モバP「そうだ、死のう」 (48)
つまらない人生だった
惰性で過ごしてきたつもりはなかったが同じような日々を繰り返す毎日だった
俺はそんな「日常」が好きでもなく嫌いでもなかった、ただなんとも思わなかった
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自分の中ではモバマスSS第五段
過去タイトル宣伝
東郷あい「非日常」
鷺沢文香「非日常」
鷹富士茄子「ナス」
柚「お弁当!」
読んで無くても全く問題ないです
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幼少の頃に両親が事故だかなんだか知らないがいなくなりそれからは母方の祖父母の元で育てられた
15の時に祖母が、17の時に祖父が亡くなり気付けば一人になっていた
しかし祖父の知り合いの伝手で住むとこは確保出来たし祖母が亡くなってから家事は分担していたからなんの問題もなく高2の一人暮らしが始まった
特に問題もなく時は進み、周りのほとんどが進学するからという理由で大学へ進学した
そこからは更に空虚だった
授業に出てバイトをしての繰り返しだった、バイトをしてはいたがそれでも両親祖父母の遺産を食い潰しながらの生活だった
そうして気付けば大学生活も残り僅かとなり、同時に遺産も残り僅かとなっていた
周りの奴らは就職活動とやらに奔走しているしその流れに乗り俺も何社か受けたがすべて面接にて落とされた
よくよく考えてみると俺のような特に問題もなく、いや問題が無さ過ぎて中身のない人間など雇う気にならないのも当たり前だ
これ以上やっても無駄だと感じた俺は就職活動とやらを早々に中断してダラダラしていた
考えてみれば欲しいものもやりたいことも特にはない、バイト程度なら今までもやってきたしそれなら生きていくくらいならなんとかなるのではないかと思った
そこまで考えると俺の思考は止まらなかった
欲しいものもやりたいこともない、とりあえず生きてければいいやなどと考える人生に何の意味があるのかと
それならば生きていても仕方がないのではないか、死んでしまったらすべて楽なのではと
そこまで考えると口に出していた
「そうだ、死のう」
そんなことを軽々しく言うと所謂博愛主義者というかそういうやつらが
「世の中には生きたくてもそう出来ない人達がたくさんいるんだ!死ぬなんて軽々しく言うな!まだ間に合う!私も協力するから頑張っていこう」
などと
言ってくるかもしれないがそれに対する俺の答えは
「知ったことか」
である
実際そんなものは知ったことではない
博愛だのなんだの知らないがそんな偽善じみたもんは栄養になんてなりはしない、もちろん毒にもならないが
そんなもんは犬にでも食わせればいい、翌日には糞になって出てくる
そしたら俺はそいつらにこう言ってやる
「お前らの信じる博愛とやらはあっさりと糞になっちまったな、ざまあみろ」
と
意味不明である
更に実際の話をすると俺は社交性がないわけではない、外面はそれなりにいいと思っている
しかし基本こんな性格なので先にあげたようなこと言いそうな奴は寄ってこなかった
まあ仮に寄ってきても先のような台詞を思わず浴びせてしまいそうなので寄ってこなくて正解なのだが
くだらないことをつらつらと考えていると頭の片隅で死ぬに際してやっておきたいことが浮かんできた
二つだ
一つ目は自殺の名所と呼ばれる富士の樹海に一度行ってみたかったので行くこと
これにより俺の死に場所はそこで決定した
二つ目は本当に富士の樹海は磁場が乱れて方位磁石が効かないのかこの目で確かめること
方位磁石なんて小洒落たものは持ってはいないので樹海での自殺に使うであろうロープのついで買いに行くことにした
方位磁石とロープだからとりあえずホームセンターへと向かう途中も色々と考えが頭を巡っていた
俺はこの人生別段悪いことなどはしていないから死んだら天国にいけるのだろうか、しかし同じようにいいことも全くしてないから怪しいところだ
もしかしたら死んでも天国へも地獄へも行かずそのまま生き返ってこの生活を続けなければならなくなるかもしれない
もし仮にそうなったらいよいよ困り果ててしまう、何かしらいいことないし悪い事をして強制的に天国なり地獄なりへと送ってもらうか
などとくだらないことを考えてる時だった
まさにこれから手放そうという俺のくだらない「日常」はあっさりと初対面の黒いおっさんによって掻っ攫われた
「キミィ!キミだよキミ!」
こんな声が耳に飛び込んできた、中々渋い声だがナンパでもしてるのだろうか、くらいにしか思わなかった
「ちょ、ちょっと待ってくれたまえ!」ガシッ
まさかの俺に声をかけていたようだ
「無視しなくてもいいじゃないか」
「あ、あのなんの用ですか?俺そっちの趣味はないんで行っていいですか?」
「そっちの趣味?」
「え?ナンパじゃないんですか?」
「なんで男をナンパせねば…いや…これも一種のナンパかな、そうだキミをナンパするために声をかけた」
「それじゃさよなら」スタスタ
「ま、待ってくれ!私は男色の気はない!」
自分で言うのもなんだが何故この黒いおっさんは俺みたいなやつにこだわっているのだろうか
「なんなんですか一体、別段忙しいわけじゃないけど暇でもないんですけど」
死ぬための準備をしているところだ、嘘ではない
「話を聞いてくれる気にはなったようだね、ズバリ!アイドルに興味ないかね!?」
「言ってる意味がよくわかんないんですけど、俺アイドルなんてやりませんよ?」
世にはジュピターのような男性アイドルがいるが俺の顔は中の中がいいとこだ、そんなイロモノアイドルいてたまるか
「違うよ、キミにアイドルをやって欲しいんじゃない、キミにアイドルをプロデュースして欲しいんだ」
「プロデュース…アイドルをですか」
「そう!キミに我が社のプロデューサーをやってもらいたいんだ!」
人事担当か何かであろう黒いおっさんは随分と熱心に俺に語りかけている、そんなに俺が魅力的か?
「どうして俺なんですか?こんな通りすがりの」
「なんというかな…私はキミにティン!ときたのだよ」
「はあ…」
淡白に受け答えてるように見えるが俺の中では動きを止めていたに等しい心臓がまた動き出したような気がした
要するに俺はこの黒いおっさんの言葉に惹かれている
その後頭の中で悩みに悩んだ
その時間は自分の中では10分くらいだったが実際はもっと長かったかもしれないし短かったかもしれない
悩む過程はどうあれ俺は最終的にあの黒いおっさんにイエスと答えていた
その後は行動は速かった、あの黒いおっさんは表情がろくに見えない顔でもわかるくらいに喜び、すぐさま連絡先を交換した
そして
「スーツなりの正装を用意しておいてくれたまえよ、日時などは追って連絡する」
と捨て台詞を残して去って行った
今俺は俺の家にいる
樹海だの方位磁石だのは頭から完全に抜け落ちていた、もちろん死ぬということも
結局、今までの空虚な「日常」はあの黒いおっさんが持って行ってしまい、代わりに押し付けられたのは何が出てくるかわからない「非日常」だけだった
ともかく寒かったので暖かくして寝ることにした
それからの数日は一見今までの「日常」と変わりないものだった、しかし俺の頭の中は空虚ではなくこれからについて色々と考えを巡らせていた
そんなちょっとした「非日常」を経てやっと黒いおっさんから連絡がきた
ちゃんとした服でこの日にこの住所のところに来いという旨が書かれたメールが一通届いただけだったが
指定された日はなんとクリスマス、12月の25日だった
初出社の日がクリスマスなどとは一生忘れられない初出社となりそうだ
予告をしておくとアイドルは一人だけ出てきます
クリスマスといえばのアイドルです
12月25日がきた
俺は余裕を持って家を出て黒いおっさんの待つ場所へと歩を進めていた
思えば「世界中が夢の中、サンタと僕はまだ眠れない」などと今からすれば全く洒落にならないフレーズの歌を口ずさんでいたからおそらく機嫌はよかったように思う
夜更けすぎに雪へと変わる雨もない快晴、俺は黒いおっさんの居城へと到達した
命をかけて戦うわけでもないのだが俺はこれまでの人生で一番緊張していた
「おはようございます」
そう挨拶をし、事務所の中へ入ると黄緑色のおば…彼女は女の子とは呼べなくともおばさんという年ではなかった…ので彼女の名誉のために黄緑色の"お姉さん"と呼ぶことにする
「あっもしかしてPさんですか?」
「そうですけど…」
一瞬何故俺の名前を知っているのか疑問に思ったが正式なここの職員なら面接にきた人の名前くらい知っててもおかしくはない、それにここには彼女しかいないから彼女が面接官なのかもしれない
「社長ーーーー!!Pさん来ましたよー!」
といきなり社長を呼び出したので俺は心持ちだけ身構えたが奥から出てきたのは
「やあやあPくん!よく来てくれたね!」
黒いおっさんだった
確かに黒いおっさんは中々年を食っていて、社長だと言われれば別段不思議には思わないだろう、しかし社長自らが職員のスカウトをするなどとは考えたくはなかった
「お、おはようございます」
「うむ!おはよう!今日は業務内容の説明で終わりだが明日から我がCGプロの主任プロデューサーとして頑張ってくれたまえ!まあ主任といっても一人しかいないがね、ハハハハ」
待て待て待て待て
履歴書は?面接は?即採用だと?今までなんの変化もない「日常」を送ってきた身にはかなりハードなものだった
俺はその旨を社長に伝えた
「うむ…あの時の私の言い方が悪かったようだね、あの時キミが私にイエスと答えた時点で採用だったのだよ」
空いた口が塞がらないとはこのことである
俺は諦めそして受け入れることにした、この黒いおっさんが俺に投げつけた「非日常」とかいうものを
業務内容について黄緑色のお姉さんから説明を受けた、その過程でそのお姉さんの名前が千川ちひろということがわかった、まあ今は全く関係がないのだが
そしてこのプロダクションにはアイドル以外の職員は俺含め3人しかいないことがわかった
最後に俺は黒いおっさん改め社長にもっともな質問をした
「俺がプロデュースするアイドルはどんな子なんですか?千川さんはアイドルではないようですし」
「それはこれから説明させて貰う」
まだ知り合って間もないがいつになく真剣な声音だった
「キミのプロデューサーとしての業務の一つにアイドルのスカウトがある」
「自分の担当するアイドルを自分で見つけてくるということですか?」
「そういうことになる、そこでキミにスカウトの極意を授けようと思う」
「極意…ですか…そんなものがあるのですか?」
「というかこういう子をスカウトすべき…というものなんだがな」
「スカウトする段階では見た目の良し悪ししかないのでは?」
「違う、見た目がいいからと言ってアイドルに向いているとは限らない」
「スカウトすべき条件はただ一つ、その子がキミにとってティン!とくるかどうかだ」
言葉自体は頭の中に入ってきた、しかし意味不明で全く理解出来なかった
確か俺をスカウトする時もそんなことを言っていた気がする…
「まあいきなりこんなことを言われて理解しろという方が無理だ、実はこの事務所には既に一人だけアイドルがいる、彼女もキミと同じ新人だ、しばらくは彼女のプロデュースをしながら色々と学んで行くといい」
「その子は今日は来ていないのですか?」
「いや…来ているはずなのだが…千川くん彼女はどこに行ったのかね」
「屋上に行くと言ってましたよ?」
「外はかなり寒いというのに…」
「Pくん、顔合わせついでに連れ戻してきてくれないか?風邪を引かれても困るのでね」
「了解です」
「あ、これ一応プロフィールです」
千川お姉さんからもらったプロフィールに目を通しながら階段を登っていた
クリスマスのビルの屋上で顔合わせか…小説かなんかだとこの場面で雪がチラチラと降っているのが定番だがこの東京のど真ん中でホワイトクリスマスなど最早異常気象だ、外にだって出たくなくなるだろう
しかし確実に俺の心は躍っていた
社長から投げられた「非日常」は順風満帆とはいかないだろうがとても充実したものになるだろう…そんな予感があった
そうこうしているうちに屋上へと出るドアの前にきた
ドアを開けた瞬間、その音に気が付いたのかその子が振り向いた、その時俺が唯一自分でスカウトしなかったアイドル、しかし今後一番長い付き合いになるアイドルと対面した
そして同時に社長の言葉を理解した
俺はその子にまさしくティン!ときた
今に思うとそれは普通の言葉に表すと一目惚れというのかも知れない
ともかく振り向いたその子に俺は目と心を奪われた
「もしかして、社長さんが言ってたプロデューサー?」
「ああそうだ、君と同じ新人だが精一杯頑張るつもりだ」
「えっと…名前はなんて言うの?おっと、アタシも自己紹介しなきゃ」
「いや、君の名前はすでに知っているよ、俺の名前はPって言うんだ、変なニックネームとかじゃなければなんと呼んでくれても構わない」
「そっか…じゃあこれからよろしくねPサン!」
「ああよろしく、柚」
俺は喜多見柚という切り揃えた前髪とパーカーがよく似合うとても可愛らしい少女とともに暖かい事務所へと入って行った
P「ん……」
どうやら眠っていたようだ…夢の中で昔のことを思い出すとか小説かよ
事実は小説よりも奇なりってのはこのことか………少し違うか
しかしここはどこだ、横たわっている以上デスクではない、しかし家に帰った記憶もない、そうか仮眠室か…
そう思って目を開けると目の前に夢に出てきた少女の顔があった
「……何やってんの」
「ん?膝枕」
確かに後頭部に仮眠室の枕とは段違いの心地良さがある
「質問を変えよう、何でやってんの」
「Pサンが無防備にもソファで寝てたからつい、あと風邪引くよ」
「毛布もかけてくれたのか、ありがとな」
「うわっPサンが素直だ…」
「何言ってんだ俺はいつでも素直だろうが」
俺の初出社は結局一生忘れられないものとなったな…理由は12月の25日だったからではなく…柚に初めて会ったからだ
「そうかなー」
俺は方位磁石を買いに行く途中天国に行くのか地獄に行くのか考えていたが、結局死なずに天国へも地獄へも行けなかったようだ
「ね、Pサンこれからまだ仕事する?もう帰るならご飯食べに行こうよ!」
ただ、この天使と呼んで遜色ない女の子が俺のそばにいるところを鑑みるとここは天国なのかもしれない
しかし某黄緑色のお姉さんは悪魔と呼んで遜色はないし…結局ここは天国でも地獄でもないのだろう
「Pサン?どったのぼーっとして」
「いや、柚は可愛いなあって思ってな」
「えっあの…その…確かに柚は可愛いけどさ…いきなり言うのは反則って言うか…うぅ」
顔を赤らめる柚、珍しい上に非常に可愛い
「お!Pくんいいところに!」
「あ、社長さんこんばんは」
「うむ、こんばんは柚くん、少し顔が赤いようだが大丈夫かね?」
「あ!だ、大丈夫です」
プロデューサーになる前からしてみれば「非日常」だったこの状態が俺にとっての「日常」となった今でもこの黒いおっさんは俺に「非日常」を投げつけてくる
「Pくん!キミに出張に行って欲しい!」
突然の出張ごときでは驚きはしない、全国各地へ飛ばされるなど慣れっこだ、流石に外国へ行けと言われたらビビるが
「今度はどこですか」
「うむ静岡だ、静岡にて新たな人材を発見してきてくれたまえ、新Pくんのおかげで事務所もだいぶ安定して回るようになってきたしな」
「Pサン出張か…しばらく会えないね…」
何故今日の柚はそんなに表情豊かなんだ、お前の寂しそうな顔なんて初めて見たぞ
そういえば社長含め柚やちひろさんにも俺が自殺志願者だったということを話したことがないのを思い出した
あの時の真相…というほど大したものではないが俺の心境を話したらどう反応するだろうか
「ふむ…今日はいつも頑張ってる柚くんに私からご褒美があるのだ」
「えっ!なになにー?」
「キミにロケ仕事をとってきたのだ、静岡でのな」
「ってことは…もしかしてPサンと一緒に!!??」
なんだこの食いつき用は
「じゃあ今回の出張は柚のロケ同伴を兼ねてるというわけですね」
「そういうことになる」
「やったね!Pサン!」
やはり柚には輝くような笑顔がよく似合うな
「あくまで仕事だからな、気抜きすぎるなよ」
「わかってますよー!」
「えへへへ///」
「それでは私はこれで」
あっという間に去っていってしまった
「ねえ、Pサンは柚と出張嬉しくない?」
「いや、めちゃくちゃ嬉しいよ」ナデナデ
「本当に!?えへへ//嬉しいなあ嬉しいなあ!」
「ホントに嬉しそうだな…」
「ねえ!静岡に行ったら何しようか!」
「仕事だっつってんだろうが」
「あう…少しくらいPサンとの自由な時間があってもいいじゃん…」
「まあそうだな…そしたら…」
静岡と聞いてパッと思い浮かぶもの、それは一つしかなかった
「富士山…」
「え?なに?」
「富士山を真近で見たいな」
「富士山か…いいね!そこで写真とか撮ろうよ!ツーショット!」
「そうだな」
「楽しみだね!」
終わり
くぅ疲
やっぱり柚は可愛い
このPに関しては自分でも色々と思うところがあります
画像兄貴ありがとうございます
そのうち静岡編書くかも
それでは
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