モバP「そして輝子は」 (27)
「あの子、林間学校のとき、ずっと一人でいたんです」
「先生が心配して、様子を見に行くと、木の下に生えてるキノコを、一人でいじっていたって」
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星輝子は、友達がいない。正確には、人の友達がいない。彼女の口調はどもりがちで、それを辛抱強く聞いてくれる人と、巡り会えなかったからだ。それゆえに、初めてできた友達は、いつまでも話を聞いてくれる、キノコである。キノコは決して逃げないし、余計な口も挟まない。彼女にとっては、最高の話相手となった。
輝子とキノコは、近所の公園で出会った。自分と話してくれる友達は、湿気ている木製のベンチに生えていた。最初は彼女も、キノコを友達にしようと思ったわけではない。ただちょっとした、練習みたいなものだった。人と話す練習として、キノコを人と見立ててみた。するとどうだ、キノコは思いのほか話しやすい相手だ。練習を続けるうちに、彼女はキノコこそ生涯の友であると信じてしまったのである。
輝子は初めての友のことを、念入りに調べた。種類を、生態を、栽培方法を、友といるために、自分は如何がするべきかと。彼女の熱意は、友を思う一心だったと言ってもいい。その熱意が、皮肉なことに人を遠ざけるのだが。
中学生になり、輝子はキノコとの友情から自信をつけ、人との友情を育もうと試みた。結果は失敗である。彼女は人に話すことはできても、聞く能力は一切育っていなかった。当然だ、キノコは口をきかないのだから。
どもった口調で一方的に話しかけ、自分の得意分野であるキノコを語りだす。輝子は学年では知らぬ人のいない、奇人変人の類として扱われるようになった。決して、嫌悪はされず、ただ距離を置かれる。たまに興味本位で話しかけられるが、そういった者はすぐに離れていった。
輝子は、一人になった。
平日は学校が終われば、家にこもってキノコの栽培に努めた。自分の部屋に栽培スペースを設け、独学で友達を増やしていく。休日は鉢植えを抱え、キノコと共に散歩などをして過ごした。そんな日々が経過し、キノコを親友と称するようになった頃、彼女に声をかける者がいた。
「き、君、いつからいたんだ?」
鉢植えを膝に置き、親友と出会った公園のベンチで、輝子は日光浴に興じていた。ポカポカとした陽気に当てられ、彼女は持ち前の奇妙な積極性から、即興で歌を唄い始めた。幼稚なメロディーに、自分の状況を簡潔に示した歌詞をのせていく。すると背後から、上記のように声をかけれらたのである。声の主は、輝子よりも十は年上の男性であった。
ベンチは背中合わせに二つ並べられ、振り向かなければ、背にいる人には気づきようがない。他に人がいないだろうと、たかをくくっていた中で歌声が聞こえてきたものだから、きっとその男は、びっくりしたに違いない。しかし、輝子にそれを気遣えというのは、酷なことだとわかってほしい。彼女は対人となると、それほど鈍いのだ。
「さ、さっきからいましたけど……」
そういうわけで、輝子は歌声を聞かれた照れもなく、男に対する心配もなく、訊かれたことだけを素直に答えた。男は「そうか」とだけ答えて、彼女をジロジロと注視する。これまた、彼女の対人関係の浅さくる、危機感の欠如である。年上の男に見つめられようと、彼女が逃げ出すことはないのだ。本来なら犯罪に巻き込まれるであろう欠点だが、今回ばかりは功をそうした。
男は胸ポケットから小さな紙を取り出し、輝子に差し出す。輝子は鉢植えを支えたまま、それを片手で受け取り、紙面を読んだ。そこには、男の名前と身分が明かされていた。
「そこに書いてある通り、俺はアイドルのプロデューサー兼スカウトをしている。君、アイドルに興味はないか」
アイドルという言葉に、輝子は少々舞い上がった。彼女の中では、アイドルというものは華々しく、好意的な意味合いを含むものだ。彼女はプロデューサーの言葉を疑わず、自分が褒められたのだと、純粋に喜んだのである。
「私に目をつけるとは、いいセンスですよー」
なので、この上から目線の台詞は勘弁してやってほしい。輝子は人から褒められることに慣れておらず、ついつい調子にのってしまっているのだから。
「はっはっは、意外に強かなんだな。それならどうだい、アイドルになってくれないか」
プロデューサーは、輝子の大言を笑って流してみせた。その様子は、まるで以前にも似たことがあったかのようにも見える。
「なる、アイドルでも何でもなりますよー……フフ」
輝子は、アイドルになった。
アイドルになってから数週間、輝子はレッスンに打ち込む日々が続いた。そしてある日の夜、彼女は夢を見た。
夢の中で、輝子は自分が見慣れない姿をしていることに気づいた。普段着の裾の長いシャツでもなく、レッスン用のスポーツウェアでもない。普段の自分とは似ても似つかない、攻撃的な格好に、派手なメイク、そんな自分が大きな舞台に立っていた。舞台の前には、ペンライトを持った多くの人影が蠢き、声をあげている。その歓声の先にいるのは、叫び声をあげる自分で、その光景はまるで、アイドルのようだった。
あくる日、輝子はさっそく、夢の内容をプロデューサーに伝えようとした。しかし、どうにも言葉にできない。あたふたとしていると、プロデューサーが助け舟を出した。
「言葉にできないなら、その夢の自分を、演じてみてくれないか」
言われ、輝子は夢の自分を思い返す。何を言って、どんな身振りだったか。念入りに思い出した後、彼女はそれを表現する。
「ゴートゥヘールッ! フヒヒヒヒ、フハハッアッハッハ! これだよ、これ、こういうの! そう、も、求めてた、私! アッハッハッハ! シイタケ、エリンギ、ブナシメジ、キノコ!」
胸の前で腕を交差し、両手の人差し指と小指立たせ、あらんかぎりの声量で叫んだ。
プロデューサーは目を丸くし、呆気にとられてしまった。そんな彼に、輝子は不安そうに尋ねる。
「――という夢を見たんだけど、プロデューサー、ど、どう?」
輝子の声で我に返り、プロデューサーは身を震わせた。勢いよく輝子の手を取り、口を開く。
「すごいぞ、輝子! お前のイメージが固まったよ。その路線で行こう」
それからはあっという間であった。輝子はデビューと同時、その衝撃的なスタイルと、普段のギャップも相まって、一部の界隈でじわじわとファンを増やしていき、小さなスタジオだが、ソロライブを開くまでの人気となったのだ。
ライブ会場には、輝子の見た夢とほとんど相違ない光景が繰り広げられる。ファンのコールに、輝子がシャウトで答える。彼女の夢見た通りの光景。ただ一つ違うのは、舞台袖に、プロデューサーの姿があることだけ。彼女はその違いを、嬉しく思った。
アンコールにも応え、ライブが終わった。舞台裏で、汗だくの輝子がプロデューサーに迎えられる。プロデューサーは興奮冷めやらぬ様子で、輝子に身振り手振りを加えながら、感想を述べる。
「最高だったぞ、輝子! お前をスカウトできて、担当できて、本当によかった!」
「あ、ありがとう、プロデューサー……い、いつまでもプロデューサーだと、た、他人行儀だね。と、友達なら、や、やっぱり呼び捨てかな、P……! フ、フフ……これで友達……」
「ああ、友達だ! 俺たちはプロデューサーで、友達だぞ、俺たちは!」
プロデューサーは輝子の背に両腕を回し、歓喜のあまり抱き寄せた。どうにも、彼は冷静さを失っているらしい。輝子はその行為も、めったに受けぬ愛情表現であるので、まんざらでもなさそうに、受け入れている。しばしの間抱き合ったあと、熱の冷めたプロデューサーから、ゆっくりと離れていった。
衣装を着替えるからと、プロデューサーと別れたあと、輝子は更衣室で一人呟く。
「わ、私をこんなに目立たせるとは、流石Pはプロデューサー……いや、やっぱり友達だからって事かな……フフフフ……フハハハ!」
更衣室の扉を挟み、廊下に輝子の笑声が響く。 その声を聞き、スタジオスタッフが体をびくりと短く痙攣させた。
輝子は、一人ではなくなった。
プロデューサーとのクリスマスを過ごし、アイドル仲間とのハロウィンを経験し、ユニットを組んで大きな舞台にも立った。
輝子は、友達がたくさんできた。
それはきっと、彼が切っ掛けをくれたからだ。
だから、輝子は――
輝子が板チョコを差し出すと、プロデューサーは怪訝そうな顔をした。彼女からチョコを渡されることが、意外だったからに違いない。
「くれるのか」
「バ……バレンタインって、恋人同士じゃなくってもいいらしいぞ……私とPはトモダチだから、トモチョコだ……フヒ、フヒヒ」
「ああ、ありがとな。……なあ、これって食べかけ」
「トモダチ同士なら、気にしない……」
「そ、そうか。まあ、貰えるなら嬉しいけどな。義理だってチョコだし!」
「ギリ?」
「よく言うだろ、義理と本命って。友チョコなら、義理に入るだろう」
輝子は義理と本命を理解できていなかった。言葉の意味ではなく、気持ちとしてである。それを知るにはまだ、彼女は未熟過ぎた。そして、彼女は自らの未熟さを自覚していた。
「ギリとホンメイっていうのは…よくわからない。だから」
その未熟さを補ってくれるのは、きっと親友である彼だと、そう思っている。
「――し、知ってたら教えて……」
輝子は、自分の気持ちに悩む、乙女となった。
おしまい
輝子はかわいいってことです。コミュ障なのに積極的とか、かわいい
地の文はどうしても短くなります。許してちょ
読んでくれてあざました。ちなみに、僕はみちるちゃんが大好きです(半べそ)
依頼だしてきます
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