梨花「ここは雛見沢なのです」 鈴羽「聞いたことないなぁ」(206)

梨花「ここは雛見沢なのです」 岡部「聞いたことがないな」
の続編

至『鈴羽ー、準備できたー?』

鈴羽『うん、今向かってる。もうちょっと待ってて!』


倫太郎「なんだって?」

至「もうちょいいかかるってさ」

倫太郎「まったく、予定時刻はとうに過ぎているぞ」

紅莉栖「女の子の身支度は時間がかかるものなのよ」

至「しかしまぁ、オカリンが旧1万円札を持ってるなんて思わなかったお。隠れコレクターなん?」

倫太郎「昔ある事情で手に入れてな、記念にとっておいた1枚だ」

紅莉栖「そうそう。思い出深い1枚ね」

至「大事なものなんじゃないん?」

倫太郎「在るべきものは在るべき時代へ。それだけのことだ」

至「濡れるッ!」

倫太郎「黙れ」

倫太郎「それにしてもだ、貴重な実験を娘に託すのはどうなのだ」

至「第三者の意見も必要っしょ。鈴羽もノリノリだし」

倫太郎「それはそうだが・・・不安はないのか?」

至「テストで数回僕も跳んでるし」

倫太郎「あれは万が一がないように数日間の跳躍だったろう。今回とはわけが違う」

至「僕達の腕を信用していないと?」

紅莉栖「そうよ。こう見えても橋田は私の認める天才の一人よ。こう見えても」

倫太郎「・・・そうだな。今回は3人がかりで作ったんだ。失敗などありえない」

至「今回”は”?」

紅莉栖「どういう意・・・ああ」

至「どゆこと?」

紅莉栖「昔、彼から聞いた話を思い出すと、何を言いたいかはなんとなくね」

至「ふーん?」

鈴羽「お待たせー」

倫太郎「遅いぞ。10分遅刻だ」

鈴羽「ふひひ、さーせん」

倫太郎「やめろ!年端もいかない娘が使う言葉ではない!」

鈴羽「お父さんの口癖がつい移っちゃってさ」

倫太郎「ダル、お前の背中を見て育った娘はこんなことになってしまったぞ」

至「アリだと思うけどなぁ。『廃れたネットスラングを使う女子』とか前例がないっしょ」

紅莉栖「お前それ種子島でも同じ事言えんの?」

倫太郎「お前まで!」

至「それじゃ今回の実験内容を説明するお」

倫太郎「急に話を戻すんじゃない!」

至「うるさいなぁもう」

至「えー、今回の実験は未来ガジェット204号”タイムマシン”クローズドβテスト ver.1.13とする」

倫太郎「橋田鈴羽は今実験においてブラックボックステスター及びデバッガーとして従事してもらう」

鈴羽「うへぇ、なんか難しそうな横文字がいっぱい」

紅莉栖「要は、使いやすさとか乗ってみた感想とかをノートに書いていけばいいのよ」

至「そして、もう一つ重大な任務がある」

鈴羽「な、何?あんまり難しいのは勘弁だよ?」

至「ファミリーコンピュータ用ソフト『ポパイ』を新品で購入してくること」

鈴羽「は?」

倫太郎「こいつの個人的な趣味だ。俺は賛同できかねるが」

紅莉栖「同じく」

至「物証がある方がいいとは思わんかね。それに今じゃすごいプレミアついてるし」

倫太郎「どうでもいい。すごくどうでもいい」

至「ほい鈴羽、1万円ね。小銭とか混ざるといけないから今使ってる財布は置いていって」

鈴羽「聖徳太子だっけこれ?教科書で見たよ」

鈴羽「うわぁ、意外と広いね。2,3人乗れそう」

至「よっこいせっと。日時は1983年の今日、7月15日、場所は東京・・・」


倫太郎「83年7月、か」

紅莉栖「忘れられないものよね」

倫太郎「歳をとったな。お互い」

紅莉栖「失礼ね。私はまだ30代で通るっつーの」


鈴羽「父さん、オカリンおじさん、紅莉栖さん、行ってきまーす!」

至「頼んだぞー!」

3人の視線の先は不自然にぐにゃりと歪み、微かな高周波音が耳に届き始める。
白黄色に光る淡い光球が辺りを包むと輝きは増し、直視できぬ眩しさへと変わった刹那に光は爆ぜた。
遮っていた手を退かすと視線の先には既にそれの姿はなく、残ったのは放電時の様な特異臭だけであった。

紅莉栖「αテスト時よりも発光が大きいわね。距離が長いからかしら?」

至「演出用のプラグインエフェクトを新たに作ったお」

倫太郎「何故そう無意味なことをする?」

至「それはそうとなんで二人は手繋いでんの?氏ねよ」

鈴羽「ぅああああああああ!」

少女は、全身に襲いかかる重力に全力で逆らおうとしていた。

”シートに座ってシートベルトを締めてから押すんだお”

鈴羽「そうか!こういうことかぁ!」

ドアが締まり、各部のチェックの後に何気なく発進ボタンを押してしまった軽率さを悔いた。


数分後、重力は辛うじて身動きの取れるレベルまで軽減し、這々の体でシートに腰を下ろす。

鈴羽「はぁー、はぁー、はぁ・・・」

真面目にやろう。シートベルトを締め、おもむろにノートを取り出す。

”発進時のGをもうすこしどうにかしてほしい”

ノートをデスクへパサリと放り投げると、ふわーぁ、と大きな欠伸を浮かべ、静かに目を閉じる。

鈴羽「到着は体感で約3時間後・・・昨日あまり寝れてないし、ちょうどい

突如耳の奥がチクリと痛み、そのまま鈴羽は意識を失った。

―――・・・い、おーい!おーーいってばー!―――

私?

―――そうよ、あんたよ!とっとと返事しなさいよ!―――

えーと、ごめん?で、誰?

―――それはいいの。ところであんた、何か願い事はない?―――

ないなぁ。

―――そう、なら私がその願・・・ないの?―――

強いて言えば発進時の重力をなんとかしてほしいかな。

―――そうじゃなくて地位とか名誉とかそういう感じのを聞いてんのよ―――

うん、私は今でも十分幸せだし、満足してる。

―――なんか話が違うわね。あんたはもっと大きな悩みを抱えてるって聞いてたんだけど・・・―――

あ、一つあった。

―――それよ!言ってごらんなさい!―――

話し相手してよ。

―――何なのコイツ!―――

―――そしたらソイツってば「俺は魔女には屈しねえ!」だって!バッカじゃないのギャハハハハ!―――

あはははは!笑うのひどーい!

―――あんただって爆笑してんじゃない!ギャハハハ!・・・あら―――

どうしたの?

―――もう時間みたいね。一旦私はお暇させてもらうわ―――

そっか。楽しかったよ。

―――私もいい退屈しのぎになったわ。それじゃ。その内また来るわ―――

待って、仲良くなったんだから君の名前くらい教えてよ。

―――ふむ、そうね。私もアンタの事気に入ったし。耳の穴かっぽじってよーく聞きなさい!―――

うん。時間ないんでしょ?

―――努力する者は報われる!絶対にして超パーの大天才スーパーラヴリー魔女!その名も、ラ

鈴羽「んが・・・」

彼女を現実へと連れ去ったのは、、到着を示す機内アラームだった。

鈴羽「・・・ぁぁー・・・ふわーぁっと」

アラームを止め、一つ大きな伸びをする。

鈴羽「えーと、まずは・・・」

”到着したらすぐにステルスモードをONにしろ。周りに見つかると厄介だ”

オカリンおじさんが何度も言っていた事。
トグルスイッチをパチンと切り替えると、古びたメーターの指針がゆっくりと上昇し、
やがて、ブゥン・・・と小さな機械音と共に「STEALTH」のチェックランプが赤く灯った。

鈴羽「このデザイン、オカリンおじさんの趣味かな」

”降りる前に周囲を確認すること。誰か人がいたら・・・逃げて”

紅莉栖さんに言われた事。

鈴羽「逃げてって言われても」

苦笑を浮かべながらモニターを切り替えると、そこには外の風景が映し出されていた。

鈴羽「前方、雑木林。人影なし」

矢印の書かれたボタンを押すと頭上からモーター音が微かに聞こえ、モニター映像が左へと流れた。

鈴羽「左、も雑木林。人影なし」

50年前の東京はこんなにも緑が豊かだったのかと感心した。

鈴羽「後方、砂利道。・・・人影なし」

いくらなんでも殺風景すぎるのではないか。

鈴羽「右、民家・・・って人んちの前じゃん!」

慌てて発進ボタンに手をかけようとしたが、すぐに違和感に気付く。

屋根は剥がれ、壁は歪み、軒先は草木が生い茂り、元の姿を保っている窓ガラスは1枚となかった。

鈴羽「・・・廃墟、かな?」

ボタンにかけた手をゆっくりと戻し、その手を恐る恐るドアの開閉レバーへと伸ばす。

ドアは油圧で開き、タラップが降下する。
全自動で一連の動作が終了すると、機内に届くのは木々のざわめきのみだった。

鈴羽「し、失礼しまーす・・・」

荒屋の付近をグルリと一周する内に、外壁に朽ち果てた住所札を見つけた。

鈴羽「えーと、鹿骨市、谷、谷河内・・・って江戸川区?」

よかった。東京だった。

この山奥が?

50年前の江戸川区は山林で、切り拓いて今の姿になった?

現実的ではない。

鈴羽「・・・ここは・・・」


東京では到底味わえない7月の風が、ゾクリと見を震わせた。



鈴羽「・・・どこーーーーー!?」

どこーーー。どこーー、こー・・・

その叫びは、誰の耳にも届くことはなかった。

山道を降り始めて数分、

鈴羽「お、バス停・・・終点かぁ。ということはまっすぐ歩いていけば中心部かな」

涼風がサワサワと三つ編みを揺らす。なんと心地よい気候なのだろう。

鈴羽「涼しいなぁ。東京じゃこんな空気吸えないもんね。景色もきれい」

タイムマシンには初めて搭乗した。昭和の日本など教科書でしか見ることのない世界である。

なのに、懐かしさを感じるのはどうしてだろう。

鈴羽「・・・変なの。まさか歳とった証拠?やだーまだ18なのにー!」

冗談めかした台詞を飛ばすごとに、不思議と悲観的な感情は薄らいでいった。

鈴羽「さて、歩きますか!父さんの任務遂行のため!よっしゃー!」


・♀

・♀

・♀


鈴羽「飽きた!」

鈴羽「もう30分以上歩いてるんだけど・・・」

バス停は3つほど通り過ぎただろうか。先を見渡しても似たような景色がずっと続いているようだ。

鈴羽「無限ループって怖くね?」

帰りも同じ道を歩くことを考えると、足取りも気持ちも重くなる。

鈴羽「田舎とかもういいわー・・・車の音!」


鈴羽の呼び止めに、前方から来た黒いセダンは鈴羽の横で止まった。


「どうしました?」

鈴羽「こんちわー、この先ってまだしばらく田舎道続きます?」

「あと15分ほどで中心部に着くと思います。お急ぎでしたらお送りいたしましょうか」

鈴羽「15分!もうちょいだ!歩いていくよ」

「そうですか。ではお気をつけて」

鈴羽「ありがとー、おじさん!」

詩音「・・・」

葛西「・・・」

詩音「っ・・・」

葛西「・・・我慢なさらないで結構ですよ」

詩音「・・・ぶふっ、ぎゃっはっはっはっは!」

葛西「・・・」

詩音「おっ、おじ、おじさん!おじさん!!ゲラゲラゲラゲラゲラゲラ!」

葛西「・・・」

詩音「ひー、お腹痛い、ひぃー、ひぃー・・・」

葛西「・・・」

詩音「・・・ひょっとして、ショック受けてます?」

葛西「・・・」

詩音「葛西は紛うことなきおじさんです。気にしなくても大丈夫ですよ」

葛西「・・・」

鈴羽「たはは・・・中心部、ねぇ」

精肉店、八百屋、豆腐屋。雑貨屋、理髪店。

道路も舗装はなく、均された砂利道。

昔ながらの商店街の雰囲気は、鈴羽には映画やドラマのセットのようにしか見えなかった。


鈴羽「こんちわー、これちょうだい」

「ん、お嬢ちゃん見かけん顔やんね」

鈴羽「旅の途中に寄ったんだ。ごめん、1万円しかないけど」

「はい1万円。・・・ふぅーむ」

鈴羽「どうしたの?」

「いや、こないだニセモンのお金の被害にあってからついね。悪気はないんよ」

鈴羽「へぇ、物騒だね」

鈴羽「ぷはー!生き返るー!」

炭酸飲料の瓶を一気にあおり、近くのベンチに腰を下ろす。

鈴羽「さて、どうしようかな・・・ん?」

「沙都子ちゃん、大丈夫?ちょっとサービスしすぎたかいね」

沙都子「こ、これしきの重さくらい何ともありませんわ・・・よいしょ、よいしょ」

小学生ほどの少女が大きなカゴを手にして果物屋から姿を現す。
店主や客は、どうしたものかと困惑した表情で顔を見合わせるだけであった。


鈴羽「大丈夫?持ってあげるよ」

沙都子「えっ?えーと、どちら様ですの?」

鈴羽「通りすがりの旅人だよ。誰かのお見舞い?すごい大きさだね」

沙都子「ええ、5千円も奮発したんですもの。おまけも一杯付けてくれましたわ」

鈴羽「周りの大人たちも手伝ってあげたらいいのに。冷たいね」

沙都子「いいえ、しょうがないことですの。これでも以前よりは十分優しくしていただいてますのよ」

沙都子とよばれる少女の曇った笑顔を見て、それ以上の追求はやめた。

沙都子「入江先生、富竹さん、ご機嫌よう」

入江「おや沙都子ちゃん、いらっしゃい」

沙都子「お見舞いをお持ちいたしましたの。是非皆さんでお召し上がりくださいまし」

富竹「ずいぶん立派だね。高かったんじゃないかい?」

沙都子「臨時収入がありましたの。使い道は悩みましたけどこれが1番かと思いまして」

入江「して、そちらの女性は?」

鈴羽「ども」

沙都子「こちらは鈴羽さん。偶然知り合ってここまで運ぶのを手伝っていただいたんですの」

入江「そうでしたか。わざわざありがとうございます」

鈴羽「いやいや、暇だったんで。それじゃ、バイバイ」

沙都子「そうですわ、何かお礼をしないと」

鈴羽「お礼なんていいよ。大したことじゃないし」

沙都子「そうもいきませんわ。うーん、何かないかしら」

鈴羽「あ、じゃあそのリンゴ1個ちょうだい」

「僕だよ」

ノックに次いでその声が聞こえると、私は手にしていた文庫本を閉じた。
鍛えぬかれた体には似つかわしくない、少年のような曇りのない笑顔を見ると、自然に私も口元が緩んでしまった。

「それ、どうしたの?」
「今、沙都子ちゃんが来ててね。君と悟史くんへのお見舞いって大きなバスケットを持ってきたんだ」

私の表情が曇るのを察すると、彼はギクシャクとぎこちない身振りで私に話しかける。
「ほら、もう君を悪く思っている人なんていないんだ。ね?だからさ、投薬を・・・」

彼は不器用な男だ。

「・・・ごめんなさい、今日はもう」
「・・・また明日来るよ。これ置いていくから、食べてね」

声色から察するに、彼は精一杯に微笑んでいたのだろう。
病室から出ようとする後姿を横目で見ると、左手にはナイフ。
近くのテーブルには、皿にのったリンゴが1つ。

刃物を置いていかないのは彼なりの優しさ、気遣いなのだろうか。

でも、病弱の私にリンゴを皮もむかずそのまま食べろと?

やはり彼は不器用な男だ。

道の真中に開いた穴から、足が2本生えている。

鈴羽「おーい、大丈夫?生きてる?」

圭一「・・・はっ」

鈴羽「出られる?引っ張ろうか?」

圭一「・・・お願いします・・・」


圭一「すいません、中で気失っちゃったみたいで」

鈴羽「ピアノ線と落とし穴が2つ?随分なイタズラだね」

圭一「沙都子め、悪知恵が日に日に増しやがって・・・!」

鈴羽「沙都子って、あのちっちゃい沙都子?」

圭一「知ってるんですか?」

鈴羽「さっき病院にお見舞い持って行くっていうから、手伝ってあげたんだ」

圭一「ぐぬぬ・・・今日はもう帰ってシャワー入ろう・・・」

鈴羽「服も洗いなよ。真っ黒だよ、あはは。じゃーね」

レナ「はうぅ、一人じゃキツいかなぁ。せめて圭一くんでもいたら助かるんだけど・・・」

鈴羽「こんな所で何してんの?」

レナ「えっ?きゃっ!」

鈴羽「おっと、気をつけて。ここは集積場かなんか?何してんの?」

レナ「す、すいません、この下の方にあるものが欲しいんですけど、どうも一人じゃ無理っぽくて」

鈴羽「大事なもの?手伝ってあげるよ」

レナ「えっ、でもそんな、悪いですよぉ」

鈴羽「大丈夫大丈夫、鍛えてるからね」


鈴羽「取れたー!って、何これ?」

レナ「はうぅ!ケンタ君の左足!これで全部揃った!」

鈴羽「そうなんだ、じゃ私は行くね」

レナ「ありがとうございましたー!」


鈴羽「昭和って凄いなぁ」

あてもなく町内をフラフラと歩き回っていると、左手に長く続く上り階段が見えた。

鈴羽「古手神社、か・・・一応神様に祈っとこうかな」


梨花「わざわざ興宮まで行ったのに」

羽入「だから予約したほうがいいって言ったのですよ」

梨花「うるさいわね。次回入荷分は予約できたわよ」

羽入「7月に入ってから梨花は浮かれすぎなのですよ」

梨花「いいでしょ別に。今の私は”小学生・古手梨花”なのよ」

羽入「あう?神社前に誰かいるのです」

梨花「見慣れない人ね」


梨花「みぃ、どうかしたのですか?」

鈴羽「ん?あー、お参りしてこうかと思ってさ」

梨花「じゃあボクについてくるのです」

鈴羽(ボクっ娘だ)

鈴羽「いい景色だねー」

”任務がうまくいきますように”
お参りをすませると、鈴羽は梨花、羽入と名乗る少女に展望台へと案内された。

梨花「ここは何もない所ですが、景色は抜群なのですよ」

鈴羽「のどかだねー。心が洗われるよ」

梨花「そう言ってもらえると嬉しいのですよ、にぱー☆」

鈴羽「ところでさ、ここの地名はなんて言うの?」

梨花「っ!・・・ここは雛見沢というのです。鈴羽はどこから来たのですか?」

鈴羽「えーと、東京から。谷河内?って所を通ってきたんだ」

梨花「・・・そうなのですか。ではボク達は行くのですよ。さ、羽入」

羽入「は、はいなのです」

そういうと梨花は、羽入の手をとって神社の裏手へ走っていった。

鈴羽「案内してくれてありがとねー!」

梨花は振り返り、引きつった笑顔を返してその場を去った。

梨花「さあ羽入、説明の時間よ」

羽入「し、知らないのですよ」

梨花「ハバネロにデスソースかけて丸かじりするわよ」

羽入「デスソースはまだこの時代に存在しないのです」

梨花「いいからとっとと答えなさい。誰よあれは」

羽入「今回ばかりは本当に知らないのです!」

梨花「へーぇ・・・?」

羽入「実体化した上に岡部達を帰すのにオヤシロパワー2ヶ月分を費やしたので今は無力なのです!」

梨花「だからオヤシロパワーって何よ。じゃああいつは一体・・・はっ!」

羽入「どうしたのですか?」

梨花「この流れ・・・また立ち聞きされてるかもしれないわ」


鈴羽「~♪」


梨花「リンゴ食べてるわね・・・」

羽入「リンゴ食べてるのです・・・」

梨花「鈴羽、お聞きしたいことがあります」

鈴羽「あれ?まだいたんだ」

梨花「・・・どこから来たのですか?」

鈴羽「え?だから東京からだけど?」

梨花「場所ではなく・・・いつから?という意味です」

鈴羽「うっ・・・」

梨花「・・・」

鈴羽「・・・」

梨花「・・・」

羽入「・・・」

鈴羽「・・・なんで分かったの?」

梨花「なッ!!!」

驚くと同時に振り返り羽入を睨みつけるが、羽入はブンブンと首を振った。

梨花「にせん・・・もう一回言って」

鈴羽「2036年」

梨花「2036年・・・えーと・・・」

羽入「53年後なのです。梨花もすっかりおばあちゃ」

ゴチーン!

羽入「こ、こめかみは・・・こめかみは本当に駄目なのです・・・」

梨花「53年後からどうやってここへ?」

鈴羽「えーと、言っていいのかな」

梨花「他言しないことを約束するわ」

鈴羽「その・・・タイムマシン、で」

梨花「・・・予想はしてたけど、いざ言われると予想外ね・・・」

羽入「時間を超越だなんてとんでもない技術なのです」

梨花「あんたがそれ言う?」

鈴羽「東京に行くはずがどういうわけか谷河内って所に着いちゃってさ」

梨花「ああ、だから谷河内を通ってきたってわけ」

羽入「ほとんど人通りは無いはずですが、万が一誰かにタイムマシンが見つかったら大変なのです」

鈴羽「降りるときにステルスモードにしたから大丈夫じゃないかな」

梨花「ステルス?」

鈴羽「透明になるの。1mくらい近づかないと気付かないよ」

羽入「未来の技術は凄いのです」

鈴羽「オカリンおじさ・・・開発者の人がさ、他人に見つからない事を優先したんだって」

梨花「なるほどね」

羽入「謎の機械が空から落ちてきた!なんて騒ぎになりそうなのです」

鈴羽「似たようなこと言ってたなぁ」

羽入「と思ったら突然消えた!みたいになってまた騒ぎになるのです」

鈴羽「それも言ってた」

梨花「・・・ん?オカリンおじさん?」

鈴羽「へ?うん、開発者の一人だよ。メインはうちの父さんだけど」

梨花「岡部の下の名前って倫太郎よね・・・オカ、リン・・・」

鈴羽「オカリンおじさん知ってるの?」

梨花「知ってるも何も、私は岡部のお陰で命をすくわ・・・もがが」

羽入「一度この世界に来たことがあるのです」

鈴羽「そうなんだ。テストで来たのかな」

羽入(梨花、そのことはまだ伏せておいた方がいいと思うのです)

梨花「わかったわよ・・・という事は牧瀬もいるの?」

鈴羽「牧瀬?牧瀬・・・うーん、知らないかなぁ」

梨花(あら意外。関わってないのかしら)

羽入「あぅ♪」

梨花「何よ、気持ち悪い」

羽入「お子ちゃま梨花にもその内わかる日が来るのですよ」

梨花「相変わらずむかつくわねその顔」

梨花「で、鈴羽は何でここに?」

鈴羽「そうそう、それなんだけどさ。ファミリーコンピュータって知ってる?」

羽入「知ってるも何も、今日が発売ということで大盛り上がりなのですよ」

鈴羽「ホント?やばっ、急いで買いに行かないと!」

梨花「無理ね。午前であっという間に売り切れたそうよ」

羽入「次回入荷分をさっき予約してきた帰りなのです」

鈴羽「え~、うそ、どうしよ」

梨花「学校なんか行ってないでとっとと買いに行くべきだったわ」

羽入「梨花が日に日に悪い子になっていくのです」

梨花「今日はもう遅いし、明日半ドンだから行ってみる?」

鈴羽「明日ならあるかな?」

梨花「望みは薄いわね」

鈴羽「ううー、行って買って帰るだけの簡単なお仕事だと思ってたのに」

梨花「おつかい感覚でタイムマシンに乗れる時代なの?」

梨花「夜を過ごすところは?」

鈴羽「日帰りのつもりだったし、タイムマシンに戻れば寝られるけど・・・遠いなぁ」

梨花「しょうがないわね、アテがあるから一旦うちに・・・これも前と同じ流れね」

羽入「そういえば、二人は声がよく似ているの気がするです」

梨花「そうかしら?」

羽入「はいなのです。最初に鈴羽の声を聞いた時に気になってたのですよ」

鈴羽「あー、あー、ボクは橋田鈴羽なのですよー♪」

梨花「!?」

羽入「す、すごいのです!そっくりなのですよ!」

鈴羽「にぱー☆ にぱー☆」

梨花「・・・私ってこんな感じ?」

羽入「寸分違わないのです」

梨花「そ、そう・・・あっ、そうだわ」

「ただいまなのですー」

沙都子「あら、おかえりなさいませ。遅かったで・・・鈴羽さん?」

鈴羽「今まで隠していたけど、これが古手梨花の本来の姿なのです」

沙都子「え、あの、梨・・・鈴、え?え?」


羽入「あの沙都子がオロオロしてるのです」

梨花「二人はもう面識があったのね。一層おもしろいわ。くすくす」

羽入「悪い子というかただのガキ大将なのです」


鈴羽「これからもよろしくなのですよ、沙都子。にぱー☆」

沙都子「え、えーと、どうしたら・・・救急車、いや、村長さんにお電話・・・そういえば羽入さんは?」

鈴羽「羽入とボクが合体してこの姿になったのです」

沙都子「あ、あわわわ・・・!」


梨花「なんか可哀想になってきたわ」

羽入「梨花にも呵責を感じる程度には良心が存在したのですね」

梨花「というわけで、岡部たちの知り合いの橋田鈴羽なのです」

鈴羽「ごめんね沙都子。面白くなってきちゃって」

沙都子「もう!周りにどうやって説明しようかと思いましたわよ!」

羽入「そういえば鈴羽と沙都子はどこかでもう会っていたのですか?」

沙都子「入江先生の所にお見舞いを持っていった際に運ぶのを手伝ってくれましたの」

梨花「他には誰かに会いましたか?」

鈴羽「名前はわかんないけど、落とし穴の中で気絶してる男の子を助けたよ」

梨花「間違い無いわね」

羽入「間違い無いのです」

沙都子「間違い無いですわ」

鈴羽「あと、ゴミ捨て場みたいな所で女の子が人形の左足探してた」

梨花「間違い無いわね」

羽入「間違い無いのです」

沙都子「間違い無いですわ」

魅音『もしもし園崎です。お、梨花ちゃん、どったの?』

梨花「実は魅ぃにお願いがあって電話したのです」

魅音『お、またかい?今度は何?』

梨花「今、岡部たちの知り合いの方が遊びに来ているのですが、お泊まりするところが無くて困ってるのです」

魅音『岡部さんの知り合い?だったらウェルカム、と言いたいところなんだけど』

梨花「何かあったのですか?」

魅音『ほら、うちの地下でドンパチあったじゃん?あれの修理業者たちが客間を使っちゃってるんだよ』

梨花「みぃ、なら仕方がないのです」

魅音『月曜以降なら大丈夫だと思うけど、ばっちゃに聞いてみようか?』

梨花「いや、大丈夫なのですよ。ありがとうなのです」

魅音『そう?タイミング悪くてごめんねー』

梨花「魅ぃにはそういうところがあるのはよく知ってるのです」

魅音『ん?どういう意味?』

沙都子「電気消しますわね」

鈴羽「いやー悪いね、泊めてもらっちゃって」

沙都子「岡部さんのお知り合いですもの。精一杯のおもてなしはさせていただきますわ」


沙都子「すやすや・・・」

羽入「すぅすぅ・・・」


梨花「・・・鈴羽、起きてる?」

鈴羽「ん?うん。ちょっと考え事。梨花もまだ起きてたの?」

梨花「ええ、私もちょっとね。・・・外に出ない?」

鈴羽「うん、聞きたいこともあったし」

梨花「私もよ」

鈴羽「うわー、綺麗な空。すごい」

梨花「そんなに?2036年じゃ星は見えないの?」

鈴羽「見えなくもないけど、ビルの明かりとかであまりハッキリとはね」

梨花「私はビルの明かりとやらを見たことないけど」

鈴羽「なんか、懐かしい感覚がするんだ。勿論この時代には生まれてないんだけどさ」

梨花「18歳よね。ということは2018年生まれ?」

鈴羽「17年生まれだよ。9月で19歳」

梨花「・・・ふふ、変な会話。見てみたいわね、21世紀ってものを」

鈴羽「そんなにいいものでもないけどね。自然なんてほとんどないし」

梨花「携帯電話とかテレビゲームとかあるじゃない」

鈴羽「携帯は持ってないんだ。いつでも誰かに縛られてる感じがしてさ」

梨花「そう、持ってたら絶対便利だと思うけど」

鈴羽「携帯なんてよく知ってるね。オカリンおじさんに聞いたの?」

梨花「あっ、そ、そうよ」

梨花「そういえば聞きたいことって?」

鈴羽「それなんだけどさ、オカリンおじさんってこの村でなんかしたの?」

梨花「・・・えーと、どう掻い摘んで話すべきかしら」

鈴羽「沙都子も”知り合いだから精一杯のおもてなし”とか言ってたし、梨花もなんか言いかけだったでしょ?」

梨花「・・・岡部はね、この村を救ったのよ」

鈴羽「救ったって、いつの話?」

梨花「来たのは先月中旬だから1ヶ月前くらいかしら」

鈴羽「へぇー、じゃ私は設定ミスでここに来たのかな」

梨花「2010年からね」

鈴羽「え?2010年って、26年前からここに・・・どうやって?」

梨花(マズい、収集がつかなくなってきたわ、どうしよう・・・!)

鈴羽「父さんが18歳の時でしょ、ってことはタイムマシンの試作機とかできてたのかな?」

梨花「そっ、それよ!そんな感じのことを言ってたわ、うん」

鈴羽「そっかー、父さん凄いな」

鈴羽「で、ここに来て何をしたの?」

梨花「2週間ほど滞在して、この街の風土病の特効薬を開発していったの」

鈴羽「へぇー凄い。一人で?」

梨花「いや、牧瀬って人と二人でよ」

鈴羽「ああ、さっき言ってた人。どんな人?」

梨花「岡部と同い年だったかしら?栗毛の髪のスレンダーな女性よ」

鈴羽「ふーん」

梨花「2週間の間にやけに仲良くなったみたいで、帰る頃にはすっかりアベックよ」

鈴羽「アベックって何?」

梨花「えーと、恋仲よ」

鈴羽「ふーん・・・ふーん?」

梨花「どうかした?」

鈴羽「ううん、なんでも」

鈴羽「もうひとつの質問、ポパイってゲーム知ってる?」

梨花「ファミリーコンピュータの?それも予約したけど」

鈴羽「どうにかして近いうちに手に入んないかなぁ」

梨花「しばらくは無理と思ったほうがいいわね」

鈴羽「譲ってよ」

梨花「嫌よ」

鈴羽「参ったなぁ」

梨花「別に買うのはこの時代じゃなくてもいいんじゃないの?」

鈴羽「初期のものが凄いプレミア付いてるんだって」

梨花「理由が邪すぎるわ」

鈴羽「ねぇ、譲ってよー」

梨花「嫌よ。何年も何年も何年も何年も待ってようやく手に入るんだから」

鈴羽「何年も?」

梨花「なんでもないわ。そろそろ戻りましょ」

鈴羽「ちぇっ、とりあえず寝るか」

鈴羽「ちーっす」

沙都子「あら?学校までいらしたんですの?」

鈴羽「梨花と出かける予定があってさ」

圭一「あっ、こないだの」

鈴羽「君は落とし穴に落ちてた人だね。前原圭一だっけ?」

レナ「もしかして、あなたが岡部さんのお知り合いの方だったんですか?」

鈴羽「そうだよ。君は竜宮レナ。梨花から名前は聞いたよ」

梨花「み?鈴羽がいるのです」

鈴羽「おっす、迎えに来たよ」

梨花「改めて紹介するのです。岡部の知り合いの橋田鈴羽なのですよ」

鈴羽「へへ、どーも」

レナ「そういえば魅ぃちゃんは?」

圭一「バイトだっていって先に帰っちまったよ」

梨花「ボクは鈴羽と魅ぃのバイト先に行ってくるのです」

沙都子「私達は先に帰ってますわね」

魅音「いらっしゃいま・・・あれ、梨花ちゃん」

梨花「みぃ、こんにちはなのですよ」

鈴羽「へぇー、おもちゃ屋なんて初めて見たかも」

魅音「そっちが岡部さんの知り合いって人?」

梨花「そうなのです。紹介も兼ねて遊びに来たのですよ」

鈴羽「えーと、君は園崎魅音。よろしくね」

魅音「初めまして。本来だったらうちに泊める予定だったんですけど」

鈴羽「気にしないで。梨花たちの家にお世話になってるから大丈夫」

善郎「おや、いらっしゃい梨花ちゃん」

梨花「入荷はまだなのですか?」

善郎「さすがに昨日の今日じゃ無理だよ。急がせてるけどね」

梨花「みぃ、残念なのです。それはさておき」

鈴羽「お聞きしたいことが」

梨花「この界隈じゃおもちゃ屋なんてあそこだけだものね」

鈴羽「次回入荷分も瞬殺、その先は未定、か・・・やばい、参ったな」

梨花「もう少し遠くまで足を伸ばせられればいいんだけど」

鈴羽「じゃあさ、どっか繁華街まで案内してよ」

梨花「私、興宮からむこうに出たことないのよ。ごめんなさいね」

鈴羽「興宮から?小学生とはいえ行動範囲狭くない?」

梨花「出たくても、出られないことってあるのよ」

鈴羽「ふーん?」

梨花「出ても問題ないとは思うけど、万が一があったらいけないし」

鈴羽「万が一って?」

梨花「・・・えーと、ほら、迷子とか」

梨花「たかがゲームソフトの為に随分と躍起になるのね」

鈴羽「うん、これは任務だし」

梨花「任務って・・・プレミアがつくからってだけの話じゃない」

鈴羽「過去の物を未来へ持ち帰・・・あれ?」

梨花「どうしたの?」

鈴羽「なんだろう今の、どっかで似たような話を聞いたことが・・・」

梨花「ああ、デジャヴってやつよきっと。昔の話とか夢で見た話とかじゃないの?」

鈴羽「・・・なの、かな」

梨花「私だって昔は似たようなことがたくさんあったわ」

鈴羽「お?小学生風情が”昔”とか言っちゃう?こいつー」

梨花「ふふ、今となっては”夢の中の話”だったのかもしれないけど」

鈴羽「君って時々謎めいた発言するよね。まさか中二病ってやつ?」

梨花「何それ、未来の病気?」

鈴羽「内緒にしとく」

梨花「そうだ、せっかく興宮に来たのならあそこも紹介しとくわ」

「「「いらっしゃいませー!エンジェル・モートへようこそー!」」」


梨花「意外と反応薄かったわね」

鈴羽「2036年じゃそんなに珍しい光景じゃないからね」

梨花「そう、凄いのね2036年」

詩音「はろろーん♪そちらの方は梨花ちゃまのお知り合いだったんですか?」

鈴羽「あれ?魅音だ」

詩音「残念、妹の園崎詩音でーす」

梨花「詩ぃ、こちらは岡部の知り合いの橋田鈴羽なのです」

詩音「ああ、お姉からなんとなく話は聞きました。お会いするのは2度目ですけど」

鈴羽「2度目?どこかで会ったっけ」

詩音「ほら、車で呼び止めた時。後ろに乗ってたんです。ぷふふ」

梨花「詩ぃ、ニヤニヤしてるのです」

詩音「葛西のことをおじさん呼ばわりするんですもん。あの日以来よく鏡の前で悩んでますよ」

梨花「かわいそかわいそなのです」

詩音「今年一番笑わせてもらいました」

沙都子「あっ、梨花たちが帰って来ましたわ。では明日お伺いしますわね」

梨花「ただいまなのです。電話中だったのですか?」

沙都子「おかえりなさいませ。明日は魅音さんのおうちで部活をやろうってお話が」

羽入「そういえば久しくやってなかったのです」

沙都子「鈴羽さんも是非参加していただきたいと言っていましたわ」

鈴羽「部活って何すんの?」

羽入「罰ゲーム付きのミニゲーム大会みたいなものなのですよ」

梨花「岡部たちも参加したのです」

鈴羽「へー、面白そうじゃん。お呼ばれしちゃおうかな」

羽入「みんな強いので要注意なのですよ~」

沙都子「お風呂沸かしますわね。鈴羽さん、お先にお入りくださいませ」

鈴羽「おっ、いいねぇ」

梨花「そのうちにボク達は夕食の用意をしておくのですよ」

羽入「二人が夕食の準備中にテレビを見てたら怒られたのです」

鈴羽「あはは、一緒に入る?」

羽入「さすがに狭くなっちゃうので、お背中流すのですよ」

鈴羽「おっ、サービス満点だねぇ。それじゃ頼んじゃおっかな」


鈴羽「羽入ってさ、梨花のお姉さんなの?」

羽入「親戚なのです。訳あってここで一緒に暮らしているのですよ」

鈴羽「そうなんだ。・・・もう一つ、質問いいかな」

羽入「何ですか?」

鈴羽「ここってさ、3人だけで生活してるんだよね」

羽入「はい。案外楽しいのですよ」

鈴羽「聞きづらいんだけど・・・二人の両親って?」

羽入「・・・二人の両親は、数年前に亡くなってしまったのです」

鈴羽「・・・そっか、聞いちゃってごめんね」

羽入「沙都子には兄がいます。今は病院に入院中ですが」

鈴羽「もしかして、この村の風土病ってやつ?」

羽入「誰かに聞いたのですか?」

鈴羽「梨花に聞いたんだ。・・・もしかして、二人の両親も?」

羽入「はい。遠因ではありますが」

鈴羽「この話、もうやめようか」

羽入「そうしてくれるとありがたいのです。ではボクからも質問いいですか?」

鈴羽「何?」

羽入「鈴羽のこの髪は、天然パーマなのですか?」

鈴羽「うん、父さんに似ちゃってさ。雨の日なんて結構爆発して大変だよ」

羽入「わかるのです。その気持ちよくわかるのですよ」

魅音「お、いらっしゃーい。鈴羽さんも」

鈴羽「ひゃー、でっかい家」

レナ「あ、鈴羽さんだー」

鈴羽「ちーっす。遊びに来たよ」

レナ「言いそびれてたんですけど、一昨日はありがとうございました」

鈴羽「ん?ああ、いいのいいの」

圭一「そういえば俺もあの時助けてもらって」

鈴羽「あはは、今度は気をつけなよ」

沙都子「相変わらず人の手を借りないと何も出来ない方なのですわね。ぷふー」

圭一「あっ!誰の仕業だと思ってんだてめぇー!」

沙都子「ヲホホホホ!鬼さんこちらですわー」


鈴羽「変な子」

梨花「あ、声に出して言っちゃったわね」

魅音「さて、臨時新入部員の鈴羽さんが加入したということは」

レナ「ジジ抜きだよねー」

鈴羽「ジジ抜き?」

魅音「ババ抜きの親戚です。ジョーカーの代わりにどれか1枚を抜くんです」

圭一「最後の最後まで何がジョーカーかわからないんですよ」

梨花「・・・」

鈴羽「へー、いいじゃん。面白そう」

沙都子「梨花、どうかしましたの?」

梨花「ううん、なんでもないのです。負けないのですよー☆」

鈴羽「よーし、年下相手だって手は抜かないよー」

一同「んっふっふ~」

鈴羽「え?」

圭一「さぁ、どーっちだ?」

鈴羽「ぐぬぬ・・・迷ったら攻める!それが私のモット」

圭一「残念でしたー。はいアガリ!俺の時代が来たぁー!」

梨花「圭一がまさかのビリ脱出なのです」

鈴羽「うがー悔しい!でも負けは負けだし、潔く罰ゲームを受けるよ」

魅音「おお!凄い決断力!」

レナ「はうぅ、鈴羽さん男らしい!かぁいい!」

沙都子「それにひきかえ」

梨花「戦い慣れたゲームで」

魅音「初プレイ相手に辛勝で」

羽入「”俺の時代が来たぁー!”とか・・・」

圭一「なんだよ、少しくらい喜ばせてくれよ・・・」

魅音「あ、隣の部屋に罰ゲーム用意してあるんで、行ってみてください」

鈴羽「はーい」

鈴羽「用意出来たよー」

圭一「時は来た!」

魅音「はい、それではご登場願いましょう!」

鈴羽「いらっしゃいませー!エンジェル・・・なんだっけ」

魅音「エンジェル・モート」

鈴羽「エンジェル・モートへようこそ!だニャン!」

レナ「はぅ!」

沙都子「完璧に着こなしてますわ」

魅音「恥ずかしさとかは無いんですか?」

鈴羽「知り合いの喫茶店に何回かバイトに行っててさ、似たようなの着るからあまり抵抗はないかな」

魅音「あー、そう・・・ですか」

羽入「でもこれはこれで面白いのです」

鈴羽「母さんの部屋のクローゼットにも似たような服いっぱいあったっけ」


レナ「ね、ティッシュ、ないかな」

圭一「・・・」

梨花「み?圭一がだんまりなのです」

魅音「ははーん?鈴羽さん、圭ちゃんにもっとサービスしてあげてみてください」

圭一「ちょ、今は構わないで」

鈴羽「圭一、どうしたニャ?俯いてばっかだニャ」

圭一「いや、あの、お願いやめて・・・」

鈴羽「ほら、座ってないで。私の手を握って立つニャ」

圭一「ら、らめぇ!立てないの!諸事情により今立てないの!」

魅音「もう一息!もう一息!」

鈴羽「そんなオクテじゃ女の子は振り向かないニャン!」

沙都子「圭一さん、どうなさったんですの?」

羽入「沙都子、数秒間だけ目と耳を閉じてお花畑を想像するのです」


鈴羽「ウニャ~、強情なやつめ。せーの、よいしょっ!」

梨花「今日は楽しかったのです」

鈴羽「なんかごめんね。あはは・・・」

魅音「いえいえ、最高の盛り上がりでしたよ。いろんな意味で」

羽入「二人とも大丈夫でしょうか」

魅音「圭ちゃんはすぐ立ち直るだろうし、レナもちょっと安静にしてればすぐに元通りだよ」

沙都子(何があったんですの?)

梨花「バイバイなのですよー」

魅音「じゃーねー。鈴羽さん、来てくれてありがとうございましたー!」


沙都子「そうだ、私、診療所に寄って行きますわ」

梨花「わかったのです。ボク達は帰って夕食の準備をしておくのですよ」

鈴羽「沙都子、私も行っていい?」

沙都子「ええ、もちろん構いませんわよ」

鈴羽「診療所って、こないだ行った所?」

沙都子「ええ、ここからなら歩いてすぐですわ」

鈴羽「お兄さん、あそこに入院してるって羽入から聞いたよ」

沙都子「ええ。まだ意識が回復する目処は経っていないそうですけど」

鈴羽「重症なんだね」

沙都子「生きてるだけで丸儲け」

鈴羽「え?」

沙都子「ある人の座右の銘ですのよ。今の私には、この言葉の意味がよくわかる気がしますわ」

鈴羽「強いんだね、沙都子」

沙都子「それともう一人、私達にとって重要な人物が入院してますの」

鈴羽「もう一人?誰かの親族とか?」

沙都子「いいえ」

沙都子「入江先生、富竹さん、ごきげんようですわ」

富竹「おや、いらっしゃい」

沙都子「にーにーの様子はどうですの?」

入江「最近はずっと様態も安定していますよ。会いに行ってあげてください」

鈴羽「私はここで待ってるよ」

入江「えーと、橋田さんでしたっけ」

鈴羽「はい、オカリ・・・岡部倫太郎の知り合いで、たまたまここに遊びに来てたんです」

入江「なんと、そうでしたか。 ちょっと君、彼女にお茶を」

鈴羽「ああ、そんなお構いなく」

入江「岡部さんのお知り合いの方とあらば、これくらいはさせていただきますよ」

鈴羽「じゃ、お言葉に甘えちゃいます。ついでに聞きたいことがあるんですけど」

入江「なんでしょう?」

鈴羽「”梨花を殺して、この村を滅ぼそうとした”入院患者っていうのは・・・」

入江「・・・富竹さん、ドアを」

鈴羽「そんな事があったんだ・・・」

入江「言ってしまえば、彼女は雛見沢症候群の最大の被害者なんです」

富竹「岡部くん達は、この村の未来を変えてくれたんだよ」

鈴羽「未来を、変えた・・・。でも誰からもそんな話は一切聞こえなかったけど」

入江「住民の殆どはこの事を知りませんし、古手さん達からしてみれば”過ぎたこと”なんだと思います」

富竹「喉元過ぎればなんとやらって言うだろ?ただ、当の本人がどうもね・・・」

鈴羽「鷹野さんが?」

富竹「症状を軽減させる薬は完成してるんだけど、頑なに投薬を拒むんだ」

入江「強行手段に出れば逆効果になってしまいますし、なんとも難しい話です」


沙都子「鈴羽さん、お待たせいたしましたわー♪」

鈴羽「お、お帰りー。ご機嫌だね」

入江「沙都子ちゃんが心から笑える日が来たことが、私にとって最大の救いです」

富竹「この話はここまでにしておこうか」

沙都子「何の話をしてましたの?」

鈴羽「岡部倫太郎について色々聞いてたんだ。じゃそろそろ帰ろうか」

富竹「そういえば、鈴羽ちゃんはいつまで雛見沢に滞在するんだい?」

鈴羽「うーん、いつまでなんだろう。長居することになっちゃいそう」

富竹「明日ってなにか予定あるかな?」

沙都子「ナンパですわ。不潔」

入江「節操のない人ですね。私なんて沙都子ちゃん一筋だというのに」

富竹「ち、違うよ!久々に写真を撮りに行きたいんだけど、助手をしてもらおうかと!」

鈴羽「あ、楽しそう。いいですよ、ヒマだし」

富竹「本当かい?じゃ明日のお昼頃にここに来てくれるかな。村の案内もするよ」

沙都子「ウキウキですわ。浮気者」

入江「私なんて沙都子ちゃん一筋だというのに」

富竹「だから違うって!」

梨花「じゃ明日は富竹と一緒なのですか」

鈴羽「うん、昼から出かけてくるよ」

沙都子「富竹さんったら浮気者ですわ。鷹野さんがいるというのに」

梨花「女ったらしなのです」

羽入「あ、あうぅ」

鈴羽「あのさ、みんなは鷹野さんのこと怒ったり恨んだりしてないの?」

沙都子「・・・」

羽入「・・・ボクは絶対に許さないと思っていたんですが」

梨花「もう、過ぎたことなのですよ」

沙都子「当の梨花がこんな感じですもの」

梨花「悟史と鷹野。どちらも早く治るようにオヤシロ様にお祈りするのです」

沙都子「というわけで、私も梨花と同意見ですわ」

羽入「ボクも、梨花の意見を尊重するのです」

鈴羽「優しいんだね、みんな」

鈴羽「こんちはー」

富竹「お、来たね」

鈴羽「どの辺を撮影するんですか?」

富竹「雛見沢を一周する予定さ。この自転車を使っていいよ」

鈴羽「よかった、徒歩移動かと思ってたよ」

富竹「けっこう移動距離は多くなりそうだけど、疲れたらいつでも言ってね。じゃ行こうか」



富竹「す、鈴羽ちゃん、ちょっと休憩しようか」

鈴羽「ちょっとペース速すぎました?」

富竹「僕ももうそんなに若くなくてね。鈴羽ちゃんは平気なのかい?」

鈴羽「普段から自転車が移動手段なもんで」

富竹「そ、そう。タフなんだね。は、はは・・・」

鈴羽「富竹さんってカメラマンなの?」

富竹「一応フリーのカメラマンだけど、趣味に近いかな。鈴羽ちゃんも写真が好きなのかい?」

鈴羽「私は全然詳しくないけど、父さんが昔カメラをやってたって言ってた」

富竹「ほう、いい趣味のお父さんだね」

鈴羽「年に2回東京で大きい撮影会があって、そこで母さんと知り合ったって聞いたっけ」

富竹「へえ、共通の趣味で仲良くなれるっていうのは素敵だね」

鈴羽「そういえば、富竹さんって父さんの若いころにちょっと似てるかも」

富竹「そうなのかい?どんなところが?」

鈴羽「体格が良くて、年中薄着で帽子かぶっててメガネかけててカメラが好きって所」

富竹「あはは、じゃあ僕にもそろそろ趣味を通じて良い人が現れるかな。あはは」

鈴羽「ここから見る景色も綺麗だなぁ」

富竹「だろ?野鳥の撮影が主だけど、最近は風景画も撮ってるんだ」

鈴羽「世界遺産とかになりそうな感じがする」

富竹「5年ほど前かな。この村にも存続の危機が迫っていたんだ」

鈴羽「存続の危機・・・ダム建設とか?」

富竹「そう、ズバリそれさ。村民と国とが真っ向から対立したそうだよ」

鈴羽「存続は決まったの?」

富竹「ああ。最終的には国側が折れたらしく、ダム建設は白紙になったんだ」

鈴羽「よかった。私もここに住んでたら同じように反対してたよ」

富竹「村民はありとあらゆる手を尽くしたんだ。誉められるような内容ではないけどね」

鈴羽「その先は聞かないほうがいい感じ?」

富竹「そうだね。美談で終わらせるならここで終わらせたほうがいい」

富竹「よし、今日はこんなもんかな。手伝ってくれてありがとう」

鈴羽「といっても、ただついて回ってたくらいだったけど」

富竹「それでいいんだ。話し相手がいたほうが一層楽しめるからね」

鈴羽「私も楽しかった。雛見沢が益々好きになっちゃった」

富竹「それはよかった。出来れば明日、明後日も周りたいんだけど、一緒にどうだい?」

鈴羽「いいの?行く行く!」

富竹「おっ、じゃあ頼むよ。今日のお礼に晩ご飯でもご馳走しようか」

鈴羽「ほんと?行ってみたいお店があったんだ」

富竹「高級料亭とかは勘弁だよ。あはは」



「「「いらっしゃいませー!エンジェル・モートへようこそー!」」」

富竹「ここかー・・・」

鈴羽「前来たときは立ち寄っただけだったからさ」

富竹「僕、どうもここは苦手なんだよね」

鈴羽「そう?楽しいじゃん。美味しいって話も聞くし」

大石「おんやぁ?富竹さんじゃありませんかぁ」

富竹「げっ!大石さん!」

大石「げっ!はあんまりですよぉ」

鈴羽「誰さん?」

富竹「大石さん。興宮の刑事さんだよ」

大石「おや?見かけない顔ですね?ふぅーん?」

富竹「な、なんですか」

大石「友人知人も多いであろうこの興宮で」

詩音「若い女の子と逢引きとはまた大胆ですなぁ。んっふっふ~」

富竹「だぁぁ!だから違いますって!」

鈴羽「詩音、ちーっす」

詩音「はろろ~ん♪」

大石「私はちょうど帰る所でしてね。この事は内緒にしておきますよ。んっふっふ」

富竹「いや!彼女は岡部くんの知り合いの人で!」

大石「岡部君の知り合い?」

鈴羽「ども」

大石「そうですかそうですか。岡部君は元気にしてます?」

鈴羽「はい。無駄に元気いっぱいです」

大石「なるほどぉ。宜しくお伝え下さいね、それじゃ。んっふっふ」


詩音「富竹さん、月曜なのにもうお疲れモードですか?」

富竹「はぁぁ、なんとなく誰かに会う予感はしてたんだよ・・・」

鈴羽「なに食べよっかなー」

鈴羽「ただいまー」

羽入「おかえりなのです」

沙都子「おかえりなさいまし。遅かったですわね」

鈴羽「うん、富竹さんと晩ご飯食べてきたんだ」

沙都子「あら、鈴羽さんの分も夕食を用意しましたのに」

鈴羽「あー、連絡すればよかったね」

沙都子「では明日の朝にでも召し上がってくださいませ。お風呂も沸いてますわよ」

鈴羽「うん入る。今日は疲れたよ」

沙都子「お疲れ様ですわ。お布団もひいておきますわね」



羽入「新婚夫婦みたいな会話なのです」

梨花「こんな感じなの?」

―翌日―

鈴羽「富竹さん、雛見沢症候群について質問いい?」

富竹「なんだい?答えられる範囲だったら」

鈴羽「私ももう感染してるの?」

富竹「入江先生に予防薬を貰っただろう?あれを投与しておけばL1以下、つまりほぼ無感染状態になるんだ」

鈴羽「今の鷹野さんの様態は?」

富竹「今ではL3~4辺りで安定しているけど、監視の目は緩められない」

鈴羽「薬を飲めば治るの?」

富竹「そこが問題なんだ。投与を続けていけばL2、日常生活に戻れるまで軽減できるんだけどね」

鈴羽「飲もうとしないんだ」

富竹「その薬が完成するまでに一悶着あってね。難しいよ。ははは」

鈴羽「そっか、ありがと」

富竹「さて、今日の撮影はこんなもんかな」

鈴羽「そうだ、私も1枚撮ってよ」

富竹「うん、いいよ」

鈴羽「あ、圭一とレナだ」

富竹「どこだい?」

鈴羽「ほら、ずっとむこうに二人歩いてるでしょ」

富竹「目いいんだね。僕にはよく見えないよ」

鈴羽「今日はここまででいい?」

富竹「うん、終わり。明日もよろしくね」

鈴羽「お疲れっしたー。あ、自転車どうしよう」

富竹「明日も使うから、そのまま乗って帰ってもいいよ」


鈴羽「おーい、圭一、レナー」

圭一「うっ・・・!」

鈴羽「後退りしないでよー。悪かったってば」

レナ「は、はうぅ・・・」

鈴羽「近寄ってくるのも無しの方向で。ちょっと話いいかな」

圭一「鷹野さん・・・ですか」

鈴羽「うん、どんな人?」

レナ「うーん、なんて言ったらいいんだろ・・・」

圭一「ちょっと、イメージが変わっちゃったかなって思いが」

鈴羽「だいたいの話はいろんな人から聞いてる。変に隠さなくても大丈夫だよ」

レナ「えーと、ちょっと、怖い人だったんだなって」

圭一「俺もそう思います」

鈴羽「好き?嫌い?」

レナ「・・・分かりません」

圭一「まあ、岡部さん達すら殺そうとしたわけだし・・・」

鈴羽「何それ。初耳だよ?」

圭一「えっ?」

レナ「えっ?」

レナ「・・・というわけなんです。幸い軽症でしたけど」

圭一「でも、あの時の岡部さんは本当にカッコ良かったよな」

レナ「うん、ヒーローみたいだったね」

鈴羽「ヒーロー・・・そうには見えないけどね」

レナ「でも、あの時のことを考えたら、やっぱり鷹野さんもかわいそうかな、かな」

鈴羽「鷹野さんには早く病気を治して、いつも通りに接したいと思う?」

圭一「・・・」

鈴羽「それとも、そんな悪人はさんざん苦しんだ挙句に死んでもらいたい?」

圭一「!」

レナ「そ、そんな・・・そんな気持ちは・・・」

圭一「鈴羽さんは、どう思いますか?」

鈴羽「私?」

圭一「いろんな人に話を聞いた結果、鈴羽さんはどう思いますか?」

鈴羽「私だってわかんないよ。部外者だもん」

圭一「なっ、そんなの」

鈴羽「わからないからこそ、当事者の君たちの気持ちが知りたいんだ」

圭一「・・・そりゃ、いつも通りの鷹野さんに戻って欲しいですよ」

レナ「レナだって同じ気持ちです」

鈴羽「そっか、ありがと」

圭一「すいません、ちょっと熱くなっちゃいまして」

鈴羽「ううん、こっちこそ変なこと聞いちゃったね」

レナ「はうぅ、熱くなるのは圭一くんのオットセイだけで十分だよぉ~」

圭一「い、いやああああ!忘れて!忘れてえええ!」

鈴羽「ただいまー」

梨花「おかえりなのです」

沙都子「おかえりなさいまし。今日は早かったですわね」

鈴羽「富竹さんの手伝いの後にちょっと寄り道してきただけ」

沙都子「夕食はまだですわね?」

鈴羽「うん、ご馳走になっちゃおうかな」

沙都子「了解ですわ。まだ時間もありますし、先にお風呂になさいます?」

鈴羽「そうしようかな」

沙都子「お風呂からあがったら夕食にしますわね」



羽入「沙都子、幼妻全開なのです」

梨花「結婚って面倒なのね」

―翌日―

鈴羽「富竹さん、質問いい?」

富竹「なんだい?」

鈴羽「鷹野さんのこと、好きなんでしょ」

富竹「ゴホッ!ゲホッ、ゲホッ」

鈴羽「あ、図星だ」

富竹「お、大人をからかっちゃダメだよ。はは、あはは」

鈴羽「顔、真っ赤になってますよ?」

富竹「い、いやー、参ったな」

鈴羽「やっぱ、早くよくなってほしいよね」

富竹「はは・・・うん、まあ、そりゃあね」

鈴羽「富竹さん、不器用そう」

富竹「うん、返す言葉も無いよ。あはは・・・」

富竹「以前はね、たまに彼女とこうやって写真撮影に周ったりもしていたんだ」

鈴羽「その時に告白とかはしなかったの?」

富竹「一緒にいられるだけで楽しかったし、それ以上のことは望んでいなかったよ」

鈴羽「うわー、淡ーい。甘酸っぱーい」

富竹「冬の雛見沢もね、雪が積もると幻想的でとても綺麗なんだ」

鈴羽「あ、いいなそれ。雪なんてほとんど見たこと無いし」

富竹「可能だったら1月くらいにまたここを訪れるといいよ」

鈴羽「その頃には鷹野さんとの間にも進展があるかも?」

富竹「い、いやだなぁ!そんな!きょ、今日はこれくらいにしとこうか!」

鈴羽「中学生みたい」

富竹「3日間ありがとう。助かったよ」

鈴羽「こっちこそ楽しかった。あ、興宮行きたいんでもう少し自転車借りていい?」

富竹「うん、帰すのは戻ってきた時でいいよ。本当にありがとう」

魅音「いらっしゃ、あれ、鈴羽さん」

鈴羽「ちーっす。入荷してたりしない?」

魅音「残念、依然入荷待ちです。梨花ちゃんには入荷次第電話するようになってますよ」

鈴羽「そっか。所で話は変わるんだけどさ、富竹さんと鷹野さんって、どう思う?」

魅音「あー、ありゃ鷹野さんにホの字ですよ絶対」

鈴羽「やっぱそう見える?」

魅音「看病につきっきりだそうですもん。本人はごまかしてるようですけどどう考えたってねぇ。いっひっひ」

鈴羽「魅音は鷹野さんのこと、怒ったりとかはしてないの?」

魅音「ゲームが終われば敵味方なしのノーサイド。ってことですよ」

鈴羽「そっか。そんだけ」

魅音「下世話な話だったらいつでもOKですよー。にしし」

鈴羽「じゃあさ、魅音は圭一が好きなの?」

魅音「にゃ!?な、ななな、なんですかいきなり!」

鈴羽「おーおー慌ててる慌ててる。じゃーねー」

魅音「な、何しに来たんですかもー!」

鈴羽「ただいまー」

梨花「お帰りなのです」

羽入「お帰りなさいなのです」

沙都子「お帰りなさいまし。今日でお勤めは終わりですわよね?」

鈴羽「うん、終わり。明日から暇になるよ」

沙都子「お疲れ様ですわ。まずはゆっくり休んでくださいまし」

鈴羽「明日はゆっくり寝てようかな」

沙都子「今お風呂沸かしますわね。一番風呂ですわよ」



羽入「定年を迎えた老夫婦の会話なのです」

梨花「3日間で夫婦生活がどういうものかわかった気がしたわ」

羽入「・・・ずは、鈴羽」

鈴羽「・・・んん・・・ん・・・羽入・・・?」

羽入「大丈夫ですか?苦しそうにうなされていたのです」

鈴羽「・・・あー、久々に見たかも」

羽入「ほら、涙を拭くのです」

鈴羽「サンキュ。二人は・・・寝てるね」

羽入「疲れてる時は変な夢を見やすいものです。もう大丈夫なのですよ」

鈴羽「たまーに見るんだ。同じ夢を」

羽入「同じ夢?」

鈴羽「はっきりとは覚えてないんだけど・・・悲しいというか、辛いというか」

羽入「気分転換に外の空気を吸うといいのです」

鈴羽「うん、そうする」

鈴羽「18になってから、何度か見るようになったんだ」

羽入「どのような夢ですか?」

鈴羽「何かに追われたり落ちたり、楽しかった事も何もかも全て滅茶苦茶に壊されたり、みたいな」

羽入「あぅ、それは嫌な夢なのです」

鈴羽「今わかったんだけどさ、最近起こるデジャヴが、全部この夢と繋がるんだ」

羽入「デジャヴ、既視感というものですか?」

鈴羽「それそれ。梨花も言ってた」

羽入「・・・」

鈴羽「1983年がなんとなく懐かしく感じるのも、この夢のせいだったり」

羽入「鈴羽」

羽入の小さな手が鈴羽の左腕をしっかりと掴み、鈴羽を見上げた。

鈴羽「な、なに?」

羽入「鈴羽は、幸せですか?」

鈴羽「どうしたの?急に怖い顔しちゃ・・・」

真剣に見上げる瞳の強さに、茶化そうとした口は自然と噤まれた。

鈴羽「・・・うん、幸せだよ。みんなやさしくて大好きだし、何一つ不自由だってしてない」

掴んでいた腕を離し、両手で鈴羽の手のひらを優しく包む。

羽入「そう。鈴羽は幸せ。怖いものなんて何も無いのです」

真剣な表情は、やがてふわりと優しい微笑みへと変わる。

羽入「”橋田”鈴羽はこれからもずっとずーっと幸せに生きることでしょう。忘れなさい、人の子よ」

鈴羽「あ・・・」

古手羽入。この子は何者なのだろう。
記憶が渦巻き、考えがまとまろうとしない。


故に、頬を伝う涙の意味も、鈴羽にはわからなかった。

羽入「はい、これでもう大丈夫なのです」

鈴羽「・・・今、何したの?」

羽入「怖い夢を見た子供にするおまじないなのです」

鈴羽「こ、子供扱いしないでよ。年上なんだからさー」

羽入「あうぅ、ごめんなさいなのです」

鈴羽「でも不思議。心がスーッと楽になったみたい」

羽入「病は気から。おまじないも時には有効な手段なのです」

鈴羽「ありがと。もう大丈夫」

羽入「いえいえ、なんのこれしき」

鈴羽「君って、なんか不思議な人だよね」

羽入「そうですか?」

鈴羽「梨花もそうだけど、時折急に大人びた顔したり、難しい言葉喋ったりするし」

羽入「ボクも梨花も、ちょっぴりオマセな普通の小学生なのですよ。うふふ」

鈴羽「そういえばさ、羽入だけはあまり鷹野さんを許したくないって感じだよね」

羽入「皆に聞いたのですか?」

鈴羽「入江先生に話を聞いてさ、皆はどう思ってるのかと思って聞いてみたんだ」

羽入「圭一たちは、海のように広い心の持ち主なのです」

鈴羽「羽入の本心は違う?」

羽入「いいえ、”生きることが梨花、並びに全村民に対する最大の償い”と思うようになったのです」

鈴羽「なるほどね。その気持ちは大事だよ」

羽入「この言葉も岡部が言い出したのです。己の考えの浅はかさを痛感しました」

鈴羽「あー、オカリンおじさんなら言いそう。言ったあと得意げな顔してたでしょ?」

羽入「はい、それはそれはもう」

鈴羽「若い頃から変わってないんだなぁ」

羽入「もうすっかり元気になったのです。そろそろ寝るのですよ」

鈴羽「うん、おやすみ」

鈴羽「ふわーーーぁ。もう昼かぁ」

適当にチャンネルを回していると、台風が接近中というニュースが流れていた。

鈴羽「台風か。こりゃ昼寝だな」


梨花「ただいまなのです。ふー、だんだん風も強くなってきてるのですよ」

沙都子「あら、鈴羽さん起きてましたの?」

鈴羽「さっき起きたとこ。今日は早いんだね」

羽入「台風が来てるので今週いっぱい休校になったのです」

鈴羽「そうなんだ。それじゃおやすみ」

沙都子「こらこら、そんなだらけててはいけませんわよ」

鈴羽「まぁまぁみんなも寝ようよ。寝る子は育つって言うじゃん」

梨花「おやすみなのですー☆」

沙都子「まっ、梨花ったら」

羽入「梨花にはどうしても育てたい箇所があるのです」

梨花「はい、古手なのです」

善郎『もしもし梨花ちゃんかい?入荷したよ』

梨花「みぃ、お待ちかねなのです。今すぐ行くのですよ」

善郎『了解。気をつけてね』


梨花「というわけなので行ってくるのです」

沙都子「小振りになったとはいえ、雨の中を一人で行くのは危険ですわ」

鈴羽「私も行くよ。用事あるし」

羽入「行ってらっしゃいなのです」


梨花「さあ鈴羽!ダッシュよ!」

鈴羽「だーめ」


善郎「ま、本当は台風が来る直前に入荷してたんだけど」

魅音「梨花ちゃんなら槍が降ったって取りに来そうだしね」

善郎「本体とソフト3本。お会計が28300円ね」

鈴羽「おー、張り込んだね」

魅音「ほんと、ずっと楽しみにしてたもんね」

梨花「100年以上待ちわびた気分なのですよ」

魅音「あはは、また大げさな」

鈴羽「私のは?」

善郎「ごめんね。次回の入荷の目処が立たないんだ。来月以降になっちゃうかもね」

鈴羽「うん、期待はしてなかった」

梨花「それじゃ帰るのです」

魅音「はしゃいで転ぶんじゃないよー」

梨花「ただいまなのですよー☆」

沙都子「お帰りなさいまし。ゲームは買えましたの?」

梨花「じゃーん、ゲットなのです」

鈴羽「3万円近く張り込んだもんね」

沙都子「まっ、そんなに。何ヶ月分の食費になるのかしら」

梨花「すっかりオケラになったのです。沙都子の5000円で食いつなぐのですよ」

沙都子「えっ?」

梨花「えっ?」

沙都子「私だってもうお金はほとんど無いですわよ?」

梨花「えっ?」

羽入「冷蔵庫の中も乏しいのです」

梨花「えっ?」

鈴羽「おっ?」

残り2割くらいだけど規制が酷いので一時離脱
21:30くらいに戻ってくる

梨花「だ、だって、綿流しの日に臨時収入があって、大事にとっておいたはずじゃ」

沙都子「お見舞いを買うのに使いましたわ」

羽入「先週、お話しましたですよ?」

梨花「先週・・・あっ」

羽入「梨花、まさか」

沙都子「忘れてましたの?」

梨花「・・・」

羽入「・・・」

沙都子「・・・」

梨花「所持金、1700円」

沙都子「たぶん数百円」

羽入「ゼロなのです」

沙都子「・・・返品するしかないですわよね」

梨花「う」

羽入「どれか一つ返品すればボク達は生きられるのですよ」

梨花「うう」

鈴羽「ちなみに、ソフトって一本幾ら?」

沙都子「レシートには4500円って書いてますわ」

鈴羽「あれー?私お金あるなぁ」

梨花「ううう」

鈴羽「私の滞在費も含めて、6000円で譲ってくれない?」

梨花「う、うう、ううう・・・」

羽入「梨花の体がどんどんねじれていくのです」

沙都子「なんでしょう、最近の梨花は子供っぽくてかわいいですわ」

鈴羽「よし、じゃあ7000円でどうだ」

鈴羽「はぁー良かった。なんとか手に入った」

沙都子「欲しかったんですの?」

羽入「元気出してください。結果的に2500円の儲けになったのですよ」

梨花「手元にドンキーコングしかなくなったのです・・・」

鈴羽「さて、私はそろそろ帰ろうかな。泊めてくれてありがとね」

沙都子「あら、急ですわね」

鈴羽「そろそろ帰んないと父さん達に怒られそうだし」

沙都子「今日はもう夕方ですし、もう一泊だけなさっては?」

鈴羽「えー、でも悪いよ。1週間も寝泊まりさせてもらったし」

沙都子「1週間も寝泊まりしたんですもの、今更遠慮は無用ですわよ」

羽入「梨花も立場的に異議はないですよね?」

梨花「もう好きにしやがれなのです」

梨花「鈴羽、お散歩に行きませんか?」

沙都子「お散歩?もう9時過ぎですわよ」

梨花「大丈夫、そのへんをちょこっと歩いてくるだけなのです」

鈴羽「そうだね、行くよ」

羽入「ゲームを取り返す交渉ですか?」

梨花「違うのです。色々話したいことがあったのですよ」

沙都子「あまり遅くならないうちに帰ってくるんですのよ」

梨花「みぃ、行ってくるのです」



梨花「・・・やっぱり返してって言っても、もう遅い?」

鈴羽「違わないじゃん」

梨花「冗談よ。半分」

鈴羽「話したいことって?」

梨花「まあ、これといって特にないんだけど」

鈴羽「そっか」

梨花「・・・」

鈴羽「・・・」

梨花「・・・」

鈴羽「すっかり晴れたみたいだね」

梨花「そうね」

鈴羽「・・・」

梨花「・・・」

鈴羽「・・・」

梨花「・・・」

鈴羽「あのさ」
梨花「そういえば」

鈴羽「梨花からでいいよ」

梨花「東京のどこに住んでるの?」

鈴羽「秋葉原ってとこ。この時代じゃまだ普通の電気街だったのかな」

梨花「そんな気がしてたわ。岡部達も?」

鈴羽「うん、ご近所。いつも父さんと変なもの作ってる」

梨花「元気そうね」

鈴羽「今どこかに向かってんの?」

梨花「いえ、適当にフラフラ。ところで鈴羽も何か言いかけだったわね」

鈴羽「・・・この村の出来事をさ、ひと通り皆に詳しく聞いたよ」

梨花「・・・」

鈴羽「梨花が、命を狙われていたってことも」

梨花「・・・そう」

鈴羽「よく、許してあげたね」

梨花「言ったでしょ、もう過ぎたことだって」

鈴羽「皆も、もう許してあげてるって言ってた」

梨花「それも聞いたの?」

鈴羽「『ゲームが終われば敵味方なしのノーサイド』だって」

梨花「魅音が言いそうね。確かに今思えばスケールの大きな部活みたいなものだったわ」

鈴羽「部活、か」

梨花「そう、部活」

鈴羽「だったらさ、一つ忘れてない?」

梨花「何を?」

鈴羽「部活の敗者はどうなるかってこと」

梨花「・・・それって」

鈴羽「この道真っすぐ行ったら、入江先生の所だよね」

梨花「くすくす、楽しくなってきたわ」

梨花「入江、こんばんわなのです」

入江「おや、古手さんと橋田さん。こんな時間にどうなさいました?」

梨花「鈴羽サイズの巫女服は持ってますですか?」

その問いに、”入江先生”は”入江京介二等陸佐”の顔へと変わる。

入江「無論です」

フッ、と笑みを浮かべ、眼鏡をクイッと上げる。

入江「沙都子ちゃんサイズは勿論のこと、園崎姉妹、竜宮さん、万が一に備えて前原君用だってぬかりはありません」

鈴羽「うわぁ」

入江「古手さん風のカツラも全員分ありますよ」

梨花「さすがと言いたいけどいくらなんでも気持ち悪いのです」

入江「して、それが何か?」

梨花「鈴羽用を今すぐこの場でお借りしたいのです」

入江「今すぐ?喜んでお貸ししますが・・・何を始める気なんです?」

梨花「罰ゲームの時間なのですよー☆」
鈴羽「罰ゲームの時間なのですよー☆」

「っ!!」

晴天夜に浮かぶ十三夜の月によって、病室内は仄暗く照らされる。
反射的に身を起こすものの、己の置かれた状況を思い出すことにそう時間はかからなかった。
二呼吸ほどおき、耳に届いた”声”の正体に納得がいくと、

「寝てる人の前では静かにしないとダメよ。梨花ちゃん」

額に手をあて、自嘲気味に笑った。

「鷹野」

思わず肩がビクリと持ち上がり、ひっ、と小さな悲鳴を漏らしてしまう。

「夢ではありませんよ、鷹野」

振り向いた先に立っていたのは、

「驚かすつもりはなかったのです」

巫女服を纏い、

「もうお休みとは思わなかったのです」

腰にまで届きそうな長髪の、

「にぱー☆」

愛くるしい笑顔を覗かせる、160cmほどの女性であった。

三四「だ、誰よ・・・?」

  「鷹野がボクの事を知らないはずがないのですよ?」

三四「っ・・・!」

思わず首筋に伸びた手は、予期していたかのように素早く掴まれた。

  「これは幻聴でも、幻覚でもありません。紛れもなくボクなのです」

三四「・・・何よ、何のイタズラ・・・?」

  「とはいえ、鷹野以外にボクの姿は見えないですし、実像とも言い切れないのです。ふーむ」

掴んでいた手を離し、額に手を当てしばし考えこむと、

  「要するに、ボクは未来から来たのですよ」

三四「・・・からかってるの?」

  「うぅ、鷹野は疑り深いのです」

三四「そんなオカルト紛いのこと、信じられる方がおかしいわ」

  「高野一二三も、きっと同じようなことを言われたのでしょうね」

巫女の表情から、笑みが消える。

三四「なっ・・・!」

刺さるような冷たい視線は、ふたたび優しく微笑みかけるものへと変わる。

  「古手神社の巫女はなんでもお見通しなのですよ。おっと」

卓上に置かれた時計を見ると、窓の方を指さす。

  「もうじき現れるのです。3、2、1・・・」


梨花「たーかのっ」

窓の外から、小さな頭がひょっこりと顔を出した。

三四「ひっ・・・梨花、ちゃん・・・!」

梨花「鷹野の話し声が聞こえたので、こっそり見に来ちゃったのです」

三四「な、なんで、ここに・・・?」

梨花「沙都子のお注射が切れたので貰いに来てたのですよ。ところで」

梨花は辺りをキョロキョロと見回す。

梨花「独り言だったのですか?」

三四「え?」

梨花「誰かと会話をしてるように聞こえたのです」

三四「だって、そこに・・・」

三四と目が合うと、巫女は小首を傾げおどけた笑顔を見せた。

梨花「むーーー?」

目を細めてじっくりと部屋の中を見渡すものの、やがて不機嫌な表情を浮かべ、

梨花「ボクを怖がらせようとしてからかってるのですか?鷹野は悪い大人なのです」

―――鷹野以外にボクの姿は見えないですし、実像、とも言い切れないのです―――

梨花「でも残念。ボクはオバケなんか怖くないのですよ。にぱー☆」

一転して見せた無垢な笑顔には、一点の曇りも無かった。

梨花「ところで、まだ体調は良くならないのですか?」

三四「・・・何とも言えないわ」

梨花「みぃ、そうなのですか・・・でも」


梨花「ボク達は、鷹野の病気が早く治ることをお祈りしてるのですよ。にぱー☆」
  「ボク達は、鷹野の病気が早く治ることをお祈りしてるのですよ。にぱー☆」


梨花「じゃ、ボクは帰るのです。また遊びに来るのですよー」

軽快な足音が聞こえなくなると、病室内は静寂に包まれた。

三四「・・・ねえ」

  「ふふ、懐かしい姿だったのです」

三四「私の声を聞いて、梨花ちゃんがここに顔を出すように仕向けた、ってことかしら」

  「ちょっと違いますが、まあそんな所なのですよ」

三四「あなたの時代に、私はどうなってるの?」

  「・・・」

三四「やっぱいいわ。良い結果でないことくらいはわかる」

  「・・・昭和58年7月21日、ボクはこっそりと診療所の裏へと回りました」

三四「今日・・・さっきの梨花ちゃんの話?」

  「私は鷹野にお見舞いの言葉をかけ、その場を後にします」

三四「ええ、ステレオで聞いたわ」

  「それが、最後に見た鷹野の姿だったのです」

三四「・・・そう」

  「また鷹野の姿が見られて、僕はとても嬉しいのですよ」

三四「どういたしまして」

  「ボクは、未来を変えたい。悲しい結末を迎える未来を変えたくてここへ来たのです」

三四「未来を、変える・・・」

  「たとえジョーカーだろうと、一枚でも欠けてしまえばそのトランプの価値は無くなってしまうのですよ」

三四「ジョーカーって、ひどい言われようね」

  「おっと、そろそろ行かないと。神社まで行かないと元の世界に帰れないのは不便なのです」

三四「そういうものなの?」

  「ボクに他人の考えを変える程の力はありません。あとは鷹野の気持ち次第なのです。それでは」

三四「私の気持ち次第、か・・・最後に一つ聞かせて」

  「なんですか?」

三四「私でも、生きることは許されるの?」


  「・・・無意味な人生なんて、ないのですよ」

振り返ることなく、巫女は静かに病室を去っていった。

梨花「お疲れ様」

鈴羽「最後の方アドリブになっちゃったけどね」

梨花「無意味な人生なんてない、か・・・」

鈴羽「そ。生きてるだけで丸儲けだよ」

梨花「・・・ありがと」

鈴羽「ん?」

梨花「今日のお礼よ。私の遊びに付き合ってくれたお礼」

鈴羽「ううん、なんだかんだで私も楽しんでたしね」

梨花「さ、戻るわよ。明日にはもう帰るんでしょ」

鈴羽「うん。そのつもり」



そうね。意味はあったのよ。今までの人生すべてに。

沙都子「お忘れ物はございませんわね?」

鈴羽「うん、1週間も泊めてくれてありがとね。ほんと感謝するよ」

沙都子「とんでもないですわ。またいらした際にはいつでも寄って行ってくださいまし」

鈴羽「うん、絶対また来るよ」

梨花「ではボクと羽入でお見送りに行ってくるのですよ」

沙都子「鈴羽さん、お気をつけてお帰り下さいまし!」

鈴羽「うん、バイバイ!」


鈴羽「またこの道歩かなきゃいけないのかぁ」

羽入「今の時間ならバスに乗れるのですよ」

鈴羽「あ、そういえばバス停あったっけ」

羽入「なのでバス停までお見送りなのです」

鈴羽「あ、バス来た。それじゃあね」

羽入「はいです。お気をつけて」


羽入「さぁ梨花、帰りま・・・梨花?どこ・・・あっ!」


「おや、見かけんお客さんやんね」

鈴羽「へへ、観光みたいなもので」

「お、梨花ちゃまもお乗りですかいね」

鈴羽「えっ?」

梨花「にぱー☆」

鈴羽「あれ?なんで?」

梨花「なんでって、お見送りだもの」


羽入「りーかー!そ・・・すよー!!」

鈴羽「なんかこっち向かって叫んでるけど」

梨花「ほっといていいわよ」

梨花「で、タイムマシンはどこ?」

鈴羽「それを見るためについてきたの?」

梨花「だってタイムマシンよ。興味ないほうがおかしいじゃない」

鈴羽「えー、いいのかな」

梨花「誰にも言わないわよ。安心して」

鈴羽「んー・・・ま、いいか」

梨花「で、どこ?」

鈴羽「目の前だよ」

梨花「目の前?うーん・・・見えないわね」

鈴羽「でしょ?で、このボタンを押すと」

ヴィン...

鈴羽「ほら、目の前に」

梨花「ふおぉ・・・!」

鈴羽「じゃ、ここで本当のお別れ。2036年で待ってるよ」

梨花「私何歳になるのよ。絶対気付かないわよ」

鈴羽「冗談冗談。冬くらいにはまた来るよ」

梨花「冬の雛見沢、か・・・後悔しないわね?」

鈴羽「そんなに積もるの?」

梨花「陸の孤島よ。雪かき作業員として重宝しそうね」

鈴羽「うへぇ」

梨花「冗談よ。いつだって来て」

鈴羽「うん。皆も雛見沢も大好きだよ」


タラップを登る最中、鈴羽は振り返る。

鈴羽「さすがにこれには乗せられないからね」

梨花「そこまで図々しくないわよ」

鈴羽「そうだ、はいこれ」

座席に乗り込んでから、何かをピンッと指で弾く。
梨花は慌てながら、辛うじて胸元でそれを受け止めた。

梨花「っとと、なに、100円?」

鈴羽「帰りのバス代貸してあげる。今度会った時に返してねー!」

梨花の返事を待つことなくドアは閉じ、タラップは自動で内部へと収納される。
やがて淡い光球が辺りを漂い、それが爆ぜると同時にタイムマシンは姿を消した。


梨花「・・・ふふ、何よ。100円くらいくれたっていいじゃない」

右手に残された彼女との思い出をキュッと握りしめ、うっすらと微笑みながら再びバス停へと踵を返した。









梨花「なるほど、さっき乗ったのが最終バスだったのね・・・」

「眠そうだね?」
「ええ、昨日は眠れなくて。何それ?」
ああ、これかい? 手にしていたリンゴを置くと、嬉しそうに封筒から百枚ほど写真の束を取り出す。
「久々に写真を撮ってきたんだ。君にあげるよ」
「へぇ、私にもまたこの風景を直に見られる日が来るかしら」

「来るよ。絶対に。・・・き、君は僕にとって、大切な人だから」
冗談めかして言ったつもりだったが、返ってきたのは上ずり気味の真剣な返事だった。

「だ、大事にしたいんだ。君のことを」
「嘘ね」
「嘘なんかじゃない!ほ、ほほっほ本気だよ!」
「病弱な私にリンゴを丸かじりで食べさせようとしてるくせに」
「えっ?あっ、ナイフ・・・」
「あーあ、こんな空腹じゃ投薬もできそうにないわ」
「・・・はっ!! い、今すぐ取ってくるよ!待ってて!」

慌てて部屋を飛び出す彼を見届ける。

「あらあら、うふふ」

写真に手を伸ばす。

「へぇ、風景画も・・・あら?」


彼は不器用な男だ。

ピースサインを送る若い娘の写真を束の中に入れたままにするくらいに。

―――おーい、おーい。聞こえてるー?―――

あ、久しぶり。元気ないね?

―――まずあんたに謝んないと。ごめんね。上からがっつり怒られたわ―――

何の話?

―――なんでもないわ。忘れなさい―――

えー、そっちからふってきたくせに。

―――憶えてないくらいがちょうどいいってこともあるのよ―――



―――ま、それよりこないだの無能男の話に続きがあるんだけど―――

あ、聞きたい。でもさ、その前に名前教えてよ。

―――ああ、そういえば言おうとした瞬間に時間切れだったわね―――

うん、聞きそびれたよ。

―――いや、先に話しの続きしたいわ。大爆笑よ大爆笑―――

んー、ま、いいか。

鈴羽「んが・・・」

発進のスイッチを押したところまでは覚えている。

鈴羽「いつの間に寝たんだろ・・・さて、戻って来れたのかなっと」

ドアを開けた瞬間、湿り気を帯びた熱風が機内へと流れこむ。

鈴羽「あー、この空気、帰ってきたって感じがする」

ディスプレイには”2036年7月23日 水曜日”の表示。

鈴羽「そっか、日付は同期してるんだったっけ。待たせちゃったかな」

タラップを降り、再びステルスモードを起動するとタイムマシンは姿を消した。

鈴羽「よし、と。さて行きますか」

階下で帰りを待っているであろう3人の元へ向かう。

鈴羽「あっつー。溶ける溶ける。なんなの東京」

鈴羽「たっだいまー!」

倫太郎「鈴羽っ」

オカリンおじさんと最初に目が合い、3人が駆けつける。

倫太郎「遅かったではないか!心配したんだぞ」

鈴羽「ごめん、入手に手こずっちゃって」

至「やっぱりかー。フラゲで14日にすべきだったお」

倫太郎「少しは娘の心配をしろ」

鈴羽「はい、任務果たしてきたよ」

至「おほぉ!GJ!」

倫太郎「後にしろ。まずはタイムマシンの解析が先だ」

鈴羽「私は帰っていいの?」

倫太郎「うむ、今日のところはな。話は明日以降にしよう」

鈴羽「次は冬に乗せてもらいたいな。いい?」

倫太郎「データの解析次第だな。無事に帰ってきてる以上問題は無いだろう」

紅莉栖「今日のところはゆっくり休んで」

鈴羽「そうだ、紅莉栖さんの旧姓ってなんていうの?」

紅莉栖「旧姓?牧瀬だけど」

鈴羽「ふぅーん・・・へぇー」

紅莉栖「え、何?」

鈴羽「別にぃ~。んっふっふ~。じゃ、帰るね」

紅莉栖「? お疲れ様」


至「ねえオカリン、値札のシールって貼ったままの方がいいと思う?」

倫太郎「勝手にしろ」

至「んもう、つれないなぁ。じゃ貼ったままにしとこ」

倫太郎「さて、データは取ってあるだろう?しばらくは解析が続くな」

紅莉栖「そうね、忙しくなるわよ」

倫太郎「相変わらず嬉しそうだな。お前は」


至「おもちゃの園崎、か。個人経営店かな。レアっぽいお」

さて、まずはどうしよっかな。本屋にでも行って雪国の情報でも仕入れ―――

鈴羽「わっ!」

愛用の自転車に跨り、ビルを出てすぐの曲がり角。
壮年の女性と出会い頭にぶつかるのは辛うじて免れた。

鈴羽「ご、ごめんなさい!怪我なかった?」
  「ええ、大丈夫。貴方こそ平気?」
鈴羽「うん、ちょっと浮かれてた。気をつけるよ」
  「歩道で自転車に乗ったらダメよ」
鈴羽「ごめんなさい」
ニッコリと優しく諭され、ペコペコと頭を下げることしかできなかった。

鈴羽「それじゃ行くね、おばあちゃん」
車道まで自転車を押して歩き、改めてサドルに跨り直すと軽く手を振りペダルを漕ぎ始める。



ほらね。気付かないでしょ。



古びた100円玉を握りしめた手を左胸にあて、彼女は颯爽と走り去る鈴羽の後姿を見届けるのであった。


fin.

シュタゲSS雅涼天声(がりょうてんせい)のシミラー 投稿終了。
規制ひどすぎた

くぅ~疲れましたw これにて完結です!
実は、2回ほど途中でボツにしたら前作から1年3ヶ月が経過してしまいました
本当はなかなか話のネタ思いつかなかったのですが←
一部の方のご期待を無駄にするわけには行かないので中の人ネタで挑んでみた所存ですw
以下、鈴羽達のみんなへのメッセジをどぞ

鈴羽「みんな、見てくれてサンキュ!
短いくせに時間かかったけど・・・気にしないでね!」

梨花「ありがとなのです!
雛見沢の平和な空気は二十分に伝わったですか?」

沙都子「見てくださったのは嬉しいですけどちょっと恥ずかしいですわね・・・」

圭一「見てくれありがとな!
正直、作中で言った俺の台詞量は下位だよ!」

鷹野「・・・ありがと」ファサ

では、

鈴羽、梨花、沙都子、圭一、鷹野「皆さんありがとうございました!」
                     「フゥーハハハ!」



鈴羽、梨花、沙都子、圭一、鷹野「誰!?
改めまして、ありがとうございました!」

本当の本当に終わり

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