伊織「誕生日の夜は、美希の隣に」 (35)
私の誕生日が「こどもの日」なのは、嫌味かしら。
そんなことを、今までずっと考えていた。
5月5日が来るたびに、毎年毎年。
当日は水瀬邸のパーティーに参加していたけれど、それは私の誕生日というイベントを使った
一家の技術売り込みみたいなものだった。
お偉いさんを呼んで、商談をまとめる。
そのために、私の誕生日は利用されていたのよね。
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そういうのも嫌だったし、いざというときに家の権力を使おうとする自分も嫌だった。
……だから私はアイドルになった。
自分だけの力を付けたかった。「水瀬家の娘」から「水瀬伊織」になりたかった。
アイドルになって、「竜宮小町」のリーダーになった。それが中3の春のこと。
すごく大変だった。リーダーにかかる特殊な重圧に、常に押しつぶされそうだった。
そういう時に助けてくれたのは、アイドルのみんなだった。
私の話をちゃんと聞いてくれた。私に手を差し伸べてくれた。
みんなにとってはそれが「普通のこと」なのかもしれないけれど、私にとっては新鮮で、同時にすごく嬉しいことでもあった。
その中でも、特に私を気にかけてくれた娘がひとりいた。
——『でこちゃんは、難しく考え過ぎだよ』——
美希。
美希のスキンシップとか、かけてくれる言葉とか、ひとつひとつが心地よかった。
一緒にいて、すごく楽しかった。
だからなのかもしれないけれど、私は気づけば「一緒に住まない?」と聞いていた。
それが、高校に入るちょっと前。冬の寒さのしみる時期。
美希「こんなにいっぱい、もらっちゃったね」
伊織「ええ……そうね」
765プロからの帰り、夜道を美希と並んで歩く。
みんなが忙しい中スケジュールを調整して、「お誕生会」を開いてくれた。
春香の作った大きなケーキをみんなで取り分けて、とりとめのない話をして……。
真と雪歩の漫才で笑い、響と貴音と美希の手品を見た。
千早はやよいとデュエットをしてくれて、亜美と真美は、事務所の飾り付けをやってくれたみたい。
あずさは小鳥と律子と3人で、料理を作ってくれていた。
美希「ミキ、ケーキなら手伝えるよ?」
伊織「2人で食べましょ、悪くならないうちにね」
美希「やったー、楽しみなの!」
最後に、みんなが誕生日プレゼントをくれた。あと、余ってしまったケーキ。
それらは、3つの紙袋に分けられた。
美希が持ってくれると言ったけど、私は結局そのうち2つを持っていて……手がふさがっている。
そして美希と、気持ちのこもったプレゼントを持って帰って歩いている途中。
伊織「ねえ、美希」
美希「んー?」
伊織「私がアンタに、一緒に住みたいって言った時のこと、覚えてる?」
美希は数秒の間の後、
美希「忘れると思う?」
伊織「……わからないから聞いてるんじゃない」
美希「忘れたことなんて、一度もないの」
伊織「……そう」
美希「でこちゃんは?」
伊織「え?」
美希が歩みを止めて、私の顔を覗きこんでくる。
美希「でこちゃんは、忘れちゃった?」
伊織「……私も、忘れたことなんてない」
美希「うん、いい子いい子なの」
美希があいている片手で、私の頭を撫でる。
美希「突然どうしたの?」
伊織「いいえ……なんとなくね」
美希「でこちゃんはあの時、ミキをぎゅーっと抱きしめて」
伊織「い、言わなくていいわよっ」
昨日に風邪を引いていた美希は、その日のうちにすっかり治してしまった。
今日の朝も、多い仕事を順調にこなしていたっけ。
美希「ただいまなのー」
家に帰ったのは、日付の変わる少し前。
美希と一緒に、ケーキを冷蔵庫に入れる。
伊織「プレゼントも、開けてみましょう」
美希「そうだねぇ。それにしても、よかったの」
伊織「え? 何がよ」
美希「でこちゃんの誕生日が終わる前に、家に帰ってこられて」
伊織「……ありがと」
美希「えへへ……」
紙袋の中には、みんなからもらった誕生日プレゼントの小箱が整理されて入っていた。
誰のだか分かるように、名前を書いてくれていたみたいね。
美希が私の横から覗き込む。
伊織「千早」
綺麗に包み紙を取っていく。そこに、如月千早というサインが入っているから。
箱を開けると、
美希「わぁ、綺麗……」
銀色の腕時計。時計の針が、音符のような形をしている。
千早らしい、素敵なセンス。
伊織「……綺麗ね」
少し前に、腕時計を壊してしまったことを千早に話したことがあったっけ。
それを覚えていてくれたのね。
つけてみる。今までと違う、温かな重み。
美希「素敵だね」
伊織「ええ」
しばらく眺めていた。箱を取り出して、包み紙を取る。
伊織「亜美と真美は連名なのね」
風船みたいなサインが2つ並んでいる。
伊織「ん……これ」
木目調の万年筆。2人にしては、大人っぽい。
……もう、中2だもんね、当たり前か。
美希「おぉ、かっこいいの!」
伊織「後で、使ってみましょう」
近くに紙がなかったから、後で書いてみよう。
伊織「雪歩……」
こじんまりとした「萩原雪歩」の文字。
薄い青の包み紙を取っていく。
美希「……それ、なあに?」
伊織「多分、ブックカバーね」
本にかぶせるブックカバー。
黒い革製の、お洒落なもの。
美希「すごいなぁ」
伊織「これ……」
春香の名前のある箱の中に入っていたのは、ネックレスだった。
音符をかたどったデザイン。
美希「千早さんの時計と似てるね」
伊織「ええ…………あっ」
ネックレスと一緒に入っていた保証書に、腕時計と同じブランド名が入っている。
美希「おそろい、ってことかな」
伊織「そうかもね。2人で一緒に買いに行ったのかしら」
つけてみる。美希が「かわいいのー」と私を抱きしめた。
リボンにカードが挟んである、大きくて底の深そうな箱。
カードを読んでみる。
伊織「律子さんと一緒に買いに行きました、2人で使ってね……」
美希「これで今のうちに美味しい料理に慣れること、特に美希……だって」
律子とあずさ。
箱の中身は、マグカップと食器のセットだった。
桃色のチェックと、緑色のチェックのマグカップ。
銀色の高そうなスプーンとフォーク、ナイフ。
伊織「2人らしいわね」
美希「うん……あずさも律子もなかなかやるの」
真の箱を開ける。
伊織「リストバンドね」
黒地に黄色で星マークの入った、布製のリストバンド。
真らしいかも。
美希「身につけてられるね」
伊織「ええ」
右腕につけてみた。
左には千早、右には真。首には春香のプレゼント。
なんだか、みんなに守ってもらっているような気がした。
伊織「これ……入手困難のアレじゃない」
美希「バッグ?」
伊織「ええ」
ブランド物のバッグ。ベージュ系で無難なデザイン。
発売されたばかりで、入手するのは難しいはず。
小鳥、これをわざわざ。
美希「なんか入ってるよ?」
伊織「え? ……あぁ」
バッグの中に、封筒が入っている。
中身を取り出してみると、小鳥からの手紙だった。
伊織ちゃん、いつもお疲れ様。
最近伊織ちゃんの使っているカバンがくたびれてきたなぁ、って思ったから、
新しいカバンを用意してみました。
迷惑じゃなかったら、使ってね。
伊織「迷惑なわけないじゃない……」
美希「あのバッグ、ミキと初めて会った時から使ってたもんね」
伊織「ええ……家にあったのよ」
これからは、小鳥のバッグを大切に使わせてもらおうじゃない。
響の箱はひときわ大きかった。
ゆっくり開けてみる。
スポーツメーカーのロゴ。
伊織「あら、これ」
美希「靴?」
取り出して、床に並べてみる。
ピンクのラインが入ったスニーカーだ。
美希「かわいいね」
伊織「ええ、かわいい」
響が履いているスニーカーと、おそらく同じもの。色違い、ってやつだ。
明日、これで事務所に行ってみよう。
伊織「ありがと、響」
美希「それは明日言ったほうがいいって思うな」
伊織「そうだけど……今、言いたくなったの」
貴音の綺麗な文字で名前が書いてある箱。
開けてみると、丸くて白い、薄いなにか。
フタらしきものを開けてみると、
伊織「鏡、かしら」
美希「そうだね」
化粧をするときの手鏡かしら?
美希「メイク用だと思うな」
伊織「やっぱりそうよね」
メイクポーチに入れてみよう。丁度、鏡のスペースはすっぽりとあいているから。
……それにしても、どうして私が鏡を失くしたこと、知ってたのかしら。
美希「ハニーので最後?」
伊織「何言ってるの、美希のをまだ開けてないじゃない」
美希「あ、そうだったね……」
プロデューサーの名前が書いてある包み紙。
丁寧にはがしていく。
人数分の包みが重なった。
伊織「財布?」
茶色の財布が入っていた。
今使っている財布よりも一回り大きいだろうか。
美希「ほう……いいセンスなの」
伊織「そうね」
アイツに心の中で感謝する。明日お礼を言わなきゃ。
早速、使ってみましょう。
美希「あっ、でこちゃん、ミキの開けて!」
伊織「最後のおたのしみで取っておいたのよね、今開けるわよ」
箱を持った。少し軽いような印象。
サインではなく、「ミキ」と赤い丸文字。
私が去年、美希の誕生日にあげた赤いボールペンで書いてくれたであろう文字。
包みを丁寧にはがして、箱を開けた。
伊織「……あれ?」
からっぽだ。箱を見てみる。
フタの裏に、赤で記されていた。
『おめでとうなの!』
伊織「ねえ美希、これ」
隣の美希に向くと、「じゃーん!」と何かを目の前に出してきた。
伊織「え?」
美希「改めてお誕生日おめでとう、伊織」
美希は笑いながら、久しぶりに私のことを名前で呼んだ。
美希「これ、ミキからの気持ち」
正方形の紺色の箱を差し出される。手にとった。
伊織「開けていい?」
美希が無言で頷く。
————銀色の指輪が、2つ。
伊織「————これ」
美希「名前も入れてもらったよ!」
1つを取って、内側を覗いてみる。
『Iori & Miki』の文字が、輝いていた。
美希「ミキと一緒に、つけよ?」
頷いて、左手の薬指に指輪を通した。
どうしてこの場所かなんて、言わずもがな。
美希「へへ、なんか嬉しいね……って、でこちゃん! どうしたの!?」
伊織「……別に、どうも」
美希「どうもしてない人は泣かないのっ」
伊織「……もう……本当に……」
目尻にたまった涙を拭いて、美希へと向き直る。
美希「……?」
そのまま、近づいて。
伊織「……」
美希「っ!」
美希の唇を、奪った。
それはとっても甘くて、柔らかくて。
いつまでもこうしていたいと思えるほど。
美希は何も言わず、私を抱きしめて。
ずっと、美希のぬくもりを感じていた。
どれぐらいこうしていただろう。
すっ、と離れて、美希に言った。
伊織「美希」
美希「……」
伊織「だいすき」
美希「……それは、ミキの台詞だよ」
最高の誕生日。
美希と笑い合いながら、私は今日という1日を一生覚えておこうと誓った。
伊織「終わる連休と風邪っぴき」の続きでした。
夜の雰囲気といおみきが好きです。何個か書きましたが、一旦区切りをつけたいと思います。
お読みいただき、ありがとうございました。お疲れ様でした。
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訂正します。>>18の後に追加してください。
伊織「……可愛いわ、これ」
美希「やよいらしいの」
やよいからの贈り物は、ペアの鍋つかみだった。
緑色と黄色のおそろい。
美希「はい!」
美希にきい
訂正します。>>18の後に追加。
伊織「……可愛いわ、これ」
美希「やよいらしいの」
やよいからの贈り物は、ペアの鍋つかみだった。
緑色と黄色のおそろい。
美希「はい!」
美希に黄色の方を渡される。
ふたりで試しにつけてみた。うん、かわいい。
頑張って選んでくれたんだろうと考えると、とっても胸が温かくなった。
明日、朝一番でやよいにありがとうと言おう。
か
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