【シュタゲSS】 まゆり「安寧のヴェスティージ」 (22)



《 世界線変動率:1.130238 》



一人の観測者が、大切な人を助けた世界線。

一人の観測者の、大切な人がいない世界線。

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オカリンと付き合い始めて数週間ほど経過しました。

そういう関係になってからの彼は、その優しさを少しだけ色濃くして私に接してくれる。
夢を見ているような出来事ばかりの毎日で、まゆしぃはとても嬉しいのです。

すぐにでも触れられるような距離に、彼の腕はいつもあった。
それを物怖じせずに触れることが出来る。
それは、思わず口元がもにゅもにゅと動いてしまうほどの溢れる高翌揚感。
「オカリンとはこういう関係だったらいいな」と幼い頃から描いてた、小さな夢と大きな幸せ。


そんな夢を手に入れているのに。
思い描いた幸せのはずなのに。


ときどき、声を上げて泣きたくなるのは何故だろう。


何かが足りない。
大きな空っぽが胸にある。

海辺の砂が手の平の上で風にさらわれていくような感覚。

言葉にするのが難しいけれど、確かに何かを失っている気がする。


その些細な喪失感の正体が分からないまま、私は日々を幸せに生きています。


まゆり「トゥットゥルー♪」

岡部「おはよう、まゆり。8時前とはまた早い時間にラボに来たんだな」

まゆり「えっへへー。オカリンに会いたかったから早起きしてきたのです」

岡部「……そもそも、今日は駅前で10時集合という予定じゃなかったか?」

まゆり「オカリンは最近ラボに籠りっきりだから、ここに来れば確実に会えると思ったんだー」

岡部「いや、言うほど俺はラボに籠っているつもりは無いんだが」

まゆり「えー!? ずーっとラボに居るよぅ!?」


まゆり「オカリン、昨日ちゃんと家に帰った?」

岡部「いや、ラボに泊まった」

まゆり「その前は?」

岡部「ラボに泊まってガジェットを作っていたぞ」

まゆり「それじゃあ、さらにその前はー?」

岡部「ら、ラボで考え事をしていて結局朝になっていた」

まゆり「オカリンオカリン、最後に家に帰ったのはいつ?」

岡部「…10日前」

まゆり「……たまには家に帰るべきだってまゆしぃは思うのです」


まゆり「あのね、ラボで何かを研究するのは別にいいんだ」

岡部「む?」

まゆり「ただ…オカリンが何か無茶をして体を壊さないかが、まゆしぃは心配なのです」

岡部「……すまない。これからはちゃんと自分の体を省みるように善処するよ」

まゆり「そう言ってくれると安心するなぁ」

岡部「ありがとな、まゆり」

まゆり「えっへへー。なんだかくすぐったいねぇ」



オカリンは昔と変わらない優しい目をして私を撫でてくれた。

まゆしぃを「人質」ではなく、一人の女の子として見てくれた。
それが凄く嬉しくて、それと同時になんだかちょっぴり寂しい気がする。

オカリンが中学生から続けてくれたあの口調も、最近はすっかりを鳴りを潜めていた。
まゆしぃを「人質」から開放したんだフゥーハハハハ! とか前のように言ってくれないのはやっぱり寂しいな。


オカリンは、大学の飲み会に積極的に参加するようになった。
サークルにも入って、そこで皆をまとめる役職にも就いたぞと、胸を叩きながら教えてくれた。

楽しそうでいいね、ってその時は言ったけれど。
何かを忘れるように学生生活にのめり込んで、何かから逃げるようにラボで何かを研究している。
そんな風に見えちゃうのはなんでだろうね。


くぁぁ、と軽く欠伸をするオカリンの目元には黒々としたクマが出来ていた。
寝不足が原因と思われる血色の悪さから、顔も白くてまるでパンダみたい。
いつか倒れてしまいそうな危うさを覚えてしまいそうになる。


まゆり「オカリン、また寝てないの?」

岡部「ん? あぁ、あまり眠気を感じないから気にするな。
   やはりガジェット製作に気合を入れすぎているのが要因だろう」

まゆり「ダメだよぅ、ちゃんと眠らないと体に悪いよー」

岡部「ああ、ちゃんと眠らなくちゃいけないな」


まゆり「ねぇ、オカリン」

岡部「なんだ?」

まゆり「なにか眠れない理由とかあるんじゃないかな、ってまゆしぃは思うのです」

岡部「……」


岡部「どうにも最近は同じ夢を見るから、眠るのが少し億劫になってきているだけだ。
   何も心配することないさ」

まゆり「オカリン…」

岡部「それよりまゆり、最近なにか変わった事は無いか?
   例えば…不審な車に追われたりとか、変なアロハを着た男に備考されたりとかは?」

まゆり「心配しなくても大丈夫だよー。
    いつもオカリンが家まで送ってくれるから、危ないことがあっても安心一番なのです」

岡部「そうか…それは何よりだ」

まゆり「そう、まゆしぃは大丈夫だよ〜」



オカリン。
まゆしぃは大丈夫だよ。

だからね、オカリンも……。


まゆり「あのね、オカリン」

岡部「どうした?」


少しだけ目蓋を腫らしている、赤みを帯びた目が覗き込んでくる。
とても優しい眼で見つめてくれる。


まゆり「……なんでもないよー」

岡部「むぅ、全くまゆりは昔から相変わらず不思議だな」

まゆり「えー、そうかなー?」

岡部「ああ、そういう所は昔から全然変わってない」

まゆり「えっへへー♪」



だから、聞けない。

どうしていつも一人きりで泣いているの、って。


岡部「そろそろ動くとしよう」

まゆり「んぅ? どこ行くのー?」

岡部「お前とデ、デートに…行ってみようか、と、思ってるのだが……」

まゆり「おー! 今日のオカリンはなんだか大胆だねぇ」

岡部「ど、どこか行きたい場所はあるか?」

まゆり「まゆしぃはね、オカリンと一緒ならどこでも楽しいのです♪」

岡部「…そうか。俺もだよ、まゆり」



そう言ってオカリンは柔らかく微笑んでラボを出た。
その後ろ姿を抱きしめているように見えたのは、淡い暖色の色合いをした陽炎。

どこかで見た事のある、誰かの綺麗な髪の色。


まゆり「オッカリーン♪ 今日は天気も良くてお散歩日和なのです!」


そう言いながら後ろを振り返ると、そこにはよたよたと足取りの覚束ないオカリン。
さながら砂漠でオアシスを求める放浪者のような姿だった。


岡部「ま、待て、まゆり。すまん、徹夜明けの疲れ目にこの日光は眩しすぎる……」

まゆり「うーん。それじゃあ今日はラボでのんびりしてみる?」

岡部「いや、流石にそれは何と言うか……。
   では、そうだな。ラボで少し仮眠を取らせてもらう。その後に出かけるのはどうだ?」

まゆり「ナイスアイデアだと思うのです」

岡部「まゆりが少し退屈してしまうのが難点だがな」

まゆり「いいよいいよー。じゃあ、この前買ってきた漫画でも読んでおくのです」



おーかべー。 全く、情けないわね。まるでモヤシっ子じゃないの。



溜息混じりのそんな声が、どこからか聞こえた気がした。


まゆり「それじゃあねー、何か買出しでもしてこよっかなー」

岡部「む、俺も一緒に行こう」

まゆり「ここはまゆしぃに任せてゆっくり休んでくれると嬉しいなー」

岡部「だが……」

まゆり「彼女さんからのお願いも聞いてくれないなんて、まゆしぃは悲しいのです…」

岡部「す、すまない……」

まゆり「いいんだよー。オカリンは顔色も悪いし、帰ってくるまで寝ておくべきだよ」

岡部「それじゃあ言葉に甘えて、このまま少し寝ることにする。
   買出しから帰ってきたら起こしてくれ」

まゆり「うん、分かったー。 オカリンのために特別にマユシィ・ニャンニャンで起こしちゃうよー」

岡部「…いや、それは遠慮しておこう」


まゆり「オカリン、何か欲しいものある?」

岡部「選ばれし者の知的飲料を頼む」

まゆり:(´・ω・`)?

岡部「…ドクペを一つ買ってきてくれ」

まゆり「うん、分かったー」

岡部「まゆり」

まゆり「ん?」

岡部「気をつけてな」

まゆり「ありがとう、オカリン。それじゃあ行ってくるね」


〜〜


まゆり「トゥットゥルー。 ジューシーからあげナンバーワーン♪」

まゆり「ただいま、オカリン! おでん缶もおまけで買ってきたよー」

まゆり「……オカリン?」


岡部「………zzz……zzz」



ソファに横になって、自分の白衣を掛け布団変わりにしてオカリンは眠っていた。
こうして眠っているオカリンの顔を見るのは久しぶりな気がする。
昔はよく一緒にお昼寝していたのに、気がつけばすごく大人になっているなぁ。
おヒゲも伸びるようになって、尚更大人っぽく見えるのです。


まゆり「えへへ……」


そっと頭を撫でてみる。
少しごわついた髪が妙に心地良い。
触られても一向に起きる気配が無いところから察するに、深い眠りに就いているみたい。

大好きな人の顔をこうして間近で見つめられて、まゆしぃ大勝利。


もう少しだけ、髪を撫でてみる。
気持ち良さそうな寝顔が時折歪むのは、あまり良い夢を見ていないからだろうか。
そうして心配していたら、また柔らかい顔で寝息を立て始めた。

もしかしたら、幸せな夢と辛い夢を交互に見ているのかな?


岡部「………zzz……zzz」

まゆり「オカリン」

まゆり「まゆしぃはね、幸せだよ」

岡部「………zzz……zzz」

まゆり「でもね、なんだかこの幸せには足りないような気がするのです」

まゆり「なんでそう思っちゃうのか考えていると、凄く泣きたくなるんだ」

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