後輩「それで明日には妹さん殺されるんですです?」(197)

下駄箱に小さな手紙が届いていた。
女の子が如何にもやりそうな入り組んだ構造の畳み方。

男「……」

無事に八ヶ月の入院を終え、
無事に一浪を済ませた久しぶりの登校。

男「……」

去年と変わらず同じ下駄箱を開いて、
見つけたその手紙。

男「なになに?」


『お前の妹を今週中に殺す』


男「……うん」

あ。この手紙出したの俺の元カノだ。

すっげーどうでもいいけど。


前回
妹「お兄ちゃん。私が作ったお弁当食べなかったでしょ?」
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???

後輩「それで明日には妹さん殺されるんですです?」

男「うん。そうみたいだよ」

二人して居るのは晴れ渡る空が眩しい屋上。
多分hrもだいたい終わってちょっとした休憩時間ぐらいだろうか。
どうでもいいけど。

男「取り敢えずは後輩ちゃんには伝えておかなくちゃかなって、思ってさ」

後輩「はぁ…何ていうかホントーに先輩さんって、争い事に事欠きませんです」

男「そうだねぇ。そろそろ安心して眠りたいものだけど」

しかし世界がそうはさせてくれないのだろう。

後輩「でもわかってるですよ。ええ、なんともまぁ彼女さんですからねぇですです」

男「うん?」

後輩「どーぞ言っちゃってくださいですよ! ほらほら、いつもの様に堂々と自信を持って!」

何をどうでもいいことを言っているのだろうか。この後輩ちゃんは。

男「ごめん。よくわからないんだけど、後輩ちゃんは何が言いたいの?」

後輩「だーから先輩さんがもうため息でちゃうぐらいに言いまくってるあれです」

男「?」

後輩「ここで惚けられるとは…もう私が言っちゃいますよ? だったら?」

男「うん。どうぞ」

後輩「フフン。ではでは──いいかい後輩ちゃん、その予告は既に…」

後輩「まるっと全て洗いざらいどうだっていいのさ!!」

男「おお」パチパチ

後輩「やいのやいの! で? 実際のところはどうです? 教えてくだせーですよ!」

男「ごめん」

素直にぶっちゃける。どうでもいいことだけど。

男「結構どうでもよくない」

ガチで全然わかってない。どうでもいいぐらいに。

後輩「へ?」

男「そう言いたいはやまやまなんだけどさ。相手も状況も動機も全部」

全てにおいて、まったくもってどうでもよくなかった。

後輩「せ、先輩さん。明日……死んじゃうんですよ、妹さんが…それなのに…?」

男「あはは。後輩ちゃん、簡単に人が死ぬわけ無いじゃあないか」

ただの冗談で質の悪い悪戯だと笑ってみせる。
どうでもいいぐらいに嘘だった。妹はそんなどうでもいい人間じゃない。

後輩「なっ…何を今までやってたですぅー!?」

男「日常への復帰に勤しんでた」

後輩「バッチシです! フツーの人としてはフツーに正当な行動です!」

後輩「──けれど違いますですよ! 先輩さん、貴方……違うですよ!?」

唖然として後輩ちゃんはベンチから立ち上がる。
突き出した指先をわなわなと震わせ、俺を突き刺さんばかりに叫んだ。

後輩「今回は妹は女じゃねーですから、どうでもいいっすから、だから死んだんだぜー!」

後輩「なんて超絶意味不明言い訳なしな方向ですけども!?」

男「そりゃまぁそうだけども」

あんな世界の差別化は既にどうだっていい。
女は妹で、妹は女だ。どうでもいいことに。

男「本当に妹は殺されるんだと思う。それに、そういった事実も俺としては…ある程度納得できる」

後輩「な、なんなんですそれ……女ちゃんが殺される原因にでも心当たりがあるんです…?」

男「まぁ俺が原因っていうか、そんな感じじゃないのかなって」

後輩「ぇぅ…な、何となく私も分かりますですよ。女ちゃんってのは結構交友関係上手でしたですもん」

後輩「フツーに考えても、ハッキリ言って殺される動機も…先輩さんに関係してくるんですよね?」

男「そこはどうでもいいかなって」

後輩「どうでもよくねーですぅううううう!」

今日も元気な後輩ちゃんだった。
どうでぇーいいことだぎゃ。

後輩「はぁはぁ…じゃ、じゃあ1つずつ確認するですよ…っ?」

男「どんと来い」

後輩「あ、明日は妹さん──つまり女ちゃんが殺される可能性がある」

男「そう予告を受けたからね」

指先で探るポケットの中には薄い紙切れが入っていた。
いわゆる犯罪予告である。

後輩「現在、女ちゃんは病室で寝たきり…つまり何時だってヤレるタイミングはあるってことですよ」

男「どうでもいいことに」

後輩「…そりゃ見舞い人の人たちを洗いざらい調べ尽くせば、いずれと犯人さんはわかるですけども」

男「うん。けれどそれじゃあ遅い」

後輩「もう明日ですしね…」

男「うん…」

後輩「ねぇ先輩さん。これは流石に…警察さんとかに頼んだほうが良かないです?」

男「……」

後輩「以前は先輩さんの問題であって、妹さんの問題であって、成り立っていたことです」

男「…そうだね」

俺と妹が抱えている問題。
それが引き金となり起こった──あの事件。

妹の障害に、俺の障害。

己を維持できずに仮面をかぶり続ける妹。
感じるものを曖昧に、どうでもよくする俺。

血の繋がらない兄妹が、
壊れきったものを更に壊すような、そんな無意味で無価値で──どうでもいい数日間。

男「この予告に、俺がでしゃばるようなことじゃないだろうと思う」

後輩「はいです」

男「けどね。どうでもよくないんだ、俺にとっては」

世間一般様がどうでもいいことなんだと言い切ったとしても。
俺が見る【世界】にとって、あの数日間は──どうでもいいとは言い切れない。

男「俺には妹を守らなくちゃいけない。いや、あのベッドで眠る女を…」

男「男として守るんだよ。だから俺はちゃんと、どうにかするんだ」

未だ世界は素晴らしくどうでもよくないのだから。
妹が残してくれた、この世界で、俺はきちんと──女が起き上がるのを待ってなくちゃいけない。

男「アイツの死がどうだっていい…なんて、言えないんだ俺には」

後輩「……」

男「…やっぱへんかな」

そんな俺に後輩ちゃんは笑う。
至ってシンプルでフツーニ笑ってくれた。

後輩「先輩さん」

男「…うん」

後輩「やっぱ先輩さんは大好きですよ。そうやって頑張る姿はちょー大好きです」

男「…ありがと、後輩ちゃん」

後輩「いえいえ、昔の一人よがりで自分すらもどーでもいいと思ってた先輩より…」

後輩「今の先輩さんはもっと素敵な男性になったと思われるです」

男「そうかな」

後輩「そうですです! 先輩さんはいっぱい問題を抱えてらっしゃいます、
   ですけれどそれを一人で抱え込むこたーありませんです」

後輩「──貴方の【世界】に私もついていきますですよ、絶対に」

男「後輩ちゃん…」

後輩「一人では悩ませません。彼女で彼氏、これは大切なことなんです」

後輩「私は貴方が大好きなんですよ。夜な夜なベッドで先輩さんの名前を連呼しちゃうこともあるですよ」

男「……」

普通に照れることをいいよって。どうでもいくない。

後輩「ですから先輩さん。頑張りましょう、きっとうまくいく筈です!」

男「ああ、うん、そうだね──」

本当に俺の彼女は普通が凄い。

普通に心配してくれて。
普通に応援してくれて。
普通に一緒に頑張ろうと言ってくれる。

やること全てが、人の命が関わっているというのに。
彼女は何時だって普通だった。

男「──がんばろう一緒に」

後輩「はいですぅ! 女ちゃんも大変嬉しく思ってることですよ!」

男「だったら頑張る気が更に起こるな。よし、妹の命救っちゃうぞー」

後輩「おー! ですです~!」

なんとも気軽にヒーローを目指してみるけれど。
ああ、なんて言ったってどうでもいいことは。

何が起ころうとも、どうでもいいことになる。

        ???


「ねぇ【男】、聞いてる?」

男「……」

hrも終わり1時限目の授業は体育だった。
流石に復帰したての身体は激しい運動についていけるわけもなく、ただひっそりと影を薄くして見学中。

「ねぇってば。聞いてんの?」

男「……」

隣では同じような見学者がいるらしい。どうでもいいけど。
なにやらさっきから俺の名前を連呼しているようだが、
予め名前自体を聞き入れる【聴覚】を曖昧にしているので、突然のブートは不発に終わる。

男(しかし心はざわめくのであった)

しかし覚悟しているのと不意打ちとでは、受けるダメージ量が違う。

男(一浪した輩に話しかけてくる人間。どうでもいいぐらいに野次馬根性だろう)

どうでもいい、そのうち視界からも曖昧にしよう。なんて、思ってたんだけど、あれ?

男「……?」

何か大切なことを忘れているような気がしてならない。
この声、この髪の色、この感触──


「こっち向けって。無視すんなよ変態」


男「うぎっ!?」

髪の毛を強引に引っ張られる。
根本から何本か抜け落ち、ヒリヒリと痛み。認識。

男「なにする、」

「………」

男「……あれ……」

視界が素早く認識し、世界がどうでもよく染まり、あれ?

「相変わらずね変態。そうやって何時だって、ワタシのこと見えなくさせる」

声が聴こえる。聴覚が認識、どうでもよくなっていく、んだけど、

「まぁ今のワタシにとっては好都合だけど。くすくす、ねぇアンタ…」

男「……」

「…ワタシのことちゃんと認識しないと、死んじゃうけど」

はぁ? 誰がだよ。

「アンタの大切な大切な女。妹で女が」

意味が分からん。

「意味がわかんなくてもよ。そうやってボーっと世界を見てたんじゃあ──」


「──アタシが犯人だってことも、どうでもよくなってるわね」


世界に亀裂が起こる。

男「ッ……お、お前ッ……お前ぇえええええええええええええええ!!!」

続きは明日に
ではではノシ

視界認識が中途半端に開放される。
あれ、どうでもよく、なく、いいけど、ない?

男「………あれ?」

大げさに叫んでみたけど、やっぱりどうでもいいかもしれない。

「だぁーもう、面倒臭い。いちいち変態よねアンタ相変わらず」

男「………」

「わかんないの? そりゃそうよね、今のアンタは何もできてない──」

「──このワタシを犯人だとわかってながら、そうやって曖昧にしちゃってるし」

男「………」

「可哀想。今までも同じようにどうでもよく捉えて、多くの人達を不幸せにしてきたんでしょうね」

「その中の一人もワタシが含まれてるでしょうけど。そんでもって、次に含まれるのはアンタの可愛い妹さんかもね?」

男「………」

「ねぇそろそろ思い出してきた? ねぇ、ねぇ男……」

「えいっ☆」

唐突に唇に違和感。

男「ぐむぉっ!?」

「んーんーんんんーんーんーんんんー」

射出される舌。絡まる唾液。
蠢き滑り歯茎奥歯舌を根本から吸いだされ、

男「………けぽっ」

「ぷはぁっ! はぁ…はぁ…けほっ…こほっ…ふへぇあ、どう? 思い出した?」

男「…みんな見てるぞ…」

遠くグラウンドの彼方に見えるはサッカーをこなす青春ボーイ達。
どうでもいい顔並にチラホラ驚愕に染まる生徒多数。
こりゃ後輩ちゃんに刺されないといいな、なんて、どうでもいいけど。

男「つか何ベロチューしてくれちゃってんだ……」

「アンタがワタシを見ないから」

男「もっと考えろよ。もっと頭を働かせろよ」

「んー? 頭はちょっと無理かも」

男「はぁー?」

「…だって、ドキドキしてるし」

ドキドキってなんだよ。土器土器か。

「ワタシは縄文時代の人間じゃない」

男「あっそ。てか顔近いから」

風に押されただけで唇事故っちゃう距離だから。
あと息がくすぐったい。どうでもいい、けど。

「じゃあ見てる? ちゃんとワタシのこと見てるって言ってくれるなら、顔離してあげるから、無事にフライアウトするから」

男「見てる見てる早く飛んで行け遠く彼方へ飛んで行け」

「わかった。それなら離してあげる、んっ」

男「……………」

飛んで行く際に軽い衝突事故。どうでもいいけど。

「さーて。キスしたし満足したし、保健室で眠ろうっと」

男「いや、待て待て」

「なに? 変態ちょっとさわらないでよ、叫ぶけど?」

がっつりベロチューまでしておいて何言ってんだコイツ。

男「今のお前がどれだけ悲鳴をあげようが、誰も心配しないし駆け寄らないわ」

むしろ万歳三唱バカップル復帰大感謝祭開始だ。どうでもいい。

「相変わらず変態レベルの自信ね。ワタシはそこまで軽い女じゃないわよ」

男「じゃあ昔の男にキスをするな。ベロを入れるな」

「挨拶のキスはいいわけ? 前から思ってたけど、そうやって相手に考慮の余地を残すのってアンタの悪い癖よね」

男「揚げ足取りにもならない言葉を吐くんじゃない」

「ただ単に昔の彼氏の愚痴を昔の彼氏に言っただけ」

男「お前、時間の概念むちゃくちゃなの?」

「実にアンタに言われたくないわね。どうでもいいこと全部、時間も感情も人間も滅茶苦茶に捉えるくせに」

男「まさにどうでもいい事言うなよ元カノ風情が」

「まるっきしそのまま返してあげるわ。元カレ風情が」

一拍置いて一呼吸。

男「相変わらずおっぱいちっちゃいな」

殴られる。

どうでも良い相手に容赦はしない。
普段から常時封印中の下ネタ発動可能だった。ちなみに先生相手には何時だって可。
案外あの人は嫌がってるようで楽しそうだから。どうでもいいことだけど。

「殴るわよ」

男「痛いけど」

「アンタ今恋人居るんでしょ? ワタシ相手するみたいに下ネタ挟んでるといつか何処かで刺されるわよ」

男「もうワンックションあるだろ。殴られるとか罵倒されるとか、そのほうが断然良い」

「うわっ。アンタそういった趣味あるんだ……」

男「今はお前の感性の話をしてるんだけど」

「今のうちにワタシで満足しておくべきね。死ねアホ今でも大好き、きゅんってした?」

男「全然。殴っていい?」

「顔はやめてね。お腹ならいいけど、仮にもし本当にやったら三十倍にして返すけど」

とめろよ。どうでもいいけど。

男「…お前相変わらずだな、本当に」

「え? ベロちゅーの動きのこと?」

男「…そういったところだよ、そういった体裁が相変わらずだと言ってるんだ」

「意味分からない。ちゃんと綺麗な日本語で喋ってよ、めいあいへるぷゆー?」

男「ごーとぅーへる」

「つまんないやつ。だからワタシに振られるのよ」

男「改ざんするな。俺が振ったんだ」

「へぇー覚えてるの?」

男「当たり前、だ───………」

記憶を掘り返す。あれ?

男「…………」

「覚えてないくせに。そうやって意味のない自信だけはあるから失敗する」

男「…失敗?」

「あの【予告】の紙を見ておいて、一瞬でワタシが送り主だと気づいたのに」

「──アンタが何食わぬ顔で、ワタシと隣同士で見学中な時点で失敗中じゃない」

短いけれど今日はここまでノシ
続きは明日か明後日です

失敗中。
その言葉が重圧な岩石となって両肩に伸し掛かった気がした。

「アンタはね」

男「……」

「そのビョーキで『どうでもいい』なんて、『わかりきった』なんて、色々なことちょーかっこよく言ってるつもりかもしれないけれど」

別にカッコつけているつもりはない。のだが。

「え? カッコイイけど? そういったクールな所、ワタシ滅茶苦茶大好きだし」

男「…話を進めてくれ」

「はいはい。だからワタシが言いたいのは、そのカッコつけの所は結局──ただの自己満足だってこと」

「世界は何時だって動き続けてる。停滞し続ける存在なんて、そうそうないのよ」

「特に人間はね。ワタシみたいな成長まっただ中のうら若き女子高生なら尚更」グイ

男「……」

「おっぱいだって昔よりおっきくなってるんだから。見てみる? あとで…トイレとか一緒に来てくれたら、いいけど」

男「何が言いたい」

「せっかちね。まー結論を言えばアンタ……ワタシをどうでもよく思いすぎ」

「ワタシは【変わったのよ鈍感男】。アンタの前に現れて、アンタの日常を脅かす存在までね」

男「……」

「けれどそんなワタシをアンタは認知できない。ううん、認知しようとしない。妹が殺されるとわかっているのに」

「──それはアンタに自信があるから。ワタシがどうでもいい存在だと、思い切れるから」

男「お前は…そんな存在だよ。今も昔も」

どうでもいいことに。

「その昔って何時よ? アンタとワタシがベッドの中で数時間もの間チューし続けた時のコト?」

男「……」

「傲慢ね。今なら一日中キスだってできるわよ」

男「なぁちょっと良いか」

「なによ」

男「…さっきから元カノアピールがウザいんですけど」

「ぶはっ! ちょ、アンタ…ッ! それは流石に言い方ひどすぎない!?」

男「正直さぶいぼ立ってるからそろそろやめてほしいです」

「なにーっ!? だぁーほんっと乗り悪いわねっ! …またでぃーぷするぞこら」

男「どうでもいいことするな。つか、んーまぁなんとなくお前の言いたいことわかった」

「…じゃあ言ってみなさいよ」

男「お前は俺からの認識から外れているから、その内に妹を殺せるぞって事だろ」

とうの昔のあるところに、
それはもう周りがドン引きレベルのバカップルが居ましたとさ。

周囲の目を気にすることなく、
授業中であれど親がいようと友達がいようと。

手だってつなぎお喋りだって続け、キスだってして、abcを軽く超えちゃって。

けれど妹が出来たから、
用済みとなったその彼女を彼氏は捨てましたとさ。めでたしめでたし。どうでもいいけど。

男「じゃあ俺を殺せよ。妹関係ないだろ」

「はぁー? それじゃワタシが可哀想でしょ、アンタ馬鹿なの?」

男「可哀想って。妹殺しても俺お前と付き合わないよ? 彼女いるし」

「じゃあその娘も殺すわ。そのうち、いや、アンタすぐ飽きるだろうしやっぱやめとく」

男「残念。後輩ちゃんとは結婚前提で付き合ってるから」

「今のは殺してもいいという許可を貰った、という意味で捉えてもいいのね?」

猛禽類を既視させる笑み。八重歯。どうでもいい。

男「いいや。違うよペチャパイ」

「おい」

男「お前は……結局誰も殺せない。妹も俺の彼女も、誰一人殺すことなんて出来やしない」

ゆっくりと腕を差し伸べる。
指先が相手の髪に触れ、突き抜けて、頭皮に刺さる。

撫でるように掻き上げて、どうでもよくなる。
懐かしい感触。触れるもの全てが汗まみれになって、彼女と俺の匂いが交わって、
涎も汗も心臓の音も全て重なった思い出、どうでもいい。

男「ましてや俺も殺せない。それがわかってるから、どうでもいい」

「殺せるわよ」

男「無理だ。お前にはそんなどうでも良くないことは、出来ない」

「でーきーまーすー」

男「じゃあやってみろよ」スッ

「……」

相手の両手を手に取り、そっと己の首元に持っていく。

男「今ここでやってくれ。お前の手で俺の首を絞めて、命を奪ってくれ」

「……」

男「そうすれば信用する。お前のこと、ちゃんとどうでもよく思わないでやるから」

「…ねえアンタ、いつからそんな気持ち悪くなった?」

男「気持ち悪くなった?」

「こんな絶対にやれない場所で、アンタのこと殺せないって、どうでもよく思ってるくせに」

男「……」

「なのに無駄なことを自ら進んでやってる。変態じゃなくて、気持ち悪いわそれ」

男「じゃあ、やっぱ殺すこと出来ないってか」

「まーね。アンタには死んで欲しくないし、今でも昔よりも大好きだから。殺す気なんてサラサラないから」

「──けど、アンタをそうやって変えてしまった妹は殺す。今、はっきりと決めた、殺す、なにがあっても殺しちゃる」

噛んでるけど。どうでもいいけど。

男「無理だって」

「無理じゃない。ねぇ、ねぇねぇ思い出してよ本当に。アンタはそんな──今みたいに周りくどいことなんてしなかった」

男「俺は昔からこうだろ。なんにも変わってない、少なくともお前の前では」

「んーん。変わってる、コインの裏と表レベルで違ってる。今このタイミングで、アンタが何を考えてるか教えてあげよっか?」

男「なんだよ」

「アンタの彼女にワタシの顔を憶えさせてる」

男「……………………………………………………………」

「そう願ってる、と言ったほうが良いかもだけど。体育授業だし、グラウンドの光景をアンタの彼女が見てることを祈ってるんじゃない?」

男「………………………」

「アンタ、本気で焦ってるわよね。わかるもん、だから不器用に話なんて続けてる。見ててほんっとムカムカする」

「後で彼女にワタシのことを聞き出させるように時間をかせがなきゃ、ほんとに妹が殺されるって…焦ってる」

「……昔のアンタなら、大事なものが壊されるとわかった瞬間、即行動してたのに」

男「…例えば昔の俺だと、ここで何をしてたと思う?」

「ワタシのこと殺してた。今ここで、誰の目も気にせず首を締めて」

…ああ、どうでもいい。

「けど今のアンタは違う。本当に本当に……なんなのよ、カッコ良すぎじゃない……ちょーぬれる…」

男「………」

「あー憎い憎い! こーんな普通な奴に成り下げられて、けれどかっこよさは増してて、けれど…昔の壊れっぷりも愛おしい」

「──ねぇ、ねぇねぇ、男……どうしてワタシみたいな最高な彼女を捨てたの? まさにドンピシャな変態じゃない、ワタシ」

男「飽きたから」

「どーでもいいレベルの嘘つくな。けれど、ううん、いいのよ別に。これからまだまだ時間はたっぷりあるんだから」

「ワタシは何時だってアンタの側に居るわよ。アンタの違う世界で、アンタの世界に影を潜めてる」

「──大好きだから、今でもちょー愛してるから、その気持ち悪さも受け止めてあげる」

男「……」

「そして全部全部全部、アンタの大事なモノを壊してあげる」

「期待しててよね。んー」

男「……」

「んー」

男「…はぁ」

取り敢えず、全力のビンタをかます。

「ッ……っはぁ~! んふふ~…ッ」

仰け反る。豪快に乱れ流れる髪。

「…やったら?」

男「三十倍返し」

「いっつおーらい!」

振りかぶって投げました、繰り出された前蹴り、打ったー! 股間にヒットー!


ああ、本当にどうでもいい。げほ。


     ?????


後輩「なんで苦しそうなんです?」

男「え? あーうん、それがよく分からなくてさ…なんかお腹が痛いっていうか…」

屋上から見える空は今日も晴天いい天気。
けれど体調が凄まじくすぐれない。まるで、ああ、どうでもいいや。

後輩「これはこれは…じゃあ今はこのマル秘情報はお見せしないほうがいいです?」

今日はここまで
遅れてしまい申し訳ありませんでした。
グレイシア育ててましたごめんなさい

続きは明後日に ではではノシ

男「…。マル秘情報?」

気になる単語に身体の苦痛が遠のいて、どうでも良くなっていく。
三秒数えて復活。脳みそが無事に起動を始めた。

後輩「そうですです。私が日々、呑気に授業を受けていると思っていたですか?」

男「実に頼りがいのある彼女さんだ。そんな所が好きだよ」

後輩「んにゃー!」

突然、高速に首を降り出す後輩ちゃん。
整ったボブカットがサラサラと小気味よい音を立てて流れ舞う。

男「どうしたの?」

後輩「はぁ……はぁ……い、いきなりチョー大好き愛していると言われましたですので…やや感情を抑えきれず…」

男「ちょー大好き愛してる」

後輩「ボケに乗り足らず馬乗りしてきたです!?」

ぶへっへー! と、摩訶不思議な笑い声を上げて、気づけば耳まで真っ赤に染まっていた。

男「さて。本題に移ろうか後輩ちゃん」

後輩「待ってくださいです。私、未だ夢を見ているかもですよ、先輩さんが好きだなんて言ってくれるなんて」

まるで今にも飛び出してくる心臓を抑えようとしているかのように、
後輩ちゃんは両手をそっと胸の当たりに置いていた。それに、さっきから目を合わせようともしない。

男「うん? ということは、いつも俺の夢を見てくれているってこと?」

後輩「にょわー! 何気ない単語に追求はノットー!」

男「後輩ちゃんの夢の中の俺は、やっぱりへそを舐めようと迫ってくるのかな」

後輩「謎の意味不設定、突然放り投げてこないでくださいです!? …へそ、好きなんです?」

男「うん」

コクリと当然のように頷き返す。
なんと、普通な後輩ちゃんがこの衝撃の事実を知らないとは。

後輩「じゃ、じゃあ……そのぉ……な、舐めたいって、とか、まぁ、思っちゃったり…する、です?」

男「誰の?」

後輩「ぇうっ!? あ、あのあのあのっ……私、の…とか…ですけども……」

男「微妙かなー」

後輩「微妙かよ!!」

ぱしぃ! と、後輩ちゃんがコンクリートの床に何かを投げつける。

男「おっと。これが…」

先程から彼女が握りしめていたモノ。
花がらの絵柄が散りばめられたメモ帳だった。

後輩「……」ツーン

男「ふむ。どれどれ」

以外にもこのメモ帳は随分使い古された汚れが目立つ。
幾つか破られた跡が残っていたが、まぁどうでもいいか、と思いつつ、

男「この名前の羅列は何?」

一つ気になったページ。
どうでもいいものとどうでも良くないものが織り交ざった──名前。

後輩「…………」

男「ねぇ俺の大好きな後輩ちゃん。この名前は何かな」

後輩「……」ピクリ

男「しょうがないなぁ」

引き寄せる。強引にではなく壊れ物を扱うように。

後輩「ふぇっ」

近づく顔、驚愕に染まる表情。
全て無視してここだけは強引に。

男「──ごめんね、急に」

後輩「……せんぱいひゃん…?」

男「けれど、これで第一歩だぜ。後輩ちゃん、今日は我々の記念日にしよう」

後輩「はいれふ……家に帰ってカレンダーに二重丸のニコちゃんシール張っておきますです…」

男「良かろう」

まぁほっぺにしてあげたんだけど、どうやら後輩ちゃんは随分と喜んでくれたみたいだ。
実にどうでもいい。いつか君のために死んでもいい。そういった覚悟の上だった。

後輩「…先輩さん」

男「なんだい」

後輩「なにかありました?」

男「……。なにが?」

後輩「それって、どうでもいいことです?」

要領を得ない質問に疑問符が脳内に浮かび上がる。
どうでもいいこと? 何を言ってるのかな、この可愛い彼女は。

男「別に何もないけど。大したことも無いし、うん、まぁどうでもいいことだよ」

後輩「本当です? どうでもいいことだけど、私にべろちゅーしてくれるんです?」

男「大丈夫。平気平気」

ベロチューは無い。どうでもよくない。
そんなことが許されるのは──あれ? まぁどうでもいいか。

男「何にもないよ。今日は一日、随分とお暇だったし」

後輩「そうですか。ならそうなんですよね、きっと」

きっとではない。どうでもいいけど。

男「じゃあ聞かせてもらおうか。この名前は多分、妹に見舞いに来た人たちの名前だとは思うけど」

後輩「もうなくなっちゃったですよ…私の説明…」

男「うん。けれどよく調べられたね、こんな短時間に」

後輩「あ、いえいえ。調べたワケじゃないですよ、以前に教えてもらったんです」

誰に、なんてことはどうでもいいか。あの人だろきっと。

今日はここまで
遅くなってすみません。
グレイシアめざパ炎憶えてくれないんです

続きは…うん! ではではノシ

後輩「先輩さんも普通にわかってらっしゃると思いますですけども、あの方ですよ」

男「別にどうでもいいや。今回それほど関係ないだろうし」

それはもう、心からどうでもいいからね。
あえてそれらしい要素を上げてみれば、うん、主人公っぽい人だということは分かってる。

男「なんともまぁ無駄なことが好きな人だ」

後輩「それがあの人なんですですよ」

男「後輩ちゃん。ここで一つ質問」

後輩「なんです?」

男「なんでこのタイミングでその情報を出したの?」

実に気になる情報提供者よりも。

男「この名前の羅列自体は、俺が妹の殺人予告を明かした時点で──言っても良かったと思うんだけど」

なぜその場でメモ帳の存在を明かさなかったのだろう。

後輩「あーそのことですか。いえいえ、別に深い理由なんてありませんですよ」

後輩「単にメモってたことを忘れてただけです。いえ、忘れてたことがとんだ馬鹿野郎ってことは重々承知ですけども」

早ければ早いほど犯人を暴く手がかりにつながるというのに。
後輩ちゃんは申し訳無さそうに眉を潜め、息を吐く。

後輩「こんな間抜けな彼女を怒ってくださいです」

男「いやいや怒れるわけないよ。俺だって急に予告の件を話したんだから」

殺人予告と見舞いに来た人間の関連性。
有益な情報をすぐさま見つけ出すには苦労を要する。後輩ちゃんはよくやったほうだ。

男「俺としてはやっぱり後輩ちゃんを心から愛でたいぐらい感謝してるよ、うん」

後輩「頭を撫でてくださればおっけーですよ」

男「よしよし」

後輩「ふへへ」

さて、と心を切り替える。
偏見と独断に蝕られた無色透明な世界に身を投じる。

男「──この名前から分かることは2つある」

後輩「はいです。先輩さん【何人の名前がきちんと認識できてます?】」

メモに書かれた名前の羅列──その人名の中で少なくとも数人の名前が、

男「うん。せいぜい数人程度だ」

胸ポケットからペンを取り出し、名前の上から線を引き間引いていく。

後輩「今ペンでかき消したのは…」

男「そうだね。俺が直接的に関係していて、妹も関係している。つまり」

後輩「どうでもいい人間です」

正解。
俺の世界が【どうでもいい】と思った世界の住人達。

後輩「あえてここで聞かせてもらいますけども、先輩さん」

男「なにかな」

後輩「先輩さんは【どうでもいいと思った人間】と、【どうでもいいと思い切った人間】に──違いはあるんです?」

男「…おっと」

まさかここでそんな質問が来るとは。
実に後輩ちゃんらしくないな。なんて、どうでもいいけど。

男「実にあるよ。思い切るってことは、その人間自体をまるっきり──消し去るってことだから」

普段からどうでもいいと連発し、相手を価値を無視する自分であっても。
その【どうでもいい】と判断する基準は存在していた。面倒くさいことにだ、どうでもいいけど。

後輩「じゃあどうでもいいと思い切った時は、以前、私を振った時と同じことが起こるです?」

男「うん。あの時の俺は君の存在も君との記憶も君への思いも全て、どうでもいいと思い切っていた」

後輩「……」

男「つまりは、俺の世界では居ないも当然になるかな」

例えばの話。
昔大切にしていてた相手を、心からくっそどーでもいいと思い切ってしまった時。

自分はふと思い出したかのように記憶を消し去ってしまう。

いくら何度そいつに話しかけられようが、
いくら遠い昔の思い出を語り明かそうが、
いくら衝撃的な出会いを得て再認識されようが、

──世界の基準は変わらない。

男「妹の件で多少は良くなったけどね。認識がごっちゃまぜになって、結構たいへんだけども」

男「事実、あの件を終えたあとの今じゃ部長さんのことも微妙だし……、…?」

後輩「………」

男「後輩ちゃん? どうしたの急に…黙って、具合でも悪い?」

後輩「先輩さん」

男「うん」

俯き暗い表情をする後輩ちゃんに、
何かしてしまったかなと考えてみるが何も思い至らない。どうでもいいことに。

後輩「私は見えてますですよね?」

男「そりゃ勿論。一度は認識を外したけれど、今では十分なほどに」

後輩「…いつかまた外されることは、ありせんですよね」

男「………」

大丈夫だよ、と言ってあげるのは容易かった。
実にどうでもいいぐらいに、息を吸って吐くぐらいに。

男「大丈夫だよ。平気だって、心配する必要なんてないから」

だからどうでもいいことを口から零す。
あえて分かりやすく、普通の後輩ちゃん相手には──それこそ普通にバレる嘘を。

後輩「…嘘です」

男「あはは。そんなのどうでもいいことじゃないか、後輩ちゃん」

けれど普通な彼女はわかってくれるはずだ。
こんな自分を好きだと言ってくれて、こんな自分を素敵だと褒めてくれて。

無限に空っぽであり続ける己を、満たし続ける彼女には。

後輩「ですけど聞き入れました。先輩さん、それが貴方の普通なのなら…私は受け入れます」

男「……」

後輩「私にその事実を、普通を、教えてくれてありがとうございますです」

男「そっか。本当に後輩ちゃんは普通な娘だよ」

後輩「そうですよん。私は可愛い可愛い普通な子なんですよー」

そうやって彼女は俺の普通を知り得た。
どんな相手でも普通であって、普通で在り続ける彼女。

こんな自分の普通を今、彼女は己の普通にし得たのだ。

後輩「ですけども。いつか私をホントーに世界から追い出したら…とんでもないことしでかしますから、覚悟してくださいですよ!」

なんとも恐ろしい話を言い出す後輩ちゃん。
もし仮にそうなった場合、自分は手も足も出ないだろう。割りとマジでどうでもよくない。

男「肝に銘じておくよ。んじゃ早速だけど──この間引きした人名で数人が絞られたわけだ」

後輩「ふむふむ、です。私にもよく見せてくださいですよ」

男「ほら。どうぞ」

後輩「…こうやってだいぶ絞られた訳ですけど。先輩にとって、やはり犯人というのは」

男「多分、俺がどうでもよくない人物だろうと思う」

後輩「はい。私もそう思うです、ここで聞いておきますが…どうでもいいと思い切った人間さんは居ないですよね?」

男「…………」

見つめる。名前の羅列。どうでもいい名前、どうでも良くない名前──また違った観点の人名。

男「うん。どうでもいいぐらいに【どうでもいいと思い切った人間は居ない】よ」

間違いなく、妹の病室に訪れた人間の中で──どうでもいいと思い切った名前はないようだった。

男「全て名前はどうでもいい人と、どうでもよくない人で分かれてる。と、思う。一応一人ずつ名前をあげてく?」

そうすれば口頭で上げていった内で無い名前があった場合、それが思い切った人間だと分かる。

今日はここまです
出来れば毎日5レスぐらい頑張ります

ではではノシ

その時に後輩ちゃんに聞けばいいのだ。
自分が【どうでもいいと思い切った人間】が誰なのかと。

後輩「いいえ、別に大丈夫です。そんなイレギュラーな展開にならないと思うですから」

男「そうだね」

あまりにもハッキリと断言されたので、俺としてもどうでもよく思っておく。
今回はあくまで俺がどうでもよく思えてないことが本筋に関わってきているのだ。

男「俺がどうでもよく思えていない人間。それが犯人だ」

後輩「ここまで絞り込められたんです。あとは一人一人確認…なんて手間は取れませんです」

男「大丈夫。俺を誰だと思ってるの?」

吐き出した息を吸い込む。
自分がどのような人間かは他の誰よりも理解しているつもりだ。

男「今、犯人を断定させるから」

後輩「……」

男「今回の犯人は───」

男「──……後輩ちゃん、君だよね」

本当に、どうでもいいぐらいに、理解している。

    ?????

『がおぐおあえいうごあごじゃおjごあおがお』

男「………」

二時間目は数学という摩訶不思議な術式を扱う日本古来の歴史深き──どうでもいい。
まともに授業を受けていない俺にとっては、もはや英語よりも他国圏外な語群だった。
数学、どうでもいいと思いたい。

男「………」

とりあず、先ほど他方から飛来した手紙のようなもの。
どうでもいいが窓際の女子生徒から投げつけられたもののようだった。

男「うん」

握りつぶす。目は通したが後輩ちゃん的に言わせれば『超絶意味不ー!』だったので、
脳みそからどうでもいいと思い切って封印。さらば日本語、そもそも日本語だったかも分からない。

男「………」

コツン。と、頭部に二撃目が直撃。
黙って執拗に織り込まれた手紙を解きほぐし、中身を拝見。

『なに握りつぶしてんだあほ』

今度はちゃんと読めた。どうでもいいけど。

投擲場所に視線を向けると、どうでもいい顔並が揃っているだけで、
投擲者が誰かは分からなかった。厄介である。まさに姿のない犯人。

男「……」

──どうでもいいか、そんなのは。
手紙を裏返して文面の続きを読み取る。


『んでもって、アンタ本当に馬鹿よね。独りでいつもアンタは身勝手』

『そうやって生きてなにが楽しいの? ワタシにはわかんない、ガチでわかんない』

『けど、そんな人生の楽しみ方をワタシも共に歩みたい。あいらぶゆーちゅっちゅっ』

握りつぶす。

男「あいてっ」

三投目。開く。

『さてアンタは間違っていることを理解しなきゃいけないわ。なにを? ってのはワタシが教えてあげるから別にいいけど』

『犯人はワタシ。アンタの妹を殺そうとしていて、女という存在を消そうとしていて、殺人予告を送ったのはワタシなんだけど』

『アンタ。やっちまったわね、とうとう間違ったことをしたわね』

喉が詰まる。
よくぞ叫ばなかったと、自分を褒め称えたい。

そうだ、俺は間違っていた。
どうでも良くないものに囚われすぎて取り返しの付かない───

男「…どうでもいいけど」

──ああ、どうでもいい。
例え間違ってしまったとしても、いつかはそうなると思っていた未来だった。
今が幸せすぎて、都合が良すぎて、少しだけどうでもいいものを見通せなかっただけ。

男「…いつかは訪れる別れだった」

3つ目の手紙を握りしめて、ポケットに入れる。
これは重要なものとなるだろう。既に遅いと思われるが。

四投目が来る。

『あーあ。アンタ今、それで良いんだって、どうでもいいんだって、諦めたでしょう』

『過ちを過ちだと理解する前に、罪を罪だとどうでもいいと思う前に』

『己の自信を保護するために、罪と過ち自体を──どうでもいいと思い切った。違う?』

男「…お前に何がわかるってんだ」

『わかるわよそれぐらい』

先を読まれていた。憎たらしい。

『そうなることぐらい予想できた。アンタがワタシをどーでもいいと思ってる限り…』

『今の現状を打破できずに、何も対処できずに、掴んでいた幸せを手放す失敗をするってね』

男「……」

五投目。

『けどね。だからこそワタシが言わせてもらうわ』

『──アンタは間違ってないって。アンタはどうでもいいと思ったこと、それ自体は間違いじゃないって』

『それは正しいことだったのよ。その幸せは普通じゃない、異常なのよ』

男「…普通じゃない」

『偽りの幸せ。偽りの日常。偽りの人生──アンタが一番好んでる、どーでもよくない世界』

『偽物は偽物らしく身分を隠し、己を卑下し、ホンモノはホンモノらしく身分を語り、己を誇示し』

『分かりやすいからこそ、どーでもいい。わかりにくいからこそ、どーでもよくない』

『そんな嘘偽りの世界に浸かってちゃ──アンタは駄目になる』

『全ては公にしてからこそ、人生は始まるのよ。アンタがワタシの性感帯を熟知しているようにね』

最後はいらないと思う。ガチでどうでもいい。

しかしながら。と言っても。
何者かが語る偽りの世界が、俺にとって不要物と決めつけるのは些か勝手が過ぎるというものだ。

男(お前に何が分かる)

『わかるわよそれぐらい』

もう何も思わない。どうでもいい。

『結局アンタは本物を好まないということよ。本当の存在を、本当の言葉を、本当の想いを──』

『あんたという人間は心から信用出来ない。ビョーキ以前に、あんた自信が望んでいない』

『常に世界は偽物で在り続けることを望んでいて、本物なんていう〈偽物〉はありはしないと本気で信じている』

『【本物が偽物】で【偽物が本物】。それがアンタが抱えるどうしようもない問題』

『どうでもいい問題で、どうでもよくない問題。相変わらずこの部分に関しては壊れっぱなしね』

男「………………………」

ああ、本当にそんなことを言われなくても。
どうでもいいのに。

どうでもいいことだって、気づいていたはずだったのに。

この世に本物なんてものはありはしない。
常に偽物が世界を牛耳り、本物が除外される。

そんな価値観は俺だけじゃない。俺の抱えるビョーキだけが捉える事実じゃない。

持ちえるチカラを十分に発揮する本物は、世界にとって不必要なのだ。
本当の想い、本当の気持ち、本当の事実。

それら全ての【強さ】は人間にとってあまりにも大きく、扱いづらい。
安易に扱うには代償を伴いすぎる。

人は思うほど強くはない。生まれたばかりの赤ん坊よりも臆病だ。
世界を知れば知るほど、人が持ちえる耐久度は弱まる一方で。

人と人との関わりあいに──強さなんて必要じゃない。

だから人は偽物に頼る。
一時の安堵を得るために、簡易的に手に入る弱さを欲しがっている。

それに偽物は扱いやすい。本物よりも身近に合って、よく知れた存在だ。

簡易な友情。言葉だけの愛。距離だけの親近感。

なんて軽いのだろうか。
なんてリスクが低いのだろうか。

本当の友情や愛や思いよりも──使い勝手が良すぎている。

どうでもいいと、簡単に捨てることも出来るのだから。


『けれどアンタはそんな【偽物】を本物だと信じている』

『人は結局、本物が怖い。もっと単純に世界に存在していたい、色んなものをノーリスクで経験したい』

『本気で愛していた人にフラレたくない』

『本気で信じていた人に裏切られたくない』

『本気で伝えた言葉を無視されたくない』

『──けれど、結局されちゃったら、次の本気へ移って行く』

『人間にとって本気なんてその程度のものなのよ。現実だって、物語だって、良人だって悪人だって次を求める』

『ありふれた本気に常々構っていられるほど人間は強くないの。いいや、コレだって違う』

『ありふれた偽物に、人は本気になることなんてないってこと』

『常に世界は【偽物】が【本物】だけど。確かにそうだけど、そうやって人は生きていくものだけど』

『違うのよ変態。それでも人は何時だって本気を欲しがっているものなのよ、本当の愛や想いや信頼を欲しがっているのよ』

『怖いから偽物に頼りたがるけど、それでも人は本物を見つけようとする』

『──アンタにとってどうでもいいものを、信じようとするのよ』


「だから言ってあげるわ、この変態ッ!」


何処かで声が響き渡る。
教室内だということはわかるのだが、それが誰かは分からない。

「人ってのは馬鹿で臆病だけど! 偽物を欲しがって本物を怖がるものだけど!」

「それでも前に進もうとするのよ! 前を見て本物を見つけ続けようとするの!」

「けどアンタはどーでもいいものを、本当の愛を! ホントーの好きだって想いを!」

「心から伝えたいと相手が信じる気持ちをッ! 本気で信じることが出来ない最低な人間ッ!」

「例えそれが本気だと気づいていたとしても、それすら偽物だとどーでもいいと思おうとして…!」

「偽物は偽物だと決めつける! 本物はないのだと、どーでもいいと思い続ける!」

「そんな…──」

「──変態で馬鹿で最低で畜生で餓鬼で馬鹿で病気で阿呆の低知能の…」


「…ワタシの大好きなひとなんだからっ…ちゃんと見なさいよ…世界のことを…!」

「偽物はちゃんと変わるのよ……人は何時かはちゃんと変わって、前とは違った存在になる…っ!」


「──だから見てよっ……ワタシのこともちゃんと見てよ…!!」



「ワタシはちゃんとアンタのことを……本気で好きだって思える…覚悟をしたんだから…ッ!」

荒げる声が微細に震えているのに気づく。
何時かは小さくなり、か細く、教室中にさざめき立つ声に掻き消えるのだろう。

そうして蔓延る不安の空気と、
泣き崩れることなく健気に立ち尽くす彼女が、放たれる教師の一声に変わる前に、

男「じゃあお前は俺のことを変えられるの?」

彼女に、はっきりと問いかけた。

「……っ……」

男「……」

「くっはっ……ぐすゅ…! 」

「っ……う”ん”…!」

男「……」

「やって……やってやるわよ、馬鹿へんたい…!」



副会長妹「…ワタシを誰だって思ってんのよ…!」



もう少しだけ、世界は回り続ける。

今日はここまでノシ

  ????

明らかに人の目を引くのはわかっていた。

男「………」

あれだけのことを、ああいったことをしてしまったのだ。
数時間と言わずに、ほんの数分で注目の的になるのは重々承知だった。

人の口には戸が立てられない。
そもそも立てる必要もない上に、口以前に人すらどうでもいい俺にとっては。

男「全てがどうでもいい」

本当に使い勝手の良い言葉だろう。
だがしかし、言葉と実行では差異が生じる。言うだけ全てが現実になるのならば人類みな幸せだ。

男「…おっとと」

不意に足元をすくわれそうになり、慌てて体勢とを整える。
どうでもいい、と思いたいがそうも言ってられない。

自分は───やってしまったのだから。

男「えーっと何処だったっけ?」

今は人の目を盗んで、外へと足を向けていた。
絶えず向けられる視線と、刺激的欲求に唆され話しかけてくる人間を掻い潜り。

男「…あった」

目の前にはひとつの花壇。
どこぞの誰かが誠心誠意真心込めて手入れして、いた、過去の産物。

今や雑草と多種勢揃いの草花に満ち溢れた密集地帯へと変貌している。

男「よっと。これだ、これ」

屈み込み、どうでもいいと思い切り、ひとつの花を千切り取る。
名前はなんと言ったのだっけ。どうでもいい情報の中から、爪を立てて掻きだしていく。

男「ああ、シクラメンだったな確か」

爪の間に挟まった微かな残滓が、どうでもいい言葉を生み出した。
シクラメン──サクラソウ科の…まぁどうでもいい。

男「……」

はてさて。
どうして自分がこのような無駄なことを人目を避けて訪れたかというと。

うん。単純に謝りたかったのだ。
彼女に、あの可愛い普通の恋人に、ごめんなさいと謝罪を述べたかったのだ。

男「…俺は勘違いしていた。結局、間違った選択をしてしまった」

ポケットの中には、その証拠となるメモが残っていた。
握りつぶされた皺だらけの文面。

さっと目を通すだけで、頭を働かせることもなく理解が出来るほどに。
どうでもいいことをどうでも良くないと思う暇もなく──単純に示しだす答えのように。

そしてもう一つ取り出した、紙切れ。

男「…殺人予告」

俺は2つの重大な証拠を手にし、そして、その2つが導き出す現実を受け止めなければならない。

男「よっこしょ」

地面に腰を下ろして、ゆっくりと動作を行う。
2つの紙切れをてっぺんまで登った太陽の日差しに翳し、それを合わせる。

男「うん。どうでもいい」

大きさは違えど、その紙切れに描かれた模様は──ぴったりと合わさった。
ポップな絵柄で彩られた水色の花がら。

つまりは【殺人予告】と【皺だらけのメモ】は同じメモ帳から使われていた。

男「…そして、そのメモ帳を彼女は持っていた」

俺の愛しい彼女が長年使用しているのだろう、あのメモ帳を。
同じく水色の花がらが描かれていた、あのメモ帳を。

男「あー……やっちまった」

本当に、本当に、どうでもよくない。
総軽すぎて思わず笑ってしまうぐらいに。

つまりは、自分にとってはもはや必要ではなかったということ。

彼女が持ち出してきた【見舞い人の名前】という情報を把握する以前に、
後輩ちゃんが使用していたメモ帳の絵柄、そして告げられた──犯行予告のメモの絵柄。

そして後輩ちゃんが使うメモ帳にはごく最近破かれたような跡が残っていた。

男「…そしたらもう完全にアウト」

どうでもいいものを把握した俺は思うだろう──ああ、この子は普通に犯人だと。


この普通でどうでもよくない俺の彼女は。
そのありのままの持ちえる力量を有して、行えるのだと。

──予告通り俺の妹を、女を、殺せることが出来る──


男「…本物だってさ」

偽物じゃない。ただの冗談や驕りではない。
気分を害した者が軽く口に出す言葉よりも、はるかに重く強く大きく。

男「女を殺せるってさ」

男「普通に思うだろ。コイツはぁやべぇって絶対に犯人だって、誰だって思うだろ」

物的証拠は全ての障害を押しのける。
ただ単に己の絶対的な価値観を信じるのが悪いとは言わない。

男「…けど俺は間違ったんだ」

先走り過ぎたと言っても過言じゃない。
気づかない内に俺は無意識に焦っていたのかもしれない。

迫っていた期限に対向する手段を得るために、いち早く犯人を断定したかったのかもしれない。

だから目の前の証拠に飛びついた。
全ての障害を、そう、全ての感情やどうでもよくないものを押しのけて──

男「…また泣かせてしまったぜ」

俺が彼女を犯人だと断定した、あの時、


『……先輩さんがそう言うのであれば、そうなんですね』


グシャリと握りつぶす。
全てを、今まで不器用にも手にしていたモノを力強く握った。
自分は壊したのだ。なんら深く考えることもなく、ただ、それがどうでもいいと思ったから。

男「…馬鹿野郎」

「ああ、君は本当にバカヤロウだな。うむむ」

今日はここまでノシ

瞼に瞳を伏せたまま、聴覚だけで発信源を探り当てる。
どうでもいい声に、どうでもよくない口調。

揺れ動く狭間の中で確固たる存在を発現する、主人公気質。

副会長「なははー! どうもどうも!」

男「…なんでここに居るんですか」

副会長「ごもっともな質問だ。しかしながら聞いてくれ、てか先ずは聞きなさい」

男「なんですか」

副会長「その握りつぶした花を手放せ。如何せん、色々と見逃せないものがあってだな、わかるだろう?」

どうでもいいです。

副会長「そんな顔をするんじゃあない。君と私の仲じゃあないか、君には無事に私の声が届くものだと信じて言っているんだから」

男「……」

副会長「むふふ。だろー?」

ああ、本当に厄介だ。
どうでもいいと思える要素を沢山持ちえているのに、この人は、本当にどうでもよくない。

男「…わかりました」

ゆっくりと花を手放すが、既に散り散りになっていた。
茎と花弁から漏れだした液が一緒に握りつぶしたメモを濡らしている。

副会長「それでいい、それがいい。君には命というものを常に大切に想う心が──とても似合っている」

男「どこの寵愛主義者ですか」

副会長「いい言葉を知っているなぁ後輩君。さすれば『寵愛昂じて尼になす』ということわざはご存知だろうか?」

男「…わかりませんけども」

副会長「実は私もどんな意味なのかは知らん。ぶはっはっは! いやいや、そんな目で見ないでくれ──しかしながら、だ」

よっこいしょうきち、と。
隣へと堂々座り込む副会長。

副会長「その意味は君自体が語っていると思われるのだが、はてさて、どう捉えるだろうか」

男「何が言いたいのか俺にはわかりません」

副会長「うむむ。そうかそう言うのであれば言わせてもらおうか、言っちゃってもらっちゃおうか後輩君」

副会長「──君、周りのこと大切にし過ぎじゃない?」

男「……………………」

副会長「ぶっちゃけるけども、君は今までどれだけ多くのものを失ってきたかを考えるべきだ」

男「…俺が何を失ってきたと言うんですか」

むしろその逆だ。
失ってきたんじゃない。得て、それを自ら捨ててきた人生だった。

果たしてそれが病気のせいなのだと、言い訳が効かないほどに。
俺自身が生み出してきた濁りは、軒並みの言葉で語れるほど一辺倒じゃない。

副会長「後輩君」

男「貴女は俺が失ってきたからだと、自分の罪ではないから今度は……自分のためだけに生きろでもと?」

副会長「後輩君…」

男「そんなのが間違っていると、副会長さんの人ぐらいだってわかるもの、」

副会長「私はもう副会長じゃないぞ!」

は? いや、

男「だから、まずは俺は、」

副会長「副会長じゃない」

頑固に首を振って、彼女の眼力に気合が籠もる。

男「貴女が言うような、言おうとしているような、」

副会長「後輩君」

男「…なんですか」

副会長「昔みたいに『お姉ちゃん』って呼んでくれなきゃヤダ」

何言ってんだコイツ。

男「……」

副会長「もう副会長じゃないしーそろそろー? 昔みたいにさ、君にあの愛くるしい顔で……くふふっ」

何かを思い出し桃色に頬を染め上げ照れる彼女。断じて言う。
そんな過去が合ったことはない。どうでもよくなさすぎる……どうでもいいけど。

副会長「だから君にはひとつ言って欲しいんだ。新たな自分に向き合うためにも、その一歩を踏み出す勇気として!」

男「クイズばばあ」

副会長「なっ………!?」

男「ちなみにいつも心のなかで呼んでる愛称です。貴女の」

副会長「なぬっ、にっ!?」

男「…これでいいのなら、そう呼びますけども」

副会長「……くくっ……なははっ……なるほど、な……道は険しく道のりも長いと来た…ッ…燃えるじゃあないか…!」

駄目だ主人公にフラグを提示させてしまっただけだった。
どうでもいいから後に真っ二つにブチ折らせてもらうけども。

男「副会長さん。話を戻しますよ、本当に」

副会長「…なにかね後輩君」

男「貴女が言いかけたことです。俺は何も失ったつもりもなく、ただそれが違った観点でそう思われていたとしても…」

男「…それは俺が抱え切るつもりです。俺の覚悟として、生きる糧として、一緒に生きていくんです」

どうでもいい言葉を吐いてしまった。
なんて下らない疑惑に満ちた覚悟を露呈してしまった。

けれど、そんなどうでもいいものを、どうでもよく思い続けることを、俺は捨てたりはしない。
それが俺なのだから。どうでもいい俺なのだから。

男「合わせて言わせていただきますけど、そんな俺が一度だって周りの人間を大切にしたことなんて、いや妹にはあったか…うん…」

副会長「うむむぅ? 早速ながら君の決心が揺らいでいるように見えるのだがぁ?」

男「…妹は違う」

副会長「そういった君のふくれっ面が見られるのは確かに、女ちゃんのおかげだろうなぁ。感謝感謝、君はやっぱり可愛い子だ」

ここまっでノシ

男「…なんとでも言ってくださいよ」

副会長「ああ。なんとでも何度でもいってあげるぞ、君は素直で可愛い後輩くんだ」

見慣れない、私服に身体を染めた彼女は朗らかに笑う。
妹が関係してくる話ではもはや言い出すことは、もう俺には残っていなかった。

あれだけ無様な姿を見られて、妹の為だけにと命乞いをした情けない俺を見られているのだから。

男「……」

副会長「君は何時だって他人のために動いてる人間だよ。ワタシにはわかるとも、一番に理解しているとも」

副会長「いやこの言い方は間違っているかもしれない。君が納得出来ないのも確かなことだ」

副会長「君は他人に対して──本気になれる稀有な存在なんだ、己の存在よりも他を優先して行動をできるカッコイイ男なんだ」

副会長「抱えるビョーキだけが君の特色じゃあない。君はそれだけのちっぽけな存在じゃあない」

副会長「誰よりも本気で物事を見据えようとする、すごい男なんだ」

男「いきなり現れて、いきなり何ベタ褒めしてるんですか」

副会長「んふっ。どうしてだと思う?」

特にどうでもいい思いつきが浮かんだが、どうでもいいかと切り捨てる。

男「…特に興味はありませんね」

副会長「良い返事だ。あの事件から大分経った…とまでは言わないが、それでも君は君で自分らしく生きているようで安心したぞっと」

男「まさか俺の顔を見にここまで来たとかじゃないですよね」

副会長「ん? あはは勿論だ。そこまで君を甘く見ては居ないよ、うむむ、ワタシは副会長として最後の仕事を、いやコレも違うな」

副会長「──一人の人間としてここに来たのだ。決着をつけにな」

男「…さよですか」

興味が無いとは流石に言い切れない。
けれど彼女が詳しく詳細を述べないというのであれば、それで良いのだ。

副会長「ではこれで、また機会があれば……おっ?」

男「まだなにか?」

副会長「君、懐かしいものを持っているな。なんだいなんだい、彼女さんに手紙でも貰ったのかな?」

男「…………」

彼女の視線の先へと目を向ける。
そこには先ほど握りつぶした花と一緒に、潰された二枚のメモ。

男「これに見覚えが?」

副会長「勿論あるに決まっている。それは去年の文化祭で特別に作った各部活ごとを表したメモ帳だからなぁ」

男「…各部活ごと」

副会長「馬鹿みたいに予算を使ったよ。いやはや、会長様の思いつきには幾度と無く振り回された…今はいい思い出だがな」

青色の花がら模様。
これは【園芸部】だからゆえにこの柄となったのだろうか。

男「それって誰彼と持てるぐらい量産されたんですか?」

副会長「それはないな。むしろ全部活専用に作れるほど予算は算出されなかった。くじ引きで決めたよ、元から欲しがった部活も皆無だったからな」

なるほど、と。
今ではどうでもいい情報を手に入れる。いや、どうでもよくはないだろうか。

あの手帳は、このメモは、その絵柄は、
【あの園芸部だけが持てる専用のメモ帳】ということになる。

男(…どうでもいい、か)

ゆえにこのメモ帳が【何故使われたのか】は今更どうでもいい。

副会長「つまりは君は園芸部に手紙を貰ったことになる。どうだ? んふふ、ワタシの推理は当たっているかな?」

男「いえ違いますけど」

副会長「えーっ!」

堂々と自信に満ちたドヤ顔を差し向けてくる彼女に端的に答える。

男「これは……なんていうか、園芸部という人間からはかけ離れた人から貰いました」

副会長「いやいや…園芸部とは人間の括りといった種別語じゃないからな……?」

男「そうですか? なんかこう、あそこにはちょっと頭がアレなひとが集まるところの気がしますけど」

副会長「………うーむむ」

否定はできないようだった。
色々あったしなぁ。しかたないことだろう、どうでもいいけど。

男「……」

遠くのほうで鐘がなるような音が聞こえた。
意識を強く持って聴覚で聞き取る。そろそろ三時間目が始まるだろう。

副会長「んむ?」

男「自分は人を待ってました。けれど来る様子がないようなので、このまま部屋に戻ろうと思います」

副会長「そうか。ならばここでお別れだ、機会があればまた映画を見に行こう」

男「行ったことありませんよね」

副会長「ないな。だがそんな思い出もあったてもいいだろう?」

よくはない。だったら後輩ちゃんと行く。

副会長「君には色々と作りたいものがあるのだ、言えば家族との思い出よりも───」

言葉が止まった。
空気が停止したと言っても過言じゃない。

二人の意識を強烈に遮断する──存在が現れたから。

男「……っ……」

喉がひりつき、意識が一瞬混濁する。
目の前の副会長が伸ばした先の視線を泳がせる。


副会長「───………お前…」


彼女がポツリと言葉を漏らした。
ギリギリのラインで絞り出したかのような抑制のある声質。

彼女の声に、その存在がコチラへと顔を向ける。
2つの瞳が俺と彼女を確認し、最後に俺へと向ける。

「──………どういうこと?」

男「…違う。たまたま会っただけだ」

言葉で説明する他ない。他に方法はなかった。

「じゃあ関係ないってこと?」

男「…そう、関係はない」

なんの関係だろうか。
俺は何かの約束をしただろうか。思いだせ、いや、思い出す必要性など関係はない。

どうでもよくはないのだ、そうさっき脳へと焼き付けたのだから。

既にどうでもいい存在ではないのだ。先ほどの出来事は──

男「俺はお前との約束を守る」

「ならいい。じゃあこれで」

学校のチャイムは鳴っていた。
はたして何処へ向かおうとしているのだろうか。俺は…どうでもよかった、よくはないのだろうけども。

去っていく背中を見届けて、俺はひとつため息を付く。
どうでもいい存在、どうでも良くない存在───そしてどうでもいいと思い切った存在。

男「……」

副会長「…あーびっくりした、いきなり現れるかね」

未だにその壁を乗り越えてきた存在に対して、自意識がまともに作動しない。
頭を振って再起動。さっきやっと名前を呼び起こしたというのに、

男「副会長…」

副会長「いいよみなまで言うな。うん、こっちの事情もわかってるだろう、君になら」

男「ええ、まぁそれなりに」

副会長「だろうな。ワタシの母親と繋がりがあるんだ、君にならあの馬鹿母親も告げていることだろう…」

副会長「全く困った奴だよ。出来ればワタシが在学中にどうにかしたかった問題だったが…仕方あるまい」

消えていった人影を一瞥し、踵を返す。

副会長「これからは君たち在学中の問題となったわけだからな──ふふふ、ワタシはそれを見守らせてもらおうさ」

男「……」

彼女はそういって去っていく。
少しさびしそうに思えた。その背中はきっと言葉に出来ないものを沢山背負っているのだろう。

男「副会長!」

副会長「…ん」

だからきっとこの声は彼女に届くはずだ。
今まで多くの出会いと思い出を作り上げてくれた人に、俺は、きっと届くのだろうと。

男「今のセリフ、なんだかとってもおばさん臭かったです!」

副会長「……」

やっと最後に傷を付けられただろうか。
ポジティブと主人公補正で凝り固まった存在は俺にとっての最悪な敵だった。

副会長「──君は……」

自分はどうやったら彼女を傷付けられるか分からない。
なにをして、何を思えば、どう言葉を発せれば──

その理由はなんであれ、彼女はもう俺に関わってはいけないのだから。

副会長「本当に優しい人間だよ。全く」

だから、そう彼女も受け取ってくれるはずだろう。

???????

俺はひとつの約束をした。

たいそれたものでもない。ただ、自分にとっては大に問題では無いということだけで。
一般的高校生では多重に幾度と無く学校生活に支障をきたすものだろうとは思われる。

男「……」

三時間目の授業は自習だった。
なのでサボらせてもらうことにした。もともと出るつもりも無かったのだが。

今は保健室のベッドで仮眠という名の後悔をとっていた。

男「…うーむ」

約束。約束。そして後悔。
言えば約束自体を後悔しているわけじゃあない。

男「覚えていられるだろうか…俺に…」

どうでもいい人間との約束。
問題はそこだった。俺が抱えるべき重要な部分は約束の反故。

男「いや大丈夫だろ。うん、大丈夫…だよなぁ?」

ああ、全くもって自信がない。これほどまで悩み辛い事があっただろうか。

ことアイツの事での話なのだが。

「誰のことで悩んでんの?」

ズボぁ! と毛布の奥から出てくる顔。
一瞬気が遠のいて舞い戻ってくる。

男「…何やってんのお前」

「うふっふー! なにやってると思うー? ○ェ○とかー○○○チオとかー?」

聴覚で自主規制。
どうでもいいと思うには些か危ないところだった。

男「モロシモネタはやめろ」

「ネタじゃないっつーの。変態、前はやってあげただろーに」

男「やってないやってない」

「やってたから。めちゃ苦しいのよあれって、ズコズコ突かれるとおぇってするし」

男「………」

「あ。思い出した?」

にふひひっ。
と笑う奴の顔を両手でつまみ上げる。

「ふぬおっ!?」

ここまでんノシ

そのまま頬を持ち上げギリギリの所で寸止めする。

男「……」

「いふぁんられろ」

呂律の回らない声で抗議の色を瞳に染める。
だらり、と無理矢理に開けっ無しにされた口から涎がこぼれ落ちた。

だら、だら、だら、と──

彼女の口から止めどなく、透明な涎が垂れ続ける。

男「汚いな」

「はなひゃーふぁいよ」

男「啜ればいいだろ。わざとやってるだろそれ」

「ひや」

にっふふ。
と笑みを零しながら、軽く首を横に振る。その拍子で、
ゆるやかに垂れていた涎が、摘んでいた自分の指先をドロリと濡らした。

それに気づいた彼女が、瞳をキョロリと動かし、

「あーむっ」

摘む指先を彼女は強引に咥え込んだ。
熱い口内。人差し指を包み込む熱に、思わず火傷をしてしまったかと思わせてしまう。

男「………」

何気なく指先をぐねぐねと動かし、
彼女の口内を触診してみることにした。

「…んっ」

綺麗に生えそろった歯に、つるりと滑らかな歯茎。
奥のほうで縮こまっていた柔らかな舌。

「ふわぁ……んっ……あっ…」

止めどなく指先を濡らし続ける唾液を絡めとり、
塗りつけるようにして彼女の舌をくすぐる。

「んふふ──ふぁーに?」

くすぐったそうに目尻を緩ませ、
それでも負けじと舌で応戦してくる。

ちろちろ、と──
自分の指先と、彼女の舌先が交互になぞり合う。

互いに、順番ずつ、
突きなぞり絡ませながら。

2つのモノの形を図り合い、その間、一時も視線を外さない。

「ぷはぁ……」

数分と続けていただろうか、
彼女がゆっくりと指先の拘束を解き──ダラリと唾液が糸を引いた。

男「……」

「……」

二人の間に微かな荒い息が響き渡る。
授業中である校内はやけに静かで、相手の鼓動さえも聞こえてきそうだった。

「ねぇ」

毛布から顔だけを出した彼女が、潤ませた瞳をちらりと向けた。
上気した頬が薄っすらとピンク色に染まり、艶やかに濡れた唇が言葉を発する。

「…やろっか?」

──ゾクリ、と背筋に痺れが走る。

その言葉が皮切りに──ゆっくりと顔が近づく。
縛り付けられたかのように身体は硬直し、身動ぎひとつ出来ない。、

ほう、と吐息が肌を撫で、
鼻孔に彼女の匂いが溜まり続ける。

「───……」

閉じたれた瞼、もうすでに唇が針一本とない距離。
伸ばされた手が、するりと、首筋をなぞり───

男「どうでもいい」

ぐいっと押し返す。思いっきり顔面に手を置いて。

「ふががっ」

男「急に欲情するなよ。変態なのはどっちだ」

そのまま押し出し一本。
流石にベッドから落とすのは、どうかと思うので止めておいてやる。

「…アンタだってちょっと興奮してたでしょ」

男「してない。何処を見てそう思ったんだ」

「見ればワカるわよ。こっちは元カノよ? 鼻の穴おっきくなってたし、下もおっきくなってたでしょ変態」

男「なってない。展開だけでやる気になるほど、自分は若くはない」

「役立たずなの?」

男「失礼なことを言うな。そうじゃない、別に俺は───」

ただ、それだけのことなので、どうでもいい。

男「──妹に興奮するほど落ちぶれてないってだけだ」

「は? 妹? …確かにワタシは妹カテゴリー含まれるけど」

男「だろう。言わばお前的に言わせれば、妹に欲情するほど変態じゃないってこと」

「待ちなさいよ。ちょっと本気で待ちなさいよ、アンタにとって妹は一人だけでしょうが」

確かにそのとおりだ。
俺にとっての妹は──女であり──今でも病室でベッドに横たわるアイツだけ。

「何勝手にワタシまで妹にしてるのよ。ふざけないで」

男「ふざけてない。至って俺は本気で言ってる、今は……だけど」

そう望んだのはお前じゃあないか、と。

男「お前は俺のことを変える、と言い切ったんだろ?」

「…そうよ。けど」

男「ならお前は俺にとって妹で良いんだ。俺みたいなどうしようもない人間を変えられる奴──は一人だけで十分」

そんなことを出来る人間なんて、いや、そもそも、

──そんなこと言い出す人間は一人だけで十分過ぎる。

男「そうなればお前の出してきた【約束】とやらも、守られる形になると思うけどな」

「……」


男「──俺は一切の女関係を断ち切る【約束】を」


あの教室での出来ことで変わった現実は幾つかある。
どうでもいいものが、どうでも良くなくなったことがある。

目の前の変態元カノは俺への認識を改めるよう言い出してきた。
自分は以前とは違うのだと、だからもう一度ワタシを見ろと。

そうやって、どうでもいいものから、どうでも良くないものに変えて欲しいと。


「ワタシを妹と認識することによって、本当の妹との関係を断ち切るってコト?」

男「そうなるな。条件も満たせることも含めて、お前の認識も楽になる」

どうでもいいものを、どうでもよくさせないためには
──その定義をどうでもよく思えばいい。

男(…あー頭痛が痛い)

果てしないほどの矛盾に認識が継ぎ接ぎだらけになる。

妹は女で、女は妹で──コイツは妹で、妹はコイツ。
どうでもよくないもの──どうでもいいもの。

その定義を無理やりにでも着色。むしろ置き換えが正しいだろう。

男「お前は今日から……俺の妹だ。どうでもよくない妹だよ」

自分で何を言っているのか理解できない。
思わず腹痛で痛くなってくる。この矛盾の危険が危なすぎて、誰か来客が来ないかと。

「…まぁいいけど。なんか良くわからないけど、約束を守ってくれるなら別に」

いいのかよ。
お前も大概だな。

「そういった覚悟があるならワタシは別に良いってコト。アンタが後生大事に抱え生きていくつもりだった──」

「──あの憎き女を捨てる、とまで言い切ったんだから。それならワタシも約束を守る」

男「いや、捨てるつもりは無いけど」

「じゃあ殺すけど」

男「嘘だって」

約束は約束だ。コイツは俺が約束を守る変わりに──女を殺さないと言ってくれた。

俺が女性関係を断ち切ることによって、病室で眠る女を殺さないと。

ここまノシ

女性関係とは、つまり、
関わりあいのある女性を捨て去れということ。

その【約束】が反故されない限り、元カノは妹を殺さない。

男「ここで重大な問題が一つだけあるんだが」

「なによ。なーんにも無いでしょ、問題なんて」

男「ありまくるよ。女性というカテゴリなら、お前の母親まで含まれるんだけど」

「──ハッ、それが? なに? 問題でもるってワケ?」

男「あの人の診察受けないと俺、死ぬんだけど、多分」

母親。つまりは副会長の母親であり、コイツの母親でもある──先生。

男「今直ぐに死ぬってわけじゃあ無いけども。それでも、先生だけは除外して欲しい」

「いいや、駄目ね。あのクソババアも問題なく約束に含まれるわ、会っちゃ駄目、絶対に」

男「…俺に死ねってか」

けれど本当にあの人が居なければ死んでしまうのか──と言われれば、断言はできない。
確かに先生は大切な人だ。忘れてはいけない、どうでもいいとは思えない人間だった。

だからといって会わなければ死ぬわけでもない、ただ…

男「…お前とこれから過ごすなら、俺のビョーキは酷くなるはずだ」

それだけは重々理解できた。
診察を受けないと死ぬなんて断言できないが──ビョーキが酷くなることは断言できる。

男「お前もお前で、俺は少しでもまともであって欲しいだろ。
  今でもろくにまともじゃないけれど、これ以上酷くなるのも嫌だろうに」

「………」

男「もしかしたら、どうでもいいという境目が──また初期状態に戻るかもしれない。今度は完全にお前のことも、消し去るかもしれない」

「…頑張りなさいよ、ワタシだって頑張るんだから」

男「期待したいな。けれど、元に戻ることは俺だって嫌なんだ。どうでもいいと思えない、あの闇は──あの世界は、経験してきた景色は…」

…言葉に出来ないほどの、穴が訪れる。
このビョーキを抱えた初期の自分。

今から十数年前──先生の初めての診察時に、あの人の口から零させたものは、今でもどうでもよくない。



『──なんで君は生きてられるの? 君は、一体何を視ているの?』



男「…どうでもよくない、だから、可能性が1%でもあるのなら、俺はどうにかしておきたい」

これからずっと、永遠にコイツと連れ添うと言うのであれば。
抱え続けるだろうビョーキのレベルに気を使う必要がある。

「…、そんなにババアって大切?」

男「大切だ。お前も姉も、少しは母親を労ってやれよ。あの人は凄い人だぞ、ある意味でもそうじゃなくても」

「なにそれ。あーなんかババアも殺したくなっちゃうじゃない、やめてよ、この歳になってやっと過去に踏ん切りつけれるようになったのに」

男「……」

この家族が抱える──謎の多い問題。
副会長と、先生と、元カノ。
全貌を知らないわけじゃない。問題自体をどうでもいいと思ってるわけでもない。

ただ、自分という人間が──どうでもいいと言ってしまうぐらいに──関係してないのだから、未来永劫追求はしないだろう。

男「俺には必要だと思ってる。診察も偶にサボってるけれど……どうか認めて欲しい、先生と会うぐらいは」

「ふーん、そう。まー良いけど診察ぐらいは。認めてあげなくもないわ」

つまらなそうに髪先を弄りつつ、けれど一時も視線は外さず、

「──けど約束して。ババア以外には絶対に関わりあいを持っちゃ駄目だと、それだけが異例、だってことわね」

男「ありがたい。大好きだよ、妹」

「むっふふー早速良いじゃないそれ。キュンって来ちゃう。案外素直なところもあるのね、アンタにも」

楽しそうに、それまた心底愉快そうに目元を緩ませて、妹は、イモウトは、笑う。

男(──これが俺の今のイモウト…)

過去に捨てたどうでもいい人間。
恋人関係まで上り詰め、他人が呆れるほどくっつき合っていた関係であったのに。

当時に感じていた感情、愛も好きも欲望も全て、とある少女のために切り捨てた。

とある少女を【妹】と呼ぶために、目の前の人間を無残にも放り投げた。

男(けれど、今はそれがイモウト)


ズキン、ズキン、ズキン、ズキン、ギリギリギリギリギリ


男「っ………」

こめかみに刃を通すかのような痛み。
どうでもいい、なんて、思えない程の許容外な刺激。

矛盾が心と脳をかき乱す。
妹は一人であって、二人じゃあない。なのに現実は、どうでもよくない本当は──


偽物が、本物に成り代わった。

男(──ただ、それだけの事だったのでした)

まる
どうでもいいと強引に抑えこむ。冗談めいた口調で認識を誤魔化した。
ああ、なんて、これまたビョーキは酷くなる一方で。


──今すぐにでも後輩ちゃんに会いたい。

──あの普通で、あの普通の可愛さで、今の自分を再確認したい。過去のデータをロードさせてくれ。



男「……」

イモウト「苦しそうね」

男「気にするなって。お前も今の俺を期待してたんだろ、だから──ここまでして、俺に関わってきたんだ」

イモウト「勿論そうよ。アンタの苦しみようも全て予想済み。アンタが約1時間前に……」

イモウト「…あの彼女から拒絶されたことも、ワタシは知っている。だって見てたもの」

拒絶?
よくわからない言葉に疑問が浮上する。

後輩ちゃんからは拒絶などされていない。
あれは自分の責任であって過ちを犯したのは、ただただ己だけなのに。

イモウト「それは違うわ変態。アンタは除外されたのよ、あの彼女から認識を外されたの」

男「…それは俺の専売特許だろ」

イモウト「良いから聞きなさいって。アンタが作り上げた問題であっても、受け取る人間にも覚悟は持てるのよ」

男「覚悟?」

イモウト「そう──覚悟よ、受け取る覚悟。問題に対してどう対処するか、それは作った人間にはどうしようもないコト」

男「……」

イモウト「愛しい彼女は問題に対して、受け取らない覚悟を決めた。何もかもを忘れると、過去に起きた全てのことを──」

イモウト「──除外して、捨て去って、消えきって、どうでもよくしたのよ」

男「は──んなの、まさか」

イモウト「そうよねまさか、よね。アンタは知っているんでしょう、彼女の強さってものを。アンタの彼女になるぐらいだし、とんだ曲者ってのも分かるわ」

男「…お前まさか」

疑いが、確信に変わった。

イモウト「その通り。ワタシが後押ししたの、さっきの休み時間に学校を抜けだして、あるものを取りに帰ったの」

それはどうでもいい。知っている、だが、次のことは──

ノシ

イモウト「取りに行ったのは──昔にアンタがくれた物。アンタがワタシを振った時にくれた──」

ガサリ、とカサついた脳が記憶を放り出す。
それは手紙。二つ折りにした小さな手紙だった。

自分は当時付き合ってたいたイモウトと別れを告げるために、
言葉ではなく手紙を使ったのだ。それを、コイツは今までずっと──

男「…使ったのか」

イモウト「勿論。あの手紙を使わせてもらったわ。筆質も誤魔化せるし、なにより保存状態も良好だったから」

男「…けど宛名が違うはずだろう」

イモウト「はぁ? 当時のアンタが宛名なんか書くと思う? …なーんにも書いてなかったわよ、ただただ別れの言葉だけだった」

それは──そうだったかもしれない。
当時に俺は既にイモウトのことを認識から除外していた。

そもそも手紙を書くこと自体が億劫だったことを思い出した。

イモウト「今読んでも泣き叫びたくなるぐらい酷い内容だった。アレほど愛してたのに、アレほど好き会ってたのに…」

イモウト「…アンタから送られてきた最初で最後の手紙は、最悪だった」

イモウト「じゃあそんな手紙を読んだとしたら。そんな最悪な手紙をアンタから送られたと勘違したら?」

イモウト「──可愛い彼女はどういうふうに思うかしらね?」

男「……」

どうなるだろうか。
あの普通で普通な可愛い後輩ちゃんは、昔に書いた手紙を読んで、どう思うだろうか。

別れの言葉だけを綴った簡素な内容を受け取って、
あの子はどう思うか──なんてのは、

男「どうでもいい」

イモウト「正解。アンタにはもう関係の無い人間なのよ、そう思わなくちゃね」

不出来な弟を可愛がるような笑みを浮かべる彼女。
それが少しだけ──副会長に似ていた。

イモウト「アンタは結局、あの子を見捨てるしか無い。自分が起こした勘違いのせいで起こった原因と含めて、」

イモウト「ワタシの後押しで完璧。もうアンタは振られたも当然よ」

男「…そうなるだろうな」

そうなってしまうのが彼女だろう。
普通を抱え普通になりきる。相手の抱える矛盾さえも、崩壊さえも、まるごと全て普通と割り切れる。

──別れを告げた手紙を手にして、ああ、後輩ちゃんは普通に受け取るんだろう。

──それまた普通に行うのだろう。彼女はなんて言っても本物だから。

男「お前が思っている以上に効果があるだろうな。あの子は、そういった子だから」

イモウト「そなの? まー純情そうには見えたけど、世間知らずーみたいな感じ?」

男「…それはそれは」

それは流石に普通過ぎる。
あの子は初対面の相手にも【普通】になれるのか。

イモウト「ま。いいわそんな過去の人物なんて。今は今、昔は昔。そうやって割り切らないと」

男「今は今、昔は昔……ね」

イモウト「なによ。何かさっきから言いたそうね、文句でもあるワケ?」

男「特に無い。ただ昔は今と違う、なんて割り切った考えはやめたほうがいいな」

イモウト「なんでよ。いいじゃない過ぎたことをクヨクヨ考えるほうがみっともないでしょ」

男「それも一理あるけれど、誓うんだイモウト。お前そんなんじゃ何時か、けがをするぞ」

今も昔も。どちらも現実で、本物だ。

男「──過去が偽物になるってことは、絶対にない」

イモウト「…どういう意味よ」

男「どちらも抱えて生きるべきってことだ。偽物みたいに簡単に切り捨てることなんて、やりたくても結局は出来無い」

男「どんなに思い出したくない過去でも、どんなにつらい過去でも、それは──どうでもよくないんだよ」

自分はそれをわかっている。
だから今はこうやって過ごしていける。

過去があるから、今がある。

男「…出来ればお前にもわかって欲しいけどな」

イモウト「アンタらしいって言えばアンタらしいけど。なによ、語りきった顔して。ムカつく、あームカつくっ!」

男「なんだよ、これからお前色に俺を染め上げるんだろ? こんなことぐらいで音を上げるなって」

イモウト「うっさいわね、言われなくたってそうするわよ。ただアンタの顔にチラチラと忌々しい女の影がちらつくのよッ」

男「……」

ノーコメント。言ったら多分、コイツは不機嫌になる。

イモウト「んだぁあぁぁあああもうっ! やれやれ、本当にコイツはワタシの彼女なのかしら…・? んー?」

男「間違えてるぞ、イモウトだイモウト」

イモウト「あーそうだったわね。妹ね、妹。ったく面倒臭いやつよねアンタってば」

どうでもいい。

男「じゃあそろそろ俺は教室に戻るけど。お前は?」

イモウト「は? 今から戻るの? 終わりまでぐーたらしとけば良いじゃない!」

男「やることがあるんだよ。お前には関係ないこと」

イモウト「関係有るわよ。アンタが関係してるなら、全然関係有るわよ」

男「…とんでもない理屈を振ってくるな」

イモウト「常識よ常識。なに? まさかさっそく約束を裏切ろうとしてるワケ?」

男「……」

イモウト「あ。今アンタめんどくさいやつとか、思ってるでしょ?」

どうでもいい。

男「…そこまで気になるなら言っておくが、聞かなきゃ良かったとか思うなよ」

イモウト「へーきへーき」

男「そうか。じゃあ言っておくけど」

はぁと溜息。
これから先が思いやられると思いつつ、けれど、これが普通かと身構える。


心は既に覚悟を決めている、ただ、後ひつだけを残して。



男「──殺される前に、殺すんだよ」

??????

覚悟はしていた。
あれが【読まれてしまった】と分かった瞬間、己の身に何が起こるかぐらい。

コイツはそういった人間だ。
それが出来る本物の人間だ。

──それが普通なことなんだと。


「はぁッ…はぁはぁッ……!」

男「……くっ…はッ…!」


荒い息を吐く二人。
視界は電流を流されたかのように痺れ、有耶無耶になっている。


「…うそつき、うそつきめッ!!」

男「…嘘つき? ははっ、何を言ってるんだ?」


頭部に起こる痛みをシャットダウン。
どうでもいい、どうでもいい、血が流れようとも──どうでもいい。


男「俺はそういった人間だって、そういった普通だって、知っていただろう?」

「ッ…何が普通だ! そんなの普通じゃない!! 嘘つき嘘つき嘘つき!!!」

男「はぁ~…子供っぽいダタをこねるなよ、たかがどうでもいい人間風情が」

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」


地を蹴る。真横に全身を投げ打った。
受け身を取る暇さえも無い。ぞりりりりっと、地面と皮膚が擦れ合う。


「お前は何を言ってるんだ…わからない…わからない…っ!!」

男「…キャラぶれもほどほどに」


ぐらつく脳を必死に度外視し、
相手が持つバールのようなものを認識。殴られれば流石に死ぬなーこれ。


「ちゃんと…っ…ちゃんと視てくれるって言ったくせに!! どうでもいいって思わないでくれるって!!」

男「言ったっけ? どうでもいいから、忘れてしまったよ」

「んっぐッ……はぁはぁっ…なんで、なんで、なんで、なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで!!」

男「良いじゃないか。たかが俺ごときに忘れられるという現実だろ?」

「嫌だ嫌だ嫌だ!! ちゃんと見てて欲しい!! ちゃんと見てくれなきゃヤダやだやだ!!!」

男「無理だってば。既に君の…あれ、お前の? 名前ってなんだっけ?」

「───ッ……はぁ…やだ……やめて……うそだ……!」

ボタリ、と──

相手の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。
それが何なのか、そんなのどうでもいい。

男「…これで君をどうでもよく思うのは、二度目だな」

「嫌だ…嫌だ…っ」

男「あの時は大変だったね。妹が起こした問題が難しくてさ、色々な人を巻き込んでしまった」

男「副会長や君、そして園芸部全員を…」

「やだやだやだやだやだやだやだやだ!!!」

男「けれどそうやって起きてしまった現実は本物だ。今更偽物にするってのは、些か都合が良すぎる」

「っ……なにを、言いたい……!!」

男「うん。だから都合が良い方にしようかなって」

「……え……っ…?」

男「世の中大変な事ばかりだよ。どうでもいいもの、どうでもよくないも──なんて区切りをつけられたとしても」

男「こうやって君みたいな人間が俺の生活を脅かしてくる。実に不愉快だ、実に残念だ」

男「だから全て【どうでもよく】思うことにしたよ。全て、全部、もう大変だから」

「なにをっ……言ってるんです……っ?」

男「おお。いいねそれ、やっぱりそう言った口調のほうが───」

「なにを言ってるんだ!!!」

男「だから、どーでもいいんだよ。全部、ここまで来てしまったら捨てるんだよ」

「っ……!?」

男「今まで培った過去を全て偽物にする。切り捨てて、投げ捨てて、それこそ昔の…」

男「…ははっ、元カノみたいに。現実を偽物にするんだ」

全部をどうでもよくする。
なにもかも、何にでも全て、捨てきる。

「すべてを捨てるなんて……じゃ、じゃあ…妹さんは……?」

男「勿論、捨てる。いらないよ、あんなけったいな妹なんて」

男「…俺にはもっと大切なモノができたんだ」


これだけは嘘だ。どうでもよくない。
妹は捨てない。捨てないからこそ、こうするしか無いのだ。


「…なんですかそれは…なんなんだよッ……なんなんだよッ!!!」

男「らしくないなぁ。地が出てしまっているじゃないか、今までの俺らの関係はもっと素敵な日々だったよ?」

「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!! やめて!! やめろ!! そんなの普通じゃないです!!」

男「そうとも普通じゃない。けれど出来るのが俺だよ、やってしまうのが俺だよ。それが普通なんだよ、俺にはね」

「あああああああああああああああ!!!」

男「…何をそこまで悲しむのかな。わからないよ、君ならきっと普通に分かってくれると思ってたのに」

「貴方のことッ……しんじ、信じてるから!! こんな醜い自分をッ……認めてくれたから!」

男「あーそうか、そんなことも言ってたっけ? 多分、そんなのどうでもいいから忘れてたよ」

「はっ───」

ジャリン。と、バールのようなものが地面で跳ねる。
逃げ出す好機でもあったが、今はそうじゃない。どうでもいい。

男「俺は妹もビョーキも先生も、君も全てどうでもいいと思うことにした」

男「そんな本物を全部偽物にする。どうでもいいと、思うことにする。許してくれよ、普通だと思ってくれ」


──そんな闇を君の普通にしてくれ、と。


「嫌…嫌ぁ…!」

男「強情だね。君の今は普通じゃないなぁ、あれを読んだから? 読んでしまったから、ここまで強情になれるのかな?」

「っ……っ……」

男「確かに、書かれたことは全て本当だ。過去の自分がやってしまったこと、その全てを綴っていたものだからね」

「…っ……っ……」

男「それが普通だと思った君は、ああ、ここまで強情になるしか無い。だってそれが普通なんだから、君の新しい自分なんだから」

言うなれば元カノと過ごしてきた日々。
何も変われなかったぞんざいな日常。

周りから見られれば、飛んだバカップルだったろう。

しかし現実はそうじゃあない。

それはもっとも今、語ることじゃあないけれど。

男(──よく元カノことを思い出すなぁ。今頃になって、今頃だからだろうか)

男「あれには君の覚悟を激変させるものがあった。知っていたさ、だからこうやって君の元へ来た」

「…殺してやる…」

男「どうでもいい。君は俺を殺したいのだろうけども…」

「…違う……」

男「うん?」

空気がチリつく。
何かがふと、倒れるように変わったのが理解できた。

「殺す、殺してやる、絶対に殺してやるです…!」

男「──ははっ、誰を?」

どうでもいい。
どうでもいいんだ。

そんなの──期待通りだったから。

「そんな風に貴方を変えてしまったやつを…ッ……こんなものを読ませた奴を、殺してやる…ッ」

男「それが君の普通なの? ちょっとばかし、不都合すぎやしないかな」

「それが普通なんです!! あぁああっ…やっと、やっと、やっと、思い出してきたぁ…そうですです!!」

「これがワタシなんですです!! 貴方を奪われるぐらいなら、取られるぐらいなら、全部全部ワタシの普通にしてますです!!!」

男「───………」

なんて、簡単で、容易い人間なのだろう。
どうでもいい世界は今日も廻る。

どうでも良くないものが、じわりじわりと、どうでも良くなっていく。

どうせ、こうなる運命だったのだから。

男「じゃあ君に素敵な問題を贈ろうか。とっても気に入ってもらえると信じてるから、俺としても喜んでくれると嬉しい」

「はぁっ…はははっ!! なんですぅ!? くださいです! ワタシに普通をくださいです!!」

男「うん。いいよ、君は俺の大切なモノを殺したい───」



───なら、見つけるんだ。



男「何時か俺が楽しそうに会話している誰かを。それが、俺にとっての大切な者で。君にとっての───」




───殺したい人物だから、見つけるんだ。

?????

イモウト「アンタ大丈夫?」

男「…平気そうに見えるのかよ」

既に空はオレンジ色に染まっている。
ぞろぞろと帰宅につく生徒たちは、思い思いに今日も生きるのだろう。

イモウト「なんで怪我して帰ってくるワケ? まぁあんなこと言って出て行ったから、そうなるかとおもってたケド」

男「そうなるって何だよ。俺もスマートに物事を進めたかったわ」

イモウト「へぇーえ。それで? ちゃんと殺せたの? 誰か知らないけど」

下駄箱から靴を取り出し、革靴へと履き替える。
一瞬、靴底に違和感。どうでもいいけど。

男「いや殺せなかった。ただ準備は出来た、それだけ」

イモウト「はぁ? なにそれ、殺すと言ったなら殺してきなさいよ。こっちに迷惑かかったらどうすんのよっ!」

男(やっぱり言わなきゃ良かった)

どうでもいいか、だって終わってないのだから。
玄関口を抜けて校庭へと歩みを進める。

隣にはイモウト。
歩幅を合わせて寄り添ってくる。

男「…近いんだけど」

イモウト「良いじゃない別に。いいでしょ? 駄目?」

男「駄目じゃない。けど、人目につく」

イモウト「うわっ。らしくないこと言ってる、本気? そういう所見せちゃうなら可愛いなって思うけど」

男「じゃあ今後見せない」

イモウト「素直じゃないわねーふふっ」

楽しそうに髪を揺らして、
イモウトは数歩先へと飛び出していく。

イモウト「ねぇーアンタ。今日はあそこ行かない?」

男「何処だよ」

イモウト「思い出しなさいよ。昔、ワタシ達がよく行ってた所よ」

男「………」

記憶の中から掘り起こしてみる。
なにか、なにかあっただろうか。

なんて自分の中で嘘をついてみる。

──だってどうでもよくないのだから。

男「…神社の裏な。覚えてるよ」

イモウト「そのとーり。なので早速ながら走って行くわよ! ゴーゴー!!」

男「ちょ、待てってば! オイ…!!」

走りだす背中を追いかける。
まるで散歩を嬉しがる犬のようだった。

ああ、なんて、どうでもいいのだろうか。

世界は回り続ける。


?????

人を殺すことに躊躇いは無い。
どうでもいい人間を殺すことに、後悔はない。

なんてことは、普通にありえない。

殺すなんてことは出来ないし。
殺す理由なんてものも、見つけることは出来ない。


自分はただ汚れたくないだけなのだ。
殺す、壊す、なくす、

どうでもいいことなのに、けれどそれを犯す勇気が俺には無い。

ただ覚悟を決めることは出来る。

本物を殺す覚悟を、偽物になる覚悟を。

そういった覚悟は昔から持っていた。人よりも、断然多くの自信を持って言えるだろう。


どうでもいいと思える自分があるかぎり──

──そうなる覚悟は決めていた。


男「妹…」

全てはお前の為だ。
何時からか俺の覚悟はお前の為にあった。

お前の為なら人も殺そう。
お前の為なら殺す理由も探そう。

妹を、女を、守るためになら。


??月???

イモウト「ついたわよ!」

男「はぁ…はぁっ…っ…足速いな、お前…」

散々見慣れた神社は、こうやって訪れると新鮮味があった。

新鮮味?
     どうでも良い記憶なのに、なぜなに、新鮮味?
                                 どうでもいいけど。


イモウト「あはは、なっつかし~ここで良くアンタとべろちゅーしたわよねぇ」

男「…なんて記憶だよ、ろくな思い出ないな」

イモウト「仕方ないじゃない。だって、楽しかったし、嬉しかったしさ」

男「そんなことが嬉しかったのか?」

イモウト「…あたりまえじゃない。そんな、なんていい方ワタシには出来無いわ」

彼女は静かに息を吐き、
遠く見つめるようにして、消えていく夕日を静かに見届ける。

イモウト「ワタシは嬉しかった。アンタとキスが出来て、会話ができて、ただそれだけで嬉しかった」

イモウト「そんな日常があるなんて思いもシなかった。今までずっと一人なんだって、一人ぼっちで生きるんだって…」

イモウト「…思い続けていた日々だったのに、けれど、アンタがワタシの前に現れたから変わったの」

男「……」

イモウト「ねぇアンタはどうだった? こんなワタシと付き合って、それでどう思ってた?」

ちょい休憩

男「何も」

イモウト「はっ。でしょうね、そういうアンタだからこそワタシは好きになれたんだもん」

おかしそうに肩を震わせて、

イモウト「会って直ぐに気づいた。アンタはこの世で誰よりも──一人ぼっちだって」

イモウト「人に愛されても、人から好かれても、人と関わったとしても、アンタは絶対に心を開かない」

イモウト「そういった本物を、そういった気持を、知りたくても知れない。そんな可哀想なやつだってね」

男「…言ってくれるじゃないか」

イモウト「だってそうでしょ? まぁこの話はさっき散々書き散らしたし、ぶりかえすつもりなんて無いけれど」

イモウト「…でもね、ワタシは衝撃的だった。こんなワタシよりも寂しい人間が居るだなって」

イモウト「人を信じれられないのは私も一緒。アンタと同じで、心から人を信頼出来ない」

イモウト「本物なんて怖くて手を出せれない。偽物ばっかり手にとって、それで満足するようにしてた」

イモウト「──絶対に本物なんて無いんだって、それだけは、心から信じてた」

段々と夕日が消えていく。
じきに暗闇に空が染まっていく。じき、人目がつかなくなるだろう。

イモウト「ねぇ、アンタは悲しくならない? こんな自分が嫌にならない?」

男「さてね。自分はこういう人間だってことは、自分自身がよく知ってるつもりだからな」

イモウト「そう。私は悲しいよ、私は嫌いになっちゃうよ。そして惨めに感じちゃう」

人より劣ってることを自覚して、とてつもなく嫌な気分になる。

男「…劣ってることなんて無いだろう。それが自分なんだから、認めて胸を張って生きればいい」

イモウト「ばか。そんなこと出来るのはアンタぐらいよ」

コトリと、鞄を地面に置いた。
緩やかに音もなく、彼女は近づいてくる。

イモウト「…アンタは寂しいくせになんともないって、どうでもいいって、思い切れる」

イモウト「どんなに愛してもらっても、本物より偽物を欲しがる」

イモウト「だって本物は分かりやすいから。どうでもよく、思いやすいから」

イモウト「…偽物なら、わかりにくいから欲しがってる」

だったら本当の愛は、本物愛はどうでもいいってワケ?

男「…どうでもいいな」

イモウト「そう。悲しいやつね、だから好きになったけれど。それでも、アンタは寂しいやつよ」

男「寂しくても、悲しくても、まぁどうでもいいけれど。世界が見れなければ──ただそれだけだ」

イモウト「だから偽物を欲しがるの?」

男「ああ。だって世界を見ることが出来ないのなら──本物も偽物も、どっちも闇の中。一緒のことだろ?」

イモウト「そうね」

世界を認識できないのであれば、
どんなに欲しても全てはどうでも良くなってしまう。

本物なんて、偽物なんて、あってないに等しい。

だったら偽物ばかり追い求めて何が悪いのだろうか。

イモウト「…私は?」

男「お前?」

イモウト「そう私。偽物の偽物、アンタの妹の偽物、これってどうなっちゃうワケ?」

男「………」

イモウト「アンタの元の妹だって偽物よ。このイモウトと呼ばれるワタシだって、偽物」

イモウト「──アンタはどの偽物を選ぶの?」

男「…お前は」

偽物の偽物。
どちらも立派な偽物で、どうでも良くないものだった。

                                  どうでも良くない?

自分は選ばなくちゃいけない。
本当の偽物を。本物の偽物を。
                                  なんでどうでもいいことを考える?


ここは選ぶべきだ。
約束を守るべきなら、妹を殺されたくないのなら。
           
                                  どっちのいもうとを?


男「──俺は……」



言葉を放つ。その瞬間、


「──危ない!!」


彼女の言葉がそれを遮った。

ぐるり、と回る視線。
強引に引き寄せられた身体は、後方から振り下ろされた物体を空振りさせた。

男「っ…!?」

端に視認。
バールのようなもの。アホか、何を狙いを外している。


「…あ。間違えたです」


男「おい! 何間違ってるんだよ!! アホか!」

「いやーいやいや、ははっ! なれないことをするもんじゃねーですね、ごめんなさいです!」

軽快に振り回す鉄の棒。
空を切る音に、軽く死を連想させた。

男「死ぬところだったぞ。なにをやってんだ…」

「ワタシだって間違えたくは無かったんですよ。でもまーいいじゃないですです。これもまた一興です」

男「…一興で死んだら困るんだけど」

冗談じゃない。どうでもよくない。

男「ま。そんなところは置いておいて、とりあえず──正解おめでとう」

「ありがとうですですぅ~」

ニコニコと微笑む楽しそうな笑顔に、どうでもいい虫唾が走った。

──ここまで壊れるのか、人間というものは。

男(俺が言えたことじゃないけど)

さーて、と。
どうでもいいことをさらっと答えていきますか。

イモウト「…なによ、それ」

男「クイズだよ。作っておいたクイズ、そしてお前の質問に答えられる回答を用意した」

イモウト「…裏切ったの?」

男「裏切ってはない。裏切る直前なだけだ、しかもそれを選べるのは──お前だ、お前だけが選べる」

イモウト「なに、言ってるのよ、そいつは……そいつは…!」

男「シンキングターイム。お前はどちらを選ぶ?」


男「──殺されるか、俺の前から居なくなるか」

膨らませていた答えを吐き出していく。
冗談ではなく【半年】かけて作り上げていた問題を、打ち明けていく。

イモウト「なに……それッ…!?」

男「そのまんまの意味だよ。言ってたじゃないかお前も、問題は受け取る人間が覚悟を決められると」

男「お前はその【覚悟】を決めなくちゃいけない。受け取らないか、受け取るのか」

イモウト「意味がわからないわよっ!! なにが、どうなって、アンタはなにを言ってるのよ…っ!?」

男「俺は選ばないよ。どっちが良い偽物か、なんてさ」

正確には選ばないが、正しい。

男「だから答えをお前に託した。このまま目の前から居なくなるのなら、お前を選んでもいい」

どうでもいいことながら、
それが何時になるかはわからないけれど。

男「けれど、殺されるなら選ばない」

死んでしまえば、それまでだ。

「ねぇそろそろ殺していいです?」

男「まだ。答えを聞いてないから」

はやる気持ちは抑えておけ。
気分次第で殺せる相手ではない。わかってる、どうでもいい。

イモウト「……、どっちも駄目じゃない! ふざけるんじゃないわよ!!」

男「だろうなぁ。けれど、良いじゃないか別に、殺されても」

イモウト「なんっ…」

男「俺はどちらでもいい。だって妹が殺されないのなら、それだけで十分だから」

イモウト「…アンタって奴は…ッ最初からそのつもりで…ッ!?」

男「……」

イモウト「ふざけるんじゃないわよッ! なにが殺される、よっ!? ほんとーにふざけるんじゃなわよッ!!」

イモウト「ワタシはアンタと生きることを決めたのよッ!? 何があっても生きてやるって、どんなに裏切られても───」

イモウト「──こうやってアンタが殺そうとしても!! ワタシは!! 本物を絶対に見せてやるって決めたんだから!!」

男「…誰に?」

イモウト「だーかーらぁああああああああああああ!!」

喉がはち切れんばかりの大音量の雄叫びを上げ、
彼女は走りだす。


イモウト「あんったに!! 愛を教えてやるって言ってんのよっ!!」

懐から取り出したのは──小さな果物ナイフ。
何時から忍ばせていたのか、最初からだとどうでもよく思う。

イモウト「どんなにアホで馬鹿で小心者でも!!」

勢い良く振りぬく、相手は遮るようにバールで防いだ。

イモウト「悲しいやつで寂しいやつで冷たいやつでも!!」

お返しとばかりに尖った先端をつき出すが、
イモウトは屈んでそれを避ける。

イモウト「──ワタシはアンタを信じてるから!!」

「きゃははあっはあはははは!!!!」

イモウト「うるさいわよ変態!! なによ、卑怯じゃないそれ!!」

「えー? 殺される人間が何いってんの? …黙って死ぬですよ?」

イモウト「ばーかっ! 死なないわよ勝手にアンタが死んでおきなさい!!」

「やーです☆」

豪快に振られたバール。
返しの付いた先がイモウトの制服を引き裂く。だが、外傷には至っていない。

男(モテル男って辛いな)

イモウト「アンタ…ッ! 今とんでも無い馬鹿なこと考えてたらぶっ殺すわよ!!」

男「か、考えてない」

イモウト「あー面倒臭いわね! アンタと連れ添うと決めたからには、こうなることも考えてたけど…ッ!」

男「…お前が立ち向かうことも、予想してたよ」

イモウト「あっそうありがとうございます! 死ね変態! これが終わったら憶えておきなさいよッ!」

荒い息を吐きながら肩で息をする彼女。
一方相手はヘラヘラと笑い、肩にバールを担ぐ。

「ねぇーどういうことです? これって、こういうのって、ワタシがいいように使われてるってことです?」

男「それは違うよ。君は君だけのチカラでここまで突き止めたんだ、だったら思う存分、それを振るえばいい」

イモウト「こら煽るな!」

男「煽ってない。ただ死んでほしくないから忠告しただけだ」

イモウト「ッ……それを煽ってるっていうのよ馬鹿!!」

駆け出す。
その俊敏さに目を張るものがあった。

一歩、二歩、既に相手の足元だ。

イモウト「──死ね」

下方から突き出すナイフ。
伸ばしきれてない腕先は、皮膚に到達するまでにラグが生じる。

「きゃはーっ」

ぐりん。
と、相手が目線を向ける。避けるに目測を図る時間は十分にあった。

イモウト「…わかってるわよ、避けるぐらい!!」

「っ…!?」

避けられ、ギリギリで空を切るナイフ。
しかしイモウトは、伸ばしきった先のナイフを──指先だけで逆刃に持ち替えた。

イモウト「アホ」

「やめ、」

振り下ろされる腕。
袈裟斬りに引き裂かれる制服、飛び出す血しぶき。


「あああああああああああああああああっっぁぁぁああぁぁぁぁあああああああああああっ!!!!!」


叫び。びりびりと震えんばかりの絶叫が境内を染め上げる。

男「……」

「あぁぁぁああっ…で、出てる血が出てるですッ…あは、あはははははっ! なんですぅ!? 殺してよかったんじゃないんですーぅ!?」

イモウト「違うわよ」

彼女は、地面で芋虫のように蠢く相手に馬乗りになる。

イモウト「──アンタが殺されるの。ワタシに、殺されるの」

「ぎゃはははははははは!! だめです!! そんなのだめですぅ!! ワタシが貴女を…ッ…お前を、殺すんだよ!!!」

イモウト「えいっ」

突き出された拳をナイフでいなす。

「ぎぁぁやああがああっががああああ!!」

イモウト「往生際が悪いなんて最悪ね。アンタはもうチェックメイトよ」

「や、やだやだ! 冗談です! こんなの冗談に決まってるじゃないですぅ!? ねっ? ねっ? 貴方もそういってくださいですぅ!」

男「……」

うん。どうでもいい。

イモウト「さーてじゃあ死のうか。アンタは不必要なのよ、どーしてここに居るか知らないけれど──」

両手でナイフを掴み、狙いをつける。
その躊躇いのなさは決してはずさないだろう。

一撃、首や心臓に差し込めば軽く絶命させられる。

イモウト「……死になさいよ」

「うううぅうっあああああっあぁぁぁぁぁあああやだやだやだやだやだやだやだ!!!!」

問答無用に、そのナイフは、


ふり   



            おろ、され───





??月??日


男「どうしたらいいと思う?」

後輩「なにがです?」

男「例えばの話。俺がとうとう人を殺さなくちゃいけなくなったら」

後輩「ぐぇーなんつー話してるんですか。食事中ですよ、ぷんぷんっ」

男「食事中じゃなかったらいいのか…」

後輩「まぁしょうがないので答えて上げますですよ。いいんじゃない?」

男「かるっ!?」

後輩「そういうもんでしょう。だって先輩さんは、そうしなきゃいけない覚悟を決めてるでしょう?」

男「…普通に?」

後輩「モチロン普通にです。普通に人を殺せる覚悟を持ってる。だって、それは、」

後輩「──妹さんのためになら、できることですよね?」

男「…うん」

後輩「だったらそれが正しいか、間違ってるか、なんてのは聞く必要はありませんです」

男「いいのかな、それで。もっと色々と考えなくちゃいけない気がするんだけど」

後輩「先輩さんは十分に考えてますよ。私はそれをわかってますですよ」

後輩「だからこそ、その普通を普通だって私も思っておきますです」

後輩「…これから色々と大変でしょうけれど、私だってすぐにでも貴方と一緒に過ごしたいですけれど」

後輩「───貴方が望む本物に、どうなってもついていきますですよ? にっひひ!」

7月??日

真夏の熱い風が身体を吹き付ける。
熱い、とにかく熱い。太陽が沈もうとも湿気の持った空気は、未だに熱を秘めていて。


男「…やっぱお前には無理だよ」


漂ってくる濃い血の匂いが、鼻孔を満たしていく。
溢れ出る出血の量は、どろどろと地面を塗らいしていく。



男「──言っただろ、お前は誰も殺せやしないって」


ただただ、それだけだった。


イモウト「はぁっ…はぁっ……はぁっ……はぁっ……」

男「最初から知ってたさ。お前が誰も殺そうなんて、思ってないことは」

暗闇に染まる視界に映る彼女。


振り下ろされたナイフは、地面に突き刺さっていた。

イモウト「……ち、ちがっ」

男「違わない。お前はそういった人間だ。人を殺そうとも──そんな殺意を本気で持てる人間じゃない」

刺さったナイフを奪い取る。
見ると彼女の手はブルブルと震えていた。

初夏を迎えつつある空は──半年の入院で急速に変化を迎えていて。


入院中の冬と、今の夏を、これでもかとわからせてくる。

この自体がどれだけ似ていても。

今と過去は同じじゃあない。


男「お前が今日、下駄箱に入れていた殺人予告。あれが直ぐにお前がくれたものだと気づいた」

男「けれどそれは、直ぐにお前の本気ではないと同時に気づけた。だってお前は優しいから」

男「じゃあ何故、わざわざ殺人予告にしたのか。それは俺の認識を少しでも、やりやすくするため」

男「普通の書き方ではどうでもよく思われてしまう。だから印象が残りやすい文章にした」

男「──苦肉の策だったんだろう。俺のことを困らせたくないけれど、俺を救うためになら頑張ろうって」

男「…証拠は字の綺麗さだ。お前、とんでもなく字が汚いだろう。けれどその殺人予告だけは綺麗な文字だった」

思い出すのは二時間目の数学。
飛んできた一枚目のメモ。汚すぎて日本語なのかすら分からなかった。
途中で気づいて、頑張って綺麗にしてたみたいだが。

男「お前は何度も何度も推敲して、文章を整えた。俺に伝えるために頑張って気を向けるために」

男「単なる殺人予告だ。時の綺麗さなんてものは二の次、伝わればいいだけのこと。むしろ、字の汚さはお前の印象に近づけるのに一役買ったはず」

男「けれどお前は綺麗に文字を書いた。己の印象からかけ離れても、お前は俺に素直に伝えたいことがあったから」

男「──私は変わったのだと」

一息つく。
それから言葉を続けた。

男「それで印象が薄くなると分かってたお前は、その日の内に出来る限り早く俺に話を付けたかった」

男「それで一時間目の体育で話しかけた。多少のブラフを含めて、殺人予告のことを決着を着けたかった」

男「それはなぜか? お前は直ぐにでも俺の不安を取り除きたかったからだよ。俺が不安で苦しんでないか、心配だったから」

男「大胆にキスなんてしやがって。昔ほど俺はキスなんて好きじゃないぞ、お前だって人前では──昔でもしなかっただろうに」

確かにイモウトの言うとおり、
俺は付き合ってた当時はこれでもかとイチャコラしていた。

べたべたと、ちゅーちゅーとやっていた。

男「そして二時間目のメモのやりとりを終えて。お前は無事に作戦をやりきった」

男「──俺に認識させてもらうこと。もう一つは、他人を俺から排除すること」

男「お前は知っているだろうけれど。半年ぐらい入院してた理由は──あの事件が原因だ」

園芸部が中心となって行われた、
妹が作り上げた問題。クイズ、そして答え。

男「幾らでも知れるつてはあるだろう、お前には。不仲な家族にも誰にだって全貌を聞ける手段はあったはずだ」

──だってお見舞いメンバーにお前の名前があったから。

男「だからお前は恐れた。こんな事件が起こる現実に、人間関係に、このままでは俺が──いつか壊れてしまうんじゃないかって」

男「だったら排除するしか無い。出来ることならもう一度、自分を認識して、そこから多重の約束を取り付ければ、難なく事が進むのだと」

男「それを、やりきったお前はとんでもなく嬉しかっただろう。やれば出来るんだと、初めて本物を感じ取れただろう」

イモウト「……なんで」

男「うん?」

イモウト「……なんで、知ってんのよ、そこまで、ワタシのことどうでも良かったんじゃないの…?」

俯き雪崩れた前髪で表情は伺えない。
けれど話は続ける。今はもう、世界はすら止まっている。

男「ああ、どうでもいいよ。けど、どうでもよく思い切っては居ない」

イモウト「…なによ、それ」

男「お前は俺の記憶から消えてないってコト。最初から名前も覚えていたし、顔も表情も全て、まるっきりどうでも良くなかったよ」

イモウト「…嘘、そんなことない、だってわかってなかった」

男「……」

イモウト「じゃあなんで…分からないって言ったのよ…じゃあなんでワタシのことイモウトなんて呼ぶのよ……」

イモウト「……ワタシのことをどうでもいいって、言ったのよ…」

男「───それは……」

チラリと血まみれで倒れた人間を見る。

「はっ…はっ…はっ…」

荒い息を嘆息的に吐き出しながら、瞳は一心に虚空を見つめている。
既にコイツの世界は止まりかけている。もう少しだけ待っててくれ。

男「お前に優しくして欲しくなかったからだよ」

男「出来ればこのまま諦めて欲しかった。俺のことなんて放っておいて欲しかった」

イモウト「…嘘」


男「嘘じゃない。だって俺は今でもお前が好きだから」


心臓が止まりかける。
けれど、そんなどうでも良くないことを言い切らなくちゃいけない。

男「手が触れただけで嬉しかった。目が合うだけで楽しかった。キスをするだけで──この世が終わるのかと思ってしまった」

男「けど、駄目なんだ。お前はもう俺に関わっちゃいけない人間で、違う道で生きなくちゃいけないんだよ」

男「俺はそうなる覚悟を決めたんだ。世界を見続けるためには……本物を捨てなくちゃいけない」

男「偽物を頼って世界を見続けなくちゃいけない。本物は俺の世界を暗くさせる、お前は……駄目なんだよ」


ああ、言ってしまった。
コイツは俺にとって本当の愛だった。

好きだと思える本物の思いだった。けれど、それじゃあ世界は明るくならない。

本物はわかりやすすぎる。どうでもよく思いすぎてしまう。
偽物じゃなければ、あの少女を【妹】と呼ばなくては───

男(──お前のことだって、見れやしない)

イモウト「じゃあ…ワタシをあえて、どうでもいいと思うようにしたワケ…?」

男「その通りだ。突き放すつもりだったけれど、やっぱり事はそう簡単に進まなかった」

男「どんなに頑張って不都合は起こる。今、お前の眼の前に居る人間だって……作り上げてしまった不都合だ」

男「ソイツの思いは偽物だよ。己の都合の良いように世界を作り上げて、感情や正確さえも──それが普通だと思い切る」

男「操るのは簡単だった。けれど、行き先を決めるのが難しかった」

イモウト「……」

男「アレを読ませてしまったからには、まぁ、どちらにしろどうでもいいぐらいに俺のせいなんだろうけども」

ぴくりとも動かない彼女を──副会長妹を抱きかかえる。
そっと横へとずらすと、彼女は素直に動いてくれた。

男「これが最後の抵抗だった。お前が殺されることを拒んで、自分の前から消えることを俺は望んでいた」

男「…こんなことが普通に起こりえる俺の現実に、恐れを抱いてくれれば、良かった」

男「けれど、お前はそれすらも乗り越えてきた。乗り越えようと、してきた」

男「正直もう駄目だと思ったよ。お前はやっぱり本物で、本気で愛を信じてる」

男「……だから諦めようとも思った」

だけど、やっぱりどうでもいいんだ。お前なんて。

どうでもいい。どうでもいい。
ああ、どうでもいいと思わなくちゃな。

男「お前は【殺意】だけは本気になれない。本物を持ち得てない、これだけは駄目だった」

副会長妹「…ころ、せるわよ」

男「お前は無理だよ。優しすぎるから、人を愛せる覚悟は持てるけれど。人を殺せる覚悟は持てない」

男「それじゃあ駄目だ。やっぱりお前は──どうでもいいんだ、最初からわかっていたことだったしな」

副会長妹「っ……違う違う違う違う! ワタシは殺せる!! アンタと同じでワタシは壊れてる!!」

男「壊れてない。ただちょっと寂しがり屋の、優しくて可愛いやつだよ」

副会長妹「違うって言ってるでしょ!? アンタは何も分かってない!! ワタシのこともなんにも、」

男「そうか──じゃあこれでもか」


振り下ろす。なんら気兼ねなく、握りしめたナイフを真っ直ぐに。


副会長妹「───え……」


吹き出す血しぶき。辺り一面を急速に真っ赤に染めていく。


「──ぎゃははははっははあはははっはははっははははは!!!」

男「……」

ぐりッ。と、手首をひねる。
骨を掠める音を最後に、笑い声はスイッチを切るかのように止まった。

「──ぎゃ、はっ」

男「…どうでもいい」

抜き取り、血によって滑る指先を気をつけ、もう一度差し込む。
肉を突き刺す柔らかい感触。初めてだったが、なんてことはなかった。

人を殺すことに、とっくの昔に覚悟は決めている。


副会長妹「……あん、た………」

男「コレが殺すってことだよ」

真っ直ぐに見つめる。
熱い、喉が熱い。皮膚が熱い。血に濡れた部分が熱を発し、今にも溶け出しそうだった。

男「俺は本気で人を殺せる。アイツの為になら、誰だって何時だって人を殺せる」

妹の為になら、理由だって探そう。
妹の為になら、人だって殺そう。

男「…お前は違うだろ、副会長妹」

溢れだした息が滑り落ちるように宙に舞う。
彼女の瞳は既に───もう何も見ていない。


副会長妹「………………………」


もう、彼女の心は離れていったのだから。


男「最後に一つだけ言わせてくれ。もう一度だけ言わせてくれ」

ゆっくりと伝わるように、確実にわかってもらうためにも。

男「…もうお前のことなんて」

これでお終い。さよならだ、と。


男「──どうでもいいんだよ」


偽物は、本物に変わった。


12月??日

男「後輩ちゃん」

後輩「あいあいぃ~なんですぅ~?」

男「もしかしたら君が死ぬかもしれないので覚悟しててください」

後輩「まっ! そんな普通を私に認めろとぉー!?」

男「もしも、の話だよ。もしかしたら誰か他の人が死ぬかもしれないけれど」

なんかそんな感じがするけれど。

男「後輩ちゃんには覚悟してもらいたいなーって」

後輩「まぁまぁ妹さんの件に続いて、私にも火の粉が降りかかりますですか!」

男「ごめんね。こんな不甲斐ない正義のヒーローなばっかりに」

後輩「んぁーじゃあ許しちゃいます。特別ですよ? 痛くしないでくださいですよっ?」

男「わかった。じゃあ首をグリってナイフでもって行くよ。一息で殺してあげる」

後輩「まっ! なんて大胆な……やっぱもっとシンプルに行きませんです?」

男「じゃあ爆笑しながら死ぬのは?」

後輩「なにそれ過激ーぃ! って、やめてくださいですよ。なにいってんですか」

男「…そうだなぁ、まぁありえない話しだし気にしないでいいよ」

7月???

そろそろ初夏とも言えない温度になって来た季節。
新調した制服は真新しい匂いがして、なんとなく感慨深いものがあった。

男「…しなくちゃ鮮血に染まった制服を着ることになったしな」

堂々と真っ赤な制服で登校する勇気はない。どうでもよくなさすぎる。

男「んーはぁ~~~~~~さてさて、どうしよっか」

心機一転。
心も身体も切り替えて、新しい二年生としての学校生活を満喫したいところなのだろうけども。



後輩「はーいですぅ! わたくし、可愛い後輩ちゃんが完結処理をしにまいりましたですぅ~?」



通学路の電柱から飛び出してきた可愛い後輩ちゃん。
なんか今日はハイテンションだなぁ。

後輩「そりゃまー半年ぐらい先輩さんとおしゃべりしてませんですからねぇ! そりゃあねぇ!」

男「…今までよく頑張ってきたねぇ後輩ちゃん」

後輩「もう寂しくて寂してく死んじゃうかと思いましたですよぉ~ぷんっぷんっ」

よしよし、と撫でて慰めて置いて。
それよか完結処理とは以下に?

後輩「そのことは一発で分かるものを持ってるじゃあないですか、先輩さんがです」

男「さてなんだろうか」

ガサリ、とポケットの中で音がなる。

後輩「はいはい。おとぼけは良いのでさっさと出すです」

男「どうぞどうぞ」

取り出したのは──【4つのメモ】だった。

後輩「ハイハイ。ひとつずつ解説して行きましょう、まずは一枚目」

男「殺人予告だね。妹を殺すーなんて書いてあった奴」

後輩「私を堂々と犯人だと決め付けたやつですね。もう一枚が、通達用のメモ」

男「これは…まぁいつの間にか貰ったやつだ」

後輩「どちらも、なにか液体のようなものが染み付いてますけれど?」

男「君に謝ろうと花を積んで待ってたんだけど、勢い余って潰しちゃったんだ」

後輩「…ああ、なるほど。先輩さんが【入院していた半年前のことですね?】」

その通り。
俺がいまだ怪我で入院していた時にやってしまったこと。

後輩「まぁ気にしてないので全然大丈夫ですけど、先輩さん、花は大切にしましょうです」

男「…ごめんごめん」

あの花はなんという名前だったっけ。
ああ、そうだった、

シクラメン──サクラソウ科、【冬】に咲く花だった。

後輩「そんじゃーまー次ですよ、最後に残ったその二枚。おやおや、いやらしいおなごの匂いがしますですよ?」

男「そりゃまぁそうだろうね。君も会ってるだろうから」

取り出した二枚のメモ。

それまた
【殺人予告】に【しわだらけのメモ】だった。


後輩「…これが先輩さんが復学したてで貰ったメモですか」

男「うん。元カノから貰った殺人予告だよ」

この話は──もうどうだっていい、既に終わったことだから。

後輩「んーむむ。なんともまぁ妹さんはどれだけ殺されかけてたんですかね、本当に」

男「本当にびっくりだよ。まさか二回も殺人予告を受けるなんて、気が気じゃなかった」

冬の入院中に一回。
夏の復学中に一回。

合計で2回の予告を受けてしまったからには、明日も見えない状況だった。


後輩「最初の一回目で何度か学校サボって病院来てましたけど…」

男「…この後も大変だったんだよ、いや、本当にね」

後輩「でも、やりきったんですよね?」

男「モチロン。全て終わらせたよ?」

後輩「じゃあ先輩さん」

男「うん?」

後輩「…殺したんですね、【部員さん】を」

その名前を聞いて、久しぶりに思い出した。
既にその部員さんを殺して、数日と立っている。

あの境内で起こったことはもう、俺の中ではどうでもよくなっていた。

男「…もう限界だったみたいだからね。誤魔化しようがなかった」

後輩「そうですか。そうですよね、ああなってしまったからには」


──あの人は壊れてしまったのだ。


あの事件。妹が作り上げたクイズで出た被害は、あれだけじゃなかった。

全ての人間に関わりあいがあるのは、俺や後輩ちゃんや、部長さんだけじゃない。

あの時、既に最初から何もかもどうでもいいと思い切っていた人間──


男「…部員さんの認識は壊れていた。心から何もかも全て、まっさらになっていたんだ」

後輩「詳しいですね。誰からか聞いたんです?」

男「もちろん先生だよ。ああ、俺のビョーキの担当医」

後輩「ほうほう」

男「あの事件で、部員さんは人間関係の状態が最初からになってるらしいんだ」

積み上げてきた記憶を全て投げだして、なかったコトにしている。
どうでもいいものだと、思い切ってしまった。

あの事件を抱えきれるほど、あの人は強くはなかった。

男「随分と当時、副会長さんが手を焼いたそうだよ。自分のせいでもあるから、やるしかないって」

後輩「へぇーこれまた主人公ですねぇあの人も、です」

男「まぁね。けれど卒業まで面倒を見切れなかった、先生の患者になったからには──結構酷い精神病だし」

男「俺と一緒に新しい三年生の生活が待っていたんだろうけど、まぁ、持つわけ無いだろうな」

何度も対面している内にどうでもよくなった。
あの人はこちら側の人間だった。何かを抱え、なにかに怯え、だからこそ何かを求める。


一旦どうでもいいと思い切ってしまった人間だったから、それこそ度外視していた人間だったから、

入院していた時の俺は全然疑うことが出来なかった。

そこから殺人予告をしてくる人間にまで昇華してくるなんて。


けれど見つけてしまえば簡単なことだった。
そもそも相手から話しかけてきて、そして病院内で乱闘になったのだから。

だがしかし、漬け込むのは容易かった。

彼は何時だって普通を欲していたのだから。


男「あの人と乱闘になって、それでもひとつの【約束】を取り付けたからこそ──」

男「──あの時は後輩ちゃんに謝らなくちゃって思えたんだよね」

その時の様子を、
というか結果後をバッチリ副会長さんに見られたのも手痛いものだった。

やけにべた褒めされて、やけに優しくされたしね。

後輩「そういえばろくに話しも出来ずに別れちゃったので、それとなーく察してただけなのであれなんですけど」

男「うん?」

後輩「部員さんとはどんな約束を? とりあえず妹さんを殺さないために、凄い約束をしたんだと思うんですけど」

男「まぁ単純なことだよ。君のことを一番に愛してあげるから、認めてあげてあげるから、誰も憎まなくて良いんだよって」

後輩「…ほもぉ」

男「彼の中では論理がぐっちゃぐちゃだったから効果てきめんだった。彼は俺の一番であろうと、知っている限りの人間の真似をしようとしてたし」

そんな中で後輩ちゃんとつるむのは些か危険を伴うだろうと、
彼女とは半年ぐらい、ひとつ足りとも会話は行っていない。

俺がケータイを持っていないことが悪いんだけどね。
それを普通にさり気なく察した後輩ちゃん。相変わらず普通が凄い。

男(まぁひとつだけ失敗もした)

あの元カノと行った授業中の手紙のやり取り。
不用意だった。楽しくて嬉しくて、無関心でいようと思ったけれど、やっぱり駄目で。

見られてしまったのだ。その行為を、部員さんに。

今日はここまで

もう少しだけ続くんじゃノシ

部員さんは俺よりも早く学校へ復学を済ませていた。
なにせ俺が吹聴して彼の普通を作り上げておいたのだから。

男(…俺の大切な人を殺しに来いってね)

でも、一時限目の体育は平気だった。
彼の姿はそこにはなく、今日は居ないものだと思っていた。

彼の姿はどうしよもなく、どうでもよくて。
どれほどの印象を貰おうが、多くの集中力を使わなければ認識できない。

だからこそ、二時限目の数学では不覚を取った。
まさか居るとは思わなかった。彼女とのメモのやりとりを、知られてしまったのだ。


──だからこそ、【あの別れを】思いついたのだけど。


男(ついでに殺す覚悟も決めてました まる)

今更ながらどうでもいいことだった。

後輩「そういえば部員さんの死体は何処に隠したです?」

男「近所の神社の裏手に埋めたよ。あそこは人気も少なくて、参拝者も皆無だったから」

保健室でのんびり捨てる場所を考えて、そこから穴を掘りに向かったっけ。
その日の放課後に、副会長妹が神社に行こうと言い出すのは何となく、どうでもよかったから。

男「まぁとんとん、予想通りにことは進んだよ」

全ては偶然。なんてどうでもいい。

後輩「そりゃ良かったですよ! まーまー先輩さんも疲れたでしょう、さーさー私の胸で疲れを癒やすですっ」

男「それはいいアイデアだ。願わくばミニTシャツを着てへそチラありなら文句ないね」

後輩「来ましたよヘソラーの真髄が! んふふ、そんなこともあろうかとー?」ススス

男「おおっ? 本当に?」

後輩「それは先輩さんがめくってからのお楽しみっ? ですです~」

なんという期待感だろうか。
楽しみすぎて人目すら気にせずめくってしまいそうになる。

後輩「もう捲りかけてますよー先輩さーん?」

男「おっとと。じゃあもうこのまま、開けてしまおうか」

摘んだ指先で制服の端を持ち上げる。
ゆっくりと中身が露見していく──ああ、本当に、どうでも良くないことだった。

男「…ねぇ後輩ちゃん。一つ君に聞きたいことがあるんだけどさ」

後輩「んっ……な、なんです?」

男「うんうん。あのさー君、最初から全てまるっきり通して」

男「──今回のこと全部分かってたよね?」

捲った先にあったのは、ものの見事にミニTシャツじゃなかった。
どうでもいいけど。

後輩「はて? なんのことです?」

男「最初に、俺が妹を殺す犯人じゃないかと君を疑ったこと」

男「それすら予定調和で、さらに真犯人は部員さんだと見破っていて」

男「そもそも部員さんを犯人に仕立て上げたのは君じゃあないかって、思ってるんだけど。どうかな?」

後輩「……」

男「更に言うなれば──復学してから貰った殺人予告、つまり元カノから貰ったものだけど」

男「それも君は予想していた。いや、そうなるだろうなと感づいていたんじゃない?」

後輩「ほうほう」

男「まず一つ目は、部員さんの認識だ。あの人は精神的疾患で【人間関係がクリア】になっていたはずだ」

男「なのに彼は殺人予告を行えた。どうしてだろうか、あの人の頭の中には誰一人、形作る人間関係は皆無だったはずなのに」

男「予告の宛先の俺、殺人を行う相手の妹。その二人だけは元より認識されていたんだ」

男「だから俺は君を疑う。君はすぐさま部員さんの病状を知り得て、真っ白な記憶媒体に、一つの普通を定着させたんだ」

男「──あの人が貴方を愛してくれる唯一の人。邪魔なものは殺しましょう、です、と」

男「けれど部員さんは抵抗したはずだ。殺すなんて嫌だと、なら君はと『じゃあ殺人予告を出しまょう』なんてことを言った」

男「彼は日々君の誘惑に抵抗し続けただろうね。けれど、君はその普通を彼の普通にし得た」

男「彼の中で人殺しが【普通】になってしまったんだ」

後輩「ほほぅ。面白いですが、なにか証拠でも?」

男「園芸部だけが持てるという手帳。入院中に貰った殺人予告、あれってそのメモ帳から使われたものだよね」

後輩「そうですです。そこで私を犯人だと疑いましたですよね?」

男「その通り。けれど俺はそれが間違いだと思っていた、とんだ誤解を生んでしまったと思っていた。だけどさ」

男「──やっぱり君の持つ手帳から使われてるんだよ。だっておかしいじゃないか、あれは園芸部だけが持てるものだんだろう」

男「【園芸部員】じゃなく、【園芸部】だ。個人用ではなく部内に一つだけが配られた希少性のあるメモ帳だった」

後輩「…そうですです、あの手帳は部員全員に配られてません。部として一つ配られました」

男「認めてくれてありがとう。つまりは君が証拠して取り出したメモ帳と、部員さんが殺人予告に使用したメモは同一のモノ」

男「俺は当たっていたんだ。君が犯人だとわかっていた、けれど、自ら答えを否定してしまった」

君の普通に惑わされてしまった。
どうでよくない、その普通さに。

男「君が元から持っていたのなら、殺人予告に使われたことは不可解だし」

男「部員さんが持っていたのなら、君が証拠として出せた理由もおかしいことになる」

男「けれど──後輩ちゃんと部員さんが元より繋がりがあったのだとわかれば…」

後輩「どうでもいい、です?」

男「イエス」

後輩「先輩さん。これって元より初めからわかってたことじゃないです? なぜ、このタイミングで聞かれたです?」

男「…恥ずかしい話、君が犯人だと分かってながらも。動機がわからなかったんだ、なぜ、こんなことをするのかという理由がね」

後輩「…なるほーですよ。自信満々に言い放っておきながら、やっぱり間違いだったと気づいても、しっかりした証拠が持ててなかったと」

男「散々悩んだよ。もし君が妹に危害を加える人間になるのなら、部員さんをけしかけて一緒に死んでもらおうかとも思ってた」


思い出す、あの時のことを。

敢えて俺のビョーキの症状が書かれたカルテを、
さり気なく彼に見せるように置いておいたお陰で、【読んでしまった】お陰で、愛する相手が壊れてるとしって、彼もまた壊れかけていた。

何よりも本物の愛を欲していたのだから。
何よりも偽物の俺の愛を、彼は即座に拒絶していた。


後輩「なんつー恐ろしいこと考えてるんです…」

男「まぁ良いじゃないか。前に君に死んでもらおうかもって言ったけど、結局は死ななかったし」

後輩「私もあれが本気だと思ってましたですし。覚悟は決めてましたですよ?」

男「…流石は後輩ちゃん。元より死ぬ覚悟で、今回のことを企ててたんだね」

後輩「もちのろんですです」

男「じゃあ君の動機を言う前に、まずは元カノが殺人予告を送ったという事実をどう感づいてたかをいおっか」

後輩「あの、先輩さん、そろそろ制服めくるのやめてくれませんです?」

男「駄目だ。今は君の腹の中をめくり上げているんだ、言い終わるまでは離さないぜ」

後輩「なんていう羞恥プレイっ」

男「はてさて。君は元カノ自体は知っていた、過去に俺が言っていたからね。けれど殺人予告までを感づくことは普通不可能だ」

男「しかし彼女が行おうとしていたことも、ホントの狙いも、君は既に理解していた。じゃあなぜだろうか…」

男「…見舞い人リストのメンバーだったから」

ずっと不思議だった。
なぜそんな普通じゃないものを後輩ちゃんは保管してたのだろうかと。

男「簡単な話。犯人に仕立て上げる候補が【二人】居たんだよ。部員さんと元カノ、この二人に絞って───」

男「──今回の【殺人予告事件】を企てようとしていた」

後輩「はいはーい! またまた質問ですけれど、なぜそう思ったです? 証拠は?」

男「元カノから貰った手紙。持ってるよね」

後輩「持ってますですよ?」

男「俺が元カノに送った手紙を、アイツが勝手に持ちだして君に横流ししたもの。けれど、なんで君だけ元カノは特別視していたんだろう」

男「アイツの約束は【女性関係を全て断ち切る】だった。彼女だからって特別視する必要もない。俺がフレばいいだけの話だからね」

元カノを振った時と同じように。
それが出来ないやつだとは思ってないだろう、アイツも。

男「敢えて自分から別れさせに、アイツは単独で動いた。動こうと思ってしまった。それは君と元カノにつながりがあったから」

保健室でのこと。
元カノが後輩ちゃんに手紙を横流ししたとわかった瞬間、


疑いが、確信に変わった。


男「全てがまあるく収まった。どうでも良くないものが、全て綺麗にどうでもよくなった」

男「その瞬間から君のことを犯人だと思った。君は元カノにもちょっかいをかけていたんだ。大切な人が壊れかけているのだと、そんな普通が起こりえるのだとね」

男「そんな現実を知ったアイツは、今回の計画を企てて、そこに生じる問題を──俺と後輩ちゃんが別れるという世界を、アイツ自身がどうにか決着着けたかった」

本当に優しいやつだ。
そんなこと俺に任せておけばいいものの。まぁどーせやらなかったけれど。

男「長くなってしまったけど、ココでおしまい。そして君の動機は至ってシンプル」

男「──自分のビョーキ、俺のビョーキ、どうでもいいと思ってしまうビョーキ」

男「──それを良くするために、あえて、君は計画を発動させた」

どうでもよくないなぁ本当に。

男「部員さんの件は、後輩ちゃんが関わらなくてもありえたことだった」

男「ただ彼が精神に疾患を抱えて起こりえなかっただけのこと。それを後悔して欲しかった」

男「前に手痛く振った元カノ。君が関わらなくてももしかしたら起こり得たことだった」

男「たまたま彼女が優しかったから。今でも俺のことが好きで居たから良かったことだった、だから後悔して欲しかった」

男「──この世はどうでもいいもので決め付けてはいけない」

男「──結局は【どうでもいい】と思ってしまうこと、それは勝手な自己解釈だ」


確か元カノも、そんなことを言ってたっけ。
けれど霞んでしまう。そんな本物なんて──目の前に居る普通の偽物に。


男「君はもっと俺に病状を良くなってもらいたかった。そして自分のことを一生忘れないように、印象付けようと思い立った」

男「……だからこそ君は言い出したんだ」



『──それで明日には妹さんは殺されるんですです?』



男「そんな【未来】を作って欲しくないために」

後輩「………」

パチ、パチパチ。

──と、打ちなされる拍手。

男「ご期待に添えたかな?」

後輩「ありがとうございます。まるっきり全て正解ですよ、先輩さん頑張りましたですね」

男「些か危なかったよ。何度か危ない橋を渡ったしね」

後輩「でしょうです。そこまで頑張っていただけないと、企画者としては困っちゃうですよ」

男「だろうね、ははっ」

後輩「くすくす」

男「…本当に君のお陰で助かったよ。そうじゃなきゃ、色々と間違いを起こしていただろうし」

後輩「まさか手帳一つで全てを見破られると思ってませんでしたです。けれど、先輩さんが喜んでくれたようで良かったですよ」

さーてと。
彼女はぐぐっと背伸びをして、一呼吸を済ませる。

後輩「先輩さん」

男「なにかな」

後輩「何時、私のことは殺すんです?」

ニッコリと笑みを浮かべて、彼女は告げた。

後輩「私は確かに今回の裏手、そして犯人でした」

後輩「周りをかき乱し、犯人に仕立て上げ、先輩さんをろくでもない目に合わせてしまいました」

後輩「──そして何よりも、貴方の大切な妹さんを危険な目に合わせてしまいました、です」


そう、彼女は偽物であり本物だ。

何時だって偽物の皮を被り、本物よろしく人を陥れる。


男「…君は俺にとって危険な人間だね。どうでもよくない、人間だよ」

後輩「もちろんです。どうでもよくない、人間ですよ」

男「君は何時か何かしらの理由で、妹を、女を、殺してしまうかもしれない」

後輩「そうですです。確証はありませんですけど、今回のことで思ってしまうでしょう」


人を殺せる本物だと。
どうでもいいと思ってしまう本物になれると。

後輩「そうなる覚悟はとっくに決めているですよ。貴方に殺される覚悟で、私は何時だってそばに居るですよ」

後輩「──だって私は貴方の彼女だから」

そう言って、
後輩ちゃんは──

男「おぅ?」

後輩「よいしょっと」

未だ自分が捲ったままの制服の中から、
刃渡り数十センチはあるだろうかサバイバルナイフを取り出した。

男「……お、おう」

日差しに怪しく煌めく刀身は、そのスケールも相まって殺人的に強烈な印象を放っている。

後輩「はい。どうぞーですです」

男「…後輩ちゃん。流石にこれは俺でもどうでもよくない、けど」

後輩「最後の最後に先輩さんを驚かせて見ようかなと思いましたですよ。いひひ、その様子だと成功みたいですね?」

男「…、これで君を殺せって?」

後輩「先輩さんなら出来るですよ。ざくっとぽいのぽいのぽいーって」

そんな簡単なことじゃない。どうでもよくない。

男「ん。ま、そっか妹殺される要因より君を殺したほうが身のためだ」

受け取り、手首を返して首に当て付ける。

後輩「どうぞ。そのままかっぴいてくださいです」

男「…後輩ちゃん」

後輩「なんですです?」

男「…俺に殺されることは、君にとって普通?」

後輩「あははっ! なーに言ってるですか、先輩さんったら」


後輩「──あなたがそういうのなら、そうなんですよ?」


そっか。だったらどうでもいいや、なんて、
俺は刃を真っ直ぐに振りぬいた。



12月??日

ワタシは最後の仕事してここに訪れている。
─最後の仕事、そんなものはこじつけでしか無いことは重々承知だったが。


副会長「……」


見慣れた廊下、そして漂う匂い。
昔よく訪れていた、この総合病院に私はようがあった。


副会長「…あけるぞー」

ガラリと引き戸を開け放つ。
音もなくスライドしたドアは、室内の様子を緩やかに視界に収めてきた。

副会長「久しぶり。バカ母親」


「──お~? 謹慎明けに、まっさか患者以外の対面する人間さんがお前だとはね」

副会長「悪かったな。私だってそうそう会いたくないよ、アンタみたいな親失格とは」

先生「言うねぇ夢見る主人公。また色々と馬鹿やってるんだって?」

副会長「それが私の仕事だ。既に卒業を控えて、まぁ、副会長名からはおりてるが…」

先生「仕事、ね。本当に変わらないよこの馬鹿娘は、そろそろ夢から覚めろよー」

うるさい。
心のなかで愚痴をこぼす。

しかし、今はこんなことで苛ついてる馬合じゃあないのだ。
もっと大切なことを、この馬鹿母親から聞き出さなければならないのだから。

副会長「…? さっきから何をしている?」

先生「えー? あー花壇の植え替え準備。ほら、ウチが謹慎中に花壇が荒れ放題になってたからさ」

ふと思い出す。
先ほど入院中の可愛い超ラブリーな後輩君が、花壇を愛しく弄っていたのを。

先生「なにその表情…気持ち悪いんだけど…?」

副会長「…なんでもない。そういえばさっき後輩君と出会ったな」

先生「マジか。じゃあとっとと呼び出さないと。アイツまーたさっき問題起こしたみたいなのよ、喧嘩っていうの?」

副会長「みたいだな。見たところ服もボロボロ。足を辛そうに引きずっていた」

先生「……」

ブチィ! と何かが切れた音が聞こえた気がした。
気にしない方向で済ませよう。頑張れ後輩君。

真新しい怪我を抱えた後輩君。
その様子に居てもたってもいらえずに、けれど直接心配したら怒られるだろうから。

副会長(それとなーく褒めて慰めてみたんだけれど。うん、多分伝わってるだろう)

すぐさま勘付かれて、おばさんくさいと言われたしな。
本当に素直じゃあない子だ。そんな所が可愛くてキュートで抱きしめたい衝動にかられるんだがな。

副会長「意味もなく喧嘩をするような子じゃないだろうから、なにか、また頑張っているのさ」

先生「…患者はウチのほうが詳しいの。勝手な解釈をするな、ようが無いなら帰れ帰れ」

これからまたアイツを病室に打ち込まなくちゃいけないんだから、と。
屋上やら女君の病室やら他の病室やら入り込む彼に、この年増はそろそろ我慢の限界のようだった。

副会長「待て待て。用事はちゃんとある、出来れば今直ぐに言っておきたいことなんだ」

先生「あ~? なによまったく、妹みたいに少しはまともになった?」

副会長「私は元よりまともだ」

先生「…あっそ、んでなに。質問でもあるの?」

副会長「……」

その言葉を待ってたと言わんばかりに、
私は持っていたバックから一つの───記事の切れ端を取り出した。

先生「なにそれ」

副会長「十数年前。とあるアパートで起こった【事件】をよーく覚えているだろう?」

先生「…アンタまさか、それ」

副会長「この記事にはこう書かれている」


母親が何者かに刺殺。五歳の児童が衰弱死寸前で発見された───


副会長「憶えて無いと困るな。これは貴女にとって深く関わっている事件のはずだ」

先生「…あんまりいい趣味とは言えないわよ。そこまでくると」

副会長「そこまで? 見くびってはもらっては困る。これからが本番だ」

副会長「──衰弱死寸前で発見された児童は、この際置いておく」

副会長「けれど、この刺殺されたという母親。コイツが曲者だ」

副会長「当時は原因不明の殺人事件及び児童虐待という、摩訶不思議なことでお茶の間を賑わせた」

副会長「けれどそれだけじゃあない。──調べていけば行くほど、もっと不思議なことがわかっていった」


副会長「事件現場のアパート。その家主は刺殺された母親だった。そしてなぜか全室すべて誰も住んで居なかった」

副会長「それゆえに発見が遅れ、事件の真相を見破るのに出遅れてしまったのだが…」

先生「………」

副会長「けれど、本当に誰も住んではなかったのかだろうか?」

当時のことを今から調べあげるには限界がある。
確証も裏付けもあったもんじゃない。

しかしワタシの勘がそう告げている。

──この事件は名の通りだけじゃない。もっと深く、暗い、闇が吹き溜まっているのだと。

副会長「それを貴女から、貴女の口から教えて欲しい」

先生「……」

副会長「本当にあのアパートには誰も住んでなかったのか、そして」

副会長「母親を刺殺した犯人に検討が着いていないのか」

副会長「──最後に、この衰弱死寸前の児童は……」

先生「待って。待ちなさい、わかったから静かに」

気だるそうに、なにかふと諦めたように、
両肩を落として──ため息を吐く。

先生「わかったからそれ以上口を開くな。あーもう、本当に、嫌な娘だよ全く」

副会長「………」

眉をひん曲げ彼女は辛そうに口を開いた。

先生「アンタが勘付いてる通り、その児童はまんまあの子よ」

先生「──当時五歳の男、発見時、最低でも二ヶ月は何も食べてない状態だった」

副会長「……にか、月…っ…」

思わず声が震えて、なんとか堪えきる。

先生「それでも、そんな身体の状態よりも酷いのがここ、頭のなかだった」

トントンと、指先で額をつつき、
彼女の口調はどこか仕事モードに入っていた。

先生「あの子は【調教】されていた。そんな言い方になるのは仕方ない、そう言うしか無いから言うしか無い」

副会長「…調教…」

先生「そう。母親から【どうでもいい】と世界を思わせることを、生まれて直ぐ、意識をしっかりしてないうちからかな」

先生「一度与えてものを今後一生与えない、といった生活を送らさせていたのよ」

副会長「なん、だっ……それは…!?」

一度与えたものを、今後与えない?
それは一体全体何を意味しているのか、わからなくて、怖くて、身体が振るえてしまう。

先生「つまりは一度与えた食事を与えない。一度与えた衣服を与えない。更には一度発した言葉を発さない」


一度見せた顔を見せない。一度嗅がせた匂いを匂わせない。一度見たものを見させない。
一度住まわせた家に住まわせない。一度食べた好きなものを食べさせない。一度愛した愛情を向けない。
一度触ったもの触らせない。一度入った風呂を入らせない。一度殴ったが殴らない。一度信じるが信じない。
一度抱きしめても抱きしめない。一度テレビを見たらみさえない。一度本を読んだら読ませない。



一度、一度、一度、いちど──


副会長「……っ~~~~…ッ」

先生「それがあの子の日常だった。だから、あの子は【その一度】で満足するために、認知速度を速めるしか無かった」

先生「一度だけの愛情を憶えるために必死に脳に刻み込んで、一度だけ微笑んでくれたのを必死に思い返して」

先生「一度だけ味わった大好きな食べ物を舌に感じて、一度だけ優しくしてくれたのを──頑張って覚えようとした」

先生「それであの子の脳みそは壊れた。限界まで絞りこまれた認知速度は、彼の常識を軽く超えてしまった」

先生「覚えようとしたことが、覚えようと頑張った努力が、逆に働いてしまったのよ」

先生「全てがどうでもいいと思えてしまった。物事を逆に捉えてしまうようになった」

先生「…どうでもいい、どうでもいいってね」

副会長「ッ……」

先生「それで、なに。こんな話を無理矢理ウチから聞き出して……何がしたいのよアンタは」

副会長「……それは」

先生「今頃になってあの子に同情するなら、たとえ娘でも容赦しない。あの子は今、奇跡的に生きてられている」

副会長「知っている! だから、私はこうやって……聞きたくもない事実を掘り返して、いる…っ」

先生「じゃーなによ。アンタはどうして、こんなことを調べてんのよ」

先生「その調教をやり終えた母親様はとっくに死んでる。愛しい後輩君の為に復讐を誓うには、ちと年が足りてなかったな」

副会長「…それだけ、じゃないだろう」

ぎゅっと記事を握りつぶす。
そう、これだけは聞き出して置かなくちゃいけなかった。

あの子を守るためにも。あの子の奇跡の日常を守るために、も。

副会長「──調教されていたのは、後輩君だけじゃあ無いのだろう?!」

先生「………」

副会長「アパートは全室数えて…っ……七室あった!」

一つが母親のものだったとして、
後の6つの空き部屋がもし、他の人間に割り振られていたとしたら?

誰も住んでいなかったんじゃあない。
住んでいたのだけれど、住んでないことにされていて。

まるでそれは人間の生活とはかけ離れた日常を送らせられていて。
檻のように閉じられたアパートのドア。6つの室内。


副会長「…あの子だけじゃない、他の部屋にも居たのだろう…?」

先生「…」

副会長「その母親が調教する上で、何もかも都合よく育てていた! 六人の子供が居たはずだ!」

先生「…何を根拠に」

副会長「根拠なんて知らんッ! けど貴女は……ッ…あなたは、お母さんなら知っているはずだ…!!」

先生「っ……」

初めて、この人が泣きそうな表情を、見た気がした。
けど言わないと駄目だ。必ず私は言わないと駄目なんだ。

副会長「その腐った性根を持つ母親は……お母さんの知り合いだったんじゃないのか…」

副会長「その腐った性根を持つ母親は……お母さんの知り合いだったんじゃないのか…」

副会長「いや…もっと親しい間柄だった。例えば同じ時期に子供を産み、将来どのように育てるか言い合ったぐらいに……」

副会長「もっとだ、お母さんがアドバイスしなければ…その人がキチンと子供を育てられない人間だったからで…!」

副会長「──きっとその母親は、お母さんの……患者だったんだろう…?」


貴女は後悔しているのだ。
あの子を生み出してしまったのは、自分のせいなのだと。


副会長「…だから私達のことも捨てたんだ」

先生「っ……違う…」

副会長「全てお父さんに教育を任せた。だって自分が信じた育成論に自身が持てなくなったから」

副会長「お母さんが目指した…答えが、その母親で間違いだと…思ってしまったから」

先生「違うッ!!」

ドン。
と叩きつける、卓上に乗っていた園芸道具がゴロゴロと転がった。

副会長「違わないよ。お母さんはそう言った人だって、もう解ってる」

副会長「けれど、それでもいい。私はそんな母親であっても、別に良い」

先生「………っ…」

副会長「貴方はあの子を立派に育ててくれた。あの子を奇跡に立ち向かわせてくれた」


ただそれだけで、私は貴方を信じられる。


副会長「私は知りたい。私はあの子以外の【ビョーキ】を抱える子が居る可能性を」

副会長「私の勘はそう言っている。後は貴女が答えてくれるだけでいいんだ」

先生「……」

肌が白くなるほどにきつく拳を握る彼女は、

先生「…知ってどうするのよ、アンタが何をするってのよ」

副会長「何もしない。私は知りたいだけだから、知って後にどうするかは──後で決める」

先生「…馬鹿。今決めなさい、そうじゃなきゃ何も答えたりしないから」

副会長「そう、か。分かった───じゃあ全てを知って私は……」

副会長「──あの子の幸せのために、どんなことでもしようと【覚悟】を決めるさ」

先生「…そこまでアンタを駆りださせるのは、なに?」

副会長「うむむ? ははっ、なにってそりゃまぁ───」


愛じゃあないか?



7月??日


男「……」

振りぬいた刃先。
それは何ら抵抗もなく着衣を引き裂き、引き裂き、引き裂き、

ただそれだけだった。どうでもいいけど。


後輩「なんで中着切るです?」

男「むふふ。ミニTシャツ出来上がりだ」

後輩「ッ……!?」ササッ

後輩ちゃんの顔が驚愕に染まる。
してやったり、へそはどーこーかーなー?

後輩「ぎゃわわわわぁあああああ! な、ナイフを持った変態がへそを舐めようとしてくるですぅー!」

やばい。全て言い当ててるから、相当やばい。

男「待って舐めないから。舐めたりしないから待って」

後輩「そこじゃーないですよね! 舐める以前にナイフナイフですです!」

男「おっとと、確かにそうだった」

仕方ないので逃げ出した後輩ちゃんを捕まえて、
制服の中の元の鞘へと戻してさし上げた。ついでにへそも舐めておいた。

後輩「ぎぁああああああああああああああ!」

男「よし。制裁完了、もういいよ後輩ちゃん許してあげるから」

後輩「なっ…なっ…ななななっ…!」

男「君のことはもう許してあげるし、今回の件も全部チャラにしておいてあげるぜ」

後輩「い、いいですかっ? へ、へそ舐めただけで…?」

男「そうとも。それが俺の普通なんだよ」

なんて、どうでもいいことを言ってみる。
ああ、本当にどうでも良くないことを言ってみる。

男「君の気持ちは十分嬉しかったさ。妹も笑ってゆるしてくれるだろう、うん、どうでもいいぐらいに、その光景が目に浮かぶよ」

後輩「彼女のへそを舐めて、殺されるかもしれない現実を許したことは…決して女ちゃんは笑ってくれないと思うですけど…」

男「んなこと言うなってばー」

迫り来るヘソラーの魔の手に、
後輩ちゃんの抵抗は虚しく貪り尽くされるのだった。

後輩「変なナレーション入れないでくださいですーぅ! だぁーもうちゅっちゅしすぎっ!」

男「…んーははっ、満足満足」

後輩「はぁ…はぁ…ほ、本当に最近先輩さんは…大胆になってきましたですよね…っ?」

男「そうかな?」

まぁ言うなればそうかのかもしれない。
どうでもいいことに、何故か彼女と触れ合っていると、こうやって騙し合っていると、

男「あの妹の時よりも、少しだけなんだか──……うん、破茶滅茶になるんだよね」

後輩「は、破茶滅茶?」

男「そうそう。どうでもよくなったり、どうでも良くなくなったり。色々と大変だよ、付き合うってこんなにもどうでも良くないんだなぁって」

後輩「それはそれは……まぁそうでしょうですよ」

男「そうなの?」

後輩「そうですよ。先輩さんと私、そりゃまー一般的な関係とは言い難いですし」

男「…どうでもいいね」

後輩「そのとーり。どうでもいいです、ですですぅ」

男「ははっ」


今日も世界は回り続ける。
どうでも良く思いたくないものは無事に、見える位置にいて。

見えるためにこうやって、
どうでも良くないものに接し続けていく。


ああ、なんて奇跡で尊い世界なのだろう。


男「……本物グッバイ」

ポケットから取り出した4つのメモを破り捨てて、
夏の風に全てを預けて放り投げた。

全てはそう───どうでもいいことだったから。

そんなこんなで終わりました
自分なりの挑戦でしたが、いやはや上手くいかないね。

ご支援ありがとうでした。
質問があるなら聞きますゆえに、

これにて終了

ではではノシ

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年10月10日 (土) 19:55:51   ID: eaPcew_n

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