂とその連れを見て興味ないといった素振りで答える。
「構わねェが、オマエの取り分が減るぞ。」
「さすがの私もそこまで狭量じゃないかも。」
「そォか、好きにしろ。」
彼女はそれだけ言うと関わりを避けるように踵を返して、店の奥に戻っていった。彼女の明らかに普通ではない雰囲気に気圧されて息すら止めていた女子中学生たちは、無意識のうちにほっと息を吐いた。
少しばかり声を潜めて御坂が訊ねる。
「もしかしてこの店を貸切にしたのってアイツ…?」
「?そうだよ。」
「何でアンタとアイツが二人でケーキを…??」
「女同士の約束なんだよ!でもあくせられーたは甘いもの苦手だって言って一緒に食べてくれないからちょっと寂しかったの。短髪も一緒に食べよ!」
インデックスがぐいと御坂の腕を引く。
「私たちもご一緒してよろしいですか?」
白井が初春と佐天にも目配せをしながらインデックスに訊ねた。
「どうぞ、短髪のお友達なんでしょう?みんなで一緒に食べようよ。」
インデックスの朗らかな笑顔に促されて、女子中学生4人はおずおずと店の奥へと足を進めたのだった。
2つのグループは少しばかり離れた席に座った。一方通行とインデックスはもう一方を気にする様子もなく各々好きなように過ごしているが、他方、御坂たちはと言うとちらちらともう一方を窺いながらケーキを食べている。
さもありなん、彼女らは明らかに異様だった。修道服を着た少女は勿論この学園都市では珍しいのだが、神学系の学生という線もある。それよりも彼女ら(主に美琴を除く3人)の目を引いたのは一方通行だった。
まずこの洋菓子店を貸切にするだけの財力があるのは間違いない。こんな高級店を丸々独り占めにするだなんて、大能力者で比較的、というか学生にしてはかなり裕福な白井ですらちょっと想像がつかない。しかも自分は一切食べず、目の前の彼女に好きにさせている。自分のために貸切にするならともかく、人のためだけにさらっとやってのけるということは、彼女にとってこの店を貸切にするのは何でもない簡単なことなのだろう。
コーヒーばかりを飲む人物は、自分たちより幾つか年嵩に見えた。態度は横柄であるが、べらぼうに美人である。その振る舞いは所謂マナー本などに照らし合わせてみると決して褒められたものではないが、それでいて見てる側がふと溜息を吐いてしまうほどに優美であった。
一方で妙に険のある表情が彼女らを及び腰にさせていた。その雰囲気は明らかに普通の学生ではない。風紀委員としてそれなりに修羅場の経験もある白井や初春などは、彼女からこれまでに関わったことのある悪人たちと似た空気も感じていた。
「あの、済みません。どこかでお会いしたことがありませんか?」
2つのグループの妙な距離感を縮めようと最初に歩み出したのは、意外なことに初春飾利だった。彼女は振る舞いからして他人との関り合いを全力で拒否している一方通行に果敢にも挑みかかった。
「……知らねェな。」
ふい、とそっぽを向く一方通行に対して、彼女は言葉を続けた。確信に満ちた声だった。
「やっぱり、お会いしたことがあります。」
「私が垣根って人に襲われたとき、助けてくれた人ですよね。」
一方通行は忘れたわけではない。優秀すぎる彼女の頭脳はインデックスほどではないが相当に記憶力に優れている。ここ数ヶ月にすれ違った人物の顔くらいなら日付・場所と併せて正確に思い出せるくらいだ、打ち止めと関わったらしい少女の顔を忘れるはずがなかった。
ただ、自分と関わり合いになって何かよからぬことに巻き込まれる可能性もなくはない。今はともかく、あの頃の自分は暗部に所属していたのだ。暗部抗争の最中、第一位と第二位の争いの巻き込まれた少女など今からでもそれを理由に命を狙われたって不思議ではない。
一方通行は今更人と関わり合いになること自体を避けるつもりはなかったが、それでもその和を広げることには些かの抵抗があった。
「?何か怒らせちゃいましたか、私。」
何も答えない一方通行に初春は不安げな顔を見せる。
「大丈夫だよ、あくせられーたは恥ずかしがってるだけだから。」
そんな彼女に救いの手を差し伸べたのはインデックスだった。
「あくせられーたもそんな怖い顔してないで少しぐらい笑ったらいいかも。折角の美人さんなんだから、ほらっ!」
インデックスはおもむろに一方通行の両頬を引っ張った。突然のことに驚いた一方通行が、打ち止めにするようにその頭に手刀を入れる。二人が揉み合っているところにもう一つ歩み寄る人物の影があった。
「初めまして、私、佐天涙子って言います。」
初春に続いて立ち上がったのは彼女だった。
「あ、申し遅れました。私、初春飾利です。」
「私はインデックスだよ、よろしくね。」
「ほら、あくせられーたも自己紹介しないと。」
インデックスは一方通行の頬を摘んでいた両手を離して彼女に促した。
「…一方通行だ。」
「外国の方ですか?」
初春と佐天は彼女の容姿を見ながら首を傾げた。白い肌に髪に赤い目、日本人にしては異様な外見なのだが、顔の作り―つまり鼻の形だとか目の作りだとかはあくまで東洋人的である。例えばインデックスを黒髪黒目にしても日本人には見えないだろうが、一方通行に同じことをしたら日本人に見えるだろう。結果的に彼女は東洋人にも西洋人にも見えない、どこか作り物めいた印象を周囲に与えていた。
「そォ見えるか?」
一方通行は関り合いを避けるようにそれだけを言う。それを咎めるようにインデックスが彼女に掴みかかった。
「だーかーらー、何でそこで睨むのかな?あくせられーたは!!」
「オマエこそ頬抓るンじゃねェ!!」
初春と佐天はそんな二人の様子を見て、思わず顔を見合わせて微笑んだ。
斯様にして、2つのグループは少しばかり距離を縮めることに成功したのだった。
「ほらシスター、期間限定のモンブランだとよ。」
「林檎のシブーストか、これも旬だな。」
「あと安納芋使ったスイートポテト。」
一方通行は次々と運び込まれて来るケーキをインデックスの前に差し出すだけだった。空いた皿をさっと片付け、また新しいケーキを差し出す。しかもよくよく見ると似た系統の味が連続しないように、しっかりと順番を考えているらしい。わんこそばもびっくりの素晴らしい手際だった。
当然、他の4人は呆然とその様子を見守ることしかできなかった。
「あのね、あくせられーた。これ食べてくれないかな、私にはちょっと大人っぽすぎるみたい。」
インデックスがそう言って差し出したのはレアチーズケーキだった。甘さ控えめ、爽やかな酸味を謳うこの店のチーズケーキであるが、彼女の舌に合わないとは思えなかった。
「オマエ好き嫌いねェだろォが。」
「あくせられーたに食べて欲しいんだよ。」
「…分かったよ、食えばいいンだろ。」
甘いものを苦手とする彼女であるが、全く食べられないというわけでもない。苦味の強いビターチョコだとか、甘みよりも酸味の強い果物などは嫌いではない。インデックスはその辺りをよく理解していて、一方通行も食べられそうなケーキを見繕ったのだった。
インデックスの期待の眼差しに促されるように、彼女はそれを口に含む。ゆっくり飲み込んで、それに続いて浮かんだ少しばかり満足気な表情を、インデックスは見逃さなかった。
御坂たち4人はインデックスとアクセラレータと名乗った少女を残し店を出た。帰る方向の違う初春と佐天の2人とも別れて、今は常盤台の寮に向かっている。
先程から敬愛する御坂の様子がどうもおかしい。彼女ら2人と別れるまではいつも通りだったのだけれど、今は歩くのも酷く遅くて、何か考え込んでいるような様子だった。いつもと様子の違う御坂を気遣いながら、黒子はゆっくりと歩いた。
「…黒子、アイツのことどう思った?」
「アイツって、どちらの方のことですの?」
「白い方。」
「…どちらも真っ白でしたわ。いえ、お一方は服が真っ黒でしたけれども。」
「目つきの悪い方。」
「ああ…。」
黒子は『アクセラレータ』と名乗った人物の姿を思い返した。明らかに一般人ではない異様な雰囲気を放っていた彼女であるが、何故か不思議と恐怖感はなかった。こちらに危害を加えることはないのだろうという、妙な安心感があった。
「最初、怖い方かと思いましたけど、全然そんなことはございませんでしたわね。」
「本当はお優しい方なのだろうと思いましたけれど。」
「やっぱりそうよねぇ。」
インデックスを穏やかに見守る彼女の様子に、不思議と違和感を覚えなかった。これが本来の彼女の姿なのだろうと思った。
妹達や自分や、上条を殺そうとしていた彼女はどこか不自然だった。あのときの彼女にはそうしなければいけないのだと、何か強迫観念にでも駆られているような焦りがあった。妹達を救うためには自分が死ななければいけないと思い込んでいた自分にも似たものがあったかもしれない。
「なら何であんなことしちゃったのかなぁ…。」
「?」
「アイツのこと、少し前までは凄く酷い奴だと思ってた。」
「アイツは凄く酷いことをしていて、私はそれを必死で止めようとして、でも止められなくて。結局止めたのは、私じゃない、他の奴だった。」
御坂はとうとう歩くのも止めてその場に立ち止まった。その表情は疲れ切っていて、泣きそうで、いつだったかもこんな表情をした彼女を見たことがあった気がした。
「私、全力で超電磁砲撃つくらい、アイツのこと大嫌いだった。」
「全力って…まさか狙いは外してましたわよね?」
「ううん、アイツ目掛けて一直線よ。」
「それって只事じゃ済みませんわよ??」
白井ですら彼女が全力で撃つ超電磁砲を見たことなどほとんどない。それは鉄骨の10本くらいは容易に突き破ることができるもののはずだった。例えば普段彼女が上条に向かって撃っているのも全力ではない。恐らく彼のような特殊な能力者であっても、全力の超電磁砲を受けたならばかなりの衝撃をうけるはずだった。
「アイツには意味ないもの。私が全力出したってアイツに傷ひとつつけることはできないし、でもアイツは私を簡単に殺せるし。」
第三位である御坂でも傷ひとつ与えられず、しかし彼女を殺すことは容易にできる。そう聞いた白井は、華奢で不自由そうな体をしていた少女の影が、何か得体の知れぬ化け物のように膨らんで自分の足元を覆うような奇妙な感覚に襲われた。
「……あの方は何者ですの?」
「アイツ、第一位だから。私より上だから。」
第一位。この街に2人しかいない、御坂美琴よりも上に立つ人物。だがしかし、ただ数字が2つ違うだけでそこまで実力に差が出るものなのか、白井には俄には納得できなかった。
「すっごく酷いことした、アイツが大嫌いだったの。アイツはもう二度と取り返しのつかないことをしたの。」
「今思うとアイツはいいやつなんだと思う。でも許しちゃっていいのかな、あんな酷いことしてたのに。」
彼女から感じた薄暗い匂いは、御坂の言う「酷いこと」とも繋がりがあるのだろうか。恐らくあえて具体的なことを口に出さないようにしている彼女に気を遣って、白井はそれ以上踏み込まないことにした。
「あの方がなさったことがどんなことなのか分かりませんから、黒子には適切なアドバイスは出来かねますが…。」
「人を憎まなくて済むなら、そんないいことはありませんわ。お姉様にはいつも元気で明るくいて欲しいですもの。」
「さぁ、お姉様。帰りましょう、日が暮れてしまいますわ。」
そう言って白井は、敬愛する少女の手を取った。
今日はここまで。次回「その頃削板は…」の予定です。
※補足
このお話ではベツレヘムの星墜落後に美琴と一方さんが協力して上条さんを北極海から引き上げた、という設定にしています。(近いうちにそのエピソードも上げる予定)そのときに美琴も打ち止めだったり番外個体だったり、一方さんの事情についてはある程度知ったということになっています。
というわけで美琴のスタンスは「今もむかつくのは変わりないけど、上条さんも何だかんだ仲良くしてるし、表立って責めたりはしない」って感じです。
個人的には黒子は美琴より精神的に大人じゃないかなーと思ってます。結標を相手してたときとか。
ニコ生で一挙放送見ながら投下するのでいつもより時間掛かると思いますが宜しくお願いします。
さて、インデックスと一方通行がケーキ屋にいた頃の削板軍覇は、と言うと―
「うおおおおー!!!」
自室でのたうち回りながら謎の雄叫びを上げていた。
彼を奇行に走らせている原因は、言わずもがな、とある一人の少女だった。
一方通行が彼との関係について頭を悩ませているのと同様に、彼もまた彼女についてもやもやとした不安を膨らませていた。
(あんな顔させるつもりじゃなかったのに…)
彼女に安心して欲しくて、笑って欲しくて、そればっかり考えているのに、結局自分が何を言っても何をしても、彼女は困ったような、悲しいような、難しいような顔しか見せてくれない。やること為すこと裏目に出ている気がした。
何とかしたいと思うのだけれど、彼もまた彼女に負けず劣らず人付き合いは不得手であった。考えても考えても解決法らしきものが浮かんでくることはない。いっそ彼女本人にどうやったら笑ってみせてくれるのか訊きに行きたいくらいなのだが、そんなことをしたらまた彼女を困らせてしまうのだろう。
そんなやり場のない気持ちを抱えて、結果的に彼は奇行に走っているわけであった。
「うおおおおー!!!」
因みに普段から突然大きな声を張り出したり、妙に生活音が煩かったりするので、両隣と下の部屋は大抵空き部屋になっている。
ここ数日気落ちしていたのだが、昼過ぎに相変わらずの謎能力で一方通行の外出を完治した。自分でも理屈はよく分からないが、分かるものは仕方がない。いつもだったら矢も盾もたまらず家を出るところなのだが、今日はそんな気分にもなれなかった。しかし誰とどこに出かけているのか気になるのもまた事実であって―これはストーカーと謗られても仕方がないなと彼も今更ながら自覚した―部屋で一人もやもやとしていたわけである。
(何か、アイツと会いたくないな…)
彼女に困った顔をさせるのも嫌だったが、それ以上に嫌なことがあった。時折「第一位」の顔を見せる彼女が酷く遠く感じられて、泣きたいような、息が止まりそうなそんな気持ちになることがあった。彼女がそんな表情をしなくて済むようにしてあげたいと思っているのに、自分では何の力にもなれない。自分の無力さを思い知るようで、悲しくなる。
(家にいても落ち着かないな…)
そもそも考え込むということが性に合わない。自分で言うのも何だが、体育会系というか、直情径行な人間である。大概の悩みごとは体を動かしているうちに忘れてしまうタイプだ。
この悩みごとばかりは忘れてしまうわけにも行かないのだが、それでも少し気を紛らわせるくらいはしたっていいだろう。
そういうわけで彼は今日も元気に走り込みに出かけたのであった。
「うおっ!」
彼がよく行く公園で息を白くさせながら気持ちのいい汗を流していたときのことである。突然植え込みの方から飛び出してくる人影があって、避け切れずにぶつかった。
「いたた…。」
削板は「人とぶつかった」という事実を理解するまでに少し時間を要した。普段彼が走っているときに人とぶつかったとしても、彼に衝撃が伝わることはほとんどない。ぶつかった相手が吹っ飛んでいってしまうだけだ。彼は何故、自分が普通の人間のように尻餅をついているのか咄嗟には理解できなかった。
「あれ、削板さん…?」
「誰かと思ったら上条か。」
ああ、この少年の右手は能力を無効化するんだったか。一方通行から絶対能力進化実験が中止になった成り行きを聞き、当然『幻想殺し』なる能力についても説明を受けていた彼は自分の身に何が起こったのかを理解した。
彼は自身の特殊な能力をよく理解していて人とぶつかることなどないように最新の注意を払っているのだが、そこはさすがの上条、彼は削板の努力すらも上回る不幸属性の持ち主だったらしい。
「何でこんな所から飛び出してきたんだ?」
削板は立ち上がって、飛び散った上条の荷物を拾い集めながら訊ねた。ぶつかった衝撃はそこまで大きくもなかったのに、鞄の中からこんなにも荷物が飛び散っているのは一体どういうわけなんだか、彼には理解できなかった。生憎彼の不幸体質についてまでは彼女から聞き及んでいなかったので。
「スキルアウトに絡まれちゃって、何とか逃げ切ろうとしたらこんなことに…。ホントごめんなさい!」
「いや、いいよ。スキルアウトは撒けたのか?」
「多分。」
削板は周囲をくるりと見渡したが、上条を追っているスキルアウトらしい人影は見当たらなかった。何だったら憂さ晴らしついでに適当にのしてもよかったが、今日は可哀想なスキルアウトはいないらしい。ちょっと今機嫌がよろしくないので上手く加減できる自信がないし、削板は考え直すことにした。スキルアウトはつくづく幸運である。
「何だこれ?」
ふと足元を見るとチケットのような紙切れが落ちていた。これも上条の落し物だろうか。
「あ、それ福引券!」
「このために出掛けてきたんだよ!うっかり失くすところだった!!」
訊くとその紙切れは商店街の福引券で、それの有効期限が今日までだったから慌てて家を出てきたのだという。福引券は5枚、上条が家を出たときと同じ枚数で1枚も減っていなかったようで、彼はひと安心した。
「そうだ、削板さん、このあと時間空いてるか?」
「?特に用事はないけど。」
「だったら俺と一緒に福引行ってくれないか?俺こういうの全然ダメだから。」
「ダメって?」
「上条さん、くじ運全然ないんですよ。だから誰かに代わりにやって貰いたいなって思って。」
「いいのか?俺も特に引きが強いとかそういうタイプじゃないけど。もしかしたら全部残念賞とかになるかもしれないぞ?」
「大丈夫大丈夫、全然気にしないから。」
絶対能力進化実験を止めたという少年に興味があるのも確かだったので、彼は上条の頼みを聞くことにしたのだった。
「こんなんでよかったか?」
結局4回のチャレンジで2個の残念賞と、4等の商品券と5等のお菓子詰め合わせが1個ずつ、と削板は悪くない成績を残した。残り1回分は上条がガラガラを回したのだが、出てきた色付きの玉が勢いよく何処かに飛んでいってしまい見つからなくなるという見事な不幸属性を発揮した。結局何等だったか分からずじまいで、店の人の好意で残念賞のボックスティッシュを貰ったのだった。
「ホントありがとな。商品券でインデックスさんの食費が賄えますよ!!」
「ああ……。」
削板は先日見た少女の尋常ではない食べっぷりを思い出して、少し寒気を感じた。あの食べっぷりが普段からなら相当エンゲル係数が高いのだろう。
「そう言えば今日、一方通行がインデックスをケーキ食べ放題に連れて行ってくれてるんだよ。」
「?何でまたそんなことに。」
「よく分かんないけど、女同士の約束だってさ。一方通行には世話になってばかりで頭上がんないな。」
自分も人のことは言えないが、彼女の過去を知っていてこんなふうに当たり前の付き合いができるこの少年は普通ではないと思う。そもそもあの実験の存在を知る前から知り合いであった自分と、それがきっかけで彼女と知り合った彼ではまるで話が違うだろう。
「お前、凄いなぁ。」
「?何か言ったか?」
「いや、何でも。」
小さく呟いた彼の声は上条に届かなかった。それでいいと思う。
別に超能力者でも何でもなくていいから、彼女を救う力が欲しかった。クローンの少女たちを救おうとして、結果として一方通行を救うことにも成功した無能力者の青年が羨ましかった。
羨ましいといえば、打ち止めや番外個体だってそうである。他人を遠ざけようする彼女の心を解かすのは自分であって欲しいとそればかり考えていたのに、再会したときには彼女にはもう既にそんな存在がいた。
嫉妬だとか、羨望だとか、そんな当たり前の感情が自分にあるだなんて久しく忘れていた。
あの子といると、自分を小さく感じることばかりだ。
超能力者だなんて呼ばれても、女の子一人守りきれず、醜い感情に振り回されて、ただの子供だ。酷くちっぽけで、つまらない生き物だ。
だけど、だからこそ、彼女といたかった。
「わざわざ付き合ってくれてありがとな。」
大通りまで来て上条と別れようとしたときだった。
「危ない!!」
ふと沢山の人の甲高い叫び声が聞こえた。それに同時に耳に痛いタイヤのスリップ音が響く。削板が後ろを振り返ると大型のトラックが歩道に乗り上げようとしていた。その先には上条がいる。
咄嗟に彼はトラックの前に飛び出して上条を庇おうとした。
(右手掴んじまった!)
彼が上条の右手を掴むのとほぼ同時に、大きな衝突音が響いた。
なんか、上条さんの不幸属性に初めてゾッとした
今日はミサカと百合子ちゃんですよー
>>275
親がショック受けてオカルトにハマるような不幸って並大抵のこっちゃないと思うんですよね。
魔術師とかと戦うのと同レベルの不幸を普通の日常で味わうならこれくらいしないとダメじゃね?ってことで上条さんには交通事故に遭ってもらいました。てへぺろ
「ただいま。」
小さな声で、玄関先から2メートルも離れれば聞こえないだろう小さな声で、彼女は自身の帰りを告げた。体がふわふわと芯が入らないような感じがして、なのにいつもよりずっと重く感じる。いつもだったら体の不自由さなんて感じずにきびきびと歩みを進めているというのに、ファミリーサイドの手前で彼と別れてからは足を引きずるようにして、いつもの2倍くらいの時間をかけてここまで歩いてきた。
「あ、アナタおかえりー!それお土産ね!!ってミサカはミサカはハイテンション!」
家の奥から元気な少女の声が届いた。ぱたぱたと愛らしい音を立ててこちらまで小走りで来る。一方通行が片手に持った白い箱を受け取って、中身を窺うように顔を近づける。箱も開けずに中身が分かるわけはないが、矯めつ眇めつ色々な角度からプレゼントの箱を見つめてみる、そんな仕草を世界中の子供は経験したことがあるのだろう、と一方通行はぼんやり思った。
自分は箱の中身が何かなんて、そんなふうにわくわくして待ち構えたことがあっただろうか。
いつもだったらすぐに思い出せそうなことも、頭がぼんやりしていまいち考えが纏まらない。
「どうしたの、アナタ?ぼーっとして具合でも悪い?ってミサカはミサカは心配してみる。」
「……そォかも知れねェ。」
とぼとぼと自室まで歩んでいく。打ち止めは不安気にその後を着いて来て、とうとう自室のベッドに凭れ掛かるように床に座り込んだ彼女を見て、悲しそうな、妙に大人びた表情を見せた。部屋の明かりは点けないまま、まるで密会であるかのように彼女は声を潜めた。
「アナタ、何だか思春期の悩める少女みたいね、ってミサカはミサカはお姉さんぶってみる。」
「オマエ、知ってて言ってるだろォが。」
ベッドに顔を伏せたまま彼女は言う。それは悪態と言うよりも、愚図っている子供のように見えた。
「何が?ってミサカはミサカは空とぼけて言ってみる。」
「今日は19090号だったな、俺の監視。」
いつも、というわけではないが、学園都市在住の妹達数人は一方通行の尾行を行なっている。打ち止めの指示ではないし、一方通行に気付かれずに尾行するなどという高度なことはできないから、一種のごっこ遊びのようなものだったのだ。
ただその遊びが最近現れた少年のせいで違った意味を持つようになっていた。
「アナタってばあんなに離れててもミサカたちの区別がつくの?ってミサカはミサカは驚いてみたり。」
「アイツ、他の個体よりウエスト細いだろ。」
「19090号がダイエットに成功したの知ってたのね。あの子喜ぶよ、ってミサカはミサカはネットワーク上で19090号に報告する準備をしてみる。」
妹達以外で彼女ら1人1人を容易に識別できる人間は、世界中探しても彼女だけだろう。実のところ、妹達自身であってもMNWを切ってしまうと仲間の識別は容易でない。そんな遺伝子どころか製造過程、有する記憶までほとんど統一されている彼女らを、尾行しながら物陰に隠れたり、離れたビルの屋上に立ってみたりするような状態でも区別できるとは。打ち止めは改めて彼女の聡明さや観察眼に驚いた。
「何も言わねェのか。」
全部聞いていたんだろう、と彼女は暗に問う。
妹達が彼に対して―いや、厳密に言えば自分と彼の関係に対して―よからぬ感情を抱いているのは10032号であったり、番外個体の言動から知っていた。
何の因果か知らないが、彼女らは自分に執着しているらしい。まだ幼い頃の自分を知っている彼なら分からなくもないが、あれだけ殺されておいて物好きなものだと思う。でも、それと同時にそれが嬉しくもあった。
今、一方通行は妹達と彼を秤にかけている。いや、かけざるをえない状況に追い詰められていると言うべきか。どちらにしろそのことに、自分らが軽んじられる可能性のあることに、19090号の尾行を通じて彼女らは気付いたはずだ。
「アナタはミサカに責められたいの?」
「アナタはミサカを理由に逃げたいだけでしょう。ミサカが嫌だって言えば、それだけでソギイタから離れる理由になるものね、ってミサカはミサカは嫌味っぽく言ってみたり。」
10歳ほどの外見に、そして1年にも満たない実際の年齢にも似合わぬ大人びた調子で少女は言う。こんな幼い少女に、こんな思いを抱かせる、その業に思いを馳せる。それを負うのは自分なのか、それとも彼女らを作った大人たちなのか、その大人たちの後ろに蠢く誰かなのか、分からないけれど。でも、自分が引き受けたいと思うその気持ちに偽りはないはずだった。
「……オマエ、俺に厳しいなァ。」
「甘くはないかもね。でも優しくはしてるつもりなんだよ、ってミサカはミサカは凹んでるアナタを慰めてみたり。」
「ミサカたちはね、9千人もいるんだよ。そして1人1人アナタに求めることはてんでばらばらになりつつある。いくらアナタでも全てのミサカたちの欲求を満たすことはもう、できなくなりつつあるよ、ってミサカはミサカは悲しい真実をご報告。」
一方通行も、そのことはよく理解していた。同じ妹達でありながら全く異なる嗜好を持つ番外個体と出会って、それを更に強く感じるようになった。
彼女らが1人1人違う人間であるというのなら、「纏めて救う」などという都合のいい言葉は意味を為さない。9千人を纏めて一度で救うことと1人を救うことを9千回繰り返すのはまるで意味が違う。打ち止め1人ですら未だ完全に救えてはいない自分にそれを成し遂げることができないだろうことも、よく知っていた。
「そもそもね、ミサカたちも分かってるの。」
「ミサカたちがアナタに求めるのはね、恨みとか怒りとかそういう気持ちからではなくなってきている。」
「ミサカたちはね、死んだミサカをダシにして自分勝手な要求を押し付けてるだけ。アナタの罪悪感につけ込んでるだけなの、ってミサカはミサカは自分で言いながら凹んでみる。」
「…それでも俺は、オマエらがいてくれてよかったと思うよ。」
堪らずに胸に飛び込んできた彼女を受け止めて、一方通行はその柔らかい髪を撫でた。この少女がいるから、例え過去の記憶に苛まれてもあの実験をなかったことにするつもりはないと、一方通行は決めていた。
幼い少女がそっと彼女の額に触れる。普段はひんやりとした滑らかな額が、今日は少し熱を持っていた。
「アナタ、床に座り込んでないでベッドで横になった方がいいよ。慣れないことして知恵熱出しちゃったんじゃないの、ってミサカはミサカは心配してみたり。」
「知恵熱は単にガキに知恵がつく頃熱を出しやすいってェだけで、頭の使いすぎによる発熱のことじゃねェぞ。」
彼女は自身の体調が悪いことには気づいていたので大人しく従ったが、表情は不満そうだった。それに対して打ち止めはくすりと笑う。布団の中に収まると気持ちが良くて、知恵熱とやらかどうかは知らないが、体調を崩しかけているのは事実なのだろうと思った。
「知ってるよ。でもアナタって赤ん坊みたいなものじゃない?ずっと能力に守られてきて、この間の夏に生まれたばかりみたいなものだよ。だからあまり間違ってないと思うんだけど、ってミサカはミサカは自分の発言を正当化。」
確かにそうかもしれない。彼女を救うために銃弾を受けたあの日まで、自分は人間らしい感情など忘れていた。夢見がちな言葉ではあるが、生まれ変わった、と言っても差し支えないほどには大きな変化を体験したと思う。自分があの日生まれた赤児だとすると、正しい意味での「知恵熱」の発症時期としては少し早めではあるが。
打ち止めは彼女の体を覆う布団を確かめるようにぽんと一回叩いてから立ち上がった。ドアを開けると薄暗い一方通行の私室に廊下の暖かい光が差し込んで、床に打ち止めの影が色濃く映った。
「ふははは、ミサカたちは9971人でそれぞれ悩んだんだからね!アナタは1人で9971人分悩めばいいのだ!ってミサカはミサカは高笑い。」
最後にドアに手を掛けたまま、重苦しい空気を誤魔化すように彼女は甲高い声で言った。一方通行は横になったまま、眩しい廊下に向かって目を眇めつつ応じる。
「そォすりゃオマエらは満足すンのかよ。」
「んー、満足には程遠いけど胸が空くくらいの気分には浸れるかもね。じゃあね、ってミサカはミサカはドアを閉めてみる。」
そうしてゆっくりとドアが閉められた。
「お、末っ子回復したか?ってミサカはミサカはお姉さん面。」
廊下で番外個体と行き合って、打ち止めは小さな体を仰け反らせるようにして言った。
MNWは現在混乱している、言わずもがなどこぞの第七位の少年のせいで。一番末の妹である彼女はその煽りを受けて暴走するのを通り越して暫く機能停止していたのだ。
「いやー、まだちょっと万全とは言い難いねー。アンタよく元気だね、パニックになってるMNWの管理で結構手一杯じゃないのー?」
「んー、それほど負担は感じないなぁ。MNW大分落ち着いてきてるよ、番外個体が好きそうな流れになってるけど?ってミサカはミサカは真偽不明なこと言ってみたり。」
「何ソレ、末の妹を嵌める罠?それとも親切心?」
「さぁ?ミサカ知―らない、ってシラを切ってみたり。」
【緊急】第七位がセロリにプロポーズ【速報】
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14510
うわああああんヽ(`Д´)ノ
もういい、第七位を殺して俺も死ぬ!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka13401
もちつけ春厨
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19900
そうそう、セロリが幸せならそれでいいじゃんか
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14510
俺そんなふうに考えらんないもん
何でおまいらそんな落ち着いてんのさ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19900
何つーかさ、こんな遠くにいると仕方ないじゃん
お近づきになることなんて難しいし
俺以外のやつと仲良くしてるんだったら
それはもう第七位でも他のミサカでもどうでもいいし
だってそれは俺じゃないもん
誰かと幸せにやってんならそれでいいかなって
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14510
俺無理だもん
セロリに捨てられたら死んじゃうもん
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
セロリたんに放置プレイしてもらえると聞いて
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
おまいはいいから黙ってろよ
今失恋した14510号慰めてんのにさ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
っていうかさ
例えばセロリと第七位が結婚したとしてもさ
それとミサカたちが捨てられたってことはイコールじゃないだろ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14510
でも一番じゃないじゃん
俺一番じゃなきゃやだ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
ガキみたいなこと言ってんじゃねーよ
おまいだって上条は尊敬してるだろ?
じゃあおまいの中で上条とセロリどっちが一番だ?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14510
上条とセロリは違うもん
どっちが上とかないし
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
セロリも一緒だよ
第七位と俺達がどっちが上とか
そんなの考えてないだろ
第七位がいたってきっとおまいのこと大事にしてくれるし
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19090
あー
何かそれは分かる気がする
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
セロリたん第一位様だからな!
第七位もミサカたちも纏めて抱えてくれるだろ
そしてゆくゆくは3Pを……
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
おまいたまにまともなこと言っても
最後で全部台無しにしていくよな
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
それより俺はセロリと第七位が心配だよ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka18022
心配って何が?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
何かまともにデートできなそうじゃん
おまいら想像できる?
キスプリ撮ったり恋愛映画見たり観覧車乗っちゃったりするセロリと第七位
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14510
Oh...
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
Oh…
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19090
Oh…
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
俺の妄想力をもってしても無理だった
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
20000号にできないって相当だな
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19900
何か初デートで地獄の黙示録とか見そう
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14510
んなもんどこで上映してんだ
と言いたいところだが何か気持ちは分かる
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
こないだアイツ白いリボン見てたぜ…
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
何その酷いチョイス
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
その前はイングロリアス・バスターズ見て
結構グロいなァとか呟いてた
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka18022
おまいのがグロい
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
いや全くもってその通りなんだけどさ
ミサカが言ったら絶対セロリ凹むからさ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
っていうか映画談義スレになってんじゃねーよ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
ああ何だっけ?
セロリと第七位がまともにカップルらしくできるか不安
だっけ?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14510
そんなんだったかも
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
俺らがアドバイスしてやるしかないな
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
おまいが言うと不安しかない
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
というわけでスレ立てた
【安価】セロリと第七位にちょっかい出すスレ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14510
安価スレじゃん!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
しかもちょっかい出すって
アドバイスじゃねーじゃん!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
いやこう
時に優しく
時に厳しく
時にやらしく
みたいな?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka12083
みたいな?
じゃねーよ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
どう考えても最後のが本命だろ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:MisakaXXXXX
ぎゃはは!
何それウケる!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
お
末っ子じゃないか
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:MisakaXXXXX
いいよいいよ
そのスレで安価踏んで第一位に嫌がらせしてやろーよ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka18820
運営に妨害されるんじゃね?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:MisakaXXXXX
今訊いてみたら別にいいってさ
犯罪にならない範囲でなら
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
Oh…
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka12053
運営もあの2人には思うところあるってことか
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
運営のお墨付きなら仕方ねーな
末っ子みたいにちょっかいかけたい奴はそうすりゃいいし
応援したい奴は応援すればいいんじゃね
ただし安価以外のことはしちゃいけないってどーよ?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
そのスレで安価踏まない限りは
セロリと第七位にちょっかいかけちゃいけないってことか
それならある程度秩序保てるんじゃね?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
そしてゆくゆくは俺とセロリたんで禁じられた遊びを……
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
俺らとセロリって
ある意味あの映画に近いことは既にやっているぞ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
20000号が意図してることは全く違うだろうがな…
そうしてその日、『【安価】セロリと第七位にちょっかい出すスレ』が誕生した。
えーっとですね、何が言いたいかってことですけどね、ぶっちゃけこの後の流れあんまりしっかり考えてないんですよ。クリスマスとか、年越しとか、バレンタインとかのイベント事については書きたいエピソードあるんですけどね。
ってことで読んでる方々からリクエスト受け付けようかなーなんて>>1は>>1は考えていたり。
・安価ではありません(話の中では妹達による安価として扱われますが)
・完全にリクエストにお応えするとは約束できません(予定しているストーリーと矛盾しそうだったり、あまりにもこの話の雰囲気に合わなそうだったりしたらスルーします)
ってなわけでご応募はこちら↓↓↓
misaka.20000@sisters.co.jp
因みに次回はお風呂でばったりの予定です。お楽しみに!
あ、念のため言っておきますけどメルアドは嘘ですからね
コメントあったのでこのSSにおけるミサカたちについてちょっと説明します。
意外かもしれませんが、このSS内のミサカにも上条派はいます。
全ミサカが共通して持っているのは「一方通行は自分たちの所有物」という感覚です。各個体で所有物に対するスタンスは全く異なります。
だから上条派の個体などでは上条を好きな気持ちと一方通行を好きな気持ちは全く別物として両立されています。
親しい友人や姉妹のような感覚、或いは古い友だちのような感覚(遠くに住む個体はこれが多いです)、もうちょっと強い感情を持っていたけれども既に諦めつつある個体(打ち止めがほぼここに当てはまります)あたりが多数派で、番外個体や14510号のように現在も強く固執している個体はむしろ少数派です。
ただ、全ての個体が「ミサカと一方通行の関係は何があっても切れない」と信じています。どうやら必ずしもそうでないらしいと不安になってきている、というのが今の状況です。「彼氏ができた友達の付き合いが悪くなったらキレる」みたいな感覚が一番近いかもしれません。
姉御の感覚は『仲のいい姉妹』あたりです。今回上げたMNWネタでもこっそりと比較的落ち着いた発言をしています。ただ実のところ完全には割り切れていないので、何かあると番外個体のように爆発する可能性があります。
北欧についてはどういうスタンスで行こうか考え中です。そもそも出せるかどうかも分かりませんが。
20000号は歪みない変態で、一方通行がどんな行動に出ようとエロ妄想にすり替えられます。ある意味器がでかいです。
変態とか春厨は小出しで使いやすいんですが、ドMは難しいですよね。セリフ一言二言でキャラを出し切れないと思う。あと>>1自身が重度のドMなので多分趣味に突っ走って二度と削百合に戻って来れなくなると思う。
というわけで本日はお風呂でばったりです。
「あれ、アイツからメール?」
翌日の朝、削板は一方通行からのメールを受信した。しかしその文面は明らかに彼女が打ったとは思えない。と言うか具体的にはどこぞの誰かが彼女の携帯を使って勝手に打ったメールという風にしか思えなかった。
(何か茶色いアホ毛が見える気がする…)
嫌な予感がしないでもない。どうして、と訊かれると何とも言えないのだが、こういう勘は比較的当たる方である。
しかしながらメールの内容が本当であったら心配だ、と思い直していそいそと彼は家を出たのであった。
『はいはい、どちら様ー?ってミサカはミサカは応答してみたり!』
ファミリーサイドのエントランスで黄泉川宅の部屋番号を押して呼び出すと、明るい少女の声が響いた。そんなことをする必要はないというのに、インターホンの向こうでそれなりに大きな声を張り上げているらしい。自身の名前を告げると自動ドアが開いて、入るように促された。
女所帯に上がり込むのは抵抗があるのだが、いつぞやは玄関先までは入ってしまったし、少しくらいならまあいいか、と先へ進む。部屋の前まで行くと勢いよくドアが開いた。
「よかったー、間に合った!ってミサカはミサカは喜んでみたり!」
「アイツが熱出したって聞いたけど。」
「そうなの。だけどミサカたちこれから出かけなくちゃいけなくて、ソギイタ、その間あの人のこと看病していてくれない?ってミサカはミサカはお願いごと。」
看病なぞしたことがないのだけれど、と断ろうとした瞬間にいつか番外個体と一緒に歩いていた女性が姿を現した。いかにもこれから急いで出かけます、といった様子である。
「ごめんなさいね、急にこんなこと頼んでしまって。お礼はするし、頼まれてもらえないかしら。」
そう言うと彼女らは慌ただしく出て行ってしまって、削板が断る間もなかった。
二人は玄関を開けっ放しで出て行ってしまった。誰もいない廊下がぽかんと口を開けて彼を待ち構えている。
「………。」
人の気配はない。熱を出している一方通行が一人で留守番することになってしまったようだったから、広い家の中ががらんとしているのも当然だろう。
女の子が一人で寝ている家に男なんぞが入っていいものか、非常に躊躇いはあったが、だからといって病人を放っておくのも気が引ける。空き家に入るような後ろめたさを感じながら、削板は靴を脱いだ。
「お邪魔します……。」
無意識に声を潜めながら自身の訪問を告げる。これでは本当に空き巣と変わらないのではないか、という気がしてくる。
そしてふと気づく、重大な事実。
(アイツどこで寝てるの?)
彼女の自室がどこにあるかなんて知らない。以前この家に入ったときには玄関先でやり取りしただけで、上がり込むことはなかったのだから当然である。
そもそも一方通行の自室に入り込む時点で若干の抵抗があるのだが、間違えて他の住人の部屋に入ったりしてしまったらもう、どうしたらいいか分からない。手当たり次第目についたドアをノックをして、反応が返ってくるかどうか確かめればいいか、などと考えたところで廊下の向こう側から声がした。
「おい、クソガキいるかー?」
彼女の声である。少し声を出しにくそうにしているが、思ったより元気そうだと削板は安心した。ほっとして声のした方に近づくと、彼の目の前で1つのドアが空いた。
「いるンじゃねェか、呼ばれたらさっさと来いよ。」
そうして姿を見せた彼女は一糸も纏わぬあられもない姿をしていた。
全裸。素っ裸。ちょっと品のない言い方をするのであればマッパ。ぼかした言い方をするのなら生まれたままの姿。
そんな姿を晒している張本人にちょっとどうかと思うくらい惚れ込んでいる男子高校生にはあまりにも刺激が強すぎた。
「きゃー!!!」
「え、叫ぶの俺じゃねェの?普通。」
叫びながらその場に腰を抜かした削板に対して、彼女は隠す素振りもなく堂々と立って応対した。もういっそ男らしいと言っても差し支えないレベルの立派な立ち姿であった。全裸を異性に見られて恥ずかしいとかそういう感覚はないらしい。全裸の変質者を目撃して恐れ慄く女子高生、といった感じの光景ではあったが、何故か悲しいことに性別は逆転していた。
「お願いだから隠して!何で平気そうなんだ!!」
「研究で全裸なンて見られ慣れてるかンなァ。」
「俺!研究員じゃないし!!思春期の男子高校生だから!!!」
「そォ言いながらばっちり見てるオマエは何なンだ。」
冷静に突っ込まないで欲しい、男には色々あるのだ。ああ夢に出そう、って言うか絶対出る。と思いながら、削板は這々の体で脱衣所らしいドアの向こうに彼女を押し込めた。よろよろとドアの前に座り込んだら、ちょうど彼女をドアの向こうに閉じ込めるような状態になった。彼女の力では押し返せないのだろう、ドアを開けようとノブを回す気配すらしなかった。ドアの向こうからくぐもった声が聞こえる。
「何だよ、ヘタレ。」
「もうヘタレでも何でもいいから服着て…。」
あれ?日本語通じてない??服着なくちゃいけないのって当たり前だよね、何でアイツ裸であんな偉そうなの、意味分からない。混乱しているのについさっき見た素肌が脳裏に焼き付いて離れなくて、ますます彼を混乱させた。
「その服がねェンだよ。風呂入る前に着てた奴は今洗濯中だし、部屋まで行かねェと下着すらねェンだけど。オマエ部屋から取ってきてくれねェ?」
「男に下着触らす気か!!」
母親も知らない彼は、女性の下着など触ったこともない。店で売っているのを横目で見ることさえ後ろめたいものを持って来いとはハードルが高いにも程がある。自分も熱を出して寝込みそうだ、と彼は思った。
「俺に寒い廊下歩けってェ?熱出してるのにィ?」
「うぐっ……。今し方全裸で廊下に仁王立ちしてたくせして…。」
言い方はいつも通りの厭味ったらしい口調だが、その声にはどこか覇気がない。弱ってる彼女など彼ほど付き合いがあってもほとんど見たことがないものだった。相手は面白がってからかっているのだろうが、分かっていても彼女を守ってやりたいなどと四六時中考えている男には頭がぐらぐらするほどの衝撃だった。
本当に俺が着替えを用意するしかないのか?と彼が本格的に悩み始めた頃、彼に救いの手を差し伸べる人物が現れた。
「一方通行、さすがに意地が悪いかと思いますが、とミサカは第七位に助け舟を出します。」
脱衣所の前のドアに背中を押し付け、腰を抜かしたまま頭を抱えていた削板に声を掛けたのは常盤台の制服を着た少女だった。どこかで見た顔だな、と呆けたような顔を考える。相当の衝撃を受けた彼の脳みそはまともに働いていなかった。
「この場合、お久し振りです、と言った方が適切なのでしょうか。このミサカは妹達検体番号13577号です、とミサカは名乗ります。」
「助かった…、えっと13577号だったな、ありがとう。」
結局あのあと13577号が一方通行の替えの服を用意し、彼女に着せた。一方通行が「つまンねェの」と愚痴ったので、熱あるのに娯楽のために文字通り体張ってんなよ…、と彼は脱力した。元から人をからかうのが好きなところはあったかと思うが、ここまで酷かったかな、と溜息を吐く。
「何で昼間っから風呂入ってたんだよ。」
スポーツドリンクの蓋を開けて彼女に手渡しながら彼は訊く。彼女を責めるような言い方だった。
「汗かいて気持ち悪かったンだよ。普段から風呂の時間なンて適当だしなァ。」
今、一方通行と削板、13577号は一方通行の私室にいた。最初は「女の子の部屋に入るなんて」と抵抗を覚えていたが、一糸纏わぬ姿を見たあとだとそんな些細なことはどうでもよくなった。「今あの人お風呂入ってるからね」ぐらいの一言はかけてから出掛けて欲しかったな、と慌ただしく家を出た少女を思い出す。
殺風景な部屋である。本棚には本がぎっしりと詰まっていたけれど統一性はあまりなくて、趣味のものと思われるような道具や小物類などは全く見当たらなかった。本棚の隙間や机の上にぽつぽつとキャラクターグッズが置かれていて、多分彼女が置いたのではなく、打ち止めが置いたのだろう、と思った。
「つゥか、オマエらは何しに来たわけ?」
「俺は打ち止めに留守の間オマエの看病しててくれって頼まれた。オマエの携帯から俺を呼びつけるメールが送られてきたから履歴残ってると思うぞ。」
「MNW内に『【安価】セロリと第七位にちょっかい出すスレ』というスレが立ったのですが、そこでミサカが安価を踏んでしまい…2人にちょっかい出して来いと言われてしまいました、とミサカは正直に答えます。」
「うン、そっちの未だに赤面してる馬鹿はいいとして、オマエは正座な。」
ベッドに横になりながら一方通行は言った。先程は案外元気そうに見えたが、多少無理していたらしい。今はぐったりと力なく布団に包まれていた。少しぼんやりとした表情は彼女をいくらか幼く見せた。
「まぁまぁそんなことは言わないで、ミサカはベランダに隠れて観察してるのでお二人仲良くどうぞ、とミサカはお見合いの仲人みたいなことを言ってみます。」
「いや、見合いの仲人は監視カメラと盗聴器を使った本格的な観察はしねェと思うぞ、多分。」
一方通行の言葉を無視してガラス戸を開けようとする背中に、今度は削板が声を掛けた。
「あ、ちょっと待ってくれ。」
「何でしょう、第七位?とミサカは立ち止まって振り返ります。」
「お前、10月に俺を手助けしてくれた奴だよな?」
戦争直前の頃か、金髪で何だか印象に残らない男と一戦交えたことがあった。わけの分からない力を使う男で、超能力とかではなく、或いは自分の力のような一般的な科学の範疇にはない能力だったのだろうと思うが、そんなことに興味はなかった。
ただそのときに9人の全くおんなじ顔をした少女と出会って、彼にとってはそれが運命の出会いのように思えたのだった。
「そうですよ。だから最初にも「お久し振りです」と声を掛けたわけですが、とミサカは答えます。」
それがどうした、と言わんばかりに無感情に応対する13577号であったが、削板はそれを気にした様子はなかった。そういう性格でもなければ一方通行と付き合いを続けることはできなかっただろうけれど。
「ありがとな、嬉しかった。」
「礼を言われる筋合いはありません。礼ならミサカたちに出動要請をかけた人物から既に受け取っておりますし、第一、あなたの保護に関してはミサカたちは全く力になることができませんでしたから、とミサカは感謝を拒みます。」
「それでも、ありがとな。俺がもうちょっとしっかりしてれば、お前たち怪我なんてしないで済んだんだろ。お前、右の脛のところ怪我しただろ、最後まで頑張ってさ。」
削板が極々当たり前のように言うのに、13577号は目を瞠った。ベッドで横になったまま二人の様子を見守っていた一方通行も少し驚いた表情をする。
「……第七位は、ミサカが9人の中最後まで戦っていて、右足を怪我したミサカだと分かるのですか?ミサカたちの区別がつくのですか…?とミサカは驚きを隠せずに訊ねます。」
「え?いや、ちゃんと分かるぞ?そりゃそうだろ。」
彼は当たり前のように言ったが、ことはそんなに簡単ではない。比較的彼女らと接触のある上条であっても、ゴーグルを取ってしまえば妹達同士どころか妹達とオリジナルの区別すらまともにできないのだ。彼女らを生み出した研究者の一人である芳川桔梗でも彼女らを外見的に識別することはできない。彼女らを瞬時に識別する、というのは一方通行のみに許された特殊技能といっても差し支えなかった。
「ミサカたちを瞬時に判別できるのは一方通行とミサカたち自身くらいのものです。ミサカを作った研究者たちですら外見での区別はできません、とミサカは悲しい現実を述べます。」
彼女は姿勢を正してゆっくりと頭を下げた。
「ミサカの方こそお礼を言わなければなりません。ミサカを他の誰でもないミサカだと気づいてくれてありがとうございます。とミサカはミサカを代表してお礼を述べます。」
「アイツ…ベランダで観察するとか言ってたのに帰っちゃったけど?」
「どォせ盗聴器とかカメラとか仕掛けてあるから心配しなくていいぞ。」
「いやそれ逆に心配なんだが。」
ベッドで横になった彼女はほんのりと顔を赤くして、ぼんやりとした表情をしていた。熱のせいで判断力があまりなくなっているのか、元々気にしない性格だからか、監視されているかもしれないということを嫌悪する様子はない。しかしながら彼もあまりそういうことを深く考えないたちであったので、その話はそれっきりにした。
「お前が病気してるなんて変な感じ。」
顎のあたりまで毛布で覆われた彼女を見て、ふと思う。自分も病気知らずの人間だったからあまり気にしたことがなかったが、そういえば彼女が寝込んでいるところを見たことがなかった。
「能力使い放題だった頃はそォいうのも全部能力で賄ってたからな。まともな免疫力なンざねェらしい。」
「そんなことなら最近寒いのに色々連れ回って悪かったな。」
「別にオマエのことがなくたって、この冬の間に一回ぐらい風邪ひくだろォとは思ってた。気にすんな。」
体調管理には気を使ってるが、暗部生活中にはそれどころでもない日などもあった。あの頃の無理がたたって今こうして体調を崩しているのかもしれないが、今でよかったと思う。四六時中命を賭けているようなときに体調を崩したなら大変なことになっただろう。
「免疫だけじゃねェ。消化器とかホルモンバランスとかそォいうの全部今までまともに使って来なかったツケが回ってきてる。まさかこの歳になって第二次性徴体験するとは思わなかった。」
今になって、自分の体が普通の人間と変わらない作りをしていることに気付いた。能力が万全だった頃には誰も彼もが自分のことを化け物扱いしていたから、人とは違う作りをしているのかとぼんやり思っていた。よくよく考えたらそんなはずはないのだが、でもそう言われたら納得してしまいそうになるぐらい、彼女は普通の人間からはかけ離れていた。
食事もするし、睡眠もとる。無理をすれば体調を崩す。今更になって自分にも人並みの生殖能力が備わっていることにも気付いた。
「お前、子供とか産んでみたいのか。」
「分かンねェ。血の繋がってる人間なんて俺知らねェし。」
気がついたときには天涯孤独の身の上だった。血の繋がった相手に対して抱くような親しさや慈しみや近しさなんて知らない。きっと一生知らずに死んでいくのだと思ってた。自分と血の繋がっている生き物なんて想像するのも気持ち悪い、と思っていたような頃もある。今ではそこまで酷くはないが、でも想像することすらできないのは変わっていなかった。学園都市にいると、親子などあまり見かけないのも想像することができない理由の一つだと思う。
「でも、家族みたいのは欲しいかもしンねェ。」
別に血が繋がってなくてもいい。今暮らしているこの家のような、帰る場所を自分自身の力で作りたいと思うようなことがある。そこまではっきりとはしていなくて、子供の夢のように曖昧なのだけれど、人並みにそういうものに対する憧れは持っているらしかった。
「うん、一緒に作ろうな。」
何の屈託もない笑顔で言われたものだから、一方通行は驚いた。子供が明日も遊ぼうね、という約束をするくらい簡単に気軽に。この街で、自分たち超能力者がどれだけのものに縛られて生きているのか知らないわけでもないのに、簡単に言ってしまえる彼が羨ましくもあったし、厭わしくもあった。
「昨日の今日でまたプロポーズかよ。」
一方通行はうんざりとした様子で言ったが、それに対して削板はあっけらかんとした表情で答える。なんで責められているのか分からない、といった様子だった。
「え、だってお前が忘れないように俺が頑張るんだろ?」
「別に毎日プロポーズしろってンじゃねェよ。忘れさせない方法って色々あるだろォが。オマエ4年の間に何回プロポーズする気?」
「?101回は確実に超えるな。」
「武田鉄矢もびっくりだわ。」
そんなに言われたら却ってこの男を嫌いになってしまいそうだ、と静寂を尊ぶタイプである彼女は思った。そもそも第一位の彼女は、興味のないことに対してですら物忘れなど滅多にしないのだから。
「トラックの前に飛び出したらオッケーしてくれるのか?」
古いドラマで自分は死なないと言いながら体を張った男。この男が死んでしまったら自分はどうなるのだろう。殺してしまったかと思ったとき、自分はどんな気持ちだっただろうか。思い出したらまた能力の暴走でも起きそうな気がして、彼女は彼の質問をまともに受け止めることをやめた。
「…トラック運転手が無事かどォかだけが心配でそれどころじゃねェと思う。」
「毎日言ったって別によくないか?それともお前って結構プロポーズとかに夢見てる方?」
プロポーズは一回きり、それに加えてその一回でばっちり決めて欲しい、という女性心理があるのは何となく分かる。超電磁砲とか正しくそういうことを考えるタイプだろう。だけれど一方通行はそもそも自分がそんなものを受ける日が来るだなんて想像もしていなかったから、理想のプロポーズなんてものも考えたことがなかった。
「どっちかってェとオマエの方がそォいうタイプだろォが。安売りしてンじゃねェよ。」
「高く売ったってお前に買い取ってもらえないんじゃ意味ないからなー。安売りでも何でもお前に買ってもらえるならそれでいいよ。」
彼はさらっと言ったが、その言葉に隠された裏の意味に気付かないほど彼女は鈍くなかった。暗に彼は『お前に頷いてもらうためなら何でもする』と言ったようなものだった。この頑固な男がそう決めたのなら、諦めるなどという選択肢は存在しないのだろう。決定的な選択などしないでのらりくらりと逃げて、それでも彼と一緒にいられたらいい、くらいに考えていた彼女は寒気に似たものすら感じた。
「オマエって、結構怖いのな。」
もしかしたら自分は押してはいけないスイッチを押してしまったのかもしれない。熱に浮かされて朦朧とした頭で、一方通行は昨日の自身の行いを反省した。
今日はここまで。
百合子ちゃんのおっぱいはつるぺたもいいけど、胸板薄すぎて目立たないだけで人並みにはあったりしても萌えると思うんだ。要するに百合子ちゃんのおっぱいなら何でも萌えられるんだ。でも無毛地帯は譲れないんだ。
乙
気がむいた時でも
10033号ネタたのんま~す
とりあえずこのソギーは
エイワスの目の前で武田鉄矢を
やってほしいな
何で自分が心理描写を書くと漏れなく全キャラヤンデレ化するんだろうな…と悩んでいる最中の>>1ですこんにちは。
誰も彼もヤンデレ化する傾向は理解していたのでソギーの心理描写はなるべく入れて来なかったのですが、ここまで話が進むとソギーの心理状態を無視するわけにも行かず…。最早オリジナルキャラと化しつつあります。
一応弁明するとソギーはヤンデレではなく「あることに対して焦り・不安を感じている」状態です。その原因が取り除かれればごくフツーの男の子に戻ります。その辺りは次回投下分で。
>>317のシチュエーションが個人的にツボったのでプチ投下
この話はバトルとか陰謀とかそういうの全く想定してないので、アレイスターとかエイワスとか出しようがないんですよね。なのでこういうところでギャグっぽく処理しちゃいます。
<最終決戦的な状況だとお考え下さい>
彼女はただ一人、大切なものを守るためにそれに立ち向かった。
誰にも告げず、誰にも知られず、誰にも迷惑をかけず。嘗て何度も敵対したり、或いは協力したりしてきた幻想殺しを持つ少年にすら頼ることなく、彼女はそれに向かい合った。
『ドラゴン』
或いは『エイワス』と呼ばれる存在。
誰かが傷つくのも、何かを失うのも、もうこれ以上見たくなかった。そんな思いをするのは自分一人でいい。
そう決心したはずなのに、彼女を庇うように現れた少年を拒むことができなかった。
「ほう、美しいね。人間の男女の情というものはいつの時代もいいものだ。」
エイワスからは殺意も敵意も感じられない。ただ、エイワスの興味が自分から彼に移ったことに一方通行は気がついた。にげて、と子供のように呟いた彼女を安心させるように、彼はそっとその柔らかな髪を撫でて笑った。
「俺は死なないから。」
彼のその言葉を聞いて、エイワスは勘定があるとも思えないその顔をにやりと歪めた。
「…うむ、実に面白い。甚振り甲斐があるというものだ。」
その瞬間、彼は大量の血を流してその場に倒れ伏した。
あらゆるベクトルを観察できる彼女にすら何が起きたのか分からなかった。ただ、倒れ伏した彼に言葉もなく駆け寄った。脚をもつれさせながら倒れた彼の側に座り込み、その体に触れる。彼に触れた自分の手を見ると生ぬるいべっとりとした赤黒い血に塗れていた。彼女は自身が汚れることも厭わずその手で顔を覆った。
体の中から沸き上がるものがある。
怒りか、悲しみか、憤りか。その正体は彼女にも分からなかったが、彼女の細い体に収まり切らないほどに膨らんで、黒い翼となって吹き出した。
「ihbf殺wq」
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10801
ってのが次の新刊のネタなんだけどどう思う
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka11801
801じゃねーじゃん
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka12801
腐ってねーじゃん
しかもシリアスかと思いきや
最後のihbf殺wqでふいちまったじゃねーか
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka13801
別に腐ってなくってもいいんだけどさ
俺、百合でも薔薇でもノーマルでもいいし
ただそもそも第七位×セロリとか銘打ってんのに
恋愛模様どころかがっつりバトル展開は
さすがに表紙詐欺ではないかと
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14801
いいから上一(♂)持ってこいよ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka15801
いや一(♂)上だろ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka16801
おまいら分かってないな
至高は垣一(♂)だと何度言ったら
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17801
そこで大穴の木原×セロリ(♂)
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka18801
って言うかもう男体化セロリ総受けでよくね?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19801
夏コミはそれでアンソロ作ろうぜ
以上「【下三桁801】BL総合スレ【限定】」よりお送りいたしました。
このスレの一方さんが♀なので、「わざわざ男体化してBL妄想に耽るミサカ」という面倒くさい状況になってしまった…
BL苦手な方ごめんなさい(てへぺろ)
何だよ皆BL好きなんだなと思った>>1です今晩は。駒一は初耳でした。乙一に関しては念のため調べましたが『乙』の字を名前に持つ男性は禁書キャラにいないような気がします。調べて何をしたかったんだろう、自分。
この下三桁801限定スレは今後も度々登場する予定なのでお楽しみに!
【安価】セロリと第七位にちょっかい出すスレ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10039
おい13577号
おまい何帰ってきちゃってんの
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
第七位に見分けてもらえて嬉しくなっちゃったんだろ
ミサカの風上にも置けないぜ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka13577
いやおまいらだって盛り上がってたじゃねーか!!
大喜びだったじゃねーか!!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
熱に浮かされてるセロリたんprpr
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19090
おまいまじ黙ってよーぜ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka13577
そもそも俺セロリ派じゃねーし!
別に第七位にセロリ盗られてもいいし!!
おまいらと違って空気読めるから
いちゃいちゃしてる二人に気を遣っただけだし!!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
まあ監視カメラはちゃんと機能してるし
暫く様子見でいいんじゃね
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
セロリたんの全裸生で見たいよー
第七位ウラヤマシス
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19090
いやほんとおまい黙ってよーぜ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
でも男子高校生には刺激が強すぎないか?
あの状況で襲わないって第七位ちんこついてないんじゃね
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10033
でも第七位ってデカそうじゃね?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
心底どうでもいい
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
そんなことどーでもいいから
第七位とセロリの様子観察しよーぜ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14510
………今子供産むとか言ったか?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
落ち着け春厨
聞き間違いだ
俺達の空耳だ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
いや
俺にも確かに聞こえたんだが
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14510
いやーーーーーー!!!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19900
もちつけ春厨!
傷は浅いぞ!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14510
浅いわけあるか!
致命傷だよ!!
オーバーキルだよ!!!
いやーーーーーー!!!!
俺のセロリたんがどこぞの誰かの子種で妊娠なんて
いやーーーーーーーーーーーーーー!!!!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
誰か近場の個体
春厨が死なないように体抑えろ!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
妊娠セロリたん
…
……
………
ありだな
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10039
おまい一度死のうか
この春厨の一大事にそれはねぇよ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19090
いやでも俺も
セロリの子供見てみたいかも
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14440
おまい何言ってんの
ダイエットのしすぎで頭おかしくなったか
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19090
いやだって俺らって
妊娠とか出産とか赤ん坊とか見たことないじゃん
興味ない?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
そういうことなら分からなくもないが…
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
俺らは多分自分でそんなことできないだろうしなー
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
見せてもらうにしたって
お姉さまとかセロリくらいしかいないか
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19090
俺らこんな生まれじゃん
普通に夫婦の間に生まれてくる子供見たいって
そんなおかしいことか?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
いやまあ分かるわ
それが第七位とセロリの子だとか
そういう具体的な想像は置いといて
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
生まれたては猿みたいな顔だとか言うよな
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10039
3kgくらいなんだろ
触ったら柔らかそうだよな
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19900
ネコみたいに俺ら避けられんのかな
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka18264
俺らみたいなやつでも笑いかけてくれないかな
「………寝ちゃった?」
頼まれて替えの冷えピタシートを取りに行っている少しの間に、彼女は安らかな寝息を立て始めていた。生まれたての赤児のようなささやかな寝息だった。
起こしては悪いかと思い、そっと前髪に隠れた額に触れる。滑らかな白い額に触れるとほんのりと熱くて、そう言えばこんなに熱を持っている彼女に触れるのは初めてだった。いつも彼女の体は冷え切っていて、「生きている」という感覚に乏しかった。それが今は熱を出して、か細い息をして、汗をかいて、正しく「生きている」。
体調の悪い彼女に却って安心するという状況に後ろめたさを感じて、その気持ちを隠すようにさっと替えのシートを貼って彼女の寝顔から目を逸らした。彼女が起きる様子はなかった。
(また、困らせちゃったな)
(ただでさえコイツ、今病人なのに)
毎日のようにあんなこと言われたって鬱陶しいだけだろうに。だけれど、そうでもしないと不安が拭い切れない。再会した当初には酷く距離を感じた関係も、1ヶ月足らずで従来と変わらぬほどに改善した。だというのに何かが不安で、何かに対して焦っている。
(どうやったら、コイツを一人にさせずに済むんだろう)
ふと彼女が、4年前のようにふらりと何処かへいなくなってしまいそうな気がして怖かった。無理矢理に繋ぎ止めたいだとか、そこまで独善的なことを考えているわけではない。ただ、一人で悩んだり、全て解決しようとしたりしないで、自分を頼って欲しかった。
別にプロポーズなんて大それたことしようだなんて考えてなかった。ずっと彼女のことは好きだったし、これからもきっとそうだと思う。だけど彼女がそれを想像できないのと同じように、彼もまた、自分が家庭を持つということをイメージできなかった。彼らが持つ家庭のイメージというのは、幼稚園児のままごとよりも漠然としていた。
彼女が「プロポーズみたいだ」なんて柄にもないことを言うから、それに託つけて約束したかった。「一人で無理をしない」って、そう言って欲しかった。プロポーズってきっとそいう約束なんだろうな、って思ったらそれがどうしても必要なことのように思えた。
でもきっと言葉の約束なんて意味がない。この少女はきっと必要だと判断すればどんなに大切な、宝物のような約束であっても断ち切ってどこかに行ってしまうから。
だけどきっと彼は彼女を追いかけることをやめられない。それが幻だと知りながらも逃げ水を追いかけるように、恋を知ってしまった少年は喉の渇きを忘れられない。
(もうやだ)
(こんなもやもやしてんの俺らしくないし)
色々なことが面倒くさくなって、彼はぽすりとベッドの縁に顔を伏せた。入浴剤かボディーソープか、カモミールのような香りがする。4年前、あの実験に協力するために姿を消した彼女はいつも体から薬品の匂いをさせていたというのに。
単純にカモミールの香りの作用か、それとも彼女が普通の少女のように可愛らしい香りをさせていることにか、彼は少し落ち着いた心境を取り戻した。
ベッドに顔を伏せたまま横目で彼女の方を見ると、寝返りを打った拍子にでも毛布がめくれてしまったのか、彼女の薄い胸がゆっくりと上下するのがよく見えた。そしてふと彼女の心臓の音を聴いてみたいと思った。
一度そういう考えが過ると、それが酷く魅力的で、そして今の自分にとって必要なことのように思えた。そういう考えを思いつくと実行するまで忘れられなくなってしまうのが自分の悪癖だとは分かるのだけれど、既に思考は躊躇いを失くしつつあった。
そっと寝ている彼女の両脇に手をついて、彼女に覆い被さるようにして彼女の胸を見下ろした。さっきよりも寝息がよく聞こえる。自分よりずっと華奢で、薄くって、ちょっと力を入れたら折れてしまいそうな体だった。
ゆっくりと上下する胸に誘われるように、彼は耳を当てた。彼女に重みがかかってしまわないように、触れるか触れないかのぎりぎりのところ。まるで彼女に隠れて悪いことでもしているようで、自分の心臓の音が酷く煩く響いた。
とくり。
とくり、とくり。
小鳥のように小さく震える音が聞こえる。
もっとしっかりとその音を確かめたくて、とうとう彼は彼女の胸に自分の頭を預けた。
「………ン?」
さすがに胸に圧しかかる重みに気づいたのか、彼女が身動ぎをする。むずがるように身を捩る彼女に、彼はそっと呼びかけた。
「百合子。」
「なン、だよ、……軍覇。」
寝ぼけているのか、彼女は古い呼び名に反応した。目を擦る仕草は色っぽいものではなくて、むしろ酷く稚かった。そうしてようやくうっすらと開いた目で、自分の胸に頭を押し付けている少年に気がついたようだった。
「…オマエ、何やってンの?」
「んー?甘えてる、のか?」
「何だそれ。」
彼女が猫でも追い払うようにしっしっ、と彼の目の前で手を振る。しかし彼は頭をごろんと転がして仰向けになり、頭を彼女の腿あたりに移動させただけだった。彼女は一瞬眉を寄せたが、彼のあっけらかんとした表情を見て怒る気もなくしたのか、はァと溜息を吐くだけだった。
「なぁ、もっと名前呼んで欲しい。で、俺にも呼ばせて。」
「そうしたら多分、さっきみたいに変なこと言ってお前を困らせないから。」
何の話だったっけ、寝起きでぼんやりしている彼女は最初彼の言っていることが分からなかった。寝る前にどんな話をしていただろうか、熱のせいもあるのかはっきりと思い出せない。
何だかよく分からないけれど、請われるままに名前を呼んでやった。
「………軍覇。」
彼女が上体を起こしたので、二人は膝枕をしているように見えた。酷く大人びて見える今の彼女は恋人と言うよりは、母親とか姉とかいった存在の方が近いかもしれない。
「うん、百合子。」
「軍覇。」
「百合子。」
「…ぐんは。」
彼女の指が恐る恐る彼の髪に触れる。触れても何が危険がないと分かると―そんなものはあるわけがないのだが、そういうプロセスを踏まないと安心できないのが彼女の性である―ゆっくりと髪の間に彼女の指が入り込んできた。時折確かめるように指の腹で頭皮を押されるのが気持ちよかった。気まぐれに前髪を撫で付けたり、かと思えば逆立てたり、自由気儘な彼女の手が嬉しかった。
「ゆりこ。ゆりこ。ゆりこ。」
「オマエ、ガキかよ。」
「ガキでも何でもいいよ。だから名前呼んで。」
「ばっかみてェ。」
彼女の薄い腹に顔を押し付けて、両腕で細い腰を抱いて子供のように強請る。彼女がくすぐったそうに身を捩るのが面白くって、わざと脇腹をつついてみたりもした。昔馴染みであるはずなのに、不思議とこういうじゃれ合いをした記憶がなかった。
「……ぐんは。」
「うん、ゆりこ。」
特別な言葉などではない、誰もが自分を呼ぶときの呼び名と変わらないはずなのに、その声はとても特別に響いた。そして彼は、たったこれだけのことで自分の中の焦りや不安がいとも簡単に解けていくのを感じた。
次回『ミサカ様がみてる』(略してミサ見て)、お楽しみに!
誤:ミサ見て→正:ミサみて
申し訳ございません。ちゃんと調べたはずなのに打ち間違えた。
今回上げる分は完全にミサカのみです。多分読んでも意味分からないと思います。書いてる自分でも分からなくなってきた。
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14332
春厨の自殺防止に成功
現在絶縁体を用いて拘束してある
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
でかした我が妹よ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10033
ガタッ
拘束と聞いて
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka15110
おまいは呼んでない
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
春厨に気を取られて忘れてたけどさー
このスレの本来の目的ってセロリと第七位の監視だろ?
学園都市の奴ら早くカメラ映像共有に戻ろうぜ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
おまい心の底からスネークなんだな…
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
はいよー
ってか感覚共有とかじゃなくてさ
ニコ生とかユーストとかもっとハイテクなの使った方がよくね?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19900
ハイテクレベルで言えば
俺らクローンのほうが圧倒的に上だろ…
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
あ、セロリ寝た
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
ガタッ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14510
ガタッ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
ガタッ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka18264
ガタッ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
おまいら反応早いなww
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10039
気持ちは分かるけどな
一方派じゃなくてもこの寝顔はぐっとくるものがある
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14332
春厨が感動のあまり言葉もなく涙してるぞww
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19090
おう
春厨監視部隊乙
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19900
てか春厨は拘束されてても
ガタッ
を書き込む余裕はあるのなww
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
お
第七位がセロリの部屋に戻ってきた
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
何か実況スレっぽくなってきたな
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10039
いや
多分元々そういう趣旨のスレだと思うぞ
俺らが忘れがちなだけで
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
第七位…
超見てるな……
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka18264
見過ぎだろ
俺だってセロリの寝顔食い入る様に見たいわ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
これは寝込みを襲うパターン
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10501
おまいじゃないんだからねーよ
第七位は確かにいけ好かんが
そこまで節操なしじゃねーだろ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10039
え
でも
怪しい動きを
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19900
え
今
何が
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka15327
今北産業
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
セロリ昼寝中に
第七位が
不審な行動
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka18264
そ
げ
ぶ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10039
それはおまいの願望だ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
日本時間の午前10:43
第七位が自室のベッドで寝てしまったセロリを発見
第七位はそのベッド脇に腰掛けセロリを観察
そのままベッドの縁に頭を預ける
セロリの体とは一定の距離を保っている模様
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19900
さすがスネーク
落ち着いた解説
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14332
あー
ちょっと話変わってもいいか?
春厨が唇噛みすぎて口の周り真っ赤にしてるんだけど
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
呑気に報告してないで
口にタオルでも詰めてやれよ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14332
両手足拘束の上に口塞ぐって
なんか本格的になってきたなー
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10033
ガタッ
本格的SMプレイと聞いて
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19090
おまいは呼んでない
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
こちらスネーク
第七位に再び怪しい動きが見られる
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka18264
!!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
!!!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14510
こんなの絶対おかしいよ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10501
何つーのこれ
壁ドンならぬ床ドン?
厳密にはベッドだけど
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10801
濡れ場キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10039
おまいの好きなBL じゃないぞ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19900
いやでもBLじゃねーけど
寝てる女の上に覆いかぶさって
ってコレまずくね??
俺らこのまんま見てていーの??
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
おい
第七位って監視カメラあるの知ってるよな?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka13577
俺監視するってちゃんと伝えたつもりだけど
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka15110
さすがの第七位も監視カメラのある中
18禁には踏み込まないだろ…??
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
俺はそんな第七位を応援してる
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10501
どこぞのピンクジャージの真似しても可愛くないからな
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
いやでもこの場合俺らどうすべき?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19090
長女しっかりしろよ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
でも実際問題どうするよ
あの二人が一緒にいるときにはこのスレで安価踏まないと
俺らは手出しができない決まりになってるぞ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19090
非常事態なんだから
そのルール無視してもよくね?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
いやまだイエローカードも出てないくらいだろ
非常事態ってほど確定的な状況でもない
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10501
早とちりしてルール破って
後から運営にお仕置きされんのもやだしなー
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10039
運営今調整中だからMNWに来れないしな
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19900
おい
俺らがパニックに陥ってる間に
第七位がセロリのない胸に頭を押し付けてんだけど
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka18264
ない胸言うな
アンダーバストほっそいから
実はAとBの中間くらいはあるんだぞ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10501
何でそんなこと知ってんの
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14332
とうとう春厨が血の涙を流し始めたんだけど
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19900
何でそんな辛い思いしてんのに
MNW切らないのソイツ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14510
許すまじ…
許すまじ第七位……
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
何かもう一人だけオカルト板みたいになってんだけど
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
こちらスネーク
セロリが起床
18禁展開は免れた模様
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
ちぇっ
つまんねーの
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
おまいホント歪みねぇな
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
ん?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10039
ん??
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
今第七位何つった???
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19090
セロリのこと何て呼んだ????
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
俺の耳が妄想のしすぎでおかしくなってなければ
「ゆりこ」と聞こえたが
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19900
俺にもそのように聞こえたが
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14889
ゆりこって誰
いやこのシチュエーションでは明らかに一人しかいないんだが
しかしゆりこって誰
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10501
姉御すらパニックになり
現実を否定するほどの衝撃を受けている…
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14332
いや何かもう春厨やばいんだけど!!
一条ゆかりが描いたお化けみたいな感じになってるんだけど!!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14510
この恨み……
晴らさでおくべきか………
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10039
何か一人だけ劇画調になってんぞ
春厨いい加減に自分から共有切れよ
運営いないから強制ネットワーク切断もできねぇし
このまんまだとおまいに精神的ダメージが蓄積する一方なんだけど
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10032
って言うか
ホントに
ゆりこって
誰
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19900
だれ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10501
ダレ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10039
ダレ
誰 ダレ 誰 ダレ 誰 ダレ ゆりこ だれ ダレ ゆりこ だれ ダレ 誰 ダレ ゆりこ 誰 ダレ ゆりこ 誰 ダレ ゆりこ だれ ダレ だれ ダレ だれ ダレ ゆりこ だれ ダレ 誰 ダレ ゆりこ だれ ダレ
「ゆりこ」
一方通行の本名を彼女たちは知らなかった。ほんのひと月ほど前に彼女らの上位個体と呼ばれる存在は偶然にもその名を知ることになったが、姉妹たちとその情報を共有することはなかった。本名をひた隠しにする一方通行を慮ってのことでもあったし、その名を知って動揺するであろう姉妹たちを気遣ってのことでもあった。
「10032号、なぜ泣いているのですか、とミサカは訊ねます。」
「19090号も泣いているではないですか、とミサカは鏡を見るような気持ちで言います。」
「だって悲しいんです、とミサカ10039号は答えます。」
「でも嬉しくもあるのです、とミサカ13577号は今の心情を適切に表す言葉を知らないことを心苦しく思います。」
ずっとあなたに会いたかった。
会いたくなかった。
はじめまして。
さようなら。
ごめんなさい。
ありがとう。
大切な恋人と別れるような、生き別れの家族と再会するようなそんな気持ち。
自分たちが執着して、依存して、全ての感情を向けていた『一方通行』なんて生き物はどこにもいなかった。『一方通行』自身が、9971人の妹達が、学園都市の全体が作った『学園都市第一位』という幻。夢の中で初めての恋をした。
「10032号、そんな顔でどこへ行くのですか、と10033号は戸惑いながら訊ねます。」
10032号の目からはずっと一定速度できらきらと光る水滴が零れ落ちていた。機械が量を計りながら流し続けているようで、ドラマなどで見る大根役者の嘘泣きよりもずっと不自然で、きっとまだ自分たちは人間になりきれていないんだろうと10033号は思った。
10032号はMNWを切ったまま何も言わずにふらりと病院を出て行ってしまって、残った個体はぼんやりとその背中を見送った。どの個体も揃って頬を濡らしていて、だというのに表情はいつもの通りの無表情で、前衛芸術の1シーンでも切り取ったようにちぐはぐだった。
「くーるびゅーてぃー、どうしたの?そんな顔をして。」
近くの公園に行ったら修道服の少女が猫を抱えて日向ぼっこをしていた。12月といっても天気のいい晴れた日の昼間は過ごしやすい。猫を抱えていれば寒さもさして気にならないだろう。
「ずっと一緒にいた人とお別れをしたのです、とミサカは失恋を告白します。」
ずっと同じなのだと思っていた。学園都市に作られた存在。親も友人も思い出も感情も持たないで、ただ能力だけが在る。そんな似たもの同士なのだと思っていた。最初から何も持たないもの同士で集まって、支え合って埋め合って生きているんだと思ってた。
「そう。きっと初恋だったんだね。」
だけど違った。自分がかくあれかしと望んだ『一方通行』なんて生き物はどこにもいなくって、『ゆりこ』という少女が『一方通行』という想像上の生き物を演じていただけだった。ただそれが普通でなかったのは、『ゆりこ』は自分を死んだことにして、『一方通行』になりきっていたということだ。
じゃあどこで少女は『一方通行』になったんだろう。どこで『ゆりこ』はいなくなってしまったんだろう。
「そうですね、初恋。きっとそうだと思います。」
「でもきっとすぐにまた会えるのです、とミサカは期待に胸を膨らませます。」
きっと自分たちが殺した。何度も何度も殺した。『ゆりこ』を殺して、殺して、『一方通行』という想像上の生き物の影を大きく膨らませた。
意図せず00001号を死なせてしまったときは彼女はまだ能力だけの存在なんかではなくて、『ゆりこ』もきっと、か細い息をして生きていた。
「また会えるの?そうしたらまたきっと好きになってしまうね。」
ゆりこ。
ゆりこ、ゆりこ、ゆりこ。
自分たちが10031回も殺した。
「きっとそうですね、もう一度でも、何度でも、ミサカはあの人に恋をすると思います。ダメでしょうか、とミサカは訊ねます。」
学園都市を丸ごと敵にして立ち向かう化け物の名前にはとても相応しくない響き。だけれど彼女の本質が本当は、その名前のようにか弱いものだったなら。自分たちが彼女に求めたことはどれだけ重荷だったのだろう。
『学園都市の第一位』なら何だって簡単にできるんだと思ってた。彼女が本当はそんな大きな存在ではなくて、ただの年端もいかぬ女の子だったなら?
「ううん、いいと思うよ。私も同じだからね。」
「私の初恋も叶わなかったから。だから今、同じ人を相手にして初恋のやり直しをしているの。全部振り出しに戻ってしまったし、今度もまた叶わないかもしれないけれど。」
「ミサカもです。きっとまた好きになってしまいます。きっと叶わないのに、でも嬉しいのです、とミサカは矛盾したミサカの気持ちを打ち明けます。」
「しょうがないよ、恋だもの。」
「今度はちゃんとはじめられるでしょうか。前回は失敗してしまったのです、ミサカはその人を傷つけて、擦れ違ってしまったのです。だから今度も間違えてしまわないか心配なのです、とミサカは悩みを打ち明けます。」
「一緒に考えよう。今度こそ間違えないように。」
殺したり、殺されたりせずに、はじめられるように。
今日はここまで……orz
あーーーー表現力がホスィ……書きたいことの100分の1も書けなかった感がすごいヤバイ…
今回、この十倍くらいの尺でもっと丁寧にやってもいいくらいだと思った
乙
>>367
10倍の尺とは言わないまでも、恐らくこの話を本腰入れて書き込むのであれば3倍は尺がいると思います。ただ、一応色々理由があり、敢えて削りまくっています。以下完全に言い訳です。
今回のテーマは妹達と『一方通行』(『ゆりこ』ではない)が作ってきた彼女たちだけの世界が壊れて、妹達と『ゆりこ』が改めて出会う、ということでした。
妹達と『一方通行』の世界が壊れるのは瞬間的な出来事で、過程も経緯もなく夢のようにぱっと消えてしまうイメージです。当然妹達が感じた衝動(プラスにもマイナスにも)も非常に刹那的なものです。妹達自身もその瞬間が過ぎてしまうと完全には思い出せないような感覚を表現するのに長々文章を書くのはおかしいだろうということで短くなりました。
もう一つ、読む側が完全には妹達に共感できないことを狙ってました。ありきたりな表現ですが、彼女たちにしか分からない世界が壊れたとして、部外者がそれを正確に理解できるわけはないだろうな、と思います。『鏡の中の異世界』『最後の一個が分からない間違い探し』みたいなギリギリの違和感を表現したかったのです。そして見事に失敗したというわけです。
さて、今回は優しくない大人と少年の覚悟のお話。
調整を終えた最終信号は、たまには姉たちと触れ合いたいと言って病院に残った。
特殊な存在である彼女を自由に出歩かせるのには不安があるが、ただの研究者である自分といるよりも軍用クローンの能力者たちといた方が安全であるのも事実である。黄泉川家の番犬たる一方通行も熱で頭がぼんやりとしていて能力使用には不安があるし、芳川は何かあったら直ぐ連絡を入れるのよ、と言いつけて最終信号の外泊を許可した。
昼前に帰ったら家は静まり返っていて、リビングのソファーに第七位の少年が座っていた。
「あ、お帰りなさい。百合子が寝てしまったので、男がずっと側についてるのもよくないかと思ってここで待たせてもらってました。」
芳川には一方通行と最終信号が信頼しているらしい少年を疑う気持ちなど更々なかったので、そこまで気を遣わなくてもいいのにとも思った。見た目通りの真面目そうな好青年である。変人揃いと有名な超能力者の中では変わり種ではなかろうか。
黄泉川とも知り合いであるらしいと聞いたから、尚更安心して彼に留守を任せたのだが、任された当人は困惑したのだろう。ソファーに座っていても背はぴんと伸びていて、どこか肩身が狭そうでもあった。
「いいえ、こちらこそごめんなさいね、急に留守を頼んでしまって。」
「ところで一つ訊いていいかしら?」
「?はい。」
上着を脱いで自分もソファーに座りながら芳川が訊ねた。
「ゆりこ、っていうのはあの子の本名かしら。」
「へ???」
芳川の質問に少年は固まった。
「えーっと、つまりアイツはずっと本名を隠して生活していたんですか?」
単に彼女は本名で呼ばれるのが嫌なだけなのだ、と思っていた少年は芳川の語った事実を咄嗟には理解できなかった。どうも彼女は本名で呼ぶのを禁じていたわけではなく、そもそも本名を明かしていなかったらしい。
「ええ、あの子は現在学園都市のIDすら『一方通行』で通しているし、私達研究員にも彼女の本名は知らされなかったわ。」
「研究員?」
「ああ、そう言えば私の紹介がまだだったわね。芳川桔梗、量産型能力者計画及び絶対能力進化実験―と言って何のことか分かるかしら、その関係者よ。」
芳川は少年を試すように言った。少年が絶対能力進化実験の存在を知っていた可能性は高い。あの実験の中心的な研究所の近辺ばかりに姿を現すだなんてことが単なる偶然だったとは考えにくい。少年があの実験のこと、そしてあの実験で彼女が為したことをどれほど知っているのか、興味があった。
「!」
「ああ、その表情だと知っているのね。あの子に聞いたのかしら、それとも第三位のように自分で調べた?」
「…どちらも、です。」
俄に表情を固くする少年を見て、芳川はむしろ安心した。あんな実験に関わった人間に対する反応としては正しい。ただ、それで言うと彼の一方通行に対する態度は異常とも見做せるのだが。
「そんなに警戒しないで、と言っても難しいでしょうね。」
「長い話になりそうだし、お茶でも淹れてくるわ。あなたも私に訊きたいことがあるでしょうし、私も同じだから。」
少年はすっと立ち上がってキッチンに向かう芳川を胡乱げな目で見送った。
「私は元々遺伝子工学を専門としていたの。その腕を買われて第三位のクローンを作る計画に招集されたから、厳密に言うと一方通行の能力開発よりは妹達の調整が仕事だったというべきかしら。」
一方通行に聞いた話では、量産型能力者計画は絶対能力進化実験に先立って行われたものだということだった。芳川の言うことが事実であるならば、絶対能力進化実験で妹達と出会った一方通行よりも、彼女の方が妹達との付き合いは長いということになる。
妹達の親代わりと言えるかもしれない女性が、あの非道な実験に参加した理由が彼には想像できなかった。今も一方通行や打ち止めとともに暮らしているような女性が、実験を積極的に進めていたとはどうしても思えなくて、削板は詮のないことだと思いながらも聞かずにはいられなかった。
「どうして、そんな実験に参加したんですか。」
「さぁ、どうしてかしら?」
芳川はからかうように首を傾げた。異性との駆け引きを楽しむような気軽な振る舞いだった。彼にはわざと「信用ならない人物」を演じるような彼女の本意が掴めなかった。
「脅されて無理矢理にやらされていたと思うのも、自分から進んで参加したと考えるのもあなたの自由よ。今から何を言っても言い訳にしかならないし、あの実験に参加したのは紛れもない事実だから。」
「俺は、芳川さんの事情は全く知りませんが、アイツや打ち止めが一緒にいることを認めている人なら、悪い人ではないと思います。」
「そうは言っても、まだ私のことを信用はできないでしょう。」
少年はぎくりと肩を揺らした。何とも素直な子供である。
芳川を見る少年の目は、幼稚園ほどの子供が知らない大人を前にしてこの人物は信頼に足る人物なのか探るときのそれに似ている。単なる人見知りとは違う、今後この人物とどういった付き合いをしていくのか探るときの目付きだ。
「構わないわ。私自身、あの子たちに責められることがなくって困っているくらいだから、あなたのような視線はありがたいわ。」
「後悔、してるんですか?」
「そうね、そんなこと言う権利もないと思うけど。そりゃあ少しくらいはね。」
懺悔すら茶化しながらしか言えない女性を、削板はどうしてか気の毒に思った。
「あの実験は、誰が始めたものなんですか?」
意を決したような表情で彼が訊く。その答えに予想がついていて、それがどうか外れていて欲しいと願うような気持ちが、芳川にも痛いほど伝わってきた。彼女は彼の質問に対する答えを持ち合わせていなかった。それこそが、一つの答えでもあったけれど。
「ごめんなさい、…それは私にも分からないわ。」
「絶対能力進化実験にも当然責任者はいたけれど、それは発案者ではなかった。」
超能力者を2人も巻き込み、関わった研究所の数は3桁を超える。優秀な科学者を数ダース単位で動員し、ちょっとした作業をするだけの関係者に至っては千人を超えていただろう。極めつけが2万人のクローンである。たった1人のレベルを1つ上げるだけだというのに―それが前人未到の絶対能力者だとは言え―使われた金額も人材も尋常ではなかった。
芳川も発案者が誰なのかはっきりとは知らされていなかった。だけれどこれだけのことができる存在など、容易に想像ができる。
「敢えて言うのであれば、学園都市そのもの、かしらね。」
「あなたも何となくそれに気が付いていたから、手を出せずにいたんじゃないかしら?」
芳川の言葉に、自分の足元でも見るように視線を下げていた彼がぱっと顔を上げた。
「俺が何をしようとしていたか、知っているんですか。」
「あなた、実験の関係者の間ではちょっとした有名人だったわよ?実験について嗅ぎ回っているらしい子供がいるって。」
「私はあまりそういう噂話とか興味がなかったから、最近になってあなたと会うまですっかり忘れていたけれど。あなたは、あの実験を止めようとしていたんじゃないのかしら?」
そんなことできっこないと笑う大人たちに混ざるのは何となく嫌だった。同じく実験を止めようとして失敗した布束砥信の気持ちも分からないではなかったし、彼を馬鹿にする権利など自分にはないと思っていた。
「そうです。俺はずっとあの実験を止められないかと思ってました。」
「……色々イレギュラーな要素はあったけれど、第三位はある少年の協力もあって実験を止めることに成功したわ。」
「戦闘能力だけなら第三位以上、一方通行にも渡り合えると言われる第七位のあなたが行動に出たのなら、実験を止められる可能性もあったと思うわ。そもそも昔馴染みのあなたが相手なら、一方通行は荒事に及ばなかったかもしれないし。」
「それでもあなたが行動に出るのを躊躇った理由は?」
「あなたは本能的に「学園都市そのもの」を敵に回す可能性に感づいていたのではないかしら?」
「………そうです。」
「学園都市を敵に回すことを恐れているのなら、あなたはもうあの子たちに関わらない方がいいわ。」
これ以上関わるなという脅し、或いは後戻りできないけれど構わないかという問い。一旦は彼女と触れ合うのを許可しながらその選択肢を持ち出すのは、些かルール違反ではないかと思った。
彼は決して「学園都市そのもの」を敵に回すことに対して怖気づいたわけではない。彼女のためであればそれすら厭わないくらいの覚悟は持ち合わせていた。
ただ、気持ちだけではどうにもならないことがあるのも知っていた。いくら度胸や勇気があったところで目的が果たせないのでは意味がない。中途半端に首を突っ込んで失敗したならどうなっただろう?―自分はともかく、彼女をそれ以上の苦海に沈める可能性すらあった。
あのときの彼に求められたのは馬鹿みたいに飛び出す根性ではなく、「彼女を救う」という確かな結果だった。結局その結果を自分で導き出すことはできなかったけれど。
「今だって、あの子たちは学園都市に利用されているわ。これ以上踏み込むと今度こそあなたは学園都市を敵に回すかもしれないのだけれど、いいのかしら?」
「…留守番を頼んでおいて、言うことはそれですか。」
「最初からこんなことを言うためにあなたを呼んだわけではないわ。あなたが思った以上にこの問題に踏み込もうとしているようだったから、つい。」
「ただあの子たちと友達付き合いをしているだけなのだったら、それを引き裂くような権利は私にはないし。でもあの実験の関係者でもないあなたをこれ以上巻き込むのは私も、きっとあの子も本意ではないわ。」
彼女は何も知らない友人付き合いなら咎めないと言う。ただ、あの実験には首を突っ込むなと。あの実験のことなど忘れて表面的な付き合いをする分には構わない、というような芳川の物言いに削板は少し反感を抱いた。アイツがまだ、妹達のために一人戦っているというのなら、それを知らない振りなど自分には到底できるはずがなかった。
「アイツがそう言うならともかく―いいえ、アイツがそう言っても俺はアイツだけ置いていくようなことはしません。」
「だって俺は最初から、絶対能力進化実験の関係者なんですから。」
誰に聞かせるでもなく、ただ自分自身の決意を固めるためだけに口にする。
決して他人ごとではない。
『百合子』も『一方通行』も、妹達も、打ち止めも、番外個体も、決して自分にとっては他人ではない。
「あなたがあの実験の関係者…?どういうこと?」
「…アイツがあの実験に参加するきっかけを作ったのは、俺でしょうから。」
自分を二度と傷つけないために、自分のように誰かを傷つけてしまうことがないように―そう考えて彼女が絶対能力者を目指したというのなら、あの実験に自分は無関係ではない。むしろいくつかある中心的な原因の一つであるといってもいいかもしれない。
「だから、10031人が死んだことについては俺にも責任があるんです。」
当然彼も、最初から自身があの実験の原因かも知れないなんて考えていたわけではない。一端覧祭の日、彼女の告白を聞いて彼は理解してしまったのだ。1万人も手にかけさせるほど彼女を追い詰めた原因の1つが自分なのだと。
そのとき、ずるりと何かが滑り落ちるような音がした。はっと削板と芳川が振り返ると、家具に隠れて彼らからは死角になるような場所に一方通行が座り込んでいた。
咄嗟に削板が芳川よりも早く立ち上がって、崩折れた彼女の体を支えた。
「お前いつから話聞いて……。」
人の気配に敏い自分が気付かぬはずはないと思ったが、よく見ると首元のチョーカーについたランプがいつもと違う色に光っている。彼女は態々能力を使ってまで盗み聞きをしていたらしい。2人が自分に聞かせられないような話をしていると理解していたのだろう。
彼女はまるで息を吸うかのように気軽に能力を使っているように見えるが、当然強大な能力はそれだけ複雑な演算を要求する。寝る前より具合が悪くなっているような彼女の様子を見ても、能力使用が彼女に負担をかけているだろうことは想像に難くなかった。
「熱出してるのに能力使って…、辛いんだろ?部屋まで運んでやるから、ほら。」
一方通行は二人に気づかれずにリビングに近づこうとしたのだろう、いつもの杖さえ持っていなかった。削板は彼女に向けて手を差し出したが、彼女はその手を取ろうとはしなかった。
「オマエ、そンなこと考えてたのか………?」
彼女は頬を濡らしていた。削板は彼女との長く深い付き合いの中で、涙ぐむ姿すら片手で足りるほどにしか見たことがない。はっきりと涙を零す彼女を目にするのはこれが初めてのことだった。
「俺は、おれ、は、そンなつもりは………。オマエの、せいなンかじゃ…。」
今の話を聞いていたのだろう。途切れ途切れの声で、あの実験は自分が勝手にやったことで、オマエが気に病む必要はないのだ、とうわ言のように訴える。こんなぼろぼろの体になっても自分を頼ってくれない、巻き込んでくれない。そんな彼女が愛しくもあったし、そうまでされる自分が情けなくもあった。
(何だか私、お邪魔虫かしら…)
一方通行は少し離れて二人の様子を見守る芳川を気にする様子も見せなかった。
全く無関係の人間である黄泉川や、庇護対象である打ち止め・番外個体とは異なり、一方通行にとって芳川桔梗はあの実験の「共犯者」であった。それ故か一方通行は同居人の中で彼女にだけは少し距離を置いて生活していた。恐らく共犯者と慣れ合って慰め合うような行為を無意識に忌避していたのだろう。芳川自身もそれでいいと思っていたから、彼女はその距離を詰めようとは思わなかった。
しかしながら一方通行は今、芳川の存在を気にも留めず、普通の少女のように目を泣き腫らしている。他人に弱みを見せることを徹底的に嫌がる彼女らしからぬ行為だった。
(それだけあの男の子にご執心ってことかしらね)
芳川はこれまで一方通行が実験に参加した理由など考えたこともなかった。それが彼の言う通り、削板軍覇という少年にあるのだとしたら?
腐っても研究者根性、自分でもどうかと思うほどに興味は尽きないが、さすがに純粋に想い合っているらしい子供たちに首を突っ込むほど無粋ではない。かなりギリギリではあったが。
「お二人さん、積もる話は部屋に戻ってからにしてはどうかしら?お昼なら、部屋に持って行ってあげるから。」
一方通行はさすがに人前でぼろぼろと涙を零しているのを気恥ずかしく思ったのか、ぐいと服の袖で濡れた目元を拭ってから少年の差し出した腕にしがみついた。体に力が入らないのだろう、初めて掴まり立ちをした赤ん坊のようにして漸く立ち上がった。
(さて、なるべく時間をかけてお昼ごはん用意しなくちゃいけないわね)
一方通行の自室に戻っていった二人を見送って、芳川はぼんやりとそんなことを考えた。
一方さんと妹達、一方さんとソギー、っていう2つの独立した関係ではなくて、一方さんと妹達とソギーは複雑に絡み合ってたんだよというお話。なかなか話が進まんなぁ…。うまい人なら自分の5回分の話を1回に纏められそうな気がする…。
あ、あと今回の話にはこれから大人たちが出張ってくるよ、という予告も含みました。以上。
乙です
いつもいつも、改めて気づかされる事柄があってドキっとする
芳川と一方通行も面白い関係性だよね
こんにちは、>>1です。
何だかこのスピードでいいっぽいのでのんびり行きます。「うちの一方さん精神的に同じところグルグルしすぎじゃね?」と思ったけどよく考えたら原作でもそんなんだった。
>>384
芳川と一方さんの組合せってあまり見ないけどいいですよね。百合子だとできないけど一方♂×芳川とかエロくて想像しただけでテンション上がります。私の中で一方♂×芳川は百合子の場合の土百合と同じポジションです。後ろめたい気持ちをごまかしてお互い甘やかしてエロに逃げちゃったりなんかします。誰かそんな話書いて欲しい。
時は少し遡って、某病院でのできごと。10032号が公園でインデックスと出会った頃、打ち止めと別れた芳川がまだ帰宅する前の話。
「これは予想外の展開かも、ってミサカはミサカは困惑中…。」
芳川に適当に言い訳をして病院に残った打ち止めは大いに困っていた。姉たちが普段生活している病室を訪ねてみたところ、皆泣いてばかりで要領を得ないのだ。
自分が調整のためMNWから離脱している間に何かあったようだが、具体的に何があったのかはよく分からない。MNW内にアクセスを試みても異様にレスポンスが遅かったり、読み込みエラーが起きたりする。過去ログから何があったのか読み取るのは難しそうであった。
「何があったの10039号、ってミサカはミサカは取り敢えず近場の個体に尋ねてみたり。」
「あれを見れ、ば分かります、ヒック、とミサカは、泣き、ながら辛うじて、答えます。」
10039号が指さしたのは携帯端末だった。スリープ状態になっているそれのキーボードに触れると、つい先程まで何かしらの動画を再生していたらしい、動画のプレイヤーが液晶画面に表示されていた。
「ん?これもしかしてライブ映像?ってミサカはミサカは驚いてみたり。」
「変な角度だったから一瞬分かんなかったけど、これあの人の部屋じゃない?ってミサカはミサカは姉たちの特殊な趣味にげんなりしてみたり。」
家具の隙間にでも挟んであるらしい、普段目にしない視点だから一瞬気づかなかったがよくよく見ると一方通行の部屋が映し出されている。
「んー、これ見て皆が泣いてるってことは、巻き戻せばミサカにも理由が分かるのかなー?泣いてる原因は少なくとも現在の映像よりは前のシーンよね?とミサカはミサカは巻き戻しボタン。」
ライブ映像では一方通行が部屋で一人安らかな寝顔を晒していた。あの人の笑顔マジ天使、と些か幼女らしくない思考に囚われつつも、彼女は巻き戻しのボタンを押した。
少し巻き戻したところ、部屋に入ってくる―巻き戻しで部屋に入ってくるように見えるのだから、実際には部屋を出て行ったはずだ―人影があった。打ち止め自身が留守の間の看病を頼んだ削板である。
姉たちの様子を見る限り、削板と一方通行の間に何かがあって、それを目撃してしまって姉たちはショックを受けているのだろう。
となると第七位が大嫌いと言って憚らない末っ子の機嫌が心配される。昨日の夜は家にいたが、朝起きたときにはどこにも姿が見えなかった。番外個体はMNWに接続していないことも多く、現在の行方は杳として知れない。見知らぬ誰かに迷惑をかけていなければいいが、と打ち止めは末の妹を心配した。
「ここらへんでいいかな、っとミサカはミサカは再生ボタン。」
打ち止めが適当に再生を開始した地点ではベッドの上に起き上がった一方通行と、彼女に膝枕をしてもらっている削板が何事か話し込んでいた。この時点で一方通行に対して独占欲を感じている一部個体は怒り出しそうなものだが、妹達は怒っているのではなく泣いている。不思議に思って打ち止めはボリュームを上げた。
聞こえてきたのは酷くシンプルな三文字の言葉。第一位でも学園都市最強でも何でもない、少女を呼ぶ声。そしてそれを心地よさ気に受け取る少女の表情が目に入った。
「………。」
「そっか、あの人は…、ってミサカはミサカは悟ってみる。」
少女は善とか悪とかに拘らないとか、慣れぬ日常に馴染むとか、それ以上に大きな壁を破ろうとしているのだ。もうずっと何年もかけて着込んできた錆びついた重い鎧を、自身もそれが自分のありのままの姿なのだと思い込んできた化け物の皮を、漸く脱ぎ捨てようとしている。
恐らく本人に自覚はないだろう。彼女自身は「自分が一方通行という化け物を演じている」ということすら自覚していないのだから、「その一方通行の皮を脱ぎ捨てようとしている」ことは当然認識のしようがない。彼女には自身が少しずつ変化していることすら認識できないだろう。
けれどこれは単なるきっかけだ。変化の取っ掛かりでしかない。
きっと彼女は本人に自覚のないまま、これからもっと大きく変化していく。それを果たして自分たちは受け止められるのか、そして受け止めるつもりはあるのか、打ち止めは9970人の姉妹たちに問いかける。
<これはきっとちょうどいい機会>
<皆はどうしたい?ってミサカはミサカは訊いてみる>
<設問は1つ>
<選択肢は2つ>
<単純明快、イエス・オア・ノー>
<皆はあの人の代理演算をし続けたい?>
<ミサカはミサカは究極の質問を投げかけてみる>
そんなことは打ち止めが決めれば他の妹達はそれに従うだろうが、彼女は自身の気持ちを姉妹たちに押し付ける気はなかった。彼女たちの意見を尊重し、皆がもう代理演算など止めてしまいたいと言うのであればその決定に従うつもりであった。
上位個体などと呼ばれてはいるものの、彼女自身は妹達の上に立つ個体であるという認識はない。大人たちに都合よく利用されたことはあるが、打ち止め自身の意思で上位個体命令文を発したことはない。MNWの管理も自身の権利ではなく、義務だと思っていた。
だから彼女は妹達に訊ねる。あなたたち全員のものであるMNWの一部をあの人に貸し続けるつもりはあるのかと。運命共同体でも、あなたたちのものでもないあの少女に。
<実のところ、あの人の演算代理はミサカたちがやらなくたっていい>
<学園都市の技術力なら、他の手段なんて幾らでもある>
<むしろ他の手段に比べたらMNWによる代理演算はかなり不便>
<でもね、あの人は敢えてMNWに拘っている>
<これはね、一種の約束、或いは契約>
<ミサカたちとあの人は、ずっと一緒に助け合っていこうって、指切りしたの>
夏も終わりにさしかかった頃、彼女たちは約束をした。「嘘吐いたら針千本飲ます」、そんな子供の戯れ歌を本当にしてしまうような強く重い約束をした。あのときずっと一緒にいたいと願った気持ちに嘘偽りはなかった。
だけれど「ずっと一緒」はなくなってしまった。約束の相手である『一方通行』がどこかに行ってしまった。そして代わりに現れた『ゆりこ』という少女と約束の続きをするか否か、打ち止めはそれを問うている。
<あなたたちはどうしたい?>
<契約の更新を希望する?>
<ミサカはミサカは全てのミサカに問いかけてみる>
<あなたたちはあの人が他の人を選んでも>
<それでもあの人を支え続けたい?>
例えば妹達が代理演算を提供しないといっても、契約相手は怒ったりしないだろう。少し、ほんの少しだけ、悲しむかもしれないけれど。その顔を少し見てみたい、と思った自分は嫌な人間なのかもしれない、と打ち止めはぼんやり考えた。
だけれどきっと、それでも彼女は自分たちを守り続けてくれるだろう。こちらが何も与えずとも、あの華奢な体にあるもの全部、持てる力全て、こちらがそうと望めば差し出してくれるだろう。それは勿論自分たちのためもあるだろうけれど、何割かは死んだ10031人の為なのだ。きっと永遠に彼女の一部を独占し続けるだろう10031人が羨ましくて、妬ましくて、いっそ彼女の代理演算などやめてしまえばこんな自己嫌悪に苛まれることもなくて楽なんじゃないかと思う気持ちがないでもなかった。
そういう自棄も執着も愛情も憎しみも、全部引っ括めて打ち止めは問う。あなたたちはこれからもあの少女とともに生きるつもりはあるのか、と。
ややあって、少し冷静さを取り戻したらしい同胞からぽつぽつと返答が返ってきた。
「ミサカたちは量産型能力者計画の失敗により生まれた意味を失いました。」
「ミサカたちは絶対能力進化実験により生まれた意味を取り戻しました。」
「それはミサカたちの死をもって絶対能力者を完成させるというものでした。」
「しかしながらミサカたちは上条当麻により生きたいという気持ちに気付かされました。」
「ミサカたちは死ぬことのできぬ理由を見つけてしまいました。」
「でも同時に、ミサカたちは生き続ける意味も理由も持っていませんでした。」
もしかしたら、世の中には生きる理由も意味も持たずに生きている人々も多くいるのかもしれない。だけれどはっきりとした目的のもとに作られた彼女たちには、目的のない生は酷く恐ろしいものだった。
親も兄弟も友人も、過去も思い出もない彼女たちが唯一持っていたものが、目的だった。最初は超能力者の量産、次は絶対能力者の礎。そういった目的というただひとつの所有物すら失くなって、ただ生きたいという漠然とした気持ちだけで生きていた。砂漠の中で一人彷徨うような心持ちだった。
だから夏の終わりに差し掛かったあの日、腕利きの医者が申し出た言葉に彼女らは一も二もなく飛びついた。
「ミサカたちはあの人の代理演算を担うことにより生き続ける意味を得ました。」
「誰かに必要とされて生き続けることを知りました。」
「あの人が言葉を口にするのも。」
「あの人が指の一本を動かすのも。」
「あの人が世界を眺めるのも。」
「全てミサカたち在ってのことです。」
「ミサカたちがいなければ、あの人は赤児ほどに無力です。」
「あの賢くて。」
「愚かしくて。」
「美しくて。」
「醜くて。」
「逞しくて。」
「儚くて。」
「愛らしくて。」
「憎らしくて。」
「強くて。」
「脆くて。」
「あの人の一部をミサカたちが形作っているのかと思うと。」
「肚の底から得も言われぬ熱が沸き上がってくるようで。」
「全身の細胞一つ一つが俄に活気づくようで。」
「ミサカは自身が生きていることを実感します。」
「これを歓びと呼ばずして何と名づけましょう。」
「例えばあの人が第七位に愛を囁くとして。」
「その言葉すらミサカたちなくしては在り得ないのです。」
「例えばあの人が第七位と抱擁するとして。」
「一歩歩むのすらミサカたちなくしては在り得ないのです。」
「これを悦びと呼ばずして何と名づけましょう。」
誰もが恐れ、羨み、妬み、畏怖するあの少女を自分たちが形作っているのかと思うと、目眩がするほどの満足感に襲われる。妹達にこれほどの感覚をみすみすと手放す気はなかった。
「今あの人の代理演算を奪われたら、ミサカたちに生き続ける意味はありません。」
「ミサカたちはまだ、自力で生き続ける意味を獲得できるほどには人間になりきれていません。」
「ミサカは他人に必要とされたい。」
「でも、ミサカたちは自身でそのような人間関係を築けるほどには成長できていません。」
「どうか、ミサカたちに頼っては貰えないでしょうか。」
「どうか、ミサカたちに甘えては貰えないでしょうか。」
「どうか、ミサカたちの我儘を聞き届けては貰えないでしょうか。」
「ミサカたちは未だ、あの人の力になりたい。」
「ミサカたちは未だ、あの人の力になれると自惚れていたい。」
少しずつ個性が芽生え始めてきていると医者は言ったが、不思議と今後も代理演算を続けることに反対する声は聞こえなかった。まだどこか、自分たちは普通の人間ではないのだな、と打ち止めは思った。それに安心もするし、寂しくも思った。
<分かった>
<あの人に伝えてみる>
<あなたを愛してるよ、って>
一方で黄泉川家では、芳川の気遣いによりとある少年と少女が再び二人っきりになっていた。
動揺のあまり、体に力の入らない彼女を部屋まで連れて行くのは意外と骨が折れた。
いっそ抱きかかえるか背負うかしてしまったら楽だと思ったのだが、本人がそれを拒んだ。横から支えて並んで歩こうにもまた崩折れてしまいそうになるものだから、結局自分が後ろ向きになって彼女の正面に回って、華奢な両肩を支えながら一歩一歩進んだ。数m足らずの廊下が酷く困難な道に思われた。能力も、杖もない状態の彼女はこんなにも不自由なのかと思ったら、支える手にも力が入った。
まるで掴まり立ちを始めたばかりの子供を支えるように、或いは歩行訓練中の怪我人のリハビリに付き合うように、彼は彼女を急き立てるようなことはせずにゆっくりと歩んだ。彼女は頭を少年の肩に載せ、体重の幾らかを彼に預けていたが、それが驚くほどに軽いから少年は不安を掻き立てられた。細くて骨ばかりにも見える体はこうして触れてみると酷く柔らかくて、気を抜くとたちまち芯を失くして崩れ落ちてしまいそうに思えた。
「体調悪いのに無理するな。治るもんも治らないぞ。」
華奢な体をベッドに横たえ、毛布をかけてやる。シンプルだがしっかりした作りのベッドは彼女の重みに軋むことすらなかった。ごく普通の1人用のベッドがやたらと広々として見えた。
「…お前、本名もずっと隠してたのか。もしかして、打ち止めもお前の名前知らなかったのか。」
弱っている彼女に追い打ちを掛けるような行為だとは気づいていた。だけど今訊かないと有耶無耶になってしまいそうで、そっぽを向く彼女を問い詰めた。
やや間があって、気まずそうにぼそぼそと答えが返ってきた。
「……黄泉川も芳川も、クソガキも、妹達も、上条も、俺の名前なンざ知らなかった。」
「クソガキにはオマエが呼ぶからバレたけど、誰にも言ってねェみたいだし。」
名前というのは、知り合った人間に一番最初に渡す情報だ。これから自分のことを知ってもらうにあたって手始めに取り交わすもの。彼女はそれすら誰にも与えていなかった。言い換えれば、こんなふうに一つ屋根の下に暮らしたりする間柄の人間にすら、自分を明け渡そうとは微塵も考えていなかった、ということだ。
「そうやって、何でも一人で抱え込むから上手くいかないんだよ。」
「もっと他の奴頼ればいいんだ。俺だっていいし。」
ベッドに横になった彼女の頭をそっと撫でた。柔らかくて細く滑らかな手触りが心地いい。彼女の全身は世界の厳しさなど知らぬ気に美しくて、それと同時に、世界の厳しさに苛まれてぼろぼろであった。
「…俺自身が解決すべきことを、他の連中に任せるなンざ無責任だろォが。」
「そう言ったって、お前一人じゃ解決できないことだってあるだろ。」
「幾らお前が強くたって、頭がよくたって、手は2本しかないし、口は1つしかないし。出来ることも時間も限られてるよ。」
「お前が罪滅ぼししたい気持ちも分かるけどさ、それで誰にも頼らずに結果妹達を守れなかったら意味がないだろ。」
いかなピアノの名手であっても1人では連弾などできないように、学園都市第一位たる彼女でも物理的に難しいことはある。極端な話、今この瞬間全くの同時に世界中の妹達に命の危険が迫ったとして、たった1人しかいない彼女は当然その全てを解決することはできない。
「俺が言えたことじゃないかもしれないけどさ、妹達だってお前を苦しめたいわけじゃないだろ。」
「他の人に頼ったっていいし。」
「もっと笑って、楽しんだっていいし。」
「何でも難しく考え過ぎなんだって、お前。人に頼るとか甘えるとかさ、そんな難しく考えるもんじゃないから。」
「ほら、眉間の皺取って。折角の美人なんだから笑ってないと損だぞ。」
少年は難しい顔をしている少女の眉間にぐりぐりと指を押し付けて笑った。それに対して彼女は拗ねた子供がするような表情を見せてそっぽを向いた。
「何その顔。」
「オマエに説教されるとか何かすげェムカつく。」
「ムカつくって何だよ。」
そっぽを向いたままぼそぼそと呟く内容がこれまた幼い子供のようで、少年はまた笑ってしまった。
が、次に彼女が言った言葉には身を凍らせた。
「……ムカつくから俺の全裸見たって至る所で言い触らしてやる。」
「止めて!本当にマジで止めて!!」
「…今日目一杯こき使ってそれで勘弁してやる。」
慌てて前言撤回を求めた彼に溜飲が下がったのか、少女は交換条件を提示した。そっぽを向いていた顔が漸くこちらを向いたが、下半分くらいは毛布に埋もれているところを見るとまだなにか不満があるらしい。
「はいはい、ありがと。で、俺は早速何をすればいいわけ?」
「ベッド温めろ。一回出ちまったから冷えてしょォがねェ。」
彼女はそう言って毛布の裾を持ち上げた。それと同時にベッドの奥の方にずりずりと移動して、ちょうどこちら側に人一人入るほどの空間が空いた。彼女が言っていることの意味は分かるのだが、現実的には理解が及ばなかった。
「ごめん、何言ってるか本気で分からない。」
「湯たンぽになれっつってンだよ。いつもはクソガキが布団の中入ってきて俺にくっついてくるから温いンだよ。」
「打ち止めだと小動物的な可愛さがあるけど、それ俺がやっても危ない人になるだけだと思う。」
少年は自分が彼女の入っているベッドに潜り込む図を想像した。駄目だ、全然駄目だ。犯罪か変態か分からないが、とにかく駄目だ。
言外に無理だと主張する少年に対し、彼女は口に手を当てて遠くに呼びかけるような仕草をしてとんでもないことを口走った。
「……芳川ァー、俺こいつに全裸、っむぐ」
「分かった、分かったから!布団入ればいいんだろ!!」
咄嗟に彼女の口を手で塞いで、少年は降参を宣言した。
それでもやはり不本意なのか、彼女の方に背を向けながら、ベッドの縁ぎりぎり、落ちるか落ちないかのところに縮こまるようにして潜り込む。その背中を引き寄せるように彼女の細い手が肩の辺りに触れた瞬間、がばりと少年は飛び起きた。
「っていうかコレ芳川さんに見られたら全裸目撃をバラされるよりマズいんじゃないか?」
いそいそとベッドを出ようとする少年の背中に悪魔の声が届いた。
「あ、もォあそこの監視カメラにデータ残っちまったから言い逃れできねェぞ。」
「妹達のことだから、あそこに設置してあるカメラ壊しても既にバックアップ済みだろォなァ。あー、どうしよォかなァ、もうオマエが俺のベッドに入るとこデータに残っちまったなァ。」
彼女は本棚の陰を指さした。既に目撃者(無機物ではあるが)は存在するらしい。何でもいいから言うことを聞け、と彼女は目で訴える。自分が大人しく彼女の要求を飲まない限りはあの手この手でちくちくと嫌味を言われるのだろう、と思ったら何もかもが面倒になった。
「何なのお前、嫌がらせのつもり…?」
呆れたような表情で再び布団の中に入り込む少年に対して、彼女はきょとんとした表情で応えた。
「え、嫌がらせって、オマエ俺と一緒の布団入るの嫌なの?」
「嫌じゃないし、むしろ嬉、って何言わせんだお前―!!」
彼女に背中を向けるように横になっていた少年が思わず振り返った瞬間、強引に引きずる細い腕に掴まれた。彼のしっかりとした体は寝返りを打っただけでそれ以上動くことはなくて、反対に華奢な少女の体がこちら側に近づいてきて、正面からぴったりと張り付いた。
「……オマエが、甘えたってイイって言ったンだろォが。黙って俺の湯たンぽやってろ。」
胸のあたりに彼女の息が当たって、くすぐったくて熱くって、それ以上に自分の体の奥の方から熱が湧いてきて、頭がどうにかなりそうだった。この状態を彼女の同居人に見られるとかそれ以前に別のところが色々とまずかった。
「…ごめん、マジで正面は無理。背中側を希望します。」
「………許可する。」
ベッドの中でびっくりするぐらいまっすぐの姿勢で固まった少年が少しだけ気の毒に思われたので、彼女は彼の訴えを聞き入れた。彼が体の向きを変えるのを待って、それからやはり彼の背中にしがみついた。幾らもしないうちにぴったりと隙間なく背中に張り付いた体から寝息が聞こえてきたが、少年の心拍数は暫く100回/分を下回ることはなさそうだった。
今日はここまで。前半と後半でテンション違いすぎる…。
妹達・打ち止めルートはこれでほぼ完結のはず…。今後も一部の一方派個体が暴走することは在り得ますが、MNW全体としては二人を見守る善意の第三者ポジションに落ち着きます。番外個体は別個でルートあるので未解決です。
百合にゃんは百合にゃんであることを無自覚ながら受け入れつつあるので、ぐだぐだと妙なことで悩むのは相変わらずですが、人のアドバイスを受け入れたり、甘えたりするようになってきています。この間のインデックスお悩み相談会も然り。今後無自覚に黄泉川に甘えたり、滝壺に甘えたり、麦のんに甘えたり、結標に甘えたり、美琴に甘えたりして、色んな百合フラグを立てさせたい、>>1はそんなパラダイスを夢見ています。
さて、仕事で資格試験を受けなければならないので、半月ほどお休みを頂きます。もしかしたら小ネタ投下くらいはするかもしれませんが、本編投下は3月上旬までお待ち下さい。
次回のお話は「百合にゃんのいきなりのデレには理由があった」の予定です。
「他人に必要とされたい」がなんかすげー腹の底におちた
いいもん読ませてもらいました、乙
だがソギーはもげ…なんでもない
>>406
この話は置いといて、原作で妹達が一方さんの代理演算を受け入れた経緯は謎だなぁと思って、それで色々考えました。
それにしてもソギーが強すぎるせいかイマイチもげろ発言が少ないのが寂しいです。もっともぎたくなるようなイチャラブを書かないといけないのか…
というわけで勉強の息抜きにちょっくら小ネタ投下します。公式一方さん抱枕を受けてのMNWネタです。予め言っておきますがあまりにも酷いです。
【下三桁801】BL総合スレ【限定】19
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10801
突然なんだが…
セロリ抱き枕カバー作らねぇ?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14801
マジで突然だな
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17801
え
そのセロリって♂?♀?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10801
ぶっちゃけどっちでも萌えるんだけど
おまいらはどっちがいいと思う?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19801
片面女、片面男でよくね?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka13801
おまい天才
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka12801
でもさー
その抱き枕を俺らが使ってもBLじゃなくね?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka18801
くそっ…
何で俺らにはち●こがついてないんだ…!!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka11801
まぁぶっちゃけこのスレ
BLってかセロリで萌えるスレだし
BLに拘ってる個体っていないだろ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka16801
それはそうなんだが
でもやはり
セロリをあンあン言わせてみたい
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10801
この間何だっけか
15801号が凄いシチュ考えてたよな
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka15801
俺?
もしかして
先天的男体化セロリが後天的女体化してモブキャラにマワされるやつ?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka13801
最早最初から通常のセロリをマワすべきではないか
と通常の個体は思うんだろうが
先天的男体化がやっぱミソだよな
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10801
俺、男なのにィ…
女のカラダになって気持ちよくなっちまってるゥ…
的なアレが堪らないよな
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19801
てか
抱き枕から話変わりすぎじゃね?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
抱き枕よりさー
セロリたんダッチワイフ作ろうぜ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka18801
変態
おまいココ来んなよ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
つれないこと言うなよー
おまいらだって十分変態じゃねぇ?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka13801
俺らおまいみたいに野菜レイプしないし
現実世界のセロリには迷惑かけてないし
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14801
てか変態はダッチワイフで何する気だよ
突っ込むもん持ってねーだろうが。
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka15801
野暮なこと訊くなよ
どうせ野菜だろ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka20000
勿論
一つの野菜の両端を俺とセロリたんで分かち合うのさ!
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17801
誰得
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19801
百合萌えでもキツいわぁ…
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10801
変態と人形が野菜で繋がってんのはちょっとなぁ…
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka13801
いやでもそれ
何にでも萌えると謳われた801板の敗北を意味するだろ
俺達はどんな萎えるシチュでも
萌えるシチュに改変する義務がある
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10801
はいじゃ次の議題
「ダッチワイフセロリをレイプする変態に萌える方法」に決定な
とりあえず先に謝っときますね。ごめんなさい、愉快なオブジェも甘んじて受け入れます。ていうか愉オブにされたいです。
というわけで次は試験終わった後に本編投下しに来ます。
ん?今なんでもするって言ったよね?(ホ特難)
乙です
ミサカ達の会話に混ざりたい
只今戻りました、>>1です。BLネタ振った方が反応いいんだけど何なの、どんだけ皆ホモ好きなの。いやまぁ>>1も好きだけどさ、ホモも百合も。このスレも削一にした方がいいわけ??
>>415
セロリたんの命令なら何でもします。>>415はセロリたんですか?prpr
>>416
この会話…混ざりたいか…?セロリ回すとか言ってるけど…?
暫くして、部屋をノックする音が聞こえた。昼食を準備すると言っていた芳川だろうか。しかしながら今部屋に入って来られるのは非常にマズい。二人でひとつのベッドに入って、それどころか一方が他方の背中に張り付いているという異常事態である。何がマズいってその二人が年頃の男女であることが一番マズい。
返事が返ってこないのを不審に思った芳川が、再び部屋をノックする。返事をしないのも怪しいが、返事をするにしたって何と返事をしたらいいのか分からない。「部屋に入って来ないでほしい」?怪しい、怪しすぎる。
彼女はすっかり寝入ってしまって、ちょっとやそっとでは起きそうになかった。彼女のホールドを抜け出すことができれば彼女が起きなくても問題はないのだが、自分の肩の辺りをがっしり掴んだ腕だとか、自分の左足に絡まる彼女の細い両足だとか、簡単には解けそうにない。第七位なんぞと呼ばれ大概のことは根性で解決してきた少年は今、とてつもないピンチに見舞われていた。
3回目のノックがあって、少年は漸く声を上げた。
「…済みません、彼女が寝てしまって……」
その後に何と言葉を続けていいか分からない。「寝ているので入って来ないで」?いや怪しすぎる。第三者からすれば寝てる彼女と密室で二人きりで何をする気だ、と突っ込みたくなる。どちらかというと現実は「寝ている彼女に何かする」というよりは「寝ている彼女に何かされている」のだが。
「あら、そうなの?じゃああなただけダイニングでお昼食べる?」
「…いえ、大丈夫です。」
はい、と答えたいところだが生憎オリンピック柔道選手もびっくりの寝技で固められていて自分は動けそうにない。ドアの向こうの人物はそれで立ち去ることはなかった。少し間があって、それからぽつりと声が聞こえた。
「……ああ、そういうことね。」
こちら側のドアノブが少し揺れたのを見て、彼女がドアの向こう側でノブを掴んだのが分かった。え、と思う間もなくドアが開いて、向こう側に立っていた人物の姿が見えた。
「やっぱり、こうなってたわね。」
「へ?」
眠りこける一方通行にがっしりとホールドされ同衾している削板も見ても、芳川は表情を変えることすらなかった。むしろ二人の様子を見て少年に対して同情的な視線を向けたので、彼は意外に思った。
「どうせその子が強請ったんでしょう。あなたがよからぬことをしようとしているだなんて思ってないから安心して。」
「よ、よからぬこと!!?」
「あら、案外満更でもないのかしら?」
一方通行に抱きつかれたまま慌てる少年が面白くて、芳川は思わずくすりと笑ってしまった。年頃の少年には異性に抱きつかれたままでいるのも心臓に悪いだろうに、更にその様子を他人に見られているとなったら気恥ずかしくって穴があったら入りたいくらいの気分だろう。
「ふふ、冗談よ。その子、そうやってないとあまり寝れないらしいから、悪いけれどその子の我儘に暫く付き合って貰えないかしら。」
「それは構いませんけど、寝れないっていうのはどうして?」
「嫌な夢を見るみたい。さっきも寝たと思っていたら私達の話を盗み聞きしていたでしょう、あんなふうに直ぐに起きてしまうのよ。」
「逆にこうして誰かと一緒に寝ているときは全然起きないのよ。普段寝不足の分、すっかり寝入っちゃうみたいでね。こうやって話してても全然気付かないでしょう。」
「普段は最終信号が自分からベッドに入ってくるから、おくびにも出さないけど。」
彼女は削板越しに一方通行の髪を撫でた。さっきから過去の実験を茶化したり、一方通行に対しても意識して一定の距離を保っているように見えた―何というかふらふらしているようにも見えた女性が、そのときだけ彼女の母や姉にも見えるような誠実な表情を見せたのが意外だった。
「それにしてもその状態じゃ、お昼ごはん食べられないわね。どうしようかしら。」
「あ、俺は大丈夫です。慣れてるので。」
「慣れてる?」
「2週間絶食実験とかしょっちゅうなので。」
「…あなたも大概苦労人ね………。」
幸か不幸か、訳の分からない能力のせいで絶食実験とかをやらされたこともあり、実際それでもどうにかなる体をしていた。昼食が食べれないくらいは何てことないことだった。それを聞いた芳川ははっきりとげんなりした顔を見せたが、彼はあまり気にしないことにした。
「何かしらお礼しなくちゃね。超能力者を喜ばせられるようなものが用意できるとは思わないけど。」
「ご心配なく、礼ならこいつから貰います。」
「あら、案外大胆なのね。」
はっきりと言い切った少年に対して、芳川は一瞬ぽかんとした表情を向けた。初な少年かと思ったが、意外と思い切りのいいところがあるらしい。これは一方通行も振り切れないわけだ、と妙に納得した。
ベッド脇に座り込んでいた芳川は立ち上がった。
「じゃあ、若いお二人のお邪魔になってもいけないし、私は退散するわね。その子が起きたなら声をかけてちょうだい。」
部屋を出てドアを閉める瞬間、彼女はいたずらっぽく付け足した。
「あ、私がこの状態を見たってことはその子に秘密にしてね。多分すっごく機嫌悪くなると思うから。」
そうしてまた、少年は深く眠る少女と二人きりになった。
(嫌な夢を見る、ね…)
あまり考えたくはない。特力研などという地獄のような場所で幼少時を過ごし、それ以降も似たり寄ったりの環境に放り込まれて10031人の少女を殺し、最後には闇に身を落として戦争にまで介入したような彼女の見る悪夢など、想像したくもない。
彼女の記憶力は優秀だ。恐らく、そのいずれの光景もリアルタイムの映像のように記憶していることだろう。一人で眠るたびにその映像を繰り返し見ている少女の孤独を想像すると、息苦しくなるような気分がした。
彼女を起こさぬようにそっと寝返りを打つ。伸ばしっぱなしの長い前髪の隙間から覗いた寝顔に陰りはなく、「嫌な夢」とやらを見ている様子はない。自分も少しくらいは彼女のために何かできているらしい、と少年はほっと息を吐いた。
その細い体を両腕で包んでやると、少し躊躇うような間があって、それからこちらの着ているシャツをぎゅっと掴んだ。縮こまって少年の胸にしがみつく様子は、恋人同士というよりかは親と子供のような光景だった。
でも、きっと子供の頃には彼女はこんなことはできなかった。親も兄弟も知らない。恐らく一番親しかった相手は自分だろうが、離れ離れになる前の彼女はその自分にも甘えるということを良しとしなかった。その彼女がこうして不器用ながらも他人に甘えるという行為ができるようになるまで、彼女はどれだけ傷ついたのだろう。
彼女に甘えられるのが嬉しいという一方で、それは彼女が辛い思いをした過去に基づいているのかと思うと素直に喜べない気がして、彼はもやもやとした気分を振り払うように首を振った。
いつの間にか少年も寝ていたらしい。両腕の中の彼女がもぞもぞと動く感触で目覚めたのは、結局彼女が寝入ってから3時間ほどした頃だった。
「なンで、オマエ、こっち側向いてンの。」
「…寝ぼけてたんだろ、多分。」
彼は何となく気恥ずかしくて、目を擦る彼女から目を逸らしながら応えた。
「何か、礼、する。」
寝起きで頭がぼんやりしているのだろう、途切れ途切れの言葉は片言めいていて、寝ているときからこちらのシャツを掴みっぱなしの手が離れる気配はない。寝ぼけ眼で男の服を掴むだなんて可愛らしい仕草を自分がしていることを自覚していないのだろうか。
「礼って、何でもいい?」
「何でも良くはない。」
「じゃあ、デートは?」
「デート?俺とオマエが?」
夢うつつの境目をふらふらしていた彼女は、そこで初めてぱちくりと目を見開いた。こちらのシャツを握ったまま首をこてんと傾げる仕草がまた愛らしい。これ他の男に見せたりしてないだろうな、と妙な独占欲が芽生えたのは彼女には秘密である。
因みに彼女、暗部に所属していた頃には土御門や海原の目の前でしょっちゅう寝こけていたが、寝起きは鬼の如き形相でこんな可愛らしい仕草を見せるわけがなかったのは言うまでもない。
「うん。待ち合わせしてさ、ご飯食べて、映画見て、買い物しよう。」
「いつもやってることじゃねェか。」
「ぶっぶー、全然違いまーす。一番大事なことがあって、可愛い格好してくること。」
「スカートはやだ。」
「即答かよ。一応訊くけど、何で嫌なの?」
「…何か防御力低いじゃン。」
「何それ。普段履かないから恥ずかしい、とかではなくて防御力の問題?」
「うン。」
彼女は今着ているショートパンツの裾の辺りを弄りながら言った。確かにスカートを履いて心許なく思う気持ちも分からなくはないのだけれど、そのショートパンツだって決して防御力高くはないぞ、と少年は思った。防御力云々というか、普段から能力使って飛び回っているような人間にスカートが適していないのは確かだが。
「てかオマエもまともな格好してくるンだろうなァ?」
「お前と違って俺が普通の格好しても誰だか分からない気がする…が、仕方ないな。」
「仕方なくねェよ、当然だろ。」
「じゃあ、約束。熱下がったら連絡くれよ。」
大人と子供みたいにサイズの違う指を絡めて、二人は小さな約束をした。そこに込められた意味は単なるデートの約束だけでなく、その日を楽しみに待っているよという意思表示であったり、そのときまで一人でどこかに行ったりしないという宣言であったりした。こういう小さな約束が積み重なって、いつもふらふらと一人どこかへ行ってしまう彼女を日常に留めるものになればいいのに、と思った。
「あら、愛穂。あの子だったら寝ているはずだけれど?」
その日の夜のことだった。いかにもこれから寝ます、といった様子の黄泉川愛穂が自室ではなく一方通行の部屋に入ろうとしているのを見て、芳川桔梗は声を掛けた。一方通行が寝込み、打ち止めが外泊し、番外個体が家出中の黄泉川家は酷く静かだった。
「だからじゃん。」
「だから、って?」
「打ち止めもいないし、今夜はこの黄泉川先生があの子に添い寝してやるじゃん。」
「あらまぁ、あの子は嫌がりそうね。」
「何だかんだ言って押しには弱いから、断られはしないと思うじゃん。」
恐らく今夜も悪夢に魘され病気の体を休めることも儘ならない少女のため、彼女が抱き枕代わりになると言う。例えば自分がそれを申し出たならあの子はそれを拒むと思うが、彼女が相手なら少し文句を言っても最終的にはそれを受け入れるだろうな、と芳川は思った。一方通行は庇護欲の強い彼女を母親か姉のように思っている節がある。
「それにしてもあなたもよくよく考えたら異常よね。あの子を単なる子供と見れるなんて。」
「あの子だって守るべき子供じゃんよ。」
「それはあなただから言えるのよ。」
「自分であの子を預かるように言ってきた癖して、酷い言い草じゃん?」
「…それもそうね、ごめんなさい。今のは忘れてちょうだい。」
異常というのなら皆、異常だ。
10031人もの人間を殺すだけの力があり、実際にそれを行使した少女は普通の子供とは言えないだろう。それをよく知っていて、それでも一途に慕うクローンの少女だって同じだ。クローンの少女を超能力者の少女が殺す様を黙ってみていた彼女もそれは一緒だし、その全てを知りながら全員を一つ屋根の下に住まわせている自分だってそうなのだろう。
だけれど、どんなに異常であろうと普通に生きて行きたいという意思を持っていけないということはない筈だ。普通を取り戻したいと願う気持ちに罪はない筈だ。彼女は言い聞かせる。このドアの向こうで悪夢に魘される少女のためにも、自分自身のためにも。
黄泉川は真っ暗い部屋の中にそろりと体を滑り込ませた。少女が一人寝ているだけの小さな部屋はどんよりと淀んでいて、何か恐ろしげなものが息を潜めて隠れているように思えた。黄泉川はこの部屋がそのまま彼女の悪夢を映しているように見えた。
そっとベッドの隅っこで身を固くしている彼女の隣に身を横たえる。真冬の夜に捨てられた子猫のように小さくなっていた少女がもぞりと動く気配がした。
「…なンだァ…?」
ぼんやりとした表情で言うが、ぐっすりと寝入っていたわけではあるまい。独り寝のときの彼女の眠りは浅い。こうやってすぐ気付くということは、もしかしたら廊下で自分と芳川がしていた会話も聞いていたかもしれない。その上で寝ぼけた振りをしているのは彼女なりの照れ隠しだろう。
「このでっかい塊、寝惚けて食い千切っちまうところだったぞ。」
「やだ、おっぱい吸うとか赤ちゃん返りじゃんよ?」
「俺がそンな可愛らしいもンに見えンのかよ。目ェ腐ってンのかァ?」
「当然見えるじゃんよ。何だこのつやつやの肌は、赤ん坊と変わりないじゃんねー。」
先程から脅かすようなことを言う少女だが、声は驚くほどに穏やかで優しい。どんな暴言を吐いても許して貰えると確信しているように、彼女は楽しげに残酷な言葉を口にする。その表情にも仕草にも声にも、黄泉川の行為を拒むつもりがないことが現れていた。
「まァいい、湯たンぽにしてやらァ。」
くぁ、と彼女は小さく欠伸をして、黄泉川の懐にしがみついた。恐らく普段ならばこの行為は拒まれたことだろう。基本的に彼女が何もかもを明け渡す相手というのは打ち止めを置いて他にない。体調を崩している今だから、相手が黄泉川であっても甘んじて受け入れたのだ。
ややあって穏やかな寝息が聞こえてきたので、黄泉川はほっと息を吐いた。
彼女がどんなことをしてきたのかは芳川桔梗にある程度聞いている。自分でも可能な限りは調べた。それでも自分は、彼女を「守るべき子供」であると認識していた。
この子供に何の責任もなかったのだと言えるほど、自分は夢見がちな生き物ではない。この子供にこそ、責任はある。でもそう思うからこそ、大人たちが何故止めてやれなかったのだろうかと思う。何人もの大人が挙ってこのか弱い少女に莫大な重荷を背負わせようとした。その事実が許しがたい。
ずっと前からお前のことを知っていたんだよ、と言ったらこの少女はどんな顔をするだろう。きっと、酷くショックを受けたような顔をするのだろうと思った。お前が10歳のとき、能力を暴走させたのを私は見ていたんだよ、と言ったらもしかしたら家出をして二度と戻って来ないかもしれない。
彼女はその頃、新米の警備員だった。当然第一位の能力暴走などというとびきりのトラブルの前線に放り込まれるわけはなく、彼女の仕事は支部での後方支援であった。といってもあの事件は警備員で解決できる範囲を遥かに超えていたため、後方支援部隊どころか実働部隊ですら実際にやっていた仕事というのはほとんどなく、彼女は支部にリアルタイムで届く映像を見ているだけに近かった。
学園都市に来たばかりで超能力の何たるかも良く知らなかった当時の彼女にとって、暴走した第一位は純粋に脅威として映った。今でこそ暴走能力者相手でも武器を向けずに拘束することを可能とする彼女だが、さすがに最初からそこまで肝の据わった女だったわけではない。歩くだけでアスファルトを半径数メートルにわたって破壊するような子供を相手にするなんて無理だと思ったし、当然「守る」だなんて発想は浮かんでくる筈がなかった。
あの日しっかりと能力者に対する恐怖心を植え付けられた彼女は、その少し後、同じように暴走した能力者相手に恐怖から銃を向け、取り返しの付かない失敗をしてしまった。その失敗を取り返すために、がむしゃらに努力した。何かの縁かと思って、あの第一位が嘗て所属したという特力研の解体にも加わった。
ただの死体ならまだ良かった。態々警備員が解体を命じられる組織なのだから、死体の一つぐらいは覚悟していた。実際はそれ以上だった。人の形を保っているものはほとんどなくて、ばらばらのものもあれば、本来くっついている筈のないものがくっついているようなものもあった。
残っていたパソコンやその他データの類も押収したが、そこに記されていたのはその死体よりも凄惨な過去のできごとだった。死んだ方がまだマシだ、と思えるような恐ろしい実験の数々。恐らく殆どのデータはどこかに運び出されたか、既に廃棄されていて、入手できたものはその内の極一部の筈である。だがそれに記されていたことは想像を遥かに超えていた。
当然、残されたデータの中には当時は彼女の恐怖の対象であった一方通行の名もあった。記録の中で何度も名前が出てくるということは、それだけ多くの実験の実験台になったということだ。データに間違いがなければ、彼女はこの施設に収容されていたとき10歳にも満たなかった筈である。大人が見ても逃げ出したくなるほどに恐怖する環境に、彼女はその身の全てを委ねていたのだ。
黄泉川愛穂は自分が恐怖の対象として認識した少女も、同じように何かを恐れていたのだと知った。
さて、黄泉川の過去を大分捏造してしまいました。もう妹達とかソギーとかキャラ大分捏造してるので今更色々抵抗がない。
そして百合子ちゃん発熱編ようやくの終了。実は>>303からここまで1日の間の出来事なんだ。時間かけすぎだよね。ソギーが百合にゃんの無毛地帯を目撃してしまったことなんて遠い過去のようだよね。因みに黄泉川が百合にゃんに添い寝してるころソギーは百合にゃんの無毛地帯を思い出してもんもんするけど根性で乗り越えるよ。
次はデート編(別名:番外個体ルート友情エンド編)です。ここも結構長くなりそうだなー。
乙ですー
大人組の描写もいいな
…そういえば木原君は百合子にゃんの無毛地帯を見慣れてる訳か
大学受験が終わって、削百合スレでも探すかと思ったらこんなぴったりなスレが
もう一周読んでくる
受験頑張って良かったわww
やあ>>1だよこんにちは。何でこんな時間に書き込みしてるのかって?チャンピオンズリーグ見ながらだからさ。
まちがって投稿しちゃった。
>>431
大分ニッチなものお探しですね。受験乙!
>>429
そもそも木原くンが百合にゃん担当してた頃はロリ子だから無毛地帯も何も当たり前じゃね?って思ったけど木原くン好きなので書いてみた。
※木原くン死んだんじゃねーの、という当たり前のツッコミは胸に仕舞っておいて下さい。
木原「何なのお前、JKにもなって男に裸見られて恥ずかしくねぇのか。」
一方「木原くンかれこれ10年ぐらい俺の裸見てるだろ、今更関係なくね?」
木原「そういう問題じゃねーよ。それだったら幼少時代娘の裸見てる父親は幾つになっても娘の裸を見ていいことになるだろうが。」
一方「駄目なのか?」
木原「Oh…」
木原(よく考えたらこいつ一般家庭の有様を知らねぇんだった)
一方「そもそも恥ずかしがって俺にメリットあンの?」
木原「メリット・デメリットの問題じゃねーよ。つーか羞恥心云々の前に男に裸見られるって事自体デメリットだらけだよ。」
一方「例えばどンな?」
木原「襲われちゃうー!とか考えないわけ?」
一方「別に反射できるしなァ。」
木原「今は制限付きだろーが。しかも幻想殺しみたいにお前の反射が効かない男だっているだろーが。」
一方「上条はそンなことしなくね?」
木原「何この信頼感。俺はそうとも限らねぇと思うけどなー。」
木原「実際に被害がなくても、お前の裸ズリネタにされるのとか嫌じゃねぇのかよ?」
一方「別によくね?」
木原「へ?」
木原「お前いいの?自分の裸おっさんとかのズリネタにされてもいいの?」
一方「生理現象だし仕方なくね?俺に被害ないし?」
木原「いや、普通の女はそこで精神的被害を受ける。」
木原「やだわー、これだから理系女はやだわー。」
木原「ほんとにお前嫌じゃないのか?エロ同人のモブみたいなメタボで加齢臭でハゲのおっさんのズリネタにされても嫌じゃないのか?」
一方「好きにしろって感じ。」
木原「俺でも?」
一方「…」
一方「……」
一方「………」
一方「うわァ」ドンビキ
木原「やっと正常な反応返ってきた!!でも凹む!!!俺エロ同人のモブおっさん以下なのか!!??」
一方「木原くン…俺そンな人じゃねェと思ってたのに…。」
木原「え?何なのこの反応??俺原作でかなりの人でなしだよな???」
一方「木原くン…まさかそンなことしねェ、よな?」グスン
木原「しないから!大丈夫だから!!だから泣くなって、な??」
一方「うン」コクリ
木原「………」←悪いこと思いついた顔
木原「…なぁ、お前。」
一方「ン?」
木原「第七位がお前をズリネタにしてたらどう思うよ?」
一方「…」
一方「」カァァ
木原「そうだ、第七位殺そう。そうしよう。」
以上です。一方さん大好き木原くンネタは好きなのですが、いかんせん比較的シリアスなこのスレでは扱いにくいですね。因みに全裸の百合にゃんとフツーに服着てる木原くンが会話しているイメージで書きました。だいぶシュール。
じ、実験でだよな?これは実験の検査中とかで百合子が服脱いでて不可抗力的な状況なんだよな木原くン??
>>439
もちろん実験ですよ。木原くンは実験という名目であんなことやこんなことをしてますよ。エロ同人みたいに。
さて、これから本編投下します。次の小ネタは『もし百合にゃんとお風呂でばったりしたのが上条さんだったなら』の予定です。
「あら、何だか見覚えのある人影だと思ったら。」
「…原子崩しか。」
気軽に声をかけてきたのは長い茶髪を上品に靡かせ、お嬢様然としたゆったりとした足取りの女だった。堂々とした態度と得も言われぬ気品で視線を集めている彼女が、まさか世を憚る大悪党だなどと気付く人間はいないだろう。
「珍しい格好してるじゃない。やだ、今日雪降るのかしら。」
「俺も降って欲しいところではあるなァ。」
待ち合わせスポットです、と言わんばかりのありきたりな記念碑に気怠そうに寄りかかっているのは第一位こと一方通行。珍しい格好と言われた通り、一見してひだの大きいプリーツスカートにも見えるデザインのキュロットを履いていた。その上に丈の短いナポレオンコートを羽織っていて、足元もごっつい編み上げロングブーツだったので、可愛らしいとは程遠い印象ではあったが。
「化粧はしてないのね。嫌だわー、何このまっさらすべすべ肌。まつげも長いし鼻も眉もいい形してるし。あんた美容とか気ぃ遣ってるの?んなわけないわよね。」
「俺がンなことするか。」
「折角美人なんだからもうちょっと気合入れなさいよねー。ちょっとこのコートの中何着てんのか見せなさいよ。」
「おいこら勝手に人のコートのボタン外してンじゃねェよ。」
「あらやだ可愛い。あんたこんな服持ってたのね。今日は本当に大雪かしら。」
中に着ていたのは白いトップス。スクエアカットの襟元は彼女の綺麗な鎖骨を目立たせていた。胸の下のところに切り替えがあって裾に向かって少し広がったデザインになっており、控えめながら十分可愛らしいと言える。どこまでも白黒ツートンなのはなぜなのかと思うし、欲を言えば裾がレースなんかになってたらなおよかったんだが、この愛想のない第一位にしてみれば上出来だろう。
「デートっつったら同居人共が挙って着せ替え人形にしやがったンだよ。」
「あら、デートなの?」
「デートらしい。」
「らしい、って何それ。」
「俺、デートの定義なンざ知らねェし。」
自身のコートをがばっと広げたまま会話を続ける麦野の両手を引き剥がし、彼女は元の通りにボタンを嵌めていった。指が悴みそうな12月の屋外で利き手でもない左手一本でボタン留めをスムーズに熟すあたり、器用なんだな、と思う。右手は当然杖をついたままだ。
「そこで「定義」とか言っちゃうあたりがさすが第一位だ。当人たちがデートだって言い張ったらデートなんだって。」
「そォいうもンなの?じゃあ当人たちで意見が分かれたら?」
「それは上手いこと折り合いつけてよ。ってか相手誰?第一位をデートに誘うなんて大した度胸だねぇ。」
「あー、オマエも知ってそうだなァ。」
自分も知っていそうな人間?さては暗部か高位の能力者か、と思った瞬間、麦野の背中の方から明るい声が届いた。
「おーい、お待たせ!」
少年らしき姿が向こうの方に見えたかと思ったら、生身の人間とは思えぬスピードでこちらに近づいてくる。人にぶつかりそうだと思ったが、あっちこっちに向きを変えて器用に避けてくるあたり、全速力に見えるが本人は比較的余裕があるらしい。傍らの第一位はその少年が自分の目の前に急ブレーキで立ち止まったのを認めると、驚いた様子もなく言った。
「オマエが待ち合わせに遅れるなンて珍しいじゃねェか。何かあったのか?」
「スキルアウトに絡まれてる上条見つけたから助けてやったんだけど、あいつ何なんだ?この間も絡まれてたんだが。」
「あァ、アイツに関してはそォいう星の下に生まれたとしか言い様がねェ。」
「それにしても一瞬誰だか分かンなかったぞ、オマエ。」
「うん、自覚はある。でもお前が言ったんじゃないか、いつもと違う服着て来いって。」
彼の服装はカーゴパンツにパーカー、コンパクトなメッセンジャーバッグという極シンプルなものであった。幸か不幸かどんな服装でも目立つ一方通行と違い、旭日旗Tシャツと鉢巻を取ってしまうと比較的地味な外見をしている彼は普通の高校生にしか見えなかったので、麦野沈利は一瞬その少年が誰なのか分からなかった。
「えーっと、もしかして第七位?」
「おう、第四位か!」
昼間にお化けでも見たような表情で麦野沈利は訊ねた。どういう組合せだ。確かに第一位は暗部にいた人間の中では比較的情状酌量の余地がある人物ではあるが、それにしたってこの第七位とはかけ離れた人生を歩んできているはずだ。どこでどうこの二人に接点が産まれたのか、さしもの第四位も想像がつかなかった。
しかしこうして見ると意外と似合いの男女は―外面だけなら華奢で引っ込み思案な少女と活発で少し強引な少年という何だかありがちな恋人同士に見えた―彼女の疑問に答えてくれるはずもなく、さっさとどっかへ行ってしまったのであった。
「ってわけで俺こいつと待ち合わせだからまたなー!」
「おいオマエ、引っ張ンじゃねェ!!」
普段から嵐のような男ではあるが、いつにも増して唐突でわけが分からなかったな、と麦野沈利は二人がいなくなった待ち合わせスポットをぼんやり眺めた。
麦野沈利を置いてけぼりにしたことなど3歩で忘れた二人(注:頭がいいはずの超能力者)は、第七学区の大通りを歩いていた。クリスマスを半月ほど先に控えた休日の学園都市はなかなか騒がしく、浮ついた様相である。
「朝食べてきた?」
「ついさっき食べて家出てきた。」
「じゃあ昼はゆっくりでいいかなー。何食べたい?」
「とンこつらーめン。」
「光の早さでデートから遠ざかったな…別にいいけど。」
超能力者で裕福とはいえ高校生、別に豪勢な食事をするつもりはなかったけれど、だからと言って初デートで行っちゃいけない店トップ3には入るだろうラーメン店を選択する彼女のマイペースさに、少年は却って感心した。何というか、自分たちらしいと思う。
「っていうかデートって何だ。そこがもう気に食わねェンだけど。別にいつも通りでいいだろォが。」
「えー?何かこう、待ち合わせしてお出かけって憧れない?」
「ない。」
「お前可愛げないな…。」
「悪かったな、可愛くなくって。」
彼女はむすっとした表情をしたかと思うとふい、とそっぽを向いた。明らかに拗ねている、と分かる仕草である。「可愛げがない」と言われて拗ねるということは、自分に可愛げがないと思われるのが嫌だということだろうか。自分が知る彼女は、男に可愛げがないと言われても「それがどォした」と鼻で笑うような性格をしていた気がする。そうではなくて、自分に可愛げがないと言われてショックを受ける程度には彼女に想われているらしい、と自惚れていいのだろうか。
少年が一人勝手に自信を深めている一方で、彼女は彼に一瞥もくれずに言葉を続ける。
「オマエだって俺がこォいうのに慣れてないことは知ってるだろォが。」
「別にオマエが嫌いだとか、デートが嫌だとか言ってンじゃねェよ。」
この場に某シスターがいたら「あくせられーたの「嫌いじゃない」は好きってことだよね」くらいのびっくり無神経発言をしてくれるのだが、生憎真っ白シスターは本日上条当麻の財布を空っぽにする仕事に忙しかった―因みに打ち止めの場合だと同じことを考えていても、恥ずかしがりの一方通行の気持ちを慮って口にはしない。
というわけで少年は彼女に憎からず思われてはいるんだろうくらいには考えているわけだが、割と全幅の信頼を寄せられているとまでは気付いていなかった。妹達がそれを知ったら「普通高校生の男女が好き合ってもないのに一つベッドで昼寝しねーよ」という常識的なツッコミが飛んでくるところなのだが、残念ながらインデックス同様、本日の彼女たちは別のことにかかりっきりであった。
「だけど、こォいうの落ち着かねェンだ。黄泉川もガキどもも、さっき会った原子崩しだってデートって聞いたら眼の色変えやがって。何なンだよ、気持ち悪ィ。」
「だからお前はいつも通りでいいよ。ラーメン食べたっていいし、俺のこと荷物持ちに使ったっていいし。」
「お前だって、段々と慣れようとしてるんだろ。普通の高校生みたいな生活に。」
「だから黄泉川さんの家にいるし、上条みたいな普通のやつとも付き合うし。」
「だからこういうことにも少しずつでもいいから慣れたらいいんじゃないか。」
少年の言葉を聞いて、彼女は漸く視線を彼の方に戻した。それでも彼の顔を見るわけではなくて、不満気に足の方を見詰めている。
普通の高校生のように友だちと遊んだり、家族と穏やかに暮らしたり、誰かを好きになったり、そういうこと全て知らなかった。だけれどこれからはそういう世界に馴染んでいきたいと思っている、それは彼の言う通りだ。そのことについて他のやつにあーだこーだ言われるのは癪だが、彼が手伝ってくれるというのならば頑張りたいとも思う。
でもやはり胸がどこかむずむずと落ち着かない。それは慣れないことに対する拒否反応とかではなくて、嬉しいけど恥ずかしいとかもうちょっと甘酸っぱい気持ちなんじゃねーの、と彼女に教えてくれる親切な人はいなかった。
「いつも通りってンなら着替えたい。」
「ごめん、それだけは勘弁して。」
「何でそンな服に拘ってるンだ?」
「この間インデックスと出かけてたとき可愛い格好してたじゃん。インデックスずるい。俺だって可愛い格好の百合子と出かけたい。」
「そォいうもンなの?」
さっきまでこの世の終わりを憂う哲学者のように難しい表情をしていた彼女は、きょとんと不思議そうな表情を見せる。昔は酷く無表情な少女だと思っていたけれど、本来はこんなにもころころと表情の変わる女の子だったのだ、と最近になって初めて知った。ずっと前から知っていたはずなのに、こんなふうに会う度会う度新しい一面を知っていく。それが嬉しくって、楽しかった。
「そういうもんなの。男ってのは可愛い格好した好きな子と出かけたいものなの。」
「ふゥン。家の中でとかなら見せてやらなくもねェのに、出かけなくちゃなンないのか。」
「…そういうこと、絶対他の男に言うなよ?」
「?分かった。」
彼女は単に人目のあるところで普段着ない服を着させられているのが嫌で「家の中でなら構わない」と言っているだけなのだろう。だがしかし「家の中で可愛い格好見せてくれる」という発言はかなりギリギリだ、と少年は遠ざかりそうな意識をすんでのところで引き戻しながら考えた。
適当なチェーンのコーヒーショップの隅っこで一組の似つかわしい男女が本日のデートの予定を再確認していた。歩きながらでもできそうなことだが、彼女の方の足が不自由なのでどこか座れる場所の方がいいのだ。
「映画見に行くって言ってたっけ。オマエあンま映画とか見ないンじゃねェの?」
「そうなんだけど、知り合いにチケット貰ったからお前と行こうかなーって。これなんだけど。」
彼が財布から取り出したチケットのタイトルに一方通行は見覚えがあった。脳内に特徴的な話し方をする―具体的にはやたらと「超」という単語を連発する―白いニットワンピがトレードマークの少女が過ぎって、鳥肌が立った。
「…その映画はダメだ…。」
「そうなのか?評判悪いとか?だったら映画はナシにするかー。」
映画とかドラマとかにあまり興味のない少年はさして深く考えることもなく彼女の言葉を受け入れたので、『付き合いたての恋人がいきなり宇宙船に攫われて改造受けたりなんかして、かと思ったらソ連軍が出てきて恋人を研究のために誘拐なんかして、最終的にバチカンの陰謀だったで終わる』などという恐ろしい映画を見て氷点下まで冷め切る男女は一組減ったのだった。
「あと買い物だっけ?お前買いたいものとかある?」
「あー、同居人共にプレゼント買うつもりなンだが。」
「プレゼント?あ、もうすぐクリスマスだもんな。」
少年は窓ガラスの向こうの町並みに目をやった。どこもかしこもきらびやかに飾り立てられていて、ただでさえ年末年始の浮かれた気分を更に盛り上げるような気がした。
いかんせん家族暮らしなど殆どおらず学生ばかりの学園都市、クリスマスというと恋人同士でデートに行くか、でなければ友人同士でパーティを開くのが主な過ごし方なのだが、彼女の場合は少し違うらしい。
「同居人、って黄泉川さんとか芳川さんにもプレゼントするのか?」
「一応世話になってるし最初はそのつもりだったンだがなァ…。」
「?」
「ガキにプレゼントを贈る日に、ガキからのプレゼントを受け取るわけにはいかないとさ。」
「なるほど。黄泉川さんとかいかにも言いそうなことだ。」
少年は警備員も務める女性教師を思い浮かべた。理想と信念をしっかり持った芯の強い女性である。真面目な顔をしてプレゼントの申し出を断る彼女がありありと想像することができた。
「だから俺は打ち止めと番外個体の二人分だけ用意する。」
「どういうの買うつもり?」
「アイツらのことだから適当にキャラグッズでも買おうかと思ったンだが。」
「番外個体にも?」
「アイツあンな性格してるけど、結構そォいうの好きなンだよ。」
キャラグッズというと、この間見た彼女の部屋に置かれていたカエルやウサギやヒヨコのぬいぐるみみたいなものだろうか。あの気の強そうな少女とそういった可愛らしいぬいぐるみの組合せをうまく想像することができなくて、少年は首を捻った。
「でもクリスマスぐらいは趣向を変えろって言われてなァ。だから他人の意見も取り入れてみようかと。」
「それで俺と一緒に選びたいってわけか。女の子にあげるものを俺がアドバイスできるとも思わないんだけど。」
「別にそンな気負わなくて構わねェよ。オマエ変なとこ気がつくから、俺の横について回ってるだけでイイ。」
さてその頃の妹達だが、命がけの姉妹喧嘩を繰り広げていた。
「このクソ姉共!ミサカの邪魔すんな!!!」
「そういうわけには行きません、とミサカは二人のデートをぶち壊そうとしている番外個体の前に立ちはだかります!」
今日はここまで。デート編導入ということでさらりと。
ソギーが健全な青少年してる部分がチラ見えする度にニヤニヤする
>>453, 454
ソギーの男子高校生な感じとか百合にゃんの乙女な感じとかかなり匙加減苦労してるのでそう言っていただけると嬉しいです。過剰だと浮くし、こういう描写はだんだん増やしていく感じです。最終目標はいちゃいちゃでにゃんにゃんです(嘘)
さて、本日は小ネタ投下します。
お題「もし百合にゃんとお風呂でばったりしたのが上条さんだったなら」
打ち止めに呼び出されて一方通行の看病をしに来たのだが、肝心の一方通行が家の中に見当たらない。打ち止めは自分たちを家の中に招き入れると直ぐに出かけてしまったし、休日に一人で留守番させるのも気の毒だったので連れてきたインデックスはさっさとリビングで寛いでいた。
「一方通行さーん?どこにいらっしゃるんですかー?」
上条はそう言いながら廊下を歩く。さすがに女所帯の扉という扉を開けて人探しをするほど無神経ではない。自分の場合、うっかり扉を開けた向こうに全裸の一方通行が、などということも在り得なくはないのだ。彼は記憶を失ってから半年にも満たないほどの間で自分のちょっと変わった特性を嫌というほど思い知らされてきたのである。今さらそんな軽率な行動はしない、と決意を新たにしたところ、目の前のドアが開いた。
姿を表したのは一糸纏わぬ裸体を晒した学園都市第一位様。
「え?」
「ン?」
なぜ頭にはタオルをかけているのに体の方は無防備なのかとか、全身真っ白だなとか、乳首ピンクだなとか、無毛かよとかそんなことはどうでもいい。ばっちり見てしまったけれど。記憶にしかと焼き付けたけど。
「ご、ごめんなさ、うおわっ!!」
慌てて謝りながらその場を立ち去ろうとしたらコケた。このことについては言い訳をさせて欲しい。裸のままの一方通行の足元には水滴が滴り落ちていたのだ。上条が転んだのも仕方のないことだったのだ。水滴溜まってたのは一方通行の足元で、お前の足元ではないだろう、とかそんな声も聞こえるけど仕方ないのだ。何せ上条当麻なので。
「いてて…。」
「痛いのは俺の方だがなァ。」
何故か頭の上の方から声がする。そして転んで冷たい床に倒れ込んだはずなのに体にはあまり痛みがなくて、妙に柔らかく温かいものを下敷きにしている。ホールドアップの姿勢のままコケた右手には柔らかい膨らみを掴んでいる感触があった。上条当麻は恐る恐る目を開いた。
「………。」
「いつまで人の上に乗っかってンだ、オマエ。」
さして怒った様子でもなく彼女は言うが、上条はだらだらと嫌な汗を流して、体温はあっという間に2、3度も下がったような気がした。
図解しよう。上条は驚きのあまり転んだ拍子に彼女を押し倒すという奇跡を起こしていた。彼の頭は仰向けに倒れた彼女の腹のあたりに乗っており、右手はしっかりと彼女の左胸の膨らみを包み込んでいた。彼の体は彼女の足の間に滑り込んだような状態になっており、少し視線を下ろしたなら女性の一番大事な部分が間近に見えるだろうということが彼の貧相な頭でも容易に想像できた。
どうやら一方通行はこの状況にさして驚いても怒ってもいないらしい。これ以上何かトラブルを起こす前に早急に彼女から離れることに成功すれば、あるいはお咎めなしかもしれない。
そう考えた上条の背後に歩み寄る二人分の足音。
「…とうま?何をしてるのかなぁ??」
上条はその場で硬直した。具体的には相変わらず一方通行を押し倒して胸を鷲掴みにしたままで。背中越しに聞こえる声は穏やかなものだったがそれが却って恐ろしい。
「ほら答えてよ、とうま。とうまは今何をしてるの??」
「「裸のあくせられーたを押し倒して胸を鷲掴みにしてます」、たったそれだけのことも言えないのかな、とうま?」
「そんなとうまには…、ちょっときついお仕置きをしないとね!!」
瞬間、シスターの少女は一方通行が雨あられと投げ飛ばす鉄骨すら全て避け切った俊敏な少年ですら逃げ切れぬ速度で噛み付いたのだった。因みに普段から一方通行にはよくしてもらっているためか(主に食事の面で)、インデックスは嫉妬からではなく、一方通行を大事に思うあまりに怒っていたらしかった。しかしながら肝心の一方通行はぼんやりとその様子を眺めているだけで、先程まで自分の身に起きていたこともはっきりとは認識していないような有様だった。
「一方通行、大丈夫ですか。上条当麻に不埒なことをされてはいませんか、とミサカはミサカの中で命の恩人の評価がだだ下がりになっている事実を隠さずに問います。」
「ン?不埒なことって何が?」
この体たらくである。能力がなければこの危機感のない華奢な少女などこれまでの人生で何度危ない目に会ったか分からない。能力があるからこその危機感のなさかもしれないが。
そして13577号がMNWで共有した記憶により、ミサカ内での上条当麻の株価が世界恐慌もびっくりの勢いで急降下したのだった。
てめーの次のセリフは「上条もげろ」だ!……とかミサカはミサカは言ってみたりする。
因みにソギーが同じことやったら百合にゃんは恥ずかしがります。ソギーは百合にゃんにとって「異性」なので。見られることには抵抗ないけれど。上条さんは上条さんなので、百合にゃんは気にしません。
上条さんは第七位さんが直々にもいで爆発させて粉々に砕いてくれるそうです。皆様ご安心下さい。
さて、今日の投下分はミサカばっかりですよー。
「ちっ、小細工使いやがって!」
本来ならば妹達と番外個体との戦闘など、勝負にならない。
まず能力の強度が違う。妹達は異能力者か強能力者、上位個体などと呼ばれる打ち止めも強能力者である。対して番外個体は大能力者、如何せん同系統の能力だから、戦闘の勝敗にもそのまま強度が反映されると言っても過言ではない。
更には一方通行の抹殺の為に造られた番外個体は、曲がりなりにも妹達の一個体でありながら上位個体命令文を受け付けない。加えて勝手にMNWに接続できるので、本当なら妹達が綿密な作戦を立てようがMNWを介してその考えなどお見通しである。
(MNWに接続できない…。あのカエル顔の医者か?)
つい先日行った打ち止めの調整、いつもより時間がかかったな、と妙に思ってはいた。どうやらあのとき、食えない顔をした医者が何やら小細工を仕込んだらしい。他の妹達同様、番外個体のMNWへの接続も打ち止めの判断でシャットアウトできるようになったようだ。恐らくお優しい上位個体のことだ。こんな戦闘に使う予定などなく、MNW内の悪意に振り回される末の妹を慮ってそんな新機能を搭載したのだろう。
(でも上位個体命令文は相変わらずミサカには効果ないみたいだね。これでイーブンってところか。)
恐らく番外個体にも上位個体命令文が有効になる状況を作るためには、打ち止め側だけでなく番外個体側にも特殊な調整を必要とするだろう。それを番外個体に悟られずに実行するのは難しいし、そもそも打ち止めは上位個体命令文で妹達を従えることに抵抗がある。彼女の性格を考えても上位個体権限を振りかざして番外個体を無力化させよう、などとは考えないだろう。
こういった状況を踏まえると、今回の姉妹喧嘩、打ち止めも番外個体もお互い裏技は使用できないと言っていい。能力の強度はこちらが上だが、向こうは複数人だ。MNWに勝手に侵入できて更には向こうにはこちらの考えを悟られないという圧倒的に有利な状況は覆ったので、番外個体VS妹達連合軍の戦いは意外にも拮抗していた。
さて、この辺りで「そもそもなぜこんなことになっているのか」という重要な問題について説明する必要があるだろう。
紆余曲折あって妹達及び打ち止めは一方通行と第七位の少年の交際を認めることを決めた(本人たちには男女交際をしている認識があまりないのだが、そこは置いておこう)。それに異議を唱えたのが番外個体だった。そもそも成り立ちも植え付けられた思考もまるで違う彼女は、打ち止め以上に妹達の中では異色の存在だった。打ち止めも自分たちと考えが異なること自体は仕方がないだろう、と判断した。
しかしながら事態はそんなに穏やかでなかった。
大好きな第一位が何処の馬の骨とも知れぬ男にうつつを抜かしていてただでさえストレスが溜まっていた番外個体は、彼らがデートをするらしいという事実を聞きつけちょっと嫉妬するどころではなくブチ切れた。それはデートを邪魔したくらいで収まる程度の怒りではなく、「他の男に盗られるくらいなら第一位を殺してミサカも死ぬ!」ぐらいの極端なものであったのだ。
そもそも番外個体が彼らのデートを知ったのはつい先程のことだった。ふらふらとどこをほっつき歩いているか知れぬ家出娘が久々に家に帰ってきたとき、ちょうどいつもと装いの異なる一方通行が出かけるところだったのだ。
最初番外個体も珍しい格好をしているなとは思ったのだが、先日のインデックスとの外出のこともあり、そんな日もあるかと気にしていなかった。しかし一方通行が出かけて30分ほどした頃、ぽろりと芳川がデートのことを口にしてしまい、番外個体に第七位との外出であることが知れてしまったのだった。
その瞬間、番外個体は怒りのあまり家を飛び出した。
<しかし上位個体、この怒りは第一位が受け止めるのが妥当では?とミサカ19090号は考えます>
彼女らはMNWを介して作戦を共有しつつ雑談をするという器用なことをしていた。単独では彼女らはそこまでハイスペックではない。第一位の演算を肩代わりするほどに高性能なMNWの余剰領域を上手く活用して自分たちの能力の底上げに使っている。ただしそれは打ち止めがいて初めて実現できることなのだが。
<確かにそうかもしれないけど、あの人包丁持って番外個体が「第七位捨ててくれないとミサカ死んでやる!」って迫ったら自分の幸せとか全部放り投げてホントに番外個体の言うこと聞いちゃうよ?ってミサカはミサカはヒモ男に騙される昼ドラの女主人公を思い出してみたり。>
<ありありと想像できて恐ろしいです、とミサカ10039号は上位個体の想像に相槌を打ちます。>
<第一、番外個体が「ミサカ」を理由にしているのが気に喰わないのです。番外個体が怒っているのは「ミサカ」の総意ではなく、番外個体自身の感情でしょう、とミサカ10032号は都合のいい言い訳にされていることに怒りを露わにします。>
冷静に考えてみると、ここ1週間ほどMNWにまともに接続していなかった番外個体が今ストレスを感じているのは、彼女自身の精神の働きであるとしか言い様がない。MNWの負の感情が流れてきているなどという言い訳は通用しないのだ。その状況に至って「あなたが10031人殺したせいでミサカがこんな風になってしまったんだから責任を取れ」というのは全くの筋違いである。言い訳に使われている妹達としてもあまり気持ちのいい状況ではない。
<そういうこと!これはあの人と番外個体の問題かもしれないけど、姉であるミサカたちにも無関係じゃないのだ!ってミサカはミサカは作戦決行を命じてみる。>
(MNWに接続できないから第一位の居場所も分からないし…)
一方通行が首の電極でMNWを受信している関係上、打ち止めには彼女の大体の位置が分かる。ただMNWにアクセスしているだけで管理者権限を持たない他の妹達には本来できない芸当なのだが、番外個体はスペック差にものを言わせて(打ち止めより精度は劣るものの)MNWから一方通行の居場所を探ることができた。それもMNWに接続できなければ意味がない。
<取り敢えず予定のポイントに誘導することに成功しました、とミサカ13577号は作戦の成功を報告します。>
<うん、ありがとね。ってミサカはミサカは皆を労ってみたり。>
<しかしこのポイント、ミサカたちにとっても危険な場所ではありますが…。とミサカ10039号は例の人物に気取られることを恐れます。>
実はこんな事態が起きるのではないかと予想していた妹達と打ち止めは、こっそり前々から準備をしていた。
学園都市の街中で電撃やら鉄釘やらの飛び交う派手な戦闘をしたら警備員や風紀委員がやってくる。第三位のクローン体である彼女らは存在が知れたらマズいので、番外個体は立ち塞がる妹達が邪魔でも派手な攻撃をすることができなかった。必然的にデート中の一方通行を探す番外個体の足取りは妹達のいない方角へ誘導されていく。
そして今彼女らが立っているのはスキルアウトが根城にしている地域だった。一般人はめったに踏み込まないあたりなので多少の戦闘があっても目立たないかもしれないが、その分警備員の重点巡回地域となっている。また、何より彼女らにとって恐ろしいのが、風紀委員第一七七支部の管轄区域である、という事実だった。
<コードネーム『PANDA』、本日は支部に待機しているという情報を入手済みです、とミサカ19090号は作戦の最後のピースも揃っていることを報告します。>
<よし、皆ゴーグルつけてるね?顔バレないようにしてね?ってミサカはミサカは最後の忠告。>
<大丈夫です。それより上位個体、あなたは今この付近にいませんね?発電系の強能力者では空間移動系大能力者には敵いませんからね、とミサカ10032号は司令塔の捕縛を危惧します。>
<それには心配及ばないよ。ミサカは今カエルのお医者さんのところにいるからね、ってミサカはミサカは安全地帯からコメントしてみたり。>
<それはそれでムカつくなオイ、とミサカ13577号は怒りを露わにします。>
そう、彼女たちが恐れているのはある意味でミサカ遺伝子の天敵、白井黒子の存在であった。
番外個体は大能力者とはいえ、発電能力者であるから空間移動系能力と相性がいいとは言い難い。外見年齢は白井が慕うオリジナル、御坂美琴より年上だが、彼女の多少異常な愛情を考えると瞬時に御坂の関係者であると知れるだろう。そうなったら正直何をされるか分かったものではない。加えて白井は樹形図の設計者を作り直そうとした結標淡希とも嘗て接触したことがある為、もしかすると絶対能力進化実験のことまで知られてしまう可能性すらある。
自分たちの存在が彼女に知られたらとにかく面倒なことにしかならないのだ。当然番外個体も大っぴらな能力使用は避けるだろう。となると手段はほぼ肉弾戦に限られて来るのだが、そうなると人数の多い妹達連合軍の方に分がある。妹達の勝利条件は番外個体の無力化―理想を言えば意識を落として一方通行がデートから帰宅するまでは大人しくさせておきたい。対して番外個体は妹達を振り切って一方通行の捜索、加えてデートの妨害である。それぞれの成功確率の差は明らかであった。
さてその頃、肝心の第一位と第七位は割と普通にデートを楽しんでいた。
「キャラグッズでなければアクセサリー、ね。確かに女性へのプレゼントの定番だけど打ち止めには大人っぽすぎないか?」
彼女が見ているのは花をモチーフにしたネックレスだったり、オレンジ色のコサージュだったり、案外と普通に可愛らしいデザインの小物だった。自分では使わないが、年頃の少女なりの美意識のようなものは普通に持ち合わせているらしいのが意外だった。
「外見だけならアイツはガキだが、MNWで妙な知識仕入れやがってマセてやがるンだよ。番外個体と違って明らかにガキっぽいもン贈ったらそれはそれで怒るだろォしな。」
「ふぅん、女の子同士って面倒だな。」
そもそも男同士はいくら仲が良くてもプレゼントの贈り合いなんて普通しないしなぁ、と少年は女性同士の複雑な心理を分かったような分からないような適当な相槌を打った。正直この買い物に俺って必要か?とふと疑問に思い、彼は周囲をぐるりと見渡した。周囲は当然というか何というか、友達同士だろう女性グループか、男性が彼女の買い物に付き合っているらしいカップルばかりだった。そしてふと彼女にピアスを選んであげている大学生くらいの男性が少年の目に入った。
「コレお前に似合いそう。」
少年は近くにあった淡いピンク色の花をモチーフにしたヘアアクセを手に取った。一見すると服などにつけるコサージュのようだったが、裏面を見ると髪留めになっている。何の気なしに少年は彼女の髪に添えてみた。
「今はガキどもにプレゼント選ンでンだけど。」
彼女はむすっとしたが、彼の手を振り払うようなことはしなかった。そのまま彼女の目の前にそのヘアアクセを差し出してみる。
「じゃあコレは俺がお前にプレゼントするよ。」
「オマエ、馬鹿じゃねェの。ピンクとか。」
「えー?でもお前肌白いから似合うぞ?」
「クソガキとか黄泉川も同じこと言いやがる。精神的に無理だっつゥの。」
「白黒ばっかで飽きない?」
「たまに赤とか着るし。」
「どーせパンクファッションなんだろ?今日みたいな可愛い服装にはピンクだろ!!」
「なぜそこで熱弁を振るうのかが分かンねェ。」
男って変なところで怒ったり喜んだりするよなァ、と少女は思った。上条や浜面も彼と似たように自分には全く分からないところで妙な拘りを見せることがあった。昔は男のような振る舞いを好んでしていたが、そういう違いを知るとやはり自分は男ではないのだと思う。だからと言って女らしくもないのだけれど。
「あ、でもプレゼントの中身最初から知ってたらつまらないか。」
「いや、って言うか要らない。ピンクとかなら。」
「却下!お前でも気に入るような可愛いやつ見つけてやるから覚悟しとけよ!!」
覚悟しとけよ、って戦隊物の悪役ぐらいでしか聞いたことないぞそのセリフ、と突っ込む間もなく彼は自分の作業に没頭しだした。同じ店内にいるがほぼ単独行動である。これって最早デートじゃないンじゃねェの、とさすがにそういった分野に疎い彼女でも違和感を覚えたが、彼女の方は別にデートに拘りはなかったので放っておいた。
さて再び妹達のちょっと派手な姉妹喧嘩の方に戻ろう。
学園都市在住の姉たち4人に取り囲まれて思うように進むこともできない番外個体のストレスは限界に達しつつあった。
「何でミサカの邪魔すんのさ!!?あんたたちだって第七位のことよく思ってなかったじゃん!!」
彼女がそう叫ぶのが、10032号にはヒステリックに聞こえる一方で、泣き止まない赤ん坊のようなイメージも抱かせた。無理もない、ただでさえ外見年齢と実際の年齢が一致しない第三位のクローンの中でも彼女は一番後になって作られた個体であり、それに加えて一方通行を恨むことしか教えられなかったのだ。
でも、彼女の生まれがどんなに悲惨であろうと、姉として彼女の我儘を見過ごすわけにはいかない。
「確かにそうかもしれません。でもミサカたちはミサカたちなりにその感情に整理をつけました、とミサカ10032号は番外個体の発言に肯いつつも反論を試みます。」
「このミサカとアンタとは別の人間でしょう。アンタたちが勝手に気持ちの整理をつけようがミサカには関係のないことだよ。」
「その通りです。でもこのミサカとあなたは違うと言うのであれば番外個体、あなたは『ミサカの総意』を理由にすることを止めなければならない、とミサカ10039号は番外個体の矛盾を突きます。」
「番外個体、あなたは死んだ10031人を理由にして第一位に要求するばかりではないですか、とミサカは13577号は番外個体の痛いところを突いてみます。」
「そんなことでは第一位もあなた自身を見てくれないのではないですか、とミサカ19090号は番外個体自身の願いが成就しない可能性を危惧します。」
妹達の方が圧倒的に有利な状況にありながら攻撃を仕掛けてこないのはお優しい最終信号の指示だろうか。穏便な説得を試みるとは第一位を殺す予定も第一位に殺される予定もなかった唯一の個体である最終信号らしいお情けである。
しかしながら説得は逆効果だった。妹達に指摘された事実について、番外個体だって気付いていないわけではない。知っていて目を瞑っていたものを、強制的に目の前に持ってこられて嫌に思わぬ人間などいない。
自分は死んでしまった10031人を言い訳にして一方通行を脅迫しているだけなのだと番外個体本人も重々承知していた。彼女を独占したいという気持ちがMNWから生じているものではないことも理解していた。あの第一位はそれを当然の報いとして受け止めているようだったが、自身の独占欲の根源がMNWにないならば彼女がそれに報いる義務もないことも分かっていた。
あの第一位は自分を通じて死んだ10031人を見ている。でもそれでもいい。それしか自分には方法がない。だってこのミサカはあのミサカたちとは違う。
「アンタたちには分かんないでしょう!?ミサカの気持ちなんて!!」
「ミサカはアンタたちみたいにあの人の代理演算をしてるわけじゃない!」
「ミサカ自身はあの人との繋がりなんてひとっつも持ってないんだ!!」
「だったら死んだミサカを言い訳にするしかないでしょう!ミサカはそれしか持ってないんだから!!」
例えば妹達や打ち止めは死んだ10031人のことを抜きにしても、現在進行形で廃人同然の体となった彼女を支えているという事実がある。既に死んだ自分ではないミサカを理由にすることなく、今も彼女を支えている1人のミサカとして彼女に何かしらを要求する権利を持ちうるだろう。
番外個体にはそれがない。一方通行の代理演算には貢献していない。絶対能力進化実験についても、8月31日や9月30日の出来事についても完全に部外者である。番外個体自身が持つ一方通行との繋がりは非常に脆弱なものだった。
それに気付いた彼女が選んだのは「あなたが殺した10031人の亡霊そのものなんだから、責任を取ってよね」と彼女の罪悪感を刺激することであった。彼女との繋がりが脆弱ならば、嘘でもいいからもっと強固な繋がりを―そう考えた番外個体は現在彼女の行動理念の根本にある『既に死んでしまった10031人の妹達』を騙ることにしたのだった。
「別にいいよ、ミサカ自身を大事にしてるわけじゃなくたって。第一位がミサカを通じて死んだ奴らを見てたって。それで第一位がミサカのものになってくれるなら。」
<上位個体、番外個体に力技で押し切られてしまったのですがどうしましょう、とミサカ10032号は自身のダメージを確認しながら報告します。>
警備員や風紀委員に見つかるリスクを恐れて大規模な能力使用はしないだろう、と踏んでいたが、最終的に番外個体は立ちはだかる妹達相手に全力の雷撃を浴びせた。しかしながら攻撃が4人に分散されたことが幸いし、妹達が受けたダメージは然程大きくなかった。それでも直ぐに動くのは難しいといった状態であったけれど。
<まさかリスクを無視して全力放電するとは計算外だったかも、ってミサカはミサカは予想外の展開に驚いてみる。>
<とは言っても全力で走って行きましたからこの場に警備員などが来ても捕まる可能性は低いですが、とミサカ10039号はどちらかと言うと番外個体が第一位を発見する可能性を危惧します。>
<とは言ってもミサカたちはもう動けないし。厳密にはミサカ自身は動けるけど戦闘に関しては分が悪いし。これはミサカたちとあの人の問題だから他の人に助けを求めるのも筋違いだしね、ってミサカはミサカは手詰まりを告げてみる。>
そもそも本来は一方通行と番外個体が解決すべき問題であるはずだ。ただそうは言っても番外個体のストレスの原因は一方通行自身と、MNWから流れこんでくる感情の二種類だったから妹達にも責任の一端はあった。だから妹達もこの問題に首を突っ込み、そして半分の責任を有する側としての勤めは十分果たしたはずだ、と打ち止めは思う。あとの半分は一方通行の仕事だろう。
<あの第一位には番外個体を宥められないと思いますが、とミサカ19,090号は我侭娘に甘い保護者を思い返します。>
<そうだけど、あの人自身もミサカたちとの付き合い方についてはそろそろ考え直すべき時期だし、ってミサカはミサカはギブアップを告げてみる。>
打ち止めはどちらに転ぶとも知れぬ神の気まぐれに手持ちを全額賭けるような気持ちで独りごちた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
親に叱られて家を飛び出す幼い子供のように、行き場のない気持ちを抱えて番外個体は薄暗い路地裏をがむしゃらに走った。途中スキルアウトに喧嘩を売られることもあったが、多少人数が多くても流石に大能力者相手に何かできるほどの無能力者はまずいない。彼女にとってさしたる脅威にもならなかった。
そして最後明るい大通りに出るかと思ったとき、また誰かとぶつかったのだった。
「アンタ…番外個体、だったっけ?そんな顔してどこ行くのよ??人でも殺しそうな雰囲気よ…?」
その人物は偶然か運命か、彼女自身のオリジナルであった。どうやら自分は鬼の形相をしていたらしい、自分と同じ顔が酷く怒り狂ってるのを見て驚くとは第三位様も案外可愛らしいところがある。
「……実際第一位を殺そうとしてるって言ったら、おねーたまはどうするのさ?」
番外個体はなるべく冗談に聞こえるように言った。彼女も番外個体が一方通行を殺すために創り出され、にも関わらず結局彼女と一つ屋根の下に暮らしていることは知っていたから、十分に冗談として通用するはずだった。
「…って止めるに決まってんでしょ!!!」
しかしながら彼女は本気に取ったらしい―実際番外個体も半ば本気で言っていたのでその判断は間違っていなかったのだけれど。整った顔が憤怒に染まる。だけれどそれは純粋な正義感から生じていて、自分のような捻くれた感情の発露とは違っているのだと、番外個体はどこか冷静な頭の隅っこで考えた。
「幾らアイツが人殺しだってアイツを殺していいことにはならないでしょーが!!」
「何かよく分からないけど一方通行に文句があるなら私も一緒に言ってあげるから!とにかく殺すとかそういうのダメよ!!」
「へ?」
そう言うと自分より小さい姉はこちらの手をぎゅっと握って勝手にずんずんと歩き出したのであった。
ん、妹達対番外個体の戦闘描写?苦手だからキングクリムゾンしたよ??
ヤンデレ書くのって何でこんなにも楽しいんだろうか。次回は悩みを聞いてくれるというお姉様相手に番外個体が更にヤンデレ発言をかましまくります。お姉様ドンビキ。
急げ黒子、天国がそこに
乙
付き合ってもないのに指輪なんか買おうとするヤンデレのクローンだもんね、仕方ないよね。今日アップする分でデート編は終わりだよ。
>>474
今回は黒子出て来ませんが、後々黒子が御坂ハーレムに突撃する話も書く予定です。シリアス展開だけど。
第三位超電磁砲こと御坂美琴は、一方通行を殺すと息巻く自分のクローンを引き摺って個室サロンに来ていた。こういった場所で遊ぶようなお嬢様趣味はなくて専ら普通のカラオケやファミレスを好む彼女だが、さすがに自分のクローンと一緒にいるところを知り合いに見られるわけにはいかない。一方通行のこととなると第三者に聞かれてはまずい話もせざるを得ないし、プライベートなスペースを持たない寮生活の学生には個室サロンというものはやはりありがたい場所であった。
御坂はカラオケボックスなどのそれと比べたら明らかに作りがいいと分かるソファーに腰を落ち着けてから、向かいに座って物珍しそうに室内の調度品を眺める番外個体に訊ねた。
「一方通行を殺したいって、曲がりなりにもアンタたち一緒に暮らしてるんでしょ?そんなに嫌いだったら別々に暮らせばいいのに。」
「おねーたま、何言ってるのさ?ミサカは第一位のこと大好きだよ。」
絵の具をそのまま溶かしたような、食欲をそそるとはお世辞にも言えないオレンジ色をしたジュースを飲みながら、番外個体は首を傾げた。色はオレンジだが、味もそうだとは限らないのが学園都市である。御坂は無難にティーバッグの紅茶を飲んでいた。
「…アンタが一方通行を大事に思う理由が分からないわ。」
「だってあの人、ミサカたちより可哀想でしょう。」
「可哀想?」
可哀想という言葉と、好きという感情が繋がるとは思えなくて、御坂は番外個体の言葉に対し訝しげな表情を浮かべた。その表情を気にすることもなく、まるで昨日見たテレビ番組の内容でも語るように気軽に番外個体は言葉を続ける。
「考えてもみてよ。大人たちに騙されてさ、こいつら2万人は人形だから殺してもいいんだよ、って言われた子供のこと。」
「大人の言うこと信じて1万回殺した頃にさ、人形本人から死にたくなかったとか言われたんだよ。今まで1万回殺してもそんなこと一度も言わなかったくせにさ。後出しすぎて冗談キツいよ。」
御坂はいつか見たあの実験の映像を思い出した。あまりにもショッキングすぎて却って鮮明に覚えているあの光景が、映画の一場面のように頭の中でリピートする。それだけで吐き気がこみ上げてくるような気がした。
あの実験が彼女の望んだことでなかったなら?番外個体の言うように大人に騙された結果だったとしたら?もしかしたら加害者だと思われていた彼女も、自分のように嘗ての惨劇を思い出しながら吐き気を催すような日もあるのだとしたら?
そんな「もしかして」の話ばかりが頭の中をぐるぐると回って、そんな思考の渦の中に番外個体の言葉が染みのように広がっていく。
「お姉さまは知らないだろうけどね、第一位はミサカたちに何度も怖くないのか、嫌じゃないのかって訊いてくれてたんだよ。まぁ、あの人のことだから言い方は汚かったけどね。」
「ミサカたちが嫌だって言えば、きっと第一位は見逃してくれたんじゃないかな。興ざめだ、なんて言って。」
「そのくせ生真面目に生き残りを守ろうだなんて考えちゃってさ。実験の責任取るっていうんなら、第一位だけじゃなくミサカたちを作った研究者や他の関係者だって同罪じゃない?」
「自分一人で全部背負い込んでさ、ミサカたちがお願いすれば何でもしてくれるの。大人たちに騙されてミサカたちを殺してた頃と何も変わりない。」
「あんな頭いいのにさ、優しい言葉をかけられたら信じちゃうの。」
「可哀想で、可愛いでしょう。ミサカの第一位。」
番外個体の言葉が一滴の毒のように、御坂の思考を麻痺させた。可哀想だから好きなの?それは同情心だとか、蔑みだとか、もっと別の言葉が相応しいような気もして、だが一方で執着にも近いそれはやはり「好き」の言葉が似つかわしいようにも思えて、頭の中がぐらぐら揺れる。御坂はやっとのことで口を開いた。
「…それが、アンタの言う「好き」ってことなの?」
「世間一般の感覚とズレているってことは認識しているよ。でもしょうがないでしょ、そういう風に作られたんだもの。」
そういう風に作られた―それは御坂にとって酷く恐ろしい言葉だった。たとえ人工的に作られたクローンであっても自分と変わらない人間なのだと信じていた彼女にとって、それは「自分たちはあくまでも作り物だ」と突き放す言葉であった。全身の細胞を構成する塩基配列の何一つ違わないはずなのに、こんなにも自分と違う。まるで別の星の言葉を聞いているかのように、彼女の言うことに理解が及ばない。自分よりもずっと長く深くこのクローンたちと向き合っているあの第一位は、もしかしたらこんな違和感をずっと抱えて過ごしているのだろうか。
「……でも、それで何で一方通行殺したいとか言うのよ。」
「だって第一位はミサカだけのものにならないじゃない。最終信号や他のミサカたちにも優しくするし、何だかんだ黄泉川や芳川にも親切にするし。」
「最近は何だか訳の分からない男と仲良くしてるしさ。そういうの苛々するじゃん。」
嫉妬心、そういった感情は自分も分からなくはない。分からなくはない、というかぶっちゃけると力強く肯きたいほどによく分かる。超能力者、第三位などと持て囃されてはいるが、恋に恋する中学2年生である、嫉妬心から苛々して相手に当たる気持ちもよく分かる。だがしかし、その嫉妬心も「相手を殺したい」とまでなると話は穏やかでない。その気になればそれを実行できなくもない状態にある、というのも問題である。
同じ親から産まれたわけではないにしろ、曲がりなりにも妹だと思っている少女がそんな凶行に走るのを止めたくて、御坂は質問を続ける。
「それと一方通行を殺すのがどう繋がるのよ?」
「殺しちゃえばミサカ以外にいい顔する第一位見なくて済むじゃない。ミサカも一緒に死んでさ、一緒に地獄に落ちるの。」
御坂も「可愛さ余って憎さ百倍」という言い回しがあることは知っているし、相手を好きだと思うあまりに刃傷沙汰に及ぶような人間がいることも表面的には理解していた。でもそんなの遠い世界の話だと思っていたし、ましてや自分の遺伝子から作られたクローンがそんなことを考えているだなんて予想するはずもない。
彼女は想い人が他の人間に優しくするところを見たくないと言うが、じゃああの少年が自分以外にはまるで冷たい人物だったとしたなら自分は彼を好いただろうか。もしもの話ではあるが、御坂はその問いに対して即座に「No」を返す。誰にでも優しく、そして時折お節介すぎるほどに首を突っ込んでくる彼だから、自分は彼を好きになったのだ。
「一方通行が四六時中アンタのことだけ考えてりゃ満足ってこと?」
「まぁ、要約すればそんな感じ?それだけじゃないけど。」
「そんなこと言うからには、一方通行相手にはよっぽど愛想よくしてるんでしょうね?私相手にはこの態度だけど。」
「何それ?ミサカ第一位に媚売る趣味はないよ?」
「はぁ!?媚売るとか、そういう話じゃないでしょ!??自分にだけ優しくして欲しいってんなら、自分だってそれ相応に相手に優しくするもんでしょうが!!」
何もせずとも相手が自分だけを見てくれるだなんて、そんな都合のいい話があるはずないじゃないか。それ相応の努力をしたって叶うかも分からないような途方もない願いだというのに、何か行動を起こすでもないこの図体ばかり大きな子供にそんな幸運降ってくるわけないじゃないか。自分だってそんなもの得られていないのに。
皮肉っぽく唇を歪める番外個体を見ているとこちらまで苛々してきて、御坂は気がついたときには自分より大きな妹の頬を張っていた。2人で過ごすには広い個室にぱぁん、と甲高い音が響いた。
「第一、一方通行のこと好きならそんな顔するんじゃないわよ!」
「へらへら厭味ったらしく唇歪めてさ!!」
「好きってんなら笑いなさいよ!嬉しそうにしなさいよ!!」
「そんなことをミサカに要求するとは無謀だ。」
「おねーたまだって好きな男の前で素直に振る舞えないくせに。劣化コピーでしかないミサカにそんなことができるとは思えない。」
激昂する御坂に対して、番外個体は頬を抑えながらも酷く冷静に答えた。自分が普通の少女のように楽しそうに、嬉しそうに、極当たり前に笑うことなんて想像ができない。そういう風に作られた。自分より先に作られた妹達だって、自己に目覚めたといいながら未だにまともに笑顔を作れる個体は存在しない。天真爛漫に振る舞う上位個体はそもそも最初からあのように作られていた。
「そうかもしれないわ!でもアンタがそんなだったら一方通行だってそりゃ愛想つかすわよ!!」
「一緒に暮らして、全身全霊賭けて守って貰って、大事にして貰って。それでまだ無い物強請りするんだから愛想尽かされたって仕方ないわよ。」
彼女も一方通行が自身を擲って全身ぼろぼろにしながら妹達を守り抜いてきたことは話に聞いていた。御坂自身信じがたい話だとは思っている。だけれども妹達自身や、上条当麻がそう言うのだから嘘ではないのだろう。
御坂の脳裏に先日インデックスとともにケーキを食べていた彼女の姿が過ぎった。恐らく番外個体もあの日のシスターのように、もしかしたらあれ以上に一方通行に大切にされているのだろう。それは極普通に両親に愛され、友人にも恵まれている御坂にすら、羨ましいことだと思えた。何もせず、ただ「超電磁砲のクローン」というだけで無条件に彼女に大切にされておきながら、それ以上を欲しいと願うだなんて厚かましいにも程がある。
「ばっかじゃないの!何か欲しいなら、代償払って当たり前でしょうが!」
「何のリスクもなしに人間一人独り占めできるなんて甘い話あるわけないでしょ!!」
確かに自分だってあの少年相手には素直には振る舞えない。彼女が言う通り、自分ができもしないことを誰かに押し付けるのは酷い話だとも思う。しかしながら御坂は自己嫌悪にも近い感情で、好きな人間相手に可愛らしく振る舞うこともできない番外個体を叱咤した。自分も或いは思いつめたらこんな風な感情を抱くようになるのだろうか、そんな恐怖もあった。
「おねーたまの言うことも分かるよ。何かを買うためにはお金が必要で、何かを得るためには何か危険を冒さなければならない。ミサカもその理屈は分かる。」
「だけどミサカは差し出せる代償なんて何も持っちゃいない。」
「ただひとつ持っていたのは、あの人との繋がりという目に見えない脆弱なものだった。」
先程まで斜に構えて御坂のことをまともに見ることすらしなかった番外個体が、しっかりと御坂を見詰め返して言う。声は決して大きくなかったが、はっきりとした物言いだった。目には誰かに植え付けられたものではない、彼女自身の意思が見て取れた。
「ミサカはただひとつの持ち物であるあの人との繋がりをもっと強固なものにしたいだけだよ。」
「ミサカが第一位に最終信号も、他のミサカも、黄泉川も芳川も全部捨ててミサカだけ大事にして欲しいなんて言ったら、あの人は怒るに決まってる。ミサカを嫌うに決まってる。」
「ミサカだけを大事にして欲しい、その一言で簡単にミサカのただひとつの所有物が失われてしまう。」
「ミサカはあの人との関係を強固にしたいだけなのに、その願いを口にしたら逆にその関係が失われるだなんて、おかしいじゃないか。」
彼女は淡々と続ける。声に色はないが、だからこそ酷く人間らしく聞こえた。御坂は言い返すこともできずに、彼女の胸ぐらをつかんだまま固まってしまった。
「ミサカはミサカなりに必死だよ。おねーたまの思うように何もせずに、あの人の優しさに胡座かいているつもりはない。」
「確かに褒められたやり方じゃないかもしれない。あの人の罪悪感につけ込んで、脅迫しているみたいなものだ。」
「だけどミサカにはこれしかやり方がない。ミサカの数少ない持ち物を守りながら、欲しい物を得るにはこの方法しかないんだ。」
番外個体は、彼女なりに精一杯やれることはやっているのだと主張する。確かに普通の産まれではない彼女にはそうするしか方法はないのかもしれない。そんなことはない、と言い切ることはできなくて、御坂は口を噤んだ。
自分と彼女たちはこんなにも違う。同じ遺伝子を持っていても、彼女らはそれ以上のものを持たなかった。自分の言葉はもしかしたら恵まれた人間の戯言のように聞こえるのかもしれない。だけれど、御坂は彼女を放っておくことができなかった。
「……そんなの、一方通行本人に言ってみないと分かんないでしょうが。」
自分より大きな妹の頭を抱きかかえながら御坂は言った。彼女の腕から逃れようと番外個体は藻掻いた。だけれどそうするほど御坂の両腕はがっしりと彼女の後頭部に絡みつくものだから、幾らもしないうちに彼女は自分より小さな姉を引き剥がすのを諦めた。
「自分だけを見て欲しいって言ったらアイツに嫌われるだなんて、勝手に決めつけてんじゃないわよ。本人に聞いてご覧なさいよ。」
「おねーたま、それ当たって砕けろ、ってやつでしょ。ミサカでも知ってるよ。」
「そんなこと、ないわよ。ちゃんと可愛らしくおねだりできたら2、3日くらいは目一杯可愛がって貰えるわよ。」
優しい一方通行なんて知らない。御坂の知る一方通行は恐ろしい化け物だった。だけど番外個体の知る一方通行は、そんな優しさを持っている気がした。この我儘な妹と一つ屋根の下で暮らしているくらいなのだから、意外と面倒見もよく、世話焼きなのだろう。ややあって、腕の中で満足気な息が零れた。
「なるほど、それなら失恋も悪くない。」
納得したらしい大きな妹は満足気に息を漏らした。そしてふと、御坂は近いうちにあのいけ好かない第一位様と差し向かいで話してみたいな、と思った。
「プレゼントは買えたか?」
「あァ。オマエと一緒に来た意味なかったけど。」
「……ごめん。」
「素直でよろしい。」
正直に項垂れて古典的な反省ポーズを取った少年に対し、彼女は横柄に言った。一緒に買物に来たはずなのに―それどころか自分からデートに誘ったくせに―彼女を放ったらかして自分の買い物に集中するとは失態以外の何物でもあるまい。これで選んでるものが彼女へのプレゼントでなければ、仲睦まじいカップルでも別れ話に発展しかねないだろう。
「まァ構わねェけど。」
「それはそれでショックだなー。ちょっとは凹んでくれないのか。」
「確かについこの間まで嫌だっつっても付き纏ってきやがったヤツに放ったらかされるのは違和感あるがな。」
彼女はいつもの癖で悪態をつきながら、はたと考えるような素振りを見せた。そう言えばついこの間まで近所のコンビニに行くのにでもどこからか現れて付き纏ってきた少年が、ここ半月ほど―具体的には一端覧祭の後あたりからそこまでの執着を見せることがなくなった。熱を出したり何だりでじっくりと彼と自分の関係を考える暇もなかったが、よくよく考えるとこれは一体どういうことだろう。
「…オマエ相変わらず鬱陶しいけど、四六時中ってほどじゃなくなったな。俺が出歩いても毎度毎度付き纏うってわけでもなくなったし。どォいう心境の変化だ?」
少年が差し出した手に対して、彼女は当たり前のように自分の荷物を預ける。もう幾度となくこんなことが繰り返されてきたことがよく分かる光景だった。
「そんなことしなくってもどっか行っちゃわないっていう確信が持てたというか、そんなことしてもいざというときはどうしようもないと思ったというか。」
「オマエそンなこと考えてたのか。」
「まぁ色々。また4年前みたいに突然どっか行っちゃわれたら堪んないし。」
自分はそんなにふらふらして見えるのだろうか。確かに相変わらず誰かと一緒に過ごすことは苦手だが、さすがに暗部時代のように根無し草のような生活をする気はなかった。もしかしたら他の人間にもそんな風に危なっかしい存在に見えてるのだろうか、と思ったら、同居人たちに要らぬ気苦労をかけているかもしれぬことを少しばかり申し訳なく思った。
「………どこにも行かねェよ、クソガキとだって約束したし。」
「うん。」
俺とは約束してくれないのか、という言葉が喉元まで出掛かったが飲み込んだ。自分は彼女を普通の生活に引き止める存在になれているだろうか。こんな質問は嫌がられるのかもしれないけれど、だけれど少年は今日のデートのうちに一つ確かめたいことがあった。
「なぁ、変なこと訊いてもいいか?嫌だったら、答えてくれなくてもいいから。」
「うン?」
「お前は俺のこと、どう思ってる?」
彼女は彼と向き合っていた視線をふと逸らして、考えるような素振りを見せた。怒られるとか、嫌がられるとかいった反応を予想していた少年は、その仕草を意外に思った。ややあって、彼女がぼそぼそと言葉を紡ぎ始めた。声は小さかったが発音ははっきりとしていて、その言葉に迷いのないことが知れた。
「…クソガキだけじゃねェ。オマエとも一緒にいたいと思う。」
「オマエのこと大切にしたいと思うし、オレのこと大切にして欲しいと思う。」
「オマエになら、触られるのも平気だし。」
「暑苦しい奴は嫌いだけど、オマエのあったかい手は、嫌いじゃないし。」
彼女は杖をついていない自由な右手で少年の左手を取った。彼女は何か大切な宝でも愛でるように、その爪や関節、手の甲、手の平、そこに刻まれた皺の一つ一つまで確認するように矯めつ眇めつその手を眺めた。
「ほら、見ろよこれ。」
彼女は目線の高さにまで繋がったままのお互いの手を持ち上げる。
「オマエの小指より、俺の親指の方が細いンだ。」
少年も言われて初めて気が付いた。彼女の言う通り、そのほっそりした親指は彼の小指よりも明らかに細かった。彼女が華奢な体格をしていることは重々承知していたつもりだったが、ここまでだとは思っていなかった彼は少し驚いた。
「オマエ見てるとオマエって男なんだな、って思う。」
「オマエ見てると俺って女なんだな、って思う。」
「これが「好き」ってことなのか?」
彼女に手をしっかりを取られたまま間近で見詰め返されて、そんな告白も同然な言葉を囁きかけられて、少年は顔を茹蛸のように赤くした。
「お、お、お、」
「お?」
口をはくはくと震わせて、まともに言葉を発することもできない少年に対して、その原因を生み出した少女は首を傾げる。自分がどれほど大きな爆弾を投下したか分かっていない表情だ。そのままあろうことかただでさえ近い互いの顔を更にぐいと近づけて彼の言葉の先を促そうとする。
「お、」
「俺に訊くなああああああ!!!」
>484
百合にゃんの手間違えた…。百合にゃんが左手で、ソギーが右手ですね。
さて、この少女漫画もびっくりの場面、どこで行われているかというと第七学区のショッピングセンター内である。人通りは多いが、だからこそその隅っこでひっそりと立ち止まっている二人は然程目立たない存在であった。しかしながらその場面に幸か不幸か遭遇してしまった二人の人物があった。番外個体と御坂美琴である。
ぱーっと買い物でもしてストレス発散すれば一方通行を殺したいだなんて極端なことは考えないはずだ、と考えた御坂があまり乗り気でない番外個体を無理矢理に引き摺ってきたのである。極普通の少女のように買い物を楽しむような感性に乏しい番外個体の機嫌は、気に食わない場面を目撃してしまったために急降下した。
最初は事情が分からなかった御坂も、番外個体の様子を見て全てを悟った。彼女は第七位こと削板軍覇と面識がある。序列こそ自分より下だが、超電磁砲を歯で受け止めるような一方通行とはまた別の化け物である。番外個体が言っていた「最近一方通行と仲良くしている訳の分からない男」とやらが恐らく彼なのだ、と御坂も瞬時に理解した。
何せ一方通行と彼の顔の距離は15cmの定規も入り切らないほどに接近している。もし自分の想い人とどこの誰とも知れぬ女がそれほどまでに接近していたら恐らく自分は激昂して少年に電撃を浴びせることだろう。
そこまで考えて、御坂は最悪の可能性に気付いた。自分がそういう思考回路の人間ならば、自分と全く同じ遺伝子を持つ番外個体も同じようなことをする可能性があるということである。傍らの番外個体を見遣ると、既に堪忍袋の緒が切れたらしい彼女はばちばちと漏電を起こしていた。
「何やってのさ馬鹿第一位!!ミサカの気も知らないで!!!」
彼女の金切り声を聞いて、一方通行はつい先程までの穏やかな表情をふっと消したかと思うと首元のスイッチを切り替えた。10メートルほど離れたところにいる番外個体が漏電していることに気付いていたわけでも、彼女が少年に嫉妬して電撃を放ってくることを予想していたわけでもなく、こちらに向けられて来る殺気に咄嗟に反応しただけであった。
彼女はスイッチを入れた瞬間に自由になった右手で傍らの少年をぽん、と軽く押すと―周囲の人間には軽く押しただけにしか見えなかったが、少年は5、6メートルも吹っ飛んだ―自分に襲いかかってくる番外個体の放った電撃を反射することなく受け止めたのだった。
当然、大能力者のそれなりに本気の電撃を浴びた生身の人間が無事なはずもない。彼女はその場に倒れこんでしまった。
「え??」
驚いたのは電撃を放った本人であった。反射するなり避けるなりすると思ったのに、まともに受け止められたのだ。元から廃人同然の体となってしまっている一方通行が電撃を浴びて無事であるとは思えなかった。慌てて彼女に駆け寄る。
「え、ちょ、ちょっと第一位!!意識ある!!??」
当然周囲の人々もこの出来事に気づいて少し離れたところで輪になってざわざわと騒ぎ立てる。休日の繁華街で能力者の電撃が放たれて、そしてその被害を受けた人間が倒れ込んでいるのだ。野次馬が現れない方が不思議である。
「いてて、本気で突き飛ばしやがって…。」
「あれ、番外個体?どうしたんだ??」
少し遅れて倒れた一方通行のもとに駆け寄ってきたのは削板であった。一方通行に突き飛ばされて吹っ飛び、元いた場所に慌てて戻ってきたらいつの間にか番外個体がいる。一方通行は気を失っているし、電撃がこちらに飛んできていることすら気付かぬうちに突き飛ばされた彼には何がなんだか分からなかっただろう。
「どうしよう、第七位。第一位にミサカの電撃が当たっちゃった。」
番外個体は取り乱しながら少年に縋った。嫌い嫌いと言っていた彼に思わず助けを求めてしまうあたり、見かけと違って彼女の実年齢が幼いことが改めて実感させられる。冷や汗をだらだらと流して泣き出してしまいそうな彼女を宥めながら少年は一方通行の状態を確認した。とりあえずは呼吸も心拍も正常だ。
「どれくらいの強さの電撃だったんだ?」
「怒っててほとんど無意識に飛ばしちゃったから、ミサカ分からないよ。雷とかよりは全然弱いはずだけど、第一位は機械がないと生きてけない体だし、どうしよう。」
「とにかく落ち着いて。病院に連れてこう。」
「その通りよ。アンタが慌てたってどうにもならないでしょうが。救急車呼んだから、すぐ来るわよ。」
番外個体を宥める削板に助け舟を出したのは御坂だった。少年はそのとき初めて彼女の存在に気が付いたようで、番外個体と御坂を交互に見ながら不思議そうな表情を浮かべた。
「何でまた市街地で電撃を放つなんて無茶なことをしたんだい。君は大能力者なんだよ。」
カエル顔の医者は呆れたような表情で番外個体に言った。普段は大人の説教など知らぬ存ぜぬで聞かぬふりをする彼女も、さすがに今日ばかりは応えたようである。しょんぼりと項垂れて医者の言葉を聞き入れている姿は、彼女をいくらか幼く見せた。
「幸いにも処置が早かったおかげで数日入院すれば回復するだろうけれど。」
「ミサカかーっとなっちゃって、思わず…。」
「またMNWかい?何度もこんなことがあるようだったら、君に関しては少し調整パラメータを変えた方がいいかもしれないね。」
「生まれ持った性格を矯正する、という考え方はあまり好きじゃないけれどね。君だってその性格には苦労しているんだろう。」
「うん、ミサカもちょっと疲れちゃったかも。少し考えてみる。」
「取り敢えず、病室に行ってみよう。」
さてその頃、とある病室では番外個体の電撃を浴びて意識を失っている第一位と、それに付き添う第七位がいて、更にその病室の外のベンチには第三位が浮かない表情をして座り込んでいた。気の弱い人間なら彼らの序列を耳にして目眩を起こしても仕方がないくらいの状況だろう。
「おや、君は中に入らないのかい?」
医者は廊下で暗い顔をしていた御坂に声を掛けた。上条当麻や妹達の見舞いに来る姿は何度も見たことがあるが、一方通行の付き添いでこの病院に来るのは初めてである。絶対能力進化実験の成り行きを知っている医者は、複雑そうな表情を見せた。
「何か、邪魔しづらい雰囲気なんだもの。」
白いスライド式のドアの向こうを見詰めるようにして、彼女は呟いた。医者もそれには同感であるが、如何せん仕事である。ドアの向こうで年頃の男女がいい雰囲気になっていようともその空気をぶち殺さなければならないときがある。医者は御坂に一緒に病室に入らないかと言って、彼女が黙って頷くのを見てからドアを開けた。
「失礼するよ。」
ベッド脇には意識のないままの彼女の手を握る少年がいた。
「どうだい?意識は戻りそうかい?」
少年はただ首を振った。
「そんな表情をするものじゃないよ。精密検査も行ったが脳にも内蔵にも異常はない。じきに目覚めるさ。」
「さて、それよりも問題なのが…。」
医者は彼女の首元に目線を動かした。そこには黒い無機質な機械が巻きつけられている。彼女の生命線である。彼女の場合、考えようによっては脳や内臓よりも重要な部品かもしれない。何せこの機械が万全であればそれらの器官の役割を肩代わりすることすらできるのだ―30分限定ではあるけれども。
「こちらが心配だね。一応彼女の能力に晒されてもいいように頑丈な作りにはしてあるのだけど、これが故障したら大事件だ。彼女の能力が暴走する可能性もあるからね。」
医者は病室にいる他の人物を見渡した。
「この機材のメンテナンスをしたいんだけれども、誰かその間彼女を見ていてくれないかな。」
「ミサカが付いてるよ。」
「第一位、ミサカたち以外にはコレ外してるところ見せたがらないから。メンテナンス中に第一位が目覚めないとも限らないし。」
御坂も削板も、それぞれ別の人物からではあるが、彼女がその機械を外してしまったら喋ることは愚か周囲の人間が話す言葉すら理解できぬ廃人同然に成り下がる、ということを聞いていた。特別プライドが高い人物でなくとも、そんな状態を誰彼構わず見られてもいいとは思わないだろう。二人は何となくすっきりしない表情ではあったが頷いた。
「ごめん、第七位、お姉様。仲間外れにするわけじゃないけれど、これはミサカと第一位の問題だから。」
二人の超能力者は病室を出て少し歩くと、どちらからともなくロビーの自動販売機の横にあるベンチに座った。
「アンタ、珍しい格好ね。一方通行も。」
「今日デートだったから。」
「……もう一度言って貰える?」
少年が当たり前に口にした言葉が信じ難くて、御坂は聞き返した。そんな御坂の様子に首を傾げながら、少年は彼女の言葉通りに同じ台詞を繰り返した。
「?今日デートだったから。」
「アイツと、アンタが?デート??」
削板と、彼女が寝ている病室の方を順番に指差して彼女は確認する。一応一方通行が女性であることは知っているが、だからといって異性とデートだとか恋愛だとかを楽しむような人間には見えない。別に人殺しは恋愛しちゃいけないとか言うつもりはないが、彼女自身がそういうことに興味のない人間に見えるのだから致し方ない。
「うん、デート。」
「アンタたち付き合ってるの?」
「つ、付き合ってるとか!!んなわけないだろ!!!」
「何その反応。その気があるのがバレバレなんだけど。」
彼女が心配だったのだろう、先程まで御坂と会話していてもどこか上の空だった少年は俄に慌てた。少年は年下の少女の言葉に面白いほどに反応にした。
「…アンタ、アイツとどういう関係なの?」
「幼馴染だけど。」
「はぁ!?一方通行の幼馴染!!?」
「嘘じゃないぞ。小さい頃のアイツと一緒に撮った写真とかも持ってるけど。」
幼い頃の一方通行、というものが御坂には想像できなかった。あの浮世離れした第一位様は今も昔もずっとあの姿をしているような気がした。他の人間から生まれてきたなんて想像ができないし、極端な話彼女が物を食べることやトイレに行くことすら、御坂にとっては「意外なこと」であった。
しかし、この少年はそうではない。あの一方通行をごく普通の人間だと認識しているらしい。超能力者の中では比較的常識的な人間だと―能力はとんでもなく異常だが、倫理観やら何やらはまともなはずだ―思っていたが、彼もやはりどこか遠い世界の人間なのだろうか。御坂はこれだけは確認しなければならないと思って、意を決して少年と向き合った。
「アイツがどんなことしてきたか知ってるの。」
「妹達のこと?それとも打ち止めや番外個体のことか?」
御坂は少年の言葉を聞いて、彼は全て知っているのだと悟った。
「知ってて、何でアイツと。」
当たり前のように答える少年に、却って腹が立った。そんな何でもないことのように口にできるような出来事ではなかったのに。まるでこれではいつまでも気にしている自分が子供で、水に流したように当たり前に顔を突き合わせている一方通行や妹達や上条当麻やあの医者が大人みたいだ。
あれから半年も経っていないのに。なかったことにできるはずがないのに。
「アイツがそんなことしたのは、俺のせいもあるから。アイツ一人に押し付けるつもりはないよ。」
静かに怒る御坂に対して、少年は目を逸らさずに返した。恐らくこの少年はあの第一位がしたことの大きさも罪も正しく理解している。
「そう。よく分からないけど、まぁいいわ。」
あの出来事は過去になんかなっていない。だけれど加害者と被害者が入り交じって支え合って今も生きている。実のところ最後の最後でしか関わっていない御坂には知らないことも多くあった。
一方通行への嫌悪感から詳しい話を知ることを忌避していた御坂は、一つの決心をした。
「今度、あのムカつく第一位様に直接訊いてやるんだから。」
デート編はこれでお終いです。元から番外個体の介入でご破算にされる予定だったので、実は百合にゃんとソギーのいちゃらぶはメインテーマじゃありませんでした。二人のいちゃらぶはクリスマスに爆発する予定。
次回は番外個体ルートのエンディングです。
百合子さんデレデレやないですかー
この3人の中で一番女子力高く感じるぞ
番外百合子いいよな
今日もぼちぼち投下していきますよー。
ちなみにクリスマスはこのあと2つくらいエピソード挟んだあとに来る予定なのですが、もうほんとリア充大爆発させたい。※にソギーもげろが連発するような展開にしたい。と今から目論んでおります。
>>490
個人的には百合にゃんてツンデレるとかいう機微を持ってなさそうだと思うんですよね。
>>492
番外通行がもうエロいですよね。殺し合いとかツンデレとかヤンデレとか盛り沢山すぎて鳥肌が立つくらいなのに、更に百合になったらエロすぎて背徳感がヤバイですよね。
さて、今日は電撃放ってちょっと毒気が抜けちゃった番外ちゃんと百合にゃんですよー。
「第一位、動きまわっちゃだめだよ。」
あの医者が首の電極をメンテナンスすると言って部屋を出てから、20分ほどが経過していた。これまでの経験から言うと何の問題もなければ1時間もしないうちに戻ってくるはずである。故障していた場合のことは、これまでそういうことがなかったので分からない。
目を覚ました一方通行は、当然話すこともできなかった。ただ焦点の合わない目で周囲をきょろきょろと見渡して、そして傍らの椅子に座っている番外個体に気づくと、少しほっとしたような表情を見せた。
電極がない状態の一方通行は生まれたての赤ん坊に近い。思考はできないとは言っても本能的な脳の働きを失ったわけではないから、何かを怖がったり、逆に喜ぶような素振りを見せることもある。基本的に人や動物は恐怖の対象に当たるらしいのだが、打ち止めや番外個体、妹達に対しては母親に懐く子供のような反応を見せることが多かった。
「それ、取っちゃだめだよ。じっとしてて、まだ回復しきってないんだから。」
腕などに巻きつけられている包帯を邪魔に感じるのか、時折かりかりと引っ掻いて取り外そうとする。口からはあー、とかうー、とか不明瞭な音が漏れていて、彼女の心境を察することはできない。こちらの言葉も理解していないのだろうが、それでも話しかけてしまうのはなぜだろうか。
同居人には電話で今回の事の顛末を説明した。世話焼きの黄泉川は直ぐにでも家を飛び出してこちらに向かうなどと言ったけれど、今回は自分に任せて欲しいと番外個体は返した。
「あー、もう。ベッドから落ちないでよ、幾ら細くっても持ち上げるの大変なんだから。」
寝返りを打ったりじたばたと這いまわったり、これでは本当に赤ん坊と変わらない。だがしかし体は高校生だ。細く軽い体ではあるが、背丈は番外個体より高い。ベッドから落ちたとして、大人しく抱き上げられてくれるわけでもない彼女を再びベッドに持ち上げるのは結構な手間である。
咄嗟に彼女の腕を掴んで落ちぬよう引き止めたら、嫌がるどころか彼女は自分の腕を掴む番外個体の手に顔を擦り付けて、遊びを強請る猫のような仕草をした。
「ミサカがどのミサカか分かってんのかねぇ、この人。」
恐らくこの状態の一方通行に、妹達の区別はできていないだろう。もしかしたら同じ顔をしている第三位本人に対しても同じような反応をするのかもしれない。それを想像すると胸の奥がちり、と僅かに痛んだ。
「ねえ、第一位。ミサカは他のミサカとは違うんだよ。ミサカってだけでそんな顔を向けて欲しくないんだよ。」
「ねぇ、ミサカは第一位の特別になれてるのかな。」
何も分からない状態の彼女に言っても詮のないことだった。でもだからこそ番外個体は、いつものように嫌味や愚痴を織り交ぜず、素直なところを口にした。
白い髪を撫でると、彼女は気持ちよさそうに目を閉じた。暫くそうしていると、彼女は寝入ってしまったようだった。
「おや、彼女はまだ起きないのかい?」
「うん、ずっとこのままだよ。」
医者が戻ってきたとき、番外個体は息をするように容易く嘘を吐いた。深い意味はない、何となく理性のない状態の彼女に対して本音を漏らしてしまったことが恥ずかしかったのだ。
だけれど御坂や、電極のない状態の一方通行に対して本音を吐き出した彼女は、激昂しながら家を出たそのときに比べて驚くほどすっきりした表情をしていた。一方通行に向けて電撃を放ったとき、胸の中の苛々ごとぶつけてしまったような気がした。
「そうかい。これ、問題なかったから元の通り彼女に付けてやってくれないかい。」
番外個体はそれを黙って受け取った。寝ている彼女を起こしてしまわないようにそっとそれを巻きつける。しっかりと元の通りにセットして、スイッチを通常状態に切り替えても彼女は目覚めなかった。
「今日は帰ったらどうだい。この病院には君のお姉さんたちもいるし、彼女に何かあっても問題ないはずだよ。」
窓の外はもう薄暗くなっている。病院の面会時間は間もなく終わりだ。だけれど番外個体は医師の言葉に首を振った。
「ミサカ第一位についてたい。泊まってっちゃダメ?」
「構わないけど。でも、明日はちゃんと帰るんだよ。」
彼女の気持ちも分からなくはないので、医者はこれといって咎めなかった。自分の放った電撃のせいで倒れているのだから、容態が気になるのは当然のことだろう。であれば面会時間の後も残っていられるよう看護師に伝言を残しておこう。幸か不幸か似たような面会客は珍しくなく、この病棟のスタッフたちは慣れっこである。
無理はしないんだよ、と言って医者は病室を後にすることにした。
「あ、あと彼女の目が覚めたらナースコールを入れるんだよ。一応状態を確認したいからね。」
ドアを開ける手前、医者は振り返って一言添えた。
結局件の第一位様の目が覚めたのは翌朝のことだった。
「……ン?」
目を擦りながら周囲を見渡す。自室ではないが、全く見知らぬ空間というわけでもない。というか、比較的よく知っている光景である―しょっちゅう転々と移動していた暗部時代の隠れ家の一つ一つよりかは余程見慣れている。
彼女はむっくりと起き上がって、傍らの番外個体に訊ねた。
「何で俺、病院にいンの?」
「第一位覚えてないの?昨日ミサカの電撃浴びて倒れちゃったんだけど。」
「……」
少し考えてみる。そもそも今現在が朝方だということを考えると、自分は一晩以上は気を失ったままだったのだろうか。ベッド脇のテーブルに昨日着ていた服と持ち物が載っていて、それを見て彼女は経緯を思い出した。
「何で反射も何もしなかったのさ。」
一方通行は思い出したとも何とも言わなかったが、すっきりした表情を浮かべたのを見て、番外個体は「第一位は思い出した」と判断したらしい。少しばかり刺のある口調で―普段の彼女を知っている人ならば、むしろ優しい部類だと気付くことだろう―彼女に訊ねた。
「あそこで反射したら他の連中に当たっただろォが。どォしろってンだよ。」
「第一俺に向かって撃ったンじゃねェのか。それが当たって文句言われる筋合いねェよ。」
「まぁ、そりゃあそうだけど。」
確かにあのとき激昂した番外個体は一方通行に向けて電撃を放ったのである。それが当たって怒るというのは理不尽だろう。一方通行の言うことも分からなくはないので、彼女は不満気な表情を見せながらもその言葉に同意した。
「何であンなことしたンだ。俺に不満でもあンのか。」
「俺と一緒に生活するってンのが嫌ならオマエに住むところぐらい用意してやる。黄泉川ンとこが気に入ってンなら、俺が出て行ったっていいし。」
「違うよ、全然違う。」
まるで見当違いなことを言う一方通行に、番外個体は怒るどころか呆れた。自分のこれまでの行動は、彼女にはまるで正反対にしか伝わっていなかったらしい。
確かに初対面で「殺しに来たよ」と言ったような人間である、その後の数々の素直でない振る舞いを「嫌っているからこその行為」だと思ったとしても然程不思議ではない。好きな相手に対する態度がとことん裏目に出るのはお姉様譲りかもしれない。
そんな状態で自分を大切にして欲しいだなんて、確かに虫が良すぎるのだ。誰だってこちらを好いていない人間によくしようだなんて思わない。だけれど一方通行の方はそれでも自分のことを他の妹達と同じようにこちらを気遣ってくれていたのだ。むしろ彼女は根気強くこちらに尽くしてくれていたと言っていいだろう。
「俺が嫌になったってンじゃねェなら、何だっていうンだよ?」
「うーん、あのね、変なこと言ってもいい?」
「オマエ、いっつも変なことしか言わねェじゃねェか。今更どォってことねェよ。」
「確かにそうかもしれないけれど。」
それにしたってもう少し言い方があるだろうに、と番外個体は思った。つい昨日、自分の逆鱗に触れて電撃をお見舞いされたばかりなのである。彼女自身にその自覚はないのかもしれないが、それにしたってもう少しこちらを気遣った物言いをするべきではないのかと思った。こういう遠慮のないところが彼女のいいところでもあるが。
「あのね、ミサカね、第一位のこと大好きなんだよ。」
番外個体が意を決して口にした言葉に、彼女は訝しげな表情を見せた。それでも彼女は黙ったまま、仕草で番外個体に話を続けるよう促した。
「第一位には黄泉川にも芳川にも第七位にも、もっと言えば他のミサカにも構わないで、このミサカのことだけ考えていて欲しいんだ。」
「そんな我儘言ったら第一位は怒る?ミサカのこと嫌う?」
番外個体は少しばかり不安気な表情を見せた。びくびく、という言葉がぴったりと合う。感情表現に乏しい妹達は愚か、こういった表情は打ち止めが見せることも少なく、一方通行は彼女にこんな表情ができたのかと少し意外に思った。
ぼんやりとその表情を見ていたら、番外個体は不安気な色を一層濃くした。どうもすぐに答えが返ってこなかったことで色よい返事は貰えないと勝手に判断したらしい。一方通行はその様子を見ても適切な返事を考えることができなくて、素直に感じたままを口にした。
「…何つゥか、オマエ物好きだなァ、としか言い様がねェわ。」
「へ?」
「何で俺なンか好きなわけ。自分で言うのも何だが、とンでもねェ碌でなしだぞ。」
彼女は自分は好かれるような人間でないと言う。確かに愛想もなく、口も悪く、それどころか大量殺人鬼である。番外個体は彼女を恨んでいてもおかしくない立場だし、言われてみれば物好きなのかもしれない。だけどそれでも、自分は彼女がいなければ息もできないと思うのだ。
「だって第一位はミサカを殺さないでいてくれたじゃないか。」
自分はあなたを殺しに来たのに。ただ自分が殺した少女たちと同じ遺伝子を持っているというそれだけで、そんな自分を守ってくれたじゃないか。自分がこんな風になってしまったのはあなたのせいなんかではないのに。自分をこんな風に作った大人たちの方が余程悪人だというのに。
「俺が勝手にやったことだ。オマエがそれに恩義を感じる必要なンざねェンだよ。」
「それでもやっぱり、ミサカは第一位がいいよ。」
「そォかい、勝手にしろ。」
「うん、そうする。」
素直に頷いた番外個体に対して、一方通行は打ち止めにするように頭を撫でた。普段の彼女であれば子供扱いするなと怒るところなのだが、今日に限ってはむしろ嬉しそうな反応を見せる。
「何か不満があるなら、今度からは爆発する前に言え。さすがに俺もあンな電撃何度も浴びたくねェし。」
「そしたら甘やかしてくれる?」
「どォいうのをご所望か分からねェが、まァ俺にできることはなるべくしてやるよ。」
「学園都市第一位のできる範囲のこととは、何とも贅沢な話だ。」
「物騒なことは言うなよ?」
「さぁ?約束はできないかも。」
茶化すように返した言葉を、一方通行は呆れた表情で受け止めた。これでいい、これが不器用な彼女なりの愛情表現なのである。今なら自分が蔑ろにされたり、大事にされていなかったわけではないことが分かる。そして自分が思う以上に、彼女と自分の関係は脆弱でなかったことも。
「ねぇ、第一位は第七位が好きなの?」
「分かンね。」
「何それ。」
「分かンねェもンは分かンねェよ。オマエはそれで怒ってたンじゃねェのか。」
「怒ってたというか、嫉妬していたというか。」
「何で、ミサカじゃダメなんだろうって思ったよ。ミサカだって第一位のこと好きなのに。」
「オマエらのが下だとか、アイツの方が大事だとかそォいうンじゃねェよ。」
一方通行の言うことは分かる。誰か他に好きな人ができたからといって、自分たちのことがどうでも良くなっただとか、ましてや嫌いになったなんてことはない。それは全くの別問題である。でも彼女は理屈でそうだと理解していても、不安だった。
「うん、ミサカもあなたがそんな人ではないと知ってるよ。でもね、怖いんだ。」
「いつか遠い未来にあなたと離れ離れになってしまうんじゃないかって。いつかあなたに大切にされることもない未来が来るんじゃないかって。」
「その不安を具体的にしたのが第七位だったんだ。第七位自体が嫌いなんじゃないよ、一応。」
「ミサカたちは心変わりだとか、そういうものがあることは知っているけれど、体験したことはない。」
「あなたに大切に思われない未来が来るかもしれないっていう想像に耐えることができなかった。」
自分は誰かと長い時間を過ごしたことがない。長い時間、形を変えながらもよい人間関係を維持できることがあるとは知っている。だけれどそれが自分にもできるのかは分からなかった。
「…俺も同じ事を考えてた。」
「オマエやクソガキや、他の連中ともずっと一緒にいられるンだろうかって。変わらないでいられるンだろうかって。」
「またとンでもない間違いをしてしまって、壊してしまったりしないだろうかって。」
「うん。」
打ち止めと出会ってからも、漸く得られた尊い関係を放り出してしまいそうな瞬間があった。第二位と戦ったとき、ロシアで番外個体と出会ったとき、何もかもを放り出してしまったほうが楽なんじゃないかと思ったことがある。
今後もそういうことが起こらないとは限らない。そして今後もそういう瞬間を乗り越えられるとは限らない。日々、守りたいと思うもの、大切にしたいと思うものが増えていく。当然それらを守り抜く労力はこれまでより大きくなっていくのだろう。
「そうしたら、シスターが一緒に考えよう、って。」
「何だかありきたりな答えに聞こえるけれど。」
「そォかもしれねェけど。でも俺は、オマエにも一緒に考えて欲しい。」
「納得行くまで付き合ってやるから。だから、あんなことする前に俺に言って欲しい。」
この少女はこんな風な考え方をする人間だったろうか。面と向かって付き合うようになったのはこの1、2ヶ月のことだけれど、番外個体は知識としてもっと多くの彼女のことを知っていた。少し前であれば、彼女は人に頼るだとか、頼られるだとか、そういうことを考えることがなかったように思う。
これはあの少年の影響なのだろうか、とここにいないいけ好かない男の男の顔を思い出しながら、少しは感謝してやってもいいかなと番外個体は思った。
今日はここまでです。
さて、次の話はアイテム女性陣or御坂カチコミの予定です。どっちがいいか悩んでるのですが、どっち先読みたいですか?
皆さんいつもありがとうございます。
そういえばここ暫くミサカばっかりでしたね、次の投下はアイテムにします。
アイテム編はあんまり深く考えてない、本編と言うよりは小ネタみたいなテンションです。
はーい、今日はアイテム編投下しますよ。
アイテム女子は皆可愛いですね。麦野も絹旗も滝壺も自分のツボをガンガン刺激しまくります。しかしフレンダにはぴくりとも来ないなんてことは秘密です。
「あれ、あくせられーただ。」
「ン?オマエ今日は一人か。」
いつものようにピンク色のジャージの上にもこもこのセーターを着込んだ滝壺理后が、今日は珍しく一人で歩いていた。体調の関係もあり、ロシアから帰国して以来浜面なり絹旗なりとともに行動することがほとんどであった。エリザリーナ独立国同盟にて随分回復したとはいうものの突発的に頭痛や吐き気、怠さなどに襲われることがあって、長時間の外出には不安が付き纏うのだ。
「これから皆とお茶するの。あくせられーたもどう?」
「皆ってアイテムの連中かァ?俺が加わってどォするよ。」
「ううん、今日は女子会だからはまづらは仲間外れ。むぎのときぬはたと私の3人。」
「ほぼアイテムだよ、1人しか違わねェよ。加えて女子会っつゥには余りにも強すぎるだろその面子。」
いくら世間の流行り廃りに疎い彼女であっても女子会なるものの何たるかは知っている。超能力者1人と大能力者2人、彼女ら3人の集まりは女子会という単語に付き纏う可愛らしいイメージとは程遠い。どちらかと言うとテロの計画でもしていると言われた方が納得できる―いや、見目は3人とも良いのであるけれども。
しかし一方通行の冷静なツッコミにも滝壺は動じることがない。
「あくせられーたも入ったらもっと強くなるね。さあれっつごー。」
「女子会は強さを追求する会合じゃねェだろ…、おい、杖突いてる人間を引っ張ンじゃねェ!」
「あら、滝壺。それなぁに?」
「それとは何だ、それとは。」
滝壺に引き摺られるようにして個室サロンに現れた第一位を見て、第四位、麦野沈利は子供が子犬でも拾ってきた場面に遭遇したかのような調子で言った。何だかんだ言っていいとこのお嬢様らしい彼女は、それらしくティーカップに口をつけて優雅な昼下がりのひとときを楽しんでいた。その様子を見ながら一方通行は眉を顰める。
「来る途中でナンパしたの、ダメだった?」
滝壺も第四位の問いに対して、拾ってきた犬を飼っちゃダメかと訊ねる子供のように小首を傾げながら応じた。自分は面白おかしいマスコットか何かか、と一方通行は自身の待遇に不満を募らせる。
第一、杖を突いている人間を勝手に引っ張っていくのはよくないって道徳の授業でも言うだろう。まともにそんな授業など受けたこともないが、教科書の類は一頻り目を通してほぼまる覚えしている一方通行は心の中だけで呟いた。
ただでさえあまり人相がいいとは言い難い表情を益々険しくする一方通行であるが、それに動じるような人間はこの場にいない。返ってきた返事は次の通りである。
「うんにゃ、たまには面白いんじゃない?」
「ナンパされて女子会に加わる第一位、超斬新です。さすが滝壺さん。」
こちらもまた動じることのない絹旗最愛。ぱっと見では小柄で可愛らしい外見をしているが、この少女も大概危険人物である。近接戦闘に限ればコントロールの難しい能力を持つ麦野沈利の上を行くかもしれない。どんな状況であっても一方通行相手には何もできないだろうが。
「おい、念のため言っとくけど俺の染色体はXXだからな。一応女だ、咎め立てされる謂れはねェ。」
「そこで性染色体の組合せを言っちゃう辺りが超第一位ですね。可愛げの欠片もありません。」
「オマエ、俺のお陰で強度上がった癖してイイ度胸してンなァ。」
一方通行は適当に開いている一人がけのソファーに座りながら言った。態々他の連中と離れたところに座ったというのに、滝壺がちょこちょこと後をついてきて隣のスツールに座った。
「それがどうしたってんですか、あの計画で私の成績が良かったのは自分自身の力です。第一位に超恩着せがましく言われる筋合いはないですよ。」
「オマエの脳内の電気信号弄って俺の演算パターンだけ綺麗さっぱリアンインストールしてやってもイインだけど?」
「あくせられーた、そんなことできるの?」
持ち込んだお菓子の袋を漁りながら滝壺が首を傾げる。袋の中にブラックではないが缶コーヒーが入っていたので、彼女はそれを一方通行に手渡してきた。
「精神操作系能力じゃねェから好き勝手何でも消せるわけじゃねェ。目的のデータがどンなもンか知らねェと書いたり消したりは無理だ。」
プルタブをかしゃんと小気味良く開けながら彼女は答える。
「俺の演算パターンなら俺自身が知ってるから、この場合その問題はねェ。コイツの脳内調べて俺の演算パターンだけ消すのはそこまで難しくねェよ。」
「超器用ですね、ムカつきます。そしたら私強度幾つになるんでしょうか。」
「でも演算のコツみたいなの何となく覚えていられないかな。幻想御手だって使った人の中で後から強度上がった人いるでしょ?」
「第一位の能力で消されるってことは超ど忘れってレベルじゃないでしょうからね、難しいんじゃないでしょうか。」
絹旗はドーナツの箱を丸々抱えて、その中から粉砂糖のたっぷりかかったふっくらした菓子パンのようなドーナツを取り出した。甘いものが余り得意でない一方通行はうんざりしたような表情を見せた。
「というか仮に演算パターンの一部が残っていても再現は超難しいんじゃないですかね。」
彼女はそこまで言うと一息入れてドーナツを一口齧った。
「はっきり言って第一位の演算パターンは超高度すぎます。コツとか一部を教えるとかでは到底他人には模倣できないと思いますよ。」
「アンタの演算能力なら私の使い勝手の悪い能力もどうにかなるのかしらねぇ。」
口を挟んだのは麦野沈利だ。破壊力なら超能力者の中でも群を抜いた能力を有する彼女だが、その一方、細かいコントロールは不得手で応用は殆ど利かない。一方通行や未元物質のように何でもありとは行かないまでも、もう少し扱いやすい能力であったらよかったな、と―嫉妬というほど強烈な感情ではないが―羨ましく思うときもなくはなかった。
「と言うか麦野は第一位相手には敵対心ばりばりとかじゃないんですね。第三位相手にはあからさまなのに。」
「第三位はぎりぎりで勝てないってのがムカつくのよ。」
「こっちが身の安全を顧みないならば勝てるとか、何様だっての。あと自分だけお綺麗な世界にいて何にも知らないところとか。」
彼女は言いながらその大嫌いな第三位を思い出したらしく、俄に表情を固くした。
もう長いこと暗部に所属している彼女は、こちらの事情などまるで知らない癖してがんがんと首を突っ込んでくる御坂が気に食わない。上から目線で自分の世界の狭い常識で何でもかんでもきっちり測ろうとしてるんじゃねーよ、とこの場にはいない彼女に対する悪口がどんどん浮かんでくるので、もやもやを取り払うように彼女は首を振った。
「そういう意味では、第一位は全く気にならないわね。」
「勝とうという気も超起きませんからね。無理だし。」
「そうそう。何か敵対心の無駄遣いって感じ。」
よくまぁあの第三位はコイツに対して挑みかかろうなんて考えたものだと思う。そこだけは褒めてやってもいい、と麦野沈利は思った。化け物扱いされる超能力者から見ても、一線どころかもう幾つか先の世界に到達しているようにしか見えない化け物である。
「人をオカズにして盛り上がってンじゃねェよ。」
「この物言いで自分は女だとか言うんだから超面白いですね。」
下ネタ紛いのツッコミを入れる一方通行に対して、絹旗は呆れたように言った。自分も戦闘となるとこの女の口調そっくりになるのであまり人のことは言えないのだけれど。
「女といえば。」
ふと思い出したように麦野が呟く。その表情は普段の印象と比べて少し幼く見えた。
「アンタこの間第七位とデートしてたじゃない、アレ何だったの。」
「何それ超気になります。」
「第七位って、この間のお兄さんだっけ。」
がたりとソファーが揺れるほどに反応を示したのは絹旗最愛。顎のところに指を当てて曖昧な記憶を探るような仕草を見せたのは滝壺理后だった。
「第七位ってどんな人なんです?」
「あー、熱血漢?超能力者だけど後ろ暗いところはないわねぇ。」
麦野は第七位と呼ばれる少年の姿を思い浮かべながら絹旗の質問に答えた。彼は第三位と同じくお綺麗な世界で生活する人物ではあるが、こちらの事情をとやかく言わないので第三位に比べたら付き合いやすい、と麦野には評価されている。とは言っても暑苦しい性格はやはり得意ではないのだけれど。
「どんな能力なんですか?」
「一言で言うと、訳が分かんねェ。」
「第一位が分からないってどういうことです?」
狐につままれたような表情で絹旗は訊いた。外部の人間から見たら訳が分からなく感じられるものかもしれないが、学園都市の超能力というものは何だかんだ言ってしっかり科学的で、よく知っている人間が聞いたらどんなに珍しい能力でも案外理解できるものなのだ。
「何せ原石だからなァ。」
一方通行が呆れたように言うのを聞いて、絹旗は納得した。原石というのなら、そもそも理解しようというのが間違いである。いつだか世界中に散らばる原石を保護するのに伴ってどこぞの勘違い脂オヤジを始末した絹旗は、学園都市の人間が見ても理解の及ばない能力を有する子どもたちの存在を知っていた。
「根っからの戦闘向きには違いないわねぇ。私じゃ敵わないし。」
「第七位なのに麦野が敵わないんですか、超凄いですね。第一位だったらどうなんです。」
「ルール次第だな。」
「おや、第一位が超控えめ。意外です。」
「どんなルールなら勝てるってのさ?」
「デスマッチ。」
「超物騒な発言です。」
「あれ、さっきデートの話してなかったっけ?何で恋バナじゃないの??」
一方通行がさらりと口にした発言により絹旗最愛は呆れ、滝壺理后は頭をクエスチョンマークでいっぱいにしていた。しかし絹旗は呆れつつも一方通行が負けるという状況が気になった。一対複数ならともかく、一対一なら彼女の能力はどんな条件下でも無敵に思えるのだ。自分には参考にできないだろうけれど、と思いながらも絹旗はもう一つ質問をした。
「じゃあ逆にどんなルールだったら負けるんですか。」
「例えば殺しは禁止で、相手を気絶させるのが勝利条件とか。」
「ああ、何か分かる。第七位が気絶するところとか想像つかないわ。殺し禁止だと第一位はかなり手加減しないとキツいしね。」
麦野はその第七位とやらをよく知っているらしいので肯くが、彼の能力どころか外見すらも知らない絹旗にはそう言われてもイメージがしづらい。滝壺は何となく分かったような分からないような表情をしている。
「結局何でデートの話から超殺し合いの話になったんですかね?」
「ああ、そうよそれそれ。あのデートってなんだったの?」
「デートはデートじゃねェのか?」
一方通行はポテトチップスの袋を開けながら首を傾げた。彼女は1たす1は2だろというような調子で言ったが、聞きたいのはそういうことではない。この第一位はまともに恋バナで盛り上がることもできないのか、と麦野は呆れた。
「うん、デートはデートだよね。」
「いや、滝壺も肯定しない。そうじゃなくって何でアンタたちがデートしてたのかって訊きたいのよ。」
「誘われたから。」
「超単純明快です。」
2本目の缶コーヒーを開けながらすっぱりと答えた彼女に、麦野と滝壺は感心したような、呆然としたような表情を見せた。この女、誘われたら何でもするってわけでもあるまいに。
「恋愛感情はないわけ?」
「それについて考えている。」
「照れるとか恥ずかしがるとかいう機能はついてないわけ、アンタ。」
照れたり恥ずかしがったり、嬉しがったり落ち込んでみたり、そういう喜怒哀楽を皆で共有するのが恋バナの醍醐味じゃなかっただろうか、この女がもし第七位と恋仲にあったとしても面白い話は聞けなさそうだな、と麦野は溜息を吐いた。
すると横でぼんやり聞いていた滝壺が、意を決したように口を開いた。
「でも。」
滝壺の言葉には妙な力があって、さして大きな声を出しているわけでもないのに他の3人は思わず黙り込んでしまった。
「あくせられーたは恋してると思うよ。」
「何でそう思う?」
はっきり言い切った滝壺に対し、恋をしていると言われた当人が訊ねた。何せ彼女自身も、自身の感情が理解しきれていないので。
「一方通行のAIM、何だか最近可愛いの。」
「どうしよう、滝壺の言っていることの意味が全く分からないわ…。」
「AIMに可愛いとか可愛くないとかあるんですか…超初耳です…。」
滝壺の発言に2人は頭を抱えた。可愛いって何だろう、AIMにもひらひらしているとか、花柄とか、ピンク色とかあるのだろうか。AIMを一切関知できない麦野と絹旗には想像のしようもない。
当の一方通行の方はというと、AIM拡散力場を操作することのできる能力を持っているので何となく分からなくもない。可愛いかどうかは知らないが、自身のAIM拡散力場の性質が何となく変化してきていることは分かるのだ。
「私も、はまづらと会ってから能力安定するようになったから。」
「今のあくせられーたは、それに似てる。」
彼女は自分が恋人である彼と出会ってからの変化と、一方通行の変化が似ていると告げた。科学的に考えるのであればその2つのできごとは単純に等号で結べるわけではない。ただ、一方で滝壺の勘には侮れないものがある。そのしっかりした口調から考えても、彼女は自身の勘に自信を持っているようであった。
「そう言えば今頃浜面は何してるのかしらね。」
硬くなった空気を解すかのように、麦野沈利がふと呟いた。
「ここに呼ンじまえばイインじゃねェの?」
「だったらアンタが連絡するといいわよ、その方が面白いから。」
この場に浜面を呼んでしまったら最早女子会でも何でもないのだが、彼女らはそんなことを気にするような人間であった。第一浜面に男も女もない、浜面は浜面である。つまり彼女らにしてみれば浜面には性別どころか人権すら皆無なのである。
「浜面は第一位からメール来るたびに超涙目になりますからね。でメール開けてみてくだらない内容だったりするとあからさまにほっとするのが超面白いです。」
「浜面に関しては俺も分かっててやってるところあるからなァ。」
「浜面はいじり甲斐があるからね。」
「そんなはまづらを応援してる。」
そして20分ほどしたとき、30分以内に来ないと可愛い滝壺に何されても文句言えねェぞ、と脅された浜面が息も切れ切れに個室サロンにやってきて、それから数時間横暴な高位能力者にいじめられることとなったのであった。
きょうはここまでです。
女の子ばっかりのトークは楽しいなぁ。超能力者女子会とかも書きたい。
こんばんわ、>>1です。
ここ暫く仕事の方が忙しくて書込みできませんでした。今週末に投下できるようにしたいと考えていますが、絶対に、とはお約束できないような感じです。もう暫くお待ちいただけると嬉しいです。
こんにちは、どうにか投下できそうな目処が立ったのでぼちぼち書き込んでいきます。
皆さん超電磁砲S見ましたか?OPの一方さんまじ美しすぎて目が潰れるかと思いましたわ…そして麦のんのラスボス臭がやばい。
さて今日も元気にサービスサービスぅ!ということで投下いたします。
一方通行は19090号に呼ばれていつもの病院に来た。それだけのはずだった。
先日妹達は番外個体と壮絶な姉妹喧嘩を繰り広げたらしく―原因は一方通行なのだが、そのことについては打ち止めの判断で彼女の耳に入れていない―そのときの損傷が原因で彼女たちは普段とは違う病室に移されていた。その中でもどうも他の個体と比較して損傷の激しかったらしい19090号は、一人だけ個室に移動していた。
話したいことがあるので一人で来て欲しいと呼び出されてその病室に行ってみたら、19090号がいるにはいたのだが、それに加えてもう一人常盤台中学の制服を着た少女がいた。活発そうな明るい茶色の髪、健康的な体格と肌の色、19090号とよく似ていたけれど、意志の強そうな目だけがまるで違っている。こんな風に真っ直ぐに生きることをずっと昔に諦めてしまった彼女には、羨ましくも疎ましくもあった。
病室にいたのは19090号とオリジナル、御坂美琴その人であった。
「あン?」
意外な人物の同席に一方通行は驚いて、少しばかり素っ頓狂な声を出した。しかしながらそんな何気ない一言でも機嫌が悪いようにしか聞こえないのが彼女の性分である。その凄みのある声を聞いても、御坂が動じることはなかったのだけど。
「済みません、一方通行。お姉様がどうしてもあなたとお会いしたいと言って、とミサカは全ての罪をお姉様に擦り付けます……。」
「実際そうなんだけどそんな言い方されるとムカツクわね。」
一方通行を呼びつけた張本人は腕を組んで胸を張り、仁王立ちしながら言った。一方通行と向き合うときの御坂はいつもこういった態度で、それは自分より力のあるものに対する虚勢であったり、年若い少女特有の見栄であったりするのだけれど、一方通行には分からない。
「用事があるってェのは19090号じゃなくってオマエか、オリジナル。」
「その呼び方止めてよね。」
「だったらオマエも「アンタ」とか呼ンでンじゃねェよ。」
「アンタこそ「オマエ」って。」
学園都市第一位と第三位はお互いの不躾な点を指摘し合うが、お互いに全く修正する気はなかった。5秒にも満たないほどの間、二人は無言で睨み合った。19090号はそれをおろおろと見守ることしかできない。沈黙を破ったのは一方通行だった。
「つまりお互い様ってことだ。お互い直すか、現状維持か、どっちかだ。」
「…現状維持を希望するわ。」
「懸命な判断だな。」
どこまでも気の合わない二人であったけれど、このときばかりは珍しく意見が一致したようだった。結局自分たちは似た者同士なのかもしれないと思って、御坂はぶんぶんと頭を振って自分のそんな妄想めいた甘ったれた考えを振り切った。
「で、結局何の用なンだ?」
病室内の簡素な椅子を壁際ぴったりに寄せて、一方通行は座った。体の問題で背凭れがない椅子にはあまり長い時間座っていたくない。壁を背凭れ代わりにして大儀そうに座る色白で華奢な少女は、こうして見ると酷く弱々しく見える。立ったままの状態でその華奢な体を見下ろしながら、御坂は戸惑いがちに言った。
「アンタと話したいってずっと思ってた。」
「何を。」
「色々。」
殺したいほど憎い相手だろうに何の話をしたいというのだろう。妹達も時折頓珍漢なことを言い出すが、あれは学習装置の弊害ではなくオリジナルからの遺伝だったのだろうか。一方通行は口を挟むのも面倒臭くなって―妹達だとこういうとき好きに話させた方がいい場合が多いこともあって―彼女が語るに任せた。
「アンタのこと、嫌な奴だと思ってた。妹達を1万人も殺して、それでも今でも平気な顔して生きている嫌な奴だって思ってた。」
「でも、最近アンタのことが分からない。ううん、多分最初から何も分かってなかった。」
「だからアンタのこと知りたいと思う。」
そこまで言うと、御坂は黙り込んで一方通行の反応を待った。いつもの自信満々で気の強そうな表情とはまるで違っていて、人見知りの激しい少女が初対面の相手の様子を窺うような、慎重で怯えの混じった表情だった。
「オマエも物好きな奴だなァ。」
普段は強気な表情をしているくせ、時折歳相応の、あるいはそれ以上に幼いといっていいほどの表情を見せる―彼女の様子を見た一方通行は、少し前に自分のことを好きだと言った臍曲がりの少女を思い出した。
「やっぱオマエたち、姉妹だわ。」
「?」
「こっちの話だよ。」
一方通行は19090号や他の妹達に土産にするつもりで持ってきたやしの実サイダーを御坂に手渡した。元々数は多めに買ってきていたので問題ないし、自分用のブラックコーヒーも買ってきてある。家に帰って飲むために買ったものだったのだけれど、話が長くなりそうだから1本だけここで開けてしまおうかと思った。
「で、オマエは俺の何が知りたいわけ?」
「何って…。」
御坂は自分から彼女のことを知りたいと言い出したのだけれど、こう面と向かって訊ねられると咄嗟に適切な質問を思いつくことができなかった。訊きたいこと、知りたいことが沢山ありすぎて、そして順番を間違えると誤解や行き違いが生じそうな気がした。
「ぎゃ、逆に!アンタの方から私に言っておきたいこととかってないわけ!?」
「はァ?」
御坂はまず何から質問していいのかも分からなかったので咄嗟にそんな言い方をしたが、それに対して一方通行は何馬鹿なこと言ってンだコイツ、とでも言いたげな表情を見せた。怒っているだとか苛ついているだとかいうわけではないだろうが、はっきりと呆れているのが見て取れる。
滅多に人に馬鹿にされることのない常盤台のエースこと御坂美琴は、それを見て瞬間的に自分の頭に血が上るのを感じた―正直なところ、一方通行に負けず劣らず気が長い方ではない。
「アンタのその性格どうにかなんないの!?直ぐキレるし!愛想悪いし!!子供の頃からそんなだったわけ!!?」
「あンまりオマエには言われたくねェンだが…。」
最近大分丸くなったと言われる一方通行は、瞬間的に沸騰した御坂にも淡々と応じた。一方通行を指さして声を張り上げる様子はヒステリックといってもいいぐらいの様子で、ここが個室でなければ迷惑行為で出入り禁止になってもおかしくない。そんな状況を収めたのは、成り行きを見守っていた19090号だった。
「まぁまぁそう言わず。ミサカも一方通行がどんな子供だったのか興味があります、とミサカは仲裁に乗り出します。」
「………。」
一部では親馬鹿などと揶揄されるほどに妹達に甘いことで知られる一方通行は、19090号の発言に一瞬で態度を変えた。御坂の言い方には刺があったが、妹達にそう言われると一方通行は弱い。妹達の質問に答える、というのであれば普段は口にしにくいことも幾らか話しやすかった。
「ミサカたちには話したくありませんか?とミサカは口を噤んだ一方通行に訊ねます。」
「…そォじゃねェけど。」
「けど、では分かりません、一方通行。それならなぜ言い淀むのですか、とミサカは疑問に思います。」
「…他の個体には共有しないでくれるか。特にクソガキと、番外個体には。アイツらにはちゃンと自分で話したい。」
「…分かりました、そのようにしましょう、とミサカは感覚共有を切断します。」
19090号は一方通行の発言に従った。理由は彼女にとって特別な自分以外の2人のミサカのためというものだったけれど、結果的に一方通行と秘密を共有できるという状況に19090号は不思議な満足感を覚えた。
「では、一方通行。あなたの子供の頃のお話、他の誰でもないこのミサカとお姉さまにだけ、聞かせていただけますか。とミサカは期待に胸を弾ませます。」
「…つってもなァ、今と大して変わりねェぞ。」
改まって19090号に訊ねられたものの、子供の頃の可愛らしいエピソードなど自分には無縁だった。一方通行は申し訳ないような、困ったような様子でそう言ったが、19090号は置いといて、御坂はその発言に明らかにがっかりしたような表情を見せた。
「アンタ昔っからこんな性格なの?可愛くないわねー。」
「学校に上がりもしねェうちに毎日スキルアウトに絡まれてりゃ、こンな性格なっても仕方ねェだろ。」
一方通行はむっとして言い返した。
「え、そんな小さい頃からスキルアウトに絡まれてたってわけ?」
「超能力者だと力試しだとか言って突っ込ンでくる阿呆がいるだろ。オマエだって経験あるンじゃねェのか?」
「普段は私、学舎の園の中にいるから…そんな経験片手で足りるぐらいしかないわよ?そもそも、私最初は低能力者だったし。」
「え、そォいうもンなのか?5つになる頃には、毎日のよォにそンな馬鹿に出くわしてたンだが。」
御坂は5歳ほどの少女がスキルアウトに取り囲まれる様子を想像した。スキルアウトは大概が無能力者だが、無能力者ながら高位の能力者に対抗しようとするだけあって、体格はいい人間が多い。小学校にも上がらない子供が体格のいい荒くれ者共に囲まれる様子を想像すると、胸の奥がぐつぐつと煮えるような気がした。
「一方通行は見た目も目立ちますし、格好の的だったのでしょうかね、とミサカは一方通行の頭をなでなでします。」
「慰めなンざいらねェよ。怪我すンのはあっちだし。」
「そうは言っても怖かったでしょう。能力だって今ほど安定していなかったのでは?とミサカは問いかけます。」
たとえ超能力者であっても、演算ができなければ暴力に対して無力である。子供の頃は精神的な問題で演算が乱れることも多く、そんな状況に陥ればむしろまともに能力を使える子供の方が少ないだろう。御坂は19090号と一方通行の会話をほとんど呆然としながら聞いていた。
「……アンタそれ、大人に言わなかったの?」
「はァ?何で?」
「何でって、警備員とか学校の先生とか、じゃなくたって風紀委員とか。通報するもんでしょ、普通。」
「怪我するのは向こうだし。」
「そりゃアンタに怪我はないかもしれないけど、絡まれること自体が嫌でしょう?」
「大人に言ったところでどォにもならなかったと思うがなァ。」
一方通行は当時の自分を取り巻いていた大人たちを思い出していた。スキルアウト共に絡まれていると彼らに訴えたところで、自分でどうにかできるだろう、と取り付く島もなくあしらわれるのが落ちだったろう。当時の彼女の周囲には、親身になって相談に乗ってくれそうな大人など見当たらなかった。
「言ったところで何もしてくれなかっただろォな、俺の周囲の大人共は。」
「よしよし、大人に頼れなかったのですね、とミサカは益々一方通行の髪をなでなでします。何だこのさらっさら、もっふもふ!」
「テンション上がってンじゃねェよ、うぜェ。」
一方通行は撫でるを通り越して自分の頭を捏ね繰り回し始めた19090号の腕を鬱陶しそうに払った。妹達の中でもどちらかというと大人しい方である19090号は素直にそれに従ったが、表情は不満気である。
「そんなこと言って第七位には好きに触らせてるんでしょー、一方通行ってばいけずぅとミサカは不満を漏らします。」
「アイツはやめろっつってンのに聞きやしねェ。一度それで死にかけたくせして。」
「?死にかけた?あの頑丈そうな第七位が??とミサカは意外な過去に目を丸くします。」
「……あぁ、オマエたちには話したことなかったか。」
「何よ、意味深なこと言っちゃって。」
一方通行が気まずそうに口を濁らせたのを見て食って掛かったのは御坂だった。咄嗟に表情を曇らせた一方通行の様子が気にかかった。平気な顔で「死ね」とか「殺す」とか口にする彼女が、その言葉を呟きながら微かに震えたように見えたのだ。
あの少年は自分と一方通行の関係を幼馴染だと言っていたけれど、どうやらそれは本当だったらしい。少なくとも彼女はあの少年が死んだりしたら悲しむような、そんな間柄なのだろう。御坂は超能力者の中でも特殊な存在である2人の関係に興味を抱いた。
「話しなさいよ、それ。何か気になる。」
「…ガキの頃、俺の能力が暴走してあのバカ殺しかけたってだけだ。」
「何だか怪しいです。何でミサカから視線を逸らすのですか、とミサカは一方通行に疑いの眼を向けます。もしかしてミサカに関係することなのですか?」
「………違ェ。」
「ミサカの方を見てもう一度言ってくれませんか?とミサカは一方通行に主張します。そんな様子では思いっきりミサカたちに関係があるとしか思えないのですが。」
問い詰める19090合に対して一方通行は、視線を逸らしつつ口を濁す、という分かりやすい反応を示した。基本的に感情を隠すのが得意ではない、というか隠そうという発想がないのだ。彼女の感情を気に留める人間などこれまでほとんどいなかったから、隠す必要がなかった。
一方通行の前に同じく簡素な椅子を引きずり出して腰を落ち着けた19090号は、彼女がこの件について納得の行く回答を示すまではこの場を動かない、と態度で示した。それを横目でちらりと見て、一方通行はおずおずと口を開く。
「今になって思い返してみりゃ、関係あったかも知れねェ、ってくらいのもンだ。」
「いいから早く白状するのです、一方通行。関係あるかどうかはミサカが判断します。」
彼女の頤をそっと支えて、19090号は自分の方に向ける。言葉に力はあったが、仕草や表情はあくまでも穏やかだった。御坂はその様子を少し離れたベッドの上に腰掛けて見守っていた。
「…アイツがもう、あンな怪我しなけりゃいいなって。」
「アイツだけじゃねェ、俺に殴りかかってくるスキルアウト共も。」
「毎日スキルアウトに殴りかかられて、毎日勝手に怪我しやがって、恨めしい目で見やがって。オマエたちの方から殴りかかって来たくせに、俺のせいみたいな顔しやがって。」
「全部嫌だった。絶対能力者になれば何か変わるんじゃないかって思った。」
「確かにそんな生活嫌かもしれないけど。」
「私だっておんなじ状況だったら、嫌になると思うけど。」
例えばこの能力のせいで誤って親しい幼馴染に大怪我をさせて―自分だったら白井黒子なんかに置き換えてみるといいのかもしれない―自分から殴りかかってくる馬鹿どもに理不尽に恨みを持たれて。
そこまでの経験はないけれども、超能力者ゆえの孤独を知らないでもない御坂はその状況を少しだけ想像することができた。きっと自分の想像よりも、もっと酷く、寂しいものだったのだろうけれど。
だけれど、だからといって彼女のしたことを許せるわけではないのだ。
「だからって妹達を殺していいわけないじゃない。アンタ何考えてんのよ。」
彼女の言うことは尤もである。でもその「尤もなこと」を貫くのは難しい。例えば一方通行のように能力以外の何も持たずに生まれてきたような人間には、彼女の言葉は上っ面の綺麗事にもなりうる。彼女のこういうところが麦野沈利は嫌いだったのだろう。
自分だって殺さずにいられたらよかったと、そう思う。でも今更何を言ったって仕様がない。一方通行は体の震えを隠さずに、小さな声で、だけれどはっきりとした口調で言った。
「……俺だって、最初は殺すつもりなンてなかった。」
その言葉を聞いた御坂はベッドから飛び降りるようにして立ち上がって、だん、とはっきりと音がするほどに床を踏みしめた。今にも打ち出されんとしている矢のようにその体には力が漲っていて、一方通行を殴り飛ばしそうなほどだった。
その怒りを必死で堪えながら、彼女は声を引き絞った。
「…何、言ってんのよ。」
「今更殺すつもりなかっただなんて!!何言ってんのよ!!!」
声を張り上げた御坂に対して、一方通行も立ち上がって応じた。その体は震えていて、傍目にはどちらが上位の能力者なのか分からないような有様だった。震える体を叱咤するようにして、一方通行も声を張り上げた。
「だって!俺は!!」
「アイツらを殺さなきゃなンねェだなんて、知らなかった!ただ、第三位と戦闘するだけだって!!」
そこまで言うと彼女ははぁはぁと短い息を繰り返して、その場に座り込んだ。その体には力がなく床に倒れこんでしまいそうな状態で、咄嗟に19090号がその上体を支えた。
「何よ、それ……どういうこと………?」
御坂は自分の耳を疑った。一方通行は妹達を殺すつもりはなかった?―つまりそれはどういうことだ。絶対能力進化実験はどうやってはじまったのだろう、御坂はあれだけ実験のことについて調べていながら、そもそものきっかけを知ろうとしなかった自分に気付いた。
一方通行は少し息を落ち着かせてから、ぼそぼそとはっきりしない声で言った。
「…俺が実験に誘われたとき、聞いたのは第三位と戦闘するってだけだった。」
「相手が第三位本人じゃなくってクローンだってことも、単なる戦闘ではなくて殺害だってことも知らなかった。」
「お姉様、これは本当です。一方通行は当初ミサカたちを殺すつもりはありませんでした。見たくはないかもしれませんが、初期の実験の映像を見れば分かります、とミサカは疑いの眼を向けるお姉様に説明します。」
未だに殴りかかりそうなほどの怒気を隠そうともしない御坂の前に、19090号が立ちはだかった。この妹はなぜこいつを庇うのだろう。こいつはそんなことをする価値のある人間ではないはずなのに。
そう思い込まなければやっていられなかった。10031人もの人間を殺した実験に自分も加担していたのだと思いたくなかった。
「じゃあ、何で殺したのよ。殺したくなかったんでしょ!!何で殺さないでいられなかったのよ!!?」
「…俺は00001号が倒れた時点で実験は終わりだと思ってた。」
「ガキだし女だし、普段スキルアウトにするよりかは手加減したつもりだった。」
「けど……。」
一方通行はそこで口を噤んだ。元から白い顔を酷く青褪めさせて、傍目には急病人のように見えた。更には口に手を当てて、吐き気を堪えるような仕草をした。彼女の背中を擦りながら19090号が代わりに口を開いた。
「お姉様、この話題は一方通行も話しづらいようですので、ミサカが代わりに説明しても宜しいでしょうか?」
御坂は不本意ながらも頷いた。実際には直接一方通行の口から訊きたい内容だったけれど、それよりも早く知りたい気持ちが勝った。
「一方通行は00001号が戦闘不能になったと判断し、殺害せずに実験場を退室しようとしました。00001号の負傷は全治1ヶ月ほどだったでしょう。」
「しかし実験場のドアは開きませんでした。それどころか部屋の外で様子を見守っていた科学者は、一方通行が00001号を殺害しないとこの部屋からは出られない、と言いました。」
「そして呆然とする一方通行に向けて00001号は銃弾を放ちました。その銃弾は一方通行に反射され、00001号に当たり―00001号の死因となりました。」
「………何よそれ、自殺みたいなもんじゃない。」
一方通行の能力を知るものならそう思うだろう。馬鹿正直に自分で銃弾を撃って、その弾に当たって死ぬだなんて。てっきり一方通行が積極的に妹達を攻撃するばかりだと思っていた御坂は、愕然とした。
事実彼女が見た実験の映像はそういったものが多かったのだ。それは実験がある程度進んだ時期の映像で、確かに一方通行も積極的に妹達を殺すようになった頃のものだった。それに至るまでの一方通行の葛藤を御坂は知らなかった。
「当時のミサカたちは一方通行の能力の詳細を知りませんでしたから、反射され、それによって死ぬとは思ってませんでしたが…、自業自得には変わりません。」
「考えても見て下さい、お姉様。ミサカたちだって死にたくないなら逃げるとか、方法はいくつかあったのです、とミサカは選択することのできなかった可能性を提示します。」
「逃げることも命乞いもせず、それどころか実験を面倒臭がる一方通行を急かすこともった。自分から攻撃を仕掛けることがほとんどでしたし。確かに一方通行もやり過ぎだったとは思いますが、今更生きたかったなんてミサカたちも虫が良すぎるでしょう。」
御坂は頭をがつんと殴られたような感覚があった。確かにいつか見た実験中の妹達は実験を嫌がっているような様子はなかった。むしろ実験を止めようとする美琴を邪険にするようなところもあった。あの頃は自分のクローンが殺されているということで頭がいっぱいで、殺している一方通行の方が悪いのだと思い込んでいた。
「ミサカと一方通行は共犯ですよ、とミサカは冷静に現実を分析します。本当に生きたかったのなら、もっと早くに助けを求めるべきだったのです。」
共犯、という言葉はいくら何でも大げさすぎると思う。それでは他の殺人事件だって被害者が逃げようとしなかったのなら殺されても仕方がない、ということになる。でも妹達側も殺されると分かっていながら、何も状況を改善しようとしなかったのは事実なのだ。
それはきっと、他のエンディングを迎えられた可能性があるということ。一方通行の罪に比べたら酷く些細なものかもしれないけれど、妹達にだって当事者としての責任があったこと。
「結果的に殺されたのがミサカたちだったというだけの話です。もし一方通行が死んでいたのなら、それでもお姉様は一方通行を責めますか、とミサカはもしもの可能性を提示します。」
「そんなこと、ある筈ないじゃない。コイツは第一位で、アンタたちどころか、私すら敵わないんだから。」
「でも、怪我をしないからって傷つかないからって銃弾を向けていいのでしょうか。これではミサカたちはスキルアウトと変わりません。とミサカは嘗ての行いを自省します。自省という言葉が適切かは分かりませんが。」
「そんなことは、ないけれど。」
御坂は口を噤んだ。一方通行は許せない。彼女に罪がないとは思えない。でも、彼女の罪状は自分が思っているのとは違うのかもしれない。
「もォいい、19090号。俺がオマエたちを殺したのは事実だし、そンな庇わなくたっていい。」
次第に口調を荒げ始めた19090号を制したのは、床に座り込んだままの一方通行だった。
「絶対能力者になれば、誰も傷つけずにいられるンじゃないか、なンて馬鹿なこと考えた俺がいけなかったンだ。オマエらを傷つけてたら意味がないのに。」
「?一方通行はこのミサカを傷つけたことはありませんよ。とミサカは人違いを告げます。」
「…そォ、だったな。」
19090号は一方通行の手を取って、そっと自分の胸に手を当てた。その瞬間に悲劇が起こることはなく、一方通行は人知れずほっと息を零した。
「アンタがアンタなりにあのことを反省してるのは分かったわ。」
御坂はうっかりと2人きりの世界に入りそうな一方通行と19090号を制した。気の強い性格ではあるが、弱い者いじめなどは好きでない。彼女のことを許したわけではないが、これだけ反省している人間をこれ以上追い詰めるような悪趣味な性格はしていないつもりだった。
「それは置いといて。もう一個、知りたいことがあるのよ。」
御坂は床に座り込んだままの一方通行を促して、自分の向いに立たせた。のろのろとそれに従った彼女は不思議そうな表情をしている。
「アンタ結局、その体はどうなってんのよ。」
首に巻かれたチョーカーのような機材。杖がなければ歩くことも儘ならない体。あんなにも無敵に思えた彼女は、何があってこんな体になっているというのだろう。
「……見た方が早いだろ。」
一方通行は以前対峙したときよりもずっと伸びた白い髪を掻き分けて、彼女の首を戒めるようについている異様な機材を指差した。
「このスイッチ、三段階に切り替わる。今は真ン中だ。」
「え、え?」
「手前にすると能力使用モード。」
一方通行は御坂の戸惑いを無視して語り続けた。
「奥に切り替えると完全にMNWから切り離される。俺は喋るどころか、目の前の人間の言ってることすら理解できなくなる。」
「全く身動きできないわけじゃねェが、思考も判断もできねェから赤ン坊と変わりねェ。」
「い、いきなり何なのよ。」
突然自分の弱点を晒す彼女に御坂は戸惑った。淡々と新製品のエアコンの使い方を説明しているような口調で言うが、内容はどちらかと言うと人工呼吸器とか生命維持装置の説明に近い。しかも安全な使い方を教えているわけではなく、「やっちゃいけないこと」を敢えて雄弁に語っている。
そして最後に彼女は恐ろしいことを口にした。
「今からスイッチを奥に切り替える。満足するまで俺の無様な姿を眺めてていい。」
「気が済ンだら真ン中に戻せ。間違って手前にしたらその瞬間俺の反射が働くから、オマエの可愛らしい手がぐちゃぐちゃになる可能性もある。怖かったら19090号にでも頼め。」
彼女はそう言うと、何でもないことのようにスイッチを切り替えた。
「え、ちょ、ちょっと!!」
その瞬間、彼女の細い体が壊れた人形のように崩折れた。御坂は咄嗟にその体を支えた。こんな女なんか怪我したっていいのに反射的に支えてしまった自分が嫌になるのと同時に、その恐ろしいほど軽い体に驚いた。自分よりも身長の高いはずの彼女の体は、小柄な白井や初春と変わらないほどに細く軽かった。
「ちょっとアンタ!これ、どうなってんのよ?」
御坂は戸惑いがちに19090号に視線を向けた。19090号は慌てる様子もなくいつも通りの機械的な口調で応じる。
「見ての通りですよ。現在の一方通行は赤ん坊と変わりありません、とミサカはありのままを伝えます。」
「だからって何よこれ!私は母親じゃないってーの!!」
崩折れる瞬間に御坂に抱き留められた一方通行は、そのまま彼女にしがみついて離れようとしなかった。まるで母親に懐く赤児のような仕草を見ると放っておけないと思うのと同時に、妹達を虐殺し続けた人間に対する嫌悪感も捨て切れない。結局御坂はスキンシップを図ろうとする一方通行を拒むことも受け入れることもできなかった。
「恐らくお姉様をミサカたちか、或いは上位個体だと思っているのでしょう。この状態ではこの人、黄泉川愛穂すら怖がってミサカたちにしか近づきませんから、とミサカは第一位をなでなでします。」
「さっきから思ってたんだけどアンタ、よくコイツに触れるわね。殺された10031人の記憶、共有してるんじゃないの?」
御坂は一方通行の理性があるときには訊きづらかったことを口にした。自分は実験の映像を見たあと暫くは彼女の姿を目にするだけで体が震えそうになった。自分ではないとはいえ、自分そっくりの人間が殺される映像というのは、女子中学生にはあまりにも衝撃的すぎた。
「殺されたミサカと、今生きているミサカは別のミサカですよ。このミサカは一方通行に傷ひとつつけられたことはないし、それどころか何度も助けられているのですよ、とミサカはこのミサカが他のどのミサカでもないことを主張します。」
「でもコイツは…、コイツは10031人も殺したのよ!!」
「アンタや打ち止めや番外個体を助けたからって、そのことがなかったことになるわけないじゃない!!」
「それは一方通行自身が一番よく知っていると思いますが。」
「でも罪を償えないからといって、ミサカたちを放っておく訳にはいかないと、一方通行は言ってくれたのです、とミサカはミサカが一方通行を慕う理由を明かします。」
「ミサカたちを守っても10031人は生き返りません。一方通行の罪が消えることはないでしょう。でもだからといってミサカたちが危険に晒されるのを放っておけない。そして何度も死にかけて、それでもミサカたちを諦めない。」
「ミサカはそんな馬鹿みたいな一方通行が大好きですよ。」
「…アンタ、馬鹿でしょう。」
「お姉様がそういうのならそうなのかもしれませんね。とミサカは不名誉な称号を敢えて受け入れます。」
「…何だかよく分からないけど、分かったわ。」
御坂は一つ大きな溜息を吐くと、何か諦めたように言った。
「コイツは私が思ったような人間じゃないってこと。だからって許せないけど。」
「それでいいと思います。一方通行は誰にも許されたくないでしょうから。ミサカたちも許しはしません、とミサカは決意を口にします。」
「けど好きなの?アンタたち、本当によく分からないわ。」
「そういう許せない気持ちとかを抱えながらも支え合うのが夫婦と物の本で読みましたが、とミサカは付け焼刃の知識を披露します。」
「いつ結婚したのよ。」
御坂は呆れて文句を言いながら自分にしがみつく一方通行を19090号に押し付けた。そのまま立ち上がって普段使いの鞄を持ち上げる。
「お姉様、お帰りになるのですか?とミサカは首を傾げます。」
「何か気不味いのよ。そいつのスイッチ、私が帰ってから戻してやって。」
「はぁ、そうですか。分かるような分からないような。ミサカは一方通行をもふもふできるので気にしないことにします。」
その日、いつもの病院を出て寮に帰った御坂美琴は、どこかすっきりした表情をしていたとどこぞのルームメイトは語ったらしい。
今日はここまでです。
原作の一方さんだったら、美琴や妹達に問い詰められても絶対に実験に参加した動機を語ったりはしないだろうな、と思います。だって言い訳めいて聞こえてしまうから。
だからこのSSの一方さんには言い訳とかじゃなく、純粋に感情の吐露として動機を語らせました。この話では男ではなく百合子ちゃんなので、こんな風に感情的に洗いざらい話してしまうのもありかな、と。あと、ソギーとのふれあいを通じて幾らか自分の感情に素直になれたという感じです。
次は漸くクリスマス編だよ。現実では桜も既に散ってるけどね、細かいことは気にしない。もうびっくりするほどの『もげろ』連発展開にしてやるから首洗って待ってろよな!
今日も元気に投下しますよー
デート編書きながらテンション上がってきて自分きもい
クリスマスを1週間ほど先に控えたある日、一方通行はリビングのテーブルの上に載っている紙切れを発見した。
因みに一方通行はクリスマスなんていう浮かれた行事は興味がないので、打ち止めや番外個体が騒ぎ立てなければこの時期はそろそろ年越しだなァ、とくらいにしか考えないのだが、それは置いておこう。仮にも女子高生、色気がなさすぎるのだが、彼女にそんな苦言を呈することのできる人間などこれまでいなかったのだから。
さて話を戻そう、問題はテーブルの上の紙切れに書かれていた内容だった。
「オイ、黄泉川。」
「ん?何か用じゃん??」
「何でこれ3人前なンだ?」
彼女が発見したのはクリスマス・イブの夕食にする予定のオードブルの引換券である。どうも黄泉川が普段から教師の仕事やら警備員の付き合いやらで世話になっている店らしく、今年は気合を入れて予約するじゃん!―気合を入れるのは実際に料理を作る店の方だと思うのだが―と言って一番いいメニューを早くから狙っていたということを話には聞いていた。引換券には確かに一番高いメニューに印がつけられていて、代金は前払いされていることが記されている。しかし問題はその量だった。
打ち止めがまだ小さいことや黄泉川や芳川は然程量を食べないこともあって、5人暮らしながら食事は4人分ほど用意すれば事足りるのであるが、引換券に記載されているのは3人前という文字。ちょっとうっかりしたところのある黄泉川だが、さすがにこの程度のことをミスするとは思えなかった。
黄泉川から返ってきた答えは全く予想だにしないものだった。
「え、一方通行はイブに出かけるんじゃなかったっけ?番外個体からそう聞いてるじゃん。」
「はァ?何だそれ。」
そんなことは初耳である。自身の記憶力に自信のある一方通行は、俺イブに出かける予定あったっけか?と思い返す間もなく否定した。すると慌てたのは黄泉川である。職場や警備員ではしっかりしたお姉さんを気取っているが、案外プライベートはおっちょこちょいのうっかりさんである彼女は目に見えて動揺した。
「え、もしかして私の勘違いじゃんか?ど、どうするじゃんよ??」
「…取り敢えず番外個体に確認してみるから落ち着け。」
責任を感じたらしい黄泉川が俄にあたふたとするのを見て、一方通行は彼女をどうどうと宥めすかした。どうせ番外個体のいつもの悪ふざけだろう、黄泉川に非はないのだから彼女が責任を感じる必要などないのだ。
というわけで一方通行は昼夜逆転生活を満喫していた番外個体を叩き起こして問い詰めたのだった。
「で、どォいうつもりだ?いつもの悪戯か??」
「えー、ミサカ好意でしたのに心外だなぁ。」
目を擦りながら番外個体は言う。何を馬鹿なことを言っている、と思ったが口調ははっきりしているから寝ぼけているわけではあるまい。
「好意の何をどォしたらイブに俺を家から追い出すことになるっつゥンだよ。」
「だってミサカ、この間第一位と第七位のデート邪魔しちゃったじゃん。そのお詫びに、と思ったんだけど。」
「オマエまさか…いや、それ以上言うな、嫌な予感がする。」
クリスマス・イブに家から追い出される自分、デートを邪魔したお詫び、ばらばらのピースが一方通行の頭の中でかちかちと物凄い速さで組み合わさっていく。一方通行は嫌な予感を感じて身震いすらした。
番外個体にそれ以上言わせまいとする一方通行を気にも留めず、妹達一の悪戯っ子は留めの一撃を刺した。
「この間おじゃんになった分、クリスマスにデートしちゃえばいいんじゃないかな、ってミサカ思って。」
「ンな阿呆らしいことできるかァ!!」
この時の番外個体の表情に擬態語をつけるならば、てへぺろ、以外にはなかった、と一方通行は後に語った。
「で、結局アナタはどうするのってミサカはミサカは訊いてみる。」
素知らぬ顔で訊ねたのは打ち止め。実のところ彼女もこの件に関しては一枚噛んでいるのだが、まるで知らなかったように振舞っている。他の妹達ならいざ知らず、番外個体は打ち止めの干渉から逃れられる個体なので、自分は知らなかったと言い張ることができるのだ。真実は当人のみぞ知る、といったところである。
「今からなら1人前ぐらいなら追加できるはずじゃんよ。」
こちらは心の底から申し訳なく思い、フォローの言葉をかける黄泉川愛穂。しかしながら彼女が心優しい言葉をかけても一方通行の表情は晴れない。
「……あのクソガキ、既に馬鹿にアポ取ったらしくってなァ。」
「馬鹿って誰じゃんよ?」
クソガキというのは分かる、このトラブルの元凶である番外個体のことだろう。だがしかし馬鹿とは誰のことだろう、黄泉川は首を傾げた。そこに助け舟を出したのは打ち止めだ。
「第七位のお兄さんだよ、ってミサカはミサカは態々名前を伏せた一方通行を無視して真実を告げたり。」
「ん?お前らってデートするようなそんな関係だったじゃん??一端覧祭では幼馴染って聞いたけど…。」
いい年して恋愛沙汰に疎い黄泉川は益々首を傾げた。年頃の男女が仲良く寄り添って歩いていて「幼馴染だ」なんていうのを馬鹿正直に信じる教師もどうかと思うのだが、と思っても打ち止めは口にしなかった。
「勝手に妄想広げてンじゃねェ!そもそもデートは俺が言い出したことじゃねェだろォが!!」
「でも嫌なら今から断ったっていいんじゃないのー、ってミサカはミサカは悪魔の囁き。」
軽くキレ出した一方通行に対し、打ち止めは冷ややかに応じた。と言うか妄想も何もこの間実際にデートしていたではないか、カマトトぶりやがって、と最近番外個体の影響か多少腹黒くなってきた打ち止めは内心思っていた。
「それはそれであのガキがぐちぐちと言いそォだろォが。」
「まぁ間違いなく言うじゃんよ、番外個体なら。」
「ヨミカワ分かってないなー。これはつまり番外個体に文句言われるから大人しくデート行ってやんよ、と見せかけてノリノリなパターンですぜ、とミサカはミサカは耳打ちしてみる。」
「オマエら好き勝手言いやがって…。もォいいわ。」
何かもォこいつらに相談しても意味ないわ、と判断した一方通行は反論するのも面倒臭くなったらしい。ああだこうだと言い合う黄泉川と打ち止めを他所にさっさとソファーで昼寝を始めたのだった。
『妙だとは思ってたんだよな、お前2人にプレゼント買ってたし。』
削板軍覇は電話口でからからと笑った。クリスマスを打ち止めたちと過ごすのを楽しみにしていた一方通行から、そのクリスマスにデートをしようなんてメールが来たときに不思議には思っていたのだ。なるほど、あれが番外個体の悪戯だというのなら納得がいく。
『お前が家族の方大事にしたいってんならそれでいいぞ、俺は。』
元々彼はクリスマスがどうのとか余り拘りがない方である。彼女が家族と過ごす初めてのクリスマスを大事にしたいというのならそれを優先してやりたかった。だがしかし一方通行はその提案に喜ぶどころか、呆れたように大きな溜息をひとつ吐き出した。
「どっちもそォ言いやがるから面倒くせェっつってンだよ。」
打ち止めたちも、削板も、一方通行がそうしたいなら相手の方を優先して構わないと言うから却って困る。人付き合いにおいてどちらかを優先してどちらかを切り捨てるなどという状況に陥ったことのない彼女は、こういったときにどういう風に対処すればいいのか分からない。
第一少年の反応が面白くない。デートのお誘いは嘘でした、と言ったら落ち込むどころか笑い飛ばすだなんて。俺のこと好きなンじゃねェのオマエ、一瞬でもオマエに悪いことしたなンて思った俺が馬鹿だった―削板の方は彼女が気に病まないように敢えて明るく振舞っているのだが、一方通行はそんなことには気づかず素っ気ないくらいさっぱりとした態度の彼に苛々を募らせた。
「オマエ、俺とのデートに興味ないわけ?この間はあンなにノリノリだったくせして。」
『ち、違っ!今回はそもそも番外個体の悪戯なんだろ!?』
電話の向こうから俄に慌てふためく様子が感じられて、幾らか彼女の溜飲は下がった。だがしかしこの程度のことで満足する人間ではない、第一位様は叩くなら徹底的に、がモットーの人間である。
『第一俺はだな!お前の気持ちを優先しようと気を遣ったってのに!』
「それはご立派な心遣いだけどよォ」
「…男ならちょっとぐらいは強引なとこあった方がいいンじゃねェの?」
態々ご丁寧に艶っぽい声色を作って電話の向こうから囁きかける声に、削板はびくりと拙い反応をした。
少年も馬鹿ではない、煽られているのだと分かった。電話の向こうの彼女はこちらが強く主張するから仕方なくデートに付き合う、というスタンスを確立したいのだ。そうすれば番外個体は満足するし、黄泉川に予約の料理を1人前追加してもらうという手間を掛けさせることもない。向こうに強引に押し切られたと言えばデートに乗り気ではなかった、という体裁も繕える。彼女はそういう計算づくで、自分をデートに誘えと遠回しに言っている。
そこまで分かっていても男がどうのと発破をかけられた第七位は、喧嘩を買わないわけにはいかないのだ。この第一位と第七位の駆け引きがどういう結果になったかは火を見るより明らかであった。
因みに一方通行の方はというと、少年のそっけない態度に苛立ってこんなことをしてしまったが、後から考えて「これって番外個体の思う壺じゃン…」と凹んだそうな。
「というわけでデートすることになったけど、どうすればいいと思う?」
「何で上条さんに聞くんですか。恋愛経験なんて豊富どころかゼロですけども。」
「そんなことより俺を引っ張ってくるのは酷いんじゃねぇか。」
とあるファミレスに集まった少年たち―削板軍覇、上条当麻、浜面仕上。彼らは顔を突き合わせて削板の持ちかけた相談にのっていた。
元々削板は上条にだけ声を掛けた。こういうことを相談するなら一方通行のことをよく知っている人間の方がいいだろう、それでもって相談のしやすい同性の同年代の人物となると彼くらいしか思いつかなかった。因みに以前一緒に病院に行ったときアドレスは交換済みであった。
浜面は完璧にとばっちりである。恋愛沙汰に自信のない上条が、お前彼女いるじゃん!一方通行とも知り合いだし!と偶然街で出会ったのをここまで引き摺り込んできた。削板とも知らない仲ではないし、元々第七位はヒーロー気取りの熱血漢ということでスキルアウトの間では有名人であったから興味もあった。こんなことになったのも何かの縁だ、と何だかんだ人のいい浜面は上条に巻き込まれて削板の恋愛相談に付き合うことにしたわけである。
かくしてちぐはぐな3人組はできあがった。
「アイツのこと知ってる人間に相談した方がいいと思ったんだけど。第一お前ら普通の恋愛相談してアイツに対処できると思うのか!?」
「確かに無理だとは思うけど。」
「第一位が普通の女じゃないとは認識してるんだな…。」
確かに一般的な本に書いてあるようなアドバイスが一方通行とのデートに役立つとは到底思えない。だがしかし、自分や浜面のアドバイスも同様に役に立つとは思えない。何せ天上天下唯我独尊な第一位様は彼らのような無能力者の発想には収まり切らないので。
「俺は第七位さんと第一位の関係はよく知らないけどさ、多分それなりに信頼関係あるんだろ?いつも通りでいいんじゃねぇの。」
「さすが彼女持ちは言うこと違いますなー。浜面はイブも滝壺さんとデート?」
「いんや、アイテムですよ…。」
「さいですか…。」
上条から視線を逸らしてどこか中空を見詰めるように呟く浜面。滝壺にはデートしようと主張してみたのだが、背後に見え隠れする第四位の影が恐ろしくて強くは言えなかった。結局絹旗も寄ってたかって皆でのパーティを主張し、浜面の意見は虚しく却下されたというわけである。
麦野も絹旗も滝壺も性格は3人ともまるで違うのだが、不思議と一緒にいると落ち着くらしい。滝壺も麦野に本気で殺されそうになったことがあるわりには、そんなことなかったかのように今も仲良くしている。それで言えば自分もそうなのだけれど。人間というのはよく分からないものだ。
「って言うか削板さんこの間も普通に一方通行と2人きりで出かけてたじゃん。デートなんて今更そんなに緊張することか?」
「だ、だって…。」
確かにそうかもしれない。だけれどこの間のデートのことを思い出すと顔がさあっと火照るような気がした。一方通行(と見せかけた番外個体)からメールを受け取ったときには何も考えずに喜んだのだが、あんなことがあったあとに普通の顔をして彼女の姿を見ることはできないと思った。
だって「俺はオマエが好きなのか?(意訳)」と面と向かって訊ねられたのだ。その直後にトラブルがあって、実はその発言以来顔を合わせていない。そんな彼女とどんな面をしてイブにデートなんてしろというのだ。
先日のデートを思い出して分かりやすく一人で動揺し始めた削板の様子にちょっといらっときた上条は、伝家の宝刀を繰り出した。
「そげぶっ!」
とはいっても軽くこつんと胸に当てたくらいではあったが。やられた削板の方は全く意味が分からなかったが、冷静にはなったらしい。彼はさっきまでのそわそわが嘘のようなきょとんとした顔で黙り込んだ。
「上条、いきなり何やってんの?」
「いや、何かぶち殺さなくちゃいけない気がした…。」
呆れてツッコミを入れたのは浜面である。因みに愛しの彼女とのいちゃラブを思い返して勝手にそわそわする第七位は確かに鬱陶しいのだが、いちゃラブは決して幻想ではなくれっきとした事実であるので、そげぶでぶち殺されたりはしなかった。
「と言うか、俺達に訊くよりも妹達に訊いた方がいいんじゃないか?多分一方通行のことなら一番よく知ってるだろ。」
「ああ、ミサカちゃんたち?確かに第一位に関しては適任だろうな。」
クローンだとか絶対能力進化実験だとか言う難しい事情はよく知らない浜面は、何の気なしに上条の言葉に相槌を打った。御坂とも会ったことがないわけではなく、当然彼女たちと御坂の驚くほどにそっくりな外見だとか、だというのになぜか御坂ではなく一方通行との方がより深い縁があるらしい口ぶりだとか、頭の悪い彼には何が一体そういうことになっているのか、全く想像がつかない。頭のいい人間でも彼女たちの複雑な人間関係は想像できないとは思うが。
「うーん、それはそうかもしれないけど、何か俺、番外個体怒らせちゃったらしいんだよな。」
一方通行のことについて相談するというのであれば、確かに彼女らは適任である。だがどうも自分は彼女らに嫌われてるとはいかないまでも複雑な感情を抱かれているらしい。第一今回のことのきっかけも番外個体だし、結局彼女たちが自分らをどうしたいのかよく分からない、というのが彼の正直な気持ちであった。
「番外個体は誰にでもそーいう性格の子だから、削板さんが特別嫌いってことはないと思うけどな。」
「俺とかおもちゃにされてるぜ…。」
「逆に浜面が女性と一緒にいておもちゃにされてないところを見たことないですよ、上条さん。」
「酷い!!」
「まぁ浜面は置いといて。」
「削板さんが嫌われてるとかどうとか分からないけどさ、妹達は一方通行のこと好きだし、相談したらあいつが嫌がることはアドバイスしないと思うけど。」
「うーん、それもそうか。」
とうとう立場が弱すぎて上条にすらおもちゃにされるようになった浜面は放っておいて、削板は上条の言葉に頷いた。年下の女の子に恋愛相談を持ちかけるなんて恥ずかしいやら情けないやらだが、細かいことは気にしない削板は見舞いついでに10032号に話してみるか、と病院に行ってみることにした。
それが誤りだったと気付く日は、永遠に来なかったのだけれど。
そして迎えた12月24日当日。
一方通行がどこで待ち合せようかと尋ねたら、なぜか削板の家に来てほしいと言われた。理由はよく分からないが今日はどこで待ち合わせをしても人だかりで面倒だろうし、逆に家に迎えに来られても同居人共が囃し立てるだろう。少年の意図は分からないながら、悪くない案だと彼女は思っていた。一人暮らしの異性の家を訪ねることの意味など彼女は理解していない。
「相変わらず時間ぴったりだなー。取り敢えず上がって。」
ごく普通の学生寮の呼び鈴を鳴らすと少年がドアを開けてこちらを招いた。てっきりこのまま出かけるのだと思っていた彼女は中に入って何すンの、と訊ねた。
「妹達からプレゼント預かってるんだよ。お前にって。」
「?」
勝手に彼女の手を引いてぐいぐいと歩き出す彼に引き摺られ、彼女は少年の部屋の中に入った。外からは極当たり前の学生寮に見えたが、さすがに超能力者の部屋だけあって少しばかり造りはいいらしい。部屋の中はきっちりと片付いていて、彼の真面目な性格をよく反映していた。
その部屋の隅に、少年の部屋には似つかわしくない女性物の洋服ブランドのショップバッグがいくつか並んでた。
「もしかしてそれ、」
「妹達皆からお前にプレゼントって。服とか靴とかアクセとか?俺はよく分からないけど。」
それには小中学生が授業中に回し読みするような小さなメッセージカードが添えられていた。カエルのキャラクターもので、どうもこういう妙に子供っぽい趣味はオリジナルからの遺伝らしい。折り畳まれたそれを開くと『これを着てデートに出かけて下さいね、とミサカは…云々』と書き込まれていた。
「道理で今日は着せ替え人形にされなかったってェわけだ。」
この間のデートではあーだこーだと煩く言って全身コーディネートした同居人共が今日は大人しいと思ったらこういうわけだったのか。それならそうと家で渡してくれればいいものを、と思わないでもなかったが。
「ちょ、ちょっと待て!何で脱ぎ始めるんだ!?」
当たり前の顔をしてベルトに手をかける一方通行に慌てふためき、削板はその場で尻餅をついた。背中ががつんと近くにあったベッドにぶつかる。驚きを隠さない少年に対し、彼女は当たり前の顔をして言う。
「?だってこの服に着替えろって書いてあるから。」
「風呂場とかあるだろ!??男の目の前で着替えるんじゃない!!」
「風呂場寒いじゃン。つゥか今更恥ずかしがるわけ?俺の裸見た仲なのに。」
「そんな仲になった覚えはないぞ!!あれは事故で!!!」
確かに裸を見る仲にまで進展した、というのは語弊がある。あれはどちらかと言うと一方通行に問題があったし、そんなことを黄泉川愛穂にでも知られた日には鉄拳制裁を食らいそうである。しかしながら幸か不幸か、少年が彼女の一糸纏わぬ姿を目撃した、というのは厳然たる事実であった。
彼女はそれはもうゆっくりと唇を歪めて―それは狂気的というよりも、艶っぽい仕草だった―酷く嬉しそうに言った。
「……俺の裸で何回抜いたァ?」
「うわああああ!!!」
咄嗟にどたどたと自分の方から風呂場に逃げ込んだ少年の後ろ姿を見て、少女は満足気に呟いた。「勝った」、と。
因みにこんな下卑たことを口にしている彼女だが、例えばここで少年が何回抜いたとまともに答えたら顔を真っ赤にしてその場にへたり込むくらいには初心であった。少年がその初心さに気付くのは大分先のことになるのだけども。
数分後、風呂場のすりガラス越しに少年に声をかける人物があった。
「おい」
「ぬ、抜いてないからな!!」
「それはもォいい。着替え終わったンだけど。」
「あ、そうなのか。」
籠城を決め込んでいた少年は、あっさりと浴室のドアを開けて姿を現した。先程までの下品な会話の内容などすっかり忘れてしまったらしい。何とシンプルで都合のいい記憶力だろうか。
「よく似合ってる!さすが妹達が選んだだけあるな。」
少年はお世辞でなくそう思った。妹達は彼女を一番身近に見ているだけあって、彼女に似合うものをよく知っているのだな、と素直に感心したのだった。
シフォン素材のシンプルな白いワンピースは脛あたりまで丈があって、ざっくりした網目のレースで縁取られた黒いボレロが彼女の白くて細い首元を際立てていた。スカートは嫌いだと言っていたが、さすがに大切な妹達に全員の連名でプレゼントまでされると着ないわけにはいかなかったらしい。
「こンな仕立てのいいもン、アイツらどうやって買ったンだ。」
「俺はよく知らないけど、バイトしてる個体とかもいるらしいな。」
「ふン。」
「でも寒そうな格好だな。その格好のまま出かけられそうか?」
「アイツらご丁寧にワンピースに合うコートまで用意してやがる。服も靴も学園都市製の特殊素材だし、見た目ほど寒くないだろ。」
なるほど、最近この都市では驚くほど軽くて保温性の高い素材が開発されているらしいから、それを使った服なのだろう。少年はその能力ゆえに寒暖差などには疎くて、そういった最新素材を利用することもなかったので、そういう情報にも当然詳しくなかった。
「あ、」
「ン?どうした?」
少年は彼女の髪に視線を留めた。そこにはほんのりとピンク色をした花の形をした髪飾りが留められていた。いかにも妹達が好みそうな愛らしいデザインだが、彼女のイメージとは少しばかりギャップがある。スカートといいこの髪飾りといい、苦手に思うようなことでも妹達のためなら厭わないのだな、と彼女らの仲の良さを実感した。
「俺のプレゼント無駄になっちゃったな。」
「オマエも用意してたのか。」
そういえば前回のデートのとき、自分のためにプレゼントを買うと言っていた気がする。その後番外個体に襲撃されてあのデートはわけの分からぬまま終わってしまったので、彼女はそんなことなどすっかり忘れていた。
ぽりぽりと顎のあたりを指で掻く少年に対し、彼女は自身の左手を差し出した。少年はその動作の意味がわからず首を傾げる。
「寄越せっつってンだよ。別に今日じゃなきゃ使えねェってわけでもねェだろォが。」
「それもそうだな。」
少年が心底嬉しそうに笑うので、何でコイツはたったこれだけのことでこんなに仕合せそうにできるのだろう、と思った。こんな人間に真っ直ぐに笑いかけてくる彼を正面から受け止めることができなくて、彼女はふいと視線を逸らした。
「はい、これ。」
「見ていいか。」
「うん。」
手渡された可愛らしい包みを解くと、中から出てきたのはカチューシャだった。黒くて細く、ほぼ一直線のシンプルなデザインだったけれど、頭のてっぺんから少しずれたところに3つほどラインストーンが並んでいて、可愛らしくもある。彼女の白い髪に載せたらさぞや映えるだろう。
「お前、髪伸びて時々邪魔そうにしてるだろ。」
「でも俺、」
「目を隠そうとしてるんだろ、知ってるよ。けど俺と一緒のときくらいいいじゃん。」
髪を伸ばし始めたことに理由はなかった。いちいち切ったりするのが面倒くさくて放っておいただけだったのだが、そのうち赤くて不気味な目が隠れるようになったので、ちょうどいいかと思ったのだ。それに能力使用に支障が出るようになってからは直射日光が酷く眩しく感じられて、天気のいい昼間などには長い前髪がありがたかった。
しかしながら当然、鬱陶しく感じるときもある。片手が杖で塞がっているから手で抑えるのも面倒だし、これは案外便利かもしれないな、と思った。ファッション性については全く考えないあたりが彼女らしい思考なのだが、少年は気付かなかった。
「気が向いたときに、使ってやるよ。」
風呂場からリビングに戻ると、彼のベッドの上に女性物のコートが載せられていた。なるほど、これも妹達からのプレゼントか。少年はそれを手にとって彼女の背中側に回り込んだ。彼女はそれを当たり前のように享受して袖を通す。杖を持っている右手を袖に通すには本当はいちいち座ってやらなければならない。少年は自然な仕草で彼女から杖を受け取って、バランスを崩しそうになる彼女を背中側から支えながら彼女の着替えを手伝った。
「じゃあ、出かけるか。」
彼が手を差し出したので、彼女はさして考える風もなく左手を預けた。
玄関を開けると外は曇り空。雪が降るほどには寒くないが、小雨くらいは降ってきそうである。
「まずどこ行くつもりなンだ?」
「お前人混み嫌いだろー?この近所に人が少なくってイルミネーションが綺麗に見えるいい場所があるんだ。」
時刻は午後の3時、普通の都市ではクリスマスのイルミネーションは点灯していない時間かもしれないが、そこは学園都市、昼間でも綺麗に見える電飾などの研究も盛んで、この時間からきらきらと自己主張しているイルミネーションも珍しくなかった。曇り空で薄暗いし、そりゃあ夜と比べたらベストコンディションとは言い難いが昼間からイルミネーションを冷やかすのも悪くないか、と彼女は思った。
さて、その頃19090号と番外個体は第二学区に来ていた。
第七学区のお隣ではあるが、警備員の訓練所や兵器などの試験場がある為か、きっちりと様々な施設が区分けされて並んでおり、雑多な雰囲気のあるそちらと比べると幾らか整然とした雰囲気がある。
普段は学生などあまり立ち寄らない地域であるが、今日ばかりは野次馬めいた若者たちがざわざわと第二学区内のある場所に集まっていた。
「本当にこんなことやるのですか、番外個体、とミサカはびくびくしながら訊ねます。」
「最終信号からもゴーサインが出てるんだからいいでしょー。アンタだって最初は乗り気だったくせして。」
「それは周囲の雰囲気に流されて、というか何というか、とミサカは自分の気弱さを恨みます…。」
本日、ここでは学園都市製の新技術、天候を操作する機械のお披露目があるのである。と言ってもカバーできるのはこの学区を含め学園都市の数分の1程度の範囲。実用的な機械というよりかは外にアピールするための材料に近い。学園都市の最新技術は外の技術と比べるとあまりにも進歩しすぎているせいか、却ってその凄さが外の人間に伝わらないこともあるので、こういう分かりやすく大袈裟なことをしでかす機械というのは案外需要があるのだ。
加えて平和的な機械だから、倫理的にどうこうと煩く言われることもない。実際には戦争などで使ったら結構な効力を発揮しそうなものであるが、そんな物騒なことを考える人間はこの野次馬の中にはまずいないだろう。
さて、この機械がなぜ本日お披露目なのかというと、学園都市をホワイト・クリスマスにするとかいう馬鹿らしい目的があるかららしい。学園都市と言えど若者はそれなりに雪のクリスマスに対する憧れがあるらしく、今日こうして人だかりができている、というわけだ。本日ばかりはお隣の兵器実験場もお休みのようである。
「第一汚れ役は全部ミサカってのも気に喰わないよ。アンタたちも一枚どころでなく噛んでるくせして。」
「それは確かにそうですが、とミサカは口ごもります。」
「他の個体はスタンバイはできてんの?」
「問題なさそうです。2人は今第七位の家を出たところのようですよ、とミサカは17600号からの通信を報告します。」
そろそろ彼女らがこんなところにいる理由を説明しよう。
簡単に言うと一方通行と第七位のデートにちょっかいをかけよう、という一言で説明できるのだが、今回は少しばかり気合が入っている。なにせ前回のデートは仁義なき妹達戦争が繰り広げられていたので、一方通行と第七位をストーキングする個体がいなかったのだ。ために柄にもなく男にうつつを抜かしている第一位を見て楽しむという妹達に比較的共通する欲求が満たされず、彼女らはフラストレーション溜まり気味なのである。
というわけで彼女らは再び到来したこの機会に、第一位を弄り倒して鬱憤を晴らそうと目論んでいるわけである。幸か不幸か10032号が第七位から今日のデートについて相談を受ける立場となり、彼女らの都合のいいようにセッティングすることにも成功した。あとはデート当日である今、これまで立ててきた作戦を実行するだけである。
「しかしハッキングできるなら態々ここまで来なくってもよかったんじゃないのー?」
「それはそうなんですけどね。ハッキングが成功したのかどうか確認したいですし、とミサカはついでにイルミネーション見たかったことは隠して言い訳をします。」
「隠れてないよ。」
そう、現在彼女たちは例の機械に対するハッキングを試みていた。
この機械には天候を操作するために屋外に設置されている本体があって、それとは別に天候を操作する範囲や内容などを入力するコントロールルームが存在する。彼女らはそのコントロールルームに干渉して、学園都市に大雪を降らせようと目論んでいるのである。
「番外個体、サボらないで下さい。ハッキングはアナタが主担当でしょう、とミサカは不満を漏らします。」
「はいはい、分かったよーだ。」
かくして誰もにとって忘れられない日となった、12月24日の幕が開いた。
本日はここまでです。
このSSが始まった当初の百合にゃんだとクリスマスデートなんて死んでもいかないくらいの感じなのですが、現在の百合にゃんはだいぶ軟化しております。別にあいつとならデートしてもいいや、ぐらいのデレっぷりです。だというのにデートの約束は番外個体の悪戯だった、と知ったソギーがショックを受ける様子がなかったのでちょっとイラッとしました。あと百合にゃんはサドっ子さんなので自分の言動にあたふたするソギーを見るのが大好きです。
ところでデート編の最中に芳川のシリアストークを入れる予定があるんですが、果たして需要あるんですかねぇ…。かなりエグいことを言わせる予定なので、ほのぼのいちゃラブだけお楽しみになりたい方が多いなら、削るつもりでいるのですが。
乙ー
男子会の投げやりトーク好きだ
こんばんわー。今投下3回分くらいの書き溜めしております。何でしょうね、いちゃラブってめっちゃ筆進みますね。ソギーまじ性少年。自分で書いたいちゃラブにニヤける自分超キモいです。お酒飲みながら書いているせいだということにしておこう。
今のところ次回はいちゃラブオンリー、その次が芳川シリアス回、その後2回程いちゃラブオンリー回でクリスマスデート編が終わる予定でおります。実際どうなるかわからないし、芳川回を削るかどうかも未定です。
>>560
男子会は通常小ネタで扱うような会話を本編に入れるという実験的試みだったので楽しんでいただけて幸いです。この間の女子会みたいな感じで、男子会も一回がっつりと書きたいと思っております。もうちょっと面子増やして。
乙乙
砂糖マーライオンしました
今日も投下していきますよー。
今日は芳川回。自分が大学院生だった頃、マウスを殺し続ける日々の中、信念としていたことを書き連ねたつもりですが、どこまでこの感覚が一般的な方に通じるか疑問です。
>>578
自分でも佐藤吐きながら書いてました…いちゃラブは書いている最中はテンション上がるのだけれど、改めて読み返すと辛いですね…
<上位個体、第一位が部屋のカーテンを閉めてしまったのですがどうしましょうか?とミサカ17600号は上司の判断を仰ぎます>
一方通行が少年の部屋のカーテンを閉めようとしたので、てっきりストーキングがバレたのかと思いきやそういうわけでもないらしい。プレゼントの袋に仕込んだままの盗聴器からは何も聞こえてこない。彼女が尾行に気付いたなら、直ぐに盗聴器の存在にも気が付くだろう。
<第七位さんの部屋には盗聴器しか仕掛けてないんだっけ、ってミサカはミサカは再確認>
<はい。さすがに第七位にも一方通行にもバレずにカメラを仕掛けることは無理でした、とミサカは悔しさを露わにします>
一方通行へのプレゼントはもちろん彼女に対する純粋な感謝の気持から贈っている。そのショップバッグを二重底に改造して中に盗聴器を仕掛けたのはほんの少しの悪戯心だ。1万人近くいる妹達の中誰か1人でもそんな悪戯心を抱いたなら、それはもう実行せざるをえないのだ、と彼女たちは言い訳をする。因みにそんな悪戯心を抱いたのがどの個体なのか、それは彼女たちだけの秘密である。
<キスシーンの撮影には成功したんだよね?だったら取り敢えず目標達成したってことで今日はお開きでもいいかも、ってミサカはミサカは解散宣言>
<そうですね、さすがのミサカも寒いですし…とミサカ17600号は帰り支度を始めます>
元からデートの一部始終を全て監視しようなどとは思っていない。ちょっと冷やかしができればよかったのと、折角だから一晩くらい彼女たちをふたりっきりにしてみたかったのだ。その目標は達成できたのだから、今日はこれ以上の深追いは止そうと打ち止めは告げた。
<盗聴器はどうしましょう。回収はできませんが、回線繋いでおきますか?とミサカは上位個体に訊ねます>
<オカズにしたいので繋いでおいて下さい、とミサカ20000号が割り込みます>
<切断するように、ってミサカはミサカは17600号に命令>
突然割り込んできた下位個体を制裁すべく、無慈悲な鉄槌を下した打ち止め。ふう、と息を吐いて暫く放ったらかしにしていたホットココアに口をつけた。
「ふふ、何だか楽しそうね。」
芳川桔梗は、打ち止めと下位個体の通信が終わったらしいことに気づいて声をかけてきた。彼女らは現在、カラオケ店の個室で歌を歌うでもなく時間を潰していた。
「まさかこんなことになるなんてねぇ。」
窓ガラスの向こう側、既に真っ白く染まりつつある街を見下ろして芳川は呟いた。彼女はこれが妹達の仕業だとは知らないし、先程までMNW内で行われていた会話も分からない。彼女がそれを知ったところで、黄泉川や一方通行のように説教は始まらないだろうけれど―教育者を目指すわりには、彼女は根本的なところが欠けていると言わざるをえない。
さて、ここまでのことを簡単に振り返ってみよう。
芳川と打ち止めが今日のために予約したケーキや料理を受け取りに出かけたら雪が降ってきた。傘を買おうかどうしようかと悩んでいたところに黄泉川から電話があって、今日は家に帰れなくなるかもしれないからどこか温かいところに避難しろと言われ、咄嗟にここに入ったのだ。
そのときは雪の降り始めで、帰れなくなるだなんていくら何でも大袈裟な、とは思ったが30分もしないうちにこの有様である。確かにあのまま街の中を歩き続けていたら大変なことになっただろう。
打ち止めは当然大雪になることを知っていたが、まさか一緒に出かけようと誘う芳川に対し「これから大雪になるから止めた方がいいよ」とは言えない。結局芳川共々この騒動に巻き込まれることとなった。
ケーキや料理を受け取る前だったのが不幸中の幸いだろうか。生菓子を冷蔵庫にも入れず一晩放置するのは恐ろしい。ならばこのカラオケ店内で食べてしまう、という手もあるが、さすがに自分と最終信号二人で食べきれるとも思えない。あとから一方通行を除く同居人たちにどんな非難を受けるか分からないし、この緊急事態において現時点では最善のルートを通ってきている気がする。
さて、窓の外は既に大雪の様相を呈しているが、街中にはまだ途方に暮れた人の影がぽつりぽつりと見える。この緊急事態にカラオケボックスや漫喫、ファミレスに避難できた人間の割合は決して高くないだろう。近隣の学校の幾つかは避難所として開放されているらしい。
「ミサカおかわりしてくるねー、ってミサカはミサカは突撃隣のドリンクバー!!」
打ち止めはこの状況に不安になるどころか、却ってハイテンションである。子供の頃は台風とか洪水とかに出くわして怖がるどころかちょっとテンションが上ったような記憶もあるが、そういう状態なのだろうか。一方通行のいない今、彼女が落ち込んだとしても自分にどうにかできるとは思えないので、元気でいてくれるのは有難いのだけれど―ちょっとばかり元気すぎだった。
「最終信号、私も行くわ。少し待って。」
彼女の制止も聞かずに飛び出す少女を追いかけて、少し遅れてドリンクバーへ向かう。同じフロアの隅っこにあるドリンクバーには見覚えのある少女が立っていた。先にその場に着いていた最終信号と仲睦まじく話す姿は実の姉妹のようである。
「久し振りね、あなた何号かしら。」
彼女は一瞬目を丸くして、そして見る見るうちに渋い表情に変わった。芳川は、この子たちはこんなに表情豊かな子だったかしら、と首を傾げた。
「…私、あなたとは初対面ですけれど。」
芳川は最初その言葉を理解できなかったが、ややあって自身の間違いを悟った。はっと気付いた彼女に対して、打ち止めが追い打ちをかける。
「ヨシカワー、この人はお姉様、オリジナルだよ、ってミサカはミサカは誤りを指摘してみたり。」
「ごめんなさいね。本当にそっくりだったから分からなかったわ。」
妹達は何度もその姿を見ているが、オリジナルと直接会うのはこれが初めてである。クローンとはいえまさかここまでそっくりとは思わず芳川は驚いた。成長過程で遺伝子以外の要因で外見が変わることも珍しくない。全く同じように作った妹達同士の区別がつかないのは仕方ないとして、別の環境で育ったオリジナルはむしろ少しくらい外見が異なるものだろうと思っていたのだ。
「それは構いませんけれど…。」
御坂は妹達と自分が取り違えられたことはさして気にしなかったようだ。これまでに似たようなことは何度も経験しているし、自分でも彼女たちと自分はそっくりだと思っている。自分とも妹達とも面識のある上条などに間違われるのは別として、こちらと初対面の人間に間違われるのはむしろ仕方のないことだろう。
ただそれよりも、引っかかることがあった。
「それより、あなた、何者ですか。」
自分のことを妹達と取り違え、加えて「久し振り」と声を掛けた人物。当たり前のように「何号かしら」と訊ねたことや打ち止めの言う「オリジナル」という単語を理解していたことも考慮に入れると、妹達をある程度知る立場の人間に違いない。
絶対能力進化実験の関係者だろうか―あの実験に関わりのある「大人」というものにこれまで会ったことのなかった御坂は、彼女に興味を抱いた。
「そのお話は長くなりそうだから、良かったら私たちの使ってる部屋でしない?」
遠慮無く疑いの眼を向ける御坂に対し、芳川は人当たりのいい笑顔で応じた。
御坂はこのカラオケボックスに白井黒子や初春飾利、佐天涙子と共に遊びに来ていた。クリスマスとはいえ、中学生の遊びの選択肢などそれほど多くはない。雪で避難してきた芳川と打ち止めとは違い、最初からカラオケ目的でここに来ていたわけである。
友人たちが心配するといけないので、彼女は「ドリンクバーで偶然知り合いとあったから、少し話してくる」と白井にメールをして、芳川と打ち止めが休んでいた個室にお邪魔する運びとなった。
「あなたは御坂美琴さん。常盤台中学2年生の超能力者第三位、通称『超電磁砲』。合っているかしら。」
その女性は落ち着いた大人らしい様子で御坂に訊ねた。穏やかな表情は好もしく見えて然るべきなのに、嫌悪感を拭えないのはなぜだろうか。彼女は向かいのソファーに座ってコーヒーを飲んでおり、打ち止めは御坂の隣で脚をぶらぶらとさせていた。
「私は芳川桔梗。黄泉川愛穂は知っているかしら?」
「ええ。」
「彼女の昔馴染みで、今は一緒に生活しているわ。この子や番外個体、一方通行も一緒にね。」
打ち止めや番外個体から、彼女たちが現在5人暮らしをしているということは聞いていた。黄泉川と一方通行は知っていたが残り一人は誰なんだろう、と思っていたが、それが彼女らしい。
「そして量産型能力者計画や絶対能力進化実験に参加した研究者だと言えば、大体のことは想像ができるかしら。」
「アンタ…っ!!」
「お姉様ストップ!ってミサカはミサカは制止してみる!!」
途端に堪忍袋の緒が切れて芳川に殴りかからんばかりの勢いで立ち上がった御坂を制止したのは打ち止めだった。幼い見た目の少女にこうも必死で制止されると嫌でも頭が冷えた。
「何で止めるのよ。こんな大人がいなければ、アンタたち1万人も死なずに済んだじゃない…。一方通行だって、人殺しなんてしなくて済んだかもしれないじゃない…。」
「そうかも知れない、そうかも知れないけれど、ヨシカワがいなければミサカたちは生まれていなかった。今生きている1万人もヨシカワの知識がなければ生き続けられないの、ってミサカはミサカは訴えてみる。」
「だったら、私は誰を責めりゃあいいのよ…。」
「誰も責めないで欲しいな。お姉様には笑っていて欲しいよ、ってミサカはミサカはお願いしてみる。」
彼女は何気なくお菓子を強請るように明るい調子で言った。何でこの子供は笑えるのだろう。大人の都合のいいような形に作り上げられて、そして1万回も殺されたのに。一方通行が体を張ってこの子供を守り抜こうとしているのも分かる気がした。
「あなた、自分のことを研究者って言いましたね。何を研究していて、あんな実験に参加したんですか。」
御坂は頭に血が上りそうになるのを必死で抑えながら、なるべく冷静に見えるよう努めて訊ねた。しかしながらそんな彼女の演技も芳川にはバレていたらしい、くすりと小さく笑ってから彼女は答えた。
「私は遺伝子工学の専門家だったの。だから能力開発とかには疎くって、最終信号や妹達の調整が主な仕事だったわ。」
「今は?」
「あれだけ大きな研究を丸々潰してしまうと研究者の世界で生きていくのは難しくってね。何せ狭い世界なものだから。」
「研究を潰す?」
「絶対能力進化実験は、カミジョウとお姉様が一方通行を倒したときに一時休止にはなっていたけれど、完全には解体されてなかったんだよ、ってミサカはミサカは解説。」
「一時休止中もヨシカワはずっとミサカたちの面倒を見てくれていて、最後にはあの実験の解体のために動いてくれたの。」
聞くところによると、芳川桔梗という研究者は一方通行の能力を研究していたと言うよりも、打ち止めや妹達などのクローンの製造・管理に関わっていた人間らしい。打ち止めとの親しげな様子を見るとそれも納得できる。ある意味では彼女らの生みの親のような存在なのだろう。
でもそれなら、何でこの子たちが死ななければいけないような研究に協力したのだろう。御坂には到底理解ができなかった。話している限りは普通の大人の女性にしか思えないのに、この人も以前自分が交戦したマッド・サイエンティストの女性と同じようなどこかおかしい人間なのだろうか。
「今だって、ヨシカワはミサカたちの延命のために研究してくれているもんね、ってミサカはミサカはお礼を言ってみたり。」
「…あなたは、それが罪滅ぼしになると思ってるんですか。」
「うーん、余りそうは思わないわね。」
芳川は素直に思うところを口にした。今現在生きている妹達9971人の延命に成功したとして、10031人を殺したことがなくなるわけではない。単純に数を比べても、死んでいった妹達の方が多いのだ。
それに彼女には、科学者として―厳密には「元」科学者であるけれど―掲げている信条があった。
「極端な話、クローンの延命は私自身の研究テーマでもあるから、むしろ楽しんでやっているくらいのものだし。罪滅ぼしを楽しみながらやるってのはおかしいわよね。」
「じゃああなたは、1万人を殺したことを何とも思っていないんですか。」
「誤解しないで欲しいのだけれど、私は罪の意識を感じていないわけではないわ。」
これまでどこか御坂を煙に巻くような話し方をしていた芳川は、声色を改めた。それこそ科学者が自身の研究について発表するときのような、自信と矜持と信念を持った声だった。
「…ただ、その罪を償う方法を私は失ってしまった。」
「あなたには分からない感覚だと思うけれど。私たち研究者は実験動物を殺してしまった罪を償うためには、研究で結果を出すしかないと思っているわ。」
「10031人を殺してしまった絶対能力進化実験は解体されてしまった。あの実験の研究成果が得られることは永遠になくなったわ。つまり、研究者としての私には彼女たちを殺したことに対する罪滅ぼしは永遠にできない。」
人を殺すとか殺さないとか話が大袈裟だからややこしいが、御坂にも彼女の言わんとしていることは何となく分かる。何かを壊してしまったという罪が、全く別のものに貢献することで漱げるわけはない。それは分かるのだけれど、どうしても彼女がさらりと口にした一つの単語が気に喰わないのだ。
「…実験動物って、あの子たち、人間じゃない。クローンだからって、マウスみたいに殺していいの?」
「あなたはマウスとヒトを区別するのね。」
「私たちはしないわ。マウスを1匹殺しても、ヒトを1人殺しても、それはどちらも命を1つ奪ったことだもの。」
「クローンとオリジナルを区別するつもりもないわ。それが研究のために必要ならば、私たちはそれがあなただって、一方通行だって殺す。それが実行できるかどうかはさて置いて。」
「あなたも妹達も、マウスもショウジョウバエも。研究者にしてみれば皆同じ重さよ。」
これが道徳の授業だというのなら分かる。人を殺してはいけないように、マウスだって殺してはいけない。教師にそう言われたのなら御坂だって素直に納得しただろう。だけれどそれを口にしているのは、そのマウスも人間も大量に殺してきた人間だった。御坂はあまりの感覚の違いに怒ることすらできなくて、ほとんど呆然として力なく訊ねた。
「命って、そんなに軽いものなの。」
「いいえ、重いわ。」
「なら、殺さなければいいじゃない。」
「そうできるならそうしたいわ。実際、動物を殺す数をいかに減らすかは近代科学の一大テーマになっているし。」
「だけれど求める研究結果が動物を殺すことでしか得られないというなら、私たちはそれを実行するわ。もちろん、それがどんなに酷いことか、分かっているつもりよ。」
「なら何で、そんな平気な顔して今も生きていられるのよ。」
「私が苦しんだって、死んだってあの子たちが生き返るわけじゃないでしょう。私の命なんかより、あの子たちの方がずっと重いわ。」
「私が苦しんだり悲しんだり、ましてや死んだくらいで償えるものではないでしょう。」
御坂は芳川の言葉を聞きながら、子供たちを救うためなら自分は何だってすると言っていた木山春生を思い出した。それが例え倫理的に間違っていようと、道徳的に正しくなかろうと、ある目的の為ならどんな手段を取ることも厭わない。形は違えど彼女たちの言葉には繋がるものがあるように感じた。
「実験動物という言葉がよくなかったわね。世間一般では嫌われる言い方だものね。」
「よく思い違いをされているのだけれど、研究者は実験動物をいくらでも殺していいだなんて思っていないのよ。」
「簡単に殺したり、傷つけたりしているつもりはないわ。そうすることでしか求める結果が得られないから、そうしているだけだと私は思っている。」
動物を殺さなければ成り立たない研究が存在するのは御坂も理解している。医薬品などは動物実験が存在しなければその副作用で死ぬ人間が大量に発生しかねない。どれほど避けようとしても、科学の発展のために失われる命は存在しうる、その事実は理解できる。
彼女と自分の違いはそれと妹達を同列に語れるか、ということなのだろう。
「一度殺さなければならないと決心し、実際に殺したならば、二度とそのことについて後悔したりしないわ。」
「自分の知識欲のために命を奪って、それを後悔して罪を償ったつもりになるなんて、そっちの方がよっぽど都合がいいと思わない?」
「私には、分からないわ。」
「そうでしょうね。」
彼女は御坂の返答を聞いて、むしろ安心したような表情を見せた。理解されないことで安心するなんて、面倒くさい人間もいるもんだと、御坂は変な気持ちになった。
「あなたは自分が実験動物にならなければいけないと言われたら、それを受け入れられるんですか。」
「自分を実験台にする人間なんてこの世界では珍しくないしねぇ。ピロリ菌を飲んだマーシャル博士なんてその最たる例だけれど、私もそれくらいのことはするかもしれないわね。」
「…私の言い分を理解して受け入れろとは言わないわ。…でも、この街には同じようなことを考えている研究者たちがそれこそごまんといる。」
「あなたたちがこれからまた、何かしらの被害に合わないとも限らないのよ。」
「お姉様、怒ってる?ってミサカはミサカは様子を窺ってみたり。」
御坂美琴が黙って部屋を出て行ってしまったので、打ち止めは慌てて追いかけた。彼女の不安げな声に呼び止められて、早足に廊下を歩いていた御坂は立ち止まって振り返った。
「怒ってるっていうか、狐につままれたような気分よ。」
芳川桔梗という女性は御坂に対して言い逃れをしたいだとか、詭弁を弄して有耶無耶にしたいだとか、そういうことを望んでいたわけではないような気がする。彼女の言ったことは地球外の言語のように御坂の頭の中を滑っていって実感として理解することはできなかったが、それでも嘘は言っていなかったと思う。
「ヨシカワはね、悪い人ではないんだよ。ミサカや一方通行をちゃんと大切に思ってくれてる。ただ、それを行動に移す力がなかったの、ってミサカはミサカは説明してみる。」
「お姉様みたいに、誰かを助けたいって思って実際に助けられる人間ってとっても少ないんだよ。力がなくって指を咥えて見ているだけしかできなかったことを、ヨシカワはちゃんと後悔しているんだよ、ってミサカはミサカはヨシカワをフォローしてみる。」
「その気持ちは、私だって分からなくはないわ。」
いつか一方通行が妹達を殺していることを知っていながら止められなかった自分を思い出す。彼女といえど、一方通行の前では無力な少女でしかなかった。あの女性も同じような思いをしたというのならば、自分が彼女を責めることはできないのかもしれない。
「私、皆のところに戻らなくちゃ。またね、打ち止め。」
「うん、お姉様。」
御坂は自分とよく似た面差しの顔が満面の笑みに変わるのを見て、沢山後悔することや、もっと他にできることがあったんじゃないかと思うことも多かったけれど、それでもこれでよかったのだと、そう思うことができた。
今日はここまでです。芳川って確かに甘い人間なのかもしれないけれど、信念はちゃんと持っていそうだな、と思っています。だけど一方で、色んなことを有耶無耶にしてひらりひらりと躱すのがデフォルト、というのが自分の中の芳川像です。つまりエロい。
残りのクリスマスデート編はひたすら百合にゃんとソギーのお泊り描写の予定です。
皆様「芳川エロい」にご賛同下さりありがとうございます。だからもっと芳川と一方さんの組合せ増えれと思ってる>>1でございます。
人酔いする上日光に弱い系の生き物なので、GWは溜まった本やら家事やらを消化しながら大人しく過ごしておりました。夜になったらいそいそと飲みに出かける夜行性です。仕事が忙しくて最近顔出してなかった行きつけの店を1件ずつ回っていればGWなど直ぐ終わります。
さてさて今更クリスマスネタを長々やるのも何ですし、書きだめしてある分ちゃっちゃと投下しちゃいますよー。
「ううー、今日何かあいつにからかわれてばっかりだなー。情けない…。」
そろそろ自分がいいようにおもちゃにされているらしいということに気付いた少年は、頭をぼりぼりと掻きながら再び居室に戻ってきた。ふと彼女の居場所を探すと彼女の位置は先程とあまり変わっていなかった。自分が戻ってきたことに気付かなかったらしい、彼女がぼんやりとベッドの上で仰向けになり、愛おしげに自身の唇をつつ、と撫でているのが目に入った。
「…ン?オマエ復活したのか。」
彼女はこちらに気づくとベッドの上でごろんと寝返りを打ってこちらを向いた。嬉しそうに歪められた唇に目が縫い止められたように動かなかった。数秒の間、目を奪われてぼんやりとしてしまったのが気恥ずかしくて、ふと視線を反らすと結構長いはずのスカートが太腿の半ばほどまでずり上がっているのに気付いた。だからさっきから何の我慢大会なんだ、優勝したらいいことあるのか、と少年は心の中で呟いた。
これまで散々からかわれた意趣返しにと、少年は悪戯を思いついた。
「お前はさ、そんなことしてて俺に何かされると思わないのか?」
ベッドの直ぐ傍まで行って、仰向けになったままの彼女を見下ろして言う。蛍光灯の灯りが自分の体で遮られて、彼女の白いワンピースに影を作る。彼女はこちらの背中越しに蛍光灯が見えるからか、眩しそうに目を眇めた。
「何かって、何するつもりなンだ?」
「んー?こんなこととか?」
少年は軽い調子で言うと、少女の両腕を抑えた。彼女は所謂ホールドアップの姿勢でベッドの上に縫い止められた。臨戦態勢にあって直ぐに能力を使えるような状態ならともかく、ベッドの上で寛いでいる少女を拘束することは難しくない。
「で?まさかこれで終わりとか言わねェよなァ?」
「この先もやって欲しいのか?」
「オマエがやりたいンだろォが。」
少年が低い声で囁いても、彼女は相変わらず人を喰ったような余裕の表情を崩さない。こちらが実際には何もしないと思っているのか、それとも何か行動に移したところで自分の害にはならないと思っているのか。
その余裕を壊したり、信頼を裏切ったりしてみたいような気もしたし、そんなことはせずに宝物のようにいつまでもいつまでも愛でていたいような気もした。
少年は彼女の手を離して、そしてその薄い胸に覆い被さった。
「そんなこと、言うなよ。人を試すようなこと言ってさ、裏切られたらどうするんだよ。」
「オマエは、裏切ンないだろォが。」
自身の胸の上の少年の頭を慈しむように、彼女は彼のぱさぱさした髪に指を通した。例え信頼している相手であってもこんなことを突然されたなら驚きそうなものであるけれど、こうなることが分かっていたかのように彼女の心拍は穏やかで、その仕草にも少年を拒む素振りなど微塵も感じられなかった。
「分かんないだろ。男なんて好きな女目の前にしたら、何するか分かんない生き物なんだから。」
「オマエにだったら、何されてもいいし。オマエのこと、好きだもン。」
「俺に怪我させたこと気に病んでるんだろ。お前は罪悪感を履き違えてるだけなんだって。」
「そンなこと、ねェもん。」
少女は駄々をこねるような調子で言った。だけれどその言葉には迷いがなく、はっきりと自分の言葉に自信を持っていると分かる、力強いものだった。
彼女が自分の頭を強く抱き締めるものだから、そこから逃れ難くて、少年は彼女の胸の上で首を振った。服越しに感じる髪や鼻の感触がくすぐったかったのか、彼女はベッドの上で身を捩った。
「だってさ、俺、お前が一番大変なときに何もしてやれなかった。」
「そのくせ、今更ぽっと出てきて、美味しいとこ浚ってくなんて、根性ない男だよ。」
「俺が、お前に何をしてやれたって言うの。」
この女の子を守ってあげたいと、ずっとそう思っていたのに。それぐらいの男になると胸に決めていたのに。彼女が辛い思いをしていたときも死にそうな思いをしていたときも自分は傍にいることすらできなかった。こんなに情けない有様で、どうして彼女の隣にいることを許されるというのだろう。
「オマエ、俺のことずっと探しててくれただろ。」
「それが何だって言うんだよ。」
「4年間も。オマエは、それが簡単なことだって言うのか。」
少年は彼女の胸に顔を埋めたまま、口を噤んだ。簡単なことではなかったと思う。でもそれ以上に彼女は大変だったのではないだろうか。彼女を止めることも助けることもできなかったのは確かなのだ。ただ単に探し続けていただけのことを自分の功績のように胸を張って言うのは、控えめな性格の少年には憚られた。
「そンな風に思われて嬉しくないわけ、ねェだろ。」
「それだけのことで、お前はいいのかよ。」
「それだけ、って思うンならこれから頑張るんだなァ。」
「これからが、あるのか。お前そんなに気が長かったっけ。」
「オマエにだけ、特別だって言ったらどォする?」
「俺、頑張っちゃうかも。」
「よし。精々気張れよ、三下。」
彼女はそこで初めて腕の拘束を少し緩めて、少年の顎の辺りを両手で支えて頭を持ち上げるように促した。少年が素直にそれに従うと、ほんの20cmほどの距離で彼女と見詰め合うような体勢になった。
「何でオマエが泣いてンの。」
「だって、俺、お前に嫌われたら生きていけないし。」
「嫌われたくないのに、態と嫌われるようなことして何がしたかったわけ、オマエ。」
彼女はベッドの上に起き上がって、ぐすぐすと幼い子供のように泣く少年の背中をぽんぽんと優しく叩いた。なぜだか知らないけれど子供はこういうのに安心するらしくって、その効能は打ち止めや番外個体で実感済みであった。少年にもそれなりに効果があったらしく、2,3分したのちに鼻をずずりと啜って持ち上がった顔は幾らかすっきりしていた。
「ごめん、情けないとこ見せちゃって。」
「今更だなァ。」
「うん。」
そこで少年はふと大事なことを思い出したかのように、はっとした表情を見せた。
「どォした?」
「…あのな、晩御飯どうしよう。」
「その話する前に、顔洗って来よォか。」
気持ちの切り替えが早いことはこの少年の美点である。おし行って来い、と少女は彼女の胸をどんと叩いて、少々荒っぽい見送りをした。
おおう、いつの間にかトリ外れてた。
以上でクリスマスデート編終了です。メインテーマは百合にゃんの方から「オマエと一緒にいたい」と言わせることでした。多分うちのソギーと百合にゃんだったら明らかに相思相愛の癖して何時まで経っても決定的にはくっつかないよなーと思って、それで一晩閉じ込めてみるという方向に。いちゃいちゃさせる、いちゃいちゃさせる、と考えていたら鳥肌が立つほどに甘ずっぺー!!って感じになりましたね…。ギップルが白い目で私を見ている…。
あと料理とかサン・テグジュペリとか、大層>>1の趣味に走った感が否めないけれど気にしない。特に料理については深く考えずに読み飛ばして欲しい。そう願っています。
暫く本編だったのでまた小ネタも突っ込みたいなー。今考えてるのは超能力者女子会、上条さん・浜面・ソギーの男子会、あと新刊ネタ会議室@MNWあたりです。
ところでこのスレではここまで安価もコンマも使っていないのですが、次のエピソードではコンマを使って登場人物をグループ分けしてみたいなーと思っております。自分でグループ分けをしてみようともしたのですが、グループ分けのパターンごとに色々エピソードが思い浮かんで一つに絞れず…
安価とか苦手な方もいらっしゃると思うのですが、皆さんはどうお考えでしょうか?
こんにちは、>>1です。巷は超電磁砲S第5話やら、新約7巻やらで大騒ぎですね。
今日は宣言通りコンマを使う予定です。そして暫くソギーはお休みです。
以下ネタバレ含むアニメと新約の感想ですので注意。次レスから本編だよ☆
9982号を嬲る初期通行さんの可愛さたるや眩しすぎて目がつぶれるかと思うほどでした。足を引きちぎったシーンで「ありがとうございます!!」と叫ぶ筋金入りのマゾですが何か。一方さんの能力使用描写といいEDなしでスタッフロールのみの引きといい、まさかここまで素晴らしい出来だとは予想していなくて鳥肌満載でした。そして本当に岡本の声帯は何が起こっているのでしょうか。女性が苦手な彼が女性声優ばっかりのアフレコ現場で肩身が狭いなりにあんな演技をしているのだろうかと妄想しては胸が熱くなります。
新約7巻は土御門がイケメンすぎて「これはかまちーが書いたのではなく、土御門贔屓の同人作家による二次創作ではなかろうか」と疑ってしまうほどでした。
一方さんの能力コピーされる状況とか、しかも黒翼まで使えるとか、上条さんか一方さん本人でも出てこない限り絶望感がやばいですね。黒夜ちゃんは1000人の大能力者と一方通行はどっちが強いのかというコンセプトのもと生まれたキャラだった気がしますが、結局一方さんが甘さを捨てれば黒夜ちゃんて圧倒できるんじゃね、と思ってしまいました。しかし黒夜ちゃんも可愛い。
「こもえー、私お節料理ってものを食べてみたいんだよ。」
ある日、奇跡の合法ロリ教師のボロアパートに遊びに来ていた修道女はこんなことを呟いた。日本に来てからというもの四季折々の食べ物を楽しんできた彼女が、いかにも豪勢な見た目の年始のご馳走に目を付けないわけもなく、デパ地下の高級お節を特集するワイドショーを見ては目を光らせていたのであった。
「ああ、そういえばこの間黄泉川先生と一緒に年越し蕎麦とお節を用意しましょうって話をしていたのです。シスターちゃんと上条ちゃんも一緒にどうですか?」
「ちょっと小萌、そんなこと勝手に決めていいわけ?その黄泉川って人に訊いてみないと。」
口を挟んだのはこのボロアパートに居候している結標淡希。因みに黄泉川愛穂が自身の計画に協力した科学結社を壊滅させただとか、その彼女が一方通行を居候させているだとかいうことは未だ知らない。この時点では月詠小萌の同僚と年末年始を一緒に過ごす、ということしか彼女には知らされていなかった。
「大丈夫ですよー。黄泉川先生はそういうこと気にする人じゃないですし、むしろ賑やかになっていいって喜んでくれますよ。シスターちゃんは黄泉川先生のお宅によく遊びに行ってますしねー。」
「その黄泉川って人、随分気前のいい人なのねぇ。」
色々あって上条当麻と一方通行がロシアで再会して以来、打ち止めとインデックスも意気投合ししょっちゅうお互いの家を行き来する仲となっていた。当然インデックスの食べっぷりは黄泉川愛穂も知るところとなったのだが、彼女は元気があっていいじゃんくらいの何とも大雑把な感想を抱いたらしい。彼女は自身も複雑な事情を抱える居候を何人も抱えているゆえか、学校に通っているわけでもないインデックスを上条が居候させている、という状況を知っても細かい詮索はしなかった。
「結標ちゃんも一緒に行く予定ですし、今年の年越しは賑やかになりそうですねー。」
因みに時折このアパートに遊びに来るシスターの保護者が、いつか一方通行にぶん殴られた時に自分を病院に運んでくれた少年だということにも結標は気付いていなかった。
「というわけで、年末年始は上条とインデックスも一緒になったじゃん。」
「別にそれは構わねェけど、そのお重で足りンのかァ?」
黄泉川愛穂は年末年始の準備として、食器棚の上の方に押し込んだままであった3段重を取り出して、更にはお祝いごとのときにしか使わない高級な食器も並べていた。一方通行はそれをソファーに寝そべって眺めていたが、別にサボっているわけではなく、脚立に乗らなければ取り出せないようなものを彼女に任せるわけにはいかないので、お声がかかるまで待機していて欲しいと言われただけである。
「小萌先生も自分とこのお重持ってきてくれるって言ってるし、いざとなればお重に詰めなくってもいいんじゃん?」
「それを言っちゃ元も子もねェだろォよ…。」
とは言っても一方通行自身もお重に詰めることにさして意義を感じない現実的思考回路の持ち主だったので、その件についてはそれ以上あれこれ言うつもりはなかった。
ダイニングテーブルの上に並べられた食器の枚数を数えながら、一方通行はふと年越しを過ごすためにこのマンションに集まる人数を頭の中で数えた。
「…てェことはうちの5人と、チビ教師と、上条とシスターで計8人か?随分大所帯になったなァ。」
「違うじゃんよ。何でも小萌先生のところの居候の子も1人加わるらしいじゃん。」
「?あのチビ教師も居候抱えてンのか。」
「小萌先生は家出少女を保護しては更生させるのを繰り返してる筋金入りの夜回り先生じゃんよー。私なんか目じゃないレベルじゃん。」
「…とンでもねェ趣味を持った人間がいるもンだなァ。」
暗部時代の自分やあの実験に参加していた頃の自分などは格好の標的にされそうだな、と思って一方通行は身震いすら感じた。今でこそ大分人の好意を受けるのに慣れてきたが、当時はそうではない。実験当時の自分があんなチビ教師に構われた日には鬱陶しいあまりに怪我の1つや2つくらいはさせたかもしれないと思った。そして妄想の中の自分の行いに恐怖して、その妄想が現実とならなかったことに安堵するという非常に面倒くさい精神の働きを一瞬で済ませた。
一方通行は単なるお人好しに見えて、しっかりと大人として、そして教師として哲学を持っている幼い見た目の教師のことを、一方通行は彼女なりに気に入っていた。
さて、話は飛んで大晦日当日である。
「いらっしゃーい、ってミサカはミサカはお出迎え!」
「はい打ち止めちゃん、こんにちはー。今日はお邪魔しますよー。」
「……お邪魔します。」
月詠小萌と一緒に学園都市内では珍しい4LDKの高級マンションに足を踏み入れたのは結標淡希。玄関先でこちらを出迎えた幼い少女がいつか自分の計画を阻止しようとした超能力者にそっくりなことは気付いていて、彼女は既に嫌な予感に苛まれつつあった。しかし今更やっぱり帰るわ、なんてことは言えずにおずおずとマンションの中に足を踏み入れる。
活発そうな10歳ほどの少女に案内されて入った部屋には、既に寛いでTVゲームをしている黒髪の少年といつものシスターがいた。
「シスターちゃん、上条ちゃん、先に来てたんですねー。」
「あ、小萌先生。どうもこんにちは。」
「こもえー、遅いんだよー。」
担任にプライベートで会うのが少し気不味いのか、ソファーから振り返りながら小さな声で応じた少年の顔を見て結標は驚いた。シスターの保護者と思しきその少年が、一方通行に殴られた自分を保護した少年その人だったのである。少年もこちらの顔を見てそのことに気づいたらしい、些か驚いたような表情を見せた。
「あれ?そっちの女の子は…??」
「私の家の居候の結標ちゃんですよー。上条ちゃんお知り合いですか?」
「え、まぁはい。」
「とうま、それほんと?すごい偶然!」
どう説明したらいいか迷っているらしい少年に、シスターの少女が食いついた。インデックスは結標と何度か会ったことがあるので、結標と自身の家主が知り合いだという新事実は彼女にとっては嬉しい偶然だったらしい。
「ムスジメってどこかで聞いたことがあるような…ってミサカはミサカはど忘れ?」
打ち止めは少し考えるような素振りをして、そしてその言葉を聞いてぎくりと反応した結標と目が合うと、他の誰にも分からないように悪戯っぽくウインクをした。こちらが第三位と似ていると思ったことは思い過ごしではなく、そして向こうもこちらのやらかしたことを知っていながらこの場では水に流してくれるつもりらしい。
「インデックスはこのお姉さんによく遊んで貰ってるんだっけ?とミサカはミサカは再確認。」
「うん、そうだよ!あわきも一緒にゲームしよ!!」
幼い少女たちは陽気なもので、結標と上条の間に一瞬流れた少しばかり落ち着かない空気をものともせず、距離感に戸惑う結標をこちら側にぐいぐいと引き摺り込んだ。上条の方は一瞬どう接していいか迷ったような気配があったが、元から以前戦った相手と共闘するようなことになっても気にしない人間であるので、ちびっ子二人組と一緒になって彼女をTVゲームに誘った。
「そういえば上条ちゃん、黄泉川先生はどこですかー?」
「キッチンに篭ってますよー。キッチンが人ぎゅうぎゅうなんで俺は子守担当です。」
「とうま、子供扱いはちょっと酷いかも。」
「ミサカだって子供じゃないもん、ってミサカはミサカは憤慨。」
俄に機嫌を損ね、ゲームの画面上であからさまに上条を攻撃しだした二人。少年は健闘も虚しくあっさりとステージから蹴落とされてしまった。
「ありゃ、上条ちゃんは今年も最後まで不幸ですねー。自業自得ですけども。」
顔見知りの面子がいつも通りの会話に花を咲かせ、結標も新参者なりにその場の空気に馴染もうとゲームコントローラーを握ったところで、さっき結標たちが通ったドアとは別のドアが開いた。途端に和食らしい香り―出汁だとか、醤油だとか―が漂ってきて、そちら側がキッチンに通じていることがすぐ知れた。
「小萌先生、いらっしゃいじゃんよ。手が離せなくって出迎え出られなくって悪かったじゃん。」
ドアを開けたのは、長く艶のある黒髪を大雑把に纏めただけのジャージ姿の女性。結標は彼女の名前を知らなかったけれど、嘗て自分に協力した科学結社を制圧した警備員であるということだけは重々承知していた。黄泉川の方も結標の拘束には直接関わらなかったが、何者かによって大怪我を負わされた結標の入院中の見張りなどを担当することもあって―なぜか暫くして上の方から彼女の見張りを止めるように言われたのだけれど―当然結標の顔は見知っていた。
「あ、あなた…。」
「ん?お前、結標じゃんか?」
「あいほもあわきの知り合いなの?」
「まぁ、そんなところかな。インデックスはこいつと友達じゃん?」
「うん、こもえの家でよく遊ぶんだよ。」
自身の登場に驚いた結標を見て、黄泉川は一瞬考えるような表情を見せた。しかし屈託なく彼女のことについて話すインデックスを見て何か思うところがあったらしい、自分の後ろに付いて来ているであろう人物に思わせ振りな言葉をかけた。
「小萌先生が見込んで保護してるってことなら、黄泉川先生はああだこうだ言わないじゃん。人間色々あるもんじゃんねー、な、一方通行?」
「あァ?訳分かンねェこと言ってンじゃねェよ、黄泉川。」
打ち止めと出食わした時点で予想はしていたが、満を持して登場した超能力者第一位の姿を見て結標は一瞬気が遠くなった。出会いを思い起こせば色々確執もなくはないが、同僚となってからは胡散臭い他の二人に比べれば幾らか付き合いやすかった。だから決して彼女と一緒の空間にいるのが嫌ということではない。だけども驚くくらいは許されて然るべきだと思う。
「……チビ教師の居候ってェのはオマエか、結標。」
「あれー?第一位ちゃんも結標ちゃんとお知り合いだったんですかー?世間って狭いですねー。」
「っていうか意外な知り合いが多すぎて訳が分からないかも。」
知り合い―というより因縁のある人物と表現した方が適切か―とばかり出食わすこととなって驚く結標と、その様子を見て混乱する少女。黄泉川はそれを見て豪快に笑い飛ばし、一方通行はほとんど彼女の癖にもなっている溜息を態とらしく見えるほど盛大に吐き出した。
「そう言えば第一位ちゃんが上条ちゃんや土御門ちゃんと知り合いだって聞いたときもびっくりしましたね。」
「つ、土御門!!?」
「ん?結標ちゃんも土御門ちゃんと知り合いですか??」
「まさかグラサンで金髪でアロハの土御門じゃないでしょうね!」
「グラサンで金髪でアロハでにゃーの土御門ちゃんですよ?」
同僚3人の中では一番苦手なタイプであった男の名前が出てきて、結標はあからさまに取り乱した。海原光貴も胡散臭い嘘吐き男ではあったが、こちらの害になるようなことはしなかったし、加えて割り切った同業者同士であったにもかかわらず女性に対する気遣いを忘れないまめな男であった。対して土御門元春はといえば同じ年だというのにやたら偉そうだったり、敵を欺くためにこちらにも嘘の情報を流して混乱させたり、待機時間にだって下らぬ悪戯を仕掛けてきたり、まぁ女に嫌われそうなことは一通りやったと言える。
「…にゃーが致命的だよなァ。」
「上条さんはノーコメントで。」
上条を通じて土御門と接するようになり、彼のプライベートでの口癖を知った一方通行は合法ロリ教師とその居候のやり取りを眺めながら呟いた。上条も体格のいいヤンキーめいた男が語尾ににゃーはないよなと思っているが、それでも友人なので具体的な意見を述べるのを避けた。
「………ちょっと一方通行、いいかしら?」
「あァ?…オイ、引っ張ンじゃねェ!」
衝撃の再会ばかりを果たした結標はどっと疲れが押し寄せてきたような表情に変わっていて、妙に気迫の篭った低い声で一方通行を廊下に引き摺り出したのであった。
「あなたの部屋、どこよ?」
結標は一方通行が無言で指し示した部屋へぐいぐいとそのままの勢いで彼女共々押し入った。いくら体が不自由とはいえ私程度の力で簡単に引っ張れるとかどんだけ軽いのよ、と苛々を募らせたのは彼女だけの秘密である。
一方通行の方はといえば、事情はよく分からないが二人きりで話したいこともあるか、と妙な理解の良さを示し、結標な強引の行動に大人しく従っていた。最近家主に似てきたのか、いい男でも現れたのか、やたらと大らかになってきたと専らの噂である。
「…結標ェ、何悄気てンだ?」
彼女をベッドの上に据え付けるなり―人間を据え付けるという表現は些か問題があるが、人形のようにされるがままになっていた彼女の場合はあながち間違っていないだろう―ベッド脇に項垂れている元同僚がさすがに心配になり、一方通行は彼女にしては大分優しいと言えるだろう言葉を口にした。結標は全速力で走った後に息切れしている人間のように、ぼそぼそと彼女の質問に対して答えを返す。
「悄気るなって方が無理でしょ…。あなたはともかく、あの警備員の教師とか、あの男の子とか、私が仕出かしたことを知ってる人間がこれだけいる空間で、どうして平然と過ごせるわけ…?」
「黄泉川はともかく、上条とはどォいう関係だ?」
「彼、あなたに殴られて気絶していた私を見付けて救急車を呼んでくれたのよ。超電磁砲も一緒だったから、きっと私が何をしようとしていたか知ってるんだわ、彼。」
「あァ、成程。」
あのお節介のことだから、間違いなく超電磁砲か、でなければ妹達にでも事情を聞いてあの事件に首を突っ込んだのだろう。一方通行は少年と結標の繋がりに納得して、そして結標が頭を抱える理由にも理解が及んだ。彼女にとって今の状況は、少し前の自分が上条と御坂と妹達に囲まれたような、酷く気不味いものなのだろう。
「超電磁砲もここに呼んでみるかァ?上条か打ち止めが呼べばぶつくさ言いながら来るだろォよ。」
しかしその状況を理解していても同情するという優しさまでは持ち合わせない第一位は、むしろ結標に追い打ちをかける発言を選んだ。
「超電磁砲!!?それこそ私、何されるか分からないじゃない!!」
「俺にだって実験終わってからは攻撃してこないんだから、オマエ程度なら問題ねェだろ。」
「…実験終わってから、会ってるの?超電磁砲に?」
「まァ、ガキ共は喜ぶしな。この間も何か知らねェが呼び出されたし。」
きょとんとした表情の結標を見て、一方通行はまた溜息を吐いた。自分だって実験以降の超電磁砲との関係を不思議に思っているのだから、いきなり聞かせられた結標には全く理解が及ばないだろう。
「…確かに気不味いのかも知れねェけどよ、俺だって大差ねェぞ。」
「?どういうこと?」
「黄泉川と上条がオマエの悪事を知っているように、俺の悪事もアイツらには知られてるってこと。」
「まさか…。」
結標がはっとして俯いていた顔を持ち上げると、一方通行の表情が目に入った。いつもは顰め面をしているか、でなければ嫌味っぽく笑っている顔からは一切の感情が消えていて、その作り物めいた顔はどこか人形のようにも見えた。
「アイツらは絶対能力進化実験を知ってる。」
吐き出した声にも色がない。まるで年表でも読み上げるように淡々としていた。
「黄泉川は俺がクローンを嬲り殺しにしたことを知ってて居候させてるし、上条に至っちゃあの実験を止めた張本人だってのに平気な顔して俺にシスターを預けやがる。」
「アイツらならオマエがしたことなンざ気にも留めねェだろォよ。」
その口振りから、彼女自身も最初は彼らのその態度に戸惑ったのだろうということが容易に察せられた。用心深く人を信用することのない彼女が言うのだから、彼女の言葉は同居人や知人に対するフォローやお世辞ではなく、れっきとした事実なのだろう。
「……分かったわ、一晩お邪魔させてもらうわね。」
「俺も居候の身の上だから、黄泉川に言え。」
「それもそうね。」
結局幾らかすっきりした表情の結標が改まって黄泉川に挨拶をしたら、あの気風のいい女教師は笑い飛ばしたのだけれども。
「結局あわきと皆はどんな関係なのかな?」
「話せば長くなるが、俺にしろ黄泉川にしろ上条にしろ、あまり喜ばしい出会いではなかったなァ。」
「ふぅん、じゃあ余計な詮索はしないんだよ。ところであくせられーたは料理のお手伝いはもういいのかな?」
時折黄泉川宅や上条宅で一方通行の手料理を振舞って貰っているインデックスは、彼女が手持ち無沙汰にソファーで寝そべっているのを不思議に思ったらしい。しかし全く関係のない話ではあるが、これだけ人口密度がある(現在、一方通行、インデックスの他に上条当麻、結標淡希、打ち止めが同席している)リビングの中で一人堂々とソファーを占領する彼女は大物である。
「今は年増共がお互いの家の仕来りだの個人の拘りだのを戦わせてるからなァ。巻き込まれたくねェ。」
「お節ともなると各家庭色々やり方あるだろうしなー、上条さんも遠慮いたします。」
「どういうこと?お節って日本人共有の文化じゃないのかな?」
「宗派の違いみたいなものかしらねえ。同じ宗教だからこそ微妙な違いが気になるというか。」
「…すごく納得が行ったんだよ。」
確かに同じ十字教でもローマとロシアとイギリスでは幾らか毛色が違う。そしてその微妙な違いが、全く背景を異にする他宗教よりも却って気になることがある。この場合は同じ日本文化の中でも色々な衝突があるということなのだろう。
結標の喩え話に納得して暫しの間押し黙ったインデックスは、ふとこの場に未だ姿を表していない人物を思い出した。
「そう言えばみさかわーすとはどうしてるのかな?」
「昼寝なのかな、あれは?ってミサカはミサカは取り敢えず寝ていることを告げてみたり。」
「アイツの場合は夜寝てないからなァ。どっちかっつゥと昼夜逆転って言うべきじゃねェの。夕方くらいには起きてくるだろォよ。」
自分もあまり健康的な生活をしていない一方通行は、表立って番外個体を非難できないので幾らかはっきりしない口調でそう言った。何となく打ち止めから目線を逸らしていたら―自分の生活態度を棚に上げるな、とか言われそうだったので―ふと結標の苦虫を噛み潰したような表情が目に入った。
「…結標、何だその顔は?」
「いえ…ミサカ、ワースト?ってまさかまだこれ以上ややこしい人間がいるなんてことは…」
「とびっきりややこしいのがいるなァ、あと一人。」
「確かにややこしい性格してるかも、ってミサカはミサカは妹に苦言を呈してみたり。」
「何にしろ上条さんはよくビリビリされるので苦手です。」
人の弱みを見つけたら突っつかずにいられないような性格をしている番外個体。結標が残骸事件の犯人がどうとかいうことを差し置いても、初対面の人間にとって付き合いやすい人物ではない。
名前が「ミサカ」ワーストであり、一人称をミサカと名乗っている少女が妹と呼び、そしてしょっちゅうビリビリする―明らかにどこぞの超能力者のクローンを連想させる追加の登場人物の存在に結標は冷や汗すら感じた。
「はいはい子羊ちゃんたちー、年末の自堕落な空気をエンジョイするのもいいですが、目下最大の問題を解決するのに協力して下さいねー。」
「あれ?お節の宗派争いは終わったのかな?」
キッチンでああでもないこうでもないと言い合っていたはずの大人たち3人がリビングに戻ってきたので、子供たちは首を傾げた、インデックスの質問に対して、大人は明確な回答を示さない。
「大人同士平和的な解決を試みました。」
「試みただけなンだな…。」
そして一方通行の呟きが虚しく響いたのであった。
「それで?目下最大の問題って何かしら。」
大分この家の空気に慣れてきた結標が脇道にそれかけた話題を再掲示する。
「あ、そうそう。お風呂の順番を考えねばならないのですよ。」
「この人数が1人ずつ入ってたら年越しちゃうじゃん。うちの風呂はでかくて3人くらいは一緒に入れるから、嫌じゃなければ何人か纏めて入った方がいいじゃんよ。」
「俺は銭湯行ってきます…。」
ただ一人男の上条は何となくこの家の風呂場が自分の立ち入っていけない聖域か何かのように思われて、辞退を宣言した。家主の言葉に乗っかって、じゃあ誰々と一緒に、などと冗談でも言える雰囲気ではない。
そして、まずはお客様優先じゃん、と家主が言ったので、この家に来るのが初めてだった結標に話題が振られた。
「結標ちゃんどうしますー??」
さて、ここから一緒にお風呂入るグループをコンマで決めます。一応の前提として、各キャラの人間関係や性格を考慮して以下の条件をつけます。
・1~3人のグループに分かれる
・結標は小萌or一方通行としかグループにならない(他のキャラとは付き合いが浅いため)
・結標・一方通行・番外個体は2人グループまで(3人でわいわいは苦手)
・打ち止めのみ、インデックスのみ、打ち止め+インデックスの2人グループは禁止(お子様のみで危険)
最初の判定です。結標ちゃんは誰と一緒にお風呂に入る?>次レスの書き込み時間(秒)で判定
00~19秒:月詠小萌
20~39秒:一方通行
40~59秒:一人で入浴する
そもそも結標にしてみれば、この場に自分とそれなりに深い付き合いにある人間は月詠小萌と一方通行くらいしかいない。時折ボロアパートに遊びに来るインデックスとは幾らか付き合いがあるが、裸の付き合いをするほどの間柄ではないと思っている。
一方通行とも親密かといえばそれは微妙なところなのだが―何せ共に過ごした理由が理由だし―今更何を見られても見せられてもどうということはない、というのは確かだった。
「……じゃあ私は、一方通行とご一緒させてもらおうかしら。」
「はァ?俺は嫌だ。」
結標の言葉を聞いた一方通行は予想通りの反応を返した。端的に考えると非常に失礼な発言なのだが、脊髄反射的な早さで予想通りの言葉が返ってきたものだから、結標はおろか、その場にいた全員が却って面白いと思ったほどであった。
ぷくく、と含み笑いをしながら巨乳の体育教師は彼女の白くて柔らかい髪をがしゃがしゃとかき混ぜた。その手を鬱陶しそうに振り払う様子は人間に構われるのを嫌う猫のようであった。
「客人からのご指名じゃん、偶には年の近い子と接してみるじゃんよー。」
「そうよ、年下とばっかり付き合っていても良くないわ。」
それに頷いたのはこれまで傍観を決め込んでいた芳川桔梗である。確かに年下の妹達とばかりつるんでいるのは否定しないが、自分だって健全な交友関係などほとんど持っていないだろうに、とついこの間まで研究一辺倒であった女性に対して一方通行は心の中で毒づく。
「お子様たちはどうするじゃん?」
「今日は芳川と一緒がいい、ってミサカはミサカは熱愛宣言!」
「私はたまにあいほと入ってみたいんだよ。」
幼い子供たちはきゃっきゃとはしゃいで大人たちに纏わりついた。上条に子供扱いされるのは癪だが、彼女らに可愛がられるのはまだまだ嬉しい年頃ということだろうか。
さてその瞬間、約一名一方通行を除いて和気藹々とした雰囲気を楽しんでいたリビングに、もう1人、最後の登場人物が現れようとしていた。
「…もう何なのさー。煩くってミサカおちおち昼寝もできやしない。」
番外個体。彼女はキャミソールにホットパンツというあられもない姿のままであった。大晦日といっても設備の良いこのマンションであればこの格好でも然程寒くはないのだが、客、しかも一応男のいる場所ではあまり褒められた出で立ちではない。インデックスはとっさに上条当麻の目を覆うことにした。
「番外個体、せめて上にもう一枚羽織っていらっしゃい。男の子もいるのだし。」
番外個体は芳川に窘められて眠たげな目を擦り周囲を見渡して、部屋の隅に縮こまった少年に気付いた―少年が自発的に目を逸らしても、さらなる制裁を加える無慈悲なシスターの姿にも同時に。
「ん?上条当麻じゃん。なぁに?ミサカの肢体にリビドー感じちゃう系?」
番外個体自身は一方通行と似たところがあって、誰が自分に性的衝動を感じていようと気にしないタイプである。恥ずかしがるとか、嫌がるなどという思考はない。更には他の妹達のように彼に好意を抱いているわけでもない。
というわけで色々と複雑な作りをしている彼女の脳内は、とことんこの少年をからかい倒してみよう、という結論に至ったらしかった。彼に齧り付いていたインデックスを押しのけ、態々気を遣ってこちらに背を向けてくれていた少年の背中にぴったりと当てる。
何を?
―胸部を、だ。
「うぎゃああああ!!!」
この後に待っているシスターからの制裁を思って、上条当麻はこの状況に素直に喜ぶどころか、恐怖のあまり叫びだした。だがしかし番外個体には全くもって逆効果で、むしろ悪戯のしがいがあるというものである。
何故かオリジナルというよりも、その母親に似たらしいその豊満な胸をふにふにと押し当て、番外個体はきひひと質の悪い笑い方をした。上条はこれ以上大変なことになってしまいかねないので無理に振り払うこともできず、ほとんど硬直している。彼女は一応軍用クローンであるので、力も見た目に反してかなり強い。手加減ありの男子高校生の抵抗など番外個体にしてみれば何でもなかった。
怒りを募らせるも、番外個体に後ろ足でげしげしと牽制されて手も足も出せないインデックス。一方通行はというともうこういう展開には飽きているらしくソファーの上であくびをしていて、大人たちは何とか番外個体を大人しくさせようとああだこうだ言っているが、半分面白くもあるらしくその説得にはあまり熱がない。
上条当麻絶体絶命のピンチに救いの手を差し伸べたのは、座標移動の能力を持つ大能力者であった。
「へ?ミサカ何でこんなところいるの?」
気が付いたら番外個体は上条当麻のいる場所とは正反対の部屋の隅にいた。
「結標ちゃんですねー。」
「ああ、空間移動系の能力者なのね、彼女。」
根っから研究者である芳川は、専門でないながらも彼女の能力を考察した。一般的な対象に触れなければ発動しないタイプの同系統能力者は見たことがあったけれど、彼女のように汎用性が高いものではなかった。ふうん、と考える素振りをする。
「それより久し振りですね、番外個体ちゃん。たまには先生と一緒にお風呂入ってみませんか?」
さて、どうする??
残りは番外個体、月詠小萌の2名です。
番外個体は3人組にはならないので、既にできあがってる2人グループに加わることはできません。小萌てんてーは番外個体と一緒にならなかった場合、2人縛りのある結標+一方ペア以外には加わることができます。
というわけで次の判定。番外個体はどっちにする?>次レスのコンマで判定
00~49:小萌てんてーと一緒
50~99:一人で入浴
ほれ
インデックスとミサワの組み合わせとか何気にレアな気がする
>>635の書き込み時間が30秒なんで小萌てんてーは黄泉川+インデックス組に参加ですね。
ところでこのSSは地の文でのキャラ名を基本的にファミリーネームに統一している(強調したいときはフルネームや能力名、順位等も使用)ので、小萌先生の書き方に困ります。「月詠」って書いても違和感がすごくって、結局「月詠小萌」ってフルネームで書くか、「ロリ教師」とかの渾名的なものでしか地の文に入れられません…。
>>636
個人的には番外ちゃんとインデックスは相性いい組み合わせだと思うんですよ。自分がインデックスに夢を見過ぎなのかもわかりませんが、番外ちゃんの悪意なんか笑って受け止めてくれる聖母ちゃんだと思うわけなんですよ。
さて最終的なチーム分けはこの通りです。
1.結標+一方通行
2.芳川+打ち止め
3.黄泉川+インデックス+小萌てんてー
4.番外個体
では、本編に戻ります。
「それより久し振りですね、番外個体ちゃん。たまには先生と一緒にお風呂入ってみませんか?」
「やだよ、ミサカ一人でのんびり入りたい。」
「ありゃりゃ、振られちゃいましたねー。」
番外個体は素っ気なく言ったが、別に彼女のことが嫌いなわけではない。こちらがどんな反応をしても子供が瑣末な駄々を捏ねているだけかのようにさらりと受け止めてくれる彼女のことはちゃんと番外個体なりに好いている。ただその感情を素直に表すのはまだ難しいのだ―何せ一番好きな相手である一方通行にすら、まともに甘えることができぬような性格だったので。
「だったらこもえは私たちと一緒に入ろ!いいよね、あいほ?」
「うん、構わないじゃんよ。」
シスターの少女が自分よりも小柄な教師をぐいと引っ張って自分の方へと誘った。
そこでちょうど近所の公園の鐘の音が鳴って、その場にいた一同に今現在の時刻を知らせた。
「今年も残すところあと6時間ね。」
果たしてその6時間すら何ごともなくやり過ごすことができるのかも分からないようなトラブルメーカーが寄り集まった空間で、元研究者は感慨深げに呟いた。
今回のうpはここまでです。
次は本編年末年始編を突き進むか、それとも小ネタを挟むか…?
ところで新約7巻でソギーがちょろっと出て来ましたね。
ぶっちゃけソギーがほとんど出てこないのをいいことにキャラ捏造しまくってるので、ソギーが登場した瞬間びくびくしてしまいました。ちょっと間の抜けた「よっこいせーっと」とか、でもやっぱり男前なとことか、大まかに自分の書いてるソギーと一致させられないことはない程度の描写だったので安心しています。
でもきっと、原作のソギーは例え一方さんが幼馴染だったとしても、それでも妹達を殺したことに対して一発ぐらいは殴るだろうなと思います。んで、それで全部チャラにしてくれるって夢見てる。
どもです、今日ものんびり投下しまっせ。
本当新約7巻のソギー格好いい。自分ももっとイケメンに書かねばならんなと決意を新たにしております。しかしソギーは暫しお休みなんだな。
以下本編とリンクしたおまけ小話。
上条「男一人で心細いんだけど浜面呼んじゃダメ?」
一方「もれなくアイテムついてくンぞ。」
上条「「アイテムついてくる」って普通におまけがついてくるだけにしか聞こえないよね。」
一方「学園都市第四位とはすげェおまけだな。」
上条「麦野さんは何で美人なのにあんななの?年上お姉さん好きの上条さんは凄く複雑な気持ちになります。」
上条「じゃあ削板さん呼ぶー。」
一方「あ、アイツ今携帯出でねェぞ。」
上条「?何で?」
一方「何か年末年始は新手の耐久レースやるために外界との接触を断つって言ってた。」
上条「山奥で修行でもしてるの??」
一方「さァ?」
上条「さァ?って…時々びっくりするほどお互いに興味なくなるよね、二人共。あんな仲いいのによく分からん。」
以上、どうでもいい小話でした。次から本編です。
「そう言えば皆、年越し蕎麦はいつ食べる派なのかしら?」
入浴のグループ分けが一通り済んで、それぞれのグループがどの順番で入るのかが決まると、ふと思い出したように芳川桔梗が呟いた。
明日食べるお節や雑煮の準備は済んでいて、蕎麦も月詠小萌の馴染みの店から特別に分けてもらったものを(インデックスの胃袋を考慮に入れてちょっと多めに)15人前ほど用意してある。
「いつ食べるって?お夕飯でしょ、お蕎麦。」
「年越し蕎麦っていうくらいだから、深夜に食べる派と普通に大晦日の夕食の時間帯に食べる派がいるじゃんよ。」
「ふうん、お節だけじゃなくお蕎麦にも色々対立があるんだね。」
「私は夕食がいいわ。深夜にモノを食べたくないし。」
妙にヘルシー志向である結標が呟いた。蕎麦というのは食物繊維やら何やらの関係で他の麺類に比べればダイエットに向いた食べ物であるのだが、それでも深夜のカロリー摂取は避けたいものらしい。一方通行は自分も女ながら、女って面倒臭ェなァ、と思っていた。
「私はむしろどっちのタイミングでも食べたいくらいなんだよ。」
「インデックスは少し自重しようか。上条さんは泣けてきそうですよ。」
いくら親しいとはいえ、他人の家でも食欲に正直に生きるシスターの発言を聞いて、保護者はひっそりと涙したのであった。その様子を豪快に嗤う黄泉川愛穂、彼女はソファーで横になっていた一方通行の肩をぽんと叩いた。
「まぁそれは追々考えるとして。それだったら一方通行、天ぷら頼むじゃん?」
「…おォ、そっか。」
緩慢な動きでソファーから起き上がる少女。一度上体を起こして自由な左手をぐいと持ち上げ、伸びをする様はネコ科の動物のようである。泊まりだからとこの場に連れてきたスフィンクスの仕草とも似ている。伸びをした瞬間に彼女が臍チラしたのを運がいいのか悪いのか上条だけが目撃してしまったのは、彼の一生の秘密となった。
「天ぷらはあくせられーたの担当なんだね。」
かしゃかしゃと不思議な作りの杖を鳴らしながら、無言で台所へと向かっていった華奢な背中を見送ってからシスターは呟いた。
「私は揚げ物はしないじゃん。私が苦手ってのもあるけど、あの子がすごく上手いし。」
「あの子、揚げ物作ってるとき能力使っているんじゃないかってくらいの正確さを誇るわよね。油の温度とか揚げ時間とか。あれは好きだからこそなせる業なのかしら。」
「好きなものには出し惜しみしない性格よね、ってミサカもミサカも頷いてみる。」
第一位様の同居人たちは口々に彼女を好き勝手評価した。因みに残り1人の不良娘は既に彼女の立ち去ったソファーに横になって惰眠を貪り始めていた。
「あの体格でジャンクフード食べまくりだなんて世の中不公平だわ…。インデックスもインデックスよ…。」
大能力者の中でもずば抜けて強力な能力を持ち、学園都市内でも指折りの名門校に籍を置く(置いているだけでまともに通ってはいないが)結標淡希といえど、羨ましいものはあるらしい。あれだけ油物ばかりを食べていて太るどころか肌荒れもしない第一位とか、油物に限定されているわけではないが並の人間の10倍は食べるであろうシスターとか。
「何だ、シスター?つまみ食いは許さねェぞ。」
キッチンで一人天ぷらを揚げていたエプロン装備の家庭的一方通行に話しかけたのは、人懐っこい修道女であった。
「さすがの私もあくせられーたのお仕置きは避けたいかも。」
「なら向こうでゲームでもしてろ、油はねても知らねェぞ。」
油がじゅうじゅうと小気味のいい音を立てている鍋から彼女を庇うように、一方通行は背中を向けたまま素っ気ない言葉をかける。しかし小柄な少女は彼女の背中にぴったりと迫るように立ったまま立ち去る気配がない。
「あくせられーた一人でつまらないでしょ。私が話し相手になるんだよ。」
そもそも静寂を尊ぶ第一位は、扉を隔てたリビングで大勢の人間がわいわいと騒いでいて、こちらキッチン側に自分一人だけだろうと気にならないタイプの人間である。それで言うとインデックスの気遣いは余計なお世話になるのだが、だからと言って彼女は拒む素振りも見せなかった。
「何だかあくせられーた、いいことあった?」
「…いいこと、なのかねェ。」
シスターの曖昧な問いに、一方通行も曖昧な答えを返した。しらばっくれるつもりなどはなく、確かに自分に変化を与えるような出来事はあったと思っている。ただ、それが「いいこと」なのかはよく分からなかった。
今は嬉しいと感じてるけれど、それがいつまで維持できるものなのかは分からない。自分や彼に取り巻くものを知るだけに、彼女は素直にそれを「よかった」ということができない。
「?はっきりしない感じかも。でも何だかすっきりした顔をしてるんだよ。」
「あァ、それ。すっきりした。まさにそンな感じ。」
「?すっきりしたんならいいことなんじゃないの?」
今の時点だけで判断するのならそうかもしれない。でも、自分の気持が、そして彼の気持ちが将来的にどんなものを齎すのか分からない。学園都市第一位と第七位が共に在るということが、単に「いいこと」と結論付けるのは難しい。
「いや……、まだまだこれからだろォよ。」
これから、ということは今後があるということだ。少なくとも彼女はその「すっきりしたこと」を継続していこうという気持ちがあるということだ。そしてきっと、それがいつになるかは分からないけれどあとから振り返って「いいことがあった」と自信を持って言えるようになるときが来るように努力するということだ。
シスターは彼女の短い言葉から、しっかりとした意志を読み取って、満足気に笑ってみせた。
「ご馳走様でした。」
一人まだ食べ続けているインデックスは置いておいて、ほとんどの面子は年越し蕎麦を食べ終えた。テレビは年越しの特番を流していて、今年の出来事を振り返っている。その中でも一番大きな枠を取っていたのは当然というか何というか第三次世界大戦のことで、「サードウォー病が…」などととアナウンサーが話し始めたときには上条当麻と一方通行はびくりと肩を揺らした。
ベツレヘムの星に乗り込んで他の構造物に紛れ込んでいた上条当麻はともかく、ロシアの上空を自由に飛び回っていた一方通行についてはどこぞに映像が残っていてもおかしくない。学園都市側が技術の流出を恐れて記録映像の類はあの手この手で回収したという黒い噂も存在するが、そもそもそれが事実かどうかも分からないし(しかし限りなく事実に近い噂だとは思う)、事実だったとしてその回収から漏れた映像がないとも限らない。
そんな映像に自分が映っていて、それこそ第三次世界大戦のオカルティックな側面を脚色して視聴率を取るようなテレビ番組に流されたなら?―一方通行は今更同居人たちにロシアで仕出かしたことを知られても痛くも痒くもないのだが、それでも自分の映像が世間一般に流布されるのは嫌である。どう考えてもよからぬことしか引き起こさないだろう。
「順繰りにお風呂入り始めましょうか。最終信号、どうする?」
「じゃあ早速入ろう、ってミサカはミサカは一番乗り!」
芳川の返事を聞かぬうちにさっさと浴室へと小走りで向かった打ち止め。芳川は仕方ないわね、といった表情で彼女の後を追った。
「最終信号、お風呂場では走らないでよ。私が一方通行に怒られてしまうわ。」
さっさと服を脱いでしまって既に浴室に飛び込もうとしていた打ち止めに声をかける。時折大人びた振る舞いを見せるくせ、こういうところは外見年齢以上に幼い。
「ミサカ知らないもん、ってミサカはミサカは膨れ顔。」
「なぁに、あの子と喧嘩したの?」
一方通行に怒られる謂れなどないとむくれる少女。元から甲斐甲斐しいほどに世話を焼く彼女に対して反発するようなことがあったけれど、はっきりとした口振りを聞く限り単にそういった一時的な気分の揺れではなさそうである。
「……違うけど、でも、ミサカもあの人に頼ってばっかりじゃダメなんだってそう思うの、ってミサカはミサカは決意してみる。」
芳川はさっとシャワーを浴びて彼女が既に浸かっている浴槽に体を滑り込ませた。彼女はこの小さな体に何を詰め込んでいるのだろう。単価20万もしない小さな体に、自分たちは何を詰め込んでしまったのだろう。この子供のこういった一面を見るたびに、芳川は酷く息がしづらくなる。
「…あの子は、あなたたちのこと重荷だなんて思ってないわよ。」
「知ってる。それはミサカたちが一番良く知ってる。」
「でもね、あの人は変わってきている。ミサカたちも変わらないと、置いていかれてしまう、ってミサカはミサカはそう思うの。」
芳川も彼女の変化には気付いていた。丸くなったとか、穏やかになったとか、簡単に言ってしまう人間もいるのだろうが、彼女に起きている変化はそういうレベルではないと思う。もしかするとそれと同時に、彼女は一層芯が強くなってきているような気がする。能力者としての強弱ではない、彼女には無縁であったとも言える人間としての逞しさが備わりつつあるように感じるのだ。
「あの人と離れ離れになるとか、あの人から独り立ちするとかそういうことじゃないんだ。ミサカたちはまだそこまで具体的には考えられていない。」
「ずっと一緒にいるために変わるの。あの人が成長しようとしているのなら、ミサカたちも成長しなければ隣にはいられないでしょう?ってミサカはミサカは問題提供をしてみる。」
「そういうことなら私たちは応援するけれど。」
彼女らを生み出した親にも近い芳川は、嘗ての職業のために幾らか歪んでしまったけれど、クローンの少女たち相手にそれでも元から備わっていたらしい母性らしいものを感じ始めていた。芳川はそっと華奢な肩を引き寄せて、生きている人間の体を感じた。
「…でも、あの子は本当に変わったわね。」
「……あの子、女の子だったのね。」
彼女はいくらか息を詰まらせるようにして言った。自分たちはきっとプリントアウトされたり、或いは液晶の画面上に出てきたりするデータでしか、彼女を見ていなかったのだ。彼女の性別が女性に分類されることは知っていたけれど、それと少女らしい情緒だとかを結びつけることができていなかった。最近彼女の表情を見ていて、酷く驚かされる。彼女が実験で驚異的なデータを弾きだしたときよりもずっと。
「あの子が女の子だって、ずっと前から知っていたはずなのに、びっくりしたのよ、私。バカみたいね。」
彼女は俯いて肩を震わせた。自分が、そしてこの街の大人たちが奪っていったものを想像する。それは彼女一人のことだけではなくて、この街が何十年もかけて奪っていったものを含んでいた。
「あんな華奢な子に、私たち、何をさせてしまったのかしら。」
「私たち、大人なのに。子供の一人も守れないだなんてね。」
「…これからは守ってくれるんでしょう?ってミサカはミサカは期待の眼差し。」
「そうね、頑張るわ。」
「先入ってろ。」
不自由な体は服を脱ぐのにも苦労するらしい。杖を手放して脱衣所の床に座り込み、不器用に服を脱いでいく彼女に手伝いを申し出たが、にべもなく断られた。しかしながら彼女の不自由な体を支えるのに手馴れているわけでもない自分の手を貸しても然程助けにはならないのだろう、と思い直して結標は彼女の言葉に従った。
先に浴槽に浸かって、3,4分もした頃だろうか、彼女が遅れて姿を現した。白い湯気の中でも目立つ程の白い肌に、結標は同性ながら思わず見とれてしまった。
「何だ、阿呆面して。」
「口の悪さで台無しだわ…。」
そう言いつつも、結標の視線は惹きつけられたように彼女の体から離れることがなかった。一方通行の方は気にする素振りもない。何せ結標が自分の体に見とれているなどとは思っていない、研究者の淡々とした視線と同じか、或いは通りすがりの人物の気味悪がるような視線に似たものだと思っていた。
「いつまで見てンだよ。そンなに面白いかァ?」
手摺に両手を添えて不器用に歩み、鏡の前の椅子に座り込んだ彼女はさすがに訝しく思ったのか、漸く結標の視線を避けるような仕草を見せた。しかし口振りは酷く自虐的で、その体に奇異の目以外のものが―例えば好意だとか、羨望だとか―向けられるとは思いもよらないといった風だった。
「面白いって、そんな言い方はないでしょう。そんなに綺麗なのに。」
「綺麗?この貧相な体が?」
彼女は腕を持ち上げて、二の腕までもが骨と皮だけでできているような痩せぎすな体を改めて観察した。20万やそこらで作られるクローンの少女よりも余程気味が悪くて、あの子供たちは第三位のクローンで本当によかったと思った。体細胞クローンとして寿命の問題などはあるが、それでも健康的な体に生まれられたのは仕合わせなことだ。
「確かにちょっと細すぎるけれど、案外柔らかいじゃない。」
結標は浴槽から少し身を乗り出して、シャワーを浴びる彼女の手を取った。ふに、と音のしそうな張りのある肌は十分魅力的であると言える。
若干肉付きが悪いのは否定しないが、手足の長いすらっとした体型は女なら憧れるのが自然だ。加えて言うならば彼女自身が思うほどには痩せぎすでもなく、思春期に足を踏み入れた時期の、幾らか柔らかな曲線が見られるようになってきた未成熟な体は、豊満などとは程遠いからこそ却って性的にすら映った。
自分も超能力者に近い存在であり、一般的な人間からは「人間離れしている」と言われかねない存在である結標は、第一位との格差を感じた。真っ白い肌は陶磁器のように滑らかで、しかしながらほんのりと赤味が差していてうちに血管が通っているのを感じさせた。それこそ着せ替え人形の服を剥いて、等身大にして命を吹き込んだならこんな感じになるのではないだろうか―結標は彼女の肢体にある種のイデアのようなものすら感じた。
「オマエこそ、何で痩せたいのか分からねェな。」
渋々といった感じで浴槽に入り、結標の隣に腰を落ち着けた彼女はふゥ、と息を吐きながら言った。一方通行より若干背は低いがそれでもこの年頃の少女としては大きい方であり、手足は長く、黄泉川愛穂などとは比べ物にならないが胸もそれなりに大きい。一方通行の体型が浮世離れした一つの理想形であるとしたら、結標のそれは浮世にジャストフィットしたまた別の理想形といった感じである。若干即物的な表現ではあるが。
「あなた、少し丸くなったわね。」
「そォなンだよ、面倒くせェ。」
彼女曰く、体重はほとんど変わっていないのに体のラインが妙に女臭くなってきて気持ちが悪いらしい。女臭いって、あなた女じゃない、と結標が言ったら、そりゃそうなンだけど、と煮え切らない様子だった。
「何て言うか、この…ロリショタを卒業して思春期に片足踏み入れました?っていうか、7割ぐらい思春期に突入してるけどでも若干ロリショタの匂いが残ってる?っていうのが却ってエロいというか…。」
「オマエにまともな感想を期待した俺が馬鹿だった。」
「って言うかオマエ俺も守備範囲に入るのかよ。ショタコンの癖して。」
それなりに広い浴槽内を結標から最大限に離れられるような位置までにじり下がって、一方通行は自身の肩を抱いた。女である結標はその仕草に然程感じるものはなかったが、年頃の少年には堪らないものなんじゃないだろうか、とぼんやり思った。
「そもそもショタコンじゃないわよ!っていうか、この体を見てぐっと来ない人間ってそうそういないと思うけど…性的な意味ということに限らず、だけど。」
女性的な膨らみに乏しいその体は、多くの人の性的な対象からは外れるかもしれない。でもこの体を目の前にして何も思わない人間はいないと思う―そういうものに興味のない結標ですら彼女に宗教的なものを見出しそうになったほどだった。生まれる場所や時代が違っていれば、天使だ女神だと祀り上げられても不思議でなはいような気がした。この場で学園都市第一位は人間でなかったのだと言われれば、結標は恐らく納得しただろう。
「何をどうしたらこんなものができるのかしら…。」
結標は思ったままを呟いた。生まれた、とか、育った、とかいう言葉が適切でない気がした。こういう風に作られて、こういう状態でこの場に現れたという風に言われた方がすっきりするような気がした。その四肢は時間的な経緯も、生命の極当たり前の営みも感じさせない。
ふと顔を上げて、一方通行が苦虫を噛み潰したような表情をしているのに気づいて、結標は自分の失言を悟った。
「あ、ごめんなさい。そんなつもりは、」
「いい。」
まるで人工物のような言い方をしたのが気に障ったのだろうか、彼女は自分自身で学園都市に創り出された化け物だ、などと嘯くくせして、実際にそういう目で見られることを嫌がるようなところがあった。全くの第三者にそう言われたところで気にするような人物ではないから、自分は彼女のテリトリー内に入ることを多少は許されているということだろうか。
「…こンなンでもいいとか言う物好きもいるしな。」
彼女の呟きはシャワーの音に掻き消されて、結標には届かなかった。
「はーい、次は先生ズとシスターの番じゃんよー。」
「ここまでシリアス展開だからここはほのぼの系で攻めたいんだよ。」
「結構ぎりぎりのメタ発言ですねー。」
女三人寄れば姦しいとはよく言ったもので、こちらの一行はきゃいきゃいと騒がしかった。
「それにしても……」
「どうしたじゃんよ?インデックス。」
「あいほのそれはどうなってるのかな??」
シスターは黒髪ロング美人教師の、いっそ凶悪ですらある胸部の塊を凝視しながら言った。小玉スイカくらいはあるぞコレ、小玉スイカなら食べたいところなんだけど。と色気より食い気の彼女は思うわけである。
「コレのおかげでスーツとか着られないじゃんよ。」
「いっつもジャージ姿なのにはそんな理由が…って全然気の毒じゃないのが逆にすごいんだよ。」
「黄泉川先生は毎年卒業式の服装に苦労するんですよねー。」
伸縮性のない素材だと軒並みボタンもファスナーも閉まらなくなる彼女にとって、フォーマルは鬼門である。警備員の装備は彼女のみ特注仕様だなんてそんなことはない―と本人は言い張っている。
「シスターちゃんも肌真っ白で綺麗ですねぇ。この年になるとシミ・ソバカスが気になっていっそ体型とか全部どうでもよくなります。」
こっそり黄泉川よりも芳川よりも年上のロリ教師はぼんやりと呟く。酒を煽るように飲み、煙草を灰の山ができるほどに喫う彼女の肌は、その生活習慣の割には驚くほどに綺麗であるのだが。
「最近一方通行はお前や上条に迷惑かけてないじゃん?」
「らすとおーだーやみさかわーすとじゃなくて、あくせられーた?」
「番外個体は迷惑かけるのが生きがいみたいなとこあるから、その質問しても意味ないじゃん?打ち止めは賢い子だしねー。」
「第一位ちゃんも賢いけれど、不器用ちゃんですからねー。」
大人たち2人からすると、よく似た姉妹2人は然程心配の対象にならないらしい。色々細かな問題はあるが、数多くの子供たちをこれまで育ててきた彼女らは、2人の問題点は普通の子供達の範囲内に収まると感じている。
一方通行だけは、彼女らも見たことのないタイプの子供であった。酷く大人びていて理詰めで物事を考えられるくせして、一方で幼稚園児のように夢見がちで傷つきやすく、未だに彼女の反応が予測できないことがままある。縫い針の上に物を乗せるように、彼女の精神は酷く繊細なバランスのもとに成立しているようなものだった。
「んー、でもあくせられーたに迷惑かけられたことなんてないよ?むしろ私やとうまはお世話になってばっかりかも。」
「ならいいんだけどね。」
「あの子が弱ったときにも、別に何もしてくれなくていいんだけどさ、そばにいてやって欲しいじゃん。大人にはできないこともあるからね。」
まるで近いうちにそんなことが起こるというような口振りに、インデックスは真面目な表情で頷いた。
「というわけで最後はミサカだよ☆ぎゃは。」
「いや正直さー、ミサカ一人で入ることになっちゃってどうしようかと思ったんだよね。独り言オンリーとか寂しいじゃん?」
「ならいっそミサカのストリップ披露しようかなーって思ったけど文章だけだしね。全然伝わらないよね。」
「…」
「……」
「………はぁ。」
実はちょっとロリ教師と一緒にお風呂入りたかったなんて言っても始まらない。何で自分はこんな面倒な性格をしているのだろう。黄泉川やあの教師はこちらの我侭も憎まれ口も受け流してくれているが、こんな調子では愛想尽かされても仕方がないと思うのだ。
「ホント第一位も黄泉川も気が長いこって。メリットあるわけでもあるまいし。」
自分で言ってて虚しくなってくる。彼女らはメリットを求めて自分と一緒にいるわけではないと分かっているのだ。だからこそ、自分ももっと彼女らのためになりたいと思うのだ。
少し前ならこんな素直な感情は抱かなかっただろう。少し前にMNWに溜まっていた鬱憤やら何やらを全て発散したせいか、打ち止めとまではいかないまでも、彼女の性格は一方通行に比べたら余程素直だと言えるほどになっていた。
「だから、偶にはミサカたちだけで片付けないとね。」
今のところ学園都市内在住の妹達と、自分だけの秘密。司令塔である最終信号にすら隠していることが彼女たちにはあった。
「一週間、一週間だ。」
「それでケリをつけられなかったら、最終信号に報告しよう。」
<一方通行には報告しないのですか、とミサカ10039号は訊ねます>
MNWを介して姉の1人が話しかけてきた。今は打ち止めによるMNWの監視は行われていないが、念の為に番外個体がこっそり作った秘密の迂回路を通じて意思の疎通を図っている。番外個体が自分1人の能力で作り上げたものだから、それは同時に何個体もアクセスできるような立派な代物ではなくて、学園都市内の個体と共有するのがやっとなのだ。
「そこは最終信号次第だね。あのお姉ちゃんがそうするべきだと判断したら、ミサカは従うよ。」
<ミサカたちもミサカ自身でミサカの問題を解決できるというところを証明したいところですね、とミサカ19090号は決意を新たにします>
「ミサカばっかりで訳が分からないよ。」
末っ子は少しだけ上の姉の物言いをくすりと笑った。
「まぁ、いっつも置いてけぼり食らってばっかりじゃ嫌になるし。偶にはミサカたちが出し抜いてやろうぜ。」
新しい年が穏やかで優しいものでありますように、そんなことを誰もが願う夜更けに、悪戯好きの末っ子は不敵に笑った。
今日はここまで。
番外個体が1人風呂になったときはどうしようかと思ったけれど、無理くり次のエピソードに結びつけました。あわきんゆりにゃんはもっと百合百合させたかったな…
こんにちはー
今日も引き続き年越し編をうpしていきますよー。今回投下分で年越し編は終了の予定です。
本編内にちょこまか小ネタを挟むというこれまでとちょっと違ったことをしてみます。
「そう言えば愛穂、初詣はどうしようかしら。」
夜も更けてそろそろ短針と長針が揃って天辺を向きそうだという頃、大人たちは食欲にばかり気を取られて新年の宗教的な側面をすっかり忘れ去っていたことに気が付いた。
「うーん、でもこの人数で人混みに行ったら絶対誰かはぐれるじゃんよ?」
「シスターちゃんと打ち止めちゃんはかなり危険ですね。第一位ちゃんも杖をついた状態で人混みを歩くのは大変でしょうし。」
そもそも学園都市内の人間は神学系の学校の関係者でもなければ宗教的イベントにあまり興味がない。初詣に行かずに正月をやり過ごす学生など珍しくもなくて、そういう環境にいると学園都市で育ったわけでもない教師陣や研究者たちもその空気に慣れてしまうのだ。というわけで比較的常識的な人間である黄泉川もあまり初詣にこだわりはない。
「そもそもどこ行くつもりだよ?第十二学区とか言わねェだろォな。」
「嫌よ、第七学区からは大分遠いじゃない。」
加えてこちら超現実的思考に染まっている元暗部ガールズ。大人たちに輪をかけて神も仏も信じていない系女子である。みかんを頬張りながら呟く様は、現実的な人間というよりかは単に自堕落な生活をしているだけにしか見えなかったが。
「第十二学区ってどんなところなのかな?」
「神学系の学校が多いところだよー。当然宗教施設も多いのよ、ってミサカはミサカはしたり顔で解説してみる。」
「って言うかインデックスさんは初詣に行ってもいいんですか?宗教的に不味くない??」
こちらちびっ子二人組と不幸な少年。残り一人のビリビリ不良娘は年越しなど興味がないと言って自室で既に寝入っている。と言うかさっきから寝過ぎである。
「初詣は日を改めてもいいんじゃないかしら。三が日のうちに行っておけばいいでしょう。」
「そう言ってこれは結局行かないパターンじゃんよ。」
自分にも他人にも甘い昔馴染みのやる気のない発言を聞いて、きっちりタイプの女教師は呆れ返った。とは言っても自分も行く気のない人間を引き摺って行くほどの気概はないのだけれど。
「じゃあ子羊ちゃんたち、1時までにはお布団に入って下さいねー。部屋割りどうしましょうね?」
「部屋割りの前に質問でェす。」
「はい、第一位ちゃん。何でしょうか?」
気怠そうに手を上げた一方通行。対して月詠小萌の方は職業柄なのか、リラックスムードが嘘のようにぴしっとした口振りに変わった。
「俺らが1時に寝るのはいいとして、オマエらは?」
「大人の時間です。禁則事項です。」
「……つまり私たちが寝た後に酒盛りが始まって、そのままリビングで雑魚寝の流れね…。」
後ろめたいことがあるので言えないと逆に開き直ってみせる見た目だけは子供のような教師。何せあの狭いアパートで彼女の生活習慣は散々目にしているので、その後の流れが手に取るように分かった結標はうんざりしたように呟いた。
一方通行も同居人たちのその辺りのだらしなさは見知っているが、それに対して文句を言うような人間でもない。自分もあまり生活習慣が宜しくないし、大人は夜更かしOKで子供はダメなんていう身勝手な理屈に腹を立てるほど子供でもない。どちらかと言うと好きなだけ寝ていたいタイプであるし。
「じゃあ俺達お子ちゃま組はオマエらの部屋も使って寝るから。文句ねェよな?」
「酒盛りするしないにかかわらず最初からそのつもりだったじゃんよ。」
「えーっと、上条さんはどこで寝ればいい?」
女性陣がそれぞれの部屋で寝た後、リビングで一晩を過ごせばいいかと勝手に思っていた少年は戸惑った。リビングで大人の女性たちが一晩過ごすというのなら自分は別の部屋に行かねばならないが、この4LDKのマンション内の部屋といえばそれはどれも女性の私室である。
「俺は別の部屋に移動するから、俺の部屋、オマエ一人で使え。」
「え、それはマズいだろ。女の子の部屋で寝るって、いくらお前が別の部屋行くっつっても。」
「だからってオマエ、どこで寝るつもりだ?」
部屋を貸すと申し出たのは一方通行だった。思春期とか思春期とか(口にはしないが)様々な理由で遠慮する上条に対して、じゃあどうするのだと訊ねながらきょとんと首を傾げる。
「ガキ共の部屋はもう番外個体が寝てるし。それとも黄泉川か芳川の部屋で寝るか?」
既に番外個体が眠りに就いている部屋で一緒に寝るわけにはいかない。倫理的にもアウトだが、もし彼女の目が覚めてしまったなら鬼の首を取ったかのようにからかわれるのが落ちである。芳川桔梗や黄泉川愛穂のような大人の女性の部屋に入るのも非常に宜しくない。自分の精神状態もそうだが、インデックスの機嫌が斜めどころでなく傾きそうである。当の部屋の主たちは全く気にしないだろうけれど。
つらつら考えてみるに、一方通行の部屋は限られた選択肢の中では安全である。インデックスは一方通行のことを信頼していて彼女に対しては嫉妬心のようなものを向けることがない。現に今も「ごめんね、とうまが迷惑かけて」などと言って仲良さげにしている。加えて一方通行は女性であるけれど異性の友人というよりかは戦友のような感じで、気安い関係である。
頑なに拒んだところで気の短い彼女には結局押し切られるのだろうという予感もあって、少年は素直に厚意を受け入れることにした。
「……じゃあお言葉に甘えて、お部屋借ります。」
「おォ。」
何が凄いって、この家の中にいる人間の誰一人として、少年が一方通行の部屋を借りることに対して異議を唱えたり、からかいの言葉をかけたりしないところなのだけれど、つまり誰の目にも一方通行と上条当麻の関係はそういう感情の入る余地がないと思われているということだった。
「残りの面子はどうするかねェ。」
「ミサカは番外個体と一緒に自分の部屋で寝るよ。インデックスはどうする?ってミサカはミサカは訊いてみる。」
「私はお泊りのときいつもあくせられーたと一緒だからね。今日もそうするよ。」
打ち止めがいつも通り自室で寝るとすると、残りは黄泉川愛穂と芳川桔梗の部屋となる。それを一方通行とインデックスのペア、或いは結標淡希が一人で使うことになるわけだが、如何せん芳川は元研究者で色々なことに頓着しない質であるので、部屋が片付いているとはお世辞にも言えない。研究者なんてものは物をきっちり整理する時間があるなら実験のひとつもしたいくらいの生き物で、片付いていなくても物の場所くらいは覚えていられる程度のスペックは持ち合わせているのだから不都合もないわけで。
「じゃあ結標、オマエ黄泉川の部屋使え。俺とシスターは芳川の部屋で寝る。」
「ええ、でも本当にいいのかしら…?」
「気にすンな。元からしょっちゅう酒盛りしては雑魚寝してるような連中だから。部屋で寝れなくてもオマエのせいじゃねェよ。」
結標は既に肴はどうしようだの持ち寄った酒がどうのと盛り上がり始めている大人を横目でちらりと見て、確かにこれは遠慮する必要はなさそうだな、と思った。
「あくせられーた、賛美歌にも新年の歌っていうのはあるんだよ。」
電気を消した部屋の中、もう指の一本も動かせないというくらいに疲れきった表情で彼女は修道女の膝に頭を預けて横になっていた。修道女はベッドの上で上体を起こしたまま彼女の柔らかな白い髪を優しく梳いた。
「ああ、幾つか知ってる。聴いたことはねェけど。」
一方通行が表情もなく頷くと、修道女はくすりと笑って、それから勝手にその賛美歌を歌い出した。瞼が酷く重い。彼女はそれに抗わず、酷い疲労感に体を委ねた。この数年間、知らず溜めていた疲れが今になって押し寄せているようなそんな感覚があった。
うとうとと夢見心地の中、自身の体を苛んできた様々な出来事が瞼の裏に過る。それは逆再生の映画のようで、そして最後に包帯だらけの少年が笑っているのが見えて―もうずっと先に自分が傷つけてしまった時の記憶だ―それを最後に彼女は深い眠りの中に落ちていった。
「いっぱい頑張ったね、あくせられーた。」
「寝て起きたら、また頑張れるからね。」
頑張らなくてもいいと言うのは簡単だ。優しい素振りをして、辛いことや良くないことからそっと目を塞いでやるだけでいい。でも彼女はそんなことを望んでいるわけではない。彼女自身が頑張りたいと、そう思っているなら、自分は彼女が頑張れるように時折止まり木になってやるような、そんな存在であるべきなのだろう。
修道女はすっかり寝入ってしまった彼女を起こさぬように自身の膝をそっと抜き、彼女の頭に枕を宛てがった。縋り付くように握られた手はそのままで、ほんの少しカーテンを開けて外の様子を伺う。
完全下校時刻がしっかりと定められている学園都市の夜は大概酷く静かである。その時間を過ぎても寮に帰らない学生は多くいるが、そういった不良は表立って騒いだりはしないものだから、スキルアウトの多い路地裏ですら静まり返っていたりするのだ。
しかしそんな学園都市もこの日ばかりは例外らしい。耳を澄ませば、明らかに不良などではない普通の学生のはしゃいだ声がいくつも聞こえてくる。
「新しい年…。」
彼女の記憶にある限りでは、新しい年を迎えたのはこれで2回目だ。
この間の夏にとある不幸な少年によってシナリオをぶち殺されるまで、1年毎に記憶を失うことを繰り返していた。彼女はそれまで毎年毎年必ず同じ季節が来ることすら実感として知らなかった。知識として身につけてはいても。
夏まで何事もなければ、この自分は2年の歳月を過ごしたことになる。そしてその半分は、あの少年と過ごした時間となる。早くも自分の人生の半分を埋め尽くそうとしている少年の背中が時折酷く大きく感じられて、この少女にもそんな人がいればいいと思った。
・一方通行とインデックスが芳川の部屋で寝るその少し前の出来事
「何度も一方通行の部屋には入ってるけど、寝るとなると何だか緊張してしまう…。」
ほぼすべてがモノクロで統一された部屋。時折どぎつい赤とか。明らかに部屋の主のものではない可愛らしいキャラクターグッズとか。改めて順に眺めていくとどんどん心拍数が上がっていく気がした。
「何やってンだ三下。」
すると突然背中側から部屋の主の声した。
「どォせオマエのことだから遠慮してベッド使わねェとか言い出すンだろ。」
彼女はそう言うと首元のスイッチをかちりと切り替えて、何ともぞんざいな仕草で彼の体を叩いた―きっちり右手を避けて。彼女の能力に晒された少年の体は吹っ飛ぶかと思えば丁度いい力加減でベッドの上にぽすりと落ちる。
「あのー?一方通行さん、何をしてらっしゃるんで?」
「こォすれば嫌でもベッドを使うだろ。こっちは気にしてねェンだから勝手に遠慮してンじゃねェよ。」
彼女は言いながらベッドの上に乗り上げて仰向けになった少年に跨り、どこから取り出したのか分からないロープやら鎖やらで少年をがっちりとベッドに縛り付けた。
「よし、シスター。俺らも芳川の部屋行くぞ。」
「あいあいさー!」
そして満足気な意地の悪い、それでいてぞっとするほどに綺麗な笑顔を浮かべたかと思うと、嵐のようにさっさと立ち去ってしまったのだった。
部屋の主が消えた真っ暗な密室で、少年はベッドにきっちりと縫い止められたまままんじりともできなかった。事実彼女が言ったように女の子のベッドの上で寝るつもりはなくて、机と椅子でも借りて授業中の居眠りスタイルで一晩を明かそうとしていた少年は困惑しまくりである。
(うわああああどうしようどうしようどうしよう)
(何かこのベッドいい香りするよー????これもしかしなくても一方通行様のた、たいsy…)
(うわあああこれ以上無理無理無理無理無理)
(てかこんなとこ削板さんに見られたらヤバイヤバイヤバイ)
(…)
(……)
(………)
(父さん母さん、先立つ不幸をお許し下さい………)
・その頃の大人たちは
芳川「今年最初のお酒は何かしら。」
黄泉川「じゃじゃーん。」
小萌「黄泉川先生の語尾を考えるとじゃじゃーんじゃんが適切ではないですかねー。」
芳川「って言うか何その大きな瓶…一升瓶より大きいわよ…?」
小萌「二升半の瓶ですねー。益々繁盛(升升:ますます(益々)で二升、半升:はんしょう(繁盛)で合計二升半)ってことでお店とかに卸したりする特別なやつですよー。」
黄泉川「>>1がこの間西武池袋本店のデパ地下で大七の箕輪門、二升半ボトルを見かけたのがきっかけじゃん。自分じゃとても買えないもんだからSSでネタにしてみたいって言うことらしいじゃんよ。」
小萌「箕輪門といえば一升瓶で8000円オーバーの高級品ですからねー。二升半となると二万は下らないでしょうねー。」
黄泉川「棚の一番上の段の奥の方にあって、値札がついてなかったじゃんよ…。」
芳川「値段を訊くのも恐ろしいわね…。」
黄泉川「その日は結局獺祭の二割三分と、オーストラリアの貴腐ワインを買って無聊を慰めたらしいじゃんよ。」
芳川「オーストラリア?貴腐ワインなのにオーストリアでなくて??」
黄泉川「そうじゃんよ。>>1もオーストリアだと思って持ち帰って、家で開ける段になってオーストラリアだって気付いたじゃん。めちゃくちゃ旨かったので無問題じゃん?」
小萌「二割三分って考えた人はいい意味で頭おかしいですよねー。どうしたらそこまで磨こうなんて考えつくんでしょうか。10キロのお米が2.3キロになるんですよー?」
芳川「あれで美味しくなかったら本当に詐欺よね…。」
黄泉川「美味しいからいいじゃんよ。」
小萌「さて…私は毎年恒例サントリーローヤル、干支ボトルを持ってきたんですよー。」
芳川「原作の時間軸がどうなってるか分からないから、具体的にどの干支かは描写する勇気ないのよ、この>>1は。」
黄泉川「兎年のは可愛かったじゃんよー。別にローヤル好きではないけど思わず買っちゃうじゃんよー。」
芳川「そして私はアルザスのゲヴュルツトラミネール。」
小萌「>>1ちゃんの趣味全面に押し出してますねー。」
黄泉川「ゲヴュルツトラミネールって名前がもうアレじゃんよ。とても葡萄の品種とは思えないじゃんよ。」
芳川「完璧にクーゲルシュライバーとかのお友達よね。ドイツ語って怖いわ。」
黄泉川「ワイングラス、リーデルの脚なしでいいじゃんよー?倒して零れたり割れたりするの嫌だし。」
そうして大人たちの下らない夜は更けていくのであった。
「あれ?お雑煮の準備はあくせられーたなの?」
インデックスが目を擦りながらキッチンに足を踏み入れると、そこに立っていたのは予想外の人物であった。
「大人共は二日酔い初めだとよ。」
「初め、って言うと何でもめでたい感じがしますなぁ、と上条さんは拘束された跡の残る右手を擦ります。」
その脇で食器を並べたり細々とした手伝いをしていたのは上条。彼の腕には言葉の通り、いかにも長時間拘束されていましたと言わんばかりの赤い跡が残っていて、それでも大怪我をしてばかりの彼の場合、何てことのないものに見えてしまうのだった。
「三人でこれだけ飲めばそりゃ仕方ないわよ…。」
こちらは空いた酒瓶を回収して回る結標。一番大きな瓶は彼女の胴体と然程大きさが変わらないようにすら見えるのだけれど、目の錯覚か何かだろうかと思って、インデックスは再び目を擦った。
「って言ってる傍から迎え酒を飲もうとしてるこもえを発見したかも。」
「因みに>>1の出身地の関係でお雑煮は角餅焼いてお澄ましスタイル、ってミサカはミサカは要らん説明をしてみたり。」
「味噌とか丸餅とか意味分からン。」
「それは全国結構な地域を敵に回す発言ですよ、一方通行さん…。」
ダイニングの机の上には既に立派なお重が蓋をしたまま置いてあった。因みにこの人数でダイニングテーブルを囲むのは難しいので、昨日の年越し蕎麦も今日のお節もダイニング組(大人たち)とリビング組(子供たち)に分かれていて、当然既にリビングの机に置かれているお重の方がこちらのダイニングのものより大きい。
開けっ放しになったリビングとダイニングを繋ぐ扉から、目敏くその大きい方のお重を発見したインデックスは一目散にそちらに飛びついた。
「これがお節?開けてもいいかな??」
「まだ食べちゃダメですよー、インデックスさん。」
「それくらいは分かってるかも。」
「ううー、取り敢えず新年の挨拶と、お年玉あげてから食べ始めるじゃんよー。」
二日酔いに苛まれているらしい黄泉川は、それでも正月らしく幾らか身なりを整えた状態でキッチンに姿を現して、可愛らしいキャラ物のぽち袋をひらひらと見せびらかした。
「お年玉?って何かな??名前も見た目も食べ物ではなさそうだけど。」
「クレヨンしんちゃんでは書いて字の如くボールを落としてお茶を濁してたよ、ってミサカはミサカは幾ら何でも無理があると思ってたり。」
「クリスマスに続いて大人たちの財布を悩ます恐ろしい習慣ですよねー。」
「何であなたたちは負の側面ばかり語るのかしら…。」
日本の風習など知るはずもなく首を傾げるインデックスに対し、打ち止めと月詠小萌が愛らしい容姿で毒のある言葉を吐くものだから、結標はげんなりした。第一全くお年玉の説明になってない。
「うぇ!!?俺とインデックスも貰っていいんですか??」
「いっつもあの子たちがお世話になってるからその御礼よ。」
「うわわ、ありがとうございます!!」
そんなことはさて置いて既にお年玉の授与をおっ始めたのは芳川と上条。畏まって小さなぽち袋を受け取る少年の姿はあまりにも大袈裟でコントのようである。
「黄泉川先生と芳川さんと私で合同出資ですからねー、そこんところ注意して下さいよー。」
「教師って自分の生徒に金やっていいのかァ?」
「あまり宜しくないとは思いますが、だからと言って上条ちゃんにだけ渡さないとかいうわけにも行きませんしねー。」
雑煮が完成したらしく、漆塗りの椀に琥珀色をした汁を注ぎ分けながら一方通行は言う。お代わりしたい奴は勝手にしろ、と一言添える。はっきり言ってこの人数分餅を焼くのも結構な手間であった。
「はい、じゃあ皆の衆各々位置についたじゃんよー?」
いかにも体育教師らしい小気味のいい調子で黄泉川愛穂は周囲を見渡す。はーいと返事をする者しない者、様々だったが、取り敢えずだらしのない有様の人間はいないと判断したらしい彼女は簡潔に新年の挨拶を述べた。元よりだらだらと話すのは好きでない。
「では、今年も宜しくお願いしますじゃんよ。」
彼女の挨拶に続いて、それぞれが思い思いに返事をしたかと思うと、次の瞬間にはシスターによる無慈悲な掠奪が早くも勃発していて、新年の厳かな雰囲気など瞬時に消えてしまったのだった。
「黒豆、数の子、伊達巻、栗きんとん、昆布巻き、よくもまぁ出来合いのものでなしに用意したわね…。学園都市内だと出来合いのものすら食べないって人間も多いのに…。」
「せっかく綺麗に盛りつけたのにあっという間にインデックスの胃袋に入っちゃう!ってミサカはミサカは大慌て!!」
「お重に入りきらなかった分は別に取っといてあるじゃんよー。大人組はこのお重食べ切らないだろうしね。」
色気より食い気のシスターと超電磁砲クローンで0歳児の二人は珍しいご馳走に興奮して早食い大会のようになっていた。番外個体がこんなに食欲を見せるのは珍しいことなのだが、どうもMNW内でお節に対する憧れとかそういうものが渦巻いているらしい。「この数の子というものすごく気持ち悪いですとミサカは…」などと他の妹達みたいな口調で話し始めたかと思えば、「ミサカ太っちゃうじゃん!アンタたち感覚共有だけして文字通り美味しいとこ浚っていきやがって!!」などと突然憤りだしたりと忙しそうである。
「あれは突っ込んでいいのかしら?」
「面白いからほっとけばいいンじゃねェの。」
「一方通行さん超クールですね……。」
こちら高校生三人組は落ち着いたものである。結標はダイエットの関係で普段からあまり量を食べないし、一方通行も食道楽ではあるが食べる量は人並である。上条に至ってはこんな風景に慣れきっていた。
「栗きンとン食べとけよ。餡まで栗だから。」
「え、サツマイモじゃないの??上条さんちょっとテンション上がっちゃう。」
「あら、本当?私、お芋のしか食べたことないわ。」
こんな調子だったものだから、打ち止めや番外個体を通じて様子を見ていた妹達は、「主婦かよオマエら」という感想を零したとか何とか。
片やこちらは大人組。お節を啄くのもそこそこに、こんな時のためにと取っておいたちょっと豪勢な肴を並べ始め、既に酒瓶を開けようと身構えていた。
「ぶっちゃけ私らはお雑煮もお節もあまり興味ないじゃんねー。」
「年明けて12時間も経ってないのに今年二度目の酒盛りなのですよー。」
「というわけでまずは神亀を開けようかしら。これ若干発泡していて好きなのよね。」
こういった感じで、年が明けても相変わらずな人たちばかりなのであった。
「お、明けましておめでとうなんだぞー。」
上条とインデックスがお年玉どころかどっさりとお土産を貰って学生寮の部屋に戻ってくると、隣の部屋からインデックスと歳の変わらぬ少女が出てくるところであった。その時点では既にお掃除ロボに乗っているところを見ると、あれに乗ったまま玄関内まで入っているということだろうか。
「あ、まいかなんだよ。あけおめ!」
「お、あけおめなんて言葉覚えたのかー、ハイカラだなー。ことよろもついでに覚えるといいことあるぞー?」
年末年始は隣人、つまりは彼女の義兄と共に過ごしたのだろう。インデックス相手に「昨晩は静かだったけれど、他所様に遊びに行ってたんだなー、納得。」などと言っているところから、彼女が一晩隣の部屋で過ごしていたことが知れる。
そして優秀なメイドを育成する繚乱家政女学校に通っており、メイドに休みはない、をモットーに四六時中クラシカルで機能的なメイド服に身を包んでいるはずの彼女は、なぜか今日はその限りでなかった。
「そういえばまいか、珍しい格好だねー?」
「あー、これか?これから御坂の部屋に行く約束をしててなー。まさか客として呼ばれているのにメイド服もあるまいてー。」
なるほど、私服というには幾らかかっちりして見える服装は、お呼ばれしたときのおめかしと言われるとすんなり納得ができた。その手に持っている有名和菓子店の紙袋は手土産だろうか、勝手に面倒事に巻き込んでは「ごめんにゃー」の一言で済ませるどこぞの兄貴に見習わせたい気遣いである。
「御坂にお呼ばれってあの寮に行くのか?白井も一緒だから賑やかだろうなー。」
「白井は帰省中らしいぞー?珍しく置いてけぼり食らった御坂が寂しくなって私にお声が掛かったというわけなんだなー。」
「はは、白井が嫉妬しそうだな。」
上条は軽く笑いながら言った。ちょっとどころでなく学園都市第三位に入れ込んでいるあのルームメイトは、「私の留守の間に私とお姉様の愛の巣に他人が足を踏み入れるだなんて…!!」などと言って嫉妬に狂いそうである。
「それがなー、白井の方からも「お姉様を宜しくお願いします」なんて言われててなー。大雪でも降るのかいなー??」
「ふうん、珍しいこともあるもんだなぁ。」
舞夏なら嫉妬の対象にならないということなのだろうか。上条が知るかぎりでは白井の嫉妬の対象は男に限らなくって、同年代の同性と御坂が親しげにしている様子を見ても苛々するような溺愛っぷりであった気がする。自分以外の人間を自室に招き入れるなどと聞いたら間違いなく彼女の堪忍袋の緒が切れそうな気がするのだが。
「おっと、時間に遅れてしまうな。兄貴共々今年も宜しくなー。」
「お、おう。」
結局、上条がもやもやと違和感を抱えている間に彼女はさっさと掃除ロボに乗ったまま立ち去ってしまったのだった。
今日はここまでです。次回からはちょっとどころでなく不穏。結構色んな人を主に精神的にいじめる予定です。
新約7巻読んで以来、つっちーイケメンすぎて自分の中の土百合熱がやばいです。そしてソギーもイケメンなので当然削百合熱もやばいわけでして、それどころか上条さんと一方さんが信頼し合った戦友みたいな空気を醸し出していて上百合熱も(ry
てな感じで要するに百合にゃん総受けでいいんじゃね?ってことなんですけど。どこ行ったら「俺の学園都市第一位がこんなに可愛いわけがある」的な本売ってるんですかね?
乙です!あけおめ!
雑煮とそうめんの流儀は地域差とご家庭差のバリエーションがありすぎて
もう「雑煮を食べた」で済まそう、そうしよう、と某作家さんが言ってましたw
乙
百合にゃんのつくった餡まで栗の栗きんとん食べたい
乙ー
>>1の書く百合子総受けも読んでみたいなー
削百合や土百合はもっと増えていい
このスレ読んでつくづくそう思う
ども>>1です。このスレと全く関係のない話なのですが、プライベートで凄く嬉しいことがあったので小ネタにして投下してもいい?
>>666
そうめんに食べ方バリエーションあるんですか…何それこわい
>>667
百合にゃんが手ずから仕込んだ栗きんとんをぺろぺろするということは、間接的に百合にゃんの手をぺろぺろするようなものでして…つまりソギーにぬっ殺されかねない鬼の所業なわけですが、それでも宜しいですか?>>1は断然ぺろぺろしたいです。
>>668
このスレある意味では総受けみたいなもんだと思うんですよね。嫌い合っているとか、そういう感情を極力排除するよう意識しているので、基本的にどのキャラ同士の組み合わせでもそこにプラスの感情があるようにしています。必然的に全キャラと絡む百合にゃんは全キャラから愛され状態になるわけでして…恋愛的な意味合いというよりかは、友情とか家族愛とかそういうものですが。愛され女子百合にゃんであることは間違いないかと。
例外として百合にゃん-美琴、麦のん-美琴は若干ぎすぎすしていますが、前者は今後軟化していく予定です。後者はどうしよう…。
そうめんってそんなに恐ろしいものだったのね…因みに「およそ個人で行う規模ではない流しそうめん派」は存在しないのでしょうか?(元ネタ分からない人ごめんよ…)
取り敢えず遠慮無く趣味の小ネタ投下するね。もう優勝の喜びがあまりにもすごすぎてまともな判断できてないからサッカー分からない人はスルーしてくれよ。
※黄泉川を>>1の代理人にしております。キャラ崩壊ばっちこーい
一方「黄泉川オマエ今日抱き枕役だろォが…何ベッド抜け出してくれてンだ…。」ムギュー←眠気のあまりツンが消失
黄泉川「あ、やっぱり起きちゃったじゃん??でもどうしてもこの試合見たかったじゃんよー。」ムギュー←現在時刻早朝3時半
一方「…あァん?サッカーか??」
黄泉川「そうじゃんよー、今日はチャンピオンズリーグ決勝じゃんよ。」
一方「何つゥか体育教師らしい趣味だよな。」
黄泉川「実際のところ>>1自体は運動神経ブチ切れてる系のインドア体質なんだけど、小学校入学前からサッカー見続けてる筋金入りのサッカーオタクじゃんよ。」
一方「オマエ黄色いのと赤いのどっち応援してるわけ?」
黄泉川「赤い方じゃんよ。赤い方を応援して10年になるじゃんよ。」
一方「しっかし自分と何の縁もゆかりもない外国のサッカーチームを応援する意味が分かンねェ。」
黄泉川「その理由を話し出すと長くなるじゃんよ…。」
一方「その話は要らン。絶対需要ねェ。」
一方「で、どっちが勝ちそうなわけ?」
黄泉川「下馬評だと赤い方有利って言われてるけど…蓋開けてみないと分からないじゃんね。」
一方「何が何でもこっちが勝つとか言わないンだな。」
黄泉川「そう言いたいのは山々だけど去年も3年前も決勝で負けてるじゃんよ…。うう…1年経った今でもドログバにコーナーキックからのヘッドを決められた瞬間の悪夢がありありと蘇ってくるじゃん…。」
一方「チーム名具体的に書かないのに選手名は書くのな。」
黄泉川「コートジボワール代表とか現ガラタサライ所属とかでぼかそうと思ったけど、訳分からなくなりそうじゃんよ。」
一方「ガラタサライより上海申花への移籍の方がインパクトあったからそっちのイメージだわ。」
黄泉川「とにかく今年ここで黄色いのに負けたら精神的にもう立ち直れないレベルじゃんよ…私もだけど、何より選手が…。」
一方「オランダのハゲとか、ドイツ代表の副キャプテンとか去年の決勝散々だったからな…。今年もあんな出来で負けたら間違いなく精神病むわ。」
黄泉川「もう「黄泉川が>>1の代弁者、一方通行が聞き役」という役振りが面倒くさくなってきたので、一方通行も>>1の気持ちを代弁し始めたじゃんよ。」
黄泉川「因みにこの場合のハゲは褒め言葉じゃんよ。決して馬鹿にしてるわけではないじゃんよ。」
一方「ところでオマエが着てるユニフォームの選手、見当たらねェンだけど。」
黄泉川「…少し前に怪我して今日はスタジアム観戦じゃんよ…」orz
※この調子で試合全解説させると長くなって仕方ないので試合終了後に飛ぶ。
黄泉川「感想をどうぞじゃん。」
一方「ノイアーにカーンの生霊が憑いてると思ったらヴァイデンフェラーにもカーンの生霊が憑いていた。意味が分からねェと思うが、マジで。」
黄泉川「ヴァイデンフェラーレベルのGKが代表じゃないってのがドイツの恐ろしいところじゃんよ…敵ながら惚れそうなレベルのナイスセーブ連発じゃんよ…。」
黄泉川「まあ長期的に見るとポカも多いGKだし、性格に癖があるから代表向きでないといえばそれまでじゃんよ。」
一方「取り敢えずロマン・ヴァイデンフェラーって名前がかっこいいわ。ファーストネームがロマンて何なンだ、ロマンて。」
黄泉川「しっかし先制点挙げたと思ったら直ぐにPK取られたときにはマジで去年の悪夢が蘇ったじゃんよ…。」
一方「こっちが先制点決めたと思った直後にファール取られて失点、って流れがそっくりすぎだろォがよ…。思わず>>1がさめざめと泣いてしまったのも仕方ねェと主張したい。」
黄泉川「その分89分のハゲの2点目は死ぬほど嬉しかったじゃんよ。」
一方「実際問題死なないまでも興奮しすぎて喘息の発作起こしたからな。ハゲの2点目と、終了の笛が鳴った瞬間と2回も。」
黄泉川「我ながらサッカーに人生かけすぎててキモイと思いましたじゃんよ。」
一方「そして流れるように祝勝のワインを開ける>>1…」
黄泉川「時刻にして午前5時半だったじゃんよ。因みに試合中もチャンピオンズリーグスポンサーのハイネケン、バイエルンスポンサーのパウラーナー等々飲んでたので、試合終了時点で飲酒量は1リットルを超えてたじゃんよ。」
一方「もう酒飲みながらサッカー見るのが好きなのか、サッカー見ながら酒飲むのが好きなのか分からないレベル。」
一方「ここで酒について語りだすとまた長いから、総括をどォぞ。」
黄泉川「ティモシュクは俺の嫁。」
一方「クロースじゃなかったのかよ…。」
……というわけでオチが全くない小ネタでした。暫くコテハンこんな感じで遊ぶからスルーして下さい。サッカー分かる人はバイエルンを褒めてくれると>>1が喜びます。
これだけでは何なので、年末年始編のどこかで入れようと思いつつ忘れてた小ネタも投下するお。
上条「そう言えば一方通行、クリスマスのデートは楽しかった?」
一方「ン?何でオマエ知ってンの?」
上条「削板さんから相談されたんだよ。お前とデートするんだけどどうしたらいい?って。」
一方「そりゃあ手間かけさせたな。アイツ面倒臭かったろ。」
上条「……何だかすっごい男前発言。何だろうこの「彼女が面倒かけて悪かったな」みたいなこの余裕。一方通行さんが妹達にもてもてなの分かる気がする。」
一方「オマエがそれを言うか…。」
上条「で、結局楽しかったのか?」
一方「ンー?楽しかったンじゃねェの。アイツのバカ面沢山見れたし。」
上条「後半余計な部分は置いといて、デレ頂きましたー。」
上条「え、何々?あの大雪で家に帰れなくなって結局削板さんの家で一晩過ごしたの?って上条さんは打ち止めに訊き返してみる。」
一方「そこ細かい芸要らねェ。」
上条「クリスマスにお泊りとか何それエロい。」
一方「残念ながらそンな要素は全然ない。」
上条「………。」
上条「あのさぁ、ずっと気になってたんだけど訊いていい?」
上条「女の子にこんなこと訊くと怒られそうなんだけど…、一方通行って下ネタ発言に抵抗ないじゃん?実際にそういう行動することにも抵抗ないのか?」
一方「だってしょうがなくね?」
上条「へ?」
一方「三大欲求だろ。腹減るのと同じレベルの現象じゃねェか、恥ずかしがったり難しく考えたりするもンじゃねェだろ。」
上条「何だかすごく夢がない…。理系女子怖い…。」
打ち止め「理系とかそういうレベルの問題じゃない気がする、ってミサカはミサカは一応ツッコミ。」
上条「じゃあさー、そういう気分になったら一人で処理、しちゃったり…。」
一方「オマエが照れてどォする。」
上条「いや、これ女の子相手に素で言えたらそれはそれでマズイだろ!どんだけそういうのに手馴れてるんんだよ!?俺高校生だし!!」
一方「土御門とかフツーの顔して言いそう。」
上条「あれはフツーの男子高校生じゃないから仕方がない。」
上条「え、で、一方通行さんは結局、一人で…。」
一方「しねェな。」
上条「へ?」
一方「何まじでショック受けてンの。キモい。」
一方「この体がまともな生殖機能ついてると思ってンのか。漸く最近月経らしいものが始まったってのに、性欲湧くわけねェだろ。」
上条「色々ぶっちゃけ過ぎです。そして生理でなく月経という表現が益々理系女子。」
上条「じゃあ将来的に性欲湧くことあったら一人で処理するわけ?」
一方「するンじゃねェの?食いたいもン食って、寝たいとき寝て、したいことするのが一番だろ。」
上条「一方通行さんの倫理観とか貞操感とかがすごく不安…。」
打ち止め「これはもう旦那様の頑張りに期待するしかないどすなー、ってミサカはミサカはさじを投げてみたり。」
削板「……!?何か俺呼ばれた気がする!!」クシュン
というわけで色々悪ふざけをしてみました。反省はしている、後悔もしている。
百合にゃんはR-18な展開は旦那様だけ!なんて可愛らしい神経は持ち合わせておりませんが、何だかんだ言って面倒くさいので旦那様以外とは関係を持たないです。という妄想。しかしこのスレは多分R-18書かないので関係がないのだな。
ではまた今度。
乙
眠気でツンがなくなった百合にゃんかわいい
それにしても女の子にそんなこと訊くなんて上条さん・・・
乙ー
普段黄泉川を抱き枕にしているらしき百合にゃんはかわいい
サッカー選手はオリバーカーンしか知らないごめん
でもはしゃいでる>>1が微笑ましい
上条さんはさすがやな
ちょっと「ロードローラーだ!」されてほしいくらい
こんばんは、今日も超電磁砲全裸待機の間に投下しますよー
>>678, >>680
このSSでの上条さんと百合にゃんの関係に『男女』の要素は0です。だから上条さんはこんな質問できるし、百合にゃんも普通に回答します。まぁそれでも上条さんもげろとは思うけど。
>>679
むしろサッカーの話題など興味ない人が多いだろう板にこんなネタを投下して誠に申し訳ございませんorz
「そういうことならご協力も吝かではないのですが、本当に自分で宜しいのですか?あの人に相談した方がいいのでは?」
少年はとある病院に彼の妹分―魔術の世界での、だが―の見舞いに来ていて、そこから帰ろうとしたときに常盤台の制服を着た少女に声を掛けられたのだった。そのときは一瞬、彼女のことを自身が慕う学園都市の第三位と誤認したのだけれど、よくよく見るまでもなく大きなゴーグルを額に乗せているのが目に入って、その人物が学園都市第三位自身ではなく彼女のクローンであることに気付いた。
「あの人の手を煩わせたり、心配をかけたりするようなことはしたくないのです、とミサカはあの人に秘密にする理由を語ります。」
「お気持ちは分かりますが…。」
彼はそこで一度言葉を区切った。彼女らに最近芽生えたらしい自立心は人間として至極当然の情緒の発達の一種である。14歳にして既に自立した人間らしい振る舞いを見せる彼女らの遺伝子提供者を彷彿とさせるところもあり、その遺伝子提供者を陰ながら慕っている少年としては微笑ましく感じる部分もあった。
だが、生まれて1年にも満たない少女たちの成長を目の当たりにして嬉しく思っていられる状況でもなかった。彼女らが持ちかけた内緒話は間違っても可愛らしいものではなかったからである。
「しかし、果たしてあの人から隠し通せますかね…。我々があの人に対して隠しごとをしているなどと知られたら、雷を落とされるどころでは済みませんよ。」
「それはミサカたちも危惧しています、とミサカはあの人にお仕置きされた過去の記憶を思い返して打ち震えます…。」
「自分が協力したと知れれば、あの人の怒りの大半はあなた方には向かないとは思うのですが…確証はありませんね。」
あの潔癖症めいた第一位ならば隠しごとされたことよりも、自分のような人間とクローンたちが接触したことについて何よりも憤慨するだろう。明るい世界の住人達をこちら側に巻き込むことに、彼女は未だに抵抗を覚えているのだ―彼女の存在こそが、クローンたちや体育教師にそういった世界に踏み込むことを決意させているというのに。
嘗て自分と彼女が同僚であった頃、妹達は彼女が学園都市の闇に身を浸していることを知りながらそれでも必要以上には踏み込もうとしなかった。あの第一位がその状態を望んでいたし、まだ守られる者としての意識が強かった彼女らはそれに従っていたのだろう。だから自分やアロハシャツの陰陽師、或いは大能力者の案内人が彼女の嘗ての同僚だと知っていても、これまでクローンたちの方からこちらに接触してくることはなかったのだ。
その暗黙のルールが破られたことを知ったなら、あの夢見がちな第一位は間違いなく激怒するだろう―自分が不甲斐ないばかりに、大切な大切なクローンの少女たちをこちら側に引き込んでしまった事実に。元は暗部に所属していて今でも魔術などという得体の知れぬものに縛られているような男に、自分から協力を求めるようなことをさせてしまったことに。
結局のところ、彼女は自分自身に怒るのだ。純粋に力のある人間に助けを求めただけであるからクローンに非はなく、その話を聞いただけの自分にも非はない。彼女が責めるとすれば、クローンたちにそんなことをさせるほどに追い詰めた自分自身である。あの可哀想なほどに聡く、かつ自己評価の低い少女はそう考えることだろう。
しかしながらその事実を真正面から受け止めることは彼女には難しい。元から彼女の精神は崩壊一歩手前で危ういバランスをとっているようなもので、何かのきっかけがあればあっという間もなく傾いてしまいかねないような状況なのだ。彼女は彼女自身が逃避しているだとか、そんなことに気付くよりももっと手前で自己防衛本能を働かす。そしてきっと本来であれば責められる謂れのない、単にクローンの少女たちの相談事に乗っただけの自分を攻撃するのだろう。
彼はそれを理不尽だとは思うけれど、だけれど同時に自然なことだとも思う。15、6歳の少女としてはむしろ当たり前すぎる反応だ。彼女のように当たり前であることを許されなかった人間が、そういった極普通の精神的な機能を持っていることはむしろ喜ばしいことでもあるだろう。自分は疾うの昔にそういうものを失ってしまったから羨ましいくらいでもある。
(第一何より、あの人には借りがありますし………)
暗部が解散し、元いた組織からも見放された自分や妹分は学園都市どころか世界中のどこにも居場所がないくらいの立場であるはずなのだけれど、何故か未だに誰に咎められることなくこの街に住み続けている。それどころか組織に利用されて日常生活も儘ならないような体になってしまった妹分は、世界中のどこにも真似のできない高度な医療技術の恩恵を享受することすらできている。
冥土返しなどと呼ばれる名医や嘗ての同僚である猫野郎などの証言から推測する限り、彼女、つまりは学園都市第一位がどうにか手を回したとしか思えないのだ。あの傲慢な第一位は恩返しなど端から期待していないだろうが、さりとてこちらも施しを受けてばかりいるのは落ち着かない。
彼女の大切にするクローンのために行動したとなれば、借りを返すどころか貸しを作れるくらいの可能性もある。彼女に知れてしまえば大変な不興を買うのは間違いがないが、多少リスキーであってもクローンの少女たちの提案する賭けに乗るだけの価値はあるだろう。
「何より御坂さんの妹さんに頼まれて嫌とは言えませんしね。自分にできる限りのことはいたしましょう。」
「………もし本当に学園都市第一位を出し抜いて最後まで気取られることなく解決できたら気持ちがいいでしょうしね。」
彼は独りごちた。そもそも人目を忍び、他人の目をごまかして何かしらの目的のために行動する、というのは魔術師に共通した特徴であったりもする。彼女に悟られぬようクローンの少女たちに降って湧いたトラブルを解決する、ということは彼の生業に近いとも言えるのだ。
長年こんな生活をしていると危ない橋を渡るのも一つの趣味のようなものとなりつつあるのだが、ここ暫くは実戦から遠ざかっていてそのスリルを味わうこともなくなっている。そんな彼にとって、あの学園都市第一位を出し抜いて何事かを為す、というのは一種の難易度の高いゲームのようにも感じられた。
彼はその日、借り物の顔には似合わぬ底意地の悪そうな笑みを浮かべて、とある病院を後にしたのであった。
?
<というわけで海原光貴に協力を要請してみたのですが、とミサカ10032号は報告します>
「ミサカあのお兄さん苦手なんだけど」
<番外個体の都合など知りません、とミサカ19090号は冷たく言い放ちます>
「まぁそれはそうなんだけどねー、今更好き嫌いを言っている状況でもないし?」
大能力者の末っ子も増え、超能力者第一位の演算パターンを数ヶ月に渡って学習し、妹達は集団として見ればかなりの戦力を得たと自負していたのだけれど、しかしそれでもことは思うように進まない。自らで定めたタイムリミットは既に残すところ2日となっていた。
<犯人の目星はついているのです、とミサカ13577号は強がります>
「目星っていうか、確信だし?」
番外個体はおちゃらけた調子で呟いた。そしてふと、保護者に似た酷く険しい顔に切り替わる。
「ただ、その犯人を裏で引っ張ってる連中が掴めない。」
表立って動いている人間は疾うに見つけている。そのことについてもあの胡散臭い変装男には伝えてある。肝心の問題はそこでなくて、その犯人を差し向けた―或いは唆した―存在である。状況を何度見返しても、犯人の知り得ない情報を提供し、そして犯人から何かを得ようとしている黒幕がいるとしか思えないのだ。
<一週間も様子を見ればどこかで黒幕と接触すると予想していたのですが、とミサカ19090号は歯噛みします>
さて、ここらで現在の状況を振り返ってみよう。
彼女ら、妹達が何者かに尾行されていることに気付いたのは、クリスマスも終わった去年の年の瀬であった。いつものように一方通行を尾行していた10039号を17600号が更に尾行する、という傍から見ると酷くシュールな遊びをしていたのがきっかけである。つまり17600号が10039号を尾行する自分以外の人物の存在に気が付いたのだった。
その人物の正体は呆気ないほどに直ぐ知れた。しかしながらなぜその人物が自分たちを尾行しているか、その理由が分からない。第一、どこで自分たちの存在が知られたのかも皆目見当がつかなかった。
そして数名の妹達が「果たして上位個体にこの事実を知らせるべきかどうか」について、とある病室で意見を戦わせていたところ、悪党特有の野性的な勘でも働かせたのだろうか、番外個体が「何か面白そうな話がありそな予感~♪」と突っ込んできたため、学園都市に残る両手で足りるほどの数の妹達と番外個体との同盟関係は成立した。
「ん~、何て言うかさぁ、黒幕がいそうな気がするんだよね。」
17600号から話を聞いた番外個体がまず最初に呟いたのはそんな言葉だった。
「何で、って訊かれると困るんだけど。犯人の立場を考えると、もっとすっきりさっぱり突っ込んできそうじゃん?」
「そうしないように吹き込んでる連中がいるような気がする。ほとんどミサカの勘なんだけどさ。」
末っ子は最近お気に入りらしいチュッパチャップスを舐りながらこともなげに言った。確かに犯人の性格や立場を考えるともっと別なやり方を選びそうな人物ではある。
「裏で糸を引いている黒幕がいるのか、それとももっとシンプルな協力関係を持つ仲間がいるのか分からないけど―少なくとも単独犯ではないと思うよ。」
「となると、今直ぐミサカたちが反撃するのはマズいでしょうか?とミサカ17600号は不安を口にします。」
「そうだね、少なくとも共犯の一人くらいは炙り出してからじゃないかな。トカゲの尻尾を切られたら後が面倒だ。」
共犯がいるのなら、そいつの正体も知らない内に実行犯のみを始末するというのはあまり賢い選択ではない。根から立たない限り似たようなことが何度も起きかねないのだから、相手の全貌が知れるまでは待っていられなかったとしても、具体的な反撃に出るのは何かしら掴んでから、というのが理想である。
「どうしましょう、やはり上位個体や一方通行に相談した方がいいのでしょうか、とミサカ19090号は弱音を吐きます…。」
一人が力なく呟いた。これまで散々にあの人の手を煩わせてきたというのに、沢山の怪我をさせて、悪事もさせて、それがこれからもずっと続くというのだろうか。こちらが提供している代理演算では、それに吊り合わないのではないだろうか―そもそも自分たちなどいなければ、彼女はあんな体にはならなかった筈なのだ。
「うーん、お姉ちゃんたちはどうしたいのさ?上位個体に相談したら、それは漏れなく第一位にも知られることになると思うけど。」
番外個体の言う通りだろう、と他の妹達も思った。打ち止めは賢い子供ではあるが、隠しごとは上手くない。一方通行と共に過ごす時間が長いことを考えると、彼女に伝えることはイコール一方通行に伝えることであった。
しかし一方で、打ち止めに伝えないということは、MNWなどの彼女らが有する利点を利用できないことに繋がる。つまり大能力者が1人いて残りはそれ以下という10人程度のグループで、妹達を狙っているらしい相手とやり合うということになる。彼女たちは世界中に1万人近くも存在するのだ、それをつけ狙っているらしい犯人がどれほどの大きさの存在であるのか―それこそ国家レベルの話にもなりかねない。
「期限を決めましょう。」
力強く言ったのは生存する中では最も古株の個体であった。
「1月7日、そこまでにこの問題を解決することができなかったなら、上位個体と一方通行に協力を仰ぎましょう、とミサカ10032号は提案します。」
「いいねー。そういうの、ミサカ大好き。」
番外個体は彼女らと同じ顔で、彼女らには決してできない酷く皮肉っぽい笑みを浮かべた。同じ遺伝子を持っていて、同様に酷く深刻な話を聞いていたはずなのに、この悪戯でも考えるような気軽さは何なのだろう。妹達は自分たちと同じ存在ながらまるで違う振る舞いを見せる彼女を訝しんだ。
「じゃあこれから、ミサカたちは共犯だ。」
だけれど彼女がふっと表情を消してそう呟いたので、結局根っこは同じなのだな、と誰かが思った。
?
そうして彼女たちが協力関係を結んでから暫く日が経ち、とうとう1月5日になってしまった。
「ネズミ捕りに相変わらず反応はないか。」
彼女らが犯人の目的を探っているうちに、犯人は妹達を尾行するだけでなくて彼女らに関わった研究施設へ忍び込んでいることも分かった。そこで彼女らは量産型能力者計画や絶対能力進化実験などに関連した施設に様々なトラップを仕掛けることにした。トラップといっても侵入者を害するようなものではない、単に侵入者がいたなら彼女らには直ぐそれが分かるようになっている、という程度のものである。
しかし彼女らに関連した施設の数というのは半端でない。その数多くの施設を24時間監視し続けることを考えると、トラップのクオリティは必然的に下げざるをえない。つまりは彼女らの仕掛けたネズミ捕りは、潜り抜けようと思えば比較的簡単にそれができるのだ。そもそもトラップの存在に気付いてることが前提として挙げられるが。
以上の点を踏まえるならネズミ捕りにネズミが捉えられていなくても、ネズミは餌場に近付いていないわけではなく、罠を潜り抜けてこちらの気付かないうちに侵入していると考えるのが自然である。
<ミサカたちを狙っているらしいのに上位個体には手を出さないのも妙です、とミサカ10039号は疑問を投げかけます>
妹達を利用しようとしているのなら、まず狙うべくは上位個体権限を持つ打ち止めだ。この学園都市に残っている個体はおろか、世界中に散らばっている10000人近い発電系能力者を好きにできるというのに―しかもその本人は他の妹達に比べて幼い外見で一般人でも拘束しようと思えばできないことはないだろうというほどの戦闘能力しかない―彼女の周囲に犯人が姿を現さないというのは却って妙である。
「狙いはミサカたちではないとか?」
例えば彼女らに関わるような事件を起こした人間として結標淡希が挙げられる。彼女はあくまで間接的に彼女らに危害を及ぼす可能性があったというだけだった。このように妹達が間接的に関わっている出来事は非常に多く、今回の件もそういった妹達自身とは別の狙いがあるというなら犯人の今後の行動も全く予想ができなくなる。
<やはり一方通行に相談した方がいいのでは、とミサカ19090号は弱音を吐き―>
?
<!>
<!!>
<!!!>
その瞬間、彼女らの脳内にある種の警報が鳴り響いた。
「…ネズミが、引っ掛かったみたいだね。」
彼女らの能力でもって設置されていた罠に何者かが引っ掛かった。その罠はあくまで「ある場所」に誰かが侵入したことを示すだけのもので、その場でその人物を拘束するだとか、危害を加えるだとかいう機能は付属していない。つまりはちょっとしたセンサーでしかない。
―だが、犯人の居場所が知れるのだから決して無駄ではない。
「反応があったネズミ捕りの場所は?」
<ちょっと待って下さい、とミサカ10032号は直ぐさま検索に取り掛かります>
<ネズミの引っかかった罠は―>
「年が明けてからこっち、平和ですねー。」
「そういう油断が命取りになるじゃんよ、鉄装。」
黄泉川愛穂と鉄装綴里、彼女らは警備員の待機所にて壁に据えられた大きな液晶画面を見つめていた。その画面には付近の地図が表示されていて、例えば交通事故があったりするとその地点が点滅するような仕組みだ。しかし今はその画面も穏やかなもので、ただの詳細な道路地図でしかない。
「黄泉川先生の言うことも分かりますけど、だからと言ってしょっちゅうトラブルばっかり起こってほしくはないですよー。」
「そりゃ私だって同感じゃんよ、だけど―」
黄泉川が反論を試みようとしたとき、室内にけたたましい警報音が鳴り響いた。警備員の出動要請である。
黄泉川は咄嗟に手近にあったマイクを握りしめ、状況を把握しようとした。
「こちら黄泉川!何があった!!?」
『第×学区で建物の崩落事故です!怪我人は不明、付近を通りがかった人物による通報です!!』
スピーカー越しにくぐもった声が聞こえてくる。建物の崩落となると、場合によっては重機が必要だろうか。黄泉川はこれまでの経験に照らし合わせて必要な装備を即座に弾き出す。
「詳細なポイントを!」
『絶対座標は――――、崩落した建物の名称は―』
彼女はその場所を聞いて呆然とした。何年も前の悪夢が今、目の前の現実になって蘇ってきた。
「旧・特例能力者多重調整技術研究所跡、………?」
<ネズミの引っ掛かった罠は―>
『特例能力者多重調整技術研究所』
<!>
「狙いはミサカたちじゃなく第一位か!!」
脳内に鳴り響く警報の発生源が判明した瞬間、彼女らの背に嫌な汗が伝った。一方通行が特力研に在籍していたのは絶対能力進化実験が始まるよりもずっと昔のことで、妹達には関係がない。だとすると犯人の狙いは妹達ではなく、一方通行を探る過程で妹達に目をつけていただけの可能性が高いと言える。
そう考えると犯人が打ち止めを狙う素振りがないのもある程度説明ができる。MNWの余剰演算領域を借りている以上、一方通行も妹達同様打ち止めを抑えることである程度掌握できるようになるが、打ち止めをつけ狙っていれば恐らく直ぐに一方通行本人に気付かれてしまうだろう。それだったら一方通行が一体一体を把握することは難しい妹達から探っていくというのも分からなくはない。
妹達を掌握するためには打ち止めが必須だが、一方通行の場合には単なる妹達の一個体でも構わないのだ。人質にとって脅すということであれば、打ち止めでなくとも一方通行は何かしらの反応を示すに違いないし、打ち止めに手を出すよりもずっとリスクが低い。
<番外個体、どうしましょう…、とミサカ19090号は動揺を隠せずに訊ねます…>
「どうするもこうするも!ミサカたちが第一位を守るしかないでしょ!!」
いくら彼女が学園都市最強であろうと、自分たちが一方的に守られてばかりいるのはやはりおかしい。それどころか今の状況は自分たちが彼女の弱点として扱われているということを示している。彼女自身を狙うことが難しいからと、代替案に自分たちを使われているのだ。
そんなことがあって堪るか。足手まといで居続けるだなんて情けないことは嫌だ。
「第一位に手を出したこと、絶対に後悔させてやるんだから…!!」
「君でなかったら、通報されてもおかしくない状況だと思うんだけどねえ。」
医者はベランダに続くガラス戸から入ってきた侵入者が背中に負っているものに気が付いて目を丸くした。常盤台の制服を着た少女が気を失っている。衣服に大きな乱れはなく、怪我をしている様子もないが、酷くぐったりとしているところを見ると何かしらの臓器にダメージを受けているのかもしれない。
「普通に受付から入ってきて欲しいところなんだけど、態々君がこうしてベランダから入ってくるということは何か事情があるんだろうね?」
ここは医者が私室として使っている7階の隅の部屋である。よくこの病院に怪我人やら病人を運んでくる彼は、今の時間自分はここにいるだろうと踏んで窓から侵入してきたのだろうか。とは言え人一人背負って捕まるところのほとんどないこのビルの壁をどうやって登ってきたのだろうか、と医者は首を捻った。超能力者とはつくづく常識破りの生き物である。
「一体全体、この子ははどうしたのかな?」
「…俺も分からない。街中で倒れてるのを見付けて。」
「僕は君の人柄をよく知っているから君を疑ったりはしないけれど。」
医者は少年を諭すように言った。その間も聴診器を当てたり瞳孔の動きを確認したりと、少年によって運ばれてきて、今は簡素なベットに横たえられている少女の状態を探る手を止めない。
「気を失った女の子を背負っていながら何も分からないなんて言ったら、君が彼女に対して暴行をはたらいた上で嘘を吐いているんじゃないかとでも思われるよ。」
それでも少年は口を開かなかった。本当に何も知らないのか、或いは自分にも言えぬような事情を抱えているのか。この街の子供達が抱えるものは大きすぎると思いながら、医者はつい数分前に彼がこの部屋に入ってきたときから数えてもう何度目かも分からない溜息を吐いた。
「僕程度の人間の説得で君の気が変わるとは思えないから、これ以上問い詰めようとは思わないけれど。」
「…でも、君はどこへ行くつもりなんだい?」
幾らも話さないうちにベランダへと続くガラス戸に手をかけていた少年の背中へ向けて、医者は問いかけた。普段だったら自分が運んできた病人の無事が確認できるまでは梃子でも動かないような人物である。こうまでして性急にこの場を立ち去ろうとするということは、急いで解決しなければならない問題を抱えているということだろう。受付を通さずに直接自分のところへ彼女を運んできたのも、時間がかかるのを恐れてのことかもしれない。
「どこって………、」
「……それも、分からない。」
少年は一瞬ありのままを答えようとして、それから思い直したように言い淀んだ。隠しごとがあるようにも聞こえたし、彼自身何も知らないようにも見えた。
「君はそればっかりだね。その様子だと本当に分からないわけじゃなくて、上手く説明できないだけなのだろうけれど。」
医者の愚痴に少年は申し訳ないような表情を浮かべたが、それでも質問に対する答えは口にしなかった。結局彼が言ったのは全く関係のない言葉だった。
「あいつには、俺がここに来たこと言わないでくれ。」
そう言って少年は再び7階から夜の街へ飛び出していった。
「あいつって、どこのどいつのことかねぇ。はっきり言ってくれないと、僕だって患者に必要なものが何なのか分からないこともあるのに。」
態々そんなことを言って飛び出していったからには、ここで常盤台の少女が気を失って倒れていることと『あいつ』に何か関わり合いがあるということなのだろう。
「別に僕が告げ口しなくって、あの子だったら自分で気付くと思うけどね。」
彼がいなくなったベランダに強い風が吹き込んだ。医者は白衣の方を震わせて、それから慌てたようにガラス戸を閉めた。
気を取り直して運ばれてきた患者へと目を向ける。
「さて、彼が頑張っている間、僕は僕の仕事をやるとするか。」
今日はここまで。
敢えて色々わかりづらいように固有名詞はほとんど入れず、彼とか彼女とか少年とか少女とかを多用しました。
それにしても場面がコロコロ変わって掴みづらい…
とうとうこのスレも700を越えようとしていますよ、皆さん…いつの間にやら長寿スレの部類に入りつつありますね…。
女体化(?百合子の場合、女体化といっていいのか微妙だけど)の上にマイナーCPにも関わらず、読んで下さっている方々に頭の下がる思いでございます。
さて、今日も投下いたしますよー
この場所に来るのは何年ぶりだろうか。然程昔のことではないはずなのだけれど、酷く遠い過去のように思える。黄泉川愛穂はどちらかと言うとそういう文学的なことを考える質ではないのだが、そんな現実的な思考を持つ彼女にも、この場所は普通の時間の流れからは取り残されているように感じた。
「黄泉川先生…ここは、……何なんですか?」
傍らの鉄装は身を強張らせて辺りの様子を伺う。崩落したというのはその施設の中でも離れに当たる部分らしく、見た目には体育倉庫など崩れればこんなものだろうか、といったレベルの被害しかない。しかし場所が場所ということで警備員はかなりの重装備で出動していた。
ベテランの警備員たちの険しい表情や、小規模な崩落事故に対して過剰にしか見えない物々しい装備、そういうものを見て鉄装はこの場所の異常さを何となく察知したらしい。まるでお化け屋敷に入る前の子供のように、彼女は得体の知れぬ恐怖に苛まれていた。
「鉄装、…あんたは、学園都市に来て何年経ったじゃん?」
「え、まだ3年目ですけど…。」
「そうか、じゃあ知らなくても仕方ないじゃんね。」
もう何年も鉄条網と監視カメラとで雁字搦めにされていた廃墟。その程度ならちょっとした能力者や荒っぽいスキルアウトに簡単に擦り抜けられそうなものだが、それでもここに近付く人間などいなかった―誰も好き好んでこんな場所に立ち寄りたいと思わないだろう。学園都市の一等地で、広さもかなりあるというのに後の買い手もつかないような場所なのだ。
「ここは通称特力研―」
「特例能力者多重調整技術研究所の跡地じゃんよ。」
「特力研…?何ですかそれは??」
現在は崩落した部分を重機で取り除く作業が行われている。黄泉川はその場の監督をしているだけで、具体的に何か作業をしているわけではない。だけれどもう何十キロも走った後のように体が重かった。まさか5年も経って、またこの場所に来るなんて。
監視カメラ等を確認しても崩落事故の前後に敷地内に侵入した人影はなく、そのことを踏まえて考えるのなら恐らく古くなった建物が自然に崩れただけだろう。近代建築が5年やそこらでそこまで老朽化するだろうか、という疑問もあるにはあるが、解体の際に警備員がかなり大袈裟に暴れ回ったという経緯があり、元からこの施設の耐久性は疑問視されていた。
監視カメラの映像を信じるのであれば、この崩落に巻き込まれた人間などいないはずである。それでもなぜか、柱を一本避けたらその下に朽ち果てた古い死体がありそうで、古株の隊員たちは重機の一つ一つの動きに神経を尖らせていた。
「大雑把に言ってしまえば能力研究のための施設じゃんよ。」
「なぜ、それが廃墟になってるんですか。」
「……私たちが、解体したからじゃん。」
「警備員が解体した?犯罪行為でもあったんですか…??」
「単なる犯罪なら可愛いもんじゃんよ。」
そのとき、重機によって地面を覆い隠すようにに崩れていた一番大きな壁の塊が取り除かれた。その下に生存者も―死者も―いなかったのを見て、黄泉川はほっと息を吐いた。何度もあんな光景を見せられたら堪ったものではない。
「アウシュビッツとか、ヨーゼフ・メンゲレとか言えばイメージ湧くじゃんよ?」
「……まさか、」
「そう、ここは人体実験場だったじゃんよ。しかも死体ばかりを積み重ねるような。」
「現代の、しかも日本でそんなことが許されるだなんて、そんな、あるはずが、」
「事実、あったじゃんよ…。」
「嘘でしょう、黄泉川先生。そんなこと、」
「私だって信じたくないじゃん!だけど、私は……、私たちは確かに見た!!」
ばらばらになってありえない方向に曲がった手足。何度数えても発見された頭と胴体と手と足の数は1:1:2:2にはならなかった。消化器官が取り除かれているくらいだったら可愛いもので、脳や肺や心臓などの、明らかに致命的な器官にまで手が加えられていた死体も数多く見つかった。眼球が抜かれて落ち窪んで、歯も何本か抜け落ちていた。精神的なダメージを示しているのかぱらぱらと白髪の混じった死体も幾つか見つかっていて、どれもこれもが痩せぎすだった。
そしてどんなに必死で探し回っても、最終的に見つかった死体の数より奥の方から見つかった名簿に載った名前の方がずっと多かった。その名前の子供が別の施設に移されて無事でいることを確認できたのはほんの僅かで、どう考えても名簿に載っていて死体も見つかっていない子供が数多くいるとしか思えなかった。
ここの解体は一方通行が別の研究所に移されて1年ほど後に行われた。恐らくこの研究所を裏で操っていた人物が、多重能力者は作ることができないと判明し、更には学園都市第一位もいなくなって何の価値もなくなったこの施設に見切りをつけただけだったのだろう。学園都市の上層部が関わっていた案件とは思えぬほどに、解体は驚くほどあっさりと進んだ。拘束された研究者やその他の関係者は明らかに下っ端のスケープゴートでしかなくて、最終的に裏から糸を引いていたであろう人物を見つけることはできなかった。
「黄泉川さん!!」
重機を操作していた隊員から声が上がる。何事かと彼女は身を構えた。
「…か、隠し通路です!!隠し通路が見つかりました!!!」
黄泉川は厳選した装備のみを身に付けて新しく発見された隠し通路へと足を踏み入れた。その先に何が息を潜めているとも知れないし、大型の銃火器を持ち込みたいのはやまやまだが、通路が狭くてそうもいかない。とりあえずガスマスクと、マシンガンに幾つかの弾倉、それと盾と懐中電灯を持って細い通路に身を滑り込ませる。
「解体したときにも隠し通路がないか、入念に確認したはずじゃんよ。」
こんな異常な施設が素直な造りをしているとも思えず、壁の裏や地下に妙な空間がないか、専門の機械を使って何度も入念に調べたはずだ。それでも見つからなかった隠し通路が今になって見つかるとはどういうことだろう。
「我々の装備を知った上で掻い潜る方法を予め用意してたということでしょうか?」
別の隊員は言う。壁の向こうの空洞を調べる装置は大抵が振動式で、メカニズムを知っていれば部屋にある種の細工をすることでその機械の目をごまかすこともできるだろう。しかし元から視覚的に隠された場所を更にそこまでして隠し通そうとするものなのだろうか、最早執念めいたその所業に黄泉川は寒気すら感じた。
「態々そんな細工をして隠し通そうとするなんて、よっぽど後ろめたいことがあるんでしょうね。」
隠し通路の捜索に連れてきた隊員はほんの数名である―鉄装綴里は置いてきた。もしこの先に自分があのとき見た以上の地獄があるとしたなら、彼女にそれは荷が重すぎる。悲劇を目撃したことがあるなんて何の自慢にもならない。警備員のような立場の人間であっても、銃なんて握ったことがないとか、それくらい平和になることの方が大切だ。戦場での勇敢さは確かに褒められるべきものだが、そもそも戦場になど行かないで済む方が余程仕合わせなはずなのだ。
「……通路が終わる。扉があるじゃんよ。」
そこには意外にもセキュリティも鍵もない扉があった。隠し部屋であるから、そもそもここまで辿り着ける人間などいないと予想してのことだろうか。
「3,2,1で私が開けるから、お前たちは何があってもいいように構えとくじゃんよ。」
先頭の黄泉川は後ろに付き従う隊員たちに小声で命令した。敷地の周囲に張り巡らせていた監視カメラには何も写っていなかったが、この部屋が無人だとは限らない。自分たちが知らなかった部屋があるのなら、自分たちが知らないまた別の通路があってもおかしくないと考えて然るべきだ。この廃墟となった研究所で今もよからぬ研究をしている人間がいても何も不思議はない。
「行くよ。3,2,1―」
「―――ふぅ。」
扉を開けたその場所には誰も居なかった。物陰に隠れている可能性もあったので、部下に命じて素早く調べさせる。そうして数分して、本当にこの部屋には自分たち以外の人間はいないのだと判断した。
「どうします、黄泉川さん?」
「人がいないってことはここは今回の崩落事故とは関係がないはずじゃんよ。」
そもそも彼女たちは崩落事故に巻き込まれた人間がいないか、そもそもこれは事故ではなくスキルアウトなどによるテロではないか、そういったことを調べるためにこの場所に来たのだ。この場所に人がいないならば崩落事故の被害者はいないということだろう。
「また、ここを暴きたくはないじゃんよ……。」
死んでいった子供たちのためにはどちらがいいのだろう。今もこの街で過去の記憶に苛まれながら生きている子供たちのためにはどうするべきなのだろう。
無神経にも暴くことが救いになるのか、知らぬふりをして封印してやることが優しさになるのか。まさに今そんな子供を一つ屋根の下に匿っている彼女はその非道な選択をすることができない。
「…黄泉川さん、これ、」
ある隊員が彼女に声をかけた。彼が指し示したのは壁に据付けられた大きな液晶画面に接続されているらしいキーボードである。普通のPCとは違うキーがいくつも並んでいて、研究用に誂えられた特別の端末であることが知れる。そのキーボードには部屋が封じられていた年月を示すように埃が積もっていたが、一部分だけその埃が払われていた。
「最近誰かが触ったのか?」
黄泉川は咄嗟に部屋に入る前に足跡の有無を確認しなかったことを悔やんだ。この場にいる隊員の靴裏を照合すればそれ以外の靴跡を探すことはできるが、それでも彼女らがこれだけ歩き回った後だと結構な手間である。
「指紋、残ってると思うか?」
「さぁ…。」
「再生キー、か、これ?」
そのとき、隊員の指が誤ってキーに触れて、液晶にジジ、とノイズが入った。ノイズが止むとそれは実験を記録した映像だったらしい、液晶いっぱいに無機質で鈍い銀色に光る壁が一面に映し出された。最初、そこには研究者はおろか研究の対象となっていたはずの子供の影も映っていなかった。暫く間があって、スピーカーからぱたぱたとスリッパがフローリングを打つような音が響く。
そうして画面の右端から姿を現したのは、年齢を考慮に入れても酷く華奢な体をした、白髪の少女だった。
「………一方通行!!!」
その姿に見覚えがあった彼女は、吐き気のようなものを感じてその場に崩折れた。
さて、話は数日前のことに遡る。
「御坂―??お邪魔しますなんだぞー。」
その日、土御門舞夏は一人寂しく正月を過ごす御坂美琴に招待を受け、メイドとしてではなく客として常盤台中学の学生寮を訪れた。有名和菓子店の正月限定商品を手土産に持ってくるという気配りを忘れない辺りは、さすがエリートメイド見習いといったところであろうか。
「いらっしゃい、土御門。明けましておめでとう。」
出迎えた御坂の方はと言えばいつも通りの制服である。いかな校則とはいえ、正月くらいはそれらしい格好をしてもよさそうなものだが、と珍しくメイド服以外の服装をしている彼女は思った。どこぞの株式市場のように振袖で出迎えろとは言わないが。
「少し遅れてしまったかー?出掛けに兄貴に泣きつかれてなー。」
「ううん、時間ぴったりよ?」
御坂は彼女を部屋の中に招き入れながら答えた。確かに時計は約束の時間ぴったりを指している。つけっぱなしのテレビは元旦恒例の企業対抗駅伝が映し出されていて、彼女が手持ち無沙汰を持て余しながら過ごしていたことをありありと示していた。
「本当に白井はいないんだなー。」
彼女は入り口から入って右手側に開いた空っぽのスペースを確認した。ベッドはきっちりと整えられており、生活感が薄い。数日留守にしていると言われればなるほど、と納得するような有様だ。
部屋というのは正直である、家主の息吹がなければ数日の間にも輝きを失う。普段から仲のいい彼女らは部屋の中で互いの領土をきっちりと区別して使っているようなことはなかったが、それでも何となくこの場所は白井が使うことが多いのだな、と思わせるような、少し煤けたように感じられる空間がぽつぽつと見受けられた。実際には埃が溜まっているわけでも暗いわけでもないのだが、そう感じられるのだ。或いはこの感覚はメイド特有のものなのかもしれない。
「帰省の手続きなんて面倒くさいのにね。」
「実家から呼ばれたのでは仕方あるまいてー。はい、お土産だぞー。」
「わざわざありがとう、今お茶淹れるから少し待ってて。」
「おお、御坂に茶を淹れて貰えるとは中々貴重な体験だなー。」
学園都市の人間が外に出るのは簡単なことではない。更に言えばその学園都市内でも指折りの名門校である常盤台中学となると、通常の手続きの他に学校内でもまた別の手続きが存在する。今回白井黒子が帰省のために書くことになった書類の数は5を下らないだろう。
とは言っても常盤台のお嬢様たちの中には、お嬢様らしく盆暮れ正月には欠かさず帰省をし、その為に毎年5枚も10枚も書類を作成しているような人間もいるのだから、その面倒な手続きだって一旦取り掛かってしまえば然程難しいことではないはずなのだ。単に白井や御坂にはそこまでして帰省するメリットが感じられないというだけのことである。
「結局白井はいつ帰ってくる予定なんだー?」
「学校には7日までってことで申請出してたけど…、もしかしたら少し早く帰ってくるかもしれないって言ってたわ。さっさと帰ってくればいいのに。」
「拗ねてる拗ねてるー。」
御坂に淹れてもらった玉露を飲みながら彼女は茶化した。さすがにあのお嬢様学校でみっちりと躾けられているだけあって、教科書通りの理想的な温度である。自分が淹れた茶には劣るが、メイドにしてみれば主人に何かを振舞ってもらうことなど貴重だし、精神的な充足は自分で淹れたものを飲む瞬間を遥かに上回った。
「……何か、調子狂うのよ。」
「白井がいないからかー?」
「それもそうなんだけど。」
「あの子、帰省する前から少し様子がおかしかったのよ。」
年末年始は実家に帰りますわ、とおずおずと言い出した彼女は何か落ち込んでいるような様子だった。実家で不幸でもあって、それで帰省しなければならなくなったのだろうか―御坂はぼんやりとそんなことを考えたのだけれど、その質問を口に出すことは憚られた。彼女なら、それが必要と思えば自分から話して聞かせてくれるはずだ、そう思ったから何も言わなかった。
「白井がおかしいのはいつものことだがなー。」
困ったような、茶化すような表情で彼女は適当な相槌を打った。白井黒子の性格を考えるなら、自分のことで御坂美琴に心配をかけるようなことはしたくないはずである。だからこの場合、メイドとしては「そんなものは気のせいで、どうせ元気に帰ってくる」と言って御坂を励ましてやればいいのである。ただそれはそれで薄っぺらで胡散臭いので、土御門舞夏はこうやって冗談めかした言い方しかできないのだ。
「白井なら、自分のことは自分で解決できるだろー。」
「それはそうかもしれないけど、…でも偶には頼ってほしいじゃない。」
「人に頼らない人間に言われてもなー。」
少しばかり思い詰めた調子で御坂が言うものだから、反対に彼女は軽い調子で皮肉を言った。こういうときには同じようにこちらも深刻な表情をするのがいいときと、逆に冗談めかして軽く往なすのがいいときと二種類ある。空気を読むことに長けたメイドは後者を選んだ。すると御坂の方も、一瞬きょとんとした表情を見せて、それから思い直したように少しばかり、表情を明るくした。
「……それもそうね。」
そしてこれまで手を付けていなかった手土産を、ようやく一口頬張る。おいしいお菓子というのは立派なものだ、深刻な悩みを抱えた人間すら救う場合があるのだから。ゆっくりと咀嚼する度に、彼女の表情は柔らかく穏やかなものに変わっていった。
「…何て言うか、あの子のこと、年の近い妹みたいに考えてたのよ。私、兄弟いないし。」
「それで頼ってほしいかー、分からなくはないが。」
「そう、妹がお姉ちゃんに頼るのは当たり前のことだけど、お姉ちゃんが妹に頼るのは変じゃない?」
「そうかー?うちの兄貴は私に頼りっぱなしだぞー??」
「そうなの?」
「まぁ、うちの兄妹も血が繋がってるわけではないから普通の兄弟とは違うのかもしれんがなー。」
彼女は自身と兄の関係を振り返りながら言った。彼女と土御門元春の関係はあくまでも義理の兄妹であり、実のところその関係になったのは然程昔のことではない。それ以前の自分は天涯孤独の身だったから、実のところ御坂相手にこんなことを言って聞かせている自身も、家族だとか兄妹の有り様をよく知らない。
でも、兄に甘えられるのは嬉しいと思う。それを見て、兄を情けないとも思わないし。いつもすかした表情の兄が普通の高校生らしく弱っている様を見るのは、どちらかと言うと安心することが多かった。
「別に弱いところ見せたって兄や姉の威厳がなくなるわけじゃないだろー。四六時中一緒にいる人間に弱み見せるなっていう方が土台無理な話じゃないかー?」
「そういうものかしら。」
「そういうものだろー、御坂は案外フツーのことを見落とすなー。」
土御門舞夏はその日、「このお菓子、日持ちがするから白井が帰ってきたら1個くらい食わせてやってくれよなー」と、ちょっぴり擦れ違ってしまったルームメイト同士の空気を和らげるためのどこまでも素晴らしい気遣いを見せてから帰っていったのであった。
今日はここまで。
黄泉川を書くのは凄く楽しいです。芯が強くて、信念を持った女性だけど、それ故の弱さがあるというか。凄く真っ当に見えて、実際のところ無茶苦茶歪なパーツを無理くりに繋げ合わせて強固さだけは確保した、っていうぐちゃぐちゃの人間である、というのが私の書きたい黄泉川なんですよ。書けてないけど。
乙ー
黄泉川さん何を見てしまったの…
こんばんわー、大分蒸し暑くなって来ましたね。自分は北の出身なので、上京してから大分経ちますが未だに夏は寝苦しさに何度も目が覚めます。
今日もぼちぼち投下いたしますよー。
>>715
黄泉川が見たものは暫く後に描写される予定です。現時点では何を見たか、詳しく書かずにとんとん行きます。
「黄泉川先生…?」
隠し通路に数名の隊員が踏み込んでから3、40分した頃であっただろうか、彼らは他の隊員たちが待つ場所へと戻ってきた。黄泉川愛穂を始めとした隊員たちにこれといって戦闘をした形跡は見当たらず、鉄装綴里を始めとした待機組たちはほっと息を吐いたのだが、それにしては彼女たちの様子がおかしい。
「黄泉川先生、どうかしたんですか?」
他の隊員に肩を支えられるようにして戻ってきた彼女は、たまらず待機車両の椅子の上に倒れ込んだ。えずくような声を上げながら口を抑えるところからするに、吐き気があるらしい。
彼女と一緒に戻ってきた隊員の一人が、鉄装たち他の隊員を手招いた。椅子の上に倒れ込んだ黄泉川の方をちらりと見て、彼女に聞こえないように小さな声で囁く。また別の隊員が気を利かせて、黄泉川の姿勢を楽なように整えてやると待機車両の扉をそっと閉めた。
「隠し通路の先に何があったんですか…?」
黄泉川と一緒に隠し通路に突入した隊員のうち、一番古株の一人が訥々と答える。隠し通路の先に隠し部屋があって、そこで嫌なものを見てしまったということ。
「隠し部屋には誰もいなかったし、埃が積もっていて最近使われた形跡はなかったんだが…。」
その隊員は、キーボードの一点に指で埃が取り除かれたような跡があったことは敢えて秘密にした。この状態で待機組の隊員にその話をしても余計な混乱を招くだけだろう。あの部屋について詳しく調べるのはまた明日にでもして、今は崩落事故の片付けを進めることの方が優先事項だ。
「俺が隠し部屋にあった機材の再生ボタンを押してしまって…そしたら、実験の記録映像が流れ出して…。」
そこまで聞いて、ほとんどの隊員たちは事態を悟った。ここは酷い人体実験を平気でやるような施設だったはずである、その施設の中で厳重に秘匿されていた隠し部屋にどんな映像が残っていたのか、想像するだに身の毛もよだつような気がした。
「何より…。」
その隊員は更に言葉を続けた。
「………その映像に、黄泉川先生のところの子が映ってた。」
警備員の隊員たちの間でも、黄泉川愛穂が身寄りのない、特殊な子供たちを預っていることはよく知られていた。酔っ払った彼女を家まで送っていったときに出食わしたり、或いは彼女の忘れ物を警備員の詰所まで届けてくれたところを見掛けたりと、実際にその子供たちに会ったことのある隊員も珍しくない。鉄装に至ってはよく彼女の家に遊びに行ってゲーム好きなその子供たちと遊んでいるから、彼女自身のちょっと幼い性格も相俟って友だちのような関係ですらあった。
「それって、どの子、ですか。」
鉄装はほとんど予想がついていながら訊ねるのを止められなかった。口が勝手に動いた。
黄泉川愛穂が預っている3人の子供たち。そのうち一人の妙に表情の乏しい、大人びた雰囲気があって、そのくせ酷く危なっかしいところのある少女。きっとあの子がそうなんだろうと、鉄装はほとんど直感的に気が付いた。
「………あの、白い髪の子。」
そのとき、傍らの待機車両から大きなものが倒れるような音が聞こえてきて、慌てて別の隊員が扉を開けると、椅子に座らせたはずの黄泉川愛穂が車両の床に倒れ込んでいた。
『済みません、黄泉川先生が今日の任務中に倒れてしまって…明日でいいので、病院に迎えに来て貰えないでしょうか…。』
何事もなければ今日の警備員の任務は終わり、隊員たちとの飲みも終えてそろそろ家に帰ってきてもいいだろうという頃、黄泉川家の電話が鳴った。受話器の向こうから聞こえたのは慣れ親しんだ鉄装綴里の声だった。
「それは構わないけれど、倒れたってどういうことかしら?酷い怪我でもしたの?せめて状態を教えて貰えないと、私たちも心配で落ち着かないんだけど。」
『あ、済みません!!怪我はないんです、怪我は!!!』
芳川は鉄装を落ち着かせるように意識して穏やかな口調で訊ねたが、その心遣いも虚しく鉄装は慌てて答えを返した。返ってきた答えは幸い深刻なものではなかったが、全く要領を得ない。
「怪我はない?それなのに病院に運ばれたって、どういうことかしら。」
『あの、その、何というか、精神的なものでして…任務中に嫌なものを見てしまって…。』
「嫌なもの?愛穂はちょっとしたことで精神的にダメージを受けることなんてないと思うけど。」
飄々として見えるが、黄泉川愛穂が経験した修羅場の数は伊達ではない。今更死体の一つや二つ目撃したところでガタが来るほど柔ではないし―それでも心根の優しい子だから、傷つくのだけれど―そんな彼女を外傷もないのに病院に運ばれる程に傷つけたものとは何だろう。
『ちょっとしたことではなかったので…。』
「………今日はどんな任務だったのかしら。」
酷く言いづらそうにしている受話器の向こうの人物に、芳川は幾らか遠回しな訊ね方をした。幾らか間があって、酷く小さな声で答えが返ってきた。
『………特力研というところの跡地で、崩落事故があって…』
「……そういうこと。分かったわ、大体の話は。」
鉄装が皆まで言わぬうちに、芳川が制した。特力研で何を見たのかは分からないが、あそこなら確かに黄泉川愛穂に精神的なダメージを与えかねないものが未だに残っていても不思議ではない。
「あなたはその『嫌なもの』を見なかったのかしら?」
『見たのは黄泉川先生含めて5人だけです。』
「そう………、ならよかった。」
あの施設の何が暴かれたのかは分からないが、一方通行のためにも、その他の子供たちのためにも、あまり大っぴらにされていいものではないだろう。あんな酷いことがあったと知らしめて、二度とそんなことがないように、という反面教師にするのは勝手だが、それは晒される者の意思が全く介入していない。一方通行だって、あそこで何をしていたかなど思い出したくもないだろう。
『あ、あの芳川さん、あの子って、一方通行ちゃんって、』
更に続いた鉄装の発言で、今日黄泉川愛穂が目撃したものは、単に特力研に隠されていただけの悲劇ではなく、一方通行の過去であったのだろう、ということが容易に知れた。鉄装綴里がその悲劇の記録を目撃しなかったというのも本当なのだろう、彼女はまさか黄泉川愛穂に訊ねるわけにも行かないから、芳川に訊ねようとしたのだ。
芳川は鉄装が質問を言い切ってしまうより先に、答えを口にした。それはイエスでもノーでもなく、ただ会話を打ち切るための言葉だった。
「ごめんなさい、あの子については多分、あなたが疑問に思っていることについて何も答えることはできないわ。」
それは冷たく聞こえただろうが、だけれど何よりも甘い言葉だった。鉄装にとっても、芳川にとっても、そして一方通行にとっても。事実から視線を逸らして、ただ、今の束の間の安寧に身を委ねるだけの言葉だった。彼女には、芳川桔梗にはそれしかできなかった。
「どうか、あの子のこと、今までと変わらない風に見ていてくれないかしら。」
また、あの少女を大人たちの奇異の目に晒すことがないように、芳川はそれだけ願って電話を切った。
「黒子は、どうしたんですか?」
1月6日のことである。明日までにはルームメイトが帰ってくるはずだと思っていた御坂美琴のところに、寮監から内線で電話が入った。白井黒子が病院に運ばれたという。
そもそも帰省していて学園都市にはいないはずの彼女が、どうして学園都市内で倒れているところを発見されたのだろう―疑問は尽きないが御坂は慌ててとある病院に駆け込んだのであった。
「僕も分からなくってね。通報してくれた人も、何も知らない様子だった。」
医者は実際には幾らか彼女に話した以外の事実も知っていたが、それ以上は口にしなかった。恐らくあの少年なら、御坂美琴を巻き込みたくないと考えただろう―白井黒子がどんな事件に巻き込まれて、あの少年がそれについて何を探ろうとしてるのか、全く要領を得ないのだけれど。それでもこれ以上この病院に運び込まれる患者を減らしたい、と彼なりに考えた結果の発言であった。
病院には彼女のルームメイトである御坂美琴と、学園都市での彼女の保護者に当たる寮監の二人が出向いた。厳しい人間ではあるが、決して冷たい人間ではない寮監は心配からか、幾らかきつい口調で御坂に訊ねる。
「御坂、お前たちまた何かトラブルを起こしたのではあるまいな。」
「そんなことは、ないですけど…。」
御坂は口を噤んだ。今回は本当に心当たりがない、だが白井が何がしかのトラブルに巻き込まれたのは間違いがないだろう。本当に何も心当たりがないだろうか、御坂は改めて考えてみたが、やはり何も思い浮かばない。
「幸い、外傷はほとんどないよ。」
「なら、何で意識がないんですか。」
「脳に相当な負担をかけたようだね。能力を使い過ぎたときだとか、或いは能力が暴走したときなどにありがちな症状が幾つか見られている。」
「2、3日もすれば何ごともなく目覚めるとは思うけれど。」
「やはり何かトラブルがあったのだろう。白井ほどの能力者が能力の使い過ぎで倒れる場面など想像がつかん。」
寮監の言う通りだと、御坂も思った。常盤台の大能力者といえど、身体検査でもなければ能力を使わないという人間は少なくない。つまり、高レベルの能力者であっても能力を使う事自体には慣れていないことは珍しくないのだ。
しかし白井黒子はそれに当て嵌まらない。風紀委員として積極的に活動しており、潜り抜けた修羅場の数も少なくはない。ちょっとやそっとの能力使用で数日間目覚めないほどにダメージを受けるとは思えなかった。
「黒子は、何も持ってなかったんですか。」
「そうらしい。彼女が倒れていた傍にも何も落ちていなかったらしいよ。」
そもそも帰省するために大きな荷物を抱え、珍しく私服で出かけたはずの彼女が、制服姿で何も手に持たない状態で学園都市内で見付かったこと自体がおかしい。風紀委員の任務時にしか身に付けないはずの金属矢を仕込んだホルダーがベッド脇に置かれていて、ポケットの中を探ってみても携帯電話しか見付からない。何処かに荷物を置いて、そこから出かけているとしか思えない状況だった。
「御坂、何を考えているか分からんが、この件について探ろうなどとは思うなよ。警備員も動いている。お前の出る幕はない。」
寮監は釘を差すように言った。まさか御坂美琴ともあろう人物がその忠告をまともに聞くわけもなかろうというのも、彼女は重々理解していたが。
「とは言っても、どうやって探ったらいいかしらねー。」
御坂美琴は寮の部屋を抜け出してから考える。せめて当たりくらいつけてから行動するべきなのだろうが、こういう向こう見ずなところは彼女の長所でもあり、短所でもある。
大きな荷物を持って出掛けたはずの彼女が手ぶらで倒れているところを発見されたということは、どこか別のところに荷物があるということである。誰かに奪われたのか、それとも自分からどこかに置いて出掛けたのかは分からないが、荷物の中に何かヒントが隠されている可能性もある。
問題は荷物の場所をどうやって探るかである。荷物と携帯が一緒にあるのであれば、御坂の能力でその場所を探ることは難しくない。しかしながら携帯は白井自身が所持していた。白井が帰省のための荷造りをしていたときのことを思い返しても、携帯の他には御坂が逆探知できそうな所持品はなかったはずである。
(第一、あの子、本当に学園都市の外に出たのかしら…)
御坂はポケットに入れていたPDAを取り出す。瞬時に学園都市のセキュリティを突破して、ここ最近学園都市の外に出た人間の名前をリストアップした。そこに白井黒子の名はなかった。
(やっぱり………、あの子、帰省なんてしてないわ。学園都市の中にずっといたはずよ)
だとすると、白井黒子は寮にも帰らず1週間ほど学園都市内で過ごしていたはずである。そうなると、恐らくホテルなり何なり泊まる場所を確保していた可能性が高い。
(あの子、クレジットカード使ってないかしら)
風紀委員の活動のため、なるべく手持ちの荷物は減らしたい主義の白井は、普段から現金をあまり持ち歩かない。もしどこかに泊まっていたならその為にクレジットカードを使った可能性もある。
(カード会社のサーバーなら突破できるかしらね…それとも初春さんに協力してもらった方が早いかしら…)
普段から学園都市内のサーバーには強行突破を試みている御坂であるが、意外と一般企業に対するハッキング行為はしたことがない。いかな学園都市第三位といえど、その行為に伴うリスクを計りかねた。
(だからと言って、初春さんを巻き込むわけにはいかないし…)
御坂は意を決して、今更ながら犯罪行為に対する罪悪感に対して見ない振りを決め込んだ。
結局、白井黒子の潜伏先は直ぐ知れた。白井が帰省をすると言って寮を出たその日、第三学区の高級ホテルで彼女のクレジットカードが使われた形跡があったのだ。
「お客様についてのご質問については、何もお答えすることができません。」
フロント係の女性はそう言った。高級ホテルに限らず、こういう施設では当たり前の気遣いだろう。当然御坂はそんなことは予想していて、既にホテルのサーバーに侵入済みである。白井が泊まっていただろう部屋は既に分かっている。
(一旦出て行った振りをして、非常階段から侵入しようかしらね…)
大概ホテルの非常階段などは外からは開かないようになっているが、発電能力者にしてみればそんなセキュリティなど何の意味もなさない。当然部屋ごとに設置された電子錠も同じことである。
果たして彼女は白井黒子のクレジットカードで借りられていたらしいホテルの一室に辿り着いた。
(やっぱり、あの子の旅行鞄があるわ……)
これだけのことを仕出かしておきながら、今更勘違いでした、などということがあったらどうしようと心配していたが、電子錠を突破した先に見えたのは予想通りの光景であった。
荷物が雑然と広げられている光景を見ると、白井がかなり余裕をなくしていた様子が伺える。
(何か、何か手がかりになるものが…)
面倒な書類を何枚も書き上げて帰省するなどと言いながら、実際には学園都市を一歩も出ていなかった。恐らく最初から何かをするつもりでそんな嘘を吐いたのだろう。なぜ寮を出る必要があったのか?―恐らく自分に知られないようにするためだ。あの白井黒子がこれだけの手間をかけて自分から隠れ、何をしようとしていたのか、御坂には予想がつかなかった。
(PDA、ノート、手帳…何でもいい…何か、)
御坂は後ろめたさも忘れて必死に白井の荷物を漁った。そうしてある紙の束を見つけた。その紙は水に溶ける素材でできており、元から白井が隠蔽するつもりで用意していたことが知れた。
「これ…、どういうことよ………!!?」
その紙に記された内容に、美琴は目を瞠った。
(これが本当なら、あの子たちが、妹達が………)
(ううん、それ以上に…一方通行が危ない!!!)
どんなきっかけがあって、白井黒子がこの情報を掴んだのかは分からない。だけれどそれは妙に現実味のある情報で、それが質の悪い悪戯だとか、何かの間違いだとか、御坂にはそういう風には思えなかった。だがしかし、白井黒子に一人で解決できなかったように、この事件の黒幕がその人物であるなら、自分でも解決は難しいだろう。
(それでもきっとアイツなら、きっと…!!)
いつかクローンの少女を2万体も殺すという酷い実験を生身で止めた少年の姿を思い浮かべながら、御坂は彼女らしくないことには、恐怖に震える肩を抱いた。
「随分ご機嫌斜めだにゃー、第一位サマ?」
相変わらず癇に障る声に、口調である。気晴らしに散歩に出かけて、何でストレッサーの塊のようなこの男に出食わさねばならないのだろう、一方通行は気持ちの悪いほどにタイミングのいいこの男の行動を訝しんだ。
何でも知っている素振りこの男の腹わたを掻っ捌いて、実際に何が詰まっているのか見てみたい気もする。だけど一方で、結局はあの10031人と同じ物が詰まっているのだと知ってしまったら、自分は酷く興醒めするのだろうと思った。
「ご機嫌斜めついでにオマエを挽肉にしてやろォか。」
「今更そんなことする気もないくせして。」
土御門元春は、蔑むような、憐れむような、或いは愛おしむような口調で言った。クローンたちや同居人や、或いは第七位の少年などが悲しむから、彼女は今となっては必要以上にその華奢な手を血に汚すことを忌避するだろう。知っていて彼は彼女の神経を逆撫でする。
結果として無事にやり過ごせたなら万々歳。もし万が一にも実際に挽肉にされたなら、その一瞬、彼女が大切な人たちを気遣う気持ちよりも、自分に対する激情が勝ったということである。彼はその瞬間に味わえるであろう充足感に思いを馳せ、一種の興奮すら感じた。
「そんなに気に食わないか、………守られることが。」
男は劇がかった口調で訊ねる。態とらしい視線の動きや口振りがどこまでも気に障った。
「………そンなンじゃねェよ。単に三下共がはしゃぎやがって鬱陶しいだけだ。」
「お前にこれ以上手を汚させたくないんだろ。」
「それがうざってェってンだよ、今更人殺し止めたところで何が変わるってンだか。」
「それでもお前は変わりたいんだろ。」
サングラス越しに妙に真面目な視線を向けられる。その感情を否定はできないが、それでも他人から肯定されるものではないと思っていた。特にこの男のように、自分の仕出かしたことをよく知っている人間には馬鹿にされても仕方ない、というくらいに考えていた。
だってそうだろう、既に1万人以上の人間の血で汚れている手に、更に一人か二人の血がこびりついたとして、それが何だというのだ。
自分も、そしてこの男も、その些細な数を気にするような人間ではなかったはずだ。
「何でショック受けたような顔するかなぁ。」
男は嗤って言う。自分の顔は見えないけれど、それでも酷い顔をしているのだろう、という自覚はあった。
「いい顔だにゃー、一方通行ちゃん?土御門さん勃っちゃいそうだぜい。」
「………死ね。」
「なら殺せば?お前なら俺くらい簡単に殺せるだろ。」
男は彼女の左手をそっと掴んで―その仕草がまた妙に紳士的で、却って気持ち悪かった―そのまま彼女自身の首元のスイッチに当てた。彼女が左手の人差し指にほんの少し力を入れれば、その手を掴んだままにたにたと嗤っている男は一瞬で血だるまになる。
「ほうら、殺すどころか、指一本動かせないくせに。」
嘗ての彼女なら、殺さないまでも、能力を使って吹き飛ばすくらいのことはしただろう。今となってはそれすらも躊躇われる自分自身に絶望もしたし、それを見透かした男を憎いとも思った。
「お前は可愛いなぁ。」
男は心底慈しむように言う―それを聞いて女が顰め面を見せることを予想した上で。この女を笑かしてやれない、その腹いせに、いっそ無茶苦茶に歪ませてやりたいと思った。
「そんなだから、最終信号も、妹達も、黄泉川先生も、第七位も。」
「超電磁砲だって、カミやんだって。」
「お前を見捨てられないんだよ。」
男はその並びの中に、自分の名を入れるのを躊躇った。
今日はここまでです。
なんか新約7巻の土御門萌をそのまま引っ張って勢いで土百合要素を入れてしまったけれど、後悔はしていない。反省もしていない。
つっちーはゆりにゃんとそぎーの恋愛を好きなだけ引っ掻き回して、でも百合にゃんを好きな素振りとかは全然見せなくって、結局百合にゃんとそぎーはゴールインして、最後の最後にお前のこと嫌いじゃなかったんだよ、と漸く言えるか言えないかの男ってことになってます。自分の中では。
乙
百合子どうなっちゃうんだ
あとやっぱり>>1の書いた土百合読みたい
土御門の歪んだ愛情がどうしてもアンハッピーエンドにしかならない感じがして、でもそれがまたすごくいい
こんにちは。いつも皆様ご感想ありがとうございます。励みになりますです。
今後の展開ですが、次回投下分から種明かし編というか、フラグ回収というか、話を畳める展開になります。敢えてこれまで散々風呂敷を広げて、読者には展開も黒幕も全く読めないように書いておりました。とは言っても次回からの種明かしも少しずつ少しずつ、という感じで、一気にすっきりという展開では全くありません。
あとメンタル攻撃は暫く鳴りを潜めます。最後にそこそこ大きなものを用意してはおりますが、暫くは純粋に謎解き展開です。謎が溶けてから、メンタル攻撃祭りの予定です。
>>733
土百合書きたいのは山々ですが、大分色々捏造しなくちゃならんのが辛いです。実は設定だけ作ってある土百合話もあるにはあるのですが…
・開始時点で舞夏が故人
・何故か百合子が舞夏と同じ年でつっちーより年下(つまりロリコン)
という捏造オンパレードです。更にはどうせかまちーのことだから今更つっちーと舞夏の出会いなんて書かんだろうと高を括ってそこまで設定していたら、新約7巻が出てしまったので(当然自分の設定とまるで違っていた)尚更ハードルが高くなった次第です。
このSSでも時折土百合子ネタを挟む予定はあるのですが、本編に思いっ切り入れる予定はないんですよねー。
さて、これだけでは何なので、ちょっぴり小ネタを投下します。
ある日突然、上条当麻が「自分は家を開けるから数日の間インデックスの面倒を見ていて欲しい」と言い出した。
それが本当に数日で済むのかとか、なぜ家を開けるのだとか、そんな無粋なことを一方通行は訊かなかった。この男を慕う第三位ならああだこうだと問い詰めたのだろうけれど、彼女はそのように引き止めるような行為が無意味なことを理解していた。何せこの男にとって一番大切な存在であるはずの修道女ですらその行動を止められないのである、そしてその修道女はこの男の不在を受け入れようとしている。だから賢くも第一位はただ黙って無愛想に頷いた。
男がいなくなった後に一方通行は「うちに来るか」と修道女に訊ねた。普段は喜んで「あいほのハンバーグ!」だとか「あくせられーたの豚カツ!!」だとか言ってはしゃぐ彼女は、静かに首を振った。
「帰りを待ってるって約束したから、待ってる。帰りを待つのなら、この部屋でなくてはダメでしょう?」
彼女がそう言ったので、一方通行は上条当麻が留守にしている間、彼の学生寮に泊まりこんで修道女の面倒を見ることにしたのだ。
そんなある日、呼び鈴が鳴ったのでドアを開けたところ、その向こうにはなぜか清掃ロボットに乗ったクラシカルなメイド服を身に付けた少女がいた。
「おや?上条当麻に新しい女の影出現の予感か?」
彼女は玄関先まで出てきて応対した一方通行を認め、首を傾げた。
どこかで見たことがある。と言うか親船最中狙撃未遂事件のときにこの少女と擦れ違ったことを一方通行は詳細に覚えているのだけど、あまり深く考えないようにした。上条の部屋の隣に住んでいる筈の金髪グラサン男のこととか思い出したら飯が不味くなる。
「あいつはそんなに女連れ込んでんのか?」
今は不在の家主の周りにやたらと異性が群がっていることには一方通行も気付いていたが、こんな幼い少女にすらそんな目で見られているのか、と半ば呆れながら応じた。そんな冷めた態度の一方通行を見て彼女が返した言葉は以下の通りである。
「おや、余裕だなー。これは本妻の余裕か或いは割り切った二号さんかー。」
どうも自分も上条の周囲に群がる女性の一人だと思われているらしい。他にも女がいるのか、と嫉妬するでも怒るでもない自分を見てそう判断したということなのだろうが、この年齢の少女の発言としてはあまりにも酷い。あの義兄にしてこの義妹ありか…、と一方通行はげんなりとした気分にさせられた。
「ん、まいかなんだよ?どうかしたの??」
「お裾分けに来たんだぞー。このアルビノ美少女は上条当麻の何なんだー?」
部屋の奥から出てきた修道女と親しげに話す様子から見ると、普段から彼女らの付き合いはあるらしい。自分がどう思われようとあまり気にしない第一位は、メイド少女の言を否定するでもなく幼い二人の会話の成り行きを見守っていた。
「うーん、あくせられーたはとうまの何なのかな?」
「さァ?」
「友達?」
「そンな可愛らしいもンに見えンのか?」
「うーん、あくせられーたととうまは上下関係はっきりしてるもんね。」
サラリと家主に対して酷いことを言うシスター。メイド少女も一方通行の堂々とした(或いはふてぶてしいとも言う)態度を見て何となく納得がいったらしい。今はここにいない家主を憐れむような表情を浮かべた。
「あー、そういう系?念のため訊くけどどっちが上なんだー?」
「あくせられーただね。とうまは三下だもんね。」
「三下だからな。」
「人権の欠片もないなー。上条当麻ならば仕方がないかー。」
納得したらしい少女は、そう言うとお裾分けの荷物を修道女に預けてさっさと何処かへ行ってしまった。その煮物の味は悪くなかったので、何だかんだ言ってあの男の褒め言葉も義兄の欲目ではないのだろうと、一方通行はぼんやりと思った。
今日はここまでです。自分はインさん美化しすぎてる気もするが、気にしない。
どもどもー、今日も投下していきます。今日は書きつつ投下だから時間がかかるかも。
それにしても昨日の超電磁砲の一方さんは素敵でしたね。上条さん回だと思って油断していたら、カニバリズムシーンとか。禁書1期でも、超電磁砲コミックスでもやらなかったシーンをとうとう映像化!!一方さん結婚して!!!んでもって>>1の指食べて!!!!
御坂美琴が白井の借りていた部屋から出て20、30分したときのことだった。
妹達の一人、17600号が全く同じホテルの全く同じ部屋に侵入した。彼女たちも白井黒子が病院に運ばれてきた経緯を知り、彼女の周囲を探っていたのである。
妹達もオリジナルに比べればかなり腕は落ちるが能力を使ってのハッキングは可能であり、また、一方通行が保護者に隠れて能力を使わない「一般的なハッキング」をしているところもこっそり観察していたため、妙なオーバーテクノロジーによって保護されているわけでもない一般企業のサーバーへの侵入は難しくはない。ただ、白井黒子が病院に運ばれたという情報を入手するのが遅かったので、御坂から遅れること数十分でこの部屋に漸く辿り着いたというわけである。
しかしながら部屋は既に御坂によって探し尽くされた後であり、白井が隠し持っていた「何かしら重大な事実が書かれていた紙」も御坂によって持ち去られていた。そんな事情を知りもしない17600号はおもむろに部屋の中を探り始めた。
彼女が目を付けたのは御坂とは違う場所だった。ストーキングを趣味としている個体だけあって物探しは得意なのか、まず白井の鞄の中を漁り出した御坂とは違い、ホテルの部屋に据え付けてあったデスクの引き出しから探し始める。すると程なくして目的の物を見付けた。
ホテルならどこにでも置いてある聖書のとあるページに、先ほど御坂が持ち去ったものと同じ素材、水に溶ける紙が挟み込まれていた。さしたる信仰心を持たない白井のことだから、挟んだページに意味はないだろうが念の為にそこも記憶しておく。
「予想していたのとどうも違いますね…、とミサカ17600号は首を傾げます。」
<どういうこと?これならやっぱり相手の狙いは第一位じゃなくってミサカたちっぽくない?>
感覚共有で同じように紙に印字された文字列を読んでいた番外個体も首を傾げた。この紙に書いてあること「だけ」を踏まえるなら、この事件に一方通行は無関係ではないが中心人物ではなく、あくまで妹達を付け狙っているらしい人物の狙いは妹達自身のはずだ。ましてや特力研に忍び込む理由などない。
<ミサカたちが持っていない情報があるのでしょう。これまで得られた情報同士があまりにも合致しません、とミサカ10032号は推測します>
<とは言ってもどうするよ。結局掴めた情報はこれだけだけど>
<取り敢えず、この情報を詳しく探ってみましょう。そこから何かに繋がるかも分かりませんから、とミサカ10032号は藁をも掴む気持ちで言います>
<まぁ実際、それしかないか>
番外個体が頷いたのを聞いて、17600号はホテルの部屋を立ち去る準備を始めた。全員で集合せずとも、それどころか電話やパソコンを使わずともこうやって互いの意思を確認できるのは非常に便利である。一度陣地に戻る必要すらなく、次の行動に移ることができる。
「切り込み隊の編成はどうしましょう、とミサカ17600号は訊ねます。」
<ミサカと番外個体、17600号の3人で行きましょう、とミサカ10032号は言います。この相手ならそれで問題ないでしょう>
<りょーかーい、じゃ、――学区で落ち合おう>
もしこの部屋の様子を御坂美琴が忍び込んだときから17600号が立ち去るまでの間、ずっと見ている第三者がいたのなら、忍び込んだ二人の奇妙な相違点に気が付いたはずである―学園都市第三位は白井黒子が隠していた事実を掴んで自分では対処できないと思い、逆に妹達は自分たちだけで対処できる問題だと判断した。
そう、妹達が手にした情報は、美琴が持ち去ったものとはまるで別のものだったのである。
そうして彼女らは御坂が掴んだ情報とは全く違う情報を持って、ホテルの部屋を後にしたのであった。どちらが正しい情報であるのか、それは今も病院で意識を失っている白井黒子だけが知っていた。
「………ということなんですけれど、結標さん。この件についてどう思われますか?」
結標淡希はげんなりとした表情で向かいに座る柔和な表情の男を見た。つい先日、年末年始に偶然にも一方通行と再会してしまったとき、金髪グラサン野郎よりはこの男の方が幾らかマシだと思った記憶があるが、訂正したい。やっぱ無理。紳士的な態度で優しい振りしてただの腹黒男だとか、どう考えても無理。
「どう思うったって…もう大分前の話じゃないの。私と彼らは単なる利害関係で結ばれてただけで、仲間と言えるほどの間柄でもなかったし。」
結標は言い訳をするように言った。別にこの男相手に言い逃れをする必要はないのだが、それでも変な言質を取られるようなことは避けたい。何せそれをネタに第一位にどんな無茶な要求をされるか分かったものではない。
「大分前、ですか。自分の常識では、去年の9月14日は然程昔の話ではない、という認識なのですが。」
「厭味ったらしい男ね。モテないわよ?」
「御坂さん以外にモテても意味がないですし。」
実際この男自身は心底そう思っているのだろうが、目の前でそんなことを言われても自分はおろか、超電磁砲本人だってときめかないだろうに、と結標は益々呆れた。
彼らは学園都市の中では珍しい、落ち着いた風情のある喫茶店のテーブルに向い合って座っていた。ロマンスグレーの男性がジャズにでも耳を傾けるのに相応しいような内装は、本来二人には似つかわしいものではないだろう。だけれども彼らの纏う薄暗い空気は、不思議とその店内から浮くことがなかった。
「分かったわよ。私が片付けて、そのついでに一方通行に土下座でもすれば満足かしら。」
「あ、前半は構わないのですけれど、後半は禁止です。」
「?どういうこと?」
海原光貴の言葉に結標淡希は首を傾げた。嘗て自分が関わったことで今現在、一方通行に迷惑をかけているというのなら、土下座はともかく謝罪すること自体は当たり前のことだろう。それを禁止されるとは、一体どういうことだろうか。
「今回の件に関しては、一方通行さんに気付かれないようにコトを運んで欲しいと、妹さんたちからのお願いです。」
「……無理よ、あの子に気付かれずに、なんて。」
彼女は無理難題を口にする子供を前にしたかのように、心底呆れたような表情で溜息を吐いた。
大能力者の彼女でも想像もつかないほどに、一方通行の頭脳は優秀である。彼女に纏わることを彼女に知られずに成し遂げるなど、鼠が猫の首に鈴をつけることが容易に思えるほどに難しい。
「とは言っても、結標さん。一方通行さんにこのことが知られれば土下座では済みませんよ?」
「それはそうでしょうけれど。」
結標淡希は彼の言葉に頷きつつも、幾らか蔑むような視線を向けた。
「でも、あなたの思うようには行かないと思うわよ―第一、あなたの読みは外れているでしょうし。」
彼女はその美しい顔を歪めて、彼を見下すように胸を反らした。化かし合いは何も魔術師の専売特許ではない、彼女はそう主張しているように見えた。
「……どういう意味ですか。」
「あなたの推理する犯人は間違っているって、そう言っているのよ。」
彼女はそう言って、暫く放置されていたアールグレイを口に運んだ。冷めかけたそれはお世辞にも美味しいものとは言えなかったが、今の気分にはぴったりだった。
「彼らは去年の9月、警備員にほぼ壊滅に追い込まれたはずよ。暗部に入ってから私も独自に調べたし、間違いないわ。」
「彼らにこれだけのコトを起こす力はないわ、ましてや白井黒子を病院送りにするなんて、ねぇ?」
海原は押し黙った。確かに自分で調べて辿り着いたその容疑者には、白井黒子を憔悴させるほどに追い込むような力はない。逆に5分とかからず彼女にこてんぱんに伸されるのが関の山だろう。彼自身もそのことには気が付いていて、だから彼は結局のところその矛盾点が引っかかって一人で動き出すことができなかった。
「じゃあ誰が彼女を?」
少年は幾らか緊張した面持ちで訊ねた。幾つかの情報を隠せばこちらが優位を取った上で共犯に誘い込めると踏んでいたのに―自分の推理に自信が持てなかったため、誰かの知恵を借りたいと思ったのが彼女を共犯に誘った理由であるが、まさかここまで早く自分の手の内が読まれるとは思っていなかった。一方的な交渉のテーブルを用意したつもりでいたのに、あっさりと降り出しに戻された彼の手には、少しばかり汗が滲み出していた。
「それは分からないわ。でも、これだけは言える。」
彼女はぴんと伸ばしていた背筋をそっと丸く屈めて、二人の間にある丸テーブルに肘を突いた。両手で自身の頬を包んでうっそりと艶っぽく嗤う。まるで内緒話でもするかのように彼女は小さく囁いた。
「多分―いいえ、十中八九、一方通行はもう気付いているわ。」
「何に?」
彼女につられるようにして、彼の方も思わず小声で訊ねた。その仕草を見て女はくすりと笑った。ただでさえ互いの顔が近付いているこの状況で、彼女は態々指を一本一本折りながら囁いた。
「クローンたちが狙われていること、」
「それに白井黒子が関わっていること、」
「そしてクローンが自分たち自身で解決しようとしてること。」
彼女はそこで一息区切ると、一際声を潜めて男の耳元に囁いた。顔に息が当たる感覚に、男は寒気すら感じた。
「―或いはあなたや私が動き出そうとしていること。」
思わせ振りな彼女の物言いに、彼は飛び跳ねるようにびくりと拙い反応をした。彼らしからぬことには、驚きに目を瞠っている。
「一方通行さんが、自分のことに気付いているって、そんなはずが。」
男は幾らか慌てた様子で言った。内心の動揺を悟られぬように務めているのだろうけれど、最も恐れていた事態を告げられて―しかも、自分よりもこの件に関して情報を持っていないはずの相手から―まるで素知らぬ振りをできる人間などそうそういないだろう。幸か不幸か、彼らはそんな芸当を日常的にこなすような男を知っていたが。
「むしろ、気付かれていないと思っていたの?」
「一日二日のことならともかく、クローンたちは去年からずっと独自に動いていたのでしょう?一方通行がそれだけの期間、彼女たちの奇妙な行動に気付かないはずがないわ。」
「……ならばなぜ、彼女自身は出てこないんでしょうか。」
彼女の性格を考えれば、クローンたちに危険が迫ったとすれば矢も盾もたまらずに飛び出しそうなものである。海原はそう考えていたから、逆に一方通行が動いている様子のない今、彼女は気付いていないのだろうと高を括っていた。もしそうではなくて、気付いた上で妹達や自分のことを泳がせていたとしたなら?
「あの子がそのときでないと判断しているんでしょう。」
「出てくるタイミングを読んでいる?あの一方通行さんが?」
「あなたがあの子のことどう思っているか分からないけれど、頭だけならそこらのスパコンなんか目じゃないわよ?」
「それはそうですけども、でも彼女はそういう性格でないでしょう。」
確かに彼女の頭脳をもってすれば複数の人間が複雑に絡み合う状況を完全に把握して、完璧なタイミングで最適の行動をとることができるだろう。だけれど彼女はそんなことをしない。それはなぜか?そんな七面倒臭い手順を踏まずとも全て解決できるだけの暴力を持ち合わせているからだ。だから彼女は時として、その頭脳に見合わぬ短絡的な行動に出る。
「普段やらないことをやる理由なんて、簡単よ。」
「妹さんたちのためですか?彼女たちが自分で解決しようと頑張っているから?」
一方通行が今の状況を把握した上で妹達の勝手で危険な行動を止めない理由が、海原には分からなかった。結標は簡単なことだと言う。
「ああ、彼女たちの自立心を尊重してるってこと?それもなくはないんでしょうけど。」
結標はそんな考え方もできたのね、と言わんばかりの表情で適当な相槌を打った。それから首を竦めて、小馬鹿にしたような口調で言った。
「あなた、案外女心が分かってないのね。土御門の方がマシだわ。」
「そんなだから、御坂美琴に振り向いて貰えないのよ。」
土御門元春は、あれで女心を隅から隅まで把握している。女の癇に障る行動ばかりとっているように見えるが、あれは要するにこちらを「ご機嫌取りする必要がない女」だと判断しているというだけのことだ。
「結標さんの考えは、自分とは違うということですか。」
「ええ、まあ。」
結標はもう冷め切った紅茶を口に含んだ。
「一方通行はあなたや私が必要だと思ってる、今のところ。」
「だから現状では私達がこの件に参入することを咎めはしないでしょうね。私たちが第一位様のご期待に添えなかったときには、何があるかわからないけれど。」
「だからなぜ、彼女はそんな回りくどいことを?」
結標の言うことは一々尤もで、海原は否応なしに彼女の意見に対して頷くしかできなかった。
一日二日ならともかく、一週間以上もの間、妹達が勝手な行動を取っていることに彼女が気付かぬはずがない。妹達の奇妙な行動に気が付いたなら、あの過保護な第一位様なら彼女たちの様子を何かしらの方法で見張るくらいのことはしているはずだ。それなら、この件に自分や、白井黒子が関わっていることにも既に気がついているだろう。
理屈で考えればそれは理解できる。ただ彼女が、これだけ把握していながらこちらに対して一切接触してこない理由が分からない。妹達なり、自分なり、彼女の性格を考えればどちらかに勝手な真似はするなと文句の一つや二つ付けてくるだろう。
「決まってるじゃない。」
「男の顔は立ててやらないとね。」
彼女は思わせ振りに窓の外を見やると、懐に隠していた懐中電灯を取り出してくるりと回した。すると結標の隣の空いていた椅子のところに突然少年が現れた。
「ありゃ、バレてたのか。」
旭日旗模様のシャツの上に白い学ランを羽織った少年は、慌てる様子もなくぼりぼりと頭を掻いた。どちらかと言うと驚いたのは海原の方である。
「お会いするのは二度目かしら、第七位さん。」
「可愛い彼女のために、私たちと作戦会議なんていかが?」
そうして本来は交わるはずのない光と影が手を取り合うことになった。
「これはどういうこと?」
10032号、17600号、番外個体が白井黒子の泊まっていた部屋から入手した情報を元に、この事件の第一容疑者が潜んでいるビルへ向かうと、そこには既に激しい戦闘の後が刻まれていた。
「これは……白井黒子の金属矢ですね、とミサカ10032号は意外なものを発見します。」
「どういうこと?あの風紀委員、こいつらに騙されてたはずじゃ…。」
「この様子を見る限り、どう考えても彼女に攻撃されたとしか思えませんね、とミサカ17600号は予想外の展開に戸惑います…。」
彼女たちがこれまでに入手した情報は、以下の通りだ。
嘗て樹形図の設計者を再構築しようとした結標淡希が協力を要請した組織、科学結社が再び学園都市の技術を盗もうとしている―学園都市内でも機密情報に当たる「クローン人間の製造方法」を。
しかし警備員によって潰された彼らには、それを探るだけの能力がない。
―そんな彼らが白羽の矢を立てたのが白井黒子だったはずだ。
「ねぇ、ミサカたちをストーキングしてたのって、白井黒子で合ってるよね?」
「ええ、合っています。混乱する気持ちは分かりますが、とミサカ10032号は自身も混乱していることを隠せずに言います。」
「だからミサカたちは白井黒子がお姉様を気遣うあまりミサカたちを危険視しているのかと思っていたのですが、とミサカ17600号は続けて回答します。」
ある日17600号は、10039号を尾行する白井黒子の存在に気が付いた。
その時の17600号の慌てっぷりは只事ではなかった。何せ彼女なら御坂美琴を敬愛するあまりに何を仕出かしてもおかしくない。御坂を害する可能性があるとして妹達を攻撃してくる可能性も考えたし、果てはなぜ妹達が存在するのか調べ出して「絶対能力進化実験」という秘められた過去に辿り着く可能性も考えた。
だから彼女たちは白井黒子が妹達の存在をなぜ知ったのか、そして妹達の周囲を調べて何をしようとしているのか、逆に探ろうとしていたのである。
そうして漸く分かったのが、ある人物が白井黒子に妹達の存在を教えたらしい、ということである。そしてその人物は、白井黒子にあることないこと吹き込んで妹達の周囲を調べさせて、何か情報を得ようとしているらしい、と。
それ以上の事実が中々分からなかったので、彼女たちは海原光貴に相談を持ちかけた。
「何者かが白井黒子の御坂美琴を慕う気持ちを利用して、妹達の周囲を探っているらしい」と伝えたら、彼は真剣な顔を見せて頷いた。恐らく自分も御坂美琴を慕う人間の一人として、その気持を利用されることに憤慨したのであろう。
それからは彼と頻繁に連絡を取りながら行動し、とうとう白井にこんなことをするよう唆した人物がホテルに隠されていたメモ書きから科学結社の一員だということを突き止めたのだが―
「そうだ!海原光貴!!」
「アイツに連絡してみないと!!!」
番外個体は共犯の存在を思い出して慌てた。あの男には自分たちがこの場所に向かうことを伝えてある。今もこの事件の黒幕が科学結社であると信じているはずだ。
「ミサカは何か手掛かりがないか調べてみます、とミサカ17600号は近場にあったパソコン端末への接続を試みます。」
「御坂も手伝いましょう、とミサカ10032号は協力を申し出ます。」
一人ではハッキングの難しい彼女らは、二人がかりで彼らが使用していたメインコンピューターらしい端末への接続を試みた。
「……それはどういうことですか?」
結標淡希、そして突然現れた「第七位」と呼ばれる人物と話し込んでいた海原光貴の携帯電話が振動した。電話の向こう側の人物は超電磁砲クローンの末っ子で、慌てた様子の彼女からよくよく話を聞くと第一容疑者と思われていた科学結社は既に壊滅していて、しかもそれを為したのが白井黒子らしいと言う。
「白井さんは、科学結社に利用されていたのではないのですか?」
白井は科学結社から妹達の存在を知らされ、所謂共犯関係にあったはずだ。白井が御坂の悲しむようなことを進んでするとも思えないから、恐らく科学結社からでたらめを吹き込まれ、こんな行動に走ったのだろうと彼と妹達は考えていた。
その白井が病院に運ばれたという事実を知ったとき、彼らはこう推理した。科学結社の勧めで妹達の周囲を嗅ぎ回っていた白井黒子は、彼らのことを信用しきれずに対立関係に移行した。そして白井が邪魔になった科学結社によって攻撃されたのだろう、と。
結標はその推理には無理があると主張した。確かに学園都市外部の組織が―しかも嘗て警備員によって壊滅に追い込まれ、漸く復活したような組織が―大能力者を昏倒などさせられるわけがない、と。
海原も、確かにそうだと思った。しかし妹達と海原がこの推理を立てた時点では、白井を唆した存在が「科学結社」であるとは知らなかったのだ。その時点で彼らが持っていた情報は「何者かが白井黒子を唆して妹達の周囲を調べさせていて、その白井黒子が何故か昏倒して病院に運ばれた」ということだけだったのだ。そこから彼らはその「何者か」と白井が仲間割れを起こしたのだと推理した。
そして白井が潜伏していたホテルに潜入し、その「何者か」が「科学結社」であることを知った。
「科学結社がミサカたちのことを調べようとしているのは分かるけど、白井黒子を昏倒されられるかな?」
当然その情報を入手したとき、海原と妹達もその違和感には気付いていた。しかしながらそれ以外の情報が得られなかったので、取り敢えず手当たり次第に手掛かりを漁ってみることにしたのだった。
『今、ミサカ以外の妹達が科学結社の情報端末にアクセスしてるんだけど、こいつら1月3日に白井黒子に攻撃されてたっぽい。』
『こいつらが白井黒子に情報提供して利用しようとしてたのは間違いないみたいだよ。』
電話口の向こうの番外個体はそう言った。つまり彼女たちの推理は途中までは当たっていたということである。
結局のところ、白井黒子は科学結社を信用していなかったのだろう。御坂美琴に纏わることとして妹達に興味はあったのだろうが、調べて得られた情報を科学結社に渡そうとはしなかったらしい。そして彼らを「学園都市の治安を脅かす存在」であると判断した彼女は、彼らを攻撃したのだろう。
科学結社に残されていた端末から得られた情報は大まかにこのような内容だった。
「それならば、白井さんはなぜあんな状態に?」
海原は呆然として呟いた。白井黒子が倒れているのを発見されたのは1月5日のことである。科学結社と白井が交戦したのが1月3日で、しかも勝利したのが白井だというのなら、彼女をあんな状態に追い込んだのは何者なのだろうか。
『ミサカも分からないよ、間違いなく別に黒幕がいるとは思うけど。』
『この事件には白井黒子と、科学結社と、それ以外に何かが絡んでるはずだ。ソイツが白井黒子と戦闘して、あんなことになったとしか思えない。』
「しかし白井さんを昏倒させるような能力者なんて……。」
しかも彼女の体にはほとんど外傷がなかった。どんなことをすれば、能力使用に手慣れた大能力者を、外傷なしに昏倒させることができるというのだろう。
風紀委員一七七支部にていつものようにキーボードを叩きながら待機をしていた初春飾利の携帯が鳴った。待ち受け画面に表示された名前を見て、彼女は迷いなく通話ボタンを押す。
「もしもし、初春です。御坂さんですかー?」
はてさて、御坂美琴は真犯人に辿り着けるのであろうか。
今日はここまでです。
現在の時間軸を進めつつ、これまでに起きたことの謎解きを進める、というのは難しいですね。何か分かりづらいところ沢山ある気がする…
さて、皆さんは真犯人、誰だと思いますか?
こんにちはー、百合子受け増えるべきと毎日考えている>>1です。
一応これまでの流れで犯人のヒントはそこそこ書いているので(と言うか割と決定的なことを書いているようないないような)予想できている人も結構いるのではないかなーと思います。はっきりとその名前が出てくるのは今回の投下の更に次の回の予定ですので暫しお待ち下さい。
超電磁砲が禁書1期のエピソードに合流してしまい、もうすぐ一方さんが上条さんに殴られるのかと胸を痛める毎日です。上条さんになって一方さんの処女膜(と言う名の反射膜)を破りたい。あまつさえくんかくんかしてはすはすぺろぺろしたい。処女膜から声出てる一方たんプライスレス。
「珍しいじゃない、喧嘩でもしたの?」
1月6日のことだった。
麦野沈利はいつもの個室サロンに先に到着していた男女の様子を見て、少し呆気に取られたような表情を見せた。いつも麦野や絹旗に邪魔されない限りは隣同士に座って仲睦まじく過ごしているはずの彼らは、少し距離を取ってお互いの顔も見ずに座っていた。
しかも喧嘩になるときは大概浜面の方に非があって、彼の方が申し訳なさそうな情けないような表情を見せていることが多いのだけれど、今日は逆だった。滝壺の方が叱られた犬のようにしょんぼりと項垂れていて、時折ちらちらと浜面の様子を窺っている。
浜面はと言えば、激しく怒っているという風ではないが、不機嫌としか言い様のない表情をしている。彼は元々が体格のいい不良であるから、案外そういう表情には迫力があるのだ。傍目には気の弱い彼女をいいようにする暴力彼氏の図にしか見えないのだが、彼がそういう人間でないことを知っている麦野ははぁ、と溜息を吐いた。
麦野沈利は嘗て一度だけ、こんな様子の二人を見たことがある。
戦争から帰ってきて滝壺と麦野が学園都市内の病院に入院していたときのことだ。ある日浜面と絹旗が見舞いに行くと、医者から絶対安静を言いつけられていたはずの滝壺が病室にいなかった。隣の麦野の病室に遊びに行っているのかと思ったが、違った。
トイレに行ったというわけでもなさそうで、浜面と絹旗は滝壺の姿を彼女の病室のあるフロア隅々まで探したのだが、どこにもいなかった。
そうして別の階に行ったのだろうか、或いは外に―などと彼らが途方に暮れたところで、病院の中庭にあるベンチでぐったりしている滝壺が発見されたのだった。
「済みません、とミサカはしょんぼり項垂れてみます。」
ベンチの脇で彼女の様子を見守っていたのは、第一位の宝物の一人だった。何人かがこの病院で世話になっているということをその時点では知らなかった浜面は、こんなところで見知った人間(彼女が本当に浜面の見たことがある「ミサカちゃん」なのかは定かでないが)に会う偶然に驚きつつも、彼女に事情を聞いた。
「別棟にある売店にお菓子を買いに来ていたようなのですが、途中でこの通り顔色が悪くなってしまって…、このベンチで休んで貰っていたところなのです。別のミサカが今医者を呼んでいるところですから、とミサカは二人を安心させます。」
滝壺や麦野が入院しているのは特別病棟で、売店のある一般病棟まで行くには中庭を突っ切るか、ぐるりと連絡通路を回って歩くしかない。どちらにしろ7階にある病室と売店を往復するなら15分ほどかかるだろう。病人の足ならもっと掛かるかも分からない。今の状態の滝壺であれば、その途中で具合が悪くなって休んでいたという話も納得できる。
「私が病室まで超運んであげましょうか?」
声を出すことも辛いらしい滝壺は、ふるふると首を振った。
「揺れるのも気持ちが悪いそうで…ミサカが運ぼうとしたときもこの調子で、とミサカはここで立ち往生している理由を明かします。」
「でも売店なんて、俺達に頼んでくれりゃあ買い出しでも何でもするのに。」
実際浜面は2日と開けず彼女の様子を見に来ていて、彼女が何か必要な物があるというのなら携帯にでも連絡を入れてくれれば直ぐに買って持っていっただろう。にも関わらず滝壺自身が売店まで歩いて行こうとした理由が分からなかった。
「どうも、こういうことらしいです。」
「皆さんで食べたかったようですよ、とミサカはお菓子の一杯入った袋を掲げます。」
彼女が掲げたビニール袋には、現在食欲に乏しい彼女であれば1週間かかっても食べきれないであろう量のお菓子がぎっしり詰まっていた。つまり彼らが見舞いに来ることを知っていて、せめて少しでももてなしてやれないかと思ったらしい。
それを見た男は微笑ましく思うどころか、意外にも機嫌を損ねたのだった。
「と言うわけで、浜面が超怒ってるんです。麦野、何とか言ってやってくれませんか。」
滝壺の状態が幾らか回復して病室に戻った後、絹旗最愛が呆れた表情でこんなことを言い出したので、動き回ることもできず病室で放置プレイを食らっていた麦野沈利も事情を理解した。
体に合わぬ体晶を使ったり、体に鞭打って学園都市の追手と戦ったり、そもそも片目を失っていたり、と気丈な性格からそうは見せていないがかなりぼろぼろとなっていて入院していた彼女は、気怠そうに体を起こした。
「滝壺の気持ちも分かるけど、アンタはまず自分の体を治すことを優先しなさいよ。」
幾らか性格に問題はあるが、それでも案外リーダーシップを持ち合わせている彼女は諭すように言った。
彼女たちの務めはまずその体を治すことである。麦野の説く理屈を理解してはいる―だけれども、それに納得はしきれていない―滝壺は少し不満気な表情を見せながらも頷いた。
その様子を呆れた表情で見ていた麦野は、仕方ないといった風に訊ねた。
「私が今、同じことしたらアンタどう思う?」
「……無理しないで欲しい、って思うよ。」
「浜面と絹旗も同じ気持ちだよ。」
項垂れたままの彼女の表情は見えなかったけれど、こくりと頷いたのが見えたので、麦野はこちらに対する説教はこれで仕舞いにしてもいいだろう、と判断した。
次はその隣でぶすくれた表情をしている男の方である。
「浜面もいつまでも馬鹿面してんじゃないよ。可愛い彼女に頼って貰えなくって拗ねる気持ちは分からなくもないが。」
これまで他人に頼ることができずに生きてきた彼女たちは、例えば浜面のように信頼できる人間が現れたとしても簡単にそれに頼ることができない。これまでの習い性が彼女らを幾らか頑なにしていた。
浜面もそんな彼女らの事情を知らないわけではない。滝壺は浜面を頼りないだとか思っているわけではなく、信頼できないと思っているわけでもなく、ただ他人への寄り掛かり方を知らないだけなのだ。
「アンタたち、出会って2ヶ月やそこらじゃないか。まだ、滝壺にだって遠慮もあるさ。そしてアンタにも見栄がある。」
麦野はまだ少し不満気な表情を見せる二人を見て、逆に微笑ましく思った。死にかけたり、ロシアに言って戦争に巻き込まれたりと大層濃密な時間ではあったが、出会って然程立たないはずの二人がこれだけ想い合っているというのは貴重なことだろう。今では多少擦れ違いはあるが、それだってじきに減っていくはずだ。
まあ、その過程にあまり巻き込まれたくないな、とそのときの麦野は思ったのだけれど。
麦野沈利は数ヶ月前の出来事を思い出していた。今の彼らの表情は、あのときの彼らに近い。きっと滝壺が何か彼に心配をかけるようなことをしたのだろう。
「滝壺。麦野にも聞いて貰おう、いいよな?」
幾らか機嫌を持ち直したらしい男の方は言いながら、この緊迫した空気に耐え切れないといった風に溜息を吐いた。彼女の方も幾らか躊躇いながらも頷いた。
「痴話喧嘩に巻き込まないでよ。二人で勝手にやって頂戴。」
「痴話喧嘩じゃねぇよ。ほら、これ。」
浜面はポケットを漁って何かを取り出すと、麦野の方にぽいと投げて寄越した。それはシャープペンシルの芯を入れるような透明のケースだった。
「………何か減ってない?」
中に入った白い粉が、確かに麦野沈利が以前確認したときよりも少し減っている。暗部にあった頃は部下の状態を確認するために、今では腐れ縁の友人の状態を知るために、定期的にその量を確認していた麦野沈利はその量の変化に直ぐ気が付いた。
「アンタまさか能力使ったんじゃ…!!」
「そうじゃない。」
慌てて滝壺を問い詰めようとする麦野に対して、彼女は落ち着いた様子で言った。
「そうじゃないの。」
「あくせられーたに…。」
「第一位?」
そこで出てきた意外な人物の名に、麦野沈利は首を傾げた。
「俺、隠れるの下手だったか?」
結構気をつけて隠れていたつもりなんだけど、と第七位は悪びれる様子もなく言った。海原と結標の会話を盗み聞きしていたらしい少年は、それを結標に暴かれた途端に開き直って、それどころか店員に当たり前の顔をしてアイスコーヒーを頼んだ。
「能力のせいか、見えないところの気配に敏感らしくってね。」
「『案内人』か。」
「あら、私のこと知ってるのね。と言うよりも、「私たちのこと」と言うべきかしら。」
学園都市内で実しやかに噂されているものの、それが実在するだとか、ましてや誰であるとか、一般の学生は知らないはずの『案内人』と言う単語をさらりと口にした第七位の様子を見て、結標は意外に思った。
嘗て一方通行から彼について聞き出したときにはこの少年を清廉潔白な人間かと思ったが、案外とこちらの事情に詳しいらしい―彼女が信じるように、泥臭いことに手を染めてはいないのかもしれないが。
「どこまで知ってるんだか、俺もよく分からないけどなー。今日は、もう一人はいないんだな。」
「そこまで調べがついていれば上出来よ。」
少年の口振りに相手の腹を探ろうとするだとかそういう意図は感じられなかった。思ったほどお綺麗な人間ではないらしいが、それでも騙し合いだとかそういう好意を好まない人間ではあるのだろう。こちらの事情をある程度知っていて、それでいて必要以上に突っ込んでこない、という態度は却って好ましい。
「その様子だと僕のこともご存知なんでしょうね。」
暫く結標と彼の会話を見守っていた海原も口を挟んだ。
彼は妹達からこの少年のことをある程度聞かされていたし、少年もこちらのことを知っているというのなら話が早い。だからといって諸手を上げて協力関係を結ぶわけにもいかないのだが。
「それなら今何が起きているのか、どこまでご存知なのですか。」
「多分お前たちと大差ないと思うんだけどな。あいつにバレないように行動するのには苦労してるし。」
あいつ、というのは一方通行のことだろうか。確かに複数の人間で協力体制を築ける妹達はともかく、単独行動で一方通行の目をごまかしながら行動するというのは容易ではないだろう。
「多分、一方通行は気付いていると思うわよ。」
結標は先程から主張し続けていたことを、改めて口にする。
「あなた、年末年始、自分に連絡入れるなって一方通行に言っていたでしょう。」
結標淡希は数日前、一方通行とその同居人、知人らとともに一晩を過ごした記憶を思い返していた。そのとき、一方通行は第七位について訊ねられたときに「新手の耐久レースに挑戦中なので連絡が取れない」と言っていたが、その表情には含みがあった。
「そんな妙な嘘吐かないで、何も言わずに動き出せばよかったのよ。それで連絡が取れなかったところであの子は気にしないだろうし。」
「妙な言い訳したせいで、却って怪しんでたわよ、あの子。」
海原光貴も結標のその発言で、一方通行が現状を把握している可能性が高いことに納得した。少なくとも彼女は、抱いた疑問をそのままにしておく人間ではない。彼の行動に怪しい点があると感じたのなら、直ぐにそれについて調べようとするだろう。そして彼女の能力を持ってすれば疾うの昔に調べがついていると踏んでまず間違いないだろう。
「でも、どうしてあなたはこの事件に気付いたのかしら?超電磁砲のクローンからこの話を聞いたわけではないでしょう?」
妹達は海原光貴に協力を要請したときにこんなことを言った。「第七位に協力を求めようとしたが、彼が動き出せば一方通行に気付かれるだろうと思って止めた」、と。だから妹達は自分たちと、そして今となっては一方通行ともあまり接点のない彼を共犯に選んだのだ。
結標の質問に対して、彼は訥々と語り出した。
去年のクリスマスの前、妹達に自分のとある相談ごとに乗ってもらっているときに彼女たちをつけ回す人物の存在に気が付いた、と。
「白井黒子のことかしら。」
「ああ、うん。そう。」
白井と面識のある彼は、直ぐにその人物の正体に気が付いた。しかし彼は妹達にそのことを伝えなかった。彼女らを不安にさせることは本意でない。白井が何をしようとしているかは分からないが、正義感の強い彼女のことだから妹達に害を及ぼすことはないだろうと彼は判断して、暫く様子を窺っていたのだ。
「クリスマスの前となると、妹さんたちもまだ白井さんの尾行に気付いていない頃ですが。あなたはその頃から一人で彼女の様子を探っていたということですか。」
海原の質問に、彼は重々しく頷いた。
「白井は絶対能力進化実験や量産型能力者計画に関わった研究所に忍び込んで回ってた。」
それは嘗て御坂美琴が破壊して回っていた施設ばかりだった。恐らく元から発電系能力者によって破壊された跡のある施設について、御坂美琴と何かしらの関係があると当たりをつけていたのだろう。
当然その施設にも妹達は「ネズミ捕り」を仕掛けていたのだが、空間移動能力者が彼女らの仕掛けた非常にシンプルな罠に容易に引っ掛かるはずもなく、妹達は暫くの間、彼女の行動を把握することができなかったというわけである。
「1月3日だったかな、その日も白井は第十学区の研究所に忍び込んでた。あいつは能力使って研究所の敷地内に入り込んでいたけれど、俺はそうも行かないから、あいつが出てくるのを待ってたんだ。」
「―そこで俺は白井が忍び込んだ研究所に、別の能力者が忍び込むところを見たんだ。」
「能力者、ですか?」
海原光貴は咄嗟に腰を浮かした。この件について、白井黒子と接触していたのは科学結社、つまり学園都市外部の組織であったはずである。能力者が登場してくるのはおかしい。
しかしながら先ほど番外個体から入った連絡によって、既に科学結社が白井の手によって崩壊に追い込まれていたことを知っていた彼らは、その能力者こそが白井を昏倒に追い込んだ人物ではないかと瞬時に当たりをつけた。
少年はそのときの記憶を丁寧に探るように、少しばかり声のトーンを落としながら言葉を続けた。
「そいつが建物の中に入っても警報は鳴ってなかったら、何だか分からないけど能力者には違いないと思う。」
「空間移動系能力者ではないの?」
「多分違う、様子を見ててもよく分からなかった。そいつはあっという間に建物に入って見えなくなったし。」
セキュリティに引っ掛かることなく建物に侵入することのできる能力には幾つか候補があげられる。白井や結標の空間移動系能力や、御坂の発電能力などが代表的なものであるが、彼はその人物が持つ能力はそういった分かりやすいものではなさそうだったと言った。
「性別や外見は?」
「男だった、俺と同じ年頃だと思う。でも何か妙で…。」
「妙?」
少年は彼には珍しい訝しげな表情をして、自分でも信じられない、と言うな口振りで言った。
「何か、人じゃない、みたいな……。」
彼が深刻な表情で全く要領を得ないことを言うものだから、結標と海原は狐につままれたような表情をするしかなかった。
「体晶と第一位に何の関係があるってのさ?」
なかなか口を割ろうとしない滝壺に痺れを切らして、麦野は幾らかきつい言い方をした。おろおろと戸惑う滝壺の様子を見て、浜面が「俺が説明してもいいか」と申し出る。彼女は少し躊躇うような表情を見せたが、ゆっくり頷いた。
「滝壺が、体晶を第一位に分けたんだと。」
「はああ?全く意味分かんないんだけど。」
「滝壺はこれの解析を頼みたかったらしい。」
体晶には様々な神経伝達物質やホルモンが含まれている。
自分の体調を一刻も早く万全に戻したい、そして可能であれば体晶に頼らずに能力を使用できるようになりたい―そう考えた彼女は、体晶がそもそもどういう作用を持つものなのか、知ろうとした。
至極妥当な考えではある。体晶のどんな作用が彼女にとってリスクとして働き、そしてどんな作用がベネフィットとして働いているのか、それを詳細に知ることができれば、リスクを減らしてベネフィットを得ることができるようになるかも知れない。
そう思った彼女はまずそれを冥土返しに預けたのだが、彼にもその粉末がなぜ能力の暴走状態を引き起こすのか、そしてなぜ滝壺理后はこの粉末がなければ能力を使用できないのか、解明できなかったらしい。
「確かにホルモンなんかは僕の専門分野だけどね。これを摂取した人間の体内でどんなことが起こるのか、それを詳細にシュミレートするほどの技術も知識も僕にはない。」
医者は申し訳なさそうに言った。確かに体晶を飲んだときの人体の反応を知り、それを彼女の治療や能力使用に応用するためには、全身の細胞レベル、或いは分子レベルの反応を理解する必要があるだろう。それだけのことをする技術は、学園都市といえどまだ十分には発達していない。
そこで滝壺理后がふと思いついたのが、一方通行に協力して貰うことだった。
「確かに第一位なら、全身の細胞レベルの反応をシュミレートするだけのことはできるかも知れないけど。」
麦野沈利は曖昧に頷いた。彼女は知らないが、嘗て一方通行は人の脳内の電子情報を丸々上書きしたり、自身の体の状態を詳細に把握しながら本来使えぬはずの魔術を行使した経験があった。いとも容易く、とまでは行かないが、それでも滝壺の望む回答を出してくれる存在がいるとすれば、それは冥土返しでもなく、スパコンでもなく、彼女だろう。
「それで?解析用にって、第一位に体晶を分け与えたってこと?」
麦野はいつまでも結論を言わない浜面と滝壺に対して、些か性急な訊き方をした。
「……そうらしい。それを第一位が使うとか考えなかったのかよ、って俺は怒ったんだけど。」
「あくせられーたには、絶対自分では使わないでね、って約束してもらった。」
滝壺はそう言ったが、それでもその口約束に大した拘束力があるわけでもないことを理解していたのだろう。自信満々とは言いがたい表情だった。
「分からないわよ。そりゃ第一位だって積極的にこんな危ないもの使おうとはしないだろうけど、クローンがピンチになってどうしようもなくなったなら、使う可能性は十分あるわ。」
「俺もそう言った。」
既に思いつく限りの懸念事項は浜面が訴えた後だったのだろう。一方通行自身が使用しないまでも、彼女は何人かの人間と同居している。何かの拍子にその同居人たちが誤飲してしまう可能性だってある。
体調を良くしたい、そして体晶を使わずとも能力を使えるようになりたいという滝壺の気持ちは重々承知しているが、せめて浜面なり自分に相談してからにして欲しかった、と麦野沈利は思った。
「こればっかりは浜面に賛同せざるをえないわ。」
「別に体晶そのものを渡さなくたってよかったじゃない。冥土返しの解析データ渡せばそれで十分だったはずよ。」
「………うん。やっぱり、あくせられーたに言って今からでも返して貰った方がいいかな。」
「そうすべきだと思うわ、第一位だって納得するでしょ。と言うかそもそもアイツ、よく受け取ったわね。」
第一位が何のリスクも考えずにこんな危険なものを受け取るとは考えにくい。滝壺は何と言って彼女に体晶を預けたのか、彼女は少しばかり疑問に思った。その気持ちを素直に言葉にしたところ、滝壺が痛いところを突かれた、という風にびくりと反応した。
「……あくせられーたにも、はまづらやむぎのに相談せずにこんなことしていいのか、って訊かれた。」
「ほら、やっぱり。第一位だって扱いに困ったんだろ、きっと。」
浜面が呆れたように言う。庇護欲を唆られる生き物に弱い一方通行は、ぽやんとした雰囲気のある滝壺のことも保護対象のように感じているところがある。その滝壺に強く主張されて、仕方なしに預かったというところだろうか。もしかして頃合いを見計らって麦野辺りに返すつもりだったかも分からない。あの生真面目娘のことだから、きっちり解析しようとする可能性も十分にあるが。
「第一位の能力暴走なんて、想像したくもないわね。」
麦野沈利はぽつりと呟いた。
いつだったか体晶で絶対能力者を生み出そうとした馬鹿な科学者がいたな、とふと思い出す。実際には体晶を使用した絶対能力進化実験については樹形図の設計者からほぼ全否定に近い回答を返されているが、それでも絶対能力者に最も近い第一位が体晶を所有するという状況に、絶対能力者の誕生を想起させられるのは仕方ないことだろう。
(そんなもの作ってどうするのかしらね、この街は……)
意外に思われるかもしれないが、麦野沈利はこれ以上能力を強くさせるようなことにあまり興味がない。余りにも大きな力を持っていたって使い道がないし、序列が気になるのは単にあんな甘っちょろい小娘が自分より上にいるということが気に入らないだけである。第一、この能力を強化せずとも、超電磁砲に遅れを取るつもりはないし、というのが彼女の主張であった。
麦野沈利は化け物じみた力を持っているが、それでも自分は人間であると自認している。だが、一方通行は違う。誰もが彼女を人間扱いして来なかったし、彼女自身も自分が人間であるとは信じきれていなかった。
(そんなやつを、本当に化け物にして、何がしたいのかしら)
彼女は何となく気付いていた。
自分はオマケですらないこと。超電磁砲ですら代用の利くこと。
ただ、あの化け物じみて愛らしい第一位だけが、替えの利かぬ、特別な存在であること。
今日はここまでです。次回はある人が犯人の正体に辿り着く予定。
ふと思い返すといつの間にやら科学サイド主要キャラ結構出し尽くした感がありますねー。話の性質上、魔術サイドの人間は非常に出しづらいので諦めていますが、出して欲しいキャラっているでしょうか?
やっぱりオッレルス挙がりますねー、ソギーと接触ある数少ない魔術サイドの人間だからでしょうけど。
実はこのSS、オッレルスが出るルートに行くための分岐を通りすぎてしまってるのですが…自分の脳内では既にいろんな分岐を通り過ぎていて、土百合ルートもオッレルス再戦ルートも消滅しているのです…オッレルス再戦ルートはクリスマス後、正月前に誰も知らないうちにこっそり消えていました…
でもどうしても好きなので若干土百合入れてしまう。そして消えたオッレルス再戦ルートもあらすじだけはできてるので頃合いを見て小ネタで投下する予定です。
フィアンマさんは百合にゃんとどう絡ませていいのか全くわからないんですが、俺様何様フィアンマ様に迫られて悔しいビクンビクンってなってる百合にゃんとか書けばいいんですかね?
酔った勢いでフィアンマさん書いてみたけどこれで合ってるかな?このSSに出す予定全くなかったので、口調とかキャラとか全然研究してないんだ。
何となく「百合にゃんがフィアンマさんに誘拐されて、何かよからぬことに利用されそうになってるけど、百合にゃん必死に抵抗中」的なシチュエーションだということでスルーしてくだしあ。
「案外と強情だな。」
足元に転がる人物を見下ろして男は呟いた。当の本人―足蹴にされている少女には彼が自分のことを褒めているのか、貶しているのかよく分からない。その表情は嬉しそうでもあったし、気持ちの悪い生き物を見下しているようでもあった。そのどちらの感情も酷く剥き出しのままこちらに刺さってくるような感覚があったから、そのどちらも決して嘘ではなく、つまりは素直な生き物には違いないのだろうと思った。
「あの街よりよほどこちらの世界の方が寛容だ。お前のような生き物だって、こちらでは珍しくないのだからな。」
「………。」
男はこちら側に来た方がよほど楽しく過ごせると言いたいらしかったが、彼女は頷くことも、首を振ることもしなかった。
確かに、あの街には自分と並ぶ者はない。嘗ては第二位がそれに相当したのだろうが、あの男は既にこの世にない。たったふたつしか数字の違わない少女と自分はまるで違っている。自分に近い生き物はあの壁に囲まれた世界の230万人の中にはいないことはよくよく知っている。もうずっと前から。
こちら側の世界なら、自分と似たような生き物がいるということもよく分かる。この男もそうなのだろう。だけれど、珍しくもないからという理由だけで自分が当たり前の人間のように扱われるわけではないということも彼女は悟っていた。ただ、こちら側は化け物の数が多いだけなのだ―どこへ行っても、化け物は化け物で、人間になんてなれっこない。
彼女は冷たい床の上に転がったまま、けらけらと特徴的な笑い声を零した。
「もォちょっと上手い嘘つけよなァ、」
「―なら何でオマエはそんな寂しそォな顔してるわけ?」
子供の悪戯を指摘するような、楽しげな声だった。男の行為を批難するような意図は全く感じられなかった。これだから女は汚らわしいと思う。男よりも先に知恵の実を食べた生き物。男に知恵の実を食べるよう唆した生き物。酷く気持ちが悪くて、同時に恐ろしいほど魅力的な生き物。だからその男は、ありとあらゆる女を嫌っていた。
「……女、言葉は選ぶべきだったな。今更悔やんでも遅いが。」
男の機嫌を損ねるのには十分だった。距離を置かれ、疎まれるようなことはあっても、哀れまれるようなことのなかった男にとっては、彼女の言葉はこれ以上ない侮辱として受け止められた。
「知っているぞ、その首についている奇妙なものを壊してしまえば、何もできないこと。」
男の気持ち悪いほどに美しく整った手が、彼女の首元に伸びた瞬間のことだった。
続きはWebで!!!
こんばんわー。行きつけのバーに行こうとしたら貸切で門前払いを食らったので、手持ち無沙汰な超電磁砲待ちの間に投下します。
上の小ネタをちゃんと書ききりたい気持ちもなくはないのですが、確実に収集つかない&今の更新頻度を保てない自信があるので小ネタに留めておきます。バトル抜きにしないと自分の力量が間に合わないです。
さて、今日は犯人の正体が分かりますよー。
「……人じゃないみたいって、具体的にどういうことかしら?全く要領を得ないのだけど。」
結標が渋い顔をして問うと、彼にも自覚があったのだろう、ぼりぼりと頭を掻いて困ったような表情を見せた。
「何て説明したらいいのか分からない。俺、そういうの得意じゃないし。」
「上手く言えないけど……遠目から見てマネキンみたいな感じだった。皮膚の内側に筋肉とか、内臓とか、血管がある感じがしなかった。」
白井黒子の後に一方通行に関係する研究所に忍び込んだという男のことを、彼は不器用ながらに語った。その男が白井が倒れたことと関係しているのかも、一方通行や妹達に対してどのような思惑を抱えているのかもまるで分からないままに。
「表面も、中身も、全部同じものでできてるような感じがした。プラスチックとか、塩化ビニルとかを型に嵌めて抜いただけのような。」
彼は必死に説明しようとしてくれているのだろうが、それでも話を聞いている二人には理解が及ばなかった。マネキンが動いて回っているというのならそれは確かに恐ろしい話だけれど、そんなことがあるはずもない。彼が見たのは、どんなに奇妙な感じがしようとも人間であるはずだ。
「そんなこと言うなら、一方通行だってそんな印象を受けるけれど。」
結標が初めて一方通行を見たときに受けた印象が、それに近かった。真っ白い肌は滑らかな陶磁器のようで、その中に柘榴のような人の身や、鉄臭い血液が詰まっているなどとは到底思えなかった。
暗部で共に活動するようになって、あの少女にも人間の当たり前の苦悩や歓びが在ることを知ったけれど、それまでは大能力者である結標の目にもあの少女は人であるとは思えなかった。
「アイツを、そういう風に言わないで欲しい。」
少年は結標の言葉を聞くと、瞬間的に表情を強張らせて言った。本当はあの少女を侮辱するんじゃないと怒りたいのだろう、と彼女は直ぐに理解した。ああ、この少年は今も昔も、彼女を一人の少女としてしか見ていないのだろう、それは美談でもあるだろうし、悲劇でもあったのだろう、とぼんやり思った。
「ごめんなさい、前言を撤回させて貰うわ。」
結標は彼の怒りを買うことは得策でないと肌で感じたのだろう。あっさりと自分の発言を覆した。元から沸点の高い少年は、それ以上彼女の発言を咎めようとはしなかった。
「でもやっぱりあなたの言うことがいまいちイメージできないのよ。あなたはその人物が能力を使用する場面を見なかったの?」
「見た、と思う。」
「思う、というのは?」
「あれ………、能力なのか…?」
少年は、首を捻りながらもそのときのことを語った。そのとき彼が見た不思議な現象は、トンデモ科学に慣れきった―それどころか自身がトンデモ科学の権化のような―彼にも信じがたいことだったのだろう。その口振りは自身が実際に見たことを語ると言うよりも、噂話を憶測混じりに語るようときのように自信がなさげだった。
「霧みたいに、砂みたいに、ぽろぽろと崩れてふっと消えたんだ、」
「そして気が付いたらアイツは塀を越えて敷地内にいた。」
「そんなことを何度か繰り返して、建物の中に消えてったんだ。」
結標は押し黙った。
彼は、それは例えばハリウッド映画の特殊効果のようにしか見えなかったと続けた。
「視覚的に誤認を起こさせる能力でしょうか?」
超能力というものの有り様についてある程度調べてはいるものの、生粋の住人と比較したら幾らかそれに関する知識に疎い少年は気軽に訊ねたが、結標の方は渋い顔をしたままぴくりとも動かなかった。
「それなら監視カメラなり、赤外線なりに引っ掛かるはずよ。学園都市に存在するそういった能力の類は、人の目はごまかせても機械をごまかせるものではないわ。」
「なら、体を別のものに変化させる能力?」
「さすがに霧にまでは変化できないでしょうね。精々が他人のはずだわ、無機物どころか動物にだって肉体を変化させることはできないはずよ……?」
そんなことができる人間がいたとしたら、疾うの昔に超能力者に名を連ねていることだろう、結標はそう呟いた。
風紀委員一七七支部にていつものようにキーボードを叩きながら待機をしていた初春飾利の携帯が鳴った。待ち受け画面に表示された名前を見て、彼女は迷いなく通話ボタンを押す。
「もしもし、初春です。御坂さんですかー?明けましておめでとうございます。」
『明けましておめでとう…、ってアレ?私、初春さんにあけおめメールしたよね?』
「あ、それはそうなんですけど、お話するのは今年初めてだったので…変ですかね?」
『そう言えばそうね…、明けましておめでとう、初春さん。』
メールでは何回かやり取りをしていたのでそういう感覚がなかったが、初春の言う通りきちんと言葉を交わすのはこれが今年初めてのことであった。御坂は気を取り直し、改めて新年の挨拶を告げる。
「でも御坂さんが私に電話かけてくるなんて珍しいですねー。いつも白井さんに邪魔されますし。何の御用でしょうか?」
初春はキーボードを叩く手を止めずに何気なく言った。肩と顎の間に携帯電話を挟んで話す姿は手慣れたサラリーマンのようである。彼女は何事にもあまり器用なタイプではないのだが、こと情報処理に関してはその限りでなかった。
『実は初春さんに訊きたいことがあるんだけど………』
「?」
御坂は少し躊躇うような間を空けて、それから意外な人物の名を口にした。
『…初春さん、一方通行と会ったことがあるって言ってたよね?』
「アクセラレータさんって、この間ケーキ屋さんで会った人ですよね。はい、一度だけですけど、前に会ったことがありますよ。」
躊躇いがちに、酷く重い口調で訊ねる御坂に対して、初春は極々気軽に答えた。実際にはそのとき、彼女は第一位と第二位の戦闘、暗部同士の抗争の真っ只中に巻き込まれたのだが、彼女自身はその重大さを理解していない。
『その時のこと、詳しく訊かせて貰えないかしら?』
「?いいですけど…。」
御坂が妙に深刻な口調で言うものだから、初春は首を傾げながらもその日のことを話し始めたのだった。
「えーっとですね、去年の秋、戦争が始まる少し前だったと思うんですけど…どこから話したらいいんでしょうか?」
『何でもいいわ、何か手がかりになりそうなことなら何でも。』
手がかりとは何のことだろう、と初春は首を傾げた。初春に分かったのは、御坂があの「アクセラレータ」と呼ばれる不思議な容姿の少女のことを調べているらしいということだけだった。御坂がそれで何か悪事を仕出かすとも思わないので、初春は覚えていることを素直に話し続けたのだけれど。
「その日、風紀委員の見回りの途中で迷子の女の子を見付けたんです。だけどその子、探している人がいるってあちこち歩き回って、私はそれを追いかけて。」
『……その女の子の名前とか、見た目とか、覚えていないかしら。』
「御坂さんみたいな明るい茶髪の女の子でしたよ。名前は何だか変わってて、覚えてないけど能力名とも違うみたいな?カタカナには違いなかったと思うんですけど、私はアホ毛ちゃんって呼んでたので正直覚えてないんです。」
『アホ毛ちゃん?』
「ええ、ぴんと一束髪の毛が立ってて、発電能力者なのかなー?時々そこからピリピリしたものが飛び出してました。」
恐らくそのアホ毛ちゃんとやらは打ち止めのことだろう、と御坂は思った。発電系の能力者はさして珍しくもなく、むしろ学園都市に最もありふれた能力の一つなのだが、初春飾利がその日一方通行と会ったというのなら、その子供は彼女と縁の深い打ち止めである可能性が高い。カタカナの、能力名とも思えない名前というのも彼女の特徴と一致する。
「それで、色んな所を連れ回されたんですけど、途中で男の人に声を掛けられたんです。」
『男の人?』
「多分高校生くらいなのかな、不良っぽい感じの人でした。垣根帝督って名乗って、そのアホ毛ちゃんの写真を持っていて、この子を探している、って言ったんです。」
御坂は一層耳をそばだてた。打ち止めの交友関係を全て把握しているわけではないが、それでも彼女のことを知っている人間は多くないだろう。一方通行自身ですら、実験が中断してから彼女の存在を知ったのだと言っていた気がする。
その男が打ち止めの存在を知っており、しかもその日打ち止めとともにいた初春に声を掛けたというのは、単なる偶然ではないだろう。
『それで、初春さんはどうしたの?』
「私はそのときアホ毛ちゃんと逸れてしまっていて。」
「しかもその男の人が嫌な雰囲気だったので、知らない、って嘘を吐いたんです。アホ毛ちゃんの保護者さんとも思えなくって、むしろ誘拐しようとしているみたいな。」
能力の強度は低く、運動神経にも恵まれていない初春だったが、彼女なりにしっかりと正義感を持っていた。この人にあの子供を預けてはいけないと直感的に理解した彼女は、嘘を吐いたのだった。
「そしたらその人突然怒り出したんです。私がアホ毛ちゃんと一緒にいたことは知ってるんだって言って。」
『怒ったって、どんな風に?』
「怒鳴ったりはしなかったです。静かに淡々と話しながら、私を殴ったり、蹴ったりしてきて。」
その垣根という男は自分に暴力を振るいながら色々言っていたのだけれど、その意味は全く分からなかった、と初春は続けた。まるで自分の知らない世界のことについて語っているようだった、と。
「その人、私に「お別れだ」って言って、そのときはもう訳が分からなかったけれど、多分あの人…、私を殺そうとしてたんだと思います。私には全然分からないけれど、凄く強い能力者みたいでした。」
『……でも私、初春さんがその頃大怪我してた覚えなんてないわよ?』
御坂は去年の秋頃の記憶を辿った。彼女が風紀委員の任務で細かい傷を作っているところは何度か見たことがあるが、「殺されかけた」というほどの大きな暴力を受けた形跡は見た覚えがなかった。
彼女は普段後方支援を担当しているので、白井黒子と比べて身体的なダメージは少ないはずなのだ。そんな彼女が珍しくも大怪我を追っていたような記憶などなく、御坂は首を傾げた。
「はい、実際に、私はそれ以上の暴力を受けずに済んだんですけれど、」
「そのとき助けてくれたのが、あのアクセラレータさんだったんです。」
そのときは、助かったという事実も、助けられたという安心感も、何も分からなかった、と初春は言った。何も分からなくて、分からないうちに、一方通行と垣根という男は戦闘を始めたのだという。
その渦の中心に近いところにいたはずの彼女もあっという間に二人からは距離が離れてしまい、二人が戦闘を始めた理由も、二人が具体的にどんな攻撃を繰り出しているのかも全く分からなかった。最終的に一方通行が勝利したらしいこと、周囲の建物を破壊するほどの戦闘が行われていながらその垣根という人物以外には怪我人らしい怪我人が出なかったこと、なども初春は口にしたが、その証言には要領を得ないところも多くあった。
(怪我人が出なかったのは偶然じゃないわ…間違いなく、一方通行が能力で周囲への被害を抑えていたはず)
御坂は初春の言葉を聞きながら、その状況を思い浮かべた。市街地で建物を壊すほどの戦闘となると、相手も大能力者以上の能力者と考えるべきだろう。大きな六枚の羽が生えていた、という初春の証言からはどんな能力者なのか全く想像がつかないが。
『その垣根って人がその後どうなったのか、初春さん、何か知らない?』
「えーっと、ちょっと待って下さい。思い出しますね。」
彼女が言うにはあまりにも突然のことばかりで、ずっとその場にいたはずなのによく覚えていないことばかりなのだという。その後にも警備員に事情聴取をされたらしいのだが、まともな証言など何もできなかったのだ、と彼女は告白した。
「垣根って人は大怪我をして、それで誰が見てもアクセラレータさんが勝ったんだ、っていう状態でした。でも、垣根という人も死んではいなかったはずです。」
「そうだ、途中で黄泉川先生が来て、アクセラレータさんを止めてるみたいでした。元々知り合いだったのかな?」
「だけどその黄泉川先生を、垣根って人が攻撃して。アクセラレータさんは怒ったみたいでした……。」
そこまで言うと、電話口の向こうからはっと息を呑むような声が聞こえた。御坂はそれについて何も言及せず、ただ初春の次の言葉を待った。
「………そうだ、思い出して来ました。」
彼女は訥々と語った。
誰の目にも重症と分かる傷を負って倒れる黄泉川を目にして、一方通行が獣のような咆哮を上げたかと思えば、その次の瞬間、彼女の背から大きな黒い翼のようなものが噴き出してきたこと。それは蛇のようにのたうち回りながらあっという間に何十メートルもの大きさになって、周りの建物を壊したこと。そうして大怪我を負いながらも生きていたはずの垣根帝督は、その怒りに飲み込まれて肉塊になったこと。
「何で私、こんなことを忘れてしまっていたんでしょう、」
語りながら数ヶ月の間封印されていた記憶が蘇ってきたらしい、彼女は自分自身の記憶に驚いていた。
「あの垣根って人、死んでしまったんでしょうか、」
彼女の記憶に間違いがなければ、その男は一方通行に肉塊にされたはずである。普通の人間であればそれで生きているとはとても思えない―普通の人間であれば。
この街の技術を持ってすればそれでも命を繋げる可能性があると知っていた御坂は、彼女の問いに対して何も答えなかった。
「それに、あ、アクセラレータさんって、何者なんでしょうか、」
「悪い人ではないと思うんですけど、でも、人を、あの、」
初春は嘗ての記憶に苛まれ、それが目の前で起きていることのように怯えだした。
一方通行のことを「殺されそうになった自分を助けてくれた人物」だと認識しているらしいが、それでもその人物が人を殺したかもしれないという事実は受け入れ難いのだろう―それが例え、自分を殺そうとした男であったとしても。
『大丈夫よ、初春さん。』
御坂はなるたけ落ち着いて聞こえるように、それでいてはっきりと言った。
『アイツは、初春さんの言う通り悪いやつじゃないから。』
『確かにいい人間とも言えないけれど。』
御坂は自分自身に言い聞かせるように呟いた。
一方通行のことを間違っても真っ当な人間とは言えない。あれだけの人間を殺して、何とも思わなかった人間を―今は違うけれど―善人とは言えないだろう。だけれど初春の話を聞く限り、この件については初春飾利や黄泉川愛穂を攻撃しようとした男を止めたということで、些かやり過ぎの感はあるが正当防衛とも言える。相手を肉塊にするほどのことをしておいて、「やり過ぎ」の一言で済ませる自分も大概まともな感覚の人間ではなくなりつつあるのだろうが。
一方通行のことを、好きとはまだ言い切れないと思う。だけれど、過去に犯した罪を理解して、それをがむしゃらに取り戻そうとしている姿は、嫌いじゃなかった。
『何より、アイツに、これ以上人殺しなんてさせないわ。』
「え、御坂さん?」
御坂は一人で勝手に納得すると電話を切ってしまって、初春には何で今になってこんな話を訊かれることになったのか、それすらも分からないまま通話は終わった。彼女の能力(学園都市で一般的に言われる能力とは違う意味であるけれど)を持ってすれば、あの第一位と第二位の戦闘の裏に隠れた誰も知り得ないような秘密も焙り出せるのかも分からなかったが、彼女はそんなことには気付かなかった。
学園都市第三位、御坂美琴はまた一人で立ち上がろうとしていた。それを止めるでなく、協力のために手を差し伸べてくれる少年の登場を待ち望みながら。
彼女は寮の部屋で一人項垂れていた。その手にはホテルの部屋から持ち帰った紙がくしゃくしゃになって握られている。
震える手でその紙をもう一度広げ、皺を伸ばした。何度見てもそこには「垣根帝督」の名がある。その隣には超能力者序列第二位とも併記されていた。いつか一方通行とケーキ屋で出くわしたとき、初春が「垣根」という人物の名を口にしたのを覚えていた御坂は、この名前を見て咄嗟に彼女に話を聞くことを思いついたのだった。
この男が一方通行と何かしらの因縁を持っているのは間違いないだろう。初春が語った嘗て殺されかけたという話が本当なら、十分復讐の動機には成り得る。自分から喧嘩を売っておいて返り討ちにされたことを恨むのは理不尽とも言えるが。それでも、御坂がこれまで出食わしたことのある悪人に比べればその動機は比較的理に適っていると思えてしまう。
(でもこの第二位ってやつ、本当に生きているのかしら……)
白井が隠し持っていた資料を信じるのであれば、初春が肉塊になったと認識していたはずの人物は今も生きているらしい。そして学園都市の何処かで一方通行に復讐する機会を伺っているはずだ。
例えば半年ほど前の自分ならそんな馬鹿なことはないと笑い飛ばしただろう。でも自分は既にこの街の異常さを散々目にしてきた。この街なら第二位のクローンを作るという手もあるし、それでレベルが落ちてしまうというのならサイボーグでも作って脳みそだけ移植すればいいと考えるかも分からない。そんなことを考えられてしまう程度には、御坂もこの街に汚されていた。
今彼女にとって重要なのは、第二位が復活しているか否かということではない、復活していたとして自分に対向する術があるか、ということである。
(第二位、つまり一方通行と私の間………)
自分と一方通行の能力には差が開き過ぎている。単純な威力にしても、応用力の幅にしても、御坂は一方通行の足元にも及ばない―30分の時間制限が加えられた今でも手が届かないと思うほどに。
となると、その間に位置する第二位の実力も予想しにくい。初春の証言から恐らく殺人に対して抵抗を覚えない人物であるだろうと予想できるし、その戦闘力には単なる能力の強さ以上に差があると思っていいだろう。
(アイツでも、対抗できるかどうか)
御坂美琴は、幻想殺しと呼ばれる少年を思い浮かべた。彼はありとあらゆる超能力を無効化できるが、その有効範囲は非常に狭く、また、極々一般的な凶器に対しては無防備である。彼の能力の特性をよくよく知った上ならば、あの少年を殺すことなど然程難しくないのだ。
一方通行なら対抗できるのだろう。嘗てその男と戦ったことがあり、そして退けたことがある彼女なら。だけれど彼女にそれを背負わせることは酷く酷なことであると感じた。
できることと、やりたいことは一緒ではない。同じように、いや、彼女に比べれば酷く卑小な能力ではあるがそれでも超能力者と呼ばれる自分には、全く同じではないかもしれないけれどそれが分かる。
確かにこの力は人を殺すことができるだろうけれど、それをしたいとは思わない。何でこの街の大人たちはそんな簡単なことに気が付かないのだろう。知っていて知らぬ振りをしているのかもしれないけれど。
「アイツばっかり、ずるいわ。」
彼女はぽつりと呟いた。
あの少女ばかり重荷を背負って、自分はまるで守られているだけの子供みたいだ。この街の暗い部分を壊して、背負って、切り開いて。あの女の手はどれだけささくれていることだろう。そう思うと自分の人形めいて整った手が厭わしくすら思われた。
「アタシは、お姫様なんかじゃないんだから。」
何とも勇ましいお姫様はそう呟いた。その影で戦闘能力だけなら第一位、第二位にも劣らないと言われる第七位や、何人かのクローンの少女たち、スキルアウトの少年や魔術を捨てた元暗部の少年たちが立ち上がっていることも知らずに。
ただ、彼女は彼女自身の気概だけで立ち上がる。
今日はここまでです。美琴はヒロインって言うよりイケメンだと思う。
果たして垣根は真犯人なのか!?そして垣根の動機は!!??ソギーは百合子を守りきれるのか!!!???
乞うご期待!!!
こんばんわー、暑い日が続いておりますね。北国出身の上京モンは寝苦しさに悩まされる日々でございます。このタイミングでクーラーの調子が悪いとか厄年か何かでしょうか。
如何せん自分が上イン派で、かつ三角関係をきっちり書けるほどの能力もないため、美琴の見せ場は恋愛面でなく戦闘面になりました。その戦闘もあまり得意ではないのですが…でも美琴が戦闘で出張ってくるおかげで、漸く上条さんの見せ場も作れそうです。
しかし上条さんが出張ってくると上百合も書きたくなってくるというジレンマ。つっちーが幾ら出張ろうとも、シスターズと百合にゃんがどれほど百合臭くても、このSSは削百合だと言い張ります。
「禁書目録、そんなところで何をしてるんだ?」
土御門元春が外出から戻ると、自室の隣、その玄関前に小柄な少女が座り込んでいた。天気のいい昼間とはいえ年が明けたばかりの外気は酷く冷え込んでいる。いつも通りの修道服に身を包んだだけの彼女は酷く頼りなく見えた。
「………とうまがまたどこかに行っちゃったの。もとはるは何か知らない?」
「知ってるというか、大体の予想はつくが。」
土御門は一旦そこで言葉を区切って、インデックスを宥めるようにその銀色の髪を撫でた。義妹のこともきっとこんな手つきで扱うのだろうと思わせるような、彼らしからぬ酷く優しい仕草だった。
「いつも通りだよ、直に帰ってくるさ。」
「また女の人?とうまも凝りないね。」
大まかなことは既に自分なりに予想していたらしい、土御門の笑っているような、困っているような表情を見て全てを悟ったように彼女は溜息を吐いた。上条自身を目の前にした状態では嫉妬の炎を露わにすることも多いが、実のところ、彼女は彼のそういう性分を理解した上である程度の諦めがついていた。
本妻とはかくも余裕があるものなのか、と土御門は却って感心する。結局あの男がここに帰ってくることを知っているから、彼女は動じない。いい意味でも悪い意味でも、彼女の感情が動くのは彼の前にいるときだけだ。
「今回のお姫様のこと、もとはるは知ってるんだね。」
「まあな、お姫様って性格ではないが。」
「お前が心配するようなことは何もない。お姫様にはカミやん以外の王子様がいるからにゃー。」
土御門は気持ちのいい性格をしている第七位の少年を思い浮かべながら、茶化すように言った。誰の為にでも立ち上がれて、そんなものは要らないと頑なに言い張るあの第一位にまで無遠慮に救いの手を伸ばすその性格は、自分とはまるで正反対だな、と思う。
その涙ぐましい努力も報われて、最近では愛しの第一位様から不器用ながらも細やかな愛情を与えられるという恩恵に与る立場に昇格したそうな。そんなものは最終信号のみに許された特権だと思って端から諦めていた男は、羨ましさも通り越してその男の健気さに呆れ果ててすらいた。
「あれ、今回とうまは王子様じゃないの?」
「残念ながら、単なるおまけだよ。」
「そう、とうまは相変わらずだね。」
「ほんとだにゃー。」
そもそも上条当麻は誰かを助けることに見返りを求めるタイプの人間ではないのだから、自分のように打算の末に立ち上がりもしない、なんてことはないのだけれど。でも、損な性格だな、とは思う。その隙に大切な大切な禁書目録に心変わりされてしまうとか、そういうことは考えないものだろうか。彼も、この少女も、そんなことは織り込み済みで共に在るのだろうけれど。
「もとはるはそのお姫様のことをよく知ってるんだね。」
「でも、とうまと一緒に助けには行かないんだね。」
「おまけなんてそんな役割真っ平御免だからなー。」
人畜無害に見えて、案外と物事が見えている修道女は、彼が今一番突かれたくないところを正確に突いた。彼は茶化すように、それでいてごまかしきれない本音をぽつりと呟く。
第三位に第七位、幻想殺しが関わっている事件に自分なんぞが参戦したところで目立つまい、その気になれば彼らに劣らぬだけの貢献はできるという自負はあるが、傍目から見て目立つ能力を持っていないという自覚もある。
あの憎たらしい第一位は、目敏く自分の地味な働きにも気付いてくれるのだろうけれど、それでも笑いかけてくれるはずがなかった。何にもいいことがない、第七位という正統な王子様の引き立て役なんかには。
「おまけじゃない、王子様になれるとしたら、どうするの。」
「そういうの、妄想っていうんだぜい?禁書目録。」
彼は人を喰ったような笑みを浮かべた。嘘つき男の顔は、そんな無駄なことは考えないと言っていた。
「そんなこと言って、全く夢を見ないわけでもないでしょう。」
「もとはるはほんと、可愛くないね。」
まるで何でも見透かしたような修道女はそう言って溜息を吐いた。
御坂美琴に突然「一方通行の身が危ない」という電話を貰い、慌てて向かった先はとある研究所の前だった。周囲は似たような研究施設ばかりで、一般の学生である上条にとっては(少なくとも彼の記憶にある限りにおいては)立ち寄ったことのないような場所だった。
「ってアレ、一方通行は?」
今正にこの瞬間、一方通行に危険が迫っているのだと勝手に思い込んで慌てて家を飛び出してきた彼は、御坂が極普通の待ち合わせでもするかのように近くのコンビニの前で妙なジュースを飲みながら待っていたものだから、大層拍子抜けした。
「別にあいつが今この瞬間に誰かに襲われてるってわけじゃないわよ、そんなときにアンタに電話してる余裕あるわけないでしょうが。」
「それもそうか……。」
彼は心底安心したようにほーっと深い息を吐いた。早とちりな性格は情けなくも思えるが、いつも人のために驚くほどに心を動かすことができる彼の性質は美徳でもあった。
「じゃあ、何でここに呼んだんだ?」
「一方通行を狙う奴が、今日、あそこに来るからよ。」
御坂は少し離れたところに視線を投げた。そこにはホーンテッドマンションばりのおどろおどろしい雰囲気を漂わせた廃墟があった。門に蔦が絡んでいるわけでもなく、庭の草木が伸び放題になっているわけでもないが、有刺鉄線に雁字搦めにされて、工事の跡のような足場も残されたままになっており、ただでさえ薄暗いその建物に現代的な廃墟の趣を添えている。
「うええ、何あの建物……?」
鈍い人間でもさすがに分かる、その建物の周囲を漂うどんよりと濁った空気に彼は一瞬及び腰になった。と言うか彼が幾ら鈍くても有刺鉄線と監視カメラとその他諸々の防衛線に取り囲まれている建物の異常さに気付かない筈もないのだけれど。
学園都市の一等地にこんな廃墟があることがそもそも珍しい。ホラーゲームのステージのようにすら見える建物は、明らかにこの建物で何か良からぬ事件があったのだと物語っている。周りが近代的に整った研究施設ばかりであるから、上条の目には尚のことその異様さが強調されているように感じた。
「特力研、って言えば学園都市の人間なら皆知ってそうなものだけど―そっか、アンタ覚えてないんだものね。」
学園都市に数年住んでいればこの建物の噂など一度は耳にするだろう。
―この研究所で、置き去りの子供たちが何人も殺されたんだって
―今でも隠れて秘密の研究が続けられてるらしいよ
―知ってる?ここで障害を負った女の子が今でも…
どこの街でだってあるような噂話、だけれどそれはこの科学の街で一気に信憑性を増す。非科学的な噂などは流行らぬ土地に思えるが、子供ばかりが住む街だからか、中途半端な信憑性を持った噂の伝播は非常に早い。御坂はそんな噂を一絡げにして馬鹿らしいと一蹴していたタイプの人間であるが、この施設に一方通行が関わっていたことを知った今となっては強ち根拠のない話でもないのだろうと思っていた。
あの女のいるところには、そういう噂が付き纏うものなのだろうと、最近彼女も理解した。何も一方通行自身が悪いというわけではない、そういう後ろ暗いことを仕出かすような連中に利用されやすい質なのだ。あの能力も、妙に冷めた性格も、それでいて何かに縋るような素振りを見せるところも。
「やっぱり変な噂があるところなのか?上条さん帰っちゃダメ??」
「ダメよ、アンタだって一方通行助けたいでしょーが。」
御坂は上条のシャツの襟をぐいと掴んで引き摺ろうと藻掻いた。自分より背の低い少女に襟を引っ張られた上条は、首が妙な角度に曲がったらしい、ぐえ、と情けない声を出して足をもつれさせた。
「その一方通行とこの建物がどう関係するのかが全く分からないから困ってるんでしょーが!」
息苦しさに苛まれながらも上条は強い口調で言った。一方通行を守ろうとするその正義感は素晴らしいものであるが、若干この女子中学生は突っ走りすぎる傾向にある―それは彼が言えたことではないのだが、彼は年上としてときに暴走する彼女を止めてやるのも自分の努めだと、妙に頓珍漢なことを考えていた。
「研究所に、超能力者って言ったら普通直ぐ分かりそうなものだけど。」
彼女は掴んでいた彼の服をぱっと手放して、女子中学生らしくない、だけれどなぜか彼はよく見たことがある難しい表情を見せた。
「ここで一方通行は研究されてたのよ、10歳にもならない頃にね。」
「10歳にもならない…?そんな小さい頃からあいつ、」
「私もアイツの過去なんて、今回のことがあって初めて調べたけれど。学園都市に残っている一方通行に関する一番古いデータは4歳の頃のものだったわ。」
「私が全てを調べ切れたとも思えないけれど。」
彼女は自嘲するように言った。この街にはどんな隠しごとがあってもおかしくない、そう皮肉っぽく笑う表情はどこか一方通行を彷彿とさせた。上条には到底想像も及ばない世界で、彼女たち超能力者は大人の思惑に弄ばれていた。
「でも、本当にその一方通行を狙ってる奴がここに来るって確証でもあるのか?」
「あるわよ、」
「でもそれを説明してたらキリがないから、後にさせて。」
そう言って彼女は鉄格子の門を戒めていた電子錠を解除した。
「うわ、犯罪じゃないのか、それ。」
「今更そんなこと気にするほど真っ当な人生歩んできてないわよ。」
2万体ものクローンを勝手に作られ、自分から戦争に首を突っ込んだこともあるような少女は、今更この程度の悪事に抵抗感を覚えるような可愛らしい神経は持ち合わせていなかった―それでもあの第一位に比べれば可愛い人生なのだろうけれど。
解体された後に足されただろう有刺鉄線を抜きにして考えても、重厚な鉄の門は刑務所や強制収容所といった施設を彷彿とさせた。少なくとも子供が大勢過ごしていた場所だとは思えない。ただ、この場所で過ごしていた頃の第一位の表情が、知っているはずもないのに手に取るように想像できるのが不思議だった。
「監視カメラも私の能力で操作して、私の方を映さないようにしてる。あんまり私から離れない方がいいわよ。」
「でも右手はあまり近づけないで。カメラの操作ミスっちゃうかもしれないから。」
「えっ、ちょっと待って!!上条さん置いてかないで!!!」
上条は自身の右手に気を配りながらも、さっさと歩き出す御坂を慌てて追いかけた。
彼女もこの研究所の造りには詳しくなかったらしい。まず周りをきょろきょろと見回して幾らか迷っているような様子を見せた。少しすると目的地を見付けたのか、今度はその場所まで一直線に向かった。上条は自分より小柄な彼女の早歩きに着いて行くのがやっとで、口を挟む暇もない。漸く御坂が立ち止まった場所では、地下へと続く道がどんよりとした口を広げて待ち構えていた。
周りの瓦礫は朽ち果てているという感じがなく、最近崩れたもののように見えた。こんなもの、何ヶ月も外に放置されていれば錆びるなり、欠けるなりする筈なのだが、むき出しになった鉄骨は鈍く光っていて、コンクリートの欠片の断面もうっかり触れれば切り傷ができてしまいそうに鋭かった。その様子が全て、この瓦礫が最近生じたことを示していた。
そして肝心の地下への入り口がまた異様であった。入り口は妙に歪んでいて、例えば車にでも追突されて穴が開いた壁のような様相を呈していた。何だか突拍子もない所に突然穴が開いたように見えて、例えばこの穴がコンクリートで埋まっていて、単なる壁があった方が余程しっくりくるような気がした。
「何この地下通路?リアルホラーゲームにしか思えないんだけど…。」
そもそも人間は窓も扉もないような空間には恐怖を感じるものだ。この地下通路がどれほどの長さで、どこに続くかもわからない状況で、少年がぶるりと震えを感じたのは当然のことだろう。
「私も分からないわ。」
「分からないって堂々と言うんじゃねぇ!明らかに怪しいじゃねぇか!!」
「方々をハッキングしたけど、この中の様子までは分からなかったのよ。でも、私はこの先に行かなくちゃならない。」
白井黒子のここ数日の動向を調べるため、御坂は警備員のサーバーにも侵入したのだが、この通路は昨日初めて発見されたものだったらしい―学園都市第三位の能力をもってしても、この通路内の構造を記した見取り図どころか、この通路が作られた目的も利用していた人物の名前も見付けることができなかった。
少なくとも昨夜警備員がこの地下通路の先にある部屋まで行き、無事に戻って来れたのだから部屋や通路自体に妙な仕掛けがあるわけではないのだろう。彼女はそう判断していたが、それでも不気味なことに変わりはない。
「なぁ、なぁってば!!」
さっさと一人狭い地下通路へと足踏み入れようとしている少女を、少年は必死で呼び止めた。彼女は振り返ってはくれたが、その表情は彼女の決意が固いことを示していた。その視線はただひたすらに、自分はこの先に行かねばならぬのだと訴えている。
ただでさえ薄暗い気配のある建物は日暮れが近付くに連れ不穏な空気を増していき、瓦礫の隙間を抜ける風がいやに響いて聞こえた。
「………何よ。」
「……っ、」
少年は振り返った彼女の表情を見て口を噤んだ。いつか、無残にも殺されていくクローンたちを救うために自分の命を投げ出そうと決意したときの彼女の表情とよく似ていた。何とかして彼女を思い留まらせなくてはいけない、そんな気がした。
「…結局何でこんなところに忍び込まなくちゃならないんだ?一方通行に何が起きてるのかも、ここが何なのかも俺は分からないままだ。」
「お前が嘘吐いているとは思わない。お前があんなに嫌ってた一方通行のこと守ろうって思ってるのは嬉しいし。」
「だけど、お前は何を抱えてるんだ?俺に助けを求めてくれたんじゃないのか、なのに何にも話してくれないっておかしいだろ。」
日が落ちてきて、上条の影がちょうど地下通路の入口の方へと伸びていた。地下へと降りる階段を幾らか降り始めていた御坂はその影に覆い隠されるようになっていて、表情がよく掴み取れない。
「きっと、お前が言う一方通行を狙っている奴って能力者なんだろ?だから俺の右手を頼ってくれたんだよな。」
「でも俺は右手で異能を消すためだけに呼ばれたのか?」
「そうじゃないだろ。お前の不安とか、怖さとか、そういうの分かち合うことだって、俺の役目じゃないのか?」
彼はそう言って踏み出して、階段を一段降りた。酷く離れているように感じた二人の距離が、一気に近くなった。
「……いいから、着いて来なさいよ。歩きながら、アンタの知りたいこと、ちゃんと話すから。」
その通路が下りの階段になっていたのはほんの僅かな間で、丁度普通の建物1階分ほど降りたかな、と思った頃に平らな廊下に出た。通路の幅は少年と少女がどうにか擦れ違えるかどうかという程度で、並んで歩くのは難しいから少女が先導する形になった。
彼女はその通路を歩きながら語った。
「黒子が、あの子たちのこと、」
「……妹達のことを、知ったらしいの。」
「!!?」
上条は、彼女が口にしたことを瞬時には理解できなかった。
絶対能力進化実験が中止された今でも、彼女たち、妹達の存在を知る人間は少ない。少年は何だって彼女たちがそんなにこそこそと生活しなければならないのだと憤慨することもあったけれど、クローンが世間に受け入れられるとは考えにくい、それどころかこいつらは軍事用に調整されているんだ、どんな集団ヒステリーを巻き起こすか分かったもんじゃない、と冷静に諭したのは一方通行だった。
当然の流れとして、遺伝子提供者である御坂もその事実をルームメイトである白井にすら知らせていなかった。彼女の場合、その事実を知ったときに御坂を慕うあまりに何か想像もつかないことをやらかしそうでもあったから。いつかは話さなくちゃならない日が来るとは思ってもいたのだけれど。
「どこからそんなこと知ったのか分からないけど、あの子の鞄に量産型能力者計画や絶対能力進化実験に関するメモが見つかったわ。私に秘密で、妹達や一方通行のこと、調べてたみたい。」
「その黒子がね、病院に運ばれて丸1日意識を取り戻さないの。冥土返しは能力の使い過ぎだって言ってたわ。」
「白井が能力の使いすぎで病院に…?何があったんだ?」
上条が知るかぎり、彼女は息を吸うように容易く能力を行使する。空間移動系能力は他の能力に比べて扱いが難しいのだと聞いたことがあるが、彼女を見る限りそのようには感じられない。それ程に彼女は能力の行使に手馴れていた。
「私もよくは知らないわ。ただ、あの子が倒れる直前にいた場所が、この先にある部屋だったってことだけ分かったの。」
「何でこんなところに白井が、」
「一方通行について調べているうちに辿り着いたんでしょうね。」
白井がこの地下通路を見付けたのは偶然だったのか、必然だったのか、それすらも想像がつかない。空間移動能力者がここに忍びこむこと自体は難しくなかっただろうが。
閉鎖された研究所に大した情報が残っているとは思えなかったが、このような隠し部屋があるというならその限りではない。却って表沙汰にされなかったとんでもない事実が隠されていそうですらある。白井もそれを調べるつもりでここに忍び込んだのだろう。
「でも一方通行について調べるためにここに来て、それで能力を使いすぎるって、どういうことだ?」
「こういうことよ。」
御坂はスカートのポケットからぐしゃぐしゃになった紙を取り出した。上条はそれを何とか広げ、目を凝らす。進行方向は御坂が持つ懐中電灯で照らされていたが、それ以外に灯りのない空間で文字を読むことは難しい。
「御坂、暗くて読めないんだけど…。」
「心配ないわ、目的地に着いたみたい。」
「………、何だ、ここ?」
上条は立ち止まった。そこには電子錠が備え付けられた金属扉があった。電子錠のところに赤いランプが点灯しているから、電源が生きているということらしい。彼らがここまで歩いてきた通路の照明などは既に使い物にならなくなっていたはずなのに、なぜここだけ電気が供給され続けているのだろう。
放棄されたと思われ続けていた研究所に、まだ生きている空間がある。ただ一つのLEDランプが灯っているという当たり前のことが、かくも恐ろしい事実を内包していた。
御坂は手慣れた風に電子錠を解除した。ぷしゅ、といかにも密閉空間から空気の漏れるような音がして、その向こうには小学校の教室ほどの意外にも開けた空間があった。その空間は所狭しとパソコンやら大きな液晶画面やら、その他得体の知れない機材で埋め尽くされていた。
「何だ……、ここ?」
上条はドアが開く前と全く同じ言葉を繰り返し呟いた。御坂は答えなかった―なぜなら彼女も、この部屋について何も知らなかったのだ。
「その紙、読むんじゃなかったの?」
「あ、ああ。」
部屋の照明は、ちかちかと少しばかり調子の悪そうな音を立てながらではあったが、然程間を置かずに点いた。その瞬間に薄暗くて見えていなかった物陰のおぞましいものが発見される、などということはなかったが、この部屋の中にまるで幽霊でも現れそうな雰囲気が漂っていることに変わりはなかった。
上条は気を取り直して手に握っていたくしゃくしゃの紙に視線を戻した。御坂はそんな彼を気に留めることなく、周囲の機材を見て回っていた。
「おい、御坂…、」
「何よ?今データが生きていないか調べてるところなんだけど。」
彼女は振り返りもせずに言った。能力を使用して機材に触れることなくデータを調べることができないか探っているのだろう。機材には埃が積もっていて、うっかり触れればはっきりと跡が残るだろうと容易に想像できた。
「これ、どういうことだ、」
「だから何?」
その瞬間、小さな稲妻が彼女の体から発せられて、ぱりっと小気味のいい音が聞こえた。ぷつり、と液晶画面から起動音のようなものが聞こえた。
「第二位?が一方通行を狙ってる、って。」
「そのまんまよ、嘗て一方通行に殺されかけた第二位が、復讐を狙ってる。そこまでおかしい話じゃないと思うけれど。」
液晶画面では嘗ての実験映像らしきものが流れ始めていた。機材のテストらしい、そこには人の姿がなく、ただ単語が聞き取れない程度の音量で時折人の声が混じっていた。
「それで何で白井が巻き込まれるんだ?一方通行じゃなくて。」
「以前負けてるから、一方通行の弱点でも調べようとしてたんじゃないの。それで同じように一方通行について調べていた黒子と出食わした。」
紙には白井が調べた限りの第二位の情報が記されていた。そこに載った情報を信じるのであれば、白井は妹達や一方通行について調べるうちに、彼に何度か出くわしていたらしい。自分と同じように学園都市の薄暗い事情を調べようとする男の正体に疑問を持つのは当然のことだろう、結果的に彼女は第一位どころか第二位の秘密すら探り当ててしまった。そして都合の悪い事実を隠すように、その男は白井に牙を向けたというのだろうか。
「こいつ、どんな能力持ってるんだ?」
「分からない。倒れてたあの子には外傷がなかったの。」
その瞬間、ぶつりと液晶のスピーカーから何かが途切れるような音がした。映像が切り替わるらしい、ずっとそちらの方を見ずに話し込んでいた二人は初めてそちらに目を向けた。丁度その瞬間、それまで写っていた景色と違うものが写り込んだ。
「一方通行……!!?」
次の瞬間、画面の中央には見慣れた色彩を持った表情の薄い少女が映っていた。
今日はここまででーす。
人生で初めて上条さんの説教書いた気がする(>>820)。思ったよりかなりしんどかった。でも例え削百合スレでも上条さん話術サイドっぷりを一度は書いておかねばと思っていたんだよ。そして相変わらず何故か土百合要素を盛り込む凝りない>>1でした。
乙
つっちーはインちゃんを舞夏に重ね合わせてるんだろうか
乙
上百合も土百合も書いちゃってもいいんだぜ
連休も暑いですねぇ。夏に滅法弱いので、可能な限り出歩かない>>1です。仕事で週2くらいの頻度で出張なので尚更休みは引きこもります。引き篭もりの結果、多分明日も更新します。つまり怠惰スーツ欲しい。
>>830
「舞夏を重ねている」というほど具体的に義妹を連想しているという感じではありません。同じくらいの年頃の少女に対する、うっかり漏れちゃった優しさ、くらいのイメージです。
>>831
土百合は今の事件が片付いたら小ネタで挟む予定があります。
上百合はこのSS内では一切挟まない予定です。だって上条さん出てきたらソギーといえど勝ち目薄いでしょ。意図的にこのSSでは上条さんに対する百合にゃんの態度をかなり淡白に書いていますが、原作読んでたらさ、一方さんてば上条さん大好きすぎるでしょ。
このSSとは全く関係なしに温めてる上百合があるにはあるのですが、このSSを遥かに上回る原作無視の捏造っぷり、且つとてつもなく長くなる予感に苛まれ、タンスの肥やしと化しております。
こんにちは、予告通り今日も投下いたします。夏の昼間は活動しないに限ります。可能な限り用事は夜に入れます。
百合にゃんていうか、一方さんていうか、とにかく夏に弱そうですよね。暑い怠いと言いながら半裸状態でぐったりしている百合にゃんを想像するだけで自分は……(;´Д`)ハァハァ
「あんまり患者に精神的なショックを与えないでくれよ。」
医者は早足で歩く少女の背中に声を掛けた。背中の主は素っ気ない態度である。
「そんなこと言うならミサカに最初っから知らせなければよかったんじゃないのー?「白井黒子が目覚めた」だなんて。」
「それもそうだけれども。」
彼女の目が覚めて、それから簡単な検査を幾つかして大きな問題がないことを確認した上で妹達にその事実を伝えたのは冥土返し自身の判断である。
「このミサカが態々出向いてる時点で、それなりの優しさは発揮しているつもりだよ。これ以上の気遣いは今求められるものではないと思うけれど。」
患者を救うことももちろん大事であるが、何より自分の世話になる患者がいなくなることの方がよいことだ、と彼は考えている。白井は今現在、彼の患者であると同時に、今後似たような患者が増えるかもしれないという状況のキーパーソンであった。彼女から詳しい事情を聞くことがこれ以上の悲劇を防ぐことに繋がるのは間違いないだろう。
だが一方で、白井黒子と彼女たち超電磁砲のクローンが接触することは危険を伴う。彼女は既に妹達の存在を知ってしまったらしいが、その事実に対してどのような感情を抱いているかは今もって不明である。彼女たちがいきなり目の前に現れたら嫌悪感を露わにする可能性だってあった。
番外個体は外見的には御坂美琴本人よりも年上で、クローンと言うよりもよく似た姉のようにしか見えない。患者への精神的なダメージで言ったら、まるで同じ外見をしている妹達よりかは幾らかまともだろう。だが一方でそのキツい性格が何かよからぬ事態を招きそうでもあったから、医者はせめてその現場に立ち会わせてほしい、と主張したのであった。
「はぁい、眠り姫ちゃん?ミサカの尋問に付き合ってくれるかなー??」
がらりと勢いよく病室のスライドドアを開けた彼女の口振りに、医者はこれから起こるであろうトラブルを想像させられて溜息を吐いた。
「……あなたは?」
まだ幾らか頭がぼんやりしているらしい、ベッドの上に起き上がった姿勢でいた彼女はらしくない間の抜けた声を出した。
「おや、妹達について知っていてもミサカのことは調べがついてなかったのか。ってことは最終信号の存在も知らないのかねー。」
「仰ることの意味がよく、」
「とぼけないでよ、ミサカの顔見りゃ分かるでしょうが。」
白井は口を噤んだ。思い当たることがないわけではないだろう、視線を逸らして逡巡するような素振りを見せてから、おずおずと口を開いた。
「……では、あなたもお姉様のクローンでございますのね?」
「はい、大正解。ミサカは番外個体、末っ子ちゃんだよ。」
「末っ子…?」
「そう、生まれて3ヶ月くらいかな。ミサカたちの外見年齢に意味がないこと、知ってるでしょ。」
彼女らが成長促進剤によって生まれて間もないのにオリジナルと変わらない外見年齢をしていることくらいは既に調べがついているだろうと判断して、番外個体はこんな言い方をした。その言葉に疑問を抱くような様子もなかったから、事実そうなのだろう。
「それで、あの…あなたは私に何の御用で?」
「ミサカたちをストーキングしておいてよくそんなこと言えるねぇ。ミサカそういう図太いの嫌いじゃないけど。」
彼女はぎくりと肩を揺らした。まさか自分の行為が知られているとは思っていなかったのだろう、彼女の能力は相手にそうと知られずに尾行するにはもってこいであるし、尾行されている本人は―その日によって10032号だったり、10039号だったり、19090号だったりしたのだが―気付いた素振りなどなかったのだから。生憎こちらは複数人で容易に意識が共有できるのだから、そんなことはお構いなしだったわけだが、こちらの特性を十分に把握していなかった彼女には予想外のことだったらしい。
「アンタ、何か知ってるんでしょ。今第一位に何が起きてるのか。」
「ミサカたちは第一位を守りたい。そのためにはアンタが握っているものが必要だ。」
「……なぜ、あなた達は、」
「?」
「今でも、彼女の傍にいますの?あれだけのことをされて。」
具体的なことは言わなかったが、絶対能力進化実験のことを指しているのだろうと直ぐに解った。嘗てあれだけ殺されて、なぜ今この瞬間彼女を守ろうとするのか、彼女は強い視線で番外個体に問いかけた。
番外個体にとっては痛くも痒くもない、だって誰もが同じ質問を投げかけてくるからだ。理解して貰いたいとも思っていない彼女は、その責めるような視線に何の感慨も抱かない。この問題は既に一方通行と妹達の間で完全に決着がついているのだから、部外者が入り込んできて、ましてや責める余地など残っていないのだと、番外個体は認識していた。
「そんなの簡単だよ。」
「第一位以外の誰が、ミサカたちのような出来損ない一万人の責任を取ってくれるっていうのさ。」
番外個体は白井のベッドの上に膝を乗り上げて、彼女の襟をぐっと掴んだ。彼女なりに病人に遠慮があったらしい、傍で見守っていた冥土返しには彼女にしては大分手加減した方だと分かっていた。それでもあまり褒められた状況ではなかったので、もう少し番外個体が荒っぽいことをするようだったら止めに入ろうと彼は心に決めた。
「……それともアンタ、ミサカのために死んでくれるの。」
白井は何も言わず、視線を反らした。いきなりルームメイトのクローンが現れて、自分のことを守って欲しいといったならどうするだろう。多分、自分は即答はできない筈だ。
状況は違うにしろ、これまで自分が殺し続けてきた集団の生き残りをある日突然守ることに決めた人物の覚悟は生半可ではなかったのだろう。守るつもりで突然背中から斬りかかられるかも分からないし、それが一般に評価されるわけのないことなど超能力者の頭脳などなくても分かる。
彼女の目が言っている、学園都市第一位にすら難しいことを、お前や、他の誰かが肩代わりしてくれるのかと、視線だけで責めてくる。
「ほら、第一位ならここで迷わないもの。」
「……番外個体くん、本題から逸れてないかい。君、急いでたんだろ。」
冥土返しは態とらしい咳払いをして口を挟んだ。そして彼女の乱暴な言動をフォローするように白井にも言葉を掛けた。
「白井くん、嘗てのことを知った上で一方通行くんを嫌悪するのは僕も仕方のないことだと思うよ。感情は理屈では動かないものだ。」
「だけれど彼女を今失う訳にはいかない。彼女たちクローン一万人の命を繋ぐためにあの子はどうしても必要なんだ。」
「君が知ってること、教えて欲しいんだけど、いいかな。」
「アンタが科学結社を潰したのは1月3日。特力研に何者かが忍び込んだのが1月5日。」
「特力研に忍び込んだのはアンタ?」
番外個体は強い口調で訊ねる。白井に馬乗りになっていた状態からは改善されていたが、それでも彼女のベッドに乗り上げたままの喧嘩腰の仕草は変わっていなかった。
「……ええ、そうですわ。」
「何のため?アンタ、科学結社に唆されてミサカたちのこと調べてたんでしょ。そいつらがなくなって、まだ何を調べてたって言うの?」
何を、と訊ねられると白井ははっきりと答えることができなかった。自分でも何のためにしていたのか、定かでなかった。
妹達という存在を知った。
彼女らを嘗ては殺し、そして今では守る、第一位という存在に気が付いた。
彼女らと、自身の慕う学園都市第三位との間の蟠りであったり、歩み寄りであったりを、正確に知ろうと思った。
簡単に言うのであれば、ただ知りたかった、という以上の理由はなかった。知ったことで何かをしようだとか、そんなことは一切考えていなかった。
「………決して、あなた方に危害を加えるためではありませんわ。」
「それは別にいいんだよ。ミサカたちにとっての問題は、第一位だ。」
妹達を警戒するだとか、そういう否定的な気持ちは然程持っていなかった。1万人ものクローンの存在には最初こそ驚いたものの、彼女らに遺伝子提供者を害するような意図がないことを確信できてからは、自身も彼女らの力になりたいとも思った。だからこそ、科学結社を単独で壊滅に追い込むなどという無茶な行動を取った。
一方通行についての印象は、白井の感情を適切に表現するのであれば「分からない」と答えるしかなかった。
何せ彼女が妹達を殺している現場を見たことがあるわけでもなく、ましてや1万人もの人間を殺したという事実をはっきりと認識することすらできていない。嫌うだとか、憎いだとかいう以前に、彼女がなしたことを理解するのに頭が追いついていなかった。
だからもっと彼女のことを知ろうと思って、科学結社を壊滅に追い込んだ後も、ただ自身のために彼女のことを調べ続けていた。彼女のことを憎むのか、愛するのか、忌むのか、慕うのか、それすらも定まっていなかった。白井黒子が一方通行に対して抱いている感情は、まっさらであった。
「あの方にも、敵意のようなものは抱いておりませんわ。」
白井は慎重に言葉を選んだ。
妹達と一方通行の奇妙な共存関係を受け入れる、と今この場で決められるほど、彼女らのことを知らない。そもそもがご法度のクローンだとか、クローンとはいえ人殺しを日常的に行なっていた人物だとか、幾ら事情があるとは言っても、それをよくよく理解したとしても、やはり受け入れられない、と感じるかも分からない。
現在の戸惑いをそのまま伝えることに何の意味もないことを理解していた白井は、何とも曖昧な、当たり障りのない回答しかできなかった。
番外個体はその言葉を信用したわけではないらしい。その目から白井に対する懐疑心が消えたわけではなく、ただ表面的な言葉だけを受け取った。
「だったら、科学結社を潰した後、何をしてたっていうのさ。」
「あなたは…、ミサカ、ワーストさんは、超能力者第二位の方をご存知で?」
番外個体のことを何と呼んでいいのかも彼女の中で定まっていないらしい、白井は戸惑いがちに口を開いた。
「第二位?」
意外な人物が登場したことにより、番外個体はきょとんと首を傾げた。その表情はともすると小学生のようにあどけなく見えた。
「何だっけ、前に第一位に喧嘩売った男だっけ?ミサカその頃培養器に入ってたからイマイチよく知らないんだよねー。」
「お姉ちゃんたち、何か知ってるー??」
彼女は見えない誰かが直ぐそこにいるように、或いは一人芝居の役者が会話を演じるときのように、真っ白い壁しかない方に向かって声を上げた。少しおちゃらけて見える仕草は、先程までこちらに対して敵意を剥き出しにしていた人物とは思えず、白井は彼女の変わり身の速さに呆然とした。
「白井くん、気にしないで。ああやって彼女たちは会話してるんだよ。」
「念話能力のようなものでしょうか?」
「彼女たち同士でしか会話できないけれどね。彼女らが全く同じ遺伝子を持って、同じように発電能力を持っているから可能なことだよ。」
この街であれば、実のところ何もない空間に向けて喋っている人間は然程珍しくはない。念話能力者の中には、念話の内容を思わず口に出して喋ってしまう者もいる。携帯があまりにも小型化していて、何も持たずに会話しているように見える機種もある。この街で奇妙に思われる行動をすることの方が難しいくらいだから、白井も番外個体の様子に異常性だとか、そういうものを強く感じるわけではなかった。
「うーん、お姉ちゃんたちに聞いてみたんだけどさぁ、そいつ死んだんじゃないの?」
「そいつが最終信号と黄泉川に手を出そうとしたから、第一位が木っ端微塵にしたらしい、って話なんだけど。」
彼女がさらりと口にした木っ端微塵という表現は、些か宜しくなかった。妹達にとってはさして感情の入る出来事ではないのだが、白井にすれば例え悪人であろうと木っ端微塵になって死んでいい人物などいない。白井の眉がぴくりと動いたのに目敏く気付いた医者は、彼にしては少し強めと思えるような口調で彼女の軽率な発言を窘めた。
それから医者は、思い当たることがある、と話の筋を戻した。
「もしかして去年の秋頃に、黄泉川先生が大怪我をしたときの話かい?あれは酷い怪我だった。」
付き添いで来た打ち止めが、一方通行と別の能力者の戦闘を止めようとしてこんな目に遭ったのだと言っていた記憶がある。ならばなぜ一方通行も付き添わないのだろうか、と思わないでもなかったのだが、当時暗部で生活していた彼女は黄泉川愛穂が心配だからといって傍に立っていられるような立場でもなかったのだろう。却って怪我人の彼女を更なる災厄に巻き込む可能性もあると考えて、一方通行は直ぐに当時の彼女の『居場所』に戻ったようだった。
「でもその第二位がどうしたの?ミサカにはいまいち話が見えないよ。」
「……その方が、今も生きているとしたら?」
白井は深刻な口調を繕ったが、番外個体は日常会話でもこなすようにさらりと言い返した。
「在り得ない話ではないよね。死んだって言っても肉片一つ残らないわけじゃないし。この街ならそれを再生する技術があったとしても不思議じゃない。」
「お姉様みたいに遺伝子情報キープされてた可能性だってあるね。生き残ってると見せかけて、クローン製造。超能力者第二位となるとそれくらいのことはされてもおかしくない。」
倫理的に在り得ないことを、番外個体はさらさらと答えた。白井はそれに酷く驚いたけれど、それらの可能性を考えられる彼女の異常な感性に驚いたわけではなかった。自分も頭の隅でそういった可能性を考えていた。それを否定したかったのに、むしろ彼女にはっきりと肯定されたことが恐ろしかった。
「何を怖がってんの?アンタだって、態々指定の美容院で髪を切る意味を知っているでしょう。」
そうだ。常盤台中学は、生徒の遺伝子情報を調べられる可能性を危惧して美容院をしているのではなかったか。勝手に遺伝子情報を利用されるというのは何も超能力者に限った話ではない。自分だって、実はそういった危険に晒される可能性がある―いやもっと正確に表現するのであれば「これまで長い間その危険に晒されていた」ということを正しく認識した。
「現実の話だよ。クローンも、サイボーグも、もちろんこのミサカもね。」
見た目は似ているものの粗暴な言葉遣いや、ふざけた物言いが目について、番外個体を正しく御坂美琴のクローンだと認識できていなかった白井黒子は、その言葉にはっとした。ふっと表情を消した彼女は、驚くほど遺伝子提供者に似ていた。
「で、その第二位がどうしたって言うの?」
ふと本題を思い出して、番外個体は白井に訊ねた。
「私と同じように、あなた方の周辺を調べて回っているようなのです。その方の動機だとか、何か心当たりはございませんか?」
「心当たりっつってもねぇ。普通に考えて怨恨の線でしょ。」
「……あまり慌てたりなさらないんですのね。」
白井も当然、その可能性が最も高いとは思っていた。だが番外個体のようにあっさりと受け入れることはできていない。「第一位が大切だ」と言いながら、どこか冷めた様子の彼女が不思議でならなかった。
番外個体と違って、白井は一方通行とほとんど接点がないにもかかわらず、「第二位が第一位への復讐を企てている」という可能性に気が付いたとき、ほとんど本能的に、何とか阻止できないものかと考えた。彼女の正義感は、それを見過ごすことを許さなかったのだ。
確かに一方通行と呼ばれる少女は善人でないかも分からないが、過去の罪に対する罰が暴力だとか、ましてや復讐などであっていいはずがない。
一方通行を守るだとか、そういうことよりも先に、風紀委員として、或いは一人の人間として、自分の目の届くところで起きようとしている犯罪行為を止めようと思った―その思いが科学結社を壊滅させた後も一人で行動する原動力となった。
「慌ててない?あぁ、ミサカが?だってその必要はないもんね。」
「今この瞬間だって、お姉ちゃんたちがその「第二位」とやらについて、調べてる最中だから。」
その言葉が、複数の超電磁砲クローンの少女たちが既に情報収集に動き出していることを意味していることを理解するまで、少し時間がかかった。発電系の能力者であれば、自分のように動き回らずとも情報収集などお手のものであろう。
「……何だか、こんなことを言ってしまうのは失礼なのでしょうけれども、便利、ですわね。」
彼女らは同じように作られたクローンだから、特別なことをせずとも簡単に意識が共有できる。人海戦術というのは統率するのが難しいものであるけれど、彼女らにはその苦労がない。クローンに生まれてよかったねと言うわけではないし、人の生まれつきの特性に対して「便利」と表現することも何とも下世話だと思うのだが、白井にはそうとしか表現ができなかった。
「失礼?何が?」
「ミサカたちの特技なんだから、褒め言葉でしょ。」
「はぁ、そんなものでしょうか。」
彼女の正確は相変わらず掴みどころがなかったが、持って生まれた能力に振り回されておらず、あくまで道具として割り切っているところには―強い力をもってしまったあまりに妙な考えを持ってしまったり、或いはその逆もこの街では珍しくないことであるから―好感が持てた。
「アンタは第一位について調べてる間に、同じようなことをしてる第二位に出くわしたってところかね?」
「大まかには、そんなところですわ。」
「でも、何だか妙ですの……。」
「妙って、何が。死にかけた人間が復讐のために夜な夜な研究所に忍び込んでるって時点で十分妙だよ。」
まるでホラー映画である。一度はばらばらになった体なのだから、幽霊とは言わないまでも、特殊な技術で甦った生身とは言い難い体であるはずだ。それが復讐のためにこの学園都市の闇を這いずり回っているなど、番外個体だってあまり気持ちのいいものだとは思わない。
「いえ、こちらに一切攻撃をしてこないんですの。」
「私、反撃は覚悟の上で、その方を拘束しようと試みたのですが…。」
「やられっぱなしってこと?第二位ってマゾヒスト??」
「いいえ、避けられてしまって、一切ダメージを与えることができませんの。」
空間移動系能力者の攻撃はどこからどのように来るものなのか予想ができない。だから避けることも防ぐこともほぼ不可能である。だというのにその第二位とやらはどのようにその攻撃を予知しているというのだろう。
「……あなた方は、第二位の能力をご存知で?」
「第一位が戦闘したときのデータは持ってるから、ある程度は。」
「こちらに攻撃をしてこないということは、戦闘に向かない能力なのでしょうか?」
「いや、そんなことはないよ。むしろ第一位に傷を付けられる数少ない人間じゃないかな。」
「そうですか………。ならば、なぜ、」
こちらの攻撃が一切効いていないのだから、向こうも必死になってこちらを攻撃する必要はない。だからといって何も反撃してこないのはやはり不思議である。自分の目的を達成するためには、白井は十分に邪魔な存在であるはずだ。
「てっきりミサカはアンタと第二位が戦闘して、特力研の崩落騒ぎになったのかと思ったんだけど。」
「あ、………、」
白井は言葉を失った。その表情はみるみるうちに色を失っていき、何か思い出したくもない事実があったことを容易に想像させた。
「白井くん、特力研で、何があったんだい?話せる範囲でいいから、教えてくれないか。」
医者は彼女を落ち着かせるように肩に手を当てて、穏やかな口調で言った。彼女のように肝の据わった人間が思い出しただけで顔色を失くすとは只事ではない。
「………私、映像を見ましたの。」
「映像?」
「実験の、映像でしたわ。」
白井は顔を覆ったまま話し続けた。声は幾らか震えていた。
「私よりも幼い子供が、マウスか、ラットのように、………。」
彼女は最後まで言い切らなかった。番外個体も冥土返しも特力研がどのような場所であったかはよく知っているから、その先は聞かずとも予想ができた。
「私、頭が真っ白になってしまって、そしたら、建物中ががたがたと揺れ始めて、」
「精神的ショックで能力が暴走してしまったんだろう。」
大能力者、しかも珍しい空間移動系の能力者となると暴走の規模も予想がしにくい。番外個体はてっきり白井黒子と第二位が戦闘したためにあの崩落事故が起きたのかと思っていたが、原因は白井黒子一人にあったようだ。
「私、崩れてしまいそうな建物からどうにか出ることができましたが、その後は気を失ってしまって、」
「それでここに運ばれてきたということだね。」
「それなら、結局第二位は……?」
何も解決していない。特力研に忍び込んだのは白井であったが、第二位という新たな影が出現した。しかしその人物がどこにいて、何をしようとしているのかも分からない。事態が進展したとはとても言えない状況に、番外個体は舌打ちをした。
「何よ………、これ、」
凡そ一般家庭には在り得ないサイズの大きな液晶画面に映し出されたのは、真っ白い肌に真っ白い髪、飴のように赤い目を持った少女。目鼻立ちが整っていて表情が薄いその様は、成長した今の彼女よりももっと人形めいて見えた。
「ここで一方通行の研究してたってお前が言ってたんだろ?」
「そりゃそうだけど…。」
きっとこれから見たくないものが映る、そう確信していたのに二人が二人共、画面に縫い止められたように視線を動かすことができなかった。彼女は10畳ほどの狭い空間に押し込められて、それだけならまだ分からなくもないのだが、四方八方を奇妙なものに取り囲まれていた。
「御坂、あれ何だか分かるか…?」
「いくら私だって軍需産業には詳しくないわよ!!」
そう、彼女を取り囲んでいるのは幾つもの銃口やら刃物やら、或いはもっと得体の知れぬ凶器だった。中には1メートル近い大きな口を広げた、大砲としか思えないサイズの穴もある。凡そ10畳という狭い空間には似つかわしくない。弾自体が彼女に当たることはなくとも、その余波である爆風や熱で幼い子供など一瞬で死に至るだろう。
過去の映像は、今更二人が止めて欲しいと願ったところで止まることがない。無表情な彼女に向けて拳銃が何十発も打ち出されたかと思えば、次の瞬間には散弾銃、気体だけが噴出される穴もあって、出てきたのは毒ガスなのだろうか、まだ反射を完璧に身に着けているわけではないらしい幼い少女は苦しそうにけほ、とか弱い咳をした。
何よりも忌避すべきなのが、画面上に彼女以外の人間がいないことだ。この実験を企画した人間はこの部屋にいない。きっと遠く離れた安全な空間からこの映像を見ていただけなのだろう。様々な穴はオートメーションでランダムに彼女に向けて敵意を放って、そして彼女は一歩たりとも逃げようとはしない。それを受け止めることが彼女の義務だとでも言わんばかりに、ただ黙ってそこに立ったままだった。
「御坂、見るな!!」
10歳にも満たない少女に、恐らくこの時点では何の罪も持っていなかったはずの少女に、それでも当たり前のように向けられる敵意を目の当たりにして、御坂はその場に蹲った。胃の中が気持ち悪い、昼食を食べたのはずっと前のことなのに。
少年は咄嗟に彼女の顔を自分の胸で覆い隠した。彼女は珍しいことにその無理矢理な動作に大人しく従って、彼の胸に顔を押し付けた。彼女が頭を伏せたその少し上から荒い息遣いが感じられて、彼自身はその画面から目を逸らしていないことが察せられた。
少年はもぞもぞと動いて映像を停止する方法を探しているらしい、しかしながら御坂の能力で再生が開始された映像は、そもそもどの機械から操作できるものなのかも分からなかった。
「ありゃ、先客がいたみたいだな。」
不意に呑気な声が聞こえた。慌てて上条は入口の方を振り返ったが、そこには誰も居ない。然程広くないこの部屋なら、自分たち以外の人間が入ってきたならすぐ気付きそうなものであるが―でも確かに、聞き慣れぬ男の声が聞こえた。
「あーあ、俺が探してたのになぁ、このデータ。」
まるで子供の遊びに負けてしまったときのように、けらけらとやけに気軽な笑い声が響いた。いや、響いたと言うよりも、そこかしこから同じ声、同じ言葉が聞こえる感覚があった。幾つもの小さなスピーカーが360度至る所に据え付けられていて、そこから全く同時に同じ音声が聞こえているような感覚。一つの音源がこだましているのではなく、複数の音源がある―そう感じた瞬間、上条はこの街に分身できるような能力者がいるのだろうか、と反射的に考えた。
その答えを思いつく前に、ふと彼の目の前にさあっと霧のようなものが現れた。それはぐねぐねと形を変えて、最後には人の形を取った。
「何だ、昨日の風紀委員じゃねぇの?お前らだぁれ?」
けらけらと蔑むような、それでいて酷く楽しげな、そしてはっきりと残虐性の香る―全く違う声であるはずなのに、実験をしていた頃の一方通行の声音を連想させられた―男の声が聞こえて、上条に体を支えられていた御坂も思わず身構えた。
そうして現れたのは、背の高い、一方通行よりもずっと人間離れして顔色の悪い少年だった。
今日はここまでです。漸く垣根登場まで話進められたよママン…
黒子はお姉様ハーレムに大接近しておりますが、決して喜べない状況です、はい。
皆さんいつも感想有難う御座います。
垣根さんこんなもんじゃなかったでしたっけ?基本的に一方さんに敵意むき出しな垣根にしか興味ないんでしょうね、自分。私の中の工場長はレクター博士みたいな、普通の人の振る舞いができるのにもかかわらず異常な雰囲気が纏わりついている人、という感じです。一方さんはそもそも普通の人の振る舞いができない人。
ところで今、次の次くらいの投下分を書いている最中なのですが、自分で書きながら言うのも何なのですが、ソギーがイケメンすぎて窒息死しそうです……おまいら、イケメンのソギー見たいか………???
おいおい、ソギーは最初からイケメンだろ?
イケメンじゃないソギーなんて
上条さんたちが見た映像は黄泉川先生が見たのと一緒なのかな?
こんばんは。今日はアニメ超電磁砲、待ちに待った最強対最弱ですね。全裸待機の間に投下しちゃいたいと思います。
>>856
>>857
ソギーがイケメンでいいといっていただけて助かります。思わず「惚れてまうやろー!!」と叫びたくなるようなソギーが書きたいです、はい。
>>858
質問の答えは「はい」です。
ただし、この映像は何十もの実験記録が適当に繋ぎ合わせて作られたもの、というイメージで書いております。そしてそのうちのどの実験が黄泉川の精神にダメージを与えたのか、ということを詳細に描写する予定はありません。だから現在上条さんや御坂が見ている場面とはまた別の場面が、黄泉川が倒れる原因になったかも分かりません。
ただ、上条さん+御坂VS垣根が開始した今でもこの実験映像は流れ続けています。戦闘描写の合間合間に実験映像の描写が混じります。そして黄泉川が倒れた直接の原因となるシーンについては「これを見て黄泉川が倒れた」などと明確には書かないものの、何となく想像がつく程度には描写される予定です。
「昨日は風紀委員のガキに邪魔されてデータ盗めなかったんだよなぁ。」
「お前ら、そこどいてくれねぇの?」
けらけらと声だけで笑う少年の表情は穏やかだったが、目はまるで笑っていない。御坂は吐き気をごまかすようにごくりと大きく息を呑んで、それからよろりと立ち上がった。
「アンタ、こんなデータ盗んでどうするつもりよ。」
「何年前のデータだと思ってるの?こんなの入手したところで、一方通行の弱点なんて分かりっ子ないわよ。」
一方通行の本当の強みはその能力の珍しさ、有用さではない。あの能力の使い道を次々と思いつく豊かな発想力、そしてそれを実行に移すことのできる高い応用力だ。
御坂よりも圧倒的に自由度の高い能力は、その分扱いも難しい。例えば自由度の高い能力を有する結標淡希は、常に懐中電灯を携帯してその能力に基準点を生み出している。或いは第五位の食蜂操祈は、豊富すぎる使い道をリモコンで限定することで演算の負荷を軽くしている。
彼女らよりも遥かに複雑で自由度の高い能力を持つ一方通行は、それでいてその複雑な能力を寝ながらでも行使できるのだ。それを理解したとき、御坂美琴はこの女には一生敵わないのだと思った。例えば彼女の能力が使い道の乏しいものや、有り触れたつまらないだったとしても、彼女ならばそれを第一位と呼ばれるまで昇華させることができるのだろうと思わせられた。
その彼女の弱点を探るとして、5年以上前の映像がどれだけ役に立つのか、誰が考えても然程意味がないと分かりそうなものだ。そういった意図のことを幾らか蔑むような気持ちで言ったら、それまで言葉に感情を含ませることのなかった少年はにわかに気色ばんだ。
「俺が何しようとしてるかも知らねぇくせに、勝手に人のこと馬鹿にしてんじゃねぇよ。」
「……アンタ、一方通行に復讐したいんじゃないの?」
一方通行に嘗て殺されかけた恨みを晴らすため、一方通行について情報を収集し、彼女の弱点を探ろうとしている、と勝手に思い込んでいた御坂は彼の口振りを訝しんだ。それが売り言葉に対する買い言葉だとか、ごまかしだとか、そういうものだとは思わなかった―むしろ、この言葉に彼の本心が隠れているような気がした。
「……さぁな、」
彼はふと、整った顔から表情を消した。それは極一瞬のことで、御坂があれ、と違和感を覚えたときには元の不敵な、気に障る表情に戻っていた。
「俺の目的が知りたけりゃ、そこどいてくれるのが一番早いぜ??」
「そんなこと、っ」
「させるわけないでしょ!!!」
彼女が取り出したゲームセンターのコインを見て、上条は思わず身構えた。異能を消し去る右手があっても、彼女が生み出した電撃の余波である高熱や爆風まで消し去ることができるわけではない。右手以外は当たり前の人間である彼には、今この瞬間にも戦闘に入りそうな二人を止めることすら難しかった。
少年が止める間もなく、彼女はそのコインに電撃を纏わせて弾き出した。狭い地下の空間を丸ごと消し飛ばしてしまいそうなその暴力は、さあっと砂のように崩れて消えてしまった少年には何のダメージももたらさなかったようだ。それどころか、コインは決して遠くない距離の壁にぶつかる前にぽとり、と床に落ちてしまった。上条はもちろんのこと、御坂にも少年が何をしたのかも分からなかった。
少年の姿は見えなくなったが、四方八方からけらけらと笑うような声が聞こえる。
<あはは、そういうことか>
また別の場所から声が聞こえる。
<お前、第三位か>
<お前、クローン殺されて第一位に喧嘩売ったんだろ?>
<そんなお前がどうして第一位と慣れ合ってるわけ??>
またさあっと霧のようなものが集まってきて―それは一つではなく、上条と御坂の周りを取り囲むように複数の渦ができた―それぞれが人の形を象ったかと思うと、全く同じ容姿をした少年が複数姿を表した。
「何よ、これ……??」
「これが未元物質……、」
「この俺、第二位垣根帝督の能力だよ。」
少年は整った顔を歪めて笑った。
「どうしたの?」
結標淡希は第七位に訊ねた。白井の後を追うように、研究所に忍び込んだ不審な人影について覚えている限りのことを語っていた少年が、ぴくりと体を動かしたからだった。
「音が、聞こえる。」
「音、ですか?何の音でしょう。」
海原は飲んでいたコーヒーのカップをかたりとソーサーに戻して、それから耳を澄ました。生まれが生まれであるから、現代的な生活に慣れきった平均的な日本人よりかは眼や耳が利く方だと自負しているが、それでも窓の外から変わった音が聞こえるようなことはなかった。
「爆発音、か?特力研の方からだ……。」
「私にも全然そんな音聞こえなかったわよ?それもあなたの能力かしら、」
「ってちょっと待って!!」
結標が詳しい話を訊こうとするよりも先に少年は喫茶店を飛び出していた。きっちりとコーヒー代は机の上に置いていく当たり、第一印象通りの生真面目な人間なのだろう。
「ちょ、っと…、ってもう聞こえないかしら……。」
店を出て行った少年は、窓越しに見る限り何十メートルもジャンプしてどこかへ飛んでいってしまったらしい、アスファルトの道路でそうそう起きるとは思えない砂埃だけを残して既に姿が見えなくなっていた。
「追いかけましょうか?特力研の方だと言ってましたし、方角は見当がつきますが。」
「私の能力をフル活用したところで、追いつける気はしないけど。」
結標の能力である「座標移動」の最大飛距離は800mを越える。多少のタイムラグはあるが連続での使用も十分可能で、例えば5秒間隔で800mの移動を繰り返したなら時速に換算して100km近いスピードでの移動となる。それでも彼女は少年の移動に追いつける気がしないと言った。
「まあでも、行くだけ行ってみようかしら?何だか私たちが着く頃には片が付いていそうな気がするけれど。」
結標の能力はともすると超能力者に匹敵するほどであると言われ、彼女自身もそのように自負していた。正直なところ、第四位、第五位に遅れを取るつもりはない。第三位より上だとは思わないが、善戦は十分できると思っている。本当に敵わないと思うのは、これまでは第一位と第二位だけだった。そしてたった今、あっという間に見えなくなってしまった第七位がそのリストに追加されたというわけである。
こういった類の(言い方は悪いが)「化け物」たちは、超能力者に近いと言われる結標ですら、蚊帳の外に追いやって物事を進められる。それだけの能力がある。彼女はそのレベルの人物が絡む戦場で、自分が為せることがあるとは思えなかった。
冷静に状況を鑑みて「自分が辿り着く頃には片が付いているだろう」、つまり「自分にできることはないだろう」と判断した結標に対して、海原が答えた。
「何もできないにしろ、乗りかかった船ですし。」
彼も同じような感慨を抱いていたらしい。参戦ではなく、観戦に行くような口振りだった。
「あなたらしい台詞だわ。」
共に過ごしたのは酷く短い期間だったはずなのに、何でこんなにもお互いのことを熟知しているのだろうかと、結標は何だか不思議な気分になった。
「何よ、これ……?」
目の前に、横に、後ろに、何人もの同じ外見をした人物が立っている。クローンではあるまい、何もないところからハリウッド映画の特殊効果のようにするすると現れたのだから。
御坂が咄嗟に考えたのは、能力による幻覚か何かである可能性だった。御坂は常に微弱な電磁波を纏っているために精神操作系能力の影響を受けることはないが、光学的な操作によるものであればその限りではない。
だが「光学的な誤認を起こさせる能力」がこの現象の原因であるなら、少年の声が様々な方向から聞こえてくるはずはなかった。予めこの部屋にスピーカーをセットしておくという手もなくはないが、あまりにも効率が悪い。
部屋の中では砂鉄の剣を作ることもできないし、恐らく最大出力の電撃を飛ばしたところで先ほどのように霧のように消え去って何のダメージも与えられないのだろう。第一この狭い空間では、超電磁砲にしろ電撃にしろ、最大出力はこちらにも被害を及ぼしかねない。
こちらが『第三位』だと気付いてもこの第二位とやらが余裕を崩さなかったことから考えても、彼は超電磁砲が自分をどうにかできるわけがないと自信を持っている。彼の能力の正体も分からぬ今、当てずっぽうで繰り出す自分の攻撃が相手にダメージを与えられるとは思えなかった。
「こういうときは………。」
御坂は隣で縮こまっていた黒髪の少年の背中を蹴りあげて、幽霊めいて真っ白な「少年」の方へと追いやった。
「え??ちょ!!?」
上条が疑問を差し挟むよりも先に、彼の右手が複数の「少年」のうち一体に触れた。それはぱきん、と小気味のいい音を立てて消えてしまった。
「アンタの右手で消せる、ってことは、能力には違いなさそうね。」
「そんなこと確かめるために俺のこと蹴ったのか!!?ちゃんと予め説明しろよ!!」
彼は背中を擦りながら言ったのだが、御坂は反省する素振りもない。予め説明したならあいつにバレるじゃない、と寧ろ開き直った。
「……それにしてもアンタ、」
上条が涙目で苦情を訴え続けるのも気にせず、御坂は自身を取り囲む「少年」たちに問いかけた。
「さっきから私の攻撃を避けはするけど、こちらを攻撃してこないのね。」
「私たちが会話してる間にも、身動き一つ取らないなんて、どういうことかしら。」
「少年」は答えなかった。相変わらず妙ににたにたと笑って余裕を崩す様子がない。
「そいつの右手なぁに?」
「ああそう言えば、聞いたことがあるなぁ、」
「一方通行の能力ですら、無効化できるっていう右手。」
一方通行の周辺について調べている、その事自体に嘘はないのだろう。「少年」は上条の右手の正体を思いついて、いかにも難しいパズルでも解いたときのように気持ちのいい表情を見せた。それでも目に感情が篭っていないことに、御坂は鳥肌すら感じたのだけれど。
「確かに。これは分が悪いな。」
「第三位、お前の予想通り「俺」は能力で生み出されたものだよ。その右手で触れれば、例外なく一瞬で消えるさ。」
少年は自分が不利であることを淡々と語って、それでも余裕を崩すことがなかった。
「でもさ、それなら『俺』自身はどこにいるのか、気にならねぇか?」
この場にいる「少年」が例外なく上条当麻の右手で消し去ることができるというのなら、それはつまり、能力の行使者はこの場にいないことを意味する。
「『俺』自身をどうにかしない限り、今ここにいる「俺」を全員消せたとしても、何の意味もねえぞ?」
「少年」がこれまで攻撃らしい攻撃をして来なかったのも、偏にこれが理由なのだろう。この場にいる「少年」が全て敗れたとしても、痛くも痒くもないのだ。
生身の人間である限り、御坂と上条はここを永久的に守り続けられるわけがない。彼の能力がどういったものかは分からないが、少なくとも彼の自信に満ちた態度を見る限りは生身の二人よりも耐久性のあるものなのだろう。
上条が思い至ったのはここまでだったが、御坂はもっと別の可能性にも気が付いていた。複数の「少年」を生み出すことができるのであれば、この場所以外にも「少年」を生み出すことだって可能であるはずだ。二人が一方通行の重大な秘密を守っているつもりでいる間に、彼は一方通行自身に攻撃を仕掛けることすらできるかも分からないのだ。
だからといって、この場を離れようとするのが正解かどうかも分からない。この場を離れようとした瞬間に、これまでこちらの攻撃を避けるばかりだった「少年」が攻勢に転じないとも限らない。それに、本当にここに残されている情報が「一方通行に関する5年以上前の古くて役立たないデータ」だけであるかどうかも分からないのだ。
実はここに、本当に重要なデータが残されていないと言い切れるのか?
この部屋は特力研が解体された後にも生きていたような気配がある。その部屋に、新しいデータが持ち込まれていないと誰が言い切れるのだろうか。御坂には最早何を優先すべきなのかも判断することが難しかった。
液晶画面では、未だにいつのものとも知れぬ一方通行の実験映像が流れ続けていた。
「おや、お二人さん。どこへ行こうとしているのかにゃー?」
海原と結標が喫茶店を出て、それから結標の方が懐から懐中電灯を取り出したところ、二人は後ろから突然声を掛けられた。よく知っている、という程でもないが、どこかで聞き覚えのある声だった。
「―第四位?」
案内人をしていた結標は、当然暗部にどっぷりと使っていた彼女とも面識がないわけではなかった。しかしながら一方で、その隣に立っていたジャージの上にセーターを着込んだ少女と、何だかぱっとしない不良には見覚えがなかったのだけれど。
「そんなに慌ててどこに行くの?」
「あなたには関係のないことでしょう。」
「そうでもないんだな、これが。」
「―第一位のご機嫌損ねたくないでしょ、あんたも。」
第四位のぞっとするほど美しい笑みに、結標は全てを悟った。いいや、元から予想はしていたのだ。きっと自分も海原も、彼女―一方通行の掌の上で転がされているだけなのだろうということ。それが確信に変わった、というだけのことだった。
「結標さん、こちらの方たちは?」
海原も馬鹿ではない、結標と麦野の会話を聞いて大抵のことは理解しただろう。これまでは彼に珍しく焦ったような表情をしていたが、今となっては色々と諦めたのか、いつも通りの涼しげな、底意の読めない顔に戻っていた。
「第四位、原子崩しこと麦野沈利と―」
「残念ながら、後ろの二人は存じ上げないけれど。恐らく、私たちと同じような人間でしょうね?」
穏やかそうな性格に見える少女と、逆に単なるチンピラにしか見えない少年。だけれどその単なる外見の底に臭う、独特の「共通した雰囲気」を感じ取って、結標はこのような言い方をした。
彼女がこちらの味方なのか、味方の振りをして甘い言葉を吐くだけの敵対者であるのか、結標は計りかねた。第四位は元より謀略だとか裏切りだとか、そういったのを得意としない性格であるが、だからといってそれができないというわけではない。彼らが一方通行に纏わる事件についてまさに動きださんとするタイミングで、出会い頭に開口一番「一方通行」の名を出すのも却って怪しいと感じられる。
「こっちの男の方はともかく―」
「滝壺の能力は、あんたも腰を抜かすほどに貴重な能力者よ?」
麦野が顎で指し示した方向には、ぼんやりとした雰囲気の少女。決して見目は悪くないのだが、それと同時に何だか冴えない風にも見える。一方で、結標は彼女に対して妙な気持ち悪さのようなものも感じていた。
「確かに、貴重な能力というのには違いないようね。」
自身の能力に干渉されていると感じた。十一次元の演算などという特殊なプロセスに干渉できる能力は少なく、それこそ同じ空間移動系能力者か、或いは一方通行のような希少な能力者を相手にするとき以外に、彼女はこのような感覚を味わったことはない。
結標と第四位と呼ばれた女性が睨み合う傍らで、海原は懐に片手を入れていた。何かあれば現代の日本ではまずお目にかかることのない妙なナイフや巻物を直ぐに取り出せるように身構えているのだろう。
「疑り深いねぇ。私達はあんたらの敵じゃないよ。」
「むぎの、」
ジャージの少女が口を挟んだ。ぼんやりとした表情からはあまり想像ができない、声を張り上げているわけではないのによく通る声だった。
「むぎのの態度じゃ、警戒されるのも仕方ないと思うよ。あれ、渡さないと。」
「はいはい、分かってますよ。ちょっとからかってみただけでしょうが。」
第四位を諌めることができるくらいなのだから、それこそ彼女は第四位にすら相対することのできるほどの能力者なのか、そうでなければ余程の信頼を得ている人間なのだろう。彼女の諫言はあっさりと受け入れられ、第四位は手にしていたハンドバッグから封筒を取り出した。
「第一位から、あんたたちにこれを渡せって。」
麦野沈利が差し出した封筒は、あ、と思うまもなくどこかへ消えてしまった。そして彼女の手元には、中身の分厚い便箋の束だけが残されていた。
「さすが座標移動。こんな小さな物体の、外側だけ動かすだなんて器用だね。」
中身が本当に安全なものか確認したかったのだろう。学園都市内には封筒に収まり、厚さも目立たないような爆発物だって十分に在り得る。封筒だけを座標移動させた後もその中身を相変わらず第四位がしっかりと手で持っている様子を見て、漸くそれが危険物ではないことを結標は確信した。
そして次の瞬間、その中身の便箋も、麦野の手からすっと姿を消した。
「そんなに私に近寄りたくないのかねぇ。」
結標が次に警戒したのは、中身の便箋を受け取る瞬間に攻撃されることであった。第四位のような能力者相手には距離を取ることは然程意味がない。どれだけ離れていたって、攻撃されるときは攻撃されるものだ。それでも、近い距離にあるよりは離れていた方がいいのは事実で、結標は彼女たちが敵でないと確信できるまでは必要以上に距離を縮めることを避けたかった。
果たして結標の手元に移動してきた便箋を、彼女は慎重に検めた。
「………、第四位、」
一頻り目を通したのかと思った頃、結標は幾らか改まった口調で彼女を呼ばわった。
「あなたを信用しましょう。一時的ではあるけれど。」
そうして結標淡希は、初めて麦野沈利との距離を自分から縮めるために一歩進み出た。
今日の投下はここまでです。
次回はイケメンソギーが颯爽登場!ってな感じになるといいなー。
こんばんわー、相も変わらず超電磁砲待機中です。今日も投下しますよー。
「確かに、アンタの言う通りよ。」
御坂は何人もの「少年」に対して呟いた。「第二位」がどういう理屈でこの自在に動く人型の物体を生み出しているのか、御坂の能力をもってしても一切理解できない。弱点も特性も何も理解できないということは、ここで自分が粘っていることにすら意味がない可能性をも示唆していた。
そう、例えば一切攻撃はしてこないが、反射を緩めない一方通行と対峙するようなものだ。こちらの攻撃を跳ね返してくるわけではないから、彼女よりは余程優しいと言えるのかも分からないが。それでもこちらの手詰まりには違いがないだろう。
「この状況で、私にアンタをどうにかすることはできないかもしれない、」
彼女は知っている。学園都市第三位などと呼ばれ、名門常盤台のエースなどと持て囃されていても、できないことのあること。届かないもののあること。
そしてそれを認めることと、負けを認めることは同一ではないこと。
「でも、前提となっている状況そのものをひっくり返せるとしたら?」
今ある手札、これまでの捨て札、そういったこれまでの経緯がこれからも有効ならこの勝負は既に決まったも同然だろう―しかし、それを全てリセットできるとしたら?
彼女はポケットからゲームセンターのコインを取り出した。器用にぴん、と弾いて宙に浮かす。
「俺に効かないってことはさっき分かっただろ?何のつもりだ?」
「……っ、こういうことよ!!!」
御坂は「少年」の頭上の更に斜め上、一見すると何の意味もない方向へ向かってお得意の超電磁砲を放った。それは決して高くない天井に当たり、そして突き破った。
「!?」
彼女らが現在いる地下室は、然程地下深いところではなかったらしい、凄まじい音を立てて超電磁砲に突き破られた天井穴からあっさりと地上が見えた。その穴は直径3メートルほどもあるだろうか、この音に気付いて近寄ってくる人間がいたなら見逃しようのないサイズであった。
「はは。何だこれ、」
複数いた「少年」は同時に腹を抱えて笑い出した。
「人でも呼ぶつもりか?第三位がまさかこんなギャンブルめいた自棄っぱちの行動に出るとはなぁ。」
誰かを呼ぶ―非常にシンプルな御坂の狙いに、彼は直ぐさま気付いたのだろう。大きな音と、目立つ穴。確かに傍を通りかかる人間がいたなら、放っておかないに違いない。
だけれど通りすがりの一般人や、それどころか警備員の一部隊が来たところで自分の目的が邪魔されるとは思っていなかった「少年」は、御坂の行動に驚きつつも相変わらずの余裕を崩すことがなかった。
「私がそんな適当なことすると思ったの?」
自身が放った超電磁砲が天井を突き破る際、部屋中を揺らした振動にバランスを保てなかったらしい、片膝を突いた状態で彼女は「少年」を睨みつけた。その視線の強さは、膝を屈しながらも、決して精神が折れていないことを雄弁に語っていた。
「頼る人間なら、選んでいるつもりよ。こいつにしろ、―」
彼女は傍らで自分を庇うように立つ、勇ましい無能力者に目配せをしてから、もう一度天井に開いた穴の向こうに視線を戻した。
白井が残したメモに記されていたもう一つの少年の名前。
彼が本当にこの事件に関わっていて、そして一方通行と彼が御坂の思う通りの関係であるのであれば、今も彼はあの憎たらしい第一位のために走り回っていることだろう。
もしかしたら自分が最初に放った超電磁砲の衝撃音に気付いてこちらに向かっている途中かもしれない。2発も超電磁砲を打てば少なくとも警備員は動き出す。警備員などこの場で役に立つとも思えないが、警備員が動き出せば彼もこの場所に気付くだろう。
だから、彼はきっと来る。女の子を守るヒーローというのは、そういうふうにできている。
「―第七位にしろ、ね。」
彼女がそう言った瞬間、大砲でも落ちてきたのだろうかと思わせられるような大きな塊が御坂の開けた穴を通り越して、地下室に降り立った。その凄まじい音に対して、意外にも降り立った場所の床や周辺の機材が壊れるようなことはなかった。
地震でも起きたかのような振動が十数秒続いて、そしてその間に目を開けるのも難しいほどの砂埃が舞い起こった。上条と御坂は揃ってげほげほと咳き込んで、そんなときでも「少年」たちの息遣いすら聞こえてこないものだから、彼らが生き物でないことが際立って感じられた。
「あれ、超電磁砲か?こんなところで何やってるんだ?」
砂埃が少し収まってから辺りを見渡した少年はそんな間抜けなことを口にした。緊迫した戦場に割り込んできたにもかかわらず、何とも呑気な声である。あ、上条もいるな、などとこちらを観察するくらいなら、背中側に注意を払ってほしい、と御坂は口にしないながらも様々な文句を脳内に並び立てた。
「アンタ、この状況をよく見なさいよ。」
御坂に窘められて、彼はきょろきょろと周りを見渡した。そして彼の目には同じ姿をした少年が複数いることよりも、たった今、誰にも注目されないままに流れ続けている映像の方が余程重大な事実のように映ったらしい。大きな液晶画面を彼らしからぬ険しい顔で睨みながら御坂に訊ねた。
「あれは、何なんだ?」
「………この部屋に隠されていた一方通行の実験データらしいけど、正直、気持ちのいいものじゃないわ。」
御坂は先程感じた吐き気を思い出さないように、液晶画面から目を逸らした。
映っている映像は先ほど見たものとはまた別の実験のものに切り替わっていて、幼い一方通行が様々な液体を代わる代わる大人に飲まされている最中だった。その液体が何なのか最早見た目には分からないが、ビーカーやら、試験管やら、或いは褐色瓶やらに入れられたそれらが人体に安全なものであるとは、その場にいる誰の目にも思えなかった。劇毒物を飲まされ続ける彼女の生体反応を解析するためか、彼女の全身には様々なコードが巻き付いていた。
もしかしたら昨日この場所に忍び込んだ白井も、同じような映像を見てしまったのだろうか―そんな想像をして御坂は酷く陰鬱な気分になった。一方通行にいい感情を持っているとはいえない御坂ですら、この映像を見ていい気分になるようなことはない。ましてや一方通行を心底慕う少年にしてみれば、このような映像が存在するということ自体が拷問のようにも感じられるだろう。
「あれ、壊してもいいかな。」
少年はさらりと、まるで古くなった服を捨てるような調子で言ったが、その声は酷く冷め切っていて、普段の彼からは想像もつかないほどであった。御坂はその声を聞いて腹の底からぞっと体温が奪われたような、もっと大袈裟に言えば内蔵を丸ごと抉り取られたような気がした。
「……私が決められることではないけれど。一方通行だったらどうするかしらね。」
御坂は少しばかり彼の気迫に押されながらも、どうにか口を開いた。
「ああ、どうだろな、」
一方通行に対して同じ質問をしたならどんな返答が返ってくるだろうか、想像を巡らせた彼は小さく笑みを零した。酷く場違いな楽しげな声が、決して広くない地下室の中でぼんやりと響いた。
「俺が勝手に壊したなら、あいつは怒るかも分からないな。でも、」
「最後には半殺しくらいで勘弁してくれるだろ。」
かつて半殺しどころか、ほぼ即死に近い状況に追い込まれた彼にとってはそれくらい何でもないことらしい。うっすらと笑った少年の表情は、恍惚とすらしていた。
「………何だ、お前。」
ほとんど第七位の独り言に近い、御坂と削板の会話に口を挟んだのは第二位らしい「少年」であった。突然にこの場に現れ、そして彼の「獲物」を壊すなどと言う少年に対して、御坂には決して向けることのなかった敵意を露わにしている。
恐らく御坂が同じようなことを企てたとしても、「データを破壊する」という目的を達成する前に自身の力で止められると踏んでいたのだろう―そしてそれが突然現れた少年に対してはそれが難しいことを本能的に悟っている。
「俺か?俺は、削板軍覇、」
「不本意だが、学園都市第七位、なんて呼ばれてるぞ。」
その名乗りを聞いて、「少年」は彼の正体に思い当たったらしい。御坂や上条には決して向けることのなかった、強い嫌悪感をはっきりと表情に表して隠すことがなかった。
「いきなり飛び込んできて俺の獲物をぶっ壊すたぁ、あんまりにも品がねぇんじゃねぇか。第七位さんよ?」
いつの間にか何人もいたはずの「少年」は、第七位に向き合う一人だけになっていた。御坂や上条になど興味がないのか、或いは脅威だとも思っていないのだろう、ただ目の前の第七位にだけ危ういほどの殺意を向けていて、その隙に横から別の人間―例えば御坂だとかの攻撃が向かってくることを危惧する気配などなかった。
「ああ、そっか。お前、これが欲しいのか。」
少年は懐かしむように液晶画面を見た。彼にとっては事実懐かしく、そして消し去りたい過去なのだろう。
「残念だったな、」
「俺はあいつの髪の毛一本だって、他人に譲るつもりはないんでな。」
彼がこれから何をしようとしているのか、その場にいた誰もが正確に予想できていただろうと思う。ただそれに口を挟むだとか、ましてや止めるだなんてことは誰も思いつかなかった。誰もが指一本動かせずにその様子を息を潜めて見詰めていた。
少年は一切躊躇うことなく、最も手近にあった機材に拳を振り下ろした。
「…ああ、これじゃなかったのか。」
少年に遠慮のない暴力を振るわれた機材は、ばちばちと断末魔の声を上げて、そして幾らもしないうちに息を引き取った。それでも液晶画面に映る映像が止まることはなかったから、彼は外れだと判断したらしい。
流れ続ける映像を止めたいのなら、液晶画面を壊してしまうのが一番手っ取り早い。だけれど彼はそれに一切の意義を感じていないのだろう、この映像の大元を破壊することが彼の目的だった。
「お前、何なんだ。」
「さっき名乗っただろ?削板軍覇だよ。」
「少年」が訊ねた。第七位という存在は知っている。その能力も朧気ではあるが耳にしたことがある。
彼が知りたいのはそういこうことではなく、どういうつもりでこの場に突然現れて、自分の獲物を勝手に壊そうとしているのか、何もかも唐突な行動の理由だった。
「それよりお前こそ、何なんだ?ずっとあいつのデータを探して回って、何がしたい?」
「俺は、垣根帝督、」
「―第二位だ。」
それは真実なのか、誰にも分からない。
少なくとも目の前にいる彼は「ヒト」ではない。「ヒト」に生み出された何ものかだった。つまりは彼を生み出したのが本当に「第二位」であったとしても、彼自身は「第二位」そのものではない。
一方で、学園都市の能力は「ヒト」の根本でもある。一方通行のように能力は「そのヒトそのもの」を意味することすらある。彼は第一位と呼ばれる少女と同じように、自身の能力の発現こそを「自分」だと言った。
「俺の目的が知りたけりゃ、ここのデータ全部開け渡してくれよ。そうすりゃ、お前らには一切手出ししないぜ?」
「少年」はこれまで通りの冗談めかした口調を改めることはしなかったが、これまでの彼とまるで違う心情を抱えていることが窺い知れた。この場で彼にとって警戒するに値するのは第七位だけで、御坂と上条は彼にとって脅威ではないのだろう。
二人の超能力者の少年は睨み合ったまま、動くことも、口を開くこともしなかった。先に言葉を発したのは、第七位の方だった。
「御坂、あいつあんなこと言ってるけどあの穴開けたのはお前か?」
超電磁砲が壁を突き破る轟音を聞きつけてここに飛び込んでいたのだろう、少年はてっきり男の方が御坂たちを攻撃しようとしたのだとばかり思っていたから首を傾げた。
「ええ、私が開けた穴よ。」
「それに、その男の言う通り、こちらがいくら攻撃してもこちらに攻撃をしてくる様子はないわ。それに、私の攻撃は何の意味もないみたいだし。」
「へぇ、……。」
少年は、彼にしては酷く珍しい、悪戯っぽい笑みを浮かべた。いかにも悪巧みを思いついた子供のようである。
「じゃあ、これならどうだ?」
「これなら、俺に攻撃してくるか??」
少年はまるで玩具を壊すことを何とも思わない子供のように、また一つ手近な機材を壊した。
その瞬間「少年」の姿をしたものがぶわり、と身の毛を逆立てた獣のように一回り大きく見えたような気がした。そしてその怒りをそのまま表したかのように彼の全身が幾つにも裂けて、避けた切れ目から飛び出した筋のようなものが幾重もこちらの方に飛びかかってきた。
「上条!!」
少年に大きな声で呼ばわれて、彼は自分の為すべきことを瞬時に理解したのだろう、ぼんやりした性格の割にはとっさの行動は目から鼻に抜けるように聡明で、彼は御坂を庇うようにその右手を翳した。
その間にも削板は「少年」の攻撃を避けたり、弾いたり、防いだりしながら―最早どういう理屈でそういうことができているのか、御坂はおろか、「少年」にすらよく分からなかった―部屋の中に所狭しと並べられている機材を壊して回った。
恐らく目に見える機材はあくまでデータを操作するためだけのもので、データの保存自体はどこかに隠された別の機材が担っているのだろう。だとすると、ここにある機材を全て壊せばこの部屋でこのデータを閲覧することはできなくなるだろうが、データ自体が消えてなくなるわけではない。この「少年」の目的を完全に阻むためにはデータの「保存場所」を見つけなければならなかった。
「御坂、お前ならあのデータって消せるのか?」
超能力者と呼ばれる二人の少年がぶつかり合う同じ部屋の中で、能力の余波やら、吹き飛んだ瓦礫やらを避けるのが精一杯で、あちらこちらの物陰を動き回っていた上条は、自身の背中に庇っている少女にこっそりと囁きかけた。
「……保存場所のセキュリティ次第ではあるけど。」
いくら発電系能力者最高峰とはいえ、何でも思い通りになるというわけではない。彼女にも潜り抜けられぬセキュリティというのも現実には存在している。
「でも、私の当てずっぽうな電撃で喚び出せるようなデータなんだから、セキュリティもたかが知れてるわ。」
御坂はこの映像を再生するのに然程複雑な操作はしていない。ならば、恐らくこのデータにさして複雑なセキュリティシステムは設けられていないはずだ。
ソフト面でのセキュリティがお座なりならば、ハード面でカバーしているに違いない。つまりは物理的にアクセスが難しいようにしてあるのだ。物理的にアクセスを制限する方法といえば、単純に一般的なネット回線から独立させるのが手っ取り早い。特定の端末からだけアクセスできる、という状況を作ればいいだけだ。
逆に言えば、そのアクセス可能な「特定の端末」からなら、一切の障害に阻まれることなくデータにアクセスできる可能性が高い。
御坂は改めて液晶画面に映っている実験映像を確認した。様々な子供が代わる代わる登場している映像、だけれどその7割ほどは白髪の不健康そうな少女が占めていた。玩具のように、道具のように、単なる実験動物のように扱われる少女。
クリスマスイブに偶々出会った女性科学者の言っていたことが漸く腑に落ちた気がした。マウスもクローンも、それどころか学園都市第一位も、科学者にとってはデータを与えてくれる存在でしかないのだ。そのデータだけが素晴らしく、美しく、尊きもので、それらを与えてくれる命の間に軽重の差はない。少なくとも命を奪っているという認識のあった彼女は、比較的良心的な人間だったのだろう。今映っている実験を行なっていた人間はそれを持ち合わせなかったはずだ。
絶対能力進化実験、あれは第一位が第三位のクローンを一方的に嬲っていたのではないのだ。同じように実験動物として扱われていた者同士が、共食いをしていただけなのだ。似たもの同士をひとところに集めて殺し合いをさせる、そして得られたものを自分に都合のいいように利用する―絶対能力進化実験の意図を理解した御坂は、それに蠱毒と呼ばれる東洋の古い呪術を連想した。
大雑把に言えば、蠱毒の器に入れられていたのは妹達と一方通行だけではない。何十年もかけてこの街で研究され続けていた子供たち、その全てが生贄だったのだろう。御坂は妹達や一方通行に限らない、この街で大人たちの思惑に振り回された子供たちのことを想像して、歯ぎしりした。
「………、やってみるわ。」
「……壊してみせるわよ、何もかも。その間、アンタは右手降ろさないでよ。」
「済みません、結標さん。自分には何がどうなってるのか全く分からないのですが。」
結標と麦野の会話の内容が全く理解できず、幾らか戸惑ったような様子の海原が口を挟んだ。
「これを読めば分かるわよ。」
結標が差し出した便箋を、海原は首を傾げながらも受け取った。
「これは、………」
海原も第四位と呼ばれる彼女が敵ではない、ということを瞬時に理解した。味方とも言い難いのだろうが、少なくとも現在は利害が一致しているらしい。
便箋に綴られていたのはただの文章ではなかった。
彼らが「グループ」などと呼ばれて活動していたときに使用していた暗号である。元々は電話で指示だけしてくるあの男に用意されたものであったが、グループの4人以外には本当の意味が読み取れぬように一方通行がアレンジしていた。
この複雑な暗号を他人が模倣できるとは思えない。ましてや几帳面な性格を想起させる少し右肩上がりの小さな文字は、彼女の肉筆の特徴である。一方通行を脅して書かせたという可能性も一応残されているのだが、この世にあの傍若無人な第一位様を脅せるような人間がいるとは思えない―世界中の魔術師の中には彼女を捻じ伏せられる人間はいるだろうが、それでも彼女の精神を折ることはできないだろうと海原は思う。
「私は自分たちだけでやるって言ったんだけどねぇ。第一位があんたらも連れてけって煩いから。」
だから仕方なくお前たちに協力を求めるのだ、と第四位は尊大な態度を崩さないまま、言外に訴えた。その後ろでとあるカップルが「……第一位、一回しか言わなかったよな。」「うん、私は自分を大きく見せたいむぎのを応援してる。」とか何とか耳打ちし合っていたのが彼女の耳に届かなったのは幸いである。
次のお話
「さぁて、」
「あの第二位のムカつくお綺麗な顔、ぐっちゃぐちゃにしてやろうじゃないか。」
そう、垣根帝督が自分の欲望に従い復讐に走るというのであれば、彼女もまた自分のしたいようにするだけであった。
かつての仲間を脅してアイテムの情報を吐かせた男。
結果的にあの美脚自慢の元同僚に手を下したのは自分だったが、決して彼女との関係が悪かったわけではなかった。あの男が妙な野心を抱くようなことがなければ、今でも彼女と馬鹿笑いをしていたかもしれない。
彼女を殺したことを後悔はしていない。あれは必要なことであった。仲間の情報を売った人間を許すことはできない。結果命の危険に晒されたのは麦野だけではなく、滝壺も絹旗もそうだったのだ。3人を生死の境に追い込んだ償いが死であったとして、それが決して重すぎるとは麦野は考えていない。
間違っても彼女の弔い合戦ではない。彼女を殺したのは自分だ。彼女は学園都市第四位として、あの男に虚仮にされたその事実を精算する。ただそれだけだった。
>>887の最初の一行関係ないですごめんなさい…
今日はここまでです。
何だかいつの間にやら2スレ目突入しそうな雰囲気ですねぇ…2スレ目埋められる気が全くしない…。多分VS垣根自体はこのスレで収まるはず、きっとそう。
い
一方さんがいないレールガンに喪失感が半端ない>>1です…こんにちは…
VS垣根編、今回の投下がクライマックス(のはず)です。あと後日談残すのみ、って感じです。
第二位と第七位。
戦闘においては第一位と張り合えるとされている二人の少年が火花を散らしていたのはほんの僅かな時間、具体的に述べるのであれば数分程度のことだった。狭い地下室の中を縦横無尽に走っていた―それでも御坂と上条を巻き込まないようにと彼なりに考えていたらしい、不思議なほどに飛び散る瓦礫も彼らの攻撃の余波も二人にはほとんど危害を加えなかった―第七位の少年は突然ぴたり、と動くのを止めた。
それに合わせてもう一人の「少年」も攻撃の手を緩めた。
「おかしい。」
第七位はぽつりと呟いた。
「お前のこと、あいつに聞いたことがある。」
「あいつの反射を擦り抜けられるほどの能力者なんだろ。」
彼が言うあいつ、とは第一位のことなのだろう。しかしながら御坂はもちろん、一方通行と比較的良好な関係を築いている上条ですら、「以前学園都市第二位と戦闘した」などという話を彼女から直接耳にしたことはなかった。
というのも彼女はそういった薄暗い世界から足を洗った今ですら、その当時のことを思い出話程度にも語ろうとしないのである。全てのことが済んだ今になっても、それを語ることは自分の周囲の人間にとって良くない影響を齎すのではないか、彼女は一種強迫観念にも似たそのような考えを持っていた。
そういった考えを持つ彼女からその頃の話を聞くというのは、実は妹達にすら許されなかったことであった。
「見ろよ、これ。」
少年は機材を壊したときの影響か、煤に塗れた右手を掲げた。見ての通り酷く汚れてはいるが、怪我は一つもない。
「あいつに怪我を負わせられるような能力者が、俺に傷を一つも付けられないっておかしいだろ。」
少年の能力も様々な攻撃を跳ね返すような使い方をすることができるが、一方通行の反射ほど万能ではない。彼に擦り傷ひとつつけることのできないそれが、嘗て彼女の微生物やらウイルスやらまで無効化するような反射の膜をすり抜けた攻撃と同一のものであるとは、彼にはどうしても思えなかった。
「お前、本当に第二位か?」
「……いや、この訊き方は違うな。」
少年はふむ、と考えるような仕草をした。意外にもその仕草は活発な印象ばかりの強い彼に似つかわしかった。
「お前が第二位だってことは分かるんだよ。」
能力によって人型の物体を作る、これだけだったら大能力者まで行かなくても実現できる能力者はそれなりの数がいるだろう。しかしそれを自在に動かすとなるとまるで話は変わってくる。
それどころか彼はその人型で自分や御坂と会話したり、こちらの様子を探ってきたりするのである。少なくともこの人型に聴覚と視覚が備わっていることは間違いがない。その会話や反応に奇妙なところは少しもなく、「少年」は遠隔操作されていると言うよりも、「少年」自身が自律し、判断し、行動しているようにすら思える。これだけの複雑なことを為しえるのは超能力者でも難しく、それこそ第二位の仕業としか思えないのだ。
だけれど、結果として第七位である自分に傷ひとつつけることができていない。第三位である御坂も、それどころか右手以外は生身の人間である上条も、負っている傷は精々擦り傷程度だ。暗部にどっぷりと浸かり、考えようによっては一方通行よりも薄暗い人生を歩んでいたかも分からない彼が、このように中途半端な仕打ちをするとは思えなかった。
「お前は『第二位』には違いないと思う、だけれど本当に『垣根帝督』か?」
「てめぇ………!!!」
少年がそう訊ねた瞬間、決して広くない、しかし狭くもない地下室中の空気がぶわり、と震えた。真夏なのに妙に冷たい空気が淀んで溜まって、どこにも行けずに立ち往生しているような気がした。
誰もが、部屋の空気が変わったのを「少年」が放つ怒気―或いは殺気と呼ぶのが適切かも分からない―によるものだと理解した。「少年」は図星を突かれたのだろう、だからこんなにも怒りを露わにしているのだ―そう思う間もなく御坂はその殺気に気圧されてその場に座り込んだ。
御坂は今この瞬間になって9982号が死んだあの夜、一方通行は自分を相手にして一切本気を出していなかったのだと理解した。第三位と第二位はこんなにも隔絶している、自分が第一位の本気に晒されたならその場に立ってもいられなかったのだろうと、彼女は数ヶ月も経ってから一方通行の無意識の甘さに気付いた。
結果的に敗北したとはいえ、その彼女に傷をつけることに成功した男の怒りをまともに感じた彼女は、ほとんど反射的に近くにいた上条の背中にしがみついた。咄嗟にぎゅっと目を瞑ったその瞬間、静まり返った地下室に場違いな楽しげな声が聞こえた。
「はァい、三下どもォ。楽しンでるかァ?」
けらけらと楽しげに響く声は、ともすると人である筈のない「少年」のそれよりも人間離れして聞こえた。その声の正体も、普段物静かである筈の声の主が今どのような感情をもってこの場に現れたのかも、誰もが一瞬で理解しただろう。
かしゃかしゃ。
かしゃん、
かしゃり。
部屋に続く地下通路、その暗闇の向こうで金属が擦れ合うような音がする。御坂はその音に彼女が持つ不思議な造りをした杖を連想した。しかし開けっ放しになったままの扉の向こうにはいつまで経っても白い人影が現れることがなかった。
「―動くなよ。」
彼らが気が付いたときには、彼女はどういう理屈かいつの間にか一人だけになっていた「少年」を仰向けに倒し、その胸の辺りを足蹴にしていた。地下通路の方から来た気配もなく、上の穴から降りてきたという様子でもない。彼女は瞬間移動したように現れて、「少年」は何の前触れもなく冷たい床の上に仰向けになっていた。少なくとも、御坂や上条の認識ではそうだった。
酷く華奢な彼女が踏みつけたところでその力はたかが知れているのだが、その重みは彼女の能力によって何倍にも上乗せされているのだろう。「少年」はまるで本当のヒトのように、苦しげな呻き声を上げた。
「ははっ、お前なら知ってるだろうが。」
その重みに幾らか苛まれているのだろう、少し苦しそうに「少年」は答えた。まともに呼吸機能がついているとも思えない彼が「苦しそうにする」というのはやはり不可解で、演技だったかも分からない。それとも第一位は人でない彼にすら苦しさを感じさせることができるのかも知れなくて、結局のところ『第一位』と『第二位』の高度な応酬を理解できていた人間は、その場には誰もいなかった。
「ここにいる「俺」が動かなくたって、そんなの何の安心材料にもならねぇぜ?」
「少年」は苦しげな声を上げながらも、余裕を失わない表情で示唆する。
自分一人ではないこと。沢山の「彼」が在ること。簡単に状況をひっくり返すことができること。
「少年」ははっきりとは口にしなかったが、その口振りはお前の生命線を簡単に断てるんだぞ、と言わんばかりのものだった。妹達か、その司令塔か、或いは同居人の誰かか、彼にとってはそのどれでもいい。沢山あるターゲットのどれか一つでも壊すことができたなら、この状況は逆転する。
御坂はこうやって「少年」が示す「もしも」の可能性に打ち勝つ術を見出せず、ただ状況を変えうる第七位に全てを賭けたのだった。御坂自身は彼とのタイマンに匙を投げたと言ってもいい。だが、学園都市第三位にすら絶望的に響くその可能性を提示されても、第一位は涼し気な表情をぴくりとも動かさなかった。
「俺がオマエを知ってるってェンなら、オマエだって俺の遣り口を知ってるだろ?」
「……俺が抑えてンのが、本当にここにいる「オマエ」だけだと思ったかァ?」
彼女はぞっとするほどに美しく唇を歪めて、だけどその一方で年頃の少女とは思えない、きひひ、と奇妙に引き攣れた声を上げて笑った。その言葉の意図するところを理解したのだろう、彼女が皆まで言わぬうちに「少年」ははっきりと表情を変えた。
「オマエの『本体』の居場所を知ってるって言ったなら、どォする?」
彼女はいっそ危ういほどにその小さな顔を仰向けに倒れたままでいる少年に近付けて、態とらしいゆっくりとした動作で彼の耳に囁きかけた。例え熱に乏しい印象のある彼女でも間近に感じる息には熱が籠っているのだろう、「少年」はびくりと彼らしからぬ素直な反応を見せた。
それが耳に当たる息に対する反射的なものであるのか、それとも彼女の言葉の裏に隠された意味を読み取ってのものであるのか、何れであるかは不明であった。だが、どちらにしろその反応を導き出すことに成功した彼女は薄い唇を大層嬉しそうに歪めた。
「『俺』の居場所?分かるもんか。」
誰もが彼のその発言を虚勢であると理解していた。声色には先程までの余裕がない。
「………能力追跡。」
一方通行がその単語を呟いた瞬間、その場にいた誰もが全てを悟った。確かに彼女なら、あらゆる能力者の居場所を察知することができる。そのための現実的な必要条件を満たす過程には様々な障害があるが、少なくとも理論上はそうなっていた。
「この能力名に覚えがあるよなァ?あいつに結構苦戦させられたンだって聞いたぜェ?」
「……あの女は能力の使いすぎで体を壊してたはずだ。」
「そこは種も仕掛けもあるがなァ、オマエには教えてやらねェよ。」
ハッタリかも分からない。
何せ滝壺理后の能力は地球の裏側に行こうと能力者の居場所を補足できるといわれるほどの能力であり、向こうがこちらの『本体』の居場所を見付けることができたからといって、彼女がこちらの近くに存在するというわけではないのだ。
彼女がどこにいて、どこから自身の『本体』の場所を知り得たのかも分からない。つまりは、本当に彼女が『本体』の居場所を見付けたという証拠もまた同時にないのだ。垣根ほどの能力者であっても、本当に彼女に補足されているのかどうかは知りようがなかった。
「あいつを潰そうとしたって無駄だぜ?座標移動と原子崩しも一緒だからな。」
滝壺理后の能力は恐ろしい、がその一方で彼女自身は一切の攻撃の手段を持たない。或いは彼女の能力がより進化したならば、他人の能力に干渉することで攻撃をも可能となるのかも分からないが、少なくとも現時点ではそこまでには至っていない筈だった。
だから彼女は強大な火力を持つ原子崩しと共に行動をしていたのだ。一方の原子崩しはその破壊力は超能力者の中でもずば抜けているが、能力のコントロール等には長けていなかった。彼女らは正に互いの欠点を補い合うベストな組み合わせだったと言える。
それに加えて座標移動である。目の前にいる彼女を追い掛け回すというのならともかく、どこにいるかも分からない彼女の居場所を探るというのは第二位はおろか第一位にも困難なことだろう。彼女の能力があれば、距離など大幅に無視して彼の『本体』に攻撃を仕掛けることもできる―況してや『本体』の居場所を知ることができる能力追跡が行動を共にしている、となったらいくら第二位といえど勝ち目は薄い。
「随分贅沢な布陣じゃあねぇか。てめえ一人じゃこの俺に敵わねえってか?」
「俺一人だってやってやれねェこたァねェと思うがなァ。無傷の勝利ってェのも悪かねェだろ。」
嘗て科学者に攫われた少女を救うため、一人で立ち回ったときのように。或いはドラゴンなどと呼ばれる存在の生産ラインとして消費された少女を救うため、ロシアまで行ったときのように。極力他人に頼らず、身近な人間を巻き込まずにこの件を解決することだって自分にはできたと思う。
だけれど今回はそれでは意味がない。妹達や、第七位の少年、ましてや折り合いがいいとは言い切れない第三位までが自分を守るために身を張っているというのだから、それを無視して自分が犠牲になるのは間違っていることなのだろう。
未だに一方通行自身はそれでも自分が全部引き受ければいいじゃないかと思わないでもなかったが、そんなことを言うのであれば黄泉川やら上条やらから説教を受けるのは分かり切っていた。だから、彼女なりに、慣れないながらに、誰かの好意に甘えるということを選んだ結果がこれなのだ。
それでも最後の最後は、自分が決着を付けたいと思う、そう考えた末にこのタイミングでこの場に現れた。
「知ってるかァ?男ってのは女の肌に傷をつけたら責任取とらにゃあならねェらしいぜ?」
「俺はともかくとして、糞ガキと黄泉川の分、一回死にかけたくらいじゃ足りねェだろォなァ?」
結局彼女たちを傷つけた全ての元凶は自分であると思う。暗部にいる間、自分の近くにいては彼女らの身に危険が及ぶ可能性があると思って遠ざけた。しかし実のところは、傍にいて守り切る自身がなかっただけなのだ。結局関わりを絶っていても、打ち止めは自分のせいで命を狙われ、黄泉川は自分の甘さ故に要らぬ怪我を追った。
全て自分のせいだ。でもそう思うのなら、自分が犠牲になることには意味がない。
「俺の『本体』抑えたからって何だ?」
「『俺』は、本体が消滅したって自律できる存在だ。『俺』が『俺』を生むこともできるし、最早生身の体なんて鬱陶しい。」
「壊せよ、好きなだけ。俺の『本体』を壊したところで何も終わんねぇぜ?」
誰も、一方通行と気安い関係である筈の第七位ですら口を挟むことができずにいた緊迫感が、突然に緩んだ。きひきひと人のものとは思えない笑い声を上げていた一方通行が、ふといつも通りの落ち着いた、何もかもが鬱陶しいと思っているような口調に改まったのだった。
「……いい加減、下手な演技はやめろ。」
子供を宥めすかすように、気の荒い彼女としてはあり得べくもないほどの穏やかな物言いに―それでも彼女をよく知らない人間にしてみれば、ただぶっきらぼうなだけに聞こえただろうけれど―誰もが耳を疑った。例えば我侭を言う番外個体を諭すような、いっそ慈しみすら篭ったような声色だった。
「…どういう意味だ?」
「オマエ………、」
「能力の使い方も、自分のこともマトモに覚えてないンだろォが。」
「………」
「いつから、気付いていたんですか。」
少年はそれまでの口調を改めて、個性の乏しい、ともすると機械的にも聞こえる語り口でぽつりと呟いた。
「あンだけバラバラにしてやったのが誰だか忘れたのか、」
「あァ、忘れたンだっけ。」
彼女はいかにもつまらなそうに呟いた。それは嫌味でも、相手を煽る言葉でもなく、ただ事実を確認するための言葉だった。
「オマエ、今脳みそ何分の一残ってる?半分はねェだろ、そんな状態で従前の記憶が残ってるわけないよなァ。」
彼女はいつかこの男と対峙した日のことを思い出していた。確かに不思議な能力を行使していたが、どこぞの科学者を捻り潰したときと同じようにまるで理性がなかったわけではない。むしろ恐ろしいほどに頭が冴えきっていて、あのときのことはよく覚えている。
「オマエ…妹達関連、俺関連、それらに紛れて俺にもガキどもにも関係ないとこ忍び込ンでただろ?」
「まさか自分の実験データを漁るなンてことしねェだろ。自分の能力なら自分が一番知ってる。特に俺達のよォに特殊な奴はな。」
一方通行や削板の能力は未だ科学者の手によって明確な原理を明らかにされていない。その一方で当人たちは何の不便もなくその能力を行使している。特殊な能力というのは得てしてそんなもので、誰にも解析できなくても、当人にも理屈としては理解できなくとも、行使自体は案外あっさりとできるものだったりする。
だからそういった能力を持つ人間にとって、自身の能力の解析データというものはほぼ意味を持たない。自分が本能的に理解して、行使しているその経験以上に意味のあるデータなどないからだ。
その意味のないデータでも探ろうとした彼の意図は、彼自身がその経験的な知識を失ってしまったからだとかしか、一方通行には思えなかった。
「第一今も、」
「俺の能力で簡単に抑え込まれてる。オマエの能力はそンなシンプルなもンじゃねェだろォが。」
一方通行は相も変わらず仰向けになった「少年」を足蹴にしたまま話し続ける。彼女は彼の能力も加味して、単に重力を加算するだけではなく、様々な特殊なベクトルを操作して「少年」という不定形なものを押さえ込んでいた。
とは言っても嘗て一方通行の反射を破った少年の能力が、これほど簡単に抑えこまれていいはずがない。一方通行の予想に基づくのであれば、従来の彼なら1分とかからずこの能力の檻を脱することに成功しただろう。
「この様子だと、能力の使い方も大半は忘れたってとこだろォな。超電磁砲や三下に危害を加えなかったのだって、「やらなかった」ンじゃなくって「できなかった」だからだろ。」
「火事場の馬鹿力じゃねェけど、死にかけて咄嗟に『人型』を作る能力に目覚めて、それ以外は忘れたってとこか。」
少女の視線は足元に転がったままの「少年」を慈しむように撫でた。まるで彼がこうして冷たい床に寝転がっていることと彼女には何の関わりもなく、無責任な通りすがりのように同情の視線を向けているだけ、という風にも見える仕草だった。
「俺が仕出かしたことにゃ違いねェが、随分な皮肉だな。」
「その様子だと俺に復讐したいってンでもねェだろ。」
「どォしてほしい?何でもしてやるたァ言えねェが、聞くだけは聞いてやるよ。」
それは彼女が口にしてやることのできる、最大限の甘い言葉であった。「少年」の願いを何の条件もなしに叶えてやることはできないけれど、彼が今かくあることに全く関与していないわけでもない彼女の、精一杯の誠意であった。
そのとき、ぶつり、と何かが途切れるような音がした。
その場にいた誰もが注目したのは、それまで長いこと誰にも注目されずにいた液晶画面だった。液晶の横のスピーカーから、ヘリコプターを連想させる独特の轟音が響いた。
一方通行はその画面の右下に表示された日付を見て、ただでさえ真っ白い顔を青褪めさせた。
「……見るな。」
「誰も見るンじゃねェ!!」
彼女は誰にともなく、大声で叫んだ。
しかしながらそう言われても、誰もその画面から目を話すことができなかった。
画面の隅には『第一位 能力暴走』と何とも愛想のないゴシック体のテロップが表示されていた。
そしてその画面の中に映る幼い一方通行がその強大に過ぎる力を持て余していることが、誰の目にも瞬時に理解できた。
それを取り囲む警備員。恐らく警備員のものではない、もっと暴力的な組織が有しているのだろう装甲車やら戦車やら、軍事ヘリ。その隙間を縫うようにして現れた少年の正体も、誰もがすぐに理解したのだろう。
「見るなっつってンだろォが!!」
彼女が再び叫んだ瞬間、彼女のすぐ近くにあった機材に大砲でも打ち込まれたような穴が開いた。かと思うと幾つもの機材にぼこぼこと、立て続けに同じようなことが起こった。
一方通行の力だろう。どういう理屈で、どんなベクトルを操作すればこんな芸当ができるのか、御坂にも分からないが、こんなことができるのは彼女しかいない。
しかし同時に彼女らしくなくもあった。普段の彼女であれば、こんな芸当ができるというのなら一発で液晶画面をぶち壊すだろう。だってそうすれば彼女の望む通り、誰も映像の続きを見ることはできないのだから。
そうしないのではなく、できないのだ。
彼女は冷静さを失っている、或いは躊躇っている、恐れている。
寝ながらでもあの複雑な能力を正確に使いこなすような彼女が、その能力の制御を失っていた。能力の暴走とは言わないまでも、映像の中の彼女と現在の彼女の様子を連想付けるのに然程障害はなかった。
『ゆりこ、ゆりこ、』
画面の中の少年は、知らない人物の名を呼び続けている。その名前の意味するところは容易に理解できたが、誰も瞬時に飲み下すことができなかった。
「ゆりこ、」
ふと、スピーカー越しではない、過去のものでもない、よく通る少年の肉声がその名前を呼んだ。
「ゆりこ、大丈夫だから。」
「俺、怪我も何もしてないから。」
少年は迷子の子供を慰めるように、後ろからその華奢な体を抱きしめた。それから幾らもしないうちに少女の体から力が抜けて、ポルターガイストのような現象は収まった。
ふと、一方通行の足元に倒れたままでいた少年が呟いた。
「やっぱり、」
「ここには僕の探し求めていたものはないようですね。」
何もかも諦めたように「少年」は呟いた。感情などまともに持ち合わせるはずのない『人型』の表情は酷く淋しげに見えた。
「どォいう意味だ?」
いくらか精神状態は持ち直したらしい、背中側から自分にしがみ付く第七位の手をそっと引き剥がしながら一方通行は訊ねた。
「嘗ての写真や映像を見て、自分の外見や口振りを真似ることはできたのですが、」
「―どなたか、僕がどういう人間であったのか、ご存じの方はいらっしゃらないのでしょうか。」
体も記憶も失った少年は、せめて自身の記憶の共有者はいないものだろうかと、幽霊のようにこの街を彷徨っていた。
今日の投下はここまでです。
実はブラック垣根と見せかけて白垣根だったというオチでした…厳密には、新約の白垣根とも違うのですが。
能力で生み出された存在、という点は原作と同じですが、原作白垣根が増殖の末に顕在化した「垣根帝督」の隠された一部である、というのに対して、この白垣根は一方さんとの戦闘の後遺症により記憶を失い、ホワイト化しています。
垣根の動機は次回、後日談的なエピソードでもうちょっと詳しく書きます。
みなさんいつもご感想有難う御座います。
白垣根については、すでに散々キャラ捏造をぶちかましまくっているので、思いっきり改変しました。ごめんなさい。
以下、これ以上ネタが膨らまなかった、本編には使いようのない小ネタです。
この事件が全部片付いたあとの話で、>>880辺りを参照してください。
御坂「何て言うかさぁ…」
御坂「この件があるまで、一方通行と第七位が幼馴染だなんて信じられなかったんだけど、」
上条「うん、」
上条「言いたいことはよく分かる。」
上条「怒ったときの雰囲気そっくりだった……。」
御坂「あれはもう幼馴染っていうか、」
上条「長年連れ添った夫婦というか。」
御坂「何でかしらね、」
御坂「普段物静かな一方通行がキレて饒舌になるのと、」
上条「普段元気な削板さんが急に物静かになるのと、全然反対なはずなんだけど。」
上条・御坂「何であの二人、二人してマジギレしたとき笑うんだろ……」
上条「何が嬉しいの!?楽しいの!??上条さん分からない。」
御坂「逆に怖いって。めっさ怖いって。」
上条「上条さん、あの二人は怒らせないようにしようって思いました。」
御坂「右に同じく。」
今回の件では、二人の「キレてんのになぜか笑う」という性質を印象に残るように画策してました。一方さんの登場シーンあたりも、笑い声を強調して描写しています。
全然正反対の二人に見えるけど、根っこのところはどこか似てるんだよー、っていうイメージです。
こんにちは、今日から夏コミですね。自分は引きこもって、あとからコスプレの可愛いお姉さんたちの写真だけチェックします。訓練されてないオタクです。
さて、今日は後日談投下しますね。
「元の体に戻れないか、だとか」
「忘れてしまったことを思い出せないかとか、」
「色々考えたんですけれど。」
翌日になってから、「少年」はぽつぽつと語った。感情の起伏は乏しく、ただ原稿を読み上げているように淡々としていた。
「オマエの人生とか思い出したところで、あンまいいもンじゃねェぞ、多分。」
この街において「少年」と最も近い立ち位置にいるのであろう第一位は諭すように言った。彼女にしては、むしろ相手を気遣っている部類に入るだろう、穏やかな物言いだった。
「それは、そうに違いないと思うのですが。」
自分が嘗て所属した研究所を幾つか回ってみても惨たらしい実験の記録が見つかるばかりで、自身の思い出だとか、人間性だとかを読み取れるような資料はどこにもなかった。暫く帰っていなかっただろう部屋は酷く殺風景で、写真の一枚もなく、本棚の中身も難しい学説を論じたものばかりで嘗ての趣味を想像できるようなものはなかった。携帯のメールを見ても、個人的に深い付き合いのある人物と思えるようなものは見当たらなかった。
この街の上位の能力者というのは一個人である前に格好の研究対象であるらしいということを知ってからは、自分の『第二位』という格付けと照らし合わせて、こんな殺風景な部屋になった理由を何となく理解した。
それでも自分自身を知ることを諦め難くて、学園都市を彷徨い続けていたある日、「少年」は嘗て起きた事件のことを知った。
それは、第二位と第一位が戦闘を行った、というものだった。
その事件は、その結果第二位がこんな体になってしまったのにもかかわらず、学園都市の闇に関わるものとしてその実態は一切報じられていなかった。
大きな水槽のようなものに入れられた自分の『本体』を後生大事そうに世話している科学者から、自分が第二位であることは聞いていた。でもこのような姿になってしまったその原因は知らされていなかった。その科学者は高度で複雑な能力を扱えなくなっていた「少年」には一切の興味を示さず、ある種の刺激を与えると時折面白い反応を示す彼の『本体』にばかり気を取られていたから、そんなことを自分に語る必要があるとも思っていなかったのだろう。
生前の何分の一にもなって、培養液の中で醜い姿を晒すそれは、嘗ての記憶を持たない彼には自分の根源であるとは思えず、さしたる愛着も執着も湧かなくなっていたけれど。
「何も覚えていないからでしょうか、」
「あなたに殺されかけたのだと知っても、憎いだとか、そういう感情は湧きませんでした。」
むしろ酷く興味が湧いた。そういった積極的な感情が湧くのは、自分自身にすら興味を失いかけていた「少年」にとっては初めてのことであった。
「もしかしたら、『第一位』なら嘗ての自分について何か知っているかもしれない、そう思ったんです。」
自分が所属した研究所を探し回っても思ったような収穫を得られなかった彼が次に行ったのは、他の超能力者に関する施設を調べることだった。自分がこんな姿になった原因が第一位にあると知ったとき、自身と同じような立場にいる超能力者なら自分と何か関わりがあったかもしれないと思ったからだった。
結果として、予想していたものとは違っていたが、量産型能力者実験や絶対能力進化実験の存在を知った。クローン製造技術の存在を知って、或いは自分の体を回復させることができるかもしれないと思ったら、人間とは現金なもので、興味を失っていた筈の『本体』にも漸く親しみが湧いた。
「つまりお前は自分の体とか、記憶とかを取り戻したかったってことか?」
「一方通行のデータを狙ってたのも、もしかしたら自分と関わりがあるかも知れないって考えて。」
いまいち理解が及ばないのだろう、何ともすっきりしない表情で上条が訊ねた。
「大雑把に言ってしまうとそうなんでしょうけれど、」
「それだけではなかったと思います。」
気が付いたときには、体と呼ぶことのできるかも分からないような、こんな姿形しか持っていなかった。人間が誰しも持っているような、心臓だとか、そんなものすら失って、嘗てのことも何も覚えていなかった。
恐らく、「飢えていた」という表現が一番近いのだろう。この体は食物も、水分すらも必要としないから、実際の「空腹」という感覚を知ることはできないけれど。ただ、空っぽなこの体を何かで満たしたかった。
なぜか自分に纏わる情報ではその飢えが満たされることはなくて、一方通行ならばもしかしたら、と思ったら止まらなかった。彼女について調べて調べて、気の済むまで調べて、全部飲み干して試してみないことには止まれないと思った。
「そォいうもンかねェ、」
昨夜は大層機嫌が悪かったのだが、妹達や第七位も含めてこちら側に怪我人らしい怪我人がいないことを確信すると幾らか機嫌が持ち直したらしい。第一位はいつも通りの至極素っ気ない表情で、話を真面目に聞いているのかも分からないような相槌を打った。
「オマエはどう思う?」
一方通行はくいと顎を捻って上条に訊ねた。
「俺かー?俺は周囲の人間に記憶喪失を隠してたから、全然状況違うと思うけど。」
上条が今日の晩御飯について語るかのように自身の記憶喪失のことを口にしたから、「少年」は少し驚いたような表情を見せた。自分と似た境遇の人間がいるなどとは思ってもいなかったのだろう。
「それに、俺にはインデックスがいたからなぁ、」
「一人暮らしだったりしたら、やっぱり心許なくて変なことやらかしてたかもしれない。」
一方通行はつまらなそうに、ふゥん、と相槌を打っただけだった。
「そォいうもンかねェ、」
昨夜は大層機嫌が悪かったのだが、妹達や第七位も含めてこちら側に怪我人らしい怪我人がいないことを確信すると幾らか機嫌が持ち直したらしい。第一位はいつも通りの至極素っ気ない表情で、話を真面目に聞いているのかも分からないような相槌を打った。
「オマエはどう思う?」
一方通行はくいと顎を捻って上条に訊ねた。
「俺かー?俺は周囲の人間に記憶喪失を隠してたから、全然状況違うと思うけど。」
上条が今日の晩御飯について語るかのように自身の記憶喪失のことを口にしたから、「少年」は少し驚いたような表情を見せた。自分と似た境遇の人間がいるなどとは思ってもいなかったのだろう。
「それに、俺にはインデックスがいたからなぁ、」
「一人暮らしだったりしたら、やっぱり心許なくて変なことやらかしてたかもしれない。」
一方通行はつまらなそうに、ふゥん、と相槌を打っただけだった。
「元々の僕は、相当荒っぽい気性だったのでしょうね。」
「誰かに危害を加えるつもりなんてなかったんですよ。最初からずっと。」
「ただ欲しいものが手に入らないかもしれない、そう思っただけで、他に何も考えられなくなった。」
きっと本来の自分は傲慢で、独り善がりで、気の短い性格だったのだろう。本当にそれが自分にとって必要なものなのかも分からないのに、あのデータが手に入らないかもしれないとそう思った瞬間に、かっと頭に血が上るような感覚があった。血流などある筈もない体なのに、確かにそう感じたのだった。
結局、あそこに―特力研に自分の望むようなデータはなかった。何故か一方通行が特力研に所属していた時期とは異なる時期のデータも存在していて、あの隠し部屋を作った人間の正体も目的もよく分からないままだが、今となっては心底どうでもいい。
最後に流れた映像を見て、よくよく理解した。第一位の隣にいたのは自分ではなくて第七位で、第一位は自分の思い出の共有者などではないということ。
「もしかしたら、恋というものだったのかもしれません。」
「会ったこともない人に懸想するとは何とも奇妙な話ですが。」
「でもやっぱり、僕は、あなたに僕のことを知っていて欲しかった。」
「はァ?」
「少年」が口にした、愛の告白としか解釈できない言葉に、一方通行が返した言葉はこの一言だけだった。散々鈍いと馬鹿にされている上条ですら彼の言わんとしているところを理解したというのに、他人からの好意に疎い彼女は全く解さなかったらしい。むしろその言葉に対して大きな反応を示したのは別の人物だった。
「駄目だ!!」
「百合子は俺のだから!!!」
そう、少し遅れて「少年」の発言の意味を理解したらしい削板がばたりと立ち上がって叫んだのだった。第二位と第七位が第一位を取り合っているらしい、ということを理解した上条と御坂は、気まずいだとか、気恥ずかしいだとか思うよりも先に硬直した。何より、当の第一位様が大人しく取り合いされてやるような性格ではないのである。
「はァ!?」
少年の発言に対しても、「少年」の発言に対しても、彼女が返した言葉は全く一緒だった。ただ、そこに篭った感情は全く異なっていたけれど。
「つゥか………、」
「名前呼ンでンじゃねェよ!!!」
その発言を聞き、てっきり照れているのだと思った上条と御坂は、そう叫んだ彼女の表情を見てそれが思い違いであったことを知った。彼女はまるで親の敵でも見るように、或いは迷子になって途方に暮れている子供のように、怒りだとか、悲しみだとか、もっとまだるっこしい感情だとかをごちゃ混ぜにしたような表情をしていた。
その理由を問い質そうとする間もなく、彼女は窓を開けて、部屋を飛び出して行ってしまった。少し遅れて第七位の少年も彼女の後を追いかけて窓から出て行った。
「ここ、7階よ……?」
彼らの能力ならばそんなことは問題にもならないし、自分も似たような無茶をしたことがないでもないのだが、突然の出来事に御坂は呆然とした。彼女だけでなく、同席していた上条と「少年」も呆気にとられている。
「……僕がいけないんでしょうか?」
「いや、上条さんはそんなことはないと思いますよ…。」
少年と少女の過去だとか、少女の名前に纏わる秘密など知る由もない上条は、適当なフォローしかできずに途方に暮れた。御坂も上条も、「少年」も突然の出来事に呆気にとられていたそのとき、部屋に入ってくる人物があった。
「あれ、一方通行くんと削板くんは?」
部屋の中の3人を見て―「少年」を1人と数えていいのかどうかは難しい問題であるが―首を傾げたのは冥土返しである。
「彼の体のことで、色々話したかったんだけれど。まぁ、本人がいればいいか。」
彼と彼女が自分勝手に振る舞うのにはもう慣れ切っているらしい、滅多なことでは動じない医者は、然程暇もないと見えてさっさと本題を切り出した。
「結標くんが持ってきてくれた君の『本体』、ここで「維持するだけ」なら、然程難しくなさそうだ。」
医者は非常に簡潔に、要件のみを伝えた。
「……そうですか、ありがとうございます。」
妹達の存在を知って、自身の肉体の回復に体細胞クローン製造技術が何かしら役に立たないだろうか、などと画策したこともあったが、実際にはそれが難しいことを理解していた彼は静かに頷いた。
例えば体が回復したとして、「自分」はどうなるのだろう。
『本体』には『本体』の自我があり、考えがあり、思いがある筈だ。この体に宿った自分の自我は、あくまで『本体』の能力の副産物でしかないだろう。自分にとっての体は後にも先にもこの血の通わぬ不思議な容れ物だけで、例えば培養槽に浮かぶ脳みその欠片が体を取り戻したとして、それは自分の体ではない。『本体』のための体だ。
最早嘗ての垣根帝督とは全く異なるアイデンティティを獲得しつつあった彼は、『本体』が肉体を取り戻したとしても、自分には全く意味のないことであると考えていた。
でも感情というのは不思議なもので、一方であの醜い脳みその欠片を他人とも思えぬ自分がいた。何を考えているか分からぬ科学者のところに置いておくよりかは、この医者の世話になりたいと思うし、いつ何時、再びこの塊に愛着を抱かないとも限らないと思っていた。
「結標は、ここには来てないの。」
「残念ながら。君だって彼女の能力は知ってるだろ。」
御坂が噛み付くように訊ねても、医者はさらりとありのままを答えただけだった。彼は超電磁砲と座標移動の間の蟠りを理解していて、それでもこの態度を貫く。
御坂も始点と終点を固定されない結標淡希の能力を知っていたから、実際に彼女がこの場所にまで足を運んでそれを持ち込んだとは思っていなかった。
「彼女のこと、信用できないかい?」
「あの一方通行が信用するってんだから、大したことだとは思うけど。私は、」
10031人も自分の妹を殺した一方通行だが、その一方で残りの9971人をそれこそ自分の命を粗末にするほどに守り抜いてきたのを知っている。はっきり言って未だ蟠りは捨て切れないし、この先一生それがなくなることはないと思うけれど、ある程度の信頼だとか信用だとか呼ばれるものは感じ始めていた。
一方で結標淡希は妹達を一人も殺していない。彼女の企てた事柄は未遂に終わった。だけれど今の彼女が何を感じて、考えて、行動しているのか分からない。姿を現さないというのも益々姑息に思えて、御坂は彼女に対する嫌悪感をむしろ強めるぐらいであった。
「まぁ、そういう精神的な問題をケアするのは僕の仕事ではないからね。それこそ黄泉川先生にでも任せた方が適任かな。」
医者は素っ気ない態度で、表情こそ平静を装っているものの幾らか虫の居所が悪いらしい御坂をさり気なくあしらった。
彼の『本体』は長いこと、ある研究所に保管されていた。自分のいいように利用する大人たちを見かねて「少年」はそれを奪い去ってしまおうかと思うこともあった。しかし自身に備わった能力を思うように使えていない「少年」には、第二位を収める器として特殊な作りをしていたらしいその培養器をどうにかすることができず、手を拱いていたのである。
一方通行は端から『本体』を破壊するためではなく、盗むつもりで座標移動やら、原子崩しやら、能力追跡やらの豪華な知人共に協力を要請したらしい。『本体』を壊すことは同居人やら友人やらの手前憚られるが、それでも第二位の能力を大人たちの好きな様に利用されっぱなしでいることも自分や周囲の人間にとってリスクが高いと判断したのであろう。そういうものに流されない人物、冥土返しのもとに預けることを思いついたのであった。
患者のために必要なものは全て用意する、と宣う彼でも、さすがに研究用のホルマリン漬けよりももっと小さくなってしまった脳みそをどうにかすることができる筈もなく、これまでと同じように水槽めいた培養槽で維持するのがやっとらしい。それでも薄気味悪い研究者のもとに置いておくよりは余程安心と見えて、「少年」は幾らかすっきりしとした表情に変わっていた。
「ちょっとー!!!ゲコ太いるー!??」
はっきりと機嫌が悪いと分かる声を上げて部屋に入ってきたのは番外個体だった。お姉さまも上条当麻も、いっそ今回の件の犯人である「少年」すらも無視して、一直線に医師へと突っ掛かる。
「どういうことだか説明してくれるかなー?ミサカたちを足止めなんていい度胸してるじゃん。」
「何のことかな?」
空とぼけているが、思い当たる節はあるのだろう。強気な態度で問い詰められているのにもかかわらず、医者はいっそ楽しげな表情で答えた。
「結局、ミサカたちは第一位の掌で踊らされてたってわけかよ。」
「まぁ、患者が増えないに越したことはないからね。君たちを戦場に送り出さずに済むなら、それが一番だ。」
番外個体を始めとした妹達は、白井黒子から得られた情報を探しているうちに蚊帳の外に追いやられていた。何せ気が付いたときには全てが解決していたのである、それを知ったときの番外個体の荒れ様と言ったらなかった。
そもそも一方通行が彼女らの足止めに白井が使えると思いついたらしい。何の手掛かりもなくなった彼女らは、白井が目が覚めたと知ったならそちらに食いつくに違いないと考えたのだ。
結局彼女たちは一方通行の思惑通り、白井の尋問に時間を食い、また、セキュリティレベルの高い第二位の情報を探るのに時間を食い、まさか二晩連続で特力研が戦場になっているとは思いもせずに、事件が解決したそのときも病院内に留まっていたというわけである。
「彼女も過保護だねぇ、気持ちは分かるけれど。」
「それであの子が傷ついていたら、キリがないというのに。」
実際には昨夜、一方通行に目に見える傷はついていなかった。それでも、夜更けにこの病院に現れたときには酷く憔悴したような表情を浮かべていた。
口の堅い第七位はもちろん、上条や御坂も何があったのか語ろうとしなかったが、特力研で彼女の過去に纏わるものを彼らが目撃したことには疑いの余地がなかった。白井黒子の能力を暴走させ、黄泉川愛穂に悪夢をフラッシュバックさせたのと同じようなものなのだろう。
「さて、君たちも帰るんだよ。寮監さんと、月詠先生には連絡入れてあるから。」
それを聞いて、御坂は仕舞ったという顔を見せた。元から入院してた白井はともかく、勝手に寮を抜け出した自分は彼女の怒りを免れないだろう。「大人に心配くらいさせてくれないと。」と医者は楽しげに告げて部屋を出て行った。
「さて、次は滝壺くんの具合を見てこようかね。」
「久々に能力を使ってみてどうだった?」
能力を使用後、結標の能力で念の為に病院に運び込まれた滝壺は、ベッドの上で寝ぼけ眼を擦った。すっかり寝入っていたらしく、その様子を見ても彼女の体調に問題のないことが知れた。
「少し、誤差もあるし、タイムラグもあったけど。」
「体晶使わずに使えるって分かって、嬉しかった。」
ぽやり、と彼女特有の笑顔を浮かべる。
「でも、らすとおーだーたちに迷惑かけられないからね、他の方法を探さないと。」
滝壺に「体晶を使わずに能力を使用できないだろうか」と相談を持ちかけられた一方通行が考えたのは、自分の能力と同じようにMNWを利用することだった。
と言っても滝壺は一方通行と違って演算能力を失ったわけではない。MNWはあくまでも体晶を使用した際の脳波や、電気信号や、神経伝達物質の分泌を電気的に再現しただけで、あくまでも能力使用の要である演算は滝壺自身が行なっていた。一方通行の複雑な演算を一手に担うMNWと言えど、生体反応を模すことは幾らか難しかったらしい、幾らか違和感を感じながら滝壺は能力を使用していた。
「今回は慣れないことだったから、彼女らも苦労したようだけれど。」
「彼女らの学習能力を考えれば、直ぐに慣れるさ。やり方次第では一方通行くんの能力と同様に、彼女らに然程負担をかけずに済ませられると思うけど。」
滝壺の能力使用を支援することは、妹達にとってマイナスばかりではない。彼女のように珍しい能力を持つ人物と思考の一部を共有することで彼女らの能力使用の幅は広がるだろう。
何より、学園都市に使い潰されないための一つの武器になる。簡単に替えを生産できるとはいえ、一方通行と能力追跡という貴重な能力を支える彼女らを学園都市上層部だって蔑ろにはできないだろう。
「でも、みさかたちがあくせられーたを支えるのと、私を支えるのではまるで違うでしょう?」
滝壺は寂しげに、でもどこか嬉しそうに首を振った。
「みさかたちとあくせられーたは、ずっと一緒だって約束してるから。だから、あんな風に支え合っていられるんでしょう。」
「私は、違うから。みさかたちのこと好きだし、力になれることならなってあげたいと思うけど。」
「私にははまづらも、むぎのも、きぬはたもいるし。やっぱり、あの中に入ってはいけないと思う。」
自分が支えあって生きていくのは彼らであって、妹達ではないと滝壺は答えた。全く彼女らの力になれないというわけではないが、それでも彼女ら9971人を支えると言えるほどの貢献ではないと、彼女は冷静に考えていた。だから自分は一方通行や、打ち止めや、妹達の優しさに甘えてはいけない。
「しっかり考えあってのことなら、僕は無理強いしないよ。他の方法を探すというなら、協力は惜しまないしね。」
何はともかく、今日は帰ってゆっくりすることだね、と医者は優しげに言った。
さて、VS垣根編はこれで終了です。白垣根自体は今後も登場することがあるかと思いますが。
今回の投下分、メインは垣根の動機ですが、途中から全く姿を消した妹達やアイテムたちは影でこんなことしてたんだよー、という補足の意味もあります。
複数のキャラを同時に動かすのはやはり難しいですね。この話、登場人物は多いのですが、基本『一方通行と誰か』という組み合わせで話が進むので、同時に複数のグループを動かすことは殆どなかったんですが。
さて、このスレの残りは小ネタで埋めようかと思います。暫くシリアスな話が続いていて、小ネタ挟む余裕があまりなかったので。
自分で暖めてるネタもいくつかあるのですが、書いて欲しい小ネタとかあったらリクエスト受け付けます。
次スレのタイトルはまだ考えてませんww
あと、プライベートの都合でもしかしたら投下頻度が落ちるかもしれません。書き溜め分も幾らかあるし、小ネタとかを上手く活用してなるべく頻度を落とさないように努力いたしますが、ご了承いただけますと幸いです。
では、今日はこれまで。
本編も面白いかったし、小ネタどれも楽しみー
超能力者の女子会とかぶるかも分からんが、みことに女の子らしくしろとか説教されたり世話焼かれる百合子の絡みとか見てみたいです
こんにちは。ブンデスリーガが開幕したので週末夜はむしろ家にいたい>>1です。
>>951
「美琴に世話焼かれるゆりにゃん」了解しました。確実に今書きかけの超能力者女子会と内容かぶりません。女子会ネタ、非常に女子力低いので…
今日は「土百合ネタで、つっちーが海原にドン引きされる話」投下していきます。
※この小ネタは、一方さんや上条さんが病院内で>>932あたりの話をしてた頃、つっちーは近場のビルの屋上からその様子を監視していたという妄想に基づいてできています。
「こんなところで何を見ていらっしゃるんですか。」
ビルの屋上でぼんやりしていたら、穏やかな、それでいて食えない表情をした男に声を掛けられた。学園都市においては同業者で、一旦この街を出てしまえば敵対関係に変わるような男と積極的に接触するようなつもりはなく、だからこの男と会うのも暗部が解散して以来初めてのことだった。
「……海原。」
女好きのしそうな顔。穏やかな物腰も併せて異性関係には苦労しなそうなものだが、本人は学園都市第三位以外には興味がないらしい。確かに見目だけであったら第三位は悪くないが、あの性格とか振る舞いを見ていると、ちょっとその趣味は理解できないな、と思う。相手の男もこちらの女の趣味を同じように思っているのだろうけれど。
「相変わらずあの人は目立ちますね。」
錆びついた鉄格子越しに理知的な目を眇めて遠くを眺める。そういった仕草すら堂に入っていて、女なら喜んだりもするのだろう。同じ男としては、癇に障るだけだった。
「何の話かにゃー?」
「とぼけても無駄ですよ。あの人を見てたんでしょう、一方通行さん。」
学園都市のビル群を縫うように走る竜巻、そんなものが地面と並行に走る筈がなくて、それが彼女の能力に依るものだと直ぐに知れる。何か酷く悲しいことでもあったのだろう、あの女はそういうことがあると泣くとか、怒るとかよりも先に形振り構わずその場を逃げ出す癖があったから。
その後を追うように街の中を飛び跳ねている人影は第七位だろう。本気で逃げ出そうとしている一方通行を追い詰めることは、一瞬で800メートルを移動することができる結標にだって難しい。そんな芸当ができるのは、きっとあの少年だけだ。
「………、あぁ、正しくは『百合子』さんでしたか。」
わざと土御門の機嫌を煽るように、男は勿体ぶった調子で言う。見た目も性格も正反対だと思われることが多いが、こういう嫌味なところは自分と共通している―そんなことを痛感して、人当たりのいい笑顔に対して心の中でだけ唾を吐いた。
「お前がその名前で呼んだら目にも留まらぬ速さで皮剥がれそうだにゃー。」
「あなたならサングラス突き破って目潰しされると思いますよ。」
これぐらい、気軽な冗談を交わせる間柄がいい。それが例え大切な義妹であっても、惚れた女であっても。本音など口にせずに済む方が、余程楽に決まっている。本音なんて口にしようとすれば舌が重くなるだけで、息をするのも億劫になる。
息をするよりももっと自然に嘘を吐く男は長年そう思っていた。
「結標さんといい、あの人といい、最近表情が柔らかくなりましたね。」
男は嬉しそうな表情を見せた。根は自分と違って心優しい男なのだろう、不本意ながら薄暗い世界に身を浸すことになった少女たちが本来の生活を取り戻したことを知って、彼は本当に喜んでいるのだ。
自分は誰かの幸福を一緒に喜んでやれるような美しい心根の持ち主ではなくて、あの女たちもまたこちら側に落ちてくればいいのに、なんて呪いめいた考えすら持っていたから、案外と純粋な感慨を未だ失わないこの男を羨ましく思った。その捻くれた感情が、そのまま口を突いて出る。
「人のこと言っておいて、お前も結構見てるんじゃないか。あいつらのこと。」
「まぁ、少しは気になるでしょう。お二人は自分たちと違って望んでこちら側に来たわけじゃないですからね。」
素っ気ない素振りでいても、こちらの機嫌が宜しくないことは疾うの昔に知れているのだろう。男は呆れたように一つ溜息を吐いた。
「自分で背中押したくせに、彼女が実際『向こう側』で上手くやっているの見て後悔してるんですか?あなたらしくもない。」
「自分で背中を押した」というのは強ち間違っていないのだが、どこでこの男はそんなことを知ったのだろう。あの女は一端覧祭の晩に自分と会って話したことなど口外しない筈だ。自分と会って話したことすら思い出したくない筈で、それほどまでに嫌われるに至ったことにいっそ達成感すら感じていた。
いつの間にか高層ビル群の中でも目立つ逃走劇を繰り広げていた第一位と第七位の姿は消えていた。あの女はいつでもそうだ、自分がふと気紛れに手を伸ばそうなどと血迷ったときにはいなくなっている。だから何も間違いは起きていないし、逆に言えばそうでもなければ起こしていたかもしれないと思う。あの女はそんな自分の気紛れに気付いていて、そのタイミングには自分を徹底的に避けていたのではないと思うほどであった。
つまり自分のような男は彼女のテリトリー内に入ることすら拒否されていたのだろうと今になって思う。
「後悔っつーほどはっきりしたもんじゃねぇけどにゃー。」
「おや、否定はしない?」
「まぁ。」
この男には、大体のところは見透かされているのだろうから、隠そうとは思わない。知れ切った嘘を吐くことほど恥ずかしいことはないと、プロの嘘吐きは考えていた。
「あと、人間臭くなきゃ、魔術師なんてならんと思うぜ。」
「…そうかも知れませんね。何かに挫折して、それで力を得ようとするなんて、確かに酷く人間臭い。」
魔術師というのは、何かに絶望した生き物だ。そうでもなければ、こんなところに首を突っ込もうとは思わないだろう。
何かを失って、或いは何かに敗れて、もしかしたら何かを壊して、そんな理由でこんな苦海に身を沈める。普通の人間はそういった悲劇に対しても、何かしら折り合いをつけて普通の人生を歩み続けるのだろう。だから態々こんな七面倒臭い世界に足を突っ込んだ自分たちは、酷く馬鹿らしくて愚かしい生き物なのだ。
「……そんなに気になりますか。」
傍らに立つ男と会話をしながらも、自分の目は自然には在り得ない竜巻が消えたその地点に縫い止められたままで、離し難かった。そんな自分の様子を見て、男は呆れた様子で訊ねる。
「気にならないっつったら嘘になるな。」
「嘘吐きが何を仰る。」
はは、と男は軽く笑った。
「でも、あなたはあの人に随分目をかけていましたからね。今になって寂しがるのも分からなくはありませんが。」
「俺そんな分かりやすかったかにゃー?」
柄にもなく、驚いて素直な反応を返してしまった。感情を隠すのは仕事と言ってもいいほどで、あの女に対する感情もそれはそれは丁寧に糊塗していたつもりだったから。
「いや、一方通行さんも結標さんも気付いてはいなかったと思いますよ。」
「普段から人をからかってばかりの人がお気に入りをちょっと念入りにからかっていたところで、普通は気付かないでしょう。」
「お前は嫌なやつだな。」
「あなたほどでは。」
お互い声だけで笑った。自分たちはこれでいい、上っ面の穏やかさだけ、取り繕えればそれでいい。たとえ信用したいだとか、信頼したいだとか思っていても、それが許される間柄ではなかったから。
「また『こちら側』に戻ってきて欲しいとか、思わないんですか。」
とっくに第一位の影も形も見えなくなったビル群から漸く目を離して、鉄格子に寄り掛かかるように座り込んだ。隣の男は仕立ての良いスーツを埃っぽいコンクリートで汚したくないらしく、相変わらず立ったままだった。
「うーん、あんまり。俺があーだこーだ言って戻ってくるような状況じゃないしな。色々裏に手を回して引き摺り込むことはできなくないかもしれないが…。」
「そこまでは執着してない?」
「いや、そこまでしたら後戻りできなそう。」
ぽつりと、こちらが本音を呟いたら男は首を傾げた。
「?いまいち意味が分かりませんが。」
「何かもうどっぷりこっち側に引きずり込んで雁字搦めにして二度と向こう側に戻れなくすると思う。」
「うわぁ…。」
こちらの意図を理解して、男は柄にもなく嫌悪感を露わにした。大切な女性にはありのままの姿で生きていてほしいと考えるような、それを見守っていたいだとか考えるような男だ。こちらの束縛めいた思考回路は理解できないのだろう。
「マジ引きすんな、土御門さんだって傷つくんだぜい?」
「いや、引くなっていう方が難しいでしょう、それ。ご本人が耳にしたら愉快なオブジェどころじゃないですよ。」
「灰も残らないだろうな。」
いっそあの女の怒りに焼かれて死ねたら心地いいだろうに、そう思う自分は何か、名前は知らないけれど不治の病にでも冒されているに違いない。
「しかし、あなたにもそんな執着心があるんですねぇ。」
「意外か?」
「でも魔術師なんて誰もが持ってる当たり前のものを捨てて、時たま見つかるちっぽけな宝物を大事に大事に仕舞ってるような生き物だろ。」
あの女が、その宝物だなんて、一生言ってやらないけれど。言われたところで、あの女も喜ぶわけがないのだろうけれど。
「その外見で詩的なこと言っても決まりませんよ。」
「別にお前口説いてるわけじゃないからいいよ。」
「自分には分かりませんね、あの人のどこがそんなにお好きなのか。」
「だってあれ、可哀想だろう。」
「可哀想だから、好きなんですか。」
男は首を傾げる。食えない性格ではあるが根は純粋らしいこの男に、自分のような根っから捻くれた人間の肚の内は読めないだろうな、と自嘲気味に考える。
「日本語の古語に「いとし」ってのがあってな。」
「愛しい、の古い表現でしょうか?」
「まぁ、そうだ。」
「だけど元々の意味は、『哀れだ』『気の毒だ』。」
男はそこまで聞くと、こちらの言いたいことを理解したらしい。心底下衆を見るような目でこちらを見た。こちらが座り込んで、向こうが立ったままであるから尚更見下されているような感じがある。こちらとしては、自分が下衆であることなど周知の事実なので、痛くも痒くもないのだけれど。
「日本人的には可哀想に思う気持ちと好きだって気持ちはそんなに離れてないんだよ。」
「………自分には分からない感覚ですね。」
はぁ、と男は溜息を吐く。説教などしても聞く人間ではなし、そもそもそんなことをしてやるような義理もなし、こちらの大層底意地の悪い嗜好を矯正してやるつもりなどそもそも無いのだろう。
「そうか?可哀想な人間ってちょっと気まぐれに優しくしただけで気を許したり、反対に冷たくすると簡単に傷ついたり、面白いじゃないか。」
「随分な人でなしですね。人が傷ついてるところ見て楽しめるんですか。まさか、義妹さん相手にはそんなこと考えてませんよね?」
男はふと、もう一人、こちらが執着している人物の存在を思い出したらしい。念のため、確認しておかねばならないというように、恐る恐る口を開いた。
「舞夏は違うよ、守ってやらにゃならないもの。」
「ああ、一方通行さんは守ってあげなくても平気ですからね。」
「そ、守ってやれないなら傷つけるしかないだろ。」
「その理屈はおかしいですが、言葉遊びとしては興味深いですね。」
言葉遊びなんて、仕事みたいなものだ。どちらとも取れる言葉を使って相手を惑わすことなんて日常茶飯事で、同音異義語の多いこの国の言語はひとつの言葉に複数の意味を持たせられるからこんな生業にも向いていた。
「あの第七位さんは一方通行さんを守るべき対象と見ているようですがね。」
「そう、その辺りからして俺はあいつの隣に立つ器じゃなかった、ってことだにゃー。」
「世の中うまく出来てるもんですね。」
「全くだにゃー。」
それを悲しいとは思わない。そういうのは、もうずっと前に済ませたから。だけどずっと前から腹の底に妙に重苦しい泥が溜まったままで、振り向いてくれないというのならあの女にもこんな気分を味あわせてやりたかった。
以上です。土百合への歪んだ愛が小ネタとしては在り得ない文量を実現してくれました。
どうでもいい拘りですが、ソギーと絡んでいるとき、地の文でゆりにゃんを指す言葉は『少女』で、つっちーと絡むと『女』になります。
乙!
ある意味そぎーより土御門さんのが百合子を見てるんじゃないかとも思えてきた…いいなあ土百合ほんといいなあ。海原もいいキャラしてるぜ
土百合はなんかエロい(こなみかん)
削百合はまだまだプラトニックな感じだけど土百合は途端にエロくなるな
どもです。来週は投下できなさそうなので、今のうちにもう1小ネタ投下します。次レスから「学園都市は衰退しました」です。
>>965
ある意味では土御門の方がソギーより百合にゃんを見ている、というのは間違ってないです。
というのもソギーが好きなのはあくまで『鈴科百合子』です。一人の人間である前に実験動物であろうとした百合にゃんが後天的に獲得した人格である『一方通行』についてはあまり好意を持っていません。(>>151あたりを読めば分かります)ですが一方で『一方通行』という偽物の人格もすでに彼女自身から分かちがたいほどに膨らんでいるので、百合にゃんと向き合う上で『一方通行』は無視できません。ここらへんは次スレの課題ですね。
逆につっちーはその面倒くさい『一方通行』も含めて気に入っています。そんな人格を獲得するに至った経緯とか、自分自身のことを化物だと認識して諦めている部分だとか、それゆえに惚れた男に素直になれない部分とか、全部ひっくるめて「可哀想」だから。つっちーはめたくそ捻くれているがゆえに『一方通行』という化物全部ひっくるめて好きという状況です。現状では『一方通行』の部分が強い彼女をどちらがより好きかと言ったら、もしかしたらつっちーかも知れません。
>>966>>968
土百合要素の強い場面は意図的にエロく書いています。>>726あたりとか。削百合のR-18は全く書ける気がしないのですが、土百合のR-18は余裕で書ける気がします。気がするだけで書きませんが。このスレ削百合メインですしおすし。
※某アニメ「人類は衰退しました」の妖精さんと百合にゃんを絡ませてみたというだけの>>1の趣味全開なだけの小ネタです。妖精さんという生き物の生態や性格についてはここでは一切解説しませんので、気になる方はご自分で調べていただけますと幸いです。
「何だこりゃァ…?」
大概のことには動じない学園都市第一位は、何とも珍しいことには、目を覚ました瞬間目の前に広がった光景に少しばかり動揺した。
「おきたです?」
「おきたです。」
「にんげんさんおきたです!」
打ち止めが目撃したら喜びそうな、サ●リオか或いはサ●エックスのキャラクターめいた、掌サイズの謎の生き物が横になった自分の周りを取り囲んでいる。自分はいつの間にガリバーになったのだろうか、と一方通行は寝ぼけ眼を擦った。
「オマエたち、何なンだ?」
しかしながら一方で、学園都市でびっくり科学には慣れている一方通行。順応性も妙に高く、その謎の生き物を一匹摘み上げて矯めつ眇めつ観察し始めた。どちらかと言うと自身のサイズを遥かに上回る生き物に捉えられて恐怖してもおかしくない状況なのだが、彼らはきゃはきゃはと楽しそうにしていて怯える様子がない。
「われわれについては、このほんをよむのがいちばんわかりやすいです。」
するとまた、別のところから10数匹の謎の生き物が歩み出てきて、ハードカバーの日記帳のようなものを運んできた。所謂普通のA4サイズではあるが、彼らにしてみれば運ぶのも一苦労らしい。運び終えた彼らはくったりとその場に座り込んだ。本の虫である彼女はその本を素直に受け取って、ぱらぱらとページを捲りだした。
「知らねェ言語だなァ…でもてンで分からねェわけでもねェ。」
「かいどくできるです?」
「さほど時間はかかンねェだろォよ。てェか、オマエらが読み上げてくれた方が早いと思うンだが。文字はともかく、音では意思疎通できてるっぽいし?」
「われわれとちゅうであきてしまうです。」
「つまらないこときらいです。」
「つまらないとしんでしまうです。」
「面倒くさい奴らだなァ。」
最早こういった意味不明の存在には打ち止めに纏わり付かれた過去もあって慣れきっているらしい彼女は、適当に片手で彼らをあしらいながら本を読み進めた。
「よみおえたです?」
「あァ。知らねェ言語だが、文法は至ってありきたりだったな。欧州の言語をヒントにエスペラント解読する気分だった。」
「てんさいさんですー?」
「それは知らねェが、オマエら、妖精さン?ってェの?面白い生き物だなァ。」
「なにやらごこうひょう?みたいな?」
「そのようですなー。」
案外と小動物を好むところのある第一位は、自分に纏わりついてくる謎の生き物をお気に召したようである。母性だとか、保護欲だとか言うよりは、単純に面白いと思っているだけなのだが、彼女に興味を示されるということ自体が貴重である。何せ彼女は基本何ものにも無関心であるから。
「なにかたのしいことないです?」
「たのしいことくださいです。」
「楽しいことって言われても、オマエたちの楽しいことと俺の楽しいことは違うだろ。」
「それもそうです。」
「オマエらが好きなこととか、嫌いなこととか教えろよ。」
「これとかきらいです。」
「これよむとだうーんってなるです。」
妖精さんたちが取り出したのは一冊の絵本だった。子供たちがその名前のイニシャルに従ってアルファベット順に死んでいくというストーリーだ。
「エドワード・ゴーリーもどき…?俺だってこンなン楽しかないわ。」
大概のグロテスク展開に慣れきっている彼女とはいえ、単なる大人のアイロニーで収まり切らないレベルの鬱展開を繰り広げるこの絵本を楽しいとは思えなかった。楽しいとは思わないが、好きか嫌いかと問われれば然程嫌いでもない、というのが彼女らしい所ではあったが。
「クエンティンだけ表情アグレッシブすぎるンだよ。他の連中皆レイプ目してるくせして。」
「なんのはなししてるです?」
「ゴーリーは『うろンな客』が最高だよなっつー話。」
「きょうかんするひとどれだけいるですかー?」
「まいのりてぃーばんざいですー?」
「はなばなしきはなぢもすてがたいよーな?」
「て言うか、根本的なこと訊いていいか?」
「なんですかー?」
「ここ、どこだよ?」
見渡せば水彩絵の具を適当に水に溶いただけのマーブル模様が上下左右360度を彩っている。自分はこの場に座っているが、視覚的には地面があるようには感じない。夢の中だと言われればなるほどと納得してしまいたくなる状況だった。
「やさしいくうかん?みたいなー。」
「第一、 電極のスイッチ切れてるし。何で俺喋れてるンだろ。」
「それ、ついてるとわれわれだうーんってなるです。」
「だから、ぽちっとな、ってしたです。」
ぽちっとな、とは電源を切ったということだろうか。電源がついている状態が苦手だということは、電磁波が苦手なのだろうか。それらしいことは先ほど渡された彼らの説明書に書いてあったが、何せ言語が違うので厳密には読み取れていなかった。
「俺、このスイッチ切ると喋れなくなる筈なンだけど。オマエら何かした?」
「したかもしれないですー。」
「でもなにしたかわからないですー。」
「何それ怖い。」
自分が何をしたか分からないってどォいうことだ、と一方通行は珍しく素直に恐怖を感じた。こいつらもあのバカ(第七位)と同じ、何か知らないけど大体解決できるタイプの生き物なのだろうか。彼女の能力は全く以て完全に理屈の上に成り立っているので、そういう感覚は理解しがたかった。
「われわれ、したいとおもったことはなんとなくじつげんできるです。」
「にんげんさんとおはなししたかったです。」
「でもにんげんさんにちかづくとだうーんてなったです。」
「だからぽちっとな、したです。」
「ぽちっとな、しても、にんげんさんとおはなししたかったです。」
「だからおはなしできたです。」
「話の流れは分かるンだが、理屈は全く分かンねェ……。」
動機は分かる。しかしこんな状況は在り得ない筈だ。夢の中かとも思ったが、それにしては体の感覚がはっきりしている。彼女の優秀な能力は「ここは現実にある空間だ」と主張していた。
「これって、この変な空間出たら元通りになるのか?つゥか俺、ここ出られンの?」
「でるのかんたんです。」
「われわれがまんぞくしたらでられるです。」
これで今の状況がはっきりとした。自分は彼らに呼ばれてこの空間に来たのだ。彼らは自分と同じように偶々ここに来た生き物なのかとも思ったが、完全に加害者であるらしい。
「オマエらが満足するのっていつだよ?」
「わりとはやいです。」
「われわれのせだいこうたい、はつかねずみなみなのでー。」
「世代交代すれば、興味の対象も変わるってか…。それでも20日……?」
人間だってそんなものだ。顔も性格も似ているくせして、20,30年生まれた時期がズレればそれはもう趣味も興味もまるで違うものだ。彼らの場合それが20日ということだろう。
「だいじょうぶです、ここやさしいくうかんなので。」
「もどったら、もとのせかいではじかん1びょうもすすんでないです。」
「何でもあり過ぎる……。」
「でももどったら、たぶんそのすいっちつけなくちゃならないです。」
「ぽちっとな、してもにんげんさんがしゃべれるの、ここだけとくべつです。」
「にんげんさん、もとのところにもどっても、ぽちっとな、してたいですかー?」
彼らの言葉を正確に訳すのであれば「元の空間に戻っても、電極なしで生活したいか」ということだろう。一方通行は嘗ての自分の生活振りと、今の不便ながら充実した居候ぐらしを比べて、その必要がないことを理解した。
「………。」
「いや、いいや。」
「そうですかー。」
「ではにんげんさん、またおあいしましょー。」
「さよならですー。」
「え?」
そうして気が付いたとき、彼女はいつもの様に幼い発電能力者に纏わり付かれながら昼寝をしていたのであった。
以上、山もなければ落ちもない、ただ>>1の趣味に走っただけの小ネタでした。
ところで、1はこういうとこで小説書くのははじめてだって言ってたけど、他では書いてたりするの?このお話すごい面白いから他のも読みたい
答えたくなければスルーしてくれ
どうもこんにちは。
このスレは今日小ネタ投下したら書き込み終わりにしようかと思います。
幾つかの小ネタは次スレに持ち越しですね…
>>980
ここのとある総合スレにこっそり投下したことは2回ほどあります。このスレでは使えなさそうなネタだったので。
他作品の二次創作とかオリジナルとかもやっているんですが、そっちは探さないで下さい……orz
とある総合に投下したやつは探してくださって構いませんが、見つかるかどうか…
次レスから小ネタです。
男が彼女の寝床に忍び込んでくるのは、大抵は不良共も大人しくなったような夜更け頃のことだった。
玄関の鍵が開く音に目を覚ました。自分は一人暮らしというか特定の住所を持たない根無し草であるから、この部屋の鍵を持っているのは自分とこの隠れ家を提供してくれたその男だけである筈だ。それで、ああ、またか、と彼女は寝起きのぼんやりした頭で考えたのだった。
男の方はと言えば足音を忍ばせる気もないらしい、遠慮のない足取りで彼女が寝る寝室へとやってきた。
「寝てるのか?」
こちらが起きたことに気付いているだろうに、態とらしい奴だな、と思う。男からの質問に対して、彼女は何も答えなかった。
そのままでいると、男が更にこちらに近付いて来る気配がした。
「起きないとちゅーしちゃうぞー?」
「…[ピーーー]。」
さすがにその言葉を無視することもできなくて寝返りの勢いで拳を振るったが、フライボールでも取るようにあっさりと受け止められた。そもそも能力不使用状態での身体能力は比べ物にならないし、半分眠りの中にあった体は尚のこと動きが鈍い。彼女だって最初からこの男にダメージが与えられるとは思っていなかった。
捕まった腕はそのまま男に引き込まれて、彼女の華奢で、かつ幾らか不自由な体は、人形のようにあっさりと男の胸に収まった。顎をくいと持ち上げられたかと思うと、よく見ると案外端正な顔が近付いてきた。暗い部屋の中で、サングラスの向こうの表情は読み取れない。
「………起きてもするンじゃねェか。」
「まぁ、俺ってば嘘吐きだからにゃー。」
唇が離れていってから吐いた悪態は、もうお決まりの台詞のようになっていた。
ごめんよ、>>983でsagaし忘れてた……もう一回投下します
玄関の鍵が開く音に目を覚ました。自分は一人暮らしというか特定の住所を持たない根無し草であるから、この部屋の鍵を持っているのは自分とこの隠れ家を提供してくれたその男だけである筈だ。それで、ああ、またか、と彼女は寝起きのぼんやりした頭で考えたのだった。
男の方はと言えば足音を忍ばせる気もないらしい、遠慮のない足取死忘れてたりで彼女が寝る寝室へとやってきた。
「寝てるのか?」
こちらが起きたことに気付いているだろうに、態とらしい奴だな、と思う。男からの質問に対して、彼女は何も答えなかった。
そのままでいると、男が更にこちらに近付いて来る気配がした。
「起きないとちゅーしちゃうぞー?」
「…死ね。」
さすがにその言葉を無視することもできなくて寝返りの勢いで拳を振るったが、フライボールでも取るようにあっさりと受け止められた。そもそも能力不使用状態での身体能力は比べ物にならないし、半分眠りの中にあった体は尚のこと動きが鈍い。彼女だって最初からこの男にダメージが与えられるとは思っていなかった。
捕まった腕はそのまま男に引き込まれて、彼女の華奢で、かつ幾らか不自由な体は、人形のようにあっさりと男の胸に収まった。顎をくいと持ち上げられたかと思うと、よく見ると案外端正な顔が近付いてきた。暗い部屋の中で、サングラスの向こうの表情は読み取れない。
「………起きてもするンじゃねェか。」
「まぁ、俺ってば嘘吐きだからにゃー。」
唇が離れていってから吐いた悪態は、もうお決まりの台詞のようになっていた。
この関係が始まったのは然程昔のことではない。
妹達に迫る危険がなくなったと確信を持ったとき、彼女はそれまで世話になっていた女教師の家を出た。結局それまでの数年の間に彼女は当たり前の人間らしい生活に馴染むことができずに、ずっと違和感を積み重ねていたということなのだろう。不安定ながらも打ち止めを始めとした超電磁砲のクローンたちを護り抜くという目的のために維持され続けていた積み木の塔は、目的がなくなった瞬間にあっさりと崩れ落ちた。
転落は容易で、彼女は嘗てのように自身は泥に汚れながら、学園都市の闇を拭う日々に戻って行った。特定の住居を持たず、ふらふらと隠れ家を渡り歩いてはその華奢な手を汚す日々が始まったのは半年ほど前のことだが、彼女には酷く遠い昔のことのように思えた。
この男と肉体関係を持つようになったのは、そんな生活が始まって直ぐのことだった。さすがの彼女も自分一人で隠れ家やら武器やら小道具やら、或いは後ろ暗い活動を支援してくれる人物やらを用意することはできず、そういったものを一通り用意してくれそうなこの男を頼ったのがきっかけだった。
そういうものを用意するだけなら、もしかすると浜面仕上を頼るのでもよかったのかもしれない。あの男は気持ちのいい性格をしている割に、元はスキルアウトの上層部にいただけあってそういう後ろ暗いものには通じていた。
だけれどあの男にそういったものを要求したなら、もうそんなことはしなくたっていんだとか、打ち止めと仲良く過ごせばいいじゃないかとか、ああだこうだと思い留まらせようとするだろう。果ては滝壺やら上条やら、一方通行があまり強く出られない人間を引き出してきて、あの手この手でそんな馬鹿なことをするんじゃないと優しく説得してくれるのだろう。
そういうのが煩わしかったから、少しの皮肉や嫌味を交えつつも簡単に自分の望むものを提供してくれるこの男に頼ることにした。この関係は、その引き替えというわけではなかったのだろうけれど。
「血腥ェ。」
こちらの合意も取らず―それどころか、そもそも「いいか?」の一言も訊ねられていないが―勝手に服を剥ぎ取ろうとしている手の持ち主に対して文句を言った。
「いつものことだろ。」
そう、いつものことだ。この男が関係を迫る日は、いつも。
こういうときの男の体はいつも血生臭くて、時折硝煙の匂いがついていることもあって、いつも通りの気のない嘘をすらすらと口にする癖に表情は固い。まあ要するに「そういう仕事をして、真っ直ぐ家に帰りたくない気分」なのだろう。
それで適当な隠れ家に立ち寄って、偶々居合わせた自分でストレス発散しているだけなのだろう、と彼女はこんな関係に至った理由を他人ごとのように考えていた。隠れ家に自分がいなければそのまま一晩過ごして、翌朝にはいつも通りのふざけた男に戻っている筈だ。特別自分が相手だからどうだとか、ましてや恋情や愛情のような感情が混じっているとは思いたくなかった。
「人のことひン剥きやがって、自分はきっちり着込ンでるたァ感心しねェな。」
長い研究所生活で異性に裸を見られることには慣れているし、相手の裸に興味が有るわけでもない。だけれどこちらばかりが生身を晒しているのは不公平であるように感じる。この男と対等であることに何の意味があるのかは分からないが、それでもこの状況は何となく腑に落ちなかった。
「べつにいいだろ。いつもは汗が鬱陶しいとか、暑いだとか言う癖に。」
悪戯にシャツのボタンに触れた手を払われて、それで彼女はこの状況を生み出した原因に思い当たった。
「……これ、オマエの血の匂いかァ?」
彼女がからかうように言うと、男は何とも言えない、怒っているような、困っているような表情を見せた。何重にも被った男の嘘の仮面が行為の最中には幾らかぼろを出すことに気付いてからは、彼女はいっそこの関係に面白みすら見出していた。
「あは、何だオマエ、下手打ったのか。それで俺に慰めて貰いに来たわけ?」
彼女はけらけらと、独特の笑い声を上げた。間違っても情事の最中に聞かせるような声ではなかったけれど、彼女の笑い声は止まらない。
「いいぜェ、目一杯可愛がってやろォか!偶にはそォいうのも悪かねェ!!」
彼女が益々笑い声を大きくすると、男は乱暴な仕草でその口を塞いだ。
「いいから、黙って抱かれてろ。何もしなくていい。」
「………、あっそ、」
男が唇を離してから言った言葉で、彼女は全ての興味もやる気も失ったらしい。すっかりいつも通りの仏頂面に戻って、熱の通わぬ人形のように大人しくなった。
従順で、自分の都合のいいように泣いてくれる女が欲しいなら、買った方が余程早くて簡単だろうに。態々こんな抱き心地の悪い女をひっ捕まえて何がしたいというのだろうか。まぁ、義妹に懸想するような男なのだから、元々が性的に倒錯しているのだろうと彼女は勝手に納得して、これ以上は深く考えまいとした。
「つまンねェの。」
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10801
今度の新作こんな感じで始まるんだけど
オチはどうしたら良いと思う?
色々あって両想いエンドか
殺伐調教エンドかどっちかの予定なんだけど
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka11801
調教
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka12801
調教
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka13801
調教
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14801
調教一択
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka15801
監禁して調教
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka16801
電極切って調教
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
おまいら統率取れすぎだろ
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10801
あれスネーク
何でこのスレにいんの?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
10039号の依頼だよ
おまいらが普段どんな会話してんのか気になるって
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17801
10039号本人が見に来ればいいんじゃねえの?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
直接見たら精神崩壊するおそれがあるから
代わりに見てきて欲しいって
んでちょっとオブラートに包んで聞かせて欲しいらしい
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka18801
めんどくさいやっちゃな…
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka19801
で、感想は?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
最早BLでないし
正直何がしたいのかびっくりするほど分からない
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka10801
いや何かもう
第一位で萌えられればそれでいいかなって
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka14801
ところでさー
スネークは第一位のどんなところが好きー?
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
えっ
突然何なの
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17801
いや、参考までに聞かせてもらいたいなーって
俺ら10人だけだと若干マンネリ気味で
以下、名無しにかわりましてミサカがお送りしますID:Misaka17600
人のことネタにするんじゃねーよ!!
17600号はその日、彼女たち10人が満足するまで質問攻めに開い、開放されなかったという………
以上「【下三桁801】新刊ネタ会議【限定】」スレからお送りいたしました。
やってしまいました…削百合スレなのに、何故か土百合でエロを匂わせる…違うんです出来心なんですでも超楽しかった。
ちょっと次スレ立ててきますねー
こちらにリンク貼るので、よろしければ次スレもご愛顧いただけますと嬉しいです。
次スレ立てましたー。どうぞよろしくお願いします。
削板「一緒に暮らさないか、百合子。」
削板「一緒に暮らさないか、百合子。」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1377916907/)
では、このスレの残りは煮るなり焼くなり好きにしてくださいな。
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