京太郎「悪女」(778)

以下に該当する方はブラウザそっ閉じ推奨です。

・京太郎SSが苦手な方
・イチャイチャ要素を期待されている方
・腹黒い部長に耐えられない方

なるべく早い段階の完結を目指していきます。 (理想は1週間以内)


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1362666103

私、竹井久は自分言うのもなんだがいい性格をしていると思う。
あぁ、無論ここで言う「いい性格」というのはいい意味ではなく悪い意味で。
楽しいことが大好き、人の驚く顔を見るのが大好き、人をからかうのも大好き、悪巧みが大好き。
そして、自分が欲しいものは何が何でも手に入れたくて仕方がない。
そんな性格。

そんな私は最近いい「おもちゃ」を手に入れた。
無論、そんなことを言ってしまっては彼に失礼だとは思う。
だが、彼があまりにも自分の思い通り、想定通りに動くのだから仕方がないのだ。
そう、仕方がない。

ほら、そんなことを考えると彼の足音が聞こえてきた。
男の子らしい、ドタバタとした走る音。
何を焦っているのかこの部室に向かって一直線に走ってくる。
私は思わずにんまりと笑う。
そして、扉が開いて彼が部室に入ってきた。

「お疲れ様です、部長」

「はい須賀君、お疲れ様」

笑みを浮かべながら彼、須賀京太郎君は挨拶をする。
さて、今日はどうやって彼で遊ぼうか……。
そう考えると、私の心は躍った。

しばらくして全員が揃い、部活が始まった。
卓を見ると私以外の女子4人が麻雀を打っている。

今年の女子1年生は粒揃いだ。
東場の火力はピカ一の片岡優希。
インターミドル女子チャンプ、デジタルの申し子である原村和。
そして、宮永咲。
彼女を連れてきた須賀君には感謝をせざる得ない。
この宮永咲を徹底的に鍛え上げれば、全国に手が届くと思う。
思わず胸が高鳴った。口元に笑みが浮かぶのを止められなかった。

ちなみに須賀君はパソコンに向き合ってネト麻に勤しんでいる。
彼の雀力は他の5人と比べると大きく劣る。
まぁ、最近ようやくルールを覚えてきた段階なので無理もないのだが。
そんな彼と打ったところで他の5人が得るものは、正直ほとんどない。
むしろ彼の打ち筋にいろいろと突っ込みが入り須賀君のお勉強タイムになってしまう。
デジタルから外れるそれが許せないのか、はたまた意外と教え魔な性格なのか、和などは特に熱心に教え込んでしまう。
だが、それはまずいのだ。

私はこの麻雀部で実績らしい実績を残していない。
この3年生の夏が最後のチャンス。
私は「一生懸命やりました。でもだめでした」で終わるのは御免だ。
やるからには、何かひとつ確かなものが欲しい。誇れるものが欲しい。
だから、正直須賀君の指導に時間を割いている場合ではないのだ。
もっともらしい理屈をつけて、彼にはネト麻を中心に打ってもらっている。
そのことについて咲は何か言いたげだったが、ありがたいことに本人が進んで了承したため言い返せなくなっていた。

少なくとも夏が終わるまで、私が引退するまでは彼の指導にあまり時間を割く気はない。
彼に恨みがあるわけでもないし、嫌いなわけでもないが、須賀君には麻雀部の礎となってもらおう。
私はそう考えている。






そう「おもちゃ」は自分が好きなように出来るから「おもちゃ」なのだ。




そんなことを考える自分に若干良心が痛む。
だが、人を支配する、人を思い通りに操る、そんなこと暗い喜びを感じるのもまた、事実だった。





私は席を立ち画面を覗き込みながら声をかけてみた。

「今はどんな感じかしら?」

「あっ、えっと、今はオーラス29,300点持ちの2着です。トップとは4,500点差です」

突然声をかけられて驚いた様子の須賀君は慌てて私に説明を始めた。

「なるほど。とりあえず、続けて」

「あっ、はい……、と」

そう言ってるとそのタイミングで須賀君が聴牌したようだ。

『京太郎手牌』
34456m45667s22【5】p ツモ5m ドラ3m

『京太郎捨牌』
北中発九⑨⑧
12西

「リーチっと。部長、どうですか?」

画面の中で赤5筒を切ってリーチをしたタイミングで須賀君は若干期待の顔で私を見た。
メンタンピンドラ1のマンガン確定。
逆転できる手を作ったことを褒めて欲しい、顔にそう書いてあった。
まったく、本当にこの子はわかりやすい。だからこそ、少しいじめたくなる。

「うーん、残念! 100点はあげられないわねー」

「えっ」

自分なりには自信があったのだろう、少し残念そうな須賀君の顔を見て嗜虐心が刺激される。
悪い笑みが出そうになるのをぐっと堪えてパソコンを指差した。

「須賀君、赤5筒を聴牌まで引っぱっていたようだけど、なぜかしら?」

「えっ? だってくっつけば点数が上がるし」

「そうね、ドラを大切にしようって言うその考えは自体はそこまで悪くないと思う。ただ、今の状況は?」

「トップまで4,500点差のオーラスです」

「そう。すでにメンタンピンドラ1で点数が足りているし、待ちが愚形でも枯れてしまっているわけでもない。なのに赤5筒を引っぱってくっつきを待ち、これ以上点を高くする意味は?」

そこまでいうと須賀君は私の言いたいことがわかったのだろう。
教師に怒られた生徒のように――あぁ、この場合は間違いではないが――うな垂れた。

「ない、です」

「よろしい。ただ、100点をあげられない一番の理由は須賀君が聴牌チャンスを下げる打牌をしているからよ?」

「えっ、えぇ? これで、ですか?」

須賀君は画面上に捨てられている自分の端牌だらけの河を見て首をかしげている。

「ほら、ここ。8順目、ペンチャン落しからの2索切り、これが問題。この時に赤5筒を切って2索を入れると、こうなるわね」

『久提示』
34456m245667s22p

「ほら、この形だと索子に5索8索の他に3索の受け入れも出来るでしょ? そうすれば、6索切りの聴牌でリーチできる」

「あ、あぁ!」

合点が言ったように画面を食い入るように見つめる。

「まぁ、今回は結果オーライだけどね……。ペンチャン落しからは特に見落としやすい形だから、気をつけてね?」

そう言ったタイミングでトップ目がノミ手をツモアガり、須賀君は2位で終わった。

「あー……。今回はいけると思ったんだけどなぁ」

がっくりとうなだれる須賀君を見て私は笑う。
本当に、喜怒哀楽がよく表に出る子だ。

「まだまだ甘いわね、須賀君」

「……うっす、もっと頑張ります」

いくら指導に割く時間を取るつもりはないといっても、完全無視と言うわけにはいかない。
咲は中学からの付き合いとということもあり須賀君とは仲がいいし、優希も彼には懐いている。
意図的に仲間はずれにすると部が分裂してしまう。
蔑ろに扱いすぎて辞めてもらわれると士気に関わる。
つまり、今の段階で辞めてもらうわけにはいかないのだ。
ほどほどに餌なり飴なりを与えて部に留まってもらわなければいけない。

だからこうやってたまに軽く指導するのも餌のひとつだ。
話しに行くたびに嬉しそうな顔をするので、なかなかに効果的だと思っている。

「そうだ、須賀君。この後時間あるかしら?」

ちょっとがっくり来ている須賀君を見て、今日はもうひとつばかり餌を与えてみよう。
そんな気になった。

「はい、大丈夫ですけど……なんですか?」

「須賀君も基本的なところはわかってきたみたいだしね。牌譜の取り方を教えてあげるわ」

「牌譜、ですか?」

「えぇ。インターハイみたいな大きな大会になれば運営が牌譜を取ってくれたりするけど、練習試合や小規模の大会では学生が牌譜をとるものよ。覚えておかないとまずいわ」

「そう、なんですか?」

「えぇ、だ・か・ら。この後私じきじきに教えてあげるわ。嬉しい?」

思わずからかったような言い方になってしまう。
口元に笑みが浮かぶのが止められない。
おそらく彼の反応は……あぁ、ほら予想通り、慌ててる慌ててる。

「な、なんですかそれ。まぁ、でも、はい。教えてもらえるのは、その、ありがたいです。頑張って覚えます」

「うん、よろしい」

そう言いながら、私は笑う。須賀君が思い通りの反応をしたことに。自分の思い通りに進んでいることに。
須賀君が牌譜の取り方を覚えてくれれば任せられることが増える。
今まで牌譜の整理やネト麻のデータ集計などは主にまこがやっていたことだが、それを須賀君に任せることが出来るだろう。
これでまたひとつ、メンバーの負担を減らすことが出来る。
そんな私の黒い企みなど気づきもしないように、須賀君は何か照れくさそうに笑っていた。




そう、私は欲しいものを必ず手に入れる。
そのために「おもちゃ」は有効活用しなければ。

「あー、今日もよう打ったのぅ」

「おなかへったじょー……」

部活の時間が終わり、まこが背伸びをしながら言った。
優希もだらけきった表情で卓に突っ伏している。

「はい、お疲れ様。今日の後片付けは私と須賀君でやるから皆は先に帰ってて」

「えっ? 部長と、須賀君ですか?」

思わぬ居残りメンバーの組み合わせに和が不審な顔をしている。
まぁ、無理もないか。

「えぇ、須賀君は私の居残り授業があるの。麻雀のお勉強って言うね」

「ええんか? 何か手伝えることがあれば手伝うが……」

まこが私と須賀君の顔を見て言う。
まこはなかなかに世話焼きだ。初めて出来た後輩と言うのもあり、いろいろと1年生4人には目をかけている。
だが、ここでまこの負担を増やしたら本末転倒だ。

「大丈夫よ。これでも私は部長よ? たまにはそれらしいことをしなくちゃ」

よく言ったものだと自分で呆れる。
その目的は100%打算のくせに、よくもいけしゃあしゃあと口が回る。

「む、そうか……じゃあ、そっちもあまり遅くならないようにな」

「京太郎! 2人っきりとはいえ、部長に変なことするんじゃないじぇ!」

「するかっ!」

須賀君と優希がいつもどおりのやり取りをする。
その様子を見て咲がくすくすと笑いながら京太郎に手を振った。

「じゃあ、京ちゃん。今日は先に帰るけど、あんまり無理しないでね。ばいばい」

「おう、また明日なー!」

須賀君がそう言うとそれぞれが別れの挨拶を口々に言い、部室を出て行った。

全員が出て行ったところで私は須賀君に向き直った。

「さーって、はじめましょうか」

「うっす!」

「あ、変なことしないでね?」

「だからしませんって!」

私がからかいの言葉を投げると須賀君はムキになったように言い返してくる。
その子供っぽい仕草がやはり私の嗜虐心をくすぐる。

「ひ、酷い。私に魅力がないって言うのね」

「あー、もう、どうしろっていうんですか!」

よよよ、と泣き真似をすると須賀君は困ったようにツッコミを入れてくる。
私は泣き真似をやめて笑った。やはり、この「おもちゃ」で遊ぶのは楽しい。

「ふふふ、じゃあ、始めましょうか。そこに座って。実際に牌を並べながら説明するから」

そう言うと須賀君はムスッとしながら卓に座った。
こういうところも非常に子供っぽくてからかい甲斐がある。
私は棚から適当な牌譜を取り出して須賀君に差し出した。

「はい、これが牌譜ね。ぱっと見た目、どう?」

「……正直、わけわかんないっす。なんかよくわからない記号がありますし」

「ふふ、そうね。将棋の棋譜なんかと比べるとちょっとわかりにくいところがあるから」

ひとつひとつ、指を刺しながら読み方を説明していく。
須賀君は私の指先をじっと見つめながら真剣に頷いていた。
途中で混乱してきたのか、ノートを取り出し、必死にメモを取り始めた。

「ちょっと待ってくださいね! えーっと、東がTで南がN、でも西と北はそのままで……」

慌ててノートに書きなぐっていく須賀君を見て言葉を止める。
見た目は軽そう、ちゃらんぽらんに見えて意外と根は真面目な子であるというのがここ数ヶ月の付き合いでわかっている。
ただ、男の子特有の煩悩の強さもわかっているが。
以前、和の胸を見すぎと突っ込んだときには面白いぐらいに動揺していた。
その時の様子を思い返して思わず軽く笑ってしまう。
すると須賀君が怪訝な顔でこちらを見た。

「部長?」

「いえ、なんでもないわ。続けるわよ」

まぁ、そんな彼の真面目さとある種の単純さは非常に私にとって扱いやすい。
この子が経験者として一定の実力を持っていればな、と思わなくもない。
だが、そんな仮定の話をしても不毛なだけだ。
実力は無くてもこれはこれでいい「おもちゃ」としてよく動いてくれそう、そんな期待があった。

「な、なんとか」

いろいろといっぺんに言い過ぎたかしら?
須賀君は煮詰まった顔をしながら自分で書いたノートを見つめている。
とは言え、覚えてもらわねば困る。

「じゃあ、これ宿題ね」

私は戸棚から1枚のラベルがないDVDを差し出して須賀君に渡した。
須賀君はきょとんとしながらもそれを受け取る。

「何ですか、これ?」

「えっちなDVDじゃないわよ?」

「そんなこと考えてませんよ!」

本当にリアクションがわかりやすい子だ。

「ふふ、それは昨年の龍門渕が風越を抑えて全国出場を決めた試合のDVDよ」

「えっ?」

「もうすぐ大会だしね。対策のために用意したのよ。で、その中の大将戦、東場で龍門渕が親の局を映像を見ながら牌譜を作ってきて頂戴。4人全員分ね」

「う、うえぇ!?」

「牌譜取りなんて慣れよ慣れ。やって覚えるしかないわ。それに、4人分とは言え、1局だけなら気楽なものでしょ?」

「う……はい」

思わず返事をしてしまったようだ。
彼は押しにも弱い。こういったところも扱いやすさのひとつだ。

「実はこの試合は映像だけじゃなくて牌譜ももうあるからそれで答え合わせしましょう。……明日、ね」

その言葉にぎょっとする様子を見せる須賀君。
私はその反応に満足そうににんまりとわらった。

「つ、つまり今晩中ってことっすか」

「そ、これから帰ったら頑張ってね」

私はそう言いながら彼にウィンクする。
須賀君はがっくりとうな垂れながらも、オーラスだけなら、と自分を励ましていた。

どうやら須賀君は気がついていないようだ。
龍門渕の大将戦、つまり天江衣の試合だ。海底までもつれ込むのは当たり前で怒涛の親連荘が行われている。
1局がかなり長いことに、須賀君は気づいていない。

少々意地が悪すぎるかしら? いやいや、これも須賀君の教育のためなのだ。
そして、ひいては部のため、勝利のためなのだ。

あれから部室の後片付けをして、私と須賀君は部室を出た。
それなりの時間だが、もう夏ということもありまた薄暗い程度だった。

「疲れた……いや、でもこれからまたさらに疲れるのか……」

須賀君は結構げっそりしているようだ。少し遊びすぎたかな?
そろそろ、飴の与え時だろう。

「お疲れ様。今日はよく頑張ったからご褒美にアイスでも奢ってあげるわ」

飴を与えるというにはそのまんますぎる私の提案に彼はぱっと顔を輝かせる。
そして、今にも飛び上がりそうな顔で喜んだ。

「ほんとですかっ!? やった!」

アイスひとつでここまで喜ぶとは、重ね重ね、非常に単純な子だ。
それとも男の子というのはそういうものなのかしら?

コンビニに立ち寄り須賀君にアイスを奢ってあげる。
須賀君はわき目も振らず某国民的人気のアイスを手に取った。
私も適当なアイスを選んで、コンビニの前でアイスをかじった。

「遠慮しなくてももっと他のでもよかったのに」

「いやいや、遠慮とかじゃなくて本当にこれが好きなんですって。梨がなかったのは残念ですけど」

そう言いながらも須賀君は非常に満足そうな顔でソーダ味のアイスをかじっていた。
どうやら須賀君の機嫌は税込62円で買えるようだ。
こう言ってはなんだが、安い子だ。

「しかし、大会までもうすぐですねぇ」

「ほんと、あっという間ねぇ」

須賀君はアイスをかじりながらそんなことを言った。
私も同じようにアイス最中をかじりながら答える。

「初めてのインターハイかぁ……」

「そうね、そして、私は最後のインターハイ」

何気なく言った言葉だったのだが、須賀君はアイスをかじるのをやめてこちらを見た。

「……そうでした。部長、夏が終わったら引退なんですよね」

「そう、だから今年の夏は何が何でも勝ちたいの」

思わず本音が漏れた。
まぁ、ついでだ。それぐらいは話しても問題ないだろう。

「ようやく5人そろったからね。ある意味では最初で最後のインターハイ、かしらね」

「最初で、最後……」

「最初はひとりで途中でまこが来てくれたけどそれでも2人だけで、部活って言えるのかって言われたこともあるけど」

一人だけの時代の寂しさは、あまり思い出したくない。
たった一人、部室で麻雀の勉強をし続けたあの時期。
それでも、誰かが来てくれると思ってあの部室で待ち続けたのだ。

「それでも続けてきて、ようやく臨める団体戦」

それが無駄ではなかったという証明が欲しい。
耐えてきたのだ。報われたい。

「だから、勝ちたいの。私は」

あの寂しい思い出もそうすればきっと笑い話にできる。
そんなこともあったわね。だけど……といい思い出にできる。

「そのために、できることは何でもするつもりよ。最後だから、後悔したくないしね」

そう、だから私は須賀君を「おもちゃ」として利用する。
口に出した言葉に対して心のなかでそう結んだ。

「……うしっ!」

須賀君は私の言葉を黙って聞いていたと思ったら溶けかけた残り少ないアイスを一気に口に含んだ。
一気に食べ過ぎたせいか、余りの冷たさに少しもがいている。
私は突然の行動に思わずぽかんとした。
落ち着いたと思ったら私に向き合って、口を開いた。

「部長、俺、頑張ります」

「……えっ?」

「俺、麻雀の実力は大したことないし、皆の練習の相手はできないですけど、それ以外のところで皆が勝てるように協力します」

突然の宣言にぽかんと口を開いてしまった。
それにも構わず須賀君は次々とまくし立てた。

「牌譜取るの頑張って覚えます」

「学校向けの庶務仕事、俺でやれることなら全部やります」

「それ以外に細かい雑用があったら任せてください。その、できる限りのことはします」

怒涛の宣言に私は思わずあっけにとられてしまう。
思わず反射的に疑問の声を出してしまう。

「その……いいの?」

「はい、だから、だからその、絶対、勝ちましょう!」

私の声に須賀君は満面の笑みで断言する。
そこまで言うと須賀君は照れ臭くなったのか、慌ててアイスのごみをゴミ箱に捨てた。

「俺、これから帰って牌譜取りの勉強します! 明日には絶対覚えてきますから! アイスご馳走様でした!」

須賀君はすごい勢いでそういって走って去っていった。

私の話に何か感じ入るものでもあったのだろうか。
私が何かしらの働きかけをしなくても私が望むことを自分から言い出してくれた。
まぁ、何はともあれ好都合だ。
本人が言うように、頑張ってもらおう。

いい。
彼は、やっぱりいい。
いい「おもちゃ」を手に入れた。

私の言うことを聞いてくれる。
私の望むとおりに動いてくれる。
私が聞きたい言葉を言ってくれる。
私の言うことに対して疑問を抱かない。

理想的だ。
ここまでしてくれる理由はわからないけど、あの咲が信頼を寄せている相手なのだ。
生来の人の好さなのだろう。
あのメンバーとあの「おもちゃ」があれば、勝てる。
それぐらいの完璧さを今の部に感じた。

「ふふ、さーて。私も帰りますか」

ゴミ場箱にごみを捨て思わずスキップしそうな足取りで私も家路についた。

彼女はこの時、彼がなぜこう言いだしたかということに対して深く考えることはなかった。
彼女がそれを後悔することになるのはしばし先の話である。
彼女がこの時に帰りたいと望むことになるのも先の話である。

今はただ、自分の望む展開に進んだことによる喜びに包まれていた。

本日の投下(プロローグ的なもの)は以上です。
流石に前作よりは長くならないと思いたい。

早ければ明日、遅くとも土日中に次を投下しようと思います。

すみません、やっぱり書くべきでした。

前作
京太郎「もつものと、もたざるもの」
京太郎「もつものと、もたざるもの」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1361725595/)

京太郎の実力的に実はこっちの方が効果的な指導に見える。練習相手にならない実力不足の負い目は雑用で発散させ、ネト麻で近いレベルの相手と打たせ、問題点を指摘。前作の咲達の公開処刑という名の善意の特訓より効果的に思える。

Tレックス(咲)達がハムスター(京太郎)と対戦して訓練になると思うか。
咲達は特訓のつもりでも傍から見れば京太郎に麻雀を辞めさせる為の処刑にしか見えない。

後輩♂(あれだけ、ボロボロにされて辞めないなんて…麻雀が好きとかのレベルじゃねーぞ)
後輩♀「須賀先輩って素敵ね…(ゾクゾクゾク)」
後輩♂「!?」

すみません、シチュエーションも似通っているからちょっと混乱させてしまったかもしれませんね。
本作と前作のつながりはありません。それぞれ独立した話となっております。

その体で読んでいただけると幸いです。

ちなみに本日はプロットの見直しとかをしている都合上、投下はありません。

明日には投下できると思います。よろしくおねがいいたします。

昨日投下するはずが酒飲みすぎて爆睡してしまいました……。
遅れてしまいましたが第2回、アッサリ気味ですが投下していきます。

私、竹井久の生活は現在大変充実している。
新しく入ってきた1年生3人は合宿を経て一皮剥けた印象だ。
まこも去年と比べると大分たくましくなった。
そして、私の「おもちゃ」は相変わらず元気に動いてくれている。

「部長、牌譜を整理してみたんですけど。ついでに全部の牌譜に通し番号振ってリスト化してみました」

「へぇ。どれどれ……」

須賀君が紙の束を差し出してくる。
PCからプリントアウトされたそれは部室に存在する全ての牌譜が並べて記載されていた。
対策のために集められるだけの牌譜を集めたのはいいが、棚がカオスになっていたのはちょうど気になっていたところだった。
その棚に目をやると綺麗にファイリングされて規則正しく並んだ牌譜が目についた。

「で、対局者や学校ごとにその通し番号に紐付ける表も作ってみました。これであの人の牌譜が見たいって時にも探すのが楽になると思いますよ」

「なるほど、よくできているわね。ありがとう、須賀君」

須賀君が差し出した表に一通り目を通して笑いかける。
そうすると須賀君は嬉しそうに笑った。

「うっす、あとはこんな感じで映像媒体についてもまとめておきますね」

「わかったわ。お願いね」

そう言うと須賀君はパソコンの前に座った。
ネト麻もそこそこに、データの集計をやるつもりなのだろう。

まぁ、このように私の「おもちゃ」は言われなくても自分で何かできることを考え動いてくれている。
あのコンビニでの一件以来ずっとそんな感じだ。
合宿中も掃除や料理は積極的に買って出てくれたし、買い出しなんかも進んでしてくれた。
全く、大した有能ぶりだ。

卓を見るとちょうど対局が終わったところだった。
本日の一発目、肩慣らし程度だったが平和に終わったようだ。

「それじゃ次は私が入るわ。で、そのあと検討会ね。牌譜は須賀君と……今回は和がお願い」

少し悩んだうえでメンバーを選別する。
須賀君は何も言わずに牌譜を取る準備を始める。彼はもうすっかり慣れていた。
メンバーの都合上、どうしても1人で2人分とらなくてはいけないのだが、そのあたりの動揺もない。

「ちょっと待ちぃ」

と、その時まこが声を上げた。
何やら難しい顔をしている。
……そろそろ、来るころかしら。
私はその顔から言いたいことをなんとなく察した。

「ここの所、京太郎は雑用ばっかりじゃ。ほとんどわしらと対局しとらんじゃろう? 牌譜はわしが取るけぇ、京太郎が入るといい」

案の定、言いだした。まぁ、想定通りだけど。

「そうだよ京ちゃん、入りなよ。部長、牌譜なら私がとってもいいですよ?」

「そうだなー。たまには犬も可愛がってあげないとなー」

「確かに、ここの所須賀君とはあまり打てていないですね。後ろで見ててあげますよ?」

そして、一斉に乗ってくる。ここまでも想定通り。
見計らって私が口を開く。

「そうね、ごめんなさい。最近須賀君の対局数が減っていたわね……。焦ってるのかしら」

須賀君の方を向いて苦笑する。勿論狙い澄ましたものだが。
ふふ、ほら、ちょっと困った顔してる。

「須賀君、入りなさい。牌譜はまこが取って……」

「いや、大丈夫です!」

私が言い終わる前に須賀君が言葉を遮った。
その瞬間、悪い笑みが浮かびそうになるのを堪える。

「大丈夫ですよ、ほら。大会はもうすぐなんですよ? 初心者に毛が生えた俺より有望株の女子組の練習するのは当たり前じゃないですか?」

「しかし……」

まこは何かを気にしたように言いたげな表情をしている。
そんなまこに須賀君は笑いかけた。

「大会が終わって落ち着いたらゆっくり対局しましょうよ? とりあえず今はみんなの練習の方が優先ですって」

一同、何か申し訳なさそうな顔をする。
私も表面上は、そんな顔をする。

「そのかわり、夏が終わったら練習に付き合ってくださいよ。さっ、染谷先輩座って座って」

押し切られる形でまこは卓についた。
そうすると須賀君は私とまこの席の間に椅子を引っ張ってきて座った。

「それに、こうやって人の打ち筋をいろいろ考えながら見るのも練習のうちですよね?」

「まぁ、確かにそう言ったが……」

「大丈夫ですって。以前言われた通り、自分だったらどうするとか考えながらちゃんと考えながら牌譜取るようにしますから」

それはまこが以前、ただボーっと対局を眺めている須賀君に言った言葉だった。
自分の言葉を持ち出されてまこも言い返せないようだ。

「……わかった。だが、見てる上で疑問に思ったことがあったら遠慮なく聞くようにな?」

結局、押し切られる形で対局が始まった。
対局中、須賀君は私やまこの手を何やら相槌やら思案顔をしながら牌譜を付けていた。
時々振り返って目が合うと、慌てて下を向いて牌譜を書き始める。

まったく、本当にいい「おもちゃ」だ。
天然なのかわからないが私が望む答えを言ってくれる。
部活の空気や団結を壊さないように発言し、私の望む方向に進めてくれる。
何か、暗い感情が芽生えていく。
自分が考えた通りに人を動かしていくその喜びに包まれていく。

私の「おもちゃ」

私が支配し、私が望むままに操る「おもちゃ」

今年はなんと幸運なんだろう

強いメンバーに「おもちゃ」も付けてくれるとは

楽しい

自分が望むままに進むのが楽しい

自分が思い描く方向に物事が進むのが楽しい


この「おもちゃ」は、本当に素敵だ


私はそんなある種の多幸感に包まれながら麻雀を打った。
なぜか運も味方したようで、その対局はトップを取ることができた。

「このままでいいのかのぅ」

部活終了後、校舎を出た後まこは後ろを振り返って部室のあるあたりを見た。
まだ明かりがついてる。
須賀君が残って今日の牌譜の整理、検討会の要点まとめを片付けている最中だった。

「手伝うって言ったのに……」

咲が寂しそうな顔をしている。
最初は全部自分がやると須賀君が言いだしたが、後片付けぐらいは、と押し切られそれだけは全員でやった。
だが、その他の雑用は自分がやるから、と譲らずに私たちは追い出されてしまった。

「そうですね。部のために何かしようっていうのは素晴らしいと思うんですが……」

「うん……」

和も何か後ろめたさを感じているのか表情が暗い。
いつもはふてぶてしい優希も何か思うところがあるようだ。

「そうね、一人にすべてを押し付けるのが健全かと言われると、そうじゃないわね」

「うむ……」

私の言葉にまこが頷く。
そして私は全員を見渡して、告げた。

「ただ、ここで無理矢理須賀君にそんなことをしなくていい、って言って仕事を取り上げても彼は喜ばないでしょうね」

その言葉に全員が黙り込む。
皆気づいていることなのだろう。
彼が誰かに強制されて、とか、嫌々やっている、とかそういった類の感情で動いているのではないと。
私なぞ直々に頑張ると宣言されてしまったぐらいだ。

「彼は彼なりに部の勝利を目指して頑張ってくれてるの。だから、私たちは大会で勝って、彼の気持ちに応えましょう?」

その言葉を聞いて、咲が何か決意をしたようだ。

「部長……私、頑張ります! 絶対、絶対勝ちましょう」

「えぇ、頑張りましょう」

咲だけではなく、全員大きく頷いた。
私も頷きずつ、全員の士気が上がったことに内心ほくそ笑んだ。

それからも大会に向けてひたすらに練習を続け、時間はあっという間に流れた。
長野県大会前日。
流石に前日とあり、それぞれ体調を整えるようにと言って、活動日にはしていない。

「だというのに、何で私は来ちゃうのかしらねぇ」

家にいても落ち着かず、私は部室で一人ボーっとしていた。
当然、誰も来ていない。当たり前の話だけど。

「さーて、一人で何しましょ」

一人では麻雀もままならない。わざわざ部室まで来て一人ネト麻というのも少しさびしい。
牌譜でも確認してみようか、と思い棚のファイルを取り出す。
何度も眺めた牌譜を指で追いながら何となく思案した。

「一人……か」

2年前はこれが毎日だった。
毎日毎日たったひとり、この部室で誰かが来るのを待っていた。
ろくに部としての活動もできず、たった一人だった。
インターハイに出たかった。
誰かと、一緒に麻雀がしたかった。

「……いけない」

あの時の孤独が心によみがえってくる。

『寂しい』

「違う」

『寂しい』

「違う」

『寂しい』

「今は、違う」

『寂しい』

「今は違う、今は違うんだから」


自分に言い聞かせる。
心がざわめく。
明日は本番だというのに。
こんな、こんなことで落ち込んでいる場合じゃない。

今は一人じゃない。

まこがいて

咲がいて

和がいて

優希がいて

そして、私の


私の、「おもちゃ」が

私の思い通りになる「おもちゃ」がある。

私の望むことをしてくれる「おもちゃ」がある。


だから一人じゃない。一人でもう無力感に悩むことはない。
だから、大丈夫。大丈夫なのだ。

「……私って意外と引きずりやすいタイプなのかしら? それともこれがトラウマってやつ?」

そう一人ぼやく。
ここに一人でいても気が滅入るだけだ。
帰ろう、そう、思った時だった。

「あれ? 部長、いたんですか?」

須賀君がカバンを片手に部室に入ってきた。
驚きの表情を私に向けている。

「須賀君こそ、今日は休みよ? 連絡したわよね?」

「えぇ。それは聞いてるんですが、ちょっとですね」

そういうと須賀君はカバンから何かを取り出す。
何やら難解な文字が書かれているそれは

「……御札?」

「そうです」

そういうと須賀君は椅子を引きずると窓の庇にその御札を立て掛けた。

「諏訪大社までお参りに行ってきたんですよ」

「諏訪大社? またずいぶん遠くまで行ってきたのね?」

同じ長野県内とは言え、諏訪大社まではそれなりに距離がある。
田舎ゆえの電車の少なさもまぁ、関係してくるけど。

「はい。諏訪大社に祀られてる神様は戦の神でもあるとかで……よっと」

須賀君はそんなことを言いながら椅子から降りて、椅子を元に戻した。

「だから、必勝祈願に行ってきました。ここまで来ると後は神頼みかなって思って」

須賀君はその御札に向かって柏手を打ち、頭を下げた。

「俺が出来るの、あとこれぐらいですから」

そういう須賀君は笑顔だったが何か酷く寂しそうだった。
個人戦には一応エントリーしているが、練習量が足りていない須賀君が勝ち進むのはまず無理だろう。
心が、少しざわめいた。

「部長」

そんなことを思っていると須賀君は私に呼びかけた。

「なぁに?」

須賀君は何かを悩んでいるかのように少しためら会った後、私をまっすぐ見て言った。

「勝って、くださいね」

どこか必死な瞳だった。
彼は、何を思ってその言葉を言ったのだろうか。
いつもは須賀君の考えていることが大体わかるのに、なぜか今は全く分からなかった。
ただの激励なのだろうか?
それともほとんど放置してしまっていることに対するあてつけなのか?

「えぇ、頑張るわ。絶対、勝ちましょう」

「はい」

私が辛うじて絞り出した言葉に須賀君は何も言わずに頷いた。
私はそんな須賀君を見たからなのか、何故か、今まで何となく気になっていたこと、聞かなくても言いことを聞いてしまった。

「ねぇ、須賀君」

「なんですか?」

「須賀君、何であんなに一生懸命働いてくれたのかしら?」

「……部長?」

「あなただって麻雀がしたくて麻雀部に入ったんでしょ? だけどここ最近はほとんど打ててない」

まぁ、それは私が彼の発言を盾にこき使ったからという面もあるが。

「本当に、よかったのかしら?」

そう問いかけると須賀君は何か言い辛そうに頭をかき、何かを決意したかのように口を開いた。

「……部長が」

だが、須賀君はそこまで言って頭を振り言葉を引っ込める。
私は首をかしげながらも須賀君の言葉を待った。

「部長……に、勝ってほしかったんです」

「……えっ?」

「コンビニで一緒にアイス食べた日、覚えてますか?」

「えぇ、覚えてるわよ」

「あの時、部長の話を聞いて……この人に勝ってほしいってそう思ったんです」

何やら恥ずかしそうに、俯いた。
私はその姿を見て、なぜか、心がずきりと痛み始めた。

「俺、部長とは4月からしかの付き合いしかないんですけど、あの話聞いて、きっとつらい思い一杯したんだろうなって、そう思って」

ずきり、と痛む

「昔の話する部長、つらそうで、悲しそうでしたから」

この「おもちゃ」は私の苦しみを分かってくれている

「だから、なんていうかその、部長には、報われて欲しかったんです」

痛い、酷く、痛い。

「そんな先輩と引き換え、俺は麻雀は興味はありましたけど入った動機も何となくだし……その、不純な目的もありましたし」

それに付け込んだのは、私だ

「だから、その、俺にできることは何でもしようって。部長が勝てるように俺にできることは何でもしようって」

痛い

「だから、頑張りました」

痛い

「部長、勝ってくださいね。俺、部長が勝ってくれれば俺もすごく嬉しいです。この数か月、無駄じゃなかったって、そう思えます」

痛む心を抑えながら返事をしようとするが、私はそれに対して返事をすることができなかった。

「す、すいません生意気言って。じゃ、じゃあまた明日っ!」

須賀君はそこまで言い切ってから恥かしくなったのか、いつぞやのように部室からすごい勢いで出て行った。
部室に一人残された。
酷く、静かに感じられる。
私は、椅子に座りこんで須賀君が買ってきた御札を見ながら考え込んだ。

喜ばしい話だ。

彼はあそこまで私のことを思っていてくれたとは。
私の気持ちを汲んでいてくれたとは。
こんな「おもちゃ」はそうそうないだろう。
あの様子じゃ全国大会が終わるまでは献身的に働いてくれるだろう。

理想的な、私の「おもちゃ」

自分が好きなように扱えるだけでなく、持ち主の幸せも考えてくれる「おもちゃ」

どれだけひどく扱われようと、私の幸福のために力を尽くしてくれる「おもちゃ」

喜ばしい話だ。

嬉しい話なのだ。

なのに、何故、

何故心が痛むんだろう?

酷く、痛い。

酷く扱い、それでも持ち主を好いてくれるその姿に心が、痛む。



結局、私には理由がわからず、その感情を無理矢理心の奥底におしこめ、封をした。

今は、大会に向けて全力を尽くすだけだ。
「おもちゃ」のことはまた後でゆっくり考えればいい。
そうだ、その、はずだ。
それで、正しいのだ。
私の思い通りに進んでいるのだ。




間違って、いない。



だが、彼女は後に思った。

これが、このタイミングが、最後のチャンスだったのだと。

取り戻しが効き、本当に望んでいたものが手に入るチャンスだったのだと。




だが、彼女はそれから目を逸らし、それを失った。

以上となります。

全く関係ない話なんですが、昨日移動時間中にSSを読んでたんですよ。
そしたら

京太郎「シズ、ジャンプ持ってきてやったぞー」

って台詞が

京太郎「シズ、シャブ持ってきてやったぞー」

って台詞に見えて何事!? って驚いた後に麻薬に溺れてシズとかいうネタが
すごい勢いで思いついていたんですけど誰得すぎるし明らかにファンに喧嘩を
売っている内容だと思ったので、記憶封印しました。

勘違いって怖いですね。

遅くなりましたが、投下していきます。
今回分は難産でした……。

一人称って最初はサクサクかけるんですけど、物語が佳境に入ってくると極端に書きやすくなるか極端に書きにくくなるか両極端な事象によく陥ります。
今回の作品は典型的な後者です……。

あ、それとシャブネタを投下する勇気は私にはないので誰かスレ立ててもいいのよ?(チラッチラッ

「ロンッ! リーチ七対子赤1! 6,400!」

モニタの中の須賀君が勢いよく発声する。
女子の試合を終えた翌日の男子個人1回戦。
私たちは控え室で須賀君の闘牌を見守っていた。
南2局まで須賀君は全くアガれず重苦しい空気だったが、この南3局で渾身のアガりが決まり、控え室の中は騒がしくなった。

「やった! これで京ちゃんが3着に上がったよ!」

「えぇ、地獄待ちなんかに取るからひやひやしましたけど……。王牌に死んでなくてよかったです」

嬉しそうな咲と疲れを見せながらも笑う和。
まこは手元のメモ用紙に書き込んだあと、嬉しそうに笑った。

「むっ、これでオーラス5,200出アガるか1,000-2,000ツモで2位浮上になる。これは、もしかすると……」

「おぉ、行けるぞ京太郎! がんばれ!」

優希が声を張り上げて須賀君を応援する。
そんな中、私は須賀君のアガり形に首をひねっていた。

(スジ引っ掛けの9索単騎でも待てたのに、地獄単騎の北でリーチ?)

わざわざ悪い待ちを選択してのリーチ。
その打ち筋は見たことがある。
身に覚えがある。
ただ、まさか、ありえないだろう。
七対子だし、スジより字牌のほうが出やすいとか考えた理由もあるし。

何より私を始めそんな打ち筋は誰も教えていない。
教えていないのだ。

そして、オーラス。
須賀君も状況がわかっているのかかなり緊張している面持ちだ。
微妙に手が震えているが必死で打ち進めていった。
何かが神に通じたのか、須賀君は5順目にして聴牌を入れた。

『京太郎手牌』
4【5】56678m2345p發發 ツモ3m

須賀君は場を見まわし、少し悩んだ後2筒を切ってダマに取った。
控え室にいた一同はほっと胸をなでおろした。

「一瞬リーチのモーション見せたから焦ったじぇ。4萬と7萬が3枚ずつ見えてちゃ勝負にならんじょ」

「うん。京ちゃん、かなり緊張してるみたいだけど、場が見れてるね。よかった……」

「まぁ、聴牌取らずという選択肢もあったのですがそこまで求めるのは酷でしょう」

「そうじゃな。あとは何とか別の聴牌が入れられれば……」

そして、何順かツモ切りが続いた8順目。
震える手で取った須賀君のツモを見て私たちは沸き立った。

『京太郎手牌』
34【5】56678m345p發發 ツモ發 ドラ4p

「よく引いた!」

思わず興奮したまこが膝を叩いた。
控え室がにわかに興奮した空気に包まれる。

「絶好の發引きですね。これでダマで5,200点。アガれれば文句なしの2着浮上です」

冷静に言っているつもりの和も、言葉の端端から興奮しているのが伝わった。
私も口には出さなかったが、心臓が高鳴ったのを感じていた。

「きょ、京ちゃん大丈夫かな? リーチかけなくても点数足りてるって、わかってるかな?」

咲はそんな中でも心配そうだった。
その様子がおかしくて私は思わず口を挟む。

「大丈夫、あれぐらい簡単な符計算だったら出来てたはずだから」

「そ、そっか。よかったぁ」

それを証明するかのように少し悩んだ後、須賀君は5萬を切り、ダマに構えた。
その姿に、咲が安堵の声を漏らす。

「この巡目で3-6-9萬なら、いけるじぇ! 引いちゃえ京太郎!」

「京ちゃん、頑張って。京ちゃんもできるなら一緒に全国に……!」

優希が声援を飛ばし、皆も祈りながら見つめた。

だが、次順のことだった。

『京太郎手牌』
34【5】6678m345p發發發 ツモ1m ドラ4p

無駄ヅモであり、全員がすぐに場に切ると思っていた。
だが、モニタの中の須賀君はなにやら目の前の手牌を睨みつけて必死に何かを考えている様子だった。

「何を悩んでいるんでしょう? 手代わりもありませんし、ツモ切りだっていうことぐらいわかるとは思うんですが……」

和が不思議そうに首をかしげている。
だけど、私にはなんとなく予感があった。
何に悩んで、何を切ろうとしているのかなんとなくわかった。

(やめなさい……)

心の中で叫ぶ。
前日に封をした心の中の「それ」がまた騒ぐのを感じた。

(そこまで、そこまで私に殉ずる必要はないの)

(だから……やめて)

(お願い、そっちに行かないで)

強く祈るが、モニタの中の須賀君が私が考えたとおりの牌をつまむ。
それを見て私は心の中で悲鳴をあげた。

(やめなさい須賀君!)

その悲鳴と須賀君の発声は同じタイミングだった。






「リーチっ!」




『京太郎手牌』
34【5】6678m345p發發發 ツモ1m 打發 ドラ4p





思ったとおりの展開となったことに私は天を仰いだ。

「か、カン2萬!? 3面張と役を捨てて!? あ、ありえません!」

和が叫び声を上げる。
その打牌に他のメンバーも呆然としてる。

「た、確かにリーチドラ2で点数は足りておるが……」

手の内容を見返してまこがそう言うがそれでも合点が行ってないようだ。
私は天を仰ぎながら全員に告げた。

「……スジ引っ掛け」

「えっ?」

その言葉に全員がいっせいに振り向く。

「前巡で5萬切ってるでしょ? だからスジ引っ掛けに取れると思ってリーチしたんじゃないかしら」

「そんな……いくら須賀君でも、そんな非効率な、そんなこと、するはずが」

和は私の言葉にうわごとのように返しているが、現に須賀君はそう打ってしまった。

そう、本来の彼であればそんな打ち筋はしない。
わざわざ悪い待ちに取ってあがりに行く。
そんなもの、須賀君の打ち筋ではない。
そう、彼が私の打ち方でうまくいくわけが、ないのだ。
何故、こうなってしまったのか。


私は顔を手で覆った。







「ロン。2,000点」

「……はい」

須賀君が2着目に振り込んだのはその2順後だった。
振り込んだ牌は、待ちさえ変えなければアガれていた9萬だったのが、皮肉だった。







こうして須賀君の夏は、終わった。




試合が終わった後も、誰もがその場を動けず呆然としていた。
それからしばらくして、少し暗い顔をした須賀君が控え室に戻ってきた。
入ってくるなり、彼は深く頭を下げた。

「すみません、負けてしまいました」

全員が、何かを言いたそうだった。
だが、暗い顔をする須賀君を見てなかなか言い出せないようだった。
私はそんな重い空気の中、口を開いた。

「お疲れ様。残念だったわね……と言いたいところだけど、聞かせてもらっていいかしら?」

「はい……」

須賀君はおそらく何を聞かれるのかなんとなく想像がついているのだろう。
顔を伏せたまま返事をした。

「オーラス、最初に3-6-9萬で聴牌したわね? 發赤ドラで5,200点。点数が足りていたのはわかっていた?」

「はい。リーチかけなくても問題ないってのは、わかりました」

「えぇ、そこまではいいわ。じゃあ、何故……」

分かりきっている。
答えなど分かりきっている問いだがどうしても聞かずにはいられなかった。

「どうして、次巡でカン2萬なんかに受けたの? 役も良形もドブに捨てて」

須賀君はその問いに少しの間黙り込む。
控え室に嫌な沈黙が流れていた。

「……部長の」

ポツリと呟いた言葉に体がビクリと跳ねた。
あぁ、やはり想像通りなのだ。
聞きたくはない、耳をふさぎたかった。
だが須賀君は一度息を吸い込み、意を決したように言った。

「みんなの牌譜取ってた時、部長の打ち方、すごいと思ったんです。かっこいいって思ったんです」

やめて。

「ここ最近、ずっと思ってたんです。部長みたいに、打てればいいなって思って」

私は「おもちゃ」にそこまで求めてない。

「俺も、ああいう雀士なりたいって、そう思ったんです」

私の打ち方はそんないいものじゃない。あなたに、できるわけがない。

「だから部長の牌譜とか見て、いろいろ研究してたんです」

できるわけが、ないのだ。

「だから、一萬を引いてきたとき、きっと部長ならああ打つかなって思ったから」

確かに私ならそう打ったかもしれない……でも、違うのだ。

「悪い待ちに受けてしまいました。すみません」



須賀君は、そう言って再び頭を下げた。

「……須賀君」

「はい」

酷く混乱したまま、頭を下げた須賀君に声をかける。
私の打ち方を目指したと言うその言葉に対して、私はよく分からない感情に心を支配されていた。
怒りなのか喜びなのか。悲しみなのか嬉しさなのか。
混乱していた私には分からなかった。
ただ、少なくとも須賀君は定石から外れる行為をして勝てる勝負を自分で捨ててしまった。
そのことは、叱らねばならない……はずだ。

その、はずだ。

「あなたはまだ効率や押し引きと言ったことだって完全ではないのよ」

「はい」

「それなのに、私の真似をするなんて……まずは基本をしっかりとマスターする段階だっていうのはわかってる?」

「はい……」

「もう二度と、こんなことをしないように」

「はい、すみませんでした……」

言ってから自分がきつい言い方をしてしまったことに気づいた。
須賀君は目の前で拳を強く握って震えていた。

「すみません、頭冷やしてきます。すぐ、戻ります。」

そこまで言って須賀君は部屋を飛び出していった。

「きょ、京ちゃん! 待って!」

しばし呆然としていた咲がその後を追った。
優希がその後を追おうとしたが私のほうを振り返って少し睨み付けながら言った。

「部長! ちょっときつすぎるじぇ!」

「そうじゃのう、言いたいことは分かるがショックを受けているのは本人じゃけぇ。もう少し言い方があったんじゃないんか?」

優希とまこが口々に言った。
だが、それに対して和が首を振りながら言った。

「でも、部長の言うことももっともです。今日は勝てていた勝負を捨ててしまいました。二度とこういうことをしないように言うのは、正しいと思います」

まこと優希が驚きの表情で和を見た。
優希が何かを言おうとしたが、それより咲に和がもう一度口を開いた。

「もっとも、私たちもここのところ須賀君に指導できていなかったのに、失敗したときだけ責めるのも……酷い話だと思います」

「そうね……」

私はそう相槌をついて椅子に座り込んだ。

「本当に、そうだわ。悔しくて、つい須賀君に辛くあたってしまったみたい。一番辛いのは須賀君なのにね」

絞り出すような声に、まこも優希も続きを言う気はなくなったようだ。
私はざわめく心を抑えながら、席を立った。

「少し、様子を見てくるわ。ちょっと待っててもらえる? 須賀君に言い過ぎたことを謝らないと」

「わかった……」

まこにそういうと私は3人を残し控室を出た。
扉を閉めた瞬間に倒れこみそうになるのを堪えながら、左右を見渡して須賀君を探した。
ふらふらと歩きだす。


私の思考は混迷を極めていた。

私の「おもちゃ」

私が遊びたいときにだけ遊ぶ「おもちゃ」

私が使いたいときにだけ使う「おもちゃ」

私は「おもちゃ」自身のことなどろくに考えていなかったのに

私は「おもちゃ」を酷く扱ったのに

「おもちゃ」は私に憧れて、私を目指して闘った

それがどうしたと切って捨てればいいはずなのに

「おもちゃ」のことは利用するだけ利用すると決めたのに

「おもちゃ」のことはどうだっていいと思っていたのに

何故割り切れないのだろうか

何故切り捨てられないのか

「あぁ……」

ぐるぐると巡る思考の中で、ようやく私は理解した。
先ほど須賀君に言われた言葉、私がどう感じたのか。

『みんなの牌譜取ってた時、部長の打ち方、すごいと思ったんです。かっこいいって思ったんです』

ようやく、わかった。

『俺も、ああいう雀士なりたいって、そう思ったんです』

私は

『だから部長の牌譜とか見て、いろいろ研究してたんです』

こう言われて"嬉しい"と最初は思ったのだ。
だがすぐに"悲しい"と思ったのだ。
そして、彼に対する罪悪感が芽生えたのだ。

私の打ち方は、彼のように、単純だけどまっすぐで、人のために動けるような子がやる打ち方ではない。

人を利用しようなどと考え

人を「おもちゃ」として考え

人を支配することに喜びを感じて

人が自分の掌の上で踊ることに快感を感じる

そんな人間が打つ麻雀なのだ。
あんな、あんな打ち方を、彼がしてはいけない。
できてはいけないのだ。

だが、私は彼にそれをさせてしまった。

ろくに麻雀を教えて貰えない状況で

それでも私を信じてついてきてくれて

私を想ってくれて

私に憧れてくれて

少しでも、私を目指そうと彼なりに進んでいたのだ


その姿が、私の醜さをそのまま映しているようで、それで私の心は悲鳴を上げたのだ


そう、ようやく、気づいた。
ようやく気づいたのだ。

「須賀君、須賀君に……謝らなくちゃ」

ふらふらと、会場内の廊下を歩く。
何人かにぶつかりそうになり、顔をしかめられたが気にならない。
ただ、アテもなくふらふらと歩き続けた。
そんな探し方で人が見つかるわけがないのに、私の悪運の強さは折り紙つきのようだ。
通路の先に須賀君がいた。
駆け寄ろうと、思った。
だが、それはできなかった。

――悪いな。かっこ悪いところ見せちゃって――

――かっこ悪いなんて、そんなことないよ。男の子だって悲しいときは悲しんでいいと思うよ。泣いたっていいと思う――

――……おう。ほんと、ありがとな、咲――

隣に、咲がいる。
何故かその事実を知っただけで、私の歩みが止まった。

――ううん、いいよ。落ち着いた?――

――あぁ、もう大丈夫だ。戻るか、みんな心配してるよな――

――そうだね、行こうか?――

――あぁ。部長にもう一度謝らないとな――

――大丈夫。部長だって本当に怒っているわけじゃないと思うよ。部長って立場だから注意しなくちゃいけないから……その――

――わかってる。悪いのは俺だしな……部長の言うことはもっともだ。もう一度、勉強しなおさないとな――

――うん、私もできることは協力するからね――

そう言うと2人は控え室に向かって歩き出した。
私はなぜか、手近にあった空き部屋に飛び込み二人から身を隠した。

誰もいない部屋に私はへたり込む。
扉の外を須賀君と咲の楽しそうな声が聞こえた。
その声が、だんだん遠ざかっていく。

謝らなくてはいけないのに

あんなに酷いことを言われても私のことを悪く言わない彼に、謝らなくてはいけないのに

私の体は、へたり込んだまま動けなかった。



まこが私を捜し、迎えに来るまで、私はその場から動くことができなかった。

「私の」

ぽつりとつぶやいた。

「私の、おもちゃ」

その呟きに対して言葉を返す人はいなかった。




この日、私は「おもちゃ」から目を逸らし、手を放した。

本日分は以上となります。
これで恐らく半分か3分の2程度は書き終わりました。
何とか1週間以内を達成できる、かな?
今度こそスレが大量に余りそうですな。


そして白糸台スレが終わりということを知って全俺が泣いた。
安価スレやりたい、SS書こうと思ったきっかけの一つやでなぁ……。
体調を直し、帰ってきてくれる日を待ち続けてみようと思います。

「ワタシ悪女!カコ(・∀・)イイ!」と悪ぶってる久ちゃんが、悪になりきれない自分に気づいて
それが嫌で「本当に悪女だもん!こ、こんな悪い事だってできちゃうんだからっ」と
取り返しのつかない事をしてしまい…

想像するだけでゾクゾクくるね!

せっかくだから部長以外の悪女の話も是非書いてほしい
たとえば
聖人のように振る舞いながら内心は黒い打算でドロドロのすばら先輩とか
たとえば
お菓子から男まで、他人の物はつまみ食いしないと収まらないてるてるとか
たとえば
男をたらしこんで姉への復讐の道具にする咲ちゃんとか

今日分の投下は控えようと思ったんですけど落ち着かなくて、無理矢理仕上げたらこんな時間になっちゃいました……。
6時前には起きなきゃいけないのにどうしよう(震え声)

とりあえず投下していきます。

あの長野県大会から少し時間が経った。
私はあの後まこに引きずられるようにして控え室に戻り、須賀君に言い過ぎたことを詫びた。
須賀君はそれに対して首を振り、私にもう一度詫びてこれからも頑張ると笑顔で告げた。
その笑顔が私を責めているようで、また心が痛んだ。


「久、どうした?」

隣の席に座ったまこが話しかけてくる。
長野4校での合同合宿へ向かう車内で、私は大会後の出来事を思い出してボーっとしていたようだ。

「え、なぁに?」

「いや、食べるか、と聞いたんだが……」

その手にはチョコレートの箱。話しかけられていたことに全く気づかなかった。

「ごめんなさい。貰うわ」

「なぁ、本当に大丈夫なのか?」

私の様子を見たまこが心配そうに尋ねてくる。
空き部屋でへたり込んでいた私を見つけたまこはあれ以来、ことあるごとに私を心配してくる。
まぁ、無理もない話なんだけど。

「大丈夫。ちょっと寝不足だっただけ。合宿前でちょっと興奮して眠れなかったのよ」

そう言いながらチョコレートを口に含む。
甘さが心に染みた。

「……わかった。まぁ、あまり溜め込まんようにな」

まこはまだ何か言いたそうだったが、不承不承と言った感じで言葉を飲み込んだようだった。

するとちょうどそのタイミングで咲が声をあげた。

「あっ、京ちゃんからメールだ」

びくり、と体が反応する。そして何気なく、咲のほうを向いた。
咲の横から優希が覗き込んでいる。

「『合宿頑張って来いよ。俺もちゃんと勉強してるから。皆によろしく』だって」

「咲ちゃーん。正しく伝えないといけないじょ。『追伸:咲はふらふら出歩いて迷わないように』って最後に書いてあるじぇ」

「もう、優希ちゃんやめてよー」

固まって座っている1年生3人組が楽しそうに笑いあっている。

「でも、残念だなー。京太郎一人お留守番ってのもかわいそうだじぇ」

「仕方なかろう。うちだけならまだしも他校も来るしな。特に風越は女子高じゃけぇ、気を使わねば」

「あの犬がそんな大それたことなんて出来っこないのになー」

「いえ、須賀君も男ですからここぞと言うときには牙を剥きますよ、きっと」

「男は狼なのよ、って歌もあったよね。そう言えば」

「咲ちゃん、チョイスが古いじぇ」

3人はここに居ない須賀君をからかいつつも、これからの合宿への期待などを楽しそうに話している。
私はそれをぼんやりと眺めていた。

先ほどまこが言ったように、須賀君は合宿には不参加となっている。
他校の生徒も寝泊りすると言う関係上、やはり男子生徒が参加するのは難しい。
そのため、今頃は部室か自宅でネト麻に勤しんでいるだろう。
まこや和からいくつか課題も与えられているので、頭を悩ませているかもしれない。

そんな風に彼のことを考えると、かさぶたの上から指を押し当てるような、ジクジクとした痛みを感じる。
あれ以来、私は表面上平静を装っている。装えていると思う。
だが、あまり須賀君と話ができていなかった。
彼は相変わらず私に話しかけてくれるし、部のために働いてくれている。
むしろ私の言葉が効いたのか、雑務をこなしつつも合間合間に必死に学習している。
だが、私はそんな姿を見ていることが出来なかった。

飽きられた「おもちゃ」がそれでも持ち主に尽くしているように見えて
捨てられた「おもちゃ」が必死に持ち主の機嫌を取っているように見えて
私を、責めているように見えて

無論、こんなものは私の被害妄想だ。須賀君を責めるのはお門違いだ。
わかっているが、思考は止まらなかった。
ここのところこんなことばかりを考えており、正直部に顔を出すのが憂鬱な気持ちもあった。
そのため、今回の合宿は須賀君と顔を合わせずに済み、幾らか気が楽だった。

とにかく、今は全国。

全国で勝つことだけを考えよう。

須賀君のことは、「おもちゃ」のことは、一旦、忘れよう。

それでいい。

合宿は始まってしまえばあっという間に過ぎていった。
各学校のエースと打ち、語り合い、ひたすらにお互いを高めあっていく。
手前味噌だが、この試みは大成功だった。
まこも咲も和も優希も、得るものは多かったようだ。
私自身、鬱屈した気持ちを忘れ、麻雀に打ち込むことが出来た。

「はー、今日も打ったわねぇ」

合宿も残すところ今日を含めて2日。もうじき夕方となる時間帯に私は対局を追えて清澄の部屋に戻ろうとしていた。
郊外から外れに外れたこの合宿所は周りに殆ど何もない分、非常に静かだった。

「……あら?」

そんなことを考えていると、清澄の部屋の前でまこと涙目の咲がなにやら話していた。
何事かと、私は二人に小走りで近づき事情を聞いた。

「どうしたの?」

「あ、部長……ごめんなさい! わ、私、大会の牌譜、忘れてきちゃって」

「えっ? 今夜の検討会で使う予定だった、あの牌譜?」

「はい……。出発前に部室で京ちゃんから受け取ってたんですけど、置いてきちゃったみたいで」

「あっちゃあ……」

思わず頭を押さえた。
今日の夜に県大会決勝の牌譜を使って合同検討会をする予定を組んでおり、その中で使用する牌譜はうちが持ってくる段取りになっていた。

「か、紙袋に入れてて。でも、部室に他の忘れ物してるのに気がついて、慌てて引き返したときに、多分……」

「置いてきちゃった、と」

咲はすっかりしょげ返っている。

「とにかく、まずは本当に部室にあるのかどうか確認しないと……」

必然的に、彼に連絡を取ることになる。
負の感情がまた鎌首をもたげてきそうになるが、それを振り払い、携帯を取り出して須賀君に電話をかけた。

『もしもし?』

数回のコールの後、いつもの彼の声が聞こえた。
痛む心を抑えながら、私は口を開いた。

「須賀君、今どこに居る?」

『今ですか? 部室で本片手にネト麻を……」

「ちょうどよかった! 須賀君が用意してくれた大会の牌譜、部室のどこかにない? 咲が忘れてきちゃって……」

『えっ、マジですか!? ちょ、ちょっと待ってくださいね』

電話の向こうからバタバタと音がする。
そのタイミングで私は電話をスピーカーフォンに切り替え、2人にも会話が聞こえるように設定した。
それと同じタイミングで須賀君の慌てた声が電話から聞こえてきた。

『ありました! 入り口の脇に置いてありました!』

「あったのね?」

その声が聞こえてくると、咲はしょげ返りながらも少し安心した様子だった。

『すみません、部長たちが出発してから今日まで部室には顔を出してなかったから……』

「須賀君のせいじゃないわ……しかし、どうしましょう」

そこまで言うとまこが何かを閃いたように声をあげた。

「そうじゃ! 龍門渕の沢村が確かノートパソコンを持っておった。電子データを送って部室から送ってもらえば」

「その手があったわね。須賀君、その牌譜の電子データってある?」

『はい、PDF化したものがありますが……』

「よかった。じゃあ、メールアドレスを聞いてくるからちょっと待ってて。その電子データをこっちに……」

そこまで言ったところで須賀君が何か気まずそうな感じで私の話をさえぎった。

『部長、送るのはいいんですけど……プリンタとかプロジェクタって、そっちにあるんですか?』

「あっ」

私は思わず声を漏らす。
まこも気まずそうにその問いに対して答えた。

「……プリンタやプロジェクタはさすがに持ち込んではおらんかったな」

『やっぱり、そうですか。さすがにそっちの人数でノートパソコンの画面を見ながらってのは無理、ですよね』

「えぇ、20人は居るからね……」

そこまで言うと咲は今にも泣きだしそうな顔になった。
須賀君はそれが見えてないはずなのに、そうはさせないとばかりに声を出した。

『わかりました。俺が今からそっちまで牌譜を持って行きます』

「えっ?」

『わかってます。合宿所の中には入りません。合宿所の前まで行って、そこで受け渡しするぐらいだったら問題ないですよね?』

「そ、それなら、まぁ」

『場所は一応把握してますから、1時間ちょっとあればいけると思います。ちょっと待っててください』

須賀君がそこまで言うと、咲が携帯に向かって震えた声で言った。

「ごめんね、ごめんね京ちゃん。私のせいで。本当にごめんね」

そう言うと須賀君はいつものように明るい声で答えた。
いつもの笑みが、頭に思い浮かぶぐらいの。

『いーんだって、別にこれぐらい。めそめそすんなよ』

「でも……」

『お前だって俺が苦しいときに助けてくれただろ? お互い様だ』

「……うん。ありがとう、京ちゃん」

なぜかそのやり取りが、私の心に刺さった。
何かを言おうとするが、口が動かない。

『ついでに陣中見舞いも兼ねてなんか買ってくよ。なんか欲しいものがあったらメールで連絡くれ』

「本当にありがとう京ちゃん。また後でね」

「すまんのう京太郎。頼んだぞ」

「……よろしくね、須賀君」

私は2人に続いてそうやって言葉を返すのが精一杯だった。

『うぃっす。それじゃあ、また後で』

それを最後に、電話は切れた。

須賀君はそれから1時間半ほどしてやってきた。
合宿所の前では連絡を受けた清澄高校一同と、各学校から何事かと見物に来た物好き数名が合宿所の前で待ち構えていた。
須賀君は両手に大荷物を抱えながら、よたよたと坂道を登って合宿所の前に到着すると、荷物を下ろして息を切らせながら言った。

「す、すみません。遅くなりました」

「まったく、遅いじぇ!」

たどり着くなり一番に口を開いたのは優希だった。
口では憎まれ口を叩いているがどこか嬉しそうな表情だった。

「あのなぁ、優希。お前がメールで送ってきた欲しいものリストに書かれたものを揃えるのに持間がかかったんだよ!」

「そうか? いたって普通の食べ物やら飲み物やらのリストだったはずだじぇ?」

「微妙に指定が細かかったりよく分からないものが多いんだよ! なんだよ、プロ麻雀せんべいだのエビフライが食べたいだの……」

「いやー、各学校からそれぞれリクエストを聞いたらなんだかカオスなことになっちゃってなー。悪いな」

優希と須賀君のいつものやり取り。
遠巻きに見ている他校の生徒は届けに来るメンバーが男子だとは認識していなかったようで口々になにやら話している。

「おっと、本題。念のため確認したけどちゃんと揃ってたから安心しろ」

そう言いながら片手に持っていた紙袋を咲に差し出した。
それを受け取ると咲は壊れ物を扱うかのように大事に受け取り笑みを浮かべた。

「遠いところ本当にありがとう京ちゃん」

「お疲れ様です。ここは最寄から少し歩きますし、その荷物じゃ大変だったんじゃないですか?」

「全く。言ってくれれば迎えぐらい行ったぞ?」

私を除く清澄高校の4人に囲まれて須賀君は楽しそうに話している。
私はそれから少し離れたところでそれを見ていた。
須賀君を労わなければならないのに、足が動かない。
口元だけが軽く動くが、声が出ない。

「清澄って男子部員も居たんですね。知らなかったです」

そんな葛藤を抱えていると誰かから声をかけられた。
顔を向けるとそこには福路さんが立っていた。
若干言葉に詰まるものの、少し間を置いて頭を落ち着かせながら答えた。

「えぇ。彼は初心者で、たった一人の男子部員だから大会では目立った活躍してなかったし、知らなくても無理はないわ」

「そうなんですか。……ふふ、皆仲良さそう。うちは女子高だから新鮮です」

「確かに、男の子一人っていう環境なのにみんな仲良くやれてるわね」

「うちの子がいろいろ買い出しお願いしちゃったみたいだからお礼を言いたかったんですけど……今は邪魔できないですね」

見つめる先には楽しそうに話す5人の姿があった。
私もその姿を遠くから見ていた。

「……混ざらないんですか?」

少々の沈黙の後、福路さんがそんなことを聞いてくる。

「えっ?」

「あの男の子と話したそうな顔をしてましたよ? 喧嘩でもしているんですか?」

「喧嘩……ではないわ」

そう、私が勝手に彼と距離を取っているに過ぎない。
須賀君はずっと変わらないままで居るのに。
勝手に利用しようとして、勝手に落ち込んで、勝手に距離を取っているだけ。
私は自分の「おもちゃ」をどうすればいいのかわからず、それから目を逸らしているに過ぎないのだ。

「あの……」

そんなことを考え込んでいると福路さんが恐る恐ると言った感じて声をかけてきた。

「私でよければ、相談に乗りますよ?」

「えっ?」

「すごく、つらそうな顔をしてますよ。事情はよく分かりませんが、せめて話を聞くことぐらいはできます」

本当に心の底から心配するような顔を私に向けてきた。
確かに、誰かに吐き出したいという気持ちはあったが、誰にも言うことはできずこうして過ごしてきた。
だが、福路さんなら問題ないだろう。
学外の人間であり、かつ相談の内容を人に言いふらすようなタイプでもないだろう。

なにより、この世界で最も綺麗な物を集めて作ったようなこの子が、私のような人間の話を聞いてどう考えるのか、興味もあった。

ちらりと須賀君の方向を見ると他校の人も交えていろいろ話をしていた。
どうやら須賀君は固辞しているがお茶ぐらい飲んで行くように誘われているようだった。
何か、後ろ髪を引かれるものがあったが私と福路さんはその場から離れた。

「そんな、ことが……」

合宿所の中の一室で私と福治さんは向かい合って話をした。
一通り、これまでのことを話したら言葉を詰まらせていた。

須賀君を「おもちゃ」として見ていたこと
彼を利用しようとしていたこと
でも彼は私に憧れてくれたこと
その真っ直ぐさに耐えられなくなたこと
自分の醜さに耐えられなくなったこと
これから彼にどう接せばいいのかわからなくなったこと

多少オブラートに包んだところもあったが、一通り話した。

「どう、幻滅した? 私ってこういう人間なの。嫌な女なの」

「……いえ、そんなこと、ないです」

見るからにショックといった面持ちだが福路さんは首を振っていた。

しばらく、沈黙が流れた。
福路さん何を言えばいいのか迷っているようだったが、何か意を決したように私に向き合って言った。

「あの子……えっと、須賀君のこと、好きなんですか?」

いきなりそう切り出されたが、不思議と動揺はなかった。
自分自身、そのことについてはここ最近よく考えていた。
だが、どれだけ考えても、結論は出なった。

「……正直、わからないの。今まで意図してそういう目で見ないようにしてたから」

そう、自分の「おもちゃ」としてみていた。
だから「おもちゃ」として好きか嫌いかとしか考えていなかった。
だから、わからない。
私が須賀君を須賀君として見た時、どう思っているのかがわからなかった。

「そう、ですか」

「でも……」

私はぽつりと、反射的に呟いた。

喜怒哀楽がはっきりしていて

子供っぽいところもあって

エッチなところもあって

そこまで物覚えがいい方でもないし

そこまでカッコいいわけでもない

だけど

ひたむきで

まっすぐで

努力家で

人のために力を尽くせて

私のことを、想ってくれる


だから


「きっと、嫌いじゃない……とは、思う」

そんな私の呟きを聞いた福路さんは何か嬉しそうに笑った。
パチン、と手を叩いてまるで夕食のメニューを提案するかのように優しげに言った。

「じゃあ、きっと大丈夫です」

「えっ?」

「やり直しましょう、もう一度」

「やり、直す……?」

私は福路さんの言っていることが理解できなくて思わずそのまま言葉を返した。

「はい。その、「おもちゃ」とかじゃなくて。今度は先輩として、後輩としての彼に向き合えばいいんです」

「そ、そんな。今更そんな、都合のいいこと……」

想わぬ提案に思わず動揺した声を漏らすが、福路さんは首を横に振って続けた。

「えぇ。なら、彼が尽くして、想ってくれた分を今度は彼に尽くして、想ってあげましょう」

「私……が、須賀君に?」

「はい。彼が一人前の麻雀打ちになれるように、彼が楽しい学校生活を送れるように、彼が卒業するときに笑って楽しい高校生活だったって言えるように」

その言葉を聞いて


――昔の話する部長、つらそうで、悲しそうでしたから――

――部長には、報われて欲しかったんです――


彼の言葉が、脳裏によみがえった。

「確かにそういうことって、足し算引き算で考えられるものじゃあないのかもしれません。けど、それでも、お互いに思いあうって、素晴らしいことだと思います」

「でも、もう、取り返しのつかないことが……」

私は彼の好意を利用してろくに麻雀も打たせず、彼に勝てた勝負をドブに捨てさせることをしてしまった。
自分で選んだことだと言い訳することもできたが、ほんの少し、もうほんの少し目を向けてあげれば、止められたことなのだ。

そんな私の心の声を強く否定するように福路さんは続けた。

「まだ、大丈夫です。まだ、取り戻せます。まだ終わりじゃありません! まだ、先はあります!」

なぜか、相談に乗っている福路さんの眼に涙が浮かんでいた。

「そうです、絶対に取り戻せるはずです。これからもう一度彼と向き合えば……きっと」

思う、で結んでいるくせに反論を許さないような強い言い方だった。
私はため息を吐きながら目の前の福路さんを見た。

「できる、かしら。私に?」

「できます。きっと……きっとできますから……」

目じりに浮かんだ涙をぬぐって福路さんは真剣な顔で、言った。

「これからは「おもちゃ」とかじゃなくて須賀君として、彼のことを考えてあげてみてください。きっと、見えてくるものがあります。きっと、取り戻せますから、絶対に……」

後半は感情が高まりすぎて取り留めもなくなってきた。
だが、言いたいことは痛いほど伝わった。

「よく、わかったわ。ありがとう、福路さん」

「いえ、ごめんなさい。大した力になれなくて……」

福路さんはそう言ってポケットからハンカチを取り出して目元を抑える。
あぁ、これは、慕われるわけだな。
私は目の前の風越キャプテンを見ながら、そんなことを想った。

「そんなことないわ。ありがとう……ついでに、もう1つ相談に乗ってほしいことがあるんだけど」

「……なんですか?」

思いがけない話だったせいか、若干きょとんとしながらも福路さんは佇まいを直した。
私は苦笑しながら、尋ねた。


「初心者の育成について。うちのメンバー、経験者ばっかりだから育成経験がある人が少なくて」

そう、これからの私に必要なこと。
相談するにはうってつけの人間が目の前にいた。

「大所帯の風越をまとめるキャプテンさんに是非アドバイス、頂けるかしら?」

「は、はい! 私でよければ!」

私の言葉の裏に気が付いたのだろう。本当にうれしそうに福路さんは笑った。
それからしばし、私たちは育成について話し込むことになった。

彼が私にしてくれたことを
私が彼にしてあげる

単純な話だけど、できるだろうか?
人を動かすことに快感を覚えるような人間にできるだろうか?
散々彼を利用してきた私に、できるだろうか?


不安はある。
それでも


都合がいいと思われるかもしれない
今更と思われるかもしれない
神様がいるとしたら間違いなく天罰が下るだろうけど

もう一度、やり直してみたい

普通の先輩後輩として、もう一度


だから、私ができることをしてみよう
彼だって手さぐりで私にできることをしてくれたのだ
やってみせる
私が彼に、できることを、頑張ってみよう


彼の好意や憧れに対して、胸を張って誇れるように。

本日は以上です。
起承転結で言えばすっごい「転」っぽい書き方になっちゃいましたけど、現在は大体「承」~「転」の間ってところです。
つまり、もうちょっとだけ続くんじゃ。

……1週間の目標、本当に達成できるのか怪しくなってきた。

最近加筆修正したい症候群がひどいです。

明日(本日?)は仕事の都合上投下できるかどうかは怪しいので、次回投下予定は木曜日とさせてください。

サーバー復活したようでよかったよかった。
というわけで本日(昨日?)分投下していきます。

最近、私こと竹井久の生活はとても充実している。
インターハイで全国まで進み、いい成績が残せたこともある。
強豪の大学からいい条件でお誘いを受けたこともある。
プロチームのスカウトから声をかけられたこともある。

そして何より

「うっ、く、くっ……ぷっ」

「……笑いたきゃ笑ってもいいんですよ」

「わ、笑ってなんていないわ。ちょっと、さ、寒くて」

「今日はこの夏最高の暑さだそうですけど?」

「そ、そう? あ、あれよ。ちょっと冷房が……き、効きすぎ」

「……お帰りなさいませ、お嬢様」

「ぷっ、あはははははははははは!」

須賀君のために力を尽くしているこの現状が、とても楽しい。
彼のために力を尽くして、今まで知りえなかった一面が見えてくるのが、とても楽しかった。
……この状況じゃあ、あまり信じてもらえないだろうけど。

私は悪くない。
執事服を着込んだ、本人なりにキリッとした顔をしたであろう須賀君が悪い。
まだまだ貫禄やら渋さやらそう言ったものとは程遠い須賀君がそんな格好をしているのが悪い。
どうしても服に着られている感がある須賀君がそんなことを言うから悪い。
そう、私は悪くない。

インターハイが終わり、後始末もようやく片付いて夏休みも残り少なくなった。
私はその残り少ない夏休みを須賀君をまこの店に武者修行へ出すことに決めた。
須賀君が着ている執事服は、まこがこれが店の制服だと持ってきたものだった。
そのまこは電話のためちょっと席をはずしているが、私はどうしても我慢できずに須賀君に着てみるように言って、この状態である。

「やっぱ染谷先輩に言ってこの格好はやめてもらいます……」

須賀君はため息をついてげんなりとした顔をしている。

「えー、いいじゃない。似合ってるわよ」

「散々笑った後でそれじゃあ全然説得力ないですよ」

「あら、そう? でも、ほんといいと思うわよ。なんていうかこう、背伸びしている感じが出てて。おば様方に人気が出そうな感じ」

「そんな風に褒められても嬉しくないです。あーあ、ハギヨシさんはあんなにかっこよく着こなすのになぁ」

須賀君は首もとに指を差し込み少し窮屈そうに首を振った。

「ふふっ。まこからいろいろ話は聞けた?」

「あ、はい。メンバーの仕事とかマナーの話とか、後は接客についてとか……」

「よろしい。明日からだっけ? とにかく、打って打って打ちまくってきなさい」

「正直、結構不安なんですけど……」

「大丈夫。もちろん強い人も居るけど弱い人も居るのが町の雀荘よ。須賀君が一方的にやられるってことはそうそうないわ」

「そう、ですか?」

先ほどから自信なさげな言葉を繰り返す須賀君がその格好とのミスマッチさもあって思わず笑いがこみ上げてくる。
さすがにここで笑っちゃうのはかわいそうなので必死に堪える。

「やっぱ、インターハイを見続けてきたから須賀君の感覚麻痺しちゃってるわねぇ……」

「えっ?」

須賀君が私の言っていることがよく分からないとばかりにきょとんとした顔をする。
そんな須賀君を見て私は思わず苦笑しながら続けた。

「やっぱりよく分かってなかったわね……。一度、自分がどの程度の実力なのかをいろんな人と打って確かめてみるといいわ」

須賀君を別の環境で打たせてみる。
これは福路さんと相談した中で考えたことであった。

『ごめんなさい。正直、いまの清澄の環境はあまりにも初心者には辛すぎると思います』

『うちの部にも初心者の子は入ってきますけど、初心者が1人だけってことはまずないですから。そういう子達はお互いを励ましあいながら頑張っています』

『でも清澄のように初心者の男の子1人を除いて残りの女子が全員が全国レベルじゃ、同じ学年でもあまりに違いすぎて……』

『これから麻雀を本格的にやるにつれて須賀君はレベル差を感じて苦しむと思います』

『でも、多分それはどうしようもないことで……』

『他にもこれから先にどうしようもない部分って、出てきちゃうと思うんです』

『私たちの部にも、初心者で入ってきたけど、ついていけなくてやめちゃう子は居ましたから』

『本当に、本当に悲しいことですけど』

『だからせめて、須賀君がなるべく嫌な思いをせずに済む環境を作ってあげましょう』

福路さんの言葉が蘇る。
さすが大所帯をまとめるキャプテンとあって、私が目を逸らしていたことをズバズバと指摘してきた。
私はそれを聞いて今更ながらもう少し勧誘活動を頑張るべきだったと後悔し、
出来るメンバーが5人集まって満足してしまったことを自分を責めた。

ともかく、彼はまだまだ対局経験が足りない。
座学は自分なりにちゃんと勉強して、ネト麻はそこそここなしているようだった。
だけど、やはり卓について実際に打つ際にそれらが生かせなければ意味がない。
かといって私たちとただ闇雲に対局しても、須賀君が潰れてしまうかもしれない。

そう考えた上での結論だった。
残りの夏休みは元々活動日にはしておらず、他の部員は休みだ。
その間、須賀君には麻雀を楽しんでもらおう。

「戻ったぞー。っと、もう着とるとはやる気満々じゃな」

携帯を片手に部室に入ってきたまこはにやにやとした顔で須賀君を茶化した。

「染谷先輩……この格好何とかなりませんか? びっくりするほど似合わないと思うんですけど」

「何を言う。うちは女子の制服はメイドときまっとる。ならば男子は執事服になるのは当たり前じゃろう?」

「マジですか……。しかしこれ、結構窮屈で落ち着かないんですけど」

須賀君は首もとの蝶ネクタイを指でいじりながらなにやら落ちつかなそうに体をもぞもぞと動かした。

「以前のバイトのお古だがサイズはあっとるじゃろ? なぁに、すぐに慣れる」

須賀君はまだ何か言いたげだったけど、そうはさせぬとばかりに私はまこに向き直って話題を切り替えた。

「そう言えば、須賀君のシフトは決まったの?」

「あぁ。なるべく多めに入れるように調整したぞ」

まこはポケットからメモ帳を取り出して私と須賀君に見せる。
須賀君はそれをしばらく見つめていたが納得したように大きく頷いた。

「はい、この日程なら問題ないです。お願いしたどうしても駄目な日はちゃんと外してもらえましたし」

「そうか。じゃあ、早速明日からじゃな。遅刻せんようにな」

まこの言葉に返事をする須賀君を見ながら、私は何とか話がまとまったことに安堵の息を漏らした。
急な私の申し出だったが、まこは私の案に賛成してくれたようで何とか都合をつけてくれた。
須賀君も雀荘に興味がなかったわけではなく、実際に打てるということもあり結構乗り気なようなのが助かった。
執事服というのは、想定外だったようだけど。

「須賀君、私が思うに今あなたに一番足りないものは実戦経験よ。実際に牌を握って打って、そのうえで課題や足りないものが分かってくると思うわ」

そこまで言って私は須賀君の前に立ち肩を軽く叩いた。

「だから、頑張ってね。私もちょくちょく様子は見に行くから」

「……はい、ありがとうございます」

どこか嬉しそうにお礼を言う須賀君を見て私は不思議な充足感に包まれた。
須賀君からの感謝の言葉に胸を張って応えられるというこの、とても心地よかった。

そんなことを考えながら、私はまこと話している須賀君を伺いながら携帯を操作してメールを打ち、カメラを起動して須賀君に向けた。

「須賀くーん?」

「はい?」

こちらを向いたタイミングで即座にシャッターを押す。
とっさに撮った割にはきれいに撮れた。
すぐに保存して、1年生3人娘に一斉送信する。

「どわっ、何撮ってるんですか! 消してください!」

「ざーんねん、もうみんなに送っちゃったっ」

「……他のメンバーには黙ってようと思ったのに」

やっぱりからかうのだけはやめられない。
私は頭を抱えた須賀君を見ながらそんなことを思った
そうこうしていると携帯が震えてメールの着信を告げた。

「あっ、早速優希から返事が来たわよ。えっと、須賀君が合同合宿で知り合いになった人たちにも送信しておいた、だって」

「優希ぃぃぃぃぃ!」

須賀君はふらつく足取りで制服に着替えに出て行った。
携帯に続々届く写真へのレスポンスメールを見ながらニヤニヤしているとまこがどこか不思議口を開いた。

「最近、楽しそうじゃな」

「そう?」

「あぁ、一時は時折ボーっとすることも多かったから心配しとったんじゃが、もうそんなこともなさそうじゃな」

「うーん、そうね。まぁ、充実はしている、かな」

「不思議な話じゃのう。インターハイ終わって気が抜けてもおかしくないのに充実しとるとは」

もっともな話だ。
高校に入ってからそれだけのためにと言っていいぐらい力を尽くしてきたことが終わったのだ。
大なり小なり、気が抜けてもおかしくなさそうなものだが不思議とそういうことはない。
むしろ新人戦に向けて須賀君をどうするかと言うことに頭を悩ませる日々だ。

「そうね、まだ仕事が残ってるから。大きな大きな仕事が」

ちらり、と須賀君が出て行った扉に目線をやる。
まこは大体を察していたようで腕を組みながら難しい顔をした。

「なにもあんただけが背負うことはあるまい。わしだって京太郎の先輩じゃぞ?」

「わかってる。それでも部長として、あの子に殆ど教えてあげることが出来なかったことに」

そして、彼を利用していたことに

「責任を、取りたいの。だからせめて、11月の新人戦までは私に任せてもらえるかしら?」

「……あんたも受験やら何やらで忙しいじゃろ? 大丈夫なんか?」

「大丈夫よ、ちゃんと自分なりにやっているから」

まぁ、そもそも受験するか分からないけど、と言葉を付け足すとまこは腕を組んだままなにやら考え込んだ。
まこも大概世話焼きな性格だ。ほぼ渡し一人に任せているという状況が腑に落ちないんだろう。
将来はいいお嫁さんになるだろうな、と正直あまり関係ないことを思った。

「お願い。卒業する前に、須賀君にも何かを残していきたいの」

「……わかった。とりあえず新人戦まで京太郎の教育はあんたに一任しよう。ただ、くれぐれも」

「わかってるわ。無理はしないし、助けて欲しいことがあったら必ず言うから」

そこまで言って、まこはようやく納得したようだ。不承不承と言った感じだけど。

「しかし、そこまで京太郎のことを考えておったとはな」

「あら、意外?」

「……正直、全国で勝つこと以外は眼中にないと思っておった」

鋭い。
と言うより真実なのだが。
いや、ここは真実「だった」と言いたいところ。

「まぁ、否定しないわ。つい最近まで、そう思っていた。だけど」

後悔の念が胸に刺さるが振り払う。
悩んでいる時間は、ない。

「部のために……自惚れが強いかもしれないけど、私のために力を尽くしてくれた分、私が彼に何かをしてあげたいって思ってね」

それを言うと何が面白いのか、口元に笑みを浮かべた。

「確かに京太郎の働きぶりはまるで忠犬じゃったな。あんたに褒められる時なぞ尻尾があったら千切れんばかりに振っておったぞ」

まこにそう言われて褒められているときの須賀君の姿を思い出してみる。
……確かに、そんな感じだった。

「しかし、それだけか?」

「えっ?」

「京太郎のために頑張ろうと思うのは、感謝とか責任とか、本当にそういうものだけか?」

からかうような言い方に私の心はざわめいた。
言いたいことは、なんとなくわかる。

「……ないわよ、そんなこと。私と彼は、ただの先輩後輩で、そういうのじゃないから」

「そうかのう?」

「そうよ。そうに決まってるじゃない」



そのことについては自分でもまだよくわからなかった。
嫌いではないと思う。人間として好ましい。
いい子だ。欠点もあるけど美点もたくさん。

でも、私は彼を「おもちゃ」として扱って、それを言いように利用していた人間だ。
そんな彼と私が、恋人として付き合う。

そんなことありえるのだろうか?

わからない。
そこに行き着こうとすると思考にブレーキがかかり、先に進まない。
だから、わからない。


「……なんともまぁ。もうちょっと器用な人間じゃと思っとったが」

「何よ」

私の返答を聞いて、私の顔を見つめていたまこはなぜか呆れ顔だった。
ため息をひとつついてやれやれと首を振っている。
その仕草が若干憎たらしい。

「久、おんしは麻雀では悪形待ちが得意じゃな?」

「えぇ、そうね」

何をいまさらと言った感じだが素直に返答を返す。

「何も生き方までそんな悪く狭く窮屈に、ひねくれる必要があるんか? もうちっと視野を広く、素直に生きてみてもええじゃろ?」

「えっ?」

言っていることが、よく理解できない。
そんな私を無視してまこは続けた。

「どうも、ひとつの意識にとらわれすぎてる感があるのう。一度、感謝とか責任とか、そう言う物を捨ててゆっくり考えてみるとええ」

そこまで言うとまこはカバンを手に立ち上がった。

「わしはこれから店の手伝いで戻らねばならん。先に失礼させてもらう」

まこは扉を開けて、外に出る直前に私に手を振りながらにやりと笑った。

「じゃあ、京太郎によろしくな。ひねくれ者」

「戻りましたーってあれ? 染谷先輩は?」

まこが出て行って5分ほどしてから須賀君は執事服を片手に戻ってきた。

「えっ? ……あぁ、お店の手伝いがあるから先に帰ったわよ」

私はまこが出て行ってから椅子に座り込んでボーっとしており、須賀君に話しかけられたときとっさに反応できなかった。
気恥ずかしさから私は話題を変えた。

「ところで、ずいぶん着替えるのに時間がかかったわね?」

「あぁ、咲から電話がかかってきてまして。執事服についていろいろ聞かれましたよ」

「あぁ、なるほどねぇ」

須賀君は私の返事を聞きながら荷物を置き、カバンの中から牌譜を取り出した。

「言われたとおり、ここ最近で大きなラスを引いたときの牌譜を持ってきました」

「ありがとう。じゃあ、ちょっと確認させてもらうからこのテストをやりながら待ってて」

私は須賀君から渡された牌譜に視線をやりつつ、あらかじめ用意しておいた何切るや状況判断の問題が記載されたテストを差し出した。

「……あれ? このテストってもしかして、部長が作ってくれたんですか?」

受け取ったテストを見て須賀君は驚きの声を漏らした。
まぁ、例題に出てくる人間が咲や和じゃ気づかないわけがないのだが。

「えぇ、一応須賀君のレベルを考えて作ったつもりだけど?」

「……すみません」

須賀君はテストを持ったまま頭を下げた。

「これから受験だ何だって忙しいのに、俺のためにこんなに時間割いてもらって」

暗い顔をする須賀君を見て私は慌てて口を開いた。

「大丈夫よ。進路にことについてもちゃんとやってるわ。そっちも疎かにしてないから」

「でも、全国大会終わってからずっとこんな感じじゃないですか? いろいろ教えてもらえるのはすごい嬉しいんですけど」

須賀君は顔を伏せて、消え入りそうな声で続けた。

「その、部長の負担になってるんじゃないかって……」

何故だろう。

彼が遠慮して、申し訳なく感じているのが

私の負担になっているのかと心配する姿が

そんなことないのに、そういう風に思われるのが、悲しい。

私がしたくて、そうしたくしているのに、そういう風に思われて、悲しい。


私が須賀君の立場だったとき、私は彼の負担だとかそんなこと一切考えなかったのに。

彼は、私のことを考えてくれる。

言いようのない感情に、手が震え、叫びだしそうな気分だった

それでも、手を握り締め、叫びだしそうな声を飲み込み、私は口を開いた。

「負担じゃないわ。これは、私がしたくてしてることなの」

そう、これはあの時彼が私のかけてくれた言葉。

「須賀君が私の勝利を願ってくれたように、私も須賀君が今度の新人戦で勝ってくれる事を願ってる」

何故ここまで頑張れるのか、と聞いたときに須賀君が言ってくれた言葉。

「だから、私もできる限りのことはしてあげたいの」

それを、私が須賀君に言う日が来るとは当時の自分では思いもしなかっただろう。

「で、でも」

なかなかに強情な子だ。
そんな性格だから、私のような人間に付け込まれるのだろう。
くすり、と微笑む。そして彼の言葉をいつかの彼の言葉でさえぎった。

「それでも申し訳ないと思うんだったら、新人戦で勝ってちょうだい。そうすれば、私も報われるわ」

あのときの須賀君の気持ちがようやく分かった。
どういう気持ちであの言葉を言っていたのか、ようやく分かった。
あまりにも遅すぎたのかもしれないけど、須賀君ともう一度向き合い直して。
相手のことを想って、自分なりに考えて、ようやく、気付けたのだ。

須賀君の目が潤んでいることに気づく。
私だって涙を流したい気分だったけどちょっとした見栄で、それを堪えた。

須賀君は目じりを押さえ、しばらく上を向いた後、真剣な瞳で私を見た。
悔しいけど、その目には少し、ほんの少しだけ……ドキリとした。

「俺、頑張ります。絶対、絶対勝ってみませます。頑張ります、ほんと、頑張ります!」

「うん、よろしい。では手始めにそのテスト、頑張って解きなさい」

「はい!」

須賀君は元気に返事をすると真剣な表情でテストを解き始めた。
私はそれを見て満足感を覚えながら須賀君のネト麻での牌譜をチェックする。

一通りチェックしてみるが、かなり落手も減ってきていた。
須賀君の教育でインターハイが終わってからすぐに取り組んだのがこの牌譜チェックだ。
これであればインターハイ後のドタバタの合間でも出来るし、どうしても孤独感に陥るネト麻にも多少の張り合いが出るだろう。
そう考えて続けてきているが、インターハイ中でもホテルで1人頑張っていたのだろう。
以前よりずいぶんと立派な打ち筋になっている。
うん、やっぱりここまで打てるんだったら雀荘でもそうそう負けないと太鼓判を押せる。

そんなことを考えつつ牌譜にコメントを書き入れながら、テストに頭を悩ませる須賀君を見た。

――感謝とか責任とか、取り巻くその辺を捨てて――

ふと、まこの言葉がなんとなく思い出された。
言うとおりにするのも癪だが少し考えてみる。
私はこの目の前の男の子をどう考えているのだろうか。

……いい子だとは思う。うん、いい子だ。
それは間違いない。

後輩として大好き。
それも間違いない。

じゃあ男の子としては?
そもそも私のタイプとはどんな人だろう?
漠然と芸能人で誰それがかっこいいなどと話すことはあるけど、好みのタイプと言われるとぴんとこない。
なんとなく、須賀君が恋人になっているところを想像してみる。

……

顔が熱くなってきた。気恥ずかしさに逃げ出したくなる。
まこめ。
へんなことを私に考えさせ、動揺させてどうするつもりだ。

大体、須賀君は私のことをどう思っているのだろうか。
ずいぶんと私になついているのはわかる。
少なくとも嫌われては居ないだろう。
ただ、具体的にはどう見られているのだろう?
先輩として? 女性として?

……もし、女性としてだったら、どうなのだろうか?

部のために頑張ってくれたのも、私を好きだったから。
どんな労力もいとわずに働いてくれたのも、私が好きだったから。
私の打ち方を真似したのも、私が好きだったから。
全部全部、私が好きだったから。

そういうことに、なる。

もし、もしそうだったとしたら
もし、須賀君に好きと言われたら私はどう答えればいいんだろう?
そんな状況を想像してみる。

……

さらに顔が熱くなった気がする。
これはまこの陰謀だろうか。
おのれまこ。この前卵焼きをとった事に対する恨みだろうか。
そうだったとしたらまこはなかなかの策士だ。やってくれる。

「部長?」

どこか遠いところへ旅立っていた思考が須賀君の一言で引きずり戻された。

「あー、えっと、何?」

「いや、テスト出来ましたけど……」

きょとんとした顔で私にテスト用紙を差し出してくる。
その何も知らないお気楽そうな顔に私は内心腹を立てた。
まったく、私の気も知らないで。

「な、なんでもないわ。じゃ、答え合わせしましょっか」

とにかくまた後で考えよう。今は須賀君の教育だ。
私は先ほどまで考えたことを心の隅に追いやり、気持ちを切り替えた。

このことはゆっくり考えればいいのだ。
まこだってそう言っていた。
ただまこに言われてちょっと考えて、妙にリアルな想像になったから照れているだけなのだ。
たまたま、たまたまなのだ。


生来のひねくれもの気質から、私はそんなことを考えていた。

――それでも、後から思えばその日確かに私の心に「種」が植えられたのだと思う。


「須賀くーん、遊びに来たわよー。執事服も大分様になってきたわねー」

「勘弁してくださいよ……。昨日は咲と和が遊びに来て、さんざんからかわれたんですから」


――その「種」は毎日少しずつ成長していった。


「新学期以降もバイトを続けたい?」

「はい、土日だけでもやろうかと思いまして。常連さんに大分気に入ってもらえましたし、結構楽しいんですよ」

「なるほど、じゃあ須賀君の執事服はまだまだ見られるってことね」

「……変えるように頼んでるんですけどね」


――「種」から芽が出て、根を張ってくると私は「それ」を自覚し始めてきた。


「だー! 改めて咲の引きは何なんだ! 全然勝てねぇ!」

「まぁあの子は規格外だから。いまは難しいかもしれないけど、須賀君もきっとなにか武器が見につけられるようになると思うわよ」

「そうですかねぇ……」

「えぇ、そうすればきっと、勝負になるわ」

――最初は戸惑った。目を逸らしたりもした。


「須賀くーん、眠そうね」

「す、すいません。常連さんとセット麻雀で朝まで打ってたものですから……」

「あらら。あんまり無理はしないようにね。コーヒーでも淹れてあげるわ」

「ありがとうございます。打った人の中にはインターハイ経験者とかも居て結構勉強になるんですよ」

「へぇ……」


――でも、意外と「それ」は悪くないように思えてきた。


「須賀君、そんな大げさなものじゃないけど他校の人たちが集まって打とうって言う機会があるんだけど、須賀君も来ない?」

「いいんですか? 是非!」

「そう? えっとね、日程はここと、ここと……」

「あぁ、この日はどうしても外せないんですけどこっちの日なら……」


――前以上に彼が喜んでいると私も嬉しい。彼が笑っていると私も笑みがこぼれる。


「須賀君は仕掛けに対する意識がまだ甘いわねぇ」

「やっぱ、ネットみたいに進行が止まらない分どうしても……」

「バイト中ももう少し鳴きを意識してみなさい。親の第1打から勝負は始まってるのよ」

「はい、やってみます」


――「種」から芽がでて花を咲かせると、私ははっきりと「それ」を意識した。


「メンタンピンツモドラ1! 裏はっ……乗らねぇ。2,000-4,000でラスト……」

「あ、危なかったじぇ」

「うむ、乗ったら逆転じゃったからな」

「でも2位には上がりましたね。まくられてしまいました」

「惜しかったけど、すごいよ京ちゃん。後ろで見てたけどすごく上手くなってた!」

「おっ、そうか? まぁ、なんたってコーチが優秀だからな」

――私は



「竹井先輩! どうでしたか!?」



――須賀君に



「うん、100点満点よ。よく打てました」









――恋をしている







本日はここまで!

あとエピローグ含めて2~3回の投下で終わると思います。
やっぱり目標は達成できなかったよ……。

なんもかんも政治が悪い!

あー、ごめんなさい。
やっぱり次回分に回すかさんざん悩んだ部分、もう投下しちゃいます。

数レスで済みます。

「……来ちゃったわね。我ながら、なんというか」

新人戦前日。
私にはほとんど関係ない行事なのに酷く落ち着かなかった。
3人娘には特に心配していないがここ最近面倒を見続けていた須賀君についてはどこまでいけるのか未知数だった。
居てもたってもいられず、以前須賀君が言っていた言葉を思い出し、

「人のこと言えないわね、まったく」

こうやって諏訪大社まで必勝祈願にやってきた。

「いつ振りに来るかしら?」

日本でも有数の神社仏閣にあたるとは思うのだが、地元の人間がそれほど立ち寄るかと言われるとそういうわけでもない。
やはり多少なりと距離もあるし、移動もなかなかに大変だ。
だが、須賀君がお参りに来てくれたおかげ、とまでは言わないが、結果として優秀な成績を残した。
だったら担げるゲンは担いでいこうと思い立った。

まったく、晴れの舞台のために人知れず神頼みとはこんなに健気な人間だっただろうか。
自分に呆れながらも神前に立ち、財布から500円玉を取出し、賽銭箱に入れた。
私的には結構奮発したのだからぜひともご利益が欲しいところである。
頭を下げ、柏手を打ち、もう一度頭を下げる。

(うちの1年生が新人戦に勝てますように)

(特に須賀君は初心者ながらに一生懸命頑張ったので勝たせてあげてください)

強く念じて、目を開けた。
これを建御名方様が叶えてくれるかどうかはわからないが、少し気持ちが軽くなった。
苦しい時の神頼みとはよく言ったものだと感心する。

「さて、用事が終わっちゃったんだけど」

ひとり呟く。
流石にここまで来て即とんぼ返りというのも馬鹿馬鹿しいのでふらふらと境内を歩き回った。
休日なので当然人でもそこそこあるが、私みたいな女子高生1人というのはいなかった。
ちょっとした寂しくなる。まこでも誘えばよかったか、とちょっと後悔した。

そんなことを思いながら特に目的もなく歩いていると何となく目についたものがあった。

「すごい量ねぇ……」

それは大量に結えられた絵馬だった。
私はこういうものを書いたことはないが何となく気になった。
結えられた絵馬のいくつかを手に取って見てみる。

子供が描いたであろうほほえましいもの

意外と重い内容で思わず目を逸らしたもの

はいはいバカップルバカップルと言いたくなるようなもの

いろいろな絵馬があった。
いろんな願いがあった。
それを見て私も書いていこうか、と思った時だった。


私はその絵馬を手に取った時動きが止まった。

私は重ね重ね悪運がいいようだ。
この境内地が4箇所あるこの諏訪大社の中にある大量の絵馬の中からそれを見つけてしまった。

最初は、自分の目を疑った。だけど、それはどうしようもなく見覚えのある字だった。
ここ最近、よく見ている字で、よく見る名前だから間違えようがなかった。


『目指せ、公式戦1勝! 須賀京太郎』


同姓同名の別人じゃない。どう見ても須賀君の字だった。
それだけならいい。

だが、女性らしい丸文字で一緒に書かれているものが、私の心を酷く揺さぶった。









『京ちゃんが今度の新人戦で勝てますように。あと、ずっと仲良くいられますように。 宮永咲』








絵馬に書かれた日付を見る。つい最近だ。


――あぁ、この日はどうしても外せないんですけど――


彼が、そう言っていたその日だ。
休日に2人でここまで来たのだ。
そして一緒の絵馬に願い事をしたのだ。

頭が、痛い。
手が、震える。

「違う……」

心の中の葛藤を否定するように私はそれを口に出していた。

「ほら、須賀君と咲は長い付き合いだから、いっしょに、たまたま、いっしょ、に、来た、だ……け」

だが、それも弱弱しく消えていく。

嘘だ

嘘だ、こんな

須賀君がもう、誰かのものだなんて

そんなこと

「嘘……」

そう、嘘だ

そんなこと、ない。

ないんだ。

たまたま

本人から、聞いたわけじゃない。



嘘だと

嘘だと、言ってほしい

私はひどく震える体を引きずるように、その場を離れた。
それから家に帰るまでの記憶が殆どない。
気が付けば自分の部屋で携帯を前にして、震えていた。

須賀君に、聞きたい。
本当の話を、聞きたい。

そう思うのに、携帯に手が伸ばせなかった。
何度も手を伸ばそうと思ったのに、それができなかった。



結局私は、ほとんど眠れないまま新人戦を迎えた。

はい、ここまで。

やっぱりここまで投下したほうがキリがいいよね(ゲス顔)

土日かけて悩みに悩みまくってようやく書けました。投下しています。
起承転結で言えば「転」~「結」のつなぎの部分といったところでしょうか。

次か、次の次の投下で恐らく終わりになると思います。

新人戦当日。
私は暗い顔で清澄高校の控室にいた。
女子日程は無事に終わり、これから男子日程が始まる。
私は睡眠不足と昨日の「あれ」からか体調は最悪だった。
そして須賀君の出番が近づくにつれて私の心の動揺は強くなっていった。

「久、顔色が悪いぞ。大丈夫か?」

こうやってまこに心配されるぐらい、私の体調の悪さは傍目に見てもよくわかるらしい。

「大丈夫、ちょっと寝不足なだけ。昨日眠れなくてね……」

「なんじゃ、緊張でもししたんか?」

「そうみたい……。まぁ、教え子の晴れ舞台だからね」

嘘はついていない。
彼が新人戦でどの程度やれるのかというのは非常に心配していることだ。
だが、それ以上に私が落ち着かないのは昨日の一件からだ。
ちらりと須賀君に目をやる。

「きょ、京太郎。あー腹とか減ってないか? ほら、タコスとかどうだじぇ?」

「ゆーき、落ち着きましょう。まずは落ち着いて落ち着けば落ち着けるはずです」

「いや、お前らが落ち着けよ」

優希と和はひどく落ち着かない様子で須賀君に話しかけている。
肝心の須賀君はそんな二人を呆れながら見ていた。

「あーここまで来たらなるようにしかならん。とにかくおとなしくしとれ」

まこにそう窘められ和と優希は渋々といった感じに椅子に座った。
まぁ、気持ちはわかる。
やるべきことはやった。教えるべきことはすべて教えた。
後は、全て須賀君次第だ。
聞きたいことは、ある。それでも今は須賀君の勝利を祈ろう。

「あれ? 咲ちゃんは?」

「そういえば、先ほどトイレに行ったきり帰ってきませんね」

優希と和がきょろきょろと辺りを見回すが咲の姿が見当たらない。

「まさか……」

まこが呻くような声を出す。
控え室に妙な空気が流れた。

「いや……まさか、この会場が初めてってわけでもないですし」

和がフォローを入れるが声に力が全くなかった。

「咲ちゃん、携帯置いてっちゃってるじぇ……」

そんな優希の言葉が引き金だった。
須賀君が立ち上がる。

「俺、ちょっと咲を探してきます。多分また迷子に……」

「待って」

私は、反射的に声を上げた。
殆ど無意識に。

「須賀君はすぐに試合なんだから、ここでおとなしくしていなさい。私が行くわ」

もっともらしい理由だったけど、それ以上に須賀君の口から咲という言葉を聞きたくなかった。

「そうですよ須賀君。じゃあ、私と優希と染谷先輩で探しに行きますか」

「仕方ない咲ちゃんだじぇー」

「むぅ、すまんが頼んだぞ。何かあったら連絡するけぇ」

他の3人が私の言葉を支援してくれる。
須賀君は渋々といった感じで座ってお願いします、と言って頭を下げた。

やはり、私は悪運が強い。
こういう時ばかり、どんなに低い確率でもその結果を掴み取る。

「た、竹井せんぱいー。よかったー」

私と優希と和でそれぞれ別のところを探しているというのに、私が一番に見つけてしまった。
咲が、私のところに近寄ってくる。

「お、おトイレ見つけたのはいいんですけど、帰り道が分からなくなっちゃって。け、携帯も置いていっちゃって」

咲は涙目になりながらも私に合流できたことに安堵しているようだ。
私はそんな咲を見ながら、私の心に芽生える嫉妬心を抑えることに必死だった。


なんで
なんで、こんな子に
麻雀意外にろくに取り柄がないような、こんな子に

私の方が
私の方がずっと……


そんなことを考えてはいけないと必死に抑え込む。
一緒に歩んできた仲間。
大切な仲間なのだ。
こんなこと、考えてはいけないのだ。

「……竹井先輩?」

返事を返さない私に不思議がったのか、咲が再び声をかけてくる。
私は思考を切り替え、無理矢理笑った。

「咲の方向音痴も筋金入りね。戻る前に皆に連絡するからちょっと待ってね」

私はメンバーにメールを送りながら咲をちらりと見る。
いつものように、気が抜けるような柔らかな顔をしている。
思わず、心の中で舌打ちをした。

「さて、行きましょうか?」

メールを送り終り、控え室に向けて歩き出す。
咲も返事をして私の横に並んだ。
横に並んで歩く咲を見る。

こうなって初めて分かった。
私にも女としてのプライドがあるようだ。

私と比べると大分背が小さい。
顔つきもまだまだ子供っぽい。
体型だって中学生、下手すれば小学生でも通じるかもしれない。

そんな子に、須賀君が……。
そう考えるだけで言いようのない感情が爆発しそうになる。

「ねぇ……」

そんな精神状態だからだろうか。
思わず、私は咲に問いかけた。

「須賀君と付き合ってるの?」

「えぇ!?」

突然の話に咲は素っ頓狂な声を上げて驚いた。

「この前、休みの日に2人で寄り添って歩いているのを見ちゃってね。ずいぶん仲よさそうだったわよ」

そういうと咲は心当たりがあるのか顔を赤くした。
そして、何かを考え込んでいるのか、迷っているのか、落ち着かない態度を取っている。

「えっと」

――否定しろ

「その」

――違うと言え

「……」

――違うと、言ってほしい







「はい……」






「ふぅん、いつから?」

意外と冷静にその言葉を発することができた。
叫びさなかったこと、泣き出さなかったことに驚いた。
いや、違う。
その咲の嬉しそうに、恥ずかしそうにする肯定する姿を見て私の心は凍りついたのだ。

「えっと、あの、長野予選の後ぐらいから。京ちゃんちょっと落ち込んでる時期があって」

咲は何かを懐かしむように、目を細めた。

「それで、一緒に居て励ましてるうちに……その、京ちゃんのこと、すごくすごく大切に思えて」

咲は頬をますます染める。
自分で言ってることが相当恥かしいようだ。

「その、それで、私が京ちゃんに好きって言って……それから」

あぁ、なるほど。
須賀君が負けたあの時から。
つまり私はそもそも出る幕がなかったということか。
余りにも、滑稽すぎる。

「ご、ごめんなさい黙っていて! その、新人戦が終わって落ち着いてから言おうって京ちゃんと……」

「別に怒ってないわよ」

笑って言った。
笑った、つもりだった。
ちゃんと笑えているかはわからなかった。

「仲良くやっているみたいね。それで、どこまで行ってるのかしら?」

私は心の中の嵐を抑えながら、いつもの人をからかう時の表情を顔に浮かべた。
咲はそれを聞いて慌て始める。

「ど、どこまでってっ!?」

「そりゃあ、ねぇ。年頃の男と女じゃない? そういったことも……」

「してません!」

咲が私の言葉を慌てて遮る。

「きょ、京ちゃん優しいから、べ、別に焦らなくていいって」

「あら? そこまで聞いてないわよ?」

くすり、と笑ってみせる。
内心、咲に対する嘲りの感情もあったが。
咲は恥ずかしさが限界まで来たのか顔を伏せた。
私は、それを聞いて芽生えた感情に無理矢理蓋をして控え室までの道を急いだ。

その後、控え室に戻って須賀君の新人戦を見守った。
メンバー的にはとくに有名選手がそろっているわけではないので、須賀君にも勝ち目がないわけではなかった。
だが、この日彼は運に恵まれなかった。
とにかく手が入らない。
仕掛けを入れるのも難しかったり、そもそも他家の手が早く太刀打ちができないなど、悲惨な状況だ。

『ツモ。1,000-2,000』

そして今、南3局。須賀君の最後の親が流された。
モニタを見つめる全員の瞳は暗かった。

「厳しいのぅ。この親で何とかアガりたかったが」

まこが苦しげに呻く。
私は和が描いているメモを横から覗き込んだ。

『オーラス開始時点』
上田  18,200
松本  34,300
京太郎 17,400
須坂  30,100(親)

「満ガンツモでは届かないというのが厳しいですね……直撃なら満ガンでもいいんですが」

「でも2着でいいこの個人戦、オーラスどこまで前に出てきてくれるかわからないじぇ」

「……何とか、逆転の手が入ってくれることを祈りましょう」

私はそう言って手を組みあわせた。
そう、いろいろ悩みはある。でも今は彼に、彼に勝利を。
控え室の全員がモニタを見つめた。
そして、配牌が配られた。

『京太郎配牌』
1125699m3s28p西西白 ドラ7s

「混一色……か」

その配牌を見てまこがポツリと呟いた。

「やむなし、ですね。この手で跳満を作るにはそれぐらいしか見えません」

「苦しい形だけど……頑張って、京ちゃん」

だが、これまでの不幸の反動を受けるように須賀君の手は目覚ましい伸びを見せていった。

【1順目】
1125699m3s28p西西白 ツモ3m 打3s

【3順目】
11235699m28p西西白 ツモ西 打2p

【6順目】
11235699m8p西西西白 ツモ7m 打8p

【7順目】
112356799m西西西白 ツモ8m 打白

そして、9順目。
そのツモを見た控室は歓声に包まれた。

【9順目】
1123567899m西西西 ツモ9m

「引きおった! よく引いたぞ京太郎!」

望外の聴牌。ここまで順調に引けるとは予想外だった。
だが、優希が嬉しさ半分といった表情で告げた。

「でも、4萬がすべて切れてちゃったじぇ。跳満の種が……」

「いえ、この引きならまだ未来があります」

和が断言する。思わず、そちらに視線が集まる。

「須賀君が九萬を暗刻にしてくれたので符が高くなりました。黙聴で構えて、1-4萬か5-8萬で直撃が取れれば……」

「あっ、逆転! 混一色のみだけど、6,400点直撃なら100点差で逆転できるよ!」

メモを見ながら咲が嬉しそうな声を上げていた。

「えぇ、とは言え簡単に取れるものでもありませんから……リーチをかけてツモ裏狙いで跳満を狙うというのも選択肢の一つです」

モニタの中の須賀君は必死に何かを考えているようだった。
場況を必死に見て考え、決断を下そうとしている。
そして、ゆっくりと1萬を切り出した。
4578萬待ち。
だが、4萬はさっき優希が言ったように枯れているし、5-8萬でなければ符が足りないため実質そこだけの待ちだ。

直撃狙い。
須賀君はそれを選択したようだ。

「8萬切りで1-4萬受けなら、2萬3萬を引いてきた時にリーチしてツモればぴったり跳満! ってできそうだじぇ?」

「悪くないとは思うんですが、1萬が1枚場に切られてて4萬は全枯れ。2萬も2枚場に切られてますからちょっと厳しいって判断したんでしょうね」

「京太郎……こういう微妙な計算もできるようになったんじゃな」

まだ勝負が終わったわけではないが、まこは嬉しそうにそういった。
なぜか、自分か褒められた気がして私も嬉しかった。

場は進む。
次巡は何も起こらず、2着目も当たり牌を切らずに終わった。
そして、その次の順目だった。

【11順目】
1235678999m西西西 ツモ東 ドラ7s

場に1枚切れの東。
私だったら思わずそれでリーチを打ってしまいそうなツモだった。
まぁ、さすがにツモ切るだろう。
控え室にいる人間は全員そう思っていただろう。
だが、須賀君は長考に入った。

「手を変える気ですか? まぁ、確かに6,400点確定でまだ直撃がとりやすいかもしれませんが……」

「だが、残り2枚。少し、苦しいじゃろうな」

いつかのインターハイでの出来事が思い出される。
あの時の彼は私の真似をして悪い待ちを選び、それで敗北した。
どこか似た状況に私の心は高鳴った。

小さな期待があった。
散々そんなことはしてはいけないといったけれども。
なぜかどこか私はそれに期待をしていた。
あんなことがあったからだろうか、私はそんなことを想っていた。



そして、長い長考の後、須賀君はついに決断した。







「リーチっ!」

1235678999m西西西 ツモ東 打8m ドラ7s







――あぁ

私は、その打牌を見た瞬間に言いようのない幸福感に包まれていた。
それとは対照的にそれを見た和はいつかのように叫び声をあげた。

「な、何でリーチを!? 直撃狙いなのに何故!?」

「て、点数が足りてないからリーチしなくちゃとか思ったのか?」

「いや、そうじゃったら聴牌の時点でリーチを打っとるじゃろう」

優希もまこも慌てている。
直撃狙いなのに、わざわざ聴牌を告げるリーチ宣言。
わざわざ自分で悪い方へ打っている。

だが、それが私。
私の打ち方なのだ。
彼の心の中に、まだ私があるのだ。
この数か月彼と接し続けて、彼の中に私が残したものが、残っているのだ。

まだ、私に憧れてくれているのだ。
私があれほどやめろ言ったのに、それでも捨てきれずにこうして打ってくれたのだ。

そして、咲に対する優越感があった。
須賀君はあなたじゃない、私を選んだ。
貴方の大好きな須賀君に、貴方の大好きな麻雀の中では、貴方はないのだ。
麻雀という人生の中に占めるにはほんの少しの部分かもしれないけど。
咲じゃない、私があるのだ。
ざまぁみろと、言ってやりたかった。

「須賀君、あれほどしないと言ったのに……。なぜわざわざ悪い待ちを」

和が何か呻いているが、耳に入らない。


――本当に、いい子。

――私の大切な子。

――大好きよ。須賀君

――私の……







「違うよ」







はっきりとした咲の声が、控室に響いた。
慌てていた3人も、幸福の中に落ちていた私もその声に反射的に顔を向ける。
私は何か水が差されたかのように不機嫌を隠せずに咲を見た。

「咲さん。違う、とは?」

和が訪ねる。
そうだ、何が違うというのだ。
あれは、私の麻雀。
私が残し、彼が選んでくれたもの。
それの、何が違うというのだ。

そんな私の思考を断ち切るように、咲は微笑み、愛しげにモニタを見て呟いた。

「悪い待ちなんかじゃないよ」

咲はすっと、軽くモニタを撫でた。
その言い方が、ひどく腹が立った。
私の残したものなのだ。
咲にそのように言われる筋合いは……



「悪い待ちじゃなくて……」







「カンできる待ちを、選んだんだよ」






それは、いつか私が言った言葉。
冷や水をかけられたように私の心が冷たくなっていく。

違う。
そんなはずが、ない。
彼は私の打ち方を、私を選んでくれたのだ。
そこに、咲の姿があるわけがない。
あっては、いけない。
そんなことが、あるはずがない。

歯がガチガチと鳴る。
動揺が隠せない。
それに対して咲は落ち着き払って、慈愛に満ちた目でモニタを見つめていた。
倒れこみそうになりながらも、私もモニタを見つめた。
1発目は空振りで、今からその次の牌をツモるところだった。

酷く、悪い予感があった。
私の足元から全て崩れていくような。
全て終わってしまうような。
そんな予感があった。
モニタの中の須賀君が、ツモを手に取る。

――やめて。

――引かないで。

――そんな、そんなこと、あるわけがない。

――だから、引かないで。







「カンっ!」

123567999m東西西西 ツモ9m ドラ7s






「嘘……」

和が口をぽかんと開けていた。
優希もまこも呆然としていた。
咲は、それを当たり前かのように微笑みながら見守っていた。
須賀君は震えながらも新ドラをめくった。乗っていない。
そして、須賀君は嶺上牌に手を伸ばしていく。

頭がまた痛くなってくる。
体が震える。
思わず吐きそうになる。
逃げ出したくなる。


――ありえない。

――なぜ、なぜ?

――私を選んでくれたんじゃ、ない、の?

――お願い

――私が残したもの、私が残そうとしたもの

――そこまで、そこまでは咲に渡したくない

――そこだけは、私のものなの

――だから、お願い

――お願いだから



――引かないで、須賀君!






その時、私は確かに須賀君の『敗北』を願った。






「ツモ。立直、ツモ、混一色。……それと、嶺上開花で3,000-6,000!」

123567m東西西西 カン9999 ツモ東






『終局』
上田  15,200
松本  31,300
京太郎 29,400
須坂  24,100


控え室が歓声に包まれる。
咲が涙を流しながら飛び跳ねている。
優希が近くにいたまこに飛びついて喜んでいる。
まこがそれを受け止めて同じように喜んでいる。
和が何か言いたげだけどそれでも、嬉しそうに笑っている。

そんな4人を私は遠い世界のものを見るように眺めていた。


須賀君は、咲を選んだ。
咲は、私が残そうとしたそれまで奪い去っていった。


不条理な理屈だとは思う。
自分でも混乱していると、どこか冷静な自分もいた。


それでも、その感情は止められなかった。



「嫉妬」という、暗い感情を。

許せない

全て、咲に持ってかれてしまう

そんなのは嫌だ

あんな、あんな子に

あんな子にすべて持って行かれてしまうなんて

そんなのは絶対に嫌だ


――してません!

――きょ、京ちゃん優しいから、べ、別に焦らなくていいって


ふと、先ほどの咲の言葉を思い出した。

あぁ、まだ

まだ、間に合うかもしれない

私の欲しいもの

まだ手に入るかもしれない

そう、あの子はもともと

もともと私の「おもちゃ」だったのだ

咲のじゃない

私のだ

私のものなのだ


だから



「渡さない」

ぼそりと言った、私の呟きは控室の喧騒にかき消され、誰の耳にも入ることはなかった。

須賀京太郎は、対局室から全力で控室に戻る道を走っていった。
皆に今すぐにでも伝えたかった。
特に、受験や進路のことで多忙を極めるのに自分のために時間を使い丁寧に指導してくれた久に、一番に報告したかった。
貴方の弟子は何とか勝てたと報告したかった。

「はぁ、はぁ……」

息が切れるが、それすらも幸せだった。
控え室前にたどり着き、扉を勢いよく開けた。

「勝ちました! やりました!」

そう勢いよく叫ぶ。
そんな彼を麻雀部のメンバーが取り囲んだ。

「京ちゃん! すごいよ!」

「やってくれたじぇ京太郎!」

「まったく、また非効率なことを……。まぁ、裏ドラは乗ってなかったですし、あのアガリじゃなければ跳満は届かなかったですし、その、えっと」

「全く、和は素直じゃないのう」

和やかな空間。
喜びを分かち合えることに京太郎はさらなる幸福感を味わっていた。
そして、視界の端に久の姿を捉えた。

「竹井先輩! 勝ちました!」

その声を聴いて、うつむいていた久はゆっくりと顔を上げた。
無表情だった。
その姿に京太郎はどきりとする。
だが、そんな京太郎を気にせず、久は口を開いた。

「おめでとう、須賀君」


にぃ、と今まで見たことのないような笑みを見て、京太郎は何か、ぞくりとする何かを感じた。
だが、その笑みも気が付けばいつもの悪戯を思いついた子供の笑みに変わっており、再度確かめることはできなかった。

本日はここまでー。
裏ドラ乗ってない前提で書いてたので表現を省いちゃいましたごめんなさい。
明日か明後日には続きを投下したいと思います。


ちなみに>>1は人間のエゴだのなんだの丸出しにしている人間って好きです。
更にそれに対して苦悩している人間はさらに大好きです。

まどマギのさやかちゃんとか大好物です。

そして相変わらず最後の結末をどうするか悩んでいる>>1
そのせいで時間がかかるかかる。
今回は酷い難産でした

あ、>>1はガチアラサーのキモイ男です。
決して女子ではありません。

さて、部長が「悪女」となるのか、踏みとどまるのか。

いや、ほんとどーしよ。
書いてる内に感情が昂って当初のプロットから外れたエンディングをやりたくなるのは持病のようです。

久「捧げる。清澄麻雀部を捧げるわ」

やはり最終回に難航中。
明日までお待ちください……。


>>291
それは牌というにはあまりにも大きすぎた。
大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。
それはまさに鉄塊だった

こうですかわかりません><

すみません。
現在最終回の最後の詰めに苦戦中でございます。
なるべく早めに投下できるように頑張ります。

何もかも部長が可愛いから悪いんや……


          / ::::::::::::::::::::::::::::;::::-------::::::::::::::::ヽ
         //:;::‐'フ_:::;:::,..-‐:´゙、、::::::::::::;::::::::::::::::::::::::::゙、
       /:::/´/ ̄,..-'',フ:゙、、:::::::゙、、:::/;:::::;:::::::、:::  i  ゙、
     /:::::::::i ,/ / r':::::::::::゙、、::::::;〉ァ//:/i:ハ:::::!:、:::::...゙、....i

 _, -‐::´::::::::::::::!'ノ ./ // ̄二フ'"´   .!/ノ !::ノiハ::_:::::| i:::゙、
  ` ー-、:::::::::::i'"´   i/ /::/_   _,    レ  |! ゙、:゙、 ゙、i、、
     /;:イ::::l     /::/     ̄`´   , 、     i、 i:::| 〉ノiヾ、
      レ |::::::i   /::;イr‐、_丶、__        \_  |:| !:| //::::|
        |/|::゙、  /:/ | `"` ー-‐ー    _    ソ |:| ゙、! i:::::::|
         !wi  !/  i⊂⊃         ヾニ、_.、/  |:!  /:i、:::|
         /    /        ,  ⊂⊃´  |:!/| |::! ゙、|
      /     /ノ\  ,..__       ノ    ノ i:::::| |ノ  `
  _,..--/     .,イ'   、 \`ー-`⊃ _,....イ   <  ゙、:::|/
ノ\>'´      / ゙、  i  `>ーr<'"´|;ハ    ヽ |/
../        /ヽ   i、_    / |  ` ー-ヽ    ヽ
        /      i ヽ   、__/       \     \

最終回の展開に頭を悩ませる>>1


::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::/ノ:::i!リ::::::,ヘ
::::ゞ、、::::::::::::::::::::::::::::::/ノツハメハ::} リ
:::::::::::ヾ.、::::::::::::::::::/  " /ノ  }ノ′
:::::::::::::::ヘゝ::::::/        }

、:::::::::::::::::,`´〃             l
ヽヽ、:>/ /\           j
::::::`V/ /   ゙ゝ.,,_   ,,  V
/ // /         ̄   ,'
 〃 / ,z〟==テ゛゙ゞ,ヽ  ,

 " { /.    ,、     i `
    {.     i }.     '
   ',ヘ     { j     {
    ヾ\,,   "     '
               \

                    >
               /
              i
          _,.  _,. '

          ´ー´´ 
、           _,. '"
/゙''ー .,, _,,/



考えすぎてエンディングが5パターンぐらい出来てしまって呆然とする>>1

>>1は本当に池田のことが大好きだな

全部いっとこか


     /::::::::::::::::::::/::::::/<::::::::::::::/):;//::::::}::::}::::ヽ
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悩みすぎてエタらせること考えながらも、方針を決めた今日の>>1

はい、というわけで何とかまとまってきたので仕事が普通に片付けば明日投下できると思います。

>>324
後輩になりたいキャラクターベスト3に入ります。
池田可愛いよ池田

>>325
できたらマルチエンディングは避けたいなぁ、と思ってます。

あっ、言い訳チックですが別に開始時点で最終回の展開を考えてなかったってわけではないです。
ただ、部長が可愛いから書いてるうちにいろいろああしたほうがこうしたほうが思っちゃってな……

やっぱり部長が可愛いのが(ry

電王戦みていい気持ちで飯食って酒飲んだら寝てしまいこんな時間……。
予定を思いっきりぶっちぎってますが、3時過ぎぐらいから最終回を投下していきたいと思います。

投下しますー。

あ、>>1のことは>>1でもイッチでもカッスでも豚野郎でも好きなようにお呼びください。

「あーあ、残念だったじぇー」

新人戦を終え私たち清澄高校麻雀部一同は帰途についていた。
歩きながら、全国進出を決めたはずの優希がそんな声を漏らす。

「あぁ。ほんの1枚ツモがずれてたら俺が700-1,300アガって逆転だったんだけど」

あの後、須賀君は2回戦に進出し、そこではそこそこ手に恵まれ、危なげなく3回戦に駒を進めた。
3回戦では軽い手をアガった後に1人が飛んである種棚ボタな2着通過。
だが、次の4回戦ではオーラスで2着まで2,000点差状況まで漕ぎ着けたのだが、2着目とのめくり合いに競り負け、そこで敗退が決まった。

「もうちょっとで決勝卓だったのにね。そうすれば京ちゃんも全国にいけたかもしれないのに……」

咲は須賀君以上に残念そうな顔をしている。
それを見た須賀君は苦笑しながら咲の頭を軽くぽん、と叩いた。

「もちろん全国には行きたかったけどな。でも、やれるだけのことはやった。悔いはないさ」

「えぇ。高校で初めて麻雀を覚えてここまで勝ちあがれたんです。立派だと思います」

「総合18位かー。確かに中々のもんだじぇ。あの人数の中ではかなり上のほうだし」

普段厳しい和やよくからかってくる優希の言葉に須賀君は照れたようにそっぽを向いた。
そして何かをごまかすように少し言葉に詰まりながら喋りだす。

「ま、まぁ、せっかくだったら、11位ぐらいにはなりたかったな」

「なんでだじぇ?」

「ほら、今日11月11日だろ? 11位だったらなんか得した感じじゃん?」

「なにそれ」

少し暗い顔をしていた咲だったが、須賀君の言葉にようやく笑みを見せた。
それを見て何かを安心したかのように須賀君は笑った後、ふと真剣な顔を見せた。

「まぁ、皆に比べれば吹けば飛ぶような実績だけどさ。それでも勝てたことが、結構嬉しいんだ」

「うむ。この調子でこれからもっと力をつけていけば、もっといい成績を残せるじゃろう。全国だって、見えてくるかも知れん」

「全国……」

須賀君は何か酷く尊いものを見たかのような口振りでそう呟いた。

「頑張ってね、須賀君」

私はそんな姿の須賀君を見ていたら気がついたら口を開いていた。

「来年になれば、男子部員だって増えてくるかもしれない。そしたら、男子も団体戦に出られるわ」

「そうなると京太郎は男子団体戦の大将じゃな」

私の発言にまこがニヤニヤと笑いながら続いた。

「ちょ、やめてくださいよ」

「何を照れておるんじゃ。男子ではおんしが最上級生になるんじゃぞ? あながちありえない話でもあるまい」

「そうよ、須賀君。それに」

その光景を想像すると、私の心は高鳴った。

「私も見てみたいわ。須賀君が男子を率いて団体戦に挑むところ」

そうなったら応援に行くわよ、と付け足すと須賀君は何か真剣な表情をして、ポツリと呟いた。

「……団体戦かぁ」

須賀君がどこか遠い目をしている。
その気持ちは私にも痛いほど分かった。
私だってずっと同じ思いだったからだ。

「大将じゃなくてもいいから、出てみたいですね」

「そうだね。来年は、男子も女子も一緒に団体戦、出たいね」

そう話しながら、当たり前のように須賀君の隣を歩く咲に軽く苛立つ。
まぁ、今はいい。
今は。

だがその場所を私のものにしてみせる。

そんなことを考えていると秋の冷たい風が強く吹いた。
優希が体をすくませながらコートのポケットに手を入れた。

「うー、寒いじぇ……」

「もう11月ですからね。最近朝も寒くて寒くて」

「あー、わかるわかる。布団から出るの辛いよな」

「京ちゃんのそれはいつもことでしょ」

楽しそうに話している1年生を見ていたまこが何かを思いついたように口を開いた。

「そうじゃな。暖まりがてら、茶でも飲んでいくか?」

まこが指差す先には喫茶店があった。
時間的にはまだ夕方だし、お茶を飲む時間ぐらいはあるだろう。
1年生全員は乗り気なようでまこの言葉に賛成していた。

「ごめんなさい、私はちょっと先に帰らなくちゃいけないから。皆で行ってきて」

だが、私はその誘いを断った。
いろいろ考えたいことも多いし、早く一人になりたかった。

「む、そうか。残念じゃな」

「えぇ。それじゃあ、私は先に失礼するわね」

そう言って一同に手を振る。
それぞれ残念そうに私を見送ってくれる。
そして私は去り際に須賀君のほうをチラリと見た。
須賀君も何か言いたげに名残惜しそうに私を見ている。
本当に、かわいい子だ。

「それじゃあ、また、ね」

私はそう言ってその場を立ち去った。
心の暗い感情を、押し隠したまま。

私はその日の夜、私はベットに横になっていた。
そして、これからどうするかと言うことに思考を巡らせる。

須賀君を、咲から引き離す。
そうするにはどうすればいいか?

話を聞く限り、いわゆる「そういうこと」はまだしていないらしい。
ちょっと意外。
あのエッチな須賀君が手を出していないとは。

確かに咲は奥手だろうが男の子と言うのは「そういうこと」をしたいものではないのか?
私とてそこまで色恋沙汰の経験があるわけではないが、そう言ったものだと聞く。
咲に対して見栄を張っているのか、はたまた男の意地と言うやつなのか。

ともかく2人はまだいわゆる「清いお付き合い」と言う奴なのだろう。
2人の間に決定的な何かは、きっとまだ無い筈だ。
その上で考えられる手段。

「やれる、かしらね。私に」

その手段を考えたとき、思わず口に出た。
ふらりと立ち上がり、クローゼットの扉を開いた。
扉の内側には大きめの鏡が付いており、私の体を映していた。

鏡の中の自分と目が会う。
疲れきった顔だった。
ふと、咲の朗らかな笑顔が思い出された。
それと同時に黒い感情が、私の心を支配していく。
無意識に、私は着ていたシャツのボタンに手をかけた。

「負けて」

呟きながらボタンをはずし、シャツを脱いだ。
それと同じように、履いていたスカートにも手をかける。

「負けてない」

ぱさりと音を立てて床にスカートが落ちた。

鏡に下着姿の自分が映された。
その姿をじっと見つめる。
こうやって自分の姿を見つめ続けた経験など殆どなかった。
ましてや下着姿だ。
どこか、滑稽な感じもした。
それでも、私はその姿を見て、自分に暗示をかけるかのように呟いた。

「私は、負けてない」

和と比べてしまうと霞むだろうけど、胸はそこそこに膨らんでいる。
腰だってくびれている。
お尻もまぁ、いい形をしていると思う。

そんなことを考えて若干優越感を抱いた。
そしてすぐに、自分の惨めさに涙が出そうだった。
でも、仕方ないのだ。
咲になくて、私にあるものはもう、これしかない。

その現実に心が痛くなる。
この数ヶ月、私が彼に残したと思っていたものは、結局咲には勝てなった。
須賀君は、あの状況で咲を選んだ。
そして勝った。
私の打ち方をしたときは勝てなかったのに。

その現実が、咲と私の差を見せ付けられているようで。
私の滑稽さを、惨めさを突きつけられているようで。

それらが

「咲には、渡さない」

私に暗い決意をさせた。

――――――――――――――――――――


それと同じころ、須賀京太郎は自室で牌譜を眺めていた。

「本当に引けたんだな、俺」

その牌譜は新人戦1回戦の牌譜だった。
和の綺麗な字で書かれたそれは京太郎がオーラスで跳満をツモり逆転2位になったことを表していた。

「……俺、勝てたんだ」

大会が終わって時間が経った今でも、京太郎は喜びに包まれていた。
この数ヶ月ひたすら麻雀に打ち込み、ひたすらに努力を重ねてきた。
無論、あの新人戦に参加した殆どの人間が京太郎と同じように努力してきただろう。
京太郎より長く麻雀に打ち込んできた人間もいただろう。
そんな中でも、京太郎は小さいとは言え勝利を掴むことができた。

京太郎にはコンプレックスがあった。
自分のやっていることなど無駄なのではないか?
自分は皆と同じように勝つことが出来る人間なのだろうか?
いつか、麻雀部の皆から弱さを指差され、嘲笑われてしまうのではないか?
そんな不安を抱えていた。

でも、勝つことは出来た。
本当に小さいものではあったが、勝つことが出来た。
その事実が嬉しくてたまらなかった。
そして、心の中で決意を固めた。

(うっし、また来週から頑張るか)

(大会後だから来週の練習日少なめだけど、自主練だ自主練)

(んで、これからも必死に練習して、来年のインターハイは全国を目指して……)

そこまで考えたとき、ふと蘇った言葉があった。

――それでも申し訳ないと思うんだったら、新人戦で勝ってちょうだい――

――そうすれば、私も報われるわ――


「そっか、竹井先輩……」

京太郎はインターハイ後、新人戦までの教育は久が受け持つとまこから言われていた。
事実、夏からこの新人戦までマンツーマンといっていいほど、ひたすらに指導を受けてきた。
だが、それは新人戦が終わった今、もう終わりと言うことを理解した。

「馬鹿。これから忙しくなるんだから、無茶言うな」

久は将来に向けて大事な時期でありこれ以上時間を割かせるわけにはいかない。
そう考え心によぎった気持ちを振り払い、頭を振った。

(でも……ちゃんとお礼ぐらいは、言いたいなぁ)

京太郎は大会後、ドタバタしており、久とあまり話ができていなかった。
帰り道でも久は先に帰ってしまい話すチャンスがなかった。

「どうすっかなぁ」

そう、呟いたときだった。
机に置かれた京太郎の携帯が震え始め、ガタガタと音を立てた。
京太郎は携帯を手に取り、液晶画面に目にやった。

「竹井先輩?」

そこには『部長』と表示されていた。
毎回毎回直そうと思うのだが忘れてしまうその登録名を見て首を傾げつつ、電話を取った。

『須賀君? 遅くにごめんなさいね』

「いえ、大丈夫っすよ。まだ起きてますし」

『ありがとう。とりあえず、今日はお疲れ様』

「いえ、こちらこそ応援に来てくれてありがとうございます」

『いいのよ、後輩の晴れ舞台なんだからね』

そこで久は電話の向こうで一呼吸を置き、言った

『本当に、よく頑張ったわね。立派だったわ』

「……あ、ありがとうございます」

久のその言葉、電話越しでも伝わってくるその優しさに満ちた言葉に京太郎は心を弾ませた。
これまでの礼を言うつもりだったのだが、それ以上言葉が出なかった。

『で、私は残念ながら受験に集中しなくちゃいけないから、これからはあまり部に顔を出せなくなるわ』

「はい……」

京太郎自身わかっていたことだが、本人の口からそう言われるとやはり心に来るものがあった。

『あら? 寂しい?』

からかうような口振り。
京太郎は電話の向こうで久がいつもの笑みを浮かべているのを思い浮かべた。
いつものように、軽く返そうとした。
だが、それができなかった。
これまでのことが蘇り、思わずポツリと本音が出た。

「……寂しいです」

『えっ?』

「竹井先輩にはいろいろ教えてもらいました。練習は厳しかったですけど、それでも」

京太郎はこの数か月のことを思い出していた。
毎日毎日麻雀ばかりやっていてろくに遊んでいなかった。
久に振り回されることもしょっちゅうだった。
からかわれることもしょっちゅうだった。

それでも、とても充実した数か月だった。
尊敬する先輩の元、日ごとに自分が強くなるのを感じられるのが楽しかった。
久にたまに褒められるのが嬉しかった。
これほど幸せな時間というものは、そうそうあるものではなかった。
だから、京太郎は素直にこう思った。

「この数ヶ月すごく楽しかったです。だから、それがなくなっちゃうのは、やっぱり寂しいです」


――――――――――――――――――――

『先輩?』

電話の向こうで返事を返さない私を心配した須賀君が声をかけてくる。
でも、私は言葉が出なかった。

どうして、どうしてこの子はこうなのだ。
そんなことを言われると期待をしてしまう。
本当は私のことが好きなのではないかと期待をしてしまう。
そこにあるのは私に対する敬意だけだというのに、なぜそんなに夢を見させようとするのだろう。

諦められない。
この子を諦められない。

須賀君は酷い子だ。
でも、そんな子だから私は好きになったのだろう。
だから、渡したくない。
咲には渡したくない。

「なんでもないわ。ちょっとびっくりしちゃっただけ。須賀君がそんな可愛いことを言うなんて」

軽く、笑ってみせる。
電話の向こうで照れているのかちょっとうめき声が聞こえてきた。

「それでなんだけど、最後にひとつだけお願いがあるの」

『お願い、ですか?』

心臓が高鳴り始める。もう引き返せない。
だが、それでも、進むしかない。
自分が欲しいものを手に入れるために。

「えぇ、大したことじゃないんだけどね。須賀君の教育のために私、本やら牌譜やらいろいろ持ち込んだでしょ?」

『あぁ、はい。そうですね』

「それで、部室に置きっぱなしになっている私物を後片付けも兼ねて回収しに行こうと思って。悪いんだけど、手伝ってくれない?」

嘘はついて居ないが、これは当然彼を呼び出す口実だ。
なるべく不自然でないものを考えた。

『いいですよ、それぐらいでしたら。手伝わせてください。』

乗ってきた。
彼の性格上、断られることはまずないだろうと踏んでいたが、安心した。

「ありがとう。早速なんだけど明日、月曜日って大丈夫? 来週は活動日って水曜日だけらしいし、そこを避けて行きたいのよ」

『月曜日ですか? はい、だいじょ……』

そこまで言って須賀君の言葉が止まった。
その時まるで悪戯が見つかりかけている子供のように、心臓が跳ねるのを感じた。

『……あー』

なにやら間抜けな声が聞こえる。
何を悩んでいるのだろう?

『すみません、月曜日には用事がありました。火曜日じゃ駄目ですか?』

ほっと胸をなでおろす。
それと同時に小さな疑念が沸いた。

「月曜日はバイト?」

『いや、その、ちょっと家の用事で早く帰らなくちゃいけなくて』

言葉を濁したその言い方。明らかに何かを隠している。
咲とデートだろうか?
思わず拳を握った。本当のことを問い詰めたくなる。

落ち着け。仮にデートだとしてもあの2人だ。
昨日の今日でどうこうなるものじゃない。
だから、落ち着こう。

「わかったわ。じゃあ、火曜日の放課後に」

『はい。その日は皆用事で居ないはずなんで丁度いいですね。全部済ませちゃいましょう』

「そう、ね」

確かに、丁度いい。
この後まこに電話してその日は他のメンバーを部室に近寄らせないように頼むつもりだったのだ。
大方まこには私の気持ちなんて悟られている。
彼と2人で話がしたいと頼めばきっと協力してくれただろう。
まぁ、ここまでのことを考えているとは想像してないだろうけど。

だが、その必要はなくなった。
本当に、丁度いい。

『うぃっす。じゃあ、火曜日に』

「えぇ、よろしくね。ちゃんと手伝ってくれたご褒美あげるから」

『マジですか!? なんだろ、楽しみだー』

口元に笑みが浮かぶ。
そう、私も楽しみだ。

「ふふ、それじゃあ、おやすみなさい」

『はい、おやすみなさい』

電話を切り、大きく息を吐いた。

もう賽は投げられた。
後は私は私の全てを使ってでも、彼を振り向かせて見せる。
不安はある。
拒絶されないか。
軽蔑されないか。
体に触れられることに対する僅かな怯えもある。
惨めさもある。

だが、不思議な胸の高鳴りもあった。
私が彼の体に触れること。
彼が私の体に触れること。
そのことを想像すると、大きく心臓が鼓動する。
その感情が、心地よかった。

あぁ、やっぱりそうなんだ。


醜い嫉妬もある。
酷く歪んでいるかもしれない。
あまりにも愚かかもしれない。


それでも、彼のことを想うと胸が高鳴って、とても幸せなのだ。


だから、間違いなく――





私は彼に恋をしているんだ。

投下中ですがすみません、いったん中断させてください。
1時間以内には再開します。

あ、オチが読めた人がいるかもしれませんが投下が完了するまでは胸の中にそっとしまっておいてください

再開します。
いきなりの中断申し訳ございませんでした。

さて、皆様の望む結末かどうかは激しく疑問ですが投下します。

それから火曜日までの時間は熱に浮かされたようだった。
学校にも行っているし、議会室にも顔を出したはずなのだが、ほとんど記憶がない。
副会長から何か心配された気もするが、おぼろげだ。

気が付けば、火曜日になっていた。。
帰りのSHRの時間になると、こんな日に限ってダラダラと話す担任を酷くじれったく感じた。
ようやく話が終わり、挨拶が済んで放課後となった。

やってきたのだ。彼との時間が。

胸が高鳴る。
まるで初めてのデートに行く気分だった。
これから私がしようとしていることはそんな綺麗な物ではないのだけれど。
それでも、この胸の高鳴りは本物だ。

あぁ、楽しみだ。
まずは何を話そう。
まずは何をしてみよう。
須賀君の喜ぶことなら何でもしてあげよう。
須賀君の望むことなら何でもしてあげよう。
きっと、そうすれば……。

「ふふっ」

思わず笑みが漏れた。
カバンを片手に立ち上がり旧校舎に向けて歩き出す。
思わずスキップの1つでもしたくなる気分だった。
軽い足取りのまま、歩みを進めた。

旧校舎に近づくと、見知った姿があった。

「あっ……」

旧校舎前に須賀君がいた。
携帯を触りながら入り口前に立っている。
私はわずかな緊張感を胸に軽く息を吸った」

「須賀くーん」

手を振ってみる。
その声に気づいた須賀君は顔を上げながらわずかに携帯を操作した後にこちらに手を振り返してくる。
それを見て慌てて駆け寄った。

「どうしたの? 先に行ってればよかったじゃない?」

「いや、先輩もうすぐ来るかなぁ、って思って待ってたんですよ。一緒に行こうと思って」

可愛い子だ。
まこも言っていたように本当に犬みたい。

「ふふ、ありがとう。じゃあ、行きましょっか?」

「はい」

あまり人気のない旧校舎の中を2人並んで歩く。
たったそれだけなのに胸の中が温かくなってくる。
恋とは偉大だ。
その熱に浮かされたまま須賀君に声ををかけてみる。

「手伝ってもらっちゃってごめんね? 部室に元々あったものとごちゃごちゃになってるから整理が大変そうでね」

「あー、なるほど。確かにそれは仕訳がめんどくさそうですね」

そういうと須賀君は何か楽しそうににっこりと笑った。

「でも手伝うぐらいは全然かまいませんよ。それに、ご褒美も貰えるみたいですし」

「あら? しっかり覚えているのね?」

「もちろん! で、なんですかご褒美って?」

「ふふ、いいものよ。楽しみにしてて」

私はそう言って笑った。
そう、私にあげられる最後のものだ。

だから、愛してほしい。

「部長?」

須賀君に声をかけられて我に返る。
気が付けばもう部室の前まで歩いていたようだ。
須賀君が部室の扉を半分開けた状態できょとんとしていた。

「あ、大丈夫よ。行きましょ」

「はい」

そう言って須賀君は先に部室に入った。
まずは、後ろ手に鍵を閉めないとね。

熱に浮かされたような頭のまま、私はそう考えながら須賀君に続いた。











「先輩、お誕生日おめでとうございます!」










部室に入った途端そんな声が聞こえた。
それと同時にパン、と何かがはじけるような音が聞こえる。
そこには須賀君だけじゃない。
まこも、咲も、優希も、和も。麻雀部の全員がいた。
須賀君を除いた全員、手にはクラッカーを持っている。

「……えっ?」

状況が、理解できない。
何が、起こっているんだろう?
何故みんないるのだろう?
なに?
なんなの?

「どうした久、驚きすぎて言葉もでんか?」

まこが笑いながら話しかけてくる。
思わずきょとんとした顔を向けてしまった。
私の顔を見たまこはどこか訝しげな顔をした。

「……まさかとは思うが、自分の誕生日忘れとったんか?」

「あっ……」

11月13日。
確かに私の誕生日だ。
この数日あまりにもいろいろ考えていたせいだろうか?
なぜかその意識がすっぽりと抜けていた。

「えっ? 竹井先輩気づいてなかったんですか? 絶対バレてると思ったんだけどなぁ」

須賀君がちょっと驚いた顔をしている。
つまり、あの時1日引き伸ばしたのは……。

「後から聞いてあきれたじぇ。そんな露骨に自分の誕生日に会う日を合わせればバレるのが当たり前だじぇ」

「い、いや、俺だって電話中にギリギリで思い出して咄嗟だったんだからしょうがないだろ」

「てっきり気づいて乗ってくれてるものだと思ったじょ。意外意外」

優希が須賀君のことをからかいながらつついている。
和がくすくすと笑いながら私に近づいてきた。

「須賀君の企画なんですよ。で、月曜日にみんなで集まっていろいろ考えて」

「この部室も今日の朝早くにみんなで集まってやりました!」

和と咲の言葉に周りを見回すと部室がまるでパーティ会場のように折り紙やらビニール紐やらで飾りつけされている。
ホワイトボードには「お誕生日おめでとうございます」と大きく書かれており、その周りにはいろいろイラストが描かれている。
いつもの麻雀卓は脇によけられており、代わりにテーブルが置かれている。
そしてそのテーブルにはケーキとお菓子が並んでいた。

「さっ、先輩座って座って!」

咲がいまだに混乱している私の手を引いた。
そしてテーブルに備え付けられた椅子に座らされる。
私はそれにされるがままだった。
頭が混乱している。
この状況は一体なんだろう?
何故、こういう状況になっているのだろう。

部室に入る前までの高揚感がどこかに行ってしまった。
その分、抜け殻のようになった私の心はいまだに現状が正しく理解できないでいる。

「ふーむ、こりゃ驚きすぎてネジが飛んでおるな」

まこが私の顔をまじまじと見てから須賀君に向き直った。

「京太郎。いっちょ目の覚めるような挨拶をしたれ」

「えぇ、いきなりですか!?」

「何を言う。もともとおんしが久に礼を言いたいと言い出して始めた会じゃろう。ほれ、さっさと言わんかい」

「マジっすか……」

そういいながら須賀君は私の座る椅子の対面に立った。
そしてポケットから何やら紙を広げた。
私はどうしていいかわからず、それを呆然と見つめていた。

「……あー、なんか改めていうのも恥ずかしいんですけど」

須賀君がそんなことを言うと1年生3人娘からからかいの声やら応援の声が飛ぶ。
須賀君は、大きく息を吸い込んでから、口を開いた。

「竹井先輩。お誕生日おめでとうございます」

「その、誕生日のあいさつとはあまり関係ないかもしれないんですけど、この場を借りてお礼を言わせてください」

「竹井先輩、本当に、今までありがとうございました」

須賀君はそこまで言って頭を下げた。
そして再び顔を起こして、言葉を続けた。

「最初は初心者の男一人で正直不安でした。やってけるかって」

「けど、先輩は皆との練習の合間を縫って、ネト麻しながらいろいろ教えてくれました」

「俺、それがすごくうれしかったです。先輩に見捨てられてないんだって。ちゃんと、見てもらえるんだって」

その言葉に心がずきりと痛んだ。
違う。
本当は、本当はあなたを利用しようとしていただけ。
辞められると困るから適当に折を見て声をかけていただけ。
貴方にうまくなってほしいとかはその時は考えてなかった。

「だから、練習でも雑用でも、頑張れました」

「先輩が勝ってくれるなら、って思えば辛くなかったです」

やめて。
私はその気持ちを利用することしか考えていなかった。
その気持ちに報いるとか、そんなことその時は全然考えていなかった。

「本当にそれが嬉しくて……。だから、夏の大会の時、俺がポカしたとき見捨てられるんじゃないかって、不安でした」

「先輩に呆れられて、見込みがないとか思われたらどうしようかと思うと、不安でした」

私はその時ようやく自分の愚かさに気づいたころだった。
貴方がそんな不安を抱えていた何で思いもしなかった。

「でも……」

「でも、先輩は俺みたいなやつのためにいろいろ考えていてくれました」

違う。
それも、違う。
福路さんに言われてようやくたどり着いたこと。
きっと彼女に言われなきゃ有耶無耶にしてあなたのことを忘れようとしていた。

「練習プランとか、バイトとか、テストとか、本当に」

須賀君の眼が、潤んでいる。
心がざわざわと騒ぎ出した。

「本当にいろいろ考えててくれて、受験とかいろいろあるのに、俺の、俺のため、ために」

ぐすっと鼻をすする音が須賀君から聞こえる。
心が痛い。
酷く痛い。

「俺のためにたくさんたくさん時間割いてくれて。申し訳ないって思ったんですけど、それ以上に嬉しくて」

「それに、先輩、俺が勝ってくれればそれが嬉しいって、言ってくれて」

違う。
それは須賀君が私に言ってくれたこと。
私はそれを、そのまま返しただけ。
それに、私は、私はあなたが負けることを、祈って……。

「だから、一生懸命、頑張りました。全国には行けなかったけど……」

「勝てました。先輩の、おかげです。先輩の指導を無駄にせずに済みました」

「俺が、ここまでやってこれたのは先輩のおかげです」

ふと須賀君を見ると、ぽろりと涙が一筋零れていた。
胸が締め付けられる。
何かが、私の心を蝕んでいくのを感じていた。
私は、今日この日彼に何をしてでも奪い取る気でいた。
その決意を固めてきたはずだった。
だが、その決意に何かがジワリとしみこんでくるのを感じた。

須賀君は目元の涙を拭っている。
後ろでほかのメンバーと並んで聞いている咲が小さく頑張って、と声をかけている。
優希もそれに乗って小さくしっかりしろ、と言っている。
須賀君はそれを受けて大きく息を吸った。

「先輩は、酷い人です」

その言葉に心臓が激しく跳ねた。

「悪戯好きで」

「人のことをからかうし」

「悪巧みばっかりするし」

「突拍子もないこと言って人を驚かせるし」

須賀君はそこで、涙を拭うのを諦めたようだ。
ぽろぽろと、次から次へと零れ落ちている。

「でも」

鼻を大きくすすって、須賀君は必死に言葉を紡いでいく

「それ以上に部のために一生懸命だし」

違う。私の目的のためだ。

「皆のためにも一生懸命だし」

違う。それも結局は私の目的のためなのだ。

「何だかんだでフォローも忘れないし」

違う。ただ、部の空気を壊さないように取り繕っていただけだ。

「俺みたいなやつの面倒を見てくれる後輩思いだし」

違う、違うの。
だかから、それは……。

「だから、だから、俺……俺……」

聞きたくない。
それ以上、聞きたくない。
お願い、言わないで。

「俺、先輩の後輩でよかった」

「先輩の下で麻雀がやれて、本当に楽しかったです」

「先輩の後輩でいれて本当に、よかったです」

「尊敬する人に教えてもらって、幸せでした」

「特にこの数か月、つきっきりでいろいろ教えてもらって」

「本当に、本当に嬉しかったです」

須賀君の顔はひどいことになっている。
涙で目が真っ赤だ。
鼻水だって垂れている。
それでも、その顔から目を逸らせない。

「これからも、頑張ります」

「もっともっと頑張って、来年は全国を目指します」

「先輩みたいにかっこいい打ち方はできないかもしれないですけど」

「先輩みたいに強く打てるかどうかはわからないけど」

「先輩が俺に残してくれたことを忘れずに、闘っていきます」

「だから、先輩も頑張ってください」

「先輩のファン第1号として、応援してます」

「本当に、その、本当に……」

須賀君は手に持っていた紙をおろし、直立不動の体制を取った。
そして倒れてしまうんじゃないか、って思う勢いで頭を下げて、叫んだ。

「今までありがとうございました!」

咲たちが拍手をしている。
他のメンバーももらい泣きをしているようだ。

「なかなかいい挨拶じゃったぞ、京太郎」

涙を拭うためにはずしていた眼鏡をかけながらまだ頭を下げている須賀君の背中を軽く叩いた。

「誕生日のあいさつかと言われるとちと微妙じゃが。久、どうじゃ……?」

まこの言葉がしりすぼみになっていく。
私の顔を見て驚いているようだ。

そっと、自分の頬に指を当ててみる。
濡れていた。
まぁ、当り前だろう。
私の眼からも涙が零れていた。

本当に、愚かな子だ。
私の本質を何もわかってない。
私の性質なんて何も理解してない。
自分が利用されていたなんて欠片も思っていない。
あの子の中では私はとてつもなくいい先輩なのだろう。
見る目がない、本当に見る目がない。
馬鹿だ。
本当に、馬鹿な子だ。

あぁ、でもやっぱり、違う。

結局、私のような女に引っかからなかったのだ。
やっぱり見る目があるのか。
ほら、咲も貰い泣きが過ぎて顔が酷いことになってる。
お似合いだ。
人のために泣けるこ同志、お似合いじゃないか。

でも、奪い取ってやろうと思ったのに。
その場所を奪い取ってやろうと思ったのに。

でも
でも、それは
須賀君にとって大切な「尊敬する先輩である竹井久」を壊してしまう。
そうなったら須賀君はどうなるだろう。
私の好きだった須賀君で居てくれるだろうか。

考えるまでもない。

そんなわけが、ない。

そんなことがあるわけがないのだ。

私が好きだった須賀君は

単純で

エッチで

子供っぽいけど

それでもひたむきで

まっすぐで

努力家で

人のために力を尽くせる

本当に、いい子。


私が咲から奪い取ったところできっと須賀君はそのことで苦しむことになる。
きっと笑うこともできなくなってしまう。
苦しんで苦しんで、きっと彼は笑えなくなってしまう。
何もかも嫌になってしまうかもしれない。
そんな子なのだ。

ちょっと考えればわかることだった。
でも、ここ数日の私はそんな単純なことを考えられなかった。
ただひたすら、自分のことしか考えていなかった。

自分が隣に立つことしか考えていなくて、そのことで彼がどうなるのか、考えていなかった。

「あぁ……」

最初から、出る幕などなかったのだ。
全てが遅かったのだ。
何もかも遅かったのだ。


――部長、俺、頑張ります


コンビニでああ言ってくれた時、何故こう言ってくれたのかをもう少し考えればよかった。

もしかして、須賀君って私のことが好きなの?

などとおめでたい想像でもしておけばよかった。
よくある少女漫画の主人公のように胸をときめかせていればよかった。
そうすれば、彼のことをもっと早く見ることができた。


――部長、勝ってくださいね


インターハイ前の部室でそう言ってくれた時も、もう少し考えればよかった。
彼がどれほど尽くしてくれ、どれほど私のことを想っているのかを理解しようとすればよかった。
そうすれば彼を「おもちゃ」などと思わず、一人の人間として向き合えたのかもしれない。
彼が負けた後、もう少し落ち着いて言葉がかけられたかもしれない。
あれが、最後のチャンスだったんだ。

でも、私はそのチャンスをすべて捨ててしまった。
全て、自分の意志で。

そこまで考えて、私は顔に手を当てた。
涙が止めどもなく溢れ出てくる。

「あぁ、あああああああああ」

私は、声を上げて泣いた。
手の隙間から涙が零れ落ちるほどに。

私の背中を誰かが撫でてくる。
恐らくまこだろうが、それでも私の涙は止まらなかった。


失ってしまった。
欲しかったものがどうしても手に入らないことに気づいてしまった。
でも、それはすべて自分の蒔いた種だった。
誰のせいでもない。
手に入れようと思えば、手に入れられたかもしれない。
もっと違う未来があったのかもしれない。

だけど、私は失ってしまった。
欲しいものは目の前にあるのに、手に入れられないと理解してしまった。

心の中のぐちゃぐちゃな感情に任せて、私は泣いた。

後悔だろうか。
やるせなさだろうか。
失恋の痛みだろうか。
それらすべてだろうか?


私の涙はしばらく止まらなかった。

悪女を気取って、人を手玉に取る策士を気取って、気付けば全てを棒に振っていた。

だけど、すでに人のものになった彼を奪い取ることも、もうできなかった。


彼の信頼を壊すこと。


彼の笑顔を壊すこと。


彼を『彼』としているそれを壊すこと。


そんなことは出来なかった。




そう、私は悪女でも何でもない。

全部失った後で気づき、無いものねだりをしようとしても、彼を傷つけることを恐れてできない。

ただ中途半端な、ひたすらに愚かな女だった。

投下は以上です。
今日の昼過ぎから夕方にかけてエピローグを投下したいと思います。

次回作についても投下後に。

咲「えっ、今度竹井先輩と二人きりで会うの?」

咲「…そういえば先輩の誕生日だったよね。その日にみんなでお祝いとかどうかな?」

咲「竹井先輩、きっと喜んでくれるよ」

咲「京ちゃんが私の打ち方真似してくれた新人戦の時みたいに…きゅふふ」

エピローグも無事に書き上がりましたがちょっと人と食事に行く約束が入ってしまいました。
申し訳ないですが、投下は20~21時ぐらいにさせてください。

おもち少女スレに誤爆してもうた……

すぐにエピローグ投下しようと思ったんですが精神的動揺がひどいので10分後に投下します。

ちゃうねん……。
>>1あのスレ大好きやねん。
その上>>1の大好きな塞ちゃんが出てきたからテンションあがってたねん。
直前まで読んでただけやねん……。

投稿する前の確認は怠ってはいけない(戒め)

はい、というわけでいろいろ台無しになってしまった感はありますが投下していきます。
皆様しっとりめのBGMなぞ流しながら読んでいただけると。

いや、そうでもしないとこの空気(ry

今でも鮮明に思い出せる、彼の心に焼きついたものがあった。

『手牌』
3334m345678s345p ドラ3m

タンピンドラ3。高目なら三色のオマケつきだった。
まだ役もおぼつかない当時の彼でもかなりの大物手であることは理解できた。
だが同時に、何故立直をしないんだろう、と首をかしげていた。
そして数巡ダマで回してからだった。

『手牌』
3334m345678s345p ドラ3m ツモ東

場に1枚切れの東。
彼から見れば即ツモ切りのどうとでもないものだった。
だが、彼女は迷いない手つきで牌を抜き、場に打ち出して宣言した。


――リーチ

『手牌』
3334m345678s345p ドラ3m ツモ東 打4m


ようやく基本的な打ち筋というものを理解し始めていた彼にとってそれは衝撃の一打だった。
役も、待ちも、点数もすべて台無しにする1打。
意図が読めなかった。
跳満をツモればトップ逆転の状況で、その条件を満たした手を捨てる。
彼は呆然とその手を見つめていたが、変化はすぐに訪れた。
彼女のツモがふわりと宙を舞い、パシリと卓に叩きつけられた。


――ツモッ!

『手牌』
333m345678s345p東 ドラ3m ツモ東

――立直一発ツモドラ3。裏ドラは見ずとも逆転ね。


そう言って彼女は後ろを振り返った。
そして、手を眺めていた彼に向けて悪戯っぽい笑みを浮かべてVサインをした。

ありえない一打だった。
たまたまだと切り捨てることもできた。
それでも彼はそれに心惹かれ、それは心に深く刻み込まれた。
恐らく、一生忘れることはないだろう。


これは、彼の麻雀の原点。
その記憶だった。

――――――――――――――――――――

――――――――――

―――――

「先輩、探しましたよ……」

京太郎は息を切らせながら部室に駆け込んだ。
そして部室の窓からボーっと外を眺めている久に声をかける。

「あら? 須賀君、どうしたの?」

「どうしたの、じゃないですよ。卒業式後は校門のところで待ち合わせって言ったじゃないですか」

「ごめんね。最後にちょっとここに寄り道したかったから」

卒業式後、麻雀部一同で集まって写真を撮ることになっていた。
だが、久がなかなか現れず、電話にも出なかったため京太郎がこうやって走り回る羽目となった。
文句の1つも言おうと思っていた京太郎だが、それを聞いて何も言えなくなり、体を休めるため無言で椅子に座った。
それを見て久も京太郎の対面に座った。

「……そういえば先輩、一人暮らし始めるんでしたっけ?」

「えぇ。やっぱり通うのに3時間近くかかっちゃうのは少し大変だからね」

「そっかぁ。ここから結構遠いんですよね……」

「何言ってるの。遠いとは言っても同じ長野県内じゃない。落ち着いたらみんなで遊びに来てね」

「うっす」

とは言え、以前のようには会えなくなる。
麻雀を教えてもらうことができなくなる。
からかわれたりすることもなくなってしまう。
そう考えると京太郎の酷く寂しい気持ちに包まれた。
当たり前だったものがなくなるというのがこれ程の悲しいことだとは想像をしてなかった。

「また遊びに来るから。ちゃんとインターハイも応援に行くわ。だから、頑張ってね」

「はい……」

まるで聞き分けのない子供を諭すように久は京太郎の頭を撫でた。
それを受けてようやく京太郎は久に笑みを見せた。

「よろしい。全く、手のかかる教え子ね」

「うっ、すみません」

くすくすと笑う久にばつの悪そうな顔をする京太郎。
すると、久は何かを思い立ったかのように、口を開いた。

「須賀君、ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかしら?」

「何ですか?」

京太郎は軽く返事を返すが、久は酷く緊張した様子で口を開いた。

「新人戦1回戦のこと、覚えてる?」

「えっ? それはもちろん」

突然の問いに面食らいつつもはっきりと頷く京太郎。
初勝利の牌譜はもう何度も眺めた。
苦しいときも、その牌譜を見て自分の支えとして頑張った。
忘れるはずがなかった。

「そう、だったらあのオーラスで……何故東単騎でリーチしたのかしら? 直撃狙いだったわよね?」

「はい。2着目から何としても打ち取るって考えてました」

「じゃあ、何故東単騎のリーチだったのかしら? 東単騎待ちはまだわかるけど、リーチの必要はないわよね」

「あぁ、それは……」

京太郎は眼を閉じてあの時のことを思い出した。
苦しい状況だった。
ツモでは裏期待になってしまう状況。
不安だったため直撃狙いとしたが、打ち取れる自信はあまりなかった。
だが、次巡で東を引いてきたとき、そう、電流が走った。

「以前、県予選で咲が多面張を捨てて単騎待ちに受けたことがありましたよね?」

「えぇ……」

何処か久は寂しそうな顔をしたが、それに気づかず京太郎は続けた。

「東単騎はカン出来る待ちだった。なんて言うかそれをあの時に思い出したんです」

「やっぱり、そうだったのね」

久は苦笑を浮かべて、椅子にもたれかかった。
何かひどく疲れたかのように。
だが、京太郎は首を振った。

「でも、それだけじゃないんです」

「えっ?」

思いもがけない京太郎の言葉に久の口から驚きの声が漏れた。

「先輩。先輩だったらあの状況だったらどうしてました?」

「えっ? わ、私だったらやっぱり東単騎でリーチを打つかしら」

「やっぱり、そうですよね。だから……」

突然の問いかけに戸惑いながらもそう答えると京太郎は嬉しそうに、満足そうに笑った。

「咲と先輩。2人それぞれ目指しているものは別かもしれないですけど」

「ただ……その、俺の好きな人と憧れている人が選ぶであろう牌が……」

「選ぶその牌が同じだろうって、気づいたんです」

「セオリーとか、そういうものを無視した一打っていうのはわかっていたんです」

「インターハイで先輩に怒られたことを忘れたわけじゃないんです」

「だけど、その……」

「それに気づいちゃって、どうしても東単騎に受けてみたくなったんです」

「咲のように嶺上から必要牌を持ってくることはできないですし、部長のように悪待ちを引けるわけでもないですけど」

「俺の好きな人と、憧れている人が選ぶ待ち。それがその」

「すごい最強の待ちに見えて。この待ちだったら、勝てそうな気がしたんです」

「2人の力があれば、勝てそうな気がして、東単騎を選んだんです」

「結果論かもしれませんけど、引くことができて勝つことができました」

「俺、本当に嬉しかったんです。勝つことができたこともそうですけど……」



「その、えっと、あー……俺にとって大切な、大切なモノの待ちでアガることができて、それがすごく嬉しかったんです」

「お、俺何言ってるんすかね。あーはずかしい……」

目の前で須賀君が照れながら笑っている。
だけど私は笑うことができず、涙をこらえることに必死だった。

ずっと聞きたかったことだった。
本当に彼の中にもう私はないのか。
咲の言うとおり、彼はあの時咲を選んだのか。
本当に、そう考えて東単騎のリーチを選んだのか。
未練がましいかもしれなかったけど、聞きたかった。
でも、聞くのが怖くて怖くて卒業式までもつれ込んでしまったけど。

でも、聞けて良かった。

残っていた。
彼の中に、私がやっぱり残っていたのだ。
咲だけじゃなくて、私がある。
残せていたんだ。
奪われてなんていなかった。
須賀君はそれを大切にしていてくれた。
その言葉が聞けたことが、本当にうれしかった。

残念だったわね、咲。
やられっぱなしには、ならなかったみたい。

「そ……う……」

目頭が熱くなる中、須賀君に必死に返事をする。

駄目だ。
泣いては駄目だ。
泣いて縋り付いたところで、私の欲しいものは手に入らないのだ。
もう、全て遅かったのだ。

だからせめて、最後まで彼の大切な「竹井久」を守ろう。

さぁ、須賀君をからかってやろう。
慌てる彼を見て笑ってやろう。
ふてぶてしく笑おう。

「ずいぶんクサいわね、須賀君」

「勘弁してください。今すごく逃げ出したい気分です」

「ふふ、冗談よ。まぁ、でも、嬉しかったわ。だから」

私はポケットに手を入れた。
何時も入れているアレがあるはず。

「ご褒美、あげる」

「えっ?」

「ドタバタで部室の片付けのご褒美もあげてなかったしね。頑張った須賀君に先輩からのご褒美です。ほら、手を出して」

「はっ、はい」

私の声に咄嗟に須賀君は手を出した。
本当に犬みたいだ。
可笑しさに笑いつつも、私は彼の手にそれを置いた。

「……ヘアゴム?」

「そう。私が中学から高校までで大事な試合の時に使ってたやつよ」

「えっ!?」

「願掛けってほどでもないけどそれで髪を結っていた試合はいつもいい成績を残せたわ。きっとご利益あるわよ」

「受け取れませんよ、そんな大切なもの!」

須賀君は慌てて私に手を差し出し突き返そうとした。
だけど私はその手を優しく握り、押し返した。

「いいの。ほら、もうひとつあるし」

私はポケットからもうひとつのヘアゴムを取り出して笑った。
それでも須賀君は納得がいかなそうだった。
私は佇まいを直して、須賀君に向き直った。

「ねぇ、須賀君。須賀君はこれから厳しい戦いが待ってると思う。でも、私はもう今までのように須賀君に何かを教えるのは難しいわ」

特に異質な能力があるわけでもない須賀君はこれから苦しむことになるかもしれない。
その差に絶望してしまうかもしれない。
でも、私はもう今までのように力になることはできない。
私はもう別の道を歩き始めなければならない。

「もう私にはほんの小さなゲン担ぎぐらいしかできないけど……須賀君の力にならせて。お願い」

そう、せめて彼の愛する先輩として、須賀君の力になりたい。
私の最後の願いだった。

「……わかりました。ありがとうございます」

須賀君は私の言葉にようやく納得してくれたようだ。
顔を伏せて押し殺したように返事をする。
私は受け取ってくれたことにほっと胸をなでおろした。

「ふふ、ほら。折角だから着けてあげる」

私は須賀君の手からヘアゴムを取り髪に手を伸ばした。
さらりとした感触に少し胸が高鳴る。
須賀君は驚きの表情を見せながらもされるがままだった。

「俺、そこまで髪長くないですけど」

「大丈夫大丈夫。前髪をちょんまげにするぐらいだったら……ほらできた」

前髪を上げた形でちょんと結えられた須賀君は何やらかわいらしかった。
須賀君が首を振ると結えられた髪が小さく揺れて思わず笑みがこぼれる。

「な、なんか変な感じっすね」

「似合ってる似合ってる。可愛いわよ」

「可愛いって褒められてもまったく嬉しくないですね……」

ふと、彼との距離が近くなっていることに気が付いた。
当然だ。髪を結うには近づかなければならない。
彼の顔が、近い。
心臓が高鳴った。




――もう手に払いらないものなのに。

――あぁ、でも

――本当に

――本当にこれが

――これが、最後だから

――許して、ほしい



頭の中が真っ白になっていく。


何も、何も考えられない。


だから、その行動はほとんど無意識だった。






「あと、これはおまけ」




私はそう言って少し背伸びをして




「せんぱ……い?」




彼の頬に、軽くキスをした。



心臓が破裂してしまうのではないかと思うぐらい鼓動していた。
顔が赤くなっていないかどうか不安だった。
あぁ、ほら、彼も呆然としている。
いけないいけない。
思わず、あんなことをしてしまった。

ほら、いつも通りに。
最後まで、いつも通りに。
まずは笑おう。

「ふふふ、びっくりした?」

「えっ、あっ、うっ?」

須賀君がうろたえている。
あぁ、本当にいい表情をする。
須賀君をからかうのは、これがあるから楽しいのだ。

「咲とケンカしたときは遊びにいらっしゃい。ちゃーんと慰めてあげるわよ」

にやりと笑って私は踵を返す。
部室の扉を開けて廊下に一歩足を運ぶ。
そして駆け出す直前に私は振り返った。
相変わらず、須賀君は呆然としている。

「何だったら須賀君の大好きなエッチなことでも、ね」

「えっ、え?」

「ほら、先に行ってるわよ」

そう言って私は駆け出した。
廊下を走る。
ただ、走る。

少しすると慌てて追いかけてきたのか後ろからも走る音が聞こえた。

「ちょ、先輩待って」

「いやーよ、今捕まったら須賀君酷いことされちゃうわ」

そう、追いつかれるわけにはいかない。
なぜか零れてしまった涙が見られてしまう。
それだけは、駄目なのだ。

私は走りを緩めることもなく旧校舎の廊下を走り続けた。
すると私を追いかける須賀君は私の言葉に焦れたように叫んだ。


「あーもう! この悪女!」


須賀君の口から洩れたその言葉に思わず心の中で苦笑した。
私は悪女でも何でもない。
ただの愚かな女だ。
ギリギリで踏みとどまれたけど、須賀君の大切なものを壊そうとした愚かな女だ。
なのに須賀君からそう言われることが何かおかしかった。

走りながら、涙を拭う。
早く笑わなければいけない。
もう、この感情は終わりにしなければならない。
私の恋は実らなかった。
全て遅かったのだ。
全て終わったことなのだ。
だから、泣くのも終わりにしなければならない。
私は新しい道を歩まなくてはいけないのだ。
だから……





――さようなら、須賀君






――本当に大好きだった











私は旧校舎を出て、ほころび始めた桜の木の下で、自分の恋に別れを告げた。



完!


ここまで読み続けてくださった方々に感謝を。

重ね重ね延期を重ねてすみません。
ほんっとすみません。

延期の理由1
→仕事が忙しかった。
 まぁ、これはそのまんま

延期の理由2
→話の展開が書くうちに気に入らなくなった。
 最初、闘牌シーンをからめる予定は全くなかったんです。
 普通に学園生活の中でイベントをこなしていく想定でした。
 でも、シリアスな咲SSで闘牌絡めないってどうよ?
 咲は麻雀漫画やで?
 っていうお告げが下って慌てて展開を直すことに。
 結果的にはよかったかな、って思ってます。

 「東大を出たけれど」みたいな感じを目指したけどやっぱり難しいですね。

延期の理由3
→部長が可愛すぎた。
 部長が魅力的すぎて部長が悪女になったり京太郎に縋り付いたりする姿が>>1の中で巡り始めて。
 そっからはずるずると展開に迷う羽目に。
 どうしてこうなった。










<<次回予告>>






私がまだ小学校に入りたてのころの話だ。

その日、私は家族とファミリーレストランへ食事に行った。
私はメニューとにらめっこして何にするかさんざん悩んだ。
結局、お子様ランチから卒業したいと言う子供特有の背伸びの心から私はパスタを選んだ。
そして、一緒に居た妹は迷いなくお子様ランチを頼んでいた。

しばらくして頼んだ料理が運ばれてきた。
私はおぼつかない手つきでパスタを食べつつ、自分はもう大人などと言う小さな満足感を得ていた。
だが、ふと前を見ると妹が満面の笑みでお子様ランチのハンバーグを口に含んでいた。
ハンバーグとエビフライとデザート。
これぞお子様ランチと言わんばかりの、子供が好きなものばかりが妹の皿に並んでいた。

その時なぜか、まだ妹が手をつけていなかったエビフライが目に入った。
エビフライがそこまで好物だと言うわけでもなかった。
だけど、何故だろう。
妹がとっておいてあるであろう、そのエビフライがとても美味しそうに見えた。
なぜか、我慢が出来なかった。
どうしても食べたかった。
その衝動に突き動かされるまま、私は悩むこともなく妹の皿にフォークを伸ばし、エビフライに突き刺した。
そして妹が何かを言う前に私はそのままそれを口に入れた。


そのエビフライはこの世にこんな物があったのかと思うぐらい、美味しかった。
この年になって考えても、私の人生でその時のエビフライより美味しいエビフライに出会ったことはない。

妹は最初ぽかんとしていたが、しばらくすると状況が飲み込めてきたのか泣き始めた。
母に叱られた。妹のものを盗るなんて、と強く叱られた。
父にも叱られたが、最終的に父は私と妹の頭を撫でつつ、別皿でエビフライを頼んでくれた。
妹は新たに運ばれてきたエビフライを食べて機嫌を取り戻していた。

そして妹はひとつ食べていいよ、と私にエビフライの皿を差し出した。
父と母はその姿を嬉しそうに見ていた。
私も妹の言葉にお礼を言いつつ、もう一度フォークで突き刺し、口に入れた。


だが、なぜかそのエビフライはそこまで美味しく感じられなかった。



それからだろうか。
私はなぜか人が食べているものをみるとなぜか無性に自分も食べたくなった。
誰かと一緒に食事に行っても、誰かと一緒にお菓子を食べていても。
なぜか一口だけでもそれを食べたくて仕方がなくなる。

同じものを頼めばいいだろう、とたしなめられたこともある。
だけど、それでは駄目なのだ。
人の皿にあるものではないと、私は満足できない。
だからいつも無意識的にそれに手を伸ばしてしまう。

その瞬間は特に罪悪感は感じない。
その後、その行動を咎められたりした時に初めて悪いことをした、と思う。
だけど、その欲求はどうしても止められなかった。

本当に小さなころから続く私の「それ」はいまだに私の心に巣食っている。

何故、いまさらこんなことを思い出したのだろうか。
何故、今この状況と全く場違いなことが頭をよぎったのか。

「お姉ちゃん、紹介するね。京ちゃん……須賀京太郎君。その、私の、彼氏」

目の前の妹が恥ずかしそうに言ったこの一言のせいだろうか?

「ど、どうも。はじめまして、須賀京太郎っていいます。そ、その、妹さんとお付き合いさせてもらって、ます」

同じように恥ずかしがりつつも緊張した面持ちのこの男の子のせいだろうか?

ようやく関係を修復した、妹が会わせたい人がいるといって連れてきたのが目の前の男の子だった。
別段、特異な何かは感じなかった。いたって普通の男の子だった。
ぱっと見る限り、咲が何故この男の子と恋人になったのかは分からなかった。

「わ、私と京ちゃんはね、その、中学校から一緒で、その、あぁ、でも付き合い始めたのは高校に入ってからで」

「咲、落ち着けって……ほら、深呼吸深呼吸」

「あ、ありがとう。京ちゃん」

「ほら、お茶飲んで落ち着け」

「う、うん……ふぅ」

「大丈夫か?」

「う、うん。もう大丈夫」

緊張しすぎて訳が分からないことになっている妹をその男の子は優しく窘めた。
それに対して嬉しそうに礼を言う妹の姿を見て、少しだけどわかった。

男の子はちょっと軽そうな印象だけど随分としっかりしているようだ。
妹はその子を強く信頼しているようだ。
きっと、妹の足りないところを彼が埋めてくれているんだろう。
妹は私と一緒で何かと抜けている。
彼がそれを支えてくれているんだろう。

それを見て、私はふと思った。



――あぁ

――少し羨ましいな

そう思った時、私の中の「それ」が目を覚ました気がした。

「それでね、お姉ちゃんにもやっぱり紹介しておこうと思って」

妹がしゃべっているが、あまり耳に入らない。
男の子に目線をやる。
目が合ったので、軽く笑ってみた。

「っ!」

恥かしそうに視線を逸らした。
緊張しているのだろうか、そもそも女性があまり得意ではないのだろうか?
可愛らしいところも、あるみたいだ。

なんだろう、この感情は。
まるで目の前に好きなお菓子を並べられたときみたいな。
そんな胸の高鳴りを感じた。

いや、違う。
それとはもっと違う。
心の底からぐらぐらと、何かが煮立つかのような。
ちょっと違う感情だった。

心の中を何か言いようのない感情が私を支配していく。
目の前で恥ずかしがる男の子を見ているとそれが止められない。

「お姉ちゃん?」

何処か様子がおかしい私の様子を見て怪訝に思ったのか、妹が声をかけてくる。
いけない。すこし、考え込みすぎていたようだ。

「ん。大丈夫だよ、咲」

私はそういった後、男の子……須賀君に向き直った。

「始めまして。宮永照です」



私の心の中で



「よろしくね、須賀君」





『それ』がちろりと舌を出した。










<<次回>>

京太郎「毒婦」



残  嘘 /   `丶´ ̄ ̄ '' ‐- - - - ァ

    だ \ヾ  /  /ア|      ,, -‐ '' /
念  し / >::/\/ /'  |∧ヾ    `丶  /
    ! \/::_/        ',   ミ  /
!    ┌ゝ  /  \   /  i  ::l  /
    ./\l/:: :::} f:(_)ヽ   .r(_)、l :::l  ',
/\/  /| ..::ノ {O:c::j    {::c::::}| :::|  ヽ
     / | :/:::{ `ー´.._, 、__ ー ´| :::|  ;;\ゞ
    {´ヽ、|/レ小、.   {  _ノ   ノ :/|/ヾ、l
    ゝ ヽ..、_r-ヾ¨ TE_ァ ヾ´V |/

   /`¨_} }  ∨ \|l / ,,/ヽ
   {ゝ、Y´__ノ--´/   ヾ/´   \
           {   ○   |/ ヾ
  .        /`7ー⌒ヾーT ヾ  ヽ /}
         └/t--/,,_|_.|/´ヽ_ノ三ノ

            ヽ::::::',  ヽ::::::',

>>124みて思いついただけなんやな。

シリアスはちょっとお休みや……

次回作は以下の中のどれかをやろうかと思います。


1.京太郎「俺が奴隷扱いされてるっていう噂が流れてる?」
  タイトルまんま(ギャグ)

2.京太郎「やらせてください! お願いします!」 まこ「なぜわしに言うんじゃ」
  タイトルまんま(ガチエロ……を目指す)  

3.久「寝起きドッキリ In 長野合同合宿!」京太郎「ほんとにやるんですか……」
  タイトルまんま(ギャグ+安価)

4.久「須賀京太郎に聞きたい300のこと!」
  タイトルまんま(ギャグ+安価)

22:00ぐらいから多数決を取りましょうかねー

真面目な話するとてるてる話はほとんど構想段階でプロットができてないんですよ。
つまり現段階では逆立ちしても無理っていう現実的な理由があったりなかったり。

しかもろくな結末じゃ(ry

おっしゃ。アンケートとるでー。
前回は安価だったから今回はアンケートで。

読んでみたい次回作の番号からどれかを選んでください。


1.京太郎「俺が奴隷扱いされてるっていう噂が流れてる?」
  タイトルまんま(ギャグ)

2.京太郎「やらせてください! お願いします!」 まこ「なぜわしに言うんじゃ」
  タイトルまんま(ガチエロ……を目指す)  

3.久「寝起きドッキリ In 長野合同合宿!」京太郎「ほんとにやるんですか……」
  タイトルまんま(ギャグ+安価)

4.久「須賀京太郎に聞きたい300のこと!」
  タイトルまんま(ギャグ+安価)


同一IDは1票としてカウントします。

22:15まで待ちますー

すでにメッチャ書き込まれて全俺が反省。

もっとちゃんと書けばよかったねん。

              ヘヘ      ヾヘヘ

            丶            ,: : :ヽ
            l :´ : : :::: : : : : : : : : : : :´: : : :  ヽ
          l X::: / ///卜从从从ィゞィ |ヘ ヽ::: ヽ
        ! ;;;;/ \ ヽ.||||乂   ヽ\:\ゞ:: ヽ
        !;;;; X:::  ヽ/||||レ   ヽ \: w :::ヽ
       レ \ ヽ. /イャzz,,||    ,,ィzzrゝ\::: y::: ヽ
       /::::,,/  ヽ/ ,,zzzィ゙ゝ |   ゞ゙ィzzz,,, |\::::\ヽ
   .   /::::,,/ ゙::: ィ r´ ィ==ァ       ィ==ァ `ャメ ::: :::ヽ
     . /::,,,/ ゙ ::::i b《 (乂_ノオ      kィ_乂) 》d i::: :: :::ヽ
     /::,,,,,バ ::: ヽ|| ネ _シ       ム_ ヌ   |ノ ::: :::  :::丶
    /:ィイリ l liハ :::: |||      .        | ::: :::  :: :::\
     イイ !  |l∥lゝ::::! ∪             ,ヌ ミ :レレト ソ ヘ k ゝ
    !|    i ` ^ゝ入\    ∠二ヽ     / シ レ  レ ヘ   |
      | |     ヽ ゞヘ.       ../  |       ||
 |   | |   |   ,,  」  ¬ |イ_   |  |  _||
 |   rヾゞ〃ヽー‐--ノ レ   ||ム \ャ-ー゙ヽ´〃イ ゙゙゙\
 |  ,/ ゞ 〃       | ー ヽ  イ ー |       〃イヾ    ゙\
 | イ √ `! 〃      |  ,,,_,,,   |      〃 ノ  ´\,,
 / /    ゝ〃      |゙ ̄ ´´⌒ ̄|    〃 /      \

あまりのレスの多さにビビる>>1

はーい、ここまでー

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そう思う>>1

というわけで次回作は

京太郎「俺が奴隷扱いされてるっていう噂が流れてる?」

と相成りました。

台本形式でサクサクっと書いていきたいと思っています。
特に心理描写とかそういう思いのは無しに気軽に読めるものを目指していきたいです。



ところで関係ないんですが本編中で京太郎が久と会う日を無理矢理ずらしましたが

「あっ、京太郎が日程調整した日、ヒッサの誕生日やん」

って気づいた人ってどの程度居るもんでしょうか。


バレるかすごいびくびくしてたのですが。

あ、新スレは初回が投下分がまとまり次第作成します。
そのあと、このスレにて報告いたしますので少々お待ちください。

出来たら数日以内には……

次回作についてですか、何とかプロローグだけは今晩中に仕上がりそうな感じです。

気軽に「台本形式ならサクサクいけるだろww」とか思ってたのに難しすぎワロタ。
間が取りづらかったり動きの表現難しすぎワロタ。


小ネタは……どうしましょうかねぇ。
前スレもまだ100レス近く残ってるしなぁ

病弱な振りして男を絡め取る女郎蜘蛛怜ちゃんで

石戸霞が男とまぐわった時、その吐息は猛毒と化すのだ――――

新スレ立て&プロローグ投下完了しました。

京太郎「俺が奴隷扱いされてるっていう噂が流れてる?」
京太郎「俺が奴隷扱いされてるっていう噂が流れてる?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1364226513/)


このスレおよび前スレの取り扱いは改めて考えます。

とりあえず前スレを埋めていきますかねぇ……。
そのあとここでの小ネタを拾ってこう

>>613
私は室賀豹馬と如月左衛門と筑摩小四郎が大好きです!

自分に返信してどうするねん……

>>618や……

いい加減こっちのスレも埋めないとね。
そんなわけで>>617からいただいた怜ネタで1本簡単なものをこさえてみました。
そして投下直前にスレ巡回してたら某おもち少女スレでも怜小ネタが投下されていて何か運命を感じました。

全く関係ない話ですが最近仲間内でアザゼルさんというアニメが流行っているのですがその1話OPで
「お調子こきこき豚野郎」ってフレーズがあって聞くたびに何とも言えない気持ちになります。

俺は校舎の中を全力で走っていた。
すれ違った教師から注意の声がかかるがそれを振り払うように一目散に走る。
階段を下り、再び廊下を走り、そうして着いた目的地である保健室の扉を開いた。

「失礼します!」

室内を見回す。
養護教諭の姿は見当たらない。
そして片隅にカーテンで遮られた一角があった。
俺は黙ってそこに近づき、小さく声をかけた。

「園城寺先輩?」

「須賀君か。いらっしゃい」

何やらあまり場にそぐわない返事を返してくる。
思わずちょっと笑ってしまいながらも、俺はカーテンを開けた。
そこには、半身を起こし窓の外を見つめる園城寺先輩の姿があった。

「心配しましたよ、倒れたって聞いたので」

「ごめんな。ウチ、病弱やから」

「もうそれは聞き飽きました。わかってるなら無理しないでくださいよ」

「厳しいなぁ」

部活中に園城寺先輩が倒れたと聞いたのは、ついぞ10分前だ。
俺はその時庶務の仕事で部に居なかったため、二条から連絡を受けて……今に至る。

「清水谷先輩と江口先輩は?」

「須賀君がすぐ来るからってことで、いったん戻ったで。他のメンバーも混乱しとるみたいだし」

「そうですか」

俺はそういいながら近くにあった椅子を引きずり、ベットの横に座った。

「どうですか? 体の具合は」

「もう大丈夫。ちょっと眩暈がしただけや」

そういいながら笑う園城寺先輩の顔色はあまり良くなかった。
ズキりと心が痛む。

「……すみません」

「ん? 何で須賀君が謝るん?」

「昨日、俺への指導に時間を使わせちゃったせいですよね。すみま」

「ストップ」

不思議と先輩に目をかけてもらっている俺は、個別にちょくちょく指導してもらっている。
昨日も普通の練習後わざわざ残って俺の対局の指導をしてくれた。
その時は見てもらえることへの嬉しさで舞い上がっていたが、冷静に考えれば体が弱い先輩に
時間外まで指導をお願いするということは負担になるのはわかりきった話だった。
昨日の自分を殴りたくなり、思わず謝罪の声が出た。
だが、そんな謝ろうとした俺の声を先輩は遮った。

「私が好きでやったことや。須賀君のせいやない」

「でも」

「でも、やない。私も好きでやっとるんや。楽しみ奪わんといてな」

そう言ってにこりと笑う先輩を見ると、罪悪感が薄れ胸が温かくなってくる。
嬉しい。先輩が俺と同じ気持ちを持ってくれているということが、嬉しい。

「それに」

だが、その感情は先輩の次の一言で吹き飛ぶことになった。

「どうせ、ウチは須賀君より先に死んでまう。だから何か須賀君に遺してから逝きたいんや」

先ほどと同じ笑顔。
先輩は最近こうやって『死』を匂わせる発言をする。
本人は冗談のつもりで言っているのだろう。
自分の体の弱さをネタに軽い気持ちで言っているのだろう。
だが、先輩はわかっていない。
先輩がそれを口にするたび、俺がどれだけ苦しい思いをしているかわかってない。
俺がどれほど悲しんでいるのかわかっていない。

いつもは流せていた。
縁起でもないこと言わないでください、とか、そんなこと言わないでください、とか言えていた。
でも、今日はそれが口に出なかった。
積もり積もったものが溢れてしまったのか。
俺は唇を噛みしめたまま俯くことしかできなかった。

「す、須賀君。どうしたん?」

いつもと違う俺の様子に驚いたのだろう。
先輩は心配そうな声で俺に声をかけてきた。
俺は噛みしめていた唇を開き、俺が感じていた『それ』を吐き出した。

「……なんで、何で死ぬとか言うんですか」

「だ、だって。ほんとのこと」

「それでも!」

先輩のか細い反論の前に、思わず大きな声が出てしまう。
顔を上げると驚いた表情の先輩が体をすくませていた。
構うものか。
こうなったらやけだ。
言いたいこと言ってやる。

「先輩が死んでしまうとか、そんな、そんなこと、聞きたくないです」

上手く話せない。
抱えてきた、言いたいことがあった。
伝えたい想いがあったはずだった。
それでも、悲しくて悔しくて辛くて、なぜか言葉にすることができなかった。

「お願いですから、そんなこと、言わないでください。死ぬとか、そんなこと……」

結局、俺が言えたのはそんな言葉だった。
まるで子供が駄々をこねているかのようなそれしか、口から出てこなかった。
もっと言いたいことがあるのに、伝えたいことがあるのに。
上手く伝えられないのがもどかしい。

「先輩が死んじゃうとか、そんなの、嫌です。だから、だから……」

何故かぽろぽろと、涙がこぼれた。
みっともなさすぎる。
言いたいことも言えず、ただ泣くしかできない。
悔しい。
口惜しい。
自分の未熟さに腹が立つ。

せめてもの抵抗で、先輩にその顔を見られないように顔を伏せるのが精一杯だった。

「ごめんな」

そんな声とともに、俯いたままの俺の頭に先輩の手が乗せられたのを感じた。
そしてその手はゆっくりと俺の頭を撫でてくれた。

「須賀君が私のことをそんなに思ってくれとったなんてな。私が無神経やったわ」

その声に俺は小さく首を振った。
先輩はそのあと何も言わずに頭を撫でてくれた。
優しげな手つき。
頭を撫でられるなんていつ振りだろうか。
ぐちゃぐちゃだった頭が落ち着いてくる。

だが、唐突に口を開いた先輩が発したその言葉は俺の心臓を激しく揺さぶった。

「須賀君、ウチのこと好きなんか?」

何処か冗談めいた口調だった。
何時も清水谷先輩たちとふざけているときのような口調。
だけど、この問いは冗談じゃない気がした。
その問いにはきっと真剣に答えなくちゃいけない。
先輩もそれを望んでいる。
そんな気がした。

だから、俺は軽く胸を抑えて口を開いた。
心臓が激しく動いている。
精神的にはいっぱいいっぱいだが、だからせめてと、ありったけの気持ちを込めた。

「好きです」

「そっか」

俺の小さな呟きに先輩も小さく返した。
沈黙が流れる。
冷静に考えると、恥ずかしいやり取りだ。
促されて告白することになるとは。
もちろん、前から抱いていた心からの気持ちだけど。

「嬉しいわ。ありがとう」

大阪に来て大分経つが、一番気に入っている大阪弁がこの「ありがとう」という言葉だった。
標準語とは全く違うイントネーションで言われるそれは何故か心に沁みた。
少なくとも、そこまで悪印象ではないようだった。
ちょっと安心した。
そして、同時に照れ臭くなった。

俺は先輩の返事を待ったが、沈黙が流れていた。
いつの間にか頭を撫でる手は下げられていた。
先輩は俺のことをどう思っているのだろうか。
俺のことを、後輩とかじゃなくて男として好きでいてくれるのだろうか。
恋人として、付き合ってくれるのだろうか。

そんな不安を抱えて俺はゆっくりと顔を上げた。

目の前の先輩は何も言わずに微笑んでいる。



先輩の笑顔は今まで何度も見てきていた。




だが、目の前で微笑んでいる先輩は別人かと疑うほど、いつもとは違う何かを感じた。



何故かその笑みは今まで見たことのないような笑みで、




儚げだが強い幸福感を感じさせた。




本当に嬉しそうな、幸せそうな笑みだった。




「須賀君」




それに気づいたと同時に、先輩は口を開いた。





「私と、心中せぇへん?」





まるで一緒に帰ることを提案するかのような軽い口調。






俺はその言葉に返事を返せず、ただ先輩の顔を見つめ、状況を理解できずに呆然としていた。

つづかない。

アッルェー。
某名作恋愛小説のパロディを意識して書いてみたのにどう考えても鬱展開にしかならない気がする。
こんなはずではっ

次回作は毒婦かこれの続きですね。
期待してます。

ところで元ネタの名作恋愛小説って何だろう

前スレの部長パンツと同じく、続きがあるかどうかは誰にもわからない。
私にもわからない。
まずは向こうを早く終わらせないとね……

>>664
もう20年以上前の本ですが三田誠広の「いちご同盟」という小説です。
作中でヒロインが主人公に心中を提案する有名なシーンがあるのでそれのパロって見たのですが
出来上がったのは爽やかさのかけらも……

本スレの方のテキストがイってしまい、敗北した池田並に号泣している状況
そんなわけで気分転換にこちらに小ネタを投下します。
内容としては本編の京太郎視点とでも言いますか。
若干の蛇足感があるので「余計なことすんじゃねーよタコ!」とか「本編で終わってるんだからそれでいいだろうがクズ!」と思う方はスルーしてください。

そしていちご同盟は教科書にも載っていたのか。
世代を感じる……。
年を取るはずやで

「須賀、あの竹井先輩と一緒の部活って本当か?」

ある日の昼食時、友人2人と昼食を取っているとそんな話題が唐突に振られた。
俺は口に含んでいたタコス(優希からメニュー存続のため食べるように言われている)を飲み込みながら頷いた。

「まぁな。というか麻雀部の部長だぞ?」

「マジかよ、知らなかった。知ってたら俺も麻雀部に入ったかもしれねえなぁ」

「竹井先輩、美人だもんなー。こいつ、入学式の挨拶で見てからファンらしいぜ」

羨ましそうに話す友人たちを見ながら俺は部長の顔を思い出す。
確かに、部長は文句なしの美人だ。
スタイルもなかなか。
全校生徒の前で話す姿など凛としていて男女問わず人気があるというのもよくわかる。
俺自身、入部した当初は和だけではなく、あの美人の議長さんも居ると知って胸を高鳴らせた。
だから、友人たちが騒ぎ立てる理由はわかる。

わかるのだが、こいつらは部長の真の顔をよくしらない。
悪戯好きで人をからかうのが大好きな小悪魔な部長を知らない。

そう思うと素直に頷けなくなる。
部長の悪戯やら悪巧みの被害者になっている立場としては心中が複雑である。
そんな俺の内心を知らず、テンションが上がった友人たちは質問を続けてくる。

「やっぱり、いろいろ教えてもらったりしているのか?」

「大会前だから練習の合間を見てって感じだけど、いろいろ教えてもらってるぞ」

「羨ましい! 俺も竹井先輩に優しく指導されてみたいぜ」

騒ぎ立てる友人を見ながら俺は内心苦笑した。
指導と言ってもそんな色っぽいものじゃないし、むしろ遊ばれている感がある。
向こうとしては子供をからかってるぐらいのつもりなのだろう。
俺にもプライドがあるから少し傷つくこともあるが……。

「ほんと、そんな大したもんじゃないって」

皆が憧れる高嶺の花に、みんなより近い位置にいるということにちょっとした優越感もあった。

とは言え、部長からしてみれば俺なんて眼中にないだろうけど。
美人だしイケメンの彼氏の一人や二人ぐらいいるだろう。
何より個人的には和のほうがタイプだし。

その日の放課後、いつものように俺は部室で麻雀を打っていた。
麻雀は麻雀でもネト麻ではあるが。
まぁ、これはしょうがないの。
俺自身まだルールが怪しいところが多い。
動作も遅く、なにかと迷ってしまうことも多く進行を妨げてしまう。
大会も近いので、最近は他のメンバーとは打たずこうやって1人でネト麻を打っていることが多い。
最初はモチベーションが維持できるかどうか若干不安だったが意外とやっていけている。
俺は正念場を迎えたオーラスの手牌を見つめながらそんなことを考えていた。

『京太郎手牌』
3456m1245667s22p ツモ4m ドラ3m

好形変化のツモ。
以前は3456などといった連続系を早めに壊してしまって和に怒られていたが、どうやらその反省を生かせたみたいだ。
マウスを操作して1索を切り出し、進行を見守った。
そして次巡。

『京太郎手牌』
34456m245667s22p ツモ【5】p ドラ3m

想定していなかった赤5引き。
ほとんど手は固まっているが、関連牌を引いたら面子候補を入れ替えるのもいいかもしれない。
そう考えて辺張の片割れである2索を切り出した。

「今はどんな感じかしら?」

つい、熱中しすぎてたようだ。
近づいてきた部長に気付かず少し驚いてしまう。

「あっ、えっと、今はオーラス29,300点持ちの2着です。トップとは4,500点差です」

ツモってきた西をツモ切りしつつ、慌てながらも現状を報告した。
部長はどこかおかしそうに笑いながらも、画面をのぞきこんで小さく頷いた。

「なるほど。とりあえず、続けて」

「あっ、はい……、と」

そうしているとピッ、という効果音とともに聴牌となる牌を引いてきたことを告げられた。

『京太郎手牌』
34456m45667s22【5】p ツモ5m ドラ3m

メンタンピンドラ1の文句なしの逆転手。
俺は満足感を覚えながらリーチのアイコンをクリックして、赤5筒を切り出した。

「リーチっと。部長、どうですか?」

「うーん、残念! 100点はあげられないわねー」

「えっ」

それなりに自信があったのに情け容赦ない一刀両断。
思わず言葉を失ってしまう。

「須賀君、赤5筒を聴牌まで引っぱっていたようだけど、なぜかしら?」

俺は若干気まずい感情を抱えながらも宿題を忘れた言い訳をするかのような気分で自分の考えを述べた。

「えっ? だってくっつけば点数が上がるし」

「そうね、ドラを大切にしようって言うその考えは自体はそこまで悪くないと思う。ただ、今の状況は?」

「トップまで4,500点差のオーラスです」

「そう。すでにメンタンピンドラ1で点数が足りているし、待ちが愚形でも枯れてしまっているわけでもない。なのに赤5筒を引っぱってくっつきを待ち、これ以上点を高くする意味は?」

何も言い返せなかった。
思わず頭が下がる。

「ない、です」

「よろしい。ただ、100点をあげられない一番の理由は須賀君が聴牌チャンスを下げる打牌をしているからよ?」

「えっ、えぇ? これで、ですか?」

自分の手牌と捨て牌を眺めてみる。

『京太郎手牌』
34456m45667s22【5】p ドラ3m

『京太郎捨牌』
北中発九⑨⑧
12西

どう見ても手牌に関係しそうもない端っこしか切り出していない。
正直納得いかないものを感じつつ俺は思考を巡らせたが、答えが出ない。
そうしていると部長は画面上の2索を指差しつつ、メモ用紙に何かを書き始めた。

「ほら、ここ。8順目、ペンチャン落しからの2索切り、これが問題。この時に赤5筒を切って2索を入れると、こうなるわね」

『久提示』
34456m245667s22p

「ほら、この形だと索子に5索8索の他に3索の受け入れも出来るでしょ? そうすれば、6索切りの聴牌でリーチできる」

「あ、あぁ!」

部長の言うとおりだった。
確かにそのように切っておけば受け入れが4枚増える。
俺だってそこそこに麻雀を打ち込んできた。
4枚増えることの重みだって、それなりにわかっているつもりだ。
なのに自分はミスがないと、ベストの打牌をしたと勘違いしていた。
からかうように笑う部長を見ながら、自分の未熟さと中途半端さに内心ため息をついた。

「あー……。今回はいけると思ったんだけどなぁ」

「まだまだ甘いわね、須賀君」

「……うっす、もっと頑張ります」

とは言え、こうやって丁寧な指導を受けるというのはやはりうれしい。
だから意外とモチベーションが保っていられるんだろうな、と自分で考えている。

「じゃあ、京ちゃん。今日は先に帰るけど、あんまり無理しないでね。ばいばい」

「おう、また明日なー!」

あの後、部長から牌譜について教えてもらえることになり、部長と一緒に居残り勉強をすることになった。
今までネト麻ばかりだったが、少し本格的な、麻雀部員っぽいことを教えてもらえることになり内心心躍っていた。

「さーって、はじめましょうか」

「うっす!」

「あ、変なことしないでね?」

「だからしませんって!」

「ひ、酷い。私に魅力がないって言うのね」

「あー、もう、どうしろっていうんですか!」

泣き崩れる真似をして俺をからかう部長に俺は頭を抱える。
こんなことがしょっちゅう起こるのが困りものだ。
親しい人間にしかこういう面を見せないから余計に性質が悪い。

「ふふふ、じゃあ、始めましょうか。そこに座って。実際に牌を並べながら説明するから」

そう言いって部長は牌譜を広げた。
正直訳が分からなかったが、部長は丁寧にひとつずつ教えてくれる。
俺とは大違いの細くてしなやかな指が牌譜の上を滑る。
白い肌。
綺麗に手入れされた爪。
白魚のような指、とはこういうものをいうのだろうか。
自分の指とは大違いなそれに少しぼうっとして見つめてしまう。
慌てて思考を切り替えて、必死にメモを取る。
部長はそんな俺の姿をなぜか楽しそうに見ながら説明を続けた。

部長が変なことを言うから悪い。
この部室に美人の先輩と二人っきり。
俺だって男だ。
あんなこと言われちゃ、色々と意識してしまうだろう。
いや、もちろん襲うつもりはないけれども。
不埒な妄想をしてしまったことぐらいは許してほしい。
うん。

「疲れた……いや、でもこれからまたさらに疲れるのか……」

一折の説明を受け、DVDと一緒に宿題を渡された後、掃除を済ませて部長と帰途についている。
正直色々と聞きすぎて頭がパンクしそうだった。
その状態で今夜は宿題をこなさなくてはならない。
若干気が重い。

「お疲れ様。今日はよく頑張ったからご褒美にアイスでも奢ってあげるわ」

思わずため息をつく俺の姿を見て部長は気を使ってくれたのだろうか。
そんな提案をしてくれる。
学校帰りの買い食いは楽しいものだ。
その上、先輩に奢ってもらえるというのなら猶更だ。

「ほんとですかっ!? やった!」

思わず手離しで喜んでしまう。
我ながら単純だとは思うが、嬉しいものは嬉しいのである。

「はいはい。じゃあ行きましょうか」

苦笑する先輩と連れ立って学校近くのコンビニまで歩いた。
体育館からはまだ活動しているのか、ボールの跳ねる音が聞こえるがそれを除けば静かな道だった。
連れ立って歩いているこの状況に少しドキドキするがコンビニは目と鼻の先だ。
部長と今日の部活の話をしているうちにあっという間に着いてしまった

「あなたとコンビニ」

「なんちゃらマートっと」

何となく二人で掛け合いのように歌いながら入店する。
部長は楽しそうにアイスを選んでいる。
俺は迷わず国民的アイスバーを選んだ。
これの梨味が好きだったのだが、おいていないのでソーダ味を取る。
まぁ、ソーダ味も相当なうまさなので問題ない。
部長からはもっと他のでもいいよと言われるが丁重にお断りする。
確かに値段は相当安いけど、これ以上に安定してうまいアイスはそうそうない。
そんなことを思いながら、俺と部長はコンビニの前でアイスを口にし始めた。

「しかし、大会までもうすぐですねぇ」

アイスをかじりながら俺は何となくそんなことをつぶやいた。
深い意味はなく、ただの雑談程度のつもりだった。

「ほんと、あっという間ねぇ」

「初めてのインターハイかぁ……」

アイスをひとかじりして何気なく頭に思い浮かんだことをつぶやいた。
部長もアイスをかじりながら返事を返してくれる。

「そうね、そして、私は最後のインターハイ」

そして、軽い調子で返ってきた言葉に俺は一瞬言葉を失った。
当たり前の話だった。
目の前にいる人は3年生。
あと数か月もすれば引退して部からいなくなってしまう。
そんな当たり前なことに俺は気づいていなかった。

「……そうでした。部長、夏が終わったら引退なんですよね」

「そう、だから今年の夏は何が何でも勝ちたいの」

部長は軽く息を吐いてつ、と上を向いた。
俺はその言葉になんと返していいかわからずに口ごもっていると部長は軽く笑って続けた。

「ようやく5人そろったからね。ある意味では最初で最後のインターハイ、かしらね」

「最初で、最後……」

聞いたことがあった。
部長が入部した当時は幽霊部員が居るのみで部としての活動は行われていなかったと。

「最初はひとりで途中でまこが来てくれたけどそれでも2人だけで、部活って言えるのかって言われたこともあるけど」

顔は笑っている。
いつものように悪戯っぽく。

「それでも続けてきて、ようやく臨める団体戦」

口では大したことではないことのように言っている。
表情だって笑っている。

「だから、勝ちたいの。私は」

でも、この先輩はどれほどの苦しみの上でその言葉を吐いているのだろうか。
どれほどの辛さを乗り越えてその言葉を吐いているのだろうか。

「そのために、できることは何でもするつもりよ。最後だから、後悔したくないしね」

最後まで先輩は笑いながら言っていた。
だけど、その笑みはとても悲しく、辛そうな感じがして。
今までどれほど辛い思いをしてきたのかを物語っている気がして。
ずきりと、胸が痛んだ。

俺はいったい何をしているのだろうか。
今すぐ消えてなくなりたい気分だ。
美人の先輩やかわいい同級生に囲まれている状況に浮かれてヘラヘラと麻雀を打っていた。
周りから羨ましいなんて言われてくだらない優越感を抱いていた。
あまりにも愚かだった。

部長はどれほど苦労してこの麻雀部を作り上げたのだろう。
たった一人で始めて、3年生になってようやく5人メンバーが揃って。
凄い執念だと思う。
よほど麻雀が好きでなければこんなこと、できるわけがない。
俺も麻雀に興味があって入部したが、もし麻雀部がなかったとしても自分一人で部を作ろうなどとは思わなかっただろう。
でも部長はそれをやったのだ。

どれほど大変だったのだろう。
どれほど寂しかったんだろう。
どれほど悲しいことがあったのだろう。
どれほど辛いことがあったのだろう。

きっと、俺なんかじゃ考えもつかないような日々だったと思う。
でなければ、あんな顔をするはずがない。
でも、部長はそんなことをおくびにも出さずに飄々として、気軽に接してくれる。
自分たちの練習だってあるだろうに俺みたいな初心者にも優しく教えてくれる。
部長がどれほどの思いをこの夏に賭けているかも知らず、それを俺は当たり前のように享受していた。
ようやく団体戦に出れることになったのに。
これが最初で最後の夏だというのに。

馬鹿か、俺は。

友人に羨ましいと言われてそれを内心誇っていた自分を殴ってやりたい。
部長に指導を受けている際に変な下心を抱いてたことが恥ずかしさで死にたくなる。
そして、何となく興味があったから、タイプの女の子もいるから、なんてくだらない理由で続けている自分に嫌悪感を覚える。
憤りの感情からか、アイスを持つ手に力が入った。

辞めるべきなのだろうか。
実力もなく、皆の足を引っ張るだけなのなら部を辞めてしまうのがいいのだろうか。
部長はこれが最後の夏なのだ。
咲が入部して、団体戦メンバーがそろった今は俺が居ても部にプラスになることはあまりないだろう
できる限り、負担は減らすべきなんだとは思う。

一瞬そう考えたが、その考えを実行に移せそうにないかった。
下心もあったし、部長ほど強い思いを抱いて麻雀をやっているわけではないけれども、それでも麻雀は好きだ。
ようやく、楽しさがわかってきてのめりこみ始めてきた。
あの部で麻雀が手離す楽しみを手離したくない。
だから部は辞めたくない。
自分勝手な理由だと思う。
わがままな考えだとは思う。
だけど、言い訳するつもりはないが自分のそんな感情以上に強い想いがあった。

この感情は義憤と呼べばいいのだろうか。
話を聞きながら、部長の悲しそうな笑顔を見ながら憤りを感じながらも強く思った。

部長に、報われてほしい。
今まで苦しんできた分、報われてほしい。
勝ってほしい。

そう思ったのだ。
心から強く。

部長は頑張ってきたのだ。
たくさんたくさん頑張ってきたのだ。
あきらめずに頑張ってきたのだ。
だから報われなきゃだめだ。
辛いこともあったけど、最後の年には仲間とともに全国大会まで行くことができた。
せめて、そう……最低限そうならなければ絶対に駄目だ。

だから、そのための力になりたい。
部長の力になりたい。
部の力になりたい。
だから、辞めたくない。
部に残っていたい。
実力じゃみんなの力になれない。
だけど、その代りそれ以外のことなら力になれるはずだ。
掃除でも牌譜取りでも事務作業でもどんな小さな雑用でも。
そんなことなら、俺でもできる。

そして何より、部長の心から喜ぶ顔を見てみたくなった。
いつもの何か企んでるような笑いでもなく、さっきのような悲しそうな笑みでもなく。
心の底から喜んでいる姿が見たくなった。
幸せな感情に包まれて笑う姿が見たくなった。
そして部長の近くでその姿が見たい。
一緒に喜びを共有したい。
それをするには部を辞めてしまってはすることができない。
だから、辞められない。
ならばせめて、部のためにできることをしよう。
俺ができることを全力で。

心の中で決意を固める。
不思議だった。
恐らく俺がこれからやろうとしていることは傍から見ると非常につまらないことだ。
麻雀もろくに打たず、マネージャーもどきの仕事を自分から買って出ようとしている。
でも、不思議な高揚感があった。
麻雀で高い手を張った時のような胸の高鳴りがあった。

やってろう。
部長のために、部のために。
部長にとって最初で最後の夏、やれるだけのことをやってやる。
そして、絶対に……。

「……うしっ!」

小さく声を上げながら気合いを入れる。
そうと決まれば1分1秒が惜しい。
さっさと家に帰ってこの課題を済ませてしまおう。
まずは牌譜関連の雑務を一手に引き受けるところからスタートなのだ。
俺は手に残ったアイスを一気に口に含んだ。
あまりの冷たさにちょっともがくが無理矢理飲み込んだ。
部長は俺の姿にぽかんとして見ていたが、それに構わず口を開いた。

「部長、俺、頑張ります」

「……えっ?」

事情が呑み込めていないのか、部長らしからぬちょっと間の抜けた声が聞けた。
だがそれに構わず一気に宣言する。
もう止まらない。
言うだけ言ってしまおう。

「俺、麻雀の実力は大したことないし、皆の練習の相手はできないですけど、それ以外のところで皆が勝てるように協力します」

「牌譜取るの頑張って覚えます」

「学校向けの庶務仕事、俺でやれることなら全部やります」

「それ以外に細かい雑用があったら任せてください。その、できる限りのことはします」

部長は俺がまくしたてた言葉に最初は戸惑っていた。
少し気まずい沈黙が流れたが、部長はちょっと恐る恐ると言った感じで俺に尋ねた。

「その……いいの?」

「はい、だから」

何と言えばいいのだろうか。
何も思いつかない。

「だからその」

何かかっこいいことのひとつも言いたいけど何も思いつかない。
部長は俺の言葉を待っている。
結局、心の高揚感に押し出されるように思わず叫んだ。

「絶対、勝ちましょう!」

コンビニから出てきた人が何事かとこっちを見ている。
部長もびっくりした顔で俺のことを見ていた。
言ってから恥かしくなってきた。
顔が熱くなってくる。
部長の視線に耐えられない。
俺は慌ててアイスの某をゴミ箱に捨てて、部長に頭を下げた。

「俺、これから帰って牌譜取りの勉強します! 明日には絶対覚えてきますから! アイスご馳走様でした!」

そう言い残して、俺は部長の返事も聞かず、顔も見ないまま家に向かって駆け出した。



後から思い返しても、この日の出来事はちょっと恥ずかしくなる。

その日から、俺はひたすらに部のために働いた。
日々の牌譜取りから、掃除や買い物なんかの雑用は積極的に引き受けた。
偵察やら情報集めなんかにあちこち歩き回ったりもした。
庶務仕事なんかも引き受けたし、部長の負担を減らすように学生議会なんかの手伝いもした。
たった6人の部活だけど、やろうと思えばやれることはいくらでもあった。

他のメンバーは申し訳なさそうにしていたけど、無理矢理押し切る形で働いていた。
皆、いろいろ負い目を感じているようで、少し心が痛んだが、部のためだと自分の考えに首を振った。

「ここの所、京太郎は雑用ばっかりじゃ。ほとんどわしらと対局しとらんじゃろう? 牌譜はわしが取るけぇ、京太郎が入るといい」

そんな状況の中で、恐らく俺を一番気にしてくれたのは染谷先輩だろう。
今日も俺のためにこう言ってくれた。

「そうだよ京ちゃん、入りなよ。部長、牌譜なら私がとってもいいですよ?」

「そうだなー。たまには犬も可愛がってあげないとなー」

「確かに、ここの所須賀君とはあまり打てていないですね。後ろで見ててあげますよ?」

他のメンバーも一斉に乗ってくる。
勢い付いたその攻勢に一瞬ひるんでしまう。
どう言い返そうか、と考えた時部長が俺に少し苦い笑みを向けた。
ざわりと、胸が騒いだ。

「そうね、ごめんなさい。最近須賀君の対局数が減っていたわね……。焦ってるのかしら」

まずい。
多分、今俺が卓に入ると時間をかけて色々と教えてくれるだろう。
今まで打てなかった分、きっと教えてくれるだろう。
そういう仲間たちだ。

俺に気を使ってくれるのは嬉しいが、大会まで時間がない状況。
そんなことに時間を使っている場合ではないはずだ。
何より、部長のために頑張ると決意したくせに部長に気を遣わせている状況に思わず焦る。

「須賀君、入りなさい。牌譜はまこが取って……」

「いや、大丈夫です!」

その言葉を慌てて遮る。
一度前例を作ってしまうと今後もこういうことが起こってしまうかもしれない。
それはまずいのだ。
部長のために、部のために、今はそうなってはマズイ。
俺はまくしたてるように必死に口を開いた。

「大丈夫ですよ、ほら。大会はもうすぐなんですよ? 初心者に毛が生えた俺より有望株の女子組の練習するのは当たり前じゃないですか?」

「しかし……」

俺の言葉に染谷先輩は納得がいってなさそうだ。
部長だけじゃない、染谷先輩も本当にいい先輩だ。
俺のためにいろいろ気をかけてくれる。

「大会が終わって落ち着いたらゆっくり対局しましょうよ? とりあえず今はみんなの練習の方が優先ですって」

だけど、今だけはその言葉には従えない。
内心ごめんなさいと言いながら、俺は染谷先輩の言葉をやんわりと拒絶する。
染谷先輩は俺の発言にに反論しようとするが、それを止めるように続けた。

「そのかわり、夏が終わったら練習に付き合ってくださいよ。さっ、染谷先輩座って座って」

俺はそういいながら染谷先輩を半ば無理矢理席に座らせた。
そしてすぐに椅子を引いてきて部長と染谷先輩の間に座る。

「それに、こうやって人の打ち筋をいろいろ考えながら見るのも練習のうちですよね?」

これは染谷先輩に実際に言われた台詞。
俺が漫然と牌譜を取っているときに言われたことだった。

「まぁ、確かにそう言ったが……」

やっぱり自分の言ったことに対しては強く否定しにくいみたいだ。
俺はだめ押しとばかりに続ける。

「大丈夫ですって。以前言われた通り、自分だったらどうするとか考えながらちゃんと考えながら牌譜取るようにしますから」

「……わかった。だが、見てる上で疑問に思ったことがあったら遠慮なく聞くようにな?」

ようやく納得してくれたようだった。
ほっと胸を撫で下ろす。
他のメンバーも染谷先輩が納得してしまったので二の句が継げなくなってしまったようだ。
不承不承と言った顔で対局が始まった。
最初はなれなかった2人分の牌譜を取る行為もすっかり慣れた。
そうしているとふと気づいたことがあった。


考えてみれば部長の牌譜を付けるのはあまりなかったな、と。
たまたまかもしれないが、ちょっとした新鮮さを感じながら俺はペンを走らせた。

「ツモ。トイトイ三暗刻で2,000-4,000じゃな」

「あっちゃあ」

ラス前。
トップ目の染谷先輩がダメ押しの一撃をあがった。
親被りした部長が苦笑している。
それを見ながら、俺は状況を確認した。
染谷先輩は当然アガリトップだが、部長は跳満のツモが必要だった。
手元の紙を眺めて点数の差に間違いがないことを確認する。
そうした後、2人の配牌を眺めてみる。

染谷先輩は少々苦しい形。
役牌もなく、愚形ばかり。
そして部長の手牌がこうなっていた。

『久手牌』
3389m3567s13579p ドラ3m

形は少々苦しいがドラ対子。
上手くいけば跳満は見えそうだった。
これからどうなっていくのかを思案しながら、ペンを走らせる。
そして、7順目だった。

『久手牌』
334m356788s345p ツモ4s ドラ3m

強烈な引き。
頭はまだ確定していないがかなりの良型が残るツモだった。
牌譜係の立場としては表情や立ち振る舞いから手の内容を察知されないように
ポーカーフェイスで居なけれならないが、思わず声が出そうになった。
だが、俺はそれ以上の衝撃を次のツモで感じることになった。

『久手牌』
334m356788s345p ツモ3m ドラ3m

強烈なドラ引き。
息を飲みそうになるのを必死でこらえた。
好形の3面張でドラ3。
高目3色。
俺は頭の中で点数差を考え、おぼろげな知識で結論を出した。
2-5萬ならダマでもツモリ跳満あるが、4萬では平和が付かず、跳満には届かない。
つまり即リーチの一手。
俺は部長もそう打つと思っていた。

だが、部長は口を開かず、静かに8索を河に投げた。

何故?
何故リーチをかけない?
理由が理解できなかった。
染谷先輩から直撃を狙っているのだろうか。
でも染谷先輩はもう半分オリ気味に打っている。
そう簡単に狙えるものではなさそうだ。
俺でもわかることだ、部長だってわかっているはず。
内心首をかしげながら牌譜を取り続け、変化が起こったのはその3巡後だった。

『久手牌』
3334m3456788s345p 東 ドラ3m

1枚切れの東。
俺は特に意識していなかった。
当然ツモ切りするだろうと思って、本来はマズいことなのだが東ツモ切りを牌譜に記した。
そんな俺の予想とは裏腹に、部長の1手は俺の想像を遥かに超える一手だった。

「リーチ」

『久手牌』
3334m345678s345p ドラ3m ツモ東 打4m

今日一日で1番の衝撃だった。
想定外の1打に思わず体が固まる。
そして、慌てて自分の先ほど書いた内容を消し、牌譜を修正した。
ただ、わからない。
タンヤオも平和も三色消える。
跳満には逆立ちしても届かない。
リーチしてしまった以上、染谷先輩は絶対に当たり牌を切らないだろう。
1枚切れの東だからと言って簡単に放り投げるような人じゃない。
不可解すぎた。
正直部長がおかしくなったのか、もしくは俺が見落としている手役があるのかとかそんなことを悩み始めた矢先だった。
時間としては本当に短い時間だっただろう。

牌が、ふわりと空を舞った。
くるくると回りながら落ちてくる牌を部長は軽くキャッチしてパシリと卓に叩きつけた。

「ツモッ!」

『久手牌』
333m345678s345p東 ドラ3m ツモ東

「立直一発ツモドラ3。裏ドラは見ずとも逆転ね」

部長の淀みない綺麗な発声が部室に響いた。

和が何か怒っている。
染谷先輩が苦笑している。
咲と優希はぽかんとしている。
そして俺も呆気にとられていた。

ありえない。
1発でツモることで跳満ツモを達成する。
しかも1枚切れの単騎で。
全てがありえなかった。
でも、部長がアガったのは事実だった。

たまたまだろう。
よくある、何となくこっちを選んでみた、とかそういうアレなのだろう。
まぐれだ。
ありえない。

頭では考えていた。
だが、それとは裏腹に心は強く高鳴っていた。
体が熱くなる。
変なたとえだが、小さいころに遊園地で見たヒーローショーで感じたような胸の高鳴り。
そう、すごく『格好いいもの』『眩しいもの』を見たかのような。
そんな気持ちだった。

「須賀君、見てた?」

動揺する俺にくるりと椅子ごと振り返り部長は笑った。

「は、い」

俺はかすれる声でそうやって返事をした。
そして部長は何も言わずとても楽しそうな笑みを浮かべて、俺にVサインをした。

その笑顔がとても眩しかった
純粋に綺麗だと、可愛いと思った。
とても口に出せることじゃないけれども。

そしてなんとなく思った。
確証なんて何もないけれども。
だけど不思議な確信があった。



――この一手と部長のこの笑顔は


――きっと、一生忘れることはない。



そう、思った。

「やっぱり、そうだったんだ」

あの後、部活終了後、牌譜の整理を引き受けて皆には先に帰ってもらった。
咲たちにはいろいろ食い下がられたが、はんば無理矢理追い出す形で俺は1人部室に残っている。
もちろん、今日の分の牌譜の整理をやるというのはもともと予定していたことだった。
ただ、それ以上にやりたいことがった。

「部長は、勝負所で悪い待ちに取ってる」

俺の目の前には牌譜が大量に並んでいる。
それは部長の今までの闘牌の記録だった。

それを眺めると、逆転の一手の時、大物手の時、そんなときに部長はわざわざ悪い待ちに取っている。
両面待ちをシャンポン待ちに受ける。
役を打ち捨てて字牌の単騎に受ける。
3面張を壊して嵌張で受ける。

基本はごく普通の打ち筋だと思う。
デジタル、というのだろうか。
だからこそ、最後の最後で悪く受けるその異質さが際立っていた。

だが、それでも。

「部長は、勝ってる」

そう、どれほどの悪い待ちでも部長はアガっている。
先ほどのように引いたり、誰かが掴んだり。
かなりの確率でアガっているのだ。
たまたまとか、偶然と言ったそれを超えているだろう。

先ほどの光景を思い出す。
あの状況で東単騎を選び1発で狙ったように引き上がる。
そしてオーラスの大まくり。
周りの驚いた顔。

心臓が跳ねる。
脳を直接火にくべたかのように、熱くなってくる。
思わず拳を強く握る。

「すごい。部長は、本当に」

思わず、感嘆の声が漏れた。
なぜこんなことができるのだろう。
確率を超えた何かが部長にあるのだろうか。

「俺も……」

それがすごく眩しく感じた。
小さな子供がヒーローに憧れるかのような。
プロスポーツ選手のスーパープレイを見て心臓を高鳴らせるかのような。

そんな感情に俺は包まれてていた。

「俺も、こんな風に打ってみたい……」

だから俺がそう思うのも当たり前の帰結だった。
俺は部長の闘牌が記されている牌譜一式を手に持つと外に飛び出した。
まず箱の牌譜のコピーを取って家に持ち帰ろう。
部長がどんな時、どんな状況でアガっているのか。
もっと研究してみよう。
そうすれば俺にもできるかもしれない。
部長みたい麻雀が打てるかもしれない。

そう考えるだけで熱に浮かされたような昂揚感に俺は支配された。
ワクワク感で今夜は眠れるか怪しかった。

俺は大量の牌譜を抱えて、学校の近くにあるコンビニへ急いだ。
これからの楽しみに子供のように心を躍らせながら。

ここまで。
この後、京ちゃんがどうなるかは本編で語られた通り。

合間で続きが書けたら投下したいなと思っております。

おうふ……。
一度保存失敗したテキストを再構成したから直したつもりのところが直ってなかった。

×あの部で麻雀が手離す楽しみを手離したくない。
○あの部で麻雀をする楽しみを手離したくない。

はんば、はなかばの間違い?

イッチの一覧みたいなーーチラッチラッ

上司「残業時間ダブル(80時間)じゃ足りへん……じゃあトリプルや(120時間)」
>>1「やめてください死んでしまいます」
上司「あ、トリプル普通に行けるやん。じゃあ、クアドラプル(160時間)や」

最近はこんな状況でふ。
そんなわけで本編も絶賛停滞中です。本当にすみません。
ただ、仕事中にふと思いついた小ネタがあるので出勤前に投下していきます。

>>708
おっしゃる通りなかばの間違いです……。
ほらあれだ。
一度間違えて覚えた言葉って癖になってなかなか抜けないですよね(言い訳)

>>713
一覧にするほど作品書いてるわけじゃありませんが、このスレと>>21>>620がそうです。

小さなころにやったそのゲームに登場するキャラクターを今でもよく覚えている。
そのキャラクターは最初はいたって普通だが、物語が進むにつれて強い力を得ていく。
誰もが羨む強く、唯一無二なその力を。
だけどその反動で徐々にそのキャラクターは人間としての機能を失っていく。
肉体的な機能だけじゃなくて、人間としての感情とか、心とか、そう言う目に見えないものを失っていく。
その余りにショッキングな姿に当時の俺は強く心を痛めた。


「はぁ……はぁ……」

俺はそんな見当違いのことを考えながら学校の廊下を走っていた。
2年生の後輩から連絡を受けたのは3分前。
学生議会室に顔を出していた俺は後輩であるムロから送られたメールを見て顔を青くした。
部長と言う責任ある立場ではあるが、今はそんなことを考える余裕もなく周りを気にせず廊下を全力疾走していた。
あまりの必死な形相にすれ違う人も驚きの顔を見せていたがそんなことを気にしている場合ではなかった。

「くそっ……! しくじった」

走りながら後悔の声が思わず漏れた。
今日は和も優希も都合で部に参加することができない事はあらかじめ分かっていた。
だからこういう事態が起こるかもと言うのは考えておくべきだった。
全て後の祭りだが。

旧校舎に駆け込み、部室に向かって走っていると扉の前でムロが立っていた。
携帯を握りしめて蒼い顔をしながらきょろきょろとあたりを見回している。

「須賀先輩!」

そんなムロが俺の姿を見つけると慌てて駆け寄ってくる。
落ち着かない様子で何かを言おうとするが言葉にならず、しばらく言葉にならない声を発していた。

「すみません! その、私も止めようとしたんですけど。でも、その」

そんなムロはそう言って涙目になりながら俺に頭を下げた。
俺は何とか呼吸を落ち着かせ内心荒れる心を抑えつけて後輩に笑いかけた。

「わかってる。ムロが悪いとは思ってない。こっちこそ、こうなることを考えとくべきだった」

「そんな、須賀先輩は……」

ムロは何かを言おうとしたが口をつむぎ、そのまま何も言わなかった。
俺もそれに対して何かを返すこともできず、扉に手をかけた。
間に合ってくれと祈りながら。

「あっ、京ちゃん」

扉を開くと卓に着いた咲が笑いながら俺に手を振った。
にこにこと、何も知らなければ安心するという感情を抱くであろうその笑顔。
柔らかな、そして高校3年生になったというのにまだまだ子供っぽい顔立ちのまま。
笑顔だけ見れば、中学の時からほとんど何も変わっていない。
そう、普通の光景だった。

「うっ……うっ……」

「もう、やだ……」

「何だよ、なんだよ、これ」

同じく卓に着いている入部希望者と思われる3人の1年生の異様な姿がなければだったが。。

「間に合わなかったか」

思わず、小さく声が漏れた。
卓に着いている2人の女子は泣いていた。
1人の男子は強く拳を握りしめながら必死に何かに耐えているようだった。
周りにいたわずかな2年生はまるで自分のことかのように歯を食いしばって辛そうな顔を見せていた。
咲はそんな3人に視線をやることはなく俺に話しかけた。

「入部員希望者が来てくれたから、せっかくだし一緒に打ってたんだ」

俺の呟きは聞こえなかったようで変わらない調子で咲は続けた。
私は正しいことをしたとばかりに、褒めてほしいと言わんばかりに笑いながら言った。
俺はそれに答えず、卓の点数表示に目をやった。
全員トビ状態。一人は箱下15000点となっている。
たった1局で10万点以上をたたき出すという離れ業を成し遂げた目の前の存在はそれを誇ることもなかった。
そして俺自身そこまでの驚きもなかった。今まで何度か見てきた光景だからだ。

「あっ、紹介するね。部長のきょ……。須賀くんだよ」

咲が笑いながら卓についた一年生に話しかけるが当然ながら返答はなかった。
全員、俯いたまま返事を返さない。
時折鼻をすする音が聞こえるだけだった。
その様子を見て咲は途端におろおろし始めた。

「ど、どうしたの?」

返事がない1年生3人に気づいた咲は途端におろおろし始めた。
問いかける咲の声に当然返事はない。
咲は少し考えたのち、下家に座っていた1年生の女の子の肩にすっと手を置いた。
その瞬間にその子は大きく体を震わせ、何かにおびえたような顔をするが咲は気にもせず口を開いた。

「大丈夫だよ。最初はみんな初めてなんだから。ねっ、ゆっくり覚えていけばいいんだよ。だから」

咲の笑みを向けられたその子は、恐怖なのか、憤りなのか、恥辱なのか、複雑な顔をした。
俺はそれを見て慌てて遮ろうとするが、遅かった。

「だから、一緒に麻雀を楽しもう。ねっ?」

咲なりの勧誘の言葉だったのだろう。
それはわかる。
だが、咲は肝心なことがわかっていない。
自分がしてしまったことの結果を分かっていない。
その証拠に、言葉をかけられた女の子は唇を震わせ、目を潤ませ、泣き出しそうな顔をした。

「咲っ!」

気が付けば、俺は叫んでいた。
その声に咲はわかりやすいほど体をすくませ、驚いた顔を俺に向けた

「もう、京ちゃん。なぁに? びっくりするじゃん」

「あー、その。あれだ、校門前でビラ配りしてる連中の人手が足らないみたいだから手伝ってやってくれ。この子たちへの説明は俺がやるから」

感情のままに叫びだしたため、言葉を取り繕うのに若干の間を要した。
だが咲はそれを気にもせず、わかった、と笑いながら部室の外へ出て行った。
何かを言いたげにお互い顔を見合わせるムロを初めとする2年生を尻目に、俺は卓に着いた1年生3人に近づいた。

「その、何て言えばいいのか……」

俺自身、3人に何と声をかければいいのか考えあぐねていた。
謝るのが正しいのか。
慰めるのが正しいのか。
咲の非を盾に、3人を鼓舞するのが正しいのか。
俺が言葉に詰まっていると咲に声をかけられた女の子がまるで鉛でも吐き出すかのような重い言葉を発した。

「私、私は」

「どうした?」

「私はこれでも、これでもインターミドル出てるんですよ」

しん、とさらに部室が静まり返った気がした。
呟いた女の子はぽろぽろと涙を流し始めた。
俺は歯がゆさに強く拳を握りながらも女の子の言葉に耳を傾けた。

「もちろん、チャンプ相手に胸を借りる気でいました。でも、それでも」

そこから聞くであろう言葉に俺は何となく想像がついた。
去年1年間、何度かこういうことがあった。
去年1年で何人辞めていっただろうか。
染谷先輩をはじめとした俺たちが、去年の1年生たちを必死に繋ぎとめようとしたがが、できなかったあの悔しさが蘇ってきた。

「何にも、何にもできなくて。こんな、こんなに一方的に」

どうしてこうなってしまったのだろう。
去年から染谷先輩とどうすればいいのか必死に考えてきたのだが、結局結論が出ないままここまで来て。
そのツケを、その現実をこうやって突きつけられた。

「あ、挙句に、は、初めてだから、初めてだからしょうがないって。わ、私小さいころからずっと麻雀やってきたのに。しょ、初心者扱いって」

女の子は手元の点数表示に目を落とした。
-15800と無機質に表示されたそれにぽたりと、涙が落ちた。
友人なのだろうか、その隣に座っていたもう1人の1年生が背中を撫でて慰めていた。

「……麻雀て、難しいんすね」

ぽつりと、卓に着いた男の子が口を開いた。
俯いていて表情は読み取りにくかったが、憮然とした表情をしているのがよくわかった。

「俺、ゲームでしか麻雀やったことなくて。何となく興味あったし、初心者歓迎ってチラシ見たから来たんですけど」

男の子はそこまで言って頭を振って俺を見つめてきた。
その視線には若干非難の色がこもっており、ちくりと心が痛んだ。

「やるからにはガチでやろうと思ったんですけど、やってける気がしません。失礼します」

「ま、待ってくれ。あいつは特別だから。別にそんな、皆が皆、その」

「でも」

立ち上がった男の子に慌てて取り繕ったような言葉をかける。
だが、そんなことは聞きたくないとばかりに言葉を被せてきた。

「ああいう人じゃないと全国で勝てないんですね。俺にはついていけません」

ああいう人、という言葉にどんな意味が込められたのだろうか。
少なくとも強く非難する気持ちだけは痛いほどに伝わってきた。
その男の子は頭を下げて去っていった。
それに続いて女の子2人も泣きながら部室を出て行った。
俺を含め、他の部員はそれを止めることができなかった。

咲は強くなった。
昨年度インターハイチャンプと言う実績がそれを物語っている。
だけど、咲は強くなるにつれて変わっていった。
最初は麻雀に対してあれほど消極的だった咲が積極的になっていった。
それに伴いメキメキと実力をつけていった。
最初はみんな喜んでいた。
俺もからかいながら咲が楽しそうに麻雀を打っている姿を見て麻雀部に誘ったことを誇らしく思っていた。

だが、それから徐々に咲は変わっていった。
兆しは2年生になってからだった。
1年生が入ってきて教える立場になった咲の指導はひどい有様だった。
いわゆる手加減や指導がろくにできない。
元々常人には理解できない悪魔めいた超感覚で打っているタイプだ。
和ほど論理めいたものを期待していたわけではなかった。
だが、咲はただただ目の前の存在を叩きのめすのみでろくな指導ができなかった。
1年生が打っているのを後ろで見ていたとしても「なぜそこが引けないの?」を首をかしげているぐらいだ。
染谷先輩はため息をつきながらも咲に指導はさせない方がいいだろうと言う結論を下した。

そこまでだったら、まだ笑い話で済んでいたかもしれない。
決定的だったのは去年のインターハイだろう。
大将を任された咲は圧倒的な実力で他の学校を寄せ付けずチャンピオンの座に輝いた。
喜びに包まれる控え室の中で俺は見た。
卓上で涙を流す3校の代表選手を尻目に、酷くつまらなそうな表情をする先の姿を。
その眼にははっきりと「失望」が浮かんでいた。
俺はその姿を見て、優勝の喜びより未来への恐怖に包まれた。
そして、その懸念は現実のものとなった。

咲は、変わってしまった。
あれから、誰かと対局をして勝っても表面上は笑っていた。
だけど、俺には分かった。
咲にはもはや勝利の喜びを、麻雀を打つ喜びを感じてはいなかった。
咲は強くなりすぎたのだ。
もはや、咲にとって高校ではもはや自分より強い人間など存在しないと理解してしまったのだろう。
勝つことが当たり前になってしまった。
だからそこに喜びはないし、悲しみもないし、怒りもない。
そして、敗者の怒りも悲しみも怒りもわからない。
対戦相手への敬意もない。
何もないのだ。

インターミドル出場のあの子を初心者扱いしたのも本心なのだろう。
咲にとってはもはやあの子と初心者ではアリとノミぐらいの差でしかないのだろう。
どちらでも、容易くひねりつぶすことができる。
そしてそれは咲にとっては当たり前のことで。
咲が勝つのが当たり前のことで。
だからあんな残酷な言葉をかけられる。
敗北の痛みがわからないから。

「咲……」

俺は後悔していた。
咲を麻雀部に誘ったことを後悔してしまった。
下世話な雑誌が煽りに使う咲を評する言葉を借りれば、俺は『魔王』か『悪魔』を生み出すきっかけを作ってしまった。
俺の知っている咲は泣いている子が居ればワタワタしながらも一緒に泣いてしまうような女の子だった。
何とか必死に苦しみや悲しみを分かち合おうとする女の子だった。
少なくとも、俺に対してはそうしてくれた。

だけど、その咲はもうどこにもいない。
本もあまり読まなくなった俺の昔馴染みはただ麻雀を打ちながら夥しいほどの勝利を積み上げていく毎日だ。
他者の怒りや悲しみや嫉妬を歯牙にもかけず蹂躙していく。
肺が呼吸をするように。
心臓が血を巡らせるように。
ただただ、当り前に。


「くそっ……」

俺は顔に手を当て、これからのことについて頭を悩ませながらも、心がズキリと痛むのを耐えていた。



俺の知っている咲はもうどこにもいない。
どこにも、いないのだ。

以上です。

よくネタにされる魔王モノ。
咲可愛いよ咲
時間があったらプロットまとめたいけど時間がないニャス。

>上司「あ、トリプル普通に行けるやん。じゃあ、クアドラプル(160時間)や」
>>1「俺を屈服させたければ、その三倍は持ってこい」

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