美琴「何、やってんのよ、アンタ」垣根「…………ッ!!」3(1000)

・初SSです

・学園都市のレベル5、トップ3が主役です
その中でもメインは垣根と美琴

・時系列? なにそれ美味しいの?
完全なパラレルワールドだと考えてください

・上条さんはびっくりするくらい空気
登場するけど本筋には一切絡まない

・キャラ崩壊・キャラブレあり

・脳内補完・スルースキルのない方はバック推奨

・独自解釈・捏造設定あり

・ストーリーが無理やり

初めてなので文章の拙さ、設定の矛盾などあると思いますが読んでいただけると嬉しいです。


美琴「―――前スレだから。この子たちは、前スレだから。ただそれだけよ」

前々スレ
美琴「何、やってんのよ、アンタ」垣根「…………ッ!!」
美琴「何、やってんのよ、アンタ」垣根「…………ッ!!」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1342448219/)

前スレ
美琴「何、やってんのよ、アンタ」垣根「…………ッ!!」2
美琴「何、やってんのよ、アンタ」垣根「…………ッ!!」2 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1350814737/)

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1364896548

とりあえずスレ立てだけ
投下は夜か明日にでも

垣根「これまでのあらすじに常識は通用しねえ」

って感じで今までのあらすじとか書こうとしたけど結局なしに

前スレ返信

>>966
10031号については……何とも鋭いタイミングで

>>970,>>979
ていとくんは……しばらくベンチです、はい

>>971
その二人がお姉様ラブな可能性が微レ在……?

>>972
9982号は本当に哀しい個体ですよね……
アニメで鬱になる可能性もあります

>>977
美琴の暴走を止めたのはていとくんです
ただていとくんはそれを明かさず、「勝手に倒れた」と誤魔化しました

すいません、もしかしたら投下は少し遅くなるかもしれません

それにしても前スレからの誘導ができなかったから見つけられない人とかいるのかも……
大丈夫かな?

何とかなったのでとりあえず投下ー
これで見つけてもらえるといいな

姉の想いは死すらも超えて。

一方通行と決着を着ける前に、どうしても行きたいところがあった。やりたいことがあった。
だから美琴は急ぐ。四時間もかかるような用事ではないので十分に間に合う計算だが、時間にゆとりは持っておきたかった。
行き先は花屋。学園都市ではそう多いわけではないが、無論ないわけでもない。
脳内で場所を検索する。そういえばこの病院からそう離れていないところに一軒あったのを思い出す。
いつもは花屋になど行くことがなかったから、全く意識したことはなかった。
今の今まで美琴にとって背景でしかなかった店。

しばらく歩き、目的の店へとやって来た美琴。
入店すると自分の他にも二人ほど客の姿が見えた。
一組の男女。カップルなのだろうか、などと思いながらそんなことはどうでもいいと目を逸らす。
今の美琴は明確な目的があってここに来ていて、更に制限時間もあるのだ。
あまり余計な時間は使えない。

店内には多くの色とりどりの花が並べられていて、非常に綺麗な光景だった。
一年中あらゆる花が手に入るのは学園都市の利点だ。
現にもう冬だというのに店内には向日葵が大きく咲き誇っている。
見方を変えれば季節感の欠如とも言えるのだが、学園都市では今更な話だ。
美琴も季節感といったものを全く気にしないわけではないが、そこまで気にするわけでもない。

そんなたくさんの花の中からいくつか候補を絞るが、決め手に欠ける。
なので美琴は素直に店員の力を借りることにした。
すみません、と声をかけると人の良さそうな笑顔を浮かべた女性店員がやって来た。
大学生くらいの年だろう。やはりこのような華やかな店では特に笑顔は重要らしい。
綺麗な人だな、と素直に思った。

「はい、どのようなお花をお探しですか?」

店員の笑顔に応えるように、美琴もまた笑って言う。

「お墓に供える花を探してるんですけど、あまりそういうのに詳しくなくて。
何か相応しいものとかってあるんですか?」

それが御坂美琴がここに来た目的だった。
美琴が絶対にしておきたかったこと。―――九九八二号の、墓参り。
今まで忘れてしまっていたことへの謝罪も込めて。
綺麗な花を供えてやりたかった。せめて少しでも安らかに眠れるように。

ただこういう花は何でもいいというわけではない。
美琴の知る限りでは棘や毒のある花、匂いの強いものは避けられる。
また色も清浄を表す白を最上とし、華美な色を避ける。

「献花ですか。基本的にあまり制限はないです。
棘のある薔薇や匂いの強い百合、色の強いものなどは避けられますが。
その方が亡くなられて時間が経っているのであれば段階的に色花も用いますね」

九九八二号が死んだのは八月一五日。
死んでからまだ三ヶ月も経っていない。
となると、やはり控えめな色彩のものがいいのだろう。

「いえ、亡くなって長くないので。
やっぱり菊とかが一番当たり障りないんですか?」

「それは申し訳ありませんでした。
そうですね、故人が好きだった花を供えるのが一番なんですよ、本当は。
そういう理由であれば薔薇も百合も使われたりします。
ですが特に好みの花がないのでしたら菊は間違いがないと思いますよ」

それに、と店員は区切って、

「持ち帰るお供え物と違ってお花はお墓に残すものですから。
あまり汚くなってしまう花ではなく、綺麗に散る花が好まれます。
その点菊は花持ちも良いですし、何より水あげも良いので供えるのに向いているのでしょうね」

へぇ、と美琴は内心少し驚いた。
おそらくアルバイトだろうに、ずいぶんと詳しい。
学園都市には墓地は第一〇学区にしかなく、住人もほとんどが学生なのでこういう質問に慣れているとも思えない。
ここは素直にこの物知りな店員に従っておこう、と美琴は思った。
あまり時間もないことだし、こういうことはプロに任せるのが一番だ。

「じゃあ菊をお願いします」

美琴がそう言うと、店員は相変わらずの笑顔を浮かべたまま予算内で見繕ってくれた。
菊の花束を二束持って、店員のありがとうございました、という言葉を背に受けながら美琴は外に出る。
途端に冷たい空気が美琴の肌を冷やす。
一様でない風が髪を靡かせ、冬の訪れを知らせていた。

道行く学生たちの中には早くも冬休みの予定を話している者もいた。
何も知らない、だがそれ故に幸せなのだろう人々。
美琴も本来ならそちら側の人間のはずなのだ。
美琴の経験した多くの悲劇や事件は、超能力者となってしまったことに端を発する。

だが、何も知らずにいれば自分は幸せだったのか? と美琴は思う。
たしかにただの一学生であれば美琴はこんな目に合わずに済んだだろう。
もっと平穏な世界で生きられたはずだ。

だがもしそうだったならロシアでは街一つが大変なことになっていたかもしれない。
学芸都市は消し飛び、多くの客たちの命が失われていたかもしれない。
幻想御手で昏睡した患者は眠ったままだったかもしれない。
木山春生の教え子たちも昏睡したままだったかもしれない。
妹達だって二万人全員が殺されてしまっていたかもしれない。
ロシアやその周辺地域はニコライ=トルストイによって発射された核で完全に破壊・汚染されていたかもしれない。

それが巻き込まれたものであっても、結果として御坂美琴は人を助けてきた。
妹達も一万人は手遅れだったが残り一万人は上条の手を借りて救うことができた。
それは、その一点だけはきっと誇るべきだ。
何も知らずにのうのうと暮らしている自分の陰で妹達が苦しんでいる。
血塗れになって、助けを求めることも出来ずにいる。それに気付かずにふらふらと生きていることが幸せなのか?

違う、と美琴は思う。そんな惨めったらしい幸福なんていらない。
誰かを救うことの出来る不運の方がよっぽど素晴らしい。

だから、美琴はこれまでの生き方を否定しない。
一万人の妹を救えなかったことも、一万人の妹を救えたことも。
もし『幸運』だったのなら自分の罪に気付くことさえ出来なかったのだから。

花束を二束持って歩く美琴は端的に言って浮いていた。
その人物が常盤台の超電磁砲であるという事実が一層注目を引きたてていた。
中にはわざわざ足元を止めてまで美琴を眺める者までいる始末。
勿論道行く人間の数から見れば美琴に注目している人は少数だ。

だがそれでも美琴は見世物じゃねぇぞ、と叫びたい気分だった。
何も悪いことなどしていないのに、コソコソと逃げるように移動する美琴。
目指すは駅だ。行き先は同じ第七学区だが、少々距離があるため公共機関を利用することにする。

(電車とか乗ったらまた注目されるんだろうなぁ……)

そんなことを考えながら美琴は最寄駅へと急いだ。

結果から言って、美琴の予感は半分外れた。
電車を待っている時も、乗っている今も注目はされたが意外と気にしていない人の方が多かったのだ。
美琴にとっては非常にありがたいことだった。
あまりに見られていると一挙手一投足にまで気を使ってしまう。
もともとがお嬢様というより庶民に近い美琴なので、どうしても疲れるのである。

車内の席はずいぶん空いていたが、目的の駅まではすぐ近く。
なのでドアの近くに寄りかかって待った。
ガタン、ガタン、と規則的に揺れる電車の窓から学園都市を見渡す。
一見美しく見えるこの街も、裏を見てみれば地獄の底だ。
量産型能力者計画、絶対能力進化計画、プロデュース、暗闇の五月計画、白顎部隊、暴走能力の法則解析用誘爆実験、虚数学区・五行機関、ヒューズ=カザキリ、ドラゴン……。
非人道的、などというレベルではない。それほどこの街の『闇』は深い。

ただそれでも美琴は学園都市を嫌いにはなれなかった。
学園都市の全てを肯定するわけではない。一部の上層部と科学者共は本気で死ねばいいとさえ思う。
だが、能力者が暮らしていくにはこの街が必要なのだ。
きっとそれさえ上の連中の思い通りなのだろうが。

それだけではない。御坂美琴は学園都市の『闇』を知りながら『表』の人間でもある。
この街の悪い面だけではなく良い面も知っている。
たくさんの出会いがあった。たくさんの物語があった。
美琴が学園都市にいなければどうなっていただろう。
勝手にクローンなんてふざけたものが作られることも、あの『実験』もなかっただろうと思う。

だが同時に、それは今までの出会いをも否定する。
かけがえのないパートナーである白井黒子と会うこともなかった。
初春飾利とも、佐天涙子とも知り合わなかった。
垣根帝督と友人になることもなかったし、上条当麻という想い人が出来ることもなかった。

だから、美琴は学園都市を本気で嫌いにはなれない。
これが一方通行や垣根帝督だったら違うのだろうが、美琴はそうだった。
だがそれでも学園都市の悪い面はあまりにも大きすぎた。
多くの犠牲者を裏で生んだ。妹達などその最たるものだろう。
だからそれを知る者として、美琴はその死を悼む。
学園都市の犠牲者などそれこそ数え切れないほどいるのだろうが、美琴にとってのそれはやはり妹達となる。

誰にも望まれず、誰にも愛されず、生まれ、生き、そして死んでいった一万人の妹達。
そのほぼ全員を美琴は知らないし、どこで死んだのかも分からない。
ならばせめて知っている者にだけでも墓前で教えてあげたい。
妹達が何人いようと、ボタン一つで量産できる存在だろうと、その死を悲しむ人間がいるのだということを。

目的の駅までは僅かに二駅。
電車はすぐにその駅へと到着した。
美琴は電車を降り、駅を出る。駅から目的地まではそう遠くない。
数分後、御坂美琴は一本の路地裏の前に立っていた。
あまりにも存在がおぼろげで、明日には消えていそうなほど存在感が希薄な道。
美琴はそんな路地裏に躊躇わず踏み込んだ。
その道に入った途端、空気が変わる。
つい先ほどまでいた世界とは確かに違った。

そこにはスキルアウトさえもいない。いるのは御坂美琴ただ一人。
どこでも目立つ常盤台の制服や手に持った花束、綺麗なシャンパンゴールドの髪はひたすらにこの異様な空気と調和せず、異物として存在している。

ローファーがアスファルトをカツン、カツン、と叩く音が両側をビルに挟まれた道に反響する。
吹きつける冷たい風はビル風となって轟々と唸りを上げる。
その強い風は美琴の髪をサラサラと揺らし、更にスカートを揺らした。

辺りに捨てられている紙屑が風に乗って流され、地面を引っ掻きながら飛んでいく。
それらの光景が一層この寂れた路地裏を演出していた。
しばらくビル風の音とアスファルトを叩く音だけが響いていたが、やがて一定のリズムで鳴っていた足音がピタリと止まった。
ついに美琴が目的地に到着したのだ。

何てことはない、ただの路地裏。
どこかの倉庫に出たわけでもなく、目立った何かがそこにあるわけでもない。
それでも美琴は路地裏のある一箇所で歩みを止めていた。
周囲には何もない。何の痕跡もない。
ここで間違いなくあった惨劇など初めからなかったかのように。
だがそれは現実。なかったことになることなど決してない。

そう、ここはかつて『実験』が行われた場所。
一方通行を絶対能力者にするために一〇〇三一番目の妹が息を引き取った場所。
その体が弾け飛ぶ瞬間をモニター越しに見た。その時の場所を覚えていたのだ。
九九八二号だけではない。美琴は一〇〇三一号とも接触したことがあった。
一緒に遊びまわったりしたわけではないが、確かに会った。言葉を交わした。

「一〇〇三一号」

美琴がぽつりと呟いた。
その声は路地裏に反響することなく、強く吹きつける風の音によって掻き消される。
一度曲がったせいか吹く風は弱くなってはいたが、その音はここまで届いていた。
一〇〇三一号。彼女は美琴に絶望をもたらした妹達だ。
『実験』を止めるために研究所を破壊し続けた美琴が、ついにその目的を達したと、そう思った時。
『実験』は予定通り続いていると告げ、美琴を絶望のどん底に叩き落した妹達。
勿論彼女にそんなつもりはなかっただろうが。

「アンタには、謝らなきゃいけないわね」

美琴は結局それを言えないまま永遠の別れを迎えてしまった。
だから今からでも謝りたい。それはずっと美琴の心にドロドロとしたものとして残っていた。

「アンタにはずいぶん酷いことを言っちゃった。
あの時は私もかなり追い詰められてたってのもあるけど、アンタにあたることじゃなかったのにね。
本当に、ごめんなさい。私だけは絶対にアンタたちを否定しちゃいけなかったのに」



    ――『お姉様』――


    ――『お姉様』――


    ――『やめてっ……。やめてよ……』――


    ――『その声でっ…その姿でっ…もう……私の前に現れないでッ……!!』――


美琴はあの時一〇〇三一号を否定した。
それは姉として絶対にやってはいけないことだった。
そしてその後、美琴は謝ることも出来ずに彼女は死んでしまった。

だが、今ようやくそれを伝えることが出来た。
天国にいる一〇〇三一号に届いていることを美琴は願う。
彼女が許してくれるかは分からない。
ある意味でこれはただの自己満足なのだ、と美琴は思う。

ただ自分が辛い思いをしないために、吐き出して楽になりたかっただけ。
だがそれでも、彼女に謝るという行為はきっと必要だった。
あんな暴言が彼女と交わした最後の言葉だなんて嫌だった。
だから今更ではあっても、自己満足かもしれなくても、美琴は謝罪する。
そして謝らなければならないのはそれだけではない。

「……助けられなくて、ごめん。アンタだけじゃない。
一万人の妹達を私は助けられなかった。もし私がもっと早く『実験』を知っていれば。
もし私がもっと良い、最高の一手ってヤツを打てていたら」

彼女たちが死ぬことはなかったはずなのに。
DNAマップを提供しなければ、とは言わない。
勿論全ての悲劇はDNAマップの譲渡に端を発しており、あれがなければ悲劇はなかっただろう。
だがそうしていなければ妹達は生まれてくることもなかった。
御坂妹も、打ち止めも生まれなかった。
上条当麻にも言われたことだ。その一点だけは誇るべきだ、と。

一万人の妹達の死を肯定するわけでは勿論ない。
しかし同時に今この時を確かに生きているもう一万人の妹達の生を否定することも出来ない。
どうしてもそれは出来ない。それは御坂妹や打ち止めとは触れ合った時間が長いからだろうか。
だから美琴はDNAマップを提供しなければ、とは言えなかった。

残念ながら彼女たちに墓は用意されていない。
美琴はその場でしゃがみ込み、店で買った菊の花束を一束壁に立てかける。
死んだ者は、生き返らない。
それがこの世界における絶対の法則。
たとえ科学が二、三〇年進んでいても、能力なんてものが一般に広まっていても、魔術なんてオカルトが存在していても。
ただそれだけは絶対に崩せないのだ。
ならば、死んだ者に願うのは。

「―――……せめて、安らかな眠りを」

目を閉じて、美琴は手を合わせる。
知識としてはある程度知っているが、基本宗教に疎い美琴にはあまり細かい決まりは分からない。
だから多くの人たちがやるような形しかとれない。
あまり拘る必要もないだろう。こういうのはおそらく気持ちが重要なのだ。
それに、一〇〇三一号がクリスチャンだったというような事態は考えにくい。
彼女の生い立ち、生き方を考えれば宗教などとは無縁の無宗教者だったことは間違いないだろう。

しばらくの後、美琴は目を開けて立ち上がった。
こういう時あのインデックスという銀髪のシスターだったらどうするのだろう。
あの大食らいから考えてとてもシスターには見えないが、本人曰くあれでも本物らしい。

垣根にも「クソシスター」などと呼ばれる始末だが、控えめに考えても美琴よりはこういったことに詳しいだろう。
十字教式にはなるが今度インデックスに頼んでみようか、と美琴は思った。
気持ちが重要とは言ったものの、やはり可能ならば本職の人間にやってもらいたい。
詳しい事情は当然話せないが、きっと頼めば引き受けてくれるだろう。
彼女の人となりはそれなりには理解したつもりだ。

「また、絶対に来るからね」

言って、美琴は歩き出した。
次に向かうのは一方通行と会う鉄橋でも、常盤台寮でもない。
しっかりとした足取りで、狭い路地裏に確かな足音を響かせて美琴は歩く。
その顔に、その足取りに迷いは一片もなかった。





とある橋の下。何らかのコンテナや、何故か敷かれているレール。
人気は先の路地裏と同じく全くなく、外界から隔絶されていた。
ここが、絶対能力進化計画の第九九八二次実験が行われた地。
即ち、御坂美琴の九九八二番目の妹がこの世に分かれを告げた場所。
そして、美琴が絶望に沈んだ場所でもある。
吹きつける冷たい風が無人のそこを流れ、そこであった出来事とも相まって一層寂寥感を際立たせていた。

「……どうしても、思い出しちゃうわね」

左足をもがれた九九八二号。
平然と何でもないことのようにとどめを刺した一方通行。
身を焼くような激情に駆られ特攻し、圧倒的な力にあしらわれる自分。
自身を実験動物と言う妹達。

だがもはやそんな痕跡は全く残っていない。
一〇〇三一号の死んだ路地裏と同様に、残りの妹達によって完璧な証拠隠滅が為されている。
記憶を頼りに九九八二号が死んだ、まさにその場所のはずの場所へ美琴は足を運ぶ。
そう、たしか丁度ここだったはずだ。
美琴はしゃがみ込み、一〇〇三一号にそうしたように菊の花束を供えた。
近くに転がっている石で花束を押さえ、飛んで行かないようにする。
花自体はすぐに散ってしまうだろうが、それは仕方ないだろう。
そのために散り方の汚くない菊を選んだのだから。

「……久しぶり、九九八二号」

美琴が語りかけるように、言葉を紡ぐ。
その小さな声は風に乗って流されてしまいそうなほど弱弱しいものだった。

「アンタは私を恨んでると思ってたけど、一〇〇三二号……御坂妹はそうじゃないって言うのよ。
でも死んだ人間が何を思っていたかなんて永遠に分からない。
アンタが何を思って、何を願っていたかはアンタ本人にしか分からない」

死んだ人間のことは死んだ人間にしか分からない。
至極当たり前のことだ。
生者は死者の気持ちを推測し、代弁することは出来る。
だがそれが必ずしも死者の気持ちを真に汲んだものかは永久に分からない。
だからこそ、美琴は問う。
答えなど返ってくるはずがないと分かっていても、聞かずにはいられなかった。

「ねぇ、アンタは私をどう思っていたの?
……ううん、違うわね。そんなことよりも。
アンタは、アンタを殺した一方通行をどう思っているの?」

打ち止めは、御坂妹は一方通行を恨んではいないと言う。
しかし彼女たちは『実験』で殺されなかった、生き延びた妹達だ。
死んでしまった妹達はもしかしたら心の底から一方通行を憎んでいるかもしれない。
勿論、御坂妹らと同様に恨んでなどいない可能性もある。
その答えが美琴は欲しかった。
だがどんなに望んでも、死者がその想いを伝えることなど出来はしない。

「そんな重い話だけじゃないのよ。アンタには教えてほしいことがたくさんある。
好きな花は何だったのかとか、好物は何かとか、漫画は好きかとか。
挙げたらきりがないわね。全く、いくらなんでも死ぬには早すぎるでしょうが……」

気付けば美琴の瞳は濡れていた。
だが九九八二号の前でそんな姿は晒すのも躊躇われた。
逃げるように視線を脇へずらすと、視界の端にゴミのようなものが映った。
いつもなら路上に捨てられている空き缶のように、ゴミ情報として記憶に留められることはなかっただろう。
だがそれは何か違った。あれを見過ごしてはいけないと何かが告げている気がした。

そんな曖昧な予感をどうしてか無視出来なかった美琴は立ち上がり、ふらふらとそれに近寄っていく。
見れば見るほどみすぼらしいものだった。
捨てられて短くないのだろう、雨風に晒され続けたそれはすっかり汚れきっていた。
触れた指に泥や埃が付着する。普通なら触ろうとは考えもしない完全なゴミだった。

「―――これ」

しかし美琴はそれを離さない。離せない理由があった。
たしかにそれは他の人からすればゴミ以外の何物でもなかっただろう。
だが美琴にとっては違う。何故ならそのゴミは子供がつけるような缶バッジで、大人気マスコットキャラクターのゲコ太がデザインされたものだったからだ。
確信する。これはあの日美琴が九九八二号にあげたものだ。
これ自体は『実験』に関連するものではないせいか、回収されずに今この時まで残っていた。
すっかり汚れ、また車両に押し潰されたことによりひしゃげてもいるが、それでも残っていた。

美琴は手が汚れるのも気にせずにゲコ太の缶バッジを胸元で強く、強く握り締めた。
ポタ、ポタと透明な雫が汚れた缶バッジに落ち、その汚れを流していく。
美琴は体を震わせ、静かに立ち尽くす。
暫くの後再び歩き出した時には、バッジの汚れはだいぶ落ちてしまっていた。

「まだ、持っててくれたんだ。ガチャガチャで出るような安物なのにね」

ぽつりと呟いた。
彼女がこれを大切に思ってくれていたことだけはまず間違いないと言えるだろう。
そうでなければ九九八二号が死の間際であっても手放さなかったことが説明出来ない。
持って帰ろうかと思った美琴だが、すぐに考え直す。


    ――『ミサカにつけた時点でこのバッジの所有権はミサカに移ったと主張します』――


    ――『それにコレはお姉様から頂いた初めてのプレゼントですから』――


「だって、このバッジはアンタのものだもんね」

言って、美琴は花束と一緒にバッジを供える。
菊の花。一〇〇三一号も、九九八二号も、一体どんな花が好きなのかはもう分からない。

菊を気に入ってくれるかどうかも不明だ。
美琴には菊が二人の好みに合うことを願うしかなかった。

少しでも気を抜けばまたも流れてしまいそうになる涙を堪え、美琴は俯いた。
一方通行と再会してからというもの、こっち泣いてばかりだ。
何度目か分からない感情が、言葉が、沸々と心の底から沸いてくる。
湧き水のようにとめどなく溢れてくる。
たとえ自己満足であっても、どうしても言わずにはいられなかった。

「ごめんね、九九八二号。守ってあげられなくて。
気付いてあげられなくて。私が一番アンタの近くにいたのに。
アンタを救えるところに一番近かったのが私なのに……っ!!」

―――覆水盆に帰らず。
どれほど悔やみ嘆いたところで時計の針は戻らない。
一方通行が九九八二号を殺したことも、九九八二号が死んでしまったことも、美琴が九九八二号を救えなかったことも。
何一つとして、覆りはしない。既に確定されてしまった過去は変えられない。
時間というのは残酷だ。あるいはそれは悲しみを癒してくれる薬とも言えるのかもしれない。
だが少なくとも美琴にはその薬は効きそうになかった。

その謝罪は九九八二号に届いているのだろうか。
死後魂がどうなるか、とか死後の世界はどうなっているか、なんてことに対して美琴は独自の考えなど持ち合わせてはいない。
だがもし死後の世界、天国や地獄なんてものがあったとしても、いつか美琴が死んだ時そこで九九八二号と会えるとは思えなかった。

美琴が九九八二号に会うことは死後含めもう未来永劫ない。
彼女は死後の世界とやらできっと、いや間違いなく天国に行っただろう。
しかし一万人もの人間を手にかけた自分は、天国なんて上等なところには行けず地獄行きになるだろうから。

どれほどそうしていただろうか。
一際強く吹きつけた風に美琴は唐突に現実へ戻る。
視線を戻してみれば、そこには花束とバッジだけが置かれている。
少し寂しい気もするが、彼女たちはまともな方法で『処分』されていない。

一〇〇三一号にしたように、手を合わせながらやはりインデックスにお願いしよう、と美琴は決意した。
それも死者の意図が分からない以上自己満足に分類されるのだろうか。
だがそれでも美琴は彼女たちを弔ってやりたかった。

九九八二号は、いや、殺された一万人の妹達はただ死んだだけではない。
戸籍もなく、死亡届も存在せず、墓も遺骨も存在せず、カメラやセンサーなどの防犯装置からも完全に抹消されてしまっている。
存在そのものが禁忌だった彼女たちは理不尽に殺されてしまったばかりか、生きていた証を一つも残すことが出来なかった。
まるで初めから存在していなかったかのように、世界からその痕跡を消されている。

「でも、心配しないで」

美琴の声は力強く、先ほどまでとは全く違っていた。
はっきりとした意思を込めて美琴は言った。

「もしアンタが―――アンタたちが世界のどこかに証を望むなら、私がその爪痕になるから」

しばらくの沈黙があった。
その後美琴は精一杯の笑顔を浮かべて、

「さようならは置いていくよ」

さようならは必要ない。
九九八二号にその言葉は絶対に向けたくはなかった。

いや、誰にであってもあまり言いたくはない。
どうしても九九八二号のことを思い出してしまうから。
「さようなら」ではなく「またね」と言いたい。言ってほしい。
これで終わりなんて嫌だ。また絶対にどこかで会おう、という願いを込めて。
だから、代わりに美琴はこう言うのだ。

「また、来るから」

美琴は出来るだけ笑って、もう一度繰り返す。
出来れば彼女の前では笑顔でいたかった。
美琴のアイスを横取りした時のように、美琴にハンバーガーを要求した時のように、紅茶を飲みたいと希望した時のように。
いつものあの無表情で、美味しいお供え物を要求する九九八二号の姿が一瞬見えたような気がして。

「また、絶対に来るからね」

言って、美琴は九九八二号の元を離れる。
まだ、終わっていない。最後の決着が残っていた。

八月から続く全ての因縁と全ての運命に決着を。





時計の針はカチ、カチという規則的な音をたて続ける。
そうして、短針と長針がそれぞれ八と一二を指す。
一般的な家庭では、バラエティ番組に興じながら夕食をとっているだろう時間。
家族団欒、憩いの時間。だが、ある二人の超能力者にとっては団欒などとは程遠い。

ついに、午後八時。二一時。
この時がやってきた。

少年と少女が交差する。

果たして振られたサイコロはどんな目を出すのか。
それは、まだ誰も分からなかった。

















そして、御坂美琴は一方通行と対峙する。












投下終了

ミコっちゃんが地獄行きだったら多分>>1も地獄行きです
そしてお気に入りの台詞をこっそり言わせてみたり

    次回予告




「―――八時ジャスト。アンタ、意外に時間に細かいのね」
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴




「―――……クソガキがうるさくてな」
『グループ』の構成員・学園都市最強の超能力者(レベル5)――― 一方通行(アクセラレータ)

乙。うー…せっかくいいシーンなのに
よりによって一方通行がしゃべった原作セリフを
気に入ったからといって片端から美琴に言わせるのはちょっと…
抵抗ある

キチガイの安っぽくてキモイ台詞を使った時点で失敗


相変わらず面白いな

……午後八時って二十時なんじゃ……いや、大した事じゃないんだけど

>>44
状況的にもあれって居直り強盗みたいな発言だからね……
原作読んだ時もあーあ、とうとう開き直っちゃったよとしか思わなかった
中二病にはカッコイイ台詞なのかもしれないけど

6巻の人殺し開き直り-ズって必死にかっこつけてたけど
要はギャグキャラがフルボッコにされながら「今日はここまでにしといてやるぜ」
みたいな展開だったし…格好よくはないわな

そういうアレな台詞をなぜ美琴に・・・っていうね
妹達への手向けにはちと相応しくなかった鴨

今現在時系列的にいつなんだ?

食蜂さんきたああああああああああ!!!!
まさか一話目から出るなんて思ってなかったよでも可愛いよおおおおお!!

美琴も黒子も佐天さんも初春も、またテレビで見れたことに感動だよ!!
OPのかっこよさ異常だったよ! もあいイケメンだったよ!
まるで麦野がラスボスみたいだったよ!

ドラゴンボール神と神も面白かったよ!
何か本当に鳥山が書いたっていうのが伝わって、鳥山ワールド全開でよかったよ!
ブルマ傷つけられてブチギレて悟空超えちゃうベジータかっこいいよ!!
ビルス強いよ悟飯扱い悪いよ! なんで!?
でも歴代劇場版でも上位の面白さだったから許す!

20日公開のシュタゲ負荷領域のデジャヴにも期待せざるを得ないよ!

ついに始まった超電磁砲sテンションで投下するよ!!
第三章の最終回だよ!

>>46
あなたのような一部のキャラを猛烈に嫌う人には多分このSSは合わないと思います
そういうただアンチしたいだけ、ととられるようなコメはご遠慮ください
次からは誰であってもこうした発言はスルーさせていただきます

>>43,>>49,>>52,>>53
こういう言い方は良くないかもしれませんが、みんな一方通行にマイナスのイメージを持ちすぎなんじゃと思います
まあやったことがやったことなので仕方ないのかもしれませんが……
あれは殺された妹達とその想いをていとくんにいじられている状況です
麦野が言ったように、殺された者の気持ちは殺された者にしか分からないので、それを勝手に捏造していたていとくんに怒っていました
実際の妹達だって一方通行を恨んでいるかもしれませんが、そんなことはもう分からないし、ましてやていとくんが知るわけもない
だから弄ばれている、ていとくんの作った妹達もどきを壊す、でも決して忘れないよ、という言葉なので

というか妹達に言ったのは台詞ではなく地の文で、台詞として言ったのは最後のていとくんに対してです
要するに、簡単に言えばお前のことは忘れんよ、ってことなので美琴に言わせたのは意味的に間違っていないと思ってます
長々とすいません、自重します

>>57
原作との時系列の兼ね合いは>>1にも書いてあるように考えていません
パラレルと考えてもらえると助かります

あ、要するに↑の駄文はあの台詞は開き直りじゃないと思う、ってことが言いたかっただけです、すいません

少女の想い、少年の本心。
少女の咎、少年の罪。
少女の願い、少年の望み。

それが交差する時。










御坂美琴は三〇分前、午後七時三〇分に鉄橋に現れた。
この時が近づけば近づくほど、落ち着いていられなくなったためだ。
門限は間違いなく破ることになるが、そこは白井に頑張ってもらうことにした。
当然ながら、白井に今日遅れる事情は話していない。

鉄橋にはやはり予想通り誰もいない。
見てみれば、前に二人が再会した時に美琴が残した傷跡はまだ一部残っている。
RSPK症候群を起こし、垣根にここに運ばれた時から修復作業は行われていないのだろうか。

誰もいない鉄橋に一陣の風が吹き抜ける。
もう一一月も間近なので中々に冷たい。
風が吹く度、それは確実に美琴の体温を奪っていった。
揺れるシャンパンゴールドの髪が鼻にかかり、美琴はそれを右手で押さえ、耳にかける。

(全く、早く来なさいよね。風邪引いちゃうじゃない)

思って、一人薄い笑みを浮かべる。
何だかいつもの調子に少し戻ってきた気がする。
以前の自分なら、これから一方通行と会うという時にここまで冷静ではいられなかっただろうから。

八月のあの時も、この橋でこんな風にしていたことがあった。
だがあの時とは状況はまるで違う。
以前は、死ぬために。そして今は、前に進むために。

一方通行はいつやって来るだろうか。
見るからに面倒くさがりなので、平然と遅刻してくるかもしれない。
なんとなく垣根と似たようなタイプだろうな、と思う。
彼もまた面倒なことは面倒だと断言するタイプだ。

来ない、という可能性も考えたがそれはないだろうなと思う。
打ち止めが一方通行に伝えたはずだ。
御坂妹と打ち止めから聞いた話では、一方通行は命賭けで打ち止めを救ったという話だ。
きっと一方通行は打ち止めにだけは弱いだろう。
それに、来ないなんて選択は美琴が絶対に認めない。
おそらく打ち止めだってそれは許さないだろう。

時刻は七時四〇分。約束の時間まであと二〇分。
一方通行は現れない。
時刻は七時五〇分。約束の時間まであと一〇分。
一方通行は現れない。

御坂美琴は焦らない。
きっと、来る。はっきりとした根拠はなくとも、美琴はそういう確信染みた予感を感じていた。
そうして時計の針が午後八時を示した時。

美琴の携帯の光るディスプレイに、八時という文字が表示されるのと全く同時、夜の闇を切り裂いて白い、白い少年がついにその姿を現した。
夜の闇にあって、一際目立つその風貌。
真っ白な髪に、紅く光る鋭い目。現代的なデザインの杖をついてやって来たのは、学園都市序列第一位の超能力者。
能力名及び通称、一方通行。
御坂美琴を絶望のどん底まで叩き落した人間であり、彼女の大事な妹を一万人以上殺した虐殺者。

カツ、カツと音をたてながらゆっくり少年は近づいてくる。
美琴も彼の姿を認め、何も言わずにやって来るのを待つ。
杖つきであるが故に歩行速度は遅い。
だからか二人の間に流れるどこまでも重い静寂は、とても長く感じられた。
一秒を何倍にも引き伸ばしたような感覚。

そして、ついに一方通行は美琴のすぐ近くに立った。
その姿は杖をついていること以外何も変わっていない。
病的なまでに白い髪も、全てを射抜くような真紅の瞳も、溢れる王者の風格も。
美琴に恐怖を叩き込んだあの時のままだ。

一方通行と超電磁砲は、向かい合う。
しばらくどちらも何も言葉を発さなかったが、やはりというべきか先に沈黙を破ったのは美琴だった。
こちらから彼を呼び出したのだから。
最初に言う言葉は、もう決めていた。

「八時ジャスト。アンタ、意外に時間に細かいのね」

「―――……クソガキがうるさくてな。本当は来るつもりもなかったンだが」

「結局打ち止めに言い負かされた、と。
当然よ。アンタに来ないなんて選択肢はなかった。アンタはそんな立場にない」

会話する。言葉のキャッチボールをする。
以前には考えられないことだ。
この二人の会話といえば、悪意や敵意、殺意のぶつけ合いでしかなかったのに。
とはいえ、仲良くお喋りするつもりはサラサラない。
それは一方通行も同じだろう。さっさと本題に入ることにする。

前口上は、これくらいでいいだろう。

「……それで、何の用だよ」

「本気で言ってる?」

「…………」

一方通行が黙り込む。
御坂妹や打ち止めとの率直な話し合いを通して、腹を決めた美琴とは違うのだ。
美琴は最初殺す、という決意を固めた。次に、話し合うという道を選んだ。
様々な困難の果てに、美琴は自分なりの結論というものを掴み取っていた。

だが一方通行はその立場故に、何も決まっていなかった。何も決められないでいた。
自分がどうするべきなのか分からないまま、今日という日を迎えてしまったのだ。
一方通行はどんな気持ちでここにやって来たのか。
おそらくは、死刑台へ続く一三階段を上るような心境だったのではないか。
だがそんなことは美琴の知ったことではなく。

「アンタにはきっちりケジメをつけてもらう。
アンタの本心を話してもらう」

美琴が言うと、一方通行は呟くように言った。

「……意味が分かンねェな。
俺とオマエは決して相容れない関係だったはずだ。
初めて会った時のよォに、この鉄橋で再会した時のよォに。
顔を合わせればその瞬間に殺し合う、そンな関係だったはずだ。
そして、それで良かったはずだ」

一方通行は続ける。

「なのに、なンで清く正しく話し合いなンかしよォとしてンだ。
まずは話し合いから入りましょうってかァ?
もォ言葉で解決できるレベルの問題じゃねェだろォが。
あの時みてェにオマエの怒りや殺意を全てぶつけてくりゃいいだろ」

一方通行には理解出来なかった。
たしかに目の前の少女は自分を殺そうとまでしたのに、と。
とはいえ殺されてやることは出来ないが。

一方通行は己の命が惜しいのではない。この優しい少女を人殺しに貶めないためだ。
どうしても必要であれば己の手で幕を引くと決めていたから。
それでも、極めて冷静に振舞う目の前の少女が理解できなかった。
御坂美琴には一方通行を激しく糾弾する正当な権利がある。
一方通行も、いっそ激しく責め立てられた方が気が楽だった。

御坂美琴は妹達を何より大切にする。
そのために命を投げ出すことさえ厭わない、正真正銘のヒーローだ。
だというのに、これは一体どういうことだと。
何故そのヒーローが、悪党を前にしてこんなに平然としていられるのかと。
それが、分からなかったのだろう。

「…………」

今度は美琴が黙り込む。
一方通行はその沈黙をどう解釈したらいいのか分からず戸惑っているようだった。
まさか。まさか。まさか。
そんなこと絶対にあり得ない、というような表情を一瞬浮かべ、おそるおそるといった感じで口にした。
一方通行自身もふざけた可能性だ、と思いながらも。

「……俺への怒りや殺意が希釈されちまってンのか?
それとも、オマエにとっての妹達ってのはその程度のモンになっちまっ」

言葉は、最後まで紡がれなかった。

ゴガンッ!! と、不意に一方通行の頭が揺さぶられた。
頭蓋骨が揺れる。世界が揺れる。
かつてあのツンツン頭の無能力者に殴られた時以来の衝撃だった。
美琴は能力など使わず、ただその拳で満身の力を込めて第一位を殴り飛ばしたのだ。

一方通行はもともと杖つきの身で、その杖がなければ体のバランスもろくにとることが出来ない。
加えて御坂美琴の身体能力は女子中学生という範囲から大きく逸脱している。
更にそこに感情的なものまで加わっている。
そんな御坂美琴の渾身の右拳を受けたことにより、一方通行は無様に地面に転がった。

一方通行は咄嗟にチョーカーに手をやる。
美琴に対し反撃する意思があったわけではない。体に染み付いた、長年の習性のようなものだ。
反射的に能力使用モードに切り替えてしまった一方通行だったが、違和感を覚えた。
能力が、発動しない。
どちらにせよ攻撃するつもりは一方通行にはないのだが、こんなことは普通あり得ない。
冥土帰し特製のこのチョーカーの出来は確かで、不具合など一度も起きたことがない。

「無駄よ。アンタの力はもう私の制御下にある」

打ち止めが、妹達が代理演算をしていないのではない。
チョーカーの不具合などでもない。
御坂美琴は最強の電撃使いだ。あらゆる電流や磁場などを観測し、操る能力者だ。
超電磁砲ともなれば電子レベルでの操作が可能である。
それがどれほどとんでもないことか、分かる者には分かるだろう。

電気の操作ならば彼女の右に出る者は一人としていない。
一方通行の電極から送受信される電波に干渉することなど、美琴にとっては難しくもなんともないのだ。
しかも一方通行の補助に使われているネットワークは『ミサカ』。
その大元はこの御坂美琴である。

今は能力使用モードが使えないだけだが、美琴がその気になればもっと踏み込むことも出来る。
即ち、言語能力や歩行能力を奪うことさえ。
いまや、一方通行の生殺与奪は御坂美琴の手の中にあった。

一方通行はジャミング対策を自前の杖に仕込んでいるが、そんなものに効果はない。
あれは一度食らった妨害電波を解析して効果を発揮するものだし、何よりその程度では最強の電撃使いは止められない。

その美琴は、地面に這い蹲っている最強を前にして隠しもせずに顔を歪めた。

「怒りが、希釈されている?
あの子たちへの想いが、なくなっている?」

そんな。そんな馬鹿なことがあるものか。
御坂美琴が一方通行に再会してからのこの二日を、どれほどの思いで過ごしたか。
どれほど追い詰められて、どれほど悩んで、どれほど苦しんだか。
どれだけの覚悟を決め、どれだけの闇に沈んだか。
あの気丈な美琴が何度その涙を流したか。

たった二日。時間にしてたかが四八時間だ。
だがその間に一般人の一生分以上の苦しみを味わった。
RSPK症候群なんてものさえ起こしてしまうほどに追い詰められた。
そして同時に、この二日間の間で妹達への想いは大きくなる一方だった。

「ッざけんじゃないわよッ!!!!!!」

巨大な落雷のように、御坂美琴は叫んだ。
その咆哮は闇に轟き、あらゆるものを震わせる。
美琴は一方通行の襟元を荒々しく掴んで強引に立たせた。
そしてそのままその華奢な体を振り回し、鉄橋の両脇にある落下防止の鉄柵にその体を思い切り押し付けた。
昨日、垣根が美琴にそうしたように。

「アンタ、自分が何してきたか分かって言ってんでしょうね!?
ふざけた口をきくな、憎いに決まってんでしょうが!! 今すぐにでもこの手で殺してやりたいわよ!!
アンタは知るわけないだろうけど、私はこの二日で本気でアンタを殺す覚悟を固めてたのよ!!
アンタに妹達の味わった苦しみをほんの少しでも分からせてやるために!!
アンタの命は一つしかない! 一〇〇三一回の死の苦しみをアンタに味あわせてやることは出来ないから!!
せめて一部だけでもってね!! アンタには一生分からないでしょうよ!!」

次から次へと言葉が飛び出す。
絶対能力者になるために『実験』を受けた一方通行。
身勝手な理由で人を殺した一方通行。
妹達を人形だと嗤い、二万人以上もの妹達を“壊した”一方通行。
そんな奴に。人としての倫理も道徳も持っていないような奴に。

「アンタなんかに―――分かってたまるかッ!!」

感情を弾けさせた美琴に、一方通行は安心していた。
なんだ、何も変わっていない。この少女は世界全てが敵になろうと妹達を守ろうとするヒーローのままだ、と。
美琴はそんな一方通行の心境を知る由もなく、ただただ怒りをぶつけていた。
どうしても抑えきれぬ黒い感情の奔流を。

御坂美琴は決して自らを許すことはない。自らの罪を棚にあげるつもりはない。
幼少期にこの悲劇の種を作った自分を一生許すことはないし、その十字架は墓場まで背負っていくつもりだ。
だが。それでも、だ。
何と言っても今目の前にいるこの男は、妹達が一万人も死ぬことになった直接の原因なのだ。
たしかに妹達を嗤いながら何度も何度もその手にかけてきた男なのだ。

怒りを覚えぬはずがない。
絶対に、死んでもこの男を許さない。
この怒りを、この男の重ねた罪を、誰にも否定させはしない。

この男が、たった一言。『実験』をやめると、そう言っていれば。
あるいは最初から『実験』を断っていれば。
本当にそんな小さな一言だけで、こんなことにはならなかったのに。

この男は、その時まだ六歳か七歳だった美琴と違って、十分に物事を自分で判断できる歳だったのに。
この男は、医療のためと騙されてDNAマップを提供してしまった美琴と違って、『実験』内容を正しく把握していたのに。
この男には、いくら施設を潰しても樹形図の設計者にまで目をつけても無駄だった自分と違って、それが出来るだけの圧倒的な力と確かな立場があったのに。
この男には、知った時には既に一万人近くの妹達が殺されていた自分と違って、それが出来るチャンスが数え切れぬほどあったのに。

言い訳して自分は悪くなかったと言うつもりは全くない。
だがそれでも、一方通行の方が遥かに『実験』を潰しやすい立場だったのはどう見ても明らかで。

一度流れ始めた黒は止まらない。
黒が美琴を内から侵食し、塗りつぶしていく。
どんな色であっても、黒い絵の具と混ぜれば多少は薄まっても結局それは黒になる。
黒とは全てを塗りつぶす色だ。
僅かにある憎しみ以外のものも、結局は全て憎悪に飲まれてしまう。

「アンタが一言やめると言っていれば。被験者であるアンタが『実験』を放棄していれば!!
……私はアンタを許さない。アンタが一〇〇三一回妹達を守ろうと!! そのために死んだとしても!!
アンタの罪はこれっぽっちも消えはしない!! 本当に分かってるの!?
アンタが奪ったのはあの子たちの命だけじゃない。不器用な笑顔も、これからの可能性も、何もかも一切合財を全て丸ごと刈り取ったのよ!!」

ところどころ上擦りながら、美琴は腹の底をぶち撒ける。
一方通行という最大悪と対峙して止められるわけがなかった。
思うことなど腐るほどある。
それこそ言葉では語りつくせぬほどに。

美琴はそこで言葉に詰まり、歯を食いしばって顔を背けた。
どうしようもない無力感。こうして言葉にしたことで、本当の意味で、あらゆる意味で彼女たちが死んでしまったことを痛感する。
死。死んだ。彼女たちは、死んだ。死んで、しまった。

「あの子たちは、死んだのよ……死んじゃったのよ……?」

御坂美琴の全身からふっ、と力が抜けた。
一方通行の襟元を掴んでいた手を離し、頭を垂れるようにして俯く。
先ほどまで感情の赴くままに憎しみをぶつけていたのに。
今はそれが嘘のようで。

「人が死ぬってどういうことか、本当に分かってるの……? その重みが、その痛さが、アンタには分からないの……?」

声が大きく震えていた。
搾り出すのがやっとという声だった。

「……もう笑えないのよ。何も食べられない。怒れない。悲しむこともない。―――……何も、出来ない」

その声は極めて小さい、消え入りそうなもの。
耳を澄ませていないと聞き逃してしまいそうで。
時折吹きつける冷たい風が音をたて、美琴の言葉を攫っていきそうになる。

「人の命って、そういうものなのよ……? 絶対に替えは効かない。
失われたらそれまでの、唯一無二のもの。なのに……っ!!」

死んだ人間は生き返らない。そんなこと、子供だって当たり前に知っている。
美琴には理解できなかった。理解したくもなかった。
一方通行を殺そうとした時、美琴はあんなにも苦しんだ。
人の命を奪うということがどういうことか、分かっていたから。
命の重みが、分かっていたから。少なくとも一方通行よりは、よほど。

ようやくその決意を固めた時には、美琴は人であることを捨てた。
普通の人の心を持っていては、殺人というのは絶対に出来ない所業だったから。
まともな精神ではその重さに耐えられるはずがないから。
人の命は唯一絶対。なのに。

「なのに、どうしてアンタは―――そんな、当たり前みたいに人を殺せるのよ……。
神にでもなったつもり……? アンタに、あの子たちの命を自由にしていい権利なんかない。
あの子たちには一人一人に個性があって、笑顔があって、感情があって、未来があって、命があったのに。
それを、アンタが奪ったんだッ!!!!!!」

一瞬、美琴は再びあらん限りの声を張り上げた。
自分で自分を上手くコントロール出来ない。
それほどの黒い感情が大蛇のように美琴の中でのたうっていた。
だがそれも一瞬。すぐに美琴は再度俯き、細く震える声に戻ってしまう。

一方通行は、人を殺す。
それを特別なこととも思わず、その重さを感じることもなく。
目の前を飛んでいるハエを落とすような感覚で人の命を奪う。
相手が外道ならまだしも―――外道なら殺していいというわけではないが―――この男は妹達まで手にかけた。
機械的に、淡々と。呼吸するような自然さで、どこまでも身勝手な理由で。

「人を殺すって、簡単じゃない……。その人の全てを、自分勝手に剥奪するってことなのよ……?
なのにアンタは……ッ。神様面してんじゃない、ふざけないでよ……。あの子たちがアンタに何かした? ふざけんな……っ」

今自分で言ったように、そんなことは神でもなければ不可能と分かっていても、美琴が一番に一方通行に望むことは謝罪でもなければ贖罪でもない。
絶対にあり得ないことと自覚しながらも願わずにはいられない、美琴のたった一つの願い。
おそらくそれが叶えられるなら、美琴は何だってやってみせるだろう。
それほど強い、けれど叶うことのない儚い夢。













「わた、しの、私の―――……一〇〇三一人の妹を、返して……っ!!」












スベテカリトッタ―――。エガオモ、カノウセイモ、ミライモ、ナニモカモ―――。


「……あァ、そォだなオリジナル」

一方通行がこともなげにそう言うと、美琴の拳が再び唸った。
大きく振りぬかれた拳で再度殴り飛ばされた一方通行は、またしても汚い地面を転がる。
無様だった。学園都市第一位として、絶対的に君臨する彼が。
たった一人の少女の拳で、倒れこんでいた。

ただの拳ではない。一方通行は、美琴のそれに何か見えない+αを感じていた。
重かった。何よりも、美琴の拳は重かった。
全ての悲壮と絶望、憤怒をぶつけられているようで、今までのどんなものよりも効いた。
あの無能力者の拳よりも、一方通行の体と精神を抉る。
だが、一方通行にはそれでよかった。
自分にぶつけた分、美琴が楽になるなら。




「アンタは、一万人以上の私の妹を殺した」     「俺は、一万人以上のオマエの妹を殺した」




「殺された妹達は、もう帰って来ない」         「俺が殺した妹達は、もォ帰ってこねェ」




「だから、オマエはこのままその怒りを全て俺にぶつけりゃいい。
オマエにはその権利があるンだ」

「私だってそうしたい。アンタをこの手で八つ裂きにしてやりたい。
でも、それをすると打ち止めが悲しむ」

「打ち止めは、オマエに人を殺してほしくないと言った。
そのためにあのガキなりの努力をした」

「あの子は私よりもアンタを選んだ。あの子にはそんな意図はないでしょうけど。
打ち止めは、アンタと一緒にいたいとはっきりと言った。
アンタはそれほどに打ち止めに、他の誰よりも想われている」

「打ち止めは、オマエと過ごした時間を話す時はいつにも増して笑っていた。
オマエは他の誰よりも打ち止めを笑顔に出来る」




「だから、」           「だから、」


「アンタが、羨ましい」     「オマエが、羨ましい」




打ち止めにそこまで思われている一方通行が。

ただ笑いかけるだけで、一度一緒に過ごした程度であそこまで打ち止めを幸せに出来る御坂美琴が。

どうしようもなく、羨ましかった。

「……アンタはどうなのよ」

美琴が小さく言った。
これが一番聞きたかったこと。
絶対に、力づくでも吐き出させてやると思っていたこと。
この質問をするためだけに一方通行を呼び出した、と言っても過言ではない。

「打ち止めは、アンタと一緒にいたいと言った。
アンタを側で支えたいと言った。
そのアンタはどうなのよ。打ち止めをどう思ってるの?」

「……俺は」

一方通行は答えない。
彼の中でその答えはとっくに決まっていた。
この鉄橋で御坂美琴と再会する遥か前から。
ただそれを間違いなく遺族である美琴に対して、口にするのが憚られるだけで。

美琴は地面に座り込んでいる一方通行を見下ろして、問う。

「アンタにとって、打ち止めは何なの?」


その言葉が、やけに一方通行の胸に響いた。
打ち止めとは一方通行にとって何なのか。一方通行は、そんなこととっくの昔から分かってる。
ただそれを美琴に言う勇気がないだけだ。
足りないのは勇気。今の一方通行はただ怯えているだけだった。
学園都市第一位が、恐怖に負けることなどあっていいわけがない。
それにここで引けば、二度と打ち止めに顔向けできなくなる気がした。
だから一方通行は言う。ずっと腹の底にあった答えを。

「……打ち止めは、俺の全てだ」

「…………」

美琴は何も口を挟まない。
地面に座り込んだまま話し出した彼をただ無言で、先を促した。

「アイツはこンなクソッタレな俺を慕ってくれた。最初こそうざかったがな。
全てを壊して、悪意も善意も全て拒絶して生きてきた俺が、打ち止めに会って初めて何かを守りたいと思えたンだ。
俺には無縁だったはずのそォいう当たり前の感情を、持てたンだ。
アイツはいつの間にか、俺にはなくてはならねェ存在になっていた。代理演算に限った話なンかじゃねェ」

一方通行は、まるで懺悔するように項垂れて話す。
今までただの一度も、一方通行がこんな正直に自らの気持ちを話したことはない。
美琴はやはり何も言わない。一切腰を折らず、一方通行が全てを話すのを待っていた。

「挫けそォになったことも何度もあった。『闇』の奥の奥にまで堕ちて行きそォになったこともあった。
だが、そンな時でもアイツがいてくれればそれだけで俺は大丈夫だった。必ず帰って来ることが出来た。
打ち止めがいなかったら今の俺はねェ。それだけは間違いない。
打ち止めのためだったら俺に出来ることは何でもするし、必要なら俺の薄汚ェ命くらいいくらでも捨ててやる」

一方通行は続ける。
初めて吐き出した気持ちを、最後まで。
これが、彼の本心。

「打ち止めは俺の希望だ。俺の全てだ。俺の命なンざとは比較にならねェほどに大切な存在だ。
そして俺は、俺を救ってくれた打ち止めとずっと一緒にいたいンだ」

はっきりと、臆することなく、言った。
一方通行にとって打ち止めとは何なのか。
一方通行はどうしたいのか。
それら全てを、ついに御坂美琴にぶつけた。

「……そう。それがアンタの本心なのね」

「あァ。ずっと前からこォ思ってた。そりゃ最初は俺なンかが打ち止めと一緒にいる資格なンて、と思った。
けど悪党が善人と一緒にいちゃいけねェのか、悪党が善人を守っちゃいけねェ決まりでもあるのか。
たとえあったとしても、今まで全てをブチ壊してきた俺がそんなルールだけを律儀に守る必要があるのか、ってな。
ただ開き直ったわけじゃねェ。当然だが俺は一生償いを続ける。許しを求めるわけじゃなく、ただの自己満足でだ。
それでも。それでも俺は打ち止めと一緒にいたい。離れたくない。
……そォ思っちまったンだ、俺は。虫がいい。利己的。そォいったことを全て分かった上で、それでもだ」

悪党などという括りにこだわることに意味などない。
一方通行がそれに気付くのに、だいぶ時間がかかった。
悪の道を突き進み、悪の王にまでなれば救えるものがあると考えていた。
けれどそんなことに意味などなく。
結局守りたいものを守るには、馬鹿正直に自分の気持ちに従うしかなかったのだ。
一方通行は時間こそかかったが、それに気付けたからこそ。

美琴はそんな一方通行をジッと見つめ、再び口を開いた。
まだ、確認しておきたいことがあった。
一番に聞きたかったのは打ち止めをどう思っているかだが、それと同じくらいに聞きたかったことがある。
これは打ち止めや妹達というより、美琴の個人的な質問だ。

「ねぇ。最後に、一つだけ確認させて」

「あァ」

「打ち止めが言ってたんだけど。『実験』中、本当は殺したくなかったって、本当?」

これは、御坂美琴が気になって仕方のなかったことだった。
俄かには信じがたい話だが、一方通行はどう答えるのか。
この男の答えによっては。
美琴はギュッと拳を固く握り締めて、一方通行の答えを待った。

「……あン? ……いや、そォいやそンなこと俺も言われたな。
あのガキがそォ言うンだから、もしかしたらそンな気持ちがどこかにあったのかもしれねェな」

それを聞いた美琴が、何かを言おうとした。
だが、美琴が口を開くより先に一方通行が続けた。

「だが、だ。仮にそォいう気持ちを無意識のうちに持ってたとしても。
事実は何一つ変わらねェ。俺は俺の意思で、俺は自分で選んで妹達を殺した。
ただそれだけが重要な事実だ。そンな吐き気のする言い訳をする気は微塵もねェ。言い訳にもなってねェしな。
俺はこれ以上ないほどのクソだが、それでもそこまで落ちぶれたつもりはねェンだよ」

一方通行は言った。
しっかりと美琴の目を見て、力強く。
自分のしたことに言い訳はしないと、一切の淀みなくそう言い切った。

それを聞いた美琴は、握り締めた拳から力を抜いて、ふぅ、と大きく息を吐く。
美琴は小さく笑って、一方通行に向けるはずがなかった笑顔を浮かべて、一方通行の前にしゃがみこむ。
一方通行の本心を、腹の底にあった感情を全て聞いた美琴は、今一体何を思うのか。

間があった。一方通行の言葉の意味を噛み砕き、吟味するような空白の時間があった。
そして御坂美琴は一方通行の顔を見て、決してその紅い瞳から目をそらさずに告げた。

「一方通行。―――……打ち止めを、よろしくね」

それは、絶対に放たれるはずのなかった言葉だった。
遺族として、被害者として、姉として、絶対に言ってはいけないはずの言葉だった。

「……な」

一方通行も驚きにその紅い目を大きく見開いた。
まるで予想していなかった言葉だったからだ。
この話がどう転がろうとこんなところに着地するとは全く思わなかったからだ。
仮に美琴が打ち止めと一方通行が一緒にいることを許容したとしても、まさか美琴自身からこんなことを言われるとは予想も出来なかっただろう。

「……オマエは、自分がナニ言ってっか分かってンのか。
本当にそれでいいのかよ」

呆然と呟く一方通行に、美琴は僅かに、だが確かな笑みを浮かべて答えた。

「あの子たちは人形じゃない。それぞれに個性がある。
打ち止めが自分の意思でアンタと一緒にいたいと言った時点で、私にあれこれ言う権利はなかったのよ。
後はアンタの気持ちだけが重要だった。
……ただもし、アンタが打ち止めを代理演算の要としてしか見てなかったら。
本当は殺したくなかったって言い訳して、自分の罪から逃げ回ってるようなクズ野郎だったら。
それでもきっと私は、無理やりにでも打ち止めとアンタを引き剥がしたと思う」

そんな奴に、大事な妹を任せてはおけないから。
いつ何の気まぐれで打ち止めに危害が加わるか分からないから。
たとえ打ち止めに恨まれても、美琴は二人を離す覚悟を固めていた。
勿論そんなことはしたくない。打ち止めを悲しませるような真似はしたくなかった。
だから、一方通行が自分の望んでいたような答えを返してくれたことに美琴は安堵していた。

「けど違った。アンタはちゃんと自分の気持ちと向き合って、全て理解した上であの子と一緒にいることを望んだ。
アンタの、『悪党が善人と一緒にいちゃいけない、守っちゃいけない決まりでもあるのか』って言葉には正直ちょっと痺れたわ。
その通りだと思う。昔のアンタならともかく、今のアンタになら、安心して打ち止めを任せられる。そう思えたのよ」

一方通行が口八丁に誤魔化そうとしても、きっと美琴はすぐにそれを見抜いただろう。
そしてそうなった時点で、美琴は一方通行を見限っていただろう。
一切の誤魔化しもなく、ただその心からの気持ちをストレートに吐き出したからこそ、美琴は心動かされたのだ。
自分の妹を一万人以上殺した相手に、妹を任せるという一大決心をさせることが出来たのだ。
普通なら絶対に下せない決断だろう。

「そォか。……本当に、いいンだな?」

「しつこいわよ。打ち止めはアンタと一緒にいたがっていて、アンタも打ち止めと一緒にいたい。
それで完結してるじゃない。私が口を挟む余地は本来ないわ」

「……そンな簡単な話かよ」

「違うかもしれないわね。でもアンタは自分の本当の気持ちに素直に従えばいい。
打ち止めを守りたいんでしょ。一緒に過ごしたいんでしょ。失いたくないんでしょ。
だったら、最後までそれを貫き通してみせなさい」

「……あァ」

一方通行は立ち上がり、力強く頷いた。
今日この時、ついにこの決して相容れない両者の間に和解が成り立った。
いや、和解というといくらか語弊があるが、それでも。
御坂美琴が一方通行を殺してしまうことはなかったし、一方通行が自ら命を投げ出すこともなかった。
打ち止めの望んだ未来に近いものが実現したのだ。
ただし仲良く、なんてことは出来そうにないけれど。

「ただ分かってるとは思うけど一応言っておくわ。
私はアンタを許してなんていない。永遠に、アンタが死んでも許すことはない。
妹達も許したわけじゃないと言っていた。アンタはそんな中で、終わりのない償いをし続けるのよ。
きっと死ぬまで償っても償いきれない。長く辛い人生になるわよ」

「分かってる、そンなこととっくの昔から覚悟の上だ」

即答だった。
本当に、そんなことは彼自身が一番よく理解していたから。

(ま、果てのない償いをしなきゃいけないのは私も同じだけど。
そこだけ見れば私と一方通行は似た物同士ってことになるのかしら?
ちょっと違うかしら? 何にせよ、認めたくないわね)

一方通行だけではない。御坂美琴もまた自らの罪を償い続ける。
永遠に、一生。決して投げ出すことなく。
許されなくてもいい。許されるなんて思ってないし、求めてもいない。
それだけのことをしてしまったのだから。
一方通行と同じく、ただの自己満足としての償いなのだから。
一方通行だけに全て押し付けていい罪ではない。

「私はこれからも妹達を守り続ける。
何か危機が迫れば全力を以ってそれを排除する。
―――アンタもよ。打ち止めに、妹達に何かあれば全力で守ってみせなさい。
大切なら守り抜きなさい。何に代えても」

「当然だ。オマエにでも打ち止めにでも神にでも誓ってやる。
俺の命なンかよりも優先順位は遥かに上だ」

「それと、絶対に打ち止めを悲しませないこと。
この二つを守っている限り、私はアンタと打ち止めについて一切の口出しをしない。
ただアンタが約束を破れば。打ち止めを泣かせたり、放り出したりするようなことがあれば。
その時は、分かってるわね。覚悟してもらうわ。約束できる?」

「約束する。絶対に投げ出したりなンてしねェ。したくても出来ねェンだ。
あのガキの存在は俺の中で大きくなりすぎた」

やはり即答だった。
答えに躊躇いはなく、一方通行の覚悟が分かる。
そもそも、打ち止めが天真爛漫な笑顔で一方通行の話をしていた時点で、分かっていたことかもしれない。
もし一方通行が善性など欠片もない最悪の虐殺者だったなら、打ち止めがあんな笑顔を見せることはなかっただろうから。
御坂美琴が一方通行を信じるわけではない。そんなことは出来はしない。
ただ打ち止めが信じた一方通行を信じたのだ。

「そう。信じるわ、アンタのその言葉。
今の言葉、胸に刻んで絶対に忘れんじゃないわよ」

「そこだけは信じてくれて問題ねェ。絶対に約束は守る」

「分かった。じゃ、改めてもう一度言うわ。……打ち止めを、よろしくね。
それと、打ち止めを幸せにしてくれて、ありがとう」

「……あァ。任せろ」

「それにさ、単純に打ち止めがアンタといたいと思ってるからってだけじゃないのよ。
こうやって話して、確信した。そりゃアンタを許すことなんて絶対に出来ない。
けど、今のアンタ以上に打ち止めを想ってくれる人なんて多分いない。
過ちを犯したからこそ、なのかしら」

一方通行を許したわけではない。あの『実験』を肯定するわけでも勿論ない。
だがそれでも、あの『実験』があったからこそ一方通行は変われた。
美琴も同様に、『実験』を経て一つ成長することができた。
あれはあまりにも狂気的で、人道や倫理といったものをどこまでも冒涜するものだったが、マイナスしかなかったわけではきっとない。
マイナスがあまりにも大き過ぎるのも事実だが、妹達が生まれたことも含めプラスの面だってゼロではなかったはずだ。

その中の一つが一方通行。
過ちを犯し、それから逃げずに向き合い贖罪する一方通行は大切なものを手に入れた。
命を懸けてでも守りたいと思えるものを。
これからも一方通行は何に代えても、何をしても打ち止めを守り続けるだろう。
そしてそれを肌で感じたからこそ、美琴はこう言った。

「今のアンタにならあの子を預けられる。
ううん、違うわ。あの子がどう思うかとは別の、私個人の素直な考えとして。
―――アンタにだからこそ、打ち止めを任せたい。
一方通行という人間だからこそ、間違いがないと私はそう思えるわ」

打ち止めが一方通行と一緒にいたいと思っているから、姉である美琴が折れるのではない。
他に適任者がいないから、打ち止めの大切な人だから一方通行で妥協するのではない。
妹達のお姉様としてではなく、御坂美琴という一人の人間として。
一方通行に打ち止めを任せたい。それこそお願いしてでも。美琴はそう思うことができた。
一方通行という人間を信じることはできない。
だがあの少女に、妹達に関する領域に限っては、一方通行は全幅の信用が置けると確信出来た。

「……ありがとな、オリジナル。絶対にその期待は裏切らねェよ」

一方通行が感謝の言葉を口にした。
そんな言葉を最後に言ったのはいつなのだろう。
もしかしたら今まで一回も言ったことがないかもしれない。
そしてこれから先もずっと言うことのないかもしれない言葉を今、一方通行は素直に言った。

美琴は肩の荷が下りたような、心地の良い開放感に包まれていた。
ずっと美琴の精神を削り続けてきたこの問題も、ようやく一つの解決を迎えたのだ。

そこで会話が切れる。必要なことは全て話した。
もう残した問題はないはずだ。
一方通行に聞きたかったことは全て聞いたし、言いたいことも全て言った。
一方通行が思っていたよりずっと覚悟を決めていたのには少し驚いたけれど。
とにかく、想定していた中では最高に近い結末を迎えられたわけだ。
ただそれでもハッピーエンディングとは言いがたいが。

「……なァ。ジャミング解除してくれねェか?」

「は?」

不意に沈黙を破った一方通行に思わずそんな声が出てしまった。
そういえば先ほど一方通行の能力を封じてから、ずっとそのままだった。
たしかにもう封じる必要はないだろうけど。

「別にいいけどさ。能力使うつもり? 何に?」

「服に埃がこびりついちまってな。落としたいンだ」

真顔でそう言う一方通行に、美琴は思わず吹きだした。
あの一方通行と一緒にいて笑うなんてなんだかおかしな気分だったが、今は悪くはないな、と思う。
その一方通行は突然笑い出した美琴に顔を顰める。

「……オイ、何笑ってンだオイ」

「っくく。ア、アンタ、そんなことにいちいち能力使ってんの?
はー。ほら、解除したわよ」

一方通行は改めて首元のチョーカーに手をやって、スイッチを能力使用モードに切り替える。
能力が戻る。一方通行は最強の超能力者へと様変わりする。
すると突然一方通行の服についていた汚れがみるみる落ちていった。
洗濯機にかけてもこうはいきそうにない。
それをものの数秒で元の綺麗な姿に戻してしまった。何とも便利な能力である。

「何かそれ一発芸みたいね」

「ブン殴るぞ」

「やってみなさいよ」

減らず口を叩く。
仏頂面の一方通行は舌打ちするだけで、結局手を出すことはなかった。

「アンタ、そんなんじゃ打ち止めに散々振り回されてるでしょ」

「そォだよ文句あっか。ゴチャゴチャうるせェンだよあのガキ。
やれ何が食べたいやれどこに行きたいやれ何がしたい……。こっちは杖つきの身だっての」

「とか言いながら結局付き合ってあげる第一位、と。ふむ」

「蹴り飛ばすぞ」

「出来るものならやってみなさい」

まるで友達同士のような会話をする二人。
だが当然二人は友達などではない。なることも出来ない。
美琴も進んで一方通行と一緒にいたいとは思わない。
たしかに一応の和解は済んだが、だからといって仲良しこよしなんて絶対に無理だ。

「それじゃ、私はもう帰るわ。門限なんてとっくにぶっちぎっちゃってるし。
アンタも打ち止めが待ってるんでしょ? 心配してるだろうから早く顔見せてあげなさいよね」

くるりと美琴は一方通行に背を向けて歩き出した。
今寮に戻ったら寮監に首を捩じ切られてしまいそうだけど。
白井が何とか誤魔化してないかな、と後輩のファインプレーに期待せずにはいられなかった。
どうせ門限を破っているなら、とより道することも考えたがもう精神的に疲れてしまっている。
それに、白井にまた心配させてしまうだろう。
一方通行と再会してからというもの、今思えばずっと白井に心配をかけさせていた気がする。

(何か埋め合わせしなきゃね。黒蜜堂食べ放題、とか?)

張り切って食べたはいいものの、翌日には自分の体重を気にして沈んでいる白井が容易に想像できて、美琴はくすりと笑った。
そんな美琴の背中に、一方通行の声がかかった。

「……なァ、オリジナル」

「何よ?」

少し驚きながら振り向くと、一方通行がバツの悪そうな顔をして立っていた。
一体今さら何だというのか。
さっき互いに全てを吐き出したばかりだというのに。
何となく嫌な予感がして、美琴は静かに次の言葉を待った。
だが、

「……いや、何でもねェ。イイから早く帰れ中学生」

「私は帰ろうとしてたわよ、呼び止めたのはアンタでしょ。
打ち止めや妹達に何かあったら、すぐに私にも知らせなさいよ。じゃ」

そう言って、今度こそ美琴は鉄橋から去った。
一方通行は何を言おうとしていたのか、気にならないと言えば嘘だ。
けどきっと一方通行はどれだけ問い詰めても吐かないだろうな、と美琴は直感的に思った。
自分から言う気にならなければ絶対に言わない、そういう頑固なタイプだと思う。
最後に一応釘を刺してはおいたが、果たしてどれだけ効果があるか。
とりあえず今はもう早く帰って寝よう、と美琴は足を速めた。










一人鉄橋に残った一方通行は、美琴に殴られた箇所をさすっていた。

(痛てェな)

この程度で済んでいるのが奇跡だと思う。
あれだけの複雑極まりない状況下で、よくあんな答えを出せたと素直に感心する。
同じ超能力者であっても、一方通行と御坂美琴ではまるで“違う”。
同じ超能力者なのに、対極の存在。
だからこそ比較して、自嘲する。
だからこそ美琴が輝いて見える。

(……あァ。やっぱ、俺なンかよりオマエこそが最強に相応しいぜ、オリジナル)

あれだけ自分の心を、矜持を貫ける。それは一方通行にはできなかったこと。
一方通行にとっての理想のヒーロー像をそのまま具現化したような人間があの少女。
上条当麻がそうであるように、一方通行にとっての希望なのだ。

だからこそ。
そんな彼女を巻き込んでいいものか躊躇った。
それが良かったのか悪かったのか、まだ分からないけれど。

(第三次製造計画。オリジナルが知ったら、大人しくしてるわけがねェ。
何をしてでも叩き潰そうとするだろォな)

第三次製造計画は統括理事会肝入りの計画だ。
それを潰すとなると平和的には決していかない。
既に潮岸という統括理事会の一員との対立は決定的だし、その他にも多くの血が流れるだろう。
何人もの死者だって出るに違いない。
そんな『闇』にあの善人を引き摺りこんでいいのか。

御坂美琴は妹達のお姉様であるし、彼女自身も妹達の力になることを願っている。
自分の知らないところでまたもクローンが、それがたとえ一体でも作られているとなれば、きっと美琴は激怒する。

美琴は決して部外者などではない。むしろある意味では全ての中心とも言える。
それに彼女の去り際の言葉からしても、やはり話すべきだったのかもしれない。

だが一方通行はそうしなかった。
こういった荒事は既に血に塗れている自分が行えばいいと思ったからだ。
何も美琴の手を汚させることはない。

それに、もし美琴の身に何かあれば妹達も悲しむだろう。
一方通行がいなくなっても打ち止めが悲しんでくれるだろうが、既に一方通行は第三次について引き返せないところまで来てしまっている。
もっとも引き返すつもりなど微塵もないわけだが。
御坂美琴には『表』で堂々と妹達を守ってもらい、一方通行は『闇』から妹達を守る。
多分、それでいい。そう一方通行は考えていた。

(第三次製造計画、か)

絶対に潰さなければならない。
一方通行は決意を新たに、鉄橋を後にした。
打ち止めに待っている、自分の居場所へ向かって。





一方通行と御坂美琴は、超能力者だ。
無能力者から超能力者までの六段階でレベル付けされる能力者の最上位。
あらゆる能力者の、一八〇万の学生の頂点に立つ存在。

その力を振るうことは戦争と同義であると言っても過言ではない戦力の持ち主だ。
そんな彼らは気付いても、よかったかもしれない。
いや、気付くべきだったのだろう。
鉄橋での二人の一連の流れを見ていた者がいたことに。

垣根帝督が、ずっと見ていたことに。

もしかしたら未元物質が干渉して電磁波レーダーが正常に機能していなかったのかもしれない。
もしくは正常に機能していたが、それどころではなく気付かなかっただけかもしれない。
一方通行もそうだ。暗部で活動していた彼はそういう気配に敏感なはずだ。
やはり御坂美琴を前にして、そんなことに意識を割いていられなかったのかもしれない。

ただ理由はともあれ、二人はついに垣根の存在に気付かなかった。
故に今の垣根帝督がどんな心境で、どんな表情をしているかも当然分からなかった。


限界は、もうすぐそこまで迫っていた。













第三章 振り下ろされる断罪の刃、愛しい貴方に最上の極刑を Execute_For_Your_Sins.




The End











投下終了、そして第三章終了ぅ!! ようやくだぜひゃっはー!!

前々スレの>>825から始まり、3スレ目の100で終わる……丸々1スレ以上第三章だけで使ってんじゃねえか!!
ほんとに全体の三分の一かそれ以上を占めるかもしれない第三章が終わり、次回からは第四章に突入します

やっとだよ……長すぎだよちくしょう……

予告はまだ作っていないので、三、四日以内に“次章予告を”投下します

てか>>48……うわあああ恥ずかしい!! そうだよ八時は20時じゃん! 21時は九時だよ! 小学生レベルのミスだよ! ごめんなさい!

乙。
アクセロリータもここまで正直だとすがすがしいな!

あまりにも乙……っ!!
美琴がイケメンすぎて内なる乙女回路が開いちゃうっ
イケメンなお姉様なんてチートすぎるんや
やはり黒子はノンケに相違なし
それと美琴のイケメンぶりの反動か一方通行がなんか可愛く見えてきた
これまで禁書SS色々読んできたが初めて一方通行に萌えを感じてしまった……悔しい
原作の一方通行もこのくらい素直になればイイノニナー
これから垣根がどう動くのか、次章も期待しまくって待ってる

相変わらず無駄に長い
描写が丁寧なのと、
描写をまとめられないのは別だぞ
もっと本読め

乙!新章も期待してる
そういえば第三次製造計画のこととかすっかり忘れてたww
そして垣根は何を思ってるんだろうな…

>>112
確かに書き方がちょいクドイな
どのみち一方通行の筋も通ってない手前勝手をみんなで肯定パートなんだから、ねっちり長々書いた分ベタベタ感がな

倫理的な面が大きい分、じっくり読めるのは個人的にいいと思う
イケメン美琴には濡れたぜ

ていとくんとも正面から向き合ってくれると期待!

サーバー復活してたああああああ

では遅れましたが予告投下ですー

>>106
ロリコンのことアクセロリータって言うなよ!!

>>107
ミコっちゃんのイケメンっぷりは異常
相園さんに説教してるところとか普通に濡れますわ

>>112
どうやら長々と書いてしまうのは>>1の癖のようです……
見直してみるとこの先のシーンも、バトルもかなり長いという……
ちょっと頑張ってはみたのですが、どうやら簡単には治りそうもありません
このSS、というより>>1のSSはそういうものだ、と割り切っていただけるとありがたいです
意見ありがとうございました

>>114
みんな忘れてるだろうな、とは思いましたww

>>115
一行目については↑に書いた通りです
二行目に関しては考え方は人それぞれでいいと思いますが、もう少し言い方を考えてほしいです

>>116
重ねて言いますがミコっちゃんのイケメンっぷりは異常

    次章予告




「どうして、こんなことになっちゃったんだろうね」

きっと、こんな日が来ることは決まっていた。

いつから? あの話が入ってきた時から? 二人が出会った時から?
それとももっと後だろうか? もしかしたらその遥か前から?

出会いは、ろくなものではなかった。
けれどあの時から、青年と少女の物語は交錯した。

青年と少女が対峙している。
夜の闇の中で、少女が青年に呼びかける。
そう言う少女の顔は、酷く悲しそうで。
今にも壊れてしまいそうにも見える。
対照的に、青年は感情というものが全て消えてしまったかのように、どこまでも無表情だった。

「必然だ」

青年が答えた。
まるで事前に用意していたかのような即答。
それを聞いた少女は僅かにまぶたを伏せた。

「テメェと俺は決して交わらない、対極の存在だ。
住んでいる世界が違う。科学と宗教みてえなもんだ。最後には必ず対立し、それぞれの領域に引っ込む」

青年は言った。分かっていたことだと。予定調和なのだと。
信じたくなかった。これからも今までのような日々が続いていくのだと思っていた。
世界は、どこまでも少女を苦しめる。大きな壁を乗り越えたばかりの少女を容赦なく攻め立てる。

少女は決して言うことのなかったはずの言葉を。
言う必要もなかったはずの、言いたくもない言葉を、言った。
精一杯の気力を振り絞って。それは答えを聞くのが怖いから。
ここまで来て、それでも少女はどこかで期待してしまっていた。
何かの間違いであったらいい、と思わずにはいられなかった。
それが、どれほど愚かしく思えても。













「ねぇ。――――――……アンタは一体、何者なの?」












青年はフッ、とこの状況にそぐわない笑みを浮かべた。
そして、答えた。少女の質問に、正直に。ただ真実だけを。

それを聞いた少女は、くしゃ、と顔を歪めた。
怒りに。悲しみに。悔しさに。後悔に。虚しさに。

青年の口元には、笑み。
愉快そうに口の端を吊り上げて、問う。

「―――絶望したかよ?」





御坂美琴と一方通行。
彼らは第七学区の鉄橋で、三度相対した。


「あの子たちには一人一人に個性があって、笑顔があって、感情があって、未来があって、命があったのに。
それを、アンタが奪ったんだッ!!!!!!」


決して相容れぬはずだった、二人の超能力者。


「わた、しの、私の―――……一〇〇三一人の妹を、返して……っ!!」


殺されてしまった妹達を嘆き悲しみ、消えてしまったその命を返せと涙する美琴。
何も言い返せず、ただ何よりも重い拳を受ける一方通行。

だが、それでも御坂美琴と一方通行は、一つの解へと辿り着いて見せた。


「……打ち止めは、俺の全てだ」


「一方通行。―――……打ち止めを、よろしくね」


そして、その裏で。崩壊の時(タイムリミット)が、迫っていた―――。

御坂美琴はようやく日常へと回帰する。
それは何よりも大切だった、下らない、けれど宝物のような日々。


「もう大丈夫なのか? 安心したぞ」


「いえ、心配させてしまったみたいで」


ルームメイトとのいつも通りのやりとり。
その貴重さを、美琴は学んだ。


「では、折角お姉様も元気になられたことですし。
グヘ、グヘヘヘヘ。お姉様成分の補給を……」


「ええい、やめんか!」


だから、この日常を今まで以上に大切にしていこうと。

そう、思っていた。


「服装……。そういえば茶色いブレザーのようなものを羽織っておりましたわ。
その中に白いワイシャツと赤いトレーナーのようなものも着込んでいたかと」


「他人を信じて何になるわけ。所詮信じられるのは自分だけ。
それくらいアナタだって分かってるんじゃないの? 散々周囲の悪意力に揉まれてきたアナタなら」


「いやいや、単に御坂の姿が見えたから声をかけただけですのことよ。最近遊んでないしな」

だが、それはいともあっさりと崩れ去る。
あまりにも短時間で、跡形もなく。


「……何者よ、アンタ」


突如美琴の目の前に現れた、一人の少女。
謎めいた雰囲気を纏う少女は、御坂美琴に日常の閉幕を告げる。


「今日はね、あなたにお話があってやって来たのよ。
あなたの大事なお友達……そう、垣根帝督についての話が」


そして御坂美琴は、再度動き出す。
『友達』のために。自分のために。
これまでのような日常を取り戻すために。
誰一人欠けることなく、ハッピーエンドを掴み取るために。


「でもね、そこにあるものは―――……全て、真実よ」


(首洗って待ってろクソ野郎。明日は楽しい楽しいパーティだぜェ?)


そして、時を同じくして第三次製造計画を潰すために動き出す一方通行。
三人の超能力者が、交差しようとしていた。

「はは、は、ははは。全く、こんな、悪戯して、何が楽しいのかしら。
全く、後でとっちめてやるんだから」


御坂美琴の知った、垣根帝督の真実。
それは、認めがたいものだった。
決して、認めたくないものだった。

だが、これが現実。これが世界。
美琴の『友達』。心理定規。
美琴は悟る。あれは、偶然などではなかったのだと。
だが、それでも、美琴は。


「アンタが何と言おうと、私が身勝手にアンタを救う」


「もう嫌よ……」


「ふっ……ざけんじゃねぇぞぉぉぉぉ!!」


超能力者。悲劇を運命付けられた者たち。
何もかもを壊され、壊し、歪んでいく者たち。
しかし、それでも彼らは『人間』で。


「だから、お願い。ねぇ、もうやめようよ。戦う必要なんてなかったのよ」


「……うん。約束する」

決して諦めることなく抗おうとする者。
己を見失い暴走する者。
様々な困難の果てに、それを乗り越えた者。


「……ゴミクズが。俺の癇に障ってんじゃねえよ」


(……超能力者って、本当に何なんだろうね)


ついに三人の超能力者が、交差する。
そして三人が一点に集まるその時、最後の戦いが幕を開ける―――。


「どれだけ暗い世界にいようが、どれだけ深い世界にいようが、必ずそこから連れ戻す、だと?
出来るわけねえだろうが。そんな簡単なわけねえだろうが!!
これが俺の世界だ。闇と絶望の広がる果てだぁッ!!!!」


青年と少女が、対峙する。
それは、避けられないものだった。


「んだよ……ッ!! 何を言葉で解決しようとしてやがんだ超電磁砲!!
動きを止めたきゃ殺せばいい。気に食わないものがあるなら壊せばいい。
悪ってのはそういうことなんだよ!! こっちに飛び込んでくるならこっちの流儀に従えってんだ!!」


「アンタは、私の友達なのよ!! 理由なんてそれだけで十分でしょ!! 十分すぎるでしょ!! それ以上どんな理由が必要だってのよ!?」

全てを知った少女は、己の想いを、矜持を、貫けるのか。
『友達』を、救えるのか。

そして、ついに。


「おおォォォォああああああああああああ!!!!」


学園都市第一位、一方通行。
学園都市第二位、未元物質。

―――激突。


「―――逆算、終了」


「さっきのオマエの言葉で分かった。オマエじゃ俺には勝てねェよ。
善人か悪党か。そンな善悪二元論にこだわっているうちは三流だ」


第一位と第二位。
相反するようで、似た者同士の二人。
同じようで、異なる二人。


「―――……無様だな」


「俺は……俺は……ッ!!」

一方通行と垣根帝督は、違ってしまった。二人を決定的に分かつ、理由があった。
勝者と敗者を分けるのは、単純な力量差だけではない。
彼らの選択が。一方通行の選択が、垣根帝督の選択が、二人の差。


「オマエは自分の弱さが招いたことだと認めたくねェだけだろォが!!
だからゴチャゴチャと言い訳並べて、俺を殺してなかったことにしよォとしたンだろォがよォォおおおお!!」


「ォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」


そして、物語は結末へと収束する。
それぞれがぞれぞれの想いを胸に、一つの言葉で繋がった。


「……ヒーローなんて必要ないでしょ」


「俺は、何をどうしたって血みどろの解決方法しか選べねえ」


「―――だからオマエは三流なンだよ」


第三次製造計画。

それは、命の冒涜。
潰すべき、計画。


「悪いけど、全力で行かせてもらうわ。逃げないってんなら、それなりに死ぬ気で来なさいよ」


「―――第三次製造計画ってのはどいつの提唱だ?」


「第三次製造計画の黒幕は、誰なンだ?」


「……何を言っている。お前たちも、よく知っているだろう」


その、名前は。


「――――――だよ、超能力者」








次章、




第四章 投げられたコインは表か裏か Great_Complex.






















      レベル5    レベル5
―――御坂美琴と垣根帝督が交差する時、物語は始まる。













投下……というか予告終了

もともとはもっとこう、ゾッとするほどの中二を目指してたんですけど、全然駄目ですね
>>1には中二のセンスがないのか、ただの微妙な予告になってしまいました
中二が欲しい……

えー、そしてこれからは>>1の ・ストーリーが無理やり が本気を出してきます
やっぱり初SSだからか、今見直すとそれはねえだろ……っていうところが結構あるんですよ
しかも重要なところで穴だらけなんです……
後付けで何とか、と思ったのですが、ストーリーの根幹部分を後付けでどうにかできるわけもなく……

そういうわけで、これは酷い、というところを見かけたら「やらかしてんなぁ……」と生温かい目で見てやってください

    次回予告




「えぇー!? マジですかちょっと!
今シリアスじゃないの!? どう考えてもシリアスだったでしょ!?」
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴




「な、何事ですの!? 奇襲ですの!? おのれ曲者! 風紀委員ですの!」
学園都市・常盤台中学の生徒―――白井黒子




「はて。お礼で思い出したのですが、泡浮さん。
あなたを助けてくれたという殿方とはあれから会えましたの?」
学園都市・常盤台中学の生徒―――婚后光子




「服装……。そういえば茶色いブレザーのようなものを羽織っておりましたわ。
その中に白いワイシャツと赤いトレーナーのようなものも着込んでいたかと」
学園都市・常盤台中学の生徒―――泡浮万彬




「わたくしも以前垣根様に助けていただいたことがあります。
お礼をと思っているのですが、全然会えなくて」
学園都市・常盤台中学の生徒―――湾内絹保

予告乙  いろいろ想像はたらかせながら読んで楽しんだ
>>131で表示されない漢字があるように見える 何ストーリー?

予告にすら一切出れなかった上条さんw
中2は滾るねぇ

乙!
垣根が好きすぎるから今後の展開が好きすぎる
いつまでも続かないものかねー

ついに始まってきましたね……
次回は9982号と遭遇して終わり、その次が姉妹デートからの9982号死亡で終わりでしょうか?
鬱ゲロ注意報ですね……

やたらと焦って展開が遅いという人もいますが、あまり原作では出番のない佐天さんや初春も自然に出てて、>>1は丁寧だと思いますよ
今から一方通行の登場やアイテム戦が楽しみですよ!
では超電磁砲Sの力で投下します

>>135
それは文字化けではなく、・です
・一方通行
・未元物質
・超電磁砲
みたいな? 1とか2の代わりです

>>136
時々でいいから……>>123にいる上条さんのこと……思い出してください

>>137
第四章や第五章は第三章と比べれば短いですからね……
上手くいけば後数ヶ月で完結できそうです

「どうして、こんなことになっちゃったんだろうね」

きっと、こんな日が来ることは決まっていた。

いつから? あの話が入ってきた時から? 二人が出会った時から?
それとももっと後だろうか? もしかしたらその遥か前から?

出会いは、ろくなものではなかった。
けれどあの時から、青年と少女の物語は交錯した。

青年と少女が対峙している。
夜の闇の中で、少女が青年に呼びかける。
そう言う少女の顔は、酷く悲しそうで。
今にも壊れてしまいそうにも見える。
対照的に、青年は感情というものが全て消えてしまったかのように、どこまでも無表情だった。

「必然だ」

青年が答えた。
まるで事前に用意していたかのような即答。
それを聞いた少女は僅かにまぶたを伏せた。

「テメェと俺は決して交わらない、対極の存在だ。
住んでいる世界が違う。科学と宗教みてえなもんだ。最後には必ず対立し、それぞれの領域に引っ込む」

青年は言った。分かっていたことだと。予定調和なのだと。
信じたくなかった。これからも今までのような日々が続いていくのだと思っていた。
世界は、どこまでも少女を苦しめる。大きな壁を乗り越えたばかりの少女を容赦なく攻め立てる。

少女は決して言うことのなかったはずの言葉を。
言う必要もなかったはずの、言いたくもない言葉を、言った。
精一杯の気力を振り絞って。それは答えを聞くのが怖いから。
ここまで来て、それでも少女はどこかで期待してしまっていた。
何かの間違いであったらいい、と思わずにはいられなかった。
それが、どれほど愚かしく思えても。













「ねぇ。――――――……アンタは一体、何者なの?」














青年はフッ、とこの状況にそぐわない笑みを浮かべた。
そして、答えた。少女の質問に、正直に。ただ真実だけを。

それを聞いた少女は、くしゃ、と顔を歪めた。
怒りに。悲しみに。悔しさに。後悔に。虚しさに。

青年の口元には、笑み。
愉快そうに口の端を吊り上げて、問う。

「―――絶望したかよ?」









取り戻した日常の味は。










「……御坂、どうやら元気を取り戻したようだな?」

「えっ?」

ようやく帰ってきた美琴を出迎えたのは寮監だった。
門限はとっくに過ぎている。
白井は誤魔化しきれなかったのだろうか。
これから己の首に襲い来るだろう痛みを考えて、思わず体が震える。
ある意味つい先ほどまで顔を合わせていた一方通行よりも恐ろしい。
だが、寮監からかけられた第一声はよく分からないものだった。

「この二日というもの、ずっと死んだような目をしていたろう。
まるで抜け殻のようになってな。白井はずいぶん心配していたぞ」

やはり白井にはずいぶん気苦労をかけていたらしい。
あの後輩はあれでいて他人を思える優しい人間なのだ。
ただ普段がちょっとアレだからアレなだけで。
それにしてもここ二日の自分はそこまで酷かったのか。
たしかに極限まで追い詰められてはいたが、抜け殻とまで言われるとは。

「もう大丈夫なのか? 安心したぞ」

「いえ、心配させてしまったみたいで」

「全くだ。いいか御坂。我々は親御さんから大事な子供を預からせてもらっている立場だ。
お前たちに万一のことがあっては、親御さんたちに申し訳が立たん。
……それに、私個人としても生徒が世界の終わりのような顔をしていれば心配もする」

美琴は少し驚いた。
あの寮監がこんなことを言うとは。
寮監の意外な一面という意味では、夏にあすなろ園で目撃しているのだが。
とにかく、どうやら心労をかけさせたのは白井だけではないということだったようだ。
今にして思えば、婚后や上条にも心配させてしまっていたに違いない。
あの時の美琴は本当に限界ギリギリだったのであまり気にもしていられなかったのだが、今ならそう思えた。
それと同時にあの八月の悪夢はついに終わったと、日常に帰ってきたんだと実感した。

「次にまた何かあれば遠慮なく相談しろ。
私でも何かの力にぐらいなれる自信がある。お前たちの悩みは私の悩みだ。
いいか御坂。一人で背負うな」

「……はい。ありがとうございます、寮監」

「分かればいい。人は間違いから学ぶのだからな。さて」

寮監は突然その両腕を恐ろしい速度で伸ばし、美琴の首をがっちりと固定してしまった。
美琴はこれを知っている。経験則から知っている。
これから自分がどうなるのかが分かってしまう。
それが分かっているのに大人しくはしていられない。抵抗は、させてもらう。
これから己に降りかかる災厄に、精一杯の抵抗を。

「なぁ御坂。今何時だと思ってる?」

「えぇー!? マジですかちょっと!
今シリアスじゃないの!? どう考えてもシリアスだったでしょ!?」

必死に身を捻らせて脱出を図るが、寮監の腕は固く締められていて中々抜け出せない。
そんな美琴の耳に寮監の無慈悲な声が聞こえてきた。

「シリアスだろうがギャグだろうが、門限を過ぎたことに変わりはない。
規則破りには罰が必要だ。そうは思わんか、御坂?」

それは、死刑宣告だった。
グキッ、という何とも痛々しい音と共に美琴はその場に崩れ落ちてしまった。
ほんの少し前まで最強とあれだけの激論を交わしたのだ。
妹達というデリケートな部分について、ガッチガチのシリアスで。
その後くらいゆっくりさせてほしい、と心の底から思う美琴だった。




首を押さえながら美琴が自室の扉を開けた時、中は電気が点いていた。
入ってみれば、白井が美琴の枕に顔を埋めスーハースーハーと恍惚とした表情で深呼吸を繰り返している。
これを垣根に見られれば再びドン引きされること間違いなしだろう。
というか美琴もちょっとやめてほしいかな、と割りとマジで思ってたりする。
ドアを開けて入ってきた美琴にも気付かず、美琴の匂いをかぐという悪癖に浸る白井にそーっと迫る美琴。
そしてその腰のあたりに、思いっきりエルボーを落とした。

「うりゃ!」

「ぎゃふっ!?」

奇声をあげてエビのように体を大きくそらす白井。
結構痛かったらしい。
白井は腰を手で押さえながら顔をあげると、キョロキョロとあたりを見回し始めた。
それに追従するように、下ろされた長い髪がぶんぶんと振り回される。

「な、何事ですの!? 奇襲ですの!? おのれ曲者! 風紀委員ですの!」

「落ち着け」

背後からぺしりと頭を叩く。
まさか背後にいるとは思っていなかった白井は勢いよくガバッと振り向いた。
そこには久しぶりに、心の底からの純粋な笑顔を浮かべている美琴の姿があった。

「お姉様!? こんな時間までどちらにいらしてましたの!?」

「ちょっと野暮用で、ね。それより黒子、アンタ人の枕で何してんのよ」

「お、おほほほ……。いやぁ、ちょっとわたくしのベッドと勘違いしてしまいまして」

「流石に苦しすぎるでしょそれ。どれだけこの部屋で過ごしてんのよ。
ってか思いっきり深呼吸してたし」

そう言いながらも、美琴にはあまり白井を責めるつもりはなかった。
いつものことであるし、何より今はそういう気分になれない。
今美琴が欲しいのは、何よりも日常だった。
そういう意味では白井のこういった行動も日常の一つなのだ。
いや、そもそもそれが日常になっていることが異常なのだが。

「……元気になられたようですわね」

ボソッ、と白井がそう呟いたのを美琴は聞き逃さなかった。
美琴は柔らかい笑みを浮かべると白井の額をコツン、と軽く小突いた。

「せやっ」

「あふんっ! な、何をするんですの!?」

急に額を小突かれた白井は思わず抗議する。
美琴はそんな白井を見て謝罪した。

「ごめんね、黒子。心配かけちゃったよね」

「! お姉様……」

まさか美琴の方からそれについて触れてくるとは思っていなかったのだろう。
白井は一瞬驚いたような表情を浮かべた。

「心配させちゃってごめん。でも、もう大丈夫だから。
御坂美琴、完全復活よ! わっはっはー!」

そう言って力こぶを作り、陽気に笑って元気さをアピールする美琴。
それを見た白井も心からの笑みを浮かべる。
やはり白井は相当に美琴を心配していたのだ。
大好きなお姉様の力になれないことを悔しがっていたのだ。
最初は寮監と話し合い、独自に調べを入れたほどだ。

「分かりましたの。……一体この二日の間に何があったのか、それはもうお聞きしません。
ただ、元気なお姉様が帰ってくれただけで黒子は十分ですの」

勿論、本心では何があったのか知りたいところだろう。
だが美琴はどうせ話さないだろう、ということも何となく分かっているはずだ。

白井はそういったことを全て流し、ただ美琴が戻ってきたという事実だけを大切にすることにしたのだ。
何と出来た後輩なのだろうか。
やはり白井は心優しい良い後輩だと美琴は思う。

「では、折角お姉様も元気になられたことですし。
グヘ、グヘヘヘヘ。お姉様成分の補給を……」

唇を尖らせて美琴の顔に迫ってくる白井。
美琴はその白井の顔を右手で押し戻す。

「ええい、やめんか!」

本当に、これさえなければ。
美琴はどうしてもそう思わずにはいられなかった。
自らの貞操は己の手で守らなければ。










翌日、一〇月二九日。
御坂美琴は一人の学生の当然の責務として登校していた。
今日は土曜日ではあるが、何かの振り替えだったか何だかで常盤台は学校があった。
その話は二、三日前に説明があったらしいのだが、その時期美琴は完全に死んでいたので詳しくは分からない。
学校でも授業など全て右から左だった。
そのせいか何だか久しぶりに登校したようにさえ感じられる。

授業でも今日はしっかり話を聞くことが出来た。
教師に指名されたことも幾度かあったが、二日の空きなどものともせず全て正解してみせた。
何といっても美琴は序列第三位の超能力者。記憶力も理解力も応用力も、その他あらゆる能力が凡人とは一線を画す。
たとえそれが常盤台という天才秀才の集まりの中であってもだ。
語学だけでも英語、フランス語、ロシア語、ラテン語など多様な言語を習得している。
美琴より優れた頭脳の持ち主はこの街に二人しかいない。

よって異様にハイレベルな授業も問題なくパスし、昼食の時間を迎える。
美琴がまっすぐ向かったのは食堂でもなければ白井のところでもない。
友人である婚后光子を探すためである。
婚后にも心配させてしまったのだから一言侘びを入れたかった。
それと同時に元気な顔を見せることで、婚后を安心させてあげたいという気持ちもあった。

婚后を探して校内を散策する。
学舎の園を見れば推測できるが、その内部にあるお嬢様学校は非常に大きい。最低でも校内で迷子になれる程度にはある。
常盤台も同じで、あちこちに豪華な装飾が施されいかにも高価そうな絵画などもかけられている。
今でこそすっかり見慣れているが、初めて来た時は驚いたものだ、と美琴は回想した。
だいぶ時間をかけ、ようやく美琴は婚后を見つけた。
巨大な人魚を象った噴水のある、ヨーロッパ風の中庭に婚后の姿はあった。
友人の湾内絹保、泡浮万彬の二人と何か談笑している。

「やっほ、婚后さん。湾内さんと泡浮さんも」

「あら、御坂さんではありませんの。どうかしまして?」

「御坂様。こんにちは」

「ん。婚后さんと……湾内さんもか。
あのさ、二人に心配かけちゃったでしょ。ここ二日私の様子が変だったからって」

泡浮とはこの二日間会っていないので問題ないが、湾内とは一方通行と再会した翌日にばったり出会ってしまっている。
その時にどうかしたのか、と湾内に心配されていた。
婚后も同じだ。この中庭で相談に乗ってくれると言ってくれた。
流石に話せる内容ではなかったので辞退したが、その気持ちは素直に嬉しかった。
ならば、元気になった今、せめて顔だけでも見せておくべきであろう。

「でももう大丈夫よ。強がりなんかじゃない、もう解決したから。
心配させてごめん。心配してくれてありがとう」

美琴がそう言って笑うと、婚后と湾内のほうが慌て始めた。
婚后は顔を赤くして、湾内は手をパタパタ振って。

「とっ、当然ですわ! わたくしのお友達なのですから。
御坂さんが元気になられたのならそれでよくってよ」

「そんな、やめてください御坂様!
わたくしはちょっとご様子がおかしいようでしたので声をおかけしただけで……」

人はそれを『心配する』というのだと思うのだが。
湾内絹保は謙虚な人間なのである。
そして婚后光子は若干ツン率の低いツンデレ、といったところだろうか。
ともあれ内容については突っ込んでこない二人に美琴は内心感謝していた。
どうしても話せる内容ではないからだ。

「はて。お礼で思い出したのですが、泡浮さん。
あなたを助けてくれたという殿方とはあれから会えましたの?」

婚后がふと思いついたように泡浮に訊ねる。
その泡浮は首を横に振って否定した。

「いえ、あれから一度も。わたくしちゃんとお礼してませんのに……」

「優しい殿方だったのですね」

湾内も知っているようだが、美琴には何の話をしているのかさっぱり分からない。
なんとなく疎外感を覚えた美琴は、

「ねぇ、何の話? よかったら聞かせてくれない?」

彼女たちは快く話してくれた。
どうやら泡浮が街でチンピラに絡まれていた際、ある一人の男がやって来て助けてくれた。
その男にお礼をしたいのだが名前も何も分からないので困っている、ということらしい。

(……まさかあの馬鹿じゃないでしょうね)

普通にあり得そうだから困る。
もはや他人を助けることを生きがいとしていそうな男、それが上条当麻である。
どうしても気になった美琴は泡浮に確認してみることにした。

「ねぇ泡浮さん、その男って黒髪のツンツンヘアーだった?」

上条はそのウニ頭が最大の特徴といってもいい。
もしその男が上条であるなら覚えているはずだ。

「いえ、そうではなかったと記憶しています。明るい茶髪でしたわ」

茶髪。その時点で上条はあり得ない。
何故かホッとしてる自分に気付き、一人顔を赤らめる美琴。

「御坂さん? どうしましたの?」

婚后にも突っ込まれる始末である。
何でもない、と弁解しながら考えてみたが、その人物に心当たりはなかった。
やはり美琴の知らない人物なのかもしれない。
というかこの学園都市には二三〇万人もの人が暮らしているので、泡浮を助けたその人物が知り合いである可能性は相当に低いのだが。

「他に何か覚えてることない? ほら、能力とか服装とかさ」

「服装……。そういえば茶色いブレザーのようなものを羽織っておりましたわ。
その中に白いワイシャツと赤いトレーナーのようなものも着込んでいたかと」

「ん?」

美琴の中で何かひっかっかる。
なんというか、すごく知ってる人のような気がした。
学生ばかりのこの街で、そんな特徴的な服装の人物がそういるとは思えない。
そのホストみたいな服装に茶髪とくればもう確定していいだろう。
が、念のために。

「あー、そいつの口調ってどんなだった?
何かすごく口が汚かったりした?」

「言われてみれば……こういう言い方は失礼ですが、あまり綺麗ではなかったように思えますわ。
結構過激だったような……」

これは確定でいいのではないだろうか。
口調と茶髪はまだしも、その独特すぎる服装はあの男くらいしか見たことがない。
美琴はおそるおそるといった感じで口を開いた。

「あの、さ。私、そいつ知ってるっぽいんだけど」

勿論、断定は出来ないが。
それを聞いた三人が一斉に反応する。
本人である泡浮は特にだ。

「ほ、本当ですの御坂さん!?」

「そ、それでどなたですの御坂様!? よければ教えていただきたいのですが……」

「いや、湾内さんも知ってる人よ。確定ではないけど、垣根だと思う」

「垣根様!?」

湾内が激しく反応する。
湾内もかつて垣根に助けられたことがあった。
お礼をしたいと思っているのだが、会えないのでそれが出来ないでいるのである。
つまり泡浮と全く同じ状況ということだ。

「湾内さんはその垣根様を知っているのですか?」

「わたくしも以前垣根様に助けていただいたことがあります。
お礼をと思っているのですが、全然会えなくて」

そこで美琴は湾内に垣根への伝言を頼まれていたことを思い出す。
忘れていたというわけでもないのだが、なにせここのところは自分のことだけで精一杯だった。
こう言っては悪いが、そんなことに気を払っている余裕などとてもじゃないがなかった。
だが今はそれが解決したので、今度会ったらその時に伝えよう、と美琴は思った。
とそんな美琴に泡浮からも伝言があるという。

「御坂様、迷惑でなければ垣根様にお礼をお伝えしていただけませんか?」

「あ、うん。分かった、伝えとくわ」

その前の湾内からの依頼もまだ消化していないけれど。
というか垣根も何だかんだでしっかり人助けしているじゃないか。

(ま、アイツは素直じゃないからなー。
それにしても名乗りもせずに立ち去るって……いや逆にアイツらしいかも)

無駄なかっこつけではなく、本当に単純に名乗る必要がないと思ったのだろう。
その時だけの関係なのだから。すぐに別れるのだから。
垣根らしいかもしれない。たった数分の関係を引っ張る必要はない、と。
湾内の時は名乗っていたが、これは気分の問題なのだろうか。
詳しいことは美琴には分かるわけもなかった。
それにしても「アイツは素直じゃない」の下りを垣根や上条、白井に聞かれたら「お前が言うな」と即座に切り返されそうである。

微妙なところですが投下終了
それにしてもフェノグラム冒頭のいきなりの展開にびびったわ……

あ、多分次回は早めに来れると思います……多分よ?
今禁書とバイオハザードのクロス、てか学園都市でバイオハザードが起きるってSSも並行して書き溜めてるから
あれですけど、第四章終了近くまでは書き溜めてあるので

    次回予告




「理解できないわ。そうやって信じた人間に背中から刺されることだってあり得る。
今アナタの後ろにいるその三人だっていつかアナタに牙を剥くかもしれない」
学園都市・常盤台中学最大派閥の女王にして第五位の超能力者(レベル5)―――食蜂操祈




「きゃ、ちょ、ちょっと近寄らないで!!」
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴




「いきなり近寄らないでって。近寄らないでって……。
俺、もう駄目かも分からんね。上条さんのハートはもう……近寄らないで……」
学園都市の無能力者(レベル0)の学生―――上条当麻

すいません、やっぱ予告こっちに変更で


「理解できないわ。そうやって信じた人間に背中から刺されることだってあり得る。
今アナタの後ろにいるその三人だっていつかアナタに牙を剥くかもしれない」
学園都市・常盤台中学最大派閥の女王にして第五位の超能力者(レベル5)―――食蜂操祈





学園都市の無能力者(レベル0)の学生―――上条当麻




「きゃ、ちょ、ちょっと近寄らないで!!」
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴

ああもう!! 何やってんの俺ぇ!!



「理解できないわ。そうやって信じた人間に背中から刺されることだってあり得る。
今アナタの後ろにいるその三人だっていつかアナタに牙を剥くかもしれない」
学園都市・常盤台中学最大派閥の女王にして第五位の超能力者(レベル5)―――食蜂操祈




「よっ、御坂」
学園都市の無能力者(レベル0)の学生―――上条当麻




「きゃ、ちょ、ちょっと近寄らないで!!」
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴

乙  日常に戻ったはいいけれど美琴の知る垣根の出番もあと少しなのか  淋しいな
まあ次は久々登場の上条さんのボケに期待しよう 

乙ー
みさきち出るのかー。

近寄らないでは傷つくwww

/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
| 暖めてやれイノケンティウス、骨も残さずな

   ̄ ̄ ̄ ̄|/ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ `从从人人从人
     __             ゞ从人从人从从人从;:;
.    /´/'ヽ/'ヽ          `从从人    )):ノ从人从
   | i |``"゙|.|        ゞ从人从从人从;:; ;::从;ノ从;:(;:;ヾゞ人
    川(l|゚ ーナi~~┌:┐   从;:(( 、ゞヽ、)ぃ、  :ノ人从ギャアアア
   /´ く_V,> `iつ☆| 从;::ノ从.  、,〉_炎炎ソ   _  (Д゚ ) ン;:;ソゞシ
   /  |l::l|. |└:┘ 从;:((    ),ゝ、`w) _冂,>>1⊃;::ノ从ヾハ;;:
  ,/   ,|l::l|、 |    :ノ从ソ;:;, ゙∧_,)二u,)二, ,二}  l人从;::';ノ从
 └~''(^)'L^)^'"    从人;; ソ (,,_)_)  凵  ∪∪:ノ从;:;ヾゞ从

バイオハザードのクロスも期待

バイハザのタイトル教えろください

>>143 FF10ネタとは>>1とは仲良くなれそうだ

>>1です、明日に投下できそうです

>>172
美琴とていとくんはもう……

>>173
今までもたまに登場はしてたんですけどね、ちょい役が限界です

>>174
普通に心折れますよね

>>176
まあクロスと言っても学園都市でバイオハザードが起きるもので、バイオキャラは一人も出ず全部禁書キャラなのでクロスと言っていいのか

>>177
まだ立ててません、このスレが完結するか完結する目処がしっかり立ったらですね
タイトルは何の捻りも工夫もなく、「とある都市の生物災害(バイオハザード)」になる予定です

>>178
10には泣きました……まぁ>>1が一番好きなのは誰が何と言おうと8ですが
あのストーリーの奥深さは異常ですよ、アルティマニアまでしっかり読むと尚更色々分かって素晴らしい
あれほど色々考察できるFFも珍しい……9も同じくらい好きなんですけどね
ところでFF10のHDリマスターはまだですか?

投下するよぅ

人の感情に、方程式は存在しない。
そしてそれ故に、美しい。

そんなことを考えていると、食蜂操祈が中庭に突然現れた。
学園都市第五位、心理掌握。
つい先日、この中庭で美琴とあわや戦闘かというところまでいったことがあった。
食蜂はことあるごとに美琴に因縁をつけてくる。
どうせ今回もそうだろう、と考えていると、

「みっさかさぁーん。元気になったみたいねぇ?
私が楽しめなかったのはすごい残念力だけどぉー」

やはりそうだったようだ。全く期待を裏切らない。

「アンタは本当にいちいちいちいち……。
何なのよ一体。私に何か用でもあるわけ?」

美琴はそう強気に返すが、一緒にいる湾内や泡浮はそうはいかない。
常盤台最大派閥の主が、第五位の心理掌握が目の前にいる。
しかもどちらかと言えば険悪な空気が漂っている。
その事実に二人は動けない。
婚后も似たようなものだ。
強がって平気な振りをしてはいるが、冷や汗を流し全く動こうとはしない。
彼女たちに食蜂の心理掌握に抗う術はないのだ。

「べっつにぃー? 御坂さん元気になったんだなぁーって思っただけよぉ?
ちょっと前までの御坂さんてばすごい恐怖力だったのよぉ?
流石の私もガタガタ震えそうになっちゃったわぁ」

キャピ☆とはしゃぎながら食蜂がふざける。
美琴からすればどう見ても茶化しているようにしか見えなかった。
ついこの間ここで戦闘一歩手前までいっておいて、何故普通に話しかけてこれるのか理解できない。
そんなに格上が苦しんでいたのが楽しかったのか。

「はぁ。呆れた。本当に哀れな奴ね。
いちいち人に突っかからないと生きていけないのかしら?」

婚后と湾内、泡浮を守るように食蜂と向き合う美琴。
彼女たちに背中を向ける。それは絶対に手を出させないという意思表示。
食蜂はそれを見てくすりと悪戯っぽく笑った。

「相変わらずお優しいのねぇ御坂さん。
他人にそこまで入れ込む気持ちが理解出来ないわぁ。
そんなことしても何にもならないゾ☆」

「アンタみたいな奴にはそりゃ理解出来ないでしょうね。
アンタを慕っている派閥の人にさえ能力を使うような奴にはね」

美琴と食蜂が再び中庭で対峙する。
まるで三日前の光景をそのまま再現したかような状況。
ただ今回は前回ほどの威圧感は両者共に放ってはいない。
そのせいか、前回のように人だかりができるということはなかった。
食蜂は美琴の言葉にその端整な顔を僅かに歪めた。

「他人を信じて何になるわけぇ? 所詮信じられるのは自分だけ。
それくらいアナタだって分かってるんじゃないの? 散々周囲の悪意力に揉まれてきたアナタなら」

たしかに人間というのは信じられるような人間ばかりではない。
幼い子供を騙してDNAマップを手に入れるような薄汚い人間だってたくさんいる。
立場の弱い人間を食い物にし、私腹を肥やすことに汲々としている人間も少なくない。
それでも、だからといって疑心暗鬼に陥って他人を疑ってかかるようなことにはなりたくないと思う。
だって、

「信じたいじゃない。そりゃ信じた結果馬鹿を見るようなことだってある。
それでも私は人を信じられなくなったら終わりだと思う。
私は、疑うよりは信じたいから」

「理解できないわぁ。そうやって信じた人間に背中から刺されることだってあり得る。
今アナタの後ろにいるその三人だっていつかアナタに牙を剥くかもしれない」

勿論信用に値する人間かどうかくらいはこちらで判断する。
誰も彼も無条件に信用する、というのは流石に危なくて出来はしない。
無闇に人を信じた結果が量産型能力者計画や絶対能力進化計画なのだから。
だが美琴が信じている人間は、本当に信用できる優しい人間ばかりだ。
婚后も湾内も泡浮も、白井も佐天も初春も固法も春上も枝先も、上条も垣根も打ち止めも御坂妹も。
皆、美琴は全幅の信頼を置いている。

「そんなことは絶対にない。婚后さんも湾内さんも泡浮さんも、私の大切な友達よ。
彼女たちだけじゃない。私の友達は絶対にそんなことはしない。
みんな意味もなく人を傷つけるような人じゃない。
それでも彼女たちが私に牙を剥くのなら、それはきっと私が悪いのよ」

「……何故そんなことが言えるのぉ。何の根拠があってそんなことが言えるの。
アナタが気付いていないだけでその人たちは莫大な悪意力を隠しているかもしれないじゃない。
アナタを利用しているだけかもしれないじゃない。なのに、何故」

「信じているからよ」

「アナタはさっきからそればっかり。まるで馬鹿の一つ覚え。
じゃあその信じられる理由は、って聞いたら答えられるの?
どうせ信じられるから信じられる、なんて幼稚なロジックでしょ。
論理的な思考が全く出来ていない」

「そんなもんでしょ、人の気持ちなんて。
誰かが誰かを好きになったり、信じたり、一緒にいたいと思ったり。
そういう気持ちは数式で表せるものじゃない。
脳で論理的に理解するものじゃなく、心で直感的に感じるものだと思うのよ」

たとえばの話。美琴は上条当麻が好きだ。
何故好きになったかと言われれば、もしかしたら『実験』の時絶望から救ってくれたからと答えるかもしれない。
じゃあ何故救われたからといって好きになったかと聞かれれば、答えに詰まる。
そこに論理的なものは存在せず、あくまで心で感じたものだからだ。
それは言葉で言い表せるものではないからだ。

好きなものは好き。だから一緒にいたい。大切ならば守りたい。
哲学的に掘り下げればそれにも何か名前があるのかもしれないが、いずれにせよ論理的なものではないと思う。

他人を一切信用せず、唯我独尊を貫き通す食蜂操祈にはそれが分からない。
信じられるのは自分だけ、他人とは利用したり利用されたり。
きっとそんな考えしか出来ないのだ。

そしてまず自分が他人を信じなければ、他人も心を開いてはくれない。
気に入らないものを全て能力で潰す排他的な生き方を改めなければ、食蜂はいつまで経っても独りなのだろう。
ただ人が変わるには何かきっかけが必要だ。一方通行にとっての打ち止めのように。
だがそうしたきっかけを得るためには、自分が変わらなければならない。
この二律背反が何らかの形で破られない限り、食蜂操祈はきっと孤独なままだ。

そして食蜂がそうなってしまったのは、彼女が心理掌握なんて力を持ってしまったからだ。
他人の思考が、人間の汚い部分がダイレクトに飛び込んできてしまう。
そこにはある一人の少女の存在もあるのだが、そうして食蜂操祈は人を信じられなくなった。
同時に美琴のような、何を考えているのか分からない人間を恐れるようにもなった。
もし食蜂がこんな能力を持たなければ。無能力者だったならば、どこにでもいるような女子生徒として日々を送れたのだろうか。

「……ふん。なら勝手にすれば。いつか寝首を掻かれても後悔しないことね」

食蜂は一度も見たことのない表情を浮かべ、その場を逃げるように去っていった。
美琴もそんな彼女の背中を複雑な気持ちで見つめていた。
もはや怒りなどなかった。第五位の超能力者、食蜂操祈。その背中は、酷く小さく見えた。

食蜂が消えた途端、婚后、湾内、泡浮が大きく息を吸った。
まるで息止め最長記録が終わった直後のような光景だった。
食蜂がいなくなったことでプレッシャーから開放されたのだろう。
あれでも超能力者なのだ、無理もないだろう。

「ふぅ。思わず体が動かなくなってしまいましたわ」

「やはり超能力者とでもいうべきでしょうか。この婚后光子、不覚でしたわ……」

「それにしても、今の御坂様とても素敵でしたわ」

「ふぇ!?」

突然の湾内の言葉に顔を赤らめる。
その時は全く気にしていなかったが、改めて言われるとずいぶん恥ずかしいことを言っていた気がする。

「わたくしたちのこと、あんな風に思ってくれていたのですわね」

「御坂様……」

顔を赤らめる婚后、湾内、泡浮の三人と美琴。
全員顔を赤くしているという傍から見たらよく分からない空間が構築されていた。
食蜂に対して啖呵を切った時に言ったことは全て本心だが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。
四人揃って真っ赤な顔で指をもじもじさせていると、校内に昼休み終了を告げるチャイムが鳴り響いた。

常盤台であってもこのチャイムというものにあまり変わりはない。
というか、ずっと婚后を探していて見つけてからは食蜂に絡まれたりで結局昼食を食べていない。
美琴は三人と別れ、自己主張する腹を押さえながら次の授業へと向かった。
あまり午後の授業には集中出来そうにない、と美琴は苦笑した。










予想していた通り、授業はあまり頭に入ってこなかった。
だがそれは一方通行のことを考えていたからではなく、空腹のためというなんとも平和な理由であった。
平和ではあっても、美琴からすれば深刻である。
一刻も早く食事を確保しなければ倒れてしまいそうだ。
一日の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると、すぐに美琴は学校を飛び出した。
学舎の園を飛び出し、目についた適当なコンビニに駆け込む。
学舎の園の中では他校の生徒含め注目を集めてしまうことが多いからである。

パンやらサンドイッチやら飲み物やらを買った美琴は近場にあった公園へと足を運んだ。
小学生低学年くらいの子供たちが数人遊んでいる以外は人の姿は見えない。
適当なベンチに腰掛けてふぅ、と大きく息をつく。
あの問題が解決してからこうしてゆっくりするのは初めてだ。
部屋では白井がいるし、学校は論外。
別に白井がいて邪魔というわけではないのだが、折角訪れたこの機会だし、と美琴はくつろぐことにした。

今日は一段と寒い。常盤台指定の冬服にマフラーを巻いているが、それでもまだ肌寒い。
手をこすり合わせ、時にははぁ、と息を吹きかけて暖を取ろうとする。
サンドイッチを食べながら美琴は昨日の出来事を回想する。
我ながらよくもあれで収まったものだ、と感心する。
前は絶対に解決なんてできっこないと思っていたのに。

御坂妹と打ち止めには一方通行と別れてすぐ電話で事の顛末は報告済みだ。
その時の御坂妹と打ち止めの嬉しそうな声を思い出し、美琴は一人笑みを浮かべた。
結局二人の願いは叶ったということになるのだろうか。
一方通行も御坂美琴も、どちらも無事に終わったのだから。

そんなことを考えていたから、突然声をかけられた時美琴は大げさに肩を震わせてしまった。

「御坂?」

「ひゃあっ!?」

ビクン、と体を震わせる美琴。その大袈裟な反応に声をかけた方もびっくりしている。
思わず喉を詰まらせそうになった美琴は、飲み物でサンドイッチを流し込んでから振り向いた。
美琴の目が驚きに見開かれる。
ただし別に一方通行が現れたとかそういうことではない。

「よっ、御坂」

上条当麻である。
完全に上条当麻である。
どこからどうみても万年補修レギュラーの上条当麻である。
ウニ頭をした一級フラグ建築士の上条当麻である。

「きゃ、ちょ、ちょっと近寄らないで!!」

近づいてきた上条に思わずそんな声をあげてしまう美琴。
周囲に非常によろしくない誤解を与えてしまいそうな光景だった。
それで失われるのは主に上条の名誉だが。
せめて「来ないで」程度にしてあげればまだマシだったのだろうが、言ってしまったものは撤回できない。
友達だと思っている美琴にいきなり否定された上条は、両手両膝をついてショックを受けていた。
気のせいだろうか、目に光るものが浮かんでいるように見える。

「何もそんなに否定しなくてもいいじゃないか……。
俺だって傷つくんですよ? 近寄らないでって。近寄らないでって……。
俺、もう駄目かも分からんね……」

それを見た美琴が慌てて取り繕う。
別に上条を否定したかったわけではないのだ。
ただ上条とは顔を合わせづらくて仕方なかっただけなのだ。

というのも、美琴は一度上条とは二度と会わないと決意したからである。
一方通行を殺すという考えに固まっていた時、もう上条とは会わないことにした。
上条と会うと決意を崩されそうだったから。
殺した後も、人殺しになった自分が上条とあわせる顔がないと思ったから。

だから涙を流し上条と決別したのだが、結果的には人殺しになることなく解決できてしまった。
つまり上条と会わないという決意も意味をなくしたということなのだが。
なのだが、断腸の思いでその覚悟を決めた手前、いきなり現れた上条との接し方が分からなかったのだ。
そのせいで、自分でも意識せずに半ば反射的にあんな言葉が飛び出してしまった。

「い、いや、ちょっと顔あげなさいよ。
別にそういう意味で言ったわけじゃなくて、だから、その……。
わ、悪かったわよ……。ええい、とにかく顔をあげなさいこの馬鹿!」

みっともなく土下座に近いポーズをとっている上条を半ば強引に立たせてベンチに座らせる。
残りのおにぎりなどを食べながら普通の友達を装う。
あんなところを誰かに見られたら本当にどんな勘違いをされるか分かったものではない。
また変な噂が出回っても困る。

(ったく、噂は妹達の時に散々経験してるっつーの)

あの時も多くの人たちに好奇と奇異の目で見られたものだ。
ジロジロと見世物のように見られていい気分になるわけがない。
あの時は本当にただの噂としか思っていなかったので、尚更不快だった。

人の噂も七五日とは言うものの、やはり嫌なものは嫌である。
というか七五日は長すぎる。

「……それで、アンタは結局何してんのよ?」

「いやいや、単に御坂の姿が見えたから声をかけただけですのことよ。最近遊んでないしな」

最近遊んでいない、とは言っても最後に垣根、美琴、上条の三人で遊んだのは一週間ほど前だ。
垣根と美琴の二人を含めれば数日前である。言うほど期間が空いているわけではない。
だがそれまではほぼ毎日のように遊び倒していたため、やたら時間が空いたように感じられるのだ。
言われてみれば美琴もずいぶん三人では遊んでいないような気がした。
一方通行の問題が解決した以上、今美琴が欲しいのは何よりも日常。
この三人で馬鹿をやるのが一番の日常ではなかったか。

「言われてみればそうよねぇ……。まぁたしかに久しぶりではあるわね。
アンタ、明日とか大丈夫?」

「大丈夫だぞ。垣根はどうなんだ?
何だかんだであいつともずいぶん会ってないんだが」

「垣根ね……垣根……垣、根……? あっ」

美琴はふと思い出す。
一方通行の方で手一杯だったため忘れていたが、そういえば垣根も様子が変だった。
美琴は脳内で記憶を手繰り寄せる。
たしかあれは一方通行と再会した日、一〇月二四日のことだったはずだ。
御坂妹と打ち止めと遊んでいた時、ばったり垣根帝督と遭遇したのだった。

その時の垣根の様子があまりにもおかしかった。何かに苦しんでいるようにみえた。
更には、その原因すら分かっていないようにさえ感じられた。

とにかく、今垣根は苦しんでいる。それだけは確かだったはずだ。
友達が苦しんでいるのなら、助けになってあげたい。
そうは思うのだが、やはり無理に事情を聞きだすような真似をするのはどうしても躊躇われた。
ただもしかしたら垣根は言葉に出せないだけで、助けを求めているのかもしれない。
『実験』時の美琴のように、何らかの理由で自分を追い詰めすぎているのかもしれない。
そう考えるとやはり放ってはおけなかった。

(何となく、嫌な予感がする。まるで放っておいたら取り返しのつかないことになるような……)

それはただの予感というにはあまりにも確信染みていた。
未来が読めるなんていう胡散臭い預言者になった覚えはないのだが、何故か気のせいと一蹴できない。
二四日に感じた不安よりも遥かに大きいそれ。
一度自覚してしまうともう止まらない。
それは美琴の中でどんどんと更に大きくなっていき、いてもたってもいられなくなってくる。

「ごめん、遊ぶ話はやっぱなしで。来週なら大丈夫かもしれないけどね。
ってわけでちょっと用事思い出したからじゃあね!」

一方的に会話を打ち切りその場から走り去る美琴。
どうしても言い知れぬ不安が抑えきれない。
ただの思い過ごしであればいいが、そうは思えなかった。
一人残された上条が何かを叫んでいたが、美琴はそれを無視して走り続ける。

珍しい光景だった。
上条が美琴から逃げることはよくあっても、美琴が上条から逃げることはそうない。
これといった目的地もなく走りながら、美琴はスカートのポケットからゲコ太デザインの携帯を取り出す。
垣根や上条と一緒に買いにいったものだ。

美琴は迷わずアドレス帳から垣根の名前を探し、そこに表示されている番号に電話をかける。
コール音が鳴っている時間がやたらと長く感じられた。
放課後直後の時間ということで下校中の学生が多く、何度も体がぶつかった。
だが美琴はそんなことは意にも介さない。それどころではないからだ。
もう少し時間が経てば一端覧祭の準備のため更に人は増えるだろう。
一日風紀委員の垣根と一緒に過ごした日のように。

何度も鳴り続けるコール音がようやく終わり、「もしもし!?」と大声をあげる美琴の耳に入ってきたのは、

『電源が入っていないか、電波の届かないところにいるためかかりません。
ただいま電話に出ることが出来ません。御用のある方は、ピーッという発信音の後にお名前とご用件をお入れください』

という無慈悲な機械音声だった。
電話に出ない。その事実が更に美琴を焦らせる。
別に垣根に何かがあったという確信があるわけではない。
携帯を忘れて外出してるのかもしれないし、携帯を壊してしまったのかもしれない。
もっと間抜けな展開としてただ寝ているとか、忙しくて出れないとか、理由はいくらでも考えられる。

だが今の美琴は悪い方にしか考えられなかった。
頭の中で最悪の想像がシミュレートされる。
周りでとりとめのない話で盛り上がっている学生たちの笑い声がやけに耳に障った。
何も知らないで暢気な。そんな理不尽な悪態すらついてしまう。

ふと、何故自分はこんな必死になっているのだろうと思った。
もしかしたら本当にただ充電が切れているだけかもしれないし、風呂に入っているなんてことだってあり得る。
それに垣根の性格を考えれば、あえて電話を無視している可能性さえある。
別に垣根と男女の関係なわけでもないし、そもそもの話自分の思い過ごしの可能性も高い。

だが、理由なんて知るか、と美琴は思考を放棄した。
以前見た様子も含め、どうしようもなく嫌な予感がするのだ。
とにかく確認してみて、それが思い過ごしならばそれでいい。
だがもし本当に何か困難に直面しているのであれば、助けになってあげたい。
それが友達だと思うから。

投下終了

ミコっちゃん、日常終了のお知らせ

    次回予告




「でもね、そこにあるものは―――……全て、真実よ」
『スクール』の構成員―――心理定規




「はは、は、ははは。全く、こんな、悪戯して、何が楽しいのかしら。
全く、後でとっちめてやるんだから」
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴

暢気に日常してたように見えてきっと人知れずそげぶ叫んでたことだろう
でも上条さん空気乙w
次回は心理定規さんが来るのか 期待


時間軸的には最後に三人で会ってから一週間の間の出来事なのか。
このハイペースはきついな


超電磁砲本編の方見てると美琴とみさきちは普通に友達になりそうな気がした


美琴の言う「優しい人間」に垣根も含まれてるのが切ないな…

乙です
食蜂が垣根のことを忠告していると考えると深い

投下するぜー

>>203
上条さんのことだから、一週間もあれば魔術師の一人や二人そげぶしてたことでしょうw

>>204
超電磁砲を見る限り、ミコっちゃんも上条さんに負けず劣らずの過密スケジュールを送ってますよね……

>>206
友達とまでは行かないでしょうが、苦手な奴程度でしょうね
にしても美琴のクローンだと思われるドリーがどうなるか怖くて仕方がないです
エクステリアにされちゃうのかなぁやっぱり……

>>211
美琴にとっては垣根はそうですからね……それだけにキツイ経験になるでしょう

>>212
実際美琴の食蜂のイベントは、垣根のフラグというか伏線というか前振りというか、そういうものとして入れました

疑念の壁と対峙せよ。

美琴は垣根の住所など知らない。
電話に出てくれないとなると美琴から垣根にコンタクトをとる手段はない。
長点上機に乗り込むという物騒な手段まで考えたが、そもそも垣根は通っていないと言っていたので意味がない。
一応メールはしておいたが、おそらく無意味だろう。

そうなると八方塞だ。後は自分の足で学園都市を走り回るくらいしか方法がない。
だがそれで探し人を見つけられるほど学園都市は狭くない。
二三〇万の人々が暮らすこの街で、あてもなくたった一人の人間を見つけようとする方が間違っている。
もうこうなったら情報収集に長けた初春飾利に協力を求めるか、と考えていた時のことだった。

美琴がいたのは例の自販機のある公園。
そこに一人の少女がいた。実際の年は美琴と大差はないだろうが、やけに大人びた雰囲気を纏っている。
回りの空間から浮いているというか、異常な強い存在感を持っていた。
水に一滴だけ垂らされた油のように、周囲と調和しない異物。
和風の庭園に置かれた洋風の噴水のような。黒人の集団の中にいる白人のような。

それは少女の服装がドレスのような派手なものだから、というだけではない。
うまく言葉では言い表せない何かがあった。
まるで少女を中心にこの公園そのものが異界と化してしまったかのようにすら感じられる。

異世界の主はまるで美琴が来ることが分かっていたかのように、くすりと笑った。
その動作一つをとってもこの世界には馴染まない。
全く文化の違う国からやってきた異邦者にすら見える。

「初めまして、ね、超電磁砲。
私は……そうね、やっぱり心理定規って呼んでちょうだい」

「……何者よ、アンタ」

美琴は身構えない。
だが普段と変わらないようでいて、美琴のスイッチは切り替わっていた。
この少女がいつ何をを仕掛けてきても対応できるように。
この明らかに場違いな人間を警戒しないわけがなかった。

先ほどからずっと感じている不穏な予感と相まって、美琴の脳が警戒信号を激しく鳴らしている。
この少女は危険だ。こいつは自分にとってプラスをもたらさない。
そう感じて警戒を怠らない美琴を見て、心理定規は意味深な笑みを絶やさないまま答える。

「そうね。あなたのお友達のお友達、ってとこかしら?
もっとも本人は否定するでしょうけどね」

友達の友達?
美琴は心を落ち着けて考える。
美琴の知り合いにこんな奴はいない。佐天や初春といった人間がこんな少女と関わりがあるとも考えにくい。
常盤台のメンバーも同様の理由で除外。
上条なら……あり得そうなのが何とも言えないが、本人は否定するだろう、と言っているので候補から除外する。
あの上条が「友達じゃない」と誰かを否定するなどよっぽどのことがない限り考えにくいからだ。

そうなると、垣根帝督、なのだろうか?
そうだ。考えてみれば美琴は垣根の知り合いなんて一人も知らない。
どころか垣根について知っている情報などないに等しい。
嫌な予感がする。やはり勘違いなのではなかったのかもしれない。
このまま放っておくと、取り返しがつかないことになるような―――。

「今日はね、あなたにお話があってやって来たのよ。
あなたの大事なお友達……そう、垣根帝督についての話が」

ゾクッ、とあたりの雰囲気が一変したような気がした。
この少女の出したその名前に、やはり自分の予感は正しかったのだと知る。
一体この少女は何を美琴に話すのか。
美琴はいつの間にか荒くなった息を整え、少女を無言で先を促す。
覚悟を決める。きっとこの少女がこれから話すことは途轍もなく重要なことだ。
もしかしたら、垣根が何に苦しんでいるのか分かるかもしれない。

「これを受け取って」

心理定規が差し出したのは一枚の地図。
第一九学区にあるとある工場に赤で丸印がつけられている。

美琴はおそるおそるといった感じで地図を受け取る。
ここに一体何があるというのか。
垣根帝督がどうしたというのか。
美琴の心臓がバクバクと大きく音をたてる。

とにかく行ってみるしかない。それは分かっているのだが、同時に行きたくないという気持ちもあった。
この工場にあるという何かはきっと美琴の大事なものを壊す。
ことによっては垣根ともう一緒にいられなくなるかもしれない、とさえ感じてしまう。
心理定規はそんな美琴に対して一言、釘を刺すように言う。

「あなたは嘘だと断じるかもしれない。理解することを拒むかもしれない。
その気持ちは分からなくないし、当然だとさえ思うわ。でも」

句切って、続ける。






「でもね、そこにあるものは―――……全て、真実よ」






それを聞いた途端、御坂美琴は弾かれたようにその場から駆け出した。いや、逃げ出した。
これ以上聞くのが怖かったから。これ以上あの少女の言葉を耳に入れたくなかったから。
嫌な予感がするなんてものではない。
もはや確定だ。垣根に関する恐ろしい何かがこの工場にあるのだ。
かつて美琴が『実験』の存在を知った時のような、あの感覚を再び味わうことになるのか。
まるで脳内に直接冷水をかけられたような、体の芯から凍りつくあの感覚を。

(違う。違う違う違う違う違う!!)

何度も心の中で繰り返し、恐怖を振り払う。
もしかしたら予想外につまらないものかもしれない。
鼻で笑えるような、そんな程度のものかもしれない。
震える体を押さえつけ、御坂美琴は第一九学区へと急ぐ。

長い長い一日が始まる。
既に時刻は一六時だというのに、これから先の時間は一部の人間にとってはあまりにも濃すぎる時間となる。
青年と少女が、ついに交わろうとしていた。










心理定規は美琴を見送った後、一人考えていた。
これでもう後戻りは出来ない。後は全てがなるようになるだろう。
ただサイコロを振ったのは自分だが、出る目はランダムではなく選ばせてもらうつもりだ。
神になど委ねてたまるか。運になど任せてたまるか。
心理定規は全てを、御坂美琴という一人の少女に託したのだ。

(彼女ならきっとやれる。友達思いの彼女ならきっと。
友達を、私の愛する人を救ってくれる。私には決して出来ない方法で。
お願い。任せたわよ、御坂さん)

自分では垣根帝督という愛する人を救うことは出来ない。
それは心理定規もとっくの昔から分かっていることだった。
今の垣根が何に苦しんでいるのか、何故そうなっているのかを考えれば垣根を救えるのはあの少女くらいだ。
悔しい気持ちが全くないわけではない。
だが選択の余地はなかったのだ。こうしなければ垣根はきっと壊れてしまう。
勿論美琴が失敗すれば更に最悪のバッドエンドを迎えることとなるが、心理定規は美琴を信頼していた。

心理定規は度々垣根と美琴が一緒にいるところを偵察していた。
あまり長時間いたり張り付いたりすれば垣根にすぐに見つかってしまう。
そのため遠目に一目見る、程度ではあったがそれだけでも十分に分かった。
あまりにも十分すぎた。だって、垣根は今まで見たことのないような表情を見せていたから。
それは御坂美琴や上条当麻といった存在がいなければ生まれない笑顔だったから。
自分と一緒にいても決して見せない顔だったから。
それだけではない。


    ――『超電磁砲は『表』の人間だ。暗部に堕ちてないどころか、学園都市の広告塔だろうが』――


    ――『お人好し。御坂もその知人もだが、究極のお人好し』――


(ふふっ。あなたは気付いていなかったでしょうね。
私に対しても、いつの間にか彼女のことを超電磁砲でもなく第三位でもなく、名前で呼んでいたことに)

垣根帝督は無意識のうちに御坂美琴に、そして上条当麻に対して心を開いていた。
それは心理定規がどんなに頑張っても出来なかったこと。
たとえ能力を使ったとしても同じことだった。
未元物質による防御だけではない。所詮大能力者の彼女では、超能力者たる垣根帝督の強靭な自分だけの現実を揺るがすことは出来なかったのだ。

それほどに堅かった垣根の心を、いとも簡単に開かせたのが美琴なのだ。
けれど、ここに逆説的な事態があった。
たしかに心理定規では垣根の心を開かせることは出来なかった。
だが心理定規が垣根に惚れたのは、この事実のためなのだ。

今まで手に取るように分かった人の心が、初めて読めなかった男。
圧倒的な力とカリスマを持ち、既存の道を全て薙ぎ倒し想像もつかないような発想で困難を飛び越えていく、めちゃくちゃな男。
上層部への反抗の気持ちを忘れず、決して飼い犬にはならずに反逆を企む男。
自分にとっての昨日までの非常識をあっさりと今日からの常識へ塗り替えた男。

彼の生き方の一つ一つが心理定規を魅了した。
もし心理定規で垣根の心を読み取れていたら、ここまで魅かれることはなかっただろう。
読み取れないからこそ垣根が何か作戦を考える度、アイディアを出す度、彼女はいつもその柔軟かつ奇抜な発想力に素直に驚けた。
読み取れないからこそ垣根が心理定規に対して、たとえ軽口であっても思わせぶりなことを言う度に内心動揺出来た。
だがどれだけ心理定規が垣根を想っていても、垣根は決して彼女を見ることはない。
それは彼女自身も分かっていたことだった。

ならば自分と結ばれなくともいい。せめて垣根には幸せになってほしい。
それが心理定規の願い。
ただ暗部に身を置いている以上、それが実現する可能性は限りなく薄い。
ならばまず暗部から抜け出す必要があるが、それを許すほど学園都市の『闇』は甘くない。

既にどっぷり『闇』に浸かっている垣根がどれだけ足掻いてもおそらくは無駄だ。
そもそも垣根は『表』に戻ろうなんて考えないだろう。
同じく『闇』に浸かっている心理定規が助力しても同じこと。

暗部から抜けるには『闇』を知っていながら決して沈まずに、尚『表』に留まっている強い人物の助けが必要だ。
それが御坂美琴。美琴ならきっと垣根を救える。身も心も強く、上条のような仲間にも恵まれている美琴なら。
きっと無理やりにでも彼を『表』に帰してくれる。

あの依頼が来た時から超能力者唯一の人格者である美琴ならもしかして、と淡い希望を抱いてはいた。
そして同時にどうせ無理に決まっている、と諦めてもいた。
だがそれがこの一ヶ月で確信に変わっていた。

(―――信じてるわ、御坂さん。あの人を救ってあげて)


              チップ         ベット
心理定規は自分の願いを全て美琴に賭する。










美琴が心理定規と遭遇したその時。
学園都市第一位はついに反撃の狼煙をあげんとしていた。

「いよいよか。遅せェンだよ待たせやがって。
焦らしプレイなンざ興醒めだぜェ?」

『そう言うな。これでも早い方だぞ。
親船、貝積、そして雲川の尽力により潮岸の行動は完全に封じた。
後は同権限者視察制度を実行するだけだ』

同権限者視察制度とは統括理事会一二人の間で結ばれた取り決めだ。
彼らは常に均一の力を持っていなくてはならない。
誰かが突出するようなことはあってはならない。
そういう理由で統括理事会員が他の理事会員に探りを入れることが出来る制度だ。

だがこれはあくまでお飾りの制度であって、こんなものが振るわれることは本来あり得ない。
だが親船、貝積、雲川の三人はこの制度に全てを賭けた。
一見無意味に見えるような小さな条約を幾重にも結んでいく。
たとえ自分の側に不利なものであったとしてもだ。

それは一つ一つは何の意味もないような取るに足らないものだが、それらは全て同権限者視察制度に干渉するよう仕組んである。
ある方法で突き返そうとするとある条約によって阻まれ、別の方法を取ろうとするとまた別の条約が食い込んでくるように。
もともと親船は第三次製造計画のことがある前から潮岸には警戒していて、既に潮岸包囲網はだいぶ出来上がっていた。
それを、今回完璧な形に仕上げてみせたのが天才少女雲川芹亜である。

とにかくこれで舞台は整った。
潮岸が同権限者視察制度を受け入れれば遠慮なくガサ入れさせてもらうし、断れば強行突破。
この場合行為の正当性はこちらにあるため、強行突破が許されるのだ。
ようやくだ。ようやくこの時が来た。
潮岸を捕らえることは第三次製造計画を潰すための第一歩。
避けては通れない道だ。
電話相手の土御門元春によれば、実行は明日とのこと。
一方通行は通話を切断し、その口の端を大きく吊り上げた。

(首洗って待ってろクソ野郎。明日は楽しい楽しいパーティだぜェ?)

一方通行、垣根帝督、御坂美琴。
全ての歯車が今回りだす。










御坂美琴は心理定規に指示された廃工場へと辿り着いていた。
ここ第一九学区は再開発に失敗して急速に寂れた学区で、人口も極端に少ない。
こうした廃棄された施設も全く珍しくないのだ。
だがこの工場はまだ真新しく、廃棄されてそう日数は経過していないことが窺える。
大きな機材や電動ノコギリなどが残っており、もともとはそれなりに大規模な工場だったのだろう。
床にも細かい金属片や工具が落ちていてだいぶ散らかっていた。

美琴は足元に気をつけながら中を進んでいくが、一体この工場のどこに行けばいいのか分からない。
それに心理定規にはここに真実があるとしか言われておらず、具体的に何があるのかも分からなかった。

(この工場やたらと大きいし、どこに行けばいいのよ……。
もうちょっと細かく教えとけっつーの。っと、あれは……?)

途方にくれる美琴だったが、その視界にある一室が映った。
この工場は電気が消えているにも関わらず、その部屋だけは電気が点灯している。
まるで誘っているような状況に一瞬躊躇ったが、すぐにその部屋へと向かう。
来てみれば、その部屋の入り口には電子ロックがかかっていた。
八桁の暗証番号を入力しない限り開かないシステムのようだ。
だが美琴は能力を使いシステムを乗っ取り、強引にこじ開ける。
こういう時美琴の能力は便利である。

あっさりと開いたドアの向こうは資料室のような印象を受けた。
本棚にはびっしりと本が並べられ、壊れてはいるがデスクトップパソコンも置かれている。
部屋は相当に大きく、何故かテレビや冷蔵庫まで置かれており、まるで誰かが住処にしているように見える。
しかし美琴はそんなものは見ていなかった。
美琴の注意を引いたのは、机の上にわざとらしく置かれている何枚かの紙。
何らかの報告書のようだ。

この部屋に本以外の紙媒体は見つからない。
机の上にはパソコン以外には何一つ置かれていない。
そんな状況の中で、その紙は一際異色を放っていた。

それは心理定規の置いた『スクール』の報告者である。

『スクール』はクラッキング対策としてあえてアナログを用いるという手段を講じているため、紙媒体となっている。
本来こういった紙はリーダーである垣根が暗記すると即座に焼却処分される。
だが心理定規はこの書類だけは焼却せずに保管していたのだ。

美琴は中々その書類に手を伸ばせない。
中身を見るのが怖いという単純な理由だ。
きっとあれには、ようやく取り戻したはずの日常を木っ端微塵に砕くようなことが書かれているに違いない。
一方通行と妹達というこれ以上ないほど複雑な問題をようやく乗り越え、日常に帰ってきたと思っていたのに。
その日常は一日ももたなかった。一九時間ほどで崩れ去ってしまった。
けれど、垣根のことを放っておくことなど絶対に出来ない。
だって御坂美琴にとって垣根帝督はとっくの昔に親友になっていたから。

美琴は大きな深呼吸を二回繰り返し、意を決してその書類を手に取った。
まず視界に入ったのは一枚目に書かれているタイトル。









『超電磁砲監視任務』








投下終了

前回予告したところまで行けなかったよママン

    次回予告




「はは、は、ははは。全く、こんな、悪戯して、何が楽しいのかしら。
全く、後でとっちめてやるんだから」
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴

訂正

>>217>>218の間に以下が抜けていました

「話があるとは言ったけど、用件はこれだけよ。
そこに私の伝えたいものがある。垣根帝督に関するね。
そこにある証拠と一緒にあなたの目で確かめなさい」


メジャーハートが暗躍してると思ってたがそんなことなくて良い子だった

新約7巻、とりあえず言いたいことは二つだけだわ
食人ゴキブリはマジ勘弁してくださいお願いします
そして漂うしんとくんの「誰だお前」「コレジャナイ」感よ

上条とていとくんの共闘とかていとくんがていとくんだったらもっと燃えてたのに……
これで「私の未元物質に常識は通用しません」とか言い出したらお前がその台詞を言うな、って思いそう

うん、別にしんとくんは嫌いじゃないのよ? けどね? やっぱこれは垣根帝督じゃないな、って
新キャラとして出てきたなら良かったんだろうけど、元があのかっこよさだから……

それにしても超電磁砲S5話は神回すぎた、EDで鳥肌
5話放送より先に美琴・一方通行問題を終わらせられて良かった

明日投下できる予定ですー

>>238
心理定規ってSSじゃ暗躍してるか惚れてるかですよね、大体

私図書委員ですといった少女が栞指に挟んでカミソリのように斬りかかって来たのは爆笑したwwwwww

>>239
 分かるっ! 大いに分かる! 私も一年間くらい垣根主人公のss書いてたから本当に良く分かるっ! 垣根はやっぱり悪さがないと駄目なんだよ。別に良い心があるのはいいんだけど、悪い心とか醜い部分とか殺意とかこれまでやってきた所業も全部ひっくるめて「垣根帝督」という人間というかさ。
 カブトムシって、御坂の能力と記憶を全部もっているだけのシスターズみたいなもんだよ。……きっと本当の垣根は原作15巻で死んじゃってたんだな。

まあ、その内にシャットアウラとアリサや○ッコロ大魔王みたいに合体するよ、善と悪の垣根が
今の白垣根はそのための準備期間だよ。……たぶん

ていとくんはそのうち綺麗なていとくんときたないていとくんで合体して、真ていとくんになるんじゃないかとは言われてるな

投下します
もし新約がアニメ化されたら、食人ゴキブリが夢に出そうだ……
あれは絹旗ではなく読者の精神を削る巧妙な罠

>>240
近づいたら孕まされるという上条さんの扱いに泣いた

>>241
一字一句全てに完全に同意せざるを得ない

>>244,>>245
「俺は黒垣根でも白垣根でもない。俺は貴様を倒す者だ」

「こいつがスーパーダークマター!!」

「もうちっと強いのかと思ったんだがな……俺に出させてくれよ、本気を」

ってなるんですね分かります
ただ>>245、汚いていとくんとか言わないであげてください

因縁の決死戦。


『超電磁砲監視任務』


それを見た途端、美琴の体に貫くような寒気が走った。
冷や汗すら流れそうになる。

(なっ、な、によこれ……!!)

思わず息が止まる。
震える指で、何度も失敗してようやくページを捲る。
かつて量産型能力者計画の存在を知った時と、全く同じ反応だった。
観察。観察。何とも薄気味悪い不気味な言葉だった。
観察とは、そのもののあり方がどういうものなのか注意して見ること。


『超電磁砲が学園都市第三位の超能力者であることは周知の事実である』


まただ。妹達の時のように、また得体の知れない計画が行われていたのだ。


『その超電磁砲が、裏方に介入することが最近多くなっている。
例としては絶対能力進化計画や残骸をめぐる一件などがあげられる』

だが今回はそんな分かりやすいものではない。
量産型能力者計画。絶対能力進化計画。
どちらも狂っているとしか言い様のない狂気の実験ではあったが、その目的ははっきりしていた。
前者ならば御坂美琴を素材とした超能力者の人工的量産。後者ならば学園都市の目標でもある絶対能力者の創造。
だがあくまで観察という、よく分からないものだった。
一体、何を観察しているというのか。かつてDNAマップを騙し取った時のように、また何か企んでいるのか。


『他にも幻想御手事件や乱雑解放事件などいくつかあげられるが、それについては別紙にまとめておく。
このまま超電磁砲を放置しておくと、いずれ我々にとっての障害となる可能性がある』


それが何かは分からない。だがろくでもないようなものだということだけは確かだろう。
ある一枚の紙にはこれまで美琴が関わってきた事件が一つ一つ詳細にまとめられていた。
ロシアでのデモンストレーション、幻想御手、乱雑解放、絶対能力進化計画、学芸都市、エンデュミオン、大覇星祭、残骸……。
どうやって知ったのか疑問を感じずにはいられないほど事細かなデータが載っている。


『もちろん超電磁砲は暗部の人間ではない。表立って事を起こすわけにはいかない。
だが我々はいざそうなった時には対処できるよう、超電磁砲の詳細な情報を必要とした。
能力者との戦闘の際、相手の詳細な情報を持っているかどうかは非常に重要な意味を持つ。
ただしこれは誰にでも出来るようなものではない。
直接接触しての情報収集が基本となるが、超電磁砲は超能力者だからである』

ここに書かれていることだけが真実なのか。
かつてDNAマップから人体クローンを作り、二万人の妹達を絶対能力者の創造のために使い捨てた学園都市が。
本当にこんな理由のために動いたのか。
美琴の中で不安が渦巻く。だがもっと大きいものが美琴の中に生まれていた。

直接接触、情報収集。心理定規。
ピースが美琴の中で組み合わされていく。真っ白なパズルではなく、絵のついたパズルが。
組みあがっていくにつれ、一枚の絵が浮き彫りになっていく。
ただ、そこに浮かんだ絵は絶対に認めたくないものだった。
ガタガタと震える指で、それを否定する答えが書かれていることを祈って美琴は二枚目を確認する。
まさか。まさかまさかまさか。


『そこで我々は超能力者を擁する組織に本任務を依頼することで合意した。
即ち「グループ」、「スクール」、「アイテム」である。
しかしこの内「グループ」と「アイテム」に関しては、両組織とも肝心の超能力者が超電磁砲との間に問題を抱えている』


『グループ』。『スクール』。『アイテム』。それは学園都市の暗部に潜む組織の名前らしい。
核心に迫ってきたと思う。
この次には、きっと美琴の馬鹿な想像を裏切ってくれる答えが用意されているはずだ。
美琴の欲しい答えがそこにあって、こんな不安を消し飛ばしてくれるはずだ。

『それが本任務の遂行に支障をきたすことを危惧した我々は、唯一超電磁砲と繋がりのない「スクール」を起用することに決定した。
無論そんなことはあってはならないが、それでも実行人は有事の際超電磁砲に対処出来る人間でなければならない。そのための超能力者である。
そこで「スクール」のリーダーである超能力者序列第二位、未元物質の垣根帝督を指名することとした』


だが、現実はどこまでも残酷だった。そこにあったのは美琴の馬鹿げた想像を肯定するもので。
全身から力が抜ける。フラッ、と倒れそうになり慌てて耐えようとするが全く力が入らない。
握力がなくなり、持っていた何枚もの書類がヒラヒラと宙を舞って散らかる。
そのまま美琴はその場に座り込んでしまった。その目には光がない。
嘘だ。こんなのは何かの間違いだ。

「は、あはははは」

乾いた笑い声をあげる。
手の込んだ悪戯だ。近くに垣根と上条あたりがいて面白がっているのだろうか。
だって、こんなのあり得ない。垣根が、あの垣根が。
そんな馬鹿なことがあり得てたまるか。
ちら、と少しだけ続きを見てみる。
これをひっくり返すようなことが書かれていないかと期待して。


『ただし超電磁砲は学園都市の広告塔であるため、たとえ対立するようなことがあっても殺害は固く禁ずる。
しかし他の人間、超電磁砲の周囲の人間はどうしてもその必要性が認められた場合のみ、こちらの認可を得た上での殺害を許可する。
未元物質はその正体を悟らせず、全てを穏便に済ますのがベストである』

ほら。やっぱり悪戯だ。
これではまるで垣根は簡単に人を殺せる人間であるかのような書き方ではないか。
超能力者。第二位。十二分に驚愕に値する事実ではあるが、ここまではまだいい。
だがそれ以外は悪戯にしてもたちが悪い。
いくらなんだってあり得なさ過ぎる。あの垣根が人を殺す?

「はは、は、ははは。全く、こんな、悪戯して、何が楽しいのかしら。
全く、後でとっちめてやるんだから」

歪んだ笑みを浮かべる。引き攣った、無理やり作った笑い。
目は笑っていないし、唇も無理に形を変えているせいで小さく震えている。
人は自分の考えを肯定する意見を持つ人と、否定する人間と議論する場合どうしたって前者に縋ってしまう。
美琴も同様で、一言でもこれを否定する内容があれば、その他を無視してそれだけを自己採用していただろう。
だが必死に目の前の現実を否定する材料を探しても、ない。そんなものはどこにも見つからない。
それどころか、あの心理定規と名乗る少女の言葉は。


    ――『あなたは嘘だと断じるかもしれない。理解することを拒むかもしれない。
       その気持ちは分からなくないし、当然だとさえ思うわ。でも』――


    ――『でもね、そこにあるものは―――……全て、真実よ』――


「……なんで。なんでなんでなんでなんで!!」

美琴は理解した。いや、とっくに理解していた。
ただそれを受け入れたくなかっただけで。信じたくなかっただけで。
だって、信じられるものか。あれだけ笑いあって遊んできた垣根が。

だが美琴は、ついに現実を誤魔化すことを諦めた。
今まで見てきた、過ごしてきた垣根帝督など最初からどこにもいない。
本当の垣根帝督は学園都市の暗部にいて、超能力者の第二位で、人を平然と殺せるような冷酷な人間なのだ。
たとえて言うなら、そう。―――学園都市第一位、一方通行のような人間。

美琴が友達だと思っていた垣根は、偽りだった。
あれは作られた虚構の人格。垣根帝督などではない。
それを理解した途端、美琴の全てを吸い取るような虚無感が襲った。

じゃあ、今までの日々は。
垣根と馬鹿騒ぎしたこれまでの日々は、全て無駄だったのか。
美琴の脳内に、スライドショーのようにこの一ヶ月の記憶が蘇る。
その一つ一つが美琴にとってかけがえのない大切な思い出だ。

上条当麻が笑っている。御坂美琴が笑っている。そして、垣根帝督も。
白井黒子と垣根帝督が言い争っている。上条当麻が冗談を飛ばし、御坂美琴が赤面している。
垣根帝督が上条当麻を揶揄し、御坂美琴がそれに便乗している。上条当麻が必死になって反論している。

これら全てはただのゴミ記憶? そんなどうでもいいようなものだったか?
そう考えると冷静に物事を考えられるようになった気がした。体に活力が戻ってくる。

「違う」

美琴は呟いた。
無駄なんかじゃない。偽物なんかじゃない。
たとえ垣根とのこれまでが全て偽物だったとしても、絶対の事実がある。
それでも偽物ではないと一〇〇%断言できる事実がある。
それだけは、たとえ垣根本人にさえも否定はさせない。
大丈夫だ。垣根には間違いなく善性が存在する。その事実が、それを証明している。
あの一方通行にさえあったのだ、ないはずがない。

垣根帝督は御坂美琴の親友だ。
このたった一つの答えを変える気は今でもない。永遠に変えてやるつもりはない。
もともとたとえ垣根がそう思っていなくても、自分にとって垣根は親友だと結論したのだから。
垣根が本当はそういう人間だというのなら、美琴は垣根の全てを丸ごと受け入れる。汚い部分も全て。
友達だから。綺麗も汚いも全て受け入れる。綺麗な部分だけを見るような関係は長続きしない。
その上で、垣根を『闇』から強引にでも引っ張りあげる。

泥沼にはまっていた一方通行を、打ち止めが引き摺りあげたように。
御坂美琴が垣根帝督を『闇』の底から引き上げてみせる。
もし垣根が本当にどうしようもない悪党ならともかく、彼は確かな善性を有しているのだ。
絶対に諦めない。親友を、諦められるものか。
それに、垣根とは“約束”もしている。絶対に“約束”は守ってもらう。

「……垣根。私はアンタを絶対に諦めないから。
アンタが何と言おうと、私が身勝手にアンタを救う」

そう呟く美琴の目には光が戻っていた。
かつて美琴の事情など全く無視し、上条当麻がズカズカとこちらに踏み込んできたように。
上条が美琴の言葉に取り合わず、強引に救い上げてくれたように。
意を決し、再び書類に目を通し始める。


『超電磁砲の能力使用時の癖や一挙手一投足にいたるまで、細かく観察すること。
超電磁砲の協力者になり得る者の調査も怠ってはならない』


垣根は、一体どんな気持ちだったのだろう。
どんな心境で美琴たちと同じ時を過ごしていたのだろう。


『超電磁砲についての情報はどんな細かいものでも漏らさず収集すること。
特に戦闘時における能力使用の応用範囲などはもっとも優先順位が高い』


彼は何を思っていたのか。
本来の目的を隠したまま、ずっと偽り続けて。


『期限は特に設けないこととする。
少しでも多くの情報を集めること。未元物質は定期的な報告を忘れてはならない』

垣根が何に苦しんでいるのか分かったような、気がした。
駆けつけてやらなくてはならない。助けてやらなくてはならない。
困っている時に助け合うのが友達なのだから。
美琴は垣根に救われているのだから。
今度は、こっちの番だ。あまり借りを作っておきたくはない。

美琴は書類を投げ捨て部屋から飛び出した。
工場中に散乱した何かの用具を踏み越え、手すりを飛び越え、階段を駆け下り出口へと向かう。
誰もいない工場に、美琴の息をつく音と足音だけが反響する。

(待ってて、垣根。アンタを一人にはさせない。
アンタがどんな奴でも、私はアンタの味方であり続けるって決めたのよ)

たとえ聖書に書かれていなくても絶対にそうなのだ。永遠不変の事実。
それに、垣根と話したいことも山ほどある。
言ってやりたい文句があるし、教えてやりたいこともたくさんある。
聞かせてほしいことだってある。

かつて美琴が垣根に教えられた言葉、「腹を割って話し合え」だ。
美琴は間違いなく垣根のこの言葉に救われた。
垣根帝督に思いの丈をぶつけてやらなくては。そして垣根にも。

だが、物事はそううまくいかないものである。

世界の抑止力、とでもいうのだろうか。
誰もがどうしてよりによってこのタイミングで、というような事態を経験したことがあるだろう。
そして御坂美琴はまさにそれに直面する。


工場の出口付近までやって来た時、何の前兆も文脈も前触れもなく。


空気も気配も雰囲気もルールもタイミングも読むことなく。


突然無数の閃光がズバァ!! と迸った。
それは金属も何も関係なく、圧倒的な力で全てを薙ぎ払っていく。
反応がもう少し遅れていれば巻き込まれていただろう。
突然の攻撃に、美琴は閃光が放たれた方向へ目を向ける。

いつの間にこの工場内に入ってきたのか、人影があった。
見知った女だった。
その女の右目はなかった。その女の左腕は千切れていた。
赤黒い空洞となった眼窩の奥から、溶接のような青白い閃光が迸っていた。
左腕にしても同様。本来なら存在しない左腕を補うように、断面から眩い閃光のアームが飛び出している。
相当の高エネルギーなのか、まるで誘蛾灯の虫を焼く高圧電流のような音まで聞こえてくる。

能力によるものだった。第四位の超能力者によるものだった。

原子崩し。

誰でも発現出来るような安い能力ではない。美琴の知る限り、その能力を使える人間は一人しかいない。
御坂美琴の口から掠れた声が漏れた。
驚きに目を見開きながら、干上がった喉からその名前を搾り出す。

「……第四位、麦野、沈利……!?」

学園都市第四位の超能力者、麦野沈利は笑いに笑って叫んだ。








「……ひっさしぶりだねぇ、レェェェルガァァァァァァァァァァン!!!!!!」








目の前の痛ましい姿がどういう理由なのか、美琴には分からなかった。
美琴が最後に麦野と会ったのは佐天が誘拐されたあの時だ。
施設が炎上し、危険と判断して美琴はあの研究施設を脱出した。
当然その後麦野がどうしたかは美琴には分からない。

もしかしたら脱出し遅れて施設の炎上・崩壊に巻き込まれてしまったのだろうか。
とにかく、重要なのは麦野沈利は今現在、御坂美琴に対する明確な悪意と殺意を持ってここにいるという事実。
実際麦野は冥土帰しの残した『負の遺産』と呼ばれる技術を使って復活を果たしたわけだが、そんなことはどうでもいい。
だが美琴は、

「……何よ。何なのよ、アンタ」

意味が分からなかった。理解が出来なかった。
麦野の執念が。こんなことになってもまだ自分の前に立ち塞がる理由が。
こんな醜い体になってまで。女どころかまともな人間であることまで捨てて。

「……何でそんなになってまで。馬鹿じゃないの?
何がアンタをそこまでさせるのよ。一体アンタは、何がしたいのよ……っ!!」

美琴の声は掠れていた。

「何故、だぁ?」

麦野は歯が折れてしまいそうなほどに強く歯軋りする。
美琴に対して、獣のように吠えた。
それとも、事実として麦野沈利は獣だったのかもしれない。

「決まってんだろうが。そんなこと分かりきってんだろうが!!
シンプルにテメェが気に食わないんだよ、超電磁砲!
第三位の座を奪ったことも、触れているくせに『闇』に堕ちねぇことも!
テメェのその姿が、声が、言動が! 全てにムカッ腹が立って仕方ねぇんだよ!!」

もっとも、と麦野は続ける。

「滝壺がいりゃあもっと早くテメェをぶち殺しに来れたんだけどな。
まさか絹旗の奴が滝壺連れて逃げるとはねぇ。
おかげで遅くなっちまった。未元物質も殺さねぇといけねぇが、何よりもまずはテメェだ、超電磁砲」

それを聞いた美琴の表情が一変する。
今までは哀れみや戸惑いの色を浮かべていたが、それらが一気に消えてなくなる。
今麦野は確かに「未元物質を殺す」と言った。あの書類によれば未元物質とは垣根の本当の能力名だ。

つまり麦野は垣根を殺そうとしているということになる。
親友である垣根を。今も苦しんでいるだろう垣根を。
理由は分からない。けれど。

「させないわ」

美琴は力強く言った。
友達に手を出そうというのなら、こちらも容赦することは出来ない。
それだけではない。この女は自分を殺すためにここまでになったのだという。
その執念は美琴の理解の外だが、きっと目的を果たすまで麦野は止まらない。
ここまで醜悪な体に成り果てても、ここで見逃せばまた美琴の前に現れるだろう。

「言ってろ。とにかく私はお前を上下左右に裂いて殺す。
お前を殺して、私の方が優れていることを証明する」

美琴には麦野が酷く哀れに思えた。
麦野は序列に取り付かれすぎている。能力こそ全てだと考えている。
序列でしか、自分の価値を、計れない。
この女は止まらない。美琴は確信した。

第三位と第四位、どっちが優れているのか。はっきり白黒つけない限り絶対に止まらない。
どれだけ身体と精神を犠牲にしてでも戦い続けるだろう。
不本意ではある。美琴としてはこの戦いに、この殺し合いに何の意味も見出せない。
だが。垣根を守るためにも、この哀れな女を止めるためにも。

やるしかない。ここで、第四位と決着をつけるしかない。

「……いいわ。けど私は負けるわけにはいかない。
アンタの気持ちに応じて、私も本気で相手になる。だから、全力で叩いて潰す」

麦野はそれを聞くとニィ、と口の端を吊り上げた。
ついに麦野にとって待ちわびた時がやってきたのだ。

「ようやくかよ。待ってたんだ、この時を。
第三位と第四位、どっちが強いのか。第三位の座に相応しいのはどちらなのか。
恨みっこなしだ、超電磁砲。お前の五体を塵にしてでもどっちが上か分からせてやる」

「上等よ」

第三位と第四位。超電磁砲と原子崩し。
二人の超能力者は、向かい合う。
過去戦った時とは違い、一対一で。お互いにほぼ万全の状態で。
麦野はこの体になって弱くなってはいないが、強くなってもいない。
美琴は精神的に若干の揺らぎはあるものの、ほぼ万全に近い状態を保てている。
ハンデとか数とか、そういうものに影響されない本当の決戦が始まろうとしているのだ。

単騎で軍隊に勝る超能力者。個としての圧倒的戦力。

訪れるのは、静謐。
異常なほどに音が死んでいた。
互いの心音が聞こえてしまうのではと思えるほどの無。
嵐の前の静けさとはまさにこのことだろう。



御坂美琴と麦野沈利は静かに向き合って、そして同時に口を開く。




「「証明しましょう」」




超電磁砲と原子崩し、二人の超能力者の歌うような声がただ朗々とこの空間に響く。
そして、決戦の火蓋は切って落とされる。
果たして生き残るのは超電磁砲か、それとも原子崩しか。




「「どちらが上なのかを!!」」




サプライズ☆むぎのん♪

てなわけで投下終了

次回はバトル一色です、ここから先はバトルも会話イベントも総じて無駄に長いので注意を
そしてついに美琴がていとくんの正体を知ったわけですが、正直こうなるのは1スレ目の冒頭の時点でバレバレだったよね……
下手したら4スレ目行くかもしれん、どういうことだ

    次回予告




「こっちよ、ウスノロ」
学園都市。常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴




「ハラワタを、ブチ撒けろォォォォォ!!」
『アイテム』のリーダー・学園都市第四位の超能力者(レベル5)―――麦野沈利

乙!
まさかのむぎのん登場にびっくり
むぎのんはブチ撒けヒロインとっきゅんの後継者だったのかぁ
4スレ目でも5スレ目でもいっちゃって下さい
長く楽しめるのは良き事なりけるのよ



ていうか、この戦いに勝ったとしても、次は・・・




原作のように一方通行と垣根帝督との死闘はあるのか?
それを美琴は目の当たりにするのだろうか?
垣根帝督と第三次製造計画との関係は?
そして美琴はいったいどのような行動を取るのだろうか?

美琴と一方通行との対決以上に悲惨な事になりそう・・・

>>271
能力どうこう以前に「コンディション」「テンション」「地の利」「頭数」の条件が麦野9:美琴1くらいだったのにね
倒せないどころか、KOされる→情けかけられる→煙に巻かれる だもんなぁ・・・
ひとつ覚えの原子崩しも防がれるのに、同じ条件でどう戦えというのか

9:1はさすがに言いすぎ
7:3ぐらいだろ
まあどっちみち、同じ条件じゃ御坂が負ける事はないだろうが
麦野はイキりすぎなんだよな

>>274
レベル5のかませ担当だからなあ…
アニレー2期で華々しくOPデビューしたのに話題になるのは食蜂ばかりという現実が切ない

ゲームで動きまくった麦野がOPで動いたからって、だから何? としか言えないしな。
その点食蜂は……。
加えてしいたけだし。

ゲームの麦のんシナリオはブッ飛びすぎてて実は好き
散歩中のアックアさんに通り魔するとことかヤバイ
一方通行シナリオで上条さんが無言で出てきて無言で倒されるところくらい爆笑した
それにしても今季の超電磁砲は1,3,4,5位出るのに2位は出ないのはいじめかな?
やーい帝督ったらいじめられっ子~

投下しまする クソ長いので注意

>>267
流石に5スレ目はないですが、もともと2スレ目に少し食い込むくらいで終わらせる予定だったのに……
どうしてこうなった

>>269
え、と……すいません!

>>272,>>273
8:2から7:3と言ったところでしょうか
美琴は立っているだけでフラッと倒れそうになっていたので、相当衰弱していたでしょう

>>278
麦野はいい加減名有りキャラに勝つべき
美琴といい垣根といい浜面といい、かなり強いはずなのに勝率がヤバイ
せめて新約6巻の美琴のように強キャラ相手にやり合うくらいはして欲しいものです

>>279
何でや! しいたけ関係ないやろ!!

>>280
psp禁書のストーリーのぶっ飛び方は異常
何故かアックアが学園都市を通りすがったり、サーシャが一方通行や風斬に勝っちゃったり……
psp超電磁砲はかなり面白かったんですがね
そして白い翼六枚生やした人が数百体の巨大なカブトムシ引き連れてそっち行きましたよ

生き残ったのは。

「おおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」

最初に動いたのは第四位。
その右手を大きく振ると、その軌跡をなぞるように青白い光が現れる。
そして全てを無に帰す破壊の力が容赦なく放たれた。
麦野沈利の原子崩しは一切の防御を許さない。

電子を粒子でも波形でもない曖昧な状態に固定する能力。
『曖昧なまま固定された電子』は『粒子』にも『波形』にもなれないため、外部からの反応で動くことが無い「留まる」性質を持つようになる。
この「留まる」性質により擬似的な「壁」となった『曖昧なまま固定された電子』を強制的に動かし、対象を貫く特殊な電子線を高速で叩きつけることで、絶大な破壊力を生み出す。

正式名称『粒機波形高速砲』。触れるもの全てを滅する破壊の具現化。
したがって、美琴は防御という選択肢は最初から捨て回避に移る。
だがそこで麦野の攻撃は止まらない。
麦野の近くの空間に不健康な青白い球体が三つ出現し、それぞれから再度原子崩しが放射された。

「ッ!!」

美琴はかつてやったように原子崩しに干渉し、その全てを捻じ曲げる。
逸らされた原子崩しは工場のあちこちに大穴を開け、破壊の限りを尽くしていく。
やはり原子崩しの破壊力は折り紙つきだ。
間違いなく全能力最高だろう。破壊力一点のみならば第一位すら上回る。

だがその代償か、原子崩しは応用範囲が広くはない。
超電磁砲や未元物質、一方通行の圧倒的な応用力と比すれば何てことはない。
麦野から予想外の攻撃がくる可能性はほとんどないと言っていいだろう。
麦野の攻撃手段は基本的に原子崩しのみ。ならばそれのみに気を配ればいい。

原子崩しを捻じ曲げると同時に前髪から超高圧電流を放つ。
だがそれも美琴がやったのと同様に、麦野に干渉されて曲げられてしまう。

「こっちもお前の力に干渉できるのを忘れたか?
さっさと潰されちまえクモ女ァ!!」

(やっぱり直接的な電撃は効果なし、か)

だがそれは最初から分かっていたこと。
こんな程度の攻撃で第四位を打倒できると思えるほど、美琴は楽観主義者ではない。
麦野が攻撃に回る前に、美琴は追撃をかける。
美琴の目がカッ、と大きく見開かれる。
するとそれに呼応してあたりに散らかっている大量の鉄材が浮き上がり、空中で一列に並んだ。
それはまるで空を翔る竜のようにも見えた。
鉄材は恐るべき速度で麦野沈利に迫る。食らえば悪くて死亡、良くても立つことは出来なくなるだろう。
だが、

「甘めぇんだよクソガキ」

ス、と右手をかざす第四位。
そこに半透明な円盤のようなものが発生し、それに触れた途端鉄材は跡形もなく次々と消滅していった。
原子崩しを防御に転用した能力の応用だ。
原子崩しはその特性上、こうして防御に回ればいかなる攻撃も全てを防ぐことが出来る。
つまり麦野沈利は最強の矛と最強の盾を両立させているのだ。
おそらくあの防御を打ち破る方法はない。

「『原子崩し』を舐めるなよ。攻撃に回れば全てを滅し、守りに転じれば絶対の防御となる。
そんな攻撃で破れるほど安くはねぇ」

(でもあれは一方通行のような自動展開でもなければ全身を覆っているわけでもない。
展開させないか、そこを避けて攻撃を加えることが出来れば!)

一方通行の場合たとえ本人が寝ていても『反射』は働く。
加えて全身を一ミクロンの隙間もなく完全に覆い尽くしてるため、どうやっても攻撃を届かせることが出来なかった。
だが麦野はあくまで手動。ならばそこに突破口はある。

麦野から間段なく放たれ続ける原子崩しを磁力を用いて立体的に回避する美琴。
食らうより防御、防御より回避だ。

「そらどうしたどうした!! 逃げてばっかじゃねえかドMかテメェは!?」

中々攻撃の当たらないことに業を煮やした麦野は懐からあるカードのようなものを取り出した。
美琴はそれに見覚えがあった。

「それ、弾幕を張るための……!」

「覚えていたか。拡散支援半導体(シリコンバーン)。
散々腰振って逃げてばかりだが、もう逃げ場はねぇぞ売女ァ!!」

麦野は拡散支援半導体を一枚空中に放り、それを射抜くように原子崩しを放った。
原子崩しが拡散支援半導体を通過した途端、原子崩しが幾重にも枝分かれして美琴に迫った。
相当の広範囲をカバーしている。暗部に身を置く以上、自身の弱点に対策を講ずるのは当たり前。
磁力をフルに使って破壊の雨から脱した第三位。

だがそこに第四位からの更なる追撃が待っていた。

「―――捉えた」

二枚目の拡散支援半導体。
二撃目の原子崩しの雨は確実に美琴を捉えた。回避できるタイミングではない。
だが、ここで不可解な現象が起きた。
バチバチィ! という音をたて幾重もの原子崩しが全て虚空へと掻き消えたのだ。
これまでのように干渉されて曲げられたのではない。
完全に消滅させられたのだ。

「なん、だ……?」

「分からないの?」

数秒前までと全く変わらぬ姿で君臨するは第三位。
当然その体に傷はただの一つもついてはいない。

「アンタの今の攻撃は範囲は広いけど一つ一つは弱体化している。
威力だけなら普通に撃った方が上よ。
あの程度なら曲げるどころか消し去るくらい造作もないわ。
そっちこそ忘れたの? 八月、私はボロボロの状態でも原子崩しを曲げることが出来た。
なら万全の今ならそれ以上のことが出来て当然でしょ」

「……なーる。どこまでも腹の立つ。
だったら、これならどうだ超電磁砲!!」

要は拡散支援半導体を用いた攻撃では美琴には届かない、ということだ。
もう拡散支援半導体は意味がない。そう判断した麦野は次の一手に撃って出る。
閃光のアームに莫大な光が宿っていく。

そう。拡散支援半導体を使えば掻き消される。
普通に撃てば捻じ曲げられる。
ならば話は簡単で。

第三位の超電磁砲が、消すことも曲げることも出来ない一撃をお見舞いしてやればいい。

「ハラワタを、ブチ撒けろォォォォォ!!」

今までのものとは比較にならない特大の原子崩しが放たれる。
チャージが必要だし、疲労も溜まる一撃ではあるがその威力と大きさは比較にもならない。
直径数メートルの光の砲撃は全てを抉り取りながら御坂美琴に迫っていく。

美琴は考える。これを消すのは絶対に無理だ。
曲げることは全力でかかれば多分出来る、と思う。だが成功する保障はない。
もし失敗すれば本当に愉快なオブジェになってしまう。
とてもではないが、試す勇気は出ない。
ならば残された選択肢はたった一つ。

「そんなもの、まともに受け止めるわけないでしょうが!!」

御坂美琴は磁力を最大にして緊急回避を試みる。
体に多少の負担はかかるが、そんなことは言っていられない。
能力をフルに使用し、まさに間一髪のところで特大原子崩しを回避する。
そのまま磁力線を繋げた金属の壁に猛スピードで引き寄せられながらも攻撃に出る。
まさかこのタイミングで攻撃がくるとは麦野も思わないだろう。
再び磁力を使い、あたりに残されている金属製のものを引き剥がし一斉に麦野のいたところへと向かわせる。

美琴が背中から思い切り壁に叩きつけられたのと、美琴の攻撃が麦野を捉えたのはほぼ同時。
背中に鋭い痛みを覚える。緊急回避はこの加減が出来ないのだ。

(っ痛ぅ……。第四位はどうなって?
まさかあれで終わりってことはないでしょうけど)

麦野沈利は超能力者だ。第四位だ。
そんな簡単に倒せないのは承知している。
おそらく美琴が磁力でかき集めた金属の山の中から、今にでも吹き飛ばして飛び出してくるだろう。
そう考えていたからこそ、突然腹部に加わった強い衝撃に一瞬思考に空白が生まれた。

「がっ……!? げほっ、ほっ、ぅあっ……!!」

御坂美琴の腹に麦野沈利の足が深く食い込んでいた。
恐ろしい威力だ。これがただの脚力とは。
呼吸が止まる。続けて思わず胃の中のものを吐き出しそうになる。
そのまま蹴飛ばされた美琴が床の上を滑っていく。
一体何が起きたのか分からない。
いつの間に、どうやって。そんなことばかりが美琴の中で繰り返される。

「あの程度でお前を殺れるとはハナから思っちゃいなかった」

麦野沈利は危なげなく二本の足で立っている。美琴の磁力攻撃を食らった形跡はない。
実はあの時、麦野は原子崩しをロケットエンジンのようにして放ったのだ。
それを推進力に転換して美琴の磁力攻撃を回避した。それだけではなく、そのまま攻撃に転じていたのだ。

「お前が回避することは読めていた。
だから、私はその隙をついたってワケだ。中房にゃ難しいかにゃーん?」

麦野は美琴にとどめを刺すべく原子崩しを数発放った。
それを必死に捻じ曲げながら美琴は磁力を使って自身の体を持ち上げ、麦野から距離をとる。
迂闊だった。まさか原子崩しにあんな使い方があるとは思いもしなかった。
片手で腹をさすり、咳き込みながらも美琴は麦野から目をそらさない。

近接戦闘はあまり上策とは言えないだろう。麦野の身体能力が高いからではない。
先ほどから美琴はいつもの戦闘スタイルがとれずにいた。
その理由は簡単で、

(ここには砂鉄がない。こんな機械機械したところじゃ仕方ないけど。
おかげでだいぶ取れる選択肢が減ってるわね)

御坂美琴の近接戦闘は砂鉄の剣に依存する。
特定の形を持たない砂鉄の剣は長さを不意に伸ばすことも、鞭のように使うことも出来る。
砂鉄は美琴の主戦力の一つなのだ。
それが使えないとなると、自然に美琴のリズムも崩れてきてしまう。
いつも取っている戦術がとれない。

「どうしたぁ超電磁砲! そんなもんじゃねぇはずだろうが!!
見せてみろよ。それとももう力を使い果たしちまったかァ!?」

そして何よりも美琴を縛っているのが彼女の性格だった。
美琴は人を殺せるような人間ではない。一方通行すら結局殺すことはなかった。
そんな美琴に麦野を殺すという選択肢はなかった。
ところが、こうなると困った事態になる。
対する麦野は全力で美琴を殺しにきているからだ。

本気で殺しにかかってくる相手を殺さずに倒すためには、こちらの実力が数段上でなければならない。
向こうはこちらを殺すつもりだからどんな手段でも使える。自らの体を壊すような、危険な攻撃だって出来る。
そんな相手を正攻法のみで殺さずに勝つためには、実力が五分では分が悪い。
そしてそれが出来るだけの力が自分にあるか、美琴には分からなかった。

いくら美琴が「全力を出す」と言っても、大抵は全力ではない。
決して相手を殺さないように、大怪我をさせないように気遣ってしまうから。
それが半ば無意識的に力を抑えてしまう。それは人を殺したことのない、『表』の人間なら誰もが持っているストッパーだ。
美琴が本当に本気を出したのは一方通行と戦った時くらいのものだろう。
あの時は怒りのあまり手加減なんて考えていられなかったし、また一方通行なら絶対に殺してしまうことはないというのもあった。

だが麦野沈利は違う。たしかに麦野は強いが、一方通行とは比べ物にもならない。
相手が圧倒的格上ならそんな心配は無用だが、麦野とはそこまでの力の差はない。
しかし、それは。美琴は僅かに口の端を吊り上げた。

「笑ってやがる……。諦めて開き直ったか。
それとも第三位らしく何か隠し玉でもあるのか」

だがそれがどれだけ麦野を馬鹿にした、自意識過剰な考えであるか美琴は分かっていた。
麦野はただ美琴を殺せればいいというだけではないはずだ。
第三位の超電磁砲を真っ向勝負で打ち倒し、自らの優秀さを証明する。
それが麦野沈利の目的だったはずだ。
そのためにあんな体になってまで美琴の前に再び現れたのだ。

そんな彼女の気持ちに応えて美琴は本気を出すと言った。
それで本気じゃなかった、なんて分かった時にはそれこそ麦野は激怒するだろう
しかもやりすぎてしまうかもしれないから、という麦野にとっては屈辱過ぎる理由で。

それに、このままでは負けるつもりは全くないが苦戦は必至。
砂鉄が封じられているこの状況で、余裕を持って麦野を倒すのは難しいだろう。
だから、第三位は本気を出すことにした。
やはり殺すつもりはないが、それこそ殺すつもりでかかる。
麦野が全力を出すのなら、こちらも本当に全力で迎え撃つ。
麦野の放った原子崩しを捻じ曲げ、美琴は口を開いた。

「……アンタの気持ちに応じて全力で、なんて言ったけどやっぱりそうじゃなかった、か」

「はぁ?」

美琴は麦野の目を見て、はっきりと言った。

「分かった。やってやるわ。口先だけじゃない、フリなんかじゃない。
正真正銘の全力を見せてあげる。本気の、本気よ」

「くくくっ……。ぎゃはははははは!!
そうだそうだよ超電磁砲!! それでいい!
さっきからお前の戦いに違和感を感じてたんだ!
お前の全力を私の全力で捻り潰す!! それでもって証明完了だ!!」

別に互いに今までがお遊びだったわけではない。
けれどここからはもう一段階上のレベルの戦いとなる。
決戦などではなく、殺し合いだ。
第三位と第四位の本当の戦いが始まる。

仕掛けたのは打って変わって第三位。明らかに先ほどまでとは目つきの鋭さが違う。獲物を射抜くような鋭い目つきだ。
ダンッ!! と床を蹴り猛スピードで麦野へと迫る。どう考えても生身の人間に出せる速度ではなかった。
迎え撃つは第四位。その速度に驚きつつも右腕を居合いのように腰から思い切り振り抜く。
すると原子崩しが途轍もない勢いで半円状に放たれ、一息に扇状に広がり、美琴を両断せんとする。
だが美琴は回避も何もしなかった。
一切の減速をせずにそのまま原子崩しへと突っ込んでいく。

「何っ!?」

まるで美琴の前に見えない壁があるかのように、原子崩しは美琴に触れた部分のみ不自然に歪んで消えた。
だがその他の部分はそのまま工場を輪切りにしていく。
轟音をたて、工場がその形を徐々に失っていく。

だが麦野は続けて青白い球体を四つほど出現させ、原子崩しを乱射する。
その際拡散支援半導体を通したため、その数は一気に膨れ上がった。
雨、という表現がぴったりだろう。それほどの数の原子崩しが美琴に迫る。
その数は一〇〇は超えていただろう。これが通用しないのは分かっていたため、麦野としてはあくまで足止めが目的だった。

だが第三位は一切怯まず原子崩しの雨に飛び込んだ。
原子崩しは美琴に触れるか触れないかといったところで悉く捻じ曲がり、あるいは消失していく。

「『超電磁砲』をあまり甘く見ないでほしいわね。
そんな程度の攻撃で倒されるほど安くはないわ」

原子崩しを打ち破った美琴は左手を振り、雷撃の槍を麦野に向けて放った。
それだけではない。それと同時に鉄材を磁力で操り麦野へ射出する。
雷撃の槍と磁力。この同時攻撃への対処を迫られた麦野は落ち着いて原子崩しの盾を二つ展開、双方を防いだ。

だがそれこそが美琴の狙い。そちらに意識を集中させ、自身から気をそらさせるためだ。
攻撃をしのいだ麦野が見たのは誰もいない空間。
美琴の姿はどこにもない。
必死に美琴の姿を探す麦野に、いつ回り込んだのか背後から声がかかった。

「こっちよ、ウスノロ」

「テメッ……!!」

その声に反応し咄嗟に振り向いた第四位の顎に、第三位の掌底が深々と突き刺さった。
バランスを崩して倒れそうになるも、何とか踏みとどまる。
麦野は激しく動揺していた。

美琴の異常な身体能力だけにではない。何より美琴が格闘を仕掛けてくるとはまるで考えていなかったのだ。
全くの予想外を突かれた麦野は反応が遅れ、まともに食らってしまった。

更に追撃をはかろうと体を沈めて体勢を低くしている美琴に気付き、カウンターを合わせるべく蹴りを繰り出そうとする。
だが第三位の攻撃はまたも予想外のものだった。
何か得体の知れないものが美琴の指から伸びている。
麦野は咄嗟に体を捻り間一髪のところで回避に成功した。

確認してみれば、美琴の右手の五本の指からそれぞれオレンジ色の閃光が瞬いている。
二、三メートルもの長さの溶接や溶断に使うようなバーナー、アーク溶断ブレードが指先から伸びている。
麦野の後ろにあった何らかの機材に美琴のアーク溶断ブレードが触れた途端、それは豆腐のようにあっさりと切断された。
もし当たっていれば最低でも重傷は免れなかっただろう。

だがこの溶断ブレードは本来美琴のスタイルにそぐわないものだ。
出来る出来ないではなく、美琴の流儀にあわない。
なのにそれを使ったのは砂鉄の代わりというのが最大の理由だが、他にも。

「言ったでしょ。本気の本気だって」

「クソがっ!!」

バックステップして距離をとろうとする麦野だが、美琴はそれを許さない。
電撃を放ち、麦野がそれを曲げている間に飛び蹴りを放った。
対する麦野はそれをかわし、美琴の無防備に晒された腹に膝蹴りを叩き込もうとする。
だがその時、美琴の左手にも右手と同じ溶断ブレードが生み出され麦野の足を切断せんと迫った。
慌てて足を止めた麦野に美琴からの絶え間ない連撃が襲い来る。

前髪から飛ばす電撃で麦野を牽制し、アーク溶断ブレードで動きを止め、卓越した身体能力で打撃を加える。
それはまさに蝶のように舞い蜂のように刺す、という言葉がぴったりだった。
電撃を放ち、溶断ブレードを振るい、磁力を用い、裏拳を撃ち、掌底を放ち、蹴りを繰り出し、肘打ちや膝打ちを叩き込み、頭突きまで使い。
一切の間断なく放たれる鬼神の如き怒涛の乱舞攻撃に、麦野は捌くだけで手一杯でとても反撃までは出来なかった。

それでも麦野は原子崩しの球体を要所要所に仕掛け美琴の動きを抑えようとする。
原子崩しは防御不能の一撃だ。威力が高いという以前に、その特性上“そういう風”になっているのだ。
絹旗最愛でも削板軍覇でも原子崩しを食らえば最低でも重傷は免れない。それは原子崩しが防御の固さで勝負できる概念ではないからである。
御坂美琴はその原子崩しに干渉することで防いでいる。

だがそれは逆に言えば干渉する以外に原子崩しを防ぐ方法はないということ。
そして美琴のそれは一方通行の『反射』のような自動防御の類ではなく、麦野の盾と同じく手動で行われる。
つまり麦野から原子崩しをもらう度、美琴はそれを捻じ曲げるために一手間割かなければならなくなるということだ。
麦野が美琴の電撃を曲げるのも同様のことが言えるが、やはり純粋な破壊そのものである原子崩しに干渉する方が手間がかかる。

八月にでも出来たことなので万全の今ならそれは極めて短時間の間に出来ることではある。
だがそれでも、原子崩しへの対処に僅かに美琴の乱舞が緩くなる。
麦野はその僅かな隙を突き原子崩しをロケットエンジンのように射出し、回避すると同時に美琴から距離をとった。
今の美琴の連撃に耐え抜き反撃の機を作ってみせたあたり、やはり麦野も超能力者だった。

「ハァ、ハァ、クソッタレが、テメェ、超電磁砲……ッ!!
分かったぞ、その動き、能力で……」

一連の御坂美琴の動きは本来あり得ないものだった。
勿論音速だとかそこまでではない。だがそれでも女子中学生が、いや生身の人間が出せるスピードではなかった。
どんなに鍛えたアスリートであってもとても追いつけるレベルではなかった。
ならば、そこには何かカラクリがあるはずなのだ。

「そうよ。私は能力で電気信号や筋組織に干渉して本来あり得ないレベルにまで身体能力を高めている。
いくらアンタの身体能力が高かろうと、今の私には及ばないわよ」

学園都市最高最強の電撃使いである美琴だからこそ為せる技だった。
並の電撃使いではここまで精密な操作は出来ない。
一歩間違えば自身の体が弾け飛ぶ可能性をも孕んでいる。
それを可能にしたのが超能力者の超電磁砲だった。

これで近接戦闘の優劣は完全にひっくり返った。
だがこれは美琴にとっても諸刃の剣だった。
確実に麦野を上回るため、美琴は少々無理をし過ぎたのだ。

度を超えた身体強化は美琴の肉体に負担をかけている。
あまり長くは使えない。勿論強化の度合いを下げれば負担も軽くなり長時間の使用も可能となる。
だが相手が麦野沈利であることを考えると、生半可な強化では優位に立てない可能性があった。

そして今美琴が行っている強化度合いが許される最大のレベル。
更に引き上げ、究極音速の世界に突入することもおそらく出来るだろう。
ただこれ以上上げれば肉体への負担が許容量を大きく超えかねないし、音速まで行くとなると数分で体が壊れてしまうだろう。

チッ、と舌打ちして麦野は原子崩しをロケット噴射し、凄まじい勢いで美琴へと突っ込んでいった。
美琴に自分には及ばない、と言われたのが悔しかったのだろう。
その体で美琴を叩き伏せるべく、勢いに任せて膝蹴りを放った。
原子崩しを推進力に換えたその一撃は並の威力と速度ではない。

だがここでまたも不可解な事態が起こる。
麦野沈利の体は美琴の隣を素通りしていった。
美琴はその場から一歩も動いていない。にも関わらず、麦野は攻撃を外したのだ。

「な、に?」

あり得るはずがなかった。
たしかに麦野は美琴目掛けて飛び掛った。
なのに、何故外れたのか。
だが麦野の優秀すぎる頭脳は一瞬で答えを弾き出す。

「テメェ……周囲の光を捻じ曲げやがったな?」

美琴は隠すこともなく答える。
麦野は学園都市で四番目の頭脳の持ち主。
脳開発を受けている科学の最先端、学園都市で四番目ということは世界で四番目の頭脳であるということだ。
単純な頭の出来なら世界最高峰。
そんな麦野ならこんな小細工はすぐに見破られると分かっていたからだ。

「ええ。光や電磁波については様々な議論がなされている。
たとえば光は波なのか粒子なのか、とか。アインシュタインの光量子仮説なんかはそれでノーベル賞を貰ってるわね。
まあそこから量子力学なんてのも発展したわけだけど」

美琴は一度切って、

「でも電磁気学の理論体系を確立したマクスウェルの電磁理論に従えば、光っていうのは電磁波そのものよ。
ただその波長の長さによって呼称が違うだけ。赤外線やら紫外線やらX線、ガンマ線とかって具合にね」

「そうだ。人間は電磁波の中でも見ることの出来る範囲……可視域にある可視光線を光と呼ぶ。
……チッ、超電磁砲。本当に面倒な奴だ」

「そういうことよ。光は電磁波そのもの。
なら私に操れない道理はない。私の能力の真骨頂は多角的に敵を叩く手数の多さよ」

つまり、美琴は光を捻じ曲げることにより麦野に誤った位置に像を結ばせていたのだ。
かつて、美琴は知らないが偏光能力(トリックアート)という能力者がいた。
幻想御手使用者で、白井黒子と交戦した際光を捻じ曲げて焦点を狂わせていた。
座標攻撃を行う白井は相性的に苦戦を強いられたのだが、美琴はそれと全く同じことをしているのだ。
全く電気というものは素晴らしい。ありきたりな能力でも、超電磁砲ともなればこれだけの事象を起こせるのだから。

「その溶断ブレードすらもテメェの応用ってわけだ。器用貧乏って言葉知ってるか?」

「やろうと思えばまだまだ行けるわよ。まずは二倍」

美琴の水平の伸ばされた両腕から出現している溶断ブレードがゴッ!! と不気味な音をたてた。

「まだまだね。もう二倍」

またも溶断ブレードが爆発的な音をたてる。
誘蛾灯の虫を焼くような音が響いた。

「まだ届くわ。更に二倍」

あまりの長さに達した溶断ブレードが工場内に収まりきらなくなった。
その壁を破壊し、外にまで伸びる。

「……更に二倍」

同じ言葉を繰り返す。
あまりにも長くなりすぎたそれは、それぞれ一本の巨大な剣のようだった。
もともとの長さが三メートル超。現在の長さは五〇メートルを超えている。
それを振るう美琴とは明らかに不釣合いな大きさだった。
溶断ブレードに美琴がついている、と言った方が正しく思えるほどだった。
美琴がそれを振るえば、工場ごと丸ごと輪切りにしてしまうだろう。

そのあまりの大きさに、麦野の顔にも驚きと焦りが見えた。
美琴は不敵に笑って言った。

「ま、これくらいかな。とはいえ維持するだけで消耗はするし、長けりゃいいってもんでもないから実用的とはとても言えない。
ここまでになるとむしろ扱いにくくて仕方ないわ。
これを満足に振るおうと思ったら結構な練習が必要ね。
ただ、長さを求めるだけならもうちょいいけるわよ。少なくともアンタよりは器用だと思うけど?」

溶断ブレードが半分ほどの長さに縮む。とはいえ、それでも二〇メートルはある。
巨大な大剣が美琴の一〇指から伸びているようにさえ見える。

「実戦に使おうと思ったらこれくらいが適度なとこかしら。
この程度の長さなら扱える。ま、砂鉄があればこんなもの使うことはないんだけど」

溶断ブレードはあまりにも致死率が高すぎる上に、砂鉄ほどの応用性を持ってはいない。
普段の美琴なら全く必要になることがないものだった。
それに、長ければ優秀というわけでもない。
そしてフッ、と美琴から伸びていた溶断ブレードが空気に溶けるように消滅した。
それを見た麦野が怪訝な目で美琴を見る。

「……何故溶断ブレードを消した? そのまま斬りかかってくりゃよかっただろうが」

美琴はたった一言、何を当然のことを、というように言った。

「必要がないからよ」

麦野が何かを言おうとしたが、それより早く美琴が再度口を開いた。

「行くわよ、麦野沈利」

美琴は一言、宣言するように言った。
その言葉を言い終わるのと同時、美琴が強く金属の床を蹴り飛ばし一気に正面から駆け出す。
ただし、その速度は並大抵ではない。
生身の人間に生み出せる速度ではなかった。
だが、麦野沈利もまた普通の人間ではない。即座に反応し、迎撃する。

「その程度で私を殺れると……ッ!!」

しかし当たらない。麦野の放った大きめの原子崩しは美琴の前で不自然に捻じ曲がった。
今までのように干渉して強引に曲げたのではない。
偏光能力。光を曲げることで像を結ぶ能力を狂わせたのだ。
原子崩しは美琴ではなく、何もない空間を貫いていった。
必然、虚像に囚われ美琴の突撃を許した麦野はその一撃をまともに食らうこととなる。

「がはァ……!」

美琴の打撃が的確に麦野の右肩を捉えた。
骨は折れてはいない。とはいえ、走り抜ける激痛に麦野は動きを止める。
それは人間なら当然の反応だった。
誰だって頭を強く打てば咄嗟に手を頭にやるし、腕を怪我すれば手で腕を抑える。
ただ。学園都市第三位には、その隙が決定的だった。

麦野に打撃を食らわせた美琴は、その勢いを殺さず麦野の後ろまで回り込んだ。
そしてザザザ、と足で床をひっかいて運動エネルギーを消失させる。
それがゼロになった瞬間、つまり美琴の体が完全に止まったその瞬間、再度美琴の体が砲弾のように麦野へ向けて放たれた。
身体強化を受けた脚力だけではない。
自身の体と金属製の床を磁力で反発させ、その双方による後押しを受けて推進した美琴の掌底が、振り返った麦野の顎に容赦なく突き刺さる。

電撃は曲げられ、磁力は防がれるのなら偏光能力を組み合わせた打撃が一番有効だ。
砂鉄は使えず、代わりの溶断ブレードは致死率が高すぎる上、使いにくい。
他に取れる選択肢がないのならともかく、それがあるのなら溶断ブレードの使用は出来る限りさけたかった。

「ぅぐっ!!」

美琴はそこで止まらず、同様にその勢いのまま麦野を通り抜けた。
そしてやはり同様にズザァ、と足で床を擦ってすぐに再度麦野へと猛烈に突撃する。
その動きはプロレスにおけるロープ振りにも似ていた。
ロープにぶつかって大きく振られ、その跳ね返す力を利用して勢いよく突進する。
そして反対側のロープに突っ込み、振られ、その力で突撃してまた反対側のロープへと突っ込み、振られ……。
ひたすらにその単純作業の繰り返し。

とはいえそれ自体はただの突進であり、本来なら麦野には通用しない幼稚な戦術だろう。
だが今の美琴はそれに偏光能力を組み合わせている。
美琴を捕まえようとする麦野の動きは全て虚像を掻き、御坂美琴を捉えることは叶わない。
上下を除いたありとあらゆる方向から御坂美琴が襲い掛かり、少しずつ、確実にダメージを蓄積させていく。

「クッソがァァああああああ!! チョコマカしやがって、ゴキブリかテメェはァ!!」

高まる苛立ちに麦野は叫んだ。もともと麦野沈利という人間は我慢強いタイプではない。
美琴を捉えられず、一方的に攻撃を受けるこの状況に彼女の苛立ちが爆発する。
そして頭に血が上り、余計に冷静さを失い更にどろ沼へと嵌っていく。

「私が光を捻じ曲げてる以上、単純な視覚だけじゃどうしようもないわよ。
直感や空気の動き、そういったものを使わないからそうなるのよ」

肘打ちを叩き込み、膝蹴りを食らわせながら美琴は言う。
一撃を食らわせてはすぐに跳ね返り、また一撃を入れる。
そんな単純攻撃に冷静さを失っていた麦野だが、その言葉に落ち着きを取り戻す。
落ち着きさえ保っていれば、麦野は頭の切れる聡明な人間だ。
弾かれたように突撃してくる美琴の姿を麦野は注意深く観察する。

「……なるほど」

目に見える美琴に攻撃したのでは当たらない。
その左か右か、とにかく周辺に美琴はいる。
大きく深呼吸し、頭を冷やす。
右手に閃光を集約させ、迎撃準備を整えた麦野だったが。

ズンッ!! と。突然腹に走った重たい衝撃に、原子崩しの光が消失する。

「ぁ、かっ……」

馬鹿な。麦野の中に生まれた言葉はそれだけだった。
麦野は冷静に状況を観察し、迎撃準備を整えた。
事実美琴が今までのように攻撃していれば、麦野の反撃を食らっていただろう。
何故そうならなかったのか。答えは単純だ。

単に、美琴が偏光能力を使わなかっただけの話。

散々偏光能力を使い麦野を翻弄し、そして今回は正直に真正面から攻撃したのだ。
美琴の口車に乗せられ、偏光能力にのみ警戒していた麦野は美琴からすればただの的でしかなかない。
能力によって強化され、腰の入った美琴に無防備な腹を激しく殴打された麦野は思わずその場に片膝をついた。

美琴はその隙を逃さず好機到来とばかりに追撃をかける。
麦野は何とか反応し、左の閃光のアームを叩きつけるがそれは虚像。
止めることの出来なかった本物の美琴の一撃に頭を揺さぶられた。

「がァァああああああ!! うっぜぇんだよクソガキがあああああああああああ!!
チマチマチマチマとちゃっちぃやり方しやがって!!」

そして、麦野沈利は取り戻した冷静さを再度失う。
今度は先ほどよりも強く。
反応も鈍くなり、攻撃は単調で大振りになり、晒す隙も大きくなる。
美琴はそれらを突き確実に攻撃を叩き込んでいく。

「どうしたの? もっと頑張りなさいよ」

だがこれも美琴の作戦の内。あえて一度冷静さを取り戻させ、そして再度それを失わせることでより強い興奮状態へと陥らせる。
あえて挑発するような言葉を選んだのも意図的だ。
もはや麦野は完全に美琴の術中に嵌っていた。
冷静さを奪われ、形勢は確実に美琴へと傾いていた。

学園都市第三位。あらゆる事象を自軍とする女王はその手数で以って愚かな挑戦者を圧倒する。
超電磁砲は超能力者の第三位に座する理由を、実力を存分に発揮していた。

美琴が偏光能力を使っているのか使っていないのか。
右か左か。後ろか前か。頭に血が上りきった麦野はそれらに対処出来ず、ただされるがまま。
だが、圧倒的優位に立った御坂美琴には二つだけ誤算があった。

たしかに像を違う位置に結ばせてしまう以上、視覚は当てにならない。
ただ偏光能力に苦戦した白井と麦野では、状況は同じではなかった。
あくまで点攻撃である白井の空間移動に対し、麦野の原子崩しは範囲攻撃を可能とするからだ。

そして何より。麦野沈利という人間は、美琴の想像以上に怒りやすかった。

「ナメるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!!
見下しやがってクソがぁ!! 消し―――飛べぇ!!」

「うぇ!? ちょ、ちょっと……ッ!!」

麦野は先ほども放ったものよりも更に大きい、超特大の原子崩しを怒りに任せて撃ち出した。
莫大な光が麦野に宿っていた。こんな制御も危うい状態のものを撃てば麦野本人も危険なはずだが、それを気にかけている様子はない。
何もかもを削り取って消滅させながら美琴へ真っ直ぐと恐ろしい速度で迫る。
それは光に干渉して誤魔化せる範囲を超えていた。
よって磁力と強化した身体能力を駆使し、ぎりぎりのところで回避することに成功した美琴だが、回避した先に再び特大原子崩し。

回避したばかりで自由に動けない美琴をそれが飲み込む瞬間、唐突に美琴の姿が掻き消えた。
莫大な高圧電流で空気を爆発させ、その勢いで高速移動したのだ。
麦野は特大の原子崩しを叫びながら次々と放っていた。

そのせいか麦野にも疲労の色が見えたが、自身の浪費を無視し全く止まる気配はない。
こんな制御の甘い無茶苦茶なことをしていては、本当に麦野は自身の能力で吹き飛んでしまうかもしれない。
美琴の策は予想以上に効き過ぎ、麦野は半ば暴走していた。

そして先ほどとは一転、美琴は逆に追い詰められていた。
一つ一つの原子崩しが強大過ぎる上に、こうも連発されては回避が間に合わない。
本気でかかれば曲げることも出来るかもしれないが、その最中に二撃目をもらうのは目に見えていた。
あまりにもそれぞれが大きく連発されているため、反撃もままならない。
やろうと思えば出来るかもしれないが、試すにはリスクが高すぎた。

それにこの状態が長く続けば、負荷のかかっている美琴の肉体の方が先に限界を迎えてしまう。
磁力と身体能力を最大に発揮し、緊急回避を幾度も行い、空気の爆発を利用した飛翔をし、何とか回避し続ける。
だがそろそろ危ない。回避速度が遅くなってきている。
このままでは原子崩しの直撃を受けることになってしまう。

(ヤ、バ……ッ!)

まだ大丈夫だ。まだ回避できる。
しかしずっとそれが出来るかと聞かれれば答えはNOだ。
美琴にも限界はある。無理な負担をかけている体が持たなくなってしまう。
だが時間を制したのは美琴だった。

美琴の回避が間に合わなくなるより早く、麦野に限界が訪れたのだ。
原子崩しは相変わらず問題なく撃てているが、目に見えてその弾数と規模は減っている。
汗をだらだらと流し、肩で大きく息をつくまでに疲弊してしまっていた。
今なら間に合う。
そう判断した美琴は目の前に迫った特大原子崩しに両手をかざし、苦戦しながらも最終的には見事逸らしきった。

(今がチャンスなのは間違いない。これ以上不必要にアイツを追い詰めると何をしでかすか分からない)

ただでさえたった今自滅まがいのことをやったのだ。
そのうち本当に自爆でも図りかねない。
早急にケリを着けることにした美琴は、磁力であたりに散らかっている鉄材をありったけ操作した。
先ほどからの原子崩しのせいで、もはや工場は穴だらけで天井もほとんど破壊され空が見えていた。
これほどまでに破壊されれば当然瓦礫や金属片も大量に発生する。
細かいものではなく、できるだけ大きいものを選んで自らの支配下に置く。
その数は二〇や三〇ではきかない。巨大な鉄塊が大量に宙に浮かんだ。

「ハァ、ハァ、ハァ、テメェ、何を……」

「アンタは可哀相な奴よ。序列でしか自分の価値を計れなくて、そのために自分の体まで壊して。
何かに取り憑かれたように、もう引き返せないところまで来てしまった。だから私がアンタを解放する」

「ふっ……ざけんじゃねぇぞぉぉぉぉ!!」

美琴は右の拳をグッ、と握り締めた。
すると美琴の磁力で操られた大量の、そして巨大な鉄材や何かの機械は一気にある一点へと猛スピードで集約し出した。
即ち、麦野沈利のいるところへ。
大量の、そして超重量の物質が地面に直撃したことにより粉塵が舞い上がる。
あたりが地震に見舞われたように大きく揺れ、前方が全く見えなくなるほどに、工場内を覆い尽くすほどの粉塵が発生していた。

だが麦野沈利は生きていた。原子崩しのジェット噴射でその場を離脱していたからだ。
そして、ここまでは美琴の想定通り。
美琴は一方向からではなく全方位から取り囲むようにしてぶつけたため、麦野が原子崩しの盾ではなくジェット噴射で回避すると踏んでいた。
しかしあたり一帯は砂煙で完全に覆われ、一メートル先すらも見えない状態だ。
そうなると麦野は原子崩しで煙を吹き飛ばそうとするに違いない

「今更目くらましかよ。おいおい、あんま失望させんな! 居場所はモロバレなんだよぉ!!」

美琴の予想通り、麦野は原子崩しを放って粉塵を散らそうとしていた。
だが麦野沈利も超能力者。暗部で活動している身。
自分の横から噴煙に紛れて近づいてくる美琴の気配を暗部で培った鋭い勘で察知、すかさず迎撃のために原子崩しを放った。
ところがそれは美琴を貫くことはなく、かと言って防がれるでもなく、それどころか何もない空間を裂いていった。
それを見て、学園都市第四位の麦野沈利はしまった、と思った。
これは違う、と。









自分の見た御坂美琴は、虚像だ。








「つーかまーえたー」

隙を晒した麦野沈利を、背後から美琴ががっしりと捕まえた。
最初からこれこそが狙い。
この舞い上がった粉塵に紛れて麦野を捕らえるためだったのだ。
粉塵の中で麦野は美琴の居場所を正確に知る術はないが、美琴は電磁波レーダーにより正確に麦野の居場所が掴める。
そして保険のため光を捻じ曲げ虚像も作っておいた。

「ッ!! なんだと……ッ!!」

美琴に捕まえられている以上、原子崩しのジェット噴射は使えない。
振りほどこうと思えば振りほどけるが、この零距離では何をするにも美琴の方が確実に早い。
つまり、チェックメイト。詰み。勝敗は、決した。

「終わりよ、麦野沈利。この戦い、勝たせてもらったわ」

勝利宣言をした第三位に、第四位は醜く顔を歪めた。

「クッッソがぁぁぁぁ!!」

麦野が原子崩しで構成される閃光のアームを美琴に叩きつけようとする。
美琴を消滅させようとする。だが。

「遅いッ!!」

美琴は麦野に超高圧電流を直接流し込む。
決して死なないように、後遺症を残さないように。けれど絶対立ち上がれないように。
バチバチッ、バリバリバリバリィ!! という耳を劈くような恐ろしい雷鳴と共に青白い電撃が麦野沈利へと流れ込んだ。
美琴のそれは何の抵抗もなく麦野の体を貫いていく。

「ぐあああああああああああ!!!! ちっくしょおおおおおおおおおお!!!!」

喉が裂けるほどに叫んで、叫ぶ。
麦野沈利の体の感覚が失われていく。意識さえも。
ガクッ、と麦野の力が抜ける。ついに気を失ったのだ。

あたりに静寂が訪れる。つい先ほどまでの死闘が嘘のようだった。
立っている御坂美琴に、気絶して倒れている麦野沈利。
誰が見ても勝敗は明らかだった。
ついに超電磁砲は原子崩しを破ったのだ。

両者を明確に隔てたのは応用力の差だった。
麦野の『原子崩し』の応用は幅が狭い。
応用力が広ければ、それだけ取れる戦術も広くなる。
どうしても麦野の戦い方は限られてくるのだ。
勿論原子崩しはそれを補って余りある恐ろしい能力だが、相手が同等以上だとそれが致命的となりえる。

対して御坂美琴の有する力―――能力名『超電磁砲』は圧倒的な応用力を誇る。
その桁外れの出力も勿論だが、何よりもその真骨頂は美琴本人が言ったように多角的に敵を叩く手数の多さにこそある。
今回砂鉄を封じられていても代わりに溶断ブレードを生み出したり、焦点を狂わせたり、身体強化や電磁波レーダーだったり。
その他挙げればキリがないほどのレパートリーを有している。現に超電磁砲以上の応用力を有しているのは未元物質と一方通行だけだ。
それこそが彼女の勝因。他を寄せ付けない女王の牙。

御坂美琴は、倒れ伏し動かなくなった麦野沈利を悲哀の混じった目でいつまでも見つめていた。

投下終了

しっかしこれだけ1レスに詰め込んでも25レスとはなんつー長さだよ
しかもこの先にはこれより長いバトルがあるという……
どうしてこうなった

そしてこのSS最大の重要シーンが近いよ、やっとだよ……

    次回予告




「だから、お願い。ねぇ、もうやめようよ。戦う必要なんてなかったのよ。
―――もう、殺し合いなんてやめよう」
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴




「何するのじゃねぇよ誰が更年期障害だブチ殺すぞコラ」
『アイテム』のリーダー・学園都市第四位の超能力者(レベル5)―――麦野沈利

乙  能力戦ももちろん面白かったけど麦野の脚力に瞠目したw  この後の2人の関係に期待 

御坂無双しすぎじゃね?
まあ、面白かったから別にいいんだけど

レベル5 第四位 麦野沈利

・たった一発ぶん殴るだけで浜面に吐き気を催させつつその腹を橋の欄干に食い込ませる
・地上数メートルはあると思われる橋の上から線路に飛び降りつつ地面に手を突き刺す
・浜面が限界になるほど走って逃げ続けたにもかかわらず平然として追ってくる
・爆発を受け吹っ飛んだ直後の浜面に追い付いて正確に耳の中にドライバーを差し込む
・拳銃弾を何発も食らって立ち上がる
・女子高生とはいえそれなりの重さがあるであろう滝壺を片手で引きずった挙句投げ捨てる
・3メートルの高さにある通路から金網の上へ、
 その金網の上から飛行機を格納できるくらいの広さのある最下層へ華麗に着地
・蹴りの一発で浜面を数メートル宙に舞わせ、その蹴りを7~8発も連続で放つ
・往復ビンタで人の首がメトロノームみたいに揺れる
・空き缶放り捨てる様な気軽さで浜面を片手で横に投げるとノーバウンドで街路樹に『激突』する

誤爆

>>322
いや全然違う
実際に殺す殺さないは置いておくとして、剣心は不殺を誓って、つまり「殺さないつもり」で逆刃刀を使っている
御坂は……麦野と殺し合いをしたくないから圧倒的な実力差を見せつけたいように見えるが、「それこそ殺すつもりでかかる」らしいし、溶断ブレードなんて当たったら本当に死ぬレベルの攻撃をしておいて、剣心と同じく「殺さない為に使わない」なんて事はないだろ。
それに工場内で弾が沢山ある状況下だし


でも実際のところは散弾超電磁砲を>>1が知らなかっただけなんだろうな

むしろ[ピーーー]のが目的なら逆に大技なんか要らないっていうね
フレンダの人形操作した時みたいに生ぬるいことせず、ボルトでもナットでも磁力で全方位から高速で打ち込めば終了な気がするし
なかなか説得力のあるバトルだったな

>>313
麦野はレスラーだから……

>>315
もともとこの二人なら美琴の方が上だし、万全ならこんなもんかなと
勿論麦野の火力も相当なものなので、確かに壁があるけど絶対超えられないほどの壁ではないでしょうが

>>320,>>321
あながち誤爆でもないから困る
浜面を片手でぶん投げる麦野マジレスラー

>>323
散弾超電磁砲は知ってますが、あれ名前しか出てなくてどういうものか一切不明ですし……
しかもギャグシーンで出たものなので、本当にあるかすら怪しいという

>>327
きっと原子崩しジェット噴射で避けます

あ、投下は今日か明日には……

投下するのである

お前らあんまり麦野イジメんなよ!!

因縁からの解放。

「テメ……ッ! 超電磁砲!!」

破壊の力が麦野に集約されるが、結論から言ってそれが放たれることはなかった。
美琴はゆっくりと首を横に振って、目を伏せた。

「もう嫌よ……」

美琴がポツリと呟いた。
意識して言葉を選んでいるのではなく、体の底から自然と言葉が溢れてくる。
美琴はただそれを口から発しているだけで、感情だけの言葉は論理性のとれたしっかりしたものにはなり得ない。
ただ、それでも良かった。とにかく美琴はもう嫌だった。
美琴は溢れる激情に逆らわず、その身を預けた。

「……何の、つもりよ……」

「何で私たちがこんな風に殺し合いなんてしなきゃいけないの!?
そもそも対立のきっかけになったあの『実験』だって、ホントは学園都市のちゃんとした大人たちが解決しなきゃいけない問題じゃなかったの!?
腐ったマッドサイエンティスト共や上層部の救えない連中が、この街の『闇』を作ってたんでしょ!
絶対能力者なんて“クソ下らないもの”に取り憑かれた連中が!!
何でその尻拭いのために学生の私たちがこんな必死にならなきゃいけないのよ!!」

「…………」

麦野は何も答えない。
口を挟まず、かといって美琴に攻撃を加えるでもなく、黙ってその言葉を聞いている。
支離滅裂な、勢いだけの滅茶苦茶な言葉。だがそれでもそれらは確実に麦野に響いていた。

「アンタだってあの三人と仲良くしてたんじゃないの!?
あのピンクのジャージの子と、茶髪の女の子と、金髪の外人と!!
私はアンタたちのことなんて何も知らない。それでも八月の時とこの間に少しは見た。
アンタたちは暗部とはいえ同じ組織にいる仲間だったんでしょ!? 背中を預け合ってたんでしょ!?
なのに何でよ。何でこうなったのよ!!
アンタは女で、控えめに見ても美人だったのに!
そんな醜悪な体に成り果てて、仲間も捨てて、もう意味が分からない!!」

麦野沈利は既にボロボロだった。
顔には酷い火傷を負い、片目は潰れ、左腕も千切れてなくなっている。
以前からは想像もつかない有様だった。

更に内側を見たらどうなっているのだろう。
内臓は本来なければならないだけの数が揃っているのか。
それは本来あるべき位置に収まっているのか。
あるいは“増えてはいないか”。
それすらも分からない。

あの施設で美琴と別れた後、麦野沈利に何があったのか詳しいことは分からない。
だが、それでもこれだけは分かる。
麦野の負っているダメージは明らかに許容量を超えている。

こんな風に美琴を追って、暴れて、戦っていい状況ではないはずだ。
一体どれだけの技術を投入してその体を支えているのか分かったものではない。
結局麦野沈利は学園都市に翻弄された操り人形だ。
暗部に沈み、心を壊し、ここまで堕ちて。
もしこのまま復讐に取り憑かれて死んでしまえば、それは最後まで学園都市の思う壺なのではないか。

「ねぇ、私の無様なところが見たいのならいくらでも見せてあげる。
公衆の面前で土下座したっていいし、死ぬほど頭を下げるし、靴底を舐めたっていい。
序列第三位っていう座だって欲しいならあげるわよ!! “そんな程度”で戦いが終わるならいくらでも投げ捨ててやるわよ!!
何だってやってやる!! プライドなんて犬に食わせろ。序列なんてドブにでも捨ててしまえ。称号なんていくらでも泣かせろ!!」

それは御坂美琴の本心だった。
常盤台という名門校に属し、血の滲む努力の果てに超能力者の第三位を勝ち取り、けれどまだ一四歳の中学生。
そんな彼女が必要なら全てを投げ捨てると言ったのだ。

何年もの時間をかけて得た第三位なんていらないと。
一四歳という難しい年頃で、しかも女の子なのにいくらでもプライドを捨てると。
それでこの悲劇の連鎖が断ち切られるのなら、と。
麦野との戦いに負けるわけにはいかなかった。けれどそれは第三位という序列が惜しかったからではない。

そして麦野沈利は美琴の言葉に驚いていた。
麦野は自分を第三位の座から引き摺り下ろした美琴に対して強い憎悪を感じていた。
自分の方が第三位に相応しいに決まってる、とここまでして美琴を殺そうとした。

だが美琴はその第三位の座をいらないと言った。
自分が異常なほど執着していたものを。美琴が努力の相応の対価として得たものを。
まるで何でもないことのように。
それを聞いた途端、麦野はここまで序列に拘っていたことが馬鹿らしく思えてきた。
目の前の年下の少女がいらないと捨てるものに対して、自分は惨めにしがみついて何をやっているのだろう、と。

唐突に、それは他人の残飯を漁るような行動としか思えなくなった。
目の前の少女はそれに価値を見出さず、ただのゴミとして捨てた。
なのに自分はそのゴミ袋を開封し、中身を漁っている。

そして麦野は美琴と同じく何でこんなことになったのだろう、と思った。
麦野沈利はあまりにも悪意に塗れていた。
超能力者になって、暗部に堕ちて、どうしようもない程に壊れていった。

それは確かに麦野沈利という人間の性質だ。
人を殺すことに躊躇いなど覚えない、彼女の人間性だ。
それは周囲が誘導した程度で生まれる災厄ではない。
そういう領域から外れてしまった、どうしようもない怪物だった。

だが、それでもだ。それでも全てを仕組み、誘導し、麦野のような者を生み出し笑っている人間がいるのなら。
それは麦野をも凌駕する強大な悪意なのではないか。
一方通行と同じ。一方通行も、麦野沈利も。笑って人を殺せる怪物だ。
それでも、その根本的な原因を辿っていけば、結局のところ行き着く先は学園都市上層部。

御坂美琴はそんな麦野の目を見て、決して視線を逸らさぬまま続けた。

「だから、お願い。ねぇ、もうやめようよ。戦う必要なんてなかったのよ」

美琴は懇願するように、宣言するように、言った。

「もう、殺し合いなんてやめよう」

それを聞いた麦野はハッ、と笑った。
嘲笑ではない。もはやどれくらいぶりなのか想像も出来ないほど久しぶりの、純粋な笑い。
ソファに寝転がったまま上半身だけ起こしていた麦野は、体から力を抜いてドカッとソファに倒れこむ。

「……だからオマエは甘ったれのクソガキだって言うのよ。
ここまで来て言葉で解決しようって? ホンット、甘すぎてヘドが出るわね」

けれど、それが御坂美琴という人間。
別に美琴は麦野の目が覚めるまで待つ必要なんてなかった。
麦野は気絶していたのだから無視して立ち去ることも、殺すことも簡単に出来た。
少なくとも麦野だったら間違いなく殺していただろう。

だが美琴はそうしなかった。彼女はあくまで話し合いでの解決を望んだ。
そこが美琴と麦野の違い。善人と悪人の境目。『表』と『闇』の境界線。そう考えた。

「好きにすりゃあいいさ。敗者にあれこれ言う権利はないしね。
全く、負けた挙句に命も取られないなんて屈辱以外の何物でもないわね」

麦野沈利は御坂美琴に敗北した。
それは何の言い訳も出来ない事実。純然たる敗北だった。
麦野沈利の全力は御坂美琴に叩き潰された。
しかも美琴はギリギリの辛勝というわけではなく、まだ幾分か余裕すらあった。
それが意味するところは美琴と麦野の間には確かな壁が存在するということ。
決して絶対に超えられない、という程のものではないだろう。だがそれでも確かに差はあったのだ。

もともと、薄々感じていたことではあった。ただ絶対に認めたくなかっただけで。
麦野を開発した研究者曰く、生存本能がかけているセーブを外せば超電磁砲を瞬殺出来るらしい。
それを麦野が聞いた時、思わず腹を抱えて笑ってしまったのを覚えている。
それはただの自爆じゃないか、と。出せない本気に何の意味があるのか、と。

それにこれは逆を言えば自爆以外に美琴を倒す術はない、という意味にもとれて。
そんな予感がついに証明されたというだけだ。
麦野が欲していたのは第三位の座だが、それ以上に美琴と自分のどちらが優れているのか、という結果だった。
その結果が出た今、そして序列へのこだわりを捨てた今、もはや麦野に美琴と戦う理由は存在しない。

「良かった……。本当に良かった……」

美琴は感極まって体を震わせた。
麦野は自分の提案を受け入れてくれた。
八月から続いた殺し合いに終止符が打たれた。
それはつまり麦野を縛り付けていた鎖が断ち切られたということだ。
もうこれ以上、目の前の哀れな女が自分を壊していく必要はない。
全てがあるべき場所に戻り、麦野はまたいつもの日常へと戻っていくだろう。

だが、

「どのみち私はもう終わってる。戻る場所も何もない」

「あの三人がいるじゃない」

「私は復讐のために全てを捨てた。『アイテム』も、勿論あいつらも。
滝壺に無理やり体晶だって使わせようとしたんだ」

「でも分からないじゃない。その『アイテム』の人たちは今でもアンタの帰りを待ってるかもしれない。
笑顔で迎えてくれるかもしれないじゃない」

「ボケてんのか超電磁砲。んなワケねぇだろ」

「ううん、そうとは限らない。一万人以上殺した私にだって待っててくれる人はいるのよ?
あの第一位にすらね。だから決め付けないで。きっとアンタの居場所になってくれるはずよ」

勿論保証などどこにもない。
美琴は『アイテム』のメンバーのことを何も知らないし、どんな関係だったかもよく分からない。
だがきっと大丈夫だ、と思った。根拠なんてなくても何故かそう思えた。

「私は間接的にとはいえ滝壺を殺そうとしたんだぞ。『アイテム』を引き裂こうとした。
今更どの面下げて戻れって言うんだ」

執拗に躊躇う麦野。そして美琴には何となくその理由が分かった。

「もしかして、アンタは怖いの? 戻って、仲間に拒絶されるのが」

麦野の肩がビクッ、と震えた。図星だったからだ。
人間、誰かに拒絶されるのは嫌なものだ。
それも相手がかつての仲間ともなれば当然の感情だろう。

ジッと麦野を見つめる美琴に、麦野は観念したように大きくため息をついた。
ゆっくりとした動作で起き上がって、呟くように答えた。

「……ああそうだよ。怖いさ、拒絶されるのが。
ハッ、笑えよ超電磁砲。天下の第四位サマはずいぶんと臆病者になっちまったみたいね」

自嘲するように麦野は笑った。
今まで麦野は一度も恐怖というものを感じたことがない。
暗部での仕事だって楽にこなしてきたし、垣根や美琴といった格上と対峙した時でも恐怖は感じなかった。
そんな中で始めて感じた恐怖が拒絶される恐怖。
何とも情けない、と麦野は自分を卑下した。

だが美琴は笑わず、そっと麦野の肩に手を置いた。
麦野は呆然と美琴の顔を見た。美琴は笑みを浮かべていた。

「信じなさい。私を、じゃなくてアンタの大切な仲間を。
もし駄目だったら、死ぬほど謝って頭を下げて許しを乞うの」

そこで美琴は一回言葉を切って、麦野の目を見て力強く言った。

「そうしたら、アンタたちはもう一度『アイテム』になれる。必ずなれる!!」

その言葉に驚きを隠せずにいた麦野だったが、やがて再び素直な笑みを浮かべた。

「ケッ。お前に『アイテム』の何が分かるってんのよ」

「何も分からないわよ。だから言ったじゃない、私のことなんて信じなくていいって。
アンタは自分の大切な仲間だけを信じなさい」

「仲間、か……」

麦野は過去の光景を思い出す。
いつものファミレスに屯って、くっついてくるフレンダを引き剥がしたりした。
絹旗の持ってくるC級映画の情報に呆れたりした。滝壺はいつもボーッとしていた。
そして麦野の鮭好きに皆にため息をつかれたりもした。

それは傍から見れば友達同士がわいわいやっているようにしか見えなかったはずだ。
そんな時間を少なからず楽しいと感じてもいた。
もし、あのころに戻れるのなら。もし、今からでも遅くはないのなら。

「……そうね。うじうじ悩むなんて私らしくもない。
やってやるわよ超電磁砲。学園都市第四位の超能力者の次元の違う謝罪ってもんをあいつらに見せてやる」

「どんな謝り方するつもりよ!?」

「そんなことも分かんないのかにゃーん? これだから中房は」

「分かるわけないでしょうがぁ!!」

「ま、とにかく私はあいつらを信じるわ。
お前のことは信じないけど。ええ、もうこれっぽっちも信じないけど。
小指の甘皮ほども信じるつもりないわ。信じるくらいなら死を選ぶわ」

「おい」

確かに信じなくていいとは言ったが、何もそこまで言わなくたっていいのではないか。
微妙にショックを受けながら美琴は思わず突っ込んだ。
ついさっきの死闘が嘘のような光景だった。
美琴と麦野が冗談を言って笑いあっているという、絶対にありなかった光景。

「お前みたいな生き方も、出来るんだね」

そう言ったのは麦野。
突然のその言葉に、美琴は意味が分からない、と目をぱちくりさせた。

「……は? いきなり何言ってんのアンタ?
もしかして更年期障gったぁぁぁぁ!!」

言葉の途中でバチィン!! と麦野の猛烈な右のビンタをもらった美琴。
途轍もない威力だ。早速赤くなっている頬を片手で押さえ、思わず涙ぐんで抗議する。

「にゃ、にゃにするのよ!!」

「何するのじゃねぇよ誰が更年期障害だブチ殺すぞコラ。
……私が言ったのはお前みたいに『表』に生きるってことだよ。
超能力者にまともな生き方なんて出来るわけないと思ってた。
『闇』を知っていながら平然と暮らしているお前は逃げてるように見えた」

「……うん」

「けどきっと違うんだね、お前はただ逃げてるだけじゃない。
『闇』を知って、その中に飛び込んだりしながらお前は絶対に『闇』に染まることはなかった。
私なんかには到底出来なかったことだよ。その強さが正直羨ましい」

「違う。私がいつだって帰ってこれたのは、支えてくれる人たちがいたからよ」

「それでも、そこにはお前の強さも絶対にあったはずでしょ。
お前は私みたいな暗部の人間の希望になり得る。
無理やりに暗部で働かされてる人間、そこから抜け出そうと頑張ってる人間。
私のような超能力者。多少条件は違えど、『闇』から抜けることは不可能じゃないんだ、と。
超能力者でも、化け物でも人並みに生きられるんだ、ってね」

学園都市の『闇』はあまりにも深く、粘着質だ。
一度捕まればもう抜けることは決して出来ない。
そのままぬぷぬぷと、底なし沼のように際限なく深みに嵌っていってしまう。

だが御坂美琴はそんな『闇』に何度も触れていながらも取り込まれることはなかった。
量産型超能力者計画の時も。絶対能力者進化計画の時も。残骸の時も。一方通行と再会した時も。
その事実が、光を求める人間にとっての希望となるのだという。

「違う……。違う、私はそこまで大それた人間じゃない」

「お前が『闇』に飲み込まれなかった、っていう事実が大切なんだ。
だけど、お前はこのまま真っ直ぐ生きてくれ。私みたいに屈せずに、ね」

「……うん。約束する」

そう言って、麦野と拳をぶつけた。
言われなくとも、美琴は『闇』に堕ちてやるつもりなんてない。

そこに飛び込むことはあっても、絶対に帰ってくる。
とっくにそう決めていた。
そして美琴にはまだもう一仕事残っている。
かけがえのない親友である垣根帝督と会わなくてはならない。
麦野の妨害を受けたが、もともと垣根のところに行くつもりだったのだ。

「それじゃ私はもう行くわね。助けなきゃいけない親友がいるの」

「そう。誰だか知らないけどお前ならきっと大丈夫だよ。
こんな私を引っ張りあげたお前ならね」

「うん、ありがとう“麦野さん”。
あ、アンタはすぐに病院に行かなきゃ駄目だからね!
第七学区にあるカエル顔の医者がいる総合病院ね!
それとお仲間と仲良くね!!」

それだけ言って、美琴は麦野をおいて部屋を飛び出した。
向かうは勿論垣根のところだ。
今度こそ、御坂美琴は友達を助けにいく。










そして残された麦野は部屋の出口を見つめ、小さく呟いた。

「しっかりやんなよ、“美琴”」

麦野は立ち上がり、大きく伸びをする。
ここにはおそらくすぐに警備員がやってくるだろう。
というかむしろ何故まだ来てないのか疑問すら覚える。
あれだけ暴れたというのに。人気のない学区だからだろうか。
だがいずれ必ずやってくるはずだ。そうなると少々面倒くさい。
麦野なら全員消し飛ばすことも可能だが、そんな気分でもない。

「警備員やら風紀委員やらが来る前に退散するかね」

麦野は美琴の後を追うように部屋を出た。その足取りはしっかりしていて、迷いがない。
やり直す。まずは病院に行って、『アイテム』のメンバーと会うことから。
そしてその後はどうしようか。学園都市上層部のクソ共を皆殺しにでもしてやろうか。
麦野はそれを想像し、獰猛に笑った。

麦野沈利は、帰っていく。
ヘドロの中へ、元いた場所へ。血の臭いのする世界へ。
だが今度は今までとは違う。
麦野沈利はこの時、新たなステージへと踏み出していた。

ここからが反撃の時。

(楽しいねぇ。目的があるっていうのは、本当に楽しい)










「ぐぁ、あ、ごほっ……」

「…………」

「や、やめてくれ、頼む、俺たちが悪かった!
何でもする、金もある、だからもうこれ以上はやめてくれぇぇぇ!」

そこには三人の男がいた。
一人は既に息絶え、一人は瀕死の重傷を負っている。
そして最後のもう一人にも死が迫っていた。
男に死をもたらす死神は、目の前にいるたった一人の青年。
非常に整った顔立ちをして、茶髪にホストのような服装をしている。
その男の名は垣根帝督。暗部組織『スクール』のリーダーにして、学園都市第二位の超能力者だ。

別にこの男たちは特別悪党というわけでもなければ、仕事で抹殺を依頼されたわけでもない。
学園都市には大勢いるただのスキルアウトだ。
ただ垣根をカツアゲしようとしたのが運の尽きだった。

垣根帝督は暗部の人間にしてはかなり人間味のある方だ。
敵対する者であっても小物なら見逃す。
だが不運なことに今の垣根は不機嫌だった。いや。そんなものではない。
今までにないほど、完全に荒れ狂っていた。

ともかく、今の垣根に無謀にも自分に絡んできたスキルアウトを見逃してやるほどの余裕はなかった。
一人は腹が赤黒く抉れて死んでいる。一人は右腕が切断されて痙攣している。
そして垣根は男の命乞いに一切の耳を貸さず、ただ無言でその力を振るった。
男の断末魔の絶叫をBGMに圧倒的な殺戮が行われる。

まず瀕死の男に容赦なく止めを刺し、最後の一人の体が弾け内臓と血があたりを綺麗に彩った。
正に地獄絵図。誰が見ても吐き出してしまうような無明の地獄。
能力で何らかの防御を展開しているのか、垣根が返り血を浴びることはなかった。

「……ゴミクズが。俺の癇に障ってんじゃねえよ」

その地獄を作り出した張本人は無表情で呟いた。
あたりに散らばっているクズ共とその破片を無視し、垣根はフラフラと歩く。
そんな瑣末事は気にしない。どうせ下部組織あたりが勝手に動いて隠蔽するだろう。

どこへ行くでもない。目的地などない。
まるで足元のおぼつかない酔っ払いのように歩く。
全く分からない。何もかもが分からない。

自分の身体と精神を何かが蝕んでいることはだいぶ前から気付いていた。
上層部からの連絡にやけに苛立ちを覚えたりしたのがそれだ。
そして膨れ上がったそれは学園都市第七位の超能力者、削板軍覇との戦いによって解消された。
全てではないが、彼との戦いがいわゆる一つのストレス解消となっていたのだろう。

だがそれも長くは続かなかった。
安定を取り戻した垣根だったが、ある事件をきっかけに垣根の心は再び不安定となった。

それが御坂美琴と一方通行との一件。
あの問題に解答などあるはずがなかった。何をどうしても待っているのは悲劇だけのはずだった。
美琴が一方通行を殺して双方共に破滅するか、一方通行が自殺でもするか、それとも一方通行が美琴を殺してしまうのか。

一方通行は史上最悪の殺戮者だ。そんな奴に救いなどあるはずもない。あってはならない。
今まで自分の罪から逃げ回っていた一方通行に、ついに断罪の刃が振り下ろされるはずだったのだ。
御坂美琴という最上の死刑執行者によって。

だが結論から言って、一方通行が断罪されることはなかった。
それどころか悲劇など一切起こりはしなかった。
あの男は結局美琴と対峙しても何の裁きも受けず、またのうのうといつもの暮らしを送っている。
打ち止めと一緒に、平然と。あれだけのことをしておいて。

一方通行は悪党だ。そして打ち止めは善人だ。これは間違いない。
しかも一方通行は加害者で、打ち止めは被害者で、美琴と同様遺族でもある。
普通の人間なら―――少なくとも垣根には、そんな真似は出来ない。
一体どの面を下げて、という話だ。

一方通行や垣根帝督のような、真っ黒に染め上げられた悪が善人と一緒にいることなど許されない。
黒と白を混ぜれば、多少薄まろうとも結局白は黒になってしまう。
美琴も美琴だ。結局彼女は罰らしい罰を一方通行に与えることはなかった。
RSPK症候群を引き起こすほどに悩んでいたくせに、導き出した結論は言葉での解決。
その結果あの殺戮者は今も野放しになっているのだ。

(何でだよ。何であんな終わりがあるんだよ。
おかしいだろうが。何をどうしても待っているのはバッドエンドのはずだろうが。
あんなハッピーエンドなんざ悪党に用意されてるはずがねえだろうが!!)

垣根帝督の中の“それ”は限界を迎えようとしていた。
もはや一時の誤魔化しでどうにかできるレベルではない。
だが“それ”の名前が分からない。その原因も分からない。

(クソが。クソクソクソクソクソクソクソ!!
一体何だってんだよ!! 分からねえ。何も、分からねえんだ……)

フラフラと、指先でちょっとつつくだけで倒れてしまうのではないかと思えるほど不安定に垣根は歩く。
彼はどこを目指しているのか。何を求めているのか。
それは本人にも分からなかった。

投下終了である

次回はいよいよあの二人(とりあえずぼかしてみる)が対峙します

ここで注意!
次回は>>1の注意書きにもありますが、捏造設定の嵐です
そしてところどころに置いた伏線になってない伏線()の回収回

しかしていとくん、第三章では470レスの間出番がなく、今回も前スレ>>871から479レスぶりの登場かぁ……
そんなんでメインなど片腹痛いわ!!

    次回予告




(……超能力者って、本当に何なんだろうね)
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴




「どれだけ暗い世界にいようが、どれだけ深い世界にいようが、必ずそこから連れ戻す、だと?
出来るわけねえだろうが。そんな簡単なわけねえだろうが!!
これが俺の世界だ。闇と絶望の広がる果てだぁッ!!!!」
『スクール』のリーダー・学園都市第二位の超能力者(レベル5)―――垣根帝督

乙!
あの二人……?
一体誰なのかしら(すっとぼけ)

もやしは工場で作っているから旬は特になく、セロリは地域で旬が違い、一年中流通しているから実質旬はないのだとか。

納得の出番の少なさ一方通行

ヴェルサスが15でPS4とかマジかよおい
PS4買わなきゃいけなくなったじゃないかコラ
本気の本気で心の底から期待してるんだよワールドマップがあるとか飛空艇があるとか切なく暗い話だとか
PVも凄いしもう世界観も全てが俺得なんだよここまで来たらいくらでも待ちますから本当に頑張ってくださいお願いします

え、禁書SS? 三日以内には何とか……(震え声)

15のPVとプレアイブルムービー凄すぎて脱糞した

はぁ……しかしミコっちゃんの私腹姿は可愛いな……
常盤台の冬服を超える可愛さだよ……もうあれが破けていくなんて興奮するね!
麦野さん、次回の放送ではもう放送できないくらい破いちゃってください!

さて、投下するんだよ! ……もうちょっと経ったら

え 私腹?  腹は見えていなかったはず

>>379
私服の変換ミスですね。ミコっちゃん可愛い

天才と凡人の違い。










御坂美琴は暗くなった学園都市の上空を舞っていた。
学園都市には高層ビルが非常に多い。
今の時代、『外』にだって多いだろうがこの街ではその数は更に跳ね上がる。

そしてそういったビルを建てるのに金属を使わないことなど不可能と言っていい。
それこそ前時代的な木造建築にでも戻らない限りは。
そしてそこに金属があるのなら、それはその全てが御坂美琴にとっての足場となる。
美琴にとってビルの壁に“立つ”ことなど容易いことだ。

それと似たようなもので、まるでスパイダーマンのようにビルからビルへ磁力線を繋げ移動していく。
高度数十メートル。目も眩むような高度を超能力者は自在に駆けていた。
恐ろしいスピードで擬似的な飛行を行う。
だが垣根は一向に見つからない。こんな高度から一人の人間を見つけられるはずがないので、別に美琴は垣根をピンポイントで探しているわけではない。
おおよその方角を掴もうとしていたのだ。こんな高層ビルの立ち並ぶ街のド真ん中にいるとも考えにくい。

しかし手がかりは見つからず、美琴はとあるビルの屋上に足をつけ羽休めをする。
そこから下を見下ろせば、眼下に広がるは科学の街学園都市。
あちこちでネオンが点き始め、美しい光景が浮き上がってきていた。

『表』と『闇』、両極端な二つの面を持つ街。
そして今美琴が目指しているのは舞台裏である『闇』の面だ。
総人口およそ二三〇万人。その内の一人を手がかりもなく見つけ出すことなど不可能に近い。
だがその時、美琴の目がある一箇所を捉えた。

(……あれは)

そこだけ街中と違いライトアップが為されていなかった。
いや、正確にはされてはいるのだがその光は非常に弱い。
だが何よりそこは美琴にとって非常に縁のある場所だった。

最近だけでも二度そこに行っている。
そしてそこではいつだって歓迎できない出来事が待っていた。
今回も、そうなのだろうか。

美琴は目を細め、曖昧なままに高度数十メートルから身を投げた。
傍から見れば投身自殺にしか見えないその光景は、しかしこの超能力者にとっては違う。
御坂美琴はそのままその場所へと向かった。
どうせ目印になるものなどないのだから、とりあえず気になったところは行ってみようと考えた。





学園都市第三位、『超電磁砲』御坂美琴は第七学区のとある鉄橋にいた。
ここに来るのは久しぶりでも何でもない。
つい先日訪れたばかりなのだから。
思えばこの鉄橋は何度も美琴にとって重大な場面を迎えた場所だ。
『実験』時、妹達を助けるために命を捨てようとした美琴をここで上条当麻が止めてくれた。
ほんの数日前、ここで最狂最悪の虐殺者と二度目の邂逅を果たした。
昨日、ここで一方通行と決着を着けた。

本当に不思議な縁だ。
そしてその縁はまだ切れないらしい。
昨日今日と連続でこの鉄橋は美琴に決断を迫る。
何故ならそこに垣根帝督の姿を認めたから。
親友が、『実験』時の美琴と同じようにポツリと立っているのに気付いたから。

まるで世界に自分一人しかいないように、垣根は立っていた。
だが御坂美琴はその世界にズカズカと踏み入っていく。
かつて上条がこうして自分を助けてくれたように。

(垣根……。今行くから。アンタは一人じゃない)

美琴のコツ、コツという足音に反応し、うな垂れていた垣根が顔をあげた。
二人の視線が交差する。そこに言葉はなかった。
薄暗い夜の始まりの中で、御坂美琴と垣根帝督は向き合った。
どれくらいの間そうしていただろうか。数秒にも、数十分にも思える。
お互いに言葉は交わしていないのに、垣根はまるで全てを悟ったように口元に笑みを浮かべた。

「そうか。その顔、その眼。真実を、知ったのか“超電磁砲”」

垣根帝督が口を開いた。
いつもの、あのクールでありながらどこか子供染みていた垣根帝督はどこにもいない。
冷たい声だった。認めたくないが、たとえるなら一方通行のようだった。
冷徹で、残忍で、無慈悲で、人を殺すことに躊躇いを覚えない殺人鬼のような。

「垣根、」

胸にちくりとした痛み。垣根を助けると誓ったものの、やはり苦しかった。
難しい事情なんて何もなくてよかった。ただの仲のいい友達として、垣根と同じ時間を過ごしたかった。
友達に、『超電磁砲』なんて呼ばれたくはなかった。いつものように名前で呼んでほしかった。
けれどそれは叶わぬ夢で。現実は今目の前にある。
どこまでも残酷なこの世界は、御坂美琴に平穏な生活を送らせてはくれない。

「どうして、こんなことになっちゃったんだろうね」

きっと、こんな日が来ることは決まっていた。
いつから? あの話が『スクール』に入ってきた時から? 二人が出会った時から?
それとももっと後だろうか? もしかしたらその遥か前から?

出会いは、ろくなものではなかった。
けれどあの時から、青年と少女の物語は交錯した。

垣根と美琴が対峙している。
夜の闇の中で、御坂美琴が垣根帝督に呼びかける。
そう言う美琴の顔は酷く悲しそうで。
対照的に、垣根は感情というものが全て消えてしまったかのようにどこまでも無表情だった。

「必然だ」

垣根が答えた。
まるで事前に用意していたかのような即答。
それを聞いた美琴は僅かにまぶたを伏せた。

「テメェと俺は決して交わらない、対極の存在だ。
住んでいる世界が違う。科学と宗教みてえなもんだ。最後には必ず対立し、それぞれの領域に引っ込む」

垣根帝督は言った。分かっていたことだと。予定調和なのだと。
信じたくなかった。これからも今までのような日々が続いていくのだと思っていた。
世界は、どこまでも御坂美琴を苦しめる。大きな壁を乗り越えたばかりの少女を容赦なく攻め立てる。

美琴は決して言うことのなかったはずの言葉を。
言う必要もなかったはずの、言いたくもない言葉を、言った。
精一杯の勇気を振り絞って。それは答えを聞くのが怖いから。
ここまで来て、それでも少女はどこかで期待してしまっていた。
何かの間違いであったらいい、と思わずにはいられなかった。
たとえそれがどれほど愚かしく思えても。













「垣根。―――……アンタは一体、何者なの?」












垣根はフッ、とこの状況にそぐわない笑みを浮かべた。
そして、答えた。美琴の質問に正直に。ただ真実だけを。

「―――……俺は、学園都市の暗部組織『スクール』を率いる者」

垣根帝督の背中からシルクを擦り合わせたような、小気味のいい音が響く。
シュルッ、という音と共に垣根の背中に展開されるは左右三対、計六枚の翼。
美しさと、まるで異世界から引き摺り出してきたかのような異質さを併せ持つ純白の翼。
六枚のそれは僅かな発光を伴って、夜の闇を切り裂くように優雅に広がり、天使の如きシルエットを暗闇にくっきりと浮かび上がらせた。

『未元物質』。この世に存在しない新物質であり、垣根帝督の有する真の能力。
大能力者の『物質生成』などではない。そんな低俗なものでは断じてない。
これこそが学園都市の序列第二位に君臨する圧倒的な力。
唯一一方通行の代わりになり得るとされ、アレイスターの『プラン』にも組み込まれる途方もない素質。
未元物質を展開した垣根は美琴を突き刺すように見て、続けた。

「オマエを監視するために差し向けられた、超能力者だ」

それを聞いた美琴は、くしゃ、と顔を歪めた。
怒りに。悲しみに。悔しさに。後悔に。虚しさに。

垣根の口元には、笑み。
愉快そうに口の端を吊り上げて、問う。




「―――絶望したかよ?」




「……それが真実なのね」

「そうだ。オマエの知る垣根帝督などハナからどこにもいねえ。
俺は、垣根帝督は俺一人だ」

垣根は断言した。御坂美琴の知る垣根帝督など存在しないと。
だが美琴は知っていた。確かに存在する垣根の一面を知っていた。
だから、美琴は諦めたりはしない。諦めるわけにはいかない。諦められない。

「テメェらは一度でも俺を疑ったか? 質問したか?
俺はテメェに能力は大能力者の物質生成だと言ったが、一度でもテメェは俺の能力らしい能力を使ってるとこを見たことがあるか?
一人でも俺の人間関係を把握しているか? テメェと初めて会った時もそうだ。
“第三位のテメェの一撃をモロに食らって、かすり傷一つつかなかったこと”をおかしいとは思わなかったのか?」

だが美琴はそれを聞いて、酷く動揺した。
その通りだったからである。美琴は垣根のことを何も知らない。
言われて見れば垣根が能力を使用しているところなど見たことがない。
それらしいところを見たところはあるが、その時も垣根はいつだって身一つだった。
今広げているような得体の知れない翼など生やしてはいなかった。
美琴の電撃のような、目に見えるはっきりとしたものは一度も使ってはいなかった。

そもそも垣根の言った物質生成という能力にも何故興味を持たなかったのか。
結局これは嘘の能力だったわけだが、物質生成とはどう考えても電撃使いや発火能力者のようなポピュラーなタイプではない。
いかにも珍しい能力である。にも関わらず、美琴はただの一度もその能力について聞いたことがなかった。
興味を示したことがなかった。「どんな能力?」程度の質問すらもしなかったのだ。

理由は美琴にも分からない。たとえ美琴が質問していても、垣根が真実を話すことは絶対になかったはずだ。
だがそれでも、美琴が垣根のことを知ろうとしなかったのは事実である。

そして垣根の人間関係。これは心理定規と名乗る女と会った時も感じたことだが、美琴は全くそれを知らない。
ただの一人も垣根の関係者を知らない。兄弟でも、担任でも、友人でも、顔見知り程度でも。
普通ならいるはずだ。美琴にルームメイトの白井黒子や友人の佐天らがいるように。
上条当麻に同居人のシスターや担任の月詠小萌、友人の土御門元春らがいるように。

だがしかし、それが垣根となると不自然なほどその人間関係は不透明だ。
およそ一ヶ月もの間、毎日と言っていいほど遊んでいたのに一度もそういった人間と会っていない。
そこに疑問を感じはしなかったのだろうか。

「材料はあったはずだ。決め手となるような隠し味はなかったとしてもだ。
それなりの料理は出来たはずだ。テメェも、上条も、人を疑わなすぎる」

思えば、他にもあった。
垣根が一日風紀委員をしたあの日のことだ。
あの日、無能力者狩りをしている能力者を二人で捕まえに行くこととなり、一本の路地裏へと出向いた。
そこで垣根と美琴は二人組みの能力者の奇襲を受けたことがあった。
美琴は己の能力の応用である電磁波レーダーを用い事前に察知し、回避することに成功した。
だが、垣根帝督はどうだ?


    ――『(……来たわね。反応は二。後方三メートル地点から上方二メートル地点に一人。
       もう一人は前方僅か一メートル地点、そこから上方二メートル。二人とも廃ビルに身を隠してるわね)』――


    ――『垣根』――


    ――『ああ。“分かってる”』――


何故垣根は“分かっていた”のだろう。
能力者の隠れ方がお粗末すぎた、というわけでもないのに。
垣根帝督は大能力者の極普通の青年なのだ、“まさかそういった状況に慣れているわけでもあるまいに”。
しかもそれだけではない。その能力者の能力を分析した時にも今思えば疑問点はあった。


    ――『(一人は空力使い、もしくは風力使いね。もう一人は……)』――


    ――『念動能力者。もしくはお前と同じ電撃使いだな』――


たしかに、不可能ではないだろう。
ATMの残骸が飛んできたところからそう推測するのはとんでもなく難しいというわけでもない。
だが、だ。それでもあまりにも垣根の判断は速やかで鮮やかすぎた。
隠れている能力者を一瞬で見破ったのと同様、一目それを見ただけで能力の系統を看過してみせた。
美琴のように、これまで学園都市の暗部と戦ったことがあるわけでもない。
風紀委員でもなく普通に日々を過ごしてきた一般人の青年とするには、あまりにも戦い慣れしているように思える。

そう考えると、あの日の出来事も疑わしく思えた。
一〇月一八日、垣根、美琴、上条、白井の四人でカラオケに行った日だ。
その日四人は偶然遭遇した銀行強盗の犯人を捕らえた。

だがその犯人は小細工を施しており、美琴、上条、白井の三人が捕まえた男は囮で、本命は別にいた。
すぐに美琴と白井は気付いたものの、三人が三人共一度それに騙された。
だというのに、垣根は一目でそれが囮と見抜き、美琴たちが囮に気をとられている内に本命を捕らえていたことがあった。

やはり大能力者の一般人というには鋭すぎる。
暗部との戦闘経験もある超能力者よりも、数多の事件を解決している風紀委員の大能力者よりも。
大能力者と言うとたしかに能力は強大だが、婚后光子や本物の海原光貴を見れば分かるように普通の人間なのだ。
明らかに垣根帝督はその範疇から逸脱していた。

そして何より決定的なのが、垣根と初めて会ったあの時の出来事。
あの日、御坂美琴の上条を狙って放たれた雷撃の槍は垣根帝督に直撃してしまった。
そう、『直撃』した。完全な不意打ちの形で、美琴の攻撃は垣根の体を貫いた。

にも関わらず、その後垣根はまるで何でもないことのように立ち上がり、事実ピンピンしていた。
これは、おかしくないだろうか。
いや、絶対にあり得ないことだ。


    ――『あっ!? す、すみません!! 大丈夫ですか……!』――


    ――『落ち着け御坂! とにかく早くこの人を病院に連れて行かないと……』――


    ――『……その必要はねえよ』――

    
    ――『あの……本当に申し訳ありませんでした。大丈夫ですか? お怪我などは…』――


    ――『あぁ、大丈夫だって。心配すんな』――


美琴の放った一撃は無論加減は為されているが、あくまで上条が打ち消すという前提の元の一撃である。
つまりスキルアウトなどを追い払う際のように繊細な加減をしていたわけではない。
最大出力の一〇億ボルトオーバーには程遠いとしても、間違いなくそれなりの出力ではあったはずだ。

それは並の能力者には到底耐えられるはずのないものだ。
大能力者であっても、不意にそれを食らって平気でいられるわけがない。
仮に耐えられたとしても、ああも平然としていられるはずがないのだ。
なのに垣根はかすり傷一つ、火傷一つすら負うことはなかった。
だが美琴はそのことに一切疑問を感じることはなかった。

一つ一つを別々に考えれば、そう気になることでもないかもしれない。
ただ頭の切れる青年、で済ませられるかもしれない。
だがこれだけの事実が積み重なれば、偶然で流すには厳しくなってくる。
超能力者の不意打ちを受け無傷、強盗の策謀を一目で看過、隠れている人間の気配をあっさりと掴み、一瞬で相手の能力を正確に分析する。
これだけのことを、大能力者とはいえあくまで風紀委員ですらない一般人の青年がやってのけたというのか?

垣根の言う通りだ。材料はこんなにもあったのだ。
美琴の電撃を受けて全くの無傷だった、という隠し味になり得るスパイスすらあった。
なのに、御坂美琴は料理をしなかった。
具材の並べられたまな板を前に、美琴は手をつけることはなかった。

人を疑え。それは食蜂操祈にも言われたことだ。
お前は人を信じすぎる、と。身近にいる人間が莫大な悪意を隠していることだってあり得る、と。
あの食蜂の言は正しかった、ということになるのだろうか。

たしかにそうなのかもしれない。
もし美琴が暗部の人間のように警戒心が強かったら、垣根の不自然さに気付けたのかもしれない。
食蜂や麦野、一方通行のような人間ならばこれだけの材料があれば、的確に調理できただろう。
だがそれでも、美琴の答えは食蜂に言った時から変わりはしない。
美琴は毅然とした態度で断言した。

「信じたいから。疑うよりは信じたいから。
だって友達を疑うなんて、苦しいじゃない。悲しいじゃない」

「ヘドが出るな」

今まであれだけ遊んで笑い合っていたはずの男が、美琴を否定する。

「分かってんのか、テメェのその無用心さがこの状況を招いたってことに。
テメェが気付けていたら、ここまで面倒なことにはならなかったはずだぜ」

「それでもよ。どんなに甘いと言われたっていい。
それでも私は友達を、アンタを疑いたくなんてない」

「その甘い考えが身を滅ぼす。所詮テメェがさっきから並べてるのはただの綺麗事だ。
『そっち』ならともかく、『こっち』じゃそんな綺麗事は通用しねえんだよ。
俺だってそれこそヘドが出るようなクソッタレの外道なんだ。いい加減に自覚しろ、世界が違うんだよ」

御坂美琴と垣根帝督では住んでいる世界が違う。
美琴の甘さは優しい、お人好しと言われるものだ。
だが垣根の甘さは全く違う。彼の世界で甘さを見せれば待っているのは己の破滅。

そして『闇』に踏み込むのなら甘さを捨てろ、と垣根は言う。
そうでなければ騙され、利用され、捨てられ、滅びるだけだと。
だが御坂美琴は決めていた。約束していた。

(麦野さんとも約束した。絶対に『闇』に堕ちないって)

必要ならば『闇』にも飛び込め、されどそれに身を染めるな。
光輝く太陽のように、ただ『闇』を晴らす光であれ。

「アンタだってこっちの世界で生きてたじゃない。
私たちと一緒に過ごした時間は? アンタが浮かべてた笑顔はどうなのよ?」




    ――『そんな本何に使うんだよ?』――


    ――『そりゃあ何ってナニに……うぉ!?』――


    ――『学校の課題で、レポート書かなきゃいけないのよ!』――


垣根帝督は『表』の人間のように過ごしていたはずだ。

    ――『どうした上条。知恵熱か?』――


    ――『上条さんを赤ん坊と同じにしないで!?』――


    ――『口より手動かしなさい』――


普通の学生のように、下らない話をして盛り上がっていたはずだ。


    ――『ちょっと待ちなさいよ。アンタとは、その、ペ、ペペペペ……』――


    ――『どうしたペペペマン』――


それは誰が見ても友人同士が戯れているようにしか見えなかったはずだ。


    ――『でかしたぞ御坂。早くもフラグが効果を発揮した』――


    ――『だ、だからフラグって何なのよー!?』――


垣根帝督は美琴たちと過ごす時間を楽しんでいたはずだ。


    ――『な、なら私はこれで……。垣根、頑張って』――


    ――『あ、コイツも応援の風紀委員だ。迂闊にも腕章忘れちまったらしいがな』――


垣根帝督はその時間に素直な笑みを浮かべていたはずだ。
難しい事情などなく、本当の友人のように。
そこに偽りはなかったはずだ。

「戯れるな」

だが垣根はそんな美琴の言葉を一蹴した。
美琴の希望を一つ一つ砕いていくように、言った。

「言ったはずだ。俺がテメェに近づいたのは仕事だからだ。
テメェと『友達ごっこ』をしたのもその方がやりやすくなると踏んだからだ。
俺は悪意と欺瞞に満ちている。テメェの言う時間も、笑顔も、全て虚構だ」

その瞬間、美琴の体からふっと力が抜けた。
一瞬で涙を浮かべそうになるほどに、垣根の言葉は御坂美琴の心を激しく抉り取った。

『友達ごっこ』。

その言葉は美琴を絶望させるには十分すぎた。
セブンスミストで買い物をしたのも。ボーリングに行ったのも。
ゲームセンターで遊んだのも。カラオケに行ったのも。喫茶店でくつろいだのも。
スキルアウトの集団と戦ったのも。一緒に一日風紀委員をしたのも。

全てが虚構。簡単に砕けて散る幻想。
所詮は子供がするような、ただのごっこ遊び。
目覚めれば消える儚い夢。

それを強く感じさせられた。
美琴の日々は鮮やかに輝いていた。垣根と知り合ってからの一ヶ月。
毎日のように遊んで、馬鹿をやって盛り上がった。
超能力者ということで何もしなくても周囲から距離を取られてしまう美琴には、初めての体験だった。

白井や佐天、初春らと遊ぶ時とはまた違った経験。
普通の学生がするような、けれど美琴にとっては得難い貴重な時間。
本当に、楽しかった。心の底からそう思っていた。

ところがどうだ。垣根はただの仕事でやっていたごっこ遊びだと言うではないか。
ただ一人舞い上がって笑っていたのは自分だけ。滑稽なピエロだったというわけだ。
楽しんでくれていると思っていた垣根は、ただ事務的に仕事をこなしていただけだった。
本当はやりたくもないのに、仕事だからと嫌々付き合っていただけ。

きっと美琴と離れているプライベートな時間には、他の仕事もこなしていたのだろう。
おそらく人殺しなんて日常茶飯事。
美琴といる時は欺瞞の仮面を被り、それをとった時が垣根の本当の姿。
美琴の知らない裏では薄汚い汚れ仕事をやっていた。それが垣根帝督だ。

気付けば、美琴は震える指でスカートのポケットから一枚のコインを取り出していた。
それはゲームセンターでよく見るような、何の変哲もないただのコイン。
ただ美琴がコインを取り出した時、それはただのチップ以上の意味を持つ。

即ち超電磁砲。

第三位たる御坂美琴の切り札であり、同時に美琴の能力名でもある。
震える右手で、垣根に向け超電磁砲を構える。
それは数日前と全く同じ光景だった。
この鉄橋で、一方通行に超電磁砲を向けたあの時と。

「……本、気で、言ってるの?
嘘だった、って言うの? 私、たちの一ヶ月は、無意味だって?」

垣根は超電磁砲の有効範囲内にいる。
放たれれば、たちまちに消し飛んでしまうだろう。
だが垣根は全く動くこともなく、淡々と、感情のない平坦な声で事務的に答えた。

「そうだ。全てが幻想。ツクリモノだ。
理解しろ超電磁砲。無駄だったんだよ。ただの『友達ごっこ』だ」

垣根はその言葉がどれほど美琴を傷つけるか分かった上で、あえてその言葉を選ぶ。
目の前の物分りの悪い少女に現実を突きつけるために。
そしてその予想通りに、御坂美琴はその言葉に心を貫かれる。

(やめて……。やめてよ……)

「テメェもガキのころやらなかったか?
そういうごっこ遊び。俺はそれに付き合ってやっただけだ。
テメェのおままごと、『友達ごっこ』にな」

執拗にその言葉を繰り返す垣根。
ただのおままごと。子供の遊び。
親友からのその言葉は、少女の脆い心を確実にズダズタに破壊していく。

垣根が再び口を開く。開こうとする。
駄目だ。あの口が開いたら、そこからはまた大切な思い出を否定する言葉が飛び出してくる。
これ以上は駄目だ。耐えられない。これ以上否定してほしくない。
御坂美琴にとって何物にも代え難い記憶が壊れてしまう。
他ならない、一緒にその思い出を築いたはずの親友の手によって。

頭の中が真っ白になった。
気付いた時には、既に御坂美琴の超電磁砲は放たれていた。
もしかしたら美琴は目の前の自分を否定する垣根帝督を打ち払って、友人である『垣根帝督』を取り戻そうとしていたのかもしれない。
問題はどちらが垣根の本質であったのかということで。

「ッ、垣根ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!」

コインがオレンジ色の閃光となって撃ち出される。
しまった、と思った。爆発する感情に流されて、気付けば撃ってしまっていた。
音速など軽く超え、しかしそれは真っ直ぐに垣根の隣へと向かっていく。
ギリギリのところで美琴が何とか軌道を逸らしたのだ。

いかなる遮蔽物をもぶち抜く第三位の力は、それがかき乱す空気だけで風力使いを無効化する。
たとえ直撃を避けたとしても、超電磁砲が巻き起こす圧倒的な衝撃波と烈風が垣根を襲う。
そして垣根の体はボロクズのように宙に投げ出される、はずだった。

だが垣根帝督は信じられない行動に出た。
わざわざ脇に移動し、超電磁砲を自分から受けに行ったのだ。
そんなことをすればどうなるか一番よく分かっている美琴は、その顔を絶望に染める。

しかしここでまたもや信じられないことが起きた。
垣根が背中の翼の何枚かを一振りする。
それだけだ。たったそれだけで、絶対的な美琴の超電磁砲はバギィン!! という轟音を立てて消滅した。
無論垣根に傷はない。傷一つない。
冗談のような光景だった。

「ぇ、あ……」

美琴はそのあまりの光景に絶句する。言葉が出てこない。
こんな風に超電磁砲をあしらったのはこれまで一方通行だけだ。
二人目。学園都市第二位は、一方通行と同じくあっさりと防いでみせた。
上条当麻というイレギュラーを除いて、自分より上位に位置するたった二人の超能力者にはまるで通用しない。

御坂美琴は本能で理解する。
まるでハエを叩き落すかのような動作で自分の超電磁砲を防いでしまう相手に、勝ち目はない。
麦野沈利を打ち倒した彼女をして、まるで歯が立たない。
力の強弱ではない。どっちが強いとか、そういうレベルですらない。
文字通り次元が違うのだ。

だがそれもほんの刹那のこと。それより御坂美琴を襲っている感情があった。
今、自分は何をした。誰に向かって超電磁砲なんて撃った。
もし垣根が防げなかったらどうなっていた。友達をどうしようとした。

激情に駆られて、一瞬とはいえ自分を見失い取り返しのつかないことをしなかったか。
自分のした行動に愕然とする。プルプルと唇が震えた。
だが垣根はそれを超電磁砲が防がれたことによるものと解釈し、口の端を吊り上げた。

「本来ならテメェの超電磁砲は俺をブチ抜いていたはずだ。
速度も威力も、申し分なかった。まあ超電磁砲は仕組み的にもっと上にいけるはずだがな。
ただ相手が悪かったな。学園都市第二位、未元物質。そいつに既存の常識は当てはまらねえんだよ」

垣根帝督が緩やかに手を動かす。
それに呼応して何かの力が美琴の体を横薙ぎに襲った。
それが何なのか、垣根が何をしたのか。それすらも分からないまま美琴は吹き飛ばされ、鉄橋の落下防止用の鉄柵に叩きつけられた。
ガシャア!! と鉄柵が金属特有の嫌な音をたてる。

麦野沈利を打倒した第三位の超能力者は、あっさりとその膝を地につけた。
無論戦えないほどのダメージを受けているわけではない。
不意打ちだったというのもあるだろう。だがそれでも、超電磁砲をいとも容易く防がれた時点で優劣は明らかだったのだ。

「ゲホッ、ゴホッ……」

激しく咳き込みながら美琴はよろよろと立ち上がる。
考えていたのは超電磁砲を防がれた恐怖ではない。
理解不能の力で吹き飛ばされたことでもない。
驚きこそしたが、そんなことは至極どうでもよかった。

何故なら“御坂美琴は戦いに来たのではなく、助けにきたのだから”。
ただ先ほど超電磁砲を放った己の行動を悔い、責めていた。
効いた効かなかったではない。親友を傷つけようとしたこと自体が許しがたいものなのだ。

(全く……本当に何をやってるのかしら、私は)

自嘲しながら垣根の前に立つ。
そして美琴は己の頬を、思い切り自分の拳で殴りつけた。
ドゴ、という音と共にビリビリと鋭い痛みが走る。少しやりすぎたかもしれない。
だがそれくらいは当然だろう。まだまだ足りないくらいだ。
その一連の行動を見ていた垣根はわけが分からない、と言うような目で美琴を見た。

「……ついにラリッちまったか? いい医者知ってるぜ?」

いきなり自分で自分を殴ったのだ、わけが分からなくて当然だろう。
だが美琴はその垣根の言葉を無視し、両手を左右に大きく広げて立ち塞がるように立った。
その拳は握り締めない。まるで敵対の意思がないことを示すように。
垣根は迷いを振り切ったような目で見つめてくる美琴に、素直な疑問をぶつけた。

「何の、つもりだ?」

「私は戦わない。アンタとは戦いたくない」

美琴はハッキリと断言した。
先ほどまで散々揺さぶられていた心は安定を取り戻した。
廃工場であの書類を見つけた時に思ったはずの、なのに失念していたある事実を思い出したから。

「だって、垣根は友達だもの」

そう言って御坂美琴は笑った。
無理に作ったものではない。純粋な、友人に向けるような警戒の色がない笑みだった。
当たり前だ。何故友達を警戒しなければならないというのか。
垣根はその言葉に初めて感情を揺らした。
僅かな動揺を隠すように、垣根は言った。

「その年でもうボケてんのか。ちょっと前の会話を忘れるとはちっと物忘れが激しすぎねえか?」

美琴は垣根の僅かな動揺を見逃さなかった。
青年の瞳が、迷うように動いたことに気付いていた。
御坂美琴は人間の感情の機微に鈍くはない。
ことそれが今のような状況となると、小さな動きでも見逃さない自信があった。
自らの言葉が少しでも垣根の心を動かした。
その事実を胸に美琴は続ける。

「アンタがそう思っていなくても、アンタは私の友達よ。
それにさっきの話。やっぱりおかしいわよ。
だって、アンタが浮かべていた笑顔はどう考えたって作られたものなんかじゃなかったもの」

「ッ」

何か心当たりがあるのか、垣根は僅かに顔を歪めた。
美琴から見た垣根の笑顔は本物にしか見えなかった。
おそらく上条当麻も同じことを言うだろう。
つまりそれは、垣根帝督は美琴たちと過ごす時間を確かに『楽しい』と感じていたということだ。
美琴は好機到来とばかりに一気に畳み掛ける。

「それにさ。たとえこれまでの日々が全て偽物だったとしても。
それでも絶対にツクリモノなんかじゃない事実がある」

それこそが美琴が垣根を頑なに信じ続ける最大の理由。
垣根帝督が善性を有しているという何よりの証。

「―――垣根帝督は、確かに人を助けたじゃない」

「…………」

「覚えてる? アンタが黒子の挑発に乗っちゃってさ、一日風紀委員やったじゃない。
意外と子供っぽいところもあるのね、アンタ。
危険な能力者を倒したり、スリを捕まえたり、交通整備のお手伝いしたりさ。
正直本当に風紀委員っぽかったわよ。それに黒子から聞いたんだけど、佐天さんも助けてくれたらしいじゃない。
しかもそれだけじゃなく、泡浮さんのことも。本当にありがとうね」

沈黙する垣根に美琴は優しく言い聞かせるように、大切な思い出を一つ一つ話していく。
この夢のような日々の名残を消さないために。

「……もういい」

「覚えてる? アンタは私が自分を見失って暴走しちゃった時、助けてくれたじゃない。
あれ、本当はアンタが止めてくれたんでしょ?
あの時のアンタの言葉に私がどれほど救われたか。本当に感謝してるのよ?」

「……れ」

美琴は語りをやめようとはしない。
ただ自分の想いを言葉にのせて紡ぎ続ける。
それが親友の心に強く響くことを信じて。

「覚えてる? アンタはスキルアウトに絡まれてる湾内さんを助けてくれた。
そういえばこれが私が初めて見たアンタの人助けね。あの時に垣根にある優しさを確信したんだっけ」

「……まれ」

美琴は垣根に伝えなくてはならないことがあった。
それはある人からの伝言。頼まれたのはずいぶん前だが、何だかんだで伝えられないでいた。
だが結果的にはそれは良かったのかもしれない。
そのおかげで、これ以上ないほどの最高のタイミングでその言葉を垣根帝督に届けることが出来る。
そういえば、と美琴は前置きして、

「湾内さんが言ってたわよ。『助けてくれてありがとう』って。
それと早くお礼をさせてほしいってさ。垣根。湾内さんの笑顔はアンタが作った笑顔よ。
それだけじゃない。泡浮さんも同じことを言ってたわ」

薄い笑みと共に告げた。
垣根帝督は人を助けることが出来る人間だと。
確かに結果を出しているのだと。
それによって笑顔になった少女たちがいるのだと。
御坂美琴の素直な気持ちは垣根帝督に届いたのか。

「黙れえぇぇぇぇええぇぇえええ!!!!!!」

答えは、届いていた。ただそれは垣根の感情を爆発させる結果となって。
垣根は獣のように吠えた。闇の中に絶叫が響き渡る。
美琴の言葉を聞き流せなくなった垣根は、強引にそれを止める。
思わずビクッ、と体を震わせる美琴。
垣根帝督は吠え続ける。溜め込んでいたものが内から弾ける。

「んだよ……ッ!! そんなことあり得るわけねえだろうが。
あっていいはずがねえだろうがぁ!! 俺みてえなゴミクズにそんな権利はありはしねえ!!
黒に染まった悪党は『表』には行けねえ。そんな野郎がペタペタ歩き回ったら周りを汚しちまうんだよ!!」

垣根の、心からの叫びだった。
垣根は自分が少女の笑顔を作ったという、美琴を救ったという事実を信じない。認めない。
それを認めてしまったら、壊れる。
何者をも意に介さず唯我独尊を貫くクソッタレの悪党、という一本柱が砕けてしまう。

悪党が善人と一緒にいるなど、悪党が善人を救うなど、悪党が善人を笑顔にするなど考えられなかった。認められなかった。
だから彼は否定する。御坂美琴の言うことも、善人である御坂美琴自身も。
二人以外誰もいない鉄橋に、悲痛な叫びが響き渡る。

「常識的に考えろ! 俺みてえな『闇』に浸かった悪党が、テメェみてえな善人と一緒にいていいわけがねえ!!
そんな資格はとうの昔になくなってんだよ!! そんなことも分かんねえのか超電磁砲!!」

違う、と美琴は思った。
悪党か、善人か。そんな括りに意味などない。
最強の超能力者一方通行はそれに気付き、美琴の目の前でこだわりを捨て善人である打ち止めと一緒に暮らすことを望んだ。
だが垣根帝督はそれに気付けていない。自分を何よりも低い位置に置いてしまっている。
しかしそれならそれでいい。方法はあった。
目の前で苦しんでいる親友を救う方法が。

「垣根。アンタが悪党だろうが善人だろうが関係ない。
どうしても暗い世界に浸かっている悪党である自分が、善人と一緒にいることが認められないなら私のやることは一つよ。
アンタをそこから連れ戻す。どれだけ暗い世界にいようが、どれだけ深い世界にいようが関係ない。
アンタが『闇』から抜け出ればその“下らない”こだわりにも縛られなくなるんじゃない?」

結局、御坂美琴のやることは変わりはしなかった。
友達が苦しんでいる。だから助ける。ただそれだけのことだ。
どれほど話が大きくなっても、中核となるのは友達への想い。

「私は絶対にアンタを諦めない。アンタを暗い『闇』の底から引き摺りあげてみせる。
そのためなら何だってする。何年かかったっていい。その結果人生を棒に振ったって構わない」

御坂美琴は胸を張ってそう断言した。
何に誓ってもいい。この想いは絶対に折れることはないと言い切れる。
美琴に友達を見捨てることなど出来なかった。
それが出来ない程度には、彼女は非情になれなかった。

これほどに美琴が垣根を―――友達を大切にするのは、美琴にとっての友達は他の人にとってのそれより遥かに大きいからだ。
学園都市に七人しかいない超能力者。序列第三位の超電磁砲。常盤台のエース。
様々な肩書きを持つ美琴を皆特別視する。雲の上の存在のように一歩引いてしまう。
集まるのは尊敬ばかりで友情は得られない。
美琴が対等な立場で接してほしいと思っていても、現実にはそれは叶わない。

おそらく今の中高生はたくさん友達がいるだろう。
下らないことで笑い合え、愚痴り合える対等な立場の友人が。
しかし御坂美琴は違う。能力が、序列が、環境がそれを許さない。
美琴に対しても対等に接してくれる人は数少ない。
そして垣根帝督はその中の一人なのだ。

こういう事情があるからこそ、美琴は人一倍友達を大切にする。
もしかしたら美琴は―――そうすることで、無意識的に友達が自分から離れないようにしているのかもしれなかった。
御坂美琴は中学生だ。一四歳の、思春期の女の子だ。超能力者だって一人は寂しい。
見捨てられたくない。一人にしないでほしい。もう一人に戻りたくない。

超能力者という称号と引き換えに得てしまった孤独が、今の美琴の性格を形作ったのかもしれない。
誰かを助けることで、誰かを守ることで、誰かに必要とされていたい。
そんなある種病的なまでの願望。

もしも白井が、佐天が、初春が、そして上条が、垣根が自分から離れてしまったら。
美琴は再び孤独になってしまう。そんなのはもう嫌だ。そんなことには耐えられない。
だから絶対に失わないように、絶対に失望されないように、美琴は彼らを守る、のかもしれない。

だとしたらだ。だとしたら、御坂美琴が優しい少女であることに変わりはないが―――それはどこまでも悲惨で痛々しい優しさだ。
超能力者になったばかりに美琴がこうなってしまったのなら、『実験』含めやはり美琴も学園都市に狂わされた人間なのかもしれない。
勿論これらは推測でしかなく、実際のところどうなのかは分からない。
それはもはや美琴本人にすら分からないだろう。ただ確実なのは、美琴が垣根をここまで大切にする理由はそれだけではないということ。
そう、他にも理由がある。

(……超能力者って、本当に何なんだろうね)

一方通行も、美琴も、麦野も、食蜂も、削板も、そして垣根も。
超能力者になって、何かプラスがあっただろうか。
人格が曲がったり、大事なものを壊したり、壊されたり。
垣根にも何かがあったのだろう。一方通行や美琴が『実験』で壊れたように。
美琴も垣根と同じ超能力者だからこそ分かる。

そしてその垣根の『闇』は、意外にも本人の口から語られることとなる。
美琴の言葉を聞いた垣根は驚くほどの無表情へと一変した。
先ほどまでのような激しさは嘘のように消えてしまっている。

「……『闇』に沈みきる前、俺にはいわゆる恋人がいた」

静かな声だった。逆にそれが異様さを搔き立てる。
美琴は突然の垣根の変化と、唐突な話に戸惑いの色を浮かべたが何も口を挟まず無言で先を促した。

「その時はまだお互いガキだったから、付き合ってるといってもそんなしっかりしたもんじゃねえ。
それでも、俺たちはガキなりに本気で好き合ってた」

そこで垣根は一旦言葉を切り、自嘲するような笑みを口元に浮かべた。

「俺が殺した」

「っ!?」

その言葉に、思わず美琴は息を呑む。
心音が一際大きくなった気がした。
両手をギュッ、と固く握り締めて美琴は俯いた。

「多重能力者(デュアルスキル)って言葉ぐれえ知ってんだろ。
今でこそ能力者には一人一つしか能力は宿らねえってのが常識だ。そんなことは馬鹿でも知ってる。
……じゃあ聞くが、何故そんな法則が存在すると分かった?」

それが意味するところは明らかだった。
普通ならそんなことはやらない。まともな感情と倫理観を持ち合わせていればそんなことは出来ない。
だが残念なことに、学園都市に巣くうイカれたマッドサイエンティスト共はそんな上等なものは持っていない。
美琴はカラカラに乾いた口を開き、掠れた声を絞り出した。

「人体、実験……」

単純なことだ。何でそんなことが分かるのかと言えば、試したからだ。
本当に能力者には一つの能力しか宿らないのか、複数の能力を植えつける方法はないのか。
それは何人もの人間を犠牲にして得た法則なのだ。

「そうだ。そして多重能力者に限らずこうした実験ってのは置き去り(チャイルドエラー)が使われることが多い。
学園都市のお荷物が科学の発展に貢献出来るなんて名誉なことだ、っていう愉快な考えでな。
俺も、恋人も、置き去りだった。そして恋人は多重能力者の被験者となることが決まった」

大体話が読めた。読めてしまった。
あまりにも残酷だ。何故そこで垣根の恋人が選ばれてしまったのか。
こう言っては問題だが、別に他の置き去りでも良かったはずなのに。

「偶然じゃない」

垣根はそんな美琴の考えを読み取ったかのように言った。

「超能力者の俺を『闇』に引き摺り込むためだ。
俺の精神を折って利用するためだ。そのための手段として、俺の弱点として、俺の恋人は狙われた。
……今思い出しても吐き気がする。死んだ方がマシ、っていうのはああいうのを指すんだろうよ」

美琴はもはや何も言葉を搾り出せない。
ただ震える体を押さえつけて、話を聞くことしか出来なかった。

「特例能力者多重調整技術研究所。通称特力研で俺は“それ”を見た。
手が何本あるか分からねえ。そもそも手なのかどうかも分からねえ。
首元にはもう一つ頭でも生えてんのか、ってくらいの塊があった。
顔のパーツも目、鼻、口なんてろくに判別できるはずもねえ」

それはその言葉だけで吐いてしまいそうなほどの地獄だった。
想像するだにおぞましい。出来の悪いスクラップ映画すら上回るような現実。
何をどうしたらそんなものが生み出されるのか分からないような光景。
白衣の悪魔たちはそんな地獄を淡々と作り上げていった。

「俺は研究者共に促され、化け物に成り果てた恋人をこの手で殺してやった。
説明は省くが色々あってな。断ることは絶対に出来なかった。
だが何だかんだでいざやってみりゃ少し楽しかったぜ? 腕はたくさんあるからもいだり切断したり手段を考える楽しみがあったしな。
しかもやたらしぶといからちょっと乱暴に扱っても壊れねえんだ。よく出来た玩具だと思ったもんだ」

「やめて……」

美琴が真っ青になって言った。
それは垣根がグロテスクな表現をしているからというだけではない。
垣根の言っている楽しかった、という言葉が真実でないのは分かっている。
何故なら何でもないことのように語る垣根の顔は、美琴に負けず劣らず真っ青になっていたからだ。

これ以上垣根にこの話をさせるのは危険だ。
自らの手で怪物になった恋人を殺した、という事実はまだ少年だった垣根の心に永遠に消えない傷を刻み付けたはずだ。
駄目だ。自分ではなく垣根が危ない。
だからこそ美琴はやめるように頼んだが、垣根はまるで聞こえていないかのように話し続けた。

「俺はそうして恋人を血だるまにした。
けど俺は見ての通り中々反抗的な奴でな。そんな俺を大人しくさせるために奴らは手段を選ばなかった。
今度は恋人の妹が特力研へと送られた。俺には二つの選択肢が突きつけられた。
人間のまま殺すか、化け物にして少しでも生かすか。
だが結局本人の希望もあって、俺は恋人の妹を殺した」

どんどん垣根の顔色が悪くなっていく。
考えずとも分かる。こんなこと、思い出したくもないに決まってる。

「やめてったら!!」

だが垣根はやはりそれをあっさりと流し、話をやめることはしない。

「聞こえねえよ。けど事はそれだけで終わらなかった。
今度は俺と同じ置き去りの施設にいた、一番仲の良かった友人が標的になったんだ。
『プロデュース』って聞いたことがあるか? まあ知らねえだろうな。
能力者の自分だけの現実は脳のどこに宿るのかってのを調べる実験なんだがな。
俺の友人はそれを受けて脳味噌をクリスマスケーキのように綺麗に切り分けられた」

聞いているだけで吐き気がする話だった。
しかもこれらは全て垣根帝督ただ一人を得るためだけに行われたというのだ。
勿論垣根自身が対象となる狂気の実験もあった。
だが基本的には垣根ではなく、その周囲の親しい人間を執拗に犠牲にしていくという手段がとられていた。

もはや外道とか悪党とか、そんな言葉では足りない。この世界に存在する既存の言葉ではこの悪魔の所業を形容するには足りない。
そんな目に遭わされて、少年の心が耐えられるはずがなかった。
そうして、垣根帝督は研究者たちの思い通りに『闇』の奥へ奥へと沈んでいった。
全てを失った空っぽの少年は、何も信じず誰もそばに置こうとはしなくなった。

「まだまだこんなもんじゃねえぞ。俺が少しでも反抗したり非協力的な態度をとりゃ容赦はなかった。
俺を親身になって世話してくれてた施設の先生は文字通り“吹き飛んだ”。
俺が妹のように接していた女は『白顎部隊(ホワイトアリゲーター)』っつうプロジェクトに参加させられた。
そしてふるいにかけられて落第、脳味噌がドロドロに溶けて死んだ。
俺の兄貴分だった男は暴走能力の法則解析用誘爆実験を受け頭が弾けた。
全部俺の目の前で起きたことだ。この目でその瞬間を見てきた」

垣根の見て、受けてきた地獄は美琴の平和な想像力を遥かに上回るものだった。
そして垣根の地獄は今話したもので全部ではない。
むしろこの程度まだ一部を話した程度でしかない。

垣根自身の受けた人間の考えることとは思えないような実験。
更に恋人、その妹、恩師、親友、兄貴分、幼馴染、友人、知り合い、関係者……。
少しずつ関連性が薄まりながらもどんどんと凄惨な最後を遂げていく周囲の人間たち。
その数は数十人にも上る。こうなると垣根はもはや死を撒き散らす死神だった。
本人にそれを見せたのは、「お前が協力しないとお友達がこうなるぞ」という脅しを徹底的に刷り込むためだろう。

ただ垣根と関わりがあったから、近くにいたから、という理由だけで狂った実験の被験者にさせられてしまう。
垣根とて抵抗はした。だが最後には必ず敗北した。止めることは出来なかった。
所詮自分に何かを守ることなど不可能なのだと垣根は心底理解した。理解してしまった。

「もうやめてぇ!!」

涙を瞳に湛えて美琴は絶叫した。
聞いているこっちが耐えられないし、何より垣根の口からこんなことを話させたくなかった。
あまりにも残酷過ぎる。今まで美琴も学園都市の『闇』を何度か覗いたが、そのどれよりも凄惨だった。
頭二つ、三つは飛び出しているように思える。
この街の『闇』はどこまで深いのだろう。まるで底が見えない底なし沼だ、と美琴は思った。

「聞こえねえっつってんだろぉがよおおおおおッ!!!!」

垣根が再度吠える。
その顔はくしゃくしゃに歪められていて、垣根の心情を映している。
涙を浮かべて震える美琴と、顔を思い切り歪めて叫ぶ垣根。
もはやどっちが苦しいのかも分からなかった。

「んだよ……ッ!! 何を言葉で解決しようとしてやがんだ超電磁砲!!
動きを止めたきゃ殺せばいい。気に食わないものがあるなら壊せばいい。
悪ってのはそういうことなんだよ!! こっちに飛び込んでくるならこっちの流儀に従えってんだ!!」

垣根帝督の叫びがこだまする。
怒りと悪意が先行し、結果として論理と整合性が失われた言葉の数々が衝撃波となって御坂美琴を叩く。
垣根の雄叫びは続いた。美琴という人間の心を叩き続ける。
言葉で解決しようとするな。それは一方通行にも麦野沈利にも言われたことだ。
それでも美琴は暴力よりは言葉で解決したいと願う。そう望むのは間違っているのだろうか。

「どれだけ暗い世界にいようが、どれだけ深い世界にいようが、必ずそこから連れ戻す、だと?
出来るわけねえだろうが。そんな簡単なわけねえだろうが!!
これが俺の世界だ。闇と絶望の広がる果てだぁッ!!!!」

あらゆるもの全てを目の前で破壊され尽くした。
自身もおぞましい実験にかけられ、底なし沼のようにどこまでも深くへと嵌っていった。
垣根がそうした地獄に苦しまなくなったのは、単にもう垣根の大事なものがなくなったからだ。
垣根の守りたいものは、守りたかったものは。全て学園都市に奪われていた。

これが垣根の世界。闇と絶望の広がる果て。
正直に言って、美琴の想像を遥かに上回っていた。
まさかここまでとは予想もしていなかった。
けれど垣根の抱える計り知れぬ闇を知った今でも、美琴は己の答えを変える気はなかった。

「俺の闇を第一位や第四位程度と同列に見るんじゃねえ!!
俺はそんなヘドロの底で一流のクズとして生きてきた。生粋のクソ野郎としてだ!!
なんでそんな『闇』の底で這いずり回る薄汚ねえドブネズミのために、善人のテメェが人生棒に振ろうとしてんだよッ!!」

支離滅裂な言葉。垣根の心の底から湧いてくる言葉がそのまま次から次へマシンガンのように放たれる。
悪意という名の銃弾が御坂美琴を撃ち抜いていく。
だが美琴は弾丸を受けてもそこで倒れず、反撃に出た。

「決まってんでしょうが。そんなこと決まってんでしょうが!!
さっきから言ってるでしょ。分からないなら一〇回だって二〇回だって何度でも言ってやるわよ!!
いい、耳の穴かっぽじってよく聞きなさい。アンタは、垣根帝督は私の友達なのよ!!
理由なんてそれだけで十分でしょ!! 十分すぎるでしょ!! それ以上どんな理由が必要だってのよ!?」

御坂美琴もまた溢れ出る気持ちの全てを垣根にぶつける。
お互いに心の内の全てを曝け出して、本気でぶつかっていた。
かつて何度も美琴に辛い決断を迫ったこの鉄橋で、美琴は全力で戦っていた。

「馬鹿かテメェは!! そんなちっぽけな理由で人生捨てるってのか!?
それだけの価値が俺にあるとでも本気で思ってやがんのか!? ふざけんじゃねえぞ!!
いいか、テメェは超能力者でありながら胸を張って表を歩ける『闇』の人間にとっての希望なんだよ!!」

垣根帝督は胸に溜まったドロドロとしたものを吐き出すように叫ぶ。

「テメェは、御坂美琴は『表』の住人なんだろうが!! だったらそこにいろよ!!
普通の女子中学生として日々を過ごせっつってんだよ!!
こっちの連中がどれだけ望んでも手に入れられないもんを持ってんだ。もういいだろ。
量産型能力者計画の時も、絶対能力進化計画の時も、残骸の時も、第一位と再会した時も!! もう十分に地獄を見ただろうが!!
何でわざわざまた血塗れの地獄に戻ろうとしてやがんだテメェは!?」

早口に、極限まで蓄積された憤怒、悲哀、疑問。
それらを濁流のような勢いで垂れ流していく。

「いくら超能力者の第三位っつっても、超電磁砲なんて圧倒的な能力を持っててもだ。
御坂美琴はただの中学生だろう!! 友達がいる!! 家族がいる!! 帰る場所がある!! 待っててくれる人がいる!!
一緒に泣き、笑い、喜び、悲しんでくれる人間がいる!! 誰かを想い、理解することが出来る!!
そんな真っ当な人間がこっちに来ようなんて冗談でも抜かすんじゃねえッ!!
テメェのいるべき世界はそっちだ。テメェは今までみてえに笑って中学生やってろ!!
それが―――……本来あるべき、正しい形だろうがぁッ!!」

気付けば、垣根は美琴を気遣うようなことを叫んでいた。
けれど本人に自覚はほとんどない。今の垣根はほとんど意識せずに自然と湧き出てくる言葉をただ機械的に発しているだけなのだから。
だから、こんな言葉が湧いてくるということはそれが垣根の本心なのかもしれない。

「だが俺は違う!! 嫌われ、恨まれ、憎まれ、蔑まれ、恐れられる。
それが垣根帝督だ。それが『俺』なんだ。そうでなけりゃ垣根帝督じゃねえんだよ!!
俺は、物心ついた時には既に化け物だった。
物心ついた時には、周囲から負しか向けられないような存在だった。テメェとは違う!!」

「……そんなわけ、ないでしょ」

小さく、本当に小さい美琴のその呟きは、垣根には届いていない。

「そもそもテメェが俺を引っ張りあげるなんざ不可能だ。テメェ如きでどうにか出来る程度の『闇』じゃねえんだよ!!
分かったら諦めろ!! 俺や第一位みてえな生粋のクズ、テメェの無能さを棚にあげてずるずると堕ちてきたカス共。
そんな奴らと、真っ当に生きて正当に努力してきた奴の行き着く先が同じなんて、俺は認めねえッ!!」

自分みたいな悪党のために、人生を無駄にしてほしくない。
自分みたいなクズのために、身を滅ぼしてほしくない。
自分みたいな人殺しのために、堕ちてきてほしくない。

おそらくは、それが垣根の素直な気持ち。
だが美琴はそれを知っても聞いてやることは出来ない。
絶対に聞いてやるわけにはいかなかった。

美琴はふぅ、と一息ついた。
僅かな静寂が訪れる。
その静謐の中で、美琴は垣根帝督という人間について考えてみた。

垣根帝督は、間違いなく天才だ。
彼には他の能力者が当たり前に経験するものを経験していない。
無能力者から低能力者へ、低能力者から異能力者へ、異能力者から強能力者へ。
大能力者へ、そして超能力者へ。
ほとんどの能力者は、そうしてステップを踏んで成長していく。

ごく稀に発現した時から大能力者、というような例外もいるが、それは極めて希少な例外である。
御坂美琴も、白井黒子も、研鑽を重ねた結果今の力を得ている。
美琴などは今の境地に至るまで六年ほどの時間を要した。

素養格付、というものがある。
非常に勘違いされがちだが、これはあくまでその者の上限を示すものであり、それを約束するものではない。
素養格付に大能力者になる素質があると示されていても、その人間が必ずしも大能力者になれるとは限らないのである。
たとえば白井黒子。彼女は現在大能力者だが、強能力者の時に成長を諦め、自分で勝手に自分の限界を決めつけ、能力開発を投げ出していたら。
白井は大能力者に至れるだけの素質を腐らせ、強能力者のままだっただろう。

美琴も同じだ。美琴はDNAマップを騙し取られた時は低能力者だった。
あの時の美琴は『将来超能力者になる低能力者』ではなく、『将来超能力者に至れるかもしれない低能力者』だったのだ。
それを実現させたのは、六年にも及ぶ美琴の弛まぬ努力である。
つまり、才能が絶対と思われるこの学園都市でも、努力に意味がないわけではない。
そうして学生たちはいつか成長することを信じ、能力開発に取り組む。

勿論、中には素養格付によって永遠に無能力者や低能力者でいることを運命付けられた者もいるだろう。
だがそれは決して多くはない。幻想御手事件の際、多くの人間がそれを使用し能力者になったように。
ほとんどの人間が〇,一だが〇,五だかの素質は持っている。

彼らは決して才能がないわけではない。
幻想御手を使用して能力が使えたということは、真剣に開発に取り組めば、最低でも低能力者にはなれるということだ。
本当に完全な〇なら、何をどれだけ掛けても〇なのだから。

それでも投げ出してしまった者たちは堕落し、大抵がスキルアウトになる。
だが投げ出さなかった者たちにとっては、美琴のような人間は希望になる。
低能力者から努力で超能力者にまで駆け上がった少女。
自分たちも必死で努力すれば、あの境地に立てるかもしれない、と。

素質のある美琴はそこに至るまで六年かかった。他の者が超能力者を目指すのなら、それ以上かかるだろう。
六年以上も努力を続けられる美琴のような人間がどれだけいるか知らないが、素養格付を知らない以上、可能性はあるのだ。
そうして一八〇万もの学生たちは夢を見る。

だが。それらは全て、凡人の苦悩に過ぎない。
凡人だからこそ、上にのし上がるのに膨大な努力を必要とする。
それだけやっても、大したことのないところで終わるかもしれない。それが凡人の宿命だ。
それは誰にとっても当たり前のことなのだが、天才にとっては違う。

努力の結果超能力者に行き着いた美琴でさえ、垣根からすれば所詮は秀才止まり。
能力が初めて発現した時から超能力者だった垣根帝督は、本物の天才に他ならない。
垣根は今の境地に立つのに努力をしていない。
凡人と違い、超能力者になるのに六年もかかったりはしない。

一八〇万もの学生がいつかは自分も、と夢想する終着点。
誰もが望み、そして辿り着けぬ超能力者という遥か彼方の地平線。
才ある御坂美琴が六年かけて到達した領域。

垣根帝督は、初めからその地平線の果てに立っていた。
何の苦労もなく、何の代償もなく、全ての学生を見下ろす位置にいた。
それは麦野沈利や食蜂操祈もそうだ。彼女らもまた、能力が発現した時から超能力者クラスだった。

だが垣根や一方通行は、そんな彼女たちと比べても尚、それを見下ろせるほどの圧倒的な高みにいた。
だからこそ彼らは妬まれた。そして恨まれた。
一方通行は昔から何度もスキルアウトたちに命を狙われたし、垣根も暗部で何度も命を狙われた。

だが天才というものは、往々にして異端でもある。
世界が天才についていけない、とでも言うべきだろうか。
あまりにも常人離れした才を持つ人間は、常人からすれば狂人でもある。
それはこれまでの歴史においても同様だ。

初めて地球球体説を唱えた人間。
初めて地動説を唱えた人間。
初めて物質の構造を解き明かした人間。
そうした先鋭的な天才は、世の理解を得られない。
何故ならば、天才と凡人では見ている世界が違うからだ。

そうして、垣根帝督は物心ついた時から化け物で、物心ついた時から狂人で、物心ついた時から異端だった。

誰も、垣根の見ている世界を理解できない。
誰も、垣根と同じ価値観を共有できない。
誰も、垣根に近寄ろうとはしない。
誰も、垣根のいる高みには辿り着けない。

有り体に言って、垣根帝督という人間は孤独だった。
並外れた天才であるが故に、一人だった。

学園都市の暗部という、普通の人間とは違う者たちばかりが集う場所においても、変わらなかった。
垣根帝督や一方通行といった存在は、そんな場所においても異端で、狂人だった。
もし垣根が違う世界―――たとえば魔術世界に生まれていたなら、ここまで壊れはしなかっただろう。
学園都市という土壌が悲劇を加速させてしまった。

凡人では天才についていけない。凡人には天才の気持ちは分からない。
彼らはただ、最初から完成されていた垣根を妬むだけ。
超能力者の孤独も、超能力者の苦悩も、何も知らずに。
ほとんどの人間は、かつての佐天涙子がそうだったように、無能力者には分からない超能力者の苦しみがあることが分からない。
ただ嫉妬し、高位能力者は自分たちを見下していると盲目的に思い込み、超能力者に無能力者の気持ちは分からないと愚痴るだけ。

超能力者だからこそ学園都市の『闇』に飲まれ、天才だからこそ孤独になる。
そんな天才と価値観を共有し、分かり合えるのは同じ天才のみ。
孤独に苦しむ垣根を救うことが出来るのは、同じ境地に立つ人間にしか不可能。
そう、たとえば―――御坂美琴のような。

美琴は低能力者から超能力者まで駆け上がった唯一の超能力者だから、双方の気持ちが分かる。
レベルの低いところから始まったから、少なくとも初めから超能力者だった人間よりは、折れた者の気持ちが分かる。
超能力者まで辿り着いたから、嫉妬されて恨まれる者の気持ちが分かる。
そして何より、美琴は他人の気持ちを理解できる―――理解しようとすることのできる人間だ。

美琴は誰かに恐れられたことがある。距離をとられたことがある。
常盤台の学生たちが、婚后や白井といった一部を除いて美琴と対等に接してくれないのもそういうことだ。
彼らにとって美琴は雲の上の存在。美琴と同じ領域に至っていないから、対等にはなれない。
湾内や泡浮でさえ、「御坂様」と呼んでいるように美琴を神聖視している節がある。
彼女らは悪意があってやっているのではなく、ただ単純に尊敬しているだけだ。

だがそれこそが、天才の味わう孤独である。
美琴は唯一人、低能力者、異能力者、強能力者、大能力者、そして超能力者と正しく段階を踏んでいった。
そこには美琴の性格に裏打ちされた弛まぬ努力がある。血の滲むような思いだっただろう。
少なくとも、垣根のような他と隔絶した圧倒的才能があったわけではない。
しかしそれでも、超能力者という究極に至った美琴は他者からすれば天才に他ならなかった。

勿論中には天才と同じレベルにいなくとも対等に接し、手を差し伸べてくれる人間も存在する。
一方通行に打ち止めや黄泉川愛穂、芳川桔梗といった理解者がいるように。
麦野沈利に『アイテム』の仲間たちがいるように。
御坂美琴に白井黒子や佐天涙子、初春飾利、そして上条当麻がいるように。

だが垣根帝督には誰もいない。
孤独を癒してくれる人間が、自分を理解してくれる人間がいない。
一方通行や美琴、麦野と垣根。何が違ったのだろう。
何故同じ化け物であるはずの彼らにはそういう人間がいて、垣根にだけはいなかったのか。

同じ超能力者なのに。麦野や美琴には仲間がいる。
だが彼女たちはまだいい。自分よりも下だから、まだ引き返せる範囲の化け物だったのだと思える。
しかしあろうことか自分と同等以上の化け物であるはずの一方通行にまで、理解者が現れてしまっている。

何が違った。何が悪かった。
どうして自分と同じはずの化け物が救い上げられていくのに、自分にだけはそれがない。
どうして垣根にだけは誰も手を伸ばさない。

だからこそ、美琴は垣根を救う。
垣根の孤独を知った自分が。垣根と同じ遥かな地平線に立つ自分が。
美琴には、垣根の孤独が、天才の苦悩が理解できたから。
飛び抜けた力や才を持つ人間が辿る道は、往々にして崇め奉られるか排斥されるかの二つに一つ。
そして美琴はどちらかといえば前者で、垣根は後者だった。

だがもはや垣根は一人ではない。垣根を分かってくれる人間は“いなかった”のであって、“いない”のではない。
美琴には分かる。垣根と対等になってくれる人間は自分以外にもいると。
白井黒子は、きっと垣根と対等に接せるだろう。
白井は美琴の気持ちを、孤独を理解してくれている。
今の佐天涙子や、初春飾利も同様。
超能力者の美琴を受け入れてくれた彼女たちなら、垣根も受け入れてくれるに違いない。

そして、何より上条当麻だ。
不思議に胸を打たれる力強い言葉と、幻想を殺す右手。
美琴も何度も上条には救われている。
上条ならば、“こんなつまらない問題”も容易く乗り越えてくれると確信できる。

垣根の居場所は、受け入れてくれる人間はたしかに存在する。
ならば今美琴のやるべきことは、垣根をそこまで連れて行くこと。
光と闇の狭間で苦しんでいる友人に、道を示してやること。

美琴は右手を固く握り締め、僅かな沈黙を破る。

「アンタにとってはちっぽけでもね、私はそれだけで命懸けられんのよ。
だいたいね、アンタは第二位なんでしょうが。私より上位の、学園都市のナンバーツーなんでしょうが。
だったら試す前から諦めてんじゃないわよ!! 結果を決め付けてかかるんじゃないわよ!!
もし引き摺りあげられなければ、私が『そっち』に飛び込んでアンタとその周りの世界を照らす。
それが出来なければアンタの横に立って手を取って、『表』まで連れて行く。
それも出来なければ蔓延ってる『闇』の全てを払ってみせる。方法なんていくらだってあんのよ!!」

それを聞いた垣根の顔が歪む。それは悲しんでいるようにも、喜んでいるようにも、怒っているようにも見える。
御坂美琴の心からの叫びは垣根の心を強く打った。
今まで、垣根のことをここまで心配してくれた人間がいただろうか。
ここまで一切の打算なく言ってくれた人間がいただろうか。
垣根帝督は自らの動揺を隠すように、一際大きく吠えた。

「黙れッ!! 何も知らねえくせに偉そうに説教垂れやがって!!」

垣根はこれまで、想像もできないほどの苦痛や悲しみ、絶望を味わってきたのだろう。
それは分かる。だが、想像できないからこそ、美琴と垣根は別の人間だからこそ、口にしてくれなければ分からない。
御坂美琴は憤る。気付いてやれなかった自分の愚かさに、一言も助けを求めてくれなかった垣根に。
もし垣根がたった一言でも何か言っていれば。美琴も上条も即座に動けただろうに。

「その通りよ。でも、だからこそアンタは言葉にして伝えるべきだった!!
そんな風にずっと黙って、隠してたら伝わるわけないでしょうが!!」

垣根は、いつでも孤独から抜け出せたのに。
ずっと垣根を閉じ込めていたのは、垣根自身だったのに。

「―――苦しいなら苦しいって言いなさいよ!! つらいならつらいって言いなさいよッ!!!!
寂しいって、助けてくれって。具体的じゃなくてもいい、そんな言葉が一言でもあれば、私は―――ッ!!」

それは、御坂美琴が犯した過ち。
そして垣根帝督に間違っていると諭されたはずの間違い。

「ベラベラベラベラと知ったような口を利くんじゃねえッ!! テメェなんざに俺の何が分かるってんだ!?」

「……ええ、分からないわよ」

激しく荒れる垣根とは対照的に、美琴は冷静に言った。
美琴は、垣根のことをよく知らない。
暗部の人間だということを知ったのも、超能力者であることも、つい先ほど知ったばかり。
その悲惨な過去もその一端を聞いただけに過ぎない。
それは認める。だが。




「だから、分かりたいの」




泣き出しそうな表情を必死に押さえ込み。
精一杯の笑顔と共に、美琴は手を伸ばした。
まるで握手を求めるように。

「――――――ッ!!」

その言葉に、垣根は。

「黙れ黙れ黙れ!! 黙れええええええええ!!!!」

垣根は右手を大きく振るう。
何かが美琴の頬のすぐ横を途轍もない速度で掠めていった。
垣根が、何かを撃った。そんな程度のことしか分からなかった。
垣根は美琴をジッと刺すように睨み付けて言った。

「……次は当てるぜ」

それは、垣根帝督からの最終通告だった。

「逃げるか、戦うか。それとも第三の選択肢か。何でも好きなのを選びな」

それを聞いた美琴は再び両腕を大きく開いた。
そしてその拳は、握り締めない。
かつてこの場所で、上条当麻が自分を救ってくれた時のように。

(全く、アイツに馬鹿馬鹿言ってたけど。
こりゃ私も人のこと言えないわね。私もたいした大馬鹿野郎だわ)

それでも、戦いたくなかった。逃げるなんてもっと無理だった。
あの時上条が為したように、非暴力で垣根を救ってみせる。
美琴のそれを見て垣根は小さく呟いた。

「……この馬っ鹿野郎が」

その本当に僅かな呟きを敏感に聞き取った美琴は柔らかく笑った。






「心配しないで。自覚はあるわ」






本当に、明るく。太陽のような笑みを。
それを見た垣根は―――。

「あああああああああああ!!!!!!」

垣根帝督は何かを振り払うように絶叫し、その場から飛び跳ねる。
背中の翼を美琴へ向けて撲殺用の鈍器として構え、目にもとまらぬ速さで叩きつける。
瞬きほどの一瞬の出来事。だがこの時、美琴にもとれる行動はあった。磁力を使った緊急回避でかわすことも出来た。
防御してダメージを軽減することも出来た。だが美琴はそれらの行動を一切とることはない。

ただ六枚の翼を携え襲い来る垣根を見ても両腕を大きく広げ、無防備に体を晒したままどこまでも柔らかく暖かい笑みを絶やさなかった。
御坂美琴の体にメリッ、という嫌な音と共に垣根の白翼がめり込む。
再度猛烈な勢いで横薙ぎに吹き飛ばされた美琴は一際大きい、鉄橋の支柱の一本に鈍い音をたてて猛スピードでぶつかり動きをとめた。

まるで大型自動車に思い切り跳ねられたような、そんな光景。
実際、それ以上の力がもろに美琴を襲っていただろう。
垣根の白翼は高層ビルを縦に割る。それを無抵抗に食らえばどうなるか。

死んだ。今まで数え切れないほどの人間を殺してきた垣根には分かる。
どうすれば、どこまでやれば人間が壊れるかなんて嫌というほど知り尽くしている。
地面に伏す御坂美琴はピクリとも動きはしない。まるで糸の切れたマリオネットのように。
美琴はかわそうと思えばかわせた。対抗手段は持っていた。
けれど御坂美琴は目の前まで『死』が迫っても、最後まで一切の戦闘行動をとることはしなかった。


結局は、たったそれだけのお話だった。




全く動かなくなった美琴を見て、垣根は乾いた、壊れたような引き攣った笑みを浮かべた。

「は、はは、はははは……」

これでよかったはずだ。自分を揺さぶって進むべき道を阻害する邪魔者を排除した。
これで垣根帝督は垣根帝督に戻れる。本来あるべき姿へとようやく帰れる。
なのにまるで垣根の心には何かがすっぽりと抜け落ちてしまったような、底の見えない穴が開いていた。
御坂美琴を殺しても達成感もなければ後悔もない。垣根が感じていたのは喜びでも悲しみでもなくただ虚しさ。虚無だけだった。

垣根はフラフラと、逃げるようにその場を後にする。
倒れている美琴は、最後まで指先一本動かすことはなかった。

投下終了なんだよ!

……うん、もうね、アホかと言いたくなる長さでした
あまりに長いんで二回に分けようかとも思いましたが、キリが悪いですし
こんなところで切られてもモヤモヤするでしょうし……と思って結局投下しちゃいました
まあこのSSの最重要シーンでしたし、いいかなと思考放棄

ミコっちゃん退場です

>>361
皆さんの想像通りアックアと騎士団長でしたね(錯乱)

>>362
最初は三人で出番は同じくらいあるはずだったんですが……どうしてこうなった

    次回予告




(は、はは……。なんてザマだよ、垣根帝督。
ちくしょう、ちくしょうが……。―――……笑えよ、クソヤロー)
『スクール』のリーダー・学園都市第二位の超能力者(レベル5)―――垣根帝督


うあ
垣根ェがみこっちゃんヤっちまった
無抵抗の相手になんて奴だァ
そして放置して去るなんて酷い流石に酷い
尻にメスシリンダー突っ込んでお仕置きしなきゃいけないゾ

冥土帰しーーーー!   

いきなり空気だった上条さんがやってきて最初は苦戦するけど結局最後は敵味方まとめて助けてくれるんですってなったら
お呼びじゃないって言われるんだろうけど、上条当麻って字面見るだけで沸き上がるこの安心感はなんだろう

>>425
つー事は下手したら垣根消されるんじゃね?

上が黙認しても一方さンが黙ってなさそう。

乙なんだけど、溶断ブレードとか原作のセリフ使用とか
原作で他キャラのかっこよかった所を美琴が盗んだみたいな感じで違和感がある
>>1がやりたいことはわかるんだけど…

話自体は熱くて面白いので期待してる

丸ごと美琴が持ってくからな。いいとこ取りでずるいな~って感はある
原作の他キャラの言動や活躍が、美琴ageに都合よく使われてるよなって気がする
けど話は面白い。バトルも熱くて良かったし

夜か明日投下しますの

>>418
それは流石に勘弁してやってくださいw

>>421
禁書界におけるドラえもんと名高い

>>423
それが上条さんクオリティ
超電磁砲Sの鉄橋での上条さん登場シーンには期待してます

>>427
一方通行は垣根が何をしたかなんて知りませんが、もし知ったら穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって目覚めた伝説の戦士になるでしょう

>>429,>>430
美琴推しが強いのは自覚してます
実際>>1の中ではミコっちゃんとていとくんが禁書で一、二を争ってますし
溶断ブレードに関しては原作で「美琴でもできる」と書かれていたので問題ないと思ってます
これからはそういうシーンはあまりないと思います……一、二回はあるかもしれませんが

このSSは基本的に一方通行、ていとくん、美琴の三人で進んでいきます
そして一方通行は他二人の話にあまり関わりませんし、ていとくんは「救われる側」なので大体美琴にやらさざるを得なくなるんです
これだけははっきり言っておきますが(前も言った気がしますが)別に>>1に悪意はありません
嫌いなキャラなんて一人もいませんし、誰であっても明らかなキャラsageはしないようにしているつもりです

美琴アゲを嫌がってる奴はいないと思うぜ!むしろもっと推しでいいんだぜ
このあと美琴が垣根を救うとか胸熱

上は他キャラから美味しいセリフちょくちょくパクる点を言われてんじゃね
再構成ならそれも面白みのひとつと思うが
複数キャラからアレもコレもとなると、うーん…?となるかな
さじ加減が難しそうだが。なんにせよ次回も期待してる

美琴主人公の話なんだし美琴押しなのは当然だよ
そこに文句ある人はここまで読んでないだろw

>>429-430の人はキャラagesageに文句があるんじゃなくて
借り物のセリフが合ってないのが苦言が出る原因だと思う
美琴が素直な心情ぶつけてその影響で暗部キャラが変わってく、という流れなのに
肝心のセリフが美琴の言葉じゃない借り物なのが、いいシーンを台無しにしちゃってる
真情に打たれて心を動かしたはずなのに、その言葉が他人から剽窃したものでしたwじゃ
感動して改心した側がただの道化になっちゃうんだよ
話がせっかく面白いのにもったいない

溶断ブレードは、美琴でも出来る……という上条の予想じゃなかったっけ

投下するんですの

>>432,>>433
なるほど、言われてみればたしかにそんな気もしますね
なので前もって言っておくと、これから垣根関連では上条さんの台詞の流用(もっとも美琴というキャラはその台詞を
知らないのでみなさんからすれば、ですが)がまだあります
これは一応理由があって、場所が鉄橋ということもあり>>255>>384で触れているように
夏休みに鉄橋で上条さんに強引に救われた自分と、垣根を重ね合わせているからです
要するに自分が上条さんに助けられたように、自分も上条さんみたく垣根を助けたい、と

一応そういう理由で台詞の流用があることをあらかじめ

>>434
あれは神の視点だったと思います
他にもシルビア戦でトールが20メートル以上の溶断ブレードを出した時にも
「これだけでも科学サイドの能力者の内、どれほどの発電系能力者に実現できるものか分からないレベルだった」
とあるので、逆に言えば20メートル以上もの長さの溶断ブレードを出せる電撃使いが何人かはいるとも読めます
いずれにせよ最強最高の電撃使いのミコっちゃんがそこに含まれていないわけがないので

陽だまりに笑う者、闇の中で果てる者。

もはやここがどこなのかも分からなかった。
第七学区の外なのか、それとも出てないのかどうかも分からない。
ただ魂が抜けてしまったかのように、垣根帝督はいた。

(……俺は)

何を求めている? 何が不満?
そんなことも分からない自分にいい加減呆れさえ覚える。
ただ一つ明らかなのは、既に御坂美琴の命は失われてしまったこと。
この手でその命を刈り取ったこと。

美琴の命を刈り取った生々しい感触が、経験し慣れた殺人の手ごたえが。
今も消えることなく、鮮明に残っている。

上層部から殺害は禁じられていたはずだが、もはやそんなことは記憶から消えている。
そして美琴を殺したことはこれまでの日々の終焉を意味していた。
もう、二度とあの日々に戻ることは出来ない。

だがそれでいいはずなのだ。垣根帝督は裏方の人間で、陽だまりで笑っているような人間ではない。
そんなことは許されないし、出来もしない。
もともと美琴に近づいたのだって、先ほど本人に言ったようにあくまで観察のためで、

(観察……ね。馬鹿げてやがる)

垣根が美琴に接触したのは『スクール』より下った仕事のためだ。
しかしこれまでの日々を考えてみる。脳内で膨大な記憶の海へと飛び込む。
垣根帝督は、しっかりと仕事をこなしていたか?



    ――『超電磁砲(レールガン)の観察、ねえ……』――


    ――『仕方ないでしょ。もし超電磁砲と戦うような事態に陥ってしまった場合、なんとかできるのはあなたしかいないんだから』――


    ――『お前電撃使いだろ? 能力で充電できねえのか?』――


    ――『流石応用力の第三位。なあ御坂、他にはどんな応用ができるんだ?』――


最初はよかったはずだ。美琴や上条に接触し、『友達ごっこ』をして距離を縮める。
そして目当ての情報を引き出す、という人の情を利用した暗部らしい下衆なやり方に従っていた。
携帯の充電から話を広げ、美琴の能力の応用を知ろうとしたこともあった。


    ――『混んでるっていってもはぐれるようなレベルじゃねぇだろ。あのパンチングマシーンとかどうだ?』――


    ――『何そんな感心してんだ。ほら、次は上条だぜ』――


ゲームセンターの能力者用パンチングマシーンを利用し、美琴の能力使用時の癖や上条の能力を知ろうとしたこともあった。
つまりこのころまではよかったのだ。
垣根はあくまで『スクール』の垣根帝督であり仕事上の接触、という体だった。

 

    ――『貴方は朝からババァババァと……! ロリコンなんですの貴方は!?』――


    ――『別にお前の年齢がババァだと言ってるわけじゃねえよ。お前の声と趣味がババァだと言ってんだ』――


    ――『長げぇから白黒子でいいか? つーかお前白いのか黒いのかハッキリしろよ』――


    ――『オセロって…オセロって……あーはっはっはっは!! 駄目、もう無理!』――


    ――『なんで俺だけ!?』――


これだ。記憶を遡った垣根はこの辺りには既におかしくなり始めていたのだと理解した。
最初の目的をすっかり忘れてしまったかのように、まるで普通の学生であるかのように過ごしている。
この日はまだ完全におかしくなったわけではないが、始まりは間違いなくこの日だ。
もはやこの日より後など語るまでもない。

一日風紀委員をしたり、上条の宿題を三人で解いたり、ゲームセンターで純粋に遊んだり。
なんだこれは。垣根帝督が御坂美琴に接触した目的は、何だった?
これらの行動はその目的を達成するための手段だったか?

違う。これはそんな上等なものではない。
暗部では最も禁忌とされている、と言っても過言ではない行動。
いわゆる『馴れ合い』だ。

一応報告はしていた。最低限ぎりぎりのことはやっていたが、それでも。
あっさりと牙を抜かれ、飼い慣らされてしまっている。
それは絶対にあってはいけないことだった。

垣根の不幸―――もしかしたら幸運なのかもしれない―――は、相手がよりによって御坂美琴と上条当麻だったこと。
二人ともが類稀なるヒーロー性、カリスマを有していたことだろう。
人を惹きつける魅力。周囲の人間を魅了する何か。

相手がこの二人でなかったら、きっと垣根は目的を見失うことなどなかったはずだ。
最後まで仕事をきっちりとこなせていただろう。
だが二人、特に多く交流した御坂美琴によって垣根の悪意はあっさりと溶かされてしまった。
それは美琴の凄さを表すものだろうが、相手が誰だろうと結果として垣根が腑抜けになったことに変わりはない。

(は、はは……。なんてザマだよ、垣根帝督。
ちくしょう、ちくしょうが……。―――……笑えよ、クソヤロー)

自嘲せずにはいられなかった。
学園都市第二位たる自分が。『スクール』のリーダーである自分が。暗部のトップを張っている自分が。
ほんの僅かな間に、たった一人や二人の『表』の人間に懐柔されてしまった。

そういえば垣根は一日風紀委員をしたことがあった。白井に舐められただの理由を並べてはいたが、あんなことがあり得るか?
垣根帝督という真っ黒に染まった人間が、たかが挑発されたから、テンションが上がったから。
そんな理由で風紀委員の真似事などするか? あり得ない。絶対にあり得ない。
どんな理由があろうと垣根がそんなことをやるなんて、それこそ天地がひっくり返ってもあり得ることではない。

だが垣根は風紀委員を引き受けた。丸くなり過ぎだ。
暗部でトップを張っていた自分が、超能力者第二位の自分が。
美琴や上条の影響を受け、そこらの何も知らない学生のように成り下がっていた。
風紀委員をしただけではない。その前には駒場利徳に協力し、無能力者狩りを止めるのに一役買っていた。

それに御坂美琴がRSPK症候群を起こした時。
美琴が全てを背負い込んで自分を追い詰め壊そうとした時、何故自分はあんなガラにもなく熱くなったのだ。
別に美琴がどうなろうと知ったことではない、はずなのに。

あまりにも無様で、滑稽で笑えてくる。
そういったものとは一切無縁だったはずなのに。
今更『表』に未練などあるはずがなかったのに。
もはや言葉もなかった。

(気に入らねえ……。
知らない内にあいつらの影響を受けて穏やかになってきていただと?
しかもそれが悪くない気分だったってんだから救えねえ。俺ともあろうもんが……)

垣根はこれまで『表』へ縋りつく何人もの人間を殺してきた。
『闇』に沈んだなら光を求めるな。身も心も全てを黒で染め上げろ。
俺たちのようなクズに救いはない。あっていいはずがない、と。
こちら側の人間でありながら、風紀委員や警備員に助けを求めようとしていた男は一際惨たらしく殺したものだ。

なのにだ。なのにその垣根が『表』の温かさに心を奪われてしまった。
ここまで気付けば後は早かった。
芋づる式に今までどんなに考えても分からなかった“それ”が分かってくる。

垣根は御坂美琴らと過ごす日常を悪くない、と感じていた。
もはや言い訳のしようがない。それは純然たる事実だ。
鉄橋で美琴に言われたように、垣根が浮かべていた笑顔はツクリモノなどではない。
全て無意識の内に出ていた本当の笑顔だ。

だがそれは所詮偽りの時間。本当の垣根は残虐な人間であり、それを美琴たちが知らないからこそあり得た時間。
彼らが見ているのは垣根帝督であって垣根帝督でない。
本当の垣根を知らないのならば、彼らにとっての垣根は偽りの垣根の方。
それはつまり、美琴らと笑って過ごし、友達だと言ってもらえる垣根はいつの間にか生まれたもう一人の自分ということ。

垣根帝督が本来あるべき垣根帝督から乖離し、その結果『垣根帝督』が生まれてしまった。
そして美琴らが知っているのは『垣根帝督』であり垣根帝督ではない。
自分ではない自分が垣根の手を離れ、自我を持ち一人歩きを始めた。
未だ冷たい『闇』の底で溺れている自分を、美琴の隣にいる『垣根帝督』が見下ろして嘲笑っているような気がした。
どう足掻いても垣根は『垣根帝督』に勝てないようにすら感じられた。

そしてその事実を、『スクール』の制御役の電話の男は強く垣根に認識させた。
その電話がかかってくる度、垣根は温かな時間から引き戻され深く冷たい深海の中へと戻る。
自分の立ち位置を再認識させられる。美琴のような人間とは住んでいる世界が根本的に違うのだと再度理解させられる。
そしてそれがぬるま湯に慣れてしまった垣根帝督には気に入らなかったのだ。

自分の足を掴んで引っ張り戻そうとする電話の男が、どうしようもなく気に食わなかった。
事ここに至って、垣根はようやくその事実に気付いた。

しかしそこで止まらない。
一度動き出したものはそう簡単には止まってはくれない。
更にパンドラの箱が開かれる。
垣根がこうも不安定になってしまった決定的要因。

それは一方通行と御坂美琴の和解だった。

一方通行と垣根帝督は紛れもなく同類だ。同じ種類のクソッタレだ。
ならば垣根に救いがないのと同様に、一方通行にも救いなんてものは存在していないはずなのだ。
存在してはいけないのだ。絶対に、あってはならないことだ。

ところがどうだ。
一方通行は打ち止めという光を得て一緒に暮らしている。
御坂美琴との対峙という、彼にとって最大とも言える絶望にあっても一方通行が否定されることはなかった。
垣根はこんなにも苦しんでいるというのに。

同類のはずなのに、何故こんな違いがある。何故あの男は悪党のくせに平然と善人と一緒にいられる。

何故自分には何もないのに、一方通行には光がある。

どうして自分は『闇』から出れないのに、一方通行は『表』にいられる。

ありとあらゆるどす黒い負の感情が垣根帝督の中に激しく渦巻く。
美琴を失ったことが決定的なトリガーとなり、垣根帝督という人間の核となる部分を抉り取っていく。
それは、前兆だった。
少し前御坂美琴が引き起こしたそれ。超能力者による大災害クラスのそれ。

能力の暴走、RSPK症候群の兆候。

絶対に砕かれるはずのなかった、強固な自分だけの現実が音をたてて瓦解し始める。
これ以上何かあれば暴走する。そんな直前の危険な状態。

それは美琴と同様に能力の暴走という、最悪の形となって噴出し学園都市に壊滅的ダメージを与えかねない。
だが結論から言ってRSPK症候群が発生することはなかった。
そんなことが頭から吹き飛ぶほどに、垣根の意識を奪うものがあった。
そしてその理由は、垣根の視線の先に“いた”。

その男は白かった。どこまでも白かった。
白い髪。白いジャケット。白いズボン。
ジャケットとズボンは正確にはシルバーグレーといった感じだが、白いという表現も間違いではないだろう。
そんな白一色の中にあって、その鋭い瞳だけが真紅に輝いている。

垣根はその男を知っていた。垣根にとってある意味で特別な存在でもあった。
その男は、『一方通行』と呼称される。
学園都市二三〇万の頂点。七人しかいない超能力者の中でも最強を誇る第一位。
科学という人類の英知の結晶。科学が世界に産み落とした最強の一。

だが垣根が見ていたのは一方通行ではなかった。
垣根の視線はただ一箇所に固定されている。それは一方通行が左手から下げているコンビニでくれるようなビニール袋だった。
無論ビニール袋自体に垣根の興味を引くような要素は何もない。問題なのはその中身だ。

僅かに透けて見えるそれには、どう考えても一方通行が必要とするとは思えない物が入っている。
コンビニスイーツのプリンがある。スナック菓子がある。付録付きのチョコスティックがある。
他にもそんな子供向けの駄菓子があった。それは一方通行が欲した物ではないことは明白。
ならばあれらは一体誰のためのものだ?

答えなんて、最初から分かりきっていた。

いつの間にか、垣根帝督は大声で絶叫していた。
近くに放置されていた、壊れた清掃ロボットを背中から生み出した翼を使って、一方通行に向けて器用に撃ち出していた。
轟音を立てて、それは一方通行には当たらずそのすぐ近くへと激突する。
あまりの威力に地面と清掃ロボットの双方が砕け散る。その破片が一方通行にも襲いかかった。
その紅い瞳がギロッ、と垣根帝督へと向けられる。
それだけで心臓が止まってしまいそうな、凍て付く視線。

だが垣根にはやはりそんなことなど意識の外だった。
これが八つ当たりだということは分かっていた。それでいてもう、止まらない。
止める気もない。何故なら、

「……テメェは悪党だろうが。一万人以上殺してきた、俺と同じ本物のクソッタレなんだろうが」

一方通行が手に持っていたビニール袋をぽい、と投げ捨てる。
中身が飛び出したがそんなものには目もくれない。
今の一方通行の意識は、全て垣根帝督に割かれていた。

そして垣根帝督のタガが外れる。
どれだけ考えても分からなかったことが、絶対に口に出せないようなことが内から湧き出てくる。
流れるような自然さで、垣根の本心が言葉となって吐き出された。

「なのに、何故テメェは最終信号と一緒にいられる。どの面下げて善人と接していられる。
俺は、俺はあいつらとはいられねえってのに。どんなに望んだって許されねえのに。
なのに!! なんでテメェは平然と澄ました顔してやがんだ!!
テメェにそんな権利はねえっつってんだよこのクズ野郎がァァァァあああああああああああああああああああああッ!!!!!!」

何てことはなかった。こんなにも簡単な答えだった。
垣根帝督は上条当麻や御坂美琴という女の子と一緒にいたかった。
ただ一般的な友達のように、そこにいて笑っているだけで幸せだった。
それは絶対に叶うことのなかった、夢のような日々だった。

けれど垣根は悪党。だからそんな夢からは目を覚まさなければならない。
でも美琴とは一緒にいたい、という矛盾した願望。
その願いは、その夢は、自らの手で摘み取ったけれど。

そして、だからこそ打ち止めと平和に暮らす一方通行が羨ましかった。
自分と同じ悪党なのに。なのに自分とは違う結末を手にしている一方通行が羨ましくて、妬ましくて。

何が違った。何が悪かった。
垣根帝督は一方通行と違って、一万人も殺してはいない。
なのに、どうしてだ。

認められなかった。受け入れられなかった。
間違っているのは自分ではなく、一方通行の方なのだと考えた。
自分は悪党ということを自覚し身を引いた。なのに一方通行は厚顔無恥にもその場に居座り続けた、と。
実際どうなのかは関係ない。そうとでも考えなければ垣根が耐えられなかったのだ。
同類であるはずの一方通行が、ハッピーエンドなんて認められるわけがない。

結局のところ、これだけだ。

御坂美琴と一緒にいたいという願望。
一方通行への身が焼けるほどの強烈な嫉妬。

この二つの感情が垣根帝督の全て。垣根を蝕んでいた感情の名前。
あらゆる感情を際限なく爆発させ、展開していく垣根に一方通行は何を思ったのか。
様々な意味で垣根より上に立つ一方通行は何も言わない。言葉を返さない。ただその手を首元のチョーカー型電極にやって、

カチッ、と電極のスイッチを切り替えることで、答えた。

二人の超能力者が対峙する。
『第一候補(メインプラン)』と『第二候補(スペアプラン)』。
学園都市第一位と第二位。
一方通行と未元物質。
破壊と創造。
黒と白。

どこまでも相容れず、どこまでも対を成し相克する。
それでいてどこか似た者同士の二人の超能力者。
超能力者の中でもたった二人、次元の違う力を持つ最強と最強が、激突する。

投下終了ですの

次回もバトル一色ですのよ
The Last of usが発売するので更新が遅くなる可能性が微レ存……?

第四章ももうすぐ終わりです 第三章が長すぎたせいかかなり短く感じますね

    投下終了




「―――三流だな。さっきのオマエの言葉で分かった。オマエじゃ俺には勝てねェよ。
善人か悪党か。そンな善悪二元論にこだわっているうちは三流だ。……退屈な野郎だ」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市最強の超能力者(レベル5)――― 一方通行(アクセラレータ)




「結局テメェは俺と同じだ!! 誰も、何も―――……守れやしないッ!!
これからもたくさんの人が死ぬ。俺みてえな人間に殺される。
なあ、そうだろ一方通行!! これまでだって―――大勢の人間を、死なせて来たんだろうがぁッ!!」
『闇』から抜け出せぬ学園都市第二位の超能力者(レベル5)―――垣根帝督

コソコソ……

>>448ノイチギョウメハ「ジカイヨコク」ノマチガイデス(ボソリ)

乙でありました

お前が言うなと次回声に出して白いのに突っ込みそォだァ!

自分のこと棚上げして人を馬鹿にできるあたり原作一方って感じやね

一方がこうやって調子こくと最高にイラつく
だがそれがいい

乙です!
最初から一気に読んでしまいました
続き楽しみに全裸待機してます

超投下しますよ浜面!

>>455
白いのの口に突っ込む……?(難聴)

>>458
長かったでしょう……お疲れ様です
しかしここまで来ても新規の読者が増えるのは嬉しいですね

>>456,>>457
一方通行がそういう風に言われるのは一部しょうがないとは思ってはいますが、
この場でのキャラ批判は控えてくれると嬉しいです
勿論>>1の書き方に問題があるなら指摘するのは問題ないのですが、キャラ批判はちょっと
>>1のように一方通行大好きな方もいると思いますし
>>457は「だがそれがいい」らしいのでどうなのかちょっと分かりませんが……

守るべきもの、守りたいもの、たった一つだけを。

「おおォォォォあああああああああ!!!!」

本来RSPK症候群として周囲に撒き散らされるはずだった悪意を全て集約して、一方通行にぶつける。
背中に天使の如き翼を背負って一方通行に突撃する。
対する一方通行は冷静にその両手を地面に突き刺した。
すると地盤が割れ大きく捲れ上がり、巨大な壁となって垣根の前に立ち塞がった。

だがそんなことで止められるわけはない。
垣根は壁などないかのように突っ込み、あっさりとその壁を砕いて見せた。
しかしそれを破壊したことで破片や砂埃が舞い上がり、垣根の視界を乱す。
それを翼を振るって吹き飛ばした垣根の目の前に、一方通行が必殺の右手を突き出して迫ってきていた。
ベクトル操作。あの手で触れられればそれだけで人体は呆気なく破壊される。

「甘え!!」

翼の一枚を盾として前方に展開、そして一方通行の必殺の右手が突き刺さると同時翼を無数の羽に分解し、衝撃を拡散させる。
即座に反撃に出ようとするが、それより早く一方通行が続けて動きを見せる。

「甘いのはオマエだ、メルヘン野郎」

一方通行が大気の流れをその手で掴み、文字通り掌握する。
それを操ることで竜巻を発生させる。それは人間など巻き込まれればまず助からない程度には大きいものだ。
大規模な暴風の戦乱は辺りの街路樹や停車してある車などをまとめて巻き上げていった。

垣根はそれを思い切り翼を羽ばたくことでそれ以上の烈風で以って掻き消す。
その烈風によりあたりは大型台風の直撃を受けたかのような嵐に包まれた。
今は夜。学生がほとんどの学園都市は死んだように静まり返っている。
とはいえ、それは人が全くいないということではない。

この時間に街をフラフラしている一部の人間と、たまたま外出していた数少ない大人たち。
その中でも偶然この場に居合わせた一部の人間は悲鳴をあげながら、一目散に逃げ去っていった。
そして学園都市第一位と第二位は、そんなことを一切気にすることなく冗談のようなレベルの戦いを繰り広げていた。
突っ込んでくる一方通行に、垣根は白翼を叩きつけて潰そうとする。
だがそれは一方通行に触れた途端、凄まじい力で押し返された。

いや、正確には叩きつけた力がそっくりそのまま跳ね返ってきたのだ。

「無駄だ。俺の『反射』はベクトルのあるもの全てに作用する。
そしてベクトルのない攻撃手段なンてまず存在しねェと言っていい」

これが一方通行の最大の防御、『反射』。
核すらも無傷で跳ね返す『反射』の前に垣根は為す術もない。
相手の力が大きければ大きいほど『反射』の切れ味は増す。
たとえ学園都市第二位だろうとそれは変わらない。

(とでも思っているんだろうが)

垣根はその翼をはためかせ、烈風を一方通行に浴びせると同時、一息に数十メートルも月天へと舞い上がった。
漆黒に染められた空に、白く輝く天使のようなシルエットが一つ。
一旦一方通行と距離を取り、垣根は考える。

(一方通行のクソに攻撃が通用しねえのは分かってた。
だがあいつの『反射』は完璧じゃねえ。その隙を突けば『未元物質』を叩き込める)

垣根は一計を案じ、自分から降りることはせず一方通行がここまで飛び上がってくるのを待った。
いつまで経っても降りてこない垣根に業を煮やした一方通行は、背中に四本の竜巻のようなものを接続し空へと舞い上がる。
あっという間に垣根と同じ高度まで達した一方通行は、

「俺のチョーカーが切れるまでの時間稼ぎのつもりか? 発想が既に小物だな」

「言ってろ。テメェに痛みをくれてやる。ありがたく受け取りな」

ノークレームノーリターンでよろしく、と垣根は更に少しだけ高度を上げ、六枚の翼をバサァ、と大きく開いた。
その背後にあるのは月。新月といったところだろう。
仄かに闇を照らす月天を背負った垣根は、脳内で膨大な演算式を組み始める。
その瞬間、六枚の白翼がゴバッ!! と凄まじい光を発した。
それと同時に、全てを『反射』するはずの一方通行の全身を突き刺すような激痛が走り抜ける。

「がっ……!?」

かつて使った太陽光を殺人光線に変えたものと理屈は同じだ。
月光という不可視の力を『未元物質』が変質させ、無害から有害へと変えたのだ。
全く予期していなかったダメージを負った一方通行は空中でバランスを失い、背中の竜巻を維持出来なくなって地面へと落下していった。
高度数十メートル。この二人にとってはそれほどの高さでもないが、人間が落ちて助かる高さは優に超えている。
そのままコンクリートの地面に叩きつけられた一方通行は思わず叫び声をあげた。

「ぐあァァァァァァッ!!」

能力で最低限の防御は行ったのだろう。
でなければ彼の華奢な体はとっくに砕けているはずだ。
今の一方通行は隙だらけ。追撃をかけることも容易だ。
だが垣根はそんな一方通行には目もくれない。ただ脳内で膨大な計算式を展開させていた。

(奴の『反射』の具合から遡れば絶対にあるはずだ。
探せ。それさえ見つければ―――……!! これだ!! 『掴んだ』!!)

垣根帝督が行っていたのは一方通行の『反射』の逆算だ。
『反射』はたしかにあらゆるものを跳ね返す。だが全てを、ではない。
分かりやすいところで言えば酸素や重力。
酸素を弾けば死んでしまうし、重力を跳ね返せば大気圏外まで吹き飛んでしまう。

そういった“穴”を掴み、後はそのベクトルに偽装しその方面から攻撃を加えればいい。
そうすれば一方通行の『反射』のフィルターを騙し、攻撃を有効化させることが出来る。
とはいえ、こんな芸当が可能なのは世界で垣根帝督ただ一人だ。
『未元物質』による、一方通行が無害と認識してしまう有害。分かりやすく言えばこうなるだろう。

一方通行の『反射』は非常に強力だ。
単純に『未元物質』をぶつければ破れる、なんて甘いものではない。
もしぶつけるだけで破れるならば、先ほど垣根が叩きつけた白翼で破れているだろう。
『未元物質』はこの世界に存在しない物質、だがその未知すらも一方通行は容易く『反射』した。

一方通行は必要最低限のもの以外は全てを『反射』対象に設定している。
そのためたとえ未知の物質である『未元物質』をぶつけても『それ以外のベクトル』と判断され、その壁を超えることはできなかった。
『必要最低限のもの』にベクトルを偽装するという手順を踏んで、ようやく攻撃を有効化させられるのだ。

(先の烈風と月光に数万のベクトルを注入しておいたのは正解だったな。
おかげで簡単に穴を見つけられた)

垣根が通用しないと分かっていたのに翼で攻撃を加えようとしたり、烈風を浴びせていたのはこのためだ。
『反射』の具合からどういったベクトルなら届くのかを逆算するためのもの。
そして今、

「―――逆算、終わるぞ」

「ッ!!」

垣根帝督はよろよろと立ち上がった一方通行に向けて翼を叩きつけた。
これまでのような軽いものではなく、撲殺用の鈍器として。
危険を察知した一方通行は大きく身を投げ、能力を使用しそれを回避する。
だが回避したのも束の間、垣根帝督のもう一枚の翼が猛然と一方通行に迫った。
無理な回避にバランスの崩れている一方通行は、咄嗟には反応できない。白翼が一方通行の体にめり込んだ。

「ごっ、ぱぁ……!?」

体から嫌な音がするのを一方通行は聞いた。派手に吹き飛ばされた一方通行はノーバウンドで一棟の高層ビルへと突っ込んでいった。
だがそれで止まらない。彼の体は一棟、二棟とビルを突き破り、三棟目の壁に叩きつけられようやく止まる。
一方通行がビルを破る度、まだ中にいた人間が何事か叫んでいたがそんなことは聞こえてすらいない。

「派手にいったな。無様な光景だな第一位」

だが垣根帝督は油断をしない。
『反射』を逆算し、攻撃を有効化させることには成功した。
しかしそれはただスタートラインに立ったに過ぎない。

『反射』を殺すことと一方通行を倒すことはイコールではないのだ。
これでようやく一方通行と戦うことが出来る。『反射』を破って初めて戦いが始まる。
問題なのは、それすらも時間が経てば出来なくなってしまうということにある。

垣根帝督の『反射』をすり抜ける術は当然ながら『未元物質』に依存する。
この世のものならざる法則を持つ『未元物質』は、使い方次第で一方通行にとって脅威となり得るだろう。
だがそれも『未元物質』が解析されてしまえば終わりだ。
『未元物質』の持つ独自の法則を読み取られれば、正真正銘垣根は手も足も出なくなってしまう。
つまり、一方通行に『未元物質』の解析をされないうちに片をつける必要がある。
解析などさせる暇も与えないつもりでかからねば、返り討ちにされてしまうだろう。

そして普段の垣根帝督ならば、ここまで思考が至らなかったかもしれない。
『未元物質』が解析され無力化されてしまう可能性など考慮しなかったかもしれない。
だが今の垣根は違った。確実に普段よりも頭が回っていた。一周回って冷静にすらなっていた。
理由は唯一つ。脳細胞を一つ残らず一方通行を殺すことのみに注ぎ込んでいるからだ。

それだけを考えていれば、他を思考する余地を残さなければ、美琴のことを考えずに済む。
苦しまずに済む。あんな思いをしなくても済む。
だからこそ、垣根帝督は己の持ちうる全思考力を打倒一方通行に注ぎ込むのだ。
全力で戦ってさえいれば、何も考えなくて済むから。
そのおかげで、あるいはそのせいで、能力値が上がったわけではないが今の垣根は普段より確実に強かった。

一方通行が舞い戻ってくる。
その体にはあちこちに傷がつき、口からは血を吐き出しているがまだまだ致命傷には至らない。

「やってくれるじゃねェか、手羽先バサバサさせやがって。どォやって『反射』を潜り抜けやがった?」

「さてな。とりあえずテメェの『反射』にあるセキュリティホールを『未元物質』で突いた、とだけ言っておこうか」

垣根はまともに取り合わない。
何も言わずとも最高の頭脳の持ち主である一方通行が仕組みに気付くのは時間の問題だろう。
そしてそれが解析されてしまえば終わり。
タイムリミットがあるのは分かっているのに、いつそれがやってくるのかも分からない。

故に垣根に余裕はない。一刻も早く一方通行を粉砕しなければならない。
だがそれまでは、もはや一方通行の『反射』は垣根には意味を成さない。
よって垣根の攻めは一層激しく、一方通行の動きも激しくなる。
人々の悲鳴をBGMに、二人はどこまでも破壊の嵐を繰り広げる。

「よォ、ウジ虫野郎。この後に及ンで数字の順番がそンなにコンプレックスかァ!?」

「そんなんじゃねえよ。俺はただ、現実から目を背けてるテメェが気に食わないだけだ!!」

カツッ、という音を一方通行は聞いた。
見れば、一方通行の立っていた道路の中央分離帯の上に垣根が移動していた。
一体どうやって移動したのか、いつ移動したのか。
その疑問が解ける前に垣根は白翼を使って刺突を繰り出す。

対する一方通行は冷静に、流れるように身を捻りそれを回避すると同時、垣根のわき腹に蹴りを叩き込んだ。
ベクトルを操作されたその蹴りは並大抵の威力ではない。
垣根は吹き飛ばされ、思わず口から声が漏れる。
だがすぐに立ち直り、吹き飛ばされながらもくるりと一回転して大地を蹴り、砲弾のように一方通行へと突進する。

「痛ってえな。そしてムカついた。お返しだ第一位」

一方通行はそれを空中に跳ねることで回避したが、垣根はすぐに翼を大きくはためかせ烈風による追撃をかける。

「何のつもりだ? そンなモンが俺に通用するわけ―――ぐあっ!!」

垣根帝督のあの翼ならともかく、それから生み出される烈風はただの風だ。
よってそれは『反射』を破ることは叶わず、徒労に終わる、はずだった。
だが実際は烈風は『反射』をものともせずうち破り、一方通行にダメージを与えていた。
今の風はただの風ではない。以前にも見せた、『未元物質』により変質した強烈な熱風だ。
偽装されたベクトルをもった熱風は『反射』のフィルターを掻い潜り、軽減こそされたが一方通行に届いていた。

「分かってねえな、白モヤシ。異物ってのはたった一つ混ざっただけで世界をガラリと変えちまうんだよ」

垣根は笑って、言った。

「これが『未元物質』。異物の混ざった空間。ここはテメェの知る場所じゃねえんだよ」

「……なるほどなァ。何となく分かってきたぜ。オマエの『未元物質』の、攻略法もな」

言って、一方通行は大きく後ろへジャンプして距離をとった。
何をしようとしているのか、垣根には分かった。
そしてそれをされたら自分に勝ち目がなくなることも。

そうはさせんと垣根は一気に距離を詰め、一方通行に襲い掛かる。
攻撃の手を休めるな。一方通行に解析する暇を与えるな。
それが出来なければ、負ける。

(それよりも早く、テメェのモヤシみてえな体を粉々にしてやる……ッ!!)

「とでも思ってンだろォが」

一方通行は呟き垣根から離れようとするが、垣根はしつこく一方通行に付きまとい距離をとらせない。
執拗に距離を詰めてくる垣根が邪魔で解析に集中出来なくなった一方通行は、一旦解析を中止する。
猛スピードで垣根から離れ、距離を詰められる前に動く。

「一つ、気になってたンだけどよォ」

言って、一方通行はコン、と軽い動作でつま先で地面を叩いた。
たったそれだけの動作でコンクリートの地面はあっさりと砕け散った。

「オマエは言ったな。俺が現実から目を背けてると。ありゃ一体どォいう意味だ」

その砕けたコンクリート片の一つを一方通行が蹴り飛ばす。
まるで子供のする石蹴りのような、そんな気軽さだった。
だがそこにベクトルを統括制御する能力が加わったことで、音速の三倍以上の速度で垣根に迫る。
ゴバッ!! という凄まじい音が弾ける。蹴り出された小石はほんの四、五センチ進んで消滅した。
だが衝撃波は生きている。それはもはや音さえ破裂させていた。

「分かんねえのか、偽善者」

しかし垣根もその翼に力を込めて一息に振るい、衝撃波を薙ぎ払った。
二人の超能力者から放たれた莫大な衝撃波は両者の中間地点で激突し、その一点を中心に空気が猛烈に爆ぜる。
轟!! という音と共に空気の津波が放射線状に一気に広がった。それは一帯を飲み込み、看板や信号機を吹き飛ばし、街路樹を根元から引き抜いていく。

通りに面していたカフェやビルの窓ガラスが一斉に砕け散った。まるでハリケーンの中心地帯のような光景だった。
人の姿はもう見えない。全員この場を離れたのだろう。もともとあまり人のいる時間帯ではなかったのも大きい。

だが警備員がやってくる気配は一向になかった。
通報は間違いなく誰かがしたはずだ。ここまで暴れれば当然だ。
上層部かどこかが全力で抑えているのか、とも思ったがそんなことはどうでもいい。
むしろ邪魔が入らないだけ垣根にとっても一方通行にとっても好都合だった。

「テメェみてえな悪党に、ハッピーエンドはあり得ねえ。
テメェは一体どの面下げて『表』の奴らといるんだ? 厚顔無恥にも程がある」

一方通行が二撃目を放つ。一発目と変わらぬ軽い動作で、けれど超電磁砲以上の速度で衝撃波が生まれた。
それに対し垣根のとった行動は突進。衝撃波と垣根の体がぶつかる。
結果は明らかだった。垣根が正面から一方通行の放った莫大な衝撃波を打ち破り、そのまま一方通行へと突っ込んでいく。

だが一方通行は動じず、垣根と同様ベクトルを制御し自身の体を砲弾のように発射し、両者は月天の下衝突した。
それだけで空気が震え、悲鳴をあげる。再度衝撃波が放射線状に生まれる。今度もまた結果は明らかだった。
一方通行と激突した垣根の体が弾き飛ばされ、一軒のコンビニへと突っ込んでいった。
だが一方通行の顔にあったのは不快感。たしかに吹き飛ばしたはずなのに、手応えが外された感触が残っていたからだ。

「テメェは今この場にあるベクトルを制御する能力者だ」

白翼で身を包み、まるで繭のように白い塊の中から翼を広げ垣根帝督が現れる。
無傷。『反射』されることは考慮していたため、身を守る準備はしておいた。

「ならこの場にある全てのベクトルを集めても動かせないほどの質量を生み出しぶつければいけるか、と思ったんだがやっぱ駄目だな。
俺自身の持つベクトルまで操作されるんじゃどうしようもない」

垣根はそれほどに巨大な質量を生み出し、一方通行の衝撃波を打ち破り叩きつけた。
それは失敗に終わったが、垣根の顔に落胆の色はなかった。
何せ相手は最強の存在。そんなことで倒せては逆に興醒めするというものだ。
そしてその最強は垣根の言葉を聞き流し、静かに言った。

「―――三流だな」

「ッ、何だと……?」

「さっきのオマエの言葉で分かった。オマエじゃ俺には勝てねェよ。
善人か悪党か。そンな善悪二元論にこだわっているうちは三流だ」

一方通行はそんな段階をとっくに超えていた。
だからこそ御坂美琴と対峙した時、善も悪も超えて打ち止めと共にいたいと言ったのだ。
とはいえ、一方通行も最初からそうだったわけではなかった。
垣根帝督のように、悪党なのに善人と一緒にいていいのか、と苦悩した時期もあった。

だがそれを必死に乗り越えたからこそ、打ち止めという光を守るために戦ったからこそ一方通行には分かる。
未だそこで止まっているようでは、乗り越えた一方通行には勝てない。
勝たせるわけにはいかない。
あらゆる障害と試練を超え、御坂美琴との対峙さえ超えて彼が掴んだものを、こんな男に否定させはしない、と。

「……退屈な野郎だ」

そんな心境など知るはずのない垣根は、その言葉に頭が沸騰しそうになる。
気に入らなかった。自分と同類のはずの男が、自分の解けない問題を易々と解いてしまったようで。
そんなことも出来ないのか、と見下されているようで。
自分は間違っていないはずだ。間違っているのは悪党であるにも関わらず素知らぬ顔で打ち止めの隣にいる、この男のはずだ。

「上から説教垂れてんじゃねえ!! テメェに酔ってんじゃねえぞ恥知らずがァァァああああああああ!!!!」

叫んで、背中の翼が爆発的に展開された。
六枚の翼はそれぞれ数十メートルにまで伸び、もはや巨大な剣にさえ見える。
垣根帝督の携える六枚の翼が大きくしなる。
形を変え、質量を変え、莫大な殺人兵器のように。

夜天に舞い上がって規格外のサイズの白翼を振り回し、一方通行へと叩きつける。
ビルの屋上に一度のジャンプで飛び乗る一方通行だが、垣根の二〇メートル以上に達した翼はビルごと容赦なく引き裂いた。
高層ビルが縦に割れ、思わず耳を強く塞いでしまうほどの轟音をたてて倒壊した。

だがそんなことはお互い気にもかけない。
一方通行は器用にビルからビルへ移動していき、垣根の六枚ある翼による二撃目、三撃目をかわした。
しかし四撃目はついに一方通行を捉え、直撃した。
垂直に振り下ろされた翼によりビルは完全に破壊され、粉塵が舞い上がる。

貯水タンクを突き破って現れた一方通行は如何なる方法を用いたのか、ダメージを軽減させることに成功したようだった。
口から血を吐き出しながら、あたりを飛び回る。
そしてその姿を見て、垣根は一つの疑問を覚えた。

(おかしい。一方通行ってのはこんなものか?
いや、違う。だが奴は現に今も消極的に動き回って―――……ッ!! チィ!!)

一方通行の言葉に激高し、見失ってしまっていた。
『未元物質』が解析されれば終わり、という事実を。
一方通行はただ逃げているのではない。ああしている今も、脳内で膨大な計算式を展開し『未元物質』を解析し尽そうとしているはずだ。
解析に意識を大きく割いているからこそ、一方通行の動きが消極的に見えたのだろう。

垣根は大きく羽ばたき、空気を叩いてあっという間に一方通行との距離を詰める。
対する一方通行は動揺せずに、解析に割く意識の割合を減らして大気のベクトルをその手に掴み、轟!! と四本の巨大な竜巻を生み出した。

「地に落ちやがれ、羽虫が。オマエのよォな三流が空を飛ぶたァ笑わせやがる」

「ハッ。自分の身の程も弁えない恥知らずにどうこう言われる筋合いはねえな。
偽善者気取った気分はどうだよ?」

「結局オマエの口から出てくるのはそンな言葉か。
守るべきもののために全てを捨てる覚悟がないなら、いつまでたってもオマエの悪はチープなままだ」

巨大な竜巻に引き寄せられ、垣根の翼が強引にもぎ取られそうになる。
このまま巻き込まれることを恐れた垣根は、自分から翼を分解し危機を脱した。
即座に白翼を再生成・展開し、垣根は空中で自身を軸としてコマのようにくるくると回転し始めた。

六枚の翼を広げて恐るべき速度で回転する垣根によって、まるでハリケーンのような暴風と衝撃波が吹き乱れた。
凄まじい轟音をたてながら、一方通行の竜巻をあっさりと飲み込み垣根を台風の目のように中心として破壊の嵐が巻き起こる。
体内に『未元物質』を生成でもしているのか、あるいは訓練の成果なのか、目を回して自滅というお粗末な事態は起こらなかった。

攻防一体の竜巻そのものとなった垣根は一方通行へと迫る。
地上に降り立った一方通行は複数ある風力発電のプロペラの一枚を強引にもぎ取り、それをベクトル操作して垣根へと投擲した。
尋常ではない速度と破壊力を持ったそれは、しかし垣根の巻き起こす嵐に触れた途端バラバラに砕かれてしまった。

「説得力に欠ける説教だな。妹達を虐殺してきたテメェが言えたことか?
テメェこそ笑わせんじゃねえよ、人殺し」

チッ、と舌打ちして一方通行は再度上空へ舞い上がる。
そんな一方通行に嵐となった垣根が、以前と全く変わらぬ速さで特攻を仕掛ける。
文字通りの攻防一体。今の垣根帝督に生半可な攻撃は通用しない。
だが一方通行は垣根より高く舞い上がり、晒されているその頭上目掛けて急降下した。

だが一方通行がハリケーンに触れた途端、高速回転する垣根にバチン!! と弾き飛ばされてしまった。
しかし諦めない。一方通行はもう一度上空からの攻撃を試みる。
あらゆるベクトルを両足に集中させ、絶大な破壊力で垣根の嵐を粉砕する。
今度は競合の末、一方通行が垣根の回転をぶち抜き、その体を大きく吹き飛ばすことに成功した。
だがハリケーンを破られ、吹き飛ばされた垣根は尚ニヤリと笑う。

その瞬間、既に二人の姿は消えている。
ドンドンドン!! と飛び飛びに音だけが響き、空中で激しい攻防を繰り広げ始めた。
翼を背負った垣根と、竜巻を接続した一方通行が激突する。
二人の体が交差する。数秒遅れて、ズバァ!! という爆音が鳴り響く。
互いに血を流しながら二人は向き合って、

「その話に関してはオマエに語ることは何もねェよ。話すべき相手には全てを話した」

一方通行が右手を高く掲げる。
空気が唸り、莫大な突風が吹き乱れ、局地的な嵐が巻き起こる。
風速一二〇メートル。人間だろうと車だろうと家だろうと、全てを纏めて破壊する圧倒的な暴風。
風というと大したことないように聞こえるかもしれないが、一方通行の起こすそれはもはや並のミサイルを超していた。
殺せ、と一方通行が叫ぶと嵐が垣根帝督目掛けて一斉に襲いかかる。
だが垣根はそれをまともに受け止めようとはせず、大気の砲弾を器用に翼を動かし急降下することで回避した。

「そうかよ。だがな、テメェは俺と変わらねえ。一緒にいたかった人間を、御坂を潰した俺と、何もな」

瞬間、一方通行の姿が掻き消えた。ありとあらゆるベクトルを操作し、音速など軽く超えて垣根に飛びかかったのだ。
自分より低い位置にいる垣根に向けて飛び蹴りを放つが、垣根はギリギリのところで翼で身を守る。
だが、そこで一方通行は止まらない。あらゆるベクトルを一点集中した蹴りの持つあまりの威力に、垣根の体が後方へと押し流された。
『未元物質』を以ってして、完全には衝撃を殺しきれない。

今、一方通行は全力だった。僅かに行っていた解析も放棄した、文字通りの全力の一撃。
一方通行に本気を出させるには、垣根の言葉は十分すぎた。

「……オマエ、今何言いやがった。もォ一回言ってみろよクソ野郎」

「どうしたよ、一方通行? 御坂を潰したってのがそんなに気に食わねえか?
今まで一万人以上『御坂』を殺してきたテメェが、今更何をそんなに熱くなってやがる」

「オマエ……ッ」

今度は一方通行の頭が沸騰する番だった。
一方通行にとって美琴は守るべき人間だ。あの顔をした少女たちは一人の例外もなく守ると決めている。
それを壊したと目の前の男は言う。

今この瞬間、垣根帝督は一方通行にとって消去すべき絶対の敵となった。
今までの降りかかる火の粉を払う、という認識が一気に変わる。
絶対に、この男を殺す。御坂美琴を殺した垣根を許しはしない。
一方通行の殺意はどこまでも純粋に研ぎ澄まされ、垣根へと向けられた。

「言ってる場合か? あんまり気を散らしてっと死ぬぜ」

垣根の六枚の翼が突然輝いた。見る者の網膜を焼き尽くすほどの輝きはその濃度を増していく。
そして、その許容量を超えたかのように六枚の翼から反応すら許さない速度で白光が迸った。
白い、白い、どこまでも白く輝く閃光が瞬く。『未元物質』の翼から放たれた巨大なビームのようなそれは、まるで白い超電磁砲のようだった。
空気を裂き、天を穿つようなそれ。だが一方通行は反応する。あり得ない速さと動きで危なげなく回避してみせる。

「どォしたよ、当たってねェぞ第二位!!」

垣根は答えない。今の一撃をかわされることくらい分かっていた。
一方通行が回避したことにより二人の間に距離が生まれる。ふぅ、と一息つくと六枚の翼を優雅に広げた。
その翼が羽に変換され、投げナイフのように一方通行を刺し殺すために次々と射出される。
空気を割いて撃ち出された純白の羽は、狙い違わず一方通行へと向かっていった。

だが一方通行は素早い身のこなしでそれをかわし、時には風を従えて撃ち落していく。
外された羽は高層ビルの壁にもあっさりと突き刺さり、その殺傷力を証明していた。

「いつまでダーツやってンだ三下ァ!! そンなモンじゃねェンだろォが!!」

垣根はやはり答えず、ただ無言でニヤリと笑った。
その瞬間、異変は起きた。
白翼から撃ち出される羽の速度が爆発的に跳ね上がったのだ。
突如として亜音速ほどの速度にアップした羽に、一方通行は対応できなかった。
その結果、三枚の羽が一方通行の腕と肩を易々と貫いた。

「がっ……!!」

すぐに羽を引き抜き、血液の流れを操作して止血する一方通行。
これは垣根の作戦だった。
まずわざと速度を抑え、羽をしばらく撃ち続ける。
一方通行に羽攻撃の速度はこの程度と認識させ、その速度に目が慣れたと判断したところで本来の速度にまで引き上げる。
すると突然の変化に反応できず、今の一方通行のように食らってしまう、というわけだ。

垣根は攻撃の手を休めない。その手に“何か”が集約される。
不可視のそれは視覚することは出来ないが、そこだけ光が屈折したように向こう側の景色が歪んでいるので何かがあることは分かる。
垣根は“それ”を槍投げのような動作で一方通行へと投げつける。

「チッ!!」

だがすぐに反応した一方通行はそれを容易く回避し、即座に突っ込んできた垣根に応戦する。
音速を超えて、時には信号機の側面を蹴飛ばし、時には風力発電のプロペラの上に立ちながら町並みを駆け抜けていく。
互いの力を激突させる両者は凄まじい轟音をたて続ける。

しかし両者共に音速を超えているせいで、その音はぶつ切りに、ずれて学園都市に響き渡った。
垣根が翼を叩きつけようとすれば、一方通行はそれを回避し、必殺の手でカウンターを図る。
一方通行が風を従えれば、垣根はそれを爆発的な烈風で吹き消す。
垣根が月光を変質させて攻撃しようと空に舞い上がれば、一方通行は電信柱をベクトル操作して投げ飛ばし、垣根を空から引き摺り下ろそうとする。
一方通行が途轍もない威力で投擲してくれば、垣根はありったけの力を翼に込めて防御に徹する。

垣根帝督が六枚の翼を広げて夜天を舞う。
夜の闇を純白の翼が切り裂く。黒と白のコントラストが一層翼の神秘さを引き立てていた。
そして一方通行も同様。同じく夜天を飛び回る白い一方通行の姿は、闇の中にあって酷く目立っている。
第一位と第二位。二人の超能力者はくっきりと闇の中に浮かび上がっていた。
闇というキャンパスの上で二人は血という絵の具を散らしながら踊っていた。

「おいおい、そんなに派手に動き回って大丈夫かクソモヤシ? 体持たねえんじゃねえの」

「うるせェよ。オマエこそいつまでも手羽先をパタパタさせてンな。シュール過ぎて夢に出そォだ」

「その時は俺に感謝しな。いい夢になりそうだろ?」

「あァそォだな。だったらオマエにも覚めない夢を見せてやンよォ!!」

垣根の翼が鋭い剣のように一方通行に迫る。
その全てに等しく孔を穿ちそうな刺突は反応すら許さない速度で一方通行を刺し殺す。
だが一方通行はその身を大きく捻り、それを回避した。
『未元物質』の翼がその左肩を掠め、皮膚が裂けた。

しかし一方通行はそんなことなど意にも介さず、悪魔の右手を大きく垣根へと突き出した。
掴まれれば、待っているのは死。
全てのベクトルを操る一方通行にとって、血液や生体電気の流れを逆流させることは難しくない。

垣根は首を大きく右に振って必殺の右手を回避する。
あまりにも勢いよく首を振ったせいで寝違えたような痛みを覚えた。
一方通行の手が僅かに左の頬を掠め、皮膚が裂けて赤い血がドロリと流れ出した。
当然そのことにより痛覚が刺激され、鋭い痛みが走る。

だが垣根はそんなことには取り合わない。
まるでカウンターを合わせるように、一斉に翼を動かし一方通行の腰から下を切り落とそうとする。
左右三対の翼。一方通行の左右双方から三枚ずつギロチンが迫る。

「下半身に未練はねえな?」

「オマエこそ首から下に未練はねェだろ?」

先ほど垣根の頬を裂いた右手が、そのまま垣根の喉元目掛けて振るわれた。
既に伸ばされていたその右手をただ横に移動させるだけでいい。
わざわざ腕を伸ばす必要がない分、タイムロスが減った。
その小さなショートカットが、翼を振るう垣根より僅かに上を行った。

その差はまさに刹那だった。だがその刹那が明確に両者を隔てる。
垣根の斬撃が一方通行を両断するより、必殺の右手が垣根の喉元を掻き切る方が速い。
それをすぐさま理解した垣根は攻撃を中断し、イナバウアーのように大きくその上体を後方へと反らした。

必殺の右手が空を掻く。だがかわされることが分かっていたかのような動きで一方通行は追撃を図る。
何もない空間を裂いた右手を途中で止めることなく、最後まで大きく振り抜いた。
その動きにより右の肩が大きく突き出され左肩が後方へ仰け反る形となり、同時に腰も反時計回りに捻られる。
右肩を一気に引き戻し、入れ替わるように左肩を突き出す。その勢いを殺さず流れるような動作で腰の入った左での攻撃が繰り出された。
何物をも砕く一撃。だがしかし垣根はそれを白翼で受け止める。
世界の常識から外れた『未元物質』は、全てを粉砕するベクトル操作能力に反抗する。

「うざってェチカラだ。『未元物質』、か。この世に存在しねェ物質、だからこそこの世の法則に囚われねェってか?」

「何とも非常識だと俺も思うぜ。だがこいつには教科書の法則は通じねえし、テメェのベクトル操作でも簡単にゃ砕けねえ。
テメェご自慢の『反射』も同じだ。音を『反射』すれば何も聞こえない。物を『反射』すれば何も掴めない。
ま、そんな風に隙があるなら話は簡単だよな。テメェが受け入れているベクトルから攻撃すりゃいいだけだ」

「確かに。月光が殺人交戦になったり、馬鹿みてェな質量生み出したり、何でもござれだな。
俺からすればオマエの『未元物質』はまさに異世界の法則だ。だが、それをこちらの法則へと貶めることが出来たら?」

一方通行は口の端を吊り上げた。

      ダ  ー  ク  マ  タ  ー        アクセラレータ
「展開できねェ拡張子のついたファイルを、手持ちのソフトで展開できるよォにエンコードしたらどォなる?」

即ち、解析。未知を既知へと変える作業にして、『一方通行』という能力の本質。
ベクトルの操作、それに付随する攻撃スキルなどただのおまけに過ぎない。
それこそが一方通行の能力の真髄であり、『第一候補』に置かれる理由。

「……出来たら、な。悪いが俺は大人しくそれを待ってやるほどサービス精神に溢れちゃいねえぞ」

そして、激突。
当たり前のように空を舞う双方から決して少なくない血が噴出し続けている。
それでも二人は戦いをやめることはなく、文字通りの頂上決戦を繰り広げていた。
周囲を撒き散らす烈風と衝撃波で破壊しながら。

だが全くの互角に見えた両雄の戦いは、少しずつ、だが確実に動きを見せていた。
釣り合いのとれていた天秤が徐々に一方へと傾いていく。―――即ち、一方通行へ。

一方通行が一棟のビルの屋上にトン、と降り立った。
ほとんど全てのビルが二人の戦いによって薙ぎ払われてしまったため、最初二人が激突した位置からは少しズレた場所だ。
靴底で軽くアスファルトを叩くと、あっさりとコンクリートは砕け大量の破片が生み出される。

「ダンスの時間だ。踊れよ第二位」

一方通行はまるで踊るような動きで、二段蹴りの要領で次から次へとコンクリート片を蹴り出し垣根へと射出する。
ゴバッ!! と空気を破裂させ、先ほどと同じく超電磁砲以上の速度で幾つもの衝撃波が放たれた。

「ハッ、同じパターンとは芸のねえ野郎だ―――!!」

ただ一つ違ったのはその数。
まるで弾幕を張るように、一方通行に射出された数多の衝撃波が垣根を襲う。
だが垣根は避けない。先ほどと同じように、六枚の翼にありったけの力を込めてそれらを薙ぎ払っていく。
巨大な衝撃波同士がぶつかることで、もはや何度目か分からない空気の爆発が巻き起こる。
何度も何度も何度も何度も薙ぎ払い、ようやく全てを撃ち落した垣根は己が不注意を呪った。

(抜かった―――!!)

やっと開けた視界に、一方通行はいなかった。
目くらまし。その単語が垣根の脳裏をよぎった。
そしてその予感は、果たして当たっていた。
垣根が衝撃波に対処している間に、一方通行は垣根の背後に回りこんでいたのだ。

「チィッ!!」

すぐにそれに気付いた垣根は、今度こそ体を真っ二つにしてやろうと背中の翼を猛烈に振るった。
それはおそらくこの場での最適解だったのかもしれない。が、手ごたえはなし。
全てを切り裂く白翼は虚しく虚空を掻いた。

「にッ!?」

垣根の顔に驚愕が走る。
振り向いた垣根の耳に、一方通行の勘に障る声が飛び込んできた。
それは後方からではない。上。
一方通行は垣根の背後ではなく、その頭上にいた。

「今度は死ぬかもな」

ドゴッ!! という鈍い音。
それと同時に垣根の体を凄まじい衝撃が襲った。
僅かに遅れて、首を基点に強烈な激痛が走る。

「がっ―――」

一方通行が垣根の首筋にベクトルを制御した蹴りをお見舞いしたのだ。
延髄斬り。一方通行の放った蹴りはまさにそれだった。
あまりにも重い衝撃に垣根は意識を手放しそうになる。

「オマエは生かして帰さねェぞ。オマエは絶対に手を出してはいけない奴に手をあげてしまった。
恨むなら自分を恨めよ。あァ、別に俺を恨ンでくれても一向に構わねェ。
ただな、俺はあの顔をした奴に手を出した野郎を見逃してやるほど慈愛に満ちちゃいねェンだよ」

最初垣根帝督に傾いていた天秤は、徐々に均衡状態となり、ついに逆転を始めてしまった。
一方通行の一撃を受けた垣根帝督が吹き飛ばされ、地上へと落下する。
何とか体制を立て直して着地するも、その体は既に傷だらけだった。
一方通行も垣根と同様、結構なダメージを負ってはいるが、垣根の傷はそれよりも重かった。

「ぐ……。ちくしょう……!!」

口元からゴポリ、と溢れ出る血を袖口で拭い、上空にいる一方通行を睨みつける。
一方通行はただ絶対的に君臨していた。最強の名を示すように。
一方通行といえば『反射』、というようなイメージがあるが所詮それは能力の一側面でしかないのだ。

学園都市第一位『一方通行』について語る時、『反射』が彼の全てのように話す者がいる。
たしかに『反射』は一方通行最大の売りと言ってもいいし、極めて強力な防護壁であることも間違いはない。
だがしかし、一方通行の能力はベクトル操作であって、『反射』ではない。

それを失念しているのか、『反射』さえ破れれば一方通行に勝てると思っている者も少なくない。
愚鈍な一部の研究者はせかせかと『反射』の突破方法を考えはしても、“その後”を考えはしない。
『反射』を破るのが第一であることは確かだ。でなければ全て跳ね返され戦いにならない。
だが『反射』を殺したところで勝負が決まるわけでない。
そこまで行ってこそ、ようやく一方通行と『戦闘』が行えるのだ。

だからこそ、垣根帝督の戦いは順調には行っていない。
『反射』は殺しても、その先にある戦いを制さなければ意味がない。
だがまだだ。まだ垣根は戦える。まだ決定的な差はついていない。

「余裕じゃねえか、一方通行……! この程度で俺を、『未元物質』を倒した気になってんのか!?
ナメてんじゃねえぞ、第一位ィィいいいいいい!!!!」

垣根は翼で空気を叩き、一息に一方通行へと飛びかかる。
ダメージを受けているとはいえ、動けなくなるほどでもない。
音速を超えて襲いかかったというのに、一方通行はそれをいなす。
一方通行の攻撃も垣根は必死に防いでいたが、精神的な部分でも差が表面化し始めていた。

「思ってねェよ。だがもォ終わりだ。王手なンだよ、二番目」

その言葉が、勘に障った。
だから垣根はその力を振るって一方通行を殺そうとする。
全力で、一切の容赦なく。
垣根が一方通行を巻き込む形で正体不明の爆発を巻き起こす。
それを『反射』で押さえつける一方通行に、隙ありとばかりに翼で心臓目掛けて刺突を繰り出す。

だが当たらない。それはギリギリのところで回避される。
そこからの一方通行の反撃から、再び両者は互いの力を際限なくぶつけ始めた。
血しぶきが舞う。飛び飛びに鈍い音が響く。烈風が吹き荒び、衝撃波が全てを薙ぎ払う。
辺りは既に荒野に近い状態になっていた。多くの建物は残骸や根元部分だけが残っている。

ここに来て、垣根帝督が再度持ち直し始める。相変わらず押されてはいるが、それでも何とか立て直しを図る。
だが垣根の顔にあるのは苛立ちと焦り。そこに余裕の色は全くなかった。

(マズい、そろそろマズい!! ……いや、落ち着け、気を静めろ。頭を回せ。
激情に流されるな。細かいダメージを蓄積させるんじゃなく、決定的な一撃を決めることだけ考えろ)

垣根の翼による刺突が、一方通行を貫く。
打撃が、一方通行を捉える。
斬撃が、一方通行を引き裂く。
一方通行からの攻撃を受け体中から血を流しながら、それでも確実に垣根の攻撃も通っていた。

だが、致命傷は与えられない。
何度攻撃が当たっても、捉えても、絶対に致命傷は外される。
垣根の六枚の翼は的確に人体の急所六箇所を狙っているのに。
垣根もまた致命傷だけは何とか避けてはいるのだが、それでも垣根の中に無視できぬ焦りが生まれる。

「何を焦ってやがる、早漏が」

一方通行が嗤って言った。
その声には余裕さえ感じられる。事実、先ほどからずっと一方通行の攻撃の多くは垣根に突き刺さっていた。
垣根が一方通行に食らわせるよりも多く、彼は攻撃を決めていた。

「……ッ、うるせえよクソモヤシ。テメェは自分の身の心配してろ。
これから俺に壊されるその体をな」

一方通行ははぁ、とため息をつき、垣根の防御を掻い潜り再度蹴りを叩き込んだ。
すぐに体制を整えた垣根と一方通行が再び平行に飛び回りながら激しい攻防を繰り広げる。
突如として二人が直角に進路を変え、お互いが最短距離でぶつかるように移動する。
二人の体が再度交差し、双方の体から鮮血が舞った。
だがそんなことなどお構いなしに、一方通行は垣根に振り返った。


「そもそも、なンで俺とオマエが第一位と第二位に分けられてるか知ってるか」


両手を大きく広げて、一方通行は言った。


「その間に、絶対的な壁があるからだ」


ゾワッ!! という威圧感が狂ったような嗤いを浮かべる一方通行から発せられた。
垣根は腹の底からこみ上げてくる怒りを無理やりに抑え込み、一方通行より高く舞い上がる。
バサァ、と翼を広げ、月光を未元物質のスリットを通すことで変質させ、目の前の男へと照射した。
だがここで事態は一変した。
『未元物質』というこの世のものではない物理法則に従って変質した月光は、一方通行の『反射』を破ってダメージを与えるはずだった。
現に、少し前まではそれは有効打だった。そう、少し前までは。

“垣根の照射した月光は、一方通行の体表面に触れた途端に向きを変え、垣根自身へと跳ね返ってきた”。

「な!?」

一瞬反応が遅れたが、何とか白翼で身を包み跳ね返された月光を防御する。
『反射』を貫くよう設定した月光が『反射』された。それが意味するところは一つだった。
垣根の喉が干上がった。まさか、と掠れた声が漏れる。

「間に合わなかった、って言うのか……?」

最初から分かっていたことだ。
『未元物質』を使ったこの戦法は、『未元物質』が一方通行にとって未知であるからこそ有効な戦法。
だからこそベクトルを偽装し、攻撃を届かせることが出来た。
それが解析されてしまえば、全て終わり。
いつ終わるのかも分からないタイムリミットはずっと動いていた。
垣根もそれは分かっていた。だから中々勝負を決められなくて焦っていた。
だが今、

タイムオーバー。

垣根帝督に打つ手立てはもうない。


故にここから先は敗北への一方通行。


―――侵入することは、許されない。


「ふ、ざけんなよ。テメェ、いつから掌握してやがった?」

「警告はしてやった。『王手だ』とな。
……さて、ムカついたかよ、チンピラ。これが俺とオマエの差だ」

先ほど一方通行の言った「王手」。あれは間もなく『未元物質』の解析が終わるという意味だったのだ。
垣根の妨害を受けながらも細々と、だが確実に解析は進んでいた。それがついに終了したのだ。
これで全てが終わった。待っているのはどう足掻いてもデッドエンド。
『未元物質』の法則を組み込んだ一方通行に、垣根はどうすることも出来ない。
ただ、そんなことを認められるわけがなかった。
だからこそ垣根帝督は叫び、特攻を仕掛けた。

「く、が……がァァあああああああああああ!!!!」

悠然と一棟のビルの屋上に降り立った一方通行に、流星のように突っ込む。
位置的に一方通行は垣根を見上げ、垣根は一方通行を見下ろす形なのだが、心理的にはそれは全く逆に感じられた。
もはや戦術も何もなかった。
少し前まで見せていたギリギリの綱渡りはどこにもなく、ただがむしゃらに『未元物質』をぶつけ続ける。

だが解析されてしまった今、それは全てそのまま垣根に返ってくる。
一方通行は何もしない。ただ立っているだけだ。
垣根は『反射』されながらも、癇癪を起こした子供のように暴れていた。
自分の力で自分の体が裂け、鮮血が噴水のように噴出す。
それでも、垣根は止まらない。

一方通行はそんな垣根を無言で見つめていたが、やがて軽い動作で蹴りを繰り出した。
垣根はあっさりと蹴り飛ばされ、高層ビルの屋上から転落していった。
翼をもがれた鳥のように。翼を焼かれたイカロスのように。
それを見つめる一方通行はどこまでも無表情で。

「―――……無様だな」

(ちくしょう……ッ!! ちくしょうが……一方通行ァ!!)

まるで身の丈に合わぬ敵に戦いを挑んだ愚かさを示すように。
人の身で神に刃向かった代償のように、垣根は堕ちる。
だが垣根は力を振り絞って翼を再形成し、再度上空高く舞い上がった。
そして血塗れの顔で、叫ぶ。

「一方通行……ッ、テメェみてえな偽善者に、俺が負けるってのか!?
ふざけんな……。ふざけんじゃねえぞ!!」

今日だけで何度目か分からない。
抑えきれない感情が爆発する。

「結局テメェは俺と同じだ!! 誰も、何も―――……守れやしないッ!!」

その言葉は願望だった。
一方通行と垣根帝督は同類だ。同じ種類の悪党だ。同じだ。同じはずなんだ。
だから、垣根に誰も守れないように一方通行だって誰かを守ることなんてできやしない。

恋人を、その妹を、親友を、恩師を守れなかった垣根と。
そしてそんな『闇』を晴らすと言ってくれた御坂美琴さえ壊す結果となった。
なのに、何故一方通行だけがハッピーエンドなんて迎えようとしているんだ。

一方通行に打ち止めは守れない。悪党なのだから、当然だ。
一方通行に打ち止めは守れない。垣根と同類なのだから、当然だ。
一方通行に打ち止めは守れない。垣根に美琴は守れなかったのだから、当然だ。

そうだ。そのはずなんだ。
全てを跳ね返すことしかできない化け物に、誰も何も守れるわけはない。
自分と同じだ―――俺たちは、壊すことしかできないはずだ。

「これからもたくさんの人が死ぬ。俺みてえな人間に殺される。
なあ、そうだろ一方通行!! これまでだって―――大勢の人間を、死なせて来たんだろうがぁッ!!」

垣根が一方通行へ幾度も攻撃をかける。
それを『反射』であしらって、一方通行は垣根の体を上空高く蹴り上げた。
とっさに『未元物質』を盾として展開するも、それは一方通行に破壊されてしまった。

「もォ無駄だ」

一方通行にとっての未知から既知へと変わった『未元物質』は、ベクトル変換能力で簡単に粉砕出来てしまう。
垣根は飛ばされながらバランスをとろうとするも、流石にダメージが大き過ぎる。
本人の意思に反し、体は脳からの命令に従ってはくれなかった。

一方通行は脚にかかるベクトルを操作し弾かれたように飛び上がる。
吹き飛ばした垣根を一気に追い抜き、両手を組んでその背中を地上目掛けて殴り飛ばした。
もはや垣根に勝機はなかった。戦意すらも喪失していく。
今度こそ、垣根帝督は地に堕ちる。
削板軍覇を手玉に取り、麦野沈利を一蹴し、御坂美琴をあしらった学園都市第二位、『未元物質』の垣根帝督が。


それで、第一位と第二位の勝負は決した。


学園都市第一位、最強最高の能力者。それが『一方通行』だ。
“最強”。それが意味することは読んで字の如く、最も強いということ。
無能力者よりも、低能力者よりも、異能力者よりも、強能力者よりも。
絹旗最愛、白井黒子、結標淡希、滝壺理后。そういった大能力者という実力者よりも。

一人で軍隊と伍する七人しかいない超能力者。
第七位の削板軍覇よりも、まだ見ぬ第六位よりも、第五位の食蜂操祈よりも、第四位の麦野沈利よりも、第三位の御坂美琴よりも。
そして異界の法則を振るい世界を塗り替える第二位の垣根帝督よりも、強い。
もし削板であれ食蜂であれ麦野であれ美琴であれ垣根であれ、誰か一人にでも劣るならば彼は“最強”とは呼ばれない。

削板軍覇の攻撃は全て『反射』に弾かれる。
念動砲弾は上手く『反射』が働かないかもしれないが、容易く逸らされてしまうだろう。
魔術と同じだ。未知であってもベクトルは存在する。必要最低限のものしか受け入れない以上、それ以外のベクトルと判断される。
一方通行は雪原の大地において大天使の一撃すらも、ギリギリではあったが逸らし切ったのだ。
『反射』はされずとも、当たらぬのならば削板に打つ手はない。

食蜂操祈、麦野沈利、御坂美琴。
彼女たちの攻撃は全て『反射』の壁を越えられない。
心理掌握という特殊な精神系であっても、一方通行には届かない。
空間移動すら無効化してしまう一方通行が、精神系能力などというポピュラーな能力に対応できないわけがない。
美琴の電磁バリアに防がれるように、空間移動と同じく『心理掌握』にも特殊ではあるがベクトルは存在する。

麦野や美琴のような単純な攻撃では、当然『反射』の餌食となってしまう。
麦野沈利は電子を粒子でも波形でもない特殊な状態に留め、自然にはあり得ない状態を生み出すが、それとてベクトルを保有することに変わりはない。
美琴は電極に干渉することで一方通行を無力化できるが、まともに戦えば勝ち目はない。
電気分解を利用してオゾンを生み出すなどの奇策は取れるだろうが、風を自在に操り高い機動力を持つ一方通行には効果が薄い。
その他の攻撃は言わずもがな。全て『反射』されるだけだ。

そして垣根帝督。
仮に一方通行に敵う者がいるとすれば、それは垣根を置いて他にいない。
唯一一方通行に取って代われるとされた者。神々に届きうるとされた者。
『未元物質』。途方もない力を秘めるこの力を以って、垣根は一方通行の『反射』を打ち砕いた。

『反射』の破壊は第一歩。それを為して初めて一方通行という王者と『戦う』ことが出来る。
そして垣根はその戦闘でも最強を相手に互角に渡り合って見せた。
だがそれでも、解析され、『反射』に組み込まれ、垣根帝督は敗北した。

そもそも一方通行とて棒立ちでいるわけではない。
『反射』ばかりに注目されがちだが、彼は地球の自転エネルギーさえ己が力に転換できるのだ。
全てを跳ね返し、全てを砕き、全てを食い尽くし、ただそこに在る。

一方通行はあらゆる実力者を凌駕し、ただ圧倒的に君臨する。
あらゆる法則をその手で掌握し。彼を倒せる超能力者など存在しない。
それ故に、最強。それ故に、王者。

(―――……何でだよ)

垣根帝督は、『未元物質』の牙は絶対の王者には届かなかった。
敗北。その何よりも重い二文字が垣根を蝕む。
プライドの塊である垣根にとって、敗北という言葉は死よりも重い。
垣根はただ敗者として地に堕ちる。

(何でだ、何でなんだ)

地面に突っ込み、粉塵が舞い上がる。
瓦礫のベッドで垣根帝督はただ倒れていた。
もはや第二位としての威厳は感じられなかった。
そこにあるのは全てを失った男の、哀れな末路。
そのすぐ近くに降り立った一方通行を見て、悔しそうに顔を歪めた。

「何でだ。何で俺はテメェに勝てねえ……。
俺とテメェ、一体何が違う。どこで差がついたって言うんだ……」

一方通行はそんな垣根を見下ろして答える。
電極は切り替えない。垣根はまだ生きているからだ。
僅かな隙でも見せればこの狼は再度襲いかかってくるかもしれない。
そうなれば噛み殺されてしまうだろう。だから、全てに確実に片をつけるまで一方通行は油断をしない。

垣根帝督を殺すまでは。一方通行に見逃す気は一切なかった。
垣根のしたことは、許容範囲内を遥かに超えてしまっていた。

「あァ、認めてやる。オマエは強い。
俺にここまで傷を負わせたのはオマエで二人目だ。そこは誇ってイイぜ」

だがな、と一方通行は一言区切って、

「オマエとオリジナルがどンな繋がりを持ってたかは知らねェよ。
だがオマエにとって、オリジナルは守るべき存在じゃなかったのか。
経緯は知らねェし知りたくもねェが、そォ思えたンじゃねェのか。
違うとは言わせねェ。オマエは確かにオリジナルのことをこォ言った。『一緒にいたかった人間』とな」

「…………」

垣根は何も言葉を返さない。返せない。
ただ黙って一方通行の言葉を聞くしかできなかった。

「俺は言ったはずだ、『守るべき者のためなら全てを捨てろ』ってなァ。
それは単に力や命のことを指してるだけじゃねェンだよ。
それが何を指してるか、それくらいオマエで考えろ。それが出来ないほどの頭じゃねェだろ、第二位」

もっともオマエに今後があれば、の話だが、と一方通行は言った。
彼は続ける。

「なンでオマエが俺に勝てねェか、だと?
言っておくがな、オマエみてェに自分も守るべきものも見失った奴に俺は倒せない。
最初にオマエが『権利』なンて言葉を口にした時から、勝敗は決まってたンだ。
―――だからオマエは三流なンだよ。いつまで経っても二番目だ、メルヘン野郎が」

吐き捨てるように、彼は言った。
更に、一方通行はとどめを刺す。

「挙句、守るべきものをオマエの手でブチ壊しにしただと?
どこまでも救えない野郎だ。吐き気がする。
オマエの弱さのツケを、よりにもよって大切な人間に、オリジナルに払わせてンじゃねェよ。
一体オマエはどれだけ堕ちれば気が済むンだ?
クズの俺でさえ、守るべきもの(ラストオーダー)を殺そォなンてふざけた考えをしたことは一度もねェぞ」

一方通行は自分が正しい人間ではないことなど分かっている。
それを踏まえた上で、尚一方通行は垣根帝督を蔑視する。
別に垣根が人殺しだからとか、外道だからとかそんなことでは勿論ない。

そもそも数の上では一万殺しの大罪人である一方通行の方が上だろう。
一方通行が言っているのは、クズなりにもたった一つの守るべきものを放棄したことだ。
垣根帝督は御坂美琴に何か特別なものを見出していた。
にも関わらず、それを他ならぬ垣根の手で奪い取ったことが何より許せない。

一方通行が、垣根帝督を否定する。垣根帝督の全てを否定する。
一方通行は垣根帝督の遥か先にいた。それが分かってしまったからこそ、垣根は何も言い返せない。
御坂美琴を殺したのは他ならぬ自分だ。
美琴と一緒にいたいと願っていながら、それを摘み取ったのも自分だ。
そうしなければ垣根の精神が耐えられなかったから。
自分の弱さのツケを、美琴に払わせた。……返す言葉が、ない。

「俺は本来偉そォに説教できるよォな人間じゃねェ。
この間もオリジナルに説教されたばかりだ。だが、それでも俺とオマエじゃ決定的に違う。
俺は絶対に打ち止めを守ってみせる。これまでもそォだったし、これからもそォだ。
オマエの希望を、俺やオマエみてェなクズに光を見せてくれる奴を、自身の手で壊したオマエとは違う。
……オマエはカスだ。悪党にもなれてねェ、ただのチンピラだ」

一方通行は自分が凄い人間で、垣根は違うと言っているのではない。
ただ単純に、自分もクズだが垣根はそれ以下だと言っているだけだ。

もしも、垣根が一方通行のように折れていなければ。
もしも、この戦いが美琴を守るための戦いだったならば。
或いは結果も変わっていたのかもしれない。

だが、そもそもその願い自体があまりにも筋違いで甘すぎたのだ。
垣根帝督とはそんな人間ではない。どこまでも傲慢で自己中心的な人間のはずなのだ。
なのに、



    ――『ご協力感謝いたしますわ』――


    ――『ま、でもありがとな、垣根』――


    ――『あの……た、助けていただいてありがとうございます!』――


「俺は……俺は……ッ!!」


    ――『でも本当にありがとう! あなた、とっても良い人だね!』――


    ――『いえ。ありがとうございます』――


    ――『……そう。ありがとう、垣根』――


「昔の俺に―――戻りたかったんだッ!!!!」


血塗れの顔で、半身を起こして絶叫する垣根。
腹の底からの、魂の叫びだった。

「残忍で冷酷な俺に戻って、甘さも脆さも全て忘れてただあるべき『垣根帝督』になりたかったんだッ!!
気に入らなかった……ッ! 知らない内にあいつらの影響を受けて穏やかになっていく自分が……!」


    ――『俺がそいつらを片付けてやる。風紀委員の出番はないぜ』――


「俺ともあろう者がダチなんてもんを持ち……悪くねえ気分だった……。
居心地のいい、あいつらのいる世界も……悪くない、と思っちまったんだ……」


    ――『しょうがないでしょ。ゲコ太が可愛いのが悪いのよ』――

ボロボロの体で、けれど垣根帝督はよろよろと立ち上がった。
少し押せばまた倒れてしまいそうに見えて、どこか力強さも感じられる。
頼りなく揺れる朧気な視界に一方通行を捉えて、垣根は左手で頭を抑えて叫ぶ。

「だがな、御坂といたい? 『表』が好き? ふざけんじゃねえぞ!! そんなもんは俺とは無縁のはずだろうが!!
だから!! そんな甘っちょろさを消すために、一番の原因である御坂を殺して元の悪党に戻る必要があったんだッ!!
御坂だろうと上条だろうと、誰がどうなろうが構わねえ。―――構わねえんだよッ!!」

別に今は悪党ではなくなった、というわけではない。
だがそれでも格段に垣根帝督という人間は丸くなった。
以前からは考えられないほどに穏やかになったと言っていいだろう。

自分という人間の本質と現在の自分。その磨耗が垣根の心をガリガリと削っていたのだ。
そして垣根は精神を、生き方を、矜持を、『自分だけの現実』を保つために御坂美琴を殺した。

その結果は。

垣根は口元から溢れる血を右の袖口で拭うと、悲しみや喜び、虚しさといった感情が入り混じったような複雑な笑みを浮かべた。

「おかげで―――……。今はいい気分だぜ……」













――――――本当にそう?












栗色の髪をした少女の顔が、脳内に浮かんでくる。
本気で言っているのかと、凛とした瞳で少女が問いかけてくる。
だが垣根はそれを無理やりに振り払う。
自分はもう、止まれない。

(七人しかいない超能力者。最強の力を持っていながら誰一人救えず、何も守れない。
―――……どうして、ここまで酷い怪物になっちまったんだろうな)

それは誰かに伝えるようなものではなく、自問だった。
そんな垣根の言葉を聞いていた一方通行は、まるでゴミを見るかのような目で垣根を見ていた。
一方通行からすれば垣根帝督は無様で仕方がなかった。
結局のところ、垣根は先ほど一方通行が言ったように自分の弱さを美琴に押し付けているだけなのだ。
それを散々苦しみながら乗り越え、ようやく今の世界を掴んだ一方通行からすればあまりにも救えない。

「……ふざけンじゃねェぞゴミクズが。
別にオマエが廃人になろォとどォなろォと興味はねェよ。
だがな、イカれンなら一人でやれや。オマエのそれにオリジナルを巻き込ンだ時点で底は知れている」

一方通行は銃口を垣根へ向け直す。
垣根は間違っても命乞いなどはしない。
散々人を殺してきた垣根は、そんなチンピラにすら劣るような悪がすることはしない。

そして何より、この戦いは勝ったのは一方通行で、負けたのが垣根帝督。
だから敗者たる垣根が殺されるのは当然のこと。
一方通行は、垣根もそう考えていると思っていた。

一方通行が今の生活を得るまでには色々なことがあった。
垣根と全く同じことで苦しんだこともあった。
垣根がそこで折れたのならそれは構わない。ただ垣根一人のそれに美琴を巻き込んだというその一点のみが一方通行には許せなかった。
だが、それは一方通行にもあり得た可能性でもある。

第一位と第二位。学園都市の頂点に君臨する二人は、やはり似たもの同士なのだ。
一方通行が折れていれば、今の垣根と同じようになっていたかもしれない。
一方通行のバッドエンドを体現したのが垣根帝督とも言える。
逆に障害を乗り越え一緒にいたい人間と過ごせている一方通行は、垣根帝督にとってのハッピーエンドかもしれない。

しかし、一方通行はそんなことなど考えない。
事実として一方通行は乗り越え、そして垣根は折れた。それどころか、彼は御坂美琴を巻き込んで破滅させてしまった。
だからこそ、学園都市最強は垣根帝督を見下げ果てる。

一方通行はたとえ場違いであっても打ち止めという自身の希望を如何なる時、場合であっても守り抜き。
垣根帝督は御坂美琴という自身の光を自らが耐えられなかったが故に刈り取った。

守るべきもの、守りたいもの。
たった一つ、それだけを貫き通せるかどうか。

一方通行が垣根を見下すのは格下だからでもなければ、悪党だからでもない。
己の弱さに屈し、それをあろうことか守るべきものに叩きつけたそのふざけた行為を。
それをあの顔をした少女に、全ての妹達の『お姉様』に押し付けたからこそ。

一方通行はこれまでどんな状況に陥っても、どんな葛藤があっても、どれほど揺さぶられても、『打ち止めを守る』という一点だけは絶対に変わらなかった。
どれだけもがき苦しみ、どれだけ自分を見失いそうになっても。
そこだけは揺らがなかったし、声に出して明確に誓いすらした。
そこが垣根帝督との決定的で、致命的な違いだった。

数え切れぬほどの数の人間を殺してきたのは一方通行も垣根帝督も同じ。
その上でたった一つの希望を守ったのが一方通行で、自身のためにそれを壊したのが垣根帝督。
これだけは誰にも否定できない動かぬ事実だった。

(クソが……。クソクソクソクソ!!
ちくしょうが……!! 見下しやがって……!!)

これ以上垣根の精神は耐えられなかった。
御坂美琴という彼の希望を壊してまで得ようとした安定を、目の前の男があっさりと崩してしまった。
だがしかし、一方通行が垣根の全てを否定したなら、今度はこちらが一方通行を否定してやればいい。
どうせ暗部なんてところにいる連中は他人を否定し続けなくては生きていけないクズばかりだ。

そしてそれは、垣根にとっては一方通行を殺すということだった。
一方通行を消して、同時にこの男のした自分の否定もなかったことにするしかない。
それ以外に、垣根帝督が垣根帝督であり続ける術がない。

(いいさ。俺は自己中心的な男だ。これまでも唯我独尊を貫き通してきた。
そしてこれからもだ。何もかもを自分勝手に解決してやるよ!!)

それは自暴自棄になったも同然だった。だがそれでも、垣根は一方通行を殺す。
そもそも美琴と一緒にいたい、などと生ぬるいことを考えたからこんなことになったのだ。
『闇』の底の底まで沈んでおいて。大事なもの全てを壊しておいて。

自分のようなクズに、そんなことを望む権利はない。望む必要もない。
光など求めない。どこまでも悪党を貫き通せばいい。
だからこそ、




垣根帝督は、今度こそ徹底した『悪』となる。
たとえ何を失ってでも、一方通行を粉砕するとここに誓う。




そして訪れるのは、一つの暴走。




「ォ」

垣根帝督の全てが、黒に塗り潰された。
大地を震わすように、垣根は世界の果てまで咆哮を届かせる。

「ォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」

背中が弾け飛んだ。未元物質の左右三対、計六枚の翼が爆発的に展開される。
四〇、五〇メートルはあろうかというそれは、先ほどまでの翼とは明らかに違った。
それは神秘的な白く輝く光を湛え、同時に機械のような無機質さを秘めていた。

翼に触れた空気がバオッ!! と悲鳴をあげる。
大地は震え、天は鳴いた。まるで『未元物質』の覚醒を迎えるように。
これを十字教徒が見たら、涙を流して天使の降臨だと祈りを捧げたかもしれない。
それほどに神秘的で、神々しさすらあった。まるで聖書の一ページのような光景だった。

神や天使の手になじむ莫大な兵器のようなそれは、あまりにも圧倒的。
もはや第二位どころか超能力者の枠からもはみ出しかねない。
世界に二〇人といない聖人でもまとめきれぬ程の巨大な力。

天を裂き、次元を裂き、大地を裂き。
そんな恐ろしい代物を今の垣根帝督は自在に行使していた。

「yjrp悪qw」

(凄げえ……! これが『未元物質』!!)

うまく言葉を発せなかった。原因は不明だが、それも刹那のこと。
すぐに垣根は言語能力を取り戻す。
身の内にある莫大な力をひしひしと感じる。
それでいて、その隅々まで掌握している自覚もあった。
これが絶対能力者か、とも垣根は思ったがそんなことはどうでもいい。
重要なのは一つだけ。

(これで―――学園都市第一位と第二位の順位は逆転された。
もはや一方通行なんて敵ですらねえ。俺が少しその気になれば、それだけでケリは着く)

そして、それは客観的に事実だった。
今の垣根帝督は第二位という枠に収まりきらない。
事実として、今の垣根帝督は第一位で、一方通行は第二位に転落している。
そして垣根が一方通行に勝てなかったように、第二位では第一位には勝てない。

早い話が、垣根は一方通行を完全に凌駕したということだ。
今の垣根が相手では、一方通行に勝ち目はない。
“そう、このままでは”。

垣根の覚醒を見て、一方通行は何か納得したような顔で小さく呟いた。
何と言ったのかは聞き取れなかったが、すぐに変化は起きた。
一方通行の表情が一変し、咆哮する。
彼の背中が、垣根同様弾け飛んだ。

そこからこの世の全てを否定するような、黒い黒い、どこまでも黒い漆黒の翼が飛び出した。
いや、それは翼というより正確には噴射に近い。
垣根の翼と違って、一方通行のそれは分かりやすい翼の形を成していなかった。
だが背中から噴射される二対の墨のようなそれはやはり翼にしか見えない。

あっという間に数十メートルも伸び、あまりの存在感に大地が慄き震わせる。
無機質さを秘める垣根の翼とは対極に、一方通行のそれは有機的だった。
それを見て、思わず垣根も乾いた声をあげる。

「はっはは……。スゲェよ、スゲェ悪だ。何だよ、やれば出来るじゃねえか、悪党。
だがそいつが勝敗まで決定するとは限らねえんだよなあ!!」

「なら授業の時間だ。かかって来いよ、格の違いってモンをもォ一度分かりやすく教えてやる」

一方通行がくいくいと手招きをし、垣根を挑発する。
自信に溢れたその仕草は、自身の敗北の可能性を欠片も考えていない者の仕草だった。

対する垣根帝督は一方通行の挑発をあっさりと流す。
一方通行同様に垣根も自信に満ち溢れていた。もはや今の自分が敗北することなどあり得ない。
傲慢でも何でもなく、垣根は素直にそう感じていた。

どこまでも高らかに、醜く、凄絶に哄笑して。
右手の親指を立てて、その親指で喉元を切るようなジェスチャーをして垣根帝督は宣言する。

「いくらでもほざけ。―――テメェの喉を掻っ切って!! どっちが上か分からせてやるよ!!」

二人の超能力者が向き合った。
お互いの背中には全てが小さく見えるほど莫大な力が渦巻いている。

『第一候補』と『第二候補』。
学園都市第一位と第二位。
一方通行と未元物質。
破壊と創造。
黒と白。
そんなものではない。
ここに来て更なる覚醒を遂げた今の二人は、間違いなく更に上のステージにいた。


即ち神にも等しい力の片鱗を振るう者と、神が住む天界の片鱗を振るう者。


そして文字通りの怪物二人が、激突した。
途方もないエネルギーの乗せられた垣根の体と一方通行の体が衝突した。
一拍遅れて、ドン!! という音と共に地面が抉れ巨大なクレーターが出来上がる。
衝撃波が吹き荒れた。だが二人はそんな瑣末事には目もくれず、ただただどこまでも殺意を研ぎ澄ます。
全ては目の前にいる男を殺すため。一方通行は垣根帝督を、垣根帝督は一方通行を。
二人の頭の中にあるのはそれだけだった。

「ファイナルラウンドだ。仕舞いにしようぜ、一方通行―――!!」

「反吐が出そォだが同意してやる。ならオマエの命でいい加減に幕を引いてやンよ―――!!」

投下超終了です!!

ちょっと流石に長すぎたので、一応の区切りで二回に分けさせてもらいました
と言っても第二ラウンドは大して長くないので割ともうすぐバトルは終わります
……実は美琴vs麦野で

「そもそも、何で私とアンタが第三位と第四位に分けられてるか知ってる?」

「その間に、絶対的な壁があるからよ」

って言わせたくて仕方なかったんですが、色々おかしくなるので結局没に
結局原作通り一方通行と垣根に使うことになっちゃいました

……このていとくんは守りたいと思えるものがあるだけかなりマシですよね
原作のていとくんはそれすら……そもそももう白くなっちゃいましたし

    次回予告




「アイツと、御坂といると思っちまうんだよ。
俺なんかでもまだやり直せるんじゃないか、こっちにいていいんじゃないかってな!!
御坂の存在は俺を惑わす!! 限りなく終わってる垣根帝督という人間に光を見せやがる!!
だったら―――……その原因を絶つしかねえじゃねえかッ!!!!」
『闇』から抜け出せぬ学園都市第二位の超能力者(レベル5)―――垣根帝督




「―――何で、そこでそォなるンだ。もォイイ。もォ十分だ。よく分かった。もォ死ねよ、元凶」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市最強の超能力者(レベル5)――― 一方通行(アクセラレータ)

ブーメランパンツ姿のセロリたん...だと...?

間違えたゴメン
とミサーーゲフンゲフン!

どう見ても垣根が御坂に惚れてるように見える…
…俺だけか?

このssの更新を楽しみに毎日がんばってる
応援してます

ぶっちゃけ一方糾弾の権利あるのは御坂一家、打ち止めとワースト含めた妹達だけ

おぉう、何かすげぇことになってる……
そろそろ投下しても良いですかね……?

よし、やっぱ投下するのでございますよ

>>512,>>513
貴様……さては20000号だな!?

>>517
美琴→垣根は信頼や友情ですが、垣根→美琴は……どうでしょうね
恋愛感情を持っていてもおかしくないと思います。そこはみなさんの想像にお任せします
ただたとえそうだったとしても、その気持ちを告げることは永遠にないでしょうね
そもそもあったとしてそれに気付いているかどうか……

>>523
ありがとうございます、やる気が出ます
これからも見捨てないでやってください

>>527
それは確かにそうだと思います

最強の黒い翼に打ち勝つ者―――Dark_Matter.

垣根は地面を蹴って大きく後方へと飛び距離をとると、その右手を一方通行へと翳した。
垣根の翼が一際強く輝いた。
そして翳された掌から説明不能の、不可視の力が噴出した。
全てを呑み込む濁流のようなそれは超電磁砲並みの速度で一方通行を食い殺さんとする。

対する一方通行は黒翼を自身の前方へと盾のように展開、そして消滅。
垣根の説明不能の力は黒い翼に接触した途端にあっさりと霧散する。
だが垣根は慌てない。そんなことは分かっていたとばかりに追撃をかける。

しかしその前に一方通行が動いた。
彼がその場で片足を上げ、思い切り地面を踏みつけるように下ろすと地面が砕けた。
一方通行のベクトル操作を受け地震のように激しく大地は揺れ、垣根の動きが一瞬止まる。
その隙をついて黒翼が大きく広がった。幾つかに分かれた翼があらゆる方向から垣根へと襲いかかる。

一つ一つが必殺だった。それはまるで絨毯爆撃。回避など不可能。
地盤そのものが揺さぶられ、アスファルトが完全に破壊され粉塵が舞い上がる。
耳を劈くような轟音が響いた。

「この程度の攻撃で、俺を殺れるわけねえだろうが!!」

だが垣根は倒れない。
粉塵を突き破って垣根が現れる。
その輝く翼をはためかせ、夜天を駆け上がっていく。
その姿はまるで終末を告げる天使。宗教画の中から抜き出したような光景だった。
あまりの速さに翼の光が尾を引いて飛行機雲のように残る。
光の残渣が夜の闇を仄かに照らし、幻想的な光景が浮かび上がっていた。

すぐに垣根を追って一方通行も同様に飛び上がる。
どこまでも黒い翼は夜の闇を更に塗りつぶし、より濃度の高い黒へと書き換えていた。
恐ろしい速度で迫ってくる一方通行の姿を確認した垣根は、即座に迎撃体勢をとった。
六枚の翼を大きく展開、目の前の敵を消し飛ばす。

「落ちやがれクソモヤシ!!」

六枚の翼から白光がレーザーのように放たれる。
先ほども撃ったそれは、形容するなら白い超電磁砲。
勿論実態は全く違うが見た目だけならまさにその通りだった。
反応することを許さない速度。人間一人消滅させるにはあまりにも十分すぎる力。

闇を切り裂く極大の白光は、六枚の翼から放たれたためその大きさ、範囲も絶大だった。
何もかもを白い光が呑み込んでいく。白い闇が一方通行の命を奪おうとする。

しかし一方通行は反応する。
反応できない速度に対応してみせる。
黒翼で白光を受け止める。黒と白が絡み合い、互いの領域を侵食する。
『反射』は完全には出来なかった。『未元物質』は解析したはずなのに、うまく『一方通行』が働かない。
この後に及んで『未元物質』が新たな性質、属性を獲得したのか。

とはいえ黒翼で垣根の白光を消滅させることも出来ただろう。
だが一方通行はそうせずに、あえて攻撃を受け流した。
それにより白光の軌道が変わり、遥か彼方へと飛んでいった。
この一連の動作を流れるように行ったため、傍目には白光が一方通行に触れた途端不自然に曲がったようにしか見えなかった。

「そンな程度の攻撃でこの俺を殺れると、本気で思ってンのか?」

一方通行の速度が爆発的に跳ね上がる。
一瞬の内に垣根より高く舞い上がると、その二枚の翼を垣根に向け振り下ろした。
何の小細工も戦略もない。至極シンプルな攻撃だった。
ただし、その破壊力と速度は最高クラス。如何なるものでも粉砕してしまうだろう。

「チィィイィイィィ!!」

真っ黒の闇そのものが垣根に迫り来る。
文字通り破壊の具現化。あれの前では防御など意味がない。
問答無用で砕かれてしまうだろう。―――そう、普通ならば。
しかし垣根帝督は普通ではない。そんな常識など当てはまらない。
故に、垣根は反応する。そして防御し、黒い翼と拮抗してみせる。

「舐ぁぁぁぁめんなぁぁああああああ!!」

バッヂィィィ!! という轟音が鳴る。
相容れないもの同士を無理にぶつけたような、不協和音だった。
凄まじい力が二人の間に生まれた。
どこまでも黒い翼と純白に輝く白い翼。
互いが互いを食い尽くそうとしながらも、互いがそれを許さない。
ヂヂヂヂヂィ!! という恐ろしい音をたてながら、二人は更に翼に力を込める。

「「おおおォォォォォおおおおおおおおお!!!!!!」」

垣根の白翼が黒翼を押し込んだかと思えば、即座に押し返される。
一方通行の黒翼が白翼を上回ったかと思えば、即座に出力があげられる。
黒が白を塗り替え、白が黒を書き換える。
だが永遠に続くのではとさえ思える硬直状態は突如終わった。
二人の超能力者から注がれるあまりにも莫大な力がついに限界を超え、大爆発を起こしたのだ。

その爆発の規模は非常に大きく、その中心点にいた二人の死亡は間違いないはずだった。
だがそんな程度では彼らは死なない。一方通行と未元物質という化け物は決して倒れない。
二人とも、特に垣根はもう限界のはずなのだ。
一方通行に負わされた傷は重く、こうも戦えるはずがないのだ。
にも関わらず彼らは倒れない。それどころかその戦いは更に激しさを増していく。

二人は黒翼と白翼、それぞれを使って爆発を凌ぎきった。
しかし爆風までは完全には防げず、二人は上空それぞれ逆方向に吹き飛ばされた。
すぐに体勢を整えるも、垣根は考える。
一方通行は強い。何よりも強く、まさに最強と言える。
垣根は一方通行という人間は大嫌いだが、その実力に関しては誰よりも的確に把握し、また評価もしていた。
自分も更なる力を手にしたとはいえ、このままではいつまでも平行線だ。
なら、

(だったら話は簡単だ。単純にあのクソ野郎を上回る出力で以って叩き潰すッ!!)

結局最後に物を言うのは純粋なる力。
一方通行を超えるだけの力を出せれば勝利。
それが出来なければ、負ける。
そしてこの場面では、この戦いだけは。
あらゆる力を限界以上に振り絞り、全力で戦わなければならない。

(所詮この世は弱肉強食。強ければ生き弱ければ死ぬ。
分かりやすくて結構じゃねえか!!)

一方通行も同じ結論に至ったのだろう。
第一位と第二位は咆哮し、際限なくその力を解放し限界を超えていく。
『未元物質』の真髄。それを解析し、理解し、発展させ、己が力へと変換していく。

「「づおおォォォォおおおおおおおおおおおおらあァァアァァアァァァあああああああああああああああああ!!!!!!」」

一方通行の黒翼が、垣根の白翼が爆発的に展開される。
黒翼が異常なまでの成長を見せ、黒い柱が立ち上り天を焦がした。
白翼に決定的な変化が起きる。六枚の翼が輝き、震え、その殻を破り、限界を超えた限界を更に超える。

彼らの覚醒に応えるように、天が染まった。
夜の闇ではない。黒天は二人の超能力者によって塗り替えられていた。
綺麗に、半分づつ。一方通行が万物を支配する領域と、垣根帝督が絶対の王として君臨する領域。
黒と白。世界はその単純な二色に塗り潰されていた。

夜の闇など比較にならない濃度の黒が全てを呑み込む。
どんな闇さえも散らす純白の白が全てを呑み込む。
鮮烈な色彩が空という巨大なキャンパスの中で踊る。
あらゆる色を丸呑みにし、一切の抵抗を許さない。

それはまるで聖書の一ページ。あるいは世界の終わり。
有史以来、おそらくこんなことはほとんどなかっただろう。
そんな光景を、たった二人の能力者が生み出していた。

一人は世界全ての法則を掌中に収め、どこまでも黒い破壊の翼を振るう超能力者、一方通行。

一人は世界全ての法則を異界の法則で侵食し、どこまでも白く輝く純白の翼を振るう超能力者、未元物質。

神にも等しい力の片鱗を振るう者と、神が住む天界の片鱗を振るう者。

もはや超能力者という枠にさえ収まらない。
あえて言うならLevel5(Extend)といったところか。
そんな存在を、この学園都市では何と言うのだったか。

神ならぬ身にて天上の意思に辿り着く者―――『絶対能力者』。

一方通行と垣根帝督は、人の臨界点を超えたその存在に手をかけていた。
全てを超える存在。絶対能力者の創造すらも『SYSTEM』へ至る第一歩に過ぎないとはいえ、それは学園都市の究極だ。

黒と白の翼を纏う一対の超能力者。
それは宗教画に描かれる天使のようにも、終末を告げる天使のようでもあり。
その人智を超えた戦いは神話における神の如き者(ミカエル)と光を掲げる者(ルシフェル)の戦いさえ想起させた。
どちらが神の如き者として勝利し、どちらが光を掲げる者として堕天するのか。

黒光と白光が激しく吹き荒れた。
天を染める二人の超能力者は同時に動く。
黒と白に染まった天の下で、降り注ぐ神秘的な光を浴びながら舞うその姿はまさに天使と形容するに相応しい。

「未元物質ァァァァあああああああああ!!」

「一方通行ァァあああああああああああ!!」

神を冒涜するような二人の異端者の聖戦は熾烈を極めていた。
大ダメージを互いに負っているはずなのに、傷など最初からなかったかのように。
一方通行と垣根帝督が激突する度、世界を呑み込むような黒と白が吹き荒ぶ。

ただ、黒は言うに及ばず垣根帝督の司る白も純白に輝いてはいるが、それは清廉や純粋さを表すような白ではない。
どこか異質で、白い闇という表現がぴったりだった。
六枚の翼をたたえる垣根帝督が彼らの領域から見ても異常な速度で一方通行へと突撃する。
今の垣根は光を掲げる者の名を背負うに相応の力を有していた。

「ハッ、スピードが遅せェ、丸見えなンだよ!!」

だが一方通行を捕らえることは出来ない。
疾風のように黒を靡かせ回避すると、カウンターを叩き込むように翼を振るった。
一方通行の黒い翼が一気に膨れ上がる。一〇〇以上に分断され、死角皆無の全方位攻撃が放たれた。
回避不能の死を一身に受けた垣根は、けれど堕ちることはない。

「……そうかよ。で、こんなもんなのか、テメェの『一方通行』ってヤツはよ?」

六枚の翼をはためかせ、闇を切り裂いて垣根が現れる。
その姿は血塗れだ。だがそれは一方通行も同様。
今の攻撃で傷を負ったのではない、その前の戦いで負ったものだ。
つまり、垣根は今の攻撃をほぼ完全に防ぎきったのだ。

「吹くじゃねェか三下。お楽しみはこれからだろォが早漏野郎?」

「生憎だが、俺は耐久力には自信があるぜ? テメェはどうなんだよ、貧弱なモヤシ野郎」

垣根の掌から説明不能かつ不可視の力が再度放たれる。
だがその威力は先ほどとは段違いだ。
絶対の死が超スピードで一方通行に迫る。
それを食らえば死、少なくとも大ダメージを負うことは免れない。

「心配すンなよ。それよりもオマエが死ぬ方が早い」

しかし一方通行は反応する。
彼が右手を一閃すると、垣根の力はあっさりと両断されそれ自体の力で自壊する。
赤と黒の光が走り、夜天に爆炎が咲いた。

覚醒し、新たな制御領域の拡大(クリアランス)を獲得した二人はこの世のあらゆる存在を嘲笑うかのような戦いを繰り広げる。
一方通行の成長を遂げた黒翼が唸った。
一気に一〇〇メートルも伸びた破壊の力は、垣根の体を噛み砕く。そのはずだった。

だがそれは垣根帝督には届かない。
全てを破壊する黒い翼は、六枚の翼によって防がれる。
しかしそこから更に黒翼が幾つにも分断され、垣根を狙った。

「―――ッ、の、野郎がッ!!」

だがそれも垣根の振るう、いつの間にか現出していた一振りの剣によって食い止められた。

「獲物まで使うのかよオマエ。必死だな」

「うるせえよ手数が足りねえんだよクソッタレが!!」

やはり純白に輝くその剣は、『未元物質』の塊だ。
不自然なまでの病的な白さと網膜を焼き尽くさんばかりの光。
だがそれは剣と表現したものの、実際にはそれは正しくない。
その剣に刃と柄の境界はない。どころか刃すらない。
見た目にはただの白い棒だった。先端は尖ってすらいない。

そんな白剣―――はたまた光剣というべきか―――が、絶対の破壊に抗った。
白が黒を照らし散らしていくが、どうしても押し切れない。
それほどに黒い翼の力は恐ろしかった。
それどころか、一方通行が更に力を込めるとあっという間に押し込まれてしまった。

「ッらァァァあああああああああああ!!」

白い翼を限界まで展開、同時に『未元物質』の剣にありったけの力を込めて斬り上げる。
ズパン!! と黒翼が綺麗に切断された。
僅かに驚愕の色を見せる一方通行に、垣根は白剣を消し持てる最高速度で突進する。
翼で空気を叩き、弾かれたように飛び上がった。

その動作は音速など当たり前に超えている。
だが一方通行はそれでも反応してみせる。
黒翼が迎撃するように動いた。しかしそれを読んでいた垣根が六枚の白い翼でその動きを抑え込もうとする。

「真っ二つにしてやるよ、一方通行!!」

「死ぬのはオマエだ、クソメルヘン」

こんな極限の状況下であっても、変わらぬやり取りだった。

「意味が分かってねえと見える。俺はテメェを殺すと、そう言ったんだぜ?」

「オマエこそ分かってねェよォだな。俺はオマエを殺すと言った」

ヂヂヂィ!! と激しく鍔迫り合いをしながらも、二人は凄惨に嗤った。

「「俺が殺すと言った以上、テメェ/オマエの死は絶対だ」」

一方通行と垣根帝督は同時に同じ行動に出る。
正面からぶつかり合うのではなく、互いに相手の力を受け流す。
硬直状態が終わり、そして激突。
黒光と白光の入り乱れる爆炎を咲かせながら二人は命を削り合う。

「ハッ。口だけは一丁前みてェだな。はっきり言わせてもらおォか。
今のオマエはただ癇癪を起こしたガキだ。そンなに現実が怖ェかよ」

黒光、白光、爆炎、烈風、衝撃波、ソニックブーム。
あらゆるものを撒き散らしながら何度も何度も衝突する両者。
時に説明不能の力が響き、時に翼が衝突し、時に体と体がぶつかり合う。
黒光と白光を靡かせて二人は空を舞う。
そんな中で、一方通行が動きを止めて問うた。

「……いきなり何を。とち狂ったか?
言っただろうが、現実から逃げてんのはテメェの方だ」

一方通行はそんな垣根の言葉を無視して続けた。

「言っただろォが。オマエは自分の弱さをオリジナルに押し付けた。
全てをオリジナルのせいにして、自分をおかしくした原因だと言って手を出したンだ。
……全部オマエの弱さが原因だろォがよ!! ざけンな、アイツまで巻き込ンでンじゃねェよ!!」

一方通行は憤る。
御坂美琴は彼にとっても大切な人間だ。
打ち止めも、妹達も美琴を慕っている。
垣根はそんな美琴を、『表』の人間である彼女を手前勝手な理由で殺したのだ。
絶対に許せるはずがなかった。


    ――『わた、しの、私の―――……一〇〇三一人の妹を、返して……っ!!』――


皮肉にも、それは美琴が一方通行を糾弾した時と似たような理由だった。

「なンでだよ!! なンで何も悪いことなンかしてねェのにオリジナルが殺されなきゃいけねェンだ!!
アイツは俺やオマエみてェなクズじゃねェンだ。誰かのために立ち上がれるヒーローだろォが!!
何だってオマエの身勝手に付き合わされなきゃならねェンだよォォォおおおおおおお!!!!」


    ――『アンタが奪ったのはあの子たちの命だけじゃない。不器用な笑顔も、これからの可能性も、何もかも一切合財を全て丸ごと刈り取ったのよ!!』――


一方通行が吠える。
御坂美琴の優しさと強さをよく知っているからこそ、垣根のやったことが許せない。
美琴の本質を知っているからこそ、垣根が憎くて仕方ない。
垣根帝督も感情を爆発させて吠えた。

「―――黙れェェぇぇぇえぇぇえええええええ!!!!
テメェが、絶対能力者になるためなんて身勝手で一万人のクローンを使い潰したテメェが!!
それを言うってのか!? テメェを棚に上げてほざいてんじゃねえぞ一方通行ぁぁああああ!!」

「あァそォだ!! 俺は一万人の妹達を殺した、自分勝手な理由でだ!!
だがなァ、それでも!! たとえ何と言われよォと笑われよォと、俺はアイツらの“お姉様”を殺したオマエを……絶対に許さねェえええッ!!」


    ――『あの子たちには一人一人に個性があって、笑顔があって、感情があって、未来があって、命があったのに。
       それを、アンタが奪ったんだッ!!!!!!』――


一方通行は御坂美琴の強さを知っている。美琴の温かさを知っている。
こんなチンピラに奪われていい命ではないことも、知っている。
そもそも。御坂美琴はもう苦しむべきではなかったのだ。
彼女は一体何人の生涯分の絶望を味わっただろう。
どれほどの苦しみに身を焼いてきただろう。


    ――『アンタは知るわけないだろうけど、私はこの二日で本気でアンタを殺す覚悟を固めてたのよ!!
       アンタに妹達の味わった苦しみをほんの少しでも分からせてやるために!!』――


勿論、その原因は一方通行によるところがほとんどだ。
だから、一方通行が美琴のために怒るのはおかしいのかもしれない。
だがそれでも。乗り越えた今だからこそ分かる。

そんなつまらないことなどどうでもいい。
美琴や妹達本人ならばともかく、何もしていない、全くの部外者にどれだけおかしいと言われようと関係ない。
今の一方通行は美琴を、妹達を全力で守る。そして垣根は、その美琴を―――……殺した。
それだけで一方通行が憤る理由など十分だ。垣根を八つ裂きにする理由など、それだけであまりにも十分だ。十分すぎる。
―――あまりに十分すぎて、垣根を一〇〇回殺しても収まらぬほどに。


    ――『人が死ぬってどういうことか、本当に分かってるの……? その重みが、その痛さが、アンタには分からないの……?』――


一方通行が言えたことではない。自分のことを棚に上げている。
一体どの口でそんなことを。都合がいい。

そんなことは、分かっている。
誰に言われるまでもなく、一方通行本人が痛いほどに理解している。
もともと一方通行は正義の味方などではないし、聖者などでも断じてない。
だからこそ。

それが、どれほどに滑稽であったとしても。
それが、どれほどに後ろ指を指されるような行為であったとしても。
それが、どれほどに醜いと笑われようとも。




一方通行は、御坂美琴を殺したこの男を、殺そう。




たとえ世界から爪弾きにされようとも、世界中の人間から笑い者にされようとも。
それら全てを受け入れてこの選択を下したのだから。
もとより他人からの評価や目線など求めていないし気にもしていない。

垣根の白翼が横薙ぎに振るわれた。
それを一方通行が黒翼で受け止める。
ガッキィィン!! という音が響く。もはや二人とも何の小細工もなかった。
先ほどまで見せていたような、攻撃を受け流したり繊細な牽制などの工夫は一切ない。
ただただ単純な、分かりやすい力のぶつかり合いだった。

「オマエは自分の弱さが招いたことだと認めたくねェだけだろォが!!
だから悪に戻りたかっただの何だのとごちゃごちゃ言い訳並べて、俺を殺してなかったことにしよォとしたンだろォがよォォおおおお!!」

垣根帝督は、御坂美琴を殺した。
そうしなければ、自らが耐えられなかったから。

「……ッ!! 黙れ黙れ黙れ黙れぇぇええええええええ!!」

垣根帝督の翼が六方向から一方通行に襲いかかる。
回避は間に合わない。一方通行は黒翼で自身を包み込み、繭の中に閉じこもることでこれをやり過ごした。

「アイツと、御坂といると思っちまうんだよ。
俺なんかでもまだやり直せるんじゃないか、こっちにいていいんじゃないかってな!!
御坂の存在は俺を惑わす!! 限りなく終わってる垣根帝督という人間に光を見せやがる!!
だったら―――……その原因を絶つしかねえじゃねえかッ!!!!」

「―――何で、そこでそォなるンだ。もォイイ。もォ十分だ。よく分かった」

言って、一方通行は息をついた。
そしてその真紅の瞳で垣根帝督を睨み、王者の風格を醸し出して続けた。

「もォ死ねよ、元凶」

垣根帝督にとっての御坂美琴とは、一方通行にとっての打ち止めなのだろう。
一方通行も経験したことがあるから分かった。
彼にとって打ち止めは、彼女の見せる光は眩し過ぎた。
一方通行はそこで止まらなかったが、垣根帝督はそうならなかった。
あろうことか、自身の安定のために美琴を殺してしまった。

自らを照らしてくれる光の眩しさ。その光に身を焼かれる苦痛。そこまでは二人が味わったものは同じ。
一方通行はそれでもその光を大切にし、守り、その苦痛を乗り越えた。
だが垣根は光の眩しさに耐え切れず、それを破壊することで自らの安定を図った。

それが、一方通行と垣根帝督の決定的な違い。

そして力はほとんど互角でも、戦いにおける士気や心構えが両者に差をつけ始めた。
ただ暴れ、暴走しているといっていい垣根を一方通行が上回り始めたのだ。
一方通行の一撃を食らった垣根は一気に天から落とされ、地上まで落下する。
だがそんなことで垣根は倒れない。体勢を整え、簡単に着陸してみせる。
垣根が空を見上げると、すぐそこまで一方通行が迫っていた。

咄嗟に上に飛び上がる。その直後一方通行の蹴りが地面を抉り巨大なクレーターを作った。
動くのが後刹那遅ければもろに食らっていただろう。
見下ろせば、そこには心底蔑むような目をした一方通行。
それを見た途端、垣根の頭が沸騰しそうになる。

「見下してんじゃねえっつってんだろぉがよォおおおお!!」

垣根の六枚の白翼が爆発的に展開、輝きを放った。
今までにないほどの力が集約する。
分かる。感じる。これで終わりだ。この力ならば、きっと一方通行を殺すことが出来る。
垣根は素直にそう思った。事実、途方もない力が白翼に宿っていた。
そしてそれは一方通行も感じていた。
これで最後。次の一手で勝者と敗者が決まると。

垣根帝督は口の端を吊り上げた。
そして莫大な力の宿った白翼を思い切り一方通行へと振り下ろそうとする。

「一方―――通行ァァアァアァァァああああああああああああ!!!!!!」

一方通行の黒翼も更に勢いを増す。
垣根の最終攻撃を打ち破り、目の前の惨めな男に引導を渡すために。
これで、終わる。そしてどちらかが確実な死を迎える。
美琴のような強い善性を持たない二人にとって、互いの命を奪い合うことはあれど心配することなどない。

一方通行を殺し、目的を失って慢性的に壊れていくのか。
一方通行に殺され、短い時間の中で死を迎えるのか。

いずれにせよ垣根帝督に未来はない。
どちらに転んでも待っているのは悲劇のみ。
そこに救いなど存在しない。

だが、その力をぶつけようとしていた二人の前に。

「もォ死ねよ、元凶」

垣根帝督にとっての御坂美琴とは、一方通行にとっての打ち止めなのだろう。
一方通行も経験したことがあるから分かった。
彼にとって打ち止めは、彼女の見せる光は眩し過ぎた。
一方通行はそこで止まらなかったが、垣根帝督はそうならなかった。
あろうことか、自身の安定のために美琴を殺してしまった。

自らを照らしてくれる光の眩しさ。その光に身を焼かれる苦痛。そこまでは二人が味わったものは同じ。
一方通行はそれでもその光を大切にし、守り、その苦痛を乗り越えた。
だが垣根は光の眩しさに耐え切れず、それを破壊することで自らの安定を図った。

それが、一方通行と垣根帝督の決定的な違い。

そして力はほとんど互角でも、戦いにおける士気や心構えが両者に差をつけ始めた。
ただ暴れ、暴走しているといっていい垣根を一方通行が上回り始めたのだ。
一方通行の一撃を食らった垣根は一気に天から落とされ、地上まで落下する。
だがそんなことで垣根は倒れない。体勢を整え、簡単に着陸してみせる。
垣根が空を見上げると、すぐそこまで一方通行が迫っていた。

咄嗟に上に飛び上がる。その直後一方通行の蹴りが地面を抉り巨大なクレーターを作った。
動くのが後刹那遅ければもろに食らっていただろう。
見下ろせば、そこには心底蔑むような目をした一方通行。
それを見た途端、垣根の頭が沸騰しそうになる。

「見下してんじゃねえっつってんだろぉがよォおおおお!!」

垣根の六枚の白翼が爆発的に展開、輝きを放った。
今までにないほどの力が集約する。
分かる。感じる。これで終わりだ。この力ならば、きっと一方通行を殺すことが出来る。
垣根は素直にそう思った。事実、途方もない力が白翼に宿っていた。
そしてそれは一方通行も感じていた。
これで最後。次の一手で勝者と敗者が決まると。

垣根帝督は口の端を吊り上げた。
そして莫大な力の宿った白翼を思い切り一方通行へと振り下ろそうとする。

「一方―――通行ァァアァアァァァああああああああああああ!!!!!!」

一方通行の黒翼も更に勢いを増す。
垣根の最終攻撃を打ち破り、目の前の惨めな男に引導を渡すために。
これで、終わる。そしてどちらかが確実な死を迎える。
美琴のような強い善性を持たない二人にとって、互いの命を奪い合うことはあれど心配することなどない。

一方通行を殺し、目的を失って慢性的に壊れていくのか。
一方通行に殺され、短い時間の中で死を迎えるのか。

いずれにせよ垣根帝督に未来はない。
どちらに転んでも待っているのは悲劇のみ。
そこに救いなど存在しない。

だが、その力をぶつけようとしていた二人の前に。












     ミ サ カ ミ コ ト
―――最後の希望が舞い降りる。












「何、やってんのよ、アンタ」

「…………ッ!!」

常盤台中学の制服。

肩にかかる程度の綺麗なシャンパンゴールドの髪。

凛とした強い意思を秘めた瞳。

それは紛れもなく、本物の御坂美琴だった。
妹達でも、精神系能力者の作り出した幻影でもない。
その常盤台指定の冬服はあちこちが擦り切れ、埃を被っている。
その端整な顔も、短めに切り揃えられたサラサラの髪も汚れている。
体には切り傷やアザのようなものもあった。

けれど、それだけだった。
御坂美琴は生きている。確かに息をして、ここに立っている。
生きていた。垣根の希望は、光は、夢は、今だ強い輝きを放っていた。

「っ、あ」

言葉が出てこなかった。掠れたような、情けない声だけが口から漏れる。
こんな力を覚醒させるほどに意識していた一方通行が、一瞬で頭の中から消え失せる。
垣根帝督の全てが、御坂美琴に注目していた。
蓄積されていた莫大な力が消えていく。垣根はよろよろと地上へと降り立った。

美琴は垣根と一方通行の二人に目をやった。辺りの惨状も。
それだけで美琴は何が起きたのか、その大体を理解する。
黒い翼を背負う一方通行を無視して、御坂美琴は巨大な力を束ねる垣根帝督へとゆっくり歩いていく。
その足取りに迷いはない。目の前の男がどれだけの力を持っているかを理解した上で、その危険性を踏まえて、それでも美琴は“友達”に手を差し伸べる。

「……ッ、く、来るな……」

美琴が一歩近づけば、垣根は二歩後退する。
第三位など今の自分には脅威になり得ないはずなのに。
ぬるま湯の温かさを全て捨て、絶対的な悪になると誓ったばかりなのに。
黙らせようと思えば今にでも出来るはずなのに。
美琴の放つ何かに気圧されるように、垣根は後退し続ける。

「大丈夫よ、垣根」

聖母のような笑顔で、温かさで、美琴は言った。
まるで怯えた子犬のようになってしまっている垣根に、その右手をそっと伸ばした。
たったそれだけの動作に垣根は異常に反応し、ビクッと体を震わせた。
何も恐れるもののないはずの今の垣根が、学園都市最強などよりも遥かにこの少女に怯えていた。

「手を伸ばして。アンタがこの手を掴んでくれさえすれば、後は私が無理やりにでも引き摺りあげる」

「……断ると、言ったら?」

美琴は怯まない。毅然とした態度のまま、手を伸ばし続ける。

「私が、アンタの手を取るだけよ」

美琴が笑って言うと、垣根はその体を僅かに震わせた。

「どっちが先かなんて関係ない。手は、繋ぐことに意味があるんだから」

「……な、にを、言ってやがる?
俺は違う。テメェとは違げえんだ。何をどうしたって血みどろの解決方法しか選べねえ。
そんなクズがテメェや上条みてえなヒーローになんてなれるわけがねえだろうが!!
ヒーローと……対等に、同じ場所にいていいわけがねえだろうがぁ!!」

血塗れの顔で、垣根帝督は叫んだ。
ヒーローの対極にいる存在、それが垣根帝督だ。
美琴のように困っている人がいても助けたりはしない。
暴力より言葉を優先したりはしない。
敵対していても一発殴ってそれでチャラ、なんてことはしない。
だが目の前の少女は、一切の迷いなく言葉を返した。

「……ヒーローなんて必要ないでしょ」

一度伸ばした手を戻し、垣根の目を見て言う。

「私みたいなただの一学生が、そんなに大層な人間に見えるの?
善人? 悪人? 下らない。
そんな位置に立ってなきゃ、誰かを助けちゃいけないわけ?
あの一方通行でさえそれは分かってたわよ。
特別なポジションも理由もいらないの。ただ泣いてほしくない人間が泣いてれば、それだけで立ち上がっていいのよ。
理不尽に苦しめられてる人間がいれば、もうそれだけで盾になるように立ち塞がったって構わないの。
そしてアンタはもうそれをしているじゃない」

美琴が一歩前に進む。
慌てたように垣根が二歩、三歩と後退し、瓦礫に引っかかって転びそうになる。
とてもつい先ほどまで最強と死合っていた人間とは思えなかった。

「湾内さんを、泡浮さんを、佐天さんを助けてくれたことだけじゃない。
無能力者狩りを楽しむ能力者を捕まえただけじゃない。風紀委員として人助けしただけじゃない。
絶望していた私に道を示してくれただけじゃない。今こうして、私が生きてここにいることが何よりの証よ」

温かい笑みを絶やさずに美琴は続けた。

「アンタの力は分かってる。第二位のアンタは私とは比べ物にならないってこともね。
そんなアンタの攻撃を、防御もせずにまともに食らって何で私は生きてるわけ?」

「……馬鹿、な」

第二位、未元物質の垣根帝督の実力は超能力者の中でも抜きん出ている。
最強である一方通行とここまで戦えたこともそれを示している。
そんな垣根と美琴の間には埋めがたい力量差があった。
第二位と第三位以下ではまるで次元が違うのだ。

ならば次元の違う格上からの攻撃をまともに食らって、美琴がこうも平気でいられるわけがない。
それを説明するなら、ある簡単な仮説が浮かび上がる。

「アンタが本当にその気になってたんなら、あの時あの橋で私は死んでいたはずよ。
でも私は生きてる。つまりアンタは、―――……無意識に、手加減してたんじゃないの?」

八月。同じくあの鉄橋で上条当麻を殺し切れなかった、御坂美琴のように。
自身の希望を捨て切れなかった、御坂美琴のように。

「ち、がう」

垣根が震える声で否定する。

「俺は、全力でテメェを殺そうと、した。無抵抗だと、分かっててもだ」

「それでも、アンタに私は殺せなかった」

「ッ」

かつてあのツンツン頭の少年に言われた言葉を借りて、垣根に言う。
出演者が垣根帝督と御坂美琴に変わっただけで、まさにあの時の再現だった。
結局のところ、垣根に御坂美琴を殺すなんて出来なかった。
それは実力云々の話ではない。もっと別の次元で、美琴には手を出せない。

「……結局さ、アンタは友達を殺せる程度の悪党じゃなかったって話よ」

垣根帝督は答えなかった。
恐怖や緊張といったあらゆる感情を無理に抑え込み、動く。

「っ、あ……がァァァああああああああああッ!!!!!!」

垣根はその白翼を振るった。何者をも凌駕する、破壊の力を一切の容赦なく目の前の少女に叩きつける。
それだけで全てが終わる。御坂美琴の体はグシャグシャになって千切れ飛ぶ。
そうでなければおかしかった。覚醒を遂げた『未元物質』を美琴が止められる道理はない。
実際、美琴は全く動かなかった。どれほどの力が振るわれたのか正しく理解していながら、逃げも抵抗もせずに笑ってそれを見つめていた。
だと言うのに、

ガキィィン!! という轟音をたてて『未元物質』は美琴の眼前で停止する。
後少し押し込めばそれで終わると言うのに、そこからただの一センチだって進んではくれない。
勿論、美琴が止めたのではない。彼女は何もしていない。する気もない。
不可解な現象だった。

(なんで……殺せない!? 何を躊躇ってやがる垣根帝督!!)

垣根は一旦翼を構え直し、今度は横薙ぎに振り払った。
何もかもを胴の高さに切り揃えてしまいそうな必殺の一撃。
満身の力を込めた。最大の殺意を込めた。
これで美琴が死なないわけがない。神々しく輝く翼が美琴に迫り、

(……クソが……)

やはりその細めの体を薙ぎ払う直前で鈍い音をたてて止まってしまう。
どうしても、捨てられなかった。捨てると誓ったはずなのに、あっさりと崩されてしまった。
一度この手で摘み取ったからこそ。終わったと思ったからこそ、この希望を捨てられない。
ついに垣根の目の前までやって来た美琴は、その額を人差し指でつん、と軽く突いた。

「ほら、ね? アンタに私は殺せない。友達は殺せない。
それはアンタの優しさよ。どんなこと言ったって、それが垣根帝督ってことよ」

美琴は決して笑みを絶やさない。

「それでもアンタが人を傷つけることしかできないっていうなら―――私がその幻想をぶち壊してあげる」

「何で、……テメェは笑っていられる。俺はテメェを殺そうとしたんだぞ。
なのに、何で、そんな顔で」

結果的に死ななかったとはいえ、垣根帝督はあの鉄橋で最大の殺意を美琴に叩きつけた。
たとえ無意識的に手加減していたとしても、あのまま美琴は死んでいたかもしれなかった。
一歩間違えば体がひしゃげて無残な死を迎えていたかもしれなかった。
今だってそうだ。結果としては失敗でも垣根はさっきから何度も美琴を殺そうとしている。
たとえ友人でも、何故そんな奴相手にこうも笑顔でいられるのか垣根には分からなかった。

対する美琴はそんなことは決まりきっている、というように答える。
一+一の解を求めるような当然さ、自然さを以って。
その表情は、やはり笑顔以外の何物でもなかった。

「アンタの味方で良かったと思ったからよ」

その瞬間、確実に垣根の呼吸が止まった。
ガクッ、と力尽きたように両膝を地面につけて崩れ落ちた。
バシュウゥ、と垣根の白翼が空気に溶けるように消滅していった。
それに伴って天が戻る。染められた色が元に戻る。即ち、夜の黒へと。

美琴は跪き茫然自失する垣根の頭を胸に抱き寄せ、柔らかく抱きしめる。
垣根は一切の抵抗を見せなかった。

「世界に自分の味方なんていないとでも思ったの?
私やあの馬鹿の存在が、アンタには見えてなかったのね」

言い聞かせるように、美琴は言葉を紡ぐ。

「……色々と苦しかったでしょうね。一人で抱え込んで、悩んで、傷ついて。
でも、もう大丈夫よ。“私たち”は絶対にアンタを見捨てない」

「…………」

垣根は何も答えない。答えられない。
口を開けば、決壊してしまいそうだったから。
流してこそいないが、その瞳には間違いなく涙があった。
最後に流したのはいつだろう。忘れて久しい人体の機能。

「自惚れかもしれないけど、アンタは私を大切に思ってくれてるのよね?
友達だと思ってくれてるのよね? だからアンタは私を殺せなかった。
ううん、私だけじゃない。あの馬鹿も、黒子だってアンタの友達よ。
誰か一人でも欠けたら意味がない。……アンタがいなかったら、私はいつまで経っても日常に帰れないじゃない」

その言葉に、垣根帝督はついに涙を流した。
その瞳からツ、と一筋の涙が頬を伝って落ちる。
たった一筋。けれどそれで十分だった。
あらゆる想いのつまったその涙は、まるで膿のように体外へ排出される。
ポタリ、と涙が地面を濡らした。心の膿を涙という形で出したことにより垣根の心が僅かに軽くなる。

「あの鉄橋で言ったことを、もう一度言うわね。
アンタがどれだけ暗い世界にいようと、どれだけ深い世界にいようと、必ずそこから連れ戻す。
アンタをもし引き摺りあげられなければ、私が『そっち』に飛び込んでアンタとその周りの世界を照らす。
それが出来なければアンタの横に立って手を取って、『表』まで一緒に二人三脚で歩いていく。
それも出来なければ蔓延ってる『闇』の全てを払ってみせる。
何をしても。何年かかったとしても。人生棒に振っても」

美琴は笑って、

「一緒に乗り越えよう、垣根。
アンタは一人じゃない。私だけじゃない、黒子もあの馬鹿もみんないる。絶対に一人になんてならないし、させない。
アンタの苦しみは私も背負う。苦しいことは半分に、楽しいことは二倍にすりゃいいのよ。
実際にはあの馬鹿とかもいるから苦しみは三分の一や四分の一に、楽しいことは三倍四倍になるけどね」

垣根はようやく顔をあげた。
先ほどまでの酷く混乱した様子はない。
美琴は既に垣根がどういう人間か知っている。
垣根の周りにいた人間が、ただ垣根と関わりがあるという理由だけで次々と殺されたことも。
無尽蔵に死をばら撒く死神だと知っている。

自分にもそれが降りかかる可能性だって、きっと分かっているはずだ。
それでも目の前の少女は考えを変えず、こうも優しい言葉をかけてくれる。
垣根は美琴と目を合わせ、言った。

「……俺は、そっちにいていいのか」

「アンタが望むのなら」

「お前は、こんな俺と友達でいてくれるのか」

「いつまでも」

「お前は、俺を支えてくれるのか」

「誓って」

「お前は、俺の地獄に付き合ってくれるのか」

「何年でも」

フッ、と垣根は心からの、憑き物が落ちたような笑みを浮かべた。
「どうしようもないお人好しだ」と呟き、ゆっくりと立ち上がった。
パンパン、と血だらけの服をはたき埃を落とす。
同じく立ち上がった美琴は、垣根にスッ、ともう一度右手を伸ばした。

「垣根、これからもよろしくお願いね」

「ああ。よろしく頼むぜ、御坂」

これまで何度も揺らいできた。
光なんて求めないと決めていたのに、揺るがされた。
そして今度こそ悪党を貫くと誓ったのに、あっさりと崩された。

だが、今度ばかりはもう揺らがない。真に欲しかったものを得たのだ、絶対に離さない。
この場所にしがみつくと垣根は決めた。どれだけ無様でも、情けなくても、もう離れない。
そして、答えるように手を伸ばす。自分の意思で、選ぶ。
そして、垣根帝督は理解した。御坂美琴の言葉をきっかけに、一方通行に突きつけられた言葉の意味を。


    ――『守るべき者のために全てを捨てる覚悟がないなら、いつまでたってもオマエの悪はチープなままだ』――


    ――『俺は言ったはずだ、「守るべき者のためなら全てを捨てろ」ってなァ。それは単に力や命のことを指してるだけじゃねェンだよ。
       それが何を指してるか、それくらいオマエで考えろ。それが出来ないほどの頭じゃねェだろ、第二位』――


(……ああ、そうだ。そういうことだったんだ。ちくしょう、その通りだクソッタレが)

垣根は決意する。捨てる覚悟を固める。

(俺の掴んだこの世界を守るためなら、大切なもののためなら、俺はプライドを捨ててやる。
悪党は善人といちゃいけねえだの、そんな馬鹿みてえな下らねえこだわりも、善悪二元論も弱肉強食思想も全部かなぐり捨ててやる。
必要ならどんな悪にだってなってやる。必要ならどんな似合わねえ善人の真似事だってやってやるよ。それが、俺の―――)

パン!! と二人は固い握手を交わした。
固い、固い、握手を。二度と離れることのないように。
垣根帝督と御坂美琴。二人の物語は再度交錯する。
出会いは、ろくなものではなかった。
けれどあの時から、二人の物語は交錯した。

多くの困難と障害を乗り越え、二人はついに心から分かり合い、本当の意味で『友達』となった。
二人は手を握ったまま、小さく口を開く。


―――しっかりついてこい。遅れるなよ、御坂? 


―――大丈夫よ。ちゃんとついていくわ。そう、




――――――地獄の底まで、ね。





「あァあァ、なァに人サマ忘れて青春ドラマ繰り広げてンですかァ?」

カツ、カツと現代的なデザインの杖をついた一方通行がやって来た。
漆黒の翼はいつの間にか消えている。
敵対者がいなくなったから消えたのか、一方通行の意思で消したのか。
ともあれ一方通行にももはや戦闘の意思はなかった。
垣根と美琴が振り返る。
真っ白の服を血で真っ赤に染め、一方通行は美琴に向かって口を開いた。

「……生きてたンだな、オリジナル」

「こいつが私を殺せるわけないでしょ」

「……ハッ。相変わらず甘ったれた奴だ。
どこまでも善人だな、オマエは」

「褒め言葉として受け取っておくわ。
それより、垣根血だらけじゃない。これアンタがやったんでしょ?」

美琴が垣根の体を指さして尋ねる。
先の戦いで一方通行に負わされた傷だ。
隠す必要もないと思ったのか、一方通行はあっさりとそれを肯定した。

「あァ。俺がやった」

「ふざけんな……って言いたいところだけど、アンタも血だらけだし。
色々あったみたいだし、吹っ掛けたのは垣根からっぽいしで勘弁しといてやるわ」

「おいなんで俺からって決めつけんだ」

垣根が抗議したが、実際仕掛けたのは垣根の方である。

「違うの?」

「そりゃ……違くねえけどよ」

「ほら見なさい」

和気藹々とした、とまでは流石にいかないが弛緩した空気があたりに流れた。
ほんの少し前まで殺し合いをしていた一方通行と垣根帝督。
ちょっと前まですれ違っていた垣根帝督と御坂美琴。
数日前まで会えば殺し合う関係だった一方通行と御坂美琴。
学園都市第一位、第二位、第三位。学園都市のトップスリーがついに一堂に会した。

別々の道を進んでいた彼らの道が一点で交差したこの時。
彼らは共通の目的を掲げて、一編の物語を紡ぎ始める。

そして、それは既に始まっていた。
彼らに休息など与えられることはなく、苦しい戦いを終えた三人に『奴』が襲い掛かる。
最初に感じた異変は音だった。ババババババ、というヘリコプターのような音と耳に障るローター音。

「……何だ?」

いや、事実それはヘリだった。ただし機銃やミサイルが取り付けられ、ロケットエンジンが搭載されマッハ二,五で飛行するそれをヘリと呼ぶのならの話だが。
HsAFH-11、通称『六枚羽』。
学園都市のオーバーテクノロジーの塊が三機、こちらへとゆっくり向かっていた。

「……この独特の音。間違いねえ」

「ンだァ? 何か知ってンのかよクソメルヘン」

「……よく分からないけど、ずいぶんとお客さんがご来場みたいよ?」

「招待した覚えはねえんだがな」

それだけではない。
恐ろしい数のワンボックスカーが三人を取り囲むように現れた。
中には戦車のような形をした、よく分からない車まである。
その数はざっと一〇〇台以上。
あっという間に三人は包囲されてしまっていた。

車から次々と人間が降りてくる。
覆面をした者、黒づくめの者、色々いるが全員学園都市の最先端であろう装備に身を包んでいた。
一台の車から一人、というわけではなく二人、三人降りてくるものもあった。
彼らは言葉を発さなかった。警告もせず、何か要求するでもなく。
ただ無言で、武器を三人に向けて殺意のみを示した。

「で? あのヘリは何なンだ?」

「『六枚羽』だ。アホみてえなスペックのヘリで、時速三〇〇〇キロで移動するっつう化け物。
一機二五〇億円する手の込んだオモチャだ」

「……なるほどなァ。六枚羽に、コイツら、か。メルヘン野郎じゃねェが、間違いねェな」

「時速三〇〇〇キロって……そんなもん作ってんの学園都市?
っていうか、アンタ何か知ってるわけ?」

「あァ。確証があるわけじゃねェが、十中八九そォだろォな」

「焦らしプレイがお好みか? 気持ち悪ぃからさっさと言えよ白モヤシ」

二〇〇以上の最新装備に身を包んだ者たちに囲まれ、上空には三機の六枚羽。
そして一方通行は電極のバッテリーに後がなく、体も垣根との戦闘によって重傷を負っている。
垣根も一方通行との戦闘によってかなりの重傷を負っていて、一方通行と同様にすぐにでも病院へ行かなければならないレベルの大怪我だ。
服を血で真っ赤に染めた二人は動けない。動けるのは御坂美琴ただ一人。しかも美琴も麦野沈利との戦闘、垣根からの一撃を経て万全というわけではない。
そんな状況で、学園都市第一位はつまらなそうに言った。




「―――……潮岸の軍勢だ」




投下終了なのでございますよ

レベル6に手をかけた~とか書いてますが、レベル6は魔神やら神上やらの領域のものっぽいのでまだまだです
超大型巨人の足首を掴んだ程度ですね

さて、ようやく次回から最後のパートに突入します
これは次スレに食い込む(確信)

    次回予告




「悪いけど、全力で行かせてもらうわ。逃げないってんなら、それなりに死ぬ気で来なさいよ。
アンタら、そんな程度で超能力者の首を取りに来たわけ? 笑わせてくれるわね。
……つか、で? 結局第三次製造計画ってのは何なわけ?」
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴




「で? 潮岸が何で出てくんだよ。テメェの知る情報を開示しろ」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市第二位の超能力者(レベル5)―――垣根帝督




「これ以上隠しても詮なきこと、か。もォ限界だな」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市最強の超能力者(レベル5)――― 一方通行(アクセラレータ)

バッテリー残量…
初期に美琴が携帯のバッテリーを充電してたのは伏線だったんだ!

それにしてもこの垣根ヤバい
分身能力獲得したらとんでもない事になる

おつぅー

るろ剣が好きなのはよくわかった。

スレタイ回収乙!   いよいよ真相が明かされていくのか  次回も楽しみだ   

何か興ざめだわ。
まんま上条さんのセリフ言ってるだけなんだもん。
もう少し捻れよ。

トップ3集合…!
胸熱

とーかするし

>>562
何で覚えて、しかもそうだと分かるんですか……

しかしこの垣根が分身で何人もいたら世界が終わる(確信)
フィアンマさん仕事ですよ

>>564
何が可笑しいッ!!

>>566
いやー、スレタイ回収まで長かった……
あ、真相ってのは期待しないでください
前も言いましたが初期に考えたヤツなんで、今みたらマジで穴だらけですから……

>>571-572
>>435の理由によるものなのでこれで良かったと思っています

>>578
次回予告で三人が揃ってると自分で書いといていいなぁ……ってなりますw

一方通行、垣根帝督、御坂美琴。
車内にて。

「潮岸……?」

その名前に馴染みのない美琴が疑問の声をあげる。
だが垣根は違った反応を示した。
誰よりも長く暗部にあり、誰よりも深く沈んでいる垣根が知らないはずがない。

「潮岸だあ? あのチキン野郎がなんで出てくんだよ?」

潮岸。統括理事会の一員で、四六時中駆動鎧に身を包んでいる男だ。
そのうち駆動鎧に愛着が湧いたのか、異常なこだわりを見せる。
しかもそれだけではなく、普段から核シェルター並のドームに篭っておりそこから出ることはまずない。
しかも空間移動系能力者を初めとする能力者を恐れているため、外部に連絡する時も映像で全てを済ませてしまう。
なので、垣根の言ったチキン野郎という言い方はあながち間違いでもなかったりする。

「詳しく話してる暇はねェ」

「……でしょうね」

三人を取り囲んでいた男たちが言葉もなく一斉に発砲した。
ズガガガガガッ!! と何重にも重なって銃声が響き渡る。
だがそれが三人を傷つけることはなかった。
三人を覆うように、美琴が磁力をドーム状に展開させたからだ。
その範囲内に入った途端銃弾は空中で静止し、やがて慣性を失いカラカラと地面に落ちていった。

「ま、暗部らしいが。それでも礼儀がなってねえな、いきなり発砲とは」

「何を求めてンだオマエは。……どォする? 俺とメルヘンは何とも情けねェがろくに動けねェぞ」

「見りゃ分かるわよ。知ってるわよね? 超能力者って、一人で軍隊と戦えるんだって」

「……すまねえな、御坂」

「今度何か奢りなさいよ?」

笑って、美琴は自身が形成したドームから一歩出る。
すると周囲の全ての銃口が一斉に美琴に向けられた。
百を超える銃口を突きつけられて、超能力者第三位、『超電磁砲』は不敵に笑った。

「悪いけど、全力で行かせてもらうわ。逃げないってんなら、それなりに死ぬ気で来なさいよ」

タン、と地面を蹴って駆け出す第三位。
それが合図だった。
再度銃弾の嵐が容赦なく美琴の体を襲う。

だがそれらはただの一つも美琴には届かなかった。
突然飛んできた金属片が盾となったり、突然空中で静止させられたり、迎撃されて消滅したり。
美琴相手に金属製である銃で挑むというのが最初から間違いなのだ。

全く攻撃を届かせることの出来ない集団とは対照的に、美琴は確実にその数を減らしていった。
電撃を放ったり、砂鉄を操って銃器を破壊したりもした。
その一方的な蹂躙を一方通行と垣根はドームの中で見物していた。
敵は派手に暴れている美琴に集中していて、二人に手を出そうとする者はほとんどいなかった。
いても、それは即座に美琴に察知され沈められてしまう。

「暴れるねェオリジナル」

「まあ超能力者で、俺たちの次点だ。これくらいはやるだろ」

「オマエは俺の次点だがな」

「抉られてえか」

美琴が左腕を一振りする。するとその動きに追従するように超高圧電流が激しく荒れ狂い、車や駆動鎧を根こそぎ吹き飛ばしていく。
爆発、爆炎。一〇億ボルトもの雷を個人で自在に扱う雷神を相手に為す術はない。

「アンタら、そんな程度で超能力者の首を取りに来たわけ? 笑わせてくれるわね」

言って、超能力者という圧倒的な力が場を嘗め尽くしていく。
完全に予想外の事態だった。
戦いの直後で疲弊している一方通行と垣根を殺す、というのがこの集団の目的だったのだ。
平常時ならともかく、今の状態ならそう不可能なことでもなかった。
実際、本来ならもしかして達成出来ていたかもしれない。
“この場に御坂美琴というイレギュラーさえいなければ”。

そのイレギュラーが、全てを乱していく。可能だったはずの仕事を不可能へと変える。

既に武装集団はあらかた倒され、残りは僅かとなっていた。
一部逃げ出す者も散見される。美琴の能力はこういった殲滅戦には非常に相性がいい。
そもそもどんな形の戦いであれ対応できるのが美琴の強みだ。

「……にしてもこりゃもう終わりだな」

「いや。まだ気を抜くなオリジナル。動き出したぞ」

そう言って、空を顎で示す一方通行。
美琴の快進撃を食い止めようと、空を飛ぶ六枚羽が動きを見せる。
機体の左右にある翼が三対に分かれ、名の通り六枚羽となった。
各関節をウネウネと動かし機銃を地上へと向け、そして火を吹いた。

一斉に掃射が始まった。摩擦弾頭(フレイムクラッシュ)。
弾丸に特殊な溝を刻み、空気摩擦を利用して二五〇〇度まで熱した超耐熱金属弾。
そんな一掃というよりは爆破というべき兵器が、場を破壊し尽すはずだった。

だが六枚羽が掃射体制に入ったのを見た美琴は、弾かれたようにその場を飛び出した。
戦場を離れるように不自然に動き回る。
六枚羽はそれを追うように掃射を始め、駐車してある車などは摩擦弾頭を受け、内部から破壊され次々と大爆発を起こす。
それを掃射と呼ぶのは正しくない。完全に爆撃そのものだった。
必死に逃げ回る美琴だったが、それはおかしかった。

摩擦弾頭はどんな性能がプラスされていようと、金属であることに代わりはない。
ならば美琴に取れる手段はあるはずなのだ。
見物している二人の超能力者は、すぐにその理由を弾き出す。

「襲撃者共を巻き込まないためか。オリジナルの甘さが裏目に出てンな」

「馬鹿が。六枚羽を利用すりゃ一気に片付けられるってのに……」

「オリジナルが六枚羽に対して攻勢に出ねェのも同じ理由だろォな」

「間違いねえだろうな。だがそれに関しちゃ的外れだが」

「あン? どォいう意味だ」

垣根は答えず、携帯を取り出して美琴に電話をかけた。
直接声が届く距離ではなかったからだ。
美琴は意外とすぐに電話に出た。
六枚羽の掃射から必死に逃げ回っているせいで、爆発音が電話の向こうから聞こえてくる。
美琴の声もあまり余裕が感じられなかった。

『なに、っよ! アンタ、わざわっざ、うわっ、電話するからには、相応の理由がある、んでしょうね!!』

言葉も途絶え途絶えに話す美琴とは対照的に、垣根は冷静に答える。

「とっておきの情報をくれてやるよ、御坂。
今お前が遊んでる三機の六枚羽だがな、つうかその三機に限らず六枚羽ってのは全て『無人』攻撃ヘリだ」

『……!! そう、ありがとう』

そこで通話は切断された。
美琴が攻勢に出なかったのは、六枚羽を操るパイロットの身を心配していたというのも大きい。
ならば六枚羽が無人ヘリだと分かれば、攻撃を躊躇う必要は皆無となる。

美琴が片手を空へ掲げる。すると、すぐにそれは起こった。
光があった。それは徐々に広がっていき、直径五メートルにまで膨れ上がる。
爆発的な光と熱を発し、夜の闇の全てを徹底的に塗りつぶしていく。

高電離気体。

気体を構成する分子が部分的に、または完全に電離し、陽イオンと電子に別れて自由に運動している状態。
固体、液体、気体のどの状態とも異なる、物質の第四態とも言われるもの。
かつて一方通行が、最後の『実験』が行われた操車場で作り上げたことがあるものだ。
その時は一方通行は風を圧縮し熱を生み出すことで、強引に分子を分解して高電離気体を形成した。

だが御坂美琴は超電磁砲。最強の電撃使いだ。
その応用範囲は電子レベルにまで及び、電気を使わせれば右に出る者はいない。
そう、美琴は電子レベルでの操作が可能なのだ。
ならば空気中の分子に干渉し、陽イオンと電子に分離させ高電離気体を作ることだって不可能ではない。
全く電気というものは素晴らしい。ありきたりな能力だが、超電磁砲ともなればこれだけの事象を起こせるのだから。

「高電離気体……癪だけど、一方通行を参考にさせてもらったわ。
完全な再現はまだ無理だけど、ま、合格最低点は採ったってとこかしら。本当に癪だけどね」

美琴が高電離気体を一機の六枚羽に向けて放った。
猛烈に迫る高電離気体を受けて、あっさりと六枚羽は消し飛んでしまった。
いくら六枚羽が時速三〇〇〇キロで飛行するとはいえ、それは羽を展開していない時の話だ。
どちらにせよ、六枚羽は単純速度には優れていても、細かい動きは不得手だ。
もともと反撃を受けることを念頭に置いて作られているわけではない、というのも大きいだろう。
一機を撃墜し、二機目に目を向けた美琴を―――不意に衝撃が襲った。

「うっ……!」

思わずその場に蹲る。
何が起きたのか、と思い衝撃を受けたわき腹に目をやると、ゴム弾のようなものがめり込んでいた。
見てみれば、一人の襲撃者が美琴に銃口を向けて立っていた。
美琴の能力をすり抜けようとあえて非金属を使ったのだろう。
そのおかげで実弾ほどの殺傷力はない。だがそれでも人間一人を無力化するには十分だった。

学園都市製のそれは、標的を生かして捕らえる必要がある際に使用されるもの。
当然一撃で対象の動きを封じられるように作られている。
高電離気体形成に意識を割いていたせいで気がつかなかったのだろう。
とはいえ、本来の美琴ならこの程度の攻撃には対応できていただろう。

だが美琴は麦野沈利との死闘により体力を大きく消耗している。
それに加えて垣根帝督からの手痛い一撃を食らっている。
とてもではないが万全とは言えない状態だったのだ。

「ヤ、バ……ッ!」

六枚羽が、襲撃者が、動けなくなった美琴に牙を剥く。
よりにもよって攻撃を受けたのは垣根の攻撃を食らったわき腹。
何とか体を動かそうとするが、やはり思い通りに動いてはくれなかった。

危機を迎えた美琴だが、突然美琴に銃を向けていた襲撃者が倒れた。
音もなく、あっさりと。勿論美琴はまだ何もしていない。
白い人影があった。全てを跳ね返す、最強の姿があった。
一方通行。体がフラついているが、学園都市第一位の超能力者が君臨していた。

「雑魚が。俺がいることを忘れてハシャいでンじゃねェよ」

「……あ」

思わず声が出る。しかし、それだけではなかった。
今度は空を飛ぶ二機の六枚羽が突如として大爆発を起こした。
炎に包まれ黒煙を噴きながら地上へと落下する。
何が起きたのか分からなかった。ドガァァン!! という轟音と共に六枚羽が破裂する。

そしてそれにより生じた暴炎と黒煙を引き裂いて、一人の男が現れた。
その背中には天使のような六枚の翼があった。
全身血塗れで、立っているのがやっとのようにも見える。
だがそれでも、その男は立っていた。
垣根帝督。学園都市第二位の超能力者は、美琴の背後に現れた襲撃者の残りを説明不能の攻撃で叩き潰し、余裕そうに笑った。

「まずは前哨戦。一丁上がりだ」










一方通行、垣根帝督、御坂美琴。
三人の超能力者は一台のトラックに乗っていた。
『スクール』の下部組織の下っ端に用意させたもので、運転しているのも下部組織の人間だ。
あれから襲撃者の残党を狩り、取り返しのつかないことにならないよう炎だけ消してその場を去った。

どこに向かっているのか、垣根も美琴も分からない。
それを知っているのは一方通行だけ。
運転手に行き先を告げたのは一方通行だからだ。
垣根と美琴は半ば強引に乗り合わせていた。

「あの惨状どうすんのよ。人の多い第七学区であんな……」

「今は夜だし、人的被害はほとんどねえだろ。なんか人払いされてたっぽいし」

「まァ、しばらくはあの一帯は壊滅状態だろォな」

その惨状を作り上げた張本人である一方通行は他人事のように嗤った。
このトラックは運転席と助手席しかなく、後部座席のあたりが荷台となっているものだ。
その荷台部分に三人はいた。
学園都市に七人しかいない超能力者、しかもそのトップスリーが揃っているという凄まじい光景。
下部組織に用意させた治療キットを使って、各自傷の手当をしながら垣根が口を開いた。

「で? 潮岸が何で出てくんだよ。テメェの知る情報を開示しろ」

「…………」

一方通行は答えず、黙ってその紅い瞳を美琴へと向ける。
その視線に気付いた美琴は不快そうに顔を歪ませた。
やはり美琴にとって一方通行はあまり顔を合わせたい人物ではない。
一応の和解は済ませたとはいえ、友好関係を築けるような間柄ではなかった。

「……何よ」

一方通行は目を瞑って俯き、何事か考え始める。
だがすぐに顔をあげ、目を開いて言った。

「これ以上隠しても詮なきこと、か。もォ限界だな。
第三次製造計画って言葉に、聞き覚えは?」

言って、一方通行は垣根、美琴と順番に視線を合わせる。
美琴は頭を横に振って答える。
それを見て、一方通行は視線を垣根へと移した。

「オマエはどォだ」

「聞いたことはねえよ。だが内容なら推測出来るな」

垣根は暗部の闇の闇にいた。いや、今もいる。
能力者量産計画も、絶対能力進化計画も知っている。
だからこそほぼ確実な推測をすることが出来た。

垣根は言いながら突然上半身の服を脱ぎ始めた。
乾いた血で肌とくっついてしまっているため、脱ごうとすると鋭い痛みが走る。
だが垣根は能力を使ってそれに対処。最高に無駄な『未元物質』の使い方だった。
それを見た美琴が慌てて目を背け、上擦った声を出す。

「んな、な、何してんのよアンタ!? いきなりふ、服を脱ぐなんてアンタはどこぞの脱ぎ女か!!」

「誰だよ。服着たままじゃ包帯は巻けねえだろ。……おい御坂、ちょっと巻いてくれ」

「ふぇ!? あ、いやその、私はアンタのこと友達だとは思ってるけど、そういうのはあの、」

顔を真っ赤にして激しく動揺する美琴に対し、垣根はどこまでも冷静に答えを返す。
普段なら散々にいじり倒してやりたいところだろうが、流石に状況が状況なので自重したのだろう。

「自意識過剰だ。ただ包帯巻くのを手伝ってくれっつってるだけだろうが。
自分だけじゃ手足は巻けても、胴は上手くやれねえ」

いたってノーマルな性癖を持つと自称している垣根に、女子中学生にセクハラをする趣味はないのである。
しかも見物者がいる前で。
かつて大型本屋で一八禁コーナーを使ったセクハラを仕掛けたことなど忘却の彼方だった。

「にゃ、にゃによ。それなら最初からそう言いなさいよね」

「だからそう言っただろうが馬鹿野郎」

垣根が包帯を巻けるように両手をあげる。
その体は酷く傷だらけで、目を背けたくなるほどの燦々たる光景だった。
どう見ても包帯を巻いてそれで済む、というような怪我ではない。
あまりにも痛々しく悲惨な傷に、美琴は顔を顰める。

「酷い怪我……」

美琴が一方通行に視線をやると、すぐに一方通行は逃げるように目をそらした。
やはり美琴には苦手意識を持っているようだ。
だがこの怪我は一方的なものではなく、二人が殺し合った結果。
一方通行だけを責めるのも違うだろう。現に垣根も一方通行に重傷を負わせているのだから。

消毒して背後から包帯をシュルシュルと巻いていく。
包帯が傷口に触れた瞬間、布がそこから滲み出る大量の血を吸って真っ赤に染まる。
見ているこっちの心まで痛くなるような惨状だった。

「文句はそこのキョンシー野郎に言ってくれ」

「殺されてェかエセホスト」

「……よほど早死にしてえと見えるな。お望みなら今すぐ叶えてやろうかロリコンが」

「流石脳味噌まで常識が通用しねェ男がレベルが違げェな。
腐り切った脳じゃ腐った発想しか出来ねェのも納得だ」

「口だけは一丁前だな。よく喋るウサギだ。テメェのあだ名には事欠かねえな?」

「……どォやら本気で天国を旅したいよォだな」

「ハッ、ヤル気に満ちているようで何よりだ。やってみろよクソモヤシ」

一方通行と垣根帝督。
二人の間で殺意が膨張し、トラック内を死が埋め尽くす。
一触即発などというレベルではない。ほんの少しのきっかけで、それこそ呼吸音一つ荒げればそれを合図に殺し合いが始まりかねない。
つい先ほどまで全力で死合っていた二人だ。仲良く手を取り合って、なんて不可能。

もともと超能力者は非常にプライドが高い。
特に垣根は第二位という序列もあり、まさにプライドの塊だ。
一方通行と御坂美琴もそうだが、一方通行と垣根帝督という二人は超能力者内でもとりわけ険悪な組み合わせなのである。
そんな極度の緊張状態をあっさり打ち破ったのは、一方通行でも垣根帝督でもなく御坂美琴だった。

「アンタたち……いい加減にしなさいッ!! それとこれは垣根が悪い!!」

美琴が声を荒げる。今は争っている時ではないし、こんなところでトップツーに戦われたら大変なことになる。
だが美琴の制止はまさに鶴の一声で、両者はあっさりと矛を収めた。

「チッ……命拾いしたなクソモヤシ」

「はァ? 何愉快な勘違いしちゃってンですかァ? 命拾いしたのはオマエの方だクソメルヘン」

勘違いだった。
一度収めかけたはずの矛を何故か再度取り出した二人に、美琴の堪忍袋の緒が切れる。

「いい加減にしろっつってんでしょうがァァああああ!!」

美琴の叫びが車内に響き渡る。
一方通行と垣根は両者共にチッ、と盛大な舌打ちをして互いを睨みつけるも、これ以上の舌戦が繰り広げられることはなかった。
何だかんだで二人とも美琴には負い目がある。
美琴がここからいなくなれば数分後には血を血で洗う凄絶な戦いが勃発しているに違いない。

「……で? 第三次製造計画ってのは何なわけ?」

美琴が話を元に戻す。
自身の傷の手当てをしていた一方通行が顔をあげた。
一方通行も垣根と比べたら少し軽いものの、それでも放置してはおけない傷を負っていた。
その手を一旦止めて、今までひた隠しにしてきた第三次製造計画について話し始めた。

「第三次製造計画ってのは、能力者量産計画の後釜だ。
つまり、―――端的に言えば妹達がまた作られるってことだ」

その言葉に、美琴は思わず息を飲んだ。

「お前のDNAマップからクローンを生み出し、超能力者を人工的に生み出そうとしたのが能力者量産計画。
一度中止されたそれを再度稼動させ、更なる量産を行ったのが絶対能力者進化計画。
そして大方今度動いているのがそれらに次ぐ三度目の計画―――第三次製造計画ってことだろうよ。
とは言っても、詳しいことは何も分からねえがな」

垣根のその言葉を最後に、車内に静寂が訪れる。
誰もが口を噤み、不気味なまでの静けさが場を支配した。
ただ車のエンジン音と、外から聞こえてくる騒音だけが場違いになっていた。

「アンタ、いつそれを知ったのよ」

最初に沈黙を破ったのは美琴。
美琴は垣根の包帯を巻き終え、一方通行へと食ってかかった。
一方通行は観念したように下を向く。

「ずいぶン前だ。少なくとも昨日今日ってとこではねェな」

「なら! なんで話さなかったのよ!! あの時、あの鉄橋で!!」

垣根は仕方ないだろう。その立場を考えれば話さなかったのは当然だ。
そもそも知っていたわけではないようであるし。
だが一方通行は違うはずだ。一応の和解を済ませたあの時に、伝えることが出来たはずだ。
それをしなかったのが気に入らなかった。自分が全ての中心にいるというのに、一人弾かれるのが納得出来なかった。
決して他人事などではないというのに。誰にも知らされず、隠されるなんて。

「私はあの時言った。確かに言った、何に代えても妹達を守り続けるってね。
なのに、なんで隠すのよ。私とアンタじゃ立場が違う。
暗部にいるかいないかってだけで、そりゃあ掴める情報も違うでしょうよ。
でも、知ったんなら教えなさいよ。あの子たちに何か危機が迫れば、教えろって、言った、っのに」

美琴の声が震える。
悔しさと後悔に身を焼かれる思いだった。

「私は……っ、私はもう嫌なのよ。
自分の知らないところで、勝手に利用されて、勝手に狂った実験に使われて。
そんなのは、もう嫌なの。除け者にされて、後々最悪な結果報告だけを受けるなんてもうんざりよ」

いつだって御坂美琴の行動は一歩遅かった。
あの『実験』だって、知った時には既に一万人近くが殺されていたのだ。
『表』で生きていればそんな『実験』のことなど知れるはずがない。
美琴はただの一学生として日々を過ごしていただけで、そのことについて彼女を責めるのは筋違いだろう。
だがそれでも、美琴本人にとってはそう割り切れるものではなかった。
そもそも、あの時提供したDNAマップだって本来筋ジストロフィーの治療に使われるはずだったのに。

「……何もオマエが手を汚すことはねェと思ったンだ。
第三次製造計画のことを知らせれば、絶対にオマエはそれを止めるために無茶をする。
その結果どォなるか分からねェ。何せ相手は学園都市上層部だからな。
だから、そォいう荒事は俺がやればイイ。オリジナルには『表』から妹達を支えてもらおうってな」

美琴は『実験』の時もそれを止めるために身も心もボロボロになるまで動き続けた。
第三次製造計画だってそれを知れば美琴が放置しておくわけがない。
それを一方通行は危惧していた。

「アンタにそこまで気を使われる筋合いはないわよ」

「ヘドが出そうだが、俺も同意見だな」

傷の手当を続けながら垣根が続いた。

「……どういうことよ」

「あの時言っただろ。お前はあくまで一般人、ただの中学生なんだよ。
今じゃこっちの方にもずいぶん踏み込んでるが、本来お前がいるべきなのは『表』の世界だ。
超能力者の希望。暗部の人間にとっては光なんだ、お前は」

「超能力者ってのは悲劇の具現化だ。それをオマエは身を以って知ったはずだ」

だから、もういいだろう、と。
一方通行は言外にそう告げていた。
学園都市に七人しかいない超能力者。圧倒的な力を持つ超能力者。
それは傍から見れば、特に力のない人間にとって見れば雲の上、まさに憧れの存在だろう。

だがそれはあくまで他人から見れば、だ。
当人たちにとってはそうではない。
超能力者は第三位を除いて人格破綻者の集まりだとされる。

しかし様々な想いに触れた今、美琴は思う。
超能力者が人格破綻者なのではない。
もっとも、普通の人とはどこかズレているところがあるからこそ超能力者にまで至ったのだろうが、それだけではない。

超能力者になってしまったから、人格破綻者と言われるようになってしまったのだ。
『絶対能力進化計画』に『妹達』、『アイテム』や『スクール』。
一度その境地に達すれば、もう今までのように生きることは出来ない。
御坂美琴が否応無く『闇』に巻き込まれたように。

そしてそこでは生き残るために力を振るわざるを得ない。
なまじ簡単に人を殺せる力を持っているがために、ますます泥沼へと嵌っていく。
様々な実験に使われ、恨みや嫉妬を向けられた彼らの人格はいつしか歪んでいった。
もともとが学生なのだ。もっとも多感な時期にそういった環境に囲まれてまともでいられるはずがない。
それは超能力者に『なってしまった』不幸。

そうして超能力者は人格破綻者と揶揄されるまでになった。
彼らは狂った研究者や上層部の犠牲者でもある。
学園都市の悲劇を象徴するような存在。
力を持ってしまったために本来辿るべき道から外れてしまった者たち。

一方通行も、垣根も、麦野も。
たとえば無能力者だったらコンプレックスは抱いたかもしれないが、こんな風に狂ってしまうことはなかっただろう。
普通に友達を作って、普通に学校に通っていたはずだ。
美琴だって垣根の言う通りただの中学生でいられただろうし、食蜂が人間不信に陥ることもなかった。
削板がモルモット扱いされることだってなかった。

そしてその中でも美琴はまともと言える人生を歩んできた。
学園都市の暗部を知り、それを経験していながらも決して屈することがなかった。
それが一方通行や垣根、麦野には眩しかった。
だからこれからも美琴には普通でいてほしい。これ以上『闇』に首を突っ込む必要はない。
一方通行と垣根は今そう告げていた。
そして美琴は二人の意図を理解した上で、きっぱりとこう言った。

「嫌よ」

「何?」

「事は妹達に関わる。つまり私が発端であり中心。
知ってしまった以上、見て見ぬ振りなんて器用な真似は私にはできない。
ここまで来たらどこまでも手を出させてもらう」

『量産型能力者計画』も、『絶対能力進化計画』も、『第三次製造計画』も。
全て美琴がDNAマップを提供してしまったことが始まりだ。
そうであるなら放置などできなかった。

「ま、お前はそういう奴だからな。そういうと思ったぜ」

垣根が軽い調子で、美琴が何と答えるか分かっていたかのように言った。
それを聞いて一方通行がギロリと垣根を睨みつけた。

「……オマエ」

垣根はそれをあっさりと無視する。

「もうどうしようもねえだろ。御坂は絶対に退かねえだろうよ。
んなことテメェだって分かってんだろ? それとも力ずくで御坂を放り出すか?」

そう言われると一方通行は何も言い返さず、ただチッ、とだけ舌打ちした。
彼も美琴に第三次製造計画のことを話した時点でこうなることは分かっていただろうが、やはり良い気分ではないのだろう。

「そういうことだから、諦めなさい」

「ただ、御坂。覚悟はできてんだろうな?」

「何を今更」

「ならいい」

これから学園都市の『闇』の奥に飛び込むのだ。
これまで美琴が経験してきた以上の悪意や狂気が待っているかもしれない。
それらと向き合う覚悟はあるのかと垣根は問うていた。
美琴が即答すると、垣根はあっさりと切り上げて怪我の手当てに戻った。

とーか終了だし

あと一ヶ月ほどで完結まで持って行きたいが厳しいか……?
書き溜めの方はもうラスト近くまで行ってるんだが……

    次回予告




「ひゃ……はぁん、んぅん……」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市第二位の超能力者(レベル5)―――垣根帝督



「うわぁ……」
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴




「……耳が腐りそォだ。マジで死ねよコイツ」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市最強の超能力者(レベル5)――― 一方通行(アクセラレータ)



まさかイケメルヘンさんの濡れ場が…

男同士で何を考えとるんじゃ(歓喜)

このSSのヒロインは垣根だからお色気担当になるのも仕方ないね

予告の一行目読んだ時点で「美琴のエロシーン!?」と興奮したあの一瞬のトキメキ、僕は忘れない

乙です。毎度の投下量と文章力は尊敬に値します。自分には到底書けません

乙  いい感じに熱くなってきたな  次回も楽しみ
書き溜めの方も期待してる  好きなジャンルのスレはいくつあっても嬉しいからね

>>1はそんな投下を応援してる

ていとくんに中身全部持ってかれてて吹いた

>>600
誰も幸せにならないと思うので……

>>602
なんでホモが湧いてるんですかねぇ……(困惑)

>>604
まさに誰得

>>609
そして二行目で現れる絶望
その胸のトキメキはいつかきっと君のためになるさ。大事に持っていなさい

>>611
>>1もこれが初SSですし、いざ書いてみればある程度の形にはなるものです

>>613-615
ラストの方までというのはこのSSが、ですね
一応もう一つ序盤辺りまで書き溜めたSSがあるのですが、激しく人を選ぶという(グロ的な意味で)

喘ぎ声。気持ち悪い。

―――そして敵地へ突入。

「……っていうかアンタたち、そんな怪我で大丈夫なわけ?」

一方通行も垣根もかなり重傷を負っている。
いくら超能力者とはいえ今からこの状態で統括理事会の一人の元へ乗り込もうと言うのだ。
まともに動けるのは美琴だけで、その美琴も万全ではない。
僅かな不安は払拭できなかった。

たしかに超能力者は絶対的な戦力だ。
けれど決して無敵ではない。故に隙を突かれることだってあり得る。

「俺は能力で治療を促進できる」

一方通行の能力はベクトル操作。
使い方次第では壊すだけでなく、こういったことにも有用な力だ。
勿論その程度でこれだけの大怪我が完治するわけもないが、かなりマシにはなる。

(……本当に壊すだけじゃ、ないんだ)

美琴が内心そんな感想を抱いたのは秘密だ。

「俺は……御坂に頼むわ」

「へ?」

「お前の能力なら生体電気操って治療促進できるだろ。やってくれ」

「いや、たしかにできるだろうけど……。考えもしなかったわ」

垣根に言われてハッとする。生体電気を操ったことはあるのだが、それを治療に使うというのは考えていなかった。
考えてみれば、実に有用な使い方だ。
もしこれをもっと早くに習得していれば何か変わっていただろうかと逡巡する。

「お前は出来るけどやってない、思いついてないってのが多いみてえだな。
治療といい、さっきの高電離気体といい」

美琴の能力は非常に応用力が高い。
それ故に出来ても未だやっていないことも多い。
思いついていないものもあれば、思いついていてもやらないものも含めて。

たとえば美琴がその気になれば、一方通行と同様生体電気を逆流させることで触れるだけで人を殺すことも可能だろう。
また強烈な電磁波を思い切り浴びせれば、相手の内臓を破壊することだって出来る。
だが美琴はそれをしない。出来ることは分かっていても絶対に実行することはない。
それは美琴にとっての絶対に超えてはいけない一線だからだ。

しかし今回の治療促進のようなものは平和的かつ有用な使い方だ。
その使用を躊躇う理由は特になかった。

「じゃ、じゃあ……やるわよ?」

「おぉ」

美琴が手を伸ばして垣根の体に触れる。
目を閉じて意識を集中する。初めてやることだし、垣根の体を使っているので絶対に失敗しないように念には念を入れた。
とは言ってもそれほど難易度が高いというわけでもなく、すぐに美琴は目を開いて治療に取り掛かった。

「ひゃ……はぁん、んぅん……」

すると、途端に垣根が最高に気色悪い声をあげた。
その声に美琴はぎょっとして慌てて距離をとった。
これが美琴だったら性的に興奮させる可愛さだったかもしれないが、垣根である。
高身長で茶髪の男である。はっきり言って気持ち悪い。

「ア、アアアアンタ……。なんて声出してんのよこの馬鹿ぁ!!」

これは新手のセクハラかもしれない。
美琴は顔を赤くして、垣根を指差して叫んだ。
誰も幸せにならないイベントを起こした垣根に全力で抗議する。

「……耳が腐りそォだ。マジで死ねよコイツ」

一方通行も思わずぼそりと呟いた。
だがはっきり言ってそう言われても仕方ない。

「いや、なんつうか電気治療的な変な感じが……あふぅ」

「うわぁ……」

「頼むから黙ってろ。心の底から気持ち悪ィから」

「ホント変な声出さないでよ? 続けるけど、いい?」

「ああ」

今度はおそるおそると言った感じで手を伸ばす。
垣根の体におっかなびっくり再度触れ、演算を組んで治療を再開。

「おぅん」

すぐにまたも垣根がおかしな声をあげた。
先ほどと比べれば幾分マシとはいえ、何とも耳に優しくない声だ。

「わざと!? わざとやってんのアンタ!? だからやめてってば本当に!! 訴えるわよ!!」

「何でだよ!! 見事堪えただろうが!!」

「全然堪えてねェンだよクソが!! マジでミンチにすンぞオマエ!! 訴訟も辞さねェ!!」

その後数分間ギャーギャーと言い合いが続き、美琴の垣根治療が本格的に始まったのは一〇分ほど経ってからのことだった。
慣れれば電気治療は気持ち良いらしく、最初は気持ち悪い声をあげていた垣根も今では大人しく身を任せている。
あの奇声がいたいけな女子中学生の心に傷を残すことはなかったらしい。本当に良かった。

「これだけで回復するとは思えないんだけど」

「んなことは分かってる。ただやらないよりは全然マシだろ」

垣根の負っている傷はこんな応急手当的な対処でどうにかなるレベルのものではない。
だが、たしかに垣根の言う通りやらないよりは良いのも間違いない。
これは同じく能力を用いて治癒している一方通行にも同じことが言えた。

「戦うのは、無理ね」

美琴が小さく呟いた。
どう考えても垣根も一方通行もまともに動ける状態ではない。
戦えるのは自分だけ。美琴は自然と気を引き締めた。
だが、耳聡くそれを聞き逃していなかった垣根が即座に反論する。

「あ? おい、誰に口きいてんだ格下」

「格下言うな! てかアンタを馬鹿にしたわけじゃなくて、実際その体じゃ無理でしょうよ」

「だぁから、お前は格下のくせに俺を舐めすぎなんだよ。こんくらい丁度いいハンデだっての」

あくまで垣根に退く気はないらしい。
分かってはいたが、やはり垣根は相当にプライドが高い。

「だから格下言うな! 格下格下言うけどね、少なくとも私は今のアンタよりはよほど使えるわよ!」

実際、美琴と垣根、一方通行ではあまりにも状態が違いすぎる。
普段ならいざしらず、今の垣根と美琴が戦えば美琴が勝つ可能性が高い。

「じゃあ力ずくで俺を止めてみるか?」

垣根は美琴を挑発するように、軽薄な笑みを浮かべ軽い調子で言った。
それを受けた美琴は全く動じず、垣根の治療を続けた。
その顔にはほんの僅かの悲哀の色が浮かんでいた。

「……しないわよ」

あの時、あの鉄橋で最後まで力を振るうことを拒絶した美琴が、そんなことをするわけがない。
もしこれが白井や佐天だったら、危険だからと止めたかもしれない。
もしかしたら気絶させてでも止めたかもしれない。
だが垣根は超能力者の実力者で、既に深く事情を知っていて、暗部の人間だ。
それに、先ほど第三次製造計画の話を聞いた時に自分を止めないでくれた垣根にそれは出来なかった。

「そうかい」

垣根はそれを聞いても特に何も反応はしなかった。

「ま、少なくともそこのホワイトラビットは役に立たねえだろうな」

「……オーケェ。そンなに死にてェならお望み通り殺してやンよ」

ナチュラルに喧嘩を売る垣根。
一方通行も瞬間で切り返し、またも二人の間で火花が散り始めた。
美琴がため息をついてまたも注意しようとした時、垣根が自分の首筋を人差し指と中指でトントンと叩いて、

「電極」

とだけ呟いた。

「バッテリー、もう虫の息だろ」

「……あ」

そういえば今の一方通行は妹達の代理演算を受けている身。
能力が使用できるのは僅か三〇分、と言っていたことを美琴は思い出す。
それに一方通行の電極のバッテリーは能力を使用しなくても消耗はする。
あくまで能力を使うと消費が激しくなる、というだけであって使わなければ問題ないというわけではない。

通常時でもバッテリー稼働時間はおよそ四八時間。
能力使用モードでの垣根との戦闘。
そして現在治療のために再度能力を使っている。
もし垣根との戦いの前にも何らかの理由で能力を使っていれば、尚更残りは少ないだろう。

「……別に能力を使わなくても戦える。オマエにどォこォ言われる筋合いはねェよ」

「足手纏いだって言ってんのが分かんねえか?」

「自分のケツは自分で拭く。オマエらに余計な手間はかけねェよ」

「ならいいがな。別にテメェがどうなろうと知ったこっちゃねえし」

「あ、ちょっと待って」

美琴がふと思いついたように割り込んだ。

「ねえ、ちょっとそれ貸してくれない?」

美琴は一方通行が身につけている電極を指差して言った。
すぐに垣根も美琴の狙いが分かったようで、得心がいったように頷いた。

「なるほどな。充電、か」

美琴は電気を自在に操る能力者。
以前にも垣根に言われて携帯を一瞬で最大まで充電したことがある。
一方通行の電極も特殊なものであるとはいえ、充電は同じ理屈で行われているはずだ。
美琴は垣根の言葉に頷いた。

「……別に構わねェがよ。むしろ助かるンだが、コイツは冥土帰し特製だ。
相当に複雑な作りになってンぞ」

「別にそのチョーカーの仕組みを一から十まで把握しなきゃいけない、ってわけじゃないでしょ。
あくまで私の目的は充電するだけなんだし」

「本当に便利な能力だなお前のは。人を助けられる力だ」

垣根が薄い笑みを浮かべて言うと、美琴も同じく笑って返した。
何でもないことのように、不変の真理を口にするように。

「力なんてそんなもんでしょ。どんな力だって結局はその人次第。
私だってやろうと思えば十分に人を殺せる。
ただ私はそれをしない。そりゃもう私は一万人を殺した人殺しだけど、それでも化け物じゃないから。
シェイクスピアも言ってたでしょ。物事にはもともと善悪なんてなくて、私たちの考え方次第なんだって」

上条当麻は自身の右手を人を傷つける幻想を殺すために振るう。
たとえそれが昨日までの敵であったとしても、その人間が今日理不尽に苦しめられているなら上条当麻は動く。
損得など関係ない。自身のために戦うことはほとんどないが、他人のためなら無条件に右手を握ることができる。

御坂美琴は自身の持つ絶大な力を何かを守るために振るう。
自分自身の護身だったり、友人だったり、時には他人だったり。
また誰かを止めるために力を使うことはあっても、明確に誰かを傷つけるために使うことはない。

垣根帝督は自身の有する圧倒的な力を他人を傷つけるために振るう。
それはほとんどが暗部の仕事、つまり殺されても仕方がないような人間ばかりだとはいえ。
だが御坂美琴や上条当麻の人間味に触れてからは、他人を破壊することしかできないと思っていた力で湾内絹保を初めとする人間を救うことができた。

一方通行は自身の保持する最強の力を己の望みを叶えるために振るう。
絶対能力者。その領域に至るために一万もの罪なき命を奪った。
しかし上条当麻と御坂美琴、そして妹達に破れ打ち止めと出会ってからは全てを拒絶する力で幾つもの命を守ることができた。

身勝手に力を振るい人を殺す人間は殺人者。その数が増していくようなら殺人鬼。
それに愉しみを覚えるようになれば化け物だ。
自らの力をどう使うかこそが問題なのだ。
それはかつて結標淡希が苦悩し、白井黒子によってあっさり切り捨てられた話。
白井は迷う結標に、当たり前の常識を並べるようにこう言った。

能力が人を傷つける、なんて考え方が既に負け犬。
力を存分に振るいたければ振るえばいい。ただ振るう方向だけは間違えるな。
危険な能力を持っていれば危険に思われる。
大切な能力を持っていれば大切に思われる。
そんなことを本気で思っているならそれはただの馬鹿。
みんな努力して自分にできることをして、周囲に認められたからこそ受け入れられ、居場所が作れている。

結局のところ、その通りなのだった。

現に人を傷つけるだけだった一方通行も垣根も、今では人を救えているのだから。
その結果、黄泉川愛穂や打ち止め、御坂美琴たちに受け入れられたのだから。
自身の居場所を、心地いいと思える居場所を掴めたのだから。

「……そォだ。全くもってその通りだったンだ。
誰も傷つけないために一万人を殺す、なンて最初から矛盾してたンだ」

もし当時の一方通行がそのことに気付けていたら、何か変わっていただろうか。
己と対極の無能力者の少年と、自分と同じはずの超能力者の少女に倒される前に。

「……ったく、ホンット損な性格してんな、お前は」

「あの馬鹿には余裕で負けるわよ」

本来それぞれが相容れない関係だったはずの三人の超能力者。
彼らを乗せたトラックは、ついに第二学区へと入った。










第二学区。
自動車や爆薬など、とにかく騒音の大きい施設が多く立ち並ぶ学区。
その騒音を逆移送の音波で打ち消す防音壁で囲まれている、大掛かりな学区だ。
そのせいで住人という住人は多くない。
そんな第二学区に三人の超能力者はいた。

停止したトラックのドアが開き、垣根帝督、御坂美琴、一方通行の順に姿を現した。
全員が降りたのを確認すると、そのトラックはどこかへと走り去っていった。
三人がいるのは飲食店などが立ち並ぶサービスエリアのような場所だ。
人影もそれなりに散見されるものの、やはり第七学区などと比べると圧倒的に人が少ない。

「それで、その潮岸ってはどこにいるわけ?」

「すぐ近くだ」

答えたのは垣根だった。
あの用心深いことで有名な潮岸の居場所を知っている者など、そうはいない。
年がら年中駆動鎧を装備しているほどの用心深さだ。
だがどういうわけか垣根は居場所を把握していた。
いずれ学園都市に反旗を翻そうとしていたのだし、その時にでも調べたのかもしれない。

「ここは爆薬を扱う学区だから、シェルターのモデルハウスを使って耐久実験をやったりしてんだよ。
その中に紛れ込ませる形でやたらと堅い要塞を構えてるはずだ」

壁に背中を預けた垣根がそう言うと、

「でも、統括理事会に殴りこみなんてして大丈夫なの?」

美琴の言う大丈夫、とは何も戦力的な意味合いで言っているのではない。
法律を気にしているわけでもない。
だがそれには一方通行が答えた。

「対策はしてある」

言って、一方通行は携帯を取り出し、どこかへと電話を掛け始めた。
すぐに通話は繋がったのか、一方通行は開口一番に、

「そっちの手筈はどォなってる」

相手の声が美琴や垣根にも僅かに聞こえてきた。
何を言っているのかまでは聞き取れないが、どうやら電話相手は男性のようだ。

「その必要はねェよ。今俺は潮岸の隠れ家のすぐ近くにいる。
オマエらは来ンな。邪魔だ」

拒否を許さぬ強い口調で一方通行がそう言うと、電話相手の声が少し大きくなった。
だが一方通行は顔色一つ変えることがない。

「それは分からなくねェが、親船と貝積はもォ帰らせろ。
同権限者視察制度を発動したなら後はこっちでやる」

なおも相手は何か渋っているらしく、一方通行の口調も僅かに荒くなる。

「―――ゴチャゴチャうるせェな。こっちには第二位と第三位がいる。
オマエらが来たところで足手纏いなンだよ」

第二位と第三位。その単語に反応したのだろう、電話相手が大声をあげた。
何か怒鳴っているようで、一方通行も思わず携帯を耳から遠ざける。

「とにかく、そォいうことだ。説明は今度してやるから、オマエらは下がれ。
よりにもよってオマエらが来ると面倒なことになるっては分かンだろォが」

尚も相手は何か言っていたようだが、一方通行はもはや相手にせず通話を切断してしまった。
不機嫌そうに携帯をポケットにしまう。
それを見ていた垣根が問う。

「今の、『グループ』だろ? いいのかよ」

「構わねェ。邪魔なだけだ」

「あの座標移動だけは使い道がありそうだがな」

「面倒なことになるだけだ。っつゥかオマエ、そォいう名前を出すな」

『グループ』。
一方通行の属する暗部組織。
第三次製造計画の解体を貝積から依頼された者たち。

だが彼らを呼ぶメリットはもはやなかった。
一方通行に加え垣根と美琴がいる以上、これ以上の戦力の補給は必要ない。
そして何より、土御門元春も、海原光貴も、結標淡希も、美琴との間に何らかの問題を抱えている。
更に垣根までいるここに彼らを呼べば尚更面倒なことになる。
最悪内部分裂を起こしてしまう危険性さえあった。

「……座標移動? ねえ、今座標移動って言った!?」

美琴がその名前に食いつく。
美琴にとってその能力者は因縁の―――と言うと流石に誇張表現だが―――相手だ。
少なくとも名前を聞いて無視できない程度の相手ではある。

「……だから言ったろォが。こォなンのが分かンなかったのかよ第二位」

「……ああ、そうか。残骸の一件、か」

納得したように頷く垣根を尻目に、美琴は一方通行に食って掛かった。

「アンタ―――結標淡希と知り合いなの?」

美琴は結標が残骸を巡る争いの後どうなったか知らない。
何も起こさず、起こすつもりもないならそれでいい。
だが結標は樹形図の設計者を復元させようとしていた女だ。
もしもまた同じことを企むならば、止めなければならない。

「知り合いっつゥか……同僚だ。
安心しろ、あの三下はもォ余計なことはしねェだろォよ。
アレも流石にそこまで馬鹿じゃあねェだろ」

結標淡希は現在『グループ』の一員だ。
土御門や海原、そして一方通行と共に学園都市上層部への反逆を企んでいる身だ。
しかしそれは慎重すぎるほどに慎重に行う必要がある。
入念に準備をし、計画をたて、時間と手間をかけ、時期を読み、それからでなくてはまず成功しない。

そして結標は仲間を人質に捕らえられているため、迂闊な行動はとれない。
そんな状況で、しかも一度自分を一撃で叩き潰した一方通行がそばにいるにも関わらず、一人突っ走るとは思えない。
下手なことをすればそのツケを払わされるのは結標本人だけではない。
結標の仲間たちの命がなくなるのだから。

「なら、いいけど……。でも同僚ってどういう意味よ?」

「……同じチームに属してる」

どこか答えづらそうに一方通行は呟いた。
おそらくは『グループ』のような『裏』のことを、美琴に話すのが躊躇われるのだろう。
一方通行はどこか必要以上に美琴をこちらに関わらせまいとしようとする節がある。
二人の関係を考えれば当然なのかもしれないが、はっきり言って今更ではある。

「一方通行も座標移動も、『グループ』のメンバーだ」

だがそんな一方通行の思いをよそに、垣根があっさりと暴露してしまった。
とはいえ、先ほども垣根が『グループ』というワードを口にしていたのだが。
一方通行が無言で責めるような、冷徹な瞳で垣根を睨むが当の本人はどこ吹く風だ。

「もう遅せえっての。“この程度までなら”隠す意味はねえよ」

「『グループ』って……『スクール』とか『アイテム』みたいなもの?」

美琴は心理定規の残した書類、麦野との戦闘を通してその二つの組織名を知っている。
垣根がその『スクール』のリーダーで、麦野が『アイテム』のリーダーであることも。
ならば一方通行が『グループ』のリーダーであると考えても不思議はない。

「そこまで知ってンのかよ。本来それらの名前はかなり深い『闇』なンだがな」

「だから言ったろうが。そうだ、それらの組織の機密度は同等。
正確には一つ一つの組織で担う仕事の種類は違う」

「ペラペラ喋りやがって。とても暗部にいる超能力者たァ思えねェな。
二度と余計なお喋りができねェよォ口を縫い付けてやろォか」

「安い挑発してんじゃねえよ。こちとらテメェとは比較にならねえ量の『闇』を経験してんだ。
教える情報の取捨選択くらいしてる」

それはつまりこれらは垣根の中では教えても問題ない情報ということか。
一方通行はそうは思わないのか、チッ、と舌打ちして視線を逸らした。
垣根の方が己より時間的にも量的にも学園都市の泥沼の経験者であり、またそれだけ多くのことを知っていることを一方通行は認めている。
決してそれを口には出さぬものの、内心ではそれを理解していた。
本当に教えるべきでないことまで教えるほど馬鹿ではないと思ったのだろう。

「……で、一方通行はその『グループ』のリーダーってわけか。
垣根はともかく、アンタにとてもそれが務まるとは思えないけど」

実力的な意味ではなく、性格的な意味で。
垣根も性格に若干の難はあるが、普段はまともだしある種のカリスマはあると思う。

「『グループ』にリーダーはいねェ。だが強いて言うならシスコングラサン金髪野郎が実質のリーダーだ」

「誰よそいつ……」

「魔術師、だとよ」

「……その人大丈夫なの? 何か妄想の世界に浸ってない?」

一方通行は魔術についてほとんどを知らない。
だがいつか役に立つだろうからと、三つだけ教えられた。
魔術なるものが存在すること。土御門元春と海原光貴は魔術師であること。
―――そして能力者が魔術を使うと拒絶反応が起き、その逆も然りであること。

「ま、そういうこった。依頼を受けて動くんだがな、上の連中は飼い犬程度にしか思ってやがらねえ。
いつまでも素直に従ってやると思ってんのかね」

そう言って、垣根はクック、と笑った。
もとより垣根は誰かに飼われるような生活はごめんだ。
だからこそ、抗うつもりでいた。
親船最中を暗殺したり、『ピンセット』を強奪したりして。
だがこの分だとどうやらその計画はおじゃんになりそうだが。

「いつか飼い主面してやがるクソ共を噛み殺してやろォと企む奴は多い。
俺も、そこの第二位もな」

その悉くが失敗するンだが、と付け加えて一方通行はため息をついた。
だが一方通行と垣根帝督は超能力者の第一位と第二位。
つまり世界で一番のスペックの頭脳の持ち主と、二番目の頭脳の持ち主だ。
この二人が本気で起こす反乱は、少なくとも他の連中のものよりも大きな成果を残しそうである。

「俺がチキン野郎の潮岸の隠れ家を知ってるのも、そういうことだ。
情報ってのはあればあるだけいい。それがどんなものでも知っているってのは武器で、知らねえのはそれだけで弱みだ」

第二位の頭脳を持つ男は不敵に笑う。
垣根にはあらゆる情報を記憶し、分類・整理し、それを計画に組み込める自信がある。
そして真実それができるだけの技量を持っているのだろう。

「知っているってのが強みで、知らないのは弱みってのは納得」

美琴は一人頷いた。
一方通行、垣根帝督に次ぐ頭脳を誇る美琴。
美琴もまた膨大な知識を有しているために、それが分かるのだろう。

知っていれば、悪質な詐欺にかかることもない。
知っていれば、何事にも上手く対処できる。
そして知らなければ、騙されたり誤った情報を正しいと思い込んでしまう。
かつての上条当麻が、完全記憶能力を誤解してしまったように。
二人の魔術師が、いい様に利用されてしまったように。

「テメェはあまりに無知過ぎんだよ。その頭は見せかけだけでカラッポですってか?」

「ハァ? 二番目がなァに偉そォな口聞いてンですかァ? 死にてェのか?」

「あ? いいぜ、殺してみろよ。殺れるもんならな」

またも険悪な空気を醸し出した二人に、美琴が勘弁してくれと言わんばかりの表情を浮かべる。
結局こうなると自分が制止しなければならないのだ。
これで何度目だろう。既に胃が痛い。

(やだ、私ハゲそう……)

流石にこの歳でハゲるのは絶対に御免被る。
とはいえこの場で殺し合われても困るので、嫌々制止。
すると意外とあっさりこの二人は引いてくれる。
だったら頼むから最初から喧嘩すんな本当お願いだから。
そんな美琴の思いが届くことはおそらくない。

「……そろそろ時間だ。行くぞ」

一方通行が携帯で時間を確認して言った。
途端に垣根の目つきが変わり、美琴の表情も厳しくなった。










潮岸の隠れ家まではすぐだった。
もともとすぐ近くにまで来ていたのだから当然だが。
似たようなドームの立ち並ぶ一角。
そこで一方通行、垣根、美琴の三人は足を止めた。

「ずいぶんともてなしてくれるみたいね」

「だな。流石統括理事、歓迎してくれるじゃねえか」

三人がやってくるのが分かっていたのだろう、至るところに完全武装した兵士たちが隠れている。
親船らが同権限者視察制度を発動したはずなので、それ自体に不思議はない。

「ならこっちも相応の態度で応えてやンよ」

七メートルほどの身の高さの駆動鎧が、あちこちから集まってきた。
結構な数だ。身を潜めている兵士たちも合わせれば、それだけで相当数になるだろう。
更に巨大な砲塔のついた遠隔操縦装甲車も次々と集まり始め、その車体でバリケードを張った。

「ただ、相手だって一方通行にまともな戦力が通用しないことくらい分かってるんじゃないの?」

「やりよォはある。それこそキャパシティダウンとかな」

「テメェなんかジャミングされりゃ廃人だからな。役立たずが」

「安い挑発してンじゃねェよ」

そういった対策が練られているだろうことを分かった上で、トップツーは動じない。
絶対の自信を持って、彼らは口の端を吊り上げた。
一方通行の電極は美琴によって充電された。垣根の体も治療と同じく美琴によってある程度は回復した。
一方通行と未元物質が焦る理由など、塵一つも存在しない。

「そこまで分かっていて、馬鹿正直に突っ込むっての?」

美琴が不安げな表情で訊ねた。
準備万端整った罠に自ら突っ込むなど、馬鹿のすることだ。
だがやはり二人は動じない。

「余計な心配すんな。それより、御坂。
お前にはこいつらの相手をしてほしい。頼めるか?」

「……そォだな。その間にこっちで全部終わらせる」

垣根が提案すると、僅かな間の後に一方通行がそれに同意した。

「それは構わないけど、でも……ううん。
分かった、ここは美琴様に任せなさい! その代わり、アンタも無事に戻ってきなさいよ!
言っとくけどその怪我全然治ってないのよ?」

「分ぁってんよ」

「アンタも。……不本意だけど、アンタに何かあれば打ち止めが悲しむのよ」

「……おォ」

そもそもこうして一方通行と共闘すること自体が、美琴にとっては不本意と言えば不本意だ。
だが今はそんなことを言っている場合ではない。
未だに垣根たちに不安は残るが、この二人はたった二人だけ、美琴の上を行く超能力者。
その頭脳の持ち主が何も考えていないとも思えない。
ならば美琴に出来るのは、与えられた役割をしっかりと果たすこと。

何となく、美琴は二人が自分を足止め役にした理由が分かっていた。
そしてその上で美琴はそれを受け入れる。

「よし。おっけー、任された。アンタらは早く行きなさい」

美琴が一歩踏み出すと同時、弾かれたように一方通行と垣根が動き出す。
二人を追うように、兵士たちがサブマシンガンを始めとする銃器をその背中に向けた。
彼らは一切の躊躇いもなく、その命を奪うべく引き金を引いた。
ズガガガガ、という銃声と共に、人を簡単に絶命させる鉛玉が雨のように降り注ぐ。

「そっちに攻撃してよしって誰か言った?」

だが、その銃弾から二人を守るように、突如漆黒の壁がせり上がった。
その正体は御坂美琴の磁力によって支配された砂鉄だ。
弾丸は全て砂鉄のカーテンによって無力化され、標的へ届くことはない。
黒く蠢く防護壁がガリガリと銃弾を事もなげに食い潰す。

「あいつらはさ、私に気を遣ってる。垣根はともかく、一方通行も。
はっきり言って今更だし、一方通行なんてお前がそうするか、って感じだし」

誰に言うでもなく、美琴は呟く。
美琴の想像では、あの二人が自分を足止めにしたのは一つにはこの軍勢は自分と相性がいいからだ。
先ほども潮岸の勢力を退けたように、機械相手ならば美琴に負けはまずない。

そして、おそらく最大の理由は。
このドームの中の様子を、見せないため。

「でも、そうやって配慮してくれてるのにそれを無駄になんて出来ないでしょ。
別に私が絶対にこの中に入らなきゃいけない理由なんてないわけだしね」

二人の姿が消えたのを確認すると、美琴は砂鉄の防壁を解除する。
しかしそれは消えることなく、美琴の元へと帰る。
突然ドガァン!! という轟音が、一方通行と垣根の向かった方から聞こえてきた。
おそらく二人のたてた音だろう。美琴は一瞬だけそちらに目を向けたが、そっちは自分の領分ではないとばかりにすぐ目線を戻す。

「だから、私は自分に出来ることをする。
託されたことも果たせずに超能力者は名乗ってらんないわ」

美琴の周囲を旋回する真っ黒な砂鉄の集合体。
それは巨大な蛇にも、あるいは竜にも見えた。
バチバチ、と全身から放電が起きる。
それに対応するように、砂鉄の塊も紫電を帯び、一層その威容さを増していた。

「―――かかってきなさい。
この『超電磁砲』が相手になるわ。一人だってここから先へは行かせない。
あいつらをどうにかしたければ、まずは私を殺すことね」

全ての殺意と武力を真っ向から受け止め、粉砕する。
―――そして、誰も殺さない。
それが一方通行の、垣根帝督の、麦野沈利の願いだから。
それが人だから。
それが御坂美琴だから。

ダンッ!! と地面を蹴り、身を低くして駆け出す第三位。
それに追従するように、紫電を纏った黒竜が迫る。
兵士たちが、駆動鎧の群れが、確実に仕留めるべく身構える。
しかしいつの間にか生まれていたもう一つの砂鉄の塊が、第三位を護衛する。

紫電を纏う黒い竜と黒い蛇。
それらを従えた学園都市第三位の、圧倒的な戦闘が始まった。

殺れるものなら、殺ってみろ。

大丈夫だよ、そんな投下終了を応援してる

次回で第四章は終わります
しかし初期の携帯充電は伏線というほどでもない小ネタ程度だったけど、>>562でそれを指摘されてマジビビった
あんな最初のこと覚えてるのかと

次は全世界の婚后さんファンを敵に回したあの人が登場するよ!

    次回予告




「お前たちのような悪党が、善人を知っているとでも言うのか?」
統括理事会のメンバー・潮岸の側近―――杉谷




「その残飯を卑しいと思っている時点で、オマエの善は本物なンかじゃねェンだよ」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市最強の超能力者(レベル5)――― 一方通行(アクセラレータ)




「御坂美琴もとんだクズ女だよね。
やっぱり超能力者なんてのはゴミクズの集まりだよ。
どうせ君を懐柔したのだって、自分のいい様に利用するためだろうね。
そもそも妹達だって御坂美琴が原因で作られたわけだし? 一万殺しの大罪人だ。
君もずいぶん情けないが、御坂美琴はもっと―――ぐぇっ!?」
『メンバー』の構成員―――馬場芳郎




「……ムカついた。ああ、大いにムカついた。―――ブチ、殺す」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市第二位の超能力者(レベル5)―――垣根帝督


一方通行や美琴の能力ってエロいことに使ったら誰でも堕とせそうだよな…
と禁書に始めて触れた三年前から思ってた
垣根は垣根で媚薬とか触手とか作れそうというかあらゆるシチュエーションを実現出来るであろう
トップスリーは薄い本に優しいなァ

さて、短小と評判のBB君の葬儀の準備を始めなくては

乙!
ますます面白い展開になってきたな!
美琴に対する垣根と一方通行の気持ちが明確でわかりやすいし、読み取りやすい。

…BBちゃんよ……哀れなり。合掌。

ア ニ メ 化 決 定

naghw投iuwy下ytew

お勧めスレにまで馬場くんが飛び火しててワロタ

>>643,>>646
お前らまだ馬場くんが死ぬとは決まってないだろ! 勝つかもしれないだろいい加減にしろ!

>>647
両右手なんかは本気でアニメ化してほしいですね
色々とアレだけど絶対泣ける

奴らには絶対に関わるな。

美琴が交戦状態に突入したころ、一方通行と垣根はドームの中へと侵入を果たしていた。
侵入と言う通り、二人は正規のルートなどは使っていない。
もともとが気性の荒い彼らである。強引に壁に穴を空ける程度何の迷いもない、
その頭脳や立場もあり、あれこれと策を巡らす頭脳戦も決して嫌いではないが、やはり強行突破が一番性に合う。

「さて。さっさと終わらせるか。御坂がこっちに来る前にな」

「せいぜい足を引っ張らないことだな、未元物質」

「いちいちムカつく野郎だなテメェは。役に立たねえのはテメェの方だろうが、欠陥だらけのクソモヤシが」

「顎をすり潰されてェかメルヘン野郎」

「出来もしねえことをほざくんじゃねえよ」

早速の舌戦。
先ほどまでと違い、場を収められる美琴がいないため中々止まらない。
最悪殺し合いか、とも思われたが流石にこの状況で潰し合いをするほど彼らも馬鹿ではない。
両者適当なところで見切りをつけると、チッ、と大きく舌打ちする。
当然というべきか、この二人に協調性というものは皆無だった。

もともと超能力者というのは相当の個人主義であるが、その中でもこの二人が協力するということはまずあり得ないだろう。
この二人が共闘したとしても、相乗効果が生まれるどころか互いに足を引っ張り合って大した力にはならなそうである。

両者無言のままに、歩みを進めていく。
建物の中には見たところ一方通行と垣根しかおらず、その二人が黙っているため非常に重い沈黙が漂っていた。
しかもただの沈黙ではなく、二人の相容れない超能力者から放たれる重圧感もあり、普通の人間にはとても耐えられない空間と化していた。
カツ、カツという杖の音。二人分の足音。聞こえるのはそれだけだ。
僅かに外から美琴の戦闘音も聞こえてくるが、それは本当に微かなものだ。

少しの後、彼らの足が止まった。目の前には分かれ道。
いくら垣根が潮岸の隠れ家の場所を知っていたとはいえ、その内部構造まで把握しているわけがない。
一方通行も同様だ。よって、どちらが奥へ通じている道なのか判別することはできない。

「面倒くせえな。全部ぶっ壊して進みゃ簡単なのによ」

「潰すのは潮岸から第三次製造計画について聞き出してからだ」

「分かってるっつの。軽い冗談だよ」

一方通行も垣根もそれができるだけの力を持っている。
しかしそうすると話を聞く前に潮岸を殺してしまう可能性がある。
潮岸がどこにいるかはっきりしない以上、それは危険な賭けだった。

「ま、考えてみりゃテメェとおさらばする絶好のチャンスだ。
俺は好きにさせてもらう。テメェはテメェで勝手にやるんだな」

「中で野垂れ死なねェよォに祈っとくンだな」

二人はそれ以上言葉を交わさず、それぞれ別々の道へ進む。
勿論、分かれて行動すればそれだけリスクも上がる。
だが自身の実力に絶対の自信を持ち、そして何より一方通行と、垣根と行動したくない彼らは何の躊躇いも見せなかった。

一方通行と分かれた垣根は、油断なく周囲を警戒しながら先へ進む。
途中またも分かれ道があったが、建物の構造などからの推測が一割と九割の勘で歩みを進めた。
すると、開けた少し大きな一室に出た。
あまり物もなくさっぱりとしていて、使用されていない倉庫のような感じを受ける。
そしてそこでは、一人の男が垣根を待ち構えていた。

「中ボス登場ってか? ああ、悪いな。お前みたいなのじゃ中ボスも務まらねえか」

知らない人物だ。
しかしそれでも垣根は、即座にその男を小物と断定した。
小太りの男だった。垣根帝督という超能力者と対峙しているくせに、その顔に恐怖の色はない。

「いきなりご挨拶だね、垣根帝督。
自己紹介くらいしておこうか? 僕は馬場芳郎。『メンバー』の一員さ」

馬場芳郎と名乗った男は、やはり目の前にいる人間が垣根だと分かっている。
それでいて、余裕の態度を崩さなかった。

「今から死ぬ野郎の名なんざ聞くだけ無駄だ。
雑魚は引っ込んでろ。今なら見逃してやる。小物をいたぶって喜ぶ趣味は持ち合わせてねえ」

だが余裕なのは垣根も同じだった。
両手はポケットに入れられたまま。
その目は馬場の目を見ておらず、目の前の男など歯牙にもかけていない。
事実両手をポケットに入れたままでも馬場を一〇〇回殺すくらい何でもない。

「全く、超能力者ってのはどうも自信過剰だね。そんなことだから―――」

「こうして、背後をとられるんですね」

垣根の後ろから、声。
今まで誰かがいたとは思えない。事実、いなかった。
そうでなければ垣根が気付かぬはずがない。
だというのに、まるで瞬間移動したかのようにそれはそこにいた。

「……空間移動系能力者(テレポーター)か」

つまらなそうに呟く。
垣根の喉には、背後に回った男が持っている鋸が突きつけられている。
この男がその気になれば、即座に垣根の喉を切り裂けるだろう。
査楽と名乗った男の気分一つで、垣根の生死は決定される。

「査楽、といいます」

「どいつもこいつも行儀の良いこって」

吐き捨てて、動こうとしたが垣根の喉にひんやりとした感触があった。

「動かないでくださいね。それと、抵抗は無駄ですね。
この状況ではあなたが何かするより、私があなたの喉を掻っ切るほうが早いですから」

「そうかい」

垣根はつまらなそうに相槌を打った。
あまりに余裕のある態度。
とても喉元に刃物を突きつけられている人間の振る舞いではない。
査楽もその態度に違和感を感じたのだろう。脅すように鋸を動かして、

「ずいぶんと余裕ですね。自分の置かれている状況、分かってますか。
とりあえず指示に従ってもらいましょうか。色々と質問もありますし」

「しょうがねえな。登場したばっかで、見せ場もなしで悪いが退場してもらうとするか」

事は一瞬だった。

暗部組織『メンバー』の一員、査楽は絶命していた。

彼の命を奪ったのは、純白に輝く異物だ。
それは垣根の背中から伸びていて、それは翼の形を成していた。
容赦なく体を穿たれ、査楽の体は翼によって支えられ宙吊りにされていた。
垣根がその翼を軽く振るうと、査楽の死体はゴミのように放り投げられ、大量の血を撒き散らしながら床を転がった。

「暗部みてえな場所じゃあ、背後をとるってのは重要だ。
奇襲は格上相手でも殺せる可能性のある戦法だからな。
だが、俺にはそれは通用しねえんだわ。残念だったな、来世にご期待くださいってヤツだ」

仲間であるはずの査楽が呆気なく殺されたのを見て、しかし馬場芳郎は動揺していなかった。
暗部に身を置いているだけあって、この男も相応に外道であるようだ。
空間移動系能力者というのはかなり希少な存在なのだが、馬場はそれ以上なのだろうか。

「まだいたのかオマエ。つまり俺に殺されたいってことでいいんだよな?
警告はしたんだぜ、死にたくなきゃ逃げろってな」

垣根とて馬場にまともな仲間意識など期待してはいない。
むしろ暗部ではそういった感情は妨げにしかならないからだ。
だが、それでも査楽が瞬殺された光景を見れば、己の身の心配くらいするはずだ。
あるいはそれだけ垣根を舐めているのか。

「始めから期待なんかしちゃいなかったけど、本当に使えない奴だな」

「そう言ってやるなよ。どうせお前もこうなるんだ」

死人を嘲笑した馬場に、言外に勝利宣言を告げる垣根。

「そう簡単に行くかな?」

馬場の背後から、何体ものロボットが現れた。
それは犬のような四足歩行の形状をしており、鼻の部分がホースのように長くなっている。
それはT:GD(タイプ・グレートデーン)と呼ばれるロボだ。
馬場を守るように陣形を組むと、命令待機状態なのか動きを止めた。

「笑えるな。まさかそんなオモチャで俺をどうにか出来ると思ってんのか」

「そのまさかだけど?」

「……ナメてやがるな。よほど愉快な死体になりてえと見える」

実力者は、自らの力を軽んじられることを強く嫌う。
そしてそれは垣根帝督には特に当てはまることだった。
あの程度の機械、何十体集まろうと垣根の敵ではない。
一体どこまで馬場は超能力者を、第二位を舐め腐っているのか。

「ま、まともに戦えばまず勝ち目はない。
なら話は簡単でさ。まともに戦わなければいいだけだよね」

言って、馬場はポケットから取り出した何かの装置のコントローラーを操作した。
すると、ギィィィイイイイン、という耳に障る甲高い音が鳴り響いた。
垣根を突如強烈な頭痛が襲う。二本の足だけでは体を支えきれなくなり、手で頭を押さえながらその場に膝をつく。
垣根はこれを知っている。これはただの音ではない。

「……キャパシティ、ダウン……ッ!!」

それは特殊な音で能力者の演算を阻害するもの。
それは無能力者には効果がなく、確実に能力者だけを無力化するもの。
それは垣根帝督に対して、馬場芳郎に勝機を与えてくれるもの。

「ご明察。しかもこいつは特別製でさ。
多分君が知っているヤツより強力なはずだよ。
流石に超能力者を完全に無効化、とまではいかないけど、もう君の力は見る影もない」

その通りだった。
身動きのとれなくなった垣根を、馬場の指示でT:GDが襲う。
まともに動きのとれない垣根にそれを防ぐ術はなく、体当たりを食らって垣根は床に倒れ込んだ。

「全く無様だよねぇ。あれだけ啖呵を切っていた超能力者とは思えないね」

馬場は倒れている垣根のすぐ近くまで近づき、下卑た笑みを浮かべて垣根を見下ろした。

「聞いたよ。君、御坂美琴に懐柔されたんだってね?
他人に精神を委ねている時点で二流。超能力者って言ってもそんなことも分からないのかね」

馬場は笑う。
馬場芳郎は気付かない。

「御坂美琴もとんだクズ女だよね。
言葉巧みに君たちをここにやって、自分だけは残ったんだから。
やっぱり超能力者なんてのはゴミクズの集まりだよ」

馬場は続ける。自身が見下ろす垣根帝督の変化に気付かないまま、続ける。
馬場芳郎は気付かない。

「どうせ君を懐柔したのだって、自分のいい様に利用するためだろうね。
そもそもクローン共だって御坂美琴が原因で作られたわけだし? 一万殺しの大罪人だ。
君もずいぶん情けないが、御坂美琴はもっと―――ぐぇっ!?」

突然馬場の言葉が途切れた。
垣根帝督が、動けないはずの垣根帝督が立ち上がり、その手で馬場の首を絞め上げている。
続けてT:GDが何かの力で一瞬で吹き飛んだ。
馬場にはそれを認識することも出来なかった。全てのT:GDはバラバラになり、その動きを完全に停止させた。
垣根が何をしたのかも分からず、その予備動作一つすら認識できなかった。

「―――ペラペラペラペラと上の口からビチクソ垂れ流しやがって。
ムカついた。ああ、大いにムカついた」

キャパシティダウンは、正常に動作している。
甲高い、耳に障る特有の音が鳴り響いている。
この空間において能力はまともに使えないはずなのに。

「不愉快だ」

垣根帝督は、平然と立っている。
この状況においては絶対であるはずの馬場芳郎に涼しい顔で楯突いている。
いや、その顔は醜く歪んで、濃密な殺意に満ちていた。

「―――ブチ、殺す」

首を絞められている馬場は酸素を求め、口を魚のようにパクパクさせている。
だが垣根はそれを見て、尚その手を離そうとはしない。
どころかむしろ力を強めていった。それに比例して馬場の口からだらしなく涎が垂れ始める。

「ぁ、ぃひっ、あ”……」

「楽には死なせねえよ。誰の前で何を言ったか、よく考えるべきだったな。
今の内にせいぜい念仏でも唱えとくんだな」

いよいよ馬場の限界が近づいてきた時、垣根はあっさりとその気道を塞いでいた手を離した。
急速に酸素を得た馬場は激しく咳き込み、その場に倒れ込んだ。
両手で喉を押さえ、苦しそうに悶えている。
垣根はその横腹をドゴッ!! と一切の躊躇無く蹴り飛ばした。
吐き出しそうになっている馬場を、垣根は冷徹な表情で見下ろした。

馬場芳郎は、垣根帝督の逆鱗に触れた。
以前なら問題なかっただろうが、美琴に救われた今の垣根の前で美琴を侮辱するのは自殺行為だ。
垣根は知っている。美琴が自分に手を伸ばしてくれたのは、損得勘定があったからではないということを。
御坂美琴がどういう人間なのかを知っている。
少なくとも、美琴はこんなクズにあれこれ言えるような人間ではないと垣根は思う。

「なんで、どうして、キャパシ、キャパシティダウンは……っ!?」

ある程度呼吸の整ってきた馬場は、隠しもせずに動揺を露わにした。
だがそんな程度のもので第二位を無力化できるならば、それがあることを見越していた垣根が堂々と乗り込んでくるはずがない。
対応できると分かっていたからこそ、一方通行も垣根もやって来たのだ。

「この辺りには既に『未元物質』を散布してある。
この世に存在しない物質、それは全てをあり得ない方向に捻じ曲げちまうんだよ。
勿論音波だって例外じゃあない」

キャパシティダウンはただの音ではない。
ノイズを発生させれば能力者の演算を狂わせられるというほど簡単な話ではない。
その効果を得るためには、演算を阻害できる特定の音でないと駄目だ。
決められた音圧、決められた周波数、決められた波形。
そこから少しでも外れてしまえば、それはキャパシティダウンとして正しく効果しなくなり、ただのノイズになってしまう。

そして今、この場には『未元物質』が充満している。
一方通行のような能力者なら分かるだろうか、垣根の領域と化したこの空間では光や音が妙なベクトルに折れ曲がっている。
この世に存在しない物質によって、この世に存在しないように変質させられている。
少しでもそこから外れれば効果を失うキャパシティダウン。
ならば、『未元物質』により変質させられ捻じ曲げられた音はどうなのか?
その答えが、今の状況である。

「やろうと思えば逆位相の音波をぶつけて無効化することだって出来る。
キャパシティダウンを用意したぐらいで俺に挑むのは早計だったな」

その程度では、垣根帝督の力と頭脳を上回れない。
その程度では、未元物質に封をすることは出来ない。
ともあれ、もはや馬場芳郎に勝機はなかった。

「ぐっ……。まさかここまでとは。完全に予想外だった。
けれど、これで勝ったと思わない方がいい。その減らず口もじきに叩けなくなる」

「ほう。テメェがくたばるからか?」

馬場にもまだ手はある。T:GDはまだあるし、T:MT(タイプ・マンティス)というとっておきもある。
だが、前者では手も足も出ないことは証明されているし、後者を使ったところで第二位に敵うとは思えなかった。
そうなると、馬場に残された手段は一つ。
気付かれぬように馬場は蚊ほどの大きさのロボットを放った。

「たしかに君は強いけど、同じ人間であることには変わりない。
だったら、僕にも手の打ちようはあるんだよ」

T:MQ(タイプ・モスキート)。
中には身体の制御を奪うナノデバイスが内臓されている。
このナノデバイスをT:MQを使って打ち込む。
それしか馬場にこの場を切り抜ける方法はなかった。
言葉で垣根の注意を引きつけて、その隙に。

そしてT:MQが垣根のすぐ近くまで接近し、あと少しというところでそれは起きた。
ゴァ!! という音。
巻き起こる熱風。吹き乱れる爆風。
原因不明の小規模の爆発が、垣根を中心として突如起こった。

その爆風を受けた馬場は吹き飛ばされ、壁に強かに叩きつけられる。
頭部からは血が流れていて、ドロリと垂れた血がその顔を赤く染めていた。
それでも馬場が生きているのは、垣根が殺さないように加減を加えたからだ。

この爆発を起こした張本人はゆっくりと、余裕のある足取りで馬場に近づいてくる。
それは死へのカウントダウン。馬場には死神の足音にしか見えなかった。
垣根が一歩歩みを進める度に馬場芳郎の寿命は削られていく。
それは第二位という名の圧倒的脅威だった。

「言っただろうが。『未元物質』の散布されたこの場所はもう俺のフィールドだ。
そんな小細工は効かねえよ。残念だったな、当てが外れて」

にこりと、垣根は微笑んだ。
そこに怒りはなく、憎悪はなく、殺意もない。
まるで親しい友人に話しかけるような笑み。
だがそれこそが、その異物感が馬場芳郎の全身を圧倒的恐怖で刺し殺す。

「ひっ、ひゃああぁああぁああああ!!」

腰が抜けて立ち上がれないのだろう、馬場は座り込んだまま後ずさるようにして垣根から離れる。
しかしすぐに壁にぶつかり、それ以上動けなくなってしまった。
後ろには壁。前には垣根。どうしようもない絶望的な状況。
そもそもの話、垣根から逃げ切れるはずがないのだ。
馬場の顔は分かりやすい恐怖で塗りつぶされていた。

これまでも馬場芳郎は何人もの人間を直接的・間接的に殺してきた。
他人を貶め、傷つけ、殺すことに悦びを覚える歪んだ人間だった。
泣き叫ぶ人間、命乞いをした人間だっていた。
だが馬場は一度としてそれを聞き入れたことはない。
いつだって彼は高圧的で、余裕たっぷりだった。

それが今はどうだろう。
いつもとは狩る側と狩られる側が全く違う。
それが逆転した瞬間、馬場は今まで追い詰めてきた者たちと同じように恐怖し、涙と鼻水で顔を汚している。
結局は、それが馬場芳郎の本質だった。
所詮は垣根の言った通り小物に過ぎなかったのだ。

「やっ、やめろ、助けてくれ!! すまなかった、もう二度と君には手を出さないッ!! だから……!!」

そして、命乞い。
これまで何人もの人間の命を奪っておきながら、自分の命だけは惜しい。
そういう点で、馬場芳郎は一方通行や垣根以上のクズだった。
一方通行や垣根ならば、たとえ殺される直前になっても、如何なる拷問にかけられようとも命乞いなどしないだろう。
だが、垣根が馬場を殺すのはそれが理由ではない。

「天国か地獄か、好きな方に行って来い」

垣根の顔から笑みがスッと消え、恐ろしいまでの無表情になる。
ザン!! と切断音。
馬場の右腕が、根元から切り落とされた。

「―――ぁ、」

一拍、間をおいて。

「―――ぎゃああああああああああああああっ!!!!!!」

身を焼くような激痛に、絶叫した。
血を撒き散らして、身悶える。
だが垣根はそんなことには委細構わず、冷徹な瞳でそれを見つめている。

垣根帝督を怒らせたことが、馬場の死因だった。
垣根帝督の前で御坂美琴を引き合いに出したことが、間違いだった。
垣根帝督の前で御坂美琴を侮辱したことが、彼の運命を決定した。

「テメェの愚かさを呪え。悪いがテメェには死んでもらう。
死んで働き者にでも生まれ変わりやがれ」

「たっ、助け―――」

「聞こえねえな、そんな寝言はよ」

白翼を一振り。
まるで豆腐のようにあっさりと馬場の上半身と下半身が分断される。
たしかに感じる骨を砕き、筋繊維を断裂させる感触。

血と臓物を撒き散らして、馬場芳郎は倒れていた。
おそらく何が起きたのか理解できていないのだろう、馬場はまだ意識があった。
その顔にあるのは戸惑い。自分の身に起きたことを把握しようと必死だった。
だがそんな行為に今更意味はない。自らの下半身が切り離されていることに気付いた馬場はショックで失神してしまった。

放っておいても間違いなく死ぬだろう。
だが垣根は容赦をしない。馬場は絶対に見逃しはしないと、この手で必ず殺すと決めていた。
手から『未元物質』を放ち、その心臓を穿つ。
こうして、馬場芳郎は呆気なく絶命した。

「……おかげさまで気分悪くなったぜ」

垣根帝督は馬場の死体にもはや意識を向けない。
もともとここには潮岸に会いに来たのであって、こんな雑魚共とお遊戯をしに来たわけではないのだ。
垣根は部屋を出る直前、血と肉と死体に彩られた部屋を見て、やはり美琴を外に残したのは正解だった、と笑った。










「生きてたンかよ」

「そりゃこっちの台詞だ障害者」

道なりに進んでいくと、一方通行と再度遭遇した。
結局、あの分かれ道はどっちに進んでも最終的に行き着くところは一緒だったようだ。
垣根が査楽と馬場に襲われたように、一方通行も同じ『メンバー』のリーダーである博士の襲撃を受けていた。
だが博士の用意したミサカネットワークを切断するジャミング装置を、自前の杖に仕込んだジャミング装置で無効化。
難なく勝利を収めていた。博士の敗因は、一方通行がジャミング対策を施していたことを知らなかったことだろう。
殺意を持って一方通行と相対したのだ、おそらく博士はもう生きてはいないだろう。

「……もォほとンど最深部か」

「ボスキャラはダンジョンの一番奥ってのが定石だからな」

垣根がそう言ったところで、新たな足音が聞こえてきた。
そう言ったのは、スーツの男だった。
年は三〇くらいに見える。

「手合わせ願おうか」

「……誰だオマエ」

一方通行が得体の知れぬ男に身構える。
だが垣根の反応は違っていた。

「杉谷か。潮岸のペットだな」

「驚いたな。私の名前まで知っているのか。
お前には本当に驚かされる。ここの場所も知っていたようだし」

「テメェの情けない頭とは出来が違うんでな」

杉谷はフッ、と笑ってスーツの内ポケットからタバコの箱を取り出し、唇を使って一本の細いタバコを取り出した。
タバコに火をつけるため、杉谷はタバコの箱と取り替えるようにライターを取り出す。
透明のプラスチックのライターで、どこでも売っているような安物に見える。
一方通行は杉谷が潮岸の側近だと知り、問うた。

「オマエは第三次製造計画について知っているのか」

「あれはな」

杉谷はタバコに火を点けるため、ライターをタバコに近づけた。
少なくとも、一方通行と垣根にはそう見えた。
だがその予想に反し、聞こえてきたのはパシュッ!! という小さな発射音だった。
杉谷はライターに偽装した小型の麻酔銃を用い、真正面から奇襲を仕掛けたのだ。
全く想定外のタイミング、予想の出来ぬ攻撃。
それで以って超能力者を無力化する。

だが、放たれた麻酔弾は目に見えぬ障壁に弾かれ、標的に届くことはなかった。

「ナメた真似してくれんじゃねえか」

「潮岸からのオーダーでな。制限付きの単純に高破壊力の一方通行より、鬱陶しい知識があり予想できない使い方のある未元物質の方が優先順位が高く設定されていた」

奇襲が失敗したというのに、まるで落胆の色を見せずに杉谷は言う。
それは追い詰められた者のする表情ではなかった。
だがそれはとっておきの作戦があるとか、実は潮岸はここにはいないとか、そういうことではない。
こうなることが分かっていたからだ。

「予定ではキャパシィダウン及びこの麻酔弾で垣根を無力化し、ミサカネットワークから切断することで一方通行を始末するはずだった。
そしてお前たちより戦闘能力の劣る御坂はこちらの総力を使って叩き潰す」

それが当初の予定だった。
ところが実際にはキャパシティダウンは垣根に通用せず、一方通行はジャミング対策を既に施していた。
もはや打つ手はない。

「潮岸は終わりだな」

「何なンだオマエ」

「甲賀だよ。甲賀の末裔だ。
ずっとずっと昔から、正義と名乗ってこんなことを続けてきた、卑怯者の集団さ」

「笑えるな」

垣根が杉谷を嘲笑った。
今の不意打ちも、垣根は対応こそしたがそれに事前に気付けなかった。
それだけ杉谷の動作が自然で、演技が洗練されていたのだ。
そしてそれらの事実を踏まえた上で、垣根は笑う。

「そこそこの腕は持っていても、結局やることは潮岸のペットになることだけか。
潮岸みてえなクソ野郎に従ってちゃあ、正義を名乗ってきたテメェの先祖とやらに申し訳が立たねえんじゃねえのか」

「確かに、善などという抽象的な言葉はいつだって権力者に利用される。
だがだからといって、悪に全てを任せたところで全部上手く解決するとでも?」

杉谷は怯まない。
超能力者二人と対峙していながら、恐怖も見せずに彼らを糾弾する。

「ふさけるんじゃない。所詮お前たちのような悪がやっていることは、善のとりこぼした残飯を漁っているだけだ。
少しの悲劇を食い止めたところで、それ以上に膨大な数の悲劇と向き合っていた我々を上回ったつもりか?
卑しい残飯拾いの分際で、それだけで全てを満たせるとでも思っているのか?」

「クソ野郎が」

対して一方通行も、一切怯むこともなく即座に切り返した。

「その残飯を卑しいと思っている時点で、オマエの善は本物なンかじゃねェンだよ」

「本物だと?」

杉谷が二人を馬鹿にするような笑みを浮かべた。

「お前たちのような悪党が、善人を知っているとでも言うのか?」

「…………」

「…………」

今度の問いには少しの間があった。
一方通行と垣根の頭に真っ先に思い浮かんだのは、同じ人間だった。

無能力者の少年と、超能力者の少女。

それだけではない。
喧しい幼い少女や、警備員の女性。ツインテールの風紀委員に無能力者の少女、花飾りをした風紀委員など。
それらの人間味のある笑顔を思い浮かべて、彼らは答えた。

「……知っているさ」

垣根が。

「思い返すだけで、頭にくるくらいにな」

一方通行が。

「そうか」

そう言うと、杉谷は再度フッ、と笑い。
懐から、大型の銃を取り出した。
そして何の躊躇いも見せずにそれを己のこめかみに突き付け。

「結局お前たちと似たような方法を使っていた私も、立派な悪党だったわけだ」

刹那の迷いもなく、その引き金を引いた。
パァン!! という銃声が鳴り響く。
ドサッ、と血飛沫と共に床に倒れて動かなくなった男の姿を見て、二人は何とも言い難い表情を浮かべていた。










一方通行、垣根帝督。
学園都市でも最強を誇る超能力者の中で、更に最強の力を持つ頂点の双翼。
彼らはドーム状のシェルターの最深部にいた。
二人の前には散々に打ちのめされた潮岸がいる。
駆動鎧から引き摺りだされ、その駆動鎧は無残に破壊されている。

「さて、どォするかね」

「質問に答えなければ指を一本ずつ切り落としていくとかか?
あまりに定番だが、同時にそれなりに効果的でもあるだろ」

潮岸の腹からは血がドクドクと流れ出している。
もうまともに動ける状態ではないのは明らかだった。
だがそれでも、一方通行と垣根はそれを気にする素振りは全くない。
それどころか更に追い詰めようとさえしていた。

「第三次製造計画か……」

潮岸は腹からの出血を気にすることさえ忘れて、小さく呟いた。

「推測は出来ているかね」

「まさか『実は私も知らないのだ』とか言い出す気じゃねえだろうな。勘弁しろよオッサン」

「だったら良かったのだがね。生憎私は知ってしまった」

潮岸の顔は疲れ切ったものだった。
一方通行と垣根は言葉を挟まず、潮岸の言葉だけが空間に響く。

「あれに関わるべきではない。君たちが何を聞きたいのかは分かっている。
話せと言われれば応じるが、私は君たちのために言っておこう。関わらない方が良い。
これは安っぽい脅しとして、という意味ではない。純粋に『関わってしまった者』としての発言だ。
正直、私は関わりたくなかった。関わらずにいたかったと、心から思う。
あれは、駄目だ。外に出してはいけないものだ。はっきり言って世界で一番恐ろしいとさえ思う」

一二人しかいない統括理事会の一員、潮岸。
絶大な力を振るえる立場にいながら、潮岸は怯えていた。
『それ』に触れたくはなかったと、後悔していた。

潮岸の言う「関わるべきではない」というのは、第三次製造計画そのものを指しているのではない。
御坂美琴の生体クローンを作る、というだけなら量産型能力者計画や絶対能力者進化計画の際にも行われている。
そしてその程度の内容ならば、一方通行も垣根も既に知っている。
そうではなく、潮岸の言っているのは。

「―――第三次製造計画ってのは、どいつの提唱だ?」

垣根帝督はそう質問した。
忠告を聞いた上で、尚先に進むことを選択した。

「第三次製造計画の黒幕は、誰なンだ?」

それは、一方通行も同じ。
潮岸の言葉を右から左に流していたのではない。
しっかりとその意味を理解し、それでも真実を知ることを選択した。

「……何を言っている。お前たちも、よく知っているだろう」

潮岸はおかしそうに笑った。
見当違いなことを言っている二人が、おかしくてたまらないというように。







「―――……『木原』だよ、超能力者」















『木原』。
その名前は学園都市の『闇』の奥に身を置く者なら、誰もが知っている。
そして、誰もがあまり口にしようとはしない忌み名。

それは生まれながらにして、科学という領域を支配する力を授けられた者たち。
それは人でありながら、科学という武器を用いて神へと迫る者たち。
それは人間でありながら、決して越えてはならない禁断の領域へと笑って踏み込む者たち。

『木原』は『木原』であるだけで、科学から愛される。
そこに後天的教育は関係ない。
他の何者よりも恵みを受け、同時に他の何者よりも呪われた一族。
それが『木原』だ。

潮岸のシェルターと同じく第二学区にある、とある大規模な研究施設。
そこに彼らはいた。
その大きな一室には多数の培養カプセルが立ち並んでいる。
だがそのほとんどが空っぽで、中身のあるカプセルは一つだけだった。
そこでは髪の長い人間―――おそらく少女だろう―――が培養液に満たされている。
薄い緑色の培養液がゴポゴポと泡立ち、気泡が生まれ、弾ける。

壁と溶接され一つになっている、その培養カプセルを操作するコンソールの前に一人の女がいた。
女が何か操作すると、複数あるモニターに様々な英文やCGが一斉に表示された。
それらは全て培養液に満たされている少女の状態を表すものだ。
それを見て女は満足し、笑みを浮かべてコンソールから離れた。

「うん、全て順調ね。一切問題なし」

女―――テレスティーナ=木原=ライフラインは、リクルートスーツのような服から何かを取り出した。
それは『木原』とはまるで無縁に見える、そこらのコンビニでも売っているようなチョコレートの菓子だ。
「ピンク」と呟いてから左手に向けて菓子の入った箱を振る。
するとピンク色の小さなチョコレートが一粒、掌に躍り出た。
それを見て、テレスティーナは満足げに笑顔を浮かべて口に入れる。

「これだけ『木原』が集まってんだぜ? そりゃあ失敗するわけねえだろうよ。
これで失敗なんつったら笑い転げて腹が捻じ切れてるわな」

そう言ったのは金髪で顔面に刺青の入っている、いかにも研究者とは無縁そうな男。
だがこれでも彼は非常に優秀な研究者だ。
その実力は木原一族の中でも上位に位置する。

木原数多は、テレスティーナの表示させたモニターを見てニィ、と笑った。

「とは言っても、やはり本当に満足いく結果にはなりませんでしたねぇ」

いつの間にやってきたのか、車椅子に乗っている薄い緑色のパジャマを着た女性がモニターを覗き込んだ。
彼女もまた木原一族が二人もいるこんな場所にいることから分かるように、学園都市に巣くう『木原』の一人だ。
その隣には、黒い髪で左右にお団子を作った少女が立っていた。
セーターにミニスカート、黒いストッキング。服装に統一性はないが、首から下げたたくさんのスマートフォンが目を引く。
更にその隣にはもう一人女性が立っていた。

「あぁ。こりゃまだ超能力者個体の量産は見込めそうもねぇ」

そう言って木原数多が視線をやったのは、複数あるモニターの内、一番大きいもの。
そこには培養液に満たされている少女の詳細が表示されている。




    ――――――THIRD SEASON・SISTERS――――――


    Mass-production type:ESP Clone Forces 『Misaka Sisters』 ver.Third Season


    The Specification of Third Misaka Prototype



    Height……164
    Weight……49
    Heart Rate……78
    Blood Pressure……128・79
    Percent of Body Fat……23

          ・
          ・
          ・

    Maximum Volt……About 400 million
    Intensity of Ability……Level4++




「それでも以前と比べれば大した進歩ではありませんか。
異能力者なんて役立たずしか作れなかったころからすれば、だけどね」

テレスティーナが笑うと、車椅子に乗った木原病理もまた笑った。
その笑顔は特別狂ったものではなかったが、それでもどこか狂気を感じさせるものだった。
『木原』が笑えば、それがどんなものでもそこには絶対の悪意と狂気が見え隠れする。
彼らはそういう一族だった。

「それも第二位のおかげ、ということになるのでしょうかねぇ」

「ええ。未元物質には感謝しているわ。おかげで私の目的も果たせそうだし」

垣根帝督は、御坂美琴の詳細な情報を入手するために観察の任についた。
そして垣根は依頼通り、定期的に報告を行っていた。
自身の観察したものや、何気ない会話を装って聞きだした演算パターンなど、様々な事柄を。
離れた場所から集めたデータだけでは分からない、生で得た情報。
そして垣根の手によって渡ったそれらの情報は、今培養カプセルに入っている少女の生成に多いに役立った。

以前の妹達と比べ格段に強化できたのは、『木原』の技術によるものだけではない。
これらのデータにより、限りなくオリジナルである御坂美琴に近づけることに成功したためだ。
美琴の監視など名目に過ぎない。妹達のスペックを大幅に上昇させるための情報を入手するために、『スクール』を使ったのだ。

これで第三次製造計画の妹達は大能力者の力を持つ。
これを何万と量産し武装させれば、大能力者の能力を有し、最新の装備に身を包み、ミサカネットにより意思の疎通や経験を共有する最強の軍隊が生まれる。
もともとが量産型。一体作るのにそれほど手間もかからない。
必要であれば何万、何十万、いや何百万と作ることだってできる。
安価で生み出せる無限の軍勢。まさに理想の軍隊だった。そしてそれは、同時に世界の勢力図をも大きく塗り替えることとなるだろう。

「にしても、いくら『アイテム』が超電磁砲を狙ってたからって、わざわざ『スクール』を動かすとはなぁ。
しかもそれだけじゃ飽き足らず、『グループ』まで動かすときた。全く、女の執念は恐ろしいぜ」

「仕方がないでしょう? あんな奴らに私の獲物を横取りされては、たまったものじゃあない。
もともと未元物質はあまり熱心じゃなかったし、事実あの時も未元物質が現場に到着したのはだいぶ遅れていた。
念には念を、ってヤツですよ。私がこの手で殺さないと、何の意味もない」

「勘違いするなよカカロット、俺はお前を助けにきたわけじゃない。
お前を倒すのはこの俺だからなってヤツか」

「……どういう意味?」

「いんや、何でもねぇよ」

木原数多が気だるそうに言うと、テレスティーナが、

「何にせよ、あなたも人のことは言えないのでは?
一方通行相手にこれとは、相当に良い性格をしている」

「しょうがねえだろ。わざわざ出向く理由はねぇが、あっちから訪ねてくんだ。
お客様に失礼のないようにしねぇといけないと思わねえか?
それにもともと殺してぇと思ってたガキだしな。つぅかそれこそお前は人のことは言えねぇだろうよ」

言って、木原数多は笑った。それは間違いなく、マッドサイエンティストと呼ばれる者の哄笑。

「全く、あなたたちは性格が良すぎだと思うのですー。
私も言えたものではありませんが、『諦め』させたいだけの私よりもよほど酷い」

木原病理は二人を非難するようなことを口にしたが、それは文面だけ。
その口調は娯楽を楽しむようで、友人の悪戯に笑うようで。
何故ならば、彼女も『木原』なのだから。

科学の発展に最も不必要なものは、モラルである。

「あなたは未元物質に執心のようですが、超電磁砲には手を出さないで下さいね?」

「それはもう。私はそちらにはあまり興味がないので」

それは科学という人類共通の基盤を用いていながら、その領域の外に突き抜ける者たちの談笑だった。
人間を人間として見ていない者たちの何てことはない雑談だった。

彼らにとって全ての人間は実験動物でしかなく。
故にその命の扱いもモルモットと変わらない。

(いよいよだ。テメェは簡単には殺さねぇ、散ッ々に身も心も痛めつけてからモルモットにして殺してやるよ超電磁砲ッ!!)

御坂美琴への復讐に燃え、憎悪に身を焦がすテレスティーナ=木原=ライフライン。

(どうせなら盛大なパーティにしてやらねぇとなぁ。
このクローンを使ってクソガキの精神を完ッ全に破壊してやるよ一方通行ぁ!!)

気が向いたから、程度の気分で一方通行の殺害を目論む木原数多。

(『未元物質』の進化は予定通り、ですか。まぁ、狙うとすればこのラインですかねぇ)

垣根帝督に執心する木原病理。

(……怖いねー。でも、木原なら仕方ないんだよね)

『木原』としては及第点未満の木原円周。

人類が科学という恩恵を用いる限り、絶対に滅びることない一族。
もはや人としての形や血統にすら縛られることのない群体。

テレスティーナは何らかの機器を操作し、木原病理はその場を去った。
木原円周はそれに追従し、木原数多は培養カプセルに入っている妹達を見て狂ったような、凄惨な笑みを浮かべた。
その視線を受けて、培養液がゴボゴボと泡と音をたて、その長い髪が揺れる。
『彼女』が完成するまで、後どれほど。












第四章 投げられたコインは表か裏か Great_Complex.



The End













fdwquo投下quqdf終cwds了wiyd

第四章はこれで終わりです
次回からは第五章……エピローグである終章を除けば最終章になります
木原だったのは皆さんの予想通りでしたね、でも他に適役いないんだもん

というわけで第五章はレベル5vs木原になります
……あ、今更ですがこのスレの「超能力者」は「ちょうのうりょくしゃ」じゃなくて「レベル5」と読んで下さい
一番最初にルビは付けたんですが何故か不安になって

では数日以内に『次章予告を』投下します


馬場っちと査楽っちは勇敢に戦い、そして散ったのだ
戦士の犠牲に敬礼!
戦闘及び死亡シーンオールカットの博士ェにも敬礼!

>>やろうと思えば逆位相の音波をぶつけて無効化することだって出来る
某SSの垣根は正にこの方法でキャパシティダウンを無効化してたな

馬場ちゃん…表の世界の住人である美琴のブチ切れにも涙流してビビってたくせに
身の程をわきまえず第二位に手出ししたりするから…

新訳禁書8巻が9月に出るぞ!

ついに隻眼の魔神が動き出す…!



まさかそんなことがていとくんの地雷だとは思わなかったんだろうなぁ…
BBくん、君のことは忘れないよ、明日まで

さようなら馬場ちゃん、あなたの事ァ二秒くらいは忘れませんってなぁ!!

お前ら馬場はもう許してやれよ!! 15巻で悲惨な目に合っただろ!!

>>684
描写してもよかったんですけどね……
第五章はほとんどがバトルで、いい加減バトル描き飽きてたんです

>>686
あれはまさに名SSでしたね
逆位相をぶつけて無効化ってのは新約6巻で未元物質カブトムシが実際にやっていました

>>687
あの時のミコっちゃんは怖すぎた、ちびるかと思ったわ

>>690
オティヌスからは小物臭しかしない
既にアレイスターの前座、中ボスに過ぎないことが決定してますし
次かその次くらいでグレムリン編は終わらせてアレイスター編に入ってほしいですね
オティヌスさんちょっと早くそげぶされてください

>>692,>>694
馬場「時々でいいから……いなくなってしまった僕のこと……思い出してください」

    無駄に長い次章予告




第三次製造計画。
ついに交差した三人の超能力者。
科学の頂点に立つ超能力者と、科学を極めた『木原』。
その怪物同士が激突しようとしていた。


その景品は第三次製造計画。妹達だった。


「君は、一方通行を憎んでいるかい?」


「だって……打ち止めが、アイツが好きだって笑うから。
アイツが、あんなにも打ち止めを守っているから……」


「どうしてですの? 何故、お姉様はわたくしを頼ってくれないんですの?
八月の時も、つい先日も、そして今も。わたくしでは、お姉様のお力にはなれないのですか?」


「俺は、俺の居場所を守るために戦うさ」


「まぁ、二人がそう言うならいいけどさ……。
垣根も、御坂も、何かあったら相談でもしてくれよ。俺に出来る限りのことはするから」


「二人とも失礼かも! 私はこう見えてもイギリス清教に属する修道女なんだよ!!」


「では楽しみにしておきます。ていとくんも一緒に来ますか? とミサカは嫌々ながらもとりあえず誘ってみます」


「そォやって地獄を味わえってか? ハッ、オマエもイイ性格してンな」

最後の戦いの前の最後の日常。
その味を噛みしめて、三人は『木原』との戦いに臨む。

しかし。彼らは『木原』というものを正しく理解できていなかった。


「初めましてだよねぇ、美琴お姉ちゃん」


「ここで殺すが、構わねえな?」


「オマエは誰だ」


「―――ッ、ア、ンタ……ッ!!」


三人はそれぞれの戦いに身を投入していく。
一箇所で超能力者たちはそれぞれがそれぞれの想いを抱え、己の力を振るう。


「ああ、そう言えばあなたは垣根帝督との戦いで重傷を負っているのでしたね。
とはいえそんなことでは私にはとても勝てませんよ。
あなたには時間という絶対的首輪が嵌められているのですから」


「馬鹿野郎ッ!! 何考えてるのッ!! バイオハザードが発生するわよ!!」


「悪いが俺はカワイソーって同情できるような人間じゃないんでな。ここで潰すぜ。
赦しを乞いたきゃ銀髪クソシスターにでもやってな」


「ここら辺で倒れとけ。その方がお前らのためだ」


「あなた相手に私たちがこんな危機的状況を想定していなかった、なんて思っちゃいませんよねぇ?」


「だから―――気に入らないっつってんのよッ!!」


「……嫌な、事件だったね……」


「何だ何だぁ!? そーんなもんなのかよおい!!」

「勝ち誇るのはオマエの勝手だが、そォいう台詞は俺を殺してから言いやがれ。
だが駄目だ。下らねェンだよ、圧倒的に」


「学園都市の『闇』に対してそんな言葉が出てくる時点でさ。
アンタ、どうしようもなく甘くて無知だよ」


「それじゃあ、親愛なる第二位様。良い夢を」


そして。


「久しぶりじゃねェか、木原ァ……!!」


「まさか本当にテメェだったとはな、木原ァ……!!」


「テレスティーナ=木原=ライフライン……ッ!!」


科学を極めた者同士、超能力者と『木原』。
それぞれ人類の叡智を存分に使って生まれた化け物同士の戦いが始まった。


「こっれが笑わずにいられるかっつうの!! ひゃはははははは!!
ご立派なお姉ちゃんですねぇ~? よく出来ましたって褒めてほしいでちゅかぁ~?」


「おお、どうした? いや悪ぃな、あまりにアウトオブ眼中過ぎてよ。
分っかるかなぁ? テメェなんて所詮その程度ってことだよ」


「まぁ、そんなわけだからそろそろ諦めろよ垣根帝督」

そして『木原』が襲い掛かる。
三人が理解できていなかった、本物の悪意と狂気が容赦なく牙を剥く。


「第三次製造計画って言えば、ミサカのことは分かるかな?」


「―――おい、待て、ふざけンなよ」


「ぎゃっは、ははっ、はははははははっ!!!!!! 笑えるなぁ、えぇ? 超電磁砲。全部無駄だったんだよ!!」


「あぁぁあぁあぁぁぁ、ぅあぁぁぁああ……」


「全部私の予想通りの展開になったようで。色々と『諦め』てもらえました?」


「ははっ、ははははは。何だぁそりゃあ。ムカついた。ああ、ムカついたぜ最ッ高に。
ムカつきすぎて……テメェを殺さなくちゃ気が済まねえよ、オイ!!」


「つーかさ、一体何がしたいわけ? ミサカたちを守りたいんだっけ?
全く冗談が上手いね。え、冗談じゃない? あっそうなの。ぎゃは」


「普通の人間が普通に死んでいくんじゃなくてさ。
最低でも一万倍は人権を踏み躙らないと帳尻が合わない。
言っておくけどこれは最低ラインだよ。利子も含めば三倍返しじゃ済まないからね」


「―――……え?」


「木原ァァァァァあああああああああああああああああああッ!!!!!!」


「あ、ああ……あああああああああああああああああああああああああああああああああァァァアアアアアアアアアアアアッ!!!!!!」

それぞれの絶望の底で、彼らは足掻けるのか。
『木原』を超えられるのか。


「どう転んでもテメェはここで死ぬってことだよ。“どう転んでも、な”」


「いずれにせよ、あなたに未来はありません。“絶対にね”」


「テメェの命は今日尽きる!! これは“確定事項”だ!!」









「―――……嘘。嘘でしょ、冗談じゃないわよ。何を考えてんの……ッ!!」




「学園都市全域に第一級警報(コードレッド)が発令されている。木原のクソが、徹底的にやる気か!! イカれてやがる!!」




「木原が言っていたのはそォいう意味か。なるほど、たしかにどォ転がっても積みってわけか。どこまで狂ってンだクソッタレが……!!」










「この状況で、全てを守るには……どうしたらいいのかね?」





なあ……どうすりゃいいんだよ?













次章、




第五章 科学という闇の底で Break_Your_Despair.






















―――超能力者と『木原』が交差する時、物語は終末へと加速する。












一方通行が叩かれて嫌だと言ってる癖に>>695で作者が他キャラをsageてる件。
どう考えたって一方通行の方が小物だろ?
どう考えたって作品の中で一方通行を無駄にageてるのは>>1
垣根信者も一方信者も同等に気持ち悪い。
叩かれて当たり前の描写しかしてないのに、叩かないでくださいとか言ってるんじゃねえよ。
それだったらもっと魅力的に書くよう努力しな!!

とりあえず予告
第五章は本当にバトルばっかなので注意
もうバトルはお腹いっぱいです、けれど書かないわけには行かないジレンマ
16日までに完結とかどう考えても無理です、本当にありがとうございました
でも後一、二ヶ月あれば完結させられそうだよ、やったねたえちゃん!!


ここで今までチョイ役だったヒーローに期待……出来そうにないな、うん

    次回予告




「君は、一方通行を憎んでいるかい?
君を地獄に叩き込んだ一方通行を。君の妹を一万人以上殺した一方通行を」
学園都市・カエル顔の医者―――冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)




「先生。―――私は、間違ってたんでしょうか」
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴

>>705
別にオティヌスさん自体は嫌いじゃないですよ? むしろ50%で失敗しまくるSSとか見てて好きになったキャラです
これは>>1だけの感覚かもしれませんが、小物=嫌い ではないです
そもそも小物というのもアレイスターやローラといったラスボス感漂わせるキャラと比較しての話です
オティヌスさんが倒されてグレムリン編が終わらないとアレイスター編に入れませんからね
別に禁書キャラ全体の中でオティヌスさんが小物だと言っているのではありません、あくまでラスボス候補たちとの比較の話です
やっぱその二人と比べるとラスボス張るにはどうしても何か弱いなと


こっから二ヶ月で終わりに向かうとかすげーなw

グレムリン編が終わったらアレイスター編だといつ錯覚した?

何か時報が聞こえたんだけど

投下するにゃーん

>>707
このスレではウニ頭さんは脇役で我慢してもらいます

>>713
実際はもう少し早いかもしれないですけどね
しかし禁書なら本当にありそうで怖いからそういうこと言わないでくださいw
上条さんの二度目の死の意味とかアレイスター・ローラ・インの関係とか早く知りたいんだよぅ
やっぱローラはアレイスターの娘なんかな、リアルアレイスターの娘の名前がローラだし
でローラの娘がインさんとか?

>>718
富竹さんは死にませんので安心してください

その選択の是非は。





第五章 科学という闇の底で Break_Your_Despair.






一方通行と垣根帝督が潮岸のドームを出ると、そこでは御坂美琴が二人を待っていた。
擦り傷や切り傷などがあちこちに見られ、制服も汚れてはいるもののきちんと二本の足で立てている。
分かってはいたことだが、やはり勝ったのは美琴のようだ。
だが何かイライラしているようで、両腕を組んだまま足の裏で地面を落ち着き無くトントントン、と叩いている。

「……あ、アンタたち無事だったのね。どうだった?」

「お前もな。……第三次製造計画の黒幕なら聞き出したぜ」

「……『木原』だ」

汚いものを吐き出すように一方通行が言うと、美琴は目を細めた。
『木原』。その名前を聞いて、三人の超能力者の顔色は良くない。
一方通行はその名前に、顔面に刺青を入れている男を連想した。
垣根帝督はその名前に、車椅子に乗っている女を連想した。
御坂美琴はその名前に、リクルートスーツのようなものを着ている女やある老人を連想した。

ただ三人に共通しているのは、その名前に良い思い出など全く無いということ。
そして全員が全員、人としての根本的なところから壊れている破綻者だということ。

それから三人の口数は少なかった。
それぞれに思うところがあるのか、言葉少なに下部組織のトラックを再度呼び寄せ、それに乗車する。
トラックの荷台に座りこんだところで、美琴が沈黙を破った。

「……ねぇ、垣根」

「何だよ?」

「……ううん。いや、何でもないわ」

美琴はそう言って、落ち着きなく腕を組んだまま左手の人差し指で右腕をトントンと叩き始めた。
垣根もこれと言った反応は返さず、そのまま黙ってしまった。
一方通行も同様で、トラックの中は重い沈黙に包まれていた。
黙っている垣根を美琴は目を細めてジッと見つめている。
三人の超能力者を乗せて、トラックは学園都市を走る。










一方通行、垣根帝督、御坂美琴の三人は第七学区にあるとある総合病院にいた。
冥土帰しのいるいつもの病院である。
一方通行と垣根は応急処置こそ施したものの、依然相当の重傷を負っているのでその手当てのためだ。
また美琴も垣根の重い一撃を食らったりしているため、厄介になることになった。
ちなみに一方通行と垣根をこの病院に連れてきたのは美琴である。

一方通行と垣根は冥土帰しに一日で出来る限りの治療をしろと要求した。
何故一日かというと、それは一方通行にかかってきた一本の電話が理由だった。
電話の主は雲川芹亜。何故一方通行の番号を知っているのか疑問だが、そんなことをいちいち訪ねるのも馬鹿らしい。
相手は統括理事会のブレインなのだし、この程度でいちいち驚いていたら学園都市ではやっていけない。

用件は第三次製造計画の本拠地の場所を特定した、というもの。
以前バイオ医研細胞研究所で一方通行が雲川と遭遇してからというもの、雲川や貝積、親船はずっとそれを調べていたのだ。
プロトタイプが完成してしまえば後は量産するだけなので、最初の一体が完成するまでが勝負。
黒幕も本拠地も分かったのなら一日でも早く潰すべきだ。
最初は今すぐ乗り込もうとしていたが、流石に美琴に止められ明日に殴りこむこととなった。

だから一日で治療しろ、と言っているのだ。
勿論たったの一日では如何な冥土帰しといえど、完治させることなど不可能。
精々が一時しのぎの手当て程度だろう。
だがそれでも構わない。もともと一方通行も垣根も、全快するまで待とうなどとは考えていない。
ほんの少しでも万全に近い状態で。考えているのはそれだけだった。

そして美琴は冥土帰しのもとを訪れていた。
冥土帰しの自室にいるのは二人だけ。
落ち着きなく書類などが散らかったデスクの上に置かれた、ノートパソコンの排気ファンの音がやけにうるさく聞こえる。
意外と散らかっているのは、おそらくゆっくり整理している暇がないせいだろう。
冥土帰しは屈指の医者だ。神の手を持つ、と言っても何ら大袈裟ではないとさえ思う。
それだけに多忙な日々を送っているのだろう。

「脳の機能を破壊された一方通行を治療してみせたのは、先生らしいですね」

どこまでも静かな室内で、美琴が呟いた。
冥土帰しは美琴から『その名前』が出たことに驚きはしなかった。
そもそも美琴がこの病院に来た時に、一方通行も一緒にいたからだ。

「……ああ。いかにも僕だ。妹達のミサカネットを借りてね。
おかげで彼の言語能力や計算能力を取り戻すことが出来た。感謝しているよ」

冥土帰しは当然『表』の人間ではあるが、その実相当に暗部も知っている。
この街の最深部に座す、アレイスター=クロウリーとも関わりを持っているほどだ。
一方通行の抱える事情も知っているし、『絶対能力者進化計画』の存在も勿論知っている。
そして、御坂美琴と一方通行が相容れるはずもないということも。

「君は、僕を恨んでいるかい?」

冥土帰しが訊ねた。

「一方通行の命を救った僕を。君の妹さんたちの仇を助けた僕を」

冥土帰しの問いに対し、美琴の解答は迅速だった。

「まさか。そんなわけないじゃないですか。
先生は医者です。人を助けるのが仕事。たとえそれが一万殺しの大罪人であっても。
先生は、先生の仕事をしただけなんじゃないですか」

「その通りだ。目の前に助けを必要としている人がいれば、それが誰であれ僕は治療するだろう。
それが善人とか悪党とか、罪人とかそうじゃないとか、そんなことは他の誰かに任せればいい。
僕はただ、医者として治療を必要としている患者を助けるだけだ」

冥土帰しの表情は真剣そのものだった。
いつもの語尾が疑問調になる独特の喋り方も見られない。
そして世界最高の医師は目を細め、問いかける。
目の前の酷くアンバランスに育ってしまった少女に。

「……ただ、御坂美琴君。君は、違うんじゃないかな?」

「――――――、」

美琴はその言葉を受け、儚く笑う。
何もかもをこのカエル顔をした医者に見透かされている気がした。
だからか、美琴は素直に答えようと思えた。
どちらにせよ既に心の整理はある程度ついている問題だから。

「君は優しい子だ。それにはっきり言ってそこいらの大人よりよっぽど強い心を持っている。
しかも君は優秀だ。だから君はそうやって、中学生らしくない考えが出来てしまう。
いいんだよ、君は子供なんだ。そんな大人に好まれるような模範解答を返す必要なんてない。
君は上条当麻君にそっくりだよ。上条君も優しい子で、君みたいに年不相応な考え方をする。
もっと素直に自分の考えを話してごらん。君は僕の言ったことを理解は出来ても、納得は出来ていないはずだ」

やはり、分かっている。
この冥土帰しの異名を持つ医者に隠し事はできない。

「……分かっちゃうんですね」

「僕を誰だと思っている?」

「医者、でしょう?」

「自分で言うのも何だが最高の、ね。
僕は世界で一番医学の発展した学園都市で、更に一番だという自信がある。
だから患者のことなら何でも分かる。当然君のことも、ね?」

フッ、と美琴は何かを諦めたような笑みを浮かべた。

「……ええ。そうですね、納得出来ません。
だって、おかしいじゃないですか。私の一万人の妹は、殺されたんですよ。
痛かったでしょう。苦しかったでしょう。怖かったでしょう。
それでもあの子たちは助けを求めることもできず、治療もしてもらえなかった。
なのに、散々妹達を殺したアイツだけは世界最高の名医に治療されて、助かった。
あの子たちはそんな施しなんてしてもらえなかったのに。理不尽じゃないですか」

美琴は淡々と、本心を吐き出す。
だが以前のように感情が昂ぶって怒鳴り散らすようなことはなかった。

「あの子たちに殺されなきゃいけない理由なんてなかった。
なのに何で一方通行だけは助かって、あの子たちは死んじゃったんでしょう。
何でアイツだけが先生と会えたんでしょう。あの子たちだって、先生と会えていればきっと―――」

冥土帰しなら一〇〇三一号も、そして九九八二号も助けられただろうに。
何の悪戯か、助かったのは一方通行の方だった。
最高の医師の施しを、妹達は受けられなかった。
助かるための冥土帰しというチケットを、一〇〇三一人もいた妹達の内たったの一人すら掴み取ることができなかった。
今学園都市にいる妹達は冥土帰しによる調整を受けているが、死んでしまった妹達にはそれすらない。

だが。そもそもの話、その原因を作ったのは自分だ。
無力感。美琴は、妹達を助けられなかった。
一方通行との一応の和解は済ませたとはいえ、怒りや悲しみが消えたわけではない。
消えるわけがない。たとえ全ての妹達が生き返ったとしても、それがなくなることはないだろう。

美琴が僅かに肩を震わせると、鋭くそれに気付いた冥土帰しが美琴をソファに座らせた。
美琴は大人しくそれに従い、自分の両腕で自らの肩を抱く。

「紅茶、飲むかい?」

「……いただきます」

冥土帰しが紅茶の準備をしてくれている間、美琴は一言も口を開かなかった。
湯を沸かす音。ノートパソコンのファンの音。風が窓をカタカタと鳴らす音。
聞こえてくるのはそれらだけ。
やがて紅茶を準備し終わった冥土帰しが、美琴の前に紅茶を置いて自分は机を挟んだその反対側に座った。
自然、二人は向き合う形となり、それは何かの対談のようにも見えた。

「どうぞ? 常盤台生を満足させられるかは分からないけどね?」

美琴は湯気をあげる紅茶に手を伸ばし、一口飲む。
すると体に染み渡るような温かさが浸透する。
単純な紅茶の熱だけではない、何か。

「美味しいです」

「そう言ってくれると僕としても嬉しいね?」

美琴が紅茶を戻すタイミングを見計らって、冥土帰しは再度問う。

「君は、一方通行を憎んでいるかい?」

美琴にとっては絶対に禁句だった、その名前。

「君を地獄に叩き込んだ一方通行を。君の妹を一万人以上殺した一方通行を」

「憎いに決まってるじゃないですか」

今度も即答だった。
馬鹿げた質問だった。是以外のどんな解答があると言うのか。

「ええ、憎くて憎くて仕方がないです。
アイツの顔を見ると体が何か黒いものに支配されて、焼くような激情に流されて勝手に動きそうになる。
人を本気で殺そうと思ったのは、これが初めてです。
実を言うと、私本当に本気でアイツを殺そうとしたんですよ。
この間起きた、地震や空が黒く染まった現象。あれも私です。RSPK症候群」

そう言うと、流石に冥土帰しも驚きを隠せないようだった。
分かりやすく驚きを表情に表すが、すぐに元の表情に戻る。

「……でも君は今無事にここにいて、一方通行も生きている。
そればかりか君は一方通行と一緒にここに来た」

「だって……打ち止めが、アイツが好きだって笑うから。
アイツが、あんなにも打ち止めを守っているから……」


    ――『打ち止めは俺の希望だ。俺の全てだ。俺の命なンざとは比較にならねェほどに大切な存在だ。
       そして俺は、俺を救ってくれた打ち止めとずっと一緒にいたいンだ』――


「―――ずるいですよ。私が促したとはいえ、あんなに真っ直ぐに覚悟をぶつけられたら。
あんなに正直に気持ちを話されたら」


    ――『約束する。絶対に投げ出したりなンてしねェ。したくても出来ねェンだ。
       あのガキの存在は俺の中で大きくなりすぎた』――

美琴は俯いて、

「もう―――……何も言えるわけ、ないじゃないですか。
これからもちゃんと守ってくれるって、期待しちゃうじゃないですか。
一方通行は一万人の妹達を殺したのに。それは絶対の事実なのに。
誰よりも妹達の、打ち止めの力になってくれるんじゃないかって、馬鹿なこと考えちゃうじゃないですか」

小さく体を震わせる美琴に、冥土帰しは紅茶を一口飲む。
カチャ、とカップを戻して冥土帰しは美琴を見つめた。

「君は、一方通行に打ち止めを託したんだね?」

美琴は小さく頷いた。

「先生。―――私は、間違ってたんでしょうか」

一方通行に打ち止めを任せたことは。
あの鉄橋で自分の下した判断は。
果たして、正しかったのだろうか。

「君は、自分の決断が間違っていたと思うかい?」

美琴は首を横に振った。
自分ではそうは思わない。そうは思わなかったからこそ、あの決断を下したのだ。
だがそれはあくまで美琴一人の考えで。

「なら、それが答えなんじゃないかな?」

冥土帰しの言葉に、美琴はゆっくりと顔をあげた。

「数学の問題じゃないんだ。決まった答えなんてものはありはしないよ。
君が下した決断が、君の答えさ。この問題にああだこうだ口を挟んでいいのは、君と妹達と一方通行だけだと思うが。
ただ、僕の個人的な感想を言わせてもらうなら。……立派なもんだよ、君は」

「……あ」

「よくそんな綺麗な結末に辿り着けた。
君だけじゃない。妹達も、一方通行も、皆で掴んだエンディングじゃないか。
誇って良いと思うよ。本当に君は強い子だ」

まるで教え子を自慢する教師のような声。
まるでわが子の成長を誇る父親のような言葉。
まるで親友を讃える友人のような口調。

「そんなわけ、ないじゃないですか」

一方通行も、垣根帝督も、麦野沈利も、冥土帰しも、御坂妹も、打ち止めも。
皆が皆、美琴を賞賛する。
一方通行や垣根、麦野は美琴とは比較にならない泥沼にいた。
だからこの三人は自分と比較することで、実際以上に美琴が輝いて見えるのだろう。
もともと深みにいる三人には、美琴だけでなく『表』で真っ当に暮らしている人間は眩しいのだろう。

それは何となく分かる。だが他の人間はどうなのだろう。
分かっている。一方通行だけを責めていいものではない。
何故なら御坂美琴には、DNAマップの譲渡という大罪があるのだから。
だがそれを知っていながら、美琴が全ての原因だということを知っていながら、誰一人それを責めはしない。

美琴を強いという。美琴を優しいという。美琴を善人だという。
馬鹿げてる、と思う。自分はいつからそんな完璧な聖人になったというのだ。
たしかにもしかしたら優しいのかもしれないが、それは一方通行や垣根のような人間と比較すれば、の話。
一般的な人間と比較すれば、決してその範囲から大きく逸脱はしていないはずだ。

大体、本当に美琴がそんな人間ならば―――そもそも一万人が殺される元凶などになりはしなかっただろう。
罪人相手とはいえ、人を殺そうとなど思わないだろう。
所詮、御坂美琴はその程度の人間なのだ。

腹が立てば、特殊な右手があるとはいえ上条に電撃をぶち込むような。
一万円札を飲まれた自販機に蹴りを入れるような。
週に二日は漫画を立ち読みするような。
一人ぼっちを恐れるような。
追い詰められれば、一方通行相手とはいえ人を殺そうとするような。
そして一万人の人間を殺めるような。

その程度でしかない、人間。

何かあれば美琴はすぐに能力を使って解決しようとする。
そんな人間が、善人には程遠い。
そういうのは上条当麻こそが。いや、もしかしたら上条も本当の善人とは呼べないかもしれない。
上条も美琴と同じで、何かあればすぐに右手を握ってしまう。
すぐに力に訴えてしまうということだ。

美琴は知らないが、おそらく本当の善人というのは親船最中。月詠小萌。
打ち止め。オルソラ=アクィナスのような人間をこそ指す。

絶対に力には頼らない。
『平和的な侵略者』とも言われた親船。
彼女は統括理事会の一員として、決して武力を用いず平和を目指している。
月詠小萌も、打ち止めも、何かあっても戦わないという選択ができる善人だ。

旧ローマ正教徒、現イギリス清教徒のオルソラ=アクィナス。
彼女は絶対に破壊できない魔道書を破壊するために、その解析を行っている。
魔道書の力など誰も幸せにしない。オルソラはオルソラの方法で、平和を目指している。
『法の書』を巡る一件でも、オルソラは誰も憎みはしなかった。

そんな本物の善人たちと比べると、御坂美琴の何と小さなことか。
何と短絡的で、何と愚かなことか。
美琴は親船も小萌もオルソラも知らない。
だがそれでも自分が胸を張って善人だと言えるような人間ではないことは、分かっていた。

「そんなわけ、ないじゃないですか」

もう一度、繰り返す。
そこには明らかに自嘲するような色が含まれていた。

「DNAマップを提供したことを言っているのかい?」

美琴は答えない。
冥土帰しは構わず続ける。

「あれは不可抗力だった。慰めでも気休めでもなく、本気でそう思う。
君は騙されてしまっただけなんだ。もっとも、こう言っても君は割り切れないだろうけどね」

「…………」

「……御坂美琴君。良ければ僕の後を継いでくれないか?」

「……はい?」

思わず気の抜けた声をあげてしまう。
言われた言葉の意味がよく分からない。

「君は優しいし、極めて優秀な人間だ。
僕だって人間である以上、いつかは死ぬ時がやって来る。
君ならきっと僕の後を、いやそれ以上にすらなれるだろう」

あまりに唐突な話だった。
美琴は目を白黒させているが、冥土帰しの目は真剣だった。
それを見て、美琴は、

「私には、目標があって」

「君の目標とは矛盾しないと思うけどね?」

まるで美琴の目標を知っているような口振り。
いや、事実知っているのだろう。正確には察したというべきか。

「分かっちゃうんですか、やっぱり」

冥土帰しが笑顔で頷くと、美琴は嘆息する。

「全く、あなたには敵いませんね」

「僕を誰だと思っている?」

「リアルゲコ太、ですかね」

「愛嬌があるって子供たちからは評判なんだよ?」

そう言って、二人は笑った。
互いに紅茶を飲み干してから口を開く。

「筋ジストロフィーの治療だろう? 何とも君らしいと思うよ」

「もともとが、私の力はそのために使われるはずでしたから」

未だ治療法の確立していない筋ジストロフィー。
美琴のDNAマップにより研究が進むはずだった病。
そして今の美琴が克服したいと思う病気。

「実は一方通行にも同じことを頼もうと思っているんだ。
今の彼ならそういう人を助ける仕事も悪くないんじゃないかと思ってね」

「もし私と一方通行、両方が引き受けたらどうするんですか」

「その時は同僚になるんじゃないかな。そうなれたら素晴らしいことだね」

自分と一方通行が同じ職場で働く。
今では絶対にあり得ないことだが、数年後はどうなのだろうか。
あくまで職場だけでの関係と割り切れているのだろうか。
そもそも一方通行が医者など、あの見た目では患者が怯えてしまいそうだ。
患者に怖がられ、複雑そうな顔をしている白衣姿の一方通行を想像して、美琴は笑みを浮かべた。

「まあ、君のような未来ある若者を僕の一存で縛り付けるつもりはないね。
でもあくまで選択肢の一つ程度でいいから、頭の片隅にでも留めておいてくれないかな?」

「はい。分かりました」

たしかに筋ジストロフィーの治療という自分の夢を叶える役にも立つかもしれない。
だがいずれにせよ何年も先のことであるし、引き受けるにしても断るにしても、今この場で決断を下せるものではない。
ひとまず保留ということになりこの話は流れたが、美琴がまたすぐに口を開いた。
そもそも美琴がこの部屋に来た本来の目的をまだ果たしていない。

「今までの話とは全く関係ないことなんですけど」

美琴は前置きして、

「先生、お話が。いえ、お願いしたいことが」

「何かな? 君は今僕の患者だ。何でも言ってくれて構わないね?」

美琴が話を切り出すと、冥土帰しもその只ならぬ雰囲気を察したのか、顔色を変えた。

「こんなことを先生に頼むのは筋違いだって分かってる。
別に医療に関係があるわけでもないし、引き受けてくれるとしても時間も足りそうにない。
そもそも専門も先生とは違う。その上で、あえてお願いしたいんです」

「僕は患者に必要なものは全て、期限内に用意する主義だ。
話してごらん。御坂美琴君は、何が必要なんだい?」

それは、きっと必要になるだろう。何となく美琴はそう感じていた。
別にそれがなければ困るというわけではない。
あくまで保険に過ぎない。だがそれがあるとないのでは、いざその状況に陥った時に生死を分けるかもしれない。
だからこそ。打てるだけの手は打っておきたい。

「それは――――――」





外はすっかり暗くなり、夜が訪れている。
雲の切れ間から月が顔を覗かせ、月明かりが地上を仄かに照らす。
窓から差し込む穏やかな月光に照らされて、御坂美琴は宛がわれた個室で横になっていた。
第三次製造計画。その存在を美琴は今日初めて知った。

八月二一日、一方通行が打倒され、『実験』が終了した日。
全てが終わったと思っていた。

一〇月二四日。一方通行と再会し、地獄はまだ終わっていなかったと認識した日。
だがそれも解決し、今度こそ終わったと思っていた。

だが、まだだ。まだかつての自分が撒いてしまった種を枯らしきれていない。
明日、本当に全てが終わるのだろうか。
もう妹達の命を弄ばれることのないような、そんな結末を手に出来るのだろうか。

(……駄目だ。弱気になってる、私)

終わらせられるのだろうか、などという甘い考えでは駄目だ。
終わらせるのだ。この手で、確実に。
それに美琴は一人ではない。
共闘するのは不本意ではあるが、戦力としては申し分ない一方通行。
自分よりも強大な力を持つ垣根帝督。

超能力者のトップスリーが集っているのだ。
大丈夫に決まっている。たとえ相手が『木原』であっても、敗北などあり得ない。
絶対に、悲劇を食い止めることができる。
そう自分に言い聞かせていると、突如美琴のいる病室がバン!! と大きく開け放たれた。

「おぉう!?」

ビクッ、と大きく体を震わせる。
普通にビビった。というか心臓が止まるかと思った。
美琴がその殺人未遂犯を確認してみると、それはルームメイトの白井黒子だった。
実は先ほど美琴は白井に今日は帰れないとメールしており、それを見た白井が駆けつけてきたのである。
だが美琴には分からないことがあった。

「お姉様!?」

「黒子!? ちょ、アンタがなんでここに!?」

美琴は帰れないことは告げたが、居場所までは教えていない。
当然美琴の居場所が分からなければ、白井とて駆けつけようがない。
またいつぞやのように自分の携帯にGPSでも仕込みやがったか、と美琴が考えていると、

「お医者様から連絡がありましたの!」

どうやら冥土帰しが白井に、というより常盤台に連絡してしまったようだ。
そういえば口止めするのを忘れていた。
白井はグイグイと美琴に迫り、美琴の全身を舐め回すように見つめた。
ただしそれにいつものような変態的な意味合いは含まれてはいない。

「……お怪我を」

美琴は全身に擦り傷切り傷を負っている。
そして外からでは分からないがわき腹も痛めている。
後者はそれなりに重傷ではあるが、前者は比較的軽いものだ。
それでも白井は僅かにまぶたを伏せた。

「お体は大丈夫ですの?」

「ん、別に大した傷じゃあないし。それよりさ、明日も私学校行けないから。
連絡しといてくれないかな?」

美琴が何気なくそう言うと、白井の表情が一変する。

「―――またですの? また、黒子に隠れてお一人で行ってしまわれるのですか?」

「え?」

「どうしてですの? 何故、お姉様はわたくしを頼ってくれないんですの?
八月の時も、つい先日も、そして今も。わたくしではお姉様のお力にはなれないのですか?」

今にも泣き出してしまいそうな顔で、白井は項垂れた。
美琴は慌てて白井の眼前で両手をパタパタと振り、

「ちょ、ちょっと待ってよ。アンタ一体何の話を……」

「わたくしが気付いていないとでもお思いですの!?」

そのあまりに剣幕に美琴は思わず息を飲んだ。

「お姉様が何か大変なことを抱えてらっしゃるのは一目瞭然ですの!!
今回のお怪我だってそういうことでしょう? つい先日のことも、明日のことだって!!」

それは敬愛するお姉様の力になれない白井の、悲痛な叫びだった。
いつも、美琴に置いて行かれてしまう。
そばにいて力になってあげたいのに、それができない。

白井がそこまで悟っているとなると、もうこれ以上誤魔化すことは出来ない。
そう思った美琴はあっさりとそれを認めた。
大切な人の力になれないもどかしさは理解出来る。

「……そうね。たしかに私はアンタに隠し事をしてる。
それも飛び切り大きいね。で、それはまだ終わってない。
明日、それに決着が着く。絶対に着けてみせる」

美琴が決意に燃える瞳で白井に訴えると、白井も力強く美琴の目を見て返す。

「ならばわたくしも連れて行ってくださいまし。一人置いてけぼりのされるのは嫌ですのよ」

白井はふざけているのではない。ましてや冗談などでもない。
本気で言っているのが分かった。
美琴はそれらを全て正しく理解した上で、答える。

「駄目よ。絶対に、駄目」

即答だった。

「なんでですの!? わたくしでは力不足とでも言うおつもりですの!?
たしかにわたくしは超能力者ではないですし、お姉様と比べれば大したことのない力かもしれません。
ですが、わたくしの覚悟と決意は本物ですわ!! どうしてそれを否定するんですの!?」

「黒子」

「腹は決まってますの!! どんな汚い連中が相手でもわたくしは構いません。
命の危険があることだって分かっているつもりです。お姉様がここまで戦っている相手ですもの。
でも、それでも、わたくしはお姉様のお力になりたいんですのぉ!!」

「黒子!!」

美琴に否定され、錯乱したようにかぶりを振る白井の両肩をしっかりと掴んで固定し、美琴は呼びかける。
混乱した白井の目を、真っ直ぐに美琴の目が射抜く。
白井はどこか怯えたように美琴に視線を戻す。

「私がそんなことを考えてると本気で思ってるの?
アンタを力不足の足手纏いだと思ってるなんて、本気で言ってるの?」

「しかし……っ」

白井の気持ちはよく分かる。
実際美琴は上条関連で似たような経験があるし、立場が逆だったなら白井と同じような行動をとるだろう。
だがそれでも、受け入れるわけにはいかない。
相手は学園都市の最暗部。しかもよりによって『木原』と来た。
かつて白井たちと共にテレスティーナと戦ったことがあるが、あの時とは状況がまるで違う。
妹達や一方通行の問題もあるし、とてもではないが白井を連れて行くことなど出来はしない。

白井が美琴を案じているように、美琴もまた白井を案じているのだ。
生きていても五体満足で帰ってこれるかは分からないし、死の危険だってある。
最悪の場合、死より酷いことになることだって十分に考えられた。
何せ二万人のクローンを道具として使い捨てるような奴らなのだから。

「アンタの覚悟を疑ってなんかいないし、そう言ってくれるのは素直に嬉しい。
でも駄目なのよ。こればっかりはどうしたって譲れない。
黒子。アンタを連れて行ってやることは、どうしても出来ない」

「どうして……ッ!!」

「アンタが大事だからに決まってるじゃない。
アンタには私の帰るところになってほしいのよ」

「……帰る、ところ?」

「ええ」

美琴は強く頷いた。
一方通行も言っていた。「打ち止めがいてくれたから、最後には絶対に帰ってこれた」と。
どこまで行こうが、最終的に美琴が帰るところは一つなのだ。

「私が帰るところはいつものあの常盤台寮でしょ。
あの部屋は私一人で使うにはちょっと広いし?
もうあそこにはアンタがいるのが私の中で当たり前になってんのよね。
だからさ、待っててくれないかな?」

私が帰ってくるのを、と笑う美琴。
アンタが待っててくれれば、必ず帰ってこれるから、と。
白井はまだ納得はしていないようだったが、美琴がその頭を撫でてやると不満気に、

「……納得できませんの。できませんけれど、そこまでおっしゃられるのでしたら。
まぁ、今回だけは身を引かないこともないですわ」

そう言って顔をプイ、と拗ねたように背ける白井。
だがその顔は確実に赤くなっていた。

「ありがとう、黒子」

ここで白井が引いてくれなければ、最悪実力行使に出る必要に迫られていたかもしれない。
勿論そんなことはしたくないので美琴はほっ、と安堵のため息をついた。

「たぁだぁしっ!!」

白井がずずずい、と大きく身を乗り出して美琴に迫る。
鼻と鼻がくっつきそうなほどに顔を近づけて、

「なっ、何? 何なの?」

「一つだけ約束してくださいまし!! 絶対、絶ッッ対に、無事に帰ってくると!!」

物凄い剣幕でそう迫ってくる白井に、美琴は笑顔で返した。

「約束するわ」

白井の眼前で人差し指をピンと立て、微笑みかける。
もしかしたら無事に、という部分は守れないかもしれないけれど。
帰ってくる、の部分はきっと守ってみせる。

すると白井は安心したように美琴に抱きついた。
いつもならここで振り払っているところだが、今回くらい許してもいいだろう。
そう思って受け入れていたのだが、徐々に美琴の腰に回された白井の両手が不自然な動きを始めた。
もぞもぞと、まさぐるように動く。
そして白井は隠しもせずに堂々と顔を美琴の胸に押し付け始めた。

「お姉様あああぁぁぁぁん!!」

「うわっ、突然何だ変態が!!」

ふへへへへ、と淑女にあるまじき変態的笑みを浮かべる白井と、それを引き剥がそうとする美琴。
二人がもみ合っていると、病室のドアが開けられ誰かが入ってきた。

「うっるせえよオマエら」

それは隣の病室にいた垣根帝督だった。
当然垣根は重傷を負っているため、あからさまに入院患者というような姿をしている。
その顔は不機嫌そうで、垣根はその原因である白井を睨みつける。

「……あら、垣根さん? ……どうしたんですの?」

白井は垣根の私入院患者です、というような様子を見て不審そうに目を細めた。
もう少し時間があれば、白井は美琴がこの病院にいることと垣根の様子を結び付けられたかもしれない。
そして美琴が抱えている事情と垣根まで一本の線で繋げられたかもしれない。
だが結果的に、白井はそこまで考えが至ることはなかった。

何故なら、

「風紀委員ですの!!」

いきなり垣根がわけの分からないことを言い出したからである。

「は、はぁ!? いきなり何ですの一体!?」

「パンダですの!!」

「喧嘩売ってるんですのねそうなんですのねかかってこいやぁー!!」

「ちょっと、とりあえず落ち着きなさい二人とも!!」

美琴の仲裁により二人は落ち着きを取り戻した。
というか、垣根が一方的に煽って白井が乗せられていただけだが。

「……それで、結局垣根さんは一体どうしたんですの?」

「階段から落ちましたの」

全く顔色を変えずに平然とそう言う垣根。
それを聞いて白井の表情が引き攣ったが、顔の筋肉をピクピクさせながらも何とか耐える。

「な、何とも間抜けなこと。貴方は類人猿と比べればマシな頭を持っていると思っていたのですが」

「レッサーパンダに言われる筋合いはねえんですの!!」

「ぶっ飛ばすぞこの青二才があああああッ!!」

「やんのかコラァァァァァッ!!」










結局、その後も下らない言い合いはしばし続いた。
最初は何とかなだめようとしていた美琴もすぐに放棄し、他人事のようにそれを眺めていた。
何となく微笑ましい光景だな、と思った。
あれだけ自らを否定し貶めていた垣根。
その彼がこうして中身のない、学生らしいやり取りをしているのが嬉しかった。

しばらくのやり取りの後、美琴が門限のことを指摘すると白井は顔を真っ青にし、空間移動でその姿を消した。
白井が消えると垣根ははぁ、とため息をついた。

「あのパンダメント……あそこで引かなかったら実力行使になってたぞ」

どうやら垣根は美琴と白井のやり取りを聞いていたらしい。
たしかに考えてみれば結構な大声で話していた気もする。
美琴は人差し指を顎に当てて、

「んー、あの子は普段はアレだけど、本当は優しい子だからねぇ」

「変態が全てを台無しにしてるがな」

否定しようと思ったが、完全には否定できない。
美琴は何かを誤魔化すように笑って、垣根に提案した。

「ねえ。ちょっと屋上にでも行かない?」

投下終了だにゃーん

ミコっちゃんと冥土帰しは一度絡ませてみたかった
次で病院編は終わり、その次からが本番です

    次回予告




「なあ、俺の天使美琴」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市第二位の超能力者(レベル5)―――垣根帝督




「なあに、私の王子様帝督」
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴




「……何かすっごく衝撃的な事実をめちゃくちゃサラッと言われた気がする」
学園都市の無能力者(レベル0)の少年―――上条当麻




「それは食べられるのかな!?」
禁書目録を司るイギリス清教のシスター ―――インデックス




「ていとくんも一緒に来ますか? とミサカは嫌々ながらもとりあえず誘ってみます」
御坂美琴の軍用クローン妹達(シスターズ)の一人―――検体番号一九〇九〇号




「どォして妹達は俺に話しかけてくる。自分たちを万殺したクソ野郎に、何で関わろォなンて思えるンだ」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市最強の超能力者(レベル5)――― 一方通行(アクセラレータ)

結局カップリングがあるのかよ?
だったら最初からそう言っておけよ。

>>744
カップリングはないですので安心してください

ネタの範疇であろ
カップリングならそれもまた悪くはない……むしろ良い!
ともかく乙ですの!

垣黒はいいものだ

おつううう?
もうていとくんのボケでにやけたどうしてくれるってミサry

このふたりは恋愛じゃ置き換えられない絶対的な信頼があるよね
垣根は美琴に救われたわけだし、この表現は心に響く


―――俺様の投下はスレを覆うぞ?

>>748,>>758
垣琴も悪くないですが……>>1が一番好きなのは垣根&美琴なんですよね
ちなみにカップリングでは上琴病患者レベル5です(キリッ

>>757
マイナーってレベルじゃないですねw

決戦前夜。










「う~っ、流石に寒いわね……」

「そりゃ、明後日からは一一月だしな。この時間ならこんなもんだろ」

病院の屋上は患者たちの安らぎの場として、中庭と同じように小さなビオトープのようになっている。
目に良いとされる緑が目立つこの空間に、学園都市第三位と第二位はいた。
はっきり言って超能力者が二人揃っているというだけで、テロでも企んでいるのかと誤解を受けて当然の光景である。
時間が時間であるためか屋上には誰もいない。
ただ月明かりを受けてどこか妖しく照らされている。

落下防止用の鉄柵に寄りかかり、夜景を一望する。
科学の統べる街、学園都市。
街中がネオンでライトアップされ、光が闇を照らし幻想的な光景が浮かび上がっていた。
綺麗な街だ。それは間違いない。
けれどそれは表面的なもので、一度裏を見てみればそこは地獄の底。
そんな極端な二面性を持つ街でもある。

「ねぇ」

「ん?」

美琴が呼びかけると、垣根は風に揺られる髪を片手で押さえながら答えた。

「アンタは、学園都市をどう思う?」

それは妹達の墓参りの際にも考えたこと。
だがきっと、この男は自分とは違う答えを持っているのだろう。
それでも。今の垣根なら、もしかして。

「……それ、俺に聞くか?」

垣根が呆れたように肩を落とす。
垣根が学園都市をどう思っているかなど、あの鉄橋で対峙した時の話を思い出せばすぐに分かることだ。

「学園都市なんざただの掃き溜めだ。悪意と狂気と捻じ曲がった探究心。
それがこの街の裏の真実だろうが」

それは暗部の人間ならば誰もが持っている、月並みの、だが当然の解答。
ましてやその中でも悲劇に晒されてきた垣根ならば尚のこと。
学生は全て実験動物で、能力開発なんて名目で脳を弄っている。
そして学生たちは「自分が自分でいられる場所」なんて風に思い込まされる。
だが垣根はそこで一度言葉を区切ると、薄く笑って、

「つっても、別にそれだけが全てじゃなかったみてえだし?
少なくとも今みてえな居場所は……悪くねえ、かな」

「そっか」

自分の望む答えを得られたことに美琴は満足し、笑って頷いた。
再度視界を夜景に戻す。本当に綺麗な光景だ。
自然によって作られる神秘的なものとは、また種類の違う美しさを感じる。
ふと思いつき、科学による光のハーモニーから目を逸らして垣根に問う。

「ねえ、アンタって第二位の超能力者なのよね?」

「まあな。お前の一個上」

「アンタの未元物質ってどういう能力なの?
ダークマターって言っても暗黒物質じゃ……ないのよね?」

普通、ダークマターと言えば暗黒物質を指す。
それは宇宙に広がる未知の物質で、全宇宙の質量の大半を占めるとされる理論上の存在。
普通には観測できないことからその名が付けられた。
観測できる銀河団の質量の総量だけでは宇宙の構成が説明できないことから、アメリカの天文学者F=ツビッキーが一九三〇年代に提唱。
その質量の総量は光を発している物質の一〇~一〇〇倍とも見積もられる。
暗黒物質の候補としては、質量を持つ素粒子や光を発さない天体などがあげられている。

……というのが、美琴の記憶している暗黒物質の情報である。
もともと専門ではないので大して詳しいわけではなく、この程度のことしか分からない。
だがそれでも垣根の『未元物質』というのが暗黒物質と違うのだろうということは推測できる。
もっとも、じゃあ何かと聞かれれば全く想像がつかないのだが。

「ああ。『未元物質』は暗黒物質とは全くの別物だ。
あくまで理論上は存在する暗黒物質と違って、『未元物質』はこの世に存在しない物質だ。
理論上は存在するはずだの、まだ見つかってないだのチャチなモンじゃない。
“本当に存在しない”のさ、俺の『未元物質』はな」

「……ちょっと待って。何よそれ、反則よ。
そんなの、世界の法則を書き換えるってことじゃない」

美琴は即座に『未元物質』の真価を理解した。
これは異常だ。学園都市には数多の能力が溢れているが、これは相当にぶっ飛んでいる。
垣根の『未元物質』は単に珍しい物質を生み出す、なんてものではない。
この世にない物質。それはつまりこの世界の法則に縛られないということだ。
そしてたった一滴の薬品でガラリと成分が変わるように、『未元物質』という異物が混入することでこの世界の法則は変質する。

即ち、全く常識の当てはまらない異空間が形成されるということだ。
『未元物質』に引き摺られる形で法則は変化し、教科書の法則やこれまで学んできた常識が根底から覆される。
そのあまりに恐ろしさに、美琴は身を震わせる。

「流石に理解が早いな。要するにそういうことだよ」

こんな非常識な力を説明されては、美琴は自分が三番目である理由を理解せざるを得なかった。
あまりにも上位二人が桁外れすぎる。
超能力者は七人いるが、一方通行と垣根の二人だけ明らかにぶっ飛んでいる。
この二人からすれば、美琴を含め残りの五人など所詮はどんぐりの背比べなのだろう。

「……そういえば、一方通行の『反射』にはどうやって?」

如何なこの世に存在しない法則とはいえど、ベクトルは存在する。
地球上にはあり得ないベクトル。だがそれはベクトルであることには変わりないのだ。
魔術も同様で、学園都市製の能力とは全く異なる法則ではあるがベクトルは存在した。
だからこそ不完全とはいえ『反射』が働き、一方通行は傷を負うことはなかった。
あくまで逸らしただけだが、同時に逸らせるのなら一方通行にダメージは通らない。

だが美琴が二人を見つけた時、垣根だけでなく一方通行も重傷を負っていた。
『反射』がまともに機能していたらそんなことになるはずがない。
となると垣根は何らかの手段を拵えて絶対防御を打ち破ったということになるのだが、その方法とやらが分からない。

「一方通行の『反射』。一見あれは隙のない完全防御壁に見えるが、実際はそうじゃねえ。
光を『反射』すれば何も見えないし、音を『反射』すれば何も聞こえない。
言うなればあれはホワイトリスト方式なんだ。
必要最低限のものを、必要最低限の分だけ通してる」

垣根は区切って、

「だがそれは言い換えれば一部のものは例外として通してるってことだ。
ま、当然だな。本当の意味で何もかもを跳ね返しちまったら呼吸も出来ないし、すぐに宇宙まで飛んでいっちまう。
そこがあれの脆弱性だ。もし全てを『反射』するものだったら、俺もどうしようもなかった。
だが隙があるなら話は別。俺の『未元物質』をあいつが無意識に受けているベクトルに偽装し、そのベクトル方面から攻撃を加えればいい。
明かしてみりゃそれだけのトリックだ」

「えっとつまり、一方通行が無害と認識して受け入れてしまう有害、ってことでいいのよね?」

美琴が確認すると、垣根は小さく頷いた。
何ととんでもないことをしているのだろうかこの男は。

「……アンタさ、さも『簡単だろ?』みたいに言ってるけど。
そんなことアンタ以外に出来る奴なんているわけないでしょうが」

もしかしたら『反射』を破れる人間は世界中探せば見つかるかもしれない。
だがそんなとんでもない方法を使えるのは間違いなく垣根だけだ。

「はっ、そりゃその通りだわな」

「そうよ。大体何なのよその反則的な能力は。
アンタ一体どんな『自分だけの現実』観測してんのよ」

戦闘能力的にはどうか知らないが、はっきり言って一方通行より未元物質の方がよほどトンデモのように思える。
この世界にない物を生み出すなど到底常識では測りきれない。

「んなこと言われたって知らねえよ」

「つかさ、何かアンタ翼生えてなかった? あれは何なの?」

「ん、これのことか」

不意に垣根の背中から天使の如き翼が六枚出現する。
僅かな発光を伴って、悠然と夜の漆黒を切り裂いて純白が浮かび上がった。
垣根が能力を全力で行使する際、何故か出現してしまうそれ。

「そうそう、それ。何よその翼。メルヘンっていうか何て言うか……」

「心配するな。自覚はある」

「何か変な触り心地ね……堅いような柔らかいような、何とも言えない感じが……」

「おい何やってんだオマエ」

垣根の背から伸びる翼を触ってみると、不思議な手触りだった。
この世に存在しない物質だけあって未知の感覚だ。
垣根の咎めるような言葉は華麗にスルーし、夢中になって翼を触る。

「何か癖になりそう……。
この世に存在しない物質、この世に存在しないもふもふ感。……正直たまらんです」

「おい何言ってんだ」

美琴が翼を枕のように見立て、頬でその感触を楽しんでいると、その翼でぺしりと叩かれた。
垣根の意思で変質させられるのか、握り拳で叩かれたような痛みが走る。

「なによう……別にいいじゃない、触るくらい」

「っつかそんなダクマタって触り心地良いか?」

「ダクマタ言うな! あっ、でもだくまたって何か可愛い!!」

「何だその少女漫画みてえな呼び方は!? んな呼び方断じて認めねえぞ!!」

「アンタが自分でだくまたって言ったんでしょ」

「俺が言ったのはダクマタだ!! だくまたじゃねえ!!」

言葉でやり取りしているのに、何か通じるものがあるのか二人の会話は成立していた。
というかだくまた。たしかに平仮名でだくまたと言うと途端にポップな印象を受ける。
学園都市第二位、だくまたの垣根帝督。弱そう。

「まあアンタのだくまたは置いとくとしてさ」

「置いとくなよ。つかだくまたを定着させんな」

「アンタのだーくまたーは置いといてさ」

「だからやめろって!! 未元物質だからな!?」

必死に反論する垣根を無視し、美琴は新たな話題を提供する。

「ねえ。話は変わるけどさ―――アンタはさ、何で私に協力してくれるの?
妹達のことも、第三次製造計画だってアンタには何の関わりもないでしょ?」

それは美琴がずっと気になっていたことだった。
美琴や一方通行と違い、垣根と妹達の間には何の関連性もない。
それにはっきり言って垣根がそんな他人のためにここまでするとも思えない。

チンピラに絡まれている人間を助けるのとはわけが違う。
統括理事会の一人と敵対し、今度は『木原』と戦おうというのだ。
美琴や一方通行のような明確な理由がなければ、とてもそこまでは出来ないだろう。
しかもそのために一時期的とはいえあの第一位と共闘体制まで築いている。

正直言ってここで垣根が退いても文句は言えないし、むしろそうするべきとさえ思っていた。
わざわざ自分の事情のために垣根をまた『闇』に関わらせるのは躊躇われる。
だが垣根は当たり前のことを言うように、あっさりと斬り捨てた。

「俺のためだ」

「へ?」

「俺はどこまでも身勝手な男だからな。そこは変える気はねえ。
お前や上条みたいに誰かのために戦おうとか、クソ第一位のように贖罪のために奔走しようとか。
そういうのはガラじゃねえんだよ。俺が戦うのはいつだって俺のためだ」

それは垣根帝督という男の生き様だった。

「俺は、俺の居場所を守るために戦うさ」

別に妹達に同情したわけでも、美琴の力になりたいというわけでもない。
単に自分の居場所を守りたいだけ。
美琴がいて、上条がいて。様々な人間に囲まれて。
この一ヶ月で味わった、自分のそんな世界を壊されたくないだけなのだ。

「そっか。アンタらしいかもしれないわね」

だが言い方はどうあれ、美琴からすれば垣根が助けてくれるという事実に変わりはない。
それは有り体に言って、嬉しい。

「ま、オマエだって俺の協力は欲しいだろ格下?」

「え、何で唐突に喧嘩売られてんの私? っつか格下言うな!」

事実垣根からすればそうなのだろうが、それでも腹は立つ。
ギャーギャーと言い合いをしていると、垣根のポケットから何かコードのようなものが垂れていることに気付いた。
美琴はそれを指差して訊ねると、

「ん、ああ。ただの音楽プレイヤーだ」

垣根はポケットから薄い音楽プレイヤーを取り出した。
別に特段変わったものではなく、佐天が使っているものと似たようなものだ。

「ふーん。どんな曲聴いてんの? ちょっと聴かせてよ」

「ああ? ……ほらよ」

垣根の差し出した左側のイヤホンを受け取り、自身の右耳に装着する。
垣根が何かプレイヤーを操作すると、イヤホンから音楽が聞こえてきた。
それは流行のJ-POPではなく、洋楽でもなかった。
心が洗われるような綺麗な旋律。このまま眠ってしまいそうな、美しい歌だった。
美琴はこの曲を知っている。

「これ、Amazing Grace? アンタのイメージじゃないわー」

「……悪かったな」

どこかムスッとした様子の垣根に、美琴は笑って、

「いやいや、別に悪いってわけじゃないのよ? 単に意外だっただけで。
他にもこういうの聴いてるわけ?」

「好きなんだからしょうがねえだろ。あとはAve Mariaなんかも良く聴くな」

「……ホントイメージにないわね」

イヤホンを耳から外し、垣根に返しながら呟く。
Amazing Graceなんかは美琴も好きな歌なのだが、あまりにも垣根に不似合い過ぎて違和感さえ覚えてしまう。
チンピラが捨て猫にエサをやっているのを目撃したような感覚?
……少し違う気がする。

「じゃあお前はどういうの聴くんだよ」

「私は特に偏りはないわよ? 洋楽もJ-POPも何でもござれって感じ。
気に入った曲なら何でも平等ウェルカムよ」

美琴は両腕を大きく広げ、自分の許容範囲の広さを表現する。
垣根はそれを見てフッと笑うと、夜空を見上げて呟いた。

「喉渇いたな」

「だから何でアンタはそう発言に脈絡がないのかと。
何そのアクロバティックな話題転換」

「喉が渇いたんだから仕方ねえだろ」

「はぁ……まあ何でも良いけど。言われてみれば私も喉渇いたわ」

「下に自販機あったよな?」

「あったわね」

「…………」

垣根がジッと美琴の顔を見つめる。
言葉はなくとも、それだけで美琴は垣根の言いたいことが分かった。
要するにパシリだ。


「アンタさ、もしかして私に買いに行けって言ってる?」

垣根が頷くと、

「喉渇いたって言ったのはアンタなんだから、アンタが行きなさいよ。
あ、でもついでに私の分もよろしく」

「お前年下だし序列も下なんだから、お前が行けよ」

「序列なんて関係ないでしょ。パシられる理由にはならないわよ。
行ってらっしゃい、垣根」

「…………」

「…………」

美琴と垣根の視線がぶつかる。
如何に自分は動かず、相手を動かすか。
そんな下らないことに頭を回転させる二人の超能力者。
こんなことをしているより、さっさと自分で行った方が早いのにそれには気付かない。

「……御坂ってさ、可愛いよな。友達想いだし、身長なんかも高いよな。
しかも可愛いだけじゃなくかっこいいとこもあるよな」

「……垣根ってさ、かっこいいよね。ぶっきらぼうみたいで、何だかんだで優しいとこあるし。
顔立ちは良いと思うし、高身長だし。佐天さんとかの評価も高いのよ?」

「…………」

「…………」

だが所詮この二人の考え付いた作戦などこんなものである。
超能力者の頭脳とはいえ、一周回って馬鹿なのかもしれない。

「なあ、俺だけのマイラブリーエンジェル美琴」

「なあに、私の王子様、私だけのナイト帝督」

二人ともその言葉を口にした瞬間、苦虫を噛み潰したような不快げな表情を浮かべた。
自分で口にした言葉に気持ち悪さを覚えたのだろう、二人とも顔を背けて「……うぇ」とか言っている。
なら最初から言うな。

「なあ、幼稚な趣味のガキっぽいミコっちゃん」

「ねえ、ホスト崩れのチンピラていとくん」




「「ぶっ飛ばすぞ」」













結局、二人とも自分で買いに行くことになった。
二人が自販機の前にやってくると、そこには先客がいた。
取り出し口から缶を取り出しているその少年は、ウニのような特徴的な髪型をしていた。
一目でそれが誰だか分かった垣根と美琴は特別警戒することもなく親しげに声をかけた。

「よう、空条」

「アンタ何してんの?」

突然背後から声をかけられたその少年は、一瞬体を震わせてからおっかなびっくりと振り返る。
そこに見知った顔を見つけたからか、まるでほっ、と安堵したかのように息をつく。

「何だ、お前らか。つか垣根ぇ、空条はやめてくださいって言いませんでしたっけ?」

「んなもん知らん。で、どうしたんだよ上条」

「また何かに首突っ込んだわけ?」

ツンツン頭の少年―――上条当麻は大袈裟に肩を落とした。
見てみればその頭には包帯が巻かれ、他にもあちこちに怪我の痕がある。
垣根と同じような状態で、要するにそれなりの怪我を負っていた。
上条の体質をよく知る美琴はどうせまたいらぬことに踏み込んだのだろう、と大きくため息をついた。
実際はそうではなく、依頼されて懲りずに学園都市に侵入してきた魔術師を殴り飛ばしてきたのだが、二人がそれを知ることはない。

「はは、は……。まぁ、そんな感じだ。
というかそれを言うならお前らこそどうしたんだよ。
垣根なんてずいぶん酷い怪我じゃないか」

上条の目つきが僅かに変わる。
結局のところ、上条当麻とはこういう人間なのだった。

「階段から落ちた」

あまりにお決まりな嘘をサラッとつく垣根。
上条は一瞬面食らったような表情を浮かべたが、すぐに今度は美琴に向き直る。

「……御坂は?」

「階段から落ちた垣根に巻き込まれた」

「えぇ……」

即座に口裏を合わせた美琴に、上条は「何言ってんだこいつら」みたいな顔になる。
普通「階段から落ちた」なんて言われても信じないだろう。
というかどう見ても垣根の怪我は階段から落ちて出来るような傷ではなかった。

「で、でもよ、垣根の怪我は明らかに「か・い・だ・ん・か・ら・落・ち・た。Do you Understand?」……はい」

突然上条の胸倉を掴み、ゾッとするような威圧感を醸し出している垣根に割り込まれ、上条はこくこくと頷いた。
あっさりと脅迫に屈した上条だったが、やはり納得はしていないらしくどこか釈然としない表情をしている。

「まぁ、二人がそう言うならいいけどさ……。
垣根も、御坂も、何かあったら相談でもしてくれよ。俺に出来る限りのことはするから」

今まさに『何か』が起きているのだが、二人ともそれを上条に話そうとはしない。
上条は第三次製造計画に関わりのない人間だ。
美琴は上条が、自分の知らないところで大変なことに巻き込まれていることを知っている。
第二二学区では瀕死と言ってもいい状態の上条を見ているし、何らかの理由で記憶喪失になっていることも知っている。
そんな上条に頼ろうとは思わない。あまり必要以上の重荷を押し付けたくはなかった。

他に選択肢がないのなら止むを得まい。
だが今回は違う。学園都市の三強が計画を打ち破るために動いているのだ。
今だって上条は何らかの理由で怪我を負っている。
そんな状況で、無理に上条に動いてもらおうとはどうしても思えなかった。

それに重過ぎる期待は人の心を折る武器となり得る。
それを御坂美琴は身をもって経験した。
上条当麻は美琴にとって紛れもなくヒーローだが、それでも上条は人間なのだ。
人である以上、必ず限界はある。そしてその限界がいつ来るかは判断できないのだ。
美琴は間違ってもそのトリガーを自分が引くようなことはしたくないと思う。

そして垣根帝督は、上条当麻に出来るだけ平凡に暮らしてほしかった。
それが垣根がこの一ヶ月で見て、憧れた世界だったから。
わざわざ自分から『表』の人間を学園都市の『闇』に引き摺り込もうとは思えない。
もともと垣根は無関係な人間を巻き込むことをあまり快く思わない人間だ。

事実、上条当麻は魔術サイドには深く関わっているが、科学サイド―――学園都市暗部にはあまり関わりがない。
それでいい、と思う。垣根は上条が暗部で生き残れる可能性が高いとは思わない。
何故ならば、上条の幻想殺しは異能しか打ち消せない。
科学サイドの兵器群のような、どうしようもない現実の塊にはまるで無力だからだ。

何となく上条ならそんな状況でも生き延びそうな気もするが、そんなのはただのイメージに過ぎない。
どんなに高潔な理想を掲げた人間でも、金と酒と女のことしか考えていない人間の凶弾で倒れるということを垣根は知っている。
事実、垣根はそういった者も含め多くの人間を殺してきたからだ。

腐った学園都市を変えようとする人間がいた。上層部に反逆した人間がいた。
だが彼らは一人として垣根帝督という悪に傷一つつけることも叶わず、殺された。歴史を見てもそんな人間がどれほどいることか。
垣根はこの一ヶ月で想いは力になることもあると学んだ。だがそれは根本的な戦力差をひっくり返すほど都合のいいものではない。
もしそうなら、垣根帝督という悪はそうしたヒーローの誰かにとっくに倒されているはずだから。

「……ん。まぁ、気が向いたらね」

「そうだな。……お前に相談して好転するとは思わねえが」

だから、御坂美琴と垣根帝督はこう答える。
上条当麻の気持ちを知って、尚それを振り切って進む。

「ま、そもそも超能力者が二人いるんだ。お前が入ってきても足手纏いにしかならなそうだし?」

「ちょっと垣根!」

「……ん? 超能力者が二人? 御坂さんはそうですが……もう一人は?」

顎に手をあて考え込む上条に、垣根は夕飯の献立を教えるかのような気軽さでぶっちゃけた。

「俺、学園都市第二位な」

「……何かすっごく衝撃的な事実をめちゃくちゃサラッと言われた気がする」

「大丈夫、気のせいじゃないわ」

美琴が横目で「良かったの?」 という視線を送るが、垣根はどこ吹く風だ。

「っていうか、え? マジなの? 冗談とかじゃなく?」

「マジだマジ。何ならお前に能力ぶち込んでやろうか?」

「え……えええええええ!?」

上条の大声に、周囲にいた人たちが何事かと一斉にこちらを見る。
その視線に気付いた上条は気まずそうに身を縮めた。
垣根と美琴と共に場所を人のいない廊下の一角に変え、慌てたように垣根に矢継ぎ早に質問する。

「お前、最初大能力者とか言ってなかったか!?」

「ああ。ありゃ嘘だ」

「嘘なの!?」

上条は頭を抱えてしまった。
突然友達から「実は超能力者なんです」なんて言われたら驚いて当然だ。
上条は何かを求めるように美琴に視線をやるが、それを受けた美琴はただ一言「本当よ」とだけ呟いた。
がっくりと肩を落とす上条に、美琴は、

「気持ちは分かるわ。そりゃ馬鹿みたく驚きもするわよね。
でもだからって特に関係が変わるわけでもなし。別によくない?」

「……そうじゃなくてさ、もっとこう……何かシリアスな感じが良かったというか。
『実は俺の正体は……』的なのが欲しかったというか。
いきなり『あ、体操着忘れた』みたいなノリで明かされちゃったから……」

そのシリアスイベントは美琴との間で既に発生済みである。
とはいえ、たしかに美琴の言う通りだからと言って何が変わるわけでもないので、上条も割とすぐに回復した。

「マジかー……。でもってことは俺は七人しかいない超能力者のうち二人と知り合いってことか。何気に凄くね?」

しかも第一位とも戦闘経験があるため、上条は何らかの関係を学園都市のトップスリーとの間に持っているということになる。
そんな人間が一体何人いるのだろうか。
そういう意味ではたしかにかなり凄いことではあるのかもしれない。

「でも、何で大能力者だなんて嘘吐いたんだ?」

「……ま、色々あってな。今度話すわ」

そう言う垣根の顔にあったのは、紛れもなく笑みだった。










「ねぇ、あいつに話してよかったわけ?」

「別にいいだろ。もう特に隠すことでもないだろうよ」

上条と別れた二人は、院内の売店で食べ物を購入していた。
基本的に入院患者の食事は病院で管理されるものだが、見舞い客のような人も当然いる。
そんな人たち用の店で何食わぬ顔で買い物を済ます。
もっとも二人とも病気などではなく外傷なので、食事内容を気にかける必要などもともとないのだが。

「ま、『あれ以上のこと』は事が全部終わったら話すさ。
今はそんな話しても面倒なことになるだけだ」

「……アンタがそれでいいならいいけど」

垣根は先ほど上条に超能力者であることを打ち明けた。
だが逆に言えば話したのはそれだけで、その先―――垣根が暗部の人間であること、美琴や上条を騙していたことは話していない。
別に今更隠し通そうなどとは垣根も考えていない。
ただ明日を前に、余計な面倒ごとを起こしたくなかっただけだ。
それさえ終われば、全てを話そうと考えた。

上条当麻はそれを聞いて何を思うのだろうか。
友達だと思っていた人間は、自分をずっと騙していた人殺しだと知ったら。
怒るだろうか。憎むだろうか。あるいは恐れるだろうか。
別にそれがおかしいとは垣根は思わないし、むしろ当然だとさえ思う。

それでも、上条当麻はあっさりと受け入れてしまうのだろう。
思いあがりでも何でもなく、垣根は素直にそう思う。
上条はそういう人間だから。どうしようもなく甘くて、優しいから。

たとえ仮に真相を知った上条が垣根を拒絶したとしても、垣根はそれに抗わない。
もしそうなったのなら大人しく上条の前から姿を消すだろう。
いずれにせよ大きな戦いを控えた今あれこれ考えることではない。

「あ、そのウィンナーソーセージ珈琲ってのお勧めだぜ」

自販機の前でどれにするか悩んでいた美琴に、垣根が声をかける。
言われ、それに目をやるがどう見ても外れ臭がするというか、ゲテモノの予感がマックスである。

「アンタ、面白半分で言ってない?」

「正直俺も初めて見た。とりあえずお前でデータ採ってみようかと」

「発想が研究者共と変わらんぞおい」

とりあえずそんな見えてる地雷を踏みに行くつもりはさらさらない。
無難に幾度も飲んだことのあるヤシの実サイダーでいいかと、ボタンを押そうとした時だった。

「私はいちごおでんでいいんだよ!」

突然幼い声が割り込んできた。
第一声からふざけたことを抜かすその少女は、銀髪シスターのインデックスだった。
美琴がぽかんとしていると、インデックスは目をキラキラと輝かせて美琴を見つめてくる。

「ア、アンタ……イン……イン……?」

「インデックス!!」

「冗談よ」

頬を膨らませ、分かりやすくプンプンと怒るインデックス。
だが美琴がいちごおでんを買って、「はい」と渡してやるとまたも態度が一転。
あっさりと機嫌を直し、笑顔に戻る。
何とも分かりやすく、また扱いやすい性格である。
それが彼女の魅力でもあるのだろう。

「ありがとなんだよ、短髪」

「呼び方が戻ってる」

と思ったら、どうやらまだちょっと拗ねていたらしい。
美琴がさらに先ほど買ったパンも一つ渡してやると、今度こそインデックスは簡単に機嫌を直した。

(何この子チョロい)

「おいクソシスター、お前こんなとこで何してんだよ?」

「あ、ていとく!」

インデックスの存在に気付いた垣根がやってくると、インデックスはそれを見て破顔する。
垣根と、美琴を交互に見ると何か納得したように美琴に笑いかけた。

「……ありがとう、みこと」

「どうも。約束は果たしたわよ」

言って、美琴とインデックスは固い握手を交わした。
一方一人置いてけぼりの垣根は、

「何の話だよ?」

「べっつにー?」

「べっつにー?」

「うぜえ」

わざとらしく意味深な笑みを作るインデックス。
美琴がそれに便乗して真似すると、垣根は舌打ちして視線を逸らしてしまった。

「つか結局アンタは何でこんなとこにいるのよ?」

「とうまのお見舞いなんだよ」

「ああ、なるほど。アイツ入院してるもんね」

これに不審な顔をしたのは垣根だ。
何かがおかしい。垣根は一つ一つ脳内で整理を始めた。
アイツ。とうま。インデックス。
キュピン! と天啓を受けた垣根は得心のいったように頷くと、

「当麻って上条の下の名前か! そういやそうだったな……」

「知らなかったの!?」

垣根は以前インデックスに会った時、とうまなる人物の話を聞いてはいた。
だが上条の下の名前を覚えていなかったため、その二つを結び付けられなかったのである。
いくら何でも流石に酷い。上条がこれを知ったらきっと泣くだろう。

「とうまはとうまなんだよ?」

「上条は上条だったからな……」

「にしても名前覚えてないってのは酷いでしょ……」

「初春飾利とか、佐天涙子とか、駒場利徳とか、そういうのは覚えてんだけどな」

「佐天さんなんかはキャラがかなり濃いしねぇ。初春さんもハッキングが凄いとか特技があるし」

インデックスが美琴から貰ったパンに夢中になっている間に、美琴は初春という人間を思い出してみる。
頭に明らかな特徴があるのだが、あれについて深く突っ込むのは危険だと分かっているため、ひとまず捨て置く。
となるとやはり特筆すべきはハッキング技術だろう。
かつて美琴と初春は互いに相手を知らぬまま、ハッキング対決をしたことがある。

結果はオメガシークレット発動により美琴は手を出せなくなったのだが、初春ももう解けなくなってしまった。
もともとあれは開発者すらも発動してしまうと手を出せなくなる代物である。
スパコンを使っても二〇〇年はかかると言われるそれ。
オメガシークレットを使わざるを得ないところまで初春を追い詰めたというべきか、それによって美琴が撃退されたというべきか。

何にせよ、初春の技術の高さは折り紙つきである。
暗部を含めてもトップクラスにランク付けされることは間違いないだろう。
初春のいる風紀委員第一七七支部のセキュリティは『書庫(バンク)』を上回ると言われるほどだ。

「あの花女ってんなに凄げえのか?」

「勿論よ。少なくとも私は彼女より凄い人を見たことがないくらい。
学園都市の衛星をジャックするくらい、普通に出来そうね」

「……そういやあいつは風紀委員だったな。なるほど。『守護神(ゴールキーパー)』、か」

「それは食べられるのかな!?」

「食いたきゃ一人で勝手に食ってろカス。食えるもんならな」

早くもパンを完食したインデックスが話に割り込んでくる。
当たり前と言えば当たり前だが、たかがパン一つでは彼女の胃は満たされなかったらしい。
更なる食べ物を求めて目を輝かせるインデックスを垣根が一蹴する。

「アンタの物事の判断基準は食べられるかどうかなわけ?」

「肉食動物と何も変わんねえな。流石すぎるわ」

「二人とも失礼かも! 私はこう見えてもイギリス清教に属する修道女なんだよ!!」

「七つの大罪を公然と犯してるシスターってのもどうなのよ」

「まあ今のイギリス清教には関係ねえんだろうが、聖ベネディクトゥスの戒律も破ってるわな。
暴食ってのはいつだってタブーなんじゃねえの?」

ムキー! と言葉を並び立てるインデックスを宥めていると、やがて怒ったのか彼女は去ってしまった。
ちゃんと「とうまのところに行く」と言っていたので、大丈夫だろう。
二人もさほど気にすることなく、食事をとってその場を離れた。

もともと二人は怪我人であるし、明日には戦いを控えているのでしっかりと休息を取らなければならない。
そういうわけなので、いい加減に戻ろうと自身の病室の近くまでやって来た。
冥土帰しが気を利かせてくれたのか、彼らの病室は一般病棟とは別の場所にある。
当然人の姿はなく、いるのはある程度の事情を知っている一部の医者の姿だけだ。

人気のない廊下。夜の病院。
ホラー映画などでは月並みとなった舞台ではあるが、ここは一部の人間が使う場所なので当然電気が点いている。
明かりというものは人間に安心をもたらす。
やはり人は暗闇を恐れるものらしい。

そんな場所を歩いていると、垣根は何かを見つけたのか美琴の袖を小さく引いた。

「……おい、あれ」

つられてそちらに目を向けてみると、そこには一方通行と妹達がいた。
僅かにネックレスが見えるので一〇〇三二号だろう。
以前はこの二人が対峙するということは『実験』開始を示していたが、今は違う。
事実、険悪な雰囲気は一切感じられずむしろ穏やかな雰囲気さえ漂っている。
別に盗み聞きするつもりはないのだが、自然と声が耳に飛び込んできた。

「―――そして、ミサカはコーヒーを買ってきたのです、とミサカは自身の計画性をアピールします」

「いきなりブラックたァ中々のチャレンジ精神じゃねェか」

「いえ、まずは一九〇九〇号に毒見させ、安全を確認しましたとミサカは抜け目のなさを露にします」

「外道かよ」

「あの個体は抜け駆け個体なのでいいのです、とミサカは公平かつ厳正なる判断に基づき容赦なく切り捨てて見せます」

「前半の言が完全に個人的感情丸出しに見えるのは気のせいなのか」

特に中身のない、無為な会話。
けれど一方通行と妹達という人間が話し手であることを考えれば、極めて大きな意味を持つ会話。
一方通行は小さく笑っていた。嗤うのではなく、笑っていた。

「いいのかよ?」

そう問うてくる垣根に、美琴は素直に答える。

「うん……。正直なとこ言えば、まだ複雑かな。
やっぱり事実が事実だから、ね。でも、これがアイツの―――私の選んだ道だから」

一方通行と妹達が一緒にいる。
今も、それを見て一瞬体が反応したのは事実だ。
自分で選んだこととはいえ、やはりすぐに慣れるものではない。
それほどにあの地獄は凄惨過ぎた。

だが同時に、選んでしまった以上は受け入れなければならないのだろう。
どれほどの時間がかかるかは分からないが、いつかは。
垣根はそれ以上何も言わず、ただそうかい、と肩をすくめた。

「お姉様?」

突然背後からかけられた声に、美琴と垣根は振り向いた。
そこには御坂美琴と同じ姿をした少女が立っていた。
同じ顔、同じ声。けれど間違いなく美琴とは別の確固とした人間。
妹達。何番目かは分からないが、美琴の大切な妹の一人。

「わっ、びっくりした。……アンタ、妹達よね? 何号か教えてくれるかな?」

「ミサカの検体番号は一九〇九〇号です、とミサカは名乗ります」

「……やっぱ同じ顔が複数並んでんのはビビるわ」

一九〇九〇号。それは聞いたことない番号だった。
そもそも美琴の知っている妹達は九九八二号、一〇〇三一号、一〇〇三二号、打ち止めだけ。
他にも学園都市残留組の妹達はいるはずなのだが、美琴は彼女らに会ったことがない。
目の前にいる妹達はその内の一人ということなのだろう。

「あなたは……ていとくんですね、とミサカはネットワークから情報を取得します」

「その呼び方は流行らねえし流行らせねえって言っただろうが」

「まあまあ、落ち着きなさいよていとくん」

「おいやめろ。ていとくんを定着させんな」

何か必死な垣根……もといていとくんを無視し、美琴は一九〇九〇号に向き直る。

「それで、何か用事でもあったの?」

「いえ、単に姿が見えたので声をかけただけです。
このミサカは一〇〇三二号や上位個体とは違い、お姉様とお話したことがないので、とミサカは自身の心境を吐露します」

ふと御坂妹の言葉を思い出す。
彼女と打ち止めと三人で遊んだ時、御坂妹は他の妹達からブーイングが届いていると言っていた。
どうやら美琴と遊べるのがずるいという文句らしく、戸惑ってしまったのを覚えている。
だが一人でも多くの妹達と触れ合いたい美琴としては、むしろその気持ちは嬉しいものだ。
せめて一九〇九〇号のように学園都市にいる妹達とは親交を結んでおきたい。

「ならさ、今度一緒に遊びに行かない? 他の子とは遊ぶってのも不公平だし」

「よろしいのですか? とミサカは頬は緩むのを自覚しながらも止められません」

一九〇九〇号はたしかに笑っていて、僅かに顔を赤くしてもいた。
妹達にも感情が芽生え始めているのは分かっていたが、この個体はその中でもそれが進んでいる個体なのだろう。
それは少しずつより人間らしくなっているということで、素晴らしいことだ。

「むしろこっちからお願いしたいくらいよ。まあ日程はまだ分からないけどさ」

「では楽しみにしておきます。ていとくんも一緒に来ますか? とミサカは嫌々ながらもとりあえず誘ってみます」

「行かねえよ。つか本音駄々漏れなんだよクソが」

全く同じ顔をした女子中学生二人に、身長約一八〇センチの男が混ざっている光景は中々にシュールだ。
垣根に見世物にされて喜ぶ趣味はないのである。

「この病院には他の子もいるでしょ? その子たちはどうしてるの?」

「このミサカと一〇〇三二号以外は現在調整中です。ミサカはもう終わりましたので、とミサカは簡潔に説明します」

「そっか。ならその子たちにも、いつか遊びに行こうねって伝えといてくれるかな?」

「了解しました、とミサカは新たなミッションをリストに加えます」

去っていく一九〇九〇号の背中を見つめながら、美琴もまた頬が緩むのを止められずにいた。
こうして妹達と本当の姉妹らしくなっていけるのは、とても素晴らしいことだ。
感情も着実に芽生えているようだし、彼女たちが普通の人間と何ら変わらない人格を手に入れる日も遠くないだろう。

「なーにニヤけてんだよ。マジックペンで落書きでもしてやろうか」

「そういう地味に嫌な嫌がらせはやめようか」










「…………」

「…………」

どうしてこうなった。
人気の全くない、一般病棟とは違う病棟。
その三階にある廊下に、二人の男女がいた。
御坂美琴と一方通行。二人の間にはあまりにも濁り切った沈黙が漂っている。
どんなに軽薄でお喋りな奴でも、この空間では黙って唇を横一文字に結ぶしかないだろう。

何でこうなったのか、あまり覚えていない。
覚えているのは垣根がさっさと逃げてしまったことだけだ。
垣根がいたならもう少しマシだっただろうに。
いや、一方通行と垣根の仲を考えると余計に険悪になっていただろうか。

何にせよ、今は外部の助けは期待できない。
自分一人でこの状況を打破しなければ。
そもそも美琴はもう一方通行に対して恐怖心など抱いてはいない。
だがかと言って仲良しになったわけでもない。

この際はっきり言っておこう。
御坂美琴は一方通行が嫌いだ。大嫌いだ。嫌悪していると言っていい。
あの鉄橋で決着を着けたとはいえ、そこは今も変わっていない。
そしてそれは当然のことだった。むしろその程度の感情で済んでいるのが奇跡と言っていいほどだ。

事実美琴は一方通行に対し絶対的な憎悪と、殺意すら覚えていた。
殺意はともかく憎悪は今もないと言ったら嘘になる。
それでも、少なくとも今は、明日だけは同じ目的のために戦う者同士なのだ。

「楽しそうに話してたわね」

結局、口火を切ったのは美琴だった。

「……向こうが話を振ってきたから、答えただけだ」

「あっそ」

何故美琴は一方通行に話を振ったのだろう。
無言のままにここを立ち去ってしまえばいいのに。
自身の感情と行動の間にある矛盾に気がつきつつも、それについては深く考えるのをやめた。
何だってこれ以上この男のことについてあれこれ頭を働かせなければならないのか。

もともと御坂美琴という人間は上条当麻とそっくりだ。
頭で考えるより先に体が動くというのも二人の共通点の一つ。
だというのに、ここ最近は妹達やら一方通行やら垣根やらで考えさせられてばかりだった。
ここに至ってまたも、しかもよりによって一方通行のことに頭を割くのも馬鹿らしいと思う。




そして美琴が一方通行を好んでいないことは、当然一方通行本人も分かっていた。
よく考えずとも当たり前の話だ。そして別に好かれようとも思わない。
たとえ一応の和解を済ませていようとも、自分が美琴の妹を一万人殺した事実には欠片ほども変化はないのだから。
妹を殺された美琴も。殺された群である他の妹達も。等しく自分を憎むのが当たり前なのだ。
そう考えていたからこそ。

「なァ」

「何」

「どォして妹達は俺に話しかけてくる。自分たちを万殺したクソ野郎に、何で関わろォなンて思えるンだ」

しかもあの妹達は一〇〇三二号。つまり『実験』最後の個体だ。
それはそのまま直接一方通行に痛めつけられた妹達ということである。
散々に打ちのめされ、もし上条当麻が来なければ、あるいは来るのがもう少し遅れていれば間違いなく殺されていた妹達。
そんな人間が何故自分に話しかけようなどと思ったのだろう。

「私はあの子じゃない。だからその答えを私は持ってない」

返ってきたのはそっけない、肉を最大まで削ぎ落としたような必要最小限の要素だけで構成された答え。
そこに必要以上に自分と関わりたくないという美琴の意思が見えたような気がした。
だが、それでいい。これこそ一方通行とあの顔をした少女たちのあるべき関係なのだ。
マゾヒストの気があるわけではない。だがそれでも罪人にとってはそれが心地良くすらある。

自らの罪を悔いている罪人にとっては、自分が傷つけた人間に笑顔で声をかけられるというのは一つの恐怖とも言える。
自らの罪の証をまざまざと見せ付けられているようで、この上ない苦痛でもある。
実際、僅かに……ほんの僅かだが、一方通行は不気味さを感じた。
だが御坂美琴は分かりやすいほどに分かりやすく、黒い感情を見せてくれる。
それが言葉に出来ぬ恐怖に動揺する一方通行の精神を、正常に戻してくれる。

「でも」

美琴は壁に背中を預け、腕を組んだまま一方通行を見ようともせずに呟いた。

「アンタは向き合わなくちゃいけない」

「どォいう意味だ」

「あの子がアンタに話しかけた時。あるいは話している時。
アンタにはあの子はどう見えた? 嫌々話しているに見えた? それとも怯えているように?」

思い出す。個性や感情が芽生え始めているとはいえ、未だ未成熟な彼女たちの人格は人間味に乏しい。
それでも。自惚れでも何でもなく、御坂妹は自分と嫌々話しているようには見えなかった。
そもそもの話―――そういった感情を一方通行に抱いているなら、無視すればいいだけの話なのだから。
そうせずに声をかけてきたということは、そうさせるだけの何かが御坂妹にあったということで。

「少なくとも、私にはそうは見えなかった。
あの子はあの子の考えでアンタとの交流を図った。
ならアンタはそれに応える義務がある」

はっきり言って、やはり理解できない。
学園都市第一位の頭脳を持つ一方通行でも分からない。
かつて御坂妹は「憎んでなどいない」と言っていた。
その理由は「一方通行がいなければ自分が生まれることもなかったから」。

これに関してはまだ理解はできる。納得はできないが、理解できなくもない。
自分のおかげで、などと傲慢な自己陶酔に浸るつもりはさらさらない。
それでもそれはある種真実を突いているだろうから。

しかしだからと言って、それは自分という殺戮者に親しげに声をかける理由にはなり得ない。
憎みこそせずとも、必要以上に関わろうとする必要性などそれこそ皆無なのだから。
美琴のように無関心であったり、美琴のように怒りを露にするのが自然なのだ。
一方通行の表情に何かを読み取ったのか、美琴は壁から背を離して一方通行の方へ体を向けた。

「もしかしてさ、アンタ自分を責めてくれる私に安心~とかしてたりする?」

「…………」

答えに窮した。それは少なからず事実だったから。
美琴は一方通行の思うあるべき姿を、ある程度実現してくれていたから。

「ふざけんなっつの。甘えてんな」

「何だと?」

「たしかに私はアンタをある意味で認めたし、打ち止めを任せるって選択も下した。
けど、アンタにそんな逃げまで許した覚えはない」

美琴は毅然とした態度で一方通行を追い詰める。

「アンタみたいなクズ野郎には―――ああ、打ち止めを任せたとはいえ私の中じゃアンタが最低最悪の殺戮者ってのは変わってないから。
そういうのは楽な道でしょうが。私や妹たちに責めてほしい、憎んでほしいってのはアンタが楽になりたいからでしょうが」

―――図星、だった。
美琴が今も自分を一万殺しの大罪人と思っているということについては何も異論はない。
それは確かな事実だし、美琴はその中にも認めてもいいと思える一側面を見出してくれただけだろうから。
絶対に許しはしない。ただ認めるべきところは認める。
結局、その程度が一方通行と御坂美琴という二人の超能力者の限界。そして、それでいいとも思う。

一方通行は変わった。どんな意味合いであれ、確かに変わった。
今はもう妹達を殺そうなんて考えないし、そんなことをしようとする奴がいるなら叩きのめすだろう。
―――けれど。変わったから、何だというのだ?

たとえ一方通行が悔い改めて絵に描いたような聖人君子になったとしても。
世界中の人間を一人残らず救えるようなヒーローになったとしても。
一方通行が自分の都合で一万の命を散らしたことは変わらない。その事実は絶対になくなることはない。
一方通行は一万人の美琴の妹を殺したし、美琴は一万人の妹を一方通行に殺された。二人の関係はそれだけだ。

人間は感情的な生き物だ。たとえ頭で分かっていても感情がそれに逆らうことはよくあること。
ましてや御坂美琴は思春期真っ只中の中学生。その怒りや憎しみといった感情の荒波は美琴本人すら飲み込みかねない。
テレビで見る殺人と実際に見る殺人は等価ではない。テレビで子供を殺された親などを見ても可哀相だとか、犯人に憤りを覚えることはあるだろう。
しかしそれだけだ。所詮は対岸の火事であり、他人事に過ぎない。

けれど。現実目の前で家族を、妹を殺されれば、どうなるか。
頭の中が真っ白になって、目の奥が熱くなって、体はチリチリして、喉は裂けそうになって。
どれだけ言葉を連ねても、どんな文字列を並べても形容できない衝撃が襲ってくる。
同じ人死にでも、同じ命でもその重みは全く違う。

人間は感情的で、主観的な生き物だ。
だから人は赤の他人の死と身内の死を同等に見ることなど出来はしない。
自分が命に関わるような大きな何かの当事者になれば、そこには必ず何かしらのバイアスがかかる。
森羅万象全てを等しく俯瞰して、平等に判断を下し裁くことのできる存在などあり得ない。
それができる者がいるとするならば、それは神というヤツだけだろう。

御坂美琴と一方通行は相容れない。一人でも妹達を殺した時点で既にそれは決まっていた。
御坂美琴と一方通行は分かり合えない。一方通行がどれだけ変わろうと妹達を殺した事実は消えない。
御坂美琴は一方通行を赦せない。御坂美琴という少女が人間である限り。

だが美琴の言葉の後半は違う。
その言葉は真実を突いていた。
加害者と被害者だから。殺した側と殺された側だから。それが普通だから。
そんな言葉を並び立て、無意識に言い訳していたのかもしれない。

(……結局、俺は自分が楽になりてェだけなのか)

罵詈雑言を叩きつけられ、後ろ指を差され非難され、それらを甘んじて受け入れて。
それで満足していたのか。罪を受け入れる咎人なんて、自分に酔っていただけなのか。

「アンタ、どうせ『表』からは私が、『闇』からは自分が妹達を支えればいいなんて思ってんでしょ」

これもまた図星。
御坂美琴は第三位であって、第五位のような精神系能力者ではなかったはずだなどと愚にもつかないことを考える。

「冗談じゃない。たしかに今回の第三次製造計画みたいに、裏側の事情の時はそうしてもらう。
けど、そういうことがない時は嫌でもアンタには『こっち』側にいてもらうわよ。逃げるな、甘えるな」

美琴は同じ言葉を繰り返す。

「アンタみたいな奴にとっちゃ、ドロドロとした戦いに身を投じて、何かと戦って何かを壊して。
“そういうのは楽な逃げ道でしょうが”。自分にとって楽な方向に流れるなっつってんのよ」

要するに、御坂美琴は一方通行にとって最も辛い生き方をしろと言っているのだ。
一方通行。学園都市第一位の超能力者。文字通り最強の怪物。
何かを壊して、殺して、拒絶して生きていくのは簡単だ。
何しろそういう風に作られた能力者なのだから。

だからこそ、破壊の道に生きるのは許さない。
光の世界から転げ落ちた最悪の怪物だからこそ、光の当たる世界で生きろと。
それは慈悲でも情けでも何でもない。
一方通行のような存在にとっては、何よりも過酷で苦しい生き方となるだろう。
御坂美琴という少女は、本当に手厳しい。

「そォやって地獄を味わえってか? ハッ、オマエもイイ性格してンな」

「何を勘違いしてんだか知らないけど、私はもともとそんな慈愛に溢れた性格をしちゃいないわよ。
……だから、あの子たちがアンタとの交流を求めるならアンタは応じなきゃいけない。
その内容がどれだけアンタにとって滑稽でも、似合わずとも。自分の得意分野に流れることは許されない」

妹達が求めるならば下らない雑談をして。
求められれば一緒に食事でもして。
打ち止めを遊園地にでも連れて行って。
弁当を作ってやったりして。

それはどこまでも間抜けで、どこまでも馬鹿らしい光景。
普通の人間にとってはただ厚顔無恥に日常を享受してるようにしか見えぬ一コマ。
けれど笑ってしまうようなそんな光景こそが、学園都市最強の怪物にとっては最大の苦痛。

たしかに、その通りなのかもしれない。
学園都市の闇を相手取って戦うよりも、どうしようもなく居心地の悪さを覚えるような場所で。

「……オマエは、」

「言っとくけど、謝罪も感謝もいらないから」

先手を打つように釘を刺された。けれど、どこかこの少女らしいとも思う。
あまり褒められた理由ではないが、一方通行は御坂美琴という人間をよく知っている。

「感謝なんて言わずもがな。気持ち悪くてゾッとするっての。
謝罪もそうよ。そもそも謝る相手が違うし、謝られたところでほんの僅かだって許せはしない。
謝罪を受け取って過去形にされるなんてのも絶対にごめんよ」

「……そォだな。その通りだ。絶対に風化なンてさせはしねェ。しちゃいけねェンだ」

「分かってるならいい。……けどさ、あの時も言ったと思うけど。
私は妹達のことに限っては―――もう一度言っておくわ、“妹達関連に限っては”、アンタを信用してる。
明日。私たちは負けられない。負けてはいけない。私も、アンタも」

「分かってる。これ以上あいつらの命を好き勝手にさせはしねェ」

「それでいいのよ。精々そのお利口な頭と優秀なお力とやらを存分に発揮してよね?」

最後まで皮肉たっぷりに、美琴は立ち去った。
言われずとも分かっている。破壊以外にもこの力は使える。
それを打ち止めを救うことで一方通行は証明した。
なればこそ、第三次製造計画を打ち砕いて悲劇を未然に防ぐことも出来るはずだ。
いや、出来る出来ないではなく、やらなければならない。

御坂美琴の気持ちと信用を裏切らぬように。
打ち止めの隣に帰るために。
独りよがりな贖罪を続けるために。

(やってやろォじゃねェか、『木原』。オマエがあの木原なら、よォく見とけよ。
―――俺にも何かを守れるってことを)









明日は最後の決戦だ。
何となく落ち着けず、美琴はベッドの上で寝返りを打つ。
負けられない。負けるわけにはいかない。
美琴には待っててくれる人間がいる。勝たなくてはならない理由がある。

何年も昔。幼い自分が真っ白な善意で提供した戦争の火種。
ならばその火を消化するのも自分がやるべきだ。
もうこれ以上、一人だって妹たちの命を弄ばさせてなるものか。

第三次製造計画。
どんな理由があろうと、どんな大層な理想を掲げていようと、誰が関わっていようと。
必ずこの手でぶち壊す。
八月のような、あんな地獄は繰り返させない。
九九八二号や一〇〇三一号のような妹達を、生み出させはしない。

(これは私が撒いた種。自分で刈ってみせるわ)

だから御坂美琴は立ち上がる。
どれほど傷ついても、その背中にあるものを守るために。

木原。その名前がずっと頭に残って離れない。
脳内に蘇るのは思い出したくもないイカれた気違いの顔。
チッ、と舌打ちして垣根帝督はごろりとベッドに横になる。

第三次製造計画なんて、どうでもいい。
妹達など、自分には何の関係もありはしない。

だがそれでも。それは垣根の世界を侵している。
様々な苦境を超え、ようやく辿り着いたこの居心地の良い世界を壊そうとしている。
そんなことを認めるわけにはいかない。ならば、戦うしかない。
御坂美琴一人でも欠けてしまったら、それだけで垣根の世界は音をたてて崩れてしまうのだから。

しかもそれを行っているのが『木原』となれば、もう垣根は黙ってなどいられない。
勿論その木原があの木原なのかは分からない。
だがそれでも、放置してはおけない。その可能性は十分に考えられた。

(俺の領域に侵入したことの意味を、思い知らせてやる)

だから垣根帝督は抗ってみせる。
                  セ カ イ
どれだけ滑稽でも、自らの居場所を守るために。






第三次製造計画。その単語を聞いただけで、一方通行の頭は沸騰しそうになった。
学園都市は一体どれだけ妹達を弄べば気が済む。
どれだけの命を握り潰せば満足する。
一体どの口がそんなことを。というのは痛いほどに分かっている。
それでも、守ると決めたのだ。一度過ちを犯したからと言って、これからも過ちを犯し続けるわけにはいかない。

そして、木原。最悪の組み合わせだった。
一方通行は知っている。学園都市の残虐性を。『木原』の異常性を。
なればこそ、一秒でも早く叩き潰さなければならない。
第三次製造計画が本格的に量産体制に入ってしまえば、またも悲劇が繰り返される。

御坂美琴に言われた。間違いを犯したからこそ分かること、出来ることだってある。
少なくとも木原を殺し第三次製造計画を壊滅させることは出来ることだと一方通行は考える。
もう、繰り返さない。絶対に。

(かつて一万の死を撒き散らした俺が、これから生まれる万の悲劇を枯らす。
それが第三次製造計画を知った俺の義務であり、俺の意思だ)

だから一方通行は戦う。
何度泥に塗れようとも、守りたいものを守るために。

光栄に思え、投下。お前の人生の価値は無事に刈り取れたぞ

ようやく次からレベル5vs木原です……まあ前哨戦があるんですけど
書き溜めはレベル5vs木原のラスト近くまで行ってるんですけど
今書いてるシーンが鬱すぎて>>1まで鬱になってきて吹いた

次回から投下量が一気に減る、かもしれません
……自分で言うのも何ですがこのペースでこの量投下するスレってほとんどないですよね
まあそれも多分今回までです

乙んつん
冒頭で垣根がカラオケでStill Waiting歌ってたのを思い出した
厨二バンドと馬鹿にされがちだが俺は好きだぜ、SUM41
そしてここの一方通行の真摯な様子を見る度に原作に幻滅しちまう
なんなんだあれ

    次回予告




「オマエは誰だ。立ち塞がるなら悪ィが潰させてもらうとすンぜ」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市最強の超能力者(レベル5)――― 一方通行(アクセラレータ)




「ああ、いいって別に。普段なら丁重にお聞きしてやるところだが、生憎ゆっくりしてる時間はねえんだ。
これから死ぬ奴の名前を覚えてる暇ぁねえんだよ。ここで殺すが、構わねえな?」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市第二位の超能力者(レベル5)―――垣根帝督




「……アンタ、何者?」
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴

上条さんと美琴が似ているというのは実際公式で言及されてたらしいですね
2人ともヒーロー性が高いからだと思いますけど美琴の場合はヒロイン力もあるので贅沢な感じだな

Ave Mariaは祝福の聖歌

Amazing Graceは許しの歌
ていとくんはどんどん天使化してくな

どこぞの出来損ないと違って、純粋な投下と言ったところか。
ここまで言って理解できないならどれだけ言葉を積んでも無駄だ。理解は放棄した方がいい

>>796
SUM41は良い曲多いですよね

>>801
美琴と上条さんはほんと似てます
美琴はヒーロー性+ヒロイン性ですが上条さんはヒーロー性(真)と言った感じでしょうか

>>802-803
な、なんてメルヘンなんだ……

必ず生きて帰ってくる。
それを条件に一方通行、垣根帝督、御坂美琴の三人の超能力者は病院を後にした。


    ――『いいか、絶対に生きて帰って来い。そうであれば手足がなくても内臓が潰れていても、僕は君たちを助けてやれる』――


そんな冥土帰しの見送りの言葉に三人の反応は様々だった。
御坂美琴ははい、と力強く頷いた。
垣根帝督はチッ、と舌打ちしヤブ医者が、と吐き捨てた。
一方通行は面倒くさそうにうるせェよ、とだけ呟いた。
けれど三人とも最初からそのつもりだっただろう。

第二学区にある、第三次製造計画の本拠地。
表向きには大規模な爆発物の研究、及び実験施設を装った研究所。
警備員や風紀委員の訓練施設の多く集まる第二学区にこのような施設を置くのは危険なようにも見える。
だが、灯台下暗しというヤツなのだろうか。そもそも『木原』が関わっているくらいだ。
億に一つも気付かれることのないように、気付かれたとしてもそれが表沙汰にならないよう『調整』が為されているのだろう。

とにかくも、その施設のすぐ近くに停車されたトラックに三人はいた。
一方通行の持っているPDAに表示されているのは、雲川芹亜から送られてきた内部の見取り図だ。
とはいえ流石に正確に知ることは出来なかったらしく、ところどころ欠けていたりある階層は丸ごと映っていなかったりする。
それでも分かることはあった。

「馬鹿デケェな……地下にまでやたら広範囲に展開されてやがる」

「まるで蟻の巣ね。でも私が八月に壊してきた施設もほとんどが無駄に大きかったけど」

「やたらデカくしたり複雑に入り組んだ作りになってんのは、侵入者対策だろうよ。
あとは身内から裏切り者が出ないようにってのもあんのかもな」

三人はそれぞれ見取り図を完璧に頭に叩き込むと、一方通行がPDAをしまいこんだ。
一つ息をついてから美琴と垣根を見回し、言った。

「確認すンぞ。俺らのやるべきことは第三次製造計画の壊滅。
そのために首謀者だっつゥ『木原』をぶちのめし、ありとあらゆるデータを完全に破壊することだ」

「何仕切ってんだよ」

「いちいちうるせェよ。そもそも何でオマエまでここにいンだ」

「俺には俺の戦う理由があんだよ。文句あんのかキョンシー野郎」

「はいはい、そこまで」

美琴が呆れたように割って入り、二人を諌める。
ちょっと目を離せばすぐに衝突してしまうのがこの二人だ。
それどころではないことは分かっているはずなのだが、どうしても回避できないようだ。

「……ンで俺と、第二位とオリジナルで二手に分かれて突入する。
基本的には俺が陽動を引き受けるつもりだが……多分ほとンど無意味だろォな。
向こォだって俺たちが来ることは分かってンだ。相応の歓迎をしてくれると考えていい」

「でしょうね。私だって今更気付かれずにこっそり潜入しよう、なんて考えてないわよ」

組み分けの根拠としては、まず美琴は誰かと組むべきだというのが一方通行と垣根の共通の意見だった。
戦力として云々という話ではなく、相手が学園都市暗部である以上、丁寧に手段を選んでくれる可能性は低い。
美琴の実力は申し分ないのだが、それを操る彼女自身は『表』の中学生でしかない。
いくらその片鱗を経験したことがあるとはいえ、単身で行かせるのは非常に危険だった。
極端な話―――身内や友人と言わずとも、見ず知らずの人間を人質にとるだけでも美琴を抑えることができてしまうのだから。

だからこそ、そういった汚いやり方に慣れている暗部の人間。
一方通行か垣根が美琴とペアを組むべきだということになった。
その結果が先ほど一方通行の言った組み合わせだ。
別に垣根が単独で、一方通行と美琴が組んでも理論上は問題ないのだが、現実にそれが厳しいことは言わずとも分かろうというものだ。
よって半ば消去法的にこういう結論に至ったのだった。

「よし、行くか」

垣根が呟くと、誰からでもなく三人は立ち上がった。
こうして、科学を違う方向に極めた三人の超能力者と三人の『木原』の戦いは幕を開けた。










「ここか」

学園都市最強の超能力者にして、単独行動をとることとなった一方通行は施設の正面玄関の前にいた。
裏の顔を隠し表向きは真っ当な施設を装っている以上、当然入り口となる玄関は存在する。
勿論そこから見えるものは全てダミーで、本来の研究所はその地下に広がっているのだろうが。

何にせよ、派手に暴れて少しでも敵の注目と戦力をこっちに引きつけたい一方通行には関係ない。
とりあえず馬鹿正直に正面から踏み込んでみる。が、

「誰もいねェな」

表向き用に受付にくらい人がいてもいい気がするが、見事なまでに誰もいなかった。
もしかしたら自分たちとの戦いのために追い払ったのかもしれない。
いずれにせよどうでもいいことだ、と一方通行はそれ以上の思考を放棄する。
自分はただ自分のやるべきことをやればそれでいい。

カツ、カツ、コツ、コツ、と足音と杖の音が反響して耳を打つ。
不気味なまでの静寂の中で、しかし一方通行は最大限に気を張り詰める。
ここは既に敵地なのだ。見せる隙など刹那すらも有りはしない。
足音と杖の音に混じってガチャガチャ聞こえるのは、一方通行の装備している銃器のたてる音だ。










「ここか」

学園都市最強の超能力者にして、単独行動をとることとなった一方通行は施設の正面玄関の前にいた。
裏の顔を隠し表向きは真っ当な施設を装っている以上、当然入り口となる玄関は存在する。
勿論そこから見えるものは全てダミーで、本来の研究所はその地下に広がっているのだろうが。

何にせよ、派手に暴れて少しでも敵の注目と戦力をこっちに引きつけたい一方通行には関係ない。
とりあえず馬鹿正直に正面から踏み込んでみる。が、

「誰もいねェな」

表向き用に受付にくらい人がいてもいい気がするが、見事なまでに誰もいなかった。
もしかしたら自分たちとの戦いのために追い払ったのかもしれない。
いずれにせよどうでもいいことだ、と一方通行はそれ以上の思考を放棄する。
自分はただ自分のやるべきことをやればそれでいい。

カツ、カツ、コツ、コツ、と足音と杖の音が反響して耳を打つ。
不気味なまでの静寂の中で、しかし一方通行は最大限に気を張り詰める。
ここは既に敵地なのだ。見せる隙など刹那すらも有りはしない。
足音と杖の音に混じってガチャガチャ聞こえるのは、一方通行の装備している銃器のたてる音だ。

と言っても鋼鉄破り(メタルイーター)のような重火器の類は一切見られない。
単に持ち運びに苦労するというのもあるが、何より片手で、しかも利き腕ではない左腕で射撃する必要があるからだ。
必然的に反動の小さいハンドガンタイプが多数を占め、中にはオモチャの兵隊(トイソルジャー)もあった。
能力の使用に制限がかかっている以上、生き残るためには必要なことだ。

「この下か……面倒くせェ、ぶち抜くか」

先ほど記憶した見取り図を元に、おおよその位置を割り出す。
おそらく探せばエレベーターか何かがあるはずだが、いちいち探すのも面倒だ。
それに簡単に入られないよう鍵が必要とか、何かがあるはずだ。
どうせ敵の目を引くつもりであるし、遠慮する必要はない。
そう判断した一方通行は、チョーカーのスイッチを能力使用モードに切り替えて思い切り床を殴りつけた。

あらゆるベクトルを統括制御する彼の拳にあっさりと硬質な床は降参し、勢いよく砕け散る。
足元がふらつくほどの揺れ。耳が痛くなるほどの轟音。
当然跳ね返る鋭い破片すら一方通行は『反射』し、床に大穴を空けた。
空けられた穴の円周にあたる部分の床は抜け落ちた床に引き摺られるように下方を向いている。
飛び出した鉄筋も同様で、パラパラ……と小さな破片が穴を通って下層へと落ちていった。

とんでもない荒業だった。
だが一方通行はすぐに飛び降りようとはせず、何か難しく顔を顰めていた。

(こりゃ血の臭いだな。どォいうことだ……?)

この先は敵地ではあるが、あくまで研究所である。
クローンを生み出すことはあっても殺すことはないはずだ。
『木原』がヘマった部下でも殺したか、と考えたがそれにしては鼻をつく血の臭いが強い。
この臭いを放っている血の主は一人二人ではないだろう。

だがやはりここで考えていても仕方がない。
いずれにせよこの先には進まなければならないのだ。
再度能力使用モードに電極を切り替え、自らの空けた大穴に身を躍らせる。
それは深遠の闇に飛び込むが如く。

ダン!! と着地した一方通行はすぐに電極を通常モードへと戻す。
電極のバッテリーは一方通行にとっての生命線だ。
能力使用モードで三十分、通常モードで四八時間。
たったそれだけが一方通行に許された猶予であり、戦える時間である。
たとえ一方通行が存命であっても、この時間をオーバーしてしまえば敗北が、ひいては死が決定してしまうのだ。
〇、一秒すらも惜しんで節約しなければならない。

再び杖を伸ばして歩き出した一方通行に、落下ダメージはない。
ただその力の全てと反作用すらも跳ね返された床が無残に砕けてしまっただけだ。
鼻をつく生理的嫌悪感を掻き立てる血の臭いは強くなる。
今一方通行が歩いているのは長い廊下だ。
複雑な形状をしているこの研究所は、廊下の左右に部屋があるという普通の形をしてはいない。

いや、正確には廊下に接した部屋もありはするのだが、それは小さな休憩室だったり、モニタールームだったりと小さい部屋ばかりだ。
廊下が繋げているのは培養カプセルが立ち並ぶ大部屋だったり、何に使うのか体育館のような広大な空間だったりする。
どうやら血の臭いの出所はこの近くのどれかの小部屋らしい。
特に確認しなければならない理由はない。けれどこれだけ堂々と侵入したというのに、何の音沙汰もないのは気にかかる。
これでは陽動もクソもあったものではない。

一番近くにあったドアの真横に背を預け、ふぅ、と小さく息をつく。
すちゃりと小型の銃を手にとる。弾は込めたしセーフティも外した。
大丈夫だ、『グループ』に入ってから猛特訓した。射撃の腕はかなりのものと自負している。
ゆっくりとドアノブに手をかけ、バン!! と乱暴に開け放つ。
即座に、いやドアが開け切らぬ内から一方通行は安全地帯から飛び出し、鈍く光る銃口を部屋の中へ向ける。だが、

「誰もいねェな。ここは外れか。チッ、つまンねェな。
こちとらわざわざ分かりやすく知らせてやってンだからよォ、もォちっとヤル気を見せてくれよ」

拍子抜けした一方通行は銃口を下げた。
この部屋はおそらく空き部屋なのだろう、見事なまでにすっからかんだった。
さっさとその部屋から出ると、手近なところから片っ端から部屋を見て回る。
どの部屋にも人の姿は見えず、目を引く物もなく、いよいよフラストレーションが溜まってきた時だった。

一方通行が踏み入った部屋は何かのモニター室のようなところだった。
目の前には巨大な硬質ガラスが壁の代わりに張られており、ガラス越しに見える向こう側は一段低くなっており、見渡せるようになっていた。
他三辺の壁にはモニターや壁と溶接され一つになっているコンソールが置かれており、ここで様々なデータを分析していたことを窺わせる。
だが一方通行が見ているのはそんなものではなかった。

「オイオイ。何なンだよこりゃあ。どォなってンだオイ」

目の前の巨大な硬質ガラスに血がついている。
こちら側ではなく向こう側に、筆で払ったように血液がべったりと付着している。
向こう側の光景を見下ろしてみれば、そこには凄惨な光景が広がっていた。
人が死んでいる。一人や二人ではない。二十人、三十人。もっとかもしれない。
堆く積まれた死体の山は強烈な死臭を放っており、ガラスを挟んだこちらにまで僅かに臭っている。
どうやらここで殺されたのではなく、上層で殺されここに捨てられているようだ。

血の海となっているせいで非常に分かりにくいが、よく死体を観察してみれば二つの共通点があることに気付く。
一つは全員が全員、頭部を撃ち抜かれて死に至っていること。
一つは全員全く同じ装備をしていること。

どう見ても一般には見えないその物々しい重火器の武装は、彼らが裏の人間であることを証明している。
おそらく、いや確実に自分たちと戦うための連中だろう。
一方通行は少しばかり事の意味を考える。

(木原のクソの仕業か……?)

木原がヘマをした部下を殺した、というのが一番最初に思い浮かんだものだった。
だが、木原とて既に超能力者のトップスリーに踏み込まれている状況でこれだけの部下を殺すほど馬鹿ではないだろう。
勿論『木原』というのがあの木原なら、の話ではあるが、別の木原だったとしてもここまでする意味がない。
一人二人ならまだ分かる。ところが実際に死んでいるのは数十人単位だ。
戦力の浪費、時間と手間の無駄。デメリットこそあれどメリットは見つからなかった。

次に考えたのが、垣根帝督である可能性。
内部から木原が殺したのでなければ、こいつらは外部からの侵入者に殺されたということになる。
自分が手を下していない以上、考えられるのは垣根しかいなかった。
一方通行と同類であるあの男が容赦をするとは到底思えないし、それが出来るだけの力もある。

しかしこの場合、垣根と同行している美琴が障害となる。
美琴が殺人をするような人間でもなければ、目の前で行われるそれを止めようとしない性格でもないことは今更語るまでもない。
もっとも、何らかの事情で二人がはぐれたなど深読みすればきりがないのだが。
だがそうなると、いよいよ誰がこの死体の山を築き上げたのかが不明になってくる。

(内部じゃねェなら外部の人間。だが俺でも第二位でもないとなると……)

敵か味方かも分からない、まだ見ぬ何者か。
懸念事項が一つ増えたことだけは確かのようだ。
一方通行が先ほどから誰とも遭遇する気配が全くないのは、おそらくその何者かが殺していたからだろう。
少なくともこのあたりの連中は皆殺しにされたようだ。

その正体も目的の片鱗も見えない以上、これまで以上に警戒を張る必要があるだろう。
だが何であれ敵を始末してくれたのはありがたい。
その分手間も体力も時間も節約できた。

そう思った瞬間だった。
物音。部屋の外からだ。
頭で考えるよりも早く体が動いた。ホルスターから小型の拳銃を引き抜き、構える。
油断なく身構え、一歩部屋を出た。
すると一方通行が部屋から出てくるのを待っていたように、タッタッタッ、と誰かが走り去る音が聞こえた。

「何だァ?」

自分が入ってきた方と逆方向、即ち奥へと進む方向に何者かは消えていった。
誰だか知らないが音だけを届け、一方通行が姿を見せてから走り去っていったその光景は。

(まるで誘ってるみてェだよなァ)

逡巡。そして一方通行は歩き出した。
どうせこの先には進まなければならないのだ。
たとえ罠だったとしても行かないわけにはいかない。
罠だというのなら、全てを真っ向から食い破って進むだけだ。

「さァって、鬼が出るか蛇が出るかってなァ」










御坂美琴と垣根帝督は一方通行とは別ルートで侵入していた。
すたすたと歩く二人に追従する形で、何か宙に黒く巨大なものが蠢いている。
それは特定の形をとらず、うねうねと液体のように形を変えていた。

「なあ御坂。これやっぱ目障りだわ」

「そんなこと言われたって仕方ないでしょ。最大戦力を発揮するためよ」

美琴の意思一つで思いのままに蠢く巨大な黒塊を見て、垣根は肩をすくめる。
細かい粒子が振動し擦れ合う音が響いていた。

砂鉄。それがこの黒塊の正体だ。
それは御坂美琴が磁力で支配し、外部から持ち込んだものである。
美琴は第四位の超能力者『原子崩し』の麦野沈利との激戦を経て、その経験を生かしたのだった。
あの戦いでは施設内での戦闘だったので、美琴の十八番である砂鉄操作が行えなかった。
その反省点を考慮し、今回はこうして持ち込んだのだった。

当初はクーラーボックスか何かに箱詰めにしようとも思ったのだが、如何せんそれでは持ち込める砂鉄の絶対量が大幅に限られる。
その結果、こうして抜き身のまま宙で踊っているのだった。

飄々と会話をしている二人だったが、実は先ほどから彼らは交戦状態に突入していた。
怖いほどに誰とも遭遇しなかった一方通行とは違い、こちらは割とすぐに迎撃部隊がお出ましになったのである。
が、いかに訓練された熟練の部隊といえど超能力者の前では有象無象の塵芥同然。
垣根に至ってはほとんど動いてすらいない。美琴の操る莫大な黒き奔流が全てを押し流していくからである。
雨のように放たれる銃弾は全てガリガリッ、という音をたてて砂鉄に砕かれる。

「大体私は手札の数が売りなんだから、持ち札は一枚でも増やしとくべきでしょうよ」

「そうは言うが、目障りなもんは目障りなんだもんよ。何かちょっとうるせえし……」

そんな会話をしながら片手間に迎撃部隊を一掃してしまう。
残ったのは倒れ伏した黒い装備に身を包んだ連中と、大量の砂鉄のみ。
勿論全員死んではいない。絶妙な加減を加えられたためただ気絶しているだけだ。

「全員くたばったか? なら行くぞ」

「ちょ、ちょっと待ってよ」

垣根はそれだけ言うと、早足に先に進んでしまった。
美琴が慌ててその後を追う。
垣根がさっさと歩いていくのは、少しでも早くここから離れたかったからだ。
美琴は気付いていないようだが垣根には分かる。

もはや完全に嗅ぎ慣れてしまった、極僅かな吐き気を催させる血の臭い。
おそらくここからそう遠くはないところで誰かが死んでいる。
一方通行の仕業と考えるのが自然だが、それはないだろう。
二人の侵入口と一方通行が侵入した地点はそれなりに離れている。

とすると何らかの理由で自滅でもしたのか。
もっとも、彼らには関係ないことではある。
だがあまり美琴に見せたいものではないのは確かだった。

「んで、お先に進むにはこのエレベーターだったな。床ぁぶち抜くか、それとも」

垣根は一つのエレベーターの前で歩みを止めた。
美琴もそれに合わせて足を止める。
見た目には特に特筆すべき点はない、普通のエレベーターだ。
あえて挙げるなら業務用エレベーターであるということくらいか。
もしかしたらカムフラージュの一環なのかもしれない。

「おい御坂、出番だ」

「はいはいっと」

カード認証や網膜認証といったセキュリティを美琴が難なく突破していく。
電撃使いとして最強の力を持っているが故に、高度なセキュリティであってもほとんどは大した障害になりはしない。
二〇秒も経過しただろうか。クラッキングが完了し、二人を乗せたエレベーターは地下へと潜っていく。
本来関係者しか入れないそこへ、二人の侵入者を乗せて。

「やっぱ開いた瞬間に蜂の巣かしらね?」

「まあ妥当なとこだわな」

まるでこれから雨が降るかどうかを論ずるような気軽さで、超能力者たちは仕掛けられるであろう罠を予想する。
美琴の砂鉄はここにはない。エレベーターが誤作動を起こしかねないので、上に残してある。
だが砂鉄があろうとなかろうと、美琴の力に大きな変化はない。
垣根は言わずもがなだ。

チーン、という気の抜ける軽快な音が耳を打つ。
ガー、とゆっくり開くドアに合わせて雷撃の槍を先制で放とうとする。
荒れ狂う莫大な高圧電流はあっさりと迎撃者を薙ぎ払い殲滅する、はずだった。

「……って、あれ?」

「出迎えなしかよ。しらけんな」

そこに予想された罠はなく、ただ小奇麗な廊下が伸びているだけだった。
何かがあると思っていただけに拍子抜けだ。
それともその程度では第二位と第三位というこのタッグを打倒できるわけがないので、兵の無駄遣いと判断したのかもしれない。
だが理由は何であれ邪魔されないのはありがたい。

そう思って垣根が一歩歩き出そうとしたその瞬間。
突然垣根の足元の床がドロリと黒く粘つく物へ変質し、落とし穴のように機能した。

「うおぉお!?」

「垣根!?」

美琴が反応した時にはもう遅い。
垣根は粘つくそれに引き摺りこまれ、床の下へと消えていった。
その姿が完全に見えなくなると、床は元の材質へと戻る。
何者かの襲撃。それも能力者だ。
美琴は隠しもせず大きく舌打ちし、階下にいるだろう垣根に聞こえるよう大声で叫んだ。

「垣根! 大丈夫!? 聞こえる!?」

『うっわ……ベタベタと張り付いてやがる。何だこりゃ? オイルか?』

大きな床を隔てているために声がくぐもって、かなり小さくなっている。
だが何とかそれを聞き取った美琴は垣根が無事であることにひとまず安堵した。
しかしかといって安心は出来ない。付近にこれを行った襲撃者が潜んでいるのだ。
そしてまだ見ぬその襲撃者の目的が、一騎当千の大戦力である御坂美琴と垣根帝督という二人の超能力者の分断にあるのは火を見るより明らかだった。

分断させての各個撃破。戦いの基本でもある。
だからこそ、この状況は敵の思い通りということになる。
これは面白くない状況だ。一刻も早く垣根と合流すべきだろう。

「垣根!! 何とかして戻って来れない!? それとも私が何か道を探して……」

『ああ……いいわ。その前にこの子猫ちゃんたちを可愛がってやらねえといけねえらしい』

「ッ」

どうやら垣根は早速敵と遭遇したらしい。
というより垣根を引き摺り込んだのだから、待ち構えていたという方が正確か。
だが垣根は現在、一方通行との戦いで負った傷のせいでその力を全力で振るえない状況にある。
応急手当と冥土帰しによる治療を受けたとはいえ、まさかたった一晩で回復するはずもない。
勿論ある程度は回復しているが、やはり全力には程遠い。

垣根の実力を侮っているわけではない。
だが垣根の状態、そして敵の戦力が未知数であることとこの状況を鑑みれば、一人で戦わせることは正しいのか。
自分と垣根、第二位と第三位でタッグを組んで立ち向かった方がより万全なのではないか。
そんな思考が美琴の頭を高速で駆け抜ける。

『手助けはいらねえよ。あまり俺を舐めんじゃねえ。それに、そっちにもすぐに敵が来るはずだぜ』

折角二人の分断に成功したのだ。
単に美琴を撃破するためにも、合流を阻止するためにも、敵は動くはずだ。
時間はない。どうするべきか。
悩んだ結果、美琴の出した結論は。

「……分かった」

向こうのことは、垣根に任せる。
何せ第二位だ。自分より上位の超能力者なのだ。
いくらハンデを背負っているとはいえ、簡単にやられてしまうことはない、と信じたい。
自分に出来ることは一刻も早く敵をぶちのめし、後々の問題の種を枯らしておくこと。

カツ、カツ、カツ。
聞こえる。足音だ。こっちへ近づいてくる。
敵だ。倒すべき存在が、学園都市の『闇』に巣くう何者かが姿を現そうとしている。
深遠なる地獄の居住者。どうしようもない悪意の塊が。それは垣根の方にも現れている。
双方交戦は不可避。そもそもそのつもりはない。だからこそ、

「垣根」

御坂美琴は、言っておかなければならない。
垣根帝督というヤツはすぐに危なっかしいことをするから。
ある一人の少女の姿が、脳裏をよぎるから。

『何だ?』

美琴は、たった一言。

「―――死なないで」

『互いにな』

それが最後のやり取りだった。
何かが迫ってくる気配。美琴は磁力を展開し、壁を蹴り、天井を這う。
そして大きくその場から跳躍した瞬間、入れ替わりのように何かが突っ込んできた。

爆発。爆音。衝撃波。吹き荒ぶ破片。
それらがほぼ同時に美琴に襲いかかった。
何の予告もなく、不意にバズーカ砲が打ち込まれたのだ。
それは美琴の背後にあったエレベーターを完全に吹き飛ばし、爆発した。

飛び交う細かな金属片を全て電撃で一掃し、美琴は襲撃者のいる方向へと飛び込んでいく。
もう隠れるつもりはないのか、襲撃者は隠れもせずに平然と立っていた。
その姿を見た美琴が僅かに目を見開く。

「るーんるんるんるーん♪」

少女だった。まだ幼さが残っている。
おそらく美琴の一つか二つ下、白井や佐天、初春たちと同年齢程度だろう。
黒い髪。左右に団子を作っている。首からは多くのスマートフォンを下げていた。
セーターにミニスカート、黒いストッキング。
傍目に見ても可愛らしいと言える顔立ちで、同じく可愛らしい仕草で少女は美琴を見た。

「初めましてだよねぇ、美琴お姉ちゃん」

少女は構えていたバズーカ砲を立てて持ち直す。
その顔に、声色に、邪悪なものは覗えない。
それどころか純粋にすら見える。
美琴は親しげに自分を呼ぶ少女に問う。

「……アンタ、何者?」

「木原円周です。一つよろしくね、美琴お姉ちゃん」

木原円周と名乗った少女は、歌うように呟いた。
『木原』。その忌まわしき名に美琴の顔が歪む。
対する円周はやはりその顔色に変化はない。おもちゃで遊ぶ子供のようなあどけない表情だった。
その名前と、その雰囲気があまりにアンバランスだった。
円周は首元から下がっているスマートフォンに指を滑らせ、何かを操作する。

「……うん、うんうん。そうだよね、嫌だけど“『木原』なんだから仕方ないんだよね”!!」

「―――ッ!!」

『木原』と超能力者、科学の生み出した化け物同士。

そして木原円周が、動いた。










「さってと。面倒なお仕事の始まりか」

垣根帝督が気だるげに呟く。
目の前には五人の少女がいた。彼女たちが垣根帝督という超能力者を粉砕するために用意された戦力である。
一人は壁に背中を預けて。一人は巨大な何らかの機材に腰掛けて。
一人は天井近くに伸びている空中通路に座り込んで。一人はポテトスティックを食べて。
そして一人は堂々と垣根の真正面に立ち塞がって。

「自己紹介はいりませんかね? こっちだけそっちの名前知ってるってのもどうかと思うんだけどにゃん?」

ねえ、第二位の垣根帝督さん。
そう呼びかけてくる正面にたつ少女に対し、垣根は興味なさげに手をひらひらと振った。

「ああ、いいって別に。普段なら丁重にお聞きしてやるところだが、生憎ゆっくりしてる時間はねえんだ。
これから死ぬ奴の名前を五人分も覚えてる暇ぁねえんだよ」

有り体に言って、垣根帝督は焦っていた。
言葉こそ普段と同じように、同じ調子で紡がれ、表情にも大した変化はないものの。
それでも確実に焦っていた。

とはいえ別に五人を相手にすることに恐れているのではない。
むしろ垣根が気にかけているのは御坂美琴の方だ。
もともと暗部との戦いに慣れている垣根が美琴をフォローするはずだったのに、こうも早く分断されてしまった。
御坂美琴は優しい少女だ。だがそれはこちらの世界では「甘い」と言い換えられる。
そしてその甘さは、そのまま美琴の弱点となり得る。

相手がどんな手段を打ってくるか分からないのだ。
こうしている間にも美琴の心は最も下衆らしいやり方で抉られていくかもしれない。
そう考えると冷静でいられるはずがなかった。
一秒でも早くこいつらを排除する。垣根が考えているのはそれだけだった。

「あ、そう。それと一応訂正しとくと、あたしらは猫じゃあない。
ニューヨークの下水道にいるとかいう真っ白いワニだから、そこんとこよろしく」

相園美央、兵道真紀、夜明細魚、坂状友莉、和軸子雛。
それが『彼女たち』の名前だった。
こんな世界で生き、こんなところに立っている以上彼女たちは普通の学生ではない。
紛れもなく『闇』の世界に生きる存在であり、星の数ほどある学園都市の悲劇の一つである。

「ああそうかい。別に猫だろうがワニだろうがどうでもいい。
ここで殺すが、構わねえな?」

「構わないスよ。その程度の寝言で憤慨するつもりはないっスし」

第二位の超能力者と対峙して尚、少女たちに恐れはない。
本気で自分たちの力が学園都市第二位に通用すると思っている者の態度だ。
チリ、と垣根の頭に熱いものが走る。
それは小さな苛立ちだった。こんな奴らに妨害されているという事。舐められている、という事実。
そのせいで美琴と合流することもできない。

「まあ、そんなわけさ。大人しく私らに食い殺されてくれないもんかね」

「――――――」

これ以上語る言葉はない。
ドンッ!! という音を置き去りに、垣根の体が音速以上の速度で突き進む。
少女たちの口元には、笑みがあった。










「……何だここは? 馬鹿でけェな」

そこはまるで学校の体育館を思わせる、広大な空間だった。
一辺二〇〇メートルほど、高さも二〇メートルはあろうかという相当のものだ。
ここが地下に埋もれている部分だということを思い出し、一方通行はハッ、と嗤う。
一体どれだけ広大な領域を展開しているというのか。
ここは地下が発達した第二二学区でもなければ地下帝国などでもなかったはずだが。

謎の足音に誘われるがままに辿り着いたそこは、もしかしたら戦闘訓練にでも使う場所だったのかもしれない。
それならまだこの大きさも理解できる。
だがそんなことはどうでもいいのだ。
そう、今一方通行が注意を向けるべきは。彼の目の前に背中を向けて立っている、一人の女性。

この後に及んでこの人物が死体になっていた連中と同種だなどという眠たいことを言うつもりはない。
この明らかに戦闘用であろうこの空間まで自分を誘い込み、こうして立っているのだ。
学園都市最強に対抗できる純粋な戦力か、あるいは何らかの奇策か。
とにかく何かを弄してあるのだ。

だから一方通行は一切の油断をしない。
いつでもチョーカーを切り替えられるように準備をしておく。
すると、突然その女性がこちらへ振り返った。
別に何らおかしなところはなかった。普通の女性。それが一方通行が抱いた最初の率直な感想だった。

ナース服を身に纏っている。看護師なのだろうか。
だがだとしても、それは命を扱う者として冥土帰しのような者とは正反対の種類だろう。
その眼。それが一方通行の最初の感想を根底からひっくり返した。
あまりにもドロリと淀んだ瞳が、長い髪が散らばらないように纏めた黒い髪を。
マニキュアを塗らず短く揃った衛生的な爪も。地味と言えるほどに衛生面に特化したその全てを台無しにしている。

「オマエは誰だ」

短く問う。その女性の胸元には身分証を兼ねた名札があった。
そこに名前が書かれていたのだが、一方通行のいる距離からでは読み取れない。

「恋査」

その名札には、『恋査』とだけあった。
苗字なのか名前なのかは不明。
ただ恋査と名乗った女性から、殺気が放たれた。
それを受けた一方通行は怯むこともない。ただ冷静に電極のスイッチを切り替え、学園都市最強の力をその身に宿す。

「女だからって容赦はしねェよ。立ち塞がるなら悪ィが潰させてもらうとすンぜ」

「経過は良好」

恋査は平坦な声色で、報告するように言う。

「これより学園都市第一位の超能力者、『一方通行』との交戦を開始。
最後のデータ収集を開始し、成長度を計測します」

……まだ終わらないぞ(次回予告がある的な意味で)

ここからは視点変更がかなり激しくなります
読みにくいとは思いますがどうかお付き合いください

あ、入れるの忘れてましたが今回の小題は「開戦」です

    次回予告




「テメェら……『白顎部隊』だな?」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市第二位の超能力者(レベル5)―――垣根帝督




「これが私たちの能力。支配下に置かれた空間。ここはあなたの知る空間じゃないんですよってね!」
対超能力者(レベル5)用のプロジェクト・『白顎部隊(ホワイトアリゲーター)』のメンバー ―――坂状友莉




「やっぱり準最強様はそう簡単にはキルできないかぁ。
そのオシャレ(笑)な翼、六枚もあっちゃ色々できて面倒ですね」
対超能力者(レベル5)用のプロジェクト・『白顎部隊(ホワイトアリゲーター)』のメンバー ―――相園美央




「な、ンだ、今のは……!!」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市最強の超能力者(レベル5)――― 一方通行(アクセラレータ)




「その選択は悪手です。どうか一瞬で消し飛んだりはしないでくださいね」
学園都市・統括理事会の最終兵器―――恋査




(でも、この子を倒さなきゃ先には進めない。悪いけど倒させてもらうわ!!)
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴




「うんうん。“分かっているよ、帝督お兄ちゃん”。
一撃必倒。それが帝督お兄ちゃんの格闘における基本スタイルなんだよね!!」
『木原』としては及第点とは言えない少女―――木原円周


白鰐じゃないのか

ワニだね
乙 恋査も出るのか 期待


そういや垣根は未元体じゃないんだよな……そうだったら完全にバランスブレイカーか

垣根「鞄にするぞ…!」

御坂「血が出るなら…殺せるはずだ」

一方通行「お前は最後に[ピーーー]と約束したな、あれは嘘だ」

Salvare000(救われぬ者に投下の手を)

禁書の単語の変換はダウンロードした辞書使ってるんですが「忘れないで」って変換したら「ランシス」って出てきて吹いた
更に「板倉」と変換したら「左方のテッラ」って出て更にワロタ
それにしても前回一切突っ込みがなかったあたり、皆さん全員ビジュアルガイドまで見てるコアなファンなんですかね

>>830
確かにそうでした……指摘ありがとうございます
置き換え機能マジ便利、数秒で修正余裕

>>831
他に恋査が出たスレって多分そんなにないですよね
結構早い段階で出せた気がします

>>832
不死垣根だったら全て楽勝すぎるので流石にないですねw
その垣根を殺そうとおもったら大天使級じゃないと無理ですし

三者三様の戦い。

音速以上の速度で激烈に突撃した垣根帝督に対し、少女たちは動揺しない。
垣根の行動を読んでいたのだろう、目の前にいた相園がまるでスケートの如く地を滑るように高速移動し回避する。
たたらを踏んだ垣根を突き殺すように、突如として床から黒い刃が勢いよく飛び出した。
人体など容易に切断してしまうような恐ろしい凶器。
だがそれは垣根の背中から出現した六枚の白い翼に阻まれる。

「知ってはいたけど、やっぱりメルヘンだよね、それ」

「うるせえよ。自覚してんよ」

真紀はからかうように言いながら、能力を発動させる。
真紀だけではない。ズズ、と五人全員に同時に変化が起きた。
服が溶けるように形を変え、まるで黒いドレスのように変質する。
続けて彼らが戦っているフィールドそのものに変化が起きる。
ズズズ、と床や壁が波打つように蠢き、うねうねと生き物のように脈打ち始めた。

「……何だ?」

「これが私たちの能力。支配下に置かれた空間。ここはあなたの知る空間じゃないんですよってね!」

友莉は笑って、手元に黒い刃を生成した。
先ほど飛び出したものと同質のものだ。ガンキンゾンザン!! と容赦なく切りかかってくる友莉を『未元物質』で軽くいなす。
あの黒い刃と同じものならば、『未元物質』で防げることは既に判明している。
身を低くして振るわれた一閃を白い翼で弾き飛ばし、垣根は一度距離をとる。

「なるほどな。オイルを自在に操る能力ってとこか」

「ありゃ、もう分かっちゃう? いや、当然か」

「ああ。さっきから臭くて臭くてたまんねえんだよ」

先ほどから部屋が脈打っているのは既にこの空間が作りかえられていたからだろう。
となるとここはまさに敵の腹の中。敵にとって最大に有利な場所に連れ込まれてしまったわけだ。

(まあ、それが何だって話ではあるが)

自分が負けるかもしれないとは欠片ほども思わない。
むしろこうしている時間が惜しい。
この時、垣根の思考は確実に焦りのせいで精彩を欠いていた。

「私たちの能力は『油性兵装(ミリタリーオイル)』って言うんだけどね」

「ちなみに大能力者っス」

再度果敢に攻めてくる友莉とそれに加勢する細魚。
だが二人がタイミングをずらして波状攻撃を仕掛けても、垣根には届かない。

「聞いてねえっつの。気をつけろよ、あんまベラベラ喋ってると舌噛むぜ」

「私、喋ってないと集中できないんだけど」

「そうですねぇ。気をつけなきゃいけません」

「何せアンタの敵は五人いるんだからね!!」

子雛がオイルを操作。垣根が背を向けていた壁から鋭利な刃物がにょきりと伸びる。
もはや完全に彼女たちの支配化に置かれたこの空間は、彼女たちの思うがままに姿を変える。
彼女たちの腹の中で戦うということは要するにこういうことなのだ。

「ッ!!」

猛スピードで垣根を貫かんとするそれに気付いた垣根は、咄嗟に首を大きく左に振って回避。
友莉と細魚を弾き飛ばし、翼を広げ宙へ舞い上がる。
屋外ではないので上空高く飛ぶことは出来ないが、天井がかなり高い作りになっているおかげで浮き上がる程度なら可能だ。
一度体勢を立て直そうと考えた垣根に、しかしそうはさせんとばかりに追撃がかけられる。

相園と真紀が何かを生成し、こちらへ向け放った。
それはミサイルのようにも、ロケットのようにも見えた。
速度も相応。垣根は六枚の翼を器用に使いこなし、身を翻してその場を脱出した。

(硬質化したオイルと可燃性オイルの組み合わせか……っ!! だが、一体どういう……)

考える時間はなかった。何故か。
和軸子雛が突然垣根の頭上から“降りて”きたからだ。

「本日の天気は晴れ時々雨の模様ってね!」

滴り落ちるオイルを全てかき集め、一振りの刃を生成。
多量のオイルを集約させたことで長さも切れ味も強度も増したそれを、垣根の背後から躊躇いなく斬りつける。
五人という人数を生かした間を置かぬ多段攻撃に、垣根は体勢を立て直す時間すらない。
咄嗟に白翼を器用に動かし黒刃を受け止める。
そのまま翼で空気を打ち、一息に距離をとりようやく垣根はふぅ、と息をついた。

「やっぱり準最強様はそう簡単にはキルできないかぁ。
そのオシャレ(笑)な翼、六枚もあっちゃ色々できて面倒ですね」

「キルゼムオールすんのはこっちだクソボケ。テメェらこそずいぶん時代を先取りしたファッションじゃねえか」

「まーね。でもあたしらのこれ、ビジュアルはともかく実用性は中々のもんでね。
だっさいヘルメットかぶるよりよほど安全かと」

おかしい。垣根はずっとそう思っていた。
五人の中で最初に能力を行使したのは兵道真紀。
するとそれに追従するように他の四人にも変化が訪れた。

最初、垣根は真紀が四人に何か能力で働きかけたのかと思った。
だが違う。兵道真紀の服が黒い鎧に変わったことから、まず間違いなく彼女の能力は『油性兵装』だ。
服を石油に分解しそのまま身を守る装甲にしたのだろう。

では次に垣根に攻め込んできた坂状友莉はどうか。
友莉は黒光りする漆黒の刃を生み出し斬りかかってきた。
夜明細魚も同様。あれは間違いなくオイルによって作られたものだ。
実際に受けた垣根にはその確信があった。つまり彼女たち二人もオイルを操る能力者となる。

可燃性オイルを組み合わせることで、真紀と共に遠距離攻撃用のミサイルのようなものを作り出した相園美央もそうだ。
そして突如上から降ってきた和軸子雛も同じ。
このエリアそのものが作り変えられており、更にオイルを自在に操れる以上その中に潜み潜行することも可能だったということだろう。

だがこれでは、彼女たち五人は全員『油性兵装』の能力者―――オイル操作能力者ということになってしまう。
そんなことが果たしてあり得るのだろうか。

(あり得ねえ)

発火能力者のようなポピュラーなものならともかく、こんなレア能力者が五人も集まるなどあり得ない。
能力というものは目に見える現象としては同じでも、厳密には一人一人違う能力を持っている。
つまりたとえばの話。御坂美琴とそこいらにいる電撃使いでは『電撃使い』というカテゴリは同じだ。
だが起きる現象としては同じ電気の生成であっても、そこには根本的な違いが存在する。

それは能力の基盤となる『自分だけの現実』だ。
たとえ生じる結果は同じでも、それぞれが観測する可能性、それぞれの世界は一〇人いれば一〇種類ある。
当然の話だ。それ故に『自分だけの』現実なのだから。
要するに電撃使いが一万いるとすれば、それはそれぞれ別の『電撃使い』であり、『自分だけの現実』を土台とする以上全く同一の能力者など絶対に存在しない。

だからこの五人の少女たちも、五人ともが『油性兵装』なのではなくただオイル操作能力者を五人集めただけの可能性もある。
しかしそんなことをする意味があるだろうか。
たしかに彼女たちの力は強大だ。大能力者という括りの中でも上位に位置するだろう。
だが特別垣根の『未元物質』に相性がいいというわけでもない。

そこまで考えて、垣根は一つの可能性に行き着いた。
思い出したのだ。この学園都市に数え切れぬほどに溢れる『闇』の一つを。
なるほど、と垣根は思う。確かにそうなら彼女たちの不自然な能力の共通点も頷ける。

「テメェら……『白鰐部隊(ホワイトアリゲーター)』だな?」

そして垣根帝督は笑ってしまうほどに滑稽で、悲劇的なそれを口にした。










広大な空間に、人の形をした影が二つ。
その片方が白い体を揺らし、その陰も陽炎のように動いた。
そこまでが人間の知覚できる限界。

一方通行の体は、次の瞬間音さえ置き去りに砲弾のように恋査へと突撃していた。
鮮血を舞い散らせ確実な死を提供するその腕で、一瞬でカタをつける。
音速を超えた、あらゆるベクトルを操る必殺の一撃。
だがそれは何も掴むことなく空を切った。

一方通行がキッと首を思い切り右に振る。
いつの間にかそこへ移動していた恋査に、焦りの色は見られない。
能力者。一方通行は頭の中で推測を立てる。

(普通の奴に今の一撃はかわせねェ。なら恋査とかっつゥ野郎には何かがある。
単純な速度か、それとも知覚能力か。だが本当にそれだけか?
たったそれだけの力で、俺の能力を知っていて尚俺と戦おォと思うか?)

一度電極を戻した一方通行の脳裏をよぎった嫌な予感。
そしてそれは最悪の形で、そして全く予想外の形で実現する。
ジャガッ!! という複数の金属が擦れるような奇怪な音を一方通行は聞いた。
一瞬、目の前の光景を理解できなかった。

恋査の背中から何かが展開されている。翼のようにも見えるそれ。
一方通行はそれを見て、つい先日戦った一人の超能力者を思い出す。
垣根帝督。『未元物質』。展開された、天使のような六枚の白い翼。
だがよく見てみれば恋査のそれは垣根のものとは全く性質が違うことが分かった。

この世に存在しない物質で作られ有機さも無機さもある程度含んでいたあれとは違い、恋査のものは完全な無機物だ。
そもそも恋査のそれは翼ではなかった。たとえるなら花。
メタリックな巨大な赤い花に、おしべやめしべを思わせる複数の銀色をした金属棒が伸びている。
何かは知らないが、そこには学園都市のえげつない先端技術がこれでもかというほどに詰め込まれているのだろう。

そして再度鳴り響く金属音。展開された巨大な花が恋査の背中に再びしまわれた。
ほんの一瞬の出来事。一秒にも満たない時間の中で起きたことだった。

(何だ? 奴は一体何をしている?)

分析を怠らない。一方通行は当初、垣根のようにあの花を攻撃や防御に使うのかと思った。
だが違う。一瞬展開しまたすぐに戻してしまった。
一体今の行動に、この刹那の間に何が起きていたのか。
一方通行は早まらない。銃を抜き、いつでも能力も発動できるようにして身構える。
時間制限がある以上一瞬だって能力を無駄には出来ない。まずは恋査の力を見極めておきたかった。

「オマエが何をしたのか、俺は知らねェ。何が変わったのか見せてみやがれ!!」

銃の引き金を引く。発砲。
これで恋査をどうにか出来ると思ってはいない。
あくまで牽制、そしてその力を見極めるためだ。
単純に能力を使って叩き潰そうとしなかったのは、それだけ一方通行が慎重になっていたからだ。

慎重になっていたが故に能力ではなく銃を選択し。
警戒していたが故に先制攻撃を仕掛けた。

その何もかもが。
致命的と評価出来た。

「その選択は悪手です。どうか一瞬で消し飛んだりはしないでくださいね」

恋査の前に迸った、不健康な青白い閃光。
激しく渦巻くそれに銃弾が触れた途端、冗談のような気軽さで鉛弾は跡形も残さず消滅した。
それに驚いている時間など僅かも存在しない。
そのまま青白い光は逆流するように放たれ、一方通行へと襲い掛かる。

「ッ!!」

反応できたのが奇跡だった。
青白い破壊の力は一方通行の銃を消滅させ、そのままそれを構える左手を掠ったところで電極のスイッチが切り替わる。
『一方通行』という最強の能力を取り戻したおかげで、それ以上の被害を防ぐことに寸でのところで成功する。
あと一瞬、本当に一瞬でも遅ければ左手は消えてなくなっていただろう。

それだけの破壊力を青白い光―――“恋査の放った『原子崩し』”は秘めていた。
粒子でも波形でもない中間に強引に固定し叩きつける、粒機波形高速砲。
その前では人体だろうが鋼鉄だろうが紙屑に等しい。

学園都市第四位の超能力者の保有する、唯一無二の能力。
麦野沈利の『自分だけの現実』から生じ、麦野沈利の演算能力によって形を得る凶悪な力。
それを恋査は撃ったのだ。

「な、ンだ、今のは……!!」

一方通行は麦野沈利と面識がない。
会ったことがないのだから、当然その能力も見たことがない。
金属を易々と食い破っていく圧倒的破壊力。何もかもを防いでしまいそうな盾。

故に、一方通行はそれを見てこう思ってしまった。
『これが、この破壊の力が恋査という女性の力である』と。
それはある意味では正しく。ある意味では的外れでもあった。
少なくとも。現在の状況において、その認識は命取りになりかねないものであることは確かだった。

「何か大きな勘違いをしているようですが」

恋査はカツ、と一歩前に出る。それに伴いガシャコン!! という嫌な音がまたも鳴り響く。
科学的で巨大な花が開き、そしてすぐに閉じる。

「私の力は、学園都市第四位の超能力者の有する『原子崩し』ではありませんので。
あなたは私に対する認識を、そもそもの根本から取り違えている。
学園都市第一位、『一方通行』。それが私という存在に対しては決定的な武器とはなり得ないということを、あなたは理解すべきです。
何故なら―――……」

恋査の言葉はそこで途切れた。
割り込んだものの正体は携帯の着信音にも似た小さな電子音。
一方通行ではない。恋査の方から鳴っている。
恋査は何の躊躇いもなく通信に応え、一方通行の眼前で何者かと会話し始めてしまった。

「……オイ。敵の目の前でそンな全身お好きなところをぶち抜いてくれとばかりに隙を晒すンだ。
『いつでも殺してください』ってことでいいンだよな?」

遠慮などしてやる意味も義理も必要もない。
そもそも正面切って対峙している最中に隙を晒したのはあちらなのだから、文句を言われる筋合いもない。
一方通行がその心遣いに感謝して喜んで全身を砕いてやろうとした時、恋査がこちらを振り向いた。

「先生があなたと話したいと言っています」

「ハァ?」

先生って誰だ。そもそも今は戦闘中じゃないのか。
そんなことを考える一方通行などまるで無視して、恋査は大きなタブレットを取り出した。
液晶画面をこちらに向けるように持つと、すぐに画面に何かが映った。
人間だ。人の顔。金髪の派手な髪に顔面に入れられた刺青、とってつけたように羽織っている白衣。

『やっほー、元気かなー、一方通行ぁ!!』

どこまでも人を馬鹿にした声。
見間違えるはずがなかった。外道中の外道。
おそらくは第三次製造計画の主導者の一人であり、そうであるなら絶対に消去すべき対象。
そして今その疑念は確信へと変わった。
そうでなければこの場所で、このタイミングでこうして顔を見せるわけがない。

裂けたように獰猛に口元を歪め、一方通行は嗤う。

「……ずいぶン久しぶりじゃねェか。
人の顔見てビビってたインテリちゃンたァ思えねェはしゃぎっぷりじゃねェか。なァ、木原……ッ!!」

学園都市に蠢く『闇』の最奥に潜む木原一族の一人。
木原数多が、液晶画面の向こう側で狂気的な笑みを浮かべていた。










木原円周の体が僅かに動いたのを御坂美琴は見逃さなかった。
来る。そう直感して、身構える。そして。

「んしょ、んしょ」

「……は?」

円周は攻撃を仕掛けることもなく、近くに置いてあった長方形の箱を引き摺って近くへ引き寄せる。
ガチャリと箱を開け、鼻歌を歌いながら中身を取り出し始めた。

「えーっと……」

今の円周はあまりに隙だらけだ。
電撃だろうと超電磁砲だろうと確実に叩き込めるだろう。だが。

「えっと、ちょっと……攻撃してもいい?」

気付けばそんなアホな質問をしていた。
あまりに能天気にマイペースでいる円周を見て、何か気が抜けてしまった。
人の命を消耗品のように扱う暗部の連中と一戦交えると思っていただけに、想像とのギャップが激しい。

「ちょっと待ってね」

笑顔でタンマを要求する円周。
これでいいのだろうか。美琴はそう思わずにはいられなかった。
円周は床に座り込み、何かを着込んでいた。
僅かの後、準備を終えた円周はすくりと立ち上がった。

その体には装甲のようなものが装着されていた。
美琴はそれを見て駆動鎧を思い浮かべた。
ただし円周のそれはあれほどの大きさがない。
小型版駆動鎧。そんなイメージを美琴は抱いた。

肩や腕には動きの邪魔にならない程度のプロテクターがついているが、肘や膝といった間接部分にはそれはない。
駆動鎧と比べれば動きの自由度は高そうだ。
もっとも、効果の高さで言えば駆動鎧よりだいぶ下回るのだろう。

「おっけーい。それじゃ行くよ、美琴お姉ちゃん」

地を駆け、壁を走り、オートバイ並みの速度で突撃してくる円周。
その只者ならぬ動きを見てようやく慌てて身構える美琴だが、遅い。
あどけない顔立ちに、無垢な笑顔。悪意の感じられぬ言葉。
だがそれでもやはりこいつは敵なのだと、美琴は自分に言い聞かせる。

円周の右腕が美琴のこめかみを狙って正確に放たれる。
慌てて状態を後方へと逸らすと、美琴の鼻先を僅かに円周の腕が掠めた。
やはり小型駆動鎧で身体能力を底上げしているようだ。
続けて繰り出そうとする蹴りを前髪から放った電撃で牽制し、美琴はバックステップして距離をとった。

反撃に出ようとして、その可愛らしい顔立ちに一瞬、だが確実に躊躇を覚えた。
どこから見ても普通の少女。今まで見てきた暗部の人間にあったものがない。
ここで少しでも躊躇ってしまう自分に美琴は小さく笑った。
これが垣根や麦野に「甘い」と言われる所以なのだろう。

(でも、この子を倒さなきゃ先には進めない。悪いけど倒させてもらうわ!!)

右手にバチバチと帯電させ、攻撃に出ようとした美琴の動きが再度止まった。
その理由は、スマートフォンを見つめている円周が呟いた言葉。

「うんうん。“分かっているよ、帝督お兄ちゃん”」

「―――ッ!!」

木原円周の動きが、明らかに変わった。
キレが良くなったとかそういうレベルではない。どう見ても全く別人の物としか思えないレベルで。
円周は完璧な体運びで床を蹴ると、一息に距離を詰めて美琴の懐に飛び込んだ。

「一撃必倒。それが帝督お兄ちゃんの格闘における基本スタイルなんだよね!!」

その勢いを殺さずに、美琴の胸へ大きく指を開いた右の掌を突きたてようとする。
狙いは美琴の心臓。胸に強い外的衝撃を与えると、心源性の失神を誘発する。
下手に顔や鳩尾を殴るよりよほど効果的な一撃だった。

だが勿論、そんな攻撃を美琴が食らってやるはずもない。
即座に左腕を盾にして防ぎ、そのまま即座に攻撃に転じた。
直接電撃を流し込んで行動不能にしてやろうと、手を伸ばして円周を掴もうとする。

しかし円周は一瞬で後ろへ両手をついてジャンプして中空で半回転し、それを回避。
その逆立ちした状態のまま腰に捻りを加え、美しい回し蹴りを叩き込んできた。
その際円周のスカートが捲れ上がり、ストッキング越しに白い布地が見えたがそれは無視。
床と自身の体を磁力で反発させその場から超スピードで離脱し難なく回避する。

適当に付近のものを引き剥がし、それを円周に向け射出しながら美琴は考える。

(帝督お兄ちゃん……?)

どういうことなのだろうか。
木原円周が垣根の妹などという馬鹿なことは考えない。
それならば美琴も「美琴お姉ちゃん」と言われている。
気になるのは、その直後に円周の動きがガラリと変わったことだ。

円周は再度携帯を眺め、何かを操作する。
その画面では何かのグラフが激しくのたうち、生き物のように踊り続ける。
円周はその両目に変化を続けるグラフ群を映したまま、ゆらりと動いた。

「帝督お兄ちゃんだけじゃ足りないか。でも、大丈夫だよね。
乱数おじさん、幻生おじいさん、病理おばさん、那由他ちゃん、唯一お姉ちゃん、蒸留お兄ちゃん。
混晶お姉ちゃん、直流クン、導体おじさん、加群おじさん、分離お兄ちゃん、相殺ちゃん。
顕微おばさん、分子お兄ちゃん、テレスティーナおばさん、公転お姉ちゃん、解法おばさん」

グラフは激しく暴れ続ける。
そして木原円周の中で、新たな『木原』が芽吹いた。

「……数多おじさん!! 仕方ないよね。気が引けるけど、『木原』ならこういう風にするんだよね」

木原円周の動きが、またも一変した。
滑らかな足捌きで突撃し、美琴の妨害を異常なまでに精密な動きで突破してくる。

「金槌レベルの破壊力を顕微鏡サイズで制御する。それが数多おじさんの戦闘パターンなんだよね!!」

床に落ちている砕けた金属片を円周が蹴り上げる。
反射的に防御体勢をとる美琴だったが、円周はそこに留まらない。
一度蹴飛ばしたそれを空中でもう一度蹴りつけ、全く異なる軌道を描き美琴の防御を抜けようとする。
だが効かない。あっさりと美琴の磁力に囚われ、それは効力を失った。

いずれにせよ磁力の壁を破れない以上、円周の攻撃は何の意味もない。
だが円周の顔には焦りが見られなかった。変わらずきょとんとしたような幼い表情のままだ。
美琴は思案顔になり、これまでのヒントを脳内で整理する。

帝督お兄ちゃん。明らかな動きの変化。スマートフォンを見つめる行為。
そこに表示されていたグラフ群。数多おじさん。多くの人名。
帝督お兄ちゃんの戦闘スタイル。『木原』ならこういう風にする。

そう。円周の動きが変わる前には必ず携帯画面を見つめていた。
そしてその後に誰かの名前を呟き、おそらくその人物に合わせた動き―――いや、美琴の考えが正しければ思考が変化する。

「アンタ……もしかして、外部からスクリプト入力で他人の思考パターンを!?
そんなことしたらアンタの脳が持たない!! 人格だって……!!」

「私は『木原』が足りないからね」

円周は何でもないことのように言った。

「でも、私は『木原』五〇〇〇人の思考パターンによって支えられている。
一人二人押し返したくらいで、『木原』に勝つことは出来ない。
みんなで力を合わせて戦っているんだからね!!」

またもグラフ群が変動する。
円周の思考パターンがまたも切り替わる。
新たな『木原』が顔を出す。

「分かっているよ、当麻お兄ちゃん」

―――その、はずだった。

「こういう時、上条当麻ならこうするんだよね!!」

「―――ッ、ア、ンタ……ッ!!」

善性を悪用するというもっとも『木原』らしい方法で、木原円周は容赦なく美琴に襲い掛かった。

投下終了、ですか。良い真名です

この三人の前哨戦は短いです、ほんとすぐに終わります
というか見直してみるとこのレベル5vs木原の戦い自体が結構短いです
あくまで起承転結で言う結であり、あとは終わるだけなので仕方ないのですが

次は一方通行サイドからです

    次回予告




「久しぶりじゃねェか、木原ァ……!!」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市最強の超能力者(レベル5)――― 一方通行(アクセラレータ)




『よっす。元気なようで何よりだ、モルモット君?』
一方通行(アクセラレータ)の能力開発を担当した『木原』一族の一人―――木原数多




「ですから、こんなことも可能です」
学園都市・統括理事会の最終兵器―――恋査




「切り札っていうか、最後の手段っていうか。
うんうん、唯一お姉ちゃんだったらただではやられないよね」
『木原』としては及第点とは言えない少女―――木原円周




「馬鹿野郎ッ!! 何考えてるのッ!!」
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴




「もう立ち上がるか。俺の制約を差し引いても普通じゃねえな」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市第二位の超能力者(レベル5)―――垣根帝督




「『白鰐部隊』は一対一なんて武士道精神を持ち合わせちゃいない。
たった一人の超能力者によってたかって数十人で飛び掛り、食い散らすのが『白鰐部隊』の真髄」
対超能力者(レベル5)用のプロジェクト・『白鰐部隊(ホワイトアリゲーター)』のメンバー ―――坂状友莉




「だからあたしたちも容赦のないやり方をすることにした。
『白鰐部隊』の確実な戦術の前に、希望なんて曖昧なものが入り込む余地はない」
対超能力者(レベル5)用のプロジェクト・『白鰐部隊(ホワイトアリゲーター)』のメンバー ―――兵頭真紀




「まさかとは思いますが……あなた相手に私たちがこんな危機的状況を想定していなかった、なんて思っちゃいませんよねぇ?」
対超能力者(レベル5)用のプロジェクト・『白鰐部隊(ホワイトアリゲーター)』のメンバー ―――相園美央

乙です
しかしいつ見ても木原の愉快な仲間達の名前のぶっ飛びっぷりは異常

この三者三様の戦いの中、白鰐さんたちのカマセ臭は特に際立っているように感じてならない

ステイル=マグヌスと名乗りたいところだけど、ここは投下と名乗っておこうかな

>>855
蒸留とか相殺とか分子は流石にどうかってレベルですよねw

>>857
彼女たちを応援してあげてください

それにしてもあまりレスがつかなくなったのは語ることがあまりなかったからかしら?

介入。

「久しぶりじゃねェか、木原ァ……!!」

一方通行は画面の向こう側にいる木原数多に対し、悪意と殺意を剥き出しにする。
木原数多。学園都市の最深部の潜む『木原』一族の一人であり、一方通行の能力開発を担当した科学者。
そして同時にイカレにイカレた最高の外道である。

『よっす。元気なようで何よりだ、モルモット君?』

「……オマエが第三次製造計画の責任者か?」

『んなこたぁどうでもいいだろうが。ま、でも答えてやるよ。俺の優しさに感動する場面だぜぇここは。
ぶっちゃけ、第三次製造計画の責任者なんていねえんだ』

思わずハァ? という間の抜けた声が漏れた。

『一応関わってんのは俺と、あと二人なんだけどな。
その内俺とテレスティーナってのが個人的な理由で作っただけなんだよ、第三位のクローン。
もう一人は単純な科学者としての興味だろうよ。
それに後から上の連中が興味持って、第三次製造計画なんつうプロジェクトを仕立て上げただけだ』

画面の中の木原はつまらなそうにため息をつき、頭をガリガリと掻きながら続けた。

『要するによ、順番が逆なんだよ。第三次製造計画に合わせてクローンを作ったんじゃねえ。
俺らが作ったクローンに合わせて第三次製造計画が出来たってわけだ。分かってくれたかなぁ、その動作不良の頭でも。
まあ、でも今この施設にいるプロトタイプは間違いなく俺が手を加えたんだけどよ』

少なくとも一人。また作らせてしまった。
この異常者共に好き勝手にさせてしまった。
一方通行は砕けるほどに歯噛みする。ふざけやがって、と吐き捨てた。

「どォして今更クローンなンて作ろォと思った」

『理由? 理由ねえ……』

木原はわざとらしくそこで一度言葉を切ってためた。
イライラする一方通行を無視して、やがて木原は狂ったように哄笑し始めた。

『そっりゃあテメェを苦しめるために決まってんだろぉがぁ!!
ぎゃははははははははは!! 喜べよ一方通行!! わざわざ実験動物を手厚く歓迎してやるっつってんだよ!!
あー、ほんと優しいなぁ俺。俺より優しい奴なんて絶対いねえよ』

つまり、何だ。その第三次製造計画のプロトタイプとやらはそのために手を加えられたと。
壮大な『実験』の礎とか、そういうわけでもなく。
ただ単に、一方通行に対する嫌がらせのためだけに木原に弄ばれたということか。

「殺すぞ、クソ野郎が」

湧き上がる身を焼くような衝動。
今すぐにこの男の耳を削ぎ落として、爪を剥いで、四肢をもいで、ハラワタを抉り出してやりたい。
自分も相当の外道だと自覚しているが、こいつは―――木原は違う。
昔から分かっていたことではあるが、一方通行や垣根ですら躊躇うことを、踏みとどまるラインをこいつは笑って超えていく。
もし『人間』の定義を理性があるとかそういうものであるならば、木原数多は人間ではないとすら思う。

『まーそう粋がるなよクソガキがよ。どうせ出来やしねえんだから。
それよりテメェもっとしっかりしろよ。最後なんだから大人しくモルモットらしくしてろ』

「……最後ってのはどォいう意味だ」

何もかもを破壊してしまいたくなる衝動を力ずくで押さえ込み、一方通行は訊ねた。

『だからどう転んでもテメェはここで死ぬってことだよ。“どう転んでも、な”。
だからそのサイボーグ相手に最後のデータ収集ってわけだ。
どうせデータ全部採り尽くしたらテメェなんざただの絞りカス、産業廃棄物なんだからな。
ところがテメェはさっきから何だぁ? まるでお話にならねぇ。だからこうして俺直々に喝を入れてやってんだ。
モルモットはモルモットらしくただ言われたことやってりゃあいいんだよ』

「サイボーグだと……?」

一方通行は木原の罵詈雑言に一〇〇倍返しにして言い返してやりたい気持ちをぐっと堪え、タブレットを持つ恋査を見つめた。
見た目にはとてもそうは見えない。人間そのものだ。
だが先ほど背中から現れた科学的で巨大な花。あれもサイボーグだとするなら納得は行く。

『ちなみにそいつは統括理事会のとっておきってヤツだから。
あんま余裕ぶっこいてっと俺に殺される前にそいつに殺されちまうぞ。
せっかく用意した俺のもてなしも無駄になっちまうし、そんな盛り下がるオチだけは勘弁しろよ』

そこまで言うと木原は一方的に会話を打ち切り、タブレットの画面がぷつりと消えた。
それを確認した恋査はタブレットをゴミのように放り捨ててしまった。

「そういうわけですので、あなたにはもう少しやる気になっていただかないと。
ああ、そう言えばあなたは垣根帝督との戦いで重傷を負っているのでしたね。
とはいえそんなことでは私にはとても勝てませんよ」

「木原のカスがサイボーグっつってたな。
統括理事会の隠し玉だと? 一体何者なンだ、オマエ」

「想定カタストロフ029」

恋査の整った声が響く。
聞き覚えのない単語に一方通行は目を細めた。

「『学園都市に七人いる超能力者が全て同時に統括理事会へ敵対行動を取った場合の対応策』。
そのために生み出されたのが私です。つまり、今の私は七人全てを個別に撃破するだけの能力を授かっている。
くれぐれも、私を軽んじたり私を無視して先に進むなどという愚策が通じるとは思いませんよう」

統括理事会の隠し玉。その言葉の意味を一方通行は理解した。
恋査の言葉が真実ならば、それはたしかに究極とも言える戦力だろう。
そんな恐ろしいものを作り上げていたことに、一方通行は改めて学園都市の科学力に畏怖した。

しかし、どうやって? という疑問はある。
七人の超能力者は第一位から第七位まで、それぞれが圧倒的は戦力を誇る。
単騎で軍隊と伍する以上、それを全て撃破するというのは並大抵の力でできることではない。
だが一方通行は既にその答えに辿り着いていた。

「クッソ面倒な野郎だ。許可なく勝手に他人の力を使ってンじゃねェよ」

先ほど恋査の放った青白い光。
一方通行は最初あれが恋査の能力だと思ったが、それは恋査の言葉により否定されている。
恋査は「自分の力は第四位の原子崩し」ではないと言った。
つまり一方通行は見たことがないが、あの攻撃は第四位の能力だったということになる。

つまり恋査は何らかの手法で麦野沈利の力をコピーした、という結論が導ける。
いや、一方通行の想像通りなら『コピー』という言い方は正しくない。
だが現象としては同じだ。そして七人全員を打倒できるという言葉を考慮すると、その力は第四位のものだけで留まるとは到底思えない。

要するに。
恋査は超能力者たちの能力を自由自在に引き出して行使することができるということ。

「噴出点でも設けてンのか。おそらくオマエがやってンのはそォいうことだろ。
オマエは俺たち超能力者の能力をコピーしてるわけじゃねェ。
正真正銘、本物の超能力者の能力だ。言ってみりゃ人ン家に勝手に配線して電力を盗むよォなモンだろ」

ナメた真似しやがって、と一方通行は吐き捨てた。

「そしてそンなとンだことができるってこたァ、オマエはサイボーグだってことだ。
当然だな。生身の人間にそンな芸当はできやしねェ。しかもおそらく脳以外全部が機械だろォな。
いや、下手したら脳すら怪しいか。流石の学園都市でもそこまではいってねェことを願いたいモンだな。
だからこそオマエは統括理事会の隠し玉なンて言われるわけだ。複雑怪奇でわけ分からねェっつゥ第七位はどォだか知らねェが。
―――俺の『一方通行』、第二位の『未元物質』すら行使可能ってわけだよなァ!?」

そこまで見抜かれて、恋査は人間らしく若干の驚愕を浮かべた。
だがそこに焦りの色は欠片もない。
あくまで冷静なまま、余裕すら感じられる。

「流石は第一位。頭脳も相応のようですね、もうそこまで見抜かれるとは。
ええ、あなたの言っていることはほとんど正解です。
ただ一つ訂正させていただくとするならば、脳という表現は正確ではありません。
生命の最小単位として視床下部だけが人間の名残です。
たとえ私が死亡しても、他の視床下部がこの恋査という体に搭載されるだけの話」

それは生きているのか、死んでいるのか。
噴出点を設けるためには、完全に一個の人間になってしまうクローンのようなものでは駄目だった。
生物学的手段を一切用いずに、人間という生き物を再現する必要があった。
その矛盾した状態を、どこかの誰かは実現させてしまった。

そして学園都市の予算の一部を丸呑みにするほど莫大な費用を糸目をつけずに投入され、出来上がったのが恋査という大戦力。
どれほどの手間と資金を費やすとしても、それだけの価値があると判断されたのだろう。
たとえ七人の超能力者全員の怒りを買ったとしても。
それら全員を単騎で蹴散らせるほどの戦力。

ガシャコン!! という音と共に恋査の背中に巨大な花が展開される。
折りたたまれていた金属棒が何らかの計算式に従って高速で動き、再び背中の内部へと戻っていく。

「背面内部の『編み棒』を展開、数値制御することで人形内の糸を引っ張るような形で人体配線の設計図を変更。
複数の人間の同特徴を再現し、切り替えることで噴出点を作り上げることが可能となっております。
具体的には第一位から第六位までの超能力者と、半径二〇〇メートル以内の任意の能力者から自在に能力を引き出すことが可能となります。
……現状、解析不能な第七位は実現できていませんが、他六人分の力でごり押しすれば撃破できるだろうとのことです」

たしかにそうだろう。『未元物質』や『一方通行』すら使えるのならば第七位一人を撃破するのは難しくもない。
一方通行はつい先日死闘を繰り広げた垣根帝督などよりも、よほどやばい相手と相対しているのかもしれない、と思った。

「ですから、こんなことも可能です」

恋査は胸ポケットから何かを取り出し、手に乗せた。
そしてその右手を突き出し、バチバチと紫電を纏わせる。
その構えに、その力に見覚えがあった。
かつてその身で味わった超能力者の力。

学園都市第三位。『超電磁砲』御坂美琴の力。
そして放たれようとしているのは、その能力名にして代名詞でもある超電磁砲。

(超電磁砲だとォ!? クソッタレ、よりもよってオリジナルの……ッ!!)

『原子崩し』でも『心理掌握』でも何でもなく。
恋査が選択したのは御坂美琴の『超電磁砲』。
それはただの気分だったのか、それとも一方通行の心理を読み取った上での選択だったのか。

走る電撃が、特徴的なその構えが、美琴のものと被って見える。
恋査の動きは何一つ本物の美琴と変わらない。トレースしたように僅かほどの差もない。
分かっている。それでも目の前にいるのは恋査だ。
『超電磁砲』の力を使っていても、こいつは御坂美琴ではない。

だがそこで一瞬―――本当に一瞬、瞬きほどの、もしかしたらそれ以下かもしれないほど短いが確かな迷いが生まれた。
その文字通りその刹那の間に、音速の三倍もの速度で超電磁砲が容赦なく一方通行へと放たれた。










木原円周と御坂美琴。
その戦いは互角とは言い難いものだった。
円周の攻撃は全て美琴に対処され、美琴の攻撃は大抵が通った。

だが円周は倒れない。倒れても何度も何度も立ち上がった。
戦っているうちに美琴はあることに気付いていた。
それは円周には防御能力がほとんどないこと。

これまで円周は攻撃をかわすばかりで、まともに防御したことがない。
ここで言う防御というのは腕で顔を庇うようなものではなく、もっと上のレベルの話だ。
美琴の磁力によるもの。垣根の『未元物質』によるもの。一方通行の『反射』。
『油性兵装』。『窒素装甲』。そう言った異能、または高い科学技術により支えられる防御力がない。

それを悟ってからというもの、どうしても美琴の攻撃には加減が加えられてしまった。
勿論それでも普通の人間なら立ち上がれない程度の力は込めている。
だが円周は超人的な精神力とでも言うのだろうか。
とにかく普通の人間にはない何かで幾度でも立ち上がった。

「流石美琴お姉ちゃんだね。このままじゃとても敵いそうにないかな」

「……ならどうするの? いい加減に倒れときなさいアンタ」

どうしても可愛らしい顔立ちをした年下の少女に手を上げるのは気が進まない。
頭では分かっている。こいつは敵だ。『木原』の一人だ。
だが同時に、こいつはどこまでも『木原』らしくない。
テレスティーナ=木原=ライフライン。木原幻生。今まで見てきた二人の『木原』と比べると、どうしようもなく平凡な少女だ。

テレスティーナのような表情や言葉の荒さがない。
幻生のような残虐性がない。
ただ無垢な表情で「美琴お姉ちゃん」と呼びかけてくる。
美琴としてはさっさと終わらせてしまいたい戦いだった。

「うんうん、そうだよね。『木原』らしくなくても何もできずに終わるのはもっと『木原』じゃないよね」

突撃した円周は美琴に攻撃を仕掛けようとはしない。
美琴のすぐ近くまで来たところで立ち止まり、懐から何かを取り出した。
それが何なのか、美琴には分からなかった。
一方通行や垣根だったら分かっていたかもしれない。
だがそれは平凡な一般人として暮らす美琴にはあまりに縁のないものだった。

凸式の、指向性地雷。

躊躇なく起爆。

爆風の方向性を定め、一方向に集約させることで威力を増す地雷。
広範囲へ爆発を撒き散らす場合には、小さな鉄球を仕込んだりすることもある。
指向性の爆薬は爆風の方向を調整することで、狙った威力を叩き出す。
つまりその外にいれば爆風や炸裂する散弾の被害を受けることはない。

とはいえ、何事にも限度はある。
地雷のすぐ近くで起爆して無事でいられるはずがない。
美琴には異能の力があるが、地雷を持つ円周には異能の力はない。

「無、茶苦茶な……っ!!」

美琴の対応は迅速だった。
即座に能力を発動、右手を振り下ろす。
するとそれに呼応して上階に残してきた砂鉄が鳴動する。

天井を強引に突き破り、多くの石片などを伴って雪崩のように砂鉄が二人のいる空間に流れ込んできた。
それはカーテンのように美琴と円周を遮り、地雷の爆発から美琴を守護する。
爆発が収まった後に美琴が砂鉄の防壁を解除すると、そこには如何なる手段を用いて逃れたのか、円周が五体満足のまま立っていた。
だがやはり完全には避けられなかったようで、その右腕は重傷を負っていてまともに使えそうになかった。

「……お願いだから、もう降参して。これ以上やっても無駄よ」

円周の、年端もいかぬ少女の痛々しい様を見て美琴は顔を歪める。
何のためにそこまでするのか分からない。
あんな自爆紛いのことまでして、怖くはないのだろうか。

「かもねー。でもー、そっれだけーじゃないんだなー」

明るい声。何も変わらない。
腕を負傷する前と、今と。あまりの変化のなさに美琴は違和感を覚える。

「……どういう意味?」

「切り札っていうか、最後の手段っていうか。
うんうん、唯一お姉ちゃんだったらただではやられないよね」

自由な左腕で円周は懐からしっかり栓のされた試験管を取り出し、美琴に見せ付けた。
中身は傍目には何も入っていないように見えるが、この局面で出した以上必ず何かがある。
一見空のように見えて、その実この戦況をひっくり返せるようなもの。
まさか、とは思いつつも美琴は一つの最悪の可能性を考えてゾッとした。

「ちょっと待って。アンタ、それ、もしかして中身は……!!」

「察しがいいね。『細菌の壁』って言うんだけどね。
ロシア政府の最重要機密の一つ。核兵器発射施設が占拠された時の対策。
施設には傷をつけずに人員だけを確実に殲滅する生物兵器だよ」

「―――自分が何を言ってるか、本当に分かってんの……っ!?」

「? 分かってるよ?」

きょとんと、何を言っているのか分からないといった風に円周は小首を傾げる。
美琴は円周との間に決定的で致命的な温度差を感じた。

(もしかして……こいつ……)

「感染経路は空気感染。しかも呼吸器だけじゃなく皮膚からも血管に入り込む特別仕様でっす。
油分を分解するおまけ効果もあるから対BC兵器用の防策も無意味だよ。
一度散布されれば確実な死を提供します。そうだよね? 乱数おじさん」

「馬鹿野郎ッ!! 何考えてるのッ!!」

美琴は反射的に大声で怒鳴っていた。
まるで何でもないことのように言う円周が恐ろしくすらあった。

「そんなことしたら取り返しのつかないことになる!!
バイオハザードが発生するわよ!! アンタだって感染は避けられない!!」

「そうだねー。でも結果を求めるなら代償は必要だと思うな。
そこで自分をモルモットみたいにするのは『木原』らしくないかもしれないんだけどね。
他の方法じゃあ美琴お姉ちゃんには通じそうにないから仕方ないよね」

『細菌の壁』とやらについて美琴は何も知らない。
だがその感染力如何によっては学園都市全域を飲み込む危険性だってある。
最悪、『外』にまで漏れる可能性も無視できない。

そんな生物兵器をここで散布すれば、たしかに美琴は殺せるかもしれない。
だが円周本人だって間違いなく感染するだろう。
それを正しく理解しながら顔色一つ変えない円周に、美琴は木原円周という少女の本質を垣間見た。

(こいつ、最悪だ……最悪だ!!
こいつは純粋過ぎる。あまりに純粋過ぎて、善も悪も倫理も道徳もこいつにはないんだ!!
本質的なところでは無邪気な子供と変わらないから、一層タチが悪い……っ!!)

他の木原一族―――木原数多やテレスティーナ=木原=ライフラインは自分たちの行動が人の道から外れていることを自覚している。
その上で、倫理や道徳といったものを取るに足らないと一蹴しているのだ。
だが木原円周はそもそもそういったものを知ってすらいない。
だから自分の行動がどういうものなのかが分からない。

美琴は知る由もないが、かつて円周は正義を騙り『木原』一族の才能に嫉妬した何者かによって監禁されていた。
暴力を振るうわけでも何でもない。ただ一切の学習が出来ないよう、何もない部屋に閉じ込めるだけ。
一切の教育を与えなければ『木原』でも『木原』らしくはなれないと考えたためだ。
そうして自分より下位の『木原』を生み出すことで、矮小な自己を満足させようとしていた。

何の教育もなかったがために、円周は九九も出来ないし漢字も片仮名も書くことは出来ない。
だが教材も教師も何もないその状況であっても、円周は一見落書きにしか見えない独自の記号で冷凍睡眠装置の基礎理論を証明。
床に散らばった三つのクレヨンは完全な黄金比を超越していた。
適当にくしゃくしゃにされた紙の皺は並列演算装置のチップの図面を示していた。
フロアランプの光によってできる床の影は見る者の心理を浮き彫りにする新種のテストとして機能していた、

要するに。
『木原』が『木原』であることに、後天的教育など必要ない。
『木原』は『木原』であるだけで科学から愛される。

『木原』一族の中でも木原円周は頭の出来で言えばかなり上位に位置づけられる。
たとえ教科書がなくとも。懇切丁寧に解説してくれる教師がいなくとも。
円周は世界を構成する要素から科学を抽出し、常に学習していた。

宙を漂う埃。プラスチック製のコップの質感。
明かりによる光の反射具合。滴り落ちる水の一滴。そういった要素が、徹底的に円周に叡智を授けていた。

本当の意味で『木原』から学習を奪うなら。
それは世界を残さず破壊する以外に方法などなかった。

そうやって木原円周は一人科学と遊んでいた。
善も悪も、そのボーダーラインも知らないという最悪かつ純粋な形で。

木原円周に悪意など存在しない。
彼女は何よりも純粋で、無垢で、無邪気で、ただ無限に得るインスピレーションをひけらかしたいという顔で。
自分を拘束していた鎖を溶解させ、自由を得た。
とはいえ円周はその鎖を邪魔に思っていたわけではない。それも所詮は科学を与えてくれる玩具の一つでしかなかった。

そして円周は科学で自分を閉じ込めていた人間を殺した。
憎かったわけではない。身の回りに玩具は溢れていたから、憎む理由など何もない。
ただ。自分の『科学』を、『叡智』を、『インスピレーション』を披露しただけ。
別に悪いとも思ってはいなかった。だって木原円周には善も悪も存在しないのだから。

だからこそ、木原円周は『細菌の壁』を撒くことに躊躇いはない。
その結果どんな災害が起きようとも、その重大さを円周は正しく認識できない。
だから円周は何の迷いもなく、何の悪意もなく、当然のように『細菌の壁』のパッケージを開けようとする。

「うんうん、これで私たちの勝ちだよね、乱数おじさん」

美琴が動くより早く。円周はその栓を引き抜く―――

「……はぇ?」

―――はずだった。

瞬間、円周は美琴の姿を見失った。
油断していたわけではない。本当に美琴の姿が掻き消えたのだ。
そして気付いた時には円周の手に『細菌の壁』はなく。
その最終兵器は、御坂美琴の手にあった。

そして円周が再び何かするより早く。何かの反応をするより早く。
いつの間にか円周の目の前にいた美琴ががっしりと円周を拘束し、無言のままに電撃を流し込んだ。
確実に、絶対に意識を落とすよう。自分でも若干やり過ぎだと感じるほどに。

そうして、木原円周は何が起きたのか正しく理解する暇もなく意識を落とした。
痛みを訴える体を無視して円周がしっかり気絶しているのを確認した美琴はほっと息をつく。
そして『細菌の壁』を自身の能力を駆使して死滅させた後、力が抜けてその場に座り込んだ。

「あいつがあんな奴だと分かってたら、もっと早くにこうしとけば良かったわね……」

麦野沈利との戦いでも使用した、生体電気や筋組織に干渉しての擬似的な肉体強化。
それを麦野との戦いの時以上に強引に引き上げたのだ。
即ち亜音速にまで。

肉体への大きな負荷は当然無視できないが、それが分かっているからこそ一瞬で勝負を決めた。
本当に僅かな間だけだったから想定していたより体への負担はずっと少なく済んだ。
円周が『細菌の壁』を解放するより早く奪い取らなければならなかったため、加減している余裕はなかったのだ。

倒れている木原円周に顔を向ける。
ある意味では彼女も被害者なのかもしれない。
これから真っ当な教育を受ければ、円周は真人間になれるのだろうか。

その絶望的な可能性に美琴は複雑そうに顔色を変えた。
『木原』は『木原』であるだけで科学から愛され、『木原』を発揮する。
『木原』一族の一人として生を得たことが木原円周の悲劇なのかもしれない。

だが敵にそこまで感情移入していては、先に進むことなど出来はしない。
美琴は休憩もそこそこに立ち上がり、先へと進もうとした。
もともと美琴の目的はこの先にあるのだ。こんなところで足踏みはしていられない。

しかしそんな美琴の目の前に、降り立ついくつもの人影。
美琴が足を止めると挟撃するように背後にも敵が現れる。

まともな兵士ではなかった。
黒一色の兵装の中、顔を覆うのっぺりとした仮面だけが金と白。
そしてその縦の長さは顔の二倍以上はあるように見える、異色の外見。
目や口を出すための穴も開いていない。

「……まったアンタらかクソッタレ」

思わず美琴は吐き捨てた。美琴はこのおかしな連中を見るのは初めてではない。
潮岸の居城に乗り込んだ時も、兵士たちや駆動鎧に混じって現れた。
そして美琴はこいつらが嫌いだった。大嫌いだった。
その理由は仮面に浮かび上がった光の文字。





『Equ.DarkMatter』




それが何を意味するのか。

複数人いる内の一人が円周を抱え上げ、どこかへと運んでいく。

「『木原』として及第点とは言えないこいつも、超電磁砲との戦いで何か開花するかとのことだったが。
結局何も起こらず仕舞いか。頭脳はトップレベルらしいのだがな」

「勝手なことを。一応聞いておくけど、大人しく通してもらえないかしら?」

繰り返しになるが美琴はこいつらが嫌いだ。
それを示すように既に抑えきれぬ紫電が全身を走っている。

「一応聞いておくが、素直に頷くとでも?」

口が見えないせいで誰が喋っているのか分からない。
だがそれでも次敵がどうするのか、自分がどうすればいいのかは分かる。
会話は早々に切り上げ、のっぺりとした金と白の仮面の中央から突如極めて生物的な外見の翼が飛び出した。
ギチッ、という音が聞こえた。襲撃者がこちらに突撃する準備を終えようとしている。

「はぁ、面倒くさ。結局こうなるのか……」










「ありゃ? 知ってるんですか。意外と有名だったんですかねぇ。
それとも単にあなたが物知りなだけか。本気で学園都市に反旗を翻そうとしていたというだけのことはありますね」

『白鰐部隊』。
垣根の口から出たその単語に、相園は素直な反応を示した。
否定することもなく、ただ肯定。
別に知られて困ることではないとでも言うように。
垣根はふん、とつまらなそうに鼻を鳴らして、

「生き残りがいたのか。テメェら吹っ飛んだんじゃなかったのか」

「まあ、あたしらの中には本当に吹っ飛んだのもいたよ。
テスト用の超電磁砲を受け止め損ねたりしてさ」

同じく子雛もつまらなそうに答える。
仲間の死に悲しむほど真人間ではないのか、それとももうそういった感情が失われてしまっているのか。

「尖り過ぎた超能力者を排除するための、安定戦力としての大能力者の生産だったか。
文字通り、完全に上層部のクソ共のペットだな。従順なこって」

「まあそう言わないでくれると嬉しいスね」

細魚が垣根の言葉を軽く聞き流す。
上の道具であることを受け入れているのか、それとも何か他の考えがあるのか。

「アンタや超電磁砲、一方通行。超能力者ってのは大人の都合が通じないからね。
個としての大戦力の超能力者より、制御の利く群としての大能力者の需要が生まれた」

「『白鰐部隊』は一対一なんて武士道精神を持ち合わせちゃいない。
たった一人の超能力者によってたかって数十人で飛び掛り、食い散らすのが『白鰐部隊』の真髄」

真紀と友莉が淡々と語る。自分たちが『白鰐部隊』であることに不満を感じているようには見えなかった。

「それで? テメェらは本気で俺をどうにか出来ると思ってんのか?」

大能力者と言えばかなりのレベルだ。
それが五人、徒党を組んで襲ってくるというのは相当の脅威である。
だが垣根帝督は第二位だった。麦野沈利や御坂美琴すらも、「所詮第四位」「たかが第三位」と侮れる実力を有している。
今の垣根は一応の治療を受けたとはいえ大怪我を負っているので、その実力に大きなセーブがかかっている。
しかしそれでも垣根帝督を五人の大能力者で撃破するのは難しい。

「がっ、はぁ!?」

突然細魚が潰されたカエルのような呻き声をあげた。
何が起きたのか分からなかった。気付けば全身を引き裂かれていた。
『油性兵装』の鎧のおかげでダメージは軽減できていたが、それでも一方的だった。

無言のままに襲い掛かってきた真紀と子雛を白翼で薙ぎ払い、吹き飛ばす。
その隙に懐に飛び込んできた相園と友莉を『未元物質』による爆発で対処する。
それで、五人全員は地に倒れた。

一度垣根が攻勢に回ればこんなものなのだ。
そもそも、この戦いは前提が間違っている。
『白鰐部隊』は友莉が語ったように群れで個の超能力者を蹴散らすもの。
今回は圧倒的に人数が足りていない。

『白鰐部隊』では第三位や第四位との戦闘では、五〇人で相手取ることを想定している。
であるならば。第二位に対して五人で挑むというのは、どれほど愚かであることか。
実際には垣根の負傷によってそのハードルはだいぶ下がっているだろうが、それでもたかが五人でどうにかなるものではない。

「おいちちち……やぁっぱまともにやると厳しいかにゃ?」

「もう立ち上がるか。俺の制約を差し引いても普通じゃねえな」

腹をさすりながらもすくりと起き上がった相園たちを見て、垣根は僅かに目を細める。
動きを封じたつもりだったが、見てみれば五人ともまだまだ元気で十分に戦えそうだった。

「あたしらの『油性兵装』は超電磁砲と同じく応用力の幅が広いタイプだし」

一定以上のレベルにまで上り詰めた能力者はおおよそ二つのパターンに分けられる。
極めて強力な攻撃を行う一点突破型。
多彩な攻撃手段を組み立てる万能型。

分かりやすい例としては、やはり第四位の『原子崩し』と第三位の『超電磁砲』の対比だろう。
『油性兵装』は美琴と同じく後者に分類されるタイプの能力だ。
それを生かしたのが彼女たちが身に纏っている黒い鎧のようなドレス。
服をオイルの装甲に変換したもので、かなりの防御力を誇る。

「液体と個体の区別すらない特殊複合装甲。
戦車の滑腔砲が直撃したってノーダメージでっせ」

「ちゃんと“受け止め”られれば超電磁砲にも耐えられるわけだし。
失敗すれば粉々だけどね、普通に」

なるほど、と垣根は思った。
どうやら自分は『油性兵装』という能力を少々見くびっていたらしい。
思いの他強力かつ自由度の高い力のようだ。

とはいえそもそもが。
これくらいのことはできなければいくら数が集まっても超能力者に勝てるはずがないのだが。

『白鰐部隊』のメンバーには二つの共通点がある。
一つは全員が一〇代前半ほどの少女たちであること。
一つは全員が大能力者の『油性兵装』を発現していること。

少女たちばかりである理由は諸説ある。
「感受性の高さ」、「出産の痛みを押さえつけられるほどの女性としての耐久性」、「第二次性徴期の不安定な精神」。
これらが『白鰐部隊』における特別な能力開発に適していたという説もあるが、はっきりとはしていない。
あくまで運用側は理詰めで物事を考え『白鰐部隊』を編成していたため、それ以上の意味はなかった。
だが理由は何であれ、そうして彼女たちは人体削り取って再構成するような形で開発を受けることになったのは不幸と言えるだろう。

そしてもう一つ。最大の疑問点である画一的に能力が発現している事実。
現在確認されている『白鰐部隊』のメンバーは全員オイルを分解。再構築する能力を有している。
『自分だけの現実』の観点からすれば、それはあくまで現象が同じだけで厳密には個々に異なる能力である。
故に正確にはそれぞれ違う能力名にするべきなのかもしれないが、運用側は『油性兵装』で統一していた。

だがおかしい。
もともと『白鰐部隊』の存在意義は「安定戦力としての大能力者の生産」であって、『油性兵装』の量産ではない。
要するに、別に『油性兵装』ばかりである必要はないのだ。
念動力者の大能力者。電撃使いの大能力者。空間移動系能力者の大能力者。水流操作の大能力者。
能力の種類は学生の数だけあり、学生の資質に左右される。

にも関わらず、見てみると『白鰐部隊』の能力は『油性兵装』のみで統一されている。
それは一体何故だろうか。どうして発火能力者ではなく、『油性兵装』である必要があったのだろうか。
おそらく最初はいたのだろう。様々な系統の能力者が。

だが運用側はスパルタなどという甘い言葉では到底表せないような対超能力者用訓練を課していた。
そうした過酷なテストを切り抜けられる能力者は限定されていた。
まるで運用側の好みに合わせるように、ふるいをかけられるように。
『油性兵装』を持つ能力者だけが、生き残った。

そして地獄を生き抜いていった子供たちは、自らに特別な価値を見出すようになる。
自分は『落第』していったような出来損ない共とは違う。
自分はそれだけ特別なんだと思い込むことで、精神の安定を図るようになる。
こうなってしまえば、もう運用側の思いのままだ。

運用側はこうした状態に陥った『油性兵装』を『獣』と呼んでいた。
強大な力を持っていても、それを飼い主である運用側に向けることは考えもしない。
そうして自由を手に入れることはタブーでしかない。
そういう風に、子供たちがまるで“自分で考え付いたように”追い込まれていく状況を作り上げる。

勿論、もし『白鰐部隊』による内部からの反乱があれば運用側もただでは済まなかっただろう。
しかしそれでも特別な能力者対策を持たない運用側に、主立った被害はない。
ただの一度も反乱が起きていないことが『教育』の成功を示していた。

つまり。垣根の言った「ペット」という表現は、決して間違いではない。
むしろこの上なく正確な単語であるかもしれなかった。
飼い主には決して逆らうことなく、それどころか逆らおうという考えすら浮かばない。
ただ運用側の指示に黙って従うだけの兵士たち。

そこには誇りも意思も何一つなく。
人形と表現しても誤りではないほどに。
都合のいい捨て駒でしかなかった。

だがそれでも垣根帝督は同情などしない。
哀れみもしなければ、その境遇に思いを馳せて一筋の涙を流すこともない。
救いの手を伸ばしてやることも決してない。

どこまで行っても垣根のやることはただ一つ。
「邪魔をするなら全員蹴散らす」。
ただそれだけだった。

「悪いが俺はカワイソーって同情できるような人間じゃないんでな。ここで潰すぜ。
赦しを乞いたきゃ銀髪クソシスターにでもやってな」

「誰のことだそれ」

「つーか別に私たちは同情も救いも求めてないスから。
学園都市の『闇』がどれだけ容赦のないところかってのは、私たちよりあなたの方が分かってるでしょうし」

「だからあたしたちも容赦のないやり方をすることにした。
『白鰐部隊』の確実な戦術の前に、希望なんて曖昧なものが入り込む余地はない」

相園美央と兵道真紀、夜明細魚に坂状友莉、和軸子雛。
五人の少女たちの意思に応じて、周囲のオイルが一斉に蠢く。
そして『白鰐部隊』らしい理詰めで確実な攻撃が、超能力者を仕留めるために生まれ、育てられた部隊の悪意が。
確実にターゲットを押し流しその本懐を果たす、はずだった。

「んな……!?」

「……こりゃどういうこと!?」

彼女たちの能力『油性兵装』はオイルを分解・再構築すること。
あらゆるオイルは彼女たちの意のままに操ることが可能だ。
にも関わらず。

能力が、発動しない。

「キャパシティダウンの類か……っ!?
いや違う!! 演算は確かに組みあがってる!! ただ結果だけが得られない!!」

「能力を阻害しているのではない……? ならどうやって……」

「あなたの仕業ですね、『未元物質』……ッ!!」

キッとこちらを睨みつける相園に、垣根は薄く笑った。
その態度には余裕しか感じられない。

「テメェらの決定的敗因は『白鰐部隊』だったことだ。
いや、もうちっと正確に言えば全員が同じ能力者だったことかね。
全員画一的な能力しか持たないからこそ、こうやって揃って無力化されちまうんだよ」

「ま、さか……あなた……!!」

相園が何かに気付いたように、目を大きく見開く。
隠しもせずに驚愕と動揺を露にするのを見て、垣根は愉快そうに笑う。

「ま、更に言えば格の違いって話になっちまうが。
いやー、でも俺もちょっと焦りすぎてたのかもな。
こんな簡単なことに気付かなかったってのは頂けねえ」

「『未元物質』を、混ぜ込んで……!?」

垣根は大きく頷いた。
どこか芝居がかった動作で、大袈裟に両腕を広げる。

「テメェらのその能力、オイルを集めることは出来ても一方通行みてえに不純物のより分けは出来ねえんだな。
もうテメェらの武器だったオイルはオイルじゃなくなっちまったぜ。どうするよ?」

垣根が『未元物質』をオイルに混ぜたことで、オイルの制御権は奪われてしまった。
この世に存在しない物質である未元物質にはこの世の法則には従わない。
そしてこの世に存在しない物質と相互干渉した物質も、またこの世のものではない法則に従って動き出す。
それこそが垣根帝督の『未元物質』だ。

垣根は今回その『未元物質』をオイルに混入させた。
それによりオイルは『未元物質』の影響を受けて変質し、この世のものならざるものとなった。
相園美央らの能力『油性兵装』はオイルを操る能力であって、当然オイルではないものは支配できない。
ならばこそ、オイルではない何かになったものに対して能力が働かないのは当然だ。

つまり五人は能力が使えなくなったのではなく。
能力が働きかける対象が完全に変質してしまっていたのだ。
たとえば窒素がなくなれば絹旗最愛の『窒素装甲』が意味を成さないように。

これが超能力者。これが第二位。これが垣根帝督。これが『未元物質』。
学園都市二三〇万の頂点に立つ天才。その中の更に頂点に在る決して超えられぬ双璧。
他の能力者の追随を一切許さず、ただ鮮烈に君臨する絶対的な二枚の片翼。

「く、ふふふふ……」

「とうとう完全にイカれちまったか?」

能力を完全に封じられた絶望的な状況で、尚笑みを浮かべた子雛に垣根は怪訝そうに眉を顰めた。
気付けば子雛だけでなく、相園も友莉も細魚も真紀も、皆笑っていた。

「まさかとは思いますが……」

相園が不気味な笑みと共に右手を振り上げる。

「あなた相手に私たちがこんな危機的状況を想定していなかった、なんて思っちゃいませんよねぇ?」

できれば使いたくなかったんですが、という声を遮るように何かの駆動音が聞こえた。
五人の背後、その通路の奥。
そこから馬鹿でかい何かが姿を現した。
人間ではない。機械だ。駆動鎧の一種のようにも見える。

表現するなら全長五メートル前後のカマキリとでもいうべきか。
ただカマキリとは違い脚は二本だけで二本の鎌を持っている。
カマキリの背後には銃弾を溜めておくための巨大なドラムがあり、折りたたまれた前脚には保護カバーがあった。
二つに開いたそこには科学的な兵器が取り付けられている。

三本の銃身を束ね、回転するように作られたもの。
それでいて、火薬の力は使わずに発射されるもの。
電磁力の原理を利用して金属砲弾を撃ち放つもの。

前脚保護カバーにはこう書かれていた。

『Gatling_Railgun』、と。

そしてその腹部にも何かが書かれている。
垣根はそれに釘付けになった。

『FIVE_over.Modelcase_“RAILGUN”』

一体その文字列が何を意味するのか。

「―――ムカついた」

ファイア
「撃て」

相園の静かで冷徹な声を引き金に鋼の暴風が襲う。
ッッッッッッッ!!!! と、音さえ消えた。










「ガ、ハァッ……!?」

ゴボリ、と一方通行は血反吐を吐き、その白い服を赤に染める。
恋査によって放たれた超電磁砲への対処が遅れた結果だ。
とはいえ、別に超電磁砲を使えば一方通行を倒せるかといえばそうではない。

そもそも今回だって恋査が突然超電磁砲を使った事実に一瞬、本当に一瞬動揺しただけだ。
今この瞬間に放たれたところで当たり前に『反射』されるだろう。
それでもこの一回は超電磁砲によってダメージが通ったのは。
それだけ御坂美琴が一方通行にとって特別な人物であることを示していた。

体内の血流を操作し出血を抑える。
そしてすぐさま一方通行は反撃に転じた。
つま先で床を叩き、粉々にしたそれを次々に恋査へと向けて蹴り出す。
子供の石蹴りのような動作だが、そこにあらゆるベクトルを統括制御する『一方通行』という異能が莫大な破壊力を付与する。

だが次々に放たれるそれは恋査の放った電撃により全て迎撃され、消失した。
しかしその攻撃はフェイク。その隙に一方通行は背後へと回り込み、無防備に晒されている背中へと必殺の一撃を叩き込む。
だがそれを感じていたのか、電撃を放つとほぼ同時にガシャコン!! という音と共に巨大な花を展開、そして収納。
使用する能力を切り替える合図だ。

そして丁度切り替えが終わった頃に一方通行の攻撃が恋査の背中に届いた。
だがその攻撃は恋査にダメージを与えることはなかった。
その前に、背中から巨大な白い翼が六枚展開され、それが盾の役割を果たしたからだ。
『原子崩し』、『超電磁砲』に続いて今度は白い物質の生成。

「『未元物質』……ッ!! 頭で分かっていても本当に面倒くせェ奴だなオマエは!!」

第四位、第三位、第二位。
恋査の恐ろしさは多重能力者なんてものではない。
複数の超能力を使用できるという脅威の事実がどうでもよくなるほどに、一つ一つが強力すぎる。

そのまま白い翼が肥大化する。
まともに食らえば人体をドロドロにしてしまうほどの破壊力。
一方通行は大きく飛び上がってそれを回避。
ガシャコン!! と恋査が花を展開、使用能力を切り替える。

轟!! とこの空間に人工的な突風が巻き起こる。
一方通行は何もしていない。恋査によるものだ。
六人の超能力者の内、誰かの能力を使って起こしたもの。

「だァから勝手に俺の力使うンじゃねェっつゥの!! 著作権は守りましょォってなァ!!」

それが『一方通行』によるものだと、一目で分かった。
何しろ自分の力なのだ、この程度即座に見破れる。
一方通行は恋査に対抗するように能力を使用、室内に流れる気流を操作する。

「私と綱引きするつもりですか。無駄だとは思いますが」

だが綱引きになれば引き分け以外に結果はあり得ない。
互いに使用している能力は同一である以上、そこでは決して差は生まれない。
―――そのはずだった。

だというのに、明らかに唸り暴れる大気の塊は拮抗していなかった。
明らかに―――恋査ではなく、一方通行に制御されていた。
確認。恋査の使っている力と一方通行の力は同質であり同等だ。
全く同じ能力を使用しているのだから、そこに差など生まれるはずもない。
なのに。

「ぎゃははは!! やァっぱりだ!! ほらほらどォしたンですかァ!?
オマエの演算にゃ無駄があり過ぎンだよヘタクソが!!」

演算の効率化、省略化。
そこにあるのは明らかな経験の差。
恋査はたしかに六人の超能力者の能力を自在に引き出して行使できる。
そこに偽りは一切ない。

だがしかし、恋査には決定的に経験がない。
経験がないから演算も大雑把で、無駄も多い。
奇しくもそれは無能力者の少年に殴り飛ばされる前の一方通行に似た状態だった。
使う力は同じでも、それを操る側の技量によって結果は変わる。
それを一方通行は証明していた。

「経過は良好。一方通行の成長を確認。
力任せに全てを破壊することしか考えていなかった以前から鑑みれば、目覚しい成長と言えるでしょう」

「偉そォに人様を評価してンじゃねェよ。人の猿真似しかできねェ大道芸野郎が。
オマエはただ超能力者と同じことができるだけだ」

制御権を奪い取った大気の塊を適当に放ちながら、一方通行は嗤った。
一つ、分かったことがある。恋査は超能力者と全く同じ能力を使うが、そこにはどうしても劣化が生まれる。
一方通行との綱引き勝負で押し負けたように経験の差は隠しようもない。

しかも『超電磁砲』を使う際などにはそれ以上の欠陥が存在する。
恋査はおそらく磁力操作ができない。いや、正確には可能ではあるが、使うわけにはいかないと言うべきか。
何故ならばそれは恋査自身のどうしようもない性質によるものだ。
即ち、彼女は全身が機械によるサイボーグであること。

それは恋査を特別にしているが、同時に磁力を使う際には最大の障害となる。
故に恋査は磁力を使うわけにはいかない。
これは無視できない欠陥だった。

学園都市第三位、『超電磁砲』御坂美琴について語る際、磁力を抜かして語ることはできない。
何故なら彼女の最大の武器は豊富な手数にこそあるからだ。
“超電磁砲を撃てる程度で”御坂美琴をコピーしたというのは傲慢だ。
その他あらゆる用途、美琴が自身の経験を生かし、自身の頭脳で考えて考案した様々な応用。
それらを最大限に生かしてこその学園都市第三位なのだ。

だから、恋査は超能力者と同じことができるだけ。超能力者ではない。
一つ一つを見れば決してオリジナルの超能力者と同等にはなれない。
だからこそ一方通行は宣言する。

「超能力者を、あまり甘く見るンじゃねェ。イキがるなよサイボーグ風情が」

ガシャコン!! と編み棒が展開され、閉じる。
次の能力。第五位か、第二位か。何であれどうせ恋査の使うそれはオリジナルほど洗練されてはいない。
とはいえ。多少の劣化を考慮に入れても、第六位までの超能力を個人が自在に扱えるというのは反則としか言いようがないのだが。

「希少な能力を確認。時間稼ぎも込めて使用します」

体を組み替えた恋査が手を掲げると、異変が起きた。
この空間やその外から酷く鼻をつく臭いと共に黒い液体のようなものが集まってくる。
何度も嗅いだことのある臭い。オイルの臭いだった。

「……何だ?」

一方通行は疑問を抱く。今恋査が使用している能力は何なのだろうか。
第一位でも、第二位でも、第三位でも、第四位でも、第五位でもない。
だとするなら消去法的に第六位の能力ということになるのだが、果たして第六位の能力はあんなものだっただろうか。

一方通行は七人全ての能力を把握している。
いや、把握とまで言うと正しくない。酷く大雑把に知っていると言うべきか。
第四位は攻撃に特化した電撃使い亜種ということだけは知っていたし、第二位は一切の下位互換を持たぬ異色の能力とだけ知っていた。
勿論詳細など知らなかったわけだが、目の前の現象とおぼろげに知っている第六位の能力は結びつかない気がする。

一方通行が思考を巡らせていると、足元にまで広まったオイルの水溜りから突如黒い刃が突き出してきた。
咄嗟に反応した一方通行が反射的に大きく跳ね、寸でのところで回避する。
だが息つく間もなく可燃性オイルを利用したミサイルのようなものが一方通行を狙う。

(そォか、そォいや半径二〇〇メートル以内の能力者からも能力を引き出せるンだったな。
この施設のどっかにこの能力の持ち主がいンのか)

しかし所詮はただのオイル。当然『反射』の餌食となる。
だが跳ね返ったそれは恋査に直撃するも、そのままオイルでできた装甲に溶け合わさって恋査にダメージを与えることはなかった。
たとえ『反射』されても自身がダメージを負うことはないのなら問題はない。

(こいつ……何考えてやがる?)

分からなかった。一方通行に対抗するには陳腐な能力だ。
わざわざ超能力者たちの能力を使うという選択肢を放棄してまで使う価値のある力とは思えない。
一方通行が恋査に超音速で突撃を仕掛ける。
恋査は能力を切り替えようとするも間に合わず、一方通行の手痛い攻撃を受け吹き飛ばされた。

「オマエは複数の能力を同時に使えるわけじゃねェ。
能力の切り替えには俺が見たところ〇、七秒ほどのタイムラグが存在するよォだな。
そしてこれは致命的な隙だ。超能力者相手に〇、七秒もの隙を晒すってのは良くないぜ」

一方通行の考えた恋査の弱点、及び対処法。
能力切り替えの隙をつくこと。
とはいえこれは何度も通用する戦法ではないだろう。
だから最初の一撃目で決めておきたかった。

だがそれは失敗した。本来なら恋査の体を流れる電気信号を逆流させて完全に破壊したかったが、それをするには流石に時間が足りなかった。
それを証明するように恋査はすぐに痛みなど感じていないかのように起き上がったが、その鼻からは血のような液体が流れていた。

そこで突然建物が揺らいだような、大きな地震のような衝撃がドン!! と起きた。
思わず足元がもつれそうになるが、どうせ第二位あたりが暴れたのだろうと思い無視する。

「よく出来てるじゃねェか。そいつは血か? オイルか?」

間違いなくバラバラに砕け散るほどの力を容赦なく叩きつけたのだが、恋査の頑丈さは予想を遥かに超えていたらしい。
仮にも統括理事会の隠し玉だ。惜しみなく強化するのは当然かもしれない。
ガシャコン!! と恋査はオイルの壁を一瞬作り科学的な花を開いて閉じる。

「あまり優越感に浸っていると、足元をすくわれますよ。
さて、あなたの時間はあとどれくらいでしょうか? 今のあなたは時間という首輪に縛られています。
私はあなたを倒そうとする必要すらない。勝手にあなたが倒れるからです」

その声は一方通行の背後からかけられた。
いつの間にか後ろを取られた。反応、できなかった。
だがそれは超スピードではなく。

(空間移動……。……なるほどなァ。そォかそォか、全部飲み込めたぜ)

時間については一方通行も自覚している問題だった。
三〇分。それが一方通行が特別でいられる絶対の制限。
既に一〇分は使ってしまっている。許された猶予の三分の一を消費してしまっているのだ。

この状態が長く続くようだと極めて危険だ。
恋査を倒して終わりなら問題はないが、一方通行の目的はあくまでその先である。
空間移動で距離を取り、またも能力を切り替える恋査。
はっきり言って強敵だ。超能力者たちの能力を自在に行使するという悪魔的な存在を、残りの限られた時間で倒すなど不可能に思える。

「オマエこそ調子乗ってっと死ぬぜ。自分の癖をよォく考え直すこったなァ!!」

だがこの時。学園都市最強最高にして世界最高の頭脳を持つ一方通行の脳内は、確実な勝利の方程式を描いていた。
第一位から第六位まで。自分の能力すら使用する相手に、明確で鮮烈な勝利のヴィジョンを。










垣根のいたフロアが丸ごと消し飛ぶ。
ファイブオーバーの撃つガトリングレールガンはそれくらいの破壊力だった。
何もかもを更地に変え、あらゆる防御を貫通する。
だが現実にはそのフロアが消滅することはなかった。

何故か。

垣根帝督が全て受け止めていたからだ。
白翼で全身を繭のように包み、圧倒的な破壊の嵐から身を守る。
だがしかしそれでも垣根が無事かどうか。
舞い上がる粉塵のせいでその姿は確認できない。

如何な垣根帝督であっても、ファイブオーバーの火力は本当に馬鹿げている。
傷を負っていることも後押しして、やられてしまっていても不思議ではない。

「ファイブオーバー。第一位から第七位まで、現存する七人の超能力者をマクロな工業技術によって再現しようっていうプロジェクト」

細魚が呟く。それは決して相手のいない独り言ではない。
粉塵の向こうで揺らめく人影が一つ。
それが誰かなど論じるまでもない。

「痛ってえな」

突如粉塵を薙ぎ払って、目も眩むような白光が現れる。
白い超電磁砲のようなそれはあっさりとファイブオーバーを破壊し、スクラップにしてしまった。
科学技術の粋が爆発音と共に無へと帰す。
だがそれを見ても五人は動じない。
まるでこうなることが分かっていたかのように、その表情は冷静なままだ。

「毎分四〇〇〇〇発、しかもその一発一発が本家『超電磁砲』以上。とんでもないオモチャだよね」

突然不自然な突風が吹き、粉塵が薙ぎ払われる。
そこから現れたのは白い翼を優雅に広げる垣根帝督の姿。
いくらガトリングレールガンといえど所詮は物理的な力押し。
軌道を捻じ曲げたりなどして耐えることはできるようだった。
もっとも長時間ずっと撃ち続けられて耐えられるかと言われればそれはまた別の話なのだが。

そもそもが単純な物量で『未元物質』を突破しようとするのが間違いなのかもしれない。

「勘違いしてるみてえだな。こんな出来損ないのクソが御坂を超えてるわけねえだろ。
ああ、いや単純な火力で言や間違いじゃねえのかもしれねえがな。
第三位は応用力の異常な高さが売りなんだ。ただ馬鹿みてえな火力を撃つだけなら第四位と変わらねえよ。あまり御坂を舐めてんじゃねえぞ」

「知ってるよ。でも今必要なのはアンタを蹴散らせるだけの火力。
この場ではファイブオーバーで正しいのさ」

「そうかい」

「このファイブオーバーはモデルケース・レールガンだけどさ、そう遠くない内にファイブオーバー・フルカスタムとか出そうだよね」

「あながち馬鹿らしいと一蹴できねえのが学園都市の怖ぇところだな。で、それが効かなかったわけだが手詰まりって捉えていいのか?」

「冗談。まだまだだって」

五人はその場から飛び上がり、それぞれが散り散りになるのではなく全員が一箇所へと集まった。
その瞬間。垣根の背後から、特有の重低音を伴って先ほど見たばかりのカマキリのような形をした駆動鎧が現れた。
ファーブオーバー。第三位の超電磁砲を再現・超越するための駆動鎧。
垣根が先ほど破壊したものとは違う。二台目の殺人兵器。

「まさかと思いますが、ファイブオーバーがあれ一台だけだなんて思いました?」

相園の小馬鹿にするような声と共に、容赦なく本家すら上回る威力でレールガンが放たれる。
脅威の火力と連射性能を持ち合わせるそれは、一切の容赦をせずに垣根へと食らいつく。
兵器のもっとも恐ろしい点は善悪がないことだろう。
まともな人間が使えばもしかしたらまともな結果を生むかもしれない。
だが少なくとも今は、垣根帝督という人間を消し飛ばすための最悪な使い方しか為されていない。

「―――だろうな」

ファイブオーバーが二台あることなど予想していた。
まるでそう言わんばかりの様子で垣根は再度白翼に身を包む。
激しく伝わる莫大な破壊力。だがいつまでも受身ではいない。
先ほどと同じように、白光であっさりと薙ぎ払う。

「諦めの悪い。もう終わってんだよテメェらは」

まるで出来の悪い生徒に解説するように垣根は笑う。
ガトリングレールガンを以ってしても第二位は倒せない。
そこで、垣根はそれを見た。

最初に目に入ったのは、五人が何かの砲台のようなものを準備しているところ。
何本もの黒い帯が壁や空中通路などに繋がれていて、中央の部分がU字に折られている。
見ようによってはパチンコのようにも見えた。

そして、五人の対角線上にある方向。
反対側の、垣根たちのいる一階上の階層の、とある一室。
そこはテラスのようにこちら側へせり出していて、一面ガラス張りになっている。
おそらくそこからこの巨大な空間を見渡せるようになっているのだろう。

今はその大きなガラスが完全に割れていて、そこから銃身が身を覗かせていた。
巨大なカマキリのような形をした駆動鎧の。
前脚に折りたたまれていた、圧倒的な兵器が。

「もう、一台……ッ!?」

「ファイブオーバーが二台だけなんて言った覚えはないスけど」

「それじゃあ、親愛なる第二位様。良い夢を」

どこまでも冷酷に、無慈悲に、放たれる。
この時、即座に反応し防御体勢に入っていれば凌ぎきれただろう。
だが放たれたのはガトリングレールガンだけではない。
相園、細魚、友莉、真紀、子雛。『白鰐部隊』の五人が構築した何らかの砲台。
そこからも超音速の砲弾、次いでそれが自壊し莫大で広範囲に渡る衝撃波が撒き散らされた。

おそらくは、彼女たちの虎の子というヤツなのだろう。
そちらに垣根は反応してしまった。それが致命的だった。
ガトリングレールガンは音速の三倍で迫ってくる。即座に反応しなければ間に合わない。
その僅かな猶予を更に削ってしまったのだ。
加えて五人の放った砲弾も音速以上の速度で迫ってくる。

今から反応して、間に合うか。
怪我さえなければ問題なく対応できただろうが、現実は違う。
垣根を挟撃するように襲う二つの攻撃。
その内片方でもまともに食らえばただでは済まない。
大前提として、垣根帝督は人間である。だからこそ様々な攻撃に耐えられるのは『未元物質』による力なのだ。

『未元物質』によって防御をせずにガトリングレールガンなど食らったらどうなるか。
そんなことは火を見るより明らかである。人間ミンチの出来上がりだ。
だから防がなくてはならない。反応しろ。防御しろ。

(間に――合え―――!!)

ぎりぎりのところで間に合いそうだ。
それを悟った垣根はひとまず安堵する。
だが状況は良くない。間に合うとは言っても即席の防御で、とてもではないがこれまでのような防御は不可能だ。
ダメージは避けられない。しかも、もしかしたらかなり大きなダメージを。

とはいえ他にどうしようもない。
極限まで時間が引き延ばされた中で、第二位の頭脳はそう結論した。
たとえ大きなダメージを負うことになっても、今出来ることはそれを覚悟して凌ぐことのみ。

その時だった。

突然何らかの力がその場に吹き荒れ、ガトリングレールガンの軌道が僅かに捻じ曲がった。
垣根は何もしていない。否、何も出来ない。
だが垣根の行動は今度こそ迅速だった。何が起きたのか、など全て後回しだ。
生まれた猶予の中で白光でガトリングレールガンの弾丸を全て消し飛ばし、そのまま返す刀で最後のファイブオーバーを粉砕する。
五人の放った砲弾は白翼で強引に防ぎ切る。

「うォォおおおおおおおおおおッ!!!!!!」

ひとまずの危機を乗り切ったところで、垣根は一体何があったのかと確認する。
確認して、目を疑った。頭がおかしくなったんじゃないかと本気で疑った。
少年だった。馬鹿みたいな大声で叫んでいる少年がいた。
まるで昭和のような服装だった。純白に色を抜いた学ランに、額にはハチマキが巻かれている。

「んなっ、オマエ……!?」

垣根にはその少年に見覚えがあった。かつて垣根が完膚なきまでに叩き潰した男。
そう、学園都市に七人しかいない超能力者の第七位、愛と根性のヲトコ削板軍覇その人であった。

「しゃあああああああ!!!! 助けにきたぞナンバーツー!!!!」

やたらとでかい声で叫ぶ削板に、垣根はとりあえずこう言っておいた。

「帰れ」










美琴はこいつらが嫌いだ。
Equ.DarkMatter。その文字列の意味が大体分かってしまう。
美琴の電撃を白い翼で防ぎながら、一人が口を開いた。

「能力とは炎に似ている」

「誰も聞いてないっつの」

あっさりと斬り捨てる美琴を無視し、襲撃者は話し続けた。
やはり口元が隠れているため誰が話しているのかは判断できない。

「炎はたしかに人間だけが制御できる強い力だ。
だが炎をそのまま振りかざすのは原人の松明に過ぎん。
文明人は炎を使って鉄を打つ。それと同じことだよ」

麦野沈利の原子崩しや垣根帝督の未元物質は、ありふれた物理法則を超えた効力を生み出す。
ならば、その力を使って製造された新物質は?
この世のものではない力を使って加工された新物質にはこの世のものではない性質が宿る。
要するにそれがEqu.DarkMatterの正体だった。

「誰も頼んでない解説お疲れ様。それで文明人サマが加工して弱くなるってのはどうなの?」

美琴たちが潮岸の根城に乗り込んだ際にもこいつらは現れ、美琴と交戦している。
結果を言えば、美琴が勝った。複数人を相手にして、尚美琴が上回った。
勝ててしまった。

垣根帝督は、美琴より上位の超能力者だ。
未元物質は、超電磁砲より高位の能力だ。
にも関わらず、第三位の超電磁砲はEqu.DarkMatterに勝ててしまう。
気に入らない。

「勝手にあいつの力を利用してんのもクソムカついて仕方ないけど」

勝手に自分の能力を利用される腹立たしさは美琴も知っている。
妹達。美琴の生体クローンである彼女たちは、当然美琴の了承の元作られた存在ではない。

「挙句そんな自慢げに披露した代物がオリジナルより劣化してるなんてね。
そんな出来損ないで誇らしげになってんじゃないわよ。アンタら、あいつを馬鹿にしてんの?
垣根帝督は、『未元物質』は、間違ってもそんな程度のもんじゃない」

無許可で勝手に人様の力を悪用し、劣化品を生み出し、自慢げにはしゃいで。
どうしようもなく垣根を馬鹿にされている気がして、腹が立った。
奇しくもそれは、ファイブオーバー・モデルケース・レールガンに怒りを見せた垣根と同じだった。

Equ.DarkMatter。それはたしかに工業的価値は高いのだろう。
人体から切り離した装備品であるが故に誰でも装備できる。
たとえオリジナルより力が劣っていようと、素質を必要とせず万人が扱えるというのは大きいだろう。
一の完成品より、一〇〇の及第点。それは理解できる。
だがそれでも、自分が『未元物質』を上回ってしまうことに美琴はどうしても納得が出来ない。

御坂美琴の知る垣根帝督は、彼が発現させ育て上げた『未元物質』はもっと途轍もないものだ。
超電磁砲をあっさりと弾き、一方通行と互角の死闘を繰り広げ、覚醒を経て更に上の次元にまで手を伸ばした。
それが学園都市第二位で、垣根帝督だった。
間違っても自分が勝てる相手ではない。なのに、別に自分が成長したわけでもないのに、どうして勝ててしまう。

「だから―――気に入らないっつってんのよッ!!」

ゾワッ!! と美琴が怒気を膨らませると同時に、それに呼応して砂鉄が生き物のようにうねる。
だが襲撃者たちは怯まない。何らかの手法で意思疎通を行っているのか、タイミングを合わせて飛び込んでくる。
確認できる限りで一〇人はいる。しかも次から次へと湧いてきているので、総合的にはもっともっといるだろう。
自身の周りを激しく渦巻く砂鉄のフィールドに襲撃者たちは攻めあぐねる。

竜巻の中心に美琴がいると思えばいい。
砂鉄が壁となって美琴に近づけない。
だがそこは腐っても『未元物質』。襲撃者の一人が白翼を振るうと、あっさりと砂鉄の壁は切断される。
しかしそれを美琴は待っていた。翼を振るうために隙を晒した瞬間、そこから見える腹部に電撃をお見舞いしてやる。
たったそれだけで、その襲撃者は倒れてしまった。

結局はEqu.DarkMatterは装備品。
子供が銃を持つのとプロの軍人が銃を持つのではまるで脅威が違うように、使い手の技量に左右される。
つまりは経験。恋査がそうだったように、圧倒的な経験不足。
加えて力そのものの劣化も隠し切れない。

「翼を避ければ攻撃が通る。何それ?
垣根だったらそんな単純な方法でどうにか出来るわけがないと思うけど」

どうやら見たところ、オリジナルのように物理法則の改変も出来ないようだ。
病院で聞いたその恐るべき力を思い出し、それが使えないことに美琴は顔を顰める。
見れば見るほど、考えれば考えるほど単一の性能としては劣化しているではないか。
これだけの力を誰でも使えるという恐るべき利点はあるのだが、美琴としてはそんなことはどうでもいい。

一万の複製よりも一人のオリジナル。
それが学園都市の縮図だ。
御坂美琴のクローンがオリジナルの一パーセントにも満たないように。
未元物質も、また同じ。

とはいえ、それはあくまでオリジナルたる垣根帝督と比較した場合の話。
単純にEqu.DarkMatterそのものが弱いと考えるのは誤りだ。
一息に何十メートルも移動する機動力、何でも切り裂き異常な防御力を誇る白い翼。
そんなものが何十人もいるのだ。はっきり言って厄介極まりない。

(……負けるとは思わない。でも時間も体力もかなり削られるのは覚悟するべきか)

本来ならこんな前座で浪費する時間も体力もない。
だが同時にこいつらを倒さなければろくに進むこともできない。
一つの覚悟を決めて美琴が挑もうとしたその時、

ズバァ!! と。青白い不健康な色の閃光が迸り、襲撃者たちを圧倒的余波で薙ぎ払った。

突然のことに戸惑う襲撃者たちだったが、それは美琴も同様だ。
美琴は何もしていない。この閃光を撃ったのは、美琴ではない。
だが美琴にはそれに見覚えがあった。何度も身を以って味わった恐るべき力だった。

「『原子崩し』……?」

まさか、と美琴は閃光の主に目を向ける。
今この巨大施設にはある一人の女性―――女性と言うのは誤りかもしれないが―――がいる。
名を恋査。現在学園都市第一位、一方通行と交戦しているサイボーグだ。
第一位から第六位まで、自在に能力を引き出すことの出来る彼女は当然第四位の『原子崩し』を行使することも可能だ。

「……麦野さん、何で……?」

だがしかし。美琴の視線の先にいたのは恋査ではなかった。
そこに悠然と立つのは、紛い物ではない正真正銘の超能力者。
序列第四位。―――原子崩し、麦野沈利。

「よーっす。元気してる、美琴?」

以前からは考えられないほどフランクに声をかけてくる麦野は、薄く笑う。
獲物を前にした肉食動物を彷彿とさせる獰猛な哄笑。

「さてっと。おいテメェら。美琴とじゃなくて、ウチらと遊ぼうぜぇ?
―――『アイテム』が、特別に無料で遊んでやるっつってんのよ」

その声に合わせるように、麦野沈利の背後から『アイテム』のメンバーが現れた。

Fortis―――日本語では投下終了といったところか

よ、40レス……だと……?

一体いつから麦野がもう出ないと錯覚していた?
とはいえ期待してる方には悪いですが麦野、っつかアイテムの描写はほとんどありませぬ
軍覇の方はそれなりにある……かな?

明日で1スレ目を立てて丁度一年……こんなはずじゃなかった

    次回予告




「絹旗最愛と言います。もあいって呼んだら超窒素パンチです。
貴女はたしか超超電磁砲(スーパーレールガン)でしたね」
新生『アイテム』構成員・『窒素装甲(オフェンスアーマー)』の大能力者(レベル4)―――絹旗最愛




「ねえ、そういえばあの金髪の外人はどうしたの?」
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴




「あー……フレンダね……」
新生『アイテム』構成員・学園都市第四位の超能力者(レベル5)―――麦野沈利




「……嫌な、事件だったね……」
新生『アイテム』構成員・『能力追跡(AIMストーカー)』の大能力者(レベル4)―――滝壺理后




「スクラップの時間だぜェ!! クッソ野郎がァァァッ!!」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市最強の超能力者(レベル5)――― 一方通行(アクセラレータ)




「あなたは限られた時間をただ消費していくことしか出来ません。
一〇分か二〇分か。ともかくあなたに許されるのは時間の壁に押しつぶされるか、私に殺されるかを選ぶことくらいですが」
学園都市・統括理事会の最終兵器―――恋査




「何を言っているんだ!? 水分は大事だぞ!! あいつらの根性は大したもんだ!!
そんなことも分からないなんて、お前第二位のくせに根性が足りてないな!?
さては最近のキレやすい学生だろう!! マスコミに好き勝手言われて悔しくねぇのか!?」
学園都市第七位の超能力者(レベル5)―――削板軍覇




「だああああああッ!! 何なの!? 本当に何なんだよテメェは!!
確信したわ!! テメェが超能力者一番の人格破綻者だクソが!!
意思の疎通もできねえのはテメェだけだ北京原人が!!
うるせえよ蹴り殺すぞコラ黙ってろ馬鹿!!」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市第二位の超能力者(レベル5)―――垣根帝督




「私ら『白鰐部隊』は第七位と戦うことも当然想定されてたからね」
対超能力者(レベル5)用のプロジェクト・『白鰐部隊(ホワイトアリゲーター)』のメンバー ―――兵頭真紀


どっかで見たぞ超超電磁砲
そしてソギーが何時も通りだと安心する

フレンダはいいやつだったよ・・・・

>>914
ネタじゃなくマジで言ってるなら本気でドン引きです

>>914
童帝の垣根様がそんなことするわけがなかろう
いい加減にしろ!!

>>915
馬鹿言え、女子中高生の集団リンチ連中のSSでの末路といやぁ利用してた不良集団からのレイプか復讐されて人生終了or立場逆転のどっちかって決まってんだ。

稀に和解もあるけど

―――しかし覚悟しろ。我が戦場に立つと言うのなら、投下する他に道はない!!

>>902
なん…だと……?

>>908
どこか遠くの空から、俺たちのことを見守っててください……フレンダ

>>916
垣根は実際童貞じゃなくても何らおかしくないと思いますw

>>917
>>915が言ってるのはそこじゃないと思うんですが……

前哨戦の終わり、科学の頂点と科学を極めた者の戦いへ。

「超久しぶりの仕事です。超張り切っちゃいますよ!」

「きぬはた、これはボランティアで仕事じゃないよ?」

絹旗最愛、滝壺理后。
両者共に大能力者であり、『アイテム』の正規メンバーだ。
細かいことは置いておいて、麦野が彼女らと共に現れたということは。
どうやら無事に本来の『アイテム』に戻れたらしい。

カツ、と第四位が一歩踏み出す。
それから逃げるように襲撃者は一歩下がる。
どうするべきか決めあぐねているらしい。

凶暴な笑みを浮かべる麦野沈利は、見た目には以前の姿に戻っていた。
左腕はちゃんとあるし、潰れた目も元に戻っている。
とはいえ当然それは本来のものではない。
義手に義眼。冥土帰しによるものだけあって、外見は以前と全く変わらない。

「どうして、ここに……?」

呆然とした様子で美琴は呟いた。
当たり前だ。まさか麦野沈利がやってくるなんて想像できるわけもない。
別に美琴が呼んだわけでもないし、敵として現れたわけでもなさそうだ。
しかも他の仲間まで連れて。

「ん、借りを返しにね。アンタにはでかい借りがある。
いつまでも借りを作っていたくないしね、ここらで返しとくわ」

別に美琴はそんな恩を売ろうとしたつもりはない。
それにあくまでも麦野が『アイテム』に戻れたのは麦野自身の力だ。

「私が勝手にやったことなんだし、そんなこと気にしないで。
それより、ここは危ないのよ!! 折角元に戻れたのにわざわざこんなとこに……!!」

「おいおい、『アイテム』はもともとこういう暗部の組織なんだけど?
それにアンタがどうこうじゃなくて、私がやりたいからやってんの」

長い髪をかきあげて麦野は一蹴する。
実に可愛らしい外見をした少女がその隣からひょっこりと現れ、美琴をまじまじと見つめる。

「ふーむ。この人が噂の第三位ですか。麦野を超改心させたというのは凄いですね」

「……アンタ、黒子を殴り倒してくれた奴よね? よぉく覚えてるわ」

バチバチ、と全身に電撃を走らせる美琴に絹旗「ひぇっ、すみませんすみません」と情けない声をあげる。
とはいえ別に美琴は本気で怒っているのではない。
もう済んでしまったことだ。

「アンタ、名前は?」

「絹旗最愛と言います。もあいって呼んだら超窒素パンチです。
貴女はたしか超超電磁砲(スーパーレールガン)でしたね」

「何だその名前!? 能力名は超電磁砲だし私の名前は御坂美琴よッ!!」

「よろしくね、みさか」

ピンクのジャージを着た少女が声をかけてくる。
いかにも眠そうで、無気力で、けれど綺麗な少女だった。

「私はたきつぼりこう」

「滝壺さんね、よろしく」

一通りの自己紹介が終わったところで、美琴は違和感を覚えた。
目の前にいるのは『アイテム』の面々。
麦野沈利、滝壺理后、絹旗最愛。これで全員?
もう一人『アイテム』にはいたはずだ。

「ねえ、そういえばあの金髪の外人はどうしたの?」

フレンダ=セイヴェルン。
かつて爆弾やらトラップやらを利用して美琴を苦労させた少女。
他の三人がいるのに彼女がいないというのはおかしい気がする。

「あー……フレンダね……」

「超フレンダ、ですか……」

意味深に声を濁す麦野と絹旗に、何かまずいことを言ったのかと美琴は焦った。

「……嫌な、事件だったね……」

滝壺のその言葉に、美琴はある可能性に行き着いてしまう。
だとしたら、自分は何と無神経な言葉で三人を傷つけてしまったのか。
いくら暗部に身をやつし、死と隣り合わせの日々を過ごしてきたとはいえ仲間の死というものはそう軽くはないだろう。
吐いた唾は飲み込めない。それでもこのままにするわけにはいかないと、何事か口にしようとした時だった。

「ちょーっと待ったぁ!! 何で私が死んだみたいになってるわけよ!?
I’m alive!! 結局私はここにいるわけよ!!」

空中通路から噂のフレンダ=セイヴェルンが降り立った。
どうやら無事に生きていたようだ。かつて垣根帝督の派手な一撃をもらって、生還を果たしたのは流石というべきか。
その元気そうな姿を見て美琴はほっと胸を撫で下ろす。

「もういいか」

今までずっと静観していた襲撃者たちが、白い翼を構えて問う。

「今まで超待ってくれてたんですね」

「なに、最後のお別れだ。それくらいはさせてやろうという配慮だよ」

「……テメェ、誰に口聞いてんのか分かってんのかにゃーん?」

「待ってまだ私自己紹介もできてない」

「みさかは先に行って」

麦野と襲撃者が対峙すると、滝壺がそんなことを言い出した。

「待って、私も戦う。アンタたちだけに任せられない」

「私たち『アイテム』を舐めてもらっては超困りますね。
ここは私たちが超引き受けますので、貴女は先へ」

彼女たち『アイテム』の実力を侮っているわけではない。
そもそも実力云々の話ではない。
彼女たちだけを残して、後処理を押し付けるのが心苦しいだけだ。

「私だけ何も話せてないんだけど何これ!?」

「うるせぇぞフレンダァ。おい、お前にはお前のやるべきことがあんだろ。
お前は何しにここに来た? この第二位の出来損ない共と戦うためか?
違うだろ。ここは私らに任せて自分のやるべきことをやれ」

御坂美琴の目的。何故自分はここに来た?
第三次製造計画。妹達。間違ってもこんな連中と戦うためではない。
それは絶対に果たさなければならないことだ。
彼女たちがここまで言ってくれているのなら、それに甘えてもいいのではないか。
全てを一人でやろうとしてもそれは絶対に無理だ。

「分かった。……無事でいなさいよ。約束」

「分かった分かった。んじゃしっかり任されたわよ」

美琴が走り去ったのを確認して、麦野沈利は戦闘体勢を取る。
愚痴っていたフレンダも流石に顔つきが変わり、暗部に相応しい表情を浮かべる。

「それじゃ行きますか。……『アイテム』、久しぶりの出陣だ」

そして青白い不健康な色をした閃光『原子崩し』―――正式名称『粒機波形高速砲』が場を舐め尽くした。










世界最大の『原石』にして、学園都市第七位の超能力者。
酷く繊細かつ複雑なため、未だその能力の解析は為されていない。
そしてそんなことがどうでもよくなるほどに、熱く滾る根性をその身に抱える根性の男。

それが削板軍覇という男、いや漢……ヲトコである。




「何でオマエがここにいんだよ第七位……」

垣根がげんなりした顔で問う。
一方の削板は無駄に元気そうに、無駄に大声で答えた。

「おう!! 助けにきたぞ第二位!!!!」

同じ台詞を繰り返す。
だが以前垣根と削板が戦った時とは状況が違う。
既に垣根は御坂美琴の手によって救われていることを削板は知らない。
いずれにせよ、単にこの戦いに助太刀にきた、という意味では間違っていないのだが。

「うるせえよクソが!! いちいち声がでけぇんだよオマエ!!
いつかオマエの喉も張り裂けんぞ!! つうか裂けろ、今すぐ!」

「何ッ!? くそっ、根性が足りなかったか!!?」

突然削板は壁に頭を何度も何度も勢いよく打ち付け始めた。
情緒不安定なんじゃねえのかこいつ、と垣根は本気で思った。
ガン、ガン、ガン!! と激しく打ち付ける。
壁は金属製で、そんなことをすれば当然頭を痛める結果が待っている。

だがどういうわけか破壊されているのは壁の方だった。
金属製の壁がどんどんとへこみ、その形を変えていく。
どうなってんだお前。

「おいやめろ、もう完全に穴が空いてんじゃねえか」

「第七位……ねぇ」

何か考え込むように腕を組む五人を無視して、削板は垣根に向き直る。
彼の頑丈な体は傍目にも分かるほどに傷だらけだった。
以前垣根が負わせた甚大なダメージが流石にこんな短期間に全回復するわけもなく。
よって削板は今も手負いのままだった。

「んで? 何でお前がこんなところにいんだよ。つか何でここが分かったんだ?」

「そんなもの根性があれば何とでもなる!!」

「なってたまるか。クソみてえな精神論垂れ流しやがって、本当に昭和かオマエは。
オマエみてえなのが真面目な学生を脱水症状で殺すんだよ」

ちなみに削板がやって来たのも、この場所が分かったのも、全て雲川芹亜によるものだ。
決して根性によるものではない。
超能力者と『木原』のこの戦いにおいて、相手が相手だけに戦力が多くて困ることはない。
如何に手負いとはいえど、削板軍覇という大戦力は非常に頼りになるものだ。
超能力者というものは多少の条件の違いがあれど決定的に揺らぎはしない。

「何を言っているんだ!? 水分は大事だぞ!! あいつらの根性は大したもんだ!!
そんなことも分からないなんて、お前第二位のくせに根性が足りてないな!?
さては最近のキレやすい学生だろう!! マスコミに好き勝手言われて悔しくねぇのか!?」

「だああああああッ!! 何なの!? 本当に何なんだよテメェは!!
確信したわ!! テメェが超能力者一番の人格破綻者だクソが!!
意思の疎通もできねえのはテメェだけだ北京原人が!!」

「原人? それはネオンデリート人的なアレか?」

「うるせえよ蹴り殺すぞコラ黙ってろ馬鹿!!」

はあ、と大きなため息をつく。
削板と会話するのは戦闘するよりも疲れる。
だが馬鹿と鋏は使いようだ。どんな奴でもそれを使う人間が有能ならばそれなりの結果は出せる。
折角やって来たのだから、どうせなら役に立ってもらうに限る。

「……なあ第七位、お前の根性を見込んで頼みがある」

「何だ!? 任せろ!!」

(ちょれえ)

頼みごとを言う前から了解した削板に垣根はほくそ笑む。
どうせ自分を助けにきたと言っているわけだし、別に構わないだろう。

「俺は先に行くから、お前が代わりにこいつらと戦え。根性ある男ならできるはずだ」

「そうなのか!? よし、オレの中の熱く燃える根性があれば楽勝だ!! 任されたぞ第二位!!」

削板に後始末を全て押し付けると、垣根はさっさと先に進んでしまった。
あれでも超能力者。重傷を負っているとはいえ簡単に死にはしないだろう。
仮に死んだところでそれがどうしたという話だ。削板の実力不足ということだろう。
自分のやったことを棚にあげて垣根は一人先へと進む。

「お前ら後を追おうとはしないのか?」

一人残った削板が『白鰐部隊』の五人に問う。
真紀がどうでもよさげに答えた。

「いやぁ、あくまで目的は垣根帝督を消耗させることだったし。
ある程度は達成したよ。つかあれ以上やったらこっちが殺されるって」

「『未元物質』であんな風に完封されるとは流石に思わなかったっスね」

「ファイブオーバーももうないしねぇ。第七位相手の方がやりやすいわけさ」

「む、さてはお前らオレを馬鹿にしているな!?」

「いやいや、いわゆる比較の問題ですよ」

「私ら『白鰐部隊』は第七位と戦うことも当然想定されてたからね」

能力の制御権を取り戻した五人が、リレーするように言う。
もともとが超能力者対策のための大能力者。
本来と比べ圧倒的に人数が足りないとはいえ、侮れる戦力ではない。

「第三位や第一位と比べれば量は少ないけど、当然あたしらはアンタの情報も把握してる。
たしか第三位、第二位、んでよく分からん誰かと戦ったんだっけ」

そんなこともあったな、と削板は回想する。
「よく分からん誰か」というのは自分をまさに一方的に打ちのめしたあいつのことだろう。
たしかにあれはよく分からなかったと思う。

「えっと、音速を超える速度や銃弾をものともしない体。
んで理解不能の力を振るう、と。まあ化け物だよね」

化け物だ、などと言いながらけたけたと笑う友莉。
もとより超能力者など化け物しかいない連中だ。
そしてそう笑う彼女たちも相応に『化け物』しているのだろう。

「ただ第二位とどこかの誰かさんにはボロ負け。
第三位とは決着は着いてないみたいですけど、全力で防御してもその攻撃を完全には防げなかったとか」

「また解析不能の力を使うって言っても、基本的には見えない力を撃つくらいみたいスね。
つまり実態はともかく目に見える現象としては、念動力と大差ない。
少なくとも第二位のように太陽光が殺人光線になるような、本当の意味で不可思議な現象を起こせるわけじゃない」

『白鰐部隊』の特性上か、かなり細かいところまで削板の情報を把握していた。
削板だけでなく他の超能力者たちの情報もしっかり把握しているのだろう。

「……つまり、お前たちは何が言いたいんだ?」

「要するに、さ」

五人はフッ、と不敵に笑い、弾かれたように動き出す。

「第一位のように全てを『反射』するわけでもない」

「第二位のように法則もろとも塗り替えるわけでもない」

「異常に体が頑丈とはいえ限界は当然ある」

「第三位との戦いでは分かりやすい限界が見えたし」

「わけの分からんその力も、現象としては『未元物質』のようなことができるわけじゃない。
しかも重傷を負っていて弱体化してるっていうオマケ付き」

つまり、彼女たちの言いたいことはたった一つ。

「「「「「テメェの限界は見えてるっつってんだよクソ野郎」」」」」

真紀を皮切りに、合計五人の少女たちが空中通路の手すりから躊躇なく飛ぶ。
背中や太ももから翼のようなパーツを生み出して落下の速度や角度を明確に変更。
タンクや階段などの側面に足をつけては高反発のゴムのような力で弾かれるように宙を進む。
角度や速度をあえて少しづつずらし、撹乱を狙うように全体としては円を描くように。

相園美央、兵頭真紀、坂状友莉、和軸子雛、夜明細魚。
五匹のワニは一斉に削板軍覇へと食いかかった。










「とは言っても、一体どこに行きゃいいのよ……。広すぎるのも考えものね」

美琴はここに突入する前、一通りの地図を頭に叩き込んだ。
だが一体どの部屋が目的地で、それぞれがどんな部屋かまでは分からない。
とはいえ一部屋一部屋調べて回っては一体どれだけの時間がかかるだろうか。
時間以外の面でもとてもではないが現実的とは言えない。

どうしたものか、と長い廊下で美琴が考えていると、視線の先に人影があった。
ここに突入した際に交戦した連中と全く同じ装備。
間違いなく同じ部隊の人間だろう。とはいえ、気になるところはある。

その男はぴくりともせずに立っていた。
たった一人。部隊で動く連中だろうに、他には誰もいない。
それ故に罠のように思えたが、逆にあからさま過ぎて罠としても機能しなさそうだ。
美琴はそれ以上考えるのをやめ、ずんずんとその男に迫る。
たとえ罠だったとしても他に方法もない。

「ねえ、」

そう声をかけようとした。だが、

「コチラデス。ツイテキテクダサイ」

「……は?」

突然の事態に頭がついていかない。
こういう時はどう反応すればいいのだろうか。
しかし相手はそんな美琴に目もくれず、どこかへと歩き出してしまった。

「ちょ、ちょっと待って! どういうこと!?」

「オクマデアンナイシマス。ツイテキテクダサイ」

「は、はぁ……!?」

どうやらご丁寧に道案内してくださるらしい。
この敵兵が。実に意味不明な展開である。
流石の美琴も理解が追いつかず、またも間抜けな声を漏らす。

「いや、ちょ……はぁ、もういいか、何でも……」

ついに理解を放棄する。
考えてもこの突拍子もない事態を把握できるとは思えない。
それに理由が何だろうと案内してくれるのであればありがたい。
もしこれが罠だとしたら、色々な意味で笑わずにはいられない。

開き直って素直についていく美琴。
その後姿を笑みを浮かべて見つめている者がいた。

「……まぁ、こんなものかしらぁ?
第四位さんに良いところを取られたのは癪だけどぉ」

少女は呟く。
痛めた右肩を押さえ、あちこちに傷を負いながら。

「御坂さん。私が手を出していいのはここまでよぉ。
これに関してはアナタが自分で解決しないと意味がない。
―――たとえその先で御坂さんが死ぬとしても、私はこれ以上の手出しをしてはいけない」

ふっ、と傷のついた顔に柔らかい笑みを浮かべる。
それは少女を知る者であれば誰もが驚愕するような、素直な笑み。

「アナタの手で、全ての因縁と全ての運命に決着を着けなさい」

カツ、カツ、と靴音を立てて少女は去る。
ふらふらと倒れそうになりながら。
その音は常盤台指定のローファーが立てる音だった。
……その近くには、倒れて全く動かない木原乱数の姿があった。










学園都市第一位、一方通行。
統括理事会の切り札、恋査。
両者の戦いは一つの硬直を迎えていた。

その発端は恋査。様々な能力を切り替えて戦っていた彼女が、突如として一つの能力しか使わなくなったのだ。
即ち『一方通行』のみを。
当然、第一位の力を使うということは『反射』も備えるということであり、これが硬直の原因だった。
一方通行は『反射』を破れない。自身の持つ最大の強みに苦しめられるという皮肉な状況が生まれていた。

(相手にして初めて分かるな。クッソうぜェなオイ)

一方通行の考える『反射』対策は主に二つ。
だが一方通行の右手には異能を消す力なんて宿っていないし、『未元物質』も扱えない。
故に手詰まり状態だった。
当初はそれでも一方通行は善戦した。
オリジナルだからこそ分かる弱点を突いて、『反射』を貫いたのだ。

演算式を乱し、その隙を突く。
だがそんな方法がいつまでも通用するわけもなく、すぐに恋査に対応されてしまった。
それからは互いに攻撃が通用しない硬直状態。

とはいえ条件は同じではない。全く違うと言っていい。
どこまでも一方通行を縛り付ける三〇分というタイムリミット。
それが過ぎれば一方通行は能力どころか思考能力や言語能力すら失ってしまう。
その事実がずしりと重い重圧となって一方通行に圧し掛かる。
対する恋査にはそのような制限は何もない。

つまり。恋査が何も攻撃を仕掛けてこずとも、『反射』に篭られるだけで一方通行は倒れる。

「あなたの時間はあと何分です?」

全てを見透かしたように、恋査は問う。
もともと出来うる限り全てを飛び道具で済まそうとするいわば『安全地帯依存症』の彼女だが、一方通行の制限時間を知る恋査は強気だった。

「その時間が尽きればあなたは終わりです。
私が手を下す必要さえない。あなたは一人で勝手に自滅する」

「そォかよ。勝ち誇るのはオマエの勝手だが、そォいう台詞は俺を殺してから言いやがれ。
だが駄目だ。下らねェンだよ、圧倒的に」

一方通行の攻撃は『反射』を超えられない。
かと言って電極を切ってバッテリーを節約しようとすれば、ここぞとばかりに恋査が攻めかかってくる。
そのせいで一方通行はいたずらにバッテリーを消費せざるを得ない状態に追い込まれていた。

絶望的状況。
『反射』は破れず、バッテリー残量も限られている。
ただひたすらに、一方的にこちらが消耗する戦況。

だが一方通行の顔に諦めの色は欠片もない。
学園都市最強。その顔にあるのは傲岸不遜な勝利の確信だけだった。
一方通行の構築した勝利の方程式。
必ず成功する保障はない。失敗することだって十分にあり得る。

もしもこれが失敗すれば、一方通行の勝機は完全に絶たれるだろう。
それでも一方通行は成功すると信じていた。

「正しく状況を理解できていますか?
あなたは限られた時間をただ消費していくことしか出来ません。
一〇分か二〇分か。ともかくあなたに許されるのは時間の壁に押しつぶされるか、私に殺されるかを選ぶことくらいですが」

「ずいぶンとまァ大きく出やがったな。今の内にせいぜい笑っとけ、ガラクタ人形が」

一方通行が気流を操作、大気の暴力を支配下に置く。
だがそれは攻撃のためのものではない。
『一方通行』という能力に関しては一方通行がよく分かっている。
だから、これはあくまでも目くらましだ。

圧倒的暴力があらゆるものを巻き上げ、この巨大な空間そのものを抉り取っていく。
勿論恋査にダメージはない。『反射』を備える以上、傷どころか埃一つすら付くことはない。
だがそれで構わない。そんなことは元から分かっていたことだ。
一方通行は一目散に逃げ出した。荒れ狂う暴風とそれが巻き上げる物のせいで恋査からは見えない。

とはいえ、当然一方通行はただ逃げているのではない。
全ては勝利のための布石。そのための一時の作戦だ。
今いる巨大な部屋から飛び出し、長い廊下を高速で駆け抜ける。
選んでいる暇も必要もない。適当な部屋に飛び込み、携帯を取り出す。

(間に合うか、いや、そォいう問題じゃねェか。
間に合わせるしかねェンだ。死にたくなきゃァな)

一分ほど稼げればそれで問題はない。
逆に言えば、一分は絶対に必要だということだ。
一秒たりとも無駄にはできない。迅速に、動く。

電話の相手はすぐに出た。当たり前だ、そうでないと困る。
早口に、簡潔に言葉を一方的に叩きつける。
状況の説明などしない。相手の事情も考慮しない。そんな時間などない。
ただ要求のみを突きつける。拒否権など与えもしない。

幸いにして、相手は呑み込みが早かった。
一方通行の切羽詰った声を聞いて大体の状況を察したのか、了解してくれた。
この頼みは向こう側にとって酷く不都合な要求だった。
それでもすぐに引き受けてくれたのは、一方通行にとって僥倖だったと言えるだろう。
好き嫌いを言っていられる状況ではないのは向こうも同じとはいえ、断られていたら万事休すだった。

そして通話が終了した途端、恋査が壁をぶち破って姿を現した。
その表情には相変わらず感情というものが決定的に欠落しているように見える。

「まさか学園都市第一位ともあろう者が逃げの一手ですか。
他に方法がないのは事実とはいえ、流石に情けないものを感じますね」

「じゃあどォしろってンだ」

追い詰められた一方通行は観念したようにその身を竦める。




それを見た恋査は確信した。
もはや自分の勝ちは揺らがない。
一方通行の能力データも十分に採集できただろう。
ならばこそ、役割を果たした搾りカスにはさっさと退場してもらうに限る。

恋査が超能力者たちの力を使えるのは、コピーしているからではない。
あくまで噴出点を作っているだけだから、オリジナルが死ねばその能力は使えなくなる。
つまり垣根帝督が死ねば『未元物質』は使えなくなるし、御坂美琴が死ねば『超電磁砲』は使用不能になる。
当然一方通行が死んでもそれは同じ。

(惜しい、というのが本音ではありますが……優先目標を重視。中度の問題である一方通行の殺害を優先します)

『一方通行』という強大な能力を手放すことに何も感じないわけではない。
だがあくまで恋査はサイボーグであり、使役される側の人間(ではないが)だ。
よって命令を最優先し、オーダー通りに行動する。だがその時、

(……? これは、一体……)

恋査が何かに気付く。
再度確認しておこう。恋査の使える能力は第一位から第六位までの超能力者の能力。
加えて半径二〇〇メートル以内の能力者の能力である。
先ほど恋査が『油性兵装』を使用したのもそういうことだ。

そして今。ここから半径二〇〇メートル以内の範囲で、不可思議な力場の揺らぎを探知した。
何故か系統すら掴めない能力。恋査は見たことのない、謎の力。
恋査は任意の能力者から能力を自在に引き出すことが出来る。
だから、この珍しいであろうよく分からない能力を使用することも出来る。

どうせ一方通行を殺すのだ。
どうせだったらこの能力を使ってみたい。
一度くらい、極めて珍しいだろうこの能力を使ってみてもいいだろう。

ガシャコン!! という音と共に科学的で巨大な花が展開される。
無数の編み棒が常人には耐えられないほどの痛みを伴って、迅速に恋査の体を、その記号を組み替えていく。
この能力者の噴出点としての。そして必要条件を完全に満たす。
そして、その能力が流れ込んできた。

腕に、正確には掌に何かの力が集まっているのが分かる。
どんな能力なのかは分からない。
たとえ何の役にも立たないような力だったとしても、それはそれで構わない。
単純に不可思議なこの能力を「使ってみたい」という欲求を満たしたいだけなのだから。

掌から小さな火球が放たれた。
発火能力? 恋査の中に疑問が生まれる。
おかしい。こんなポピュラーな能力ではなかったはずだ。
放たれた火球は一方通行に直撃し、しかし一方通行を焼くことはなく。かといって『反射』されるわけでもなく。
後ろ後方へと不自然に逸らされ、やがて消滅した。

だがその不可思議な現象について考える余裕はなかった。
否、考えることなど出来なかった。
何故か。突然に、恋査の体がバン!! と内から弾けたからだ。

(こ、れは……っ!?)

人間でたとえれば血管が思い切り破裂したような、そんな感覚。
どうしようもないノイズが全身を駆け抜けていくのを感じる。
至る箇所が再起不能になり、ショートしてしまっている。

(がっ、は……っ!! 高度の問題を、確認……!!
こ、この能力は、ただの発火能力のはず。そんなはずはないと思いましたが、現象としては、確かに……!!
何故その力を引き出した途端に、こんな破壊行為が……っ!?)

そんなことを考えている場合ではない、と恋査は知った。
背中に巨大な花を展開させようとするも、まるで作動しない。

(致、命的な問題を、確認……っ!! じ、人体配線の、き、緊急解除を……!?
づ、コ、コマンドを、受け、受付けな……っ!?)




崩れ落ちる恋査を見て、一方通行は立ち上がり獰猛に嗤う。
全てはこの一瞬のため。何もかもが予想通り。
事態は第一位の頭脳が予測した通りに転がった。

「っが、か……ぁっ!! ア、アクセラ、レータ……。
一体、なっ、何をっ、何を……!?」

一方通行は、答えない。
もう恋査は再起不能だ。そう思う。
だがそれでも万が一ということはいつだって起こり得る。
みすみす機会を逃して後で後悔するのは馬鹿のやることだ。

だからこそ一方通行は。
ついに掴み取ったこの千載一遇のチャンスを無駄にはしない。

「スクラップの時間だぜェ!! クッソ野郎がァァァッ!!」

砲弾のように突進。右手を容赦なく恋査の腹部に突き刺す。
『反射』はもはや働いていない。ずぶずぶ、と奥深くまで指し込み、そこを流れる電気信号などのベクトルを掌握。

「あばよ」

そして躊躇なく逆流させた。
それで、超能力者の能力を自在に引き出す恋査という悪魔的存在は、完全なる死を迎えた。
たった一つしかない体が完全にスクラップになった以上、恋査という存在が再度産み落とされることはないだろう。
恋査が完全に動作を停止したのを確認して、一方通行は電極のスイッチを元に戻す。
残りバッテリーは能力使用モードで一四分だった。半分以上を恋査一人に費やしてしまったらしい。

(だがコイツ相手に半分で済ンだ、と思うべきだろォな。
はっきり言って見たことも聞いたこともねェほどのトンデモ野郎だ)

一方通行は以前からは比較にならないほどにバッテリーの節約術を身につけていた。
たとえたった一秒でも、チャンスがあればスイッチを戻す。
そうした細かい積み重ねが一方通行の生命線を引き伸ばした。

「オマエの敗因は、オマエの性格だ。完全なサイボーグだったらこォはならなかっただろォよ。
なまじ人間的な部分が残ってたのが悪かったな。
まァそもそも完全なサイボーグじゃここまで出来なかっただろォが」

恋査が『油性兵装』を使用した時からこの作戦は始まっていた。
そして『空間移動』を使用した際に、一方通行の頭に完全な方程式が形を得た。
まず大前提として、『油性兵装』では一方通行は倒せない。
そして『空間移動』も同様。事実恋査は空間移動を用いた攻撃は仕掛けてこなかった。

要するに、恋査にはこの二つの能力を使用する意味も必要もない。
なのに恋査は使用した。そして『油性兵装』を発動する際には「希少な能力」と発言した。
そしてその後空間移動を使ったのを見て、一方通行は確信した。
恋査というものは、いわゆる好奇心旺盛というやつなのだと。

珍しい能力を見れば気になる。希少な能力は使ってみたい。
そうした欲求は恋査が人間としての個性を持っているから生じるもの。
生命の最小単位。だがそれは生命であるということに他ならない。

「オマエの癖が、オマエの性格が身を滅ぼしたンだ。
空間移動に魅かれるオマエが、あンな未知のモンに興味を持たないわけがねェ」

恋査が使用した力は、一方通行に使用するよう誘導された力は。
ただの能力では断じてなかった。

恋査は知らなかった。

それは人が太古から用いてきた、古の技術。

恋査は知らなかった。

それは才能のない人間が、それでも才ある者と並ばんとするために生み出された異能。

恋査は知らなかった。

それは科学と対を為す、別世界の法則。

―――その名を『魔術』と言う。

世界とは学園都市だけではない。
神話や伝承から形を得る、まさに幻想のようなそれ。
科学という現実に対しての、魔術というオカルト。

現実と幻想は、科学と魔術は、決して相容れない。
才ある者と才なき者は交わらない。
故に能力者に魔術は使えない。そして魔術師もまた能力は行使できない。
その禁を破ろうとすれば、待っているのは強欲への罰。
既に力を持っている者が更なる力を得ようとすることは罪深いことだ。

だからこそ、魔術という神聖なる別の力に手を出した恋査は相応の罰を受けた。
禁じられた果実を食みエデンを追い出された二人の男女のように、強欲は常にタブーだ。
とはいえ、ここには一つの賭けがあった。
全てを計算した一方通行でも読み切れなかった不確定要素。

即ち九九パーセントがサイボーグである恋査に魔術の副作用は起きるのか、という問題。
能力者と魔術師では頭の回路が違う。
ならば視床下部だけとはいえ脳が搭載されている以上、副作用は起きると読んではいたが……。
はっきり言ってこれは賭け以外の何物でもなく。そして一方通行は賭けに勝ったのだ。

そして、そもそもの問題として。
どうやって一方通行は魔術を誘発させ得たのか。

これも恋査が空間移動を使用したことがきっかけだった。
そもそも空間移動系能力者というのは非常に希少で、学園都市全域に五八人しか存在しない。
更に自分を転移させられる大能力者の空間移動系能力者は更に数が限られる。
恋査が空間移動で自身を飛ばしたということは、そんなレアな人間が半径二〇〇メートル以内にいたということだ。
果たしてそんなことがあり得るだろうか?

そこで一方通行が思い出したのが、ここに来る前に見た大量の死体。
明らかに何者かの手によって殺された者たち。
この二つが明確に繋がった。

つまりは『グループ』。

もともと第三次製造計画の壊滅は『グループ』に依頼されたものであり。
なればこそ、雲川らがこの場所を特定した以上三人の超能力者とは別口でここにやって来ていてもおかしくはない。
あの大量の死体を誰が作り出したのかは知らないが、紛れもなくあの空間移動はその構成員のものだろう。
正確に言えばその名を『座標移動』と言い、結標淡希の有する能力。

『グループ』が来ていることを確信した一方通行が考えたのは、土御門元春と海原光貴。
いわゆる魔術師というらしい二人。
一方通行が電話をかけた相手は土御門元春。
ここからそう遠くない位置にいることを確認した後、土御門か海原か、どっちでもいいから魔術を使えと指示したのだ。

その時は海原は結標と共に他の部隊を相手にしていて手が離せなかったらしい。
どうやらあの大量の死体も、全くと言うほど人と会わなかったのも、彼らが相手取っていたからのようだ。
つまり魔術を使うのは土御門。副作用が起きることなど知っている。
その反動で土御門が絶命しようと知ったことではなかった。ただ第三次製造計画を潰すという仕事のために必要なのだから。

魔術の内容は何でもいい。その中身如何に関わらず副作用は起きるからだ。
そうして土御門は魔術を使い。恋査がそれを察知し。恋査が魔術を使用し。そして弾けた。
結果的に、全ては一方通行の思惑通りに進んだわけだ。

「知識に貪欲なのは結構だが、時にはその好奇心が身を滅ぼすこともあるってこった。
とはいえ……もォ聞こえちゃいねェだろォがな」

完全に機能を停止した恋査を尻目に、一方通行は興味を失ったように一瞥した。
歩き出そうとしたその時、突如壁に取り付けられていた巨大なモニターが明滅し、そこに映像が映し出される。
そこで嗤うは木原数多。恋査を撃破したことに適当な賛辞を投げかけ、ご丁寧に自身の居場所を伝えるとすぐに映像は消えた。
招待状を受け取った一方通行の取る行動は一つ。

おそらくこの先には、木原数多が用意したという盛大な歓迎が待っているだろう。
だがそんなことは関係ない。一方通行のやるべきことに変わりはない。

(木原のクソを殺して、第三次製造計画を潰す。結局はそれだけだ)

しかし。この時一方通行は、決定的で致命的な思い違いをしていた。
『木原』を。木原数多という人間の抱える狂気を、一方通行は見縊っていた。
知っているつもりだった。昔から接触していたから、その外道ぶりを知った気になっていた。
だが甘かった。木原数多という人間はそれを超える狂気を用意していることに一方通行は気付かない。

第三次製造計画。妹達。一体だけ製造されたプロトタイプ。
それが差し向けられる可能性に、一方通行は気付かない。
妹達を道具のように、使い捨ての兵隊のように扱うことなど木原は躊躇いもしないのだと、そこまで思考が至らない。
木原数多がもっとも一方通行を苦しめるためには倫理も何もないのだと、分かっていない。

―――この日。一方通行はその脳に、大脳新皮質に、海馬に、扁桃核に。
刷り込まれて刻まれて焼き付いて。一生消えない地獄を経験することになる。

―――結論を言おう。我が特性は罰を打ち消す『聖母の慈悲』。『投下の終了』など、指一つ動かす必要もない

食蜂さんと乱数の戦いは最初はがっつり書く予定だったんですが、幻覚バトルとか書ける気がしなかったんで省略
本当は美琴のピンチにババーン!! と現れるつもりだったんです、きっと
でもどこぞの年増女(食蜂談)がいるのでちょい役になってもらいました
>>1に幻覚バトルを書くスキルさえあったらもっと出番は増えていただろうに……

もう一度言っておきますがアイテムサイドの描写はほとんどありません(すげぇ書きにくかったので)

    次回予告




「一体どこまで行けるんだろう。どこに行き着くんだろう。
そういう好奇心をどうしようもなく擽られるのは、科学者として当然なのでは?」
『諦め』を司る『木原』一族の一人―――木原病理




「……上等だ。そんなに死にてえなら望み通りにしてやるよ」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市第二位の超能力者(レベル5)―――垣根帝督




『こっれが笑わずにいられるかっつうの!! ひゃはははははは!!
ご立派なお姉ちゃんですねぇ~? よく出来ましたって褒めてほしいでちゅかぁ~?』
御坂美琴への復讐を企む『木原』一族の一人―――テレスティーナ=木原=ライフライン




「―――黙れ。焼くわよ」
学園都市・常盤台中学の超能力者(レベル5)―――御坂美琴




「馬っ鹿かテメェは。なんで俺が命乞いなんかしなきゃならねぇんだ。
顔面涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして命乞いすんのはテメェの方だろが。
そうじゃなくてよ、テメェのために手厚いもてなしを用意したっつっただろ」
一方通行(アクセラレータ)の能力開発を担当した『木原』一族の一人―――木原数多




「第三次製造計画って言えば、ミサカのことは分かるかな?」
『妹達(シスターズ)』・第三次製造計画(サードシーズン)で作られた美琴のクローン―――番外個体(ミサカワースト)




「オマエェェェェえええええええええええええええええええええええッ!!!!!!」
『闇』から『光』を掴んだ学園都市最強の超能力者(レベル5)――― 一方通行(アクセラレータ)

乱数wwwwwwwwwwwwwwwww

ウートガルザロキ「乱数がやられたようだな…」
シギン「クク…奴は我らの中では最弱…」
南条「我ら出オチ四天王の面汚しよ…!」

女に甘く男に厳しいんだよ一方は
一応オトコノコだからな

オマエがDNAマップ提供しなきゃ悲劇は起きなかったとのたまう一方通行はこの作品にはいないが
暗部の仕事仲間には極めてドライな一方通行はいた、ただそれだけのことでござる

アンチというより美化一方が好きな厨に見える

>>967>>968は馬鹿だな。
論破したつもりなんだろうが全然なってない。
まず始めに垣根が悪友って例えがおかしい。
説教した段階では全くそんな関係ではなかった。
次に気に掛けるなんて話は全くしてない。
勝つために利用した上に、その命をどうでもいいって切り捨ててることがおかしいって言ってるんだ。
それは少なくても光を掴んだ人間の思考じゃないだろ?
それと俺は別に超電磁砲から入ったにわかじゃないよ。
原作でずっとブレブレな一方通行を嫌悪してる。
ただ二次創作は二次創作って割り切ってるから、ここの美化された一方通行は嫌いじゃなかった。
でも結局こういうな思考しかできないんだってガッカリしてる。
美化するならするで中途半端なんだよ。
こんな思考しかできない奴が説教とか気持ち悪いわ。

>>972
長い、何を伝えたいかが分からん
気にくわないならROMってりゃいいじゃん

>・脳内補完・スルースキルのない方はバック推奨

これ読んでないのかな。

それと>>1さん乙です。そろそろ次スレを

(笑)

(笑)

(笑)

(笑)

(笑)

(笑)

美琴「何、やってんのよ、アンタ(笑)」垣根「…………ッ!!」

美琴「何、やってんのよ、アンタ(笑)」垣根「…………ッ!!」

美琴「何、やってんのよ、アンタ(笑)」垣根「…………ッ!!」

美琴「何、やってんのよ、アンタ(笑)」垣根「…………ッ!!」

美琴「何、やってんのよ、アンタ(笑)」垣根「…………ッ!!」

美琴「何、やってんのよ、アンタ(笑)」垣根「…………ッ!!」

美琴「何、やってんのよ、アンタ(笑)」垣根「…………ッ!!」 美琴「何、やってんのよ、アンタ」垣根「…………ッ!!」3

美琴「何、やってんのよ、アンタ(笑)」垣根「…………ッ!!」

美琴「何、やってんのよ、アンタ(笑)」垣根「小便!!」

美琴「何、やってんのよ、アンタ(笑)」垣根「…………ッ!!」

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