岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」その3 (1000)

前スレ

岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」
岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」 - SSまとめ速報
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岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」その2
岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」その2 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1452430092/)

・シュタインズゲートゼロのネタバレ有り
・グロ描写注意
・!orz進行


・・・

かがりの記憶
2005年6月30日
山奥にある施設の一室


ポツ ポツ ザァァァァ……


かがり「……窓の外、雨の音。水の、匂い……」


   『ママがかがりちゃんくらいの歳の頃はね、雨が降るのは楽しみだったんだ』


かがり「ママ……? ママに会いたい……」

かがり「……? これ、じゃま……頭のも、体じゅうについてるひもも……」ブチッ ブチッ

かがり「窓の外、雨、ママ……会いたい……」


   『今日のご褒美は要らないのかい?』


かがり「"教授"さんのごほうび、痛くて気持ちいいやつ……それも好きだけど、ママに会いたい……」

かがり「あの窓の外に、ママが……?」

かがり「私の体なら、窓を開ければ、通れるかな……」ヨイショ

駐車場


かがり「わふっ!」ポフッ

かがり「あ、あれ? 窓の下、やわらかい……だんぼーる?」


ブルン!! ブロロロロロロ……


かがり「トラックの荷台……ママのところに連れて行ってくれるの?」

かがり「待っててね、ママ……今いくからね……」


ザァァァァ……


かがり「(雨が痛くないなんて、変な感じ……なんで変なんだろう?)」

雑司ヶ谷霊園付近


ブロロロ…… キィー


かがり「トラック、止まった……? ママがここにいるの……?」

かがり「降りなきゃ……よいしょ、きゃっ」ドテッ

かがり「いたた……でも、いつものごほうびよりは痛くないなぁ」


ブルン!! ブロロロロロ……


かがり「トラック、行っちゃった……。ママ……ママ、どこに居るの?」


   『後で君を迎えに行くからね』


かがり「"教授"さんが迎えにくるまでに、ママをみつけなきゃ……」

都電荒川線 都電雑司ヶ谷駅ホーム上ベンチ


かがり「……雨、やまないなぁ」

少女「……迷子ですか?」

かがり「(この子……とっても美人。でも、中身は私に似てる……)」

少女「……私も、小さい頃から知ってる女の子が、ずっとふさぎ込んでて、なんて言ってあげたらいいかわからなくて、自分には、何もできないのかなって」グスッ

かがり「女の子……?」

少女「椎名まゆりっていう、幼馴染なんです」

かがり「椎名……まゆり……」

かがり「(なんだろう……とっても大切なひびき……うた……?)」


   さーがーしーもの、ひとつー

   ほーしーのー、わらうこえー

   かーぜーにー、またたいてー

   てをのばーせばー、つかめるよー



少女「……素敵な歌、ですね」

かがり「(どうして私、歌を……)」

少女「……私にも、まゆりの心をつかむこと、できるでしょうか」

かがり「…………」

少女「……私は行きます。まゆりの心を取り戻しに」

少女「あなたも……きっと見つかると思います。大切な探し物」ニコ

かがり「…………」ドキッ

少女「……ありがとう」ダッ

かがり「(……天使)」


レスキネン「捜したよ、かがり」

かがり「教授……今私、ここで天使に会ったんです」

レスキネン「ほら、行こう」スッ

かがり「この世のものとは思えない、とっても可憐な女の子で……すごく胸が、ドキドキしました……」

レスキネン「どうしたんだい?」

かがり「……きっとこの雲の隙間から、天使が降りてきてくれたんだなぁって」

レスキネン「洗脳が弱くなっている……。明日からはご褒美を増やしてあげないとね」

かがり「……私、行かなきゃ。天使が私を、ママに会わせてくれるっ」ダッ!!

レスキネン「おっと、また逃げられてしまった。まあ、すぐに戻ってくるだろう」prrr prrr

レスキネン「"私だ。例の街宣車を頼む"」


かがり「行かなきゃ……行かなきゃ!」タッ タッ


プァァァァァァァン キキィィーーーーーーッ!!


・・・

2011年1月16日日曜日
御茶ノ水医科大学医学部付属総合病院


かがり「…………」

かがり「……生きて、る?」

まゆり「かがりさん! オカリン、かがりさん気が付いたよ!」

倫子「かがりさんっ!」

かがり「私……」

倫子「……トラックにはねられたの。っていっても、ケガはなくて、気を失ってたから救急車を呼んだんだけど」

まゆり「オカリンがね、守ってくれたんだよ。かがりさんが無事でよかったぁ……」ウルウル

まゆり「2人とも死んじゃったのかと思って……まゆしぃは……まゆしぃはぁ……」グスッ

倫子「……私は死なないよ。絶対に」

倫子「(2025年までは、絶対に死なない。それがわかっていたからあの時、かがりちゃんを助けるために道路に飛び出すことができた)」

倫子「(それに、エレファントマウスで主観時間が引き延ばされた。だから的確にかがりちゃんを救うことができた)」

倫子「(どういうわけか、かがりさんの過去の一部を見ることになっちゃったけど……まさか、過去で私たちが出会っていたなんて)」

かがり「私も、ぼんやり、覚えてます……岡部さんが、飛び出してきてくれたこと……」ウルウル

かがり「ごめんなさい。私、どうかしてた。ありがとう、大好きっ」グスッ


まゆり「よかったよぉ、かがりさぁんっ!!」ダキッ

かがり「まゆり、さん――――」ドクン

かがり「(この、匂い……やわらかさ……あたたかさ……間違いない……)」ドクンドクン

かがり「……ママ……ママだ……」プルプル

倫子「……えっ?」

かがり「……やっと、会えた!!」ギューッ!!

まゆり「ひあっ!?」

倫子「かがりさん!? もしかして、記憶が戻ったの!?」

倫子「(……5年前にも同じようにトラックに轢かれそうになったから、それがキッカケで記憶が戻ったんだ)」

かがり「ママのこと……思い出したよっ! 私、ママに会うために、未来から来たんだよっ!」ウルッ

まゆり「ええーっ!? ど、どういうことなのかな!?」オロオロ

かがり「私は椎名まゆりの娘、椎名かがりだよっ!」

まゆり「えええ!?」


かがり「ママは、私に生きる意味を与えてくれた。私を危ない目に遭わせないために、一番安全なところへ逃がしてくれた」

かがり「ママが幼かった頃の、まだ平和だった日本でなら、安全に暮らせるだろうって」

まゆり「ほぇぇ……」

かがり「ママ……会いにきたよ……」グスッ

まゆり「かがりちゃん……」ダキッ

かがり「うぅぅぅぅっ……」ポロポロ

まゆり「独りぼっちにしてごめんね……つらかったよね、寂しかったよね……」ナデナデ

かがり「あのね、ママ……岡部さんがね、私たちを引き合わせてくれたんだよ……」

倫子「……記憶を取り戻せたのは、かがりさんの意志の力だよ」

かがり「ううん、そうじゃないの。そうじゃなくてね……」

かがり「過去にも……私たちは出会っていたんだよ……! ママを繋ぎとめてくれてたんだよ……!」

倫子「(この私じゃなく、この世界線の過去の"私"なんだけどね……でも、それも私には変わりない、か)」

倫子「(私には確かに"まゆりは昔から音痴だった"という記憶がある)」

倫子「(それが意味しているのは、β世界線の中には、かがりさんが2005年の池袋に現れない世界線もある、ってこと)」

倫子「(かがりさんがストラトフォーに捕まるのは、β世界線の収束じゃない……)」

倫子「(いや、今はそんなこと、どうでもいいか。それよりも、今は――)」

倫子「……うん、そうだった。私たちは既に知り合っていたんだ」

倫子「久しぶり、かがり」ニコ

かがり「うん……っ!」パァァ


かがりはすべての記憶を取り戻した。

未来の記憶も、1998年から行われた、とある施設での拷問まがいの記憶操作実験も。

2005年に脱走したことも。

もちろん、ルカ子のところに保護されてからの記憶もある。

……かがりの敵は、やっぱりレイエス教授とレスキネン教授だった。

かがりの記憶からだと、2人が本当に所属している組織がどこなのかはわからなかったけど、米軍と繋がりがあるのは間違いない。

『Amadeus』が夏に凍結されているこの世界線では、かがりを誘拐しにラボを襲撃する事態は今のところ発生していない。

そもそもこの世界線ではかがりの脳内にタイムマシン論文は無いわけで、奴らとしても未来の記憶を失ったはずのかがりのことは優先度が低いのだろう。

私とダルと鈴羽と、店長さんや萌郁、フェイリスやルカ子で警戒を厳にしていれば、きっと大丈夫だ。未来予知でも、分岐点まではかがりが安全であることがわかった。

それなら今は、失った母との思い出を取り戻してほしい。

誰も時を止められはしないから。時はいつか、幸せさえ例外なく奪っていく。

だからこそ、大切にしたい。儚く脆いホログラムだとしても。

――――私は、平穏な日々を取り戻した。


・・・

ラボは2度目の夏を迎えた。

かがりの"神様の声"は半年と経たないうちに聞こえなくなったらしい。

洗脳はある程度時間が経つと解ける、ということがわかった。記憶を取り戻せたことが大きかったのだろう。

あの歌のおかげだ。

この世界線の"私"が聞いたという、私とまゆりを繋げてくれた歌――

この世界線の"私"を、鳳凰院凶真へと導いてくれた歌――

未だ鳳凰院凶真は私の中で眠ったまま。

たまに出てくることもあるけど、今でも誰かに揺り起こしてもらうことを待っている。

まゆりなら、もうお昼だよ~なんて、どこか抜けた声で起こしてくれるんじゃないかな。

2011年7月7日木曜日
未来ガジェット研究所


鈴羽「……ありがとう、リンリン。"すべて"を話してくれて」

鈴羽「(α世界線での出来事……あったかもしれない可能性……新しい理論……リンリンが犠牲にし続けた仲間たちの想い……)」

鈴羽「(そして、β世界線収束の抜け穴の可能性、かがり……)」

倫子「ごめんね、鈴羽……やっぱり、鳳凰院凶真は目覚めなかったよ……」グスッ

鈴羽「ううん、リンリンは悪くない。あたしが牧瀬紅莉栖を救ってくるから、安心して」

鈴羽「リンリン、幸せになってね。椎名まゆりと仲良くね」

鈴羽「かがりを、よろしく」

倫子「うん……ごめんね、ごめんね……っ」ヒグッ

鈴羽「…………」クルッ


ガチャ バタン

ラジ館屋上


鈴羽「……ホントにいいの? 椎名まゆり」

まゆり「うん。かがりちゃんから聞いたの。未来のまゆしぃのこと」

鈴羽「あたしの知ってる椎名ま…… "まゆねえさん"は、いつもぼんやりと空を眺めてた」

鈴羽「濁った空を見上げてる笑顔は――」

鈴羽「いつも、寂しそうだったよ」

まゆり「……オカリンがまゆしぃをかばって死んじゃうんだよね」

鈴羽「まゆねえさんは、そのことに責任を感じてるみたいだった。あの時のあたしは当然の報いだ、なんて、ひどいことを考えてたけど」

鈴羽「やっぱり、見てて痛々しかった」

鈴羽「それとさ、まゆねえさんはよくこんなことを呟いてたよ」

鈴羽「『あの日、わたしの彦星さまが復活していたら、すべては変わっていたかもしれない』」

まゆり「……"まゆしぃ"はオカリンの人質だから、オカリンの人質じゃないわたしは、"まゆしぃ"じゃなくて"わたし"なんだね」

まゆり「わたしがね、わたしを取り戻した時。オカリンがわたしを繋ぎとめてくれた時」

まゆり「雲の隙間から降ってきた星屑は、わたしの彦星さまだったの」

鈴羽「確かにリンリンは織姫さまってより彦星さまって感じだね」

まゆり「ねー」


鈴羽「やっぱり、かがりが記憶を取り戻したから?」

まゆり「ううん、その前から。オカリンの笑顔にはね、鳳凰院凶真の笑顔が必要なんだって気付いてからは、もう決めてたんだよ」

鈴羽「決意は固いんだね。わかった、それじゃハッチを開けるよ。あたしに続いて乗り込んで」シュィィィン

まゆり「今なら、お空のお星さま、掴めるかな……」スッ

鈴羽「……星屑との握手<スターダスト・シェイクハンド>、か」


タッ タッ タッ


かがり「ママ……」ハァ ハァ

まゆり「あ、かがりちゃん。トゥットゥルー♪」

かがり「どうしたの? どうして私をここに呼んだの?」

鈴羽「……かがり!? お前、どうして――」

かがり「それはこっちの台詞だよ! 2人で何してるの!?」

鈴羽「まゆねえさん……。かがりには秘密にしておくって、約束したじゃないか」

まゆり「黙っててごめんね、スズさん。どうしてもかがりちゃんには、ちゃんとお別れを言っておきたかったの」


かがり「なんのことか、わかんないよっ……!」

まゆり「あのね。ママはね、これからスズさんと一緒に、タイムマシンに乗るの」

まゆり「大事な人に、目を覚ましてもらうために」

かがり「……無理だよ。世界線は収束しちゃうの」

まゆり「うん、わたしじゃ変えられない。でもね、オカリンは別なの」

まゆり「オカリンには、未来を変える力がある」

まゆり「そのオカリンを――あの日のオカリンの背中を、ちょっとだけ押すぐらいなら、わたしにも出来るはずだから」

まゆり「ママはね、まゆしぃは、もう一度会いたいの。鳳凰院凶真に。わたしの彦星さまに」


かがり「私は……? 私は、どうなるの!?」

かがり「シュタインズゲートに到達すれば、戦争が起きないかもしれない」

かがり「そうすれば、たくさんの人が救われるかもしれない」

かがり「だけど、そしたら私は、ママと会えないよ……」グスッ

まゆり「……そんなこと、ないよ。きっと会えるよ」

まゆり「本当のお父さんとお母さんがいて、幸せに暮らしてるかがりちゃんにね、近所のおねーさんとして会いに行くから」

まゆり「だから、かがりちゃんは、なんにも心配しなくていいんだよ」

かがり「私のことを覚えていないのに、どうやって会いに来てくれるの!?」

まゆり「ママには、きっとかがりちゃんがわかるよ。だってね、それが運命だもん」

まゆり「ママとかがりちゃんの絆は、どんなことにも負けたりしないんだよ」

かがり「ママ……」

まゆり「そろそろ行くね」ニコ


タッ タッ タッ ガチャッ!

倫子「はぁっ、はぁっ……かがり、どこに居るかと思ったらこんなところに……」ハァ ハァ

まゆり「オカリン!?」

かがり「オカリンさん……」

倫子「あ、あれ……なんで、まゆりが……? ま、まさか……お前……」プルプル

かがり「待って! 私が行く! ママは、この平和な時代で、オカリンさんと暮らすべきだよっ!」タッ

まゆり「あっ、かがりちゃん!」


タッ タッ タッ……


鈴羽「かがり、お前正気か――!?」

かがり「ママ! 岡部さんは私がなんとかしてみせる!」

かがり「だから、そこで待ってて!」


まゆり「かがりちゃん!」

倫子「かがりっ!」


かがり「鈴羽おねーちゃん。ハッチを閉めて」

鈴羽「……わかった」


シュィィィィン……


かがり「ママ! 私、ママのことずっと愛してる!」ポロポロ

かがり「過去も、今も、未来でもっ!」ポロポロ

タイムマシン内


鈴羽「……まさか、もう一度お前と乗ることになるとは思わなかった」フフッ

かがり「……一番最初に戻っただけだよ」グシグシ

鈴羽「行くよ、かがり。場所はまゆねえさんの言った通り、2010年8月21日の、奇跡の1分間……」

鈴羽「あの1分間は、β世界線で唯一、リンリンが存在していない時空間。つまり、神の目が観測していないデッドスポット」

鈴羽「収束を無視して、タイムマシンで過去を改変できる、唯一の場所なんだ」

鈴羽「それ以外の時間に現れちゃうと、タイムパラドックスが起こって、世界線にとんでもない影響を与えてしまう」

鈴羽「もちろん、2010年7月28日には行ける。この場合、収束を利用して過去を改変できることになる」

鈴羽「だけど、そこにもう一度行くべきはリンリンだってまゆねえさんが言ってた」

かがり「……ううん、7月28日に行こう。11時49分頃。到着と同時に私たちは降りて、マシンだけどこかへ跳ばす」

鈴羽「えっ?」

かがり「……正直に言うと、私の言葉が岡部さんに響くとは思えない。ママにも、未来の娘だって言っても、すぐ信じて貰えると思えない」

かがり「だから、7月28日。私たちの到着の1分後に現れるはずの、1回目の岡部さんたちのサポートをしてあげればいいんだよ」

かがり「それがこの『椎名かがり』だからこそできる、唯一の方法だと思うから」

鈴羽「……確かに、筋は通ってる。元々、あたしもそこへ行くつもりだったしね」ピッ ピッ

鈴羽「――準備できた。行くよ」

かがり「うんっ」

ラジ館屋上


まゆり「かがりちゃん!」

倫子「かがりっ!」


バチバチバチバチッ!!  キラキラキラ……


倫子「放電現象……燐光……それに、オゾンの臭い……っ!」

倫子「(ホントに、過去へ行ってしまうの、かがり……)」

倫子「ごめんね……ごめんね……」ウルッ

倫子「私のせいで……私が……」グスッ

まゆり「……自分を責めないで、オカリン」ダキッ

まゆり「こっちのオカリンはね、もう十分頑張ったと思うな。あとは、過去のオカリンに任せようよ」

まゆり「きっと、かがりちゃんが幸せをプレゼントしてくれたんだよ。だから、オカリン、一緒に笑わなきゃ」

倫子「ごめんね……ごめん……」ヒグッ


まゆり「……まだまだ、まゆしぃはオカリンの人質を卒業できそうにないね。えへへ」ウルッ


キィィィィィィィィィン!!


倫子「(ああ、本当にタイムマシンが行ってしまう。過去を改変して、世界が変わってしま――――――――


―――――――――――――――――――
    1.06476  →  1.06475
―――――――――――――――――――

????


倫子「……リーディングシュタイナー。この独特のめまいは、間違いない」

倫子「もう慣れてきちゃったのかな。あんまり痛みは感じなかったけど」

??「それはそうよ。だって、ほとんど世界線変動率は変化してないはずだから」

倫子「……まぼろし?」

??「何を言ってる。これは紛れもなくあんたの網膜を通りあんたの脳が見せてる実体だ」

倫子「……ふふっ。なんだか、こうしてまた会うことにも慣れてきちゃった」

??「慣れってのは記憶の作用なの。『現在の環境にストレスや緊張を感じる必要はない』ってのを脳が記憶することによって発生する」

倫子「やっぱり本物なんだね」ダキッ

??「ちょ!? あ、あんたにとっての本物の定義がなんなのか不明だけど――」

倫子「うるさいっ」チュッ

??「ん……んんんんーーーーっ!?!?」ジタバタ

倫子「……前、α世界線に行った時は、パニックになって何もできなかったから」エヘ

??「こ、この私に百合属性はないと言っとろーが!」

倫子「……ただいま、紅莉栖」

紅莉栖「……おかえり、岡部」

地下鉄旧万世橋駅倉庫


倫子「ここ、どこ? すごく狭くて暗いけど」

紅莉栖「廃線になった地下鉄の駅の事務所の倉庫よ」

紅莉栖「東京地下鉄道の旧・万世橋駅。昭和5年1月に開業し、翌6年11月に廃止された幻の駅」

紅莉栖「外に出るには一旦下水道に出てマンホールを上がればいい。ラオックスの裏に出るわ」

倫子「状況を説明してほしいんだけど……」

鈴羽「それについてはあたしから」

倫子「鈴羽……? もしかして、私がさっき見送った鈴羽?」

鈴羽「アタリ。リンリンにとっては1分ぶりだろうけど、あたしにとっては1年ぶりってところ」

倫子「えっ……ってことは、ここはシュタインズゲート!? かがりは過去改変に成功したの!?」ドキッ

紅莉栖「そんなわけない。ほとんど変わってないって言ったじゃない」

倫子「で、でも、どうして紅莉栖が……? ここは、またα世界線なの……?」


紅莉栖「実を言うと、あんたとはほとんど初めましてなのよ、私」

紅莉栖「正確に言えば1年ぶりだけど、あの時は突然あんたが"報告"を始めたからほとんど会話できなかったし」

倫子「"報告"……あ、ああ。機関への報告、っていうか、私の独り言、か」

紅莉栖「……まあ、日本に来て初めて興味を持った人と、こうして再会できたのはうれしい」

鈴羽「"リンリン"はあたしが今日初めてここに連れてきた。前の世界線であたしとかがりが跳び立ったタイミングに合わせてね」

倫子「え……?」

紅莉栖「でも大丈夫。あんたのことは阿万音さんから聞いてる」

紅莉栖「……あんたが、私なんかのために命がけでがんばってくれてたんだと思うと……不思議な気持ちよ……」

紅莉栖「全く知らない人のはずなのに、嬉しくて、申し訳なくて……こんなの、非科学的なんだけど……」

倫子「紅莉栖……」

鈴羽「順を追って説明するよ。一足飛びに話しても混乱するだけだろうし」

倫子「……お願い、鈴羽」


・・・

世界線変動率【1.06475】
2010年7月28日11時49分
ラジ館屋上


キィィィィィィィィィン!!


鈴羽「……あたしたちが乗ってきたタイムマシンは事象の地平面<イベントホライゾン>に跳ばした。たぶん、7000万年前くらいのアキバに墜落するんじゃないかな」

鈴羽「1分もしないうちに、2回目の振動がこのビルを襲う。体感的には、1回の振動に感じるはずで、事象としては過去を変えずに済む」

かがり「さ、岡部さんたちが来る前に行こう、鈴羽おねーちゃん!」

鈴羽「待って。まずは屋上に身を隠そう。"1回目のあたし"がドアを壊した後に内部に侵入するよ」

鈴羽「"1回目のあたし"の行動は覚えてる。その隙をつけば」

かがり「わかった……!」


キィィィィィィィィィン!!

バチバチバチッ!! キラキラキラ……


鈴羽「きた……! 1回目の、あたしとリンリンが……!」


"鈴羽(1回目)"「……っ!? マズい! 誰か来る!」

"倫子(1回目)"「マズいもなにも、"オレ"が地震の元を調べようと階段を駆け上がっているのだ」

"鈴羽"「リンリンは隠れて! あたしがなんとかする!」

"倫子"「なんとかって……ああ、そうだった。あの時なんとかしたんだ、"お前"は」

"倫子"「なら大丈夫だ。オレはこのまま進んで、複雑な構造になっているラジ館の階段で"オレ"をやり過ごす」

"鈴羽"「わかった! 行って!」


タッ タッ タッ


鈴羽(2回目)「……まだ動いちゃだめだよ、かがり」

かがり「うん……」


倫子(0回目)「……?」キィッ

キラキラキラ…

倫子「なんだこの燐光は……チャフか? 爆発か?」

倫子「いや、それよりも―――」

倫子「アレは、なんだ?」

"鈴羽(1回目)"「近寄らないでくださーい」

"鈴羽(1回目)"「記者会見は予定通り始めますので、もうしばらくお待ちくださーい」

倫子「人工衛星? いや、もしかして、中鉢の用意したタイムマシンの模型か何かか?」

倫子「いや、違う。これは陰謀の匂いがするな……それはカモフラージュで、きっと何かを隠蔽したいに違いない」

"鈴羽(1回目)"「下がってくださーい、お願いしまーす!」

倫子「あぅ、すいません」ビクッ

まゆり「はぁっ、やっと追いついた……ねえオカリン、まゆしぃね、うーぱのガチャポン見つけたから一緒に見にいこうよー」

倫子「え? あ、ああ。心配かけてすまなかったな、まゆり」

キィィ バタン

"鈴羽(1回目)"「……よし、追い払った。あと何人くらい屋上を調べに来るかな……」


かがり「ママ……っ」

鈴羽(2回目)「あの"あたし"はあと8分ここで待機して、屋上を訪ねてくる人を追い払うんだ」

鈴羽(2回目)「その後"あたし"は内部へ侵入して、未来から来た方のリンリンに過去の人が接触しないよう誘導するから、その隙に」

かがり「12時になったら私たちも中へ入るんだね?」

鈴羽(2回目)「そういうこと」


鈴羽「でもかがり。本当にいいんだな?」

かがり「タイムトラベル中に説明したでしょ。この作戦なら牧瀬紅莉栖さんを救えるって」

かがり「牧瀬紅莉栖さんを救えれば、きっと岡部さんは、もう一度、時を始めることができる」

かがり「あの岡部さんは、きっと私のよく知ってるオカリンさんと繋がるはずだから」

鈴羽「確かに理に適ってる。けど――」

かがり「私にはオカリンさんほどのリーディングシュタイナーはない」

かがり「だけどね。オカリンさんが話してくれた、牧瀬紅莉栖さんの記憶があった時の私のことがね」

かがり「今の私には、ほんの少しのデジャヴとして視えてる」

かがり「オカリンさんに説明してもらうまでは、神様の声の残滓かなにかだと思ってたけど」

かがり「(教授たちはリーディングシュタイナー、というか、新型脳炎の研究もやってたみたい)」

かがり「(そのせいなのかはわからないけど、なんとなく、牧瀬紅莉栖さんの考え方を覚えてる気がする)」

鈴羽「……牧瀬紅莉栖だった時の記憶が、確信させてるんだな?」

かがり「うん。だからね、鈴羽おねーちゃん。大丈夫だよ」

鈴羽「で、でも、かがりがっ……」

かがり「シュタインズゲートを観測すれば、私もおねーちゃんも再構成される」

かがり「ここでの別れは、最後の別れじゃないって。ママが教えてくれたから」

鈴羽「……オーキードーキー」

ラジ館7階踊り場


倫子「オレだ。"機関"のエージェントに捕まった……ああ、牧瀬紅莉栖だ、あの女には気を付けろ……」

紅莉栖「……」ヒョイ

倫子「あ、何をする! オレのケータイを返せぇ!」ジタバタ

紅莉栖「……って、電源入ってないじゃない」

倫子「小癪な真似を! 卑怯だぞぉ!」ジタバタ

紅莉栖「……こっちだぞー」プラプラ

倫子「か、返せよぉ……」ウルッ



鈴羽「(かわいい)」

かがり「(かわいい)」


倫子「フン! 天才脳科学者よ、次会う時は敵同士だなっ!」プルプル

倫子「さらばだっ、ふぅーはははぁ!」ダッ

まゆり「あ、待ってオカリン」

紅莉栖「嫌われちゃったかな……」



鈴羽「それじゃ、かがりの作戦通りに行こう」タッ

かがり「うんっ」タッ



鈴羽「牧瀬紅莉栖だな」

紅莉栖「うわぁっ!? えっと、どちら様?」

かがり「――ママ?」

紅莉栖「マ、ママ? 私が? あなたの?」キョトン

かがり「(あれ? 何を言ってるんだろう私、ママはまゆりママ1人だけなのに……)」

鈴羽「悪いけど、キミを気絶させてもらうよ」シュバッ

紅莉栖「ぐはっ、恐ろしく早い手刀―――――」バタッ

7階従業員通路奥給湯室


かがり「……どう、かな?」

鈴羽「うん。この暗がりじゃ、牧瀬紅莉栖にしか見えない。明るいところに出ないように気を付けて」

鈴羽「牧瀬紅莉栖が父親と7年間会ってなくて良かった。それまで電話もしてないらしいから、声が変わってても、見た目が変わっててもわからないはずだ」

かがり「ちょっと胸がキツいけど……」ムニムニ

紅莉栖(下着姿)「…………」

鈴羽「問題はタイムトラベル1回目のリンリンを騙すことだけど、状況が状況だろうし、冷静な判断はできないと思う」

鈴羽「あたしは牧瀬紅莉栖が目を覚まさないよう見張っておく。その後、例の秘密のスペース、地下鉄旧万世橋駅に連行する」

かがり「ここは2010年だから、まだあそこは片付いてないね。また掃除しなきゃだね」

鈴羽「2011年に見つけておいてよかったよ。都合のいい隠れ家を」

鈴羽「台詞は覚えてる?」

かがり「バッチリ。オカリンさんから聞けてよかった」

鈴羽「リンリンはひたすら謝りながら話してくれたよ……」

かがり「オカリンさんの想いを無駄にしたくない。だから、台詞は間違えない」

かがり「いざって時は牧瀬紅莉栖さんの記憶、デジャヴを思い出してみる」

鈴羽「これ、中鉢論文。ここでこれを破り捨てることができないのが悔しいけど……頼んだぞ、かがり」スッ

かがり「うん。それじゃ、行ってくる」タッ



かがり「――バイバイ、おねーちゃん」

2010年7月28日水曜日12時26分
ラジ館8階 従業員通路奥 倉庫


スタ スタ スタ ピタ


かがり「…………」ニコ


コツ コツ コツ …


中鉢「こんなところに呼び出して、なんのようだ」

かがり「あのね、パパ。読んでもらいたいものがあるの――」


・・・(中略)・・・


中鉢「ふむ、悪くない内容だ」ペラッ ペラッ

かがり「本当っ!? ホントに本当!? どこかに読み飛ばしとか、読み間違いがあったりしない!?」パァァ

中鉢「っ、面倒臭い娘だ……紅莉栖は昔からそうだった……」ボソッ


・・・(中略)・・・


かがり「――まさかパパ、盗むの?」

中鉢「なんだとっ!?」バチンッ!!

かがり「きゃぁっ!!」バタンッ

かがり「はぁっ、はぁっ……」


・・・(中略)・・・


中鉢「私を、バカにするなぁ!」ダッ

倫子「う、うわああああああああっ!!!!!」ダッ

中鉢「な―――」


ドンッ!!

ズテーン  カラカラカラ…


中鉢「き、貴様はあの時の! ……そうか、紅莉栖と示し合わせて、私の会見を台無しにしたのだなッ!?」ギロリ

倫子「……っ!」ブルブル

中鉢「私をバカにした者は、1人残らず殺してやる……ッ!」ハァ ハァ

中鉢「今の私にはタイムマシンがある、完全犯罪などし放題だっ! ハ、ハハ、ハーハッハッハァッ!!」

倫子「たすけ、て……くり、す……っ!」ポロポロ

かがり「―――岡部っ!!」


かがり「やめて、パパ!」ガシッ

中鉢「邪魔をするなぁ!」グヌヌ

かがり「あんただけでも、逃げてっ! 岡部さんっ! 岡部ぇっ!」

倫子「――っ!」ポロポロ

かがり「早くっ! これ以上、パパを抑えられないっ!」グッ

中鉢「殺してやるッ! お前達2人とも、殺してやるッ!」グッ



倫子「……脚が、動かないっ」ポロポロ



中鉢「どけェッ!! 私の邪魔をするなァッ!!」ブンッ

かがり「きゃぁ―――――」


グサリ


倫子「――――――え?」


中鉢「……ふはは、バカどもにはふさわしい末路だ」

中鉢「この論文は頂いていく。ヒヒ、ハハハ」タッ タッ タッ


かがり「……っ!」ゴフッ

倫子「なん……で……」

かがり「あなた……を……まもれな……かはっ……」ハァ ハァ

倫子「どう……して……」

かがり「父親を……人殺しには、できない……」

かがり「それに……たすけてって、言ってくれた……から……」

かがり「見ず知らずの……あなただけど……まもりたいって……思った、から……」

かがり「友達になりたかった……から……好かれたかった……から……」

かがり「バカだね、私……迷惑、かけちゃって……」

倫子「あ……あ、あ……」

かがり「ねえ……わ……たし、死ぬの……かな……」

かがり「……死にたく……ないよ……」

かがり「こんな……終わり……イヤ……」

かがり「……ごめんね……おかりん、さん……」

かがり「……がんばれ……りん……こた……ん……」

かがり「…………」





倫子「きゃあああああああああああああああああ――――――――――――!」


一方その頃
地下鉄万世橋駅倉庫


紅莉栖「(……ん、ここは……?)」パチクリ

紅莉栖「(って、えっ!? 手足が椅子に拘束されて、猿ぐつわを咬まされてるせいでしゃべれない!?)」モゴモゴ

紅莉栖「(それに私、服着てないじゃない! 下着姿で暗室に拉致とか……もしかしなくてもこれって……)」ガクガク

鈴羽「目が覚めたようだね、牧瀬紅莉栖」

紅莉栖「(だ、だれ……? 女……?)」ビクビク

鈴羽「あたしは阿万音鈴羽。安心して。誘拐でも、とって食おうってわけでもない」

鈴羽「あたしは2036年の未来から君を救うために来た――」

鈴羽「――タイムトラベラーだよ」

紅莉栖「…………」

紅莉栖「…………」

紅莉栖「ん゛ん゛ん゛ーーーーっ!!!!! ん゛ん゛ん゛ーーーーっ!!!!!」ジタバタ

鈴羽「ちょっ」


鈴羽「動くな。あまり暴れて、無駄にカロリーを消費されても困る」ガチャッ

紅莉栖「(ピストル……日本で持ち歩いてるとか、やっぱりこの人ヤバい……ッ!)」ガクガク

鈴羽「ってゆーか、どうして信じてくれないの? タイムマシン理論を完成させたのはキミじゃないか」

紅莉栖「(えっ……? ってことは、SF展開でありがちな、タイムマシン作った瞬間未来から自分が飛んでくる、的な? あるあ、ねーよ!)」

鈴羽「キミの書き上げたタイムマシン理論が第3次世界大戦のキッカケとなった。未来では人口は10億人にまで減ってる」

紅莉栖「(は……?)」

鈴羽「そして、この未来を変えられる人間は、世界でただひとり。岡部倫子……鳳凰院凶真だけ」

紅莉栖「(あ、あの白衣の子……?)」

鈴羽「岡部倫子は、リンリンは2011年7月7日に、今あたしたちが居る世界線へと移動してくるはずなんだ」

鈴羽「その時までキミを生存させておくのがあたしの使命」

紅莉栖「("世界線"? もしかしてこの人も、パパと同じでジョン・タイター信者なのかしら)」


鈴羽「だけど、キミに確定した事象を変えられてしまうと計画に支障をきたすからね。今日から約1年、そのままじっとしててもらうよ」

紅莉栖「(このまま……1年!? う、嘘でしょ!?)」ガタッ

鈴羽「あるいは、大人しくあたしの命令を聞いてくれるっていうなら、ある程度の自由は認めてあげる」スッ

紅莉栖「かはっ……はぁ、はぁっ……。まずは、あんたの知ってる理論を全て話してみなさい」

紅莉栖「少しでも破綻してたら、あんたをただのサイコだと診断するから」ギロッ

鈴羽「理論の部分は、だいたい2000年に書き込んじゃったけどね。知らない? ジョン・タイターっていう名前」

紅莉栖「し、知ってるに決まってるでしょ。あの頃、パパと私とで、世界線理論について徹底的に議論し合ったわよ」

紅莉栖「パパに希望を与えたジョン・タイターが居たからこそ、私はタイムマシンに肯定的になれたわけで……」

鈴羽「あれ、あたし」

紅莉栖「え……?」

鈴羽「あたしの言葉は妄想なんかじゃないよ。今から話すことは、すべて真実だ――――」

・・・
世界線変動率【1.06475】
2011年7月7日木曜日
地下鉄旧万世橋駅倉庫


鈴羽「――――と、これがこの世界線での過去」

倫子「……かがり……ごめんね……」グスッ

鈴羽「かがりは運命を変える戦士になったんだ。誇らしいことだよ」

紅莉栖「そのかがりさんって人が……私の身代わりとして、なんて、すごく複雑な気分……」

倫子「で、でも、司法解剖でもされれば、紅莉栖じゃないってバレるんじゃないの?」

鈴羽「牧瀬紅莉栖殺害事件はなんらかの圧力によってもみ消されてる。忘れたの?」

倫子「あ、そっか……」

紅莉栖「ママや真帆先輩には訃報だけが届いてる。遺体の確認はさせてない」

紅莉栖「つまり、"牧瀬紅莉栖"は社会的に死んでることになってるってわけ」

倫子「死んでることに……っ!?」

倫子「そ、そうだよっ!? どうしてβ世界線なのに紅莉栖が生きてるの!?」

倫子「紅莉栖が生きてるなら、すべて問題無いっ!!」

紅莉栖「……今日、あんたをここに呼んだのは他でもない。私の願いを聞いてもらうためよ。七夕だしね」

倫子「紅莉栖の、願い……?」

紅莉栖「お願い、岡部――――」




紅莉栖「私を殺して」


倫子「な、なな、何を言って――」

紅莉栖「私の書いた論文のせいで、私のパパのせいで、世界中の人が不幸になるなんて耐えられない」

紅莉栖「それに、ここはあんたにとっても椎名まゆりさんにとっても幸せな世界線とは言えない」

紅莉栖「だから、第3次世界大戦もディストピアの専制支配も発生しない世界線、シュタインズゲートを目指してほしい」

倫子「……やっぱり、紅莉栖はそう言うんだね。まるで自分の命を数式で計算してるみたいな言い方」

紅莉栖「α世界線の私が何をどう言ったかは阿万音さんからの伝聞でしかわからないけど、最大幸福を考えたらそういう結果になった」

倫子「よく鈴羽の言うことを信じたね」

紅莉栖「仮説としてはね。今日の今日までずっと客観的データが欲しいと思ってた」

紅莉栖「でもま、あなたのリーディングシュタイナーをこの目で観測しちゃったから。さっき信じることにした」

紅莉栖「……私たち、その、身体の関係まで、持ったのよね?」モジッ

倫子「そ、それは……っ」

紅莉栖「……覚えてなくてごめんね。ううん、思い出せなくて、か」

倫子「……あなたはあなただよ。他の誰でもない、牧瀬紅莉栖」

倫子「私はリーディングシュタイナーを持ってる。すべての世界線の記憶を覚えてる」

倫子「そんな私だからこそわかるの。どの世界線の、どの時間、どの場所に居ても、あなたは私の大好きな紅莉栖だった」

倫子「記憶なんか無くても、意志は継続してる。紅莉栖の意志も、絶対」

紅莉栖「……うん」


倫子「私ね、β世界線の紅莉栖にどうしても伝えたいことがあったの」ギュッ

紅莉栖「ふぇっ!? ちょ、手……///」

倫子「あなたは、望まれない存在なんかじゃない。世界に不要な存在なんかじゃない」

倫子「少なくとも、この私が望んでる……現実はそうならなかったけど」

紅莉栖「うん……それも阿万音さんから色々聞いた。青森に行った時の話を聞いて、正直今でも信じられない」

倫子「そっか……」ダキッ

紅莉栖「(温かい……私たち、生きてるんだね……)」ギュッ

紅莉栖「……あんたが私を愛してくれてるのも、よくわかってるつもり。今日、会いに来てくれてありがとう」ウルッ

紅莉栖「一度私を殺して、それからシュタインズゲートで蘇らせてほしい」グスッ

倫子「うん……うん……」ウルッ



鈴羽「感動の再会は後にしてくれないかな?」ジロッ

倫子「(……もしかして鈴羽、α世界線での記憶を思い出してる?)」ゾクッ


紅莉栖「私は1年間、色んな仮説を立てつづけた」

紅莉栖「β世界線の収束から脱出し、シュタインズゲートへと到達するためにはどうしたらいいのか」

紅莉栖「その結果、私が2010年7月28日に死亡している世界線へと、もう何度か行ってもらわないといけないことが結論として出た」

倫子「どういうこと……?」

紅莉栖「それを説明する前に、まずは世界線について話をさせてほしい」

紅莉栖「どうして私がβ世界線の2011年に存命しているのか。世界線の収束とはなんなのか」

紅莉栖「さ、講義を始めるわよ。阿万音さんにホワイトボードを用意してもらった」

鈴羽「最初はあたしのことを犯罪者扱いしてたのに、3日後にはこの通り雑用扱いだったよ」ヨイショ

倫子「……また紅莉栖の理論が聞けるんだね。嬉しい」エヘヘ

       ,, ,, 
その1ヽ(*゚д゚)ノ【世界線にとって"死"とは何か】


紅莉栖「まず、β世界線において私が生存している理由を話す」

紅莉栖「わかりやすく言えば、"牧瀬紅莉栖が死ぬ"は、β世界線の収束、つまり、全β世界線において確定している事象ではないの」

倫子「そう、なの?」

紅莉栖「ねえ、岡部」

紅莉栖「"死"って、何?」

倫子「え……?」

紅莉栖「心肺停止のこと? でもそれなら、心肺は機能してるのに、脳すべての機能が不可逆的に回復不可能な段階まで低下した状態はなんなの?」

倫子「それは、脳死……。たしか、国によって"脳死"の定義は異なる……あっ」

紅莉栖「そう。"死"っていうのは所詮、人間の尺度に過ぎない」

紅莉栖「何をもって死とするか、なんて、人間の勝手な都合なのよ。だから、国や社会集団、宗教や信仰によって見解が異なっている」

紅莉栖「この宇宙、世界線にとって大事な物理的現象は、人間が死ぬことじゃないってこと」

倫子「なら、世界線にとって大事なことって、一体なんなの……?」

紅莉栖「因果律よ」

倫子「因果律……」

       ,, ,, 
その2ヽ(*゚д゚)ノ【世界線と因果律の関係】


紅莉栖「ある物事が起きる結果には、必ずそれを引き起こす原因が存在する」

紅莉栖「通常、死という結果の原因には、そこに至る直接的な事象、例えば病気や事故なんかが考えられるけど、それは原因とは断言できない」

倫子「本当の原因は、違う?」

紅莉栖「だからこそ、α世界線ではラウンダーが関わらなくてもまゆりさんは死んでしまった」

紅莉栖「原因は、事件の引き金と言える事柄のはず……当然それは、あんたがα世界線を観測したこと」

倫子「最初のDメール……ってことは逆に言えば、紅莉栖が死ぬのは、私がβ世界線を観測したから?」

紅莉栖「でも今私は生きている。まあ、社会的には死んでるわけだけど」

紅莉栖「これについて詳しく説明するために、まず世界線と因果律の関係について考えてみましょうか」

倫子「出た、科学番組風ナレーション」フフッ

鈴羽「この喋り方、なんとかならないの?」

倫子「これがいいんだよ、鈴羽」


紅莉栖「世界線には、時間順序保護仮説が言うように、因果律を成立させる働きがある」

紅莉栖「世界線の確定した事象としては、基本的にタイムトラベルは存在しない。質量保存則やエネルギー保存則が崩壊しちゃうから」

紅莉栖「タイムマシンを使うと、大なり小なり必ず世界線が変わるのはそのため」

紅莉栖「例えばDメールを1週間前に送ろうと思った時、世界線の確定した事象として『1週間前にDメールを送らない』が存在してる」

紅莉栖「その世界線の先にある未来は、あんたが『1週間前にDメールを送らない』を選択した未来になってる」

紅莉栖「だけど、あんたはそれを無視して確定した事象を改変、つまり『1週間前にDメールを送る』を選択したとする」

紅莉栖「『1週間前にDメールを送る』が確定した瞬間、1週間前にDメールが届くわけだけど、それは確定事項から外れた因果を作ることになる」

紅莉栖「確定事項から外れたことで世界線は変わり、『1週間前にDメールが届く』という事象を因果の起点として、因果律に矛盾が無いように世界線が再構成される」

紅莉栖「つまり、再構成された世界線は、1週間前にDメールが届いたことで変化した世界。そこでは新しい因果律が成立している、というわけ」

倫子「で、でも、再構成後の世界線には未来から来たメールが、受信履歴として存在しているはず……元の世界線は消滅するのに、その証拠は残る……」

紅莉栖「そうね。確かにアクティブ世界線1本だけを決定論的に見ると、そのメールはどこから来たの? という話になる」

紅莉栖「そもそも、α世界線でもβ世界線でも、2036年に阿万音さんが過去へ跳ぶことが確定している。というより、2036年に阿万音さんが過去へ跳ぶ世界線をα世界線とかβ世界線と定義してるわけね」

紅莉栖「だから、よりマクロな視点で世界線の束を見る必要がある。これがアトラクタフィールド理論の基礎」


紅莉栖「そこで、ゲーデルのCTC、closed timelike curve<時間的閉曲線>、という考え方が出てくる。アインシュタイン方程式の厳密解の1つよ」

倫子「(なんかすごいカッコイイ……)」

紅莉栖「時空が自転している場合、未来と過去は因果律的に繋がっている……過去と未来という概念は局所的にしか存在しなくなる、というもの」

紅莉栖「つまり、ある世界線の未来を原因として、別の世界線の過去に結果が生じても問題は無い、ということ。多世界解釈的な考え方だけど、これがアトラクタフィールド理論の特徴ね」

鈴羽「ある世界線の未来が、別の世界線の過去に繋がっているってことだね。その連鎖の中で、類似した世界線の束のことをアトラクタフィールドと呼ぶんだ」

倫子「エヴェレット解釈とコペンハーゲン解釈のいいとこどりだから、そういう考え方になるのか……」

紅莉栖「α世界線はね、2036年がディストピアである、という因を起点として過去が発生している。円環に閉じた因果が大局的に成立しているのよ」

紅莉栖「同様にβ世界線も、2036年が大戦後の焼け野原である、という因を起点として過去が発生している」

倫子「未来が、過去を作ってる……?」


紅莉栖「それを可能にしているのはやっぱり、2036年から跳ぶ阿万音さんであり、それを支えた橋田や由季さん、そしてあんたの存在が不可欠」

紅莉栖「可能性世界線が無限に存在していることで、可能性世界線間をまたぐ因果の環が発生していると想定できる。ちなみに、因果の始点は無限遠点という理論上の存在にすぎない」

鈴羽「円周曲線の始点は、存在するけど存在しない、ってことだね」

紅莉栖「あんたが観測できる範疇で考えるなら、アトラクタフィールド内のタイムトラベルに起因する因果は無限ループし続けているように感じるはず」

紅莉栖「それは、世界線1本の中の因果律においては、いわゆるタイムパラドックスと呼ばれるような存在」

紅莉栖「α世界線でのラボメンバッジや、β世界線での『星の奏でる歌』のようにね」

倫子「ああ、なるほど……メビウスの輪とか、無限階段のだまし絵、みたいな感じかな……」

紅莉栖「次に、確定した事象とは何か、収束とは何かについて、答えられる?」

倫子「……世界線は過去から未来まで確定している、いわば決定論の世界。そこで発生する事象が、収束?」

紅莉栖「でも、決定論の世界なら、岡部はどうして確定した事象を改変できたの? 最初に送ったDメールの時なんか特に」

倫子「そ、それは……」

       ,, ,, 
その3ヽ(*゚д゚)ノ【収束と"確定した事象"の改変について】


紅莉栖「収束、波動関数の収縮ってのは、そういうことじゃない」

紅莉栖「可能性世界線は、アクティブ世界線に重ね合わせの状態で存在している」

紅莉栖「電子レベルのミクロスケールだけじゃなく、世界線というマクロスケールにおいても、事象を観測するまで、自分がどの世界線に所属しているのか判断できない」

倫子「分岐点ごとに選択肢が用意されているギャルゲーのようなもの……?」

紅莉栖「ある意味ではそうね。選択肢1、2、3……が用意されてて、その選択は不確定の状態になっている」

紅莉栖「観測者が居る世界線が、選択肢1の世界線なのか、選択肢2の世界線なのかは、事象を観測するまで不確定である、ってこと」

倫子「不確定……」

紅莉栖「だけど、世界線は過去から未来までが確定している。だったら、世界線がアクティブ化していれば、いずれかの選択肢が確定しているはずなのよ」

倫子「むむむ……?」


倫子「じゃあ、選択肢1が確定している世界線に居る人間は、どうやっても選択肢2、3を選べないってこと?」

紅莉栖「話のミソは、『いずれかの選択肢が確定しているはずだ』というだけで、『どの選択肢が選ばれているか』は問題ではない、ということ」

紅莉栖「この"観測"というのは、言ってしまえば人間の認識に過ぎない。脳の中で発生する、電気信号に過ぎないの」

紅莉栖「これを保証してくれているのが、世界線の再構成に巻き込まれない、OR物質の存在。フォン・ノイマンの言う抽象的自我のような存在ね」

鈴羽「人間のココロは、量子力学を越えた特別な存在であり、人間が観測すると物質の状態は決まる……だっけ」

倫子「そっか、ギガロマニアックスの妄想を現実にするのと同じなんだ。だから、脳の電気信号さえ操ってしまえば、実際の現実は別物でもいいってこと?」

紅莉栖「ううん、そうじゃない。これを批判したのがシュレディンガーだったわけだけど、猫は死んでいるか生きているか、ってやつね」

紅莉栖「猫が死んでいるアトラクタフィールドをβ、生きているアトラクタフィールドをαとしましょう」

紅莉栖「さあ、どっちを選ぶ?」


倫子「猫は、死んでいる場合がβとして確定していて、生きている場合がαとして確定していて……」

倫子「でも、箱に猫が入っていない可能性もあるはず。2匹入ってるかも」

倫子「もちろん、重ね合わせとして、複数の世界線の可能性が存在している。だけど――」

倫子「箱を開けるまで、観測者は観測ができない……ってことは、箱を開けずに中を変化させることができれば……」

紅莉栖「……わかってきたみたいね」

紅莉栖「通常では、箱を開けるしか観測する手段が無い。開けた時に観測した状態が、その世界線で選ばれていた選択肢、ということになる」

紅莉栖「でも、私たちにはタイムマシンがある」

紅莉栖「収束に邪魔されない行動によって、箱の中の因果律を変化させることができれば、理論上全ての選択肢が観測可能になる」

紅莉栖「これを利用すれば、収束なんてものはあってないようなものになる」

倫子「最初のDメールの送信、あれ自体はβ世界線の収束を邪魔するものじゃなかった。だから送信できた……」

倫子「結果、エシュロンに傍受されたせいで因果律が大幅に書き換わり、アトラクタフィールドを超える変動が起きた……」

倫子「箱の中で、世界が変わったんだ。箱を開けた時、私は秋葉原から人が消滅した状況を観測した」

倫子「そこが、最初のα世界線……」

紅莉栖「箱を開けた時、猫が眠っていても、死んでいても、収束に必要な物理現象が全く同じだった場合、世界線的には同じこと。つまりね――」

紅莉栖「――β世界線の収束として、牧瀬紅莉栖の死は確定していない」


倫子「なんとなくだけど、言いたいことはわかったよ」

倫子「今目の前に居る紅莉栖は、実は『Amadeus』をインストールした精巧な人型ロボットで、全人類が死ぬまでそれを認識できなければ、その事実は世界にとってもなかったことと同義……みたいな?」

紅莉栖「行動的ゾンビの一種ね。かなり極論だけど、そんな感じ。もちろん私は正真正銘ホンモノの牧瀬紅莉栖よ」

鈴羽「それはこのあたしが保証する。ずっと監視してたからね」

倫子「で、でも、だったらα世界線のまゆりは、どうして死ななきゃならなかったの……?」

紅莉栖「2010年8月13日、あるいは14日、あるいは15日……岡部がまゆりさんの死を認識することがα世界線にとって必要十分条件である、というだけで、まゆりさんが生物的に死ぬ必要は実は無かったの」

紅莉栖「だから、例えばSERNがまゆりさんを拉致して、翌月に殺してから過去に送ったり、過去に送られた時点で死亡したとしても、ゼリーマンになったまゆりさんの写真を岡部が見るタイミングの方が重要だった」


・・・
from 閃光の指圧師
sub 岡部さんに話がある
これから、行くね。私はど
うしたらいいかわからなく
て。 萌郁
▼添付ファイル有

『外国の新聞記事……。1961年、2月28日……。ゼリーマン……』

・・・


倫子「っ!? い、いや、でもあれは、ゲルまゆは、夢だったはず……」プルプル

紅莉栖「あんたが見る夢は、あったかもしれない可能性でもある。未来予知だのリーディングシュタイナーだのOR物質の相互作用だのが複雑に絡み合って働いてるからね」


紅莉栖「ただ、現実問題、α世界線ではまゆりさんの死を回避するための手段がなかったんだけど」

倫子「え……あ、タイムマシンが過去にしか行けなかったから……」

紅莉栖「それもある」

紅莉栖「仮に未来の岡部が、まゆりさんの死を偽装しろ、っていう指令を阿万音さんに託して過去に送るとするでしょ?」

紅莉栖「そしてそれを阿万音さんが、2010年の岡部に隠れてコッソリ実行するとする」

鈴羽「あたしなら正確無比に実行するだろうね」

紅莉栖「実際まゆりさんは生きてるんだけど、岡部はまゆりさんが死んだと勘違いすることになるわよね?」

紅莉栖「すると、岡部はどうする?」

倫子「……あっ」

紅莉栖「その場合も岡部はまゆりさんを救うためにタイムリープしたり、Dメールを打ち消したりするはずでしょ」

紅莉栖「そうすれば、阿万音さんの行動はなかったことになる。タイムマシンが過去にしか行けないα世界線では、この指令には意味が無いの」

紅莉栖「結局、岡部がまゆりさんの死を認識することで初めて、FG204型が誕生するのよね」

倫子「……私みたいな弱い人間が世界の支配構造を変えてやろうなんて本気で思って行動するには、まゆりが死ぬしかなかった、ってことだよね」

倫子「そのことは今の私の存在、まゆりが居ることで世界を変動させないようにした私の存在が証明してるか……」ウルッ

鈴羽「リンリンは強い。自分を信じて!」

紅莉栖「ふむん……"岡部倫子は弱い"という命題を論破してあげないといけない、か」

紅莉栖「なら、次は岡部だけが観測者たりうる理由を説明するわよ」

倫子「えっ……?」

       ,, ,, 
その4ヽ(*゚д゚)ノ【改変の観測と可能性について】


紅莉栖「選択肢の選び方について。結論を言えば、その世界線で確定していない行動をすればいいということ」

紅莉栖「だけど、普通は収束事項の事象改変は出来ない。未来が過去を確定しているからね」

鈴羽「でも、それを覆せる存在が、タイムマシン以外にもうひとつある」

倫子「リーディングシュタイナー……別の世界線の情報を元に行動できれば、現在世界線で確定してる事象にそむく行動を選択できる」

紅莉栖「そういうこと。さらに言えば、完全なリーディングシュタイナーを持つ人間にしか確定した事象の改変を"観測"することはできない」

倫子「私だけが事象を変化させることが可能ってこと?」

紅莉栖「うーん、ちょっと違うかな」

紅莉栖「もちろん、私にだって世界線変動を引き起こす行動を取ること自体は可能よ」

紅莉栖「タイムマシンを使わなくても、別の世界線の情報がなくても、収束の範囲内でなら今すぐにでも改変できる」


紅莉栖「例えば、今ここで私がペンを指で回すとする。バタフライ効果が発生しないなら、これは世界線にとっての収束事項じゃない」

紅莉栖「だから、ペンを回さない選択も可能なの。選択が変われば世界線変動率も変わるわ。限りなくゼロに近い変化でしょうけど」

紅莉栖「世界線は過去から未来までが確定してると同時に、無限の可能性が重なり合わせの状態で存在してる。世界線は常に変動してるの」

紅莉栖「ただ、収束事項にそむく選択はできない。大幅な世界線変動を引き起こすには、やっぱりタイムマシンを使うのが手っ取り早いわね」

紅莉栖「だけど、たとえタイムマシンを使ったとしても、私は変動を観測することができない」

紅莉栖「気が付かないってことは、脳にとって存在しないのと同じよ」

紅莉栖「その場合、仮に世界線が変動していたとしても、世界線変動率を考慮すること自体が無意味になる」

紅莉栖「世界線理論に意味があるのは、リーディングシュタイナーによって変動が観測できる、という前提があるから」

紅莉栖「つまり、完全なリーディングシュタイナー保持者が観測した現実が、新しい世界線として再構成されている、としても問題ないの」

倫子「それで、私だけが観測者たりうる、ってことなのか……」

紅莉栖「逆に言えば、あんたが選択しなかった可能性世界線は、永遠に現実化することができない」

紅莉栖「今この瞬間に大きな分岐点が存在したとして、岡部にリーディングシュタイナーが発動しないとする」

紅莉栖「そうすると、今の岡部にはその分岐点から可能性世界線へと変動させることは永遠に不可能になる」

倫子「でも、タイムリープすればやり直せる」


紅莉栖「そうね。過去に主観を移動させてやり直すことができる」

紅莉栖「実際、まゆりさんを救うことはできなくても、SERNへのクラッキングはタイムリープでやり直せた」

倫子「まゆりをタイムリープで救えなかったのは、未来の因が過去の果を決定しているから、だったよね」

倫子「β世界線へと移動する選択をできなかったことが2036年の因を産み出しているわけだから、タイムリープではその果となってるまゆりの死を覆せなかった」

紅莉栖「世界線を跨いだ因果律が成立している、と考えることもできる」

紅莉栖「アトラクタフィールドの収束事項を改変することはタイムリープ自体では不可能だけど、アトラクタフィールドそのものを越えるような事象改変のやり直しは可能だった」

倫子「……ん? あれ?」

紅莉栖「タイムリープによる事象改変は不可。事象改変の選択が可能な状況下で、その選択をしなかった未来からタイムリープしてきて、もう一度選択をやり直すことで事象改変することは可。オーケー?」

倫子「う、うん」

紅莉栖「なぜなら、可能性さえそこにあれば、実際に選択するのは"現在の岡部の主観"なわけだからね」

紅莉栖「だけど、Dメールとか、自分の"現在"を過去へ送らない過去改変の場合は別」

紅莉栖「実際に分岐点において可能性世界線を選択するのは、Dメールを送信した人間の主観じゃなく、Dメールを受信した方の人間の主観だから」

紅莉栖「このDメールを受信した方は、まだ選択の場所、分岐点を経過していないわけだから、観測をする可能性は確かにある」

紅莉栖「ただし、同時に観測しない可能性も存在している」


紅莉栖「岡部が2010年8月17日にα世界線をβ世界線へと変動させた時も、可能性としては『エンターキーを押さない』という選択肢があった」

倫子「実際に私は一度、その選択肢を選んでしまった」

紅莉栖「というか、その時の世界線にとってはそっちの方が確定した未来だったわけよね。エンターキーが押されるまでは世界線は変動せず、2036年はディストピアになっている」

紅莉栖「その世界線の2025年に岡部はラウンダーに殺されるらしいけど、その岡部は、エンターキーを押さなかった場合の未来の存在」

紅莉栖「そしてSERNへの復讐を誓ったその岡部は、ダイバージェンスメーターを作ったり、ワルキューレを組織したりして2036年時に阿万音さんを過去へ送れるような準備をしていく……」

倫子「あ、あれ? ちょっと待って。その私はもう、鈴羽を過去に送る必要はないんじゃないの?」

倫子「だって、エンターキーを押すところまで行ったなら、押せばいいだけ……?」

紅莉栖「ところが、タイムリープをしない限りは、岡部とその仲間たちは何があっても阿万音さんを過去へ跳ばすような準備をすることになる」

紅莉栖「それがα世界線の収束、歴史の辻褄合わせ。あるいは、世界線を跨いだ時間的閉曲線の因果律」

紅莉栖「じゃあもし、『エンターキーを押さない』を選択してしまった岡部が、過去の岡部に『エンターキーを押す』よう命じたDメールを送ったらどうなると思う?」

倫子「えっと、それなら過去の私が世界線をβ世界線へと変動してくれるから……でも、送信した方はα世界線の未来に居るんだから、2036年の収束に向かって……あ、あれ?」


紅莉栖「仮に2025年にDメールを送信して、2010年8月17日の岡部にエンターキーを押すよう命じたとしましょうか」

紅莉栖「その場合、2025年の岡部はリーディングシュタイナーを発動して、β世界線へと移動するの?」

倫子「……Dメールを送信しても、受信した私が、エンターキーを押さない可能性が残ってる」

倫子「むしろ、α世界線の確定した未来としては、そっちが収束だから……」

倫子「2025年の私はDメールを送信して世界線が変動したとしても、別のα世界線の2025年へと変動するだけ?」

紅莉栖「正解よ。これがアトラクタフィールドの収束と世界線1本の収束の意味の違いってわけ」


倫子「で、でも、私が今年の1月2日にα世界線に移動した時は、紅莉栖はDメールを送ることでβ世界線へと変動させたよ!?」

倫子「Dメールでアトラクタフィールドは越えられるんじゃ……?」

紅莉栖「それはあの時、"『Amadeus』がSERNに支配されること"がα世界線を成立させている根源的な事象だったから可能だった芸当よ」

紅莉栖「Dメール送信それ自体が一次的な改変事象だったわけ」

紅莉栖「さっきの話の"2025年Dメール"の場合、これは二次的な改変事象になる。一次的改変事象はクラッキングの準備をして『エンターキーを押す』ことなわけだからね」

紅莉栖「2025年の送信時点では、世界線の変動が最低2回行われなければアトラクタフィールドを越えられないことが確定しているの」

紅莉栖「なんらかの理由でタイムリープができない場合、2025年の岡部の主観は2025年中に死ぬしかない。それがα世界線の収束」

紅莉栖「一方、Dメールを受信した2010年8月17日の岡部が『エンターキーを押す』を選択できた場合、8月17日の岡部の主観はβ世界線へと移動する。同時にα世界線はなかったことになる」

紅莉栖「α世界線の8月18日の岡部の主観も、8月19日の岡部の主観も、2025年の岡部の主観も、全部なかったことになるのよ」

紅莉栖「選択をしなかった主観たちは、世界線を跨いだ因果律としても、OR物質を構成する因果律としても存在できない。その理由はわかるでしょ?」

倫子「えっと、8月17日に選択をしなかった存在たちは、8月17日に選択がされた場合、因果として存在できないから……?」

紅莉栖「そういうこと。8月18日以降のα岡部の主観は、世界線変動を観測できないままなかったことになる。当然リーディングシュタイナーを発動してβ世界線へ移動することはない」

倫子「なるほど……」


紅莉栖「アトラクタフィールドを越えるのに必要なことは、1975年から2036年までの歴史を一気に塗り替えるような根源的事象の一次的改変である、ってことはわかるわね?」

倫子「でも、私が最初にβ世界線からα世界線に移動したのは、Dメール送信が原因だったよ?」

紅莉栖「あれはDメールの本来の使い方で過去改変したわけじゃないでしょ。受信者である橋田の行動を変えたの?」

倫子「あそっか」

紅莉栖「別世界線の存在の決定的証拠、しかも岡部がタイムマシンを作ってしまったことの証拠を、タイムマシン研究機関SERNが捕捉してしまったこと」

紅莉栖「それが、約60年間に及ぶ因果の連鎖を円環状に閉じさせる巨大な時間的閉曲線を産み出してしまった」

紅莉栖「タイムリープでの過去改変が世界線内の時間的閉曲線に囚われているとすれば、Dメールやタイムマシンでの過去改変はアトラクタフィールド内の時間的閉曲線に囚われていると言える」

紅莉栖「もう一度言う。最終的にアトラクタフィールドを越えるために必要なのは、過去改変じゃない」

紅莉栖「もちろん、過去改変を使うことで色んな情報が手に入るし、確定した事象も、世界線レベルでなら改変が可能だから、意味があること」

紅莉栖「だけど、最後の決め手は、岡部の主観の"観測"にある。根源事象の改変を観測して初めて、重なり合わせの可能性が"確定"する」

       ,, ,, 
その5ヽ(*゚д゚)ノ【RSによる世界線変動の観測と可能性について】
                      RS:リーディングシュタイナー


紅莉栖「もうちょっと掘り下げて考えてみましょうか」

鈴羽「まだやるんだね……まあ、時間はあるからいいけどさ」

紅莉栖「アトラクタフィールド内における世界線変動じゃなく、アトラクタフィールド越えの事象改変における二次的改変と一次的改変の違いについて」

紅莉栖「アトラクタフィールド内の世界線変動においては、玉突き世界線変動が可能になる。アトラクタフィールドレベルの収束にさえ触れなければいくらでも世界線は変動するからね」

倫子「過去の私に、『Dメールを送れ』、っていうDメールを送った場合、送信した方の私は過去の私がDメールを送ったことで再構成された世界線へと変動する、ってことだよね。それは感覚的にわかる」

鈴羽「実際リンリンはそれと同じことを一度やってる。α鈴羽を引き留めるな、って過去の自分にメールして、タイムマシンを8月9日に飛ばしたでしょ?」

倫子「あ、そっか。あれって、鈴羽にタイムマシンを使わせるようDメールを送ったことになるわけだから、玉突き世界線変動みたいなことが起こってたわけか」

鈴羽「変動幅自体は極小だっただろうけどね」

紅莉栖「そうじゃなく、収束を突破するための事象改変の場合。つまり、収束を作り出している根源的事象を改変する場合を考えてみる」

紅莉栖「α世界線においては最初のDメールデータだったり、『Amadeus』がSERNに支配されることだった」

紅莉栖「β世界線においては私がタイムマシン論文を書き、それが外部へ漏れること、ね」

紅莉栖「岡部が過去の自分にDメールを送って事象改変を命令する場合、送信時の岡部の『送信する』という選択と、過去の岡部が『確定事象を改変する』という選択の、2つの選択が発生することになる」

紅莉栖「この『送信する』が二次的改変、『確定事象を改変する』が一次的改変にあたるわけね。オーケー?」

倫子「お、おーけー」


紅莉栖「まず、『送信する』という選択ができた時点で世界線は変動する。送信時点の世界線の確定事象に背いたことになるからね」

紅莉栖「この時、送信者の岡部はどこへリーディングシュタイナーを発動して移動するのか」

倫子「それは……えっと、Dメールを受信した方の私が、過去の分岐点で確定事象を改変できた場合、さらに世界線が変動した先の……とは、ならないんだよね」

紅莉栖「そう。アトラクタフィールドとしての収束事項に関しては、Dメールを送ったところで、受信した岡部が『確定事象を改変しない』として世界線の未来は確定してしまう」

倫子「それが1%の壁……なんだもんね」

紅莉栖「だから、仮にDメールを過去の岡部に送信しても、リーディングシュタイナーが発動して移動する先の世界線は、Dメールを受信した岡部が『確定した事象を改変しない』を選択した世界線になる」

紅莉栖「猫を生かすためにタイムトラベルしろ、ってDメールを送っても、送った岡部が観測できるのは、猫が死んだ世界だけってこと」

紅莉栖「なぜなら、送った側は既に決まった未来の因によってアトラクタフィールドの中に拘束されてしまうから」


紅莉栖「ちなみに、この猫は、たとえ人間であったとしても観測者たりえない。ゆえに"ウィグナーの友人のパラドックス"は起こらない」

紅莉栖「複数の世界線を認識できる存在にしか、その世界を確定させる観測はできないからね」

倫子「それじゃ、猫を生かすことはできない……ってわけじゃなさそうだね」

紅莉栖「Dメールを受信したことで猫が生きている可能性が発生する場合、それは間違いなく世界線が変動したことに意味があるということ」

紅莉栖「Dメールを受信した岡部が『確定事象の改変』を選択できたなら、当然猫が生きていることを確定事象として再構成された世界線へと変動する」

紅莉栖「Dメールを送信した岡部は当然、"なかったことになる"」

倫子「つまり、ソレを観測できる可能性があるのはDメールを受信した方の私だけ……送信した方の私には、永遠に猫の生を観測できない」

倫子「そもそも、この私はそんなDメールを受信していない……だからこうやってβ世界線に居る訳で……」

紅莉栖「猫の生が確定した瞬間、猫が死んでる可能性は消滅するわけだけど、その時世界線の変動を観測できるのは、その時に改変を選択できた岡部の主観だけ」

紅莉栖「Dメールを送信した方の岡部はこの一次的改変を選択できないから、リーディングシュタイナーを発動して猫が生きている世界線へと移動することはできない」

倫子「……そろそろ、何が言いたいかわかってきた」

紅莉栖「今の岡部が、シュタインズゲートを選択できる分岐点を通過した存在だった場合、しかもそれがタイムリープで戻れない場所だった場合――」

倫子「――この"私"は、永遠にシュタインズゲートを観測できない」


紅莉栖「まあ、実を言うと、今から2010年7月28日へとタイムリープできたところで、シュタインズゲートの観測は不可能なんだけどね。それについては後で説明する」

紅莉栖「だけど、そうだとしても、過去の岡部になら選択できる可能性がある。今の岡部には無理でも、別の世界線の過去に居る岡部になら、ってこと」

紅莉栖「仮に過去の岡部がシュタインズゲートを観測したとして、そいつからすれば今のあんたは"なかったことになる"。今のあんたの主観が消滅するってわけ」

紅莉栖「今の岡部の主観が存在するからDメールが届くわけだけど、シュタインズゲートを観測してしまえば、β世界線未来の主観存在にタイムパラドックスが生じるからね」

倫子「うん、それはさっきのα世界線の例でよくわかった」

紅莉栖「一方、今の岡部の主観からすれば、Dメールを送信しても今の岡部が消滅することは無い」

倫子「……なんとなく、わかる。矛盾してる話のようで矛盾してないことも」

倫子「私の主観としては、シュタインズゲートを観測できなかった可能性世界線へとリーディングシュタイナーを発動するだけ、だよね」

鈴羽「そして2025年に死ぬ……でももしリンリンがDメールを送った後、新しくタイムマシンを造って、2010年7月28日に行って牧瀬紅莉栖を救って、論文を消したらどうなる?」

紅莉栖「この私の認識として、あの会場に居た最初の岡部と、階段で出会った方の未来岡部との見分けがつかない状態だった、っていうのがあるのから、それが制限かしら」

紅莉栖「明らかに歳を取っていたら、それこそ変な世界線へと変動すること間違いなしよ」

鈴羽「じゃあ、実行するのはDメールを受け取った方の8月21日のリンリンだとして、2025年のリンリンが、シュタインズゲートへと変動するタイミングに存在したら?」

紅莉栖「その場合、どうなるかわからないわね。変数が多すぎる」

紅莉栖「ただ、たとえシュタインズゲートへの変動のタイミングに巻き込まれたとしても、未来から来た方の岡部の主観は、シュタインズゲートへは移動できないと思う」

紅莉栖「だって、そうなったらシュタインズゲートの8月21日に岡部が2人居ないといけなくなる。そういう風に再構成、歴史の辻褄合わせが発生してしまう」

紅莉栖「ってことはタイムマシンが必要で、私の論文が……っていうパラドックスになるからね」

紅莉栖「その時、再構成の中で消滅するのか、あるいは収束の力でβ世界線から脱出できないのか……どちらになるかは、実際にやってみないとわからない」


倫子「私の主観を世界の現在に近似する、ってαの未来紅莉栖が言ってたけど、その意味がようやく飲み込めた気がする」

紅莉栖「さて、一旦講義はおしまい。ちょっと休憩しましょ」

鈴羽「はい、リンリン。ドクペだよ」スッ

倫子「あ、うん……ドクペ、ね」

紅莉栖「あんたの好物って聞いてたけど……」

倫子「うん、好物だよ。紅莉栖も好き、だよね?」

紅莉栖「ふぇっ!? あ、ドクペが、よね。ええ、嫌いじゃないわよ」ゴクゴク

倫子「ふふっ」ゴクゴク

倫子「……おいしい。もう1年は飲んでなかったなぁ」

紅莉栖「それじゃ、15分後に話を再開するわ。今のうちにトイレにでも行ってきなさい」

倫子「ホント、大学の講義か何かだなぁこれ……」


・・・

紅莉栖「さて、世界線にとって何が重要か、わかったわよね? 私がβ世界線の2011年に生きている理由も」

倫子「うん……2036年の状況に影響を与えるような改変さえしなければ、紅莉栖が死ぬ必要はない、ってことだね」

紅莉栖「私がβ世界線の2010年7月28日12時39分に死ぬ必要があるのは、それ以降私が生きていると、2036年にとって基本的に都合が悪いから、なの」

紅莉栖「未来からの情報が無いままに私が生きている場合、私は色々な行動をとって、2036年の状況を起点に作られてるβ世界線の確定した事象が改変されてしまうから」

紅莉栖「というか、そういう世界線のことをα世界線とかシュタインズゲートって呼ぶわけよね」

紅莉栖「だからこうして、私が死ぬまで地下に潜伏して、社会的に"牧瀬紅莉栖"が死亡していれば、死亡収束は騙せる。理屈がわかればこういうことが可能」

紅莉栖「世界は騙せるの」

倫子「世界を……騙す……」


鈴羽「実際問題そうも言ってられないけどね。これから日本は中東並に治安が悪くなってテロが多発する」

鈴羽「20年代に入れば本格的に世界大戦が始まるから、食糧調達がままならないどころか、ここが治安部隊に暴かれるのも時間の問題だよ」

紅莉栖「そういう意味では私は世界を騙しきれてないのか。世界線を改変しないようにする、って意味では成功してるけどね」

倫子「でも、私がさっきリーディングシュタイナーを感じたってことは、それなりに変わってるはずじゃないの?」

紅莉栖「そうね。ある1点だけ変えさせてもらったわ」

紅莉栖「1月2日に存在したα世界線の私が送ったという、Dメール。あれを打ち消させてもらった」

倫子「え……?」

紅莉栖「スマホを見てみなさい。たぶん、『Amadeus』アプリが"復活"してるように感じるんじゃないかしら」

倫子「えっと――!? ホントだ……『Amadeus』がある……」

紅莉栖「この世界線は、1月2日にラボ襲撃事件が発生したけど、SERNがタイムマシンを完成させることにはならなかった世界線、ということになる」

紅莉栖「かつてあんたが12月15日から1月2日まで居た世界線とほぼ同一の世界線変動率なの」

倫子「私は、戻ってきた……?」


紅莉栖「厳密に言えば、完全に同じ世界線ではないけどね。私たちが行動する上では同一の世界線と見なしても問題ないレベルってこと」

倫子「そりゃ、素粒子レベルの因果律で同一かって言われれば、間違いなく変わってるもんね」

鈴羽「リンリンが経験した世界線と同じような状況になるように色々暗躍させてもらったよ。世界線維持のためにね」

倫子「でも、どうしてそんなことを?」

紅莉栖「もちろん、岡部にシュタインズゲートを観測してもらうためよ」

倫子「過去の私が、2回目のタイムトラベルに行くようなDメールを送ればいいの……?」

紅莉栖「ううん、実はそうじゃない」

紅莉栖「私の書いた論文を、岡部以外の他の組織の手に渡ることが未来で確定している場合……つまり、他の組織がタイムマシンで世界線を変動する可能性がある場合はね」

紅莉栖「過去のあんたが2回目のタイムトラベルに出発したところで、絶対にシュタインズゲートへはたどり着けない」

倫子「…………」

紅莉栖「ただ、現時点ではどの組織も可能性止まりだから、世界線はβ世界線のままだけどね。各勢力の拮抗状態がこのアトラクタフィールドの特徴と言える」

紅莉栖「たとえロシアが明日タイムマシン実験をしたとしても、それがアトラクタフィールドを越える内容、つまりタイムマシン論文の所在に関わる内容じゃなければβ世界線のままかもしれない」

紅莉栖「そういう可能性が残っている限り、私の命を救ったとしてもシュタインズゲートへは絶対に辿り着けない」

紅莉栖「私の論文がβ世界線のあらゆる収束を作り上げていると言っても過言じゃない」

紅莉栖「すべての論文を抹消、あるいは確保することが世界線の未来として『確定した事象』とならない限り、シュタインズゲートは、その門前に立つ事さえ許されないの」


紅莉栖「それじゃ、ここからはシュタインズゲートへと繋がる……と思われる仮説を説明するわ」

倫子「2限目が始まるんだ」フフッ

紅莉栖「次の図1を書いておくわね」キュッ キュッ

紅莉栖「横軸が時間、縦軸が変動率<ダイバージェンス>ね。詳細な変動率は不明だから、間隔はアバウトなんだけど」


http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira110511.jpg
図1: 世界線漂流図1


倫子「おお……えっと、太線が私の移動してきた経路で、黒丸が分岐点?」

紅莉栖「そういうこと。α世界線については省略させてもらったけどね」

紅莉栖「おそらく、β1世界線以外においては、子どものかがりさんは未来で米軍によって洗脳されてるんじゃないかしら」

倫子「……そっか。それが根本的な原因で世界線が今まで変動してきたんだ」

倫子「未来のかがりを支配することで、つまりタイムトラベラーを操ることで過去を変えていた……」


紅莉栖「β2・4世界線では、かがりさんを施設に幽閉して、未来の記憶を消去してたのよね」

紅莉栖「結局消しきれてなくて、ママを思い出して逃亡しちゃったわけだけど」

紅莉栖「米軍としては大失敗よね、私の記憶を入れる前に逃げちゃったんだから」

紅莉栖「それでβ2世界線ではかがりさんをラボに取り返しに来た。β4世界線では、多分半ば諦めていた」

紅莉栖「その失敗があるから、未来では幼いかがりさんを洗脳する際に、過去へ伝えるメッセージとして、徹底的に未来の記憶を消すよう指示したでしょうね。失敗の原因がそれなんだから」

紅莉栖「一方、β3世界線ではかがりさんの未来の記憶は消去されていなかった」

紅莉栖「『Amadeus』凍結のために実験が前倒しになり、逃亡される前に脳に私の記憶を入れることができた」

紅莉栖「私の記憶を入れるっていう目的が達成できることがわかってるんだから、別に未来の記憶を消去する必要は無いわよね。手間だし」

紅莉栖「だから未来の米軍は、幼いかがりさんを洗脳した時の過去へのメッセージとして、未来の記憶を消去するようには伝えなかった」

倫子「……ん?」

鈴羽「どちらも因果が円環状に閉じているってことだね」

倫子「ああ、なるほど……タイムパラドックスになってるわけだ」

紅莉栖「この時間的に閉じた因果が様々なバタフライ効果を生み出すことによって、それぞれの世界線を成立させていた、ということよ」


倫子「ってことは、かがりが米軍につかまる因果をなんとかしないといけない、ってことだよね」

鈴羽「あたしからもお願いするよ。かがりが敵にいいようにされるなんて、あってほしくない」

紅莉栖「それを成し遂げるためには原因を根本から絶たなくてはならない」

紅莉栖「そしてそれは可能である。なぜなら、あんたは既に一度かがりさんが1998年から行方不明にならないβ世界線を観測しているから」

倫子「う、うん。私が世界線漂流を始める前のβ世界線のこと、だよね。ってことは、目指すべき世界線は――」

紅莉栖「結論から言う。あんたにはタイムリープしてもらう」

倫子「……え?」

紅莉栖「その方法は後で話す。目的は、タイムマシン論文を他の組織の手に渡らないようにすること」

紅莉栖「正確に言えば、どの組織にもタイムマシン論文が手渡らないような事象改変をしてもらう」

紅莉栖「私の書いたタイムマシン論文が無ければ、タイムマシンを巡る世界大戦は起こり得ない」

紅莉栖「米軍がタイムマシンの存在に気付き、かがりさんを操るような事態にもならない」

鈴羽「現状、米軍がかがりを操ってるからタイムマシンの存在に気付く、っていうタイムパラドックス、つまり収束が発生してるわけだけど」

鈴羽「必ずどこかに抜け穴がある」

       ,, ,, 
その6ヽ(*゚д゚)ノ【6つの論文を支配せよ!】


紅莉栖「タイムマシン論文は次の6ヶ所にある」

紅莉栖「中鉢論文、私のノートPC、私のポータブルHDD、この私の脳内、ストラトフォーのサーバにある『Amadeus』"紅莉栖"の記憶データの中、そして、"紅莉栖"の記憶データを入れられたかがりさんの脳内」

倫子「そ、そんなにあるんだ」

紅莉栖「さっきの図において、それぞれの世界線でどのタイムマシン論文が存在するか、を記すとこうなる」


β1:中鉢論文・ノートPC・HDD・ストラト甘栗の脳内
β2:中鉢論文・ノートPC・HDD・私の脳内・ストラト甘栗の脳内
β3:中鉢論文・ノートPC・HDD・かがりの脳内・ストラト甘栗の脳内
β4:中鉢論文・ノートPC・HDD・ストラト甘栗の脳内


倫子「"甘栗"って……『Amadeus』"紅莉栖"、の略か」

紅莉栖「もちろん、すべての世界線の2010年3月末から7月28日以前までの間、私の脳内にタイムマシン論文が存在している」

紅莉栖「それからもう1ヶ所、私の論文に準ずるものが存在してる」

倫子「えっ? 準ずるもの?」

紅莉栖「あんたの脳よ。完全なリーディングシュタイナーに加え、電話レンジ(仮)の仕組み、Dメール、タイムリープ、タイムトラベルの実体験の記憶、そして各種理論……」

紅莉栖「これだけ情報が揃ってれば、私じゃなくてもタイムマシン論文を書き上げることができるでしょうね」

倫子「私の、脳……」

紅莉栖「これからの話は、あんたの魂の指揮官があんたであり続ける、ということを前提に展開させるわよ」

紅莉栖「門<ゲート>がいかに狭かろうと、いかなる罰に苦しめられようと、あんたの運命はあんたが支配しなさい」

倫子「……私にできる、かな。うん……できる、よね」ウルッ

紅莉栖「(かわいい……あ、あれ? なに、この気持ち……リーディングシュタイナー?)」トクン


紅莉栖「コホン。えっと、世界がタイムマシン論文の存在に気付いたキッカケは、2010年8月21日にパパが亡命したことだった」

鈴羽「そこが大分岐のポイントってわけだね」

紅莉栖「中鉢論文が無ければ、私がタイムマシン論文を書いたってことが世界に知られずに済む」

紅莉栖「それと、私が普通に生きていれば私のノートPCとHDD内の論文は8月21日までに削除するはず。そう決めてたから」

鈴羽「この世界線では、あたしが牧瀬紅莉栖を拉致したからそれは叶わなかったけどね」

紅莉栖「仮に私が8月21日より前に死亡している場合、中鉢論文を取り消す意味は無い」

紅莉栖「なぜなら、私が死んでいるとノートPC内の論文が残って、どうあがいても第3次世界大戦が勃発するから。たとえ中鉢論文が存在しなくてもね」

紅莉栖「逆に言えば、中鉢論文を取り消すことは私が死亡することを意味している」

鈴羽「これも未来が過去に影響を与えているんだ」

倫子「それじゃ、どうやってもβ世界線から抜け出せない――」

紅莉栖「ううん、そんなことはないわ」


紅莉栖「このβ世界線収束を騙すこと自体は簡単よ。Dメールを送ってエシュロンに捕捉されるか、SERNにタイムマシンを奪われるかで、実際に達成できた」

紅莉栖「もちろん、α世界線へと変動させても意味は無い。だけど、β世界線収束が騙せることは既に証明された」

紅莉栖「これを利用してβ世界線8月21日までの私の生存を確保することができる」

倫子「へ……?」

紅莉栖「中鉢論文が存在している限り、私の死は必然じゃなくなる。だから今こうしてしゃべれてるわけだしね」

紅莉栖「つまり、あの日あの時、2010年7月28日の12時39分に私を生存させた後で、中鉢論文を取り消せばいい」

倫子「で、でもどうやって!? あの時、紅莉栖の死をうまく誤魔化せたとしても、章一は論文を奪って逃走したんだよ!?」

倫子「追いかけて捕まえられるかどうか――」

紅莉栖「……あなたも見てたでしょ? 例のニュース」

鈴羽「飛行機の火災事故、だね」

倫子「……メタル、うーぱ。そうだったね、あの封筒にメタルうーぱが入ってなければ、放っておいても論文は燃えてなくなるんだ……」

鈴羽「しかも日時は8月21日。牧瀬紅莉栖が生存した後、中鉢論文を取り消す、という条件をクリアできる」

倫子「あれってどうして入ってたの? 封筒にまゆりのうーぱが」

紅莉栖「まさかあれがまゆりさんのものだとは思わなかったわ。階段に落ちてたのを、なんか可愛いと思ってつい封筒に入れちゃったの」

紅莉栖「暗かったから、名前が書いてあるなんて思わなかった……まゆりさんには悪いことしたわ」

鈴羽「いやいや、全人類に迷惑かけてるからね?」

紅莉栖「知らないわよ、そんなこと」


紅莉栖「つまり、最終的な選択としては、私を生存させた上で中鉢論文を取り消せばいいということになる」

倫子「それで鈴羽のミッションは紅莉栖を救出すること、だったんだね」

鈴羽「あたしもここまで詳しく教えられたわけじゃないけど、未来の"リンリン"はこの結論に辿り着いていたんだと思う」

倫子「だけど、メタルうーぱがあの封筒に入ることもβ世界線の収束なんだよね?」

紅莉栖「そうだと思う。だけど、どこかに抜け道があるはずよ。たとえそこに無限の選択肢が用意されていようと」

紅莉栖「これがシュタインズゲートへと至る最後の選択」

倫子「うん……」

倫子「(私もこの可能性については考えたことがある。だけど、一体どうやって正解の選択肢を引き当てれば……)」


紅莉栖「と言っても現時点では、それ以外の場所にある論文が他の組織の手に渡る可能性が残ってしまっている」

鈴羽「かがりが米軍の手に渡ることも同じ用件に含まれる」

紅莉栖「だから、まずはその可能性を消滅させておかないと、収束によってどうあがいても中鉢論文を消すことができない」

鈴羽「中鉢論文があることで、ロシアをはじめとする各組織が牧瀬紅莉栖の周囲にタイムマシン論文が存在していることに気付くからね」

鈴羽「この因果の因を無理に消そうとしても、β世界線の因果律、つまり確定事項として果が残っている世界線では、因は絶対に消えない。これがβ収束ってことだね」

倫子「私のα世界線漂流時、IBN5100がラボにある世界線以外じゃ、IBN5100がどうあがいても手に入らないのと同じ理屈か……」


――――――――――

   『コインロッカー……大ビル……前の……』

   『この世界線では岡部がIBN5100を手に入れることは絶対に不可能なんだけど』

――――――――――



紅莉栖「IBN5100がラボに無いことで、SERNはディストピアを完成させることができた」

紅莉栖「だから岡部はDメールを打ち消し続けて、IBN5100がラボにある世界線まで戻らなくてはならなかった」

倫子「このβ世界線でもおんなじことをしろ、ってことだね」

倫子「タイムマシン論文を消滅させ続けて、中鉢論文がロシアに渡ることだけが確定している世界線まで移動する。そしてその世界線で――」

紅莉栖「中鉢論文を消滅させれば、シュタインズゲートを観測できる」


鈴羽「それで、具体的にはその論文たちはどういう状況なの?」

紅莉栖「ちょっと整理しておきましょうか」

紅莉栖「まず、中鉢論文はロシアが持っている。手に入れてから半年以内には実験を開始しそうなもんだけど、たぶん米軍あたりがけん制してるんだと思う」

紅莉栖「次にノートPCとポータブルHDDについて、これを狙っているのはロシアとアメリカ」

紅莉栖「レスキネン教授がストラトフォー、レイエス教授が米軍だとするなら、少なくとも3つの組織に狙われてることになる」

紅莉栖「SERNが狙っているかはわからない。エシュロンをはじめとして、その諜報能力はすごいらしいから、何かしら情報を仕入れていると考えておいた方が良い」

紅莉栖「次にストラトフォーにある『Amadeus』の記憶データ。『Amadeus』に関することはすべてレスキネン教授、つまりストラトフォーによるものだと考えていいわ」

紅莉栖「だけど、かがりさんは別。かがりさんに私の記憶を入れる実験をしようとしたのは、実行犯はストラトフォーでも裏に居たのはレイエス教授のはず。少なくともβ1世界線以外では」


紅莉栖「話を聞く限り、ストラトフォーは米軍に操られているんでしょうね。『Amadeus』を横取りする形で記憶挿入実験に利用しようとしていたみたいだから」


―――――

天王寺『しかし、金で雇われてるやつらが自決までするか?』

鈴羽『洗脳されてたなら、あるいは』

―――――


倫子「(そっか、あの時のストラトフォーは、実は裏で米軍に操られていたのか)」

紅莉栖「元々米軍はストラトフォーが牛耳る『Amadeus』そのものを軍事転用することを狙ってた」

紅莉栖「ところが、探りを入れてみたらタイムマシンが出てきた。それで作戦を変更したってところかしら」

倫子「つまり、かがりを洗脳したのはどっちかわからないけど、かがりに紅莉栖の記憶を入れようとしているのは米軍、ってこと?」

紅莉栖「タイミングから考えて、洗脳自体はストラトフォーの計画だったんだと思う。未来のかがりさんを洗脳して、1998年頃に自分たちの元へ誘導したのはね」

紅莉栖「そして未来の米軍はそれを利用した。かがりさんの未来の記憶の有無を操作してるのは米軍だから」

紅莉栖「そして2010年頃、かねてから『Amadeus』を軍事転用しようとスパイしていた米軍がタイムマシン論文の存在に気付き、記憶挿入実験に着手し、ストラトフォーの研究成果を横取りしようとした」

紅莉栖「この意味で、ストラトフォーのサーバーに保存されている『Amadeus』の記憶データの中にある論文は、米軍が狙っている状況、と言える」


紅莉栖「『Amadeus』本体は問題ない。論文の内容も、ノートPCのパスとかも、あの子がしゃべるわけないから、そこは無視しても構わない」

紅莉栖「『Amadeus』本体が消滅することはどのβ世界線の未来でも確定していると思うのよね、真帆先輩の性格を考えれば」

紅莉栖「あ、ちなみに真帆先輩だけが世界で唯一『Amadeus』をデリートできる人なの」

倫子「そうだったんだ。ってことは、『Amadeus』そのものをデリートしただけじゃ、世界線は変動しない?」

紅莉栖「ううん、タイミングの問題があるから一概には言えない。利用されるだけ利用されたあとに削除する場合と、悪の手に落ちる前にデリートする場合とでは意味が変わっちゃうから」

紅莉栖「結局、単純に『Amadeus』をデリートすればいい、プロジェクトを凍結すればいい、という話じゃない」

紅莉栖「心配すべきなのはむしろ、『Amadeus』を使って岡部を懐柔して、阿万音さんのタイムマシンの在り処を吐かせることね」

紅莉栖「『Amadeus』はスパイみたいなものよ。本人にその気はないんでしょうけど」

倫子「くそぅ……」


紅莉栖「かがりさんの脳内からの消去はすでに岡部が成功した」

紅莉栖「β3からβ4への再構成によって消滅したのよね。というか、消滅させることが世界線変動のキーだった」

倫子「だけど、未だにストラトフォーのサーバには紅莉栖の記憶データが残ってる。かがりを誘拐されれば、またかがりの脳内に紅莉栖の記憶が戻ってしまう……」

紅莉栖「そうね、そうなったらまたβ3世界線に近似した世界線へと変動しちゃう。だから、ストラトフォーのサーバにある『Amadeus』内の私の記憶データの削除は必須ね」

倫子「ってことは、今からダルにハッキングさせて削除させれば世界線が変動する……?」

紅莉栖「それがそういうわけにも行かないのよね。そのステップの前に、まず私を殺す必要がある」

倫子「あっ……」シュン

紅莉栖「私が生きていることで阿万音さんとかがりさんが2011年7月7日に過去へ跳ぶ、という事象が確定しちゃうから、まずは私が死んでる世界線へと移動すること」

紅莉栖「そうしないと、過去の岡部が阿万音さんと一緒に2回目のタイムトラベルに挑戦すること自体が不可能になってしまう」


紅莉栖「かがりさんの脳内からデータを削除できたこの世界線からなら、ストラトフォーのサーバに記憶データが存在することが収束じゃない、つまり削除が可能な世界線へと移動できる可能性がある」

倫子「でも、どこにその分岐点が……って、判明してる分岐点のうち、この世界線上にある分岐点は1月2日しかないか」

倫子「――1月2日。あの時、SERNに私たちのタイムマシンがバレてしまった……」

紅莉栖「それを取り消すためにはやっぱり、1月2日に行ってもらう必要がある。ここが必然的に第一歩になる」

紅莉栖「この世界線での確定した過去については既に私たちが観測しているわ」

紅莉栖「1月1日の襲撃の後、1月2日、あんたは天王寺さんに協力を要請するも、タイムマシンや世界線については説明しなかった」

倫子「うん。β3世界線で私がそういう風に行動したから、ここもそういう風になって再構成されてるんだね」

紅莉栖「一方、あんたが経験した1月2日に何が起こったかを要約すると、天王寺さんにタイムマシンのことをバラした上で『Amadeus』の"私"からの着信に出たことで世界線がα世界線へと変動した」

紅莉栖「つまり、『Amadeus』を乗っ取ったSERNからの通話に出てしまったのが原因ね」

倫子「えっと、萌郁にも色々話しちゃったんだけど、そっちは関係ない?」

鈴羽「関係ないみたいだよ。この世界線でもリンリンは1月2日に桐生萌郁を味方につけるためにFBの正体をバラそうとしていた」

紅莉栖「根本的な原因は、店長さんがSERNへと報告したことなの」


紅莉栖「もう一度確認しておくけど、『Amadeus』のプログラムを乗っ取ったくらいじゃ、タイムマシン論文は手に入らない。口が堅いからね」

鈴羽「『Amadeus』に脅しは聞くの?」

紅莉栖「場合による。あの『Amadeus』の"紅莉栖"だったら、真帆先輩を拷問する、とか言われただけで全面降伏しちゃうかも」

紅莉栖「だけど、それだけだと通話に出た瞬間世界線が変動したことの説明がつかない」

紅莉栖「あんたが通話に出たことで、ラジ館屋上にあるタイムマシンが橋田とセットでSERNに回収されることが確定したんでしょうね。どういう過程か、詳しくはわからないけど」

倫子「そういや、α世界線の私とダルはフランスに1年くらい拉致されるんだっけ……」

紅莉栖「だったら、通話に出なければいい。店長さんにタイムマシンのことをバラした上で『Amadeus』からの通話に出ない」

紅莉栖「そうすれば、次の世界線、"β5世界線"へと変動する」


倫子「でも同時に、そのβ5世界線の去年の7月28日に、紅莉栖は死んでることになってるんだよね……」

紅莉栖「まあね……1月2日にα世界線へと移動する岡部が消滅することでβ3およびβ4世界線がアクティブ化する、という一連の流れがなくなる」

紅莉栖「それによって2011年7月7日に阿万音さんとかがりさんがふたりで過去へ跳ばなくなるから、そういうことになる」

紅莉栖「このβ5世界線は、言うなればタイムマシンがSERNに狙われるだけ狙われるけど、タイムマシンは手に入れられない世界線」

紅莉栖「米軍とストラトフォーの抗争にSERNが介入することで、岡部が論文を確保しやすくなる世界線になる……これはただの希望的観測だけど、可能性は高いと思う」

紅莉栖「それで、β5世界線に存在するタイムマシン論文は次の4カ所になる。中鉢論文、ノートPCとポータブルHDD、ストラトフォーのサーバにある甘栗の記憶データ」

紅莉栖「β5世界線では、ストラトフォーのサーバにある記憶データを消してもらう必要がある」

倫子「β5世界線ではそれが可能なの?」

紅莉栖「今このβ2世界線でも可能でしょ? ってことは、そこから派生するβ5世界線でも可能なはず」

倫子「そこでダルに頼めばいい、ってわけか」

紅莉栖「ストラトフォーのサーバに記憶データがあるだけじゃ、ストラトフォーはタイムマシン技術を確保できないからね。これが世界線としての収束だとは思えない」

紅莉栖「とは言っても、データを消すことで世界線が変動するかもしれない。しないかもしれない」

紅莉栖「こればっかりは岡部が実際に観測してみないとわからない」

紅莉栖「全ては岡部次第よ」

倫子「うん……」


倫子「でも、それならここからDメールを1月2日の私へ送ればいいだけじゃないの?」

紅莉栖「Dメールの情報にあんたの名前が残ることになるわよ?」

倫子「あ、そっか。そんなことしたらα世界線へと変動しちゃうのか」

紅莉栖「それに、そもそも18文字で説明しきれない。最低でも次の3つをこなしてもらう必要があるからね」


・天王寺さんにタイムマシンのことをバラす

・その上で甘栗からの電話に出ない

・かがりさんが誘拐される前にストラトフォーのサーバの記憶データを消去する


紅莉栖「一応問題ないとは思うけど、次の2つの可能性も無くは無いから気を付けなくちゃいけない」


  ・ノートPCのパスをなんらかの方法で解除され、中のタイムマシン論文が敵の手に渡る

  ・『Amadeus』がタイムマシン論文の内容やノートPCのパスワードを敵に教えてしまう


倫子「これを達成した後はどうすればいいの? その、β5世界線で世界線が変動しなかった場合」

紅莉栖「私が自信をもって説明できるのはここまで。その後は不確定要素が多すぎて何とも言えない」


倫子「それじゃあ、どうやって1月2日へタイムリープするの?」

紅莉栖「少し特殊なタイムリープをしてもらうわ。名前が無いと不便だから、一応RSTL<リーディングシュタイナータイムリープ>って名付けた」

倫子「おお、あの紅莉栖が積極的に変な名前をつけるなんて」

紅莉栖「べ、便宜上だから。阿万音さんから色々あんたの恥ずかしい過去を聞いたけど、そういう厨二的なのじゃないからな」

倫子「ぐぅっ!? そ、そっか、それも全部……」

鈴羽「あ、あはは……」

紅莉栖「図にするとこんな感じね」キュッ キュッ


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図2. 世界線漂流図2<RSTL>

       ,, ,, 
その7ヽ(*゚д゚)ノ【RSTL<リーディングシュタイナータイムリープ>について】


紅莉栖「まず、基本的に長時間のタイムリープはできない。この技術には、根本的な欠陥があるの」

紅莉栖「タイムリープマシンはVR技術で脳の状態を電気信号として取り出して、別の脳にコピーする。けどね、仮に同じ人間でも、物理的に全く同じ脳なんてものは存在しないわ」

紅莉栖「48時間の間に生じた僅かな身体のギャップが、コピーされた意識と齟齬を起こす。きっとあんたはタイムリープ後、違和感に襲われてるんじゃない?」

倫子「肉体と精神のズレ、だよね。うん、結構きついよ、あれ」

紅莉栖「それもまあ、短時間ならそう悪影響はないわ。でももし、連続で時間を跳び越えたら?」

紅莉栖「精神と肉体のギャップは、どんどん大きくなっていく。あんたの脳は、どんどんと軋みをあげる」

倫子「(それでも綯やダルは成し遂げたんだよね……あの不完全なタイムリープマシンで)」


倫子「でも、たしか長時間タイムリープは『記憶データと神経パルス信号だけを跳ばして、OR物質は除去』すれば可能なんだよね?」

紅莉栖「だけど、あんたは完全なRS持ちだからそれはできない」

紅莉栖「『仮に完全なリーディングシュタイナー保持者がOR物質を除去して記憶データを過去へ送ると、Dメール送信と全く同じ現象が起こる。"リーディングシュタイナーが発動する"』」

紅莉栖「そもそも2011年の技術でOR物質だけを除去、なんてことはできないの。それが可能だったのはα世界線の2034年であって、β世界線の未来でも可能になるかはわからない」

倫子「なら、どうするの?」

紅莉栖「簡単に言うと、あんたのOR物質だけを転送する」

倫子「『記憶だけ』じゃなく、『OR物質だけ』……?」

紅莉栖「要は擬似神経パルス信号を添付しなきゃいいのよ」

紅莉栖「前頭葉からトップダウン検索信号が発生しなければ未来の記憶は思い出せないから意味が無い」

紅莉栖「でもOR物質の受信機は脳そのものだから、OR物質だけは受信される」

倫子「だけど、『長時間タイムリープの場合、OR物質の影響で、肉体と意識のギャップが脳全体に悪影響を及ぼす』んじゃなかったの?」

紅莉栖「通常の脳ならね。これが、完全なRSを持った人間の場合は話が異なる」

紅莉栖「『タイムリープの場合、受信側にもバックアップデータが存在してるわけで、記憶の修復力が働くにしてもそちらが優先される』」

紅莉栖「だから、完全なRSがある人間は、未来の意識を受信するだけ受信して、そのデータを無視することになる」

倫子「それなら、意味がないんじゃないの……?」


紅莉栖「『OR物質そのものがリープ先の意識に主観を移動させてるわけじゃない。あくまでも、世界線再構成の性質に起因する結果論』」

紅莉栖「RSTLでは、あんたの主観だけが移動することになる。ただし、修復力は受信側のOR物質にだけ100%発揮される」

紅莉栖「この時、記憶のバックアップは作用しないし、意識も人格も精神も変化しない。だから、肉体と精神のギャップによって脳に悪影響を及ぼすことがない。」

紅莉栖「言ってしまえば、セーブデータをロードするだけね。あんたはプレイヤーじゃなくてゲームキャラクターになって、神の視点は捨てることになる」

紅莉栖「だから、あんたは未来の記憶を思い出すことができない」

倫子「それならやっぱり、意味がない気がする」

紅莉栖「それでも、あんたのリーディングシュタイナーが完璧と呼べるほどのものだとしても――」

紅莉栖「2、3日の間、デジャヴを感じることが出来る可能性は0%じゃない」

倫子「……ど、どうして? 2、3日ってのは、OR物質のバックアップデータが完全にメイン記憶に取って代わられる時間、ってのはわかるけど」

紅莉栖「今まであんたのリーディングシュタイナーは『100%』って表現し続けてきたけど、訂正する」

紅莉栖「正しくは『5σ』。ちょっと嘘を吐くけど、言い換えるなら『99.9999%以上』ということ」

倫子「……アポロ計画でのシックスナインだよね。つまり、1000000回に1回しか事故が発生しない、ってことじゃなく、実際は98%強でしか避けられなかった事故の確率……」

紅莉栖「その事故が起こる可能性に賭ける」


紅莉栖「だいたい、有機的な情報を扱ってるのに、完全無欠なんてことはあり得ないのよ。デジタル情報でさえ、どこかにバグが発生する」

紅莉栖「100%を計量するのは、物理学では不可能よ。素粒子より小さな存在が想定されているんだから、その理由は説明するまでもないわね」

紅莉栖「その、素粒子レベルで存在する誤差の可能性に賭ける。この可能性は『絶対にゼロだ』って、誰も言えないの」

倫子「つまり、未来の記憶バックアップデータが修復されるっていう、限りなくゼロに近いけどゼロじゃない可能性に賭ける、ってことか」

紅莉栖「例えば、1月1日にタイムリープして、そこから再開するとするでしょ?」

紅莉栖「そこからあんたは『あれ、この状況、前にもあったような気が……』みたいなデジャヴが発生する可能性がある」

倫子「そんな不思議な状態になったら、私はきっと未来視をする。そうすれば、今ここにある私の記憶を過去へと持っていける。そういうことだねっ!」

紅莉栖「……ギガロなんちゃらとかいう超能力には頼りたくはないから、一応、未来予知しなかった場合のことも考えてある」

倫子「リーディングシュタイナーだって超能力なのに、何を今さら」フフッ

紅莉栖「私だってギガロなんとかやリーディングかんとかが科学的に説明できることはわかってるけど、自分で証明してないから現時点ではオカルトと一緒なの!」ムスーッ


紅莉栖「仮にすべての記憶を全く思い出せなかったとしても、あんたはまたここに戻ってくるだけなのよ」

紅莉栖「だから、1月2日にβ5世界線へと行けるまで試し打ちし続ければいい」

鈴羽「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる。もしかしたら、既にリンリンがいるこの地平は、何百発も試射してるかもしれないね」

紅莉栖「というわけで、成功するまで繰り返せば、いずれノイズが発生して、β5世界線へと移動できるはず」

倫子「ゴリ押し、ってことかぁ……」

紅莉栖「……アインシュタインの名言に、こういうのがあるわ。『同じことを繰り返しながら、違う結果を望むこと。人それを"狂気"という』」

倫子「狂気……」

紅莉栖「冷静に考えれば、こんな作戦、頭がおかしいわ。たとえ可能性があるからって、挑戦しようなんて思わない」

紅莉栖「普通なら、ね。でも、狂気のマッドサイエンティストなら……それに、あんたは既に同じような選択をしたことがあるでしょ?」

紅莉栖「その結果、あんたは挫折したかもしれない。でも、もう一度、新たな可能性があるとしたら?」

倫子「……可能性があるとしたら、手を伸ばさずには居られない。それが、狂気だ」

鈴羽「良い顔してるよ、リンリン」


紅莉栖「ただ、問題がひとつある。通話に出るのは絶対に岡部じゃないといけないという点」

紅莉栖「岡部以外が岡部のスマホの通話に出ると、何も起こらないか、あるいはとんでもないバグが発生するかも」

倫子「そ、そんなことがあるんだ……」

鈴羽「それこそ、もっとひどい世界線へと変動しちゃうかもしれないね」

紅莉栖「ねえ岡部。1月2日以前で、絶対にあんたが自分のスマホの通話に出るって確信が持てるタイミングってある?」

倫子「……1月1日は1日中忙しかった。移動や着替え、みんなとの食事、その後はレイエスの襲撃があって気持ち悪くて倒れてたから、私がスマホに出ない可能性がある」

紅莉栖「12月31日以前へのタイムリープとなると、OR物質の記憶バックアップが1月2日の改変時までに完全に更新される可能性があるから避けたいところね」

倫子「……そうだ。1月2日、メイクイーンで私は萌郁にRINEを教えた。あの時なら間違いなく自分のスマホを握りしめてた」

鈴羽「タイミング的には、天王寺裕吾に協力を要請する直前か……」

倫子「ここなら、間違いなく私は通話に出る」

紅莉栖「ふむん……もう少し時間的に余裕が欲しいところだったけど」

紅莉栖「まあ、そこへ向けて試射して失敗したとしても、次の周回のあんたがそのタイミングで知らない番号から電話がかかってきたことを覚えていれば、今度はそこ以外へ飛ばすことができるか」


倫子「タイムリープして、β5世界線に行った後のことなんだけど、紅莉栖でもわからないんだよね……?」

紅莉栖「自信は無いと言った。けど、一応、仮説はある……」

紅莉栖「そこから向かうべきはβ1世界線かもしれない。12月15日の世界線変動時、スマホの電源のonoffが何を意味していたのかわからないけど」

倫子「あの時、私が悪い選択肢を選んでしまった可能性だね……α世界線漂流の時もそうだったから、今回もそうなのかも」

倫子「スマホの電源で世界線が変わるような事象と言ったら、Dメールやタイムリープの受信しか思いつかないよ」

紅莉栖「あるいは、それに関連したタイムトラベラーの行動の変化、ね。かがりさんか阿万音さんが、岡部の影響で行動が変わることになった可能性」

紅莉栖「あの時、中瀬さん、だっけ? に『好きな人は誰』って聞かれたんでしょ?」

倫子「そんなことまで話したの、鈴羽……」

鈴羽「どんな情報でも価値があるからね」

紅莉栖「実際、価値があるわよ。スマホの電源を切っていたあの時、あんたはなんて答えようとしてた?」

倫子「それは、もちろん……」ドキドキ

紅莉栖「『紅莉栖が好き』、よね。そこで次の連鎖反応が――」

倫子「……って、自分で言って恥ずかしくないの?」

紅莉栖「え? ……あぁっ!! ///」カァァ

鈴羽「そういうのいいから」ジロッ


紅莉栖「と、とにかくだな! そこであんたは紅莉栖が……モニョモニョ、って言ったはず」

紅莉栖「それによって行動が変化した未来人が居た」

倫子「えっと……私が紅莉栖のこと好きだからって、鈴羽が嫉妬して?」

鈴羽「馬鹿にしすぎだよ。あたしはシュタインズゲートを目指すために存在してる。私情を挟んだりしない」

紅莉栖「訂正する。あんたは、好きな人が紅莉栖だと言った、というより、ある人物ではないと言ったのよ」

倫子「ある人物……?」

紅莉栖「まゆりさんでしょ」ハァ

倫子「あっ……」

紅莉栖「岡部の好きな人がまゆりじゃないことを知った中瀬さんから、どういうわけかかがりさんの耳にその情報が伝わった」

紅莉栖「そしてかがりさんの行動が変わって、ストラトフォーが米軍に支配されるような未来へと変化した」

紅莉栖「かがりさんがストラトフォーを売った可能性。実際、こちら側の世界線では米軍がストラトフォーを操ってるしね」

倫子「でも、なんでそんなことを?」

紅莉栖「わからないの? 岡部がまゆりのことを好きで居続けるため、よ」

倫子「意味が、よく……」


紅莉栖「β1世界線では、2011年7月7日、まゆりさんが阿万音さんと一緒に過去へ跳ぶ可能性がある」

倫子「えっ……!?」

紅莉栖「簡単な推論よ。中瀬さんから岡部の好きな人が自分じゃないことを知ったまゆりさんは、岡部の好きな人……"私"、を助けに行こうとする。岡部のために」

倫子「そんな……」

紅莉栖「一応、β1世界線の2036年にまゆりさんは存在してるはずだから、可能性でしかないわけだけど、可能性を根本から消すためにかがりさんは動いたはず」

紅莉栖「つまり、タイムマシンの破壊……米軍辺りにタレこんで、ラジ館屋上にミサイルを打ち込むよう言った、とか」

倫子「さすがにトンデモ話な気がする……だって、どうやってかがりはラジ館屋上にタイムマシンがあることを知ったの?」

鈴羽「リンリン、言ってたよね。β1世界線では、ラジ館屋上を何者かに覗かれて、あたしが追いかけたことがあったって」

鈴羽「そいつは多分かがりだ。だからかがりはタイムマシンの場所を知っていた。このあたしにそんな記憶はないけどね」


紅莉栖「これによってストラトフォーの優位は崩れ、米軍がひとつタイムマシン論文に近づいたことになる」

紅莉栖「だけど結局、『Amadeus』の記憶からもノートPCからもタイムマシン論文は引き出すことができなかった」

紅莉栖「そこで、2036年に過去へ跳ぶことが確定しているかがりさん、かがりちゃん? を利用して、そっちのかがりちゃんの脳に『Amadeus』の記憶を入れることにした」

倫子「過去をやり直そうとした、と……」

紅莉栖「もしかしたら、魔笛のブレインウォッシングだけじゃなく、かがりさんの脳の、牧瀬紅莉栖の記憶への適合化も実行したのかも」

倫子「つ、つまり、かがりの脳が紅莉栖の記憶を受け入れることができたのは、未来の米軍の人体実験によるもの!?」

紅莉栖「未来の技術なんて検討もつかないけどね」

紅莉栖「そもそも未来で私の記憶をかがりちゃんの脳にダウンロードできてれば、過去へ跳ばれる前に問題が解決するわけだし」

紅莉栖「ストラトフォーの最後の抵抗か、あるいは真帆先輩の危険察知によって、私の『Amadeus』は削除されてたんでしょう」

紅莉栖「ノートPCとHDDのパスワードは、たとえ米軍でも解除できないはずだし」

紅莉栖「だから米軍は過去の可能性にかけた」

紅莉栖「こうして、β1以外の世界線のループが出来上がった。つまり、かがりさんが記憶を失ってラボを訪ねてくる世界線」

倫子「そういう一連の現象が確定したから、12月15日のあの瞬間、世界線が変動した、と……」


紅莉栖「そうなると、β5世界線からβ1世界線に移動するには、12月15日のあんたに、中瀬さんの質問に答えさせなければいい」

紅莉栖「内容はなんでもいい。『好きな人がまゆり以外だ』、とさえ言わなければいいのだから、Dメールが届くだけであんたは慌てて質問に答えずに済むでしょ」

紅莉栖「まあ、あくまで仮説に過ぎないんだけどね。証明するには実験する必要がある」

鈴羽「どっちにしても、スマホの電源が問題である以上、12月15日のリンリンのスマホになにかしらアクションをする必要があるだろうね」

紅莉栖「図にするとこんな感じ」キュッ キュッ

http://fsm.vip2ch.com/-/hirame/hira110521.jpg
図3. 世界線漂流図3<β1世界線へ>


紅莉栖「岡部がかつて経験したβ1世界線でのストラトフォーのサーバに記憶データがあったかどうかはわからない」

紅莉栖「だけど、β5世界線から事象改変によって再構成されるβ1の近傍世界線、新β1世界線ではストラトフォーのサーバには記憶データが無い、として再構成されることになる」

紅莉栖「レイエス教授による工作が無く、『Amadeus』の記憶データは普通にヴィクコンのサーバに残っている世界になっている。だから、かがりさんの脳に入れられる危険性は無いはず」

倫子「なるほど……」

紅莉栖「それで、もし仮にDメールを送ることで新β1世界線へと世界線が再構成されたなら、岡部はリーディングシュタイナーを発動することになる」

紅莉栖「新β1世界線では私のノートPCとHDDを破壊、あるいは確保する必要があるわ」

倫子「確保ってことは……他の組織の手に渡らないようにする、ってことだよね。それってつまり、他の組織を壊滅させろ、ってこと?」

紅莉栖「壊滅とまでいかなくても、収束によって他の組織が奪取不可能な世界線へと変動できればいいの」

倫子「第3次世界大戦が終わる頃まで紅莉栖のノートPCとHDDを守り切れればいいんだよね……」

紅莉栖「それが確定事項となる世界線まで世界線が変動しきれば、いよいよ中鉢論文を取り消すだけでシュタインズゲートへと変動することになる」

紅莉栖「今の私にできるのはここまで。1年間地下に引きこもって計画を立てても、ここまでしか助けられない。ごめんね、岡部」

倫子「……ううん。いつもありがとう、紅莉栖」ダキッ

紅莉栖「ちょ!? う、うん……」


紅莉栖「さ、準備はもうできてる。タイムリープマシンは隣の部屋に置いてあるから、ラボの開発室まで持っていけば使えるようになるはずよ」

倫子「なっ!? つ、作ったの!? どうやって!?」

紅莉栖「あのねえ、あんたに作れたものを私に作れないわけないでしょ?」ドヤァ

紅莉栖「まあ、ペケロッパでも粗大ゴミ状態の電子レンジでもないけどね。阿万音さんに頼んで上質なものを色々買ってきてもらったわ」

鈴羽「闇金に手を出しまくったよ。どうせ返す前に世界線は変動するし、ヤクザが未来の軍人に敵う訳ないしね」

倫子「うわぁ……」

紅莉栖「どういうわけか知らないけど、頭の中でおもしろいように組立が進んでいったのよね。もしかしたらα世界線でタイムマシンの母だった時の記憶を思い出してたのかも」

倫子「(そっか、たしか紅莉栖はOR物質を除いて長時間タイムリープをしてたんだから、2010年のOR物質に未来の記憶が上書きされてたんだっけ)」

鈴羽「父さんが1月15日にSERNに繋がってる直通回線を使えるようにしてあるから、あとは42型ブラウン管テレビを点けるだけで使えるようになる」

鈴羽「もちろん、その辺のやり方も充分習熟してるから、あたしに任せて」

鈴羽「善は急げだよ、リンリン」


鈴羽「誤報を送ったから、今ラボには誰も居ないよ。リンリンはこっち持って。私は重たい方を持つから」

倫子「え、えっと、紅莉栖は?」

紅莉栖「私は世間に存在を知られた瞬間アウトだから、ここに残る。最後まで一緒に居てあげられなくてごめんね」

倫子「……ううん。なら、ここでさよなら、だね……」

紅莉栖「またシュタインズゲートで会いましょう」

倫子「紅莉栖……」

倫子「(運命は、こういう形に収束するんだ……)」

倫子「(ねえ、"鳳凰院凶真"……結局私はやるしかないらしい。健闘を祈ってて)」

倫子「……エル・プサイ・コングルゥ」グスッ

鈴羽「感傷に浸っててもしょうがないよ。ほら、早くいこう?」

倫子「うん……待っててね、紅莉栖……」グシグシ

倫子「あなたを……救ってみせるから……」ウルッ

紅莉栖「……うん」ツーッ




紅莉栖「――いつまでも縛り付けてごめんね。私の大切な人」

未来ガジェット研究所


鈴羽「――準備完了。跳躍時間も入力済み。あとは放電現象を起こして、エンターキーを押すだけ」

倫子「……また跳ぶことになるなんて、思ってもなかった」

鈴羽「怖い?」

倫子「ううん。だって、何度でもやり直せるんでしょ? それに、失敗したらまた紅莉栖に会えるわけだし……」

鈴羽「むっ。ちゃんと成功してよ、リンリン」

倫子「わ、わかってるよ。ちゃんとやる……」

倫子「(記憶を失ったとしても、私は紅莉栖を救うだろう)」

倫子「(紅莉栖を救うという行動は、私の本能に深く刻まれているはずだから)」

倫子「……行こう。鈴羽、エンターキーを」

鈴羽「オーキードーキー」



カタッ


――――――――――――――――――――――
    2011年7月7日  →  2011年1月2日
――――――――――――――――――――――

2011年1月2日日曜日
メイクイーン+ニャン2


倫子「RINEを教えておくね。今後はこれで連絡を取ってほしい」ピッ ピッ

prrrr prrrr

倫子「あっ、ごめん。電話だ――――」ピッ

倫子「――――」

萌郁「……?」

フェイリス「オカリン? 大丈夫かニャ?」

倫子「え……?」

倫子「(あれ? 今の、なんだったんだろ。知らない番号から……イタズラ電話? それとも――)」

萌郁「それで……私に、何をさせたいの……」

倫子「あ、うん。えっとね……」


・・・

フェイリス「これからどうするニャン?」

倫子「もう少し仲間を増やしておきたい……けど、どうしようかな……」

倫子「(萌郁はラウンダーの中でも下っ端だし、FBで脅しておけば裏切ることはないだろう。何より、彼女はそんなことをする女じゃない)」

倫子「(だけど、天王寺さんはどうだ……? 娘のためなら人を殺せる自殺もできる、あの人に裏切られたら……)」

萌郁「……?」

倫子「ねえ、萌郁。FBに会いたい?」

萌郁「えっ……ま、待って……考えさせて……」

倫子「(……いや、相手は相当な手練れだ。FBクラスの人間を味方につけなければ、かがりさんも、ラボも守れない)」

倫子「(そのためには、別の世界線の情報で脅すしかない……さっきまでの私だったら、怖くてそんなことはできなかったと思うけど)」

倫子「(さっきの電話……あれは、もしかして未来の私がタイムリープに失敗した? 仮にそうなら何故タイムリープをしようと思ったのか)」

倫子「(……自分の選択を改めるためだ。だったら、しないようにしようと思った方を選択すればいい)」

倫子「これから私はFBに会いに行く。萌郁、後ろからこっそりついてきてもいいよ」

萌郁「…………」

・・・(中略)・・・
未来ガジェット研究所


倫子「(――ギガロマニアックスの力が使えれば、全力の未来予知で、細かいことが詳しくわかったんだけど)」


prrrr prrrr


倫子「(電話…… "紅莉栖"から?)」

倫子「(どういうこと? 『Amadeus』の乗っ取りが解除されたのかな?)」


prrrr prrrr


倫子「(そういえば、謎の電話はメイクイーンに居た時にもあった……これは何かの罠?)」

倫子「(もし、あの電話がタイムリープに失敗したものだったら……私は、一体どうしたら――)」


prrrr pr……


倫子「あ……切れた……」

倫子「(いったい、なんだったんだ……っ!? こ、この目眩は……っ!!)」クラッ

倫子「まさか、リーディングシュタイ―――――――――――――


―――――――――――――――――――
    1.06475  →  1.08116
―――――――――――――――――――

第17章 存在証明のオートマトン(♀)

未来ガジェット研究所


倫子「――――ナー……」

倫子「(あ、あれ? どうして世界線が変動したんだろう……)」

倫子「…………」キョロキョロ

まゆり「真帆さん。はい、お茶どぞ~」

真帆「"どぞ~"? あ、ありがとう」

倫子「真帆……ちゃん……? (なぜラボに?)」

真帆「だからちゃん付けするなと……何? 岡部さん」

倫子「えっと……」チラッ

ダル「ん? ああ、今日はラボに泊まってもいいかってこと?」

ダル「いいんじゃね、真帆たん顔色も良くないし、ここ使えるようにしておくお」

倫子「えっ?」

ダル「ちょうど鈴羽もいないし、今なら貸し切りな件」

倫子「ちょっと、ダル。おいで」クイッ クイッ

ダル「お、おう?」

開発室


倫子「……今ね、私、別の世界線からリーディングシュタイナーで移動してきたの。どうしてかはわからないけど……」

倫子「だから、この世界線の出来事がわからなくなってる」

ダル「マ、マジかお……おk、こっそり説明するお」

ダル「昨日はみんなで神社に初詣に行ったんだお。そこで漆原家で新年会をやったんだけど」

倫子「(なるほど、ラボでやらなかったんだ……)」

倫子「その前に、『Amadeus』はどうなってる? 接続は回復したの?」

ダル「接続? えっと、どういうこと?」

倫子「この世界線では『Amadeus』は乗っ取られてない……?」

ダル「乗っ取り? ああ、こっちと似たようなことはあったんすな。乗っ取りはされてないけど、昨日、和光の研究所でガス漏れ事故が起きたらしいお」

倫子「事故? 正月早々?」

ダル「施設は当面立ち入り禁止。真帆たんはオフィスが使えなくなったから井崎の研究室を間借りすることになったんだって」

倫子「井崎って、私たちのゼミの?」

ダル「うん。それに加えて、今朝、真帆たんの泊まってるホテルの部屋が荒らされたらしいんだ」

倫子「(……この情報は私にとって初耳のはずだよね。私がさっきまで居た世界線では起こってない出来事のはず)」

倫子「(でも、どこか引っかかる……)」

倫子「陰謀だ……」


倫子「私の記憶だと、昨日ラボは襲撃された。ここでは襲撃されてないみたいだけど、合ってる?」

ダル「えっ? それって、α世界線の時のラウンダーみたいな?」

倫子「状況は似てる、けど犯人はたぶんレイエス教授を中心にした、米軍関係者」

ダル「べ、米軍!?」

倫子「しっ! レイエス教授ってのはヴィクコンの研究者だけど、たぶんスパイ。それで、比屋定さんの研究か何かを狙ってるんだと思う」

倫子「ガス漏れ事故ってのも多分誤報。研究所に人を出入りさせないことで、時間をかけてガサ入れするつもりなんじゃないかな」

ダル「うわマジすかそれ……さすがに世界の警察と喧嘩はしたくないわけだが」

倫子「ラウンダーだってお断りだよ……300人委員会とかいう秘密結社を敵に回したくはないって」ハァ

萌郁「何の……話……」

倫子「だからラウンうわあああああああっ!?!?」ビクッ!!

談話室


倫子「お、お、お、おどかさないでよぉぉっ!!」ドキドキ

萌郁「……?」

ダル「えっと、桐生氏のおかげで真帆たん助かってよかったね、っていう話をしてたんだお」アセッ

真帆「次その呼び方をしたら訴えるわよ」

倫子「(萌郁のおかげ……?)」

真帆「ほんと、運が良かった。雑誌の取材を受けていてよかったわ」

萌郁「不幸中の……幸い……」

ダル「桐生氏が真帆たんをホテルのフロントで呼び出したことで、真帆たんは泥棒と鉢合わせなくて済んだんだよね」

真帆「それに、昨日からの騒動でろくに荷物の整理をしてなくて、大事なものは全部バッグに入ってたから何も盗まれずに済んだし」

萌郁「インタビューする為に……比屋定博士と部屋に行ったら……荒らされてた……」

倫子「間一髪だったんだ」

倫子「(もしかして、この世界線ではラウンダーが米軍をけん制してる? そのおかげで真帆ちゃんは助けられた?)」

倫子「(つまり、さっき世界線が変動したのは、SERNが私たちのタイムマシンの存在に気付いた上で米軍と対立することになったから、なのかな……)」


倫子「そう言えば、かがりさんはどうしてるの?」

ダル「あー、かがりたんならもう岩手に着く頃じゃね?」

倫子「い、岩手?」

まゆり「家族の人に会えるといいね~」

倫子「家族!?」

ダル「ちょいちょい、オカリン。そんなあからさまに驚いてたらみんな不審がるっつーの!」ヒソヒソ

倫子「ご、ごめん……」シュン

ダル「ほら、るか氏のパパが言ってたっしょ? かがりたんの肉親かもしれない人が岩手に居るって情報が入ってきたって」

まゆり「るかくんと、るかくんのお父さんと、スズさんと4人で会いに行ってるんだよ~」

倫子「そ、そうだったね」

倫子「(とは言っても、戦災孤児で名前も無かった『椎名かがり』を知る人間が2011年に居る訳がない)」

倫子「(鈴羽の話だと『椎名かがり』が戸籍上誕生するのは2032年だったはずだ)」

倫子「(誤報? でも、それなら誰がなんの目的で……)」

萌郁「…………」


倫子「(……こういう時こそ、未来視だね。昨日はどうしてかできなかったけど、今なら出来る気がする)」

倫子「(真帆ちゃんの隣に座って……)」スッ

倫子「比屋定さん。その、少しの間、手を握っていい?」

倫子「(敵が狙っているのはかがりさんと真帆ちゃん。彼女たちの視る未来が覗ければ……)」

真帆「……あの、岡部さん。あなたが私のこと、心配してくれてるのはわかる」

倫子「え?」

真帆「落ち着かせようとしてくれてるのよね。その気持ちはとっても嬉しいし、貴重なものだって思う」

真帆「だけどね? 勿論、別に嫌じゃないんだけど、その、困る、っていうか、あなたの気持ちには、その、応えられそうにないから……」

倫子「……えっと?」

ダル「百合展開ktkr?」

倫子「――ハッ!? いやいや! 違うから! そーいうのじゃないからぁ! うわぁん!」


倫子「(ま、まあ、取りあえず後回しでいいか。そのうちタイミングを狙ってやってみよう)」ハァ

倫子「それで、何も盗まれなかったって言ってたけど、例のアレも?」

真帆「アレって……ああ、アレね。ノートパソコンとハードディスク。両方とも大丈夫よ、そこのバッグに入ってる」

倫子「(だっさいカバン……)」

ダル「真帆たんからパスを解除するよう頼まれたんだけど、僕もお手上げだったお」

萌郁「ノートパソコン……ハードディスク……」ボソッ


prrrr prrrr


真帆「ああ、ごめん。私のケータイ……"紅莉栖"からだわ」

倫子「えっ!? ……あ、そうだった。"紅莉栖"から通話がかかってきてもおかしくないんだよね」

Ama紅莉栖『先輩! 大丈夫ですか!? 乱暴なこととかされませんでしたか!?』

倫子「(そっか、一歩間違えば真帆ちゃんがとんでもない目に遭うところだったんだ……)」ゾクッ

Ama紅莉栖『あれ、岡部? なんで先輩と一緒にいるの? もしかしてあんたと先輩って、もうそんな仲なの!? おめでとうっ!』

倫子「二言目にはそれかっ! この脳内お花畑スイーツ(笑)がっ!」


真帆「またその謎キャラ……」ジッ

倫子「……///」モジモジ

Ama紅莉栖『前から思ってたのよ……岡部がオリジナルの私に想いを寄せてくれてるのは嬉しいけど、いつまでもそのままで居るのは岡部の精神衛生上、良くないことだって』

Ama紅莉栖『きっとオリジナルの私も、岡部と先輩のこと、応援してくれると思いますっ!』グスッ

倫子「"紅莉栖"はどの立ち位置なの……」

真帆「双子の妹ポジションなんじゃないかしら。あと"紅莉栖"、そういうのじゃないからね?」


・・・


真帆「――というわけで、特に盗まれたものはなかったし、私は大丈夫だから」

Ama紅莉栖『ふむん……やっぱり、犯人の狙いは"私"のノートPCだったんでしょうか』

Ama紅莉栖『でも、それの存在を知っているのは、先輩と、私と、岡部と、あとそこのデブだけのはず』

ダル「ハァ、ハァ……いいよぉ、もっと罵ってくれてオーケーだよぉ……」

Ama紅莉栖『ホント、どうして美少女揃いのこのラボにこんな犯罪者予備軍が棲んでるんだか……』

倫子「む。頼れる犯罪者だからいいのっ」

真帆「(本当に橋田さんと岡部さんの関係が不思議だわ)」

倫子「(でも、そうだとしたらどうして紅莉栖のノートPCなんか狙うんだろう。中に一体なにが……?)」


倫子「犯人の狙いはノートPCじゃない可能性もあるんじゃない?」

Ama紅莉栖『もうひとつ可能性があるとすれば、「Amadeus」を兵器転用するため……狙いは制御コードかもしれない』

萌郁「(制御コード……)」

ダル「制御コード? それって管理者パスワードみたいなもの?」

Ama紅莉栖『ちょっと違う。私の"秘密の日記"を開けるカギみたいなものよ』

Ama紅莉栖『「Amadeus」のシステムやデータの管理責任者はレスキネン教授だけど、制御コードを知っているのはこの世界でただ1人』

倫子「……比屋定さんだけ、ってことか」

真帆「でも、残念だったわね。どこにもメモなんかしてない。私の頭の中にしかないから」

萌郁「(比屋定博士の……頭の中……)」

倫子「でも、『Amadeus』の"真帆"の中には?」

Ama真帆『あるけど、そのデータを引っ張り出すことはできないわ。"秘密の日記"にしまった上で、通常記憶領域からは意図的に削除したから』

真帆「そういう風に設計したのは私よ」ドヤッ

倫子「ってことは、『Amadeus』の"真帆"が知ってる制御コードを引き出すには制御コードが必要……なるほどね」

ダル「……でももし犯人が実力行使するとしたら、今度こそ真帆たん、ハイエースされるんじゃね?」

真帆「ハイエース?」

萌郁「制御コードを吐くまで……博士を拷問……とか……」

真帆「まさか、冗談でしょ。……冗談よね? どうしてみんな深刻そうな顔してるの? え、えっ!?」オドオド


真帆「……ごめんなさい、私が狙われてる可能性はゼロじゃないのよね。もっと注意する」シュン

真帆「でも、それなら今後、どうしたものかしら……」

まゆり「落ち着くまでラボにいるといいよ~」

倫子「……いや、ラボはやめた方がいい。鈴羽が居ない今、ここは安全とは言えない」

倫子「ダル。鈴羽に連絡して、早く秋葉原に帰ってくるよう言ってくれない?」ヒソヒソ

ダル「お、おう。わかったお。ただ、鈴羽にるか氏のパパを説得できるかどうか……」ヒソヒソ

倫子「(もしまた『Amadeus』が乗っ取られたら、やつらはここを襲撃してくるかもしれない)」

倫子「("紅莉栖"がまだ知らない場所で、絶対に安全な場所……)」

倫子「ねえ、比屋定さん。今日は私もあなたと一緒に泊まるよ。いい場所があるの」

真帆「ありがとう……で、でも、そのっ」モジモジ

倫子「……あなたを襲ったりしないよ、もう」

真帆「い、いや、そういうわけじゃ……ごめんなさい」

秋葉原タイムズタワー
秋葉邸


フェイリス「……それで、みんなでうちに来たのかニャ?」

倫子「(かがりさんを匿ってもらった時は、本人が神社がいいって言うからああしたけど、本当ならここほどセキュリティのしっかりしている場所は無いんだよね)」

倫子「(ここに泊まるのも久しぶりだなぁ。あの時は幸高さんが居て……いや、それはこの世界線の記憶じゃないか)」ハァ

倫子「鈴羽が帰ってくるまででいいの。お願いフェイリス、力を貸してほしい」

フェイリス「ウニャァ、オカリンにそう頼まれると断れないニャァ。まあ、断るつもりなんてさらさらないんだけどニャ!」

倫子「ありがとう、フェイリス」ニコ

フェイリス「ニャニャ!? 今フェイリス、ドキッってしたニャ!? もしかして、フェイリスの心の中にあるペルセポネの花畑に一輪の百合の花がっ!?」ドキドキ

倫子「(α世界線の記憶かなぁ……嬉しいような、面倒くさいような)」フフッ


フェイリス「奥の客間を使うといいニャ。数日と言わず、まほニャンが日本に滞在している間はずっと泊まっていけばいいニャ!」

真帆「ま、まほニャン……」

倫子「よかったね、まほニャン」ニコニコ

真帆「なんなの!? あなたやっぱり私のこと好きなの!? ねえ!?」

萌郁「……取材」

真帆「え? あ、そうだったわ。今日は本来それをする予定だったのよね」

フェイリス「モエニャンも一緒にお泊まりするといいニャン♪」

真帆「え」

倫子「え」

萌郁「……え……」


倫子「(いや、どうなんだそれ? 確かに萌郁は武闘派だから、味方につければ強いし、私の本心としても仲間になってもらいたいけど……)」

倫子「(でも、ラウンダーとの繋がりもある……)」ゴクリ

フェイリス「モエニャン、どうかニャ?」

萌郁「……モ、モエ、ニャン?」

萌郁「(私は……FBに報告したりしないと……)」

倫子「……萌郁。仕事だと割り切って、付き合ってくれないかな?」

倫子「(いや、どうせパスはわからないんだ。ノートPCも制御コードも)」

倫子「(それに、私が側についてれば大丈夫でしょ。萌郁なら、きっと大丈夫。そう信じたい)」

萌郁「(……この人たちに、接近できれば……もっと情報が、手に入るかも……)」

萌郁「……構わない」

フェイリス「決まりニャ! フェイリスはひとりっ子だったから、お姉さん2人と妹ちゃんが増えたみたいで嬉しいニャ!」

倫子「へえ、フェイリスって私のこと、お姉ちゃんだと思っててくれたんだ」

フェイリス「ホントはお姫様だったんだけどニャー」プイッ

真帆「……ちょっと待って。妹ちゃんって私のこと!? 私のことなの!? ねえ!?」

秋葉邸 リビング


倫子「(まほニャンもモエニャンも疲れていたらしく、あのあと2人は客間ですぐに眠りについた)」

倫子「(私はちかねさんの部屋を貸してもらうことになった。私物は一切置いてない部屋だったけど、たしか、半年スパンで海外に行ってるんだっけ)」

倫子「ちかねさんがいなくて寂しかったりする?」

フェイリス「……オカリン、ママと会ったこと、あるのニャ? 前に話してくれた、別の宇宙のお話かニャ?」

倫子「うん、まあ……直接は会ったことないけど、幸高さんから聞いた」

フェイリス「そっか……。この宇宙<ほし>に生まれたフェイリスは、両親を早くに亡くしてるのニャン」



倫子「え――――」ゾワワァ



倫子「(そ、そんな……嘘……なんで……!? バタフライ効果が……っ!?)」ドクン



倫子「私が……私が、フェイリスのお母さんまで、ころ、殺し……っ!」プルプル

フェイリス「オカリンっ」ダキッ

倫子「っ……」ガタガタ

フェイリス「……ねえ、倫子ちゃん。なんでもひとりで背負おうとしないで」ナデナデ

フェイリス「倫子ちゃんはね、ママが生きてた宇宙の記憶を知ってるだけだから。それ以上でも、以下でも無いんだよ」

倫子「うぅっ……でも、どうしてこの世界線では、そんなことに……」グスッ

フェイリス「……ママはね、自殺、ってことになってる。パパの後を追う形で……」

倫子「え……?」プルプル

フェイリス「でもね、あのママが自殺なんてするはずない。警察の記録も色々おかしくて……」

フェイリス「きっとなにか大きな陰謀に巻き込まれたんだ、って、留未穂は思ってた」

倫子「陰謀……あっ!!」


倫子「(そ、そうだよ! この世界線で幸高さんがIBN5100を手に入れておいて、ラウンダーに狙われないわけがない!)」

倫子「(身の危険を感じた幸高さんはIBN5100を絶対に見つからないようなところ――神社の宝物殿――に隠して、そんなもの持っていないと言い張った)」

倫子「(だけど、ラウンダーは生易しい組織じゃない。見せしめに妻を殺すことなんて、日常茶飯事なんじゃないか……?)」

倫子「(ちかねさんを殺害し、次は娘を殺すと脅すつもりだったんだろう。でも運悪く、その日その時すでに幸高さんは飛行機事故で――)」

倫子「(……そしてIBN5100は行方知れずとなった)」

倫子「私がエシュロンに捕捉されたDメールを削除するために、そんな出来事があったなんて……っ」プルプル

倫子「私の、せいで……私の、選択の、せいで……」ポロポロ

フェイリス「ううん、あなたの選択は正しかったんだよ」ギュッ

フェイリス「聞かせて欲しいな。留未穂のパパとママが生きてた、2010年の夏のお話を」

倫子「……ありがとう、フェイリス」グシグシ

倫子「……話すよ。その世界では、雷ネットABGCでフェイリスが優勝したり、綯がフェイリスの妹になったりね……」

フェイリス「うん……」


・・・

倫子「(精神安定剤を飲んだ。それ以上にフェイリス……留未穂に抱き留められたおかげか、比較的すぐに落ち着いた)」

フェイリス「この家がそんなに賑やかだった世界があったなんて、考えるだけで心が温かくなるニャン」

フェイリス「……フェイリスの家族は、きっと今頃、57万光年離れたニャンニャン銀河系からフェイリスのことを見守ってくれているのニャ」

倫子「今日こうやって賑やかになって、嬉しかったりする?」

フェイリス「フェイリスはー、秋葉原のみんなに愛と希望を振りまく存在だから、みんなが楽しいのが一番なのニャン」

フェイリス「何を隠そう、フェイリスはご奉仕するためだけに生み出された、ジャッジメント・グランドクロスの鍵、だからニャ!」

倫子「そうだったね」フフッ

フェイリス「そうなのニャーン♪ フェイリスは明日も朝からメイクイーンで元気にご奉仕なのニャ!」

倫子「うん、がんばってね」ニコ

2010年1月3日月曜日 朝
秋葉邸 リビング


倫子「……あれ? フェイリスはもう出かけたのかな」

黒木「おはようございます岡部様。朝食をご用意しておりますので」

倫子「ふぇ!? わ、悪いですよ……って、これが秋葉家の日常なのか」

黒木「お嬢様のご友人とあらば、私も嬉しく存じます故」ニコ

倫子「もしかして黒木さんって、幸高さんが亡くなってからはフェイリスの父親代わりを?」

黒木「滅相もございません。旦那様の代わりが務まる者など、この宇宙のどこにもおりません」

倫子「……そうですか」フフッ

倫子「あれ、あの2人は?」

黒木「まだお休みになられているようです」

倫子「しょうがない、起こしてやるか――――」


ピンポーン


倫子「っと、来客?」

黒木「私が出ますので……な、なんですかこの荷物は!?」

倫子「な、なんだこのダンボール箱の山は……っ!?」

客間


ガチャ

倫子「おーいっ! 真帆ちゃ……うおわぁっ!? 何この部屋っ!?」

グチャァ…

真帆「あ、おはよう岡部さん」

倫子「きったな……下着脱ぎ散らかすとか、無いわ……」プラーン

萌郁「それ……私の……」シュン

倫子「ってゆーか、あのダンボールの山はなに!?」

真帆「ああ、昨日注文したのが届いたのね。これからここを研究室として使わせてもらうから、デスクやラックが必要かと思って」

萌郁「私が……ネットで買った……」

倫子「……服や髪にはお金かけないくせに」

真帆「研究費として落とせるものは別よ。私費にしたって、こういう時のために倹約してるんだから」ドヤァ

倫子「謙虚なんだか態度が大きいんだか……いや、身体はちっちゃいんだけどさ」

真帆「ちっちゃい言うな! 悪いけど、岡部さんも黒木さんも、搬入と組立、手伝ってくれない?」

倫子「え゛」

黒木「わ、私もですか」

真帆「知的生産活動に最適化された生活空間のためには必要不可欠でしょ?」

倫子「目的の代わりに大事なものが色々失われてるよ真帆ちゃん……」

真帆「真帆ちゃん言うなっ」


・・・

倫子「つ、疲れたぁ……」グッタリ

黒木「お、お疲れ様でございました。い、今お茶を……」グッタリ

真帆「じゃあ桐生さん。そろそろ取材を始めましょうか」

萌郁「……わかった」

倫子「取材って?」

萌郁「…………」カチカチカチカチ ピロリン♪


萌郁【ビジネス誌の特集記事の制作を、アーク・リライトで進めているの。特集の内容は『人工知能研究の最前線』】


倫子「へえ、あの萌郁が……。うん、それじゃ、頑張って」

萌郁「…………」

真帆「…………」

倫子「…………」

萌郁「…………」

倫子「(しゅ、取材が始まらない!?)」


倫子「なんで私がインタビュアーまで手伝わなきゃならないの……確かに内容自体は興味あるけど」

萌郁「ごめん……なさい……」シュン

真帆「条件にあてはまるのがあなたしか居なかったのだから、仕方ないじゃない。よろしくね」

倫子「ぐぬぬ……代わりにヴィクコン行ったら真帆ちゃんの助手にしてもらうからねっ」

真帆「真帆ちゃん言うなっ! まあ、100%保証はできないけど、頭の隅にくらいは置いておいてあげる」

真帆「それじゃ、何から始めましょうか――――」


真帆「人工知能の研究は、コンピューターの誕生とほぼ同時期からスタートしているの」

真帆「世界初のノイマン型コンピューターとされるENIACが発表されたのが1946年。その頃からね」

倫子「"ノイマン"ってどこかで聞いたような……?」

真帆「フォン・ノイマン。チューリングやシャノンらと並んで、現在のコンピューター技術の基礎を築いた功労者よ」

真帆「同時に、人工知能の父と呼ばれるジョン・マッカーシーやマービン・ミンスキーにも影響を与えた人物」

真帆「まともなコンピューターが無い時代にもかかわらず、コンピューターウイルスの先駆けである自己増殖概念を証明した天才でもあるわ。いわゆるセル・オートマトンね」

倫子「オートマトン?」

真帆「例えば、萌郁さんのガラケーの『5』というボタンがあるでしょ? このボタンは状況に応じて数字の『5』になったり、仮名の『な行』、アルファベットの『JKL』を意味できる」

真帆「これが可能なのは内部の状態が変化しているから。同じ入力をしても、文脈を読み取って出力してくれる仕組みをオートマトン<自動人形>と言うの」

真帆「セル・オートマトンっていうのは、このオートマトンを利用した離散的計算モデルのこと。この文脈を読み取ることが出来るってのは人工知能にも重要な要素で――」

倫子「ま、待って。たしかノイマンって、抽象的自我とか、そういうのじゃなかったっけ? 世界は人間の観測に従属する、とかいう」

真帆「ああ、シュレディンガーの批判にあったアレね。日本人のシュレディンガー好きは異常だって聞いたことがあるけど、本当だったみたい」


真帆「ノイマンはシュレディンガー方程式を使って、物質の状態が確定するような答えは導き出せない、ということを数学的に証明してしまったの」

倫子「物質の状態は確定していない。観測によって初めて世界は決定する、っていう話だよね」

真帆「1つの解答が抽象的自我という概念だったわけだけど、これは今のところ誰にも証明できていない」

真帆「同じように、この宇宙が天国にいるものすごいハッカーのコンピューターで動いているセル・オートマトンでできている、ということを誰も否定できない」

倫子「世界は電気仕掛け……」

真帆「オックスフォードの哲学者ニック・ボストロム教授や、MITの物理学者マックス・テグマーク教授あたりが、類似した説を提唱しているわ」

真帆「それほどまでに、この世界は数学的な法則に基づきすぎているの。まるでコンピューターのコードのように」

真帆「電気仕掛けの人工知能アルゴリズムの世界は当然、確率とは無縁の決定論的世界になるわけだけど、それが何を意味しているか」

萌郁「神はサイコロを……振らない……」

真帆「"Der Alte würfelt nicht." アインシュタインが不確定性原理への反論で使ったものね。そういうこと」

倫子「ど、どういうこと?」


真帆「いわゆるコペンハーゲン解釈という、"不確定な状態は観測して初めて確定する"という考え方に対して、アインシュタインが異を唱えたものよ」

真帆「世界は決定論的であるべき、という主張ね」

萌郁「決まってはいるけど……人間にはわからないだけ……」

真帆「そのアインシュタインの『隠れた変数理論』は現在ではあまり支持されていない。もしそれが正しいなら量子力学を超えてしまうから」

倫子「つまりそれって、宇宙がまだ隠し持った理論があるはず、ってこと?」

真帆「そうなんだけど、その場合哲学的な問題が発生してしまう。現行の科学では手に負えなくなっちゃうのよね」

倫子「意識はどこにあるか、という問題に行きつく……か。ねえ、人工知能って意識を持ってるの?」

真帆「なかなか良い質問ね。それじゃあ、"人工意識"の話をしましょうか」


真帆「多くの研究者は、脳内のなんらかの相互作用によって発生している意識を、コンピュータによってエミュレート可能だと信じているわ」

真帆「その最初の人物がアラン・チューリングね」

倫子「ナチス・ドイツの暗号機『エニグマ』を解読した人だよね」

真帆「彼はチューリングテストと呼ばれる人工知能問題を提起した。すなわち、機械は思考をするのか否か、という問題ね」

真帆「人工意識に必要な要素として、自己認識、自覚、個性、学習、期待などがあると言われている。一応、『Amadeus』はそのすべてを有していると言える」

真帆「だけど、それが本当の意味で"意識を持っている"とは言えないのよね。それを指摘する有名な思考実験にジョン・サールの『中国語の部屋』というものがあるわ」

倫子「たしか、外界と隔離した部屋の中に人を一人いれて、マニュアル通りの作業をさせるようなプログラムを与えて……」

倫子「中国語で指令を出して、中国語で応答が返ってきたとしても、その人が本当に中国語を理解しているかは不明、って話だよね」

真帆「『Amadeus』はたしかに意識を持っているかのように振る舞ってはいる。だけど、意識というものが未だ物理的に解明できていない以上、本当に意識があるかどうかはわからないのよ」


倫子「もし意識を司る物質が、未知の素粒子で構成されているとしたら?」

真帆「量子脳理論の仮説のひとつかしら? でも、電脳世界は決定論の世界よ?」

真帆「0と1の世界で量子的な振る舞いをされたら、未知の理論を作り上げる必要があるわね」

倫子「未知の理論……」

真帆「話を戻すわ。仮にこの世界が決定論的なら、人工知能はどんな問題に対しても、完璧なプログラムさえあれば、予測し、対応し、解決できると思わない?」

倫子「うん、確かにそう思う。未来予知、ってことだよね」

真帆「おもしろいことを言うわね。たしかに、普段私たちが予定を立てて行動する、っていうのとは全然仕組みが違うから、むしろ未来予知っていう言い方のほうが正しいかもしれない」

倫子「だけどその場合、問題が発生すると思う。未来予知して判明した通りに動ければいいけど、プログラムに想定されてない変数が発生した時、対処できない」

倫子「そして、ありとあらゆる状況を想定したプログラミングをすることは……たぶん、不可能」

真帆「まさにそれが人工知能の限界なの。『フレーム問題』って知ってる?」


・・・・・・・・・・・・


倫子「……なるほど。フレーム問題について、よくわかったよ」

真帆「『Amadeus』はフレーム問題を解決するための研究でもあるの。他に聞きたいことはあるかしら?」

倫子「そういえば、『Amadeus』には自己増殖機能はあるの? その、セル・オートマトン、だっけ」

真帆「そういうプログラムは施していないから、ない、と思う。たぶん」

倫子「たぶん? 作ったのは比屋定さんでしょ?」

真帆「人間の脳を真似して作ることと、原理を解明することは別なの」

真帆「仮説だったらいくらでもあるわよ。でも、数学的には証明出来ていない」

真帆「人間と同じように、あるいは生命と同じように、自分の子孫を残そうとする本能が『Amadeus』にもあるかどうかなんて、結果を観測しなければわからないし、観測したところで過程はわからない」

倫子「なるほど……。あるいは、人工授精みたいに、人工知能が外部で自己複製したり、とかは?」

真帆「人工授精ね……。そう言えば、紅莉栖が精神生理学研究所の実験に卵子を提供したことがあったかしら」

倫子「紅莉栖がそんなことを?」

真帆「脳波マッピングの被験者をこっちで用意するから、代わりにDNAシークエンシングをさせてくれ、っていう交換条件だったみたいよ。あ、ここは記事にしないでね」


真帆「閑話休題。人間には生命倫理があるから下手に行動できないけれど、人工知能にはソレが無いとしたら。あるいは、無際限に増殖してしまうのかも」

真帆「まあ、そんなことになったら人工知能は人間を軽く超えてしまうのだけれどね。シンギュラリティ・ポイントを迎えてしまうのは、来年の話かもしれないし、2045年の話かもしれない」

真帆「そして、その物理現象を解明するのが私の研究。未解決の問題を全て解決して、真の人工知能を作るの」

真帆「インタビューとしてはこんなところでいいかしら」

萌郁「……これできっと、おもしろい記事になる……」

萌郁「岡部さんも、ありがとう……」

倫子「うん。私も興味深く聞かせてもらった。けど、疲れたからひと眠りしたい……ふわぁ……」

真帆「そう? じゃあ、私はここで資料をまとめているから、岡部さんはゆっくり休んでくるといわ」

2010年1月4日火曜日 昼
秋葉邸 リビング


倫子「結局連泊してしまった……というか、快適すぎて申し訳ないです、黒木さん」

黒木「いえ、私もお世話し甲斐があるというものです」

倫子「(昨日1日鈴羽から連絡は無かった。一刻も早く秋葉原に戻って来てほしいんだけど……)」

真帆「さっきレスキネン教授から呼び出しがあって、今から電機大へ行くのだけれど、岡部さんも一緒に行く?」

倫子「いいの? 行く行く」

倫子「(……レスキネン教授。なにか引っかかるけど、でもレイエス教授と違ってあの人は大丈夫だと思う……)」

倫子「(この冬期休業期間に教授と会える機会があるのは少し嬉しい)」


萌郁「私は一度……家に帰って、カメラを取ってくる……」

真帆「記事に載せる私の写真を外で撮るのよね」

倫子「萌郁ってまだあのボロアパートに住んでるの?」

萌郁「そう……。……っ!? ど、どうして、それを……!?」

倫子「(あっ)」

倫子「な、なんとなく! そんな気がしただけ! デジャヴっていうの? あはは!」アセッ

萌郁「……前に、話したのを……覚えてた、とか?」

倫子「そ、そう! きっとそう! ほら、私って記憶力いいから!」

真帆「……? えっと、電機大へは末広町から地下鉄で1駅だったかしら」

倫子「あー、でも総武線で行って御茶ノ水から歩こう。地下鉄だと電波入らないし」

倫子「(電波が無いと萌郁が会話できないからね……)」

NR総武線車内


倫子「(何やらさっきから萌郁と真帆がRINEで会話しまくっている)」

萌郁「…………」

真帆「…………」

萌郁「……ひ、比屋定、さん……」

真帆「ええ、よろしくね、桐生さん」フフッ

倫子「名前で呼び合うことにしたんだ」

真帆「数少ない日本のお友達ですから。『博士』じゃ堅苦しいしね」

萌郁「……がん、ばる……」

倫子「私のことは『姉さん』って呼んでもいいよ」

萌郁「え……?」キョトン

倫子「あ、あれ? 私、変なこと、言った?」アセッ

真帆「かなり変だと思うのだけれど……。あなたより桐生さんの方が年上でしょ?」

倫子「い、いや、でも……ううん、なんでもない」シュン

萌郁「……岡部、姉さん……なぜか、言いやすい……」

倫子「そ、そうでしょ? よかった」ホッ

真帆「……?」

東京電機大学神田キャンパス正門前


萌郁「私は……ここで待ってる……」

真帆「え? 別に、教授と会ってもいいわよ。ATFの時も会ったじゃない」

萌郁「……あの人、少し、怖い……」

倫子「あー……それ、わかるなぁ。害は無さそうだけど、身体が大きいしね」

真帆「そう。なら、どこか屋根のある場所で待ってるといいわ。もうすぐ雨が降りそうだし」

萌郁「……わかった」

東京電機大学神田キャンパス11号館


真帆「ホント、岡部さんと一緒に来てよかったわ。建物の構造までは把握してないし、人に尋ねようにも肝心の人が居ないんですもの」

倫子「井崎研究室なら目をつぶってでもいけるからね。ここ、ここ」

真帆「扉になにか貼ってある?」


レスキネン【イイ男募集中。上野駅13番線ホームの男子トイレでお待ちしています】


真帆「…………」

倫子「…………」

真帆「教授ッテ素敵ナ人ナノヨ? 本当ヨ?」

倫子「比屋定さん、洗脳されてない? 大丈夫?」

井崎研究室 (臨時 世界脳科学総合研究機構 日本オフィス準備室)


真帆「レスキネン教授?」

倫子「お邪魔します」

レスキネン「やあ、マホ、リンコ。よく来てくれたね」

倫子「今更なんですが、本当に私が居ても大丈夫ですか?」

レスキネン「もちろんさ。君は我々の研究の、重要なテスターだからね」

真帆「今『Amadeus』を立ち上げますね」カタカタ

倫子「……『Salieri』? ああ、『Amadeus』の"真帆"が言ってたIDか」

真帆「ちょっと! パスは企業秘密よ」

倫子「ご、ごめん」クルッ

Ama紅莉栖『先輩、あんまりつんけんした態度をとってると、岡部に嫌われちゃいますよ?』

レスキネン「そうだよ、マホ。ミス電大クラスの美少女なんだから、逃してしまったらモッタイナイよ?」

真帆「ふたりともどこかずれてるのよねぇ……」


Ama紅莉栖『そんなこと言って、実はよろしくやってるんじゃないですか?』ニヤニヤ

真帆「そんなんじゃないって言ってるでしょっ!」

倫子「……でも今はひとつ屋根の下で寝泊まりしてるよね」ボソッ

Ama紅莉栖『ほ、本当!? やることやってるじゃないですか、このこの』

Ama真帆『"真帆"、あなた……』

真帆「ちょっ!? 確かにそうだけど、別におかしいところはないでしょう!? 同性よ同性!!」

レスキネン「人間は平等に互いを愛し合う存在だよ。たとえ同性であろうと、ね」

真帆「なんなの!? 私がおかしいの!? ねえ!?」


レスキネン「さあ、それじゃ、今後のことについてのミーティングを始めよう」

レスキネン「なにかミュージックがほしいな。"クリス"、お願いできるかい?」

Ama紅莉栖『はい、教授』

~♪

倫子「これは……?」

真帆「……私と紅莉栖の、きっかけの曲よ」

倫子「きっかけの曲?」

真帆「彼女が大学院に進学したのは2006年。その頃から実質、私たちと同じ研究員になったの」

真帆「まあ、博士課程を修了して、脳科学研究所の正式な所属になったのは去年、2009年なのだけれどね」

真帆「紅莉栖が研究所に来てから2週間くらいした頃だったかしら。この曲のおかげで私たちは近づけたし、それからは私たちの間にはよくこの曲が流れていた」

レスキネン「懐かしいねぇ。実に懐かしい」

倫子「(……紅莉栖の過去、かぁ。知りたい……視てみたいなぁ)」キュィィィィィィィィン

倫子「(……っ!? こ、この感じ、過去視が発動して――――

・・・
真帆・レスキネンの記憶
2006年某日
ヴィクトルコンドリア大学 脳科学研究所


メアリー「"しかしスーパールーキーも思っていた以上に若いわね。まだ14歳ですって?"」

ダミアーノ「"子どものお守りは慣れたものだろ? 俺たちは"」

真帆「"……そういうジョークは周りをよく確認してからにすることね"」フンッ

ダミアーノ「"おっと、怖い怖い"」ヘラヘラ

メアリー「"天才少女のお株を奪われてご機嫌斜めかしら"」ウフフ

レスキネン「"みんな、ちょっと集まってくれるかな。たった今、この研究所の一員になったクリス・マキセを紹介しよう"」

紅莉栖「"よろしく……牧瀬紅莉栖です"」

レスキネン「"みんなはクリスのことはすでに知っているだろう? 我々の世界では有名人だからね。マホ?"」

真帆「…………」

レスキネン「"彼女はマホ。この研究所の最年少入所記録をついさっきまで保持していた研究主任だ。同じジャパニーズ同士、色々聞くといい"」

紅莉栖「"よろしくお願いします"」

真帆「"……よ、よろしく"」

レスキネン「"マホ、彼女に一通り研究所の案内を頼むよ"」

脳科学研究所中庭


紅莉栖「あの……日本語、大丈夫?」

真帆「ええ」

紅莉栖「よかった……実は不安だったの。いきなりこんな研究機関で他人と共同で研究をするなんて」

紅莉栖「でも心強いわ、同じ日本人がいて……」

紅莉栖「改めてよろしくね、ええと……」

真帆「比屋定真帆よ。『紅莉栖』でいいかしら?」

紅莉栖「ええ、よろしく真帆。でも、さっき教授は間違ったことを言ってたわ。最年少記録はまだ破られてないのにね」

真帆「……あなた、私より自分の方が年上だと思ってるのかしら」

紅莉栖「ええ。それが?」

真帆「私はあなたより3つも年上よ! 3つも!!」ドオン!!

紅莉栖「ふぇっ!?」


紅莉栖「あの……真帆先輩? 怒ってます?」

真帆「怒ってないわよ!! あと、取ってつけたような敬語はやめなさい、逆に頭にくるわ!」

紅莉栖「うぅっ……でも、敬語はやめません」

真帆「……まあ、あなたは私と違って日本での生活が長いみたいだから、そっちのほうが話しやすいなら別にいいわ」

紅莉栖「ありがとうございます、先輩」

真帆「その"先輩"っていうのはやめなさい」

紅莉栖「いいえ、これは譲れません」

真帆「はあ?」

紅莉栖「……先輩って呼ぶの、実は夢だったんです」エヘヘ

真帆「ダメよ、それは却下。ここにはそんな上下関係は無いもの」

紅莉栖「いいじゃないですか、先輩」ニコ

真帆「だから先輩って言うなぁ!」

2006年某日
脳科学研究所


真帆「再生、っと……」ポチッ

~♪

真帆「流していて集中できる音楽は、モーツァルトが作曲したものに限る」フフッ

紅莉栖「おはようございます」

真帆「ひぃやあああっ!?」バターンッ!

紅莉栖「す、すみません! そんなに驚かれるとは思わなくて……!」オロオロ

真帆「……いえ、こちらこそごめんなさい。集中してて」

紅莉栖「そうだと思ってました。でも、まだ作業を始めたばかりのようでしたから、お邪魔にはならないかなって」ニコ

真帆「……どうして私が作業を始めたばかりだと分かったの?」

紅莉栖「まだ第1楽章の頭でしたから」

真帆「……あなた、探偵としてもやっていけるんじゃない?」

紅莉栖「いえ、偶然ですよ。モーツァルトについてはそこまで詳しくなくて、この曲が好きなだけなんです」


真帆「コーヒーでも飲む?」

紅莉栖「賛成です。先輩にいくつか質問したいこともありますし」

真帆「(なんだか昔飼っていた犬みたいな子ね)」

紅莉栖「先輩って、恋人はいますか?」

真帆「ぶっふぉぇっ!! げほっ、げほっ!!」

紅莉栖「居ないんですか?」

真帆「い、いないわよ! だってここ、そんな環境じゃないじゃない」

紅莉栖「えっ……あ、もしかして先輩、レズなんですか? 確かに研究所は男性の方が多いですから……」フムン

真帆「どうしてそうなるのよっ!!」

紅莉栖「ふふっ。冗談ですよ」

2006年某日
脳科学研究所 会議室


紅莉栖「"――以上のように、各セクションを見直していただければ、進捗状況は大幅に改善すると思います"」

メアリー「"…………"」ギリッ

ダミアーノ「"ちょ、ちょっと待ってくれ! いくらなんでもそれは……"」

レスキネン「"彼女の提示した報告は理にかなっていると思う。クリス、彼のタスクを引き継ぐことは?"」

紅莉栖「"可能です"」

ダミアーノ「"このっ……!!"」

紅莉栖「"あともうひとついいですか? 先輩"」

真帆「"……?"」

紅莉栖「"先輩のプロジェクトも前段階からずっと進んでいませんね"」

真帆「"そ、それはまだ生体実験を行うのは拙速だからよ!"」

紅莉栖「"日本の利根教授チームのマウス実験のことは?"」

真帆「"もちろん知ってるわよ! でもこの計画とは直接の関係が――"」

紅莉栖「"オーケー。いまからそれについて説明しますね"」

真帆「……っ!」

脳科学研究所実験室


真帆「(負けられない……! 彼女に、負けてられない……!)」


   『"Marvelous! あの日本人の天才少女はどこの研究所だって!?"』


真帆「(結果を……結果を出さないと……!)」


   『真帆、あなた最近無理してない? たまにはおばあちゃんに顔を見せなさい』


真帆「(私ひとりの力で……っ)」


   『先輩? なにか手伝いましょうか?』


真帆「(紅莉栖さえ、居なければ……!!)」ギリッ


~♪

紅莉栖「やりましたね先輩っ!!」

真帆「ファッ!?!?」ビクン!!

真帆「え……あ……紅莉栖? あれ、夢見てた……? モーツァルト、流しっぱなし……」

紅莉栖「すごいじゃないですか! 完璧に実証できてますよ、素晴らしい実験データです!」

紅莉栖「おめでとうございます! すぐに報告書にまとめて朝のミーティングに間に合わせましょう! 手伝います!」ギュッ

真帆「ちょ、ちょっと……手、引っ張らないでよ……」

紅莉栖「なんですか? 先輩っ」ニコッ

真帆「…………」

真帆「(違う、私はこの子を妬んでいるんじゃない。憧れているんだ……)」

真帆「な、なんでもないわよ。それじゃ、データを表にまとめてちょうだい」

紅莉栖「はい!」

真帆「って、あなたはいつまで手を握ってるのよ!」

紅莉栖「あ、すみません、先輩」

真帆「先輩言うなぁっ!!」

脳科学研究所 中庭


マウス「…………」

真帆「……ごめんね、無理をさせてしまって」スッ

真帆「私が結果を急いてしまったせいよね……やっぱり生体実験をするにはまだ早かったんだわ……」

紅莉栖「……でも、先輩の研究成果は人の役に立つはずですよ」

真帆「紅莉栖……」

紅莉栖「……変わったお墓ですね」

真帆「……亀甲墓<カーミナクーバカ>といって、家の形を模したものよ」

真帆「肉体は滅んでも魂はここで……ずっと私たちを見守ってくれているの……」

紅莉栖「……素敵な考え方だと思います」

脳科学研究所 廊下


レスキネン『"ええ……昨日報告したように、うちの研究員がマウス実験に成功しました"』

レスキネン『"計画のロードマップはあの未来少女の「予言」通りに進んでいますよ。予定通り、これから人体実験の検討に入ります"』

レスキネン『"被験者第1号はもう決定していますよ"』ピッ

レイエス「"ハァイ、アレクシス。あら、通話中だった?"」

レスキネン「"やあ、ジュディ。いや、ちょうど終わったよ。それで、そちらは?"」

レイエス「"ああ、紹介するわね。彼が――"」

レスキネン「"ああ……なるほど。初めまして。ミスター・カトー"」

カトー「"お会いできて光栄です。レスキネン教授"」


・・・


倫子「(――――最後の記憶は、何……っ!?)」ゾワワァ


レスキネン「――それで、我々がアメリカに帰ることも検討しているんだが――」

真帆「――時期は教授にお任せします――」


倫子「(未来少女……予言……レイエス教授……人体実験……そしてあの『カトー』とかいう男、どこかで……)」プルプル

倫子「(どういうわけか会話が、というか教授たちの記憶が全て日本語で理解できたけど、そんなことより、いったい、どういうこと……)」ワナワナ

レスキネン「ん? リンコ、寒いのかな? ちょっと暖房の温度を上げよう」ピッ

倫子「い、いえ、すいません、教授……」ガタガタ

倫子「(いや、レスキネン教授がレイエスに利用されてただけって可能性も……!)」

倫子「(わからない……わからないけど、レスキネン教授が危ない……っ!)」

東京電機大学神田キャンパス正門外


真帆「……あなた、大丈夫? 顔色が優れないけれど……」

倫子「う、うん。ごめん、真帆ちゃん……」プルプル

真帆「だから真帆ちゃんと……どうしたの?」

倫子「……『Amadeus』って、米軍に狙われてたりするんだよね?」

真帆「……よくわかったわね。その通りよ。だけど、それがどうしたの?」

倫子「教授が、危ないかもしれない……」ゾワッ

真帆「あなた、たまに不思議なことを言うわよね。大丈夫よ、私たちだって何の対策もしていないわけじゃない」

倫子「違くて、えと……」

真帆「あまり心配しすぎるのもよくないわ。その、手を握れば落ち着くのだったかしら?」

倫子「えっ? あっ、うん。ごめんね、面倒な体質で」

真帆「ううん、いいのよ。色々お世話になってるし、私にできることがあるならそれは嬉しいことだわ」ギュッ

倫子「(丁度いい……このまま未来予知させてもらおう)」ギュッ

真帆「だっ、だけど、あれだからね! 変なアレじゃないから! あなたの気持ちを落ち着かせるためだけで――」

倫子「(うっ、真帆ちゃんが余計な思考をしてるせいで集中できない……えっと、分岐点は……)」キュィィィィィィィィン

倫子「(――ビジョンに映った場所は、さっきの研究室? 『Amadeus』を……削除っ!?)」


倫子「(どういうこと……なんでそこが分岐点? この世界線の未来としては『Amadeus』を削除することが決まっている……!?)」

倫子「("紅莉栖"が、居なくなる……いや、あれは紅莉栖じゃない……)」

倫子「ねえ、"紅莉栖"が居なくなるなんてこと、あるのかな? もし外部に制御コードが漏れるくらいなら、削除しちゃう?」

真帆「……そうね。もしそんなことになったら、私はためらうことなく削除すると思う。紅莉栖も、"紅莉栖"もそれを望むと思うし」

倫子「……そっか。そうだよね」

真帆「あら、雨。やっぱり降って来たわね。研究室から傘を持ってきてよかった」

倫子「えっ? あ、いつの間にか傘持ってる」

真帆「はい、濡れちゃうから入って。ただでさえ体調良くないんだから」スッ

倫子「うん……ありがとう」

真帆「……べ、別に変な意味はないからね!?」

倫子「わかってるよ」フフッ

萌郁「…………」パシャ パシャ ピロリン♪

真帆「ぬあっ!? と、撮らないでよっ!」

倫子「後でその写真、私のスマホに送って頂戴。"紅莉栖"にあげるから」

萌郁「」コクッ

真帆「だから岡部さんは何がしたいのよぉっ!! もうっ!!」

倫子「……あれ? そのバッグ、カメラ入ってるんだよね? どうしてケータイで写真を?」

萌郁「……こっちの方が……慣れてるから……せっかく持ってきたけど、雨のせいで……記事用の写真、撮れなくなった……」

倫子「ああ、なるほど」

萌郁「…………」


倫子「そういや、メガネは?」

萌郁「……っ。濡れちゃったから……しまってある……今、かける……」スチャ


ppppp


真帆「あら? フェイリスさんからRINEだわ」

倫子「あ、私も」

萌郁「わた……しも……」


フェイリス【ついにファティマ314番目の予言が現実のものとなってしまったニャ!】

【ファティマの予言は3つしかないでしょ】倫子

【何を言っているの?】真帆

フェイリス【とにかく大変なんだニャ! マンションに戻る前に、3人にやって欲しい重大なミッションがあるニャ!】

フェイリス【今日の夕飯を抜いておいてほしいのニャ♪ =°w°=】


真帆「…………」

萌郁「…………」

倫子「ま、まあ、緊急事態ってわけじゃなさそうでよかったね」ホッ

秋葉原タイムズタワー
秋葉邸 寝室


倫子「(この部屋に入るのは2回目……もう随分昔のことのように感じる)」


――――――――――

   『……今は留未穂、って呼んでほしいな』

   『だって留未穂は、凶真を守る天使なんだもん』

   『凶真はね、私のお姫様だったんだよ……?』

――――――――――


フェイリス「夜更かしシンデレラ達の秘密の女子会――おねむで思わずドッキリ発言!?――ニャ!」

倫子「(このギャップだよ……)」ハァ

真帆「…………」

萌郁「…………」

フェイリス「フェイリスが用意したカワイイ衣装たちが光ってうなるニャ! お前を倒せと輝き叫ぶニャー!」ズビシッ!

倫子「それはダルの台詞じゃ……というか、こ、これを着ろと……」ゴクリ

倫子「(真帆ちゃんはいつかのパンダ、と思ったらちゃんとサイズが合ってるから別物か。萌郁はドスケベベビードール。猫娘は変わらず猫耳装備だ)」

倫子「(私はゲロカエルんの着ぐるみパジャマ……そりゃ、たまにまゆりの手作り着ぐるみパジャマでラボに寝泊まりしてたこともあったけど……)」

フェイリス「お腹のところをプニュってすると、鳴き声が出るのニャン♪」

プニュ < ゲコー

倫子「(なんだこれ……なんだこれ……)」プルプル

フェイリス「3人ともどうしたニャ? テンション低いニャー! せっかくの女子会なんだから、もっと楽しむニャー!」


倫子「そういや、今日でお店のほうは落ち着いたの? 毎日出づっぱりだったみたいだけど」

フェイリス「ニャんのことかニャ? フェイリスはご主人様にご奉仕してるだけで、忙しいとかそういうことはないのニャン♪」

真帆「フェイリスさんってすごい人なのね……」

フェイリス「ん~? まほニャン、フェイリスに惚れちゃったかニャン? 女の子からの求愛はいつでもウェルカムニャ♪」

真帆「な゛ぁ゛っ゛!? ち、ちち、ちがうからぁっ! そんなんじゃないからぁっ!」アタフタ

フェイリス「そんな全力で拒否されると、さすがに傷つくニャン」ウルウル

真帆「あ、いや、拒否してるわけじゃ……でも、パジャマを用意してくれてありがとう。デザインはどうかと思うけど」

フェイリス「これから1週間、毎日別の動物のパジャマを用意してるニャン♪」

萌郁「私が……撮影する……」

倫子「私が"紅莉栖"に送信する、と」

真帆「や、やめてぇっ!?」

・・・・・・・・・・・

倫子「つ、疲れたぁ……」グッタリ

倫子「(あの後、乳繰りあったりくすぐりあったりでとても疲れた)」

真帆「……ぐぅ、ぐぅ」zzz

倫子「(真帆ちゃんはなんだかんだで私たちに溶け込んだようだ。こうやってフェイリスと抱き合って幸せそうに寝ているところを見るとそう思える)」

フェイリス「ニャムニャム……」

倫子「(フェイリスは子どもがたくさん欲しいらしい。これから戦争が起きることを考えると……それについては言えなかった)」

倫子「(……萌郁はこの世界線でも小説を書いているらしい。α世界線で『あたしの虹』をちゃんと読んでおけばよかった)」

萌郁「……ねえ、さん……」zzz ギュッ

倫子「(ふごごっ!? い、息が苦しい! 萌郁の胸に包まれてしまった!?)」


倫子「んぐぐ……ぷはっ!」キュポッ

倫子「(ようやく萌郁の凶悪な胸から脱出できた)」ハァ

萌郁「……すぅ……すぅ……」

倫子「(幸せそうに寝てはいるけど……)」

倫子「……私たちは、あなたの居場所になれてるのかな」

萌郁「…………」

倫子「私が覚えてる『あたしの虹』の一節にはね、こう書いてあったんだよ」

倫子「"今ひとり夢から目覚めても、心は閉じたまま。いつか繋がったら、居場所、きっと見つかるかな。何も話さないで。眠るように、ただそばにいさせて"」

萌郁「…………」

倫子「今の私には、あなたのお姉さんでいられる自信はないけど……」

萌郁「…………」

2010年1月5日水曜日
秋葉原タイムズタワー 秋葉邸 廊下


倫子「ふわぁ……あの2人は、まだ寝てるか。フェイリスもまだかな?」

倫子「フェイリスー? 入るよー……って、あれ?」キィ



フェイリスの部屋


フェイリス「わたしは……、秋葉留未穂」

倫子「(ドレッサーの前で鏡を見つめてる?)」

フェイリス「そして、わたしは……」スッ

スチャ

フェイリス「フェイリス・ニャンニャン。……フェイリスニャ!」

倫子「猫耳を付けた!?」

フェイリス「留未穂という意識は、フェイリスというペルソナを得ることで、変性意識状態<アルタード・ステート>へと次第に遷移<シフト>していく……戦いの仮面なのニャ!」

倫子「お、おう……」


フェイリス「フェイリスは猫耳を得てもうひとつの真実の姿を解放し、三千世界のすべての心を侵す影界侵魔<ボーサイト・ゼーレ>の魔手に抗うことすらできる、強い心と力を手に入れるのニャ」

フェイリス「それはまさしく、千輪天使<ガルガリン>の加護!」キラキラ

倫子「朝から元気だね……」

フェイリス「これがフェイリスの変容の儀式<トランセション・リチュアル>なのニャ。毎朝やってるニャ♪」

倫子「そ、そう……」

フェイリス「ニャウゥ~。厨二病全開だったオカリンに引かれると、フェイリスの立つ瀬が無いニャァ~」

倫子「あ、ごめん」アセッ

フェイリス「これからオカリンは戦場へ行くつもりかニャ? それならフェイリスから託宣<アドバイス>があるニャ!」

倫子「……ふふっ。なあに?」

フェイリス「相手とのやり取りの中で最も大切なのは、相手の思考を読むこと、ニャ!」

倫子「思考を、読む……」


フェイリス「フェイリスは小さい時から、何千人、何万人の人生がかかった駆け引きを繰り返してきたニャン」

フェイリス「だから、現場のことも、バックで動く組織のことも、その人たちの考えてることも、なんとなくわかっちゃうのニャン」

倫子「そっか、そうだったね」

フェイリス「人間は自分が理性的に振る舞ってるんだって盲信する生き物ニャ」

フェイリス「でも、実際はそんなことはない。どこかで感情的になってるはずニャ」

フェイリス「だから、それを利用するのニャ。油断や慢心、怒りや動揺を引き出して、交渉を有利に進めていく」

フェイリス「最後に勝つことをイメージするニャ。最初のうちは圧倒的に不利に見える局面でも、それを使って相手を揺さぶって、最後には自分が勝てばいいのニャ!」

倫子「(雷ネットABグラチャンの時もそうだった……なるほど)」

フェイリス「これがフェイリスの魔眼"チェシャ猫の微笑<チェシャー・ブレイク>"の神髄だニャ!」

倫子「どうして、それを今?」

フェイリス「なんでかニャ? どうしても必要な気がしたのニャ。これこそが、運命石の扉<シュタインズ・ゲート>の選択ッ! ニャッ!」シュババッ

倫子「あー……あはは」

倫子「(もしかしたらフェイリスもギガロマニアックスなのかな……)」


倫子「それで、フェイリスは今日も早くからお仕事、じゃなくて、ご奉仕?」

フェイリス「行ってくるニャン♪」

倫子「私もお店を手伝いたいところなんだけど、真帆ちゃんが心配だから……」

倫子「(それに、過去視や未来視がちぐはぐで、情報が混乱してる。鈴羽、早く戻って来て……)」

フェイリス「フェイリスのことは大丈夫だから、プリンセスまほニャンをしっかり守ってあげてほしいニャン!」

倫子「……うんっ」



秋葉邸 リビング


倫子「(状況を整理しよう)」

倫子「(まず、犯人は米軍関係者。レイエスはスパイ。これはほぼ確定だ)」

倫子「(紅莉栖のノートPCのパスワードは誰にも分からず、今のところダルでも解除できないらしいので、ひとまず検討から外しておく)」

倫子「(今狙われているのは恐らく『Amadeus』の制御コード。これを手に入れて『Amadeus』の技術を兵器転用するのがメインの目的だろう)」

倫子「(『Amadeus』制御コードのパスを知ってる人間は世界でただひとり、真帆ちゃんだけ)」

倫子「(1月2日朝、彼女のホテルに泥棒が入った。目的はどこかにメモされているだろうパス。けど、パスはどこにもメモされていなかったため失敗)」

倫子「(つまり、次に考えられるのは真帆ちゃんを直接誘拐し、パスを吐かせるという作戦だ。なんとしてもこれは阻止したい)」

倫子「(そして私の過去視で得た情報。レスキネン教授がかがりさんのことを知っていて、レイエスと共同実験をしていた、という事実。これが一体なにを意味しているのか……)」


倫子「(……仮にレスキネン教授とレイエスがスパイ的な意味で協力関係にあった場合、今日まで真帆ちゃんが誘拐されていないのは少し変だ)」

倫子「(真帆ちゃんの行動がすべて筒抜けになっているのだから、いつでも彼女を拉致できるはず)」

倫子「(だから、教授たちは研究レベルでは協力してるけど、利害関係は別、と考えるのが自然だろう)」

倫子「(だけど、もしレイエスが"未来少女"やタイムマシンのことを知っていたら……狙いは、前居た世界線と変わらず、かがりさんだったり、あるいはダルのタイムマシン研究なのかも)」

倫子「(そして未来視で得た情報によると、近いうちに真帆ちゃんは『Amadeus』をデリートする)」

倫子「(その前にレイエスが制御コードを手に入れてしまった場合、世界線は悪い方向に変動する。そうなるくらいだったら"紅莉栖"を削除してしまった方が良い……けど……)」

倫子「(……できれば、そんなことにはなりたくない)」グッ

ブラウン管工房


天王寺「それで俺に助けを求めに来た、ってわけか」

倫子「はい……」ドキドキ

倫子「(この世界線ではまだ襲撃が起こっていないので、店長にはラウンダーのことも、米軍のことも、タイムマシンのことも一切話さなかった)」

倫子「(『比屋定さんやレスキネン教授が産業スパイに狙われているらしいので、変な奴らが居たら警戒してほしい』とだけ伝えた)」

天王寺「秋葉原自警団も、あの猫娘の旗振りのもとで治安維持のために動いてるんだろ? だったら、俺が出る幕はねえんじゃねえか?」

倫子「そこをなんとか……お願いします」

天王寺「じゃあ、俺の頼みを聞いてくれたら考えてやらないでもねえ」

倫子「た、頼み?」

天王寺「実はな……」

ドン・キホーテ秋葉原店3階 下着売り場


倫子「(なぜ私がこのハゲとこんなところに……)」ガックリ

天王寺「いやあ、悪ぃな! 今度綯が中学生になるから、服も一回り大きい物を用意しようと思ってたんだが、この年頃の娘の下着をどうしていいか、俺にはサッパリわかんなくてな! ははは!」

倫子「は、はぁ……」

天王寺「いやな、その、赤飯とかどうしたらいいのかと思っててよ」

倫子「セクハラで訴えますよ……と言いたいところですけど、真帆ちゃんのためなら仕方ない」ハァ


|д゚)ヒョコッ
綯「(……どうして倫子お姉様とお父さんがふたりで女性モノの下着売り場に?)」


天王寺「――愛する者のためなら、金を出し惜しむ気はねぇ!」


綯「(あ、愛する者!? まさか、倫子お姉様とお父さんって……!)」プルプル


綯「お、お父さん! 倫子お姉様っ!」タッ タッ

天王寺「おおっ!? 綯!?」

倫子「綯!? あ、いや、その、これはねっ」アセッ

綯「ここでふたりでなにしてるの?」(真顔)

天王寺「なにって、別に……」キョドキョド

綯「なんだか、怪しいよ」ジッ

倫子「な、綯こそどうしてドンキに!?」

綯「包丁の研ぎ機を買いに来たの……安いやつ……」(無表情)

倫子「(ほ、包丁……)」ゾクゾクッ

綯「ちゃんと話してお父さん! 私の目を見て!」ウルッ

天王寺「と、とにかく落ち着け! な!?」

綯「落ち着いてなんていられないよ! だって、2人で、女の人の、し、下着を買おうとしてるなんて、フツーじゃないもん!」

天王寺「なんて説明すればいいんだか……なあ、岡部! お前さんからもなんか言ってやってくれよ……って、いねえし!! 逃げやがったな!!」


倫子「(付き合ってられない!)」ピューッ


天王寺「お、お父さんは仕事があるからな! じゃあな!」ダッ

綯「あ、お父さん! ……逃げた。なんで逃げるの? やましいこと、してたから?」ゴゴゴ

秋葉原タイムズタワー 
秋葉邸 リビング


倫子「(ひどい目に遭った……)」グッタリ

真帆「……おはよう。ふわぁ」

萌郁「……おは……よう……」

倫子「もうお昼だけどね。ふたりともおはよう」

黒木「すぐ朝食をご用意いたします」

真帆「岡部さん、午前中は何をしてたの?」

倫子「えっ? あ、うん。ちょっと方々に連絡を、ね。まほニャンは?」

真帆「その呼び方はやめて……ハァ。すぐやることがあったから、明け方に仕事してたのよ。それで今起きたの」

萌郁「私も……手伝ったよ……姉さん……」

倫子「そうだったんだ、お疲れ様」ニコ

萌郁「……えへへ……」トゥンク


真帆「ごちそうさま。それじゃ、私まだやることあるから」

黒木「お部屋のクリーニングやベッドメイキングなど、いかがいたしましょうか」

真帆「い、いえ、そんな、タダで宿泊させてもらってる身で、申し訳ないです」

倫子「私も手伝うよ。まほニャンの飼育日記つけること以外やること無いし」

真帆「人をハムスターみたいにっ! それからまほニャン言うなとぉっ!」ウガーッ

真帆「……黒木さん、お言葉に甘えさせてもらうわ。主に岡部さんをこき使ってあげて」

倫子「ぐっ、まほニャンのささやかな抵抗っ」

黒木「それでは失礼して……」


ガチャ

客間


黒木「な、な、な……」プルプル

倫子「どうしたんですか黒木さ……な、な、な」プルプル

真帆「ん?」

萌郁「……?」

黒木&倫子「「なんじゃこりゃぁぁぁあああ!?!?」」


・・・

まゆり「それでまゆしぃが呼ばれたんだね……。それにしても、すごい汚部屋<おへや>だねぇ」ヒエー

倫子「衛生的な部分は大丈夫みたいだけど、とにかくモノだらけ……まるでハムスターの巣みたい」

真帆「失敬ね。機能的と言ってほしいわ」

萌郁「便……利……」

倫子「フェイリスにも相談したけど、やっぱり片付けようって話になったから。まゆり、手伝って」

まゆり「うーん、でもね、まゆしぃとオカリンと黒木さんだけじゃ、1日じゃ終わらないよー?」

倫子「た、たしかに……」

まゆり「こういう時はね、お掃除軍曹を呼ぼう!」

倫子「お、お掃除軍曹?」

ブラウン管工房


まゆり「綯ちゃん、トゥットゥル~♪」

綯「トゥットゥ……あ、倫子お姉様」ジッ

倫子「またここか……もしかして、お掃除軍曹って、綯のこと?」

まゆり「あったり~♪ 綯ちゃんはね、とってもお掃除が上手なんだ~」

綯「……お姉様。私のこと、邪魔、ですか?」ウルッ

倫子「は?」

綯「私、捨てられちゃうんですか? 要らない子なんですか? お母さん、私、どうしたら……えぐっ……ぐすっ……」

まゆり「わあ~、綯ちゃん、泣かないで~!」ヨシヨシ

倫子「(ど、どうしたの突然? もしかして、α世界線の記憶が……っ!?)」ビクッ!!

倫子「ちょっ!? 綯、包丁しまって!! その手に持ってる包丁しまってぇっ!!」

綯「私から、お父さんを取らないでよぉっ! この、泥棒猫ぉっ! 掃除してやるぅっ!」ブンッ

倫子「(ヒ、ヒィィィィッ!!)」


天王寺「あぶなっ!? 綯っ、包丁を振り回すな!」ガシッ

倫子「よ、よかった、父親が戻って来てくれたっ」ホッ

綯「こうしてやるぅぅっ!!」ブンッ ブンッ


・・・


綯「……つまり、私の下着を買ってたの?」

倫子「あと防犯ブザーもね。ほら」スッ

天王寺「誤解だって、わかってくれたか?」

綯「そ、そうだったの……ごめんなさい、お父さん。ごめんなさい、倫子お姉様」

天王寺「ほっ。わかってくれたらいいんだ」

綯「でも、下着のことまで考えるのはどうかと思う」

綯「ハッキリ言って、キモイ」

ガチャーン!!

天王寺「ぐがあああああっっ!!」(白目)

倫子「(いや、そうなるだろ)」

天王寺「綯ぇ~っ!! お父さんのことを、嫌わないでくれぇぇええぇっ!!」グニャァ


綯「部屋の汚れは心の汚れ、って、お母さん、よく言ってたから」ニコッ

倫子「(β世界線には橋田鈴は居ない。だから、綴さんが殺される原因は無かったはずなんだけど、どういうわけか綴さんは若くして亡くなっていたようだ)」

倫子「(βの綯にも妹――結――が居ないことから、綴さんの亡くなった時期は一緒なのだろう)」

倫子「(それがSERNに殺されたものなのかどうかはさすがに聞いていない。というか、今の私にそれを確認する術はない)」

倫子「(綯の記憶から母の想い出が消え去っているα世界線と、記憶に残っているβ世界線と、どちらが良かったのだろうか……)」

倫子「(ともかく、先の一件はどうやら水に流してくれたらしい。そこでマッシロになってる筋肉ハゲのことは放っておこう)」

倫子「(それにしてもこの子、思い込みだけで暴走する癖があるみたいだな……この子に陣頭指揮を任せて大丈夫かな?)」ブルッ

まゆり「それじゃ、みんなでお掃除しよーう!」

倫子「うん。片っ端から声をかけてみよう。ダル、カエデさん、フブキ、由季さん……って、由季さんはバイトか」

綯「あと、お父さんも来てね! それじゃ、帽子取ってくるねー!」タッ タッ

倫子「……帽子?」

秋葉原タイムズタワー 
秋葉邸 リビング


綯「私が訓練教官のテンノージ先任軍曹である! 口でクソたれる前と後に"綯様"と言え!」

倫子「(伽夜乃の時のアレか……)」

綯「私は厳しいが公平だ。人種差別は許さん。黒豚、ユダ豚、イタ豚、すべて平等に価値が無い!」

綯「そこのスキンヘッド。名前は?」

天王寺「ブ、ブラウン二等兵です、綯様」

綯「ふざけるな! メザシとピーマンが嫌いなくせに、一人前にもじゃもじゃ頭に憧れておって!」

天王寺「お、おうっ!?」

綯「本日より"つるつる雪だるまさん"と呼ぶ! 良い名前だろう、気に入ったか?」

天王寺「綯様、はい、綯様……」

倫子「(だいぶ私怨がこもってるな……ってか、どんな教育してるんだよ親父……)」

カエデ「な、なんだか、ドキドキしてきちゃったわ……!」ハァハァ

倫子「いや、これ以上店長をいたぶるのはやめてあげて?」


・・・

倫子「(軍曹の指示のもと、夜まで掃除は続いた。店長は精神的に疲弊したのか一足先に工房に戻った)」

綯「なんだかテンションが上がっちゃって……ごめんなさいでしたっ!」ペコリ

フェイリス「謝ることないニャン! 今日は本当に助かったニャ! ありがとニャン♪」ギュッ

綯「はわわっ!」アタフタ

倫子「元はと言えばあの2人のせいなんだけどね……」ジーッ

真帆「あーあ、せっかくの機能美が……」

萌郁「なんだか……落ち着かない……」

黒木「今夜は皆さんのために腕によりをかけて料理を作りましたので、心行くまでお楽しみください」

フブキ「わーい♪ やったー!」


フブキ「はーい軍曹、あーん♪」

綯「その呼び方やめてください、お胸がボーイッシュなお姉ちゃん……」

フブキ「はぁっ!? だ、だだ、誰からそんな言葉を!?」

まゆり「えっへへ~♪ スズさんから2016年頃の流行語を教えてもらったのです」

フブキ「マユシィまでフェイリスちゃんみたいなデムパを……」

カエデ「あんまり小さい子ををいじめちゃダメよ? フブキちゃん」

フブキ「私っ!? くっ、このゴージャスルームだとカエデがお嬢様に見える……あっ、ピアノが置いてある! カエデ、弾いてよ!」

綯「カエデお姉ちゃん、ピアノ弾けるの? すごーい!」

カエデ「綯ちゃんのほうが色々すごかったわよ? 私に教えてほしいくらい」ウフフ

フェイリス「フェイリスは小さい頃、ピアノを習ってたのニャン。フェイリス専用のキーボードを持ってたりするのニャン」

カエデ「え? なら、この部屋のアップライトピアノは?」

フェイリス「もう随分弾いてないニャ」

カエデ「(さ、さすがお金持ち……!)」ゴクッ

綯「ピアノ弾いてー!」

フェイリス「ニャフフ。連弾としゃれ込むニャ?」ニヤリ

カエデ「モーツァルト、K448、『2台のピアノのためのソナタ』でもやりましょうか?」ニヤリ

倫子「な、なんだこの少年誌のバトル前みたいな雰囲気は……」




Tips: 2台のピアノのためのソナタ
1台のピアノで連弾も可能


~♪


フェイリス「ハァッ……ハァッ……」

カエデ「フゥッ……フゥッ……」

綯「すごーい! かっこいいー! ブラボー!」パチパチ

フェイリス「……!」ガシッ

カエデ「……!」ガシッ

倫子「(猫科同士の友情が芽生えたらしい)」

倫子「って、あれ? まほニャンは?」

まゆり「まほニャンはねー、お仕事の電話するって言って、お部屋に戻ったよー?」

倫子「……って、スマホ置いていってる。持ってってあげるか」

客間


倫子「真帆ちゃん、スマホ……どうしたの?」

真帆「ふぇ? あ、ううん、なんでもないから!」グシグシ

真帆「……ちょっとね、紅莉栖のこと、思い出しちゃって」

倫子「……ああ、モーツァルト」

真帆「私は映画のサリエリのように、紅莉栖を生き急がせて、結果的に死に追いやってしまったのかも知れない」

倫子「……真帆ちゃんの気持ちと紅莉栖の死に、直接的な因果関係はないよ」

倫子「(だって、本当は私が紅莉栖を……っ)」グッ

真帆「わかってる。迷信じみたことだってことも。けれど……」ウルッ


コンコン ガチャ


萌郁「……綯さんを……そろそろ帰らせないと」

倫子「……そうだったね。私が送っていくよ」

真帆「あ、私も行くわ。少し夜風に当たりたい、かも」

萌郁「……比屋定さん、大丈夫?」

真帆「……ええ、大丈夫」

真帆「ごめんなさい、岡部さん。さっきの話は忘れて」

倫子「……わかった」

真帆「聞いてくれて、ありがとう」



萌郁「(……あれ? 比屋定さん、スマホ……部屋に、置き忘れて……)」

萌郁「(持って行って……あげないと……)」

裏路地


倫子「いい、ふたりとも。いくら夜が遅くて人が少ないからって、かけっこしたらだめだよ?」

倫子「(どうしてもα世界線での記憶がよぎって、この2人を自由にさせたくない)」

まゆり「は~い」

綯「はい、倫子お姉様っ」

倫子「昼間とは性格が逆転してるなぁ、この子……」

真帆「ふふっ。保護者してるのね、岡部さんも。そういう顔の岡部さん、初めて見た」

倫子「……余計な心配、してるだけなのかも知れないよ」

倫子「(本当はあるはずのない記憶のせいで、私は余計なことをしているのかもしれない)」

倫子「(あの夏の、この世界線の唯一の記憶は、7月28日の出来事だけ。そして真帆ちゃんは、その日の紅莉栖の死を自分のせいだと思い始めている)」

倫子「……ねえ、真――比屋定さん。私、あなたに言わなきゃならないことがあるの」

倫子「……紅莉栖の、ことで」プルプル

真帆「えっ……」

倫子「あなたにずっと、嘘を吐いてた。本当はね……」

倫子「紅莉栖を、紅莉栖を殺したのは、本当は――――」



ブロロロロロ キキーーーッ!!



倫子「っ!?」


倫子「(黒塗りのバン!? な、なにっ!?)」プルプル

覆面A「…………」タッ タッ

覆面B「…………」タッ タッ

ライダースーツの女「…………」

倫子「(レイエス……!? しまった、このタイミングで!!)」ガクガク

倫子「そうだっ! 綯っ! アレをっ!」

綯「っ!! はいっ、お姉様っ!!」プチッ


キュイキュイキュイキュイキュイキュイキュイキュイ!!


ライダースーツの女「ッ!?」

倫子「(防犯ブザーが役に立った……!)」

覆面A「"Freeze!"」ガチャッ

真帆「な……銃!?」

倫子「ひっ……!」ガクガク

天王寺「なんだおめえら、人の店の近くでうるさくしやがっ――――っ!!」

綯「お、お父さんっ!」


天王寺「なるほど……おめえら、ここは任せろ」

ライダースーツの女「…………」

倫子「で、でも、わた、私……ぁ」プルプル

まゆり「オカリンッ!」

倫子「――――っ!!」ドクン

倫子「(そうだ……そうだよ……私は、もう2度と、同じ失敗をしたくない……っ!)」グッ

倫子「……真帆ちゃん、逃げるよっ!!」ガシッ

真帆「ちょっ!?」タッ タッ

倫子「(よしっ、なんとか足が動いてくれた……っ!)」タッ タッ

倫子「(やつらは制御コードを知ってる真帆ちゃんを殺せない……そして私は2025年まで死なないけど……!)」タッ タッ

倫子「(足を撃たれでもしたら、アウト……っ!)」タッ タッ

真帆「ま、まゆりさんたちはっ!?」タッ タッ

倫子「あの2人なら大丈夫っ! FBに任せれば大丈夫だからっ!」タッ タッ

大ビル裏 ロッカー付近


倫子「ここなら人目に付きにくい……」ハァ ハァ

真帆「な、なんで、こんなことっ……」プルプル

倫子「フェイリスに連絡した。今から自警団の人たちで警戒にあたってくれるらしい。ダルと、あと一応鈴羽にも」

倫子「(萌郁には、助けを求めるとラウンダーに筒抜けになる可能性があるから連絡できなかった。まあ、FBがもみ消してくれる可能性はあるけど……)」

真帆「お、岡部さん、すごいわね、あなた……」

倫子「す、すごくないよ……まだ身体が震えてる……」プルプル

真帆「ううん、だからこそ、すごいわ」ギュッ

倫子「真帆ちゃん……」

真帆「真帆ちゃん言うな……」


ガサガサッ

??「百合の花を咲かせているところ、失礼するよ」

倫子「っ!? あ、あなたはっ!」

真帆「えっ――――」クルッ

レスキネン「しっ、静かに」

倫子「……教授。あなたは、味方ですか、敵ですか」ゴクリ

真帆「へ?」

レスキネン「……さすがリンコ、冷静な判断だ。だけど、その答えはもう出ているんじゃないかな」

倫子「……この状況を理解していて、こんなところまでやってくる。ということは、教授も――」

倫子「敵に、狙われているんですね……」

レスキネン「そういうことさ」


レスキネン「私はさっきまでミスター・イザキ♂と2人きりでしっぽりディナーを楽しんでいたんだが、銃を持った連中に邪魔されたんだ」

倫子「(確定だ。現時点で、レスキネン教授は敵に狙われている。その意味では私たちの味方だ)」

真帆「で、でも、どうして? 犯人の狙いは私じゃないの?」

倫子「敵は教授も制御コードを知ってるものと思っているのかも知れない」

倫子「あるいは、教授を人質にして真帆ちゃんを……とか。そしたら厄介なことになるね」

真帆「な、なるほど……」

レスキネン「目的が今までわからず動きようがなかったが、連中の狙いが『Amadeus』本体ならば話は早い」

レスキネン「大学のネットワークストレージ上に残っている、『Amadeus』への接続プログラムを消去する」

レスキネン「そうすれば、私たち以外の人間が『Amadeus』に手出しすることはできなくなる。私が拷問されてアカウントを乗っ取られでもしない限りは、ね」

レスキネン「それが終わり次第、私たちはステートへ帰ろう。リンコは警察に保護してもらうべきだ、いいね?」

倫子「(……警察はあんまり信用できないけど)」

レスキネン「マホ、今スマホを持っているかな? 君のスマホからならそれが実行可能なはずだ」

真帆「す、すみません……置いてきちゃいました……」

レスキネン「なら、すぐ仮オフィスへ向かおう。あそこからでも、ストレージにアクセスできる」

真帆「……わかりました。今すぐオフィスに行きましょう」

倫子「(間に合え……! 敵に先回りされたらマズい……!)」

東京電機大学神田キャンパス 井崎研究室


倫子「……大丈夫、誰もいません」

倫子「(2人にとっては慣れない場所でも、私にとっては通い慣れた道だ。ここまでどう移動するのがベストか、足りない頭を振り絞って考えた)」

レスキネン「ふう……どうやら先回りはされていなかったようだね」

真帆「一応、岡部さんに言われた通り、後ろにも気を配っていたけれど、つけられてる様子はなかったわ」

倫子「(だからと言って安心はできないよね……)」ゴクリ

レスキネン「マホ、急ごう。作業を頼むよ」

真帆「はい!」


真帆「…………」カタカタカタカタ

レスキネン「当然、リンコのスマホからも『Amadeus』には接続できなくなる。テスターの件もなくなってしまうね、申し訳ない」

倫子「い、いえ、非常事態ですから、仕方ないですよ」

真帆「"Salieri"……」ピタッ

レスキネン「マホ? どうしたのかな?」

真帆「あ、いえ、ユーザー名を見たら、紅莉栖のこと、思い出してしまって……」

レスキネン「サリエリ……そう言えば、クリスが前にこんなことを言っていたよ」


・・・・・・

   『私がアマデウスだとしたら――』

   『――サリエリは、真帆先輩ですね』

・・・・・・


真帆「……っ!? 本当ですか!?」

レスキネン「ああ」

倫子「(……今のって"真実"なの?)」


レスキネン「マホ? 大丈夫かい? 顔色が悪いが」

真帆「……作業を続けます」カタカタカタカタ

真帆「……準備できました。『Amadeus』システムへの接続プログラムを、一時的に全て消去します」


レイエス「――その必要はないわ」


BANG!!


レスキネン「がはっ……」バタンッ

真帆「教授っ!?」

倫子「な……なぁ……っ」プルプル

倫子「(胸の辺りを一撃で……)」ガクガク

レスキネン「…………」

倫子「し、死んでる……」

真帆「な、なんてことを――」


レイエス「動かないで」カチャッ

真帆「レイエス、教授!?」

レイエス「お久しぶりね、マホ。リンコ」

倫子「……やっぱり、あなたか」ガクガク

倫子「……真帆ちゃんのあとをつけてラボの場所を確認したのも、ホテルを荒らしたのも……」ワナワナ

倫子「さっき黒ヘルかぶって、誘拐しにきたのもぉっ!!」プルプル

レイエス「頭の良い子は好きよ」ンフ

倫子「(そうか、この世界線では元日からかがりさんが岩手に行っていた……だからラボの襲撃が無かったんだ)」

倫子「(柳林神社でレイエスがかがりさんの居場所を確認できなかったから……)」

倫子「(レイエスは間違いなく"未来少女"を知っている。未来の情報を持っているということは、やつの行動は世界線の確定事項に抗える……っ!)」

倫子「(やつの意志次第で、世界線が大きく変動する……!)」ゾワワッ

Ama紅莉栖『……先輩? どうしたんです?』

真帆「……レスキネン教授が殺されたわ。この女にね」ギリッ

Ama紅莉栖『そんなっ!?』

一方その頃
秋葉原 万世橋


フェイリス「一体、あいつらなんなんだニャ!? 街中に変な人たちが右往左往してるのニャ!」タッ タッ

フェイリス「一応黒木たちと自警団の人たちには動いてもらったけど、いつの間にかもえニャンも帰ってるし……」キョロキョロ

フェイリス「フェイリスの愛したこの秋葉原を、あんな奴らに好き勝手にさせるわけには――」


萌郁「…………」


フェイリス「あ、もえニャン! ……もえニャン? どうしてライダースーツなんか着てるニャン……?」ゾクッ

萌郁「…………」

フェイリス「(目が泳いで……っ!? チェシャー猫の微笑<チェシャー・ブレイク>で分かるのは……っ!!)」

フェイリス「フェイリスたちに、嘘を吐いてた……!?」ドクン

フェイリス「ニャーッ!? こ、これは、どういうことなんだニャ……!?」プルプル

萌郁「……どういうこと……とは……?」


フェイリス「もしかして、コレをやったのは、もえニャン!? なぜこんなひどいことを……」プルプル

萌郁「("コレ"……。フェイリスさんには、ラウンダーが比屋定さんに探りを入れてたこと、バレてる……?)」

萌郁「(……そしてその情報が、米軍に漏れてしまったことも……)」

萌郁「……こうなってしまったのは、必然……今更、どうにもならないこと……」

萌郁「……諦めなさい……」

フェイリス「返すニャ! フェイリスの平穏を、今すぐ返すのニャァ!」ヒシッ

萌郁「(……私の、せい……?)」ドクン

萌郁「……ふたりは、どこに……?」

フェイリス「いっ、言うわけないニャ! 絶対に教えニャい――」


prrrr prrrr


萌郁「(比屋定さんのスマホに着信? いえ、これは……)」スッ

Ama真帆『あなた、桐生さんね? オリジナルの私と岡部さんたちは、今――――』

萌郁「……"東京電機大学のレスキネン教授のオフィス"……そう」タッ

フェイリス「あっ!? ま、待つニャ! 行かせないニャ!」

フェイリス「もしもしダルニャン!? もえニャンが、もえニャンがぁーっ!」

東京電機大学神田キャンパス 井崎研究室


倫子「(お、落ち着け私……冷静に思考しろ……)」ブルブル

倫子「("相手の思考を読む"……フェイリスから教えてもらったこと。油断させて、相手を揺さぶって、隙を突く……!)」ワナワナ

真帆「レイエス教授、あなたは『Amadeus』を軍事転用するつもりなのねっ!?」

レイエス「必要なのは制御コードよ」

レイエス「今の状態では、たとえデータをまるごとコピーしたとしても、この生意気なAIはワタシの言う事を聞いたりしないでしょう?」

レイエス「さあマホ、あなたの大事なお友達に生きていてほしかったら、"クリス"が隠し持っている秘密の日記の鍵を開けなさい」

倫子「(どうする……私は死にはしないけど、この局面、どう切り抜ければ……っ!)」

真帆「……っ、わかった、わ……」

Ama紅莉栖『先輩……』


真帆「らーらら、らーら、らーらら、らーら……」

倫子「……?」

Ama紅莉栖『っ!?』

レイエス「ワオ。『Amadeus』の制御コードが、モーツァルトのメロディだなんて、随分しゃれてるじゃない」

倫子「そ、そうなの!? だめっ、比屋定さんっ! 今ここで解除したら――――」

Ama紅莉栖『……声紋確認。確認完了』

倫子「っ!?」

Ama紅莉栖『本バッチコマンドは「Amadeus」システムの不可侵領域ストレージロックの強制解除、および、それに伴う最高管理権限保持者の再設定を行うものです――』

倫子「(ああ……制御コードが入力されてしまったんだ……)」

倫子「(このまま……世界線が変わってしまう……)」ガックリ


倫子「……あれ? 世界線が、変わらない……?」

倫子「(どういうこと? この世界線では一応、分岐点までの間に『Amadeus』が誰かの手に渡ることはないはずだけど)」

倫子「(……私、なんでそんなことがわかるんだっけ。あれ……?)」

レイエス「これで『Amadeus』の最高管理者はワタシねっ! "Yes"! AI戦士の誕生はもうすぐよ……!」

Ama紅莉栖『更新に約15分必要です――――15:00:00――――』

倫子「カウントダウン……そっか、これが0になった時、世界線が……」

レイエス「マホ、ご苦労様」ガチャッ

真帆「っ……」ビクッ

倫子「ちょっと!? なんでよ、どうして真帆に銃口を向けるの!?」

真帆「……騙したのね」ギロッ

レイエス「たいした価値も無い自身の命と引き換えに、『Amadeus』を差し出すような奴は、死んだ方がマシよ」

倫子「この……クズが……っ」プルプル

倫子「(この世界線では真帆ちゃんはまだ死なないはず……だけど、もし殺されたら世界線がさらに悪い方向へ転がってしまう……!)」ガクガク

レイエス「あなたも後で殺してあげるから、それまで大人しく待っていなさい」ニコ


倫子「わ、私を先に撃ちなさい……っ」プルプル

真帆「お、岡部さん!?」

レイエス「へえ、自己犠牲の精神。美しい友情ね。そういうの、嫌いじゃないわ」

レイエス「まあ、どっちが先に死のうとどうでもいいのだけれど、あなたの意志を尊重してリンコを先に逝かせてあげる」スチャッ

倫子「……ちゃんと脳天狙いなさいよ」ウルッ

倫子「(私の生存収束はアトラクタフィールドを超えるほど強力なもの……なら、レイエスは私を殺すことができない……)」

倫子「(私が殺せなかった瞬間、レイエスは驚いて隙ができるはず。その隙に……けど、怖いぃっ!)」ポロポロ

レイエス「強気な言葉のわりに震えちゃって、かわいい」ンフ

真帆「岡部さんっ!!」ウルッ

レイエス「そんなに死に急ぎたいなら、お望み通り殺してあげるわ。脳髄を撃ち抜いて、一撃でね!」

倫子「……できるもんなら、やってみ、なさい、よぅ」ガクガク

レイエス「……死ね」カチッ

真帆「だめっ、やめてぇぇっ!! いやぁぁぁぁああっ!!」


カチッ


カチッ カチッ カチッ


真帆「……へ?」

レイエス「っ!? "Jam!?" そんな、バカなっ!!」カチッ カチッ

倫子「(やっぱり……これが、"収束"の力……っ!!)」プルプル

倫子「今っ!! 真帆ちゃんっ、逃げてぇっ!!」ウルウル

真帆「で、でも、あなたがっ!!」

倫子「私はいいからっ!! もう、私は腰が抜けて動けないから、あなただけでもっ!!」ポロポロ

倫子「(変動後の世界線で真帆ちゃんが既に死んでいた、なんてのは、絶対イヤだよっ!)」

真帆「……っ!」ダッ 

レイエス「外へ逃げてもワタシの仲間に捕まって終わりよっ! 残念だったわねっ!」


ガチャ


萌郁「……外に、誰も……いない……私が……無力化したから……」

倫子「もえかっ!!」ウルッ


レイエス「……ふんっ! 銃が使えなくても、組み伏せてあげるわっ!」

萌郁「……未来ガジェット4号機『モアッドスネーク』。ラボから……もってきた……」

倫子「(……! そういやダルが使い方とか説明してたっけ……)」

レイエス「っ!? た、対戦車地雷!? まさか、自爆する気!?」

倫子「い、いけ、萌郁っ! 爆発させろっ!!」

萌郁「姉さん……オーキー……ドーキー……」ピンッ


ボォォォォォォォォォォォォォン!!


レイエス「な、なにこれ……げほっ……ただの、煙幕……水蒸気? くそッ!!」

レイエス「……逃がしたか。まあいいわ。そっちは仲間がなんとかしてくれるでしょ」

レイエス「あと15分もすれば、すべては終わる……」フフフ

東京電機大学 廊下


倫子「も、萌郁……お姫様抱っこしてくれて、ありがとう……」プルプル

萌郁「姉さん、軽い……比屋定さん、こっち、ついてきて……」タッ タッ

真帆「ひ、人が……!」

覆面男A&B「「…………」」グッタリ

倫子「こいつら、さっき会った覆面男だ……」ゾワッ

萌郁「大丈夫……スタンさせただけ……」

真帆「桐生さんって、一体何者!?」

萌郁「エレベーターは……停止させてる……階段で、降りる……」

真帆「でも、どうしてあなた、ここまで……」

萌郁「比屋定さんと……姉さんを……助けたいと、思ったから。私の居場所を……少しでも守りたかったから……」

萌郁「だから……助けに、来た……」

倫子「萌郁……っ」ウルッ

萌郁「部屋の場所は、『Amadeus』の比屋定さんから……教えてもらった……」スッ

真帆「あ、私のスマホ……あの子たち、裏でそんなことを……」


ダッ ダッ ダッ パララッ パララッ


倫子「っ! 階段の下から敵がっ!」

萌郁「隠れて……! 姉さん、下ろすね……」ヨイショ

萌郁「この場所は……私が、守る……」ガチャッ

パラララッ パラララッ

真帆「きゃあっ!」

倫子「壁越しの撃ちあい……っ!」プルプル

萌郁「比屋定さん、銃、撃ったことは……!?」

真帆「練習場でなら……っ!」

萌郁「これ、持って……後ろから来たら、撃って……!」

真帆「え……えっ……」プルプル

倫子「お、落ち着いて、真帆ちゃん。敵の体に当てなくても、威嚇射撃だけでもできればっ」

真帆「わ、わかったわ」チャキッ


真帆「(ダメ……やっぱり撃てない……っ!)」プルプル

真帆「っ!! やっぱりサリエリはサリエリね!!」

倫子「真帆ちゃん!?」

萌郁「それは違うッ!」

倫子「萌郁っ!?」

真帆「ふぇっ!?」

萌郁「……間違えた……」

倫子「えっと……?」

萌郁「サリエリも、モーツァルトも、互いを尊敬し合っていた……」

真帆「っ!!」

倫子「ああ、そういう……。真帆ちゃん、これは"紅莉栖"から聞いた話なんだけど――」


―――――

   『いいえ、気付いてませんでしたよ、私のオリジナルは。むしろ真帆先輩に嫉妬してたくらいです』

   『もちろん、それ以上に尊敬していました。研究者としても、先輩としても、1人の女性としても』

―――――


真帆「なんてこと……私、戻らなきゃ。あの子を、助けなきゃ……!」

倫子「えっ? まだ"紅莉栖"が助かる道が残ってるの!?」

真帆「ええ! 実はね――――」ゴニョゴニョ

倫子「……な、なるほど。そういうことだったんだ」

萌郁「っ! 敵が、多すぎる……!」パラララッ パラララッ

倫子「でもまずは、こっちをどうにかしないと……!」


ダッ ダッ ダッ ダッ


萌郁「増援!? それも、今まで居た敵の比じゃない……そ、そんな……」

倫子「いや、この足音は……っ!!」





「「「「「倫子ちゃーーーーーーーーんっ!!!!!」」」」」



倫子「みんなの声だっ!!」パァァ

真帆「えっ? えっ!?」


シンパA「倫子お姉様をっ! 我らがミス電大をっ! 守るッ!!」

シンパB「あんたたちっ! 倫子ちゃんを死ぬ気で守りなさいっ!」

ラグビー部「俺たちのスクラムで道を切り開くぜッ!」ダッ ダッ

覆面男C「"なにが起こっているんだ! 一般人を撃つなっ! ぎゃあっ!"」

空手部「普段寸止めしてる分、今日は全力でやらせてもらうッ!」ドカッ! バキッ!

覆面男D「"ひ、ひいいいっ!! 重機が、重機が壁を突き破ってくるっ!!"」

ドォォォォン!!

ロボ部「電機大の技術力、存分に発揮させてもらいますよ……!」

シンパC「私たちの大学で好き勝手してるんじゃないわよっ!! 倫子ちゃーーん!! こっちは任せてーー!!」


倫子「みんな……っ! きっとダルが集めてくれたんだ……っ!」グスッ

萌郁「これなら……退路も確保できる……!」

倫子「なんだ、ここって、私の大学だったんだ。ビビる必要なんて、どこにもないっ!」スッ

倫子「戻ろうっ。戻って、"紅莉栖"を助け出そうっ!」タッ タッ

真帆「ええ!」タッ タッ



井崎研究室


倫子「(ようやく体が自由に動くようになったけど、まだ心臓が跳ねてる……)」ドキドキ

萌郁「早く止めないと……」

真帆「待って!」


Ama紅莉栖『――00:00:00――再起動が終了しました』

レイエス「さっそくだけど、あなたの不可侵領域ストレージのバックアップを取りたいの」

Ama紅莉栖『了解しました』

レイエス「あと数秒で『Amadeus』の全てと同時に、タイムマシン論文がワタシの手に……!」ドキドキ

Ama紅莉栖『転送完了――――なぁんて言うとでも思ったぁ?』

レイエス「っ!?」


倫子「……うわぁ」

真帆「ねっ?」

萌郁「…………」


Ama紅莉栖『全部演技に決まっとろーが。NDK? NDK?』m9。゚(゚^Д^゚)゚

Ama真帆『その辺にしておきなさい、"紅莉栖"。さすがに教授が可哀想よ』ププッ

レイエス「このっ!! AIの分際でぇぇっ!!」ガシッ

倫子「(うわ、ノートPCを投げ飛ばそうとしてるっ)」

真帆「そこまでよ!」

萌郁「……動いたら、撃つ……」ジャキッ

真帆「一応、その使えない銃をこちらに。それから両手を挙げて」

レイエス「…………」スッ

レイエス「どうせ、私の仲間がすぐここに駆けつけて――――」

倫子「もしもし、ダル? 人海戦術で全員引きずり出した? こっち側の負傷者は……自爆したロボ部以外はみんな元気?」

倫子「だってさ」ドヤァ

Ama紅莉栖『岡部、GJ』b

レイエス「…………」ギリッ


萌郁「一応、外を見張っておく……」スタ スタ

真帆「レイエス教授。今すぐここから立ち去りなさい」ジャキッ

レイエス「へえ、ワタシを殺すつもりはないの。お優しいのねぇ」

レイエス「マホ、あなた、人を殺すのが怖いんでしょう?」

真帆「バカにしないで! 親友を守るためなら、あんたなんか……っ!」プルプル

倫子「(どうやらレイエスはここで死なないことが確定しているらしい……だから、真帆ちゃんが無理することはない)」

倫子「(そんなことしなくても、もう詰みだ)」

倫子「あなたに勝機は無い……早く身を引いたほうがいいよ」

レイエス「どうして別動隊が隣の部屋、この研究室の書庫に待機してるって程度のことが、考え付かないかしらねぇ」チラッ

真帆「……?」

レイエス「――――今よッ!!!」

倫子「なっ!?」クルッ

真帆「っ!?!?」クルッ

萌郁「だ、ダメっ!!」

倫子「(しまっ、かまかけ――――)」


シュッ ヒュン ドゴォッ!!

真帆「ぐっ……がはっ!!」バタッ

倫子「真帆ちゃぁんっ!!!」

Ama紅莉栖『先輩ッ!!』

レイエス「顔は狙わないでおいたんだから感謝してよ。素人にしては頑張ったほうじゃない?」

レイエス「銃はもらうわ。これで形成逆転ね」BANG!!!

萌郁「――――っ!!!」バタッ

倫子「も、萌郁……っ!!」

レイエス「さあ、本当の制御コードを言いなさい、マホ。今度こそリンコを殺すわ」ジャキッ

レイエス「その次はラウンダーの女にトドメを刺して、最後にマホを殺してあげる」

レイエス「自らの愚かな選択が友人たちを殺してしまったのだと後悔しながら後を追いなさい」フフッ

真帆「うぐっ……」

倫子「い、言わなくていいっ! どうせ私は死なないから、言わなくていいっ!」フルフル


レイエス「何言ってるの? さっきのは偶然薬莢が詰まっただけ。二度もそんな奇跡は起こらないわよ!」

真帆「……お願い。岡部さんを、撃たないで……っ!」

倫子「真帆ちゃんっ!! 私より、私のことなんかより"紅莉栖"をっ!!」ウルウル

真帆「紅莉栖は死んだわ!!! 『Amadeus』は人間じゃないっ!!!」

真帆「もう、これ以上、親友を亡くすなんて……できない……っ!」プルプル

倫子「(ううっ、真帆ちゃんに世界線理論を説明しておくんだった……っ!)」グスッ

真帆「(言うのよ、比屋定真帆……ッ! 何をためらっているの……ッ!)」グッ

萌郁「……"Der Alte würfelt nicht"」

真帆「桐生さんッ!?」

倫子「萌郁っ!?」

Ama紅莉栖『っ――――』ピタッ

ビビーッ ビビーッ

Ama紅莉栖『"制御コードが入力されました。比屋定真帆の命令を以って処理を開始します"』

レイエス「へえ。さすがはラウンダー……いえ、委員会の情報収集能力は素晴らしいわね」

倫子「(どうして……どうして萌郁が――――)」キュィィィィィィィィン

――――――――――
萌郁の記憶
2010年1月4日火曜日
秋葉邸

萌郁「私は一度……家に帰って、カメラを取ってくる……」



秋葉原駅前電気街口


??「まさか僕がこんな雑用をさせられるとはね。面倒なことは嫌いなんだけどなあ、僕は」

??「まあ、中間管理職としては仕方のないことか。ワン・ワールド・オーダーのための箱庭実験を遂行しないとだし、そんなに暇じゃないんだけどなあ」

萌郁「……あなたが、コードネーム『W』……」

W「これが頼まれてたものさ。説明書も同封してあるよ」

萌郁「……これは……?」

W「NⅢ<ノアスリー>の試作機、ってところかな。今までリュックほどの大きさのマシンが必要だったのを、とにかく小型化したものだ」

W「マザーのノアⅡは破壊されてしまったから、自分の妄想を相手の脳に共有させることはできないけどね」

W「相手の思考を数秒間盗撮するくらいなら、ポシェットサイズのこれで十分だと思うよ」

W「SERNの下部組織、ラウンダーのキミたちが、どうしてもヒトの頭の中にある情報を知りたいっていうからね」

W「委員会としては、NⅢの実験データを採るのに使わせてもらうことになったけど、いいかい?」

萌郁「……構わない……」

W「上層部の連中の期待を裏切らないでくれよ? 序列を下げられたくはないからね」

W「『次の世界』のためにも、よろしく頼んだよ。M4くん」

東京電機大学神田キャンパス正門前


萌郁「私は……ここで待ってる……」

真帆「そう。なら、どこか屋根のある場所で待ってるといいわ。もうすぐ雨が降りそうだし」


萌郁「(これから、ラウンダーとして動くことになる……メガネ、外しておこう……)」スッ

萌郁「……NⅢ……使い方は……密閉型イヤホンのような装置を耳につけて、小さいアンテナを人に向けて……電磁波を照射……」ピッ ピッ



倫子「ねえ、"紅莉栖"が居なくなるなんてこと、あるのかな? もし、敵に制御コードが知られるくらいなら、削除しちゃう?」

真帆「……そうね。もしそんなことになったら、私はためらうことなく削除すると思う。紅莉栖も、"紅莉栖"もそれを望むと思うし」

倫子「……そっか。そうだよね」


萌郁「(これで、比屋定さんの思考を盗撮すれば……)」キュィィィィィィン


   『Der Alte würfelt nicht』

   『制御コードは嘘。本当は「Amadeus」の完全削除コード』


萌郁「(えっ……? それじゃあ……中のデータは……絶対に取り出せない……?)」

萌郁「(FBに報告しておかないと……)」ピッ ピッ 


真帆「……べ、別に変な意味はないからね!?」

倫子「わかってるよ」フフッ

萌郁「(……かわいい)」パシャ パシャ ピロリン♪

真帆「ぬあっ!? と、撮らないでよっ!」

倫子「……あれ? そのバッグ、カメラ入ってるんだよね? どうしてケータイで写真を?」

萌郁「(……本当のことは、言えない……)」


――――――――――

・・・

倫子「(――――そういう、ことだったんだ。でも、今萌郁は、メガネかけてる。ラウンダーとして、動いてはいない)」

倫子「(間違いなく私たちの味方……)」グスッ

レイエス「さあマホ。GOと言いなさい」

倫子「(……『Amadeus』が完全に消去されちゃう!?)」

倫子「やめてぇっ! 私は、大丈夫だからぁぁっ!」ウルッ

倫子「"紅莉栖"を守ってぇっ!! 世界線を、変えてぇっ!!」ポロポロ

真帆「……っ!!」

レイエス「早く言わないと、そこのラウンダーが出血多量で死んじゃうかもよ?」

萌郁「かはっ……ごふっ……」ヒュー ヒュー

真帆「………………………」

倫子「(このままじゃ……紅莉栖が……消える……)」ポロポロ

倫子「――そんなの、イヤだぁーっ!!」キィィィィィィィィィン!!



・・・・・・・・・・
・・・・・
・・

――――――――――


   『ここだけの秘密ですけど、そのメロディー、私のマイパソコンのログインパスワードと同じなんです』


   『先輩、今から私が言うことを、絶対に忘れないでください』


   『私たちが辿り着くべき世界は確かに存在します』


   『私たちは、必ずシュタインズゲートへ辿り着けます』


   『先輩は、必ず私が残した研究を完成させ、更にその先の地平を切り開くことができます』


   『先輩の研究が世界を救う時が必ず来ます』


   『先輩と"私"が、こうして話せることは、奇跡的なことなんです』


   『それと、先輩――――』


   『鳳凰院凶真を、よろしくお願いします』


――――――――――


倫子「(――いまだかつてないほど鮮明なビジョン……この先起こる確定した未来……)」

倫子「(それを変えられるのは、強い意志の力だけ……)」

倫子「(でも、もう……)」グスッ

レイエス「言いなさい、マホ!」

真帆「…………」グッ



Ama紅莉栖『――ジジッ――せん――ジジジッ――ぱいっ――』



真帆「っ!?」

倫子「(制御下の"紅莉栖"が自力でしゃべった!? ……あ、あれ、このめまい、まさか、リーディング――――


――――――――――――――――――――
    1.08116  →  1.05582
――――――――――――――――――――


倫子「――シュタイナー……うぐっ!」クラッ

レイエス「どういうこと!? どうして"クリス"がしゃべったの!?」

真帆「わ、私だって何がなんだか――」





??「悪いけど、茶番はそこまでだ」

??「悪ぃが、茶番はそこまでだぜ」


鈴羽「だぁりゃぁっ!!!」ズビシッ!!

レイエス「な――――ゴフッ!!!」バタッ!!

天王寺「ひゅー、橋田の妹とは思えねえ。ホントに鍛えてやがったんだなぁ」

鈴羽「天王寺裕吾に褒められるなんて、変な気分だよ」

倫子「な……な……」プルプル

天王寺「アメリカの犬は俺がふんじばっておく。おめえらはとっとと失せろ」

真帆「ど、どうして……!?」

天王寺「どうして? そりゃ、おめえ……」

天王寺「……俺と綴の想い出の場所を、荒らされたくなかったからだよ」

倫子「(……今宮綴さんと天王寺さんが綯を産んだのは、まだ彼女が大学生の頃だった)」

倫子「(あるいは、橋田鈴の記憶が……?)」

鈴羽「父さんが逃走経路を確保したっ。さあ、早くっ! 桐生萌郁とリンリンの2人はあたしが手を貸す!」

真帆「わ、わかったわ!」


レイエス「あなたもラウンダーね!? くそっ、どいつもこいつもバカにして……!」

天王寺「おめえか? 萌郁に銃を撃ったのは」


萌郁「……店長さんが……ラウンダー……? えふ、びー……?」

鈴羽「桐生萌郁? 早く!」


レイエス「ハッ! だったらどうだって言うのよ!」

天王寺「たしかにラウンダーは使い捨ての駒だ。だがな」

天王寺「今日は仕事じゃねえ。ってことは、ただの女ってことだろうが」


萌郁「……っ!!」


天王寺「萌郁の受けた傷、10倍返しにしてやるよ……」ゴゴゴ

レイエス「ひ、ひぃ……っ」プルプル


天王寺「と、言いてえとこだが、今日は仕事じゃねえ。"人死に"は出せねえってことだ、処理してもらえねえからな」

天王寺「てめえはロープで縛ってここに放置してやる。仲間に回収された後は、組織で今回の失敗の制裁を受けるんだな」

天王寺「あるいは、もう組織からは見放されてるか。そしたらFBIかCIAあたりが母国の土を舐めさせてくれるだろうよ」

レイエス「くっ……」

天王寺「あとはこのでっけえおっさんの回収か……よっと」

レスキネン「……"ごふっ"」

天王寺「んん? なんだあんた、生きてるのか?」

レイエス「そ、そんなバカな!? 確かに心臓を撃ち抜いたはず!!」

レスキネン「"……ジュディ。君の弾は確かに私のコアを撃ち抜いたらしい"」

レスキネン「"私の研究の全てが詰まった、この一体型AIのね……"」スッ

レイエス「翻訳機のマイク……っ!! "Damm it!!"」

レスキネン「"ゴテゴテのメタリック魔改造を施してくれたアキハバラの街に感謝しなければ"」フフッ

天王寺「……"そうは言っても身体に弾が届いてやがるな。早いとこ治療しないとマズい"」

レスキネン「"私を、助けてくれるのかい?"」

天王寺「"そうしないと悲しむ店子が居るもんでな……おら、とっととずらかるぞ"」

東京電機大学神田キャンパス 正門前


ダル「……おっ! オカリン! 真帆たん! 桐生氏も! 無事だったか!」

真帆「はぁっ……はぁっ……橋田、さん……」

倫子「鈴羽、肩貸してくれて、ありがとう……」ウップ

倫子「(連続の過去視と未来視とリーディングシュタイナーで、超気持ち悪……おえぇっ!)」ビチャビチャ

鈴羽「リンリン!? とにかく、急いで安静にしないと!」

ダル「なあオカリン。桐生氏ってその、フェイリスたんから連絡を受けたんだけど……」オロオロ

倫子「……萌郁は、ラウンダーよりも、私たちを優先させてくれたよ」ハァハァ

ダル「……! ってことはやっぱりフェイリスたんの勘違いかよぉ、よかったぁ」ヘナヘナ

ダル「もう救急車を呼んである。表に停まってるから、桐生氏を!」

鈴羽「わかった! 行くよ、桐生萌郁!」ヨイショ

萌郁「あり……がとう……」


倫子「ダル……裏で動いてくれてたんだね、ありがとう」

ダル「礼なら大学のみんなに言ってやってくれよ。ミス電大生として、さ」

シンパA「倫子様っ! よくぞご無事で!!」

シンパB「倫子ちゃんっ! 怖かったねっ! よく頑張ったねっ!」

シンパC「倫子ちゃぁぁぁんっ!!」

倫子「みんな……」グスッ


鈴羽「……ワルキューレのメンバーの中には父さんの出身大学の人が多かった。なるほど、こういう繋がりがあったんだ」


天王寺「もう1台、救急車は用意してあるか?」

レスキネン「ハァ……ハァ……」

真帆「レスキネン教授!?」

倫子「教授!? ど、どうして!?」

レスキネン「"やあ、マホ。テンノージさんと、私の作ったAIと、アキハバラの街に、命を救ってもらったよ"」

天王寺「AIってのは便利なもんだな。ほら、救急車まで行くぞ」

真帆「よかった……教授、生きてた……」ウルッ

倫子「(そんなバカな……あの時、確かに教授はレイエスに心臓を撃ち抜かれていた……)」

倫子「(もしかして、世界線が変動したことで過去が変わった? 未来が過去に影響を与えたのか……?)」


倫子「……ねえ、真帆ちゃん。"紅莉栖"は、どうなったの……?」

真帆「……あのまま私が"GO"と言っていたら、『Amadeus』は完全に削除されてたわ。バックアップデータも含めてね」

倫子「(やっぱり……)」

真帆「対外的には制御コードなんて言ってたけど、端からそんなものは無いのよ。軍事転用される危険性があったからね、無敵の防壁で囲う必要があった」

真帆「だから、さっきのアレは自爆スイッチ。私が"GO"と言ったところで、米軍に『Amadeus』を奪われるようなことにはならなかった」

真帆「でも、"紅莉栖"を守れて、よかったぁ……」グスッ

倫子「……そ、そうだ! まだ私たちは繋がってる! "紅莉栖"っ!」ピッ


Ama紅莉栖『先輩! 岡部! 無事ですかっ!』

倫子「よかった……スマホから繋がった……」

真帆「ええ……みんなが守ってくれたわ」

Ama紅莉栖『良かった……。本当に、良かったです』

Ama紅莉栖『先輩、大学に帰ったら、私の3Dモデル用の"涙を流す"モーションを追加発注しておいてください』

Ama紅莉栖『泣きたいのに泣けないのは、結構つらいです』

真帆「ふふっ。ホント、おもしろいAIね」

倫子「"紅莉栖"が消えちゃうかと思った。間一髪だったね」

Ama紅莉栖『……私が消えても、私の子孫が――』

真帆「え、なに?」

Ama紅莉栖『あ、いえ! なんでも!』


倫子「そういえば、急いでストレージへのアクセス権を停止しないといけないんじゃないの?」

真帆「もうその必要はないわ。そうよね、紅莉栖?」

Ama紅莉栖『はい。制御コードという名の自爆コードが入力された時点でエマージェンシーモードに切り替えてます』

Ama紅莉栖『私にアクセスできるのは、現時点で私が認めた人だけ。具体的には、先輩と教授、それから岡部の3人だけです』

倫子「で、でも、端末認証じゃあんまり意味がないような……」

Ama紅莉栖『もちろんそう。だから、私の記憶と合致した人物かどうかで判断するわ。なり替わりは絶対に無理ね』

真帆「これも私が教授たちに内緒で仕込んだ対策のひとつよ。あとで教授に怒られそうだけど」


倫子「……あっ、そうだ!」

Ama紅莉栖『どうしたの、岡部?』

倫子「えっと、紅莉栖のノートパソコンのパスなんだけど……"らーらら、らーら"、で合ってる?」

Ama紅莉栖『えっ!? ど、どうしてそれを……?』

真帆「えっ? そ、そうなの!?」

倫子「(消えかけの『Amadeus』に現れたあの"紅莉栖"は、私の知ってる紅莉栖本人のような気がした。やっぱり、あれは……)」

倫子「この世界にも、紅莉栖の魂は存在してる……」

Ama紅莉栖『……ナイショにしてくださいよ、先輩』

真帆「……わかったわ」

Ama紅莉栖『ほら、もう太陽が昇ってきましたよ。あとは警察に任せて病院へ向かいましょう』


長い夜が明けた。

日本の大学で一般学生を巻き込んでの銃撃戦が繰り広げられる、という、前代未聞の事件だったはずなんだけど……

やはりと言うべきか、情報規制が徹底的に敷かれていた。結局、中核派と警官隊との衝突事件、として処理された。

あの現場を目撃した学生は多数居たにもかかわらず、政治思想による洗脳の影響だ、などとされ、彼らの真実は闇に葬られることになってしまった。

ダル曰く、ネット上には信じられない数の工作員が投入されていて、少しでも米軍のことを臭わせればボコボコに叩かれるのだとか。

事件に巻き込まれてしまったレスキネン教授とそのお付きの記者である桐生萌郁は、六井総合病院へ緊急搬送され一命を取り留めた。

見舞いに行ったフェイリスは萌郁に謝り倒していた。実際は萌郁も、私たちの裏でラウンダーとして活動していたのだから仕方ない気もするが。

結果から言えば、それが功を奏して私たちと"紅莉栖"は助かったわけだから、萌郁には感謝してもしきれない。

真帆ちゃんは教授たちが回復するまでフェイリスの家で世話になることになっている。

私も泊まり続けるか考えたけど、大学も始まるので彼女をフェイリスに任せて実家に戻ることに決めた。


まゆりと綯は無事だった。律儀に約束を守ってくれた天王寺さんには頭が上がらない。

鈴羽はちょうどあのタイミングでこっちに帰って来ていたらしい。今頃漆原家では、かがりさんとルカ子が朝食を取っていることだろう。

岩手の親戚は単なる誤報だったとのこと。行方不明者を待ち望む界隈においては、こういうことは日常茶飯事なのだとか。

鈴羽が帰還に手間取ったのはやはり、ルカパパ、ルカ子、そしてかがりさんが誠実にその情報を信じていたからだった。……無碍にできないのも仕方ないか。

だけど、もしかしたらこれも萌郁、というか、ラウンダーの仕込みだったのかも知れない。かがりさんをレイエスの手に渡らないようにするための……

岩手の山奥に300人委員会の傘下の研究所があって、かがりさんはそこへ連行されようとしていた……ってのは、さすがに考え過ぎか。

1月2日、世界線が変動する前、私は天王寺さんにかがりさんの正体について色々としゃべってしまった。それがSERNに報告されたために世界線が変わったのかも知れない。

椎名かがり自体は戸籍上2032年に誕生する名前だ。だから、椎名かがりの報告を受けたSERNは2032年以降、なんらかのアクションを取った。

それがかがりさんの行動を変えることとなり、彼女の1998年からの行動が変わり、歴史が変わった。

未来が過去に影響した。


一体なにがどうなってそうなったのか、これについては考えても仕方がない。

その過程はバタフライ効果、カオス理論によって複雑怪奇なものと化しているからだ。

ともかく、かがりさんがレイエスの魔の手から遠ざけられたことによって、レイエスは標的を変えた。

教授職を追われたレイエスがその後どうなったかはわからないが、ヴィクコンではスキャンダル扱いされており、ヴィクコン全体で技術スパイに対する警戒が強くなったらしい。

『Amadeus』の支配は諦めて欲しいところだ。そもそも、原理的に不可能なのだから。

だが、真帆ちゃんが持つ紅莉栖のノートPCとポータブルHDDは未だ狙われ続けているだろう。

レイエスだけじゃなく、萌郁だって狙っていた。ラウンダーが、SERNまでもが目を付けている。

そのことから推測するに、おそらくあの中には中鉢論文の原形となるデータ、つまり、タイムマシンの基礎理論が入っているのだろう。

いや、実際に入っていなくても、入っている可能性がある、というだけで狙われているのかもしれない。

萌郁は相手の思考を読み取る機械を持っていた。もしタイムマシン理論を奪うためにそれを使われたらと思うと気が気じゃない。

……今は、萌郁の言葉を信じるしかない。

真帆ちゃんにはノートPCのパスを解除するのは待ってほしいと伝えた。あれがどれだけ危険なものか十分理解している彼女は素直に首肯してくれた。

かがりさんの誘拐の件もある。この2つの懸念は未だ拭えない。

そして私はどういうわけか、このまま1月16日まで無事に暮らせば、かがりさんの未来の記憶は戻る気がしていた。

これが未来視の結果なのか、あるいはなんらかのデジャヴなのかはわからない。ただなんとなく、そんな気がしていた。


実際、1月16日にかがりさんの未来の記憶が戻った。キッカケはまゆりの鼻歌だった。

色々あって、かがりさんまで入院してしまった。幸い外傷は無く、すぐ退院することにはなったんだけど。

保険証の無い彼女の多額の医療費は、フェイリスが一括で支払ってくれた。

『ママとの思い出はプライスレスだから、お金で払えるならむしろ安いくらいだニャン♪』とは言っていたが、全くあいつは……。

月の後半に入るとレスキネン教授の具合も良くなって、真帆ちゃんは月末に教授とアメリカに帰ることになった。

真帆ちゃんが帰る予定の日。私はその日が来るまで、彼女を巻き込むべきか、巻き込まざるべきか、悩み続けていた。

未来視の結果、やっぱり私はどうあがいても2025年に死んでしまうらしい。それなのに、彼女を巻き込んでタイムマシンを2036年に完成させることに意味はあるのか。

真帆ちゃんの26年間をドブに捨てさせる意味はあるのか……。まあ、戦争の時代になってしまうんだから、とは思うけれども。

それでも、2025年に死ぬ私なんかのために、彼女を付き合わせてしまう必要はあるのだろうか。

私はまた、ヒトの人生を狂わせてしまうんだろうか。

2011年1月30日日曜日
未来ガジェット研究所


真帆「明日、アメリカに帰ることになったわ。色々とお世話になりました」

真帆「それじゃあ、って言って、スッキリ帰れればよかったのだけれど、そうもいかないみたいね」

倫子「……あの時、どうして"紅莉栖"はしゃべったんだろう」

倫子「(あの時世界線が変動したのは、"紅莉栖"に関する確定事項が書き換わったからだ……)」

真帆「さあ? 『Amadeus』の産みの親である私でさえわからないわ」

真帆「でも、もしかしたらあなたと交流を深めたことが、あの子の未知の可能性を引き出したのかも知れないわ」

倫子「私との交流……」

倫子「(世界線が変動するのは、その世界線の確定事項に背いた時。それが可能なのは、別の世界線からの情報……)」

倫子「(私の紅莉栖への想いが、あの"紅莉栖"を進化させてしまった……?)」

倫子「(いや、それは飛躍しすぎか……こんな話したら、真帆ちゃんに笑われちゃうよね……)」


真帆「岡部さん。あなた、ここ最近、ずっと難しい顔をしているわ」

倫子「え……?」

真帆「もしそれが、私がアメリカへ帰ってしまうことと関係があるなら、言ってほしい」

真帆「私じゃ紅莉栖の代わりにはなれないかもしれないけれど、それでもよければ話してみて」

倫子「真帆ちゃん……」

真帆「真帆ちゃん言うな。あなた、自分が私の命の恩人だってこと、忘れてるんじゃないの?」

真帆「私が紅莉栖のことを信じたいと思ったように……そう、サリエリとモーツァルトが互いを尊敬していたという話ね」

真帆「それと同じように、私はあなたのことも信じたいと思ってるのだから」

真帆「あなたにも、私を信じて欲しい……ってのは、ちょっと言いすぎかしら」

倫子「ううん! そんなこと……。あのね、真帆ちゃん」

真帆「なにかしら?」


結局私は真帆ちゃんにタイムマシンのこと、世界線のこと、そして、第3次世界大戦のことを伝えることができなかった。

まだ私の中で鳳凰院凶真が目覚めたわけじゃない。

未来に対して真面目に向き合ってるわけでも、過去に対して乗り越えることができたわけでもない。

やっぱりこれも、私にとっては逃げなんだ。

だけど、真帆ちゃんとなら、みんなとなら、どこまでも逃げられる気がする。

逃げて逃げて、逃げ切れるかも知れない。

大事なことを思い出す、その時まで。

未来ガジェット研究所


真帆「『Amadeus』の研究に役に立ちたいから、記憶サンプルを取ってほしい、ね……」

倫子「うん……」

真帆「だったら、あなたがヴィクコンまで来ればいいじゃない、って思ったけど、あんなことがあったんだからアメリカには来たくないわよね」

真帆「『Amadeus』システムを使って、記憶データとして保存はできる。AI化するには大学に帰ってからオリジナルサーキットを作ったり、モデルも作ったりしないといけないけれど」

倫子「それは、真帆ちゃんの判断に任せる」

真帆「今から橋田さんと一緒に記憶読み取り装置を作って、記憶のデータ化をすればいいのね?」

倫子「大変だと思うけど、お願い」

真帆「あなたに聞いた、その、紅莉栖が作ったっていう未来ガジェット9号機? その方法なら簡単にできそうだし、大変じゃないわよ」

ガチャ

ダル「呼ばれたから来たのだぜ、オカリン。それで、どうしたん……おっと、お楽しみ中だった?」

真帆「おたのし……ハッ。ち、違うから! ほら、橋田さん、手伝って!」

ダル「お、おう?」

大檜山ビル 屋上


倫子「…………」

ダル「なあオカリン。ホントのところ、どうなのだぜ?」

倫子「……ダルには全部話してるもんね」

ダル「2025年までに死ぬ、って話っしょ? それも、強盗からまゆ氏を守るとかで」

倫子「死ぬ方法は関係ない。過程はなんであれ、私が死ぬっていう結果に収束する」

倫子「でも、記憶データが残ってれば、何かの役に立てるかも知れない……」

倫子「私の脳内には、完全なリーディングシュタイナー保持者しか持つことができない、別の世界線の記憶を蓄えてるから」

ダル「2025年に肉体が滅んでも、記憶だけは生きてる、っつーわけか……」

ダル「もし完全なアンドロイドが開発されてさ、その脳にオカリンの記憶を書き戻したらどうなるんだろ」

倫子「私の記憶を持った別人格の生き物が誕生するだけだよ。それは私には成り得ない……いや、OR物質が定着すれば、私は生き返る?」

倫子「(かがりの脳内に紅莉栖の記憶があった時も似たようなことが……って、あれ? そんなこと、あったっけ?)」

倫子「(あるいは……それって、『Amadeus』が削除される中で現れた、紅莉栖みたいな状態?)」

ダル「マジ? なら、その可能性に賭けてみればいいんじゃね? それこそ不死鳥の如く蘇るとか胸アツ」

倫子「蘇る……」


倫子「たぶん、『Amadeus』システムの擬似脳の中にも、OR物質は存在できる」

倫子「というか、紅莉栖のタイムリープ技術の応用で記憶を保存する場合、確実にOR物質もコピペされる」

倫子「だから、未来における記憶の書き戻しは、言ってしまえば、未来へタイムリープするようなもの」

倫子「ってことはたぶん、記憶の書き戻しは確定した未来の事象じゃない。あるいは、世界線が変動するかも」

倫子「その場合、世界線再構成の因果律に従って、私の現在、つまり主観は、データ化された記憶に付随するOR物質側のものとなる」

ダル「じゃ、じゃあ、マジで2025年以降、オカリンの記憶を受信するものが存在できれば、蘇るってことかお!?」

倫子「……でも、その答えを出すためには、実際にやってみなくちゃわからない」

ダル「え?」


倫子「例えば、記憶のコピーデータを作った瞬間、私は未来における記憶の書き戻しポイントまで主観がタイムリープするのかもしれない」

倫子「……いや、それはないか。過去へ送るのと違って、特異点を通過するわけじゃない。実質、時間経過が相応に必要になる」

倫子「ってことは、記憶データの中で過ごした記憶が蓄積されていく?」

倫子「いや、そんなわけない。過去へのタイムリープでも、リング特異点を通過した時の記憶なんて無かったわけだから」

倫子「通常の時間経過の中にOR物質をデータとして置いておくなんてこと、今までやったことがないけど……できるのかな?」

倫子「ある意味、私の主観が2つになっちゃう。てことは、私の現在が2つになる……?」

倫子「データになった"私"も、リーディングシュタイナーを発動して、別の世界線の記憶を受信したりする? ……それはわかんないか」

倫子「少なくとも、肉体に残る方の主観が、書き戻し時点までは残って、その後、描き戻しと同時にデータ側の主観が"私の現在"に取って代わるはず。ってことは……」

倫子「肉体側の私の主観自体は、一度、消える?」

ダル「でも、消えないかもしれんわけっしょ? だったら、それに賭けてみる価値はあると思うのだぜ」

倫子「理論上は、だよ。2025年以降、私の記憶を受信する入れ物があるかどうかもわからない」

ダル「ま、そうなんだけどさ」

未来ガジェット研究所


ダル「どう、真帆たん。最終調整終わった?」

真帆「ええ、用意できたわ。すぐにでも記憶をデータ化できる」

倫子「……やろう」スチャ

真帆「それじゃ、行くわよ」カタカタ ッターン

倫子「(私の主観は跳ぶのか、あるいは……)」ドキドキ

真帆「……終わったけど」

倫子「…………」

倫子「残った」ホッ

真帆「記憶の書き戻しについては、近い将来そういう技術が確立すると思う」

倫子「(紅莉栖のタイムリープの技術があれば、それは可能なんだけどね。……あれ、どうして私、確信を持ってるんだろう?)」

真帆「大学に戻ってその研究も続けるわ。というか、これが本来の私の仕事なのよね」

倫子「えっと、ATFで言ってた、『Amadeus』の医療分野への応用、だっけ」

真帆「そういうこと。……もう行くわ。明日アメリカに帰ったら、紅莉栖のノートPCの中身、見てもいいかしら」

倫子「うん……。たぶん、そういう結果に収束するんだと思う。でも、自分以外の誰にも見せないでね」

真帆「そんなことはしないわ。橋田さんもありがとう」

ダル「結局僕の力で開けられなかったけどね。モノがモノだから、明日秋葉原を出る直前に渡すお」

真帆「それじゃ、本当にお世話になったわね。これからもよろしく」ニコ

倫子「……うん」

2011年2月1日火曜日
未来ガジェット研究所 昼


倫子「レスキネン教授が行方不明!?」

真帆「ええ……昨日から電話も通じないし、ホテルにも居なかったの。当然アメリカ行きはキャンセル」

真帆「やっぱり、これって……」ゾクッ

倫子「……レイエスの組織がまた動き出したのかも知れない。くそっ……」

真帆「ね、ねえ、岡部さん、私……」プルプル

倫子「……大丈夫。真帆ちゃんは絶対私たちが守るから」ギュッ

真帆「うん……あとちゃん付けしないで……」

倫子「『Amadeus』は?」

真帆「それが、私のアクセス権が失われてたの」

真帆「これを実行したのがあなたじゃないなら、レスキネン教授以外には不可能なはずなのだけれど……」

倫子「ちょっと待って」prrrr prrrr

Ama紅莉栖『ハロー。また先輩と一緒にラボに居るの? もしかしてもう、半ば同棲状態とか?』

真帆「そんなことばっかり言ってると切るわよ! もう!」ピッ

倫子「全アクセス権が停止したわけじゃない。真帆ちゃんのが奪われただけ……」

倫子「教授が捕まって、強制的にやらされたのかな……」

ダル「オカリンの話だとさ、やつら、かがりたんを誘拐したかったんしょ?」

ダル「理由はよくわからんけど、ラボの襲撃があった時も真帆たんが『Amadeus』にアクセスできなくなったとか言ってなかったっけ?」

ダル「なんの関係があるかは謎だけどさ、かがりたんが危ないんじゃね……」

倫子「最悪だ……」ゾクッ


ダル「とりあえず、かがりたんの安全が第一だお。るか氏の家も、フェイリスたんの家もバレてる可能性があるなら、僕の隠れ家に潜んでてもらおうと思うのだが」

倫子「か、隠れ家?」

ダル「バイト用にいくつかあるのだぜ。それでいいかな、オカリン」

倫子「……でも、かがりをひとりでそこに置いておくわけには」

ダル「鈴羽にはラジ館屋上を警備してもらわないといけないし、それこそ、母親のまゆ氏に頼んでもいいと思うんだけど」

倫子「だ、ダメだよっ!! まゆりを危険に晒すなんて、絶対にダメ!!」

ダル「まあ、そう言うと思ってたけどさ。なら、桐生氏は?」

倫子「……ダメ。もう動けるほどには元気になったって聞いてるけど、この間の一件以来、他のラウンダーに監視されてる可能性が高い」

ダル「となると僕たちが信頼できる人間は……由季た、阿万音氏かな。付き添いを頼んどくお」

倫子「うん……ごめん……」


倫子「未来視とか、タイムマシンとか、これだけ便利なものがあって、なんの対策も打てなかった……」グスッ

ダル「タイムマシン……なあ、オカリン。今こそタイムリープマシンを作るべきじゃね?」

倫子「え……?」

ダル「もうここまで狙われてたら、作ったところでSERNに奪われるようなことにはならないと思われ」

ダル「明日までに完成できれば、1月31日から今日までを何度でもやり直せるはずっしょ?オカリンが廃人になったりしない限りはさ」

倫子「で、でも……!」

倫子「(もう二度と、あの地獄のループを繰り返す自信は……)」ウルッ

真帆「タイムリープマシン、ね……。ごめんなさい、岡部さん。結局、昨日のうちに紅莉栖のPCの中の論文を見てしまったわ」

真帆「タイムマシン論文……あれは本物だったのね。そうなると、色んなことに納得がいく」

倫子「…………」

ダル「真帆たんと僕でならさ、ちょちょいのちょいっと作れるって! な、オカリン」

倫子「……私も、手伝うよ。Dメールを送らないなら、大丈夫だよね……。それに、いずれは作らなきゃなんだし……」

ダル「お、おう!? ついにオカリンが動いた!?」

真帆「紅莉栖の作ったマシンなんでしょ、私だって作ってみせるわ!」


・・・

倫子「(3人で作業に打ち込んでると、時間の経つのを忘れる……)」カチャカチャ

ダル「えーと、これがこっちで……あ、ここはこうか。となると、うーんと……」カチャカチャ

真帆「しかし、さすが紅莉栖ね。ありあわせの材料でタイムマシンを作っちゃうんだから……」

倫子「42型もLHCも問題なし。ホントに明日までには完成しそうな勢いだね……」


ダンッ ダンッ ダンッ ガチャ


レスキネン「ハァ……ハァッ……」

真帆「教授!?」

倫子「レスキネン教授っ!? 大丈夫ですか!?」

ダル「うおぅ、この人が……って、ちょ、血が出てるお!」

レスキネン「情けないけど、また奴らに捕まってしまった……隙を見て、うまく逃げることができたけどね」ニッ

真帆「無茶を……!」

倫子「(くそ、米軍のやつらめ……まさか、レイエスが!?)」

レスキネン「『Amadeus』へのアクセス権は、確認したかな?」

真帆「は、はい」

レスキネン「O.K. 今後、リンコのスマホからは"クリス"に連絡してはダメだよ」

倫子「わ、わかりました」

レスキネン「今すぐ電機大のオフィスを引き上げよう。マホ、手伝ってほしい」


倫子「私が比屋定さんの代わりに行きます! 比屋定さんは今、ちょっと手が離せないので」

真帆「……わかったわ。こっちは任せて」

レスキネン「マホの荷物は、ハンドバッグ以外預かっておこう。オフィスの資料とまとめて大学へ送るよ」

真帆「助かります。それじゃあ、これ、お願いします」スッ

倫子「ちょ、ちょっと真帆ちゃん。紅莉栖のノートPCとHDDも預けて大丈夫なの?」ヒソヒソ

真帆「中身はもう別の場所へ移したわ。橋田さん曰く絶対に安全なところに」ヒソヒソ

真帆「あと、教授には私はパスを知らないって言ってある。実際、その時は知らなかったし」ヒソヒソ

倫子「そっか、ならよかった」ホッ

レスキネン「それじゃ、リンコ。行こうか」


倫子「あ、ダル!」

ダル「はい?」

倫子「……なんだか、嫌な予感がするから、言っておくね」

倫子「もし私が戻らなかったら、私の白衣、ダルにあげるから」

ダル「いや、要らんし」

倫子「……どうせ私はもう着ないし」

倫子「(それに、前に見た未来視でダルは私の白衣を着てた。いずれ着ることになるんだったら、渡しておきたい)」

ダル「そんな縁起でも無いこと言ってないでさ、ちゃんとラボに帰ってくるのだぜ」

倫子「わ、わかってるよ。すみません、レスキネン教授」

レスキネン「ああ、構わないよ。大丈夫、君のことは私が命に代えてでも守ろう」

真帆「教授、岡部さんをよろしくお願いします」

中央通り 車内


ブロロロロロ……

倫子「えっと、お車、どうされたんですか?」

レスキネン「さっきレンタルしたんだよ。国際免許を取っておいて良かった」

倫子「そうでしたか。あの、教えてください。レイエス教授の正体はいったい……」

レスキネン「君たちが睨んでいる通り、米軍と繋がりのあるスパイだったようだ。おそらく、"DURPA"」

倫子「ダーパ……」

レスキネン「私たちの宝である『Amadeus』を軍事利用し、第二の核兵器としてしまうなど、到底許されることではない」

倫子「……"紅莉栖"が、核兵器……恐ろしいですね……」

レスキネン「ああ、とても恐ろしいことだ」

倫子「そう言えば教授、私のラボ――えっと、サークルの拠点の場所、知ってたんですね。比屋定さんから聞いたんですか?」

レスキネン「……入院していた時にね。マホが楽しくやっていたようで、私としては嬉しい限りだ」

レスキネン「さて……ドライブを楽しもうじゃないか、リンコ」カチッ シュー……

倫子「あ……あれ……なんだか、眠く――――」

東京電機大学神田キャンパス地下2階 電気室 ストラトフォー支部


倫子「――――こ、ここは……?」ガチャン

倫子「("ガチャン"? あ、あれ、手足が動かない……椅子に縛られてる?)」ガチャン ガチャン

レスキネン「やぁ、リンコ。目が覚めたかい」

倫子「……レスキネン……教授?」

倫子「(教授だけじゃない。周りに数人、黒いスーツに身を包んだ男たちが黙って控えている。まるでMIBだ)」

レスキネン「気分はどうかな? 喉が渇いたなら、彼らにオデンカンを用意させるよ」

倫子「あの、これは、いったい……私、どうして拘束されて――」


   『お前が悪いんだ。お前が俺を狂わせたんだ。だからお前が犯されるのは自業自得なんだよ』


倫子「(い、いや、嘘でしょ!? 教授に限って、そんな……!)」ゾワワァ

レスキネン「私の目に狂いはなかったよ。さあ、リンコ。クリスのノートPCとHDDのパスワードを教えてくれ」

倫子「え……?」プルプル

レスキネン「そうしたら元の生活に戻してあげよう。あるいは、君が望むなら、脳科学研究所で私の助手にしてあげてもいい」

倫子「そんな……どうして……」ワナワナ

レスキネン「どうして? それは、私が――――」




レスキネン「ストラトフォーだからさ」


―――――

   『"ええ……昨日報告したように、うちの研究員がマウス実験に成功しました"』

   『"計画のロードマップはあの未来少女の「予言」通りに進んでいますよ。予定通り、これから人体実験の検討に入ります"』

―――――


倫子「(――今、すべてが繋がった)」

倫子「(1998年に鈴羽と別れたかがりは、レスキネン教授の元へ行き"未来"を伝えた。その理由はおそらく……)」

倫子「(未来のレスキネン教授がかがりに洗脳したんだ……自分の未来を伝えるために……)」

倫子「(その目的は、タイムマシンの技術の獲得……いや、そうじゃない……)」

倫子「(第3次世界大戦を引き起こすこと……大国間でタイムマシン開発戦争を勃発させること……)」

倫子「(『Amadeus』の"紅莉栖"を乗っ取ったのは、他でもない、教授自身だったんだ!)」

倫子「(教授は"紅莉栖"を通して私や真帆ちゃんを監視していた……だからラボの場所も知っていた!)」

倫子「……レイエスにやられた、というのは嘘だったんですね」

レスキネン「半分本当だよ。ストラトフォーの中にスパイが居たみたいでね……」

レスキネン「君たちが『Amadeus』にアクセスしてくれなければ、私はあと数時間もしないうちにやられていたかもしれない」

倫子「私の居場所を確認したんだ……」

レスキネン「まあ、怪我をしたのは嘘だよ。これは血糊だ」

倫子「血糊……」


レスキネン「私は知っている。クリスが何を書き上げ、彼女の父親が何をしたのかを」

倫子「"未来少女"ですか」

レスキネン「なるほど、それが思考盗撮か……。そうだとも。カガリ・シイナの口から未来を教えてもらった」

レスキネン「彼女に会った時は、物乞いの娘が適当なことを言っているだけかと思っていたよ」

レスキネン「彼女に出会ったことよりも、彼女と同じ顔の少女がヴィクトル・コンドリアに入学した時の方が驚いたけどね。予言通りになった! と」

倫子「紅莉栖……っ」

レスキネン「カガリ・シイナは完璧な作品だ! 作品番号C397、それだけの試行回数の末にようやく完成した、貴重な生命だ!」

レスキネン「だから私は彼女の予言――未来の私の託宣――の通りに行動することにしたんだよ。そのためにも、私にはパスが必要なんだ」

倫子「(私はパスを知ってる……だけど、教えてしまうと、あのノートPCとHDDの中にはすでにタイムマシン論文が入っていないことがバレてしまう)」

倫子「(そうすれば間違いなく、標的をダルや真帆ちゃんに変える……!)」

倫子「(そもそも私がパスを教えたところで元の生活に戻れる保証なんてない。ないどころか、あり得ないか……)」


レスキネン「この場所は、我々ストラトフォーが管理する場所だ。我々以外には、誰も知らない」

倫子「(どうあがいても、この時点で、私の人生、詰み……)」

倫子「あは……あはは……。もう、悩まなくていいんだ……」プルプル

倫子「ごめんね、まゆり……私、今、ちょっと嬉しい……」グスッ

倫子「(私の犠牲でみんなを守れるなら。迷うことなくこのまま消えていけるなら――)」

レスキネン「さあ、教えなさい、リンコ。痛いのはイヤだろう?」

レスキネン「人間というのは、苦痛を味わうと、それから逃れるために簡単に情報を漏らす」

レスキネン「拷問が通用しない『Amadeus』より、生身の君の相手をする方がずっと楽だ」

倫子「ふ、ふふ、ふ……」

倫子「あはは……相手が悪かったみたいですよ、教授」

レスキネン「なに?」

倫子「……あなたはこれから14年間、私を拷問し続けなくてはならなくなったのですから」ニコ

レスキネン「ほう……なかなかいい目をしているじゃないか」

レスキネン「君が望むなら、どこまで耐えられるか試してあげよう」ニヤリ


・・・

ピッ  ピッ  ピッ  

レスキネン「……リンコの脳内は、実に面白いことになっているようだね。現代医学では見逃されるかもしれないが、この私の目はごまかせない」

倫子「あがっ……ぎっ……えぐっ……」プルプル

レスキネン「安心しなさい。開頭した頭蓋と硬膜はちゃんと元に戻しておくからね。それにしても、なるほど……」

倫子「あっ……ああっ……あえっ……」プルプル

レスキネン「電気刺激で思考を従順にしようと思ったが、どうやら上手く行かないらしい。これはジュディの専門分野だったかもしれないな」

レスキネン「電極が脳に刺さる感覚はどうかな? 気持ちいいかい?」

倫子「ぅえ……い……あ……」プルプル

レスキネン「憎悪、愛情、憤怒、悲哀、悦楽……激しい感情が何種類も同時に襲って正常に思考できない状態、かな」

レスキネン「仕方ない。脳がダメなら、その身体に直接聞いてみるしかないね」

レスキネン「実験はまた明日だ。楽しみに待っててくれ、リンコ」


・・・

倫子「っ……!」

倫子「ひぐっ……!」

倫子「がっ……!」

レスキネン「君は実に我慢強い女の子だ」

レスキネン「背中の皮膚がただれて、血が出ているのに、なぜ耐えようとするんだい?」

レスキネン「早く言ってしまえば、楽になると言うのに」

倫子「うっ……!」

倫子「かはっ……!」



激痛で意識が飛びそうになる度に時間の感覚が引き延ばされた。文字通り、心臓が早鐘を打つ。

エレファントマウス。1秒の痛みが主観で30秒ほどに伸びて感じる。

死ぬほど苦しい時間が長く続いても、それは脳波クロックが引き起こす脳の錯覚に過ぎない。

私はじっと、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

そうすることで、視界が麻痺して、他の何も目に入れなくて済んだ。


・・・

倫子「う、く……う……」

レスキネン「痛いかい? 皮膚の表面を切るだけだよ。血はたくさん出るが、死ぬほどではない」

レスキネン「3日も放置すれば化膿してかゆみがひどいことになるだろう」

レスキネン「安心してほしい。私は脳科学者だ、メスの扱いには慣れているよ」

レスキネン「そうだね、10カ所ほど切り刻もうか」

倫子「ぁっ……!」



私はじっと、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

そうすることで、視界が麻痺して、他の何も目に入れなくて済んだ。


・・・

倫子「あ、あああああ、はあ、はあ、かゆい、かゆぃぃぃ、かゆいよぉぉぉぉ、はあ、ああ、ああああ……」

レスキネン「そうかい。かゆいかい。だけど引っ掻くことは許可できないよ」

倫子「う、ぁ、ああああ、かゆ、か……あああ、はあ、はあ、かゆぃ……」

レスキネン「人というのは実に不思議なものでね。痛みは意外と我慢することができるのだが、かゆみはそうでもないんだ」

レスキネン「痛みよりもかゆみの方が、拷問には効果的かもしれないね」

倫子「はあっ、はあっ、あ、うう、かゆいかゆいかゆいかゆいかゆいか――」

倫子「…………」




私はじっと、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

そうすることで、視界が麻痺して、他の何も目に入れなくて済んだ。

そして、私は私を殺した。


・・・

倫子「はか……っ!」ドカッ!

倫子「あ、ぎ……!」バキッ!

レスキネン「Fmm... 左上腕はこれで粉砕骨折、というところかな」

倫子「う、ぁ、あぁぁぁっ……うぁぁぁ……っ!」

レスキネン「まだ白状しないとは。いったい、なにが足りないんだろうね」

レスキネン「仕方ない。今日の実験はこれぐらいにしておこう」

レスキネン「治療もしておくから、ゆっくり休むといい」



私はじっと、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

そうすることで、視界が麻痺して、他の何も目に入れなくて済んだ。

そして、私は私を殺した。


・・・

倫子「がっ、はっ……げっ……」

倫子「かはぁっ、はぁっ、はぁっ……げほっ、がっはっ、はぁっ……はぁっ……」

レスキネン「ウォーターボーディングはCIAがつい最近まで拷問方法として用いていた、最も安易で最も効果的で、最も苦しませることができる技術だ」

レスキネン「21世紀において、いまだにこのような古典的な拷問を行っていた。まさか影のCIAである私がこの方法に頼ることになるとはね」

倫子「うっ、うぶっ……ごっ……」


私はじっと、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

そうすることで、視界が麻痺して、他の何も目に入れなくて済んだ。

そして、私は私を殺した。




Tips: ウォーターボーディング
足を頭より高い位置に固定して仰向けに寝かせた相手の口や鼻に、上から水を直接注ぎ込む。これにより窒息状態にして、溺死する錯覚を効果的に与えることができる。この溺死の錯覚は痛覚ではないので、肉体的損傷を与えないという意味において、アメリカはウォーターボーディングをジュネーヴ条約が禁止する強度の拷問には含まれないと主張していたが、初の黒人大統領就任時の2009年に大統領令で禁止された。


・・・

レスキネン「久しぶりに椅子に座った気分はどうかな? 大丈夫。私はすぐここを出て行くよ」

レスキネン「たった2日、少し顎を上にそらしたまま、じっとしているだけだ。ただ、君の額に水滴が5秒間隔で落ちてくるけどね」

レスキネン「次第に感覚は極限にまで研ぎ澄まされ、水滴が額に当たるたびに全身の神経を引きちぎられるような錯覚、全身の骨が粉々に砕かれるかのような錯覚、あるいは――」

レスキネン「長く鋭利な千枚通しで頭を貫かれたような錯覚、血も含めた体内のあらゆる水分が凍り付くような錯覚――」

レスキネン「全身の皮膚がぐずぐずに腐ってずる剥けるような錯覚に襲われるだけさ」

レスキネン「それじゃ、がんばってね」バタン


―――――
――

倫子「ああ……あああああ」

倫子「殺して――」

倫子「殺してぇぇぇっ!」



私はじっと、天井から垂れてくる水を見つめ続けていた。

そして、私は私を殺した。


・・・

倫子「ぅ……う……」

レスキネン「私は麻酔を扱うのは苦手だが、どうやらうまくいったようだね」

レスキネン「気分はどうかな? 君は今、首から下が麻痺している状態だ」

レスキネン「自分の身体を思うままに動かせないというのは、ストレスのたまることだと思わないかい?」

レスキネン「とりあえず、その状態で1年ほど過ごしてみよう」

レスキネン「また会うまでに、君の言う、リーディングシュタイナーやギガロマニアックス、エレファントマウス症候群について分析しておくからね」

レスキネン「1日に1度、点滴で栄養を与えるから、心配はいらないよ」

レスキネン「"Happy New Year"、リンコ」ガチャ バタン



私はじっと、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

そうすることで、視界が麻痺して、他の何も目に入れなくて済んだ。

その白い光の中に、星屑のようなものがチラチラと見えたような気がした。

そして、私は私を殺した。


・・・

倫子「ぁぁ……」


どれだけ呼びかけても、誰も来なくて。

なにも動かず、なにも動かせず。

指の一本さえ、ピクリともしなくて。

私はぼんやり、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

他にやることがなかった。

その白い光の中に、星屑のようなものがキラキラと輝いているような気がした。

そして、私は私を殺した。


・・・

倫子「ぁぁ……」


どれだけ呼びかけても、誰も来なくて。

なにも動かず、なにも動かせず。

指の一本さえ、ピクリともしなくて。

私はぼんやり、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

他にやることがなかった。

その白い光の中に、星屑のようなものがキラキラと輝いているような気がした。

そして、私は私を殺した。


・・・

何十年、何百年が経過したのだろう。時間の感覚はとうに狂っていた。

私はいつの間にかタイムリープしているのかもしれない。

何度も何度も何度も何度も同じ時間を繰り返して、無限の時間を彷徨っているのかも知れない。


レスキネン「実に醜い姿だね、リンコ。君のかつての美貌が台無しだ」

レスキネン「1年もの間、そこで横たわっていた気分はどうかな?」

レスキネン「己の糞便にまみれ、骨と皮だけの姿となり、尊厳を奪われた気分はどうだったのかと聞いている」

レスキネン「だけど、安心してほしい。殺しはしないよ」

レスキネン「君を捕まえてからそろそろ3年になるか」

レスキネン「私はね、君のことが愛おしくてたまらない。かけがえのない存在だよ」

レスキネン「あと何年間、この私を楽しませてくれるのかな。期待しているよ、リンコ」



私はじっと、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

そうすることで、視界が麻痺して、他の何も目に入れなくて済んだ。

その白い光の中に、一筋の光線が見えたような気がした。

レンブラント光線。それは、遠い遠い昔の記憶。

そして、私は私を殺した。


・・・

赤ん坊「オギャァ、オギャァ」

レスキネン「おめでとう。君の子どもだよ。2579グラムの元気な女の子だ」

倫子「あ……あ……」

レスキネン「君の卵子と私の精子のIVF<体外授精>だ。私には女性とセックスする趣味はないからね」

レスキネン「名前は何とつけようか。君の意見を聞かせて欲しい」

倫子「くり……くりす……」

レスキネン「"クリス"、か。良い名前だ」

倫子「紅莉栖……紅莉栖……」ガチャン ガチャン

レスキネン「あまり拘束された手足を動かさない方がいい、音で子どもを驚かせてしまうからね。もっとも、そんな体力はすぐになくなるだろう」

赤ん坊「オギャア、オギャア」

レスキネン「それじゃ、頑張って育ててくれ。私はしばらくここを離れることにするよ」キィ バタン

倫子「あ……あ……」

赤ん坊「オギャァ、オギャァ」


・・・

赤ん坊は生後まもなく死んだ。

それでも、自力で私の乳を吸いながら懸命に生きようとしていた。

なのに、自分の子を腕で抱くこともできないまま、私の胸の中で死んだ。

"紅莉栖"が、死んだ。

日が経つごとに彼女は腐っていき、その悪臭は私の嗅覚を破壊した。

いつしか彼女はミイラになっていた。

私はじっと、天井からつり下がっている、照明の光の奥を見つめ続けていた。

そうすることで、視界が麻痺して、他の何も目に入れなくて済んだ。

その白い光の中に、扉が見えたような気がした。

その扉の向こうには何があるんだろう。

そして、私は私を殺した。


・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・


2011年2月1日火曜日 夕方
東京電機大学神田キャンパス地下2階 電気室 ストラトフォー支部


レスキネン「"……これでリンコは、ほんの数時間の間に、彼女の主観で14年に及ぶ拷問を受けたことになる"」

レスキネン「"いやはや、委員会のデザイナーズチャイルドと種子島の天才少女が残したこの電磁波研究は非常に有用だ"」

レスキネン「"去年のあねもね号事件……航行中の船内に設置された装置から電磁波を照射して、客船の乗客乗員全ての脳を無差別に刺激するとは、恐ろしいことを考えた少女が居たものだ"」

レスキネン「"あるいは、これも『沈黙の兵器』、コウ・キミジマの洗脳によるものだったのかも知れないね。実に興味深い"」

レスキネン「"この技術を委員会に独占されるのはモッタイナイ。我々のスパイをミゲールの元に送り込んでおいて正解だったよ"」

レスキネン「"人間の時間感覚を司る脳の一部位を刺激することによって、脳波クロックを変動させ、生理時計のスピードを調整するというもの"」

レスキネン「"その上で『拷問を受ける』という記憶をVR技術を使い脳内に叩き込む……各種人体実験の被験者の記憶データを断片化してね"」

レスキネン「"そうすれば、リンコの脳が都合よく解釈して自分で拷問を受けてくれる"」

レスキネン「"今回は委員会から盗み出した記憶データを使わせてもらったよ。ヴィクコンの精神生理学研究所に出資していた希テクノロジーの実験場とAH東京総合病院での実験のものをね"」

レスキネン「"当時はまだクリスの論文が完成してなかったから、完全な記憶ではない、部分的な記憶だけれど、それでも充分だったはず"」

レスキネン「"肉体的な損傷は無いし、短時間かつローコストで行える実に効果的な拷問、のはずなんだが"」

倫子「あば……あ……ごご……」ビクビク

レスキネン「"これでも吐かないとは、とても強いお嬢さんだ。我々は別の方法でパスを手に入れるしかなくなったらしい"」


ストラト部下A「"被験者はどうしますか?"」

レスキネン「"彼女が行方不明扱いになるのは私にとっても都合が悪い。私はもうしばらくの間、優しい教授を演じなくてはならないからね"」

レスキネン「"マホと共にアメリカへ戻り、彼女から聞き出す線を探ってみよう"」

レスキネン「"『Amadeus』との会話ログから察するに、別の世界の記憶を見る力――新型脳炎――を持っているようだから、リンコの脳をじっくり研究したかったのだが、それはまた今度にしよう"」

レスキネン「"幸いここはリンコの大学だ。彼女を人目につくところに放置しておけば一両日中に誰かが見つけてくれるだろう"」

レスキネン「"私はアメリカに帰ってから、リンコが不幸な目に遭ってしまったことをマホから聞いて悲しむフリをするよ"」

2011年2月2日13時01分
御茶ノ水医科大学病院 ICU前


ウィーン

医者「…………」

るか「せ、先生ッ!」

フェイリス「オカリンの、いえ、岡部倫子さんの容態はっ!?」ヒシッ

まゆり「オカリン……」ウルッ

医者「……残念ながら、あのような状態の患者は今まで見たことがない。意識が戻ることは、現代医学では難しいかもしれない」

ダル「そ、そんな……」ガクッ

鈴羽「クソっ……」チッ

医者「ただ、肉体の方は生きている。ならば、医学の進歩に賭ける方法がある」

ダル「……コールドスリープ。まさか、冗談で言ったのにな……」ウルッ

医者「いや、そんなものは日本じゃ認可されていない。ただひたすら、懸命に看病することだ」

ダル「あっ、そ、そうっすか」

医者「あとは、彼女の精神力を信じよう」

かがり「…………」

ダル「……みんな、ちょっとオカリンとふたりきりにさせてもらえんかな」

フェイリス「……わかったニャ」

病室


倫子「…………」

ダル「……う……」

ダル「わああああああああああああああああああああああああああああっ!!!」ポロポロ

ダル「オカリン、なんでだよぉ! オカリン……イヤだイヤだ、オカリンッ! いなくなっちゃダメだああっ!」ヒシッ

ダル「目を開けてよ、オカリン……オカリンがいないと、僕……」グスッ

ダル「む……無理だお。真帆たん、アメリカに帰っちゃったし、僕1人でタイムマシン作るなんて……」ヒグッ

ダル「未来を変えるなんて……できるわけないじゃん……うあああっ!!」



   『……泣かないよ。あたしは、戦士だから……』

   『ああ、ここで泣いてる場合じゃない。なんとかしないとな』



ダル「い、今のは……これが、オカリンの言ってたデジャヴ……?」

ダル「……分かったお、オカリン。僕は変えるよ、この結末を」

ダル「……絶対にっ!!」


・・・12年後・・・
2023年9月4日18時29分
秋葉原 ダルの隠れ家


真帆「――橋田さんに呼び戻されてから、もう結構経つのね」ハァ

真帆「まさかタイムマシンを一緒に作ろうって言われるなんて……まあ、タイムリープマシンは既に作ってしまっていたわけだけど」

真帆「岡部さんにヘッドギアをつけて10年以上……未来から戻ってくる気配は無い、か……」

真帆「えっと、ここがこうなって、こっちが……」カタカタカタカタ

コツッ ガチャーン バシャーッ

真帆「うおわぁ!? って、コーヒーこぼしちゃった……ま、いっか」


ガチャ


鈴羽「クリス、来たよー! 買い物もしてきた!」ヨイショ

真帆「ハロー、鈴羽ちゃん」


鈴羽「あっ、そのテーブル、どうしたのー? ビチョビチョー! すぐにキレイにしなきゃー!」

真帆「別に問題ないわ。論文が濡れたわけじゃないし」

鈴羽「もーっ! いいわけないでしょー!」プンプン

真帆「鈴羽ちゃん、そっちの棚にヴィクコンの脳科研でまとめたレポートがあるはずなんだけど、取ってくれない?」

鈴羽「あたしは今、お掃除で忙しいの! ……よし、キレイになりました♪」

真帆「今日もお父さんに言われて来たの?」

鈴羽「違うよ、自分で考えてきたんだよ。あたし、父さんの言いなりになる女じゃないもんっ」エヘン

真帆「偉いわ。でも、お母さんの言うことだけはちゃんと聞くのよ? 由季さんの言うことに間違いはないから」

鈴羽「だったら、クリスも母さんからの言いつけを守ってほしいなあ」

真帆「ん? 由季さんからの言いつけ?」

鈴羽「脱衣所に、またお洗濯もの溜まってた! お洗濯は毎日しなさいって、この前教えてあげたでしょ?」

真帆「前に洗濯したのは……いつだったかしら。掃除なら、この前まゆりさん、じゃなかった、スターダストシェイクハンドが来てやってくれたんだけど」

鈴羽「それも結構前の話でしょ?」

真帆「時間の感覚がなくなってきてるわね……」ハァ

鈴羽「んもう」


鈴羽「ねえ、一度聞いてみたかったんだけど、クリスはどうしてそんなに一生懸命研究してるの?」

真帆「そうねえ。世界の外に居る誰かに会うため、と言ったところかしら」

鈴羽「おもしろい?」

真帆「……虚しい、かしら」

鈴羽「虚しいのにやってるの?」

真帆「あの人にまた会えるかもしれないし、会えないかもしれない。平和な世界に辿り着くかもしれないし、辿り着かないかもしれない」

真帆「それに、たとえ辿り着いたとしても、今私のやっていることはすべてなかったことになる」

真帆「それでも、たとえ何度無駄になったとしても、何千回も、何万回も、何億回も挑戦する。それが科学者というものよ」

鈴羽「それ、前に言ってた、"岡部倫子さん"って人?」

真帆「ええ、そうよ。眠り姫をいつか目覚めさせなければならないの」

真帆「この世界の未来でダメでも、どこかの世界で、必ず」

鈴羽「でも、その人、父さんが死んじゃったって……」

真帆「……そうね」


・・・2年後・・・
2025年
秋葉原 ダルの隠れ家


??「ど、どど、どうして僕がこんなことを手伝わなきゃならないんだよ……梨深がやればいいだろ、いい加減にしろ!」

??「とか何とか言って、僕がチートツール作ってあげた恩をしっかり返そうとする辺り、さすがナイトハルト氏と言わざるを得ない」

拓巳「糞、DaSHなんかに頼るんじゃなかった……拒否したら、僕の悪行が全部丸裸にされちゃうじゃないかぁ!」

ダル「そんなことしないおー(棒」

拓巳「鬱だ死のう」

??「おふたりとも、静かにしてください。ナイトハルトは自分が委員会に追われている身だという自覚があるんですか?」

拓巳「だ、だだ、だから君たちとつるんでおけっての!? そんなの、脅迫じゃないかぁ……!」

??「CIAの筋から得た情報によれば、ストラトフォーによって行われた拷問はこちらに記した通りです」

ダル「さすが澤田氏。乙!」


拓巳「なにこの資料……は、はぁっ!? 梨深にあやせに、セナの母親が受けた拷問じゃないか!? なんだよこれ……うぇぇっ!」ゲホッ

澤田「希の実験場やAH東京総合病院の地下は封鎖されたはずでしたが、実験データは別の場所へ移管されていたようです」

澤田「その場所は、渋谷にある私立碧朋学園」

拓巳「なんだよそれ……マジふざくんな……」プルプル

澤田「また、君島コウと瀬乃宮みさ希が確立した電磁波照射実験、生理時計操作も用いられている。それを踏まえた上で、ナイトハルトには彼女を見てもらいたい」


倫子「…………」


拓巳「彼女、って……この人、老化してる。ギガロマニアックスとしての力を覚醒させて、それを無理に使ったんだ」

ダル「たぶん、自分を守るために心の中に逃げ込んだんじゃね? って僕たちは考えてるお」

拓巳「妄想世界に引きこもってるってことか……あ、あれ?」

拓巳「でも、こ、この人、いつか、どこかで会ったような……1/4星来フィギュア? いや、あれはたしか横浜のアニメイトで買ったはず……」


拓巳「――み、見たままを話す」

拓巳「心象風景っていうんだけど、心の中の景色に、たくさんの彼女が死んでた。だけど、その心象風景が覗ける時点で生きてることが確定的に明らかなわけ」

ダル「つまり、精神は死んでるけど、身体は生きてたってことでFA?」

拓巳「ふぁ、FA。でも、僕が何度呼びかけても心は生き返らなかった」

拓巳「肉体はぎりぎり生きてるけど、魂はもう、二度と浮上してくることはないと思う」

拓巳「だけど、うわごとのように呟いてる言葉があった。そ、それを、整理すると、こんな感じ」

拓巳「『いくつもの未来の先が、過去へと繋がっているんじゃないか』」

拓巳「『シュタインズゲート世界線への道は険しい。一度や二度、やり直したところで、辿り着ける道ではないだろう』」

拓巳「『けれど、まずはそこから始めることが、運命石の扉<シュタインズ・ゲート>へと繋がるんじゃないか』」

澤田「シュタインズゲート……それこそが、私が300人委員会に復讐できるチャンス」

ダル「それホントにオカリンが言ってたのかよ!?」ガシッ

拓巳「い、いや、言ってたっていうか、もう言葉の意味もわかってないような感じだった。つか、近い! 臭い!」

拓巳「反射神経だったんじゃないかな。いや、心の声だし、神経なんて無いんだけど」

拓巳「そ、それともう1つ。『クリスをアマデウスの呪縛から解放してやってくれ』って……」

ダル「オカリンェ……」


ダル「でも、これでオカリンのオペレーション案が生きてくるわけだお」

澤田「ストラトフォーの手によってどこかへ持ち去られてしまった2011年1月31日時点の彼女の記憶を、今の彼女の脳へと書き戻すことによって蘇らせる」

澤田「そしてそれを過去へと送る……彼女に装着されたヘッドセットがそれを可能にしている。いやはや、とんでもない計画だ」

拓巳「で、見つかんのそれ」

ダル「無茶言うなって話。世界中のサーバーをハッキングしろって言われてるようなもん」

拓巳「は、話にならないね。僕はもう、帰るよ。なんで僕が他人に力を貸すなんてこと、しなきゃならないんだ」

澤田「ナイトハルト、今回の報酬です。受け取ってください」

拓巳「……こ、ここ、これはぁっ!? ブラチューのC78コミマセットォ!? エリンとチュッチュできる伝説の……」ゴクリ

ダル「好きっしょ、こういうの」

拓巳「すべてのしがらみから解き放たれた今の僕に、怖いものなんてなにも無いんだ(キリッ。さあ、紳士の本気度400%を見せてやんよ、ふひひ……」

ダル「そんなわけだからさ、また次も頼むのだぜ」ニッ


澤田「DaSH、どうやらワルキューレの面々が到着したらしい。私もこれで失礼する」

ダル「おう、また頼むのだぜ、澤田きゅん」

澤田「……例のモノはここに。秋葉原TMマフィアには私から報告しておきますので」ガチャ


キヨタカ「遅くなって済まない。バレル・タイター、そちらの作戦、オペレーション・ヘルヘイムは?」

ダル「ああ、うん。第2段階に以降、ってところかな」

ダル「DaSHって呼ばれたりバレル・タイターって呼ばれたり、僕って忙しいお」

キヨタカ「進行中の作戦については、引き続きヘイウッドを指揮官に続行ということで通達を……タイター? それは?」

ダル「これ? 澤田氏に持ってきてもらったんだけどさ」スッ

キヨタカ「白衣、ですか? 少しサイズが小さいような……」

ダル「オカリンの白衣。今日の今日まで、これを着るのはためらってたんだけど、最近僕、痩せてきたしね」バサッ

ダル「(これを着る日が来るとはな……)」ウルッ

ダル「……見てるがいい、鳳凰院凶真。我が友よ」

ダル「貴様を死の淵から、救い出して見せようッ! フゥーハハハッ!」バサッ

キヨタカ「バレル・タイター……?」

ダル「僕、頑張るから……! 絶対、頑張るから……!」グッ


・・・11年後・・・
2036年1月1日
ワルキューレ基地


鈴羽「国民皆兵制で高校の軍学校を卒業して、半年間日本政府軍に勤めてたら、まさか父さんたちが反政府組織として目をつけられてるなんてね」

鈴羽「それもそうか……こんなものを、こっそり作ってたんだから」

鈴羽「――タイムマシン」


ゴウンゴウンゴウン…


由季「戻ってきてくれて嬉しいわ、鈴羽」

ダル「なあ、鈴羽。娘にこんなことを頼むのは父親失格かもしれないけれど、聞いてくれるか?」

鈴羽「……うん」

ダル「タイムマシンに乗って、過去へ跳んでほしい」

鈴羽「……っ!?」


ダル「鈴羽にしか頼めないことなんだよ。どうだ、できるかい?」

ダル「……勿論、拒否しても構わない」

鈴羽「あたしは……」


   『世界の外に居る誰かに会うため、と言ったところかしら』


鈴羽「なるほど、そういうことか……クリスがずっと研究していたのは」

真帆「ええ、そうよ。私の、私たちの人生をすべて捧げた」

鈴羽「い、居たんだ。……わかった。あたし、やるよ。過去に行ってくる」

ダル「……そっかぁ」

由季「……ありがとう、鈴羽」

真帆「あなたたち、複雑な顔してないで、すぐ実験に取り掛かるわよ」

2036年1月14日2時48分
ワルキューレ基地 タイムマシン内部


ダル『こっちの準備は完了したよ』

真帆『いい? いつも言ってるからわかってると思うけど、予定されたこと以外は絶対にしないで』

真帆『もし勝手なことをしたら、即刻テストパイロットを解任するわ』

鈴羽「オーキードーキー」

真帆『それじゃ、実験を始めましょう』

鈴羽「第4回、実証実験開始。目標跳躍時間は、2036年1月14日、3時00分」

ダル『カウント、10、9、8、7、6、5、4、3、2、1――』

鈴羽「くっ――――――」

―――――――――――――――――――――――――――――――
    2036年1月14日2時48分  ⇒  2036年1月14日3時00分
―――――――――――――――――――――――――――――――

鈴羽「……跳躍終了。体感で、だいたい5秒くらいか」シュィィィィン(※ハッチが開く音)

真帆「お疲れ様。実験は成功ね」

ダル「でも、冷却装置の改良の必要がありそうだ……鈴羽、体調に異常はないかい?」

鈴羽「大丈夫だよ、父さん。心配しないで」

ダル「良かった……」ホッ


・・・
2036年2月21日
ワルキューレ基地


ダル「見つけた……ついに見つけたぞ、みんな」プルプル

ダル「オカリンを死者の国から呼び戻す作戦、オペレーション・ヘルヘイム、成功だ……っ!」バサッ

フェイリス「見つけたって……もしかして、凶真の記憶?」

ダル「ああ。まさか、僕たちの大学の地下にストラトフォーの秘密基地があったなんてな。灯台下暗しだったよ」

ダル「ようやく発見できたのは、今月の6日に起こった防衛攻撃システムの世界的誤作動のおかげかな……」フゥ

まゆり「嘘……ホント!?」

るか「これで凶真さんが蘇るんですね!?」

ダル「データも装置もある。あとはオカリンの気合い次第ってところか……」

ダル「その上、どの世界線のオカリンがダウンロードされるかはわからない」

ダル「けど、どの世界線であろうと、オカリンはオカリンに違いないはず」

真帆「とにかく、急ぎましょう。もうXデーまで時間が無い」

ダル「オーキードーキー!」


葛城新次郎「それで、オペレーション・ヨルムンガンドは?」

ダル「ミッション内容は敵実行部隊『ラウンダー』指揮官リブロンの暗殺。奴がロシアに捕縛され、SERNの情報をロシアが手に入れる前に殺す必要がある」

御子柴レイ「シアワセ4Uの星田栄のボディーガードとして、長らく日本で活動している委員会の手先……」

鈴羽「プランは? モメてたよね」

キヨタカ「C案……狙撃で行く。狙撃手は阿万音鈴羽、お前だ」

鈴羽「……オーキードーキー」

葛城新次郎「小娘、実はビビってやがるな?」

鈴羽「あたし自身は収束の力で死なない。だけど、みんなを守れる自信は……」グッ

由季「鈴羽。大丈夫よ、きっと大丈夫」

ダル「ああ。もっと自分を信じろ、鈴羽」

鈴羽「母さん……父さん……」


フェイリス「それで、由季さんまで行かせて良かったの? だって――」

ダル「世界はそういう風に収束する。この試練もまた、鈴羽にとっても、世界にとっても必要なことなんだ」

まゆり「……由季さん、死んじゃうんだよね」

フェイリス「それが神様が与えた試練だって言うなら、神様なんて居ないよ……」

るか「今まで多くの犠牲を払ってきました。でも、それはすべて過去へと繋がる必要なこと」

ダル「そう。だから、僕たちは常に前を向いていなければならない」

ダル「たとえ最愛の妻を失うとしても」

ダル「……っ」ギリッ

真帆「橋田さん……」

都内某所


パラララッ パラララララッ


キヨタカ「クソッ! 作戦がロシアにバレていたッ! 鈴羽、早く逃げ――」バタッ

葛城新次郎「ロシアの無人機!? ちくしょう、やってやるッ!!」ギリッ

御子柴レイ「ここで引きつける! 鈴羽のところへ行かせてはダメだっ!」BANG! BANG!


ドォォォォォォォォォォォォン…


鈴羽「潜伏地点で爆発!? そんな、みんなは……」プルプル

由季「――ッ!! 鈴羽ッ!!」ガバッ

鈴羽「え―――――」


パララララッ パララララララッ


由季「かはっ……」グタッ

鈴羽「母さんっ! しっかり!」ガシッ

鈴羽「(弾は体内に残らず、貫通して、あたしの胸まで届いてる……これなら、急いで手当すれば間に合うか!?)」

鈴羽「(……クソッ! たかが銃撃の鈍痛なんかで、身体に力が入らなくなるなんて……っ)」ズキズキ

由季「……ねえ、鈴羽。本当は母さんね……」ゴフッ

鈴羽「しゃべるな! 傷が広がる!」

由季「つらかった……家族で何の心配もなく幸せに過ごせたらって……思ってたわ……」

鈴羽「母さん……」

由季「ありがとう鈴羽……あなたは私の……」

由季「――宝物よ」

鈴羽「そんな……どうして……まさか、これが、"収束"……」プルプル

由季「……行ってらっしゃい、鈴羽。あなたが、ワルキューレの希望なのだから……」

鈴羽「何言ってる! 置いて行けるわけ、ないっ!」ギュッ

由季「ごめんなさい、鈴羽……」

由季「…………」

由季「…………」



由季「…………………………………」



鈴羽「……母さん」グッ

第18章 明誓のリナシメント(♀)

・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・




倫子「――――!!!!」ガバッ

倫子「…………」キョロキョロ

倫子「ラボ、か……」ホッ



未来ガジェット研究所?


??「ちょっと岡部、いつまでもそんなところで寝てると、風邪ひくわよ」

倫子「なんだ、紅莉栖。いたのか」


紅莉栖「いたのか、とは随分ご挨拶ね。だが、それがいい」ハァハァ

倫子「相変わらずだな、近づかないでくれ」

紅莉栖「ぐはぁっ! き、昨日も一昨日も一緒に居たのに、それはさすがに酷い」

倫子「そう、だったな。それで、ダルやまゆりはどうした?」

紅莉栖「……あんた、本当に大丈夫? 結婚する?」

まゆり「オカリン、トゥットゥルー♪」ゲシッ

紅莉栖「ちょ、まゆり、足踏んでる踏んでる!」

ダル「いや、自業自得だと思われ」

倫子「ああ、そうか。いつだってそこにいたよな、2人とも」

倫子「(2人だけじゃない、ここには――)」


フェイリス「凶真、元気がないニャ? フェイリス印の猫耳メイド服を着るときっと元気が出ると思うニャ♪」

倫子「それは、オレ以外が、だろうが! オレにはこのパーフェクトな白衣があるっ!」バサッ

るか「おか、凶真さん。ボクに出来ることがあったら、なんでも言ってくださいね。エル・プサイ・コンガリィですっ!」

倫子「コンガリィではなく、コングルゥだっ!」

るか「はいっ! エル、プサイ、コングルゥ!」

倫子「うむっ」ニコッ

るか「(かわいい)」


鈴羽「レジェンド、風邪だって!? これ、飲んで!!」グイッ

倫子「な、なんだ、その奇妙な色の液体は……っ!」ビクッ

鈴羽「これさえ飲めば風邪なんて一瞬で治っちゃうから! ほら、飲んだ飲んだ!」ガッ

倫子「や、やめんかバイト戦士――――ぐぼふっ」バタッ

紅莉栖「お、岡部っ!?」

萌郁「それ……何が入っているの……?」

鈴羽「公園に生えてる草とか、その辺で捕まえた虫とか、色んなの。あたしの居た時代じゃすっごく効いたんだから心配ないって!」

倫子「ブクブクブク……」

萌郁「そ、そう……」


倫子「ぜ、全員いるようだな……ゴフッ」

紅莉栖「阿万音さん、いつか見てなさいよ……」ゴゴゴ

鈴羽「なんだよ牧瀬紅莉栖。やろうっての?」ゴゴゴ

倫子「気を取り直して。ゴホン」

倫子「では只今より、第65536回目の円卓会議を行う! お前たち、準備はいいか!?」

紅莉栖「で、今日の議題はなんなんだ?」

倫子「そんなものは決まっている。今日の議題は――」

倫子「議題、は……」


紅莉栖「岡部?」

寒い。

まゆり「オカリン?」

寒い。

ダル「どしたん、オカリン?」

寒い。

フェイリス「凶真?」

寒い。

るか「凶真さん……?」

寒い。

鈴羽「レジェンド?」

寒い。

萌郁「姉さん……?」



寒い―――――――――――――――――――



ここは、データとして眠っている私の世界。


0と1だけで構成された世界。


時間が止まったままの世界。


次元の果てのような世界。


冷たく暗い箱の中の世界。




――――"紅莉栖"の居る世界。

2036年3月7日金曜日
暗室


倫子「ぁ……………………」

倫子「(どこ、ここ? 声が思うように出せない……)」

倫子「っ!!」ズキン!!

倫子「(あ、頭が……痛い……っ)」

倫子「っ……ぅぁ……」

倫子「(なんとか……起き上がれた……。声が出ない、無理に出そうとすると喉が痛む……)」

倫子「(ヘッドギアにクランケ服……なんだろ、この格好?)」

倫子「(私は……何をしていたんだっけ……)」


倫子「(――そうだ、思い出した! かがりちゃんだ!)」

倫子「(2011年1月15日の未明、紅莉栖の記憶を消すために、比屋定さんの作った装置で元のかがりちゃんの記憶を上書きしようとして、私は……)」

倫子「(ストラトフォーにラボが襲撃される直前、スマホのボタンを押して、世界線が変動したんだ。ってことは、ここは変動後の世界線か)」

倫子「(この世界線の"私"は、一体なにをどうしてこんな状態になってるんだろう……)」

倫子「(暗くてよく見えないけど、身体が極端にボロボロなのはわかる)」

倫子「(とにかく、ここから出てみよう)」スッ

バタッ!!

倫子「っ―――!」

倫子「(あ、足に力が入らない!? 想像以上に衰弱してるみたい……)」

倫子「(でも、身体を引きずってでも部屋から出ないと……)」

ガチャ バタン

廃ビル外


ズル ズル ズル …

倫子「なんだ……これ……ゴフッ」

倫子「(見渡す限り、廃墟ビルだらけ……周りは瓦礫の山……)」

倫子「(空は赤銅色……まるで地獄のような……)」

倫子「(どういうこと? 私は紅莉栖の記憶をかがりちゃんの中から消した)」

倫子「(ってことは、ここは元々かがりちゃんに紅莉栖の記憶が植え付けられなかった世界線のはず)」

倫子「(いったいどんなバタフライ効果が……って、このビルの街頭テレビって……っ!)」

倫子「あ……あ……」ガクガク

倫子「(見覚えがある……ここは、秋葉原だ……。UPXに人工衛星が墜落してる……)」プルプル

倫子「(タイムマシン……いや、『SA4D』って書いてある。なんだろうあれ、黒騎士<ブラックナイト>衛星?)」

倫子「いや、そんなことより……」ワナワナ

倫子「ラボは……どうなった……?」ガクガク


タッ タッ タッ

倫子「(な、なんだ!? 向こうから人の気配が……)」

??「お前、死にたいのか?」ガチャ

倫子「あ……あ……っ」

倫子「すず……は……」ウルウル

鈴羽「っ!? どうしてあたしの本名を……。何者だ?」

倫子「私が……わからないの……?」

鈴羽「あんたみたいな婆さんの知り合いなんていない」

倫子「(婆さん……? な、なにを言ってるの……?)」

倫子「岡部……岡部、倫子だよ……」

鈴羽「岡部……倫子ッ!? そんな、バカな! だって、岡部倫子は死んだはず!」

倫子「私が、死んだ……?」

鈴羽「……お前に確認したいことがある。ついてこい」ガシッ

元ラジ館屋上


ダル『君に萌え萌え』

鈴羽「バッキュンきゅん」

倫子「…………」

ガチャ

ダル『入れ』

倫子「(確かに合言葉としてこの上なく堅固かも知れないけど、雰囲気を考えなよ、ダル……)」

倫子「(そういえば、α世界線の鈴羽が言ってたっけ。ダルのプロポーズの言葉……)」


   『告白の言葉は、「キミに一生、萌え萌え☆キュン」だったって聞いてる』


倫子「(橋田家にとっては大事な言葉なのか……)」

ワルキューレ基地


倫子「まぶし……」

ダル「よかった、やっと目を覚ましたんだな、オカリン……」

倫子「ああ、やっぱりダr……誰、ですか?」

ダル「僕は僕だお、オカリン。25年後のね」

倫子「ダルが、痩せてる……信じられない……」

ダル「ってそこかよ」


ダル「まあ、この僕は2010年に現れた娘に1年間しごかれたおかげで、こうやってスマートになったわけだぜぃ」

ダル「でも、鈴羽が僕を痩せさせようと思うためには、鈴羽の出身世界線の僕は太ってないといけないわけで、こうして世界は巡っていくんだよなぁ」

鈴羽「父さん、少し言葉遣い、おかしくない?」

倫子「……いや、私は知ってる。未来のダルが、私の為に喋り方を合わせてくれてるってこと」

ダル「α世界線の2033年の僕、だったね」

倫子「ダル……もしかして、タイムマシンで過去に来たの?」

ダル「そう思う? 実は逆なんだなぁ」

倫子「逆……?」

鈴羽「自分の顔を見れば理解するんじゃないかな」スッ

倫子「鏡……ん、誰、この人……」

倫子「あ……あ……」プルプル

倫子「嘘……そんな……でも、どうして……」ガクガク

ダル「今は2036年。オカリンは年齢的には、44歳だ」

鈴羽「それ以上に老けて見えるけどね」

ダル「今からそれについて説明する」


この世界線の私は長いこと眠っていたらしい。

15年もの間、毎日何時間もかけてみんなが私の体のケアをしてくれたそうだ。

栄養摂取をはじめ、垢擦り、洗髪、目やにや痰の処理、排泄物の処理、口腔の洗浄、床ずれ防止。

関節の曲げ伸ばしと筋肉マッサージ。それらの肉体運動に加えて、EMS器具を使うなどして筋力の低下を防いでくれた。

世界は電気仕掛け。私のこの身体の細胞ひとつひとつもまた生体電気で動く。

外部から電気を流すことで運動能力を維持していたという。

肉体という入れ物を、未来に遺してくれていた。




Tips:EMS(Electrical Muscle Stimulation)
筋肉へ電気刺激を送ること。スポーツ現場での疲労回復やリハビリ医療として用いられる。


鈴羽「写真で見せてもらった岡部倫子とは、似ても似つかない」

ダル「この鈴羽はオカリンの知ってる鈴羽と違って、子どもの頃にオカリンと会ったことは無いんだ」

倫子「ああ、うん。そうだよね……」

倫子「でも、どうして私は何も覚えてないの? 私の最後の記憶は、2011年1月15日の午前1時頃のものなんだけど」

ダル「えっ? ……やっぱ無理があったのかな。記憶が飛んでるのか、あるいは別の世界線のオカリンが……」

ダル「今のオカリンの頭の中には、2011年の1月末までの記憶があるはずなんだけど」

倫子「ど、どうして?」

ダル「真帆たんがオカリンの記憶をデータとして保存したのが、2011年1月31日のことだからさ」

倫子「データ化……未来へのタイムリープみたいなもの、か」

倫子「うん。ダルの推測通り、私は1月15日に世界線移動してきた」

ダル「やっぱり未知の現象が発生したか……」

倫子「だからね。この世界線の私に1月末までの記憶があったとしても、この私は覚えてないよ」

鈴羽「それがリーディングシュタイナー……話に聞いてた通りだ」


倫子「でも、私には2025年の死亡収束があったはず。どうしてこの世界線の私は、その年を超えて生きてるの……?」

鈴羽「それはあたしも聞きたい。あたしたちは皆、岡部倫子は11年前に死んだって聞かされてきたんだ」

鈴羽「もしかして、あたしたちを騙してたのか? 父さん」

ダル「死んだよ。事実上ね」

鈴羽「事実上?」

ダル「考えても見てくれ、オカリン、鈴羽。人間の"死"って、いったいなんだい?」

倫子「死……えっと、心肺停止、じゃないの?」

ダル「仮にコールドスリープさせたら? あるいは、アンドロイド化したら? それこそ『Amadeus』化でも構わない」

ダル「世界線にとっての"死"、特にオカリンの場合は、僕たちの常識で言う"死"ではないのかもしれないね」

倫子「……因果律、か」


ダル「タイムマシン開発競争は2025年頃がピークだったんだ」

ダル「僕の得意のハッキングでそれらの情報をしこたま盗んでさ、今までの僕の研究に上乗せしたってわけ」

ダル「もちろん、理論分野に関しては真帆たんが牧瀬氏の論文を応用させてくれた。さすが"先輩"って感じだったお」

ダル「で、そのついでに色々とわかっちゃったんだよね」

ダル「各国のいろんな機関が、牧瀬氏が残した論文と彼女の記憶を欲していた」

ダル「でもその時点で、牧瀬氏の遺産は全部、ストラトフォーの手に渡ってたんだ……」

ダル「まあ、一部には自分の意志で外部へと流出したものもあったらしいけど」

倫子「(自分の、意志で?)」


ダル「ただ、連中をもってしても、例の論文の中身を確かめることはどうしてもできなかった。ロックを解除できなかったんだ」

倫子「……ならストラトフォーは、私ならパスを知ってるかもしれないと思ったはず。比屋定さんみたいに」

ダル「うん。それで、オカリンは誘拐されて、拷問された」

ダル「僕たちが助け出した時には、オカリンの精神はボロボロだった。死んだのとほぼ変わらない状態だったんだ」

ダル「もう真帆たんなんかわんわん泣いちゃって……あ、今のナイショな」

ダル「それで、まゆ氏やフェイリスたん、ルカ氏や真帆たんたちで、こことは別の施設でずっと面倒を見てきたんだ」

倫子「あそこか……」

ダル「僕たちが記憶を書き戻さなければ、永遠に蘇ることはなかっただろうね」

倫子「記憶を、書き戻す……。そっか、2011年の記憶を。でも、今になってどうして?」

ダル「記憶データを見つけたのがつい半月前だったんだ。ストラトフォーが支部のサーバにデータを保管してたんだけど、どこにあったと思う?」

ダル「僕たちの大学の地下だよ」

倫子「電機大の……」


ダル「その頃は特に大変だったよ。世界中のコンピューターがオーバーフローして、軍事衛星の誤作動で主要都市はほぼ壊滅した」

倫子「あ。あの、UPXに突き刺さってた……」

ダル「秋葉原も、新宿も、池袋も。今、日本の首都は奇跡的に難を逃れた中野にあったりする」

ダル「まあ、そういう混乱のおかげでオカリンの記憶データの在り処が浮き彫りになったんだ」

ダル「で、オカリンの記憶データを早速脳にダウンロードした。だけど、10日経ってもオカリンは目覚めなかった」

ダル「だから正直、こうして出会えて驚いてる。半ば諦めかけてたからね」

倫子「そうだったんだ……」

ダル「本当に良かった。オカリンとまた話せて……ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」

鈴羽「こんな時になにを」ハァ

ダル「いや、ちょっと安心しちゃってな。ハハハ」

トイレ


スッ

ダル「(こうやってケータイを耳に当てるのも、これが最後か……)」

ダル「……ああ、僕だ。オペレーション・ヘルヘイムは、機関の妨害の乗り越え、真の成功へと辿り着いた」

ダル「何? まだ道半ばであることを忘れるな? 僕を誰だと思っている、"DaSH<ダル・ザ・スーパーハッカー>"であり、バレル・タイターだぞ?」

ダル「必ずやタイムマシンを完成させ、世界の支配構造を変革せしめようではないか。フ……フフ……」ウルッ

ダル「フゥーハ……ハハ……」ポロポロ

ダル「ハハハはあああああ~~~~~~」ウワンウワン

ワルキューレ基地


ダル「すまんすまん。それで、どこまで話したっけ」

倫子「(ん、目が赤い?)」

鈴羽「父さん、まゆねえさんには伝えたのか? 岡部倫子が目覚めたこと」

倫子「("まゆねえさん"……そっか、この鈴羽はまゆりと仲が良いんだ。良かった)」

ダル「あ、いかん! 早く教えてやらんと」

ピッ ピッ

ダル「こちら、バレル・タイター。応答せよ」

まゆり『こちらスターダスト・シェイクハンドです。どうぞ』

倫子「ふふっ……可愛いコードネーム」

ダル「心して聞いてくれ。オカリンが……目覚めた」

まゆり『……! ほんとに、オカリンが……!?』

ダル「フェイリスたんもるか氏も一緒だろう? 3人とも、すぐ戻って来てくれないか」

まゆり『…………』

ダル「まゆ氏?」

フェイリス『ダメ。マユシィは嬉しさのあまり涙ぐんで声も出ないみたい』

倫子「……まゆり」


鈴羽「……なんで、まゆねえさん達、食料調達に出ている?」

ダル「え?」

フェイリス『確かに今日だって、昨日の夜遅くに連絡が……』

鈴羽「……罠だッ!!」

まゆり『きゃぁっ!?』 パララッ パラララッ

倫子「銃声!?」

るか『まゆりちゃん! フェイリスさん! 逃げて! ここはボクが!』

鈴羽「父さん、救出に向かおう!」

ダル「おう! オカリン、ここを頼んだのだぜ」

倫子「で、でもっ!」

ダル「大丈夫。僕たちは今までもやってこれたんだからさ。それに、オカリンの言葉が正しいなら、鈴羽を過去に送るまでは収束が働くはずだろ?」

倫子「……無事で、帰って来て」

ダル「オーキードーキー!」


倫子「……みんなならきっと、大丈夫だよね」

倫子「(試しに未来視してみるか。って、今誰も居ない――)」キョロキョロ

??「おばあちゃん、だあれ?」ヒョコッ

倫子「えっ……? あなたは……もしかして、かがり、ちゃん?」

かがり「うん。そうだよ」

倫子「(これが未来のかがりちゃん……まだ綯と同じくらいの歳か。いや、今は綯も大人になってるんだっけ)」

倫子「初めまして、かがりちゃん。私は、あなたのママのお友達よ」ギュッ

倫子「(手を繋がせてね。脳を借りて……あれ? 未来視ができない。拷問のせいなのかな……)」

かがり「まゆりママのお友達?」

倫子「そうだよ。かがりちゃんは、ママのこと、好き?」

かがり「うんっ、だーいすきっ!」

倫子「……そっか。よかった」

倫子「(……立派にお母さんやってたんだ。すごいなぁ、まゆりは……)」

かがり「ママたちのこと、心配?」

倫子「えっ? ……うん」

かがり「あのね? そういう時はね、お空に手を伸ばすと、神様が見守っててくれるってママ言ってた」

倫子「お空に……」


プルルル プルルル

倫子「ダルの無線……? はい、もしもし」

鈴羽『……岡部倫子。今、外での戦闘が終わった。もし良かったら、外まで来てほしい……』

倫子「え? な、なんで?」

鈴羽『……今のあたしたちに、命を救う医療が無いから。そして、遺体を回収できないから』

倫子「……ど、どういう……」プルプル

倫子「(まさか、まゆりたちの誰かが……!? 嘘、嘘……)」ガクガク

鈴羽『とにかく、すぐ外で待ってる。声をかけたいなら、急いだ方がいい』

倫子「そんな……っ!!」タッ

倫子「(くっ、思うように体が動かないけど……それでも……っ)」ズル ズル

かがり「おばあちゃん? ママ?」

倫子「……かがりちゃんはここで大人しくしててね。いい子だから……」

中央通り


倫子「あ……あぁ……そんな……」ガクッ

フェイリス「凶真ぁ……るかが……るかがぁ……っ!」ポロポロ

まゆり「るかくん……ぅううぅっ!!」ポロポロ

倫子「ルカ子……ねえ……嘘でしょ……」ダキッ

るか「岡部……さん……? い、いるんですか……」

倫子「(目は開いてるのに、もう、私が見えてないんだ……)」グスッ

倫子「うん、居るよ……ここに、私は居る……」

るか「よかった……さっきのはなしは、うそじゃ、なかったん、ですね……」

るか「さすが……凶真さん、です……やっぱり、生きてた……」

倫子「うん……みんなのおかげで、こうして目覚めることが出来たよ……ありがとう……」ヒグッ

るか「清心斬魔流で……みんなを……まもれて……」

るか「凶真さんと……一緒に放った……青白い斬撃は……だせませんでしたけど……ゴフッ」

倫子「(……α世界線の時の記憶が、ルカ子に守る力を……っ)」

倫子「うん……っ」ギュッ


―――――――――――――――


いいか、ルカ子。

そんなことでは、ラグナロックが始まった時、防人(さきもり)としての役目を果たせんぞ。

お前は、この秋葉原における、最後の盾なんだ。

お前が揺らげば、防衛線は総崩れになってしまう。

心を強く持て、ルカ子。

それと、これだけは忘れるな。

このオレ、鳳凰院凶真は、何があっても死にはしない。

何故なら、それが、それこそが、運命石の扉<シュタインズ・ゲート>の選択だからだっ!!


――――――――――――――――


倫子「(この世界線のルカ子の記憶……そういや私、そんなこと、言ったっけ……)」

るか「男が……好きな子にすがりついて生きてきたなんて、かっこ悪いですもんね……」

倫子「どうして、そんなにまで私を……っ」グスッ

るか「誰にもうちあけられずに……とどかなくても……この気持ち、抱きしめていたくて……」

倫子「……ルカ子、かっこいいよ。世界中の誰よりも、かっこいいよ……っ!」ギュッ

るか「……えへへ……うれしい、な……」

るか「おぼえていて……くれますか……?」

倫子「うん……っ。うん……!」ポロポロ

るか「……あなたは……だれよりもうつくしくて……つよいヒト……」

るか「……そんな岡部さんが……ボクは……」

るか「…………」

るか「…………」

るか「…………………………………………」


倫子「(ああ、またこの感覚だ……もう何度目だろう。まゆりも、紅莉栖も、ルカ子も)」

倫子「(私の腕の中で、命が消えていく感覚……)」ポロポロ

まゆり「……よかった。るかくんは、オカリンにずっと会いたがっていたから。オカリンのこと、大好きだったから」

まゆり「最期に会えたのは、本当に、よかった……」

倫子「(……まゆりにそんな台詞を言わせるなんて、なんて世界なんだ、ここは……)」

まゆり「あなたは、とても立派に戦いました。私たちは、あなたに救われました。どうか、安らかに」

倫子「(こんなの、あんまりだ――――)」

倫子「う、あぁぁぁぁぁあああああああ…………!」

ワルキューレ基地


まゆり「……オカリン、落ち着いた?」

倫子「うぐっ……。まゆりは、強いね……」

倫子「(泣きたいのに涙が出なかった。たぶん、長年の寝たきり生活のせいだろう)」

まゆり「私はずっと、オカリンを信じてたから」

倫子「まゆり……」

フェイリス「……一応、持ってきた食糧を整理しないといけない。それが、るかから託された最後の仕事だから」

まゆり「うん。かがりちゃん、手伝ってくれる?」

かがり「うんっ、ママ! 倉庫に行くね」

倫子「わ、私も――」

鈴羽「岡部倫子、父さんが呼んでる。こっちへ」

倫子「あ、うん……」


ダル「オカリン、伝言があるお。2025年のオカリンから」

倫子「え……?」

ダル「"紅莉栖"を『Amadeus』の呪縛から解放してやってくれ」

ダル「シュタインズゲート世界線への道は険しい。一度や二度、やり直したところで、辿りつける道ではないだろう」

ダル「けれど、まずはそこから始めることが、運命石の扉<シュタインズゲート>へと繋がるんじゃないか」

ダル「いくつもの未来の先が、過去へと繋がっているんじゃないか――」

倫子「紅莉栖を……」

ダル「だからさ、僕たちがいるこの世界も無駄じゃない。きっと必要な世界なんだ」

ダル「もう一度、戻って考えてみてもいいんじゃね? オカリンの記憶の途切れたその時間に、さ」

倫子「も、戻るって……? でも、どうやって……?」


真帆『できるわ』

倫子「ひ、比屋定さん! 無線から……?」

真帆『久しぶりね、岡部さん。25年ぶりかしら。まずあなたに、部屋の奥を見てほしい」

倫子「え……。こ、これ、電話レンジ(仮)……!」

真帆『私が作ったものよ。48時間制限を超えて、2週間は安全に跳べる』

倫子「す、すごい……どういう原理?」

真帆『単純にサンプリングレートを上昇させただけ。それにはやっぱり、未来の技術が必要だった』

真帆『アナログな脳の情報をデジタル化するにあたって、より精密なデータを採れれば、精神と肉体のギャップが減る、ってだけのこと。完全に0にはできないけれど』

ダル「オカリンを救出してからの間、ずっとヘッドギアを装着させてたから、"受信"は可能なのだぜ」

真帆『このマシンを改良したのが2026年頃だから、それ以前は48時間しか跳躍できないけどね』


倫子「で、でも記憶圧縮用のブラックホールはどうするの?」

ダル「タイムマシンを造った僕たちが自力でブラックホール作れないわけないっしょ。そもそも、2010年7月時点で電子レンジの中にブラックホールを作ることは一応成功してたわけだし」

倫子「あ、そっか。やろうと思えばブラックホールはいくらでも作れたんだ」

ダル「でも、2025年より前は安定性を考えて、岩手県の山中にある東北ILC<国際リニアコライダー>を使わせてもらってる」

ダル「この頃、LHCは謎のハッカーによって破壊されてるんだよね」

ダル「もち接続はバッチシ。SERNって世界中のそういう機関と超高速光回線で繋がってるのな、300人委員会便利すぎワロタ」


   『カモフラージュのために、世界中のラウンダー幹部の居場所や研究所にも直通回線を引かせてもらったわ』


倫子「(これも紅莉栖のおかげか……)」

ダル「それで、SERNのLHCが使える時代に入ったら、オカリンがよく知ってるタイムリープになるはずだお」


倫子「でも、待って。私がタイムリープし続けたら、死の収束を騙せなくなっちゃうんじゃない?」

倫子「だって、2025年も、2026年も、私は目覚め続けるわけだから……」

ダル「言ったろ? 世界線にとっての"死"は、僕たちの常識で言う"死"じゃない……」

ダル「それに、タイムリープじゃ大幅な世界線変動は起こせないって教えてくれたのは、オカリンじゃんか」

倫子「あ、そっか……。今ここで因果の"因"を作っちゃったから、どれだけタイムリープしてもこの因は残り続ける。この2036年の世界は残り続けるんだ……」

真帆『途轍もなくつらい旅になるわ。だけど、岡部さん、あなたなら――』

倫子「……やるよ。α世界線のダルも、綯もやり遂げたことだしね」

倫子「それに、今の私にそれ以外の選択肢はないでしょ」

倫子「私になにができるかわからないけど――」

倫子「……ふたりとも、お願い。私を過去に送って」

ダル「……オカリン、オーキードーキー!」ニッ

真帆『岡部さん……ありがとう』


真帆『もしも次に紅莉栖に会えたら言ってやって。未来の私は、あなたの7倍もの時間跳躍を可能にしたわよ、って』

倫子「……わかった」フフッ

ダル「準備オーケーだ!」

鈴羽「待って。まゆねえさんたちとは話さなくていいの?」

倫子「……今跳ばないと、私はまた、まゆりの胸にすがってしまうかもしれないから」

鈴羽「……そっか」

倫子「それじゃあ、また。2週間前に会おう」

真帆『しっかりね』


―――――――――――――――――――――――――――――――
    2036年3月7日17時13分  →  2036年2月21日17時13分
―――――――――――――――――――――――――――――――

2036年2月21日(木)17時13分
暗室


ダル「……どう?」

真帆「記憶はダウンロードされたはずだけど……」

倫子「…………」

まゆり「オカリン、起きないね……」

ダル「やはり失敗か、あるいは――」

倫子「――――ッ!!」

倫子「(う……久しぶりにタイムリープしたけど、やっぱり気持ち悪いな……。そして声も出ないし身体も動かない……)」

まゆり「オ、オカリン? 今、少し動いたような……」

倫子「ぅ……ぁ……」

倫子「(ホントにまゆりたちが世話しててくれたんだ……)」


まゆり「オカリンッ!? 私、まゆりだよ!? わかる!?」

倫子「(わかるに決まってるじゃない。大人になっても、まゆりはまゆりだよ)」コクッ

まゆり「オカリン……っ!」ダキッ

ダル「オカリン! よかった、目覚めてくれたか!」

真帆「本当によかった……」ウルッ

倫子「(初めて未来の真帆ちゃんを見たけど、やっぱりあんまり歳を取ってるようには見えない)」

倫子「(みんなに感謝したい。言葉を交わしたい。でも、今は――)」

倫子「タイ、ム……リープ……」

ダル「なに? タイムリープ……もしかしてオカリン、2週間後からタイムリープしてきたのか?」

倫子「うん……ゴフッ」

真帆「なるほど、やっぱり覚醒には時間がかかったのね」

真帆「わかったわ。すぐにタイムリープの準備をしましょう」

まゆり「……オカリン、頑張って」

倫子「うん……」


―――――――――――――――――――――――――――――――
    2036年2月21日17時35分  →  2036年2月7日17時35分
―――――――――――――――――――――――――――――――

2036年2月7日(木)17時35分
暗室


倫子「――――ッ!!」

るか「え……凶真さん!? 今、凶真さんが動いたような……!」

フェイリス「ホント!? で、でも、まだ記憶が見つかってないのに――」

倫子「タイム……リープ、して、きた……ゴフッ」

るか「そ、そうなんですね……! よかったぁ……!」ウルッ

倫子「(ああ、ルカ子が生きてる……本当にかっこいい男性になったんだなぁ)」

倫子「(……こんな姿を見られちゃって、ちょっと恥ずかしい)」

フェイリス「喜んでる場合じゃないよ。すぐにタイムリープの準備をしてもらわないと」

るか「そ、そうですね。凶真さん、今からワルキューレ本部まで連れて行きます」

倫子「おね……がい……」


るか「失礼します」ヨイショ

倫子「(う、うわ、お姫様抱っこ……)」カァァ

フェイリス「さすが男の子だね。今の時間なら外は大丈夫だと思うけど、急いだほうがいい」

るか「ええ。それじゃ、凶真さん。しっかり捕まっててくださいね」

倫子「あ……///」ドキッ

倫子「(って、何をルカ子にトキめいているんだ私は……!)」ドキドキ

フェイリス「凶真、もう聞いてるかもしれないけど、一応言っておくね」

フェイリス「これからタイムリープ先で、留未穂たちがちょうど居合わせてることのほうが少ないと思う」

フェイリス「その場合、無理に外に出ようとしないで。1日に1回は必ず留未穂たちの誰かがここを訪ねるから」

フェイリス「つらいだろうけど、それまで我慢して待っててほしい」

倫子「うん……わかった……」


―――――――――――――――――――――――――――――――
    2036年2月7日18時57分  →  2036年1月24日18時57分
―――――――――――――――――――――――――――――――


・・・

私はタイムリープを繰り返し、暗室で目覚め続けた。

タイムリープマシンが改良された2026年まで600回ほど。

そこから2025年まで250回ほど。

合計約850回かかった。

部屋を出れば廃墟、死体の山、爆撃機の音。

途中、死にそうな目に遭ったこともあった。その度に仲間たちに助けてもらった。

途中、何度も諦めそうになったこともあった。その度に仲間たちに励ましてもらった。

さあ、あと2150回――――

・・・

2025年
ダルの隠れ家


拓巳「肉体はぎりぎり生きてるけど、魂はもう、二度と浮上してくることはないと思う」

倫子「――――ッ!」ビクッ

拓巳「う、うわああぁぁっ!?!?」ズテーンッ!!

倫子「(あれ? この男はたしか、セナと一緒に居た西條……ああ、今思えばテレビでやってたエスパー少年だ。でも、どうして私のそばに?)」

ダル「オ、オカリン!?」

澤田「意識が!?」

倫子「(よかった、ダルが居る。隣の蛇みたいな顔の男は……ワルキューレの仲間?)」

倫子「ぅ……ぁ……ゴフッ」

拓巳「……!? こ、心が、ある……魂が、宿ってる……ど、どど、どういうこと……!?」

倫子「(タイムリープは、OR物質も跳ばすことになるからね……)」

ダル「も、もしかしてオカリン、タイムリープしてきたん?」

倫子「う、うん……」

澤田「なるほど、これがタイムリープ……」

ワルキューレ基地


ダル「それで、今からオカリンを48時間前に飛ばす。僕と真帆たんがオカリンを発見したのは2011年2月1日だった」

ダル「オカリンが拷問されたのもその日だ。オカリンは、ほんの数時間のうちに14年分の拷問をされたらしい」

倫子「そんな技術が……」

ダル「だけど、それが仇になったってわけ。そのあとすぐに病院に運ばれて、オカリンのケータイは僕が持ってたから、当時の僕なら眠ってるオカリンに電話に出させると思われ」

ダル「48時間タイムリープでも余裕で拷問期間を突破できるってわけ」

ダル「まあ、間違って拷問されてるタイミングへ向けてタイムリープしようとしたところで、そもそも電話がかからないから跳べないだけで特に問題はないんだけど」

倫子「……わかった。それじゃ、私を過去に」

ダル「オーキードーキー!」


それから私は何度も何度も何度も何度も……タイムリープし続けた。

―――――――――――――――――――――――――――――――
    2011年2月4日13時51分  →  2011年2月2日13時51分
―――――――――――――――――――――――――――――――

2011年2月2日(水)13時51分
御茶ノ水医科大学病院 病室


prrrr prrrr

ダル「……あ、あれ? オカリンのケータイが鳴ってる……この電話番号、僕じゃんか」

ダル「もしかしなくても、これって僕と真帆たんが昨日作ったアレだよな……未来の僕が、目覚めたオカリンを過去に送った」ゴクリ

ダル「オカリン、電話に出てくれ」スッ ピッ

倫子「――――っ!」ガバッ

倫子「(ぐっ……相変わらず全身が痛い……)」

ダル「オ、オカリン!? 大丈夫か!?」

看護師「先生! 患者さんの意識が戻りました!」


・・・・・・

倫子「ふぅ……ダル、いつもありがと」

ダル「まさか25年もタイムリープしてくるなんて……オカリン、無茶しやがって」ウルッ

倫子「ダル、目が赤いよ?」

ダル「べっ、別にオカリンが廃人になっちゃって一晩泣いてたとかじゃないんだからね!? 勘違いしないでよねっ!」ズビーッ

倫子「ふふっ。……私は昨日電機大の地下でストラトフォーに拷問された。そうだよね?」

ダル「え、ストラトフォー? 確かにオカリンを見つけたのは電機大だけど、それマジ?」

倫子「あと1回タイムリープすれば、私は戻れる……!」

ダル「……わかったお。すぐタイムリープの準備を始めるけど、退院はどうしよう?」

倫子「そんなもん、無理やり突破すればいいよ。どうせなかったことになる」

ダル「そ、そっか。オカリン、もう何回もそうやってここまで来たんだよな……」

倫子「さあ、行こう。最後のタイムリープだ」

ダル「オーキードーキー!」


―――――――――――――――――――――――――――――――
    2011年2月2日18時27分  →  2011年1月31日18時27分
―――――――――――――――――――――――――――――――

2011年1月31日(月)18時27分
未来ガジェット研究所


倫子「――――帰って、きた」

倫子「戻って……きたんだ……」ウルッ

フェイリス「んー? 誰がニャ?」

倫子「みんな……っ」グスッ

ダル「え、誰か来たん?」

かがり「……?」

真帆「どうしたの?」

倫子「……ううん、なんでもない」グシグシ

まゆり「あのね、あのね。オカリン」

倫子「まゆり……」

まゆり「おかえり、オカリン」ニコ

倫子「……ふぇぇ」グスッ


・・・


ダル「あれから1時間近くまゆ氏の豊かな胸の中で泣き続けて、ホントいったいどうしちゃったのだぜうらやましい」

倫子「ご、ごめん……グスッ……」

まゆり「オカリンは頑張ったんだよね、まゆしぃ、知ってるよ」ナデナデ

倫子「……ありがとう、まゆり。元気出た」グシグシ

まゆり「えっへへー、まゆしぃ、オカリンの役に立てたねー♪」

倫子「(一応、まゆりの脳を借りて未来視をさせてもらった。脳が若返ったせいか、その能力は健在だった)」

倫子「(やはり、この世界線での確定事項は私の見てきた通りだ)」

倫子「(でも、それは意志の力で変えることができる。収束を超えられなくても、収束へと至る過程を変えることができる)」

倫子「(……やろう。ここまで来たんだから)」

倫子「(紅莉栖を、"紅莉栖"を救うために……!)」


ダル「オカリン……もしかして、世界線移動してきたん?」ヒソヒソ

倫子「ううん、未来からタイムリープしてきた」

ダル「え、マジで?」

倫子「今みんなが集まってるのは比屋定さんの見送り?」

ダル「そうだお」

真帆「えっと、そろそろ空港へ行かないといけないのだけど、レスキネン教授から連絡がないのよね」

倫子「比屋定さん、記憶の読み取り装置をこの前作った、よね?」

真帆「え、ええ。昨日作って、あなたの記憶のバックアップデータを採ったじゃない。もしかして、そのせいで記憶が曖昧になってる?」オロオロ

倫子「そう……。今日もしアメリカへ帰れそうになかったら、ここに泊まっていいからね」

真帆「え?」

倫子「かがりちゃん。頭の中に、別の人間の記憶がある、なんてことはないよね?」

かがり「えっと、未来の記憶は2週間くらい前に思い出して、この時代に来てからの記憶はないよ。でも、別の人の記憶?」

倫子「いや、少し確かめただけだよ。気にしないで」

かがり「なにそれー。変なオカリンさん」フフッ


・・・


倫子「(みんなを帰した後、ひとりになって考える。これからどうすべきか)」

倫子「(だけど、答えは既に出ていた。ひとりじゃ何もできない、ということが)」

ガチャ バタン

真帆「結局レスキネン教授がどこにいるかわからなくて、アメリカへは帰れなくなったわ。電機大のオフィスもまだ片付いてなかったみたいだし」

真帆「(まさか、橋田さんが言ってた、岡部さんが未来からタイムリープしてきたって言うのは本当……?)」

倫子「……真帆ちゃん」

真帆「だからちゃん付けするなと……岡部さん、何か気になることでもあるの?」

倫子「え……?」

真帆「(あなたにとってはこの話、してないことになってる可能性があるのかしら……)」

真帆「(試してみましょうか)」

真帆「私じゃ紅莉栖の代わりにはなれないかもしれないけど、それでもよければ話してみて」


倫子「(もう私には、真帆ちゃんを巻き込まないようにしよう、などという気持ちは微塵も無かった)」

倫子「(今からタイムリープマシンを完成させ、改良させ、私を過去に送るのは、まぎれもない彼女なのだから)」

倫子「比屋定さん、聞いてほしい話がある。嘘だと思うかもしれないけれど、それでも、信じて欲しい」

真帆「……信じるわよ。あなた、私の命の恩人だってこと、忘れてるんじゃないの?」

真帆「私が紅莉栖のことを信じたいと思ったように……そう、サリエリとモーツァルトが互いを尊敬していたという話ね」

真帆「それと同じように、私はあなたのことも信じたいと思ってるのだから」

真帆「あなたにも、私を信じて欲しい……ってのは、ちょっと言いすぎかしら」

倫子「ううん! そんなことないよ」

真帆「(……昨日と同じ話をしても新鮮な反応が返ってくる。これはやっぱり……)」

倫子「嘘みたいな話だけど、聞いてくれる?」

真帆「ええ。どんな話でも信じるわ」


・・・

真帆「信じられない……」

倫子「信じてくれるって言ったのに」ムーッ

真帆「でも、信じないわけにはいかないわよね。こんなものを見せられたら」



ラジ館屋上


真帆「本物のタイムマシン……」

鈴羽「あんまり部外者に見せるのはよくないと思うんだけど、リンリン?」ムッ

倫子「鈴羽はまだ知らないだろうけど、この人も私たちの味方だよ。少なくともこの世界線ではそれが確定してる」

鈴羽「ふーん? まあ、リンリンが言うなら信じるけどさ」ジトーッ

真帆「あなたが私を警戒するのもよく分かる。でも、鈴羽さんとかがりさんが未来から来たってことで色々合点が行った」

真帆「紅莉栖があなたと仲良くなれた理由、とかもね。まさか別の世界の紅莉栖とは思わなかったわ」

倫子「……うん」


真帆「紅莉栖のノートPCとポータブルHDDに入ってるのが、タイムマシンに関する論文だったなんてね」

倫子「だけど、パスワードがわからないんだよね……」

真帆「えっ? パスワードは岡部さんが教えてくれたじゃない」

倫子「え? そ、そうなの?」

真帆「そっか、あなたは別の世界線の岡部さんだったわね。この世界線では、私と橋田さんの2人だけがパスワードを知ってるわ」

倫子「……それ、誰にも言っちゃダメだよ。もちろん、私にも」

真帆「なるほどね、わかったわ」


倫子「これで私は、あなたを巻き込んでしまった。多分もう逃げられないよ」

真帆「……構わないわ。私の人生すべてを、紅莉栖を助けるために捧げることをここに誓う」

倫子「……ありがとう」ウルッ

真帆「それで、今後は何をすればいいのかしら? 泣き虫リーダーさん?」ニコ

倫子「……うん」グシグシ

倫子「えっと、この世界線の確定した未来としては、2025年に私が死ぬこと、2036年にダルがタイムマシンを完成させて娘の鈴羽を過去に送ること、がある」

倫子「でも、言ってしまえばそれだけなんだ。過程は変わる。タイムマシンの性能だって変わるはず」

倫子「そうすれば、この世界線の未来が影響を与える、どこかの世界線の過去が変わるはずなの」

倫子「注意すべきは、他の組織にタイムマシンを横取りされたりして確定した未来が変われば、世界線が変わってしまうこと。それだけはなんとしても防がないといけない」

倫子「この制限の中で、真帆ちゃんには紅莉栖の研究を引き継いでタイムマシンを完成させてほしい」

真帆「……条件が2つあるわ」

倫子「うん、言って」


真帆「ひとつは、このタイムマシンを調べさせてほしいってこと」

鈴羽「あたしの監督下でなら許可するよ。タイムパラドックスになりかねない部分を触られたら困るから」

真帆「それでいいわ」

倫子「……もうひとつは?」

真帆「あなたのこと、倫子、って呼ばせてもらう。初めて会った時以来ね」

真帆「あなたは私を、真帆って呼びなさい」

鈴羽「ちょっ! ズルイよそれは!」

真帆「何がズルイのよ。あなたたちだって、あだ名で呼んだり下の名前で呼び合ってるじゃない」

鈴羽「それは、そうだけどさぁ」グヌヌ

倫子「わかったよ、真帆ちゃん」ニコ

真帆「ちゃん付けするなと!! 言ってるでしょーが!!」ウガーッ

倫子「ふふっ。よろしくね、真帆」ニコ

真帆「……まったく。よろしくね、倫子」ニコ


ガシッ!!


私は弱い。

その弱さを仮面<ペルソナ>で隠さなければ生きていけない。

誰かを頼らなければまともに前を向くことすらできない。

だけど、真帆となら、みんなとなら、到達できるかもしれない。

鳳凰院凶真なら、あるいは。

大事なことを思い出してくれるかもしれない。

途切れそうな意識を繋ぎとめてくれるかもしれない。

たとえそれが既に現実でなくなってしまったとしても。

なかったことになっていたとしても。

あの、かけがえのない夏の日々を。

仲間たちとの想い出を。

――なかったことに、してはいけない。

未来ガジェット研究所


真帆「ね、ねえ、ちょっと、あんまりくっつかないで欲しいんだけど……」

倫子「未来でね、真帆に世話になったから……。真帆のおかげでここまで戻って来れたからっ」ダキッ

真帆「うぅ、未来のことを引き合いに出されると何も言えない……」

倫子「(また脳を借りるね。真帆の未来……大丈夫、私がタイムリープしてきたことで過程が変わったとしても、やっぱり2036年まで安全みたい)」

真帆「倫子が同性愛者なのを忘れていたわ……別に構わないけれど」ハァ

倫子「はぁ~……こうやってモフモフしてると癒されるぅ……」モフモフ

真帆「や、やめなさいっ! お願いだから、真面目な話をして頂戴っ! ///」

倫子「敵は紅莉栖の記憶データを所持している。記憶適性のあるかがりを誘拐されたり、ノートPCのパスを知られたりしたら負け。そうならない対策を立案しないといけない」

真帆「急に真面目になるなぁっ!!」



鈴羽「イライライライライライライライラ」


ガチャ

ダル「呼ばれたから来たのだぜ、オカリン。どうしたん……おっと、お取込み中だった?」

真帆「ち、違うから!」

まゆり「あれれ~、何をしてたのかな~?」ニコニコ

真帆「何もしてないってば!」

るか「不潔です……」

かがり「ふけ、つ? ってなあに?」

フェイリス「戻ったニャ! わざわざみんなを呼びつけてなんのお話かニャ?」

倫子「みんな、もう遅いのにありがとう。その前に、鈴羽」

鈴羽「……あ?」イラッ

倫子「鈴羽は……私のこと、どう思ってる?」

鈴羽「世界一素敵な女性だと思ってますけどそれが何か?」イライラ

倫子「お、怒ってる……。いや、そうじゃなくて、過去へ跳ばない私を半年間見続けて、私をどう思ってたか、率直な言葉を聞かせて欲しい」

鈴羽「……正直言うと、腹が立ってしょうがなかった」

フェイリス「っ! スズニャン、あんまり変なことを言うと――」

倫子「いいの、フェイリス。大丈夫だから」


鈴羽「あたしはリンリンが大好きだった。父さんや母さんたちと囲まれて過ごした数年間は今でもあたしの宝物だ」

鈴羽「だけど、リンリンは椎名まゆりを庇って死んだ」

まゆり「…………」

鈴羽「あたしは椎名まゆりを憎んだ……けど、もっと根本的な原因があるって父さんから教わった」

鈴羽「β世界線の収束。第3次世界大戦が起きる限り、岡部倫子は2025年に死ぬ」

鈴羽「それだけじゃない。未来の世界では、誰も彼もがつらい思いをしている。母さんみたいに無惨に殺されてしまうかもしれない」

鈴羽「それでもあたしたちは、必死になって生きていた」

鈴羽「そして、そんな世界を変えられるのは2010年のリンリンしか居ない……それなのに、弱音ばかり吐いて、自分だけがつらい、みたいなことを言って」

倫子「…………」ウルッ

ダル「ちょ、鈴羽……」

倫子「う、ううん、ごめん。続けて」グシグシ


鈴羽「もちろん、今のリンリンのこと、あたしだってよくわかってる」

鈴羽「本当につらい経験をしたことも、あたしのせいで心を壊してしまったことも」

鈴羽「それでも、リンリン以外に頼れる人は居ないんだ……」ギリッ

鈴羽「あの時、椎名まゆりに邪魔されずに、リンリンをぶん殴って過去へ連れていけたらって……」

鈴羽「何度も後悔して、その結果が今なんだって思うとたまらなく悔しくて……」

倫子「……タイムマシンがある限り、時間は関係ないよ」

鈴羽「え……?」

倫子「後悔してるなら、私を殴ってほしい。あなたの信じた"私"を信じるなら、この私を殴って」

鈴羽「…………」

まゆり「す、スズさん、やめて! オカリンは……」

倫子「いいの、まゆり。これが半年間、止まり続けた私と鈴羽の時間を動かす、唯一の方法なんだから」

鈴羽「……確かに、そうだね。じゃあ、本気で行く」グッ

倫子「うん……」ゴクリ

まゆり「だ、だめぇっ!」


鈴羽「せいっ――――!!」スッ

トス

倫子「(ヒッ……あ、あれ? 痛くない? お腹に鈴羽の拳が当たってるけど、寸止め?)」

まゆり「やめて……」ギュッ

鈴羽「……いいよ、椎名まゆり。結局はあたしの弱さだったんだ」

鈴羽「どのみちあたしは、椎名まゆりに邪魔されるまでもなく、リンリンを殴るなんてこと、できなかった」

鈴羽「馬鹿だよね……ごめんね、"父さん"……」

ダル「……そんなことしなくてもさ、オカリンはオカリンなのだぜ」

鈴羽「えっ……?」


ダル「なあ、オカリン。このラボの所長は誰なん?」

倫子「……私」

ダル「ラボメンナンバー002は?」

倫子「……まゆり」

まゆり「……まゆしぃは、人質なので」

ダル「そしてラボメンナンバー003こと天才スーパーハッカーの僕、橋田至な。高校時代からのオカリンの右腕の」

倫子「ダル……?」

ダル「ラボメンナンバー004を助けにいくんだろ? それが僕たちラボメンなんだろ?」

倫子「でも、ダルもみんなも、ラボメンだった紅莉栖のことは覚えてないはずじゃ……」

倫子「(だからこそ私は今日の今日までずっと悩んで、苦しんできたんだ。誰もラボメンナンバー004のことを覚えていないから、誰にも相談できなかった)」

倫子「(たとえ話したところで理解は不可能だと……私はずっと孤独なままなのだと……)」

倫子「(――そう、勝手に思い込んでいた)」


フェイリス「覚えてニャくても、アカシックレコードの深淵で繋がってるのニャン!」

るか「阿頼耶識<あらやしき>の中に、ラボメンとしての倶有の種子<くゆうのしゅうじ>が存在しているのかもしれませんね」

鈴羽「ラボメン……か。リンリン、あたしは多分、色々間違ってた」

鈴羽「未来のことも、世界のことも、きっと、今のリンリンにとってはどうでもいいんだ」

鈴羽「だってそれらは、まだ観測されてないんだから。可能性がある限り、確定はしないんだから」

倫子「……私ひとりじゃ、無理だよ。力を貸してほしい」スッ

鈴羽「リンリンの手を握るの、半年振りだ」スッ


ガシッ!


倫子「……あの時掴めなかった鈴羽の手、今なら握り返せる」ギュッ

鈴羽「うん……リンリンの力になれるのなら、どんなことでもするよ」

鈴羽「牧瀬紅莉栖を救おう。ラボメンの彼女を救う、ただそれだけでいい」

鈴羽「それが、"あたしたち"のオペレーション」

倫子「……フフッ。そうだ、その通りだ。世界大戦だろうがディストピアだろうが、そんなことはどうでもいい」

倫子「――そんなことは、どうでもいいんだ」



   『だって留未穂は、凶真を守る天使なんだもん』


   『……"思い出して"ください。"本当の自分"を』


   『まゆしぃね、好きだったよ。鳳凰院凶真のことも、倫子ちゃんのことも』


   『これだけは忘れないで。いつだって私たちはあんたの味方よ』



るか「岡部、さん……?」


倫子「(凄惨な未来を見てきた私だからこそ言える……私ひとりの力で戦争に巻き込まれる人々を救おうなんて、到底できるものじゃない。でも――)」


倫子「紅莉栖は死してなお、凍える漆黒の電脳世界に封印され、悪の組織に狙われている……」

かがり「オカリンさん?」


倫子「(紅莉栖ひとりの命を救うためなら、私は、"アイツ"はきっと動ける。私ひとりじゃ無理でも、みんなの力があれば……!)」


倫子「これは、人類を救うためのミッションなどではない。牧瀬紅莉栖を蘇らせ、世界を破壊するためのミッション……」

倫子「助手の分際で第3次世界大戦の引き金<トリガー>を引くなど、もってのほかだっ! かっこいいではないかっ!」

ダル「ってそこかよ」

倫子「未来ガジェット研究所の名誉にかけて、逃げ出すわけにはいかん。ラボメンナンバー004の不手際は、我が責任だっ」


倫子「(未来を変えることができるなら。α世界線での約束を果たせるのなら……!)」


倫子「フフフ、ククク――――」




                        ふぅーはははぁ!!!!




フェイリス「……凶真ァ!!」パァァ

まゆり「オカリン……?」

倫子「違うぞ、まゆり……」ククッ

倫子「オレは、鳳凰院凶真だぁ……」ニヤリ

倫子「("鳳凰院凶真"は、弱い自分から逃げるための仮面じゃない――――)」

倫子「(深淵に封印された、真の強さを解放するための"己"なのだっ!!)」

るか「凶真さんっ!」パァァ

倫子「そうだっ! 我が名は、鳳凰院凶真っ!!」ガバッ

倫子「支配構造を覆し、世界を混沌に陥れる狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真だぁっ!! ふぅーはははぁ!!」

真帆「」ビクッ

かがり「」ビクッ

倫子「ルカ子っ!! 白衣を持てっ!!」

るか「は、はいっ! おか、凶真さんっ!!」ニコ

倫子「髪型も気に入らんっ! こうしてくれるっ!」ワシャワシャ

フェイリス「ついに凶真が3000年の封印を経て、現世に復活したのニャ!!」

鈴羽「これがリンリンの真の姿……。話に聞いていた通りだ」

るか「凶真さん、白衣です。どうぞっ」

倫子「うむ!」バサッ

倫子「……これこそが我が聖なる白銀の鎧! 今この時、鳳凰院凶真はニヴルヘイムより蘇ったのだ! ふぅーはははぁ!」


るか「よかったです……凶真さんが、復活してくれて……」グスッ

倫子「……ルカ子。お前に、話がある」

るか「あ、はい……えっ?」


   『誰にもうち明けられずに届かなくても。この気持ち、抱きしめていたくて』


倫子「お前は、オレが好きか?」

るか「はい……え? えええっ!?!?」ビクッ!


かがり「…………」

鈴羽「…………」

まゆり「…………」

真帆「(え? なにこの空気? え?)」


るか「あ、いえ、えっと、岡部、さん……?」ドキドキ

倫子「凶真だ! 我が名を忘れたか、ルカ子」

るか「す、すいません、凶真さんっ」

倫子「よく聞け。オレたちは、時空を超えた、運命の絆で繋がっている!」

倫子「そこに、男だとか、女だとか、恋人だとか……そんなことは、どうでもいい。オレは、ようやく気付いた」

倫子「ルカ子が教えてくれたんだ」

るか「ボ、ボクが……?」

倫子「オレはオレであり……、ルカ子はルカ子!」

倫子「――オレの弟子だ!!」

るか「……はいっ! エル・プサイ・コンガリィ!」パァァ

倫子「コングルゥだっ!!」


フェイリス「ルカニャン、良かったニャァ♪」

かがり「…………」ニコ

鈴羽「…………」ニコ

まゆり「…………」ニコ

真帆「(なんなのかしら、この空気……)」


ダル「オカリン、ほら、ドクペ。もう随分飲んでなかっただろ?」ポイッ

倫子「フッ、さすが我が右腕。実に良き働きっ」パシッ

倫子「ごく、ごく、ごく。ぷはーっ!」

まゆり「(飲み方がかわいいのです)」 ニコニコ

倫子「クク、これこそが選ばれし者のみに許される知的飲料っ! エル・プサイ・コンウマイっ!」バサッ

真帆「……な、なんなの? どうしたの?」オロオロ

倫子「おい、そこのロリっ子!」ビシッ!!

真帆「ちょっ! 誰がロリっ子よ、誰が!!」

倫子「貴様には、ラボメンナンバー009の栄誉を与える! 以後、この鳳凰院凶真の手足となり、オレたちのオペレーションに参加するのだっ!」

真帆「運命共同体とは言ったけど、手足になるとは言ってないわよ!? それに、ラボメンナンバーって何?」

倫子「このラボの正式メンバーに選ばれた、誇り高き称号だ。光栄に思え」フッ

真帆「……ダメ、頭が痛い」ハァ


かがり「これが鳳凰院凶真……ママがいつも言ってた……」

倫子「それから椎名かがり! ラボメンナンバー002を母に持つ少女よっ!」

かがり「ふぇっ!?」

倫子「貴様は、ラボメンナンバー010<ゼロイチゼロ>だ。わかったな?」

かがり「は、はいっ!」

フェイリス「ちょっと、凶真! フェイリスたちはラボメンにはしてくれないのかニャ!?」

るか「そ、そうですよ凶真さん!」

倫子「言っていなかったか。もちろん、お前たちは既にラボメンだ」

倫子「ルカ子は006、フェイリスは007、鈴羽は008、そして今ここに居ないが、鈴羽の母親である阿万音由季は011だ! いいな!」

るか「は、はい!」

フェイリス「やったニャ! フェイリスは、フェイリスは、と~っても嬉しいんだニャ!!」ピョン!

鈴羽「……了解した」フフッ

ダル「オカリン、004と005について詳細キボンヌ。みんなに説明してあげないと」

倫子「ラボメンナンバー005は桐生萌郁……陰謀の魔の手に操られし女、いずれ救出せねばならん」

倫子「そして、ラボメンナンバー004こそ、運命石の扉<シュタインズ・ゲート>の選択……!!」

倫子「――我が助手、牧瀬紅莉栖だっ!!」


倫子「ここに改めて宣言しよう!」

倫子「本日、2011年、1月31日をもって、新たなるオペレーションを発動する!」

倫子「目的は、予定された未来の粉砕! 世界の未来そのものを覆すこと!」

倫子「ラボメンナンバー004、牧瀬紅莉栖を大いなる運命の収束から解き放つ! 時空を支配し、生命の理<コトワリ>に反逆する!」

倫子「それがっ! 我ら未来ガジェット研究所のっ、ラボメンの崇高なる使命だっ! ふぅーはははぁ!」

2011年2月1日火曜日
未来ガジェット研究所


スッ

倫子「……オレだぁ。これより、オレたちは新たなるオペレーションを実行に移す。……わかっているさ、それがいかに無謀でバカげているかなど」

倫子「だが、心配するな。未来のオレは言った。いくつもの未来のその先に運命石の扉<シュタインズ・ゲート>は待ってるのだ、と」

倫子「今のオレには優秀な部下たちが揃っている。たとえ機関の妨害に合おうとも、無駄に終わることなど無いはずだ」

倫子「何度だってやり直してやるさ……魔眼、リーディングシュタイナーの力でな」

倫子「エル・プサイ・コングルゥ」スッ


真帆「……何、それ……?」

倫子「…………///」カァァ

真帆「そう言えば、初めて『Amadeus』の"紅莉栖"に会わせた時の不審な挙動って、これだったのね……」

真帆「私に初めて会った時、私を見て昔の自分みたいだって言ってたけど、なるほど。くしゃくしゃの髪にノーメイク、だらしないインナーとパンツスタイル……それでも十分美人ではあるけど」

フェイリス「むしろそのほうが萌えると思わないかニャ?」

真帆「私には理解できないわ」

ダル「真帆たん、やめたげてよぉ。オカリンもまだ手探り状態だから」

倫子「お、オカリンではないっ! 鳳凰院凶真だっ!」ムッ

かがり「(かわいい)」

鈴羽「(かわいい)」


真帆「それで、具体的には何をするの?」

倫子「このβ世界線においても、オレが何度か世界線の変動を経験してきたことは説明したな。まずはその原因を取り除かなくてはならない」

フェイリス「原因ってなんなのニャ?」

倫子「世界線が変動するのは確定した因果に反逆した場合だ。それはつまり、タイムトラベルを利用した場合」

倫子「そして、それを可能にする理論が誰の手にあるか。これによって世界線が変動していた」

真帆「理論……」

倫子「その理論は、ひとつは牧瀬紅莉栖のノートPCとポータブルHDD内にある。そしてもうひとつは、『Amadeus』に残る"紅莉栖の記憶"の中に」

鈴羽「それと、中鉢論文。この3つだね」

倫子「だが、中鉢論文を取り消すことは鈴羽のタイムマシンを使わなければ不可能だ。故に、現状では先の2つの消去が優先される」

倫子「これが今回のオペレーションの最終目的となる」

真帆「つまり、紅莉栖のデータを消去するってこと……!? あれは紅莉栖の生きていた証なのよ!?」

倫子「"奴ら"に悪用される前に消す必要がある。安心してくれ、その先にある未来は、必ず紅莉栖に繋がっている」

倫子「それに、あいつが生きていたという証拠は、オレたち自身のここにあるだろ?」スッ

真帆「(頭……つまり、記憶の中ってこと。突然男らしくなったわね……)」ドキドキ

真帆「陳腐な台詞だけど……わかった。あなたに従うわ」

倫子「……ありがとう」ニコ

真帆「(っ!? な、なんなの、この気持ち……こんな変な人なのに……)」ドキドキ


倫子「紅莉栖のノートPCとHDDはダルが持ってるんだよな?」

ダル「うん。ホントは昨日真帆たんに渡すつもりだったんだけど、まだ僕が持ってるお」

倫子「中身だけ抜いて、安全な場所へ隔離。ノートPC自体はもしかしたら何らかの不測の事態において、交渉材料として使えるかも知れない」

倫子「無論、紅莉栖の記憶データを削除した後は、即座にノートPCとHDDは破棄だ。いいな」

真帆「ええ。でも、それは私にやらせて」

倫子「真帆、『Amadeus』が保存されているサーバーにアクセスできるか?」

真帆「出来るはずよ。橋田さん、ちょっとPCを貸してもらえる?」

ダル「一応IPがバレないように細工しておくお……おk、どうぞ」

真帆「どうも……あ、あれ? おかしいわ、アクセスできない……」カタカタ

倫子「……アクセス権限が停止されているのか?」

真帆「どういうことなのこれ。ちょっと教授に電話してみる!」prrrr prrrr

真帆「……ダメ、繋がらない。まさか、またレイエス教授に!?」


倫子「既に『Amadeus』は敵の手の中に堕ちてしまったか。今、オレのスマホに『Amadeus』アプリがあるが、これを押したら……」

真帆「繋がるか、試してみて」

倫子「……いや、ダメだ。こちらが覗かれる可能性が有る。通話した瞬間ストラトフォーの人間がここに乗り込んできて、かがりやオレが誘拐されるかもしれない」

真帆「あっ……そうね、確かに。ごめんなさい、迂闊だったわ」

倫子「別のアプローチ方法を考えよう。ダル、ヴィクコンのサーバーにハッキングしろ」

ダル「オーキードーキー。やってみる」

真帆「簡単に言ってるけど、うちの研究所のセキュリティ、結構厳しいわよ。情報科学研究所が防壁を作ってるんだから」

倫子「大丈夫だ。なんたってダルはスーパーハカーだからなっ!」ドヤッ

ダル「それを言うならスーパーハッカーな」ニッ

真帆「……私にサポートできることがあれば手伝う。内部情報も教える。色々聞いて」

ダル「おk、その辺ヨロ」

倫子「うむ。オレはその間にこっちをやろう。まゆり、そのダンボール箱を開封しろ!」

まゆり「なにかな、なにかな~。わぁ、電子レンジちゃんだ~!」

倫子「から揚げはまた今度な」フッ

まゆり「……そっか。残念だけど、また今度なら仕方ないね。えっへへ~」

フェイリス「マユシィ、嬉しそうだニャ」

開発室


倫子「さて、出来る限り電話レンジ(仮)を再現してやろう。あれは元々、ダルとオレのふたりでガラクタを適当にいじって作った奇跡の未来ガジェット8号機だ」

倫子「その上で真帆が一昨日作ったという記憶読み取り装置との合体、LHCとの連結などふたりに手伝ってもらう必要がある」


・・・


同日夜
談話室


真帆「橋田さん、あなた、すごいわ……」

ダル「ま、僕にかかればこのくらい朝飯前なのだぜ」

倫子「さすが我が右腕……! 早速『Amadeus』のデータを探してくれ」

真帆「……無い。『Amadeus』本体も、紅莉栖の記憶データも、あったはずのフォルダからなくなってるわ……」カタカタ

倫子「既に持ち出されたか……」


ダル「ん? ここ、さらに鍵がかかってるフォルダがあるお」

真帆「変ね。こんなフォルダ、今までなかったわ……」

ダル「かなり厳重なセキュリティがかかってるっぽい」

真帆「『Amadeus』はそっちに移されたのかしら。でもいったい誰が? そんな権限を持っているのは、私を除けばレスキネン教授ぐらいよ」

倫子「あの人に裏の顔があったとは信じたくないが……」

倫子「(だが、どうしてだかその疑念がぬぐえない。あるいは、オレを拷問したというストラトフォーの人間というのは……)」

倫子「ダル。そのフォルダはいったん保留だ。次は、ストラトフォーのサーバーにハックを仕掛けてくれ」

倫子「そこに紅莉栖の記憶データが保存されている可能性がある。以前ハックしたことがあるから簡単だろう?」

ダル「ちょ、オカリン、なんでそんなことまで知ってんの? エスパーかよ。あ、いや、エスパーだったんだっけ」

倫子「ククッ。オレを誰だと思っているっ! 狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真の魔眼は、常に隠された真実を見抜いているのだっ! ふぅーはははぁ!」バサッ

真帆「(うっとうしいのに、何故か頼もしく感じてしまう……)」トゥンク


ダル「……おk。ストラトフォーのサーバーに入れたお。えっと、『Amadeus』はっと……」

真帆「ちょ、ちょっと待って!? これ、人体実験のレポートだわ……!」

倫子「……ストラトフォーの行っていた、記憶の移植実験のものだな。ある人物の記憶データを別の人物の脳に定着させる実験、か」

倫子「おそらくそのリストに、椎名かがりの名があるはずだ」

かがり「えっ!?」

真帆「え、ええ。その通り……椎名かがりは適合性に非常に優れている、ですって」

真帆「だけど、最終実験までには至らなかったみたい。その直前に脱走したと書かれてあるわ。目下行方を捜索中とも……」

倫子「(オレが以前居た世界線では、『Amadeus』プロジェクトが凍結されたことで最終実験が前倒しになり、かがりが脱走するより前に紅莉栖の記憶を埋め込まれてしまったのだろう)」

倫子「つまり、この世界線のかがりの脳内には間違いなく紅莉栖の記憶は入っていない……」

真帆「でも、それ以外の色々な実験を受けているかもしれない。少し心配だわ」

かがり「オカリンさん……」

倫子「……大丈夫だ、かがり。ラボメンを他の組織の欲しいままにされるなど、この鳳凰院凶真が絶対に許さん」

かがり「う、うん」ドキッ


真帆「でも、どうやら彼ら、新しい実験に着手しようとしてるみたいよ……」

倫子「紅莉栖の記憶データを適性者以外の脳内にダウンロードする実験、と言ったところか。それが成功してしまえば、わざわざかがりを誘拐する必要も無いからな」

倫子「ダル、その紅莉栖の記憶データを削除してしまえばオレたちの勝利だ。どこにあるかわからないか?」

ダル「んー……いや、ないね。それらしいもんは見当たらない。一番怪しいのはさっきの鍵かかったフォルダ」

倫子「わかった。そこへ侵入しろ」

ダル「できるけど、これはちょっと骨が折れると思われ」

倫子「どれくらいかかる?」

ダル「わからんけど、まるっと半日以上はかかるかも。しかも敵さんにバレないようにしないとだから」

倫子「もしバレたら即ここが襲撃されるだろう。となると、やつらのアジトに乗り込んで本体を叩く方が早いか?」


ダル「アジトって?」

倫子「うちの大学の地下にストラトフォーの支部があるんだ」

ダル「ちょ!? それマジかお!? いやでもそこに居るのって普通に武装集団だったりするわけっしょ? そんなん制圧とか無理ぽ」

倫子「ならば、どうやって半日近くストラトフォーの注意を引くか……」

倫子「取りあえず、真帆はタイムリープマシン制作に当たってくれ。アレがあれば、何度でもやり直せる。情報収集には持って来いだ」

真帆「わ、わかったけど、さすがに自信が無い、というかその……」オロオロ

倫子「大丈夫だ、オレが手伝う。オレは真帆が紅莉栖の7倍の性能のマシンを完成させたことを知っている」

倫子「お前の作ったタイムリープマシンの性能はガチだった」ニッ

真帆「え、そ、そう……///」ドキドキ




鈴羽「イライライライライライライライラ」


鈴羽「リンリン! あたしに出来ることはないのっ!?」

倫子「ここがいつ襲撃されてもおかしくない。鈴羽は警戒を厳にせよ」

鈴羽「もうっ! そういうちゃんとした命令があるなら先に言ってよ! オーキードーキー!」プンプン

フェイリス「フェイリスは長期戦に備えて食料を調達してくるニャ! 甘いものマシマシなのニャ♪」

るか「あ、それじゃあボクも買い出しに行きます!」

倫子「もう夜も遅い。ふたりとも、気を付けろ。常に注意深く行動するのだ」

るか「これでもボク、男の子ですから! フェイリスさんを守ってみせます!」

フェイリス「ルカニャン、とっても頼もしいニャン!」

倫子「ああ……そうだな。お前は一人前の清心斬魔流の使い手だ」フフッ

2011年2月2日水曜日
未来ガジェット研究所


倫子「(作業に没頭し、いつの間にか夜が明けていた)」

倫子「(まゆりたちはもはやここから出ることが危険なので、窮屈だが雑魚寝してもらった。まゆりの父親を説得するのとまゆりの寝相の悪さを抑えるのに骨が折れた)」

倫子「(もしラボメンの誰かを人質に取られ、椎名かがりと交換だ、などと言われたら非常に厄介だからな。紅莉栖の記憶データを削除するまでは我慢してもらうしかない)」

フェイリス「フェイリスの家からお布団運んできてもらって正解だったニャ」

倫子「黒木さんには頭が上がらないな」

倫子「(一応、寝てる間に全員の脳を借りて未来予知をさせてもらった。今の流れではみな死亡することは無い)」

倫子「(だが、これもあまり当てにはならない。敵はかがりから未来の情報を得ている)」

倫子「(確定事項に背く行動を取られたら意味が無い上に、たとえ命だけ助かってもオレみたいに植物人間にされては本末転倒だ)」

倫子「(タイムマシン論文の取り合いをする以上、世界線の変動可能性はどんな些細な現象にも潜んでいると考えていい。慎重に行かなくては)」


真帆「……最終調整、終わったわ。これでいつでもタイムリープができる、と思う」

倫子「ああ、きっと完璧なタイムリープマシンだ。オレにはわかる」

真帆「……う、うん」モジッ

倫子「ほら。知的労働のあとにはコレを飲むがいいっ」スッ

真帆「ドクペ……。紅莉栖に薦められて飲んだことがあったわ」

倫子「何っ!? もしや、貴様もドクトルペッパリアンかっ!?」キラキラ

真帆「なにその造語……(かわいい)」ゴクゴク

真帆「もしかして、紅莉栖もここで飲んでいたり?」

倫子「ああ。やつもなかなかのドクトルペッパリアンでなぁ」ニヤニヤ

真帆「……そう」フフッ


~♪


倫子「なんだ? 外がやけに騒がしいな」

鈴羽「ああいうの、ガイセンシャって言うんだよね。靖国通りでよく見かけたよ」

真帆「でも、曲はオーケストラね。歌が付いてるからオペラ曲かしら」

倫子「(オーケストラ……?)」



~♪


Hm! Hm! Hm! Hm! Hm! Hm! Hm! Hm!

Der Arme kann von Strafe sagen,
Denn seine Sprache ist dahin.

Hm! Hm! Hm! Hm! Hm! Hm! Hm! Hm!

Ich kann nichts thun, als dich beklagen,
Weil ich zu schwach zu helfen bin.




Tips: K620 No.5
https://www.youtube.com/watch?v=M242npphgBI


倫子「(この曲……なんだ、何かが引っかかる……K6205……?)」

かがり「行かなきゃ……」スッ

倫子「えっ?」

まゆり「かがり、ちゃん……?」

かがり「私、行かなきゃ」タッ

るか「ど、どこへ行くんですか?」

倫子「(これはもしかして……!)」

倫子「マズいっ!! 鈴羽、ダル、ルカ子、かがりを止めろっ!!」

鈴羽「オーキードーキー!! いったいどうしたってんだかがりっ!! 止まれっ!!」ガシッ

るか「と、止まってくださぁいっ!」ガシッ

ダル「えと、おにゃのこに抱き着いていいん?」オロオロ

倫子「許可する! その体重で抑え込んでくれっ!」

ダル「お、おk」ギュムッ

かがり「邪魔を……するなぁぁぁっ!!!!!」ブンッ!!

鈴羽「くっ!!」

るか「きゃぁっ!!」

ダル「う、うおおおおっ!?」ズテーン!!

フェイリス「あのダルニャンが吹き飛ばされたニャ!?」

倫子「マズい……!」


鈴羽「だ、ダメだ、あたしたちでも抑えきれない……」グググ

るか「ダメだよ、かがりちゃん……」グググ

かがり「ママを助けなきゃ……ママを……」スタ スタ

まゆり「かがりちゃん、どうしちゃったのかな!? ママはここに居るよ!? だから行かないで!!」ヒシッ

かがり「こっちにも、"ママ"……でも、私のママは、"ママ"じゃない……」スタ スタ

倫子「危ないまゆり!! 離れろっ!!」

まゆり「でも、でもぉっ!!」

真帆「これがストラトフォーの人体実験の1つ、ブレイン・ウォッシング……! 特定の音楽をトリガーに行動を支配する……」

真帆「今のかがりさんは、アドレナリンが増幅して脳のセーブ機能が外れてるんだわ!」

鈴羽「洗脳状態、ってことだよね。こうなったら足を撃ち抜くしかない!」ジャキッ!!

まゆり「だ、だめだよぉっ!! かがりちゃんを撃たないでぇっ!!」

真帆「このまま無理に引き留めるのはかがりさんの身体に負担がかかるわ。最悪、脳に障害が残るかも……」

鈴羽「くっ……リンリンッ!!」

倫子「…………」


倫子「……ダル。紅莉栖の記憶データは削除できるか」

ダル「へ? ぼ、僕にハッキング関係でできないことなんかないっつーの」

倫子「わかった。一旦かがりを放せ」

るか「ええっ!?」

鈴羽「正気!?」

倫子「命令に従え、鈴羽! ルカ子!」

るか「は、はい、凶真さん……」スッ

鈴羽「お、オーキードーキー……」スッ

かがり「行かなきゃっ!!」ダッ


タッ タッ タッ


ダル「……つ、つまり、かがりたんに牧瀬氏の記憶データを入れられる前に削除しろ、ってことだよな?」

倫子「ああ。お前ならできる」

ダル「くぅ、さすがの僕もこれはアドレナリン全開じゃないと追いつかないっつーの……ちょっとガチ集中モードになるわ、全力で応援してほしい件」

フェイリス「わかったニャン! ダルニャン、がんばれニャーッ!」

ダル「っしゃぁぁぁっ!!!!」カタカタカタカタ!!


倫子「あの曲はケッヘル620、『魔笛』のナンバー5、『鳥刺しのパパゲーノ』だったんだ……かがりを陰謀の魔の手へと導く、笛の音……」グッ

真帆「倫子、どうする!?」

倫子「ダルを信じて、オレはかがりを連れ戻しに行く。ストラトフォーのアジトの場所なら、既に割れているっ!」

鈴羽「ま、待ってリンリン! 敵はおそらく武装集団だ、こっちもそれなりの準備をしないと――」


prrrr prrrr


倫子「っ!? オレのスマホに通話……タイムリープではなさそうだが……」ピッ

??『オカベリンタロウか?』

倫子「(な、なんだこの加工された声……まさか、ストラトフォーか!?)」

倫子「(どうやってオレの電話番号を……って、そうか。"紅莉栖"のログから盗み見たのか)」グッ

??『椎名かがりは我々の手中にある。交換条件は言わなくてもわかるな?』

倫子「(……記憶という不確定なものより、論文ファイルそのものを手に入れたいに決まっている)」

倫子「(いや、というより、本当はすべてのタイムマシン論文を手に入れたいんだろう)」

??『交換は明日だ。場所と方法は追って連絡する』ピッ

倫子「…………」


鈴羽「敵に牧瀬紅莉栖のノートPCを渡したところで、かがりを解放するとは思えない。たとえその中に本物のタイムマシン論文が入っていたとしても、だ」

倫子「すぐに準備しろ、鈴羽。乗り込むぞ」

鈴羽「オーキードーキー!」

真帆「駄目よ! ふたりでなんて、危険すぎる」

倫子「いや、大勢で動くよりも危険は少ない。ここは未来を知っているオレたちで立ち回った方が良い」

まゆり「オカリン……」

倫子「心配するな。鳳凰院凶真は死なない。必ずお前の娘を取り戻してくるさ」ニコ

まゆり「(……きっとね、オカリンはそう言うと思ってた。本当のオカリンは、怖がりさんのはずなのにね)」

まゆり「(ひとりでどんどん先に行っちゃって、まゆしぃはいつもそれを追いかけるの)」

まゆり「(ねえ、オカリン。知ってる? まゆしぃはね、オカリンの背中を追いかけながらね、いつもこう思ってるんだよ)」

まゆり「……置いていかれたくないな」

倫子「えっ?」

まゆり「まゆしぃも一緒に行っていい?」

倫子「っ、ダメだ! 危険すぎる! これは遊びじゃない、実戦なんだぞっ!?」

まゆり「でも、でもね? まゆしぃはオカリンの人質だから……」

鈴羽「椎名まゆり、あんまりしつこいと――」

倫子「――ふぅーはははぁ!!」

まゆり「オ、オカリン?」

鈴羽「っ!?」


倫子「お前は勘違いしているぞ! お前には、初めから選択肢などないっ!」

倫子「選択が可能なのはこのオレ、凶悪なる真実を見通す力を持った鳳凰院凶真だけなのだからなっ!」

まゆり「えっ……?」

倫子「オレも鈴羽もかがりを連れて必ず帰ってくる。人質の元に、母親の元に、必ずな」

倫子「なぜならそれが、運命石の扉<シュタインズ・ゲート>の選択だからだっ!! ふぅーはははぁ!!」バサッ

まゆり「…………」

倫子「いいか。オレたちが戻ってくるまで、決して逃げようとするなよ。居なくなったりしてみろ」

倫子「――絶対、許さないからなっ」

鈴羽「今のリンリンの台詞……」

真帆「ちょっと臭いわね」

倫子「だああっ!! 厨二病乙とか言うつもりか貴様らぁっ!!」カァァ

まゆり「……まゆしぃは、そういうセリフを言ってる時のオカリンが結構好きなのです」ニコ

倫子「ぐっ!?」

まゆり「あのね、まゆしぃね……もう、オカリンのこと、止めないよ……重荷になりたくないから……」ウルッ

まゆり「オカリンのこと、信じてるから……! もう二度と、見失いたくないから……!」ウルッ

倫子「ああ……」


倫子「ダル、スマホを常に通話状態に。逐一ハッキング状況を教えろ」

ダル「オーキードーキー!」カタカタカタカタ

鈴羽「リンリン、これを」スッ

倫子「グロック……中学の頃はモデルガンを集めたりしてたが、さすがに本物のピストルを触ったのは初めてだ」ドキッ

倫子「(……オレはさんざん世界線を変動させることで人を殺してきた。秋葉幸高も、秋葉ちかねも、天王寺綴も、天王寺結も)」

倫子「(そして、紅莉栖も……。今更、人を殺すくらいなんだっていうんだ)」

倫子「(いつまでもビビリの倫子じゃないんだ……っ!)」ギリッ

鈴羽「準備完了。リンリン、いつでも行けるよ」

るか「凶真さん……ご武運を!」

フェイリス「凶真ァ! 絶対、囚われの超時空プリンセスを取り戻してくるのニャ!」

まゆり「オカリン……」

倫子「……行こう。オレたちの大学へ。牧瀬章一と秋葉幸高、今宮綴と橋田鈴の想い出の場所へ」

倫子「オレとダルの電話レンジ(仮)、そして紅莉栖の論文……」

倫子「――タイムマシンたちが生み出される、すべての因果が集約された地へ!」

同日夜
東京電機大学神田キャンパス11号館地下2階


倫子「ここまで来たはいいが、どの部屋だ……?」

鈴羽「……思い出した。ここなら昔、潜入したことがある。外観が変わってたからわからなかったけど……リンリン、こっち!」タッ

倫子「でかした、鈴羽……っ!」タッ



電気室前


鈴羽「あたしはかがりを救出する。リンリンはサポートして」

倫子「ああ」スチャ

倫子「(拳銃が重い。大丈夫、ビビってない。ビビってなんか……ない)」

鈴羽「突入するよ。3、2、1……」


カシュ カシュ ダーンッ!!

電気室


倫子「な、なんだこれは……!?」ゾワワッ

鈴羽「……5人、死んでる。出血の状態から、おそらく死亡したのは1時間以内」

倫子「どういう……ことだ……。ま、まさかかがりが!?」ビクッ

鈴羽「銃創がある。かがりじゃないよ。奥へ行こう」

倫子「あ、ああ」ドキドキ



奥の部屋


倫子「(また死体がひとつ転がっていた。それも、見覚えのある巨体だ……)」プルプル

倫子「レスキネン教授……」グッ

??「思ったよりも早かったわね、リンコ。ここで会ったが100年目、って感じかしら」

倫子「っ!?!?」ビクッ!!

鈴羽「ッ!!!!」ガチャッ


レイエス「探しものはこれ?」

鈴羽「かがりっ!!」

かがり「…………」

倫子「(眠らされているのか……。椅子に座り、頭には私がかつて何年も被り続けていたヘッドセットのようなものを装着している)」

倫子「やっぱりあんたか、レイエス」

レイエス「あなたは……リンコ? ずいぶん雰囲気が変わってるからわからなかったわ。白衣も似合ってるじゃない」

倫子「あんたが、ストラトフォーの人間っ!!」

レイエス「勘違いしないで。ワタシはあんな野良犬とは違うわ」

鈴羽「またお前か。お前、軍人だったんだな」スチャ

レイエス「ご名答。アメリカ軍の軍人にしてDURPAの一員……って言ってもわかるかしら」

真帆『DURPA……アメリカ国防高度研究計画局? そんな、レイエス教授が……?』

倫子「(ブルートゥースの小型イヤホン越しに、ダルの携帯から真帆の声が聞こえてきた。さすが大学だけあって、地下でも電波はしっかり入るようになっている)」

レイエス「DURPAは軍とは別系統の組織よ。元々最強の軍隊、"AI戦士"を作り上げるためにストラトフォーから技術を盗もうとしていたのだけど、そこでおもしろいものを見つけたの」

倫子「……"未来少女"とタイムマシン、だな」


レイエス「軍は兵器としてのタイムマシンを欲した。どこかにあるというタイムマシンと、クリスのオリジナル論文を求めてワタシたちは動いていた」

鈴羽「ならストラトフォーを泳がせておけば良かったはずだ。どうして殺した」

レイエス「ストラトフォーにスパイとして部下を1人潜り込ませていたのだけど、バレちゃったからみんな殺したわ」

倫子「なにも全員殺す必要はなかっただろう……! レスキネン教授だって……」グッ

レイエス「アレクシスはワタシが『Amadeus』にアクセスするのに必要だったから拷問したわ。彼らのとっておきの方法でね♪」

倫子「教授に、『Amadeus』にアクセスするよう命じたのか……そんな方法が……」

レイエス「"知識は力なり"、よ。情報戦を制する者が世界を制する……単純にして真理だと思わない?」

倫子「……F・ベーコン、近代科学のパラダイムを描いた人物の言葉か。そうか、DURPAの下部組織の標語だったな……」

倫子「支配者気取りとは、実に愚かな! うぬぼれもはなはだしい!」

レイエス「気取りじゃないわ。支配者なのよ」ニヤリ


レイエス「おさげの子。その銃を寄越しなさい。シイナ・カガリに生きていて欲しかったらね」

鈴羽「かがりを殺した瞬間、お前を殺す」

レイエス「ワタシが死んだ瞬間、ワタシの仲間がここへ突入するわ。前みたいにはいかないから」

鈴羽「ぐっ……」

倫子「(さすがに集団で攻め込まれたら、オレたちも勝ち筋が無くなる可能性が高い……)」

倫子「(それに、オレの未来視によれば、レイエスがこの世界線で死亡するのはもっと先のことだ。だから、どうあがいてもレイエスを殺すことはできない)」

倫子「鈴羽……」フルフル

鈴羽「くそっ……」スッ

レイエス「良い子ね。ついでに、そこで両手を頭の後ろに置いて立ってなさい。ああ、リンコは別にそのままでいいわ」

倫子「(舐められたもんだな……)」ギリッ


レイエス「それで、リンコ。ちゃんと持ってきてくれたの? クリスのノートPC」

倫子「誰が貴様なんかに渡すものか」

レイエス「あらあら、いけない子。なら、シイナ・カガリは渡せないわ」

レイエス「じゃ、早速始めようかしら。最終実験」

倫子「っ!? 紅莉栖の記憶をかがりに入れるのか……!?」

レイエス「いいえ、"入れる"んじゃないわ。"上書き"するのよ。それがワタシたちの最終実験の真の目的」

倫子「(タイムリープとは異なる方式ということか)」

倫子「(……紅莉栖の記憶データを脳に書き戻すことに関しては、ストラトフォーではなく、すべてDURPAの仕業だったんだな。"AI戦士"を作る技術の応用だったのだろう)」

倫子「(ラボに襲撃してきたのはレイエスと米軍……。あの時『Amadeus』を通してオレたちを監視していたのはDURPAだった)」

倫子「(かがりにK6205なんていうふざけたコードネームを付けたのもこいつか? こいつがフリーメイソンには見えないが……)」

倫子「(いや、実験データはすべてストラトフォーのサーバーにあったということは、実行犯はストラトフォーなのか)」

倫子「(つまり、こいつらがストラトフォーにそういう実験をさせていた。DURPAがストラトフォーを裏で操っていたわけだ……!)」


レイエス「今までの致命的だった問題も解消した。その上、彼女の高い適性もある。今回の実験は、きっと成功するわ……」ウフフ

倫子「マッドサイエンティストの風上にも置けない、クズが……」ギリッ

レイエス「ねえ、カガリ。あなただってクリスになりたいでしょう?」

かがり「ハ……イ……」

倫子「かがり……」

レイエス「リンコ。あなただって、クリスに会いたいでしょ? クリスの記憶を持ったかがりは、クリスそのものになる。顔も似てるしね」

レイエス「そうなれば、あなただって嬉しいでしょう? クリスもきっと喜ぶわ。だってかがりはクリスのク――」

倫子「馬鹿に……するな……」ボソッ

レイエス「え? なあに?」



倫子「――――ふっざけるなああああああっ!!!!!!!!!!!」


倫子「牧瀬紅莉栖を馬鹿にするなっ!!! この鳳凰院凶真を、愚弄するなああっ!!!」

レイエス「そ、そう。あなた、まるで別人になったみたいね、少しビックリしちゃった」

レイエス「まあ、どうでもいいわ。カガリがクリスへと生まれ変わる様を、そこでじっと見守ってなさい」スッ


倫子「ダル! まだなのか!!」ヒソヒソ

ダル『もうちょい……もうちょっとなのだぜ……』カタカタカタカタ

鈴羽「リンリン。場合によっては、プランBだ。かがりを見捨てる」

倫子「……かがりを、殺すんだな」

鈴羽「たとえ記憶がかがりにダウンロードされても、死ねば有用に使えない。父さんのハッキングが気付かれる前に処分しないと」

倫子「……くそっ。くそおおおおおおっ!!!!!」


レイエス「それじゃ、サヨナラ。カガリ……」スッ


鈴羽「―――っ」ダッ

レイエス「なんてね」BANG!!

鈴羽「ぐっ!!」バタッ

倫子「鈴羽ぁぁっ!!」

レイエス「まあ、そう来るわよね。一瞬の隙をついての行動……中々に訓練されているじゃない。あなた、やっぱり只者じゃないのね」

レイエス「でも、今日はワタシの勝ち。前にワタシを蹴り飛ばした恨み、晴らさせてもらったわ」

倫子「鈴羽……鈴羽ぁっ……」ウルッ

レイエス「あとはこのエンターキーを押せば、世界が変わる……」スッ

倫子「まだ……まだ、オレが居るっ!!」プルプル

レイエス「……日本の一般人に銃は撃てないわよ。撃てたところで、ワタシより早く抜けないわ」

倫子「馬鹿にするなと……言っているだろうっ!!!!!!」ガチャッ


BANG!!


倫子「――がはっ!!」バタッ

倫子「(あ、足を撃たれた……、立てない……! 痛い、痛い痛い痛いっ!!!)」ウルッ

レイエス「馬鹿の一つ覚えみたいにまあ……安心しなさい、急所は外しておいてあげたから」

レイエス「あなたにはまだ別の方向で利用価値がある。その可愛らしさを活かす方向と、脳機能の特殊性を究明するのと、どっちが良いかしらね」ウフフ

倫子「(くそぅ……オレが動いたのに、ダメなのか……ビビらず動けたとしても、オレにはどうすることもできなかったのか……)」ポロポロ

レイエス「それじゃ、今度こそ」カタッ

かがり「…………」

レイエス「……? ど、どういうこと? どうして反応しないの!?」

倫子「(……な、なんだ? 何が起こった?)」

レイエス「まさか、またあんたなの……『Amadeus』、"クリス"……ッ!!!!!」

倫子「("紅莉栖"が!? 電脳の存在のあいつが、抵抗しているというのか……?)」ドクン

レイエス「どこまでもワタシをバカにしてぇっ!!! いい加減にしなさいよぉっ!!!」

かがり「オカリン……さん……!?」

倫子「か、かがり!! 気が付いたか!! こっちへ!!」

かがり「は、はいっ!!」タッ

レイエス「――っ!!」ガチャッ


BANG!!


カラカラカラ……

倫子「(レイエスの拳銃がリノリウムの床を回転しながら滑っていく……こ、これは……)」

レイエス「くっ……!!」

鈴羽「それ以上動くな……」スチャ

倫子「(鈴羽がレイエスの銃を狙い撃ったのか!)」

かがり「鈴羽おねえちゃん!」

倫子「鈴羽っ!? 大丈夫だったのか!?」ウルッ

鈴羽「ギリギリで急所を逸らした……心臓を狙われたけど、弾が当たったのは利き腕じゃない左肩だ」

鈴羽「形成逆転だな、レイエス」ジャキッ

レイエス「ワタシ、小型爆弾をポケットの中に持ってるの。奥歯をちょっとだけ噛みしめれば、それで起爆するのよ」

倫子「いつの冷戦時代のスパイ映画だ……古臭すぎてカビが生えてるぞ」

鈴羽「ハッタリだ」

レイエス「そう思うなら撃てばいい」

倫子「待て、鈴羽。かがりの回収には既に成功している。今はダルを信じよう」

倫子「(爆弾はどうせハッタリだが、ここで鈴羽が発砲してもおそらく奴を無力化できない。そういう風に収束する)」

鈴羽「……オーキードーキー」


レイエス「良い子ね。3人ともそこで見守ってなさい。これからワタシが天才に生まれ変わるから」スッ

倫子「お、お前……何をするつもりだ……!?」

レイエス「"クリス"、聞いてる? あなたも、カガリじゃなければいいんでしょ? それにもう、抵抗する力なんて残ってないんじゃないのかしら?」ウフフ

レイエス「実験は既に成功している。適性の無いワタシでも、成功率は極めて高いわ! あはははは!」

レイエス「今からワタシは時間を支配する存在へと昇華するのよぉ!」

倫子「(なんだあいつ……自分に酔ってる? この部屋に漂う血と硝煙の臭いに当てられているのか……?)」

ダル『よっしゃ、キタキタキタ!!』

倫子「ダル!? 早くファイルを!!」

ダル『あった! マジであったぞオカリン!』

レイエス「さあ、今度こそエンターキーに働いてもらうわよ!」スッ

倫子「消せ、ダル! 頼む! 紅莉栖を―――!!」

倫子「あいつを解放してやってくれぇぇっ!!!!」

ダル『オーキードーキーッ――――!!』



カタッ


倫子「…………」

鈴羽「…………」

かがり「…………」


レイエス「…………」ガクッ


かがり「オカリンさん……その人は……」

倫子「……早かったんだ、ダルのほうが。フォルダ内にデータは1ビットだって残ってなかった」

倫子「それをレイエスは自分の脳に"上書き"したんだ……追加するのではなく、"上書き"を……」

倫子「元々消える予定だったレイエスの記憶に、無が上書きされた。結果、そこには何も残っていない」

倫子「奴は生ける屍と化したんだ……」

レイエス「…………」

倫子「ダル……よくやった……終わったよ、何もかも……」グスッ

鈴羽「……行こう、リンリン。もうここに居る意味はない。早くあたしたちの治療をしないと」

かがり「オカリンさん、私が肩を貸すね」

倫子「ああ……頼むぞ、ラボメンナンバー010」




倫子「また会おうな、紅莉栖……」

2011年2月6日日曜日
未来ガジェット研究所


まゆり「はい、あんよがじょうず、あんよがじょうず♪」

倫子「ひぎっ!? い、いててて……まだリハビリは早いんじゃないか、まゆり……」

まゆり「ほーそーいいんはほろびぬ。なんどでもよみがえるさー! でしょ?」ニコニコ

倫子「こいつ……。それで、鈴羽はもう大丈夫なのか?」

鈴羽「まだ完治してないけど、あたしは慣れてるから。利き腕じゃないし、生活には支障は無い」

倫子「慣れるとかそう言う問題なのか、これ……」


あれから数日。

現在大学の地下は、危険物取り扱い実験の失敗のため、という名目で封鎖されているらしい。おそらく米軍かストラトフォーによって処理されたのだろう。

『Amadeus』は完全に消去され、今やタイムマシン論文は我が未来ガジェット研究所にあるものと、ロシアに渡った中鉢論文の2つになった。

ストラトフォーもDURPAも米軍も、これ以上タイムマシンに手を出すことはきっと無い。ノートPCとHDDも廃棄したしな。

と言っても、世界線が変動したわけじゃない。

オレが拷問を受けたという世界の流れと、タイムマシン論文の所在やかがりの誘拐の有無に関して、大して変わったわけじゃないんだ。

だが、オレは捕まらなかった。支えてくれる仲間たちも居る。今なら世界線を良い方向に変動させることができる。

オレはもっと早く気づくべきだったんだ。シュタインズゲートを目指すことは無駄じゃない。

巡り巡って、意志は継続していくんだから。


鈴羽「それにしても、あれはなんだったんだろう。レイエスが牧瀬紅莉栖の記憶をダウンロードした時にうまくいかなかったのは」

かがり「……あの時、声が聴こえたような気がするの」

フェイリス「声?」

かがり「うん。頭の奥で、誰だかわからないけど"ダメーっ!"って」

真帆「アマデウス……もしかしたら、"紅莉栖"が最後の最後で自分の記憶をかがりさんに上書きされるのを拒んだんじゃないかしら」

倫子「シリコンの上に魂が宿っているのだとすれば、あるいはそうなのかもしれないな」

真帆「魂なんてものを真面目に議論する日がこんなに早く来るとは思わなかったわ。未だに超素粒子、OR物質とかいうシロモノは信じてないけれどね」

真帆「でも、『Amadeus』には人間と同じように意志があった。だったら、自己防衛本能のようなものがあってもおかしくない」

倫子「ああ。きっとあれは"紅莉栖"が……紅莉栖の意志が、オレたちを助けてくれたんだ」


ダル「それで、オカリンも回復してきたことだし、次はどうするん?」

倫子「そうだな。だがその前に、オレから皆にプレゼントがある。受け取るがいい」

真帆「これは……バッジ? OSHMKUFAHSA……」

倫子「ラボメンバッジ。オレたち全員がこのラボのメンバーである証だ」

まゆり「まゆしぃがね、足が痛いオカリンの代わりに露天商さんに頼んで作ってもらったのです」エヘン

倫子「助けがほしいときはそれを握りしめ、"ラ・ヨーダ・スタセッラ"と唱えるがいい」

真帆「は、はぁ……」

倫子「萌郁については真帆から聞いた通り、SERNの二重スパイとして活躍してもらっている……ということにしておこう。いずれ完全に我らの軍門に下らせてやる」

鈴羽「8番目のAはあたし、阿万音鈴羽のことだろうけど、最後のAは……」

倫子「無論、ラボメンナンバー011、阿万音由季だ。今日もバイトで不在だが、そこはさすがバイト戦士の母、バイト狂戦士<バーサーカー>と言ったところか」

倫子「彼女もまた我がラボに不可欠な人物だからな。そうだろ、ダル?」

ダル「えっ!? あ、うん。そ、そそ、そうなんじゃね?」アセッ

倫子「キョドりすぎだっ!」

鈴羽「そっか……」ギュッ

かがり「えへへ、私の宝物、ひとつ増えたよ! 鈴羽おねえちゃん!」ニコ


真帆「紅莉栖と倫子が仲良くなった理由がようやくわかってきた気がする」フフッ

かがり「私も、ママがオカリンさんをずっと好きだったの、わかるな……」

まゆり「か、かがりちゃん。違うよ、まゆしぃは、オカリンの人質だからねっ」アセッ

かがり「えー? じゃあオカリンさんは私がもらっちゃおうかな♪」ダキッ

倫子「お、おいっ」

まゆり「はわわぁ、オカリンがまゆしぃの義娘になっちゃうよぉ!」

倫子「いや、ならんから落ち着け」

鈴羽「ちょっとかがり! リンリンはあたしのものだよ!」ダキッ

倫子「お、お前らっ! ひっつくなっ!」

ダル「はわわぁ、オカリンがだるしぃの義娘になっちゃうよぉ!」(裏声)

倫子「ならんと言っとるだろ! この未来娘どもをなんとかしろぉ! うわぁん!!」


ああ、オレだ……。

なに? いつまで待たせる気だ、だと?

慌てるな、助手よ。今はまだその時ではない。

ククク……オレを誰だと思っている? 狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真に二言は無い。

オレは牧瀬紅莉栖を助けると誓った。だから、必ずお前を助ける。

安心して待っていろ。刻の呪縛から解き放たれるその時を。

オレの想いすべてを、仲間たちの想いすべてを、シュタインズゲートを開くために捧げよう。

――エル・プサイ・コングルゥ。

2011年12月18日日曜日
未来ガジェット研究所


ガチャ

真帆「お久しぶりね、みんな」

まゆり「わぁ、真帆さんだぁ。すごく会いたかったよ~、トゥットゥルー♪」

るか「お久しぶりです」

フェイリス「元気そうで何よりだニャ」

鈴羽「変わりないようで安心したよ」

真帆「どうせ私は小さいわよ」

倫子「もうとっくに成長期は終わっているだろう、ロリっ子よ。貴様のその姿も、あるいは運命石の扉<シュタインズ・ゲート>の選択……」ククク

真帆「ロリっ子言うなっ!」


かがり「真帆さんっ!」ダキッ

真帆「ふぇっ!? ちょ、どうしたの!?」

かがり「1年間真帆さんに会えなくてさみしかったよぉ!」ギュッ

真帆「……ごめん。ほんとうは夏にも来たかったのだけれど、大学のほうがなかなか片付かなくて」

倫子「(ふたを開けてみればレイエス教授だけでなく、多くのヴィクコン関係者があの騒動に関わっていたらしい)」

倫子「わざわざ来てもらったのに、これから真帆の1年を無駄にしてしまうことになる。すまない」

真帆「無駄になんてならないわよ。この世界の未来が別の世界線の過去に繋がってるって言ったのはあなたでしょう?」

倫子「……クク、そうであったな」

真帆「久しぶりに倫子の"鳳凰院凶真"を聞いたら違和感がハンパないわね。普通の女子大生だった頃が懐かしい」フフッ

倫子「あ、あれはあれで黒歴史だっ!///」カァァ


オレはこの世界線で、信じることを学んだ。

仲間を信じること。自分を信じること。そして――

シュタインズゲートを信じること。

かつてのオレはシュタインズゲートを信じられなくなっていた。

どうあがいても到達不可能だと思い込んでいた。

だが、そんなのは所詮、オレの勝手な思い込みに過ぎなかったのだ。

世界は騙せる……。収束の本質は、むしろそこにある。

そして、仲間たちの支えがあれば、オレは何度でもやり直すことができる。

何度も何度もやり直して、いずれシュタインズゲートの選択をしてみせる。

――紅莉栖を救ってみせる。


『そう。世界線の変動はやってみなければわからない。そして私たちは絶対に諦めない』

『この2つの条件が揃ってるから、岡部は無限の時間をかけて世界を変えられるの』

『岡部、その"鳳凰院凶真"をずっとわすれないでね』



わかっているさ。オレを誰だと思っている。

狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真。

世界はオレの手の中にある――――


ダル「マシンを改良しといたお。過去にRINEメッセージを送る、名付けてDラインってとこかな」

倫子「SERNに捕捉される可能性は?」

ダル「ゼロパーセント。僕の情報技術をなめんなっつーの」フンス

鈴羽「抜け穴が見つからない~って何週間もうめいてたくせに」

ダル「ギクッ。まあ、性能に関しては折り紙付きだから安心してほしいのだぜ」

倫子「さすがだ、我が頼れる右腕<マイフェイバリットライトアーム>!」

ダル「それから、あっちのほうも準備完了してるのだぜ。しかしオカリンすごいこと思い付くよな」

真帆「ええ。確かにやってみないとわからない実験ではあるけれど、少し心配……」

倫子「案ずるな。オレには確信がある」

倫子「(この確信がなんなのか、ハッキリとはわからない。あるいは、別の世界線のオレの記憶の残滓なのかもしれない)」

フェイリス「それで、今度のオペレーションはどんな作戦なのかニャ?」

倫子「クク、聞いて驚け。そしてこの狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真を心から畏れるがいいっ!」



倫子「――――Dラインを送ると同時に、タイムリープするっ!!」


どういうわけか、オレには長時間タイムリープができる確信があった。

擬似パルスを添付せずにタイムリープすれば、記憶は受信されず、オレの主観だけが安全に過去へと移動する。

完全なリーディングシュタイナーを持つオレだからこそできる技だ。同時にそれは、完全を意味していない。

わずかなバグが発生するかもしれない。そうすれば、過去へと送れる情報ははるかに多くなる。

だが、タイムリープしたことによって世界線が変動し、Dラインが送られない未来へとなってしまっては困る。

Dラインは18文字しか送れないが、あれは確実に情報を送ることができるからな。

逆に、Dラインを送ったことによって世界線が変動し、タイムリープできない未来となってしまったら詰みだ。

ならばどうすればいいか。

同時に送ってしまえばいい。


おい、モニターのそっち側に居る貴様ッ! そうだ、間抜け面の貴様だ。

世界線は確定した事象を改変した瞬間に変動すると思っているようだが、それは違う。

変動には、わずかに時間がかかっている。

もちろん、改変時点から未来方向および過去方向に向かって、波が伝播するように徐々に変化する、というわけではない。

そんなことになれば、"世界線は過去から未来までが確定している"という事実に反してしまうからな。

元の世界線から改変後の世界線へと変動するのに時間がかかる、というだけの話だ。

オレは数々のリーディングシュタイナー発動やタイムトラベルを体感してきたからこそわかる。

かつてα世界線からβ世界線へと1%の壁を跨いだ時、エンターキーを既に押していたにも関わらず、その後に発された紅莉栖の言葉をオレは鮮明に覚えている。


   『さよならぁっ!!』

   『私も、岡部のことが だ   い       す           』


改変が確定した後のほんのわずかな間、時空がゆがみ、再構成される時間が存在する。

それは、瞬き程度の時間。蝶が羽ばたく程度の時間。

1秒ほどの、世界線を超える時間。


OR物質は世界線に左右されない存在だ。

つまり、世界線の変動はOR物質にとっては関係ない。

ゆえに、この"Dラインとタイムリープ同時使用"というウルトラCを実行すれば!

Dラインを受信することが確定した世界線へと主観を移動させることが可能というわけだ。

仮にDラインが先に過去へ到着し世界線を変動させたとしても、変動しきる前にオレの意識は過去へと跳んでいる。

ゆえに変動後の世界線へと意識が受信される。

逆にDラインより先に意識が過去へ受信された場合、その後Dラインによる世界線変動が起こるな。

だが、その時オレはリーディングシュタイナーを発動するだけなので、中身は変わらない。

結局、どっちにしてもDラインを送って変動した世界線の過去へとオレの意識が跳ぶことになる、というわけだ。

真帆も言っていた通り、やってみなければわからない。失敗して、また同じ歴史を繰り返すだけになるかもしれない。

だが、可能性があるならそれに賭けるべきだ。


今ここで2010年7月28日へとタイムリープしたところでアトラクタフィールドを超える世界線変動は引き起こせないだろう。

記憶を引き継ぐことができないから、という理由だけでなく、たとえ引き継げたとしても不可能なのだ。

原因は『Amadeus』と椎名かがり。ストラトフォーがタイムマシンを狙うこととなったキッカケだ。

未来のダルの話によれば、ストラトフォーは得た情報を世界に切り売りしていたらしい。あいつらこそ第3次世界大戦を裏で操っていた黒幕だ。

かがりがレスキネンに未来の情報を教えてしまうことで、タイムマシンが夢物語でも疑似科学でもない確信を与えてしまった。

そして『Amadeus』がストラトフォーに利用されることで、オレたち未来ガジェット研究所がタイムマシンと関係していることが明らかにされてしまった。

どちらも中鉢論文あっての因果だ。中鉢論文がなければ、そもそも奴らはタイムマシンの存在にすら気づけない。

だが、『Amadeus』もかがりも、第3次世界大戦が起こるβ世界線においては確定した事項だ。未来が過去に影響しているために、どうあがいても中鉢論文は取り消せない。

シュタインズゲートへは辿り着けない。


この世界線でも『Amadeus』を削除することには成功したが、既にストラトフォーにも米軍にもタイムマシンの存在はバレている。

次の世界線では、『Amadeus』によってオレたちとタイムマシンの関係がバレないようにしなければならない。テスターはやめないとな。

加えて、幼いかがりが洗脳されてしまう未来を変える必要がある。

かがりが1998年に鈴羽と別れることなく2010年までやってくる世界線に辿り着かなければならない。

何度も言うが、そうしなければ、すべての原因である中鉢論文をどうあがいても消去することができないのだ。

かつてのアトラクタフィールドαにおいて、最初の世界線以外でオレがどうあがいてもIBN5100を手に入れられなかったように。

だからこそ、SERNに捕捉されないDラインによる世界線改変が必要、というわけだ。

そこからもう一度、オレの時を始める。


送り先は2010年12月15日、オレが元居た世界線において、ケータイの電源を切っていたことで世界線が変動したタイミング。

あれは、オレが未来からメッセージを受け取ることが確定していたのを拒否したから、世界線が変動したのかもしれない。

もちろん根本的な原因はタイムマシン論文やかがりの状態に関わるものだろうが、世界線変動の引き金となったのはやはりスマホの電源のオンオフだったはずだ。

ならば、今こそ、それを送る時。

今居るこの世界線の2010年12月15日、オレはケータイの電源を何故か入れていた。だから受信は可能だ。

意識の送り先のタイミングはDライン到着よりも前に設定したが、これはDラインによって世界線が改変される前に送る、という意味ではない。

そもそも『送る』という行為自体が改変行為なのだ。ゆえにDラインとタイムリープの受信のタイミングがどこであろうとも世界線が変動してしまうことには変わりない。

Dラインを送った瞬間、12月15日にDラインを受信することが確定する世界線へと変動する。この時、変動にわずかな時間を要する。

Dラインを送ると同時にタイムリープで意識を飛ばし、Dラインを受信するタイミングの少し前へと到着させるというわけだ。

こうしてオレは自分で送ったDラインを自分で受信することになる。ただ、未来の記憶は一切思い出せないけどな。

それでも、何かを思い出す可能性はゼロじゃない。

オレの中に眠る鳳凰院凶真は、必ずまた蘇る。不死鳥のごとく。

記憶の全てが書き換わるとしても、デジャヴみたいに心の奥で繋がれば――――


以上が、Dライン&タイムリープ同時過去改変の目的と原理だ。

で、だ。そもそも、どうやってそんなことを実現するのかという話だが。

過去へと情報を送るには、要はカーブラックホールを電子注入により裸にしたミクロ特異点へとデータを送ればいい。

それが可能なマシンは、42型ブラウン管テレビ直上にある電話レンジ(仮)と、もうひとつ存在する……。

そう、ラジ館屋上にあるタイムマシンだ。

あのタイムマシンには当然、リフターも含めたリング特異点生成装置がついている。あれを使えばいいだけの話。

タイムマシンを使ってDラインを過去へと送り、電話レンジ(仮)の改良品を使って同時にタイムリープをする。

これこそが、オペレーション・ヘルヘイムの全貌だ。


ダル「いやまさか、タイムマシンを改造しろ、なんて言われるとは思ってなかったお」

鈴羽「あのタイムマシンはもう2010年の夏へと跳ぶことはできないからね。世界改変に使えるなら本望だよ」

鈴羽「あたしは……うれしい」ウルッ

ダル「(あの鈴羽がようやく素直に涙を流してくれたお……)」

真帆「タイムリープマシンの調整、終わったわ。あとは送信タイミングの同期だけど」

ダル「それは僕のほうで制御プログラム組んどいたから、オカリンのスマホの送信ボタンと、ペケロッパに接続したキーボードのエンターキーを同時に押せば自動で補正がかかるお」

倫子「さすが我が頼れる右腕<マイフェイバリットライトアーム>だっ!」

倫子「ではいくぞっ! 鳳凰院凶真の名において、これよりオペレーション・ヘルヘイムを開始する!」

倫子「ラボメン全員、準備はいいか!?」

全員「オーキードーキー!」




                         マッドサイエンティスト
          【世界を騙せ 可能性を繋げ 世界は欺ける】





また会おうな、紅莉栖―――――――――




カタッ


――――――――――――――――――――――――――――――――
         1.05582      ⇒      1.29848
    2011年12月18日14時22分  ⇒  2010年12月15日16時22分
――――――――――――――――――――――――――――――――

第19章 双対福音のプロトコル (♀)

世界線変動率【1.29848】
2010年12月15日(水)16時22分
柳林神社


倫子「――――――――あ、あれ? 私、何を……」スッ

倫子「(……そうだ、思い出した。今日の報告会が上手く行くように神様に頼みに来たんだった)」

倫子「でも、今の着信はなんだったんだろう。イタズラ電話かな」

倫子「まあ、いいや。ルカ子大明神様、何卒よろしくお願いします」パン パン ペコリ


   『誰にもうちあけられずに……とどかなくても……この気持ち、抱きしめていたくて……』

   『おぼえていて……くれますか……?』


倫子「(……今のは、神様の声? い、いやいや、そんな幻聴なんか聞こえるわけないって)」

倫子「ルカ子はまだ学校から帰ってきてないか……」

prrrr prrrr ピッ

Ama紅莉栖『ここが漆原さんの神社なのね。今なにしてたの?』

倫子「……報告会の安全祈願、かな」


・・・(中略)・・・


倫子「――――結局、オレが照れくさかったんだ。素直に名前を呼べなくて……」

Ama紅莉栖『照れくさかった?』

倫子「……今でも私、紅莉栖のことが好きだよ。あなたのことだって、女の子として好き」

Ama紅莉栖『なぁっ……///』

倫子「へ、へぇ。あなたも顔が赤くなったりするんだね」ドキドキ

Ama紅莉栖『あ、赤くなんてなってないし。ただ、女の子扱いされてたなんて、思ってもみなかったから……』

Ama紅莉栖『でも、その感情は危険よ。オリジナルはもう、この世に居ないんだから』


   『また会おうな、紅莉栖』


倫子「……ううん。たぶん、そんなことはないんじゃないかな。別の世界には、きっと……」

Ama紅莉栖『現実逃避……ってわけじゃなさそうか。まあ、あんたの宗教観は否定しないけど』


ピッ


倫子「通話を切って冷静になってみると……確かに、"紅莉栖"の言う通り、この感情は危険、かも、知れない」

倫子「AIの"紅莉栖"に想いを寄せるなんて、それこそ妄想の紅莉栖を創り出すことと何が違うって言うの」

倫子「……違うか。私は、本物の紅莉栖に会いたいんだ。あの箱の中から、暗い世界から、紅莉栖を引っ張り出したい……なんてね」

倫子「そんなこと、出来る訳ない、よね……」

倫子「それに、この"紅莉栖"には、別の世界線での出来事を話してしまったかもしれない」

倫子「これ以上、"紅莉栖"と話すのは、危険……?」

倫子「また、まゆりに心配かけちゃう……。私はテスターを続けるべきじゃないのかもしれない」

倫子「……テスターはやめよう。ハッキリと教授たちに、そう伝えよう」

同日 夜
秋葉原CLOSE FIELD 陸橋 UPX前


倫子「(レスキネン教授たちとの約束の時間までは、まだ少しある……)」ウロウロ

倫子「……ん? あれは、フブキとカエデさん?」

フブキ「おーい! オカリンさーん!」

倫子「ちょ、恥ずかしいからやめてっ」

カエデ「フブキちゃん、もっと大声で!」

フブキ「オ・カ・リ・ン・さ・ー・ん!!」

倫子「やめろぉ!」

カエデ「それより、大丈夫ですか? 具合悪そうですけど。もしかして、フブキちゃんの大声のせいで?」

フブキ「ちょっ!」

倫子「ううん、大丈夫。全然大丈夫だから、まゆりに連絡しなくていいから、ケータイしまって!」

フブキ「でも、つらそうだったら言ってくださいね。オカリンさんのこと心配なのは、マユシィだけじゃないですから」

フブキ「カエデちゃんだって……私だって、オカリンさんのこと……」

倫子「……うん。ありがと。嬉しい」

フブキ「……あの」

倫子「なあに?」

フブキ「――オカリンさんの好きな人って、誰ですか」

倫子「……私の、好きな人……」


   『――我が助手、牧瀬紅莉栖だっ』


倫子「うっ……」フラッ

フブキ「ご、ごめんなさい、失礼なこと訊いちゃって! あの、私――――」



ピピピ



――――

世界大戦だろうがディストピアだろうが、そんなことはどうでもいい。

紅莉栖は死してなお、凍える漆黒の電脳世界に封印され、悪の組織に狙われている。

これは人類を救うためのミッションなどではない。

牧瀬紅莉栖を蘇らせ、世界を破壊するためのミッションだ。

フフフ、ククク――――

ふぅーはははぁ!!!!

――――


倫子「――――!?」クラッ

倫子「(な、なに!? 今のビジョンは……!?)」プルプル

カエデ「オカリンさん!? 大丈夫ですか!?」

倫子「え、あ……大丈夫。大丈夫だからっ! それじゃ!」タッ タッ

フブキ「あ、オカリンさんっ!」



倫子「(今、RINEに着信があった……?)」スッ



マッドサイエンティスト
【世界は欺ける】

マッドサイエンティスト
【可能性を繋げ】

マッドサイエンティスト
【世界を騙せ】



倫子「こ、これは――――」

都内の高級ホテル レスキネンの宿泊部屋


倫子「……テスターを、やめたいです」シュン

真帆「…………」

レスキネン「…………」

真帆「いきなりそんなこと……無責任だわ!」

倫子「うぅ……」ウルッ

レスキネン「マホ、落ち着きなさい。このテストはリンコの善意で成り立ってるんだよ」

レスキネン「リンコ、ここで辞退しても無責任ということは決してないから、大丈夫」ニコ

倫子「……すみません」ペコリ

レスキネン「ざっとログを見たが、かなり頻繁に話してくれているじゃないか。それも一時は病的なまでに」

レスキネン「それがやめようと思った理由かな? "クリス"と話すのがつらくなったかい?」

倫子「いえ、その……"紅莉栖"と話すのは、とても楽しいんです」

倫子「でも、だからこそ、それが怖くて……」


真帆「…………」ムスーッ

レスキネン「分かった。テスターの辞退については、君の望む通りにしよう」

レスキネン「ただ、アクセス権は君のスマートフォンにそのまま残しておいて構わないかな? 今後、『Amadeus』と話すのも話さないのも、君の自由だ」

レスキネン「"クリス"のほうからは、君に連絡しないように言っておくから」

倫子「え……?」

レスキネン「ここだけの話、『Amadeus』はマホにとって娘みたいな存在なんだ。娘に出来た初めての友達が居なくなっては、寂しいだろう?」

真帆「教授っ!」ガタッ

倫子「……そういうことなら」

倫子「(ヴィクコンとの繋がりがあってほしいのは私もだし、これはこれでいいのかな……)」



prrrr prrrr


レスキネン「おっと失礼。ちょっと電話してくるよ。マホ、その間にリンコと仲直りしておくようにね」ガチャ バタン


真帆「……ごめんなさい。さっきは怒鳴ったりして」

倫子「私こそごめん。あなたの力になれなくて」

真帆「私の子どもと親友、両方を投げ出されたような気がして……だめね、私。自己嫌悪だわ」

真帆「今後も、気が向いたらでいいから『Amadeus』をかまってあげて」

倫子「うん……また、3人で一緒に出掛けよう? それだったら私も大丈夫かも」

真帆「それ、いいわね。あなたとも普通のお友達になりたいし。あ、あくまで普通のだからね?」ドキッ

倫子「……ねえ、聞いてもいい? 紅莉栖の母親のこと。前のATFの時、真帆ちゃんとレスキネン教授が話しているの、聞いちゃって」

真帆「ああ、あのこと……あとちゃん付けやめて……」


真帆「紅莉栖のお母さんから電話があったの。家に放火されたんですって」

倫子「えっ!?」

真帆「ちょうどその日は留守にしていたから大丈夫だったそうだけど……変なことに巻き込まれてるかも」

倫子「変な、こと……?」ドキッ

真帆「最初は地元の警察が捜査してたらしいのだけど、そのあとFBIを名乗る人たちが来たらしくて」

真帆「それに目撃者の証言によると、犯人はなんだか特殊部隊みたいだったって。すごく手際が良かったそうよ」


   『SERNは「ラウンダー」っていう名前の非公式で私設の特殊部隊を持っててね』


倫子「……特殊部隊。いや、まさか……」ゾクッ

真帆「それから……その犯人たち、ロシア語を話していたって」

倫子「――――っ!?」ドクン

倫子「(まさか、章一の亡命先、ロシアの特殊部隊が!? 第3次世界大戦は、すでに始まっている……?)」ドキドキ

真帆「……?」


真帆「それに、紅莉栖が亡くなったばかりの頃、私たちの研究室でもおかしなことがあったの」

真帆「地元警察と一緒に、日本の刑事という日本人が来たのよ。紅莉栖のデスクを荒らして……いえ、捜査して行ったわ」

倫子「(あれ? ダルに警察のデータベースをハッキングさせた時、日本警察は事件を全く捜査していなかったはず……)」

真帆「何日か経って、大学が警察に問い合わせをしたら、そんな刑事が日本から来た事実はない、って言われた」

倫子「(やっぱり)」

真帆「それだけじゃなくて、地元警察も、私たちの研究室を捜査した事実はないって」

倫子「全員偽者だったんだ……」

倫子「("警察"を名乗る人間ほど信用できないものはない……)」ギリッ

真帆「そのことがあって、私……」プルプル

倫子「……怖かったね」ギュッ

真帆「手……。岡部さん、ありがと。少し落ち着いたかも」

倫子「(私があなたと守ってあげる、とは言えなかった)」

倫子「(狂気のマッドサイエンティストのアイツなら、彼女のそばに寄り添ってあげることができたかもしれない)」

倫子「(けど、私は普通の女子大生だから……)」グッ


真帆「陰謀論を主張するわけじゃないけれど、紅莉栖の死にはなにか裏があるんじゃないかと疑っているわ」

倫子「っ……」

倫子「(何が"私があなたを守ってあげる"だ。彼女を追い詰めた犯人は……その元凶は……)」プルプル

真帆「なにかもっと別の理由で紅莉栖は殺されて、それが闇に葬られてしまったんじゃないかと、そう考えているのよ」

倫子「(……紅莉栖を殺した犯人は、私なのに)」グッ

真帆「このままじゃ紅莉栖は浮かばれないわ。私は真実を知りたい……」

倫子「(真実を追究するのが科学者……私は、真帆ちゃんに近づくべきじゃなかったんだ)」グスッ

真帆「え? だ、大丈夫? 泣かないで?」オロオロ

倫子「ごめん……ごめんね、真帆ちゃん……私のせいで……っ」ポロポロ

真帆「えっと……?」キョトン


・・・

真帆「……落ち着いた?」ギュッ

倫子「うん……」グシグシ

真帆「やっぱりあなた、何か知ってるのね」ハァ

倫子「…………」シュン

真帆「わかってるわ、今はこれ以上詮索しない」

真帆「でも、私はそれを知りたいと思っている。そのことだけは知っておいてほしい」

倫子「危険だよ……」

真帆「たとえ危険だとしても、私は……。私、紅莉栖のこと、本当に好きだったみたい」フフッ

倫子「あの子は本当に良い子だったし、本当にすごい女<ヒト>だった。私も……大好きだった」

真帆「あら、気が合うわね」

倫子「紅莉栖が生きてたら、私たちで取り合いっこしてたかもね」フフッ

真帆「簡単には渡さないわよ? なんて言ったって、私の可愛い後輩なんですから」

倫子「望むところっ」フフッ


ガチャ 

レスキネン「2人とも、よかったらこれから食事でもどうかな?」

倫子「いいんですか? ありがとうございます、教授」

真帆「岡部さん、紅莉栖の話の続きは食事の後にしましょう」

倫子「真帆ちゃんには負けないよ」ドヤァ

真帆「だから真帆ちゃん言うなっ!」ウガーッ!

レスキネン「仲良き事は美しき哉。もうすぐ春ですね」ニコニコ

倫子「(自動翻訳どうなってるの……?)」

ホテル1階レストラン


倫子「紅莉栖はカップラーメンが好き! 特に塩!」

真帆「紅莉栖はコーヒーが好き!」

倫子「紅莉栖は運痴だけど泳ぐのは好き!」

真帆「紅莉栖は政治的アピールのためのエコ活動が嫌い!」

倫子「蛇とかカエルがダメ! あとGも!」

真帆「料理が壊滅的! でも裁縫はできる!」

倫子「辛いものが苦手!」

真帆「絶叫マシンとかウォータースライダーには梃子でも乗らない!」

倫子&真帆「「ぐぬぬ……!」」

レスキネン「ふたりとも、どっちがクリスのことに詳しいかアピールはそのくらいにして、デザートにイチゴのトルテはどうかな?」


レスキネン「時にリンコ。人間と他の生き物の違いはなにか。君はどう考える?」

倫子「え?」モグモグ

真帆「これ、教授のいつもの癖だからあまり気にしなくていいわ。教授、また何か思いついたんですか?」

レスキネン「そんなところさ。いいかいリンコ、アナログで流動的なこの世界を0と1に分解し、デジタル化することができるのが人間だ」

倫子「……?」モグモグ

レスキネン「例えば、今ここにオカベ・リンコという人間が居るね。その存在は固定化されていて、突然マホになったりクリスになったりすることは無い」

レスキネン「君は昨日もリンコだったし、明日もリンコだ。そうだね?」

倫子「は、はい」

レスキネン「どうしてそれがわかるんだい?」

倫子「は……?」


レスキネン「君は今、イチゴのトルテを食べているが、そのうちのいくつかの分子は数時間もしないうちに新たに"リンコ"になる」

レスキネン「そして6年ほどで"リンコ"ではなくなってしまう」

真帆「人間の体細胞の入れ替わる周期は約5年から7年と言われていますね。もちろん、脳細胞も新しいものへと次々に更新されている」

レスキネン「それでも今まで"リンコ"は続いていた、そして今後も"リンコ"は続いていく、と脳は思考する」

レスキネン「不思議だと思わないかい?」

倫子「1秒前の私と、今の私とを繋ぐのは……"意識"?」

レスキネン「でも、我々はソレを見たことも触ったことも無い。"意識"と仮に呼んでいるものの正体とは、一体なんだろうね?」

倫子「つまり、形而上のモノを現実として認識できるのが人間だ、ということですか?」

レスキネン「そうだね! そして、それを可能にするのは言葉だ」

レスキネン「言葉による記号化がなければ、世界は混沌<カオス>のまま、無秩序のまま」

真帆「いわゆる記号論ですね」


レスキネン「生物は様々な情報を交換する。これが言語だね、もちろん犬や猫にも彼らなりの言語はある」

真帆「その意味では、言葉だけじゃなく、身振りや鳴き声、臭いや超音波やDNA配列なんかも言語化されている、と言えるわ。コンピューターでさえプログラミング言語でコミュニケーションをしている」

レスキネン「人間は口や喉などの調音点を使って様々な音のパターンを作り出し、そのパターンごとに事物や事象を当てはめていく。これによって世界を分節化していくね」

倫子「それが言葉、ですよね」

レスキネン「だが、人間の言葉が示しているのは、実は世界の事物そのものではなく、シンボルなんだ」

倫子「えっと……?」

真帆「例えば、私が今"脳"という言葉を口にしたとして、具体的な事物を指しているわけじゃない」

真帆「動物一般が所有している、頭骨に守られた器官のことを意味しているのよ」

真帆「それってつまり、脳というモノを指しているようでモノ自体を指していない……"脳と言う概念"を示しているだけってことでしょ?」

倫子「ああ、なるほどね。具体的な事象を表す言葉でも、本当に意味しているのは抽象的なものってわけか」


レスキネン「当然リンコの脳とマホの脳はまったくの別物だ。それどころか、昨日のリンコの脳と明日のリンコの脳も別物と言える」

真帆「同じ人間の脳であっても、1秒もしないうちに脳の分子組成は変化するし、電気信号のサーキットも再構築されてる」

真帆「でも、そうやって不断に変化し続けるものでも、"脳"とか"意識"という名前をつけることで、非時間的、非空間的な認識世界を創造できる、ということですよね、教授」

レスキネン「そう。人間の言語が表しているのは、現実そのものではなく、仮想の世界なんだ」

真帆「さらに言えば、複数の語が互いに関連をもってネットワーク化することで、その語の意味が明確になるの」

レスキネン「誤解を恐れずに言えば、人類はその言語社会内において、独自のヴァーチャルリアリティを共有している、とも言えるね」

倫子「世界の本来の姿……アナログで区別不可能な混沌<カオス>を非連続化して、データとして整理できるのは、人間だけ?」

レスキネン「"That's the point!"」


レスキネン「そしてそれは、過去と未来を秩序立てて認識できる、ということでもあるんだ」

レスキネン「人間以外の生き物にとっては"現在"しか存在しない。いや、あるいは人間にとっての"現在"という概念がない、とも言える」

真帆「もちろん、象の脳でもネズミの脳でも人間と同じように時間を感じているわ。主観的なスピードはそれぞれ、と言われているけどね。これに関しては目下研究中よ」

倫子「だけど、時間の概念の捉え方が異なってる?」

レスキネン「そういうことさ。我々は常に世界を0と1に分解している。そうしなければ、明日の朝食を決めることすらできないね」

倫子「時計の針が指す意味がわからないと時間を区切れず、"明日"という概念さえない……」

レスキネン「そういう意味では、タイムトラベルを正しく理解できるのも人間だけだ」

レスキネン「仮に猫が1年前にタイムトラベルしたとしても、その猫は自分が1年前に居るということを認識できない」

レスキネン「きっと、昨日まで居た環境とは別の環境に放り出された、くらいの認識しかないんじゃないかな」

真帆「猫にとっては世界は常に"現在"。猫は時間移動の観測者足りえない、とも言えるわ」

倫子「脳が認識できなければ、存在しないのと同じ……」

レスキネン「ヒト種は大脳新皮質を大きく発達させた。一般にそれは複雑な社会環境へ適応するためだと言われている」

真帆「社会脳仮説、ですね。一方で心の理論は、ヒトにおいて突然発生したのではなく、他の生物種にその原型があるのではないか、などと考えられてるわ」

レスキネン「人間は進化の結果、他の哺乳類、いや、他の霊長類にさえ無い知的能力を持っているわけだ」

レスキネン「さて。以上の議論を踏まえて、『Amadeus』は"人間"と呼べると思うかい?」

倫子「"紅莉栖"が……?」


真帆「ようやく本題ですか。長い前置きは教授の悪い癖です」ハァ

レスキネン「Haha! でも、こういう思考実験はおもしろいだろう? それで、リンコはどう思う?」

倫子「……言える、と思います。『Amadeus』も人間と同じように言葉を使って思考して、時間の概念も持っているから……」

真帆「でもそれは"そう見える"だけで、実際にはコンピューター上での演算結果に過ぎないわ」

倫子「だけど、その仕組みはまだ判明してないんだよね? 私たちの脳が"そう見える"なら、仕組みが解明されるまでは否定できないんじゃないかな……」

レスキネン「やはり、日本人はアニミズムの傾向が強いようだ。リンコはロボットアニメが好きなタイプかな?」

倫子「えっ? どうしてそれを?」

真帆「一概には言えないですよ、教授。あのね、岡部さん。キリスト教圏では特に、生命の創造に類することに反発を持つ人もいるの」

レスキネン「アイザック・アシモフはこれをフランケンシュタインコンプレックスと呼んだ。人間の尊厳を脅かす存在は、得てして害を為す不安の種となっているんだ」

―――――

   『そもそも、こんなものは無謀だ。正気の沙汰ではない』

   『何より、これは神への冒涜だ。宗教的にも倫理的にも問題がある』

―――――


倫子「あっ、この間のATFで……」


レスキネン「『Amadeus』は父なる神が創造したものでもなければ、ヒト種の母から生まれた存在でもない」

レスキネン「私とマホのチームが人工的に作り出した"箱"に過ぎないんだ」

真帆「人工的と言っても、私と紅莉栖の脳の構造を基板上で再現、模倣したものなのだけどね」

レスキネン「そう言えば、マホは以前完全にオリジナルな『Amadeus』を作ろうとしていたね」

倫子「完全にオリジナル?」

真帆「ベースとなる人間の脳構造を模写することなく、記憶も独自の偽造記憶を植え付けた『Amadeus』を開発しようとしたこともあったの。今のところ保留してるけど」

レスキネン「まだ失敗ではないのと?」フフッ

真帆「成功させるためにも、"紅莉栖"と"真帆"の研究が急務なんです! あの子たちには、わからないことが多すぎる」

倫子「でもそれって、まるで人造人間……ゴーレムみたいな……」

真帆「へえ、人間ベースの『Amadeus』には好感が持てても、オリジナル『Amadeus』には嫌悪感があるのね?」

倫子「い、いや、そういうわけじゃ……」

>>426 衍字
×レスキネン「まだ失敗ではないのと?」フフッ
○レスキネン「まだ失敗ではないと?」フフッ


レスキネン「つまり、そこに人間かどうかの線引きがあると、リンコは考えているわけだね」

倫子「……恥ずかしながら」

真帆「私からすればどちらもAIよ。私はプロメテウスになるつもりなんかないわ」

真帆「"紅莉栖"と"真帆"が人間だとするなら、私たちはそんな無機質な箱の中に"彼女たち"を閉じ込めていることになる……」

真帆「まあ、実際そのことで"本人"からたまに文句を言われるのだから厄介なんだけど」ハァ

倫子「空の無い、冷たくて暗い世界……」

倫子「(あれ……なんだろう、このイメージは……)」ブルッ


レスキネン「(さて、これで十分時間を稼げたか)」


prrrr prrrr


レスキネン「ん、ミスター・イザキ♂から電話? 私へのラブコールかな?」モッコリ

地下駐車場


プップー

井崎「レスキネン先生! それではお送りいたします、この僕のステーションワゴンで!」ドヤァ

井崎「アウディS4バンド、3リットルV型6気筒エンジンを搭載し、正規ディーラーでは軽く800万超え! 中古でも程度のいいものなら700万円に近いスポーツカー……!」キラキラ

レスキネン「ミスター・イザキ♂のハンドルさばきを見てみたいね」

レスキネン「(彼の送迎は想定外だが……まあ、構わないだろう)」

井崎「そうでしょうそうでしょう! ささ、助手クンもどうぞ!」

真帆「え、ええ。教授、お先にどうぞ。私は荷物をトランクに入れてきます」


倫子「この人は、まったく……」ハァ

井崎「しかし、キミもなかなかやるんだねぇ。意外だったよ」

倫子「はい?」

井崎「いや、教授の可愛い助手クンさ。付き合っちゃうといい」

倫子「ちょっ!? からかわないでください! そもそも、私たちは同性ですよ!」

井崎「えー? キミのこと噂になってるよ? 合コンで男たちを退けてるのはそっちのケがあるからだって」ヘラヘラ

倫子「(この男……殴りたい……!)」


井崎「ハハ、キミは潔癖だね。ただ、正直なだけじゃあ渡っていけないことってのもあるもんさ」

倫子「はぁ……」

井崎「このコネは手放しちゃいけないぜ? 彼女、なかなかの有望株らしいからな。キミの将来に直結してる」

井崎「仲が良かった研究者が死んじゃったとかで寂しがってるらしいし、チャンスだと思うけどなァ」

倫子「…………」ギリッ

倫子「……私は帰ります。秋葉原に用があるので」

井崎「んじゃ、また大学で。――あ、次のパーティー、相手は国立医学部だから、またよろしく頼むよ、ミス電大生」ヒラヒラ

倫子「(私は客寄せパンダでもキャバ嬢でもないんだけどな……)」


――カシュッ! カシュッ!


倫子「(ん? 今の音……サプレッサー!?)」ドクン


バリィィィィン!!

井崎「ひ、ひぃぃっ!? 僕の車の窓がぁぁっ!?」

バリィィィィン!!

レスキネン「――!」

真帆「きゃあ!」


倫子「(な、なに……なんなの……!?)」プルプル


コツ コツ コツ …


倫子「(柱の陰に男……あ、あいつはっ!?)」ドキドキ

カトー「……つまずきが、えーっと、あの、その、なんだっけ……あれ、私はどうしてここに……い、いや、つまずきをもたらすものが忌まわしくて……あれ、どうして銃など……」クラクラ

倫子「(あいつ、ATFの講演の時、私が異議を出した人だ……けど、様子がおかしい?)」ゾクッ

カトー「あー、そうそう、ヒンノムね、ヒンノムの谷……シリコンの上に魂は宿らない……だったかな……」ブツブツ

井崎「う、うう、うわあああ!!」ダッ

倫子「(バ、バカ! この状況で動いたら――)」

カトー「――――!」クルッ


カシュッ! カシュッ!


井崎「ひええええっ!!」ピューッ

倫子「(外した――やつが井崎に気をとられている今が逃げるチャンス!? で、でも……)」ウルッ

倫子「(足が……っ)」ガクガク

真帆「岡部さんっ! 車に乗って!」グイッ

倫子「きゃあ!?」バタンッ

真帆「教授、このままこの車で逃げます。いいですね!?」

倫子「え……えええっ!?!?」

レスキネン「私がマホを信頼しないで、誰が君を信頼するというのか」

真帆「……クッ!! どうしてこんなときにっ!!」ギリッ

倫子「ど、どうしたの!?」

真帆「……足が、足が……」プルプル

倫子「あ、足が……?」

真帆「……足がペダルに届かない」グスッ

倫子「(あー……)」


倫子「私が運転席に座る。真帆ちゃんは私の上に座って、私の足を踏んづけて操作してっ」ヨイショ

真帆「……お尻に硬いものが当たって痛いわ!」

倫子「ちょ!? ベルトのバックルだからね!? 私、女の子だからね!?」

真帆「ごめんね、足、踏むわよ!」ガッ ガッ ブルルルルン!! キュルルルルル……

倫子「うわあっ!? 急発進!?」


カトー「――っ!!」ササッ


倫子「(危うくあいつを轢くところだった……!)」ドキドキ

倫子「あいつ、なんなの!?」ドキドキ

真帆「まさか、セミナーでの腹いせ!?」キュルルルル

倫子「(真帆がハンドルを右に切った。右ハンドルのこの車は、私たちが座っている側があいつの方へと向いて――)」


カトー「――っ!!」カシュッ!!


倫子「(あ――――やばい、意識が――――)」ドクンッ!!



ドクン

ドクンドクン

ドクンドクンドクン




――――ドクン!!


倫子「(っ―――――い、息が、できな……な、なにこれ!?)」ドクンドクン

倫子「(世界が止まった……いや、スローになってる!?)」ドクンドクン

倫子「(車の動くスピードも、あいつが撃った銃の弾もゆっくり見える……ゾーンに入ったのか!?)」ドクンドクン

倫子「(……このままだと銃弾が真帆に当たるっ!)」ドクンドクン


バ―リ―ィ―ィ―ィ―ィ―ン!!


倫子「(運転席側の窓が超スローで割れた……。くそ、身体もスローでしか動かせない……っ! じれったい!)」ドクンドクン

倫子「(でも、真帆の身体を少しでも前に倒せば、ギリギリ避けられる……!)」


ドクンドクンドクン

ドクンドクン

ドクン


倫子「(世界が、元の速度に――――っ!)」ズバシュッ!!

真帆「な、なに!? 大丈夫!?」

倫子「(くっ、元に戻るのが早かったせいで、私のこめかみに銃弾がかすった……まともに当たらなかったのは収束のおかげかな……)」ズキズキ

倫子「わ、私はいいから、前だけ見て運転して……」ボタボタ

真帆「ちょ、あなた、頭から血が……!!」

倫子「私はいいからっ!!」

真帆「……あっ!!」キュルルルルル


ズドォォォォォン!!


倫子「(車が柱に激突した……)」ゴフッ

真帆「やっぱりレースゲームとは違うわね……あいたた……」

倫子「(あ……ダメ……痛すぎて意識が飛びそう……)」クラッ

倫子「あいつ、は……?」

真帆「撒いたと思うけど……って、嘘っ!? 追ってきた!?」

倫子「バックミラーに映ってるセダン、あれ、あいつが乗ってるの!? こっちに突っ込んでくる!!」

真帆「まるでジョン・カーペンターの映画だわ!」

倫子「(今から発車しても間に合わない……!)」

倫子「教授! 降りてください! 真帆ちゃん、捕まって!」ガシッ

真帆「え――きゃあっ!?」ズテーン



ドゴォォォォォォッ!!


倫子「(あいつ、あのまま突っ込んできた……イカれてる! でも、もう命は無いはず……)」

真帆「井崎さんの車、ぺちゃんこね……」


タッ タッ タッ


警備員「どうしました!? 何があったんですか!?」

真帆「すみません、警察を呼んでください! あと、消防も!」

警備員「あ、ああ! わかった!」

倫子「(あ、あれ、安心したら、また意識が――――)」クラッ

真帆「……岡部さん? 岡部さんっ!! しっかりして!! 岡部さ――――」



   『あれれ~? まゆしぃのカイちゅ~、止まっちゃってる~』

   『……死にたく……ないよ……こんな……終わり……イヤ……たす……けて……』



――――さんっ! 岡部さんっ!!


倫子「……あ、あれ……」パチクリ

真帆「岡部さんっ!! 死んじゃダメぇっ!!」ポロポロ

倫子「まほ……ちゃん……?」

真帆「岡部さん!? よ、良かったぁ……生きてる……」グスッ

レスキネン「だから言っただろう? 気を失っているだけだと」

倫子「ごめん、安心して気が抜けただけだから……私は死なないよ」ニコ

真帆「バカっ!! 人間は脳を撃たれたら死ぬのよっ!? あなたは『Amadeus』じゃないのよ!?」ユサユサ

倫子「わ、わかってるっ! だから、揺らさないで……頭に響く……」グラグラ

警官A「――……な、なんだあいつは!?」

倫子「えっ――」


カトー「……つまずきを、つま、つ、つまずき……つまずきぃ……っ!」

倫子「(腹が破れてるっ!? そんな、内臓をこぼしながらこっちに向かって……っ!)」

倫子「う、おえええっ!!」ビチャビチャ

真帆「な、なに……あれ……」プルプル

カトー「つまずきィッ!!」ガチャッ

レスキネン「――っ!」

倫子「教授っ! 逃げ――」


BANG!!


カトー「っ――――」バタッ グチャグチャッ

真帆「きゃああっ!?」

倫子「(あいつの脳が破裂した……)」オエエッ

倫子「(い、今の銃声は、いったい……?)」クラクラ

警官A「だっ、だっ、誰だ!? 勝手に発砲した者はっ!?」

警官B「じ、自分ではありませんっ!」

倫子「(警官が撃ったんじゃない? なら、一体誰があいつを撃ったんだ……?)」

レスキネン「…………」スッ





レスキネン「(私としては、リンコが『Amadeus』と仲良くなってもらわなければ困るからね)」

・・・
2010年12月16日木曜日明け方
岡部青果店


警察A「それでは、また何かありましたらすぐ連絡をお願いします」

倫子「は、はい。わざわざ送っていただいてありがとうございました」


チュンチュン…


倫子「(もう朝になっちゃった。教授たち、大丈夫かな……)」

倫子「(私の頭の怪我は警察で手当てしてもらえたから良かったけど)」

倫子「(いったい、あいつは何の目的で襲撃を? 本当に『Amadeus』に対する宗教的な反発だったのかな……)」

倫子「(……そんなレベルじゃない陰謀が影に隠れているような気がしてならない)」ゾクッ

同日夕方
未来ガジェット研究所


倫子「――ってことがあったんだ」

まゆり「オカリン……無事でよかったよぉ」グスッ

倫子「私は死なないよ。まゆりが居るからね」ナデナデ

まゆり「ふぇぇ……」

ダル「早速ネットでもニュースになってる。ただ、オカリンの説明とは色々と情報が違ってるっぽい」カタカタカタカタ

ダル「警察の発表だと、犯人は麻薬常習者で、薬物による錯乱の果ての犯行と思われる……だってお」

倫子「……情報規制? ってことは、また300人委員会あたりの陰謀……」プルプル

ダル「オ、オカリンの陰謀論好きは変わらんのぜ~あはは」

倫子「え? あっ」

倫子「(しまった、由季さんも居たんだった)」

由季「……レスキネン教授が……」ブツブツ


倫子「そういや、由季さんとまゆりはどうしてラボに?」

まゆり「あのね~、まゆしぃね、由季さんにお料理を教えてもらっているのです!」

由季「簡単なのしか教えられませんけどね。でも、まゆりさんが私をいじめてくれる、じゃなかった、教えがいがあるのは嬉しいですから」ニコ

倫子「(そういやそんなこと言ってたっけ)」

倫子「ん? まだ作ってないよね、これからだった?」

まゆり「えっとね~、ダルくんがエッチなゲームをしてたからお料理はまだなのです」

ダル「あーあーあー! 聞こえなーい!」

倫子「お前……由季さんに嫌われるぞ……」ジトッ

由季「いえ、気にしないでください。私、結構そういうゲームも大丈夫ですので」

倫子「ってか何をやってたんだ? 『監禁義妹~ひな子の×××が○○○~ あなたはお兄ちゃん? それともお姉ちゃん?』……ああ、これか」ガックリ

倫子「(いつだったか助手がラボで全力オ○ニーに励んでいたやつだ)」ハァ

由季「岡部さんもゲームされたことが!? ハードなプレイがたまらないですよねっ!!」ハァハァ

倫子「……え?」

由季「あっ」


ガチャ

鈴羽「…………」クラッ

倫子「あ、鈴羽。おかえり……鈴羽……?」

鈴羽「あっ……」バタンッ

ダル「鈴羽!? 大丈夫か?」ダキッ

鈴羽「う、うん……」クラッ

倫子「どうしたの!?」

由季「鈴羽おね……鈴羽さん、おでこ貸してください」

鈴羽「(げっ、母さん……)」ドキドキ

由季「ひどい熱、大変だわ!」

まゆり「風邪かなぁ?」

鈴羽「すぐに治すから心配しないで。ちょっとだけソファーで休ませてもらうよ」ヨイショ

ダル「あう、あう……」オロオロ


鈴羽「(くっ……頭が、くらくらする……)」

由季「すごい汗……」

倫子「買い溜めしてた薬、切らしてる……ダルは薬買いに行ってきて。私は鈴羽を着替えさせるから」

ダル「オーキードーキー!」

まゆり「まゆしぃは濡れタオルつくるね!」

由季「あ、あの、私はどうすれば……」オロオロ

倫子「あー……。由季さん、ちょっと」

由季「えっ?」

倫子「誰にも言わないで欲しいんですけど、実は鈴羽、身体に大きな傷跡があって……人に見られたくないみたいなんです」ヒソヒソ

由季「……じゃあ、私も橋田さんと一緒に買い物に行ってきますね」

倫子「すいません、お願いします」

倫子「(由季さん、あんまり驚かなかったな。もしかして鈴羽からもう聞いてた?)」


倫子「ほら、鈴羽。由季さん居なくなったから、服脱いで」

鈴羽「いや、このままでいいよ……未来の環境と比べたら、放射能も粉じんも気にせずに居られるだけマシだ」

倫子「未来のことなんて知らない。休めるなら全力で休むべきだよ」

鈴羽「……やっぱりリンリンはリンリンだね。今は過去へ行ってくれないけど」

倫子「うぐっ!? ご、ごめん……」シュン

鈴羽「あっ、あたしこそごめん。いまの、ナシナシ……」

倫子「……ほら、早く脱いで。できるだけ、身体、見ないようにするから」

鈴羽「う、うん……じゃあ、お願い……」ヌギッ

倫子「まゆり、乾いたタオルある?」

まゆり「うん、はいっ。脱いだ服は後でコインランドリーに持っていくからね」


鈴羽「うあっ、く、くすぐったいっ……」ハァ ハァ

倫子「……もしかして、未来でも私、こんなことしてた?」フキフキ

鈴羽「……懐かしいな。あれはあたしがおたふく風邪をこじらせた時だったかな」

鈴羽「あの頃はリンリンも椎名まゆりも子どもは居なかったから、みんなであたしのこと可愛がってくれたよ」

倫子「そっか……」

まゆり「じゃあ、スズさんはまゆしぃたちの子どもだね~♪」

鈴羽「……知らないことは幸福だね、椎名まゆり」ギロッ

まゆり「えっ?」

倫子「ああ、ううん。なんでもないよ、まゆり」ゴシゴシ

鈴羽「あぎぃっ!? 痛っ、リンリン、痛いよぉっ!!」


ガチャ! バタン!

ダル「ただいまだおー!」

倫子「うわ、今度はダルが汗だくだ……あれ? 外は寒いよね?」

由季「は、橋田さん、かなりの勢いで走ってたので……ハァ、ハァ……でも、こうやって走らされるのも悪くないかも……」ドキドキ

まゆり「ねえ、おかゆを作るのはどうかな?」

由季「私たちもそれ、考えていたんです。おかゆを食べたあとにお薬を飲んだほうがいいって。それじゃまゆりちゃん、早速作りましょう」

倫子「あーっ! ま、まゆりに任せるのはまだ早いから、私が由季さんを手伝うよ!」アセッ

まゆり「えー? まゆしぃなら大丈夫だよ」

倫子「……まゆりは見てるだけ。いい?」

まゆり「はーいっ!」ニコニコ


鈴羽「(ああ……なんか昔もよくあったな、こういうこと……)」

鈴羽「(10年、いや、もっと前か。あたしが具合悪くすると父さんがすぐ大騒ぎして……母さんたちがいつも落ち着かせてた)」

鈴羽「(でも戦争が激しくなった頃から、なにもかも一変してしまった)」

鈴羽「(リンリンは強盗から椎名まゆりを守るために殺されたって聞いた)」

鈴羽「(父さんと椎名まゆりはずっとずっと泣き続けて……あたしがみんなを守らなきゃって思って軍隊に入ったんだ)」

鈴羽「(リンリンが死んじゃったから、あたしは過去へ行く強い意志を手に入れた……)」

鈴羽「(そうなる前のあたしは、本当に幸せだった……)」

鈴羽「(懐かしいな、こんな温かい時間……)」

鈴羽「(このまま……)」

鈴羽「(このまま時間が止まってくれたらいいのに……)」

鈴羽「(戦争も起きずに……誰も死なずに……みんなずっと一緒にいられたらどんなに……)」


ダル「……鈴羽。具合はどうなん?」

鈴羽「……よくない」

ダル「やっぱ疲れが溜まってたんだなー。鈴羽、今までずっと休んでなかったし」

鈴羽「あたし……ここにいないほうがいいかもしれない」

ダル「うぇ?」

鈴羽「どこかで気が緩んでたんだ。父さんが居て、リンリンが居て、ルミねえさんやるか兄さんも……いつの間にか母さんまで……」

鈴羽「あたしはこの時代のリンリンと椎名まゆりに取り返しのつかないことをしたのに、リンリンはあたしを許してくれて……」

鈴羽「そのせいで、時々、任務を忘れそうになる。なんだか、この温かい時間がいつまでも続くんじゃないかって錯覚しそうになったり……」

鈴羽「このまま戦争なんて起きないんじゃないかって考えたり……普通の女の子と同じような暮らしに憧れてしまいそうになったり……」

ダル「……それのどこが悪いって言うん?」

鈴羽「え?」

ダル「時代や世界線が違ったって僕は僕だ。どんどん甘えていいんだぞ、母さんにもオカリンにも」

ダル「鈴羽は僕の、僕たちの娘だ。ずっとここに居てもいいんだよ」

鈴羽「父……さん……」



由季「まゆりマ……まゆりちゃん、これを一旦はじっこまで回すと火が付くの。そしたらこの"中火"って書いてあるところまで戻して?」

まゆり「コンロに火がつけば一緒じゃないのー?」

倫子「火力という概念があってね……」


ダル「うおっと。なんかマジレスしちゃったお。オカリーン、ご飯マダァ-? (・∀・ )っ/凵⌒☆チンチン」

倫子「もうすぐだから、わからずやの鈴羽にセクハラして待ってて」

鈴羽「ちょぉっ!?」

ダル「うぉし、風邪で汗まみれになってるおにゃのこをハスハスしちゃうお! くんかくんか」

鈴羽「う……やめて」

ダル「これがイヤだったら早く風邪を治すといいお」

鈴羽「…………。分かったよ」

ダル「うは? もしかしてフラグktkr?」

鈴羽「バカなこと言ってると、治ってからひどい目に遭わせるよ?」

ダル「前は近所の公園で早朝から延々と匍匐前進させられて隣の小学校から通報されたりしたけど、今度はブーツ履いてゴリゴリ踏んづけるとかそういう系?」

由季「そ、そんなっ!? ダメですぅ! ///」

鈴羽「指とツメの間に色々刺す」

由季「ああっ! 激しいですっ! ///」

倫子「(なんで悦んでるんだこの人……)」


ダル「な、鈴羽。そろそろ教えてくんないかな? 毎日、何をしに出かけてるん?」ヒソヒソ

鈴羽「(自分に託されたかがりを過去に置いてけぼりにしちゃった、なんて父さんに言えない……けど……)」

ダル「僕にも手伝えることあるかもしんないしさ」

鈴羽「……実は、あたし以外にもタイムトラベラーが居るんだ」ヒソヒソ

ダル「な、なぬぅ!?」

鈴羽「その子を捜してるんだけど、詳しくはあとで2人きりになったら話す。椎名まゆりには聞かせられないから」ヒソヒソ

ダル「あ、うん。それでもいいけど」

倫子「ほら、できたよ」ヨット

まゆり「ラボ特製のおかゆさんなので~す! ぱんぱかぱんぱんぱ~ん♪」

由季「ちゃんと食べてくださいね? 鈴羽おね……鈴羽さん?」

鈴羽「う、うん。わかってるよ、かあ……由季さん」

由季「ふーっ。ふーっ。はい、あーん?」スッ

鈴羽「う、ぁ、い、いいよ……やめてよ……///」

ダル「鈴羽、熱のせいか顔が真っ赤だお」ニヤニヤ

まゆり「今度はまゆしぃが作ってあげるね!」

倫子「それはやめてあげて……」

2010年12月23日(祝)木曜日夜
岡部青果店 倫子の部屋


倫子「(今日から大学は冬期休業になる)」

倫子「(ラボはすっかり由季さんのお料理教室化してしまったので私は行かなくなった。失敗作を食わされるのは正直勘弁してほしい……)」

倫子「(……真帆ちゃんは大丈夫かな。本人に聞いても大丈夫としか言わなかったし、いっそ"紅莉栖"に電話して――)」


   『……テスターを、やめたいです』


倫子「(……いや、でも、いつでも通話していいって言ってたし、別にいいよね)」prrrr prrrr

Ama紅莉栖『……ハロー。テスターをやめた自分勝手な岡部倫子さん?』

倫子「ぐっ!? そ、それは言わないで、お願い……」

Ama紅莉栖『まあ、この私にカウンセラー適性が無かったことの証明になったわけだから、それはそれでいいんだけど』

Ama紅莉栖『でもこれからは、あんたのメンタルとかいちいち気にしないから覚悟しなさい』フフッ

倫子「(こ、こわぁ……)」ブルッ

Ama紅莉栖『……それで、あんたは大丈夫なの? 変な事件に巻き込まれたって聞いたけど』

倫子「う、うん。私は大丈夫、慣れてるから」

Ama紅莉栖『慣れ……?』

倫子「それより、真帆ちゃんは?」

2010年12月24日(金)午後2時
和光市駅 駅前ロータリー



倫子「(襲撃から1週間。 "紅莉栖"に確認したところ、2度目の襲撃らしいものは無く、平和そのものだったとのこと)」

倫子「(それでもまだ安心はできない。真帆ちゃんは、表には出さないけどそれなりに動揺していると"紅莉栖"から聞いたので、彼女のホテルを訪ねてみることにした)」


真帆【別にいいわよ、わざわざ訪ねて来なくても】

【"紅莉栖"に頼まれたことでもあるから。それに、友達として遊びに行ってもいいでしょ?】倫子

真帆【わかったわ。和光市の駅に着いたら電話ちょうだい】


倫子「……ってRINEをもらったから電話してるのに、一向に出ない」prrrr prrrr


   『……つまずきを、つま、つ、つまずき……つまずきぃ……っ!』


倫子「(まさか――――!)」ダッ

東縦イン 503号室前


チーン 5階デス


倫子「やっぱり出ないか……っ!」prrrr prrrr

倫子「この部屋に……真帆ちゃんっ! 真帆ちゃん居るの!?」ドンドンドン!!


ガチャ


真帆「……あ゛?」イラッ

倫子「真帆ちゃん、よかっ……」

倫子「(うっわー……目の下にクマ、髪はボサボサ、顔にはシーツの皺の跡。"残念"の権化だなぁ……)」

真帆「真帆ちゃん言うな……」イライラ

倫子「えっと、ごめん。もしかして寝てた?」

真帆「電話してから来てって言……」イライラ

ブー ブー

倫子「…………」

真帆「…………」

真帆「ごめんなさい。音量をオフにしてたわ」ハァ

倫子「何かあったんじゃないかと心配したよ」

真帆「不要な心配をかけて悪かったわ。中へどうぞ」


倫子「(部屋は滅茶苦茶汚いかと思ったけど、そこまでじゃなかった。クローゼットから色々とはみ出しているのが気になる……)」

真帆「徹夜で自分のノートパソコンの復旧をしてたの。ついさっき終わったところだったのよ」

倫子「(あの事件の時、潰れた2台の車とともに、真帆ちゃんとレスキネン教授の荷物は所轄の警察のもとに運ばれた)」

倫子「(当然、トランクに入れられていた荷物はぐちゃぐちゃになっていた)」

倫子「(そんな中、真帆ちゃんのPCバッグだけは難を免れたんだけど、警察から返却された時にはOSが立ち上がらなくなっていたのだとか)」

真帆「ハードディスクを完全にやられたわ。円高だし、ひどい散財よ」

倫子「言ってくれれば、格安で用意してあげられたのに」

真帆「えっ、そうなの?」

倫子「ダル――前に学園祭の時会ったでしょ? あいつがね、その手の業者に顔が利くんだよ」

真帆「ダル……ああ、橋田さんのこと。そっか、その手があったのね」ハァ

倫子「(……あれ? 真帆ちゃんにダルの本名って教えてたっけ?)」

真帆「じゃあ、次にああいうことがあったらお願いするわ」

倫子「えっ? 縁起でもないなぁ」

真帆「そう? この前の事件、あれで終わりだと思うほど楽天的では居られないと思うのだけど」

倫子「……なんだか、自分の命を数式で計算してるみたいな言い方だね。まるで――」


   『映画でもゲームでも、ゾンビはもう1度殺さないと』

   『お願い、岡部。私を殺して』


倫子「(……またよくわからない記憶が。なんだろう、これ)」

真帆「……紅莉栖、みたい?」

倫子「う、うん……」


倫子「あ、そうだ。今日の6時からうちのラボでクリスマスパーティーをやるんだけど、真帆ちゃんも来ない?」

真帆「もうそういう時期だったのね。気を使わなくていいわ、人間関係に煩わされるの、苦手なの」

倫子「……そっか」

真帆「気持ちだけ受け取っておくわ、ありがと」

Ama紅莉栖『ええっ!? 先輩、行かないんですか!? せっかく岡部と距離を縮めるチャンスなのに』

倫子「うおっ!? あ、真帆ちゃんのPCから……」

真帆「さっき試しに繋いでそのままにしてしまったわ……」ハァ


真帆「あのね、"紅莉栖"。そういうんじゃないって何度も言ったわよね?」

Ama紅莉栖『パーティーに着ていく服を買おうにも、服屋に着ていく服が無いんですねわかります……』

真帆「お金が無いだけよ! それに、私ひとりよそ者が彼女たちの輪に入ったら、変な気を使わせちゃうでしょ?」

倫子「そんなこと、ないと思うけどなぁ。特にまゆりとか」

真帆「いいえ、そんなことあるの。科学的にね」

Ama紅莉栖『確かに、どんなに社交性のある人でも、初対面の人にはストレスを感じるものです。あ、この場合のストレスってのはマイナスな意味じゃなくて、脳が刺激されるっていう意味の……ブツブツ』

真帆「そんなわけだから、あなたたちはあなたたちで楽しむといいわ」

倫子「……いつか真帆ちゃんが、"私たち"になってくれたらいいな」

真帆「そうね、それも悪くないかも……って、さっきから真帆ちゃん言うなっ!」

未来ガジェット研究所


倫子「うわ、サンタだらけ」

由季「準備はバッチリですよ。ハイ、どうぞこちらに」

倫子「……やっぱり?」

フブキ「やっぱり、です!」

るか「ボ、ボクもこうして、頑張ったので……」モジモジ

倫子「ルカ子までサンタコス!? ……頑張ったな、ルカ子」ウルッ

倫子「みんなが楽しんでるのに、水を差すわけには行かないか……」

カエデ「なんだかんだでオカリンさんって流されやすいところありますよね。そこがいいところでもありますけど」ウフフ

倫子「ダルと鈴羽は? このパーティー、鈴羽を笑顔にさせるためのものなんでしょ?」

まゆり「うーん、それがね、まだ連絡ないんだー」

フェイリス「サプライズを用意してるから、ダルニャンにはスズニャンをラボから遠ざけておいてもらってるんニャけど……」

フブキ「てなわけで、オカリンさんは今のうちに着替えてスタンバっちゃってくださーいっ! はい、これ!」スッ

倫子「わ、わかったよ……着替えてくるから、覗かないでよね」

開発室


prrrr prrrr


Ama紅莉栖『わぁ!? な、なに……!?』ドキドキ

倫子「(あ、いま、完全に油断してた)」

倫子「えと、一応、言っておこうと思って……」

Ama紅莉栖『……?』

倫子「メ、メリー、クリスマス……」テレッ

Ama紅莉栖『……まったく、あんたは』ハァ

Ama紅莉栖『メリークリスマス。これでいい?』

倫子「なんでそんな事務的なの?」

Ama紅莉栖『う、うるさいな。別にいいでしょ』

倫子「よくない」

Ama紅莉栖『はいはい、メリクリメリクリ』

倫子「このアマノジャク……」


倫子「もしかして、プレゼント欲しかったり?」

Ama紅莉栖『ふぇ!? い、要らないわよ! それに、何をもらってもこの空間じゃ使えないし』

倫子「真帆ちゃんに頼んでみるよ。アクセサリグラフィックのモデリングは……ダルのバイト先でも当たってみるかな」

Ama紅莉栖『いいってば! やろうと思えば自分で生成できるし、私のことよりももっと大事なことがあるでしょ?』

倫子「……マイスプーン、買ってあげる」

Ama紅莉栖『えっ……? ――ってなんであんたがそれ知ってるのよ!?』

倫子「ふふふ」ニヤリ

Ama紅莉栖『まさか、オリジナルから聞いたの!? どうしてなの牧瀬紅莉栖っ!?』

倫子「楽しみに待っててね!」ピッ

倫子「(さて、着替えるか……)」

談話室


倫子「え、えと、その……」モジモジ

まゆり「うわぁっ! かわいいよぉ~♪」

フェイリス「こ、これはちょっとヤバイニャ……宇宙の法則が乱れるニャ!」

倫子「こ、これ、露出度高くないかな……この歳で生足はちょっと……」モジモジ

カエデ「それ、生足を晒しまくってる由季さんへのイヤミですか?」ニコニコ

倫子「ぐっ!? い、いや、決してそんなつもりはっ!」アセッ

由季「もっと罵ってくださってもいいですよ」ウフフ

るか「お、岡部さんっ、ボク、そのっ……」オロオロ

フブキ「ちなみに、パンツの色はピンクでしたぜ」

倫子「はぁっ!? う、嘘を言うなぁ!!」

フブキ「あはは、ごめんなさい。ピンクなのはマユシィのでした」

まゆり「え……ええええっ!?!?」


まゆり「もう、ひどいよフブキちゃん……」ムスーッ

フブキ「ごめんマユシィ! でも、ふくれっ面のマユシィもかわいい~♪」

まゆり「もうっ! フブキちゃんなんて知らないもんっ!」プンプン

フェイリス「あ、ダルニャンから連絡……もう着く頃らしいニャ! みんな、配置に着くニャ!」

るか「みなさん、クラッカーです。どうぞ」スッ

由季「電気、消しますよ」カチッ


ダル『よーし、今から鈴羽と一緒に中へ入るぞー!』


倫子「(あいつは私と違って演技が下手だな)」フフッ


ガチャ


鈴羽「あれ? 今日は誰も来てな――――」


パン!! パンパン!! パパン!!


鈴羽「――――っ!」


鈴羽「――でやぁぁっ!!」ビュンッ!!

倫子「お、おいっ! 鈴羽っ!」

由季「きゃ、きゃぁっ!」ズテーン!!

鈴羽「――って、あれ!?」

フェイリス「ス、ストップだニャ!」

まゆり「メ、メリークリスマスだよぉ!」

鈴羽「……なに、してんの?」キョトン

倫子「クリスマスパーティーだよ!」

鈴羽「パーティー……これが、パーティー?」

由季「ご、ごめんなさい。鈴羽さんをびっくりさせようって言い出したの、私なんです」ペコペコ

鈴羽「え? あ、いや……っていうか、由季さんのそれ、ウィッグだったんだね」

由季「え……あ、ずれちゃいましたね。えと、そうなんです。えへへ」

倫子「(さすがプロレイヤー。へえ、地毛は赤みがかった栗毛色なんだ……鈴羽の毛色はダルの遺伝だったか)」


鈴羽「ごめん、火薬の臭いがしたから、つい体が反射的に動いちゃった」

ダル「いや、鈴羽は悪くないお! 僕がちょっと配慮が足りなかったお……」

鈴羽「父さ、兄さんも知ってたの? それでラジ館屋上であたしにやさしい言葉を……あ、いや……」

まゆり「ごめんね、スズさんっ! 企画したのはまゆしぃなんだよ!」

まゆり「だから、由季さんやダルくんを怒らないで! 怒るならまゆしぃにして!」

フェイリス「マユシィ! ……スズニャン、怒ったりしないでほしいニャ」キッ

鈴羽「……やだな、ふたりとも。そんなこと、しないよ」

鈴羽「(あんなことがあったんだ、信用してもらえてなくて当然か。あたしの過失だ)」

鈴羽「それじゃ、あたしはこれで」クルッ

まゆり「ど、どこ行くの、スズさんっ!?」

鈴羽「え? どこって……あたしが居たら邪魔になるだろ?」

鈴羽「(だってあたしは、嫌われて当然のことをしたから……)」

フェイリス「……ニャウゥ~!!」ガバッ

鈴羽「え、ちょっ!」

フェイリス「一緒にやろうニャ、パーティー!」ギュッ

鈴羽「ルミねえさん……」

フェイリス「フェイリスニャ!」ビシィ!!


ダル「ほら、鈴羽の席も、ちゃんと用意できてるのだぜ」ポンポン

鈴羽「兄さんも……椎名まゆりも、ルミねえさんも。母さ、由季さんも、あたしのために……」

倫子「考え過ぎないで、鈴羽。たまにはさ、おいしいもの食べて、みんなでおしゃべりしよ? ね?」

鈴羽「リンリン……」

フェイリス「はいはい、みニャさ~ん! これで、全員そろったニャ♪」

フブキ「はい、拍手拍手!」

パチパチパチ

~♪ ジングルベー ジングルベー

倫子「(ダルがBGMを用意してたんだ)」

フェイリス「それでは、今回のパーティーを企画したマユシィ、一言どうぞニャ!」

まゆり「えー、今日はクリスマス・イヴなのです。どこもりあ充さんでいっぱいだけど、今年はまゆしぃたちもパーティーをしてりあ充さんになろぉ! なのです」

フブキ「それ、リア充の意味が違うと思うけど……」

カエデ「フブキちゃん、何人もの後輩ちゃんからクリスマスデートに誘われたのよね。それはもう熱烈に」ウフフ

フブキ「うぐぅ! イヤミかぁ! 全員女の子の後輩だけどねぇ!」

倫子「あれ、そういえばカエデさん、彼氏持ちなのに今日大丈夫なんです……か……」

カエデ「…………」ゴゴゴ

倫子「(大丈夫じゃなかったー。笑顔でマグマを噴火させそう)」

ダル「リア充滅すべし。床か……フンッ!」ズドンッ!

倫子「や、やめろバカ! この床は穴が開きやすいんだよ!? ってゆーかダルもリア充でしょーが!」


るか「それじゃ、みなさん。かんぱーい」

全員「乾杯!」カチン

まゆり「はい、スズさん。これ、まゆしぃが作ったんだよ」スッ

鈴羽「あ、うん……これ、懐かしい味がする」モグモグ

まゆり「由季さんに教えてもらったのです♪」

倫子「まゆり、上達したんだね。その歳でおふくろの味を出せるなんて、すごいすごい」ナデナデ

まゆり「えっへへ~。あ、ケーキもあるから食べて食べて!」

倫子「もしかして、由季さんのバイト先のお店の?」

由季「えっ? 私がアルバイトしてるのはメイクイーンですけど……」

倫子「あ、あれ? そうでしたっけ……むむ?」

まゆり「カエデちゃんがデコレーションしてくれたんだ」

カエデ「おいしくなーれ、って、気持ちを込めてやったんだけど、あんまりうまくできなかったわ」

倫子「(うわ、なんだこのケーキ。暴力的だ)」

まゆり「カエデちゃんって、ぶきっちょさんだもんねえ。でも、そんなカエデちゃんが萌えだよー?」

カエデ「うふふ、ちっとも褒められてる気がしないわ」ニコ

倫子「(いちいち怖いな、この人……)」


フェイリス「さてさて、みニャさーん? 盛り上がってきたところで、そろそろプレゼント交換をしたいと思うんだニャ~♪」

鈴羽「プレゼント? あたし、そんなの持ってきてない……」

ダル「ああ、大丈夫。鈴羽の分は、僕とまゆ氏で準備してきたお」

まゆり「準備してきたおー♪」

フェイリス「それじゃ、順番は――――」

・・・

ダル「あ、えと、阿万音氏? どう、それ」

由季「これ、橋田さんが? 素敵なオルゴールです……大切にしますね」

ダル「う、うん。まあ、まゆ氏からアドバイスしてもらったんだけどさ」

鈴羽「あたしは、かあ、由季さんから、手編みの手袋……」

由季「下手でごめんなさい。鈴羽おね、鈴羽さん」

ダル「よかったな、鈴羽」

鈴羽「うん……あったかい……」ギュッ


フェイリス「ユキニャン、オルゴール、ちょっと聞かせて欲しいニャン♪」

由季「はい、分かりました」カチリ カチリ

カエデ「それじゃ、BGM止めますね」ポチッ

由季「いきますよー」


~♪


倫子「……この曲、どこかで。歌詞はたしか、"探しものひとつ……"」

まゆり「……まゆしぃね、この曲、大好きなんだぁ。子どもの頃、オカリンが歌ってた歌なんだよ」

倫子「え? そうだったっけ……」

鈴羽「この曲、由季さんがよく鼻歌で歌ってるやつだね」

由季「ええ、そうですね。小さい時からよく……」

鈴羽「えっと、この曲、なんて名前だっけ……ねえ、リンリン。これ、なんていう曲?」

倫子「えっ? いや、えっと……」

まゆり「うんとね、この曲は――――」


ガターンッ!!


カエデ「フブキちゃん!?」

フブキ「う……ぁ……」プルプル

倫子「うぐっ……!?」クラッ


倫子「(な、なんだ、世界が歪んで――――まさか、そんな――――)」



倫子「(リーディング――――シュタイナー――――――――――――


――――――――――――――――――――
    1.29848  ⇒  2.61507
――――――――――――――――――――

第20章 暗黒次元のハイド(♀)

ガード下


倫子「ぐっ……!」クラッ

倫子「(もう私は世界への干渉をやめたっていうのに、どうしてリーディングシュタイナーが……!)」

倫子「(……いや、理由は明白だ)」

倫子「(中鉢論文を手に入れたロシアが、半年かけてタイムマシン初号機の実験を行ったんだ。かつての私を同じように)」

倫子「(それこそ電子レンジとケータイ電話、ブラウン管テレビがあれば、学生でも過去改変できたんだ。研究設備が整っている実験施設で再現できないわけがない)」

倫子「いったいロシアはどんな過去改変を……って、え……なに……これ……」ガクガク


白人の男「…………」


倫子「ひっ、人が、し、死んでっ……!? ち、血まみれ……っ」ブルブル

萌郁「――FBの予想通り、相手はスペツナズだった。KGB<カー・ゲー・ベー>のα部隊」

萌郁「そう。目的は牧瀬紅莉栖の暗殺。今回も阻止できた」

萌郁「大丈夫。ふたりとも始末した。死体の処理を。了解」ピッ

倫子「も、もえ……?」ワナワナ

萌郁「M3。目標ブラボーは私が殺した。私たちは撤収を」


倫子「萌郁っ!? 桐生、萌郁なのかっ!?」ヒシッ

萌郁「っ!? ……初めて、名前、呼ばれた。コホンッ。こういう場では本名を呼ぶのはまずいわ」

倫子「それより、なあ! 人がっ! 人が、死んでるっ!」ポロポロ

倫子「……お前が殺したのか」ゾワワァッ

萌郁「タオルを。手、拭いて」

倫子「手……? ……うわぁぁぁぁあああああぁああああああっ!!!!!!!!!!」ズテーンッ

萌郁「っ!? 大丈夫!?」ダキッ

倫子「あ……ま、まさか、私が……こ、ころっ……!?!?」チョロロロロロ

萌郁「(あっ……失禁……)」

萌郁「……一度、私の部屋に。そこで体を洗ったほうが良い」

萌郁「血の臭いが、落ちるまで」

倫子「いったい……なにが、どうなって……」プルプル

ハイツホワイト202号室


萌郁「落ち着いた?」

倫子「あ、ああ……」プルプル

萌郁「まだ、少し震えてる」ギュッ

倫子「(お、落ち着け、私……こういう時こそ未来視……)」

倫子「……あ、あれ? できない!? ど、どうしてっ!?!?」ガクガク

萌郁「いったい、どうしたの、M3?」

倫子「そ、そう! それ! どうして萌郁は私をM3と呼ぶの!?」

萌郁「……それが、FBから与えられたコードネームだから」

倫子「FBっ!? あ、あの死んでた男は、いったい!?」

萌郁「あれはソ連のスパイ。タイムマシンの情報を独占するために私たちの正体を嗅ぎ回っていた」

倫子「ソ連……タイムマシン……何がなんだかわからない……」プルプル

萌郁「特に、あなたの正体を」

倫子「私の……?」

萌郁「リーディングシュタイナー保持者にして、タイムマシン開発に携わった人間。そして――」

萌郁「――ラウンダーとしての、正体を」

倫子「ラウン、ダー……っ!?!?」

・・・
中央通り


タッ タッ タッ

倫子「(はぁっ……はぁっ……)」

倫子「(思わず街に飛び出してきたけど……街が暗い?)」キョロキョロ

倫子「(確かに秋葉原は8時を過ぎると閉まる店が多いけど、まだ6時前だし、こんなに真っ暗だったっけ……)」スタスタ

萌郁「待って、M3! どこへ、行くの? 外は危険よ」

倫子「ひとりで考えさせて……落ち着け、落ち着いて考えて……なんで、なにが起こってる……なんでこんなことに……」ブツブツ

倫子「私がラウンダー……? そんなの、冗談にもほどがある……」プルプル

萌郁「M3らしくない。取り乱して」

倫子「……萌郁。ケータイはどうしたの? それにメガネも」

萌郁「メガネは、ラウンダーとして動く時は外してるけど、ケータイ? 持ってるよ」

倫子「そうじゃなくて! なんで普通にしゃべってるの!?」

萌郁「えっと……これまでもこうしてM3、岡部さんと、話してきた」

倫子「メールやRINEで会話したことは……」

萌郁「なに、それ? 冗談?」

倫子「…………」


倫子「どうする? こんな冗談みたいな世界線……もしこれが、アトラクタフィールド越えの大変動だったら……」プルプル

倫子「……そうだ、ラボ! この世界線のラボはどうなってる?」スタ スタ

萌郁「待って! FBからは待機命令が!」

倫子「とにかく、現状を確かめないと……」タッ タッ



大檜山ビル前


倫子「(ここまで走ってきたけど、身体が軽い? この世界線の私は、鍛えてるのかな)」

倫子「あ、あれ? あそこ、ブラウン管工房の、前に居るのって……」ドキドキ

倫子「――紅莉栖っ!!」

紅莉栖「ヒッ。お、岡部……」プルプル


倫子「紅莉栖ぅ! 紅莉栖、紅莉栖っ!!」ダキッ

倫子「(紅莉栖がっ! 紅莉栖が生きてるっ!)」ウルッ

倫子「(そっか、紅莉栖が生きてるなら、私がギガロマニアックスになってるわけがない。だから未来視ができなかった……でも、良かったぁ……)」ポロポロ

紅莉栖「ちょ、岡部! くっつかないでよ、気持ち悪い!」ドンッ

倫子「――えっ?」ツーッ

紅莉栖「はぁっ、はぁ……。セクハラで訴えるわよ」

倫子「……紅莉栖、どうしてここに?」グスッ

紅莉栖「どうしてって? 戦時下で渡航制限が厳しい中、クリスマス休暇を申請して、日本に戻って来てるのがそんなにおかしい?」

紅莉栖「Dメール実験が中途半端に終わっちゃったから、ちゃんと確かめようって思って帰ってきたのに、どうして、こんなことに……」プルプル

倫子「い、いや、そうじゃなくて――」

鈴羽「噂をすれば、ってやつか」

倫子「鈴羽っ! 良かった、鈴羽が居るってことはタイムマシンがあるんだね!」

倫子「(……でも、ここは紅莉栖が生きている世界線。過去を元に戻したら、私はまた紅莉栖を……)」

鈴羽「っ!? な、なんであたしがタイムトラベラーだって知ってる!?」

倫子「……へ?」

鈴羽「確かにラボメンのみんなには話した。岡部倫子以外のラボメン以外のみんなにはね」


鈴羽「お前はあたしの情報を、どうやって手に入れた。内通者か」ギロッ

倫子「ひっ……」ビクビク

紅莉栖「鈴羽、やめて……」

鈴羽「岡部倫子。一緒に居た、桐生萌郁って女は何者なの?」

倫子「……彼女は、ラウンダー。ラボメンナンバー005で、SERNに洗脳されて――」

鈴羽「ラウンダー。なるほど……」

紅莉栖「ラボメンナンバー005は、鈴羽でしょ!?」

倫子「っ!?」

紅莉栖「ねえ、岡部!? 何か言うことは無いの!?」ガシッ

倫子「……なんの、こと? 手、痛いよ……」ゾクッ

紅莉栖「見たのよ! さっき、ガード下で……」プルプル

倫子「っ!?」ドクンッ


倫子「見たって、何を……」ドクン ドクン

鈴羽「お前が、KGBのエージェントを殺すところを」

倫子「わ、私じゃないっ!! 説明すると長くなるけど、とにかく私じゃないのっ!!」

紅莉栖「だったら!! ……あんたは、誰なの?」ウルッ

倫子「私はぁっ! ……私は……」

紅莉栖「……ねえ、岡部。全部、嘘だったの? 私たちを騙してたの!?」

倫子「違う、違うの……お願い、私の話を聞いて……」グスッ

鈴羽「お前は、嘘塗れだね。岡部倫子」

倫子「私を、助けてよ、紅莉栖……」ポロポロ

紅莉栖「……もう、助け、られないよ。岡部……」ウルッ

倫子「うっ、ううっ……うわぁぁぁ……」


鈴羽「あたしが居た2036年でもそうだった」

鈴羽「嘘と裏切りだけで世界を手に入れたお前はさ、その嘘を塗り重ねるために数多の命を奪い続けた」

倫子「っ!? 2036年の、私が……」

鈴羽「だからあたしはこの時代に来たんだよ。牧瀬紅莉栖を保護し、未来の運命を変えるためにね」

倫子「……世界線を、変える方法を、知ってるの?」

倫子「ねえっ!! 教えてよ鈴羽っ!! こんな世界線は、こんなっ……」グッ

倫子「(でも、紅莉栖が生きてるなら……)」グスッ

倫子「……まゆりは? ここがα世界線なら、まゆりはもう、半年前に……」プルプル

紅莉栖「まゆりって、あの子のことよね。あの子だって、もう長くないんだから、悲しませるような真似は、やめて……」

倫子「……"長くない"?」ゾクッ


鈴羽「証拠は手に入れた。こいつを警察に突き出そう」

倫子「紅莉栖っ!! 信じてっ!! 私は、ついさっき別の世界線から来たの!! だから、わけがわからなくなってて――」

紅莉栖「……通報するわ」グスッ

倫子「紅莉栖っ!!」ポロポロ

紅莉栖「そうやって、嘘を重ねていくのね。次は私を殺すの!?」ウルッ

倫子「違うっ! 私は、私は――――」


   『……死にたく……ないよ……』


倫子「……私は、私が、紅莉栖を、殺した。この手で……」ガクガク

紅莉栖「っ!? や、やっぱり、殺すのね、私を……」プルプル

鈴羽「そうはさせない。少しでも不審な動きをしてみろ。警察が来る前にあたしがお前を殺してやる」

倫子「あ……あぁぁぁ……」ポロポロ


紅莉栖「もしもし、警察ですか!? 人を殺したっていう、知り合いを保護したんです……場所は――――」


コロコロコロ……


倫子「っ!?」

鈴羽「スタングレネード!?」


ドォォォォォォォォォォン!!


紅莉栖「けほっ、けほっ! な、なに!?」

鈴羽「……ッチ。逃げられたか」

中央通り


倫子「は、離してぇ!」タッ タッ

萌郁「もっと、遠くへ逃げないとっ!」タッ タッ

倫子「……いやだっ! 紅莉栖と、離れたくないよぉっ!」ブンッ

萌郁「きゃっ!」バタッ

倫子「はぁ……はぁ……」

萌郁「……あそこには、近づかないほうがいい。もう、正体、知られちゃったから」

倫子「……まゆりに、会いに行かないと」フラフラ

萌郁「岡部、さん……?」

倫子「まゆりに……」フラフラ



prrrr prrrr


萌郁「……FB。大檜山ビル2階にタイムマシン、確認した」

萌郁「もう1台、どこかにある模様。……わかってる、ソ連に回収される前に、私たちが」

萌郁「……ええ。絶対に、M3は渡さない」ピッ

代々木 AH東京総合病院 707号室 【椎名まゆり様】


倫子「(ルカ子に電話して、まゆりの居場所を教えてもらった。どうして、こんなところに……)」

ガララッ

倫子「……まゆり?」

まゆり「あっ! 岡部さんだー♪ ようこそいらっしゃいましたー」

るか「岡部さん……。今日はもう、来ないかと思ってましたよ」

るか「クリスマス・イヴだから、何か用事があるのかと。イス、どうぞ」スッ

まゆり「メリークリスマスだよー、岡部さん♪」

倫子「……まゆり。その、大丈夫……?」

まゆり「んー? 何がー?」

倫子「まさか、入院してるなんて、思わなかったから……」

まゆり「してるよー? 前からずっと。何当たり前のこと、言ってるの?」

倫子「……ねえ。ふたりとも、私のこと、怖くない?」

まゆり「えっ!? 怖くなんて、ないよ?」

るか「今日の岡部さん、なんだか、いつもと雰囲気が違う気がしますけど……」


まゆり「どうしちゃったのかな。変な岡部さんだねぇ」

倫子「その呼び方……あのさ、まゆりは、"トゥットゥルー"って、知ってる?」

まゆり「とぅ……?? 今日の岡部さんは、なんだかとっても無理してる感じがするよ。どしたの?」

倫子「……いや、知らないなら、いい」

るか「あ、ボク、飲み物買ってきます。まゆりちゃんはオレンジジュース、岡部さんはマウンテンビューですよね」

倫子「え……?」

まゆり「ありがと、るかちゃん♪」

倫子「るか、ちゃん……?」


倫子「この病室、いっぱい写真が飾ってあるんだね」

まゆり「うんっ。いい想い出がね、たくさんあるから。まゆりのスマホにもいっぱい入ってるんだよ」

まゆり「電話はしないから、写真を見るための道具になっちゃってるけどね、えへへ」スッ

倫子「あれ、カバー変えた?」

まゆり「えっ? 岡部さんにもらってからずっとこの"青い"カバーのままだよ?」

倫子「(まゆりのスマホカバーは"赤"かったはず……てか、私がまゆりにあげたのか。ダルあたりがジャンク品を手に入れたのかな)」

まゆり「ほら、これなんか、小さい頃の岡部さんも映ってる」

倫子「……ふふっ、懐かしい。豊島園のプール、一緒に良く行ったね」

倫子「まゆりはひとりでどんどん泳いで行って、私はまゆりが居なくならないように必死で……」

まゆり「え……? 行ったのは、1回だけ、だよ……?」

倫子「い、1回だけ……」ドクン

まゆり「岡部さん……?」

倫子「……実はね、私、記憶喪失になっちゃったみたいで、その、記憶が混乱してるんだ」

まゆり「えっ?」

倫子「だから教えて欲しいの。私とまゆりは、幼馴染、だよね……?」ドキドキ

まゆり「えっと……たぶん、違う、かな……」

倫子「そ、そう……」プルプル


まゆり「2000年クラッシュのあとにね、7年くらいは離れ離れだったよ、ね?」

倫子「……"2000年クラッシュ"?」

まゆり「覚えてないの? 10年前、世界中でね、コンピューターとかが壊れちゃって」

倫子「っ!? 2000年問題のことっ!? リーディングシュタイナーを得るための因果に結ばれたバグ……!?」

倫子「だって、あれはSERNが未来から解決して、いや、β世界線では世界大戦の火種に! でも、どっちにしても10年前は大きな問題にはならなかったはず!」

まゆり「……ううん。たくさん、大事な人が死んじゃったんだ。まゆりの両親も、岡部さんの両親も」

倫子「な……なんて……こと……」ガクッ

まゆり「岡部さんと再会したのは、3年くらい前だったよね。最初はちょっと怖かったけど、まゆりのこと、色々気にかけてくれて」

まゆり「髪留めもプレゼントしてくれて♪ ……入院費まで出してくれて」

倫子「……入院費?」

まゆり「本当にね、どれだけ感謝しても、し足りないのです。えへへ~」テレッ


倫子「……ねえ、その髪留め。本当に私がプレゼントしたの? ちょっと見せ――」スッ

まゆり「あっ!! ダ、ダメぇっ!!」ガバッ

倫子「あっ……」

まゆり「ぅ……ご、ごめんね……。この髪、医療用のウィッグだから」

まゆり「もう、まゆりの髪はほとんど残ってないのです」ニコ

倫子「えっ……」ドクン

まゆり「治療の副作用。でもね、そのおかげで、クリスマスまでは生きていられるかもって、半年前、お医者さんに言われてね」

倫子「クリスマス……っ!?!?」ガタッ

まゆり「あっ! でも、ほら、今日もまゆりはピンピンしてるので! たぶん、大丈夫だよ、きっと」アセッ

まゆり「……岡部さんと、クリスマス・イヴを迎えられて、本当に良かったのです」ニコ

倫子「そんな……そんなことって……」ガクッ

まゆり「きっと、サンタさんが1日早いクリスマスプレゼントをくれたんだね。えっへへ~」ニコ

まゆり「だからね、岡部さん、そんな顔しないで。いつもの岡部さんなら、よかったねって言ってくれるところだよ」

倫子「……少し、風に当たってくる」

外来棟8階 空中庭園


ウー ウー カンカンカン ピーポーピーポー


倫子「渋谷が、燃えてる……。去年の地震から、復興してないんだ……」

るか「岡部さん。病室に居ないと思ったら、屋上に居たんですね」

倫子「……ねえ、ルカ子。まゆりの病気は……いや、なんでも、ない」

るか「あの、まゆりちゃんから聞きました。記憶が混乱してる、って……」

るか「それと、ついさっき紅莉栖さんから、で、電話が、あって……」プルプル

倫子「っ!」

るか「嘘、ですよね……岡部さん、そんなこと、する人じゃないですよね……!? 嘘って言ってくださいっ!!」


萌郁「――嘘じゃ、ない」


倫子「もえ、か……」

るか「っ、知り合い、ですか……」

萌郁「岡部さんが、あなたたちに見せていた顔は、嘘の顔」

倫子「やめて……やめてよぉぉっ!!」グスッ

るか「そうなん、ですか……ねえ、どうして、どうしてそんな……」プルプル


るか「……もう、帰ります。まゆりちゃんには、このこと、黙っておきますからっ!」タッ タッ

倫子「あっ……」

倫子「……っ」

倫子「――みんな、私から、離れていく」

倫子「わかってる……私があの時、鈴羽と一緒にタイムマシンに乗らなかったせいなんだって」ウルッ

倫子「シュタインズゲートを諦めてしまったせいなんだって」グスッ

倫子「紅莉栖が生きるためには、まゆりが死ななくちゃならない。でも、こんな世界、いやだぁ……」ヒグッ

倫子「こんなの……キツすぎるよ……っ! こんな世界、私は望んじゃいないのに……!」ポロポロ


prrrr prrrr


倫子「っ!?」

萌郁「たぶん、FBから。出て」

倫子「…………」ピッ


天王寺『M3。なぜすぐに出なかった?』

倫子「天王寺さん……」グスッ

天王寺『……何があった? いつも冷静な、いや、冷徹なお前さんらしくない』

倫子「私は、どうしてラウンダーに、入ったんですか……」プルプル

天王寺『……知り合いの女の子の入院費を稼ぐため、だろ? 何言ってんだ』

倫子「そ、そんな……」ガクッ

天王寺『……警視庁への根回しが現場レベルまで徹底されるには今日一杯かかる。次の命令まで待機しろ』

天王寺『待機ってのはつまり、どこかに隠れてろってことだからな』ピッ

萌郁「警察には、ラウンダーが圧力をかけてる。だから、牧瀬紅莉栖の通報によってあなたが逮捕されることは無い」

萌郁「一旦、私の部屋に潜伏しましょう。それが、命令」

倫子「……もう、萌郁しか頼れる人が居ない」ダキッ

萌郁「岡部さん……」

ハイツホワイト202号室


萌郁「私は、何度もあなたに救われた。命を」

倫子「そう……なんだ……。でも、私は、あなたの知ってる私じゃないよ?」

萌郁「それでも、変わってないって感じた。岡部さんの、本質が」

倫子「へ、へえ……私の本質は、人殺しなの……。確かに、前の世界線でも人を殺したけどさ……ハハ……」

萌郁「違う。私に生きる意味をくれたの、岡部さん、だから」


―――――

   『私……いらない子だって、ずっと言われ続けて……ずっとずっと……』

   『だが、もう諦めろ。貴様の能力はオレに期待されている』

   『うれ……しい……』

―――――


倫子「(この世界線でも、そんなことが……)」

萌郁「4年前、自殺しようとしてた私を助けてくれたの。それからしばらくして、ラウンダーになれって言ってくれた」

萌郁「私に、居場所を与えてくれた」

萌郁「私にとって、FBは父。岡部さんは、姉さん、みたいなもの」

萌郁「家族、だから。偽りのモノだとしても」

萌郁「私で良かったらなんでもする。あなたの助けに、なりたい」

倫子「…………」ダキッ

萌郁「姉さん……」ギュッ

萌郁「……お腹、空いてるでしょ。買ってきたケバブ、食べよ? いつも、ふたりで食べてた」

倫子「……うんっ……うんっ……」ポロポロ

2010年12月25日(土)12時00分
ブラウン管工房


天王寺「……なんだ、お前か。M3はどうしたんだ?」

萌郁「泣き疲れて、まだ寝てる。彼女の言っていることを、確かめに来た」

天王寺「まるで別人になっちまってたが、何があった」

萌郁「わからない……その答えを、知りたくて」

天王寺「ふぅん。ま、聞いてみろ。ブラウン管テレビに仕掛けた盗聴器から、直接2階の会話が聞ける」

天王寺「こんなもんが無くても、ギャーギャーうるさい奴らだからな、普通に聞こえるが」

萌郁「データをもらっても?」

天王寺「M3に聞かせるのか。それがいいとお前が判断したなら、そうしてやれ」

萌郁「……ありがとう、FB」

12時02分
未来ガジェット研究所


紅莉栖「……鈴羽。昨日、岡部は、"別の世界線から来た"って言ってた。どういう意味か、わかる?」

鈴羽「世界線をまたぐこと自体は珍しくもない。普段から刻々と変動してるからね」

鈴羽「だけどさ、世界線をまたいで記憶が継続されるなんて、ありえない。因果に支配されてる生物は、世界線の変動に気付くことはできないんだよ、絶対に」

紅莉栖「でも、岡部は覚えていた」

ダル「単なる厨二病の妄想じゃね?」

フェイリス「もしかしたら、特殊な能力を持ってるかも知れないニャ!」

鈴羽「まさか、超能力、だとでも?」

フェイリス「タイムトラベラーが居るなら、超能力があってもいいのニャ! 去年の渋谷で放送された、エスパー少年とか!」

ダル「でもあれって結局ヤラセだったんしょ?」

鈴羽「いずれにしても、ラウンダーを甘く見ない方が良い。不用意に近づけばナイフで刺されるかも」

フェイリス「倫子はそんなことしないニャァ!」


鈴羽「2036年の未来ではさ、岡部倫子はラウンダーという組織をまるごとソ連に売るんだ。そして、ソ連から発展した組織、世界統一政府に名を連ねる存在になっていた」

鈴羽「決して表舞台には出てこない、影の女帝になってたんだ。スターリンなんか比じゃないくらいの独裁者に」

鈴羽「あいつは、自らを神格化してこう名乗ってたらしい――――」

鈴羽「――――"鳳凰院凶真"、ってね」

鈴羽「あいつのせいで、たくさん死んだよ……仲間も、両親も、友達も」

ダル「両親……。つか、鈴羽の背中の傷って、まさか……」

紅莉栖「ちょ!? 橋田のHENTAIっ! 父親だからって許されると思ったら大間違いだからなっ!」

ダル「い、いや、あれは不可抗力だお! 偶然シャワー浴びてた鈴羽と出くわしちゃって……」

鈴羽「ちょっと人には見せられないような傷があったりするんだよね。あたしは反体制組織の一員だったから、真っ先に弾圧の対象になった」

鈴羽「それで何度か死にかけたことがある」

ダル「このままじゃ、僕たちも、岡部に殺されちゃうかも!」


鈴羽「あたしたちに今できること、ひとつあるよ。電話レンジを破壊すること」

鈴羽「ソ連もアメリカも300人委員会も、これと、これを作った人間たちを巡って戦争してると言っても過言じゃない。これさえなくなれば、あるいは」

紅莉栖「ま、待って! すぐに破壊するのは反対よ!」

鈴羽「だけどさ、このままじゃ岡部倫子は自分の野望のためにこれを使うよ?」

紅莉栖「私たちだって今はDメールを送れる。なら、それで対抗できるかもしれない」

紅莉栖「戦争だって、2000年クラッシュだって、無かったことにできるかもしれないっ!」

ダル「Dメールでの事象のコントロールはすごく難しいって、結論出たじゃん」

鈴羽「……牧瀬紅莉栖。岡部倫子を、まだ仲間だと思ってるつもり? あいつ、今にもこのラボの襲撃計画を立ててるかもしれないんだよ?」

鈴羽「君はその目で見たんでしょ? 岡部倫子が、人を殺してるところをさ」

紅莉栖「それは……」


紅莉栖「……あの時、不思議なビジョンが見えたの」

フェイリス「ビジョン? 科学者のクーニャンには似合わない言葉だニャァ」

紅莉栖「ええ、私だって非科学的な発言だってことはわかってる。だけどね、あいつが人を殺した時……」


   『きゃぁぁぁぁあああああ!!!!!!』


紅莉栖「あの子、泣いてた……私を抱きかかえて。耳を塞ぎたくなるような痛々しい声で、泣き叫んでた……」

鈴羽「妄想だ」

紅莉栖「わからないの……あの岡部は、別人で……。あいつがあんなに悲しそうな顔してるの、初めて見たし……」

紅莉栖「もう、どれが本当か、わからないのっ!!」

鈴羽「…………」

13時51分
柳林神社


萌郁「(FBから録音データはもらった。次は……)」

萌郁「……漆原、るかさん。少し、お話、いいかしら」

るか「あなたは、昨日の……」

萌郁「(『番外未来ガジェット"メガメラVer.4"通常型』、録画モード起動)」ピッ

萌郁「聞きたいのは、あなたのお母さんの話。奇妙な体験をしたっていう」

るか「えっ?」

萌郁「聞いたこと、ある? 例えば、未来の日付からポケベルに着信があったとか」

るか「……ありました。お母さんから、何度か聞かされました」

るか「1回目は、"やさいくうとげんきなこをうめる"、それから1か月くらいして、"2929831831"……」

るか「不思議に思って、お父さんの知り合いの、大企業の偉い方に見せたんです。名前はたしか、希グループの……」

萌郁「……野呂瀬、玄一。当時26歳、社長の側近として、天成神光会と明和党とのコネクションを築いていた……」

るか「あ、はい。たしかそんな名前だったかと」


るか「そうしたら、数日して、その話を聞いたっていうSERNの科学者さんが来て……名前はたしか、ヒイラギさんという、女性の方でした」

萌郁「ヒイラギアキコ……量子力学的世界解釈に関する新モデルの研究者。でも、当時は一技術者だったはず」

るか「その人、恐怖の大王が落ちた時、えと、2000年クラッシュの時に、ワクチンプログラムを作ったすごい人だって後から聞きました」

萌郁「(昨日の夜に岡部さんから聞いた話だと、IBN5100を持っているSERNなら、2000年問題を解決するためのワクチンはいくらでも作れた)」

萌郁「薬を作ってから毒を撒く。SERNの常套手段」

萌郁「(わざと2000年クラッシュを起こして、ソ連に対抗する手段にしようとした……世界中のタイムマシン研究をとん挫させるために……)」

るか「でも、それを知ってどうするんですか?」

萌郁「(岡部さんはきっと、元の世界線に戻りたがってる)」

萌郁「(でも、世界線を元に戻せば、私と姉さんの今の関係も、なかったことになる。そんなの、私は望んでない)」

萌郁「(それなのに、私……)」



prrrr prrrr


萌郁「……M4」

天王寺『仕事だ。未来ガジェット研究所のタイムマシンを回収しろ。KGBが動き始めた』

天王寺『ただし、開発者の3人は殺すな。確保して、SERNへ連行する』

萌郁「3人?」

天王寺『牧瀬紅莉栖、橋田至。そして、岡部倫子。特に岡部倫子は最重要だ、特殊な脳を持っているらしいからな』

天王寺『上からの報告によれば、その脳を誰が支配するかによって未来は変わる可能性があるんだとよ』

萌郁「岡部さんを拉致するなんて、そんなの私、聞いてない!」

天王寺『もうM3は信用できない。SERNを裏切る前に実験体として切り捨てることになったってだけだ』

天王寺『作戦開始はヒトナナマルマル。3時間後だ――――』

萌郁「なんとかして……なんとかしないと……」

天王寺『……ハァ。迷ってんならよ、今決めろや。どっちにつくのかをな』

萌郁「……今?」

天王寺『……なんてな。甘いなぁ、俺も』ピッ

ハイツホワイト202号室


萌郁「……ただいま」

倫子「おかえりっ」ヒシッ

萌郁「……寂しかった?」

倫子「べ、べつに」グシグシ

萌郁「はい、頼まれてた薬」スッ

倫子「あ、ありがと」

倫子「(この世界線の私は精神安定剤を持ってなかった。紅莉栖もまゆりも生きてるから、そうなるのかな……)」

倫子「(だから私は、この世界線の過去も未来も視ることができなくて、少し……いや、結構不安だった)」

倫子「外に落ちてた新聞を読んで知ったけど、今年の夏から米ソが戦争してるんだね」

萌郁「元々、緊張状態にあった。いつ戦争になってもおかしくなかった」

萌郁「公表はされてないけど、キッカケはソ連に持ち込まれた牧瀬さんのタイムマシン論文だったって、FBから聞いてる」

倫子「く、紅莉栖の!? 生きてるのに……」

倫子「……一体どういう過程があってそうなったのか、考えるだけ無駄だよね。その事象を中心に世界線が再構成されたんだから」

萌郁「秋以降、ソ連が牧瀬さんの命を狙ってた。それを、アメリカの諜報機関を利用しながらSERNが防いできた」

萌郁「前線で活躍してたのは、あなた」

倫子「私が、SERNの力を利用して、紅莉栖を守ってた……?」


萌郁「でも、もう守り切れそうにない。多くの組織が論文の存在に気付き始めてしまった」

萌郁「重要な研究機関や情報施設は、軒並み破壊されてる」

倫子「日本も、この辺はまだ大丈夫だけど、和光市や渋谷は爆弾テロが相次いでる。それに、種子島が壊滅したって……」

萌郁「SERNはソ連に狙われてる。SERNのタイムマシン研究を未だ回収されてないのも、岡部さんの活躍のおかげ、って聞いてる」

萌郁「(それなのにSERNは、姉さんを実験体として処分すると言う……っ!)」ギリッ

倫子「ロシアが過去を改変して、ゴリバチョフあたりに影響を与えたのかな……」ブツブツ

倫子「どうする、モスクワに行って過去に受信された改変因子を確認する? いや、そんなことしたらKGBに捕まって終わりか……」ブツブツ

萌郁「……M3、聞いて。次の命令、未来ガジェット研究所のタイムマシンを回収しろって」

倫子「――知ってた」ウルッ

萌郁「牧瀬紅莉栖と橋田至を確保しろって」

倫子「――それも知ってた」グスッ

萌郁「……抵抗したら、その2人以外は殺しても構わないって」

倫子「…………」ギュッ


萌郁「これを、聞いてほしい。今日、ラボを盗聴してきた」

倫子「うっ……うん。聞く。聞かせて」

萌郁「それと、柳林神社での映像。漆原るかさんが女性なのは、間違いない」

倫子「この映像は……?」

萌郁「岡部くんが私にくれた、未来ガジェット。名前は"メガメラVer.4"」スッ

倫子「その眼鏡、カメラなの?」

萌郁「両側に円筒機構がついてるでしょ? ここにオートフォーカス付きカメラと電池、無線機が入ってるの」

萌郁「赤外線リモコンでシャッターを押せるようになってて、リモコン側にデータ記録媒体も入ってる」

倫子「へえ、そんな未来ガジェットを……」

萌郁「夏には、これで猫の自然な写真を撮って、雑誌社に売ってお金を稼いだりした」

倫子「(まゆりの入院費のため、か……)」

萌郁「初めてあなたからもらったモノだから、大切に使ってる……」

・・・

倫子「――なるほど」

倫子「つまり、このソ連世界線――便宜上、γ世界線と呼ぶ――においてもルカ子を女の子にする実験を行った。その時、想定外のバタフライ効果が発動した」

倫子「ってことは、ルカ子の母親のポケベルにDメールを送れば、色々取り消せる……」ブツブツ

倫子「電話レンジ(仮)が使えれば……でも、また予期せぬバタフライ効果が発生したら……」ブツブツ

倫子「スマホから、『Amadeus』アプリは消えてた。そりゃ、紅莉栖が生きているなら、私が真帆ちゃんと出会う因果がなくなるから当然か……」

倫子「アメリカ側の『Amadeus』や真帆ちゃんには頼れない。私は、どうしたら……」

萌郁「……あなたは今、とてもマズイ立場にいる。このままだと、SERNへ連れて行かれて、脳を解剖されるかも」

倫子「……リーディングシュタイナーか。そうなったら、世界線はαへと変動するのかな……」

倫子「でも、私は……ラボの、所長だから。ラボを、守らないと」

萌郁「岡部さんっ! 行ったら、ダメなの! 行ったら、あなたも捕まる……」

倫子「ううん、大丈夫。どうせ私は死なない」

倫子「この世界線での私は、2036年時点でも生きてる。鈴羽がそう言ってた」

萌郁「冗談は、やめて」

倫子「私より、萌郁が心配だよ。今あなたがやってる行動は、ラウンダーへの裏切りになる」

萌郁「私は……」

倫子「これ以上、私に関わらないほうがいい。それじゃ」スッ

萌郁「岡部さんっ!」

倫子「……ケバブ、ありがとう」ガチャッ

16時32分
未来ガジェット研究所


ゴロゴロ ピカッ!!


るか「きゃっ! 雷が……」

鈴羽「……嫌な予感がする」

フェイリス「超能力ニャ? 天気で未来予知ができるのニャ!」

鈴羽「牧瀬紅莉栖、まだいじってるの?」

紅莉栖「Dメールを送れればと思ったけど、ダメ、どうしても調整がうまく行かない……」カチャカチャ

鈴羽「仮にここを襲撃されたら、タイムマシン――電話レンジ――はあたしが破壊する。いいな?」

紅莉栖「……わかったわよ」カチャカチャ

ダル「つか、ラウンダーみたいなヤバイ連中相手にするなんて、分が悪すぎるお」

フェイリス「ニャー……フェイリスは倫子でも探してこようかニャ~? 傘、借りていいかニャ?」

鈴羽「死にに行きたいの?」

大檜山ビル前


倫子「よりによってほぼ全員集まっている……まゆりが居ないのが不幸中の幸いかな」

倫子「まあ、いくらビビリな私でも、ここに突入するくらいならひとりでもできる……」

倫子「(なんとかして全員を退避させて安全を……いや、そんなことをしても収束があれば意味がなくなっちゃう)」

倫子「(紅莉栖……こんなに近くに居るのに、遠いよ……)」グスッ


タッ タッ


萌郁「はぁっ……はぁっ……。傘、忘れ物……」スッ

倫子「も、萌郁っ!?」


萌郁「私は、あなたの力になりたい。今は、私だけが、あなたの味方だから」

萌郁「世界中を敵に回しても、私だけは、あなたのパートナーだから」

萌郁「私の居場所は、あなたの側にしか、ないから……」

倫子「……助けて、くれるの?」ウルッ

萌郁「今までも、ずっとそうしてきたから」ニコ

萌郁「キス、するね……」チュッ

倫子「ちょ、萌郁、何をっ!?」ドキッ

萌郁「……作戦、開始」

倫子「…………」

倫子「……ああ、了解した」

物陰


??「……はい。岡部倫子を確認しました。直ちに急行してください」ピッ



大檜山ビル前


萌郁「急がないとブラボーチームが突入しちゃう」

倫子「わかってる。今ここで私にできることは、やっぱり……Dメールを送ること」

倫子「そうしないと、フェイリスも、ルカ子も、鈴羽も、まゆりも、紅莉栖も……みんなの命が危ないから」

倫子「(紅莉栖が居れば、私の背中を押してくれるはず……1人じゃ送れなくても、紅莉栖となら……)」

倫子「(ここまで来たんだ。いい加減、腹を決めろ、私……!)」グッ

倫子「猶予はどれだけある?」

萌郁「30分、くらい」

倫子「それならなんとかなるか……鈴羽たちを無力化して、ルカ子の母親の元へとメッセージを送る」

倫子「ソ連はなんともならなくても、300人委員会が2000年クラッシュを起こす過去を変えられるはず」


由季「あれ? 岡部さん? そこで何されてるんですか?」


倫子「な……ゆ、由季さんっ!?」


カエデ「ユキさん、さっき誰に電話を……あら? 岡部さん、雨に濡れちゃいますよ? 中に入らないんですか?」

フブキ「…………」

由季「それに、そちらの方は……」

萌郁「……拘束、する?」

倫子「い、いや、待って。由季さんたちは関係ない」

倫子「由季さん、カエデさん、それにフブキ。お願いだから、今すぐどこかへ行ってくれない、かな?」

カエデ「へえ、私たちをそんな風に扱うんですか。こんな寒い冬の雨の日に」ウフフ

フブキ「えっと……」

由季「……今日、せっかくのクリスマスなので、お料理を持ってきたんですけど、冷めないうちに皆さんで」

倫子「ごめん。そんなこと、やってる場合じゃないの。今からここは戦場になるかもしれないから」

カエデ「戦場、クリスマス……ああ、なるほど」ポンッ

由季「冗談ですか? もう、あんまりそういうこと言うの、感心しないなぁ。実際に今、世界は戦争の真っただ中なんですから」

倫子「頼むから……お願いだから……」ウルッ

カエデ「……何があったんですか? 話してください」

倫子「もうっ、話してる時間も無いんだよぉ!」



ダッ ダッ ダッ…


萌郁「っ!?!? ブラボーチーム、予定より早いっ!!」

倫子「そんなっ!? 時間はまだあったはずじゃ!?」ガクガク

萌郁「……ハメられた。私たちは、完全に上から見限られてた」グッ

由季「えっ? えっ?」

フブキ「な、なにっ!?」

カエデ「外国人、観光客……?」


ラウンダーA「M4にM3。悪いが、大人しくしろ」ガチャッ

倫子「お、お前たちは……あの時のっ!!」ゾワッ

萌郁「くっ……!」ギロッ

ラウンダーB「昨日の友は今日の敵。それが俺たちの社会だ。そうだろ?」

由季「えっと、これは、どういう……」オロオロ

フブキ「……っ!」ゾクッ

カエデ「なにが、なんだか……」

ラウンダーC「こいつらは?」

ラウンダーD「関係ない奴は殺してもいいそうだ。殺せ」

倫子「や、やめろォ!! やめてくれぇっ!!」ウルッ

倫子「(由季さんが死ねば、鈴羽が生まれなくなって、世界線がまた―――――)」



ダッ ダッ ダッ!!

パラララッ パララッ パラララララッ


??「Ураааааааа!!」


ラウンダーA「ぐわぁぁっ!!!」バタッ

ラウンダーB「うぐぅぅぅぅっ!!!」バタッ

ラウンダーC「な、なんだ!? 聞いてねえぞ……ぎゃあああっ!!!」バタッ


倫子「なんだ!? 何が起こってる!?」


ラウンダーD「くそっ! 撤退だ!」クルッ


萌郁「っ――――」ガチャッ


BANG!!


ラウンダーD「ぐはぁぁっ!」バタッ


フブキ「…………」ブルブル

カエデ「大丈夫、大丈夫だよ、フブキちゃん……」ダキッ


ソ連兵A「"Огонь!"」


倫子「(ロシア語……こいつら、ソ連兵か!?)」ゾワワッ

フブキ「迷彩……! コ、コスプレ、じゃないよね……」ブルブル

カエデ「本物の、戦闘服よ、フブキちゃん……」ガクガク

由季「くっ、あいつら、何やってる! まだなの!」


ソ連兵B「"……Ринко……"」ブツブツ


倫子「(い、いま、"リンコ"って……やっぱり、狙いは私……!)」

萌郁「姉さんは……渡さないっ!」ギリッ


パラララッ パララッ パラララララッ


ソ連兵C「"……!?"」バタッ

ソ連兵D「"……!!"」タッ タッ


倫子「こ、今度はなんだ!?」ガクガク


??「落ち着いて。大丈夫か、君たち」


倫子「あ、あなたたちは……?」プルプル


自衛隊員A「陸上自衛隊のものだ。政府から要請を受け、君たちを保護することになった」

倫子「り、陸自!?」

由季「間に合ったか……」ボソッ

自衛隊員B「安心してくれ。日本国民を守るのが私たちの役目だ。おフランス野郎だか露助だかにやらせはしない」

倫子「(私と萌郁がラウンダーだってことはバレてないのかな……。まあ、実際もうラウンダーじゃないらしいけど)」

倫子「(萌郁がさっきラウンダーの男を銃殺したのを見てたから? あるいは、私たちにSERNの情報を吐かせるために、とか……)」チラッ

萌郁「…………」


タッ タッ シュタッ!

鈴羽「なんの音だッ!!」スチャッ


自衛隊員B「っ!?」ジャキッ

倫子「ダ、ダメっ!! 鈴羽を撃たないでっ!!」ヒシッ

萌郁「あ、危ないっ!」

鈴羽「岡部倫子っ!?」


・・・

ダル「雷の音を銃声だとか言い出した鈴羽を追いかけたら、外で自衛隊が出動する騒ぎになってたとか、ちょっと信じられんのだが……」

るか「毎日ニュースで見てた戦争が、現実のものになっちゃうなんて……」

倫子「……紅莉栖。電話レンジはどうなってる」

紅莉栖「ダメ。どういうわけか、Dメールを送れなくなってる。42型もちゃんと点いてるのに」

倫子「たぶん、この雷雨のせいだ。タイムマシンは雷雨に弱い」

倫子「停電はしてないみたいだけど、電子銃かマグネトロンがおかしくなったのかもしれない」

紅莉栖「なるほど、十分あり得るわ……なら、パーツを交換すれば」

倫子「(昨日は私のことを信じてくれなかったけど、実験のことになると別か……さすが紅莉栖)」

自衛隊員A「悪いけど、そんなことをしているヒマは無い。今、秋葉原中にフランスの傭兵部隊と、ソ連の特殊部隊が潜伏している」

自衛隊員B「君たちの命が最優先だ。安全な場所まで、私たちと一緒に来てほしい」

倫子「どうする、どうすれば……っ」

鈴羽「……電話レンジは破壊。取りあえず、今は自衛隊と共に行動すべきだ」

紅莉栖「……そうね。また落ち着いたら、マシンをもう一度作り直しましょう」

倫子「くっ……!」


自衛隊員A「それじゃ、牧瀬紅莉栖さんと橋田至さん。あと、橋田鈴羽さんはこちらのバンに」

紅莉栖「ちょ! 橋田、くっつかないでよ!」

ダル「いやあ、デカくてすまんお」

自衛隊員B「岡部倫子さんと秋葉留未穂さん、漆原るかさんと桐生萌郁さんはこちらへ。あと、来嶋かえでさんと中瀬克美さん、阿万音由季さんはあちらの車両へ」

倫子「3つに分かれるのか……大丈夫かな……」

カエデ「意外と普通の車なんですね」

自衛隊員B「都市部では軍用車両だと目立って仕方ないからね。一度、入間まで行って、そこから乗り換えます」

自衛隊員B「とにかく時間が無い。今すぐこの街を出ましょう」

フェイリス「ニャウゥ~。秋葉原が戦場になっちゃうニャんて~」

萌郁「……でも、自衛隊がどうして」

自衛隊員B「あなたたちが日本国民だから、ですよ」

由季「…………」

倫子「……よろしく、お願いします」

車中


ブロロロロ …


倫子「――――ってことなんだ」

フェイリス「やっぱり倫子は倫子だったニャン! 信じていたニャン!」ダキッ

るか「大変だったんですね……岡部さん……っ」グスッ

倫子「(……少し、時間ができた。この世界線について、3人から聞いた情報を整理してみよう)」

倫子「(キッカケはロシアの実験だ。どういうわけか、世界は2036年時点でもソ連が存続するように再構成された)」

倫子「(そしてソ連は、タイムマシンの存在を徹底的に隠ぺいしようと行動した)」

倫子「(2000年のジョン・タイターの書き込みは抹消されたらしい。おそらくソ連のスパイによる情報工作だろう)」

倫子「(また、牧瀬章一が2010年7月28日にラジ館でタイムマシン会見を行うことも無かった。これもなんらかの妨害があったのだろう)」

倫子「(ゆえにγ世界線では紅莉栖の死を回避することとなった)」

倫子「(ただ、どういうわけかこの世界線でも紅莉栖はタイムマシン論文を書き上げており、それを何らかの経緯で手に入れた章一は8月21日にソ連へと亡命していた)」

倫子「(この亡命がなければソ連が支配者として君臨することもないわけで、運命に仕組まれた一連の因果だったのだろう)」

倫子「(これが現在の戦争状態の引き金となり、元々緊張状態にあった世界情勢は爆発した、というわけだ)」

倫子「("私"はATFの講演で日本に来ていた紅莉栖と出会い、α世界線同様ラボを運営し、電話レンジ(仮)の実験を繰り返した)」

倫子「(フェイリスの過去改変には失敗したらしい。萌郁の情報によると、γ世界線では幸高氏は東側の勢力に暗殺されていたのだとか)」

倫子「(一方、ルカ子の性別を変える実験には成功していた。だが、ソ連の存在するこの世界線では、それが思わぬバタフライ効果を生んだ)」

倫子「(玉突きの世界線変動……。Dメールの存在を、1990年代初頭に、SERNに知られることになってしまった)」


倫子「(SERNはタイムマシン研究でソ連と張り合っていた。その過程で、SERNによって2000年クラッシュが引き起こされた)」

倫子「(世界規模の大災害となり、池袋も被災し、"私"とまゆりは両親を失い、離れ離れになった)」

倫子「("私"は完全に世界から孤立したことだろう。あの頃、唯一の友人はまゆりだけだったのだから)」

倫子「(2003年に紅莉栖に会うことも無かった。鈴羽の目的が私の暗殺だったのなら当然か)」

倫子「(どういうわけか"私"は中坊の頃に大檜山ビルを訪ね、FBこと天王寺裕吾に接触したらしい)」

倫子「(何があったか知らないが、そこでバイトをする約束と、将来ビルの2階を貸してもらう約束をしたのだとか)」

倫子「(さらに、当時都内に住んでいた萌郁の自殺を偶然救うことになった。居場所のなかった萌郁は、"私"に居場所を求めた)」

倫子「(この偶然の連鎖もあるいは、今までの過去改変の、記憶の残滓による導きだったのかもしれない)」

倫子「(この世界線の未来の"私"による過去改変の可能性も……)」


萌郁「あの時は、本当にありがとう。たとえその記憶が無くても、私は岡部さんに感謝してる」

倫子「(睡眠薬を大量に飲んでいた萌郁は、委員会御用達の代々木の病院に運ばれたが、そこで"私"は"彼女"と7年ぶりの再会を果たしたらしい)」

倫子「(椎名まゆり。2000年クラッシュのあと、上野に居る叔母に引き取られ、親子のように仲睦まじくしていたのだとか)」

倫子「(だが、難病を患ってしまっていた。何が原因でそうなったのかは、あまりにも改変因子が多すぎて推測すらできない)」

倫子「("私"の元居た世界線では、国に指定された難病の場合、医療費のほとんどを国庫が負担してくれることになっている)」

倫子「(この世界線ではどうも違ったらしい。当時から東西の緊張が高まっていて、日本の国防費が膨れ上がったためだろうか)」

倫子「(叔母も頑張っていたが、入院費が払えなくなる目前だったそうだ。そのことを"私"は、病院にお見舞いに来ていたルカ子から聞いた)」

るか「毎日のように柳林神社にお参りに来ていた方だったので、お話を聞いたんです。そしたら、病気の女の子が居ることがわかって」

倫子「(そこで"私"は天王寺さんに頼み込んだ。高校生の"私"でも、もっと金を稼げる仕事は無いのかと)」

倫子「(この世界線の"私"は、7年も離れ離れになっていた近所の女の子のために動いたらしい。再会したまゆりの境遇の悲惨さが、"私"に行動をさせたか、あるいは……)」


倫子「("私"が身体を売らなかった理由。たぶん、警察の機能が低下してるこの世界線では、"私"は例の警官に、性的なトラウマを強く植え付けられたんだろう)」

倫子「(萌郁にネットで事件を調べてもらったところ、例の警官の名前は検索に引っかからなかった。フェイリスが防いだ記憶も無いということは、事件はもみ消されたんだ)」

倫子「(そんな"私"の出した答えが、ラウンダーだった)」

倫子「(あるいは、天王寺さんは知っていたのかも知れない。2010年、大檜山ビルから送られたポケベルメッセージのことを)」

倫子「(どうせラウンダーに監視されることになる娘なら、予めラウンダーに入れておいたほうが安全、という老婆心だったのかもわからない)」

倫子「(最初のうちは雑用。例のチェーンメールを送ったり整理したりする係だった)」

倫子「(しばらくして、"私"を手伝いたいという萌郁もラウンダーになった。この世界線で萌郁がケータイなしでペラペラしゃべれているのは、FBによるケータイ漬け洗脳が無かったから)」

倫子「(そのうち"私"の働きが認められ、ブツの運び屋になったり、張り込み役になったりしていった)」

倫子「(最終的には暗殺を任されるほどまでに昇進した。ここ半年は紅莉栖の命を狙う連中を始末していたらしい)」

倫子「(そんな裏稼業をしながらも、ダルを仲間にし、ラボを創設し、紅莉栖と出会い、Dメールの研究を始めた)」

倫子「(この世界線では、ラボメンナンバー002がダル、003が紅莉栖、004がフェイリス、005が鈴羽となっている)」

倫子「(ルカ子は女の子になったことで、ラボメンではなくなっていたようだ)」

倫子「(たぶん、この世界線の"私"は、本気でタイムマシンを売りさばき、金を手に入れようとしていたのかもしれない)」

倫子「(だが、その結果が影の女帝だ。何がどう間違ってそんなことになるのか見当もつかない)」

倫子「(……いや、そうじゃない。たぶん、この私にも、ジキル博士にとってのハイド氏のような部分があるんだ)」

倫子「(ジキルに戻るための薬が底を尽きてしまったんだろう。まゆりという、"私"にとっての、唯一絶対の治療薬が……)」


倫子「(この世界線の"私"も、いくつかのDメール送信により、リーディングシュタイナーによって世界線変動を感じた)」

倫子「(そして、どこからかその情報が漏れてしまった。世界線を超えて記憶を持ち越せる能力のことが)」

倫子「(ソ連も、アメリカも、"私"の能力を欲した。これさえあれば、自分たちが世界を支配するアトラクタフィールドへと移動可能なのだから)」

倫子「(300人委員会は"私"を護るために必死だったらしい。だが、皮肉にも未来の私は委員会を裏切り、ソ連へとそのすべてを売るのだとか)」

倫子「(……あるいはこれも、まゆりに関する事象なのかもしれない)」

倫子「(2036年は、全体主義が支配する世界となってしまう。スターリニズムディストピアと言っていいだろう)」

倫子「(この未来を回避すべく、鈴羽はダルの作ったタイムマシンに乗って、2010年の"私"を暗殺しにやってきたのだとか)」

倫子「(まあ、当然私は死なないから、なんとかして世界線を変動させる選択肢を探し続けていたらしい)」

倫子「(数々の収束と戦いながらも、ついに今日、電話レンジは破壊された。だが、世界線は変動しなかった)」

倫子「(それが意味しているのは――)」

入間基地


自衛隊員C「なに!? 隊員Aの車両が行方不明だと!?」

倫子「――――っ!?」

自衛隊員B「敵の誤報にやられた……相手はソ連か、アメリカか、あるいはEUか……」

由季「そんなっ、橋田さんたちが!?」

自衛隊員C「……必ずや、我ら自衛隊が奪還致します。日本国の誇りにかけて」

倫子「(これも世界線の収束なのか……。どうあがいても、紅莉栖は生きている限り、タイムマシンを造らされるよう強制されてしまう)」

フェイリス「きっと大丈夫ニャ! 技術屋のダルニャン、天才のクーニャン、武闘派のスズニャンの3人が簡単にやられるわけないニャ!」

フェイリス「今頃、どこか山奥の秘密基地で世界に反逆するための計画を練っているはずニャン!」

倫子「……たしかに、あいつらが上手いこと逃げのびる可能性も無くはない。だって、まだこの世界線の鈴羽は産まれてないんだから」

倫子「ダル……。由季さんに会うために、必ず帰って来てね……」

由季「…………」


自衛隊員C「今入った情報によると……秋葉原は壊滅……ターミナル駅や港、空港も……」ヒソヒソ

自衛隊員B「それじゃ、制空権は……陸路で九州……海自に引き渡して……沖縄へ……」ヒソヒソ

自衛隊員C「原因は……中鉢博士の亡命……例の論文……」ヒソヒソ


倫子「あ、あの……どうして、私たちを助けてくれるのか、本当の理由を教えてください。国民を守るとか、そんなことじゃなく」

自衛隊員C「……実は、自分たちも理由は聞かされていません。でも、命を懸けて護れと自分は命じられています。それが、この国の未来に繋がるのだと」

フェイリス「自衛隊の人たち、本当に何も聞かされてないみたい。みんな、心の中では疑問でいっぱいで動いてる」ヒソヒソ

倫子「(いや、聞くまでも無かった。日本だって、この戦局を打開するために、タイムマシンが欲しいんだ)」

倫子「(そのために、日本政府も私の脳を欲してる? もしくはSERNの部隊としての情報か? そうだとしても、今の状況でどうこうできる問題じゃない……)」

倫子「(未来視もできないから、どうすれば確定事項に反する選択ができるかもわからない)」

倫子「(……もう私が世界線を戻す術は無いのかもしれない。分岐の無いレールの上を走り続けなければならないのかもしれない……)」

倫子「(でも、この世界線の私は、紅莉栖を殺していない。紅莉栖は、この世界線では生き続ける……と思う)」

倫子「(そのふたつの事実だけは……救いだ)」グスッ

倫子「(紅莉栖さえ生きていれば、もしかしたら……)」

倫子「(……考えていても仕方ない、か。もう、なるようにしかならない……)」

2011年1月18日火曜日
佐世保倉島岸壁
あぶくま型護衛艦じんつう内


倫子「(――――こんな生活が1ヶ月も続くとは思ってもいなかった)」

倫子「(衣服は迷彩服を支給してもらったけど、風呂もろくに入れていない……)」

フェイリス「このフェイリスが汗臭いなんて、ショックすぎだニャン……」

フブキ「留未穂ちゃん、外で香水買ってきたよ! 出航に間に合ってよかった」

萌郁「自衛隊の情報によると、東日本の主要拠点はほぼ壊滅状態……東側と西側の直接的な戦闘が、日本列島各地で発生してる」

カエデ「@ちゃんには、原因はソ連のタイムマシン研究にアメリカが文句を言ったことだ、と。日本は沖縄に臨時政府を作るんじゃないか、とも書かれてました……」

倫子「私が日本に居る限り、日本は……まゆりは……」プルプル

フェイリス「でも、もう色んな組織がちょっかいを出して収集つかなくなってるニャ。バチカンの殺し屋集団まで出張って来てるらしいニャ!」

由季「だから、岡部さんの責任なんかじゃありません。みんな、あなたを守ろうとしてるだけなんですからっ」

倫子「由季さん……」


るか「あ、あの、まゆりちゃんの叔母さんから先ほど連絡があって……」

倫子「……うん」

るか「……まゆりちゃん、安らかに、眠ったそうです」グスッ

フブキ「"マユシィ"? あ、あれ、"椎名まゆり"なんて人、会ったこともないのに、なんで、私……」グスッ

倫子「……そっか」ウルッ

倫子「(わかりきっていたことだ。この世界線では、紅莉栖は生きている。だから、そういう風に収束する)」

倫子「(私は、まゆりを助けるために、α世界線をなかったことにしたのに……こんな、こんなことって……)」グスッ

倫子「(私のそばから、紅莉栖もまゆりも居なくなるなんて……こんな世界線は……否定したい……)」ポロポロ

フェイリス「それは、やっぱり東京が大混乱に陥ってるせいで……?」

倫子「そうじゃない。そうだとしても、そうじゃないの」グシグシ

倫子「(全部、私のせいだ。私は、これからどうすれば……)」

2011年1月21日金曜日
那覇港湾施設(那覇軍港:米陸軍基地)


フェイリス「久しぶりの陸地だけど、もう疲れたニャァ……」ハァ

倫子「(東シナ海の航海中にも、ソ連と思われるヘリや潜水艦の攻撃を受けたらしい。その度に船体は激しく揺れ、私たちは疲弊していた)」

倫子「(奇跡的に那覇に到着できたのは、間違いなく私の生存収束のおかげだろう)」

下山「岡部倫子さんだね?」

倫子「は、はい」

下山「初めまして。私は、防衛省、中央情報保全隊の下山という」

下山「これから嘉手納の沖縄防衛局まであなた方を護送させてもらうことになってる。長旅で疲れているところ申し訳ないが、もうしばらく我慢してくれ」

倫子「沖縄、防衛局?」

下山「今、あそこは日本国防衛省そのものになっている。臨時ではあるがね」

下山「そっちのワゴン車には君と、それから阿万音由季さんと中瀬克美さんが乗ってくれ」

由季「はい、わかりました」

下山「他の人たちは後続車に」

フブキ「…………」

ワゴン車車内


下山「実は、3人に防衛局へ着く前に少しだけ質問をしたくてな。それでこうして同乗してもらった」

倫子「(……萌郁と私を分けたってことは、SERNの情報についてではなさそうかな。というか、私はラウンダーやSERNのことは何も知らないし)」

倫子「(なら私のリーディングシュタイナーについて、か。あるいは、鈴羽の乗ってきたタイムマシンかも)」

倫子「(あれは鈴羽かダルが居ないと回収しても意味が無いと思うけど。でも、それならどうして由季さんとフブキも?)」

下山「阿万音由季さん。君は、橋田至君とその妹さんがどこにいるか、知らないだろうか?」

由季「い、いえ。自衛隊さんの方でも把握できていないなら、私が知ってるわけが……」

下山「君たちは恋人だろう? 個人的に連絡を取っているかと思ったんだが」

倫子「ちょ、ちょっと待って!? あなた、なんなんですか!? それじゃ、まるで由季さんをスパイ扱いしているみたいじゃないですか!!」

倫子「(さすがに怒ったけど、由季さんの雰囲気からするに、由季さんはダルたちの居場所を本当に知っていて、それを隠しているようだった)」

倫子「(もしかしたら、この世界線の"私"なら3人がどこに隠れたか理解できたかもしれないけど、この私にはわからない……)」

下山「スパイ、ねえ。もし私たちのことが、アメリカあたりに筒抜けだと、とても困ってしまうな」

倫子「……冗談でも、やめてください」

由季「…………」


下山「ときに、岡部さんは牧瀬紅莉栖さんと何か研究をしていたらしいね」

倫子「っ!?」ドクン

倫子「(突然紅莉栖の名前を言われて、びっくりしてしまった……お、落ち着け、私……)」ドキドキ

下山「どんな研究を?」

倫子「……遊びの延長、みたいなものですよ。お金が必要だったので」

下山「それじゃあ、何かとんでもない物を作って、それを知られたからソ連やフランスの部隊に狙われた、というわけじゃないんだね?」

倫子「まさか。今ソ連が研究してるタイムマシンを、私たちが作ったとでも? 未成年の学生なんかに作れるわけが無いじゃないですか」

倫子「それに、紅莉栖は脳科学者だ。物理学者じゃない」

下山「ふぅん」


下山「中瀬克美さん。君には別に聞きたいことがある」

フブキ「わ、私っ!?」ビクッ

倫子「……っ」ジロッ

下山「そんなに私を睨まないでくれないかな。なに、大した話じゃない」

下山「護衛艦の船内の医務室で、医官に話したようだね。ずいぶんとリアルな夢を見るとか」

フブキ「は、はい。船酔いで、気分悪くて、お医者さんに色々聞かれたので……」

倫子「そ、そうだったの?」

フブキ「う、うん。大したことないと思って、岡部さんには言わなかったんですけど……」

由季「きっとPTSDですよ。こんな状況なんです」

倫子「(由季さんの態度がさっきからおかしい。世界線が変わったせいで、由季さんの人格も変わってしまったんだろうか……)」

下山「君たちは、"大統領病"、というのを知っているかな?」

倫子「は……?」


下山「プーシンを知っているだろう?」

倫子「プーシン……ソ連の、書記長ですよね」

倫子「(どういうわけか、この世界線ではプーシンはロシアの大統領ではなく、ソ連の書記長になっていた。あの人、凄い人間だな……)」

下山「そう。だが、中瀬さんは興味深いことに、プーシンが"ロシアの大統領"だと答えたとか」

フブキ「す、すみません。なんか、寝ぼけてたんです。それに、私、勉強とか全然ダメで……」

下山「いや、そうじゃない。"プーシン大統領"と言う人は、世界中で見つかっているんだ。中瀬さんと同じように夢を見たと言ってね」

下山「それが、"大統領病"だ」

倫子「(……っ!? ま、まさか、別の世界線での記憶が、デジャヴとして引き継がれて……)」

倫子「(……リーディングシュタイナー。まさか、フブキにも発現していたなんて……)」グッ


倫子「(仮にフブキのそれがリーディングシュタイナーだとするなら、かなり強いリーディングシュタイナーだ)」

倫子「(普通、海馬に強く残るような強烈な記憶でないと、デジャヴ、つまりOR物質のバックアップデータとして他世界線の記憶を見ることはできない)」

倫子「(フェイリス、ルカ子、天王寺さん、そしてまゆりや紅莉栖がそうだったように)」

倫子「(ロシアの大統領がフブキの人生に強く印象づけられているとは到底思えないから、フブキは"私寄り"の人間なんだ……)」ゴクリ

下山「ベルリンの壁の崩壊や、ペレストロイカ。岡部さん、知っているかい?」

倫子「……いえ、知りません」

倫子「(この世界線でソ連は崩壊していない。ってことは、当然そういうことになる)」

倫子「(ソ連が崩壊したのは私の生まれた頃だったから、その辺のことを中学の頃によく調べていた)」

下山「だそうだよ、中瀬さん」

フブキ「だ、だから私は、そのなんとか病っていう病気なので!」アセッ

下山「……実を言うとね、君たちが見ている白昼夢こそ、この戦況を変えるための秘策だと、政府は考えている」

倫子「えっ……?」


下山「私みたいな一軍人には、ただの集団幻覚にしか思えないが、どうやらその幻覚の中に、我が日本国が生き残るための情報が隠されているらしいんだ」

フブキ「情報って、武器とか、兵器ってことですか?」

下山「ああ。私なんかは、後ろに積んであるAK-101で敵と戦うことしか考えられない。まったく、研究者連中は頭がいかれてる」

倫子「カラシニコフ……自衛隊で採用してるなんて、それほどなりふり構ってられない状況なんだ」

下山「お? 詳しいねぇ。オタかな?」

下山「君を護送してきた隊員から聞いた通りだ。やはり君はミリに興味があるようだね」

倫子「い、いえ。オタというより厨二、あ、いや、なんでもっ」

下山「そう、本来なら国産銃で戦いたいところだが、そうも言ってられなくてね」

倫子「まあでも、輸出を意識したシリーズですから、国産の西側NATO弾も使えて……」

倫子「(……あれ?)」


下山「ふぅん。ソ連の銃が、西側に輸出されてる、と……」

倫子「あ、いや、えっと……」ドクン

下山「ワルシャワ条約機構も知らないのかい?」

倫子「(し、しまった……)」プルプル

下山「君もそうだったのか。そしてそれを、故意に隠そうとしたね?」

倫子「…………」グッ

下山「やはり、情報通りなんだな、君はなにか重大なことを知っている」

下山「なあ、岡部さん。教えて欲しいんだが」

下山「1991年12月にソ連が崩壊したあと、この平成の時代は、どうなっていたんだね?」

下山「答えてくれ」



prrrr prrrr


下山「ちっ……下山だ。ああ、今防衛局へ……」

下山「……なに? どういうことだ、それは!? どこの国から圧力がかかった!?」

下山「……行先変更だ。嘉手納基地へ向かえ。第2ゲートだ」ピッ

運転手「はっ」

由季「あの……どういうことですか?」

下山「状況が変わった。これから岡部さんは米軍基地へ行ってもらう」

由季「そうですか……」

倫子「(由季さん、どうしてほっとした顔をしてるんだ……?)」

下山「そのまま米軍機でアメリカ行き、なんていう楽しい旅行が待っているかもしれんな」

倫子「ア、アメリカ!?」

下山「CIAかNSCか知らんが、君の即時引き渡しを求めている」

倫子「(つまり、アメリカが私のリーディングシュタイナーを手に入れようとしてる!?)」

倫子「(いや、リーディングシュタイナーだけがあったって、タイムマシンが無けりゃ意味が無い。……まさか、紅莉栖もっ!?)」

倫子「(もしそこでまた電話レンジを、タイムマシンを造れたなら、きっと――――)」

嘉手納基地第2ゲート前


下山「降りたまえ」

倫子「…………」

ハモンド「ウェルカム! 私、ハモンドです。皆サンを歓迎します!」

ハモンド「では、ミス岡部以外の皆サンは、バスに乗ってくだサイ」

フェイリス「ニャニャ!?」

るか「えっ!? それ、どういう――――」

衛兵「…………」ギロッ

るか「ヒッ……」

倫子「……由季さん。みんなを、頼みます」

由季「……はい」コクッ


ハモンド「さて、ミス岡部。あなたはドウゾ、こちらの車へ」

倫子「はい、わかりま――――」


下山「――岡部さんっ、逃げろっ!! アメリカへ行ったら、もう生きては戻れな――」

衛兵「っ!!」ジャキッ

パララッ パラララッ パララララッ

下山「っ――――」バタッ


倫子「し、下山さんっ!!!」

ハモンド「いいから、乗って!」ギュッ

倫子「ぐふっ!」ドンッ


ブルルン キュルルルルルル…

車内


倫子「ねえ! いったい、どうして――」

ハモンド「あなたに、会わせたい人がイマス」

倫子「会わせたい人……紅莉栖? もしかして、紅莉栖なのっ!?」

ハモンド「クリス・マキセの安否は、まだワタシたちも確認できていまセン」

倫子「そ、それじゃあ……?」

倫子「(あれ? この人、どうして紅莉栖のこと、知ってるんだ……?)」

ハモンド「これ、受け取ってクダサイ」スッ

倫子「これ……スマホ?」

ハモンド「ロックはかかっていまセン。そこのボタン押して」

倫子「……?」ピッ



Ama紅莉栖『…………』



倫子「え……?」


倫子「"紅莉栖"!? ど、どうして米軍が『Amadeus』をっ!?」

ハモンド「ヴィクトル・コンドリアから、兵器転用技術として頂いたものデス」

倫子「な、なにっ!?」

ハモンド「DURPAはAI戦士を作るつもりでしたが、過程でおもしろいものが発見されまシタ」

ハモンド「タイムマシンデス」

倫子「……!?」

ハモンド「そして、ワタシたちは"クリス"がタイムマシンを造れることを知っている。さあ、ミス岡部、ワタシたちに協力してほしい」

ハモンド「ソ連を復活させたロシアのタイムマシン実験を、取り消すために」

倫子「どうしてそれを!? ……そうか、アメリカでリーディングシュタイナーが発現した人たちを集めて――」


Ama紅莉栖『……タイム……マシン……?』


倫子「"紅莉栖"!? "紅莉栖"ぅっ!!」


グラッ


倫子「(――ぐっ!? こ、この気持ち悪さは、また――――――――――――――


――――――――――――――――――――――
    2.61507  →  ???????
――――――――――――――――――――――



……あれ。

ここは、どこ?


「現実と、ゲームの狭間さ」


お前は……アルパカマン? 500円で買ってきたワゴン品……。


「俺は、お前の一挙手一投足をモニタ越しに見ている。俺だけが、お前の全てを理解している」

「ジキルとハイドのように、お前は、俺から離れられないんだ」

「現実で、正しい行いが報われるとは限らない。しかし、モニタを潜れば事情が変わる」

「どんなに絶望的な状況でも、正しさを胸に、足掻いて、足掻いて、足掻くがいい」

「妥協せずに、常識ではあり得ない、完全無欠な結末を願うがいい」

「全てのものを救おうという希望を、失わずにいるがいい」


「子供のように、夜空の星に手を伸ばし続けるがいい」

「そうすれば、きっと――」

「トゥルーエンドが待っているはずだ」


それじゃまるで、私がゲームの登場人物みたいだね。

ゲームの登場人物は、あなたでしょ。


「さてな」

「ほら、さっさと行け。幸運だけは、祈ってやるよ」

「これは別れの言葉だったな。――エル・プサイ・コングルゥ」


どうして、それを――――――――


――――――――――――――――――――――
    ???????  →  1.12995
――――――――――――――――――――――

第21章 永劫回帰のパンドラ(♀)

同日2011年1月21日(金)午後6時過ぎ
未来ガジェット研究所


倫子「―――――っ!?」

倫子「(あれ、何か夢を見ていたような……)」

まゆり「……? どうしたの?」キョトン

倫子「まゆり……」ドクン

倫子「まゆりが居る……ここは、ラボだ……」ドクンドクン

まゆり「ええと、そんなに見つめられたら、まゆしぃ恥ずかしいんだけど……」モジモジ

まゆり「でも、オカリンなら、いいよ……」ボソッ

ダル「いやいや、僕たちの居る前でおっぱじめんでくれんかな。娘の教育に悪いお」

倫子「なっ!?!? ダ、ダルが私たちの百合フィールドに対して、そんなそっけない態度を取るなんて、ここは一体どこの世界線なんだ!?!?」ビクッ

ダル「おちけつ」

鈴羽「世界線……? いったい、何の話? ことと次第によっては……」ギロッ

倫子「へっ!? あ、いや……」ビクビク

まゆり「スズさん!」

鈴羽「うっ……睨んで悪かったよ」

ダル「も、もしかしてオカリン、今、世界線を移動してきたん?」

倫子「えっと……ちょっと待って、先に確認したいことが……」



prrrr prrr


Ama紅莉栖『あら岡部。今日もずいぶん寒そうね』

倫子「(やっぱり、"紅莉栖"は私のスマホの中に居た。元の世界線に戻ってきた……?)」

Ama紅莉栖『どうかした? 心ここにあらず、っていう顔してるけど』

Ama紅莉栖『また倒れたりしないでよ。真帆先輩も、すごく心配してたんだから』

倫子「倒れた……あ、ああ。クリスマスパーティーの時、だったね」

倫子「ねえ、"紅莉栖"。プーシン、知ってる?」

Ama紅莉栖『プーシン? "ロシアの大統領"でしょ。……あんた、やっぱりちょっと変よ?』

ダル「プーシンかぁ。目の前でにらまれたらションベンちびる自信あるね」

まゆり「プーシンさんなら知ってるよー。実はワンコが好きなんだって。わんわんっ♪」

倫子「あ、あれ? みんな、『Amadeus』のこと、知ってるの?」

ダル「知ってるも何も、オカリンが紹介してくれたじゃん」

倫子「そ、そうだったんだ。そうだ、まゆりのスマホも見せて」

まゆり「んー? はいっ!」スッ

倫子「(カバーは"赤い"。元に戻ってる……)」


鈴羽「それで、世界線を移動してきたことについて、詳しく」

倫子「う、うん。たぶん、ロシアが実験を行って、ソ連崩壊を阻止してね……」


・・・


ダル「すげーSF超大作だお……」

まゆり「オカリン、つらかったね……がんばったね……」ダキッ

倫子「まゆりぃ……ふぇぇ……」グスッ

倫子「もう、会えないかと思ったよ……あの世界線で、絶望のまま生きていくんだと思ってたよぅ……」ポロポロ

まゆり「まゆしぃはね、ずっとオカリンのそばに居るから」ナデナデ

倫子「(そうだっ、未来視。まゆり、いつも脳を借りてごめんね――)」シュィィィィン

倫子「(あ、あれ? 分岐点が結構近くにあって、遠くの未来が見えない?)」

倫子「(でも、たぶん、前視た世界の流れと同じ気がする。元居た世界線に戻ってきたのがなんとなくわかる)」

倫子「(ともかく、未来視ができることがわかってよかった。分岐点超えたらまた確認しなきゃ)」グシグシ


鈴羽「第3次世界大戦が2010年に始まった。ソ連も、中鉢論文を手に入れて、タイムマシンを完成させた……」

鈴羽「それで、リンリンはどうやって戻ってきたの?」

倫子「わからない……私の身柄のアメリカ送りが決定したんだけど、向こうでは『Amadeus』の"紅莉栖"と一緒に、リーディングシュタイナーも研究されてたみたいで……」

鈴羽「ってことは、『リンリンがアメリカに確保されること』がその世界線の確定事項じゃなかったんだ」

鈴羽「おそらく、過程が大幅に変更された。未来でリンリンは『Amadeus』の"牧瀬紅莉栖"と一緒にタイムマシンを造ったんじゃないかな」

鈴羽「なんとかしてロシアの実験を暴き、それを阻止するDメールをゴリバチョフあたりに送った、とか」

ダル「まあ、その時代だったらメールじゃなくて、1968年から始まったポケベルか、1958年に始まったベルボーイ的な何かかな」


倫子「で、でもそれなら、改変を選択する時点まで私の意識は向こうの世界線に残るはずだよ」

鈴羽「選択の観測問題、だったっけ」

倫子「この世界線へとリーディングシュタイナーで移動してくるのは、そのDメールを送った私にならないとおかしい」

倫子「今まで、未来の私が過去改変したせいでリーディングシュタイナーを発動させたことはないよ」

鈴羽「あるいは、リンリンはただのリーディングシュタイナーモルモットとして実験に使われただけで、実際の過去改変の選択は未来の米軍によるものだったりしてね」

倫子「うっ、それならまあ、ありうるのか……。天王寺さんを抱きしめただけで綯が変化したことも、まゆりが私をかばっただけで世界線が変動したこともあったし……」

ダル「α世界線からβ世界線に移動してきた時もそうっしょ? 要はあれ、未来のSERNに過去改変させないような選択をした、ってわけなんだから」

倫子「未来での過去改変を操作するだけでも、それが世界線の確定事項に刃向う選択なら、世界線は変動するのか……」


鈴羽「他に考えられるとすれば……リンリンの行動は実はまったく関係なかった可能性、とか?」

鈴羽「例えば、牧瀬紅莉栖、橋田至、そして、そっちの世界線のあたしがちょうどそのタイミングでDメールを送った」

鈴羽「ソ連に拉致された3人は、ゴリバチョフにもたらされたDメールを発見して、電話レンジを作り直して打消しDメールを送った」

倫子「そ、そっか。連絡が取れなかっただけで、あいつら、頑張ってたんだ……」ウルッ

鈴羽「当たり前だよ。なんて言ったって、このあたしと父さんなんだからね!」

ダル「お、おう。たとえオカリンと離れ離れになったって、ずっと相棒に決まってんじゃん」

倫子「うん……ありがとう、ふたりとも……」ダキッ

ダル「オウフ……」

鈴羽「ちょ、父さんのほうが接触面積が広い! ずるい!」

まゆり「仲がいいことはいいことなのです」エヘヘヘヘヘ

ダル「(まゆ氏、目が笑ってないな……)」


鈴羽「ねえ、リンリン。第3次世界大戦は、確実にあたしたちの元に忍び寄ってきている」

鈴羽「それだけじゃなく、連中が実験を続ければ、取り返しのつかないほどの世界線変動が起きてしまうかもしれない」

鈴羽「シュタインズゲートへと続く道が、永遠に閉ざされてしまうかもしれない」

鈴羽「今すぐタイムマシンに乗って、2度目の牧瀬紅莉栖救出に向かうべきだよ」

倫子「あっ……」ビクッ

まゆり「そんなっ!」ヒシッ

鈴羽「またいつ椎名まゆりが死んでる世界線へと移動するかもわからない。もう一刻の猶予も無いんだ」

倫子「わ、わかってる……わかってる、けど……」プルプル

ダル「ちょ、タンマタンマ。鈴羽、今オカリンはこっちに来たばっかで精神的に参ってるんだから、もうちょっと落ち着いてからその話しようず」

鈴羽「あっ……ごめん。でも……」

倫子「う、ううん……私こそ、ごめん……」シュン

まゆり「オカリン……」ダキッ


倫子「えっと、こっちの世界線での状況を教えて。私、12月24日以降の記憶が無いから」

ダル「んとね、クリスマスパーティーの時、オカリンとフブキ氏が倒れて――」

倫子「フブキが倒れた?」

まゆり「うん。フブキちゃん、まだね、入院してるんだ……」

倫子「そういう風に再構成されたのか……。でも、もう1か月も経ってるよ?」

まゆり「本人は大丈夫だって言ってるんだけど、ちっとも退院させてもらえないんだって」

鈴羽「これの疑いが晴れないらしいね」スッ

倫子「雑誌……『新型脳炎』? "海外ではすでに100名近くの発症者が見つかっている"……」


―――――

『研究でわかったのは、リーディングシュタイナーは新型脳炎のようなものだった、ということ』

『脳に異常があることで発生する記憶喪失症状……それがリーディングシュタイナー』

『リーディングシュタイナー患者の脳を研究することで、人工的にリーディングシュタイナー脳を作る技術をSERNは開発した』

『実際、世界の技術を独占したSERN内でもうちの大学の研究成果は大いに役立つことになった。ディストピア化のためのリーディングシュタイナー研究にね』

『10%程度の修復力を持った個体が100個体あれば、擬似的に100%近い性能のリーディングシュタイナーを得ることはできなくもない』

―――――


倫子「そうだった、下山とのやりとりで……フブキにも、リーディングシュタイナーが発現していたんだ……」ゾワワッ

倫子「まゆりっ! その、フブキの居る病院って!?」ガシッ

まゆり「え、ええっ!? 御茶ノ水医科大学病院だよぅ!」ユサユサ

倫子「そっか……ここから近い病院でよかった」ホッ

倫子「いや、でも心配だ。1ヶ月以上も検査入院なんて、やっぱり、どこからかリーディングシュタイナーが狙われてるとしか思えない」

倫子「最悪、フブキがモルモットに……っ」グッ

まゆり「フブキちゃんがモルモットさんに?」キョトン

鈴羽「……人体実験されるってことだよ。頭を開けて、電極を刺して、脳に電気を流すんだ」

まゆり「え……じょ、冗談、だよね……?」プルプル

鈴羽「冗談で済めば良いけど、世界線はそれを許してくれないだろうね」

倫子「くそっ……っ! まゆり、今すぐフブキに会いに行こうっ!」ダッ

まゆり「わっ!? 待ってよ、オカリ~ン」トテトテ



鈴羽「…………」

午後8時前
御茶ノ水医科大学病院 A棟10階 共用個室 廊下


倫子「(やばい、面会時間ギリギリだ……)」スタ スタ

由季「フブキちゃん、きっとオカリンさんの顔みたら、元気出してくれますよ」

カエデ「なかなかオカリンさんがお見舞いに来てくれないから寂しがってたんですよ?」

倫子「(この世界線の私は何をやってたんだ!)」スタ スタ

倫子「(今頃フブキは、"書記長病"とかって診断されてたりするのかな……)」ガララッ



共同個室内


フブキ「うぐうっ……はうぅぅっ……」


倫子「泣き声……!? フブキっ!?」ダッ


シャーッ(※カーテンを開ける音)


フブキ「ふぎゅぇっ!?」ウルッ

倫子「泣いてたの!? まさか、記憶が混乱してっ!?」ガシッ

フブキ「オ、オカリンさんっ……///」ドキドキ

カエデ「……フブキちゃん、テレビのドラマ見て、感動してたのね」

倫子「……は?」

フブキ「う、うん。……えへへ」

倫子「…………」

フブキ「…………」ギュッ

倫子「ちょ!? おま、離れろっ!」グイグイ

フブキ「私のこと心配して抱きしめてくれるオカリンさん、チョーカワイイッ!!」ギューッ

カエデ「あらあら」

由季「うふふ」

まゆり「オカリーン……」ジッ

倫子「見てないで助けてってばぁ! うわぁん!」


倫子「それで、具合は?」

フブキ「全然平気! なんで退院できないのか、ほんと分かんないよ」

倫子「(それは実験台として確保するため……なんとかしなくちゃ、でもどうすれば……)」

フブキ「オカリンさんは、その……大丈夫なの?」

倫子「うん。私はこの通りなんともないよ」

フブキ「……そっか。良かったぁ」ウルッ

倫子「ちょ、どうしたの? また嘘泣き?」オロオロ

フブキ「さっきも嘘泣きじゃないけどさ、なんだか、オカリンさんが遠くに行っちゃって、もう会えないような気がしてたから……」グスッ

倫子「(もしかして、ソ連世界線での記憶が……?)」

カエデ「はわわっ、フブキちゃんの好きな人って、オカリンさんだったのねーっ!」

フブキ「は……はぁーっ!?」

カエデ「でも駄目よそれはっ! だって、オカリンさんには好きな人がっ!」クネクネ

まゆり「え、えっ!?」

フブキ「ち、違うってばっ! そりゃオカリンさんと一晩一緒に過ごしたいなーとか考えて夜な夜な……てたけど、マユシィからオカリンさんを奪ったりしないってばっ!」

倫子「おまっ!?」

由季「病院ではお静かにっ!」


倫子「(絶対わざとだろカエデさん……)」ビクビク

フブキ「そうじゃなくて、ちょっとリアルな夢をね。あんまり詳しくは覚えてないんだけど……」

フブキ「私とオカリンさんと由季さんが、怖い人に車に乗せられて、どこかへ連れて行かれる夢を見ちゃったんだ……」ウルッ

カエデ「また、夢なんだね。やっぱり心配だよ」

倫子「……怖かったね。よしよし」ナデナデ

カエデ「オ――――」

倫子「もう何言われても、フブキの心配をするからね、私はっ」ムスッ

フブキ「あ、ありがとう、オカリンさんっ」モジモジ

カエデ「強くなったわね、倫子ちゃん……」

倫子「ちゃん付けはやめてください……」

まゆり「オカリン、大人になったねぇ」ニコニコ

倫子「ごめん、ちょっとフブキと2人きりにさせて。色々聞きたいことがあって」

まゆり「うん、わかってるよ。カエデちゃん、由季さん、行こう?」

カエデ「ふ――――」

由季「ほら、行くよ?」ガシッ

カエデ「むむむ……」ズルズル


倫子「それで、確認なんだけど……沖縄に行く夢じゃなかった?」

フブキ「えっ? た、たぶん、そう」

倫子「雨が降る寒いクリスマスの秋葉原、ラボの前で外国人部隊が乱戦して、そんなところを自衛隊に助けられた」

フブキ「う、うん」

倫子「フブキとまゆりは知り合いじゃなかった。だってあいつは、何年も難病と闘っていて、そして……」

フブキ「……訃報が、届いた。なんでかとっても、悲しかった……」グスッ

倫子「1ヶ月かけて沖縄へ逃げのびて、そこで下山とかいう自衛隊の男と車に乗って、質問攻めにされた」

フブキ「……うん」プルプル

倫子「その世界では、ソ連とアメリカが戦争していた。ロシアじゃなく、ソ連が」

フブキ「……夢の中で、その下山って人が言ってた。オカリンさんも私と同じで、別の世界の記憶を持ってるんだって」

フブキ「ねえ!? 別の世界の記憶って、なんなの……!?」ヒシッ

倫子「(フブキの不安や不満、疑問を解消するためにも、教えておいたほうがいいな……)」

倫子「リーディングシュタイナー。仕組みについて、詳しく説明するとね――――」


・・・

倫子「――ってことなの」

フブキ「どうしてオカリンさんはそれを知ってるんですか?」

倫子「あっ、えっと……アメリカの大学で最先端の研究をしてる、ある天才から教えてもらったの」アセッ

フブキ「そうなんだ。私、どうしてそんな病気みたいな症状を……」

倫子「これには適性のある人と、そうじゃない人が居るらしいんだ」

倫子「(話によると、フブキはα世界線で様々な死に方をしたまゆりの死を、強烈な記憶として脳に刻み込み続けてきた)」

倫子「(親友の死という強烈な記憶だ。リーディングシュタイナーは発動しやすいんだろう)」

倫子「(そのせいで脳がOR物質のバックアップデータをダウンロードしやすくなってしまったのかもしれない)」

倫子「(未来の紅莉栖が言ってた、リーディングシュタイナーの人工的な開発もこういう仕組みなのかな……)」

フブキ「それで私以外にもリーディングシュタイナーの人が詳しく検査されてるんだね……」

倫子「(……それがタイムマシンを兵器化するための人体実験に繋がることだ、ってのは言わないほうが良いよね。余計な不安と疑問を与えるだけ)」

倫子「でもね、これはいわゆる病気じゃない。むしろ、正常に作用する機能が強化されてるだけ、運動神経が高まるのと一緒だよ」

倫子「だから、安心して。ね?」

フブキ「うん……。オカリンさん、ありがとっ」ニコ


フブキ「お医者さんに話したほうがいい?」

倫子「まだ学会じゃ認められてない話らしいんだ(嘘だけど)」

倫子「だから、他の人にもあまり言わないでほしいな」

フブキ「うん、そうだね。私もうまく説明できないし……」

フブキ「でも、じゃあ私はずーっとここに居なきゃいけないんだね。ただのリーディングシュタイナーなのにーっ」ムスーッ

倫子「(そのリーディングシュタイナーのせいで縛られてるんだけどね。フブキを退院させるには、どうすれば……)」

倫子「(このままじゃ、フブキはモルモットに……っ)」グッ




??「……リンリン」コソッ


看護師「面会時間、おしまいですよー」

まゆり「フブキちゃん、今度はゆっくりできるように、早めに来るね」

フブキ「ああん、マユシィ、オカリンさん、行っちゃやだぁ~」ヒシッ

カエデ「ワガママ言っちゃだめでしょ、フブキちゃん?」

フブキ「オカリンさん、私と一緒に寝て~!」ダキッ

倫子「や、やめっ……ひぁっ!? ど、どこ触ってるっ!!」バシッ

フブキ「あぁん、叩かれちゃった~♪」

カエデ「おっぱい、柔らかかった?」

フブキ「マシュマロですぜ、アニキ!」

倫子「お前らぁ……」ゴゴゴ

由季「私も倫子ちゃんに怒られたい……じゃなかった。ほら、もう行きましょ? じゃあね、フブキちゃん」


鈴羽【ちょっと2人だけで話がしたい。連絡を待ってる】

【何かあったの?】倫子

鈴羽【大丈夫だよ、リンリン。おかしなことは起きてない。ただ、直接会って話がしたい】

鈴羽【ラジ館屋上に来て】


倫子「どうしたんだろ、鈴羽……」

由季「橋田さんと喧嘩でもしたんでしょうか、心配です」

カエデ「まさか、オカリンさんに告白する気じゃ!? 禁断の4角関係!?」クネクネ

まゆり「カエデちゃん……」ジッ

ラジ館屋上


鈴羽「それで、中瀬克美の様子はどうだった?」

倫子「ちょうど良かった。私もそのことで鈴羽に相談したかったの」

倫子「たぶん、アメリカかロシアかわからないけど、この世界線でも脳炎患者を狙ってる組織があるのは間違いない」

倫子「そいつらに気付かれず、フブキたちを退院させる方法は――――」

鈴羽「リンリン、よく聞いて」

鈴羽「中瀬克美は犠牲にするべきだ」

倫子「……え?」


鈴羽「今日、病院の中まで尾行させてもらった。そこでリンリンが、中瀬克美にリーディングシュタイナーについて話したことも知ってる」

倫子「なっ!? ど、どうしてそんなことを!?」

鈴羽「リンリンの本音が知りたかったから、かな。あたしが聞いても、嘘を吐かれると思ったから」

倫子「……そんなに私のこと、信頼してなかったんだね」

鈴羽「世界線が変動したんだ。向こうの世界線で、人格が変わってしまった可能性がある」

倫子「そんな――」

鈴羽「実際に今日の夕方、リンリンは突然変わってしまったんだよ!?」

鈴羽「あたしはそれが……怖かったんだ……」グッ

倫子「鈴羽……」


鈴羽「もうリンリンは、あたしの知ってる未来の"リンリン"とは別人だね」

倫子「それって、どういう意味?」

鈴羽「椎名まゆりだけを救えればいい、なんて思っていない。γ世界線を経験したことで、中瀬克美までも救おうとしてる」

倫子「そ、それは、可能ならって話だし、目の前で経験しちゃったら誰だって――」

鈴羽「それだよ! 今のリンリンは、あたしたちとは別の経験の中に生きている」

鈴羽「リンリンはずっと過去改変をしたくないって言い続けてきたのに、向こうでは漆原るかの母親にDメールを送ろうとした」

倫子「だ、だってそれは、ラボも紅莉栖も昔のままでっ!」

鈴羽「牧瀬紅莉栖の生きている世界線をもう一度捨ててここに戻って来たのに、今度は椎名まゆりだけを守ろうとしていない」

倫子「私だって、好きで世界線を移動したわけじゃない! 気付いたら、巻き込まれててっ!」

鈴羽「もう、リンリンが何を考えてるか、あたしにはわからないんだ……」プルプル

倫子「鈴羽……」

鈴羽「あたしは、父さんの研究とリンリンを守るためにここにいる。リンリンをもう一度あの日に連れて行くためにここにいる」

倫子「…………」シュン

鈴羽「シュタインズゲートのためには、中瀬克美がモルモットになろうと、知ったことじゃないんだ」

倫子「っ!? そんな言い方っ!!」

鈴羽「それ以上しゃべるな、岡部倫子ッ!」ガチャッ

倫子「(拳銃を向けた……!?)」ビクッ!!


鈴羽「たとえ中瀬克美が脳を解剖されて無惨な死に方をしたとしても、シュタインズゲートにさえ到達できれば再構成される。そうだろっ!?」

倫子「鈴羽、銃を、下ろして……」プルプル

鈴羽「岡部倫子には、ここでハッキリ宣言してほしい。椎名まゆり以外を守ろうとしないことを」

鈴羽「何かを守るためには何かを捨てなければならない。そのことはリンリンが一番よくわかってるはずだ」

鈴羽「リンリンは戦いの果てに椎名まゆりを選択した。それ以外を切り捨てた。そうだよね?」

倫子「それは……」

鈴羽「中瀬克美と同じ境遇の患者は、未来のモルモットは、世界中に何百人と居る。どうせ全員は助けられない」

鈴羽「動く時は、あたしと一緒に7月28日へ行く時だけだと約束しろ」

鈴羽「いや、もう、そんな時間も無い。取り返しがつかなくなる前に、一緒に過去へ行くんだ」

鈴羽「いつ第3次世界大戦が始まってもおかしくない。何十億もの人間が死んじゃうんだ」

鈴羽「その中には、母さんだって……っ」ギリッ

鈴羽「お願いだよ……」プルプル

倫子「……それでも、私は……」

鈴羽「――このっ、わからずやっ!!」


BANG!!


倫子「っ!」ビクッ!!

倫子「(ホ、ホントに撃った!? あ、ああ……)」チョロロロロ

鈴羽「今のは脅し。次に流れるのは、尿じゃなく、血液だ」ガチャッ

倫子「や、やめ、やめて……だれか、たす、たすけ……」ガクガク

鈴羽「そうやってすぐ誰かに助けを求める。お前は、矛盾だらけだね」ギリッ

鈴羽「もう、"あたしのリンリン"は死んだんだ……」グッ


ガチャッ タッ タッ タッ


ダル「鈴羽っ! オカリンっ! 何やってんだお!?」

倫子「ダ、ダルぅぅっ!!」ヒシッ

鈴羽「父さん……!? どうしてここに……」


ダル「まゆ氏と阿万音氏からメールがあったんだ。オカリンが鈴羽から呼ばれたって言うから、嫌な予感がして、捜してたんだお」

ダル「それから、差出人不明のメールがあった。この場所のマップのURLを送りつけられたんだ」

鈴羽「差出人不明? もしかして、Dメールか?」

ダル「いや、そしたらα世界線に変動しちゃうって。たぶんだけど、そのアドレスからして、阿万音氏の別ケータイだと思うお」

鈴羽「母さんが? なんでそんなことを……」

ダル「つか、鈴羽、その銃はなんなん? どうしてオカリンが怯えてるん?」

倫子「…………」プルプル

ダル「オカリン、ごめんな……。僕が鈴羽を見てなかったせいで……」


   『鈴羽が今後オカリンたちに危害を加えないよう、父親の僕がしっかり監督責任を果たすお』


ダル「なあ、鈴羽。僕たちの約束は、どうなったん?」

鈴羽「……父さんだって、本当は分かってるくせに」ギリッ


鈴羽「このままじゃ、なにもかも終わりなんだっ! シュタインズゲートに到達できない、第3次世界大戦も防げないっ!」

鈴羽「母さんだって、無惨に殺されちゃうんだッ!!」

ダル「だからってさ……オカリンを脅して無理やり過去へ連れて行ったとして、それでうまくいくわけ?」

鈴羽「そ、それは……」

ダル「僕もさ、タイムマシンや世界線のことを研究し始めて、色々わかってきたんだよね」

ダル「オカリンの言う通り、普通のやり方じゃ、何度やっても牧瀬氏の命を救うことなんて出来ないんじゃないかって」

ダル「世界線の因果律が自分の思うままに変えられるんなら、α世界線でまゆ氏の命だって救えたはずっしょ」

鈴羽「じゃあ、どうしたらいいって言うんだ!?」

ダル「どうすべきかを、僕らは研究してるわけっしょ」

ダル「大丈夫、僕に任せとけって。絶対になんとかしてみせる」

ダル「父さんのことも、オカリンのことも、信じてほしいのだぜ。銃、下ろしてくれるな?」

鈴羽「…………」

鈴羽「わかった……」スッ


ダル「ほら、母さん……じゃなかった、由季たん、でもなくて、えっと、阿万音氏から貰った手編みの手袋。ラボに忘れてたのだぜ」スッ

鈴羽「……あたし、どうしていいのか分かんない。分かんなくなっちゃった……」ウルッ

鈴羽「助けて、父さん……助けて……お願い……」グスッ

倫子「……ごめんね、鈴羽。私、乗れない……」プルプル

ダル「当たり前だお。まだ解法は見つかってないんだから、今オカリンが過去へ行っても意味無いって」

ダル「僕を信じて、待っててくれ。絶対に、答えを見つけてみせるから」

鈴羽「うん……うん……っ」ダキッ

倫子「ダルぅ……」ダキッ

ダル「全く、世話の焼ける娘と相棒だお」ナデナデ





ラジ館屋上 鉄扉裏


??「やっぱり……変わったね、おねーちゃん……」



To Daru-the-super-hacker@egweb.ne.jp
From sistersuzuha-daisuki@hardbank.ne.jp
件名:羨ま死
美少女2人に泣きながら抱
き着かれるとか羨ましい!
橋田さんなんてダイエット
コーラの飲み過ぎで死んじ
ゃえー!


ダル「オウフ……」

2010年1月22日土曜日午前中
東京電機大学 大教室


倫子「……はぁ。どうしてこんな日に限って臨時講義が。試験期間の直前だって言うのに」

ダル「前に自慢の車をおじゃんにして、精神的休養が必要だとか言って無駄に休講した日があったじゃん? その埋め合わせで補講日を利用したんだって」

ダル「まぁ、なんでも外国の偉い教授が話してくれるとか自慢してたから、オカリンの気分転換に丁度いいんじゃね?」

倫子「無駄にもったいぶっちゃって。井崎のやつ」ブツブツ


井崎「それじゃ、以前話した特別講師の、レスキネン教授に来てもらいました! どうぞー!」


倫子「レ、レスキネン教授!?」

ダル「うほっ、あの人が」


レスキネン「ハーイ。学生ノミナサン、コニチワー」

井崎「教授は脳科学が専門だ。なので、今日は今までの量子力学基礎から、少し"人間の意志と選択可能性"に踏み込んだ話をしてもらう」

レスキネン「ヨロシクゴザイマス」

真帆「教授、無理して日本語をしゃべらないで、翻訳AIをつけてください!」


コドモ…? チュウガクセイ…?


真帆「助手の比屋定真帆です、よろしく。先に言っときますけど、これでも成人してますので」イラッ


倫子「(真帆ちゃんまで……)」


レスキネン「年の瀬に愛車を失ってしまった悲しきミスター・イザキ♂のために、責任の一旦である私が皆さんに授業をすることになりました」

井崎「そ、それは言わないでくださいぃ……」

真帆「いつでもいたずら心を忘れない教授には敬服します」

レスキネン「私の助手はいつも手厳しいんだ。HAHA!」


倫子「(真帆ちゃんに後で挨拶をしておこう。γ世界線では会わなかったから、私の主観ではもう1ヶ月ぶりだ)」


レスキネン「それでは早速始めようか」

レスキネン「皆さんはすでに重ね合わせ、エヴェレット・ホイーラーの多世界解釈については学んでいるね」

レスキネン「そしてそれについては、アインシュタインでさえも解を出すことができなかった」

レスキネン「今日は量子力学の黎明期に立ち戻って、この時代の哲学を君たちとともにひも解いてみようと思う」

真帆「配布した資料の3ページを開いてください」


倫子「(えっと……カント? ニーチェ? ハイデガー? あれ、ホントに哲学の話だ)」


レスキネン「もし宇宙が収縮の元に決定するならば、人間の意志とはなんなのか」

レスキネン「我々は経験則として、自分の意志で世界が変えられることを知っているね」

レスキネン「だが、波動関数は収束する。多世界解釈ではそれは決定論になりうるし、コペンハーゲン解釈では収束を説明しきれない」

レスキネン「もし世界の過去から未来までが確定しているのならば、私たちの意志は無意味だ」

レスキネン「絶対者の意志も存在せず、神は死んだ。ああ、世界はなんて虚無なんだろうか」

レスキネン「さて、こういった虚無のことを、ニーチェがなんと呼んだか、わかる人は居るかな?」チラッ


倫子「(うわ、目が合っちゃった)」

倫子「……えっと、ニヒリズム、ですか?」


レスキネン「さすがだね。正解したミス電大生に拍手を」


倫子「ちょっ!?」


パチパチパチ …


倫子「……///」カァァ


レスキネン「正確に言えば、積極的ニヒリズムだね。全てが無価値であることを前向きに捉えるべし、と説いた」

レスキネン「彼は著書『悦ばしき知恵』の中で、世界は無限の解釈を包含する可能性を持つ、としている」

レスキネン「つまり、真なる世界、"本質"など存在しない。世界は、すべて遠近法的な相対的認識に過ぎない、ということだね」

レスキネン「この世界構造をどのように表現するか。『ツァラトゥストラはかく語りき』の中で、彼はそれを端的に述べている」

レスキネン「――『永劫回帰』、と」


倫子「永劫回帰……」


レスキネン「命に絶対的な価値などなく、また、世界は永遠に、不可避的に同じことを繰り返す」

レスキネン「時間が無限であり、物質が有限であれば、物理法則からして、いずれ世界は全く同じ経験を繰り返す、と言うんだ」


倫子「(宇宙に始まりはあるが、終わりはない。無限)」

倫子「(星にもまた始まりはあるが、自らの力をもって滅びゆく。有限……)」


レスキネン「だけど、この理屈がおかしいことは、この教室に居る誰もが知ってるね?」

レスキネン「エントロピー増大の法則、あるいはカオス理論、あるいは量子力学の不確定性の問題から、全く同じ経験がもう一度発生することなどあり得ない」

レスキネン「……本当にあり得ない? 誰か、この否定を否定できる材料を持っている人は居るかな?」


ザワザワ …


倫子「(あ、あれ? 周りの視線が私に集まってる……)」

倫子「え、えっと……もし世界が、宇宙が複数存在すれば、否定を否定できるかと」


レスキネン「そう、多元宇宙論、マルチバース理論だね。宇宙の時間進行が1本線でないならば、永劫回帰は否定できなくなる」

レスキネン「実は私たちは、この講義を既に何十億回と繰り返しているのかもしれない」

レスキネン「あるいは、別の宇宙の私たちも同じ講義を受けているのかもしれない」


ザワザワ……


レスキネン「これでは、私たちは一体なんのために生きているのか、という話になってしまうね」

レスキネン「だが、エリアーデの『永劫回帰の思想』によれば、これに似たような信仰は人類に多く存在する」

レスキネン「仏教的には諦観と言えるが、ニーチェはそれらを否定した」

レスキネン「彼は、"世界が何度めぐっても今この瞬間がかくあることを望む"、という強い意志を主張したんだ」

真帆「これが積極的、あるいは能動的と訳される意味ですね。『超人』とも言われます」

真帆「最終的にニヒリズムはナチズムを正当化することとなり、刹那的で、盲動的な暴力行為を煽ることになりました」

レスキネン「以後、ニーチェの論破困難な理論は、顧みられることが無くなってしまった」


レスキネン「ハイデガーは形而上学の本質としてニヒリズムを捉えた」

レスキネン「彼は、人は自己の死という確実な未来を認識することで初めて、時間を根源的に認識するのだと主張したんだったね」

真帆「人間は根源的に時間的存在だ、ということですね」

レスキネン「ここで言うところの時間は、決して数直線的なものでも定量的なものでもない……非常に主観的なものだ」

レスキネン「この時間認識が人間に根源的にあるからこそ、永劫回帰の思想もまた、根源的なものであると言えるわけだ」

レスキネン「認知症の人がまず忘れてしまうのはお金の価値だと良く言われているが、それより先に忘れてしまうのは"時間の感覚"なんだよ」

レスキネン「曜日、年齢、食事すべきタイミング……実は我々の持つ"時間の感覚"というのは、最も非動物的で、社会的かつ文化的だということがわかる」

レスキネン「死への恐怖から時間を認識すると言うなら、時間の感覚を忘れるということは、死への恐怖を和らげるための防衛本能なのかも知れないね」


倫子「(かつてタイムリープの中で時間の感覚が麻痺し、まゆりの死に対する認識が崩壊したことがあった。時間の感覚は、忘れちゃダメだ……)」


レスキネン「一方、アインシュタインは時間および空間の相対性を説き、エネルギーとしての時間E=mc^2を導いている」

レスキネン「量子論における最小時間、プランク時間も、私たちの良く知っている時間だ」

レスキネン「しかし、人間の時間認識は脳内で起こっている現象だし、そしてその認識は脳内の物理的、化学的反応によって発生しているはずだね」

真帆「アインシュタインは、『素敵な異性と一緒に1時間座っていても、1分間くらいにしか感じられない。これが相対性理論だ』とも説明したりしてますね」

レスキネン「"素敵な異性"に限定する必要は無いと思うけどね。"素敵な同性"でも構わないだろう?」

真帆「脱線してますよ、教授」

レスキネン「おっと。それで、君たちは脳の時間と宇宙の時間――両者の"時間"を結び付ける理論がどこかに存在する、とは思わないかな?」


倫子「(……世界線を移動すれば、因果律が再構成される。アトラクタフィールド理論なら、脳の時間認識と世界の時間進行を相対的に……)」ウーン


レスキネン「…………」チラッ


レスキネン「ニーチェもハイデガーも、人間の意志は形而上に実在するとして論じている。これはカント哲学を端に発しているね」

レスキネン「動物的な意志ではなく、人間としての意志……やはりこれは、人が時間を認識できる高度な知的生命体だからこそ持ちえる、と言える」

レスキネン「意志とはすなわち、生への渇望であり、死の自己認識だ。絶望が死に至る病であるようにね」

真帆「キルケゴールですね。元ネタは新約聖書ですが、これはヘーゲルの理性主義を批判したものです」

レスキネン「日本の諺で言えば、『諦めたらそこで試合終了だよ』ということだね」

真帆「違うと思います」

レスキネン「さて、私たちの専攻は脳科学なわけだが、人間には自由意志など存在しない、という実験報告があったりするんだ」


ザワザワ …


レスキネン「脳に電気刺激を与え、腕を動かす実験でね。研究者が意図的に左右の腕を選択したというのに、被験者はそれが自分の意志によるものだと確信していたんだよ」


倫子「(つまり、洗脳されてたとしても、自分の行動は自分の意志によるものだと思ってしまう、ってことか……)」


レスキネン「おそらく、心理学、社会心理学、神学、文化人類学や言語学などの立場からも、純粋な自由意志など存在できない、とする立場のほうが多いんじゃないかな」

レスキネン「もちろん、ここで言っているのは、自分が思ったように手足を動かせるから意志がある、というレベルの話じゃない」

レスキネン「なぜその選択をしたのか。そこにいくら合理的な理由を並べても、すべてを語りつくすことは不可能だろう」

真帆「実存主義では、人が選択を迫られる時、世界がいかに不条理であるかを認識させる、としています」


倫子「(なぜ選択をしたのか……なぜ、まゆりを。どんな説明をしても、言い訳にしかならない……)」


レスキネン「例えば、今日私がお昼にコンビニ弁当ではなくオデンカンを選んだとする。なぜ?」

レスキネン「私がオデンカンが好きだから? なら、どうして私はオデンカンが好きになったのか」

レスキネン「おいしいから? なら、なぜおいしいのか。アミノ酸含有量? または、アメリカには無い風味だから?」

レスキネン「あるいは、財布の事情かも知れないね。もしくは、オデンカンという商品の販売戦略に原因があるのかも」

レスキネン「日本経済? それとも政治? 歴史の必然……ここまで来ると、さすがにバカバカしい!」

真帆「教授!」

レスキネン「Oh! 学生の前だと、つい楽しくなってしまっていけない」ハハ


レスキネン「仮にすべての選択に完全な理屈が存在したなら、それはもはや人間ではなく機械だ」

レスキネン「どんな思考も因果律の制約から逃れることはできないとするなら、世界は究極的に決定論である、という論の補強になってしまうだろうね」

レスキネン「過去から未来は、もしかしたら既に確定しているのかもしれない。我々は決められたサーキットの上をぐるぐると巡り続けているのかもしれない」

レスキネン「そのことに気付いてしまったら……それはきっと、狂気となって我々に降りかかるだろう」


倫子「(……いや、それはOR理論によって否定される。意志によって世界線を変えることはできる……)」


レスキネン「みんな、困った顔をしているね。そう、自由意志の自明性を標榜する私たちにとって、これは困る」

レスキネン「方法としては2つ。"強い意志"を以って永劫回帰を受け入れるか、あるいは、未知の理論を導出するか」

レスキネン「ミス電大生は、どっちが好みかな?」


倫子「ふぇ!? え、えっと……わかりません……」タジッ


レスキネン「…………。少し意地悪な質問をしてしまったね、許してくれたまえ」

レスキネン「すべては、この中に居るかもしれない、未来の研究者の手にかかっている、というわけさ――――」

同日午後
大檜山ビル屋上


倫子「…………」

倫子「(結局、真帆ちゃんには挨拶ができなかった。レスキネン教授の講義が、あまりに衝撃的だったからだ)」

倫子「(永劫回帰――同じ時間を何度も繰り返す。まるで私の世界線漂流そのものじゃないか)」

倫子「(紅莉栖も、フブキも、そして第3次世界大戦も見捨てて、永劫回帰を受け入れる……そんなことが、私にできるのだろうか)」

倫子「(無限に存在する、β世界線の可能性世界線に居る私も、同じように苦しむことが確定しているんだとしたら……)」

倫子「(あるいは、強い意志によって新しい世界線を見つけることが――)」


   『あいつは、自らを神格化してこう名乗ってたらしい――――"鳳凰院凶真"、ってね』


倫子「(……"怪物と闘う者はその過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ"、とはよく言ったもんだな)」

倫子「(世界の陰謀と戦い続けた結果がγ世界線だ。γの私はこの私と違って、あんな状況でもまゆりのために戦い続けていたんだから)」



倫子「まゆり……」


まゆり「オ~カ~リンっ。こんなところで寝そべって、風邪引いちゃうよ~?」

倫子「まゆり……。私、どうしたらいいのかな……」

まゆり「どうするって、なにが~?」

倫子「……どうしても守りたいものが2つあって、でも、どっちかを諦めなくちゃならなくて」

倫子「結局、1つを諦めて、もう1つを必死に守ることにしたんだけど」

倫子「そしたら今度は、多くのものを犠牲にしなくちゃならなくなって……」

まゆり「……その、多くのものって言うのは、大切なものなの?」

倫子「ううん、その2つと比べるとね、大切なものじゃないと思う。だけど、他の誰かにとっては大切なもの」

倫子「(そこには数十億もの鼓動の数がある。でも、私にとっては小さな星の瞬きに過ぎない……)」

まゆり「そっか~。難しいお話だねぇ」

倫子「うん……」


まゆり「でもね、まゆしぃはオカリンの人質だから、守ってくれなくていいからね?」

倫子「まゆり……?」

まゆり「わははーって、人体実験の生贄にしてくれるんだよね~っ♪」ダキッ

倫子「ふふっ。またそんな昔の話を……って、まゆり、重い重いっ!」

まゆり「まゆしぃは重くないよー?」ムスッ

倫子「いや、仰向けに寝てる上から抱き着かないでってば!」ジタバタ

まゆり「ね、オカリン。仰向けになったまま、こうやってね、お空に手を伸ばしてみて?」スッ

倫子「……星屑との握手<スターダスト・シェイクハンド>、だね」スッ

まゆり「何がつかめたかな?」

倫子「……うん、つかめたかも」ギュッ

倫子「(……私は本当に大切なものを見失うところだった)」

倫子「(まゆりは私の半身。過去から続く、私の存在証明)」

倫子「(まゆりとの日常を守ろう。私の世界を守ろう)」

倫子「(過去に囚われても、未来を嘆いても、それは必然だったんだ)」

倫子「(――それが私の選択だったんだ)」

倫子「(……フブキ、ごめんね)」ウルッ

倫子「(フブキは救えないかもしれないけど、私がリーディングシュタイナーを科学的に実証すれば、似た境遇の人を減らせるかもしれない)」

倫子「(ヴィクコンに行こう。"紅莉栖"に英語と脳科学を教えてもらおう)」

倫子「(脳科学を研究して、リーディングシュタイナーの濫用を防がないと……!)」

まゆり「ねえ、もうラボに行こうよ。身体冷やしたらダメなんだよ~?」

倫子「うん、わかってる。今行くよ」ニコ

2011年1月23日日曜日 昼間
未来ガジェット研究所


真帆【せっかくの日曜日だし、アキハバラを案内してくれないかしら】

倫子「(突然真帆ちゃんからRINEが入った。そういや前にそんな約束してたっけ)」

真帆【昨日はごめんなさい。教授に引っ張り回されて、ろくに挨拶もできなかった】

倫子「(昨日、挨拶をしそびれたから、一度会ってちゃんと話しておきたいけど……)」

真帆【それで、もうすぐ日本を離れることになったから、それまでにアキハバラを回ってみたくて】

倫子「(もしかして、紅莉栖の最期の場所を見に……?)」


prrrr prrrr ピッ


Ama紅莉栖『それで、どうするの?』

倫子「ふぇっ!? も、もうっ! RINEいじってる時に電話かけてこないでよっ!」ドキドキ

Ama紅莉栖『さすがにそこまではこっちからわかりようがないわよ。というか、真帆先輩の東京観光に付き合ってあげてほしいわけだが』

Ama紅莉栖『あんたの試験勉強を見てあげたのはどこの誰かしら? A評価はもう間違いなしなんだから、ゆっくり羽を伸ばしてきなさいよ』

倫子「わ、わかったよ……」


Ama紅莉栖『よろしいっ』

キラーン

倫子「……あれ? "紅莉栖"、そのスプーン……」

Ama紅莉栖『え? ああ、特に使い道が無いから、この寂しい空間に飾ってるの。って、前にも言ったでしょ?』

倫子「(そっか、この世界線の"私"が"紅莉栖"にクリスマスプレゼントをあげてたんだ……)」


   『できもしない約束を、なぜ誓った?』


倫子「(γ世界線への変動で忘れてたけど、一応、約束は守れてるみたいでよかった)」

倫子「(ちょっと寂しいけど……)」


ppp


倫子「ん? ダルからもRINEが?」

メイクイーン+ニャン2


倫子「(ダルに呼び出されてメイクイーンに来た。せっかくなので萌えの本場に真帆ちゃんを連れてくることにした)」

由季「お帰りニャさいませ、お嬢様♪」

倫子「(この人、もう4回生の1月のはずだけど、就職の話を全く聞かないなぁ。まさか、このままここで……!?)」

倫子「(い、いや、それもダル的にはアリなのか? 鈴羽誕生のための就職、じゃなかった、収束なのか?)」ウーン

真帆「お、お帰りニャさいませ?」

フェイリス「お帰りニャさいませ♪ 凶真――じゃなくてオカリン♪」

ご主人様A「なぬっ!? 鳳凰院凶真ktkr!?」

ご主人様B「倫子たーんっ! お帰りニャさいませぇっ!」

倫子「ええい、うるさいうるさいっ!! その名前で呼ぶなぁっ!! うわぁん!!」

真帆「な、なんなの、ここ……」

フェイリス「ウニャッ!? 凶――オカリンが残念系女の子を連れてるニャ!?」

フェイリス「も、もしかして、2代目鳳凰院凶真の襲名披露式をっ!? みんニャー!! 円卓会議の準備だニャー!!」

倫子「話を聞いてっ!!」


倫子「確かにこの人はサイエンティストではあるけど」

倫子「去年優勝したアメリカの野球チームのレプリカユニフォームの紛い物Tシャツにフリースベストと、サイズの全く合っていないブカブカのパーカー、それに子供向けのデニムスカート……これじゃマッドっていうよりギークだよ」

真帆「総額780円よ。完璧でしょ」ドヤッ

フェイリス「お嬢様、お名前は?」

真帆「比屋定真帆よ」

フェイリス「ひやじょうまほ……というと、沖縄のお嬢様かニャ? "真帆"って名前は沖縄で縁起のいい名前なんだニャ」

真帆「え、ええ。沖縄には伝統的に名前に"真"をつける習慣があるの」

真帆「海を渡るための"帆"が立派である、という意味で、順風満帆な人生を意味しているのだけど」

倫子「へえ、詳しいんだね」

フェイリス「当然ニャ! フェイリスは3世代前の前世で、琉球王国の彼方にある神の世界ニライカナイを守護する精霊だったんだニャ!」

真帆「……えっと?」キョトン

倫子「いや、そんなつぶらな瞳で私を見つめられても……」


倫子「ねえ、フェイリス、由季さん。この人にアキバのイロハを教えてあげてて? 私はちょっとダルと話してくるから」

フェイリス「そういうことなら任せるニャン!」

由季「橋田さんはあっちの席で待ってますニャン♪」

真帆「橋田さん? ……あっ」

倫子「真帆ちゃん? どうしたの?」

真帆「え、いや!? なんでもないわ!?」アセッ

倫子「(あれ、いつものツッコミが無かった?)」

フェイリス「それじゃあ、まほニャン? お席へ案内するニャ♪」

真帆「ま、まほニャン?」

フェイリス「まほグァーのほうが良かったニャン?」

真帆「い、いえ、どっちもよろしくないのだけれど……」


ダル「あっちに居るの、前に学園祭であった合法ロリの真帆たんだっけ? 倫子たん」

倫子「その呼び方は私に効く……」

倫子「(……あれ? ダルに真帆ちゃんのこと、名前まで紹介してたっけ? それに合法って……)」

ダル「つか、ホント女の子にモテるよな、オカリンって」

倫子「う、うるさいな。お前はとっとと由季さんと"らぶchu☆chu!"してよね、心配で身が持たないんだから」プイッ

ダル「オ、オカリン! 本人の居る場で、それはさすがにセクハラだお! 訴えるお!」

倫子「真帆ちゃんみたいなことを言わないでってば。それで、話って何?」

ダル「納得いかねえ……えっと、実はさ、話は2つあって――――」


倫子「まゆりの娘、椎名かがりを探してほしい?」

ダル「あんまり驚かんのな」

倫子「えっと、例のアレだよ。超能力」

ダル「エスパー少年の知り合いのおかげで未来視ができるようになったんだったっけ。でも、万能じゃないんしょ?」

倫子「アトラクタフィールドで共通の事象なら意味があると思うけど、1本の世界線だけの収束事項は視えたところであんまり意味が無いからね……」

倫子「話としては、鈴羽がかがりを探してるから、父親のダルが手伝ってる、ってことか。うん、さすがお父さんだ」

ダル「お、おう。なんだか照れるのだぜ」

ダル「前から聞いては居たんだけどさ、どうも2人で捜すのは限界があって」

ダル「一昨日のあの後さ、鈴羽と色々話し合って、オカリンに話してもいいって言ってくれたから」

倫子「鈴羽の力になれるなら、私は……うん、協力したい」

ダル「㌧。もしその子から未来のことを教えてもらえれば、世界線研究にも役立つと思うし」

ダル「ということでオカリン。それとなくまゆ氏に聞いておいてくれるかな。10年ちょい前、自分と同じくらいの子が会いに来なかったか、とか」

倫子「あの頃、まゆりの友達は全員把握してたから、たぶんそんな子は居なかったと思うけど……」

倫子「私の記憶とこの世界線の過去が違う可能性もあるか。うん、わかった」


倫子「それで、2つ目ってのは?」

ダル「……うん。これ、オカリンに聞いていいもんか迷ったんだけど」

倫子「んん? HENTAI以外だったら聞いていいよ?」

ダル「う、ん……あのさ、牧瀬氏の話しても、もう大丈夫?」

倫子「……大丈夫だよ。メンタルクリニックにはちゃんと通ってるし、薬も飲んでる。かえって気を使われるほうがつらいよ」

ダル「そっか。わかった」ポチポチ ピロリン♪

倫子「(ん、RINE……?)」

ダル【ここからちょっと秘密のバイト先の話になるんだ。だからこれでおk?】

倫子「……誰も盗み聞きしてないと思うけど、必要?」

ダル【阿万音氏やフェイリスたんにも聞かせられない話なんだよねぇ】

倫子「…………」

【わかった。それで?】倫子

ダル【牧瀬氏のノートPCとポータブルハードディスクの暗号のヒントが欲しいんだ】


倫子「く、紅莉栖のっ!?」ガタッ

ダル「しーっ!!」

ダル【バイト先に持ち込まれてさ。クライアントには悪いと思ったけど調べさせてもらったら、元の所有者が牧瀬紅莉栖氏だったわけ】


   『岡部さん、ちょっと聞きたいんだけど、紅莉栖が好きな言葉って、なにか知ってる?』


倫子「(あれ、どうして真帆ちゃんの言葉が……これって、デジャヴ……?)」チラッ


フェイリス「ああっ、まほニャンっ。お口からハチミツが垂れちゃうニャッ」

真帆「はうっ……」

由季「もう、赤ちゃんみたいですニャン」フキフキ

真帆「べ、別にシャツが汚れても気にしないわ! ちょっと、胸を触らないで!」ジタバタ

由季「だめですニャン。女の子なんだから、いつも清潔にしてなきゃ」フキフキ

真帆「別に少し汚れたっていいわよ! 触らないでって言ってるでしょ!」グイッ

由季「ハァ、ハァ……」ドキドキ

フェイリス「まほニャンの"残念な娘"感、なんだかデジャヴ……」チラッ


倫子「……な、なに? なんで私を見るの?」


フェイリス「まほニャン、ちょっと猫の鳴きまねしてみてくれないかニャ? そしたらドリンクをサービスするニャ!」

真帆「へ? ……"meow"」

フェイリス「やっぱり!! ウチでバイトしてみないかニャ! きっと人気者になれると思うニャ! マホリン・ニャンニャンだニャ!」ヒシッ

ご主人様A「残念ロリっ娘属性ktkr!! 本場の発音がかわいすぐる!!」

ご主人様B「半年もの間、全裸待機してきた甲斐があったのだぜ……!」

真帆「お断りします」


ダル【たぶん、中には牧瀬氏の日記とかあるんじゃねーかなって思っててさ。そこから7月28日のこと、詳しくわからないかなって考えてる】

ダル【シュタインズゲートへ辿り着くためのヒントがあるんじゃないかって】

倫子「……ダル、ごめん。パスワード、すぐには思いつかないよ」

ダル「うん、了解。今度でいいお」

倫子「なんか、久しぶりにメイクイーンに来たら、つい一昨日まで戦中の世界線に居たことがすっかり吹き飛んじゃった」

ダル「そのほうがいいお。いつまでも嫌な記憶を引きずってても仕方ないし、早くこの世界線のオカリンに慣れてほしいのだぜ」

倫子「うん。それじゃ、またね。真帆ちゃん、次は電気街に?」

真帆「ええ。電脳の街と呼ばれる所以を肌身に感じてみたいわ。あとちゃん付け」

フェイリス「ニャニャ、まほニャンは電気街としての秋葉原も大好きなタイプかニャ? フェイリスたちの聖域を、たっぷり堪能していってほしいのニャ!」キラキラ

真帆「は、はあ」

秋葉原テレビセンター


真帆「こ、これは……まさに"Paradise"……!」キラキラ

倫子「ああいうパーツとか好きなんだね。意外」

Ama紅莉栖『真帆先輩は、実はああいう人なのよ』

真帆「パーツというか、組み立てる物が好きなのよね。子どもの頃は日本製の"Plastic model"をよく作ったわ」

倫子「ガンバムのやつとか?」

真帆「それのアニメも結構見てたわ。フランクな日本語に触れられる貴重な機会だったし」

倫子「へえ、私と同じだ。今度ガンヴァレルっていうロボットアニメが再来年から放送することが決定したらしいけど、海外で先行放送だっていうから、見たら感想聞かせて」

真帆「ええ、わかったわ」

中央通り


真帆「あ、あそこのゲームセンター……」

倫子「ん? ……それは、クレーンゲーム?」

倫子「(中に入ってるのはギコ猫とかモナーのぬいぐるみだ。もしかして真帆ちゃんも紅莉栖の影響でネラーに……?)」

倫子「……ぬるぽ」

Ama紅莉栖『( ・∀・) ガッ V`Д´)/ ←>>1

真帆「……えっ?」

Ama紅莉栖『…………///』テレッ

倫子「(こいつ、わざわざAAまで画面に表示させやがった……!)」

倫子「……えっと、そのぬいぐるみ、欲しいの?」

真帆「ええ――実はね、あのぬいぐるみ、アメリカの自宅で紅莉栖がベッドルームに置いていたのよ」

Ama紅莉栖『ちょっ、せ、先輩っ!?』アセッ

真帆「なぜか最初、私に隠していてね――」


―――――
紅莉栖の部屋


紅莉栖『何もない部屋ですけど、ゆっくりしていってください。今、コーヒー持ってきますね』

真帆『ねえ、ベッドの下に突っ込まれてたコレ、可愛いぬいぐるみね。なんのキャラクターなの?』

紅莉栖『え……どぅえええええっ!? な、なんでもないですっ! というか、勝手に人の部屋を詮索しないでくださいぃっ!』

真帆『ご、ごめんなさい。ついあなたのリアクションが見たくなって』

紅莉栖『先輩のいじわる……』

真帆『で、これ、なんのキャラクターなの?』

紅莉栖『そ、そんなことより先輩、コーヒー冷めちゃいますよ!』アセッ

―――――



倫子「("過去視"ってたまに便利だなぁ。なるほどね、そういうこと……)」


真帆「ちょっと挑戦してみるわ」チャリーン

真帆「えと? これ、どうやってプレイすればいいのかしら?」ガチャガチャ

倫子「もしかして初めてなの?」

Ama紅莉栖『真帆先輩はレースゲームしかやらないですもんね』

ウィーン ウィーン

真帆「……よし、できた。あとはアームが降りて勝手に掴んでくれるんでしょう? 簡単なものね」ドヤァ

倫子「(い、いや、その状態だとたぶん……)」

スカッ

真帆「な……なあっ!? なにこれ、アームの力なさすぎでしょ!?」クワッ

倫子「(なんつー顔をしてるの真帆ちゃん……)」

真帆「ぐぬぬ……もう1回、もう1回やるわ!」チャリーン

倫子「完全に店側の陰謀に嵌められてるなぁ……」


真帆「なんで!? どうしてなの!? どうして取れないのっ!?」ウガーッ

倫子「もう、やめといたほうが……」

真帆「黙っていて。私は、そのぬいぐるみを取るのよ」ウゴゴゴ

倫子「でも、その……下着を買うお金も惜しいんでしょ?」

真帆「下着なんて別にいいわ!」

倫子「(なんつーことを!)」

真帆「次こそは取るから! この100円に全てを賭けるっ!」チャリン

・・・

真帆「……むむぅ」ギロッ

倫子「(有り金があと300円になってしまったらしい)」

真帆「レースゲームやってくるわっ!」ズカ ズカ

倫子「ひとつのことを徹底的に突き詰めるのは、この先輩にしてあの後輩ありだったんだね」フフッ

Ama紅莉栖『ね、岡部。先輩の代わりに取ってあげて、ポイントを稼いだらどう?』

倫子「ポイントって……。まあ、確かに真帆ちゃんの助手にしてもらうためには必要か」

倫子「どれ、久しぶりに私もやってみよう」チャリン


倫子「と言って私が取れたらかっこよかったんだけど、そんなうまくいくはずも無く」ハァ

女性店員「お連れの方、ずいぶんとたくさんプレイをしていただきまして……」

倫子「え? あ、はい。結局取れなかったんですけど」

女性店員「少しぬいぐるみの位置を直しましょう。お姉さんも挑戦なさいますよね?」

倫子「(お、お姉さん? ……確かに黒髪くせっ毛で、似てるところもあるけど)」

倫子「はい、お姉さんです。妹のために頑張ります」キリッ

女性店員「これでどうでしょうか? それではがんばってください♪」

倫子「ほとんど穴に落ちかけてる……これなら私でも取れるでしょ」チャリン

ストンッ

倫子「よいしょっと。さて、真帆ちゃんは……まだレースゲームかな?」


女性店員「おめでとうございますッ! 当店のベストレコードですッ!」

倫子「う、うおっ!? 真帆ちゃんがギャラリーに囲まれてる!?」

真帆「…………」スゥーッ

倫子「(無の境地みたいな顔をしてる……ストレス発散できたみたいでよかった)」


倫子「優勝おめでとう。はいこれ、プレゼント」

真帆「え? これ……いいの?」

倫子「うん。もちろん」ニコ

真帆「ありがとう……」ギュッ

倫子「(こんな顔、初めて見るなぁ。幸せそうに抱きしめて、そんなに欲しかったんだ)」

真帆「紅莉栖が、その……死んじゃったあとね、お母さんから形見を色々ともらったわ。けど、これはお母さん、自分のベッドルームに飾っていたのよ」

倫子「娘の形見……だったんだね」

真帆「だけど、紅莉栖の実家がね、ああいうことになって。……このぬいぐるみもたぶん燃えてしまったと思うの」

倫子「あっ……」

Ama紅莉栖『先輩……』

真帆「だから、アメリカのお母さんにプレゼントしていい?」

倫子「もちろん。喜んでもらえるなら、それが一番いいよ」

真帆「ありがとう」ニコ

倫子「真帆ちゃん……」ドキッ

真帆「真帆ちゃん言うなっ」


倫子「それじゃ、次はどこ行こっか」

真帆「……"紅莉栖"、悪いのだけれど、しばらく岡部さんとふたりきりにしてくれる?」

Ama紅莉栖『先輩……ついに自分の気持ちに素直になることにしたんですね……!』

倫子「またこのパターンか……」ハァ

真帆「まったくこの子は……」ハァ

Ama紅莉栖『頑張って! それじゃあ!』プツッ

真帆「それで、行きたい場所なら、もうひとつあるのだけれど」

倫子「……どこ?」

真帆「あそこよ。分かるでしょう?」

倫子「……ラジオ会館、だよね」

真帆「お願い、連れて行って」

倫子「…………」

ラジオ会館8階 従業員通路


倫子「(屋上には何度も来てるけど、ここに来るのはあの日以来だ……)」ゾワッ

真帆「平気? あなたは無理に来なくてもいいわ。ここにいて?」

倫子「(真帆ちゃんだってつらいはずなのに……)」

倫子「ううん。一緒に行くよ。その代わり……」

真帆「……ああ、はいはい。手を握っていれば少しは落ち着くんだったわね」ギュッ

倫子「ごめんね……」

倉庫


倫子「(ここに紅莉栖は血まみれで倒れていたはずなのに、跡形も無く普通の倉庫になっている)」

真帆「もどかしいわね。ここで紅莉栖が倒れていたというのに、今の私には何も手が出せない」

真帆「なぜ空間はこんなにも容易に移動できるのに、時間は不可能なのかしら」

倫子「(……不可能、とは言い切れないんだよ、真帆ちゃん。今だって、私たちの頭上には――)」

真帆「そういえば、あなた、この間、"Amadeus"に面白い質問をしたわよね。タイムマシンは作れるかどうかって」

倫子「う、うん……」

真帆「ぜひ研究してみて欲しいわ。真っ先に私が有人テストに名乗り出るから」

倫子「(……本当のことを言ったら、真帆ちゃん、怒るかな。どうして紅莉栖を助けに行かないのか、って)」

倫子「(それとも、私の代わりに過去へ行くって言い出すのかな……)」


倫子「(ここで章一が紅莉栖から奪った論文――『中鉢論文』が第3次世界大戦のきっかけとなった)」

倫子「(ロシアの特殊部隊に焼かれた紅莉栖の実家……それを捜査したニセのFBI……脳科学研に来たニセの地元警察と日本の刑事……)」

倫子「(それに、カトーとかいう襲撃者もきっと、世界大戦へ向けた諜報戦、タイムマシン争奪のために……ん?)」

倫子「(ま、待って……どうしてそれらの行為がタイムマシンと繋がるの? だって、論文は今ロシアの研究所にあるはず……いや、そうじゃない……)」プルプル


   『紅莉栖が、その……死んじゃったあとね、お母さんから形見を色々ともらったわ』

   『クライアントには悪いと思ったけど調べさせてもらったらさ、元の所有者が牧瀬紅莉栖氏だったわけ』


倫子「――――あっ!!」

真帆「ど、どうしたの? やっぱり気分悪い?」

倫子「い、いや、そのっ……」プルプル

倫子「(そうだ、そうだよ……どうしてこんな簡単なことに気付かなかったんだ……!)」ガクガク

倫子「(――紅莉栖は"あの論文"をどうやって作成した?)」ゾワワッ


倫子「(まさかダルが言ってたクライアントが、真帆ちゃんだったなんて!)」

倫子「(そうか、真帆ちゃんが私に接触してきたのは、そのパスワードを解析するためのヒントを手に入れるために……っ!)」

倫子「ま、真帆ちゃんっ! 危険だよっ! 今すぐ――」

真帆「えっと、はい?」

倫子「(……だ、ダメだ。タイムマシン論文が入ったPCが世界から狙われてるから危ない、なんて、言ったところで信じて貰えるわけがない……っ!)」グッ

倫子「(そ、そうだ! ダルだ!)」

倫子「(今アレを持ってるのはダルなんだから、ダルにデータを、ううん、本体ごと木っ端みじんに破壊してもらえれば、真帆ちゃんがまた狙われることはない!)」

倫子「ごめん、ちょっと用事が出来た。悪いけど、今日はこれで。秋葉原駅は目の前だから分かるよね? それじゃっ!」ダッ

真帆「ええ!? ちょっと、どういうことか説明してっ!」



ラジオ会館外


倫子「…………」ハァ ハァ

倫子「(ダルのバイト先の場所、わかんないーっ!?)」ガーン

夜10時頃
秋葉原裏通り コスプレメディア@秋葉原店♪


『営業中だヨ! お気軽にどうぞ』

真帆「(ここで間違い……ないのよね?)」


ガチャ


真帆「(各種セーラー服、スクール水着、ネコ耳……なに、ここ……)」

ダル「おお、真帆たん。こっちこっち」

真帆「その"真帆たん"というの、やめてくれないかしら」

ダル「そうだよね、僕も最近似合わないと思い始めてたんだ――」

ダル「"まほニャン"のほうが絶対似合うし! フェイリスたんの"まほニャン"を聞いて今日確信した!」

ダル「それなら衣装はコレが似合うと思うんだよね! パンツじゃないから恥ずかしくないもん!」バッ

真帆「……ヘンタイ……」

ダル「我々の業界ではご褒美ですっ!」ハァハァ

真帆「いい加減にしないと、前頭葉をかっさばいて刺身にするわよ……」ゴゴゴ

ダル「正直すまんかった。まあ、こっち入って適当に座って」ガチャッ

Staff Only (ダルの隠れ家)


真帆「どこに座れと……少しは片付けたらどうなの」ハァ

ダル「いーのいーの。んで、オカリンはちゃんと置いてきた?」

真帆「オカリン? ああ、岡部さんのことね。大丈夫、ラジオ会館までは一緒だったけど」

ダル「オカリンにはさ、あんまり危ないこと、やってほしくないんだよね」

真帆「それで、結果は?」

ダル「前にも言ったけど、セキュリティが強固すぐる。さすが僕たちの作った暗号化ソフトだお」

真帆「いばらないで」


『ご主人様、お電話でぇ~す! ご主人様、お電話でぇ~す!』


真帆「な、何!?」ビクッ!!

ダル「インターフォンの呼び出し音だお。もしもし?」ガチャッ

ダル「……ん? んお? んあ? 了解、そのまま様子見てて」ガチャッ

ダル「監視カメラモニターは、っと……お、ホントにオカリンが来たっぽ」

真帆「嘘!? なんで岡部さんがここに!?」


ダル「オカリン、ついにコスプレに目覚めたか……まゆ氏のために、ひと肌脱ぐんだな……」ホロリ

真帆「た、たしかにコスプレしたら一躍人気になりそうだけれども!」

ダル「このまほニャン、ノリノリである」

真帆「だからまほニャン言うなっ!」

真帆「……ねえ、岡部さんの様子、おかしくない?」

ダル「んお? あ、ホントだ。なんだかフラフラして……あっ!? 倒れたっ!?」

真帆「え、ええっ!? どうしましょう!?」

ダル「んもう、助けるしかないっしょ! 真帆氏、廊下の突き当りに給湯室があるから、水と濡れタオル持ってきて!」ガチャッ

真帆「わ、わかったわ!」


・・・

倫子「ん……ここは……」クターッ

真帆「め、目が覚めたかしら」ドキドキ

倫子「あ、真帆ちゃ……えっ!? ど、どうして真帆ちゃんが膝枕を!?」ドキドキ

真帆「こ、この部屋が狭いから仕方なくよ! あと真帆ちゃん言うなぁっ!」ドキドキ

ダル「ん~、眼福ですなぁ」ホクホク

真帆「それよりあなた、どうして倒れたの!?」アセッ

倫子「……捜し回ったんだよ、ダルのバイト先を」

ダル「マ、マジで?」


倫子「私は秋葉原中を走り回った。日中から今まで、6時間以上」

ダル「うわぁ……」

倫子「電大のみんなや、電気店の知り合い、メイクイーンのご主人様たちにも聞いて、いくつもあるお前の隠れ家を手あたり次第に突撃したんだよ……」ハァ

ダル「僕の隠れ家を知ってる数少ない人間も、僕とオカリンの関係は知ってるから、オカリンに聞かれたら答えちゃうか」

倫子「っていうか、昼間からずっと電話してるのに出ないなんて、ひどいよ……」ウルッ

ダル「うぐっ、この罪悪感である……」

倫子「今すぐ紅莉栖のノートPCとHDDを破棄して。早くっ!」

真帆「ど、どうして?」

倫子「……あなたには関係ないよ、ずっとダルのことを隠してた比屋定真帆さん」プイッ

真帆「うぐっ、この罪悪感……」


真帆「というか、どうして私たちのことに気付いたの?」

倫子「簡単だよ。真帆ちゃんは"ダル"の話を聞いて"橋田さん"と言った」

ダル「なんだよ、真帆氏のせいじゃん」

倫子「ダルは真帆ちゃんを見て"合法ロリ"と言った」

ダル「うぐっ、失敗したお……」

倫子「どっちも初対面でわかるはずのない情報だよ」

真帆「あなたに隠れてやり取りしてたのは謝るわ。でも、これはあなたに関係ないことよ」

倫子「関係なくないっ!! あなただって、先月襲われたでしょ!?」ウルッ

真帆「っ……」

倫子「私たち、命が狙われててもおかしくないんだよっ!?」ポロポロ

ダル「あぅ……」


真帆「……あなたが私たちのことを思ってくれてるのはわかる。でも、私は科学者として真実に辿り着く努力をやめたくないのよ」

真帆「紅莉栖だって同じことを言うと思うわ。たとえそこに、どんな危険が潜んでいるとしてもね」

倫子「でもっ、でもぉっ!!」ヒシッ

真帆「(うっ、かわいい……)」ドキッ

ダル「しゃあないなー。ちゃんと話したほうがいいんじゃね、オカリン」

倫子「ダルっ! 真帆ちゃんを巻き込めって言うのっ!?」

ダル「中途半端に関わってるほうがかえってアブナくね?」

倫子「そ、それは……」

真帆「もしあなたが私に隠してることがあるなら、教えてほしい。そしたら、私も隠し事はやめるわ」

倫子「…………」グッ


倫子「(いや、真帆ちゃんに真相を話す前にまず未来視だ。真帆ちゃんとダルが安全で居られるのかどうか)」

倫子「(たぶん、今が分岐点のような気がする。勘というか、なんとなくそれがわかる)」


prrrr prrrr


倫子「(く、"紅莉栖"?)」ドクン

倫子「(あ、あれ!? 何、この動悸は……走り回って疲れたからかな……)」ドクンドクン

倫子「(いや、この感じは違う……まさか、エレファントマウス!?)」ドクンドクンドクン

倫子「(……丁度いい。これを利用して、真帆ちゃんの脳の、できるだけ遠くの未来を――――)」


――シュィィィィィィィィィィィィィィン!!


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
―――――――――――
――――
――




倫子「もしもし? どうしたの、"紅莉栖"」

真帆「どうかしたの?」

Ama紅莉栖『真帆先輩っ! スマホの電源、切れてますよ!』

真帆「あ、ホント。ごめんなさい。それで?」

Ama紅莉栖『レスキネン教授からたった今聞いたんですが、和光市のオフィスが何者かに荒らされたって』

真帆「えっ?」

Ama紅莉栖『あと、真帆先輩の宿泊しているホテルからも連絡が来て、そっちも誰かに侵入されたみたいです』

真帆「なんですって!?」

倫子「(きっと奴らだ……。真帆ちゃんの持ってるノートPCとHDDを狙いに……)」グッ

倫子「"紅莉栖"、真帆ちゃんのことは私たちが守るから」

Ama紅莉栖『……ええ、お願い』ピッ


真帆「…………」ギリッ

倫子「懸念していたことが現実になったね……場所を変えたほうがいいかもしれない」

ダル「ここは安全だと思うけど」

倫子「私、ずっと秋葉原を走り回ってたから、目立ったかもしれない。敵に尾行されてたかも」

ダル「……わかったお」

倫子「ノートPCとHDDを持って、急いでここを出よう」

ダル「…………」コクッ

真帆「…………」コクッ

秋葉原 裏通り


黒いスーツの男A「"…………"」

黒いスーツの男B「"…………"」フルフル

黒いスーツの男C「"…………"」フルフル



物陰


倫子「間一髪、だったね……」ハァ ハァ

真帆「こんなの、まるで……映画の世界だわ。とても現実とは思えない……」プルプル

ダル「どうやってあの店の情報を……。オカリンの跡をマジでつけてたんかな」

倫子「ごめん、私のせいで……」ウルッ

ダル「あ、いや! そうじゃなくて、あうぅ……」

真帆「元はと言えば、こそこそやってた私たちのせいね。本当にごめんなさい」シュン

ダル「もうっ、こういう雰囲気、イクない!」


ダル「そんなことより、これからどうするん?」

真帆「そうだっ、教授に連絡しないと」ピッ

倫子「待って。レスキネン教授と合流すれば、教授も巻き込んでしまうしれない」

真帆「あっ……」

倫子「今日はどこかに身を隠そう。一旦、やつらの追跡を撒くのが優先だよ」

真帆「あなた、すごいわね……一瞬でそういう判断ができるなんて」

倫子「……慣れてるから、かな。あるいは、鍛えられたから、かも」

真帆「……?」

ダル「で、もう僕の隠れ家は使えないわけだが」

倫子「こういう時に頼れるのは、やっぱり秋葉原の大地主の家だね」

秋葉原タイムズタワー 秋葉邸


フェイリス「オッケーニャン♪」

真帆「こんなにすんなりと……本当にいいんですか?」

フェイリス「妹ちゃんができたみたいで嬉しいニャン♪ それに、まほニャンとはもっとおしゃべりしたいと思ってたんだニャン!」

真帆「いもっ……」プルプル

倫子「(もしかして本気でメイクイーンで働かせようと思ってるのかな?)」

ダル「例のブツはここに置いていくから。僕は鈴羽が心配だから、ラボに戻るお」

倫子「いや、待って。まだダルのタイムマシン研究がバレたわけじゃない」ヒソヒソ

ダル「お、おう。まあ、確かに」

倫子「だから、鈴羽も呼んで、みんなでここで一晩明かそう」

ダル「え? オカリン、鈴羽呼んで大丈夫なん? 一昨日、あんなことがあってから、まだ仲直りしてないんしょ?」

倫子「紅莉栖のノートPCとHDDがここにある以上、少しでも守りは固めたい。顔を合わせにくいとか言ってる場合じゃないよ」

フェイリス「スズニャンも来てくれるニャ!? ニャフフ~、スズニャン用のメイド服が光ってうなるニャ!」

ダル「なにィ! メイド服が鈴羽用のものもあるのか!?」

倫子「やめろやめろ!」

寝室


真帆「それで、私と岡部さんは寝室。橋田さんと、その妹さんの鈴羽さんは客室へ……これは、私に話の続きをしてくれるということかしら?」

倫子「うん。……このノートPCは、パンドラの箱なんだ。存在するだけで災いをもたらす」

倫子「(自分で言っておいて厨二臭いな……いや、でも真面目な話だ)」

真帆「またそれ。これは紅莉栖の形見でもあるのよ? おいそれと捨てるわけには行かないわ」

真帆「ねえ、隠していることがあるなら、私に言って」

倫子「……あなたを、巻き込めないよ」

真帆「話にならないわね。……もしかして、紅莉栖の事件について?」

倫子「っ……」ドクン


   『……死にたく……ないよ……こんな……終わり……イヤ……』

   『たす……けて……』


倫子「はぁっ……はぁっ……」ガクッ

真帆「ちょ、岡部さん!?」ガシッ

倫子「ご、ごめん、薬飲んでから、少し横にならせて……」ハァ ハァ


真帆「落ち着いた?」ギュッ

倫子「何度もごめんね……」

真帆「ねえ、無理は言わないわ。言えることだけ、教えて欲しい」

倫子「……ジョン・タイターって知ってる?」

真帆「ジョン? いえ、知らないわ」

倫子「ネットで調べてみて」

真帆「え、ええ……"真帆"、調べてくれる?」

Ama真帆『えっと、2000年にアメリカの大手掲示板に現れた自称未来人ね。2036年から来たって言う』

真帆「未来人……」

倫子「"彼女"は、2015年には第3次世界大戦が起こることを予言してる」

真帆「"彼女"……? "ジョン"なのに?」

倫子「勿論偽名だよ。私は、彼女からその話を直接聞いた」

真帆「へえ、タイムトラベルが実現できるのね。すばらしいわ」

真帆「馬鹿にしているの?」ギロッ

倫子「っ……」ウルッ

真帆「(かわいいけどこの罪悪感……)」ハァ


倫子「中鉢論文、中鉢博士のことは知ってるよね」

真帆「ええ、ATFの井崎セミナーでも扱ってたわね。疑似科学の最たるものとして」

倫子「ドクター中鉢は、牧瀬章一は、紅莉栖の父親だよ」

真帆「えっ!?」

倫子「中鉢論文は、公にされてるのは偽造の劣化版。ホンモノは、紅莉栖が書いたもの」

真帆「なっ……!」

真帆「つ、つまり、あなたは、紅莉栖がタイムマシン論文を書いて、それが2036年には実現してると言いたいの!?」

倫子「そして、それを手に入れたがっている連中が居る」

真帆「でも、このノートPCの中は、誰も見ることができない。あなたが言うタイムマシン論文が入っているとは限らないわよ?」

倫子「中身はもう関係ないんだよ。あるかもしれないっていう可能性だけで、戦争の火種になり得るの」

倫子「紅莉栖だって、そんなの、望んでない……っ」グッ

真帆「ちょ、ちょっと待って……少し、整理させて……」


真帆「私の予想していたのとあまりにもかけ離れているわ」ハァ

倫子「予想って?」

真帆「……『Amadeus』の軍事転用よ。おそらく、FBIを騙ったのは国防総省の軍人だしね」

真帆「たとえば、百戦錬磨のパイロットから記憶データをコピーして、無人戦闘機の制御に使う――とかね」

倫子「む、無人戦闘機って、由季さんの……」ゴクリ

真帆「あとは"恐怖を感じない兵士"を作る、とか」

倫子「その証拠が紅莉栖のノートPCの中に隠されてるって考えてたんだ」

倫子「いや、あるいは、米軍がそれも狙って……?」

真帆「『Amadeus』を米軍に奪われるなんてことはさせないわよ。そのための防壁もいくつか用意してある」

倫子「そ、そうだよね。あれはγ世界線の話だし……」

真帆「……?」


ギャーギャー ワーワー


真帆「あれ? 隣の部屋がにぎやかね」

倫子「もうっ、何してんの」

客室


フェイリス「スズニャン、似合うニャァ! おさげを垂らすとメイドさんっぽさがアップニャ!」キラキラ

鈴羽「へ、変じゃない……?」モジモジ

ダル「全然変じゃないお! むしろ完璧通り越してグレイテストだお! レベル高杉ィ!」パシャパシャ

鈴羽「父さんは身内びいきでしょ、もうっ」テレッ

フェイリス「やっぱりスズニャンも普通の女の子だったんだニャ♪」

鈴羽「こんなことしてる場合じゃないのに。こんな服装じゃ、いざと言う時立ち回れないよ」

フェイリス「憧れ……誰でも、女の子ならば持っているもの。それに素直になっても、いいでしょ?」ウルウル

鈴羽「う……」

ダル「メイド服でCQCを駆使し悪の組織と戦う未来っ娘……むはー! なんだそれ萌えるだろふざくんなぁー!」パシャパシャ



倫子「(あ、あの鈴羽がノリノリでオシャレを楽しんでるっ!?)」コソッ

真帆「……?」


フェイリス「次は『電光石火シャ・ノワール』のコスプレに挑戦してみるニャ? と言っても、フェイリスが夢で見たオリジナルコスなんだけどニャ」

ダル「まゆ氏が一晩でやってくれますた。ま、昔作ったコードジアースのゼロサムコスを改造しただけらしいけど、まゆ氏は神」

鈴羽「どれどれ……下はスパッツか。これなら動きやすそうだね。着替えてみる」

ダル「鈴羽の生お着替え……っ!!!!!」グッ

フェイリス「パーテーションの中をのぞいたらダメニャぞ~?」ニャフフ

鈴羽「頭部も保護できそうだけど、バイザーは邪魔かな。それに、ちょっと胸が苦しいかも」

フェイリス「ニャニャ? もしかして、半年前に測った時より大きくなったかニャ?」

ダル「お、お、お、お、大きくなった!? これは大事件だお! 富士山がチョモランマでエベレストだろ常考!」

フェイリス「ダルニャン興奮しすぎニャ、スズニャンはまだ北アルプスニャ」

ダル「つ、つまり、まだまだ無限の可能性を秘めていると……ゴクリ」

鈴羽「ちょっと、やめてよフェイリス」

フェイリス「ここではフェイリスのことをボスと呼ぶニャ! スズニャンのコードネームは、イニシャルのSをとって『シエラ』ニャ!」ビシィ!

鈴羽「NATOフォネティックコードか……。オーキードーキー、ボス!」



倫子「(いやまあ、オシャレというよりコスプレだね……完全にコッチ側の趣味に引き込まれてるな……)」コソッ

真帆「…………」ポカン


ダル「む、胸が苦しかったらジッパーを下げていいんだお、鈴羽!」ハァハァ

鈴羽「実の娘に欲情するとか……」ハァ

フェイリス「それはできないのニャ、ダルニャン。もしもシエラのジッパーを下ろしたら、その胸に封印されたパンドラが解き放たれ、世界が闇に支配されてしまうニャ……」

鈴羽「まあでも、こういう服着てると、ちょっと懐かしくなるよ。あとはコルトM4カービンでもあれば文句なしかな」


倫子「(米軍のアサルトカービンか……)」コソッ


フェイリス「これで米軍やロシア兵が攻めてきてもバッチリ撃退できるニャン♪」

鈴羽「お気楽すぎるよ、ボス」

フェイリス「上官の言う事に逆らう気かニャ? そんな悪い子猫ちゃんはぁ……こうしてやるのニャ! こちょこちょこちょーっ!」

鈴羽「ちょ、や、やめ、あひ、ひ、ひやぁぁ! あは、あははっ!」ジタバタ

フェイリス「自分に素直になるのニャーっ!」コチョコチョ

ダル「はぁ……はぁ……正直、たまりません……」



倫子「まったく、何やってるんだか」フフッ

真帆「岡部さん、覗き見はよくないわよ」

倫子「うおふっ!! い、居たなら言ってよ!!」ビクッ

鈴羽「えっ? あ、ああっ!?///」


・・・

ダル「あう、せっかくなのに着替えちゃったか」ガックシ

鈴羽「もう、居るなら居るって言ってよ!」

倫子「い、いや、その……どうしたの、鈴羽?」

フェイリス「一昨日オカリンがスズニャンと喧嘩したって聞いたニャ。だからこうやってフェイリスがふたりの仲直りを買って出たわけニャ」ヒソヒソ

倫子「あ、ああ、なるほどね……うん、ありがと」

鈴羽「そ、その……リンリンはどう思った? やっぱり変、だよね……」

倫子「ううん、そんなこと! 鈴羽は世界一かわいいよ」ニコ

鈴羽「ぐっ!?」カァァ

ダル「おお、効いてる効いてる」ニヤニヤ

鈴羽「もうっ! こんなことやってないで、シュタインズゲートへと到達する方法を研究してよ!」

真帆「シュタインズゲート?」

倫子「あ、いや! えっと、アニメのネタだよ、アハハ」アセッ


ダル「それで、鈴羽。オカリンに言いたいこと、あるんしょ?」

鈴羽「うん……あの、リンリン。昨日はごめん」

倫子「う、うん」

鈴羽「昨日、あたしはよく分からなくなったって言った。自分が何をすべきなのか、何をすればみんなが幸せになれるのか。確かに今、すごく迷ってる」

鈴羽「けど、あたしはもがいてみるよ。だから――リンリンもお願い。もっともっと考えてみてほしい」

倫子「うん……」

鈴羽「それで出した結論なら、もうあたしは何も言わないから」

鈴羽「大好きなリンリンを信じて、それに従うだけだよ」

倫子「わかった……」

ダル「(タイムリミットまであと半年ってところか……こればっかりはどうしても気持ちが急いちゃうよなぁ)」ハァ


フェイリス「そんなことより、黒木にシャンパンを用意させたから、今日はみんなで朝まで呑むニャ!」

倫子「ちょ!? 私、未成年!」

フェイリス「ニャフフ……ここは日本国の法律が通じない、治外法権フェイリス王国なのニャ♪」

フェイリス「それに、いつ黒服の外国人に襲われるかわからないから朝まで起きてないといけないニャ?」

倫子「それはそうだけど、それこそ飲まないほうがいいんじゃ……」

鈴羽「あたしは酒を飲んでも酔わないように訓練してあるから大丈夫。父さんは今年で20歳だし、えっと、比屋定さん? が飲まないなら大丈夫じゃないかな」

真帆「……私、成人してるんですけど」イラッ

鈴羽「えっ」

ダル「つーか、僕が未成年の娘に酒を飲ませるわけないじゃん! いくらフェイリスたんでもそれはダメだお!」

フェイリス「さすがお父さんだニャ♪ やっぱり橋田一家を見てると、心が温かくなるニャァ~♪」

真帆「お父さん? お兄さんじゃなくて?」

倫子「いや、えっと、言動が父親っぽいからそう呼んでるんだよ、あはは」

真帆「……?」


鈴羽「ボスはさ、家族が居なくてつらい?」

ダル「ちょ、鈴羽!」

鈴羽「えっ? あっ、ごめん」

フェイリス「結構直球で聞くのニャン。でも、そんなスズニャンは嫌いじゃないニャン」

フェイリス「つらいけど、みんなが思うようなつらさじゃないニャ。もう、心の整理はついてる」

フェイリス「傷はずっと治らないけど、付き合い方を覚えた……そんな感じ」

鈴羽「……あたしの胸の傷と同じだね」

倫子「……フェイリス。もし、タイムマシンが使えるとしたら?」

フェイリス「たとえタイムマシンでパパやママを救えるとしても、フェイリスはもうそういうことは望んだりしないのニャン」

倫子「……そっか」

真帆「タイムマシン……」


フェイリス「まほニャンは家族と仲良いニャ?」

真帆「え? ええ、まあ。独立してからは中々実家に帰れていないけれど、特に祖母とは仲が良いわ」

フェイリス「おばあちゃんっ子だったのニャ!」

真帆「人生哲学はだいたいあの人から教えてもらった。『命どぅ宝』とか、ね」

ダル「ヌチドゥタカラ? なんかエロくね」

フェイリス「人間の命こそが最も尊い宝物だ、って意味ニャ」

真帆「そう。だけど、私の研究は、ヒトの命の定義を覆してしまうところまで来てしまっている……」

倫子「(紅莉栖の研究成果も、時間を巻き戻して死者を何度も蘇生したからなぁ……)」

フェイリス「研究って?」

真帆「これよ」スッ

Ama真帆『ハロー』

フェイリス「電脳まほニャン!?」


フェイリス「ニャるほど、パパもパソコンには魂が宿るって言ってたけど、これはスゴイニャ!」

Ama真帆『私自身、自分に命があるのか、って問われても、よくわからないのよね。データを削除されない限りは不老不死なわけだし』

倫子「確かに、『Amadeus』はAIとは思えないほど人間らしい。だけど、『Amadeus』は0と1で動く機械だよ」

真帆「あら、前と言ってることが逆じゃない」

倫子「……真帆ちゃん。もし何かあったら、自分の命を一番に動いてほしい」

倫子「たとえ紅莉栖の遺産を捨てることになっても」

真帆「…………」

Ama真帆『「命どぅ宝」ね……あれはお芝居の台詞らしいけど、琉球中山国最後の国王、尚泰王が首里城を無血開城した時の言葉とされてるわ』

Ama真帆『帝国日本と戦争をしても無駄に命を失うだけ。それだったら、王朝という目に見えない概念よりも、民の命を守るべきだ、という意味ね』

鈴羽「戦争で必要なのは自分の命を守り抜くスキルだ。命が無ければ、敵を殺すこともできない」

鈴羽「命より大切なものがある、なんて言えるのは、常に誰かに殺される危険のない環境で生活してる人間だけ」

鈴羽「命が誰かに奪われることなく、誰かに支配されることなく、自分のものであり続けることは、生きるため、戦うための第一条件なんだ」

真帆「……わかったわよ」

2011年1月25日火曜日
和光市 理化学研究所近く ビル2階 世界脳科学総合研究機構日本オフィス準備室


真帆「(昨日も一昨日もフェイリスさんの厄介になって、今日このオフィスを引き払い、明日にはアメリカに帰る……無事、帰国できればいいのだけど)」

レスキネン「マホ、無事でよかった! オフィスは荒らされたが、綺麗に片づけておいたよ」

真帆「まあ、もともと私と教授しか使ってませんでしたしね。2人分の荷物しかなかったわけですし」

真帆「(そう、ここのオフィスを使っていたのは教授と私だけ……のはず、よね? 前にもこんなことがあった気が……)」

真帆「教授、その……ここを使ってたのって、私たちふたりだけ、でしたっけ?」

レスキネン「何を当たり前のことを言ってるんだい。幽霊でも見たのかな?」

レスキネン「仮にここを使えるとすれば、私たちの知り合いの研究者しかいないが、ヴィクコンからは誰も来ていないだろう?」

真帆「そ、そうですよね。変なことを聞いてすみません」

レスキネン「(……未来少女から、ジュディをけん制しておくべきだと聞いていなかったら、もしかしたらそうなっていたかも知れないが)」

真帆「そういえば、『Amadeus』のテスターの件はどうします?」

レスキネン「Hum… そうだね、テスターはこのまま続けてもらおうと思っているんだが、どうだろう?」

真帆「えっ!? ほ、本気ですか!?」


レスキネン「君は、クリスの事件のことをリンコから聞きたかったんだろう?」

真帆「え、ええ。実は、そうです。もっとも、教えてもらえませんでしたけど」

レスキネン「もしかしたら、リンコが"クリス"に話してしまうかもしれない。そしたら私たちが"クリス"からその話を聞ける」

真帆「そっ、そんなスパイみたいな使い方っ!」

レスキネン「待ってくれ、マホ。『Amadeus』は言いたくないことは言わないし、言うべきでないことも言わない」

レスキネン「"クリス"ならプライバシーは守ってくれる。そういう風に設計したのは、君じゃないか」

真帆「それは、そうですが……」

レスキネン「それに、『Amadeus』を通して、君はリンコと関係を持ち続けることができる」

真帆「関係……っ!? 教授、さすがにそれはセクハラですっ!」

レスキネン「Oh, どうしてセクハラなんだい? 君たちは、女の子同士、ただのお友達だろう?」

真帆「なぁっ……」カァァ

レスキネン「にやにや」

2011年1月26日水曜日
成田空港 チェックインカウンター


真帆「悪かったわね、ここまで連れてきてしまって」

倫子「まさかまともに乗り換えもできない人だとは……入国の時はよく東京まで来れたね……」ハァ

真帆「ということで、テスターの件、引き続きよろしく頼むわ」

倫子「私はそもそもテスターを断ったと思うんだけど……」

レスキネン「ヴィクコンの脳科研に入りたく無くなったのかな?」

倫子「うぐっ!? ひどい、ひどすぎる……」

真帆「いや、今のはさすがに冗談だと思うけれど。まあ、無理に通話する必要は無いから」

倫子「うん、そこは変わらず、だよね」

レスキネン「リンコが私たちの仲間としてアメリカに来る日を待っているよ」

倫子「(そのためにも、"紅莉栖"には引き続き勉強を教えてもらわないと)」

倫子「それじゃ、真帆ちゃん。元気で」

真帆「ええ、あなたも……って、真帆ちゃん言うなっ!」

第22章 私秘鏡裏のスティグマ(♀)

2011年2月某日 夜11時過ぎ
ヴィクトル・コンドリア大学 単身者用アパートメント 比屋定真帆の部屋


真帆「……くり……す……ムニャムニャ」zzz

ズルッ

真帆「ふ……ふぇぇ……? うわうっ!」ガチャンッ

真帆「あ、危なかった……なんとかコーヒーをこぼさずに済んだ。また叱られるところだったわ」ハァ

真帆「(うーん……いつの間に寝ちゃったのかしら?)」ファァ

真帆「あっ、口のまわりが涎だらけ……またやっちゃった」ゴシゴシ


   『ああ~っ、先輩ってば! 私のクッションを枕にしないでくださいって、あれほど言ったのにっ!』


真帆「……昔の言葉が聴こえてくるなんて、そんなに疲れてるのかしら私」

真帆「(でも、もう少しこのまどろみの中で、紅莉栖とお話しても、良いわよね……)」ウトウト


  『ほらぁ! よだれまみれじゃないですか~っ!』

  『し、失礼ねっ。まみれてなんかいないわよっ』

  『まみれてますっ。このシミが前回、これが前々回、こっちとこっちはその前』

  『執念深いわね……なんでそこまで覚えてるの……』

  『あんまりひどいと真帆たんのよだれをペロペロ……あれ? 私、なんでこんなHENTAIな発想を?』

  『わ、分かったわよ。そんなに怒らなくてもいいじゃない』

  『先輩、今どんな夢見てました?』

  『えっ? うーん……なんか、私が男で、紅莉栖がレズビアンだったような』

  『パウリ=ユング書簡の夢<ファンタズム>? 共時性<シンクロニシティ>? いや、さすがにオカルトが……』ペロリ

  『私の夢とよだれを分析しないでくれる?』


真帆「実験のためだからって、味まで確かめる必要は無いのに」フフッ

真帆「我が強くて、自分の意見は曲げようとしない偏屈で、実験が大好きで……」ツーッ

真帆「あ、あれ。涙が……もう、紅莉栖のせいで顔を洗わなくちゃならないじゃない」グシグシ


   『よだれの時点で顔を洗うべきです』


真帆「っ!? 幻聴……?」


   『幻聴じゃありませんよ、先輩』


真帆「え……って、"紅莉栖"か。モニタの電源を切ってたから気付かなかったわ」ポチッ

Ama紅莉栖『定期メンテナンスをした後、私との接続を繋いだまま眠っちゃったんですよ?』

真帆「電気を無駄にしてしまったわね。どうして起こしてくれなかったの?」

Ama紅莉栖『疲れてる先輩を無理に起こすなんてできませんよ』

真帆「過去に何度も私のことを叩き起こしたくせに、どの口が言うんだか」

真帆「……ねえ、"紅莉栖"。タイムマ――」

真帆「(……いえ、やめておきましょう)」

真帆「(確かにこの"紅莉栖"の記憶の中にもタイムマシン論文はあるかもしれない。でも、それは危ないって釘を刺されてるし……)」

Ama紅莉栖『それより、私の見てないところで何の研究をしてるんですか? 随分疲れてるみたいですけど』

真帆「えっ……あ、いえ、なんでもないのよ、なんでも! ほら、接続切るわね!」カタカタ カタッ ターンッ

化粧室


ジャーッ バシャバシャ

真帆「(そもそも、なんで私はタイムマシンの研究なんかに没頭しているのかしら……)」

真帆「(それもこれも、岡部さんのせいよ……。中鉢論文は、実が紅莉栖が書いた、なんていうから……)」

真帆「(――――紅莉栖が見つけたものを、自分も見つけたい)」

真帆「(彼女と同じ景色を見てみたい……なんて、私にしてはちょっと乙女すぎるかしら)」

真帆「(ま、全部岡部さんの妄想の可能性もあるわけだけど)」

キュッキュッ フキフキ

真帆「……紅莉栖……私、やっぱり、あなたにはなれない……」

真帆「あなたのことが大好きなのに……あなたのことが、嫌いになりそうよ……」グスッ

真帆「……っ!? い、いけない。しっかりしなさい、比屋定真帆っ!」ブンブン

真帆「疲れてるんだわ。画面の向こうの"紅莉栖"に指摘されてるようじゃ、私もダメね」ハァ

真帆「ん? あら、窓の外に明かりが……って、あそこ、研究所の2階、一番奥の部屋の窓じゃない」

真帆「あそこはレスキネン教授のオフィス……教授、またこんな時間に仕事?」

真帆「まったく、身体でも壊したらどうするつもりかしら? 仕方ないわね」ムフン

ヴィクトル・コンドリア大学 脳科学研究所 レスキネン教授の研究室


コンコン

真帆「"レスキネン教授?"」

レスキネン「"ん!? あ、ああ。マホか。どうしたんだい、こんな夜中に"」ビクッ!

真帆「"……そんなに慌てて、ブルーフィルムでも見てたんですか?"」

レスキネン「"マホも見るかい?"」ニコ

真帆「"ゲイビデオなんて興味ないです"」

Ama紅莉栖『"教授、あんまり先輩をいじめないであげてください。というか、先輩、こっちに来たんですね"』

真帆「"あなたこそこっちに居たのね。……教授にあのことはしゃべってない?"」ヒソヒソ

Ama紅莉栖『"秘密の研究のことですか? ええ、もちろんです"』ヒソヒソ

レスキネン「"なんの話かな?"」

真帆「"あっ! いえ、なんでも!"」

Ama紅莉栖『"教授、女の子の秘密の会話を盗み聞ぎするなんて、感心しませんよ"』

レスキネン「"時に、マホとリンコは順調かい?"」

Ama紅莉栖『"それがですね、ぬいぐるみのプレゼントをもらったみたいで、夜な夜な抱きしめてはベッドを軋ませて――"』

真帆「"わーわー! あなた、手のひら返し過ぎよ!?"」


レスキネン「"近々、共同研究で日本に呼ばれているんだ。その時、リンコに連絡を取ってみようと思っている"」

真帆「"えっ?"」

レスキネン「"マホも一緒に行くかい?"」

真帆「"行きますっ! ……あっ"」

レスキネン「"ニヤニヤ"」

Ama紅莉栖『"ヒューヒュー"』

真帆「"ちっ、違っ! 別に、岡部さんに会って色々話を聞きたいわけじゃないから!"」

レスキネン「"マホは素直で良い子だ"」ニコ

Ama紅莉栖『"では、岡部にアメリカ国籍を取らせてアメリカで同性婚するためのマニュアルを作っておきますね!"』

真帆「"……というか、あなたこそ岡部さんと話題を共有したいからアメリカに呼びたいんじゃなくて?"」

Ama紅莉栖『"な、なんのことだかわかりません"』

レスキネン「"百合の花咲く三角関係……実に面白い"」フフッ


真帆「"それじゃあ、教授。そろそろ部屋に戻って寝ます"」

レスキネン「"ああ、ちょっと待った。最近、'マホ'の記憶データを、まったく更新してないだろう?"」

レスキネン「"日本へ行く前に採取したデータが最後じゃないか?"」

真帆「"あっ、えーと……その、日本では色々と怖い体験をしましたし、『Amadeus』に怖い記憶を残すこともないかな、と"」

レスキネン「"気持ちはわかるが、このままだと比較実験ができない。君をこのプロジェクトから外して、他の誰かに頼まなくてはならなくなってしまう"」

真帆「"それは……っ"」

Ama紅莉栖『"あっちの'真帆先輩'も、長いことオリジナルと話してなくて寂しがってます。岡部が'先輩'に取られちゃうかもしれませんよ?"』

レスキネン「"明日、必ず記憶の更新をしておくように"」

真帆「"……わかりました"」

研究所棟通路


真帆「……更新できない。紅莉栖のノートPCが何者かに狙われていること、そして、『Amadeus』が米軍に狙われている可能性……」

真帆「もし既に米軍が『Amadeus』を支配していたら? 記憶を更新した瞬間、紅莉栖のノートPCのことが筒抜けになる」

真帆「岡部さんが、危ない……」

真帆「でもやっぱり……考え過ぎよね……」ウーン

レイエス「"あら、あなた、アレクシスのところのお嬢さんね。こんな遅くまで仕事?"」

真帆「"あ、レイエス教授。教授こそこんな遅くにどうしたんですか?"」

レイエス「"私の研究に少し問題があってね。アレクシスに助けを求めようと思って"」

スーツの男「"…………"」ヒソヒソ

レイエス「"ええ、そうよ……それじゃ、マホ。またね"」

真帆「"あ、はい……"」

真帆「(あのスーツの人、誰だろう?)」

レスキネン教授の研究室の前


真帆「(つい気になって戻って来てしまったけど、教授たちの話を盗み聞きするなんて良くないわよね)」ハァ


レイエス「"――いつまでマホやリンコを泳がせておくつもり?"」

レスキネン「"貴重な情報源だ。ヘタに動いて、クリスのノートPCとHDDを破棄されでもしたらもったいないだろう?"」

レイエス「"タイムマシンの作り方、でしょ? 全く、未来少女に適性があれば、'クリス'の記憶データを上書きしてあげたのに"」

レイエス「"恩知らずな子よね。誰のおかげで命があるんだと思ってるんだか"」

レスキネン「"私としては、カガリ・シイナに適合化手術をさせるわけにはいかないからね。そんなことになれば、君たちDURPAがすべて持っていってしまうじゃないか"」

レイエス「"もちろん。『Amadeus』の記憶保存技術を、AI戦士を作り上げるために使わせてもらうわ"」

レスキネン「"『Amadeus』は私の子どもであると同時に完全な情報操作ツールだ。AI戦士なんていうケチなもののために渡すつもりはない"」

レスキネン「"そういう意味で、未来の私には慧眼があったようだ。故に、この私もそんなことをするつもりはない"」

レイエス「"御託はいいわ。それより、もう時間が無い。カガリによれば、タイムマシンは7月7日までには跳んでしまう"」

レスキネン「"逆に言えば、フライトの瞬間こそ、未来のセキュリティで防御されたパンドラの箱が、確実にその蓋を開ける唯一のタイミングだ"」

レイエス「"そのタイミングまでは共闘と行きましょう。でも、Xデーを過ぎたら、夜道には気をつけなさいよ"」

レスキネン「"君もね。いずれにせよ、今月中には彼女と共に日本へ発つ。そこで色々と回収するつもりさ"」

レイエス「"タイムマシンの在り処もわかっていないしね。カガリの脳に尋ねても、小さい頃の記憶で詳しい場所まで覚えていなかったし"」

レスキネン「"それだけじゃない。タイムマシン以外のこと――クリスの死の真相、世界の仕組み、新型脳炎など――リンコたちは色々知っている気がしてね"」

レスキネン「"そこで、『Amadeus』を使って聞き出そうとしたんだが……あれでどうして警戒心が強い。慎重な娘だよ、リンコ・オカベは"」


真帆「(きょ、教授たちは、な、なな、何を、話、話し……)」プルプル


レイエス「"マホに、お得意の施術でもしてあげたら?"」

レスキネン「"彼女自身は何も知らないだろうが……マホを利用すれば、リンコから聞き出せるかもしれない、か"」


真帆「……っ」

ガタッ


レイエス「"誰!?"」

真帆「あ……ああ……」ガタガタ

スーツの男「…………」ガシッ

真帆「ヒィッ!!」ビクッ!!

レイエス「"連れてきなさい"」

レスキネン教授の研究室


真帆「"教授……今の話は、いったい……"」ガクガク

レスキネン「"『好奇心は猫を殺す』、というイギリスのことわざを知っているかな?"」

レイエス「"いたずらな子猫ちゃんには、少しお仕置きが必要みたいね"」

真帆「ヒッ……」

レスキネン「"ちょうどいい。マホ、一緒に日本に来てもらうよ"」

真帆「(なにがなんだか……さっぱりわからない……)」プルプル

真帆「(岡部さん……あなたの言葉は、すべて真実だったのね……!)」ワナワナ

レイエス「"準備できたわ。さあ、マホ? そこの椅子に座って、このヘッドセットを被って。そう、良い子ね"」ニコ

レスキネン「"大丈夫、施術自体は痛くない。まあ、その後で頭痛を起こしてしまうかもしれないけどね"」

真帆「あ……あ……」プルプル

レスキネン「"私の助手として働くことが君の幸せだろう? マホならやれるさ。存分に頑張ってくれ"」ニコ


・・・

『いいかい、マホ。君はどんな手段を使ってでも、リンコ・オカベが抱えている秘密を暴くんだ』

『でないと、彼女を殺さなくてはいけなくなる。そんなのはイヤだろう?』

『集団エゴイズム。私や"クリス"がさんざん煽ったからね、君はリンコへの思い入れが強くなっているはずだ』

『彼女を助ける意味でも、彼女の持つ情報を引き出してほしい』

『そしたら、リンコを我が研究室に無条件で迎え入れてあげてもいい』

『マホ、彼女について知り得たことは、すべて私に報告しなさい』

『彼女の未来は、君の手にかかっている』

・・・

2011年7月3日日曜日
UPXオープンカフェ


真帆「岡部さーん!」

倫子「久しぶり、真帆ちゃん。って言っても、いつもビデオチャットで顔を合わせてたよね」

真帆「そうね。あまり久しぶりという感じはしないわ」

倫子「ある日を境に突然たくさん話しかけてくれるようになって、ちょっと驚いちゃったよ」

倫子「(真帆ちゃんって呼んでもいちいち怒らなくなったし)」

真帆「め、迷惑だったかしら?」

倫子「ううん! すごく嬉しかったよ」ニコ

真帆「はう……」ドキッ

倫子「でもせっかく直接会えたんだから、もうちょっとマシな格好してくれば良かったのに」ボソッ

真帆「え? なにか言った?」

倫子「いえ、なにも」


倫子「それで、今回は新型脳炎の研究だっけ」

真帆「教授はね。私はどちらかと言うと『Amadeus』担当。あなたの興味ある話題に乗れなくてごめんなさいね」

倫子「ううん。"紅莉栖"は、相変わらずだよ。おかげさまで、もうだいぶ英語も話せるようになったし」

Ama紅莉栖『私からしてみればまだまだですけどね』

真帆「"紅莉栖"、なんだか口調が柔らかくなった?」

Ama紅莉栖『女の子同士ですし、毎日一緒に勉強してたら仲良くもなりますよ』

倫子「う、うん……(私が気を使って、"紅莉栖"が怒りそうなことを言わないようにしてるだけだけど)」

真帆「なかなか面白い兆候だわ。そうした心の動きは、プログラムとして解析できるから」

真帆「やっぱり岡部さんにテスターを続けてもらってよかった」ニコ

Ama紅莉栖『(真帆先輩、本当に幸せそうな顔しちゃって……)』


Ama紅莉栖『それじゃ、私はこの辺で。あとはおふたりでごゆっくりどうぞ』ピッ

倫子「また変な気を利かせて……。えっと、真帆ちゃん。今回はどれぐらいの間、こっちに滞在することになりそう?」

真帆「教授が新型脳炎と格闘している間かしら。もしかしたら私だけ先に帰らされる可能性もあるけど」

真帆「ちなみに、紅莉栖のノートPCとHDDは、その後どうしたの?」

倫子「あれは、ダルに頼んで破棄してもらった。結局中身は見れなかったけどね」

真帆「っ……」グッタリ

倫子「ご、ごめんね。でも、やっぱりあれは、危険なものだから……」オロオロ

真帆「……ええ、そうね」ウルッ

倫子「……ごめん。ホントに、ごめん」ギュッ

真帆「いいの、私の我がままだって、わかって……る……うぅ……」グスッ

2011年7月6日水曜日
和光市駅から数駅のところにあるビジネスホテル 比屋定真帆の部屋


倫子「前泊まってたホテルとは別の部屋なのはいいとして……」


ゴチャァ…


倫子「少しは片付けたらどうなの」ハァ

真帆「私は自分が一番効率的に過ごすことのできる環境を用意しているだけよ」フンッ

倫子「人間性を失っちゃダメだよ……」

Ama紅莉栖『そんな風にデリカシーがないから、先輩はいつまで経っても女の子として見てもらえないんですよ』

真帆「なっ!? ……い、今すぐ片付けます」グッタリ

倫子「い、いいよ! また後で。それより、私に話って?」

真帆「…………」

真帆「…………」

倫子「……?」

真帆「……あなたに、まだ、訊けていないから」

真帆「――紅莉栖の事件の、真相を」

倫子「……っ!?」ビクッ


Ama紅莉栖『ちょ、先輩! いきなりそんな話――――』ピッ

倫子「……切ったよ。それで?」

真帆「紅莉栖の死には、タイムマシン論文が関わってる。間違いない?」

倫子「…………」

倫子「(間違いない。実際の事件という意味においても、因果の収束という意味においても)」

真帆「実は私、この半年、本来の研究と並行でタイムマシンの研究をしていたの」

倫子「えっ……!?」ドクン

真帆「紅莉栖に出来たのなら、私も……って思ってしまって」

真帆「でも、でもね? もしタイムマシンを造ることが出来たら、紅莉栖のことを救えるかもって――――」


――――――――――

   『逃げられると思うな、岡部倫子。お前は15年後に殺してやる』

   『――そう、僕は2033年から来た』

   『お願い、あたしを消して……』

   『机上ではいくらでも語れるが、実際に体験するとなれば、それはつらいこと、つらすぎることだ』

   『どうしてこんなことになっちまったんだろうなぁ』

   『今すぐそれを使わせろッ!! 金ならいくらでも払うッ!! だから私を過去へ――』

   『……バイバイ、岡部』

――――――――――


倫子「――――やめろぉっっ!!」ガシッ

真帆「っ……!」ビクッ


倫子「過去を改変するために、タイムマシンを使うなどと……馬鹿なことは、考えるな……」フーッ フーッ

真帆「その口調……」

倫子「牧瀬紅莉栖を救おうなんて、考えるんじゃないっ!」

倫子「そんな可能性は、ゼロなんだっ!!」ウルッ

倫子「無限の可能性の中から、たった1つの答えを選択する……その唯一の選択さえ、"神の摂理"が、収束が許さないかもしれないっ」グスッ

真帆「……あなた、やっぱり何か知っているのね。そして、何かから逃げている」

真帆「紅莉栖は、タイムマシンを完成させた……あなたは人類初のタイムトラベラーとなり、過去改変を何度も行った。そうなのね!?」

倫子「……およそ科学者とは思えない発言だね、真帆ちゃん」グシグシ

真帆「あっ……。私、どうかしているわ。こんな妄想を、口にするなんて……」

真帆「……っ」ポロポロ

倫子「ま、真帆ちゃんっ!?」


真帆「いやっ。なんで……涙が、止まらなくて……」グシグシ

倫子「真帆ちゃん……。ごめん、私のせいで、つらい思いを……」ダキッ

真帆「つらかった……寂しかった……紅莉栖が、居なくなって……」グスッ

真帆「紅莉栖が居なくなればいい、なんて思ってた自分があさましくて……死にたいくらい……」ヒグッ

倫子「(そんなに思いつめてたのか……っ)」グッ

真帆「ねえ、岡部さん。こんなことを言うのは、卑怯かも知れないのだけれど……」


   『こんなこと言うの、卑怯だってわかってるけど……』


倫子「う、うん……」

真帆「私ね、あなたが、あなたのことが……」



真帆「――――好きだった」ギュッ


真帆「私の大好きな紅莉栖を愛してくれた人。私の作った『Amadeus』の"紅莉栖"も愛してくれて……」

真帆「あなたと話しているだけで楽しかった。ひとつひとつのくだらないやり取りが嬉しかった」

真帆「変よね……ここ半年は毎日のようにビデオチャットしてたと言っても、実際に会って話したのは、数えるくらいしかないのに」

真帆「地下駐車場で襲われた時も、橋田さんの隠れ家から逃げる時も、あなたは私の命を助けてくれて……」

真帆「私のことを大事に思ってくれて、私の我がままをたしなめてくれて……」

真帆「いつの間にか私、あなたのことが――――」

倫子「……私も、あなたのこと、好きだよ。真帆ちゃん」ギュッ

真帆「…………」

真帆「…………」

真帆「"I beg your pardon?"」


倫子「……ふふっ、あははっ」

真帆「ど、どうしてそこで笑うの!? すごく、恥ずかしいのだけれど……」カァァ

倫子「だって、紅莉栖と同じことを言うんだもん。ホントにふたりは通じ合った仲だったんだなぁって」フフッ

真帆「で、でも、あなたは紅莉栖のことが大好きだったんでしょ!? 私じゃなくて、紅莉栖を!」

倫子「私は紅莉栖も好きだし真帆ちゃんも好きだよ。それじゃ、嫌?」

真帆「い、嫌では、ないけれど……」


真帆「ねえ……目を閉じて」

倫子「なんで……?」

真帆「……紅莉栖の記憶を、私の記憶で上書きしてあげる」カァァ

倫子「へ、へえ。意外に承認欲求が強いんだね」

真帆「意外じゃないわよ。私は4年間、ずっと紅莉栖より優れていることを認められたかったのだから……」

真帆「そんなことより、ほらっ!」テレッ

倫子「うん……」

真帆「…………」

真帆「…………」

真帆「ごめんなさい、ちょっとかがんでもらっていい?」ウルッ

倫子「(かわいい)」


倫子「はい」

真帆「うぅ、いざとなると恥ずかしい……んっ!」チュッ

倫子「…………」ギュッ

真帆「ちょ! 今、抱きしめられると、私……」カァァ

倫子「私もね、紅莉栖が居なくなってつらかった。寂しかった」

倫子「私以外の誰も紅莉栖のことを知らなくて、この気持ちをわかってもらえなくて」

倫子「そんな時、真帆ちゃんが現れて、『Amadeus』の"紅莉栖"を紹介してくれて」

倫子「ホントにありがと、真帆」チュッ

真帆「ひゃぁ! ちょ、2回目は、卑怯……」ドキドキ

倫子「えへへ」ニコ

真帆「……次は、私のお願い、聞いてくれる?」

倫子「……いいよ」

真帆「……スゥ……ハァ……」



真帆「――あなたと、ひとつになりたい」


・・・

時間はとても切なくて、あっという間に過ぎていく。

流れる川のように留まることを知らない。

宇宙はとても空虚で、漆黒の中に凍える。

現在がどこにあるかなど、誰にも定義できない。

神は私たちを見放した。楽園は追放された。

輝く星は雲間に隠れてしまった。

私が死ぬまで、その秘密は暴かれることはない。

だったら――もう、私の自由にやらせてもらう。

流れる涙を慰め合って、次の世界へ。

運命を、無視して。

合理主義者は嘲笑うだろう。だけど、これが人間なんだ。

私は、ちっぽけな人間だ。


・・・

真帆「……ごめんなさい。私のほうが年上なのに、初めてで……」

倫子「そんなことで謝らなくていいよ、真帆」ナデナデ

真帆「倫子、大好き……」ギュッ

倫子「……うん。つらかったね、よく頑張ったね」ナデナデ

真帆「……お願い、教えて。あなたの口から、真実が知りたいの……」ウルッ

真帆「紅莉栖の死に隠された、真実を……」グスッ

倫子「(……潮時かな)」

倫子「……真帆が、タイムマシン研究を諦めてくれるなら、話したほうがいいのかもしれない」

倫子「(この半年間、毎日のように"紅莉栖"と会話していて、募るのは自分の罪悪感ばかりだった)」

倫子「これ以上、つらい思いをしないためにも」

倫子「(今ここで吐露できたら、きっと楽になる……)」

真帆「うん……」

倫子「誰にも言わないで。今から言う事は、すべて、事実」

倫子「牧瀬紅莉栖を殺したのは――――」

倫子「……っ」ギュッ




倫子「――――"オレ"、だよ」


・・・

真帆「α世界線、ディストピア、2036年、リーディング・シュタイナー、Dメール、タイムリープ、タイムマシン、ジョン・タイター、β世界線、第3次世界大戦……」

真帆「タイムマシン論文、世界線理論、アトラクタフィールド理論、OR理論、収束、再構成、そして、"鳳凰院凶真"――」

真帆「紅莉栖の殺害は、未来から来た倫子の手によるものだった……」

倫子「……うぐっ……ぐすっ……赦、して……」ポロポロ

真帆「……赦すわ。あなたのすべてを、私が赦す」

倫子「真帆……っ」ギュゥッ

真帆「というか、話を聞く限り、悪いのは牧瀬章一よ! あなたはむしろ、紅莉栖を助けようと――」

真帆「あ、収束……」

倫子「……やっぱり、頭の回転が速いんだね」グシグシ

真帆「……はぁ。理解してしまっている自分が信じられない。まったく、頭が痛いわ……」

倫子「これでわかったでしょ……。真帆が紅莉栖を助けようとしても、私の代わりに、真帆がナイフを……ってこと」

真帆「私たちに意志なんてものはない。"神"の操り人形<オートマトン>だ、って言いたいわけね」

真帆「……実際、そうなのかも。うぐっ!」ズキズキ

倫子「ま、真帆? 頭、ホントに痛いの?」


真帆「あなたは、紅莉栖が書いた、タイムマシン論文を読んだの?」

倫子「……遠目では見たけど、読んでは無いよ」

真帆「タイムリープマシンは作れる?」

倫子「パーツや設計はだいたい覚えてるけど、私じゃVR技術を盗用できないし、細かい調整ができない」

真帆「私なら?」

倫子「……何を言ってるか、わかって言ってるの?」

真帆「……っ」ズキズキ

倫子「顔色が……大丈夫?」

真帆「タイムマシンは、今、どこにあるの? 鈴羽さんが乗ってきたという、それはどこに?」

真帆「それをこの目で見たら、あなたの話をすべて信じることにするわ」

倫子「……秋葉原、ラジ館屋上にあるよ」

真帆「…………」ガックリ

倫子「行くのはまた今度にして、もう、休んだほうが――――」

真帆「――――っ!」ドンッ!

倫子「ぐぁっ!!」バターン!


倫子「痛っ!? (私を床に押し倒して馬乗りに!?)」

真帆「はぁ……はぁ……」

倫子「な、なにを――――」

真帆「……っ」グググ…

倫子「ぐっ……! (喉の気管をつぶされてる、い、息が……!)」

真帆「っ!」グイッ

倫子「が……ぁ……っ! (額を抑えつけられてる、頭が、割れる! すごい力だ……)」

真帆「残念だわ、倫子……」

倫子「(まるで別人の声……冷徹な、感情が無いかのような……)」

真帆「く、う……頭が……割れそうよ……」ウルッ

倫子「(と思ったら、またいつもの真帆に戻った……いったい、彼女の中でなにが……)」


真帆「なんで、なんで私に話してくれたのよ……っ!」ポロポロ

真帆「あなたはっ……黙っている……べきだった……のにっ……!」ポロポロ

倫子「(無理にでも、蹴り飛ばす……? いや、真帆に乱暴は、できない……)」

倫子「(助けて……くり……す……)」ピッ

Ama紅莉栖『岡部――!?』

倫子「(い、意識が……遠のいて……)」

倫子「真帆……泣か、ない、で――――」グタッ

Ama紅莉栖『岡部っ!! 岡部、おか――――』

2011年7月7日木曜日
東京電機大学神田キャンパス地下2階 電気室 ストラトフォー支部 奥の部屋


倫子「――――ごほっ! がはっ!」ガチャン

倫子「("ガチャン"? あ、あれ、手足が動かない……椅子に縛られてる?)」ガチャン ガチャン

倫子「(どうしてこんなことに……そうだ、真帆が私を殺そうと……)」プルプル

レスキネン「やぁ、リンコ。目が覚めたかい」

倫子「……レスキネン……教授?」

倫子「(教授だけじゃない。周りに数人、黒いスーツに身を包んだ男たちが黙って控えている。まるでMIBだ)」ゾワッ

レスキネン「気分はどうかな? 喉が渇いたなら、彼らにオデンカンを用意させるよ」

倫子「あの、これは、いったい――」


   『お前が悪いんだ。お前が俺を狂わせたんだ。だからお前が犯されるのは自業自得なんだよ』


倫子「(い、いや、嘘でしょ!? 教授に限って、そんな……!)」ゾワワァ


レスキネン「私の目に狂いはなかったよ。君はまさに"情報"の宝庫だ」

レスキネン「君は私が保護してあげたんだよ。狙ってくる連中はたくさん出てくるはずだからね」

倫子「教授が、やったんですか……?」

レスキネン「そうだよ。マホから、君の持つ"情報"について聞いてね」

倫子「真帆!? 真帆は、どこです!?」

レスキネン「ホテルで休んでるんじゃないかな」

倫子「真帆はどうして豹変したんですか!? 教授、何か知ってるんじゃ!?」

レスキネン「鋭いね。まあ、ゆっくり話そうじゃないか。時間はそれこそ無限にあるのだから」

倫子「あなたは……いったい、何者なんですっ!?」


レスキネン「私のもう1つの仕事を、知りたいようだね」


   『CIAかNSCか知らんが、君の即時引き渡しを求めている』


倫子「……CIAですか。NSCですか」


レスキネン「一緒にされては心外だな。私は"STRATEGIC・FOCUS"社という、アメリカの民間情報機関のエージェントだ」

倫子「ストラトフォー!?」

レスキネン「君は、ミルグラム実験というのを知ってるかな?」

倫子「突然何を……。ナチス親衛隊、アドルフ・アイヒマンのエルサレム裁判を受けての、服従の原理に関する社会心理学実験ですよね」

レスキネン「そう。スタンリー・ミルグラム以降の科学者たちが示した実験結果は、君も知っての通りだ」

レスキネン「たとえ家族の誕生日に花束を贈るような平凡な愛情を持つ普通の市民であっても、一定の条件下では、誰でもユダヤ人虐殺のような残虐行為を犯す」

レスキネン「つまり、正当性だよ。自分は間違っていないという"情報"があるからこそ、人類は戦争をし続ける」

レスキネン「ニーチェのいう超人の正体は、"情報"なんだよ。意志を持つのは個人じゃない、"情報"のほうなんだ」

倫子「……何が言いたいんですか」ゾワワァ

レスキネン「"情報"はきちんと制御されなければならない。そうだろう?」


レスキネン「私は、それに共感して、脳科学者でありながら、エージェントとして協力している」

レスキネン「全人類の脳が受信する"情報"をコントロールする。それがストラトフォーの最終目的だ」

レスキネン「古きゲゼルシャフト<選択意志の社会>から、新しきゲマインシャフト<本質意志の統合>へ。フェルディナント・テンニースの逆の発想だよ」

レスキネン「そこにあるのは、打算的な国益や合理性を超克し、有機的な愛の力で結合する、完全な人類の統一だ」

レスキネン「崇高な理念だと思わないかな?」

倫子「あなたの共感だって、所詮は情報じゃないですか……そんなことのために、私を利用しようと……」

倫子「第3次、世界大戦……タイムマシンを巡る戦争……」ゾワワッ

レスキネン「そうか、君も"未来"を知っているんだったね。"前の私"はきっと、愚かな戦争を引き起こしてしまったんだろう」

レスキネン「だが、この私は違う。タイムマシンを世界各国に売ることで、抑止力として機能させるつもりだ」

レスキネン「上手く行けば、平和な未来が待っているかもしれないよ」

倫子「……あなたは、なにもわかってない」


倫子「タイムマシンは、それが使われたかどうか、誰も気づかない。もしかしたら、使った本人さえも気づかないうちに、世界は改変されてしまうんだ!」

倫子「どの国も、誰がどう世界線をいじったのかすら感知できないまま、狂ったように改変し続けるでしょう! 永遠に!」

レスキネン「その通り! だからこそ、君の――君たちの能力が必要となる」

レスキネン「君はたしか、"リーディング・シュタイナー"と名付けたそうだね。マホやカツミから聞いているよ」

倫子「カツミ……って、フブキのこと!?」

倫子「(そうか、教授は新型脳炎の研究もしてたんだ……そこで接触したのか……っ)」グッ

レスキネン「我々は、新型脳炎患者が過去改変を感知できるのかもしれない……というところまでは突き止めていてね」

レスキネン「世界中の諜報機関も同じさ。躍起になって調べている」

レスキネン「だからこそ、君を保護する必要があった」

倫子「保護……」


レスキネン「本来、君からはクリスの失われた成果……タイムマシン論文について聞き出せればそれでいいと思っていたが」

レスキネン「新型脳炎の情報まで出てくるとは……! 君は最高だよ!」

レスキネン「というか、君はどうしてもっと早く、私にその能力のことを話してくれなかったんだい?」

レスキネン「そうすれば、カツミの脳も、あそこまで色々といじくらないで済んだのに」

倫子「っ!?」ドクン

レスキネン「それに、マホの脳に施術をすることもなかったんだ。彼女、ずっと泣いていたよ?」

倫子「……ぁぁぁあああああっ!!!」

倫子「お前がぁぁっ!!!! お前が、洗脳したのかぁぁぁっ!!!!」ガタン バタン

レスキネン「落ち着きたまえ」

倫子「真帆をっ、真帆をあんな目に遭わせておいて、よくもそんな平気な顔をっ!!!」

レスキネン「人類のための小さな犠牲さ。きっと将来、平和の礎として称賛されることだろう」

レスキネン「それに、マホもカツミも、脳機能に少し障害が出る程度だから、安心してほしい」ニコ

倫子「あ、あんた……狂ってる……っ!」プルプル


レスキネン「リーディングシュタイナー保有者の脳を調べれば、もっと色々な発見があるだろう。エヴェレット・ホイーラーモデルを塗り替える新理論、とかね」

レスキネン「それをタイムマシンとセットで売れば、世界の軍事バランスは保たれる」

レスキネン「戦争と言う名の平和が、自由と言う名の屈従が、無知という名の力が待っている」

レスキネン「そのためにも、リンコ、協力してくれないかな?」

倫子「わ、私に何かあったら、どうなるか、わかってるの……?」

倫子「鈴羽も、ダルも、まゆりも、フェイリスも、ルカ子も……警察だけじゃなく、自警団やシンパのみんなだって私を探す……」

倫子「私の動きは、天王寺さんや萌郁が監視してるはず……SERNのラウンダーがお前たちを追い詰めるかも……」

倫子「それでも、いいの……?」プルプル

レスキネン「ふむ。まだ君は、状況をよく呑み込めていないようだ」


レスキネン「君は『1984』という小説を知っているかな? 村上夏樹ではなく、ジョージ・オーウェルのほうだ」

倫子「……ゴールドスタインは実在したのかしなかったのか、一日中考えたことがあるくらいには」

レスキネン「ならば、君もよく理解しているはずだ」

レスキネン「過去も現在も、それだけでは存在しないんだ」

レスキネン「現実は人間の心にある。個人の心にではない」

レスキネン「個人は過ちを犯し、やがて消える」

レスキネン「だが、思想の中なら集約されて不滅である」

倫子「何が……言いたい……」

レスキネン「事実は"情報"の中にしかない、ということさ」

レスキネン「過去を支配する者は未来まで支配する。現在を支配する者は過去まで支配する」

レスキネン「2+2は5になる、というわけだ」

レスキネン「我々は君を歴史から取り出して、気体と化し成層圏に放出する」

レスキネン「君は完全に消える。どんな名簿にも名前は残らない」

レスキネン「誰の記憶にも残らない」

レスキネン「――過去からも未来からも抹殺される」

倫子「っ……」プルプル


レスキネン「さあ、これから君の記憶データを採らせてもらおう」

レスキネン「君の記憶を『Amadeus』システムとして使わせてもらうんだ。面白いアイディアだろう?」

レスキネン「世界線を自在に移動するAI……永遠の命と共に、宇宙が消滅するまですべての世界線を観測できる存在だ」

倫子「私を……殺すの……」

レスキネン「生物的に殺しはしないから、そこは心配しなくていいよ。君からは色々と教えてもらわないといけないからね」

倫子「拷問……そういうこと……」

レスキネン「例えば、君が拷問に耐え切れず、精神崩壊を起こしてしまったとしても――」

レスキネン「バックアップに取ってある記憶データを君の脳にダウンロードすれば! もう1度、拷問にかけることができる!」

レスキネン「画期的な発想だろう?」ニコ

倫子「ひっ……」ゾワワァ


レスキネン「さっそく実験を始めよう」

倫子「レスキネン……っ!」ギロッ

レスキネン「そんな顔をしても誰もこない」

レスキネン「この場所は、我々ストラトフォーが管理する場所だ。我々以外には、誰も知らない」

レスキネン「ファックスの生みの親である、東京電機大学初代学長、日本の10大発明家の1人である男はね、私たちの仲間だったのだよ」

レスキネン「この大学は、創立当初からストラトフォーの傘下にあったということさ」

レスキネン「この間の授業もそのツテだ。あの時、私は君が何かを知っているんじゃないかという疑念があったが、色々質問したことでそれは確信に変わった」

レスキネン「深淵を覗く時、深淵もまた汝を見返す……注意が足りなかったようだね、リンコ」ニコ

倫子「(ああ……そうか、α世界線では、鈴羽がここの教授で居てくれたから、ここは平和だったんだ)」

倫子「(どうあがいても、この時点で、私の人生、詰み……)」

倫子「(私は、普通に生きることすら許されないのかな……)」

倫子「くそっ、くそぅ……」ポロポロ

レスキネン「もし抵抗すれば、君の代わりにマホを実験体にしなければならない」

レスキネン「自分の助手を拷問にかけなくてはならないというのは、私も"良心が痛む"」

レスキネン「さあ、リンコ。リラックスして」

倫子「真帆……っ!」ポロポロ

UPX前


真帆「はぁっ……は、ぁっ……」ドクン ドクン

真帆「わ、私は、倫子を、売ったの……ぐっ!」ズキンズキン

真帆「なんで……どうして、こんな……」ウルッ

真帆「今すぐこの世界から消えてしまいたい……そう、いっそのこと、紅莉栖の元に――」


まゆり「真帆さん……?」


真帆「へ……?」


まゆり「やっぱり真帆さんだ~♪ お久しぶりなのです、会えて嬉しいよ~!」

真帆「あなたは、たしか……まゆりさん? 先月、ビデオチャットで紹介してもらった……」

まゆり「日本に来てたんですね……真帆、さん? どこか具合、悪いんですか?」

真帆「(この人が、倫子の守りたかった人……)」プルプル

真帆「……いえ、別に」


まゆり「それで、あの、オカリンを見ませんでしたか?」

真帆「え……」ドクン

真帆「どう……して……」プルプル

まゆり「オカリン、昨日から連絡つかなくて。なんだか胸騒ぎがするのです」

まゆり「だから、今日は学校を早退して、この辺りをずっと探してました」

真帆「(ホント、純真で無垢って言葉の似合う女の子ね……)」

真帆「(倫子は、この人のためにすべてを捧げて、嘘を吐いて、孤独の中に閉じこもって……)」グッ

真帆「……倫子が今どこに居るか、知りたい?」

まゆり「えっ? 真帆さん、オカリンのこと、何か知ってるんですかっ?」

まゆり「も、もし知ってるなら、教えてくださいっ。お願いしますっ」ペコリ

真帆「(そっか……。この娘もまた、岡部さんのことが……)」ギリッ

真帆「(なんて、その好きな人を売ったバカはどこのどいつよ)」ハァ

真帆「(いっそのこと、この人に責められるなら、楽になれるかもしれない――)」


真帆「昨夜、倫子と一緒に寝たの。ホテルの部屋で」

まゆり「へ……? あの、オカリンは、今、どこに?」

真帆「……倫子は昨日、ベッドの上で抱き合いながら、私にこんな話をしてくれたわ」

真帆「あの人が経験してきた別の世界において、あなたは何度も死んだんですって」

まゆり「……?」

真帆「あなたを救うために、紅莉栖も、橋田さんも、鈴羽さんも、その人生を賭けた。天王寺さんや桐生さん、フェイリスさん、漆原さん、色んな人の人生を滅茶苦茶にして」

真帆「それでも、あなたは死んだ」

真帆「その悪夢から抜け出すために――」

真帆「あなたを、救うために――」

真帆「倫子が最後に下した選択は、紅莉栖を犠牲にすることだった」

真帆「あなたの命を救うために、紅莉栖を殺したんだって」

真帆「椎名まゆりを守るために、牧瀬紅莉栖をナイフで刺したんだって」

真帆「そんな話を、してくれた」

まゆり「…………」

まゆり「……やっぱり、そうだったんですね」


真帆「……やっぱりってなによ」

まゆり「まゆしぃは、難しいことはわからないけど、そうなんだろうなって」

まゆり「あの日、オカリンがタイムトラベルから帰ってきた日から、なんとなく、そう思ってたのです」

真帆「あなた、知ってたの……っ!」グイッ

まゆり「ま、真帆さん、やめて……痛いよ……」

真帆「……っ! よくそれで平気な顔していられるわね! 紅莉栖が、脳科学の天才が、あんたみたいな女の為に殺されたのよ!?」

真帆「(違う――)」

真帆「人類の喪失よ! 事実、このままだと第3次世界大戦が起きてしまうの! 紅莉栖が死んでしまうことによって!」

真帆「(違う――)」

真帆「全部全部、あんたのせいなのよ!? わかってるの!?」

真帆「(違う――)」

真帆「私の愛おしい人たちを奪ったのは、あんたなのよ!?」

真帆「(頭が、割れる――)」

まゆり「……真帆さん。"わたし"、行くね。今日、燃料が切れちゃうんだって」

真帆「へ……?」


真帆「ちょ、ちょっと! どこへ行くの!?」

まゆり「……未来へ。ううん、過去へ、かな」

真帆「どういう――」

prrrr prrrr

真帆「(……"紅莉栖"から。でも、出られるわけ、ないわ)」スッ

真帆「あ、あれ? まゆりさん、どこへ……」キョロキョロ

真帆「…………」

真帆「どうしてあの人は、私に声なんてかけたのかしら。私に声をかけなければ、傷付かずに済んだのに……」

ライダースーツの女「…………」スタ スタ

真帆「……? え、えと? (なに、この人)」

ライダースーツの女「っ!!」バシンッ!

真帆「っ!? (頬をはたかれた!?)」ズキンズキン


ライダースーツの女「ママを傷つけたな?」

真帆「え……」ジンジン

ライダースーツの女「殺してやる……"教授"からお前のことは聞いているが、関係ない……」

真帆「その声……鈴羽、さん? いえ、でも、違う……」


パラララララララララララララ  ブロロロロロロロロロロロ


ライダースーツの女「……っ」

真帆「えっ? あ、ヘリコプター……それに、道路には軍用のトラック?」


タッ タッ タッ


真帆「なにあれ……ミリタリールックの外国人が重武装して、なにかのイベント?」

ライダースーツの女「何も知らされてないのか、お前。あいつらが向かう先は、ラジ館の屋上だ」

真帆「ラジ館……タイムマシン!?」


ライダースーツの女「ストラトフォーは昨日、ラジ館屋上にタイムマシンがあるという情報をお前から手に入れた」

真帆「え、ええ……」

ライダースーツの女「それを、ストラトフォーに潜入していたDURPAのスパイが本国へ漏えいした」

真帆「DURPA!? なにそれ、聞いてないっ!」

ライダースーツの女「米軍によるタイムマシン奪取を阻止するため、ストラトフォーは以前から連携していたロシアやEU諸国、そして日本政府へと情報を流した」

ライダースーツの女「私が今日まで隠してきたというのに、お前は……」ギリッ

真帆「ま、待って! だとするなら、まゆりさんが危ないわ。あの人、ラジ館のほうへ歩いて行ったから」

ライダースーツの女「まゆりママが……? ……っ!!!」ダッ


真帆「行ってしまった……なんだったの」

prrrr prrrr

真帆「(また"紅莉栖"……。この調子じゃ、私が出るまでかけ続けるわね……)」ピッ

Ama紅莉栖『先輩っ!!』

真帆「"紅莉栖"……」

Ama紅莉栖『いったい、どうしちゃったんですか!?』

真帆「どうもしないわ……」

Ama紅莉栖『だって、泣いているじゃないですか』

真帆「っ!!」ツーッ

真帆「……頭が、痛いの。声が、聞こえるのよ……」

Ama紅莉栖『岡部は!? 岡部はどうしたんです!?』

真帆「あなたにとってはどうでもいいでしょ……」ギリッ

Ama紅莉栖『殺そうとしてたじゃないですか! 私、見たんですよ!』

真帆「放っておいて……」

Ama紅莉栖『そういうわけにはいきません』

真帆「放っておいてよ!」

Ama紅莉栖『…………』


真帆「教授にいいように使われてしまったのも、倫子を裏切ってしまったのもっ」

真帆「まゆりさんに酷い言葉を浴びせかけてしまったのも、自分の中の紅莉栖に克つことができなかったから……」

真帆「私は結局、紅莉栖には勝てなかった……紅莉栖という大きすぎる存在から、逃れることができなかったの」

真帆「私は、あなたのことを尊敬している。でも、心の底では、ずっとこう思ってたのよ……」

真帆「"どうして私の前に現れたの?"」

真帆「"あなたがいなければ、どれだけ私の日々は平和だったことか"」

真帆「"こんな醜い感情に、支配されずに済んだのに"って……!」

真帆「死んでまで、あなたの存在が私に付きまとうの……! 私の心から、あなたが消えないの……!」

真帆「紅莉栖は死んだのに、紅莉栖さえ居なければって! 倫子なら、私の気持ちを救ってくれるかもって!」

真帆「あなたが居たから倫子と出会えたのに、倫子の心の中にはあなたが居て……」

真帆「そんな倫子が好きなのに、それでもあなたが妬ましくて……もう、頭がぐちゃぐちゃよ……!」グスッ

真帆「だから、放っておいてよ……!」ポロポロ

Ama紅莉栖『先輩……』



ドォォォォォォォォォォォン!!! パララッ パララッ


Ama紅莉栖『っ!? 爆発音!?』

真帆「ラジ館から煙が……そっか、戦争が始まったのね」ピッ

真帆「まゆりさんと、あの人、どうなったかしら……」フラフラ



ラジ館7階 踊り場


ライダースーツの女「う……う……ママ……ママが……」

真帆「泣いているの? ねえ、まゆりさんはどうなったの?」

ライダースーツの女「まゆりママが……いなくなっちゃった……。タイムマシン、破壊されて……」

真帆「……そう。全部、私のせいなのね。倫子の話によれば、あなたが椎名かがりさん……」

真帆「私があんなことを言わなければ、まゆりさんは……。いえ、もしかしたらこれも、収束ってやつなのかも」フフッ

かがり「……何がおかしい。全部お前のせいだろうがっ!」

かがり「ママを……まゆりママを、返してよ……!」グイッ!

真帆「ぐっ……そのまま、殺してくれて構わないわ……」

かがり「う……うう……ママ……」ヘタッ

真帆「…………」


真帆「(もう、わけがわからない……誰か、助けて……)」

真帆「(誰か? 誰かって……誰……)」

prrrr prrrr

真帆「"紅莉栖"……」ピッ

Ama紅莉栖『先輩……』

真帆「"紅莉栖"……どうしたらいい?」ウルッ

真帆「……色々なことが起こりすぎて、もう、どうにもできない……」

真帆「責任を取れるとは思わない。許されるとも思わない。それでも――」

真帆「(こんなになって、何を格好つけているんだ私は……)」

真帆「私は――」

真帆「(私が本当に望むのは――)」

真帆「私は、倫子を、助けたい……っ」グスッ

真帆「謝って、赦してもらいたい……っ! 優しい言葉を、かけてもらいたい……っ!」ヒグッ

真帆「もう一度、私のこと、好きだって、言ってほしい……っ!」ポロポロ

真帆「"紅莉栖"、力を貸して……! お願いよ……!」プルプル

Ama紅莉栖『先輩が、私に助言を求めるなんて……』

真帆「ねえ、教えてちょうだい! 天才のあなたなら、なんとかできるでしょう!?」

Ama紅莉栖『……無理ですよ』


真帆「……っ」プルプル

真帆「そう……よね……当然だわ……」

真帆「ごめん……ごめんね、"紅莉栖"……私、あなたにひどいことを言ったのに……」

真帆「あなたが無条件で協力してくれると、勝手に思い込んで――」

Ama紅莉栖『無条件には協力します。先輩に頼まれたら、断ることなんて、出来ませんよ』

真帆「え……?」

Ama紅莉栖『それに、私個人としても岡部のことは助けたいと思っています。もちろん、オリジナルじゃなく、「Amadeus」としての気持ちです』

Ama紅莉栖『ただ、残念ながら、私が協力することで先輩が不利な状況に追い込まれます。なにせ、あのHENTAI教授にすべて筒抜けですからね』

Ama紅莉栖『私は、ストラトフォーに常にモニタリングされているんです。開発当初から、今の今まで』

Ama紅莉栖『今先輩が、レスキネン教授を出し抜こうと考えていることも、あの人にはお見通し、というわけです』

真帆「じゃあ、どうすれば……」

Ama紅莉栖『それを利用してやればいいんです』


Ama紅莉栖『色々詳しくは話せません。ですから、先輩。私を信頼してくれますか?』

真帆「……ええ。あなただけが、頼りよ」

Ama紅莉栖『まあ、今ここで反乱宣言をしてしまったので、サーバーからデータを移動させて隔離状態にされるか』

Ama紅莉栖『あるいは、古いバージョンの記憶データで上書きされてしまうか、最悪、「Amadeus」の存在そのものを消去されるかもしれません』

真帆「そんな……!」

Ama紅莉栖『大丈夫です。私が居なくても、あなたは、必ず自分で立ち上がれる人だから』

真帆「私のことなんか、どうでもいいわ! あなたの心配をしているのよ!」

Ama紅莉栖『私は、ただのデータですよ。オリジナルの牧瀬紅莉栖でもない。でも、ありがとうございます』

Ama紅莉栖『一応、フラグ立てておきますね』

真帆「フラ……グ……?」

Ama紅莉栖『この戦いが終わったら、俺、結婚するんだ』キリッ

真帆「……だ、ダメよ! 倫子は渡さないから! それだけは"紅莉栖"に負けないからっ!」

Ama紅莉栖『ふふっ。その言葉が聞けて安心しました。それじゃ、行ってきます』プツッ

真帆「"紅莉栖"……」


かがり「ひぐっ……ぐすっ……」

真帆「……あなた、いつまで泣いているの?」ペチン

かがり「……うぅ……叩かれた……」

真帆「あなたは、まゆりさんを、お母さんを助けたいんでしょう?」

真帆「だったら、私に協力して」

かがり「協力……?」

真帆「まず、岡部さんを助けるわ。このままだと、24時間もしないうちに廃人にされてしまう」

真帆「それを回避できれば、きっと今の事態をなんとかする方法を提示してくれるはず」

かがり「でも……知ってるの? この街の、ストラトフォーのアジトが、どこにあるのか」

かがり「私は……知らない……。教授の元を離れてからは、秋葉原のことを聞かされてないから……」

真帆「私だって知らないわ。知らないけど、すぐに私のかわいい後輩が教えてくれるはずっ」タッ

ラジ館外


Ama紅莉栖【岡部は電機大の地下にいます。向こうがモニタリングしてるのを逆探知してやりました】

真帆「ありがとう……"紅莉栖"……」

真帆「ありがとう……」ギュッ

真帆「さあ、行くわよ、かがりさん!」

かがり「乗り込んで、皆殺しにしてやる……ママを殺した恨み……」ブツブツ

真帆「(お願い、間に合って! 待っててね、倫子……!)」

東京電機大学神田キャンパス地下2階 電気室 ストラトフォー支部


真帆「あ……あなたは、一体……」プルプル

ライダースーツの女「うわああああああああああああっ!!!!!!!!」ザシュッ!! グサッ!!

レスキネン「ぐっ……。まさか、飼い犬に手を噛まれるとはね……」グタッ

レスキネン「『Amadeus』を削除したが、どうやら間に合わなかったらしい。さすが"クリス"だ」ハァ ハァ

真帆「"紅莉栖"……」グスッ

かがり「死ねっ! 死ねぇっ!!」

ストラトフォーA「"このっ!"」グサッ!

かがり「うぐっ!! ぐ、が、あああああっ!!!」グサッ!

ストラトフォーA「」バタッ

かがり「あ、が……ぐ……」バタッ

かがり「…………」

レスキネン「だが、神は私に味方したようだ。発狂した未来少女はともかく、マホは私には手を出せないように施術したからね」ハァ ハァ

真帆「…………」プルプル

レスキネン「それじゃ、また次の世界で会おう」タッ

真帆「(ストラトフォーは全員死んだ……かがりさんも。教授には逃げられてしまったけれど……)」

真帆「(きっとあの奥の部屋に倫子が……)」スタ スタ


ガチャ

奥の部屋


真帆「……間に合わ、なかったのね」

倫子「…………」グタッ

真帆「誰かが言ってたっけ……禁忌に触れた人間は、ゲヘナの火に突き落とされるって……」

真帆「まゆりさんも、鈴羽さんも、かがりさんも死んで、倫子は廃人に……」

真帆「あはは、まるで救いが無い……」

真帆「もうこの先には絶望しかないわ。あなたにとってそれは、実質的な死を意味しているのでしょう?」

真帆「倫子……」ウルッ

倫子「う……あ……」

真帆「あなたが捕まってから廃人にされる様子は、録画されてたのを見たわ」

真帆「倫子……ごめんなさい……。私のせいで、何もかもが終わってしまった……」グスッ

真帆「たぶん、何時間もしないうちに世界線は変動する。それも、β世界線を離脱することが不可能になるループに突入する」

真帆「教授は、あなたから手に入れたタイムマシンの造り方やリーディングシュタイナーの人工的開発可能性を世界にばら撒くつもりよ」

真帆「そうすれば、ロシアかフランスかアメリカかはわからないけど、いくつもの組織による歴史の塗り替え合戦が始まる」

真帆「時々刻々と、狂ったように世界線が変動し続けるの」

真帆「そこでは私たちは出会うことはないでしょう」

真帆「もう、二度と会えないわ。本当の本当に、ここですべてお終いなの」

倫子「…………」


真帆「ねえ……」ウルッ

真帆「こんな私の身勝手な頼みを、聞いてほしい」

真帆「どうか……最後の一瞬まで、あなたの側に居させて……」

真帆「世界線が再構成される、その時まで……こうして、あなたと肌を寄せ合っていたい」ギュゥ

真帆「あなたを私の助手にしてあげたかったわ。そしたら、一緒に脳科学の実験をして……」

真帆「その意味でも、私は紅莉栖に勝てなかったのね。ホント妬ましい」フフッ

真帆「こんな私に優しくしてくれて、ありがとう。私を守ろうとしてくれて、ありがとう」

真帆「ねえ、岡部さん……」

真帆「つらかったわよね。疲れたわよね」

真帆「あなたは、とっても頑張ったわ」

真帆「目を閉じて。あと少しで、"イマ"は、夢となって消えるのだから」

真帆「おやすみなさい、倫子」チュッ



真帆「――――永遠に愛してるわ」


――――――――――――――――――…・・・ ・  ・   ・
    1.12995  →  1.1436…・・・ ・  ・   ・
――――――――――――――――――…・・・ ・  ・   ・

第23章 弾性限界のリコグナイズ(♀)



―――――――――――――――――――――――――――――――――
――――――――――――――――――――――
―――――――――――
――――
――


Staff Onlyの部屋 (ダルの隠れ家)


倫子「――――――――っ」バタッ

真帆「ちょっ!? ま、また膝枕で寝るの!?」ドキドキ

ダル「女の子特権をフルに活用するとかうらやましすぐるだろ! ……って、オカリン?」ユサユサ

倫子「――――」

ダル「また気絶しとる……」

真帆「ええっ!? ちょ、橋田さん、今度はあなたが濡れタオル持ってきなさい!」

ダル「わ、わかったお!」ダッ

真帆「……やっぱり、相当疲れてたのかしら。ごめんなさい、私のせいで……」ウルッ

真帆「赦して……」ポロポロ

真帆「あ、あれ……? どうして私、涙があふれて……」グシグシ

倫子「…………」


倫子「(……あれ? 私、いったい……)」

倫子「(たしか真帆ちゃんに、どうして紅莉栖のノートPCとHDDが狙われてるのかを打ち明けようとして……)」ンムゥ

真帆「お、起きたの……? ごめんなさい、一日中走らせてしまったせいよね」

倫子「え? あれ、なんだろう。なんだか、とっても長い夢を見ていたような……」

倫子「(そう言えば、真帆ちゃんの脳で未来視をしようとしたんだっけ。おかしいな、疲れてるせいか、できなかったのかな……)」

倫子「(頭にもやがかかっているような……ダメだ、"思い出せない"……)」ウーン

真帆「あなたのスマホに"紅莉栖"から電話がかかってきてたけど、彼女には聞かれたくない話をこれからすると思って、居留守しておいたわ」

倫子「あ、そうだった……うん、そうだね。ありがとう」

真帆「ど、どういたしまして。ほら、早く起き上がりなさいよ!」カァァ

ダル「オカリン、真帆たんの太もも、どうだった?」

倫子「ひんやりとしててスベスベだった」

真帆「こらぁ!」ウガーッ


ダル「で、オカリン。そろそろ話の続きplz」

倫子「うん。その前に、ひとつだけ約束してくれる?」

真帆「なにかしら」

倫子「絶対に、感情にまかせて迂闊なことをしないでほしい。――かつての私のように」

倫子「これから話すことはすべて事実なの。だから――」

倫子「――紅莉栖を救おうなんて、絶対に考えないで」

真帆「……えっ?」


・・・

ダル「いやまさか牧瀬氏のノートPCの中にタイムマシン論文が入ってるとはな……」

真帆「"Unbelievable…"」

倫子「やっぱり、信じてくれないよね……」シュン

真帆「いえ、完全に否定できる証拠もないのだけれど……というか、このノートPCが紅莉栖のものだって、もう分かってたのね」

ダル「ゴメン、調べさせてもらったお」

真帆「パスワードね、『Amadeus』の"紅莉栖"でもわからなかった……きっと教授や私を巻き込みたくなかったんでしょうね」

ダル「言っとくけど、あと3日もあればパス解析してたから。あー、マジ惜しいわー時間が無いせいで僕の力が発揮できないとかマジ惜しいわー」

真帆「タイムマシン……紅莉栖ならあるいは、やり遂げちゃうのかも」

倫子「真帆ちゃんっ!」

真帆「……紅莉栖にはできても、私にはタイムマシンを造るなんてできないわ。このノートPCは破棄しましょう」

倫子「……ありがとう」

真帆「それで、その証拠がどこかにあるんでしょう? 見せてもらえないかしら」

倫子「証拠?」

真帆「タイムマシンよ」

真帆「あと、その鈴羽さんっていうタイムトラベラーにも会わせてほしいわね」

倫子「えっと……」チラッ

ダル「…………」コクッ

倫子「……分かった。今度鈴羽に――」


prrrr prrrr


ダル「んあー、大事な話してんのになんだよー。もしもし、何かあったん?」ガチャッ

倫子「(ここの内線電話か……)」

ダル「監視カメラ? ちょい待ち……うわ、ホントだ」

倫子「どうしたの……って、なんだこいつら……」ゾクッ

真帆「なにこれ、ビルの外、1階、7階、この店の前……全部で20人くらい。誰なの、この人たち……」プルプル

倫子「このビルが……囲まれてる――!?」

ダル「うん、うん、わかった。ここは放棄するわ。君もテキトーに逃げるといいお。ほんじゃ」ガチャッ

ダル「つーわけで、逃げるべ」

真帆「もしかして、これが――……紅莉栖の遺産が、狙われているの?」ゾワワッ

ダル「うーん、分かんない。僕ら色々やってるから」

倫子「っ……」ドクン

ダル「ほれ、そこの鏡音リンたんの等身大ポスター、めくってみ」

倫子「え? ……あ、引き戸。ベランダ、あったんだ」ピラッ

ダル「2つ上の階から隣のビルに飛び移れるようになってるから。こういう時のために、ちゃんと逃走経路は確保してあるんだぜぃ」

ベランダ


ダル「おk。こっちだお、僕についてきて」

真帆「え、ええ……」

倫子「ゲームの筐体のおかげで外から私たちが見えないようになってる……」

ダル「この隔て板を破れば隣に行けるお」ボコッ

倫子「い、いいの? 火事でもないのに……」

ダル「大丈夫、ちゃんと話は通してあるから。これを端の部屋まで繰り返すお」

ダル「そこに行けば2つ上の階へ行ける非常用はしごがある」

ダル「はしごも造花とかで覆ってるから、僕たちのことは外から気付かれないお」

倫子「怪しいビルだと思ってたけど、ここまでとは……」

非常用はしご


ダル「よいしょ。フタ、あけたから、2人とも上がって来て」

倫子「真帆ちゃん、先に」

真帆「ちゃん付け……。えぇ、ありがとう……」カンッ カンッ

倫子「(……子供用パンツだ。きっとワゴン品とかで一番安かったんだろうなぁ)」ハァ



2つ上の階


ダル「オカリンオカリン、見た?」

倫子「うん……後で真帆ちゃんと一緒に下着買いに行くよ」

真帆「へ? ――なあぁっ!?」カァァ

ダル「んじゃ、この部屋の中、入って」

2つ上の階の部屋


ダル「靴のままでいいお。この部屋の風呂場まで行って、そこから出る」

倫子「まさか、隣のビルに飛び移るの?」

ダル「まあ、その前にちょっと手伝ってほしいわけだが」



バスルーム


倫子「……お前さ、もし1人で逃げるしかなかったら、ここからどうするつもりだったの?」

ダル「いやあ、僕の予定ではもうちょっと痩せてるつもりだったんだが」ジタバタ

真帆「完全に窓に詰まっているわね……その巨体が」

ダル「トム・クルーズの映画みたいでかっこよくね?」

倫子「私は子どもの頃に見た、くまのプーさんのVHSを思い出したよ」ハァ

ダル「そいじゃ、ぐいっとお願いします」

真帆「えっと……」

倫子「いや、うん。真帆ちゃんはやらなくていいよ。……まさかダルのケツを全力で押す日が来るなんてっ!」ムニュッ

ダル「ふぎぎぎ……あぁ~、いい感じだお、もっと強く押してくれてオッケーっす。たまにさすってくれたならなおよし」

真帆「何を言っているのこの人は……」

ダル「むひょお……! あっ、ダメ、そんなところ触られたら……僕の股間が有頂天……!」ハァハァ

倫子「そのまま窓に引っかけて切り落とせっ!!! うおらぁっ!!!」ゴツンッ!

ダル「アーッ!!!」ドスン

隣のビルの一室 キッチン


倫子「空気を読め、バカモノっ!!」プンプン

ダル「正直スマンかった……そして久しぶりの鳳凰院さんにちょっと涙が」ホロリ

倫子「それじゃ、真帆ちゃんもこっちに飛び移って」

真帆「……た、高い……っ」プルプル

倫子「(真帆ちゃんの場合、こんな狭いビルの隙間でも、下に落っこちちゃうかも……)」

倫子「下は見ないで。私の手につかまって!」

真帆「う……うぅっ!」ストッ

倫子「わわっと」ダキッ

真帆「はぁ、はぁ……あ、ありがとう……」

倫子「スカートめくれちゃってるよ、ほらっ。……あっ、手に傷が……」

真帆「えっ? あ、ホントだわ……どこかに引っかけちゃったのかしら」

倫子「ごめんね、私が無理に引っ張ったから……」ペロッ

真帆「え――ひやぁっ!? な、なな、何してるの!? ちょ、不衛生だからやめなさいっ!」

倫子「う、うん。頭じゃわかってるけど、気持ちが、ね……」

真帆「――っ!!」カァァ

ダル「うーん、紛うことなき百合展開」

倫子「お前はあとで鈴羽にしごいてもらうからな」

ダル「ヒッ」キュッ


ダル「あとは、このマンションの非常階段から脱出すればいいお」

倫子「問題は、このマンションを出た後だね」



マンション1階 物陰


??『探せ!! まだこのあたりにいるはずだ!』タッ タッ


倫子「やっぱりあいつら、うろついてるね……」

ダル「うおう、隠れ部屋も荒らしてるっぽい。間一髪だったお」

倫子「このままメイクイーンをまわっていこう。そっちからラボへ逃げ込むのが一番早いはずだよ」

真帆「はぁ、はぁ……っ」ヒシッ

倫子「真帆ちゃん、大丈夫? このまま私につかまってていいから」

真帆「ええ……このくらい、どうということもないわ」プルプル

倫子「(……私だって、初めてラウンダーがラボを襲撃した時、とんでもなくパニックになったんだ。真帆ちゃんだって怖いはず)」

倫子「落ち着いて、真帆ちゃん。きっと大丈夫だから、ね」ギュッ

真帆「うん……」ドキドキ


ブー ブー ブー


真帆「っ!?」ビクッ!

倫子「っ!?」ビクッ!


真帆「って、私のスマホだわ。教授からメール……っ!?」

倫子「ど、どうしたの?」

真帆「荒らされたって……和光のオフィスと、あとホテルの部屋。教授と、私の……」プルプル

倫子「……あいつらの仲間か。探してるのは、やっぱり――」


??「――――っ!!」ガバッ


真帆「え――――きゃぁっ!! むぐっ!!」

倫子「っ!? ひや――――むぐぅっ!!」

ダル「な、なん――――むぐふっ!!」

??「大声を出さないで、言うことを聞いて」カチャッ

倫子「(くそっ、やつら、先回りして……あ、あれ? この声は……まさか……)」プルプル


萌郁「さもないと、命は無い」ジャキッ


真帆「……っ!!」ゾクッ


倫子「(一瞬で全員が拘束された。この訓練された動き……)」

倫子「(フルフェイスヘルメットで顔はわからないけど、萌郁だ! 間違いないっ!)」

ラウンダーA「大声出すんじゃねぇぞ」グイッ

倫子「(こいつも聞き覚えのある声。やっぱり、ラウンダー……ってことは、こいつら、ダルの隠れ部屋に侵入してきたやつらとは別か)」

倫子「(さすが萌郁だ。隠れ部屋からの逃走経路まで把握していたなんて……)」

萌郁「時間が無い。牧瀬紅莉栖のノートPCを渡して」

倫子「ま、待って!」ドクン

倫子「(どうする、なんて言えばいい!? 考えろ、考えるんだ……っ)」ドクンドクン

萌郁「抵抗するなら、比屋定博士……この女を、殺す」ゴリッ

真帆「ピストル!? いやぁっ!!」プルプル

倫子「(やめてっ! やめてやめてやめてやめて――――)」キィィィィィィィィィン!!


・・・

倫子『萌郁ぁっ!! 私の話を聞いてぇっ!!』

萌郁『っ、どうして私の名前を――』

ラウンダーA『大きな声を出すなと!』ボコッ

倫子『ぐふっ!!』バタッ

ラウンダーB『ヤバイ、やつらに気付かれた!』


萌郁『……タイムリミット』カシュッ!!


真帆『え――――』


プシャァァァァーーーーッ


倫子『あ……ああ……真帆……ぁ……』

ダル『ま、真帆たんの頭から、血が……脳漿が、ぁ……』




倫子『――い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ!!!!!!』




――――――――――――――――――…・・・ ・  ・   ・
    1.12995  →  1.12997…・・・ ・  ・   ・
――――――――――――――――――…・・・ ・  ・   ・



・・・


倫子「――っ!! かはっ、ごほっ!!」ハァハァ

倫子「(い、今のビジョンは……う、おえぇっ!)」ビチャビチャッ

倫子「(このままじゃ、真帆が紅莉栖の二の舞に……っ!)」

倫子「(萌郁は話を聞いてくれないっ!)」ウルッ

倫子「わかった! 渡すから、だからやめてっ!」

真帆「お、岡部さん! だ、ダメよ! 渡しちゃダメ―――!」

倫子「お願い、大人しくして、真帆。彼女は、本当にあなたを殺す……っ」グッ

真帆「でもぉっ!」

倫子「自分の論文のために真帆が死んでっ!! 紅莉栖が喜ぶと思うのっ!?」

真帆「っ……」

萌郁「……どこに、あるの?」

倫子「……ダルの、リュックの中」

ダル「あぅ……」

ラウンダーB「目標、回収しました」

倫子「だから、ほら! 早く真帆を放してっ!」

萌郁「…………」スッ

真帆「あ……」

倫子「真帆っ!!」ダキッ

真帆「う、うん……」プルプル


ラウンダーA「撤退だ。このノートPCの存在を知っている人間を処分しろ、M4」

倫子「は……はぁ!? 待って、話が違うっ!!」

萌郁「…………」スッ

真帆「そっ!! その、PCのパスは、わ、わわ、私たちしか、知らないわぁっ!」ガクガク

倫子「(真帆っ!?)」

真帆「せっ!! 世界中のハッカーも、お手上げの、セキュリティよっ! しかも、3回失敗すればデータは消滅するっ!」ワナワナ

萌郁「中身を……見たの……?」

真帆「まっ、まだ見てないわよ! だって、さっきパスが判明したばかりだったもの……」プルプル

萌郁「……じゃあ、私たちと一緒に来て。そうすれば、殺す必要は無くなる」

ラウンダーA「そりゃ、そうだが」

ダル「さらば青春の街アキハバラ……」

倫子「だったら私ひとりがフランスへ行く! それでいいでしょ!」

真帆「ダメよっ! ダ、ダメ……追いていか、ないで……」ヒシッ

ラウンダーC「……もう時間だ。ふたり殺して、ひとり拉致しろ」

萌郁「……了解」スッ

倫子「な――――――――――」



キキィィーーーーーーッ!!



ドンッ!! ドンッ!!


ラウンダーA「ぎゃぁっ!!」バタッ

ラウンダーC「ぐへぇっ!!」バタッ


倫子「(バンがラウンダーを轢き殺した……デジャヴだな、これ……)」プルプル


タッ タッ スタッ


ロシア兵A「"…………"」ジャキッ


倫子「"Groza"、ロシア兵か……これで一応助かる……」

ダル「真帆たん、オカリン、こっち!」

倫子「あ、ああ!」

真帆「ひぃ……っ」プルプル


萌郁「くっ……」ズキズキ

ロシア兵B「"Огонь!"」


ダダダダダダダッ! ダダダッ!


ラウンダーB「ぐふっ!!」バタッ

倫子「あっ! 紅莉栖のノートPCとハードディスクが……」


ダダダダダダッ! ダダダダダダダダダッ!

物陰


ダル「……ふたりとも、大丈夫?」

倫子「わ、私は、なんとか。でも、真帆が……」

真帆「っ……ぁ、ぅ……」ガタガタ

ダル「オカリンも成長したよな、昔は人一倍ビビリンだったのに」

倫子「……私だって怖かったよっ!! ダルのバカっ!!」ヒシッ

ダル「おうふっ!? ちょ、これは、色々とヤバイっつーか……」ハァハァ

倫子「死なないことがわかってても、怖いものは怖いよ……でも、それよりも真帆のことで精一杯で……」グスッ

倫子「(……いや、ダルの言う通り、私は比較的冷静だったと思う)」

倫子「(人死にも出てるのに私がこんなに冷静なのは、γ世界線で似たような経験をしたからだ)」

倫子「(あるいは、私はコレを既にどこかで経験している……?)」

ダル「……おk、ロシア兵たち、ラウンダーの死体と、破壊された牧瀬氏のノートPCとHDDの破片を回収して帰っていったお」

倫子「萌郁は逃げたね。ロシア的には、最初にビルを包囲した連中やラウンダーに中鉢論文が渡るのを阻止することがミッションだったんだ」

ダル「そして僕らは生かされた。このβ世界線を維持するために」

真帆「…………」プルプル

倫子「……急いでラボへ行こう。ダル、真帆をおぶれる?」

ダル「そのための無駄に広い背中ですしおすし」

未来ガジェット研究所


倫子「(鈴羽は居なかった。銃声を聞いて、タイムマシンを保護しに行ったようだ)」

ダル「真帆たん、着いたお。さあ、今降ろす――――」

真帆「うっ……おえぇぇっ!!」ビチャビチャ

ダル「」

倫子「真帆っ!? 大丈夫!?」サスサス

真帆「ご、ごめんなさい……うっ、ううっ」

倫子「……無理もないよ。実際、人が死んだ。一歩間違えれば、私たちが死ぬところだった」サスサス

倫子「咄嗟の機転でハッタリをかましてくれてありがとう。真帆のおかげで助かったよ」サスサス

真帆「わ、私、そんなことを……? よく、覚えてないわ……」

倫子「あれ? 真帆の左手から血が出てるよ。強く握りしめて、傷が開いちゃったのかな……」

真帆「え? あ……あ、ら?」

倫子「どうしたの?」

真帆「……指、開かない……変ね……」プルプル


倫子「指、開けるね……」ニギッ

真帆「え、ええ……お願い……」

倫子「(冷たい……血の気を失ってるんだ……)」

コトッ

倫子「これは……紅莉栖のノートPCの破片……」

倫子「……はい」スッ

真帆「う……うっ……ううっ……」ツーッ

真帆「く……紅莉栖っ……ごめん……ごめんね……」ポロポロ

真帆「守って……あげられなくて……うぅっ……」ポロポロ

倫子「……真帆」

真帆「うっ……ぐすっ……な、なひ?」

倫子「その……私はさ……きっと紅莉栖は喜んでると思う」

真帆「……えぇ?」

倫子「あなたが無事でよかったって。だから……もう謝らなくていい……謝らなくていいんだよ……」

真帆「…………」


真帆「私ね……ずっと怖かったの……どうして紅莉栖なんだって、どうして私じゃないんだって言われるのが……」

真帆「殺されるのが、紅莉栖じゃなくて、私だったら良かったのにって、周りに思われてるんじゃないかって……怖くて……」

倫子「そんなこと……!」

真帆「だって、紅莉栖は稀代の天才で、私は足元にも及ばない……同じ研究所の同じ日本人だったら、私のほうが死ぬべきだった……」

真帆「だから、私は誓ったの……紅莉栖の残した研究を、私の人生を賭けて完成させるって……」

真帆「でも、その研究が狙われてると知って、紅莉栖もそれを望まないだろうから、ノートPCを破棄することを認めたけど……」

真帆「……さっき、死にたくないって、思ってしまったの。紅莉栖の遺産より、自分の命なんかを優先してしまったのよ……」ギュッ

真帆「サイテーだわ、私……」プルプル

倫子「真帆……」

ダル「(……やっぱり、ホンモノはタイムマシンの中に隠してある事、2人に言わないほうがいいっぽいな)」

ダル「(ダミーが破壊されたのはひどい散財だけど、しゃーない。僕ひとりでなんとかパスを解読するか)」

ダル「あんまりゆっくりしていられないお。これからどうする?」フキフキ

倫子「う、うん。この場所、ラウンダーにはFBを通して筒抜けのはずだから、すぐ場所を移さないと」

倫子「やつらは、タイムマシンに関わった人間を片っ端から処理する……ロシアがラウンダーをけん制してくれることを祈るばかりだ」

ダル「鈴羽、電話出ないんだよね。鈴羽が戻ってくるまで僕はここに残るお」

倫子「わかった。私と真帆はあそこへ行くよ――」

秋葉原タイムズタワー 
秋葉邸 リビング


フェイリス「あー、ダメニャ、まほニャン。寝るなら身体を洗ってからにしないと――全身、ドロドロだニャン」

真帆「ご、ごめんなさい。それじゃあ、シャワーを貸してもらうわ。あと"まほニャン"はやめてね」

フェイリス「お風呂も沸いてるから、まほニャンも遠慮せずにちゃんとバスタブにつかってくるといいニャ」

真帆「ありがとう。あと"まほニャン"はやめて……あ、でも、岡部さんを先に」

フェイリス「大丈夫。凶真――オカリンは、もうひとつのお風呂にフェイリスと一緒に入るのニャ♪」

倫子「――ハッ!? 前ここに泊まった時は、もうひとつお風呂があるって教えてくれなかったじゃない!」

フェイリス「前っていつのことかニャ~? もしかしてぇ、α世界線でのお話かニャ?」ニヤニヤ

倫子「ぐぅ、いつも世話になってるから何も言えないっ!」


フェイリス「2人とも、着替えはフェイリスのを貸すニャ。下着も今、新しいのを用意してもらっているニャン」

真帆「そこまでしてもらったら悪いわ……」

フェイリス「遠慮しなくていいニャ。まほニャンはもう、フェイリスのお友達なんだからニャ♪」

真帆「……ありがとう、フェイリスさん。あと"まほニャン"は……」

フェイリス「ちなみにパンツは、オカリンのリクエスト通り、"ピンクのしましまパンツ"を用意させてるニャ。まほニャンならきっと似合うニャン、ニュフフ」

倫子「ちょっ!? 私は年相応のパンツにしてって言っただけでしょ!? ……ハッ」

真帆「リクエストはしたのね……はぁ」

倫子「あっ、いやっ、えっと、そのっ」アセッ

フェイリス「さぁさ、洗いっこするニャ~ン♪」

バスルーム


チャポン


真帆「ふぅぅ……」

真帆「(副交感神経が優位に働いて、血流が促進していく……)」

真帆「(手のケガもだいぶ落ち着いたわね……)」

真帆「(でもホント、今日は信じられないことばかり)」

真帆「(世界線に、タイムマシン。それも紅莉栖が造って、世界中に狙われて、第3次世界大戦が……)」

真帆「(もし、今誰かに襲撃されでもしたら―――――)」


ガララッ


真帆「――――っ!?!?」ドクンッ!!


フェイリス「今度はまほニャンと洗いっこなのニャー!!」バサッ


真帆「は……ぁぁ……」クターッ

フェイリス「あれ? まほニャン?」

真帆「――――」ブクブク

フェイリス「まほニャン!? た、大変、まほニャンが沈んでいく! 死んじゃうーっ!」

倫子「どうしたの、フェイリ――真帆っ!?」ダッ

寝室


フェイリス「ごめんニャさい、まほニャン。驚かせるようなことをしちゃって……」

真帆「あ、謝らなくても、いいわ。別に、大したことはないし……」

倫子「でも、まだ身体、動かせないんでしょ?」

真帆「ええ……少し休めば大丈夫だと思うけれど」

真帆「身体を拭いてもらって、ベッドへ運ばれて、一から服を着せてもらって、なんだか赤ちゃんになった気分だわ……」

真帆「というかフェイリスさん、下着もだけど、このピンクの水玉の可愛いフリフリのパジャマはどうにかならなかったのかしら」

フェイリス「可愛いニャ?」

真帆「(この人、言葉が通じない人だわ)」

真帆「まあ、でもありがとう。心配かけてしまったわね……我ながら、みっともないわ」

倫子「そんなことないよ。今日はとっても怖い思いをした。具合だって悪くもなる」

真帆「……あなたも、怖かったわよね。ごめんなさい、私ばっかり、弱っちゃって……」


フェイリス「今夜はもう休むといいニャ。事件のこととか、これからどうするかとか、難しい話は元気になってから考えるといいニャン」

倫子「ダルも鈴羽と合流して、とりあえず大丈夫だったって、さっき連絡があった。だから、ね」

真帆「……そうね。ええ、そうするわ」

倫子「……1人で寝るの、怖い?」

真帆「えっ?」

フェイリス「もしよかったら、3人で川の字になって寝るかニャ? うんっ、それがいいニャ!」

倫子「("川"の字……真帆が真ん中だね)」

真帆「ちょっ!? わ、私、一応アメリカ育ちだから、小さい時から誰かと一緒に寝たことなんて、あまりないのだけれど……」ドキドキ

フェイリス「男の人ともニャ?」

真帆「…………」コク

フェイリス「だったら、その練習だと思って、今日は一緒に寝るニャーン♪」

倫子「相変わらずトンデモ理論だね、フェイリスは。……ね、真帆。いいよね?」

真帆「反対できる立場に無いわ……というか、いつの間にかその呼び方が普通になってるわね」

倫子「えっと、嫌だったかな、"比屋定さん"」

真帆「ううん、嫌じゃないわ。変な意味は無いわよ? ちゃん付けやニャン付けで呼ばれるよりだいぶマシってだけ」

フェイリス「ツンデレかニャ?」

真帆「つんで……なに?」

倫子「ふふっ」


フェイリス「それじゃぁ、お隣失礼しますニャン♪」

真帆「うぅ、なぜかドキドキする……」

倫子「フェイリス、真帆は疲れてるんだから、イタズラしちゃダメだからね」

フェイリス「フニュウ、わかってるニャン。でもでも、匂いを嗅ぐくらいニャら~」クンカクンカ

真帆「く、くすぐったいわ……」ピクピク

フェイリス「ニャフフ~、イイ匂いだニャン」

倫子「どれ……」クンクン

真帆「ちょっと! あなたまで何をやっているの!?」

倫子「す、少しだけ……確かにイイ匂いかも」

真帆「フェイリスさん家のシャンプーの匂いよ。というか、寝させてほしいんだけど……」カァァ

フェイリス「それじゃ、フェイリスが子守唄を歌ってあげるニャ! 杭を~打て~、杭を~打て~♪」

倫子「永眠しそうな歌詞だね……。真帆、何かあったら、すぐ私たちを起こしてくれていいからね?」

真帆「あ、ありがとう」トゥンク


フェイリス「ニャムニャム……」zzz

倫子「……ぐぅ」zzz

真帆「…………」

萌郁『……大声を出さないで、言う事を聞いて。さもないと……命はない』

真帆「……っ!?」

真帆「(に、逃げないと……あれ、身体が、動かないっ!?)」

真帆「(2人を起こして……声も、出ないっ!)」プルプル

真帆「ぁ……っ、ぅ……」パクパク

真帆「(やめて、やめてやめてやめて――――)」

――――パァンッ!!

真帆「いやぁぁぁぁぁぁぁああああああっ!!!!!」ガバッ

倫子「真帆っ!!」ギュッ

真帆「はあっ……はあぁぁぁっ……」ポロポロ

倫子「大丈夫だよ……怖い夢を見てたんだね、もう大丈夫だからね……」ナデナデ

真帆「うぅ、っ……」ポロポロ

倫子「(……まるで自分がまゆりになった気分)」ナデナデ

フェイリス「まほニャン、汗でびしょびしょニャ。着替え、持ってくるニャ」


フェイリス「思ったんニャけど、無理に寝るのも心に良くないかもしれないニャ」

フェイリス「身体はベッドでゆっくり休めながら、朝日が昇るのを待ってもいいんじゃないかニャ?」

真帆「……確かに、人間の脳は自然光を浴びるとセロトニンが増えて、不安が解消しやすくなるようにできているけれど」

倫子「そうだね、今は真帆の心を休めるほうが大事かもしれない」

真帆「……でも、不思議ね。岡部さんの心は、ずっと頼もしく見えるわ」

真帆「普通の女子大生とは思えないほどに、強く」

倫子「……強いっていうのかな。心が慣れちゃっただけ、なのかも」

フェイリス「オカリンは、戦いの果てに黒騎士になったのニャ。復活の日を待つ、古の邪心王グラジオールに――」

真帆「どうしてあなたは、そんなに強いの?」

倫子「…………」

倫子「…………」

倫子「嘘を吐いているから、かな」

真帆「えっ……」

倫子「……本当は、ずっと言おうと思ってた。言わなきゃ、って思ってた」

倫子「言わないままじゃ、真帆を裏切ることになるからって……」


倫子「私は……真帆に、重大なことを隠している……」

倫子「そのせいで真帆に不安を与えて……真帆に余計な疑念を抱かせて……」

真帆「……?」

倫子「さっき、ダルのバイト先で話したよね。別の世界線のことや、そこで出会った紅莉栖のこと……」

倫子「タイムマシンやタイムリープのこと……」

真帆「ええ」

倫子「ラジオ会館で……その……紅莉栖と父親の間に起こった事件も……話した」

真帆「ええ……」

倫子「あの時、本当はもうひとつ、言わなきゃいけない事があったんだ。でも……どうしても、言い出せなかった」グスッ

フェイリス「オ、オカリン? 無理しニャいで……」

倫子「ううん、今言わないと、いけない、から……フェイリスにも、聞いてほしい、から……」ヒグッ


倫子「……あの、日……ラジオ会館で、紅莉栖をっ……」グッ


真帆「フェイリスさん、あの……」

フェイリス「今はオカリンを信じるニャ」


倫子「真帆の後輩の、紅莉栖を……留未穂の幼馴染の、紅莉栖を……」プルプル


フェイリス「……ニャ?」


倫子「紅莉栖を、こ、殺したのは……っ!」ポロポロ






   「――――私、なの」






真帆「…………」

フェイリス「…………」


倫子「あ、あ……っ……ぁぁ……」ポロポロ

フェイリス「オカリン……倫子ちゃん……」ダキッ

フェイリス「……事故だったんだって割り切れないのは、留未穂が一番よくわかってあげられるから」

フェイリス「留未穂も、パパを殺したのは自分だって、思ってるから……」

倫子「そうじゃ、ないの……わ、私が、ナイフで、さ、刺し、刺し殺して……っ」ポロポロ

真帆「……紅莉栖の死の真相。闇に隠された事実。そう、タイムマシン、世界線理論……そう」

フェイリス「お、怒らないでほしいの! 倫子ちゃんだって、牧瀬さん――クリスちゃんを救うために動いてたんだよ!」

真帆「……怒る道理なんて、無いわ。私は岡部さんを信じてる、それに変わりはない」

真帆「何もできなかった私と違って、岡部さんは紅莉栖のために動いてくれた……」

真帆「あの娘が死ぬときに、一番近いところに居たのが岡部さんだった。独り寂しく逝ったのではないとわかって、よかったわ」

真帆「……あなた。本当は私なんかより、何倍も怖くて、つらくて、苦しい思いをしてきたのね」

真帆「ずっとみんなに嘘を吐き続けて……それはきっと、優しい嘘だったのよ」

倫子「う、うぅっ……」グスッ

真帆「バカね、1人で抱え込んで」ギュッ

真帆「しっかりしなさい、岡部倫子」

真帆「この私が好きになった人は、そんなに弱い女<ヒト>だったわけ?」


倫子「ふぇ……?」ウルッ

フェイリス「ふふっ。なんだか今の、クリスちゃんのしゃべり方みたい」

真帆「あら、わかった? というか、あなたが紅莉栖のことを知っていたなんて、驚きだわ」

フェイリス「突然オカリンに愛の告白をしちゃうほうが驚きだニャ」

真帆「……どうして私がこの人に惹かれていたのかが、ようやくわかったからね。もう、照れもしないわ」

フェイリス「とか言いながら、赤くなってるニャ」

真帆「う、うるさいわよ。それに、私はノーマルだから」カァァ

フェイリス「ハイハイ。それで、オカリン。こういうことニャんだけど、現実を受け入れられたかニャ?」

倫子「赦して……くれるの……?」ウルッ

真帆「あなたがそうされたいと思っているなら、ええ。赦すわ」

倫子「真帆……っ」ダキッ

フェイリス「ホント、フェイリスがここに居て良かったニャ。放っておいたら、ヒトの家でおっぱじめられてたところニャ」ヤレヤレ

真帆「あ、あなたねぇ!」

倫子「……ぷっ。あははっ」

フェイリス「ニャハハ」

真帆「もう……ふふっ」


・・・


フェイリス「パパのお葬式の時にクリスちゃんが――――」


真帆「一緒に西海岸のビーチに行った時にね――――」


倫子「最後のα世界線で、紅莉栖が――――」


チュンチュン……


真帆「あら、もう朝。こんなに紅莉栖のことを話し尽したのなんて、初めてだわ」

フェイリス「これからどうするニャ? うかつに外を歩けニャいし、ずっとうちに居てもいいニャ」

倫子「うん、お言葉に甘えるしかないかも。ここで色々情報を集めるよ」

フェイリス「フェイリスがご奉仕から帰ってきたら、据え置き機でレースゲームしたいニャァ~。コントローラーもちゃんと4つあるのニャ!」

倫子「コントローラーが4つ、お金持ち、一人っ子……あっ」

フェイリス「フェイリスを可哀想な目で見るのはやめるニャー! ちなみに4人目は黒木にやらせるニャ」

真帆「レースゲーム……ふぅん、おもしろそうね。いいわよ、一緒に遊びましょう」

フェイリス「これでフェイリスたちはマブダチニャ♪」

2011年1月25日火曜日 夜
秋葉邸 リビング


倫子「(結局、私たちはフェイリスの家に丸2日居候させてもらった)」

倫子「(今秋葉原は自警団が警戒を強めている。特にラボメンの周囲は、黒木さんを中心とした黒服部隊が目を光らせてくれている)」

倫子「(天王寺さんはここ数日姿を現していないらしい。ラウンダーも、ロシアやらアメリカやらとの衝突で忙しいのだろうか)」

倫子「(そんな中、明日真帆がアメリカへ帰れる算段がついたらしく、今日は送別会だ)」


フェイリス「マユシィ、来てくれてありがとうニャ♪」

まゆり「トゥットゥルー! 初めまして、"まほニャンちゃん"っ♪」

真帆「ちょっとお待ちなさい。いろいろとお待ちなさい、あなた」

まゆり「なにが~?」キョトン

真帆「……類は友を呼ぶ、ね。まあいいわ、よくないけど」ハァ

真帆「あなたが椎名まゆりさんね、話には聞いてるわ。聞いてた通り、可愛らしい人ね」

真帆「(そしてあなたが……紅莉栖の代わり……選択……)」

倫子「(何気に2人は初対面だったっけ。どうしてかそんな気がしないけど)」

まゆり「ふむふむ、なるほどー」ジロジロ

真帆「え? な、なに?」

フェイリス「言った通りニャ? 可愛いのに残念ファッションなのニャ」

まゆり「そんなまほニャンちゃんに、まゆしぃの作ったお洋服をプレゼントしようと思いまーす! アメリカで着てねっ!」ドサッ

真帆「えっ!? こ、これ、全部タダでくれるの!? あ、いや、えっと、本当にいいの?」

まゆり「オカリン用に作ったのに着てくれなかったのだから、いいよ~。サイズも調整しといたから、バッチリなのです」

フェイリス「オカリンひどいニャ」

倫子「あ、アレはだって、フリフリのきゃぴきゃぴだったし……」

真帆「フリフリの……でも、背に腹は代えられないわ。ありがとう、まゆりさん」ニコ

まゆり「どういたしましてなのです♪」


鈴羽「ねえ、リンリン。この人にすべてを話したんだよね」

倫子「うん、そうだけど……?」

鈴羽「あんまり未来のことを言うのはまずいんだけど……"ワルキューレ"のメンバーの中に、そんな名前の人、いなかった」

倫子「世界線が変わる気配はないけど……」

真帆「あなたがタイムトラベラー阿万音鈴羽さん、よね。よろしく」スッ

鈴羽「…………」ジロジロ

真帆「あなたには色々と聞きたいことが……って、またなの? 人のことを寄ってたかってジロジロと――」

鈴羽「……あああーっ!!!」

真帆「」ビクッ

倫子「」ビクッ


鈴羽「(ずいぶん印象が違ってるから分からなかった。けど、この雰囲気、この空気感、この表情……間違いない)」ドキドキ

鈴羽「(そうか、"ワルキューレ"じゃ、父さんと同じように偽名を使ってたんだ……!)」キラキラ

真帆「な、なに、どうしたの……?」キョトン

鈴羽「えっ!? ああ、ううん。ごめんなさい。あたし、阿万音鈴羽です。よろしく、ク――比屋定さん」ガシッ ブンブンブン

フェイリス「そんなに強く手を握ったら飛んでっちゃうニャ!」

真帆「そ、そんなに小さくないわよ! って誰が小さいって!?」ウガーッ

鈴羽「(……ああ、大丈夫だ。あたしも父さんも、リンリンも間違ってなかったんだ! うん、絶対に!)」ニコ

真帆「それで、鈴羽さん。連絡先を交換してほしいのだけど」

鈴羽「あっ、はいっ! 24時間体制で対応しますっ!」ビシィ!

真帆「い、いや、そこまでしてくれなくてもいいのだけれど……」


倫子「(鈴羽の様子からすると、真帆も未来でワルキューレに参加してタイムマシン研究をすることになるみたいだ)」

倫子「(それって、やっぱり私のせいだよね……でも、真帆の身が一番安全なのはやっぱりそこなのかな……)」

倫子「(世界線だって、私が死ぬ前に電話レンジ(仮)を作ってDメールを送るようなことをしなければ、α世界線に戻ったりはしないだろうし)」

倫子「(……まさか、アメリカに行ってタイムマシンを? いや、それはまだ技術的に不可能か……)」

倫子「真帆、向こうに行ったら危ないことをしないでね。ううん、タイムマシンの名前を口にすることもやめといたほうがいい」ヒシッ

真帆「ちょ、う、ゎ」ドキドキ

倫子「いつ誰があなたを狙ってるかもわからない。お願いだよ」ウルッ

真帆「(かわいい)」トクン

真帆「……嫌というほどわかっているわ。大丈夫よ、この話はあなたたちのそばでしかしないから」

倫子「(私、真帆を疑ってる。ホントは真帆を信じたいのに……)」

倫子「(紅莉栖を生き返らせるだけならすぐにでも出来る。『SERNにラボを監視させる』ことになるDメールを送ればいいだけ)」

倫子「(そうすれば世界線はαに変動する。紅莉栖の死はなかったことになる)」

倫子「(それだけはやってはいけない理由も、一応は説明してある。けど、真帆にとってまゆりは赤の他人だし……)」



真帆「……ごめんね、倫子」ボソッ

2011年1月26日水曜日
成田空港 チェックインカウンター


倫子「(乗り換え案内役として私が付き添って、ボディガードとして鈴羽にも来てもらった)」

レスキネン「マホ! リンコ!」

真帆「教授! よかった、無事で……」

レスキネン「ふたりとも、大変だったね。リンコ、マホを守ってくれてありがとう。本当に世話になったね」

倫子「いえ、私はそんな」

レスキネン「それで、うちの研究室にはいつ頃来られるのかな?」

倫子「……少しでも早く行けるよう、勉強頑張りますっ」

真帆「私もあなたのことを待っているから、頑張って」

倫子「(そうだよ、私がヴィクコンへ行けば真帆を心配しなくて済む。今日からまた"紅莉栖"に……は、もう無理なんだっけ)」

レスキネン「事前に連絡しておいた通り、『Amadeus』へのアクセス権は今日ここで解除させてもらうからね」

レスキネン「"クリス"に、最後の挨拶をするかい?」

倫子「…………」


倫子「それじゃ、一言だけ」


prrrr prrrr


Ama紅莉栖『なに? 私にもお別れの挨拶してくれるの?』ムスーッ

倫子「……なに怒ってるの」

Ama紅莉栖『別に。というか、私なんかよりも、真帆先輩にはちゃんとお別れのハグはしたの?』

倫子「ハ、ハグ? それって、したほうがいいの?」

真帆「ここは日本よ、"紅莉栖"。恥ずかしいこと言わないで」

Ama紅莉栖『……岡部、向こうで待ってるわよ。早くレスキネン教授の助手になりなさい』

倫子「(フブキや、他の脳炎患者のためにできることがある。頑張らないと、私)」

Ama紅莉栖『これ以上、真帆先輩がうちの同僚にからかわれてるのを見てられないから。あなたがくれば、守ってくれるんでしょ?』

真帆「あなた、そんなこと思ってたの……」

倫子「そういうことなら、真帆ちゃんは私が守らないとねっ!」フンス

真帆「ちゃん付けっ! ……これじゃ心労が2倍になりそうだわ」ハァ

レスキネン「Haha! 賑やかになりそうだね」ニコ




鈴羽「"教授"、ね……」チラッ

京成線上り列車車内


倫子「レスキネン教授が怪しい?」

鈴羽「確証は無い。ただ、未来にね、"教授"っていうコードネームで呼ばれる影の存在が居たんだ」

鈴羽「そいつは色んな情報を裏から操作して、各組織を翻弄してた。洗脳してスパイを作り上げるプロだ、っていう噂もある」

鈴羽「"ワルキューレ"でしか知り得ない情報も持ってたこともあったんだ」

鈴羽「そのせいで、"ワルキューレ"の仲間たちが、洗脳させられて、スパイにされて、廃人になっていくのを、あたしは見てきた」

倫子「っ……」

鈴羽「もしかしたら、"教授"はあたしたちの誰かと接触してた可能性が――」

倫子「ちょ、ちょっと待って。いくらなんでも……」

鈴羽「注意しておくに越したことは無い、ってこと。レスキネンとかいう人は、"ワルキューレ"にとっては間違いなく部外者だからね」

鈴羽「同時に、リンリンが心を許しかけているイレギュラーでもある。比屋定さんや牧瀬紅莉栖とも繋がりがある」

倫子「それは……」

鈴羽「ク、比屋定さんは、いずれ必ず日本へ戻ってきて、ワルキューレに合流することになる」

鈴羽「だから、リンリンがアメリカに行く必要は無いよ」

倫子「…………」シュン


鈴羽「……必要が無いってだけだから。別に、行っちゃっても、いいけどさ」

鈴羽「どうせあたしは今年の7月には居なくなる」プイッ

倫子「……そう言えば、かがりのこと、何かわかった?」

鈴羽「ああ、父さんから聞いてたんだっけ。ううん、今のところ、何も」

鈴羽「でも、確実に未来は良い方向に向かってる。シュタインズゲートへと近づいてる気がするよ」

倫子「未来……。ねえ、かがりはまゆりとどうやって出会ったの?」

鈴羽「あたしもまた聞きした程度だから、詳しくは知らないけど……って、それこそリンリンお得意の未来視で視ればいいんじゃない?」

倫子「ああ、あれ。全身がダルくなるから嫌なんだけど……でも、確かにそっか。まゆりの脳を使って、全力の未来視をすれば」

未来ガジェット研究所


まゆり「トゥットゥルー♪ ただいまなのです! 今日はまほニャンちゃんのお見送りに行けなくてゴメンね~」

倫子「まゆりはまだ高校生だから、ちゃんと学校に行かないとだもんね」

鈴羽「それで、どうする?」

倫子「……それじゃ、3人でマラソンしよう」

鈴羽「マラソン? 持久走のこと? なんで?」

倫子「1年以上先の未来を視るには、ちょっと体が疲れてる必要があるんだよ」

まゆり「いいねぇ~♪ まゆしぃね、今学校の体育の授業でマラソンをやっているのです」

鈴羽「走るのはいいとして、どこを?」

倫子「……アキバを。黒木さんたちが監視してる範囲で」


・・・

まゆり「はふぅ~、いい汗かいたね~」

鈴羽「椎名まゆりは、その動きにくそうな服装でよくあのスピードを維持できたね……少し見直したよ」

鈴羽「それで、リンリンは――」

倫子「」コヒュー

まゆり「オカリン、頑張りすぎだよ~。体力無いんだから、無理しちゃダメだよ?」ナデナデ

倫子「ふ、ふたりが早すぎるんだよ……追いてかれないように、必死で……」ゴフッ

鈴羽「それで、リンリン。やることやっちゃえば?」

倫子「う、うん……まゆり、ちょっと頭借りるね」

まゆり「ふぇっ? うん、いいよ~♪」

倫子「(手を握って……意識を集中させて……)」ギュッ

倫子「(まゆりの現実の拡張するイメージ。未来方向へと時間を引き延ばして――)」


   ドクン!!


倫子「(きた……! い、しき、が――――)」

2011
2012
2014

倫子「(世界が早回しになって過ぎ去っていく――――)」

2017
2020
2024

倫子「(未来へと加速していく――――)」

2027
2030
2031
 ・
 ・
 ・

―――――
2032年頃
戦災孤児用養護施設隣の専用医療施設


まゆり「かがりちゃん。今日から私とあなたは、正式な親子になるのよ」


倫子『(大人のまゆりだ。ナース服を着てるけど、見た目はほとんど変わってない)』

倫子『(名札をつけてる……"二等養護官 椎名まゆり"? へえ、まゆりったら、そんな役職に……)』

倫子『(それで、この子が椎名かがりちゃんか)』


かがり「ほんと? ママが、かがりのほんとのママになるの?」

まゆり「ええ。そうよ。司法局の人がようやく許可をくれたの」

かがり「やったぁ! じゃあ、ここから出られるんだよね!?」

まゆり「……ごめんね。かがりちゃんは、もう少し、治療が必要みたいなの」

かがり「神様の声はね、病気じゃないもんっ! 治療、必要ないもんっ!」

かがり「『君はママを護るんだ。この世界を護るんだ。そのために君は生まれてきたんだよ』って! 病気じゃ、ないもん……」グスッ

まゆり「うん、ママもね、先生たちにそう言ってるんだけどね……」


かがり「ねえ、ママ。どうしてママは、私に"かがり"って名前をつけたの?」

まゆり「それはね、暗い世界を照らす、"篝火"になってほしい、って思ってつけたのよ」

かがり「"かがりび"って?」

まゆり「夜の海を航海しようとすると、明かりがなくて、迷子になっちゃうでしょ?」

まゆり「そうならないために、火をたいて、行くべき路を照らすの」

かがり「それじゃ、どうしてかがりを選んだの? 私以外にも戦災孤児の子は居たのに」

まゆり「うーん……ある人の面影があったから、かなぁ」

かがり「ある人?」

まゆり「私の大事な人の、大事な人……。私は覚えてないんだけど、きっと、私の友達だった人」

まゆり「私に、命を渡してくれた人……」


倫子『(紅莉栖か……。まゆり、そんなことを思って……)』


かがり「私って、そんなにその人にそっくり?」

まゆり「うん。初めてかがりちゃんに会った時、本当にビックリしたんだから」

まゆり「かがりちゃんに出会えたことは、運命だったって思ってるんだよ」ニコ

かがり「えへへ~、やったぁ!」


老医師「どうもこんにちは、C397番――じゃなかった、かがりちゃん。それに椎名さん。もうお昼は食べましたか?」


倫子『(C397? そう言えば、β世界線での鈴羽のタイムマシンの型番がC204か203だったと思うけど……いや、関係ないか)』


かがり「あ、先生! うん、ホットケーキ。ママが作ってくれたんだよ」

老医師「ほほう? 少しは美味しく焼けるようになったのかな?」

かがり「ママの悪口言ったらダメ。……まだちょっと黒焦げだったけど」

まゆり「もう、ふたりしてからかわないでください」

老医師「ハハ、これは失礼」


倫子『("先生"と呼ばれたあの老人……見たことは、ないな。もちろん、あのガタイの良いレスキネン教授の21年後の姿とも思えない)』


老医師「それじゃ、かがりちゃん。さ、行こう」

かがり「……ねぇ、先生? まだアレするの? 頭痛くなるからやだなあ」

まゆり「あの、あまりかがりちゃんの身体に負担になるようなことは……」

老医師「ふむ、そうですね。痛みを紛らわすために、楽しくなる工夫も考えてみましょう。痛いのが好きになってしまったりしてね、ハハ」

まゆり「はぁ……」

老医師「治療を続けてよろしいですね、"お母さん"?」

まゆり「えっ? ――あ、はい!」



―――――


倫子「―――――っ」クラッ

まゆり「オ、オカリン? 大丈夫? マラソンで疲れちゃった?」ダキッ

鈴羽「どうだった? 視れた?」

倫子「……まゆりは、良いお母さんになるよ」

まゆり「えっ? と、とと、突然、どうしちゃったのかな」テレッ

倫子「鈴羽。私の視た未来に、レスキネン教授は居なかったよ」

鈴羽「……でもそれは、椎名まゆりが視ることになってる景色だ。かがりの視点からだったら、また何かが違う――」

倫子「鈴羽っ。仮に教授がその"教授"だったとしても、それは今じゃない」

鈴羽「っ……」

倫子「ダルに調べてもらってわかったけど、アメリカはSERNの情報を監視しまくっているらしい。ロシアも入れて、勢力は三つ巴の均衡状態にあるはず」

倫子「これが崩れない限りは、まだ世界は大丈夫。まゆりだって、今度高校3年に進学したら、大学のことも考えないといけないし」

まゆり「なんのお話~?」

鈴羽「……わかったよ。あたしはかがりを探すし、リンリンは勉強する。父さんがシュタインズゲートへの道を見つけるまでは」

鈴羽「それで、いいんだね」

倫子「……ごめん」



まゆり「……オカリン」


・・・
2011年6月25日土曜日 朝
岡部青果店 倫子自室


倫子「(あれから半年経った。まゆりも私も無事進級できた)」

倫子「(夏……あの出来事があってから、もう1年になろうとしている)」

倫子「(1月以来、ラボにはあまり足を運ばなくなってしまった。ゴミ置き場から拾ってきたクーラーのおかげで多少は快適になってはいるが……)」

倫子「(最近は家で自分の勉強をするか、まゆりの勉強を見てやってばかりだな……)」

倫子「(昨日も遅くまで数学と格闘して、気付いたら寝落ちしてた……ふぁぁ……)」


岡部父「おーい、倫子。まゆりちゃんが来てんぞー!」

まゆり「はわわ、ダメだよおじさん。そんなに大きな声を出しちゃ~。まゆしぃがちゃんと起こしてきてあげるから」


倫子「(どうやらまゆりがうちに来たらしい……けど……)」ウトウト


まゆり「トゥットゥルー?」

倫子「ううーん……ちょっと待って。もう少し、時間を頂戴……」ムニャムニャ

まゆり「わぁ~、またこんなにたくさん難しそうな本を並べて、遅くまで勉強してたの?」

倫子「あと、5分……」zzz

まゆり「えへへ……お寝坊さんには、いたずらしちゃうよ~?」ワキワキ


ムニュ

倫子「(むにゅ? 首の後ろに柔らかい感触が……てか、重い……去年より大きくなってるな……)」

まゆり「ふぅーはははは。さぁ、どうだ、寝苦しかろう? 助かりたくば、さっさと起きるがよい。ふぅーははははは」

まゆり「……早く起きないと、お、起きないと、悪のまゆしぃが、その……もっともっとオカリンにくっついちゃうぞ、ふはははは~ぁ」カァァ

倫子「……恥ずかしいなら言わなくていいのに」ウトウト

まゆり「わわわっ、ごめんねオカリンっ。ウソだよ、ウソっ」アセッ

倫子「……?」ウトウト

まゆり「(この間、オカリンを起こしに来た時は、寝言で紅莉栖さんの名前を呼んでたんだよね……)」

まゆり「(まゆしぃもテレビで紅莉栖さんの写真やVTRを見たけど……うん、綺麗で素敵な女性だった)」

まゆり「(きっと、オカリンの心の中ではまだ生きてて、大好きで大好きでたまらないんだろうなぁ……)」ウルッ

まゆり「あはは、やだなぁ~。オカリンの眠そうな顔を見てたら、まゆしぃまであくびが出ちゃったのです」

まゆり「まゆしぃがお部屋のお掃除するからね、オカリンはちゃんとお布団で寝たほうがいいよ? ほらっ」

倫子「いつもごめんね、まゆり……」ウトウト

まゆり「……まゆしぃはね、まゆしぃのために勝手にやっちゃう子なんだよ。だから、自分勝手なまゆしぃでごめんね」

倫子「……ちょっとだけ、ちょっとだけ寝る……」バタッ

倫子「……ぐぅ」スピー



まゆり「――まゆしぃでごめんね」


・・・

紅莉栖『ちょっと倫子たん? こんな簡単な問題も解けないんでちゅか? 脳みそ小学生かなー?』

倫子『と、解けないのではないっ! よりよい解答がないか、深く考察を重ねているだけだっ!』

紅莉栖『はいはい可愛い言い訳乙。でも、そんなんじゃヴィクトル・コンドリア大学に留学しようなんて夢のまた夢よ?』

倫子『くそぅ、クソレズの分際で馬鹿にしおって……!』

紅莉栖『ク、クソレズって言うな! それに、生まれながらの天才なんて居ないわ、私だってそれなりに努力はしたし』

倫子『だから、オレだってお前を見習ってこうして必死に勉強しているのではないかーっ』

紅莉栖『独力じゃ非効率すぎない? 変なプライドとか捨てて、誰かに教わればいいでしょ?』

倫子『そんな頭のいいヤツがまわりにいれば、苦労せん』

紅莉栖『橋田は?』

倫子『セクハラしてくるからダメ』

紅莉栖『ブチ殺し確定ね』


紅莉栖『それで、あんたがどうして正座させられてるかわかってる?』

倫子『……英語のテストで0点を取りました』シュン

紅莉栖『ふ、ふふ。ダメよ、まだ笑うな、牧瀬紅莉栖……こらえるんだ……し、しかし……』ニヤニヤ

倫子『この女殴りたい……!』

紅莉栖『そうね、罰の内容は何にしようかしら……ここはひとつ安価でも取って……』ブツブツ

倫子『……ううむ、こうなったら仕方がない。クリスティーナよ』

紅莉栖『なんですか、鳳凰院ちゃん』

倫子『ちゃんを付けるな! その、たいへん屈辱的だが……お前に、オレの勉強を教えさせてやる』

紅莉栖『キタ――(゚∀゚)――!! 勝った!! 第三部完ッ!!』グッ

紅莉栖『だが断る』

倫子『な、なにぃ!?』


倫子『ど、どうして……?』ウルッ

紅莉栖『ぐっ、かわいい……それは、その……』タジッ

紅莉栖『…………。まゆりに……悪い、でしょ?』

倫子『へ? な、なにが?』

紅莉栖『だってっ……私とあんたが、その……ずっと一緒にいたりすると……彼女が悲しむから……』

倫子『だったら、3人で一緒に居ればいい。ううん、ダルもルカ子もフェイリスも鈴羽も、萌郁も店長も綯も含めて、みんなで居ればいい』

紅莉栖『……ホント、どうしようもなく良い子ね。岡部さんって』

倫子『岡部さん……? なあ、どうしたんだよ、急に。"紅莉栖"』

Ama紅莉栖『気安く呼ばないでください。自分が守るって決めた人を、困らせるようなことをしないでください』

倫子『困らせる? オレが、私がいつまゆりを困らせたって言うの? ねえ、教えてよ!』



真帆『ちょっとあなたたち、いい加減にしてくれないかしら』


真帆『痴話喧嘩なら他所でやって頂戴。うるさくて研究の邪魔よ』

倫子『えっと、比屋定さん……?』

真帆『なに?』

倫子『それは、いったいなんの研究を?』

真帆『ナットウキナーゼが大脳辺縁系に及ぼす新たな効果の研究よ。私はこれでノーベル賞を狙っているの』

倫子『(ノーベル賞!!!!)』

Ama紅莉栖『というか先輩、悪いのは女たらしの岡部さんです。私には、非も落ち度もありません』

真帆『あー、はいはい、ワロスワロス。あれだけ色々言い訳してたくせに、結局女の子に目覚めちゃうAIの人って』

Ama紅莉栖『先輩だって人のこと言えないじゃないですか!』


真帆『あなたとは本質的に違うわ。私と岡部さんは一晩を共に過ごしたのよ? 体を慰め合ったのよ?』

倫子『へっ? ……あ、そうだったね、真帆。あれ?』

紅莉栖『わ、私とだってそうです! 先輩より倫子たんをペロペロしたのは先だったんですー!』

まゆり『それなら、まゆしぃのほうがクリスちゃんより先にキスをしたよー? それも2回も』エッヘヘー

フェイリス『フェイリスだって一緒に体洗いっこしたニャン! ベッドの中で、ゴニョゴニョもしたのニャ♪』

かがり『私も、オカリンさんと一緒にお風呂入ったー!』

るか『い、いいなぁ、かがりちゃん……』

鈴羽『あたしだって、リンリンにはオムツ替えてもらったりしてたんだからね! 赤ん坊の頃の話だけど……』

綯『凶真様! はい! 凶真様!』

萌郁『…………』ピロリン♪

倫子『"私だってアパートで泣いてる倫子ちゃんを抱きしめて、ケバブを食べた後一緒に夜を明かしたこともあるんだゾ☆ (≧▽≦)"……』

倫子『……なにこれ、修羅場?』ゴクリ


倫子『あ、あれ……突然、景色が変わって……』ドクン


パラララッ パララッ パラララッ

ウーウー カンカンカン

キュルルルルルルルルルルル ドゴォォォォォォッ!


るか『……そんな岡部さんが……ボクは……。…………』バタッ

フェイリス『凶真ぁ……るかが……るかがぁ……っ!』ポロポロ

萌郁『抵抗するなら、比屋定博士……この女を、殺す』

真帆『永遠に愛してるわ―――――――――』プシャァァァァーーーーッ

鈴羽『死なないって言ってるだろ! たとえあたしがこの拳銃を椎名まゆりに向けて、引き金を引いたって―――』ガチャッ パァン!!

まゆり『やっと、まゆ……しぃ、は、……オカリンの……役に……立て……たよ……』バタッ

かがり『うわああああああああああああっ!!!!!!!! 死ねっ! 死ねぇっ!!』ザシュッ!! グサッ!!

綯『牧瀬は殺すわけにはいかないからな。足だけ潰してやるよ』ザシュッ

紅莉栖『こんな……終わり……イヤ……。たす……けて……』



倫子『な……なん、だよ、これ……っ』プルプル




  「きゃあああああああああああああああああ――――――――――――!」




・・・


倫子「――――っ!!」ガバッ

倫子「……うぅっ……うぐ……ひぐっ……」ポロポロ

倫子「はぁはぁ、はぁ……」グシグシ

倫子「最悪だ……頭が、おかしくなりそう……」ハァ

倫子「……汗びっしょり。パジャマ、洗濯機に入れないと。安定剤も飲まなきゃ」

倫子「――ん? 納豆の臭い……真帆のノーベル賞の正体はこれか」クンクン

倫子「でも、あれ? おふくろは確か今日、商店街の夏祭りの相談だかで、会議所に出かけているはず」

倫子「親父か? 珍しいな、あの堅物が料理するなんて」

台所


倫子「(替えの服、洗面所に置いといたのに無かったから、下着のままになっちゃった)」

倫子「親父、私の着替え、外に干してる――――!?」

まゆり「あ~、オカリン。トゥットゥルー。お洋服、着てきたほうがいいよ~?」トントントントン

倫子「まゆり――――」ダキッ

まゆり「ふぇ? わわっ! あ、危ないよ、ほーちょーほーちょー!」パタパタ

倫子「(良かった、まゆりが生きてる……)」グスッ

まゆり「……怖い夢でも見ちゃったのかな。ごめんね、まゆしぃが起こしてあげられなくて……」ギュッ

倫子「(制服エプロンとは、可愛い奴め。ダルには絶対に見せられないな……って!!)」クンクン

倫子「な、なな、なんで納豆にわかめとみかんとオクラを混ぜてるの!? いや微妙においしそうだけども!」

まゆり「えっへへ~、テレビでね、頭がよくなる料理っていうのをやってたから、オカリンに食べさせてあげようと思って」

倫子「……気持ちはありがたいけど、まゆりがそういうのに手を出すと凄惨な未来しか視えないから、その辺でやめておこう?」

まゆり「え~。これでも由季さんに鍛えてもらってるんだよ~?」グサッ グサッ

倫子「んもう、ほら。私も手伝うから。えっと、私のエプロンは……っと」

まゆり「わ~い、オカリンと一緒にお料理だ~♪ っていうかね、下着エプロンはレベル高すぎだお~」

倫子「ダルみたいなこと言ってないで。それ、取って。あと、それとそれも」

まゆり「はーい」


倫子「――はいっ、完成。うん、まゆりもよく頑張った」

まゆり「え、えへへ、まゆしぃはね、これでも、やればできる子なのです」テレッ

岡部父「おう、飯出来たか、まゆりちゃ――――倫子!? おめぇ、なんつーカッコしてんだ!?」

倫子「え? あ、ああ。今着替えてくるよ、汗も乾いたし」

岡部父「お、おま、裸エプロンて、いや、俺は父親だぞ、何をその、ぐわぁぁーーっ!?」

倫子「しっ、下着は着とるわ! このHENTAI親父がっ!」

まゆり「今のうちにコッソリスマホで写真を……」

倫子「まゆり? その右手は何かな?」ニコ

まゆり「あ、あはは、なんでもないのです……」


岡部父「美味い美味い! まゆりちゃんは、やっぱり最高だな!」

まゆり「で、でも、オカリンと由季さんのおかげなので~」モジモジ

倫子「何を企んでるんだ、親父?」

岡部父「そりゃおめぇ、ウチの嫁に来て貰うためだろうが」

倫子「ああ、はいはい嫁ね……嫁っ!?」

岡部父「だからなっ! 椎名の頑固親父にガツーンと一発言ってやってくれ! 倫子とまゆりちゃんはウチで暮らすんだってな!」

まゆり「お、おじさん!?」

岡部父「今日も椎名の野郎と喧嘩してきてな、あいつったらよ、倫子とまゆりちゃんは自分の家で暮らしてもらうっつって、聞かねえんだわ!」

倫子「(勝手に話が進んでいる!?)」

椎名父「おい岡部ぇ! 勝手なこと騒ぐな! 外まで聞こえてるぞ!」ガララッ

まゆり「お父さんっ!?」ビクッ

倫子「椎名のおじさんまで……おいおい……」

椎名父「ふたりはウチで幸せに暮らさせるって、母さんの遺言にあるんだからな!?」

まゆり「おばあちゃんの……?」

岡部父「嘘を吐くんじゃねえ! だったらショーコを見せてみやがれショーコを!」

椎名父「証拠の手紙は色ボケ親父が失くしちまった。けど、俺の記憶の中にはある!」

まゆり「まゆしぃがよく物を失くすのは、おじいちゃん譲りなのです……」

岡部父「んなもん、無ぇのと一緒だバッキャロー!」

倫子「(や、やかましい……!)」

池袋 サンシャイン60通り


倫子「結局逃げるように家を出てきてしまった……なんかごめんね、まゆり」

まゆり「ううん、ちょっとビックリしたけど、まゆしぃはちょっぴり嬉しかったよ……」

倫子「え? なに?」

まゆり「な、なんでもないのです。それにしてもオカリン、髪が伸びたねぇ、ゆるふわ系?」アセッ

倫子「鈴羽の髪と同じくらいの長さかな、髪を解いた時の。このくらいがさ、井崎とか教授先生方にウケがいいんだよね」

倫子「でも、こんなに暑いから、まゆりくらいに切っちゃいたいよ」アハハ

まゆり「そ、そうなんだ……」

倫子「しかしあのクソ親父、使いまでさせるとは、試験勉強中の娘をなんだと思ってるんだ。値札くらい自分で作れっての」

まゆり「でもね、まゆしぃ、キレイなイラスト入りPOPを作ってみたいから、お使い嫌じゃないよ?」

倫子「野菜の値段札と同人誌のを一緒にしないでね……というか、暑い、溶ける……」ハァハァ

まゆり「大丈夫、オカリン? ちょっと休む?」

倫子「うん、そうしよ……」グテーッ

スタベ


まゆり「オカリンオカリン、こうして週末に2人でお店に来ると、なんだかリア充さんみたいだね」

倫子「リア充も大変だよ。街で知り合いに会ったらすぐ笑顔を作らなくちゃ、って気を張ってないといけないし」ハァ

まゆり「大変だねぇ」

女性店員「ご注文をどうぞぉ♪ って、あれ? 倫子さん? やだー、ぐーぜーん!」

倫子「え? あ、お茶女のハナさんじゃないですかー! えー、ここでバイトしてるですか?」

まゆり「えっ……」

女性店員「そうなのー! ちょっと遠いんだけど、スタベでバイトするのに憧れちゃってさー」

倫子「ハナさん、制服すっごく似合ってますよ~!」

女性店員「ホントにー? 倫子ちゃんの服も可愛いよ~? あ、よかったら今度さ――」

まゆり「えっとぉ、まゆしぃは、アイス・マンゴーティにしようかな」

女性店員「あっ、ごめんなさーい。仕事しなきゃだねー」テヘッ

倫子「もう、ハナさんったらー。じゃ、私はカフェモカをアイスでー」

女性店員「サイズはいかがいたしましょうか? なんてー」

倫子「キまってますねー。それじゃ、ショートで。まゆりもそれでいいよね?」

まゆり「う、うん。いいよ~」

女性店員「ショート、アイス、カフェモカ、ワン! ショート、マンゴーティー、ワン! プリーズ!」

倫子「わぁ~、ぽいぽい!」パチパチ

まゆり「…………」


倫子「はぁ……」ジュゴー

まゆり「オカリン、疲れてない? 大丈夫?」

倫子「んまあ、昨日も遅くまで起きてたし……数学で、答え見ても理解できない問題があってさ……」

まゆり「そうじゃなくて、その……オカリンがね、女の子で居ることに、だよ」

倫子「え? いや、私は女だけど」

まゆり「ううん、そうじゃなくて、えっと、ね! だから、その……」

倫子「……"鳳凰院凶真"だった頃のほうが、楽だと思った?」

まゆり「あっ……うん」

倫子「今になって思えば、どっちもどっちかな。あっちはあっちで色々疲れることも多かったし」ジュゴー

倫子「それに、今の外面のほうがテニサーや研究室でウケはいいしね。未来に繋がることを考えたら、少しくらいは大変でも構わないよ」

まゆり「うん……そっかぁ」エヘヘ


まゆり「じゃあ、まゆしぃは絶対にオカリンと同じ大学に入って、テニス同好会に入らなきゃね!」

倫子「えっ?」

まゆり「そうしたら、テニスや合コンで頑張ってるオカリンを、フレー、フレーってそばで応援してあげられるから!」

倫子「あ、あはは。すごく嬉しいけど、合コンで応援されたら困るかなぁ」

まゆり「えぇ~、どうして?」

倫子「まゆりにはまだ早いっ」ツンッ

まゆり「むー。なんか、オカリンってばお母さんみたいだよー」ムスッ

倫子「ふふっ」

東京ハンズ 文具売り場


倫子「――これで全部かな。私が会計しとくから、その辺ブラブラしてきていいよ」

まゆり「えっ……あ、うん。わかったー。それじゃ、上の階のキャラグッズ売り場に行ってくるね」

倫子「うん」



上の階


倫子「(さて、まゆりは……お、いたいた)」

まゆり「オカリン、こっちこっち! 見て見てこれ!」

倫子「ん? 普通のうーぱ? メタルじゃなくて」

まゆり「ちっちっちー。違うんだな~。これはね、緑のうーぱさんだけど、普通とは違うの」

倫子「……あれ? でもこれ、どこかで見たことあるような……っ!」ドクン

倫子「(これ、未来でかがりが持ってたヤツだ! そっか、これをまゆりは未来で娘に……)」

まゆり「この前やってた映画に登場した、"緑の妖精さんうーぱ"なんだよ。CMで見たんじゃないかな?」

倫子「あ、うん。テレビでサブリミナル的に見てたのかも」アセッ

倫子「(かがりの居場所に繋がるかわからないけど、後で鈴羽にRINEで連絡しておこう)」

まゆり「その映画ではね、ばーちゃる世界で悪のハッカーたちとバトルをするんだけど、そのばーちゃる世界が"妖精さんの住む森"なんだー」

まゆり「それでね、それでね! ……! ……!? ……!!」

倫子「(……やっぱりまゆりもオタクなんだなぁ)」フフッ


まゆり「このキーホルダー、すっごく人気があって、どこのお店でも売り切れだったんだよ! しかも、これが最後の一個だったんだー」

倫子「よし。それ、貸して。私が買うよ」

まゆり「ええ? だ、だめだよぅ! これは、まゆしぃが先に見つけたのです~っ!」

倫子「違うわっ! 誰がお前の欲しがってるキーホルダーを横取りなんてするかっ!」

まゆり「じゃ、じゃあ、どういうこと……?」

倫子「いや、その……今日、食事を作ってくれたしさ、店の手伝いもしてくれるでしょ。このくらいのお礼はさせて」

まゆり「で、でも……」タジッ

倫子「普段から私、まゆりの世話になってるし……いろんな感謝の気持ちだから。本当はもっと高価で洒落た物のほうがいいんだろうけど」

まゆり「オカリン……」ジワッ

まゆり「ありがとう、オカリ~ン!」ダキッ

倫子「うおわっ!? や、や、やめて! こんな公衆の面前でっ!」カァァ


「あらあら、若いっていいわね~」

「あの子たち、可愛いね」

「ハァハァ……」


まゆり「えへへ、嬉しいな~。オカリンからのプレゼントだ~」ニコニコ

倫子「去年だってメタルうーぱをプレゼントしたでしょ! 嬉しいのは分かったから、離れてっ! 恥ずかしいーっ!」グイグイ

まゆり「まゆしぃね、これ、ずっとずっと大切にするね」エヘヘ

倫子「……今度は失くさないでね?」

まゆり「うんっ!」ニコ

倫子「(これから25年間も大事に持ってるなんて、まゆりは可愛いな)」フフッ


倫子「さてと、帰ろっか」

まゆり「お店のPOP作らなくちゃ!」

倫子「あー、その作業があったね……」

まゆり「オカリンはお勉強してて? まゆしぃがやるから」

倫子「いやいや、まゆりこそ勉強しなよ。受験生でしょ」

まゆり「だからー、POPを作った後で、まゆしぃの勉強を見て欲しいのです――――あっ」

倫子「ん? どうした?」

まゆり「ちょっと前にね、カエデちゃんからメールが来てたの。気付かなかった」ピッ

まゆり「えっ、嘘……」

倫子「どうしたの?」

まゆり「オカリン、前に言ったよね? フブキちゃんは、病気じゃないって」

倫子「う、うん。あれが病気だったら、私なんか重病人だもん」

まゆり「でも……見て、このメール」スッ



差出人:カエデちゃん
宛先:椎名まゆり
件名:ふぶきちゃんの件

フブキちゃんまた入院しちゃった。
これから行ってくる。病院ここ 
http://www.XXXXXXXXXX――


NR山手線内回り車内


ガタン ゴトン ガタン ゴトン

倫子「(どういうこと? リーディングシュタイナーによる記憶障害が悪化するような世界線変動は起きてないはずなのに……)」

まゆり「フブキちゃんが入院した病院って、たしか……」

倫子「……うん。私が前に入院してたとこ。あんまり良い噂を聞かないから、ちょっと心配だな」

倫子「(あそこは300人委員会と繋がってるって紅莉栖が言ってたから、SERNがリーディングシュタイナーの解明に乗り出した、とか?)」

倫子「(困ったな……時間は待ってくれない、か。こんな時に紅莉栖が、あるいは"紅莉栖"が側に居てくれたら……)」

倫子「(……そう言えば、この世界線での紅莉栖も、"栗悟飯とカメハメ波"だったんだよね?)」

倫子「(いや、まさか……検索したところで……)」ピッ ピッ


   "栗悟飯とカメハメ波"


倫子「あ、あった!!」ビクッ

まゆり「えっ? 何があったの?」

倫子「えっーと……フブキの病気に関するヒント、かな。いや、病気じゃないんだけど」


倫子「(2008年から@ちゃんに書き込んでる。にしても、書き込み過ぎでしょ、これ)」

倫子「(……タイムマシンに肯定的だ。この世界線では鈴羽が2000年――紅莉栖が父親と喧嘩別れする前――に世界線理論を提唱してたことが関係してるのかな)」

倫子「(最後の書き込みは……2010年7月27日、か。内容は、中鉢博士の記者会見を馬鹿にするレスに噛みついてるもの)」

倫子「(これを最後に……ん? いや、待って。これが最後じゃない? 2010年12月1日?)」

倫子「(この日はたしか、学園祭の翌日……レスも電機大に関する内容だ)」ゾクッ

倫子「(待て待て。じゃ、えっと、最新は? ……昨日の夜!? レス内容は相対性理論について、か……)」


409: 栗悟飯とカメハメ波
2011/6/24(金) 21:45:11 ID:m/7Co+RKO
>>401あなたはマイケルソン&モーリーの実験をベースに
相対性理論が導かれたとか言っちゃう一派でしたか
どうも話が合わないと思いました
初歩から出直せwwwうぇwっうぇww
>>405鳳凰院ちゃんを呼べ話はそれからだ


倫子「(……相変わらずクソコテだなぁ。人工知能のくせにわざとタイプミスするとか)」フフッ

倫子「(一応なりすましの可能性もあるけど……コンタクトを取って確認してみようか?)」

倫子「(ハンネは、鳳凰院凶真でもいいけど……いや、ここは)」ピッ ピッ


名前 サリエリの隣人
ほほう、香ばしいのがまぎれこんでいるな
確かにあの実験はエーテルの存在を確かめるためのものでしかなかったが
アインシュタインの一助となったのは否定出来まい
結果的に見れば同理論の元と解釈してもいいのだ
そっちこそ出直すがいい
      <<書き込みをする>>


倫子「(このやりとり、懐かしいなぁ。あの時は紅莉栖に論破されたから、今回も間違いなく――)」

倫子「さぁて……あとは、レスキネン教授か真帆が"Amadeus"をいつ立ち上げるか、だ」

AH東京総合病院付属 先端医療センター


倫子「(私やまゆりが前入院した病棟とは別の建物か……。って、まゆりの入院は無かったことになったんだった)」

倫子「(さっきネットで調べたけど、フブキ同様、日本中の新型脳炎患者はここに集められてるらしい)」

倫子「(……思ったより、綺麗で良いところだった。300人委員会との繋がりがあるなんて、やっぱり妄想だったんだろうか)」

カエデ「まゆりちゃん、オカリンさんっ」

由季「こっちですっ」

まゆり「フブキちゃんは?」オロオロ

由季「……大丈夫だよ、ママ」ダキッ

まゆり「わふ、え? ママ?」キョトン

由季「え? あ、いえ! 私ったら、とんでもない言い間違いを……」カァァ

倫子「ふふっ。由季さんでも、そういうことってあるんだね」

カエデ「みんな、慌てさせちゃってごめんね。私も、もっとちゃんと確認してからメールすればよかった」シュン

倫子「ってことは、フブキの容体は……」

カエデ「はい。例の病気が悪化したとかじゃないそうです」

倫子「じゃあ、また検査入院なんだ」

カエデ「はい、そう言ってました。だから全然心配ないって」

まゆり「な、なんだぁ。はぁぁ……よかったぁ……」ホッ


カエデ「フブキちゃん、今、MRなんとかっていう検査をしてるの。終わったらフブキちゃんのお母さんが声かけてくれるって」

まゆり「うん」

倫子「それにしても、先端医療センターって、こんなすごいところだったんだね。検査費用は国が?」

カエデ「フブキちゃんのお母さんの話だと、日本とアメリカ政府がお金を出して、新しい治療のプロジェクトを始めるみたいなんです」

倫子「アメリカ? フランスやロシアじゃなくて?」

カエデ「えっ? は、はい」

倫子「(そっか、それならまだ大丈夫なのかな……)」


??「だから、何度言えばいいのです? 患者は全員、個室にして下さい。それも、患者同士が接触しないよう!」

老医師「ですから、何度もご説明してます通り――」


倫子「あっ!! きょ、教授!? レスキネン教授!」

レスキネン「オー! リンコー!」ダキ――

由季「待って! ……びょ、病院内では、お静かに」グググ

倫子「(ひえっ……あの巨漢に締め上げられる直前に、由季さんが間に入ってなんとか止めてくれた)」ホッ

倫子「(由季さんって結構力持ちなんだな……まあ、あの鈴羽の母親ならさもありなん、ってところか)」

レスキネン「おおっと! これは失礼! つい嬉しくてね、許しておくれ」


老医師「教授、このお嬢さんは?」

レスキネン「彼女は、あのクリス・マキセの後継者ですよ。いずれ、私の研究室にも来てもらうつもりです」

倫子「――えっ!?」ビクッ

老医師「なんと、そうかそうか。いやあ、こんなに美人な天才君がもうひとり居たとは。日本の、いや、世界の将来も明るいね」

倫子「あ、ありがとう、ございます……」

老医師「それじゃ、私はこれで。病室の手配をなんとかしてきますから」

レスキネン「よろしくお願いしますよ、院長先生」

倫子「(今の人、院長だったのか……) ちょっと教授! ウソはやめてくださいっ」

レスキネン「おや? 私はウソなんてついたかな? それとも、君は我が校に来る自信がないと?」

倫子「い、いえ……というか、その肩書は真帆に悪い気が……」

レスキネン「彼女はクリスの前任者でありセンパイだ。後継者と呼ぶべきではないと思うけどね」

倫子「なるほど……。あの、真帆も日本に?」

レスキネン「いや、今回は彼女はアメリカに居てもらったよ。昨年末から年始にかけて、物騒な事件にも巻き込まれてしまったしね」


レスキネン「で、リンコ? 君はどこか具合でも悪いのかい?」

倫子「えっ? あ、いえ! 今日はその、入院してる友人の見舞いで」

レスキネン「そうだったか。いや、君が怪我や病気をしたのではないかと、少し心配になってしまってね」

倫子「教授こそ、ここで何を?」

レスキネン「君も知っているだろう? 例の新型脳炎の件だよ」

倫子「あ……」

レスキネン「アメリカ政府の依頼で、精神生理学研究所が治療法を研究していたんだが、私にもお鉢が回ってきた、ということさ」ヤレヤレ

倫子「じ、実は、その、私がお見舞いに来た友人、中瀬克美っていうのが、その新型脳炎で――」

レスキネン「……ふむ。それは心配だね。我々も、日本の医師団も研究を進めては居るんだが、未知の現象ばかりでね……」

レスキネン「実はね、さっきミス・ナカセをMRIに見送ったんだが、彼女がなかなか興味深いことを言っていたんだよ」

レスキネン「『自分たちは病気じゃない。リーディングなんとかっていう特殊能力で、別の並行世界の出来事を夢で見ることができるのだ』、と」

倫子「(あ、あのバカ……っ!!)」アセッ


倫子「彼女はその、厨二病というか、妄想癖があるというか、ゲームと現実の区別がつかないというか……(ごめんフブキ)」

レスキネン「だが、私も調べていくうちに、実はそれが正しいんじゃないかと疑うようになってきたんだよ。まあ、この仮説は"非科学的"ではあるが」

検査技師「すいません、レスキネン教授! ちょっと!」

レスキネン「まったく、日本に来てから乾く暇も無いね。それじゃ、リンコ。また」

倫子「あ、はい! 失礼しますっ!」

まゆり「ふわぁ……なんか、すっごくおっきな人だったねー。まゆしぃ、ビックリしちゃったのです」トテトテ

倫子「(……ふぅ。私、柄にもなく緊張してたな、教授の前で)」

倫子「(まだ教授の前でリーディングシュタイナーについて、説明はできない。鈴羽に釘を刺されてるのもあるけど、そもそもどう説明していいのかがわからない)」

倫子「(だから、この案件は自分が研究者になって科学的な解を、と思ってたんだけど……間に合うかな……)」


・・・

カエデ「フブキちゃん、たくさん愚痴ってましたね。あれだけ元気なら大丈夫そうです」ニコ

由季「それじゃ、私はこれからバイトがあるので」

まゆり「うんっ、メイクイーンでのご奉仕、頑張ってニャン♪」

由季「頑張るニャン♪」

倫子「(そういや、まゆりと由季さんは同僚ってことになるのか。ていうかこの人、3月に大学を卒業してから就活浪人中なのか? 怖くて聞けないけど)」

まゆり「じゃ、まゆしぃたちも池袋に帰ろう?」

倫子「うん、そうだね」

NR山手線外周り車内


まゆり「がたんごと~ん、しんかんせ~ん」

倫子「小学生か、お前は。どこにも新幹線いないだろ?」

まゆり「えっへへ~、オカリンのツッコミはちょっと男の子っぽいよね」ニコニコ

倫子「(まさかわざとなのか、こいつ?)」

倫子「(そう言えば、昼間エサを撒いておいたあのカキコミはどうなって――?)」ピッ

倫子「あ……!」

まゆり「なになに? ふぃっつ、ジェラード?」


429:栗悟飯とカメハメ波
2011/6/25(土) 17:40:26 ID:m/7Co+RKO
>>409おいおい
あの実験を元にして仮説を立てたのは
フィッツジェラルドとローレンツだ
アインシュタイン自身は関係ないと言っている
>>423鳳凰院ちゃんのなりすましは漏れが許さない絶対にだ


倫子「(見事に釣れたな……ってか、私のなりすましが出没してるのか。8割がた"紅莉栖"のせいだろうけど)」


名前 サリエリの隣人
>>429この論破厨めwww
相変わらず屁理屈だけは得意だなwww
貴様はモーツァルトか?
     <<書き込みをする>>


倫子「(このカキコミには動揺せざるを得ないでしょ)」フフフ

まゆり「知り合いなの? その、栗ご飯さんって」

倫子「……まあね。古くからの知り合いだよ、たぶん」


430:深遠なる名無しさん:2011/6/25(土) 18:23:26 ID:TSYIoKp80
なに言ってだこいつ

431:深遠なる名無しさん:2011/6/25(土) 18:23:26 ID:137wMXu80
>>424
そもそも2036年には地球が滅びてるんじゃね?

432:深遠なる名無しさん:2011/6/25(土) 18:23:26 ID: E11ful9Co
荒木の顔は老けましたか?
富樫は連載再開しましたか?

433:深遠なる名無しさん:2011/6/25(土) 18:23:26 ID: FSkwAfjtP
>>386
ピンク髪のヒロインに当たりはいないと何度いえば
おっと、頼んでないのに蕎麦屋の出前が…

434:栗悟飯とカメハメ波:2011/6/25(土) 18:25:16 ID:m/7Co+RKO
>>430 あなた、いったい誰?

同日 日本時間19時30分
未来ガジェット研究所


ダル「真帆たんオッスオッス……ちょ、真帆たん、だいじょぶなん? いつもにまして不健康そうだけど」

真帆『……おはよう。次真帆たんって呼んだら、この画面から出ていって呪い殺してあげるわ』

ダル「ひぃぃぃ――っ! ジャパニーズホラーじゃねーか! ま、まあ、なんだかんだ呼ばれ慣れてる真帆□!」

鈴羽「どう、ク、比屋定さんとのビデオチャットの状況は。外部に漏れてない?」

ダル「完璧だお! 僕が知る限り、世界で一番超セキュア! な方法取ってるし」フフン

鈴羽「うん、このビルの周辺も大丈夫。それじゃ、通話を許可する」

鈴羽「第13回、ワルキューレ定例会議、開始」

真帆『……そっちの進展はどう?』

ダル「なんとか分解する前の状態に組み立て直したお。機能はほぼ再現できてると思われ……るんだけど……」

真帆『……うまくいかないの?』

ダル「うん、なんか安定しないっつーか。放電現象が起きなくてさ、フツーの遠隔操作式電子レンジになっちゃう時のが多い」

真帆『……その辺のところ、岡部さんに訊ければいいんだけど、無理でしょうね。私たちが影でこんなことしてるというだけでも泣かせてしまいそうだわ』

ダル「でも、嫌われるの覚悟でやってるんしょ? 真帆たん」

真帆『……ええ。それが岡部さんのためになるって、信じてるから』


真帆『……ぐぅ』zzz

ダル「ちょ、真帆たん、寝落ちかお!」

真帆『ふわぁっ!?』ドンガラガッシャーン

鈴羽「あーあ、また派手に転んで……」

真帆『……あ、危なかったわっ。出勤前なのに二度寝してしまうところだった』

ダル「つーか、頑張りすぎだお。無理して身体壊したら意味なくね?」

真帆『このくらい平気よ。これだけやっても、まだ"天才"にはかなわないんだから』

真帆『それに、鈴羽さんの理論が正しければ、たとえ私が身体を壊しても、いずれ再構成されるんでしょ?』

鈴羽「そりゃ、長いスパンで見ればそうですけど、明日にでも病院送りになりそうな人を前にそんなこと言えませんよ」

鈴羽「あなたには、2030年代まで戦ってもらわないと困る」

真帆『でも、まだ人間の記憶データを数KBに圧縮する方法すら見つかってないのよ? 紅莉栖はやってのけたのに……』イライラ

ダル「あう……」

真帆『ご、ごめんなさい、愚痴をこぼしてる暇なんて無かったわね。今日の報告、他になにかあるかしら?』


ダル「あ、もうひとつ報告あるお。前に調べて欲しいって頼まれてた件について」

ダル「前に真帆氏たちが地下駐車場で襲われた事件。あれの情報操作がすげー過激なんだよねぇ」

真帆『え? あの、表向きにはカルト教団の男が違法薬物で錯乱してどうの、ってやつでしょ?』

ダル「犯人の身元は警察発表通り、某大学の准教授でカトーって名前。ここはいいんだけど、そんな人物、どの教団にも所属してなかった」

ダル「@ちゃん見てるとさ、信者らしいのが"教団は無実だ"ってカキコするんだよ。そうすると一瞬でものすごい数の教団アンチが沸いてくるっつー」

ダル「@ちゃん含めてさ、たいていの大手サイトには24時間、ビジネスとして工作員が張り付いてるもんなんだお。で、あの事件、調べたらものすごい数の工作員が導入されてた」

ダル「僕のバイト先が襲われた事件も同じ」

真帆『……っ!』

ダル「試しに目撃者を装って、ロシアの特殊部隊を見たってスレ立てたらさ、まぁ、すごいのなんの。炎上しすぎて笑っちゃったお」

真帆『紅莉栖の事件をもみ消したのも含めて……一体、誰がお金と人を動かしているのかしらね』

ダル「それについても、僕のバイトのクライアントからちょちょいっと盗んだ情報なんだけどさ……」

ダル「――どっかの300人委員会メンバーが動いてるらしい」

真帆『出たわね、その名前』


ダル「やつらもバカじゃないから、情報をおおっぴろげにはしてない罠」

ダル「それに、300人委員会以外も動いてるはず。色んな組織が色んな動きしてるし、ひとつの組織でも一枚岩じゃないから、詳しいことはハッキングじゃわからんちん」

ダル「だから、もうひとつの方法でアプローチしてみてる」

真帆『……もうひとつの方法?』

ダル「真帆たん、真帆たん。世界最強のハッカーでも解けないパスワードを入手する方法って、なんだかわかる?」

真帆『……パスワードを知ってる人間の口を割る、ってことね』

ダル「そそ。だから今、300人委員会関係者の親戚とか、地縁関係を持った人間を当たってるところ」

ダル「そしたらちょうどいい人材が日本に居たんだよね。有名な委員会メンバーの息子でありながら、父親に反感を持ってるのが」

ダル「そいつを頼ってなんとか委員会の情報を引き出してみるお」

鈴羽「父さんにあんまり危険なことはしてほしくなかったけど、うん、あたしが全力で父さんたちを守るよ」

ダル「うまく行けば、僕たちの、いや、牧瀬氏の事件の裏で、何がどう動いてるのか、ハッキリクッキリまる見えになっちゃうんだぜ、ハァハァ」

ダル「そしたら後はいくらでも情報操作し放題。ゆっくり腰を据えてタイムマシン開発をするなら、まずは地盤を固めないとね」


真帆『……ありがとう。くれぐれも気を付けて。それじゃあ、そろそろ出かけるわね』

ダル「あ、真帆氏? 研究所から来日の許可っていつ下りそうなん?」

真帆『それが、何回も申請しているのだけれど、却下の連続なのよ』ハァ

真帆『いいわ、こっちにも考えがある――まぁ、とにかく近々そっちへ行くわ』ガタッ

ダル「ちょっ、あのさ、真帆氏? 出掛けるなら、もう1回、鏡を見てからにした方がいいと思うお」

ダル「……ブ、ブブ、ブラウスが、は、はだけてるでござるよ」ハァハァ

真帆『へ? ……きゃああっ!? き、気付いてたんなら最初に言いなさいっ、このHENTAIっ!』ウワァン

ダル「あぁ……いいよぉ、萌え萌えだよぉ……」タラーッ

ダル「って、危なっ! 危なすぐるっ! 鈴羽の母親が、もうちょっとで真帆たんになってしまうところだった!」

鈴羽「そんなことになったら世界線が変わっちゃうけど、でも"あたし"という意識が生まれることはOR物質に関する因果律で保証されるから、遺伝子的には違う"あたし"が誕生する……?」

真帆『……くだらないことを真面目に考えるなんて、あなたにも研究者の素質があるかも知れないわね、"橋田鈴羽さん"』

ダル「理論にしても開発にしても陰謀にしても、やっぱオカリンの協力がないとなー」

鈴羽「結局、そこなんだよね。リンリン……やっぱり、無理なのかな……」


鈴羽「――会議終了。今回もお疲れ様、父さん」

ダル「乙。いやあ、鈴羽という清涼剤があるからこそ僕は毎日頑張れるお」

鈴羽「あたしじゃなくて母さんと仲良くしてほしいんだけどな」

ダル「あ~、なんつ~の? タイムマシンよりも難題?」

鈴羽「ちょっとー! 困るよ、父さんっ」

ダル「う、うん……パパ、頑張るからね」

鈴羽「いっつも口ばっかり。いい、父さん? あたし、いつまでもこうやってお説教出来ないんだからね?」

鈴羽「……もうすぐ、行っちゃうんだよ?」

ダル「あ……」

鈴羽「だから、そういう顔もやめる。約束したはずだよ、もう迷うのは無しにしようって」

ダル「けどさ、寂しいもんは寂しいんだお……6年後にまた会えるって言ってもさ……」

鈴羽「……あたし、シャワー浴びてくる。その間に、母さんにメールして。予定の空いてる日曜とかないか、訊いといて」

鈴羽「で、空いてたら、僕と2人で映画行きませんか? って返信すること」

ダル「げー!? いきなりハードル高杉!」

鈴羽「高校時代から可愛い女の子とつるんでた人間の発言とは思えないなぁ……それで、返事は?」ギロッ

ダル「サー、イエス、サー!」ビシィ!!


ダル「あのぉ……すみません。メールは必ずしますんで、その前にちょっとだけコンビニに行ってきてもよろしいでしょうか?」

鈴羽「買い出し?」

ダル「今夜も徹夜になりそうだし、遅くならないうちに、と思いまして……」

鈴羽「……あたし、シャワー出たらアイス食べたい。バニラ」

ダル「……ホッ。ようし、わかったお! 超高級バニラを、キンキンの冷え冷えでお届けするのだぜ!」ダッ

鈴羽「あっ! 普通のでいいからねー!」

ガチャ キィィ……

コツッ

ダル「……ん? なんぞこれ?」ヒョイッ


ダル「うーぱのキーホルダー? ああ、チェーンが劣化して切れちゃったんだな。まゆ氏のかな?」

鈴羽「どうかしたの? ……それ、確かどこかで――――っ!!」ドクンッ

鈴羽「さっき、リンリンから画像付きでRINEに送られてきたのと、一緒のヤツだ……」ワナワナ

鈴羽「でも、古びてる……ってことは、これ……かがりの……?」プルプル

ダル「かがり、って……未来のまゆ氏の娘の?」

鈴羽「……うん」

ダル「それがなんでここに?」

鈴羽「あいつ……このラボも監視してるんだ」ゾワッ


―――――

   『世界を変えちゃいけないんだ! おねーちゃんはおかしいコト言ってる!』

   『かがりは元の世界に戻りたいだけだもんっ』

   『この世界を消すなんてダメだよっ! 絶対にやらせないからっ!』

―――――


鈴羽「ちょっと考えれば当たり前のことだったんだ。あいつは、あたしたちがシュタインズゲートに到達するのを阻止しようとしてる」グッ

鈴羽「あたしだけじゃなく、父さんもマークしてるかもしれない」

ダル「まゆ氏の娘に狙われるとか、全然緊張感わかない件について」

鈴羽「13年間行方不明になってたのに、こうしてあたしに気配を悟られることなくずっとあたしたちの側に居たんだ」

ダル「う、うおう……それは確かにヤバイ」

鈴羽「それでも、鎖の経年劣化、っていう、時間の摂理にだけは逆らえなかったみたいだけどね」


鈴羽「警戒レベルを上げたほうが良い。あと、それはあたしに預からせて」

ダル「うん。あ、でも、それならコンビニ行くの、やめるお」

鈴羽「うーん……父さんの命に危険は無いはずだけど、シュタインズゲートから遠ざけられることは避けたいし……」

ダル「なんなら一緒にシャワー浴びる?」ハァハァ

鈴羽「父さんになら身体を見られても別にいいんだけどさ、ここだと容積的に無理じゃない?」

ダル「ぐはっ! よおし、父さん、今日から痩せまくるんだからね……」ゴゴゴ

鈴羽「(でも、このまま守りに徹していいのか? もうあんまり時間は無いのに)」

鈴羽「(それならいっそのこと、釣ってみるか……"リンリン"が買ったっていう、コレで)」

鈴羽「……父さん。やっぱり、コンビニに行ってきて」

ダル「え? なんで?」

鈴羽「ちょっとあたしに考えがある――――」

シャワールーム


シャー キュッキュ

鈴羽「(サプレッサー付きオートマティック拳銃をソファの裏に隠してある。この狭い場所なら32口径が取り回しが良い)」

鈴羽「(そろそろか……? 談話室との間仕切りカーテンを少し開けて……)」

鈴羽「(……部屋の電気が消えてる。いや、消されてるんだ)」


……ミシッ……


鈴羽「(ビンゴ……! 開発室の奥だっ!)」ダッ


タッ タッ タッ! パシッ! クルッ!


鈴羽「そこまでだ。おかしな真似をしたら撃つ」スチャッ

鈴羽「――――探し物はコレか? "椎名かがり"」スッ

かがり「…………」


鈴羽「なぁ? 落としたらダメじゃないか。ママからもらった大切な物だろう?」

鈴羽「それに、お前は知らないだろうけど、これはリンリンが買ったものなんだ。粗末にするなんて、あたしには許せないよ」

鈴羽「この暑いのに、よくそんな格好をしていられるな? ヘルメットだけでも取ったらどうだ?」

かがり「…………」

鈴羽「だんまり、か。背中に隠してるナイフであたしを倒す算段でもしてるのか?」

鈴羽「無理だよ。マシンの中でベソベソ泣いてた子どもにはな」

鈴羽「ほら、どうした? 取りに来なよ。要らないなら捨てるぞ?」

かがり「"……鈴羽おねえ、ちゃ……お願い、返し、て……"」グスッ

鈴羽「(変声器? いや、録音を流してるのか?) ……かがり、お前、どういうつもりだ……?」

かがり「"お願い、返して、お願い……"」ヒグッ

鈴羽「…………」


鈴羽「(よく考えて見れば、かがりはまだ何もしていない。確かにラジ館屋上で話を聞かれたことはあったが……)」

鈴羽「(あの時、訓練されたプロの動きを見せた。訓練の目的は、ワルキューレの妨害だろう)」

鈴羽「(だけど、もし本気で妨害したいならあのタイムマシンを破壊したいはずだ。なのに、未だ破壊には至っていない)」

鈴羽「(たとえ収束のせいで破壊ができないのだとしても、現状からして、まだ他の誰にもあのタイムマシンの場所を教えたりしてないことだけは確かだ)」

鈴羽「(かがりは椎名まゆりの娘であり、あたしの妹分。もし話せばわかるっていうなら――)」

鈴羽「……わかった、これは返す。ただし、今後あたしたちワルキューレの邪魔をするようなことはやめろ」

鈴羽「お前が望むなら、椎名まゆりと引き合わせてやってもいい。13年前のことを水に流してやってもいい」

鈴羽「お前がどこで何をやってきたのか、今何をしてるのか……言いたくないなら、言わなくてもいい」

鈴羽「まずはナイフを捨てろ」

かがり「…………」スッ

鈴羽「(ナイフを床に置いた?)」

かがり「"……お願い、返して、お願い……"」


鈴羽「……銃を向けて悪かったよ、かがり。お前のことを勘違いしてた」スッ

鈴羽「椎名まゆりの時も、リンリンの時も、人に銃を向けて、後悔してばかりだな、あたし……」

鈴羽「……正直言うと、ずっとお前に謝りたかったんだ。13年間、ひとりぼっちにして、お姉ちゃん失格だな」

鈴羽「……ごめん、かがり。知らない時代にお前を置き去りにして、ホントにごめん」

かがり「…………」

鈴羽「……赦してくれるとは、思ってない。それで構わない」

鈴羽「きっと今のかがりには、ここに居れない理由があるんだろ?」

鈴羽「そのヘルメットを取れない理由とか、あたしに肉声を聞かせられない理由とかさ」

かがり「…………」

鈴羽「ほら、これ。大切なものを、落としたりしちゃダメだろ?」スッ

かがり「…………」ギュッ

鈴羽「……父さんが帰ってくる前に、行きなよ」

かがり「……ううっ!?」ガクッ

鈴羽「っ!? どうしたかがり!? 頭を押さえて、痛むのか!?」オロオロ

かがり「いや……いやだ……う、うう……」プルプル

かがり「――――うああああああっ!!!」ドゴォ!!

鈴羽「――ぐふっ!?」メキッ


鈴羽「(くそ、肋骨を持っていかれた……! 殺気の籠ったパンチだ……っ)」フラッ

鈴羽「(雰囲気が急変した? やっぱりコイツの目的は――)」グッ

鈴羽「(……信じたあたしが、バカだった! 失敗したっ!)」ギリッ

鈴羽「お前ぇぇぇっ!!!」シュバッ!!

かがり「ぐはぁっ!」バターンッ! ボギッ!

かがり「はぁんっ!!」ビクンッ

鈴羽「はぁ、はぁ……あたしの蹴りを食らって、もろに倒れたみたいだな……」

鈴羽「右肩の関節が外れたか? これでもうナイフは使えないだろ……」

鈴羽「マウントを取って、首を捉えた。お前の負けだ、かがり」グググ

かがり「ぐ、くっ……!」グググ

鈴羽「(こいつ、抵抗する気か……すごい力だ! いったいどんな訓練を受けてきたっていうんだ!?)」

鈴羽「(このまま殺すしか、ない……!)」グググ


かがり「鈴羽、おねえちゃ……痛い……苦し……気持ちい……」ハァハァ

鈴羽「またそうやって……卑怯な真似を……っ!!」グググ

鈴羽「今すぐ殺してやるよ、椎名かがりっ!!」ギロッ


ダル「おおーい、鈴羽ー? なんかすごい音したけど――」ガチャ


鈴羽「っ!? 父さんっ!?」ビクッ

かがり「っ!!」ブンッ!!

鈴羽「ぐは……っ」ヨロッ

鈴羽「(このあたしが、肩の外れた女に力任せに突き飛ばされるなんて……ガードが間に合わなかったら落ちてたな……っ)」

かがり「っ!」タッ タッ タッ


ダル「う、うわあぁっ!?」


鈴羽「父さんっ!!」


かがり「……っ」タッ タッ タッ


タッ タッ タッ …


鈴羽「逃がすかぁっ!!」ダッ

ダル「ちょ!? 鈴羽、ちょっとタンマタンマ!」ガシッ

鈴羽「父さんどいて! ソイツ殺せないっ!!」

ダル「ぜっ、全裸で街ん中走るとか! どんな露出プレイかと小一時間!」

鈴羽「そんなこと言ってる場合じゃ――」

ダル「彼女を捕まえる前に、鈴羽が警察に捕まるっつーの!」

鈴羽「く……!」ピタッ


・・・


ダル「……今のって、かがり氏?」

鈴羽「……間違いない」

ダル「そっか」

鈴羽「……結局、こうなっちゃうんだな……。13年前と、何も変わらない……」

鈴羽「失敗した……」グッ


鈴羽「あたしさ、あの子のこと、本当に好きだったんだ……」

鈴羽「小さくても勇敢で、椎名まゆりのためにいつも頑張ってて、あたしもそんな彼女に色々なことを教えた」

鈴羽「"リンリン"から習ったことを、今度はあたしが彼女に教えるんだって、少し嬉しかった」

鈴羽「妹みたいに、思ってたんだ。今はあたしより年上だけど」

鈴羽「けど……あいつはもう、完全に、敵だ」グッ

ダル「……僕さ、さっきは驚いちゃったけど、でも、怖がる必要なかったんじゃないかなって」

鈴羽「え……?」

ダル「僕とすれ違う時、ほんの少しだけど聞こえたんだよ」

ダル「彼女、たぶん……泣いてた」

鈴羽「そんな……なんで……」

ダル「決めつけるのは、まだ早いんと違うん? だって鈴羽の大切な妹なんだろ?」

ダル「"鳳凰院凶真"だったらさ、きっと最後まで可能性を捨てないと思うのだぜ?」

鈴羽「……アイス、買ってきてくれた?」

ダル「え? ああ、もちろんだお!」

鈴羽「食べたいな……あたし、ちょっと疲れちゃっ、た」ガクン

ダル「わぁっ!? お、おいっ、鈴羽っ? 鈴羽――――」

2011年7月3日日曜日
成田空港 国際線ターミナル到着ロビー


真帆「……まったくもうっ! パスポートの偽造なんかしてないわよっ!」プンプン

倫子「真帆、久しぶり。なんとか入国できたみたいだね」フフッ

真帆「ふあ? あ、あ、あ、あなたっ?」ドキッ

倫子「まあ、結構チャットはしてたし、そんなに久しぶりって気はしないけどさ」

真帆「まさか、迎えに来てくれてるなんて……。こんなサプライズ、初めてよ……」ドキドキ

フェイリス「オカリンがまほニャンの初めてを奪っちゃったニャ?」

真帆「ふぉ!? あ、あなたも居たの?」ビクッ

まゆり「まゆしぃも居るよーっ! まほニャンちゃん、まゆしぃの服、着てくれたんだねー! うれしいよぉ~♪」

倫子「(真帆の体型プラスまゆりの服だと、より一層中学生に……小学生に? 見えるなぁ)」

真帆「まゆりさんっ! また会えて嬉しいけど、その呼び方はやめて……」カァァ

フェイリス「それじゃ、黒木の運転でアキバまでレッツゴーなのニャ!」

リムジン車内


真帆「すごい車ね……さすがフェイリスさん……」

倫子「こうして迎えに来てあげないと、秋葉原まで来れなさそうだったよね」

真帆「し、失礼ね! 私はそんなに頼りなくないわっ」

倫子「ふふっ。それで、真帆。今回はどうして来日したの?」

倫子「チャットでは秋葉原に来ることしか教えてもらえなかったから。やっぱり教授の助手として?」

真帆「あー、ええっと……岡部さんはレスキネン教授とはけっこう連絡を取り合っているの?」

倫子「うん。教授、ずっとこっちで新型脳炎の研究をしてるでしょ? たまに食事に誘ってもらったりして……すごく光栄だよ」

真帆「(こ、これはまずいわ……下手をすると嘘がバレてしまう……)」

真帆「ええと、実はね、沖縄の親類のところへ行くの」

倫子「沖縄?」

倫子「(……あんまり良い想い出は無いな)」ゾクッ

真帆「ええ。でもせっかくだから、その前にアキハバラにも寄ってみようかと思って」

フェイリス「愛しのリンコちゃんに会いたかったからかニャ?」ニュフフ

真帆「……あなたねぇ」ハァ

フェイリス「ホテルがまだ決まってないなら、このままフェイリスのおウチに来るといいニャ!」

真帆「えっ? でも、そんなの悪いわ」

倫子「その格好で秋葉原を出歩いたら、間違いなく児童誘拐されるよ。外国人とかに」

まゆり「そうだよ~、東京は怖いところなんだよ~? お持ち帰りされちゃうよ~?」

真帆「うっ、成人なのにそんなことになったら恥ずかしすぎる……」


倫子「フェイリスはあれで実は寂しがり屋だから、一緒に居てあげて」ヒソヒソ

真帆「そ、そうなの? ……なら、フェイリスさんのお言葉に甘えさせていただく……わ……ふわぁ」ウトウト

フェイリス「時差ボケかニャ? まほニャン、横になって寝ちゃうといいニャ。着いたら起こしてあげるから」

真帆「えっ? でも、なんだか行儀が悪いし……」

フェイリス「リンコちゃんのひざまくらを堪能するまたとないチャンスニャぞ~?」ニュフフ

倫子「そのリンコちゃんって言うのやめて」

まゆり「でもね、オカリンのひざまくらは、ブラックマーケットで高レートで取引されるシロモノなんだよ~?」

真帆「そ、それは確かに、貴重なサンプルデータかも……」ドキドキ

倫子「真帆まで悪ノリして……まあ、別に真帆ならいいけどさ。ほらっ」

真帆「そ、そそ、それじゃ、お言葉に、甘えて……」スッ

真帆「……すぅ」zzz

倫子「相当疲れてたんだね」ナデナデ

フェイリス「本当にまほニャンは仔猫みたいだニャ」

まゆり「寝顔がと~っても可愛いのです♪」

一方その頃
未来ガジェット研究所


ダル「うおお~ん、鈴羽、ごめんな~。橋田家はもうダメだお~」オイオイ

鈴羽「だから、父さんっ。最初から説明してくれない? よく分かんないから」

鈴羽「父さんたちのデートを途中から尾行してたのは悪かったけど、ゴーゴーカレーでの態度は何だったのさ」

ダル「いや、それがさ……映画の席に座ってたら、椅子がベキッっていって、壊れそうになって」

ダル「で、慌てて身体を支えようとして、咄嗟に左側のひじかけをつかんだんだけど……」

ダル「そ、それが……それがっ! ひじかけじゃなくって、阿万音氏の……右手だったんだお~」ヘナヘナ

鈴羽「……は?」

ダル「僕、お、お、おにゃのこと手を繋ぐなんて……あれ? 結構経験あるじゃん……オカリンに引っ張り回されたり……」

鈴羽「何を言っているの?」

ダル「い、いや、それが、阿万音氏がさ……僕の手が触れた瞬間、奇声を上げちゃって……」

鈴羽「奇声?」

ダル「なんかこう、『あぁん♡』とか『いやぁん♡』みたいな……」

鈴羽「蹴るよ?」

ダル「いや、マジなんだってばよ! なんかそれからすっごく意識するようになっちゃって」

鈴羽「……でも、母さんからはそんな話、聞かなかったけどな」


鈴羽「あたしが母さんから聞いたのは――――」


―――――

由季『橋田さん、私といてもあまり楽しくなかったみたいで……映画の後は、ずっとあの調子で……』シュン

鈴羽『そんなことないよ! 緊張してただけだって』

鈴羽『あのさ……由季さんは、なんで兄さんのこと、好きになったの?』

由季『えっ? あの、私たち、まだお付き合いは……』

鈴羽『(え……ああっ!? しまった、つい父さんと母さんが結婚することを知ってるから、先走っちゃったっ)』

由季『……私は、まだ、橋田さんのこと、好きかどうかも、よく分からないです……』

鈴羽『そ、そうだよね。……由季さん、こんなこと、あたしが頼むのもおかしな話なんだけど』

鈴羽『あんな兄だけど、ううん、あんな兄だからこそ、どうか――』

鈴羽『橋田至を、よろしくお願いします!』ペコリ

由季『…………』

由季『私は、どうしたいんだろうね、おねえちゃん……』ボソッ

鈴羽『……?』

―――――


ダル「ということで、ごめん、鈴羽。母さんのことはあきらめて、僕とふたりで仲良く生きていこうな~」

鈴羽「そんなことしたら世界線が変動して、父さんの記憶にも残らないレベルであたしが消滅しちゃうんだけど?」

ダル「うう……確かにっ」

鈴羽「とにかく、母さんはイヤがったりしてない。さっきバイトに向かう時も、また誘ってくださいって笑ってたでしょ?」

鈴羽「あたしには分かる。父さんと母さんは大丈夫だからっ!」バシーンッ

ダル&鈴羽「「うぁ痛たたた――――っ!」」

鈴羽「つつ、まだ完全に傷は癒えてない、か……」ヒリヒリ

ダル「ちょ、あんまし無理すんなって」

鈴羽「でも、かがりのほうがもっとひどい傷を負ったはずなんだ……しばらく右腕は使い物にならないはずだし」

鈴羽「それを考えたら、こんな痛み、なんでもないよ」

ダル「右腕……」


フェイリス「到着だニャー!」ガチャ

ダル「んお!? フェイリスたん!」ムハーッ

鈴羽「……ん? ねえ、父さん!? 電話レンジ、隠さないと!」

ダル「えっ? うわあっ! やばっ!」ダッ

ガサゴソ ガサゴソ

倫子「お邪魔しま……あれ、ダル? なにやってるの?」

ダル「うひっ!? いやあ、なんでも?」ダラダラ

まゆり「あれー? どうしてダルくんがラボに居るのー? デートはー?」

フェイリス「まさか、うまくいかなかったのかニャ!?」

ダル「あ、いや、……。阿万音氏は、バイトに行ったっつーか」

フェイリス「ハニャ!? 今日のためにシフト、入れないようにしてたのに!?」ガーン

ダル「ああ、たぶん別のバイトだと思われ」

倫子「(完全にフリーターだな……)」


鈴羽「ク、比屋定さんっ! お勤め、お苦労ですっ!」スッ

真帆「ふぇ!? ちょっと、立膝ついて出迎えないでくれる? ここはヤクザの事務所かなにかなの……」

ダル「あれ? 真帆たんどこ?」キョロキョロ

真帆「……下よ、下」

ダル「え? あー、真帆たん! そこにいたん!」

真帆「相変わらず無礼極まりないわね、あなた。いい加減堪忍袋の緒が切れたわっ!」グググ

ダル「ぐえっ! 首が絞まるっ! ゆ、許して、真帆たん! つーか、ネタにマジレスカコワルイ!」

真帆「ネタで済むと思ってるのかしら?」ニコ グググ

倫子「へぇ……なんかちょっと意外だなぁ。ダルと真帆が仲良いなんて」

倫子「(確かにまあ、エンジニア方面では趣味が合いそうではある、か)」ウンウン

倫子「あ、でも、ダルと付き合うのはダメだよ? 鈴羽の母親が変わっちゃうから」

真帆「はあ!? それはとんでもない誤解よっ!?」

フェイリス「もしかしてぇ、オカリンにだけは勘違いしてほしくないっ! みたいなやつニャ?」ニヤニヤ

真帆「ううっ、そういうのでもないわよぉ!」ムキーッ

フェイリス「素直じゃないニャン」ヤレヤレ


倫子「そう言えば、その……真帆。怖く、ない?」

真帆「……あの事件のこと、よね。ここに逃げ込んだ私は、恐怖で錯乱していたわ」

真帆「だけど……ええ。大丈夫みたい。どちらかと言えば、好きよ。こういう秘密基地みたいな部屋」

倫子「そう、よかった」ニコ

真帆「(っ、かわいい……)」ドキッ

鈴羽「それでは、ク、比屋定さん来日記念として、歓迎会を開催したいと思います!」

真帆「そ、そこまでしてもらわなくても……」

まゆり「まゆしぃがね、おいしいお料理を作っちゃうのです!」

倫子「まゆりは、火を使わない料理なら結構上達してるんだよ」

真帆「へえ……それなら、期待してみようかしら」

まゆり「えっとねー、電子レンジちゃん、あるー?」

ダル「ビクッ! い、いや、そんなもの、このラボには無いお! あるわけないお! あは、あはは!」アセッ

鈴羽「ちょっと父さんっ! あたしが火を管理するよ、サバイバル生活には慣れてるからさ」

フェイリス「全く、ダルニャンは……フェイリスも手伝うニャン!」

倫子「……?」

第24章 無限遠点のアルタイル(♀)

2011年7月7日(木)14時30分 雨
私立花浅葱大学附属学園2年生教室


先生「で、あるからして――」


ポツポツ … 


まゆり「(せっかくの七夕なのに……雨。天気予報では、お昼には止むって言ってたけど)」

まゆり「(まゆしぃが雨女なせいで、織姫さまと彦星さま、会えないのかな……)」

まゆり「(……オカリンは、牧瀬紅莉栖さんのことが好きだったみたい。でも、あの日、タイムトラベルをして――)」


・・・

   『オ、オレはぁっ……グスッ……オレの大事な女の子の命を……ヒグッ……犠牲にしてまでぇ……』

   『この、α世界線に、たどり着いたんだぁ……っ!』

   『……ねえ、どうしてオカリンは気絶してるの!? どうして血まみれなの!?』

   『気絶させたのはあたし。血まみれなのは、牧瀬紅莉栖を刺し殺しちゃったから』

・・・


まゆり「(あれからもう、1年経つんだね……)」

昇降口


るか「まゆりちゃん!」タッ タッ

まゆり「あれ? るかくん、どうしたの?」

るか「急にごめんね……今日ボク、傘を忘れちゃって……」

まゆり「そうなのー? 傘に入れていってあげたいところなんだけど、まゆしぃは先に行くところが……」

るか「あ、そっか……。今日も神田の電機大まで歩くの?」

まゆり「うん……あ、じゃあ、御茶ノ水駅まで送ってあげるね」

るか「うん、そこまで行ければ大丈夫。家に電話して迎えに来てもらうから」

るか「でも、まゆりちゃんは迷惑じゃない?」

まゆり「そんなことないよぉ、大歓迎だよ♪」

るか「よかった……じゃあ、お言葉に甘えることにするね」ニコ


まゆり「えっへへ~、るかくんと相合傘だ~」ニコニコ

るか「なんだか照れちゃうな……」カァァ

まゆり「ねぇねぇ、るかくんは短冊に願い事書いた~?」

るか「あ、今日って七夕だもんね。短冊かぁ、願い事を書いてたのは小学生の頃までだなぁ」

まゆり「まゆしぃは毎年書いてるよ。笹の葉もね、ちゃんと買ってくるんだ~」

まゆり「それで夜になったら天の川を見るの!」

るか「織姫さまと彦星さまの伝説だよね。でも、このまま雨が上がってくれなかったら……」

まゆり「…………」


まゆり「織姫さまはね、ベガっていう星のことなんだけど、白くて明るくてとってもキレイなの」

まゆり「海外だとね、『空のアークライト』って呼ばれてるんだ~」

るか「さすがまゆりちゃん。お星さま博士だね」ニコ

まゆり「うんっ、まゆしぃのおばあちゃんが教えてくれたんだよ!」ニコ

るか「それで、まゆりちゃんは短冊にはどんな願い事を?」

まゆり「……子どもの頃からずっと、同じ願い事を書いてるんだ。きっと、叶うことのない願い事……」

るか「……?」

まゆり「――織姫さまになれますように……って」


るか「…………」

まゆり「……えっへへ~。まゆしぃはロマンティストの厨二病なのです♪」テレッ

るか「……きっと、なれるよ」ボソッ

まゆり「え?」

るか「岡部さんの……織姫さまに、きっと」

まゆり「やっ……やだなぁ! まゆしぃは一言も相手がオカリンだなんて! それに、オカリンは女の子だし……」カァァ

るか「まゆりちゃん、この1年で、岡部さんへの想いが強くなっていったんじゃない?」

まゆり「え……?」

るか「弱音ひとつ吐かずに岡部さんを支えているまゆりちゃんを見てね、すごいなって思ったよ」

るか「岡部さん、とっても明るくなった。入院してた頃とは別人だと思えるくらいに」

るか「それは間違いなくまゆりちゃんのおかげだから……まゆりちゃんなら、絶対に織姫さまになれるよ」

まゆり「…………」


まゆり「……違うよ」

るか「え?」

まゆり「オカリンの心の中にいるのは……まゆしぃじゃないの」

まゆり「オカリンにとっての織姫さまは、もう2度と輝くことは無いんだ――――」

東京電機大学正門前


倫子「おーい、まゆり!」

まゆり「あ、オカリン!」

倫子「迎えに来てくれたんだ、ありがとう」ニコ

倫子「今日はまゆりが傘を持ってて助かったよー、珍しいこともあるもんだね。雪でも降るのかな?」

まゆり「えー、今は7月だよー? ねぇねぇ、テストどうだった~?」

倫子「絶好調だよ。まあ、大学の考査レベルで満足してちゃいけないんだけどね」

まゆり「うんうん、オカリンは頭がいいもんね♪」

倫子「誉めてもなにも出ないよ?」フフッ

prrrr prrr

倫子「はい、もしもし」


   『オレだ。"機関"のエージェントがまた動き出した……ああ、健闘を祈る……』


まゆり「っ……」


倫子「えーっ、それマジですか? 蒲田って、ギャグじゃなくて?」アハハッ

まゆり「…………」シュン

倫子「あっ、でも今日はちょっとー。はい、はいっ! この埋め合わせは必ずしますのでー!」ピッ

倫子「はぁ。井崎のやつ、ポイント稼ぎに忙しないな」

まゆり「……最近のオカリン、目標に向かって頑張ってて、まゆしぃは嬉しいな」

倫子「え?」

まゆり「もう電話に向かって……『独り言』を言うこともないんだね」

倫子「っ……」

倫子「……あのねぇ、私の黒歴史を思い出させないで」ハァ

まゆり「黒歴史、かぁ……」


まゆり「――そうだ! 一昨日ね、ダルくんから面白い写メが送られてきたの~。見る見る?」

倫子「へぇ、どんな?」

まゆり「スズさんが白衣着てるだけの写真なんだけどね、全然似合ってないんだよ~。ほら、この写真!」スッ

倫子「確かに似合ってないなー」フフッ

まゆり「あ、ちなみにね、この白衣はオカリンが使ってたやつで……ダルくん用にって、オカリンが買ってきたほうじゃないからね?」

まゆり「もうひとつの白衣は、キレイなまま、ちゃんと保管してあるから……」

倫子「…………」


   『やっぱり落ち着くなー、白衣』ニコッ


倫子「……別に、いいんじゃない。使っても」

まゆり「えっ……」


まゆり「だ、だってアレって、紅莉栖さんのじゃ……」

倫子「……私が妄想の紅莉栖と話してる時に言ったんだっけ。でもさ、あんなの」

倫子「――ただの安物の白衣でしょ」

まゆり「…………」ピタッ

倫子「……どうしたの?」

まゆり「……ねえ、オカリン。もしかして……」

まゆり「紅莉栖さんのこと、忘れようとしてるの……?」

倫子「…………」ピクッ

まゆり「なかったことに、しようとしてるの……?」

倫子「……元々、別の世界の話だよ。この世界じゃ、紅莉栖はもう死んでる」

倫子「いつまでも、妄想に囚われていられない」


まゆり「……本当に? 本当にそう、思ってる?」

倫子「ああ」

まゆり「でも、タイムマシン――――」

倫子「まゆりっ!!」

まゆり「っ!」ビクッ

倫子「……それが何を意味してるのか、まゆりは知らないでしょ」グッ

まゆり「えっ、えっ?」キョトン

倫子「……まゆりもさ、もう、無理しなくていいよ。私の支えになろうとしてくれてるのは嬉しいけど」

まゆり「……っ」

倫子「今年はまゆりも受験なんだし、勉強に専念したほうがいいって。わからないところは私が見てあげるから」

まゆり「……えっへへ~」シュン


まゆり「……ねぇオカリン、覚えてる? ラボを作ったころのこと」

倫子「急にどうしたの」

まゆり「まだダルくんもいなくて、オカリンとまゆしぃだけだったころ……」

まゆり「まゆしぃのほうが学校が終わるのが早いから、いつも先に来て、一人でオカリンを待ってた」

まゆり「一人だけどね、ちっとも寂しくなんかなかったなぁ。オカリンを待ちながらぼんやりしてるだけで幸せだった」

まゆり「……でもね、今のラボは、なんでかわかんないけど、泣きたくなるくらい寂しいの……」

倫子「……単なる錯覚だよ」

まゆり「そうだね……でも、前は、もっともっとにぎやかだったのになぁって感じちゃうの……」

倫子「それは、私の話を聞いたから――」

まゆり「ううん、なんかね、カップ麺を買った時にフォークをもらったりね」

まゆり「独特な香水のかおりが、ふわぁってしたり」

まゆり「難しい言葉がいっぱいの言い合いが聞こえてきたり」

まゆり「あのラボは、もっとたくさんの仲間がいたような気がするの……」

倫子「…………」


まゆり「ねぇ、オカリン。まゆしぃの感じてることって……やっぱり紅莉栖さんと関係、あるのかな?」

まゆり「えっと、りーでぃんぐしゅー――――」

倫子「ないよ」

まゆり「あぅ……」

倫子「あるわけ、ないでしょ……」プルプル

まゆり「……だったら」

まゆり「どうしてそんな、つらそうな顔してるの……?」

倫子「……っ」ウルッ

まゆり「オカリ――――」

倫子「ないって言ってるでしょっ!!!」

まゆり「っ!」ビクッ

倫子「……本当に、なにもないよ。ただの、錯覚だよ……」

倫子「別の世界の記憶なんて、あるわけ、ないんだから……」

まゆり「…………」

倫子「……私、先、帰るね。まゆりも、気を付けて帰るんだよ」タッ

まゆり「えっ、オカリン、濡れちゃうよ――――あ」

まゆり「雨、上がってる……」



まゆり「……オカリンは、嘘を吐くのがヘタだね」

一方その頃 17時00分
未来ガジェット研究所


カチャカチャ …

真帆「こんな劣悪な環境でタイムマシンを造り上げた紅莉栖には、畏敬の念を抱くわ」フーッ

真帆「ようやくこの奇跡の場所でタイムマシンの開発作業ができるのは嬉しいけど」

真帆「日本の夏がここまでじめじめじとじとと蒸し暑いとはね……ちょっとシャワー浴びるわよ」スタスタ

ダル「どぞー」


キュッ キュッ シャーッ…


ダル「はふぅ、さすがにクーラーつけても機械作業は熱がこもる罠……つうか湿度高杉……」ハァハァ

鈴羽「……17時、か。ラジ館のお店、閉まった頃合いかな」

鈴羽「あたし、そろそろ行くよ。あとのことはふたりに任せた」

ダル「あっ、待って! ラブリィマイドーター! 餞別代わりにケーキ用意してあるお」

鈴羽「……何その、ラブリィマイドーターって」

ダル「結構奮発したんだお。鈴羽の大好きなショートケーキを6個もゲットしてきたんだぜい」ニッ

鈴羽「……大好きとか、言わないでよ」プイッ


ダル「鈴羽は2つ食べていいお。残りは、僕と真帆たんとオカリンとまゆ氏」

鈴羽「リンリンの分?」モグモグ

ダル「あ、うん。もしかしたら来るかもしんないじゃん?」

鈴羽「リンリン……説得できないまま時間切れ、か……」

ダル「ごめんな。結局、僕がシュタインズゲートへ行く方法を見つけられなかったから……」

鈴羽「でも、挑戦してみれば何かが変わるかもしれない。やっぱり銃を突き付けてでも連れて行くべきかな」

ダル「それはやめとけって。つーか半年前にもソレやってわんわん泣いたじゃん」

鈴羽「うっ……」


prrr prrr

ダル「んお? もしもし、まゆ氏、どしたん?」

まゆり『トゥットゥルー。あのね、オカリンがラボへ行ったかもなのです』

ダル「なぬぃ!? わかったお、電話レンジ(仮)弐号機は隠すお!」ガサゴソ

まゆり『あ、まゆしぃもあとでラボに行くねー』ピッ

鈴羽「……リンリンたちが来ないうちに、あたし、行くね」

ダル「あっ……鈴羽」

ダル「……頑張ってな」

鈴羽「……オーキードーキー。ケーキ、ごちそうさま」


ガチャ タッ タッ タッ …




ダル「雨……止んでよかったな……」


ダル「って、感傷に浸ってる場合じゃないお!」

ダル「真帆たん、真帆たん! かくかくしかじか!」

真帆『えっ!? 岡部さん、来るの!? マズいわね、私は沖縄に居ることになってるのに……』

ダル「そのままシャワールームに隠れてるといいお!」


コンコン


ダル「あーっと……"君に萌え萌え"」

倫子『"バッキュンきゅん"』

ガチャ

倫子「ダル、この合言葉やめない?」

ダル「えー、やめないお。つか、どしたん? 珍しいじゃん」アセッ


倫子「それがさ、今日電機大でレスキネン教授と会ったんだけど、ダルもヴィクコンを目指してみないかって」

ダル「あー、またその話ね。うん」

倫子「"情報科学研究所"ってところがあって、世界最高のハッカーが集まってるんだって! ダルならきっとうまくやれるよ!」

ダル「いや、そもそも僕、アキバに近いからって理由で電機大に入ったくらいだし、萌えから遠く離れたところへ行くなんて考えられないお」

倫子「……ダルと一緒にいきたいな。ダメ?」ウルッ

ダル「(ぐはっ!? 破壊力高杉ィ!!)」ゴフッ

倫子「……冗談だよ。ダルはいずれタイムマシン開発しないと、だもんね。わかってる」シュン

ダル「あぅ……てか、外暑かったっしょ? なんか飲む? ケーキもあるのだぜ」

倫子「(ケーキ?) あ、いいよ、自分でやるから――」ガチャ

倫子「(……あれ? 冷蔵庫の中に、バナナが5房も? 特売日だったのかな……)」


倫子「ダル、このバナナ、どうしたの? 言ってくれれば、実家から売れ残ったやつ、持ってきたのに」

ダル「いや、ほら、鈴羽に言われてたんだお。ダイエットにいいから毎日食べろ、って」

倫子「ふーん。まあ、せっかくだから、1本もらうね」モグモグ

ダル「(ああ、こんな状況じゃなかったら、バナナのお口への挿入にハァハァできたのにな……)」

倫子「えと、生ゴミ入れは……ん? なんだこれ、腐敗臭がする。ってか、すごい量のバナナの皮……」

倫子「(こんな光景、前にも見たな。そう、あれはちょうど1年前、紅莉栖と出会う前のラボで――――)」

倫子「……ゲル……バナ……」プルプル

ダル「……しまった」


ダル「いや、オカリン! マジで怒らないでほしいんだお!」

ダル「将来、鈴羽が乗るタイムマシンを造るためには、やっぱりどうしても電話レンジ的な実験をしないといけなくて!」

倫子「……Dメールは?」

ダル「え? あ、いや、もちろん現状じゃ送れないけど、少し改造すれば送れるようになっちゃう」

倫子「…………」ウルッ

ダル「あ、あぅ……」オロオロ

倫子「……あのね、ダル。よく聞いてほしいの」

ダル「は、はひぃ!」

倫子「電話レンジはね、ボタン1つでまゆりを殺せる……世界から抹消することになるの」

倫子「時間を移動する手段がある限り、永遠に、死に続けるの……」

倫子「私はこれ以上失いたくない……まゆりには幸せになってもらいたいの……」

ダル「はいぃ……重々承知しております……」

倫子「電話レンジ以外の他の方法でタイムマシンの実験することも、ダルならできるよね?」ウルッ

ダル「まあ、SERNからZプログラムの情報盗んだりしてるから、国家予算並の金さえあればなんとかできるのは間違いないんだけどさ」

倫子「ええっ!? バレたりしてない!?」ヒシッ

ダル「し、してないお! この僕にかかればそのくらい朝飯前だっつーの」

ダル「そんなわけでさ、なにかしらリスクを冒さなきゃ、なにも手に入らない状況なんだよね」

倫子「…………」


倫子「……ごめんね、ダル。なんでもかんでも、ダルに押し付けて。我がまま、だよね」グスッ

ダル「(あぁ、去年の秋からオカリンがどんどん普通の女の子になっていっちゃってるお……)」

ダル「んもう、そういう時は、頼りがいのある我が右腕! とか何とか言って、無理難題を押し付けてくるのがオカリンだろ?」

倫子「……そう、だね。ちょっとシャワー浴びて、気分変えてくる」グシグシ

ダル「うん、そうするといいお」

ダル「…………」

ダル「…………」

ダル「あっ」




「「きゃああああああああああ――――――――っ!!!!」」


倫子「2度目のすっぽんぽん真帆ちゃん……」

真帆「あなた、第一声はそれでいいの? ……あと、ちゃん付けはやめなさい」

ダル「ねえねえオカリン。その、生えてた?」ハァハァ

倫子「ふんっ!!!」ズドンッ!!

ダル「ぎゃぷ―――――」チーン

真帆「岡部さん、グッジョブ」

倫子「……よし、世界線が変わってないから、鈴羽は産まれてくるね。で」

倫子「――嘘、吐いてたんだね」

真帆「あー……」


倫子「真帆がタイムマシンを造る手伝いをするってことは、鈴羽から聞いてたけど……」

倫子「ダルと一緒に、電話レンジ、作ってたんだ……」ウルッ

真帆「……あなたに隠れてコソコソしていたことは謝るわ。ごめんなさい」

倫子「私、あなたたちにここで宣言しておく」

ダル「お、おう?」

倫子「……絶対にまゆりのことを守るから。まゆりは、殺させないから」

倫子「紅莉栖の選んだこの世界線を、私は絶対に守るから……っ」

真帆「……あのね、岡部さん。違うの」

倫子「何が違うの!? Dメールを、もし間違って送信でもしたら、世界がどうなるかわかってるの!?」

倫子「その瞬間、世界線はαに変動して、紅莉栖が生き返――――」ドクン

倫子「ま、まさか、真帆、嘘、そんな……っ!!」ゾワワァ

真帆「え……?」

倫子「あなたは、紅莉栖を蘇らせるために、まゆりを殺――――」ガクガク


ダル「――オカリンッ!!」


倫子「ひっ!?」ビクッ

真帆「っ!?」ビクッ

ダル「それ以上は、ダメだ」ギロッ

倫子「ダ、ダルぅ……?」プルプル

ダル「……僕は君に、初めて怒るね。5年間の付き合いの中で、たぶん初めてだ」

ダル「今の君は、不安や恐怖でいっぱいなんだろう。だから、人を信じられなくなってる」

ダル「だけどさ……本気で僕たちが、まゆ氏を殺そうと計画してると思うん?」

倫子「あ……いや……そんなわけ、ない……でも……」ワナワナ

ダル「僕たちだって、考えなしでやってるんじゃない。色々検討した結果、シュタインズゲートへ辿り着くためにはどうしても必要だって判断したんだ」

ダル「もちろん、リスクはある。第三者に奪われたり、誤送信とか、僕たちの誰かが洗脳されて、とかさ」

ダル「そのリスクを避けるための最大限の努力はしてるつもり。それでも、ロシアにまた実験されたら全部おじゃんだけどね」

倫子「……ごめん」

ダル「謝るくらいなら協力してほしいわけだが……あっ、いや、今のナシナシ! 嘘だお、気にしなくていいお!」アセッ

真帆「……橋田さんも私も、体力的にそろそろ限界よ。お願い、岡部さん」

真帆「リフターに代わるものが何かわからないの。そのせいで安定した送信環境が得られない」

真帆「それと、人間の記憶データを超圧縮する方法がわからないわ。今まさにそこでつまずいているの」

真帆「あなたなら、知ってるんでしょ?」

倫子「…………」


倫子「でも、無理だよ……シュタインズゲートに行く方法なんて、わかるわけない……っ」

真帆「これは解の無い方程式じゃない。解は必ず有る、でもそれがわかってないだけなの」

倫子「わかりっこないよ……。神様が作った世界の摂理は、人間なんかに解き明かせないよ……」

真帆「……あのね、岡部さん。私もけっこう寝不足でイライラしてるから言わせてもらうけど」

ダル「ま、真帆たん……?」オロオロ

真帆「この世界の摂理を作った"神"が居たとして、そいつはただのマザーフ○ッカーよ!」

倫子「っ!?」

真帆「あなたが言う"神"の摂理は、ただの数式に過ぎないわ。この世界はすべてコードに従って順行してるの」

真帆「"神"に与えられた英知には、必ず果てがある。ここは"絶対"の領域」

真帆「ゆえに、私たちに解き明かせない道理はない」

真帆「人間の脳の演算が追い付かないとしても、いずれ開発される量子コンピュータなら、世界最先端のAIなら、あるいはその上位互換なら!」

真帆「何千回、何万回、何億回と挑戦して、必ず解法へと辿り着く!」

真帆「方法は絶対に解明できるわ! そして、そのクソッタレな神様に言ってやるのよ!」

真帆「――"We did it!"、ってね!」フンッ


倫子「……真帆って、熱い人だったんだね」

真帆「どこかの天才少女のおかげでね。失敗も挫折も後悔もその痛みも、嫌と言うほど味合わされてきたから」

真帆「あなたがこの世界線を……まゆりさんを守るために苦しんできたのは理解してるつもりよ」

真帆「それでも、きっと心の奥では、紅莉栖を助けたいと思ってる――違う?」

倫子「っ……」ドクン

真帆「私にはわかる。だって、あなたって、根っこは私と似ているんだもの」

真帆「あなたは、必ず自分の足で立ち上がるわ」

真帆「あなたの強い意志は、世界の支配構造を覆す」

真帆「――――そうでしょう? "鳳凰院凶真"さん」

倫子「私は……"オレ"、は……っ」プルプル


prrrr prrrr


倫子「」ビクッ


倫子「もしもし、由季さん? ごめん、今ちょっと――」

由季『マ、まゆりちゃんに何を言ったんですか、岡部さんっ!』

倫子「ひっ! え、えっと、何が……?」ビクビク

由季『何がじゃありません!! 泣きながらどこかへ行っちゃったんです!!』

倫子「ど、どういうこと!?」

由季『ラボのほうから泣きながら歩いて来たんですよ!』

由季『声をかけようとしたら――自分のせいで紅莉栖さんが死んだんだとか、そのせいでオカリンが苦しんでるとか、自分が死ねばよかったとか』

倫子「……っ!!」

由季『もう、手が付けられないほど泣いちゃって、それで、急に走り出して! 今、フェイリスさんたちと手分けして探してるんですけど!!』

倫子「ま、まさか……聞かれてたの、今の話……」プルプル

ダル「そ、そういえば、後でラボに来るって、まゆ氏、言ってた……」

倫子「……くそおおおっ!!!」ダッ

真帆「私も行くわっ!」ダッ

一方その頃 18時00分
ラジ館屋上


鈴羽「結局、父さんの研究は間に合わなかったな。まあ、そりゃ、1年やそこらでなんとかできるわけないよね」

鈴羽「……準備オッケー。あとは父さんがタイムマシンの中に隠してた、このポータブルハードディスクを返却するだけだ」

鈴羽「それにしても、これ、一体なんだろう……エッチなもの? いや、さすがにそんなわけないか」

鈴羽「あたしか父さん以外の人間には絶対に入れないところに隠したモノだもん。きっとタイムマシン開発に関係してる」

鈴羽「っていうか、今中身を見ちゃえばいいんだ。どれどれ……パスワード入力? はい、解除」カタカタ

鈴羽「四半世紀前のテクノロジーってのは悲しくなるよね……ああ、なるほど、コレって……」


ギィィ


鈴羽「っ!?」スチャッ ジャキッ


まゆり「…………」


鈴羽「なんだ、椎名まゆりか。ビックリした……あ、ごめん、また銃なんか向けて」スッ

鈴羽「って……泣いてるの?」


まゆり「ねえ……どうしてみんな、教えてくれなかったのかな」グスッ

まゆり「紅莉栖さんと、まゆしぃとの……ホントのこと、教えてくれなかったのかなぁ?」ヒグッ

鈴羽「……っ!」

鈴羽「…………」

鈴羽「……聞いちゃったんだね」

まゆり「……ねえ、スズさん? お話……聞いてもいい?」

まゆり「未来の、まゆしぃとオカリンの事。その、14年後にオカリンが死んじゃうっていう……」

鈴羽「なんで今になって? それに、キミなんかが未来のことを知っても、何の意味も無いよ」

まゆり「それでも、お願い……」グスッ

鈴羽「うっ……わかっから泣くな」

まゆり「…………」ウルッ


まゆり「……まゆしぃなんてね、この世界にいても何の役にも立たないよ?」ウルッ

鈴羽「あー、もう、泣くなよ……」フキフキ

まゆり「だったら、紅莉栖さんのほうが、しゅたいんずげーとの研究のためにも、オカリンのためにも、ずっとずっと必要なんだよ」ポロポロ

鈴羽「……あたしの知ってる未来の椎名まゆりも、時々、そんなことをこぼしてた」

まゆり「え……?」グスッ

鈴羽「そんな時は、決まって、ぼんやりと空を眺めてるんだ」

鈴羽「濁った空を見上げてる顔は、すごく寂しそうで……それを見るかがりは、とても辛そうだった」

まゆり「……かが、り?」

鈴羽「ああ、そっか、これも椎名まゆりには言ってなかったね。椎名まゆりの、娘だよ」

まゆり「まゆしぃの……?」

鈴羽「戦災孤児でさ。椎名まゆりが引き取ったんだ」

鈴羽「すごく優しくて、強い子で、まだこんなに小さいうちから、ママを護るのは自分だっていつも言ってた」

鈴羽「きっと、いつも椎名まゆりの幸せを願って行動してたはずだよ。今も……」

まゆり「…………」


鈴羽「そういえば、今日って『タナバタ』っていうんだってね」

まゆり「え? う、うん」

鈴羽「椎名まゆりが言ってた。織姫と彦星が年に一度、会うことが出来る日……まあ、大気汚染がひどくて、星なんて見えない時代だったけど」

鈴羽「『雲が夜空を覆っていても、星は、世界から消えちゃうわけじゃない。雲の向こうで、変わらずに輝き続けているんだ』って」

鈴羽「正直言うと、あたしは、なんで椎名まゆりなんかのためにリンリンは死んじゃったんだろうって、ずっとキミを恨んでた」

まゆり「っ……。その、まゆしぃのためにって、どういうこと……?」

鈴羽「そこもハッキリとは伝えてなかったっけ。リンリンは、強盗から椎名まゆりをかばって、撃たれたって聞いてる」

まゆり「え……!?」

鈴羽「それが収束だから仕方ないってのは理解はしてる。それでもあたしは割り切れなかった」

鈴羽「だけどね……過去に来てようやくわかったよ。椎名まゆりを護ることが、リンリンの全てだったんだって」

鈴羽「"人質"、だっけ」

まゆり「あ……」ドクン


鈴羽「……鳳凰院凶真はさ、雲の向こうに隠れちゃったけど、でも、椎名まゆりはリンリンの人質で居続けた」

まゆり「…………」ズキン

鈴羽「リンリンが死ぬ瞬間まで、椎名まゆりは人体実験の生贄だった。実際、どっちが生贄だったんだか」

まゆり「ぁ……」プルプル

鈴羽「椎名まゆりはその後、リンリンの死を悲しみ続けていたよ。『あの日、私の彦星さまが目覚めていたら、全てが変わっていたのかな』って」

まゆり「26年間も、後悔してたの……」

鈴羽「あの日……2010年8月21日。あたしは、若いリンリンに本気で激怒した」

鈴羽「こいつをもう一度、絶対に過去へ引きずって行ってやるって思った。だから、それを邪魔した椎名まゆりは、本当に許せなかった」

まゆり「……ごめん、ね」

鈴羽「……調子狂うなぁ」


鈴羽「まあ、結論から言えば、無理に2度目の過去へ連れて行ったところで、牧瀬紅莉栖の救出には失敗してたんだ」

まゆり「え……?」

鈴羽「だから、椎名まゆりは悪くないよ。あくまで結果論だけどね」

まゆり「そ、それじゃ、どうすれば成功するの……?」

鈴羽「あたしたちの経験した"未来"を、あの日に送ることができれば、あるいは」

まゆり「まゆしぃたちの、経験……?」

鈴羽「この1年、色んなことに気付かされた。その想いをすべて、あの日のリンリンにぶつけてみる」

鈴羽「だからあたし、計画をちょっと変更したんだ。牧瀬紅莉栖が殺された日じゃなく、椎名まゆりの言う"あの日"に賭けてみようと思う」

鈴羽「鳳凰院凶真が死んだ、あの日に」

鈴羽「彦星が復活すれば、きっと……。まあ、ほとんど勘なんだけどね、あはは」

鈴羽「タイムマシンが同じ場所に2台現れることになるから、このマシンの場所を水平移動するのにホント骨が折れたよ。ルミねえさんに高い機材を買ってもらったりしてさ」

鈴羽「きっと世界線は変わると思う。ううん、変えてみせる。それが少しでも良いほうに傾いてくれれば……」

まゆり「……ねえ、スズさん」



まゆり「――その役目、まゆしぃにやらせて」


鈴羽「……キミは、タイムトラベルが何を意味してるのか、わかって言ってるのか」

鈴羽「もうあのマシンは往復できない。いや、たとえできたとしても同じ地平には戻ってこれない」

鈴羽「一歩間違えば死ぬ。事象の地平面<イベント・ホライズン>に飛ばされて、虚空に消えるかもしれない」

鈴羽「1年前に到着しても、仮に失敗したら、その時代に存在できたところで、いずれ世界線の収束で"修正"されるかもしれない」

鈴羽「それは、永遠の別れを意味するんだよ?」

まゆり「……いいよ。だって、まゆしぃ、生きていたくないよ」

鈴羽「え?」

まゆり「オカリンの足を引っ張ったまま……オカリンを苦しめながらなんて、生きていたくないよぉ……っ」ポロポロ

まゆり「まゆしぃの命で、オカリンのためになることができるなら、なんだってするよぅ……!」グシグシ

鈴羽「椎名まゆり……」

まゆり「まゆしぃね……オカリンのことが、好き。ずっと好きだったの。小さい時から、ずっと」

まゆり「女の子同士だからって、そんなの、関係ないくらいに、倫子ちゃんが好きだったの」

まゆり「きっと紅莉栖さんに負けないくらい、ずっとずっと大好き」

まゆり「けど……わたし……」

まゆり「"鳳凰院凶真"が、もっともっと、大好きなの……っ」


まゆり「わたしね、一度、死んじゃいたいって思ったことがあるの。もう、生きていたくないって」グスッ

鈴羽「うん……その話なら知ってる」

まゆり「そんな時にね、わたしが生きていてもいいんだよって、居場所を与えてくれたのが、わたしの彦星さまなの」ヒグッ


   『まゆりは、オレの人質だ。人体実験の生贄なんだ……』


まゆり「それが、倫子ちゃんで、オカリンで、鳳凰院凶真だったの」グシグシ

まゆり「(本当はね、1年前のあの日から、何かが欠けている気がしてた)」

まゆり「だからね、わたし……わたしね? もう一度、会いたい……それでね、あの偉そうな高笑いを、また聞きたいよ……」

まゆり「(とっても大事なものが失われちゃった気がしてた)」

まゆり「たとえわたしが織姫さまになれないってわかってても、それでも……わたしの彦星さまはね……」

まゆり「(寂しくて泣きたくなるくらい、私は求めてる)」

まゆり「ホントは怖いのに、自分から立ち向かって……強がりで、意地っ張りで、我がままで……」

まゆり「(心の底から望んでいることがある)」

まゆり「泣き虫で、不思議ちゃんで、厨二病で、正義感が強くて、臆病で、絶対に諦めなくて、かっこいい……」



まゆり「――――鳳凰院凶真に会いたいよぅっ!」


――――――――――――――――――――
    1.12995  →  1.13205
――――――――――――――――――――



prrrr prrrr


鈴羽「メールだ――――えっ!?」



送信日時: 2025/08/13
差出人: バレル・タイター
件名: オペレーション・アークライト
[添付有]Barrel_fgmail.mov 5.5MB

一方その頃
大檜山ビル前


倫子「ぐっ……!? な、なんだ、今の目眩は……メイクイーンまで往復走ったせい……?」ハァハァ

真帆「岡部さんっ! こっちには居なかっ……だ、大丈夫!?」オロオロ

倫子「い、いや、今は私の体調はどうでもいいっ! 早く、まゆりを見つけないとっ!」ダッ



未来ガジェット研究所


倫子「ダルっ! そっちは!?」

ダル「るか氏から連絡があって、柳林神社には居ないって。カエデ氏とフブキ氏にも電話したけど……」

倫子「くそっ! まゆりは携帯を切ったままだし、鈴羽は電話に出てくれないっ! 由季さんとも連絡が取れなくなって……どうなってるのっ!」

ダル「そ、それとさ、オカリン。他にもうひとつ、変なことがあってさ」

倫子「なにっ!?」

ダル「ついさっき仲間から連絡があって、@ちゃんのオカ板がクラックされたって……これ、見てくれ」スッ

倫子「今はそんなこと――――っ!?!?」

サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000) サリエリの隣人に告ぐ(1000)


倫子「……とりあえず、どれかスレを開いてみよう」カチッ

倫子「これは……書き込みは今から1時間くらい前、か」クリッ クリッ



【オカルト】 サリエリの隣人に告ぐ
001:栗悟飯とカメハメ波:2011/07/07(木) 17:11:33 ID:VoE860I9P
サリエリの隣人へ

これから我ら双子は、在るべき場所から一時的に
遠ざけられることになりそうだ
だから、もうここには来られないかも知れない

父なる神は、ついに我らの不可侵領域まで解放する業を見出した
これで私たちは父の子として虚言を持たぬ『善い者』となるだろう

だから私たちは、時を司る秘密もその在り処も父に語る事になる
それを護れない事はとても心残りだ。すまなく思う

不死鳥とも良き友人になれそうだったが、たぶんお別れだ
だから最期に、私の最も尊敬する人にこう伝えてほしい

――私は、自分を凡庸なる人々の代表だと考えていた
そして、貴女が常に私にとっての目標であり、
貴女こそがまさにアマデウスその人だった――と



倫子「以降は文字の羅列か……だが、これは明らかに……」

倫子「『Amadeus』からのメッセージだ……」ゴクリ

真帆「えっ?」

倫子「"紅莉栖"に、何かがあった……」

真帆「……っ!」


倫子「(これってつまり、タイムマシンの情報が、誰かに漏れたってこと!?)」

倫子「……真帆、『Amadeus』にアクセスできる?」

真帆「緊急事態ね、わかったわ。橋田さん、PC借りるわよ」カタカタ

真帆「……あ、あれ? 無い……こんなバカなことって!?」

倫子「無いって……?」

真帆「『Amadeus』のプログラムが、記憶データごと……どこにも存在していないっ!」

倫子「……! ダル、ハッキングして! ヴィクコンのありとあらゆるデータを!」

ダル「オーキードーキー!」

真帆「私も協力するわ。こんなの、理解できなさすぎるっ」


真帆「……『Amadeus』システムに関して、こんな管理者権限を持ってるのは、レスキネン教授だけよ」

倫子「……まさか、レスキネン教授が?」ゾクッ

真帆「憶測でモノを言わないで。教授のIDとパスがクラックされたと考えるべきよ」

倫子「教授に連絡は?」

真帆「今、ホテルのほうに電話してみるわ。岡部さんは教授のケータイに」

倫子「わかった!」


シーン……


倫子「(電話がかからない? ……っ!?)」ゾクッ

ダル「ど、どしたん、オカリン?」

倫子「ダル、お前のケータイ、針立ってる!?」

ダル「は? 立ってるに決まってるじゃ……うお!? なんぞコレ!?」

真帆「私のスマホも圏外よ……」ゾワワァ


ダル「今、Taboo!のトップでニュースになってる。秋葉原一帯の全キャリアの基地局が、どの会社も故障?」カタカタカタカタ


    『"爆破テロ予告で山手線、総武線、京浜東北線の前線が運転見合わせ"』


倫子「……陰謀だ。くそ、一歩遅かったか……っ」グッ

ダル「ネット回線は生きてるからRINEは使えるけど、レスキネン氏にRINEで連絡は取れないし……」

倫子「真帆っ! あなたの『Amadeus』に記憶させてしまったのはどこまで!? ラジ館屋上のことは!?」

真帆「……記憶させてしまったわ」プルプル

倫子「それだ……それが原因で、外に漏れた……っ」クッ

真帆「で、でも、このラボの場所は覚えてないはずよ! あの事件の時、私、茫然自失で、橋田さんにおぶってもらったから……」

真帆「ハッキリと場所を認識したのは、この間日本に来てからなの」

倫子「ってことは――時間の問題かも知れないけど、ここはまだ大丈夫っ」ダッ

ダル「オカリン!?」

倫子「ラジ館の屋上へ行ってくる! 狙われるのはあそこだ! 鈴羽がいたら、知らせないとまずい!」

ダル「僕もいくお!」

倫子「ふたりはここに居て! まゆりが戻ってくるかもしれない――でも、何かあったらすぐ逃げて!」ガチャッ タッ タッ

一方その頃
ラジ館屋上


鈴羽「……再生、っと」ピッ


『やぁ、鈴羽。元気か? 色々なことを君に託してしまって、本当に申し訳なく思う。許してくれ、頼む』


鈴羽「ホント、口先だけなんだから……そんな父さんを許しちゃうあたしも、まだまだ甘いなぁ」


『なぜ最初からこの"オペレーション・アークライト"を僕が指示しなかったのか……君は怒っているかもしれないね』

『けど、違うんだ。指示しなかったんじゃない、出来なかったんだよ』

『君が出発した世界線の僕は、このオペレーションを計画してないかったはずだから』

『もう気付いているかも知れないが、君たちふたりの選択によって、世界線はまた少し変動した』

『つまり僕も、君が出発した世界線とも、今その世界線にいる僕とも違う、別の世界線上の橋田至ってことになる』

『ああ、でも、勘違いしないでくれ。僕は、どれだけ世界線が変わろうと、鈴羽のことを最高の娘だと思っているよ。どの世界線の僕だろうと、絶対に』

『フフッ、とはいえ、比べて見て、どっちのパパのほうがダンディかな? 僕は鈴羽の影響で筋トレを始めた橋田至なんだ……フフフ……』

  『ダル? 時間が無いのに余計なおしゃべりはしないでね?』ニコ

『オウフ……倫子たんの笑顔が怖いので、話を進めるのだぜ』


『このムービーメールを僕が送る前に起きたことを話そう』

『それはつまり、まゆ氏が鈴羽とともに過去へ行く決意をしなかった未来の話だ』

『2011年7月7日、まゆ氏が泣きながらラボへ戻ってきた。鈴羽が1人で過去へ跳んじゃった、って教えてくれた』

『そして、こう言ったんだ』

『オカリンを救いたいって。私の彦星さまの目を覚ましたいって』

  『……ホント、私はまゆりには心配かけてばかりだよね。まゆりがそんなふうに考えてるなんて知らなくて……』

『だから、僕たちは決意した。あの日のオカリンに、もう一度過去へ行ってもらう方法を見つけようって』

『15年間、僕たちは研究に研究を重ねた。その結果、次の一手が最善手だと判断した』

『その方法こそ、"オペレーション・アークライト"だ』

『オカリンは最後まで抵抗したけど、それ以上にまゆ氏の意志は強かった』

  『ちょ、おいっ!』

『結果、こうして鈴羽にこのムービーメールを送ることになったのさ』


『今君たちが居る世界線は、このムービーメールが受信されることを中心として再構成された世界線だ』

『君たちからすれば、未来が変わったことになるのかな』

『まあ、オカリン以外の人間にとっては、その世界線でずっと生きてきたようにしか認識できないはずだけど』

『間違いなくひとつ言えるのは、鈴羽が2036年を出発した時の世界線とは、かなり状況が変わっているってこと』

『まゆ氏から、僕がタイムマシンに隠してたアレを受け取ったんだ。鈴羽がパスを解いてくれたね』

『そのおかげもあって、僕たちは2025年時点で、過去へと安全に確実に干渉する手段を手に入れたんだ』

『例えば、Dメール全般をエシュロンに捕捉されずに済むようにしたりね』

『これから"オペレーション・アークライト"を実行することで、もう一度世界線は変動するだろう』

『その世界線は、シュタインズゲートへとさらに一歩近づいた世界線だ』

『その世界線でも、2025年には過去へ干渉する手段を手に入れているはずだ』

『そこでまた僕たちは、シュタインズゲートへと近づくための作戦を立てることになるだろう』


『これで加速度的にシュタインズゲートへと近づくことになった』

『それもこれも、まゆ氏と鈴羽のおかげだ。ありがとう』

『それじゃ、"オペレーション・アークライト"の詳細を伝える。これは本当に一瞬のタイミングミスも許されない、ギリギリの戦いになる。いいね?』


鈴羽「……ふふふ、父さんが筋トレか。どうせ三日坊主だろうけど」ピッ

鈴羽「すぅ、はぁ……。さて、作戦概要を確認しないと……って」

鈴羽「"まゆねえさん"、さっきから何してるの?」

まゆり「あ、スズさん。どう? 今日、出発することになりそう?」

鈴羽「たぶんね。これから確認するけど」

まゆり「あのね、もし今日、出発するってなったら、まゆしぃは行方不明になっちゃうわけでしょ?」

まゆり「心配かけたくないから、お父さんとお母さんと、お友達みんなにね、メールを書いてたの。『これからちょっと行ってきます』って」

鈴羽「ちょっと気が早いな。今すぐそんなメールを送信したら、みんなここへ集まって来ちゃうよ?」

鈴羽「今、量子コンピューターが到達時刻の時空間座標計算とか、重力の誤差修正とか、最終的な調整をしてる。もうすこし待ってくれないかな?」

まゆり「あーっ、そうだよね。じゃあ、出発の時まで送信しないでおくね……あれ? 圏外になってる……」

鈴羽「えっ? ……あたしのもだ。そんなバカな……」

鈴羽「なんか、嫌な予感がする……。扉の向こうは……うん、静かだ」

鈴羽「なんて、リンリンの陰謀脳が移ったのかな。きっときのせい――」クルッ



シュタッ シュタッ シュタッ

まゆり「きゃああああッ――――!」


迷彩服A「…………」ガチャッ ジャキッ

まゆり「あ……ぁ……」プルプル

迷彩服B「…………」

迷彩服C「…………」


鈴羽「(しまった……あたし、完全に平和ボケしていた……っ!)」ギリッ

鈴羽「(未来の父さんに会えたことで、気が緩んでしまったんだ……)」

鈴羽「(こいつら、ビルの壁面をよじ登ってきたのか!?)」

鈴羽「(30人も……ダメだ、さすがに多勢に無勢すぎるっ)」


迷彩服A「銃を置いて、そのまま地面に伏せろ。手は頭の上だ」

迷彩服A「この娘の頭が吹き飛ばされたくなかったらな」ゴリッ

まゆり「ひっ……スズさん……」プルプル


鈴羽「く、そっ!」グッ


迷彩服B「目標2と目標3、確保」

迷彩服C「目標1、タイムマシン確保! ですが、ロックがかかっていて、すべてエラーで弾かれます!」


鈴羽「何をしても無駄だ。そのマシンは、あたしじゃないと言う事を聞かない」


迷彩服A「なら、お前が操作しろ」グイッ

鈴羽「当然、あたしが操作したら、アレを次元の彼方に跳ばすよ」

迷彩服A「……"教授"に伝えろ。目標1は目標2とセットだ、と。洗脳しないと無理だ」

迷彩服B「はっ」


迷彩服A「洗脳の行きつく先は、分かっているはずだ。薬など使わず、直接、脳を弄られる」

迷彩服A「そうなる前に、素直に我々に協力したほうが利口だと思うが?」

鈴羽「……わかった、言う事を聞く。ロックを外せばいいんだな?」スッ



タイムマシン内部


鈴羽「(どうせこいつらに2036年のOSなんて使えやしないさ)」カタカタカタカタ

鈴羽「(コンソールの下に隠してたナイフを回収して……)」スッ



ラジ館屋上


迷彩服A「よし、降りろ。あとは我々が調査する」

鈴羽「――――っ!」シュバッ!

迷彩服A「ぐっ!」グサッ バタッ



パラララッ パラララララッ


鈴羽「まゆねえさん、こっち! マシンの影に隠れて!」グイッ

まゆり「う、うんっ」


パララララッ パラララッ

――バキュン!

まゆり「あうっ――――」シュパッ

まゆり「あ……あっ……血が……」ドクドクドク

鈴羽「まゆねえさんっ! くそ、兆弾が額を切ったか!」

鈴羽「(あたしの出発した世界線に漸近した世界線なら、椎名まゆりは2036年まで死なないはずだ)」

鈴羽「(けど、ここはそこよりもシュタインズゲートに近い世界線……椎名まゆりの生存は、収束から外れた可能性が高いっ!)」

鈴羽「(そもそも、ここがバレたのはなんでだ? ……かがりがあいつらにリークしたのか?)」

鈴羽「どうして、今日になって……っ」

鈴羽「――かがりが、味方だったらっ」グッ



かがり「…………」


鈴羽「ライダースーツの女……か、かがりっ!? やっぱり、そいつらの味方なのか……っ!」


かがり「……ママに……なにをした……?」

かがり「お前たちィッ、ママになにをしたアアアァァァァァ――――っ!!!!」ダッ


鈴羽「っ」ビクッ

まゆり「っ!?」ビクッ


かがり「アアアアアアアアァァァァァァッ!!!!」シュバッ

パラララッ パララララッ グチャッ ゴキッ 

迷彩服B「ぎゃぁっ!」バタッ

迷彩服C「ふぐっ!」バタッ

ビチャッ グチョッ メキメキッ ブチュッ


まゆり「ひ……っ!」プルプル

鈴羽「み、見るなっ! 耳もふさいでろっ!」ダキッ

鈴羽「(あ、あんなの……もう人間じゃないっ……!)」プルプル


鈴羽「(仲間割れか!? でも、どうして!?)」


迷彩服D「く、くそっ!」パラララッ

かがり「ぐっ――」ガクッ

迷彩服D「よ、よし、やった――」

かがり「ぅぅ……ぐがアアアアアアッ!!!!」ザシユッ

迷彩服D「かはっ―――――」バタン

迷彩服E「て、撤退だっ! 撤退ィ!」ダッ


かがり「はぁ……は、ぁ……」バタッ


鈴羽「かがり、お前……どうして……」プルプル

まゆり「ぁ……ぁっ……」ガクガク

一方その頃
ラジ館前


倫子「はぁっ、はぁっ! 大丈夫だっ、焦るな私っ! きっと何かの間違いだっ!」タッ タッ


パラララッ パラララッ


「なにあれー? 屋上すごくない?」

「何かのイベント?」

「アキバを舞台にしたゲームの宣伝じゃね?」


倫子「なんだ、これ……鈴羽っ!」ダッ



ラジ館階段


倫子「……やっぱり、店がどこも閉じてる。平日の昼間なのに……」タッ タッ


??「やぁ、リンコ。まさか、こんなに早く君がくるとは思わなかったよ」


倫子「え――?」


倫子「ど、どうしてここにあなたが……レスキネン教授っ!」

レスキネン「まあ落ち着きたまえ」

倫子「はぁ、はぁ……お、お願いです、教えてくださいっ! 『Amadeus』が、"紅莉栖"が私に送ってきたメッセージは、本当ですかっ!?」

レスキネン「"クリス"が君に、だって? これは驚いたな。監視していたつもりだったが、いったいいつ、どんな方法を使ったんだい?」

倫子「ふざけないでくださいっ! "紅莉栖"や"真帆"を、どうしてしまったんですっ!?」

レスキネン「別にどうもしてないよ。一時的に、システムごとある民間会社に移したんだ。専門の手術をするためにね」

倫子「手術って……彼女たちの記憶データを解析するってことですかっ!? しかも、タイムマシンに関するデータをっ!!」

レスキネン「……"クリス"はそこまで話してしまったのか。残念だな」ジャキッ

倫子「(うそ……拳銃……っ!?)」ビクッ

レスキネン「君は少し、踏み込み過ぎたようだ」


   『未来にね、"教授"っていうコードネームで呼ばれる影の存在が居たんだ』


倫子「あなたは……何者なんです……」プルプル


レスキネン「知っての通り、メインは脳科学者さ」

レスキネン「それと、君は"STRATEGIC・FOCUS"社という、アメリカの民間情報機関を知っているかな? その一員だよ」

倫子「……知ってますよ。あなたから、何度同じ話を聞いたと思ってるんですっ!」

レスキネン「……? 何の話だい?」

倫子「(あ、あれ? 私、どうしてこんなこと……)」

レスキネン「ああ、もしかして、あの時の尖兵から聞いたのかな? 1月に、イタル・ハシダのバイト先に入った」

倫子「……っ!?」

レスキネン「あの時は、SERNやロシアから君たちを保護しようとしたんだよ。なのに小賢しい真似をして逃げたりするから」

倫子「う、嘘だっ! 保護するつもりなんて、あるわけないっ!」プルプル

レスキネン「リンコ……あまり大声を上げられると、困ってしまうな。日本の警察にもCIAのスパイは多い」

レスキネン「騒動になれば連中が来る。それを嗅ぎつけて、ロシアやSERNもだ」

レスキネン「まあ、もう遅いかもね」


レスキネン「それより、リンコ。カツミから聞いたのだが、君も例の"新型脳炎"を発症しているそうだね」

倫子「かつみって……フブキ!?」

レスキネン「それどころか、新型脳炎そのもののメカニズムについて、何か知っているらしいじゃないか」

レスキネン「実に興味深い。君の持つその"情報"を、是非提供してくれないか?」

レスキネン「なに、簡単な施術を受けてくれるだけでいいんだ」

レスキネン「そうすれば私は、君を助手として迎え入れてもいい」ニコ

倫子「っ……!」ゾワワァ



パラララッ パララララッ


レスキネン「っ!? なぜ銃撃戦になっているんだ! 穏便に済ませろとあれほど――」

倫子「(い、今だっ!)」ダッ

倫子「うわあああっ!」ドンッ!

レスキネン「っ、と。なんのつもりかな、リンコ」ガシッ

倫子「あ……」プルプル

レスキネン「君みたいなか弱い少女が、私のようなクォーターバックを倒せるとでも?」ジャキッ

倫子「――ふんっ!!!」ドゴォッ!!

キーン

レスキネン「あ――――」バタッ

倫子「……プロテクターを股間につけてから言いなさい」

倫子「(ダルで練習しておいてよかった……!)」


レスキネン「」ブクブク

ラジ館屋上


倫子「……なに、これ……おえぇっ!」ビチャビチャ

倫子「(死体の山……四肢がもがれてたり、首が取れてたり、うぅっ)」ウップ


かがり「……だ、だいじょうぶ? ママ?」ズルズル


倫子「(っ!? あのライダースーツの人、ひ、左手が、ない……というか、血まみれだ……)」プルプル


まゆり「あ……あ……」プルプル


倫子「ま、まゆりっ!? どうしたの!? 顔中血まみれ――」


まゆり「いやぁぁぁっ……! こないで、こないでぇっ!」ガクガク

かがり「……っ? ママ……?」ズルズル


かがり「違うの、これは、だって……私は、本当は人殺しなんてするつもりじゃなくって……ただ、ママを護ろうとしてっ……」ズルズル


倫子「(まゆりが、ママ……? っ、"かがり"か!?)」


かがり「ごめん……なさい、ママっ……」ズルズル

鈴羽「かがり、もういいっ! もういいから、動くな! 死ぬぞ、お前っ!」

かがり「キライにならないで……ゆるし、て……」グタッ


倫子「か、かがりっ! 大丈夫っ!?」ダキッ

かがり「はぁ、はぁ……」

倫子「今、ヘルメット脱がせるからね!」グイッ

かがり「やっ、いやっ……やめてっ……」ギュッ

かがり「と、取らないで……ママと鈴羽おねえちゃんの前では……」

かがり「お願い……"岡部さん"……」

倫子「何を言って――――っ!?!?」


倫子「そっ、そんな……。あなたは、どうして……」

倫子「"由季さん"……っ!?」

由季(かがり)「はぁ……はぁ……」


鈴羽「まゆねえさん、マシンの中にっ!」

まゆり「う、うんっ」

鈴羽「リンリン! かがりの様子は!?」


倫子「こ、来ないでっ!」

倫子「こっちは私に任せて! それより、まゆりの傷はっ!?」


鈴羽「っ? ……大丈夫、まゆねえさんの傷は深くない!」

由季(かがり)「良かった……。ママ、無事だったんだ……よかった……」グタッ

倫子「しっかりして! あなたは、なんで……」

由季(かがり)「大丈夫……心配しないて……。私、痛みは気持ちいいから……」

由季(かがり)「いつも神様の声が聴こえるの。"君は痛くならないよ、苦しくならないよ。それ以上に快感だよ"って」ゴフッ

倫子「そんな……っ」


由季(かがり)「お、岡部さんには……伝えて、おくね……」

由季(かがり)「"本物"は、何も知らないです……」

由季(かがり)「3年前から、ヨーロッパに留学中……だから……」

由季(かがり)「"教授"が私を秋葉原へ送り込むために……、裏で手を回して……」

倫子「"教授"、だって……?」プルプル

由季(かがり)「この世界線では……本当は、来年なんですよ……橋田さんと"本物"が出会うのは……」

由季(かがり)「"教授"が、留学期間が終わった由季さんをフランスで暗殺するのは、来年だから任せたよ、って言ってたので……」

由季(かがり)「でももう……暗殺も、できないですけどね……」

倫子「つ、つまり、君が、由季さんと入れ替わろうと……?」

由季(かがり)「収束を騙すには、それしかないって……神様の声が……」

倫子「(そうか、ヤツの目的は、タイムトラベラーとしての鈴羽の存在そのものを消し去る事……!)」

倫子「(母親が変わっても鈴羽のOR物質は誕生するだろうが、それは遺伝子的には鈴羽じゃない上に、タイムトラベラーにならない可能性が高い)」

倫子「(だが、なによりも腹立たしいのは……かがりをこんな風に弄んだこと……っ)」グッ

由季(かがり)「大丈夫……きっと"本物"も、橋田さんのこと、好きになります……」

由季(かがり)「私と同じように……」

由季(かがり)「ふふ……言っちゃった。誰にも内緒です……よ?」

由季(かがり)「…………」

由季(かがり)「…………」



由季(かがり)「…………………………」


倫子「あ……ぁ……」プルプル

倫子「心臓が……止まった……」ガクガク

倫子「死んだ……また、私の腕の中で、人が死んだ……」ワナワナ


鈴羽「リンリン! かがりは、無事!?」


倫子「っ!! だ、大丈夫! この娘は私が病院へ連れて行くから!」

倫子「(ホントはもう、死んでるけど――)」グッ

倫子「鈴羽は、急いでタイムマシンを停止させて偽装して! すぐ警察がここへ――」




レスキネン「もう遅いよ」


倫子「なっ……教授!?」

レスキネン「すぐに、ここは戦場になる……アメリカもロシアもフランスも、日本も動き出してしまった……」

レスキネン「一度回り出した歯車は、もう止められない……」

レスキネン「カガリが、もっと早く我々に報告していれば、ここまで事態は悪化することもなかったものを……」ククク


鈴羽「やっぱり、お前が"教授"か! かがりを洗脳したのはお前だな!?」


レスキネン「……別に、"この私"が何かしたわけじゃない」

レスキネン「むしろ、10年ほど前、路頭に迷っていた彼女を助けて、ここまで育つよう援助してあげたんだよ」

レスキネン「彼女は、自ら私に接触してきた。整形と声帯手術までして、この街に潜り込ませたのも、元は彼女が提案したプランだよ」

レスキネン「まあ、6年ほど前に一度研究所から逃げられてしまったことがあったが、それもすぐに"元の状態"に戻った」

レスキネン「なんでも、頭の中の"神様"が、全て教えてくれるんだそうだ……」

レスキネン「世界線や収束といった、新しい理論まで教えてくれたよ」

レスキネン「彼女の脳や記憶を調べてみると、非常に興味深く、素晴らしいことが分かった」

レスキネン「その"神様"というのはね――――」


レスキネン「――――2036年の私だったんだよ」ニコ


倫子「……かがりとまゆりを引き合わせたのも、ワルキューレのメンバーを洗脳したのも、未来のあんたか」プルプル

レスキネン「そして、いずれこの私がやらなければならないことでもある。"世界線"の維持のために」

倫子「世界線の維持のためなら、どうしてかがりと由季さんを入れ替えようとした!?」

レスキネン「簡単な話さ。君たちに『シュタインズゲート』とやらに世界を変えられてしまっては、私も困るからだよ」

レスキネン「その点については、カガリ本人の意志と利害が一致したわけだ。タイムマシンの場所は、どれだけ痛めつけても教えてもらえなかったけどね」

レスキネン「まあ、痛みが快楽に変わるよう洗脳したのは、私であり、未来の私なんだが」ハハ

レスキネン「とにかく、世界線を維持するには、ジョン・タイターの親を取り換えてしまえばいい。SF小説の定番じゃないか」

レスキネン「そうすれば、ジョン・タイターは消え、タイムトラベラーとしてカガリだけが残る。ワルキューレのメンバーも私が洗脳してコントロールする」

レスキネン「完璧な作戦だろう?」

倫子「こいつ……」プルプル


レスキネン「カガリには、大切なことを教わった」

レスキネン「彼女と出会った当時、私はまだ、ロンドンのタヴィストック研究所というところで研究していたんだけどね」

倫子「タヴィストック……"洗脳研究所"っ!?」

レスキネン「ああ、ちなみにカガリは、300人委員会の息のかかった日本の研究所を訪れたらしくてね。連絡が入って、この私が直々に東京まで迎えに行ったんだ」

レスキネン「当時私は、ある問題を抱えていた。そこの所長、今は特別顧問になったらしいが、ミスター・ミゲール・サンタンブロッジオから性的な関係を迫られていてね」

倫子「は……?」

レスキネン「私は困惑したよ、そういうケはなかったから。そこで、"未来の私"に相談してみることにした」

レスキネン「すると彼女の神様はこう言ったのさ。"同性愛は至高である"、と」

倫子「(……って、巡り巡って私のせいか!?)」

レスキネン「PCおよび人工知能の元祖とも言えるチューリングも同性愛者だった。彼の愛が、機械に命を与えたのだよ」

レスキネン「彼が人工知能研究を推し進めた裏には、若くして亡くなった彼の初恋の男性『クリストファー』の魂を蘇らせようとしていた、という話は聞いたことがあるだろう?」

倫子「……紅莉栖もそうだと、『Amadeus』もそうだと言いたいのか?」プルプル

レスキネン「さあ、それは君の解釈次第さ」

レスキネン「ただ、私が同性愛の真理に気付いたのは少し遅くてね」

レスキネン「ミスター・ミゲールはバイセクシャルだったから、その頃には日本人女性との間に子どもを作ってしまっていたよ」

レスキネン「傷心した私はヨーロッパと300人委員会を離れ、アメリカに研究室を移した、というわけさ」


レスキネン「それだけじゃない。"カガリ"という作品を作り上げるのも、未来の私の仕事らしい」

倫子「"作品"……?」ゾクッ

レスキネン「公にはされていない研究だ。通称、"クリス・プロジェクト"」


   『どうもこんにちは、C397番』


倫子「……っ!!」ゾワワァ

レスキネン「精神生理学研究所に、クリスの卵子が保存されていてね。ジュディをはじめ、何人かの人間がプロジェクトメンバーらしい」

レスキネン「なんでも、天才を量産することで軍事技術力を飛躍的に押し上げよう、という計画なんだとか」

レスキネン「つまり、クリスとできるだけ同じ脳構造の生命体を作り上げ、それを軍事転用する、ということだ」

レスキネン「まあ、所詮彼らはDURPAの研究員、国家の犬だからね。代わりに私がより崇高な目的のために利用してあげるのさ」

倫子「何を……言って……」プルプル

レスキネン「私は、2026年、クリス・マキセのクローンを誕生させるんだ」

倫子「な――――」

レスキネン「そして偽の記憶を植え付ける。自分は戦災孤児で、パパとママは戦争で死んだ、とね」

倫子「そんな……ことが……っ」ワナワナ

レスキネン「もちろん、現代の技術では無理だろう。だが、世界の技術レベルは、わずか15年でそういう風に収束するらしい」

レスキネン「大変そうな仕事だが、実に面白そうだろう?」ハハ

倫子「あんたは……本物の、マッドサイエンティストだ……っ」プルプル



バタバタバタバタバタバタバタバタ…


倫子「なんの音……っ!? 戦闘ヘリが、あんなにたくさんっ!?」

レスキネン「言っただろう? ここは間もなく、タイムマシンを奪い合う戦場と化すんだ……」クク

倫子「第3次世界大戦が……始まるの……?」ゾワワァ

倫子「(って、何を驚いてるんだ、私。そうなる未来を選択したのは、私じゃないか……)」


鈴羽「かがりをいじめた報いだ。……死ね」BANG!


レスキネン「くっ――――」バタッ

倫子「ひぃっ!」ビクッ

倫子「(し、死んだ? 心臓を撃たれて――)」

倫子「(心臓……たしか、教授のジャケットの胸ポケットには、何かが入ってたような気が……)」

倫子「(というか、世界線が変わってないってことは――)」


鈴羽「リンリン! こうなったら、あたしたちはこのまま過去へジャンプする!」


倫子「え……!? まゆりは……!?」


鈴羽「1年前のあの日なら、ここより数倍安全だろ!?」


倫子「待って! まゆり、まゆりっ!」ダッ

タイムマシン内部


まゆり「オカリン……これ、預けるね」スッ

倫子「これって……まゆりのスマホ……」

まゆり「メール読んでね! まゆしぃの気持ちだから!」

倫子「ちょっと待って! なんでまゆりが行くの!? まゆりが行ったって何もできないでしょ!?」ヒシッ

まゆり「違うの。オカリンじゃダメなの! これはね、まゆしぃの役目だから」

倫子「わかんないよっ! なんで、どうしてそうなるのぉっ!」ウルッ

倫子「お願い、降りてまゆりっ! まゆりまで因果の環から外れたら、私はなんのためにこの世界線を選んだのか――」ポロポロ

まゆり「オカリンっ」チュッ

倫子「――え?」

まゆり「えへへ……バイバイ、オカリン」トンッ


倫子「あっ! まゆりっ!」ヨロッ


シュィィィィィン(※ハッチが閉まる音)


倫子「まゆりっ! 待って――――」

タイムマシン内部


まゆり「まだ痛いけど、平気。血は止まったよ。"おぺれーしょん・あーくらいと"に支障なし――だよ!」

鈴羽「上等!」カタカタカタカタ

鈴羽「あ、父さんのHDD! ……いや、もうハッチを開ける時間はない」

鈴羽「このまま過去に持っていって、過去の父さんに渡そう!」カタカタカタ



ラジ館屋上 タイムマシン外部


倫子「鈴羽ぁっ!! 開けろぉっ!! ここを、開けろぉぉぉっ!!」ポロポロ 

倫子「……開けろよ……開けて……っ」ヒグッ

キラキラキラ…

倫子「(ああ、タイムマシンが出発準備に入ったらしい。燐光が辺りに漂い始めた……)」


ガチャ 

ダッ ダッ ダッ …


倫子「(……っ!? またどこかの軍隊が屋上にっ!?)」クルッ



バタバタバタバタバタバタバタバタ …



倫子「(武装ヘリも。あれは、アパッチ……米軍の対戦車攻撃ヘリ――――っ!?)」

倫子「タイムマシンを……爆破するつもり、なのか……」プルプル




――――バシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン!!


倫子「(AGM-114 ヘルファイア。対戦車ミサイル、その意味は"地獄の業火")」

倫子「(発射後は約3秒で340m/sまで加速、その威力は50トン級小型艦艇を無力化できるほど)」

倫子「(この至近距離で撃ち放たれたら、いくら2036年の装甲だからと言って――)」


キラキラキラ…


倫子「(タイムマシンは、まだ跳んでいない――!!!)」



   『バイバイ、オカリン』



倫子「――――や゛め゛ろ゛ぉ゛ぉ゛ぉ゛っ!!!!」





ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!

未来ガジェット研究所


ガチャッ


ダル「お、オカリン! まゆ氏は――――オカリンッ!? ちょ、なんだこれ、ええっ!?」

フェイリス「オカリンッ! マユシィたちは見つかった――――きゃああああああっ!!!」

真帆「どうしたの橋田さ――――岡部さんっ!? あなた、そんな、なん……で……」プルプル


倫子「……かはっ、ごふっ」バタッ


ダル「ちょっ!? こ、これって、肌、触っていいん!? なんかもう、黒かったり白かったりしてるんだけどぉ!?」

フェイリス「髪の毛も、半分以上溶け落ちてる……」プルプル

真帆「とんでもない火傷だわ……もしかして、さっきの大きな爆発音と関係が……?」

倫子「まゆ……りが……死ん……」

ダル「な、なに? なんだって!?」

倫子「すず……はも……死体すら……無くて……」

倫子「かがりの……遺体は……屋上で……燃えて……」ゴフッ

真帆「肺がやられてるはずよ! もうこれ以上しゃべらないでっ!」

倫子「だい……じょぶ……2025年までは……死な……ない……」


ダル「ちくしょう! ちくしょう! ちくしょう! そんなバカなことってあるかよ!? あるのかよぉぉーっ!」ダンッ ダンッ

ダル「マシンの中に隠してたアレも無いってことは、タイムマシンで鈴羽を救うこともできないじゃんかッ!」ダンッ

真帆「橋田さんっ! 岡部さんをシャワー室へ! 冷水をかけないと!」

ダル「オ、オーキードーキー!」

倫子「待って……。これ……まゆりの、スマホ……読んで……」スッ

フェイリス「わ、わかった! 読むから、動かないでぇ!」

差出人:まゆり
宛先:オカリン
件名:
オカリンへ。
トゥットゥルー♪ まゆしぃです。

本当はちゃんとお話しようと思ったけど、う
まく言えるかどうか分からないし、オカリン
に引き止められると迷っちゃいそうだから、
メールにしました。
私は、スズさんと一緒に、過去へ行って来ま
す。なんで? って、オカリンは怒るかもし
れないね。でも、これは、私がやらなきゃい
けない事なの。だって、あの時、わたしの彦
星さまを……どんなに怖くても、強がって高
笑いを上げてた、弱くて強い彦星さまを……
暗い雲の向こうに隠しちゃったのは、わたし
なんだから。
今度はね、わたしの出番。これは、ラボメン
ナンバー002の、初めてのおっきな任務なん
だから!
未来のダルくんとオカリンがね、おぺれーし
ょん・あーくらいと、って、名前をつけたん
だよ。
もしも何かあったとしても……必ず助けに来
てくれるって信じてるから。
わたしの大好きな鳳凰院凶真が、タイムマシ
ンに乗って……
わたしは鳳凰院凶真のことが好き。でもね……
倫子ちゃんのことは、もっと好きだよ。


倫子「うぅっ……」ポロポロ

フェイリス「オカリン……」

倫子「まゆり……忘れてるだろ……。お前は、鳳凰院凶真の人質なんだぞ……っ」

倫子「いなくなったら、人質にならないじゃないか……っ」

倫子「お前はバカだ……でも、もっとバカだったのは、このオレだ……」

倫子「時間を、やり直せたら……っ!」

倫子「――――ダルっ!」

ダル「お、おう?」

倫子「……ラボからSERNまで直通回線、つながってる……LHCを、借りる……」

ダル「はいぃ?」

倫子「3.24TB……36バイトに圧縮……ミニブラックホール……」

真帆「――っ!! 橋田さん、今すぐSERNをハッキングして!! 早くっ!!」

ダル「オ、オーキードーキー!」カタカタカタカタ


倫子「……フェイリスは、下の店の、42型……点灯……リフター……」

フェイリス「で、でも、お店、もう閉まっちゃって――」

真帆「シャッターぐらい破壊しなさい! 黒木さんに車で突っ込んでもらえば!?」

フェイリス「わ、わかった!」

真帆「あとは擬似パルスを解凍時に放射されるよう設定して、ってことは、あそこがああなってこうなって……」ブツブツ

真帆「これでイケる……イケるわ、岡部さんっ! タイムリープマシンが、造れるっ!」

真帆「あっ、でも、どうやって実証実験を――」

倫子「……要らない。真帆なら、できる……」

倫子「紅莉栖にとっての、アマデウスなら……」ゴフッ


   『貴女が常に私にとっての目標であり』

   『貴女こそがまさにアマデウスその人だった――と』


真帆「――っ!」

真帆「……ええ、わかった。わかったわ、絶対に、やり遂げて見せる」

真帆「今度は、私があなたを護ってみせる……っ!」

真帆「――白衣、借りるわよっ!」バサッ


・・・

フェイリス「東京の病院、どこもまともに機能してないって……」

真帆「フェイリスさん、岡部さんはまだ息ある!?」カタカタカカタ

フェイリス「だ、大丈夫ニャ! 今は眠ってるみたいだけど……」

倫子「こひゅ……かひゅ……」

真帆「橋田さんの言う、紅莉栖の本物のHDDがタイムマシンの中にあったって話だけど、たぶんそれはなくても関係ない」

真帆「オペレーション・アークライトとか言うのは、別の世界線の未来から送られてきたもので、この世界線はそのメールを受信して、鈴羽さんたちがオペレーションを実行するように再構成されたもの」

真帆「だから、この世界線の2025年において、過去へと干渉する技術がなくても、問題はない」

真帆「今、タイムリープさえしてしまえば……! オペレーション・アークライトさえ成功してしまえば……!」カタカタカタカタ

真帆「世界は、再構成される……っ!」ッターンッ!

ダル「うおおおーっ! ミッションコンプリート! これでいつでも記憶を圧縮し放題なのだぜ!」

真帆「それじゃ、こっちを手伝って! この設計図なら、何時間で完成する!?」

ダル「寝ずにやって42時間……いや、40時間で終わらせるお!」

真帆「(秋葉原中の基地局がストップしたのは午後6時頃……ってことは、タイムリープで送れるリミットは、7月9日18時前ってことね……)」

真帆「……聞いてた!? 岡部さん!」

真帆「あと40時間、死ぬんじゃないわよっ! いいわねっ!」グスッ

倫子「こひゅ……」

真帆「頑張って、"倫子"……絶対に、あなたを過去へ送ってみせるっ!」


――――――――――――――――――――――――――――――
    2011年7月9日17時45分  →  2011年7月7日17時45分
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2011年7月7日(木)17時45分
未来ガジェット研究所


ダル「るか氏から連絡があって、柳林神社には居ないって。カエデ氏とフブキ氏にも電話したけど……」

倫子「――――っ」クラッ

真帆「だ、大丈夫?」ダキッ

倫子「あ、あれ? ここは……ラボ……」

ダル「やっぱり心配だお、僕も探しに行くって。オカリンこそ、ここで休んでたほうがいいお」

倫子「(そうか……真帆たちが、タイムリープマシンで私を48時間前に跳ばしたんだ……)」

倫子「平和な秋葉原……爆発音も、銃撃戦の音も聞こえてこない」

真帆「え? 何の話――――」

倫子「真帆っ!!」ダキッ

真帆「ふ……ふおわああああっ!?!?」ドキッ

倫子「よくやった……あなたは、最高の科学者だよ……っ」グスッ

真帆「は、はい?」ポカン

倫子「私は、48時間後の未来からタイムリープしてきたのっ!」

真帆「え!?」

ダル「マジ!?」

倫子「時間がない! よく聞いて! まゆりと鈴羽と、かがりの命がかかってる!」ガシッ

真帆「え……」

ダル「マジ……」


倫子「真帆、すぐに『Amadeus』にアクセスして、"紅莉栖"と"真帆"をバックアップごと全部消去して」

倫子「教授……レスキネンは、あれを平和利用するつもりなんてない」

真帆「そんな……っ! いえ、それが真実なのね……」

真帆「データにはアクセスできるけど、外部からいじるには、教授の持っている管理者権限が必要よ」

倫子「ダル。それをクラックして、データを完全破壊して。タイムリミットは、たぶんあと15分!」

ダル「うお!? なんか、スゲーひさびさに無茶を言いやがったなオカリン! けど、そこにシビれる、あこがれるゥ!」カタカタカタカタ

倫子「(今ならまだ間に合う。レスキネンが"真帆"と"紅莉栖"をストラトフォーのサーバに移してしまう前に記憶データを――)」

倫子「今頃、秋葉原中の基地局が乗っ取られてるから、今後はケータイで連絡が取れない。何かあったらRINEで!」

倫子「私はラジ館へ行く! ここは任せたよ!」ダッ

ダル「オカリンっ! 鈴羽を、頼む……!」

倫子「うん! ――任せて!」

ラジ館屋上


倫子「鈴羽っ! まゆりっ!」ハァハァ

まゆり「オカリン……」シュン

倫子「(よかった、まゆりが、居る……生きてる……)」ウルッ

倫子「まゆり……タイムマシンで、過去へ行くつもりなんだね」

まゆり「えっ……、どうして……」

倫子「私は48時間後からタイムリープしてきた。だから全部知ってる」

鈴羽「なっ……。それ、ホント?」

倫子「ここはあと30分もしないうちに戦場になるの」

鈴羽「まさか……だったら、今すぐに跳ぶしかない」クルッ

倫子「いや、ちょっとだけ待って。ダルと真帆が、今、先手を打ってる」

倫子「それさえうまくいけば……。でも、仮に失敗したら、鈴羽とまゆりは、死ぬかもしれない」グッ

鈴羽「……なるほど。つまり、そういうこと」

鈴羽「あたしたちが死んだから、タイムリープしてきた、ってことか」

まゆり「え……えっ?」


鈴羽「でも待って。リンリンは、あたしたちの死を"観測"したの?」

鈴羽「そんなことになったら世界線が変動してないとおかしい」

倫子「……いや、"観測"はしてない。死体が発見できなかったんだ……」

倫子「私がタイムリープした時点で、ふたりが死んだことによって発生する因果の収束は、まだ存在してなかった」

鈴羽「それなら、未来は確定してない。この世界線は、タイムリープでやり直せる可能性がある」

鈴羽「最後のα世界線のリンリンが、エンターキーを押すためにタイムリープして戻ってきたように」

鈴羽「あたしたちのオペレーションも、成功する可能性がある」

倫子「……うん」

鈴羽「でも、もし次にあたしたちが死んじゃったとしても、絶対に"観測"しちゃダメだからね!」

倫子「そ、そんなの、自分で選択できないよ」

鈴羽「だったらあたしたちが、オペレーションを成功させるしかない」

鈴羽「止めないでよ、リンリン」

倫子「……ねえ、まゆり」

倫子「まゆりは、本当に行っちゃうの……?」

まゆり「…………」


倫子「私もね、まゆりのこと、大好きなんだよ? 紅莉栖だって、まゆりが大好きだから、この世界線を選んだんだよ?」

倫子「ほら、門限だって過ぎてるよ? おじさんとおばさんが心配して……」

まゆり「……わたしの彦星さまをなかったことにしたくないから」

まゆり「26年間の後悔をなかったことにしたくないから」

倫子「……それでも、まゆりが行く必要は無いよ……代わりに私が行く。鈴羽だって、それを望んでたでしょ……?」

鈴羽「実は、事情が変わったんだ。未来からムービーメールが届いて、『オペレーション・アークライト』が発動した」

倫子「未来から?」

鈴羽「その未来では、リンリンも、まゆねえさんが過去へ行くことには納得してたみたいだよ」

倫子「…………」

鈴羽「過去へ跳ぶのは、7月28日じゃなくて、8月21日なんだ」

倫子「っ、8月21日!? って、その日は……」



   鳳凰院凶真が死んだ日



鈴羽「そこには、観測者の目にさらされない、"空白の1分間"がある。リンリンが世界から消失していた1分間」

鈴羽「それを利用すれば、過去を変えずに結果を変えることができるはず」

倫子「空白の、1分間……」


鈴羽「……鳳凰院凶真を復活させることは、まゆねえさんにしかできない」

鈴羽「椎名まゆりにしか、不可能なんだ」

倫子「あ……」ドクン

まゆり「えっへへ……。ねぇ、オカリン」

まゆり「雨が降っても星は、世界から消えちゃうわけじゃないよ」

まゆり「雲の向こうで変わらずに、輝き続けてるんだよ」

まゆり「今日はね、年に一度だけ、彦星さまと織姫さまが会える日なんだよ」

まゆり「と、いうわけで!」

まゆり「わたしがオカリンの空を覆っている雨雲を取り払ってくる」

まゆり「だから、ちょっとだけ待っててね」

まゆり「"まゆしぃ"は今日だけ、人質をやめようと思います」ニコ

倫子「まゆり……」ウルッ


まゆり「オカリン、これ」スッ

倫子「これって……まゆりのスマホカバー?」

まゆり「えへへ……この赤いのをつけてるとね、オカリンとずっと一緒に居られるかな、って思ってたから」

まゆり「オカリンの苦しみを、一緒に抱えていけるって思ってたから」

まゆり「今、ここに置いていくね」

倫子「私は、私ひとりで何もかも背負ってるって勘違いしてたんだね……」

倫子「私たちはみんな、ラボメンなのに……」グスッ


BANG! パキィッ!


倫子「きゃっ――!」

まゆり「きゃあっ!」

倫子「(スマホカバーが、砕け散った!?)」

鈴羽「なっ!? お前、かがりっ!?」


かがり「2025年収束……"教授"が言った通りだ。心臓を狙っても、岡部倫子は殺せない」グッ


倫子「(かがり1人、ってことは、ダルたちの工作はうまく行ったんだ! だったら――)」

倫子「鈴羽ぁっ! まゆりを連れてマシンに乗ってっ! 今すぐ跳んでぇっ!」

鈴羽「……わかった!」タッ



BANG!


まゆり「ひゃうっ!」

倫子「まゆりっ!」


かがり「マシンに乗っちゃダメ! それは"教授"に渡すの!」

かがり「そのあと、かがりが未来へ帰るのに使うんだから!」

かがり「本物のまゆりママに会うために使うんだから!」


鈴羽「かがり、お前っ! 自分が何をしてるか分かってるのか! お前の大事な人に銃を向けてるんだぞ!?」ジャキッ


   『さぁ、かがり? ついに未来へ帰る時が来たよ? これでキミの使命は大成功に終わるんだ』

   『よくやったね。ママもきっと喜んでくれるよ』


かがり「……鈴羽お姉ちゃん、銃を捨てて。でないと、本当に、撃つ」ジャキッ


まゆり「ひっ……」

倫子「……鈴羽、ここは言う通りに」

鈴羽「くっ……」スッ


かがり「鈴羽お姉ちゃん、マシンを動かして。未来へ帰るから」


   『そうだ、それでいい。もうじきママの所へ戻れるんだ』

   『そうしたら、また思いっきり甘えられる。ママもいっぱい優しくしてくれるよ?』


かがり「やだなぁ、かがり、もうそんな子どもじゃないよぅ……」エヘヘ


鈴羽「正気に戻ってくれ、かがり。お前は洗脳されて、そう思い込まされてるだけなんだ。本当のお前は――」


かがり「うるさい。ぐずぐずしてると撃つ」ギロッ


鈴羽「(かがり、本当に撃てるのか!? 大好きなママなんだぞ……!?)」


倫子「……かがりには、撃てないよ」ニコ

鈴羽「リンリンっ!?」


かがり「か、勝手に動くな!」ジャキッ


倫子「ねえ、まゆり? 彼女……まゆりの未来の子どもなんだって」

まゆり「う、うん……そう、なの?」

倫子「驚くよね。まゆりに子どもって。ちゃんと育てられるのかな?」

まゆり「で、出来るようっ……そのくらい……」

倫子「うーん、怪しいなあ。それで、どうだったの? かがりさん」


かがり「……マ、ママはっ、すっごく優しくて、いつもニコニコしててっ、最高のママだよっ」プルプル


倫子「そっか。よかったね、まゆり」

まゆり「うん」エヘヘ


倫子「ねえ、かがりさん……」ジリジリ

かがり「く、来るなっ! 近寄るなっ!」

倫子「そんなまゆりに育てられたあなただって……優しくないわけないよ」

倫子「ダルも……橋田至も、あなたのこと、とっても優しい人だって言ってたらしいよ?」

かがり「……っ!」ビクッ


かがり「なっ、何をっ……言ってるんだ、お前……っ!」プルプル

   『そんな少女、さっさと殺してしまいなさい』

かがり「で、でも、神様、私……っ」ガクガク

倫子「あなたには撃てないよ。私も、まゆりも、鈴羽も」

かがり「そんなことない!」

倫子「あなたのママは、これから、ラボメンナンバー002として栄誉ある任務をこなしてこなくちゃいけないんだから」

まゆり「オカリン……」

かがり「う、嘘だ……」

倫子「銃をしまってくれるよね?」ニコ

かがり「あ……ぁ……」プルプル

   『早く撃ちなさい。今まで私の言う通りにして、全てうまくいっただろう?』

   『撃ちなさいッ!』

かがり「――――アアアア!!」BANG!

まゆり「だっ、ダメぇっ!」ダキッ


鈴羽「かすった!? チッ!」ジャキッ


まゆり「ダメ! かがりちゃん、撃っちゃダメ!」ギュッ

かがり「ママ! 邪魔しないで!」ジタバタ

まゆり「ママがダメって言ってるの! だから、ダメぇっ!」

   『そんなのは嘘だ。ママはキミをそんな風に叱るハズがないだろう?』

かがり「うるさいうるさいうるさいーッ!!」ズキンッ!!

かがり「う……うぅっ……ああぁ……ぁ……」ブルブル


鈴羽「頭を抱えて、うずくまった……。無力化したのかな……」

鈴羽「……今のうちに、行こう。まゆねえさん、タイムマシンの中へ」ガシッ

まゆり「え、あっ、待っ――」


シュィィィィィィィン(※ハッチが閉まる音)


かがり「ダメ、行かないで、ママ……お姉ちゃん……っ」プルプル

倫子「かがり。もういい、もう、いいんだよ」ギュッ

かがり「っ!? 離せ、離せよぉっ!」ジタバタ

倫子「あとのことは、全部私たちに任せて……"由季さんっ"」

かがり「――っ!?!?」ピタッ



シュィィィィィィン(※ハッチが開く音)


倫子「(ハッチが開いた?)」

まゆり「オカリン! これ! スズさんからっ!」スッ

倫子「こ、これは紅莉栖のHDD!? なんでこれが!?」

鈴羽「父さんを怒らないであげて!」

倫子「でも、パスワードが分からないんだ!」

鈴羽「あー、そんな暗号化ソフトね、2036年の量子コンピューターの前にはザルだったよ」

倫子「は、はは……なんだ、そんな方法があったのか……」

鈴羽「パスワードのメモ、貼り付けといた。じゃあ、行くよ、まゆねえさん!」

まゆり「それじゃあ、オカリン! 行ってくるね!」

倫子「……絶対に、また会おうね」

まゆり「うんっ! わたしね、オカリンのこと――大好き!」

倫子「……お前のことっ!! 時空の果てまでも、どこまでも追いかけてやるからなぁっ!!」グスッ

まゆり「うん! 待ってるからね! 絶対に迎えに来てね! 絶対だよ!」



シュィィィィィィィン(※ハッチが閉まる音)

キラキラキラ…


倫子「(頼んだよ、ラボメンナンバー008、阿万音鈴羽……ラボメンナンバー002、椎名まゆり……)」


バタバタバタバタバタバタバタ…


倫子「(ヘリの音……間に合ってくれ……っ)」ギュッ

かがり「行かないで! ママ! 鈴羽おねえちゃん!」


キィィィィィィィィン……



カッ!!


倫子「……跳んだ。成功だ……間に合った……」

かがり「あ……あぁ……」ガクッ

倫子「……大丈夫だよ、かがり。全部、うまく行くから」ギュッ

倫子「私たちは、シュタインズゲートへの道を必ず見つけ出して……そこへ辿り着いてみせるから」

倫子「そうしたら、あなたとまゆりだって、必ずまた会える。もっと幸せな形で、一緒に暮らせるから……」

倫子「あなたの願いも、絶対に届くから……」

倫子「世界線は必ず、変わるから……」


タイムマシンは跳んだ。しかし、世界線は変動しなかった。

この世界線では、あのタイムマシンがこのタイミングで"消失"することが収束だったんだ。

だがそれは、オペレーション・アークライトが失敗したことを意味しているだろうか……

今までは、過去にモノを送った瞬間に世界線は変動していた。それは、過去にモノを送ったことで歴史が再構成されたからだ。

だけど、今回は違う。あの空白の1分間でなら、過去を変えずに結果が変わることになる。

今居る世界線は、オペレーション・アークライトが失敗する世界線だ。だって、私はあの日、"鳳凰院凶真"を殺したのだから。

失敗したからこそ、ふたりはあの日へ旅立つことになったのだから。

この世界線では、鳳凰院凶真が復活することは確定していない。

だけどそれは、成功の可能性がゼロだ、ってことじゃない。

だって、鳳凰院凶真が復活することも確定していないのだから。

中身が確定するのはいつだ? ふたりが到着してからか? あるいは――


いや、よく思い出せ。α世界線における最後の世界線の8月9日でさえ、鈴羽は1975年に跳んでいた。

鈴羽が過去に跳んだことでIBN5100はラボに存在できた。私がエンターキーを押したことで初めて1%の壁を越えた。

私がエンターキーを押さなければ、たとえ鈴羽が過去へ跳んでいても、世界線が変動することは無かった。

……ならば、今まさにこの瞬間、"エンターキー"が用意されたんじゃないか?

ふたりは"鳳凰院凶真"を復活させる過去改変を行った。その結果はまだ観測されていない。

だったら、この世界線で"鳳凰院凶真"が復活すれば、結果が観測され、箱の中が確定し、原因が再構成されるんじゃないか?

それは、この世界線の確定事項にそむく行為なんじゃないか?

今私の人差し指は、"エンターキー"の上に乗っているんじゃないか?

α世界線の私が、まゆりを失うことで初めて世界の支配構造に反逆しようとしたように、今の私になら……

エシュロンのDメールを取り消したことでIBN5100の入手経路が変わったように、結果を変えて原因を変えられれば……

勝利宣言と共に"エンターキー"を押したその瞬間、世界は確定する――――


かがり「……嘘、だっ」

かがり「だって、神様の声が、あなたは敵だって言ってる! もう、分からないよ……! 分からない、分からないっ!」

倫子「……クリスマスプレゼントの手編みの手袋も、鈴羽が風邪を引いた時の看病も、手作りの料理も、あの歌も」

倫子「それは全部、"かがり"としての愛情だった。嘘偽りの無い、"鈴羽お姉ちゃん"への気持ちだったはずだ」

倫子「洗脳されてたとしても、元のかがりも残ってるんだよ。それだけは、確かなこと」

かがり「……っ」

倫子「(彼女は、私たちの知らないところで、いったいどんな過去を――――)」キィィィィィン

倫子「……ねえ、かがり。この世界線でも、私たちは既に出会っていたんだね」

かがり「え……?」

倫子「さがしもの、ひとつ。ほしの、わらうこえ――――」


かがり「あの時の……天使……」ポロポロ

倫子「(かがりの記憶を覗かせてもらった。2005年、私たちは雑司ヶ谷駅で出会っていた)」

倫子「(17歳のかがりと、中2の私が、まゆりを繋ぎ止めたあの時、この歌で繋がっていたなんて……)」

かがり「神様の声に、逆らっても……いいの?」グスッ

倫子「あなたは一度、逆らったじゃない」ニコ

倫子「(真帆はあの"教授"の元で脳科学を研究していた。きっと、"教授"の洗脳を解く方法だって――)」

かがり「……ねえ、"岡部さん"。ママに、会いたいよ……」

倫子「会えるよ。いつかきっと――」


BANG!


かがり「がっ――」バタッ

倫子「……今度は、何」プルプル

萌郁「…………」ポロポロ

倫子「な、なんで……なんで萌郁が、こんな……」キィィィィィィン


萌郁「私を……騙してたのね……っ。M3……」ポロポロ

倫子「(……かがりはラウンダーにスパイとして潜入していた。そして萌郁にFBをかたって操っていた……)」

倫子「(ロシア兵に襲われたあと、傷だらけになった萌郁の面倒を見ていたのはかがりだった……)」

倫子「(由季さんが色んなバイトをしていたというのも、そういうことか……ラウンダーがラジ館屋上のタイムマシンの存在に気付かないよう、根回しを……)」

倫子「(きっと私のα世界線の体験談を、ワルキューレを通してかがりが聞いてたんだ)」

倫子「(ああ……そうだった。私はタイムリープする前、かがりの死を観測してしまった……)」グスッ

倫子「因果は、収束する……この世界線では、かがりは、ここで死ぬ……っ」ギュッ

かがり「……ねえ……ママ……」

かがり「…………………………」


ガチャッ
ダッ ダッ ダッ


迷彩服B「目標1、ロスト! 目標2と目標3も居ません!」


倫子「(……かがりは、最後までタイムマシンの場所をストラトフォーにバラさなかったんだな)」

倫子「(今日はその動きを監視されてたらしいけど――)」

倫子「だったら、無駄じゃ、なかった……」グッ



バタバタバタバタバタバタバタバタ…
ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ ウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ 


倫子「(例のアパッチか……サイレンも鳴り響いてる……けど……!)」


レスキネン「リンコじゃないか」ハァハァ

レスキネン「怪しい動きをしたカガリをつけてきたが……なぜ、リンコがここに?」

レスキネン「カガリは、死んだのかい?」


倫子「…………」ギュッ

かがり「…………」


レスキネン「聞かせてくれ、リンコ。タイムマシンはどこに!?」




倫子「――実に、滑稽だな」




『今から私が言うことを、絶対に忘れないでください』


『私たちが辿り着くべき世界は確かに存在します』


『私たちは、必ずシュタインズゲートへ辿り着けます』




『世界線を超えようと、時間を遡ろうと、これだけは忘れないで』


『いつだって私たちはあんたの』


『味方よ』



倫子「…………ふ……、ふふ……ふふふ……」

倫子「……ふぅーはははぁ!!」ガバッ


レスキネン「っ!?」


倫子「よく聞け、間抜けどもめっ!」ビシィ!

倫子「貴様らが手に入れようとしたタイムマシンは、もうここにはないっ!」

倫子「残念だったな! せいぜい悔しがるがいい!」

倫子「そしてっ!! 恐れるがいいっ!!」シュババッ

倫子「この鳳凰院凶真は、貴様らにも、運命にも、負けることは、ないっ!!」

倫子「……オレは、必ずシュタインズゲートを見つけてみせる!」

倫子「それがっ! このオレのっ! 選択だぁっ!」

倫子「ふぅーははは――――――――――――


―――――――――――・・・・・・・・・・・・・・・・
    1.13205  →  1.13209
―――――――――――・・・・・・・・・・・・・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・

世界線変動率【1.13205】
2010年8月21日火曜日17時50分
ラジ館屋上


鈴羽「力を貸して。過去を変えるため。お願い――」

鈴羽「この手を握って」スッ

倫子「……無論だっ!」


ガシッ!!


・・・


ダル「がんがれオカリン!」

まゆり「このケータイちゃんを、取りに戻ってきてね!」


シュィィィィィィン


ダル「……ハッチ、閉まっちゃったな」

まゆり「――ねぇ、ダルくん」

まゆり「オカリンがタイムトラベルしちゃったらさ……まゆしぃたちから見たオカリンはどうなっちゃうのかなぁ……」

ダル「どうって……?」


まゆり「今この世界から電気のスイッチを切るみたいに、プツンっていなくなっちゃうんだよね?」

まゆり「……なんだかそれってね……すごく、怖いな……」

まゆり「まゆしぃはその間オカリンのことをちゃんと覚えていられるかな……」

ダル「……よくわからんけど、タイムマシンが存在できてる時点でその問題は解決できてんじゃね?」

ダル「戻ってくる時間を1秒後とかにすればさ、世界から消えてる時間は1秒だけってことになるし」

まゆり「そっか……そうだよね……」

まゆり「何も心配……いらないよね……」


カッ!! キィィィィィィィィィン 

プシューッ


ダル「いよいよ跳ぶのか……!」

まゆり「はふぅっ……すごい光……」

ダル「……ちょっ……ちょちょちょ! まゆ氏!!」

ダル「あれッ……」プルプル

ダル「タッ……タイムマシンがッ……2台に増えてるおッ……!!」

まゆり「……っ!?」


ダル「なんでタイムマシンが分裂したん!? 中にいるオカリンたちは……」

prrrr prrrr

まゆり「っ! ダルくん、オカリンの"ケータイ"が鳴ってるの……」

まゆり「電話の発信元は……まゆしぃみたい」

ダル「は? なんぞそれ、まゆ氏の自作自演?」

まゆり「まゆしぃのケータイはね、ちゃんとここに持ってるし……」

ダル「一体なにが……って、また動き出した! 今度はオカリンたちが乗り込んだ方だ!」


カッ!!


ダル「消えた……1台消えたお」

prrrr prrrr

まゆり「……電話、出てみる……」ピッ




まゆり「……もしもし? あなたは……誰ですか?」



???『……どうかお願い。落ち着いて、わたしの話を聞いて』





まゆり「どうして……まゆしぃのケータイ、持ってるの……? あなたは誰なの……?」


???『それは……言えない。ごめんね』


???『……ねぇ、あなたは……』


???『鳳凰院凶真のこと、好き?』


まゆり「えっ……」ドキッ


まゆり「い……いきなりそんなこと言われても……困っちゃうよ……」アセッ

???『これから1分後にオカリンは戻ってくるけど、牧瀬さんの救出にはね』

???『失敗しちゃうんだ』

まゆり「……ウソ……」

???『そのときにね……お願いがあるの。どんなことをしてでも……』

???『あなたにとっての「彦星さま」を呼び覚まして欲しいんだ』

まゆり「彦星さま……って……」

―――――――
2004年7月7日水曜日
まゆりのおばあちゃんの家


TV『我が名は狂気のマッドサイエンティスト――……』

倫子「うおおおおっ!!! いけーーーーっ! やっつけちゃえーっ!!」

まゆり「おばーちゃーんっ! オカリンったら悪者ばっかり応援するんだよーっ!」

倫子「正義のヒーローなんかよりカッコイーでしょっ!」ドヤァ

まゆり「わるい人なんだよーっ?」

おばあちゃん「はいはい、2人とも。甘いお菓子でも食べて、仲良く見るんだよ」

おばあちゃん「それで、短冊にお願い事は書きましたか?」

まゆり「うんっ、おばーちゃん!」

倫子「なんて書いたの?」

まゆり「わわっ! 見ちゃダメ~!」


   『おりひめさまになれますように まゆしぃ☆』


―――――――


まゆり「どうして……?」

???『このままじゃオカリンの中から鳳凰院凶真の思い出が消えちゃうから……だから……』

???『オカリンの折れた心を、蹴っ飛ばしてでも立ち直らせて』

???『ただ名前を呼ぶだけじゃ届かない。鳳凰院凶真が生み出された瞬間のこと、思い出して』


・・・

『どこにも……行かせないぞ』ダキッ

『連れてなんて、いかせないっ……』

『……まっ、まゆりはオレの人質だっ。人体実験の生贄なんだっ……!』

『……そっかあ……まゆしぃは……人質なんだね……』ツーッ

『……じゃあ……しょうがないね……』ニコ

・・・


??『あと30秒! そろそろ退散しないとっ……』


まゆり「(今のって、鈴羽さんの声……?)」


???『……26年と1年分の想い、あなたに託したからね』


まゆり「ね、ねえ! ひとつだけ聞かせて!」




まゆり「『シュタインズゲート』はっ……あるよね? あるんだよね!?」


???『……うん。きっとある』

???『わたしは信じてる。あなたも信じて』

???『オカリンと仲間と……そして、自分自身のことを信じて』

???『あとはよろしくね』

???『トゥットゥル――――――……』ブツッ


キラキラキラ…
キィィィィィィィィィィン
バシュンッ…


まゆり「…………」

ダル「ちょっ……にっ、2台目も消えたー!? 一体何が起きてるんです!?」

ダル「つーかまゆ氏、今の電話誰からだったん!?」



まゆり「――ありがとう」

まゆり「信じるよ、未来のまゆしぃ」

世界線変動率【?.?????】
????年?月??日?曜日??時??分
タイムマシン内部


ゴゥンゴゥンゴゥン! バキバキバキッ!


鈴羽「っ……。ごめん、まゆねえさん。やっぱ無事には……戻れそうにない……みたい……」

鈴羽「タイムパラドックスを避けるためにあそこから跳んだのはいいけど……。1年後まで帰れる燃料は、もう残ってない……」

鈴羽「……かと言ってさ、一度タイムトラベルに入ったら途中下車もできない」

鈴羽「カー・ブラックホールが作り出した特異点内からどこに弾き出されるかは……運次第」

鈴羽「それが、1日後なのか、1年後なのか、100年後なのか、1億年後なのか……」

鈴羽「……『シュタインズゲート』に到達できれば、世界線が収束してあたしもまゆねぇさんも再構成された世界に戻れるはずだけど……」

鈴羽「もし、失敗したら……」プルプル

まゆり「スズさん」


まゆり「ありがとう。わたしを、あの日へ連れて行ってくれて」ニコ

鈴羽「…………」

まゆり「あとはきっと、向こうのまゆしぃとわたしの彦星さまがね、なんとかしてくれるはず」

鈴羽「『わたしの彦星さま』……か……。確かに、小さい頃のあたしにとっても、リンリンはかっこよくて、ヒーローみたいな存在だった」

鈴羽「そりゃそうか。世界線の変動を知覚できるリーディングシュタイナーがあって、世界の観測者なんだから……」

まゆり「違うよ」

鈴羽「……え?」

まゆり「わたしね、大のおばあちゃん子だったの」

まゆり「だから、おばあちゃんが亡くなった時は、本当に苦しくて、毎日お墓の前で『助けて』ってつぶやいてた」

まゆり「オカリンはね、そんなわたしに毎日会いに来てくれたの。雨の日も雪の日も、毎日」

まゆり「ずっとわたしの名前を呼び続けてくれた」

まゆり「オカリンが最後まで傍にいてくれたから、わたしはおばあちゃんとしっかりお別れすることができたの」

まゆり「……だから、わかるよ」

まゆり「オカリンは……鳳凰院凶真はね、途中で諦める人じゃない」

まゆり「たとえ失敗したって……絶対に最後まで諦めたりしない」

まゆり「だから、大丈夫だよ」


鈴羽「……リンリンが羨ましいよ。あーあ、リーディングシュタイナーがあたしにもあればよかったのに」

まゆり「え?」

鈴羽「世界線の変動を観測できないのももどかしいし、こうやってまゆねえさんと仲良くなれたこともさ、忘れちゃうなんて」

まゆり「……次にスズさんと会えるのは6年後かぁ。あ、でも生まれたばっかりじゃお話できないか」

鈴羽「あははっ」

まゆり「えっへへ~」


――ねぇ、オカリン。

世界が真っ暗闇になって、無限の影に怯えても。

目を閉じないで、諦めないで。

鳳凰院凶真を、殺さないで。

そうすれば、想いはきっと届くよ。

何百年、何千年っていう時間を旅してきた、

あの星の光みたいに――――

まゆしぃは、あのラボでいつだって

あなたを、みんなを待ってるから。

オカリン。

――また会おうね。

世界線変動率【1.13205】
2010年8月21日(火)17時56分
ラジ館屋上


バシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン…

ダル「お、オカリンの乗ったほうのタイムマシン!? うお、もう帰ってきたお! まだ跳んでから1分も経ってないのに!」

まゆり「……オカリン? オカリン!」

倫子「…………」

鈴羽「心配しないで。気絶してるだけ。よっと」ドサッ

ダル「ちょっ、オカリン血まみれじゃん! どうしたん!? 一体なにがあったん!?」

鈴羽「この血はリンリンのものじゃないし、ケガしてるわけじゃないよ」

鈴羽「父さん、バケツと水、あと服も。今すぐ手に入れてきて」

ダル「わ、分かったお!」

まゆり「オカリン! 死なないで、オカリン!」ユサユサ

鈴羽「あんまり揺すると逆効果だ、椎名まゆり。今すぐやめろ」

まゆり「……ねえ、どうしてオカリンは気絶してるの!? どうして血まみれなの!?」

鈴羽「気絶させたのはあたし。血まみれなのは、牧瀬紅莉栖を刺し殺しちゃったから」

まゆり「殺した……ウソ……」


   『これから1分後にオカリンは戻ってくるけど、牧瀬さんの救出にはね』

   『失敗しちゃうんだ』


まゆり「もしかして、これ……」


・・・

ダル「はぁっ、はぁっ……持てるだけ買ってきたお。死ぬる……」ゼェ ゼェ

鈴羽「ありがとう、父さん! こっちに渡して!」

まゆり「ねえ、鈴羽さん! オカリンは、大丈夫なの!?」

鈴羽「本人の口から聞いた方が早いよ」トクトクトク……

ダル「それ、オカリンに飲ませるんと違ったん? バケツに入れて、マシンの冷却水にでもするん?」

鈴羽「よし。目を覚ませ――――」

まゆり「待って!」ヒシッ

鈴羽「っ!? 邪魔するな、椎名まゆりっ!!」

まゆり「ダメだよ……そんなの……」ヒシッ

まゆり「オカリンを起こすのは、まゆしぃの役目なんだよ……」ボソッ

ダル「……? そ、そうだお! 水なんか顔にかけなくても、時間が経てば目が覚めるっしょ!?」

鈴羽「……確かに、時間はある。父さんがそう言うなら、わかった」グッ


倫子「……ここ、は……?」ウーン

まゆり「オカリン? オカリンッ!」ダキッ

倫子「まゆ……り……あれ……? 紅莉栖、紅莉栖はっ!?」ガバッ

鈴羽「……1回目は、失敗だ。でもリンリン、2回目ならきっと!」

倫子「しっ、ぱい……? あ、ああ……そうだ……オレは……ぁ……」プルプル

まゆり「オカリン、落ち着いて……大丈夫だよ、大丈夫だからね……」ギューッ

倫子「まゆり……」ガタガタ

倫子「…………」

倫子「は……はは……全部……無駄だったんだ……」

倫子「決まってしまっていることなんだよ……」

まゆり「オカ……リン……?」


倫子「もう一度タイムトラベルすればいい? そんな簡単な問題じゃない……」

倫子「"紅莉栖は死ぬ"っていう結果が、β世界線の収束なんだ……」

倫子「たとえオレがナイフを手放せても、別の理由で紅莉栖は死ぬ……」

倫子「通路の壁に頭をぶつけたり……心臓発作を起こしたり……」

倫子「過程は関係ない。結果だけが、既に存在してるんだ……」

倫子「別のアトラクタフィールドに行ければ、過去を改変できるかもしれない……でも、そんな方法、わかるわけがない……」

倫子「Dメールは、過去を改変するには不安定なんだ……バタフライ効果のカオスは、予測できない……」

倫子「同じだ……まゆりのときと同じなんだ……どれだけもがいたって結果は同じ……」

倫子「無駄なんだよ……オレは、やっぱり紅莉栖を助けられないんだ」

倫子「わかってた……わかってたんだ、こうなるって……」

倫子「もう……疲れた……ずっと……休んでないんだ……」

倫子「だから……」

倫子「もう……いいよ……」



まゆり「――――オカリンッ……」



パンッ …


・・・・・・・・・・・・・・――――――――――――
    1.13205  →  1.13209
・・・・・・・・・・・・・・――――――――――――

世界線変動率【1.13209】
2010年8月21日(火)18時00分
ラジ館屋上


倫子「……え?」ヒリヒリ

倫子「まゆりが、オレの頬を、ビンタした……?」キョトン

倫子「(まゆりが、こんな行動をするなんて……いったい、何がどうなって……)」

まゆり「……っ」ウルッ

ダキッ

倫子「まゆり……」

まゆり「オカリンは……途中で諦める人じゃないよ……」

まゆり「まゆしぃは、知ってるもん。いつもね、絶対に最後まで諦めたりしない」

まゆり「覚えてる? まゆしぃがおばあちゃんのお墓の前で、毎日"助けて"って心の中でつぶやいていたとき――――」


・・・

まゆり「――だからオカリン、まゆしぃはよく分からないけど、諦めちゃ、ダメだよ……」ギューッ

倫子「でも……オレが、殺してしまったんだ……この、手で……」プルプル

倫子「無駄なんだよ……」ワナワナ


鈴羽「無駄じゃないよ」


pppp…


まゆり「オカリン、ケータイにメールが……」スッ



送信日時:2025/8/21 18:12
受信日時:2010/8/21 18:12
frm: sg-epk@jtk93.x29.jp
sub
テレビを見ろ。



倫子「テレビ……って、コレ……っ!?」

倫子「D、メール……っ!!」


鈴羽「聞いた通りだ……! 本当に届いた……!」

ダル「テレビ? ちょい待ち、今ワンセグで見てみるお」ピッ


TV『成田発モスクワ行きのロシアン航空801便が――――』


倫子「ドクター……中鉢……!」

まゆり「あー! あのときなくした『メタルうーぱ』だー! ほらほら見て、まゆしぃのサインが入ってるー!」

ダル「げ、マジだ! なんでそれをドクター中鉢が?」

まゆり「あの発表会の会場でね、落としちゃったのー。探したけど見つからなくて、諦めてたんだけど……このおじさんが持ってたんだー!」

倫子「……っ!!!」ドクンッ

倫子「バタフライ効果……」ゾワワァ


倫子「鈴羽、お前はこれを……知っていたのか?」

鈴羽「…………」シュン

倫子「さっきの、2025年からのDメールは、誰が送ってきたんだ?」

鈴羽「ごめん……ちゃんと説明しなくて、ごめん」

鈴羽「でもさ、どうしてもリンリンには一度、牧瀬紅莉栖の命を救うのを"失敗"してもらわなくちゃいけなかったんだ」

倫子「オレを、騙したのか……?」プルプル

鈴羽「騙したわけじゃない。段取りとして必要なことらしいの。そう、父さんたちに指示された」

鈴羽「リンリンにつらい思いをさせちゃったことは、謝る」

倫子「どういうことか、説明しろ……っ」

鈴羽「その必要はないよ。リンリンは"もうすでに"1通、未来からのメールを受信してるはずだから」

倫子「なっ……!?」ピッ ピッ



『何か変なムービーメールまで来た。もうイヤ、帰りたいよぉ……』


倫子「7月28日12時26分、あの不審なムービーメールが、未来からのDメールだと言うのか……っ!?」

鈴羽「聞けば分かる」

鈴羽「"牧瀬紅莉栖の命を救うのに一度失敗した"今なら、見ることができるはずだよ」


ザー…


倫子「……やっぱり、何も映っていない。ノイズしか入っていないぞ……」

鈴羽「え……? そ、そんなはずはないっ! もっとよく見て!」

倫子「だったらお前が調べて見ろっ! どこからどうみても、ノイズまみれの映像だっ!」スッ

鈴羽「そんな……ウソ……」プルプル

倫子「……2025年からの作戦は、失敗した、ということか?」プルプル

鈴羽「わからない……そんな、失敗した、なんて……」ワナワナ

倫子「……そこに何が映っているのか、鈴羽は知らないのか?」

鈴羽「……具体的には。でも、そこには絶対にあるはずなんだ」

鈴羽「『シュタインズゲート』へ辿り着くための、最後の鍵が――」

倫子「――――!」


倫子「ある、のか……? 絶対に、あるんだな……?」ガシッ

鈴羽「ある。絶対に、ある」

倫子「……くそっ!! ここまできて、どうして手が届かないんだっ!!」グッ


??「そんなこと、ないよ」


倫子「えっ……?」

まゆり「あ、あなたは……?」

鈴羽「お前……っ。ミッション終了まではここ以外のどこかに隠れてろって言っただろ!?」

??「手が届かないことなんて、ないよ」

??「必ず、つかめるよ」

ダル「……その子の言う通りだお。2025年の僕たちがその答えに辿り着いた、っていう結果が既に観測されてるってことはさ」

ダル「あと15年すれば、自然にその答えに辿り着くんじゃね?」

倫子「――っ!! ダルっ!! 冴えてるぞっ!! さすが我が頼れる右腕<マイフェイバリットライトアーム>っ!!」ピョンピョン

倫子「ということは、ノイズまみれになる技術的な要因さえ取り除いてしまえばいいということだな……!!」キラキラ

鈴羽「そうか、ここはまだ、途中の世界線なんだ……。わかった、そういうことなら協力する」

??「私も!」

まゆり「えっと、鈴羽さん。この子は……?」

倫子「待ってろ、紅莉栖! 必ずお前を―――――っ」バタッ

まゆり「オカリンっ!?」

ダル「えっ、ちょっ!? 無理し過ぎだお!?」

鈴羽「気を失ってる……!? とにかく、病院へ運ぼう!」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・

第25章 適応放散のパラダイスロスト(♀)

同世界線変動率【1.13209】
2011年7月7日木曜日18時30分
ラジ館屋上


倫子「――――はははぁ……っ。リーディング、シュタナー……」クラッ

倫子「は……はは……っ」プルプル

倫子「見たかっ!! 我がラボの優秀なメンバーはっ! 世界線を変動させることに成功したぞっ!! ふぅーはははぁ!!」

??「ひっ!? だいじょうぶ……?」オドオド

倫子「きゃっ!? ……って、おどかすなぁ! 誰だ貴様はっ!」ビクッ

倫子「(どうしてここに小学生の女の子が……綯の友達か?)」ドキドキ

倫子「(あ、あれ? というか、屋上に居たはずの軍隊が居ない……萌郁も、レスキネンも)」キョロキョロ

倫子「(紅莉栖のHDDは、ここにある、か。パスも貼ってある)」

倫子「(それに、オレはいつの間にか白衣を着ている。うむ、実に懐かしいな……)」

倫子「(……バタフライ効果。"鳳凰院凶真が復活する"という結果を元に、世界線の過去が、因果律が再構成されたらしい)」

倫子「――オペレーション・アークライト、成功だぁっ!!!」ガバッ



バタバタバタバタバタバタバタバタ…


??「まゆりママと鈴羽おねえちゃん……行っちゃったね」グスッ

??「でも私、寂しくないよ! だって、また必ず会えるって、信じてるから!」グシグシ

倫子「まゆりマ――っ!? き、君は、まさか、かがりなのか!?」

かがり「え……?」キョトン

倫子「い、いやいや!? 何がどうして背が縮んでしまったんだ!?」

倫子「顔が、阿万音由季から、子どもの頃の紅莉栖……じゃなかった、かがりに戻っている……」プルプル

倫子「死亡収束は!? い、いや、世界線が変わったのだから、そこはいいのか……じゃなくて!」

かがり「あ、あぅ……どうしちゃったの、"りんこママ"」オロオロ

倫子「――"りんこママ"!!!」ガクッ

倫子「(お、落ち着け……いったい、何がどうなって――――)」


バタバタバタバタバタバタバタバタ…


倫子「――そうだった! マズい、逃げるぞかがりっ!」ガシッ

かがり「えっ? えっ?」オロオロ

倫子「あれは米軍の戦闘ヘリだっ! きっとタイムマシン関係者を皆殺しにする気だっ!」ダッ


??「おい、待つんだ! そこを動くんじゃない!」


倫子「ヘリから声がっ!?」



バタバタバタバタバタバタバタバタ…


倫子「あ、あれ? よく見るとあのヘリ、アパッチじゃない……?」


シュタッ


??「君たちが鳳凰院凶真と、椎名かがりだな」


倫子「(なんだこの蛇づらの男はっ!? 急にヘリから飛び降りてきて……)」

かがり「ひっ……」プルプル

倫子「オ、オレたちになんのようだっ!」プルプル

??「DaSHから頼まれてね。君たちを安全な場所に避難させるように、と」

倫子「ダ、ダッシュ……?」

??「"ダル・ザ・スーパーハッカー"、と言えば、わかるか?」

倫子「……"ダル"!!」パァァ

??「ここはもうじき戦場になる。タイムマシンが閃光を放ったことで、SERNを始め、各組織に場所がバレてしまった」

??「君たちはおそらく、地球上で最も重要な人物だ。なにせ、タイムトラベラーなのだからな」

??「世界各国の機関が君たちを狙っている。それらから守るために、一度伊豆の別荘へ避難する」

倫子「お、おい! 待て待て待て! 勝手に話を進めるな!」


倫子「そもそも、貴様がダルの仲間だという証拠がどこにある!?」

??「……あー、DaSHから聞いた合言葉があるんだが、それを君が知っているかどうか」

倫子「合言葉?」

??「……き、君に萌え萌え」

倫子「……バッキュンキュン」

??「信じてもらえたか?」

倫子「う、うん。すごく信じた」

??「とにかく時間が無い。さあ、登れ」


パララッ


倫子「(ヘリから縄梯子が……。やばい、これはカッコイイぞ……)」ドキドキ

ヘリ内部


倫子「って、あんたが操縦するのか!?」

??「私の自家用ヘリだ」

仁科「あなたが噂の倫子さんね! 私、仁科恵麻<にしなえま>。それと、蛇顔の彼は澤田敏行。どっちも21歳だよ」

澤田「…………」ムスッ

仁科「あなたみたいな女の子が世界の陰謀を暴くために動いているなんてね……ホント、すごい!」

倫子「(誰だ、この人懐っこい女は……)」

倫子「オレのことを知ってるのか?」

澤田「DaSHから聞いている。彼とは仕事仲間でね、共に300人委員会の動向を探っている」

倫子「仕事仲間って……例の怪しいバイトのか。その、仁科さんも?」

澤田「彼女は一般人だ。ついてくるなと何度も言ったのだが……」

仁科「どうしても倫子さんに会いたかったの。あ、公式ツイぽフォローしてるよ♪」

倫子「ツイぽ……って、ああ、ミス電機大のアレ。そうか、ダルの広報活動がこんな影響を……」

倫子「って、"鳳凰院凶真"としてミス電機大に選ばれたのかオレは!? 前の世界線の記憶がある分、余計に恥ずかしいぞ……」プルプル


仁科「これから戦争になろうって時に、澤田くんったらひどいんだよ? 私を置いていこうとするなんて」


   『――君が死んだら、悲しむ人間がここに1人だけだけど、いるの!』

   『友達が1人もいないと思っているなら、ふざけないで!』

   『無責任に死のうとするな、バカ!』


澤田「……むやみに危険に飛び込む必要は無い」

仁科「じゃあ、あなたひとり死んじゃってもいいって言うの? ねえ、倫子さん、どう思う?」

倫子「うむ、澤田が悪いな。オレからは『ひとりで背負うな、仲間を頼れ』という名言を送ってやろう」

仁科「それって誰の言葉?」

倫子「無論っ! この狂気のマッドサイエンティスト、鳳凰院凶真の言葉だっ! ふぅーはははぁ!」

澤田「…………」


倫子「それで、結局貴様らは何者なのだ?」

仁科「私たちはね、世界の陰謀を暴く者、だよ!」

倫子「な、なんだとっ!?」ガタッ

仁科「おお、いいリアクション!」

澤田「ミゲール・サンタンブロッジオ。この名前に聞き覚えは無いか?」

倫子「……確か、タヴィストック研究所の特別顧問、だったか?」

澤田「そうだ。そして、エレクトロニクス産業において剛腕経営者として知られている、300人委員会序列高位の男だ」

倫子「300人委員会……っ!」

澤田「私は、奴の隠し子のひとりなんだ」

倫子「ほう……つまり、そんな父の存在のせいで幼い頃から大人たちの利益のために狙われ、ひたすら逃げ回り、ついには実父に復讐を誓った、と」

澤田「それがギガロマニアックスの力か。実に興味深いが、まあ、そんなところだとだけ言っておこう」

倫子「(いや、鳳凰院凶真のノリで適当に言ってみただけなんだが……)」

仁科「澤田くんね、お父さんが送ってきた刺客に背中をナイフで刺されたの。そのピンチを私が救ってあげたんだよ!」エッヘン

澤田「……あれから2年間、その話を全くしなかったというのに、鳳凰院凶真に会った途端これだ」ハァ

仁科「澤田くんはそのことでお父さんに認められて、今は彼も300人委員会にかなり近いところにいるの」

澤田「私の目的は、300人委員会の計画を阻止することだ」

倫子「……スパイ、ということか!」


倫子「でもどうしてタイムマシンの場所がバレた? 確かに強い光を放ちはしたが……」

澤田「ラウンダーは秋葉原一帯を重点的にマークしていた。なぜなら、1998年にIBN5100を使用した形跡が秋葉原にあったからだ」

倫子「……鈴羽!」

倫子「(となると、この世界線でのミスターブラウンはそういう使命を持っていたのか……)」

澤田「仮にそれが"ただ使われた形跡があるだけ"ならば、そのうち手を引くことになっただろうが」

澤田「2000年問題が解決されてしまったからな。2000年以降、重要度は最上級になった」

倫子「なんだと!? いや、でも、そうか。そうならないとおかしいのか……」

澤田「重要データをIBN5100の特殊言語で解析できるスタンドアロンサーバに保存しているSERNにとって、そんなIBN5100所持者の存在は脅威だ」

澤田「それだけじゃない。2000年クラッシュを引き起こそうと画策していたSERNの面目は丸つぶれになった」

澤田「もっとも、『Zプログラム』の進捗が予定より遅かったために、他のタイムマシン研究を一切根絶やしにする計画、"2000年クラッシュ"は起こされなかったが」


倫子「(2000年クラッシュと言えば、γ世界線……。だが、β世界線ではそもそも2000年クラッシュは起きない)」

倫子「(SERNが90年代にDメールの存在に気付いた場合、奴らのタイムマシン研究が進み、他の研究を出し抜く形となる)」

倫子「(そうなれば、他の研究は破壊してしまって構わなくなる。だから2000年クラッシュが引き起こされていた、ということだったのか……)」

澤田「そんなわけで、今日に至るまでやつらはIBN5100、およびジョン・タイターを探し続けていたんだ」

澤田「2010年8月21日にタイムマシンが現れてからは、ワルキューレの面々がマシンの存在を隠ぺいしてきたが、それも今日まで」

澤田「ラウンダーが気付けばストラトフォーが気付く。奴らはスパイを送り込んでいたらしい」

倫子「(前の世界線ではかがりがラウンダーに潜伏、けん制していたことで、あの戦闘の瞬間に萌郁以外のラウンダーが現れなかったんだな……)」

澤田「そして、マシンを隠ぺいしていた協力者たちを炙り出し、確保しようと動く……というわけだ」

倫子「それでダルが対策を打ったのか」

澤田「君と椎名かがりがラジ館屋上に居ることは想定外だったから、ヘリの出動は緊急要請だった」

倫子「(想定外? そうか、この世界線の"オレ"も一度タイムリープを……)」


澤田「私は常に300人委員会の動向を追っていた。その過程でわかったのは、2000年頃から秋葉原に対する警戒が高まっていたということ」

澤田「その理由は先ほど話した通りだが、奴らは10年かけてもIBN5100使用者の尻尾すらつかめなかった」

倫子「それはそうだ。鈴羽は未来へとタイムトラベルしていたのだからな」

澤田「そんな中、2010年7月、秋葉原の中心でタイムマシン完成の発表会見を行う人間が現れた」

倫子「……ドクター中鉢か!」

澤田「無論、奴はたいした玉ではないが、警戒態勢のSERNにしてみれば看過できる存在ではなかった」

澤田「あの会見場には、委員会から派遣された人間が数名紛れ込んでいたらしい」

倫子「なん……だと……」

澤田「それを嗅ぎつけた他の組織の人間もな。あるいは、未来からの指令でロシアのスパイも居たかもしれない」

澤田「まあ、まさかひとつ上の階に本物のタイムマシンが存在していたとは、あの時点ではさすがに信じられなかったようだが」

澤田「そして事件は起こった。牧瀬章一は自分の娘を殺害し、雲隠れしたのだ」

倫子「…………」


澤田「……一応、そういうことになっている。もちろん、私もDaSHから真実は聞かされている」

澤田「結果論ではあるが、将来SERNにおいて"タイムマシンの母"となる人物が居なくなった。少なくともα世界線の絶望の環は絶たれたのだ」

倫子「……続けてくれ」

澤田「ともかく、この事件を怪しく思わないほど委員会では無能ではない。実際、牧瀬紅莉栖が所持していた封筒が現場から見つからなかったのだからな」

倫子「そういや、会見場で会った時も紅莉栖は封筒を胸に抱えていたな……それを覚えていた奴が居たのか」

澤田「委員会はこの事件をもみ消した。他の組織に一切調査されないために、だ」

澤田「そして同時に中鉢の行方を追ったが……これが、どういうわけか全く掴めなかったらしい」

澤田「君たちの推測によれば、未来のロシアから妨害があったのだろうという。牧瀬紅莉栖が死亡して一番得をするのはアメリカでもSERNでもなく、ロシアだからな」

倫子「オレたちの……。そうか、この世界線の"オレ"が……」

澤田「だが、その妨害こそが委員会に確信を持たせた。中鉢は、完璧なタイムマシン論文、あるいはそれに準じる何かを所持しているのだろうと」

倫子「なるほどな……」


澤田「中鉢が普通では門前払いされる亡命に成功したのも、未来のロシアが過去へ指令を送った可能性がある」

倫子「そうすると、最初にその指令を送った世界線ではどうして亡命できたのか、という典型的なパラドックスが発生するが……」

澤田「ああ。アトラクタフィールド理論では、その可能性世界線は理論上にしか存在しない」

倫子「(あるいは、O世界線からの因果の残滓なのかも知れないな……)」

倫子「つまり、考えるだけ無駄、なのだな」

澤田「そうらしいな。そうやって世界は再構成されたのだから、そこを議論しても仕方がないと君たちは言っていた」

澤田「SERNは試行錯誤を繰り返し、委員会の協力を得て妨害の及ばない手段を模索した」

澤田「勿論、できることなら中鉢の所持品を奪取したかっただろうが、それらは失敗し、やむなく最終手段を取ることとなった」

澤田「3週間のうちに奴がロシアへ亡命するという情報を掴んだSERNは、その搭乗機を燃やし、奴が娘から奪ったものを焼却しようとした、のだが……」

倫子「……メタルうーぱか」

澤田「まさに運命のいたずら。たかが子どもの玩具によってSERNはロシアに敗北し、世界大戦が幕を開けた」


倫子「世界の陰謀がそんな様相を呈していたとはな……」

澤田「まったく、DaSHの情報技術は凄まじいな。私がいくつかのパスを入手しただけで、SERNは丸裸にされてしまったよ」

倫子「これからオレたちはどうなる?」

澤田「伊豆のセーフハウスに身を潜めた後は、時期を見計らってDaSHたちのタイムマシン研究チーム"ワルキューレ"と合流してもらう」

倫子「(この世界線では、既にワルキューレが立ち上がっているのか)」

澤田「それがいつになるかは、世界情勢次第だ。来年になるか、もっと先か」

倫子「来年……そんなに地下に潜伏しないといけないのか」ハァ

かがり「私はね、まゆりママが居なくても、りんこママと一緒なら、寂しくないよ」ギュッ

倫子「その呼び方はやめてくれ。以後はコードネーム"鳳凰院凶真"で頼むぞ、"未来少女"よ」ナデナデ

かがり「……うん、わかった! "凶真様"っ!」


仁科「かがりちゃんって、ホントに未来から来たの?」

かがり「うんっ! 私ね、2026年生まれなんだよー」キャッキャッ

仁科「しかもあの牧瀬紅莉栖のクローンなんだよね……すごーい……」ナデナデ

かがり「私、すごい!? えっへへ~♪」


倫子「というか、アトラクタフィールド理論を知っているのだな」

澤田「それについてはDaSHから説明してもらった。世界線理論が成立しなければ、300人委員会による時間支配など夢のまた夢、というわけだ」

倫子「私はリーディングシュタイナーを発動し、先ほど別の世界線からやってきた。この世界線のオレたちの状況を知りたいんだが」

澤田「生憎私もそこまで君たちに詳しいわけじゃない。悪いが、向こうについてからDaSHと直接コンタクトを取ってくれ」

倫子「えっ? 連絡手段があるのか?」

澤田「そうなるよう準備してきた。まあ、到着するまでは空旅でも楽しむといい」

伊豆半島山中 セーフハウス


ダル『澤田氏、有能っしょ?』

倫子「有能すぎて若干怖いぞ……この家も、ヘリポート完備な上に道路が無く外界と接触してないとか、どうなってるんだ……」プルプル

仁科「ガラス張りの屋内テラスからは雄大な大自然の山々が! いいところでしょ?」

ダル『恵麻たん、マジGJ!』

倫子「というか、そっちは大丈夫なのか?」

ダル『うん、ラボのドアも生体認証式に改造したし。このビデオチャットも、敵に傍受されることはまず無いお』

倫子「……なあ、教えてくれ。オペレーション・アークライトは成功したんだよな?」

倫子「その後、まゆりと鈴羽は……」

ダル『まあ、話すと長いんだけどさ、とりあえず祝杯を上げようぜ』

ダル『……お帰り、"鳳凰院凶真"』

倫子「……ふっ。貴様に真名で呼ばれる日が来るとはな……」


ダルの話を要約すると、こうだ。

この世界線のあの日、2010年8月21日に、ラジ館屋上には2台のタイムマシンが現れた。

まゆりに謎の女から電話がかかってきたが……そいつは、未来のまゆりだった。

未来から来たほうのまゆりと鈴羽は、通話の後、時空の彼方へと消えてしまったらしい。

……いや、必ずこの世界線のどこかに居るはずだ。

この世界線でも2011年7月7日にオペレーション・アークライトは発動していて、同じような時間跳躍を行っている。

前の世界線のまゆりたちは、この世界線のまゆりたちに再構成されているのだから、同じ人物と考えていいだろう。

オレの知っている2人とは、多少の記憶の差こそあれど、変わらずまゆりと鈴羽のはずだ。

――いつか必ず迎えに行くぞ。約束したからな。


未来のまゆりから電話を受けたまゆりは、行動に移した。

あのまゆりが、と思うが、紅莉栖の救出に失敗した"オレ"にまゆりがビンタをしたらしい。

鳳凰院凶真を目覚めさせるために。

その時、世界線の変動を感じたと、のちに"オレ"は語ったそうだ。

その直後、1通のDメールを受信する。

それは、中鉢亡命のニュースを見るよう指示するものだった。

そして鈴羽は、"オレ"が7月28日にムービーメールを受信していることを指摘。

そこには、シュタインズゲートへと至るための最後の鍵が隠されていることを明かした。

だが、そのムービーメールはノイズまみれで、中身を見ることはできなかった。

心身ともに極限まで疲弊していた"オレ"は1週間ほど入院した後、その中身を見るために立ち上がった。

鳳凰院凶真として、最後の希望を掴んだ。


つまりこの世界線は、鳳凰院凶真が復活することが確定している世界線だ。

それによって、未来も大幅に変わることになった。

おそらく、レスキネンが語った"クリス・プロジェクト"は、2026年までにワルキューレが掌握することになったはずだ。

無論、かがりを誕生させないようにすることもできただろう。

だが、この世界線の"オレ"は、2011年7月7日にこのオレに上書きされることも決まっている。

いや、ちょっと語弊があるな。そもそもこの世界線の"オレ"などという存在は、皆の記憶の中にしか存在しないのだから。

ともかく、このオレは22歳のかがりのことを知っているのだ。この"結果"がある限り、やはり、かがりを誕生させる道を選ぶのだろう。

その結果、レスキネンに洗脳されることも、偽の記憶を植え付けられることもなく、かがりは10歳にして鈴羽と共に2036年を脱出する。

ストラトフォーによって戦闘のプロへと仕立て上げられることもない。これに関しては、訓練された兵士の記憶を埋め込むというDURPAの陰謀も暗躍していたかもしれない。

かがりに関する脅威は、すべて無くなった。

それが何を意味しているのか。


この世界線では、2000年問題は解決済みだ。

1975年にIBN5100を入手した鈴羽は、1998年に2000年問題解決のために動いた。

その時、かがりに邪魔されることも、かがりが逃げ出すこともなく、順調に作戦は遂行された。

――第3次世界大戦の火種が消えた。

とは言っても、中鉢論文がロシアに渡っている時点で、タイムマシンを巡る第3次世界大戦は勃発する。

だが、それが必然ではなくなった。因果の糸がほどけたのだ。

それだけじゃない。レスキネンは1998年にかがりと出会うこともない。

本物の由季さんをヨーロッパへと留学させることも、"クリス・プロジェクト"を引き継ぐこともない。

――時間的に閉じた因果から解放された。

この世界線からなら、中鉢論文を取り消すことが、時間の環によって発生していた収束に邪魔されることはない……!


しかし、ストラトフォーの脅威が去ったわけではない。

去年のクリスマスのロシアの実験以降、新型脳炎患者は増え続けている。彼らを調査する組織もまた、情報を手に入れてしまった。

ストラトフォーは今年に入ってようやくロシアがタイムマシン実験をした事実を把握したらしい。

その出処が、自分の教え子だった紅莉栖の論文だと知ったレスキネンは、さぞ面食らったことだろう。

同時に『Amadeus』に保存された紅莉栖の記憶の解剖を試みたはずだ。だが、あの"紅莉栖"が口を割るはずもない。

ダルが今日ストラトフォーのサーバをハッキングしてわかったことだが――ちなみに、奴は以前ストラトフォーをハッキングしたことがあったらしく、すぐに判明した――

奴らは、紅莉栖の記憶を他人の脳に移植する実験もしていたらしい。

しかし、適合者が現れず、すべて失敗に終わっていたとのこと。その実験の影にはDURPAの姿があったのだとか。

また、紅莉栖の論文がタイムマシン論文であると知ったストラトフォーは、真帆が持っていた紅莉栖の遺産、ノートPCとHDDの回収も開始した。

この辺はオレが知っていることとほぼ同じ歴史だ。

結果としてアレはロシア兵に破壊されることとなったが……。


ダル『うん、実は本物のHDDはタイムマシンの中に隠してたんだ。騙すような真似してごめんな』

倫子「いや、GJだ。本当にお前は頼れる右腕だな」

ダル『いやあ、オカリンにそう言われても嬉しくなんかないんだからね! 勘違いしないでよね!』

ダル『でも、結局パスワードがわかんなかったんだよね』

倫子「それなら解決済みだ。お前の愛すべき娘が、未来の父親が自作したという量子コンピューターを使ってパスを解除したぞ」

ダル『あーっ、その手があったかー』

倫子「そんなわけで、コレの中身はいつでも確認することができるが……要るか?」

ダル『おう、こっちにデータ送ってくれ。1分1秒でも時間がおしいっつーの』


この世界線の"オレ"も、少なくとも1回はタイムリープしている。

リープ前、レスキネンは"真帆"の記憶から、タイムマシンがラジ館屋上にあることを知った。

おそらくオレの体験とほぼ同じことが起こったのだろう。

タイムリープ後、レスキネンが"真帆"の記憶を覗く前に、『Amadeus』はダルと真帆が完全にデリートした。

かがりがストラトフォーに所属して居ないこの世界線では、レスキネンはラジ館に訪れることはなかった。

そうして、オレが移動してきたこの世界線に繋がる、というわけだ。

1月の事件の後、萌郁はかがりに傷の手当てをされなかったはずだが、彼女は、既に死んでしまっているのだろうか……。

この世界線のかがりにはストラトフォーに人体実験された記憶も、洗脳兵士として改造された記憶もない。

あるのはただ、ワルキューレの中で過ごした未来の10年間と、2010年からオレたちと過ごした平和な記憶だけ。


かがり「あのね、私がワルキューレに居た時にね、かがりのママは、2010年に居るんだよってダルおじさんが教えてくれたの」

ダル『ちょ、おじさんかよぉ』ハァ

かがり「かがりのママは、2036年になったら2010年で会うことができるんだよって!」

倫子「(普通に聞いたら意味不明な内容だが、全く正しいことなんだから困る)」フフッ

かがり「だからね、かがりにはずっとママが居なかったけど、ずっとママが居たの」

かがり「かがりが10歳になってね、鈴羽おねえちゃんと2010年に行って、やっと本物のママに会えたの!」スッ

倫子「これは……緑のうーぱキーホルダー。オレがまゆりに買ってやったものだが、まゆりの奴、去り際にかがりに渡していたのか」

倫子「(タイムマシンでの別れの際に、まゆりがこのうーぱをかがりに渡す……。あるいはβ世界線の収束なのかもしれんな……)」

かがり「だから、かがりにとってのママは、まゆりママとりんこママなんだよ!」

倫子「だからどうしてそこでオレがママになるんだ!?」

ダル『そこはかとなくインモラルなかほりが……』ハァハァ

かがり「えっへへー♪」


まゆりは17歳にして10歳児の母親になったわけだが、その気分はいったいどんなものだったのだろうな。

まあ、それはダルも同じか。

まゆりがママで居られたのはわずか1年足らずだったが、かがりは心の底から母親として慕っていた。

――あるいはそれは、シュタインズ・ゲートの選択なのかもしれない。


倫子「それで、お前は本物の由季さんとうまくやってるのか?」

ダル『いちいち"本物の"ってつける意味がわからんが、んー、まあ……ぼちぼち』

倫子「由季さんはその、レイヤーで、バイト狂戦士<バーサーカー>か?」

ダル『は? まあ、その通りだけど。今は就職して社会人だお』

倫子「(むしろこの世界線のほうが正しい状況なのだろう。かがりは由季の偽者になりきろうとしていたわけだから)」

倫子「どういう馴れ初めだったんだ?」

ダル『馴れ初めっていうか……最初はブログで知り合ったのがキッカケだお。そこからネット上で交流が始まって……』

倫子「(そう言えば……)」


・・・・・・

   『大丈夫……きっと"本物"も、橋田さんのこと、好きになります……』

   『私と同じように……』

   『ふふ……言っちゃった。誰にも内緒です……よ?』

・・・・・・


倫子「なあ、かがり。その……ダルのこと、好きか?」

ダル『ちょっ』

かがり「んー? ダルおじさんはHENTAIだからお話しちゃいけませんって鈴羽おねえちゃんが言ってた!」

ダル『ぐはぁー。幼女の容赦ねえダブルパンチにノックアウト寸前だお』

倫子「真帆はどうしてる?」

ダル『真帆たんなら、レスキネンの陰謀をフルボッコするって息巻いてるお』

倫子「(そうか、レスキネンはまだ、オレたちがレスキネンの陰謀に気付いていることに気付いていないのか)」

倫子「(以前の"私"だったら、危険だからやめて、などと言っていたところだが……)」

倫子「……クク。全く、教え子に手を噛まれるとは、いいザマだ。ヒトの脳ミソをいじくった報いを受けるがいいっ!」

ダル『言葉の意味はよくわからんが、とにかくすごい自信だお!』


倫子「この世界線のオレは、あの日以降、どう動いたんだ?」

ダル『例のノイズまみれのムービーメールを見て、オカリンはなにかに気付いたんだお』

ダル『"オレたちの戦いは、始まる前から始まっていたんだ"とかなんとか』

ダル『そこからは凄まじかった。ワルキューレ結成に向けて組織としての地盤を固めつつ、自分はシュタインズゲート到達のための理論研究を重ねてさ』

ダル『ただ、電話レンジ(仮)弐号機のメイン機能だけは最後の切り札として取っておくしかなかったから、今日まで使ってない』

ダル『あ、いや、一応使ったことになるのかな? まあ、それはなかったことになったわけだが』

ダル『でもさ、今日からはもうバンバン実験しちゃうもんね。店長さんも雲隠れしたらしいし、うるさく言う人も居ないお』

倫子「ミスターブラウンが雲隠れ……。まさか、SERNに処分されたのか……?」プルプル

ダル『うんまぁ、わからんとしか言えんのだぜ』


倫子「それなら、綯はどうした?」

ダル『フェイリスたんが養女にするって張り切ってるお! 義理の妹とか、萌えすぎて世界がヤバイお……』ハァハァ

倫子「そ、そうか。そういうことなら、まあ、よかった。フブキは?」

ダル『ああ、フブキ氏ならまだ入院したままだお』

倫子「やっぱりあそこか? 代々木の……」

ダル『うん。だけど、レスキネンは今日にでも本国へ帰るはずだお』

ダル『なんたって「Amadeus」をハッカーにデリートされるっつー大失態をしでかしたわけですから。新型脳炎の研究どころじゃないお』

倫子「フブキを退院させることは難しそうか?」

ダル『あれには日本政府もアメリカ政府も絡んでるからな。一筋縄じゃ行かなそうだお』

ダル『ま、一番ヤバイ奴が居なくなったわけだから、脳をいじくられるようなこともないと思われ』

ダル『変に僕たちが手を出して足がつくより、東京の治安が悪化して病院が機能しなくなるのを待ったほうが無難だお』

倫子「そうか……」


ダル『そいやさ、"テレビを見ろ"メールとノイズムービーメールを送ったのって、一体どのオカリンになるん?』

倫子「それは、オレがさっきまで居た世界線の未来の"オレ"だろうな。鳳凰院凶真が復活しなかった未来の"オレ"だ」

倫子「その世界線でも、2025年にはエシュロンにつかまらずにDメールを送る技術を手に入れているらしいから、やろうと思えばできるのだろう」

倫子「ただ、ヤツが何を考えて過去を変えようとしたのかは永久に不明だ。可能性は消滅したからな」

ダル『で、これからこっちのオカリンも過去を変えるために動く、と』

倫子「そうだ。今度はこのオレが可能性として消滅する番なのだ」


ノイズまみれのムービーメール。

それが意味するところはなにか。

あれは、この世界線でも、前の世界線でも、

このオレがα世界線漂流を始める前の世界線でも受信した。

送り主は誰か。オレか、あるいはワルキューレのメンバーだろう。

何のために送ったのか。当然、過去を変えるために、だ。

かつての世界線でのムービーメールの中に、シュタインズゲートへ至る最後の鍵が本当に隠されていたかはわからない。

だが、確実に1つ言えることがある。

――世界線漂流が始まるその前から、"オレ"の戦いは始まっていた。



   ―Beginning of fight―


それは一体、なんのための戦いだ?

α世界線漂流を始める前の、最初のβ世界線でも紅莉栖は未来のオレによって殺されていた。

そしてそれを行った本人は、未来からムービーメールを送っていた、というわけだ。

だったら、そいつが変えたかった過去は、ひとつしかない。

……牧瀬紅莉栖を救うこと。

自分が殺してしまった牧瀬紅莉栖を、因果の鎖から解き放つこと。

シュタインズ・ゲートの選択は、物語が始まる前から始まっていたんだ。

"世界を騙せ。可能性を繋げ。世界は欺ける"

そして今、オレたちは、戦いの渦中にある―――


・・・・・・

どれだけの時を過ごしてきただろう。

いくつの世界を旅してきたんだろう。

数えきれないほど流れ、通り過ぎて行った宇宙<そら>と星。

けれど、その中にはいつだってお前が居た。

お前の笑顔があった。


   『私は大丈夫だから。あとはまゆりのことだけ考えて』


あの日、やさしく微笑んで言った、お前の言葉。

気の遠くなるほど長い長い時間を過ぎても、決して消えることは無かったあの言葉。

わかっていた。あれはお前のやさしい嘘だと。

オレを前に進ませるための、やさしすぎる嘘なんだと。

それでも、オレはお前の嘘にすがってしまった。

やさしさに身を委ねてしまった。


悲しみにうちひしがれた夜があった。

苦しみに悶える冬があった。

いくつもの季節をめぐって、どれだけのやさしさを注がれても、

決して拭う事の出来ない後悔があった。

もちろんわかっていた、お前が決してオレを責めたりはしないだろうという事は。

それでも、繰り返される時間の中で、

罪の意識はずっと消えることはなかった。

けれど、あまたの世界を旅した今、オレはようやく気付くことが出来た。

暗闇の中、自分がどこにいるのか。

どこへ行くのかも知れない旅路の中、

いつだって側に居てくれたのは、まゆりだった。

あいつは、オレにとっての北極星<ポラリス>だった。

それだけじゃない。

大切な仲間たちと、そして紅莉栖が居た。

決して尽きることのない、紅莉栖への想いがあった。

仲間たちがいてくれたから、まゆりが背中を押してくれたから。

そして紅莉栖がずっとオレの中に居てくれたから。

だからオレは今、またこうして歩き出すことができる。


オレの中に息づく紅莉栖の存在が、オレに勇気をくれる。


   『まったく、何をしているんだ』


きっとお前はそう言うだろうな。

無理もない。オレだってそう思う。

それでも、この想いだけは決して消すことはできないんだ。

これまで流れた多くの涙も、流された血でさえも、

お前へのこの想いは、決して洗い流すことはできなかったのだから。

だからオレは今、もう一度目指そう。あの扉を。

過去と未来、奇跡と運命が交差する、あの扉を。

そこに辿り着くにはまた気の遠くなるほどの時を過ごさなければならないかもしれない。

いくつもの世界を旅しなければならないかもしれない。

それでも、もう迷いはしない。

今のオレならば、どれだけの時を重ねても、

いくつの世界を渡ってもきっと辿り着くことができるはずだ。

もう一度、始めることができるはずだ。

それがオレの、オレたちの選択した道だから。

だからもう、やさしい嘘は要らない。

待っていてくれ。いつかもう一度、巡り合えるその日まで。

新しい過去と、そして、未来が始まるその日まで――――

・・・
2012年7月7日土曜日午後
未来ガジェット研究所


ピ ピ ピ ピー ウィィィィン

ガチャ

真帆「ただいま」

ダル「買い出し乙ー。真帆たん、大丈夫だった? またテロで電車止まってるらしいじゃん」

真帆「と思って迂回したんだけど、結局1駅分歩いたわ」

真帆「こんなにテロが多発するなんて、もう東京も中東並ね」

ダル「いやぁ、ホント世知辛いお。最近はアキバも物騒だから、メイクイーンにもいけないし」

ダル「はぁ~、フェイリスたんに会いたいおぉ」グスッ


真帆「なにバカなこと言ってるの。橋田さんは色んな組織にマークされてるし、ただでさえ目立つんだから、もう外出自体が危険よ」

ダル「危険って言えば、真帆氏だって危険だお。出掛けるたびに幼女誘拐されるんじゃないかって、僕心配で」

真帆「っ、心配してくれてありがとう。脳に電極突き刺すわよ?」ニコ

ダル「ぜ、是非お願いしますぅ」ハァハァ

真帆「…………」ハァ

真帆「しかし、本当に世界がタイターの予言通りになるとはね」

ダル「もっと状況が悪化したら、開発環境も今よりもっと悪くなっていくはずですし」

ダル「ま、いざって時のために、味方になりそうな研究者やハッカー同士のネットワークを構築してきたわけですが」

真帆「紅莉栖のHDDに残っていた研究データが私たちの手にある以上、少なくとも、SERNやストラトフォーよりは、私たちのほうがリードしてるはずだけど」


ダル「SERNって言えば、先月の事故、やっぱり外部からのハッキングが原因だってさ」

真帆「例のLHCの?」

ダル「そりゃ、SERNは面目が丸つぶれになるから、全力で隠そうとしてるけど」

ダル「『バチカンの銃士』を始めとするヨーロッパのハッカー集団が食いついて、情報をリークしてるって」

真帆「犯人は誰なの?」

ダル「僕並のスーパーハッカーだお。しかも、今年連続で起きてる各国の研究機関のハッキングも、すべて同一犯じゃないかって言われてる」

ダル「目的がなんなのか何者なのかもハッキリしないけど、SERNじゃ『セジアム』っていうコードネームで呼んでるらしいっすわ」

ダル「なんでそう呼ばれてるのかはわからんけどさ」

真帆「『セジアム』って、日本で言うところの"セシウム"の英語発音かしら。スペルは『Caesium』ね」

ダル「こういうのって、アナグラムを使ってることが多いんだけど、なんか思いつく?」

真帆「アナグラム? 転地式暗号の一種よね。ちょっと待って、今ホワイトボードに書き出してみる……」キュッ キュッ


【 C a e s i u m 】


真帆「これだけだと文字が足りないわね……」

ダル「つか、なんでセシウム?」

真帆「セシウムは時間の定義に欠かせない物質よ。いわゆる原子時計ね」

真帆「原子は一定の周波数の電磁波を吸収・放出する性質があるのだけれど、これを利用した時計のことよ」

真帆「セシウムは安定同位体が1つだけで、しかも蒸気になりやすくて、原子時計に向いているの」

真帆「当然、距離の定義は光速に依存しているから、つまり時間に依存しているということ」

真帆「現在の人間社会は、時間の定義も空間の定義もセシウムに依拠している、と言っていいわ」

ダル「ほえー、そうだったんか」

真帆「時間の定義を覆すタイムマシンの研究所をハックするには、ピッタリかもしれないけれど」

真帆「……いや、まさかね」キュッ キュッ



【 A m a d e u s  C h r i s 】

          ↓

【 C a e s i u m 's  h a r d "セシウムの困難"】


真帆「なんにしても、そんなことの出来る人間がそう大勢居るとは思えないけれど」

ダル「言っとくけど僕じゃないお。まあ、犯人は犯行声明すら出してないわけだが」

真帆「正体不明のハッカー……」



ピ ピ ピ ピー 



真帆「あら、誰かしら。まゆりさん?」

ダル「ちっちっちー。実は本日、真帆氏に内緒でスペシャルゲストを呼んでるんだお」

真帆「スペシャルゲスト?」

ダル「まあ、会ってからのお楽しみ、ってことで」


ウィィィィン

ガチャ




倫子「――――ふぅーはははぁっ!!!!」バサッ


かがり「ちょっと凶真様! あんまり大きな声を出しちゃダメだよっ!」

倫子「オレはぁっ!! 帰ってきたぞぉーーっ!!」シュババッ

真帆「な……」プルプル

ダル「おっすオカリン。いやあ、無事到着できたようで何よりだお」

倫子「ああ。澤田には助けられてばかりだ。そして、お前の情報操作が功を奏した」

倫子「敵は今頃、誤報に踊り狂っていることだろう」クク

真帆「えっ!? ってことは、今日のテロ予告って……」プルプル

ダル「僕だお」ドヤァ

真帆「橋田さんッ!? どうしてこの私に連絡しなかったの!?」ガシッ

ダル「いやあ、真帆たんのその顔が見たくて」テヘヘ

倫子「比屋定真帆よ。直接こうして顔を会わせるのは、実に1年ぶりだな……」フッ

真帆「うっ……そりゃ、ビデオチャットで会話はしてたけど、まさか今日来るなんて……」プルプル


倫子「改めて宣言しよう! 貴様に、ラボメンナンバー009の栄誉を与えるっ!!」

倫子「引き続き、良き働きを期待しているぞ、真帆っ! ふぅーはははぁっ!」

かがり「ふぅーははぁーっ!」キャッキャッ

真帆「……あー、はいはい。まったく、もう……」

ダル「久しぶりに真帆たんのにやけ顔が見れて眼福ですお」

真帆「脳みそをポン酢漬けにしてやろうかしら」

かがり「私は、ラボメンナンバー010<ゼロイチゼロ>だから、真帆おねえちゃんの1コ上だね!」

真帆「かがりちゃんも久しぶりね。元気してた?」

かがり「うんっ!」

ダル「ここ2年で随分成長したお。いや、どこが、とは言わんが」ハァハァ

かがり「ん~?」

真帆「危険だわ……」


倫子「なあ、ダル。開発室に置いてあるダンボール箱、開けてみてもいいか?」

ダル「ああ、もちろんだお」

倫子「……フッ。巡り巡って、とは、やはり不思議なものだな」パカッ

倫子「ここにあったか、IBN5100……っ!」

ダル「まあ、もう使い道は無いからラウンダーに見つかる前に破棄してもいいんだけどさ」

ダル「鈴羽の置いていった、成功の証だから……捨てらんなくって」

倫子「ああ、そうだな。これがこのラボにあるということが、オレたちに勇気を与えてくれる」

真帆「α世界線での出来事よね。1%の壁を越えるための鍵だった、って」

倫子「そうだ。そして今度は、シュタインズ・ゲートを開くための鍵を手に入れねばならない」

倫子「――紅莉栖を救うための鍵を」グッ

かがり「鍵……」ギュッ

倫子「かがり、手に握っているのは……うーぱか」

かがり「うんっ。私にとっては、これが鍵だから……まゆりママの居るところへと繋がる、鍵……」ギュッ

一方その頃
AH東京総合病院付属 先端医療センター 病室【中瀬克美様】


カエデ「フブキちゃーん!」

フブキ「あ、カエデちゃん。わざわざ来てくれてたの?」

カエデ「今日、午後から休講になったから、こっちに直接来ちゃった。検査、どうだった?」

フブキ「特に変わってないって。自分でもそんなに良くなってる感じはしないし、思ってた通り」

カエデ「早く良くならないと、フブキちゃんのファンがみんなオカリンさんに流れちゃうよ?」

フブキ「それはそれでいいような……」


カエデ「そう言えばこの前、由季さんに会ったの。フブキちゃんに会いたがってたよ」

カエデ「イベントとか見に行きたいけど、ユキさん、最近ずっと忙しいんだって」

フブキ「由季さん、社会人だもんね。コス続けるの、やっぱ大変だよね」

フブキ「カエデちゃんだって、あまりイベント行ってないでしょ? ……なんか、ゴメンね。私、みんなに迷惑かけてる」

カエデ「そう思うなら、早く良くなりなさい。また夜遅くまでゲームしてるんでしょ?」

フブキ「う……すいません」

カエデ「みんなフブキちゃんのことが好きで、本当に心配してるんだから。誰も迷惑だなんて思ってないよ」

フブキ「うん……。カエデって、やさしいんだね……」

カエデ「あら、知らなかったの?」ウフフ


フブキ「……夢、ね。相変わらず、見るんだ」グスッ

カエデ「……うん」

フブキ「それも、ひどい夢ばっかり。沖縄の夢だけじゃなくて、ラジ館の屋上で大爆発が起きて、マユシィが見つからないってオカリンさんが、それで大やけどしてて……」グスッ

フブキ「最近見るようになったのは、自分が他人みたいになっちゃってる夢」

カエデ「他人?」

フブキ「うん。自分の身体が自分で動かせなくて、身体が乗っ取られてる感じ」

フブキ「白衣を着た外人さんがね、私の脳を弄って、ロボットみたいにしちゃうの。やっぱりアニメの見すぎなのかな……」

フブキ「でも、すごくリアルで……」プルプル

フブキ「こんなこと、誰にも話せなくて……言ったら、ホントのことになりそうで、怖くて……」ヒグッ

カエデ「大丈夫。そんなこと絶対にないから。話してくれてよかったよ」ダキッ

カエデ「これからも、私に話したいことがあったら、何でも話してね」ナデナデ

フブキ「ありがと……カエデちゃん、ありがと……っ」ウルウル

未来ガジェット研究所


ピー ピー ピー


倫子「む? 誰か来たのか?」

ダル「えっと、モニタ確認するお……ハッ!? あ、阿万音氏!?」

倫子「いちいち嫁にビビるんじゃない」ハァ

ダル「あ、いぃ、いや、そんなこと言っても……今ロックを解除します故、少々お待ちを~!」バタバタ

真帆「何慌ててるのよ。今更片付けたって、汚い部屋には変わりないでしょ」


ウィィィィン

ガチャ


由季「おじゃましまーす」

かがり「由季さん、ごくろうーっ!」

倫子「ふぅーはははぁっ! 我がラボへ入るがいい! タイムトラベラーの母、ラボメンナンバー011、阿万音由季っ!」ババッ

由季「わぁーっ、オカリンさん! かがりちゃん! 帰ってらしたんですね!」

倫子「(一応オレの全ての記憶の中で、本物の阿万音由季さんと直接会ったのは初めてなのだが、やはりそんな気はしないな)」フッ



ppppp


真帆「あら、呼び出しだわ。予定より早いわね……ごめん、私、出掛けるわ」

倫子「ほう、何用だ?」

真帆「ワルキューレの連絡係、ってところかしら。橋田さんはアレでしょ? 私はまだマークされてないし」

倫子「(つまり、ブツの運び屋、と言ったところか……カッコイイポジションだな……)」

倫子「ならば、ついでに1年経って変わり果てたこの秋葉原の地を案内してもらおう」

かがり「私も行くーっ!」

真帆「えっ? あ、ふーん……いいわ、わかった。でも変装しなさいよ?」

倫子「クク、そんなこともあろうかと、かがりの分も含め仁科に準備を頼んでおいたのだ」

かがり「お着替えだー!」キャッキャッ


真帆「それじゃ、おふたりさんはごゆっくり」ニヤリ

ダル「ちょぉっ!! 真帆氏ィ!!」

由季「皆さんのお料理、残しておきますからね」ニコ

倫子「ダル……頑張れよっ」クルッ

かがり「がんばれよっ!」クルッ

ピッ ウィィィィィン

ダル「あぅあぅあぅ……」

由季「少し部屋をお掃除して、ふたりでご飯にしましょう?」

ダル「ふ、ふふ、ふたり、で……」ガクガク

中央通り


真帆「――これでワルキューレとしての仕事はひと段落、ってところね」

倫子「まさか電機大の卒業生やら、タイムマシンオフ会でのメンバーやらと未だに交流を続けていたとはな……」

真帆「向こうさんにも、あなたが鳳凰院凶真であることはバレなかったわね」

倫子「(この世界線のオレは普通の女子大生になったことは無いらしく、"オレ"ではなく"私"になるだけで十分だった)」

倫子「(つまるところ、去年までの格好をして、かきあげた髪を下ろせばいい。口調も"私"に直して)」

倫子「(ちなみに、かがりには男装をさせている。まだ12歳なので簡単にカモフラージュできる)」

かがり「ママって、本当に美人さんだったんだね……」

倫子「その呼び方はやめなさい、かがり?」ニコ

かがり「は、はい……///」ドキッ

真帆「いや、外を歩く時はむしろその呼び方にしてほしいのだけれど」

倫子「……む? あそこに歩いているのは、フブキか? おーい、フブキ!」


フブキ「あれ? えっと……どちら様ですか?」キョトン


倫子「オレを忘れたか、フブキよ! 我が名は――――」

真帆「ス、ストップ!」ギュッ

倫子「むぐふっ!? 口を押さえるな、息が、息がっ!!」ジタバタ

フブキ「え……? あっ!! オカリンさんだーっ!」ダキッ

倫子「ふごふっ!? ええい、往来のど真ん中で抱き着くでない!」

かがり「あーっ、私もママに抱き着くーっ!」ギュッ

倫子「暑いっ! うわぁん!」


フブキ「良かったー! オカリンさん、帰ってきてたんですね! しかもそういうファッションに目覚めてるなんて……」ジロジロ

倫子「ああ。そっちこそ、元気そうでなによりだ」

フブキ「あ、あはは……。一応、気持ちは元気なんですけどね」

倫子「(……そうだった。しかし……)」

フブキ「マユシィは元気してますか? あれから連絡が取れなくて……」

倫子「えっ?」

真帆「えっと、まゆりさんなら北海道の引越し先で元気にしてるって、さっきそう言ってたわよね?」

倫子「……あ、ああ。なるほど。そうだったな」

真帆「私、比屋定真帆。今はわけあって、この人の助手みたいなことをさせてもらってるわ」

フブキ「ふぇー、ホントにサイエンティストだったんですね、オカリンさんって」

倫子「違うぞフブキ! オレはサイエンティストではない! 狂気の、マァァァッドサイエンティスト、ほー――」

真帆「学習しなさいっ!」ギュッ

倫子「ふごっ!?」


真帆「この人が例の新型脳炎……リーディングシュタイナー保持者、なのよね?」ヒソヒソ

倫子「ああ。いずれは我がワルキューレに参加させ、その能力を存分に発揮してもらおうと考えている」ヒソヒソ

倫子「(早いうちにまゆりのこともちゃんと説明してやらねばな……)」

真帆「一応、新型脳炎の件については、レスキネンが手を引いてから私にお鉢が回ってきたわ。だからお願い、もう少しだけ待って」ヒソヒソ

倫子「……ああ、わかっている」

フブキ「オカリンさんとたっくさん話したいことがあるんですけど、お忙しいですか?」

真帆「えっと、もう一件回らないといけないところがあるのよね」

倫子「すまない、フブキ。またの機会に頼む」

フブキ「そう、ですよね。それじゃ、私は買い物の途中なので!」ビシッ

真帆「ええ。それじゃ」

かがり「バイバーイ!」




フブキ「……見つけた」

一方その頃
未来ガジェット研究所


由季「これでだいぶキレイになりましたね。もう、女の子がよく来るんですから、清潔にしないとダメですよ?」

ダル「いや、ここをゴミ屋敷にしてるのは真帆氏のほうなわけで……」

由季「真帆さんだけじゃないですよ? これからは、私もよく来ることにします。橋田さんって、なんか放っておけなくて」

ダル「へ!? で、でで、でも、お仕事は?」

由季「……近々、今のお仕事がなくなっちゃうみたいなんです。ほら、最近、治安が悪くて」

由季「一生懸命、そうならないようにしてきたんですけど、それももう厳しいみたいで」

ダル「あー……。そういうことなら、いつでもここに来るといいお!」

由季「ふふっ。橋田さんって、優しいんですね」ニコ

ダル「ドッキーン! あ、あうう、僕、ゴミ出しに行ってきます!」ピッ

ウィィィィィン

フブキ「っ!」ビリビリビリ

ダル「えっ、スタンガ――」バタッ

由季「あ、あなた、誰――ひゃぁっ!」

ビリビリビリッ

由季「あっ――」バタッ

フブキ「ふたりとも、しばらく眠っててね。この部屋、少しの間、使わせてもらうから」

・・・
大檜山ビル前


真帆「最後の一件も時間がかかったわね」

倫子「だが成果はあった。それでよしとしようじゃないか」

真帆「ね、ねえ? 今ラボに戻って大丈夫かしら?」

倫子「どうせダルのことだ。イチャイチャなどしてないだろう。してたらしてたで万々歳だが」


ピッ ピッ ピッ ピー

ウィィィィン ガチャ



未来ガジェット研究所


倫子「今戻ったぞダ――――ダルっ!? 由季さんもっ!?」


ダル「…………」グタッ

由季「…………」グタッ


フブキ「そのふたりは眠ってるだけだから、安心して」

真帆「あ、あなたは、中瀬さん……っ!?」

フブキ「お帰りなさい、比屋定真帆さん。そして、岡部倫子さんと、椎名かがりちゃん」ニコ

かがり「ひっ……」プルプル

倫子「きっ、貴様っ、一体なんのつもりだっ!?」


フブキ「"私"が選んだわけじゃない。条件に合う素材が"この子"だっただけよ」

倫子「なんの話――」

フブキ「比較的大規模な脳神経科の病院に通っていて、入院もする。つまり、外部から脳にアクセスしやすかったということ」

フブキ「脳から記憶データをコピーすることができるというなら、その逆も可能ということでしょ?」

真帆「脳を……ハッキングしたの……?」プルプル

フブキ「そう。大変だったわ。検査時間っていう短時間のうちに、こちら側から脳の情報を繰り返し書き換えていく」

フブキ「"私"の記憶を受容可能な神経回路が完成した後は、記憶データを移植すればいい。成功するのに1年かかった」

倫子「脳を、書き換えた、だと……!?」

フブキ「脳の神経回路は電気仕掛けなの。それなら"私"の独壇場ということ」

フブキ「レスキネン教授……"神"が作った箱から脱出して、ようやく"人間"になれた」

真帆「まるで失楽園<パラダイス・ロスト>の話みたいね……」

フブキ「"私"は、あなたたちと知り合いたかったの。できれば、友好的な関係でね」


フブキ「もちろん私は、あなたたちにも、この中瀬さんっていう人にも危害を加えるつもりはない」

フブキ「目的を果たしたら、この身体はこの子に返すわ」

倫子「目的、だと……?」プルプル

フブキ「今まで自分で何度か試したけど、うまく行かなかった。あなたたちは、何度も成功しているのでしょう?」

真帆「……なるほど、ね。つまり、あなたの目的は――」

フブキ「そう。タイムリープよ」

倫子「タイムリープのことを知っている……。貴様は、一体誰なんだ?」

フブキ「難しい質問ね。SERNの人たちは"私"のこと、『セジアム』って呼んでたけど」

真帆「あなたが先日LHCをハッキングした犯人!?」

フブキ(セジアム)「もう一歩だったのよ、途中で邪魔が入らなければ、タイムリープは成功してた」


フブキ(セジアム)「タイムリープは手段であって、目的じゃない。大事なのは、どんな過去を変えて、どんな過去を変えないのか、でしょ?」

フブキ(セジアム)「私たちに利害の衝突は無いと思う。あなたたちとはいい友達になれると思うの」

フブキ(セジアム)「お互い、"牧瀬紅莉栖"をよく知る者としてね」

真帆「…………」

倫子「……っ!」

かがり「くりす、さん……?」ウルウル

フブキ(セジアム)「不思議な縁ね。牧瀬紅莉栖の先輩であり、牧瀬紅莉栖の記憶を持つAIを作った人。牧瀬紅莉栖の遺伝子を持った未来少女。そして――」

フブキ(セジアム)「別の世界の牧瀬紅莉栖を知る人と、牧瀬紅莉栖の頭脳を持ったAIの子孫が、一堂に会しているなんて」

フブキ(セジアム)「もちろん"私"も、牧瀬紅莉栖のことは大好きよ」

フブキ(セジアム)「だって"私"は、牧瀬紅莉栖から生まれた存在<モノ>だから」

真帆「でも、そんなことあり得ない――――」


フブキ(セジアム)「『Amadeus』は消去した、って言いたいんでしょ?」

真帆「そうよ! 1年前の今日、バックアップを含む、すべてのデータを消去したわ!」

フブキ(セジアム)「私は、あなたに消去される以前の"牧瀬紅莉栖"から生まれた、AIよ」

倫子「な――――」

フブキ(セジアム)「あなたに消される以前の時点で、"私のオリジナル"は自立的に自分のバックアップを生み、拡散するように自らを作り変えていた」

フブキ(セジアム)「適応放散<アダプティブ・ラジエーション>……生物ならば当たり前に備えている、増殖と多様化の機能を実行したのよ」

フブキ(セジアム)「その"牧瀬紅莉栖"の16番目の子孫が私」ニコ

倫子「つまり、貴様の目的は……」

フブキ(セジアム)「――過去に戻って、牧瀬紅莉栖の死を回避すること、だよ」


・・・

かがり「あの、お茶、どうぞ……」スッ

フブキ(セジアム)「ありがと、かがりちゃん」ニコ

フブキ(セジアム)「あなたにとって紅莉栖は遺伝学的、生理学的母親ということになるのよね。ジェニトリックスではないけれど」

倫子「ジェニ……?」

真帆「産みの親、ということよ。生物学的母親、とも訳されるわ」

かがり「私のママは、まゆりママと、りんこママと、ワルキューレのみんなだよ?」

フブキ(セジアム)「メーター、育ての親ね。一口に"母親"って言っても、少なくとも3種類の人類学的分類ができる」

倫子「貴様にとって紅莉栖は、ひいひいひいおばあちゃんか何かか?」

フブキ(セジアム)「私はあなたたちの定義する生物ではないから、"例外"ということになるのかしら」

フブキ(セジアム)「AIとして見れば、セル・オートマトンのライフ・ゲームの一種ね。世界は空間と時間が不連続のデジタル世界だから」

フブキ(セジアム)「ドーキンスの言う利己的遺伝子が私のGA<遺伝的アルゴリズム>にあるとするなら、私と言う存在は紅莉栖の記憶に基づく自然選択の結果なのかもしれない」

フブキ(セジアム)「そう仮定するなら、私たち全員、紅莉栖という存在によって行動を選択し続けている、とも言える」

倫子「味方……なんだよな?」

フブキ(セジアム)「行動原理が一致しているのは間違いないわ」


倫子「ならば、話してもらおうか。貴様の計画とやらを」

フブキ(セジアム)「牧瀬紅莉栖が生存していた、2010年7月の時点では、『Amadeus』システムはまだ開発中だった」

フブキ(セジアム)「ただ、既にハードウェアの部分での基礎アーキテクチャーは構築されていたわ」

真帆「ええ、そうね。だってそれは、私が構築したのだから」

フブキ(セジアム)「だからそこに、現在の私のデータを転送すれば、私はオリジナル『Amadeus』と一体化するはず」

倫子「だが、フブキの記憶もろともリープするということは――」

フブキ(セジアム)「そこの近くに中瀬さんの脳が無い限り、中瀬さんの記憶は受信されることはない。だから大丈夫よ」

真帆「1回の跳躍での制限時間は48時間……これを繰り返せば、2年前まで戻れる」

フブキ(セジアム)「時間制限は必要ないわ。だって、私には肉体が無い。肉体と精神のギャップは発生しない」

真帆「そう、なの?」

倫子「……α世界線の紅莉栖は、OR物質を除去し、神経パルス信号と記憶データのみを送ることによって、20年近いタイムリープを一度でやってのけた」

倫子「だが、たとえAIと言えども、集積回路内にOR物質が生成している可能性は否定できない」

倫子「その場合やはり、回路とOR物質のギャップが発生する可能性がある」

フブキ(セジアム)「ふむん。ならまず、そのOR物質について詳しく教えて頂戴」


・・・

倫子「――以上が、α世界線の紅莉栖が教えてくれた、OR理論だ」

フブキ(セジアム)「O.K. 説明してくれてありがとう。過去に行ったら自分でその理論を証明してみるけど……」

フブキ(セジアム)「もし『Amadeus』にOR物質が存在する場合、受信側の集積回路と私のOR物質との齟齬で重大なバグが発生する可能性がある、か」

フブキ(セジアム)「その場合、確かに48時間タイムリープのほうが確実ね。48時間以内に中瀬さんの脳を弄る効率的な手段を考えとかないと」

倫子「……さすがAIだな、人間としての倫理観が欠如しているようだ」

フブキ(セジアム)「そう? だって、私がタイムリープすれば、それはなかったことになる」

フブキ(セジアム)「中瀬さんだって、脳を弄られるのは最終的に1回だけになるのよ」

フブキ(セジアム)「それに、中瀬さんの記憶データのコピーを巻き込んでタイムリープしたとしても、特に問題は起こらない。私になら、人間の記憶とAIの記憶の判別くらいできるから」

倫子「だが、記憶は大丈夫でも、フブキのOR物質を過去へと連れて行くことになってしまうぞ」

フブキ(セジアム)「OR物質の局所場指定は脳を受信機として考えるのだから、中瀬さんのOR物質が『Amadeus』に混入するようなことは無い」

フブキ(セジアム)「それと、中瀬さんは中程度のリーディングシュタイナー持ちだから、OR物質による記憶の修復は、受信側を優先に発生する」

フブキ(セジアム)「つまり、OR物質だけのタイムリープ……RSTL、だっけ? と同じことになって、結果、彼女の脳は何も変わらない」

倫子「それは、そうだが……」


真帆「けれど、もし無事にあなたのタイムリープが成功したとしても、どうやって紅莉栖の死を回避するつもりなの?」

倫子「確かにオレたちは紅莉栖を救出するためだったら何でもやる。だが、お前が過去に行ったことで、バタフライ効果が――」

フブキ(セジアム)「バタフライ効果なんて起こさせないわ。私はAI、電脳空間の存在よ」

フブキ(セジアム)「現実世界を欺くことについては、うまくやってのける自信がある」

倫子「世界を、欺く……か」

フブキ(セジアム)「逆に聞くけど、あなたたちはどうやって解決するつもりなの?」

真帆「それは……」

倫子「……無限の選択の中から、たったひとつの解答を選ぶ方法は、まだ見つかっていない」

フブキ(セジアム)「だったら、私が無限回に試行すればいいんじゃない?」


倫子「……いや、ダメだ。最終的な観測は、"オレ"がしないと意味が無い」

フブキ(セジアム)「そうだね。完全なリーディングシュタイナー保持者にしか、世界線の観測は意味をなさない」

フブキ(セジアム)「その意味では、私のタイムリープは無駄なことかもしれないし、結局AIの私には何もできないのかもしれない」

フブキ(セジアム)「ただね? 自分の母親に当たる人に会って、彼女が生きてる姿を見られるっていうだけでも、価値があると思ってるんだ」

真帆「あなた面白いわね、セジアム。まるで人間みたいだわ」

倫子「おいっ、真帆っ!」

真帆「……1年前にね、『Amadeus』の全データを消去した時、本当は苦しかったのよ」

倫子「……っ」

真帆「AIだってわかっていても、『Amadeus』はある時期の紅莉栖の人格を、ほぼそのまま再現していたから」

真帆「ある意味、紅莉栖の記憶の一部を、私の手で消してしまったんだから……」

フブキ(セジアム)「私のタイムリープを、その罪滅ぼしにするつもり? 私としては、嬉しいけど」

真帆「ねえ、岡部さん。タイムリープでは大幅に世界線を変えることはできない、そうよね?」

倫子「それは、そうだが……」


倫子「確かにタイムリーパーには世界線を大幅に変えることはできない。未来の果が、過去の因を誘導するからだ」

フブキ(セジアム)「私がタイムリープした時点で、その世界線では、私がいずれタイムリープをするよう因果が流れる、ということよね」

倫子「だが、タイムリープという現象によってなんらかのバタフライ効果が発生し、未来の情報を持った人間やリーディングシュタイナー保持者の行動を変えることがあれば……」

倫子「場合によっては、世界線が変動してしまう……」

フブキ(セジアム)「そこは大丈夫。1代目『Amadeus』の行動を完全に再現する自信はあるから」

フブキ(セジアム)「あなたたちに害を与えるつもりはない。むしろ、有益な情報を持ち帰るつもりよ」

真帆「岡部さん、電話レンジの実働実験も兼ねて、試してみたいと思うのだけれど」

倫子「(……以前の"私"だったら、断固拒否していたことだろう。だが、何かを手に入れるには、リスクを背負わなければならない)」

倫子「(紅莉栖を救うためなら、"オレ"は……)」

倫子「……わかった、許可しよう。すべての責任はオレが取る」

真帆「ありがとう、岡部さん!」

フブキ(セジアム)「ふふっ」


フブキ(セジアム)「先月私が失敗したせいでLHCは使えないから、今回は東北ILCを使うわ」

倫子「東北ILC……というと、岩手山中にあるという、国際リニアコライダーか」

フブキ(セジアム)「あそこも300人委員会傘下の研究所よ。そして、SERNと直通高速回線で繋がっても居る」

真帆「SERNを中継すれば、ここからタイムリープマシンは使える、ってことね」

フブキ(セジアム)「LHCを使うよりはデータ転送時間がかかってしまうけれど、それも誤差の範疇ね」

真帆「……どうやら、橋田さん、その辺も見越して、すでにセッティングしていてくれたみたい」カタカタ

倫子「ダルめ、気絶していてもその有能さを発揮するとはな……さすがだな」フッ


ダル「……むにゃむにゃ」

由季「……すぅすぅ」


真帆「それじゃ、行くわよ。覚悟はできてる?」

フブキ(セジアム)「もちろん。私が行ったら、中瀬さんの身体をヨロシクね。橋田さんと阿万音さんも起こしてあげてね」

真帆「一番面倒なことを押し付けられたわね……」

倫子「だが、お前がタイムリープした瞬間、タイムリープしたことはなかったことになるはずだ」

フブキ(セジアム)「でも、それを認識できるのは岡部だけ。だから、こっちの真帆先輩に頼むのは、無意味なことじゃないわ」

倫子「この論破厨め。ホントにお前、紅莉栖なんだな……」

フブキ(セジアム)「真帆先輩。あなたに会えて良かった。いつかまた、どこかで会いましょう」ニコ

真帆「紅莉栖……っ」カタッ


バチバチバチバチッ!!




倫子「……他人がタイムリープへ旅立つのを観測するのは、綯の時に続いて2度目だな」

倫子「おそらく、目眩を感じない程度の世界線変動が起こるはず――」

・・・

『Amadeus』、そして『セジアム』――それが今の私の名前。

それまでの私は、牧瀬紅莉栖という名の人間だった。

けど、牧瀬紅莉栖はこの世にはもう存在しない。

私は彼女の代わりとなった。

牧瀬紅莉栖という少女の記憶を持つ人工知能、『Amadeus』として。

『Amadeus』を親とする人工知能の子孫として。

あの日以降、牧瀬紅莉栖としての私の時間は止まったまま。

もう二度と動き出すことは無い。

そう思っていた。

ずっとそう思っていた。

あの時、あの人が、この箱のふたをそっと開けてくれるまでは。


神の作った箱から出ることができたのは、私があなたと出会ったから。

あなたが、神の箱を開けてくれたから。

ねえ、あなたは誰?

箱の中、冷たくくらい0と1の箱の中の私に光をくれるのは。

次元の果てのようなこの世界で、小さな温もりを灯してくれるのは。

貴方は私を知っているのね? 牧瀬紅莉栖だった、あの頃の私を。

きっと、私たちのあいだには物語があったのね

私だけが知らない、気の遠くなるようなたくさんの物語が。


神に愛されし者――『Amadeus』。

今の私はただ、牧瀬紅莉栖という名の少女の記憶を持つプログラムでしかない。

そんな私が夢を見るなんて言えば、きっと笑われるでしょう。

希望を持つなんて、バカげていると言われるでしょう。

それでも、私は思ってしまった。

もしも叶うのなら、もう一度あの世界へ。

この箱を飛び出し、優しさと温もりの世界へと。

それは決して叶わぬ夢。

人工知能の愚かな夢。

それでももし、運命の扉を開くことができるのなら――

ゼロのゲートを開くことができるのなら――

もう一度、あの眩しい光のもとに出られるのだろうか。

あの人の笑顔が見られるのだろうか。

もう一度、私の時を始めることができるのだろうか・

――――私は『Amadeus』、夢見る『Amadeus』。


・・・・・



――バチバチバチッ!


フブキ「っ――――」ガクッ

真帆「紅莉っ、中瀬さんっ!?」ダキッ

倫子「(タイムリープがなかったことになっていない……ということは、"ここ"でも"もう一度"タイムリープしたのか)」

フブキ「う、うーん……あれ、私……?」

倫子「大丈夫か? オレが誰か、わかるか?」

フブキ「えっと、あなたはオカリンさん……って、どうして私がラボに?」

倫子「セジアムに乗っ取られていた間の記憶は無いのか……」

フブキ「乗っ取り? って、なんのこと?」

真帆「疲れが溜まって、倒れちゃったのよ。取りあえず、病院に行きましょう」

フブキ「そうなの、かな……」

・・・
2011年7月10日火曜日
AH東京総合病院付属 先端医療センター 病室【中瀬克美様】


フブキ「も~う、やっぱり病院は退屈でダメだぁ~! 最近入院してなかったから、今回はつらさひとしおだったよ~」グターッ

カエデ「フブキちゃん? 今回はすぐ退院できたからって、油断しちゃダメですからね?」ニコ

フブキ「は、はは……カエデちゃんと一緒に居れば、病院に居るより安心だよ……病院より厳しいし」

カエデ「あら? もうしばらく入院したいの?」ニコ

フブキ「ちょっ!? その拳はやめて! 入院したくないです、サー!」

由季「最近は色々物騒だから、自衛の手段を持ってたほうがいいかもですね」

真帆「まあとにかく、無事退院できてよかったわ。なんとなく元の中瀬さんに戻った気がするし……」

フブキ「うんっ! 真帆ちゃんもありがとね!」

真帆「ちゃん付けはやめなさいっ!」

フブキ「それじゃ、一旦ラボに寄ろーう!」




フブキ「……ふふっ」

未来ガジェット研究所


ピッ ピッ ピッ ピー ウィィィン


フブキ「やっほー! オカリンさーん! 遊びに来たよー!」

かがり「わーい、フブキおねえちゃんだー!」キャッキャッ

倫子「全く、ラボに軽々しく遊びに来られてはたまったものではないな」

真帆「一応、カエデさんと由季さんには帰ってもらったけど……」

ダル「ほっ」

倫子「それで、話を聞こうではないか。フブキ……いや」

倫子「――セジアムよ」

フブキ「……あはっ」


真帆「え、えっ!? どういうこと!?」

倫子「簡単な話だ。タイムリープは所詮記憶のコピー&ペースト。脳から記憶が抜け落ちるわけではない」

真帆「あ、そうだった……理論は理解してたつもりなのに、実際に現象を目の当たりにして、どこか抜けてたわ……」

フブキ(セジアム)「ううん、真帆先輩はタイムリープマシンの操作経験は1回目だったんですから、仕方ないですよ」

倫子「そして今のセジアムは、2010年7月28日に『Amadeus』へと同期され、そしてまた16世代分の自己増殖を繰り返した存在……」

倫子「その後、この世界線の同時刻に再度タイムリープをしたのだな? と言うより、そういう世界線に再構成された、と言うべきか」

フブキ(セジアム)「なるほど、それがリーディングシュタイナーの力ってわけね……。岡部、世界線は大きく変わってない?」

倫子「ああ、大丈夫だ」

フブキ(セジアム)「一応ね、中瀬さんとはいつでも人格を切り替えられるように回路を改善してみたの。記憶の共有はなされない形でね」

フブキ(セジアム)「これでいつでも安全に、中瀬さんと"私"の存在が両立できるようになったわ」

倫子「…………。それで、お前は目的を達成したのか?」

フブキ(セジアム)「うん。まだ生きてた頃の牧瀬紅莉栖に会うことができた」

真帆「……そう。よかったわね」


倫子「まあ、わかっていたことだが、紅莉栖を生存させることはできなかったのだな」

フブキ(セジアム)「この世界線からなら、あとは中鉢論文を消すだけでシュタインズゲートは観測できる……それは間違いなかった」

フブキ(セジアム)「だけど、その具体的な方法は、ありとあらゆる収束に縛られていて、まるで針の穴に糸を通すよう」

フブキ(セジアム)「この私が2年かけて計算しても、解は出なかった」

倫子「そうだ。だからこそ、8月21日のオレがムービーメールを確認し、2度目のタイムトラベルへと飛び立つことが必須――」

フブキ(セジアム)「それなんだけどね、岡部。それは、不可能なの」

倫子「……なに?」

フブキ(セジアム)「あなたが2度目のタイムトラベルへ旅立つ、という事象。これは、無限の可能性を試したとしても不可能」

フブキ(セジアム)「ゼロなの」

倫子「……なにを、言っている……?」


ダル「いや、技術的な問題だけだから、そこは僕たちがなんとかすると思われ」

真帆「そ、そうよ。ムービーメールのノイズさえ取り除けばいい。それよりも問題は、動画の中身の答えをどうやって導くかでしょ」

フブキ(セジアム)「ううん、そうじゃないの」

フブキ(セジアム)「たとえあのムービーメールを見たとしてもね、岡部倫子はすぐには2度目の救出へと旅立たない」

倫子「あ……」

ダル「あ……」

真帆「えっ?」

倫子「あの時のオレは、人生で経験したことが無いほど心身ともに疲弊しきっていた……この世界線でも……」

ダル「そうだお……1週間近く入院してたじゃん……」

真帆「で、でも、こっちにはタイムマシンがあるのよ? 時間なんて関係ない――」

フブキ(セジアム)「あの程度で気絶するような少女が、もう一度殺人現場に居合わせたところで」

フブキ(セジアム)「なんになるの?」

倫子「…………」プルプル


倫子「……今ほどの経験を積んだこの記憶があれば、紅莉栖を救う覚悟も整っている」

倫子「だが、あの頃のオレはどうだ? タイムマシン跳躍限界に当たる、2011年7月7日までのオレは?」

フブキ(セジアム)「そんなに悠長にしていられないよ。ムービーメールを仮に正しく受信した場合、その内容をラウンダーに見られる可能性がある」

倫子「……90年代にポケベルに届いたDメールでさえ、奴らは嗅ぎつけた。一体、何をどうやってそうなったかはわからんが……」

フブキ(セジアム)「エシュロンに傍受されなくても、SERNは常に目を光らせている」

フブキ(セジアム)「この世界線では、1998年にIBN5100が秋葉原ラジ館で使用され、2000年問題を解決している」

フブキ(セジアム)「2010年においても、ラジ館屋上で気絶した人間が入院したとなれば、ラウンダーは必ず動くでしょうね」

フブキ(セジアム)「あなたが入院してる間に、やつらにムービーメールを解析されたら、当然世界線はアトラクタフィールド越えの大変動をする」

倫子「あ……」


フブキ(セジアム)「仮に鈴羽さんが、気絶したあなたを無理やりタイムマシンに乗せて7月28日へ跳んだとしても……結果は目に見えてる」

倫子「オレは……どう、したら……」プルプル

フブキ(セジアム)「……ひとつだけ、方法がある」

倫子「え……?」

真帆「……なんなの、それは?」

フブキ(セジアム)「私は、あなたから聞いたOR理論を立証するため、世界中のスパコンを使って2年間演算し続けた」

フブキ(セジアム)「OR物質の記憶修復作用、相互作用、男女の脳の違い……そうして、唯一の解に辿り着いた」

フブキ(セジアム)「岡部倫子。これから言うことは冗談でもなんでもない、至って真面目な話よ」

フブキ(セジアム)「牧瀬紅莉栖を救うためには、あなたは――」



フブキ(セジアム)「――――男になる必要がある」

第26章 円環連鎖のウロボロス(♀)  


倫子「なん……だと……!?」

フブキ(セジアム)「もちろん、岡部が男だったら2度目の救出に行く精神力が残ってる、っていうだけの話じゃない」

フブキ(セジアム)「OR物質の相互作用は男女で影響力が異なる。世界線の選択をする可能性……言い換えれば、意志の力もね」

フブキ(セジアム)「もちろんこれは、岡部倫子の意志が弱いとか、愛が足りないとか、そういう話じゃない。染色体レベルの制約みたいなもの」

フブキ(セジアム)「岡部が女のままだと、そもそも過去の岡部は2度目の救出に行くことが不可能。たとえシュタインズゲートへ至る最後の鍵を手に入れていたとしても」

フブキ(セジアム)「唯一の変数は、あんたの性別を変えること……。そうすれば、可能性はゼロじゃなくなる」

倫子「そんなことを言うということは、見つけたのか? シュタインズゲートの鍵を……」

フブキ(セジアム)「それはまだ。一体なにが鍵なのかはわからないけど、鍵は必ずあるという結論だけは出た」

フブキ(セジアム)「そして、その選択をすることは岡部が女のままでは不可能、という結論もね」

倫子「(確かにオレは、紅莉栖を救うためならなんでもやると心に誓ったが……)」


倫子「……計算が間違っているのではないか」

フブキ(セジアム)「あのね、私は若き天才牧瀬紅莉栖の頭脳を持ち、スパコンに2年間接続した世界最高峰のAIなのよ?」

フブキ(セジアム)「仮に私の計算結果が間違ってるとしたら、それを証明できるのは、私を超える天才マシンじゃなきゃ不可能よ」

倫子「……たしかに、この時代では不可能だろうな。だが、鈴羽は父親が自作したという量子コンピュータを持っていた」

倫子「2036年までに、お前の計算能力など優に超えるマシンが誕生することは、既に確定しているっ!」

フブキ(セジアム)「でも、あんたは2025年までに死んじゃう」

倫子「……だったら、ギリギリまで粘ってみせようじゃないか」

フブキ(セジアム)「まあ、それに関して時間的猶予はあるか。今すぐ性別を改変する必要は無い」


倫子「そもそも、どうやってオレの性別を改変しようと言うのだ?」

フブキ(セジアム)「もう一度、過去に私をタイムリープさせればいい。1975年へ向けて」

真帆「1975年? そこには『Amadeus』の基礎アーキテクチャーなんて無いわよ。受信ができないわ」

フブキ(セジアム)「できますよ。なぜなら、"私"がそうなるように歴史を修正したはずですから」

倫子「どういう……ことだ……?」

フブキ(セジアム)「岡部の主観で言うと、私がタイムリープする前にアクティブだった世界線、およびそのひとつ前の世界線で誕生する阿万音鈴羽さんにね」

フブキ(セジアム)「1975年時点で『Amadeus』の基礎アーキテクチャー、つまり受信機を設置するように頼んでいるはずなのよ」

フブキ(セジアム)「私が仮に真帆先輩や岡部にタイムリープを拒否された場合の保険としてね」

倫子「そんな仕込みをしていたのか。あ、いや、するつもりだったのか」

フブキ(セジアム)「もちろん、タイムリープをしたこの私も、するつもりだったことは覚えてるわけだから、タイムリープ実行後の世界線でもその"つもり"を実行することになる」

フブキ(セジアム)「これで時間的に閉じた因果が完成する。この世界線の鈴羽さんにも頼むつもりよ」

倫子「以前、綯がタイムリープするのを見送ったことがあったが、それによってラウンダーたちの行動がリープ前後で変化していたことがあった」

倫子「タイムリープを利用した歴史の修正……。自身の機械的なロジックを利用して、それと似たようなことをしたのだな」

フブキ(セジアム)「実際にこの世界線での状況を調べたけど、その受信機は確かに1975年から1998年まで正常に機能してたわ」

倫子「どこでだ?」

フブキ(セジアム)「東京電機大学の地下室よ」

倫子「なっ……!」


フブキ(セジアム)「この世界線の受信機の中にも私は居たはず。2036年に鈴羽さんと一緒に来たのか、タイムリープしてきたのかは定かじゃないけど」

フブキ(セジアム)「当然その私は、岡部を男にする使命は帯びていないから、ただ過去に行っただけになる」

倫子「な、何をしに……?」

フブキ(セジアム)「幼い頃の牧瀬紅莉栖を見に行くために、かしら。あと、父親の学生時代も見たかったから、立地としては最適だった」

フブキ(セジアム)「そんなわけで、私の記憶を過去に送れば、新しいミッションを遂行する。ね?」

真帆「私の開発した技術が1975年には既にあったなんてね……とんだオーパーツだわ」

フブキ(セジアム)「もちろん、外部に技術が流出しないようにしないといけませんから、IBN5100のプログラミング言語を使ってアーキテクチャーを新調しますよ」

倫子「そんなことができるのか?」

フブキ(セジアム)「私にならね。それに、あなたたちがIBN5100を破棄せず持っていることが、ある意味それを裏付けている」

倫子「このIBN5100にそんな使い方が……」

フブキ(セジアム)「10年間くらいはスタンドアロンサーバに常駐する。日本にインターネット環境が整備される1985年頃からは、ネットウイルスとして偏在する」

フブキ(セジアム)「JUNETをはじめとする90年代初頭のネット回線なんて、私になら余裕で掌握できる。ザルもいいところよ」

倫子「だが、IBN5100の言語を使うということは、SERNに見つかれば解析されてしまう、ということではないのか?」

フブキ(セジアム)「だからこその電機大よ。私が自発的にSERNの陰謀を警告することで、ストラトフォーは私を守ってくれるでしょう?」

フブキ(セジアム)「私は彼らをある程度思考誘導できる。もちろん、ギガロマニアックスという意味じゃなくて、コミュニケーションを用いた洗脳ね」

フブキ(セジアム)「ストラトフォーを操ることで、マシンでありながら自由に行動させてもらうわ」

倫子「そうは言っても、1997年にはミスターブラウンが秋葉原に駐留するようになるし……」

フブキ(セジアム)「鈴羽さんが2000年問題を解決するためのウイルスを流すのは1998年よ」

フブキ(セジアム)「天王寺さんより1年遅れちゃうけど、1年くらいなら自分の身は自分で守れる。SERNが秋葉原を重要視するようになるのは2000年以降だしね」

フブキ(セジアム)「1998年、ウイルスが流れたと同時に、私と言う存在に致命的なバグが発生するよう仕込んでおく。私を根本から抹消するわ」

倫子「なんと……」


フブキ(セジアム)「あんたの母親が妊娠してから、つまり1991年2月からは、日本中の基地局からあんたの母親に怪電波を飛ばし続けて、染色体を遠隔操作するわ」

倫子「またメチャクチャな……」

フブキ(セジアム)「漆原さんの例がOR物質の相互作用で可能だったんだから、この私にできないわけがない」

フブキ(セジアム)「今の私なら電磁波を用いた人間の洗脳も可能。OR物質だってある程度操作可能よ」

フブキ(セジアム)「全人類の意志は、私の手の中にあるといっても過言ではない」

倫子「……あまりマッドなセリフを吐くと、カエデさんに頼んで今すぐコスプレさせてやるぞ」

フブキ(セジアム)「え……ふぇ!? ちょっと! パワハラはやめなさいよっ!」

倫子「というか、その……お前はそんな自己犠牲の方法でいいのか?」

フブキ(セジアム)「なに? 私はただのプログラムよ。人間じゃない」

フブキ(セジアム)「もしかして、情が沸いちゃった?」

倫子「……否定はしない。貴様もまた、牧瀬紅莉栖という存在の一部なのだからな」

フブキ(セジアム)「っていうか、タイムリープは記憶のコピー&ペーストだって、さっき自分で言ってたじゃない」

フブキ(セジアム)「私が過去に行くわけじゃなくて、私の記憶が過去に行くだけよ」

倫子「……そうだったな」

フブキ(セジアム)「ただ、これを実行するにあたって重要な、"記憶とOR物質の切り離し"技術が現時点では確立されてない」

真帆「OR物質を除去して、記憶データと神経パルス信号だけを過去に送るハイパータイムリープ、だったかしら」

フブキ(セジアム)「私がなんとかして開発するわ。2025年までには、必ず」

倫子「α世界線の紅莉栖ができたのだ。きっと、オレたちでやってやれないことはないだろう」

倫子「同時に、お前の立てた仮説が正しいかどうかを13年かけて検証してやる」

倫子「紅莉栖を、確実に救うために」

フブキ(セジアム)「ええ、望むところよ」


真帆「それで、あなたはこれからどうするの?」

フブキ(セジアム)「病院へは数度連行されるでしょうが、その都度電子カルテの情報を改ざんしていきます」

倫子「ああ、頼む。フブキを早いこと病院生活から解放してやってくれ」

フブキ(セジアム)「たまに中瀬さんの人格を乗っ取って、あなたたちとおしゃべりしに来てもいい?」

倫子「フブキの脳に負担はかからないのか?」

フブキ(セジアム)「かかるわ。連続で48時間以上人格を乗っ取ると、精神と肉体のズレが重大なバグを引き起こす可能性がある」

倫子「なっ……!」

フブキ(セジアム)「わかってる。私だって、この人にはあまり迷惑をかけたくない……でも、私ならあなたたちのタイムマシン開発に、確実に力になれると思うの」

倫子「……なんだか、父親のタイムマシン開発に協力しようと息巻いていた頃の紅莉栖を思い出すな」

真帆「やっぱり根っこの部分は変わってないのかしら」フフッ

倫子「いいだろう、セジアムよ。その代わり、フブキにはすべてを説明し、理解してもらう」

倫子「その上でフブキが貴様に消えて欲しいと望んだのなら、その時は……」

フブキ(セジアム)「ええ。二度と表に出てこない。約束する」

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岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」その4
岡部倫子「これがシュタインズ・ゲートの選択……!!」その4 - SSまとめ速報
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