機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択― (989)

機動戦士ガンダム外伝―彼女達の選択―

前々々スレ
【ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が…】(1st―0083)
ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が… - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1367071502/)

前々スレ
【ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが…】(Z―ZZ)
ムラサメ研究所を脱走してきたニュータイプ幼女たちが… - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1371217961/)

1st裏スレ
【ジオン女性士官「また、生きて会いましょう」学徒兵「ええ、必ず」】(1st)
ジオン女性士官「また、生きて会いましょう」学徒兵「ええ、必ず」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1379074159/)

前スレ
【機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争―】(CCA)
機動戦士ガンダム外伝―彼女達の戦争― - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1381238712/)


CCA編で終わる予定でしたが、永井一郎氏の追悼の意味を込めて、UC編を続けます。

本作もお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いします。


【諸注意】
*前々スレのファースト編、前スレのZ、ZZ編、1st裏スレからの続き物です。

*オリキャラ、原作キャラいろいろでます。

*if展開は最小限です。基本的に、公式設定(?)に基づいた世界観のお話です。

*公式でうやむやになっているところ、語られていないところを都合良く利用していきます。

*レスは作者へのご褒美です。

*更新情報は逐一、ツイッターで報告いたします→@Catapira_SS


以上、よろしくお願いします。

 

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1391169584


お待たせしました!

今回もよろしく!
 





 真っ青な世界に無数の星が光っている。ちょっと油断するとシャトルに浮かび上がってしまうのにも、もう慣れた。

遠心力の重力って、結構当てにならないんだね、これもひとつの新しい体験だな。

トイレとかもかなり大変だけど、まぁ、要するに慣れだね、宇宙生活、ってのは。

ママは怖いし、退屈だし、キライって言っていた宇宙だけど、アタシはそれほど怖さは感じない。

そりゃぁ、もしこの宇宙船がいきなり破裂したらどうしようとかそんな風な想像はしちゃうけど、

まぁ、そんなのカレンさんの飛行機に乗ってたって、母さんの船に乗ってたって、おんなじことだし、

気にしてたら、余計に怖くなっちゃうだけだもん。

 ただ、退屈って言うのは本当だね、今回は、みんなと一緒だからいいけれど、

これ、アタシ一人とかだったらイヤだっただろうなぁ。窓の外を見てたって、真っ青な宇宙に星だけだもん。

最初は地球がキレイだな、ってしばらくは見てたけど、まぁ、1時間も眺めてたら飽きちゃうしね。

星も、地球にいて眺めるのと違って、瞬いたりしないからこれまたすぐに飽きちゃう。

ジッとしてるのってなんだか苦手だし、やっぱ、ママの言ってた通り、あんまり好き好んで来るような場所じゃないのかもね。

 「はい、ロビンの番だよ」

カタリナがアタシにそう言ってくる。っと、いけない。ボーっとしてて、何にも考えてなかった。

えっと…え、ドロー2じゃん…あ、アタシ持ってたわ。

「はい、もう一枚」

私は手元にあったカードを切る。

「げ、あたしかぁーとか言って、実はあたしも持ってたりして!」

次に居た“隊長”がムフフと笑ってカードを切る。

次はマリだけど、あれ、待って、マリも持ってるよね、これ。あれ?これってヤバい?

「私も持ってるんだな」

マリはそう言って、またドロー2を切った。これで、一周した。

カタリナが二枚目とか隠してなければ、自滅してくれるんだけど…チラっと見たら、カタリナが笑った。

あ、ダメだ、これ。

「二枚目ー!」

「ぐわぁぁー!何枚?これアタシ何枚?!」

「えっと、1、2、3…2かける5で、10枚、進呈しまーす」

「うぅぅ、フォン・ブラウン名物、うさぎ饅頭が遠ざかる…」

「あははは、ロビン隊員、あたしを倒そうなんてまだまだ甘いよ!」

アタシが悲しんでいたら“隊長”こと、マライアちゃんがそんなことを言う。

くそぅ、悔しい!だから、これでもくらえ!アタシは手元にあったドロー4を二枚山に叩きつけてやった。

「うぐ!?い、いや、待って!あ、あたしチャレンジ!チャレンジするもんね!」

「あれぇ?ホントに?いいの?いいんだね?」

「いいよ、見せなさい!あたしを騙そうとして偽のイメージ考えたってダメなんだからね!」

マライアちゃんがそんなに言うので、アタシは自分のカードをマライアちゃんに見せてあげた。

とたん、マライアちゃんがピシっと言う音がするんじゃないかって言うくらい突然に固まった。
 


「ま、ま、ま、まさか…!10枚も引いたのに、緑が一枚もないなんて…!」

「残念でした!8枚とペナルティ2枚で10枚進呈します!」

「おのれ、一介の部隊員のくせに隊長に逆らうなんて…!」

「勝負の世界に情けは禁物だよ、隊長!」

アタシが言ってやったら、マライアちゃんはぐぬぬ、と悔しそうに歯軋りしている。よしよし、うさぎ饅頭が戻ってきそうだな。

 「あれ、まーだやってたの?」

そんな声がして、頭の上からミリアムちゃんが降ってきた。

ミリアムちゃんは空中で体を翻してマライアちゃんにしがみつくようにして着地する。

それからアタシ達をぐるっと見回して

「何よ、劣勢じゃない?」

ってマライアちゃんに言う、マライアちゃんは鼻息を荒くして

「ふん、今から本気出すとこだから!」

なんて強がってるけど…マライアちゃん、そんなに悔しがってたら、カード丸見えだよー?

そう言ってあげようかと思ったけど、止めた。すべてはうさぎ饅頭のため、だ!

 「ミリアムちゃん、そろそろ船が月軌道に乗るよ」

今度は、頭の上からプルが降ってきた。プルはマリのそばに降り立つ。チラっとカードを見たプルは静かにマリに言った。

「あと、2手ってところだね」

「ん、まぁね」

二人はおんなじ顔して見詰め合って笑ってる。

 「ほら、交代。仕方ないから負けを挽回しといてあげるわよ」

ミリアムちゃんがそう言って、マライアちゃんからカードを奪い取る。

「くぅ、悔しいけど、任せるよ。マリ、行こう」

「はーい。じゃぁ、私のもお願いね」

「任せてよ」

マライアちゃんに言われたマリが、プルにカードを手渡してマライアちゃんと一緒に飛び上がったところにあるシャフトからコクピットの方へと浮かんで飛んでいった。

「えっと、じゃぁ、次は?」

「マライアちゃんはペナルティだったから、つぎはプルかな」

「私か。ロビン、色は?」

「えぇー、っと赤」

「赤か、ありがと。それじゃ、これで…ウノ」

プルがそう言ってカードを切った。ぐぬぬ!まさかもうウノだなんて!そう思ったらプルはニヤっと笑った。

アタシはハっとして場を見る。そこには、スキップが二枚重ねられている…!し、しまった!!!

「で、上がり、だよ」

プルは最後の一枚を場にペラっと出した。黄色の6で、プルが上がっちゃった…!

「危ない危ない…私、数字二枚だけだから2点」

カタリナがふぅ、と息をつきながらそう言う。

こ、これは、アタシとマライアちゃんのカードを引き継いだミリアムちゃんがドンケツじゃん!

うぅ、うさぎ饅頭がぁぁぁ……

アタシの心の悲鳴が果てのない宇宙に、ミノフスキー粒子を伝って響いた、りすることはなかったけど…悔しいなぁ。
  


 アタシ達は、今、月のフォンブラウン市に向かっている。

理由は、ジュピトリスっていう大きいんだっていう、木星までなんとかって言う物質を採掘しに行っている船が3年ぶりに帰って来て、

そのフォンブラウンっていうところにシャトルを降ろすからだ。

 その船には、メルヴィ・ミアっていう人が乗ってるんだって。

なんでも、プルやマライアちゃんの知り合いらしくって、

その人が地球圏に戻って来て、こっちで暮らそうかと思っているというから、それならアルバに来ればいいよ!

っていつもの流れで、月まで迎えに行ことになった。

 最初はマライアちゃんが定期シャトルで迎えに行くよ、ってことだったんだけど、

マリもプルもカタリナも行きたい、って言うので、マライアちゃんはわざわざどこからかシャトルを調達してきた。

昔から思うんだけど、マライアちゃんって、こういうものをどこから用意してくるんだろう?

大好きな“4人目のママ”みたいなマライアちゃんだけど、正直まだまだ、不思議なところがいっぱいだ。

マライアちゃんはルーカスさんに着いて来て、って言ったらしいんだけど、そこでどんな話し合いがあったのか、

ミリアムちゃんがアタシ達の引率についてきてくれた。

二人はなんだかアヤ母さんとカレンちゃんみたいな関係で、パッと見ると仲悪い感じなんだけど、

実際は、結婚しちゃえばいいのに、っていうくらいに仲良しなのをみんな知ってる。

それを本人たちに言うと、マライアちゃんは「えー!やだよ!」なんて言うんだけど、

ミリアムちゃんの方はマライアちゃんにそう言われると少しだけショボンってなるから面白いんだ。

ミリアムちゃんはルーカスさんと結婚しているっていうのに、おかしいんだから。

 あ、そうそう、アタシはみんなが行くんなら、ついでに連れてってよ、ってお願いしてついてきただけ。

宇宙って、一度でいいから来てみたかったんだよね。

レナママは、怖いし、面白いところじゃないよって口が酸っぱくなりそうなくらい言ってたけど、

アヤ母さんは、まぁ、何事も体験が大事だよ、なんて言ってくれてた。だから、アタシはただの野次馬だね。

 うーん、それにしても、今の負けは痛いな…罰ゲームのうさぎ饅頭なしはヤダな…自分のお小遣いで買うのは悔しいしなぁ…

 なぁんて考えてたら、船の中にマライアちゃんの声が響いた。

<みなさーん、そろそろフォンブラウンに着くから、一応、シートに着いてね>

「ふぅ、やっとかぁ」

カタリナがそんなことを言って大きくため息を吐いた。あはは、そんな気分だよね。

こうずっとウノばっかりやってるのも飽きちゃうしね。

あ、でも、今ウノやめたらアタシとマライアちゃんのビリツートップが罰ゲームだ…うさぎ饅頭…

「ほらロビン、行くよ」

カードを手早くまとめたプルがそう言ってアタシの手を握ると床を蹴って操縦席へ続くシャフトへと引っ張った。

アタシ達はシャフトに入って、操縦席へと向かう。後ろからカタリナとミリアムちゃんもついてくる。

操縦席に着いた私達は、シートに着いてベルトを閉めた。
 


マライアちゃんの操縦なら絶対に大丈夫だと思うんだけど、まぁ、ベルトは念のため、ね。

「こちら、民間シャトル“ピクス”。フォンブラウン管制塔、応答せよ、着港許可を求む―――

 了解、管制塔、データリンク開始…コード確認。復唱します。

 シエラ、エコー、セブンティーン、フォックス、エコー、デルタ…コード認証、了解。

 4番ハッチですね…確認できました。アプローチ開始します」

マライアちゃんが管制塔と交信しながら操縦桿で船をコントロールする。

見下ろすとそこには大きな格納庫が広がっていた。

船はマライアちゃんの操縦で、ふわりとその格納庫の中に降り立った。それと同時に格納庫の天井の扉が締まり始める。

たぶん、これから気密作業が始まるんだろう。

確か、そのメルヴィって人は、ジュピトリスからこのフォンブラウンに降りているって話をしてた。

ジュピトリス自体はこんな都市の港でも収まらないサイズだから、

もっと先にある小惑星に建造された特別な港で整備点検とか荷物の積み下ろしなんかをするってマライアちゃんは言っていた。

点検と乗組員の休養が済んだら、また1年かけて木星に戻るんだとも教えてくれた。

マライアちゃんは、物知りだな…正直、あんまり興味はないんだけどね…

 ガコン、と音がした。音が聞こえる、ってことは空気が充填された証拠だ。

「は、了解です、誘導に感謝します」

マライアちゃんがそう言って無線を切った。

それから、耳にはめていたマイク付きのヘッドホンを外すとアタシ達に振り返って言った。

「さて、メルヴィを迎えに行こうか!」

その言葉に、マリとカタリナが歓声を上げる。アタシは、といえば、首に下げていたお財布の中身を確認していた。

アヤ母さんの土産に5、レナママに5、レオナママに5、レベッカにも5、マリオンには、いつもいろいろしてもらってるから、10…

うさぎ饅頭一個ワンクォーターって言ってたよな…あれかな、ジュースを一回我慢すれば、自腹で食べれるかな…

うん、そうしよう、うさぎ饅頭は絶対に食べないとダメだ。なんて、すっとそんなことを考えていた。

 アタシ達はそれから一応、ノーマルスーツに着替えて船を降りた。

月ということもあって、重力は地球の10分の1くらい、って言ってたっけ。

ジャンプしたら、どれくらい高く飛べちゃうんだろう?

そう思うくらい、ふわりふわりとしてて、正直歩きづらい。アタシが困っていたら、後ろからプルが捕まえてくれた。

「一歩ずつ歩こうとしないほうがいいよ。一回蹴ったら、10メートルくらい前にすすんで、また次を踏み出す感じ」

プルはそう言いながら、アタシを捕まえながらポーン、ポーンと前進して見せてくれた。

あぁ、なるほど、そうやってやるんだ!アタシはプルの動きを覚えて、同じように地面を蹴って飛ぶように歩く。

あーうん!これ、なんだか面白いね!そう思ったら、プルはニコっと笑いかけてくれた。

マリと違って、少し物静かなプルだけど、すごく優しいのを、みんな知ってる。

それでいて、能力がすごく強いんだ。それは、木星生活が長かったから、って、プルが言ってた。

まだまだ向こうの施設は発展途上で、ジュピトリスⅡを離れて採掘作業に入ると、とっても大変なんだ、なんて話してくれた。
 


今日来るメルヴィって子も、すごく力が強いのかな?って聞いたら、プルは笑って

「そうだね、たぶん、ロビンと同じくらいかも」

なんて言った。そっか、それなら、話も合わせやすそうだし、いいかもしれないな。

アタシはそんなことを思って、やっとそのメルヴィって子に会うのがちょっとだけ楽しみになった。

 マライアちゃんとミリアムちゃんを先頭にして、アタシとプルと、マリとカタリナが続く。

格納庫を抜けて狭い廊下に出ると、壁から変なレバーが出ている。ん、これも初めてだ。

どういう装置なんだろう?じっと見つめて考えてたら、マリが

「これつかって進むんだよ」

と言ってそのバーを握ってボタンを押した。

すると、先に進んで行っていたマライアちゃんとミリアムちゃんの後ろに着いていくように、

握ったバーが移動して、それに掴まっているマリもスウーっと廊下を移動していった。

なるほど、重力が弱いからこそ出来る移動法だね。アタシはマリの真似をして、バーを握ってあとに続いた。

 その先には、別の格納庫があった。ガラスの向こうには、随分と大きな輸送船が止まっている。

シャトルやランチ、って感じじゃない。サイズで言うなら、輸送船、って感じの大きさだ。

マライアちゃんが一番最初にその格納庫に入っていく。

ミリアムちゃんはその入口のところで待って、次に来たマリを中に入れる。

ミリアムちゃんがやっていることはなんとなくわかるから、アタシはそのままミリアムちゃんに抱きとめてもらって、

あとから来たカタリナとプルを格納庫に先に入れてあげてから、ミリアムちゃんと一緒に中に入った。

 そこには、アタシより少しだけ年上に見える女の子と、かっこいい、20代半ばくらいのお兄さんがいた。

あの女の子の方がメルヴィ、だよね?じゃぁ、あっちの男の人は誰だろう?

アタシがそう思っていたら、プルがその男の人に飛びついて叫んだ。

「ジュドー!会いたかった」

ジュドー?そういうんだ?あ、なんだか嬉しそうに笑ってる。あったかい感じがジンジンと伝わってきた。

ふふ、ホントに嬉しいんだな、二人共。カタリナの方も嬉しそうにメルヴィに抱きついて挨拶をしている。

マリは、メルヴィとジュドーさんにそれぞれ挨拶をしてから、遠巻きにその様子を眺めていたアタシとミリアムちゃんのところに戻ってきた。

「どうしたの?もっと一緒にいたらいいのに」

アタシが言ったらマリは笑って

「いや、私、まだあんまり親しくないしね…あの三人が、やっぱり一番嬉しそうだからさ」

と言った。確かに、マライアちゃんもプルもカタリナも嬉しそうだ。

こういうの、マリの言い方でいえば、幸せ3つ、だよね?そう思ってマリを見たら、マリは笑って

「うん」

と頷いた。本当に、そうだね。

ああして、誰かが喜んで抱き合ってる姿っていうのは見ているだけで幸せな気持ちになる気がするよ。
 


 少しの間マライアちゃんたちはそうして再開を喜んでいたけど、それが済んでからはアタシ達も呼んでくれて、

アタシとミリアムちゃんは、二人に紹介された。二人共いい人そうだな。

特に、このジュドーって人からは、母さんに少し似た感じがする。

まっすぐで、ちょっと不器用で、でも、絶対に折れない気持ちを持っているような、そんな感じのする人だ。

「じゃぁ、俺はちょっと行くな」

ジュドーさんは話を終えると、そんなことを言い出した。

「もう行っちゃうの、ジュドー?」

プルが彼にそう聞く。すると、ジュドーは苦笑いを浮かべて

「リィナ達に会いに行く約束になってんだ」

と言った。リィナ、って誰だろう?好きな人?奥さんかな?それを聞いたプルは少しだけさみしそうな顔をして

「そっか…うん、あの子も、きっと会いたいだろうね」

なんて言った。あぁ、そうなんだ…プルはこの人のことが好きなんだな…

でも、それでもユーリちゃん達のところに帰ってきたんだ。

彼の幸せと、自分の幸せを考えて、二人共がそれぞれ別々でも、それでも幸せになれるように、って。

それって、ちょっと辛いね。アタシはまだ、誰かを好きだとかってあんまりわかんないけど…

うん、いや、シャロンちゃんのところのユージーンくんはかっこよくて優しくいけど、そう言うんじゃないから。

そういうんじゃないんだよ?ホントに、ホントなんだから。

でも…うん、プルの辛いのは、ちゃんと伝わってくるから、わかるよ。

「ごめんな。また、すぐに会いに来るさ。地球圏にはしばらくとどまる予定だから、

 メッセージはしばらくやりとりできるし、時間ができたら、連絡して、遊びに行くよ。えっと、なんていう島だっけ?」

「アルバ島だよ!」

アタシはジュドーさんにそう教えてあげる。そしたらジュドーさんは優しく笑って、

「アルバ、か。分かった。覚えとくよ。リィナ達に会って時間があったら、会いに行く」

とプルに言ってくれた。プルはそれを聞いて、嬉しそうに笑った。ふふふ、良かった、元気になってくれたね、プル!

 それからアタシたちはジュドーさんを見送って、それから港の中のレストランに向かった。

シャトルの再発進準備にはもうちょっと時間がかかる、って聞いていたから、まぁ、それまでの、時間つぶしに、ね。

もちろんお土産屋さんもあるから、うさぎ饅頭はそこで、だ。

もうここまできたらうさぎ饅頭とそれから宇宙料理を食べて行かなきゃな!

アタシはすっかり楽しい気分になって、まだ慣れない月の重力に苦戦しながら、それでもスキップで格納庫を抜けた。



 








 「あ、これ見て、可愛い」

「へーなにこれ?…フォンブラウン市のゆるキャラ…ディアナとキエル…?」

「これのどこが月と関係あるの?」

「ここ見てよ!イヤリングが月の形してるよ!」

「いやぁ、それだったら別になんでも良くない?」

「あ!こっちには違うのもいるよ!ガガーリンくん?」

「ガガーリンって確か、人類初の宇宙飛行士のことじゃなかったっけ?

 月のキャラクターなら、アームストロングくん、が正解のような気がするけど…」

「あ、あ!こっちにはぬいぐるみのディアナとキエルがあるよ!」

「そんなのやめなよ、子どもっぽい」

食事を終えてすぐにアタシ達はお土産屋さんに向かった。

お土産屋さんで、マリとカタリナとミリアムちゃんとマライアちゃんがはしゃいでいる。

プルは興味があるくせにそんなことを言って呆れ顔を作っている。みんなをメルヴィちゃんがニコニコして見つめていた。

 まぁ、アタシも興味ないわけじゃないけどさ、とりあえず、母さん達とレベッカには最初に月に来たっていう、

アポロ号の着陸船が小さな便に月の砂と一緒に入ったキーホルダーを買って、

マリオンちゃんには月の鉱物で出来てるっていう、ネックレスを買ってあげたから、用事はもう済んじゃった。

問題は目の前にある屋台の商品だ。うさぎ饅頭…聞いていた通り、1個ワンクォーターだけど…

想像していたよりも小さいな…これ、2つくらいは欲しいところだけど、うーん、だとすると今月分のお小遣いが厳しくなっちゃうな…

困ったな…ペンションの料理長の立場としては、いろんな味を確かめておくのはお仕事上、必要なことだけど…

こ、これ、領収書もらって、経費で落として、ってママに言ったら処理してくれるかな?ダ、ダメかな…やっぱり…?

 「ロビン、まだ迷ってたの?」

苦悩していたアタシのところに、マライアちゃんたちが戻ってきた。

「ほら、見てロビン!ディアナちゃん!」

「私はキエルちゃんを買ってみた!」

カタリナとマリが抱えていたぬいぐるみをアタシに見せてくる。いや、うん、かわいいけど今はそれじゃないのっ。

「さて、じゃぁ、ビリはロビンだから…お兄さん、お饅頭、6個ください」

「はいよっ!」

屋台のお兄さんは、マライアちゃんの注文にそう威勢よく答えて、お饅頭を6個、包に入れてくれた。

それを受け取ったマライアちゃんは、みんなにそれをひとつずつ分けている。

くぅ、美味しそうだ…あの、お饅頭の上にある月をかたどった黄色い模様は何でできてるんだろう?

ママレードかな?べっこうアメ?クリーム?チーズ?うぅぅぅ、ダメだ、やっぱり、買おう…

でも、2つはちょっと厳しいよね…再来週はシーちゃんのところの子の誕生日だしなぁ…

そっちをおろそかにするわけにはいかないもんね…
 


「お兄さん、アタシにも1つ頂戴」

「へいよ、お嬢さん!」

アタシは、財布から出したなけなしのクォーターをお兄さんに手渡してお饅頭を受け取った。さっそく一口かじりつく。

中は甘いな…これはアンコってやつだよね。あ、この上の月のところは、しょっぱい!

何かの漬物かな…?これは、このしょっぱさが甘さを引き立てて、しょっぱいから甘くて、甘いからしょっぱくて…

すごい、反対の味なのに、二つが繰り返しやってきて、高めあってる…!

まるで味の感応現象だ!

 おいしいな、これ…アタシはもう一口で、お饅頭を食べきってしまった…

うーん、でもこれ、小さなぁ、やっぱり…もう一個は、いや、ダメだ…我慢だ、ここは耐えなさい、ロビン!

シーちゃんのところの子にプレゼント買わなきゃいけないんだから!

でも、食べたい…いや、でも、いやいや、でもでも…うーん…

 あまりの美味しさと現実に葛藤していたら、ヌッと顔の前に手が出てきた。

そこには、控えめに一口だけかじられたお饅頭が握られていた。

振り返ったらそこには、ソフトクリームを舐めているプルの姿があった。

「私お腹いっぱいだから、残り食べていいよ」

プル…お腹いっぱいな人はソフトクリームなんて食べないよ!でも、でも!も、もらっていいの!?

アタシは恐る恐るお饅頭を受け取って

「ありがとう」

とプルにお礼をいう。そしたらプルはクスっと笑って

「幸せ2つ、でしょ?」

と言ってくれた。胸がキュンとなった。やられた!アタシ今、その笑顔にやられたよ!

「プル、アタシと結婚しよう!」

アタシが思わずそう言ったら、プルは

「うん、考えておくよ」

と言って、クスクスと控えめに笑った。

その顔がまたキュンキュンときちゃってプルに飛びついちゃおうと思ったら、突然ビービーっていう音が聞こえ出した。

なに、これ?サイレン?警報?なんだろう、着港事故でも起こったのかな?

<館内のお客様にご連絡致します。当港監視室はただいま、付近に戦闘と思われる光跡を確認致しました。

 館内のお客様は、至急、最寄りのシェルターへ避難し、係員の指示にしたがってください。

 くり返しお伝え致します。当港管制室が戦闘と思われる発光を確認しました。

 館内のお客様は、速やかに最寄りのシェルターへの避難をお願いいたします>


   


つづく。



UC編、始まりです。
 



UCは見てないけど楽しみ



ロビン視点か。楽しみ。




ロラン・ハリー「ディアナ様とキエルお嬢様がゆるいわけあるかあああ!!!」

なんて声が聞こえてきそうだぞwww

まぁっっっっっっっってましたぁぁぁぁぁ!
いつものイイカンジの人間ドラマとともに、UC世代のかっけーMSの活躍もよろ!
マライアはゼータドライバーだから… リゼルとか
デルタは好きだけど、金ぴかケイレツだからなんか違うかな

今回も楽しみにしとるで!

乙!

俺は発達心理学と臨床心理学を専攻しつつ社会心理学をかじってるんだ
せっかく知識があるんだしとこれらを絡めつつ物語の裏側を予想していると、より登場人物へ感情移入出来たり各シーンの情景が浮かんできて楽しいwwww

てかおいゆるキャラwwww
∀時代になってから人形が発掘されて「ふぁっ!?」ってなるロランを予想
そしてハリーは「ディアナ様はお生まれになる前から~」とかなんとかいって忠誠度が増すと予想
ゆるキャラ第三弾ローラの発売はいつ頃になりますかね

おっとマライアを娶る者が未だ現れない様子
やはりここは俺が貰っていきますねぐへへ

キャノピー姫のマーク&ハンナにも期待大です!
あ、遺物も面白かったよ?

乙です!
今回も楽しみにしてます。

やっと読めた乙ー
つかうさぎ饅頭連呼しすぎだろww
こんな時間に饅頭食べたくなったじゃないか!

>>12
感謝!
これを機に見てみるといいかもしんないです!

>>13
感謝!!
ロビン視点、難しいですww

でも、マスコットみたいなものじゃないですか、月面都市のww


>>14
お待たせしました!
マライアたんは今回も何かに乗るとは思います。
ユニコーンの予備機でないことは確かだと思いますがww

>>16
あざっす!がんばります!

>>17
感謝!!!

そうでしたか!いろいろ考えて書いてるんで、分析してみてください!

ゆるキャラはほんの出来心ですww

遺物?なんのことかな?ww

>>18
感謝!!!!
今回もお願いします!

>>19
感謝!!!!!
ロビンのキャラ付けにこまった結果、食べるのも作るのも大好き、という子になりましたww
うさぎ饅頭、うさぎ饅頭、うさぎ饅頭、うさぎ饅頭…



ってなわけで続きです。
 


<館内のお客様にご連絡致します。当港管制室はただいま、付近に戦闘と思われる光跡を確認致しました。

 館内のお客様は、至急、最寄りのシェルターへ避難し、係員の指示にしたがってください。

 くり返しお伝え致します。当港管制室が戦闘と思われる発光を確認しました。

 館内のお客様は、速やかに最寄りのシェルターへの避難をお願いいたします>

「戦闘!?いったい、どこの誰よ!?」

とたんにマライアちゃんの表情が厳しくなる。これは、緊急事態のときにみせる“隊長”の顔だ。

マライアちゃんはすぐにアタシ達の方を見回すと、

「みんな、シャトルにもどるよ!」

と言って、走り出した。そうだね、こんなところにいるより、宇宙へ逃げたほうが安全そうだもんな…

アタシはそう思って、慣れない重力に気をつけながらお土産屋さんを抜けて、格納庫へと走った。

いや、走ったというか、飛んでた。

 格納庫へ着いて、アタシ達はシャトルに乗り込んだ。マライアちゃんが操縦席に座って、インカムを取り付ける。

「こちら、4番格納庫、ピクス!管制室、離陸許可をお願いします!」

<こちら管制室。当港は現在、危険な状況にある。離陸は許可できない>

管制室からの声がシャトルの中に響く。マライアちゃん、設定、間違ってるよ!

「空中退避って言葉を知らないの?!こっちの戦火が及んだときに地上にいたら、それこそ大惨事だよ!」

<ピクス、待て!>

「許可がなくても…出て行くからね!」

<お、おい、何をやってる、誰がハッチを…!?ハ、ハッキングだと!?>

マライアちゃんが操縦席に付いたコンピュータを操作している。さすがマライアちゃん!

エアーが抜けていくのと同時に、シャトルもフワッと浮き上がる感覚があった。離陸したんだ。

エアーの勢いに乗って一気に離脱するつもりだね!

「みんな、ノーマルスーツを!」

シャトルに乗り込んですぐにシャフトの方に姿を消していたミリアムちゃんの声が聞こえた。

振り返ったら、シャフトの出口からこっちへ、ノーマルスーツを投げてくれている。

アタシはその一つを捕まえて着込んで、それからマライアちゃんの分も確保する。

ヘルメットを付けて、腕のところのコンピュータで気密を確認する。よし、大丈夫!

そうこうしているうちに、ノーマルスーツを着終えたミリアムちゃんが飛んできて、

マライアちゃんの分のスーツをアタシからひったくると操縦席に飛んでいって

「マライア、代わるわ!あなたも着て!」

とマライアちゃんに怒鳴った。

「オッケ、お願い!」

マライアちゃんはノーマルスーツをミリアムちゃんから受け取ると、

そのまま操縦席のシートを蹴って天井に浮かび上がって、その態勢のままスーツに全身をねじ込んだ。
 


 気がつけばシャトルは、月面都市フォンブラウンの上に浮かび上がっていた。

はるか向こうにパパパと閃光が走っているのが見える。

あそこに、誰かいる…なんだろう、この感じ…すごく、嫌な気配がする…これが敵意、ってやつなのかな…

 「え…?」

急に声が聞こえた。見上げたら、天井に立って、ノーマルスーツを着終えたマライアちゃんだった。

「うそ…この感じ…」

マライアちゃんはそう呟いて、床の方に降りてきた。どうしたの、マライアちゃん?

アタシがそう思ったら、マライアちゃんは

「知り合いかも…」

とアタシに言ってきて、それからプル達の方を向いた。

「ねぇ…これって…!」

「はい…たぶん、間違いないと、思います…」

マライアちゃんの言葉に、メルヴィちゃんが詰まった声で言った。

あれ、メルヴィちゃんも知ってる人?どの人だろう?たぶんニュータイプだろうなって感覚がいくつか感じられる。

すごく、冷たい感じと、それから、熱い感じと、あと、これは…なんて言ったら良いのかな…

“隊長”の顔した、マライアちゃんみたいな感覚の人…どの人ことを言ってるんだろう?

「ミリアム!あの戦闘宙域に向かって!」

「バカ言わないで!格納庫には型遅れのジェガンってのしか積んでないのよ!?そんなので暴れられるわけないでしょ!」

「でも、妨害することは出来るかも知れない…あそこに、いるんだよ!」

「誰が!?」

「姫様!」

マライアちゃんの言葉に、ミリアムちゃんがびっくりした顔になった。

でも、ミリアムちゃんはすぐに気持ちを立て直して操縦桿を握った。

「あそこに…ミネバ様が!?」

ミネバさま?誰だろう、それ?聞いたことないけど…でも、なんとなくだけど、わかるかも。

きっとこの、隊長マライアちゃんみたいな感じの人のことを言ってるんだね…この人、なんだか困ってる。

それなら、とにかく助けにいかないと…!

「…でも…この子達まで危険にさらすことになる…!」

ミリアムちゃんはそう言って、アタシ達の方を見た。でも、でも、ミリアムちゃん、アタシわかるよ。

この感覚の人は大切な人なんでしょ!?いかないと…ダメだよ!

 アタシはそう言おうとして口を開いた。でも、そんなアタシの肩をプルが叩いた。

アタシはハッとしてプルを見やる。

「ロビン、気持ちを抑えて。向こうに感づかれる」

プルはアタシにそう言って、マライアちゃんたちの方を見て

「私からもお願い。せめてそばに行くだけでもいい」

と、落ち着いた様子で言った。

「くっ…分かったわ…マライア、あなたは出撃準備。万が一の時は頼むわよ…」

ミリアムちゃんは、苦しそうな表情でそう言って、マライアちゃんを見た。マライアちゃんは静かにコクっと頷いた。


「マリ、プル。シャトルの中はお願いね。気持ちを波立たせないように…

 あそこには、姫様以外にもニュータイプの感じがする。感じ取られたら、攻撃されるかもしれない」

マライアちゃんは言った。それ、プルに聞いたからもう知ってるよ。大丈夫、落ち着けて奥から。

でも、万が一のときでもマライアちゃんがいるから心配ないでしょ?

「あれは、機体がジェガンじゃなきゃ、任せて、って言えちゃうんだろうけどね」

マライアちゃんはそんなことを言ってアタシのヘルメットをペタペタ叩くと、シャフトの中へと飛び込んでいった。

え…マライアちゃんでも、ヤバい相手っているんだ…?

操縦はすごい、誰にも負けないんだから、っていつも言ってたのに…アタシはそれ聞いてとたんに不安になった。

そんなアタシの肩に手をおいていたプルが、また、トントン、と肩を叩いて気持ちを落ち着かせてくれる。

うん、わ、わかったよ、プル。なるべく頭空っぽにしておく…ウノのときと、おんなじだよね…

あれ、でもアタシ、今日手札読まれまくってビリだったけど、大丈夫かな…

いや、うん、大丈夫だって思うことにしよう、うん。大丈夫、大丈夫…!

<ミリアム、ハッチ開放お願い!>

「了解!」

マライアちゃんの無線にミリアムちゃんが答えたと思ったら、ウィィと機械が動く音がする。

後方にある格納庫のハッチが開いたみたい。今度はガコン、と音がした。

すると窓の外に緑色の塗装がされたモビルスーツが顔を出す。

<ミリアム、あのクレーターの中に隠れて様子を見よう!>

マライアちゃんの無線が聞こえてくる。

「待って…オッケー、確認したわ。降下して着陸するから、席について!」

ミリアムちゃんはそう言うが早いか、シャトルを降下させる。

アタシは慌ててベルトを締めて、体が浮き上がっちゃうような慣性に逆らって、シートの肘掛を掴む。

それでも、ベルトがお腹に食い込む感じがした。

下の方に見えていた月の地表があっという間に近づいてきて、隕石が落ちたあとだっていうクレーターっていう穴の中に着陸した。

 戦闘は、もう目と鼻の先で起こっている…と、思ったのに、あれ…いつの間にか、戦闘の光跡が消えている…?

「マ、マライア!何が起こっているの?!姫様は、無事なの!?」

ミリアムちゃんが慌ててマライアちゃんに叫んだ。

<落ち着いて、ミリアム。姫様の感覚はちゃんとある。大丈夫、まだ、無事だよ…でも、様子が妙だね…

 ミリアム、無線いじれる?周波数帯は…軍の汎用回線…チャンネル…聞こえた、これだ!チャンネルB2!>

「了解!」

ミリアムちゃんが無線を操作すると、ガザっと音がして、シャトルの中に声が聞こえ出した。

<連邦宇宙軍特殊作戦群エコーズの、ダグザ・マックール中佐だ。攻撃を中止して、速やかに撤退願いたい。

 そうすれば、ここにいるミネバ・ザビの安全は保証する>

ミネバ、って言った…やっぱり、マライアちゃんの言った人は、あそこにいるんだ…!


「本当に、本物の姫様なのね…」

そばにいたプルがそう言ってくる。

「うん、感じます、プル。これは私の知っている姫様です、間違いありません…」

メルヴィちゃんもそう言っている。

「そっか、メルヴィはもともとは姫様の影武者だったもんね…」

マリも口にした。ミネバ、サビ、って言った。

ザビっていうのは、確か、レナママの故郷の、ジオンって言うところのリーダーの一家の名前でしょ?

あ、そっか…だから、マライアちゃん、姫様、って、そう呼んでるんだ…

「連邦め…姫様を人質に使うなんて…!」

ミリアムちゃんがそう声を上げて、肘掛を殴った。人質に取られてるの…!?やっぱり、助けてあげないと…!

<返してはもらえないのかな?>

別の声がした。これは…冷たい感じのする方の感覚の人だろう…この人は…姫様の、敵?それとも…味方なの…?

「こ、この声…!」

マライアちゃんが、そう言って息を呑むのが感じられる。

マライアちゃん、気持ち落ち着かせて、って言ってたのは、マライアちゃんだよ、落ち着いて!

「わ、私も聞いたわ…間違えであって欲しいけど…でも、そんな…!総帥は、確かに、あのとき…アクシズで…」

あれ、この冷たい感じの人も知ってるんだ?マライアちゃん、顔広いなぁ。

<捕虜ではなく、人質というわけだ。だが、そこにいるミネバ様が本物であるという確証もない>

<赤い彗星の再来と言われる程の男が、ずいぶんと慎重なことだ>

<我々は、そちらが定義するところのテロリストだ。軍と認められず、国際法の適応も期待できないとなれば、臆病にもなる>

<我々は、人権は尊重する>

「なにを…どの口がそんなこと…!」

ミリアムちゃんがなんだか怒ってる。

むぅ、話が難しくて、半分くらいしかわからないけど、ようするに人質とってるから、おとなしくしなさい、って、

映画でよくある、あれな感じなんだね?

<民間コロニーに特殊部隊を送り込んでおいて、よく言う。まして貴艦は、人質を縦にとっている身だ>

「そう、そうだ、そのとおり!汚いぞ、連邦め!」

<もう、ちょっと、静かにミリアム!荒れないでよ、気づかれるでしょ!>

なんだか興奮し始めていたミリアムちゃんをマライアちゃんがなだめる。

要するに、あれだ、人質を取るなんて汚いぞ!ってやりとりでしょ?違う?

<では、今度はこちらの要求を言う>

<インダストリアル7より回収した物資、及び『ラプラスの箱』に関するデータを全て引き渡してもらいたい>

<ラプラスの…箱…?>

聞こえてくる声に、マライアちゃんがそうつぶやいた。

「マライア、知ってるの?」

<ううん、ラプラスっていうのは、多分、宇宙世紀元年の時に爆破テロにあった首相官邸のことだと思うんだけど…

 箱、って、なんなんだろう…?>

マライアちゃんもわからないんだ?なんだろう、箱って?戦争に使えるような箱ってことでしょ?

なにか、秘密兵器の設計図でも入って、ってことかな…?


<見返りは?>

<以後の安全な航海……ということでは不服かな?>

<不服はないが、応じようがない>

<我々は『ラプラスの箱』なるものを持っていない>

<ガンダムタイプのモビルスーツを回収しているはずだが>

<あれは連邦軍の資産だ。『箱』とは関係がない>

<要求が受け入れられないなら、貴艦は撃沈する>

<捕虜の命は無視するというのか?>

<不確定要素に基づいた交渉には応じかねる>

<3分待とう。賢明なる判断を期待する>

無線が途切れた…これは、その、ミネバって人を人質にとっている方が、

ラプラスの箱っていうのを渡さないと、攻撃するぞ、ってこと、だよね?

これって、けっこうまずいよね…だって、映画なんかだとだいたいこういう場合って、人質とってる方が不利でしょ?

こう、話をしてる振りをして、考えさせる振りをして、こっそり後ろに仲間が忍び寄って、ドカーン、みたいな。

そういうことやるのはだいたい正義の味方だからいいけど…現実に正義の味方なんていないしな。

でも、そのミネバさん、ていうのがマライアちゃん達の知ってる人だったら、やっぱり助けないといけないよね…

「マライア…なにか、策は?」

<待って、今、考えてる…人質をとってるのは、連邦だと言っていた。

 姫様を人質をとって交渉に及んでいる、ってことは、相手がジオンの残党ってことだよね…。

 それから、以後の安全な航海、とも言っていた。ってことは、連邦は艦艇、巡洋艦か、戦艦…

 アシをやられてるのかな…それとも、一方的に包囲されてて、身動きできない状況ってこと?

 後者だと、あたしが単機で飛び込んでも巻き返せるかどうかはわからないな…

 特に、クワトロ大尉に似た声の男…妙な感覚がする。

 クワトロ大尉に似てるけど、でも、もっとぼんやりしてて、それでいて空っぽ…なんなの、こいつは…?

 うぅ、不確定要素が多すぎる…

 せめてジェガンじゃなくてもう少しいい機体だったら、いくらかやりようがあったかもしれないのに…!>

マライアちゃんが苦しんでる…戦争の難しいことはわからないけど…

今のままじゃ、もしかしたら、ミネバさんって人が殺されちゃうかもしれない。

なんとか助け出さないと…なんだか、アタシまで胸が苦しくなってくる…

<時間だ、返答を聞こう>

え…う、嘘でしょ!?もう3分経っちゃったの!?だ、誰か…誰か、なにか返事をしないと…!

<了解した。貴艦は撃沈する>

あぁ…ダメ…!

 攻撃が再開された。再び閃光と光の筋が飛び交う。あの下に、ミネバと言う人が居るんだ…

このままじゃ、ミネバさんが…


「マライアちゃん、行こうよ!このまま放っておけないよ!」

アタシは無線にそう叫んだ。でも、マライアちゃんは動かない。

ジリジリとした感覚がマライアちゃんから感じられる。あぁ、もう!どうしてよ!知り合いなんでしょ!?

アタシはそう思って、今度は操縦席のミリアムちゃんに飛びついた。

「ミリアムちゃん、助けに行かないと…!」

「今はダメなの、ロビン。ジェガン1機とシャトルじゃ、助ける暇なんてない。瞬く間に撃墜されるのがオチよ」

ミリアムちゃんも、歯を食いしばってそういう。でも、でも…!

<ロビン!少し落ち着きなさい!>

急にマライアちゃんの声が聞こえてきた。

<いい、あそこに飛び込むのは、いくらなんでもヤバ過ぎる。逃げて隠れて、チャンスを待つ…

 戦闘状況なら、必ずどこかに隙が生じる。やるんなら、その一点を突くしかない…>

「うぅっ…でも待ってられないよ…!?その間に、あの子死んじゃうかもしれないんだよ!?」

<ロビン、手の届かないところにいる誰かを必ず守る、なんてことは出来ないんだよ>

さらに、マライアちゃんはそう言ってきた。

じゃぁ、じゃぁ…アタシ達は黙って、ここで見ているしかない、って言うの…そんなのって…そんなのって…!

 「マライア!何かが上がった!」

アタシが唇をかみ締めていたら、ミリアムちゃんが叫んだ。それと同時に、モニターに映っていた映像を拡大する。

なに、あれ…?真っ白な、モビルスーツ…?そこには、オデコに一本角の生えたモビルスーツが居た。

「あれ…ユニコーンみたい…」

カタリナがそんなことを口にした。ユニコーン、って、あの、角の生えた馬?

確かに、そんな雰囲気もある気がする…この、熱い気配…あの、白いのから感じられる。

ニュータイプなの?あのパイロットも…?

 白いのは、ものすごい速さで動きながら、ビームライフル、ってヤツを撃ちまくっている。

でも、相手をしている赤いのはそれをスルリスルリと躱している…これが、戦争?

これが、ニュータイプ同士の戦いなの…?感情が、あふれてくる。敵意、憎しみ…怒り…

ドロドロしたのが、ぶつかり合って、フラッシュみたいな閃光が迸っているのが感じられる。

白い方が、機体を翻して、宇宙に静止した。そのとき、何か、得体の知れない感覚が爆発した。

次の瞬間、白いモビルスーツが赤い閃光を放った…あ、あれ、変形してるの!?

<そんな…あれまさか…EXAMシステム!?>

マライアちゃんの叫び声が聞こえる。マライアちゃんは、あれも知ってるの!?

アタシにはなにがなんだか分からないけど、あれは…あれは、すごく怖いものだ。分かる。

モビルスーツの性能とか、そういうことじゃない…あれは、あの感情には…あぁ、ダメ…恐いっ…

全身が震えてくる、何も考えられなくなってくる…やめて…ダメ、そんなのは、そんなのはダメだよ…!


 ポン、と、肩に何かが触れてアタシは我に返った。そうしてくれたのは、プルだった。

「ロビン、落ち着きなよ」

「プル、あれはなに!?」

「分からないけど、ガンダムタイプだね…このザワザワする感じ…似ている…サイコガンダムに…」

サイコロ?なに、それ…それもあんなに怖いの…?

「いい、ロビン。あれは、人の、黒くてベタベタとこべりつく様な感情を増幅させるんだよ。

 特に、私達のようなニュータイプや強化人間のような人のものをね…

 その感情の増幅がそのまま、私達の能力を限界以上に増幅させる。だけど、乗っている人は普通じゃなくなる…

 あれを感じてはダメだよ、ロビン。“耳をふさいで”」

プルはそう言ってアタシの肩をもうひと撫でしてくれる。耳を塞ぐ、あれのことだよね…うん、うん、分かった。

集中して、アタシ…

うさぎ饅頭うさぎ饅頭うさぎ饅頭うさぎ饅頭うさぎ饅頭うさぎ饅頭…!

 <…えっ…?>

マライアちゃんの声が聞こえた。それに続いて

「これって…あれ…なに、すごく、懐かしい感じがする…」

とマリが口にする。

 アタシは、そばに居てくれたプルが、ギュッと唇をかみ締めるのを見た。

プル…我慢してる…なにかを、すごく…

<プル…マリ…!>

「マライアちゃん、何これ…あれ、誰?!」

あれ?あれって、どれだろう…?

アタシは、頭の真ん中にうさぎ饅頭をループさせながら、そんなことを思ってモニターを見た。

そこには、緑色の、花のつぼみみたいなモビルスーツが新たに戦闘に加わっていた。

あのモビルスーツのこと…?うん、待って…アタシも感じる…おかしいな…アタシ宇宙に知り合いなんていないはずだけど…

アタシもこの感じ、知ってるような気がするよ…!?

「たぶん、そうだと思う…良かった。クインマンサ、あなた、あの子をちゃんと守ってくれたんだね」

プルがボソっと言った。


 え?え?何?なんなの?そう思っていたのもつかの間、モニターの中で、つぼみのモビルスーツが、白いのを蹴りつけた。

白いのは、パイロットの感覚が薄くなるのと同時に、赤い光を弱めて、最初の形に戻って、動かなくなった…

し、白いのがやられちゃったの…?つぼみのモビルスーツが、白いのを捕まえてエンジンを噴かしている。

<攻撃が、やんだ…>

マライアちゃんの声がした。そ、そういえば…あれだけ飛び交っていたビームやなんかが、もうひとつも見えない。

あの赤いやつの目的は、あの白いやつだったの…?あれが、その、えっと…

<あの機体が、ラプラスの箱なの…?>

マライアちゃんの声が聞こえてくる。そ、そうそう、それ、ラプラスの箱、だ。

あの白いモビルスーツがその箱だったのかな…?

で、でも、良かった、攻撃がやんだんなら、ミネバって人もきっと無事だよね…気配もちゃんとするし、大丈夫。

<…プル、すぐに、ランドムーバー用意して!ミリアム、機体の回収をお願い!>

「マライア、何する気!?」

<たぶん、その辺に戦艦があるはず。アタシとプルで、姫様を救助に行って来る。

 マリは格納庫でジェガンに乗って待機、アタシ達が万が一モビルスーツに追われたら牽制だけお願い。

 ミリアムはシャトルの操縦とロビンとカタリナ見ててあげて>

マ、マライアちゃん、モビルスーツなしで行くの!?あの、戦闘があった場所に!?そ、そんなの

「あ、危ないよ、マライアちゃん!」

アタシがそう言ったら、マライアちゃんはあはは、って笑ってからアタシに言ってきた。

<大丈夫、初めてじゃないから。ね、プル?>

名前を呼ばれたプルは、窓の外のマライアちゃんの乗っているモビルスーツを見つめて、ニコっと笑った。




 


つづく。


さっそく、遭遇。

懐かしのマプルコンビの潜入任務、開始です。
 

ジェガンは旧式じゃないおー
逆シャアでロンドベルにだけ導入で
UCの時は連邦の主力MSじゃなかったっけ

マライアが乗ればOVA1話のスタークジェガンぐらいには活躍してくれるはず
(クシャトリアに負けとるが)

乙ー

実際ジェガンの性能ってどんなもんなんだっけ
なんかのブックレットで「総合的な機体性能面でギラドーガに一歩劣る」とか見た記憶があるが
F91でもジェガンタイプのモデルチェンジ機体とか出てたし連邦の主力MSではあったのかね

シャアから感じる何かにマライアが反応してるね
しかしこのシャアに対してマライアはどう働きかけるのか気になる所
マライアの活躍に期待ぐへへ



さすがアンテナビンビン立ちまくりですなアルバ島の連中ww
バナージのユニコーンなら良いけど、この先マリーダの乗るバンシィには近づけたくないですなw

ここまできてオリジナルのキャラと原作キャラの境界がものすごく曖昧になってるのに気付いた。
普通はオリキャラが浮いちゃうか、作品世界がズレちゃうかどちらかなのに。
すべてのキャラがちゃんとガンダム世界に生きてる。すごいことだよね。
肝心の福井晴敏が世界観ズレまくりの原作書いているというのに……




>「たぶん、そうだと思う…良かった。クインマンサ、あなた、あの子をちゃんと守ってくれたんだね」
>プルがボソっと言った。

ヤバイ。このセリフ見た瞬間UCのあのBGMが鳴り響いた。
可能性の獣を信じたくなった。

>>30
ジェガンはいろいろ調べてジェガンにしました。
ネモにしようかな、とも思ったんですが、UC時代にネモて…と思って調べたところ
UC時代に主流だったのはジェガンA2型とジェガンD型。
第二次ネオジオン抗争のときのジェガンは無印らしいです。

1年戦争時、ザクⅡFとFZでは結構な性能差があったらしいですし、
無印ジェガンとA2ジェガンには推進装置周りの改善、強化が図られているって情報もあったので
そう言う意味で型遅れ、とミリアムに言わせました。

あんまり細かく言ってないのは、ミリアムがロンドベルのモビルスーツに詳しいのもなんだかなぁ、と思ったので…
そのあたり、マライアたんが言い訳してくれてますw

>>31
感謝!

無印ジェガンは確かにギラドーガよりも性能は劣っていたって記述在りますね。
ジェガンについては↑と、↓のマライアたんの話を聞いてやってください。

結局、フル・フロンタルはシャアなのかどうなのか…
個人的には、アクシズショックのサイコフレームの暴走(?)を直近で受けて
人としての大事な部分が吹っ飛んじゃった大佐本人、ってことの方が良い気がするんですが…
おそらく、マライアちゃんは触れませんw


>>32
感謝!!!

例えバンシィでも、プルがなんとかしてくれる、って、俺は思うんです…

オリキャラの件、そんな風に言っていただいてめちゃくちゃうれしいです!
正直、アヤレナ編ではすれ違う程度だった原作キャラさん達が、Z編以降は同居してたりして
かなり不安に感じる部分もあり…うまく溶け込めているのだとしたら、よかったです…*^ ^*

実は、UC編がこれまで以上に不安なんです…
というのも、今回は、UCと時間軸を同じくして、原作の裏側で本編に沿いつつ微妙に絡みながら話が進む予定なので…
大丈夫だろうか…ビクビク

BGMと言うと、NT-Dが起動するときのアレでしょうかね!?
プルが、クインマンサを託すことで可能性を紡ごうとした、“可能性の獣”、ユニコーンだと仰るようであれば
当たらずとも遠からず、なのですw

それにしても、プルがどんな気持ちでクインマンサMk2をガランシエールに送ったのか…
木星でジュドーとルーと、メルヴィ達と一緒に過ごしたんだろう彼女はどんなことを考えて成長したんだろう、とか思ってみたりしてます。



キャノピー姫が描いてくれました。

マークとハンナの結婚式
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/MaH.jpg

ゆるキャラ、ディアナちゃんとキエルちゃん
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/Dak.jpg




それでは、続きです。
 






 「プル、大丈夫?」

あたしは、宇宙空間に浮かぶ小さなデブリに掴まって、同じようにしてデブリにしがみついているプルに尋ねた。

「大丈夫だよ。もう、慣れたものだね」

プルはそう言って、ヘルメットの中で苦笑いをした。

 モビルスーツなしで、宇宙空間に浮いているのはやっぱりあまり気持ちの良いものじゃないけど、

でも、あたしはもう、6年前にプルと同じ経験をしている。そのあたりはお互いに、ほんとうに“慣れた物”だ。

移動速度の速いデブリなんかに気を付けて、背中に背負っているランドムーバーの出力の計算にも注意して、

もちろん、接近に気付かれないように、慎重に。

相変わらず、AMBACがシステム的に組み込まれているモビルスーツじゃないから、

生身で姿勢制御をやるとなると、そう簡単な話じゃない。

いったんバランスを崩して変な回転でも始めようものなら、それを止めるので一苦労してしまう。

そうなったら、ランドムーバーの燃料の減りも早くなって、計算をし直さなきゃならなくなる。

宇宙空間では、移動状態から停止するだけで、加速時と同じだけの燃料がいる。

それを極力抑えるためには、こうして、低速移動をしつつ、デブリ掴まって停止しながら、

慎重に進路を見極めつつ進まなくてはいけない。

 この緊張感は、怖いし、シビれてくるけど、まぁ、あたしもプルも、

それを含めてやっぱり、どこかに気持ちの余裕がある。それでも恐怖は湧いてくるから、そこはお喋りでもして紛らせば良い。

「次は…あのデブリまで行こう」

「ええ」

あたしは、今掴まっているやつから、下方、月面の方向にある、ほぼ停止状態と見える隕石のかけららしいデブリを指して言う。

プルの返事を確認して、あたしは慎重にデブリを蹴って、一瞬だけ、かすかにランドムーバーを吹かす。

体が軌道に乗ったのを確認して、続いてくるプルを見やる。彼女も、うまく離れられたようだ。

 ほどなくして、あたしが先に石ころにたどり着く。振り返ったら、プルがゆっくりと近づいてきて、あたしに手を伸ばしてきた。

あたしはその手を掴まえてプルをグイッと引き寄せる。
 
 ふぅ、とため息をついたら、プルのも同じようにため息をついて、二人で顔を見合わせて笑ってしまう。

 「すこし休憩する?」

「いいえ、大丈夫。あの船がいつ動き出すかわからない。なるべく、急いだ方が良いよ」

「そうだね…じゃぁ、次はあれかな…」

あたしは、プルを抱きしめたまま、さらに下方にあった次のデブリを指す。

「了解。あれに取り付いたら、そのあとは月面を滑って行くしかなさそうだね」

「うん…燃料を節約して行かないとね…」

あたしはそう言って、慎重に石ころを踏み切って、さらに月面の方に浮いていたモビルスーツの破片らしい何かに取り付いた。
 


あとから来るプルを掴まえて引っ張る。よし、あとは、下…か。そんなことを思って、あたしは月面を見下ろす。

高度は、どれくらいあるんだろう?

レーザーの距離測定器でも持って来てれば分かったんだろうけど、今回はメルヴィを迎えに来ただけだから、拳銃すら持って来てない。

コンピュータはさすがに持ってたけど、工具なんかはシャトルの修理用のを見繕って持ち出してきちゃってるから、

手間のかかる潜入はちょっと出来そうもない。

 そう言えば、格納庫に積んできていたジェガンも、万が一のときのための脱出装置代わりで、

実は武装もライフルはなくってバルカンポッドとビームサーベルがあるだけ。

初期ロットの、アナハイム社で解体されるところだったリコール機体を引き取ってパーツを交換しただけのもので、

たぶん戦闘なんかはできない。

 今主流のA2型やD型に比べたら、性能もそこそこだし…でもなければ、あたし、たぶんさっきあの戦闘に突っ込んで行ったと思う。

我ながら、勢いで行動しなくなっただけ、大人になったなぁ、と思う。ま、もう、歳も歳だし、ね。

無茶して、悲しませたくない人も増えちゃったしさ。

 「ここから、月面に…」

プルの声が聞こえる。

「高度、1000メートルってところかな?もっと近いかも。月は小さいから距離感がつかめないね…」

「そうだね。とにかく、行こう」

「うん」

あたしはプルの言葉にそう返事をして、二人を繋いでいるアンカーワイヤーをチェックしてから、

今度は合図で二人同時に、デブリを蹴った。月面が、スーッと近づいてくる。

どのくらいから引力が加わって来るかな…速度が遅いと加速に気付きにくいから、気を付けないと…

「これは、少し怖いね」

プルの声が聞こえる。同感。怖い時は、お喋りに限るよね。

「プルさ、一度聞いてみたかったんだけど」

あたしが言うと、プルは不思議そうにあたしを見つめてきた。

「変な聞き方するから、気を悪くしないで欲しいんだけど…あなたは、プルツーなの?それとも、あなたの姉のプル、なの?」

プルは、対して考えるでもなく、答えてくれた。

「私は、プルツー。だけど、姉さんも私の中にいるんだよ」

「それって、どんな感じなの?

 二人いる、って言われちゃうと、多重人格っぽい感じなのかなって想像しちゃうんだけど、実際はそうでもないでしょ?」

「うん、そうだね…うまく説明できないけど、姉さんの思念が、心のどこかに焼き付いているような…

 私の心にあった隙間を埋めてくれているような、そんな感じがするんだ」

プルは、胸に手を当てて言った。

心の隙間を埋めてくれるような…やっぱり少し難しいな…あたしにとってのミラお姉ちゃんみたいな感じなのかな?

それの、もっと鮮明なやつ。
 


「私の中に姉さんが焼き付いていて、支えてくれているような、一緒に生きているよなそんな感じ…

 あぁ、ほら、分かる…?」

プルはそんなことを言って、あたしを見つめてきた。

何かが、あたしの感覚に触れる…プルの、暖かい感覚が伝わってくる…

でも、不思議…確かに、プルにはもう一人、別の人の感覚がある…

それは、プルの感覚と境目がなく溶け合って、プルの一部になっている。

遺されたニュータイプの思念って言うのがあるのなら、

それはミノフスキー粒子に記録される、電子的な情報体なのかもしれない、って、ユーリさんとアリスさんが言ってたな。

プルはもしかしたら、怪我をして意識が混濁している中でそれを感じ続けて、受信し続けて、

いわばそれを自分の心の中に保存したのかもしれない。焼き付いている、っていうのは、そう言うことなのかな…。

それならニュータイプの能力って言うのは、そういうデータベースにアクセスできる力、とも言えるよね。

「マライアちゃん、そろそろかも」

そんなことを考えていたら、プルがあたしに言ってきた。ハッとなって、眼下を見下ろす。

そこには月面がもうすぐそこにまで迫っていた。あたしは、一瞬だけランドムーバーを吹かしてみる。

速度が落ちた。それでも、降下していく。

今ので、加速分は0に出来たかな?この速度なら、なんとか着地できそうだ。

 ふと顔を上げたら、プルがゆっくりとあたしの方に近づいて来た。こっちに手を伸ばしている。

プルから、かすかに恐怖が伝わってきた。

うん、いいよ。

あたしはプルを掴まえてあげる。もう、身長はあたしよりも大きくなった、計算的には18歳のプルがあたしにすがりついてくる。

もう、かわいいんだから、あなた達姉妹は!

 あたしはそんなことを思いながら、握っていたランドムーバーのコントローラを操作して、

2、3度短く噴かして、ゆっくりと月面に降り立った。バフっと、細かな砂埃が立ち上がった。

「着陸」

あたしはプルにそう言って、掴まえていた手をゆっくりと放す。

プルは、地面をチラっと確認して、ゆっくりと脚を付けた。

「その…ありがとう」

「何言ってんの、あたしとプルの仲じゃない」

そう言ってあげたら、プルは嬉しそうに笑った。んー、最近、ホントにレオナに似てきたよなぁ…

いや、まぁ、当然なんだけどさ。くぅ、愛でたいなぁ、この子は、ホントに。

そんなことを思ったら、プルは今度は照れ笑いをする。あ、ごめんごめん、ちょっと素直に妄想しすぎちゃったよ。
 


 「方向的には…あの山を越えたところ、かな」

あたしは気を取り直して、言った。

「うん、行こう」

プルはそう言って、今度はあたしの手を握ったまま、地面を蹴って、下方にランドムーバーを噴かした。

着陸で燃料をすこし多めに使っちゃったあたしに気を使ってくれてるんだろう。ありがと、プル。

 あたしはプルに引っ張られて、グングン上昇していく。

目の前に見えていた山の頂上付近に着地して、そこからはゆっくりと山を登って行く。

20メートルも進んだところで、山の向こう側が見れた。

そこには、ペガサスタイプの戦艦が山で身を隠すようにして停止していた。

 「あれは…ネェル・アーガマ?」

あたしは、その姿を見て思わずそう声を上げていた。

そう、あれは、確か、第一次ネオジオン紛争のときに、それこそ、あたしがプルやマリ達を助けたときに、

エゥーゴの主力艦として、第一線で戦い続けた船…ジュドーくんの、母艦だった船だ。

「ジュドー…」

プルがそう口にした。そうだ、プルは…ジュドーくんに助けられてから、あの船にいたんだ…

あたしは、なんだか、胸がキュッとなった。悲しいのかな、嬉しいのかな…よく、分かんないや。

あたしはチラっとプルを見やる。少し、動揺してるけど…

「大丈夫?」

あたしが聞いたら、プルはハッとして、気持ちを整えて

「うん、急ごう。止ってる今なら、うまくやれるよ」

と言って、笑ってくれた。

 あたしたちは、月面を滑るようにしてランドムーバーで移動し、一直線にネェル・アーガマの真下へと向かった。

「あの船の構造、あたし良く知らないんだ。艦形識別表で見ただけだから。案内とか、頼める?」

「私が乗ったときとは、すこし形態が変わってるね…中が変わってないといいんだけどな…」

ネェル・アーガマがどんどん近づいてくる。どうやら、損傷個所の応急処置をしているみたいだった。

船外作業員や、プチモビなんかが見える。作業に集中しててね…バレませんように…!

あたしはそう祈りながら、プルと一緒にネェル・アーガマの真下まで滑り込んだ。

下には、作業員やなんかの姿はない。この状態のまま、敵の攻撃を受けきったんだな…

だから、被弾箇所は上部と側面だけ。下部は無傷だったみたいだ。潜入するあたし達にしてみたら都合が良い。
 


 あたしはプルに合図をしてランドムーバーで飛び上がった。グングンと下部装甲が近づいてくる。

あたしは体勢を反転させて、ノーマルスーツの電磁石のスイッチをオンにする。

装甲に足を付けたら、案の定、つんのめった。慌てて手を着いて体を支える。

まったく、この仕様だけは変わらないんだよね…なんとかならないのかな、これ…

なんて思っていたらドカン、って衝撃とともに、体が下部装甲に押さえつけられた。

「ごっ、ごめん!」

プ、プル…またあたしの上に降ってきたの!?メルヴィを迎えに行く時もそうだったよね?!

もしかして、狙ってるんじゃないの!?あたしは、そんなことを思いながら、それでもプルの体を掴まえつつ体勢を起こす。

改めて、プルの足を下部装甲にくっ付けて上げて、ヘルメットの中を覗き込む。

プルはえへへ、と苦笑いしていた。あぁ、もう、かわいいから許す。

 「狙ってないよ?」

「信じるよ」

あたしは笑顔を返してプルの肩をポンと叩いてから、装甲を見渡す。さて…どこから入ったものか…

この騒ぎだし、ちょっと強引にやっても、なんとかなりそうだな…

そんなことを思っていたら、今度はプルがポンポンと、肩を叩いて来た。

「マライアちゃん、あそこ」

プルがそう言って離れたところを指差している。

その先を見やると、そこには、ぽっかりとハッチが開いている場所があった。い、いや、あまりに無造作すぎない…?

入れそうだけど、でも、誰か見張りに残ったりはしてるよね…?い、いちおう、確認しておいた方がいいかな…?

こっそりね、こっそりだよ…?あたしはプルに目配せをして、電磁石を切って開け放たれたハッチへと近づく。

そこは、5メートル四方くらいの狭い場所でどうやらプチモビの格納庫のようだった。

他にも何機か、プチモビが格納されている。奥にはハッチが見えた。え、なに、まさかこのまま入れちゃう感じ…?

あたしはハッチに取り付いて、向こうの様子を感覚で探る…どうやら、人の気配はなさそうだ。

あたしは、ハッチの中が二重構造になっているのを確認してから、バルブを回してゆっくりとハッチを開く。

向こう側にも、またハッチ。

気密は保たれてるかな…

いつかのように、あたしはプルと一緒に狭い空間に入ってきた方のハッチを閉めて、それから、中へと続いているんだろうハッチを開いた。

プシュっと音がして、エアーが入ってくる。バルブを目一杯回したところで、ハッチは音もなく開いた。

そっとその隙間から中を覗くけど、そこは廊下で誰の姿もない。でも、ここからはさすがに慎重にいかないと、ね。

あたしは、いつのまにか胸にこみ上げていた緊張感を押し込んで、深呼吸をする。
 


 まずは…お約束の、エアーダクトを探そうか…制服を調達したって、さすがに船に見知らぬ人がいたら、バレるだろうしね…

ミシェルのときのことがあるから、うまいこと行かないこともないのかもしれないけど、リスクは大きそうだし…

あたしはそんなことを考えながら、廊下を慎重に進む。

感覚を最大限にして動員しておけば、少なくとも誰かが近づいてくれば感じ取れるはずだ。

人のいない部屋に入れれば、そこには必ず、エアーのダクトが来ている…

あたし達が通れるサイズか、は分からないけど…廊下の角まで来て、どっちに曲がろうか考えていたら、

ドン、と後ろからプルがぶつかってきた。振り返ったら、プルは真上を指差している。

プル、無線なんだから、小声で喋るくらいなら聞こえないし大丈夫なのに…

まぁ、いいか。で、上?あたしはプルの指先を追う。そこには、天井の一部が網目になっている箇所があった。

ダクト、ってわけじゃなさそうだけど…廊下を移動するより安全かもしれないね。

 あたしはプルを見てうなずいてから、まずは自分が飛び上がってその金網を調べた。

はめ込まれているだけのタイプ見たい。工具も十分じゃないし、これは助かる…

あたしは金網に手を掛けて、天井に足を着けて思い切りそいつを引っ張った。メコっという鈍い手ごたえがあって、金網が外れる。

合図をしたらすぐにプルが飛び上がってきて、空いた穴に吸い込まれるように入って行った。

あたしも後を追って中に入り、金網をはめ直す。どうやら中は、配管や電気系統の点検口らしかった。

エアーもちゃんとある。一息つきたいところだな…あたしは、そう思って、ヘルメットのシールドを開けた。

ふぅ、とため息が出るのは、儀式みたいなものだ。プルも同じようにシールドを開けて息をつく。

「懐かしいね、なんだか」

不意にプルがそんなことを言いだした。見たら、また笑顔になっている。

それを見たら、あたしも思わず笑顔になってしまって思わず

「ふふ、そうだね。ドキドキしてる?」

と聞いていた。プルは肩をすくめて

「まぁ、少し。あのときに比べたら、そんなに緊張はしてないよ。それに、ほら、あのときは潜入よりも別の緊張もあったからさ」

と返事をしてくれた。ふふ、そうだったね。あのときは確か、

プルは潜り込んだことよりも、ユーリさんに会うのに緊張したたんだったね。

それに、こんなのも2度目だし、まぁ、今回は見つかっても殺されるようなことはないだろうからね、たぶん。
 


 少し休憩したら、姫様を探しに行かないとな。姫様を助けて、話を聞かないと。

ラプラスの箱、って、何なんだろう?話を聞いたときには、なにか強力な兵器かなにかかとも思ったけど、

でも、ラプラス、って名前が気になる。

それは、宇宙世紀元年になった瞬間にテロの攻撃で爆破された宇宙軌道ステーションで、首相官邸だったはずだ。

そんな物の名を取っているってことは、少なからずそれに関係するなにかなんだろう。

100年近く前の兵器だとしたら、そんなもの化石も同じだ。だとすると、兵器って線は薄いかな…

でも、じゃぁ、どうしてそのために戦いが起こっているのか…

あの、クワトロ大尉にそっくりな感触のあるモビルスーツには、ネオジオンのマークが入ってたのは見た。

状況的には、それをネオジオンがそれをロンドベルから奪おうとしている、ってことだけど、

それがあのガンダムタイプのことだったのかな?あれが箱ってわけでもないんだろうな。

あれは新鋭機だ。

あの感じは、サイコフレーム、ってやつだと思う。感情と能力を増幅させる装置だ。

それに、あの反応の仕方は、EXAMシステムに似てた。

まるで、戦場で、クワトロ大尉モドキのニュータイプのセンスを感じ取るのと、

あの機体のパイロットの怒りが弾けるのとが重なった時に、変形してリミッターが外れた感じだった。

ロビンが怖がっていたのは伝わってきたけど、あたしですら、怖いと感じたくらいだ。

あれは、あの機体に増幅されたあの感情は、もはや憎しみや怒りなんてもんじゃない。

あれは、狂気に近かった。まるで小さい時に見た、故郷の駅を爆破したテロリストみたいな感じだ。

そこまで考えて、なんだかひとりでに笑いが漏れた。

そう言えばあたし、あのときのことを思い出しても平気になってたんだな…あんなに怖かったはずなのに、

あんな機体のあんな感情に晒されても、ああ、あのときと一緒だな、なんて思えるなんて…

自分で言うのもなんだけど、ずいぶん成長したなぁ。

それもこれも、アヤさんレナさんに、みんなに、それと、マヤとマナのおかげかな。

 まぁ、とにかく、そんな技術を詰め込んだ機体が100年前の兵器とは思えない。

ネオジオンがそれでもあの機体にこだわったのには、なにか別の理由があるんだ、きっと。

 あたしがそんなことを考えていたら、何かが感覚に触った。いや、何か、って言うか、プルの感覚だ。

プルは意識を集中させている。あぁ、ごめんごめん、あたしちょっと夢中になってたよ。

プル、それは、姫様を探してくれてるんだよね…?あたしはプルの邪魔にならないように感覚を広げて、受信を担当する。

頭の中を澄まして、入ってくる感覚を研ぎ澄ます。

―――誰です…?マリーダなのですか…?

頭に、そう響いて来た。いた!そう思って顔をあげたら、プルもあたしを見ていた。

「どのあたりだった?」

「近くはないけど、この船だね。着いて来て!」

あたしはそう言って、プルの手を引いて点検口の中を進んだ。

パイプにダクトに、配線の間を縫うようにして移動していく。

中の構造は良くわからないけど、おそらく、方向と距離感からして、ここから上の方…

艦橋の下か、それよりも少し船尾側のどこかだと思う。このまま、ダクトの間を昇って行けば、近づける…!

 


 あたしは、エアーダクトのサイドにあったパネルを止めていたボルトにレンチをはめ込んで、

手作業でゴリゴリと回していく。あぁ、こういう時って、ホント、電動の工具のありがたみがわかるよね…

硬いし重いし、しかもそれが6箇所って…時間がないとかそういうのより、とりあえずめんどくさい。

スマートじゃないよね、こういうのってさ。

 文句のひとつも言いたくなったけど、でも、急がないと、姫様になにかあってからじゃ遅いもんね…

あたしはそう思いなおして集中して一気にボルトを抜いた。

そこにはぽっかりと、人ひとりくらい楽に通れそうな穴が開いた。ふぅ、よし…行こう…!

 あたしはプルを振り返って確認をする。プルがうなずいたので、先ずはあたしから中に飛び込んだ。

姫様の感覚はすぐ近く…たぶん、この枝管を行った先だ…あたしはエアーダクトに入ってすぐの枝管を見つけた。

姫様の気配以外はないかな。近くに一人気配があるけど、こっちはたぶん歩哨だろう。

物音を立てなければ大丈夫、かな。

 「プル、行くよ」

「うん!」

あたしは枝管に飛び込んだ。すぐそこに金網がある。歩哨が居るみたいだし、蹴破るのはまずいな…

あたしはいったん、ダクトに手をついて体を止めてから、そっと金網を押し込んで外した。

ダクトを蹴って部屋の中に飛び込む。

 床に着地して顔を上げたら、ドカっという重い衝撃がふたたび体を襲った。

えぇぇ?!またぁ?!

 あたしは、床に這いつくばったまま、上に乗っているプルを見上げる。

「マ、マライアちゃんが、すぐどかないのがいけないと思う」

「避けられるでしょ!?」

「ダクトの口が狭いんだから、降りてくる方向なんて変えられないよ!」

ドアの方で気配がした。あたしはあわててプルと一緒のベッドの脇に身を投げる。

「おい、何か言ったか…?」

「ぶ、無礼な!女性の部屋を許可なく覗くとは何事です!」

「あ、す、すみません」

ドアから気配が少しはなれた。ふぅ、危なかった…それにしても…姫様…!

あたしは、ベッドの脇で立ち上がった。そこには、すっかりおっきくなった姫様が居て、あたし達の方を見ていた。
 


「姫様…良かった、無事で!」

あたしは思わず彼女に飛びついた。

「やはり…マライアさん、なんですね…?」

そう言った姫様は、目に微かに涙を浮かべている。

「うん、近くにミリアムも来てるんだ」

「ミリアムも、ですか?」

姫様の表情はさらにパッと明るくなる。でも、すぐにそれを押さえ込むみたいに真顔に戻って

「どうして、ここへ?」

と聞いてくる。

「うん、たまたま偶然、フォンブラウンに居てね。

 戦闘が起こった、って聞いたから、なんとなく状況を見ていたら姫様の気配がして、

 もっと近づいて無線を傍受して状況確認したらヤバそうだったから、迎えに来たんだ」

あたしが言うと、姫様は嬉しそうに笑って

「そうだったのですか」

と言ってくれた。その表情はあの頃のままの、あどけない笑顔だった。

ふふ、雰囲気だけはもう立派な大人かと思ったのに、やっぱり姫様は姫様だね。

 そんなことを思っていたら、姫様は、プルの方に目をやった。その顔をジッとみた彼女はすこし驚いた表情で

「あなたは…マリーダ、なのですか?」

違う違う、こっちはプルの方、といいかけて、あたしは言葉を飲んだ。

待ってよ、そもそも、姫様って、マリのことは知らないはずだよね?

なんで、あたしとレオナで付けてあげたマリーダって名前を知ってるの…?

「いいえ、姫様。私は、2番目のプルです」

プルは、姫様にそう丁寧な口調で伝えた。うん、そうだよね、マリは9番目だったもんね…

あれ、でも、それって姫様がマリを知っているって説明になってないじゃん。

なに、えっと、あれ、混乱してきた…あたしはそう思って、二人の顔を交互に見やる。

すると、プルがクスっと笑って言った。

「たぶん、さっき感じた子のことだよ。やっぱり妹で間違いなかったみたい。あの緑のモビルスーツに乗っていた…」

そうだ、忘れてた。確かに、あのとき、あの戦闘で感じたのは、マリやプルの感覚とそっくりだった…

やっぱり、あの感覚は間違えじゃなかったんだ…でも、その子の名前は、マリーダって、そう言うんだね…?

こんな偶然って、あるのかな…なにか、大きな意思がそうさせたのかもしれないな…

もしかしたら、エルピー・プルの思念なのか…

あたし達は助けてあげたマリのように、その妹も、助けてあげてくれって、そう言っているのかな…

「クシャトリアといいます。先の紛争で、私が乗って逃げたあの船に、追尾プログラムを施されて接近してきた見たことのない機体を鹵獲して、

 その設計を元に開発されたと聞いています」

それって、もしかして、あのとき、あたしを助けに来てくれたプルが乗っていたモビルスール…?

あれにも確か、あんな羽みたいなのが付いてたよね…あ、いや、モビルスーツの話はまぁ、置いといて…

そ、その、マリーダって方の話を聞かせてよ…あたしのそんな気持ちを察してくれたのか、プルが姫様に聞いてくれた。
 


「姫様、あの子が何番目か、ご存知ですか?」

「マリーダは、プルトゥエルブだと聞いたことがあります」

トゥエルブ…12番目の、最初のエルピー・プルとプルツーのあとに作られた、プルツーの純粋なクローン体が確か、

10人いたって話だったはずだ。

だとしたら、そのマリーダって子は、末っ子、ってことになるのかな…。

なんだか、無性に嬉しくなった。まだ、生きている子がいてくれたなんて…

「その子も、準備をして、隙を見て連れ出さないとね!とにかく、姫様、ここから逃げよう。

 助けがいるんなら、協力する。ラプラスの箱って言うのを探さないといけないんでしょ?」

あたしがそう言ったら、姫様の顔が苦渋にゆがんだ。なに、今度はなんなのよ、姫様…

なにか、まずいことでもあったの…?

「マライアさん、今回はマライアさんたちを巻き込むわけには行きません」

姫様は、キッと表情を引き締めて、あたしの目を見つめてそう言ってきた。

その力強い目に、あたしは一瞬、たじろいでしまった。でも、こんな状況でそんなこと言ってる場合じゃないよね…

どうしてそんなことを…?これも、姫様が考えてる計画のうちなの?

それとも、なにか、かなり危険なことなの?

ううん、危険なことなんだったら、なおさらあたし達が助けてあげないといけない…どうして、そんなことを言うのだろう…?

「姫様…なにか、あったの…?」

あたしが聞くと、姫様は顔を伏せて話始めた。

「…いいえ。ですが、これは、私達でどうにかしなければいけない問題だと思っています。

 私には、ザビ家の生き残りとして、ジオンとスペースノイドを、正しく導かねばならない責務があると考えています。

 このままでは、私達は、スペースノイド弾圧の理由として、永遠に連邦に利用され続けるでしょう。

 フル・フロンタル率いる“袖付き”は、ラプラスの箱を使って、地球連邦の打倒を掲げるつもりです。

 ですが、私は、それも正しいとは思いません。

  何があったとしても、それは、硬直化したシステムを変えるには至らない、

 いえ、いっそうシステムを強固に固めてしまう恐れすらあります。

 現に連邦政府はビスト財団とアナハイム社を通して、この戦いに干渉を強めています。

 再び“ジオンの残党”が、連邦の憎悪の矛先として担がれるのです。

 フル・フロンタルが勝てば、立場は逆転しますが、

 それは今度は、スペースノイドがアースノイドを弾圧する世界の始まりになるでしょう。

 私は、それも望んでなどいません…地球には…」

姫様は涙を一杯に溜めた目で、あたしを見つめた来た。

「大切な人たちがいるからです…」

姫様…だからって、そんなの…なんで全部を、ひとりで背負い込もうとするの…?

そんなの、辛すぎるよ…だって、姫様は、その“袖付き”とかって言うジオンの残党とも、連邦とも戦うって、

そういうことをいってるんだよね?

あなた自身の理想のために、それをやろうって言ってるんだよね…?

気持ちは、分かる。分かるけど、でも…!
 


「姫様…あたしは、あたしもミリアムも、あなたをそんな辛いところに置き去りには出来ないよ。

 連れ出すのがダメでも、なにか、出来ることを言って。力になるから…!」

なんとか、姫様を説得しなきゃ…意地っ張りで、その意地はそう簡単に折れないってのは分かってる。

でも、それでも…あたし、姫様を一人でなんて、戦わせられない…。でも、姫様は首を横に振った。

「それは、受け入れられません…マライアさん。私は、守りたいのです。

 地球と、宇宙の双方、アースノイドと、スペースノイド双方、なにより、あなた達のような方々を、

 私は守らなければならないのです。そのために、あなた達を危険なことに介入させるなどは本末転倒です。

 それに…」

姫様はまた、あたしをジッと見つめてきた。

「私が夢見る、無意味な連鎖を繰り返す憎しみを乗り越え、

 相反し、異なる価値観を持ちながら手を取り合っていく世界には、あなた達のような方々が必要なのです。

 ですから、今はまだ…いいえ、もう二度と、危険なことに関わっていただきたくないのです。

 ここは、私に任せていただけませんか…?」

あたしは、なんにも言い返せなくなっていた。だって…

姫様、あたし達を思って…あたし達に大事ななにかを託して、戦おうって思ってるんだ。

ううん、あたし達だけじゃない。姫様は、分かってるんだ。

戦えばまた、スペースノイドとアースノイドの間に憎しみがばら撒かれる。

それがまた、不幸な連鎖を産む…そうさせないために、憎しみを繰り返さないために、姫様は、一人で戦おうって思っているんだ。

あたし達が戦っちゃったら、それは、姫様の邪魔をすることになりかねない。

一人で戦う姫様は、それを望んでなんかいないんだ。

辛いよ、それ…だって、姫様は一人なのに…すべての人を思いやって、

きっと、守りたいと思っている人とすら戦わなきゃいけないって言うんだ…

そんなのって…そんなのを、ただ見ているしかないなんて、ひどいよ…でも、姫様の意思を大事にするんなら、そうするしか…

「姫様」

不意にプルがそう口にした。

「なんでしょう、プル…とお呼びすれば宜しいですか?」

「はい、姫様。姫様は、私達の生まれをご存知ですか?」

プルは、姫様の話に少しも動じていなかった。ただただ、冷静に、気持ちを落ち着けて、姫様に話しかけている。

プル達の、生まれ…?プル達は、レオナの細胞から作られたクローンだけど…

「はい、存じています。あの戦争の直後に合成された遺伝子から生まれたクローンだったのではなかったでしょうか?」

「それは、少し違います。私達は、ある一人の女性のクローンとして生まれました。

 レオニーダ・パラッシュと言う女性…私達の姉です」

「姉…?」

「はい。彼女もまた、ニュータイプ研究所で、初期のニュータイプサンプル作成のために人工授精で誕生しました。

 この人工授精には、別の思惑もありました。とある有力な政治家の遺伝子を使い、

 その遺伝子と血縁を強化し進化させ、来るべき新人類の集団の先頭に立つのにふさわしい存在となる者を作り出すという目的が…」

「…まさか…!」

そうだ。アリスさんの話を思い出した。レオナが生まれるときに使ったのはユーリさんの体で作ったアリスさんの卵子と、それから…

だから、レオナやプルには…
 


「はい、姫様。私達にも、ザビ家の血が流れているのです」

姫様は、言葉を失っていた。でも、プルはさらに続ける。

「それから…今、私達の船に乗っているのですが、姫様は、メルヴィをご存知ですよね?」

姫様は、コクコクと言葉もなくうなずく。

「私の身代わりとして…影武者として、ともにハマーンから帝王学を習いました…」

「彼女の、フルネームも?」

今度は、フルフルと首を横に振る。

「そうですか…もしかしたら、姫様の前では隠されていたのかもしれませんね…。

 彼女の名前は、メルヴィ・ミア、と言います」

プルが言った。うん、確かにそんな名前だったよね…それが、姫様と何の関係があるんだろう?

でも、それを来た姫様は、また一瞬絶句して、それから消え入りそうな言葉で

「ミ、ミア、と、言うのですか…?」

と言った。

「はい…姫様の母上、ゼナ・サビ様。旧姓、ゼナ・ミア様の卵細胞を使った人工授精によって、

 そもそも、姫様の影武者になるために生まれたのが、メルヴィ・ミアです」

 そ、そっか…そうだったんだ…確かに、ただの影武者にしては良く似てるな、とは思ったけど…

まさか、姫様と、異父姉妹だったなんて…あたしもびっくりしたけど、あまりのことに、姫様も本当に絶句して、

その場に立ち尽くしていた。そんな姫様に、プルは諭すように、易しく言った。

「姫様が現状をご自身の責務だとおっしゃるのであれば、それは、私達にとっても同じこと。

 なぜ、姫様一人に、このような大事を押し付けられましょうか…?

 姫様が血の問題だとおっしゃるのであれば、それは私達も同じなのです。

 姫様は一人ではありません…ですから、姫様。教えてください、私達に、あなたの、姉妹に。

 ラプラスの箱とは、なんですか?姫様は、いったい、何と戦っているのですか?」

そんな言葉を聴いて、姫様は、ハラハラと、声を殺して、涙を流していた。
 
 プルの気持ちが、あたしにも伝わってきた。

---姫様、大丈夫。あたなは、ひとりじゃない。私達が、ついているよ…。

それは、まるであたしも泣きそうになっちゃうくらいに、暖かくて、穏やかで、力強い感覚だった…。

プル…強くなったね…

あたしは、そんなことを思いながら、プルをじっと見つめていた。
 


 姫様はそれからしばらく声もなく泣いて、泣き止んでからあたし達にラプラスの箱の話をしてくれた。

それが何かは、姫様にもまだわからないのだと言った。

ただそれは、連邦政府を根底から揺るがすことの出来る代物であるらしい。

兵器でもなく、連邦を動揺させるほどの力を持つもの…それだけの情報では具体的にどんなものかはわからないけど、

少なくともそれは形あるなにか、というよりは情報に近いものなのかもしれない。

連邦を揺るがすような情報で、しかも、ラプラスの名を持っている…

想像だけど、もしかしたら、それは一種の書類なんじゃないだろうか?

それも宇宙世紀創世にまつわる、なにか、今の連邦の立場を作り上げ、

体制を維持するために抹消されたはずの情報が書かれた書類…

 ただ、とにかく姫様はそれをネオジオン残党の一派、“袖付き”の連中に渡すことも、

連邦によって機密裏に処理されることも望んでいなかった。

それは、来るべきタイミングで、限りなく多くの人のためになるかたちで公表されるべきなのではないか、とそう言った。

姫様の意見に、あたしは賛成だった。

あるいは、姫様はそれを受け取って、そのときまで自分で守ろうとしているのかもしれない。

そんなことは出来ないって、よほど言おうと思ったけど、やめた。

今は、それを議論している場合じゃない。早くその箱を確保して、逃げなきゃいけないんだ。

でもその箱は今はどこにあるかわからないらしい。

なんでも、そのありかを示すヒントがEXAMの様な反応をする、

赤く光るガンダムタイプのモビルスーツに隠されているらしい、と姫様は言った。

あの機体が、鍵なのだと。でも、あれは袖付きに押収されてしまったみたいだし…

取り返すにも、今の戦力じゃぁちょっと心細い。

まぁ、それはとりあえず、脱出してから考えよう、と言ったら、姫様はそれを拒んだ。

そして、真っ直ぐな目であたしを見つめていった。

「私にもしものことがあったときのために、マライアさん達は別行動で箱のありかをさぐってください。

 万が一の時でも、あの子なら、メルヴィなら、私の代わりができるはずです。

 ミネバ・ザビとして、来るべきタイミングで、箱の中身を公にすることも」
 
それは、ある種の保険だった。

それに、あたし達を激戦地から遠ざける意味合いも含まれているんだろうってことも、分かった。

でも、それについては、あたしはもう、食い下がらなかった。姫様にあたし達の気持ちは伝わっているはずだ…

それでも、そう言ったのは、姫様の意思…

あの時、スィートウォーターの牢に閉じ込められたあたしが、姫様に助けなくても大丈夫、と伝えたのと同じだから…

あのときのあたしより、もっとずっと大変な状況だっていうのは、分かってる。

でも、それでも、あたし、それだけは、尊重してあげたいって思う。それが姫様の覚悟で、姫様の決意なんだ。
 


「うん、わかったよ…姫様。それが姫様の考えなら、それ以上は口は出さない。

 でも、約束してね…そんなことを考えることないとは思うけど…

 あたし達にすべてを託して、自分を危険にさらすようなことだけはしない、って」

あたしの言葉に、姫様は力強い目であたしを見て、頷いてくれた。

うん、分かった…約束だから、ね。あたしも姫様に頷き返して、それからニコっと笑ってあげる。

話が決まったら、あとはどうするか、だよね。

「それにしても、探すって言ったって、そのモビルスーツ以外しか手がないんだったら、正直お手上げだね…

 なんかヒントないかなぁ?」

あたしが聞いたら、姫様は少しだけ考えるような仕草を見せてから、自信がなさそうに

「インダストリアル7に、情報が残っているかもしれません。

 あのモビルスーツが作られたのは、あの場所だったと思いますので…」

と言ってきた。インダストリアル7…確か、アナハイムエレクトロニクスの自社コロニーだったな…

開発されたのがそこなら、確かになにか情報の末端くらいは残っているかもしれない。

システムをそこで組んでいたとしたら、そう言うのを引っ張れる可能性もあるし…

「わかったよ、姫様。あたし達は、そこに向かう。姫様も気をつけてね」

あたしはそう返事をして、姫様の肩に手を乗せた。心配だよ、どうしようもなく…

手の届かないところにいる人は、守れないかもしれないんだ…だから、ね…姫様。

無理は絶対にしちゃダメだよ。

ここぞというときまで、うまく逃げ続けてね…あたしは、胸の中にあったそんな思いを姫様に伝えた。

姫様はそれに、かすかな笑顔で答えてくれた。

「姫様」

今度はプルが声をかけた。と、彼女は、姫様に何かを手渡した。

「これは…?」

姫様は、それを受け取って手のひらに載せる。

それは、レオナがアリスさんにもらって、メルヴィ達を助けたあの日に、レオナがプルに託した、あのネックレス…

っていうか、記憶媒体、だった。

「私の大切なお守りです。どうか、姫様のおそばにいられない私達の代わりと思って、受け取ってください」

プルは静かにそう言った。姫様は、そんなプルの表情を見て、黙って頷く。それを見たプルはニコッと笑顔になった。

「それは、母と姉と私をつなぐ、本当に大事な物なのです…

 ですから、すべてが終わって、事態が落ち着いたら、必ず返しに来てください。私達、家族が、待っていますから」

「…はい、必ず」

プルの言葉に、姫様は真剣な表情でそう返事をして、受け取ったネックレスを首につけた。

それを見たプルは満足そうに笑って、姫様をギュッと抱きしめた。姫様も、まるで、懐かしい誰かに会ったみたいな顔でプルに腕を回していた。
 


 そんな様子を微笑ましく見つめていたあたしの感覚に、何かが触れた。誰か、来る!

「プル、逃げるよ!」

「うん。姫様、どうかご無事で!」

あたしはプルをそう促してエアーダクトの枝管に飛び込んだ。金網を元に戻して、とりあえず息をひそめる。

姫様はさもぼーっとしてました、って感じで、ベッドの上に座るような姿勢で体を丸める。

 シュバっと、エアーモーターの音がする。誰かが部屋に入ってきたんだ。金網の向こうで、姫様が振り返った。

それを確認したのか、男の声が聞こえ出す。

「子どもの頃、テレビでザビ家の演説ってのを聞いたことがある。

 ジークジオン、ジークジオン…気味の悪い光景だったよ…

 君の叔父さんに洗脳されて、何千人もの人間が、一緒になって叫んでた。ネオジオンでもやってるんだろう?

 ジークジオン、ってさ。ここで言ってみろよ…言えよ!」

こいつ…姫様にいきなり、なんてことを…!

瞬間的に頭が沸騰したけど、次の瞬間には急激にそれが冷えていた。

もっと熱い怒りを、プルが胸に抱いているのを感じ取ったからだ。

今出てったら、姫様にも、あたし達にも得はない…抑えて、プル…!あたしはプルの体を抱きしめて、そう伝える。

そんなとき、今度は、別の声が頭に響いてきた。

―――行ってください…私は、大丈夫です

姫様…負けないでね…待ってるからね。

あたしは、そう心の中で叫んで、プルを枝管からメインダクトへと引っ張り上げた。

―――来てくれて、ありがとうございました…必ず、またお会いしましょう!

また、姫様の声が響いてくる。それから、姫様の雰囲気が変わった。

あたしに見せてくれた、あの芯の通った、強くて、真っ直ぐな姫様を一瞬で作り上げた。

姫様、本当に、すごいね…あのとき感じたあたしの勘は間違えじゃなかったね。

姫様は、あたしなんかよりもずっとずっと、強くて、しっかりしてる…こっちは、任せて…

終わったら必ず、アルバに来てよね。姫様一人守るくらい、あたし達にかかれば、どうとでもなるんだから。

だから、お願い…死んじゃダメだからね…

 そう思いながら、あたしは、なんとか気持ちの整理をつけたプルを連れてネェル・アーガマを抜け出して、

シャトルへと戻る月面のルートを急いだ。
 



 


つづく。


ちなみに、木星帰りの姫様の影武者、メルヴィ・ミアは
ZZ編の632レス目に名前出してます。

このときから、ミネバ母(ゼナ・ミア)の遺伝子を持った子、と決めてあったんですー。
後付けじゃないからね!
 


ZZ編つながりで、キャノピーが今ZZ編を読んでいるらしくて、こんなんもただ今届きました!


アリスとユーリ@UC.0067
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/YaA.jpg

アリスにプルとマリーダの面影があると思うんだ、うん。


あと、ZZ編ラストパートのマさん。
次におまいらは「光の速さで保存した」とレスする。
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/NudeM.jpg


キャノピーにお礼を言おう、うん。
 

タキオン粒子の速さで保存した

>>51
まさか光の速さを越えて来るとは思わなかったww



プル、可愛いなあ。マリーダさんの顔でテヘペロされたらマライアじゃなくても落ちますわw

この後のミネバ様の孤軍奮闘ぶりを知っているだけに遺伝子上の姉妹達にも頑張ってもらいたいね。

>>52
それ、否定されてなかったっけ?ww

>>33
ロラン「だからあのお二人をゆるキャラだなんて……あり、ですかね?」

ハリー「ユニバース……」

>>50
キャノピー姫に感謝と敬意を表しつつ、次元を超える勢いで保存した
マークとハンナも脳内イメージにぴったりで、これはもうキャノピー教があれば入信する勢い
公式絵がついたSS、これ流行ると思うの

マライア「くぅ、愛でたいなぁ、この子は、ホントに。」
いやそりゃあこっちのセリフだ、ホントに
プルに身長越されちゃったマライアたんぺろぺろぐへへ

個人的にはリディフルボッコ期待
ガンダムシリーズは敵サイドの登場人物も生き様や背景がかっこよくて、嫌いな人はほぼいないんだけどなあ
あの野郎だけはマジで許せん
劇場版では原作と違った展開に…
ならないであろうことは分っていてもそう期待せずにはいられないよ

>>53
感謝!

今回は、メインキャラを特定せずに、マライア、ミリアム、ロビン、カタリナの4人で話を進めていくことになるやもと思います。
それとはべつに、やっぱりプルマリとメルヴィはUCでは外せないですよね。


>>54
感謝!!

キャノピー信の門戸はグラボ積んだPCを買ってくれる人のみに開かれているとかなんとか(笑)

けっこう好きなんですよね、マライアプルコンビ!
書いていると、なぜがプルがガンガン前に出てきます…どうなることやら…


>>リディ
背景など知ったことか!
許可する、諸君、あの独りよがりな男を存分に屠ってくれたまえ。

ちなみに言っとくと、俺はEXVSFBとか全然買ってないから!
ちょっとやりこんじゃって、アレックスのスペック残念すぎる!とかEz8のダッシュはえぇぇ!とかって喜んでないから!
たまにモンハンで息抜きして、あ、もうこんな時間じゃん、続き書けないわ、寝よ!

なぁぁぁんて生活送ってないから!ww
でもプレイヤーナビって誰が出るの?正直、プルとかアイナさんとかあと、ノエルアンダーソンとか来るの?どうなの?




 あ、つづきですww
 

 



 マライアちゃんとプルを回収してからシャトルはいったん、グラナダと言う月面の町に進路を取った。

無理矢理に離脱してきちゃったフォンブラウンにはもう受け入れてもらえないだろうってマライアちゃんがいうから、月の衛星軌道上をしばらく飛行している。

シャトルを自動操縦にしたから、といって、アタシたちはラウンジで一息ついていた。

 マライアちゃんはシャトルに乗り込んでから、状況を説明してくれた。
なんでも、ラプラスの箱の中身は良く分からないけど、とにかく、ネオジオンに渡しちゃいけなくて、

間違った使い方をしたら、なにか大きなことが起こっちゃうかもしれないものだ、って話した。

大きなこと、って言うのは、戦争のことなのかな…なんて、思ったけど、なんだか聞けなかった。

それから、姫様はネェル・アーガマっていう、ロンドベルの船に残るって言っていたらしい。

自分は一人でその箱って言うのを探すつもりだけど、マライアちゃん達がどうしても、って言うから、

姫様はマライアちゃん達に別動でラプラスの箱を探して欲しいと頼まれたとも言っていた。

それを聞いたミリアムちゃんは、悔しそうな、辛そうな表情で、ギュッと手を握って唇を噛んでいたけど、

「きっと、それが一番、確実な方法だね…」

って、気持ちを押し込めていた。ミリアムちゃんは、しばらくの間、ずっと地球でミネバ様を守ってたってさっき話してくれた。

本当は今すぐにでもまたあの船に行って、無理矢理にでも引っ張り出したい、って気持ちが伝わってくる。

それを感じていた私もなんだか胸が苦しくなって、泣きそうだった。

 説明が終わって、とりあえず、グラナダに向かおう、ってことになってこのラウンジに来てから、マライアちゃんはすごく難しい顔をしている。

何を考えてるんだろう、って探っては見たけど、なんだか念入りにボヤかされてて、よくわからなかった。

まぁ、でも、たぶんこれからのことを考えてるんだよね。

マライアちゃんの話だと、その箱っていうのはインダストリアル7に行けば在り処が分かるかもしれないってことらしい。

そもそも、インダストリアル7ってどこにあるんだろう?

確か、工業力強化とか、そう言うのに携わるための勉強が出来る学校があるって聞いたことがある。

確か、サイド5にはインダストリアル3だったか4だったかがあるって聞いたことあるけど…

インダストリアル7もどこかのサイドにいあるのかな?そこに美味しいものでもあるといいんだけどなぁ。

 そんなことを思ってアタシはマライアちゃんをチラッと見た、マライアちゃんは、宙を見据えて、

相変わらず何かを考えているみたいで、難しい顔だ。まぁ、でも、ちょっと聞くくらいなら構わないよね?

「ねぇ、マライアちゃん、インダストリアル7って、どこにあるの?」

アタシは紅茶のマグをテーブルに置いてマライアちゃんにそう聞いてみた。

すると、マライアちゃんはアタシの顔を見つめてきて

「あぁ、うん。正直、正確な場所までは把握してないんだ。

 今、フレートさんに詳しいことを聞いてるから、じきに連絡が来ると思う」

とぎこちなく笑った。
 


 アタシはそれをみて、ふと気がついた。マライアちゃん、アタシに何かを隠してる…

だから、なんだかモヤモヤしてマライアちゃんの気持ちがあんまり感じられないんだ…。

こんなの初めてだ。マライアちゃんは、いつもアタシ達に優しくて、面白くって、大好きだって思ってた。

もちろん、今だってそうだけど、でも、今日のマライアちゃんはいつものマライアちゃんじゃない。

何かあったときに顔を引き締める“隊長”の顔とも違う。

迷ってて、それでいて、トゲトゲしてるふうにも思える。

マライアちゃんも、母さんもレナママもレオナママも、シイちゃんにカレンさんに、

ライオン隊長達もプル達も大好きで、だから、どんな気持ちなのかな、って、アタシはずっとそれを感じてきてた。

でも、こんなのは初めて。大好きな人に気持ちを隠される、なんて…

大好きな人の気持ちを、ただ予想して考えることしか出来ないなんて、なんだかアタシの胸までモヤモヤしてくる。

ううん、モヤモヤどころか、ギュッと詰まったみたいに苦しい。

なんなんだろう、この感じ…うまく言えないけど…なんだか、イヤだな…

「ねえ、マライアちゃん」

アタシは、それに我慢しきれなくなって、マライアちゃんの名前を呼んでいた。

「ん、なに、ロビン?」

「なにか考えてるんなら、教えて」

アタシがそう言ったら、マライアちゃんは、ギュッと眉間に皺を寄せた。

だから、なによ、それ…ちゃんと言ってくれないとわからないことだってあるんだよ?

隠してるってのは、なんとなくわかる。でも、そんなのされると、アタシは苦しいよ。だから、ね、お願い、教えて。

 アタシはそんな思いをマライアちゃんに届けた。どれくらいたったか、マライアちゃんは

「ふぅ」

ってため息を吐いてアタシを見た。それから、ポリポリ頬っぺたをかいてから

「ロビンは、マリとカタリナとメルヴィと、地球に帰りな」

と、そっぽを向いて言った。

 アタシには、一瞬、なんのことだかわからなかった。帰る?地球に…?

どうして?アタシ達、これからインダストリアル7に行って、

そこで、ミネバ様の言っていたラプラスの箱っていうのを探すんでしょ?

そのつもりだったから、マライアちゃんの言葉の意味が全くわからなかった。
 


 「なんで?どういうこと?マライアちゃんたちは、どうするの?」

アタシが聞いたら、マライアちゃんはまた大きなため息をついて、アタシをじっと見つめてきて、静かに言った。

「ロビン、聞いて。姫様は、あたし達を危険な目に遭わせるわけにはいかない、って言った。

 その気持ちが、あたしには今はすごくよくわかる。

 ロビン、あたしは、あなた達を危険なところに連れて行きたくなんてない。

 もしあたし達が箱を先に抑えることができたとして、その先はどうなると思う?

 きっと連邦やネオジオン残党の“袖付き”ってやつらが追ってくる。

  もしかしたら、戦闘を避けられないかもしれない。どこかでモビルスーツは調達するつもりだし、

 それなりの機体があれば、あたしとミリアムなら、あの白いのやファンネル機でも相手にしない限りは

 そう簡単に負けないって言えるけど、でも、それは、あたしとミリアムのことだけなんだよ。

 戦闘中に、シャトルを100%守りながら戦うのはいくらなんでも不可能。

 かならず、ほころびが出る。ほころびが出たときに、それを見逃してくれるほど、戦争は甘くない。

 そのときは、このシャトルが撃ち抜かれる。ロビン、あなた達ごと、ね」

マライアちゃんの気持ちが、まるでアタシを飲み込むように、突き刺すように、襲ってきた。

黒くて、ドロドロしてて、冷たい、何か…なに、なんなの、これ…?

 真っ暗な、宇宙。そこに飛び交う光跡。

締め付けられるような気持ちと、凍りそうな恐怖が交互にせり上がって来る。これが、戦闘?これが、戦争なの…?

あちこちから無数に飛んでくる、敵意。それを躱して、躱して…反撃する余裕なんて、ない。

機体を、敵意がかすめてる。

その刹那に、別の方から伸びてきた敵意が、真っ直ぐにシャトルを貫いて、

中にいた、アタシもメルヴィもマリもカタリナも一瞬で溶けて、蒸発して、それからシャトルが爆発して、飛び散る…

黒いドロドロが、アタシの心を絡め取って、締め上げて、押しつぶしていくようだった…大事な人が、死んだんだ。

守ってあげなきゃ、って、そう思ってた人が、死んじゃったんだ。

目の前で…守らなきゃ、って、そう、思ったのに…これが、マライアちゃんなの…?

マライアちゃんは、こんなのをずっとずっと続けてきたっていうの?

こんな、悲しくて、辛くて、ネバネバドロドロで、凍りそうに冷たいのを、ずっとずっと、胸に持ち続けている、って言うの?!

 「マライアちゃん、やめて」

不意に声がして、アタシを襲っていた感覚が消えた。声を上げたのは、マリだった。

アタシは、少しだけホッとしたけど、いつの間にか脚がガクガクなっちゃってて、立っていられずに、その場に膝をついてしまった。

それでも、マライアちゃんは、アタシを見てた。

「ロビン、感じたね?今のが、戦争。殺し合いだよ。

 さっきみたあの白いのがやってた戦闘なんて、戦闘って呼べるほどのもんじゃない。

 こっちは、2機か、プルの分があれば、3機。相手は20機以上かもしれない。

 どう足掻いたって、勝てる相手じゃなかったときは、必ず、今みたいになるの…

 撃ち落とされるのはシャトルじゃなく、あたしか、ミリアムかもしれない。

 撃破して、壊した敵のモビルスーツからは、苦痛と恐怖がこだまして聞こえてくることだってある。

 いい?あたしは、ロビン達にこんな思いをさせたくない。ロビン達を失いたくもない。

 ロビンは大好きなアヤさんから預かってる、あたしの大事な、“娘”。

 プルやマリにカタリナは、大事な妹達なんだよ。危ない目に遭わせるわけには行かないんだ。だから、わかって…」
 


アタシは、プルに支えられてなんとか立ち上がって、胸にこべり付いた、マライアちゃんが伝えてきた感覚の残りをもう一度感じた。

これが、戦争…これが、恐怖…これが、絶望、なんだね…マライアちゃんは、知ってるんだ。

大事な人を失ってしまうことの怖さを…戦争の恐ろしさも…だから、アタシに帰って、って、そう言ってくれる。

ミネバ様がマライアちゃん達に言ったように、アタシ達を危険から遠ざけるために…でも…

でも、それじゃぁ…そんなんじゃ、アタシ…

「マライアちゃん、プルが残るなら、私も残る。私だって、パイロットなんだよ。

 それに、12番目の妹が戦ってるんでしょ?ほっとけない」

マリがそう言った。でも、マライアちゃんは首を振る。

「ダメだよ…マリ。確かにあなたは、能力も強いし身体能力も高いし、操縦だって卒なくこなせるんだろうけど…

 でも、これから手に入れられるモビルスーツはあなたが動かして来たのとは別物なんだよ。

 サイコミュ付きなんて絶対に無理。どんなに能力が強くたって、それを活かすだけの経験と腕がいる。

 撃たれるのがわかってても、きちんと回避できないと、意味がない。

 キュベレイしか知らないマリに、いきなり別の機体での戦闘はさせられない」

「なんでよ!私だって戦える!」

マリが、マライアちゃんに声を上げた。マリにも帰れっていうの?!だって、マリはパイロットだったんだよ?

確かにアタシは何にも出来ないかもしれないけど、マリはちゃんと戦えるのに…それでも、ダメだっていうの!?

「ねぇ、プル!プルも何か言ってよ!」

マリがプルにそう訴えた。プルは、しばらくうつむいたまま黙っていたけど、

キュッと顔に力を入れて、マライアちゃんを見た。

「マライアちゃん。みんなは、私が守る。だから、一緒に行かせて」

「プル!」

今度はマライアちゃんが声を上げた。

「マライアちゃんの心配は分かるよ。だけど、私達だって、姫様と、マライアちゃんにミリアムちゃんが心配なんだよ。

 マリは別としても、ロビン達が居て、戦闘のバックアップにはならないと思う。

 正直に言ったら、むしろ足かせになる…でも、私はその方がいいと思う。

 私は、マライアちゃんのこともよく知っているつもりだよ。

 マライアちゃんは、いざって言うときに、大事なもののために、死ぬことが出来ちゃう人。

 でも、私達が盾になれば、マライアちゃんは絶対に無茶はしない。

 戦うことが出来なくても、一緒に居れば、マライアちゃんは危険から遠ざかる選択をすることになる。

 結果的には、マライアちゃんを守れる。マライアちゃんが姫様に向けた気持ちと同じ。

 私達も、マライアちゃんとミリアムちゃんに死んで欲しくない。だから、残らせて欲しいんだよ」

プルもそう言ってくれた。くやしいけど、確かに、アタシやカタリナは戦う方法を知らない。

そりゃぁ、もちろん母さんに護身術は一通り習ったけど、モビルスーツの操縦なんててんでチンプンカンプン。

ペンションの船の操舵なら少し出来るけど、モビルスーツやシャトルはどう考えたってそれと似たようなものとは思えないしね…

でも、プルが言ってくれたように、一緒に居ればマライアちゃんとミリアムちゃんを守れるんだったら、それがいい。

姫様もほっとけないけど、それ以上に、もしマライアちゃんとミリアムちゃんに何かあったら、アタシはその方が悲しいと思うから…
 


 「お願い、マライアちゃん!」

アタシはマライアちゃんにそう言って詰め寄った。

マライアちゃんからは、固い決意と、それでもアタシ達の気持ちを考えてくれているのが感じられる。

困らせてるって言うのは、分かってる。でも、でも…!

 「…やっぱり、ダメだよ。あたし、みんなを巻き込めない。姫様は言ってた。

 あたし達のように、戦いから逃れた人達を二度と戦場に上げないために、私は戦うんだ、って。

 あたしやミリアムは、それでも戦う。姫様と同じで、守らなきゃいけない人達がいるから。

 でも、みんなは違う。戦う以外のことが出来る。いまさら、戦争なんかに引っ張り出しちゃいけない。

 アヤさんも、レナさんも、ユーリさんたちもそれを望まないだろうし、

 なんかあったら、あたし、どんな顔して帰ったらいいかわかんないもん…」

マライアちゃんは、自分の中の気持ちを整えて、また、強い視線をアタシ達ひとりひとりに向けて言った。

なんでよ…なんでそんなこと言うのよ!アタシ、ずっとマライアちゃんと一緒だと思ってたのに…

家族だって思ってたのに、なんで、なんで自分はアタシ達とは違うなんて言い方するの…!?

ひどいよ…アタシ達を気遣ってくれてるのは分かるけど…ひどすぎるよ!

「マライアちゃんのバカ!分からず屋!」

アタシは心の中に湧き上がった爆発しそうな思いを、そのままマライアちゃんに吐き出した。

「いいかげんにしなさい!戦争ってのは、あんたが考えてるほど甘くないんだよ!」

マライアちゃんが怒鳴ってってきたけど、アタシは負けなかった。

「戦争がどんなかなんて、知らない、知りたくもない!でも、そんなの関係ない!

 アタシは、大事な人が辛い思いをして欲しくないって思うだけ!

 そのためなら、戦争だって探し物だってなんだってやる!なんでそれをダメだって言うのよ!

 マライアちゃんだっておんなじことしようとしてるじゃん!」

「あたしとロビンとは、出来ることが違うからだよ!」

また、また言ったね?アタシとは、違う、って…

なんでよ、それがどんなに傷つくかって、マライアちゃん、分かってるでしょ!?

それを何度も、何度も…いいかげんにしてよ!アタシはカッとなってマライアちゃんに掴みかかった。

勝てないのは分かってる…でも、でも!

一発でもいい、アタシが傷ついたのとおんなじ思いをマライアちゃんにさせてやる…

アタシの気持ちがわかんないのなら、分からせてやる…どんなに悲しいか、どんなに、痛かったか…!
 


 「ロビン、やめな!」

「ちょちょ!それ、ダメだって!」

プルとマリがそんなことを言っているのが聞こえたけどアタシは止まらなかった。

胸倉を捕まえようとしたアタシの手は、マライアちゃんに弾かれて、反対に袖口をつかまれてしまう。

捻られる…!アタシは反射的に腕を掴んで固定する。

マライアちゃんの開いていた方の腕がアタシの襟元に伸びてきて、着ていたパーカーを捕まれた。

投げられる…?!

とっさに、握っていた方のマライアちゃんの腕に、アタシももう一方の腕を絡めて、しがみついて、

体重を下にかけて引き手を利かなくさせる。

 と、プルがアタシの体を後ろから押さえてきた。マライアちゃんの方にはマリが、腰にタックルするみたいにしがみついている。

 離して…離してよ、プル!そう思って、プルを払いのけようとしたとき、アタシの耳に、笑い声が聞こえてきた。

ハッとして、アタシは、その声のするほうを見た。

そしたら、その先には、ミリアムちゃんがシートからこっちを見て、なんだか本当におかしそうに笑っていた。

「なにがおかしいのよ、ミリアム!」

マライアちゃんが怒鳴った。そしたらミリアムちゃんは、あぁ、ごめんごめん、なんて言いながら

「いやね、ニュータイプもケンカなんかするんだな、と思って。お互いの気持ちも分かるんでしょ?

 それでもケンカになるなんて、人間って難しいもんなんだねぇ」

ミリアムちゃんはそう言いながらゆっくりと立ち上がって、

アタシとマライアちゃんとの間にグイグイ割って入ってきて、アタシをジッと見つめてきた。

「ロビン、あんまりマライアを困らせちゃダメだよ。マライアの言っていることは正しい」

「分かってる、そんなの!でも、アタシは…」

また、アタシが言おうと思ったら、ミリアムちゃんはアタシを待たずに、今度はマライアちゃんのほうを向いて

「マライアも、そんな意地張らなくったっていいじゃない。

 限りなく危なくない方法を考えるのがあなたらしいんじゃない?」

なんて言った。マライアちゃんは、ミリアムちゃんの言葉を聞いて、

「そうだけど、でも…」

と言いかけて、黙った。それを見て、ミリアムちゃんは、ふん、と鼻を鳴らした。

それから今度は、アタシをつかまえているプルを見て聞いた。

「プル、あなたは、ついて来るとして、なにが出来て、なにが出来ない?」

「私は…戦えるよ。木星でもずっと作業用のモビルスーツに乗ってた。

 戦闘は、3年前にマライアちゃんを助けてからはしてないけど…

 操縦の技術なら、木星の重力圏での経験もあるし、十分に対応できると思う。

 出来ないことは、やっぱり戦闘の経験はそれほどないから、戦況の判断は適切に出来ないかもしれない」

プルは落ち着いた様子でそう応えた。

「うん、分かった。じゃぁ、マリ、あなたはどう?」

ミリアムちゃんは、今度はマリに話を振った。
 


「わっ、私?!私は…確かに、プルに比べたら、モビルスーツはずいぶん乗ってないし…

 キュベレイしか知らないから、あんまり役には立たないかもしれない…

 それこそ、本当にちょっと移動させたりとか、その程度の方がいいかも…。でも、運動神経と、能力には自信ある」

「そうだね、マリとプルは、そういう部分が強化されてるって言ってたからね…。

 モビルスーツに関しては、私は個人的には事前に少し慣らす時間があれば大丈夫だと思ってるけど…

 ま、それは置いておくとして、じゃぁ、カタリナはどう?」

「私は…正直、なにが出来るかは、分からない。まぁ、万が一のときに応急手当が出来るくらいかな」

「出番がないことを祈りたいけど、ケガの手当ては、もしみんな一緒に行くんなら、

 必要になる可能性は否定できないよね。メルヴィちゃんはどう?」

「私は…姫様の代わりが出来ます」

「ミネバ様に万が一のことがあったとき、か。

 それも、ないことを祈りたいけど、そうじゃなくても姫様の顔パスが効くようなことがあれば、

 無理な潜入や力押しをすることもないだろうし、助かるかな」

ミリアムちゃんは、カタリナとメルヴィちゃんにもそう確認して、最後にアタシに視線を戻して、聞いてきた。

「ロビン、あなたには、なにが出来る?」

アタシに出来ること…なんだろう…?料理は出来るけど、でも、シャトルの中じゃ、そんなのたいして必要ないし…

ううん、もしかしたら、そういう具体的なことじゃないのかもしれない。

アタシが、みんなのために出来ること…能力で、敵意を感じたりするのは、アタシじゃなくっても出来るけど…

あ、でも、この力って、ある種、無線みたいにお互いの状況を知らせるくらいだったら簡単だから、

それでは役に立てるかもしれないな…あとは、なんだろう…

アタシには、たぶん、みんなを守ることも、戦うことも出来ない…アタシがここに出来ることなんて、たぶん、なんにもない…

「…分かんない…もしかしたら、ここでアタシが出来ることなんて、なんにも無いかもしれない…。

 でも、アタシ、がんばる。アタシに出来ることを探すよ。アタシにしか出来ないことを探して、

 必ずそれをして、きっとみんなの役に立つ。みんなの手助けを出来るようにする。

 だからお願い、ミリアムちゃん、アタシも一緒に連れて行って!」

アタシは、もう、そう言う事くらいしか出来なかった。だって、なにも出来ないのは本当だ。

料理も、畑仕事も、魚を取ったりする能力も、ここじゃなんの役にも立たない。

でも、アタシやらなきゃいけないと思うんだ。みんなのために、自分のために…戦うなんてことじゃなくたっていい。

アタシにしか出来ない、みんなを助けて、守る方法が、きっとあるって思うんだ。それを探さなきゃ…!

アタシは、ミリアムちゃんをジッと見つめた。
 


ミリアムちゃんは、なぜだかクスっと笑って、相変わらずマリにしがみつかれているマライアちゃんを振り返って言った。

「さ、どうするの、アトウッド大尉?」

マライアちゃんは、それを聞いて、うなだれた。でも、しばらくして何かを諦めたみたいに口を開いた。

「プルは、あたしとミリアムと一緒に、もしものときは戦闘に参加してもらう。

 それ以外は、マリと一緒に、ロビンとカタリナとメルヴィの安全に気を配って。

 マリも、戦闘になったことを考えたら、打って出なくでも、

 シャトルの直掩をしてくれるくらいに動けるようになっておいてもらえたら、あたし達が少し楽になる。

 カタリナは、グラナダで必要なクスリと手当て用の道具を準備しておいて。

 銃創、切創、やけど、骨折に対応できるレベルの器具が揃えば、理想。

 メルヴィは、グラナダではなるべく顔をかくしておいて。

 あそこには、元ジオンの関係者もいるし、ネオジオンとのパイプがあった地域だから、

 まずは変装に必要なものを調達して。

 でも、そういう地域だから、姫様だってメルヴィが言えば、物資の調達とか、情報提供を頼めるかもしれない。

 あたしとプルと一緒に、情報収集を手伝って。ミリアムとマリでカタリナに着いて、医療物資の調達を穏便に済ませて」

アタシの名前は、出てこない。

「アタシは?マライアちゃん」

アタシは、そんな言い方したくなかってけど、堪えきれなくって、

つい、トゲトゲした言い方でマライアちゃんにそう聞いてしまった。

それを聞いたマライアちゃんはアタシに一瞥をくれると

「勝手にすれば」

って言い捨てて、シャフトへ飛び上がって、操縦室の方へと姿を消した。

 アタシはマライアちゃんの態度に、ショックと、怒りのふたっつを感じながら、

ただただ、その場に突っ立っているしかなかった。



 








 グラナダまでは、あと、まだ少しあるかな。あの子達はラウンジで気分直しに、なんて、カードを始めた。

ロビンが相当荒れているけど、まぁ、プルとカタリナに任せておけば大丈夫かな…

マリは17になったって言う今でもあどけなさがあって、好感が持てるけど、頼れる、って言う点では、

たくさん辛い経験をしてきたんだ、って言うプルと、ずっと母親のユーリさんを支えてきたカタリナの方がちょっとだけ上、かな。

落ち着き方がちがうんだよね、なんだか。

クローン、って一口に言っても、あそこまで性格が違うってところを見ると、

人が育つ環境って本当に重要なことなんだな、なんて思ってしまう。

私も、幼い頃は両親と妹と、平和に暮らすことが出来ていて良かったな、と思う。

そのあとにどれだけ辛いことが重なったかわからないけど、でも、そういう下地がなかったら、

今頃こうして、マライアのことを思って、コーヒーなんか淹れることもなく、デブリになって、この暗く冷たい宇宙を漂っていただろう。

 蓋つきのマグに、蓋つきのポットでドリップしたコーヒーを注いで、私はシャフトを通って操縦室へ向かった。

操縦室に入ると、マライアはシートに一人、どかっと腰を下ろして、ボーっと遠い宇宙を眺めている。

「マライア」

声をかけたら彼女はこっちを振り返って

「あぁ、ミリアム」

なんて力の無い声色で私の名を呼んだ。

私は、マライアの隣のシートに腰を据えて、それからマグの片方をマライアに押し付ける。

「コーヒー?ありがとう」

マライアはまた、言葉少なに返事をして、マグを受け取った。もう、世話が焼ける天使さまだこと。

「凹んでるのか、怒ってるの?それとも悩んでる?」

私が聞いたらマライアは、無表情でコーヒーに口をずずっと啜ってから、

「わかんない。全部、かな」

なんて、気の抜けた返事をしてくる。

「ふぅん」

私はそうとだけ返事をしてあげる。根掘り葉掘り聞いてあげるほど、甘やかす気はないよ?

言っておきたいことがあるんなら、ちゃんと口で言いなさい、私はニュータイプじゃないんだからね。

そんなことを思って、私はチラっとマライアを見やる。

マライアも私を見ていて、パッと目があった。その瞬間になって、やっとマライアの目に、少しだけ生気が戻った。

「あたしさぁ、間違ってたかな?」


「ううん、ひとつも間違ってなんていなかったと思うよ」

私は答えてあげる。

「じゃぁさ、なんでみんなあんなに文句言うのさ?」

「そりゃぁね、あの子達だって、いつまでも子どもじゃないってことじゃない?」

私はコーヒーをすすって言う。マライアがぷくっと頬を膨らませた。

「危ないんだよ?下手したら、連邦にネオジオンだけじゃなくて、アナハイムエレクトロニクスやビスト財団とか、

 他に利権を奪おうって連中がこぞって狙ってくるかもしれない」

「うん、そうだね」

まぁ、確かにその通り、か。

今はまだ連邦とネオジオンの“袖付き”って連中にビスト財団が一枚噛んでいる、ってのは分かっているけど…

さっきのマライアの話だと、ビスト財団がその箱を使って、連邦に対して優位に立ってこれたからこそ、

今の立場があるんだと思う。ビスト財団が莫大な額の資金を支出しているアナハイム社にしても同じだ。

だとしたら、ライバル企業あたりが箱を奪うために何かしらのアプローチをかけてくる可能性はけっして低くはない。

もちろん、この箱についての情報がどこまで漏れ出ているかにもよるんだろうけど…

少なくとも、この手のやつは一度漏れ出してしまえば歯止めが利かなくなる。

そうなると、連邦としては躍起になってその存在を葬ろうとするかもしれない。

例えば、その在りかが分かった時点で、一帯を核を使って消滅させるとか、

宇宙なら、戦艦のビームでも、コロニーレーザーでも、ソーラレイってあの鏡の壁でも、いくらでも手はある。

その狙う先に、箱を追うか、すでに手に入れたあとの私達が居ないとは、誰にも言えない。

「退路のない作戦は立てちゃいけないんだって」

「なら、まずは退路を考えないとね」

「そういう問題じゃないんだって。最悪、袋小路につっこむようなことになるかも知れないんだよ?」

「だとしたら、その袋小路をどうやって突き破るか、じゃないの?」

私が言ってやったら、マライアは私をジト目で睨んできた。

でも、あなたに睨まれたって全然威圧にならないんだから。

そう思って、笑顔で肩をすくめてみせてら、マライアは

「はぁーぁ」

と大きなため息をついて、ギシっとシートに身を預けた。

「分かってるんだよ、あたし、怖がってるだけなんだ、って。

 考えることをやめて、なにもせずに尻尾を巻いてあの子達を逃がそうと思ってるんだって」

「そうね」

「でもさ…プルも、マリも、カタリナも、メルヴィも、とっても大事なんだ。

 ロビンなんか、その中でも特別。アヤさんレナさんの娘で、レオナとあたしの娘でもあって、

 マヤとマナのお姉ちゃんで…あぁ、ううん、違うね…

 子どもの親になったとたんに、あたし弱くなっちゃったのかなぁ」

マライアはそう言って、なんだか声にならないうめき声を上げた。それから、ふっと思い出したように

「ミリアムはなんで平気なのよ?」

と私に聞いてきた。

ウリエラ…一昨年生まれた、私の娘。

父親はもちろんアレク、ううん、ルーカス・マッキンリー。

宇宙空間に投げ出されて被爆した私にはもう無理だと思っていたのに、

検査をしてくれたユーリさんはケロっとした顔をして、「別になんでもないよ?」なんて言ってくれた。

その言葉どおりに、ウリエラは生まれてきてくれた。

16年前に、“アレク”からもらった命は、私の中に宿ることはなかったけど…

今度は、正真正銘、私と、彼の子だ。単純に、それが嬉しくて仕方がなかったのを覚えている。

そんなウリエラも、もう2歳。最近は、良くしゃべるようになっていて、アヤさん達にもよくなついている。

マライアが宇宙に上がる、といって、ルーカスに声をかけてきたとき、私は彼に残って欲しい、と頼んだ。

こんなことになるなんて微塵も思ってなかった。

 ただ、お互いに母親になったマライアと、こうして宇宙へ出るのも、楽しいかもしれないな、なんて、

そんなことを思っていたからだった。

ルーカスは思った以上に子煩悩だし、それに、あそこには私が数日いなくたって、

面倒を見てくれて、本当の娘みたいに大事にしてくれる人達がたくさん居る。

一人娘だろうが、私はそのことだけは安心していられた。

「言ったでしょう?あの子達は、もう大人よ。子ども扱いするマライアの方が、気にしすぎているだけ」

「気にしすぎ、って、だって、これからは…」

「危険になるかも、って言うのは分かるよ。でも、それは私達だって同じだったじゃない。

 私は年齢をごまかして、15で訓練校に入って、19で入隊して、レナと一緒に、地球圏に居たよ。

 マライアだっておんなじようなもんでしょ?」

私がそう言ってあげたら、マライアは指を折って何かを数えて、

「うん、あたしは18でオメガ隊に引き抜かれたかな」

なんてつぶやいた。

「プルたちと変わらない歳でしょ?」

私がそう念を押したら、マライアは少し黙って、それから

「そうだけど…でも、あたし、怖いよ。あの子達が危険な目にあうのが」

と、ポツリといった。もう、マライアったら。

愛情が深いのは結構なことだし、決して過保護だなんていうつもりはないけどさ…

「それはさ、あの子たち次第じゃないかな。

 あの子達が選んで、あの子達がそうしたい、って言うんなら、私はそれを応援してあげるのが親の役目だと思う。

 戦争とは規模が違うけど、例えば子どもが木登りをしたい、って言い出したときに、

 危ないから止めなさい、と言うのか、気をつけなさい、と言って自分は木の下で様子を見ながらやらせるのか。

 私は、後者を選ぶかな、って思う。何かしたい、って気持ちがあるんならさ、とやかく言うより、

 身をもってそれがどういうことか、って言うのを体験してもらったほうが、私はいいと思ってる。

 もちろん、明らかに間違っていることをしようとしたら、それは止めるけどね。

 でも、親が心配だから、って言って、なんでもかんでもダメって言ってたら、子どもって育たないような気がするんだ」


私はマライアに思ったことを伝えた。マライアは少しの間ポカーンとしてたけど、ややあってコーヒーをずずっとすすって

「子ども生んだの一週間違いだって言うのに、なによ、この母親レベルの差。なぁんか悔しいんだけど」

なんて言って私をチラ見してまた頬を膨らませる。

「まぁ、私は、ほら、あれくらいの子達の面倒を見てたこともあったしさ。10台前半の、学徒兵達…」

「あぁ…ごめん」

私がちょっとだけ気落ちしたのに気がついたみたいで、マライアがそう謝ってきた。

まぁ、そりゃぁ、思い出すと、つらいけど、別にもう、それにとらわれることなんてない。

あなたが助けてくれたから、ね…

「ぶはっ!げほっ!げほっ!」

そんなことを思ったら、急にマライアが噴出した。あ、しまった、またやっちゃった。

なんだかもうこれも慣れたものだったから、特に照れるほどのことでもなかった。

毎回同じように動揺するマライアのほうが耐性がつかなすぎて笑えてしまうくらいだ。

「気にしないで、私はもう平気。あなたに助けてもらえたからね、マライア」

「もう!なんであえて口に出して言い直すのよ!」

私が言ったらマライアがそう文句を言ってきたけど、気にしない、気にしない。

 でも、それからマライアは、ふう、とため息をついて、またポツリと言った。

「アヤさんも、同じ気持ちだったのかな…あたしを宇宙に送り出すときに」

その話は聞いたことがあるな。自称、ダメダメだった自分を鍛えなおそうって決心したマライアは、

地球を離れて単身宇宙へ転属を希望した、ってやつだ。

アヤさんは、そのとき、いつものように励ましてくれたんだ、ってマライアは言っていたけど…

そうだね、もしかしたらそんな気持ちだったのかもしれないね。

「それがなかったら、今のマライアはなかったかもしれないね」

「うん…」

私が言ったら、マライアはまたショボンとした返事をした。

あれ、慰めに来たつもりだったけど、なんだか説教みたいになっちゃってるな…まぁ、いいか。

マライアは、ずっと誰かを守りたい、大事な人を失いたくない、ってそう思ってきた子だ。

その気持ちは良く分かる。マライアは大好きなお姉ちゃんを、私は、大切な妹と家族をなくしたんだ。

もう誰も失いたくない、って思うのが普通だよね。

そしてマライアは、きっと、その多くを実際に守ってきたんだろう。

だからこそ、失うことの怖さをよく分かっているんだ。それは、多くを失ってしまった私も一緒だけど…

でも、だから、ああまで言って、ロビンたちを地球へ帰そうとした。それは、全然、間違っては居ないと思う。

でも、間違ってないってことが必ずしも正解ではないかもしれない。

ダメダメのマライアを送り出したアヤさんのおかげで、私はこうして生きている。

そんな結果を想像したわけでもないんだろうけど、でも、たぶんアヤさんは、マライアの可能性に賭けたんだ。

アヤさんのように、手の届かない宇宙へ送り出すなんて、よほどの度胸がないと出来ないだろう。

私にはたぶん無理だ。だから私は、せめて、送り出しながら、それでもそばに居て、いつでも手を貸せるようにしていたい。

それがたぶん、私に出来る、次の世代の子達への、大人らしいなにか、なんだと思うんだ。
 


 「ああ、そういえばさぁ」

そんなことを思っていたら、急にマライアが声を上げた。

「うん、なに?」

私が聞いたら、マライアは相変わらずボーっと遠くに視線を投げて話を始める。

「宇宙に出るずっと前にね、ダメダメで、戦闘中にビビリまくって動けなくなるあたしに隊長は、

 戦闘隊から外す、って言ってきたことがあってさ。

 それでもあたしは隊のみんなと居たいんだ、って、隊長に言ったら、隊長はあたしに返事をしたんだよ。

 『勝手にしろ』って。それは、悲しかったけど、でもそのあとでダリルさんと話して、

 そういう意味じゃなかったんだ、って気が付いた。

 あたしは、あたしにしか出来ない何かを探さなきゃいけなかった。

 隊長は、そんなあたしの思いを見越して、勝手にしろ、ってそう言ってくれたんだって、今でも思ってる」

「マライアにしか出来ない、なにか、ね…ふふ、ロビンと一緒じゃない」

ふと、そんなことに気がついたので、私はそう言ってみた。そうしたら、マライアはなんだか神妙な顔つきで

「うん、だから、ちょっとびっくりした。あたしも、ロビンに勝手にしろ、って言っちゃったけど…でも、あたしのは、隊長のとは違ったな…

 たぶん、あれはロビンを傷つけちゃった…あぁ、バカだな、あたし…ロビン相手にケンカだなんて、今年いくつだと思ってんのよ…」

なんて言って頭を抱える。

「なに言ってんの、精神年齢なら、同い年くらいじゃないの?」

「な!なによそれ!?」

「なにって、そのままの意味よ?」

笑いをこらえて、クールにそう言ってあげたら、マライアはへんな雄叫びを上げて私に襲い掛かってきた。

抵抗したって、かなうはずもない。マライアは簡単に私の膝の上に馬乗りになってジッとこっちを見つめてきた。

それからマライアは静かな声で言った。

「…その、ありがとう」

「なに言ってんの、私とあなたの仲でしょ」

「だから、それやめてって」

「やめない。ルーカスとマライアが同時にピンチになったら、

 私は彼を見捨ててあなたを助けるだろうなって思うくらい、大事に思ってる」

「うわぁぁ、ゾクゾクしてきた…と、鳥肌がっ…」

「なんでいつもそうなのよ、もう。キラい」

「えー、それ言われるのもヤダ」

「どうしろって言うの!?」

私が言いかえしてベシッとマライアの肩を叩いてやったら、彼女はやっと、ニコっと笑顔を見せてくれた。

「…まぁ、そんな冗談はともかく、ロビンとちゃんと話しなさいよね」

「うん、分かってるよ」

私が改めて言ってあげたら、マライアはそう返事をして、なんだか恥ずかしそうにクスっと笑った。

たぶん、私が心の中で思ったのを感じ取ったんだと思う。

---ずっと一緒だからね、掛け替えのない、私の親友!

って、ね。



   


つづく。



マライアとロビン、どっちの言葉に共感しやすいか分かれそうだなぁ。

書いているキャタピラは両方を頭の中に同居させているので、大変疲れます。
 
早く仲直りしてくんないかなぁ…。
  

ミリアムの年齢まちがった。
17で入隊です。書類上が、19でした。

お詫びして、吊って来ます。

おつ

マライアたんはやっと俺の子を産んでくれたか…



>>74
何言ってんだ俺の子に決まってんだろ

という切なる願望は心の内にしまっといて、相手は誰だろ?
レナ最有力の次いでアヤ、…あとは現状相手が出ていない人だとすればカレン?wwww
ソフィアとかミリアムも浮かんだけど相手いるしなあ(アヤレナは別格)
男親は全く思い浮かばない不思議wwww

早く出てこないかのう
母娘揃って死ぬほど可愛いに違いない(確信
子守するマライアたんぐへへ

おつー

アヤレナから1文字ずつもらってるしロビンがお姉ちゃんって言ってるから
2人から卵一個ずつもらったのかな?レナさんからだけだとアヤさん拗ねちゃうし。
まあとにかく可愛いのは間違いないな(確信



>>72
>マライアとロビン、どっちの言葉に共感しやすいか分かれそうだなぁ。

時期と状況が違うだけで、何年か前のマライアと今のロビンの気持ちや主張は同じだよね。ミリアムに笑われるくらい。
違うのは親鳥の覚悟か。ひよっこたちへの信頼度。さすがはかのバートレット大尉のダチやでwww

マライアの心のブレーキ踏めるのはプルだけなのか。
アヤレナさんの10周年記念サプライズの時にレナさんに胸倉掴まれながらガチギレされたのを思い出せ、マライヤ。
ロビンたちもマライアも彼女らから見れば等価値だ。

というわけでロビンの主張に一票。マライアさん、自覚あるみたいだけど親としてはまだまだ未熟ですなwww

おつー。

一人の親としては、マライアの意見の方に共感するなぁ。
自分の娘が12、3だったとして、戦場へ行くっつたら縛り付けてでも引き留めるわ。

経験なら、もっと他ですることだって出来るだろうしな。

ミリアムの言い方を借りれば
10mの木に登るのは危ないから止めるが
5mなら、まぁ、見守る、というか。

戦場なんて出したくないだろ。
マライアはそのために強くなったわけだし。

乙ー

まあここまで踏み込んどいて自分たちは行くけどお前は帰れはちょっとないよな
男なら家長権限だか隊長命令だかで無理やり言うこと聞かせることもあるけど
それも失敗しちゃったしな

戦闘に介入する時点である程度言い含めておくべきだったよな

>>74
感謝!
アヤレナに通報しました。

>>75
感謝!!

男親は全く思い浮かばない…確かにwww
ここへきてダリルと結婚するマライアではないですねw


>>76
感謝!!!

お気づきになられましたか!
アヤレナ二人の頭をマライアのマ、に変えて、マヤマナですね。
まぁ、ただそれだけで、二人がアヤレナの子だと決まったわけではないですwww


>>77
感謝!!!!

ロビン派に一票!

マライアたんは、自分でも言っている通り、怖いんですよね。
覚悟が足りてないのに、踏み出しちゃったんです。

マライアとロビンが、いっちょまえの親といっちょまえの大人になる姿を描きたいのかもしれないUC編です。


>>78
感謝!!!!!

マライア派に1票!


>>79
感謝!!!!!!

そうなんですよねぇ、マライアたん、踏み込んでからヤバイ、ってことに気付いちゃったのです。
そこがマライアたんの落ち度と言えばそうなんですけども、それをしなきゃ、マライアがマライアたれない気もするわけで、悩むのですw





ってなわけで、つづきです。
 






 アタシがマライアちゃんとケンカをしてから半日、シャトルはグラナダの港に入った。

シャトルがアームに固定されて、ヘルメットを取ったマライアちゃんに言われてアタシ達もそれぞれ楽にする。

ここで物資の調達と、それから、フレートさんからの連絡を待つのと、

さらに、マライアちゃんは今回のことを母さんたちに報告するんだ、と言っていた。

特に、母さんたちへの報告、と言ったときには、アタシをジッと見つめてきた。

何を考えてるのかは感じられなかったけど、なんだか、当てつけみたいでいやな感じ!なんて思ってしまった。

でも、冷静に考えたら、母さんにもママにもあんまり心配はかけたくない、ってのが本音ではあるんだよね。

それにたぶん、そんなことを母さんたちに言ったら、マライアちゃんはきっと怒られるんだろうな…

ケンカしたとはいえ、アタシのせいでマライアちゃんが母さんに怒られるのは、あんまりいい気分じゃないな。

そのことについては…気は進まないけど、あとで謝っておこうかな…いや、やっぱりやめとこうかな…

 なんてことを思っていたら、マライアちゃんとミリアムちゃんが何かを話して、それからアタシ達の方を見てきた。

「じゃあ、さっき話した通り。カタリナとマリは、ミリアムと一緒に医療物資を揃えて。

 プルとメルヴィはあたしと一緒に、情報収集と、その他に必要なものを雑多で揃えに行くから、着いて来て」

マライアちゃんはそう言って班分を発表する。

アタシの名前は、なし、か。そうだよね、勝手にしろ、だもんね。

「ならアタシはミリアムちゃんの方に着いて行く」

わざわざ、マライアちゃんと一緒に歩く気には、今のところはなれないから、アタシはそう言った。

それを聞いたミリアムちゃんが、肩をすくめてマライアちゃんを見る。マライアちゃんは大したリアクションもしないで、

「じゃぁ、それぞれ準備ね」

なんておすましして言って、自分はさっさとシャフトを通ってラウンジの方へと飛んで行った。

もう、ほんとにいやな感じ。せっかく気持ち入れ替えようと思ったのにあんなんじゃ、そんなのも全然できないじゃない。

 アタシは相変わらずのマライアちゃんにまた気分を悪くしながら、

それでもとにかく気持ちを整えてから準備をして、ミリアムちゃん達と港を出て、市街地区へと向かった。

 月面都市は、フォンブラウンに次いで2つ目だけど、グラナダはフォンブラウンとはちょっと雰囲気が違った。

なんだろう、フォンブラウンは、なんとなく明るくて自由な雰囲気のある街だったけど、

ここグラナダは、どこかじっとりと重い雰囲気のする街だ。

決して荒れていたりとかそう言うわけじゃないんだけど、なんて言うか、

街全体に、押し込めた強い感情が行き場をなくして、内側から人や街を圧迫しているような、そんな感じ。

それほど強烈にそれが伝わってくるわけじゃないけど、どことなく緊張して、胸が詰まるようなところだった。
  


 「なんだか、妙な雰囲気の街だね」

アタシがミリアムちゃんを見て言ったら、ミリアムちゃんは表情を変えずに

「ここはね、月の“裏側”で、地球が見えないのよ。

 それに、この都市はサイド3、今のジオン共和国のコロニー群建設に大きく関わってきていたから、

 今に至ってもジオンシンパが多いの。

  アナハイム社の工場や研究所もあるんだけど、ここもジオン寄りで、

 すくなくとも3年前までは、ネオジオンのためのモビルスーツの開発と生産まで行っていたくらい。

 もしかしたら、今でもそれは続いているかもしれないわね」

なんて小声で説明をしてくれる。

 その説明だけ聞くと、アナハイムエレクトロニクス、って、すっごくひどい会社なんじゃないの…?

だって、モビルスーツやなんかを作っては、連邦にもジオンにも売ってるってことでしょ?

フレートさんとか、キーラさんに、あと、3年前に島に来たミシェルちゃんのお姉ちゃんのサブリナちゃん達が働いている、って言うから、

いい会社なんだとばっかり思っていたけど…戦争の道具を作っているんだよね。それって…どうなんだろう?

だって、戦争になったら兵器が売れるから、もしかしたら、商売を順調にやっていくためにも、

定期的に戦争があった方がいい、なんてことを考えてたりするんじゃないかな…いや、そんなのは、考えすぎ、か。

だって、アナハイムエレクトロニクスは、別にモビルスーツだけを作っているわけじゃないもんね。

PDAのシェアもトップだし、家電の中でも、テレビとか、通信機器とか映像機器関係は

どこへ行ってもアナハイムエレクトロニクスの製品が置いてある。

だから、そんな自分勝手な理由で、戦争を煽ったりとか、しない…よね…?

 そうは思ってはみるけど、アタシは胸のうちに沸いた、くすんだもやもやする気持ちを拭えきれずにいた。

 「医療物資、か…薬局はあるけど、あそこだけで揃うかな?」

マリが遠くにあるお店を指差して言って、カタリナを見る。

「どうだろう、メスと鉗子に…長めのピンセットとナート器具一式あればいいんだけど…」

「メスと鉗子はあるかなぁ?ナートセットも怪しいけど…」

「どっちにしたって、私とマリだけじゃ、臓器になにかあったときは止血くらいしか出来そうにないからね…

 麻酔は、まだ危ないと思うし…免許がないと、さすがに手に入れるのは難しいよね」

さすが、日ごろからユーリさんの手伝いをしているだけのことはある。

なんの話をしているのかは良く分からないけど、それがまたアタシにはすごいって感じられた。
 


「ね、ナートって、なに?」

アタシが聞いてみるとカタリナが

「ん、傷口を縫うことを言うの。ナートセット、っていうのは、まぁ、針と糸のことかな。

 持針器っていう針を持って縫う器具もあればやりやすいんだけど、それはまぁ、なくても大丈夫」

なんて教えてくれる。なるほど、縫うことをナート、っていうんだね。

そういえば、ずいぶん前に母さんが、一緒に島へお客さんを連れに行ったときに、

二の腕をピッと何かで切ったらしくて、パックリ空いた傷を、熱湯で消毒した裁縫用の針と糸で縫って止めてたな、

なんてことを思い出した。

氷でキンキンに冷やすと痛みが薄れていいんだよ、って笑ってた。

あんなことを、カタリナもマリも出来るんだろうな。将来、お医者さん、っていうのも悪くないかもしれない。

あぁ、でも学校へ行くのは高い、って聞いたな…そこまでしてなりたい、ってわけでもないや…

うん、それよりも、やっぱり料理をしている方が好きかな。

 でも、料理ってこういうときって役に立たないんだよなぁ。

やっぱり、もっとなにか別の出来ることを探さないといけない、か。

そもそも、手当てはカタリナとマリが出来るんだから、いまさらアタシが出来たとしたって、

マライアちゃんを見返すなんて出来ないし…。

 なんてことを考えてたのが漏れ出ちゃってたみたいで、マリがケタケタと笑いながら

「ロビン、難しいこと考えてないで、のんびりしようよ。ほら、グラナダ名物、うさぎ団子だって」

なんて声をかけてきた。う、うさぎ団子!?

フォンブラウンの名物は出かける前に調べたから知ってたけど、グラナダにもそんなのがあるなんて!

「あぁ、ほんとだね。買出し終わったら、みんなで食べようか?」

「いいの!?」

ミリアムちゃんがそう言ってくれたので、アタシは嬉しくなって思わず聞いていた。

うさぎ団子…串に小さな玉が何個も刺さってて、あの、茶色っぽい蜜みたいなのはなんだろう?

いい匂いがする…ん、これは甘いものを焦がしている匂いだ!ってことは、あの蜜は甘いのかな?砂糖系かな?

うぅ、楽しみ!

「私お財布置いてきちゃったよ」

「ふふ、あれくらい、ご馳走しちゃうわよ」

「えぇ!?ミリアムちゃん、優しいなぁ!」

マリの言葉へのミリアムちゃんの返事を聞いて、アタシはまた嬉しくなって、思わずそう口にしていた。

「それに比べて、マライアちゃんは今日はずるいし、意地悪だよ」

なんて言葉も、思わず、付け加えてしまった。でも、それを聞いたミリアムちゃんはクスクスっと声を漏らして

「マライアも優しいじゃない。嫌われたり、傷つけるって分かっていながら、

 相手のためを思って自分からそれを話すことが出来るなんて、私にはなかなか出来ないことだよ」

と言って来た。わざと、嫌われるようなことを、言う?

あれは、そうなるって分かってて、それでも、アタシ達に言った、ってことなの・・・?

「アタシ達のために?」

「うん、そうだよ」

アタシが聞いたら、ミリアムちゃんはニコっと笑顔でそんなことを言った。
 


 マライアちゃん、そんなことを考えてたのかな…?良く、分からない…

アタシ達は、ミネバ様を助けたい、ってそう思ってる。だけど、マライアちゃんはそれをダメだって言った。

戦争が恐いとか、死んじゃうかもしれない、ってのは分かる。

だけど、もし、アタシ達が帰ったことでミネバ様の助けになれないで、大変なことにでもなっちゃったら、

アタシは、絶対に後悔するだろう、ってそう思う。

だから、あれがアタシ達のため、だなんていわれても、全然納得も理解も出来ないよ。

「わかんないよ、それ」

アタシが膨れっ面でそういったら、ミリアムちゃんはなおも笑って言った。

「わからなくても、頭の片隅で、考えておいて。答なんて出ないかもしれない。

 出たとしたって、それは“どっちが正しい”か、とか、そう言うことでもないかもしれない。

 だけどね、考えておくのは大事なことだと思うんだ。

 考えるのをやめて、思考を固まらせてしまうことが、一番怖いことなんだよ」

ミリアムちゃんの声色は、優しくて、穏やかで、でも、それでいて、なぜだか力強く、アタシには感じられた。

ニュータイプでもないミリアムちゃんは、戦いの中で、なにを感じて、どんなことを考えて生きてきたんだろう?

ミリアムちゃんはルーカスちゃんの昔の仲間で、離れ離れになってからは、ネオジオンに身を寄せていて、

3年前のあのアクシズショックのときと同じときに、マライアちゃんに助けられたんだ、って、そんな“外側”の話は聞いたことはあるけど。

なにを経験して、なにを考えてきたか、なんて話は、聞いたことなかったな…いつか、聞いてみたいかもしれない。

きっと、ずっと一人で戦ってきたんだ、ってのは知ってる。

そんなミリアムちゃんは、今、アタシ達を見て、どんな風に考えて笑ってるんだろう?

 それからアタシ達は、薬局で必要なものを買い揃えた。

幸い、カタリナの探していた鉗子っていうのも、ナート、縫合に使う一式のセットも売られていた。

なんでも、近郊にある病院にそういう物資を卸しているんだ、と言う薬局だったみたいで、

小ぢんまりしていた割には、いろいろ置いてあったみたいで助かった、なんてカタリナとマリが顔を見合わせて笑っていた。

 それからアタシ達は、うさぎ団子をミリアムちゃんにご馳走になった。

ふわふわでモチモチの、お米か何かを練って作ったんだと思う玉を火であぶって、

そこに甘いシロップみたいのがかかっているデザートで、そりゃぁもう、飛び上がっちゃうくらいにおいしかった。

カタリナとミリアムちゃんは、それから食糧を買いに行くと言うので、アタシはマリと二人で、

お団子屋さんの前で、薬局で買った荷物の見張りをしながら、お団子を作る過程をじっと観察していた。

たいした手間はかかっていないみたい。

甘いシロップはソイソースと砂糖をメインにして作るんだ、って、お店のおじちゃんが教えてくれた。

ペンションに戻ったらさっそく作ってみようかな、なんて思って、

おじちゃんに聞いたシロップの作り方を頭の中で繰り返して記憶しようとしていたら、ふと、何かが触れた。

 この感じ…ニュータイプ?能力の感覚がする…でも、マリでもマライアちゃんでも、プルでもメルヴィでもない…

アタシ達以外の誰かが、近くに居る…そう思って、マリを見たら、マリもキュッと口元を結んでアタシを見ていた。

これは、敵意じゃない…なんだか、寂しい感じがする。ううん、寂しい、っていうどころじゃない。

まるで、大きな穴が心に開いてしまったような、そんな感じだ。
 

女性が落したのは写真だった。

ノーマルスーツを着た、金髪の男の人の写真…

「あの!落しましたよ!」

アタシは彼女にそう声をかけた。女性は、立ち止まってアタシの方を振り向く。

手に持った写真を差し出したら、彼女は

「あ…ありがとう、お嬢ちゃん」

と、ボソボソっと、こもった声で言ってきた。

「いいえ」

アタシが笑顔でそう言ってあげたのに、彼女は写真に目を落としていた。

でも、その刹那に、アタシは彼女の目に一瞬だけ、感情が灯るのを見逃さなかった。

「その人、大事な人だったんですか?」

「ちょっと、ロビン…!」

マリが声をかけてきたけど、アタシは彼女の目を見て、そう聞いていた。

彼女は、少し戸惑ったような顔を一瞬だけ見せて、それからすぐに、コクっと頷くと

「えぇ…そうね…私の、すべてだったのよ…」

とささやくように言った。ふつふつと、悲しみがわきあがってくるのが分かる。

「…悲しいんだね…その人は、死んじゃったの?」

アタシが感じ取ったことをそのまま聞いたら、彼女はすこし驚いたような表情を見せてから

「…ニュータイプ、なのね。そうよ…彼は、死んでしまったの…」

とまた、小さな声で言う。彼は、すべてだった、と、彼女は言った。

だから、そんな写真の男の人が死んでしまったから、彼女の心にはこんなに大きな穴が開いてしまったんだろうな…。

それは、とても悲しかった。

アタシには、大好きな人がいっぱい居るけど、でも、もしそういう人たちがいっぺんにアタシの近くから居なくなってしまったとしたら…

アタシ、どんな気持ちになるかな?想像しか出来ないけど、とっても悲しいし、きっと、泣きわめくだろうな…

みんなじゃなくたって、例えば、母さんとか、レナママにレオナママ、マリオンにマライアちゃんとか、レベッカなんかが居なくなったら、

アタシ、どうやって生きていったらいいんだろう…ずっと一緒で、そんなこと、これっぽっちも考えたことなかったけど…

でも、そうなったら、きっと悲しいよね…

「そうなんだ…悲しいね…」

アタシは、自分の胸の中に沸いた悲しさを、彼女に伝えた。母さんが、言ってた。

大事なのは、悲しいことを、一緒に悲しいな、って思うことなんだって。

楽しいな、ってことを、一緒に楽しいな、って思うことなんだ、って。

「…えぇ。ありがとう、そんな風に、言ってくれて」

女性は、アタシの想いが届いたみたいで、そう言って微かに笑った。

それから、写真を胸に抱いて静かにうつむいてから彼女は改めて顔を上げてアタシを見つめてきた。

「ありがとう、ニュータイプのお嬢ちゃん」

彼女はそう言って、静かに頷くと、ゆっくりとアタシに背を向けて歩き出そうとした。

「マリ、ロビン、どうしたの?」

そんなとき、ふと、後ろで声がした。振り返ったらそこには、ミリアムちゃんとカタリナに、

マライアちゃんとプルに、メガネなんかかけて変装しているらしいメルヴィの姿があった。
 


「あぁ、ごめんごめん、ちょっとね!」

アタシがそう声を上げたとき、今度は、ドサっと、音がした。

え?なに?

そう思って振り返ったら、さっきの女性が、マライアちゃん達の方を見て、

買ったばかりのお惣菜の入ったビニールバッグを地面に取り落としていた。

驚いたような、憎しみのような、悲しみのような、恐怖のような、なんだかいろんなものが入り混じった顔をしている。

な、なに…?どうしたの…?そう思っていたアタシの耳に、すぐそばまで歩いてきたミリアムちゃんの、静かな声が聞こえてきた。

「ナナイ・ミゲル大尉ですね…良ければ、少しお話をさせていただけませんか?お聞きしたいことがあるんです」

ミリアムちゃんは、相変わらず穏やかだった。

ナナイ、と呼ばれた女性の混乱した感じと比べると、あまりにも温度差があって、見ていたアタシも、

なんだか、混乱してしまいそうだったので、とりあえず、感覚を閉じて二人の様子を眺めていた。









 




 それからアタシ達は、ミリアムちゃんと、マライアちゃんの判断で、街の商業地区を離れて、街の隅にあった、小さな公園に来ていた。

宇宙へ物資を打ち上げるためのマスドライバーと、荒涼とした月面を眺めることの出来ようになのか、

耐圧ガラスの天井にから宇宙が見えている。アタシ達は、公園の中にあった、人のまばらなカフェに席を取った。

 マリが、一緒に食べようと言ってパフェを頼んだので、アタシはマライアちゃん達の話をそれを食べながら聞いていた。

ん、このチョコレート、普通のじゃないな?なんだろう、塩かな?妙に口の中で溶けてからの風味があっさりしてる…

隠し味、ってことかな。

うさぎ饅頭にも、しょっぱい漬け物みたいなのが乗っていたけど、

こう、甘さを引き立たせるための塩気、ってのは、それがあるだけで味が一段上品になるね。

これはやっぱり帰ってから試さないとな、なんて思っている横で、

マライアちゃんとミリアムちゃんは、ナナイ、と言うこの女性に、ポツリポツリと質問をしていた。

「それじゃぁ、あれからあなたは、レウルーラを離れてスィートウォーターから、ここへ?」

「ええ、そうよ、アウフバウム特務大尉」

ナナイさんは、見るのも辛いくらいの落ち込んだ表情をしながら、ミリアムちゃんの質問にそう答える。

「そうでしたか…最後まで指揮を執っていたと、元部下から聞いています。大変なお役目でしたね」

「所詮は、道化に過ぎなかったのよ。私も、あの人も…」

あの人、ってのは、あの写真の人だよね?誰なんだろう、あの写真…きっと大事な人だったんだろうけど、ね…

 「ね、ミゲルさん」

今度はマライアちゃんが口を開く。彼女の方を無言で見やったナナイさんにマライアちゃんが聞いた。

「“袖付き”、って、知ってる?」

それを聞いたナナイさんの感情が微かに動揺するのを、アタシは感じた。

アタシが感じたくらいだから、マライアちゃんもきっと見逃してないだろう。

このナナイ、って人は、箱を追っている連中を知っているの?

「…フル・フロンタルを首魁とする、ネオジオン残党…」

「フル・フロンタル…あれは、彼なの?それとも、別人?」

マライアちゃんがナナイさんをまっすぐに見詰めて、そう聞いた。

ナナイさんは、顔を伏せて、手にしていたコーヒーのマグを両手でグッと握った。

それから、微かに体を震わせて、喉の奥から搾り出すような声で言った。

「分からない…私には、彼が、分からないの…あの人は、あの人は、死んだ…死んだはずなのに…!」

その声は、まるで、彼女の胸を引き裂いて出ているような感じさえ受けた。
 


でも、マライアちゃんもミリアムちゃんも、冷静にそれを聞いて、

マライアちゃんが、冷たいって感じるくらいの調子で、ナナイさんに言った。

「教えて。その、フル・フロンタルについて」

ナナイさんは、しばらくそのまま、黙って震えていた。でも、しばらくして、気持ちを整えたのが分かった。

穴の開いた彼女の心のそこに引き込まれていた感情がわきあがってきているのが感じられる。

いつの間にか、はっきりと、悲しいんだ、と言う目をした彼女は話を始めた。

「あの日…アクシズが押し返されたあとに、周辺に居た味方部隊が、ロンドベルのガンダムと、

 それから、大佐の機体の脱出ポッドが回収されたのを目撃していたわ。

  私は、残存部隊を使って、大佐の居場所を探した。

 その結果、大佐の体は、ルナツーの連邦軍の軍事病院に収容されていると言う情報を掴んで、

 特殊部隊を使って、大佐を回収した。

 だけど、レウルーラへ戻ってきた大佐は、何もしゃべらず、何も見ず、笑うことも、涙を流すこともなかった。

 ただ、呼吸を繰り返すだけの、植物状態といっても良かったわ…。それでも、私は、彼を諦め切れなかった。

  原因は、おそらく、強力なサイコフレームの共鳴、もはやハウリングと言っても良いレベルの、

 サイコウェーブの爆発現象が間近に居た大佐の大脳皮質にそれが過剰な負荷となって伝播した…

 その結果、感情や、思考をつかさどっていた神経が損傷した。早い話が、過電流…脳神経が、焼ききれてしまったのよ…」

「あのとき見た、あの緑の光、だね…」

マライアちゃんがそう口にすると、ナナイさんは、コクっと頷いた。

「それでも…私は諦め切れなかった。回収した大佐を、強化人間の研究施設に運び込んで、人格の再生を試みたわ。

 神経節の再構築のために体細胞を使った再生医療も併用して…私は、彼に生きていて欲しかった。

 指導者としての力も、パイロットとしても技量も、私には必要なかった。

 ただ、彼が彼のまま、私のそばに居てくれていれば…本当にただそれだけだった…

 1年経って、“それ”は、目を覚ました。奇跡が起こったんだと、私は思ったわ…でも、それは違った。

 目を覚ましたのは、もう、あの人ではなくなっていた。自分の意思も、私への愛も、彼の中からは消えていた。

 彼の抱えていた、私が癒すことの出来なかった孤独も傷付きも、迷いも、彼の中にはなかった。

 感情の一切が、彼の中からは消えうせていた。あるのは、微かな記憶の残滓だけ…。

 それは感情も伴わない、なんの脈略もない、反応として湧き上がってくるだけのもの。

 データディスクと同じだったわ。キャスバル・ダイクン、いいえ、シャア・アズナブルは消えてしまった…

 残ったのは、彼が使っていた体と、刻まれた微かな記憶としての電子情報だけ」

「それが、あの、フル・フロンタル?」

マライアちゃんが、そう尋ねる。しかし、ナナイさんはそれには首を振った。

「分からないわ。彼が本当にもう戻らないんだと気付いたとき、私はスィートウォーターから逃げ出していた。

 その後、あの体がどうなったのかは、私には分からない。

  ただ、その後レウルーラがジオン共和国のモナハン・バハロと接触したしたと言う情報があったわ。

 記憶の操作や強化手術と洗脳を受けてフル・フロンタルと名乗るようになったのかもしれないし、

 あるいは、別の人間を、よりそれらしく操作し、強化するための素材として使われたかもしれない…

 でも、それももう、関係のないこと…」

ナナイさんは、そう言って静かにポロポロと涙を流し出した。
  


 話を聞いていたアタシは、なんのことを言っているのかはなんとなく理解できていた。

あのときの、赤いモビルスーツに乗っていた、冷たくて空っぽの感じのするパイロットのことだろう。

そうか…あの人が、そうだったのか、は分からないけど、

とにかく、あのパイロットと、ナナイさんの持っていた写真の人とは関係がゼロではなくて、その写真に写っていた男性は、

ナナイさんの恋人だったんだ…生きていて欲しい、って、そう思って、手を尽くしたんだ…

その、シャアって人は、幸せだったのかな…なんだろう、分からないけど…すごく、悲しい感じがする…。

 彼を失ったナナイさんの気持ちを思っているからなのか、

それとも、意思を失ってからも翻弄され続けるそのシャアって人のことを思っているからなのか、アタシ自信にも、良く分からないけど…。

「…後悔、してるんだね」

不意に、マライアちゃんが言った。後悔…?そうか、そうなんだ…これは、この感じは、後悔、なんだ…

「彼を、なまじ希望を掛けて治療をしたこと…人としての機能を再生させてしまったってことを…悔いてるんだね…」

マライアちゃんの言葉に、ナナイさんは、力なく頷いた。

「私は…あの人を失いたくないばかりに、あの人の姿形をした、ただの空っぽの入れ物を作り出してしまった…

 あの人を、汚してしまうようなことまでして、私は…私は…!」

ナナイさんはそう言ってとうとう、突っ伏して泣き出してしまった。

どうしてなんだろう…ナナイさんは、そのシャアって人を助けたい、ってそう思っただけなのに、

どうしてこんなに悲しんでいるんだろう?自分を責めているんだろう?後悔してるんだろう…?

だって、それは、結果的には助けられなかった、って言うだけで、そのシャアって言う人も、

もしかしたら、元に戻りたい、って願っていたかも知れないじゃない。

無理だ、って分かっていながら、それでもなんとかしようと思って、それでもできなかったんなら、

仕方ないことだと思うんだけど…違うのかな…?

そりゃぁ、悲しいけど、でも、出来なかったからって言って、するべきじゃなかった、なんて思うこともないと思うんだけど…

好きな人に生きて居てほしい、って、そう思うのは自然なことだって思うのに…

どうしてそれを、後悔しなきゃいけないんだろう…?

 アタシは、しばらくそうやって、グルグルと頭を回転させていたけど、結局、答えを出すことはできなかった。

辛くなったら、バカやる前に地球においで、ってマライアちゃんがペンションの場所を教えてあげてて、

ナナイさんを住んでる場所だ、って言う家まで送り届けて、アタシ達はシャトルに戻った。

アタシは、と言えば、答えが出ないナナイさんのことが頭の隅から消えずにモヤモヤした気持ちを抱えたままで、

出港するシャトルの窓から、ナナイさんのことを考えながら、ジッと離れていくグラナダを見つめていた。




 



つづく。


なんか、出てきた。

想定外ですw

ナナイってこんなやつだったっけ…



そう言えば、前スレCCA編はボチボチHTML化依頼するつもりです。

書き損じたことがあれば、何かを残して置いてくださいましw
 



ナナイは仕事をしてなければこんな女だったと思うよ。すごく納得できた。

>自分の意思も、私への愛も、彼の中からは消えていた。

これを本気で思っていそうなところが彼女の弱くて哀しいところなんだろうな。
元々愛ではなく一時の休息程度の関係だろう、シャアにしてみれば。
アムロとの闘いの最中に「口を挟むな!」と一喝した瞬間から最期までナナイのことなんか頭にあるわけないのに。

ナナイとレコアはオンナの弱さと哀しさを強調されたキャラだと思う。
セイラはHBの仲間がいた。ハモンさんは強かった。ハマーンは最期ジュドーに救われた。シーマ様はキャタピラに救われたw

ナナイさん、有能な美人だからなんとか救済してあげて欲しいなあ。



シーマさんの過去には涙したもんで、シーマさんが救われてすげえ嬉しかったんだよね
キャタピラどんならナナイさんも救ってくれると信じてる!

マライアたんの娘はマヤ&マナか…
ごめん、いつもの如く誤字かなんかだと思って勝手に脳内補完してたwwww
アヤ似のマヤとレナ似のマナがマライアたんに後ろから抱きかかえられて3人笑顔の絵が浮かぶwwww
マライアたん母娘ぺろぺろぐへhな、ちょっ、アヤさんやめて下さい僕の腕の関節はそちらには曲がりませんごめんなs

うさぎ団子…ジュルリ…
はっ! みたらしだコレ! よーしさっそく買ってくる!

>>91 名前:以下、2013年にかわりまして2014年がお送りします[sage] 投稿日:2014/02/11(火) 01:54:53.39 ID:da4aBjPCO
感謝!

ナナイ、違和感なくてよかった。急に出てきたもんだから、心配でw

>自分の意思も、私への愛も、彼の中からは消えていた。

そこ拾ってもらえて良かったです。ナナイは本気でそう思ってたんだろうなぁ、って思いますよねw
残念なお知らせかもしれないけど、ナナイを助ける予定はございませぬ…

あ、CCAの方へ書き残しも感謝!!!



>>92
感謝!!

ナナイさん擁護派がここにも!
うーん、しかし、ナナイさんはペンションの雰囲気には合わないんだよなぁ…

誤字じゃないですwwwなんか、サーセンw
アヤに腕をへし折られてる>>92さんを依頼しようかと思いましたが、キャノピにはこっちを描いてもらいました!
以下リンクあり!

>>93
そう!みたらしです!
美味しいですよね、キャタピラも好きなんです…w

ちなみに、うさぎ饅頭、うさぎ団子とうさぎ縛りなのは月だから、というのもあるのですが、
1st編からずっと読んでくれている仲良くさせてもらってる方で、このUC編続行の背中を押してくれたフォロワーさんにあやかってます!
うさぎさん、ありがとね!


ってなわけで、今回はキャノピ姫の投稿だけだけど、お許しをw
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/srmkids.jpg
 


キャノピ姫から追加でもう一枚来ましたw

二人の天使。
マライアたんとミリアムたんです。

二人は背中合わせの、双子の天使みたいなもんで
ミカエルとルシファーなイメージです。

二人が仲直りしたので、天界は今はきっと平和ですw
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/2angels.jpg
 

>残念なお知らせかもしれないけど、ナナイを助ける予定はございませぬ…

マジか!!残念だ……
それじゃあ何ですか?メスタ・メスアなら助けたとでも言うんですか!?
カレンさんの会社で雇ってあげれば世界一の運送会社にだって出来ただろうに!



あ、キャノピーさん。メカ描きませんか、メカ。マライアゼータとか……
資料や色指定はキャタピラが細部に渡るまでみっっっちりと教えてくれるはずですよw

マライア達が助けないのではなく、ナナイなら誘われても固辞するんじゃないかな
それを作者の視点から「ナナイは(作品としては)助けない」なんじゃないかと思う
つか、あのペンションの一味がこういう人を見て「助けようとしない」という選択肢はあり得ないww

どこにいけばキャノピー教に入信できますかね

>>94
あーあかん、これはあかんぞ
マライアたんが完全に母性にあふれた表情しちゃってますもん、何この表情最高
先日アヤさんに折檻された腕の一気に痛みも吹き飛ぶわー
うん、で、レナはなんでストロー3本一気に使ってるの?wwww
5人の表情ニヨニヨしながら見てた後に気が付いて飲んでたコーヒー吹き出した

>>95
アルバ島が天国に一番近い島になるんですねわかります
やっぱアルバで雑貨屋開きたい

キャノピ姫の絵にほっこりしてたらナナイさんのこと書き忘れてたorz

ナナイさん救済はないかー
残念だけど確かにアルバに誘われても固辞しそうっていうのは分るな
ナナイさんは辛く苦しい思いをしたけど、シャアを愛したことを後悔はしないと思うんだよね
苦しさのあまり涙を流すことはあってもシャアを忘れはしないし後悔もしない
想いを抱いたまま生きると思うんです、はい

>>96
>>97がいってくれているとおり、今のナナイはマライアがどう口説いても、
アルバに来る、って決断をできるイメージが沸かないのです…
沸かないところを無理に書いちゃうと、不自然になりそうで抵抗があり…

しかし、ふむ…カレンの会社に就職、か…ふむ…

キャノピは昨晩、Z3号機のガンプラの値段を見て愕然としてましたww


>>97
フォロレス感謝。
フォロー入れていただいたとおりです!
ナナイさんはなびかないよなぁ…


>>98>>99
キャノピー教に入信するには、まず、お布施として良いグラボをつんだPCを寄付してあげてください。
キャノピのPCはヴィスタさんなのでwwwwww
そういう事情で、いつも写メでごめんなさいってキャノピが言ってました。

レナさんに見えるだろう?しかし、レナさんじゃないんだぜ。
後ろのマライアの表情を見ながら、登場人物を当ててみてくだせぇ。
ストロー3本は、チビを笑わせているんです!

みんながナナイの心配をするもんだから、いろいろ考え出しているなう。
もしかしたらもしかするかも…?ww

って言うか、おまい>>92かww





みなさんにお知らせ。

ただいま、CCA編のHTML化依頼を出してきました。
駆け込みレスは今のうちにww

あと、キャタピラ珍しく、ややスランプ気味。
Zマーク編以来の書きたいことは決まっているのに筆が走らない病です。
土日使ってなんとか乗り越えるんで、それまでキャノピにリクエストでもしながらお待ちくださいww

寄付はできないがPCショップに勤めてるので、見積もり出したり組んだりすることはできるぞww

>>101
もちろん社割りも出来るな?
シャ「つまりそういうことだよ」

…オレ本人が買う場合でも、あまりマケてくんないんだ…
「友達が買うから」とか上長にいって、多少マケてもらうことはできるろ思うけど…ww
まぁ、かけあいの冗談ではあるけど、もし買うとかな捨てアドさらしてくれたら見積もるよー
カミユ「そんな大人、修正してやるっ!」

>>100
あれレナさんじゃなかったか
んー、レナさん似だからレナさんの遺伝子が…?
ちょっと想像してみらあ

PCはあんま知識もないから何も言えんなあ
ワープアで無い袖も振れないしwwww

【悲報】キャタピラ氏スランプ
気楽に書いたらいいんじゃないかな
スランプで負荷かかってる状態なのに無理してまた負荷かけちゃうと良くないと思うし
何事も無理は禁物、体調崩したりしないようにね
まあ某SF小説で10年近く待ったりもしたし、いくらでも俺は待っちゃう
1st編から読んでる勢なんて原稿用紙にして何枚分読んでると思ってるんだww

>キャノピ姫にリクエスト
マライアが生まれたばかりのマヤマナ抱いて嬉しくて泣き笑いしちゃってるところとか素敵だと思います
あとはマライアの少しえっちn、こんにちはアヤさん。…はい。…そうですよね。俺の利き腕で、…はい。すみませんでs

>>103
そうかぁ、世知辛い世の中だな…
キャノピも金がないらしいので、見積もりしてもたぶん買ってくれないw
すまないな、気を使ってもらって…

可くなる上は、キャノピの挿絵入りで全シリーズを順番に電子書籍で売るか。
その収入で、キャノピに良いPCを!w


>>104
左から、レベッカ、マナ、マヤ、ロビンですw

スランプは気にしないでくださいませ。
時間が集中する時間があれば、マライアのごとくスルリと乗り越えましょう。
明日か明後日の夜には投下いたします。

キャノピへのリクエスト、俺も見たい!
子ども産んで幸せ涙なマライアたん!キャノピ、頼んだ!

エッチなのは…あれだ、ティターンズの制服での女豹ポーズのマライアたんはまだ見てないなw




そんなキャノピから、寂しいバレンタインを送っているかもしれないみんなにプレゼントだ。

「アヤさんにお世話になってるからやっといてって言われただけだから!義理ってやつだから!」

ttp://catapirastorage.web.fc2.com/stv.jpg
 



こうやってキャノピーの絵を肴に雑談しながらキャタピラの筆が乗るのを待つのも楽しいなw
もちろんただの雑談スレにならない程度に、だけど。



ペンタブ&大画面マルチモニター&ハイエンドPC&プロユースグラフィックソフト
これでいくらぐらいになるんだろうな?
100万くらいで買える?

あ、キャノピー、よだれ垂れてるよ!w

1stから読み続けて初書き込み
何を隠そうガンオンで勝手にアトウッドの名前を使っているのは私だ!
いやほんとすみません、ちょっとだけやってみるつもりがはまっちゃって…
キャタピラ様読者様、誠に申し訳ありません
マライアかわいいよマライア

>>105
なんで俺ロビンは分ったのにレベッカは分らなかったんだろうwwww
流れや容姿から考えればレベッカだわなあ

女豹ポーズマライアティターンズモデル…(ゴクリ
まあしかしエロももちろんいいけどマライアたんはマライアたんっていうだけでパーフェクトな存在だからな
マライアたんのように可愛い者を愛でるのは人類の義務だな、うん
え、アヤさん俺今回自重してましたよ…愛でるという表現?ちょっ、首は…ぺろぺろぐへh

キャノピ姫万歳
マライアたんからのチョコとか義理でも家宝にするな
永久保存して神棚に飾るんだ

>>106
感謝!

困ったときにはキャノピーに間を埋めてもらう作戦ですw
100万を同人誌で稼ぐのはちと大変だろうなあ…

>>107
アトウッド本人きたぁぁぁ!!!!w
いやいや、読んでいただき感謝感謝!
連邦がアトウッドなら、ジオンはアウフバウムにしてくれなきゃダメです!w

>>108
アヤさんにしばかれるネタがお約束になりつつありますなw
マライアたん人気はすごいですw


さて、スランプを乗り越えられたのかどうなのか、キャタピラ行きます!

つづきです。
 





 「あれが、インダストリアル7、ね」

ミリアムちゃんがつぶやくようにそう言った。目の前には、青い宇宙空間に巨大な建造物が浮かんでいる。

こでれも、コロニーとしては中規模のモノで、しかも、まだ半分は建設途中だと言うんだから、驚く。

そりゃぁこんなのを作るんじゃ、木星あたりからたくさんの鉱物を運んでくる必要がある、ってのも納得だ。

 「あのコロニー、なにかくっ付いてる」

「ホントだ。エスカルゴみたい…」

マリとカタリナがそう言っている。たぶん、あのコロニーの先端に着いている変な形の突起物のことだろう。

エスカルゴ、ってのは確か、カタツムリのことだ。

うん、言われてみれば確かに、カタツムリみたいな形してるね、あれ。

<こちら、インダストリアル7管制室。貴船は、事故調査班で間違いないか?>

「えー、こちらシャトル“ピクス”。その通りです。アナハイム社より依頼を受けて、事故の被害状況調査に参りました」

<了解した。10番ケージへ誘導する。以降は、誘導ビーコンに従ってくれ>

「了解」

マライアちゃんが管制室と連絡してそう伝えた。

 グッとGが掛かって、シャトルが軌道を変える。

エスカルゴの部分を通り過ぎて、コロニーの反対側へとゆっくり近づいて行く。

 アタシたちはフレートさんにひと肌脱いでもらって、アナハイム社を通して被害状況の調査を承った調査会社の調査員、ということにしてもらった。

まぁ、会社なんてデッチ上げだし、マライアちゃん曰く、

「適当に報告書を上げて、別の会社に依頼し直してもらえるように仕向けるから問題ない」

だそうだ。

こういう時は、素直にすごい、って思える。

まぁ、でもすごいのはそう言うあれこれを仕込んだライオン隊長だけどね、なんて思ってしまうあたり、アタシもヒネくれてるな。

仲直りしたいんだけどなぁ、ホントは…

 このインダストリアル7は、つい先日に、連邦軍と“袖付き”との戦闘があってかなりの数の人が死傷した、って話だ。

コロニーの外壁にも穴があいちゃって、今は、隔壁を下ろして修理中ってことらしい。

街もかなり被害が出てるんじゃないかと思う、って言ってたのはフレートさんだけど、

マライアちゃんもミリアムちゃんも、どこか真剣な表情をしている。その予想はたぶん、間違ってないんだろう。
 


 シャトルがケージに入って、気密扉が閉じた。すると、マライアちゃんが立ち上がって、アタシ達を見つめてくる。

「いい、降りる前に、状況を整理しておくから、よく聞いてね」

その表情は、なんだろう、険しくて、鋭くって、なんだかもう、怖いくらいだった。

「まず、箱をめぐる力関係だけど、箱を追ってるのは、ネオジオン残党“袖付き”。

 それを防ごうとしているのが、連邦軍の外郭部隊、ロンドベルの船、ネェル・アーガマ。

 本隊も状況を掴んでるみたいだから、こっちはある程度信用できると思う。

 でも、状況から見て、連邦は一枚岩じゃない。

 それはたぶん、ビスト財団にしても同じで、

 連邦の一部勢力は、箱の存在なんて端からなかったことにするために、処分を画策している。

 ビスト財団も、箱を譲渡しようとしてる一方で、別の一派がそれを阻止して、

 多分、自分たちの利益のために使おうと目論んでいる。

  いい?ここから先は、味方なんていない。誰もがみんな、自分の中に野望を抱いてて、

 隙があれば箱や箱につながる情報を横取りするか、処分しようとしてくる。

 一瞬の油断が、命取りになりかねない。それだけは、心に留めておいて」

マライアちゃんは、ひとりひとりの顔を見ながらそう言って、それから最後にアタシの目をじっと見つめた。

分かってる。アタシ達は、ミネバさまの唯一の味方。アタシ達の仲間は、アタシ達以外には、ミネバさまだけ、でしょ。

逃げるわけにも、無茶をして死んじゃうわけにもいかないんだ。

まだ自分に何ができるかなんてわからない。でも、少なくとも覚悟は出来てる、と、思う。

怖さとか危険さの実感はまだ出来ない。だから、どこまでやれるかは説明できないけど…でも、必ず最後までやる。

そう、言える。

 アタシは口を結んでマライアちゃんに視線を返した。マライアちゃんは、なんにも言わずに、黙って頷いた。

それから

「じゃぁ、これからの班分けを説明するね。

 マリとカタリナは、ミリアムと一緒に行って、被害地域で情報収集に当たって。

 たぶん、ここで戦闘をしたっていうのは、ロンドベルの特殊部隊だと思う。

 どの程度のモビルスーツが出てきてたのか、と、それから、被害状況から、ネオジオンの機体の性能の分析をお願い。

  メルヴィは、あたしと一緒に来て。あたしはアナハイム社の工場を探してみる。

 たぶんどこかに、あの白いのを極秘に調整してた場所があるはずだから、そこを探して情報を抜き取ってくる。

 それから、プルに、ロビン」

マライアちゃんが、久しぶりにアタシの名前を呼んだ。嬉しい、って気持ちも少しはあったけど、

それ以上に、アタシは緊張感を覚えた。

それは、けっしてマライアちゃんが和解しよう、って言ってきてるんじゃない、ってのが伝わってきたから。

マライアちゃんの思いは、こう言っていた。

―――つまらない痴話ゲンカをしてるい場合じゃない…
 


 被害状況とか、そんなのを聞いてもほとんど何も思わなかったアタシも、マライアちゃんのその感覚には、

正直、恐怖を感じた。

感情じゃなくて、もっと違うところで行動を決めなきゃ行けない、って、マライアちゃんはわかっているんだ。

「プルとロビンは、コロニー内の工業地区を調べて。

 できれば、モビルスーツの試験場とか、そういうのが見つかればベスト。

 ただし、危険なことはまだしないで。今は、まだ、そのタイミングじゃない。

 少しでもやばいと思ったら、一旦引いて、あたしとミリアムに連絡をとってね」

「わかったよ」

「うん、わかった」

プルの返事に続いて、アタシもお腹に力を入れてそう返事をした。

マライアちゃんは、仕方ない、って思いながら、アタシが残ることに何も言わなかった。

これで、アタシがヘマをしたら、アタシは今以上にマライアちゃんを傷つけて、悲しませてしまう。

ケンカのまっさい中だし、ヒネくれちゃってるアタシだけど、それはダメだってわかる。

ケンカは悪いことじゃない、一方的に責めたりするんじゃなくて、ちゃんと相手の言うことを聞いて、

自分の言いたいことを言え、それから、最後には必ず仲直りする方法を考えろ、って母さんは言ってた。

こんな程度のことで、マライアちゃんを嫌いになんてならないし、どうでもいいなんて思わない。

仲が良いから、ケンカくらいするんだ、うん。

 アタシは自分にそう言い聞かせて心の準備を整えた。

お腹に、ぐっと力が入っている気がして、背筋がピっと伸びている。

 無理はしない。できることを探して、それをする。今のアタシがやらなきゃいけないのは、その二つ、だ。

 「じゃあ、行くよ。何かあったら必ずPDAで連絡を取ること。間に合わないときは、集中して呼びかけて。

 能力で呼びかけがあったら、必ずこのシャトルまで一目散に逃げてくるようにね」

マライアちゃんは最後にそう確認をした。

それから、誰からも質問や文句が出ないのを見て、また静かにコクっと頷いて、先頭にたってシャトルを降りた。

 格納庫を出てすぐのところに、制服を着た係員が居た。

「お世話になります。管理部のボイルと申します」

彼は丁寧にそう言ってアタシ達に挨拶をしてきた。

「アナハイムエレクトロニクス社からの依頼で、

 今回の件の調査を委託されましたスミスリサーチカンパニーの代表をしています、ジェーン・スミスです」

「ずいぶんお若い方もいらっしゃるんですね」

ボイル係員はそう言ってアタシに目を向けてきた。一瞬、ギクっとしてしまう。

でも、そんなのを聞いてもマライアちゃんは冷静だった。
 


「彼女は、職場体験の一環で同行しています。

 連邦のマーセナス議員の姪にあたられ、今回は彼女に戦闘の傷跡をお見せして、

 戦争や紛争の理解を深めて欲しいと言う、議員たっての希望でお引き受けいたしました。

 本来ならば、私達もかのような場所に関係者以外を立ち入らせることには抵抗があるのですが…

 こちらが、証書です、お目通し願います」

マライアちゃんはそう言って、抱えていたカバンから一枚の紙切れを取り出して係員に見せた。

彼はそれに目を落とす。

え、ちょっとマライアちゃん、そんなのアタシ聞いてないんだけど?!

なに、アタシ、そういう立場のフリしなきゃいけないの!?

そう思ってマライアちゃんの顔をチラっと見たら、マライアちゃんもチラっとアタシを見てきた。

―――適当に、話あわせて

そんなマライアちゃんの声が頭に響いてくる。え、ちょ、ちょっと!きゅ、急にそんなこと言われても…!

そんな風に内心戸惑っている間に、書類に目を通し終えた係員はまたアタシに視線を向けてきて

「まだお若いながら、立派な志、感服いたします、グレース・マーセナスさま」

と声をかけてきた。アタシは、胸がギュッとなるのをなんとかこらえて

「い、いえ、叔父様は、争いを知らぬうちは、政治など分からないと口を酸っぱくしておっしゃっておりましたので。

 アタシ…私は、それを鵜呑みにしているだけの未熟者ですわ」

と、なるだけお上品に返事をした。だ、大丈夫だよね?政治家のお嬢様、ってこんな感じだよね?

「いやぁ、そんなご謙遜を。うちのバカ息子にも聞かせてやりたいもんです。さ、どうぞ、ご案内いたします」

係員は朗らかにそう言って、アタシ達を先導して歩き始めた。

アタシはそれについていきながら、男からにじみ出てくる感覚を探る…うん、大丈夫…疑われてはなさそうだ。

一安心して、マライアちゃんを見たら、マライアちゃんは真剣な表情で、でもアタシをジッと見て肩をすくめた。

それは、なんでか良く分からなかったけど、暖かいものが触れたような、そんな感じがした。

 港のエリアを抜けて、アタシ達はコロニーの中に入った。

コロニーなんて、アタシは初めてで、思わず辺りを見回してしまう。壁がグルっと辺りを囲んでいて空に延びている。

その空の先にある天井にも、建物がたくさん建っていた。すごく、奇妙な感じがする。

海なんかに出ると、よく水平線が見えてその先が丸くなってるのが分かるけど、なんだかその逆を見ているみたい。

うーん、なんだろう、なんだか、めまいでも起こりそうな、そんな景色だな、これ。平衡感覚が狂っちゃいそうだ。

 「とりあえず、こちらが許可証です。それからコロニー内の地図と、移動用の軽車両を2台ご用意しました」

ボイル係員はそう言って、マライアちゃんに地図とキーに、紐のついたIDカードのようなものを手渡した。

「ほかに何か必要なものがありましたら、ご連絡をお願いします。

 重点的に確認をお願いしたいのは、市街地区のエリアですかね。

 人的被害については現在確認し切れているものについては今日か明日中には書面でお渡しできます。

 それから、要所には警備員を配置しております。

 もし、警備のものと何かありましたら、その際にもこちらへご連絡をおねがいします」

「感謝します」

マライアちゃんはそうお礼を言ってからアタシ達をみやって

「じゃぁ、いきましょう」

と声をかけてきた。
 


 アタシ達もそれぞれ係員の人にお礼を言って、先頭の車にはマライアちゃんとメルヴィ、

後ろの車両にはミリアムちゃんとカタリナにマリ、アタシとプルも乗り込んだ。

カタリナが助手席に乗って地図を覗き込んでいる。

アタシとマリは後ろから身を乗り出してカタリナの地図を覗き込んだ。

「どのあたりで調べ物したらいいのかな?」

カタリナが地図を見てミリアムちゃんに尋ねる。

「んー、私達は、被害の大きかったっていう市街地区に行ってみようか。プル達は、工業地区、って言ってたよね?」

「うん」

「工業地区は、港に隣接してる…車乗らなくてもよかったかもね」

カタリナがそう言って地図を指し示す。確かに、工業地区はコロニーの端。

港と同じブロックにそのエリアが書きこまれていた。

「そう。どうする?」

ミリアムちゃんがそう言ってきた。

「私達も、先に街を見て回るよ。地図で見ると、工場区画はそれほど広いってわけでもなさそうだし。

 先に広い居住区画を一緒に見て回ったほうがいいと思う」

プルが答えたら、ミリアムちゃんは

「そうね、そうしましょうか」

なんて、まるでランチのお店を決めるみたいな気軽さで返事をした。

「ね、ミリアムちゃん…ここって危なくない?」

アタシはさっきのマライアちゃんの話を思い出して心配になってそう聞いた。

もしかしたら、ここにもですでに敵が入り込んでるかもしれない。

アタシも十分気を付けるつもりだけど、あんまり大人数であれこれしてたら、見つからないかな?

でも、アタシのそんな言葉にミリアムちゃんは、ニコっと笑って

「大丈夫よ。このエリアなら路地も多いし万が一のときでも逃げ道はいくらでもある。

 息が切れるまで走って逃げるのは、得意だからね」

なんて言った。ミリアムちゃんは、ちょっとの心配も感じさせなかった。それが、アタシを安心させてくれる。

そんなアタシを見てミリアムちゃんは

「まぁ、こんなところに敵が居るとは思わないけど…むしろ危険なのはマライアとあなた達の担当の工場区画の方よ。

 気をつけてね。能力は研ぎ澄ませて、危険を早くに察知できるように、って、

 私はどれがどんな感じなのかはよく分からないけど」

って私達に言い添えてから、また笑った。ミリアムちゃんってば、優しいな。

こういう、励ましてくれるような気遣いは、マライアちゃんや母さんよりもうまいと思う。

甘えて頼るんじゃなくて、しっかりしなきゃ、って素直に思える言い方をしてくれるんだ。

そういう風に言われるのは楽だし、それに、信頼してもらっているみたいで、とっても嬉しい。
 


「分かったよ。マリ、もし別行動するようなときに何かあったら、集中して私を呼んで。すぐに助けに行くよ」

「うん、頼りにしてるよ、姉さん」

プルとマリがそう言い合っている。

二人の能力は、アタシ達とはまたちょっと違って、二人の間でだけはまるで響き合うみたいに感情が伝わるんだ、

ってマリが話してくれたことがある。

そりゃぁ、一卵性の双子みたいなもんだもんね。

アタシとレベッカも、割とそれに近い感覚でいろんなことを共有することがあるけど、マリとプルのはそれ以上なんだ。

無線なんかよりももっと役に立つはず。そう考えれば、別々に居ても、おなじところに居るようなもんだってそう思う。

意識を共有出来ちゃうような、そんな感じなんだ。

 ユーリさんはそれを、遺伝的な相似が、電気的な共鳴反応を起こしてそう感じるんだ

ってことを言ってたのを聞いたことがあるんだけど、正直なにを言ってるのかはイマイチ理解は出来てない。

とにかく、すごい、ってことだ。

 市街地区に車が入った。そして、アタシは、息をのんだ。そこは、確かにひどい状況だった。

ビルらしい建物は、大きな刃物で真ん中から縦に切られたみたいになっている。

あちこちで建物がつぶれていて、瓦礫だらけ。

ひどいところは、一面が更地みたいになっていて、黒くすすけた塊が転がっていたりする…

ギュッと胸を締め付けるような緊張感と恐怖がアタシを襲う。

これが、戦争…?これが、戦いの結末なの…?道路にも瓦礫がたくさん散乱していて、ガタゴトと車が揺れる。

そんな中、アタシは強烈になにかの気配を感じた。ハッとして、アタシはその出所を振り返る。

そこには一軒の大きなマンションのような建物があって、一部分が崩れてつぶれている。

そのつぶれた箇所から、強烈な思念が発せられていた。

―――怖い、怖い、助けて…そう、言っている。

「ミリアムちゃん!あの建物に誰か閉じ込められてるみたい!」

アタシは指を指しながらそう声を上げた。

「まだそんな人がいるの?!どこ!?」

ミリアムちゃんもフロントガラス越しに、向こうを覗き込もうとする。

でも、そんなアタシ達を見て、プルが静かな声で言った。

「ロビン…これは、違うよ。これは、死んだ人の思念…

 あの場所で死んだ誰かの思念が、あの場所に焼き付いてるんだよ」

「え…?」

し、死んだ人の、思念…?こ、これが、そうなの…?だって…だって、すごく生々しいよ?

まだ、生きてるみたいに…本当に苦しいって、怖いって、そう感じているのとおんなじような感覚なのに…

それなのに、死んじゃってるの?
 


「死ん…でるの?」

「うん…同じ思念が、繰り返し反響してるでしょ?生きてる人は、こうはならないんだよ…」

プルは静かに答えた。そんな…こんな、こんなに、怖いって…

この人は、こんなに怖いって思いながら、死んじゃったんだ…

張り裂けそうな、ううん、爆発して叫び出したみたいな気持ちが、こうやって、残ってるんだ…

これが、これが、戦争…?これが、戦争で死んじゃうって、そういうことなの?

アタシも何かあったらこんな風になるのかな…マライアちゃん達やプル達も、もしかしたらこんな風に思うの…?

ギュウっと、胸が苦しくなる。

怖い…怖いよ、そんなの…そんな、そんなのって、怖い…怖いし、悲しい…そんなの、そんなの、イヤだよ…!

「ロビン、戻っておいでー」

突然、ズビシッ、という音とともに額に鋭い痛みが走って、アタシは正気を取り戻した。

隣に居たマリがヘラヘラ笑いながらアタシを見てた。っていうか、痛ったぁぁぁぁ!思いっきりデコピンされた!

「しっかり。飲まれそうなときほど、その感覚に集中したらダメだよ」

マリはそんなことを言いながら、自分で弾いたアタシの額を撫でてくれる。

「あ、ありがと、マリ…」

アタシはマリにそうお礼を言う。これが、戦争…これが、戦いの中で起こる感覚…

あのとき、遠くから見ていた戦闘で白いモビルスーツから伝わってきたのと同じ感じだ。

まるで、アタシの意識を黒く塗りつぶすような、不快で、冷たい、そんな感覚…

「絶望…」

プルが呟いたので、アタシは思わずその顔を見た。

「それだけじゃない。憎しみ、悲しみ、恐怖…

 どんな正義があったって、戦闘になって湧きおこるのは、いつだってそんな感情なんだよ。

 それでも、そこにいる人たちは戦わなきゃいけないんだ。大事な何かを守るために…」

プルは静かな声でそう言った。プルの気持ちが、じんわりと伝わってくる。敵も味方も、みんなおんなじ。

それぞれが大事なもののために戦うのが戦争なんだって。

なにが大事かって言うのはひとそれぞれだけど、でも、何かを守るために、

相手の大事なものを打ち壊さなきゃいけない、何かを守る誰かの意思を消さなければならない。

それが、戦争…

 気が付いたら、アタシは、目からハラハラと涙をこぼしていた。

それが戦争…?だって、そんなのは…そんなの、悲しすぎるじゃん…

みんなが、アタシ達と同じように何かを守ろうとしているの?

アタシ達が、お互いに守り合うのと同じように、ミネバさまを助けてあげようって思っているのと同じように、

アタシ達を傷つけようとして来る人たちも、あの“袖付き”って人たちも、

ビスト財団、って人たちも、大事な何かを守ろうとしているの…?どうしてそんなことが起こるの…?

だって、それは、もともとの気持ちは同じじゃない。

少しでも、幸せでありたい、危険や不安じゃなくて、安全と安心が欲しい、って、そう願っているだけじゃない…

なのに、どうして…?おんなじ気持ちを持ちながら、どうしてお互いにそれを壊すようなことをしなきゃいけないの…?
 


「どうして…そんなことになっちゃうのかなぁ…」

アタシは、胸の内に沸いた気持ちを、誰となしに、口にした。

「…わからないよ。でも、そうするほかに、手だてがないのかもしれない…」

プルが静かに言った。

 手だて…それじゃぁ、それなら…戦う以外の手立てがあるとするんなら、戦争は起きないのかな…?

そんなの、本当にあるのかわからない…でも、でももしかしたら、戦うのとは違う方法があるのかもしれない…

どんな方法か、なんて、全然わからないけど…

「戦争以外の方法は…あると思う?」

「…わからない…そんなことが、本当にあるのかどうかも…」

プルが難しい顔をして、また静かに答えた。そうだよね…

それが、簡単なことだったら、こんなにずっと、戦争なんて続いて来てはいないんだ。

これまでにも、アタシ達以外にも、おんなじようなことを考えてた人がたくさんいたのかもしれない。

だけど、誰にもその答えを見つけられていないんだ。答えなんかないかもしれないけど、あるかもしれない…

でも、だからと言って考えなかったら、答えなんて出ない…マライアちゃんも、ミリアムちゃんも言ってた。

考えるのをやめるな、って。それは、“あきらめるな”って言葉にも似てた。

考えることを、悩むことを、あきらめるな、ってそう言っている言葉なんだろう。

戦い以外の方法で、安心と、安全を手に入れる方法、か…

「ふふ」

そんなアタシ達の会話を聞いていたミリアムちゃんが、急にそう声を上げて笑った。

思わず、アタシはミリアムちゃんを見つめる。

そしたら、ミリアムちゃんはなんだか嬉しそうな顔をして、ルームミラー越しにアタシを見て言ってきた。

「いっぱい考えてね。その答え、私も、ぜひ聞いてみたいから」

そんなことを言ったミリアムちゃんは、ニコっと、優しく笑ってくれた。





 


つづく。


 


サバ落ちしてたみたいですね。

続きです。

 
 






 あたしは、薄暗い中、黙々とキーボードをたたいていた。

ここは、インダストリアル7の一番“新しい”区画。

コロニービルダーが製造しているコロニーの始まりの場所にほど近いエリアだ。

途中に何人か、ボイルという係員の言っていたのとは別の警備らしい人間を見かけた。

対応するだけ騒ぎになりそうなだけだから、適当に撒いて、

メルヴィと一緒に、今はここ、コロニーの外壁と人工地盤の隙間からコロニービルダーとコロニーの接続部分まで潜り込んだ。

おそらく、コロニービルダー点検用の作業員室なんだと思う。

コロニーが順調に出来上がってきている今は、もう使われていないみたいだったので、都合がよかった。

とりあえず、出入り口すべてに施錠をして、部屋にあった端末にコンピュータを繋いで情報を漁っている。

 確かに、ここであの白いモビルスーツが作られた、ってのは、嘘じゃないみたいだな。

確かな情報があるわけじゃなかったけど、

そこかしこに、UC計画という言葉とともに、RX-0と言う型式のモビルスーツらしきものを示す文章が残っていた。

RXナンバーは、連邦のモビルスーツの中でも、特別な機体にしか与えられないコード。

しかも付いてくる数字が、“0”ということになると、それがどれほどの意味を持つものかは、知れてくる。

一番初めの、アムロが乗っていたあのガンダムでさえ、RX-78。

それ以降も、RXナンバーを持つ機体は、78から数字が積み重なっていたし、ね。

 だとすると、やっぱりこの機体に、そのラプラスの箱のありかが隠されている、って言うのはあながちウソではないのかもしれない…

ビスト財団の、箱の開放を決めた人がどうしてわざわざそんなに手のかかることをしたのかは、分からないけど…

でも、あるいはその理由を探していくことが、もしかしたら、箱のありかを引き出す大事なヒントになるかもしれない。

隠して探させる、というのは、その行為になにかを求めたに違いないんだ。

いったい、それは、なんなのか…

 あたしは、そんなことを考えながらキーボードをたたいて次のデータを開いた。

それはすでに削除されたデータみたいだった。

あたしの組んだシステムが、そのデータを何とかサルベージして修復を掛けてはいるけど、文字化けやデータの損失が多い。

意味の通りそうな文字列は、全体の半分くらいか…あたしはそこに書いてある、断片的な文字列に目を走らせる。

と、ある表記に目が留まった。

―――PRX-0へのNT-D再インストール行程…

 PRX…?P…プロトタイプ、ってこと?あの白い機体がそうなの…?

ううん、これは…違う…RX-0用に調整された、このNT-Dとって言うのを、PRXの方に試験的に適応するための試験行程の表だ…

RXの方があの白いタイプだとするなら、あれとは別に、このPRXって言うのもあるってことだね…

あの機体、相当な運動性能だった。あたしにどこまで操縦できるかわからないけど、

もしあれに乗ることができたら、その気になれば、“袖付き”を単機で引き付けることもできるかもしれない…

これ、探してみた方がいいかな…?でも、待って、先に箱のありかに関する情報を集めなきゃ…
 


 「マライアさん」

モニターを見つめながらそんなことを考えていたら、そうあたしを呼ぶ声が聞こえた。

振り返ったらそこには、なんだか疲れた顔をしたメルヴィの姿があった。

まぁ、あたしとメルヴィしかいないんだから、それは当然だけど…

「なに、メルヴィ?」

あたしが聞いたら彼女はすこしモジモジしながら

「その…こういう言い方は、失礼かもしれないんですが、その…退屈です」

なんて、言いにくそうにそう訴えてきた。あぁ、ごめんね、メルヴィ。あたし解析に夢中になって忘れてたよ。

「ごめんごめん。じゃぁ、ちょっとこれお願いしていいかな?」

あたしは、予備のコンピュータを取り出してメルヴィに手渡す。

「私、システム関係のことはあまり得意ではないですけど…」

「そんなに複雑なことじゃないよ。ここのデータベースの内容を、全部メモリーディスクにコピーしてほしいんだ。

 毎回毎回ここへ潜入するのは正直面倒だし、

 出来たら、データだけ運び出してシャトルで解析した方が、気分的にも楽でしょ?」

あたしはそう説明をしながらメルヴィのコンピュータも端末に接続して、

それからポーチに詰め込んできていたディスクを何枚か手渡した。メルヴィを見て

「出来そう?」

と聞いてみたら、彼女はなんだか嬉しそうに

「はい」

と返事をしてくれたので、そっちの作業を任せることにした。

 メルヴィはあたしの隣に座って、慣れない手つきでキーボードを触りながらデータをコピーしている。

あたしも、黙々とデータベースを浚って、手掛かりになりそうな情報を集めて行く。

静かな時間が、作業員室を包み込んだ。

 そう言えば、メルヴィとはマリとユーリさんを助けてから、ずっと会ってなかったな。

マリがプルとメッセージをやり取りするときに、時々写真なんかも送ってくれて、そのときになんどか顔は見ていたけど…

あのとき10歳くらいだったメルヴィも、もうすっかり立派になった。

歳とるわけだよねぇ、若い子の成長が著しくって、マライアおばちゃん、目もくらむ思いだよ、なんてね。

あたしもまだまだ、全然イケるけど、さ。それはそれとして、でも、メルヴィも結構変わったな。

最初に会ったときは、なんだか、自信のない、どちらかって言ったら、姫様の影武者としての役割を失くして空っぽな感じだったのに、

今は、なんだか充実している感じがじんわりと伝わってくる。

木星でのヘリウム採掘って言うのは過酷だ、って聞いたことがある。

そう言う状況下で、メルヴィもきっと強くなったのかもしれないな。

なんてことを思っていたら、メルヴィはあたしの顔を見てクスっと笑った。

あ、なに考えてたか、分かっちゃった?

なんだか、ちょっとだけ恥ずかしくなって、照れ笑いをしたあたしにメルヴィは言った。

「何がどう、って言うわけじゃありませんよ?」

「そうなの?ずいぶん大人になった気がするけど…」

あたしが言ってあげたら、メルヴィはクスっと笑って

「ずっと、ひとりだと思っていたんです、私」

と言った。一人…?どういう、ことなんだろう?


「私はね、自分のことをずっと知らなかったんですよ。

 自分が何者で、どうしてミネバさまの影武者としての教育を受けているのか、とか、そう言うことも。

 ただ、戦争が終わる直前に、研究所から逃げ出した先のアクシズで、

 私はハマーンに拾われて、ミネバさまと一緒に育ちました。アクシズは、私の家だったんです。

 あんなところでしたけど、みんなそれなりに優しくしてくれて、

 少なくとも私は、悪いところだと思ったことはあまりありませんでした。

 でも、心のどこかで寂しさを感じていたんです。

 自分は、何者なんだろう、自分の家族は、今はどこにいるんだろう、って、ね」

メルヴィは、目線をモニターに戻した。昔のことを、思い出してるんだろう…

ハマーン、って確か、アクシズで姫様やメルヴィの側近をやっていた人だよね…話には聞いたことがある。

その人も、きっと姫様とメルヴィを守ろうとしてくれてたんだろうな…

メルヴィの話を聞いたあたしには、そんな風に感じられていた。

「でも、あの紛争が終わって、連邦に逮捕された私を助け出してくれたネオジオンの残党が戻った先の船で、私は、

 ユリウスさんに会いました…彼女は、私に、本当のことを教えてくれました。

 ずっとひとりだと思っていた私に、家族がいる、って。半分だけ血のつながった、姉がいるんだ、って」

メルヴィはそう言って、ポロっと、一粒、目から涙をこぼした。胸が、なんだかジワっと切なくなってくる。

そんなあたしをよそに、メルヴィは話を続ける。

「それが、とても嬉しかったんです。ずっと一緒に育って来た、本当に、姉妹と同じように想っていたミネバさまが、

 本当に私の姉さんなんだ、って、それが分かった時に、嬉しくて、安心して、

 私、子どもみたいに泣いてしまったんです。あぁ、自分は、ひとりじゃなかったんだな、って」

そっか…あたしは、メルヴィとはあの船でほんのちょっと一緒だっただけだから、

彼女がどんなことを考えて来て、どんなことを経験してきたのか、なんて知らなかったな…。

でも、考えてみれば、メルヴィがそう感じていたのも当然だよね。

身寄りもなくて、それこそ、アヤさんの施設みたいに、一緒に暮らそう、って想いがあって生活しているわけじゃないところなら、

自分の家族のこととかに想いを走らせちゃうかもしれない。

そう考えたら…確かにそれって、寂しいし、辛いよね…あたしも、宇宙に出たての頃は、そうだったなぁ。

アヤさんにも、隊のみんなにも、家族にも会えなくて、ひとりぼっち。

ミハイル隊長のとこに配属になって、ルーカスと仲良くなってから、やっと安心できるようになったもんなぁ。

きっとメルヴィは、そんなあたしよりももっと寂しくて、でも、もっと嬉しくって安心できたんだろうな…
 


「そっか…メルヴィも大変だったんだね…」

あたしが言うと、メルヴィはくすん、と鼻を鳴らして、それからニコっとあたしを見た。

「はい…でも、だからこそ、私にとってミネバ様は、仕える主君以上に大切な人なんです…大事な、姉、なんです。

 だから、やっぱり、すこしでも助けになりたいじゃないですか」

そっか…そうだよね…それって、あたしがアヤさんや隊長達の役に立ちたい、って思ったのと、おんなじ気持ちだよね…

それは、分かるよ、メルヴィ。

「そっか…。じゃぁ、暇させちゃったのは、申し訳なかったね」

あたしがそう言ってあげたらメルヴィは、姫様に良く似た笑顔でまた笑って

「はい。これからは、どんどん、仕事を任せてください。できることなら、私、なんでもやりますから!」

なんて言った。

 なんだか、ロビンとケンカしてた自分が恥ずかしいな…ミリアムの言う通りだ。この子達はもう子どもじゃない。

もちろん、経験不足にもほどがあるけど、でも。

それぞれがみんな、ちゃんと考えて、何かのために行動しよう、って、そう決められるんだ。

 本当に、いつまでも、あたしがあれこれ口を出し続けるのも、違うのかもしれないなぁ…

 そんなことを思っていたら、モーターの回る音とともに、太ももにくすぐったい振動が走った。

ポケットに入れたPDAだ…

 あたしは、慌ててPDAを取り出して画面を確認する。そこには、ミリアムの名前が表示されていた。

画面をタップして回線を繋ぐ。

「ミリアム、どうしたの?緊急事態?」

「あぁ、ううん。そう言うわけじゃないんだけど、ね。ちょっとおもしろい物を見つけてさ。

 そっちの作業が済み次第、工場区画に向かってくれないかな?」

おもしろい物…?なんだろう…?

「なによ、おもしろい物、って?」

あたしが聞いたら、ミリアムのクスクスと言う笑い声が聞こえてきた。

「マライアの大好きな、モビルスーツ、よ」





 


つづく。

まったりモードが続いております…

アクションシーンじゃなくてごめんね。

でも、たぶん、これ、すごく大事だと思うんです、はい。
 

キャタピラの作品は色んな所に色んな魅力がある、もちろんまったりシーンもだ
マライアは何に乗るのか楽しみだ!多分アレだろうけどwwww

わっほぅい!復活したー!

みんな元気にしてるかな…?

とりあえず、続き落としていくぉ!

本編書き終わっちゃってるけど、量が量なんで、刻みながら行きます!


>>125
感謝!
えぇ、もちろん、あれに乗りますw
 







 1時間ほど経ってから、あたしはプル達が調べていたはずの工業区画へと戻ってきていた。

でも、そこにいたのはミリアム達で、プルとロビンの姿はなかった。

「ロビンたちは?」

そう聞いたあたしに、ミリアムは肩をすくめながら、

「シャトルに戻ったわ…ロビンが、限界だったみたい」

と教えてくれる。ロビン…あなたは慣れてないからね…ううん、こんなのに、慣れるべきじゃないけど…

ごめんね、ケンカなんかしてなければ、きっとあたしがちゃんと守ってあげたのに。

いや…でも、それも、自分の力で越えていかなきゃいけないこと、なのかな…

 そんなことを考えながら、工業区画の奥へとミリアムの案内にしたがって進む。

「よく、こんなところ、大手を振って歩けるね。こっそり進入しなきゃいけないと思ったのに」

あたしが言ったら、ミリアムは小さく笑って

「最初は、マリと私でそうしたのよ。そしたら、あれを見つけたから、ね」

と立ち止まって、何かを見上げた。

あたしもミリアムの視線を追うとその先には、どこか見たことのあるモビルスーツがケージに固定されている姿があった。

「これ…ゼータ?ううん、量産型の…リゼル、って言ったっけ…」

「この機体、コロニーへ突入してきたロンドベルが使っていたのと同型のみたいでね。

 その機体の破片の一部が民家を直撃していたんだけど、それが本当に連邦機のものかどうか、

 って言うのを現物と比較して確認したい、って言って、正式にここへ入れてもらったってわけ。

 コロニー側としても、連邦による被害と言うことになれば、いろいろと都合が良いんでしょうね」

「そりゃぁ、それが確かなら補償はコロニー側の言い値で決められるだろうからね」

そんなことを話しながら、あたしはリゼル、リファイン・ゼータガンダム…“ル”、って、何の頭文字だろう…

分からないけど…万が一のときは、これを強奪して戦うことも出来そうだね。

シャトルに積んである型落ちで中古で欠陥品を応急手当しただけのジェガンに比べたら、頼もしいったらない。

操縦性があたしに合えばいいんだけど…

「なんだか、懐かしい感じがするね。初めてあったときにマライアちゃんが乗っていたのと、兄弟なの?」

「うん、そうだね。同じ開発系統だから、そうなるね」

「そっか。うん、マライアちゃんの機体に似てて、ハンサムだね」

マリはそんなことを言って笑った。ハンサム、ね。マリがガンダムを褒めるなんてな…

プルもマリも、ガンダム憎しって言う意識操作を受けていたはずだって、聞いてたけど、

そんなことが言えるんなら、それももうすっかり解けてる、ってことだよね。

でも、それも当然、かな。

ユーリさんとアリスさんと、カタリナと一緒に居れば、マリだってプルだって、そんなものにとらわれることなんてない。

こと、ユーリさんに至っては、そういう洗脳的なものを解いていく方法も知っていそうだし、ね。

数は…3機か…1個小隊だけで警備が出来るとは思えないけど…

まぁ、でも、あたし達にしてみたら、都合がいいね。

これを強奪しちゃえば、少なくともモビルスーツに後ろから追われることはないだろうから。

シャトルに格納するのは無理そうなのが心配だな…牽引でなんとなるかな…ま、それはあとでもいいか。
 


 「どう、気に入った?」

ミリアムがそんなことを言ってきた。ないに越したことはないから、見つかってよかったけど…

「あのジェガンよりはマシだろうけど、でも、このタイプは操縦したことないから、なんとも言えないなぁ。

 ゼータと同じくらいに動いてくれればいいんだけど…」

「その、ゼータ、って、ロンドベルが昔使ってた、あのガンダムモドキがそうだったんでしょ?」

「あぁ、うん、リガズィね。あれにも乗ったことないし、コンセプト自体が独特だから、単純な比較は出来ないけど…

 でも、ギラドーガに比べたらずっと高性能だよ」

ミリアムの乗ってた機体だし、と思ってそう言ってやったけど、ミリアムは顔色ひとつ変えないで

「そう。どんな感じなの?これ」

なんて聞き返してくる。なによ、もう。

もうちょっと怒ったりとか、ふてくされるとか、カチンと来るとか、そういうの見せてくれたって良いじゃん。

なんて思いながらも

「んー、あたしの知ってるゼータ、ってのは、だいたい、反応速度が良くって、グンって加速する感じだったんだよね。

 早い話が、じゃじゃ馬」

と説明する。そしたらミリアムはクスっと笑って

「じゃじゃ馬ね、誰かさんにそっくり。私とも相性が良さそうで良かった」

なんて言ってあたしの表情を覗き込んだ。だぁーかぁーらっ!やめてよね、そういうの!

「なによ、あたしを乗りこなしてるつもりなの?」

「え?私まだ、マライアに“乗せて”もらったことはないけど?

 まぁ、もし乗せてくれるんだったら、うまくやれる自信はあるけどね」

い、い、い、いやいやいや!ちょ、え、ミ、ミリアム!

子どもだって…あ、い、いや、子どもってわけじゃないけど…わ、若い子がいるんだから、そういう話は…

っていうか!なに口説いてんのよ!あなた人妻でしょ!あたしだって、二児の母!

あたしが言うのもなんだけど倫理的にいけません!

「マライア」

なんだかワケも分からず動揺してしまっていたあたしにミリアムが改まって声をかけてきた。

「な、な、なによ?」

あたしが聞き返したら、ミリアムはニヤニヤと笑って

「顔、真っ赤だけど?」

と言ってきた。な、な、な、な…!?そ、そんなはずない!

あ、あたしにはアヤさんとレナっていう、心に決めた人がいるんだ!

い、いや、心に決めた、っていうか、必ず守るっていう、こう、騎士道精神的なあれで忠誠を誓った相手で、えっと…その…

 ミリアムは、なおも錯乱しているあたしを見てまた、プッと噴き出して笑ってから

「ともかく、もしものときにはこの機体が使えそうだ、って言うのはわかったかな。

 今日のところは、とりあえず戻って成果報告会でも開くとしましょ」

なんて、何でもないみたいにみんなに言った。

 ミリアム…あたしをもてあそんで!あなた、絶対に仕返ししてやるんだからね…!

そんなあたしの強い想いとは裏腹に、ミリアムはマリ達と楽しそうに笑いながら、もと来た道へと引き返して行った。
 


シャトルに戻って、マリとカタリナに手伝ってもらいながら、ミリアムとあたしとで簡単な食事を準備した。

メルヴィだけは、まだ固形物は食べさせてあげられないから、

とりあえず買い込んでおいたあたし厳選のチューブ食だったけど。

地球に帰ったら、まずはユーリさんに治療メニュー考えてもらわないとな。

 それをダイニングに運び込んで、食事をしながら今日の調査のしようと思ったけど、ロビンが姿を現さなかった。

「まだダメみたい」

とプルが心配そうな表情でポツリと言った。

戦場や、シドニーあたりに立ち込めるあの強烈な感覚をモロに受け続けちゃったんだろう。

かなり吐いた、ってプルは言ってた。心配だな…さすがに、あとで様子を見に行ってあげようかな…

なんてことを思っていたら、ふと、プルが首にかけたチョーカーのようなものをもてあそんでいるのが目に入った。

「あれ、プル、そんなのしてたっけ?」

「あぁ、これ?姫様のところから戻ってくる途中の宇宙空間で拾ったの。

 ほら、私のは姫様に預けちゃって、なんだか納まりが悪かったから」

プルはそんなことを言って笑う。なんだろう、宝石、ってわけじゃないな…

金属みたいな材質のT字ヘッドが付いてる。とくにきれい、ってわけでもないけど…

ていうか、宇宙で拾ったんなら、誰かの遺品、ってことだよね…うーん、それってなんだか不吉じゃない?

あたしがそんなことを言おうとしたら、

「ね、それで、ラプラスの箱、って言うのは見つかったの?」

とマリが話しかけてきた。

「え?あぁ、ううん。箱のありかはまだ分からなかった。

 でも、あそこのデータは全部抜き取ってきたから、それを解析するつもり。

 ただ、どうもあの白いモビルスーツがここに運び込まれたってのは本当みたい。

 NT-Dっていうシステムを組み込んでいるみたいだね、あの機体は」

「NT-D?」

あたしの言葉にミリアムがそう声を上げる。

「うん。まだシステムの断片しか見れてないけど…

 前にアリスさんに見せてもらった、EXAMって言う人工知能の起動ソースに形が似てたんだ。

 EXAMって言うのは、ニュータイプや強化人間のサイコウェーブを検地して起動する人工知能なんだけど…」

「あの機体には人工知能が?」

「ううん。どうもそうじゃないみたい。

 まだ確定じゃないけどNT-Dは、サイコウェーブを感知すると、サイコフレームが起動する仕組みになっているんだと思う。

 EXAMと同じで、リミッターが強制解除にもなるかもしれない。

 いずれにしても、機体の性能は大幅に向上する可能性が高い…」

「ニュータイプの存在を感知すると起動するとして、なんの意味があって?」

ミリアムが、沈んだ声で聞いてきた。たぶん、そう聞いては来てるけど、内心答えが分かっているんだ…。

「EXAMもそうだったらしいけど、おそらく、ニュータイプに対抗するために…ニュータイプを、抹殺するための機能、なんだと思う…」

あたしの言葉に、一瞬、場が静まり返った。
 


 そう…EXAMの発想を思いついたアリスさんは戦場からニュータイプを弾き出すためのものだと考えていたみたいだけど、

実用化に踏み切ったなんとかって博士は、ニュータイプを殺すことを念頭においていた。

このNT-Dも、基本的な考え方は同じだ…対抗するため、なんて、生易しい表現じゃない。

ニュータイプを憎み、消滅させるって意思が感じ取れる。

明らかに、これは、“あたし達”に向けられている兵器なんだ。そう考えたら、胸が詰まった。

言い知れぬ圧迫感がどこからか感じられる。

 「まぁ」

重い沈黙を破って、ミリアムが口を開いた。

「万が一戦うことになったとしても、それがニュータイプに反応する、って言うんなら問題ないわ。

 マライアに叩けなくても、代わりに私がやれるはず。それほど脅威だなんて思えない」

うん…そう、そうだよね…

ミリアムは、同じギラドーガに乗ったあたしとほとんど互角にやりあえるくらいの腕の持ち主だ。

あたしだって、落ち着いて能力を抑えれば、NT-Dを起動させないですむ。そうなれば、情勢はこっちが有利だ。

ただ、あの白いのは、袖付きに鹵獲された。袖付きの、あのクワトロ大尉に良く似た感じの男が使ってくる可能性もある。

そうなったときは…あたしとミリアムでやるしかない、か。似ているのは感覚だけであってほしいもんだな。

能力まで大尉と同じレベル、ってことにでもなったら、さすがにちょっと厳しいかもしれない…

念のために、対抗策は考えておいたほうがいい、か…

 「ミリアムさん達のほうは、いかがでしたか?」

話が途切れたとき、今度はメルヴィがミリアムに聞いた。

「市街地区に落ちていた機体は、さっきの格納庫で見た機体…リゼル、って言ったっけ?

 あれが、数機。それから、ジェガンもいくつか。それから、マリが言うには、ファンネルビットが二つ。

 これは、たぶん、あのとき見たつぼみのようなモビルスーツのものだろう、ってこっちはマリの意見よ」

ミリアムがそう言って、マリとプルを交互に見やる。二人は黙って頷いた。
 


「袖付きの機体はコロニーの中ではやられた形跡はなかったわね。

 ただ、コロニーの外側でギラドーガが何機か確認されてる。

 どれも、カメラでの目撃で映像にも残っているから確かね。

 規模は不明だけど…ロンドベル隊と思われる部隊は、かなりの損失を受けていると思うわ。

 引き換え、袖付きは、被害機がなかったとしても大規模な数がいるとは思えない…

 ただ、性能も腕も確かなのが揃ってる、って印象ね」

「いつになっても、物量の連邦と、技術と性能のジオン、ってわけね」

あたしが言ったら、ミリアムは肩をすくめて

「そうね」

なんて苦笑いをした。

 「じゃぁ、工業区画のほうはどうだった?」

今度はあたしはプルに話を振る。さっき格納庫を見つけたときの話じゃ、ミリアムたちも向こうへ行ったらしいけど…

「うん。ロビンのことがあって、あまり長い時間探索はできなかったけど、データベースは見つけたよ。

 とりあえず、内容はディスクに全部コピーしてきた。

 私にはできないけど、マライアちゃんになら解析できるでしょ?

 モビルスーツに関する内容なら、きっとコロニービルダーの方よりも情報量があると思う」

プルは、カレーのスープに浸したパンを頬張りながら説明してくれた。

データベース、か…たしかに、今日、コロニービルダーで調べた情報には、どこかに隠された工場があるって感じじゃなかった。

ってことは、調整を行っていたとしたらきっと、プル達の向かった工業区域だよね…

あたしが抜いて来たデータと合わせて分析しておかないとな。

あそこはあそこで、妙な情報が幾つかあった。例えば、PRXってやつだ。

工業区域以外にモビルスーツを組み立てたり調整したりする施設がないにもかかわらず、

どうしてただコロニーを建造するためのあの巨大な“船”にそんな情報があったのか…

そう考えたら、あの“船”がただコロニーを作ってるだけとは思えない…

きっと、あのモビルスーツに何かしらの関係があるはず。出来たら、分析は明日までには終わらせておきたいかな…

明日の予定は夕飯が終わったら考えるとしても、明日はここでデータをいじっているより、

あのモビルスーツを運び出す算段をつけたり、あのコロニービルダーの中を探索する必要があると思う。

持って帰ってきたデータはどう見積もっても少ないとは言えないから、こりゃぁかなり時間かかりそう…

少しでも眠る時間が取れるといいんだけど…

 あたしはそんなことを思いながら、マリとカタリナが作ってくれたカレースープにパンをつけて頬張った。

うん、おいしい。やっぱり、暖かい場所と暖かい食事と、暖かい笑顔が、一番の幸せだよね…

姫様、がんばってね。あたし、待ってるからね。ミリアムと、プルと、マリと、メルヴィとで、ね…。



 





 気持ちが悪いのは、多少治まった。

プルがちょこちょこ様子を見に来てくれて、スポーツ飲料とか、チューブのゼリーなんかを差し入れてくれた。

正直、ゼリーの方はまだ入らなそうだったからスポーツドリンクだけ飲んで、ひと息付いた。

重力のかかり具合もあるから、気分が悪いときは、床に寝たほうがいいよ、とミリアムちゃんが言ってくれてたので、

アタシは毛布に包まって、床に寝転んでいた。確かに、ベッドで眠っているよりもここの方が少し楽、かな…

 それにしても…あの悲鳴がこだまするような感覚には、完全に打ちのめされてしまった。

プルが、ずっとアタシに“こちら側”の意識を投げかけてきてくれていたから辛うじて飲まれないで済んだけど、

それでも聞こえてくるあの声は、アタシの精神を削り取るのに十分だった。

結局、アタシはマライアちゃんに任されたはずの工業区画の調査はほとんどできずじまいで、

プルに担がれてシャトルに戻ってきてしまった。

 正直、情けないな、って気持ちが強い。姫様のために、助けたい、なんて言ったのに、何にもできなかったな…

マライアちゃん、ああいうのも全部分かってて、アタシを止めたんだね…やっぱり、マライアちゃんにはかなわないな…

アタシはヤケッパチだったけど、マライアちゃんは冷静にアタシのことを考えて言ってくれたんだな…

それなのに、アタシ、自分の気持ちばっかりしか考えてなくてマライアちゃんにひどいこと言っちゃった…謝らないと…

 カタン、と音がした。振り返ったらそこには、カタリナの姿があった。

「大丈夫?ロビン」

カタリナは、そう優しく声を掛けてくれた。

「あぁ、うん…ありがとう、カタリナ」

「ほら、スポーツドリンク持って来た。もう結構な時間なんにも食べてないでしょ?宇宙で空腹のまんまでいると、あんまり良くないんだよね」

カタリナはそう言って、床を蹴って、フワッとアタシのところまでやって来た。アタシは床から体を起こす。

視界がグルグルするのは収まってる、かな。カタリナが肩を貸してくれて、アタシはベッドの上に戻った。

気分の方も落ち着いてきてる。これなら、飲み物だけじゃなくて、なにか食べれるかもしれないな…。

 アタシはベッドに腰掛けて、カタリナの持って来てくれたスポーツドリンクを飲む。

微かな甘さと、程よい温度が、喉と体を潤していく。

 「ふぅ…」

なんて、思わずため息が出ちゃった。

「ふふ、良かった。だいぶ楽になったみたいね」

そんなアタシの様子を見て、カタリナが笑顔になる。安心した、って感じがジワッと伝わってきた。

「ありがとう」

アタシはそうお礼をしてから、

「今は、どんな感じ?」

と聞いてみた。カタリナは笑顔のままで

「もう、今夜の会議はお終い。続きはまた明日、って言ってた。プルは今、シャワーに入ってるよ。

 メルヴィはもう寝ちゃってる。ミリアムちゃんとマライアちゃんは、まだラウンジでおしゃべりしてた」

と教えてくれる。

「マリは?」

「マリは、マライアちゃん達のオツマミ目当てで、二人にくっ付いてるよ」

カタリナはそう言って、声を上げて笑った。
  


 カタリナとは、アタシが5歳の頃からの付き合いだ。

ユーリさん達と一緒にアルバにやってきたときから、カタリナの優しい雰囲気がアタシは好きだった。

アタシにお姉さんがいたら、こんな人が良いな、って思うくらい。

そのことを母さんに話したら、母さんはカラカラっと笑って

「なら、そう頼んでみりゃいい。血がつながってないから姉妹じゃない、なんて、そんなことはないんだからな」

って言ってくれた。

それを聞いて、アタシは実際にカタリナに姉さんになって、とは言わなかったけど、でも、心の中では、そう思ってる。

 カタリナは、優しくて、絹みたいにサラッとしてて、でもとってもあったかで、一緒に居てすごく居心地がいいんだ。

カタリナになら、なんでも相談できる。もちろん、プルやマリが信用できない、っていうんじゃない。

マリは一緒に楽しいことをするときは、他の誰よりもアタシを楽しい気分にしてくれる友達みたいなお姉さん。

プルは困ったときに頼れるお姉さん。

カタリナは…そうだな、どんなアタシでも受け止めてくれる、頭が良くって、やっぱり、優しい、お姉さんだ。

「ニュータイプって、こういう時は大変だよね。

 私は能力は、本当に微かにそんな感じがするだけで、声が聞こえる、とか、肌に感じる、とか、時が見える、

 とか、そう言うのは良くわからないからさ。うらやましくもあるし、なくてよかったな、って思うこともあるんだ」

カタリナはそんなことを言ってくれる。アタシのことを心配してくれてるのがジンジンと伝わってくる。

あったかいなぁ…カタリナは…。まるで、レナママみたいだ。

 「あのね、カタリナ」

アタシは、カタリナの話には答えないで、彼女にそう声を掛けた。

カタリナは、なに?って表情でアタシを見つめてくる。

「あのね…カタリナは、プルとか、マリと、ケンカすることって、ある?」

こんなの、カタリナにしか相談できないって思うんだ。ね、だから、教えて。

「んー、プルとは、そんなことはあんまりないかな。

 プルは私なんかより頭が良くって、飛び切り優しいし、いっつも先回りして私に気を使ってくれたりしてさ。

 時々、悪いな、って思うこともあるんだけど、私も甘えちゃってる。

 私たちの中では、たくさん苦労もしてきてるし、一番お姉さんかもしれないね。

 マリとは、昔はしょっちゅうしてたかなぁ、くだらないことで。

 やれ、夕飯のおかずがどうの、とか、私の食べてる方のアイスの方がたくさん入っててずるい、とか、そんな感じでさ。

 あぁ、それと、マリは生理のときはちょっと機嫌が悪くなることがあるから、

 そう言うときに私が余計なこと言っちゃって、怒らせちゃったりとかもあったかも」

カタリナがそう言った。そっか、やっぱり、そう言うことはカタリナ達でもあるんだよね。

「そういう時って、さ。カタリナは、どうやって仲直りするの…?」

「どうやって、かぁ…そりゃぁ、アイスを分け合ったり、翌日はマリの好きなおかず作ってあげたりすることもあるけど…

 あぁ、でもそう言うこと聞きたい、って感じじゃないよね?」

「うん…もっとこう、大事なところ?」

カタリナがアタシを見つめて来たので、そう返事をしたら、カタリナは、んー、っと考えるそぶりを見せてから言った。
 


「相手の幸せを考えること、かな」

「相手の、幸せ?」

「そう!ほら、マリが良く言うじゃない。幸せ2つ、とか、3つ、とか。

 あれって、すごく大事なことだって思うんだよ。

 相手にどんなことしたら喜んでもらえるかな、とか、相手が幸せだって思うことってなんだろう、って、考えるんだよね。

 そうすると、自然とケンカしてる相手のことを考えちゃう。

 あぁ、あのとき、ああいったのがいけなかったのかな、とか、こんな風に想ってくれてたんだな、とか、

 そう言うことがなんとなく分かってくる。そうすれば、あとは簡単。

 たとえば相手がマリだったら、マリはあれを言っちゃったから怒っちゃったんだよね、ごめんね。

 でも、私はこう感じたからああいったんだ、とか、ね。本当は仲良くしたいんだもん。それだけで、十分。

 そこまで言えば、相手も自分がどう感じたのか、とか、どうしてそんなことを言ったのか、とか話してくれる。

 あとはもう、ごめんね、って言えば、それですぐに仲直りだよ。私達は幸せも分け合えるけど、

 ときどきそうやって、痛い思いも分け合っちゃうことがある。そんなときもね、基本はおなじだと思うんだ。

 二人して、痛かったね、ごめんね、って言い合う。痛かったのを二人で共有する、っていうのかな。

 そうすれば、ほら、痛かったのをお互いに分け合えて、また幸せ2つに戻れるでしょ?

 あとは、ハグでも頬っぺたにキスでも、なんで出来ちゃうかな」

カタリナは、話を終えて、アタシを見た。それからクスっと笑って

「マライアちゃんと、仲直りしたいんだね。ニュータイプじゃなくて、分かるよ」

なんて言ってきた。
 


「うん、そうなんだ…アタシね、街にいて、気持ち悪い声を聴きながら、ずっと思ってた。

 マライアちゃんに抱きしめてもらって、頭撫でてもらって、泣きたいな、って。悲しいんだ、怖いんだ、って。

 ケンカしてて、それが出来なくって、すごくつらかった。

 一緒にプルが居てくれて、助けてくれたからなんとか飲まれないですんだけど…」

「そりゃぁ、お母さんだもんね」

アタシが自分の気持ちを話したら、カタリナはそう言ってくれた。うん、そうなんだ。

マライアちゃんは、アタシのお母さん第4号なんだ。

それも、ずっと小さい頃から一緒に居て、怒られたり、褒めれたり、一緒にペンションを守ったり、

母さんをからかって遊んだりした。アタシ、マライアちゃんが大好きなんだ。

だから、今の状態はつらいんだ。ホントだったら、一番に飛びついて、ワンワン泣きたいな、って思うくらいなのに。

 「それで、私の話でなにかヒントになったかな?」

カタリナはそう言ってアタシに確認してくる。アタシは、笑顔を見せてカタリナに頷いた。

マライアちゃんの幸せはみんなの笑顔をみることだって、前に言ってた。

アタシ達に何かがあって、その笑顔がなくなっちゃうかもしれないのが怖かったんだよね、きっと。

そしたら、アタシ、やっぱり笑ってあげなきゃな。それから、言ってあげなきゃ。

アタシは、アタシのやろうと思ったことをしたい。

だから、お願いだから、マライアちゃんは、アタシ達を守ってね、って。

「そう、良かった。役に立てたみたいで」

カタリナはそう言って笑った。と思ったら、カタリナちゃんはアタシの頭をゴシゴシ撫でてきた。

それから、優しい声で言った。

急にそんなことをされたからびっくりしちゃって、撫でられながらカタリナを見たアタシに、

それでもニコニコの笑顔で笑いかけてくれてたカタリナは優しい声でアタシに言った。

「元気になったら、マライアちゃんのとこに行っといでね」


 






 「ねぇ、ミリアム。なんかあった?」

「ううん、今のところはめぼしいものはないかな…」

「ねぇねぇ、このビーフジャーキ開けて良い?」

「あぁ、うん、いいよ、マリ。あ、これは…」

「なによ?」

「あー、いや、違った。仕様書かと思ったら、鋼材のテスト結果だった」

「あ、マライアちゃん、お代わりいる?」

「うん、ありがと」

「あぁ、私にも頂戴。半分くらいで良いわ」

「はーい」

「ありがと、マリ」

「うわっ!このジャーキー、けっこう美味しい!ほら、マライアちゃん、あーん」

「ん?ふん…あ、ほんほら。おいしいね、これ」

「でしょでしょ?はい、ミリアムちゃんもあーん!」

「ん、ホント。ちゃんとしたお肉ね。合成じゃないみたい…あれ、マライアこれ見て!」

「なに?…これ…あの白い機体…?ううん、違うね…PRX-0…あの白いやつの、試作機だ…!」

私が見つけたのは、モビルスーツの仕様書のようなものの一部と、それから、スペック。

機体の簡易な図面から線が引かれ、細かな情報が書き込まれている。

何ページかあとには、表が添付されていて、そこには各スラスターやバーニアの出力や、積載限界重量なんかが入力されている。

私のモニターを覗くために体を寄せてきたマライアにモニターを向けて、私もマライアにすり寄るようにして、

モニターに目を走らせる。

 これは…スペックだけなら、ギラドーガなんて足元にも及ばない…

いいえ、ニュータイプ専用機だったヤクトドーガや、総帥の乗っていたサザビーって機体のさらに上を行っている…これを敵に回して先頭をするなんて、正直、ゾッとする。

まだ戦闘になる、なんて決まってはいないのにそんなことを思わされてしまうほどの数値だった。

 「んー、想像してたよりも過激だね、こいつ」

マライアがつぶやくように言った。それから、ポツリと、私とは正反対のことを口にした。

「あたしが乗ったら、敵なしだね、これ」

それを聞いて思わず笑ってしまった。さすが、と言うよりほかはない。プラス思考、とも違うのかもしれないけど、絶望に取り込まれやすい私と、

それに抗せるマライアとの差はきっとこんなところなんだろう。

「このコロニーにあると思う?」

そんなマライアに話をあわせて聞いてみたら彼女は

「んー、そうだったらいいな、と思って情報漁ってるところもあるんだ、実は」

なんて言って苦笑いした。その言葉の裏には、自分が乗ってみたい、と言うのと同じくらい

“敵の手に渡っている可能性を否定しておきたい”という気持ちがあるのは分かった。それは同感。もうすこし調べてみないとね。

「なら、私は重点的にそっちを調べてみるよ。システム関係は正直手の出ないところだから、マライアはその箱の情報とか、白いヤツの情報を探してみて」

「分業ね、了解」

そう言い合って、私達はひっついたまま顔を見合わせて笑った。
 


 「ねぇ、こっちのチーズも開けていいかな?いいよね?」

そんな私達の会話を縫って、マリがそんなことを聞いてきた。

それもまた、温度差があっておかしくて、笑ってしまう。

「うん、いいよ。私達のも残しておいてよね」

そう言ったらマリは嬉しそうな表情を浮かべて

「うん!」

と言うが早いか細くスティック状にスライスされたチーズの包みを開けて、

自分が食べる前に私とマライアに「あーん」とさせて振舞ってくれる。

それから自分でチーズを頬張っては悦にひたった表情をしている。

「マリは本当に食いしん坊だよね」

「初めて会ったときからそうなんだよ」

「あー、あれね…あやうく死んじゃうところだったからねぇ」

私が言ったら、マライアとマリがそんなことをしみじみと言い出した。

「なんのこと?」

「あぁ、初めて会ったときね、お腹空かせてたから、レストランでいっぱい食べさせたら、

 宇宙旅行症候群で、急性の血流ショック起こしちゃってさ。かなり危ないところだったんだよ」

「あのときはさすがに、自分が強化人間でよかったって思っちゃったよ」

マライアの言葉に、プルがそんなことを言って笑い出した。うーん、強化人間を笑いのタネに使えるなんて…

マリってば、すごいね…

「それに、ね」

そんなことを思っていたら、マリはさらに言葉を継いだ。

「食べられる、ってことは、すごく幸せなことなんだな、って思うんだ、私。

 撃墜されたキュベレイの脱出ポッドの中で、怖くて震えてて、お腹も空いてて、寒くて、凍えてて…

 このまま死んじゃうんだって、思ってた。

 そういうのがあったからだと思うんだけど、そういう、なんでもないことがとっても幸せなんだな、って思った。

 食べることも、カタリナやママ達とおしゃべりして笑ったり、

 寂しいな、って思ったら、そばに居てって、お願いしたりさ。

 もちろん、私もそういうことを、出来る限りみんなにしてあげたいって思う。

 マライアちゃんが教えてくれた大事なことは、こういうことだったんだな、ってあれからしばらくして思ったんだよ。

 家族ってなんだろう、とか、幸せってなんだろう、とか。

 大事なのはさ、チョコビスケットとアイスを一緒に食べるってことでも、

 一枚のチョコビスケットを半分にして食べることじゃないのかもしれない…

 どう言ったらいいのか分からないけど…両方食べようよ、って思ったり、

 半分にして食べようよ、って思う気持ちが、幸せなんじゃないかな、って思うんだ」

なんだか、驚いてしまった。マリって、いつも明るくて愉快で、いろんなことを素直に楽しめる子なんだな、とは思っていたけど…

それって、なんとなく、っていうか、場当たり的に、いろんなことを楽しんでるんだろうな、としか思っていなかった…。

平たく言えば、なんでもない日常のことを幸せだな、って捉えることが出来る子なんだね、あなたは…。
 


そう、そうよね…私も、3年前にマライアに会って、ルーカスと再会できて、

逃げたり隠れたり戦ったりしてきた人生から救い出してもらえた。

それから、は本当に、穏やかな日々を、あのアルバ島で、マライア達と一緒に過ごしてきた。

朝起きて、ご飯を食べて、海を見たり、泳いだり、マライア達とお酒を飲んでバカ話したり…

望んだこともない生活があの島にはあった。それはどうしようもなく心地良くて…

そう、私も確かに、そんな些細なことが、それ以上ないと思えるくらい幸せだ。

でも、そんなに深く、あの生活のことを考えることはしていなかった。

ただあるものを享受していただけで、いや、感謝はしたけれど、でも…

心地よかったばかりに、私はそれが、当たり前のように感じていたから…

 マリの言葉には、感心するどころか、反省させられてしまったような気分にさえなった。

私は、あの島での生活をもっと大切にしなければいけないな…

そう思っていたら、マリがチーズとビーフジャーキーを重ねるようにして私の口元に押し付けてきた。

「な、なに?」

「難しく考えすぎだよ、ミリアムちゃん。

 大事なのは、そういうことじゃなくて、幸せを何個まで増やせるか、ってことなんだから」

幸せを、増やす、か。うん、そうだね…ひとつの幸せを、みんなで共有すること。

共有できる人たちをたくさん増やしていくこと…

それが確かに一番大切で、一番簡単で難しいことなのかもしれないね…あるいは、それが、マリの答え、なのかもしれないんだね…。

 私はそんなことを思いながら、マリの差し出したジャーキーとチーズに噛み付いた。

塩気とチーズのまろやかさが合わさって、どちらもいっそうおいしく感じられる。

「なにこれ、おいし」

「でしょ?発見しちゃった」

「ふふ、いいこと教えてもらっちゃったな。これも幸せ2つ?」

「そうそう」

私が言ったら、マリは嬉しそうに笑った。

その笑顔は、レオナが見せるのと同じ、なんだか抱きしめてあげたくなるような、屈託のない、愛しい表情だった。

と、マリが何かに気がついたみたいに、ふっと後ろを振り返った。

 そこには、ロビンが居た。

 ロビンは、口をへの字にして、なんだか目にうるうると涙を溜めながら、

キャビンからベッドルームへ続くドアの前に立っていた。

次の瞬間、マリは私の隣にいたマライアの脳天に手刀を振り下ろした。ズコっと音を立てるのと同時にマライアが悲鳴を上げた。

「いったぁぁぁあぁ!」

そんなマライアにマリは言った。

「ヘタれマライアちゃん!そういうの、良くない!」

「うぅぅ…分かったよ…」

マライアも目に半分涙を浮かべて、コンピュータを置いてロビンの方に振り返った。

それから、のっそりと立ち上がったマライアは、ロビンをじっと見つめる。

マライアの口をへの字にして、ロビンとおんなじようにただ突っ立って固まってしまっている。
 


 どれくらいそうしていたか、とにかくどちらとも、身動きしないで、立ち尽くしたまま、時間が過ぎた。

さすがに見ていた私もちょっと戸惑ってしまって、そばに居たマリを引っ張って

「ね、能力で何か話ししてるの?」

と聞いてみた。そしたらマリは

「ううん。探り合ってはいるみたいだけど…」

と教えてくれる。あぁ、もう…なんなのよ、マライア!らしくない、もう、さっさとスパっと決めちゃいなさいよ!

ロビンがあんな顔してきてくれてる、ってことは、ロビンだって、そういう話をしようって思ってきてるんだから、

あなたがヘタれてどうすんのよ!

 そんなことを思ったら、マリが私の肩をポン、と叩いた。

見たらマリはニヤニヤっと笑いながらマライアの背中に向かって両腕を曲げたり伸ばしたりしている。

そのしぐさも、マリの考えていることも、おかしくって、私は笑いを堪えながら、でも、マリの考えに同意して頷いた。

それから、そっとマライアの後ろに忍び寄ってマリと息を合わせて、力いっぱい、その背中を突き飛ばした。

「へ!?」

そんな声を漏らしたマライアは、遠心力を振り切ってシャトルの中を、ロビンに向かって飛んでいく。

「わっ!わわっ!!」

突進してくるマライアを、ロビンがそんな悲鳴をあげながら全身で抱きとめて受け止めた。

ロビンはそのまま、ドン、と壁にぶつかって止まる。

 「あの、あのね…マライアちゃん…!」

そのままの体勢で、ロビンが口を開いた。なんだか、言葉が震えてる。ロビンも一生懸命だ。

でも、そんなロビンの口に、マライアは人差し指を立てて押し当てた。

「…ロビン、ひどいこといって、ごめんね。あなたの気持ちも考えないで、

 あたし、自分が不安なばっかりに、あんなこと言っちゃって…」

マライアは静かに、落ち着いた声で言った。

それを聞いたロビンも、自分の気持ちを落ち着けたのか今度は、なんとか震えをとめたような声で、

「アタシこそ、ごめん…マライアちゃん、心配してくれてただけなのに、わがままなこと言っちゃった…

 ごめんね、ごめんなさい」

とマライアに謝った。と、思ったら、ロビンは急に大きな声を上げて泣き出した。とたんに、私も胸がキュンとなる。

ロビンってば、ホントはずっとそうしたかったんだよね…分かるよ。

マライアは、辛いとき、そうやってすがりつきたくなるようなところがあるもんね。

アヤ譲りの懐の深さと、レナと同じくらいの優しさがあるから、当然なのかもしれないけど、ね。

 私は、それからしばらく、ピーピー泣くロビンとそれをギュッと抱きしめているマライアを、

切ないような、嬉しいような、良く分からないけど、でも、なんだか心地良い雰囲気を感じながら眺めていた。

ふふっと、笑う声が聞こえたのでそっちを向いたら、マリも幸せそうな表情で二人を見つめていた。

私の視線に気がついたマリが私を見て、その嬉しそうな表情でささやくように口にした。

「幸せ、4つ、かな」

「うん、そうだね」

私はマリに笑顔を返しながら、そう言って頷いた。

 



つづく。



とりあえず、ここまで。

続きは、また今夜にでも。

 

乙!復活の乙!
いきなり板が落ちた時はどうなるかと思ったけど無事に復活して良かった良かった

ロビンとマライアたんが仲直り出来てなんだか一安心
そしてヘタレマライアたん可愛いよぺろぺろぐへへ
さらにアヤレナを心に決めた相手と言いつつミリアムに乗られるマライアたんを想像してぺろぺろぐへへ

やっぱマライアたんぺろぺろぐへへですわ
リゼル乗り回すマライたんの雄姿が楽しみでならぬ

おっしゃサバ復活ー

そしておつー

>>141
感謝!

出たな、妖怪垢嘗ならぬ、マラ嘗!w

>>142
感謝!!
復活待ち遠しかったぜ!



ってなわけで、本日二度目の投下行きます。

投下間を持たせようかなとか、いろいろ悩んだ末に、彼の声が響いてきました。

守ったら負けるっ!攻めろっ!!うへあはぁぁぁ!


ってな感じで、いっきにクライマックスまで行っちゃいます。

それに伴って、一応警告。

今回投下分はUCの重大なネタバレ要素を含んでおります。

そういうの、イヤって方は、そっ閉じでお願いします。




以上、了承済みの方のみ、お進みください。

キャタピラ、イっきまーーーーす!


つづきです。
 





 目が覚めた。

なんだか、体の中の細胞が、全部キレイに入れ替わったみたいな、清々しい気持ちがアタシの胸の中に広がっていた。

あれからアタシは、作業を中断してくれたマライアちゃんに抱きかかえられたまま、ベッドで眠った。

こんなのはすごく久しぶりで、なんだかちょっと恥ずかしかったけど、

でも、それ以上に嬉しくて、ついついべったり甘えてしまった。

 時計は、朝の8時だ。ちょっと寝過ごしちゃったかな。

「マライアちゃん、起きて。朝だよ」

アタシは、相変わらずアタシにぐるっと腕を回してくれているマライアちゃんをゆすった。

「ん…んあぁ、ロビン、おはよう」

マライアちゃんは寝ぼけた様子でそう言って、アタシをギュウギュウと抱きしめてきて頬擦りを始めた。

マライアちゃんの胸に顔が埋まってしまって苦しいけど、こうされるのって、嬉しいよね…

やっぱり、アタシ、マライアちゃんが好きだよ…うっ、でもやっぱ、苦しい…息が…息がっ…!

 アタシはマライアちゃんの腕の中でもがいてなんとか拘束から抜け出すと

逆にマライアちゃんを抱えてベッドのマットレスを蹴って無理矢理にマライアちゃんごとベッドから抜け出た。

マライアちゃんは二度寝を諦めたみたいで、ふわぁぁと大きなあくびをして、体制を変えて壁に着地すると、

その壁を蹴って行ったさきにあった引き出しから自分の荷物から着替えを引っ張り出して、

着ていたスエットを脱いで、トレーニングシャツとパーカーにまったりとした動きで袖を通した。

アタシも着替えを済ませたところで、キャビンに続くドアが開いて、プルが顔をだした。

「あ、起きてたね、良かった」

「おはよ、プル」

「おはよう、ロビン。朝ごはんの準備できてるよ」

「ありがとう」

アタシが返事をしたら、プルはニコっと笑って引っ込み、ドアを閉めた。

 そのあとを追いかけるようにマライアちゃんとキャビンに出たら、もうみんな揃っていて、アタシ達を待って居てくれた。

「ごめーん、お待たせ」

「遅いよー。お腹空いちゃった!」

アタシが謝ったらマリがぷっと頬っぺたを膨らませて言った。でもすぐに笑顔になって、

「座って!食べよう食べよう!」

ってまるですごい楽しみって感じで言った。

 アタシとマライアちゃんも席に座って、食事を始めた。
 


「それで、今日の予定は?」

ミリアムちゃんが、パンをかじりながらマライアちゃんに聞く。

「昨日寝ちゃったもんね…とりあえず、アタシは引っ張ってきたデータの解析をやろうと思う」

マライアちゃんは、サラダをシャキシャキ言わせながらそう答えて

「ミリアムはさ、もう一度あの格納庫にもぐりこんで、潜入路の確保をして欲しいんだ。

 あと、隙があったら、格納庫全体の制御装置があったら、あとで渡す無線機を取り付けもお願いしたいかな。

 もしも、ってときに、こっちの遠隔操作で好き勝手できるようにしておきたいからさ」

とミリアムちゃんに頼んだ。

「ん、了解」

ミリアムちゃんは、ココアに口をつけながら答える。と、今度はプルが声を上げた。

「私達は、なにをすればいい?」

マライアちゃんは、んー、とすこし考えてから、

「プルは、マリと一緒に、コロニービルダーを探ってみて。昨日調べてたデータの中に、妙な場所を見つけてね。

 そこを確認してきて欲しいんだ」

と言った。

「妙な場所?」

マリがソーセージをムシャムシャとしながら聞き返す。

「うん。なんか、コロニー建造とは関係ない空間があるんだよね。

 外に面している場所じゃないから格納庫とか工場ってわけでもなさそうなんだけど、

 ここにもなにか別の情報があるかもしれないから、念のために、ね」

「うん、分かったよ」

マライアちゃんの説明を聞いて、プルはそう言って頷いた。

「カタリナとメルヴィには、マライアのサポートをお願い。

 私のほうは、一人でもどうにかなるけど、データの分析にはもうしばらく人手が必要そうだったから」

ミリアムちゃんがメルヴィとカタリナを見て言った。二人は、コクっと頷く。

 アタシは…なにをしたらいいのかな…?みんなの話を聞いていたアタシはそう思って、

マライアちゃんとミリアムちゃんの顔を交互に見た。そしたら、マライアちゃんが

「ロビンは、プルとマリと一緒に、コロニービルダーを調べて。プルとマリのサポートをしてあげてね」

といってくれた。それは、このコロニーについて警告の意味を込めてアタシ達にあれこれと言ったときとは、全然違った。

危険なことはしないでね、とは思ってくれてたけど、でも、それ以上に、信じてるよ、って気持ちが伝わってきた。

「うん。分かった」

アタシは、お腹に力を入れて、そう返事をして頷いた。
 


 「うん、よし。じゃぁ、今日の予定は決まったね!そしたらご飯さっさと食べて、準備しないとね!」

一通りは無しが終わったのを見て、ミリアムちゃんがそう言って全体をまとめた。

それからアタシ達は、さっさと、どころか、ぺちゃくちゃと面白話をしながらのんびりご飯を食べて、

それからまたのんびりと出発の準備を整えた。

 シャトルから出る前、マライアちゃんが、マリとプルに、どこから調達したんだか、拳銃をこっそり手渡した。

「可能な限り、使わないように気をつけてね」

マライアちゃんは真剣な表情でそう二人に伝えていた。プルはそれを聞いたら、優しく笑って、

「大丈夫。使いかた、ロクに分からないからね」

なんて言ってた。使わないよ、って、そういう意味なんだってのが伝わってきた。

それからマライアちゃんはアタシに向き直ると、肩に手を優しい表情で、アタシに言ってきた。

「ロビン…あなたの心に、従いなさい…ただし、くれぐれも、無茶をしないように」

それは、マライアちゃんなりの、信頼しているよ、と言う言葉だった。マライアちゃんの信頼だ。

これを、裏切るわけにはいかない。裏切るつもりもない。

アタシは黙って、でもマライアちゃんの目をじっと見つめて頷く。そしたら、マライアちゃんはニコっと笑ってくれた。

「よし、じゃぁ、みんな気をつけてね!なにかあったら、とにかくあたしに連絡して!

 どこにいたって必ず助けに行くから、無茶して怪我したりしたら絶対だめだからね!」

マライアちゃんの言葉に、全員が返事をした。

それから、アタシ達はマライアちゃんとメルヴィに見送られてシャトルを出た。

港を出たところに置いておいた車に乗って、プルの運転でコロニーの“奥”、コロニービルダーの作業区域へと向かう。
 
 コロニーの市街地区を走っていたら、プルがルームミラー越しにアタシに

「マライアちゃんと仲直りしたんだ」

と聞いてきた。

「うん。迷惑かけちゃって、ごめんね」

アタシが言ったら、プルは笑って

「別に。良くあることだよ。私とマリなんて、最初のころはしょっちゅうやって、母さんに怒られたもんね」

とマリを見やってクスクス笑い合った。

おんなじなのに、ケンカなんてするんだなぁ、と思ってみたけど、

でも、似すぎちゃってるから返ってケンカになっちゃうこともあるのかな…?

そういえば、アタシはレベッカとあんまりケンカしたことないなぁ…

「あー、でもシャトル生活の食事って、飽きるよね。せっかくロビンがいるんだから、何か作ってほしいんだけどなぁ」

「あぁ、それはそうだね。レトルトもインスタントも、どれもおんなじ味がするような気がしちゃうし」

「料理かぁ、一応キャビンに電熱器は付いてるから、それでなにか出来るか考えてみるよ。

 って言っても、グラナダで材料を買ったわけじゃないから、限界があるけど…」

二人がそう言ってくれたので、アタシも応えて、シャトルの冷蔵庫の中にあるものを思い出しながら頭の中のレシピノートを広げる。

確か、冷凍の細切れミックスベジタブルはあったよね。あとは、これもドライのだけど、ライスもあった…

本当はパスタなんかがいいかなと思ったけど、買ってないしなぁ…お肉は何かあったっけ…

あ、ベーコンのパックは買ったはずだ。あれが使われてなければ、野菜とご飯と一緒に炒めて味をつければ、

あのチャイニーズリゾットみたいなのが作れそうだな。あれ、ちゃんとした料理の名前はなんていうんだっけ?
 


 なんてことを考えていたアタシの頭の中に、遠くから何かが聞こえたような気がした。

同時に、クッと胸に苦しい感じなのが込みあがってくるような感覚もある。

「あとはさぁ、やっぱり甘いもの食べたいよね。アイスってまだあったっけ?」

「うーん、どうだったかな…ね、ロビン、冷蔵庫にまだ、アイスあった?」

マリと話をしたプルがそう聞いてくる。あぁ、そっか…二人は、アタシを心配してくれてるんだ。

だって、アタシ、昨日この街に居てあんなことになっちゃったんだもんね…

だから、アタシの好きな料理の話なんかを振って、注意をそっちに引っ張ってくれようとしてたんだ。

二人とも、優しいな…それに気がついて、アタシはなんだか嬉しい気持ちになった。

まだまだ今のアタシは、心配をかけないようにするのは難しい。

ううん、きっとアタシがどんなに頼れる大人になったとしたって、みんなはアタシを心配してくれるんだろう。

その気持ちをちゃんと受け止めてあげるには、大丈夫だよ、って言いながら、

でもその気持ちに甘えておくのがいいと思うんだ、アタシ。そういうのってさ、持ちつ持たれつ?っていうのかな?

ちゃんと、お互いを信頼して、で、大切に出来ている証拠だな、って思うんだ。

だから、ってことでもないけど、このままこの場に漂ってる感じを受け止め続けてたら、

アタシまたダメになっちゃうかもしれないし、ここは二人に頼らせてもらうんだ。

「アイスは、昨日気持ち悪いときにちょろっと食べちゃったけど、まだたくさん残ってたと思うよ」

アタシが答えたら、マリが体を躍らせて

「ホント?良かった!帰ったら食べようよ!」

なんて喜んでた。

 アタシ達は、そんな感じでおしゃべりをしながら市街地区を抜けて、コロニー造成地区へと辿り着いた。

マライアちゃんから手渡された図面を見る。図面の中の大きな空間に、ペンで記しがつけられていた。

これが話しに出ていた妙な空間、だ。図面で見ると、どうも酸素は供給されているみたい。

だとしたら、格納庫、ってわけではないよね。作業スペースにしては広すぎるし…いったい、なんなんだろう、ここ…?

 「まぁ、とにかく行ってみよう」

車から降りて考えていたアタシの背中をポンとプルが叩いて後押しをしてくれた。

とにかく、図面どおりに空間のあるエリアを目指す。

 それにしても、コロニーは見るのも来るのも初めてだけど、こうしてコロニーを作っている現場、っていうのも、初めてだ。

 あたりの景色は、昨日居た市街地区とも、工業区画とも違う。鉄の鋼材がむき出しになった“壁”が広がっている。

そこを覆い隠すように、出来上がったばかりの“地面”さらに奥のほうから送られてくる。

コロニーの地面はずっと外壁と表裏になっているんだと思っていたけど、どうやらそうじゃなくて、

外壁の中にもう一枚“地層”を作って、そこに生活基盤を作っているみたい。作業員なんかの姿はない。

マライアちゃんは、この作業自体はほとんど無人で行っていて、コロニーの中心部からビルダーの状況を逐一確認しているんだ、って話をしていた。

いわば、このコロニービルダーは瓶の蓋みたいなものなんだな。

で、その蓋の部分に瓶を伸ばしていく機能がある、って感じと言うか。うーん、そう考えると、ちょっと怖いよね…

もし、なにかの弾みでこの蓋が外れちゃうようなことがあったら…このコロニーの中ってどうなっちゃうんだろう…?

い、いや、そうならないようになってるんだろうけどさ、なんだか、ね、考えちゃうと怖いよね。

うん、ママ、宇宙ってやっぱり、なんとなく怖いところだね…
 


 アタシ達は図面を頼りに造成中のコロニーの内装を縫うようにして進む。

長い坂道を上がって、エレベータに乗って、奥へ、奥へと進んでいく。

やがて、アタシ達は薄暗い通路へと差し掛かる。本当に作業用の廊下みたいで、配管や電気系統の配線なんかも見える。

不意に、先頭を歩いていたプルが足を止めた。

スンスン、と鼻を鳴らしてから、マライアちゃんから預かったバッグから携帯ライトを取り出してあたりを照らす。

2、3歩進んで、プルはその場にしゃがみこんだ。

 「どうしたの、プル?」

アタシが聞いたら、プルは落ち着いた声で言った。

「血…しばらく時間が経っているものだけど…」

 血…?血液?

「マリ、ロビン、気配には気をつけて。ここで、なにかあったんだ…」

アタシとマリは、頷いて気を引き締めた。

能力を研ぎ澄ませて、あたりに人の気配がないかを探りながら、歩みを進める。

さすがに、緊張感はグングン高くなる。能力には、なにかを感じられないけど…油断は、禁物だ。

どれくらい移動したのか、アタシ達はある大きな扉の前に行き着いた。

この先が、図面に出ている広い空間みたいだけど…目の前にある金属製のその扉は、そう簡単に開きそうもないな…

「出来そう?」

「うん、やり方は、マライアちゃんに聞いてあるよ」

マリが声をかけたら、プルは静かにそう答えながら、提げていたカバンからコンピュータとケーブルを出した。

ケーブルを扉の脇についていたパネルに接続して、カタカタとキーボードを叩く。

すると、プシュっと音がして目の前の扉が開いた。

 その先に広がっていたのは、一面緑の芝生だった。さらにその先には立派なお屋敷が建っている。

「なに…ここ…?」

マリがそう声を上げた。アタシは、声すら上げられなかった。今までの、金属で出来た通路なんかとは別世界…

人口太陽ってのに照らされた、まぶしいくらいに明るい空間がそこには広がっていた。

それは、まるでカタリナの持っている絵本でみるみたいな、昔のお話に出てくるみたいな光景に、アタシは思えた。

「マリ、ロビン、何か感じる?」

プルが、静かな声でアタシ達に聞いてきた。感覚を研ぎ澄ますけど、何も感じない。アタシはマリを見た。

マリが無言でアタシに首を振ってくる。それを見てからアタシはプルに

「なにも感じない…人は居ない…と、思う」

と伝えた。プルはそれを聞いてコクっと頷いた。それからふう、といちど息を吐いて、

「行こう。あのお屋敷、調べてみないと」

とアタシ達に言って、お屋敷に頭を振った。
 


 アタシ達は、芝生の上を歩いて、まっすぐにお屋敷へと進む。芝生の上を歩いていて気がついた。

あまりの光景に最初は気付かなかったけど、この場所は、ずいぶんと荒れている。

壁も崩れているし、お屋敷にも崩れている箇所がある。市街地区ほどの被害ではないみたいだけど、

でも、傷みは激しい感じがする。ここでも戦闘があったんだ…

さっきの血液と言い、たぶん、モビルスーツ同士の戦い以外に、白兵戦でここを占拠しようとした連中がいた、ってことだ。

今は誰の気配もないけど、もしかしたら、ここを監視している人たちがいるかもしれない…

そのときには、アタシ達も戦闘に巻き込まれる可能性は低くない。

プルやマリは、モビルスーツの操縦はうまい、って聞いているけど、果たして、銃を使った戦闘はどうなんだろう…?

二人とも、アタシと一緒に母さんやマライアちゃんやカレンちゃんから護身術を習ってはいるけど、

相手がマシンガンか何かで撃ってくるくらいの相手だったら勝てるかどうか…

無茶はしないように、って、マライアちゃんは言ってた。

でも、すこしそのリスクを負わないと、この先には進めないかもしれない…

 「ねぇ、プル」

アタシはプルを呼び止めた。

「マライアちゃんに連絡しておこう。この先は、マライアちゃんの指示を聞きながら進んだほうがいいと思うんだ」

アタシは、そう言った。プルは、すこしハッとした感じの表情でアタシを見て、それから

「うん、そうだね」

と返事をして、PDAを取り出してアタシに手渡してきた。それから

「マリ、一応、拳銃を抜いておくよ。万が一のときには、発砲音だけでもさせておけば、威嚇になる」

「そうだね、了解」

二人はそう言葉を交わして、プルはカバンから、マリは上着の下に隠していた拳銃を手にした。

アタシはそんな様子を見ながら、PDAでマライアちゃんに電話をかけようとして、連絡先を呼び出していた。

そんなとき、ピッと画面が切り替わって、マライアちゃんの名前の表示が出るのと同時に、ブルブルとPDAが振動を始めた。

マライアちゃんから連絡だ…!アタシは慌てて通話ボタンを押した。
 


「マライアちゃん?アタシ、ロビン」

<ロビン?今、どこにいるの?>

マライアちゃんの声が聞こえる。なんだか、緊張した感じだ…なにか、あったのかな…?

「今、話にあった妙な空間、ってとこに来てるよ…芝生が強いてあって、立派なお屋敷がある…」

<屋敷…?そっか、じゃぁ、やっぱり、さっきのデータは間違いなさそうだね…>

電話の向こうで、マライアちゃんが何かに気がついたみたいに言葉を失っている。なに?どうしたの?

「マライアちゃん、どうしたの?なにかあったの?」

アタシは、心配になって、マライアちゃんに聞いた。そしたら、マライアちゃんは声を落ち着けてアタシに言って来た。

<いい、ロビン、聞いて。これから、カタリナとメルヴィをそっちへ向かわせる。

 合流して、二人から情報をもらって…あたしの解析したデータと、そっちの状況的を考えると、たぶん、間違いない>

間違いない、って…どういうこと?

「なに?話がわかんないよ、マライアちゃん!詳しく教えてよ!」

<ごめん、ロビン、今は時間がないんだ。とにかく、一度戻って、メルヴィ達と合流して。

 おそらくそこは、ビスト財団が作った隠れ家。その地下エリアに、例の白いモビルスーツを開発していた場所がある…>

「じゃぁ、そこに行けば、情報が手に入るかもしれないの!?」

<ううん、情報はもういいの。地下には向かわないで、カタリナ達と一緒に、屋敷の奥へ進んで…たぶん、そこにあるはず…>

「ある、って…まさか…」

<うん。おそらく、ラプラスの箱は、そこにある>

そう言ったマライアちゃんの声は、力強くて、確信に満ちていた。




 






 あたしは、メルヴィとカタリナと3人で、それぞれポータブルタイプのコンピュータを見つめていた。

黙々と、昨日のデータをさらに詳しく調べている。

 調べなきゃいけないことは山ほどあるんだけど、あたしはとりあえず、

最終目標であるラプラスの箱のありかを示す、っていう、あの白い機体、RX-0のシステムの残骸を探していた。

これは、あくまで予想だけど、OSのコードの中に、暗号化されたデータが隠されているんじゃないか、って、そう思ってる。

OSについてのデータはチラホラあるんだけど、どうも、そう言う類の情報は今のところ出て来てない。

まぁ、断片的なデータが多いせいもあるから、もうちょっと調べて、

最終的にそれぞれを組み合わせてOSを再生するのが近道だと思ってる。

0から作るわけじゃないから、まぁ、パズルみたいなものかな。

 メルヴィには、平行してあたしの見つけたデータの中にあったPRX-0と言う機体について調べてもらっていた。

敵の手に渡っていたら要警戒だし、まだこのコロニーのどこかにあるんだったら、

接収して手元においておくなり、破壊するなりしておきたい。

あの動きは、どう考えても危険だ。出来ることなら、設計図やなんかのデータそのものを破壊して置きたいところだけど…

それは、今は本題じゃないから、帰ってからルーカスと一緒にやるとして…

とにかく、PRX-0の所在も突き止めておきたい。カタリナには、コロニー全体の構造を調べてもらっている。

特に、コロニービルダー、メガラニカについてだ。

あの奇妙な空間もそうだけど、あのビルダーは、あたしが知っているのとはなんだか構造が違う気がする。

もちろん、型が違うから、といわれてしまえはそうなのかもしれないけど…

なんだろう、言葉に出来ない種類の違和感があった。

それを拭う意味でも、確認はしておいたほうがいい気がしてた。

正直、ただの勘だけど…この手の勘は、当たることはなくても、まったくハズレってことも少ない。

大きいことか、小さいことか分からないけど、とにかく何かがある…あたしは、そう思っていた。

 それにしても…RX-0のデータに出てくるのは、その仕様とNT-Dについてくらい。

OS関連のデータはパズルで組み立てながらやっているけど、中々それらしい情報もコードも暗号文も出てこない。

これだけ当たりがないと、さすがに前提が間違ってるんじゃないか、って心配になってくる。

例えば…あの白いのとラプラスの箱が関係なかったり、とか。

そんなだったら、ここでいくら情報をあさったって、箱のありかなんかには行き着かない。

何より、急がないと、袖付きの連中が先に箱のありかを見つけてしまったら、今のあたし達には抗し得る手段がない。

ましてや、連邦に先を越され様ものなら、箱の存在が闇から闇へと葬られる。

それが良いか悪いかの判断をする立場にはいないから考えないとしても、姫様との約束に反する。

袖付きや連邦の腹の黒い連中の思惑がどうであれ、あたし達を守りたいと言ってくれた姫様をあたしは信じるんだ。
 


 「マライアちゃん、これ、見て」

不意に、カタリナがそう声をかけてきてあたしの方へモニターを向けた。それは、何かのリストのようだった。

「資材納品表…メガラニカ整備維持班…?」

あたしは宛名を確認してから、さらに表に目を走らせる。と、妙な記述に目が止まった。

「エネルギーCAPに…推進剤…60mm機関砲弾…?」

「まるで、モビルスーツの部品みたいじゃない?」

カタリナがそう言ってくる。これが、メガラニカに納品されたの…?

工業区画じゃなくて、メガラニカに、なんだね…?待って、確か、昨日見たデータの中に、あの機体のスペックがあったはず…

あたしは思い出して、今チェックしていたデータのウィンドウを閉じ、取り分けて保存しておいたRX-0のスペック表のデータを開く。

60mm機関砲…やっぱりだ…ヘッドバルカンの口径と同じ…い、いや、でも、確かリゼルにも同型の機関砲が搭載されてたはず…

早合点は出来ないけど、でも、もしリゼル用だったとしたら、どうして工業区域じゃなくて、コロニービルダーに運び込む必要があったの…?

あたしはさらに表を確認していく。でも、他に納品されているのも、汎用的なモビルスーツのパーツや鋼材くらい…

決定的な手がかりになる証拠はない…けど…

「カタリナ、メガラニカの図面を詳しいのあるかな?」

「うん、これがそうじゃないかな」

カタリナはそう言ってキーボードを叩いた。そこには、あの妙な空間の中にも大雑把な区画があるくらいだったけど、とにかく図面が写っていた。

大きな空間は“上下”に二分されてて、さらに奥、あのカタツムリのような部分へと通路が伸びている。

この空間の片方は、もしかしたら、格納庫…?もし、メガラニカに格納庫があるんだとしたら…PRXもそこに…?

だとするなら、あたしが行って、直接処理をした方がいいかもしれないな…

そんなことを思って、なにかそれに関する情報はないかとデータを順番に流し見していたら、ふと、妙な文章があたしの目に飛び込んできた。

―――condition”Alfa” of activating La+ system>>”NT-D”activation*navigationdata[sys]

…La+システム起動条件、アルファ…?NT-D起動と位置情報…NT-Dと位置情報が、La+システムの起動条件…

La+システム…?ラ、プラス、システム…ラプラス…!これだ!

「あった!」

あたしは、思わず大声を上げていた。

「箱のありかですか?!」

驚いた感じでメルヴィがあたしのモニターを覗いて来る。

「ううん。でも、このLa+って言うのが、箱のありかを示すためのシステムだと思う」

「La+…ラプラス、ですね…?」

「そう!」

あたしが言ったら、メルヴィはすばやく自分のコンピュータのキーボードを叩いた。そうしながらあたしに

「その文字列は、先ほど見ました…!

 NT-Dと言うシステムについて調べていたときに、RX-0にインストールされた後付の補正システムと名打ってあったものですが…」

と言って、タンっと、エンターキーを叩いて、あたしの方にモニターを向けてきた。

そこには、La+システム言う内容のソースコードが書き込まれていた。これ…これ、La+システムの、内容!?
 


 あたしは、メルヴィのモニタに飛びついた。そこに表示されているロジックに目を走らせる。

 これは…起動条件…さっきの、起動条件アルファ、だ…位置情報とNT-D起動が条件…位置情報は…複数?

いや、これは、起動ごとに違う座標が表示されるシステムなの…?待って、最初は…この場所…

このコロニーのある宙域…その次は…ここは、どこ?ま、待って、えっと、ナビソフト…ナビソフト!

 あたしは自分の使っていたコンピュータの位置情報ソフトを起動して、ロジックに指定されている位置情報のデータを入力する。

あたしのコンピュータのモニタに表示されたのは…地球の衛星軌道上のポイント…この場所は…爆破された首相官邸…

ラプラスの残骸のある場所?今は、史跡ってことになっているけど…ここに箱が?

ううん、違う、まだシステムのコードは続いてる。あたしはそれを確認してから、さらにシステムの内容を読み進める。

位置情報と、NT-Dの起動…また、条件設定がされてる…この場所で、NT-Dを起動させると、次の位置情報が得られる、ってこと…?

次の位置は…ここは、トリントン…1年戦争でコロニーが落ちた、あの場所のすぐ近くだ。

このプログラムを作った人は、戦史を見て回れ、と言うの?

人の業を見せて、箱を託すにふさわしいかってことを、試しているというの?

まだ、コードがある。これが最後…。あたしは、ソフトにコードを入力した。ううん、入力していて、気がついた。

この座標って…もしかして…あたしのコンピュータに、位置が表示された…やっぱりだ…

最後の座標は、ここ、インダストリアル7…それも…メガラニカ、あのコロニービルダーの内部だ…!

 あたしは、全身を駆け巡った悪寒が背中に抜けていくのを感じた。そんな…まさか、ここにその箱があるの?

だとしたら、このプログラムを作った人は、本当に、あの白き遺体を使って、戦史を見せたかっただけ…

それを見て、その鍵を持つ誰かが何を思うかに賭けたんだ…それは、憎しみかもしれないし、悲しみかもしれない。

人の業をあざ笑う気持ちかもしれないし、あるいは、もっと別の何かなのかもしれない…

このプログラムを作った人は、いったい、鍵の持ち主に何を願ったの…?

 そんなことを思いながら、あたしはPDAを取り出した。それと同時にカタリナに言った。

「カタリナ、すぐにミリアムを呼び戻して」

「はい」

カタリナが返事をするのと、ほとんど同時くらいに、

「どうしたの?」

といいながら、ミリアムがキャビンに姿を現した…良かった!いいタイミング!

「箱の場所が分かった。これからすぐに行くから、準備お願い!」

あたしはミリアムにそう伝えて、改めてPDAの画面に目をやった。

と、いつのまにか、そこにはメッセージの着信の表示が光っていた。

このPDAは緊急用の特殊なやつで、連絡先を知ってる人はそう居ないはずなんだけど…

メッセージ、なんて、なんだろう?あたしは、浮き足立ちそうになった気持ちを落ち着けて、画面をタップしてメッセージを開いた。

これは…フレートさん?そっか、このコロニーの情報を教えてもらうときに、このPDAを使ったんだった。

それで、こっちに連絡してきたんだね。そんなことに、妙に納得しながら、あたしは本文に目をやる。

――――――――――――――――――――――――――――――

Need a scramble

――――――――――――――――――――――――――――――

そんな、単純な文章だけが横たわっていた。要、スクランブル…?どういうことだろう…?いつ受信したのかな?

あたしは、メッセージのステータスを確認する。そこには、つい2時間ほど前の時刻が表示されている。

スクランブル…緊急発進…?なんのために…?フレートさんは、あたし達がここにいることを知っているはずだ。

だとしたら、なにかの危険を察知して、それを知らせてくれているの…? 


 そう頭に思い浮かべた次の瞬間、あたしは反射的に、コンピュータのキーボードを叩いてた。

このコロニーの、港のレーダー情報が要る…フレートさんのメッセージの意味は、もしかして…!

 パッと、モニターの表示が切り替わって、画面にレーダー情報が出た。

そこには、一隻の船が、コロニーに接近して来ていることを示すビーコンが表示されている。

あたしは次いで、港の管制室の無線を傍受した。

<所属不明艦、その場で停船せよ。当コロニーは連邦政府の管理下にある。

 警戒ラインを超えた場合は、攻撃の意思ありと、連邦軍に通報する…繰り返す…!所属不明艦、その場で停船せよ!答えろ!>

やっぱり…!連邦?ネオジオン?ビスト財団…?あぁ、もう、敵が多すぎてどれがなにやらわかんないよ…

だけど、この調子じゃ、コロニーを攻撃するか、武力制圧でもかけようって魂胆に違いない…これは、まずい。

あいつら、ここに箱があるって知ってるのかな?

それとも、あたし達みたいに、情報を無理やり引き出して解析するつもりなのかな?

あぁ、もう!どっちにしたって、こんな方法は姫様のやり方じゃない。

別の何かで、それはあたし達が対抗しなきゃいけない相手だ…!

「マライア…」

ミリアムがあたしを呼んだ。彼女は、あたしをまっすぐに見つめている。うん、やるっきゃ、ない、ね。

「メルヴィ、カタリナ。聞いて。この情報を持って、すぐにプルたちと合流して!この場所に必ず箱がある。

 セキュリティの開け方はプルが知ってる。あぁ、それと、念のために、ノーマルスーツとランドムーバーを持っていって」

あたしは二人に伝えた。

「マライアちゃん達はどうするの!?」

険しい表情をしたカタリナがそう聞いてくる。

「あたし達は、この艦を足止めする…少なくとも、味方じゃない。

 箱がここにあるって分かった以上、すくなくとも、あなた達が箱を確保するまでは防衛が要る。

 だから急いで行って来て!長引けば、あたしとミリアムがキツくなる!」

あたしが言ったら、カタリナはさらに厳しい表情をして、頷いた。それから、メルヴィと顔を見合わせると

「マライアちゃん、死んだらダメだよ。ミリアムちゃんもね…!」

といってきた。

「お二人とも、どうか、ご無理はなさらないでください…!」

メルヴィもそう言ってくれる。二人は、それからパッと身を翻してキャビンから飛び出て行った。

 「うまい言い方ね」

二人が外に出て行ったのを確認して、ミリアムがそうささやいてくる。

ほかに言い方があったんなら、そっちが良かったな…あんなのは、ちょっとズルいよね…。

「ミリアム、あたし達もノーマルスーツ準備。戦闘になるかもしれないね…リゼルは行けそう?」

「この騒ぎだからね…コロニー警備の連中が先に乗って出て行かなければいいんだけど、って感じね」

うん、そう、そうだね…急がないと、抵抗すら出来なくなる…!
 


 あたしは焦る気持ちをさらに押さえつけながら、PDAでロビンに電話をかけた。

ほとんど呼び出し音が鳴らないうちに、電話口にロビンが出た。

<マライアちゃん?アタシ、ロビン!>

「ロビン?今、どこにいるの?」

<今、話にあった妙な空間、ってとこに来てるよ…芝生がしいてあって、立派なお屋敷がある…>

「屋敷…?」

メガラニカの中に、屋敷がある…?それはおそらく、ビスト財団の隠れ家か何かだ…ってことは…

さっきカタリナが見つけてくれた図面が、あってる、ってことになる…

だとしたら、La+システムの情報も、あたしの仮説も、たぶん、間違ってない…

「そっか、じゃぁ、やっぱり、さっきのデータは間違いなさそうだね…」

<マライアちゃん、どうしたの?なにかあったの?>

あたしの言葉に、ロビンが反応した。落ち着いて、あたし。とにかく要点だけをロビンに伝えないと。

「いい、ロビン、聞いて。これから、カタリナとメルヴィをそっちへ向かわせる。

 合流して、二人から情報をもらって…あたしの解析したデータと、そっちの状況的を考えると、たぶん、間違いない」

<なに?話がわかんないよ、マライアちゃん!詳しく教えてよ!>

「ごめん、ロビン、今は時間がないんだ。とにかく、一度戻って、メルヴィ達と合流して。

 おそらくそこは、ビスト財団が作った隠れ家。その地下エリアに、例の白いモビルスーツを開発していた場所がある…」

<じゃぁ、そこに行けば、情報が手に入るかもしれないの!?>

「ううん、情報はもういいの。地下には向かわないで、カタリナ達と一緒に、屋敷の奥へ進んで…

 たぶん、そこにあるはず…」

<ある、って…まさか…>

「うん。おそらく、ラプラスの箱は、そこにある」

あたしは、そう言い切った。電話の向こうで、ロビンが絶句しているのが分かる。

でも、ややあってロビンが気持ちを整えるのが分かった。それからすぐにロビンは落ち着いたトーンで

<分かった。いったん、外に戻るね>

と返事をしてくれた。さらにロビンは

<マライアちゃんとミリアムちゃんは?>

と聞いてきた。一瞬、迷った。これからあたし達がすることを、正直に言うかどうか…

うまく言い逃れることもできるかもしれない…でも、あたしは、ロビンを…あの子達を信用したい。

あたし達の子どもとして、じゃなくて、一人の人として、仲間として…
 


「たぶん、箱の情報を漁る目的で、船が来てる。あたしとミリアムは、その足止めに向かうよ。

 あたし達は、あたし達にしか出来ないことをやる。ロビン、あなた達は、あなた達にしか出来ないことをやって!」

ロビンは、黙った。ためらっているのか、悲しんでいるのか、電話じゃわからない。

しばらくの沈黙があってからロビンの声が聞こえた。

<分かったよ、マライアちゃん。気をつけてね>

ロビンの、何かを覚悟した、凛々しい返事が帰って来た。

その声にまるであたしは励まされるように、背筋が伸びるような感覚になった。

「任せて。そっちも、十分に気をつけてね」

<了解、じゃぁ、切るね>

「うん、連絡は、プルに渡してある無線機で取れるから、以後はそっちを使って」

<分かった。無理しちゃ、ダメだよ!>

「うん、ヤバくなったら逃げるから大丈夫!」

あたしはそう伝えて電話を切った。時間がない。

コンピュータのデータを自分用にディスクにコピーしてから抜き取ってキャビンを出て、ハッチの方に向かったら、

そこにはノーマルスールに身を包んだミリアムの姿があった。

「さぁ、行きましょう」

ミリアムが、引き締まった表情で、あたしを見て笑った。

まったく、だからその嬉しそうなのやめて、って言ってるじゃん!

あたしはそんなことを思いながら、ミリアムからノーマルスーツを受け取って急いでそれを着込んだ。



 





 「最短は、このルート?!」

「ええ!急ぐんでしょ!?なら、ちょっとくらいのリスクは覚悟してよね!」

私はそう言いながらマライアの腕を引っ張った。私が見つけた、シャトルから格納庫への一番の近道は、外に出ること。

宇宙空間を直線で行くのが最短で最速のルートだった。

点検用のハッチを開けてマライアを引っ張り出した私は、彼女を抱き留めながらランドムーバーを吹かした。

体に力が加わり、ゆっくりと移動を始める。いや、コロニーなんて巨大なものと比較するとどうしても速度感が薄れる。

実際はかなりの速さで飛行しているだろう。港部分の外に突き出した構造物の上を通過して前を見つめる。

もうすぐそこに、工業区画の格納庫へと続く構造物が見えている。

 私はランドムーバーを逆向きに吹かして、徐々に速度を落としていく。

「マライア、あのハッチよ!」

「オッケ。ワイヤー射出する!」

マライアはそう言って、手に持っていたワイヤーの先に付いた電磁石を打ち出す拳銃のような形をしたワイヤーリールの引き金を引いた。

宇宙空間にワイヤーが伸びて行って、コロニーの外壁にへばりつく。

「巻くよ!」

「了解。相対速度、もうすこし落とすね!」

マライアがリールを起動させてワイヤーが巻き取られていく。私たちの体も、コロニーへと接近していく。

ランドムーバーをかわらずに逆噴射しながら、位置と速度を調整する。そして、私達はハッチのすぐそばに接地した。

「あたしが開ける!体押さえてて!」

マライアが言ってきたので、私はノーマルスールの足の裏の電磁石をオンにして、外壁に体を固定して、マライアの体を後ろから押さえつける。

こうでもしておかないと、無重力空間で回転式のハッチロックを回そうとすると自分が回ってしまうからね。

マライアは、苦も無くハッチを開くと、まずは自分が滑り込むようにして中に飛び込んだ。

私もすぐにそのあとに続く。ハッチをくぐって、すぐにまたロックを回して密封する。

このエリアにはエアーが充填されていないのは確認済みだから、こんなすんなり来ることが出来た。

次のハッチの中は気密のための二重扉になっているから、エアーに弾き飛ばされるような事故はないはず…

「ミリアム、次は!?」

「すぐそこの区画扉!Gって書いてあるやつ!」

私が指差さしたら、マライアはすぐにそれを見つけて、扉に貼り付いた。

マライアが開けたその扉の中に二人して飛び込んで、いったん扉を閉め、さらに前にあった二枚目の扉を開ける。

その先に広がっていたのは、私が確認していた通り、モビルスーツの格納庫の、ちょうど天井側。

3機のリゼル、って機体を見下ろす形だ。格納庫には、人の姿がある。

パイロットって感じじゃないけど、みんなノーマルスーツを着込んでくれてはいる。

これなら、多少無茶をしても大丈夫かな…
 


「ミリアム、あたしはあっちの機体へ行く」

「了解。じゃぁ、私はその隣ね」

「じゃぁ、気を付けて」

「うん、そっちも」

私達はそう言葉を交わして、天井からモビルスーツに降下しながら、お互いをゆっくりと突き放した。

体を動かして軌道を修正しながら、モビルスーツのコクピット付近に取り付く。

「おい!何やってる!」

モビルスーツの足元からそう怒鳴る声が聞こえてきた。

「ごめん、貸して!あの船、叩いてくる!」

私はそうとだけ告げると、モビルスーツのコクピットを開けて中に飛び込んだ。

全周囲モニターに、リニアシート。ん、ちゃんと体裁は最新じゃない。あとは私との相性がいいかどうか、かな…

私はシートに飛び乗ってパネルを操作する。コクピットのハッチが音を立てて閉まり、全周囲モニターが点灯した。

「出撃します、作業員は退避願います!」

私は一度だけ、外部スピーカーで格納庫内にそう告げた。と、無線に別の声が飛び込んでくる。

<ミリアム、機体の無線と、ノーマルスーツの無線のモジュールの接続、分かる?>

マライアの声だ。無線連携は大事だよね。私はさらにパネルを触る。

いくつかのメニューが分かりやすく表示されている…RadioLink!これね。

メニューを選択し、決定ボタンを押すと、ノーマルスーツの無線と機体の無線が接続が成功したという表示が出た。

「マライア、聞こえる?」

<あー感度良好!>

今度は、さっきよりもよりクリアにマライアの声が聞こえた。マライアはそれからすぐに

<待ってね、今、ハッキングしてハッチをこじ開けるから>

と言ってきた。格納庫内の作業員は、退避を始めている。でも、これは間に合いそうにないかな…

「ハッチ開きます!体を固定してください!」

<ミリアム、開くよ!>

マライアの声がしたと思ったら、左手にあった壁が割れるようにして開いた。

どうやら、このハッチも二重構造になっているらしい。作業員を危険にさらさなくて済みそうだ。

<安全仕様だね…緊急発進には向いてないなぁ>

「戦艦ってわけじゃないもの。仕方ないわ」

ぶつくさ言っているマライアにそう声を掛けながら、モビルスーツをハッチの外へと移動させる。

 さらにマライアが操作しているのか、背後のハッチが閉まって、目の前の壁が、また左右に割れて開いた。

その先には、真っ暗な宇宙が広がっていた。
 


 <出るよ、ミリアム>

「了解、ついて行くわ」

私の合図を確認して、マライアがスラスターを吹かしてゆっくりと宇宙へ飛び出していく。

私もペダルを踏んでそのあとに続く。ん、じゃじゃ馬ってほどでもないね。素直で、良い機体じゃない。

なんて思っていたら、マライアの声が聞こえた。

<あー違うんだよなぁ、この操作感…もっとこう、ビンビンって反応してほしいんだけど…>

まぁ、確かに…3年前まで乗っていた私のギラドーガも、もうちょっと俊敏に動けるように調整してもらっていたな。

この機体は素直だけど、返って重い感じがしないでもない。

<ミリアム、そっちは?>

「気持ちは分かるわ」

私が言ったら、マライアはクスクスっと笑って

<だよね。リミッター解除しちゃおう。ミリアムも試す?>

なんて言ってきた。それが良い。できれば段階的に設定できる仕様だとありがたいな。

完全になくなってしまったら、さすがに機動中に失神なんて危険性もある。

ブランクなんて気にもならないけど、体はなまっているかもしれないからね。

「やってみる。コンソールからいけるよね?」

<うん。194番のショートカットで直接いじれるよ>

194…私はマライアに言われたとおりに番号を入力した。パネルにリミッターの設定が表示される。

リミッターは無段階で調節が出来るようになっている。良かった、これだけの性能の機体だ。

ありとなしの単純な設定しか出来ないようじゃもったいないもんね。

私はとりあえず、リミッターを半分よりも少し低めに設定して機体をロールさせてみる。ん、悪くない。

これで行ける、かな。そう思って設定を閉じた。

マライアもリミッターの解除に成功したようで、私と同じように機体を回転させている。

<よし、これこれ!やっぱゼータはこうでなきゃね!>

「いい機体ね、確かに、じゃじゃ馬」

私が言ってやったら、マライアの笑い声が聞こえた。
 


 さて、そんな話もいいけど…気を引き締めなきゃ、ね…

ここからは、戦闘…生半可な覚悟じゃ、1年戦争のときに逆戻りだ…

そうは思いながら、それでも私は、あのときとは違った心持ちだった。

いや、これまで経験してきたどんな戦闘ででも感じたことのない気持ち。

安心感とも違う、高揚…私は、戦闘狂ではないとは思う。だけど、どこかで心が震えていた。

そう。戦うということに対してではない。私のこの気持ちは、あなたと一緒に戦えるから…

ねぇ、分かるんでしょ、マライア?

<シーン、返事しません>

「ケチ」

<あはは、ごめん。頼りにしてる>

「うん、分かってる。あなたとなら、どんな絶望だって越えていける」

<…だから、そういうのは恥ずかしいから止めてって、ほんとさ>

マライアの困った声が聞こえてきた。ていうか、なんで困るのよ、もう。

本当に失礼なやつ、なんて、思わないけどね。

こんなおふざけは置いておくにしても、マライアはこと、戦闘においては誰よりも信頼できる。

同じギラドーガで、私と同じくらいにやれるんだ。

機体の性能差がなければ、二人でなら総帥すら追い落とせるだろうって気持ちにだってなる。

すくなくとも、私とあなたは、今の時代、この宇宙でも指折りの実戦経験なんだからね…!
 


 <ミリアム、見えてきた。敵艦!>

マライアの声が聞こえた。モニターを拡大する。そこには、クルーザータイプの見たことのない型の船がいた。

目だった武装はないけど…輸送船?いえ、偽装しているだけ…?

「確認したわ。発光信号で停船を指示する」

<了解、お願いする>

私はパネルで発光信号の発射コマンドを入力した。

リゼルの腕から信号弾が発射されて、漆黒の宇宙にまばゆい光がともる。しかし、船は停止する様子を見せない。

あいつは、来るつもりだ…

<返事もしてこないね。無線にも、相変わらず応答なし。徹底してるなぁ、特殊部隊かなんかかな…連邦の特殊作戦群…か>

マライアがつぶやく声が聞こえてくる。そういえば、最初にネェル・アーガマって船で聞いた無線でそんなことを言ってたね。

「なんなの、その部隊?」

<あぁ、知らない?エコーズ、って言って、早い話が、マハ>

「マハ!?」

私は思わず声を上げてしまった。3年前、私とミネバ様を散々追い回した、あいつらが…!?

<まだ決まったわけじゃないからね。とにかく、向こうの所属を確認しよう>

「…そうね。了解。先頭はお願い。着いて行くわ」

私が言ったら、マライアの笑い声が聞こえてきた。

<あたし先でいいの?ちゃんと着いてこないと、追いてっちゃうよ?>

そんな言葉に、私も思わず笑ってしまう。

「当たり前でしょ。のんびり飛んでたら、後ろから蹴っとばすからね」

そう答えたら、またマライアは笑った。それから、キュッと引き締まった声で言ってきた。

<さて、行こう、ミリアム!>

「了解、マライア!」

私はそう返事をして、一気に加速を始めたマライアの機体を追った。


 
  




 「カタリナ!こっちこっち!」

私は、あれからすぐに港を出て車を飛ばして、コロニービルダー、メガラニカを目指した。

港を出てから、メルヴィがPDAでロビンに再度連絡を取って、合流場所を指示してくれた。

そこへ車を走らせたら、そう声をかけて、ロビンが私達を待っていてくれた。

プルとマリの姿は見えない…どこにいるんだろう?

 私はそんなことを思いながら、マライアちゃんに預かったコンピュータとデータのディスクを持って車を降りた。

「ロビン、プルとマリは?」

「プルは先に行って、セキュリティを解除してる。マリは進路確保で、真ん中に残ってくれてるよ!」

私が聞いたら、ロビンはそう答えてくれた。とにかく、急ごう。

早く箱を手に入れて、マライアちゃん達に知らせて上げないと、二人も撤退するタイミングを図れない。

「マライアさんからデータを預かってるわ。急いでプルのところまで案内してください!」

メルヴィがロビンに言った。ロビンも引き締まった顔で、力強く頷いて走り出す。

 「今、どんな状況なの?」

走りながらロビンがそう聞いてくる。

「箱のありかは、この空間を抜けた先の、あのカタツムリみたいなところだって、マライアちゃんは言ってた。

 あの白いモビルスーツの中に入れられた情報を分析して見つけたみたい」

「船、って言うのは?敵なの?」

「わからない…それを確かめる意味でも、二人は向こうへ回ったんだと思う」

「そっか…どっちにしたって、アタシにはどうにも出来ないことだし、任せるしかないね…心配だけど」

ロビンは、苦い表情をしてそう口にする。うん…私も、心配。

あのときマライアちゃんは、死ぬ気であの蒼いモビルスーツに喰らい付いてた。

今回も、同じようなことにならないといいんだけど…

いや、ミリアムちゃんも一緒だし、きっとそんなことにはならないだろうけど…なんだろう、やっぱりなんだか気持ちが落ち着かないよ。

 私達はロビンに連れられて、薄暗い通路を走る。

「マリ!カタリナとメルヴィちゃん、来た!」

不意にロビンがそう声を上げた。すると、物陰からマリが姿を現す。

「良かった、早かったね。急ごう!」

マリはそう言って私達に並走する。さらに狭い通路を抜けて、角を曲がる。目の前に、明かりが広がった。

なに…?ここは…!?

 私は、急に明るくなって、思わず閉じてしまった目を開けた。そこには、芝生のしかれた地面が広がっていた。

「ここは…?」

「ビスト財団の隠れ家じゃないか、って、マライアちゃんは言ってた。あの建物の中に奥へ進める扉があるんだ!」

ロビンがそう言って指さした先には、大きなお屋敷が見える。まるで、絵本に出てくるみたいなやつだ。

「コロニービルダーの中に、こんな場所が…」

メルヴィがそう言ってあたりを見回している。これには私も驚いた。でも、そんなことを気にしている場合じゃない。

とにかく、ロビンのあとを着いて走る。屋敷の中に駆け込んで、階段を上って、私達はドアの開いていた部屋に飛び込んだ。
 


 「プル、そっちどう?」

息を切らせながら、ロビンがプルに聞く。

「もう少し時間がかかりそうだよ。この扉のセキュリティ、マライアちゃんに聞いたのとはなんだかちょっと違うんだ」

プルは難しい顔をしてそう返事をした。そうだ、データディスク…!

私はマライアちゃんから預かったディスクをプルに手渡した。

「これ、マライアちゃんから預かった」

「マライアちゃんから?分かった、ありがとう、カタリナ」

プルはそう言って、ディスクをコンピュータに挿入する。それからキーボードをカタカタと叩き始めた。

あのディスクに入っているデータで、扉のセキュリティを破れるといいんだけど…

 そう思いながら、私は、部屋の中を見回した。ずいぶんと立派に作られている。

隠れ家なんて、そんな程度の規模じゃない。こんなの、まるでお城みたいだ…

感心していたら、ふと私の目に、壁にかかったタペストリーが留まった。

 そこには、角の生えた白い馬と、女性、それにライオンが描かれている…これ、見たこと、ある…

「これって、貴婦人と一角獣…?」

思わず、私は口にしていた。

「知っているの?」

メルヴィがそう聞いてきた。

「うん…旧中世期に作られたんだって、本で読んだことがある…これは、ずいぶん傷んでるけど、レプリカかな…?

 6枚で1セットのタペストリーで、これはその中でも“ア・モン・セウル・デジール”って呼ばれてるもの…」

「…我が、唯一の、望み…?」

私の言葉を、メルヴィが繰り返す。望み…ユニコーン…やっぱり、あの機体は、ユニコーンだったんだね…

「…可能性の、獣…」

「あの白い機体のモチーフがユニコーン、と言うことなのでしょうか?」

「…もしかしたら、そうなのかもしれない…このタペストリーの絵はね、まだ、正確な解釈がわかってないんだ。

 真ん中の女の人が、箱の中に何かを仕舞おうとしているのか、取り出そうとしているのか…

 青いテントの中に入ろうとしているのか、出てきたところなのか…他の5枚は、それぞれ、人間の五感を表している、って言うのは確かなんだけど…」

「五感と並ぶもので、我が、唯一の望み、と言うことですか…」

メルヴィもそう言って、タペストリーを見つめた。

「それって、ニュータイプの力のことじゃないの?」

急に、ロビンがそんなことを言ってきた。ニュータイプの能力…?

我が、唯一の望み…確かに、5つの感覚と並ぶ、もうひとつの感覚、といわれたら、それかもしれないけど、でも…

「で、ですが、これは旧中世期のものなのではなかったんですか?

 そんな時代に、ニュータイプの概念があったとは、思えません…」

メルヴィが言う。そう、そうなんだよね…

これを作らせたのは、当時のフランスっていう所の貴族で、ジャン・ル・ビスト、と言う人だって、読んだ本には書いてあった。

ビスト…?そっか、ビスト財団の創始者、って言うのは、その貴族の子孫に当たるのかな…?

その人が、ユニコーンをモチーフにしてモビルスーツを作った…可能性の獣…我が、唯一の望み…

 このタペストリーを見て、あのモビルスーツを作らせた人は、この絵をどう解釈したんだろう…?

その人の思う可能性って、なんなんだろう、その人の唯一の望み、って、なに…?
 


 「やった、開くよ!」

そう考えていた私の耳に、プルの声が聞こえてきた。私はハッとしてそっちを見る。

すると、壁の内装がモーター音とともに割れて、その奥に通路が現れた。

「この先に、その箱があるんだね…」

マリがそうつぶやいた。

 箱…私は、ふっと気がついて、またタペストリーを見た。

貴婦人が手を伸ばしている、蓋の開いた宝箱のようなもの…

箱の中身が何かが分かれば、このタペストリーになぞらえたモビルスーツの存在の意味もわかるかもしれない。

こんな仕掛けをした人の思いも、ね。

「行こう」

私は、誰となしにそう口にして、みんなと一緒に、その薄暗い通路に足を踏み入れていた。


  






 暗い通路をアタシ達は進んだ。その先にも幾つかセキュリティがあったけど、

マライアちゃんにもらったって言うディスクを使ったプルが、それを次々と開いていった。

さすが、マライアちゃんだよね。

 それにしても、こうしていざその箱がすぐそこにある、となると、なんだか緊張してきちゃう。

ううん、それだけじゃなくて、マライアちゃん達が戦闘状態に入っているかもしれない、って言う焦りもある。

それはみんなおんなじみたいで、揃って駆け出しちゃうんじゃないか、って言うくらい、早足になって重力の弱い通路を進んだ。

 と、アタシ達の目の前に、またしても扉が現れた。

「また、か。もう何枚目かな、これ?」

マリが、なんだかじれったそうに言う。分かる。

厳重にしておかなきゃいけない理由は理解できるけど、手がかかるのはどこかジリジリしちゃうよね。

 プルが無言で扉の横のパネルにコンピュータをつないだ。プルのほうは慣れてきているみたいで、

扉のセキュリティを解除していくたびにそのスピードが速くなっているように感じてる。

アタシは、そういう機械のこととかは、普通程度にしか分からないから、

マライアちゃんに教わっただけでこんなことが出来ちゃうプルをすごいな、って思う。

これも、たぶん、プルにしかできないことだ…アタシはまだ、自分にできること、見つけられてないな…

 そんなことを考えている間に、ピーっと音がした。セキュリティの解除が終わったみたい。

さっすが!プルに何か声をかけてあげようと思って、一歩踏み出したら、アタシの感覚に何かが触れた。

これ、人の気配…?この扉の向こうに、誰かいる…!

 アタシは、そのことに気付いて、プルを見た。プルはアタシを見つめてコクっと頷くと、コンピュータをしまって拳銃を抜いた。

どこかの誰かに、先回りされた、っていうの?

も、もしかして、近づいてきている船っていうのから、工作員でも飛んできたのかな?だとしたら、まずいよね…

「マリ、カタリナをお願い。メルヴィとロビンも気をつけて」

プルはそう言いながらパネルに触れて、扉を開けた。

そこは、天井がガラス張りになっているのか、宇宙の見える部屋だった。通路と同じで明かりはほとんどなかったけど、

遠くに見てる地球が反射してくる光が、部屋の中を青白く照らしている。その部屋の中央に、何かが置いてあった。

箱…?ううん、違う…あれば、ベッドだ…しかも、コールドスリープ用のやつ…

そして、そのすぐそばに、人影が見える。この気配は…あの人、なのかな?
 


 プルが拳銃を構えて、部屋に踏み込んだ。アタシ達も身長にあとへと続く。

薄暗くて見えなかった人影が、徐々にはっきりと見えてくる。それは男の人で、中年くらい。

少し警戒しているけど、アタシ達に敵意はないみたいだった。

 プルが拳銃を手にしたまま、ゆっくりと男に近づいていく。

と、男は、プルやアタシ達の顔を見て、すこし驚いた表情を見せた。

「…子ども…?」

彼は、小さくそう言った。

「招かれざる客、か」

不意に、別の声がした。見ると、ベッドの上に、一人のおじいちゃんが横たわっていた。

しわしわで、もうずいぶん高齢なんだな、って感じがする。なんだろう、この感覚…おじいちゃんは、泣いてるの…?

後悔、してるの…?

 「通常のルートではないことは、承知しています」

メルヴィちゃんがそう言いながらプルの前に出た。その手をそっと、プルの握った拳銃に添えている。

下げて、といってるみたいだ。

「私達は、故あって、ミネバ・ザビ様のお手伝いをさせていただいております。

 ミネバ様のお考えを代表してお伝えするなら、箱の開示は、今一度、考え直してはいただけないでしょうか?」

「君は、何者だね?」

おじいちゃんが、ゆっくりとした口調でメルヴィに聞いた。

「私は、メルヴィ・ミアと申します。第一次ネオジオン紛争の際に、ミネバ様の影武者として表に出ていました。

 ダカールでのパレードはご覧になったとはございますか?」

メルヴィちゃんの言葉に、おじいちゃんは頷いた。

「あれは私でした。ミネバ様とは、同じ母の遺伝子を受け継いでいます」

さらにメルヴィが言うと、おじいちゃんはまた、ゆっくりとした口調で言った。

「そうか…ゼナ・ミア、と言ったな…確かに、二人とも彼女に良く似ている…」

おじいちゃんの言葉を聞いて、メルヴィちゃんが一瞬、同様したのをアタシは感じた。

メルヴィちゃんが会ったことのないお母さんを、このおじいちゃんは知っているんだ…

メルヴィちゃんの動揺は、驚いているのと、そして、喜んでいるようにも感じられた。
 


 「…箱は、解放されなくてはならない。もう引き返すには遅すぎる…」

おじいちゃんは言った。それを聞いたメルヴィちゃんはハッとして気を取り直して

「それでは、箱を私達に預けていただけませんか?ミネバ様と通じ、正しい扱い方を決めたいと思っています」

と伝えた。でも、おじいちゃんは力なく首を振った。

「君達に、箱を渡すことは出来ない。私は、ユニコーンが選ぶ者を待っている…」

「ユニコーン…あの、白いモビルスーツですね…おじいさんが、あの機体にこんな仕掛けを?」

カタリナが前に進み出ておじいちゃんに聞く。おじいちゃんはまた、黙って頷いた。

「可能性の獣ユニコーンと、“我が、唯一の望み”…よろしければ、聞かせてもらえませんか?

 おじいさんが、可能性の獣に託した、ただひとつの望みって、箱の中身って、どんなことだったんですか?」

カタリナの言葉に、おじいちゃんはすこし驚いたような顔を見せた。それからややあって、穏やかな笑顔を見せた。

「それを知って、どうしようと言うのかね?」

「分かりません…ただ、私は、おじいさんが、あの箱に、なにか、とても大事な想いを託しているんだと思っています。

 私達も、曲りなりに、こうして箱に関わっています。だからこそ、知りたいと思ったんです…」

「そうか…」

おじいちゃんはそう言って、今度はチラッと、プルとマリを見やった。

「君達は、どうかな?」

「私は…プル。実験で作り出された、遺伝子レベルの強化人間なんだ…

 ずっと、長い間戦争の道具として戦わされてきた。そんな私たちを、助けてくれた人たちがいるんだ。

 その人たちは、人として生きることがどういうことか、って言うのを、私達に教えてくれたんだよ」

「幸せってなにか、とか、家族ってなにか、とか、そんなこととか、ね。

 それって、すごくすごく大切なことだって、わかった。お金やなんかよりもっと大事。

 ご飯と同じくらいかなぁ、食べるものがないとお腹空くのとおんなじで、大切な人が居ないと、心が凍えちゃうんだよね。

 優しい目で、そばにいるよ、って言い合えることは、他のどんなことよりも、私達には必要だったんだな、ってそう思った」

「私達を作ってくれた、母さんは、私達には、半分、ザビ家の血が流れてるといってた。

 姫様と、彼女と、同じ血なんだ。親戚か、もしかしたら、母親違いの姉妹かもしれない。

 そんなあの子が、人類の未来を一人で背負って戦ってるんだよ。私は、それを放って置けなかった。

 だって、私も、私達も助けてもらったんだ…あの子の代わりは出来ないけど、あの子を支えてやることは出来る。

 だから、お願い…箱を、私達に預けて…」

プルとマリが、おじいちゃんにそう言った。だけど、おじいちゃんは返事をしなかった。

その代わりに、今度はアタシに目を向けてきた。

「君は…?」

ア、アタシ…?アタシは…

「アタシは…正直、箱なんて、どうだっていい。

 でも、それのために命を賭けてる人がいて、その人を守ろうって思ってる人たちがいる…アタシは、ミネバ様、って人は、会ったことないし、分からないけど、

 でも、大事な家族のみんなが、ミネバ様を助けたいって思って動いてるんだ…

 だから、アタシもそれを放っては置けなかった…アタシが欲しいのは、箱なんかじゃない。

 大事な人が、無事でいてくれること。ただ、それだけ…もし、無事でいるってことの条件に箱が必要だっていうんなら、

 そりゃぁ、ほしいかもしれないけど…その箱は、もしかしたら、持っていたら、危険なものかもしれないんだよね?

 だとしたら、受け取るのは…アタシは、やっぱり悩む」
  


そんなことを言ってから、アタシはふと、気がついた。いや、なんだか、あれだね。

こうして、みんなでここに来てみたけど、思ってることが案外バラバラで、

いや、別に、なんにもおかしいことないんだけど、うん…なんだか、笑っちゃう。

だって、お互いに全然関係ないこと考えながら、それでも不思議に、みんなで必死に、

アタシとマライアちゃんなんかケンカなんかしたりして、それでも協力してここまで来たんだもんね。

マライアちゃんは、たぶん、箱を確保したい派だろうな。

ミリアムちゃんは…どうだろう、きっとミネバ様が無事なら、どっちでも良い派、だね。

うん、あれ、やっぱりバラバラだ、ふふ、なんかおかしい。

 アタシは思わず、クスっと笑ってしまった。

と、それを見たからなのか感じたからなのか、プルもマリも、メルヴィちゃんもカタリナも、アタシと同じようにクスクスっと笑った。

 そんなアタシ達を見て、おじさんもまた、微かに笑顔を見せた。

「改めて問おう。君達の要求は?」

そんなおじいちゃんの言葉に、アタシ達はお互いに見つめ合っていた。

「さて、どうする?」

「んー、私は、マライアちゃん達と姫様が無事ならなんだって良いかな、この際」

「私は、やっぱり、姫様を支えたいよ。一人で戦ってるかもしれないんだ」

「私も、プルと同じ気持ちですが…一番大切なことが、ミネバ様も私達も死なずに生き延びるということである、

 と言うのは分かります」

「あぁ、なんかまた笑えて来た。アタシ達、おんなじこと考えてるはずなのに、なんでこんなに言い方が違うんだろうね」

「多数決でもする?」

「いやぁ、それはなんかちょっと違うよね。他の意見気にしちゃって、私票入れられない、に一票」

「そうだね…ここまで来て、そんな決め方は違うね」

「そもそもさ、その箱の中身がなんなのか、っていうカタリナの質問ってもっともだって思う。

 だって、それが何なのか、ミネバ様もわかってないわけでしょ?

 もしかしたらさ、アタシのおもちゃ箱とおんなじような物しか入ってなかったりして…」

「確かに…本当にそれが、悪用されるような物なのかどうか…

 あるいはそれを明らかにすれば、ミネバ様が命をかける必要もなくなるかもしれないですね…」

ん、なんとなく、意見一致したよね、これ?結局さ、みんな誰かを守りたい、ってそう思ってるだけだもんね。

箱がどうとか、本当はどうだって良いんだ。

いや、良くはないんだけど、箱はあくまで手段で、目的じゃない、っていうか。

その、だから、えっと…みんなが無事で、現状から抜け出せる方法があるんなら、それが一番良いって、そういうことだよね!
 


 「じゃぁ、そういうことで…ね、おじいさん」

アタシはみんなに確認してから、おじいちゃんに言った。

「アタシ達、とりあえず、箱を預かるとか、そういうのは無しにして…箱の中身がなんだか知りたいんだけど、

 教えてくれないかな?ほら、もしその箱の中身がヤバいものでも、こんな小娘達が、話を聞いた!

 箱の中身は、こうなんだって!って騒いだって、誰も相手にしないと思うし…どうかな?」

アタシの言葉に、おじいちゃんは、黙った。何かを考えているのか、

それとも、寝ちゃってるのか分からないくらい、静かで、穏やかな沈黙だった。でも、すこしして、アタシ達ひとりひとりの顔を見て、言った。

「あるいは、君達は、箱の開放を見守る鳥達なのかも知れんな…いいだろう。君達に伝える。

 あの箱のすべてと、そして、私の罪が生み出してしまった、宇宙世紀の混沌を…」

おじいちゃんの罪…?おじいちゃんが、何か悪いことをした証拠が、その箱の中に入っている、とか…そう言うこと?

 そんなことを思っている間に、おじいちゃんは話を始めた。

「あれは、宇宙世紀元年。90億を超えた人々を支えきれなくなっていた地球から、宇宙への移民が始まった…

 当初から、それは『棄民』政策と揶揄されるところではあったにせよ、

 それまで資源や大地の奪い合いをしていた小さな国々が団結し地球連邦政府と言う御旗の下に融和した、

 歴史的な一歩だった。

  その調印式が、宇宙世紀0001年、1月1日、軌道上に浮かぶラプラスと名付けられた首相官邸となるはずだった宇宙ステーションで行われていた。

 地上にあった、百を超える国家の代表と、初代首相として選任されたリカルド・マーセナスとともに、私もそのステーションにいた、作業員としてだ。

 私は、指示通りに集光ミラーを操作した…そして、ラプラスは爆発を起こすことになる」

「おじいちゃんが、首相官邸を破壊したの…?」

「その一員だった…。だが、作業を終えて離脱した私達も、首謀者の手によってシャトルに仕掛けられていたのだろう爆弾に吹き飛ばされた。

 私は、ノーマルスーツのまま宇宙へと放り出された。そのときに、私が見つけた物こそが、元凶…あるいは、希望、か」

おじいちゃんはそう言って、そばにいた男の人に合図をした。

男の人は、ベッドの下から抱えるほどの大きさの箱を取り出した。

ちょっと、待って…それ、それが、その…ラプラスの、箱…?

 いきなりの出来事に戸惑っていたアタシをよそに、男の人は、ためらうことなく、その蓋を開けた。

中には、黒っぽい石で出来たレリーフみたいなものが収まっている。なんだか、文字が刻んであるけど…

なんだろ、これ…?

「これは…宇宙世紀憲章…?」

メルヴィがそう言った。へ、へぇ…ゆ、有名なの?それって…?アタシはおじいちゃんに視線を戻す。

おじいちゃんは、コクっとうなずいて

「だが、これは君の知っているものとは、差異がある」

と言ってメルヴィを見つめた。アタシ達も、つられてメルヴィを見やった。

メルヴィはそのレリーフに刻まれている文章に目を走らせていた。と、その視線が止った。
 


「…!?第7章…地球連邦政府は、大きな期待と希望を込めて、人類の未来のため、以下の項目を準備することとする……

 第十五条、1、地球圏以外の生物学的な緊急事態に備え、地球連邦政府は研究と準備を拡充するものとする。

 2、将来、宇宙に適応した新人類の発生が認められた場合、その者たちを優先的に政府運営に参画させることとする…

 こんな章立てではなかったはずです、確か、第7章は…」

「そう。これは、ラプラスの中で、調印へ向けた最終調整を行っている際に作られた、正しい憲章なのだ」

「で、では…私たちがこれまで目にしていた宇宙世紀憲章とは…?」

「うむ…君たちの知っている憲章が広く公表されるのと時を同じくして、即座に発足した連邦新内閣が公表したものだ。

 新内閣その公表とともに、首相官邸の爆破テロを、地球連邦樹立に反対する分離主義国家主導によるものと断定し、

 武力を使ってそのほとんどを粛清した…」

「ま、待ってください…!この第7章の条文が削除されたことと、そのことに、一体どんな関係が…?」

そう聞いたメルヴィを、おじいちゃんはジッと見つめた。

「どのような関係があると思うかね…?」

「…まさか…!そのテロの首謀者というのは…政権側の人間だったのですか!?

 …自分たちの利権最大限に拡張し、テロを起こしたと公表した反対派を一斉に粛清し、

 新しい世界の支配体制を盤石とするために…」

「その通りだ…連邦政府がこの件に噛んできている理由の一つには、

 現在でも当時のテロを演出した強硬派政治家の家系が連邦の中枢に在るという事実がある。

 ともかく、この事実をつかんだ当時の私は連邦と接触し、交渉する中で足場を作り上げた。

 連邦政府を使ってアナハイム社に肩入れし、私自身もアナハイム社の経営陣に名を連ねた。

 私は、歪んでいたのだろう…己の欲望に、忠実だった…」

おじちゃんは、すこしだけ、顔をしかめた。それが、罪なのか、とも思ったけど、違った。

おじちゃんは、まだ、気持ちの中に何かを持っていた。

「んー、でもさ、それって、100年も前のなんでしょ?今更、そんなことで騒ぎ立てるようなことってあるかな…?」

マリが言った。でも、そんなマリに、メルヴィは首を横に振る。
 
「いいえ…この条文は…奇しくも、言い当ててしまっているのです…私達、という存在を。ジオンの思想と同じように…」

「アタシ、達?」

「…ニュータイプ、だね」

プルが静かに言った。それを聞いたおじいちゃんは、またすこし驚いたような顔をして

「そうか…君たちも、そうなのだな…」

とつぶやくように言ってから、

「君の言う通りだ…それから半世紀が過ぎたころ、サイド3の一人の思想家が出現した。ジオン・ダイクン。

 彼は宇宙に進出した人々が、新たな人類と言う種に進化し得ることを説いた。それが、ニュータイプと言う存在を言い表していたかはわからん。

 だが、その思想は、この条文と重なった。宇宙世紀が始って以降、人は次々と宇宙へ上がった。

 地球連邦政府は、自ら敷いた政策で、コロニーから物資も、経済力も搾取していた。

 もちろん、疲弊した地球には必要な事だったというのもまた事実。

 だが、そのことに、不満を持つ者はけっして少なくはなかったのだ…。

 当時なら、スペースノイドと地球連邦の間に諍いが起こったにせよ、まだ混乱も小さいうちに方向転換が出来ただろう…

 だが、私は箱の開示を行わなかった。手放すことができなかった…」

おじいちゃんは、悔しそうに、そう言った。そっか…何が罪なのか、と言ったら、おじいちゃんは、このレリーフを隠すことで多くの人を苦しめてしまったことを後悔しているんだ…
 


「ジオン・ダイクンの思想と、憲章との一致…これが、連邦政府の強硬派を刺激し、さらなるスペースノイドへの圧力となった。

 支配体制を揺るがせはしない、と言う意思表示だったのだな…そして、それはスペースノイドの反発として現れた。

 やがて、地球ではスペースノイドに寄る小規模なテロが頻発するようになった。

 強硬派は、これを好機ととらえ、スペースノイドは地球市民の安全を脅かすものだというプロパガンダに利用した。

 それは、今も根付いておる…1年戦争以降の過去二回にわたる、ジオンを名乗った者達の起こした紛争もまた、

 連邦がスペースノイドと敵対する意識を薄れさせないために有効に利用されたことだろう…

 そうした根本にあった圧力によってさらに膨れ上がらせたスペースノイドの不満が最初に爆発したのが、あの戦争だった…」

あの、戦争…17年前の、1年戦争、だね…ママや母さんたちから、話はたくさん聞かせてもらった。

だけど、それはただ、その時の話でしかなかった。おじいちゃんの話は、違う。

おじちゃんは、きっと、ずっと自分のせいだ、って思いながら戦争を見てきたんだ。

自分の見てきた、自分が“作ってしまった”長い歴史の中で起こった、戦争だったんだ…。

「おじいちゃん…聞かせてくれない…?戦争の話を…。おじいちゃんは、そこで、何を見て、何を感じていたの…?」

アタシは、おじいちゃんにそうお願いしていた。するとおじいちゃんは、静かにうなずいた。

 そして、ゆっくりと、重々しく、語り始めた。
  


「人類が増えすぎた人口を宇宙に移民させるようになって、既に半世紀が過ぎていた。

 地球の周りの巨大な人工都市は人類の第二の故郷となり、人々はそこで子を産み、育て、そして死んでいった。

 宇宙世紀0079、人類の全てをみずからの独裁の手に収めようとするザビ家のデギン・ザビ公王は

 その実権を長男のギレン・ザビに譲り渡して開戦に踏み切った。

 地球から最も遠い宇宙都市サイド3はジオン公国を名乗り、地球連邦政府に独立戦争を挑んできた。

 万全の準備をして戦いを挑んできたジオン軍の前に地球連邦軍はなすすべもなかった。

 開戦から一ヶ月あまりの戦いでジオン公国と連邦軍は総人口の半分を死に至らしめた。

 四つの宇宙都市の群れが消滅し、わずかサイド6のいくつかの宇宙都市が残るのみとなる…

 …人々はみずからの行為に恐怖した」

アタシは、思わず、息を飲んでしまっていた。なぜだかは、分からない…

でも、きっと、それがおじいちゃんの見てきた戦争だったからなんだろう…。

「しかし、それでも全地球圏を支配するには、ジオン公国は小さすぎた…

 延び切った戦線は各個で撃破され、新兵器モビルスーツも、連邦の技術が追いつくと大きな戦果を残すことも難しくなった。

 ジオンは徐々に追い込まれ、ついに、宇宙要塞ア・バオア・クーでの決戦の後に和平協定に調印して戦争は終わった…

 だが、それによって宇宙にばら撒かれたのは、家族や、大切な仲間たち、

 何より、故国を奪った連邦政府に対する怒りと、恨みであった。そしてそれが、この憲章を決定的なものとした…」

「これを持ち出し、公にしてしまえば、再び、スペースノイドと地球連邦の戦いが起こるかもしれない…

 しかも、それは、これまでとは比べものにならないくらい激しいものとなる…」

おじいちゃんの言葉に、メルヴィがそう付け加えた。

「だから、渡す相手を選びたかった…無用な混乱を避け、スペースノイドの立場を認め、

 この戦いの繰り替えされる歴史を別の方向へ導ける誰かに…」

今度は、プルが言う。

「そうだな…加えて、それは、思慮深く、全ての人類の平和と発展について考えることのできる新しい時代を行く、ニュータイプの誰か…。それが、私の望みだ…」

おじいちゃんは、そう言って、黙った。しばらく、誰も、なにもしゃべらなかった。
 


何を喋っていいかも、分からない。どれくらい、それが続いたか、不意にマリが、声を上げた。

「あぁ、じゃぁ、私向いてるかもなぁ…要するに、さ、地球と、宇宙で、幸せ2つにすればいいわけでしょ?」

「でも、そんなに簡単なことかな?」

マリの言葉にカタリナがそう言う。

「んー、具体的にどうすれば、って内容は、分からないけどさ。

 でも、結局邪魔をしてるのは、そう言う政治とか、過去の感情とか、そう言うことなんでしょ?

 そんなのさ、きっと、私達が一番、どうしたらいいか、なんて知ってるような気がするんだ」

マリは、首をかしげながら、でもなんにも迷わずにそう言った。

 そう…そうかもしれない…母さんとママは、敵同士だった。シローさんの故郷を攻撃したシイナちゃんは、

今ではシローさんとアイナさんとはすごく仲良しだし、レオナママやユーリさんにプルとマリも、

もともとはジオンの研究所にいて、戦争のために生きてきたんだ。それでも、アタシ達は一緒にいる。

家族だって、そう思ってる。ニュータイプだから、ってわけじゃない。

ううん、ニュータイプだから、良くわかるだけで、思っていることは、みんなおんなじだ。

それは、大切な誰かには、幸せになってほしい、困っていたら助けてあげたい、そう思っているだけなんだ…。

でも、もしかしたらそう言う気持ちが、敵とか味方とかじゃない形で、

アタシ達をつなげてくれるんじゃないんだろうか。

マリの言う、幸せ、2つ…それは、スペースノイドの人たちにも、地球に住んでる人たちにも、

それぞれプラスになるような何かを少しずつ、少しずつ分け合っていくってことなんじゃないのかな…

そんなんで、何かが変わるわけでもないかもしれない。

でも、それでも、そうやって小さな何かを少しずつ分け合っていく気持ちが、もしかしたら、

敵と味方じゃない、憎む人と憎まれる人じゃない、搾り取る側と搾り取られる側じゃないつながりを広げていくことなのかもしれない…。

「姫様が、言ってたよ…無意味な連鎖を繰り返さないために、

 考え方が違っても協力して行けるような世界のために、私達のみたいなのが必要だ、って…」

プルが、何かをかみしめるみたいに言った。ミネバ様…アタシ達を、そんな風に思ってくれていたんだ…

「平和と発展は、他者への想像力に依る…

 ニュータイプはそこのところは、想像するだけじゃなくて、感じ取れちゃうんだもんね」

カタリナがそんなことを言って笑った。

カタリナには、ちょっと素質があるだけで、感じ取るほどの力はないみたいだけど、それは関係ない。

大事なのは、能力があるとかないとかじゃなくて、今のカタリナの言葉なら、想像力、だもんね。

「そうですね…私たちが、もし、ミネバ様のためにできることがあるのだとしたら…

 ミネバ様のおっしゃった、協力して行ける人であることなのかもしれませんね…」

メルヴィもそう言って笑った。うん…うん…!アタシも、そう思う!
 


 そんなことを話していたら、おじいちゃんが初めて声を上げて笑った。

どうしちゃったのかと思って、ちょっとびっくりしたけど、でもしばらくしてそれを収めたおじいちゃんは、

また、穏やかな声で言った。

「そうか…あなた達は、見守る鳥たちではなく、箱の中身だった、ということか…」

箱の、中身…カタリナが言っていた、“我が、唯一の望み”…ってこと…?アタシ達が?

おじいちゃんは、そう言い終えて柔らかく笑った。それから、アタシ達ひとりひとりを見て、

「この箱を、あなた方に託す、というわけには行かないだろうか?」

と言ってきた。は、箱を、アタシ達に!?でも…でも、それって…アタシは思わず、プルを見た。

プルはアタシと目が合ったら、今度はマリに視線を送った。

そんなマリは、ニコっと笑って、カタリナを見る。

カタリナはメルヴィちゃんに視線を送って、メルヴィちゃんはアタシを見て、コクっとうなずいた。

 みんなの気持ちが、伝わってくる…みんな、おんなじことを思ってる…アタシも、そう思うんだ…。

アタシ達のために、姫様のために、地球にいる母さんたちや、

まだほかにもいる、これから出会うかもしれない家族たちにとっても、きっとその方がいいと思う。

うん、それが良い。アタシは、みんなを代表しておじいちゃんに伝えた。

「その箱は、要りません。もちろん、中身も…。それは、アタシ達が持ってちゃいけないものだと思うんです…

 それはきっと、とても大切な物…アタシ達のように、助け合える誰かを生み出せるかもしれないもの。

 アタシ達が持っていても、なんの役にも立てないと思います…だから、それは、ミネバ様に渡してあげてください。

 おじいちゃんも、ミネバ様と話をすれば、きっと、安心して預けられると思うんですよ。

 アタシ達は、ミネバ様を助けて、きっとここまで来れるようにします。

 アタシ達を守ってくれようとしているミネバ様に、迷惑の掛からないやり方を探して…!」

アタシの言葉を聞いて、おじいちゃんはほほ笑んだ。それから、小さな声で

「それが、あなた方の選択なのだな…?」

と聞いて来た。

「はい!」

アタシは胸を張って、そう返事をした。
 

そしたら、おじいちゃんはまた、満足そうにして笑って

「連なり、響きあった“光”…もう、すでに灯され、繋がり始めているのだな…可能性の“光”は…」

とつぶやいた。ん、光…?なんのことだろう…?なんて、考えてたら、マリが急に

「おじいさん。私、おじいさんにありがとうを言わなきゃいけないと思うんだ」

なんて言いだした。マリが、おじいちゃんに、お礼を?

「なにかね…?」

「私はね、あぁ、このプルも、だけど、ジオンのニュータイプ研究所で作られた強化人間のクローンで…戦争の道具だったんだ」

マリの言葉を聞いて、おじいちゃんは変な顔をした。それが、どうしてお礼に結び付くのか、って感じだ。

でも、アタシもマリの言おうとしていること、分かるな。だって、アタシもそうだから、ね。

「だから、戦争が起こらなかったら…ニュータイプを、戦争の道具として使おうって誰かが考えるようなことがなかったら、私達は生まれてないんだよ。

 そりゃぁ、これまで辛いこともたくさんあったけどね…だけど、今はこうして、幸せに暮らせてるんだ。

 おじいさんが、箱を見つけて、隠してくれたから、私達は生まれたんだ、って思う。

 そのせいでたくさん死んじゃった人がいたってのも、きっと事実なんだろうけど…

 でも、そのおかげで、私達は、こうしてここにいられる。だから、ありがとう」

マリは、そう言った。うん、次、アタシも良いよね!

「アタシも、ありがとうって言わなきゃ。アタシの…両親は、連邦とジオンのそれぞれの兵士だったんだけど、

 戦争の間に出会って、アタシが生まれたんだ。戦争がなかったら、出会えなかっただろうしね!

 だから、アタシもありがとう、って言わなきゃいけないと思う!」

「ふふ…だとしたら、そうですね…私も、戦争のお陰で、影武者として生まれたわけですから、感謝しなくてはなりませんね」

「なら、私もそうかなぁ…母さんたちが出会ったのは、ニュータイプ研究所の前身だった施設だし…

 それがなかったら、私が生まれてたどうかはわからないもんね。ありがとうございます、おじいちゃん」

メルヴィちゃんも、カタリナもアタシに続いてそう言った。

 おじいちゃんは、最初はなんだか、何を言われてるんだろう、って顔をしていたけど、

でも不意に穏やかに目をつぶって、ポロっと一粒だけ、涙をこぼした。

こんなので、おじいちゃんが胸に抱えている罪だって言う気持ちがきれいになくなるなんて思わない。

でも、それだけじゃなかったんだな、って思ってもらえたら、それは嬉しいことだなって思う。

辛いばかりじゃ、やっぱりアタシ達も辛いもん。さすがマリだね。幸せ、えっと人数分で、6つになったよ!

「ありがとう…」

おじいちゃんは、静かにそう言ってくれた。良かった…少しは、温かい気持ち、伝わったよね…。

 不意に。パッと辺りが明るくなった。

アタシはびっくりして振り返ると、そこには、大きな耐圧ガラスの向こうで、何かが弾け飛んだ閃光が、うっすらと消えていくのが見えた。

 マライアちゃん…ミリアムちゃん…!話し込んでて、気付けなかった…戦闘になっちゃってたんだ…!

こっちの状況、伝えないと…!アタシはそう思ってプルを振り返った。

プルはもう、カバンの中からマライアちゃんに預けられた無線機を取り出して、マライアちゃんに呼びかけていた。

「マライアちゃん!こちらプル!今の爆発はなに!?大丈夫なんだよね!?」



 





「こちらはインダストリアル7警備班、所属不明艦に警告します。今すぐ停船しなさい。

 こちらの命令に従わない場合は、自衛手段として、貴艦へ発砲する準備があります」

あたしはそう、船に呼びかけた。だけど、やっぱり返事はない。なんだか、こうも反応がないと気味悪いな…

幽霊船、ってわけでもないんだろうけど…それにしても、見たことのない船だな…

パッと見、武装がある感じじゃない、ただの輸送船みたいだけど…ううん、そんなことはなさそう。

船体の装甲のあっちこっちに、明らかに無数のハッチのようなものが見える。

あれ、砲塔を格納してるんじゃないかな…ハイメガ粒子砲なんてバカみたいにデカいやつじゃなさそうだけど、

ビーム機関砲だと、ちょっとめんどくさい。

出来たら早めにつぶしておきたいところだけど…その前に、本当に敵かどうかを確認する必要はある、か。

「ミリアム、あたしが行って、接触通信で最後通告してくるから、等距離保って、観察と援護頼める?」

あたしが無線に言ったら、明るい声で

<了解、任せて>

と聞こえてきた。頼もしいんだから、ほんとさ!あたしはペダルを踏み込んで加速し、一度船の後方に回ってから、

距離を詰めて操舵室らしいところを覗き込んだ。マニピュレータで触って、接触通信をつなげる。

「これが、最後通告です。停船しない場合は、攻撃します」

あたしは、なるだけ冷静に、突き付けるようにしてそう言う。だけど、それでも返事がない。

でも、操舵室の中には人影が見える。あたしはモニターに映っているその部分を拡大してみた。

ジオンでも、連邦でもなさそう…このノーマルスーツは、民間用の仕様に見えるな…そんなことを思いながら画面を見つめていて、あたしは気がついた。

ノーマルスーツの胸のところに、マークが見える…これは、アナハイム社の社章だ…!

インダストリアル7もおなじアナハイム社だって言うのに、連絡もなしに船で押しかけるなんて、普通じゃない。

箱のありかを探すためにただ調べたいって言うんなら、調査だって言っていくらでも人を送り込めるはずなのに、

そういうわけでもない…

どういうつもりかはわかんないけど、すくなくとも穏やかにことを運ぶような連中の艦がすることじゃない、よね。

 相変わらず応答もなく、船も停船する様子はない。しょうがない、か。

これ以上接近させてロビンたちを危険にさらすわけにはいかないもんね。

「返答なし、ですね。了解しました。攻撃を開始します」

あたしはそう言い切って、その輸送船から離れた。距離をとりながら

「ミリアム、輸送船に、信号弾撃ち込んで。当てちゃっていい」

とミリアムに無線を入れる。

<了解、脅かそうってわけね>

「そういうこと」

コロニーのモビルスーツはあくまで警備。積極的にしかけてくることはないと、タカをくくってるんだろうってことは想像できる。

一発撃ち込んでどういう反応をするか…それを観察してからでも、本当に攻撃して足止めするには遅くないはずだ。

<いつでもいいわ>

ミリアムから無線が入る。

「オッケ、合図で2,3発、一緒に撃ち込んでみよう。3、2、1、発射!」

あたしはカウントと同時にパネルを操作して信号弾を船に向けて発射した。弾は爆発する前に船体にあたって弾け、それから爆発して発光する。

さて、どうするの?
 


 <マライア、輸送船に動きが…!後部の格納ハッチを開いてる!>

ハッチを?モビルスーツでも積んでるの…?なによ、やろうっての!?

そう思った次の瞬間、ビームの破線があたしの傍らを飛びぬけた。やっぱり、砲台を隠してたね…!

応射してくるんなら、こっちだって手加減しないんだからね…!

あたしは、信号弾の発光が収まった船体を拡大して、砲台部分をロックする。

トリガーを引いて、ヘッドバルカンで掃射した。撃沈するつもりはないよ…

でも、その攻撃手段とアシだけは止めさせてもらう…!機銃弾の命中した砲台が小さな爆発を起こして停止した。

見えるだけで、あと5門ある。さきにこれを壊しておけば、あとが楽かな…

「ミリアム、そっちは、エンジンを狙って!」

あたしは残りの砲台を破壊しながら、ミリアムにそう無線を入れる。

でも、ミリアムから返ってきたのは、ミリアムの詰まりかけた声だった。

<マライア…敵、モビルスーツ…!>

モビルスーツ!?格納庫から出してきたのは、やっぱりモビルスーツ…!

「ミリアム、一瞬だけひきつけられる!?あたし、ここの砲台だけは破壊しておく!」

あたしは無線にそう怒鳴った。でも、ミリアムからの返事はない。でも迷ってる暇はなかった。

急いでるんだ、ちょっと外しちゃって、気密区画ぶち抜いちゃっても勘弁してよね!

あたしはそう思いながらトリガーを引き続けた。6門の砲台が次々と爆発を起こす。よし、全部つぶした!

「ミリアム!」

あたしは再度ミリアムを呼び出しながら、あたりを見回す。

そこには、ビームに撃ちまくられて、きわどいところでそれを躱しつづけているミリアムの機体があった。

敵は、輸送船の陰になってて見えない。

あたしは機体を駆って、輸送船をすれ違いざまにビームサーベルでそのエンジンの一機を切りつけながら敵機を確認する。

それを見て、あたしは一瞬、全身を貫く衝撃に、自由を奪われた。
 


 その機体は、頭部にアンテナのような角を付けた…白と黒にカラーリングされた機体…

あの、形…あれ、あれって…昨日、ミリアムと一緒に図面を見た…

―――PRX-0!

あの白いヤツの、プロトタイプだ…!

 <くっ…!>

ミリアムのうめく声が聞こえてハッとした。あたしは、とっさにビームライフルを発射した。

敵機は、まるでそれを分かっていたかのようにほんの少しだけ軌道をずらしてなんなく躱す。

こいつ…この感じ…強化人間!?

「ミリアム、いったん距離をとろう!」

<了解…援護お願い!>

ミリアム機があたしの方へと旋回しながらやってくる。

あたしは、ミリアムへ照準を合わされないように、連続してビームを撃ち込む。

そのことごとくが避けられるけど、今はミリアムの脱出が優先だ…!

<ふぅ、危なかった…>

ミリアムがそばに来て、そう無線をしてきた。

「やばいことになったね…あのスペックの気体を相手にしなきゃいけないなんて…

 あたし、対抗策考えておこうと思ってたんだけど、間に合わなかったな…」

<この機体を持ってた、ってことは、相手は、連邦かアナハイム?>

「アナハイム社だと思う。取り付いたときに、ノーマルスーツに社章が見えた」

<そう…箱を開放せずに、自分達の利益のために利用したい、って言う財団の人間の差し金、ってところかしら?>

「たぶんね…」

そんなことを話しながら、あたしは昨日見た図面を思い返していた。こいつは、あくまでプロトタイプ。

あの白いヤツほど調整は済んでないはずだ…もしそうなら、その粗さを突けば、なんとかなるかもしれない…

だけど、あの図面が確かなら、こいつにもサイコフレームが使用されている…

パイロットが強化人間、ってことになると、これは…変形したら、勝ち目ないかもしれないね…

「これは…かなりヤバい状況だね…」

<なに、弱気?>

「そうじゃないけど、こう言うときは逃げの一手しか取る手段が浮かばないんだよ…あとは、特攻覚悟で突っ込むか…」

<ふふ、絶望的、ね>

「絶望的で、なんで笑うのよ」

ミリアムが可笑しそうに言うから、あたしは聞いた。もちろん、返ってくる言葉はだいたい予想が付いてる。

だけど、今のあたしは、その言葉を聞いておきたかった。

<あなたとなら、どんな絶望だって超えて行けるわ…!>

ミリアムは、思ったとおりに、そう言ってくれた。

そうだ…あたしだって、ミリアムとなら、どんな敵を相手にしたって、負ける気はしない…

ううん、負けちゃ、いけない。ミリアムにまた、あの黒くて悲しい想いをさせるわけには、行かない。

ロビン達を、悲しませるわけにはいかない…マナとマヤの成長をみないで、死んでたまるか…!
 


「うん…あたしも、そう思うよ、ミリアム…」

<あら、同意してくれるなんて珍しいね>

あたしが答えたら、ミリアムはそう言ってきた。こんなときだもん、素直になっておかないと、ね。

「本音だよ。さ、やるよ、ミリアム…あの化け物を、デブリにしなきゃ」

<オーケー。機体の性能差が、戦力の差じゃないってこと、教えてあげるわ!>

敵機があたし達の位置を捉えて、突っ込んできた。あたしはミリアムと分かれて散開する。







  





 敵機が突っ込んできた。私は機体を翻して距離をとる。

この、リゼルって機体、すごいじゃない…リミッターを外しているのもあると思うけど、いい反応をしてくれる…

とても、一昔前の設計が元になってるとは思えないな。

 私は、旋回しながら白いモビルスーツの下半身を狙ってビームを放った。

このあたりを狙えば、必ず上昇して回避する…マライア、読めるでしょ!?

想像したとおり、敵機は私のビームを上昇して避けた。

そこにマライアの機体が発射したビームが浴びせかけられる。

敵機はそれを1発、2発と躱したあと、3発目をシールドで防いだ。

ビームが流れる水のようにシールドの表面で四散する。

それに微塵もひるまずに、敵機はマライアに向けて応射した。マライアも負けじとヒラリヒラリとそれを回避する。

私はその隙をついて、一気に距離を詰めて背後からビームを撃ち込んだ。

次の瞬間には敵機は急上昇して行き、ビームは何もいない空間を通過する。

やっぱり、強化人間、ってのは間違いないみたいだね。あの動きは、いくら高性能の機体だからって、普通じゃない。

なんて思っていたら、上昇しながらこっちを狙って撃ってきた。

私はとっさにペダルを踏み込みながら機体を滑らせて射線から機体を移動させる。

今度は、その敵機にマライアがサーベルで切りかかった。でも、それはすんでのところでシールドに弾かれる。

マライアの機体を払いのけた敵機がビールライフルをマライアに向けた。

と、マライアは機体を捻ってそれを回避し、再び距離をとろうとしているのか敵機から離れていく。それを私は射撃で援護した。

 すごい反応速度と、危機関知能力だけど…押してる…

このまま、パイロットの集中力を削っていけば、決定的な隙を作れる…!

「マライア、行けそう!」

<うん…でも、気を付けて…こいつ、まだ変形前だからね…>

そうだった…この機体は、サイコフレームを起動すると、飛躍的に性能が上がる…出来れば、その前に叩いておきたいところだ…

「変形される前に、機動力だけでも奪っておこう」

<そうだね…スラスターの一機でも破壊できれば、あれだけの機動をする機体だもん、相当な無茶になるはず…

 あぁ、でもやりにくいなぁ、こいつサイコウェーブを感知したら変形しちゃうし、ものすごーく気を使うよ>

確か、マライアの話なら、あの機体の変形は、NT-Dと言うシステムによるものだといっていた。

サイコウェーブを感知して起動するらしい…待って、サイコウェーブを感知して、起動する、ってことは…

それは、マライアのだけ、ってわけじゃないんじゃないの…?そう思って私はハッとした。

それと同時に、マライアの無線が聞こえてくる。

<あぁ、そっか…これ、最悪じゃん…>

私の考えていたことが、マライアにも伝わったらしい。そう。

もし、あの機体がサイコウェーブを感知して変形をするとして、そのパイロットは、強化人間だ…

どれほどの力の持ち主かは推測の範囲を出ないけど、

すくなくとも、背後から仕掛けた攻撃を避けられる程度には、感じ取れるくらいではあるらしい。

もしかして…あいつは、その気になったら、自分自身でNT-Dを発動させることも出来る、っていうことなの…?
 


「本当に、早めに勝負を着けておいた方が良さそうだね」

<同感。連携で押し込もう>

「了解!」

私はそう返事をしながらペダルを踏み込んだ。ほとんど同時に、敵機にロックされた…撃ってくる…!

私は、モニターを拡大して敵機を映し出した。ライフルの角度を見極めて、さらにペダルを踏み込む。

銃口が光った。レバーを捻って、機体をロールさせてそれを躱してさらに敵機へ突っ込む。

普通に組み合ったんじゃ、力負けする。加速が重要だ…!さらに、あたし目掛けて敵機が撃ってきた。

そのすべてを私は躱しきる。敵機の上方からビームが降り注いた。マライアだ!

敵機は最小限の回避行動を取ってマライアを確認するためか、一瞬動きを止めた。

今だ!

私はビームライフルを収納して、両腕にビームサーベルを装備した。

「おとなしくしてなさい!」

私はそう叫びながら敵機に切りかかった。片方はシールドで、もう片方は瞬間的に引き抜かれたサーベルで防がれる。

でも、これで身動きは取れないでしょ!?

「マライア!」

<うん!>

返事とともに、私達の上方からマライア機がサーベルを握って降りかかった。

<どぉりゃぁぁぁ!>

マライアの雄たけびが聞こえた。行ける…!そう思った次の瞬間、私の機体に強烈な衝撃が走る。

しまった、蹴り飛ばされた!?衝撃緩和用のエアバッグが作動して瞬間的に視界が奪われる。

「もう!邪魔な…!」

私は危険を感じて、思わず機体を上昇させて離脱する。

エアバッグが収納されてモニタを確認すると、すぐそばでマライアが敵機とつばぜり合いをしている。

援護だ!

私はもう一度、加速して敵機に突っ込む。

振り下ろしたサーベルは、すんでのところで、またもシールドで防御される…くっ、さすがの反応…

近接戦闘は自信があったのにな…!

<ミリアム、このまま押し込む!>

「了解!」

マライアの言葉を聞いて、私もペダルを踏み込んで敵機を押す。

2機相手なら、パワーで負けていても、質量で押し勝てる…

このまま、押し込んでバランスを崩したところを、脚でも腕でも切り落とせれば、勝てる…!

 そう思った次の瞬間、モニターがパッと明るく光った。ま、まさか…!

<だぁ、もう!間に合わなかった!>

その光は、まるで、血のような赤で、敵機から漏れ出ていた。

頭部にあったアンテナが割れて、ガンダムタイプ特有のツインアンテナとマスクが姿を現す。

機体の装甲が開放されてそこからも真っ赤な光が漏れ出てくる。サイコフレームが、起動した…

と、さっきまでとは違った振動が伝わってくる。まさか…押し負けてる!?
 


<ミ、ミリアム!ロケットと機関砲を撃ちながら距離をとる!このままは危ない!>

「くっ…!もう一押しだったのに…!」

私はマライアに言われたとおりに、ヘッドバルカンと小型のミサイルポッドのミサイルを一斉に発射しながら、

バーニアを噴かして離脱した。マライアも、一瞬で距離をとっていた。

<あぁ…もう、最悪…!EXAMとやったとき以上に、やばいよ、これ…!>

マライアの声が聞こえてくる。口ではそう言っているけど、気持ちが負けてるって感じはしない。

だけど、実際、確かにこれは…

 そう思っている間に、敵機がバーニアを噴かして…

「き、消えた!?」

<ミリアム、右に回避!>

マライアの声が聞こえて、とっさに右へ回避する。上方からビームが降って来て、私のすぐ横を通過して行った。

は、速い…なんてスピードなの…?目で追えなかった…こんな機動、ありえるの…!?

<ミリアム、まだ来るよ!集中して!>

マライアの声が聞こえる。私は、機体を立て直して敵機の機動を確認する。動いた…く、来る…!

敵機は、コンピュータの管制システムすら追いきれない速度で機動している…

システムがエラーを吐いて、ロックすら出来ない…!私は、全身が震えるのを感じた。

悪寒だ…くっ…なんなの、こいつ…!来るな…来ないで…!!

そう心の中で叫びながら、私は浴びせかけられるビームを避けるために一心不乱に回避行動を取る。

それでも執拗に敵機は私を狙ってくる…

<ミリアム!そっちは…!>

マライアの声が聞こえる。分かってる…この方向だと、マライアの援護が追いつかないことくらい…

だってこの敵それが目的なんだ!追い込んで、追い込んで、分散させてから叩くつもりだ…

今はまだ引き離すことが目的なのだろうから、精度はそれほど重視してきていないんだろうけど、

もし、マライアと距離が開いてしまって、落とすつもりで狙われたら…私、それを避けきれるの!?

 さらにビームでの攻撃が加えられる。私は半ば反撃は諦めて、逃げることだけに集中した。

それでも、迫ってくる目の前の機体の信じられない機動に私は完全に飲まれていた。

逃げ切れない…落される…このままじゃ、まずい…どうする…?どうするのよ…!?

ガクガクと手も足も震えてくる。忘れかけていた、恐怖と絶望が私の心を蝕む。

マライア…マライア…助けて…!アレク…アレク…!
 


 ビームが、機体を掠めた。モニター上に、飛行形態時用のウィングが破損したという表示が出る。

私は、その警告音を聞いて、心臓が握りつぶされた気がして、ほんの一瞬、全身が反応しなくなっていた。

<ミリアム!>

マライアの声で我に返ったとき、敵のビームライフルの銃口が光るのが見えた。

 あぁっ…やられる…!

―――部隊長、しっかり

 な、なに、今の…?こ、声が聞こえた!?いや、頭の中に響いてきたような、そんな感じだった…

マライア?あなたなの…?

―――部隊長、負けないで…アレクが、帰りを待ってるんでしょ?彼にまた寂しい悲しい想いを、させないで…

私は、それを感じた。これ、この感じ…これって…あなたなの…?ウリエラ…?

 次の瞬間、私は気付いた。なんだろう、やけに、視界が明るい…あれ…?

宇宙って、もっと暗いはずだったのに…どうして、こんなに蒼く見えるんだろう…

これって、まるで…海の、蒼だ…アヤやマライアとよく一緒に潜る、アルバの海の中のような…

 その海の中を何かが私目掛けて飛んでくる。あれは、ビーム…!間に合う、回避を…!

私は、ペダルを踏み込むのと同時に、レバーをいっぱいに押し込んで旋回してビームを避け、

まっすぐに突っ込んでくる敵機をなんとか振り切り、マライアと合流できる軌道に入った。

<ミリアム!?>

「マライア…なに、なんなの、これ…私、おかしくなってるの?!」

私は、自分の体験している得体の知れない感覚が理解できないで、マライアにそう聞いていた。

まるで…まるで、世界が話しかけてきているみたい…なんなのこれ…まるで…時が見えているような…

<ミリアム、大丈夫!?あんなの避けるなんて…どうしちゃったの…!?>

「わ、わかんないよ…脳がおかしくなってみたい…宇宙が、蒼く見えるの…」

<宇宙が、蒼く…?う、ウソでしょ?!いくらなんでも、遅咲き過ぎるよ!>

マライアがそう叫んでいる。遅咲き?なによ、いったい、なに言ってるの?

「どういうこと?」

<目覚めちゃったんだよ…ニュータイプの能力…!>

ニュータイプの、能力…?これが、マライアや、ルーカスの見ている世界…?これが、そうなの…?

そう、でも、分かる…相手の動きが、頭の中に入ってくる。敵意が感じられる。

あの機体からはその他にも、ひどくゆがんだ、憎しみと怒りがほとばしってる…

だけど、不思議…ついさっきまで、あんなに怖かったのに…今は、そうは感じられない…

分からないけど…負ける気がしない…!
 


<ミリアム、来るよ…!動ける!?>

マライアが言ってきた。動けるかどうか、どころか、その逆だ…!

「マライア、一気にやろう…!」

<行けるんだね…分かった…乗ったよ!>

マライアの言葉を聞くのとほとんど同時に私はさらにペダルを踏み込んだ。

敵機が、さっきと同じように、鋭い機動でビームを放ってくる。

だけど私には、それがどんな軌道で、どう飛んでくるのかが、分かった。

機体を滑らせて、敵の照準をそらしながら一気に距離を詰めて突っ込む。

敵が、私を避けようとして、旋回するのも“見えた”その頭を押さえるようにして私も軌道を合わせる。

距離が詰まった。私は、ビームサーベルを抜いて、それを、敵機に投げつけた。

敵機は、シールドでそれを弾き飛ばす。その隙を、待ってた!

私は、もう一方の手に握っていたビームサーベルを敵機に突き出した。

機体を貫ける寸前のところで、敵機が身を翻し私の機体の腕を掴んで押さえこもうとしてくる。

いや、それだけじゃない…サーベルを使う気だ…!

私は、それを感じ取って、とっさにヘッドバルカンで敵機の頭部を掃射する。敵が、ひるんだ…!

―――マライア!

<行ける…!>

ズン、と激しい衝撃が機体を襲った。私と敵機の真上から、マライアの機体が降ってきていた。

降りかかったマライアは、ビームサーベルで敵機の首の後ろから、機体をまっすぐに突き刺していた。

 私は、シールドを構えながら敵機から離れる。マライアもサーベルを残して飛びのいた。

次の瞬間、敵機は内側から膨れ上がるようにして爆発を起こした。

 やった…私達、勝てたの…?あの、化け物に…そう思ったら、私は、全身から力が抜けていくような感覚に襲われた。

あぁ…なんだか、すごく疲れた…なんだったの…今の…マライアはニュータイプの能力、って言った…

でも、私はニュータイプではないし、なんでいきなり、こんな景色が見えるようになったの…?

<ミリアム、大丈夫?意識、ある?>

マライアの声が聞こえた、と思ったら、すぐ横にマライアが機体を寄せてきていた。

「あぁ、うん…だ、大丈夫だよね…?私達、勝ったんだよね…?」

私は、声まで震えそうになっていたけど、なんとかそう言葉にしてマライアに聴いた。

「うん…勝ったよ…。一時は、どうなることかと思ったけど…」

マライアがそう穏やかに言う。安心する、声色だ…

<ガッ…ザザッ…マライアちゃん!こちらプル!今の爆発はなに!?大丈夫なんだよね!?>

突然、無線が音を立てて鳴り響いた。
 


<プル?こっちは、大丈夫だよ…今、ちょっと苦戦したけど、まぁ、なんとかなったところ。そっちはどう?>

マライアの声が聞こえる。

<良かった…。こっちももう済んだよ…詳しい話は、合流してからにしよう。港に戻ればいいかな?>

<うーん、と、そうだね…先にもどっておいて。あたし達、まだちょっと処理しなきゃ行けない問題があるから>

マライアがそう言いながら、マニピュレータで宇宙を指し示す。

その先には、さっきの輸送船が黒煙を噴きながら停止している。

そっか、あれを何とかしないと、放置したまま、って分けにはいかないね…

体はだるいけど、もう一仕事しなきゃな…

<…分かったよ。無理はしないで>

プルの、こっちを気遣うような声が聞こえてくる。

「大丈夫だよ、プル。ここから先は、面倒なだけで危険はないから」

私が言ってあげたら、プルは安心したのかすこし明るく

<そっか…なら、良かった>

と返事をしてくれた。

<じゃぁ、戻るときにまた連絡するね>

<了解>

二人はそう言って交信を終えた。

 ふぅ、さて、この輸送船、どうするつもり?そう聞こうと思ったら、口にする前にマライアが答えた。

―――港にでも引っ張っていって、臨検はあっちに任せればいいかな?

ん、そうだね…それでもまだ、一苦労だ。あれ、大きいもんな…

―――まぁ、のんびりやろうよ

そうだね…あれ、なんなの、これ…無線じゃ、ない、よね…?

―――自覚ないの?仕方ないなぁ、あとで説明してあげる

マライアの声が響いてきたと思ったら、無線から、彼女の笑い声が聞こえた。

んー、なんだか、へんな感じ…なんだか、すぐ横にマライアが座っててそれで話をしているような…

そんなことを思って、自分の感覚を探っていこうとしたら、何か、別のものを感じ取った。

これは…なに?何か、来る…!

「マライア!」

<うん…感じた!3時方向!>

私は、機体の向きを整えてモニターを拡大した。

そこには、目の前にあるのとは別の船がいて、こっちに近づいてきている。

船とは別にその周囲に、光点が3つ。不規則に動きながら接近している。

あれは、モビルスーツ…敵の増援、ってこと?

でも、敵意は感じない…だけど、なんなの…この、ビリビリする感じ…!
 


<大丈夫、味方だと思う…たぶんね>

マライアの声が聞こえた。それと同時に、マライアは近づいてきているモビルスーツ隊に、発光信号を送った。

するとまた、ガサガサと音がして、無線がつながった。

<マライアか?お前ら、無事なのか?>

この声…確か、アナハイム社でテストパイロットやってるって言う、マライアの先輩だったって、人?

ジェルミのお姉さんの同僚の…

<遅いよ、フレートさん!遅すぎ!>

マライアがキーキー言う声が聞こえた。

<ははは、すまん。ヒーローってのは遅れて到着するもんだろう?>

<いや、ことが終わってから到着して威張ってるヒーローなんて聞いたことないから!>

<ん、なんだ、終わってたのか?そりゃぁすまなかったな…

 ロンドベルのブライトって司令官に言われて、腕っこきの協力を得られたんだが、なんだ、必要なかったかもな>

フレートさんが笑ってそんなことを言っている。彼は、それからすぐにそれにそれを収めてから

<まぁ、とにかく、あいつを相手にして、無事だとは恐れ入った。そっちの輸送船の面倒は俺達が見る。

 うちの社内でも派閥争いで大混乱だが、上司がまともで助かったよ。

 しばらくしたら、連絡を入れるから、それまではそっちのことを済ませといてくれ。いろいろあったんだろう?

 詳しいことは聞かないけど>

フレートさんはそう言ってまた笑った。

それを聞いたマライアから、ジワっと、安心感がにじんでくるのが伝わってくる。

<ありがと、フレートさん…それじゃぁ、お願い。ミリアム、港に帰ろう>

「ん…了解」

私は、今度はそんなマライアの気持ちに当てられたのか、

自分まで安心してきたような感覚におぼれそうになりながらそう返事をして、機体をインダストリアル7の格納庫へと向けた。

<ったく、おっさんが遅いからだぜ?>

<おっさんと言うな、おっさんと!それよりも、武装解除の手伝いを頼むよ、若い衆>

<ちぇっ、ブライトさんの頼みじゃ、断りづらいんだよね。せっかくの休暇だってのに、こき使ってくれちゃってさ>

<俺のお守りをしろとも言われてるんだろう?よろしく頼むよ、こっちは病み上がりなんだ>

フレートさんたちがそんなことを話しているのが聞こえてくる。

私も、マライアも、それにまるで背中を支えられるようにして、まっすぐに、格納庫のハッチへと向かって行った。



 


つづく。


>>166からの、サイアムさんを書きたかったのです。

ありがとう、おじいちゃん。

ありがとう、永井さん。
 

  ∧,,∧
 (;`・ω・)  。・゚・⌒) チャーハン作るよ!!
 /ロビンo━ヽニニフ))
 しー-J

        アッ! 。・゚・
  ∧,,∧ て     。・゚・。・゚・
 (; ´゚ω゚)て   //
 /ロビンo━ヽニニフ
 しー-J    彡

    ∧,,∧    ショボーン
   ( ´・ω・)
  c(,_U_U      ・゚・。・ ゚・。・゚・ 。・゚・
     ━ヽニニフ

            よしバレてない

       クルッ ∧,,∧
         ミ(・ω・´ )つ サッサ
         c( U・ ゚U。彡・ 。・゚・
 ━ヽニニフ


 ∧,,∧   。・。゚・。 ゚・。゚・ できたよ~
( ´・ω・)つ\・゚・ 。・゚・・/


キャノピが復活に合わせて絵を描いてくれたぞ!

ものども!必見である!

管理人様へ
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/otsukare.jpg

読者の皆様へ
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/omatase.jpg
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/omatase2.jpg
 

>>188
ロビーン!せめて再加熱してからにして!w
 

ロビンのチャーハン・・・・・・・
それにしても、カミーユとジュドー
素直にうれしいかも

あれ、ちょうしわるいな
連投失礼…



やっと復活!長かった。キャタピラがどこか別のところで投下してないか不安になってTwitter確認が日課になってたよ。

しかし人類の現在と未来を動かすようなやつらが命懸けであっちこっち探し回っている物を座りながら見つけてしまうとはw
いつの世も女の子が最強だなw

あとただただ後悔しかしていないサイアムを救ってあげたキャタピラに敬礼。
福井はキャタピラの爪の垢を煎じて飲め!

>>191
ロビンのチャーハン食べたいですw
おぉ、あれだけの会話で気が付くとは!
感謝です!

>>195
大事なことだから大丈夫!w

>>196
感謝!
いやぁ、あたらしいとこで投下しても、たぶん、ワケわからんと思うのでね、この話w
まさかアヤレナから貼りなおすわけにはいかないですし…w

正直、こんなんでいいのか悩みましたが…
当初は、袖付きがユニコーンに仕掛けたカメラの電波を傍受して、行く先々に先回りする、ってこともイメージしてたんですが
それだとかなり設定に無理が生じそうだったので…ここは、マライアたんのスキルに賭けてみましたw

サイアムさんを救いたかった、という気持ちはあんまりなかったんです。
でも、サイアムさんへありがとう、って言わせたくて、そんな気持ちで書いてたらマリがああ言ってくれた、って感じでした。



ってなわけで、続きです。

UC編、最終パート。

最後の最後で、大フィーバーw
 




 「マライアちゃん!」

インダストリアル7の格納庫に着いて、モビルスーツを係りの人に引き渡してから、

まぁ、とにかく危機を退けたんだからいいじゃない、って押し通して戻ってきた港のシャトルに入ったら、

ロビンがそう言って飛びついてきた。

「マライアちゃん、心配したんだよ…!」

ロビンは、涙目になりながらあたしにそんなことを言ってくる。ん、ごめんね、心配かけて…

あたしはそう思いながら、ギュッとロビンを抱きしめてあげる。

それから、格納庫に到着してすぐに、膝が笑っちゃって動けない、

とか泣き言いってあたしにしがみついてたミリアムをプル達に引き渡して、あたしもやっと一息、キャビンのソファーにドカッと腰を下ろした。

重力がないから、って、虫みたいにあたしにへばりついてるロビンはそのままだけど、

まぁ、これはこれでかわいいから好きにさせておこうかな…

 「はい、お疲れ様」

マリがそんなことを言って、ポットに入った紅茶を蓋付きのマグに入れてくれる。いい香りが鼻をくすぐった。

それを一口飲んでから、あたしは、あたしとミリアムの周りに集まってきてくれていたみんなの顔を一人ずつ眺めた。

なんだろうな…なんだか、急に大人になった、って感じがする。

なんていうのか、顔つきが変わった、って言うんじゃないけど…

あたしがこんな表現をするのも、なんだかおかしい気がするけど、

なんていうか、人間としての深みが増した、って言うか、そんな感じも思えるな。

箱を探しに行ったことが、そんなにみんなを大人にしたんだろうか?そのあたりの話も、じっくり聞いてあげたいな…

もちろん、箱の中身、って言うのがなんだったか、も知りたいけど。

「それで、そっちはどうだったの?」

あたし達が聞く前に、マリがそう言ってきた。あたしは、チラッとミリアムを見た。

ミリアムは、わざとらしく首をかしげて“なにが?”って表情をしている。もう、なんで肝心なときはそうなのよ!

そんなことを思いながらあたしはもう一口紅茶を飲んでから

「んー、敵が来て、ミリアムが能力に目覚めて、勝った。

 あぁ、あと、フレートさんが来てくれたよ、たぶん、ブライトさん経由で、ジュドーくんも来てる」

と報告した。そのとたん、プルが飛び跳ねて

「ジュドーが!?」

と叫び、アヤさんくらいのまぶしい笑顔になった。嬉しそう…プル、本当に彼が好きなんだな…

それでも、地球にいることを選んだのは、やっぱり、きっとたくさん考えるところがあったんだろうな…

でも、良かったかな、うん。

「うん、会ってないけど、声聞いたし、感じもほら、するでしょ?すぐ近く」

あたしが言ったら、プルはふっと、シャトルの天井を見上げてから、またパァッと表情を明るくする。
 


 「ミリアムちゃん、能力が出てきたの?」

カタリナがミリアムにそんなことを聞く。そしたらミリアムは

「なんか、実感ないんだけどね…でも、今カタリナ、ちょっとうらやましいな、って思ってる?」

なんて聞き返して、曖昧に笑った。

「うん、いいなぁって思う」

カタリナは、キラキラした目でミリアムを見つめてる。

カタリナも、たぶん、本当は全然分からないってワケじゃないんだってのは、なんとなく知ってるんだ。

きっと虫の予感、じゃないけど、うっすらといろんなことを感じられてるんだって思う。

もしかしたら、カタリナもこれから何かをきっかけにして、それが伸びるかもしれないもんね。

 「そっちはどう?箱、見つけた?」

あたしは、話を本線に戻して、みんなに聴いた。

そしたら、みんなは顔を見合わせて、ニコニコ笑って、ロビンが代表してあたしに言ってきた。

「見つけたけど、受け取らなかったよ」

え…?う、受けとら…え?…えぇぇ!?

「な、なんでよ!?」

「んー、なんか、あたし達が持ってるべきものじゃないな、って思って」

「い、いや、たとえそうでも、それを確保して姫様に渡せば、あとは姫様が…」

「それも考えたんだけどね。でも、きっとあれは、ミネバ様自身で辿り着いて手にするべきだと思ったんだよ。

 そのための手助けを、私達はするべきだ、って、そう思ったんだよ」

混乱していたあたしに、プルがそんなことを言ってきた。

「そうそう。その代わりに、いろんな話を聞かせてもらったんだ」

今度はマリが口を開いた。

「うん、大事な話だった…」

カタリナが、何かをかみ締めるみたいに言う。いや、でも…えっと、それで、いいの…?

あたしは、メルヴィを見やった。彼女は、ロビン達と同じ、やわらかい笑顔で

「あの箱は、人と人を、地球と宇宙を、途切れさせもし、繋げもする可能性を持ったものでした。

 繋がり方を知っている私達には、不要なもの…

 ミネバ様があの箱の中身に触れ、そして、それをどうお感じになるかはわかりませんが…

 いえ、ミネバ様なら、必ず人を繋ぐ可能性を見出されるでしょう。

 私達は、そのミネバ様に守られる代わりに、それを手にするまでミネバ様をお守りするべきだ、と、決めました」

と、さらりと言った。

 箱を、あえて、置いてきた、っていうんだ…話はまだ全然見えないけど、でも…

みんなで話をして、みんなで納得して、そう決めてきたんだね…戸惑ってはいるけど…

だけど、それが良い、って、そう思えたんだね。だったら、ロビンとケンカしたときと一緒だな…

あたしはもう、そのことについては何も言うべきじゃないよね、きっと。それが正しいか、なんてわからないし、そもそも、正しければ良いってもんでもないんだろうけど、

とにかく、あたしは信じられた。彼女達は、自分達の意思で考えて選んできたんだ。

能力で感じなくたって、その、表情で、言葉で、なんだかいきなり大人になっちゃったみたいな雰囲気で、分かるよ。

それはきっと、大事な何かを請け負ったって証拠だって思う。

それが何であれ、そんなことが出来るのは、すごいことだって思える。だから…うん、そうだね…!
  


「そっか…分かったよ」

あたしは、みんなの言葉にそう答えた。それから、いいよね、ってミリアムをみたら、彼女もニコッと笑って

「なんだか、まぶしいわね」

なんて言った。

 「それで、箱の中身、ってなんだったの?それくらい、聞かせてくれてもいいよね?」

あたしは元諜報員としてはそれだけはどうしても気になっていたので、とりあえずそれだけでも、と思って聞いてみた。

そしたら、ロビンがニンマリと笑っていってきた。

「それは、ね。“我が、唯一の望み”、だよ」

「え?」

ロビンが、なにか変なことを言い出した。なに、それ?なにかのことわざ?

意味が分からなくて、そばにいたカタリナを見たら、彼女もクスっと笑って

「“あるいは、希望”、かな」

といった。うん、いや、希望って言葉くらいは分かるけど…だから、なに?え?ね、ねぇ、ちょっと…

誰か分かるように説明してよ!

「私は“可能性の光”、ってやつが好きかな」

と、今度はマリまでそんなことを言い出した。もう、ちょっと!もったいぶらないで教えてよ!

 そうわめこうと思った矢先、ガリガリっと音が聞こえて、シャトル内に無線が鳴り響いた。

<マライア、こちら、フレート。応答できるか?>

フレートさんだ!輸送船の拿捕作業、終わったのかな?

あたしは、ノーマルスーツのポーチから取り出しておいた無線機を取り出す。

「フレートさん、聞こえるよ。状況はどう?」

<こっちは、輸送船を確保した。別働隊に引き取ってもらって、こっちは事態の収拾に当たる手筈になってる。

 とりあえず、状況を確認したいから一度合流できるか?そっちのシャトルならこっちの船に接続できる。

 いったん会って、詳しく話を聞かせてくれよ>

こっちの船、か。このクラスのシャトルを接続できる、ってことは、少なくとも巡洋艦クラス、ってことだよね。

アナハイム社の自社製品、ってとこかな?そしたら、予備のモビルスーツなんかも積んでるかもしれないね。

そうなったら、姫様の支援もしやすいと思うし、助かるかな。

それに、このコロニーに長居したら、モビルスーツ勝手に借りたし、なぁんか面倒なことにもなりそうだし、ね。

「うん、分かった。これから港から出るから、ちょっと待ってて」

あたしはそう無線に言ってから、みんなに了解を取った。

プルは、その船にジュドーくんが乗っているって言うのが分かったらしくて、いつになくうきうきとして、

はしゃぎ出してしまいそうになっている。

お兄ちゃんなんだもんなぁ、昔のあたしにとってのアヤさんみたいなもんだよね、きっと。

 そんなことを思いながら、あたしはキャビンを抜けて操縦室に向かった。
 


 シートに座って、エンジンを起動させる。

モニターで船内に異常がないことを確かめてから、管制室に連絡してハッチを開けてもらって、あたしはシャトルを宇宙に浮かべた。

そこには、アーガマを小型にしたような中型の船がいて、シャトルに向かってレーザー誘導装置のリンクを発信してきていた。

あたしはコンピュータをいじって操舵をオートパイロットにして、その誘導装置もオンにする。

これであとは、向こうが送ってくるデータ通りの位置について、

マグネットで船同士をくっつけたらあっちがこのシャトルの腹側にあるハッチに気密されてる通路を圧着してくれる。

もう疲れちゃったから、あとはもうホント、休みたい、ってのが正直なところなんだ。

あたしはそれからグタっとシートに体を委ねた。

 「マライアちゃん!マライアちゃん!!起きて!大変!」

突然、そんな声がして、あたしはシートから飛び上がった。

「な、なに!?あ、あたし、寝てないよ!?」

「いや、寝てたって!お願い、マライアちゃん、助けて!」

とりあえずそう言ったら、いつの間にかそばにいたプルがあたしの服を掴んであたしを揺さぶっていた。

あ、あれ?ホントに今、一瞬、意識飛んでたみたい…

あたしはシートに腰掛ける前まで見えていた輸送船がすでにそこにはなく、

代わりに壁のようなものがシャトルの腹側から前方へと地面みたいに延びているのに気がついた。いつの間に、接続したんだろう…

「マライアちゃん!」

プルの叫ぶ声で、あたしは我に帰った。えっと…そう、そうだ、プルは助けて、ってそう言ってた。

「どうしたの?何かあったの?」

あたしが聞いたら、プルは必死の形相で、あたしの両腕を掴んで言ってきた。

「あの子が、危ないんだ…!お願い、そこに行かなきゃ…!」

あの子…?あの子って…あ、そうか…姫様のところで言ってた、12番目のプル…。マリやプルの妹が…!?

 あたしはそれを聞いて、まず感覚を研ぎ澄ませた。でも何も感じない…でも、プルには感じられてるんだね!?

「分かるの?!」

「うん…!近くはないけど、苦しんでる…きっと、戦ってるんだ…!」

プルは唇をぎゅっとかみ締めた…行かなきゃ…もしかしたらそこには、姫様もいるのかもしれない…

その子が危ないっていうんなら、姫様も危険な可能性がある…!

「プル、一緒に来て!」

「うん!」

あたしはそうプルに伝えてからシャフトに飛び上がる。

シャフトを、シャトルのハッチの方へと進みながら無線機を取り出してフレートさんを呼び出した。

「フレートさん、緊急事態!」

<あぁ!?なんだ、どうしたってんだ、急に!?>

「今から外に出るから、ちょっとモビルスーツ貸して!リゼルあるでしょ!?」

シャフトを出て、ハッチ前のホールでノーマルスーツを着込みながらフレートさんに頼む。

こっちのシャトルの格納庫は腹側が開く作りになってるから、ジェガンを出すには接続をいちいち外さないといけない。

それに外したところで、あのポンコツジェガンじゃ、急ぎたくても急げない…

でもフレートさんの乗ってきた船には、小さいけどカタパルトも付いてる。

それでリゼルを射出してもらったほうが、その分の加速も付くから早く到着できる…きっと、その方法が最速…!
 


「あぁ、良かった、間に合った!」

そう声がしたと思ったら、シャフトからマリが飛び出てきた。

「マリ、急いで準備して!」

「うん!」

マリも行くんだ…大丈夫かな…?いや、そんなことを気にしている場合じゃない、か…。とにかく、急がないと!

 ノーマルスーツを着終えたあたしは、プルとマリの気密確認が終わるのを待って、外へ続く二重ハッチの手前のほうを開けた。

プルに閉鎖を頼んで、すぐさまあたしは一番外のハッチを開く。バシュ、とエアーが抜けていく。

足元の電磁石の電源を切って、ハッチから外に出て、外からまたきっちりと閉めなおす。

それから、ランドムーバーでフレートさんの船のカタパルトへと向かう。

 カタパルトには、リゼルが一機、発信準備をしながら待っていた。

この船のカタパルトは1本…あれで出たとしても、あとの2機分を待つ必要がある…

どうしよう?あたしは、今はまだその子の居場所が分からない…先に、プルだけ行かせる…?

マリも位置はつかめているのかな…あぁ、もう!戦闘のときの安全性をとるか、時間をとるか…難しいな…!

 とにかくあたしは、リゼルに飛びついた。そこに、プルもマリもやってくる。

「どうする!?次を待つ!?」

あたしが聞いたら、マリの声が聞こえた。

「マライアちゃんが操縦して…あたしとプルは、とにかくあの子に呼びかける…!」

そっか、そうだね…間に合うかどうかわからないあたし達の戦力がどうこう、っていうより、

こっちから働きかけてこっちが到着できるまでの時間を稼いでもらうほうがいいよね…

「分かった、乗って!」

あたしはリゼルのハッチを開いて中に飛び込んだ。予備のシートなんてついてない。

リニアシートシステムのこのコクピットじゃ、浮いてるみたいなこのシートにしがみつくか

無理にでも座るかでもするしか方法はないけど。そんなこと、構ってるときじゃない。

あたしはシートに座って、アンカーワイヤーをマリとプルのノーマルスーツのワイヤーに引っ掛けて、

リールをロックした。二人のリールもロックしてあげる。これで、多少は体のコントロールはし易いはずだ。

「マリ、プル、掴まってて!フレートさん、射出お願い!」

あたしは無線に再び怒鳴る。

<よし、カタパルト、グリーン。コールしろ!>

「了解、マライア・アトウッド、リゼル、出ます!」

そう報告をしながら、あたしはペダルを踏み込んでバーニアを全開にする。

次の瞬間、体が弾かれたような衝撃が襲ってきて、機体が加速しカタパルトからはじき出された。

激しいGが収まるのを待って、プルとマリを確認する。

「大丈夫?二人とも」

「平気だよ、マライアちゃん達とは作りが違うんだから」

「そうそう!」

確かに、そうだったね。いいよなぁ、その身体能力の強さはさ。

ハイGターンでも頭白んで来ないなんて、楽そうじゃん、なんだか。あたしも鍛えたらなれるかな…

いや、心肺機能ばっかりはさすがに無理か。
 


「良かった。で、その子の場所は?」

「うん、アストロナビってどれ?」

マリがシートに付いたモニタパネルを覗く。あたしはそれを操作して、位置情報システムを起動させた。

それを見たマリとプルは、一瞬、集中をさらに研ぎ澄ませた。

「分かった…たぶん、この位置から、こっちへ向かってきてる」

「合流するのなら、この手前のポイントに出て、それから正面に出るコースがいいね」

二人はそう報告をくれる。

「オッケ、それなら、あまり時間かかんないはず…限界まで加速するから、掴まって!」

確かに近くはない…でも、この距離で、このリゼルならそう時間はかからないはずだ。

ウェーブライダー形態…これって、メタス系統の変形になってるなぁ…

でも、ブースターとスラスターを後ろに集めたほうが絶対に効率もいいよね…

あたしはそう判断してリゼルを飛行形態に変形させて先を急いだ。そんなあたしに、プルが静かに言ってくる。

「マライアちゃん…あんまり、近づいちゃ、ダメ…」

「え?」

「過剰に近づいたらダメ…あの子、あいつと戦ってる…」

プルはそう言ってヘルメットの中で唇を噛んだ。あれ、って…まさか…!

「プル、それって…!?」

「うん…たぶん、あの白いやつ…強い憎しみが伝わってくる…マリーダって名前だって、ミネバ様は言ってたよね…

 マリーダ…お願い…応えて…助けに行く、それまで、がんばって…!」

プルはそう言ってヘルメット越しに、祈るように組んだ手を額に押し当ててつぶやき始めた。

妹と、意思をつなごう、って、そう思ってるんだね…それにしたって、またあの機体とおなじところを飛ぶの…?

ミリアムに増援を頼もうかな…

ううん。あの船にはジュドーくんも乗ってるし、こっちに向かってもらうように頼もう。

プロトタイプだったけど、あたしとミリアムで何とかなったんだ…

ミリアムと、そこにジュドーくんも加わってくれれば、きっともっと楽になるはず…あたしはとにかく、急がないと…!

 コクピットのコンピュータで、フレートさんにメッセージと一緒に位置座標データを添付して送る。

それを終えてから、あたしはさらにペダルを踏み込む。

焦る気持ちを無理矢理に押し込んで破裂しそうな胸の痛みにこらえながら、モニター越しに、目指すポイントを見つめる。

ふと、あたしの感覚に煮えたぎるような暑い感覚が触れた。

 これは…怒り?憎しみ…?ホントだ…これは、あの機体のNT-Dが起動しているときの、感情がハウリングして膨れ上がっている感覚…!

間違いない、マリーダは、あの機体と戦ってるんだ…敵味方がどうなってるんだろう…

あの白いのは、袖付きに鹵獲されてから、その後はどうなったんだろう?マリーダは姫様の味方?それとも敵…?

ううん、プルたちの妹が、“マスター”を攻撃することは、きっとない。

特に、ずっと戦いに生きてきて、強化が解けるきっかけがなければ、余計にそうだ。

マリーダの感じも、うっすらと感じられ出す。これは、正気を失っている感じじゃない。

彼女は、正気だ…あの、強烈な敵意と憎しみを浴びながら、

それでも、戦う意思を、守るんだ、って気持ちが折られていない、恐怖を押さえ込んで、コントロールして、

それでも戦ってる…すごい、なんて、強い子なんだろう…!
 


 プルとマリの感覚が強くなった。二人は、目をつぶって意識を集中している。

目で見えてくるんじゃないかって思うくらい、二人の体はビンビンと思念を発しているのが感じられる。

「プル…!プル!!」

不意に、マリがそう叫んだ。その声にあたしは思わず、ふたりの方を見やる。

すると、プルのヘルメットの中が、ぼんやりと緑に光っていた。

なに…この光…?あたしは、じっと目を凝らしてプルを見つめる。

すると、プルのノーマルスーツの首元から、細い糸のような、

かろうじて目で見えるくらいの光の筋が漏れ出ているのが見えた。

待ってよ…これ、おかしい…だって、ノーマルスーツだよ!?

宇宙線も遮断する、空気も通さない素材なんだよ?光なんかが漏れ出てくるはずない…

だけど、これは確かに…プルの内側から出ている…

 プルも、マリに言われてハッとして、それから、ヘルメットのバイザーを開けて、

そこから自分の胸元に手をねじ込んで、何かをひっぱりだした。それは、T字の金属のヘッドのチョーカーだった。

姫様と話をしに行った帰りに、プルが宇宙で拾った、って言っていた…

その金属のヘッドは、ほのかな緑色の光を放っていた。この光…とっても暖かい感じがする…

「なに…これ…この光…マライアちゃんを助けたときに見たのと、おんなじ感じがする…」

プルが、そんなことを言った。プルがあたしを助けたとき…?

そうだ、クワトロ大尉が蜂起したネオジオン紛争で、

ミリアムとケンカしたあとにやってきた連邦のモビルスーツ部隊からプルがあたし達を守ってくれたときに、

アクシズを地球から弾き出した、あの緑の光と、同じ感じだ…これって…もしかして、サイコフレーフの鋼材なの…?

ってことは、この光は…Iフィールド!?

 「プル、何か、感じる!?」

あたしはプルに聞いた。プルは、すこし戸惑いながら

「…うん、感じる…マリーダの息遣い…これ、どうして?

 マリーダには届いてない感じなのに、マリーダのことは伝わってくる…なにか、別のものに引っ張られてる感じだよ!」

別のものに、引っ張られてる…?Iフィールドが、別の何かを選んでいる、っていうの?

マリーダの息遣いが聞こえるくらい近くの、なにか、に…?…!そ、そうか…もしかして、あのつぼみの機体…!

「プル、それたぶんサイコフレームの鋼材なんだよ。

 それが反応しているのは、たぶん、つぼみのモビルスーツの機体に載ってる、サイコフレームなんだ!」

「どうしてそんなことがわかるの!?」

「そうとしか説明できないからだよ!そこから伝わってくるのは、あの白い機体の感覚じゃないんでしょ?!

 だとしたら、マリーダのすぐそばにある機体…マリーダの乗ってる機体しかないじゃない!」

あたしがそう言ったら、プルはハッとして、ぎゅっとチョーカーのヘッドを握りしめた。
 


プルから伝わってくる思念が、変わった…マリーダに向けて、じゃない。彼女、あの機体に思念を送ってるの…?

―――クシャトリア、お願い、マリーダを守って…!

姫様は、確かにつぼみの機体をそう呼んでたね…

もしかしたら、これが、あのときあたし達が見たアクシズを押し返すようなIフィールドを発生させるなら…

マリーダも無事で済むかもしれない…!

 プルの手を、マリが握りしめた。マリからも、強い思念が伝わってくる。

光が、さらに大きく、濃く、放たれてくる。これは…本物だ…!

 アムロ…どうしたらいい?これでいいんだよね…?

サイコフレームの力、あたしよくわかんないんだよ…!

マリーダって子を守るためには、こうやって思念を送ればいいんだよね!?

―――俺も力を貸そう、大尉。

―――アムロ!

あたしは、何かに操られるみたいに、いつのまにか、マリと一緒になって、プルの手を握っていた。

プルとマリのマリーダを守りたい、って意思が流れ込んできて、

それがあたしの意思と感覚を増幅させて、光をさらに強くしている。

これが…サイコフレームのハウリング?これが、マリーダの機体のサイコフレームを共振させてくれる力なの?

―――まだ、生きている妹がいたんだな、プル。俺にもやらせてくれよ。

―――今度は、俺の力をみんなに貸す番だ。協力させてくれ。

今の感じ…ジュドーくん?それに、ジュドーくんとフレートさんと一緒にいた、もう一人の人の感覚も…

 なんだかよくわかんないけど、お願い…お願い、みんな!

マリーダを、あの子を…戦争の道具なんかのまま死なせたくない…!だから、力を貸して…!

あたし達ニュータイプは、殺しあうために生まれてきたんじゃない…

この広い宇宙で、つながりあうために生まれ来たんだ!レオナの、プルやマリの妹に、それを伝えてあげたいんだ…!

―――力を貸して…姉さんたち!

「マリーダ!」

何か、どこからか声が響いてきたと思ったら、プルが叫んだ。

次の瞬間、何か、身に覚えのない、強烈な、それも、なぜかとてもあたたかな感情が弾けるようにして伝わってきた。

そして、モニターの中央、はるか遠くの方で、何かが爆発するのが見えた。近くには、何かが居る…

あれは、ネェル・アーガマ!まずい、近づきすぎた!?

そんなことを思ったあたしは、ふと、それまであふれ出るようになっていた緑の光が、鼓動を刻むように、

ゆっくり、ゆっくりと小さくなっていっているのに気がづいた。

それに、今の爆発…ま、まさか…間に合わなかったの…!?

あたしは、そう感じて、がくがくと全身の力が抜けていくような感覚に襲われた…

あたし、守れなかった…?ミラお姉ちゃんのときと、ライラのときと同じで…

また、あたし…胸の真ん中に、ナイフでも突き立てられたみたいな痛みがする。

どうして…どうしてこんなことになっちゃうの…!
 


「マライアちゃん、まだだよ!」

プルが叫んだ。と思ったら、彼女はシートのパネルに手を伸ばしてきて、宇宙空間を拡大した。

それから、押し殺した声で言った。

「まだ、生きてる…!ここにいる!」

それは、アーガマから4キロ後方の位置。私は、デジタル補正を加えて、さらに画面を拡大する。

そこには、猛スピードでアーガマから遠ざかる方向で飛んでいる何かが見えた。

アルゴリズムの解析が間に合ってないから、それが何かまではわからないけど…でも…

「プル、これが、彼女なの?」

「うん…そうだよ!急いで!」

あたしが聞いたら、プルは答えた。その言葉に、迷いはなかった。プルにはわかるんだね…?

「わかった。爆風にあられたんだね…あの速度じゃ、急がないとやばいね…」

あたしは、そう思って、ペダルを踏み込んでスラスターで方向を変える。

その何か、は、ネェル・アーガマからかなりの速度で離れていく。

あたし達はネェル・アーガマの左舷側にいる。あたし達も、あの塊を追っていく形だ。

これなら、あのヤバい機体にも見つからなくて済みそう…とにかく今は、あの塊を確保しなきゃ…

 そう思って、そっとあの白い機体らしい感覚を探る。

でも、なぜかあの機体らしいのからは、さっきまでの憎しみや恨みが感じられてこなかった。

伝わってくるのは、後悔と、贖罪の気持ち…?いきなり、どうしたっていうんだろう…?

プル達の思念が、あっちの機体にも影響したのかな?

それとも、マリーダの最後のあの強烈な意志がそうさせたのかな…?いや、両方あるかもしれないな…

でも、そにかく、あっちの戦闘も終わったみたい…と、あたしは、また別の気配を感じた。

 これ…姫様…?ネェル・アーガマに、まだ乗ってたんだ…

ネェル・アーガマの航路はインダストリアル7に向いてる…よかった、姫様の方も、箱の場所に気が付いたんだね…。

あとで、連絡を入れるから、それまでは辛抱してね…!

 「マライアちゃん、近づいてきた!」

マリの叫ぶ声が聞こえた。あと、200キロ、ってところかな…相対速度的には、やっぱりこっちがかなり早い。

減速しよう。あたしは、そう思って機体を倒しながらバーニアとスラスターを進行方向に向けて少しずつ噴射していく。

この距離なら、レーザー測量で距離を測れるな。あたしはパネルを操作して、その塊に向けて測距を行った。

画面には180と出て、それがどんどん、縮んでいく。150、120、90、60…もう少し減速を…

 さらに速度を落とす。50、40、30、20…さらに、減速…15、10、5まだ、早い…!3…2.5…2.5…っと、落としすぎたかな?

あたしは今度は速度を速めてみる。2.3、2.1、1.9…よし、よし、いい感じ!もう、すぐそこだ!
 


「マライアちゃん、私が出て、回収してくるよ」

「了解。これでも、まだかなりスピード出てるから、周りに浮いてるかもしれないデブリには気を付けて」

あたしが言ったら、プルはコクっとうなずいて、シートに下にあったランドムーバーを背負った。

 1.0、0.9、0.8、0.7、さらに、少しだけ、減速…0.5…0.4…0.3…あと、200メートル!

これで、少し減速してみれば…0.2…0.2…よし、相対速度、ほぼ同じ!

「プル、ハッチ開けるよ。マリは、捕まって」

あたしはそういいながら、マリをぎゅっと抱き寄せて、コクピットのハッチを開いた。

プルがアンカーワイヤーをつないだまま、ゆっくりと宇宙へ飛び出していく。

プルは、ランドムーバーを小刻みに吹かせながら、あの爆発から飛び出してきた塊に近づいていく。

 やがて、彼方でプルが、半ばデブリのような塊へと取り付くのが確認できた。

「プル、大丈夫!?」

マリが心配げに声をあげる。するとすぐに

<私は大丈夫だよ…これは…コクピットの鋼材…?待って、脱出ポッドが中で潰れてる…!>

と声が返って来た。でも…あたしは、感じ取っていた。

この距離で、ようやく分かるほどだけど、あのポッドからは、息遣いが聞こえる。

かすかだけど、意思も感じ取れる…生きてる…マリーダって子は、生きてる…!

<脱出ポッドの中に入れたよ…いた…マリーダ…マリーダ…?しっかり、今連れ出してあげるから…!>

プルの、小さな声が無線越しに聞こえてくる。やがて、プルが、何かを抱えてデブリの表面に姿を現した。

<マライアちゃん、リール巻き取ってコクピットに戻るよ!>

「了解、気をつけて!」

あたしはそう伝えながらあたりに気を配る。

こっちに向かってくるような、目で見えるサイズのデブリやなんかはなさそうだ。

プルは、コクピットへと、スルスルと近づいてきた。

マリがハッチから身を乗り出して、プルとプルの抱えたマリーダを捕まえて、コクピットの中に引き込んだ。

プルは、助け出したマリーダらしいパイロットスーツの人物にしがみつくようにして抱きしめている。

その二人をまとめてマリが抱え込んでいる。

んー、ノーマルスーツ着てると、感動が半減…顔見えないし、ね…

でも、この感じは、あたしにも分かる…マリやプルと同じ感じがする。この子は間違いなく、二人の姉妹だね…

「こちらマライア。フレートさん、聞こえる?」

あたしはそう思いながら無線に呼びかけた。でも返事はない…ちぇっ、ミノフスキー粒子かな?

それとも、距離の問題?まぁ仕方ない、か。とりあえず、あのチビのアーガマと合流できる進路を取ろう。

ホントにあたし、もう今日は疲れちゃったよ…すこし休んでおかないと、ね。

きっと、これからもうひと働きしないといけないだろうから。

あたしは、念のためにフレートさんにメッセージを打って、それから機体をオートパイロットにしてシートに身を預けた。

ふぅ、今はまだ、寝るわけにはいかないけど…向こうに戻ったら、すこしだけ寝てもいいよね…

ミリアムも、フレートさんもいることだし、ね。



 







 アタシはベッドに寝かせた。マリとプルとおんなじ顔をした女の子を、そばに座って、ジッと見つめていた。

いや、すごいね、これ。ホント、みればみるほどそっくりそのままだ。

こっちの子の方が、ちょっと痩せてて、血色もあんまり良くないけど…。

まぁ、マリとプルも見間違えるくらいそっくりだし、

別にいまさら、それについて驚くようなこともないのかもしれないけど、

いざこうしてもう一人、なんていわれると、やっぱりびっくりしちゃうよね…。

 彼女の腕には、カタリナの打った点滴の管がつながっている。

ここに運び込まれた彼女は、全身がひどい打撲状態になっていたらしかった。

たぶん、爆風に煽られたときの衝撃がひどかったんだろう、って、マライアちゃんは言ってたけど、

船のメディカルルームでの検査では大きな怪我やなんかは見つからなかったから、

痛み止めだけでも、と、船医さんがくれたので、それを使ってる。まぁ、大事がなくて良かった良かった。

 なんてことを思ってたら、エアモーターの音をさせて、カタリナが部屋に入ってきた。

「彼女、大丈夫そう?」

って聞いてくるので、

「うん」

と答えてあげる。そしたら、カタリナはすこしの間黙ってから

「もう少しで、増援って人たちが到着するみたい」

とすこししょんぼりして言った。もう、なにしょげてんのよカタリナ!

なんて言おうかな、と思ったけど、やめた。そりゃぁ、心配なのは分かるよ…

でもね、たぶん、それ、要らない心配だと思う…。

フレートさんはどうか知らないけど、フレートさんと一緒に来たジュドーさんと、それからもう一人の男の人…

あの人たちは、たぶん、相当強いよ…特に、もう一人の男の人、確か、カミーユ、って言ったっけ?

あの人の能力はもう、ほとばしってるって感じ…

二人とも、もともとパイロットだったって言うし、マライアちゃんとミリアムちゃんにあの二人、ってことになれば、

そう簡単にやられるとは思えないもん。まぁ、もちろん、絶対はない、ってわかってはいるけど、それでも、ね。

「アタシ達は、アタシ達の出来ることをするだけ、だよ、カタリナ」

アタシはそう言って、カタリナの肩をポンと叩いてあげた。

「そっか…そうだね。私達は、今はきっと、この子を守ってあげなきゃいけないんだろうね…」

「うん、マライアちゃん達とプルが戦いに行くから…こっちはアタシ達で請け負わないと」

アタシはカタリナを見て言った。カタリナも、頷いてくれた。

 またモーターの音がした。振り返ったら、今度は、マリとプルが入ってくる。プル

はノーマルスーツに身を包んでいて、キリっと引き締まった顔をしている。

マリは、プルに比べると、なんだかカタリナとおんなじように、ちょっと元気のない顔をしていた。
 


「プル、やっぱり行くんだね…」

「うん」

アタシが聞いたら、プルは穏やかに笑って頷いた。横で口を尖らせたマリが

「私も行くって言ったのに…」

と不満そうにしている。

「言ったでしょ、マリは、サブリナさんとミシェルちゃんとこっちのシャトルを守って欲しいんだよ」

「それって、なんか取って付けたみたいな理由で、好きじゃない」

「そんなことないよ。この宙域には、敵が集結してくる。もしシャトルが目を付けられたら

 防衛がいないと危険になっちゃう。ロビン達のことは、マリに頼むしかないんだ」

プルが言ったら、マリは相変わらずの表情だけど

「…分かってるよ…」

なんて言う。マリも、プルが心配なんだよね…。

 「ん…」

不意に声がした。ベッドの上のマリーダが、うめいた声だった。

彼女は、モゾモゾと体を動かして、それから小さなうめき声をあげて、目を覚ました。

「良かった、気がついたね!」

アタシはパァッと嬉しい気持ちになって、マリーダの顔を覗き込む。

彼女は、アタシの顔を見てしばらく呆然としていたけど、腕に点滴が刺さっているのを見て、

バッと起き上がって管に手をかけようとした。彼女からは、強い緊張感が膨れ上がったのを感じる。

でも、次の瞬間には彼女は顔をしかめて、身動きを止めた。

「あぁ、もう!だめだよ、安静にしてないと!」

アタシはあわててそう伝えて、彼女をベッドに寝かそうと促す。でも、マリーダはアタシを睨んできて

「誰だ、お前は!?ここはどこだ…!?私を、どうするつもりだ?!」

と噛み付いてくる。ありゃりゃ、これ、混乱してるのかな…?

「落ち着いて、マリーダ。大丈夫だよ」

プルが、優しく言った。その声を聞いたマリーダは、ハッとしてプルの顔をみて、

それからすぐ隣にいたマリの顔にも目をやって、絶句した。顔が恐怖に歪むのを、アタシはみた。

彼女の胸の内から、飲み込まれそうになるような黒くて冷たい感情が膨れ上がる。

「ここは…私は、死んだのか…?」

「バカ言わないで。助けたんだから、死んじゃったりされてたら、返って驚いちゃうよ」

プルがそう言って、マリーダのベッドに腰を下ろした。

「あなたは、12番目だ、って、姫様に聞いたよ、マリーダ。私は、プルツー」

プルが言った。それに続いてマリが

「私は、9番目だよ」

と言い添える。

「…姉さん達…?まさか…本当に…?」

マリーダは、言葉を失ってる。

プルはノーマルスーツを半分脱いで、引き抜いた手でマリーダの頭をクシャっと撫でた。
 


「検査するときに、体を見たよ…辛かっただろうね…ひどい目にあったんでしょ…もう大丈夫だから…」

そう優しく言ったプルの言葉に、マリーダの目に、涙が浮かんできた。

 アタシも、マリーダの体は、見た。傷だらけで、ひどい去り様だった。

あれはたぶん、戦争の傷跡なんかじゃない…あれは、拷問とか、そういう類の傷だと思う。

でもなければ、あんなに、執拗な感覚を受ける傷にはならないはずだ。プルもそれが分かってたんだ…。

 <プル。そろそろ作業に入るから、一度こっちに来てくれる?>

不意に、プルの持っていた無線がそう音を立てた。マライアちゃんの声だ。作業、ってことは、アタシも行かなきゃな…

 それを聞いたプルは、ノーマルスーツを着なおすとマリーダに言った。

「マリーダ。あなたはここで、みんなと休んでてよ。あとは、私達が引き受けるから」

「…そうだ…姫様…!マスターも!みんな、無事なのか!?」

マリーダがプルに掴み掛かってそう聞く。プルは、相変わらず優しく、マリーダを諭すように言った。

「うん…無事だよ、今のところ。さっき連絡が入って、姫様は、箱の中身を放送で公表するみたい。

 袖付きの連中が、あちこちのジオン残党に協力を呼びかけた。

 もしかしたら、連邦や、アナハイムとビスト財団の連中も出てくるかもしれない。

 これから私達は、インダストリアル7へ続く宙域を封鎖して、そいつらを食い止めにいくから、安心して…」

「それなら、私も…つっ!」

「そんな体じゃ、戦闘どころか、操縦も無理だよ」

体を動かそうとして、痛みでうめいたマリーダに、プルは苦笑いで伝えて、立ち上がった。

それから、穏やかな表情で彼女に言った。

「大丈夫。あなたをのけ者にするんじゃないだよ。あなたは、もう十分戦ったんだ。

 あとは、私達がそれを引き継ぐ。私達は戦争の道具じゃない。

 だけど、あなただけに戦争を押し付けるわけにはいかないでしょ?

 だから、ここで待ってて。姫様も、あなたのマスターって人も、私が必ず守ってみせる。

 あなたの、“希望の光”は、誰にも消させはしないから」

マリーダは、黙った。戸惑っているのが伝わってくる。なにを言っていいか、分からない、って感じだ。

ふふ、なんにも言う必要なんてないのに、ね。

 そんなマリーダを意識してか、そうでもないのか、プルは

「マリ、こっちはお願いね。ロビン、行こう」

と声をかけてきた。アタシが頷いたら、プルはシャフトへ飛び上がる。
 


「待って!」

そんなアタシ達に、マリーダが叫んだ。

プルがシャフトの入り口で止まってしまったので、アタシはどうしようもなくて、プルに追突してしまう。

そんなアタシを捕まえながらプルはマリーダを見やった。

「…姉さん…姫様と、マスターを…死なせないでくれ…お願いだ…」

マリーダはすがりつくような瞳で、プルにそう言った。そしたらプルは、あの一番かわいい、明るい笑顔で笑った。

「うん、任せてよ」

プルはそう言って、シャフトに飛び込んでいった。

「じゃぁ、戻ってくるまでに出発の準備しててね!」

アタシもそう言ってシャフトの中に飛び込んだ。向かう先は、操縦室。

そこで、マライアちゃんとミリアムちゃんが、最終の調整を行っているはずだった。

アタシはメルヴィと一緒にその手伝いをする手筈になっていた。まぁ、出来ることなんてあんまりないんだろうけど…

でも、マライアちゃんがそう言って頼んでくれたから、アタシは引き受けた。

 操縦室に着くと、そこにはマライアちゃんとミリアムちゃんと、

それから、フレートさんの船に一緒に乗ってきたんだという、サブリナさんとミシェルちゃんがいた。

ジュドーくんと、カミーユ、ってお兄さんも一緒だ。

「ごめん、お待たせ」

プルがそう言いながら、床に降り立った。

「あぁ、大丈夫。今、増援が来てるところ」

プルの言葉に、ミリアムちゃんがそう言って、操縦席に座って無線をしているマライアちゃんに頭を振った。

「こちら、民間シャトル、ピクス。接近中のモビルスーツ、信号を受信できますか?」

<確認した。そこにメルヴィはいるのだろうな?>

増援だっていう、モビルスーツのパイロットらしい人の声が聞こえる。なんだか、トゲトゲした感じの声だな…

怖そうな人…
 


「メルヴィです。お久しぶりですね」

メルヴィちゃんが、マライアちゃんの横から身を乗り出して、マイクに向かってそう話しかける。

<メルヴィ。連絡をいただいたときには驚きました。無事だったのですね…>

あれ、メルヴィにはやけに丁寧じゃない?この人も、ジオンの人だったのかな?メルヴィの知り合い?

「そちらこそ、健勝そうで何よりです…それにしても、ナナイさんを説得していただけたのですね!」

<メルヴィの頼みとあらば、断るわけにも行きません>

「止めてください、私は、姫様ではないのですから」

そう言ってきた声に、メルヴィちゃんはなんだかちょっと恥ずかしそうな顔をして答えている。

なんだか、仲が良さそうだな…身近な人だったのかもね。それにしても、ナナイさんが来てくれてるんだ!?

アタシはそのことにびっくりした。だって、あんなに悲しそうで、空っぽだったのに…

この声の人、どんな風に言って、ナナイさんを立ち直らせたんだろう…?

分からないけど、でも、感じる…ナナイさん、すこし元気になってるな。

まだ悲しいのがなくなった感じはしないけど、でも、なんだろう、反対に、力強い感覚もある。

何かをしなきゃいけない、って、そんな感じだ。

 「な、なぁ、おい。カミーユさん、この声って、まさか…」

「あ、あぁ…間違いなさそうだ…」

ジュドーくんとカミーユさんが、そんなことを言って言葉を失っている。なに、どうしたの?

二人もこの声の人、知ってるの?

「知り合いなの?」

アタシはそう思って、ジュドーくん達に聞いてみた。そしたら、二人は、引きつった表情で笑った。

「ちょ、ちょっと、な」

唇の端をヒクヒクさせて答えてくれたジュドーくんの顔が、なんだかおかしくって、アタシは笑ってしまっていた。





 






 あたし達は、チビアーガマのブリーフィングルームにいた。

30分前に、ロビン達は、サブリナとフレートさんに任せてシャトルで離脱してもらった。

この船に残ったパイロットは、あたしとミリアムと、プルと、ジュドーくんにカミーユくんに、

それから、ナナイさんと、ナナイさんを連れてきてくれた、彼女。

 「生きてたんだな」

「ふん、ネオジオンやアクシズが消えたとしても、姫様の安全を見届けるまでは死ねるものか。

 それにしても、戦場に上がりさえしなければ二度と会うこともないと思ったが、

 よりによってジュドー・アーシタとカミーユ・ビダンがお揃いだとは、恐れ入った」

「俺は、あなたがこんなところに来るなんて方が、不気味に感じるよ」

「相変わらず貴様は無礼だな、カミーユ・ビダン。初対面で人の記憶を覗き見る俗物が」

「なに、カミーユさんそんなことしたの?さすがにそれはデリカシーってやつがなさすぎでしょ?」

「俺だって、やりたくてやったわけじゃない。敵か味方か分からないあの状況で、分かり合えるんじゃないか、

 って思ったら、自然とそうなってしまったんだ」

「貴様の無礼な行いがなければ、私はティターンズなぞと手を組むこともなかっただろうさ」

「えーっと、あの、ブリーフィングを始めます…」

「えぇ!?じゃぁ、グリプス戦役って半分はカミーユさんのせいじゃない!」

「もっともだな」

「なっ…言いがかりだ!…あなただって、そうだろうに!」

「そうだな、否定はしない…私も、愚かな咎人には違いない」

「その点については、私も、背負っているつもりでいるよ」

「プルツー…ダブリンのことは、もう気にするなって」

「お優しいのだな、ジュドー・アーシタ?」

「茶化すなよ。あんただって同じだ…」

「ほう?私にも優しい言葉をかけてくれるというのか?」

「あー、いや、そのだから…あー、もう!昔の話は、今はいいでしょ!それよりこれから戦闘なんだ!

 あんたのこと、信じて大丈夫なんだろうな?」

「安心しろ。もはや、なんの未練もない…あの男に化かされた愚かな女達だと、後悔することはあってもな」

「あの、ブリーフィングを、ですね…」

「そうね…これは、契機なのかもしれない」

「ナナイさん…」
 


「そうかよ。カミーユさんは、それで大丈夫?」

「…クワトロ大尉、か…。分かったよ、信じよう…

 あのときだって、俺は分かり合えるんじゃないかって、そう思ったんだ」

「よ、よし、じゃぁ、とりあえず、一時休戦ってことで!

 こっちは、ゼータタイプのモビルスーツを使えるって話だけど、そっちの乗ってきたあの鳥頭は使えるの?」

「うむ、ヤクトドーガだ」

「あれは、第二次ネオジオン抗争のときに試用されたニュータイプ専用機。

 グラナダ工場の地下格納庫に機密裏に保管されていたものを拝借してきたわ。

 ファンネルも搭載しているし、私は実験レベルでしか使ったことはないけど、彼女になら使いこなせると思う」

「造作もない」

「ファンネルかぁ。いやな思い出しかないなぁ」

「同感だ。たしか、あのときの機体はキュベレイって言ったよな」

「あんな型落ちでは、ここからの戦場は戦えん。ゼータガンダムなどでやろうとする貴様達の方がよほど不安だ。

 死んでくれるなよ」

「いや、リゼルはちゃんと性能も上がってるから平気だよ!って、聞いてる?ねぇ、聞いてる?」

「なに、心配してくれちゃってんの?」

「こちらの負担を増やすなといっている」

「またまたぁ。そんなことより、指揮ってどうすんの?カミーユさんやれる?」

「俺はリハビリって言っただろう。それに指揮を執るなんて、柄じゃないよ」

「たしかあなたは指揮官だったのよね?」

「決まっているだろう。指揮は私が取る」

「いや、あの…もしもーし、指揮は一応、あたしが一括してとりますよ…」

「あんた…大丈夫かよ?」

「問題ない」

「いや、だってさ…グレミーのこととか…」

「…!」

「あっ…」

「なっ…ど、どうしたんだよ、急に?」

「ちょっと、あなた!良く分からないけど、それ言っちゃまずいことなんじゃないの!?」

「おっ、おい、なんだよ…急に泣くなよ!」
 
「…ど、道化だったにせよ…私とて…よっ、良かれと思って…っ」

「ジュ、ジュドー!い、今の、謝んなきゃダメ!」

「そうだな、今のはジュドーが悪いよ」

「…わ、分かったよ…悪かった!だから、泣き止んでくれって、な?」

「…ぐすっ…ふん…私もずいぶんと感傷的になったものだ…裏切りの記憶にこれほど胸が軋ませられるとは…」
 


いや!

いやいやいやいや!

泣きたいの、あたしだから!

ブリーフィングするって言ってんじゃん!

なに、この人たち!?なんなの、我が強すぎでしょ!?

ここ、ジュニアスクールじゃないよね!?

いや、ジュニアスクールの子達だって、先生の話はちゃんと聴きましょう!って言われてるよね!?

なんなの!?本当になんなのこの状況!?

「ミ、ミリアムぅ…」

あたしは行き場のない感情をどうにかしたくって、ミリアムを見つめた。

ミリアムはあたしをギュッと抱きしめてくれた。

うぅ、なんだろう…そこはかとなく、泣きそうだよ…戦闘より辛いよ、これ…

「私が変わるわ」

ミリアムは、あたしをひとしきり撫で回してから、そう囁いてブリーフィングルームのディスプレイの前に立った。

そして、そんなに大きくはなかったけど、でも張りのある声を高らかに上げた。

「はい、注目!」

とたんに場が静まり返って、全員がミリアムを注目した。あれ、なに、これ…なにがどうなってんの?!

「それでは状況を説明するまえに、まず、本作戦の指揮を取ります、マライア・アトウッド班長は

 ただいま傷心中につき、代理指揮を執ることとなりました、ミリアム・アウフバウムです。よろしく」

ミリアムの挨拶に、みんな真剣に聞き入っている。ていうか、あれ、一瞬であたし指揮官解任されたよ!?

「では、状況説明に入ります。

 現在、当宙域には、各所から袖付きのし支援要請に応えたジオン残党が接近しつつあります。

 我々の主任務はこれを迎撃し、ミネバ様の要るインダストリアル7を死守することにあります。

 また、これは不確定要素ですが、連邦軍の一部、アナハイアム社の一部も、戦局に介入してくる可能性があります。

 現在、我が方の諜報班が、グリプス2付近でアナハイム社の無線が頻繁に交信されているのを掴んでいます。

 おそらく、あのコロニーレーザーを再利用しようと言う思惑があると思われます。

 こちらについては、現在、通報したロンド・ベルの主力艦隊が対応中ですので、制圧は時間の問題と思われます。

 その他、連邦軍の第3機動艦隊の一部の消息を確認できていないという情報も入っており、

 こちらについては鋭意索敵中で、続報があり次第、連携します。以上、ここまでで何か質問は?」

ミリアムがそう言ってみんなを見回す。

す、すごいな…ミリアム。さすが、元学徒部隊の部隊長…

くぅ、そっち方面の経験は、ミリアムの方が豊富だなぁ、こればっかりは悔しいけど、認めるしかない、か…
 


「ないですか?では、次に班編成を行います。1班は、マライア、カミーユ、ジュドー、2班は私と、ナナイさんに、ハマーン…様です」

あれ、今、ミリアム、ハマーン様って読んだ?なに、ミリアムも知ってるんだ?あの人?

あ、そっかもともと、ネオジオンで姫様の警護してたんだもんね…そりゃぁ、知ってるか…。

「畏まらなくていい、アウフバウム元特務大尉。ここは軍ではない。あなたが私にそうすべき理由などないのだ」

「はっ…あ、いえ…う、うん」

ミリアムはなんだか、ちょっと恥ずかしそうな顔をしてそんな風に答えている。うー、いいないいなぁ。

あたしもそうやって、かっこよく指揮して、それから部下に優しい言葉とか賭けられたかった…

ルーカスがいたらなぁ…

「ほかに質問がなければ、最後に、元指揮官のマライア・アトウッドより、話があります」

なんてことを思っていたら、ミリアムは突然そんなことを言って、あたしのために、なのか、ディスプレイの前を空けた。

―――な、なにそれ、聞いてないよ!?

―――いいからなんか喋りなさいよ!士気を上げて、みんなをまとめられるようなこと!

―――なにそれ!ハードル高っ!

あたしは、ミリアムとそんな無言の会話を交わしながらそれでも、ディスプレイの前に立った。

 話す、って言ったって…こんなのしたことないから、よくわかんないよ…。どうしたらいいかな?

こういうのって、いろいろ考えちゃダメなんだろうな…

えらそうなことを言うのとか、得意じゃないし、やろうと思ったって出来ない…でも…うん、そうだ。

思っていることを伝えるのは出来る。

あたしは、そう思って、胸いっぱいに息を吸い込んで、思いのたけをみんなに伝えた。
 


「みんな、今日は、力を貸してくれて、ありがとう。

 あたしは、今日、この日、この場所にいられることを、すこしだけ誇りに思ってる。

 これから行われるのは、たぶん、あたし達にとっては、そんなに過酷な戦闘にはならないと思う。

 だけど、その意味は、これまで行われてきたどんな戦闘よりも意義深いものかもしれない、ってそう思う。

 これから、姫様は、彼女は、きっと新しい道を示してくれるって信じてる。

 ラプラスの箱の持ち主は、プル達に、“希望の光を灯してつながれ”って言ってくれたって聞いてる。

 たぶん、彼女の演説は、あたし達ニュータイプや、スペースノイド、アースノイド達にも、

 そんな光を灯せる可能性のあるものになると思う。それはきっと大火じゃない。

 ろうそくの火ほどの小さなものかもしれない。それでも、あたしは、それが灯ることを信じたい。

 ううん、それはもう、少しずつ灯っているんだと思う。
 
 ここに、こうして、ジュドーくん、カミーユくんと肩を並べて、ハマーンと、ナナイさんがいるのがその証拠。

 
 


 この宇宙には、宇宙世紀開略以来、渦巻いてる淀んだ感情の沼地がある。

 そして、特に感覚の鋭いあたし達は、どうしたってその沼に一度はハマって、

 大事なことがなにも見えなくなってしまうことがある。もちろん、あたし達のような存在だけじゃない。

 そうやって、繰り返し、繰り返し、何度だって戦いが起こってきた。

  でも、今日、これから、それを変えるチャンスが来るかもしれない。

 こうして、ここにこのメンバーが揃ったのは、それが出来るってひとつの証拠だと思う。

 過去をなかったことには出来ない。でも、これからを生きるあたし達にとって大事なのは、

 過去にこだわることよりも、未来を信じることだと、あたしは思う。

 そして、あたしは、スペースノイドが誇りを持って生きることの出来る社会が来ることを信じたい。

 それをきちんと受け止め、受け入れることのできる地球社会ができることを信じたい。

 そのためにはあたし達が、その土壌を作らなきゃいけないと思う。

 これまで、悲しいけど、たくさんのニュータイプが戦争に投入されて死んでいった。

 でも、あたし達は、戦争の道具じゃない。まして、戦争の引き金でもない。

 あたし達は、本来、みんな同じように願ってるはずなんだ。

 戦争とは真逆の、理解し合える世界を、助け合える仲間の存在を…。

  それはきっと戦争じゃ、見つけられないもの。それを、あたし達は理解して、守って、

 次の世代に伝えていかなきゃいけない。たとえどんなに小さくても、あたし達はその火を消しちゃいけないんだ。

 だから、これからするのは戦闘かもしれないけど、戦争じゃない。

  あたし達は、戦って勝ち取るんでも、敵を撃ち倒して守るんでもない。

 あたし達は、もう二度と、あたし達のような思いを、あとに続く子ども達のお手本になれるように、“選ぶ”んだ。

 あたし達は、あたし達が、したいって思って、出来る唯一のことをする。それは戦うことなんかじゃない。

 奪うことでも、守ることでもない。繋がりたい、って、そう思って、信じて、手を差し伸べ続けることなんだ。

 それがどんなに辛くたって、どんなに苦しくたって、あたし達はそれをやめちゃいけないんだ。

 信じよう、あたし達の明日を。子ども達の未来を…姫様の、成功を…!

 きっとここから、あたし達の新しい時代が始まるんだ…!」

みんながあたしを見ていた。ただ、ジッと、見つめてくれている。

不思議と、それは、安心感と一緒に、あたしを支えてくれるみたいな、力強いなにか、だった。

胸の内側に、得体の知れない力が…暗い海に漕ぎ出すための、勇気が、湧いてくるように思えた。

「さぁ、行こう!スペースノイドでもアースノイドでもない、あたし達、みんなの未来のために!」





 ――――――――――to be continued to their future...



UC編、以上です。

読了感謝。

そして、永井さん、ご冥福をお祈りします。
 

ちょwwwwwwww ハマーン様までいるとかやりすぎwwwwwwwwww
いや、超俺得ですがwwwwwwwwww
あー、でも今いったい何歳なんd(パーン



うおっ。終わっとる。
キャタピラにしては珍しく余韻を残す終わり方だね。原作アニメが未完だからか。
まだ続きあるみたいだけどww

マライアってハマーンの人相知らないっけ?少なくともグリプス戦役時には軍属だったよね。

ハマーンとナナイが一緒とかwww榊原さんも苦笑い止まらんだろうw
あとあの世でレコアさんとアンジェロが地団駄踏んでそうだぞwww

ああ、まだまだ書きたい事がたくさんあるなあ。とにかくお疲れ様。次を楽しみにしてます。

乙ー!
なにこのシャアを確実に[ピーーー]編成ww
アムロもどっかその辺にいそうだしもう逃げられないwwww

それにしてもいつかepilogueは欲しいよね
マライアたんはアヤレナのところに帰るまでが遠足!

乙!…乙!

マリーダが出るのは分ってたけどまさかのハマーン様登場ですよ
そして「俗物が」頂きましたー
さらにハマーン様が泣き入っちゃうとかもう可愛すぎてやばいよ禿げ上がる
てかジュドーもカミーユもだけど、セリフいくつか見ただけですぐに誰か分っちゃうというねwwww
宇宙世紀の女性陣の中ではマリーダとハマーン様がツートップで好きだから個人的に嬉しい展開だったよ
ただ、ハマーン様の名前や顔をマライアたんが知らないわけがないだろう、という…まあこまけえ(ry

ミリアムの遅すぎる開花に先輩風吹かせてたのに、癖の強い面々に押されて即行指揮官解任されちゃうマライアたんぺろぺろぐへへ

せっかくここまでの面子が集まった訳だし、原作アニメ見た後とかにでもキャタピラver.のエピローグが見たいなあ(チラッチラッ
アルバ島の照りつける太陽の下でみんなと一緒にマリーダにアイスクリームを食べてもらいたいよ

故永井氏には心よりご冥福をお祈りします
改めて氏のあの声を心に刻もうと思いました

>>220
ハマーンはグリプス戦役~第一次ネオ・ジオン紛争時に22~23の設定のはずなので
0096年でもギリ20代!まだまだいける!

>>221
感謝!

終わっちゃいました。そういえば、ツイート忘れてた…
いやぁ、もう、なんというか。このメンツそろって苦戦するとかありえんな、と思いまして。
いや、このメンル揃えちゃったがために、エンディング浮かばなかった、ってのが正直なとこでしょうかw

一応、終盤は小説メインで行きますんで、これで本編はおしまいです。
あとは、ほら、わかるだろう?
これだけキャラ濃い連中を本編で扱っていくのは無理だあるんだw
その後のアレは、いつもどおりのあれで分割してやっていくからw

マライアはおそらく、ハマーンと言う人物がいて、ネオジオンを率いていたことは知っていたと思いますが
会ったことや話したことはないです、たぶん。
アクシズが積極的に戦争に絡んでくる頃には、マライアたんはゼータを駆ってオークランド飛んでましたんで…
みんながナナイを助けてあげて、というので、なんとか絞った知恵が、これですよw


>>222
感謝!!
シャア本人の意識が多少でも残ってたら、メソメソたぶん泣いて引き下がっていると思いますw
もちろん、このメンツは、インダストリアル7に集結してきているジオン残党軍の迎撃にあたったので
フルフロンタルとは対峙していません。

いつか…というか、週末くらいには、いつものアレを投下始められたらいいな、と思ってますw

>>223
感謝!!!

ハマーン様の人気はさすがですw
マライアがハマーンを知っているんじゃ?という指摘は、↑で述べた通りです。
名前くらいは知ってたかも、でもたぶん、どういう人かとかは知らなかったと思われます。

マリーダがみんなでアイスクリーム、はアレで書きますよ、今週末にw
ここまで来てOVA版を待つとか、もうやめましたw
ネオジオングなんて知らないお!w

祈ろう、脳裏に刻もう、あの語りを。
 



年食ってもハマーン様ならおれはいける
てなわけで、人妻マライアたんはポイーしてアラサーハマーン様頂いていきます。

ネタに困ったらハマーン様とオレのイチャコラ書いても良いからね

>>225
感謝!
あれだ、マシュマー乙ww

超乙!

マライアたんは母親だけど人妻じゃないと思ってる
でもまあマライアたんが幸せならどっちでもいい

ワイはカレンに関節極められたりイチャイチャしたいただそれだけ

それはさておき、いつものアレも期待して待ってるよ!

ひたすら感動しました。
ありがとうございます。

とっくに乙した後だけど書きたい事書いていい?

ティターンズの情報士官がハマーンの人相知らないか?
と思ったけど、地球に派遣されてたしアクシズが活動始めた時にはとっくにトンズラかましてたしなwww
マライアの興味の範囲から外れてたかもね。

あと、正直これが書きたかった。








ハマーン様がハニャ~ン様化してて萌えしぬ

>>227
超感謝!!

おぉ、カレン推しですか、実はキャタピラもカレンけっこう気に入ってるんですww

いつものアレ、いきますよ!

>>228
レス感謝!!

>>229

そこ、こだわりますねww
て言うか、そもそも、マライアはハマーンに付いては知ってる体で話してる気がするんですが…ネオジオン率いてた、と。
キャタピラ的にも、マライアがまったく知らないイメージで書いてないので、首をかしげるばかりでしたが…
直前の、ロビンが感じたハマーンのイメージをそのままマライアに引きずってない?そうじゃない?

ハマーンさんをデレさせるための設定を考え付いている。
期待して待ってくれ!


ってなわけで、いつもの行きます!
ホノボノ!UCおまけ編です!

 






 今日もいつもと変わらない、綺麗な青空だ。

まだ朝も早いから、それほど日差しも強くないし、気温も上がってない。サラッと吹き抜けて行く風が心地良い。

私は、と言えば、そんな中、朝早く起きて洗ったシーツを庭先に干していた。

こんなに気分が良いと、自然と鼻歌なんて口ずさんでしまう。

「なやんだ日々に答えなんてぇ歩き出すことしかないよねぇ~、

 か~さねあう~寂しさは~ぬくもりをぉおしえ~てくぅれたぁ~、

 抱き合えば~なぁみださえ~わぁけもなくぅ、いとぉしいぃぃぃ~」

アヤ風に言えば、ほんとにもうご機嫌で、シーツをピンピンに伸ばして洗濯ばさみで止めて行く。

まるで、このシーツの白みたいに、私の気持ちも真っ白で、すがすがしい。

 パタン、と音がした。振り返ったら、そこにはアヤが眠そうに欠伸を漏らしながらいて、

私を見つけてこっちに歩いて来ているところだった。

「未来のふたぁりにぃ、今を笑われないように~、ねぇ、夢をぉみようよぉ~」

なんて、いつまでも歌いながら、ミュージカル気分のステップなんかを踏んで、私はアヤを、両腕を広げて出迎える。


「いや、起きたばっかりだから。今、夢から覚めたところだから」

なんて言いながら、アヤは私の腕の中にドンっと収まってきて、チュっとおでこにキスをしてくれた。

なんでおでこなのよ!そう思って、私が唇にキスを返したら、アヤはデレっと笑った。

「おはよ」

「ん、おはよう。もう港行くんだね」

「あぁ、うん。ほら、なるべく早くに連れて行ってやりたいなって思ってね。

 ちょっとエンジンのチェックとかだけでも、先にやって来るよ」

「ふふ、だからって、早すぎ。ね、ちょっと手伝ってよ」

私はそう言ってアヤを解放して、別に二人でやるような作業でもないけど、一緒になってシーツを干す。

6枚洗濯したのに、あっという間に終わってしまった。んー、思ったより、早かったな…

たまには、二人でこういうのもいいんじゃないかなぁって思ったんだけど…残念。

 なんて思ってたのが顔に出てたのか伝わっちゃったのか、アヤはいつもみたいにゴシゴシと私の頭を撫でまわして、

「共同作業は、また夜に、な」

なんて言って笑った。もう、アヤってば。

私が横っ腹をベシっと叩いたら、アヤはなんだか嬉しそうに笑って、それから

「じゃぁ、ちょっと行ってくるな」

なんて言って、手を掲げた。

「うん、行ってらっしゃい、気を付けてね」

私もそう返してアヤを見送った。
 


 昨日の昼過ぎ、ロビン達が、デリクくんの操縦する飛行機で空港に帰ってきた。

一連の事件の発端になった日、マライアから無線で話を聞いたときに、私は、一瞬、背筋が凍るように感じたけど、

そばにいたアヤは、すぐに自分の気持ちを立て直して、マライアに言った。

 「頼む」

って。アヤからは、なんだか、すごくいろんな気持ちが伝わってきたけど、

でも、不思議と、心の中にいっぽん、ビシっと筋が通ったように感じられた。

それが何なんだろう、って考えて、聞いてみたら、それはたぶん、親としての覚悟じゃないか、って、そう言った。

それを聞いて、私も、感じるところがあった。確かに、いつまでも、子どもじゃない。

そうは言っても、ロビンはまだ13だけど…でも、もうそろそろ、いろんなことを経験してもいいはずだ。

いや、いきなり戦争なんて、と思うところも、半分、ロビンが決めたのなら、そうしてみればいい、って思うのも半分。

アヤの覚悟、っていうのは、そう言う不安の一切合財を押し込めて、

ロビンの好きにやらせてやってくれ、って言うのを、マライアに伝えるために必要だったんだな、って、そう思った。

そうしたら、私にもその芯が通るような気がして、少しだけ驚いたのを覚えている。

レオナも、レベッカも、マリオンも、私とアヤの様子を見て、なんとなく、覚悟を決めてくれたみたいだった。

レオナがユーリさん達にそのことを知らせてくれらた、ユーリさん達なんかは慣れたもので、

「そっか…あの子達なら、そう言いだそうだね」

なんて言って、笑っていられるくらいだった。うーん、やっぱり、箔が違うよね、お母さんとしての、さ。

 まぁ、でも、なにはともあれ、ロビン達は帰ってきた。

空港へ迎えに行ったアヤとレベッカに連れられてペンションに戻ってきたロビンは、なんだか、見違えるくらいに大人の顔をしていた。

それがなんだか、とっても嬉しくて、必要以上に撫でまわしてしまって、迷惑がらせてしまったけど…。

 あとは、マライアとプルにミリアムが心配だな…

まぁ、大丈夫だって、連絡はあったから、そのうちいつごろ戻る、とか言って来てくれるとは思うけど。

いや、うん、その前に、とにかく、だ。

 ロビンも、マリも、カタリナも、それからマリとプルそっくりの、マリーダって言う、

レオナの最後の妹って子が帰ってきたんだ。私達にできるのは、旅の疲れとそれから、戦争の傷跡を癒してあげること。

いろんな気持ちを洗い流してまっさらになってもらうこと、だ。

真っ白で、ピンピンになった、このシーツみたいに、ね!

 なんて思って、私ははためくシーツを見ながら洗濯カゴと、洗濯ばさみの入ったケースを抱えて空を見上げた。

「よっし、洗濯、終わり!」

 ん、今日も平和で、良い天気だ!







 「おーい、ロビン!そろそろ起きてー!」

誰かがアタシを呼んでる声がする。これ…レベッカ?あれ、なんでレベッカ、宇宙にいるんだっけ?

ペンションで留守番してるんじゃなかった…?ん、なんか変だな…体が重い気がする…

えっと、うん、まぁ、とにかく、起きなきゃ…

そう思って、ベッドマッドの上に手を突っ張るようにしたけど、あれ、やっぱりなにか変だ。

いつもなら、これでふわっと体が浮き上がるはずなのに…

浮き上がるどころか、これ、腕曲げたら、またベッドに逆戻りじゃん…あれ、なんで浮かないんだろう…

「ロビン?」

ん、レベッカ、アタシ変なんだ…うまく体が動かない、って言うか、重いって言うか、眠いって言うか…

「ロビーン」

そんな声が耳元でしたと思ったら、耳を何かがスルスルとくすぐって、そのゾクゾク感がアタシの背筋を駆け抜けた。

「ひゃんっ、あひゃぁっ!」

アタシは、そのこそばゆい感覚に、そんな悲鳴を漏らして飛び起き…ようと思ったら、

何か重いものがアタシに圧し掛かっていて、体の自由が効かない…ていうか、重い、って…

あ、そうか、アタシ、地球に帰って来てたんだ。この重い感じは、そのせいかな…

 そう思って目を開けて改めて起きようと思ったら、

アタシに圧し掛かっていたのは、地球の重力なんかじゃなくて、レベッカだった。

「ん、起きたね。お寝坊姫」

レベッカがそんなことを言ってくる。ていうか、重いんだけど…レベッカ…

「今、なにかしたでしょ?すっごい、ゾクゾク来たんだけど」

「あぁ、ちょっと耳がおいしそうだったから、ハムハム、っと、ね」

「ちょっ、やーめーてーよー!」

そんな文句を言いながら、アタシは起き上がろうと思って腕に力を込めたけど、

レベッカはのしかかってきたまんま、どこうとしない。

それどころか、さっき以上に体重をかけてきてグイグイとアタシをベッドに押し付けてくる。


「もう、ちょっとー!」

たまらずにそう悲鳴を上げたら、不意にレベッカがアタシの体をギュッと抱きしめてきた。

あ、あれ…なに、これ?どうしたの、レベッカ…?あ、あなた、泣いてるの…?

アタシはレベッカから漏れ出て来る感覚に触れてそのことに気がついた。

レベッカにしがみつかれながらアタシはなんとか体を動かしてレベッカの顔を覗き込む。

彼女は、アタシの胸元に顔をうずめて、声もなく涙を流していた。ど、どうしたのよ、レベッカ…?

そう思っていたら、レベッカは蚊の鳴くような、細く小さな声で言った。

「心配、したんだから…」

その言葉で、アタシは全部理解できた。あぁ、そっか…ごめんね、レベッカ…

あなたが来てからはずっと一緒で、楽しいのも悲しいのも、一緒に経験してきたんだもんね。

それが急に、アタシ一人で行った宇宙で、あんなことになっちゃって…そりゃぁ、心配だよね…

アタシ逆の立場だったらいてもたってもいられなくって、誰かに頼んであとを追いかけようとしてたかもしんない。

心配かけて、ごめんね、レベッカ。

「ごめんね…」

アタシは謝って、レベッカをギュッと抱きしめた。

「ママ達も母さんも、マナにマヤもマライアちゃんも大事だし、大好きだけど…

 ロビンだけは、もっと特別なんだ…研究所で、ひとりぼっちのあたしに話しかけてきてくれて、

 ずっとそばにいてくれた…あなたがいたから、あたし、寂しくなかった…

 あなたがいなくなったら、あたし、心に大きい穴があいちゃう…

 だから、もうあんな危ないこと一人でしないって約束して…するくらいなら、あたしを一緒に連れて行ってよ…」

レベッカは、絞り出すようにそう言った。うん、ごめんね、レベッカ…

「うん…安心して。アタシ、もうあんな危ないことは二度と進んではしないよ。

 アタシにとって、仲間や家族が、どれだけ大事で、ううん、アタシにとってだけじゃない。

 宇宙にとって、アタシ達、戦場にいないニュータイプが、どれだけ大事かっていうのが分かった。

 だから、もうあんなことはしちゃいけないんだって、思う。

 アタシ達は、そうじゃない方法を探して、選んでいかなきゃいけないし、きっとそれが出来るんだって、わかったから…」

そう言ったら、レベッカは一度、腕にギュウっと力を込めてきて、しばらくしたら、

それを緩めて、アタシに馬乗りになるみたいに起き上がった。


レベッカは、笑いながら涙で濡れた頬っぺたを拭って

「絶対だよ?」

と念を押してくる。

アタシは、ぐいっと体を起こしてレベッカの涙を一緒に拭いてあげてから

「うん、絶対。約束する」

と両手を取って、言ってあげた。そしたら、ようやく安心してくれたみたいで、

レベッカはアタシの上から降りてくれて、ベッドからギシっと立ち上がった。

「じゃぁ、着替えて降りてきね。ご飯、一緒に食べようよ」

「うん!」

アタシはそう返事をして、部屋から出て行くレベッカを見送った。

着替えながら、アタシはレベッカの気持ちに想いを馳せていた。ううん、レベッカだけじゃない。

母さんや、ママ達だって、同じだったかもしれないんだ。

母さん達は何も言わなかったし、感覚をボヤかして、アタシにはわからないようにしてるけど…

でも、きっとそうだったんだろうな。

そう思ったら、なんだか、自分がとても申し訳ないことしちゃったな、って感じた。

後悔してる、ってわけじゃない。でも、もっとちゃんと説明するべきだったし、

帰ってきてからも、甘えてトロトロになってばっかりで、ちゃんと謝ってなかったな…

うん、そうだね。それはちゃんと言わなきゃダメだ。

 アタシは今日の目標をそれに決めた。

母さんに、レナママにレオナママに、マリオンと、あと、ユーリさんとアリスさんにも、ごめんなさいしに行かなきゃいけない。

これは、アタシが言い出しちゃったから起こったことだ。最後まで責任取らなきゃね。

 そう決心をしながら、アタシは一階に降りてリビングに向かった。

母屋ができて、こっちで生活をするようになってからは、寝坊してもあんまり気にしなくていいから楽だよね。

リビングでは、今日は船番で、そんなに早くなくて良いはずの母さんと、レベッカがいた。

マリオンちゃんは今日は宿直明けだから、まだ向こうだし、

レナママとレオナママは朝食の準備と洗濯やなんかがあるから、いつも朝早いんだ。

 「おはよう」

「あぁ、ロビン、やっと起きてきたな、おはよ」

母さんはそう挨拶を返してくれたけど、渋い顔をしてタブレットコンピュータの画面を見つめている。

この表情してる、ってことは、来てるのかな、アレ。

「ハリケーン?」

アタシが聞いたら、母さんはチラっとアタシを見てニコっと笑ってからまた渋い表情に戻って、

「あぁ。今度のは、ちょっと勢力が強うそうだからなぁ。予報じゃ、かすめて行く程度、って言ってるんだけど、

 時期も時期だし、こりゃぁ、うろちょろしそうなタイプに見える」

なんて言って、モニターを見せてくれる。

うーん、確かに、この位置で発生するのって、北上すると見せかけて、なぜか西進してくるのが多い気がするなぁ…

ふむ、これは対策必要かもね。


「明日には、準備しといた方がいいかもしれないね」

アタシは、レベッカがよそってくれたスープに口を付けながら言う。ん、これこれ、レオナママのスープの味だ…

なんだか、嬉しいなぁ…。

「あぁ、そうだなぁ。こりゃぁ、マライアのご帰還も遅くなりそうだ」

母さんも、ガーリックトーストをバリバリ言わせながらそう言う。え、マライアちゃん、帰ってくる見込みついたんだ?

「いつごろ戻ってこれるかわかったの?」

「ん?あぁ、さっきメッセージが入っててな。今日の夜くらいにはキャリフォルニアに降下出来る予定だ、

 とは言ってたんだけど、ハリケーンのコースがこっちに来てから北上する、ってなると、

 フロリダは直撃するだろうからなぁ、このあたりの航空便は飛べそうにないだろ。

 さすがに、ハリケーンの進路を避けて、運行してないパラオの方の空港を経由する航路で迎えに行ってくれ、

 なんて言えないしなぁ」

まぁ、カレンさんなら二つ返事でやってくれるんだろうけど、ね。

でも、無事なら、まぁ、2,3日帰ってくるのが遅れるったって、大した問題じゃないよね、きっと。

 なんて思ってたら、母さんはコンピュータをテーブルの端に押しやって本格的に食事を始めながら言った。

「まぁー、今日のうちに遊んでおこうな!ダイビングにするか?それとも、島に行くか?

 あぁ、そういや、レオナの一番下の妹ってのも、無事なんだろ?その子も一緒に連れてってやったら、

 きっと喜ぶだろうな!」

ふふふ、母さんってば、ホントに元気だなぁ。アタシも見習わないと!寝坊なんかしてる場合じゃない!

「うん、島がいいな!お客さんもいるんでしょ?

 なら、そっちの方が色々と都合も良さそうだし、マリーダも泳げるかわからないし、その方がいい!」

「今日は、あたしも着いて行く!ロビンと遊ぶんだ!」

アタシも言葉に、レベッカも言った。アタシ達の言葉を聞いて、母さんは嬉しそうに声を上げて笑って、

「ははは!じゃぁ、食べ終わったらとっとと準備しような!ユーリさんのところにも連絡しておくよ!」

なんて言ってくれた。







 「ひゃー!うぅぅー!やっぱ、こうでなきゃね!」

飛行機から伸びたとたん、ロビンがピンピンに体を伸ばしながらそういった。

飛行機のハッチをあけたとたんに、熱気とじりじりと言う日の光が私たちを包む。

マリもタラップをジャンプで飛び降りて、ロビンとエプロンでじゃれ合っている。

「大丈夫?マリーダ?」

ロビンに続いてマリが滑走路に下りて、その後で4段しかない機体に格納できるタイプのタラップを降りた私は、

振り返って、飛行機の中にいる彼女に声をかけた。

「…まぶしい…」

ハッチのところから外を見渡したマリーダが、片手で顔を覆って、口をぽかんと開けている。

地球には、ついこの間、来ていた時期がある、って言ってたっけ。

でもきっとこんなところは初めてだろうな…好きになってくれるといいな…

私は、そう思いながらマリーダに手を伸ばして、タラップをおろさせて、マリーダは大地を踏みしめた。

 私とロビンと、マリ、それにマリーダはあれから、シャトルで直接、地球へ戻ってきた。

迎えに行ったはずのメルヴィは、姫様に万が一のことがあったときの保険、ってことで、マライアちゃん達と宇宙に残った。

私達のシャトルはキャリフォルニアに降下して、フレートさん達とはそこで分けれた。

キャリフォルニアにはデリクさんが迎えにきてくれていて、私たちはそれに乗ってここ、アルバ島に帰って来た。

 滑走を歩いていると、上からの太陽に、暖められたアスファルトに照り返されてくる輻射熱もジリジリと熱い。

空は真っ青だし、風はカラっとしていて気持ち良い。

なぁんか、ドタバタした旅だったけど、なんとか無事に帰ってこれたな…

あとは、月の位置の関係で、途中までしか連絡を取れなかったから、それだけがまだ少しだけ心配だったけど、

きっと大丈夫だろう…たぶん、ね、うん…。

あぁ、こんなときに私もニュータイプの能力であれば、きっともう少し安心していられるんだろうなぁ…。

 「ここは、何という場所なんだ?」

不意に、マリーダが呟くように言った。あれ、いけない私、なんにも言ってなかったね、ごめんごめん。

「ここは、アルバ島だよ、マリーダ。ようこそ、私たちの島へ!」

そう言ってあげても、彼女はまだピンと来ないようで、ポカーンとしてはいたけど。

 私達は、ロビンを先頭にして空港の建物の中に入った。

いつものところに、見ただけで嬉しくなっちゃう顔ぶれが待っていてくれる。

「いた!」

ロビンがそう言って駆け出した。

走っていった先に居たのは、アヤちゃんとレベッカで、タックルくらいの勢いで突っ込んでいったロビンを、

二人してがっちりと受け止めてはしゃぎだす。

私も、同じくらいのことしたい気分だけど、さすがに恥ずかしいから、ちょっと止めておこうかな。

アヤちゃん達のすぐそばで、ママと母さんが、こっちを見て手を振ってくれてるけど、

マリも、ロビンたちを見て、あはは、って笑いながらのんびり歩いてるしね。


「おかえり、マリ、カタリナ」

ユーリ母さんが、そう言ってくれる。

「元気そうでよかった」

ママも、ニコっと笑ってそう言ってくれた。

 二人とも、いつまでも若くって美人で、私の自慢なんだ!

さすが、宇宙一のドクターとその妻だけのことはあるよね。

見かけだけなら、母さんは特に、私が5歳くらいのときとほとんど変わってないし、

ママに至っては、たぶん、最初に会ったときより若返ってる気がする…医学って、すごいよね…。

「うん、ただいま」

「だたいま!」

私は、プルとそろってそう言う。ママはそんな私たちをニコニコした顔で見つめてから、私たちの後ろに視線を移した。

「あなたが、そうなのね…」

「あっ…マリーダ、クルスと、いいます」

マリーダがそうあいさつをしたら、ママはクスっと笑って

「楽でいいわよ。宇宙の様子も慌しいし、しばらくはうちで療養していきなさい。

 そのままこの子達の姉妹として一緒に、私たちと家族になったっていいし、

 なにかしたいことがあるんならそれを目指すのもいい。でも、その前に、あなたには休息が必要だわ」

とマリーダの手をキュッと握っていった。マリーダは、まだ、相変わらずポカン、って顔をしていたけど、

それを見たママが、ん?って首を傾げたら、マリーダもちょっと慌てて

「は…はい」

と返事をした。なんだか、困り顔だけど、ま、そのうち慣れるよね。

マリはまぁ、ずっとあっけらかんってタイプだったけど、私はママに慣れるのにはしばらくかかったし、

プルも3年前にこっちに来たときには、やっぱりリラックスするまでには1週間は掛かったって言ってた。

もしかしたら、マリーダはもっと時間がかかるかもしれないな…だって、つい何日か前まで、戦争をしてたんだ。

それがいきなりこんなところにつれてこられて、そう言うのとは縁のない生活が出来るんだ、

って言われたって実感わかないだろうし、落ち着かないかもしれないしね。

 私はそう思って、マリーダの肩ポンポンって叩いてあげた。

私を見たマリーダに、出来る最大級の笑顔を見せてあげて

「大丈夫!とにかくさ、美味しいもの食べて、すこしゆっくりしよう!何か好きな食べ物とかある?」

と明るく言ってみる。そしたら、マリーダは

「…アイスクリーム、とか…」

って、控えめに答えた。ぷっと思わず笑ってしまった。

いや、うん、何て言うか、ホント、味覚とか嗜好まで似てるんだな、と思ったらなんだかおかしくて。

でも、それを見たマリーダはちょっと不機嫌な顔をした。


「…なにがおかしい?」

「あぁ、ごめんごめん。みんなそうなんだな、と思って。さっすが姉妹だね」

あたしはそう言ってマリを見やる。そしたらマリも笑ってくれて

「そうそう、あたしもアイスと生クリームには目がないんだ。あ、アイスはさ、フレーバー何が好き?」

なんてマリーダに聞いてくれる。そしたら、マリーダはまたきょとんとした顔で

「フレーバー?アイスクリームはアイスクリームの味だろう、おかしなことを言うな」

とマリに言い放った。あ、そっか…

ずっと輸送船とあとは、どこかの鉱石採掘用の衛星暮らし、だったんだっけ…

アクシズと同じような生活だったんだろうな…

そしたら、地球みたいにアイスにあれこれ味がついてるなんてことはきっとないな…

ていうか、アイスの味がするあのドライフードの可能性だってある…ん、これは由々しき事態だよ、マリ!

そんなことを思ってマリを見つめたら、マリは妙に真剣な顔をして、頷いた。

「うん、よし…ちょっとおいで」

「なっ、何をする…!」

それからマリはそう言うが早いかマリーダの腕を取って、

反射的に抵抗しようとするマリーダを近くの売店に引きずり込んだ。

「あはは、ありゃぁ、洗脳の解き甲斐がありそうだな」

そんなやりとりを見ていた母さんが笑いながらそんなことを言う。やっぱり、まだ影響あるんだよね…?

「それ、やっぱり必要なんだ?」

「ん?あぁ、まぁな…洗脳、って言うか、あの子達はたぶん、刷り込みの方だと思うんだけど…

 マスターの命令は絶対、ガンダムは敵、自分は道具、って、な」

「そっか…」

あたしは、なんだか気分がシュンとなってしまう。

想像はしていたけど、プルやマリもおんなじように、小さい頃からそうされてきたんだよね…

それって、どんなに辛いことだったんだろう…

話を聞けば想像は出来るけど、私にはそれを自分のことのようにして感じることはできない。

もし、私にも能力があって、マリやプルみたいに、マリーダの気持ちに沿うことが出来たら、

きっともっと、力になってあげられるんだろうけど…

 私はなんだかそんな気持ちになりながらも、マリーダと売店に入っていったマリのあとを追った。

そしたら案の定、マリとマリーダは、アイス売り場の前にいた。


「こ、これが全部そうなのか…!?」

マリーダはそんなことを言って、言葉を失ってる。

でも、目だけは小さい子みたいに輝かせて、ガラスのケースの中を食い入るように見つめていた。

「んー、スタンダードなのはこのバニラ、ってやつだよね。私は、チョコのやつが好きなんだけど…

 あと、カタリナはアイスよりもこっちのシャーベットの方が…」

「チョコ?チョコレート味のアイスもあるのか!?」

マリの言葉にマリーダは、ニュータイプの私じゃなくても感じちゃうくらい、信じられない!

って感じ全身で表現してる。

「こ、これは、その、あれか、た、高いのか?」

これもまた、すぐに分かった。食べたいんだな。やっぱり、なんだか可笑しい。

可笑しいし、子どもみたいでかわいいな…表情はいつもあんなに怖い感じなのに。

「あーはいはい、チョコのでいいんだね?カタリナはなんにする?」

マリがそんなことを言って私に話を振ってきた。んー、そうだな…

「イチゴのにしようかな」

私が言ったら、マリは

「そっか。じゃ、私はクッキーのにしよ」

と言ってガラスのドアをあけ、チョコとクッキーとイチゴのアイスの小さいカップのやつをひとつずつ取り出した。

「ま、待て。わ、私は連邦の金は持ち合わせていないぞ!」

「あーいいっていいって、大した額じゃないし」

なんだかひとりでいっぱいいっぱいになっているマリーダをよそに、

マリはレジで会計を済ませてからマリーダの袖口を引っ張って売店を出た。

あぁ、やばい、笑いそう…でも、あれかな、笑ったらまたキッて睨まれて、何が可笑しい!、って言われちゃうね、きっと。

別に怖いとかそういうんじゃなくて、そうされるのはイヤなんだろうなって感じだから、我慢だ、我慢。


 「ん、用事済んだ?」

売店の外で、レベッカとアヤちゃんにひとしきり撫で回されているロビンを見ていたママが私たちに気がついてくれてそう声をかけてくれた。

「うん、おませ!」

マリがはつらつ、って感じでそれに答えた。

「よし、それじゃ、今日のところは、帰ってのんびりしようか」

母さんもそう言ってアヤちゃんたちに声をかけて、一緒に空港を出て駐車場に向かった。

いつもならこんなあとは、アヤちゃんのところでパァっと、ってやつが始まっちゃうんだけど、

今はまだ、マライアちゃんたちが戻ってきてないから、それを待ってからでもいいだろう、ってことだった。

なんでも私達が到着する2時間くらい前にマライアちゃんからは連絡があって、

全員無事に、作戦は終えられた、って話があったらしい。姫様の放送は、私もシャトルの中で聞いた。

 姫様は、私達の思った通りのことを、地球にも、宇宙にも、伝えてくれた。

あの放送を聞いて、少しでも多くの人が、私達のように、戦う以外の、なにか、新しい道を探し始めてくれることを願うばかりだな…

 アヤちゃんの車に乗って、私達は空港を離れた。アヤちゃんは、私達を先に家に送ってくれた。

 とりあえず、マリーダを家の脇の玄関から招き入れて、そのまま二階のリビングへと向かう。

マリーダは、物珍しそうな、戸惑ったような感じだ。

マリは、それを感じてはいるみたいだけど、何も言わないし、何もしない…

なんだか、悩んでるんじゃないかな、って言うのが伝わってくる気がした。

もしかしたら、マリーダが戸惑っているのを、もらっちゃっているのかも…なんて思ってしまうくらいだった。

 そんなマリーダだけど、リビングで一息ついて、お茶なんかを飲んでから、

マリが思い出したように冷蔵庫から取り出した、空港の売店で買ったアイスクリームを見るや、

一瞬だけ目を輝かせて、マリと私と3人でそれぞれのアイスを食べながら舌鼓を打っていた。

食べ終わってから、あぁ、一口ずつ分けられたら、少しは安心してもらえたかもしれないな、なんて思って、

ちょっぴり後悔しちゃったけど。

 これが、昨日、私達が帰ってきたときのこと、だ。

 
 




 じゅうじゅうと、ベーコンがフライパンの上で音をたてる。スープはもう大丈夫かな…

ん、ジャガイモ煮えてるし、オッケーだね。

あとは…昨日のポテトサラダが残ってるから、野菜はそれで済ませればいいかな。

昨日、帰りに買ったパンをカゴに乗っけて…うん、出来上がり、かな!

 「あー、カタリナ、ありがとう」

そんなことを言いながら、ママがリビングにやってきた。

「ううん、平気。そっちは大丈夫?」

私が聞いたらママは、オタマにスープを取ってペロっと舐めて

「ん、おいし」

なんて言いながら

「うん。マリが手伝ってくれてるから、大丈夫。あれ、たぶん虫垂炎だわ。

 結果が出たら救急搬送するから、朝ご飯はお預けかなぁ」

って教えてくれた。今朝方、母さんのPDAに緊急の連絡があった。

なんでも、急にお腹が痛くなった、とかで担ぎ込まれてきた患者さんが、今ひとしきり検査をしている。

正直、うちの病院の施設で手術なんてよっぽど緊急じゃないとまずやらない。

もし、手術が必要な患者さんがいたら、総合病院に入院してもらって、母さんが執刀するのがいつもの流れだ。

一応手術室はあるけどね。でも、あそこは半ば母さんの研究所で、手術なんてほとんどしたことない変わりに、

検体調べたりとか、あとは、処置室代わりになってるかな。

まぁ、急患なんて珍しくないから、慣れっこだけど、最近はずっとプルも居てくれたから手が足りてたんだけど、

まだ宇宙から帰ってないし、忙しいのは仕方ない。

パタンとドアの閉まる音がした。

「あ、マリーダ。おはよう」

ママがそう言ったので振り返ったらそこには、マリの服を借りたマリーダが、すこし呆けた様子で突っ立っていた。

「おはよう、マリーダ」

私も彼女にそう声をかける。マリーダは、それから何かに気がついたみたいな感じで少しだけ顔色を変えて、

「えと…おはよう…ございます」

とおどおどしながら言った。敬語だなんて、変なの。まぁ、いつかのことを考えたら、私が言えたことじゃないけどさ。
 


 ピピピッと、電子音が鳴った。

「おっと、呼んでる。じゃぁ、ごめんねカタリナ。ちょっと二人で先に食べてて」

ママはそう言うと、私の頬っぺたにチュッとキスをしてパタパタとリビングから出て行った。

それを見送った私の視界には、相変わらずどうしていいのか分からない、って感じで突っ立っているマリーダの姿がある。

「なにかあったのか?」

と、彼女は、下の騒ぎを感じ取ったのか、そんなことを聞いてきた。

「ん、急患みたい」

私はそう答ながら、バターロールを包丁で切って、そこに洗ったレタスとベーコンに、スクランブルエッグを挟み込む。

あの様子じゃ、お昼までは帰ってこれないかもしれないから、持たせてあげたほうがよさそうだもんね。

「…その、ユーリさん、は、医者だと言ってたな」

「うん、そうなんだ。あれで、かなり腕がいいんだよ」

私はそう言ってマリーダを見た。彼女は、ふぅん、って感じで首をかしげてからまた、気がついたみたいに

「いいにおい」

と口にした。ふふ、知ってるよ、マリとプルと同じで、きっとあなたも食いしん坊なんだよね。

昨日話をして、宇宙でも固形物を食べてた、って言ってたから、虚血性ショックの心配はないって母さんも太鼓判だった。

もちろん、夕食を食べても平気そうにしていたから、朝ご飯がダメ、ってこともないだろう。

「あぁ、食べようか。母さん達、このまま総合病院に患者さん運んでいくって行ってたから」

私はそう説明をしながら作り終えたバターロールのサンドイッチをラップで包んで、

ワゴンに出しておいた食器にマリーダの分と私の分のスープをよそった。

「はい、これ、並べておいて」

マリーダにそう頼んだら、彼女は

「あっ…うん」

と、また、おどおどしながら、私の方までやってきて、お皿を受け取ってくれた。

パンとベーコンにスクランブルエッグは大皿に乗っけて、お好みで。冷蔵庫からサラダも出した。

お茶もポットに淹したし、オッケーかな。あ、いけない、サンドイッチ。
 


 「ごめん、ちょっと待ってて。これ、渡してくるから」

私はテーブルの脇に突っ立ってまだ呆然としているマリーダにそう断って、

引出しから引っ張り出した布のバッグにサンドイッチを詰めて病院へと下りる内階段を駆け下りた。

そこには、レントゲンの写真を専用のケースに詰めているマリと、

それから患者さんの容態を記録しているママの姿があった。母さんは、車出しに行ってるのかな?

「マリ、これ、朝ご飯」

私はマリにそう伝えて布バッグをマリに差し出した。

「うわっ!ありがとう!朝ご飯はあきらめかけてたところだったんだよ!」

マリはすぐさまそんなことを言って、パッと明るく笑った。

ふふ、ニュータイプじゃなくったって、マリのことならなんだってお見通しなんだからね。

そんなことを思ったら、マリは照れたような笑顔に変わって

「へへ…あ、マリーダのこと、お願いね」

なんて話を変えてきた。まぁ、それも大事なこと、だよね。

「うん、大丈夫、任せて」

私もそう言って笑顔を返して、マリーダの待っているリビングに戻った。

 マリーダは私が出たときのまま、ボーっとテーブルの脇にたたずんでいた。

どうしていいか分かんない、ってのは、それを見れば誰だって分かる。

「ごめんね、マリーダ、お待たせ」

私はひとこと彼女にそう謝ってから

「座って!食べよう」

と席に促して上げた。

 二人して席について、食事を始める。マリーダは、節目がちに黙々とスープに手をつけている。

なぁんにもしゃべらない。うーん、まぁ、昨日の夕飯もそうだったし、そうだろうなと思ってたけど、案の定、だね。

普通ならこういうのって息が詰まっちゃうんだろうけど、あいにくと私は、どっちの立場も経験済みだから、

なんとなくどうするのが一番いいのか、ってのは分かるんだ。

「あ、マリーダ。ベーコンとスクランブルエッグと、こっちのサラダは、自分で食べたい分だけ取り分けていいからね」

とりあえず、自分の分を取り分けながらそれを教えてあげる。

って言うか、今の一言を話すために、あえて事前に言わなかったんだけど、ね。
 


「え?…あぁ、分かった」

マリーダはそう言って、私が終わるのを待って、トングをもって自分のお皿に、それぞれをよそった。

あら、これはちょっと予想外。もうちょっと控え目かと思ったけど、意外に大胆だね、サラダなんて、山盛り。

 「いっぱい食べるんだね」

そう言ってあげたら、マリーダはちょっとギクっとした感じで

「その…いけなかっただろうか?」

と聞いてきた。あ、いや、そういう意味じゃないんだ、ごめんごめん。

「あ、ううん。そういう意味じゃなくて、ただの感想。どんどん食べて良いからね!」

私は、出来るだけの笑顔を見せてマリーダにそう言ってあげた。

そしたらマリーダは、すこし安心したみたいな表情を見せて、食事に戻った。

 洗脳に刷り込み、か…母さん、そんなに意識することない、って言ってたけど、でも、やっぱり心配だよね…

マリやプルは、一緒に暮らすようになったときには比較的落ち着いてて、すんなり慣れていけたけど、

マリーダはやっぱりすこし違うな…本当に、ついこの間まで、生死を賭ける戦場で戦っていたんだ…

彼女は、ここでの生活で何を感じて、何を思うんだろう…

 たぶん、家族になる、とか、そう言うことはまた、全然先の話だよね、きっと。

まずは、ここでの、何も起こらない日常に慣れることから始めたほうがいいんだろうなぁ…

だとしたら、いろんなことを一緒にやったりとか、そういうことからやったほうがいいのかもしれないなぁ…

あ、そうだ!

「ねぇ、ご飯食べたら、ちょっと一緒にお出掛けしない?」

私は、思いついてマリーダにそう聞いてみた。マリーダはきょとん、として

「お出掛け?」

と聞き返してきた。

「うん、そう!買い物とかあるからさ、手伝ってくれると、助かるんだよ」

まぁ、冷蔵庫を見た感じ、それほど買い足さなきゃいけないものがあるって感じではなかったけど…

でも、まぁ、買い物するがてら、島を案内するのもいいかもしれないしね。

「そうか、分かった」

マリーダは、そう言ってコクン、と頷いた。そうと決まれば、プラン練らなきゃな…

街は、車がないかもしれないからまた今度にして…ペンションまでの道にある雑貨屋さんで、

調味料を買って、あと、その先のパン屋さんでパンも買えたらいいかな。

で、そのままペンションに行って、おしゃべりして、時間があったら港に連れてってもらって、

船とか海とか、見せてもらえるかもしれない。

とりあえずその辺りを見てもらっておけば、一番身近な生活圏は十分だよね。

あ、そうだよ、レオナ姉さんにも紹介しないと!きっとビックリするだろうな…

ふふ、なんだか、楽しみになってきた!

 そんなことを一連想像してしまったら、思わず私は笑みをこぼしてしまっていた。


 



つづく。



とりあえず、マリーダさんを軸にやっていくかもしんない、UCおまけ編。

テーマはずばり―彼女達の洗濯―です。

誤字じゃないからな!

 
 

今影響下にある洗脳(ブレインウォッシュ)と、ソレを解く命の洗濯か
まぁ、アレだ そんな難しいkとはうっちゃっといてだな

とまどいまくってるマリーダさん、かわいすぎるだろがコンチクショー!

しかし、いつも思うんだが、オレはオフィシャルではないとはいえ「ガンダム小説」を読んでるはずなのに
なんで「南国ペンション百合ん百合ん物語」を一番楽しみにしているんだろうか?(困惑


乙!

マリーダさんを軸にとか俺得じゃないですかやだー
戸惑いながらもアルバの面々と打ち解けていくところを早く見たいな
アイスに目を輝かせるマリーダさんぺろぺろぐへへ
あ、アヤさんこんにちは…え?なぜマリーダにもマライアと同じ事を言っているか?いえ、愛でる対象が複数人いようともそれぞれを想う気持ちに全く嘘は無いん痛い痛い俺の背骨の後ろ方向への可動域はそんなに広くあr

これでマライアたんも合流したらマリーダマライアぺろぺろぐへへでもう最高に…ハッ!
いや、小説版の流れかキャタピラ版では嬉しいハマーン様健在パターンなのだから彼女がアルバに来てもおかしくは…(チラッチラッ

さて、カタリナとマリーダさんが来る前に店を開けとかないといかんな

乙ー
マリたんはおませかわいい!

ハマーン様やることいっぱいだしなあ
ミネバ様が来れば一緒に着いてくるのかな
個人的にはナナイさん海に投げ込みtもとい島で休ませてあげたい



マリーダさん、洗濯してやっておくんなまし。
摂政殿や戦術士官殿が出てきたって事は彼女たちも洗ってあげるんだよね。だよね。
冒頭のシーツのようにパリッとすっきりさせてやって欲しいな。

逆にマライアあたりはしっとりツヤツヤな感じにしてしまえ(ゲス顔

>>247
感謝!
そうですね、命の洗濯です。

マリーダさんは、これからデレ徐々にデレNT-Dが発動していくんでよろしくw

「南国ペンション百合ん百合ん物語」…すてきやん?w


>>248
感謝!!

マリーダのデレについては↑参照w
早くあけといてくれ、おじちゃんw

>>249
感謝!!!
おませ、なんのことかと思ったら、タヌキだった…orz
くそぅ…

ハマーン様、ナナイ様も、来るんじゃないかなぁ

>>250
感謝!!!!

おぉ、そうなんです、冒頭のシーツのくだりは、そんなイメージで書いてみました!
マライアたんって、けっきょくツヤツヤテカテカにされたんでしょうかね、アヤさんレナさんに…w



ってなわけで、キャタピラの頭を悩ませた、難攻不落のマリーダたん攻略します、続きです。




 マリーダに手伝ってもらいながら朝食の後片付けをした私は、彼女に服を貸してあげて、一緒に家を出た。

そういえば、着る物もちゃんと揃えてあげないといけないよね…マリーダ、傷だらけだから…

きっと、着る物は、モノを選ばなきゃいけないだろうし、あぁ、そんなこと言ったら、家具も居るよね。

今はプルのベッドに寝てるけど、プルが帰って来たら寝るところなくなっちゃう。

いや、私がリビングのソファーで寝ればそれですむんだけど、それはそれで、変に気を使わせちゃいそうだしね。

そう言うのは、明日かなぁ。

 私はマリーダとペンションへと続く道を歩く。

ほんの少しの間離れてただけだけど、なんだかこの道も懐かしく感じて、どこか気分が嬉しくなる。

ジリジリ照り付けてくる太陽に、潮の香りに、道の脇に立ち並んでいる民家の芝生の匂い。

柔らかく吹き抜けていく風も心地良い。

マリーダは、ギラギラのこの太陽になれていないみたいで、手をひさし代わりにして、まぶしそうにしていた。

サングラスとかあったほうがいいかな…私も、生まれてからはずっと宇宙に居た身だから、分かる。

ここの太陽は、本当にまぶしくって、慣れないうちってけっこうキツく感じるんだよね。

 「まぶしい?」

私が聞いたら、マリーダは目を細めて

「あぁ、うん」

と言葉すくなに答えた。雑貨屋さんに売ってたっけな、サングラス…

確か、安物が何個か、レジのところに掛けてあった気がするな。あれ、買ってあげたほうがよさそうだね。

 雑貨屋さんが見えてきた。

「あの店か?」

マリーダが、聞いてきた。

「うん、そう。お塩と、あそこはソイソースも売ってるから、それを買うんだ」

私が言ったら、マリーダは首をかしげて

「ソイソース、というのは、聞いたことがないな」

と呟くように言った。

「大豆っていう、マメから出来てるソースなんだよ」

教えてあげたらマリーダはふうん、と鼻を鳴らした。

「料理、興味ある?」

「えっ?」

更に私はマリーダに聞いてみる。

マリーダはそんなことを聞かれたのが意外だったのか、ずいぶんと驚いた顔して私を目をパチパチさせながら見つめてきた。

プルもマリも、作るのも食べるのも好きだから、きっとそうじゃないかな、って思うんだけど…

「どう?」

「…考えたこともない…そうか、自分で料理を作るのか…」

マリーダはそんなことを言って、口元に手を当てて俯いた。
 

何かを考えてるみたい。と、不意に顔を上げて

「出来るだろうか…私に?」

と聞いてきた。

「まぁ、最初はなれないかもしれないけどね。でも、きっと大丈夫だと思うよ」

私が答えたら、マリーダはまた俯いて

「そうか…」

なんて言った。これなら、誘ってみたら、料理も一緒に出来るかもしれないな。

それももしかしたら、マリーダにとってはプラスになるかもしれないね。

少しでもやれそうなことはやってあげた方がいいと思うんだ。ゆっくり、ちょっとずつ、ね。

 「こんにちはー」

私はそう声をかけながら雑貨屋さんの自動ドアをくぐった。

「おっ!先生のとこのお嬢ちゃんじゃないか!」

「こんにちは、おじさん!風邪はもう大丈夫?」

「あぁ、お蔭様でな。先生が来てくれてからは、あんな風邪でも診てもらえるから助かってるよ。

 街の総合病院しかなかったころには2、3日寝込んでるしかなかったもんなぁ」

おじさんはそんなことを言いながらガハハハっと笑っている。それ、毎回言うよね、おじさん。

でも、うん、調子はすっかりいいみたいだね、良かった良かった。

なんて思っていたら、おじさんは私の後ろから入ってきたマリーダにも声をかけた。

「お、双子のお嬢ちゃんの方も一緒かい」

それを聞いたマリーダはなんだか困ったような顔をして私の顔を見やった。

双子、か…うーん、確かにこれまではそう言ってたけど、ね…ま、難しい説明を省いちゃってもいいか。

「おじさん、この子はね、プルやマリの生き別れの姉妹なんだよ」

「えぇ?!ってぇ、ことは、三つ子だった、ってのかい?」

「うん、まぁ、そんなところ」

私が言ったら、おじさんはまた、へぇーと大げさに驚いて見せたけど、でも、なんだか今度は訳知り顔で、

「まぁ、このご時世だ、お嬢ちゃんらも、いろいろあったんだろ?

 これまで大変だったろうが、無事にこうして会えてよかったじゃねえの!

 ま、俺なんかにはなにしてやれるわけでもないけどな。困ったことがあったらなんでも言ってくれや!」

といってくれた。ふふ、おじさんってば、相変わらず変な人。

「ありがと、おじさん。迷子になったりしてたら、ペンションへの道を教えてあげてね」

「おぉよ。アヤんとこなら安心だな」

私がお願いしたら、おじさんはそう言ってまた、ガハハハと笑った。
 


 「っと、で、おじさん。お塩とソイソースもらっていい?」

私はおじさんにそうお願いする。

「お、いつものだな、待ってろ」

おじさんはそう言うが早いか、カウンターの下から塩を、後ろの業務用の冷蔵庫からソイソースのボトルを出して、

ビニールのバッグに入れてくれた。代金を支払って、バッグを受け取る。

と、カウンターの脇に下がっていたサングラスに、私は気がついた。

「あ、ごめん、おじさん、これも頂戴」

私は、その1つをとってカウンターに置いた。

「ん、こんなん、どうするんだ?」

「うん、彼女、まだここの日差しになれてなくって」

私が説明したら、おじさんは、あぁ、と声をあげて私からのコインを受け取った。

私はそれをマリーダに渡して、お礼を言いながらお店を出ようとドアの方へと向き直った。

「おっと、そうだ、お二人さん!」

と、後からおじさんが声を掛けてきた。振り返ったら、

「これ、もってきな」

と私達に何かを投げてよこした。マリーダがその二つを器用に両手でキャッチする。

「んっ!?」

マリーダはビックリしたみたいにそう声をあげて、キャッチしたものを指先で摘むように持ち替えた。

どうやら、冷たかったみたい。それは、水色をしたアイスキャンディーだった。

「ここに来たばかりじゃ、暑さも堪えるだろ。それ食ってちっと涼んでくれや」

「わぁ!ありがと、おじさん!」

「いいってことよ!先生によろしくな!」

私は、おじさんにそうお礼を言って、マリーダと一緒にお店を出た。

 「…カタリナ、これはなんだ?」

店から出るなり、マリーダが受け取ったアイスキャンディーを顔の前に二つ掲げて私に聞いてきた。

「アイスキャンディー。知らない?シャーベットみたいなものなんだけど…」

「アイスクリームとは違うのか?」

「うん、アイスクリームは、ミルクで出来てるんだけど、それは、氷に味を付けてある、っていうか。まぁ、食べてみれば分かるよ」

そう言ったら、マリーダの表情が一瞬緩んだのを私は見逃さなかった。

片方を私に手渡して、自分も、包装を破いて中身を取り出す。

私もマリーダの顔を見ながらアイスキャンディーを取り出して、ハムっと咥えてみせる。

マリーダも、私を真似してそれを口に入れた。と、思ったら

「んぐっ」

と悲鳴を上げて、なにかに驚いたみたいにすばやくそれを口から出した。

「…くっ、キーンとなった…冷たいな、これ」

「ふふ、アイスみたいにかじるとそうなっちゃうからね。こういうのは、ぺろぺろ舐めたりするもんなんだよ」

「そ、それを先に言ってくれ」

マリーダが、ちょっと起こった顔をして私にそう言ってきたけど、アイスキャンディーを舐めた彼女は、すぐにまたほんのちょっとだけの笑顔を取り戻した。

んー、硬いけど、まぁ、仕方ない、じっくり、じっくり、ね。
 


 それから私達は雑貨屋さんからほんの少し歩いたところにあるパン屋さんで、明日の分の食パンを1斤買った。

そしたら、最近代替わりしたパン屋のお姉さんが、揚げたてだよ、って言って、ドーナッツを2つオマケでくれた。

アイスキャンディーを食べ終えてから、ペンションまでの道のりを歩きつつ、今度は二人してドーナッツを頬張る。

アイスキャンディーよりもこっちの方が好きみたい。

マリーダの目が、キラキラと輝いているのをみて、なんだか私も嬉しい気持ちになった。うん、幸せ2つ、だ!

 ドーナッツを食べ終えるころ、私とマリーダは、ペンションに着いた。

庭先でレナちゃんがマナとマヤを遊ばせていて、レベッカが敷き詰められた芝生を、

掃除機みたいな芝刈り機で手入れしているところだった。

「あれ?カタリナ!そっちの子は、昨日会ったマリーダちゃん?!」

そんなレベッカが、私達に気がついてくれた。レナちゃんもこっちを見て、笑顔になってくれて

「あら、お二人さん、おはよう。どうしたの?」

と聞いてくれる。

「ちょっと、買い物がてら、マリーダを案内してるんだ」

私はそう説明をしてからマリーダにレナちゃんを紹介する。

「マリーダ、この人は、レナちゃん。ロビンやレベッカのお母さんで、アヤちゃんの奥さんで、このペンションの…オーナー?」

「んー、影の支配者?」

「いや、ママは影って言うか、どこからどう見たって、ここの経営の責任者だよね」

「そんなことないわよ?大事なことは、ちゃんとアヤと合議でやってるから問題ないわ」

レベッカとレナさんがそんなことを言いながら笑ってる。

ひとしきりそんな話をしてから、レナちゃんがマリーダを見て言った。

「マリーダちゃんね。話は、ロビンから聞いてるわ。よろしくね」

「あ…えぇと…は、はい」

レナちゃんの笑顔の挨拶に、マリーダはぎこちなくそう返事をした。それから、ふと気がついたみたいに、

「そっか、レオナに会いに来たんだね…良かったら、上がってってよ。レオナ今、お昼ご飯の下準備してるところだから」

と提案してくれた。そっか、忙しかったんだね…さすがにちょっと迷惑かな?

なんてことを思っていたら、レベッカがマリーダの手を掴んだ。

「ね、マリーダちゃん!来て来て!あそこから見える海がきれいなんだよ!」

「なっ、ちょ、いきなり…やめないか…!」

そんなことを言うマリーダを気にせず、レベッカは庭から一段高くなっているデッキにマリーダを引っ張り上げた。

「ほら、あっち!」

レベッカが海のほうを指差す。あそこから見える景色は、私も知っている。

ちょうど、港へ向かう坂道が見える場所で、その先に、あのエメラルドグリーンの海が広がっているんだ。
 


「さっきね、母さんが電話して、一緒に島に行かないか、って誘おうと思ってたんだけど、

 なんだか誰も出なかったんだよ、カタリナのところ」

マリーダに海を見せながら、レベッカがそう言ってくる。

「あぁ、ごめん、今日朝から急患が入って、みんなその対応してて出てるんだ」

「そっかぁ。ね、二人だけでも良かったら、一緒に行かない!?」

私が言ったら、レベッカはそんなことを言って私達を誘ってきた。

あの島、かぁ、んー、マリ達には申し訳ないけど…マリーダにもあそこは見せてあげたいし…暇だし、良いかもしれないな…!

 「レナ、呼んだ?」

そんな声が聞こえた。

見たら、レオナ姉さんが、エプロン姿でホールから続いているデッキに出てきてこっちを見ていた。

いつ呼んだんだろう?また、あれかな、意識集中して、ってやつかな…?

「あー、レオナ!ほら、マリーダちゃん!」

レナちゃんがそう言って、マリーダをさす。

そしたら、レオナ姉さんは、みるみる内に表情を緩めて、パッとデッキから飛び降りてきて、マリーダに駆け寄ってきた。

 マリーダは、レオナ姉さんの顔を見て、目を見開いて、なにが起こってるんだ、って顔をしている。無理もない…

レオナ姉さんも、マリーダ達に瓜二つだもん。でも年齢は違うから、自分達とは違うんだ、だけど、

どうしてこんなにそっくりなんだろう、きっとマリーダ、そんなことを思って混乱しているんじゃないかな…

「初めまして、マリーダ。私は、レオナ。レオニーダ・パラッシュよ。

 ユーリ母さんと、アリスママの娘で、あなた達のお母さんか、お姉さん、ってところかな」

「あ、あなたは…一体…」

レオナ姉さんの言葉に、マリーダは口をパクパクさせながら、そう聞いた。

うん、まぁ、そうだろうね…ワケわかんないよね、普通。マリーダが全身を固くさせて、緊張しているのが伝わってくる。

「プル…あぁ、プルツーね。彼女やそのお姉さんのエルピー・プルは私の細胞を使った、私のクローンなんだ。

 プルツーの体細胞を使って出来たのが、あなた達。

 体を分け合った、あなたの…うん、やっぱり、姉さん、って言うほうがしっくりくるかな」

レオナ姉さんは、そう優しい表情で言って、マリーダを抱きしめた。

「長い間、ひとりにしてごめんね…辛い目にあわせて、ごめんね…本当は、私やユーリが守ってあげなきゃいけなかったのに…!」

レオナ姉さんの、マリーダを抱きしめる腕に力がこもる。

マリーダ、困るだろうな、これ…だって、マリやプルに会ったときだって、混乱して、どうして良いか分からない、

って顔してたのに、今度はお姉さん、だなんていう、おんなじ顔した年上の人が現われちゃったんだからね…
 


ピクっと、マリーダの手が動いた。なにをするのか、と思ったら、

マリーダは、その手で、レオナ姉さんの体にためらいがちに触れて、着ていたシャツをギュッと掴んでいた。

緊張感はやっぱりあるけど、でも、マリーダは、それ以上に、動揺が大きいみたい。

「…姉…さん…?」

マリーダは、そう、小さな声で言った。レオナ姉さんの肩に隠れて顔は見えないけど…

でも、プルや、マリのときとは、反応が違う。戸惑ってるし緊張もしているけど…でも、明らかに、何かを感じて…

たぶん、喜んでる…

「そうだよ、マリーダ…」

レオナ姉さんがそう答えたら、マリーダは姉さんの腕の中で、ガクガクと脚を震わせて、その場にしゃがみこんでしまった。

姉さんも、マリーダを抱きしめたまま、芝生の上に座り込む。

私は、そんな二人を見て、胸がギュッと詰まるような、そんな気持ちになっていた。

マリーダが、心を許せる存在に、レオナ姉さんがなってくれるのかな…

それだとしたら、私はすこし安心できる…でも、でも…

もし出来たら、私やマリや、プルに、ママや母さんとで、そうしてあげられたらいいのに。

それが出来ないかもしれない、って思うのは、なんだかすごく歯がゆい…血のつながった、姉妹なのに…

私は、マリーダになにをしてあげられてるんだろう?なにをしてあげられるんだろう?どうしたらいいのかな…

ね、ママ、母さん…アヤちゃん、マライアちゃん…

 ぶるぶると身を震わせるマリーダと、彼女を抱きしめているレオナ姉さんを見つめながら、

私は、嬉しい気持ちを半分感じながら、そんなことを考えさせられていた。



 






「ロビーン、ここ!ここいたよ!」

「ほんと!?レベッカ、ナイス!ジェーンちゃん、来て来て!いたって!」

ロビンとレベッカが、そんなことを言って、お客のアンダーソンさんのところの娘さんと、

このあたりに割と多くいる種類の熱帯魚を、ゴーグルにシュノーケルを着けて追い掛け回してる。

あの魚は、レベッカのお気に入りだ。

さすが、お気に入りだけあって、探す場所も心得てるんだなぁ、

なんて、アタシはバーベキューの準備を済ませて、冷たいお茶をあおりながら見つめてた。

 まったく、あいつらも大きくなったよな…宇宙から帰って来たロビンは、見違えるくらい良い顔になってたし、

レベッカはレベッカで、レオナやレナに似て来て、穏やかなのに頑固でしっかりしてるんだ。

アタシがあのくらいの年頃は、シャロンちゃんにくっ付いてたり、ユベールユベールって言って甘ったれたり、

釣りに行ったり裏路地街で悪さしたり、ってなもんだったもんなぁ。

ホントにあいつら、誰に似たんだか出来が良いよ。

そのくせ、まだまだしっかり甘えてくる、って言うのもまた、かわいいったらないんだけどな。

 っと、そんなのんびり親バカやってる場合じゃなかった。野菜炒めておかないと。

アタシは思い出して、気を取り直して赤く焼けた炭に鉄板を掛けて、その上に軽く油を敷いてレオナに切ってもらった野菜を広げた。

ジュウー!という音がして、たちまち芳ばしい匂いがアタシの腹をくすぐる。

くぅ、うまそうだ。ロビンが庭で始めた家庭菜園が、今じゃぁ立派にうちの食材だからなぁ。

もっと規模を大きくすりゃぁいいのに、って言ったら、ロビンは口を尖らせて

「これはまだ実験農場だから、これくらいでいいんだよ」

なんて言って来た。どうやらロビンなりにいろいろと考えてるらしい。

悔しいから、アタシも魚、とは言わないけど、貝やなんかの養殖でもしてみようかな、なんて思わされたもんだ。

 ん、よし、野菜はもう良さそうだ。あとは、肉と魚だな。

アタシは、クーラーボックスからとりあえず先にホイルに包んでくれてあった魚を出す。

中身を確認してから、網の上に乗せて、肉のほうは準備が出来てから一気に焼き上げれば良い、か。

「あー、アンダーソンさん、昼食の準備できたんで、良かったらどうぞ!」

アタシは、砂浜で小さな男の子を遊ばせているアンダーソンさん夫婦にそう声を掛けてから、

一瞬だけ、ギュッと意識を集中させる。ロビンとレベッカなら、これで気がついてくれる。

あとは、っと。
 


「カタリナ、マリーダ、一緒に食べよう」

アタシは船のそばの波打ち際で、パシャパシャと跳ね回っているカタリナと、それを呆然と見つめているマリーダに声を掛けた。

マリーダは、体に傷がたくさんある、って言われたから、アタシのラッシュガードを上下貸してやった。

カタリナの水着は、船のクローゼットに常備してある。

それこそ、多いときには週に2、3回ここに一緒に来ることもあるからな。

そんなとき、ってのは、だいたいお客が子連れだったり多かったりして、

ちょっと人手が足りないときに助けてもらえるように、ってお願いして付いてきてもらってるんだけど。

 「はーい!」

カタリナがそう言って、海から上がってくる。

マリーダもこっちを向いて、無言で頷いてこっちへ向かって駆けて来るカタリナの背中を見送ってからアタシのところへやってきた。

「ほら、先ずは野菜からだぞ。好き嫌いはダメだからな」

アタシはそう言って、マリーダに野菜を山盛りにした皿を押し付けた。

「は、はい…」

マリーダは、そんな控えめな返事をして、皿を受け取る。

 うーん、なんだろうな、この子の、この感覚…あんまりいないタイプだけど…

いや、でも、初めてじゃ、ない…この子は、虐待やなんかを受けて来た子のそれに似ている。

自分の腕の中で、大事な姉さんが死んじゃった、って言ってたあの頃のマライアともすこし似ていたけど、

でも、マライアにはそれでもベース、って言うか、基本的な部分はあった。

マリーダはそうじゃない。怒りも、喜びも。誰かとつながりたいって気持ちも、まるでない様な感覚。

だけど、本当にそんなに無感覚なやつは少ない。

たいていは、爆発しそうな怒りや悲しみを、無理矢理押さえつけているから、こんな平坦な感じに見えることがあるんだ。

いったん、タガが外れてしまったら、感情が自分も相手も傷つけまくって、何もかもをダメにしてしまうかもしれない、

って確信を持っている感じだ。

感情の抑制が効かないことを、自分でもよく分かってるんだろう。

だから、膨れ上がる前に、抑えておくって言う手段なんだろうな。

こういう子は…案外、本気でケンカしてやると、いろんなものを吐き出せていいんだけどな…

まぁ、アタシの思いつく限りは、だけど。

 マリーダはアタシに言われたとおり、素直に野菜をモシャモシャと頬張っている。

あ、いや…マリーダ、一応、タレとか、塩コショウとかあるけど…味付けないだろ、その野菜…ま、いいか。

「よっし、じゃぁ、肉と魚どんどん焼いて行くから、どんどん食べちゃって!」

まぁ、この際、細かいことは抜きだ!とりあえず、今は、腹一杯食べてもらうこと!

それ以上に大事なことなんてないもんな!

 それからしばらく、みんなでギャーギャーやりながら食事をした。

ロビンとレベッカは、ジェーンちゃんとすっかり仲良くなって、

食事を終えるや、今度は一緒になって、寝転がったレベッカに砂を盛り始めている。

それをみながら、カタリナとアンダーソンさん夫妻が大笑いしていた。

 ああして楽しんでくれれば、アタシも満足だ。やっぱ、アタシがここが好きなように、お客にもここを好きになってほしいからな。

で、また遊びに来てくれれば商売的にも良しだし、それに、ここに住んでくれるようなことにでもなれば友達も増えるし、

はは、良いことずくめだよなぁ、うん。
 


 なんてことを思っていたら、サクっと砂を踏む音がした。振り向いたらそこには、なんだか神妙な表情をしたマリーダが立っていた。

無意識に、彼女からにじみ出てきている感覚に集中する。

ん、なんだろう、これ…?

ゾワゾワしてる感じだ…ビビってる、っていう風でもないな…本当に、なにかを迷っている、って感覚、っていうか…

「どうした?」

アタシはそう思いながら、なるだけ笑顔で、彼女にそう声を掛けてやる。

すると、なんだか、不安そうにうつむいていた彼女は、一瞬、戸惑ってから、でも、すぐに口をへの字にして、なにかの覚悟を決めた表情になった。

「あの……頼みが、あります」

「頼み?なんだよ、急に?」

ちょっと予想外だった。

 アタシのところに来る前に、庭でレオナに会って、ちょっとだけ何かが緩んだ気がする、

なんてカタリナはチラっとアタシに言ってきたけど、

でも、それでも彼女は、どこか頑なで、気持ちを押し込めているところがあるように感じてた。

ただ、きっと加減の出来ないタイプだと思ってたから、そういう気持ちを吐き出す先をさがして、

アタシに話しかけてきたのかと、そう思ったんだけど…これ、どうもそうじゃないみたいだな。

アタシはそんなことを思いつつ、マリーダにそう聞き返していた。そしたら彼女は、ゴクンと、一度、喉を鳴らしてから

「私を、働かせてくれませんか?」

とアタシの目をまっすぐに見て、言ってきた。働かせて欲しい…?

ペンションで、ってことか?別に、やりたいっていうんなら、構わないけど…

今は家族経営みたいなもんだし、レナが毎月みんなに配るお小遣いくらいは出してるけど、

ソフィアのときみたく従業員、って感じで給料を出してないし、

ソフィアのときもそうだったけど、あんまりたいした金額出せるわけじゃないし、

それこそ、街のコーヒーショップのパートタイムとトントンくらいなもんだけど…いや、待て、その前に…か。

「別に構わないけど…どうしてか、聞いてもいいか?」

アタシはマリーダにそう投げかけた。マリーダは、また、ひと息、グッと飲み込んで言った。

「私は…私は、今、自分が何者なのか分からないんです…確かに、姉さん達がいて…その、レオナ…姉さん…も、

 母親だという、アリスさんもいます。だけど、それだけでは、私は私自身を規定出来ないんです。

 私には、マスターがいました…私のことを救ってくれた、恩人です。

 姫様をお助けするために、私はマスターにわがままを許して欲しいと、そう頼みました。

 命令に背いて…マスターは、言ってくれました。心のままに、と。でも、今は、状況が変わってしまって…

  私には、私の心が分からなくなってしまいました。だから、もう一度マスターが必要なのです。

 私が、私の心を取り戻すために…。だから、私のマスターになってもらえませんか?」

マスター、か…たしか、マリやプルもそうだった、と言っていたけど、強化人間だって話だったよな。

基本的に高い能力をさらに底上げして、身体能力も強化されてるはずだ。

それから、“使用者”に忠実に従うよう、意識の“調整”もされる場合がある、って、ユーリさんは言ってたな。

その、マスターってのは、“使用者”なんだろう。命令には絶対に忠実に働く、“戦争の道具”、か…。

でも、そのマスターにこの子は言ったんだろう。その命令は違う、従いたくない、って。

それは、マライアの言っていたジオンの姫様を守りたいって、気持ちが起こっていて、だから、マスターにそう言ったんだ。

そのマスターってのも、この子のそんな気持ちをちゃんと受け止めてくれるような人間だったんだろうな…心のままに、か。
 


 こりゃぁ、アタシが思ってたのとも、ちょっと違うな。

この子は気持ちを我慢してるんでも、押さえつけてるんでもない。

単純に、それがなんだか分からなくなってるんだろう。

自分の役目を失って、信頼していた繋がりからは遠く放れてしまって、

自分が何者なのか、自分がどうしたいのか、って言うのが見えなくなっちゃってるんだ…

アリスさんは、ここで一緒に暮らそうとは言ってなかった。

とりあえず、休む必要がある、って、そうとだけ言っていた。

きっとそれは、この意識の“調整”ってやつを解くための時間をここで過ごすべきだ、って意味だったんだろうな…。

だとしたら…ここで、マスターとそれに従う人間、ってのに分かれたんじゃ、意味がない気がする…。

 要するに、あれだろ?この子は、今一人きりなんだ、ってことだろ?

他人との関係を、マスターとそれに従う自分って規定する以外の方法を知らないのか、

それとも、そういう意識が協力すぎるから、どう人と接したらいいか、

どう、アタシ達とつながっていいかがわからない、ってことなんだと思う。

たしかに、そう考えたら、カタリナやマリが相手だと、どうしたって、上下関係は付けづらいよね、同い年だし、姉妹だしな。

それで、アタシ、ってワケか…。だけど、それは違うよな…意識“調整”を解くんだったら、

そういう関係じゃない繋がりを探させないとダメなんじゃないかって、アタシは、そう思う。

「そういうのは、受け入れかねるな」

アタシは、考えた末に、そう伝えた。マリーダの顔が、悲しげに歪む。

「どうしても、ですか…?」

マリーダは、懇願するみたいに、アタシを見つめて、そう言ってくる。

「うん…アタシも、あんたには“心のままに”生きて欲しいと思う。だから、マスターなんて存在にはなりたくないよ」

アタシが言ったら、マリーダはシュン、と肩を落した。ちょっと、話聞いてやったほうがいいな、これ。

その前のマスターってのは、心のままに、なんて言えるような、いいやつだったんだろうな…

その辺りの話と、気持ちを、ちゃんと聞いてやりたい…気がつけばアタシはそんなことを思っていた。

「な。その、マスターって人のことを聞かせてくれないか?あんたに“心のままに”って言ってくれたっていう、さ」

アタシが頼んだら、マリーダは、表情こそさっきのままだったけど、コクっと頷いて話し始めた。

 「私達のことは…どの程度知っていますか?」

「あ、えーっと、たしか、プルのクローンで…最初のネオジオンの紛争のときに、部隊が全滅した、って言うのは、マリから聞いた」

 
 



「はい…私も、その中にいました。

 キュベレイが撃墜されて、運良く、脱出ポッドが無傷で投げ出された宇宙空間をどれくらいの間彷徨ったかは、わかりません。

 でも、あるとき、脱出ポッドに振動があって、急にハッチが開きました。

 男が数人乗ってきて、衰弱していた私を抱え揚げて、シャトルの部屋で、治療を受けました。

 そのときは、正直、助かったんだ、と言う安心感でいっぱいでした。

 ポッドの中では、怖くて、寂しくて、寒くて、どうしようもなく不安で…

 だから、“また、安全なところに辿り着くことが出来たんだ”、と言う感覚は…

 それまで生きていて、初めてのことだったように感じるくらいでした。

 ですが、そのシャトルは、安全とは程遠かったのです。

 やがて私は、シャトルを降ろされ、どことも知れぬ場所へと連れて行かれました。

 そこは、いわゆる“売春宿”だったんだ、と、マスターは言っていました。

 その言葉にどういう意味があるのか、今では分かりますが、当時はそんなこと、想像すら出来ていなかった…

  一日に、何人も男がやってきて、私を抱きました。置かされました。

 抵抗して、男達を殴ると、直後には、両腕を繋がれ、その状態で、何度も…。

 不思議と、死にたい、とは思いませんでした。怖いという思いも、えづくような不快感も嫌悪感もあったはずでしたが…

 それでも、あのときの戦闘と、そしてポッドでの漂流中の恐怖が、私の中に深く根を下ろしていたんでしょう。

 そこでの生活がどれくらい続いたのか分かりません。

 ですが、あるとき、強烈な腹痛と吐き気が来て、私は牢獄のような部屋でのたうち回っていました。

 苦しくて、苦しくて、このまま死ぬのかと、そう思っていたときに、部屋の扉がパッと開いたんです。

 いつもは夜にしか開かないその扉からは、まぶしい光が差し込んできて、そこにいたのが、マスターでした。

 客かと思って、おびえた私の、錠を外してくれたマスターは、私の体を見て、すぐに病院へ運んでくれました。

 私はそこで手術を受け、命はとりとめましたが、女性としての機能は失われたと、伝えられました…」

マリーダは、淡々と語った。

 アタシは、アタシは…怒りなのか、悲しみなのか分からなかった。

だけど、とにかく、全身をガタガタ震わせている自分に気がついていた。

だって、そのころ、って言ったら、まだ10歳かそこいらだったはずだ。

それなのに、戦争の道具にされて、生き残ったかと思ったら、今度は、クズ野郎共の道具にされてただなんて…

そんなこと…そんなことあっていいのかよ!

 だけど、マリーダはそんなアタシに構わずに続けた。
 


「マスターは当時、不当に監禁されていたり、利用されたりしている元ジオン軍人を秘密裏に救出して、

 残党軍やアクシズへ送る活動をしていたと聞きます。

 私を助けてくれたのも、その活動の最中だったようです。依るべきもののない私に、マスターは言ってくれました。

 この艦が、俺達の家だ、俺達が、お前の家族だ、と。

 それからずっと、私はガランシェールで、マスター達とともに働いてきました。

 最初のころに、私は、私の仕事の一環と思い、マスターの体に奉仕しようとしたことがありました。

 でも、そんな私をマスターは厳しく叱りました。

 それは、間違ったことだと。そんなことをする必要はないんだ、と。

  私は、叱られたはずなのに、それがどうしてか、嬉しくて、ポッドから救助されて感じたとき以来、

 二度目の安心感を得ました。そして、それは、あの船では恐ろしいことには変わりませんでした。

 私は、マスターの命令に従いながら、あのマスター達と一緒に、ジオン軍の生存者の救助に当たっていましたが、

 あるとき、シャア・アズナブルと名乗る男と出会い、マスターは彼の依頼を受けて、

 地球にいる姫様の敬語を請け負うこととなりました。

  そして、第二次ネオジオン紛争中に、姫様をスィートウォーターから退避させて以降は、

 姫様とともに宇宙を漂流し、袖付きとの合流を果たし、そして、今回の戦いとなりました」

そっか…その、マスターは…マリーダのことを守ろうとしてくれたんだな…

家族として、たぶん、部下として…分かるよ、それ…。隊は、家族だもんな…

「何て名前だったんだ、その、マスター?」

アタシは、そう聞いた。

「スベロア…ジンネマン…」

マリーダは、すこし戸惑い気味に、そう教えてくれた。あぁ、そっか…そうだよな。

なんだか、気持ちが複雑に絡んでて、よく分からなかったけど…気がついたよ、アタシ。

そりゃぁ、そうだよな…世界で唯一、安心できる相手だったのかもしれないもんな。

そう考えれば、今のこの子の気持ちは、当然だ。

「寂しいんだな…会いたいだろうに…」

アタシはマリーダの目を見つめて、なるだけ穏やかに、そう伝えてやった。

そしたら、マリーダの目に、みるみるうちに涙がこみ上げてきて、頬を伝った。

渇いていたような、押し込めていたような彼女の感情が膨れ上がってくるのが感じられる。

ようやく、出てきてくれたな…あんたの心…。

「おいで」

アタシはそう言って、マリーダの手を取って引き寄せ、デッキチェアのとなりに座らせた。

そのまんま、髪をクシャっとやって、頭を撫でてやる。
 


「ごめん、アタシは、やっぱりあんたのマスターにはなれない…

 だけど、あんたが望めば、アタシも、ユーリさんもアリスさんも、あんたの家族…

 あんたの母親、母さんになってやることは出来る…あんたがこれからどうして行きたいのかは、分からない。

 たぶん、まだ決めかねてるんだろうけど…でも、その答えがどうだって、アタシ達は構わない。

 どんな答えがでようが、アタシ達はあんたを大事に思う。それだけは、絶対に変わらないと約束できる。

 あんたがどんなわがままを言おうが、どんな辛くて悲しい思いをしようが、アタシ達はそれをちゃんと受け止めてやる。

 嬉しいときには、一緒に笑ってやる。だから、安心していい…

 そんな主従関係がなくったって、アタシ達はそうやって繋がっていけるんだ」

マリーダは、固く歯を食いしばって、何かを必死にこらえている。それはきっと、涙なんかじゃないんだろう。

そんなのは、さっきからずっと、ボロボロとこぼれ出している。

そんなの、がまんする必要なんてないんだ、マリーダ…アタシで良けりゃ、全部そいつを受け取ってやる…

だから、吐き出せ…

「アリスさんが言ったみたいに、ここでゆっくり休んで、そういうもんを見つけて行けよ…

 それがここで出来る様になりゃ、そのマスターってのにまた会うことが出来た時には、

 ちゃんと、道具としてじゃない、あんたの気持ちを伝えられるようになる。

 たぶん、マスターにも、あんたにも、それが必要だ。だから、構うことなんてない。

 あんたの好きなようにやっていいんだ…もう、強がってなくったっていいんだよ」

マリーダは、ギュッと拳を握った。うん、頑張れ…勇気出せ。

あんたは、小さい頃からずっとずっと、誰とも繋がれないで育って来たんだろ…

だから、やりかたも分からなきゃ、不安で怖いのは分かる。

だけど、良かったのは、“調整”を受けてたせいだろう、根っこのトコが、

まだ歪まずに、汚れずに、真っ新で残っててくれたことだ。

そいつを、その気持ちを引きずり出せ…アタシ達なら、大丈夫だから…

「泣いて喚いて、すがりつけ…もう、我慢なんてしなくったっていいんだ。もう、誰かに甘えて、いいんだ」

アタシは、そう伝えて、マリーダの頬に伝った涙をぬぐってやった。と、マリーダは、そんなアタシの手を取った。

マリーダは、アタシの手を両手でギュッと握りしめて、自分の手の甲を口元に押し当てて、

嗚咽をこらえながら、肩を震わせて泣き出した。

 張りつめていた感覚が、解けて行くような感じがして、アタシはふぅと、息を吐けた。

頑張れた、かな。うん、まぁ、不器用だとは思うけど…でも、それでも、なんとか一歩踏み出せたじゃないか…

偉いぞ、マリーダ。あんたも、昔のレオナやプル達と良く似てる。何があっても融通利かないくらいにまっすぐで、

頑固すぎるくらい意思が固くて、でも、強いんだ。

それを良い方向に持っていけさえすれば、どんなことがあっても乗り越えられると思える。それに、みんな知ってる。

あんた達姉妹には、笑顔が一番似合うんだ。

 そんなことを思いながら、アタシは、空いている方の手をマリーダにまわして彼女を引き寄せて抱きしめてやった。

マリーダは、戸惑いがちにアタシにしがみついてきて、アタシの肩に顔をうずめて、また嗚咽を漏らす。

 そんな彼女の体温を感じながら、アタシは、伝わってくる安心感で胸の奥がいっぱいに満たされていた。
 



つづく。


なるべく、不自然にならないように…がんばりました。

あ、今回、誤字脱字みる余裕なかったんで、スルー強化でお願いしますw
 

10歳前後の子を鎖につないでチョメチョメ…
憲兵さんこっちです

キャタビラがマリーダにあんなことやこんなことしていたとは…

詳しく聴きたいから屋上まで来てもらおうか



マリーダさん、バナージ相手にはめちゃくちゃお姉さん然としてたのにこちらでは完全な末妹だな。いいことだww

マリーダの過去
文句は福井のヤロウに言ってやれ。原作小説でかなりエグい表現してくれやがった。
更にそれを容赦なく抉ってくれたマーサ・ビストも胸糞悪かったな。


そういやUCって結局オンナが一番強いよなあ。男がだらしないだけか?リ○ィとか○ディとかリデ○とか………

乙!

マリーダさんああマリーダさんマリーダさん
アルバ島名物の太陽(アヤ)に照らされて胸の内を吐き出すマリーダさん
さて同じくアルバ島名物の海(レナ)には包まれるかな?期待が高まる

上下ラッシュガード姿でスタイルの良いボディーラインを露わにするマリーダさんマジぺろぺろぐへへ
いや、待って下さいアヤさん話し合いましょうよ暴力は何も生み出さないですし、互いを理解し合う事が何よりm、…すみません俺左利きなんで出来れば利き腕は勘弁してもらえると嬉し(ry

>>266
ひどい話ですよねぇ
あ、チョメチョメの話は多分↓ってことだと思うんですよw

>>267
いや、>>251はそういう意味じゃないから!
あとキャタビラじゃないから!w

>>269
感謝!

マリーダさん報われない話なんですよね、UC。
道具として悟りを開いちゃって、兵士としてだけ立派になっちゃったマリーダさんが
日常を生きる、って想像できなくて…かなりの難産です。
まだ、苦しんでますw

>>270
感謝!!

もう、きみは、あれだ。
感謝の意味を込めて、一言。

キモイ!w



続き、の前に、キャノピに頑張ってもらったよ。

パラッシュさん家の四姉妹。
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 では、続きです。
 


 それから、私達は島でひとしきり遊んで、ペンションに戻った。

マリーダとアヤちゃんが何か話してて、マリーダが何かを受け取ったんだろうな、ってのは、なんとなく分かった。

ペンションに戻ってからもマリーダの様子はあまり変わらなかったけど、でも、患者さんの手術を終えて帰って来て、
私とマリーダが島に行っている、って言うのを聞きつけた母さん達に会ったときに、

「あの、お疲れ様、でした」

と言ったマリーダの表情が、昨日よりもちょっとだけ緩んでいたのには気が付けた。

私達がなんとかしなきゃいけなかったかもしれないことなのに…アヤちゃんてば、やっぱりすごいよね。

懐の深さもそうだけど、たぶん、自分も含めて、いろんな人の、たくさんの困難を共有して、

それを一緒に解決してきたんだろうな。

そう言う経験が、アヤちゃんの人を照らし出す力の源なんだろうな、って、そう思える。

私、ううん、私達は、きっともっと、アヤちゃん達から学ばなきゃいけないことがたくさんあるんだ。

これからの、未来を背負ってたつ希望として、ね。

 レナちゃんが勧めてくれて、私達はペンションで夕ご飯にあやかってから、自宅に戻った。

時間も時間だったし、シャワーに入って、身支度を済ませる。

マリーダはプルの部屋のベッドを貸してるから、そっちで。

私は、いつもと変わらずに、マリと同じ部屋で、ベッドに潜り込んだ。

今日は久しぶりに海ではしゃいじゃったし、疲れたな。ぐっすり眠れそう。

 なんてことを考えてたら、パタン、と静かにドアを閉めて、マリが部屋に戻ってきた。

「あぁ、早かったね、シャワー」

私が言ったら、マリは小さな声で

「ごめん、起こしちゃった?」

と聞いて来た。電気も消しちゃってたからかな。

「ううん、まだ全然」

私が言ったら、マリは暗がりで安心した表情をして笑った。

それから、自分のベッドには行かずに、私のベッドにそっと腰を下ろした。

「マリーダのこと、ありがとね」

「ううん。マリの方こそ、手伝い、お疲れ」

「まぁ、手伝いはいいんだけどさ。私達を置いて島に行っちゃうなんて、ひどいよ」

マリは、不満そうに口をとがらせてそう言ってきた。

「ふふ、ごめんね。レオナ姉さんにマリーダ紹介しに行ったら、なんだかそんなことになっちゃってさ」

怒ってるってわけでもなかったけど、私がそう言い訳をしたらマリは、パッと私の方を見た。
 


「それで、かな?マリーダの様子がちょっと変わったの…」

「あー、うん、それもあるかもしれないけど…たぶん、一番はアヤちゃんじゃないかな」

私は、ベッドから起き上がって昼間のことを話した。そしたらマリはうーん、と唸って

「やっぱさ、すごいよね、アヤちゃん。私どうしたらいいかわかんなくって、戸惑ってたんだよ」

なんて言う。

「それって、もしかしたら、マリーダが戸惑っていたのを共感しちゃってたのかもね」

私が言ってあげたら、マリはハッとした表情をして

「あっ…そっか、この感じは、そうだったんだ…」

なんて、妙に納得して見せた。そんな仕草がおかしくって、クスクスと笑ってしまう。

「私達、あの子になにしてあげられるのかなぁ」

それからマリは、天井を見つめるみたいにしてそんなことをつぶやいた。うん、それは、私も考えてた…。

マリーダは、決してかたくなに人と関わりを持ちたくない、って思ってるわけじゃないんだと思う。

ただ、どうやって関わったらいいかを、本当の意味で知らないんじゃないかな、って言うのが、今日一日の感想。

もちろん、日常的なやり取りは普通に出来るし、彼女自身が興味を持てば、

今日の、アヤちゃんに話しかけたみたいにできることもある。

でも、それってある意味で、密接に関われてる、っていう感じではない気がする。

もっと、なんて言うか…ある一定の距離感がないと、そういう気持ちが刺激されない、って言うか…

なんだろう、やっぱり、上下関係なのかな…?

それも、ママ達みたいに、近しい存在じゃない人との、上下関係。それって、要するに、たぶん…

「マスターを、探してたのかもしれないね」

マリがボソっと言って私を見た。

「うん…そう、思う」

私が答えたら、マリはドサッと、私のベッドに倒れてきた。

「だとしたら、難しいなぁ。だって、私達はあの子のマスターには不向きだし…

そもそも、マスターとの主従関係って、幸せ2つにならないんだよ」

マリは難しい顔をしてそう言った。
 


そうだよね…命令する側と、盲従する側…利害は一致して、お互いに得ることはあるのかもしれないけど…

それってやっぱり、道具としてのニュータイプにしかならないし、家族の間でそんなことしたくなんてない。

だけど、マリーダはそれを求めていて、私達が作っていきたい関係って言うのを、マリーダはうまく認識できない…

確かに、困っちゃうよね。

「あの子は、私以上に、苦しい体験をしてきたんだろうな…ほら、私なんか、楽な方なんだよ。

ちょっと怖かっただけでさ、すぐにマライアちゃん達に助けてもらえたから…。

プルは…姉さんを殺して、目の前でマスターを失って…

それでも再起して、ジュドーを追いかけてメルヴィと木星にまで行って…

考えてみたら、すごく大変だったんだろうなって思う。そう言う経験のない私って、どう乗り越えたらいいかとか、

どう解決していけばいいのかって方法を真剣に考えたことないからさ、なんだか無力だな、って思っちゃうよ」

マリは、あの日、プルが戦いに行く、と言って、シャトルを後にしたときと同じ、シュンとした顔をしていた。

「そんなことないよ、マリ。幸せ分け合うって言うのは、あなたが一番うまくできるんだから。

それってきっと、一番大事なことの一つだって、私は思うんだ」

私はマリにそう言ってあげた。本当のことだから。

マリほど、誰かと一緒に、幸せを分け合おうって思ってる人は、そうそういないんじゃないかな。

アヤちゃん達だってママ達だって、島の他の人たちだって無意識にそうしてくれることはたくさんあるけど、

考えてやれてるのはきっとマリくらいだと思う。

考えてそれをできる分、マリは人よりもたくさん幸せを感じられる子で、幸せを感じられてるからこそ、

それを誰かと分け合えることができるんだからね。

「へへ。それは、ちょっと恥ずかしいよ。うれしいけどさ…」

マリはそう言ってはにかんだかわいい顔で笑った。つられて、私も笑顔になっちゃう。

「まぁ、さ。もしかしたら、考えすぎなのかもしれないしね、私達」

「あぁ、うん。それはちょっと思う。自然じゃないよね、あんまり」

「そうそう」

マリの言葉に私はそう返事をして

「とにかく、してあげたいって思ったことをしてあげようよ。

それぞれがあんまり効果なくてもさ、ちょっとずつ、何かを変えていけることだってあるかもしれないし」

と言って、マリの額を撫でてみた。

「うん、そうだね…服とか一緒に買いに連れてってあげたら、喜ぶかなぁ」

マリはそんなことを言いながらクスクスっと笑った。
 


 コンコン、と、不意に、ドアをノックする音が聞こえた。

誰だろう、なんて言うのは、マリの表情を見て、すぐにわかった。マリは私の目をジッと見て、うなずく。

マリーダ、なんだね…?

「どうぞー」

マリはそんな抜けた声で返事をした。

そしたら、ギィっと音を立ててドアが開いて、マリのパジャマを着て、枕と毛布を抱えたマリーダが部屋に入ってきた。


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なんだろう…なんだか、すごく神妙な表情をしてる…そう思って、私はチラっとマリを見やる。

と、マリの口元が微かに緩んでいるのを私は見逃さなかった。マリ、なにを感じてるんだろう…?

 そう思っていた矢先に、マリが口を開いた。

「どうしたの?」

そしたらマリーダは、モゴモゴと口ごもってから

「その…こんなことを頼んで良いのかわからないが…寂しいんだ。だから、その…一緒に寝ても構わないだろうか?」

照れてる、って感じじゃない。本当に、こんな変なお願いをして申し訳ない、って顔をしてる。

でも、あまりのことに、私は笑うことさえ忘れていた。

レオナ姉さんと会って、アヤちゃんと話して、マリーダは確かに、何かが変わった。

何が変わったのかはよくわからないけど…なんて言うのかな、今まで気が付いてなかった、寂しいとか、

そんな自分の気持ちに目が向くようになった、って言うか、気が付けるようになったんだ、って言うか…

「うん!私とにする?それともカタリナが良い?」

マリが起き上がって明るく言った。マリーダはマリが良いかな?その方がきっと安心するだろうな…

私でも全然かまわないけど、どっちがいいかな?

「あーいや、待った!」

と、マリはすぐさまそう言って、マリーダの返答を遮った。それから私をチラっと見て

「ベッドくっつければ、3人で寝れるね!」

と、笑って言った。正直、そんな発想、思いもよらなかったけど…でも、さすがマリだね!それなら、幸せ3つかな!

「カタリナ、私のベッド引っ張るから手伝って!

マットレス、縦に割れてると寝づらそうだから、くっつけて横向きに並べ直そうよ!」

「うん、そうしよう!」

私はマリとそう言い合って、ベッドをくっつけて、シーツを剥してマットレスを並べ替えて、

段差がちょっと気になったから余ってた毛布を敷いてシーツを掛けてたちまちダブルサイズのベッドが完成した。
 


「ほら、マリーダは真ん中」

マリはなんだか嬉しそうにそう言って、ボンボンとマットレスを叩いてマリーダを呼んだ。

マリーダは戸惑いながら、でも、ちゃんとベッドにやってきて、ごろんと横になった。ふふ、私も嬉しいな。

こういうの、久しぶりだ。私とマリも横になる。うーん、嬉しいけど、なんだかゾワゾワ落ち着かないな…

なんだろう、これ。悪い感じじゃない。

むしろ、なんだかこう、ロビンのところにお泊り会してるみたいで興奮しちゃって、目がさえてきちゃってる感じだ。

 「二人に、言わなきゃならないことがあるんだ」

不意に、マリーダがそんなことを言いだした。私達に、言わなきゃいけないこと…?なんだろう、急に?

「なに?」

マリが聞いたら、マリーダは穏やかな声色で、言った。

「マリ姉さん…アイスクリームをごちそうしてくれて、ありがとう。それから、カタリナ姉さんも…

ずっと、私を気にかけてくれていて、ありがとう」

ハッとして、私はマリーダの顔を見た。彼女は笑っていた。

私の良く知っている、マリとプルとレオナ姉さんと同じの、あの、優しくてかわいい笑顔だった。

 私は、なんだか胸がキュンと締め付けられた。もう、なんだってあなた達はそろいもそろって、それができるのよ。

マリやプルにだって、その顔されると私までデレっとした気持ちになっちゃうのに…

昼間はあんなに険しい顔をしてたマリーダにされたら、マライアちゃんやアヤちゃんが言ってるみたいに、

私だって愛でたくなっちゃうでしょ!いや、もう、今日は愛でる!一緒に寝ようって言ってくれたんだ!

愛でまくってやる!

 私はそう決心をしてマリーダに抱き着いてやろうと思ったら、それよりも早く

「ちょっ…な、なにをする…!ね、姉さん!」

とマリーダが小さく声を上げた。見たら、マリがマリーダの頭をぎゅうぎゅうに抱きしめていた。

あぁ!ずるい!抜け駆け!マリが頭なら、私は胴体だ!私は、そう思ってマリーダの体にしがみついた。

「…!?カ、カタリナ姉さんまで!」

マリーダがまた、囁くような悲鳴を上げた。でも、知ーらない!

マリーダはそれからしばらくモゾモゾと私達を振り払おうと抵抗していたけど、

少ししたらそれも無意味だと悟ったのか、大人しくなった。ふふ、素直になってくれたかな?

ちょっと強引だったかもしれないけど、でも、良いよね、こっちの方が!

 トクン、トクン、とマリーダの力強い心臓の音が聞こえて来る。

マリや、プルのと同じ、強くて、はっきりしていて、それでいて、普段は、私達なんかよりもずっとゆっくり動いてる。

スポーツ選手の心臓と同じようなもんなんだ、と母さんは言っていたっけな。

心臓の筋肉がすごく強いから、自然と心拍が少なく済むように自律神経が働きを調節してゆっくりにしているらしい。

私は、実はこの音がとっても好きだった。

 ゆっくりで、それでいて、力強い脈動は、なんだかとっても安心するんだ…

まるで、母さんのお腹の中にいるときに聞いていたのを覚えているような感じになったりする。

実際、そんなこと全然覚えてないんだけどね。でも、安心するのは本当なんだ…。

 ふっと、まぶたが重くなってくる。
 


「ねぇ、マリーダ。今日は、アヤさんとどんな話をしたの?」

「あぁ、うん…私の話をした。キャラに撃墜されてから、脱出ポッドから救助された後の話だ」

マリとマリーダが静かな声で話し始めた。マリーダの静かな低い声が、耳を押し当てている胸の中に響いている。

それも、とても心地良い。

「ふぅん…それ、聞いたことないけど…あれ…なに、これ…?涙…?あれ…わっ、私、どうしたの…?」

「…ごめん、姉さん…私のせいだ…感じ取ってはいけない」

「マリーダの感じなんだね…これ…あぁっ…嘘でしょ…」

「…本当なんだ…」

なんの話、してるんだろう…?眠くて、良くわからないや…

「…そんな…」

マリ、マリ?どうしたの…?どうしてそんなに悲しいの…?

「…そんなのって…あんまりだよ…」

「仕方ない。もう過ぎたことだ」

「…ごめん、ごめんね、マリーダ…私だって、きっと近くに居たのに…

 マライアちゃん達に拾われるまで、私きっと、あなたと同じあたりを漂っていたはずなのに…

 私、あなたに気付けなかった…もし、もし私が、あのとき自分の気持ちをもう少しだけ早く立て直すことができてたら、

 あなたを助けてあげられたのに…そうしたら、こんな、こんなことになんて、ならなかったはずなのに…

 ごめんね…ごめんね…!」

「姉さんのせいなんかじゃない…だから、泣かないでくれ…」

「…無理だよ…!マリーダだって、泣いてるじゃん!」

「それは…姉さんが泣くから…だから…!」

なぜだろう…話、全然わからないのに…眠たくって、全然なんにも考えられないのに…

胸がキュっと締め付けられるみたい…どうして私、こんなに悲しいって感じてるんだろう…?

おかしいな…なんでだろう…どうしてこんなに眠いのに…涙ばっかりこぼれてくるんだろう…

ねぇ、マリーダ…あなたは、どんな人生を生きてきたの?

…撃墜されてから、あなたに…なにがあったの……?マリーダ……私…あなたが、心配だよ…

あなたを守るために、私はどうしたら…いいの…?あなたは、どうして……欲しいって、思っているの……?

ねぇ、マリーダ……マリー……ダ…。マリ…ダ……



 





「…さん、……姉さん」

ん、あれ…?誰かが、私を呼んでる…誰、あなたは…?マリ?ううん、プル?

「姉さん、カタリナ姉さん」

「んんっ」

私は、返事をしようと思って漏らした自分の声に気が付いて、目を覚ました。出窓から明るい日の光が差し込んできている。

あれ…朝、だ…えっと、あれ…私、昨日の夜、寝る前になにか考えてなかったっけ…?えぇと…なんだっけな…

「おはよう、姉さん。マリ姉さんが呼んでる」

「マリーダ…」

私は、ベッドを見下ろすようにして私の肩に手を伸ばしていた彼女を見て、思わず、名を呼んでいた。

それと同時に、思い出した。昨日の夜に感じていた、奇妙な悲しみを。

マリーダ…あれは、あなただったんだね…それに、マリのも混じってた…わかるよ、私…

「マリ姉さんが、朝ごはん、だって」

マリーダが言った。私は、ハッとして我に返った。いけない、今日って、ママが施設に勉強教えに行く日じゃなかったっけ!?

朝ごはん当番、私じゃない!

 それを思い出して、私はベッドから飛び起きた。そしたら、マリーダが、クスっと笑った。

えっ…今…笑った…?私が、思わずそれにびっくりして何かを言おうと思ったら、マリーダは

「ほら、早く」

と私の手を引っ張って、ベッドから立たせてくれた。

「着替えて来て」

マリーダはそんな私に柔らかい表情のままそう言って、部屋から出て行った。

 えっと…マリーダ、ずいぶんと柔らかくなったね…昨日の夜、マリとあれからいっぱい話出来たのかな?

後で、こっそりマリに聞いてみようかな。

もしかしたら、マリ、打ち解けてもらえるようにほぐしてくれたのかもしれないし、ね。

 私はそれから着替えを済ませてリビングに出た。

そこには、すでに朝食を食べ始めている母さんと、マリとマリーダの姿があった。壁に掛かっていた時計を見る。

ママは、もう出掛けちゃったか…

 「マリ、ごめんね、今日私だったのに」

「あぁ、いいよいいよ、たまにはさ」

「明日は代わるよ」

「うん、お願いね」

私は、マリとそう言葉を交わしながらテーブルに付いた。朝ごはんは、マフィンとサラダに、マッシュポテトだ。

おいしそう。そう思って、まずはポテトをフォークでつついて口に運んだ。

思った通り、マリの料理の、幸せの味がした。
 


 朝食を済ませてからも私たちは、リビングにいた。

マリーダのため、ってわけじゃないけど、でも、昨日少し料理に興味持ってたみたいだったし、と思って、

パンを作ってみることにした。

朝ごはんを終えてすぐに準備をした小麦粉をこねる機械から生地を取り出して、あとは形作って焼くだけ、なんだけどね。

 「カタリナ姉さん…これは、どうしたらいいんだ?」

「あー、適当でいいんだけど、そうだなぁ、握り拳よりすこし小さめくらいだといいのかも。

 これからまた膨らむからね」

「うー、お腹空いてきた。早く焼いてよー」

 マリーダはなんだか物珍しそうに生地に触れて手でもてあそんでいる。

私は、冷蔵庫から細切れにしたベーコンにチーズに、それからバターなんかを用意した。

マリは後ろ前にしたイスに腰かけて、背もたれにしがみつくみたいにしながら、あれこれと楽しそうに野次を飛ばしてくる。

やればいいのに、ってチラっと言ってあげたら、マリは今日はマリーダにたくさんやってもらいたいから見てるよ、

なんて言ってた。こういうことを体験するのも、幸せのうちなのかもしれないね。

 「ベタベタするな、これ」

マリーダがそんなことを言っている。

「うん。この粘り気がおいしいパンを作るには大事なんだよ」

いつも行っているパン屋さんにもらった特性のイースト菌おかげだ。

生地はシールみたいにベタベタとくっつくくらいになってて、コシも強い。

これで焼き上げると、フワッとしててそれでいてキメの細かいパンに仕上がる。焼き立てなんか、とくにおいしいんだから。

 「これでいいだろうか?」

マリーダが私の言ったとおり、手のひらでなんとか握れるくらいの塊にした記事を見せてきた。

「うん、いい感じ。そしたら、これをギュッと押し込んで」

私はそう説明して、自分の作った生地に、ベーコンとチーズを押し込んで見せた。

マリーダは真剣な表情をしてコクリと頷くと、見よう見まねで生地に具を押し込んだ。

「これで、大丈夫かな?」

「うん、マリーダ上手じゃん」

私が返事をしてあげたら、マリーダはなんだか、照れくさそうに笑った。

 それから、チーズをつまみ食いしようとするマリと、それを防ぐ私とで攻防を繰り広げたりなんかしながら作業を続けて、

生地をオーブンに入れてスイッチをおした。これでお昼ご飯には完成するかな。

パンだけじゃ寂しいから、あとはなにか別のものを作っておこうかな…なにがいいかなぁ、シチューとかがいいかな。

カボチャの冷製のポタージュとかかな?うん、それがいいね!

 そんなことを思ってたら、マリが今度は私がやるよ、と言って、マリーダと一緒にポタージュを作った。

マリってば、いつもはもっとピョンピョンとはしゃいでいるのに、マリーダと一緒にいると、

お姉さんっぽい雰囲気になるから不思議だ。特に無理をしてる、って感じじゃない。

もしかしたら、マリーダにはそのほうがいいって、そう感じてるのかもしれないな。

マスターに従うことしか知らなかったマリーダだから、考えちゃうところもあるけど…

でも、お姉さんって感じのほうがマリーダが付き合いやすいんだなっていうのは昨日のレオナ姉さんや、

アヤさんとのことを見てたら感じたから、ね。
 


 ポタージュが出来上がって、お昼ご飯の準備をしてから、お茶を入れておしゃべりをしている間にチン、と音がしてパンが焼きあがった。

 「うはっ!焼けた焼けた!」

マリが声を上げて、イスの上で飛び上がった。ふふ、我が家の食いしん坊さんは、相変わらずだね。

その様子を見て、マリーダはどんな顔するんだろう、なんて思って、彼女をチラっとみたら、

マリーダも目をキラキラ輝かせてうずうずと体を動かしている。それをみたら、噴き出さずには要られなかった。

「ふふ、マリーダ、オーブン開けていいよ。熱いから気をつけてね」

そう言ってあげたら、マリーダは目をいっそう輝かせて私の方を向いて

「りょ、了解」

と言うのとほとんど同時に立ち上がってオープンに駆け寄り、ハッチみたいになっているドアをゆっくりと開けた。

中からは、芳ばしい匂いがフワフワと漂ってくる。

「んー!いいにおい!」

マリがそう言いながらマリーダの後ろから飛びついて、オーブンの中を覗き込んだ。

「うぅっ!おいしそう!」

マリはそう言いながら、オーブングローブを手につけて、中の鉄板ごとパンをオーブンから引っ張り出した。

キッチンからリビングいっぱいに、芳ばしい匂いが広がってくる。

 私がテーブルに耐熱のクロスを強いて、マリが鉄板をその上に置く。うん、焼き色もいいし、うまく行ったみたい。

良かった。私はなんだか嬉しくなって、思わずマリーダの顔を見た。

そしたら、マリーダはまた、キラキラと目を輝かせてパンを見つめていた。

おいしそう、って言うのもきっとあるんだろうけど、でも、それ以上に、純粋に感動しているって風にも思える。

初めて自分で作った料理だもんね。

私も、地球に来て、ママや母さんにいろいろ教えてもらいながら初めて作ったスープのこと、すっごく良く覚えてるもんな。

きっと、あのときの私とおんなじ気持ちなんじゃないかな…

「ね、ひとつ食べてみようか」

私は、マリーダにそう言ってあげた。私もそうだったから、分かる。

食べて、おいしい、って言うまでが料理だもんね!

「い、いいのか!?」

「うん、この大きいやつ千切って、三つにして食べようよ」

「うんうん!賛成!待ちきれない!じゃぁ、他のは冷ますから、それだけ取っちゃって」

マリがそう言って賛成してくれた。マリーダが一番大きいパンを手に取る。とたんに彼女は

「あっ…熱っ…」

なんて、手の上でパンをころころと転がし始めた。もう、そりゃぁ、熱いに決まってるじゃん!

私はとっさにテーブルに並べておいたお皿を差し出して、そこにパンを置かせてあげる。

ホッと、安心したような表情を、マリーダはした。

「手、大丈夫?やけどしてない?」

「あ、あぁ、問題ない。少し驚いただけ」

私が聞いたら、マリーダは初めて、なんだかちょっと恥ずかしそうな顔で答えてくれた。

「ほら、切り分けよう!」

マリがパンを乗せた鉄板をキッチンにおいて、代わりにパンナイフを持って出てきた。

マリがそれでパンを三つに切ってくれる。私はなんとなく端っこを選んだら、マリも反対側の端を選んで取った。
 


と、マリとほんの少しだけ目が合った。彼女は、私を見るなり微かにニコっと笑って見せる。

ふふ、考えてることはおんなじだね。一番おいしいところは、マリーダに食べてもらわなきゃ、ね!

そんな私たちの気持ちを知ってかどうか、マリーダはおずおずとパンに手を伸ばした。

さっきの、熱かったのを警戒しているみたいで、ちょんちょんと指先でつついている。もう大丈夫だって、私達も持ててるでしょ。

「大丈夫だよ」

私は笑いながらそう言ってあげた。マリーダはコクっと頷いて、そっとパンを手にとって、そっと口に運んだ。

私もマリも、自分の分のパンを食べながら、どうしたって、マリーダの様子が気になっちゃって、

知らず知らずのうちに彼女の顔をジっと見つめていた。

 そんなマリーダの顔は、パンを口に入れた瞬間に、パァっと、明るくほころんだ。

心臓をつかまれたみたいになる、あの笑顔だ。

 「おいひい」

マリーダは、パンをもう一口、ガブリとかじって、満足そうに微笑む。マリーダ、変わってきてるね…

アヤちゃんや、レオナ姉さんのお陰で…。私、こんなことしかできないけど…

それでも、あなたのことをいっぱい考えてるつもりなんだ…役に立ててるかわからないけど、でも…

「カタリナ」

なんてことを考えてたら、マリが私を呼んだ。

「なに?」

「難しく考えすぎ。昨日言ってたよね?」

マリは、そう言ってニヒヒ、と笑った。うん…そうだった。考えすぎちゃうのは、悪い癖だ。

あれこれ考えたところで、読まれちゃってるかもしれないし、それが余計に負担になるとも限らない。

こういう時は、素直にするのが一番だ。素直に…今、一番したいこと…それって…

私は、そう思ってマリーダの顔を見やった。うん、そりゃぁ、ね、もう一回、みたいじゃない、あの笑顔!

「ほら、マリーダ、もう一口、あーん」

「いっ、いや、姉さん、それは姉さんの分だろ」

「いいかいいから、ほらほら、あーん」

私は、なぜだか抵抗するマリーダの口元に自分のパンを押し付けてるんじゃないかってくらいに突き出してそう言った。

マリーダは観念したのか、控え目に口を開いたので、ムギュっとパンをその隙間からねじ込んであげた。

「どう?おいしい?」

「…おいひいけど、いったい、どういうつもりで…」

マリーダは、私に文句を言いながら、それでも、パンの味には勝てないようで、

怪訝なお表情を浮かべようとしたのが失敗して、奇妙な、ニヤついたみたいな笑顔になった。

あぁ、もう、そんなんでもかわいいんだから!
 


「あぁ、ほら、私のもいいよ!食べなよ!」

今度は、マリがそう言ってマリーダの口元にパンを差し出した。

「い、いや、姉さん達!自分の物は自分でっ…ふがっ!マリねえしゃん、まら私しゃべってっ…んくっ」

「どう?おいしい?おいしいよね?」

「むぐっ、いや、だから…」

マリが調子に乗ってグイグイ押し付けていたので、私の乗っかって、残っていたパンをマリーダに押し付けてみた。

 と、急に、マリーダの顔から表情が消えた。あ、ヤバっ!

「いいかげんにしろ!」

マリーダは急にそう声を上げた。こわっ!顔、こわっ!!

「ヤバいっ、逃げろ!」

とたん、マリがそう言って駆け出した。え、なに?!そんな感じで大丈夫なの!?

私は、瞬間的に謝ろうと思ったけど、マリがそう言って逃げ出したので反射的に一緒になって駆け出していた。

「あっ…待て!」

背後からマリーダの声が聞こえる。ちょ、ちょっと!怒ってるよ、マリーダ!

そう思って、後ろを振り返った瞬間、私達二人目がけてマリーダがとびかかってきた。

「きゃっ!」

「ぎゃぁぁ!」

私とマリは、仲良くマリーダにタックルをお見舞いされて、ラグの敷いてある床に倒れ込んでしまった。

「やられっぱなしの私だと思うな!」

マリーダはそう言うが早いか、上から圧し掛かってきて私達に腕を回してギュウギュウと締め付け始めた。

「くっ、くはぁっ…まっ、負けるかぁ!」

マリは、ケタケタと笑いながらそう叫んで、マリーダの腕に掴まりながら、彼女の脇腹に指を這わせた。

「んん!?」

ビクン、とマリーダが体をのけぞらせて、力が緩んだ。

「カタリナ、いまだ、反撃!」

マリはそう言って起き上がると、反対にマリーダを組み敷いた。い、いや、えっと、だ、大丈夫だよね?

本気でケンカなんかにならないよね?!なんて、私は心配しちゃったけど、

なんのことはない、マリとマリーダはお互いに脇腹に指を立て合って悶えながら笑っている。

その様子を見たら、やっぱり、心配していた自分が考えすぎだな、って思えて、反省するのと同時に、なんだか笑ってしまった。

「カタリナ、笑ってないで、支援!」

「い、いや、姉さん!こっちに援護を…!」

うーん、でも、これ、二人が身悶えしながらせめぎ合ってるの見てる方がおかしくって笑えちゃうんだけど…

参加しないとダメなのかなぁ…?

そんなことを考えている間にも二人は笑いをこらえながら、

お互いに手を払い合いながら、なんだか楽しそうにじゃれ合っている。

ふふふ、なんだか、昔の私とマリみたいだね。ここに来て仲良くなってからは、良くあんな風にじゃれ合ってたっけ。

ああいうのが、マリの奥の手、なのかな。誰かと繋がるために、不安とか、

そう言うのを乗り越えて、誰かと信頼しあうために、マリはああやって体を使ってじゃれてるんだろうな、

ってそう思う。私も体験したから、それがけっこう効くんだっていうのも、知っている。
 


それにしても、平和だなぁ…ね、そう思うでしょ、マリーダ?

マリのやり方だけじゃない。もっと他にもたくさん、そうして楽しめることがあるんだよ。

幸せだな、って、ジンワリ感じられることが、たくさん、たくさん、あるんだ。私、それをあなたにあげたい。

一緒に、それを分け合いたいんだ…だって、昨日、私は、あなたの悲しいのを知っちゃったから…

あなたの、心が、分かったような、そんな気がしたから…

 と、どこかで電子音がした。

「電話だ」

私はハッとして、テーブルの上に置いてあった電話の子機を取って、通話ボタンを押した。

「もしもし?」

「姉さん…!いい加減、あきらめたらどうだ!」

「わぁー、ちょ、マリーダ、ちょっと待って!電話、電話!静かに!」

マリがそう言って、じゃれ合いを中止させる。うん、助かる。急患とかだったら、大変だからね。

「もしもーし?あ、カタリナちゃん?」

この声は、ロビンか、レベッカか…あ、いや、私のことをカタリナちゃん、って呼ぶのはレベッカだ。

「うん、そうだよ!レベッカ?」

「うん、私!あのね、今、ミリアムちゃんから連絡があって、プルちゃん達と一緒にそろそろ空港に着くって!」

え…?プル、帰ってきたの…!?だ、だって、もうちょっと遅くなるかも、って話を、昨日アヤちゃん達がしてたのに…

でも、でも…ホントに?プル、帰ってきたんだ!

私は、胸の奥から込み上げてきた安心感と、嬉しいのと、

あと、なんだかよくわからない興奮した気持ちを抑えきれなくなって、マリ達に叫んでいた。

「マリ!マリーダ!プルが帰って来るって!母さんに言って、空港まで迎えに行かなきゃ!」






 
  




つづく。
 


次回は、場面と時間が少し戻って、あの後の、宇宙へ移ります。

マリーダさんとはしばしお別れ!(たぶん)


今回、キャノピに挿絵っぽいものを描いてもらいました。

今後、こんな感じで、話の中のワンシーンを挟んで行けたらなぁ、と思っております。


最後に、ちょっとバタバタで投下に間があいてごめんさない。

年度末、年度初めとちょいとバタつきそうなんで、ちょいとばかしペースが遅くなるやもしれませんが
(あと、誤字チェックおろそかになると思いますが)

のんびりお付き合いのほど、よろしくお願いします。
 


本人のようですww

パ、パスゥゥゥゥ゜゜(´□`。)°゜。

そのパスですよ!
MGSVGZなう。

パスぅぅぅぅぅぅ(。´Д⊂)


投下遅くなってごめんなさい。

バタバタしてたりで、ちょっとあれで。

決して、MGSの新作やったりしてたわけじゃないのよ!
パスが…パスがあんなことになって泣いたりしてたわけじゃないのよ!

ちょ、ちょっと…スキンヘッドの敵兵探すのに手間取っただけなんだから!w



つづきですw
 





 「本当に大丈夫なのね?」

ミリアムが、もう何十回目か分からない質問を、まぁたあたしに投げかけてくる。

もう!大丈夫って言ったら、大丈夫なんだって。

「平気だよ。あたし、これでもお偉方には顔が利くんだ。向こうは今回のことの詳細を知りたいって思ってるんだろう
から、そこに付け入ればこっちの要求も通せるだろうし」

あたしはそう言ってあげる。

まぁ、ミリアムとしては、姫様の処遇も気になるだろうから、こうもしつこく聞いてきてるんだ、

ってのは分かってる。心配性なところはホントに変わらないよね、なんて言おうとして、やめた。

今回のことに関して言えば、ミリアムなんかよりもあたしの方が心配ばっかりしてた気がする。

そこに触れてミリアムをたしなめるのは、なんだか自分自身の居心地が悪くなっちゃいそうだから。

「とりあえず、さ。ミリアムは、プルとメルヴィと一緒に先にアルバに戻っててよ。

 心配してるだろうし、あたし達のことを伝えるって意味でも、直接アヤさん達に言ってくれた方がいいと思うしね」

「うん…」

あたしが言ったら、ミリアムは冴えない表情でそう返事をした。

困ったのは、ミリアムから伝わってくるのが、姫様のことや戦後処理への心配がメインなんじゃなくって、

もう少しあたしと一緒に戦いたかった、って気持ちが真ん中にあることだ。

まともに取り合ってそれを面と向かって言われたら断れなさそうだし、なにより、くすぐったくてたまんない。

それに、地球にプル達を連れて帰るのも大事な役目だよ、うん。だから、そんな顔しないでよ。

「…ん、わがままで、ごめん」

そんなあたしの気持ちを感じ取ったのか、ミリアムは情けない顔をしてそう言ってきた。あー、うぅ、調子狂うな。

いつもみたいにガツガツ絡んで来てよ、もう。そんな顔されたんじゃ、帰れって言いづらいでしょ。

 あたし達は、あの宙域を離脱して、フレートさんのチビアーガマに接続させておいたシャトルで、

今はルオコロニーに来ていた。あたしとミリアムとプルは、コロニーの管理を行っている建物の応接室で、

商会のお偉いさん達の乗ったシャトルが到着するのを待っている。こんなところにいる理由は簡単。

この件にあたしが関わっている、って言う情報が、ブライトくん経由でカラバとルオ商会のお偉いさん達の耳に届いたからだ。

巨大な経済基盤を誇るビスト財団の崩壊が、現実味を帯び始めている。

商会としては、こんな状況、またとないチャンスでもあるし、気をつけなければ崩壊に巻き込まれて共倒れしかねない。

それほどの規模のビスト財団の崩壊に、なにやら、元カラバの諜報員が一枚噛んでいる、

なんてことを聞けば、そりゃぁ呼び出すのも当然だろう。

あたしとしては、多少予測はしていたけど、こんなにも早い召集は思いも依らなかった。

あるいは、ブライトくんが気を効かせてくれたのかもしれない。

姫様達のこともあるし、あまり長い時間放置しておくにはリスクが膨れ上がる危険もあった。

それこそ、ネェル・アーガマが姫様を強引に連れだして連邦政府に引き渡す、なんてことは、

ブライトくんの目の黒いうちはないだろうけど、そこに誰かからの横槍が入ってくる可能性は否定できないもんね。

だけど、その程度の話ならあたし一人でどうとでもなる。

それよりも、あたしは、ミリアムやプルを一刻も早く地球に帰してあげたかった。待ってる人たちもいることだし、ね。
 


「別に、私一人でもちゃんと帰れるから、ミリアムちゃんも残してあげればいいじゃん」

プルがそんなことを言ってくる。まぁ、それもそうなんだうけどね…

正直、あんまり長いこと連れまわしたら、ルーカスに怒られちゃうんじゃないかな、って言う気持ちもあるんだよ、あたし。

 コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。と、こっちの返事もなしに、ガチャっとドアが開いた。

スーツ姿でガタイの良い男がさっと部屋の中に入ってきたと思ったらそのままドアを支える。

その後ろから、同じくスーツの男達を引き連れた高齢の男性が顔を出した。

 わー!久しぶり!なんて、あたしが感動していたら、さらにその後ろから、見慣れた顔つきの男が二人。

ブライトくんと、カイくんだった。当然といえば当然、なのかもしれないけど…まぁ、来てくれてよかった。

これなら、本題を話すとなっても、あれこれ手を回さなくって良いから、楽できそう。

 「立って」

あたしはミリアムとプルにそう告げた。二人が立ったのを確認して号令を取る。

「敬礼!」

ミリアムは条件反射みたいに、プルは、柄にもなくあわてた様子で、背筋を正して敬礼をした。

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「あぁ、堅いのは要らん。まぁ、座んなさい、マライアちゃん」

しわくちゃの笑顔を見せて、彼がそう言ってくれる。

「ありがとう、ウーミンおじいちゃん」

あたしも、おじいちゃんに笑顔を返して、ミリアムとプルに席を勧めて自分も座った。

「ね、誰なの?」

ミリアムが耳打ちしてくる。あぁ、知らないか…あんまり、人前に顔出さないもんね、おじちゃんの方は。

「ルオ・ウーミンさん。ルオ商会の、当主で、最高顧問だよ」

「この人が…あの…!?」

ミリアムか瞬間的に体を堅くする。まぁ、無理もない、か。

ルオ・ウーミン、といえば、ティターンズが活動していた時期、

商会の全権を娘のステファニーに委譲して自分は地下にもぐりアナハイム社と連携してカラバやエゥーゴを支援していた張本人。

ホンコンシティあたりじゃ、彼の名前を出すと、どこからともなく男達がやってきてボコボコにされる、

と言う事件が起こるくらいに、徹底して地下の世界に身を置いて生きてきた人物だ。

そんな噂だけ聞くと怖い、って思われがちなんだけど、あたしは一度だってそう思ったことはない。

同じくエゥーゴを支援していたアナハイム社が接触役に任命していたウォン・リーって幹部と違って、

人間味のあるいいおじいちゃんなんだ。

「おじいちゃん、元気そうで何よりだね」
 


私が言ってあげたら、ウーミンおじいちゃんはガッハッハと笑って

「もう、あちこちガタが来ておるからな。長くもあるまいが…その割には確かにピンピンしておるわ」

と嬉しそうに言った。

「変なこと言わないでよね。心配になっちゃう」

「そう思うたら、ワシの傍で面倒を見てくれると助かるんじゃがの」

「まぁたまた!あたしなんかより若くてきれいな子を大勢、囲ってるんでしょ?」

「ガッハッハ!さすがにお見通しじゃの!」

うんうん、元気そうだ。これならまだあと10年はいけるね。っと、今は、そんなことより、だ。

「おじいちゃん、紹介するね。あたしの仲間の、ミリアム・アウフバウム元ネオジオン軍大尉と、

 こっちが、プル・パラッシュ。彼女はアクシズで調整された強化人間で、ニュータイプなんだ」

「ミリアム・アウフバウムです」

「プ、プル・パラッシュ、です」

ミリアムとプルがなんだか堅くなって挨拶をする。もう。そんなにならなくったって、大丈夫だってば。

「ほほぅ、なるほどなるほど…こりゃぁ、確かに、いい面構えをしておるな」

「でしょ?あたしに負けず劣らずの美人を揃えてみたよ!」

「これもお見通し、か!」

あたしが口を挟んだら、おじいちゃんはペシっと自分の額をはたいてまた豪快に笑った。

もう、スケベじいさんなところは相変わらずだね。

「あんまり変なこと言ったら、ステファンに言いつけちゃうからね!」

「おいおい、そりゃぁ、ちと度が過ぎやしないかい、マライアちゃんや!」

あたしが言ってあげたら、おじいちゃんは悲鳴を上げてからまた笑う。

 「し、しかし…ネオジオンの大尉だったんだな…」

不意に、傍にいたブライトくんがそんなことを口にした。

あぁ、いけない、ブライトくんたちはちゃんと紹介してないね。

「ごめんごめん、ミリアム、プル。彼は、ブライト・ノア。

 あたしと同い年なんだけど、今や泣く子も黙る、ロンド・ベルの司令官。そっちの彼は、カイ・シデンくん。

 あたしと同じ、カラバの諜報班にいたんだ。

 彼はジャーナリスト、って立場で情報収集をしてるオープンなスパイ。

 仲間内にもほとんど知られてなかったクローズドなあたしとはちょっと役割が違うんだけど、優秀なんだ」

「先の作戦で無線で話をした方ですね…複雑な状況でしたでしょう」

ブライトくんが、ミリアムにそういう。でも、当のミリアムはあっけらかん、としていて

「あぁ、いえ。所属なんてどうでもいいんです。私は、ミネバさまをお守りすることが出来れば、それで」

と言って笑った。

…3年前に、彼に言われてクリス達があたしの連れてたミリアムと姫様を追いかけてた、ってのは、今は内緒にしておこうかな、うん。
 


「まさかあんたが噛んでるなんてな。分かってたら、そっちに情報をまわすんだったのにな」

「そうでもないよ。ブライトくん経由でくれたアナハイム社と連邦艦隊の動きに関する情報は、助かったし」

カイくんの言葉にそう帰してあげたら、彼はヘヘっとニヒルに笑った。

 「さて、それでは、始めようかの。マライアちゃんや。一体、なにが起こったんじゃな?」

話がひと段落したところで、おじいちゃんはギラリと目つきを変えてそう話を始めた。あぁ、本題に入っちゃったよ。

先に、二人を帰して良いかって、相談したかったのに…

「うん、ちゃんと説明するよ。でも、その前にちょっとだけ、相談したいことがあるんだ」

あたしがそういったら、おじいちゃんは片方の眉をピクリ、と上げてあたしを見た。

ふふ、さすが、もう気がついたみたいだね。まるでニュータイプみたい。

頭が良いと、状況だけでそこまで推測出来ちゃうっていうんだから、正直、本当におじいちゃんをすごいって思えるんだよ。

「交渉、かね?」

「うん、まぁ、そうなるかな。別に悪い話じゃないと思うんだ。聞くだけ聞いてよ」

「ふむ、良かろう」

おじいちゃんは、ワクワクとなんだか楽しそうな表情をしている。

あたしがなにを言い出すのか、どんな出方でおじいちゃんを口説こうとするのか、それを待っているみたいだ。

まるで、若い子とチェスを差すベテランって感じだ。ふふ、楽しませて上げられるといいんだけどな。

 あたしはそんなことを思いながら、おじいちゃんに本題を打ち明けた。

「ミネバ・ザビと他数名の警護員の身柄の保証を、ルオ商会にお願いしたいんだ」

「なっ…!なんだと!?」

聞いた途端に声を上げたのは、ブライトくんだった。

まぁ、そうだろうね…彼女達の身柄は、今はネェル・アーガマにあるんだもん。

だけど、ブライトくん、いくら外郭部隊だから、といって、ロンド・ベルだけで姫様を守れるとは、あたしは思えない。

中央からの通達ひとつで動けなくなっちゃうかも知れない、ってことをあたしは知ってる。

だとしたら、そもそも載せてなかった、と書き換えてもらう方が都合がいい。

あの演説の放送を終えてから、姫様はお付きの人たちとともにルオコロニーを訪れて、保護を求めた。

筋書きはこんなところ、かな。おじいちゃんにはわかるでしょ?これが、どういう意味合いを持っているか、って…。

 


「ふむ…」

薄いひげを伸ばした顎を触りながら、おじいちゃんはそう唸って、首を捻る。

それもつかの間で、おじいちゃんはすぐに、口を開いた。

「アナハイム社、か」

さっすが!話が早いんだから!

「どういうことです?」

ブライトくんが混乱したようで、そう言っている。

「…ミネバ・ザビの後見を、ジオン共和国でも、連邦政府でもない、ワシとルオ商会がすることで、アナハイム社の肩をもつ、と。

 今回の騒動はアナハイム社の内部にも亀裂を生んだと聞く。加えて、ビスト財団の信用の失墜。

 件の放送を行った彼女はもはや連邦の敵でもジオンの味方でもない。

 一人の、融和主義者として、その理想を広く知らしめることに成功した。

 地球とも、宇宙ともない、人の幸福を説いた彼女を保護することはすなわち、彼女の理想に共鳴する意を示す。

 こと、あのような放送があった直後だ。すくなくとも連邦はこれについてはとやかく言うことは出来んだろう。

 あの演説じゃ。本人がどちらかに身を寄せる、と言うこともあるまいな…。

 彼女の保護を発表し、ルオ商会は、彼女の理想に共感することを表明するとともに、アナハイム社の反財団派へ肩入れする。

 社会的には、方や、エゥーゴの支援をしていたアナハイム社はルオ商会の云わば盟友であり…それに」

「ティターンズと戦い、その後には地球を攻撃してきたネオジオンとも戦った。

 姫様を囲い込むことで、カラバとルオ商会は、連邦政府と言う体勢側でも、

 ジオンをはじめとするスペースノイドの過激派寄りでもない、ただ、平和と発展を望んでいるんだ、

 という大きな意思表示になる。

 これは、アースノイドとスペースノイド、いずれの味方もし、依頼があれば武器を製造し提供するアナハイムとは、

 真逆の生存戦略。アナハイム社よりもはるかに敵を作らず、はるかに広く膨大な数の一般市民へ受け入れられる」

「アナハイム社に肩入れするともなれば、人事権もウチである程度は好きに出来るじゃろうな…。

 そうなれば、反財団派を登用し、これまでの所業とともに財団派を排し、社を健全化させる。

 それに際し、こちらの息のかかる物を登用できれば、アナハイム社の利益の数割はワシらの懐に入る、

 という寸法じゃな」

「そう。それに、アナハイム社もこのままじゃ他社に食い物にされるか自壊するのを待つだけ。

 それなら、盟友のルオ商会に助けてもらった方がよほどいいと思う人たちは少なくはないはず」

「ミネバ・ザビを保護する理由としてはもっともだ…」

おじいちゃんは、下唇を突き出して、相変わらずひげをいじっている。でも、しばらくしてポン、と、膝を叩いた。

「うむ、いいじゃろう。なかなか気が利いておるしのう」

「ホント!?よかった!さっすがおじいちゃん!」

おじいちゃんの言葉にあたしは思わず、パンと手を叩いて喜んでしまった。
 


「ガッハッハッ!感謝なら、ハグしてくれてもええんじゃぞ?」

「ブッブー!セクハラ、ダメ絶対!」

「まったく、マライアちゃんはつれないのう」

「ステファンに電話しよーっと」

「わ、分かった分かった。まったく…」

あたしとそんなバカ話をしたおじちゃんは、ふっと思い立ったように、脇に突っ立っていた黒服の男に目配せを送った。

すると男は、ササッとPDAを取り出しておじいちゃんに渡す。

「マライアちゃん、1週間ほど、ワシに付き合ってくれやせんかね?あんたがいてくれた方が、何かと話が早そうじゃ」

おじいちゃんはPDAを操作しながらそうあたしに言ってきた。うん、もちろん。最初からそのつもりだよ!

「うん、まかせて」

「うむ。そういうことじゃから、な」

おじちゃんはそう言って、ブライトくんを見やった。うん、そうだね、ブライトくん。

あたしもそう思って、彼を見る。ブライトくんは一瞬呆けた顔をしたけど、次の瞬間にはギクッと体をびくつかせた。

「ネェル・アーガマを、ここへ向かわせろと!?」

「うむ、お主も昔から、理解が早くて助かるわい。いや、もうちょっと考え方が柔軟じゃと、もっと良かったんじゃがなぁ」

「し、しかし…彼女は…」

「ブライト、この二人相手にやりあうのは諦めな。相手が悪すぎる」

カイくんが、援護のつもりなのか、そんなことを言って空笑いをしている。

ブライトくん、たいぶ物腰は柔らかくなったから、まぁ、こんなことも飲んでくれるよね、きっと。

考えてもらえればわかると思うんだ。

これが、たぶん、負けを作らない、なるべく多くの人が少しずつの幸せを分け合える方法だって、あたしは思う。

きっとね、たくさんの戦いを経験してきて、たくさんの人と出会って、

たぶん、たくさんの人たちと死に別れてきたんだろうブライトくんにも、分かってもらえるって、そう思うんだ。

「ね、ブライトくん、お願い!」

あたしは、誰にも言われたことないけど、自分で思ってる必殺の笑顔で、ブライトくんにそうお願いした。

ま、お願い聞いてくれないようなら、あたしとカラバとルオ商会を敵に回すから、そのつもりでね!

ってのは可哀そうだから言わないでおいてあげた。



 





「本当に大丈夫なのね?」

ミリアムが、もう何十回目か分からない質問を、まぁたあたしに投げかけてくる。

もう!大丈夫って言ったら、大丈夫なんだって。って、あれ、こんなこと、一昨日も思ったよね?

デジャブじゃないよね?

 そんなことを思ったあたしは、自分の頭をぶんぶん振って思考を入れ替える。

違う違う、今はそんなの、どうだっていい。

 あれから二日後。あたし達はルオコロニーの港に来ていた。

昨日、姫様達を乗せたネェル・アーガマと、それを護衛するロンド・ベル全艦隊がこのコロニーに到着した。

いや、実際近くで見るのは初めてだけど、ロンド・ベル艦隊全部を眺めるのは、さすがに壮観だった。

あんな艦隊を指揮しているブライトくんもすごいの一言に尽きるよね。

 着いて早々、姫様達とルオおじいちゃんとあたしと、あと、商会の他の重役さん達と話し合って、

今後はおおむね、あたしの考え付いた案で行こうってことに落ち着いた。

姫様もそうだけど、ハマーンやナナイさんも、まとめて面倒見れくれる、って言うんだから、

さすがおじいちゃんは一味違う。やっぱり、頼って正解だったなぁ。

「大丈夫だって。おじいちゃん、あたしの言うことは割と汲んでくれるし、ブライトくんも協力してくれてるし、

 表だったことはカイくんがやってくれるし、あたしだっていなくても大丈夫なくらいだけど、

 言いだしっぺだし、一応残る、って感じだからさ」

あたしはそう説明をしてベシベシっとミリアムの頭をはたく。こうでもしないと、納得してくれなさそうだもんな。

まったく、ミリアムのあたし好きにも困ったもんだよ、ほんと。

「来週には、居残り組と一緒に地球に戻るからさ」

「うん」

ミリアムは、なんだか半分泣いてるんじゃないか、って思うくらいの表情をしてそう返事をした。

なんだか、意地らしいっぽく見えてかわいいと思わないこともないけど、いや、でも普段のミリアム知ってるし、

騙されちゃいけない。この子は、こんなことでもない限りは、もっとこう、あたしをイジリ倒してくるんだから。

 「メルヴィ、しばしのお別れですね」

「メルヴィ。あちらの気候にはくれぐれも気を付けてください」

「はい。あちらでお待ちしていますね、姫様、ハマーン」

メルヴィに、姫様とハマーンがそんなことを言っている。

ていうか、ハマーンって、メルヴィと姫様と話すときはすごく上品だよね。

姫様は分かるけど、メルヴィにもそうするのはちょっと不思議。

でも、旧ジオンの中でも有力な政治家の娘さんらしいし、きっと本当は育ちは良いんだろうな。
 


 「プルも、メルヴィをお願いしますね」

姫様にそうお願いをされたプルは優しい笑顔を見せて

「はい、任せてください、姫様」

なんて、普段はあんまり聞いたことのない敬語を使って返事をしている。プルのそう言うところ、あたし好きなんだよね。

固くなるわけでもなくって、自然にそうやって使い分けられる器用さ、って言うか、場数の豊富さ、って言うか。

なんだか、見ているだけで安心しちゃう。

「アウフバウム。メルヴィは姫様と同じく私にとっては大切な方。どうか、よろしくお願いする」

「はっ…あ、いや…うん、任せて。って、言っても、別になにがあるわけじゃないから、大丈夫」

ハマーンがミリアムに言ったら、ミリアムはケロっとした表情になってそう返事をした。

なんだ、意外に平気なんじゃんか。いや、それはそれで悔しい気がしないでもない気もするよ?

あれ?いやいや、なんでもない、深く考えるのはやめとこう。

 「ま、とにかく、先に行ってのんびりしててよ!」

あたしはそうミリアム達に言った。プルなんて、きっとマリーダ達が待ってると思うからね。

「ね、マライアちゃん、ちゃんとジュドーにも連絡してよ!」

そう思ったのを感じ取ったのか、プルがそんなことを言ってきた。

ジュドーくんは半日ほど前に、ルオコロニーを出港したネェル・アーガマに乗ってグラナダへ向かった。

そこで、妹のなんとか、って子とか、昔の仲間とかと待ち合わせしてるんだって。

合流したら地球に降りる、なんて話をしてたから、だったら島に遊びにおいで、って、そう言ってあげた。

プルも喜ぶだろうし、きっと楽しいよね、うん。

「分かってるよ。ちゃんとあたしの連絡先も渡してるし、あたし達と同じくらいにはアルバに着けるんじゃないかな」


そう返事をしてあげたら、プルは本当に嬉しそうに笑った。

 その笑顔は、やっぱりあたし自身もゾクゾクっと嬉しい気持ちにさせてくれた。

待っててね、きっとすぐに戻るから、そしたらまた、ぱぁっとみんなで騒ごうね。

ふふ、アルバ島も、どんどん人が増えて行くね…

幸せを分け合える仲間が、こんなにたくさんになるだなんて、最初の頃のアヤさん達は、思ってもみなかっただろうな…。

アヤさんとレナさん、メルヴィがアルバに来るのだって賛成だったもんね。

きっと、大勢で移住したって、なんにも言わないどころか、きっと喜ぶだろうな。

二人の笑顔は、仲間が多ければ多いほど、明るく輝くんだって言うのをあたしは知ってる。

そんなこと考えたら、あたしも早く地球に戻りたくなってきた。だって、さ。

やっぱりね、あたしの幸せはあそこにあるんだもん。大事な大事な、あたしの宝物が、ね!


 



つづく。




今回もキャノピに挿絵お願いしました!

ちなみに、ブライトさん達も描いてくれたんだけど、ボツにしたらキャノピ拗ねちゃったよ…

どんまい、俺!


次回、プル、地球に帰る!
 

乙!

待ってました
アルバ島の面々の暖かさもすげえ良かったがマライアたんが出てこなくて少しさびしかったんだよねー
そして今回投下のこれ↓
メルヴィ「はい。あちらでお待ちしていますね、姫様、ハマーン」
めくるめくピンク色の世界を想像せずにはいられない
そうだキマシタワーをアルバ島に建てようそうしよう!
いや、もう既に建ってたわ(´∀`)

ルオ爺ちゃんのセクハラを華麗に受け流すマライアたんぺろぺろぐへへ

今回のキャノピ挿絵も3人が凛々しさと可愛さを併せ持ってて素敵でした
そして没になったというブライトさんの挿絵が気になります!(チラッ

どうも、お世話になってます、キャタピラです。

投下が遅くなっててすみません…
年度末のどたばた駆け込みに追いまくられ、
EXAMに追われるマライアの如しでした…

ようやく落ち着いて来たので、
今週中にはボチボチ投下していきますです。

もう少々、のんびりとお待ちくださいm(_ _)m

待たせたなっ!

いやはや、なんとかかけました、続き。

レスたくさんいただいて感謝です、でもレスを返すよりとにかく投下して行きたいと思います。

あ、ちなにみブライトさんとカイさんのイラストですが、マリーダやなんかと違って、今後の物語でも活躍する人たちですので…

死んでたはずのシーマさんやマリーダやら、姿をくらましてたアイナさん達とは別扱いで、

やっぱり基本的に極力触れるべきじゃないだろうな、というキャタピラのこだわりです。

ごめんなさい。


でも、単純にイラストとしてだったら良くってよ!w



てなわけで、続き行きます!

大変お待たせしました!

 





 空模様が怪しい。ハリケーンが発生した、って話で、

今夜にはここも暴風域に巻き込まれる、って予報がテレビから流れていた。

朝はあんなに晴れていたのに、今は風も強いし、どんよりとした雲がものすごい速さで走っている。

まだ雨は降って来てないけれど、それも時間の問題かもしれない。

 私は、部屋で身支度を整えて、リビングに出た。

そこにはもう、マリとマリーダに、それから施設での授業が終わって戻ってきていたママが準備を終えて私を待っていてくれた。

「ごめん、お待たせ」

私が言ったら、マリが笑って

「ううん、まだアヤちゃん迎えに来てくれてないし、大丈夫。お茶してたんだ」

と言って、マグを掲げて見せてくれる。そう言えば、リビングには紅茶の良い匂いが香っていた。

マリーダがソーサーに添えられてるビスケットをかじっては幸せそうな表情で笑っている。

うん、本当に大丈夫そう。

「そっか。まだ残ってる?私も飲みたいな」

「うん、座って座って」

私が言ったら、マリが席を勧めてくれて、準備してあったカップにポットから紅茶を淹れてくれた。

ふんわりとした、優しい香りのする紅茶だ。これは、なんだろう?

「いつものじゃないね?これ、新しいの?」

私はカップを手にしながらママに聞いてみる。

「あぁ、うん。なんてったっけ、ニルギリ、だったかな?マドラス辺りが原産のお茶なんだって」

「へぇ…」

ママが教えてくれたので、私は一口、舐めるように含んでみる。

ん…これ、香りと同じで、いつものよりもあっさりしてて飲みやすいね…!レモンとか、ミルクティーなんかにも合いそうだな。

「これ、美味しいね!」

私が言ったら、マリが横から

「そう?私は、いつものヤツの方が甘いのに合って好きなんだけどなぁ」

なんて首をかしげて言う。そりゃぁ、甘いのとセットならそうかもしれないけど、これは紅茶だけでも美味しいじゃない?

なんて言おうと思ったけど、良く考えたらマリは合わせて美味しい方が好きなんだったね。

「ふふ、その方が、幸せだから、でしょ?」

「そうそう」

私が言ってあげたら、マリはそう言ってにっこりと笑ってくれた。

 「それにしても、天気大丈夫かな?飛行機到着するまでに持てばいいけど…」

なんて、マリが話を変えた。

「そうね…少し気がかりだけど、まぁ、多少荒れても、カレンちゃんのことだから大丈夫だとは思うけどね」

「でもさぁ、到着が遅れたりしたら、待たなきゃいけないじゃん。私、早くプルに会いたいよ」

ママの言葉に、マリがそう言ってもじもじと体を動かす。ふふ、マリってば。私もそうだけど、そればっかりは仕方ないじゃない。

 なんて思っていたら、玄関のチャイムが鳴った。
 


「はーい」

なんて言いながら、ママが席を立って、インターホンに出る。

「はーい、ありがとう!すぐに行くね!」

ママはそう言ってインターホンの受話器を置いた。

来たんだね、アヤちゃん!私が立ち上がるのよりも早く、ママはニコっと笑って、

「アヤちゃん着いたって!さ、行こう!」

と言ってくれた。

 私達はそそくさを紅茶を片付けて、一階で診療中の母さんに出掛けることを伝えて、すぐに玄関を出た。

そこにはアヤちゃんとロビンが、車から降りて私達を待っていてくれた。

「悪い悪い、ちょっとペンションの方のハリケーン対策に時間くっちゃってさ」

アヤちゃんがそんなことを言いながら笑ってる。その横でロビンが嬉しそうに

「早く行こう!」

なんて言っている。

「うん、行こう行こう!」

マリもノリノリでそう返事をしたと思ったら

「ほら、乗って乗って!」

とマリーダの背中を押し始める。

「お、おい、姉さん!押すなって!」

マリーダはそう言いつつ、ワゴン車の後部座席に押し込まれ、続いてマリも乗り込んだ。

私とママもお邪魔して、スライドのドアを閉める。

ロビンとアヤちゃんも乗り込んで、アヤちゃんの運転で車は空港へと走り出した。

 空の様子を気にしながら、ふと、私は後ろに座ったマリーダを振り返った。

彼女は、なんだか微かにソワソワとした雰囲気になっていて、落ち着かない様子で窓の外を見やったり、

髪をいじったりしている。見つめていた私の視線に気が付いて、不思議そうに首をかしげたので笑顔を返して

「楽しみだね!」

って言ってあげたら、マリーダは、少し照れたように笑って頷いた。

 マリーダにとっては、プルはきっとお姉さん、って思えるんだろうな。

私やマリは、どっちかっていうと妹、って感じだよね。

だって、すぐふざけるし、楽しいことと食べること大好きだし、基本的に甘えん坊なところがあるからね。

プルは、たぶん、経験のせいだろうけど、落ち着いてるし、どこか、寂しげな一面もある。

そこは、現在我が家で療養中だから、きっとそのうちなくなると思うけど…

でも、たぶん、マリと比べると、プルの方がマリーダの見てる世界に近い物を知っているんだと思う。

とっても、悲惨で残酷な世界のことだ。

そんなときを過ごしてきたのはとてもつらいことだけど、でもそれは、今プルが明るく笑えるように、

マリーダもそのうちきっと、一日中、あの笑顔でいられる時間を過ごせる可能性が少なくない、ってことだって思える。

もしかしたら、プルがいてくれたら、私達お気楽組と、マリーダとの橋渡しになってくれるかもしれないな、なんて思うところもある。

まぁ、それはともかく、早く会いたいな!あ、今日焼いたパン、食べてもらわなきゃだね!
 


 そんなことを考えているうちに、車は空港の駐車場へと入った。

アヤちゃんの先導で、私達はエプロンへ続いている方の到着ロビーへと向かった。

「あと、20分、てとこかな」

アヤちゃんが時計を見やってから、ロビーの窓から外を眺める。

「風速…20メーターくらいか…タフなランディングになりそうだなぁ」

そう呟くアヤちゃんの表情は、少しだけ不安げだ。カレンちゃんのことを心配している、って感じじゃない。

いや、心配は心配なんだろうけど、アヤちゃんはカレンちゃんと昔からの友達なんだ。

カレンちゃんの操縦技術を疑うようなことはあんまりないだろう。

それよりもアヤちゃんは、こんな天気が嫌いなんだ、ってのを、私はなんとなく知っていた。

 「これは、嵐なのか?」

外の景色に気が付いたようで、マリーダがそんなことを聞いてくる。

「うん、ハリケーン、って言ってね。すごい風と、すごい雨になるんだよ、これから」

私が説明してあげたらマリーダはふぅん、と鼻を鳴らして、

「なんだか、落ち着かないな」

と、アヤちゃんみたいな心配げな顔をして、窓の外を見つめた。

まぁ、確かに、ね…私は、嫌いじゃないんだけどね、雨とか、曇りとか、さ。

 そんな話をしていたら、アヤちゃんが唐突に声を上げた。

「あれだ」

そう言って指をさした先には、一機の小型機が、スゥっと滑走路に進入してくる姿があった。

確かにあれ、カレンちゃんのところの飛行機だ。

 飛行機は、すでに車輪とフラップって言うらしい板を下ろしている。

機体はそのまま、空気の上を滑るようにして、スムーズに滑走路に降り立った。

「さすが。やるなぁ、カレン。あの操縦は、見事だよ」

アヤちゃんがそんなことを言って、うなった。

昔は仲が悪かったんだよ、なんて、いつか言ってたことがあったけど、今はそんなの少しも感じない。

アヤちゃんにとって、カレンちゃんがどんなに大切な友達か、なんて、見ていれば誰にだって分かっちゃうんだ。

 飛行機は、そのまま、エプロンへと走ってきた。やがて、窓からすぐのところに、機体を揺らして飛行機は停止した。
 


「到着!行こう、マリ!」

ロビンがそう言うなり、マリと一緒にロビーを駆けだした。人ごみを縫って行き、エプロンへ続くドアを飛び出る。

「あぁ、もう!二人とも!」

私はそんな姿を見て、思わずそう口に出してしまった。それから気を取り直して、マリーダの手を取って、

「行こう!」

と声を掛けて走った。マリーダは、何も言わずに着いて来てくれて、私達もドアを出て、エプロンに出た。

すると、ちょうどハッチが開いて、タラップが地上に設置するところだった。

そこに、ニュッとミリアムちゃんが顔を出す。

「おかえり!」

ロビンがそう声を上げたら、ミリアムちゃんも笑顔になった。

「ロビン!マリ達も!出迎えありがとう!」

ミリアムちゃんはそう言いながら軽い足取りでタラップを降りてくる。ロビンがミリアムちゃんに飛びついた。

ミリアムちゃんはロビンを抱きしめてひとしきり頭を撫でまわしてから、ふっと後ろを振り返った。

そこには、メルヴィの手を引いてタラップを降りてくるプルの姿があった。

「姉さん…」

隣にいたマリーダが、囁くようにして言った声が聞こえた。

マリーダの顔からは明らかに嬉しい、って気持ちが感じ取れる。

 と、プルの方もマリーダに気が付いた。プルは、襲い来るマリのタックルをひらりと躱すと、

軽い足取りで私達に駆け寄ってきて、とんとん、と目の前で歩調を緩めたと思ったら、そっとマリーダを抱き寄せた。

 「マリーダ…元気そうで、良かったよ…体、大丈夫?」

プルは小さな声でマリーダに聞いた。

「あぁ、うん…姉さんこそ、無事で良かった…」

マリーダはそう答えながら、プルの体に戸惑いながら腕を回す。

マリーダは、安心したような表情で、プルの肩口に顔をうずめる。

「うん…みんな、良くしてくれたみたいだね」

プルがそう言って、体を少し離してマリーダの顔を覗き込む。マリーダは、

「うん…みんな、私に優しくしてくれた」

と、クスっと笑顔を見せてプルに言った。
 


「えー、ちょっと、プル。なんで避けたんだよー」

マリが後ろから、メルヴィを連れて私達のところにやってくる。

「ごめんごめん、マリが元気なのは分かってたからね。マリーダが心配だったんだ、私」

ずるい、って言いだしそうな顔をしていたマリに、プルがそう言って笑いかける。

それを聞いたらマリも急に笑顔になって

「もう!しょうがないんだからー!」

なんて言った。うん、そうだよね。

何はともあれ、だけど、とにかくプルがこうして無事に帰って来てくれたのは、何よりうれしいことだもんね。

 宇宙で、何があったのかな…マライアちゃんや、他の人たちの話も聞かせてくれるかな。

きっと、マリーダも姫様のこと、心配だと思うしね。あぁ、話したいことがたくさんだ。

 そんなことを思っていたら、プルが私の顔を見て笑った。きっと、私の気持ちを感じ取ってくれたんだろう。

なんだか、プルの暖かい手のひらが、私の心に触れたような感じがして、私の胸に、いっそう穏やかな安心感が広がってくる。

―――おかえり、プル。お疲れ様。

声には出さないで、心の中でそう思ったら、プルはまた、私の顔を見つめて、ニコっと、あの笑顔で笑ってくれた。




 




 ガタガタと雨戸が音を立てている。風の音も、雨が叩きつける音もかすかに聞こえて来ている。

私は、自分の部屋でクッションに座って、温かいお茶をすすっていた。

 あれから私達はいったんアヤちゃんのペンションに行って、プルがレオナ姉さんにただいまの挨拶をして、

メルヴィの部屋のことをお願いして、ハリケーンがひどくならないうちに帰宅した。

プルを見た母さんは何も言わずに微笑んで、ポンポンと頭をなげてあげてから、

思い出したみたいに、おかえり、って声を掛けていた。

プルは本当に嬉しそうな表情で、ただいま、って、母さんに返していた。

母さんには話を聞いていたし、普段のプルを見ていて多分そうだろうな、とは思っていたけど、

プルに取って、母さんはレオナ姉さんと同じくらい、特別な存在なんだと思う。

もちろん、私やマリがそうじゃない、って意味じゃないけど、

プルは、マライアちゃんと一緒にあのエンドラ級に乗り込んできたときに、

母さんのことを、“母さん”って呼びたい、ってそう言ったんだって話だ。

母さんはそれを聞いて、プルに泣きながら謝ったらしい。放っておいてごめん、助けられなくてごめん、って。

 アクシズでの母さんの様子は、ずっとそばで見ていたから今でもはっきり覚えている。

ときおり、夜な夜なデータベースにアクセスしては、何かの情報を探っている様子があった。

今になって思えば、あれはたぶん、研究所からアクシズに持ち出された研究資料や、プル達のような子どもを探していたんだろう。

資料は分からないように改ざんして、子ども達は、理由を付けて逃がしてあげたりしていたのかもしれない。

それでもプル達を見つけることができなかったのはたぶん、

誰かがこっそりと、それも厳重にプル達を隠していたからなんだと思う。

そうでなければ、同じアクシズにいて、分からないはずがない。

もしかしたら、当時の母さんは、アリスママや、レオナ姉さんの面影を探して、

そんなことをしていたのかもしれないな、なんて思ってみることもあるけど、実際に聞いたことはない。

どうでもいいことだし、ね…今になったら。

 パタン、と音がしてプルが部屋に戻ってきた。短く切った髪をタオルで拭きながら、ふぅ、とため息をついてクッションに座り込んだ。

 今夜は、マリがどうしても、と言うので、プルもこの部屋にお泊りすることになった。

帰還祝いのお酒を飲んじゃったマリは、自分が言いだしたくせに、誰よりも早くにベッドで寝こけてしまった。

マリに勧められてお酒を飲んだマリーダも、慣れてなかったせいか、

コップ半分ほど飲んだくらいで、フラフラとベッドに倒れ込んで寝息を立て始めていた。

そんなわけで、残された私とプルは、順番にシャワーに入って、今、だ。
 


 私は、ポットのハーブティーをプルのカップに注いで上げる。

「ありがと」

プルはそう言ってカップを受け取って、ズズっと一口すすって、ふぅ、と、また幸せそうなため息を吐いた。

 「どうだったの、あれから?」

私は、プルにそう聞いてみた。そしたらプルは、んー、っと考える様なしぐさをみせてから

「ジュドーに会えたのが嬉しかったかな。戦闘は、私達の方は特にひどくはなかったよ。

 姫様の演説も流れてて、相手も迷っていたみたいだったし…もっとも、姫様の方は大変だったみたいだけど」

と教えてくれる。

「袖付き、って言ったっけ?そんなに数が居たのかな?」

「いや、姫様付きの部隊の数が多くなかった、って言うのもあったんだろうけど、

 実は、コロニーレーザーがインダストリアル7に発射されちゃってさ」

プルが二口めをすすりながらそんなことを言ってくる。

「コロニーレーザー!?」

私は思わず声をあげてしまった。

だって、コロニーレーザーって言ったら、コロニーまるまる一つを射出装置にして、

目に見えないレーザー光線を発射するアレ、でしょ?

現存するどんな方法でも、発射されたら逃げる外に対処方法がないはず…

「うん…でも、なんでか、インダストリアル7は無事だったんだ…

 あの、白いモビルスーツが盾になった、って話を聞いたんだけど…」

プルはそう言って口ごもる。プルの考えていることは、想像がついた。

たぶん、結果的に、インダストリアル7は無事だったんだろう。あの白いモビルスーツが盾になったから。

でも、そう、でも、なんだ。コロニーレーザーから発射されるのは、圧縮されたミノフスキー粒子なんかじゃない。

ただの高出力の光エネルギーだ。

ミノフスキー粒子なら、あのアクシズを押し返すほどの力を秘めてさえいるIフィールドだか、サイコフィールドだか、って言うのがあれば、

干渉して威力を軽減させることができる。でも、レーザーほどの強力な光エネルギーを物理的に軽減させることは難しい。

少なくともミノフスキー粒子の反応を使って防いだり、軽減したりすることができる類のエネルギーじゃないはずなんだけど…

でも、実際にそれが起こった、って言うんだよね?

「おかしなこともあるもんだよね」

私が聞く前に、プルはそんなことを言って笑った。

まぁ、確かに…無事だった、って言うんなら、きっとそこには何か理由があったんだろう。

明日、ママに聞いてみようかな…興味津々で、計算式なんかを書きだすかもしれないな…

なんてことを思ったら、プルがクスっと声を出して笑った。それからすぐに

「ママなら、やりそう」

って言い添えて、クスクスと声を押さえて笑い出す。そんなプルを見ていて、私も安心して笑いが漏れてしまった。

良かった、プル、なんにも変ってない。

私の知っているプルのまま、ちゃんと帰って来てくれた…良かった…本当に、良かった…!
 


 「んっ…」

そんな声がしたと思ったら、モゾモゾと何かがベッドの上で動いた。

あ、しまった、うるさかったかな…と思って振り返ったら、ベッドの上で、マリーダが起き上がっていた。

「ごめん、起こしちゃった?」

「いや…大丈夫だ」

マリーダがすこし呆けた様子でそう言うと、立ち上がっておぼつかない足取りでドアの方へと歩き出した。

「ついて行くよ」

プルが私のそう言って立ち上がった。

「どうしたの?」

私が聞いたらプルは苦笑いで

「トイレみたい」

と言って、マリーダの方へと早足で近づいて行って、背中を支えながら一緒に部屋から出て行った。

プルってば、帰ってくるなり“お姉さん”だな…

頼もしいけど、でも、そうしなきゃいけない、って思っているんだっていうのを、私は知っている。

前に話をしてくれたことがあった。プルは言ったんだ。

「私は、姉さんを殺しちゃったんだ」

って。今は、そんなエルピー・プルの思念がプルの中に焼き付いていて、

もう、自分がどっちだか、分からないくらいだ、なんて笑うこともあるんだけど、

それでも、プルはそのことを悔いている。

だから、エルピー・プルの代わりに、みんなの姉さんをしなきゃいけない、ってそう思っているんだ。

もちろん、エルピー・プルの思念に突き動かされてそうしているところもあるんだろうけど…

その言葉は、私には辛く思えたのに、プルはニコニコと笑って言っていたのを覚えてる。

もしかしたら、それは、プルにとって罪滅ぼしなのかもしれないのと同時に、

プルの中で、エルピー・プルとプルツーが手を取り合うことになるのかもしれないし、

誰かに温もりを与えられる、って言う感覚が、嬉しいのかもしれない。あの表情は、なんだかそんな感じに思えた。

 そんなことを思っていたら、マリーダを連れたプルがすぐに部屋に戻ってきた。

「おかえり」

なんて声をかけた私は、プルが何かを抱えているのが目に入った。それはカップのアイスだった。

「ひひひ、おつまみ」

私が、こんな時間に、太っちゃうよ、って言う前に、プルはそう言って笑った。

もう、マリにバレたらきっと怒るよ?

そんな私の心配をよそに、プルは静かにクッションの上に座った。

と、ベッドの上から自分の枕を取って、クッションがわりにジュウタンの敷かれた床に置いて

マリーダをそこに座らせた。
 


「姉さん、早く」

マリーダは待ちきれないって様子で、アイスのカップを抱えたプルを急かす。

「分かってるって」

プルはなんだか嬉しそうにしながら、そう返事をしてアイスのカップを開けた。

スプーンでバニラのアイスをすくって、マリーダの持ってきていたガラスの器によそっていく。

やがて、器に山盛りにされたアイスを満足そうに見て、プルはカップを閉めて部屋の冷蔵庫の上段に押し込んだ。

私はそのあいだに、マリーダ用のハーブティーを入れてあげる。

「ふふ、やっぱりこれだよね。地球に来て一番嬉しいことのひとつなんだ」

プルはそんなことを言って器の一つを手にとった。

「ね、姉さん、それが一番多いんじゃいのか?」

「えー?どれも一緒だよ」

「な、ならそれを私にくれないか?」

「え、いや、これは私の分だから…マリーダはほら、こっちで…」

「やっぱりそれが多いんじゃないか」

マリーダの言葉にプルは相変わらず嬉しそうな顔しておどけながら

「えー?そうかなぁ?」

なんて言って、それから不満そうなマリーダの表情を見て

「うそうそ。ほら、ちゃんと分けるから」

と、小さなスプーンで、均等になるように自分のアイスの山を崩して私とマリーダのとに分けてくれた。

マリーダってば、ムキになっちゃって、かわいいんだから。なんて思ったら、マリーダはまた不満そうに

「ね、姉さんが私をからかうから…」

なんて言って、ふくれっ面を見せた。もう、それだって、なんだか可愛く思えちゃうんだから、不思議。

 私達はそれから、とりとめもないことを話しながらスプーンでアイスをすくって口に運んだ。

冷たくて濃厚な甘味と、暖かいハーブティーのあっさりとした苦味と香りが良く合って、美味しさが引き立つ。

 ガタガタと、雨戸がなった。

「風、強いんだな」

「まぁ、そうだね。ハリケーンだし」

マリーダの言葉に、私はそう答える。

「このあたりでは、こんなのが普通なのか?」

「んー、まぁ、夏から秋にかけては多いかな」

今度は、プルが答える。

「四季というのは、聞いたことはあるが実際にはそんなに違うものなんだろうか?」

「この島だと、あんまり実感ないかもね。

 アヤちゃんに言わせると、潮の流れとか、風向きとかが違うんだ、なんて話だけど、

 正直、私にはよくわからないくらい。もう少し北か南にいくと、雪が降ったりするらしいよ」

「雪、というのは…白くて、フワフワしているという、あれか?」

「そうみたい。私も見たことないんだ」

私が言ったら、マリーダはふぅん、と鼻を鳴らした。そりゃぁ、見るもの聞くもの、みんな初めてみたいなものだもんね。雪は、私も見てみたいな…

確か、北米のもっと北の方なら見れるってカレンちゃんが言ってた気がする…いつか見に行ってみたいなぁ。
 


 ビュウっと風の音がして、また、雨戸がガタガタと鳴る。

壁や屋根を叩きつける雨音も、一層激しくなっているように感じられた。

それが響いている室内は、返って静けさが際立っている。こんな時間が、私は好きだ。

穏やかで、ゆっくりと時間が流れていく。

レナちゃんがハリケーンが嫌いじゃない、っていう気持ちが、私にはわかる。

レナちゃんもきっと、こういう時間と空間が好きなんだろうな。

 「姉さん…」

不意にマリーダが、その静寂に溶け込むような声色で口を開いた。

「ん、どうしたの、マリーダ?」

プルはアイスのスプーンを口にくわえながらそう聞き返す。

「姉さんは…その、姫様達には、あったんだろうか?」

マリーダは、いつのまにか、プルを真っ直ぐに見つめていた。

その表情はもう、私がかわいい、なんて冷やかせるようなものじゃなかった。真剣に、プルから何かを聞こうとしているのが分かった。

「うん、会ったよ。姫様と、その護衛、って人たちにも」

プルは、アイスのスプーンを置いて、ハーブティーを一口飲んでから、そう答えた。

プルは、マリーダの質問の意図を理解しているみたいだった。プルの顔も真剣になる。

でも、マリーダと違って、真剣だけど、すこし優しい感じがする。

「その…スベロア・ジンネマン、という男と、他にも何人かいなかったか?」

「うん、いたよ。会って、話した。

 あの人は、私を見るなり飛びついてきて、『マリーダなのか…?』って、言ってきた」

プルの言葉で、私も分かった。そのすベロア・ジンネマン、という人は、マリーダのマスターだったんだ…

「そうか…無事、だったんだな?怪我はしていなかったか?」

「うん、大丈夫。

 彼らは、インダストリアル7のコロニービルダーに格納されてた対空兵器で袖付きを迎撃する役目を負っていたんだって。

 戦闘が終わって、ルオコロニーってとこで、姫様の乗ったネェル・アーガマと合流したら、

 一緒に乗ってきていたんだよ。誰かが死んだ、って話もしていなかったし、安心していいよ」

「そうか…」

マリーダは、消え入りそうな声で、そうつぶやいた。安堵の空気が、マリーダからにじみ出てくるのを私は感じた。

「彼は…生きているんだな…」

そう言った、マリーダの言葉を聞いて、プルはクスっと笑った。
 


「呼んだっていいんだよ、マスター、って」

プルが言ったら、マリーダはハッとして顔をあげた。

その目は部屋の小さなランプの明かりを反射させて、ふるふると震えている。

「でも…でも…私は…私は…」

マリーダはそう言って両手で頬を押さえて、その手は耳を、そして、頭を抱え込むように滑っていく。

そんなマリーダの肩をプルが抱いた。

「マリーダ…いいんだよ。マスターでも…

 あなたの言う“マスター”は、もう、私たちに命令をするだけの“マスター”って意味じゃないのは分かってる。

 会ったから、わかるよ。あの人は、あなたをちゃんと家族として愛して、守ってくれようとしていたんだろ…?

 だから、彼、なんて言わないでいいんだ。マスターでも、“お父さん”でも。

 私達は、あなたの言葉と、あなたの気持ちを信じる。

プルの言葉を聞いたマリーダは、ついには瞳だけじゃなく、体を振るわせて、そのままプルにしな垂れかかった。

プルはマリーダの体を受け止めて、ギュッと抱きしめる。

「…姉さん…ありがとう…ありがとう…」

マリーダは、鳴き声とも、うわごととも取れるような小さな声で、何度も、何度もそう繰り返した。

 そんなマリーダを見て、私は、何かが胸にぐっと溢れてくるのを感じた。これは…嬉しいの…?

そっか…マリーダは、誰でもない、私たちに気を使っていたんだ。

私達の前で、戦争の道具であってはいけないんだ、って、そう思って、

マリーダはマスターって言う言葉を避けたんだ。それを私達が嫌うと思ったから…

道具なんかじゃない、一人の人として在ってほしい、ってそう思っているっていうことを感じてくれているから…

それは、きっと私達の気持ちが届いている証拠。

マリーダを大切に、守りたい、なんとかしてあげたい、って言うきもちが、

マリーダはちゃんと受け取ってくれていたんだ…それで、返って悩ませちゃったのは申し訳ないけど、

でも、うん…私達は、間違ってなんかなかったんだ。何ができたかなんてわからない。

それでも、マリーダを励ましてあげようと思って、自由で居ていいんだよって伝えたくて、

私達がママや母さんや、レオナ姉さんや、マライアちゃんたちにもらったたくさんの暖かくて幸せなものを分けてあげたいって、ずっとそう思ってた。

それが、ちゃんとマリーダはわかってくれていたんだね。

それを受け止めてくれて、そう在ろうって思ってくれたんだね…良かった、本当に良かった…
 


 そんなことに気がついたら、私まででなんだか胸のつかえが取れたような感覚になって、

気がついたら、ボロボロと泣き出してしまっていて、

それに気づいたプルに、マリーダと一緒に抱きかかえられてしまった。

―――カタリナ、ありがとう。マリーダを、ちゃんと見ててくれて

プルの声が聞こえてくる。うん、当然だよ。だって、姉妹だもん。

私の大事な大事な、家族だ、って、そう思ったから、家族でいてあげたかったから、そうしたんだよ。

―――うん…そうだね。私も、そう思う

また、プルの声が頭に響いてきたと思ったら、私を抱きしめてるプルの腕に力がこもった。

 幸せだな。ふと、そんな感覚が頭に浮かんできた。

おかしいな、こういうの、ずっとずっと、感じてきていたはずなのに。

これをマリーダに分けてあげたいって、そう思ってたはずなのに、まるで、私が改めて感じているみたい…

これって、マリーダなのかな…?おかしいな、私、ニュータイプの能力はないはずなんだけどな…

プルが仲介してくれているのかな…?それとも、マリーダが私にそう伝えてきてくれてるのかな…

よくわからないし不思議だな…でも、まぁ、そういう細かいことは今はいいや。

とにかく、私は今、とっても嬉しくって幸せなんだ…

…マリーダ、分かる?あなたは、大切な家族だよ。

たとえどんなに離れてても、どこへ行っても、誰といても、私達は家族。 どこへ行っても誰といても、

私達は一緒だよ…ね、マリーダ。

 そんなことを思っていた私の耳には、プルの鼻をすする音が、ガタガタと鳴る雨戸の音に紛れて聞こえていた。



 


つづく!


やっと勢ぞろいしたパラッシュさんちの4姉妹。

次回、マライア、なんかあれこれ引き連れて地球に帰る。

キャタピラはうまくさばけることができるのか!?

おたのしみに!w
 


あ、ちなみに今回挿絵がないのは、

キャタキャノお互いにバタバタ忙しくてデータのやりとりとか事前にできなかっただけであって

ボツの件で険悪になってるとかそう言うんじゃないんで、あしからず!
 

乙~
なんかあれこれww

楽しみに待ってまする

そうか… やっぱり白目があったからなんだな!?(錯乱



ほっこり。
「大草原の小さな家」的な。

次回はバラエティ回になりそうで楽しみ。
マライアがいないと静かすぎて少し寂しいww

乙!
なんかもうホントほっこりしまくりだよ
あったけえなあおい

お父さん達のこと心配しつつもプルたちを気遣っちゃうマリーダさん可愛すぎるだろもうぺろぺろぐへへ
次回マライアたんが「引き連れてくるあれこれ」の面子が気になるわー

>>332
たぶん、総出演w

>>333
もちつけw

>>334
感謝!

「大草原の家」のイメージ、なんとなくわかりますw
マライアたん、再登場な続きは夜にでも!

>>335
感謝!!
ほっこりしていただいて何より。
マリーダたんは今後どうするんでしょうかね…それが気がかり。

そしてまとまりがなくなりそうで、キャタピラ不安。
あ、それと。ガランシェール隊に通報しときましたw
 

>>336
HAHAHA忙しい身であるジンネマン氏等がそんな通報の一つや二つくらいでwwww
…おや、誰か来たようだ

>>337ーーー!



では、続きですw

 





 「ありがとね、おじいちゃん」

「がははは!この歳になって、こんな面白い勝負をやれるとは思わなんだわ。マライアちゃんに感謝じゃな」

「もう!ありがとうを言ってるのはあたしなのに!」

あたしがそう言ってもう一度感謝したら、おじいちゃんはまた笑って

「約束は忘れてないじゃろうな?」

と念を押してきた。

「うん、もちろん。落ち着いたら連絡頂戴ね。島で、水着美女を待たせておくからね」

こないだした約束をあたしは確認する。そしたらおじいちゃんは満足そうな顔をして

「なら、ええんじゃ」

と頷いた。うーん、これならまだしばらくは元気でいてくれそうだね、おじいちゃん。

 あたしは、半分呆れながら、それでもどこか安心して、おじいちゃんにお別れを告げた。

このルオコロニーに滞在してもう10日。

みんなもそろそろ、地球に連れて行ってあげたいし、あとのことはおじいちゃんに任せることにした。

まぁ、正直ここから先のことはあたしが居ても大した役には立てそうもないし、ね。

 「じゃぁ、またね」

「おうおう、元気での!」

「おじいちゃんも!」

あたしは手を振っておじいちゃんの執務室を出た。建物の廊下を歩きながら、PDAを取り出して電話を掛けた。

呼び出し音がしばらく鳴って、相手が電話口に出る。

「あ、もしもし?ナナイさん?そっちはどう?」

<こちらは、彼をすでにシャトルに運んだわ>

「あぁ…あの子ね…」

あたしはナナイさんの言葉で、気がかりなことを思い出してしまった。

彼、というのは、バナージ・リンクス、という名の少年だ。彼は、あの白いモビルスーツに乗っていたらしい。

そして、あの戦いの終盤、ブライトくんが止め損ねたグリプスⅡのレーザー狙撃を、身を挺して防いだというのだ。

単純な光エネルギーのレーザーは、Iフィールドなんかじゃ防げない…と、普通なら思うだろうけど。

あたしは、あのサイコフレームって鋼材の力を身近に感じたから、分かる。

あと、アリスさん達にミノフスキー工学についても基礎の基礎レベルをちょこっと教えてもらった、っていうのもあるんだけど、

おそらく、ミノフスキー粒子を高密度に圧縮させたものを展開すれば、それも可能だ。

同じミノフスキー粒子を相殺するIフィールドは、ミノフスキークラフト技術とほとんど同じで、

相反する配列のミノフスキー粒子を交互に展開する構造だけど、光エネルギーはそんな複雑な構造はいらない。

あのサイコフレームの力を使ってミノフスキー粒子を圧縮して、目に見えるくらいの膜にすればいい。

それはそのまま、日傘の要領でインダストリアル7を守ってくれる。

もっとも、戦艦すら一瞬で融解させることのできるコロニーレーザーを防ぎきれるような“日傘”なんて、

普通考えたら無理だけど…それでも…

サイコフレームと極限まで共鳴して、地球の重力に曳かれて落下するアクシズを押し返すような力を引き出せれば、あるいは…
 


 そう、彼は、そうしたんだろう。その結果、彼は、ほとんど目覚めないまま、だ。

ここに来てからの何日間かの間で目を覚ましたこともあったけど、そのときの彼は、まるで2歳児のような奇行を繰り返して、

ベッドから転げ落ちたところを危険と判断されて、麻酔で昏睡状態にさせられてしまった。

彼を見ていた姫様の表情が沈痛だったのが思い出されて、あたしまで胸が痛くなってくる。

 ともかく、だ。療養をするなら、アルバ島がいいに決まってる。

あそこには、ニュータイプ研究の権威と、最高の環境と、彼の意識に働きかけることのできる能力を持った人たちがたくさんいるし、ね。

 そんなことを思いながら、あたしは建物を抜けて、車で港まで送ってもらった。

港ではすでに商会が用意してくれたミノフスキークラフト技術を使った中型のシャトルがあたしの到着を待っていてくれた。

しかし、こんなサイズのシャトルにミノフスキークラフト用の装置を詰め込めるくらいになったんだから、

技術の発展ってのは本当にすごいな。

 シャトルに入ったら、すでにみんなは席に付いていた。

「お待ちしていましたよ、マライアさん」

「あぁ、ごめんね、姫様。おじいちゃんが寂しがるからさぁ」

あたしが言ったら、姫様はクスっと笑った。彼女の並びのシートには、体を器具で固定されているバナージくんの姿ある。

その隣で、ナナイさんが彼の状態を逐一チェックしてくれていた。

さらには、彼の容体を心配して、カミーユくんも残ってくれた。

彼も、ゼータに搭載されてたバイオセンサーをフルに使おうとした結果、一時的に正常な意識を失くしてしまった、って話していた。

ていうか、ゼータって、バイオセンサーなんてついてたんだね…

あれって、要するにサイコミュと一緒で、サイコウェーブを使ってビットファンネルじゃなくて機体の操作を補助するってやつだよね?

あたしが乗った時にも付いていたのかな…さすがにリゼルには搭載されてないみたいだったけど…

プル達を助けたあの3号機、あいつにはもしかしたら積んでたのかも…

あれ、もともとアムロ達の隊に配属されるヤツだった、ってフレートさん言ってたしね…

そんなことを思いながら、あたしは席にはつかないでコクピットまでとんだ。

コクピットでは、ガランシエール隊の操舵クルーの面々が、和やかに談笑しているところだった。

「いよっ!よろしくたのむよ、アレクくん!」

あたしが言ったら、操舵桿を握っていた青年が振り返ってなにやら嬉しそうな表情で

「任せてください。ガランシエールよりは小回りが利くんで、どうとでもなります」

と言ってきた。マークを彷彿とさせる年下くんだな、彼は。

「そっちも、よろしく。えっと、フラストくん、だっけ?」

あたしは今度はもう一人の青年にそう声を掛ける。彼は肩をすくめて

「戦闘しようってんじゃないんで、俺はいらないようなもんですけどね」

なんておどけた。うん、どっちかって言うと、彼は友達になれそうなタイプかな。
 


 カランシェール隊は他に27名のクルーがいる。この一連の紛争で、前線に出て行った3名が帰らなかったって話だ。

残念だけど…うん、仕方ない、よね。

その27名のうちのクルーの半分以上は、家族やなんかが身を寄せていた資源採取用の衛星パラオに帰って行った。

あっちはあっちで、連邦の手が入る、なんて情報が入ってたから、アナハイム社の戦力とおじいちゃんに、先だって押さえてもらった。

あそこは以降は、ルオ商会の資源衛星になる予定だ。もちろん、連邦の査察を受け入れる必要はあるけれど、

武装解除とかそのあたりのことは、カラバの生みの親、ルオ・ウーミンの腕の見せ所。

うまく言いくるめて、ルオ商会お雇いの警備隊、かなんかにこぞって転職させてもらえるだろうな。

そっちはあんまり心配はしていないんだ。それよりも、ここに残った、放浪を決め込んでいるあのオジさん達…

あたしは、チラっと席を見る。姫様の後ろの席に座っているオジさん、こと、ジンネマン元大尉。

マリーダを助けてくれた、あの日まで守ってくれた人…。

プルを見て、動揺していたのが懐かしいけど、プルから事情を聴いた彼は、とたんに表情を硬くしたのを覚えている。

まぁ、分かるけどね、気持ちは。でも、きっとマリーダにとっては、辛い話になるだろうな…

まぁ、そこらへんは、おいおい考えることにしよう。今からそればっかりだと、さすがに気持ちが滅入っちゃいそうだ。

 「マライアと言ったな。早くしないか。いつまでこんな安い席に姫様を座らせておくつもりだ?」

あたしのそんなことをみて、彼女がそう言ってきた。もう、だからその凄むクセ、なんとかならないの?

「別にそんな言い方されたって怖くないけど、それ、良くないよ、カーラ?」

あたしが名前を呼んだら、一瞬呆けた表情になったけど、不意にハッとして、

「ふん、偽名など、わずらわしいだけだ」

とそっぽを向いた。

「いや、そうは言ってもあなたの名前は割と有名だからさ。しばらくはカーラ・ハーマンで行っておくべきだよ」

あたしが言ってやったら、カーラは不満そうな表情のまま

「分かっている」

と返事をした。まったく、素直じゃないんだから。

 そんなことをバレないように思いながら、あたしは艦長席に着いて、ベルトを締めた。

それから無線機でコロニーの管制室に連絡を入れる。

「こちら、4番格納庫のシャトル“アーク”。管制室、出向許可を求む」

<了解、“アーク”これよりハッチを解放する。衝撃に備えよ>

「了解」

あたしはそう返事をして無線を切る。

その直後、上部にあったハッチが開いて、エアーが吸い出され、シャトルの機体が小刻みに揺れる。

「あとの通信はよろしく、チュニック」

あたしは、機体に異常がないことを確認してから、コクピットの最後の一人、通信係のチュニックにそう頼んだ。

「了解です、マライア船長」

彼も、屈託のない表情であたしにそう返事をしてきてから、無線を引き継いだ。

 エンジンの音が高まって、シャトルがふわりと格納庫を浮き上がる。

あたしは、それを感じて、胸が高鳴ってくるのに気が付いた。

そんなに長い間留守にしたって、わけでもないのに、なんだかもう、ずいぶんとアルバに帰ってないような気がするな。

でも、もうすぐでまたあの場所へ、あたしの居場所へ帰れるんだ。

あたしの宝物の家族たちと、それから、あたしの大事な大事な、天使さま達の待っているあの島へ、ね!

 





 「おじちゃーん、こんちわ!」

開きかけた自動ドアをこじ開けて店に入ったアタシは、

カウンターで新聞を読みながら煙草をふかしていたおじちゃんにそう声を掛けた。

「おっ!来たな、わんぱく娘ども!」

おじちゃんは威勢よくそんなことを言いながら、新聞をとじて煙草をもみ消してから立ち上がった。

「こんにちは、おじさん」

あとから入ってきたレベッカもおじちゃんにそう挨拶をする。

「おうおう、元気そうだな!」

「ね、こないだのコーヒーの豆ってまだあるかな?それから、ソイソースと、あと、砂糖3袋に、お塩も3つ欲しいんだけど」

「おぉ、なんだ、大口の客でも来るのか?」

アタシが頼まれていたお使いを言ったらおじちゃんはそんなことを言いながらカウンターの上にドンドン、

っと業務用の調味料一式と母さんに頼まれて取り入れるようになったコーヒーの豆を出してくれた。

「うん、身内なんだけどね」

アタシは紙幣をカウンターに出しながら押してあげると、おじちゃんはガハハと笑って

「あぁ、いつものヤツか。いいよな、いつも賑やかでよ、お前さん達の周りは」

なんて言ってくる。うらやましいって思ってるわけじゃないけど、まぁ、おじちゃんも騒ぐの好きそうだよね。

「おじちゃんだって、いつも港の漁師さんとか市場の人たちと大騒ぎしてるじゃん」

アタシが言い返したらおじちゃんはまたガハハと笑って

「そりゃそうだな!」

だって。ホントに、アタシが言うのもなんだけど、おもしろいよね、おじちゃん。

 アタシはお釣りを受け取って持って来たカゴに商品を詰めて、レベッカと分けて持つ。と、おじちゃんが

「おっと、待て待て」

とカウンターの下にもぐった。ふふ、またいつものアレ、だね。

なんて思って、レベッカと顔を見合わせて笑っていたら、おじちゃんは案の定、スナックの袋を3つと、それからアイスキャンディーを出してきて

「ほれ、もってけ」

とアタシ達の持っていたカゴの中に投げ込んでくれた。

「いつもありがとう!」

アタシはとりあえずお礼を言っておく。そうしたらまたまた、おじちゃんは豪快に笑って

「なぁに!こっちこそ、いつも買ってってくれて助かってるよ!」

と言ってくれる。この商店は、市街地区のスーパーじゃ手に入らない業務用の調味料やなんかを取り寄せて売ってくれるから

ペンションとしてかなりお世話になっている。

だからって、こうも毎回、オマケをくれるとなんだか心苦しいところもあるんだけど、

まぁ、こういうのも、持ちつ持たれつだろ?って母さんも言ってたし、こうしてもらえるのは嬉しいから、甘えておこう、うん。
 


「じゃぁ、またお願いね!」

「おうよ、アヤ達によろしくな!」

アタシはもみ消したタバコをくわえてまたそれに火をつけようとしているおじちゃんに手を振りながらお店を出た。

 重い買い物かごをぶら下げながら、アタシとレベッカはスキップするみたいな足取りでペンションへと急ぐ。

何しろ今日の夕方にはマライアちゃんの乗ったシャトルが空港に到着するんだ。

ミノフスキーなんとか、って機体らしくで、打ち上げも滑空しながらの着陸も必要がないから、

普通の空港でも大丈夫なんだ、って母さんは言ってた。

まぁ、難しいことはよくわからないけど、キャリフォルニアに降下してそこから飛行機ってことになると

いちいち大変だっていうのはわかるし、そんなことができるんなら、便利でいいよね!

「ね、今日は何作る?」

不意に、レベッカがそんなことを聞いてくる。

「うーん、そうだなぁ、ビーフシチューみたいなものがいいかな。

 あとは、海鮮のサラダに、あとは、なにがいいかな…ピザとかどうだろう?」

「あぁ、いいね!みんなで食べれるし」

アタシの提案に、レベッカはそう言って賛成してくれる。それからレベッカはんー、と唸って

「なら、私は生地の準備しようかな。他の下準備はロビンの方が早いでしょ?」

なんて声を掛けてきた。まぁ、確かに、どっちかって言ったら、アタシの方が包丁さばきには慣れてるけど、

レベッカだってそんなに違いはないと思うんだけどなぁ。

ま、でも分業しておいた方が良さそうだ、ってのは、確かにレベッカの言う通りだと思う。

「早いかどうかはわかんないけど、仕事分けといた方がスムーズかもね」

「でしょ!」

アタシが言ったら、レベッカはそう返事をして笑った。

 ペンションが見えてきた。と、アタシは庭先に誰かが居ることに気が付く。あれ、キキかな?

そう思ったら、向こうもアタシ達に気が付いた。やっぱりキキだ!

キキは、レオナママと一緒に、マヤとマナを庭であやしている。デッキのところには、レナママとアイナさんの姿もあった。

「おかえりー!」

キキがそう声を掛けて来てくれる。

「来てたんだ!」

アタシも手を振り返してキキにそう言う。

 3年前、ネオジオンって連中がラサに5thルナ、ってのを落下させる直前にこっちに避難してきたアイナさん達は、

それからはここに住みついてしまった。

母さんは、最初からこうしときゃよかったのに、なんて笑ってたけど、でも、なんだか嬉しそうだったし、

アタシもいつでもキキやアイナさんに会えるようになったのは、嬉しいなって感じたのを覚えてる。
 


 「なんか、マライアちゃんがお客さんをたくさん連れてくるんでしょ?手伝いに来たよ」

キキがニコニコ笑ってそう言ってくれる。

「大丈夫だって言ったんだけどね」

「いつもごちそうになってばかりじゃ申し訳ないですからね」

レオナママの言葉に、アイナさんはそう答えて柔らかい笑顔を浮かべた。

 「料理するんでしょ?一緒にやろう!」

「じゃぁ、お願いしようかな」

「ほら、貸して!」

キキはレベッカと話して、レベッカの手から買い物かごを奪い取るようにして担ぎ上げた。

「さぁ、なんでも言ってよ料理長!こうみえて、割と手際は良いと思うんだよね」

キキがそんなことを言って、アタシを見つめてくる。りょ、料理長だなんて、や、や、止めてよっ!

アタシまだそんなんじゃなくって、いや、レナママやレオナママの方が上手だし、そのえっと、だから…!

「ほら、急がないと!」

キキの言葉に、思わず顔を赤くして取り乱しちゃったアタシの背中をレベッカがポンッとたたいてくれた。

う、うん、そうだった。急がないと、量がたくさんだから、マライアちゃん達が先に帰って来て待たせちゃったら大変だ。

 「う、うん!よっし、じゃぁ、ペンション炊事隊、出動!」

「おー!」

アタシが調子に乗って叫んだら、レベッカとキキが乗ってくれて、掛け声をあげてくれた!

マライアちゃんは、きっと疲れて帰ってくる。

そりゃぁ、いつもの調子でヘラヘラ、ニコニコしながらなんだろうけど、

それでもいつだって、任務から帰ってくるマライアちゃんは、どっと疲れてる。

そんなマライアちゃんに、アタシの料理を食べてほしいんだ!

ママ達が作るのにかなうかどうかは分からないけど、でも、お疲れ様、って気持ちをたくさん込めて、

早く疲れを取ってもらえるように、ね!


 




 <現在、高度1500。シャトル、着陸態勢に入ります>

無線からフラストくんの声が聞こえて来る。

あたしは、それを聞いてハーネスを改めて確認してからマイクに返事をした。

「了解。こちらマライア。ハッチ内の減圧も確認。ペイロード開放して」

<了解>

フラストくんの声。あたしは、ハーネスであたしの体に固定してある姫様の体を抱いて、

もう片一方の手で、そばにあったウィンチの支柱をつかむ。

「カーラ、そっちも、一応何かに掴まって!」

「分かっている」

カーラはそう返事をして、剥き出しになっていた隔壁の鋼材に手を掛けた。

ビービーと言う警報音とともに、目の前のハッチが開いて行く。

強烈な風が巻き起こって、体があおられそうになるのを支柱を握ってなんとかこらえる。

まぶしい光で一瞬視界を奪われたけど、開放されたハッチのそとに見えたのは、あの眩い海と、懐かしい街並みだった。

「姫様、ゴーグル付けてね」

あたしは姫様にそう伝えて、それから自分も頭に付けていた防塵ゴーグルを目の位置まで下げる。

カーラの方も、それをしたのを確認してから、姫様の様子を見る。

少し不安げだけど、それほど怖がっているのは感じられない。さすが、と言うしかないね、こればっかりは。

3年前以上に肝が据わってるよ、姫様。

 なんてことを思ったら、姫様は振り返ってあたしに笑いかけてきた。

「3年前を思い出しますね」

「ホント!空を飛ぶなんてしなかったけど、あのときも相当過激だったからね!」

そう返事をしたら姫様は嬉しそうに笑って

「はい!今回も、お願いしますね、マライアさん!」

と言ってきた。

「任せといて!パラシュート降下は、空戦よりも慣れてるから!」

あたしはそう返事をして姫様の肩を叩いた。

 まぁ、慣れてるのは、パラシュート降下と言うか、イジェクションの方だけど、

こっちの訓練も、カラバでなんどもやってるから特に問題もない。

「こちらマライア、降下します!下で待ってるからね!」

<了解です、気を付けて!>

フラストくんの素直な返事が聞こえてくる。それを確認しながら、あたしは眼下を眺めた。

あった、見つけた!あれがあたし達のペンションだ!

「カーラ、先に飛んで!あの、赤い屋根の建物がそうだから、あの庭を目指して!」

「了解した!」

カーラの返事が聞こえて来る。あたしよりも、むしろカーラの方が心配だ。こんなこと、やったことないだろうに…

彼女の肝の据わり方も、正直尋常じゃない、って感じられる。

事実、彼女から伝わってくる感覚に、微塵の動揺もない。アクシズを率いていただけのことはある、か。
 


 カーラはハッチのすぐ際まで行くと、あたし達を振り返った。

「姫様を頼むぞ!」

「任せて!」

あたしは彼女のことばにそう返事をした。そしたら彼女は、ニコっと笑顔を見せて床を蹴り空中へと身を投げた。

あたしは、姫様と息を合わせながらハッチのところまで行って下を眺める。

そこには、白いパラシュートが漂っているのが見えた。うん、大丈夫そうだ。

「姫様、あたし達も行くよ!」

「はい!」

姫様の返事が聞こえてきた。よし、じゃぁ、行こうか。アヤさん、今帰るよ!

 あたしはそんなことを思いながら、ハッチを蹴って機体の外に身を投げた。

地上の方から、強烈な風が吹き付けてくる。あたしはそれに乗れるよう体制を整えて、うつぶせに地上を向く。

落ちる距離が長くなると、マイナスGのあの気持ち悪い感覚もすぐになくなっちゃって、体が解き放たれたみたいになる。

それでも、この風圧は侮れない。宇宙遊泳とはまたちょっと違うんだ、大気圏の降下、ってのは。

 あたしはまた、片手で姫様を支えて、もう一方の手を背負っていたパラシュートに伸ばしてその取っ手を引っ張った。

途端に、ガツンと言う強烈な衝撃が走って、空に引き戻されるような感覚に襲われる。

次の瞬間には、綺麗に広がったパラシュートに吊り下げられていた。風は…南から、かな。時期が時期だし、読みやすい。

「フラストくん、降下した。ハッチ閉めて、空港へ向かって!」

あたしは無線にそう叫ぶ。

<了解です!>

付けていたイヤホンから返事が聞こえた。あっちはあっちで、地球での慣れない着陸になるだろうから、

集中してもらわないとね。まぁ、あたしも、それほど悠長に構えているほど、余裕ないけどさ。

 無線を終えて、あたしはバラシュートのコントロールラインを握る。ペンションの庭に降りるんなら…

そうだな、すこし南に下って、そこから風に乗ってアプローチするのが良いかな…あ、カーラも同じ発想みたい。

あれに続いて降りよう。

 あたしは右で握ったコードを引っ張ってパラシュートを一度南へ向ける。そこから旋回しつつ、位置を会わせる。

高度は、900。位置は…すこし、西に寄っちゃったかな?微調整しながらのアプローチになりそうだなぁ。

 そんなことを考えながら、あたしはパラシュートをさらにコントロールする。眼下の街並みが近づいてくる。

もう、手が届くんじゃないかってくらいの距離だ。ペンションも、窓が見えてくるくらいにまで近づく。

庭先に、誰かいるな…あれ、レオナかな?

待って。カレンさんもいる!あたしは、それに気が付いてなんだか異常に嬉しくなった。

もう!パラシュートって加速できないから嫌いだよ!

 そんなことを思っている間に、カーラが庭先に無事に着地した。

いや、すごいよね、ほとんど初めてのはずなのに、ちゃんとあそこに降りられるなんて…。

あたしもそれに続いて、小刻みにコードを引きながら位置を調整して、庭の芝生の上に、サクっと降り立った。

コントロールコードをギュッと引っ張って、パラシュートの孕んだ空気を抜いて、庭の上に降ろす。

ほとんど反射で、姫様のハーネスを外して、芝生の上に広がったパラシュートを丸めて、

体から外したハーネスでギュッと固定する。これで、片付け完了、っと。
 


 それからあたしは、改めて、足元を見た。

帰ってきた…あたし、帰ってきたよ!地球に!アルバに!ペンションに!みんなのいる、あたしの居場所に!

「ただいま!レオナ!カレンさん!」

あたしは、二人にそう叫んだ。

「お、おかえり、マライア…」

レオナはなんだか、呆然としている。

反対にカレンさんは、あたしの天使ちゃん達と同い年のミックを抱きながら大声で笑っていた。

「珍しい船が来てるなと思ったら、あんた、なんでそんなことやってんのよ!」

ケタケタと笑うカレンさんがなんだか嬉しくって、あたしは思わず笑顔になっていたけど

「いやさ、こっちの子、有名人になっちゃったからね。許可自体は下りてるんだけど、

 空港やなんかを使うといろいろと面倒で。だったら、空挺降下で直接来ちゃえばいいかな、って思ったんだ」

あたしが説明したら、カレンさんはなおも笑って

「あははは!そういうとんでもない発想は相変わらずだな!」

なんて言う。もう、変わった発想をするのは、カレンさんにはかなわないよ、正直。

「あ、あの、マライアさん?」

不意に姫様がそう声を掛けてきた。あっと、いけない。そうだったね、ちゃんと紹介しなきゃ。

「カレンさん、レオナ。この子が、例の」

あたしはゴーグルを外して、二人に姫様を紹介する。すると姫様は丁寧な口調で

「初めまして。ミネバ・ラオ・ザビです。

 こちらではルオ商会に用意していただいたジュリア・アンドリュース、と名乗らせていただきます。よろしくお願いします」

とあいさつをした。

「あぁ、こりゃご丁寧に。私は、カレン。カレン・マクレガー。こっちは息子のマイケル。ミックって呼んでやって」

「私は、レオナ・パラッシュです。よろしくお願いします、ミネバ様…あ、いえ、ジュリア」

二人も、そう言ってミネバ様に自己紹介をする。ふと、姫様が、レオナの顔を見て、表情を変えた。

「あなたは…」

あぁ、そっか。うん、確かにそっくりだもんね、レオナ。

「ジュリア、レオナは、マリーダ達プルシリーズのオリジナルなんだよ。彼女の遺伝子から、プル達は作られたんだ」

あたしが簡単に説明したら、姫様は神妙な面持ちになって、

「そうですか…一族の者が」

「あーっと、なしなし、そう言うの、なし!」

何かを言いかけた姫様の言葉を、レオナは声を上げて遮った。それから、みんな大好きなあのまぶしい笑顔で姫様に言った。

「なにはともあれ、今、私は幸せです。だから、そう言うのは全然良いんですよ」

レオナの言葉に、姫様が微かにどうようしたのを感じた。

ふふふ、ここはこんなこと言う人ばっかりだから、これくらいでグッと来てたらあとが持たないよ、姫様!
 


 「マライアさん!」

不意に声がした。顔を上げたら、デッキにアイナさんが出て来ていた。

「あれ、アイナさん!来てたんだ!」

あたしが飛び跳ねて手を振ったら、アイナさんはサンダルをつっかけてあたし達のところまで小走りにやってきた。

「はい、お客さんがお見えになるとうかがったので、お手伝いをさせていただこうかと」

「あー、そういうの良いのに」

「ふふ、それは名目で、騒がしくするのなら混ぜていただきたかったんですよ」

あたしの言葉に、アイナさんはそう“言い換え”た。

本当に手伝いに来たんだろうけど、そう言った方が、あたし達が気を使わない、ってのを、アイナさんは分かってるんだろう。

付き合い長いしね。そう言うのは、すごく嬉しいよ。
 


 「なぁ、マライア。あっちの人は…?」

と、今度はカレンさんがそんなことを言って、指を指した。

「えぇい、布風情が!この私に刃向おうというのか!おっ、大人しくせんか!」

そこには、風にあおられるパラシュートのキャノピーを畳もうと悪戦苦闘しているカーラの姿があった。

「あぁ、ごめんごめん、大丈夫?」

あたしは慌てて彼女のところまで駆け寄って、一緒になってパラシュートを畳んであげた。

ようやく一息ついた彼女にもみんなを紹介しなきゃな。

「えっと、こっちは、カーラ・ハーマン。姫様の側近みたいな人かな」

「見苦しいところを見せて申し訳ない」

カーラは、微妙に赤くなりながら、仏頂面でそう自己紹介をする。んー、なんだろうな、この子は…

意識してやっているのか、素なのか、まったくわかんないんだけど…

これ、意識してやってるんなら、相当の策略家だよね。

い、いや、待ってアクシズを率いて、一時期は地球の半分を制圧してた彼女だよ!?

も、もしかして、狙ってやってるの!?だとしたら、恐るべしだよ、アクシズ摂政ハマーン・カーン!

 「あなたは…ハマーン、なのですか…?」

そうそう、ハマーンなんだよ、この人。こんなだけど、モビルスーツに乗せたらすごく強くて勇ましいんだから…

って、あれ?なんでハマーン知ってるの?

あたしはハッとして、そう言った声の主、アイナさんに視線を送った。

と、次の瞬間、傍らにいたカーラが激しく動揺するのが伝わってきて、今度はそっちに視線を向ける。

そしたらカーラは、ガクガクと全身を震わせながら、半分目に涙を浮かべて、言葉をなんとか紡ぎ出していた。

「…!?ま、まさか…ア、アイ、ナ、姉様…なのですか…?!」

ア、アイナ姉様…?え、待って、ちょっと待って!知り合い?二人は、知り合いなの!?

「ハマーン!」

そんなあたしの混乱をよそに、感極まっているらしいアイナさんがそう叫んでカーラに駆け寄った。

「アイナ姉様!」

カーラもカーラで、アイナさんの腕の中に飛び込んだら、すがりつくようにして身を震わせシオシオと泣き出した。

その姿はまるで、10歳くらいの子どもに見えた。いったい、なにが起こってるの…?

た、確かアイナさんって、ジオンの名家の娘さん、だったよね。

確か、ハマーンも、カーン家って言ったら、ザビ家の腹心みたいな存在だった、って話は聞いたことあるけど…

もしかして、知り合いだったのかな?あれ、もしかした、あたし、また“引いた”?

い、いや、さすがにもしそうだったら自分が怖いって言わざるを得ないけど…

でも、そっか…そんなこともあり得るかもしれないね…アイナさんがもしかしたら、

家族も、部下も、愛した人も失った彼女に唯一残った幼い頃を知っている人なんだとしたら、そりゃぁ、嬉しいだろうな…

ふふ、思ってもみなかったけど、でも、良かったかな。だって、カーラから伝わってくる感じは、悪い感覚じゃない。

本当に、子どもみたいな無邪気で、純粋な手触りがする。難しいことはいろいろあるだろうけど、

でも…カーラの姿を見ていたあたしは、そんなこと考えもせずに、ただただ、嬉しいな、って、そう感じていた。

 
 




つづく。

これでいいのか、良くわからないUCおまけ編、たぶん、次回最後の一山…だと思うw
 

おつおつー!


カレン…マクレガー…だと?

おおおお俺のカレンがああああああ!コンチクショー!
でも相手がダリルじゃ手も足も出ねぇよベストカップルだよ幸せになりやがれコンチクショー!

とりあえずEP6相当のところまでなら読んでもいいかとか思ったのが間違いだった
もう5月17日とか待てない全部読んでくる

公王の肝入りのジオン貴族のサハリン家とザビ家に近しいカーン家に蛟竜があったとするのはわかる
>家族も、部下も、愛した人も失った彼女に~
チョットマテ シロードーシタ…(゚ロ゚;)



しかしなんだな。
キャタピラはハマーン様を萌えキャラにしないと気が済まないようだな。
いいぞwwwもっとやれwwww

以前にも書いたけど、原作キャラとオリジナルキャラの境界が曖昧。
これはひとえにオリジナルキャラの作り方が上手いのと、原作キャラの解釈が非常にしっかりしているからだと思う。

何が言いたいかというと、
「キャタピラが感じたままに動かせば収まるところに収まるよ」
って事。
引っ掻き回すヤツがいてもちゃんと抑えるヤツもいるんだから。好きに書いてしまえww

乙!

もうマライアたんは出会いや再会を司る天使だろwwww
またもや「引いて」しまった天使なマライアたんマジぺろぺろぐへへ
ハマーン様もパラシュートにプンスコしたりアイナとの再会に泣き崩れたりと可愛すぎてたまんねえですよ

物語ラスト後のバナージをどう表現するかが結構気になってたんだけど、個人的に違和感なくて良い感じ
アルバの面々に囲まれての療養は確かにすげえ効果高そうだよねwwww

あと、原作があるのだからこれでいいのかと不安になるのは分るが>>358が全て言ってくれた
キャタピラの思う通りに書いてくれればほぼ間違いなく良い形になると思うし、俺達も楽しく読めると思うんだよね

ところでこのハマーン様はツインテールですよね

もうアルテイシアの真似する必要はないしな
しかし直近の誰かの影響でまた新しい髪型になってる可能性もある?

つまり私の影響で私好みの髪型になっておられるのだな

test

>>351
感謝!
お、マクレガーがダリルの姓だって気が付いてくれて良かった!
カレンさんはハガードさんでしたからね!

二人のラブラブはイメージできないんですが…なんかこう、すごくサバサバしたカップルなんじゃないかなぁと…w

>>353
そんなに大事な(ry
感謝!!
ぜひぜひ読んじゃって!

>>357
>公王の肝入りのジオン貴族のサハリン家とザビ家に近しいカーン家に蛟竜があったとするのはわかる
そんへんのことは、後日アイナさんから説明があると思われます。
ご指摘の部分、ちょっと文の構成が微妙でした…彼女、というのはハマーンを指してますです。


>>358
感謝!!!

ハマーン、別に萌えキャラにしたいわけじゃないんですよ?
ただ、シャアの呪縛から解かれた彼女は、きっとかわいい人に違いないんだろう!という…ね?w

嬉しいお言葉、超感謝!!
今、めちゃくちゃ難産だけど、頑張ります!


>>359
感謝!!!!

来たな、ペロペログヘヘの人!w
バナージは、あの後、意識を取り戻したっぽい描写もあるみたいですが、キャタピラ的にはカミーユ状態くらいが適当なんじゃないかと思ってます。
ユーリ博士とナナイの手に掛かり、カミーユの支援もあれば回復も早いでしょう。

嬉しいお言葉、超感謝!!!
でもね、あのね、難産なんです…


>>360
ツインテールじゃないかな…もういい大人ですので…アルテイシアカットを適当に伸ばしっぱなしにした髪型のイメージ。
ポニテっぽいのかも?後ろで結わいてる、きっと。


>>361
ハマーンたんはきっとそう言う生き方をやめようと思うに違いないと思っています…が、決意の断髪式はありそうかも。


>>362
マシュマー乙!


>>363
生きてますよー?



さて、一週間も投下できないとか前代未聞ですが…キャラとそれぞれの人生を一気に持って来過ぎて
大変、混乱し、困っております…書いては消し、消しては書いての繰り返しで、話があんまり進みませぬ。
もう少々お待ちください…構成が、構成さえ組み立てられれば、書きたいことは決まっているんです!

ってなわけで、もう少しだけ、よろしくお願いします。

やっぱりしっかり作られてていいな~。

ただ…やらないかもしれないけど、この後閃光までをやるならマリーダさんやプル達みたいに、ハサウェイが生き残る展開だけはやらないで欲しいな。

理由や理想はどうあれ、テロリストだったハサウェイが銃殺されて終わるからこその閃光の物語であると思うし。

>>364
ユーリやナナイ、カミーユ先輩までいるんだもんなあ
バナージの明日は明るいww

例え難産であっても素晴らしい子が生まれてくると分っているから安心して待っていられるよ
とかいうとプレッシャーに感じてしまうかもしれんけど、お世辞も飾り気もなく本心だからお気になさらずwwww

ほらヒッヒッフー、ヒッヒッフー
難産に喘ぐキャタピラぺろぺろぐh…いやこれは違うな

やっぱり巡りあわせの天使なマライアたんにこそぺろぺろぐへへ

>>365
感謝!お褒め頂けて光栄です!
ハサウェイ?チェーンを殺したあの男をキャタピラが許すとでも?w

366
難産は苦しいものです…
バウ、モデルが劣化してたみたいで、サフ拭いて塗装したらあっちこっちボロボロともげちゃいまして…

>>367
いつもレス&お褒め頂き感謝!


お待たせしました!

とりあえず、繋ぎ的な印象がありますが、投下します!

 




 アタシはそのとき、港で船のメンテナンスをしているところだった。

ロビン達が張り切って夕飯の準備なんかを始めるもんだから、

手持ち無沙汰だと言って、珍しくレナが港まで着いて来て、一緒に船のチェックをしてくれている。

なんだか、こういうのは久しぶりだ、なんて思うところもあるけど、

案外、ちょこちょこっと二人で過ごす時間はある。特にどちらかが宿直当番でペンションに残ってるときの夜なんかは、

まぁ、二人で宿直しているようなもんだからな。

 「アヤ、細いパイプのところの油の跡は大丈夫なの?」

エンジンルームの方から、レナの声が聞こえる。

アタシは、二階部分の計器のチェックを中断して、下を覗き込むようにしてレナを見やる。

「細いパイプ?んー、ラジエーターのところの?」

「たぶん、そう」

「あぁ、なら大丈夫。それは、一昨日アタシが吹いたサビ落としの跡だと思う」

「そっか、なら、こっちは大丈夫」

レナがそう言いながら、後部デッキの床下から這い出てくる。

こっちの計器は、去年新しいのに入れ替えたばかりだから、調子が良い。

船自体は、もうちょっと型落ちにもほどがあるんだけど、手入れはちゃんとしてるから、

機関部も内外装も、まだまだピカピカだ。さすがにこいつを買い替えるとなると、

もう一軒母屋を建てるくらいの金額がとんでっちゃう。

工面できない額じゃないけど、まだまだ元気に走るし、それにレナが手放させてくれないだろうし、

まぁ、アタシも愛着があるから乗り換える気はさらさらないし、な。

 「エアコン、治ったんだっけ?」

レナがデッキの床を閉めながらそう聞いてくる。アタシはラダーでレナのいるデッキに降りてから

「たぶんな。もしあれでダメなら、いよいよ大元を替えるっきゃないけど、たぶん大丈夫だと思う」

エアコンの方はちょっと調子が悪い。まぁ、空調の機械を取り換えるのは大して金額はかからないけど、

もし替えるとなると、後部デッキの点検口から出し入れができないんで、

床板を取り外すところから始めなきゃいけないから、作業的に大がかりになる。

今日みたいな日は良いけど、普段はお客がひっきりなしだから、そんな暇はないしな。

できたらもうしばらく、機会がくるまでは誤魔化しながら使っていく方が都合がいい。

 アタシは、船内の操舵室に置いておいたクーラーボックスの中からソーダの瓶を2本取り出してその1本をレナに手渡す。

 


「ありがと」

レナは笑顔で短くそう言って、栓を切って瓶に口を付け、ふぅ、と一息吐く。

アタシもレナをマネして一口飲んで、ふぁっと大きく息を吐いた。

 クークーとウミネコが鳴いている。ザン、ザン、と船底を波が叩く音も心地良い。

アタシは、デッキの手すりに腰掛けてレナを眺める。レナは、クシャっとなった髪を結い直していた。

もう数えきれないくらい見てきたそのしぐさだけど、なんだか毎回、あの旅の車の中で、アタシが変装をさせたときのことを思い出す。

あのテンガロンハット、どこやったけっけな…なんて思っていたら、ふと、何かが肌に触った気がした。

「ん…?」

同時にレナも、何かに反応する。これ、上?空か?

アタシは、その感覚に導かれるように、青く澄みきった空を見上げた。

そこには、見たことのないタイプの輸送艦が滑空するんじゃないスピードで移動しているのが見えた。

エンジン音もそれほど大きくない、ってことは、あれは、ミノフスキークラフト機か。

気配もするし、あれで間違いなさそうだな。

「あれに、マライアが?」

「そうみたいだな」

アタシとおんなじように空を見上げているレナにそう返事をしたのもつかの間、

何かが、輸送艦から零れ落ちるのが見えた。

黒いつぶのように見えたそれは、ビンビンと、ニュータイプの感覚を放っている。

そのうちの一つは…マライアか?あんた、何を…?

 次の瞬間、その黒い粒から白い物がパッと広がった。

「パラシュート?」

レナのつぶやく声が聞こえて来る。

あぁ、うん、パラシュートだな…マライア…あんた、なにやってんだ?

わざわざそんなことをしなきゃいけない理由…例の、姫様って子のため、か?

そんなことを思っていたら、もう一つ、空にパラシュートが開く。

二つのパラシュートは、いったん、島の南側に旋回して見せてから、居住地区へのアプローチをする体制に入った。

「あ、あいつ、まさか…!?」

「なに、どしたの?」

「あのバカ、あのままペンションに降りる気だ!」

「えぇ?!どうして?!」

「例の姫様のためだろ。まったく、あいつの思考回路はどうしてこうも突き抜けてんだよ!」

アタシはそんなことを言ってから、ソーダの瓶の中身を一気にあおって飲み干した。それからすぐに

「レナ、急ごう!」

「うん!」

アタシの声掛けで、レナはすぐに全部を理解してくれたようだった。
 


アタシ達は船室やエンジンルームの施錠を済ませ、二階の操舵塔にシートをかぶせて船からハーバーに飛び降りた。

そのまま、二人でならんで、オンボロまで小走りで行って飛び乗る。

キーをひねったら、素直にエンジンが掛かってくれた。こいつも、良く走ってくれるよな。

もう、100年選手なんじゃないのか?

これ、骨董品のレベルだよ!そんなことを思いながら、それでもアタシは構わずにアクセルを踏み込んだ。

オンボロはまだまだ、と主張するつもりなのかどうなのか、グングンとスピードが上がっていく。

ハーバーを出てペンションへの坂道を駆け上がると、そこには、庭先で談笑しているマライア達の姿あった。

 車をガレージの方へ回すと、マライアがアタシ達に気が付いて、手を振ってきた。

アタシはガレージの前に車をとめて、外に飛び出した。

「アヤさん、レナさん、ただいま!」

「おかえり、マライア!」

アタシが言うよりも早く、レナが笑顔でそう言って、マライアに駆け寄る。

アタシはそんな二人が抱き合って喜ぶ様子を遠巻きに見つめてから、芝生を踏んで二人に歩み寄った。

「相変わらず、今回も派手にやらかしたらしいな」

アタシがそう言ってやったらマライアはエヘヘと笑って

「いやぁ、こんなことになる予定はこれっぽっちもなかったんだけどね」

なんて言う。まぁ、大目に見てやるよ。

全員無事で帰ってきたし、何より、ロビン達の表情の変わりようったらなかったもんな。

きっと、代わりの効かない、大事な体験をさせてくれたんだろう。

「まぁ、無事で何よりだ」

アタシがそう言ってマライアの頭をポンポンと撫でてやったら、マライアはパァっといつもの笑顔を浮かべた。

まったく、いい歳していつまでも妹の気でいるんだからな。

宇宙をまたにかけて、なんだかんだ大舞台の隅っこで重要なことを毎度毎度やってきてるマライアにこういう表現もなんだけど、

いいかげん、しっかりしてくれよな、ホント。

いや、こう思っちゃうアタシ自身が、マライアを妹だと思ってるからなのかもしれないな。

だとしたら、まあ、これはこれで良い、ってことにしておくか、うん。

 「で、なにがどうなってるの?」

レナが改まってマライアにそう聞く。確かに説明は欲しいよな。

なんか、アイナさんに抱きついて泣いてるのもいるし。アタシもマライアの顔を見て頷いて見せる。

そしたらマライアは、あっと思い出したような顔をして

「ごめんごめん、今紹介するね」

とあわてた様子で言った。いや、忘れてたのかよ!どれだけアタシとレナに夢中なんだよ、あんたさ。

「こっちが、噂の姫様。顔が知れちゃってるから、空港でパニックにでもなったらイヤだったんで、パラシュート降下で来てみたんだよ」

「ミネバ・ラオ・ザビです。こちらでは、ジュリア・アンドリュースと名乗らせていただきます。よろしくお願いします」

ジュリア、と名乗った彼女は、どこか凛とした芯のある強さを感じさせる子だった。姫様、ね。

こりゃぁ、イメージとちょっと違ったな。

姫様、なんて呼んでたから、もっと高飛車でお高くとまったのを想像してたけど、この子はどっちかって言うと、

そう言うのとは無縁の、奔放な感じを受ける。それにしても、なんだろう、この感じ、なんだか、マライアを見てるのと同じ気持ちになってくるな…

マライアと違って、かなりいろんなものを背負いこんで、苦労してきたんだろうな、って感じるけど、それでも、この子の強さはどこか、マライアに似ているように、アタシには思えた。
 


「よろしく頼むよ。アタシは、アヤ・ミナト。このペンションのオーナー」

「初めまして、ミネバ様…いえ、ジュリアさん。私は、レナ・ミナト。アヤの妻で、同じくペンションを切り盛りしています」

アタシに続いて、レナもそう挨拶をする。と、ジュリアの表情がキョトン、となった。あぁ、まぁ、そうなるだろうな…そう思ったら案の定、ジュリアは

「妻、ですか?」

と首をかしげて聞いてくる。

「あぁ、まぁ、それについては、おいおい話すよ」

アタシ達の会話に、苦笑いしたマライアが割って入ってきた。

それから今度は、アイナさんに抱き着いてメソメソないてる方の女性を指差して

「彼女は、カーラ・ハーマン。元アクシズの摂政で…どうも、アイナさんの知り合いだったみたい」

と相変わらず苦笑いでそう言ってくる。その表情、ってことは、あんたも知らなかった、ってことか?

そう思ったらマライアが

「そうなんだ」

と返事をした。まぁ、よくわかんないけど、あとで話を聞けばいいかな、そっちも。

それよりも、こんなところでずっと立たせておくわけになんていくわけない!

「まぁ、とりあえず、ようこそ!アルバへ!上がってくれよ!なにか冷たい物での出すからさ!」

アタシは気を取り直して、出来る最上級の笑顔でそう言ってやった。マライアから、話は聞いてる。

この子達が、どんなに重い物を背負って戦ってきたのか、を。そんなのさ、ほっておくわけにはいかないだろ。

ここはアルバで、アタシ達のペンションなんだ。山ほどつらい経験をしてきてヘロヘロにくたびれた心を、

ピンっと洗い直してまっすぐに出来る、アタシの自慢の場所なんだからな!
 


「あぁ、それなんだけど、ね、アヤさん」

アタシの言葉に、マライアがそう口を挟んできた。

「アヤだ、っつってんだろ?」

「慣れないよ、やっぱり、それ!あぁ、それより、ちょっと車貸してほしいんだ。ユーリさんのところに行きたいんだよね」

「ユーリさんのトコ?なんでだよ、注射なら明日以降でも良いだろうし、今夜はこっちに来てくれる手筈になってるよ?」

アタシがそう言って首を傾げたら、マライアはなんだか口ごもった。言いにくい、ってことじゃないらしいけど、

説明が難しいな、って顔してる。あぁ、分かった分かった、悪かったよ、マライア。

なんか、やらなきゃいけないことがあるんだな…

「分かった。ほら、キー」

アタシはそう言って、乗ってきたポンコツのキーをマライアに手渡した。

「ありがとう、アヤさん」

「アヤで良いって」

「だから!それ、あたしにはすっごく不自然なの!」

アタシが言ってやったら、マライアはそう頬っぺたを膨らませて言い返してきた。でも、すぐに笑顔になって

「でも、そう呼んで欲しい、って言ってくれるのは、すごく嬉しいよ!」

なんて言葉を添えてくる。アタシとしては不満なんだけど…

まぁ、マライアがそう言うんなら、強制させるようなことじゃないよな。

マライアに言わせりゃぁ、アタシとレナは卵子提供しただけで、

マライアと結婚したわけでも養子縁組したわけでもないし、ただアタシがいつまでも妹扱いしてちゃいけないかな、

なんて思うからそうしてほしいって思ってたんだけど…それを言ったら、アヤさんはアタシの姉さんでしょ!?

なぁんて、軽々言いきるから、反論できないんだよなぁ。ホントに、出来の良い妹で、幸せだよ、アタシさ。

 アタシはマライアの頭をポンポンと叩いてやった。そしたらマライアは満足そうに笑って、

「じゃぁ、ちょっと行ってくるね。夕飯までには戻るから!」

とふざけて敬礼なんてして見せた。

「あぁ、行って来い。いつものバーボン用意して待っててやるからな」

アタシも、そう返事をしながら、二本指で敬礼を返して、マライアに笑いかけてやった。



 





 玄関のチャイムが鳴った。

と、それまでリビングテーブルに座っていたマリーダが、椅子の上で飛び上がったと思ったら、

インターホンの受話器に飛びついた。

「こ、こちらマリーダ!」

「いや、無線じゃないから普通で良いんだよ、マリーダ」

マリがクッキーをモサモサと頬張りながらそんなことを言って

マリーダが耳に当てている受話器に反対側から耳を押し付けて一緒になって電話を聞いている。

「あぁ、分かった…えぇっと…」

「マライアちゃん、もう着いたんだ!上がって上がって!」

マリーダの代わりにマリがそう言ったら、階下でガチャン、とドアの開く音がした。

マライアちゃん、帰ってきたんだなぁ。無事で良かった。みんなも平気だって話だけど、なんだか折り入って、

母さんに話したいことがあるから、っていう連絡を受けていたから、ちょうど待っているところだった。

母さんは下の診察室でなにか調べものをしていて、ママもそれにつきあっているらしい。

 「カタリナ、お湯、まだある?」

そんなことを考えていたら、一緒にキッチンに立っていたプルがそう聞いて来た。

あ、いけない、そうだね、マライアちゃんのお茶、淹れてあげないと。

「二人分。姫様も一緒みたい」

プルが優しい笑顔でそう言った。姫様…?それって、ミネバ様、だよね?え?来てるの?

ちょ、大丈夫かな…家、その、そんなに広くないし、このお茶も安物だけど…

「プ、プル、あっちの、こないだ患者さんにもらった高い方のお茶にした方が良いかな?」

「あぁ、そんなに気を遣わなくても大丈夫。何もなければ、ただの普通の女の子だから」

私の心配を感じ取ってくれたのか、プルはそんな風に言って、私達の分のお茶を淹れたポットにお湯を足して、お客様用のカップに注いだ。

そ、そっか…それならいいんだけど…あ、でも、お茶菓子くらいは、確か戸棚に先週買った美味しいのがあったよね。

それ、出してあげないと、お口に合わなかったら大変!
 
 そう思って慌てて食器棚の上の戸棚を上げて箱を出した私を見て、プルはクスクスと笑った。

もう、仕方ないでしょ、これでも私だって、元々はアクシズにいたんだから!姫様、って言われたら、緊張しちゃうよ!

プッと頬っぺたを膨らませたら、プルはなおもクスクスと笑って

「ごめんごめん、悪かったよ」

なんて言って、私の手からお菓子の箱を受け取ってくれた。

 そうこうしているうちに、マライアちゃんがリビングに顔を出した。
 


「やっほー、ただいま!みんな元気ー?」

相変わらずの明るい声。聞くだけでなんだか気持ちを元気にしてくれるこの感じは、本当に、アヤさん譲りだよね。

「おかえり、マライアちゃん!」

そう叫んでマライアちゃんにタックルで突っ込んだマリが、腕を取られて動きを封じ込められ

マライアちゃんに撫でまわされている。マリの方も嬉しそうで、まるで甘えてる猫みたい。

と、マライアちゃんの後ろから、メルヴィに良く似た女の子が姿を現した。あれが…姫様…!

私はちょっとだけ、緊張が込み上げてくるのを感じた。そしたら次の瞬間にはプルが脇腹に人差し指をめり込ませて来た。

「ひぃっ」

思わずそんな声を上げながら身をよじってしまう。な、なにするのよ、プル!

そう思ってプルを見たら、彼女は相変わらず、クスクスと笑っている。

うぅ、分かったよ、分かったから、ちょっと時間を頂戴、すぐに慣れるから!

「姫様!」

「マリーダ…!無事で何よりです…!」

「姫様こそ…!放送、拝見しました。ご立派でした…!」

マリーダの目にも、ミネバ様の目にも涙が浮かんでいる。この二人も、不思議な関係だな…

突き詰めれば、血は繋がっているから、私とプル達と似てるけど私とプル達は異父姉妹、ミネバ様とプル達は…

親戚みたいな間柄のはずなんだけどね、たぶん。でも、こうして見ていると、本当の姉妹みたい。

ううん、家族に本当も嘘も、きっとないんだ。そうだって思えれば、家族になれるんだよね…ね、マライアちゃん?

 そう思って、二人の様子を柔らかい笑顔で見つめていたマライアちゃんに投げかけたら、

彼女は私にも、同じ笑顔で笑いかけてくれた。

 「すまない、遅くなった」

そんなところに、一階から母さんとママが上がってきた。手には分厚いファイルを持っている。

「あぁ、ユーリさん、アリスさん」

マライアちゃんが二人に気が付いて声を掛ける。

「状況を聞かせてくれる?」

ママが少し険しい表情でマライアちゃんにそう言った。

マライアちゃんは、それを受け止めたみたいに、笑顔をキュッと引き締めて、ミネバ様達に言った。

「ジュリア。ちょっといいかな。彼女が、シャトルの中で話したドクター・ユリウス。

 こっちは、ドクター・アリシア。二人ともニュータイプ研究の権威なんだ」

「あっ…この度は…お力添えをいただけると伺いました…感謝してもしきれません。どうか、お願いいたします」

ミネバ様は、そう丁寧に二人に頼む。そしたら、それを見た母さんは急にヘラっと表情を変えて

「あぁ、そう言う形苦しいのは、良いよ。これでも医者だし、

 ニュータイプのこととなると、軍事開発を切り開いて来た一端を担ってたんだ。

 もう責任を背負いこんでる、なんて言うつもりはないけど…でも、困ってるって言うんなら、助けにはなるはずだ。

 話を聞かせてくれるか?」

母さんは、ミネバ様にイスを勧めながら、自分もドカッと腰を下ろしてそう言った。

「…はい」

ミネバ様は母さんの目を見て、はっきりと、力強く返事をした。
 


 ここに二人が来るって話は、昨日の昼間に連絡を貰った。マライアちゃんが、直接母さんと話したい、って言うんで、

診療中だった母さんにわざわざ電話を繋いだ。

夕食のとき、母さんはマライアちゃんに聞かされたことを教えてくれた。

バナージ・リンクス、という名前の少年の話だ。彼は、ニュータイプの能力の使い過ぎで、精神をやられてしまったのだという。

それを、この島の病院に入院させて治療をしたい、というのが、マライアちゃんの話だったのだという。

それを聞くや、マリーダが持っていたスプーンを取り落とした。マリーダも、彼のことを知っていた。

まだ16歳で、あの白いユニコーンのモビルスーツに乗っていたんだという。

そのモビルスーツには、サイコフレームと言う機材?が積み込まれていて、

それは、ニュータイプのサイコウェーブを増幅させるもので、マリーダは、その波にのまれたんじゃないか、って話をしていた。

その点は、マライアちゃんからの説明で、母さんもおおむね聞いていたらしい。

その話に一番興味を示したのは、ママだった。

それは、すごく単純に、そのバナージって子が心配だから、というんじゃなくて、技術的なところに何かを感じたんだと思う。

もちろん、バナージって子がどうでも良いってわけじゃなかったけど…。

 そんなママはマリーダにサイコフレームについてあれこれ質問して、しばらく考え込んでから、

サイコフレームって言う物についての仮設を話してくれた。

それは、バイオセンサーに良く似たものだけど、それをさらに発展させたんじゃないかって話だ。

難しいことは正直良くわからないけど…サイココミュニケーター装置に必要な、

サイコウェーブを感知できる特殊なチップをモビルスーツのフレーム自体に均等に配置していき、

メイン回路から増幅させたサイコウェーブを送信することによって機体自体を遠隔操作する技術なんじゃないか、

と言っていた。

それ自体は、バイオセンサーっていうのもほとんど同じ発想らしいんだけど、

それは、いわゆるファンネルビットの代わりに手足をサイコウェーブで操作するのに対して、

サイコフレームは電気信号のようにサイコウェーブがフレームを伝って各部を操作できるんじゃないか、って。

これまでどうしてもミノフスキー通信技術に頼っているところが大きかったサイココミュニケーターシステムも、

直接サイコウェーブを伝えることによってその精度も強度も高くできる可能性があって、

なおかつ、ファンネルビットのようにミノフスキー通信技術を使うにしても、

その精度や強度はこれまでとは比べものにならないかもしれない。加えて、サイコウェーブが電気信号ではなくて、

電波みたいなもので、サイコフレームのようにそれを感知して隣へ伝えるチップは、

共振を起こしていると考えられて、操縦者のサイコウェーブの出力と、

それを媒介するサイコフレームの量や質に依存している可能性もあって、

それがマリーダの言う、機体に飲まれる、ということなのではないかってことらしい。

うん、いや、後半からどころか、頭っから全然何の話だかは分からなかったけど、

ママの話をひとしきり聞いた母さんには理解できたようで

「要するに…その共振で返って感情神経が揺さぶられた、ってことか…外因による器質性の感情障害、って理解するのが順当だろうな」

とポツリと言った。
 


「治りますか?」

と聞いたマリーダに、母さんは渋い表情で

「仮説だらけだから何とも言えない…もし、脳の感情神経に物理的なダメージが出ているようなら、

 回復は簡単じゃない…いや、もう回復は見込めないだろ。逆に、一時的な混乱ってことも考えられる。

 それなら、時間を掛ければ正気にはなるだろう」

と答えていた。そのときのマリーダの心配げな顔は、まだ私の脳裏に焼き付いている。

ミネバ様を守ってくれた人、って言う感じだけでもなかった。

きっと、マリーダにとっての弟みたいな存在だったのかもしれない。

とにかく、大事な人なんだな、って言うのは、なんとなく分かった。

 「それにしても…なるほどな…その、サイコフレーム、ってのを暴走させて、光エネルギーすら防いでみせたのか…」

「やはり…難しいでしょうか?」

「正直、なんとも言えない。もし仮にマライアちゃんの言うように、

 ミノフスキー粒子を使って物理的な障壁を作ってそれを防いだとして、アタシにはそれがどの程度の負荷なのか、

 さっぱりわからないからな。とにかく、診てみないことには、何とも言えない」

母さんの言葉に、ミネバ様の表情は冴えなかった。ミネバ様どころか、マライアちゃんまで…

でも、そんな雰囲気を打ち壊すみたいに母さんがポンと膝を叩いた。

「ま、とにかく、早く会わせてくれよ。病院にいるんだろう?」

そう言って母さんはミネバ様にニコっと笑った。

「大丈夫。最善を尽くす、って、約束するよ」

母さんのそんな笑顔に、ミネバ様の表情が、かすかに緩んだ気がした。

 それからすぐに、私達はマライアちゃんの運転で病院に向かった。マライアちゃんが車を停めている間に、

私は母さんとマリーダにプルとミネバ様と一緒に、病院に入った。車の中でマライアちゃんのPDAに連絡があって、

こっちであのナナイ、って人が待っていてくれてるって話だった。
 


 病院のロビーを歩いていたらプルがふと、なにかに反応した。

「あれ…ジュドー?」

「え?ジュドーさん?」

プルの言葉に私が思わず聞き返した時、ロビーの奥へと延びている廊下から一人の男の人が姿を現した。

あれ、でも、あれはジュドーさんじゃない…よね?

「あれ、カミーユ」

プルはそう呟いて大きく手を振った。男の人は、確か、ジュドーさんと一緒に来てたカミーユさん…

カミーユさんもプルに気が付いたみたいで軽く手を振ると、私達の方に歩み寄ってきた。

「やぁ、待っていたよ」

カミーユさんはそう言ってプルに笑いかけた。それから、私達を一人ずつ見やり、ミネバ様に気が付くとまたニコっと笑って

「ミネバ様。彼が待ってますよ」

と優しい声色で言った。

「…はい」

ミネバ様は、そう返事をしてコクっとうなずいた。それから

「はじめまして。僕は、カミーユ・ビダン。元はエゥーゴのパイロットでした。

 僕も、今のバナージくんと似たような症状に陥ったことがあって…それで、何かの役に立てるんじゃないかと思い、
 こうして、一緒にここまで来ました」

と自己紹介をしてくれる。この中でカミーユさんを知らないのは母さんとマリーダかな。私は二人をチラっと見る。

そしたら母さんもニコっと笑って

「カミーユ、か。はは、かわいい名前だな、女の子みたいだ。アタシは、ユリウス・パラッシュ。

 医者だ。あんたとは逆に男みたいな名前だけど、あはは、笑わないでくれよな」

と懐っこく言った。それを聞いたカミーユさんは、なんだか嬉しそうな表情で母さんの言葉に応えてくれていた。

「みんな、お待たせ!」

そんなことを話している間に、車を置いたらしいマライアちゃんがロビーにやってきた。

「お揃いですね、それじゃぁ、行きましょう」

カミーユさんはそう言って、私達を先導して、奥にあったエレベータに乗って、病棟の5階へと向かった。

 エレベータを降りてすぐ、警備員が暇そうに突っ立っている扉の前に来た。ここは…閉鎖病棟だ…

この階は確か、精神科の病室がある階だったよね…隔離しておかないとマズイ、ってことなのかな…

なんだろう、私、そのバナージって人に会ったことないのに、すごく心配になってきた…

もし、見るに堪えないような状態だったら、どうしよう、なんてそんなことを考えてしまっている…

ズドンっと鈍い痛みが、脇腹に走った。振り返ったらそこには、優しい笑顔で私を見つめてくれているプルがいた。

「深呼吸。カタリナがそんな風に感じる必要はないんだから。

 むしろ、姫様とマリーダを支えなきゃいけないかもしれないんだよ?しっかり」

「う、うん、ありがとう、プル」

確かに、プルの言う通りだ。ここにバナージって人が入院しているんなら、

姫様はきっとこの島でしばらくは生活をするんだろうと思う。そうなったら、うちか、アヤさんのところにお世話になるのかな?

どっちにしても、プルの言う通り、私達がフォローして行ってあげなきゃいけない。

ミネバ様は強いけど、でも、これは戦ってどうこう、って言う話じゃないから、不安だったり焦ったりしちゃうかもしれない。

そう言うときは、私達の出番…そうだね、プル?

 そう思ってプルを見つめたら、プルは、どうしてか、母さんに良く似た笑顔をニコっと浮かべてうなずいてくれた。
 


 「ここです」

カミーユさんがそう言って、病室のドアを開け放った。私達は母さんを先頭にして部屋に入る。

 そこには、ベッドに上体を起こして呆然としている男の子の姿と、それを心配げに見つめる女性の姿があった。

あ…この人…

「ナナイさん!」

私は彼女を見て、思わず声を上げていた。ナナイさんが私達の方を振り返って、かすかに、表情を緩める。

「ナナイちゃん、お待たせ」

マライアちゃんがそう言って、ナナイさんに歩み寄って、それから、バナージって人らしい、ベッドの上の少年を見つめる。

「どういう状況?」

「特に大きな変化はなし、ね。ここへ移しても、特段反応がないと言うのが、良いことなのか悪いことなのか、判断はまだついていないけれど…」

マライアちゃんの質問に、ナナイさんはまた、顔をしかめる。

「バナージ…」

ミネバ様がそう呟くのが聞こえた。マリーダに至っては、固く唇をかみしめている…

二人にとって、彼は、大切な存在だったんだな…私にはそれが、痛いくらいに伝わってきて、やっぱり胸が締め付けられるようだった。

 「マライアちゃん、その彼女は?」

母さんが、そんな二人に声を掛けた。

「あぁ、ごめん。ユーリさん、彼女は、ナナイ・ミゲル、って言って、元ネオジオンの士官で、研究員。

 ナナイさん、この人は、ユリウス・エビングハウス博士。あ、今は、もうパラッシュだっけ?」

「ユリウス…エビングハウス?まさか、あの“感応能力者の遺伝配列の研究”の…?」

マライアちゃんの紹介を聞いたら、ナナイさんはなんだか驚いたような表情を見せて、母さんを見つめた。

母さんは、なんだか可笑しそうに笑って

「あぁ、あれね。ずいぶんと古いのを読んでくれたんだな。そうそう、それ、アタシが書いた論文だ」

と返事をする。それを聞いたナナイさんは、ピッと背筋を正して、

「お会いできて、光栄です」

と手を差し出した。母さんは、にこやかにその手を握ってから、バナージ少年を見つめる。

「これが、過感応の結果、か…脳波のデータ、あるかな?」

「えぇ、はい…こちらです」

ナナイさんはタブレット型のコンピュータを母さんに差し出す。母さんはそれをマジマジと見つめてふぅん、

と鼻を鳴らした。

「なるほどね…まるで、感情野を迂回して記憶野に直接バイパスしているような感じだな…。

 まぁ、逆説的だけど、当然かな」

「当然?」

母さんの言葉にナナイさんが聞き返した。そしたら母さんは、あぁ、と声を上げてから

「まぁ、あとで順を追って話すよ」

と言って笑って、ミネバ様の方を振り返った。それから、彼女の肩をポンとたたいて、また、笑う。

「彼も、彼の意思も、きっと生きてる。時間は多少かかるかもしれないけど…アタシが、必ず治してやる。安心しな」

そう言われたミネバ様の表情は、かすかに、だけど、安心したような気がした。
 


 「あの…“母さん”…」

不意に、マリーダがそう口を開いた。

「ん、どうした、マリーダ?」

「彼に、話しかけても構わないだろうか?」

マリーダは、すこし不安げに、母さんにそう聞いている。でも母さんは、ニコっと笑って

「うん、そうしてあげて。多分、脳神経自体に大きな損傷はないと思う。

 話しかけて刺激してあげれば、良い影響が出るかもしれないしね」

とマリーダに言った。それを聞いたマリーダは、コクリと頷いて、バナージくんのそばまで歩み寄る。

そして、虚空を見つめる彼の手を握った。

「バナージ…姫様を守ってくれて…感謝している…ありがとう。今度は、私がお前を助ける番だ。

 どんなに時間がかかっても…それでも、私は、お前と姫様のために、力を尽くすと約束する…

 だから、早く、元に戻ってくれ…頼む…」

「マリーダ…」

マリーダの言葉を聞いて、ミネバ様がそう呟いた。

なんだか、マリーダが、どれだけミネバ様のことを想っているかが、私にも伝わってきたような気がした。

そして、バナージくんにも、マリーダは、強い信頼を置いているようにも感じられる。

彼女は、確かにつらい経験をしてきた子だ。でも…それでも、彼女には、最後には、支えてくれる大切な人たちがいた。

支えなきゃいけない、守らなきゃいけないと思える人もいた。

きっとそれが、マリーダを戦場で生きながらえさせたんだろう。

強化人間の洗脳から、一線引いたところに、彼女をとどめさせたんだろう。

 きっと、彼女のマスターと言う人も、同じくらい暖かい人なんだろうな…

もう、ペンションに到着してるはずだよね…。

早く、会わせてあげたいな…私は二人の様子を見ながら、そんなことを思っていた。



 





 「やっと泣き止んだな、ハマーンちゃん…じゃない、カーラ、か」

「申し訳ありません…挨拶もせずに、このような姿を見せてしまって…」

「あぁ、まぁ、そう言うことは気にしないで。ウチのウリは、そう言うのを全く気にしないところだからな」

「ご配慮、痛み入ります…」

「あはは、あんまり畏まらないでくれよ、アタシもなんだか窮屈に感じちゃう」

母さんが、ソファーに座ってアイナさんにもたれかかっているハマーンさんに、タオルを渡しながら、そう言って笑っている。

いや、なんて言うか、ものすごくびっくりしてるけどね、アタシ。

だって、あのハマーンさん…あ、いや、カーラさんは、あのときフレートさん達の船で聞いた無線の人でしょ?

ジュドーさん達の知り合いだったって言う…あのときは、あんなにツンツンした声の人だったのに…

この変わり様は、一体どういうことなの!?

だって、今のカーラさんは、なんて言うか、アイナさんみたいに、おしとやかで丁寧で、イイトコのお嬢さん、って感じだ。

 「カーラさんは、アイナさんと知り合いだったの?」

レベッカはツンツンのカーラさんを知らないから、さして驚いた様子もなく、そうアイナさんに聞いた。

「ええ…私の一族、サハリン家も、ハマーンのカーン家も、元々はダイクン派の政治家の家系だったんですよ」

「ダイクン、って、確か、ジオンの…思想家、の?」

うんうん、その名前は、インダストリアル7でおじいちゃんから聞いたね。

ニュータイプの存在を言い当てる様な言葉を残したって言う人だ。

「ええ、そうです。ですが、当時の政争はすさまじく、私の父は、ダイクン派とザビ派の争いに巻き込まれて失脚し、

 その後に病死してしまったのです。

 その後、ジオン・ダイクンも亡くなり、ザビ派がダイクン派の政治家の粛清を行いました。

 その中をうまく生き抜いたのが、カーン家です。当主のマハラジャ・カーン様は、

 その後、サビ家の重臣として、政局にかかわることとなりました。私達兄妹は、父が亡くなってからしばらく、

 同じダイクン派で、交流のあったマハラジャ様に本当に良くしていただきました。

 兄が…当主としてサハリン家再興を目指すにあたって、サビ派に根回しし、

 受け入れていただける土台を築いてくれたのも、マハラジャ様でした」

アイナさんは、そこまでは難しそうにしていたのに、とたんにクスっと笑って

「カーン家にお世話になっている間、私は、彼女の教育を頼まれていたんですよ」

とカーラさんを見やった。カーラさんは、なんだか恥ずかしそうにモジモジして

「ね、姉様…!あの頃の話は…やめてください!」

なんて言っている。うーん、と、誰だっけこれ?カーラ、うん、そう、カーラさんだ。

これは、あの船で聞いたハマーンって人とは別人だ。きっとそうに違いない、うん。

「良いではないですか。お転婆でこれと思ったらどこまでもまっすぐに突き進むあなたは、とてもかわいらしかったんですよ」

「で、ですから、それは…まだ、私が10歳にもならないころの話ではないですか!」

アイナさんが何か言うたびに、カーラさんは顔を赤くしてそんな風に訴えている。

なんだか、まるで、本当に10歳の子どもみたい。

見ているだけで、カーラさんがどれだけアイナさんを信頼して、頼りに思っているのか、って言うのが分かる。

それはなんだか、見ているだけで、気持ちがあったかくなってくるような光景だった。
 


 と、テーブルの方から声が聞こえる。うーん、あっちは、そう言う穏やかな雰囲気じゃないよね…

なんだか、みんな落ち着かないみたい。

 そこにいたのは、男の人ばっかり、10人くらい。

レナママとマリオンが対応しているけど、なんだか心ここにあらず、って感じだ。

「へぇ。じゃぁ、1年戦争当時は学徒部隊だったんだ?」

「はい、って言っても、俺はモビルスーツ隊は欠格で、輸送船のクルーだったんですけどね。

 今思えば、前線に出てったやつらに比べたら、楽な任務だったんだなって思います」

「まぁ、そうとも言えるけどね…無事だったんだから、良かったじゃない」

「レナさんも、元軍人、って、あのチビっ子が言ってましたけど、そうなんですか?」

「あぁ、ロビンが?そうそう、私は、キャリフォルニアに降りたんだよ。ジャブロー降下作戦にも参加したりね」

「ほ、本当ですか!?」

「エリートパイロットじゃないですか!」

「いやぁ、あの作戦もロクなもんじゃなかったよ…

 私の隊の、隊長も、後輩も、結局、降りる前に撃墜されちゃったからね…

 あとから聞いた話じゃ、どうも地上での降下はそれ自体が囮で、本命は地下水脈から潜入した水中部隊だった、

 なんて噂だし」

「激しかったんでしょうね…」

「そりゃぁ、ね…あ、えっと、ジンネマン元大尉は、1年戦争時は、どこに?」

レナママが、さっきから一番ソワソワしているおじさんにそう声を掛けた。おじさんはハッとした様子で

「ん、あ、あぁ、俺はアフリカ戦線だ。宇宙にも逃げられず、その後しばらくは捕虜生活さ」

と言葉少なに答えた。ママはその様子を見て、それ以上聞くのを諦めていた。

まぁ、仕方ないよね…アタシは、おじさん達がここへ来たときに、大まかに理由は分かった。

おじさん達、庭先にいたレオナママのことを見て、マリーダなのか?

って、戸惑っていたから、ね。きっとこの人が、マリーダのマスターってやつなんだろう。

話で聞いていた、強化人間のマスターって人は、もっとこう、人間を道具くらいにしか思ってない人、

って感じだったんだけど、この人の感じは全然違う。

それこそ、アタシが宇宙で、マライアちゃん達を心配しているときと、全くおんなじ感じだ。

このおじさんも、それから、他のクルーの人たちも、マリーダのことを本当の家族みたいに思ってるんだな、ってのが、伝わってくる。

ふふ、これじゃ、マリーダに再会出来たら、きっと泣き出しちゃったりするんじゃないかな。

それ、ちょっと見てみたいなぁ…早く帰ってこないかな、マライアちゃん達…

 そんなことを思って、アタシは何気なく感覚を集中させていた。そしたら、感じた。マライアちゃんの感じ…!

それに、マリにプルにマリーダに、あと、カミーユさんも、ミネバ様もいるみたい!もう着くところかな?
 


―――今、ガレージの前に着いたよ

アタシが思ったら、そんな声が頭に響いて来た!良かった、ようやく、だよ!

アタシは嬉しくなってイスから飛び上がった。

「ん、どうした、ロビン」

母さんがそう言ってきたけど、すぐに、母さんも感じたみたいだった。

「あぁ、帰ってきたか」

そう呟いて、母さんも立ち上がる。それに、レベッカもソファーに跳ねるみたいにして立つ。

ご飯の準備しなきゃね!きっとみんな、腹ペコに決まってる!こんなにたくさんお客さんが来るのは初めてだから、

アタシとレベッカとキキとで、気合入れて作ったんだからね!きっと、喜んでもらえると思うんだ!

 アタシはそう思って、レベッカと顔を見合わせてから、母さんと三人で、キッチンへと駆け込んだ。

 キッチンで保温していたお皿を、リレー形式でテーブルに準備していたら、ホールの扉が開いた。

「んー!良い匂い!」

マライアちゃんが、嬉しそうな表情で、そんな声を漏らしている。そんなマライアちゃんの脇から

「わっ!今日はなんだろう!?」

と言いながらヒョコっとマリが顔を出した。そのとたん、ジンネマンさんがガタっとイスを引いて立ち上がった。

「マ、マリーダ…!」

他のクルーの人たちも、ゆっくりと立ち上がってマリの方を見つめている。

プルはその視線に気づいて、なんだかぎょっとした表情をした。

「い、いや、私確かに一応、マリーダって名前だけど…その、えっと…多分、お探しのマリーダとは別人だと…思います…」

そんな様子を見て、マライアちゃんがブッと吹き出して笑った。と思ったら

「ほら、止ってないで、早く入ってよ!」

と言いながら、マリの背を押してホールにプルが入ってきた。

「マ、マリーダか!?」

ジンネマンさんは、今度はガンっ、とテーブルの上に前のめりになる。

「ジンネマンさん、私、プルだよ。ルオコロニーで話したでしょ?」

そんなことを言っているプルの脇で、マライアちゃんが声を殺してお腹を抱えて笑っている。

ジンネマンさんは、なぜだか、カチコチに固まって反応しない。

そんなジンネマンさんとマライアちゃんを気にも留めないで、プルは後ろを振り返って、誰かを手招きした。

そして、プルに手を引かれて、マリーダがホールに入ってきた。

「マリーダ!」

「…マスター!」

ジンネマンさんがそう叫んで、テーブルを乗り越えてマリーダに飛びつく。

マリーダも、声を上げて、ジンネマンさんに抱き着いた。

 そんな二人のすぐ横からカミーユさんとミネバ様に、ナナイさんもホールに姿を現した。

ナナイさんとカミーユさんは入って来るなり、抱き合っている二人を見て、不思議そうな表情をしている。

ミネバ様はなんだか感慨深げな表情だ。
 


 マリーダ、やっぱり、ずっと会いたかったんだよね…心配だっただろうな…

「ほら、ロビン、ピザ」

と、レベッカがニコニコしながらそう言って抱えていたお皿をアタシに押し付けてきた。

「あぁ、ごめん」

アタシはそれを受け取って、テーブルの上に並べる。

「はは、ようやく会えたな」

ふと、声がしたのでみたら、母さんがサラダのボウルを抱えて立っていた。

母さんは、まるでアタシやレベッカや、マナマヤを見るみたいに優しい、温かい表情をしていた。

それを見たら、アタシもなんだか、気持ちが弾むような感覚になった。

二人とそれを見ているガランシェールで一緒だったって言う、マリーダの家族たちは、なんだかとっても幸せそうだ。

安心と、弾けそうに嬉しい感じと、それから、なんだかよくわからない、

胸をキリキリ締め付けるみたいな切なさが伝わってくる。

「良かった…」

アタシは思わずそう呟いていた。そしたら、ポンポン、と頭に何かが乗った。もちろん、それは母さんの手だ。

「いいよな、こういうの」

母さんも嬉しそうに笑っている。

「うん!」

アタシもいつのまにか笑顔になって、そう答えていた。

 大切な人との絆を紡ぐ場所、心に受けた大きな傷を癒す場所、美味しい料理と、

穏やかな時間を楽しんでもらえる場所。

ここが、アタシ達の自慢のペンション、アタシ達の自慢の場所、アタシの自慢の家族なんだ!




 


つづく。


 

 あたしが姫様たちをペンションに案内してすぐに、ホールでいつもの騒ぎが始まった。

しばらくしたら、シーナさんのところと、デリクとソフィアに、マーク達とミリアム達にそれからクリスとなんでかシローと仲良しになった彼女の旦那のなんとか、って小説家の人も来てくれた。

さすがに集まりすぎでいったいぜんたい何の会合なのかわけわかんなくなってたけど、まぁ、でも、みんなしばらくはこの島に滞在する予定だし、

とりあえず顔だけでも覚えておいてもらえれば、あとはまぁ、少しずつ時間をかけて知り合っていけばいいし、ね。

 今日の分の食費やなんかは、あたしの方からまとめておじいちゃんの方に請求を出すつもりだ。

ちょっと図々しいけど、おじいちゃんが来た時に、それ以上のおもてなしをすればいいわけだから、そこら辺は抜かりはない。

もちろん、そのときの代金はお客さんとしてやってくるおじいちゃん持ちだけど、そういう“細かい”金額を気にするようなおじいちゃんじゃないから、ね。

 夜もずいぶんと更けて、アルバに住んでるみんなは、それぞれ家に戻って、カランシェールの面々と姫様にメルヴィに、カーラとナナイさんは、ペンションの客室へと上がってもらった。

もちろん、これもルオ商会に請求するけどね。こっちも商売だから、部屋が埋まっちゃってるのは、あんまりよろしいことじゃないし。

 ロビンとレベッカに、遅くまで残ってくれてたアイナさんとキキとで、ホールの後片付けをしてくれた。アヤさんは、明日は島に行くんだ!

と張り切っていて、夜な夜なレナさんと船のチェックに向かってしまった。あれ、なんかいやらしいことするつもりだな、たぶん。

あたしは、そんな勝手な疑惑を胸に秘めつつ、マリオンにマヤマナの寝かし付けを頼んで、宿直室で今日の分の帳簿を書いてから、シャワーを浴びてきた。

帰って来て早々、あたしは宿直当番の名乗りを上げた。

今日はレオナの当番の日だったけど、もし困ったことがあったときには、あたしが居た方が、みんなも安心するかな、と思ったからね。

シャワーから上がって、適当に髪を結わいて、最後のお仕事、ペンションの見回りをする。

懐中電灯片手に、ペンションの中の照明を、非常灯に切り替えたり、窓の施錠とかを確認するだけのことだけど。

二階へあがって、廊下の照明を消していく。ガランシェール隊のものらしい、盛大ないびきが廊下まで聞こえてくる。

ふふ、ゆっくり休めてもらってるな。マリーダとの再会は、マリとプルが先に出て来て可笑しかったけど、でも、嬉しそうで本当に良かった。

ルオコロニーであたしとプルと話をするまでは、彼ら、マリーダが死んだものと思っていたんだから、嬉しいにきまってるよね。

思い出すだけで、なんだか幸せな気持ちになってくる。

あたしは、足取り軽く、二階のチェックを済ませてから、一階に降りて玄関ホールと裏の納戸の施錠を確認する。

それからキッチンへ戻って、火の元を確認してから、夕方からみんなで騒いだホールへと出た。

 と、あたしは、すでに非常灯に切り替わっている薄暗いホールの奥のソファーに誰かが座っているのに気が付いた。

 「あれ、カーラ。まだ起きてたの?」

そこにいたのは、カーラだった。


「あぁ、アトウッド」

カーラは、どこか穏やかにそうあたしの名を呼んだ。

「どうしたの?眠れない?」

あたしが歩み寄ってそう聞くと、カーラは鼻で笑って

「あぁ、情けないことだがな」

と吐き捨てるように言った。情けない、って、眠れないのがそんなに情けないことなのかな?そう思ったので、あたしはそのまま聞いてみた。

「別に、眠れないってだけで情けない、なんて言いすぎだと思うけど…枕が変わると、眠れないタイプだ、とか?」

「いや、そうではない…」

カーラはそう返事をして、深くため息をついた。なんだろう、この感じ…なんだか、ずっしりと重い感覚だ…

この子、何か、変なこと考えてるんじゃないのか…

あたしは、そう思わされてしまった。自殺、とまでは言わないけど、でも、もしかしたら、このままフラっと姿をくらましたりとか、

なんか、そういう気持ちになっているんじゃないか、って思ってしまうような、そんな感じだ。

あたしは、なんだか不安になって、カーラの隣に座ってさらに質問を続ける。

「だったら、どうしたの?」

そしたらカーラは、ふぅ、と大きなため息をついて言った。

「今日は、楽しかった。私の人生の中でも、こんなに楽しかったのは、子供のころ以来だと言って良い…だが、気付いてしまったんだよ」

なにに?という代わりに、あたしは彼女の顔を覗き込みながら首をかしげる。

するとカーラは、ソファーの背もたれにトスっと身を預けて、溜息とともに言った。

「ダブリンでも、こうだったのだろうか、と、な」

ダブリン…?6年前の、あのコロニーの、落下地点…?

「コロニーの?」

「あぁ…私がしたことは、連邦の権力者どもを抹殺しただけではない…このような日常をも、奪い去ったのだな…」

そう、かすれた声で言ったカーラは、頭を抱えるように、身を丸めてうなだれた。

 そうだ。彼女は、旧ネオジオンの摂政。事実上の権力者で、地球侵攻作戦や、ダブリンへのコロニー落としを指揮した人物。

彼女のせいで、確かに多くの人命が失われた…彼女ほどの人が、それを悔いているというの?

「後悔しているの?」

「後悔か…そうだな。あの男に憑りつかれ、我を忘れた自分自身を悔いているのだ」

カーラは、そう言って顔を上げた。

「…愚かだな、私は…アイナ姉さまが、あれほど私の手本となってくれていたはずなのに…

 この言葉遣いにしても、人を人とも思わぬ行動にしても、私は、姉さまから何一つ学べてなどいなかったのだ」

ハラリと、彼女の頬に涙が伝った。あたしは、なんだか…こういう言い方が正しいのかはわからなかったけど、彼女がかわいそうだ、と、そう思った。


シャア・アズナブル、クワトロ・バジーナは、確かに、魅力的な人だった。

父として、兄として、男性として、リーダーとしての素質を持った、すごい人間だったと、あたしも思う。

それでも…ううん、それを恐れたからこそ、ザビ家は彼を殺害する方法を模索したんだろう。

結果的に、それは成功せず、キャスバル・ダイクンは、シャア・アズナブルとしてジオン軍に入隊し、ザビ家を討った。

そして、その後は、クワトロ・バジーナと名乗って、ティターンズやアクシズと戦うことになったけど…

ある意味で、ザビ家の行動は成功していたともいえる。彼は、その時にはもう、歪んでしまっていた。

愛したものを愛していると言えず、傷つけ、苦しんだ。そうしながら、それでも彼は、彼を受け入れてくれる何者かを探していた…。

たぶん、その何者か、が、アムロだったんだと思う。アムロの方はどうか知らないけど、少なくとも、クワトロ大尉は、アムロに固執し、

アムロや、アムロの大切なものを傷つけながら、それでもアムロに理解と受容を求めていたんだ。

カーラは、そういう男に、憑りつかれた。彼女は、彼を愛し、彼を倣った。彼以上に彼になろうとした。

あるいは、彼が、カーラを裏切ったことを認められずに、彼を真似ることで、彼を自分の中に取り込みたかったのかもしれない。

 その気持ちを、あたしは、十分に理解が出来ていた。だって、あたしも同じだったから。ううん、今だってそうかもしれない。

あたしは、ミラお姉ちゃんのようになりたかった。アヤさんのようになりたかった。うん、やっぱり、今でもそうなりたいって思ってる。

誰かを助けるために勇敢に戦えるミラお姉ちゃんのように、誰かの暗闇を、まっすぐに見つめて、まっすぐに踏み込んで、明るく照らすアヤさんのように、あたしは、なりたい。

きっと、そう思うこと自体は悪いことじゃないんだって思う。誰にだって、憧れはある。理想だってある…

だけど、もし、カーラが…幼い日のハマーン・カーンが愚かだった、というのなら、シャア・アズナブルという男のことを見極められたなったことだろう。

でも、ある程度分かっていたあたしだって、3年前は完全に彼の雰囲気にのまれて、危うく、ミリアムと刺し違えるところだったくらいだ。

当時まだ14歳だった、今のロビンと変わらなかった彼女が、彼を目の当たりにして冷静でいられるはずはなかっただろう。

特に、恋心なんて抱いていたんじゃ、余計に…ね。だから、気にすることなんて、ない…

一瞬そう思ったあたしの気持ちに、なにか棘が刺さってみたいな違和感が生まれた。

あたしは、その違和感の正体を探ろうと、自分の気持ちに注意を向ける。

なんだろう、この違和感…あたし、彼女に大丈夫たよ、ってそう言ってあげようと思うのに…うまく言葉が出てこない。

うまく、気持ちが付いてこない…こんなのは、初めてだ…

どうして…?いったい、なにがそんなに気にかかるというのだろう?

そう思ったあたしの胸の内に、ふっと、その理由が浮かんできた。

そう…この子は、ダブリンに、コロニーを落としたんだ…


「まぁ、気にするな、って言っても、そうもいかないと思うし…すっぱり忘れちゃう、ってのも、違うと思うし、ね…あ、ねぇ、今日会った、シーナさん、って覚えてる?」

あたしはカーラの顔を覗き込むようにして尋ねた。彼女は、ふっと首をかしげてから

「あの、髪の長い女性のことか?」

と聞き返してくる。

「そうそう、正解。あの人ね、もとの名前は、シーマ・ガラハウって言って、ジオン軍の中佐だった人だったんだよ」

あたしは、カーラの顔色を確かめながらそう告げる。案の定、カーラの顔色がみるみる変わった。

驚いているのと、まるで、おぞましい何かを感じたような、そんな雰囲気だった。

「まさか…あの、シーマ艦隊の指揮官だというのか?」

「そう、その通り。彼女が、当時のサイド2の8バンチコロニー、アイランドイフィッシュをガス攻撃した部隊の指揮官」

「そのようなものが、なぜこんなところに!?」

カーラは憎悪とも驚愕ともいえない表情で、あたしにそう聞いてくる。

「彼女はね…知らなかったんだよ」

「知らなかった…?」

「うん…彼女は、アイランドイフィッシュを、無血奪取せよ、と命令を受けていた。

 彼女の部隊が抱えていったガスボンベも、催眠ガスだと聞かされて、ね…。あたし、その話を聞いてから、一応、本当かどうか調べたんだ。

 そしたらね、無線記録を見つけたの。発は、キシリア中将、宛は、当時の彼女の上官だった、アサクラって大佐だった。

 その任務を任されたのはね、彼女の部隊が初めてじゃなかった。キシリア中将から、毒ガス攻撃の命令を受けた部隊は、3つ。

 そのうち2つの部隊の指揮官は、それを拒否して反逆罪で射殺された。

 そこで、最後の1隊、シーマ艦隊には、そのアサクラって大佐にこう命令が下ってた。

 『“造反なきよう、本攻撃は、催眠ガスによる、無力化が目的である”と説明せよ』って、ね。なんなら、マスターデータもあるけど、聞いてみる?」

あたしが言ったら、彼女は首を横に振った。まぁ、聞きたいようなものでもないだろうし、ね…カーラはそれから、力なくうなだれた。

「…彼女たちは、知らなかったのか…それにも関わらず、大罪と汚名を背負わされ、アクシズへも来れずに…」

「まぁ、そうなんだ。で、ね。この話には、まだ続きがあって」

あたしが言うとカーラは、顔を上げた。大丈夫、ハッピーエンドとは言えないかもしれないけど、でもね、救いのない話ではないと思うんだ。

「0083年の、デラーズフリートの決起に、あたしは連邦の防衛隊として参加してた。そのときに、撃墜された彼女を拾ったの。

 あたしは、味方に内緒で彼女を保護して、こっそり地球に…っていうか、この島に送ったんだ。

 そしたらね、ここには、アイナさんと夫のシローが遊びに来てた」

「アイナ姉さまが…?」

「うん。夫の、シローはね…アイランドイフィッシュ出身で、攻撃のあったときには、連邦の下士官として、あのコロニーにいた…

 彼は、目の前で、シーマ・ガラハウと彼女の部下に、家族や友達を、コロニー全体が殺されるのを、見ていた…そんな二人がね、ここで出会った」

カーラは愕然としていた。彼女の心のうちに混みあがってきていたのは、恐怖だった。

もし、自分が、ダブリンで生き残った人間にあったとしたら、どんな目にあうか、なんてことを想像しているのかもしれない…

そんなカーラを確認しながら、それでもあたしは続けた。もう、自分でも、止められなかった。


「そこで、シイナさんは言ったんだって。自分のことは、気が済むのなら殺してくれていい、って。

 でも、部下のことだけは、許してやってくれ、って。

 彼らは、何一つ知らなかったんだ、自分が命令しなければ、そんなことをするようなやつらじゃなかったんだ、って。それを聞いたシローはね…

 笑ったんだって。わかったよ、って。信じるよ、って。

 それから、部下や、コロニーのみんなの分まで、ちゃんと生きてくれ、ってシイナさんにお願いしたんだって」

「あの男性が…?」

カーラは、ホールであった、アイナさんの夫のシローのことを思い浮かべているみたいだった。それから、呆然とあたしの顔を見つめる。

「それから、シイナさんは、当時の部下を捜索しながら、戦時被災者を救護する団体を立ち上げた。

 それこそ、ダブリンにコロニーが落ちたときには、3日後には現地に入って、救助活動に参加していたんだ…」

あたしはそこまで言って、じっとカーラを見つめた。そして、思っていたことを、彼女に伝えた。

「あたしはね、カーラ、あなたが、シイナさんと同じだとは思わない。

 いくら、クワトロ大尉のせいで混乱していたからって言っても、ダブリンへのコロニーは、あなたの意思で落とされた…

 あたしはね正直、あなたを許す気には、なれない…戦争だから、仕方なかったとも思えない…

 さっきあなたが言ったように、今日、このホールで過ごした穏やかだったかもしれないダブリンを、あなたは、一瞬で、地獄に変えたんだよ」

カーラは、あたしをキッとにらみつけた。でも、次の瞬間には、その表情のまま、目に大粒の涙を浮かべて、しまいには、ぽろぽろとそれを頬にこぼし始める。

「わかっている…」

カーラは、目を伏せて、そうつぶやいた。

「わかっている…私は…私は…」

カーラは、そう言ってまた、頭を抱える。ごめんね、カーラ…でもね、あたし、言っておかなきゃいけない、ってそう思った。

あなたを責めるつもりはない。でもね、あなたのしてしまったことは、あまりにも重すぎる…

あなたが決して、それから逃げようだなんて思っているとは思わない。

だけど、あたしは、一人の平和を求める人間として、あなたに戒めみたいなものを与えてあげなきゃいけないんだと思う…

あなたの幸せを、今のあたしは、願ってあげられない…だって…だって…あそこで、死んだんだ、ハヤトは…彼は、フラウと子ども達を残して…

あの場所で…。

 カーラは、声を殺して、子供のようにしゃくりあげていた。あたしは、そんなカーラの隣に座ったまま、奇妙な脱力感に襲われていた。

シローは、すごいな…知らなかったにせよ、彼は、家族や友達を殺したシイナさんを許してあげられたんだ…

ハヤトが死んじゃったことで、あたしはカーラに対する気持ちがこんなに整理がつかないのに、家族が…

あたしにとっての父さんや母さんや兄さんや、アヤさん達が死んじゃったのと同じくらいのことなのに、シローは、許してあげられたんだ…

それに比べて、あたしは、ダメだね…あなたのこと、嫌いじゃないのに。

かわいい子だな、ってそう思うのに…ごめんね、カーラ…本当に、ごめんね…

 あたしは、いつのまにか静かに涙を流しながら、心の中で、なんどもそうつぶやいていた。



 


つづく。


厄落としの意味を込めて、追加で投下しました。

次回、ワクワク!孤島のBBQ大会!ポロリはあるかな!?w

ポロリはなかったとしてもしょうがない、あきらめる
男性陣のボロンだけは断固阻止してくれ



あまり先走るのもなんだが、ハマーンがやらかした事に言及するならナナイに対しても何らかのアクションあるかな?
ハマーンとナナイは「アクシズ」についてなにか話をしたんだろうか?

この二人、救われて欲しいとは思うけど、許されるべきか、となると難しい。

乙!

ジンネマン「マ、マリーダ…!」
マリ「えっと…多分、お探しのマリーダとは別人だと…思います…」
ジンネマン「マ、マリーダか!?」
プル「私、プルだよ」
ジンネマン「マリーダ!」
マリーダ「…マスター!」
素晴らしき三段落ちであるwwww

“ハマーンはシャアに憑りつかれていた”っていうのが個人的な考え。
一人の少女がシャアに魅せられたってだけだったならそこまで大事にはならなかったのかもしれない。
でも、ハマーンには年齢に(精神の成熟的な意味で)そぐわぬ圧倒的なカリスマやその他高い能力が備わっていて、それが悪い方向へと後押しするようにしてコロニー落としなんていう大惨事を引き起こしてしまった。
あれだけの大惨事、許されるべきではないよね。でもやっぱりハマーンのそういった背景を考えるとかわいそうだと思ってしまう。
だから償いのチャンスがあってもいい、とそうずっと思っていたんだ。
シーマを許したシローをすごいと言って涙を流したマライアが、この後ハマーンとどう関わっていくのか、少し心配ながらもとても楽しみでならない。

と、この機会に以前からハマーン様について個人的に考えていたことを吐き出したったwwww

人を許せる強さに焦がれ、許せぬ人を想い涙することの出来るマライアたんまじ天使ぺろぺろぐへへ

つい最近スパロボで「カミーユが男の(ry」を聞いたばかりだからユーリさんがぼこぼこにされないかと心配してしまった

次回はポロリ(キャノピー絵付)か
全裸正座で待機してる

UC見てない人用に裏でなにが起きてたのかよくわかるまとめ
http://www.youtube.com/watch?v=vDdIdXig28A

>>396
阻止したぜ…今日のところはな!w

>>397
感謝!!

ナナイもおそらくそんな話になるんじゃないかと思います。
彼女の場合、どちらかと言うと、強化人間とかそう言う方向性のように思いますが…

ナナイとハマーンがどんな話をかわしたのか、気になりますね…
それはおいおい、書いて行こうと思います。

許されるべきかどうか、シイナさんのように、彼女達にもあれこれ考えてもらいたいと、
マライアが乗り移ったキャタピラは感じているようです。


>>398
感謝!!!

三段落ちは書きたかったんです!w

その辺りの機微は非常に難しいですよね…
確かに、ハマーンもナナイも、シャアが居なけりゃまともな人生送ってたでしょうから
マライアが言うように“可哀そう”ではあるんです…

ですが、じゃぁ、彼女たちが幸せになる権利はあるんでしょうか。
彼女たちが、許される道理があるのでしょうか。
結論から言えば、幸せになってほしいし、例え一人にでも、許されて欲しい…そう思います。

でもそのためには、彼女たちには、やっぱりその部分に向き合って行ってくれないと
たぶん、なんだか、筋の通った話にならないんじゃないかな、と思うのです。

なんにもなくヌルっとアルバに住まうのは、どうにも違和感があって…


>>399
ユーリさんで良かったです!

>>400
すまん、キャノピーに回すよりも、遅れた分の投下を取り戻すためにこっちへ投下してしまった…
依頼、出しときます!w
風邪ひかずに待っててくれ!

>>401
公式なのか、これ。
これってあれでしょ、ナレーションはマリーダじゃなくて、レオナだよね?w





ってなわけで、こんな時間だけど続きです!
 





「ミネバ様!あ、じゃなくって、ジュリア!こっちこっち!」

「はい!今まいります!」

「メルヴィも!大丈夫だって、そんなに怖がらなくったって!」

「い、いえ、ですが…」

「メルヴィ、一緒に行こう。手、持っててあげるから」

「プルと私でエスコートするよ!」

「わー!マリーダがずっこけた!」

「くっ…!ゲホゲホッ!砂に足を…!このサンダルとかいう履物、どうにかならないのか!」

ロビン達が腰まで海に浸かってはしゃいでいる。どうやら、いつもの熱帯魚をこぞって探しているらしい。

あれだな、ホールに大きい水槽でも買おうかな?そうすりゃぁ、いつでもあの魚見られるし…

いや、海で見るからいいのか。ちっぽけな水槽に入れておくなんて、ちょっと野暮だもんなぁ。

「アヤさん、お肉、もういる?」

そんなことを考えてたら、マリオンが小さな声でそう聞いてきた。

「あぁ、うん、頼むよ。おーい、野菜焼けたぞ!」

アタシはマリオンにそう頼んでから、海の中で遊んでる子供たちに大声で怒鳴った。

「はぁーい!」

ロビンがピョンピョン飛び跳ねて返事をしてる。

「いったん上がろう!お昼お昼―!」

マリはいつものように、食事には目がないみたいだ。

「…うわっ!」

と、突然マリーダがつんのめるようにバランスを崩した。また砂に足でもとられたか?

そう思ったのもつかの間、マリーダは派手に海面に倒れこんでしまった…

前を歩いていたジュリアのトップスをはぎ取りながら…

「なっ…!何をするのです、マリーダ!」

「わー!ちょちょちょ!かくして!みんな!ジュリアを守って!SPのごとく!」

「見ちゃダメ!男性は見たら、銃殺刑!」

「あっ!プル!私、手を離されたら…!わっ!」

ジュリアを目隠しするために飛び出したプルが手を放してしまったせいで、今度は慌てたメルヴィが海に倒れこんだ。

「わー!メルヴィ!」

「ロ、ロビン!そこ動いたらジュリア丸見え!」

「ジュリア、しゃがんで!首まで浸かって!」

「マリーダ!早く、水着を返しなさい!」

「も、申し訳ありません、姫様!」

「メルヴィ!大丈夫?!」

「ゲホっゲホっ!ひ、ひどいではありませんか、プル!」

「ご、ごめん!びっくりしちゃって…!」
 


…なぁにやってんだ、あいつら?まぁ、楽しそうだからいいか。好きにやらせとこう。

アタシは半ばあきれて、野菜を男連中に盛って手渡す。

「いやぁ、良いなぁ、こういうところ…」

そんな男連中の中の一人、無線を担当していたっていうチュニックがそうつぶやいた。

呆れていたアタシだけど、その一言を聞いて閃いてしまって、次の瞬間には思わず叫んでいた。

「おい!チュニックが見ちゃったらしいぞ!」

「な!本当ですか!?」

「ちょ!な、何を言うんですか!」

「銃殺だ!」

「いや、手っ取り早く沈めよう、そうしよう!」

「よし、アルバ島防衛隊、出撃!」

マリがそう叫ぶやいなや、プルとマリとロビンにレベッカが駆け出した。

アタシが言うのもなんだが、ご愁傷様だな、チュニック。

あいつらが束になったら、アタシでもちょっと危ういぞ?慌てるチュニックに、ロビン達が一斉に襲い掛かる。

「や、やめろ!」

案の定、チュニックはロビンに腕の関節を決められたところを、マリとプルに引き倒され、

レベッカとロビンがそのまま両足を抱えて、両腕をマリとプルに掴まれて、そのまんま海の中に投げ飛ばされた。

ガランシェールの連中が声をあげて笑い出す。もちろん、アタシもおかしくって笑う。

それにナナイも、一緒に来ていたアリスさんと、それからレナもマリオンも声をあげて笑っていた。

そんな様子を、カーラだけは、ポツンと船のデッキに腰かけたまま、呆然と見つめていた。

 今朝方、メソメソ泣きながらアタシのところにやってきたマライアに、大雑把に話は聞いた。

正直なところ、一瞬、なにをバカやってんだ、と言いそうになったけど、でも、アタシはマライアを怒れなかった。

代わりに、アタシは黙って、マライアを抱きしめてやった。マライアも、苦しかったんだろう。

そうでもなけりゃ、あんな泣き方して、アタシのところに話になんて来ない。

アタシは、そんなマライアの気持ちを受け止めてやりたいと、そう思った。

カーラの方は、まぁ、あとでじっくり話をしてやろう。

そうだな、できれば、アイナさんも一緒にいてもらえたら助かりそうだ。マライアの気持ちも、十分わかる。

でも、せっかく、こんないい天気なんだ。前を向いてもらいたいと思うのが、アタシと、レナの気持ちだ。

な、そうだろ、レナ?

 なんて思って、マリオンと一緒にクーラーボックスから野菜を出しているレナを見やったら、

レナは何も言わずに、ニコっと微笑んだ。

―――うん、そう思うよ

だよな!
 


 子ども達にも野菜を配って、鉄板を網に取り換えてからその上にレナと一緒に肉を並べる。

ジュウゥと言う音とともに、香ばしい匂があたりに漂う。

今日のは、人数もいるしとびっきり、って言うんでもないけど、でもまぁ、そこそこの肉を仕入れたつもりだ。

オーストラリア産だったかな?

あそこも、コロニー落下の影響でしばらくは家畜なんて飼える状態じゃなかったらしいけど、

ここのところは割と市場に出回るようになった。

復興の勢いも加速がついているらしいし、まぁ、こないだのトリントンでのことはあったにしても、

普通の市民が暮らしていけるようになってきてるんだな、ってのを実感できる。

そんなことでも、アタシにとってはなんだか嬉しいことのように感じられた。

 「うぅぅ、おいしそう!アヤちゃん、お肉まだ焼けないの!?」

マリが奇妙に体をくねらせながらそう聞いてくる。もう、我慢の限界だって言いたいらしい。

「今乗せたばっかりなんだから、もうちょっとだけ我慢してくれよ」

アタシが笑いながらそう言ったら、マリは今度はなんでかクルクル回りながら、

「待てない!早く!はっ、やっ、くっ!」

と踊りだしてしまった。まったく、ホントにあんたは、レオナの妹だよな。

そう思ったら、また、可笑しくって笑えてしまった。

 マリやプルに、ロビン達にとってはいつものことだけど、宇宙から来たガランシェールの連中にとっては、

バーベキューなんてよっほど珍しいらしくって、口々に、

「こんなうまいもん初めてだ!」「うちの船で食ってたあれは、本当に食い物だったのか?」なんて言いながら、

用意していた分の肉と野菜をペロっと平らげてしまった。

喜んでもらえたのも嬉しかったけど、ちょっと量が少なかったかな?

軍人てのは、なんでか知らないけど揃いも揃って良く食うんだよな。

 もうちょっと食わしてやりたいけど、もう残りはないしな…あとは、自給自足、か。

「レナ、ここちょっと頼めるか?」

「うん、いいけど、どうしたの?」

「いや、ちょっと、食糧追加、だ」

「あぁ、うん、了解」

アタシが言ったら、レナはそう返事をして笑ってくれた。
 


 アタシは船の後部デッキの床下の物入れから、釣竿を引っ張り出す。

エサは、網やら袋に残った肉の欠片さえあれば十分だ。

時間的には潮が止っちゃってるから、あんまり食いつきは良くなさそうだけど、

この時期なら、このC字型した島の突端のところの岩場から外に垂らせば、パームヘッドが掛かるはずだ。

あとは…もう一本仕掛けを作って、そっちは置きっぱなしで海底のヒラメ辺りを狙っておけば、

まぁ、何かしらは釣れるだろ。

 準備を終えてデッキから砂浜に降りたら、食事を終えたロビン達は、

いつもの食休みと同じに、代わり順番に穴を掘って砂に埋まって笑っている。

でも、あれなら、海が怖いらしいメルヴィも楽しめるな。

と、そこにガランシェール隊の連中も加わって、ケタケタ笑いながらマリーダに大量の砂をかぶせている。

あれ、マリーダ、キレるな、そのうち。なんてことを考えてたら、ふと、アタシの視界にあいつらの隊長が入った。

スベロア・ジンネマン、って言ったっけ。確か、マリーダのマスターだ、って言ってたよな…

ガランシェール隊は、家族なんだ、ってマリーダに言った、っていう…

 ふと、アタシはそのことを思いだして、気が付いたら、何となしに、ジンネマンさんに声を掛けてた。

「なぁ、釣りでもどうだ?あそこの突端から糸を垂れれば、食えるのが釣れるんだよ」

ジンネマンさんは、ちょっと意外そうな顔をしたけど、でも、ちょっと考えるしぐさをみせてから

「付き合おう」

と返事をして、髭もじゃの唇の端っこをクッと上げて笑った。

 岩場からみる海は、いつも通り青く澄んでて、底の方に魚が泳いでいるのが見える。

大型の回遊魚なんかが来ると、小さいのはみんな逃げたり隠れたりしちゃうけど、今のところはまだ大丈夫そうだ。

潮が動き出すとどうしてもあいつらはこの辺りをウロウロするから、潮が止ってる間にここで釣果が上がるのは、

回遊魚のいない間にエサを取ろうとする習性が小さいのに身に着いたせいだとアタシは踏んでいる。

まぁ、そのおかげで今度はアタシらに食われちゃうんだけどな。

 とりあえず手頃な岩に腰を下ろして、竿を一本ジンネマンさんに渡したアタシは、

レナに詰めてもらったバーベキューの肉の残りを針先にひっかけて海中に落とした。

トプン、と水音を立ててエサと重りが沈んで行って、プカっと浮きが立ち上がる。

 ふと、少し離れたところに腰を下ろしたジンネマンさんも、妙に手慣れた様子で針にエサを掛けて、

海へと投げ込んでいた。

「やったことあるの?」

アタシが聞くと、彼は

「ん?あぁ、昔な」

と静かに答えた。昔、か…

「地球にいたことでもあるのか?」

「あぁ…1年戦争のときだ。オデッサが奪回されてからは、陸路でアフリカへ転戦してな…そこで、捕虜になった。

 転戦の最中に、補給がままならなかったところを、地元の人間に教えられて、な」

ジンネマンさんは、なんだか遠い目をしてそんなことを話し始めた。
 


「あの戦争にゃ、イヤな思い出が多い。戦争が始まるずっと前から俺は軍にいたが…

 オデッサじゃぁ、部下の死に目に何度も立ち会ってきた…逃げおおせたアフリカでも、だ。

 結局俺たちの部隊は満身創痍のまま連邦に包囲され投降。そこから終戦まで、収容所生活さ…

 あそこもまたひどかったが…その後のことに比べりゃぁ、まだのんきなもんだったさ…」

「その後のこと?」

アタシは、ジンネマンさんが妙に含んだ言い方をしたのが気になって、そう聞き返していた。

彼はアタシをチラっと見やってからふぅ、と大きくため息をついてアタシに聞いた。

「聞きたいか?」

うん…なにか、ありそうだな…こいつは聞いてやって、受け止めてやったほうがいいことだって、アタシはそう思う。

それがアタシのペンションでの役割だ。

「ああ…聞かせてくれよ。辛いんだろ、それ、自分の中に溜めこんでおくの」

アタシはジンネマンさんにそう伝えた。そしたら彼は、また、ふぅ、とため息を吐いて口を開いた。

「お前さん、グローブってコロニーを知ってるか?」

グローブ…?聞きなれないな…

「いや、すまない。知らないな」

「俺たちの、故郷だったコロニーだ」

ジンネマンさんは、そう言ったっきり、しばらく黙った。でも、アタシには分かった。

彼からは、とてつもない感情の混乱が沸き起こっているのが感じられる。

その故郷に、何かがあったんだ…

「その場所で、なにが?」

アタシは、怖かった。あまりにも急にこんな話になって、彼の中の感情が大きく膨れ上がるのを感じて、

正直、一瞬、ひるんだ。

でも…だけど、そんなのを、抱えさせたままにしておきたくはない。

それは、受け止めるアタシが感じる辛さの、何倍も苦しい筈なんだ…そう思えば、アタシは、そう聞かざるを得なかった。

「…ガス抜き、ってやつだ」

ジンネマンさんは、ポツリと言った。ガス抜き…?ストレス発散、って、やつか…?

コロニーで、どうやってそんなことを…い、いや、待て…まさか…

「…虐殺…?」

「…虐殺なんてことなら、まだマシだったろうさ…」

ジンネマンさんはそう言って、ワナワナと肩を怒らせた。彼の強烈な感情がアタシの胸をまるで焼き尽くすみたいにはい回る…

怒り…とてつもない、怒りだ…アタシは、それを、竿をギュッと握ってこらえる。

だけど、ジンネマンさんは、堰が切れたように、感情に任せて、言葉をつづけた。
 


「終戦後、サイド3の主だったコロニーには、連邦の宇宙軍が駐留していた…

 ア・バオア・クーの戦闘からそのまま駐留軍となったやつらは、故郷にも戻れずに溜まっていたうっぷんを、

 それぞれの場所で撒き散らし始めた。コロニーに住む、一般住人に、な…

 0083年のクリスマスイブだったって話だ…

 それを憂慮した連邦の指揮官は、当時、宇宙作業用員が暮らす小さなコロニーに目を付けた。

 1バンチコロニーの3分の1ほどの、小さく貧しいコロニーだった。

 あとから調べたところじゃ、連邦と、ジオンの当時終戦を決定した政府の密約はこうだ。

 『コロニー内での連邦軍人の違法行為は、徹底的に取締る。ただし、作業用コロニー、グローブはこれに含まない』…。

 連邦も、そして、連邦の力におびえた政府も、“受け入れ先”を探していたんだ…

 そして、生贄として祭り上げられたのが、グローブ…ほんの2日の出来事だったらしい。

 グローブに残っていた連中は、そのほとんどが殺された…ただ殺されたんじゃない。

 もてあそばれ、踏みにじられ…まるで、ガキが虫ケラを殺すのと同じように…」

ギリっと、彼は歯を軋ませた。弄ばれて…か。

それは、たぶん、慰み者にされたやつらもいただろう…

銃の的にされたようなやつらもいたんだろう…

おそらく、想像できる全てのことを、いや、想像できる以上のおぞましい出来事が、そこで起こったんだ…

アタシは、ジンネマンさんの怒りとは別の感情が沸き起こるのを感じた。

これは、アタシの怒りだ。

ふざけるなよ…無抵抗の人間をいたぶって…なにがガス抜きだ…何が終戦だ…何が…何が、地球連邦だ…!

「その後、事態が地球の本部に知れ、現場の司令官は解任…秘密裏に、銃殺された、なんて噂もあるが…真実は定かじゃねえ。

 ただその後、連邦は事態隠ぺいのために、グローブは、武装解除に応じないジオン軍残党が立てこもったため、

 やむなく攻撃し、これを壊滅させたと書類上の処理をした…それを信じる者も多い。

 信じたくない、と思う者も多いだろう。連邦だけではなく、ジオンにもな…だが、俺たちの故郷は、そうして闇へと葬られた…」

ジンネマンさんは、そう言って、懐から何かを取り出した。

それは、若い女性と、そして幼い女の子の姿が映し出された写真だった。

うん、アタシは、分かってた…彼の頭の中に、心の奥底にあったのは、その“叫び”だった…

「家族がいたんだな、そのコロニーに…」

「あぁ…」

アタシの言葉に、ジンネマンさんは、そうとだけ答えた。

いつの間にか…彼からあふれ出ている感情は、渦巻く怒りと憎悪から…心を切り裂いて行きそうな、悲しみに変わっていた。

「怖かっただろうに…痛かっただろうに…」

アタシは、その感情に揺さぶられるままに、そう口にしていた。

途端に、自分でも意識していないのに、ポロポロと大粒の涙がこぼれてくるのが分かった。

途端に、ジンネマンさんはアタシの顔を見やって、そして、自分も、涙でボロボロに濡れた顔を両手で覆った。

 それから、アタシ達はしばらく、釣りをするのも忘れて、こんな天気のいい日だって言うのに、爆発しちゃいそうな悲しみを吐き出すように、

アタシはただひたすら歯を食いしばって、無言で、ジンネマンさんは大声を上げながら、とにかく泣いていた。
 


 どれくらい経ったか、アタシは、顎の筋肉が痛むのを感じて、顔を上げて、大きく口を広げてから、

肺いっぱいに空気を吸い込んで、それをゆっくり吐き出した。

胸の内には、何もかもを失くしちまったみたいな空虚感が、ぽっかりと穴を開けている。

だけど、頭はなんとか、少しすっきりはしてきてた。アタシはその頭で、ジンネマンさんのことを考える。

彼にとって、売春宿で見つけたマリーダは、たぶん、あの写真に写ってた娘と重なったんだろう。

たぶん、そうだ。だから、マリーダを助けて、船に置いたんだ。

手の届かなくなる“安全な”コロニーなんかじゃなくて、今度は、何があっても、自分自身で守るんだと、そう思ったんだろう…

隊は、家族、か…いや、ジンネマンさんにとってマリーダは、きっとそれ以上の存在だったんだな…

失くした“はず”の娘、だったんだ…

「奥さんと、娘さん…名前は、なんて言ったんだ?」

アタシは、なんとか気持ちを整えたらしいジンネマンさんにそう聞いた。

「フィオナと…マリィ、だ」

彼は、写真をジッと見つめて、それからアタシの顔を見て、悲しげに笑って教えてくれた。

マリィ、か…やっぱり、そうだったんだな…マリーダの名前は、その娘から取ったんだ…

「マリーダに、娘さんを重ねてたんだな…」

アタシが言ったら、ジンネマンさんはまた微かに悲しげな笑顔を見せて

「あぁ、そうだ…」

とつぶやくように言った。それから、アタシがしたように大きく息を吸って、ゆっくり吐いてから

「マリーダには…悪いことをした…」

と砂浜で遊んでいるロビン達の方を見て言った。

「悪いこと?」

「あぁ…俺はずっと、あいつを娘の代わりだと思ってきた…実の娘のように、と言えば聞こえはいいかもしれんが…

 結局俺は、あいつのことを…マリーダ・クルスでも、プルトゥエルヴでもない、あいつと言う人間が、

 何を考え、どう生きて行きたいのかを、俺は考えてやらなかった…それを俺は、今回のことで思い知ったよ…

 俺は結局、あいつをそばに置いておきたいばかりに、あいつを戦闘に巻き込み、

 そして、危うく死なせるところだった…いや、死んでいただろう…あいつの姉妹が来てくれてなきゃぁ、な…」

ジンネマンさんはそう言って、笑った。

「あの顔を見ろ…俺は、あんな表情をするあいつを、いまだかつて見たことがねえ」

シンネマンさんの視線の向こう。

砂を掛けられ埋められていたマリーダが、体の上に出来た砂の山を二つに割って飛び出して、

悪乗りしたガランシェール隊のチュニックやフラスト達をマリとプルにロビンと一緒に掴まえては海に放り込んで、

笑っていた。

アタシ達の良く知ってる、あの太陽みたいな笑顔で…!

「あいつが、本当の家族に出会えて、俺は幸せだ…家族は、家族のところにいるべきだと、俺はそう思う…」

そう呟いたジンネマンさんは、アタシを見て笑った。悲しいのと、嬉しいのと、寂しいのが混ざり合ったような、そんな笑顔だった。

それからまた、ふうと息を吐いて、今度は軽い口調でジンネマンさんは続ける。

「ルオ商会から、引きが来ていてな…ルオコロニーの警備隊として働かねえか、って話だ…

 所詮、俺たちはならず者…地球での生き方なんぞは知らんし、あの暗い海を漂っているのが性に合っている。

 この島はお前さん達のお陰でこの上なく居心地がいいが…俺たちには、まぶしすぎる場所だ…」
 


そうか…彼は、マリーダとここで別れる決意をしているんだ…いや、マリーダだけじゃない。

彼は、妻や娘のことも、これ以上悲しむものかと、そう決めているんだ…

マリーダがこれから進んでいくだろう人生を見守るために、自分も、マリーダのように、

何が起こっても、それでも、と、前を向かなければいけない、と、決めてるんだ…。

でも…でも、本当に…本当にそれでいいのか?マリーダは、どう思うんだ…?

少なくとも、マリーダは、ジンネマンさんが、自分のことを本当に考えていなかったなんて思ってない。

マリーダは、血がつながってなくても…レベッカやロビンが、レオナをそう言うように、本当の親だと思ってる。

そんなこと、大した問題じゃないんだ…家族だと思って、そうあろうとすれば、誰だって家族になれる…

アタシ達は、そう信じて、そうやって、ここでこれだけ“家族”を増やしたんだ。それが間違ってるなんて思わない…

だけど、ジンネマンさんのマリーダに対する想いは、本物だ…

アタシも、マリーダがもっとプルやマリやカタリナや、ユーリさんにアリスさんに、レオナと、

それに、アタシ達との時間を過ごしていった方が良いとも思う…

少なくとも、ユーリさんの言う、洗脳や刷り込み、きれいさっぱり洗い流されるまでは…

 でも…だけど…

 そんなことを考えていたら、ビクン、と手に何か重みが掛かった。とっさに手にギュッと力を込める。

そうだ、アタシ、釣りしてたんだ!慌てて立ち上がり、リールを巻き上げるとそこには30センチくらいのヒラメがぶら下がっていた。

「ははは!なんだその不細工なやつは!」

途端に、ジンネマンさんがそう言って野次ってくる。

ったくもう…考え事してたってのに、あんた、掛かるんならもう少し雰囲気読んで掛かってくれよな…!

なんて、心の中でヒラメニ文句を言いながらアタシはムスっとした表情を見せてジンネマンさんに言ってやった。

「こいつを食ってみたら、同じことは言えなくなるから、覚悟しとけよな!」





 


つづく。

次回、泣き虫マライアとがシローに相談、他、時間があれば。
 

アヤレナ初投稿から今日で1年だった。
ひとえに、読者の皆様のおかげです。

超感謝!
連休中には、書き終わる予定です。

どうぞ、最後までよろしく御願いします。
 

乙!
そしてアヤレナマ一周年おめ!

>>402
本当に難しいよね。その規模も理由も“戦争だったから”の一言で片づけていい問題ではないし。
ハマーンやナナイが許されてよいのか否か、幸せになる権利が有るのか否か。
俺は、許されるべきではないとは思うけどだからといって死刑だの自殺だのではない、違う形での償いが必要だろうと思う派。さらにその償いの先になら幸せがあってもいいのではないかと思う派。

ハマーンもナナイも自分の行いに対する罪を決して忘れてはいけないし、その罪を償い続けていかなければいけないと思うんだ。
まあ二人とも自身の罪を忘れてただのうのうと生きられるような人間ではないだろうし、逆に命をもって償おうくらいは考えるんじゃないかと思う。
でもそれぞれの罪ときちんと向き合った上で、生ある限り、出来得る限りの償いをし続けていかなければならないと思う。
戦いや償いや復讐での命のやり取りなんて、幸せ2つからは一番かけ離れてる行為なんだからさ。


そしてマライアの涙をそっと抱きしめ受け止めるアヤさんが素敵に過ぎる
アヤさんとハマーンの会話が楽しみだ

マライアたんもハマーン様もマリーダもみんな可愛いよぺろぺろぐへへ
そしてポロリしたのは姫様だったとはww
このままではバナージが快復した時にチュニックが消されてしまうwwww

また我ながら長過ぎきめえwwww


キャノピ姫がさっそく描いてくれたよ!
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/porori.jpg

仕事落ち着いたらしいので、ガンガンリクエスト言っちゃってください!ww
 

>>417
マジでポロリ絵書いてくれたw


キャタピラのボロンも頼む!



いいねえ。若い女の子のキャッキャウフフはいいねえ。

ジンネマンの過去の話はいつ、何回聞いても胸が痛い。
マリーダの過去もそうだけど、福井晴敏は本当に胸糞悪い設定をしたもんだ。
ギレンやバスク、シャアやハマーンがやった虐殺行為には「お偉いさん」のエゴ以上の物は感じないけど、
ジンネマンやマリーダ、このシリーズで言えばソフィアなんかが仮にコロニー落としをしても多少の同情は湧いちゃうな。
そんな事ができる立場にないからこそ哀しみも深くなるんだろうけど。

ソフィアといえばマライアがオメガから巣立つ大きなきっかけだったな。また見たいな、ソフィアさん。


>>キャノピー
ナニとは言わないけどサイズはそれで良いのか!?
何者かに脅迫されて少し盛ってないか!?

ええいその手をどけろもっとおっぱいを写せ

まだ一年しか経ってないのか一年でこれだけの量書けるのはすごいな
二年目も頑張ってください

サイコミュ系の記述の民間転用とかで、意思やら脳波やらで精巧に動く義肢とかできてたら
ソフィアの戦傷も問題なくなるんだがな
サンダーボルトの高機動サイコザク(R2ベースのサイコミュ系機体)みたいに



某青地のSSまとめサイトから一週間かけてやっと追い付いた…

ほんと、なんというか、あったかいな
公式で死んだと思われた人や報われなかった人が島の太陽と海に照らされ、包まれ笑ってる

一年戦争のアヤレナ(むしろタイトルから)の出会いからこんな"家族"が出来るとは思わなかったぞ
SSはまとめでしか見ないから現在進行形のスレは初めてでよくわからんが、キャタピラ最高だぜと言っておく
これからも頑張って皆を笑顔にしてくれ

そしてマライア可愛すぎる… 旦那の席はいただくぜ!

追いついた…と思ったらさすがマライアたん大人気だな
どいつもこいつも命知らずな野郎共だよ全く

さて、俺はレオナちゃんの一挙手一投足を見守る作業に戻るか…

>>416
感謝!
キャタピラの1年戦争は、もうじき終戦です。

>>402
そこらへん、キャタピラもハマーンとマライアと向き合ってますよ!

>>418
見たいのか?
本当に見たいのか?ww

>>419
感謝!

書いてると、時々あなた様のようなニュータイプに出くわしてどっきりします。
俺の頭の中、見えてんですか?ww

>>420
テムレイ乙!ww
もうじき終わりますよ!ww

>>421
義手の話は、書き足してみました!ww

>>423
>>433
追いついてくれて感謝!
ゆっくりしていってね!

>>マライア争奪戦
いいか、俺から一言。
おまいら、キモイ!ww

あ、マライアのパーソナルカラーは、黄色に近いゴールドに決定しました!
リゼル塗るなら、普通の塗装してから、肩にミラ姉ちゃんからもらった天使の羽のパーソナルマークをゴールドで描いてあげてください!



ってなわけで、続く。
 






 眩しい太陽が青空に昇って、いつものように、島を明るく照らしている。

今日は風も穏やかで心地良く潮の香りを孕んで吹き抜けていく。お散歩日和だね、まぁ、午前中は、だけど。

午後になったら暑くなりそうだな。帰ってくる時間を考えないと、二人がぐったりしちゃうかもしれない。

 「ままーどこいくのー?」

「びょーいん?ゆーりしゃんのところ?」

ベビーカーに乗せたマヤとマナが、持って来た小さなぬいぐるみで遊びながら、そんなことを聞いてくる。

「ん、ウリエラのお家だよ」

あたしは、ベビーカーを覗き込むようにしてそう言ってあげる。

そしたら二人は、ふーん、って感じでまた人形遊びに夢中になる。まぁ、そりゃそうか。

まだよくわかんないよね、そう言うのは。もうちょっとしたら、遊びに行きたい、なんて騒ぎ出すんだろうなぁ…

それはそれで、なんだか楽しみだな!

 あたしは、朝からペンションで洗濯やらを終わらせて、あとのことはレオナとマリオンに頼んで、

ミリアムの家に向かっているところだった。

昨日あんなことがあって、今朝はアヤさんにすがり付いちゃって、なんだか気持ちがフワフワしちゃっていた。

相談、ってわけでもないんだけど…こういうときは、ミリアム達と話すのが一番すっきりするんだ。

あたしの抱えてる問題でも、どうでもいいバカ話でもなんでもいい。

とにかく、なんだか無性に顔を見て話したくなってから、電話をかけてみたら、

じゃぁ、一緒にお昼でもどう、なんて誘ってくれたので、こうして二人を連れて、ミリアムの家を目指している。

 レオナは、見てるからお留守番させたら、なんて言ってくれたけど、あたしはこの子達と一緒に居たかった。

だって、しばらく留守にしちゃってたからね。その分の埋め合わせはしてあげなきゃ。

って言っても、あたしが帰ってきたって、二人はどこ吹く風でペンションから出かけるときとおんなじ様子だったんだけど。

接し方間違ってたのかなぁ、なんて思っても見たけど、そう言うことじゃなくって、

きっとアヤさん達が、ちゃんと二人のことを守ってくれてたからだろうし、それに、ね。

二人は、ロビン達と一緒で、こんな歳なのに、ふっと能力のような感覚を感じさせることがあるんだ。

もしかしたら、宇宙にいたあたしのことも、身近に感じるくらいのことが出来たのかもしれない。

まぁでもとにかく、一緒に居る時間をたくさん作って、二人にも、ロビンやレベッカと同じように、

ノビノビ育って欲しい、って、そう思うんだ。

 ペンションから歩いて10分弱。

あたしはペンションのある場所からもう少しだけ丘を登ったところにあるミリアムの家に到着した。

この辺りはまだ新しい住宅街で、新しく島に移り住んできた人たちが割と多く住んでいる。

ミリアムもそうだし、マーク達も、このあたりの区画に家を建てた。

と、あたしは、ミリアムの家の敷地の中に、見慣れた車がとまっているのを見つけた。あれは、ソフィアのだ。

ふふ、ミリアムが呼んでくれたのかな?さすが、あたしのことならお見通し、って感じだね。
 


 なんだかちょっと嬉しい気持ちになりながら、あたしはミリアムの家の玄関のチャイムを鳴らした。

ほどなくして

「はいはい」

と声がしてドアがあく。そこには、エプロンをつけたルーカスが、ウリエラを抱きかかえて顔を出した。

その姿に、やっぱりなんだか笑ってしまう。ルーカスがお父さんだなんて…しかも、エプロンだなんて…可笑しい。

でも、ルーカスなんてまだ似合う方だ。

 3年前にカレンさんと結婚したダリルさんなんか、カレンさんが会社が忙しくて家事なんかほとんどできないもんだから、完全に専業主夫。

エプロン姿でミックを抱いたまんま、料理したり洗濯したりするダリルさんの姿を見て、

あたしとアヤさんは、もう我慢が出来なくなってお腹を抱えて笑ってしまった。

カレンさんに怒られるかな、と思ったけど、カレンさん自身もそれを可笑しく思っているらしくって、

一緒になって大笑いしてた。

でも、ダリルさんはまんざらでもないようで、

家事の合間に、契約しているコンピュータ会社のソフトウェアやなんかを作ったりしながら、悠々自適に暮らしてると、笑っていた。

 「笑わないでくださいよ、これしないと怒られるんです…」

ルーカスがバツが悪そうにそう言って苦笑いする。

怒られる、って、それ、明らかにあたしから一笑い取りたくって無理矢理に着させてるよね?

いや、あたしにとっても、素直にあれこれ言うことを聞いてサポートしてくれる後輩だったけど、

ここまで尽くすタイプだとは正直思わなかった。ミリアムの調教のたまもの、かな?

 なんてことを思っていたら、ルーカスの後ろからミリアムが顔を出した。

「あー、来た来た、待ってたよ。ソフィアも来てるんだ、上がってよ」

ミリアムはそんなことを言ってあたしを中へと促してくれる。

マヤとマナを降ろしたベビーカーを畳んで、中にお邪魔する。と、リビングには、紅茶をすするソフィアの姿があった。

 ソフィアはあたしを見るなり

「あら、泣き虫マライアちゃん、いらっしゃい」

だって。ソフィアも相変わらずだ。

マヤマナは、さっそく同い年のウリエラと一緒になって、ルーカスにまとわりついている。

ごめん、ルーカス、ちょっとだけお願いね。あたしは心の中でそんなことを頼みながら、ソファーに腰を下ろした。

「なんだか、お悩みなんだって?」

座る早々、ソフィアがそんなことを聞いてくる。どうやら、話は大方、ミリアムから聞いてるみたいだ。


 ミリアムがアルバに来てから、あたしはまず真っ先に、ソフィアを紹介した。

だって、今のあたしがあるのは、ソフィアのお陰みたいなもんだからね。

まぁ、お陰、って言うか、ソフィアを守れなかったから、って言うか…

そ、そこらへんは、すぎちゃったことだからいいとして…だ。

 あたしをおちょくってばかりのソフィアだけど、

それでも、フェンリル隊と一緒に撤退したあとは南米に戻って一緒に生活してたし、すごくいい子なんだ、ってのは、もちろん知ってた。

あたしもソフィアを信頼できたし、ソフィアもあたしを頼ってくれてた。

あたしがこれだけ仲良くなれたんだ、ミリアムともきっと、良い友達になれるんじゃないかな、って思ってたけど、

案の定、二人はすぐに打ち解けてくれて…二人して、あたしをおちょくるようになった…で、でも!

それでも、あたし、この二人の親友が好きだよ!

「うん、まぁ、そうなんだ…そこは、まぁ、おいおい、ね?」

あたしが言ったら、ソフィアはふぅん、と鼻を鳴らして、なんだかニヤニヤしながらあたしを見つめてくる。

な、なによ、もう!べ、べつに逃げてるわけじゃないんだからね!

ミ、ミリアムが来て、ば、場が暖まるまで待ってるだけなんだから!そんなあたしの気持ちを知ってか知らずか、

ソフィアはクスクスと笑いながら義手でティースプーンをつまんでいる。

「調子良さそうだね、それ」

「うん、お陰様でね。アリスさんがその道のプロだなんて、驚いちゃった」

ソフィアの義手は、アリスさん特製だ。

なんでも、アリスさんはそもそもが、人間工学の専門家で、マン―マシーンインターフェースの開発を専門にしていた、

って話で、詳しいことはよくわからないけど、要するに、人間が自分の意思で機械を自由自在に動かすための技術のことなんだと思う。

サイコウェーブを使った、サイコミュの原型を開発したのも、その延長だって話だ。

 もちろんソフィアはニュータイプじゃないし、これは普通の筋肉の電位変化を感知して動くタイプのものらしいんだけど、

それでも、ソフィアはアリスさんのところに通って微調整を繰り返しながら、毎日なんだか感動していた。

義足の方もそうだけど、ちょっとした動きなんかは普通の手足とさして変わりがない。

アリスさんは、完成したら、アナハイム社に売り込みかけるから、お金はいらないよ、って笑ってたけど…

モニターとしてはソフィアとシローがいて最適だし、

正直、これ、この戦争が続いてた世の中的には、かなり需要ありそうだよね…

いやぁ、やっぱ、そう言う専門知識って、お金にもなるんだよねぇ…なんて思いながら、あたしはてんで明々後日のことも考えていた。

 「それさ、アタッチメントとかにして、用途別にいろいろ取り換えたりとかできたら良さそうだね」

「用途別?」

「そうそう、例えば、電動ドライバーとかさ、窓ふき用のモップとか、

 あとは、もしものときにはミニガン付けて、ババババーっ、とか!」

あたしが言ったらソフィアは何それ、と言いながらケタケタ笑って

「でもね、実際問題、それはそれで不便なのよ。現状ある物を現状あるままで使えるようにしておく方が、よっぽど有用なんだよね。

 場面ごとに取り換えるなんて、わずらわしいでしょ?生活の中じゃ、汎用性の高さが一番、ってわけ。

 モビルスーツと同じね」

と言った。ん、まぁ確かに…ビスをねじ込むのに、いちいち電動ドライバーモードのアタッチメントに付け替えるよりも、

転がってるドライバーを拾って固定できる機能があれば、それで済んじゃうもんね。

あ、いや、でも、ビス締める時くらいはこう、手首のところが高速回転でグァーっとか…

ダメかな?いや、うん、ダメだよね。


 「お待たせ」

なんてことを考えていたら、ティーポットとカップをトレイに乗せたミリアムがリビングに姿を現した。

「あ。ありがとう」

あたしのお礼を聞いたミリアムはニコっと笑って、あたしの分の紅茶を淹れてくれた。

それから、小さなため息とともにソファーに腰を下ろして

「それで、どうしたの?」

と話を促してくる。

 あたしは、一瞬、ズーンと落ち込んだ気持ちになったけど、でも…

せっかく時間取ってもらったんだし、ちゃんと話さないとな…話しにくいけど…

ううん、話しにくいからこそ、ミリアムに頼んだんだし、ソフィアも居てくれるんなら、もっと安心できるけど…やっぱり、怖いね、こういうのは…

 ふう、と大きく深呼吸をした。ビビるな、マライア。

二人とも、拒否したり逃げたりしないでちゃんと聞いてくれる。それで、きっとあたしをぶっ叩くような気持ちで、

それぞれの気持ちを聞かせてくれる。大丈夫だ、大丈夫…

「あのね」

あたしは口を開いた。二人の視線が、あたしに注がれているのがなんとなく心苦しいけど、

でも、あたしはちゃんと、話を続けた。

「昨日、カーラ…ハマーンと話したんだ」

「あぁ、例の、カーン家のご令嬢ね」

ソフィアがそう言う。あたしはうなずいて返して、昨日の夜のことを説明する。

「夜にね、ひとりでホールにいて…で、どうしたの、って聞いたら、自分は、とんでもないことをしてきたんだな、って言いだして…

 あたし、彼女を慰めなきゃって思って、話を聞いたんだ…でもね、結果的に言うと、あたし、出来なかった。

 出来なかったどころか、彼女のその傷にもう一回ナイフを突き刺すみたいなことを言っちゃったんだ…」

「なんて?」

すでに、あたしは胸の奥から煮えたぎるような悲しみが吹き上がりそうになっているのを感じていた。

それをなんとか押さえつけようとするけど、それが苦しくって辛くって、手が震えてくる。

ミリアムが、心配そうな表情でそう聞いてくれた。

「あたし…ダブリンへのコロニー落としのときに、カラバにいた頃にずっと協力して仕事をしてたカラバの幹部が、

 そこで死んじゃったんだ。コロニー落下の報を聞いて、街から避難しようとする民間人の援護に出ていたんだって…

 あたし、カーラの話を聞いてたら、そのことを思いだしちゃって…それで、あたし…

 どうしても、彼女を慰めてあげられなくって…『あなたのことが許せない』、って、そう、言っちゃった…

 あたし、分かってたはずなのに…カーラは言い訳したかったわけじゃないんだ。

 ただ、アイナさんに会って、あたし達と過ごして、やっと我に返ったんだ、ってこと。

 それで、自分のやってしまったことがとんでもないことだったって気が付いて、

 それで沸き起こった気持ちの扱いに戸惑っていただけだって言うのに…

 あたし、それを受け止めてあげるどころか…傷ついてる彼女を、余計に傷つけちゃった…」

あたしはそう言って顔を上げた。甘ったれてる、って言われたら、多分そうだろう。

アヤさんはあたしの気持ちを受け止めてくれた。

でも、それだけじゃ、今のあたしには足りないんじゃないか、って思ってる。あたし、誰かに叱ってほしい。

なんてこと言ったんだバカ、って。そうじゃないと…あたし、あたしも、自分のしたことで、つぶれちゃいそうだよ…。


 「ふぅむ…」

ミリアムがそんな風に唸って、ソファーの背もたれに体を預けて、ソフィアを見やった。

ソフィアは、じっとあたしを見つめてから、ミリアムの視線に気が付いて、ふっと虚空を見やった。それからふと

「なら、何が正解だった、って思うの?」

とあたしに聞いて来た。正解…?あの場で、カーラにあたしは、なんて言うべきたったのか…ってこと?

「そ、そりゃぁ、本当は、ちゃんと話を聞いてあげて、それで、彼女の気持ちを整理するのを手伝って…

 気の利いたことの一つでも言ってあげてさ…

 それで、とにかく、彼女を前向きにしてあげるのが正解なんだろうと思う、けど…

 そうだ、あとはシローさんがシイナさんにしたみたいに、ちゃんと許してあげたかった、って言うか…」

あたしが言ったら、ソフィアはなんだかちょっとムスっとした表情になった。うわっ、これ、来る…

「私ね、あのとき、シローさんとシイナさんの話聞いていたけど…

 シローさんの苦しみ方も、シイナさんの想いの悲しさも、普通じゃなかった…。

 たぶんね、そんな簡単なことじゃないんだよ。あのときに、シローさんは何も言わなかった。

 シイナさんを責める様なことは、何一つね。でも、私には、彼とシイナさんが、戦ってるように感じた。

 ううん、実際にそうする方が、きっと簡単だったかもしれない…

 彼は特に、実際に手でも上げちゃえば、どれだけ気持ちが楽だっただろうって、そう思うよ。

 でも、シローさんはそうしなかった。シイナさんの告白に、彼自身が、一番つらいって感じるだろう選択をしたんだって思う。

 なんでか、って言ったら、たぶん、彼は、それが正解だって、信じたからだと、私は思う。

 彼は、あの短い時間で、きっとすごくたくさんのことを考えてた。

 短い時間の中で、彼は、自分の信じられる正解を自分で出して、そのために戦ってたって、私は思う」

ソフィアはあたしの目をじっと見て、そう言ってくる。それから、少し声のトーンを落として、あたしに聞いた。

「マライアは…そのとき、何が正解か、とかって、少しでも考えた?」

ソフィアの言葉に、あたしは、返事に詰まった。

だって、そんなの、今、ソフィアに聞かれて考えたばかりだったから…で、でも、アヤさんも言ってたし…

人の気持ちをどうにかしてやりたいときは、ちゃんと話を聞いてあげるのが一番だ…って…。

 「考えたわけじゃないけど…でも、あたし、そうするのが良いんだろうって思って、それで…」

あたしがそう答えたら、ソフィアはまた厳しい表情であたしを見て言った。

「マライアには、あったの?彼女の話を、ちゃんと聞いてあげる覚悟とか、そう言うのが。私は、そう思えないんだ。

 良かれと思って、やったんだとは思う。でもね、私だったら話を聞く前に彼女のことをいろいろ考えると思う。

 彼女が、自分の大切な友達を死なせた原因を作った人間だって言うことも含めて、ちゃんと思い出して、

 それでちゃんと話をすると思う。それでも許せないって言う気持ちなのだとしたら、それは仕方ないこと。

 でも、あなたのはそうじゃない。なんとなく、混乱してそうだったから、なんとなく悲しそうだったから、

 話を聞いてあげなきゃって思った、ただそれだけ。

 そう言う覚悟もなしに向き合おうとしたから、あなたは、自分の中に急に湧いて来た気持ちに驚いて、

 逃げたんだよ、彼女と、彼女の気持ちから」

逃げた…?あたし、逃げたの?彼女から…?

ソフィアの言葉が、あたしの胸に、鋭利な刃物みたいに突き刺さったようだった。

そう…そうだ…あたし…あのとき、本当に何にも考えないで、カーラと話をしたんだ。ハヤトのことも忘れてた。

カツを失って悲しんでたフラウが、ハヤトが死んじゃって、もっと落ち込んでたってこともすらも、忘れてた。


 ソフィアは、シローとシイナさんは、戦っていたみたいだった、って言ってた。

だとしたら…だとしたら、あたしがしたことは、なんとなくって気持ちだけで、戦場に出て行ったのと同じなんだ。

それがどれだけバカな行為か、なんて、考えないでもわかる。「ヤバくなったら逃げる」のとは質が違う。

遊び半分で銃を扱うようなものだ。無暗に誰かを、敵味方の区別なく傷つける…自分が、死んじゃうかもしれない…

それくらいのことだったんだ…

 ハラっと、涙が零れ落ちた。

 バカだ。あたし、バカだ…全部…全部、自分のせいじゃないか。なにがカーラを許せない、だ。

なにが、あなたの幸せを願えない、だ。端から、願えるかどうかなんて考えてもいなかったくせに…

端から、許せるかどうかも考えていなかったくせに…

急に、それを突きつけられて、びっくりして、あたしは、逃げたんだ。

この話をする直前に、あたしが怖がってた拒絶と回避を、あたし自身がしてたんだ…。

しかも今度は、見捨てるどころか…とどめを刺すようなことまでして…!

「まぁ、マライアの気持ちも分かるけどね…

 人と正面切って向き合うのって、時と場合によっては、すごく難しいことってあるじゃない?

 アヤはよくいつでも全力で人に向かって行けるなって、思うんだ」

ミリアムが、あたしに気を使ってなのか、そう口にする。そしたらソフィアもクスっと笑って

「確かにね。アヤさんのアレは、ホントにすごい。マネなんかできないよ。

 あの人は、本当に特別なんだな、ってそう思う」

とミリアムに同意した。そしたらミリアムは今度はあたしを見て言った。

「やっちゃったことは仕方ないでしょ、マライア。今大事なのは、どうフォローして行くか、ってこと!」

「あ、まぁたそういう美味しいところばっかり持っていく!いっつも私ばっかり怖い方じゃない!」

「だってソフィアはガツンって言ってくれるんだもん。私は、さ、そういうの向いてないからね」

「良く言うわよ。ミリアムだってこないだ、私にズケズケ言って凹ませたじゃない」

「あれはソフィアが悪いんでしょ?ヤキモチなんか焼いてさ!相手はキャリフォルニア支部の整備士さんだっけ?若くて美人な!」

「だからあれは、デリクが誰彼かまわないで優しくするから…!」

「でも、そんなところが好きなんでしょ?」

「そ、そうだけど…って、そうじゃなくて!」

「あはは、赤くなってる!」

ミリアムとソフィアが、そう言い合って笑っている。

なんだか、そんな様子が嬉しくって、可笑しくって、聞いていたあたしも涙を拭きながらついつい笑顔になってしまっていた。

良い友達を持ったな、あたし…辛い時に話を聞いてくれて、ときにはこうして叱ってくれて、

一緒に楽しい時間も過ごせる…お酒飲んだりバカ騒ぎしたりもするし、のんびりしたり、子どもの話をしたり、

時には命を賭けて戦える…アヤさんとカレンさんは親友だって、アヤさんが真っ赤な顔しながら言ってたけど…

うん、あたしにとっての親友は、やっぱりこの二人だよね…!


「ありがとね…あたし、ちゃんと考えてみるよ、カーラとのこと。

 どうやって気持ちの整理着けたらいいか、まだ全然見えてないけど…

 でも、あたし、カーラの力になってあげたいって思うのはホントなんだ…。

 どうしてあの子が、我を忘れちゃったのか、ってのっが、分かってるから、余計に…ね」

あたしは二人にそう言った。そしたら、ソフィアが優しい笑顔を見せてくれて

「それは、シローさんに相談するのが良いと思う。私が言ったのは、あくまでも私が見てて感じたことだからね。

 シローさんがあのときどう思ったのかってのを聞いておくのは、参考にはなると思う」

って言ってくれた。

「うん…ありがとう、ソフィア」

あたしはソフィアにそうお礼を言ってから、今度はミリアムにも

「ミリアムも、ありがとう…あたし、また弱気になってた。ちゃんと逃げないで、考えるよ。

 あたしが傷つけちゃった分も、カーラを支えてあげられる言葉」

と伝えた。でも、それからふっと、なんだか自分が情けなく感じてしまう。

「ダメだね…宇宙でのロビンとのときもそうだったのに…気持ちが高ぶっちゃうと、全然なんにも見えなくなっちゃう…

 ううん、弱い自分が出てきちゃう、って言うのかな…情けないけど、あの頃と全然、あたし変わってないや…」

「あはは、まぁ、変わってないのはここぞっときの勇ましさだと思うけどね私は。

 弱虫マライアは、とっくに卒業したでしょ?昔のあなたは、戦場に上がることを恐れてたけど、今は違う。

 あなたはちゃんと戦えるし、それに、考えることもやめない。

 なにかあったら泣いて震えちゃうあの頃に比べたら見違えるみたいだよ」

あたしの言葉にソフィアがそう言ってくれた。

「昔のマライアは分からないけどねぇ…まぁ、でも、お礼なんて良いんだよ。

 私もソフィアも、あなたなしじゃぁ今頃死んでただろうからね。恩返し、なんていうつもりはないけどさ…

 アヤやレナと、同じよ。あなたが私達をここに連れて来てくれたの。

 だから…そうだな、感謝とか、そう言うことじゃなくて、

 私達のためにも、自分のためにも、私達を誇りに思ってくれていいんじゃないかな」

今度はミリアムがそんなことを言ってくれる。な、なによ、もう…せっかく泣き止んだのに…

また泣けてきちゃうじゃん!ソフィアは怪我させちゃったし、ミリアムも振り回して傷つけちゃったりしたけど…

そんな風に言ってくれるなんて…

でも、涙が出そうになってきていたあたしを知ってか知らずか、途端にソフィアが声を上げた。


「なぁんかそれ、半分自分を持ち上げてない?」

「あ、バレた?」

「幸せに思いなさいよね?って聞こえたよ」

「そりゃぁそうでしょ!なんたって一番の親友ですから!」

「ちょっと待ってよ。あとからやってきて一番ってどういうこと?

 一番はもう10年以上の付き合いの私に決まってるでしょ?」

「いやいや、こういうのって、付き合いの長さとかそう言うことじゃないと思うんだよね。

 関係性の深さとか、そう言うことじゃないかなぁ?」

「あぁ、だとしたらやっぱり一番は私だね。ミリアム、マライアにお風呂で全身洗ってもらったこととかないでしょ?」

「なっ…マライア、ソフィアとそんな関係だったの?!

 い、いや、でも!私は、命を賭けてまで守ってもらったことがあるし!」

「それなら私だって、ギュッと抱きしめられて、『死ぬときは一緒』って言ってもらったことがあるなぁ」

「な、なにそれ!?ちょ、ちょっとマライア!どっちなの!?私とソフィアとどっちが一番の親友なの!?」

「もちろん私よね、マライア?」

え、え、えぇ!?ちょ、なに、なにそれ!?なんであたしそんなモテモテになってんの!?

て言うか、別に恋人とかそう言うことじゃないんだから、どっちも一番で良いじゃん!?

みんなで仲良くで、それで良いよね!?

「別に一番なんてないよ!二人とも、あたしの大事な親友!」

あたしが言ったら、二人は怪訝な顔をして

「サイテー、二股宣言ですわよ、奥様」

「まったく、女の風上にも置けないわね」

「ここはひとつ、私とソフィアとで仲良く、ってことでいいよね?」

「そうね。二股女はもう知りません!」

なんて一気に態度を裏返した。

え…えぇ?!なんで!?なんであたしが仲間外れに!?ダメだよ、いじめダメ絶対!

「だーかーら!どうしてそうなんよ!?」

あたしが声を上げたら、二人はクスクスと笑いだして、終いには大声を上げて笑っていた。

もちろん、あたしも、楽しくって、可笑しくって、幸せで、一緒になって、大笑いしてしまっていた。

 「あーその、悪いんですけど…」

不意に、声が聞こえたので振り返ったら苦笑いを浮かべたルーカスが立っていた。

「ん、どうしたの?」

ミリアムが聞いたら、ルーカスは、はぁ、とため息を吐いて、

「今、お昼寝やっとしてくれたから…その、なるべく静かに…お願いします」

と言ってきた。なんだか、そんなルーカスの言い方がおかしくって、

あたし達3人はまた、顔を見合わせて、クスクス笑ってしまっていた。


つづく。

次回はたぶん、ナナイさんの回。
 





マライアも良い友達に恵まれたな
腹割って話せる友達とは元々敵同士だもんな これも理解しあうNT所以か

(マライアを嫁にするにはこの2人も要注意だな…)

乙!

マライアたんの消化不良気味な態度はそういう理由からだった訳ね
ナナイさんと話して、色々考えてまた改めてハマーンとも話して…
今後の展開にとてもドキドキするのはなんでだろうwwww

モテたかと思いきや一転仲間外れで、その実やっぱりモテモテ百合百合なマライアたんぺろぺろぐへへ

>>445
いやいや、親友二人とは酒でも飲みながらマライアたんの天使さ加減を語り合えば分かり合えるはずだ(確信
恐らくはNTが何か感じた時の例のSEも鳴る



大いに悩めマライア。一緒に悩んでくれる人や導いてくれる人がたくさんいるから。

暴行した連邦兵を拘束してだまってソフィアに銃を渡したオメガ隊長、立場と状況次第ではジンネマンより恐ろしい存在になってたかな?
身内を守る事に躊躇がない。偉い人の大義より自分の正義を貫く事に躊躇がない。

ナナイさんはまた複雑だよな。少しはシャアの呪縛から逃れられているのかな?
先が楽しみ。

>>446,447
ハ○ウェイ・リ○ィ「ですよねーーwwwww」

>>445
感謝!

ソフィア久しぶりに書いたらきついこと言う子になっちゃいました。
もともとそんな子だった気もしないでもないけどw


>>カツ
やめろよ、カツは悪いけど。


>>448
感謝!!

マライアたん、悩んでたようです。


>>449
感謝!!!

隊長は今どこでなにしてるんでしょうかね?
あそこも晩婚だったけど、きっと幸せな家庭を築いていることと思います。

隊長のトコの子どもは、男の子だな。

>>ハ○ウェイ・リ○ィ
おまいらもなwwww




てなわけで、続きです。
 



 「申し訳ありません、お疲れのところ…」

ジュリアが、そう言ってナナイさんに謝っている。

「いいえ、構いません…私にできることがあれば、ぜひ、力になりたいと思っていますから」

ナナイさんは、そう言いながらジュリアに笑いかけた。

 私は、アヤちゃんのペンションに戻ってから、シャワーを借りて着替えを済ませて、

ママの運転する車で病院へ向かっている。

車には、プルとマリーダも一緒。車の定員のこともあったので、マリはペンションで待っていてくれることになった。

それと言うのも、車にはマリオンちゃんが乗っているからだ。

なんでも、昨日母さんからひとしきりバナージくんの容体を聞いたママが、

マリオンちゃんにならバナージくんへの投げかけが出来るかもしれないと言って、

島でマリオンちゃんに事情を説明して着いて来てもらっていたからだ。

 私には、具体的にどういうことかは分からなかったけど、

でも、マリオンちゃんは、地球に降りてからはずっとママと能力についての研究をしていたらしいし、

きっとなにか特殊なことなんだろう。

この話をしているときに、ママは、プルとマリーダにも説明をしていて、

出来たら、方法だけでも覚えてくれれば、助かる、って言ってた。

きっと、ニュータイプの力の使い方のことなんだろう。私には、あんまりわからないけど…

でも、もしそれをマリーダが使えるようになれば、マリーダもバナージくんや姫様の助けになれるし、きっと嬉しいだろうな。

 車は、病院の駐車場に入った。空いていたスペースに車を停めて、私達はそぞろ車を降りる。

と、病院の入り口のところに、暇そうに母さんが突っ立っているのが見えた。

「ユーリ、お待たせ」

ママがそう声を掛けると、母さんは、あぁ、って感じで片手を上げて、私達を出迎えた。

「彼にはもう会ったの?」

「あぁ、うん。カミーユくんが面倒を見ててくれてた。カミーユくん、ちゃんと休めてるのかな…アヤちゃんから何か聞いてないか?」

「いや、分かんないな、なんにも言ってなかったよ?」

「そっか…本人に聞いてみるかな。とにかく行こう。昨日言ってた、マリオンに手伝ってもらうやつを試してみなきゃ」

「そうだね」

母さんはママとそう言葉を交わして、先頭に立って病院へ入った。もう夕方で、外来の診察が終わっているのか、


ロビーには人影もなく、がらんとしている。そんなロビーを抜けて、病棟へと向かうエレベータに乗る。

精神科の階で降りて、いつもの通り、守衛さんに鍵を開けてもらって中に入った。

 母さんが先頭になって、バナージくんの病室の扉を開けたら、そこには、見たことのない女の人がいて、

バナージくんの体を、上半身を脱がせて体を拭いていた。看護師さんじゃ、ないみたい…誰だろう、この人?

アジア系だけど…アヤちゃんか、シャロンさんの知り合いかな?
 


「あれ、あんたは?」

母さんも知らないみたいで、ちょっと驚いた感じでそう聞く。

「私は、ファ・ユイリィです…あなた方は…?」

女の人はそう答えて、逆に母さんにそうたずねてきた。なんだか、少し警戒しているような雰囲気がある。

「ユーリさん」

と、背後で声がした。振り返ったらそこには、カミーユさんの姿があった。

「あぁ、カミーユくん、遅くなって悪かったな」

「いえ、こちらこそ、外していてすみません。彼女を紹介しますよ。僕の幼なじみで、看護師をしてました、ファです」

カミーユくんがそう紹介すると、ファと名乗ったその女性は、安心した表情を浮かべて

「カミーユの知り合いの方だったんですね。失礼しました。ファです。改めまして、よろしくおねがいします」

と笑顔を見せてくれた。

「彼女は、僕がバナージくんのようになっていた時期に、ずっと看護をしてくれていたんです」

カミーユさんが言うと、ファさんはなんだか恥ずかしそうに笑って

「大したことじゃないんです…清拭したりとか、そういうことくらいで…」

なんて言っている。確かに、このファって人からはどこかとても柔らかい感じが伝わってくる。

なんだかこういう感じは自然に好きになっちゃうんだよね。このファって人とも、仲良くなれたらきっと楽しいだろうなぁ。

「あはは、行き届いた看護だったんだろう。カミーユくんを見ればわかるさ」

母さんがファさんにそう言って笑った。

 それからカミーユさんは私たちについてもそれぞれ紹介してくれた。

話がひと段落したところで、母さんが下げていたバッグから何やら装置を取り出し始めた。

「さて、じゃぁ、はじめようか」

母さんが取り出したのは、脳派を測定する機械だった。

ヘッドギアのような形をしていて、吸盤についた電極がコードでいくつもぶら下がっている。

「カタリナ、手伝って」

「あ、うん」

この手の機械はあまりお目にかかったことはないな…実際、ほとんど初めてくらいだ。

でも、母さんの指示通りに、私は電極をバナージくんの頭皮にくっつけて、最後に母さんがヘッドギアをかぶせて全体の電極を覆い隠す。

さらに取り出した別のコンピュータのような機械をヘッドギアにつないで、そこから部屋の電源を引っ張る。

と、ピピっと音がして、母さんの持っていたコンピュータのモニターに光がともった。
 


 母さんは手慣れた様子で設定を済ませたようで、ほどなくしてママを振り返っていった。

「じゃぁ、アリス、始めて」

「ん、了解」

ママはそう返事をして、私のすぐ隣にいたマリオンちゃんに目くばせをした。

マリオンちゃんはコクっとうなずいて、部屋の隅にあった椅子を持ってくると、バナージくんのベッドの横に腰を下ろす。

と、マリオンちゃんは不意に顔を上げて

「皆さんは、少し、気持ちを落ち着けてもらって良いですか?私もまだ不慣れなので、集中したいんです」

とミネバ様…ジュリアやマリーダのことを見ていった。二人は、神妙な面持ちでうなずいている。

それを見たママが笑って、

「ふふ、“発信”にだけ気を付けてもらえればいいよ。むしろ、マリオンの集中の仕方を感じていて」

と言っている。でもそれからすぐにママは真剣な表情になって、

「じゃぁ、マリオン、AからCのパターンで、一つずつ確認していきたいからよろしくね」

とマリオンちゃんに頼んだ。マリオンちゃんはまた無言でコクっとうなずく。

 そんな様子に私までなんだか緊張してきてしまった。いや、別にこれ一回でバナージくんが回復する、ってことはないんだろうけど…

でも、目の前ですごい治療を試そうとしているんだな、っていうのは、わかる。

なんだか、とてもすごいことが目の前で起こってるんだ…

 「いい?まず、Aパターン、ね」

アリスさんが言った。とたんに、マリオンちゃんから何か、不思議な感覚が漂ってくることに、私は気が付いた。

なんだろう、これ…

温かいような…涼しいような…不思議な皮膚感覚…まるで、今日行ってきた、あの島の海に浸かっているみたいな心地よさだ。

 と、ママがチラッと母さんを見やった。母さんは、コンピュータのディスプレイに目を落としていたけど、

ややあって、軽く手をかざしてママに合図を出した。

「マリオン、Bで行ってみようか」

それを見たママはマリオンちゃんにそう言った。すると、マリオンちゃんから感じられる雰囲気が変化する。

さっきまでの温かい感じにも似ているけど、ちょっと違う…

これって、なんだろう…とても明るくて…優しい感じのする…これは、景色?そう、そうだ。

なんだろう、ペンションなのかな?今日行ったあの島なのかな…?はっきりとはわからないけど…

でも、なんだかとてもきれいな景色のように感じられる。

 また、ママがチラッと母さんを見た、母さんもさっきと同じようにさっと手をかざしてママに合図をする。

「マリオン、Cで」

ママが言ったら、マリオンはふぅっと息を吐いて、また何かに集中し始めた。今度は、何…?これは、音…?

一定の、ゆっくりとしたリズムで、何かを刻む音がする…これ…これって、心臓の鼓動?

私はふと、マリーダの体にしがみついて寝た日のことを思い出していた。

マリーダの強くてゆっくりと脈打つ心臓の音。あのときと同じような心地良さが私をつつみこんでいるみたい…
 


 「ん、よし、オッケー」

不意に母さんがそういった。そしたら、マリオンちゃんが溜息をつくとともに、私の中からも感覚が消えていった。なんだったんだろう、今の…?

ニュータイプでもない私にも感じられた、不思議な感じ…今のは、マリオンちゃんのイメージなのかな…?

「今のは、どういうことなんですか?」

ナナイさんが母さんに聞いた。そしたら母さんは、

「あぁ」

と言ってコンピュータを操作し、ディスプレイをナナイさんに見せた。

「これが、今の3つのパターンでの、彼の脳電位の変化。あと、下に出しているのが、ここにきて最初に取った脳波のデータだ」

「これは…!感情野に反応が戻っている…!」

「あぁ。アタシはこれを、神経的な退行現象だと思ってる。

 防衛のためか、あるいは、サイコウェーブを強烈に発するときにはなんだか心地よい感覚になるって話を聞いてるから、

 それによるものかもしれないけど、とにかく、状態として一番近いのは、彼の脳は今、胎児に近い状態にある、

 っていう見立てだ。で、今マリオンにしてもらったのが…」

母さんがそこまで説明をして、ママを見やる。

「マリオンにしてもらったのは、簡単なイメージの発信なんだけど…

 要するに、言語に頼らない感覚的な知覚をベースにした物なの。ユーリの胎児期への退行って言う見立てが適切なら、

 そこにでも働きかけることの出来る刺激を脳にサイコウェーブで直接響かせたらどうだろう、ってことね。

 感じてもらえたと思うからわかるだろうけど、Aは触覚、Bは視覚、Cは聴覚ね。

 おそらく、言語的な働きかけは退行に影響で受信できても処理されないと思うから、

 こうしてベーシックな刺激で試してみたワケ。結果は、ユーリの方に任せるけど」

ママはそう言って母さんを見つめ返した。すると母さんは手元のデータを改めてナナイさんに見せて笑って言った。

「この通り」

「つまり…どういうことなのですか?」

たまりかねたのか、ジュリアがそう母さんに聞いた。母さんは、あっと何かに気が付いたみたいな表情で

「あぁ、ごめん、専門的すぎたね。まぁ、要するに、今の方法なら、彼の脳にいい刺激を与えることが出来る、ってのが分かった。

 これだけで回復するかは分かんないけど、まぁ、高圧チャンパーなんかも併用しながらやっていけば、

 そう長くはかからないんじゃないかな」

と説明する。ジュリアはそれを聞いて、おずおずと、口を開いた。

「その…では、バナージは…」

「あぁ、うん。この様子だと、今のところはまだ確定ではないけど、脳に深刻なダメージがある、ってわけではなさそうだ。

 感情野も刺激してやればちゃんと反応するし、おそらく、人格的なところの損傷もないと思う。

 あとはまぁ、時間がどれだけか、って問題が一番かな」

「それなら、及ばずながら、俺も協力しますよ。マリオンさんのやっていた方法は分かりましたし、

 自分も同じような状況だったのだと思うし、駆け出しですが医者ですしね」

カミーユさんがそう言う。あれ、て言うか、カミーユさんってお医者だったんだ!?知らなかった!

「あはは、まぁ、この手の治療は忍耐が大事だ。ナナイちゃんも、それにマリーダもジュリアも、プルも、今のマリオンの方法は分かっただろ?

 ゆっくり時間を掛けて、あんた達にも手伝ってもらいながら、彼が戻ってくるのを待とう」

母さんが、ジュリアたちの方を見やってそう言った。

なんだか、ジュリアとマリーダは、キラキラとした嬉しそうな表情で母さんを見つめてうなずいていた。
 


 それから私達は、母さんのコネでこの病院に引っ張ってやるよ、なんて言われていたカミーユさんに見送られて
ペンションに戻った。

マリオンちゃんとジュリアを無事に送り届けて、マリを回収して家に戻る。

ナナイさんは、母さんとあれこれ話したいらしくて、今日はうちにお泊りすることになった。

客室はもうないけど…まぁ、母さん達の部屋か、私とマリの部屋を使ってもらえばいいよね。

私達は一晩くらい、リビングのソファーでなんとでもなるしさ。

 夕食を終えてから、リビングでは母さんとママとナナイさんが何やら話し始めてしまったから、私はなんとなく部屋に戻っていた。

机に向かって、そう言えば、宇宙から戻ってきて以来、あんまり手を付ける暇のなかった通信制の大学の教材を広げる。

この島には大学なんてないし、フェリーで渡った向こうにはあるけど、通うのは大変だからアパートでも借りなきゃいけないけど、

正直、ひとり暮らしなんてしたくない。親離れしてないのか、なんて言われたらそうなんだろうけど、でも…

今の私には、ここが一番大事なんだ。

それに、母さんの跡を継いでお医者になりたい私とプルにとっては、母さんと一緒に仕事をするって言うのは、

他のどんな場所で勉強をするよりもためになることだって思うからね。

 テキストを開いて、参考書なんかを本棚から引っ張り出して机に戻ったとき、コンコン、とノックをする音がした。

マリかな?なんて思いながら

「大丈夫だよ」

と声を掛けたら、キィっとドアが開いてマリが顔をのぞかせた。

机に着いていた私を見るやマリは少し申し訳なさそうな顔をして

「あ、ごめん、忙しかった?」

って聞いてくる。別に急いでやらなきゃいけないわけじゃないし、大丈夫だけど…

そんなのを気にする、ってことは、もう二人も一緒、ってことかな?

「ううん、大丈夫だよ。時間あったから、ちょっと手を付けてみようかな、って思ってただけだから」

私がそう言ったら、マリは安心したのか笑顔で

「良かった」

と言ってから、部屋に入ってきた。案の定、プルとマリーダも一緒だった。
 


 「課題?」

プルが私に聞いてくる。

「あぁ、うん」

参考書を閉じながら答えた私にプルは苦笑いで応えて

「ね、15番のやつって、もう出来た?」

と聞いてくる。

「あぁ、まだ。免疫学のやつだよね?あれは、こっちに来たときに母さんが“お日様熱”対策でいろいろ集めた本があるっていうから、それを読んでからにしようと思って」

「あ、そんなのあるんだ!それ、今度一緒に見せてよ」

「うん、母さんが暇そうなときに聞いてみよう」

私はそうプルと言い合って笑う。

 「何の話なんだ?」

そんな私達の会話にマリーダが聞いてくる。

「ん、大学の話だよ」

「ダイガク?」

「あー、学校、かな?」

「士官学校のようなものか?」

「戦術勉強してるわけじゃなくて、医学の勉強」

プルがひとしきり説明するとマリーダは

「なるほど、そうか」

と頷いた。そんなマリーダに、私は、なんだかいつもとは違った印象を覚えた。

なんて言うか、まるでマリみたいな感じの…ぴょんぴょん跳ねるんじゃないか、っていうか、

そんな…楽しい、って感覚だ。楽しい?ううん、これはきっと違うね。

似てるけど、たぶん、マリーダは嬉しいんだ。

バナージくんがきっと大丈夫だろうって話を聞けて、内心は安心して、嬉しくって仕方ないんだなって、そう感じた。

「バナージくん、良かったね」

私はマリーダにそう声を掛けてみた。そしたらマリーダは、予想に反して、途端に満面の笑顔を見せたくれた。

「あぁ…ありがとう、姉さん…!」

そんな笑顔にキュンとなって、マリーダに飛びついた私は、マリーダが怒るまで彼女を撫でまわしてそれから、

何となしにマリのベッドの上に4人で集まって、のんびりお喋りがはじまった。
 


「明日さ、マリーダの服とか、あと家具買いに行こうよ!」

「あぁ、いいね、それ。服は別に私のと共用でも良いけど、いつまでもお客様用の簡易ベッドじゃ体痛くしそうだしね」

「プル姉さんのベッドを借りているから問題ない」

「いや、それは私が問題あるって。これからもずっと毎晩おんなじベッドは、さすがに窮屈だよ」

「姉さんは私と一緒はイヤなのか?」

「そうじゃないけど…」

「イヤならイヤと言ってほしい。もしそうなら私は、マリ姉さんかカタリナ姉さんのベッドで一緒に寝ることにする」

「あぁ、ひとりで寝るのはイヤなんだね」

「イ、イヤと言うわけではないが…その、そうしたんだ。ダ、ダメだろうか?」

「ううん、全然大歓迎だけどね、私は。カタリナは?」

「ふふ、私もいいけど?プルが狭いって言うんならこっちにくる?」

「せ、狭いなんて言ってない!ただ、毎晩だとちょっと、って話だよ!」

「あ、じゃぁさ、ローテーションはどう?毎日順番で」

「あぁ、それ楽しそう!」

「じゃぁ、今日は誰にする?」

「ん…今日は、やはりプル姉さんが良い。一番安心するんだ」

「あーそれさ、なんかちょっとショックなんだよねぇ、同じ姉として」

「そんなことはない。楽しいことをするのは、マリ姉さんと一緒が良いんだ」

「役割、ってことかぁ」

「ね、それなら、私は?」

「カタリナ姉さんは、困ったときやここでの生活でわからないことがあったときに頼りたい」

「あぁ、わかるなぁ、それ!」

マリーダの言葉に、マリがそう声をあげる。ふふ、そう言ってもらえるのは嬉しいな。

力になれてるかはわからないけど、でも、頼りにしてもらえてるんだ、って言うのはやっぱり嬉しい。
 
「で、話し戻すけど、明日はマリーダの服を買いに行く、ってことでいいよね?」

「うんうん、賛成!マリーダ、どんなのが好き?」

「私か?そうだな…プル姉さんに借りた物の中では、あのトレーニングウェアが着心地は良かったな」

「ジャージかぁ、まぁ、通気性も良いし、この辺りで肌を出さないようにするには良いけど、かわいくはないよねぇ」

「色はどうかな?何色が好き?」

「い、色か…?そうだな…緑、とか…」

「あぁークインマンサカラーだね。あ、いや、どっちかって言うと、クシャトリアっぽい緑?」

「そ、そうだな」

「なんだか暑そうだね」

「白いシャツとか似合いそうなんだけどなぁ」

「あ、分かる分かる!ピチっとした感じで、下に黒っぽいアンダーとか着てさ」

「それならパンツは七分丈のベージュのカーゴとかどうかな?」

「あぁ!さすがプル!それは絶対に似合う!」

「そ、そうなのか?服の種類は良くわからないが…見立ててくれると助かる」

マリーダは、そんなことを言って顔を赤くした。ふふ、なんだか楽しみになってきたなぁ。3人でマリーダにいろいろ着てもらおう!傷跡のことはあるけど、女の子だもんね!きっと、そう言うのも興味ないわけじゃないと思うんだ!
 


「美容院とかも行けるといいんだけどね。伸ばしっぱなしみたいだし、ボリュームあるし」

「私達ってホント量多いよねぇ、髪」

「髪?髪を切るのか?それならプル姉さんのように短くしてもらいたい」

「あーいやいや、待って。それはさすがにちょっと困る。正直、見分けつけられる自信ない」

「ダメか…しかし、この長いのはわずらわしいと思っていたんだ。どうにかなるようなら、頼みたい」

「うん、じゃぁ、そっちは明日じゃないかもしれないけど、行けるように手筈を整えておくよ!」

マリがそう言って胸を張った。ふふ、マリも張り切ってる。

もちろん私もだけど、マリやプルはきっともっと嬉しいんだろうな。

自分と身を分けた妹が、戦争の中で、たくさん傷付いてきたけどこうして生きて居てくれて、

それで、一緒に話して笑っていられるってことが。

マリーダと過ごす時間が、マリーダにとっても、私達にとっても、幸せを分け合えてるってことだもんね。

 だから、ね、マリーダ。もっとたくさん、楽しい時間をすごそうね。

あなたの気持ちは、昨日、あなたのマスター達に会ったときに感じたから分かってる私が分かるくらいだから、

マリもプルもきっと分かってると思うんだ。

それを分かってるから、こうしてあなたとの時間をもっともっと大切にしたい、って、そう思ってるんだよね。

マリーダ、あなた自身もきっとそうなんだよね。

 うん…少しだけ寂しいけど、でも、マリーダがそうしたい、って言うんなら、私達はそれを応援したい。

あなたの心の中に、確かなつながりを残しておいて、あなたがどんな遠いところに行ったって、あなたの支えになれるように在りたい。

そのために、私達はもっともっと、こうやって楽しい時間をすごして行くべきだって思うんだ。

ね、マリーダ、あなたもそう思うでしょ…?

 私はそんなことを思いながら、マリがおかしなことを言う物だから、声を上げて笑っていた。

マリも、プルも、マリーダも、おんなじように笑ってる。

そんな笑顔のマリーダから、ポロリ、ポロリと、涙がこぼれていた。悲しいんじゃない、寂しいんじゃない。

マリーダは、ありがとう、ありがとうって、何度も何度も、心の中で、そう言っていた。




 





 「あの子達は?」

「あぁ、部屋じゃないかな?いつものお喋りだと思う」

「そうですか…」

「あぁ、ナナイちゃん、何か飲む?紅茶は各種と、コーヒーとお酒もあるけど」

「えぇと、その…お構いなく」

「ん、そう。じゃぁ、私が飲みたいのを適当に淹れるね」

私はキッチンから顔を出して、ナナイちゃんにそう確認してから、お気に入りのダージリンの葉をポットに入れて、お湯を注ぐ。

たちまち、良い香りがキッチンに漂う。ん、やっぱこれだよね。

ユーリはアールグレイが良いって言うんだけど、私としては絶対にこっちがいいと思うんだ。

戸棚からこないだアイナちゃんのところにもらったクッキーを出してお皿に開けて、トレイに乗せてリビングに運ぶ。

 カップを並べて紅茶を淹れていたら、パタパタと足音をさせてユーリが髪をバスタオルで拭きながら姿を見せた。

「おかえり」

「ん、ただいま。ナナイちゃんも、待たせて悪かったね」

「あぁ、いえ…問題ありません」

ナナイちゃんはそう言って、さっきまで難しい顔をして手にしていたタブレット端末をテーブルに置いた。

 ユーリは髪を拭き終えて、ふぅ、と小さなため息を吐いてイスに腰掛けた。

紅茶のカップを口元まで持って行って、香りを確かめてから

「ダージリンか」

と私をチラっと見て言ってくる。

「アールグレイが良かった?」

皮肉っぽく返事をしてみたらユーリはカカカと笑って

「さっぱりしたいときはこっちが良いよな」

と言ってズズズとカップに口を付けた。もう、そう言う良い方はズルいんだから。

そんなことを思いながらも、私も席に着いてクッキーを頬張る。ナナイちゃんにも紅茶とお菓子を勧めてから

「それで、話って?」

と聞いてみる。

 夕食のあと、カタリナ達がリビングから出て行ったところで、ナナイちゃんが不意に、聞かせてほしいことがある、と切り出してきた。

それまでは、ユーリのニュータイプに対する意見とか、私のサイコミュについてあれこれ質問してきていた。

率直に、なんだか、かわいい後輩が出来たみたいで嬉しくて、あれこれ止めどなく喋ってしまった。

だから、改まってそんなことを言われて、少しだけ戸惑った。

マライアちゃんから、彼女のあらかたは聞いているから、まぁ、それについての話なんだろうってのがなんとなく理解できたので、

それについては、私とユーリが落ち着いて話を利ける状態になるまで待ってほしい、とお願いした。

私は夕食の後の片づけやそのほかの家事を、ユーリは病院の方の片づけとシャワーを終えて、今、だ。
 


 「はい…」

ナナイちゃんは、紅茶のカップをカチンとソーサーに置いて呟くように言った。

「私のことは、どの程度ご存じなんでしょうか?」

「んー、マライアちゃんに聞いた話だと…新生ネオジオンの技術仕官で、総帥秘書で、ニュータイプ、ってことくらいか」

「では…私が、サイコフレームを開発し、ラサへの5thルナ落としを支援し、新生ネオジオンで強化人間を調整していたことも?」

「あぁ、うん、大まかには、聞いてるよ」

ユーリがそう言って私を見た。私は、ナナイちゃんを見やってうなずいて見せる。

そしたら彼女は、キュッと唇をきつく結んでから、力のこもった目で、私達を見つめて来て、言った。

「率直に…お二人が、私をどう思っていらっしゃるのかお聞かせ願いませんか?」

どう…どうって…?それ、難しいね…意図が良くわからない。

まぁ、大変だったんだな、くらいには思っているけど…そう言うことでもないんだよね?

「戦争に加担した技術者として、ってことかな?」

ユーリがナナイちゃんにそう聞き返す。彼女はまた、口をぎゅっと結んでうなずいた。

なるほど、そう言うこと、か…戦争に加担した技術者ね…それは、私達も同じだから、ね。

ううん、きっともしそれが罪だ、っていうんなら、私やユーリの開発したあらゆることは、彼女の所業なんかよりももっと罪深い。

いうなれば、今の宇宙世紀を作り出した一端は、確実に私達の技術開発によるものだからだ。

「まぁ、難しいよなぁ、ナナイちゃんの立場も…」

ユーリはそう呟いて私を見た。うん…そうだよね…

私も、あれからの戦況を聞くにつれ、自分がなんてことをしてしまったんだろう、と思ったことが何度もあった。

特に、あのサイコガンダム、と言う巨大なモビルアーマーのデータを見たときは、全身の震えが収まらなかった。

あれこそが、私の恐れていた最たるものだったからだ。

ニュータイプや強化人間の能力を力に替えるようにして機動する、サイコミュ搭載機…

あれはニュータイプにとっては悪夢そのものの兵器だった。

「私達も、同じよ。私はサイコミュの着想を試験して、元となるデータを蓄積させた。

 ユーリは、ニュータイプ研究や強化人間の調整に関する実験を繰り返していた。

 どう思うか、と言われたら…そうね、申し訳ない、って感じかしら?」

「も、申し訳ない…とは?」

私の言葉に、ナナイちゃんはなぜかかなり驚いたようで、前のめりになってそう聞いて来た。

「うーん、だってさ…そう言う物を、戦争の道具として作り出しちゃったのは私達で、

 もし、私達がそれを作らなければ、少なくともナナイちゃんは同じことをして悩んだり苦しんだりはしていないと思うんだよね…」

「あぁ、まぁ、そうだな…それに、マライアちゃんからは、あんたの経歴も聞いてる…

 あんただって、アタシ達のせいで人生を歪められちゃった人の一人なんだろう?」

そう、そうだったね…。ナナイちゃんは確か…
 


「わずか13歳で、サイド3に連邦のテコ入れで作られたフラナガン機関の研究を引き継ぐ施設の研究員…

 そこで、ニュータイプの訓練を受けた。

 その後、連邦政府機関の研究所に引き抜かれ、さらにはティターンズ系の強化人間研究施設に抜擢。

 その後、ローレン・ナカモト博士と、あぁ、彼はフラナガン機関でアタシらと一緒だったんだけど、

 彼とともに、カラバに投降し、グリプス戦役以後は、エドワウ・マスと名乗る人物の息のかかった民間研究所で

 ニュータイプ研究に従事…その後、その施設は、新生ネオジオンのお抱えのニュータイプ研究所となった…」

ユーリが私に代わって、マライアちゃんに教えてもらった彼女の経歴を話す。それから、ため息を一つ吐いて

「特に最初の…サイド3の施設や、ティターンズの研究所であんたが何をされたのか…

 ってことを想像するのは、難くない…それは、アタシらの発想の延長上にあるんだ…

 そこまで行き過ぎたことは考えたこともなかったけど、でも…倫理的に大事な何かを無視すれば、想像は簡単だ」

と言って顔を伏せた。そう…そうなんだ…。

きっと彼女は、強化施術を受けている…確証はない。

でも、その後の彼女の生き方は、まるで“何かにすがる”ようで…

それは、マスターを必要とするあの手の方法に囚われた者に良く見られる事例とほとんど同じように、

私とユーリには思えていた。

 ナナイちゃんは、絶句していた。それでも彼女は、なんとか言葉を絞り出す。

「そこまで、ご存じだったのですね…お、お二人は、わ、私が、強化人間だとおっしゃりたいのですか?」

「そのあたりの線引きが、実はすごく曖昧なんだ。

 ナナイちゃん、ここからは、気持ちと思考を別にして聞いてほしいんだけど…

 アタシは、あんたはニュータイプの素質を強化施術と訓練によって人工的に能力を伸ばされた存在…

 プル達と同じだとそう思っている。

 今、あんたがアタシ達にこんな話をして、アタシ達に従おうという気持ちでいる。

 それが、その可能性を示してると思う。

 そして、あんたが以前に仕えたマスターが、赤い彗星、シャア・アズナブルだ。

 ただ、そこだけは少し腑に落ちないところもある。

 そしてそれが、あんたが強化施術を受けたんじゃないか、と思わせる要因を見えづらくしている。

 あんたとシャア・アズナブルとの関係は、普通の強化施術を受けた子供らとマスターとの関係とは違う。

 施術の方式が違うのか、それとも、あのシャアって男が、あんた自身に働きかけたのか…」

ユーリの言葉に、またナナイちゃんは黙った。でも、今度は言葉を失っているのではない。彼女は考えていた。

沸き起こってくる感情と思考を切り分け、必死になって、自分の中に答えを探している、私には、彼女がそうしているように見えた。

 どれくらい経ったか、ナナイちゃんはゆっくりと、短く、言葉を発した。

「彼は…私を、愛してくれました…」

そう言葉にした瞬間、彼女の目から、ハラハラと涙がこぼれ始める。ギュッと、胸が詰まる想いがした。

彼女の切ない気持ちが伝わってきたからではない。

彼女が、そう感じてしまっている、と言う事実が、私の心を締め上げた。
 


「そして、そんな彼を、あんたは、自分の手で、壊したと思っている」

ユーリは、そんなナナイちゃんの目を見つめて言った。でも、その言葉にナナイちゃんは首を横に振った。

「いいえ…彼は、もう、戻らなかったんです…バナージとは違いました。彼はほとんど脳死状態で…

 それでも、可能性を捨てきれなかった私は…いいえ、可能性を過信していた私は、彼のまがい物を作り出してしまった。

 ですが、先日の戦闘のさなかに、私は彼の意思を感じました。彼は、私に、アレを壊してくれることを望んだ。

 『私を解き放ってくれ』と、彼は私にそう言って来ているように、そう感じて…

 それをなしてくれたのが、バナージでした…」

「…そうか…シャアは、あんたに、自身の判断で物事を推し進める自由を与えたんだな。そして、マスターと従者とは違う情緒的関係をあんたに手渡した…

 それが彼の狙いだったのか、あるいは、大切にしようと思ったのか…いや、彼のエゴ故の行為だったのか…」

ユーリはまたそう言ってチラっとナナイさんを見やる。ユーリの言葉に、ナナイちゃんは大きな動揺は見せなかった。

ただ、くぐもった声で

「…彼の…独りよがり…だったように思います…」

と言葉にした。

「そっか…」

ユーリはふぅ、と息を吐いて背もたれにギシっと寄りかかった。

それから、ボーっと天井のあたりを見つめながら言った。

「…すまなかった。アタシらのせいで…あんたを苦しめてしまった。

 アタシらが、ニュータイプを道具として使う方法の研究なんかしてなきゃ、それを押しとどめることさえできてりゃぁ…」

でも、それを聞いたナナイちゃんは、顔を手で覆って、ぶんぶんと首を横に振った。

「いいえ…おかげで、私は、彼と出会うことが出来ました…彼とともに起こしたことが正しいと言い切るつもりはありません。

 ですが、すくなくとも、あの人とともに過ごした時間は、私の人生の中でも大切なものでした」

その言葉は、やっぱり、辛い。だけど、彼女自身にも、もう分かっているようだった。

自分が、“そう言う存在”に従うように、依存するように仕向けられていたということには。

頭も良いし、しっかりした子だ。ユーリの言った、気持ちと理屈を分けて、ってことの意味をきちんと理解できている。

「ナナイちゃんも、しばらくこの島にいるべきだね。

 マリーダと同じで、少しずつ調整をほぐして行けば、きっと自分で進みたい未来がつかめると思う。

 うちの手伝いでも良いし、ユーリなら病院の仕事も紹介できるし、私はあんまりそう言うコネはないけど。

 でも、まぁ、アヤちゃん達に相談してみても良いし。

 とにかくさ、ラサのことも、ニュータイプ研究のことも、全部私達に預けてくれていい。

 あなたには、あなたの人生を取り戻してほしいの」

私は彼女にそう伝えた。彼女は、また、顔を覆って、テーブルにうなだれる。

やがて、彼女から微かな嗚咽か聞こえ始めた。辛かったんだろうな、これまで。

そんな先で出会った、シャア・アズナブルは、彼女にとって、きっとひと時の安らぎだったんだろう。

5thルナの件が仕方ないとは思わない。だけど、それは彼女の起こしたことじゃない。

彼女もまた、意思なき者として時代に求められ、戦争に投入された存在なんだ。

直接的か間接的かの違いはあるけれど、彼女はプルと同じで、私達の作り出してしまった悲しみ。

背負うつもりも、いまさら自分たちをとがめる気はない。だけど、この時代を作ってしまった責任者の一人として、私達はあなたの人生を見届ける義務があるんだと思う。

なるだけ平穏で、なるだけ幸福な人生をあなたが過ごせるために支えて、そしてそう在れるように願ってる。

 だからもう、その肩の荷は降ろして良いんだよ、ナナイちゃん。

  


つづく。

ナナイと言う人物をより理解しようとあれこれ調べて行った結果、こんな勝手設定を思いついてしまった…。
 

おつ!

4姉妹良いなぁ…
ここの末っ子の弟になりてえわ…

姉x4「おぅ>464、ジュースとケーキ買ってこい!」

乙ー
医者と看護婦か…ゴクリ

しかし社会的地位を得てしまうと否が応でも指導者の立場が近づいてくるな…



四姉妹の女子会からナナイの告解まで、バラエティに富んでいたな。
ナナイはエノラゲイの機長か爆撃手か。
ハマーンはトルーマンか。
ユーリたちはオッペンハイマーか。
ちなみにオッペンハイマーのファーストネームは「ジュリアス」だ。
「ユリウス」の英語読みだね。
偶然なのか敢えてそう名付けたのか……

是非善悪は置いといて、立場ってやつは事を単純にも複雑にもするもんだね。

しかしキャタピラのこじつ…ゲフンゲフン…設定の引用、構成力は相変わらず見事だな。
エドワウとかオリジン読んだけど忘れてたわww



>「私達ってホント量多いよねぇ、髪」

安彦・北爪「サーーーセンwwwwww」

>>464
感謝!
さすがにアリユリはこれ以上は無理です!w

>>465
逆らえないw

>>466
感謝!!
カミーユとファの設定は、実はムーンクライシス?だかって漫画でチラっと出てたんで拝借しました。
漫画ではグラナダで医者してるらしいですが、こちらではたぶん、アルバに住み続けますw

467
感謝!!!
お褒め頂けて光栄です!

○マライア ×マライヤ

×クシャトリア ○クシャトリヤ

なのか…ややこしいなw

468
感謝!!!!

ちなみにナナイの勝手設定は、強化人間かも、ってとこと、エドワウ・マス出資というとこだけです。
それ以外は、おおよそ他の漫画やなんかから設定持って来てます。


>>469
感謝!!!!!

名前は偶然ですね。
原爆の父と、NTの母、ですか…皮肉ですなぁ…



ってなわけで、続きです。

 




 「よーし、それでは!ペンション防衛隊、リネン班整列!」

「あい!」

「あいぃ!」

「これより、洗い終えたシーツの天日干し作業を行う!各員、遺漏なくあたれ!」

「了解!」

「あい!」

「あい!」

マライアちゃんが、マヤとマナを連れて、庭の真ん中でカゴいっぱいの洗い終えたシーツを抱えてそんなことを言ってはしゃいでる。

空は真っ青で、雲ひとつない突き抜けそうなくらいの晴天。ジリジリと焼けそうな日差しが、アタシを焦がす。

「ロビン、12ゲージのラチェット」

母さんが、アタシにそう言ってくる。

「ん」

アタシは、そんな気の抜けた返事をして、落ちないように脚に括ってある道具袋からラチェットを出して母さんに渡した。

 先週来た台風のせいで調子が悪かったアンテナが、ついに昨日完全に壊れて、

テレビやら母さんとマライアちゃんの持ってるどこに繋がってるんだかわかんない、怪しげな無線機の電波の通信も全部つながらなくなった。

有線でマークさんが働いている島のネットワーク会社の方は地下配線だから支障はないけど、

母さんとマライアちゃんの無線機は大事だしとりあえず、今は二人でこうして屋根に上ってアンテナを修理しているところ。

気持ちいいから屋根の上は好きだし、手伝いをしながら母さんと過ごすのも好きだし、まぁ、いいんだけど。

 「ふぅ、まぁ、こんなとこだろ」

なんてことを考えてたら、母さんがそう言ってアタシにラチェットを返しながら笑いかけてくれる。

それを受け取りながら首をかしげてみたら、母さんはハハっと笑って

「あんた、いい顔になってきたよな、宇宙から帰ってきてからさ」

なんていってくれた。自分ではあんまり自覚ないけど、そりゃぁ、ね…けっこう、壮絶な経験だったし…

まぁ、母さん達が潜り抜けてきたいろんなことに比べたら、そうでもないんだろうけどさ…

アタシなりに、いろいろ考えて、がんばったつもりではいた。それを認めてもらえたみたいで、なんだか嬉しくなる。

「世の中って、さ、難しいね」

アタシが言ったら、母さんはアンテナの角度を調整しながら

「ん、まぁ、そうだな」

なんて答えてくれる。

「でもさ、だからこそ、一生懸命何かをするんだよね」

「違いない」

聞いているんだかいないんだかわかんないけど、まぁ、でもそんな話したい気分なんだ。いいでしょ、母さん。

なんて思ってたら、母さんはまたハハハっと笑って

「大人の雰囲気だな」

なんて言ってきた。まだ、そんな自覚はないけどね、って思ってたら、母さんはなんでもない風な顔して

「好きな男でも出来たか?」

って聞いてきた。そういわれて、ふっと、ユージーンくんの顔が浮かんできてしまった。

あぁ、しまった!不意打ち過ぎてごまかせなかった…これはさすがに、隠せないな…
 


「うん、ユージーンくん」

正直に言ったら母さんは

「あぁ、やっぱり…シャロンちゃんに言っといてあげないとな」

なんて、からかってくる。でも、アタシそれからすぐ、アタシがリアクションをするよりも早く、ふと何かを思い出したようにアタシを見た。

「そういや、あんたが宇宙に行ってる間に、レベッカがユージーンとデートしてたぞ、何度か」

な、な、なななななな…なんだって!?レ、レベッカがユージーンくんと…!?

な、なによ、自分はライオン隊長のとこのケヴィンくんが好きって言ってたくせに!う、裏切り者!

アタシはいきり立ってしまって立ち上がろうとしたら…雨で濡れた屋根に張ってあったタイルみたいなのに足を滑らせた。

そのままバランスを崩して、アタシは屋根材の上を、傾斜で勢いが付いてしまって転がっていく。

ヤバっ…止まんない…お、落ちる!

と思った次の瞬間、ガツン、と鈍い衝撃が体に走って、屋根の際からほんのちょっとのところで、体が止まった。

恐る恐る顔を上げたら、腰に結わいていた安全帯代わりのロープを屋根の上のほうで、

母さんがしっかりとキープしてくれていた。うぅ、助かった…死んじゃうかと思ったよ…

 アタシは、ふぅとため息をついてから、足元を確認しつつ母さんのところまで戻った。

「大丈夫か?」

母さんは、苦笑いでアタシの顔を覗き込みながらそう聞いてくる。

「うん、ごめん、油断した。ありがとう」

そうお礼を言ったら、母さんは肩をすくめて、

「あぁ、こっちこそ、ごめん。レベッカとユージーンの話は、あれ、冗談だ」

と白状した。なんだよ、もう!危うく死に掛けたじゃない!バカ!

「もう!母さん、嫌い!」

「なんだよ、アタシは好きだぞ?愛してるぞ?」

ふくれっ面で言ってやったのに、母さんは反省してるんだかどうなんだか、ニタニタと笑ってそう言ってきた。

もう、しょうがない母さんなんだから。

「アタシも本当は大好きだよ、愛してるよ!だから、いつまでも元気でいてくれなきゃヤだからね!」

そう言ってあげたら、案の定母さんはデレデレっとした表情になって

「や、やめろよ、そういうの!」

なんて言って、忙しいなぁ、なんて嘯きながら、アンテナいじりを再開した。ふふ、照れ屋さんなんだから、ホントに。

そんな母さんの照れ笑いに、なんだかアタシも幸せな気持ちになったから、

まぁ、からかって来たのは許してあげることにした。
 


 「おーい、アヤぁ!」

急に、どこからかそんな母さんを呼ぶ声がした。母さんは屋根の際まで行って下を見下ろし大きく手を振る。

「あぁ、カレン!」

アタシもそばによって見ると、そこにはいつもの車を表通りに止めているカレンちゃんの姿があった。

「ロビン、降りるぞ」

「え?あぁ、うん」

アタシは母さんにそう言われて、工具なんかをまとめて脚に括ったバッグに突っ込んでから、

屋根の際で命綱を外して、そのロープを滑車に付け替えてる母さんにしがみついた。

「良いか?」

「オッケ!」

「うし、行くぞ!」

そう言うが早いか、母さんは屋根を蹴って下へとぶら下がった。

リペリング、というやつで、スルスルとロープを滑ってすぐに地上まで到達する。

 地上に降りって、母さんから飛び退いたアタシをカレンちゃんが出迎えてくれる。

「悪いな、わざわざ迎えに来てもらって」

「なに、こっちも誰かに頼みたかったところだし、ちょうど良かったよ」

母さんの言葉に、カレンちゃんがそんなことを言って笑っている。

なんの話だろう?と思って母さんを見上げたら、母さんもアタシも見つめてニヤニヤとしていた。

あれ、なに、アタシに関係のあること?

このあとは、アタシもレベッカも、母さんと一緒に、ポンコツ号のメンテ、って予定だったけど…

「あぁ、ポンコツのメンテの方は、今日はなし。悪いんだけど、あんたとレベッカとでカレンの手伝いしてやってくれないかな?」

母さんが変わらずニヤニヤした表情でそんなことを言ってきた。

「カレンちゃんの手伝い?うん、それは全然オッケーだけど…何するの?」

「あぁ、ほら、あのガランシェールってやつらが乗ってきた船があるでしょ?

 あいつ、今は空港管理の格納庫に入ってるんだけど、そっちだといろいろと金がかかるんだよ。

 まぁ、ルオ商会が出してくれるんだろうけど、他の民間の機体の手前、

 いつまでも置きっぱなしってわけにはいかないし、とりあえずウチの格納庫に移すことにしたんだ。

 そっちなら、しばらく置いといたって支障ないしね」

カレンちゃんがそう説明をしてくれる。あの、ミノフスキークラフトって言う機体のことだ。

あれ、確かにカレンちゃんのところの中型輸送機と同じくらいのサイズだったもんね。

駐機料も高そうだし、格納庫なんてもっとすごい金額になるはずだ。

でも、そんな大仕事にアタシ達が役に立てるんだろうか?

「アタシ達は何すればいいの?」

「うん、んまぁ、平たく言えば目になってもらいたいんだ。

 特に、うちの格納庫に入れるときはちょっと苦労しそうだからさ。

 無線持って、安全確保しながらゆっくり入ってく必要がありそうなんだ。

 今日はデリクは出ちゃってるし、本社の連中はバタバタだし、ダリルも来てくれる予定だけど、

 ミック連れて、だからあんまり役には立たないだろうしね」

なるほど、誘導みたいなことをすればいい、ってことね。それなら、お互いによく知ってるカレンちゃんとならそんなに難しくない気がする。
 


「うん、それなら大丈夫そう!レベッカに声かけてくるね!」

「ああ、うん、頼むよ」

母さんがそう言ってくれたので、アタシはペンションの中に駆け込んでホールでレナママと掃除をしていたレベッカに母さんとカレンちゃんの話を説明した。

レベッカも二つ返事でオッケーしてくれたので、アタシ達は準備をして母さん達のところに戻る。

 「あぁ、準備できた?」

「うん、いつでも!」

「そっか。なら、早速お願いするよ」

カレンちゃんはそう言って車の方に頭を振った。

そういえば、カレンちゃんの会社の格納庫に行くのはずいぶん久しぶりだな。ふふ、なんだか楽しみになってきた。

「悪いな、カレン。頼むよ」

「あぁ、こういうのは昔っから私らの仕事だからね」

母さんとカレンちゃんがそんなことを言っているのが聞こえた。どういうことだろう?

そんな考えを走らせる前に、カレンちゃんが

「さって、じゃぁ、行こうか」

と言って、アタシ達の頭をポンポンっとなでてくれる。

今でこそあんまり言わないけど、でも、カレンちゃんには昔から本当に可愛がってもらっている。

それこそ、天使ちゃん、なんて呼ばれてたこともあるくらい。

今も、カレンちゃんからは、アタシ達をミックと同じように大事に思ってくれているのが伝わってくる。

それは、少し照れくさいけど、でも、やっぱりすごく嬉しいことだってアタシは感じていた。

 レベッカと二人でカレンちゃんの車の後部座席に乗り込む。カレンちゃんも運転席について車を空港まで走らせた。

「カレンちゃん、誘導って、具体的にどうすればいいの?」

運転をするカレンちゃんにレベッカがそう聞く。

「あぁ、別に複雑なことはいらないよ。

 外壁にぶつかりそう、とか、こっち側には余裕あるよ、とか、そういうことを逐一報告してくれれば良いんだ。

 何しろ物がでかいし、飛行機ならいざ知らず、シャトルとなると不慣れだからさ」

カレンちゃんがそう説明をしてくれる。確か、カレンちゃんも母さんも、元は戦闘機のパイロット。

シャトルの操縦と戦闘機の操縦は全然物が違いそうだし、慣れてない、っていうのも分かる。

もちろん、慣れてるガランシェールの誰かにやってもらうこともできたんだろうけど、

そのあたりは、やっぱり母さんもカレンちゃんも避けたいんだろうな。うちのペンションだもんね。

そういうのを手伝いするのも、おもてなしの内、だよね。
 


「終わったらちゃんとパート代も払うからさ」

「え、いいよ、そんなの!持ちつ持たれつ、だよ!」

「そうそう!そんなんだったら、手伝わないよ、カレンちゃん!」

急にそんなことを言い出すので、アタシとレベッカはそう言って反発する。

そしたらカレンちゃんはケタケタと笑って

「冗談だよ、冗談。まぁ、でも今度お礼にどこか好きなところ連れてってあげるよ」

なんて言ってくれる。感謝が欲しいわけでも、お駄賃が欲しいわけでもないから、

そういうの、なんだか気が引けるんだけど…

「だって、カレンちゃん忙しいんでしょ?」

「まぁ、多少ね。でも、ほら、私もさ、あんた達の喜ぶ顔を見るのが嬉しい変わり者だからさ」

遠慮しまくっているアタシ達にカレンちゃんがそんなことを言ってくれる。

うぅ、そう言われたら、なんだか断り続けるのもちょっと違う気がするね…行きたいところ、かぁ…

そうだなぁ、そういえばこないだ、マリーダ達が雪ってのを見てみたいね、って言ってたっけ。

それなら、カタリナ達にも声をかけて、一緒に北のほうか、うんと南の方にでも連れてってもらえたら、

アタシ達も楽しいし、カタリナ達も喜ぶだろうな。アタシも雪って見たことないしね。

「うん…じゃぁ、ちょっと考えておくね」

アタシはカレンちゃんにはそうとだけ伝えた。

なんだか、やっぱり気になっちゃって、とりあえず帰ってから母さん達に相談してみよう、って、そう思って。

でもカレンちゃんはなんだか満足そうに

「あぁ。好きなところでいいからね」

なんて笑って言ってくれた。

 そうこうしているうちに車は空港に到着した。

カレンちゃんの会社の格納庫は、空港に隣接した敷地に建てられている。大きな格納庫が2棟もあるんだ。

片方に小型機が2機、大きい方にはいつもは中型の輸送機が入ってるんだけど、

それは今は、北米のキャリフォルニア支社の格納庫に入っているらしくて、ちょうどよく1棟が空なんだそうだ。

 とりあえずアタシ達はカレンちゃんの会社の格納庫のある場所まで車で向かって、隅の方にとまった車から降りる。
ここからは、空港内を移動する為のカートのような物に乗って行かなきゃ行けない。

車ほどスピードは出ないけど、なんだか面白い乗り物なんだ。

格納庫の中に入って、そこに置いてあったカートに乗る。前を走る機関部と荷物や人を載せる積載部とに分かれていて、

その間は金属の連結でつながっている、レベッカに言わせると、列車みたい、なんだって。

アタシはそういうの見たことないからよくわからないけど…レベッカがそう言うのなら、きっとそうなんだろう。

カレンちゃんが片手で優雅に操縦していたカートは、やがて空港管轄の格納庫街に入って行って、

「M3」と書かれた大きな扉の前で止まった。
 


「ここがそうなの?」

レベッカがカレンちゃんにそう聞く。カレンちゃんも格納庫を見上げて

「あぁ、話では、な」

と言っている。とそこへ格納庫に付いた小さな扉を上げて、エメラルド色をしたツナギを着込んだ中年の男性作業員が姿を現した。

彼はアタシ達を見るなり

「あぁ、カレンさん、待ってました」

と声をかけてきた。この空港の職員のほとんどはカレンちゃんの知り合いらしい、って話は聞いていた。

この人もきっとそうなんだろう。

「ジェイソン、わざわざ悪かったね」

「いえいえ、このサイズの機体を長いこと止めとくのは得策じゃないですからね。

 自社格納庫に移動してもらえるんなら、こっちも使える枠が増えるんで、願ったり叶ったりですよ」

カレンちゃんの言葉にジェイソンって呼ばれた作業員はそう言ってヘヘヘと笑った。それから改まって

「こっちが、関係書類です。目を通して、サインをお願いします」

と手にしていたバインダーをカレンちゃんに手渡した。

カレンちゃんは本当に読んだのかどうか、ほとんど時間をかけずに胸元から取り出したペンでバインダーに挟まっていた紙にサラサラと何かを書き込んで、

ジェイソンさんに突き返した。それを確認したジェイソンさんは満足そうな表情で

「では、今からハッチ開くんで、準備をお願いします」」

と会釈をして格納庫の中に戻っていった。

 その後ろ姿を見送ってから、カレンちゃんがアタシ達を見つめる。

ん、いよいよお仕事が始まる、ってことだね。

「まずは、何すればいい?」

アタシが聞くとカレンちゃんは笑って肩からかけていたショルダーから無線機を二つ取り出して

アタシとレベッカに手渡した。それからふぅ、とため息をつきながら手首をグリグリと回しつつ

「まずは、あのデカブツを格納庫から出して、今通ってきたゲートの前まで運ぶ。とりあえず、ハッチが開いたら…

 そうだね、ロビンに左翼、レベッカに右翼を見ててもらいたい。

 なるべくまっすぐ出るようにはするけど、何があるかわからないしね。

 10mごとに確認の無線を入れるから、その都度、状況を教えて。

 あぁ、まぁ、ミノフスキークラフト機だから、ないとは思うけど、一応安全のために、機体からは30mは離れておいてね」

と作業の説明をしてくれる。ミノフスキークラフト、っていうのがどういう仕組みで浮いてるのかはよくわからないけど…

まぁ、油断はしちゃいけない、ってことだけ覚えておこう。

「了解、機長!」

「なんでも行ってね、社長!」

アタシとレベッカが口々にそう言ったら、カレンちゃんはなんだか嬉しそうに笑った。

 それからすぐに格納庫の大きな扉が開いて、シャトルの移送が始まった。

シャトルは、うちのペンションくらい大きくて、ちょっとびっくりしてしまった。

マライアちゃんと一緒に宇宙へ飛んだシャトルも大きかったけど、これはあれより一回りくらい大きい気がする。
 


<ロビン、レベッカ、聞こえる?>

無線機からカレンちゃんの声が聞こえてきた。

「こちら左翼、ロビン!感度良好!」

<右翼のレベッカです。こっちもよく聞こえるよ!>

<よし。これから、浮遊状態に入るよ。もしかしたら、無線の感度が悪くなるかもしれない。連絡はこまめにとって行こう>

カレンちゃんがそう言ってきた。なるほど、ミノフスキークラフトっていうくらいだから、

多少はミノフスキー粒子の影響が出るのかもしれないな。アタシはそんなことに妙に納得しながら、

「了解っ!」

と返事をしておいた。

 ほどなくして、奇妙な、冷蔵庫のファンが回っているようなグングンという重い音が聞こえ始めて、

シャトルの巨体がまるで風船みたいに宙に浮いた。

「こちら、ロビン。左翼側、問題なし」

<こちらレベッカ。右翼側も浮いてるよ。カレンちゃん、聞こえる?>

アタシ達はそう無線に呼びかける。と、すぐに

<こちら、カレン。無線は今のところは大丈夫みたいだね。それじゃぁ、移動を開始する。

 気を付けながら、指示をお願い>

とカレンちゃんが言ってきた。ゆっくりとシャトルが動き出す。

<そのままそのまま!>

「こっちも平気!まっすぐ出て!」

レベッカとアタシとで声を掛けながら、カレンちゃんのシャトルを誘導していく。

ゆっくりと移動するシャトルはやがて、カレンちゃんの会社の格納庫があるエリアまでたどり着く。

<ダリル、格納庫開けてくれ>

<了解した>

不意にそう声が聞こえたと思ったら、カレンちゃんの会社の格納庫の前扉が警報音とともに開き始める。

中には、ミックを抱っこ紐で体に括り付けているダリルさんの姿があった。

 シャトルは格納庫の前でゆっくりと向きを変えると、そのまま後進する形で、格納庫へ収まっていく。

ほどなくシャトルは、格納庫の中にすっぽりと納まった。

機械音がして、シャトルから接地用の脚部が伸びてきて、冷蔵庫のファンみたいな音が緩やかに小さくなっていく。

シャトルはフワリフワリとゆっくり、地上に降り立った。

<ふぅ、こんなところ?>

カレンちゃんの脱力したみたいな声が聞こえた。

<うん、大丈夫だと思う!>

<ダリル、そっちは?>

<あぁ、問題ない>

レベッカにダリルさんの確認の声も聴こえた。

「カレンちゃん、こっちも大丈夫そう!」

アタシも最後に無線でそう報告をする。そしたらカレンちゃんが、今度は安心した明るい声で

<了解。すぐ降りるから待ってて>

と言ってきた。それからすこしもしないうちに、カレンちゃんはシャトルのハッチを開いて姿を現した。駆け寄って行ったミックを抱き上げて、アタシ達の方に歩いて来る。
  


「無事に済んだね。二人とも、ありがとう」

カレンちゃんはそう言ってくれた。でも、これホントにアタシ達必要だったのかな?

カレンちゃんの操縦、全然安定してたしあちこちカメラついてたみたいだし、あんまり必要なかったんじゃない?

「ううん、全然。アタシ達いらないくらいだったよ?」

アタシが思ったままに言ったらカレンちゃんは笑って

「こういうのは備えが大事なんだよ。

 完璧な安全なんてない、でも、予防措置を何重にも用意しておくことで完璧に限りなく近付けるんだ」

と胸を張って言った。確かにそうかもね…お客さんに出す料理を準備するときの衛生管理と同じだ。

手を洗って、消毒して、生ものはなるべく出さないとか…気をつけてることはたくさんあるもんね。

そんなアタシの考えを読んだのか、急にレベッカが吹き出して、

「また食べ物?」

なんて言って笑った。そりゃぁ、好きだからね、ってアタシも胸を張って言ってやった。

「しかし、良い船だね…金とノウハウがあれば、崩壊したビスト財団の交易ルートに進出出来るんだけど…」

今度はアタシもレベッカと一緒に吹き出して笑ってしまった。

「なによ?」

カレンちゃんが戸惑った表情で聞いてくる。なに、って、ねぇ?

そう思ってレベッカを見たらバシっと目が合ってまた笑ってしまう。

「カレンちゃんは、またお仕事のことだね、って」

口を開いても笑い声しか出てこないアタシの代わりにレベッカがそう言ってくれる。

そしたらカレンちゃんはアタシ達と同じように声をあげて笑って言った。

「そりゃぁね!私だって、あんた達と幸せ分け合いたいんだ!宇宙からの旅行者を運んでやれたら、みんな幸せ、でしょ?」

あはは!もぅ、そんな事をいつも思ってくれてるカレンちゃんがアタシ達大好きなんだから!!

それは、アタシの気持ちだったのか、レベッカのだったのか良く分からなかったけど、とにかく嬉しい気分になって、

二人してミックを抱えたカレンちゃんに飛び付いていた。







「こんちわー!」

玄関の方で叫び声とも知らない呼び声がする。キキの声だ。

あたしが行く、って言ったのに、アイナさんにシローってば、遊びにいかせてください、って言って聞かなくて、

結局こうしてわざわざペンションに遊びに来てくれた。

ありがたいやら申し訳ないやら複雑な気持ちだけど、いや、そうは言っても感謝以外に言葉は見つからないんだけどね。

「あー、待ってたよ」

今度はアヤさんの声。待ってた、って、アヤさんも用事があったのかな?

だとしたら、申し訳ないのが半分になって良いんだけど…

そんなことを思いながらあたしがマヤとマナと遊んでいたホールにキキとシローが入って来た。

 「あぁ、ここにいたのか」

シローがあたしを見るなりそんなことを言ってきた。と、すぐそばを抜けてキキがあたしのそばまでやってくる。

「なにか話があるって聞きましたよ。マヤマナちゃんは私が見てますから、ゆっくりしててくださいね」

キキは笑顔でそんなことを言ってくれて、ぬいぐるみで遊んでいたマヤとマナのあいだに割って入っておどけて笑わせてくれていた。

あたしってば、昨日のルーカスもそうだし、宇宙に行ってたときはアヤさん達に任せっぱなしだったし、

ここ最近、ちゃんと母親やってあげられてないな…こんなんじゃいけないよね。

マヤとマナも、アヤさんとレナさんにレオナに、マリオンとロビンとレベッカと同じ。

まず、誰よりもその笑顔を守らなきゃいけない存在のはずなのに。早く、自分の気持ちの整理をつけてあげないと、

あたし、またなにか失敗をやらかしちゃいそうだ。

「ごめんね、キキ。ちょっとだけ、お願い」

あたしはそんな気持ちと、それから、キキに感謝を込めてそうお願いした。

キキはあたしに、笑顔だけで返事をしてくれた。

 あたしは、マヤマナから少し離れたテーブルにシローを座らせて、自分も向かいに腰を下ろした。

それから、カーラのことを簡単に説明する。それから、一昨日、あたしがしてしまったことも。

シローは何も言わずに、黙ってあたしの話を聞いていてくれた。

「それでね…あたし、カーラに謝らなきゃいけないって思うんだ。

 それから、あたしが傷つけちゃったぶんも含めて、カーラの話を聞いてあげなきゃいけないとも思う。

 そのためにも、気持ちの整理をつけたい、って思って、シローに話を聞きたかったんだ。

 もし、辛くなければ、その…シイナさんとのときのことを、教えてもらえたりしないかな?」

あたしは、シローにそう頼んだ。シローはとたんに渋い表情を見せる。

やっぱり、難しいかな…そうかもしれない、とは思ってた。

だって、シイナさんとのことを思い出せば、シローは絶対に、死んじゃった家族や友達…

地球に落とされたアイランドイフィッシュのことも合わせて思い出さなきゃいけないはずだから…
 


 でも、でも、シローは、渋い表情のまま、あたしが思ってもいなかった言葉を発した。

「あぁ、別に今更辛いってほどのことでもないけど…ただ、うーん、難しいな…

 まぁ、俺のことを言わせてもらえば、俺は別に、シイナを許したわけじゃない」

え…?シ、シローは、シイナさんを許してない、っていうの…?あたしは驚かずにはいられなかった。

だ、だって、今はあんなに仲良しだし…

こんな話題でも振らない限り、全然昔のことなんて気にしていない風に見えるのに…

「ゆ、許してあげたんじゃ、ないの…?」

そう、詰まりかけた言葉を絞り出したあたしに、シローはケロっとした顔で答えた。

「許してやる、なんて、上から過ぎると思うんだ…

 それに、許すと言ってやったって、シイナの背負ったものが消えるとは思わなかったし、

 あいつ自身もそんなことを望んじゃいなかった。シイナは、ひたすらに、部下達の汚名を晴らそうとしていた…

 ただ、それだけだった。俺は、そんなあいつを信じた。俺がしたことなんて、それくらいだ」

シイナさんを、信じた…?許してあげたとか、そういうことじゃなくて…?

「シイナさんの、何を、信じた、って言うの?」

あたしは思わずシローに聞いていた。そしたらシローは、ちょっと戸惑ったような表情を見せてから、んー、と唸って

「あはは、なんだろうな、うまく説明できないが…たぶん、人間性とか、そういうことだと思う。

 戦時中にどんなだったなんて知らないし知ろうとも思わない。

 ただ、俺の目の前で跪いて部下たちの汚名を晴らそうって言うあいつは、

 少なくともためらいなく大量虐殺が出来る様な人間ではないと信じられた。それなら、あとは同じだろ。

 俺だって、ジオンの軍人を殺した。アイナだって、軍人も、もしかしたら民間人を殺しているかもしれない。

 でも、それは終わったことだ。

 そして、少なくとも俺とアイナは、“そういうこと”から逃げてきた。

 それをシイナだけに被せてしまうのは…理屈に合わないだろう?」

と、なんだか、すっきりした表情で言った。

 理屈に合わない、か…でも、理屈で割り切れないのが気持ち、っていうものなんじゃないの?

と聞こうと思って、あたしは慌てて言葉を引っ込めた。
 


ふと、昨日のソフィアとミリアムとの話を思い出したからだった。

そう、きっとシローは、割り切る覚悟で、シイナさんの話を聞いたんだ。

あの煮えたぎるような感情も、胸を刺すような痛みも、全部洗い流そう、って、そう決めて、シイナさんと向き合った。

そうしてあげたいって思ったんだろう。シローがシイナさんを信じた、って言ったのはきっとそういうことなんだ。

そこまでしてでも、シイナさんの気持ちを受け入れてあげたいって、そう思えたからなんだ…

だとしたら、あたし、本当になんの覚悟もなかったんだな…そんなこと、これっぽっちも考えてなんていなかったもん。

 カーラを受け入れる覚悟…ダブリンでのことも、その他のことも、第一次ネオジオン紛争で起こった全てを、

悲しかった過去として整理し直す覚悟…うん、そうだよね。あたしは、それをしなきゃいけない。

カーラのために、そうしてあげたい。

きっと彼女は、この先このあいだみたいに、自分のしてしまったことを悔やんで、責める日が何度もあるんだろう。

あるいは、誰かに罵倒され、責任を取れと言われるかもしれない。

そんなときに、あたしは、彼女の助けになってあげたいって、そう思う。彼女のそばで、彼女を支えられる存在でありたいって、そう思う。

たとえ、宇宙中の誰もが、彼女を許さなかったとしても、あたし一人くらいは、彼女の味方で在ってあげたい。

 それはあたしの個人的な思いだけど、たぶんね、そういう気持ちが、

きっとこの世界を変えていくために大切なことなんじゃないか、とも思うんだ。姫様の、あの演説にあったように…

うん、アヤさんとレナさんが、お互いに信じあえたように、あたし達は、敵でも味方でもない、

手を取り合える関係を探し続けていく必要があるんだと思う。

 新しい世代、新しい世界のために、あたし達は、あたし達が絶ち切ってしまったものを、

もう一度結び直して行かなきゃいけないんだ。
 





つづく。



ロビンとアヤのセットが実は好き。

幼い頃のアヤは、もしかしたら、本当はこんな母親が欲しかったのかもしれないな、なんて思ってみたり。

次回、ついにあっちこっちで大騒ぎ?
 


そういや、今週末ついにUC最終話ですね。

なんか、変な意味でドキドキしている…頼むから変なアレンジしないでね!w
 

乙!

自分は愛してるとか普通に言っちゃうのに言われると途端に照れちゃうアヤさんぺろぺrあ、アヤさんちょっ、アヤさんが可愛いって言ってるだけのになんで腕を極めるんですか、ちょっ、痛い痛い(ry

さあミリアムとシローと話したことで心を決めたマライアは今度こそハマーン様を受け入れられるのだろうか?
次回更新が待ち遠しい

>>483
最終話どうなるかなー
変なアレンジは…ないと信じたいwwww



シローとマライアの差は何だったんだろう?
シローはNT的な共感能力が無い(鈍い)からこその覚悟なのかな?
人の感情が分かりすぎてしまうからこその優柔不断さという物があるのかも。
その点、アムロに近いのかもね。

>>UC最終話
「ネオジオング」の時点で色々期待するのを諦めたw
パイルダーオーーーンwwwwwwww

その箱は私には確実に持て余すので、表をください(キリッ
いや、皆様方、年齢に恥じるような人生は送ってませんよね?
若さに拘泥して自身の年輪を誇れないような、そんなつまらない人生じゃありませんよね?

>>489
レベッカ「乙女心ってものがわかってないね。」

ロビン「ね。」

マヤ・マナ「「おとねころろ!!」」

>>484
感謝!!

アヤロビンが好きですよ!
最終話…怖いw

>>485
感謝!!

マライアは優しすぎたんだと思うんですよね。
シローのように理想論を語りながら、それでも現実をバカっぽく生きれるところがシローの強さなんじゃないかな、と。

ネオジオングはねぇ…あれは無いわーw

>>年齢
アヤレナは30代後半
マライアは30代前半
とだけ言っておきましょうかね。
計算したら、暗殺されそうなんでw

まぁ、アヤレナは良いんです。
アリユリとシーマさんは…うん、ね?

>>490
かわいいw




てなわけでUCオマケ編最終回です。
 


 会社の格納庫にシャトルを移動させてカレンちゃんの運転でペンションに戻ったら、

ちょうどユーリさん達が昨日、ユーリさんのところにお泊りしたっていうナナイさんを送って来てくれたところだった。

 ナナイさんはどこかすっきりとした表情をしているように、アタシには見えた。

伝わってくる感じも、どこか穏やかで、寂しさみたいな心に穴があいちゃったような感覚は相変わらずだったけど、

それでも不思議と、晴れ晴れした様子に変わっていた。

ユーリさんたちと何かあったのかな?きっといいこと、だよね。

レオナママだけじゃなくて、カタリナはもちろん、プルにマリを元気にしてくれた二人だもん。

きっとナナイさんの心につっかえてた何かを洗い流してくれたんだな、ってアタシには思えた。

 「あー、ロビン、レベッカ!出かけてたんだ!」

カレンちゃんが車をガレージの前に停めてレベッカと一緒になって庭の方に向かったら、

マヤマナをキキと一緒に遊ばせてくれているマリとカタリナの姿があった。

「ねーたん!」

「おかり!」

マヤとマナがアタシ達を見つけて飛びついてくる。もう、二人とも可愛いんだから!

アタシは母さん似で、レベッカはママ似だって話だけど、こうして見ると、二人は両方共、マライアちゃんにそっくりだね!

 アタシは飛びついてきたマヤを抱き上げて追いかけてきたカタリナとマリを出迎える。

「プルちゃんとマリーダちゃんは一緒じゃないの?」

レベッカが二人にそう聞くと、

「あぁ、中にいるよ。ほら、マリーダのマスターっておじさんがいるじゃん」

とカタリナが教えてくれる。そっか、きっとお話でもしたいんだね。

こないだ再会したときも、大好きなんだ、って、すっごく伝わってきてたしね。

 「あぁ、おかえり!」

と今度はガレージの中からいきなり声がした。見たら、小さな扉をあけて、母さんが出てきていたところだった。

「アヤ、二人貸してくれて助かったよ」

「なに、こっちこそ。で、どうだったんだ?」

「まぁ、どっちも大丈夫だとは思うよ、いちおう、ね」

母さんに聞かれて、カレンちゃんがニヤっと笑っている。

何かを企んでるんだろうな、とは思うんだけど、二人共、かなり巧妙にごまかしてて、うまく思考を読み取れない。

でも、まぁ、きっとまた、びっくりサプライズでも企画しているんだろうな。

誰か誕生日の人いたっけな…いない気がしたけど…そのうち教えてくれるか。

 「母さん。ポンコツはどう?」

「あぁ、エンジンはなんとか機嫌が良くなったよ。でも流石に限界かもなぁ。

 買い替えられない、ってことになると、

 あとはまぁ、機関部だけでもエレカのモーターとギアボックスにでも取り替えてやれば、躯体自体はまだいけそうだから、

 長いスパンでそっちへの移行も視野に入れといた方が良さそうだ。その方が燃料の心配しなくって済むしな」

最近は、この島への純度の高いガソリンが入ってくる量がちょっと減った、って話をちょくちょく聞いていた。

バイオ燃料でも代わりになるけど、有機燃料はよっぽど質が良くないとエンジンには良くないんだ、とも言ってたので、確かにそこは悩みどこだ。

 でも、アタシもレナママと同じ意見で。この車のエンジンの振動がなんだか心地よくって好きだったから、

できたら今のままで頑張ってほしいな、とは思うんだけど。
 


 「なぁ、ロビン、レベッカ」

そんなことを考えていたアタシとレベッカに、母さんがまた声をかけてきた。

「今日はシローところも来てるし、ユーリさんのとこも、あとカレンもダリルも来てくれたしな!

 庭でパァーっとなんてどうかな、って思うんだけど、どうだ?」

うんうん!確かに!カレンちゃんもユーリさんのところもほどんど毎日こっちには顔出してるけど、

シローさんのところは2週に一回くらいだし、もちろん、お客さんもいるしね!

そうした方が下準備が簡単だし、後片付けも楽だし、楽しいから、もってこいかも!

 「どうせなら、シャロンちゃんのとこにも声かけとくか。あと…マークのとこに、デリクは今は北米だっけ?」

「あぁ、今夜は戻らない予定になってるよ」

「そっか、じゃぁ、ソフィアにあとはミリアムのところとシイナさんのとこだな」

母さんが楽しそうにそんなことを言っている。もちろん、アタシだってワクワクっと心が踊っていた。

「じゃぁ、母さん!私が連絡しておくよ!時間は何時くらい?」

レベッカも嬉しいみたいで、そう言ってニコニコと母さんを見つめている。

「うん、じゃぁ、レベッカは先に連絡を頼むな。ロビン!いや、料理長!

 あんたは、好きなメンツを連れてすぐに下準備にかかれ!レナとレオナにも報告しといてな!」

りょ、料理長だなんて!ア、アタシ、張り切っちゃうんだから!

「レベッカ、カタリナ、マリ、あと、キキも!バーベキューの準備するから、支援要請!」

アタシが言ったら、三人とも飛び上がって

「了解!」

なんて返事をしてくれた。よし、そうと決まれば…

「キッチンへ突撃!遅れるなー!」

「おー!」

アタシは言うが早いか、そう叫んでキッチンへと駆け出していた。

 「カレン、あんた達はホールで休んでてくれよ」

「私はあんたを手伝うよ、ダリル、ホールで少しのんびり座っててくれよ」

「へいへい、よろしく頼んだぜ」

ダリルさんのそんな気だるそうな声が聞こえる。

「アヤ、これからコンロの準備だろう?」

「あはは、ありがたい。じゃぁ、頼む、一緒に倉庫まで来てくれよ」

カレンちゃんと母さんの仲の良さそうな話し声も後ろに聞こえている。ふふふ、なんだか、また楽しくなってきちゃった。

がんばるぞ、アタシ、頑張っちゃうんだから!
 


 アタシ達はマヤとマナをホールでの話が終わったらしいマライアちゃんに返して、

そのまま一気にキッチンへとなだれ込んだ。そこではまた、ママ達がお昼ご飯の後片付けをしている最中だった。

「どうしたの、お揃いで?」

レオナママがお皿を拭きながらアタシ達を見て目をまあるくしている。

「あのね、母さんが、夜はバーベキューにしないか、って!」

そういうやいなや、奥の方でお鍋を洗っていたレナママがクスクスと笑い出して

「なるほど、アヤってば、そういうこと…」

と口にしてから、

「お揃いで、下準備しに来てくれたんだね?」

と聞いてくる。

「うん、そうなんだ!」

レベッカがそう言うと、レオナママもレナママも優しい顔で笑った。

 「それなら、冷蔵庫のお野菜の在庫確認しておいたほうがいいかも。大人数でバーベキューするほど残ってない気がするんだ」

「あ、それならお肉も、できたらそれ用に仕入れてきてもらえると助かる。

 今保存してるのは、毎食の夕飯分でもう割り振っちゃってるやつだから」

二人は口々にそう言ってくる。なるほど、まずは買い出し、ってわけだ。

「ロビンの野菜はどう?」

「うーん、トマトあたりは大丈夫だと思うけど、そんなにたくさんはないからなぁ。どっちみち、買いに行かなきゃだよ」

レベッカが聞いてきたのでアタシは肩をすくめて答えてから、レベッカと一緒にマリをみつめた。

「え、私運転!?」

「うん、そう!」

「ちぇー、わかったよ!それなら早く行こう!」

マリは口ではそんなことを言ってたけど、笑顔でそう言った。

「あ、ロビン!レベッカ!」

と、キッチンから出ようとしたアタシ達をレナママが呼んだ。

振り返ったらママは、濡れた手をエプロンで吹いて、ポケットからジッパーのついた袋を取り出して中からお札を二枚取り出した。

「これで、考えて買ってきね。任せたよ、料理長に営業部長!」

レナママはアタシ達にそんなことを言ってくれた。

アタシはまた嬉しくなって、レベッカと顔を見合わせてニヤニヤと笑い出てくる笑いを堪えられなかった。

 それから、プルが母さんに言ってポンコツを引っ張り出しているあいだに、

アタシとレベッカでみんなに電話で招待の連絡をしてからペンションを出た。

 買い出しに行くのは、島の中心地じゃなくって、この住宅・リゾートエリアと中心地のあいだにある市場だ。

そこには魚から野菜からお肉まで、島に船や空路で荷揚げされた物資が集まってくる。

街の方に行けばスーパーやなんかもあるけど、どっちかって言うとそういうのを使うのは観光客の人が多くて、

アタシ達みたいな地元の人間はだいたい、この市場で食料を仕入れる。

うちはペンションで、いつもたくさん買っていくから、市場の人たちにはだいたい顔を覚えられてて、

いつも良くしてもらってる。

あの商店のおじちゃんじゃないけど、オマケつけてくれたり、ちょっと安くしてもらったりね。
 


 「じゃぁ、手分けして行こう!アタシは一人でお肉仕入れに行ってくるよ」

「なら、私とキキで野菜かな」

「それじゃ、私とマリで魚を見て回ればいいかな?」

「お肉は量が多そうだし、魚仕入れ終わったら援護に行くよ」

「うん、了解。そのときには“呼ぶ”から、駆けつけてね!」

アタシ達はそう言葉を交わしあって、市場の人ごみの中へと散り散りに突っ込んでいった。

 それから1時間くらい買い物をして、アタシ達はまたマリの運転でペンションに戻って下準備を開始した。

 大量のお肉や野菜を切り終わるころには、ペンションにはもうみんなが集まってきていてホールや庭でワイワイと、

今や遅しの状態になっていた。

 「ロビン、準備どう?」

そう言いながら、レナママがキッチンにやってきた。

「あ、ちょうど良かった!今運び出そうと思ってたところ!」

レベッカがそう返事をする。アタシ達は、切り終えた食材をワゴンに載せている最中だった。

それを見たママはなんだか満足そうに笑って

「さすがだね!じゃぁ、私は飲み物運んじゃうから、そっちはよろしくね!」

と言って、食器棚から大量のグラスとアルコールやジュースを別のワゴンに手早く載せていく。

いけない、そっちの方は考えてなかったな…

「ママ、お酒とか、足りる?」

「あぁ、うん。こっちは母屋の地下のセラーにストックがたくさんあるから大丈夫だよ」

そっか、良かった。アタシはまだ飲めないけど、母さん達にしてみたら、お肉と野菜があるのにお酒がない、なんて

メープルシロップのかかってないパンケーキみたいなものだもんね。いや、それでも十分美味しいんだけどさ。

 アタシ達はワゴンを押してホールへと出た。そしたらなぜか、拍手喝采で出迎えられた。

あれ、そんなに待ち遠しかったのかな?遅くなって申し訳ないことしちゃったなぁ。

 なんて思っていたアタシの頭を母さんがガシガシっとなでてくれた。

「ありがとな、ロビン!おかげでこっちの準備もスムーズにできたよ」

母さんはアタシにそんなことを言ってくれる。もうっ、母さんてば…大好きだよ!

「さて、あとはアタシに任せな!あんた達はパーっと楽しんでこい!」

そういうが早いか母さんはアタシ達からワゴンを奪い取るようにしてデッキまで引っ張っていくと、

そこからはカレンちゃんとレオナママと一緒に食材を庭に準備した特大のコンロの方まで運んでいった。

レナママは、もうお酒やジュースを配って回っている。

 みんなが笑顔で、楽しそうにそんな様子を眺めたり、おしゃべりしたりしている。

それを見てたら、アタシ、なんだかすごく幸せな気持ちになってきた。

ふと、後ろを振り返ったら、レベッカもマリもカタリナもキキも、おんなじような笑顔になって笑ってみんなを見ていた。

きっと、アタシもあんな顔してるんだろうな。不意に、ふふ、っとレベッカが笑ってマリを見た。

あはは、アタシも今、感じたよ!

「幸せたくさん、だね?」

レベッカがマリの顔を伺うようにしてそう言う。それを聞いたマリは、満面の笑みを浮かべて頷いて

「うん!」

って、また、あの眩しい笑顔を見せてくれた。
 


 それからは、もういつも通りの大騒ぎ。いっぱい食べていっぱい飲んで、カタリナ達とふざけ合ったり、

ユージーンくんと話をしたり、ニケ達と一緒にマークさんをからかったり、

最近ちょっと元気のなかったカーラさんも、ジュリアとメルヴィとアイナさんと一緒に静かにニコニコしながら

デッキでみんなが楽しんでるのを見てた。

 夕方も過ぎた頃、ダリルさんがミックくんを寝かせる、と言って

ベビーベッドをペンションから運び出しておいた母屋の方に向かったのをきっかけに、

マライアちゃんとシイナさんとミリアムちゃんもチビちゃん達を連れて母屋に向かった。

それからは、さすがに疲れてきた感じで、なんとなく全体のトーンが落ちて、ようやく落ち着いて来た、って感じになった。

ガランシェールのみんなはホールに入って、まだお酒を飲んでいる。

シローさんは、キキちゃんを連れて家にかえって行った。

ナナイちゃんもカミーユさんも、カミーユさんのフィアンセのファさんも客室に戻る。

ソフィアちゃんにルーカスくんに、カレンちゃんとユーリさん達に母さん達がホールで続きをやっている。

カーラさんたちは相変わらずデッキで4人で穏やかにおしゃべりをしていた。

アタシは、といえば、なんだかはしゃぎ疲れて、ホールのソファーでレベッカとマリとカタリナとプルと、

それからマリーダと一緒に、何をするでもなくのんびりとした時間を味わっていた。

「いやぁ、あの、途中で食べたお肉は絶品だった」

「あぁ、あれね!オーストラリア産だったけど、柔らかくて美味しかったねぇ」

「ふふふ、マリとロビンはいつも食べ物のことばっかり」

「なによぅ、そういうカタリナだって、けっこう食べてたじゃん」

「そうだな、姉さんが一番食べていたような気がする」

「いや、マリーダ、それはさすがにウソだよ。どう考えたって、私かマリかマリーダのうちの誰かだよ」

「強化人間って、胃袋も強化されてるの?」

「ふふ、そんな話し聞いたことないけど、もしかしたらそうなのかも?」

「じゃぁ、ロビンも強化人間ってことになるよね」

「いや、アタシはまだそういうのされたことないよ。でも、胃袋強くしてくれる方法があるんならやってほしいなぁ」

こんなことをおしゃべりのネタにできるのはアタシ達くらいだろうね、きっと。

なんて思ったらまたクスクスと笑えてきてしまった。

 「マリーダ」

不意に誰かがマリーダを呼んだ。

顔を上げたら、その声の主は、向こうのテーブルに座っているマリーダの“マスター”、ジンネマンさんだった。

その表情を見て、アタシは一瞬にして今までの楽しい気分が吹き飛ぶのを感じた。あれは、緊張した顔だ。

緊張していて、そして、どこか冷たくて、かたくなな感じ…アタシ、この感じは知ってる。

ジンネマンさんは、何かを覚悟しているみたいだ。
 


「マスター…?」

マリーダも、ジンネマンさんのそんな雰囲気を感じ取ったらしい。

そう言いながら、立ち上がった彼女は、どこか体を緊張させていた。

「少し、話がある。こっちへくるんだ」

ジンネマンさんは、そう言った。マリーダはクッと顎を引いて頷き、テーブルの方へと歩いていく。

「マリ」

「うん。カタリナも」

「わかってる」

マリ達もそう言い合って立ち上がると小走りにマリーダの後ろを着いて行く。

取り残されたアタシとレベッカは顔を見合わせていたけど、でも、なんだか、得体のしれない雰囲気だ…

マリーダに着いててあげなきゃ行けない…そんな気がして、同じ様にそう思ったらしいレベッカと頷き合って、あとを追った。

テーブルにはジンネマンさんとガランシェールの主だった何人かに、ユーリさんとアリスさん。

それにレオナママも座っている。カレンちゃんと母さんは少し離れたところで、

相変わらずお酒を飲んでヘラヘラと何かを話してはいるけど、でも、こっちの様子には気がついている気配がする。

 ジンネマンさん以外、テーブルについている人たちは、ジンネマンさんの意図を理解しかねているのか、

一様に戸惑いの表情を浮かべていて、イスに腰掛けるマリーダとジンネマンさんを代わる代わる見つめている。

「マリーダ…俺たちは明後日、ここを経って、ルオコロニーに戻る」

ジンネマンさんが口を開いた。ルオコロニーへ…?あ、そうか、確か、ルオコロニーの警備隊にスカウトされてる、

って言ってたっけ…それでなんだな。

「そうか…了解した」

マリーダは、沈んだ様子で、そう返事をした。そうだ…マリーダはお別れになるんだな…

彼女は、ずっと長いあいだ、ガランシェール隊と一緒だった、って言ってた。隊は家族、だもんね。

せっかく仲良くなれて残念だけど…でも、今のマリーダにはその方がいい。

まだ少し硬いところもあるけど、それでも、楽しい時なんかには、プル達と同じ、あの明るい笑顔で笑えるようになった。

ユーリさん達がどういう判断なのかはわからないけど、洗脳ってやつだって、きっともうだいぶ良くなってるに違いない。
 


 アタシは、それでもなんだか急に寂しくなった。お別れなんだね…マリーダ。

でも、アタシなんかより、プルやマリやカタリナの方が、もっと寂しいに違いない。

アタシばっかりしょげてちゃダメだ。アタシは、3人をしっかり慰めてあげないと…

そう思って、アタシはそばにいたプルの顔を見た。でも…プルは寂しい、って顔をしてなかった。

ううん、それどころか、プルは怒っていた。ど、どうしたの、プル…?

アタシが慌てて声をかけようと思った矢先に、ジンネマンさんが言った。

「お前は、ここに残れ」

「なっ…」

「お前を一緒には連れていかない」

「どうしてだ、マスター!私も一緒に行く!」

ドン、とテーブルを叩いて、マリーダが立ち上がる。その目からはすでに大粒の涙がこぼれ落ちている。

ここに残れ、って地球に?アルバに?マリーダを残して行く、っていうの?だ、だって、隊は家族じゃないの?

どうしてそんなこと?

「これは命令だ。お前は…ここで暮らせ」

「め、命令なんて!私はもう、マスターの指示には従わない!あのとき、心のままにと言ってくれた!

  これは私の意志だ…私も一緒に連れて行ってくれ!」

マリーダがジンネマンさんに掴みかかる。しかし、彼は一瞬の同様も見せなかった。

マリーダの体を手のひらで押し返すと、覚めた瞳で、マリーダに言った。

「ここには、お前の本当の、血の繋がった家族がいる。家族は、家族の元にあるべきだ。俺たちは所詮他人同士。

 別々の道を行く方が自然だ」

な、なに、それ…?違う、ジンネマンさん、それは違うよ…家族は、家族っていうのは…

アタシがそう思って絶句した次の瞬間、何かがジンネマンさんに浴びせかけられた。

見たら、プルが空になったグラスを握っていた。水、ぶっかけたの…?

プルが、ジンネマンさんに?そう思っていたのも束の間、プルはうつ向いて低い声でつぶやくように言った。

「今、なんて言った…」

ガタガタと、肩が震えているのが分かった。プルから漏れ出てくる煮えたぎるような感情。

怒ってる…プルが、あんなに…!

ガタンとイスを倒しながらプルは立ち上がって、ジンネマンさんの胸ぐらを掴んでイスから引きずり下ろした。

「許さない…取り消せ!」

プルは大声でそう怒鳴りながら、ジンネマンさんの着ていたシャツの襟首を絞り上げる。

「や、やめろ!マスターに手を出すな!それ以上は、いくら姉さんでも許さない!」

「黙ってなよマリーダ!この人は、一番言っちゃいけないことを言った!あんたを…あんたの気持ちを…!」

ガランシェール隊の人たちが、ジンネマンさんを救出しようとプルに飛びかかった。

でも、それをマリが母さんに教えてもらった関節技を駆使して片っ端から投げ飛ばしていく。

マリからも、プルとおんなじ感じがする。声にも、言葉にも出してない。でも、肌の焼けるようなこの感覚…

ううん、感覚なんてものじゃない。あの表情を見れば、マリもどれだけ怒ってるかなんて一目瞭然だ。

「謝れ!マリーダに…謝れよ!」

「くっ…」

ジンネマンさんは、プルにシャツの襟で首を締め上げられてそううめいている。
 


「やめろと言っている!」

ついに、マリーダがプルに飛びかかった。でもそれをマリが抱きとめて阻む。

「マリーダ…あなた、それでいいの!?今、おじさんがなんて言ったのか聞こえなかったの?!

 ううん、たとえあんたがそれで良くったって、私は許せない…家族は、血が繋がってるから家族なんじゃない…

 アヤちゃんが言ってた。家族だって思うから、家族なんだって。それを今、おじさんは否定した…

 あなたの想いも、私達の幸せも…!」

「違う…マスターは…マスターは!」

マリーダが、マリに羽交い絞めに合いながら叫んでいる。マリーダの気持ちがアタシに届いた。

ううん、アタシにだって、分かった。ジンネマンさんは、本気でそんなことを思っているわけじゃない。

でも、マリーダをここに残して、プル達と生活させてあげたいって思っているのはきっと本当。

ジンネマンさんは、自分が悪者あつかいされても、マリーダの幸せを願ってるんだ…

でも…でも、だけど、それは違う。そんなのは、嬉しい幸せじゃない。

幸せっていうのは、分けあって始めて幸せなんだよ。

誰かが寂しい思いをして、もう一方の誰かだけが幸せになるなんてことは、絶対に違う。

「俺は…もう10年近くお前と一緒に宇宙をさまよってきた。お前を救おうと、強化手術の情報さえ集めた。

 だが、俺には最後の最後まで、お前の本当の笑顔を取り戻させてやることができなかった。

 だが、ここにいるお前の家族は違った。たった数週間で、お前を見たことのない笑顔にして見せた…

 だったら、いつまでも家族ごっこをしているなんて滑稽じゃねえか…」

「黙れ…黙れよ!」

プルが、聞いたこともない金切り声で叫んだ。

 どうしよう…ジンネマンさんは、きっと地球では生活していけない。

ううん、ジンネマンさんだけならなんとかなるかもしれない。でも、他の隊員たちと一緒じゃ、そうもいかない。

仕事のことも、生活の場所のこともある。だから、宇宙に帰るしかないんだ。

マリーダの幸せを考えたら、ここに残したいって気持ちも分かる。

でも、プル達が怒ってるのだってアタシにはわかっちゃう。だって、みんな、みんなアタシの家族なんだ。

レオナママやマライアちゃんやマリオンちゃんだけじゃない。

カレンちゃんも、アイナさん達も、ユーリさんもアリスさんもプルだってマリだってカタリナだって、

血なんかつながってないけど、アタシの家族なんだ…だから、あんな言い方は傷つく。でも…でも…

 アタシは答えなんか出るはずないのに、考えた。多分、宇宙に行った時以上に頭を回転させた。

だって、こんなのってあんまりじゃん。

お互いを想い合っているはずなのに、これじゃぁ、そういう大事なところが伝わらないで、傷付けあったままになっちゃうよ…

そんなのは、そんなのは、ダメだ!

 ポン、っと不意に何かがアタシの頭に乗った。振り返ったらそこには母さんがいた。

母さん、お願い、みんなを止めてよ!こんなの、違うよ!これじゃぁ、誰も幸せになんてなれないよ!

そうすがるように見つめたアタシと、同じように頭に手をおいているレベッカの顔を交互に見て、ニヤっと笑った。

「大事なことは、情報収集と分析、ヤバくなったら逃げろ、考えることをやめるな、だ」

母さんはそう言うと、フラっと身を翻して、元いたテーブルの方へと戻っていった。

どうして…?母さん、助けてくれないの?止めてよ、このままじゃ…このままじゃ…!
 


 「ロビン!」

急にレベッカの声が聞こえた。

びっくりしてレベッカを見たら、彼女は、さっきまでとは違う、真剣で、冷静な眼差しでプル達を見つめていた。

「考えて!」

レベッカはまた叫んだ。考える?何を?アタシ達になにが出来るっていうの?

母さんの言葉は、いつも口を酸っぱくして言ってることだけど…

それを今、改めてアタシ達に伝えて、母さんは笑った。

いつもならヘラヘラ笑ってああいう事態の真ん中に躍り出ていく母さんが、

今はカレンちゃんと二人して、遠巻きに見つめているだけだ。も、もしかして…

―――アタシ達に、なんとかしろ、ってことなの!?

アタシはそのことに気がついて、レベッカを見つめた。レベッカは口をへの字に結んで

「きっと」

と頷く。もう!なによ!よりにもよってこんなことを任せることないのに!で、でも、とにかく考えなきゃ。

情報収集と分析…情報って、何!?何を分析したらいいの!?

考えることはやめないけど、何を考えたらいいのかわかんないよ!

 「レベッカぁ」

アタシは頭が真っ白になりそうで、思わずレベッカの名を呼んでいた。

レベッカはまだ、真剣な表情でプル達をじっと見つめている。そして不意に、口にした。

「幸せ、たくさん、にする方法…」

幸せたくさん…そう、そうだ。今のままじゃ、みんな悲しいだけだ。幸せを分け合える方法を考えないと!

でも、どうしたらいいの?ジンネマンさんは、宇宙に帰るしか方法がない、この島でみんなが生活してくのは難しいから…

なるべく家族がバラバラになりたくないって気持ちは分かる。

マリーダも、できたら、地球に残って、プル達と一緒に過ごすべきなんだ。

少なくとも、みんなが、マリーダ本人が、大丈夫だって、そう思えるまで。

でも、マリーダはジンネマンさん達に着いて行きたがってる。

ジンネマンさん達を説得してマリーダを一緒に連れて行ってもらうの?

それとも、ジンネマンさんたちが地球にいられる方法を探すの…?

難しいけど、きっと地球にいられる方法を探すほうがいい。だって、その方が絶対笑顔が増えるはずだから。

プル達もジンネマンさん達も、笑っていられるはず。

マリーダが宇宙へ行っちゃったら、もしかしたら、プル達も、アタシも、泣きたいほど寂しいって思うかもしれないんだ…

それがマリーダの決めたことだ、ってわかっていたとしたって…
 


 でも、じゃぁ、どうしたらいいの!?ガランシェール隊で残っているのは12人。

そんな人たちをいっぺんに生活させる仕事も、家も、準備なんて簡単じゃない…どうしよう?どうしたらいい?

情報、情報の収集と分析…情報…仕事の、情報…漁をしたりとか、どうかな…

母さんや島の漁師さん達に教えてもらって、船を買って…いや、でもそんな資金があるとは限らない。

第一船を買うお金なんてルオ商会が出してくれるかな!?わかんない…マ、マライアちゃんに確認しないと…

でも今マライアちゃんいないし…船じゃなければ…え、待って、船…?船!?

 ふっと、頭に昼間の出来事が浮かんできた。カレンちゃんだ!

「カ、カレンちゃん!」

アタシはハッとして、自分でもびっくりするくらいの大声を上げていた。

一瞬にしてホールが静まって、他のみんなや、プル達にジンネマンさんの視線さえ、アタシに集まっていた。

ほとんど同じタイミングで、レベッカも何かに気がついたような表情になって、アタシを見てた。

「ビ、ビスト財団が崩壊したら、宇宙に隙ができるんだよね?」

「輸送ルートがどうとか、って言ってた昼間の話!」

アタシとレベッカが立て続けにカレンちゃんに聞く。

「なんだよ、急にでっかい声だしてさ…。あぁ、まぁ、そうだけど?

 ビスト財団は美術品を中心に、地球と宇宙の物資輸送を行うルートを牛耳ってたしね」

カレンちゃんは、なんだか嬉しそうな表情でそう返事をする。でもそれに構わずアタシ達は続けた。

「昼間、カレンちゃん、ノウハウがあればって話をしてた」

「この島に、物や人を宇宙と直接結ぶことができたら、きっともっとたくさんの人がこの島に来てくれるし、たくさんの物が入ってくるようになるかもしれないんだよね?」

「そりゃぁね」

そう、きっとそうだ。昼間、母さんとカレンちゃんがしてた話は、そういう事なんだ。

アタシ達に、ちゃんとヒントを出してくれてた。そのためのお手伝いだったんだ!

「ジンネマンさん!」

レベッカがプルに捕まっていたジンネマンさんに声をあげた。

「ジンネマンさんは、宇宙詳しいよね!?」

「ずっと宇宙を飛び回ってたって聞いたよ!航路とか、コロニーの経済状況とか、生活水準とか、そういうのも分かる!?」

「わかるが…一体何を…」

ジンネマンさんは戸惑った様子でアタシ達にそう言ってくる。でも、アタシ達は構わずに、カレンちゃんに聞いた。

「カレンちゃん、ガランシェール隊に人たちをみんな、カレンちゃんのとこで雇うことって出来ない?」

「ノウハウと人手がないって、昼間言ってたでしょ?ガランシェール隊を雇えば、

 ノウハウも、人でも、それにあのシャトルも使える!宇宙へのルートが開ければ、お客さんも物も、たくさん運べるよ、きっと!」

「どうかな、カレンちゃん!?」

また、ホールが静まり返る。みんなが、カレンちゃんの返事に注目していた。

そう、母さん達は、きっとそれがいいって思ってたんだ。カレンちゃんの会社なら、社員寮もある。

さすがに12人分の部屋が空いてるとは思わないけど、でも、建て増したり、住宅手当とかを出してる人もいるって聞いたことがある。それなら、みんな地球に住める。

うまくいけば、カレンちゃんの会社にも儲けが出て幸せ、

ガランシェール隊もアルバを拠点にできるから、隊のみんなも、マリーダも幸せ、

プルやカタリナ達だって、もちろんアタシ達も、マリーダと一緒にいられるから、幸せ…

そうだ、この方法が一番いい!
 


 「あははは!そりゃぁ良いアイデアだ!な、カレン、そうしろよ!」

カレンちゃんよりも先に、母さんがそんなことを言って笑い出した。もう!知ってたくせに!

ていうか、こうなることが読めてたんなら事前に言っといてよね!

「あぁ、そりゃぁ、確かに一考の余地はあるね。

 ノウハウは十分だろうし、人手の方も全員うちでやってくれるって言うんなら満足だ。 あとは、特にあの船だよね。

 ミノフスキークラフトだからメンテナンスやらの心配はあるけど、打ち上げしない分コストはかからなそうだし、

 利便性と安全性が高いし…なるほど、うちの社もついに宇宙進出かぁ」

あぁ、もう!そういうお芝居はいいから、早く本題に入ってよ!

アタシがヤキモキしてたのを感じたのか、母さんが苦笑いで

「プル、あんたもいい加減、その手離してやんな」

とプルに声をかけた。プルは、アタシ達のせいで急に勢いを削がれたみたいで、

くたっとジンネマンさんのシャツから両手を離した。

「悪く思わないでやってくれな。プルやマリは、マリーダと同じなんだ。それでも、ここで家族に出会えた。

 アリスさんとは血が繋がってるって話は聞いたけど、ユーリさんとは違うらしい。

 でも、プルにマリも、ユーリさんを家族だって思ってる。アタシだってそうだ。家族に嘘もホントもない。

 家族だってお互いに思って、そう在りたいって努力すれば、もうそいつらは家族なんだと、そう思ってる。

 アタシも、隊は家族だ、って思ってたクチだし、まぁ、育ちが特殊だから、とくにそういう繋がりの大事さがよくわかるんだ。

 アタシやプル達だけじゃない。ここにいる奴らは、多かれ少なかれ、そう思ってくれてるんじゃないか、って、そう思ってる。

 血が繋がってようがなかろうが、関係ない。アタシ達は、家族なんだ。

 お互いに心を通わせて、一緒に居たいと思って、こうしてここで楽しくやってる。

 それぞれの胸のうちにある悲しみやら辛い記憶を、洗い流して“思い出”にして、な。

 だから、まぁ、あんたのさっきのは、アタシ達を全否定することになっちゃうんだ。

 言葉のあやだってのはわかるけど…特にプルとマリは本当に、そういう繋がりに救われた子達だから…

 うん、許してやってくれよ」

母さんはそう言った。ガタン、とイスの音がした。見たら、ユーリさんが立ち上がっている。

ユーリさんは、ジンネマンさんを離したプルと、いつの間にかマリーダを開放していたマリの手を優しく引いて一旦二人を胸に抱きしめた。

「怒ってくれて、ありがとうな。嬉しかった。

 でも、アタシも、子の幸せを願う親として、ジンネマンさんの気持ちは分かる。

 本心でそう思ってるわけじゃないんだ。

 本当だったら、レオナがプルを、ジュピトリスへ送り出したときみたいな言葉を掛けてやれたら良かったんだろうけど…

 みんながそう器用なわけじゃないからな」

プルとマリは、ユーリさんの胸元に顔をうずめてそれを聞いている。

そんな二人の肩をポンと叩いて、ユーリさんは、二人をジンネマンさん達に向き直らせた。

「ほら、二人とも謝んな。行き違いがあったからって、やって良いことと悪いことがある。

 あんたたちのは、今回はちょっとやりすぎだ」

そう言ってユーリさんは二人の背中をトンとつつく。

「その…悪かったよ」

「ごめん…」

二人は、仏頂面だったけど、そう言って謝った。
 


それ聞いたジンネマンさんは、床に座り込んで、

「俺も…すまなかった。言葉が過ぎた」

とうつむく。でも、そんなジンネマンさんに、プルが言った。

「私達は、別に良い。家に返って、甘いものでも食べておしゃべりすれば忘れる。

 それよりも、ちゃんとマリーダと話してよ。

 あんな言葉じゃくて、あんたの、父親としての思いを、ちゃんとマリーダに伝えてやってほしい」

「あぁ…そうだな…」

ジンネマンさんは、コクっと頷いた。それからジンネマンさんはおもむろにマリーダに向き直った。

「マリーダ…正直にいう。俺はお前を、娘の身代わりと思っていた。

 あの売春宿でお前の姿を見たとき、連邦軍の駐留部隊の連中になぶり殺しにされたっていう娘と重なったからだ。

 だから俺は、本当のお前を見てやれなかった。俺は、お前の父親なんかじゃない。俺は、父親失格なんだ。

 俺は、あんな明るい笑顔で笑うお前を見たことがなかった。

 あれを見ただけで、ここでの生活がお前にとってどんなに大事か、どんなに幸福かってのを思い知らされた。

 ここには、お前とちゃんと向き合ってくれる人たちがいる。

 情けない俺が、いつまでもお前を、マリィの代わりとしか思えなかった俺が、お前に与えてやれなかったもんを、

 ここにいる人たちはお前に与えられたんだと思っている。だから、お前はここに残るべきだと、そう思った。

 こんな俺になんかじゃなく、本当にお前を愛してくれる人たちと一緒にいるべきだと、な。

 俺は気づくのが遅すぎたんだ。お前が、“父さん”と読んでくれる瞬間まで、俺は自分の過ちに気付けなかった…

 本当に、すまなかった…」

「マスター…」

ジンネマンさんの言葉に、マリーダはそう口からこぼした。それから、一度、キュッと口を結んでから、言った。

「でも、それでも、マスター…あなたは、私を救ってくれた、希望の光だ…私のかけがえのない大切な人だ。

 バンシィに乗せられて我を忘れた私をその身一つで助けに来てくれた。私を、正気に引き戻してくれた。

 マスター、あなたは私を大切にしてくれた。守ってくれた。たとえそれがエゴなんかだったとしても、私は…

 それが嬉しかった…大好きなんだ…!まだ、私はマスターと一緒にいたいんだ…!」

マリーダは、ボロボロと涙をこぼす。ジンネマンさんなんかは、もう、とっくにオイオイと泣き出している。

「本当に、いいのか…?」

ジンネマンさんは、弱々しく口にした。

「こんな俺を、まだ親だと、そう思ってくれているのか?」

「もちろんだ…私には、母親が二人、姉さん達が4人…それに、私を守ってくれた父さんがいるんだ…

 みんな、私のだいじな人たちなんだ…」

マリーダがよたよたと、座り込んでいるジンネマンさんのもとに歩み寄って、すぐそばに座り込んだ。

「俺を…許してくれるのか?」

「責めるつもりなんてない…父さんは、父さんだ…」

「マリーダ…!」

マリーダの言葉を聞いたジンネマンさんは、いきなりガバっとマリーダを抱きすくめた。

まるで、小さい子にするみたいに、ヒゲもじゃの顔をマリーダに擦り付ける。そうしながら

「すまなかった…マリーダ、すまなかった…!」

って、何度も何度もマリーダに謝った。
 


 トン、と何かが肩に乗った。二人の話に夢中になってたけど、でも、それが何かはすぐに分かった。

振り返ったら、そこには母さんがいた。両手が、アタシとレベッカの肩に置かれている。

「よくやった」

母さんは、そう言って笑ってくれた。

「もう、母さん。こんなの、マリーダ達がかわいそうでしょ?

 最初からその気なら、ちゃんと言って上げればいいじゃん」

レベッカがそう苦情を言う。うんうん、それはもっともだよ。いくらなんだって、こんなのはやりすぎ!

アタシもそう思ったけど、母さんは笑って言った。

「あの二人には、これが必要だったんだ。カレンのところで雇うのは簡単だった。

 でも、それじゃぁ、なんの解決にもならなかったんだよ。なんとなく、また一緒に時間を過ごすんじゃない。

 ちゃんとこうやって、お互いにもう一度向き合おうって仕切り直しが必要だった」

確かに…もし、これがなくって、母さんやカレンちゃんが仕事を紹介して島にガランシェール隊が住むことになったとして、

こんな話になったかは、わからなかった。

もしかしたら、ジンネマンさんは、今言ったみたいに、ずっと自分は父親失格だって、思い続けていたかもしれない。

マリーダの思いを受け止めることを躊躇しながら生活を続けていたかもしれない。

そう考えたら、こうやって、すこし荒っぽかったけど、お互いの気持ちをぶつけ合うことも必要だったのかもしれないな。

 そんなことを思っていたら、クシャクシャと母さんがアタシの頭を撫でてきた。それから

「だから、よくやったな。さすが、我がペンションの誇る料理長と営業部長だ」

なんて言ってくれた。もう、やめてよね、それ。照れちゃうじゃん。

そう思ってレベッカと顔を見合わせて笑っていたら、母さんはアタシ達二人をまとめて抱きしめてきた。

なんだか、嬉しくってあったかくって、二人して母さんにしがみつきながら、アタシ達はおんなじように抱き合って、

大泣きしているジンネマンさんとマリーダを、幸せな気持ちで見つめていた。







 







 マヤとマナを寝かしつけて、母屋のことはミリアムにちょっとだけお願いしてあたしは、

ペンションの方に戻っていた。中庭を歩いていたら、デッキに人の姿が見えた。

アイナさんにジュリアびメルヴィ、それにカーラだ。

取り立ててびっくりするでもなく、あたしはむしろなんだか安心したような気持ちになって四人に歩み寄った。

「まだここにいたんだね」

そう声をかけたら、ジュリアがびっくりしたみたいに振り替えってあたしを見つめてきた。

「マライアさん…」

ジュリアの表情はなんだか不安げだ。なんだろう、と思って聞き耳を立てたら、

ホールの方から言い合いをしてるみたいな声が聞こえてくる。

あたしはふと、昼間アヤさんがこっそりあたし達を捕まえて話をしてきたことを思い出した。

あたしやデリクを育てたアヤさんらしいな、と思って懐かしい気持ちになった。

アヤさんの読み通り、どうやら中では一悶着起こってるみたいだ。

「大丈夫だよ、ジュリア。アヤさんがいるから、もしものときもきっとまとめてくれるって」

アヤさん、ジュリアには話してないはずだけど、もしかしたらアイナさんが説明してくれたのかな?

まぁ、ジュリアは放っておいたらあそこに飛び込んで行っちゃいそうだし、必要だったかもね。

「はい…」

そうは言っても、ジュリアは不安そうだ。

あたしは、ジュリアをおもってそれからしばらく、一緒になって中の様子に聞き耳をたてていた。

どれくらい経ったか、やがてホールは静かになって、マリーダがジンネマンさんにしがみついている姿が見えた。

うん、なんとかなったみたいだ。頑張れたんだね、ロビンとレベッカ。あたしもあとで、二人を誉めてあげなきゃな。

なんて思っていたら、ジュリアも安心したようなため息を吐いて笑った。

ふふ、そりゃぁ心配だったよね…マリーダは姉妹みたいなもんだもんね。

ジュリアの表情にもなんだか和んじゃって、思わず笑顔になってしまう。
 


 あたしもカーラと話さなきゃいけないけど、安心してね、ジュリア。あたしはもう大丈夫。

マリーダ達みたいに、大騒ぎにはならないから、ね。そう思って、あたしはカーラを見やった。

カーラもあたしを見てた。お互いに準備オッケー、ってことなんだろうな。

あたしはカーラにニコッと笑いかけた。そしたらカーラも、あたしを見て、優しい笑顔を返してくれた。

「こないだはごめんね、カーラ」

あたしは言った。

「いや…私も、図々しい話をしたと思っている。元カラバだと言うなら、感情的に憤りがあって当然だっただろうに」

そう言われてしまうのは辛いけど…でも、本当のことだもんね。あたしがいけなかったんだ。

「あのね…こないだも話をしたけど、ダブリンで友達が死んだんだ。避難する人達の退路を確保するためだったんだって」

「その人の名は?」

あたしの言葉に、カーラが聞いてきた。ふふ、なんだか嬉しい気持ちになってきた。

打ち合わせたわけでも、感応しあった分けでもないのに、あたしもカーラも、きっと同じことを考えてる。

そう、あたし達は、一緒にハヤトの話をするべきなんだと思う。

責めるとか謝るとか、加害者と被害者とかそういうんじゃなくて、関係者の一人として、

お互いに一つの出来事を、共通の認識として持っているべきなんじゃないか、って、そう思って。

「ハヤト。ハヤト・コバヤシ。彼は、元は一年戦争のときのホワイトベースのクルーで、パイロットだった。

 戦後は孤児を引き取って幼なじみと結婚して、その人との間に子どもも出来た。

 カラバに参加してからは、グリプス戦役でエゥーゴに編入した孤児の一人が死んじゃったりして…

 彼も、戦争に翻弄された人間のひとりだったんだ」

「そうか…」

あたしが説明したら、カーラはそうとだけつぶやいた。それから、ふっと宙を見つめたと思ったら、静かに言った。

「ラカン・ダカランだ」

「え?」

「その、ハヤト、という男を撃墜したのは、ラカン・ダカランという人間だった」

ラカン・ダカラン…そう言うんだね…ハヤトを落としたパイロット。

「その人は、どうなったの?」

「死んだよ。ネオジオンを離反したグレミーという男に着いたが、ジュドーが撃墜したと聞いている。

 古くからジオンやアクシズに身を捧げて来た男だったが…結局は、戦闘と怨念に憑き殺されたようなものだ」

カーラはそう言って、深くため息をついた。そう、それが戦争なんだよね。敵も味方も、良いも悪いもない。

一度それが起これば、人が死ぬんだ。それは、ただ単純に…

「悲しいね」

あたしは、ポロっとそう言葉にした。

「あぁ、そうだな…悲しいものだな…」

カーラもそう言う。その言葉が、あたしの胸に静かに、溶けていくように響いた。

許すとか、許さないとか、そういうことじゃない。

ただ少なくとも、あたし達は、立場とかそういうことを抜きにすれば、あそこで起こったことを共有できる。

そして、そこに蔓延している感情を汲み取れる。そう、あの場所で、ダブリンで起こったことは、悲しい出来事だった。

それ以上でも以下でもない。

それを共有できただけで、なんだかハヤトのことのわだかまりが、スっと消えて行ったように、あたしには感じられた。
 

 
 「いずれにせよ、私の成してしまったことだ。アトウッド、先日のあなたの言葉を私は重く受け止めているつもりだ」

「それ、忘れて。本当は、あんな話をするつもりじゃなかったんだ。

 あたしは、カーラの辛いのをなんとかしてあげたいって、そう思ってたのに、

 自分が気持ちの整理も付けないままにカーラの話を聞いちゃったもんだから、驚いちゃって、

 それで、あんなひどいことを…」

「だが、真実には違いない」

カーラは言った。でも、彼女は、もうあのときのように泣いてはいなかった。

それは開き直った、って感じじゃない。むしろ、これまでのことを全部背負っていく覚悟を決めて、

それとじっと対峙しているようにも感じられた。

それはたぶん、私の言葉のせいなんかじゃ、きっとないんだろうって感じた。

これは、もっと違うこと、違う意思が、カーラの中に芽生えている感覚だ。

「そんなに、気負わなくてもいいのに」

あたしが言ったら、カーラはクスっと笑って、

「あなたこそ、気にする必要はないのだ。これは私の決めたこと。

 あなたの言葉を重く感じているとは言え、そのことと今回の決断とは、関係はないのだ」

なんて、あたしの考えを読んだまんまのことを言ってきた。もう、ずるいよ、それ。

思わずあはは、と声を上げて笑ってしまった。

 「カーラはこれからどうするつもりなの?」

あたしは彼女に聞く。すると彼女は悲しげな表情で遠くを見つめながら言った。

「あの男とは別のことをしようと思ってな…拘りには違いないのだろうが、今度はあの男の後を追うのではなく、弔いとしてだ」

「何をするの?」

「この地球を掃除してやろうと思う」

そ、掃除って…カーラが言うと全然平和な雰囲気に聞こえないから不思議。

いや、本心はちゃんと感じられているから分かるけどさ…いくらなんでも、言葉の選び方が悪くない!?

「環境を破壊する人類でも駆除するつもり?」

あたしが言ってやったら、カーラはあたしに一瞥をくれてからニヤっと笑って

「いや、そうではない。本当に、ただの掃除だ。ダカールの砂漠化に歯止めを掛けるでもいい。

 大気汚染を浄化する活動をするでも良い。あなた方がしているように、私も未来を紡いでみたくなったのさ」

と言った。その意味をわからないほど、あたしはバカじゃない。それがあなたなりの贖罪なんだね…

気にするな、しょうがないなんてとても言えない。だけどね、あたしはそれを応援はできるよ。

そして、この先いつか、あなたに幸福を感じられる瞬間が訪れる事を願う。
 


 そう思っていたら、カーラはクスっと笑った。まぁ、今はお互いに気持ち駄々漏れだから驚かないけど…

でも、何かおかしかった?

「もう訪れているよ、アトウッド。メルヴィと姫様に再びお会いできた。

 こうして、わだかまりを越えようとしてくれるあなたと出会えた。罪深い私が、おおよそ望めないと思っていた幸福だ」

そう言ったカーラは、これまで見た中で一番の穏やかで、優しい笑顔を見せてくれた。

「お礼をいいます、アトウッドさん…私に、生き直すチャンスを与えていただけたことに」

急に丁寧な言葉遣いになったから、一瞬びっくりしちゃったけど…でも、そう言ってもらえるのは何にもまして嬉しかった。

そんな大それたことをしたつもりはない。あたしはただ、カーラの支えになりたい、ってそう思っただけなんだから。

 ホント言うとね、もし、あたしがアヤさんたちと出会わないで宇宙に出ることになってたら、

いや、たぶんそんなことがあったらとっくに死んでるんだろうけど、もし、戦い抜いて生き残ってたとしたらね。

あたしも、クワトロ大尉に心酔してたかもな、って思うんだ。

身も心も、彼と彼の思想に捧げて、きっと彼のために死んでいったんだろうって思う。

それくらい、彼は優しくて、魅力的で、求心力があって、それでいて、残酷だった。

 そう思ったらまたカーラがクスっと笑う。

「そうだな…見染める相手を誤った。唯一にして最大の過ちだ」

「そうだねぇ、それは紛れもなく真実だと思うよ…まぁ、次はまともな人を選ぶようにしないとね」

って、あれ、言葉遣い戻っちゃったの?あたし、丁寧な方が好きだな、ね、戻さない?ね?
 


そんなことを思っていたあたしを知ってか知らずかカーラは言った。

「昼間、気持ちと考えを整理するのに、ミナトさんと話をした。

 アイナ姉さまもいてくれたが、ミナトさんは今後の私の見習うべき人だと確信したよ」

え!?ちょ、えぇ?!待って待って!カーラ、アヤさんのことが!?

いやいやいや、待ってよ、確かに見習いたくなる気持ちはすっごくよくわかるけど、

アヤさんはあたしの!…じゃないけど、いや、ほら、あたしのお姉さん的な、お姉さんていうか、

その、えぇっと、関係性がちょっとあれで難しいんだけど、その、だから、えっと…

と、とにかく!アヤさんは売約済みだからダメだよ!?

「ふふ、あの器だ。二人も三人もさして変わりはあるまい?」

あたしが動揺してたらカーラはそんなとんでもないことを言ってきた。な、なんて子なの!

やっぱり、元アクシズ摂政ハマーン・カーンは只者じゃない…

堂々と側室宣言だけど、もしかしたら、謀略で正妻の座を狙ってくるつもり!?

「ア、アヤさんはダメ!みんなで公平に分け合うものなんだから!」

やっきになって言ったら、プっとカーラが吹き出した。

それと同時に、メルヴィもジュリアもアイナさんまでクスクスと笑い出す。あれ…?あれ??

なに、これ、あたし謀られた!?それに気がついて、あたしはなんだか恥ずかしくなってしまって、

思わずペシっとカーラの肩口をひっぱたいてしまった。

やっちゃってから、しまった、怒るかな、なんて思ったら、カーラは構わずに笑い続けている。

こうしてると、あたし達と何一つ変わらない。ふざけ合って、笑いあう、どこにでもいる普通の大人の女性、だ。

 あたしは、カーラのそんな姿を見れたのが嬉しくって、今度はギュッと抱きついてやった。

アヤさんが昔よくしてくれたみたいに、ゴシゴシ頭を撫で回して、それを目一杯カーラに伝える。

良かった、本当に…。またひとり、大切な友達ができた気分だ。

シローさんやアイナさんにとって、シイナさんが特別に仲良しな理由がなんとなくわかった。

わだかまりを超えて、ちゃんと向き合った人って、なんだか特別に感じるものなんだね。

これって、なんだかすごく嬉しいな。これからよろしくね、カーラ。

あたしはそんな風に思ってたのに、さすがに絡み過ぎたみたいで、直後にあたしは庭の芝生の上にぶん投げられちゃったんだけど。

もう、嬉しくって、油断してた。やっぱりおそるべし、ハマーン・カーン。



 






 今日も抜けるような青空が広がっている。風は穏やかで、雲一つない。気温は、さすがにちょっと上がってきたかな。

気持ちいい、いつものアルバのお昼前だ。

 「カーラさん、ホントにいいの?」

「あぁ、レベッカ。やってくれ」

「レオナ姉さん、私は短くしたいんだ。プル姉さんと同じくらいに」

「慣れるまでしばらく見分けつかなくなりそうだなぁ」

「大丈夫だよ、行っちゃえ行っちゃえ」

「でも、せっかく長いんだし、整えるだけにしておくのもいいかもね。その方が女の子って感じで、きっと可愛いよ」

「そ、そうだろうか…?それなら、長いままでも…」

「えぇ?!マリーダ意見翻すの早っ!」

「じゃ、じゃぁ、行くよ?行きますよ?」

「あぁ。アヤさんと同じくらい、バッサリと頼むぞ」

「迷ってしまうな…どうしたらいい?」

「とりあえず長めに残してもらったら?それで気に入らなきゃ、短くしてもらうのがいいよ」

 朝から庭に集まって何をしてるのかと思ったら、カーラのけじめの断髪式と、ついでにマリーダの美容院、なんだそうだ。

何をやるにも楽しそうで、見てると少しだけ羨ましくなる。なんだかんだ言っても、やっぱりまだ子どもだよね。

 「レナさん、次の終わったよ」

「あ、ありがとう、マリオン」

デッキからマリオンが洗い終えたシーツが山盛りになったかごを持って来てくれる。

私は、といえば、まだ最初の洗濯で洗い終えたシーツを干している最中だ。

「あとどれくらいで全部いけそう?」

「次で終わると思う」

「了解、じゃぁ、そっちお願いね」

「うん」

マリオンはそう返事をしてから、ロビン達の方をチラっとみやってから、私を見て、クスっと笑った。

そうだよね、なんか見てると面白いよね。私も思わず笑顔を返して、マリオンがペンションへ戻るのを見送った。

 昨日の夕方に、ジンネマンさん達ガランシェール隊は、カレンの会社の初仕事で宇宙へと出立した。

目的地はサイド5って言ってたかな。帰ってくるまでに2,3週間かかるって話だから、

そのあいだにカレンが不動産屋さんと建築屋さんに相談して、新しい社員寮をひとつ建てるんだ、と言っていた。

まったく、どこからそう言うお金が出てくるんだか不思議でしょうがないんだけど、

会社の内情の話をよく聞いているアヤに言わせたら、カレンはビジネスの天才なんじゃないかって感心したくらいだし、

よっぽどうまく行ってるんだろうな。

資金に余裕があるってのは、経営やってる身としては正直うらやましい。裕福な生活がしたいってわけじゃなくて、

もっとペンションを充実させるための投資をしたいんだよね。お客さんに喜んでもらえるように。
 


 マリーダは結局、ユーリさん達と一緒に暮らしている。

ジンネマンさん達が戻って、社員寮が完成したら、遊びに行くってことになっているらしい。

あの日以来、カタリナたちだけには見せていたらしい甘えん坊っぷりを誰彼構わずに発揮するようになって、

かわいいったらない。

これまでずっと一緒にいたっていうジュリアが呆れるのを通り越して、なぜか感動するくらい、

すっかり末っ子のポジションに収まっている。あの様子なら、洗脳ってやつもだいぶ緩んできてるんだろうな。

 カミーユくんとファちゃんは、ユーリさんの紹介で街の総合病院勤めに落ち着けたらしくて、

先週には近くにアパートを借りてそこでの生活を始めた。

ファちゃんには内緒だけど、カミーユくん、内心そろそろ結婚を考えてるようなところがあった。

ふふ、これは近いうちに、また結婚パーティーの準備が必要だね。

 カーラは、ルオ商会の援助を得て、環境改善基金を設立するんだと息巻いている。

そのためにはまず、地球を見て回る必要があると来週からあちこちへ飛ぶ準備も進めていた。

さすがの行動力だな、と感心してしまった。

メルヴィはそんなカーラが心配なのか、それとももっとほかに思うところがあるのか、着いて行く、と言って聞かずに、

結局カーラがそれを承諾した。あの二人が揃って地球をなんとかしてくれる、って言うんなら、

なんだか期待せずにはいられない、って思うのは私だけじゃないはずだ。

 そんなわけで、うちに残るお客さんはジュリアとナナイちゃんだけになる。

ジュリアの方は、バナージくんが元に戻るまではこの島にいるつもりらしいから、

もうお客さん、っていうよりも一緒に住んでる、っていう感覚になってきてる。

ずっとうちに居てもらったって全然構わないけど、でも、病院へ通うのは日課だ。

今は断髪式を取り囲む野次馬に混ざっているけど、午後からはまた病院に行くだろう。

そんなジュリアの姿を見ていると、バナージくんには早く回復して欲しいな、とも思うんだ。

 ナナイちゃんは唯一、まだ身の振り方が決まっていない。

すごく優秀で、いろんな分野に精通しているからどんなことでもできちゃいそうだけど、

今は、マリオンやジュリアと一緒に、バナージくんの治療に力を貸してくれている。

彼女自身、彼の容態に思うところがあるんだろう。

ナナイちゃんも、自分の進む道を見つけられるといいんだけどな。

まぁ、でも、焦らずのんびりはしておいて欲しいんだけどね。


 「ふぅ」

思わずため息が出る。14枚シーツを干し終えた。

洗濯機2台をフル稼働させてるけど、さすがにガランシェール隊のみんなのおかげで満室が長いこと続いたから、シーツのストックはギリギリだ。

今日のお昼過ぎには、プルの友達だっていうジュドーくん、って子と、その友達が団体様で島に来ることになっている。

それまでに、今夜分のシーツだけでも乾かしておかないとね。

 不意にエンジン音がして、ポンコツ号が敷地の中に入ってきた。

ガレージには入れないで門に入ってすぐのところに止まって、中からアヤが降りてきた。

「あぁ、おかえり!」

私が声をかけたらアヤも笑顔で

「ただいま」

と返してくれて、真っ白なシーツのはためく中にいた私のところに来てくれる。

 「どうだった?」

「あぁ、まぁ、なんとかなったよ。4人がかりでやっと、だったけどな」

アヤはそう言って苦笑いを浮かべる。古くなってた船のエアコンがついに動かなくなって、

アヤは今朝早くから港に出張って業者の人と一緒に機材の入れ替えをしていた。

甲板の床板をはがして出し入れしなきゃいけない、なんて話をしてたけど、やっぱり大変な作業だったみたい。

「お疲れ様」

私はそう言って背伸びで頬にキスをしてあげる。

とたんに、苦笑いをデレっとした表情に変えたアヤは私をギュッと抱きしめた。

「まったく、こんなときに旅行だなんて、マライアの飛び回り癖にも困ったもんだよな」

私の体を開放してからアヤは笑顔でそう文句をいう。

 マライアは、一昨日からマヤとマナを連れて

「あたしずっとお母さんサボってたから、ちょっと3人でお出かけしてくるね!」

とか言って、ニホンのシズオカ、ってところに飛び立った。なんでも、知り合いが住んでるらしい。

でもアヤに言わせると、たぶんカーラとのことで、思い立ったんだろうって話で、たぶん前に聞いたフラウ、って人と子ども達がそこにいるんだろう。

「まぁ、マライアは顔が広いからいろいろあるんだよ」

私はそうフォローしてあげてから

「中に入ってお茶でも飲んできなよ。私も、マリオンが最後のシーツ持ってきてくれたらそれ干して中に入るからさ」

とアヤに言ってあげる。でもアヤは

「あはは、そうだな。でも、部屋の片付けがまだだろ?そっちをやってから、一緒にゆっくり昼飯にしよう」

なんて言ってくれた。

「ふふ。うん、そうだね、それがいい。お願いできる?」

「あぁ、任せとけ」

そう言うとアヤは、また私にキスをして、名残惜しいフリなんてしながら、ペンションの中へと入っていった。

それと入れ違いで、最後のカゴを持ったマリオンが庭に出てきた。

「これで、最後」

「了解。干しちゃおう!」

私はマリオンにそう声を掛けて、二人して残りのシーツを一気に干した。

たちまち、庭の隅を埋め尽くす量の真っ白になったシーツが風にはためく。今日の天気なら、2時間もすればパリっと乾いてくれそうだ。
 


 私はマリオンと並んで、改めてその光景を見やる。

「きれい」

ふと、マリオンがそんなことを言った。うん、確かに。

太陽の光を反射して、なのか、なんだかまぶしい位に輝いている気がする。

「ほんとに。まるで、マリーダやカーラみたい」

なんて私が言ったら、マリオンはクスっと笑って改めて断髪式をみやった。

「ほーら、マリーダじっとして」

「う、うん…なんだか、落ち着かないな」

「まぁ、これだけ見られてるからね」

「うわぁ、レベッカ、大胆…」

「そ、そうかな?これでも遠慮してるんだけど…」

「構うことはないぞ。ためらうことの方が残酷なこともある」

「ふふふ、お似合いですよ、カーラ」

「えぇ、本当に。さっぱりしていて、良いですね」

ここに来たばかりのときには、迷ってたり、後悔や悲しみを抱えてたりしてたあの二人が、

今じゃあの表情で、笑ってみんなと話している。

辛い記憶が消えるわけではないけど、でも、この真っ白なシーツと同じように、

真っ新な気持ちで、きちんと前をむいている。

そんな彼女たちは、やっぱり、なんだか輝いて見えて、きれいだな、って言葉がぴったり当てはまる気がした。

命の洗濯、か…私達って、もしかしたら、そういうことをやってきたのかもしれないね。

ただ、ここで羽を伸ばして、できたら辛い気持ちを整えてほしい、って思ってただけで、

洗濯なんてそんな哲学的な難しいことを考えてやってたわけじゃないけど、さ。

それにああしていられるのは、私達があれこれやったからってわけじゃない。

カーラやマリーダ達がきちんと悩んで、それで答えを出せたからだ。私達はそれをほんの少し手伝っただけ。

「レナさん、あとは昼食の準備?」

不意に、マリオンがそう声をかけてきた。おっと、いけない。

あの子達に見とれて、仕事を忘れちゃうところだった。

「うん、そうだね。手伝って!」

「ええ」

私はマリオンとそう言葉と笑顔を交わして、カゴを抱えてデッキの方に向かう。
 


と、突然なんだか慌てた様子のアヤがデッキに飛び出てきた。

「ミっ…じゃ、ない!えと、ジュリア!ジュリア、電話!ナナイちゃんから!バナージくん、ってのが、目を覚ましたって!」

アヤは電話の子機を振り上げて、断髪式に混ざっていたジュリアに大声でそう言った。

「…!本当ですか?!」

「バナージ!」

ジュリアとマリーダが一緒になってそう反応する。

「あっ」

「わっ」

「あらー…」

その途端、マリーダの髪を切っていたレオナとそれを見ていたロビンたちがなんだか微妙な表情を浮かべる。

「な、なんだ…どうした?」

「いや、その…マリーダが急に動くから…ちょっと一部、ザク、っと…」

「き、切れちゃったのか!?」

「うん、割と、大胆に…」

「もしもし、ナナイさんですか?私です…ええ、ええ…あぁ、良かった…はい、はい!すぐにまいります!」

ジュリアは、すでに半分涙目になって、そんなことを言っている。良かった…!良かったね、ジュリア!

「アヤ!」

私はそんなことを思いながら、アヤを呼んだ。アヤもわかっていたみたいで

「あぁ、うん!」

とだけ返事をして、ジュリアの手を取った。

「ほら、行くぞ!」

「…!はい!」

「すまない、レナ!部屋の方と頼む!お昼はお預けだ!」

アヤは庭を小走りで駆け抜けながら、私に電話の子機を手渡しつつそう言ってくる。
 


あ、ちょっと待って!私は、ポンコツ号に乗り込もうとしているアヤに駆け寄った。

「アヤ、これ、お昼代」

「あぁ、ありがと!」

「気をつけてね!ジュリアをよろしく!」

「うん、そっちも、ペンション頼むな」

「任せて。いってらっしゃい」

「行ってくる」

私達は、いつものようにそう言い合ってキスをして、それからアヤを送り出した。

さって、そしたら、ちょっと忙しくなりそうだな。

マリオンに部屋の方をお願いして、私はお昼の準備で、あの様子じゃ、マリーダも早く病院に行きたいだろうから、

あっちはマリにお願いしよう。マリーダ達を送り出す前までにお昼は準備してあげないとね!

「は、離してくれ!私も病院に行くんだ!」

「いや、いやいや、さすがにその状態はまずいから!」

「おとなしくして!整えるだけ!整えるだけにしておくから!」

「レオナママ、これって整うの?大丈夫なの?」

もう、本当に、相変わらず!そう思って、また私はマリオンと顔を見合わせて笑った。

「私は、部屋の方をやるね」

「うん、お願い。ちょっと急いだ方がいいかもね」

「了解」

私はマリオンと確認し合ってペンションの中に急ぐ。

 また、柔らかい風が吹き抜けて行く。潮の香りが微かにした。太陽は、変わらずに私達を照らしていてくれる。

青々と伸びた芝生も、白いシーツもキラキラと輝いていた。

今日もアルバは、平和でいい天気で、それに、幸せたくさん、だ!





――――――――――――To be continued to their future

 
  



以上です。

明日のUC最終回に間に合わせなくては!

と若干慌てましたが、書きたいことは書けたかなぁ、と思っています。

明日のUC最終回のエピローグらへんで、本編にまったく登場してこなかった金髪女キャラが見切れたりなんかしないかなぁ~

とか変な妄想をしつつ、UC編を締めたいと思います。


さて。

1年間お読みいただき、本当にありがとうございました。

ついにキャタピラの1年戦争は終結を迎えました。

最後まで楽しんでいただけていたら、幸いです。


感想レス、お待ちしています。
 

乙です、早いようで長かったこのシリーズもついに完結ですか
感慨深い物がありますね

さぁ、次は他のガンダムシリーズを書くのだ・・・

すぱしーば

いろいろと思うことはあるんだが、感想として言葉にまとめることができん
ただ一つ言えるのは、アレだ
もっとアンタの作品が読みたい
こいつらとは全く関係ない、続編とかではない別のガンダムSS(ただし宇宙世紀で)をまた書いてほしいな
不満とかじゃなく、続編とか外伝とかだと、どうしても「前作キャラ」の色が濃くなっちゃうからね
このシリーズは百合ん百合んだが、ガチムチのオッサンの暑苦しい話(ただしホモはNG)でも問題ないぞww



正直な話、ZZまでしか見てないがそんなの関係無くのめり込めた
直ぐにとは言えないが、またキャタピラの作品楽しみにしている
あ、あと最後にキャノピー絵付きでキャラ説頼む
それ持ってマライアたん探しに静岡行ってくるわ

乙!!!!
先ず予め長くなってしまうことをお詫びします
はいそうです長過ぎキモいですよー

一年間という長期の連載、お疲れ様でした。
ここまでキャタピラ氏の一ファンとして本作品を追ってこれたことを心より嬉しく思います。
以前にも書きましたが、個人的にこれまで見てきたガンダムSSで最高のものだったと思います。
社会人になってからこっちずっとROM専だったのですが、途中からレスを入れずにはいられなくなりました。
氏への賛辞を、物語の感想を、そして素敵なオリキャラ達への愛を言葉にせずにはいられなくなりました。
これだけオリキャラが多く出てくるのにも関わらず違和感なく原作キャラ達とも絡み、なおかつそのオリキャラ達が本当に皆素敵でした。
原作で救いが無く、個人的に心を痛めていたキャラの多くが掬い上げられつつ、その上で原作を大きく逸脱しない設定構築や話運びは驚嘆に値するものと思います。
マリーダさん生存などについては原作から離れた部分ではありますが、バナージや姫様と一緒に笑い、末っ子甘えっ子ぷりを炸裂させたマリーダさんを見られたら全ての問題はクリアされることでしょう。うん、間違いない。
マリーダさんやハマーン様た達が幸せになれるこんな世界なら個人的にオールオッケーですわ。

今後アヤレナマの続編なりが読めるならまだまだいくらでも読みたいし、別のガンダムSSも読みたいし、ガンダムに限らず別の新作も読みたいし。
ということで、またキャタピラ氏の素敵な物語が読めることを願っています。

このような素敵な人々の物語が作り上げられ、その物語を追わせてもらえたことに心より感謝を。
改めてこの一年間お疲れ様でした。

最後に、太陽なアヤさんに海のごときレナさんに天使なマライアたん、みんなぺろぺろぐへへ
もちろんレオナやロビン、レベッカ等他のみんなもぺろぺろぐへへ!…ハハハ、アヤさん待って下さい話し合いましょう人間の腕関節はそっちに曲がるようには出来ていないのだと何度も言ってい痛い痛い痛い痛い
みんなみんなぺろぺろぐへ…へ…

乙!
これでみんな前を向いて生きていけるんだねよかったよかった

それはそうと存在自体がネタバレのようなこのスレで言うのも変だがお前らネタバレすんなよ
俺はしばらく見に行く時間がないのだ

乙でした!

1st編のスレに出会えて本当に良かった
1年にわたって楽しませてもらった、ありがとう



まず初めに……

レナさん、お洗濯お疲れ様でした。
おかげでみんなさっぱり気持ち良く生きていけることでしょう。
みんなレナさんが洗ってくれたシーツで寝るために帰ってくるんだから。



はーー、スッキリした。本当に気持ち良く読み終える事ができたよ。
すごいね。読後感で「寂しい」より「気持ち良かった」て思えたのは初めてかも。
これからみんなが幸せに生きていけるだろう事が容易に想像できるからね。マリーダの髪型以外はねw

アヤさんで始まりレナさんで締めた感。やっぱりアヤレナさんの物語なんだね。

もうね。言いたい事なんて山のようにあるよ。キリがないからね。とにかく「ありがとう」。
幸せたくさん、ありがとう。
また何か書いてくれたら是非読みたいと思います。







……で、マライアゼータは?wwwww


キャノピから皆様へ、感謝のイラストが届いたぞ!

キャノピもありがとう!!!

ttp://catapirastorage.web.fc2.com/thanks.jpg

 

>>518
長いことつきあってくれて感謝!

もうね、ちょっとガンダムは休憩したい気分w

>>519
感謝!!
↑にも書いた通り、しばらくガンダムは休憩したいw
別キャラですかぁ、彼らに匹敵するキャラを練るためにはしばらく時間が必要かもしれないです…
むしろ、彼らを別の世界に召喚するキャラクターシステムなら…w

>>520
感謝!!!

見てないけど、楽しめた!って言ってもらえるのは大変光栄です!
楽しんでいただけてありがとう!


>>521
あ、ぐへへの人!
感謝!!!!!

レスはいつものこの一言で!
長すぎキメェwww
ホント感謝!

張り付いていてくれてありがとう!



>>522
感謝!!!!

UCネタバレ
【マライアは見切れなかった】


>>523
感謝!!!!!
本当に最初のスレから見てくれてる人にはなんとお礼申し上げてよいやら…
次も書くので!きっと読みに来てください!


>>524
感謝!!!!!!

暖かい感想をありがとう、キャタピラも幸せたくさんです。
キャタピラもいつの間にかアヤレナ達を愛してしまっておりました。
なので最終回は少しさみしいのですが…彼女たちはきっと、これからの宇宙世紀を逞しく生きて行ってくれると思います。

次回作もよろしくです!

マライアゼータは…まだ、ビニールも開けてないよ、なんか作るのがもったいないw
 


ルーカス、ソフィア、レオナは初登場だた。

名前をくっつけてみたよ。
ttp://catapirastorage.web.fc2.com/thanx-n2.jpg

乙キャノピー

隊長、名前付いていなかったっけww
アヤさん以外のオメガの連中がみんな軍服姿なのがなんか嬉しいな。

乙~
そして、長文サーセンwwwwwww
と、先に謝っとくわwwwww

キャタピラあらためアウドムラあらため・・・
あいだに何かあったような気がしたけど、キャタピラ乙

当初のタイトルを見てエロSSktkrで読み始めて・・・
アヤさんとの出会いで、レzものか・・・ソレモヨイイ!って思いながら肩すかしをくらい
独房でktkrって思ったら、脱走劇が始まるし
いい意味でも悪い意味でも期待を裏切られたぜwwwwwww

最初のスレからずっと追っかけてるけど、1年戦争が終わり、zが始まり終わりとホッとしつつ
また次の世代をやってくれないかなーって思ってたらUCまで終わってしまって淋しいな・・・

最後に心残りだったのは・・・UCでは脱走劇がなかったことだぜ・・・
やっぱり逃げてくれないとなwwwwww

まぁ、何はともあれ感想お疲れ様でした。
みんなの個人個人のエピローグなんてあっても全然いいのよ?(チラッチラッ

言われてみれば、確かに逃げてないな
やっぱまず逃げてからってのが美しい流れだったかもな
まぁ、UCの原作に寄り添う位置だったし、難しいかもな
すぺーすらなうぇーいいでー…^h^h^hきゃたーぴー

マライアが自分の感情やら理屈やら理想やらから逃げ回っていたじゃないか。
このシリーズのオールスターキャストから大舞台を用意されてようやく向き合えたというある意味最大の逃走劇!
なんてな

スパロボ系でこの手のものを見てみたい気がする
難易度が跳ね上がりそうだが

ザザッ…ちら海中撮影班、こちら海中撮影班。おい、誰も投げ込まれてこないぞどうなってるんだ ブクブクブク

警察「先程、指名手配中の男がニュースを読んでいたようなので、確認させてもらいます」

>>530
何も言わなくても軍服で描いてくれちゃうキャノピは出来る子!

>>531
感謝!

長レスありがとう!1スレ目から見ていただけている方のレスは何より嬉しいです!
スレタイは…ね、あれ、人寄せのためにああつけたんですけど、逆効果気味だったところもあったようでw
逃走はすみません、今回はホント、サイアムのシーンが書きたかっただけなんで…w

>>532
確かに、設定考えるのは難しかった、ってのは確かです…それよりも↑なんですけどねw

>>533
マライアは結局、いつもなにかから逃げてますねw

>>534
スパロボってやったことないんですよねぇ…キャラ数異常だし、ワケわからなくなりそうw

>>535 ->>540
やりとりが面白すぎて電車の中で大変だったぞw
>>535は無事なのか…?






「ちょ!待て、アヤ待てって!」

「待つわけないだろ、覚悟しろ!」

「くっ…だぁ、わぁぁ!」

サバーン、と派手な音を立てて、カレンがアヤに、海中へと投げ込まれた。

でも、すぐに立ち上がったカレンは、そのまま勢いよくアヤにタックルを掛けてアヤを海中に引きずり倒す。

それから何かもみ合いを続けているな、と思ったら、なんのことはない、お互いの水着のトップスを引っ張り合っている。

まぁ、いつものことだ。割と表情が真剣だけど、それも込でいつものことだ、うん。

 私は、といえば、すっかりお腹がいっぱいで、レベッカとレオナが誘ってくれたので、岩場から釣り糸を垂れていた。

ロビンは、アヤとカレンのそばをつかず離れず飛び回りながら、大声で実況を続けている。

マリオンは、食事が終わってからパラソルの下でスケッチブックに鉛筆を走らせていた。

いつだったか私が勧めてからというもの、絵を描くのはすっかりマリオンの趣味になっているみたいだった。

 ミリアム達がアルバに来て、1ヶ月。ミリアムはペンションから、ルーカスが元手をだして買った家に引っ越した。

あのふたりは、見ているととても不思議な感じがする。

どことなく、お互いによそよそしいところがあるのに、

気持ちのどこか奥の方ではちゃんとお互いを信頼していてそれでいて、好きなんだ。

長い時間、離れ離れになっていて、それも、お互いが死んじゃってた、なんて思っていればなおのこと、

お互いへの気持ちをどうにか消化しようってそう思っててもおかしくはないだろう。

そんな、二人がそれぞれ過ごしてきた時間の長さが、きっとあんな不思議な感じにさせてるんだろうな。

ああいうのも、そのうちなくなるといいんだけど。

 マライアは、今日もそんなミリアムのところに遊びに行っている。

どうやら、ソフィアと三人でおしゃべりするのが楽しいらしい。

ソフィアも最近じゃ、子どもも大きくなって学校にいくようになったし、

時間ができたから、そういうことを楽しみたいって気持ちのようだ。

なら、一緒に島に来ればいいのに、って言ってあげたんだけど、今日はなんでも、ミリアムに料理の指南をするんだ、

とソフィアと二人で盛り上がっていたので、無理やり引っ張ってくるのはよしておいた。

 今日と明日は、久しぶりにお客がいない。

「たまには一家水入らずで島に行こう!」なんてアヤが言ってくれたから、

こうして久しぶりにのんびりとアルバの空気を味わっている。

カレンは、まぁ、住んでいるわけじゃないけど、夕飯はほとんどうちで食べていくし、

休みの日は必ず決まってうちに来てウダウダやってるし、まぁ、実質住み着いているみたいなものだ。
 


 「ロビーン!あんたも、加勢してくれよ!」

「ロビン、こっちを手伝ってくれよ!」

「ギャー!何すんの!!」

カレンに水着をひん剥かれてテンションがおかしくなってるのか、アヤはそばにいたロビンに襲いかかっている。

ロビンは逃げる気があるんだかないんだが、カレンに羽交い絞めにされて、嫌だ嫌だと言いながら笑ってる。

まだ10歳とはいえ、どうなのよ、あれ?

いや、まぁ良いのかな…一緒に露天風呂に入るときなんかは、別に気にしないし、今は島には私達しかいないしね。

 ビクン、と握っていた竿が震えた。

「きた!」

私はそう言って竿を立て、リールを巻く。とたんにギュッと竿がしなって、腕にかなりのじゅう重量が感じられる。

これは…けっこうな大物だ!今晩のおかずになるかも!

「おぉぉ!レナママも来た!」

「レナ、逃がさないで!」

レベッカとレオナが自分たちの竿を上げながらそう歓声をあげる。

私はそれに励まされながら竿を上下させつつリールを巻き続ける。と、海中に何かが踊るのが目に入った。

あの色は、パームヘッド!鯛の仲間だ!私は竿を下げて一気にリールを巻き上げると、

タイミングを測ってヒュっと竿を振り上げた。

海面から赤とピンクの中間くらいの背中をした魚が飛び出してきて、私達のいた岩場の地面にビタっと落ちる。

「わぁぁ!いいサイズ!」

「ホント!今夜のおかずはこれで決まりだね!」

二人が揃って嬌声をあげる。魚を改めて見て、私も飛び跳ねたくなった。

そこにいたのは、30センチはあるんじゃないかってくらいのサイズのパームヘッドだった。

ふふふ、これはアヤに自慢しないとな!

 そう思いながら針を外して、持ってきていたビクとかっていう、

海の中へ投げて魚を活かして捕まえておく網の中へ投げ込んだ。

これで、レベッカが2匹に私とレオナが1匹ずつ。今日の夕食は本当に魚で決まりだね。

そう思って二人の顔をみやったら、レオナのレベッカも、嬉しそうにニコニコと笑っていた。

それからまたしばらく釣り糸を垂れていたけど、

潮目が変わったみたいで、小ぶりなものが増えてきたので釣りを終えて浜の船の方へと戻った。
 


 なにがどうしてそうなったんだか、お互いの水着のトップスを交換したアヤとカレンに、水着の代わりにタオルを巻いているロビンが

私達を出迎えてくれた。

「なにが起こったの、三人に」

レオナがおかしそうにそう聞くと、三人は笑って

「カレンがアタシの水着を奪うから仕方なくカレンのを奪い取ったらこうなった」

「先に仕掛けてきたのはそっちでしょ?」

「アタシはねぇ、なんか楽しそうだから脱いでみたら、タオル巻かれたの!」

そうだね、女の子がノリで脱いだらダメだよ、ロビン…

私は、そんなことを言ってあげようかとも思ったけど、なんだかやっぱり三人がおかしくって、笑顔しか出てこなかった。

 「ふぅ、さて、おふざけもこれくらいにして、そろそろ片付けないとな。続きはペンションに戻ってからだ」

「そうだね。それより、アヤ。あんたのこの水着、なんか窮屈だからそれ返してくれない?」

「あぁ?なに言ってんだ、カレンの水着の方がキツキツだぞ?」

「なに言ってんのよ、あなた、私のより大きいつもり?」

「いや、別にサイズとかに興味ないけど、これはさすがにキツすぎるからなぁ」

二人共キツいってどういうことよ…どうせ私がつけたらブカブカですよーだ!

なんだかそればっかりはカチンときたから、竿とビクをレオナに渡して、私は二人めがけて突進して海中に引きずり倒してやった。

 「ぶはっ!なんだよレナ!」

「誰もあなたの胸が私達より小さいなんて言ってないでしょ!」

「言ってなくても、なんか当てつけに聞こえた!ていうか、今の言い方は悪意あるよね!?天罰!」

私はそう叫んでカレンの水着に手を伸ばした…けど、か、体が、動かない!?

気がついたら私は、先にタックルをして海中に引き倒しておいたアヤに捕まっていた。

「レナ、アタシに挑んでくるなんて、いい度胸じゃないか」

「レナ、私にも何か言いたいことがあったんだってね?」

ついにはアヤに羽交い絞めにされて逃げられなくなった私にカレンがノソノソと迫ってくる。

くっ!しまった!かくなる上は…私は、覚悟を決めて、アヤに掴まれている腕をなんとか伸ばし、

指先で自分の水着の紐をつまんで引っ張った。

 ハラリ、と私のトップスがめくれる。

「なっ!?」

「レナ、レナさん、あんた、何してんだ?!」

「隙ありぃぃ!」

私はそう叫んで、自分でもビックリするくらいのスピードで二人の水着のトップスを剥ぎ取って、砂浜の上へと駆け出した。

いや、まぁ、状況だ状況だけに、アヤもカレンも、私がしたのと同じで隠すようなこともなく、

全力疾走で後ろから私を捕まえてきて、二人に担がれて私は水着もろとも海中に投げ込まれたんだけど。

海の中に沈んでから、こっそりアヤのもカレンのも胸に当ててみたけど、

やっぱりなんだかちょっとゆとりがあって不安な感じのサイズだった…

別にだからどう、ってわけじゃないけど、身長もたいして変わらないのに、って、なんだか悔しいと思う自分がいた。
 


 それから私達は協力して片付けを済ませてペンションに戻った。代わり順番にシャワーを浴びて、

ピザのデリバリーを頼んで、おしゃべりしながらそれを食べて、お酒も飲んでもうすっかりリラックスして楽しい気分になってしまっていた。

 時間も時間だったので、ロビンとレベッカは母屋に帰した。

レオナとマリオンも今日は朝早くからだったから疲れたみたいで、早々に母屋の方へ帰って行った。

夕方前にミリアムのところから戻ったマライアは、今日はお客はいないけど、宿直当番だから、と見回りやなんかをしてくれている。

 それにしても…

 そう思って、ふう、とため息が出てしまう。それを聞いたアヤが私の顔を見て苦笑いしてきた。

なによ、と思ったら、アヤは手をヌッと伸ばしてきて私の髪をクシャクシャとなでた。

「疲れてるみたいだな」

「そりゃぁ、ね」

アヤの言葉にそう言って微笑んだら、アヤも優しい笑みを返してくれた。

やっぱり、島で一日遊び通した、ともなれば疲れてしまうのは仕方ない。

いくら慣れてるとはいえ、限界ってものもある。と、アヤがフワァとあくびをしながら大きく伸びをした。

「まぁ、アタシもだけど、な。そろそろ寝るか」

そう言ってからアヤは、先程からテーブルに突っ伏して寝こけているカレンの肩を揺すった。

「ほら、カレン。いつまでもそうやってないで、ソファーで寝ろよ」

「ん…アヤ…やめろっ…」

「ん?」

カレンの言葉に、アヤはその手をパッと離した。驚いたみたい。でも、私も感じた。

かすかだけど、今カレンは、何か必死になってアヤにそう言ったみたいだった。具合でも悪いのかな?飲みすぎた?

なんて思ってたら、またカレンがつぶやくように言った。

「右…こうか…しれ…マラ…アが…」

どうしたの、カレン?何をそんなに必死になってるの?

なんだか心配になって私は椅子から立ち上がってカレンの様子を見ようと近づいたけど、クスっとアヤの笑う声がして、

私は顔をあげた。アヤは確かに笑っていた。なに、どうしたの?

「あぁ、カレン、昔の夢でも見てるみたいだ」

アヤは笑顔でそう言って、肩をすくめた。

「昔の夢?それって空戦のときの?」

「あぁ、たぶんね。『右へ降下だ、マライアが狙われてる』って、さ」

「起こさなくていいの?悪い夢でも見てたら、かわいそうだよ」

私はアヤの言葉に少し心配になってそう聞く。でもアヤはのんびりした様子で言った。

「なに、大丈夫だろ。楽しい状況ってわけでもなかったけど…でも、あれはあれで、アタシとカレンの大事な思い出だからな」





 




0079.3.1 地球連邦中央アジア方面軍 バイコヌール宇宙港基地




<くそ!こいつら、どこから湧いて出た!?>

<あれがモビルスーツってやつなのか!>

<3時方向!上空から何か婦ってきてるぞ!?>

<地球へ侵攻だと!?やつら、制宙権が狙いじゃなかったのかよ!>

<来るぞ、トゲツキ3機!>

<なんてこった…まだ降ってくる…!いったいどれだけの戦力をそろえてんだ?!>

 無線から、悲鳴がまるで断末魔の叫びのように響いている。空も地上も、もう組織としての機能を果たしていない。

人生初の戦闘が、まさかこんな奇襲戦になるだなんて、思ってもみなかった。

私だけじゃない、おそらく、この宇宙港基地の誰しも、こんなことになるなんて想像すらしてなかっただろう。

私も、悲鳴や弱音を吐きたい気持ちでいっぱいだった。とにかく、空に上がれただけでも幸運だ。

だけど、この数、この火力、それに…

<やったぞ!直撃弾!>

<バカ!油断すんな!>

<うわっ!う、撃ち返して来た?!おいおい、嘘だろ…無傷だってのかよ!?>

あの装甲の厚さ…ジオンのやつら、伊達や酔狂ってわけではないらしい。

あんなものを、これほどの規模で投入してきて…本気で地球を取る気なの?

 <カレン!>

隊長の声が聞こえた。

<そっちは無事か?!>

「えぇ、なんとか!ベネットとフィリップも一緒です!そちらは!?」

私は無線に怒鳴り返す。

<こっちもトラビスとドミニクと一緒に上がってる。パトリク隊は離陸前を狙われて、全滅だ>

パトリク副隊長達が…!?くそっ!あいつら!

「隊長、反撃許可を!このままじゃ、基地が!」

<…いや、もう無理だ>

なんとかしてやりたくってそう進言したが、隊長は冷めて沈んだ声でそう返してきた。

キャノピーの外に、旋回中の隊長達の小隊が見える。下を観察してるんだ。私も機体を傾けて眼下を見やった。

そこには、あのトゲツキが中心の地上部隊が、基地の中をズンズンと侵攻している様子が見えた。

あの数、あの火力、あの装甲…私達戦闘航空隊が束になったって、勝てる相手じゃない…

こっちの主力のミサイルは電波妨害か何かのせいで、使い物にならない。

たとえロック出来たとしても、命中したって、戦闘機にひっかき傷を残す程度の威力じゃ微々たる損害すら与えられないのが現実だった。

唯一、私達と同じタイミングで空中退避した攻撃航空隊が持っていた対戦車ミサイルと無誘導爆弾で敵を中破させたのを見かけたが、

それでさえ敵の動きを止めるには至らない。

宇宙港基地らしく、対空設備はごまんとあったはずなのに、対空ミサイルはレーダーの異常とともに機能停止。

目視で対空機銃を打ち上げてもいたけど、レーダーもなしに当てられるはずもない。

 地上では、数少ない戦車部隊が奮戦しているけど…すまない、制空戦闘しか考慮されてない私達の部隊には、掩護すらしてやれない。
 


<こちら、第7飛行隊!タイガー戦闘機隊だ!司令部!応答せよ!司令部!>

隊の2番機、トラビスが無線にそう怒鳴っている。だけど、司令部からは何の返答もない。

私は改めて機体を傾けて眼下を見下ろす。司令部のあったばしょからは、もうもうと黒煙が立ち上っていた。

すでに、司令部が…

「隊長、司令部がやられてる」

<くそっ…確認した…!>

<どうするんです?>

<反撃は、無理だ>

隊長の、冷めた声がまた聞こえた。あぁ、私もそう思う。

これは、抵抗できる状態じゃない…地上のやつらには申し訳ないけど、私らがどうあがいたって、足止めにもなりゃしない。

出来て、囮になるくらいなものだ。私は、それを認めて、拳を握りキャノピーをぶん殴った。

なにも…なにもできなかった…一瞬の出来事だったんだ…格納庫に敵砲弾が飛び込んで、爆発して…

私らは泡食って空中退避しただけ。いや、本当に、上がれただけで幸運だった。

ほとんどの奴らは、空に上がるまでもなく、滑走路上に破片になって散らばっているか、いまだに格納庫の中、だ。

<バイコヌール基地上空の連邦軍機に告ぐ>

隊長の声が、乾いた様子で言う。

<全機、方位300へ。オデッサ基地へ撤退する…>

<うっ…うぅっ…!>

無線の向こうで、誰かの呻く声が聞こえる。あぁ、分かるよ…

私も、同じ気持ちだ…くそっ…なんだって、なんだってこんなことになっちまうんだよ!

私はそう思いながらも機体を傾けて進路を300へと向けた。自分の無力をかみしめながら…

 あの基地に赴任して、もう2年経ってた。連邦軍の航空学校を卒業して、初めて配属された今の隊と一緒に、だ。

あそこは、私の故郷と同じだった。故郷のオーストラリアは、もうない。家族ももういない。

こんな態度も口も悪い私を引き取ってくれた隊長や、

あれこれ文句も言わずにいてくれた隊の連中は、みんな本当にいい奴らばっかりだったのに…

ここは、私に残されたすべてだったはずなのに…なんにも、なんにもできなかった。守ることも、戦うことさえも…

あのときと同じだ。ただ、空からコロニーが降ってくるのをテレビで見ているしかなかった、2か月前の開戦のときと…

家族を逃がしてやることすらできなかった、あのときと…

<副隊長…ニーナ、イグン…うぅっ…>

無線から、泣き声が聞こえてきた。

「ベネット!泣くな!」

私は無線にそう怒鳴ってしまった。

泣きたいのは自分も同じだって言うのに、私は、ジオンに向けられなかった怒りを、

あろうことか、身内に向かって発散しようとしていた。

それに気が付いてしまって、途端に何かがむなしくなって、私は無線を切った。

頬を伝う涙をぬぐいもせずに、操縦桿を握ったまま、

絶望なんだろう、脱力した体で、ホワイトアウトしたレーダーを眺めていることしかできなかった。


 


つづく。
 


ちなみに、最初の場面はレナさんがチラっと言ってるとおり、ミリアムとルーカスがアルバに住み着いて1か月後。

CCA編最後のシーンの、ミリアムとルーカスの結婚式の2か月前です。
 

くそっ!
AEWかAWZCSはアルバ島上空にいないのか!
映像をよこせ!

× AWZCS ○ AWACS



唐突に番外編が来てる!ありがとう。ありがとう。
そういえばキャタピラは何気にカレンさんの扱いが良いよね。お気に入りかw

レナさん……どこぞのサイズが残念でもシリーズ最大の母性の持ち主だから!

  _  ∩
( ゚∀゚)彡 おっぱい!おっぱい!
 ⊂彡
カレンとアヤさんのおっきいおっぱい
レナさんの小ぶりなおっぱい
ロビンたんのこどもおっp……


ふぅ

乙!
思わぬ番外編にヒャッホイと小躍りしている俺ガイル

おっぱいに貴賤なし
サイズなんて問題ではないのです
大きかろうと小さかろうとそこには夢と希望と愛がいっぱい詰まっているのですから

>>540
待つんだ話し合おう
俺のぺろぺろぐへへは純粋な愛情表現だというのになぜこうも理解されない?
紳士たらんとし、直に対象に触れようとすることもなくただ愛でているだけだというのに!
それより>>553を捕まえろよお前ら!
まあなんだ、出番がなかろうと俺はマライアたんぺろぺろぐへへ

乙!!

カレン推しのおっさんとしてはですね
このepisode0 めっちゃうれしいありがとう!




アヤさん!居ましたよ!>>554に例の怪しい男が!

>>550
<<SKYEYE here!All mobius aircraft, ready for take video!>>

>>552
感謝!

えぇ、カレンさん、アヤレナマカレにしてもいいと思うくらいお気に入りになってますw

>>553
ロビンで!?
まさか貴様、シャアか?!

>>554
感謝!!

キャタピラは大きさより形が大事だと思う派ですw
キャノピが感想に感謝しておりました。合わせて、お礼を。

>>556
感謝!
カレンたんいいですよねぇ~!

>>554が追い詰められている…!w



てなわけで、続きです。
 





 それからしばらくして、私達6機は、オデッサの鉱山基地へと降り立った。

バイコヌールからは、他に、攻撃飛行隊の連中が3機と、唯一逃げられた輸送機隊うちの1機。

それから、奇襲の直前、レーダーが使えなくなったおかげで、バックアップのために慌てて飛び立って難を逃れたAEW、早期警戒機が1機の合計11機が撤退してきていた。

あの基地には、2個戦闘飛行中隊に、3個攻撃飛行隊、輸送機隊は3機編成が3つ、ヘリ部隊や電子戦機もいたって言うのに、たったこれだけ、だ。

 私達は滑走路に設けられた臨時のスペースに機体を止めさせられ、基地の中に連れて行かれて根掘り葉掘りと状況を聞かれた。

だけど、私も、たぶん他の連中も、誰一人正確なことを伝えられるやつはいないと思う。

戦術士官の質問は、例えば、敵の規模は?数は?主力武装の威力は?指揮系統は?なんて感じだ。バカじゃないのかと正直思った。

数なんていちいち数えてられるわけがない。

それこそ、見渡す限りだったし、主力のあのバカみたいにデカイマシンガンの威力なんかどう説明すればいい?

戦車砲弾くらいもありそうな弾丸を、秒間4,5発でぶっ放してくる、とくらいしか言いようがないね。

指揮系統なんて、てんでダメだ。敵がどういう編成で行動してたかすら見る余裕もなかった。

 そんな話をしたら戦術士官は、不愉快そうな顔で

「貴官らは、軍人としての自覚はないのか?敵の情報も確かにつかまぬうちに撤退してきたというのか?」

なんて言ってきたもんだから、思わずカッとなって首根っこを?まえて顔をテーブルに押し付けてしまった。

拳銃でも突きつけてやりたかったけど、さすがにそうなると隊長を困らせるだろうから、やめておいた。

 とにかく私は、そんな温い頭をした聴取を受けてから、兵舎の空きオフィスに通された。そこにはすでに隊長達がいた。

どうやら、ここが私達の“格納場所”らしい。ご丁寧に、支給品の寝袋まで用意されている。

ここで寝泊まりしろ、ってことなんだろうね、まったく。

 「どうだった、カレン?」

ソファにグッタリと腰掛けていた隊長がそう聞いてくる。

「どうもこうもありませんよ」

私がさっきあったことを説明すると、隊長はふう、とため息を吐いた。それから他の連中に目配せをして

「どこも同じ、か。頭痛くなるな」

とうなだれた。他の連中も肩をすくめたり、ため息を吐いたり、落ち着きなく貧乏ゆすりをしたり、だ。

と、不意に隊長が懐から何かを取り出した。それはいつもの写真だった。隊長の家族の、だ。

「隊長のご家族は、確か…」

「あぁ、プラハだ」

私の小隊の新人のベネットの言葉に、隊長はまた乾いた口調でそう返事をした。

写真の中で隊長と一緒に笑ってるのは、また2歳になったばかりの隊長の娘、フールカと、奥さんのアビークさん。

戦争が始まるまでは基地のすぐそばに住んでいて、私も顔見知り程度には知っている。

あのコロニー落着があってから、基地のそばは危険だ、と言う隊長の判断で二人はプラハへ疎開していた。

いつもならどんな感情も表に出さない、ドライでクールなベネディクト・スラヴァ少佐も、さすがに堪えてるんだろうね。
 


 ドン、とデスクを殴る音が聞こえた。隊長の率いる第一小隊のドミニクだった。

「あぁ、思い出したらむかっ腹がたってきやがった!」

こいつは、短気にも程がある。頭の方も軽くて、訓練じゃいつも隊長を困らせてた。

私が言えたことじゃないかもしれないけど、こんなときにトラブルは起こさないで欲しいもんだ。

「デカイ声出すなよ、ドミニク…」

もうひとりの隊長の小隊員、トラビスが背中を丸めたままドミニクにそう言う。

「…すまん」

ドミニクは、怒りっぽいくせに、文句を垂れられるとすぐにしょげてしまう。

トラビスは見てのとおり、センの細いやつで、空じゃすぐに頭が真っ白になるは、泣き言を言うわで、これまた隊長がほっとけないって言うんで自分の小隊に組み込んでる。

 「敵さん、ここを目指してくるだろうな」

私の隊の二番機で、私の相棒を頼んでいるフィリップがボソっと言った。

「あぁ、おそらくね」

私が言葉を返すとフィリップは大きく深呼吸をしてから声をあげた。

「仇討ち、か。どうなることやら、だ」

フィリップのことは、隊の中でも隊長の次くらいに信用していた。

ひょうひょうとしたやつで、いつだって真剣なんだかどうなのかわからないような感じだけど、

こんな状況になってもそれが崩れないところを見ると、やっぱり多少は度胸は座っているらしい。

ここへ来て、いつも以上に私はフィリップを信用できていた。

「フィ、フィリップさんは、なんだってそんなに平気そうなんですか…」

隊の最年少で、私の後輩のベネットが情けない声色でそう訴え出る。それを聞いたフィリップはヘラヘラっと笑って

「平気なもんか。俺はただ、“そのとき”まで考えないようにしてるだけさ」

と肩をすくめて見せた。

 「隊長、うだうだ言ってても始まりません。私たちもこの基地の防衛作戦に参加すべきです」

私は隊長にそう言った。隊長はそれをまた、表情を変えずに聞いてチラっと私をみやってから

「まぁ、そうだろうな。上の連中からの出撃命令を待つ」

と静かな声で言った。命令を待つ、だって?冗談じゃない!

「隊長!あんたわかってるはずですよ!あいつらは、もう2時間もすればここへたどり着く!上の連中は、それをわかってないんだ!

 あの兵器の怖さも、ジオンがどれだけ本気かってことも、理解してない。このままじゃ、この基地もバイコヌールと同じように…!」

私はいつの間にか語気を荒げてしまっていた。隊長はそれでも平然とした表情で私を見て言った。
 


「ここにいるのは戦闘機隊2個中隊と攻撃飛行隊が2個中退。そりゃ、後方の鉱山基地と工廠を防衛している部隊はもう少し多いが…

 陸上戦力はほとんどあてにできない。確かに、かすかでもあいつらをたたける可能性があるとしたら、俺たち飛行隊だろう。

 だが、あのモビルスーツには機銃弾なんぞ効かない。

 今換装を頼んでる対戦車ミサイルは、レーダー誘導が効かなければ、ただのロケット弾と同じ。

 唯一、有効打を確実に望めそうなのは、無誘導爆弾だけだ。俺たちの機体には、搭載量6発。6人合わせて36発。

 一発必中で落として、運良く全て一撃で行動不能にできたとしよう。あいつらは、全部で何機いた?カレン、お前も見たはずだ。

 あの、地面を埋め尽くすようなモビルスーツの群れを。50なんて数じゃ足りない。100以上はいた。

 ここの駐留部隊と俺たちだけで、数は足りると思うか?」

隊長の言葉に、私は何も言えなかった。抵抗する方法はいくらだって思いつく。

高射砲の水平射撃や、対空機銃を総動員して地上目標を狙えば、それなりの飛距離と火力にはなる。

弾幕を張って足止めしいたところを私らで上から爆弾を降らせればいい。

 だけど…それから先は、隊長の言うとおりだ。

おそらく、手持ちの武装を全部命中させたところで、敵部隊を半壊させることすらできないだろう。

敵だって、バイコヌールを制圧した連中が全部ここに来るかどうかはわからない。オデッサは広い。他の拠点や部隊はまだまだいる。

だが、それでも…私には、隊長が危惧していることの想像がついてしまっていた。

どんなに善戦したところで、あのモビルスーツの集団には勝てない…

少なくとも、既存の戦術や兵器では、モビルスーツがあれだけの数揃ったら、とてもじゃないが太刀打ち出来ない…負けるのか、私達は…?

「じゃぁ、どうしろって言うんです!?」

 私はまた、大声で怒鳴ってしまっていた。

「カ、カレン、落ち着けよ」

そう言ってきたトラビスを、思わず睨みつけてしまう。

 戦わなきゃ…あいつらに、好きに暴れさせるわけにはいかない。確かに、隊長の言うとおり、この基地すべてを守ることはできないかもしれない。

でも、、私達がここで戦って、数機でもいい、あいつらを減らすことができれば、あとに続く連中の助けになれるはずだ。

「撤退を援護する…敵の撃破は目的としない。ナポリまでたどり着けば、ヨーロッパ方面軍の支援も得られるだろう。

 あいつらに、今の俺たちは勝てない。できるだけ戦力を維持したまま、反撃の機会を探るのが賢明だろう」

だけど、隊長はそう言った。確かに、それもそうだとは思う。だけど、あいつらは…副隊長達を…私らの基地を襲ったんだ…

一矢報いてやりたいじゃないか!

「でも、隊長…!」

「命令だ、従え」

隊長は、聞く耳を持たない、って感じで私に冷たい視線を浴びせかけてそう言った。隊長のいうことはもっともだ。

だけど…あいつらは、私の家族も、仲間も…!私は、たまらなくなってデスクをぶん殴った。ベネットとドミニクがビクっと体を震わせたのが分かった。

あぁ、くそっ…あんたらをビビらせるつもりはないんだ…!

 私はそうは思っても胸のうちに湧いた感情を処理できずに、たまりかねてオフィスを飛び出した。
 


 表はバカみたいに天気がいい。こっちの気持ちも知らないで、澄んだ青空が広がってる。

強い日差しの熱を冷ますような心地よい乾いた風も吹いていた。私は、戦闘機を止めてあるエリアまで歩く。

そこには既に、対地攻撃装備に換装された愛機達が静かに佇んでいた。

「タイガー隊の方ですか?」

不意にそう声を掛けてくるやつがいた。一瞬、どこからか分からずにあたりを見回していたら戦闘機の車輪の影から、若い女性兵が姿を現した。

まだ、年頃は10代だろう。訓練校を出たばかりくらいの、17,8歳に見える。

浅黒い肌に、暗い色のそれほど長くない髪を後ろで結いている彼女は、作業用のツナギの上半身を脱いで腰のところに縛り付けた、なんともラフな格好をしていた。

顔や腕には、あちこち黒い油がコベリついている。

「あぁ。あんたは?」

私が聞くと彼女は笑って

「貴隊の整備を任されました。エルサ・フォシュマン軍曹です。よろしくお願いします」

と明るく言って敬礼をしてきた。私も思わず、敬礼を返してから、整備してくれたって言う機体をみやった。

まぁ、6機全部をこの子一人でやるなんてことはないだろうから、きっと他にも整備員はいるんだろうけど…

「どうしてこんなところに一人で?」

私が聞いてみるとエルサは恥ずかしそうに笑って

「すみません、私、気になっちゃってダメなんですよね。万全の状態にするのはもちろんなんですけど、そ

 れ以外にも、何をするわけじゃないんですけど、状態を確認して満足したい、っていうか」

と肩をすくめる。

「そっか…私らにとっては、ありがたい話だよ」

そう言ってやったら、エルサは嬉しそうに明るい笑顔を見せてくれた。でも、それからすぐにその表情を曇らせる。

「話は、少しだけ伺いました。敵のモビルスーツっていうやつは、火力も装甲も戦車なんかとは比べ物にならない、って」

それから私の目をジッと見つめて聞いてきた。

「勝算は、あるんですか?」

私は、また胸に込上がってくる苛立ちを覚えた。勝目は、おそらくない…それを堪えて葉を食いしばる。

「…レーダーが潰されて、誘導兵器の類が使えなくなったら、勝ち目は薄い…地上兵力はほとんど有効打を与えられない。

 私ら航空隊が、対地攻撃を仕掛けて、多少の被害を与えられる程度、だ」

私の言葉に、エルサは黙って俯いた。ギュッと、拳も握りしめている。怖いのか、悔しいのか…どっちだろうな…

 「あんた、出身は?」

私は、なんとなく話題を変えてやりたくて、そう聞いてみた。そしたら彼女は、なおも俯いたまま、ボソっと言った。

「パリ、なんです」

パリ…か。話題を変えるどころの話じゃなかった。私は、彼女の気持ちが理解できてしまった。

パリには、アイランドイフィッシュが大気圏外で重力によって四散した際の、一番“小さな”破片が落着した。

シドニーほどじゃないけど、衝撃波で街は壊滅。郊外に巨大なクレーターができた、って話だ。

 「そっか…あんたも、なんだな」

私がそう言うと、彼女はハッとして顔をあげた。
 


「自己紹介がまだだったね。私はカレン・ハガード少尉。タイガー隊の第三小隊長をしてる。出身は、シドニーだ」

私が言うと、彼女はまるで何かが痛んだみたいに、ギュッと目をつむって唇を噛み締めた。その痛みは、わかるよ…ありがとうね。

 私は、彼女の肩に手を置いて、そっと撫でてあげた。

「…少尉は…やつらと、戦うんですか?」

「本当なら、そうしたいところだけどね…あいにく、隊長がそれを許可しないんだ」

彼女が、涙が溢れそうになっている瞳で私を見上げて聞いてきたので、そう答えた。

「わかります…無駄に抵抗するよりは、戦力の温存をすべきだと、そういうことですよね?」

「あぁ、うん…」

彼女は、私の言葉を聞いて、またギュッと唇を噛み締めた。彼女に、なんて言葉を掛けてやったらいいんだろう…

私は、自分の気持ちのことなんて忘れて、気がつけばそんなことを考えていた。

私は、例えば、気持ちがどうしても収まらなかったら、命令を無視してだって、敵につっこんで行くことは出来る。

その気になれば、勝算があろうがなかろうが、いくらでも戦える。でも、彼女は違う。

戦闘要員じゃない。整備兵だ。戦闘機にのることも、戦車を操ることも、たぶんできないだろう。

ありうるとしたら、トラップでも仕掛けて、自爆をするとか、そう言うことくらいだろう。

勝てなくても、敵を道連れにするくらいはやってしまいそうだ。

私が、そう思っているのと同じように…

 相変わらず言葉が見つからなくて、それでも、何か、声を掛けてやらなきゃとそう思って口を開いたときだった。

 基地内に、けたたましいサイレンが鳴り響いた。

 



 



つづく。

今回は、カレンさんがジオンから逃げ回ります。

カレンさん自身、納得はしてないみたいですが…
 

乙!

やっぱりそう簡単に納得がいくものではないよな
これまでガンダムは全作見てきたんだけど、キャタピラのSS見て、コロニー落としについての思慮が欠けていたことを痛感したよ
そりゃまあ単純な被害規模とかは考えていたけど、その後の復興とか被害者側の遺恨とか実行者の心理背景とかさ

さて今度はカレンが逃げる番か
オメガ隊との合流かその一歩手前くらいまでは描かれるのかな
今から楽しみでならんですよ

>>557
いや、俺の逃避行とか誰得だよwwww

全然出番なくてマの字も出てないけどマライアたんぺろぺろぐへへ
誰が何といとうとおれはマライアたんを愛でるのを止めんぞ!ww



カレンさんも良いけど隊長がどう動くかも楽しみだ。
文字通り「お話しにならない」戦力差をどうお話しにするか、腕の見せ所だねw


カレンを庇って隊長撃墜。
カレンはそれを気にして「もう1番機は落とさせない」
1番機を新人に譲る。その新人のコードネームはB…………あれ?

>>565
感謝!

コロニーもチクワも、おとしちゃダメなんです!


>>566
感謝!!

カレンさんと一緒にがんばったよ、キャタピラ!w
着眼点は合ってたけど、ちょっと違った!w


つづきです!
 


 基地内に、けたたましいサイレンが鳴り響いた。

 「これは…!」

エルサが呻いた。あいつら…もう近くまで!?

なんて行軍スピード…私達から、3時間も遅れてないなんて…

バイコヌールを制圧した連中とは別動の部隊の可能性もある。もしそうだとしたら、敵の規模は…

 私は、そこまで考えて頭を振った。そう、そうだ。隊長の言う通り、今は退避すべきだ。

抱えてる爆弾とミサイルを全部浴びせかけて、それから撤退する…

あの私を聴取した士官の言う通りだったのかもしれない。

私達は、生きて撤退して、あのモビルスーツってやつとの戦い方を練る必要がある…。

 「少尉!誘導します、準備を!」

エルサがそう怒鳴ってきた。

「あぁ、分かってるよ!」

私はエルサの肩をバンとたたいて自分の機体の取り付けられていたラダーをよじ登った。

コクピットに身を投げてヘルメットをかぶる。計器は…問題ない。装備チェック…火器管制も大丈夫だ。

左右の制動板も垂直尾翼も問題なし。整備のエルサに感謝、だ。

 「少尉!」

離陸準備を整えていたら、エルサがラダーをよじ登ってきた。

何かと思ったら、一通り私が確認した計器を自分の目で見て確かめている。

確かに、丁寧すぎるくらいな仕事だよ、あんたさ。

 「カレン!」

隊長の声が聞こえた。見ると、隊長を戦闘に、隊の連中がこぞってこっちに走り寄ってきていた。

「整備終わってます!いつでも上がれます!」

隊長達にエルサが怒鳴った。それから、私の顔を見つめて、言ってきた。

「少尉…私も、出来る限りのことをします。ですから、少尉も…」

分かってる、そう答えるつもりだった。でも、出来なかった。

私には、彼女のことが、なぜがどうしようもなく心配に感じられてしまった。

もし彼女が、さっき思った通りに私と同じ気持ちでいるのなら…

彼女は、きっと死もいとわずに、戦い方すら知らないかもしれないのに敵に向かって行くだろう…

どうにもそれが、私には許せなかった。

 私はとっさに、エルサの襟首をつかんでコクピットに引っ張り込んだ。

「しょ、少尉!?」

そう悲鳴をあげる彼女を無視してそのままシートの後ろの空間に押し込み、

掛かっていたラダーを取り外して地面に放り投げた。

「ど、どういうつもりですか、少尉!?」

「ここにいたら、遅かれ早かれ、敵の捕虜になる。一緒に来なさい」

私はそう言ってやった。戦うのは、今じゃなくたっていい。

今、あいつらに向かって行って死んじゃうのは、たぶんただの犬死だ。

それに…こうして彼女を乗せていれば、私の理性も保てる。被弾して、イジェクトシートで逃げるわけにはいかない。

となれば、私も無茶すべきじゃない。彼女を助けるために、だ。
 


 私は予備の酸素マスクをシートの後ろに伸ばした。

ベルトは無いから、彼女の体を、シートの下から引っ張り出したピストルベルトで背もたれに固定する。

これなら、多少の機動でもコクピットの中で飛び跳ねたりはしないはずだ。

ヘルメットがないのが申し訳ないけど、そんなこと、もう考えたって仕方ない。そう思って私はエンジンを始動させた。

「少尉!」

「黙って乗ってな!逃げ延びた先でも、整備員が必要なんだよ!ここで死なれたら、私らが困るんだ!」

「そうじゃなくて!私、飛行機ダメなんですよ!」

「な、何言ってんのあんた!自分が整備した機体でしょ!?」

「そうですけど!あの、出来ればマイナスGはやめてくださいね!?フワっとするのが、どうしても怖いんですよ!」

「そんなの、戦闘になったら保証できないよ!怖かったらシートにしがみついてお祈りでもしてな!」

私はそう言ってやってから、自分が微かに笑みを浮かべていたことに気が付いた。

なるほど、こいつも、思いつめて自爆するようなやつじゃなかった、か。

だとしたらなおのこと、こんな基地に置いとくわけにはいかないね!

<おい、カレン、後ろの荷物はどうした?>

隊長の声が無線越しに聞こえて来る。

「整備員です。逃げた先でも一人いれば、機体のメンテもできる」

私が言ってやったら、隊長からもかすかに笑い声が聞こえてた。

 <こちら、セイバー隊。管制塔、離陸許可を求む!>

不意に無線が入ってきた。友軍機が上がるらしい。私はコクピットから外を見やった。

格納庫から出てきた機体が3機、滑走路に進入していく。

<こちら管制塔。敵部隊は東より進行中>

<こちらセイバー1、了解。離陸して、東へ向かう!>

<頼むぞ。セイバー隊、離陸せよ!>

管制塔の無線が響くのと同時にセイバー隊が滑走を駆け抜けて、空へと登っていく。次は私達の番だ!

<こちらタイガー隊。続いての離陸を要請する>

隊長の静かな声が聞こえる。

<タイガー隊?あぁ、バイコヌール脱出組だな。ついてる、モビルスーツ戦闘を経験してる隊が2隊とはな…

 っと、すまない、タイガー隊、滑走路へ進入せよ>

管制塔がそんなことを口にした。私達の他にも、モビルスーツと戦ったやつがいるって言うの?

今の、セイバー隊のこと?そう思いながら、私は滑走路に機体をすべり込ませる。
 


 隊長達第一小隊が位置に着いて、まず離陸していく。

<タイガー隊第三小隊、離陸せよ!>

隊長達の離陸を確認してから、管制塔からそう指示が聞こえてきた。

「了解。フィリップ、ベネット、遅れないで!」

私はそうとだけ言って、スロットルを一気に押し込んだ。エンジンが高鳴り、機体がぐんぐん加速していく。

背後から、エルサの微かな悲鳴が聞こえてきたけど、気にしている余裕なんてなかった。

私は操縦桿を引いて、一気に上空へと駆け上がった。

 隊長達の編隊を見つけて、その後ろに位置取る。

「隊長、第三小隊、位置に着いた」

<了解した>

私の方向に返事を返してきてから、隊長の声が、また聞こえた。

<セイバー隊、聞こえるか?>

<こちら、セイバー1。そちらは?>

<バイコヌールから撤退してきた。タイガー隊のベネディクト・スラヴァ少佐だ。貴隊は3機編成の様だ。

 こちらの6機と合流して、中隊編成の提案をする>

<こちら、セイバー1、フランク・マイスター大尉。了解です、少佐>

そう聞こえてきたと思ったら、どこからともなく私達と同型の戦闘機がふわりと姿を見せた。

<こちらはセイバー2。エイミー・バウアー・マイスター中尉です、よろしく>

<…セイバー3、ユウ・カジマ…少尉です。よろしく頼みます>

他の2機もそう言ってくる。

<こちらは、タイガー2のドミニク>

<同じく3番機、トラビス・ジョナサン少尉です>

「7番機のカレン・ハガード少尉です、よろしくお願いします」

続けて私もそう無線を入れる。フィリップとベネットの自己紹介を聞いてから、私はセイバー隊に聞いた。

「セイバー各機へ。貴隊は、モビルスーツとの戦闘の経験が?」

<こちら、セイバー2、エイミーです。同じ女性パイロットが居て嬉しいわ。

 おっしゃるとおり、私たちにはモビルスーツとの戦闘経験は確かにあります。

 私達は元々、宇宙軍所属です。ルウム戦役で所属部隊が壊滅して、バイコヌールへ降下してきました。

 それからは、オデッサ配属で、地球での戦闘は初めてだから、すこし不安で…

 うまく引っ張ってくれることを期待してます>

エイミー、中尉と言っていた女性がそう教えてくれる。地上は初めて、か…

でも、まともにモビルスーツとやりあったことがあるのなら、ノウハウは必ず活かせるはず…

「了解です。私達は、バイコヌールから撤退してきました。

 モビルスーツをまともに相手にしたことはありませんが、地上での飛行時間は豊富です。

 その点は、お力になれると思います。

 こちらは戦術的なところは、参考にさせていただくところが多いかと思います。協力して行きましょう」

<ええ、ありがたいわ…。モビルスーツには、こちらの機銃攻撃はほとんど意味をなしませんが…突破口はあります>
 


「突破口?」

<はい。頭部です。頭部のランプは、コクピット内に映像を映し出すためのメインカメラだという話です。

 あそこになら、25mm機銃弾でも、損傷を与えられます。相手の視力を奪えば、こちらの優位が保てます。

 別の箇所なら、正面装甲は頑強ですが、背部の噴射装置か、側面からのタセット連結部への攻撃が有効です>

中尉はそう説明をしてくれた。タセット…脚の付け根を守ってる、あのぶら下がった装甲のことだ。

そうだ、どんな兵器にだって、弱点はある…そいつをうまく突けば、性能の差は埋められる…!

<見えた、敵大部隊!>

<相変わらずの数だな…>

隊長達の声が聞こえたので、私は地平線をみやった。

そこには、あのモビルスーツの大群が砂埃を上げながら接近してきていた。

<高射砲部隊へ支援射撃を要請。座標は090、550、範囲100!時限信管を切って、砲撃頼む!>

<馬鹿言うな!こっちは高射砲部隊だぞ!?着弾地点の計算なんて出来るかよ!>

隊長の指示に、そう言い返す声が聞こえてきた。なに悠長なこと言ってるんだよ!

「敵になぶり殺しにされたくなけりゃ黙って撃ちなよ!グズ!」

気がつけば、私はそう怒鳴りつけていた。

<くそっ…だ、第一砲塔!仰角60度、方位090、時限信管設定なし、単発で装填せよ!測距を行う!てっ!>

<砲撃来るぞ、注意しろ!>

セイバー隊のフランク大尉が叫んだ。数秒して、何かが私達の頭上を飛び越えて、敵軍の中程に着弾した。

なんだよ、やれば出来るじゃないか!

「高射砲部隊!距離が伸びすぎた!着弾は、700!」

<よ、よし…全砲、時限設定なしで装填!方位090、仰角、64度。全力砲撃だ!てっ!>

私が報告すると、高射砲部隊の指揮官らしい男がそう叫んだ。また、数秒の静寂。

次の瞬間、敵の最前列に砲弾が降り注いで爆炎と砂埃が上がった。

<よ、よし!敵部隊前面に着弾!>

<こちら航空隊、引き続き、同座標へ撃ち込んでくれ!各機、砲撃をくぐり抜けてくるモビルスーツを叩くぞ!

 砲撃に注意せよ!>

隊長がそう指示をくれた。なるほど、それなら、あの数全部に銃口を向けられることはなさそうだ。

それなら、各個で撃破出来る…!

<着弾地点から、敵が左右に散開を始めています!>

エイミー中尉の声が聞こえる。まともに突っ込んでくるほどバカじゃないってことか…

でも、そうならあの砲撃は敵にとっては打撃になっている、ということになる。これなら、十分に戦える!

「隊長、右翼へは私達が行く!」

<了解した。セイバー隊、左翼を頼めるか?こっちは中央で、正面突破をしてくる敵を叩く>

<こちらセイバー1、了解した!>

隊長からのお許しが出た。よし…バイコヌールの仇だ!私は、内心そう闘志をたぎらせて、操縦桿を握り直した。

「フィリップ、ベネット、降下しつつ右翼へ展開!」

私はそう指示を出しながら、レーダーと計器をチェックする。どっちもまだ正常に機能している。

あの素粒子を撒かれる前に、ミサイルを撃ち込んでしまうべきだ。
 


「対戦車ミサイルの発射準備!ミサイルを先に手放すよ!」

<了解!>

<りょ、了解です!>

二人の返事を聞いて、私も火器管制をオンにした。設定を対戦車ミサイルに合わせる。

そうしているあいだにも、敵は散開しつつ、基地へ接近していた。よし、覚悟を決めなよ!カレン!

「二人とも!離れないで!」

そう無線に怒鳴って、私は一気に操縦桿を倒した。

「ひいぃぃっ!」

どこからか、引きつった悲鳴が聞こえてくる。あぁ、しまった、あんたのこと、すっかり忘れてたよ…

でも、堪えてくれ…ここで先制しておかないと、とても足止めなんて出来やしないだろうからね…!

私はさらに操縦桿を押し込む。高度3000フィートまで機体を下ろして水平飛行に映った。

不意に、ヘルメットの中にピピピという発信音が響く。

よし、レーダーは生きてる…私が目を落としたレーダー内にアイコンが光っている。

HUDを覗き込むと、敵集団の先頭にいる機体とそのすぐ右側の機体に、赤い四角が灯った。ロックした!

「7番機、ロック完了!」

<8番機、敵をロックオン!>

<9番も、ロックしました!>

「よし、全弾発射!」

私はそう指示をしながら、操縦桿のボタンを二度素早く叩いた。機体に軽い振動が走って、ふわりと浮き上がる。

眼下に、白煙を引きながらミサイルが飛翔していくのが見えた。この機に搭載できる対戦車ミサイルはたった2本。

あとは、無誘導爆弾と、貧弱な航空機銃に頼るほかはない…

そうなる前に、敵の出足を送らせるには、やはり全力で応戦して二の足を踏ませる以外に方法はないだろう。

 ミサイルは、ロックした敵めがけて突き進んでいく。と、敵がマシンガンを発射した。

ミサイルを撃ち落とそうとでも言うんだろう。

だが、高速で接近するミサイルに、秒間5発のマシンガンじゃ有効打は与えられない。

ミサイルはさらに吸い込まれるようにモビルスーツに接近し、着弾して小さな爆発を起こした。

前列にいた6機全部に命中し、数機は腕をもぎ取られ、胴体の真ん中に命中した2機は後ろに倒れるように崩れ去り、

そのうち1機は爆発を起こした。

<やった、有効打だ!>

ベネットのはしゃぐ声が聞こえた。私も内心は飛び上がりたいぐらいだった。

見たか、ジオンめ!地球で好き勝手出来ると思ったら、大間違いなんだよ!

「無誘導爆弾投下準備!フライパスしながら全弾放り投げるよ!」

<よしきた!>

<了解です!>

そう指示をしながら、私は火器管制を切り替えて、爆弾の投下準備を済ます。HUD上に予測着弾地点が表示された。

初撃のミサイルで、敵は脚をとめて、左肩につけた板のようなものをこちらに向けて待機している。

あれは…シールド?守りを固めて、こっちが飛び抜けるのを待っているの?だとしたら、好都合だ。

そうして脚を止めててもらえるんなら、こっちも狙いをつけやすい!
 


「フィリップ、ベネット!機銃掃射しながら接近して投下して!」

私はそう叫びながら操縦桿のトリガーを引いた。エイミー中尉は、頭を狙えと言っていた。

空から見れば、ランプが点っているのは微かな隙間の中だけど、回避を考えないで打ち続けられるんなら…!

轟音とともに、曳光弾の破線が伸びていく。

私の機隊の両脇からも、フィリップとベネットの放った銃弾が線を引いてモビルスーツに降り注いでいる。

確かに、有効打は与えられてない…でも、本命は、この機銃じゃないんだよ!

 HUDの中のカーソルが、敵部隊の前列と重なった。今だ!

「投下、投下!」

私は、操縦桿のボタンを押しっぱなしにしながら無線に叫んだ。

それと同時に、スロットルを目一杯まで押し込んで、操縦桿を引っ張る。

速度が上がり、一気に機体は空へと上昇を始めた。

<う、うわっ!て、敵、撃ってきた!>

ベネットの叫び声がした瞬間、私達の周りに敵の曳光弾が幕を張るように飛び抜けてだす。

くっ…やっぱり、この火力は強力すぎる…!

「慌てないで、振り切るよ!」

私はそうとだけ声を掛けて、操縦桿を握り締める。

こういう時は、焦って旋回したほうが、返って速度が落ちたり弾幕と交差したりして危険なんだ。

とにかく、一目散に飛びぬけた方が安全に抜けられる。

私はそう自分に言い聞かせて、空気を切り裂く音をさせながら飛び抜けていく敵の弾のプレッシャーをこらえた。

さらに高度を上げ続けると、敵は諦めたのか、それ以上の攻撃がなくなった。

ふぅ、とため息と一緒に、緊張感が抜ける。

「ベネット、フィリップ、無事?」

そう声をかけると無線から

<あぁ、なんとか、な>

<こ、こ、こっちも、だ、だ、大丈夫です>

少しこわばった声色のフィリップと、震えてるのが分かるベネットの返事が返って来た。

今のばかりは、私も相当怖かった。無事なら、それでいい。そう思いながら私は高度計を見た。

2500フィートを少し超えたくらい。敵のマシンガンの射程は1000メートルにも満たない程度だ、ってことだ。

なるほど、弾のサイズは戦車砲並で、連射速度は戦車以上だけど、射程は極端に短いな。

ミノフスキー粒子と併用した近接戦闘が目的で作られた兵器だけのことはある。

あの厚い装甲を頼りに懐に潜り込んであいつをぶっ放すって運用が基本なんだろう。

でも、それは3次元機動のできる宇宙での話だ。地上では、重力に縛られるからそうもいかない。

残されたこっちの航空機関砲の射程は対地攻撃で撃ち下ろすんなら1500メートルは有効射程に入る。

あの装甲相手にして1500メートルでダメージを与えられるなんて思ってはいない。

でも、相手より先に撃ち始めることができるっていうのは大きなアドバンテージだ。

それこそ、さっきエイミー中尉の言っていたように、頭部のカメラさえ破壊できれば、戦線から離脱する可能性が高い。

それなら、わざわざこっちが懐に飛び込む必要はないし、打ち続ければ足止めにはなる。
 


 あいつら、数と性能にものを言わせて一気に攻め込むつもりなんだろうけど、

やっぱり地球での運用のことは机上の想定だけらしい。そこに私たちがつけ入る隙がありそうだね…!

「各機へ!敵の主力マシンガンの射程はこっちの航空機関砲に比べて短い!敵の射程外から反復攻撃を行って足止め、
 そこを高射砲部隊からの砲撃を要請で打撃を加えられる!敵の射程内に飛び込まないように注意!」

私は無線で報告した。するとすぐに

<なるほど、宇宙とは違って重力もあるし、慣性のない分、あのマシンガンの火力は落ちている、ってことですね…!>

とエイミー中尉の言葉が返ってきた。

なるほど、そうか、宇宙空間では重力の干渉も受けないし、高速移動しながらの発射ってことになる…

そもそも、射程なんて考えられたつくりにはなってないのかもしれない…

「そうです。恐らく射程は1000メートル以下。こちらの機関砲なら1500メートルは取れます。

 500メートルのアドバンテージは一瞬ですが、メインカメラのみを狙うのであれば、その僅かな隙を有効に使えれば…!」

<時間にすれば、わずか2秒弱…しかし、やれることはありそうだな>

隊長の声が聞こえる。

<こちらオデッサ東基地防衛飛行隊だ。話は聞かせてもらった!全機、ミサイルと爆弾を放り出したら反復で機銃掃射だ!外すなよ!>

さらには、私達の駐留していた基地からの援軍らしい無線が響いた。

その声に呼応するように、他の声がたくさん、意気軒昂と応じた。

そして、それをひとしきり聞いたんだろう、エイミー中尉が力強い、頼もしい声色で言った。

<チャンスね…やるわよ、カレン少尉!>

私はそれを聞いてなぜだか嬉しくなって

「はい、中尉!」

なんて、珍しく張り切った返事をしてしまっていた。敵を押し返せるなんて思ってはいない。

だけど、高射砲部隊の砲撃と、こちらの機動性と射程の長さの利があるこの状況なら、負ける気はしない!

私はそんな昂った気分のままにフィリップとベネットに指示を出していた。

「フィリップ、ベネット!旋回して再攻撃!高度4500フィートで接近、機銃掃射しながら右へスライスバックで加速し離脱!」

<了解した。やれそうだな>

<は、はい!ついていきます!>

二人の声を聴きながら、私は機体を滑らせて敵の右側面へと位置取る。背後の二人も、ちゃんと着いてきている…

よし、行くぞ!

「掃射!」

そう怒鳴って、私は操縦桿のトリガーを引いた。狙いは、あの頭部だ!

曳光弾の破線が伸び、モビルスーツの上半身に当たって弾ける。敵がこっちへ銃口を向けてきた。

外れたか…回避だ!

「回避行動急げ!」

さらに無線にそう叫びながら、私は機体を右へと翻した。急旋回で体にGが襲ってくる。

そういえば、後ろのエルサは大丈夫だろうか?最初の降下以降、全然声を聞けてないけど…

私はそんなことを心配しながらも、機体を180度反対方向に向けてモビルスーツ群から遠ざかる。

フィリップもベネットも、ちゃんとついてきているな。
 


「よし、旋回して再攻撃をかけるよ!」

私はそう指示をだした時だった。無線に、微かに聞こえる程度のボソっと言う声が鳴った。

<隊長、敵後列にモビルスーツ用ランチャーらしきものを確認>

今の声、確か、セイバー隊の3番機の、ユウ・カジマ、って少尉の声?ランチャーって、なんのこと…?

私は、まるでその声に導かれるように、敵軍の後方に目をやった。確かに、何かが見える。

煙突のような、大きな筒を抱えている一団が…

<マズい…!各隊、散開!>

エイミー中尉の切り裂くような声が聞こえた。ランチャー?

あのモビルスーツってのには、他にも武装があったっていうの?あのマシンガンだけじゃなく、砲撃まで出来る…!?

<敵、砲撃を確認!着弾するぞ、散開急げ!>

今度はセイバー隊1番機のフランク大尉の叫び声。でも、その声はほとんど、私の耳には届いていなかった。

私は、敵軍の後列から細い白煙を引きながら飛翔してくる無数の物体に意識を奪われていた。

「フィ、フィリップ、ベネット!上昇!上昇!!」

私はそう怒鳴って、再びスロットルを前に倒して操縦桿を引き起こした。機体が空を仰ぎ、体に強烈なGがかかる。

顎が上がりそうになるのをこらえて、歯を食いしばる。

「エルサ!大丈夫!?」

ふっと、また、エルサのことが意識に登ってきて、私はコクピットに響き渡たるくらいに声を張り上げる。

「は、はいぃぃ!」

エルサの声が、微かに聞こえた。だけど、次の瞬間には、彼女のことは意識から吹き飛んでいった。

 轟音。眼下で、敵の砲弾が爆発した。無数の砲弾が空中で弾け飛んでいた。

<あぁぁぁ!>

<くっ!脱出する!>

<や、やられた…だ、誰か…!>

無線に悲鳴が、いや、断末魔が響き渡る。あとから来た基地の防衛飛行隊の反応が半分、レーダーから消えた。

<くそっ!近接信管か!やはり、火力は圧倒的に…!>

隊長が呻く声が聞こえる。私は、もう、言葉もなかった。あれは、弾幕なんて生易しいものじゃない。

こっちの集団を一気に蹂躙して叩き潰す、一方的な爆撃みたいなものだ。

駆けつけてきてくれた20機が、瞬く間に、10機になった…くっ…!カレン!カレン!落ち着け!ひるむんじゃない!

折れるんじゃない!戦え、戦えよ!あいつらの好きにさせておいたらいけないんだ!

「フィリップ、ベネット!降下機動!上空から撃ち降ろすよ!合図で左へスライスバック!」

<了解、落ち着いて行くぞ>

フィリップの声が聞こえる。ベネットは…まさか、落とされたのか!?私は慌ててレーダーを確認する。

だけど、そこには私の機体の真後ろにベネットの機体がマークされている。なんだ、驚かせないでよ…!

「ベネット!指示は了解している!?」

<カ、カレン少尉…も、もう、無理ですよ…!>

私の確認に帰ってきたのは、ベネットのそんな鳴き声だった。
 


「ふざけるんじゃない、ベネット!ここでやらなきゃ、こいつらこのあと何をしでかすか…わからないんだよ!?

 あんたの故郷のヨーロッパだって、こいつらに踏みにじられるかもしれないんだ!」

<そ、そ、そんなこと言われても、俺…俺、もう、手が震えて…>

ベネットの声は、完全に涙に濡れていた。焦れったさに、いらだちが湧き上がる。

「こんな状況でへこたれてるんじゃない!男だろう!?」

そんな私の叫びをかき消すように、また、無線が鳴った。

<敵砲撃、第二射、きます!カレン少尉!回避を!>

エイミー中尉の声だった。私はハッとして前を見やる。そこには、私達の編隊めがけて飛んでくる砲弾が見えた。

回避は…間に合わない…!

<ひっ…>

ベネットの声が聞こえる。ダメだ、ベネット!旋回でもしたらモロに喰らうぞ!

「フィリップ!機銃掃射!切り開くよ!」

<はいはい、こりゃぁヤバそうだ>

私はフィリップの声を聞くまでもなく、トリガーを引いて機銃弾をバラ撒いていた。当たれ!当たれ…!

頼む、当たってくれ!!

 次の瞬間、パッと目の前が真っ白になった。ガンガンガン、と何かが機体に突き刺さる音が聞こえる。

コンピュータがけたたましい警報を鳴らし出す。だけど…だけど、私はまだ空にいた。

「フィ、フィリップ!ベネット!無事なら距離を取って!」

私はまた無線にそうとだけ言って、機体を翻した。

機動性は、まだ落ちてはいない。良かった、かなり破片はくらったみたいだけど、致命弾は避けられたみたいだ。

<カ、カレン!すまない、負傷した!>

フィリップの声が聞こえた。まさか…フィリップ、やられたの!?

私は慌ててコクピットの中からフィリップを振り返った。後ろにはまだ、ちゃんと2機ともくっついてきている。

ボロボロになっているけど、火も煙も吹いてない。

だけど、フィリップの機体は、キャノピーの一部が白く変色しているように見える。破片が当たったんだ…

「フィリップ、ケガの程度は?」

<肩に破片をもらった…今すぐどうこうなる傷じゃないが…これ以上の戦闘は…>

くっ…ここまで、なの…!?

 <こちら、タイガーリーダー。タイガー、セイバー両隊へ>

隊長の声が聞こえてきた。なんです、隊長?

<ミサイル、爆弾の残弾数ともにゼロ。あの砲撃の射程を掻い潜って機銃攻撃を行うリスクは大きすぎる…

 これ以上、手はない。撤退する…後方、中央鉱山基地へ向かう>

隊長…わかってます…わかってますよ…私は、それでも…それでも、あいつらを…!

そう思いながらも、私は機首を西へむけた。そう、今やられることに意味はない。逃げて、戦力を温存して、それから…
 


 <おい、なんのつもりだ?>

不意にまた、隊長の声が響いた。今度はなんです、隊長…?

<一蓮托生、ってやつですよ>

ドミニクの声だ。なんだ、何を言ってるんだ?私はレーダーに目を落とした。

そこには、オデッサ中央鉱山基地へ向かう私たちとはてんで別の方位、

敵部隊のど真ん中へ突っ込んでいこうとする2機の機体が映し出されていた。まさか…隊長!

「た、隊長!あんた、何する気です!?」

<ん、なんてことはない。トラビスと、パトリク達の仕返し、だ。それに、誰かが殿をしなきゃならない。

 基地の連中が撤退するまでは、な>

トラビス…?まさか、嘘だろ?トラビス…あんた、いつやられたんだよ!?私はまたレーダーを確認する。

いない…どこにも、トラビスの機体が写ってない…そんな…そんな…!

<カレン、フィリップとベネットを頼む。それから、セイバー1、フランク大尉>

<こちら、セイバー1>

<うちの奴らを頼む。無事に逃がしてやってくれ…>

<…了解しました、ベネディクト少佐>

バカ言うな…バカ言うなよ、隊長!

「勝手なことばっか言わないで!隊長!あんたが死んだら、奥さんとフールカはどうするんだよ!」

私は叫んだ。逃げましょうよ、隊長。

クールでドライなあんたが、なにもよりによってこんな時に熱くなることなんてないんだ。

ねぇ、帰りましょう、隊長…!

<すまないな…カレン、生きてどこかにたどり着けたら、伝えてくれ。愛してた、ってな>

「隊長!隊長!バカなことはやめてください!隊長!」

私は無線に何度も呼びかけた。でも、隊長は通信を切ったのか、それからは一言も、答えてなんてくれなかった。

できるなら、あとを追って一緒に戦いたかった。でも、今はお客さんも一緒だ…私一人なら、喜んで死んでやれる。

でも、後ろでノビてしまっている、若い整備兵…

エルサ、あんたの意思を聞かずにそれをやってしまうのは、あまりにも勝手すぎるね…。

ごめん、エルサ。別に、あんたを恨もうだなんてこれっぽっちも思わないよ。

でもね、こんなことになるんなら、私、あんたを乗せるんじゃなかった…

隊長…なんでなんだよ、隊長…バカ野郎…!私は、また、震える体をこらえて、操縦桿をグッと握りしめているしかなかった。
 


 それから1時間もしないうちだった。キャノピーの向こうに、黒い煙が何本も登っているのが見えた。

<まさか…すでに中央基地にまで、敵が!?>

エイミー中尉の呻く声が聞こえる。レーダーで敵を確認しようとしたけど、いつの間にかホワイトアウトしている。

ここには、例の粒子が撒かれている…あれが…敵の本体なの?

<こちら、東基地所属の飛行隊!中央基地、応答願います…!>

<ガッ…ザーー…ちら、中央基地管制室。当基地は敵の攻撃下にある。貴隊は、戦闘可能か?>

<…こちらは、武器弾薬をほぼ使い切っています…補給可能なエリアはありませんか?>

<敵の電波妨害が激しく、周辺の基地との連絡が取れない。南へ進路を…あぁ、くそバツッ、ガーーーー>

<中央基地管制室!管制室、応答願います!>

やられたの…?いくらなんでも、早すぎる…後方にあったこの基地にまで敵の手が及んでるっていうの?

<こちら、セイバー1。各機、高度を上げて基地上空をフライパスして状況を確認する>

フランク大尉の声が聞こえた。そう、そうだね…まだ、落ちたってわけじゃ、ないのかもしれない…

私は、先を行くセイバー隊に着いて、機体を上昇させた。基地が、まるで大きな衛星写真でも見ているくらいに小さくなる。

それでも、私の目には見えていた。

無数のモビルスーツが基地内を踏み荒らし、抵抗する戦車部隊や、対空機銃部隊をなぎ払って行く様子を…

やっぱり、ダメ、なんだな…ここが落ちたら、東基地の連中、どこへ撤退するって言うんだよ…

あいつら、みんな、捕虜になっちゃうのかな…殺されたりするのかな…

あの高射砲部隊の指揮官も、私を取り調べたあの士官も、シドニーと同じに、パリと同じに…

バイコヌールと同じように…ジオンに、あいつらに壊されるっていうの!?

 <おい、誰か聞こえないのか?>

不意に無線が鳴り響いた。聞きなれないダミ声…まだ、余裕のある味方がいるの!?

<こちら、東鉱山基地所属飛行隊。東基地は敵多数のため、歯が立たず、撤退中…

 そちらの所属は?どこかで、武器弾薬の補給は可能か?>

<こちら、ヨーロッパ方面軍所属、108戦闘飛行隊、ウォードッグ。先行して威力偵察を押し付けられて来たが…

 こりゃぁ、ここも手の施しようがねえな…>

ダミ声の男はそう言って、ため息を付いた。ここも…?ここも、って言ったの?このパイロット…?

「どういう、意味ですか?」

私は、まさか、と思いながら、それでもなんとか言葉を絞り出した。

でも、彼の言葉は、私の思っていた通りの内容だった。

<あぁ。西側の基地も、もう壊滅的な打撃を受けていた。とてもじゃねぇが、押し返せる状況じゃねえ>

やっぱり…もう…いくらあがいたところで、どうしようもないのね…私は、つい認めてしまった。

認めざるを得なかった。私達は、負けたんだ。また、負けた…

なんにもできずに、大事なものだけを、ただただ、奪われたんだ…もう、怒る気力も湧いてこなかった。
 


 <隊長、9時!>

<あん?なんだってんだ?>

ウォードッグ隊のやり取りが聞こえる。

<ちっ!戦車部隊が追われてやがる…!南に下れ、ってのは伝わってはいるようだが…

 あれじゃぁ、遅かれ早かれ、だな。仕方ねえ、叩くぞ、戦闘準備だ。おい、負傷した機体は南へ向かえ!

 カイロ訓練基地だ!そこで機体を補修して、あとはどこへなり、好きな場所で本体と合流しな!>

ウォードッグの隊長は、私達にそう言ってきた。

「了解、です…」

私はそうとだけ返事をして、進路を南に変えた。後ろからは、黙ってフィリップとベネットの機体がついてくる。

 <ウォードッグ隊、お供します。こちら、フランク・マイスター大尉>

<おぉ、よろしく頼むぜ。ただし、無茶はなしだ>

<了解です>

<よし、行くぞ。ブービー、ナガセとチョッパー連れて戦車隊の直掩に付け!

 サイファーとピクシー、メビウスにグリム!お前らは後続を叩いて増援を遮断しろ!

 ソーズマンは俺と上から監督だ。援護が必要なやつは言えよ>

<我々は、敵先頭を足止めします!>

後方からそう声が聞こえてきている。本当なら、私もあそこに残るべきだったのかもしれない。

でも、もう、私は、なにか大事な物が途切れたみたいに、全身から力を失っていた。

戦う意思も、怒鳴る気力も、感謝の言葉さえ出てこない。

ただ、操縦桿を握り、HUDの中の水平計と方位を見つめたまま、

くり返しくり返し、頭の中を響く言葉に、うもれて行っているみたいだった。

 どうしてなんだよ、なんでこうなったんだ…ねぇ、隊長…隊長…なんで、みんな、死ななきゃならなかったんだよ…!

 



 



つづく。


あれ、連邦圧勝じゃね?
とか、思っちゃ、ダメw
 

オデッサを取り返すまでは、一部戦線での戦術的勝利はあっても、全体でみれば連戦連敗なんだもんな、連邦…
でも、あれだ
ユウ、ちゃんと喋れww

乙!

ユウにエイミーにフランクまで!
てかMS対戦闘機とはいえ一般兵がウォードック部隊に勝てるのだろうかwwwwww



サイドストーリーズ楽しみだぜぇ
このゲームの為にいまさらPS3買ったからな。

ユウさんよ、この後もまだまだ絶望的な状況を経験するからね。この程度で根を上げるなよwww




あ、カレンさんもがんばれー(棒

あれ・・・
カレンの回想を読んでたはずなのに、気がついたら
ラーズグリーズやら妖精やらメビウス1やら・・・
何この俺得ss

なんなら、エース軸で広げてくれても全然良いのですよ?w(チラッ

そういえばなんでナガセだけ本名呼んじゃったのよバートレットさんよw

>>581
ユウは喋れませんw

>>582
感謝!
当時、エイミーたちがどこで何してたかわからないんで、勝手に連れて来てみました!w

>>583
感謝!!
PS3?何の話よ?

>>584
そんなことしたら、連邦がMS使わずに勝っちゃうでしょ!

>>585
エッジなんて呼ぶの聞いたことないですし…w



皆様、お待たせしました。

友人の結婚式および二次会の余興と司会があったりかんだりで、バタバタしておりましたが無事に終わりました。

カレンさん編、続きます。

 






「少尉、ラチェット取ってもらえます?」

「はいよ。どうなの、具合いは?」

「これでオイル漏れは止まると思いますけど…ガトリング砲の換装はもう少し時間欲しいですね」

「そう…なにか必要なら手伝うから言ってね」

「はい、ありがとうございます」

エルサは、機体の腹に上半身を突っ込んだままそう答えた。

ここは、カイロにある戦闘機パイロットの養成施設。訓練基地、というやつだ。

私達がオデッサからここへ撤退してきてもう一週間。

フィリップのやつは、ここへたどり着いてすぐに基地内の病院で手術を受けた。

幸い、骨や神経に損傷はなかったようで、予後は良いだろうと軍医にお墨付きをもらっていた。

ベネットは基地に着くなり、原因不明の高熱に教われた。恐らく極度のストレスのせいだろう。

もう軽快してはいるけど、精神的なダメージはかなり大きいのだと思う。

とりあえず、休暇だと言って休ませてはいるけど…この状況で休めてるのかどうかはわからない。

 エルサは、ここに着いた翌日には息を吹き替えし、しきりに私達の機体の世話をしてくれている。

ベネットとは反対に、エルサは、こんな状況だって言うのに、機体をいじりはじめてからは水を得た魚で、

見ているこっちがあの戦闘を忘れてしまいそうになるくらいだった。

 オデッサはあれからしばらくは継戦していたようだったけど、

翌日の昼、ヨーロッパ方面軍の本隊が到着したときにはすでにジオン手に落ち、

彼らはオデッサから撤退できた残存兵力を回収して引き返して行ったらしい。

あの中尉や、ウォードッグという増援がどうなったかという情報は入って来なかった。

生きていてくれればと思ってみることもあったけど、

結局確認すらとれないところで考えて心配するだけ無駄だと思うようになってしまった。

「ふぅ、これで良い、はず…」

エルサは、ため息をついて機体から抜け出てきた。オイルを頬につけ、明るい表情をみせている。

「汚れてるよ」

そう言って指で頬をぬぐってやると、彼女は恥ずかしそうに笑った。

「さて、私は休憩にしますね」

「あぁ、ありがとう」

「いいえ!では、失礼します」

エルサはそう言うと、機体のそばにあった機材運搬用のプチモビに飛び乗った。

兵舎へ戻るのかと思いきや、エルサは、機材が詰め込んであったコンテナから大きな箱を取り出して器用にそれを開けた。

中からはイジェクションシートが姿を現す。それをプチモビで掴んで持ち上げると、私の機体のコクピットへとはめ込んだ。

「休憩って言ってたじゃない」

私が言うと、エルサはあははと笑って

「これは私の安全を守る個人的な作業だからいいんですよ」

なんて言った。この基地に着いてから、時間を見てはコクピットの中をいじってスペースを作っていたのはしっていたけど、このためだったんだね。
 


「少尉こそ、別にずっと見てて頂かなくても大丈夫ですよ?…あ、私の整備、心配ですか?」

作業をしながらエルサはそんなことを聞いてくる。

こんな丁寧な仕事をする整備兵が心配なことなんて微かにもあるわけないじゃない。

「そんなこと思ってないよ。手持ち無沙汰なだけ。何かしてないと、落ち着かないし」

そう言ってやると、エルサは嬉しそうに笑った。

それからしばらく作業をしたエルサは、私の機体のコクピットに自分用のシートを取り付け終えた。

プチモビから移動したコクピットからラダーで降りて来た彼女は、

日陰に置いてあったミネラルウォーターのボトルをあおると

「さて、じゃぁ、50mmガトリング砲への換装作業に入ります」

なんて言って、日焼け防止のために着ていた長袖を捲った。

まったく、元気って言うか、機械バカって言うか、機体をいじってる間のあんたは疲れ知らずだね。

そう思ったら、なんだかひとりでに笑えてしまった。

 さらにそれからその日は、遅くまでエルサ整備を見届けて、夕方には終えて兵舎にもどった。

夕食まではまだ時間があったので、兵舎の奥にある病院エリアへと向かう。

守衛に挨拶をして病棟にはいるとそこには、腕を三角巾で吊ったフィリップが売店をボーッと眺めている姿があった。

「フィリップ」

声をかけたら、フィリップはさして驚いた様子もなくこちらを向いて

「あぁ、カレン」

なんて、興味があるんだかないんだかわからない返事をして、眺めていた雑誌ラック視線を戻し、

週刊誌のような物を一冊手に取りって会計を済ませる。

「具合いは?」

私が聞くとフィリップはケガのない方の肩だけをすくめて

「痛みさえなけりゃ、支障はない」

と曖昧に笑う。

「そっか…」

そう答えた私の顔を、フィリップは珍しく意味ありげに覗き込んできた。それからポリポリと顔を掻いて

「お前こそ、大丈夫なのかよ?」

と聞いてきた。本当に珍しいな…あんた、そんなに他人を気にするようなやつだったっけ?

私がいぶかしげに思っていたらフィリップはまた、本当に笑っているのかどうかわからないくらいの笑顔を見せて

「無理すんじゃねえぞ」

と私の肩を小突いてきた。なんだか、ムッとしてしまう自分がいた。あんたは、気にしなさすぎなんだ。

私みたいに、家族が死んで、隊長達も死なせちゃって、普通にしてられる方がどうかしてる。

「あんたは気楽そうでいいよね」

思わず、そんな皮肉が出てしまった。だけどフィリップは、それすら気にかけない様子であははと声だけで笑い

「気楽でいないと、潰れちまうからな」

と私に言って病室の方へと歩き出した。まったく、なんだか掴めないやつだ…私は、慌ててそのあとを追う。

 
 


 「やめとけよ、お前に隊長のマネごとは無理だ」

フィリップは自分の病室に入って行ってベッドに身をなげてから、抑揚のない口調でそう言ってきた。

隊長の、マネ?私が?どうしてそんなことを思うんだよ?私は別に、そんなことを思ってるわけじゃない。

私はただ、ほかにすることがないから…いいや、本当は私は…

「そうでもなけりゃ、エルサや俺やベネットのところへ毎日足繁くやってくる理由がない」

だけど、私の思いとは裏腹に、フィリップはそう言った。まるで何か確信があるような表情をしている。

い、いや、違う。私はそんなんじゃない。私は…手持ち無沙汰だ、なんていうんじゃない。

私はただ、あんたたちが心配で、気になってたから…そうは思っても、フィリップは毛布を被りながら言った。

「普段はもうちょっと距離置いてんだ。無理してると、潰れちまうぞ」

フィリップの言葉は私に対する、励ましにも聞こえたし、諦めにも感じられた。ただ…でも、フィリップ、違う。

違うんだ。私は…本当にあんた達が心配で…だから、様子をみておきたいって思うのに…

やっぱりそうは受け取ってもらえやしないんだね…なんだか心が痛んだ。

私はこういう、自分の気持ちが高ぶっているときに口を開けば、いつだってひどい態度で相手にぶつかってしまう。

そんなことしたいわけじゃないのに、どうしたってうまくいかない。

そのせいで、これまでもずっと隊の連中にいやな思いをさすてきた。気の弱いトラビスやべネットなんかには特にそうだ。

 それでも、この隊はいままでに経験してきたどんな場所よりもマシだったんだハイスクールのころは、

口を開けば殴り合いのケンカになった。

なくなった実家でも同じで、父親と言い合いになったり、母さんを泣かせたりしてきた。

それでも家族は私を愛してくれていた。でも私は…どこかで孤独を感じてた。

今フィリップと話して感じているこれと同じのを、何度も何度も、繰り返しね…

私はただ、自分を受け止めて欲しいだけなのに…怒りや悲しみも、誰かを思いやる気持ちや、親しくしたい、って思いも…

 フィリップはそんな私の思いも知らないでまるで何もなかったように週刊誌のページを繰っている。

気持ちは分かって欲しいけど…やっぱりそれをあんた何かに期待するのは無理そうだね、フィリップ。

あんたはいつだってそうやって、誰とも何とも向き合おうってことをしないやつだ。

私がこんなじゃなくたって、あんたは分かろうとすらしないよね。

 私は、フィリップのベッドの横に呆然と突っ立って、そんな事を思ってしまっていた。

そうやって思ってしまうことが、すでに自分が受け止めてもらえない原因なんだって、確信しながら…


   





 翌日の午前中、私はエルサに頼まれて、換装した50mm機関砲の照準調整をしたいから、と言われていたので、

ベネットを連れて機体を止めてある仮設ハンガーに向かった。

ハンガーに入るとすでにエルサは到着していて、準備を進めていてた。

「早いんだね」

と声をかけたら、エルサは相変わらずの笑顔で

「少尉!おはようございます!」

なんて言ってきた。気分はさえないけど、でも、あんたのその笑顔はやっぱり悪くないよ、なんてことを感じていた。

私たちはエルサの指示で機体を試射場へと引っ張り出して、そこで昨日取り付けた50㎜ガトリング砲の最終調整を行った。

エルサの仕事は、そばで見ていると想像以上に丁寧で、やはり感心してしまう。

整備兵は、たいていみんな丁寧に、ミスなく仕事をしてくれるけど、彼女の気配りや仕事ぶりは別格のように感じられた。

 試射と調整は昼前には、おおかたが終わった。

この50㎜の徹甲弾がどれだけモビルスーツの装甲に効くのかは、やってみないとわからない。

以前の25㎜よりは効果があるだろうけど、それであの兵器を破壊できるかは、未知数だ。

装弾数も半分以下になってしまうし、扱いには気を付けないとね…

 作業を終えた私たちは機体を仮設ハンガーに戻して、そろって昼食をすることにした。

ここは訓練基地らしく、ヒヨッコのパイロット達がたくさん生活をしている。

食事も、レストランに並んでるようなものはなくて、兵舎のホールで支給されるのと同じ配給食だ。

味も素っ気もないけど、食べられるだけまだマシだね…死んじゃったら食べれないし…

このさき、戦況の推移次第では、生きてたって食べれない日が来るかもしれないし、ね。

「ここの料理は、イマイチですよね」

ふと、エルサが小声でそんなことを言った。そんな感想も漏らしたくなるだろう。

「まぁね。訓練所の食事なんて、たいていこんなものでしょ」

「そうですか?技術科の訓練校の食事はボリュームもあっておいしかったんですけど…」

エルサは、硬いパンをモゴモゴとはみながら不満げに言う。

それがやっぱり、少しだけおかしくて、私の気持ちをどこか緩めてくれる。

「地域的なものもあるよね。あんたのその基地は、どこだったのさ?」

「えぇっと、キンキ?ってとこでした。ニホン地域です」

ニホン、か…極東方面についてはあまり詳しくはないな…

確か、シドニーからニホンへのフェリーや航空便は頻繁に出ていたと思うけど…

そこまで考えたとき、ズキっと胸が痛んだ。故郷のことを思い出すと、平常心ではいられなくなる。

家族のことも、戦争のことも、いろんなことが一気に湧き上がってきて、正直、気がおかしくなりそうになるんだ。

 私はその気持ちをおしこめるために、故郷のことを頭から追い出して溜息をつく。

そんな私を、エルサは不思議そうに見つめてきた。
 


「君は元気でいいよな」

と、急に黙りこくっていたベネットが、急にそう口を開いた。

「そうですか?そりゃあ、戦争のことを考えたらつらいし悔しいですけど…まぁ、凹んでたって仕方ないですからね…」

エルサは、そう言ってまた、ニコっと笑った。ベネットはそれを聞いてまたうつむいて黙り込む。

私は、といえば、あの日、始めてエルサに会った日のことを思い出していた。

あの日、エルサは確かに、悔しさと無念さを抱えて、苦しんでいた。

それこそ同じものを抱えていた私が心配してしまう程だった。

彼女は、もともとこういう性格だったのか、

あるいは、あの日、私が戦闘機に引っ張り込んで戦闘を間近で体験させたから何かが変わったのか、

それはわからないけど…少なくとも、私には彼女のこの明るさが、

無茶をやる気力を奪って、冷静な思考の中にとどめておいてくれているような気がしていた。

「戦闘に出ないから、そうしていられるんだよ…」

ベネットがまた、ポツリと言った。まて、あんた、今何を…ガチャン、と音がした。

見ると、エルサは持っていたスプーンを取り落として、ベネットのことを見ていた。

その表情は、どこか、悲しんでいるのに似ていた。

「違う…違います、私は、私は、ただ…!」

エルサは、体をこわばらせ、絞り出すように何かを口にする。でもそれをベネットが遮った。

「何が違うんだ…君は、戦闘を知らないからそんなことが言えるんだよ。

 敵に狙われて、死の恐怖を味わったら、そんな明るくなんていられないはずだ」

ベネットあんた、何言ってる…?あんたの怖がりを、こいつに押し付けないでよ…

あんたの苛立ちや恐怖は、私にだって分かってる。それをどうして、この子にぶつけるんだよ?

エルサは、そんなのんきにこんな態度をしてるんじゃない、あの悔しさや痛みを知ってて、それでもこうしているんだ。

それを…それをあんたなんかが…

「もし違うって言うんなら、予備機でもなんにでも乗って、敵と戦ってみればわかるよ」

私は、次の瞬間、机を拳でぶん殴って立ち上がっていた。

「ふざけるな、ベネット!エルサをあんたみたいな腰抜けと一緒にしないで!

 あんたは、ただ自分がビビってることの言い訳をしようとしてるだけでしょう!」

私が大声をあげたもんだから、シンと、食堂が静まり返っていた。あぁ、しまった、またこんな言い方を…

それに気づいて、私は改めてベネットを見た。ベネットは、全身をひどく硬直させて、肩をすくめて、怯えていた。

「ベネット…」

こいつが怖いのは分かってる。それでも戦ってるってことだって、わかってた。

謝ろうと思ってそう声をかけたけど、ベネットはまるで、小さな動物が危険を感じたみたいに椅子から飛び上がり、

食堂の外に駆け出して行った。

 まったく…どうして、どうして私はこうなんだ…

なんだか、無性に悲しくなって、私は頭を抱えて椅子に崩れるみたいに座り込んでしまった。

そんな私の背を、エルサが優しくさすってくれる。

「すみません、少尉…」

なんで謝るの?あんたが悪いなんてことはこれっぽっちもない。あんたが背負うことなんて一つもない。

これは、ベネットと私の問題だ。あんたは、十分にやってるよ。それこそ、空で戦う私達以上のことを、ね。
 


 そう言ってやらなきゃと思ったとき、ガリっと基地内のスピーカーが音を立てた。

<カレン・ハガード少尉、至急、基地司令部へ出頭せよ。繰り返す、カレン・ハガード少尉。至急、基地司令部へ出頭せよ>

司令部へ…?なんの用事だろう?ヒヨッコどもの訓練でもさせられるのか…譴責される覚えはないし…

一瞬、そんな考えが頭をよぎったけど、とにかく、行けばわかること、か。

私はそう思い返して、残りのパンとスープを腹の中にかきこんで席を立った。

 「あ、しょ、少尉!」

そんな私を見て、エルサが小声で私を呼んだ。

「あ、あの、着いて行っても、良いですか?」

「え?どうだろう、呼ばれてるのは私だけだから…」

「指令室に入れなくても、表で待ってますから…その、今、ちょっと一人になりたくなくって…」

エルサは、ひきつった笑顔で、私にそう言ってきた。あぁ、うん、そうだね。

そんな顔されなくったって、放ってなんておけなかっただろうけど。

「そうだね。一緒に来な」

私が言ってやったら、エルサは少し安心した表情になって

「ありがとうございます」

なんて言ってきた。

 だけど、そのときの私たちは、そのあと、二人して初めて会ったあの日のように、

煮えたぎるような悔しさと、無力感に叩き落されるなんて、少しも考えてなんていなかった。


 


つづく。

 



こんな状況だとただただ目の前の仕事を黙々とこなしていたほうが気持ちは楽かもねえ。
出撃を待つパイロットは執行を待つ死刑囚の気持ちに近かったりするのかね。
これからまだ絶望的な状況になるのか。
考えてみりゃ「戦争体験」だもんな。辛い話にならない訳がないな。



サイドストーリーズ
http://sidestory.ggame.jp/jp/sp/

バンナムらしい詐欺感に満ちた作品。
「ガンダム外伝」シリーズを俯瞰的に見るにはなかなか有用かも。
「めぐりあい宇宙」でアムロに石ころみたいに撃墜され、「火、火が!か、かあさーーん!」と言って爆散したパイロットがついに判明!!

>>564
感謝!

カレンさんがどう戦ってきたのか…
お楽しみいただけたらと思います。

最後のあおりは、あんまり大事でもなかったw

>>595
感謝!!

カレンさんと一緒にキャタピラも苦しい、マークのときと同じような心境です。
そんなゲームあったんですね~調べてみたら、うん、確かに残念感漂う雰囲気w



ってなわけで、続きです!
 





 その翌日、私らは空にいた。眼下には、黄色く広がる砂漠地帯だけが広がっている。

見上げる空も、色を失っているようで、どこか白い明るいだけに思えた。

 ヘルメットの遮光バイザーを下ろしてから、私はレーダーを見やる。2機と15機、ちゃんとついてきてるね…

「こちら、ハガード少尉。各班、異常はない?」

私は無線にそう声をかける。

<こちらフィリップ。ベネット機とも、異常ない>

<こちら、1班。大丈夫です>

<2班も、問題なし>

<3班です。飛行に問題はありません。ですが、燃料が30パーセントを下回ってます>

各班から、そう声が聞こえてきた。

「情報じゃ、そろそろトンポリの航空基地が見えてくるはずよ。燃料計より、レーダーと景色に目を向けて」

<りょ、了解です、少尉>

3班の班長の、戸惑った声が聞こえた。負傷しているフィリップとベネットの他に私が率いているのは、訓練基地のヒヨッコ達。

昨日、訓練基地の指令室に呼び出された私に、基地司令は命令ではなく、頼みがある、と口を開いた。

頼みというのは、ほかでもない、ヒヨッコ達を逃がしてやってほしいんだ、ってことだった。

訓練基地のさらに北側にあったカイロの守備隊の偵察機が、カイロに接近するモビルスーツ部隊を補足したらしい。

先遣隊のようだが、と司令は言葉を濁らせて、恐らく、中央アジア。

オデッサへ降下してきた部隊の一部が、カイロに流れて来るのだろうと話した。

それから、先日、北米へジオンの大部隊が降下してきたという情報も入っている、とも教えてくれた。

 オデッサで資源、北米で工業地域を制圧するつもりなんだろう。

だとするとやつらの狙いは、こっちの生命線を絶つなんて生易しいものじゃない。

取り込んで、自分たちの“銃”をそろえるつもりなんだろう、この地球で、だ。

このアフリカ方面にどれほど戦略的な価値があるかは私にはわからないけど、

少なくとも、この勢いで万が一、キリマンジャロでも制圧されたら、ジャブローは北米とアフリカの二面作戦を強いられることになる。それは、事実上の敗北と言ってもいい。

大部隊でジャブローを包囲してから交渉でも迫られようものなら、あとはどんな条件さえ飲むしかないからね…

 そんなことを考えていた私に、基地司令は言った。訓練生たちを連れて、西のトンポリへ退避せよ、ってね。

その先の状況如何では、そのままジャブローに飛べ、とも言われた。

 それを聞いた私と、私にくっついてきたエルサが唇をかみしめたのは当然だろう。上の判断は、残念ながら正しい。

このヒヨッコ達は、まだ巡航飛行を覚えたばかり。戦闘機道はおろか、火器管制の使い方まで知らないと来ている。

各地の戦線では新兵や、予備役も戦闘に参加しているって話だ。

同じ訓練兵でも、ある程度戦闘訓練を積んでいる者なら戦線に投入されているらしい。でも、このヒヨッコ達は違う。

まだ、戦闘訓練なんて受けていない。飛行機を飛ばせるだけの普通のパイロット達だ。

航法も空中給油もままならず、途中の基地で着陸と補給を繰り返すしかない彼らの世話を私は仰せつかった。

基地司令は私に言った。優秀な子が多い、きちんと訓練さえ積めば、いずれは貴重な戦力になってくれる、と。

言いたいことはわかる。だからって、どうして私なんかに託すのよ…自分の気持ちを抑え込むのには慣れてる。

ずっとそうして生きてきたから。そうしなければ、周りをおびえさせたり、妙な目で見られてしまうばかりだったから。

でも、そうは言ったって、こんなときまで私に、それを強いるなんてね…つくづく、そういう星回りの下に生まれてきたんじゃないか、って、そんなバカげたことを考えてしまいたくなる。


<カ、カレン少尉!何か来ます!>

不意に、そう声が聞こえてきた。後ろのシートに座っている、エルサの声だ。私はレーダーに視線を落とす。

そこには、4機編隊でこちらに接近してくる機影が映りこんでいた。方角は、東。私達が向かっている正面からだ。

じっと私は空のかなたに目を凝らす。キラっと、白く輝く空に何かが光った。セイバーフィッシュ…大気圏内仕様だ。味方機らしい。

<こちら、連邦アフリカ方面軍第3支部所属の要撃飛行隊。接近中の編隊に告ぐ。所属と姓官名を報告せよ>

無線に、この編隊のものらしい声が聞こえてきた。

「こちら、連邦中央アジア方面軍所属のタイガー隊の残存機、及び、カイロ訓練基地から退避してきた訓練部隊。

私は、指揮を任されています、カレン・ハガード少尉です」

<…オデッサからの撤退組か…戦闘状況は聞いている。ご苦労だった…こちらは、アフリカ第3支部トンポリ所属の第2要撃飛行隊だ。

 先導する。着いて来い>

そう声が聞こえた。すると、かなたに見えていた機体がまた、キラっと太陽を反射して翻る。

お客様待遇、だね。まぁ、邪険にされるよりはマシ、か…

「感謝します。よろしくお願いします」

私は、とりあえず無線に、そうとだけ告げた。

 それからほどなくして、私たちは基地へとたどり着けた。

先にヒヨッコ達と、負傷しているフィリップを着陸させて、最後に私とベネットが地上へと降り立った。

基地へ着いて驚いたのは、そこに、オデッサから逃れてきた陸戦隊がかなりの数いたからだ。

この暑いのに、基地のはずれにテントを張って、一様にうなだれている。

なんでも、ジオンに追われて地中海を渡ってここまで逃げてきたらしい。

ヨーロッパ方面もすでに戦火に巻き込まれ混乱しているという話だった。

ふと、隊長の家族がプラハに疎開していたって話を思い出して、気が重くなる。どこか安全なところに避難してくれているといいけど…

プラハほどの街なら、必ず攻守の要衝になる。戦闘の被害が出ないなんて言いきれない。

余裕があれば、戦況情報を集めてみたほうがいいかもしれないね…知ったところで、私にはどうすることもできない、ってわかっていたとしても。

 私達の後に着陸した、この基地の所属隊だという飛行隊のパイロットが、私とエルサのところにやってきた。

アラビア系の、精悍な顔つきをした人のよさそうな男だ。

「よく無事でここまで」

男は、そう言って、わざわざはめていたグローブを外して私に握手を求めてきた。何を言ってるんだか、私は何もせずに逃げてきただけ。

労りも気遣いすら、受ける資格があるとは思えないのだけど。

「いいえ。逃げるだけしか手立てがなかっただけです」

そう答えながらも、一応、男の気持ちにこたえる。こんなところで変な主張をしたって、何一つ得はない。

それに、自分で言っておきながら、逃げるだけしかできなかった、というのはウソなんだろうとも思えた。

その気になれば、私にだってできたはずだ。隊長たちのように、死ぬことだって。

それに、どれほどの意味があったのかどうかは、考えないにしても。だけど、男はそれでも肩をすくめて私に言った。

「映像で敵の新兵器は見ている。あれに奇襲されては、逃れるだけでも至難の業だ」

労う気持ちは本当なんだろう。
  


「お心遣い、感謝します」

私がそう返すと、男はすこし満足したのか、私の手を放して滑走路の向こう、オデッサの陸戦隊に頭を振った。

「彼らからも、話を聞いています…陸戦隊では、ほとんど歯が立たないようですね…唯一対抗できるのは我々航空隊だと。

 もし、戦術面で気付いたことがあれば、ぜひご教授願いたい」

「私に語れることはそう多くはありませんが…」

ふと、男の着ていた飛行服には、少佐の階級章が縫い付けられているのに気が付いた。左官なのに、私にここまで丁寧なんてね…

返って気を使ってしまうところもあるけど、本当に、悪いタイプの人ではないようだ。

「実戦経験は、ほかのどんな訓練よりも参考になります。基地司令に言って、宿舎を用意しています。良ければそちらで話を聞かせてください」

「ええ、私程度でよければ。その前に、基地司令のところへ案内してもらえませんか?受け入れていただけたお礼をお伝えすべきかと思いますので」

「ええ、もちろん。では、こちらへ」

男はそう言って私たちを誘導するように歩き出した。

私は、エルサをチラっと見やってからヘルメットを脱ぎ、一緒に男の後へとついていった。

 面会した基地長は、恰幅の良い中年の男性で、パイロットの男以上に私たちをほめたたえた。

だけど、嬉しいどころか、心地が悪くて、いたたまれなかった。それから案内されたのは、基地スタッフ用の宿舎だった。

外でテントを張っている陸戦隊の連中と比べたら、破格の待遇であることは間違いない。

エアコンも効いているし、水も、食べ物に、着替えまで用意してもらった。

フィリップやベネットに、ヒヨッコ達も、私に準じた扱いのようだった。

部屋でヘルメットや飛行服を脱ぎ、ブリーフィングルームに出向いてあのパイロットに、エイミー中尉から聞いたモビルスーツの弱点や、

私が見た武装の話や、あの分厚い装甲のことなどを話すと、彼は難しい表情をしながらそれでも、

「まったく太刀打ちできない相手ではなさそうですね」

と不敵に笑った。1対1なら、そうだろう。だけど、ジオンはこの作戦に相当計画的に準備を進めてきていると思える。

地上での運用はまだまだ経験不足なんだろうけど、やつらはモビルスーツの特性を心得ている。

ミノフスキー粒子と併用してある程度を超える数を揃えられたら、通常の戦闘ではこっちが同じ数だけの戦闘機を揃えたところで勝ち目はない。

あるとすれば、戦略爆撃機であの“群れ”を絨毯爆撃するくらいなものだろうけど、

果たしてこの電撃戦で、そんな機体が各地域にどれほど残っているかはわからない。

彼が想像しているほど、甘くはないだろう。でも、そんな絶望に満ちた観測は口にしなかった。

脅かしても何をしても、彼は戦うつもりだろう。それなら、士気を折るようなまねはすべきじゃない、と、そう思った。

 ブリーフィングルームから部屋に戻ると、エルサが何やらソワソワと窓の外に目をやっていた。

「どうしたの?」

「あ、いえ…ちょっと、陸戦隊が気になって…」

そうか、彼女もオデッサ基地で拾いあげた。同じ基地所属だった部隊も、もしかしたらここにたどり着いているかもしれないんだね。

私はエルサの行動の意図を理解した。

「少しブラついてみようか。知り合いでもいれば、少しは気が晴れるかもしれない」

私がそう言ってやったら、彼女はすでに嬉しそうな、晴れやかな表情になっていた。
 


 私たちは兵舎の外に出る。また、肌を焦がすような日差しが私たちを熱し上げる。

テントがあると言ったって、こんな中に留め置かれるなんて陸戦隊の連中は災難だね。

逃げてきたってのは同じなのに、ただ空を飛んでたっていうだけであの待遇は、やはり落ち着かないな。

そう思いながら私たちは、陸戦隊の連中のキャンプ地を歩く。戦車や装甲車、輸送トラックに対空機銃部隊までいる。

みんな一様に疲れた顔をして、テントや車両の日陰でうなだれてじっとしていた。

エルサは、そんな彼らの顔を一つづつ確認しながら早足で歩いている。まるで誰かを探しているような、そんな感じだ。

さっき見せてくれた明るい表情から一転、とても切なそうな表情をしている。知り合いの一人でもいたっておかしくはない。

そうは思っていたけど、この様子はちょっと妙だ。誰か、深い付き合いのやつでもいたのだろうか?

 そんなことを考えていたら、先をズンズンと歩いて行ったエルサの足が止まった。

彼女が視線を向けるその先には、戦車のエンジンルームを開けて、整備中のエルサと同じように体中をオイルまみれにしながら、

一心不乱に整備を続けている男の姿あった。エルサは、立ち止まったままその場に立ち尽くしている。

私はすぐに彼女に追いついた。背中に手を当ててその顔を覗き込むと、安堵とも、興奮とも取れない表情を浮かべていた。

なんだろう、恋人かなにかなのか…

 そう思っていたら、エルサはつぶやくように口にした。

「…よかった…兄ちゃん…!」

兄さん?兄貴、か?私はようやくエルサの表情の意味を理解した。そうか、あんた兄さんがいたんだね。

パリ出身で、コロニーが落ちたから家族はみんな死んじゃったと思っていたけど、そっか。あんたにはまだ、大切な人が残っていたんだね。

「ほら、行ってやりなよ」

私はドン、とエルサの背中を押した。エルサはまるでそれを待っていたみたいに、勢いよく駆け出して叫んだ。

「兄ちゃん!」

その声が届いたのか、戦車の整備をしていた男が顔を上げた。

男がエルサを確認するよりも早く、彼女が男に飛びついて、その胸に顔をうずめた。

「エルサ…エルサなのか…?」

「そうだよ!兄ちゃん…よかった…生きてた…兄ちゃんが、生きてた…!」

戸惑う男に抱きすくめられたエルサは、そういったとたんに、まるで子どもみたいに、ギャーっと声をあげて泣き出した。

兄ちゃん、と呼ばれた男も、頬にツッと涙を伝わせて、エルサを抱きしめて、二人して崩れるようにその場に座り込んだ。

 それを見ながら、私は、妙な心地を覚えていた。

一瞬、うらやましいというか、恨めしいというか、そういう感情が湧き出てくるんじゃないかと思った。

そうでもなければ、同じ境遇だと思っていたエルサに、置き去りにされたって感じるんじゃないのかとも思った。

でも、そんな気持ちは微塵も感じられなかった。

 私は、ただ単純に、いや、ただ、本当に純粋に、エルサの嬉しいだろう気持ちに共感していた。

たった一人残されていただろう家族と離れ離れになって、不安だったに違いない。そんな様子、私の前では少しも見せなかったけど、

エルサももしかしたら、私のように、気持ちをおしこめて我慢することには慣れているタイプなのかもしれない。

いや、そんなことは、この際、どうだっていいだろう。

とにかく、良かった。良かったね、エルサ…なんだろう、こんなの変な感じだけど、まるで自分のことみたいに嬉しいよ、私もさ。


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 胸にポッと灯ったぬくもりを感じながら、私は二人に歩み寄った。兄ちゃんの方が顔を上げて私を見つめて来る。

「あなたは…?」

「カレン・ハガード。バイコヌール宇宙港基地の防空隊に居た。撤退に撤退を重ねて、こんなところまで来ちゃったけどね。

 エルサは、オデッサの東部基地で会って、拾い上げて逃げてきたんだよ」

私が説明すると、兄ちゃんはグッと唇をかみしめて、まるで私に祈るみたいに頭を下げた。

「ありがとう…妹を、助けてくれて…!俺は、オデッサの中央基地で整備兵をしていたんだ。撤退する陸戦隊にくっついてここまで来たんだ」

そういえば、あのとき、中央基地から撤退する陸戦隊を見た。

確か、ウォードッグってヨーロッパからの部隊残って支援しようとしていた部隊だ。もしかしたら、あれがこの人だったのかもしれないな。

あのウォードッグって部隊、よっぽどうまくやったらしい。

あのモビルスーツから、陸戦隊を援護するなんて簡単な戦闘じゃなかったはずなのに…。

「で、兄ちゃんの方は、名前は?」

私が聞くと、彼はハッと顔を上げて、バツが悪そうに笑った。それから

「俺は、カルロス。カルロス・フォシュマン曹長…です。すみません、少尉殿」

と、名乗っている最中に、私の階級章に気付いたらしくて、そう言葉遣いを改めてきた。

「気にしないで」

そうとだけ言ってあげたらカルロスは、まるでエルサそっくりの明るい顔で笑ってみせてくれた。




 





 それからまた10日ほどが経った。私たちはまだ、トンポリの基地にいる。

話じゃ、カイロの基地がジオンの連中に突っかけられているらしい。

でも、あの辺りは砂漠地帯で、ジオン軍のモビルスーツと言えども、侵攻に時間がかかっているみたいだ。

カイロへはキリマンジャロ基地から武器に弾薬に燃料から増援まで、ありとあらゆる支援が届けられている。

砂漠地帯の戦闘では、さすがに足回りの点で戦車に部があるらしく、1対複数の集中砲火で、戦果を挙げているって報告も届いている。

ここまで快進撃を続けてきたジオンも、さすがに地球の厳しさに直面しているらしい。さすがにこれ以上の侵攻を許すとなるとかなり厳しい。

特に、カイロ周辺は貴重な燃料の産出地だ。

最近では合成燃料も出回っているけど、原油からの生成の方が手間が掛からずにできるというから、今の戦況では重要度が増している。

ここを守り切れるかどうかは、このあたりの戦線の死活問題だろう。

 バイコヌールを逃げ出してから、もうどれくらい経つだろうか?あれは3月の頭だった?

だとしたら、撤退を続けて、その先で休んで、を繰り返して、もう1か月近い。

本当にただ逃げているだけたけど、精神的にも肉体的にも、疲労感はぬぐえないでいた。

 エルサは、兄貴のカルロスと再会できて、まるで水を得た魚で、

私らの機体だけじゃなく、ヒヨッコ達のや、この基地所属の航空隊の整備までを買って出ている。

あんな姿を見ていると、私もどうしてかなにかやらないと、という気持ちにさせられるし、

何より、バイコヌールを逃げ出してからこっち、まともなことのできていない私が

唯一した彼女を無理矢理に戦闘機に乗せたという自分の行動が、“よかった”と思える。

それが、今の私にとっては救いだった。それが、今の私を支えていると言ってもいいくらいだった。

 そんな私は、と言えば、ここに到着した翌日から、ヒヨッコ達に戦闘機動の訓練を施していた。

基地長が、キリマンジャロ基地からの燃料を私達にも分配してくれて、なんと実現できている。

航法や火器管制類のシステムの説明は、ケガで自由に飛べないフィリップが引き受けてくれた。

ベネットのやつは、カイロで私が怒鳴りつけてからというもの、まともに口も利かずに、ここへ着いてからはほとんど部屋にこもりっきりで姿を見ていない。

まぁ、ベネットのことはともかく、ヒヨッコ達がこんな付け焼刃で戦闘ができるとは思わないけど、

もしものとき、敵から逃げるだけの技術を身につけさせておくのは大事なことだ。

そうでもないと、接敵した瞬間に、たちまちあのバカデカいマシンガンの弾幕に突っ込んで火だるまだ。
 


 そんな訓練兵の中でも、私の目を引くのが二人ほどいた。

一人は、3班の班長をしているクラーク・マルチン軍曹。

これは、いわゆる問題児、ってやつで、物の覚えは早いけど、プライドが高くて高飛車で、自分は特別だ、と思っているクチだ。

実際、何をやらせても頭一つ抜けているから、あながち間違えではないのかもしれないけど、それでもまだまだ戦闘をさせるには足りないことが多すぎる。

インメルマンターンが出来たからって、それだけで敵に勝てたら世話はない。

でも、このクラークは、あんな古典的な機動を身に着けただけで敵に勝ったつもりでいる。

悪いことに、彼の班員はもはやだたの彼の取り巻きで、冷静に彼に何かを指摘できる人物がいない、と来ている。

もう何日かして、戦闘機動に慣れてきたあたりに一度全力で叩いて身の程を教えてやる必要があった。

 そして、もう一人は2班の班長をしているリュウ・ホセイ曹長。という大柄で恰幅の良い訓練兵だ。

こっちは、クラークとは正反対にセンスはそこそこだけど、謙虚で自分の限界を知っている。

それを知ったうえで、それをいかにして伸ばすかをちゃんと考えるやつだ。それから兄貴肌、というのか、

班員への気遣いもできる気の利くところもあって、これもクラークとは真逆の意味で、彼を慕っている者も多いようだった。

「よし、では、本日の訓練はこれで終了する。各員、十分に休息をとって明日に備えること。

 明日は、これまでの機動の復習を兼ねて、連続機動の訓練を行う。自身のない者は、教本によく目を通しておくこと」

私がそう告げると、ヘヘヘと笑い声をあげる訓練兵が居た。またあんたか…

「復習なんてちょろいな。俺はもっと高度な訓練の方が性に合ってるぜ」

口を開いたのは、もちろん、クラーク・マルチンだ。

「マルチン曹長、なにか言いたいことがあるのか?」

私はそう言ってジト目でクラークをにらみつけながらそう言ってやる。するとクラークはなおもニヤニヤと笑いながら

「俺たちは、もう十分戦えると思うぜ。なんなら、今からカイロに行ってあの人形をぶっ壊してきてやるよ」

と得意げに言う。まったく、こいつは…なんとかしておかないと、本当に万が一のときには死にかねない。

「マルチン曹長。それが上官に対する口の利き方と習ったのか?」

私がなおもにらみつけて言ってやると、さすがに気が付いたようっでピッと背筋を伸ばして

「今のは、意気込みを口にしただけであります!」

なんて言ってはぐらかす。まぁ、いい。明日の訓練で、チビるほどに追い立ててあげるから、覚悟しておきなよね。

私は胸の内でそんなことを思いながらう

「それなら良い。各員、いいか。今は戦時で、ここは前線にほど近い。

 いついかなる状態でも出撃命令が下る可能性があることを常に意識していろ。

 そうでなければ、出足が遅れて空に上がる前に死ぬことになる。わかったな?」

「はっ!」

私の言葉に、全員がビシっと敬礼をした。私も敬礼を返してから

「よし、では解散」

と指示を出して、私はその場を後にした。
 


 その足で向かったのは、着陸してすぐに機体を運び込んだ、ほったて小屋同然のハンガーだ。

そこではさっそく、エルサが機体の整備に取り掛かってくれている。

「エルサ、いつもありがとう」

私はそう声をかけてエルサのところへ歩いていく。と、エルサは機体の下部に何か妙なものを取り付けている最中だった。

半球のドーム型をした黒い物体だ。

「あぁ、少尉!お疲れ様です!」

エルサは私に気が付いて、生き生きとした返事をしてくる。

「それ、何付けてるの?」

「あぁ、これですか?レーザー照射装置です」

「レーザー?」

「はい、セミアクティブミサイル誘導用のレーザーです」

エルサはニコっと笑った。それから真剣な表情をして

「レーダー誘導ミサイルだと、例のミノフスキー粒子を撒かれたら最後、機能しないじゃないですか。ジャミング下でも、レーザー誘導なら効くはずです」

と言ってきた。確かに、そうかもしれない。でも、レーダーと違ってレーザー誘導は目標にレーザーを当て続ける必要がある。

ミサイル自身にレーザー誘導をさせるアクティブ方式もないことはないけど、ミノフスキー粒子の戦場投入なんて想定していなかったらしくて、

生産数もそこそこだし、技術的にコストがかさむ。

それなら、簡易なアクティブレーダー方式の方が有用性が高いって理由で、軍ではほとんどがそっちを使っていた。

「レーザー誘導でもセミアクティブなら数も確保できるし、ほら、それに、巡航ミサイルも使えるかもしれません」

「だけど、そいつをロックしておく方法はあるの?」

私が聞くと、エルサは急にまた笑顔になって胸を張った。

「それは、私がやります。ロックオン機構は、まだシステムの調整中ですけど、

 この照射器、カメラもついているタイプなんで、最悪は目視で敵を捕らえ続けることもできると思うんです」

確かに、それならこれまでミノフスキー粒子を警戒して多く積み込めなかった対戦車ミサイルも、

弾頭のシーカーさえ交換してやれば誘導できるから、機体に限界まで搭載しても有効打を得られる可能性はぐんとあがる。

ただし、これを操縦しながら操作することは、私にはできない。戦闘機で回避行動をとりながら、

目視でレーザーを敵に当て続けるのはどんな手だれでも不可能だと思う。そこまで考えて、私はハッとしてエルサを見た。

 エルサは、笑っていた。

「少尉、私も、戦いたいんです。死んじゃった人たちの敵討ちなんかじゃなくて、今生きてる、明日、生き残れるかもしれない人たちのために」

今生きている人のため…明日を生き残れるかもしれない人のため…

そう、きっとそれは、彼女の兄、カルロスのことを言ってるんだろうことはすぐにわかった。

でも、私は彼女の言葉に、ハッとさせられる思いだった。シドニーが消滅して、バイコヌールやオデッサを奪われて、

隊長達が死んで、私は、ずっとその仇討をこの胸におしこめていた。報復を、仕返しをしてやるって、そう思っていた。

でも、今のエルサは違った。死んでしまった人のためじゃなく、今生きている人たちを守るために戦いたいんだと、そう言った。

そんなこと、考えもしなかった。明日を生き残れるかもしれない人のために、か…

「そうだね…あんたの気持ちは、分かる気がするよ…」

私は、エルサにそう言いながら、自然と笑顔になっていた。

もし、そういう戦い方ができるんだとしたら、私は…ヒヨッコ達と、フィリップにベネットを守ってやらなきゃいけないんだろう。

だとしたら…この撤退も、それはそれで、私の戦いだった、とも考えられるな…

まぁ、そう考えたからって、胸のつかえが取れるわけじゃないけれど、それでも、ね…
 


「それなら、私も手伝ってあげないとね」

私はそう言って、ポンとエルサの肩を叩いてあげた。

 それからエルサを手伝って、機体にレーザーを取り付けて、さらには対戦車ミサイルのシーカーを取り換えた。

私がプチモビをつかって、機体にミサイルを装填している間に、

エルサはレーザー装置のロックオンシステムを組み込んだポータブルコンピュータをレーザー装置にリンクさせている。

私が、両翼の発射装置にそれぞれ3本ずつのミサイルを取り付けた終えたころには、

エルサの方も作業を終えて、コクピットから這い出し、ふぅ、とため息をついていた。

 「今日はこれくらいにしておこうか」

チラっと時計を見やって、私はエルサに声をかける。もうそろそろ、夕食の時間。食べられるときに食べておかないといけないのは、変わらない。

それに、明日には陸戦隊の連中が西の湾岸にやってくる輸送船に乗ってジャブローへ撤退するという話を聞いている。

私もヒヨッコ達を連れてそれに同行する予定だけど、エルサにしてみたら、しばらくはあえなくなるし、もしものことがないとも限らない。

できたら今夜は一緒になれる夕食の時間をゆっくりとってあげたいし、ね。

「あ、はい、了解です!」

エルサはラダーを降りた。私も、プチモビをハンガーの隅に戻しておく。二人してハンガーを出ると、外には真っ赤な夕焼けが広がっていた。

「わぁ!きれい!」

エルサがそう声を上げた。確かに、こんなに真っ赤な夕焼けは、私も初めて見る。

まるでオレンジの絵の具を振りまいたように、雲のない空が燃え上っているようだった。

こんな景色をみると、一瞬、今が戦時だっていうことが意識から消えていくようで、

胸の奥にひっそりと張らずにはいられなかった緊張感が途切れて心地よい脱力感に襲われる。

チラっとエルサの顔をみやったら、彼女も、オイルのついた顔を赤く染めて、うるんだ瞳で夕焼けを見ていた。

ふふ、あんたもあの夕焼けとおんなじかもしれないね。そんなことを思ってしまった自分がおかしくて、私は一人で笑顔になってしまう。

それから私たちはしばらくそこで足を止めて、そのきれいな景色を眺めていた。

 ふと、何かが聞こえた気がした。奇妙な音だ。風の音とも、戦車や飛行機のエンジン音とも違う。

ましてやモビルスーツのあの駆動音でもない。あたりを見回すけど、近場には動いている機械はない。

それに、この音…どこか遠くから響いてきているような…

「どうしたんです、少尉?」

私の様子に気づいて、エルサがそう聞いてきた。

「ね、妙な音が聞こえない?なんていうか、タービンが回ってるみたいな…」

私が聞いてみると、エルサも耳元に手を当ててゆっくりとその場で一周する。エルサは二週目に入ったところで、ピタっと動きを止めた。

「あっちから聞こえる気がします」

エルサは滑走路のある南側を指さした。でも、そこには本当に滑走路しかない。

それ以外にははるかかなたまで続いて見える地平線があるくらいだ。

いや、待って、あれは何?

 私は、地平線すれすれの位置に何かを見た。
 


それは、沈みかけた太陽の光が、夜の闇と混じって紺色に輝いているあたりに、小さな黒い点のように浮かんでいた。

気のせいか、ゆっくりと移動しているように見えなくもない…飛行機?友軍機なんだろうか?

確かに、ここより南にはカイロへと続く連邦の補給路がある。そこへ向かう機体なのか、それとも…

いえ、あの機体は、こっちへ向かってきている…補給でも来たっていうの…?この時間に、もう夜になるっていうこのタイミングで…?

 そう思ったとき、私ははっとした。まさか、と思って、ポーチに常備している方位指針を取り出してみる。

掌に載せて針の動きを確認した。そして私は、息をのんだ。針は、南をまっすぐにささずに、ゆらゆらと不安定に揺れ動いている。

まるで、磁力が弱まっているように、だ。

 「エルサ、ハンガーへ!」

私はエルサの手を取って駆け出した。

「な、な、なんです!少尉!」

「あれはミノフスキー粒子が散布されてる!あの機影は、敵機だ!」

「て、敵機!?ジオンが飛行機を飛ばしているって言うんですか?!」

エルサは私の言葉にそう聞き返してきた。私だって信じたくはない。でも、たぶん間違いないんだ!電話だ、電話が要る!

 私たちは仮設ハンガーに駆け込んだ。

エルサに発進準備を頼んで、私は取り付けてもらって電話に飛びついて受話器を上げてダイヤルした。

呼び出し音が数回なって、不意に電話の向こうに基地司令が出た。

「司令!ハガード少尉です!基地南方に、敵らしき機影!至急、レーダー員に周囲の索敵を指示してください!」

私が言うと、司令は緊張した声色で言ってきた。

「レーダーは現在、機能不全でシステムチェック中だ…が、今、南、とそう言ったのかね、少尉?」

「はい、南です!」

「…やられた、レーダーの異常ではなくミノフスキー粒子というやつか…!少尉、当基地所属の部隊も出す!

 至急、南方の確認に向かってくれ!」

「了解です!支援、頼みます!」

私はそう返事をして受話器を叩きつけた。エルサが、ハンガーのシャッターを開けてくれている。

私は車輪を止めているチョークを蹴り飛ばしてからコクピットによじ登って、キーを差し込みエンジンのスイッチを押した。

アイドリングが開始される。ヘルメットをかぶって、景気をチェックする。機体は、万全。さすがだね、エルサ。

 準備を整えている間に、エルサもヘルメットをかぶってコクピットに上ってきた。

ラダーを外して地面に投げ捨てて、キャノピーを閉じる。

「少尉、敵なんですか?」

「あぁ、間違いない!ジオンが何かを飛ばしてるんだ!そいつを偵察しに行く!」

「本当に飛行機、ですか…まいったな、対空装備は全部外しちゃいましたよ!?」

エルサの言う通り、対モビルスーツ戦のために、本来装備されていた対空兵器は全部外して、対地装備になっている…。

「大丈夫!もし空を飛んでるんなら、50㎜ガトリングの一掃射で叩き落せるから!」

私はそう怒鳴りながら、温まったエンジンの出力を上げた。機体が、ゆっくりと動き出してハンガーを出る。

と、基地内になにか警報のようなものが鳴り響きだした。基地司令、スクランブルをかけてくれたみたいだね…ありがたい!

 そう思いながら私は、無線で管制塔を呼び出す。

「管制塔!こちらタイガー7!離陸許可を!」

<こちら管制塔!司令より、状況は聞いた。すぐに滑走路へ進入せよ!タイガー7のあとに、チャーリー隊続け!>

管制塔がせわしなくそう指示を出している。敵の能力を見極めないといけないけど、相手がモビルスーツじゃないんなら、私にだって十分やれるはず…!叩き落してやる!
 


 機体が滑走路へとたどり着いた。

「こちら、タイガー7!発進準備完了!」

<こちら管制塔!タイガー7!発進せよ!頼むぞ!>

管制塔の許可を聞いてから私は

「エルサ、行くよ!」

と声を上げるのと同時にスロットルを目一杯に前へ押し込んだ。エンジンが高鳴り、機体が弾けるように加速を始める。

「は、はい!」

少し遅れて、エルサの詰まったような声が聞こえた。加速中は黙ってろ、って言ってやってなかったね。舌噛むと痛いからさ。

 機体がふわりと宙に浮く。私は操縦桿を引き起こして一気に機体を上昇させた。

大気を駆け上がった機体を、高度3000フィートで水平にして、南を目指す。

「エルサ!レーザー誘導は使えそう?」

「戦闘機みたいに高機動する相手の追従は多分できませんよ」

「何でもいい、とにかく万が一の時は撃てるようにしておいて!」

「了解です!」

エルサと言葉を交わして、私はキャノピーのアクリルの向こうに浮かぶ黒い点に目を凝らす。

あんた、何なんだ?戦闘機の機動じゃない。だけど、明らかに飛行している。陽炎や蜃気楼の類でもない。

このタイミングで、ミノフスキー粒子を散布しているともなれば味方じゃないだろうってのはわかる。

薄暮攻撃でも仕掛けようって言うんだよね、きっと。でも、私が気付いたからには、そうはさせない。

空での戦いなら…引くつもりもない!

 <こちら第2要撃飛行隊、チャーリー隊だ!ハガード少尉、聞こえるか!>

この声…私たちを基地へ誘導してくれた、あの少佐の声だ。

「こちらハガードです!」

<こちらも離陸したが、貴機と距離がある。こちらの編隊に加わるのなら、旋回して後ろについてくれ>

「いえ、少佐!私は先に向かって敵情を視察します!」

<…了解した、無茶はしないと約束してくれ>

「ええ、無茶はしません。ですが、敵の規模や目的を探る必要性はあります」

<…わかった。注意してあたってくれ>

「了解です」

私は無線を切って黒い影を見つめた。距離が詰まってきているのか、点に見えていた影の形がおぼろげに確認できる。

「少尉、見えるんですか?私全然わからないんですけど…」

「パイロットは、目だけは良いんだよ。見たことのない機体だ…やっぱり、連邦機じゃない」

私は見えてきた機影を確認してエルサにそう言った。ずいぶんとずんぐりとした機体だ。戦闘機、ってわけでもなさそうだね…

爆撃機か、輸送機か…あんな形の機体が浮かんでるなんて、空力的に見ると奇妙だ。揚力で浮いている感じじゃないね…

まぁ、そんなことはどうでもいい。とにかく、ジオンの兵器なら叩き落すまでだ。
 


「エルサ、もっと高度を上げる。マスクつけてる?」

「着けてます、大丈夫です、少尉!」

「よかった。行くよ」

私は操縦桿を引いて、スロットルを押し込みさらに高度を取る。足の遅い機体には、こうして急降下して襲い掛かるのがセオリーだ。

普通ならそれなりに対策を練っているものだけど、ジオンが空戦の経験や情報をどれだけ持っているかは怪しいもの。

戦いは、先手必勝だ。

 影が徐々に大きくなる。いや、待って…あいつ一機じゃない…!私は上昇して気が付いた。

あの機体の後ろにも、同型が複数機、列をなすようにして飛行している。明らかにトンポリの基地を目指している。

あの基地をやろうっての?今回ばかりはそうはいかない…あの基地は、あの基地には、守らなきゃいけない人がいるんだ…

シドニーや、オデッサのようにはいかせない!

「エルサ!基地へ連絡!敵はトンポリを目指してる!至急、迎撃準備を!」

「りょ、了解、連絡します!」

無線が無事なうちに、連絡は任せよう。私は、敵の出方を見て…そう思ったとき、何かが光った気がした。

反射的に、私は操縦桿を引いた。次の瞬間、私の機体の真下に、まぶしく輝く何かがまっすぐに通過していった。

「しょ、少尉…い、今のは…!?」

エルサが絶句する声が聞こえる。まさか…今のは、メガ粒子砲?ミノフスキー粒子を圧縮して打ち出すっていう、あれ!?

そんな…あんなのは、高出力のエネルギーが確保できる戦艦くらいにしか装備できないって話じゃなかったの?

連邦のサラミス級やマゼラン級に積んでる戦略兵器のはずなのに…あんな航空機に装備させられるなんて…!

「メガ粒子砲…!」

「少尉!また来ます!」

エルサの声がするのと同時に、敵の機体がまた光った。私は機体を旋回させて敵の射線から外れる。

「エルサ!味方に連絡!敵はメガ粒子砲を搭載した大型航空機!接近には厳戒せよ!」

「了解です!」

私はエルサに指示をしてから、体制を整える。あのメガ粒子砲の射角はわからない。不用意に接近するのは危険すぎる…

それに、あの機体の後ろにはまだ同じ型の航空機が続いている。側面からの攻撃は危険だ。同じ理由で後方にも回れない…

安全に叩くのなら正面に回らなきゃいけない…

それでも、あのメガ粒子砲の攻撃をかわしながら、はるかに射程の短いガトリング砲を浴びせかけないといけない…ジオンめ…!

なんて厄介なものを出してくるのよ!
 


「少尉!対戦車ミサイル、発射できます!」

エルサの怒鳴り声が聞こえた。それはモビルスーツ相手に取っておきたいけど…

でも、こいつの方がもっとヤバイかもしれない…とにかく、有効打を浴びせておかないと…!

「エルサ、先頭の機体に照準!」

「了解!光学照準完了、目標、ロックしました!」

「よし、ミサイル1番、発射!」

私はエルサの声を待って、操縦桿のボタンを押した。パイロンから離れたミサイルが白煙を引いて敵の航空機へ伸びていく。

敵がミサイルを迎撃するためか機銃のようなものを発射し始める。

その弾幕をすり抜けて、ミサイルは敵に吸い込まれるように誘導されてはじけ飛んだ。敵からは黒煙があがる。だけど、バランスを崩しもしない。

「そんな…確実にダメージはあるのに…!」

エルサの悲鳴が聞こえる。いや…まだ…まだだ!

「エルサ!2番、3番も発射する!レーザー照射!」

「りょ、了解です…!敵、照準固定!」

「発射!」

再び、今度は二本のミサイルが飛び出す。しかし、次の瞬間には機体が光った。まずい!私は今度は機体を降下させる。

金色に輝く光の帯が、機体のすぐそばを飛びぬけた。ミサイルは、その光の帯に飲み込まれて、空中で消滅していた。

くっ…メガ粒子砲…!

 <ハガード少尉!こちらも戦闘に参加する!>

あの少佐の声が聞こえる。良かった、来てくれた!

<各機へ!敵の主砲に注意せよ!>

<了解!>

私の機体を追い越して、味方機が敵へと突っ込んでいく。敵の機銃が放つ曳光弾が壁のようにばら撒かれてこちらの接近を防ごうとしている。

だけど…!

「エルサ!もう一度!」

「はい!照射します!」

この混戦なら、もう一度ミサイルを叩きこめる!

「いけます!」

「発射する!」

私はボタンを押した。4本目のミサイルが飛び出す。ミサイルは再び敵へと直撃し、爆発を起こす。

機体の装甲に穴が見える。それでも…まだ、敵は進路を変えない…

「くっ…!なんて構造してるの!エルサ!私たちも突っ込むよ!」

「わ、分かりました!」

私は、スロットルを押し込んだ。機体が加速して敵の上をとびぬけた。後方の敵とはまだ距離がある。

旋回して体制を整えるのは安全だろう。私は機体を傾けて、一度敵から距離を取る。そのとき、私は奇妙なものを見た。

敵機の後ろ側の装甲が大きく口を開けている様子だった。あれは…?何をするつもりなの?

そう思ったのもつかの間、その開口部から何かが姿を見せた。濃緑の装甲に、トゲ付きの肩…ピンクの一つ目…!

間違いない、モビルスーツだ!
 


「まさか!あの機体…モビルスーツの輸送機なの!?」

「輸送機なんて、生易しいもんじゃない…あれは、空母だ!」

エルサの言葉に私はそう言ってやった。モビルスーツだけじゃない、こいつは!私は、気付いていた。

味方機に紛れて、レーダーの利かない私の機体の真後ろについている、見たことのない戦闘機!

「エルサ!ここからはあんたにはきついよ!吐きそうなら、袋使ってよね!」

私がそう怒鳴って、操縦桿をひねった。スライスバックで転舵しつつ速度を稼ぐ。

敵の航空空母がこっちへと機銃を撃ち下ろしてきた。でも…速度がある…抜けられる!スロットルを押し込んで速度を上げた。

さらに、シャンデルに移って敵の機動を見極める。

敵の戦闘機は、こっちの機動に追従しようとしているけど、その速度も機動性もこっちの機体には遠く及んでいない。

このまま叩ける!

私はシャンデルからさらに操縦桿を引いて再びスライスバックに入る。一瞬にして、後ろを飛んでいた敵機が目の前に現れた。

空戦には慣れてないようだね…それに、機体性能も違いすぎだ!

 私は、HUDのレティクルに敵機を合わせてトリガーを引く。

これまでの25mm砲とは違う爆裂音とともに、曳光弾が飛び出した。

その破線が敵機と交差した瞬間には、敵機は爆発しながらバラバラに飛び散った。こいつらは敵じゃない…!

だけど…!次の瞬間、下から轟音とともに破線がとびぬける。モビルスーツが降下していた。

あいつら、空挺ってわけか…でも、装備はあのマシンガンだ…こっちの機銃でも戦える…!

「少尉!上からも来ます!」

エルサの怒鳴る声が聞こえた。私は反射的に操縦桿を倒して高速で旋回をする。

上空からあの空母の対空機銃が降り注いできていた。上も抑えられてると来ている…あんな鈍足に!

「エルサ!いったん距離を取るよ!」

「はい!」

私は旋回を続けて敵と距離を取った。空母から降下したモビルスーツは3機。地上からこっちへと打ち上げて来ている。

だけど、分かってないね。そんな射程の短いマシンガンじゃ、あの空母より上空に居れば脅威じゃない。

低空にもぐりこみさえしなけりゃ、支障はないはず…今はとにかく、あのメガ粒子砲付きの空母を落とさないと!

「エルサ!レーザー照準!残り2発をあのデカブツに撃ちこむよ!」

「了解です!…照準、よし!いけます!」

「落ちろ!」

私は思いを込めてそう言い捨て、ミサイルを発射した。

ミサイルは、敵空母の左から迫って、一発が左翼に、一発が胴体にぶつかって爆発を起こした。

敵機の左翼がひしゃげるように折れ曲がり、バランスを崩した。
 


「やった!」

エルサの歓声が聞こえる。私の操縦桿を握りながら、内心で踊るような気分を感じた。

敵の空母はそのまま、左側を下にして降下し、地面にぶつかって大爆発を起こした。

 「敵空母、撃破!」

<ハガード少尉!さすがだ!>

少佐の声が聞こえてきた。さすが、なんてほどでもない。やっと、やっと一矢報いてやれた。本当にだた、それだけ、だ。

<後続、来ます!>

不意に、別の無線が聞こえた。そうだ、あの空母は1機だけじゃない。まだ後ろにいくつか続いていたはずだ。

私は高度を上げて、敵の数を確認する。列をなすように進んできている敵の空母群は、見える限りでも10機…

今落とした空母と同じく1機につき、3機のモビルスーツを搭載しているんだとしたら、単純計算で、残り30機…

その数でトンポリにたどり着かれたら、たちまち基地は蹂躙されるだろう。なんとか阻止をしないと…!

 私はそれからも迫りくる空母へ攻撃をかけた。

だけど、ミサイルを撃ち尽くし、50㎜ガトリング砲の弾をばら撒くだけでは、決定打を与えられない。

そうしているうちに、私はそのガトリング砲すら打ち切ってしまった。

 「弾切れ…!」

「少尉!基地に戻れば、10分で再装填できます!戻りましょう!」

エルサがすかさずそう言ってくれた。

「了解…!チャーリー隊!こちらタイガー7!残弾ゼロ!補給のために一度帰投する!」

<了解した、タイガー7!このデカブツ、武装は厄介だが機動は鈍い。弾数さえあれば、十分に叩ける相手だ。待っている!>

報告した少佐も、そう答えてくれた。

「了解!少しの間、頼みます!」

私は返事をして、機体をトンポリの基地へを向けた。戦闘地域が遠ざかっていく。

そんなときになって、私は初めて、操縦桿を握る自分の手が震えていることに気が付いた。

ビビっているのか、単純に過剰に興奮しているのか…これは、両方だろうね…。

私はそんな自分に、それでもどこか、満足感すら感じていた。

今まで、逃げることしか出来なかった自分が、ようやく戦えた…そんな実感が押し寄せてきているような感じだった。
 


 でも、そんな気分も、本当につかの間だった。機首を向けたトンポリ基地の方向に、黒煙が立ち上っているのを見たからだった。

「嘘、でしょ…?」

「まさか…基地が!?」

私たちはその光景を見て、言葉を失った。

基地が見えるほどの距離に差し掛かったとき、その敷地内をあのトゲツキが10機ほどの数で闊歩していたからだ。

「別働隊…!」

私は理解した。あの空母群は、単純にトンポリを目指していたわけじゃないんだ。

この周辺にある連邦軍の基地を、片っ端からつぶして回っているやつらなんだ。

必死に抵抗をしているカイロを抑えるために、カイロよりこっち側の、キリマンジャロを中心にした連邦の補給路を断つつもりで…!

「カレン少尉…!もっと、もっと高度下げられませんか!?」

エルサの声が聞こえてくる。彼女の思いは、分かった。私も、フィリップやベネットのことが気になる…

そう思って操縦桿を倒そうと思ったとき、ノイズ音とともに、無線が飛び込んできた。

<…ザッ…レン!カレン!>

今の声…フィリップ?

「フィリップ?!あんた、無事なの!?」

<あぁ、なんとかな…ベネットも、新米どもも無事に上がってる。上だ>

フィリップの声に、私は上空を見上げた。そこには、20機弱の編隊を組んでいる、連邦機がいた。

「何があったんだ?」

<20分前に、西側から接近してきた。こっちは、南方に気を取られてて、対応が遅れてな…>

「兄ちゃんは…!撤退してきた陸戦隊はどうなりましたか!?」

エルサが恐る恐る、と言った感じでフィリップに聞く。エルサの心配もわかる。

でも、基地には陸戦隊の兵器の残骸らしいものはほとんど見えない。たぶん、無事だとは思うけど…

<陸戦隊?あぁ、やつらは、カレン達が出撃してからすぐに西へ向かった。大西洋岸で北米離脱の輸送艦隊と合流するって話だったろう?

 明日の朝ってことだったが、事態が事態だ。基地司令が命令して、すぐに出た>

「そう…なら、無事、なんですね…」

そうだろうとは思ってた。でも、改めて言葉で聞くと私も少しだけ安心した。でも、下の基地は…

「フィリップ、基地司令は…?」

私は、気になったのでそう聞いた。フィリップは、いつもの、まるで他人事のような声色で

<最後まで基地守備隊の指揮を執ってた>

「そう…」

正直なところ、気落ちした。あの司令、私達にあれこれよくしてくれた…思い入れがあったわけじゃないけど…

でも、また、助けられなかった…私を、私たちを助けてくれた人を…
 


<カレン、どうする?このまま飛び続けてても、ジャブローまでは燃料が持たない>

フィリップが私にそう訪ねて来る。

「…いったん、北のナポリ基地へ向かう…そこで、ドロップタンクと装備を調達して、撤退する陸戦隊を支援しよう…

 私達は、守られてばかりで、これまで何一つ守ってない…私はもう、そういうのは苦しいんだ…エルサ、チャーリー隊に報告して。

 ミノフスキー粒子で無線が通じるかわからないけど…トンポリ陥落、撤退せよ、って」

「…はい…」

私は、気が付けば胸の内に詰まっていた思いを口にしていた。意識してたワケじゃない。でも、ずっと感じていた。

この胸を締め上げる思いの正体だった。オデッサのときも、カイロのときも、ここでもそうだ。

どこへ行っても基地司令や他の幹部たち、陸戦隊も、整備員も、管制官も、私たちに希望を託して、空に上げてくれた。

危険が迫れば、第一に退路を確保してくれた。それは、私達航空隊が、あいつらに唯一対抗できる戦力だってわかってたからと思う。

それに…隊長達のこともある。私は、そういう人たちの思いを背負って戦っていく必要があるんだ。

そうじゃなければ、私は…私たちを逃がしてくれた人たちに申し訳がたたない。

「フィリップ、文句はないね?」

<…隊長さんの言うことだ、黙って従うよ>

フィリップの声が聞こえた。

 本当に、あんたは、まるで他人事だね…でも、それでもいい。私は、隊長からあんたとベネットを頼まれた。

カイロの基地でヒヨッコ達を頼まれた。この基地で、オデッサで何もしてやれなかったエルサの兄貴たちと会った。

私には、あんた達を守る義務がある。

たとえ、私一人が戦うようなことになったって、たとえ、私が死ぬようなことになったって、あんたたちのことは必ず守ってやる…

それが、私を守ってくれた、私に託してくれた人たちの思いに応えることだ…。

だから、ごめんね、エルサ…もし、兄貴たちと合流できたらそのあとは、私一人で飛ぶよ…

あんたも、私の守らなきゃいけない人の一人だからね…

 私は、そう思ってギュッと操縦桿を握りしめた。




 


つづく。


キャノピ絵が進化している今日この頃。

キャタピラの誤字は改善しない今日この頃。
 



いやあ。ガチの空戦描写、興奮した。
それよりもカレンさん、良いやつすぎてツライ。
将来のイケイケな社長業を知ってるからまだいいけど、そこを知らずに読んでたら
「こいつはアカン。真面目過ぎて早死にするタイプや!」と胃が痛くなってただろうな。
それこそリュウ・ホセイのように……

ナイスチョイス>>キャノピー
ツライ話しばっかりの今回のエピソードで数少ない和みポイントにイラストぶっこんでくるとは。
やっぱり幸せいっぱい欲しいよねー

件のゲーム
ジオニックフロントでフェンリル隊の絶望的な撤退戦やろうずwww

乙!

前回までのカレンさんの戦いぶりや心境がどうにも後ろ向きに過ぎて読んでて心を痛めてたんだ
戦力差が厳しくて撤退に次ぐ撤退を余儀なくされているけどそれだって立派な戦いなんだよな、うん

キャノピ様におかれましてはますますご健勝の事うにゃらら
エルサの兄貴くっそイケメン!wwww
嬉し泣きするエルサや後ろのカレンさんの表情も実にイイっすなあ

そしてそろそろマライア分が足りなくなってきたよ…ガハッ
出番がなくともマライアたんぺろぺろぐへ…へ…

>>616
感謝!

カレンさんの思いが着々と明らかになるE0カレン編です。
ちなみに、挿絵は主にキャタピラからシーンを発注しているので、キャノピチョイスではありませんでした。さーせんw

>>617
感謝!
カレンさんの表情がなんとも言えずいいですよね、惚れ直しました。

マライアは出てきません。


さて、カレン編、続きです。

カレンさん、色々壊れます。

そして…
 





 「各機、レーダーと前方の景色には気をつけて。このあたりはもう敵の手に落ちているはず。どこから撃たれても反応できるように、注意だけは切らさないで」

私は、無線にそう言いつけた。他の機体から、まばらに返事が聞こえる。緊張しているのが嫌でも伝わってくる。

この際、返事に張りがないのは、気にしないでおこう。

「エルサ、そっちは平気?」

私が聞いてあげたら、エルサは他のどのパイロット達よりも凛々しく

「はい、問題ありません」

と返してくれた。本当に、あんたはすごいね。あのヒヨッコ達だけじゃなくて、うちの隊の二人にも見習って欲しいもんだ。

そうは思いながらも、私は、エルサの返事に、どこか胸をなでおろしていた。

 私達は、あれから無事にナポリ基地まで到達できた。

そこで点検と装備の補充、外付けの燃料タンクを増設してもらって、半日もしないうちに基地を飛び立った。

目指すは、トンポリから西へ行った大西洋沿岸。陸戦隊は、すでにあのあたりに到着しているはずだ。

急がないと、もし集合地のカサブランカをモビルスーツに襲われたら、彼らの装備ではひとたまりもない。

私たちも南に下りすぎると、トンポリを落としたジオン部隊に探知されるおそれがあったので、しばらくは地中海上空を飛行するプランだ。

 ヒヨッコ達は、さすがにトンポリでの敵襲に相当衝撃を受けているようで、一様に暗い表情を隠せていなかった。

まぁ、それでも実感が湧いたのなら良かったと思う。いつまでもフィリップのように我関せずな態度でいられても困る。

かといって、ベネットのようにビビったままでいられてもそっちはそっちで問題なんだけど。でも、戦闘をさせられないのは変わりない。

ヒヨッコ達も陸戦隊と同じで私がジャブローに届けなければいけない。そう考えると、多少ビビッてくれていた方が守ってやりやすい。

 「少尉、大丈夫ですか?」

エルサが後ろの席から私にそう聞いてきた。無理もない。ナポリでもエルサはしきりに私を心配してくれていた。

戦闘のこともそうだけど、ほぼ寝ずに飛び続けている。疲労感はないといえば嘘になるし、気持ちの整理がついていないのも事実だ。

でも、だからと言って飛ばないわけにはいかないし、落ち込んで沈んでいる暇もない。

「ありがとう、エルサ。大丈夫よ」

私はそう返事をする。それでもエルサは納得がいかないのか、

「少尉は、無理しすぎです」

なんて言ってくる。わかってるよ、私にだって。

「仕方ないでしょ?飛ばないで腐ってたって、仕方ない…」

「そうじゃありません!少尉は、いつだってそうやって強がってます…そんなのって、絶対にしんどいですよ!」

エルサは、まるで私を非難するみたいに、そう言ってきた。

「強がってる?私が?」

「そうです…少尉は、オデッサ以降、ずっと一人で戦っているような気がします。

 もちろん、フィリップさんは怪我をしてるし、ベネットさんは飲まれちゃってるし、

 私や、あの新米パイロット達は戦えないから少尉が戦わなきゃ行けないってのは、わかります。

 でも…もっと誰かを頼ったっていいんじゃないかって思います」

「こんな状態で、誰を頼れって言うのよ?」

私は、そんなつもりはなかったけど、そんな皮肉っぽい言葉を口にしていた。エルサが心配してくれるのは、嬉しい。

だけど、現実的に、私が頼れる相手なんて、どこにもいやしないんだ。
 


 私の言葉に、エルサはグッと黙り込んでしまった。言い方が、まずかったかな…

本当に、どうしてこんなひねくれた言い方しか出来ないんだろう、私は…こうやって、どれだけ自分から人を遠ざけてきたんだろう。

エルサのいうように、私が一人で戦っているんだとしたら、それはもしかしたら、自分自身が招いた結果なのかもしれない…。

「ごめん、エルサ。言葉が悪かったのは、謝るよ…それに、あんたには助けてもらってる。

 あんたが明るくしてくれなかったら、私は今頃もっと落ち込んでただろうさ。

 それこそ、空なんて飛べなかったか、もっと早くに、全部を投げ出して敵に特攻でもしかけてたかもしれない。私は、ひとりじゃないよ」

「…すみません、少尉…少尉だって辛いのに、私…」

エルサはエンジン音で掻き消えてしまいそうな、小さな声で言った。ごめんね、エルサ…あんたはちっとも悪くない。

悪いのは私なんだ…

「エルサ、気にやまないで。悪いのは全部私なんだ。私がもっと、ちゃんとやれてれば、こんなことには…」

「…少尉は、どうしてそうなんですか?少尉は、ちゃんと戦ってると思います。

少尉は、バイコヌールからずっと、なんとか守ろうって、そう思って、必死に戦っているじゃないですか…!」

「どうして、か…」

エルサの言葉に、私はふと、そのことに思いを馳せていた。そんなこと、今まで考えもしなかったけど…

いや、考えたくなかっただけ、か…答えは、わかっているもんね…

「私はさ、落ちこぼれなんだよ」

「え?」

こんな話、誰にもしたことはない。聞いてもらえるとも思ってなかったし、

それに、話したところで、非難されるだろうって、ずっと思ってきたから、一度だって口にはだしてこなかった。

でも、いいよね、あなたにだけは。年下で、まだ子どもと大人の中間みたいなあんただけど、でも、頼れるな、ってそう思うのは本当だから。

「シドニーの実家をね、私は追い出されたんだ。父親は、資産家の家系で、爺さんから引き継いだ事業をやってた。

 母親は、シドニーでも一番優秀な大学院を卒業した経済専門家でね。いわゆる、エリート家系、ってやつだったんだよ。

 そんな家の長女として、私は生まれた。そんなだったからなのか、教育には厳しくて、私は、褒められたことなんて一度もなかったんだ。

 何をやっても、うまくやれなかった。期待に応えられたことなんて、一度もなかった。

  それなのに、あとに生まれてきた弟や妹は、それはそれは優秀でね。家族皆の誇りだった。

 私も、出来の良い二人が大好きだったし、誇りに思ってたよ。二人共、エリートハイスクールに進学してね…そりゃぁ、嬉しかった。

 でもね、妹の進学が決まった年だった。父親が、三流の大学にしか入れなかった私に言うんだ。

 『お前には、努力をする根性が足りない』、ってね。それで、突きつけられたのが、入隊の申請書だった…

 『軍にでも入って、鍛え直せ』ってこと。なんだか、ショックだったのを覚えてる…

 父さんにも母さんにもあんなに好きになって欲しくて、嫌われたくなくって頑張ったのに、それでも努力が足りないからだ、なんて言われたのがね…

 それからは、もう本当に動きが早くて、私自身もそそくさと逃げるみたいに、大学をやめて、軍に入ったんだ」

エルサは黙っていた。後ろに座っているから、表情がみえない不安が募る。軽蔑してるだろうか?それとも、呆れている?

わからないな…でも、こうして話すのは、悪い気分じゃないような気もする…私は、エルサの反応を待たずに話を続けていた。

「軍に入るときに志願したのは航空隊。空を自分で飛んでみたいな、って想いもあったけど、

 正直に言えば、他のどの兵科よりもエリートだ、って認識があったから。

 昇進も早いし、それに、戦闘機パイロットともなれば、士官候補生は確実だからね…。

 今考えてみれば、情けない話だよ…あんな扱いをされたってのに、私はまだ、エリートだの優秀だの、ってことにこだわっていたんだからね…」

「少尉…」

エルサの小さな声が聞こえた。待ってね、エルサ。もう少しだけ話を聞いて…叱るんなら、そのあとでいいから、ね…
 


「そのあとは、ただひたすらに戦闘機パイロットを目指してた。

 幸い、航法の授業も物理の授業もなんとか理解できたし、実際に飛行機を飛ばせるようになってからは、そのことだけが純粋に楽しくって、成績もそこそこ伸びた。

 試験にも無事通って、晴れて戦闘機のパイロットとして赴任したのが、

 バイコヌールのタイガー飛行隊だったんだ…あの基地も、隊も居心地が良かった。

 誰も私を落ちこぼれだって扱わなかった。成績なんて気にしないで接してくれた。

 フィリップもあんなだし、ベネットだってそうだけど、でもあの隊も、基地の連中もみんな好きだったんだ…」

「少尉…少尉は、ご家族が、嫌いだったんですか?」

「ううん、好きだった。成績や学校の話じゃなければ、普通の親だった。母さんはよく一緒におしゃべりしてくれたし、父さんは休みの日にはキャンプやなんかにも連れてってくれた。

 ハイスクールに入って、落ちこぼれだって私に言うくせに、どうしてそれ以外じゃこんなに優しかったりするんだろう、

 って思ったりもしてね。結局、そう言う気持ちをずっと素直に受け止めてこれなかったんだな、って思ったら、

 また自己嫌悪で苦しくってかんがえるのをやめてた。今だって、同じ。私を認めて欲しかった、って思いはある。

 決して、居心地がいい家ってわけじゃなかった。でも、それでも、大好きな家族だったんだ…」

ハタっと、操縦桿を握っていたグローブに、何かが落ちてはじけた。どうも、私は泣いているらしい。

こんなことで泣くなんて、まるで子供じゃないか…情けないったらないね、本当に、私ときたら…。

「少尉、少尉は…」

エルサが口を開いた。それを聞いただけで、私は、彼女が私を蔑んだりしないんだな、というのが分かった。

彼女の口調が柔らかだったから。なにを言ってくれるんだろう、こんな私に…そう思った瞬間だった。

<10時方向!>

急に無線の中で誰かが怒鳴った。私は咄嗟に左を見やる。私の目に飛び込んできたのは、こっちをめがけて飛翔してくる、何か、だった。

「…!ぜ、全機、散開!」

私は無線にそう叫んで、操縦桿を引いてスロットルを押し込んだ。次の瞬間、爆発音とともに衝撃で機体が激しく揺さぶられる。

<あぁっ…あぁぁ!>

<なんだ…ど、どうなってんだ!?>

<おい!バカやろう!脱出しろ!>

とたんに、無線から混乱した声が聞こえてくる。なんだ、なにがあった!?私は機体を傾けて周囲の様子を探った。

そんな私の目に映ったのは、黒煙を吹きながら落下していく、ヒヨッコ達の機体だった。それも、3機も…!

「イジェクションレバーを引いて!早く!」

私が怒鳴るのと同時に、落下していく2つからパラシュートが飛び出て、開いた。もう一機は、反応がない。

次の瞬間、その機体は地面に落ちきる前に爆発して飛散した。

 今のは…ジオンの砲撃か?あのときに受けた、あの巨大な炸裂砲弾だ…10時方向…どこだ!?姿がみえない…!

「被害を報告して!」

<こ、こちら2班班長、リュウ・ホセイ…1班が、全機、撃墜されました…!>

「全機!?5機とも!?」

<はい!>

くそっ…ヒヨッコ達まで守れないのか…私は!こいつらは戦い方を知らないんだ!民間人と軍人の間みたいなもんなんだ…!

まだ…戦いで死なせて良いようなやつらじゃないんだよ!

 パっと、はるか下の地面が光った。

「また来るよ!弾道を見極めて回避!」

私はそう指示しながら機体を滑らせて地上に目を凝らす…いた…!トゲツキ!あいつら、塗装を塗り替えたんだ…砂漠用迷彩ってわけね…!
 


 「フィリップ!あなたはそのまま、ヒヨッコ達を連れて西へ!陸戦隊連中と合流して、待機!」

<カレン、お前はどうするんだ?>

「私は…ここであいつらを足止めする!」

<無茶だ、お前一機で何がやれる!?>

「だったら一緒に戦ってくれるっていうの!?あなたは負傷してて飛ばすだけで精一杯、ベネット、あんたは!?」

<お、お、俺はっ…!>

「あんたも、足でまといよ。私一人でやるほうが良い。早く行って、こいつらが接近してるってのを陸戦隊に伝えて!」

<待て、カレン!お前、気でもおかしく――――――

私は、無線のスイッチを切った。それから、後ろを振り返ってエルサを見やる。

エルサは固く唇を結んで、私をじっと見て、ただ、黙って私に頷いて見せた。

 「悪いね、こんなのに付き合わせちゃって」

「いえ。カレン少尉。あなたを一人でなんて、戦わせません」

ありがとう、そう返事をする代わりに、私もエルサに頷いて返した。そういえば、マイナスGが苦手だ、って最初の戦闘では言ってたっけ。

でも、後ろにシートを取り付けてからはそんなこと言わなくなったね。

トンポリの戦闘じゃ、ダメかと思ったのにあんな戦闘機動にも、吐かずに乗っていられたっけね。あんたは強いよ。

私なんかとは違う。あんたが味方してくれるって言うんなら、これほど頼もしいことはないね。

あんたを死なせるわけにはいかない。だから無茶をするつもりはない。

でも、この機体のミサイルと弾を全部撃ち切るくらいの抵抗はさせてもらう…ジオンなんかに、エルサの兄貴を、陸戦隊のやつらをやらせはしない!

 私は操縦桿を前に押し倒した。機体が急降下を始める。

高度がぐんぐん下がり、眼下に、黄土色に迷彩したモビルスーツの群れが見えてくる。数は…20?いや、30?かなりの大部隊だ…

モビルスーツだけじゃない、戦車らしい影も無数にいる…こんなのに追いつかれたら、戦車部隊はひとたまりもない!

「少尉!レーザー照準、完了!いつでもいけます!」

エルサの怒鳴り声が聞こえた。こんな、私でも白んで来ちゃいそうなマイナスGの中、あんたよくそんなことやってくれるよね!ありがたい!

「1番、発射!」

私は操縦桿のボタンを押しながら、同時にトリガーを引いた。ガトリング砲がうなって、曳光弾が地表めがけて伸びていく。

高速降下しながらの銃撃だ、いつものとは一味違うよ!曳光弾がモビルスーツに当たって、火花を散らしている。

効いてる!そうしているあいだにミサイルがその中の1機に突き刺さって爆発した。

よし、まず一機!私は操縦桿を引いた。とたんに、慣性で体に猛烈なGがかかる。だけど、これくらい!

私は背骨が粉砕されそうな程の重みに耐えながら、コンピュータを操作して火器管制システムを切り替える。

エルサが取り付けてくれたレーサーサイトに内蔵されたカメラの映像が、レーダーモニタ下にある小さな液晶に映し出された。

喰らいなよ!

私はさらに操縦桿のボタンを押す。胴体の下に無理矢理に取り付けていた無誘導爆弾がバラバラと落ちていく。

爆弾は、地面にカーペットを敷くように列になって爆発を起こして、さらに数機のモビルスーツを巻き込んだ。
 


 「エルサ!」

「だ、大丈夫です!」

体にかかるGを逃がすために、降下しながら大回りに旋回する。声をかけたエルサからは、まだ、力強い返事が返って来た。

よし、それなら!

 私は操縦桿を引っ張って、さらに旋回する。再び、正面にモビルスーツの群れを捉えた。

と、モビルスーツ群から、パパパと閃光が放たれた。来る…あの砲弾だ!

私はスロットルを押し込んだ。機体めがけて飛んでくる砲弾と高速ですれ違うと、次の瞬間にははるか後方で爆発を起こした。

「レーザー誘導!」

「…いけます!」

「よし、2番、発射!」

エルサと息を合わせて、私は二本目のミサイルを発射した。

今度のは、モビルスールの脚の付け根あたりに命中して、爆発はしなかったもののその場に擱座した。

喜んでもいられない。そろそろ、あのマシンガンの射程距離だ。私は機体をロールさせて高速のまま旋回して距離を取る。

一瞬、敵のマシンガンが発射されるのが見えた。でも、残念。そのマシンガンの弾は、この機体よりも遅い。

この速度なら、絶対に当たらないのは実戦で証明済みだ。機体はそのまま無傷でモビルスーツの群れから離れた。

 キャノピーの向こうに広がる敵の状況を見る。4機撃破…無誘導爆弾の効果は今ひとつ、か…でも、まだまだここから、だ!

「少尉!5時方向!」

エルサの声がした。私がそっちを見やると、キラキラと光る何かが動いたのが見える。航空機…?

いや、あの機体…昨日の、ジオンの戦闘機だ!

「エルサ、レーザー照準!あいつらと接敵する前に、ミサイルを使っておきたい!」

「了解、照準…!目標4、マーク!」

「発射!」

私は立て続けに発射ボタンを押し込んだ。ミサイルが飛び出して、白煙を引きながらモビルスーツに迫る。

モビルスーツはマシンガンを撃ち始めた。その弾幕に、ミサイルが一本弾けて爆発を起こした。

その爆炎をくぐり抜けて、残りの3本がモビルスーツに直撃して

爆発を起こす。よし、7機目!

 「少尉!敵戦闘機、きます!」

気がつけば、私は敵の戦闘機10機程に囲まれていた。それでも、私は冷静でいられた。こいつの機動は昨日確認した。

ずんぐりしたあの頭じゃ、空母と同じように、空力的に無理があるんだろう。機動は鈍いし、旋回時の速度もない。

数は驚異だけど、落ち着いてひとつずつ叩けば…!

「エルサ!戦闘機動に入るよ!」

「了解、覚悟してます!」

エルサの返事を聞く前に私は機体を駆っていた。敵は、2機5編隊の10機…出てくるからいけないんだからね!

 私は、旋回中にHUDの中に飛び込んできた2機に向かってトリガーを引いた。一連射の50mm弾が弾けて、2機とも空中で分解する。

と、敵機は機銃を撃ち込んできた。でも、てんで的外れ。地球の空で私達航空隊に勝とうなんて、甘いんだよ!

私は戦闘軌道を駆使しながら断続的にトリガーを引き続けた。1機、2機、3機、と敵が空中で弾け飛んでいく。

気がつけば、私が最後の2機を追い詰め、最初と同じように一連射で、敵を空中に散らせていた。
 


 よし、残りミサイルが1発と、機銃弾が300発弱…モビルスーツめ、もう少しだけ私と遊んでもらうからね…!

そう思って、機首をモビルスーツ隊に向けたときだった。ひどいノイズ音とともに、無線が鳴り響いた。

<ガーッ…ザーーす、ザザザーーら、撤退中の、隊、現在、敵モビスルーツ隊と戦闘――支援頼む、繰り返す―――

今の無線、陸戦隊?まさか、あっちにももう、敵が!?だとしたら、こんなところでこの部隊を相手にしている場合じゃない。

向こうへ援護にいかないと…!

「少尉、今の無線…!」

「ええ、分かってる!すぐに向かうよ!」

私は機首を西に向けつつ上昇した。後方から、ジオンがあの砲弾を撃ってくる様子はない。

ひとまず、向こうはこっちの一撃で泡食ってるんだろう。いい気味だ、ジオンめ!

「フィリップ、フィリップ聞こえる?」

<こちらフィリップ!カレン、無事か?>

「なんとか。そっちは陸戦隊と合流できてる?」

<いや、それがな…>

私が聞くと、フィリップは口を濁した。私が状況を聞く前に、視界に味方機が映った。あれは、フィリップ達?

なにをやってるの、こんなところで…!?

<少尉、俺たちも連れて行ってください>

声が聞こえた。これは…クラーク?あの生意気なヒヨッコ、こんなときに何を言ってる!

「ふざけないで!あんたたちを戦場に引っ張ったら、一瞬で木っ端微塵になるよ!」

<戦闘の方法は少尉から学びました。俺たちも戦えます!>

「戦闘の方法?戦闘機動の1つや2つできたところでどうにかなると思ってるんだったら大間違いだよ!」

私は苛立ち紛れに無線にそう怒鳴ってから

「陸戦隊の支援に行く。あんた達は黙ってついてくればいいんだ!」

と言い捨てた。こんなときに、まったく、余計な手間を増やさないでよ!私は、ヒヨッコ達についてくるように指示をした。

私の言葉に士気を折られたのかどうなのか、ヒヨッコ連中は一様に黙って、それでもちゃんと私のあとについてきた。

「よくと止めておいてくれたね、フィリップ。感謝するよ」

<いや…無駄死にさせるのも、気分が良くないからな>

私の礼に、フィリップは相変わらずの様子で言ったけど、まぁ、今回ばかりは責めないで置いてやるとしよう。

 「少尉…!」

不意に、エルサの声がした。

「なに、エルサ?」

「あれ、なんでしょう…?10時の方向…ほら、あの大きな砂丘の影に…」

エルサが後ろから手を伸ばして来て、必死に何かを指している。私は機体を傾けてエルサの示しているその何かを探した。

すると、確かに砂丘の影に何かが見える。なんだろう、あれ?何かのパーツみたいだけど…敵部隊が落として行った物…?

「カメラで確認してみます」

エルサはそう言って、レーザー照射機を操作した。私の方の液晶画面にも、その映像が映し出される。それは、腕のようだった。

あれは、モビルスーツの腕?いえ、でもおかしい…あれは落ちているんじゃない。まるで、あの砂丘に隠れているような…
 


 私は気がついたらその方向へと機首を向けていた。急がなきゃ行けないのは分かってる。

でも、あれは妙だ。私は、距離があるのを分かりながら、あえてトリガーを短く引いた。

曳光弾が数発伸びて行って、砂丘にぶつかって砂を巻き上げる。と、その腕が動いた。

次の瞬間には、砂丘を押しのけるようにして2機のモビルスーツが姿を現した。

 でも、その2機は今まで見てきたのとは別物だった。それぞれ違う形をしている。

1機はトゲツキに似ているけど、肩にトゲもシールドもついてない代わりに、何か小さなポッドのようなものをつけている。

妙にヒトツメがでかいし、今まで見てきたのとは色も違う。

 もう1機はトゲツキと見分けがつかないくらいだけど、でも、アンテナの形状やトゲ付いた肩当ての形も違う。

なにより、こいつは今まで見てきたヤツ以上に角張って、追加の装甲らしい物をつけている。なんなんだ、こいつら?

どうしてこんな位置に、たった2機で…?

「少尉、あれ…もしかして、偵察型か何かじゃないんですかね…?」

偵察型?どっちが?いや、あの一つ目がでかい方、か…確かに装甲は薄そうだし、シールドも持ってない。

あの手に持ってる銃のような物も…敵を攻撃するには小型過ぎる…偵察型か…てことは、もう1機は護衛?

もしかして、あいつが陸戦隊の位置をさっきの部隊に知らせていたんだとすれば…そうか、ジオンはただ闇雲に進撃してきていたわけじゃない。

こいつで事前に綿密に情報を得ていたんだ…だとしたら!

「エルサあいつらを叩こう!こっちの位置なんかを報告しているんなら、潰しておけば、撤退の助けになる!」

「了解です!ミサイル、残り1発でしたよね!?どっちに照準しますか!?」

「偵察型に見える方に!」

「はい!照準します…行けます!」

「よし、発射!」

最後の一発だ…当たってくれ!ボタンを押して飛翔を始めたミサイルが白煙を引きながらモビルスーツに迫る。

護衛機と思しきモビルスーツが発砲を始めた。待って、あのマジンガン…今まで見てきたのとは連射速度が違う…?

まさか、改良型!?次の瞬間、ミサイルが空中で炸裂した。

「ミ、ミス!ミサイル、空中で爆発!」

やられた…!あの護衛機の方、地球での戦闘に特化された新型なんだ!

まずい…このままだと、あいつらに陸戦隊の位置がバレたままになる可能性が…どうする!?

残りの武装は私の機体のガトリング砲と…あとは…!私はそこまで考えて思い出した。まだ、無誘導爆弾を下げてる機体があった。

ベネットだ…あいつの機体は、ナポリで爆装させておいた…

「ベネット、聞こえるか?」

<…はい、少尉…>

ベネットの、こもった声が聞こえてくる。

「私が援護する…抱えてる爆弾、全部あいつらの頭に降らせるよ」

<…っ!>

ベネットの同様が、息を呑む微かな声で伝わってきた。頼む、ベネット…ここでやらないと、エルサの兄貴が…陸戦隊が!

「ベネット…これは命令…投下機動に入って」

私は、気持ちを押し殺して、ベネットにそうとだけ伝えた。

<…りょ、了解…>

震えるベネットの声が聞こえた。編隊からベネットの機体が離れて来る。私は、一息、深呼吸をした。
 


落ち着いて、敵の注意を引かなきゃ…ベネットの接近を悟られないように…

 私は、覚悟を決めてスロットルを押し込み、操縦桿を倒した。機体が急降下して、地上から1000mもない高度へと位置取る。

残り少ない機関砲のトリガーを、私は引いた。轟音とともに曳光弾が飛び出してモビルスーツを襲う。

次の狙いは、ミサイルを撃ち落とした方だ…あいつの注意さえ引ければ、偵察型はおそらく撃てない!

 曳光弾がモビルスーツの装甲に当たって弾け飛んでいる。やっぱり、装甲も強化されてる…!

だとしたら、狙うのはあの一つ目!私は機体の位置を調整してさらにガトリング砲を撃ち込み続ける。

モビルスーツはこっちの狙いがわかったのか、マシンガンを握った右腕を上げて顔を隠し機銃弾を防いでいる。

それでいい…もう少しだけ、その場に留まっててもらうんだからね!

<と、投下位置に到達…無誘導爆弾、投下します…!>

ベネットの声が聞こえた。よし、行ける!そう思った次の瞬間、モビルスーツが体制を変えた。

一つ目を守っていたのとは反対の、左腕を突き出した。その腕には、箱のような何かが取り付けられていた。まさか―――

「ベネット!回避行動!」

私が怒鳴るのと、モビルスーツの腕に付いた箱からミサイルが飛び出すのとほとんど同時だった。

<わっ…あぁぁぁ!>

無誘導爆弾を投下した直後のベネットの悲鳴が聞こえた。でも、機体は回避行動を取らない。あいつ…なにやってるんだ!

「ベネット!旋回して!」

私が再度怒鳴ったけど、ベネットは返事はおろか、回避なんてしないでそのまま真っ直ぐに飛び続けている。

頼む、頼むよベネット!落ち着いて回避してくれ…ベネット!

「避けなよベネット!!!」

ズズン、と轟音がして、ベネットの放り出した無誘導爆弾が、2機のモビルスーツを直撃した。2機とも、その場に擱座する。

だけど―――

 モビルスーツの放ったミサイルもまた、ベネットの機体に直撃していた。ベネット機が、空中で爆散した。

「ベネット!」

<ガ…カレンさ…イ、イヤだっ…助けて、少尉…!ザッガ、ザーーーン少尉!少尉、助けて――――

破片が、地上へと衝突して、鳴り響いていた警報も、ベネットの断末魔も、聞こえなくなった。ベネットが…やられた…?

あんなに、戦闘を怖がっていたのに、あいつ…あんなに戦いたくなかったのに…

それなのに、私、あいつに命令して…それで…あいつは…わ、わ…私の、私が命令したから…私の、せい、で…

胸の奥から、吐き気のような感情がこみ上げてきた。殺した、ベネットを、私は殺したんだ…戦闘を強要して、それで、私は…!

 私は気がつけば絶叫していた。言葉になんて、ならなかった。

守らなきゃいけないあいつを、隊長から託されたあの後輩を、私は、死なせたんだ。自分の命令で、あいつを…殺しちゃった…!

「少尉!少尉!しっかりしてください!少尉!」

エルサが後ろから手を伸ばして私の肩を掴んだ。その感触と、声で、微かに正気が戻る。

「少尉…!泣くのはあとにしてください!あなたが折れてしまったら、もっと犠牲が出るかもしれないんですよ!」

エルサは私に言った。分かってる、分かってるよ、エルサ。あのヒヨッコ達や、陸戦隊は守らなきゃいけないんだ。

こんな私には荷が重いけど…それでも、私は、託されたんだ…
 


 私は、返事もできないまま、操縦桿を引き上げて機体を上昇させて編隊に戻った。誰も、誰ひとり私に声を掛けてこなかった。

悪かったね、ヒヨッコ達。こんな出来の悪い指揮官に命を預けなきゃ行けないなんてさ…本当に…本当に、ごめんね…

 そうとしか、思ってやれなかった。どんなに謝っても私に変わってくれる人なんて今はいない。私がやるしかないんだ。

責めたきゃ、責めてくれ。私は、それだけのことをしてきちゃったんだから…

 私はそれからしばらく、そうやって、自分の不甲斐なさをただただ噛み締めていた。

<12時方向、戦闘の痕跡>

どれくらいたったか、フィリップの声が聞こえてきた。ふと、私はキャノピーの向こうに目をやった。

そこには、地上にいるモビルスーツに機銃や爆弾を浴びせかけている戦闘機隊の姿があった。さらにその向こうには、陸戦隊の影。

そして、青く広がる海が見えた。あの部隊は、友軍?ヨーロッパ方面軍?それとも、北米の部隊?

私は、乱れていた呼吸を整えて、深呼吸をして気持ちをなんとか立て直す。それから無線に呼びかけた。

「こちらは、中央アジア方面から撤退中の部隊、戦闘中の連邦軍機へ!応答願う!」

でも、返事はない。ハッとしてレーダーを見やると、いつの間にか、ホワイトアウトしている。ここにもミノフスキー粒子が…!

こっちが味方だって伝えないと、戦闘の邪魔になる!私は咄嗟に、操縦桿を左右に動かして、機体を交互に傾ける。

友軍だって合図。すると、その中の一機が、こっちへ機首を向けた。そして、そのキャノピーがピカピカっと不規則に点滅を始める。

あれは…発光信号?…これは、無線の周波数?

 私はそのことに気がついて、コンピュータを操作し、無線の周波数を変えた。

「こちら、連邦中央アジア方面軍の残存航空隊!交戦中の部隊へ!こちらは友軍だ、繰り返すこちらは友軍機だ!>

私はそう無線に向かって怒鳴った。すると、すぐに返信が聞こえてくる。

<こちら、ジャブロー防衛部隊所属の戦闘飛行隊。俺は、レオニード・ユディスキン大尉。そっちは?!>

ハスキーがかった、男の声。彼は私に聞いてきた。

「大尉!私は、カレン・ハガード少尉です!地上部隊の撤退はまだですか!?」

<まだ、東海岸からの輸送船団が到着していない。もう少し時間がかかる>

くっ…まずいね…もたもたしてたら、さっきの部隊にここがバレる…あの偵察型は潰したけど、既に情報が回ってないとは言い切れない…

「現在交戦中のモビルスーツは、敵の斥候です。本隊は、10マイルのところまで迫ってきています。モビルスーツ30機、戦車部隊が80ほどです!>

私の報告に、この大尉も、それから、他の部隊員も、息を呑む様子が聞こえた。

無理もない…あれだけの数を相手にするのは、絶望的過ぎるから、ね…

<30…とてもじゃねえが、やり合える数じゃないな…そっちの部隊、戦闘は可能か?>

「彼らは、教科未習のヒヨッコです!訓練施設からなんとか脱出してきたところを私の部隊が保護しましたが、

 こちらに向かう敵部隊と遭遇して、私の部隊は私と、もう一人のみ生存。他の8機は撃墜されました。ヒヨッコ達にも、5機、被害が…」

私がさらに現状を説明する。また、無線が音声を失って黙り込む。でも、それも束の間、別の声が響いた。

<隊長!>

指示をくれ、とそう訴えるような、女性の声。

<落ち着け…各隊、各機へ。敵の本隊が迫ってる。これより、オメガ隊は、敵本隊へ向かって陽動に入る。支援してくれる隊があれば、頼む>

大尉は、落ち着いた口調で、そう言った。それから思い出したように

<おい、脱出組!お前らは、ここに残って陸戦隊の上空で待機していろ!ヘイロー!こいつらの面倒は任せたぜ!>

と怒鳴ってきた。
 

 


<おい、脱出組!お前らは、ここに残って陸戦隊の上空で待機していろ!ヘイロー!こいつらの面倒は任せたぜ!>

と怒鳴ってきた。

<ったく、オメガの旦那は人使いが荒いねぇ。おい、お前ら、さっさとこっちの斥候を叩いちまうぞ!

 脱出組!こちらはジャブロー防空戦闘飛行隊のヘイローだ!俺は隊長をやってるアイバン・ウェルタ大尉。長旅ご苦労だったな!

 あとは俺たちがやる、安全な高度で高見の見物でもしていてくれ!>

「ですが、大尉!」

私は大尉の言葉をそう遮った。また守られるのか、とそう思ったからだった。

この人たちも私達を守ろうとして危険な目に合わせるんじゃないか、ほとんど反射的にそう思ってしまっていた。

でも、その直後、眼下でモビルスーツが1機、爆発を起こした。

<はっはー!陸戦隊の戦車部隊が息を吹き返したぞ!そのまま援護射撃頼む!残り1機、美味しいところはこっちがいただかせてもらうぜ!>

ヘイロー隊の別の隊員らしい声が聞こえてきたと思ったら、また爆発が見えた。でも今度はモビルスーツじゃない…空中だ!味方機が落とされた!?

さらに爆発。今度は残っていた最後のモビルスーツだった。斥候らしい敵モビルスーツは、全て片付いたらしい。

<はは、コリンが敵モビルスーツと刺し違えた>

私の心配をよそに、そんなのんきな笑い声が聞こえた。

<コリン、無事だろうな?>

<いやはや、間一髪…すんません、今のは完全に油断でした>

見ると、空中にユラユラと揺れる白いパラシュートが見える。無事に脱出できたようだ。私は思わず胸をなでおろしていた。

<ったく、お前は、オメガのフレートといい勝負だな。あー陸戦隊の諸君、疲労困ぱいなところすまないが、そのバカを回収しておいてくれ。頼むよ>

隊長のウェルタ大尉の呆れた声が聞こえる。その声にすぐに返事が聞こえてきた。

<こちら陸戦隊。支援に感謝します。貴隊のエース殿はこっちで回収します、ご心配なく>

<エースだなんで呼ばないでやってくれ。そいつはただの向こう見ずだからな>

待って、今の声…!

「兄ちゃん!」

エルサが叫んだ。そうだ、今の声は、間違いない。エルサの兄貴の、カルロスだ。

<エルサ…お前か!?>

「うん!良かった、また、生きてた!」

<あぁ、お陰様でな。お前、今どこにいるんだ?>

「すぐ上を飛んでるよ!」

エルサがそう言って、キャノピーに顔を押し付けて真下を見下ろしている。私は、編隊から離れて、陸戦隊の上空でクルリと旋回してやる。

<その機体か…カレン少尉、聞こえていますか?>

「あぁ、聞いてるよ」

<エルサをありがとうございます…>

カルロスの涙声が、私にそう言って来た。でも、当の私は、そんなことを聞いている気持ちの余裕なんてなかった。

エルサも、兄貴も無事で良かったとは思う。でも…それにしたって、私には落ち度が多すぎた。

ヒヨッコ達が撃墜されたのも、私がうつつを抜かして警戒を怠っていたから。

ベネットを死なせてしまったのも、私があいつの特性を考えないで命令をだしてしまったせい…。

私は、結局、失わせてしまった方が大きいんだ。託されたのに…任されたって言うのに…!

 カルロスの言葉に、私は返事をできなかった。だって、なんて返せば良かったんだ?

何かを言おうとしたら、きっとまた皮肉しか出てこない。それがわかって、私は、ただ口をつぐんでいることしかできなかった。
  


 <おい、お前ら、何をやってる!?>

不意に、無線が鳴った。なんだ?今の声、誰だ!?

<へっ!これ以上、やられっぱなしで黙ってられるかってんだ!>

この声、ヒヨッコのクラークか?私はそのことに気がついてキャノピーの外をみやった。

そこには、ドロップタンクを切り捨てて、編隊を離れていく5機の戦闘機がいた。どれも、ヒヨッコ達…3班のクラーク達の班だ…

「あんたたち、何してる!編隊に戻りな!」

<少尉!俺たちはもう、あなたの指揮にはうんざりだ!逃げてばかりで戦いもしない!俺たちが軍人の姿ってのを見せてやる!>

クラークの声が聞こえてきた。その言葉が突き刺さって、私の言葉を奪う。

<お前ら、いい加減にしろ!少尉は俺達を守るために撤退を選んでるんだぞ!>

別の声が聞こえる。これは、リュウ・ホセイか?

<おい、ヒヨッコども。お前らの腕じゃ、戦闘なんてできやしないぞ>

フィリップの声だ。

<ケガしてるフィリップ少尉よりはマシだ!>

ふざけるな…ふざけるなよ、あんたたち!こんなところで死なせられない…これ以上、私を傷付けないでくれ…!

「やめな!」

私は機体を旋回させてヒヨッコ達を追った。でも、ドロップタンクをつけたままの私の機体は、ヒヨッコ達に追いつけない。

あいつら、あんなにバーナーを吹かして…!オーバーヒートするからやめろってあんだけ言ってやったのに!それでも私は追いすがった。

だけど、ついには、ヒヨッコ達は私の視界から消えた。真っ白なレーダーで位置を確認することも出来ない。

あの本隊のいる方向に向かったのは分かってる…でも…私は、操縦桿をひねって機首を陸戦隊の上空へと戻した。

私は、残った奴らを守らないと…もう、仕方ないんだ…あいつらを止められなかったのも、私に指揮を取る力がなかったせい…

全部、全部、私のせいなんだ…隊長、あんたなんで死んじゃったんだよ、こんな私に、大事な隊を預けてさ…

私に、どうしろって言うんだよ、隊長…答えてよ、隊長!

 また、あの吐き気に似た感情が胸からせり上がってきて、最後には嗚咽になって私の口から漏れ出した。叫んで、喚いた。

そんな私を心配して、なのか、くり返し私の名を呼ぶ、エルサの声を聞きながら。




 





 カラン、と瓶が転がる音がして、私は正気を取り戻した。腕時計に目をやると、もうかなり夜の深い時間になっていた。

起き上がろうとして、身を動かしたとたんに、猛烈な吐き気が胸を付いた。

思わず、そばにあったゴミ箱を引き寄せて、胃の中身をぶちまける。

何度か吐いた末に、すこし気分が収まってきたのを確認して、私は倒れ込んでいたソファーに腰を据え直した。

 あれから、数時間の飛行で、私はジャブローにたどり着いた。エルサの兄貴達陸戦隊は、無事に北米からの船に乗って、大西洋を横断中。

今は、支援に来てくれたオメガとヘイローという二つの隊に代わって、レイピアとゲルプという部隊が、船の直掩についているらしい。

ジャブローへ戻る最中に、オメガ隊の機体の数が一つ足りないことに、私は気がついていた。

聞いたら、私が止められなかったヒヨッコ達を守ろうとして、一緒になって撃墜されたパイロットがいたと教えられた。

また、私のせいで死なせてしまったのか、と思ったら、もう、いてもたってもいられなかった。

 私はジャブローに着いて、この間借りの兵舎に案内されてから、配給の士官に頼んで酒を大量に運び込んでもらった。

それを、文字通り浴びるほど飲んでやった。

本当なら、銃で頭を撃ち抜きたい気分だったけど、あいにく、そんな私の雰囲気を悟ったのかどうなのか、

到着して早々に、オメガ隊の隊長、レオニード・ユディスキン大尉が私から拳銃を取り上げた。

そんなバカを実際にはやらないとは思っても、とにかく気分は最悪だった。

 エルサは、私の状態を見て、そばにいようとしてくれたけど、断った。こんな姿を見せたくなかった。

今は、この兵舎のどこかで休んでいるはず。明日には兄貴もここに到着するだろう。そうすれば、私のことなんてすぐに忘れてくれる。

今は心配されると、苦しいだけだ。

 私は、酸えた口の中を、残っていたビールで濯いで、ゴミ箱に吐き出した。せっかく鈍くなっていた思考が、再びあの循環を始める。

 私達を守るために、いったいどれだけの人が死んだんだろう。バイコヌールの基地のスタッフに、オデッサの東基地の人たち。

隊長達に、その後で向かったカイロ基地の人たち。そして、トンポリ基地の人たちも…私達は、戦えなかった。

そんなにたくさんの命を散らせてまで、守る価値のある人間なんだろうか?ヒヨッコだった彼らは、

もしかしたらその可能性を秘めているのかもしれない。

でも、私はどうだ?託されたヒヨッコや部隊員を守れず、率いることすらできず、むざむざと死なせてしまった私なんかのために、

たくさんの命が消えたんだ。本当に一体、なんのために…?

ねぇ、隊長、あんたは、なんのために、私を生かしたんだよ、ねぇってば…!

 気がつけば、私の頬にはまた涙が伝っていた。眠る前に、あれだけ泣いたって言うのに、どうしてこうも節操なく流れてくるんだ…

そう思って、濡れた頬をぬぐい、目をおおった時だった。

 カツカツと足音がして、それが私のすぐ前で止まったのが分かった。

「よう、だいぶいい感じにキマってるじゃねえか」

ダミ声。私は、顔を上げて声の主をみやった。そこには、思ったとおり、オメガ隊の隊長、ユディスキン大尉がいた。

慌てて立ち上がって敬礼をしようとした私を大尉は手をかざしてソファーに押しとどめた。

「話は、あの小さな整備兵から、おおかた聞いた。ご苦労だったな、ここまで」

大尉は、そう言ってくれた。その言葉は、乱暴な口調なのに、どこか優しくて穏やかで、私の胸に届くような思いがした。

また、涙がポロポロと溢れ出す。

「…私は、ただ、逃げた来ただけです、大尉。何も守れず、戦うこともできず…」

私は、なぜかすがるように、大尉にそう言っていた。

すると大尉は、なんだか意外そうな表情をしてボリボリと頭をかいてから、言った。
  


「ん、聞いてた話と違うな…少尉は、バイコヌールからこっち、一ヶ月のあいだに、敵モビルスーツの撃破11、敵航空空母1、敵戦闘機の撃墜12じゃなかったのか?」

それは…確かに、私の撃墜数だ…

「はい、そうですが…」

私が答えると、大尉は満足げに笑って言った。

「ジオンの地球侵攻に関わる電撃戦でそこまでの戦果をあげたパイロットは、ヨーロッパのウォードッグ隊を除いて、俺は他には聞いたことがねえ。

 トータルのスコアなら、少尉はおそらく全軍の中でもトップクラスだろう」

トップクラス?私が?だって、私は、私は、何も、誰も守れなくて、それで…

「少尉がいなければ、あのヒヨッコ共も、陸戦隊も、生きちゃいねえ。きつい戦線だったろうが、劇的な戦果だ。

 俺はまだ少尉の上官ってわけじゃねえから、ま、褒めてやるのは役違いだが、その勇気と技術に、最大限の敬意を表しよう」

大尉はそんなことを言って、二本指でピッと軽く敬礼をしてから、ニっと笑った。

それから私の前にかがみこんで、私の顔を覗き込むようにして言った。

「明日、少尉に辞令が来る。俺の部隊へ引っ張った。まぁ、変なやつばかりだが…腕に覚えのあるやつらでもある」

大尉は、ポンと私の肩を叩いて、続けた。

「明日12時に司令部へ出頭しろ、わかったな?」

私は大尉を見つめていた。なんだろう、この人は?

まるでこっちの様子を気にしていないふうなのに、ちゃんと私を気遣って、いちいち反応を確認しているのが伝わってくる。

横柄さと、繊細で緻密な配慮が合わさったような、そんな感覚だった。

「おい、わかったのか?」

大尉はまた、私の肩をバンっと叩いた。私はハッと我に返って、泣くことも、悩むことをも忘れて、ただの一言、大尉に言葉を返していた。

「は、はい。了解しました」

 


  



つづく。

カレンさん、やっとオメガ隊に合流す。
 

そうだよなぁ
散々に叩かれて基地から基地への逃避行、少なくない犠牲を出したとはいえ、カレン少尉のスコアはスーパーエースなんだよ
それを誇れない、誇りたくない気持ちはあるだろうけど、否定するのは死んでいったやつらへの冒涜だよな…

乙!

やっぱカレンさんの撃墜数は相当なもんだよな
「逃げてばかりで戦いもしない!」ってクラークが言った時に気になって数えてみて驚嘆したもの
んで、その驚嘆とあいまってクラークたちの件がどうにもな…
カレンの戦果をクラークたちが知らない訳もなかろうに、それでもカレンさんの指揮に従わなかったのか?とね
ひよっことはいえ自分も戦いたいという気持ちがあろうことは分るが…うーん
戦場の重圧にやられたベネットやフィリップの件とも併せてカレンさんが辛すぎるよなあ

>>618
マライアたんの出番はまだですかそうですか(´・ω・`)



ああやっぱり撃墜数のこと、みんな気になってたんだwww
こういう人の積み重ねが地球戦線がギリギリ持ちこたえた理由なのかもね。

しかしこの戦果をなんとも思ってないところはやっぱり軍人に向いてないのね。無理矢理入隊させられたもんね。


イラスト、キャノピーチョイスじゃないのかよwww
ナイスチョイス>キャタピラ!

キャノピチョイスじゃなくてすみませんww
いつもキャタピラさんから「このシーンで」って感じで指示もらってます。。。
あ、でも登場人物の表情とかは文章を読んで感じたままを描かせてもらってますよ?!



アヤとカレンの最初の絡みも楽しみやで

>>633
感謝!
カレンさんは、それでも自分の成果を認められないんですよね…

>>634
感謝!!

クラークたちは結局、カレンがまともに戦ってるところを見てないというのと、
そこはヒヨッコでタカビーな彼らしく、実戦に出ればカレン以上にやる自信があったんだと思います。

あ、マライア登場しますw

>>635
感謝!!!

カレンさんの戦績はおそらく、この時点ではサミュエラやディミトリさんと同じレベルだったんじゃないかと思いますw


>>636
キャノピ乙!

>>639
感謝!!!
絡みます!w


皆さんにお知らせ。

キャノピが大スランプで、アヤレナ達が描けなくなっておりますw
キャノピに励ましのレスを!!w


そいでは続きます。
 




 「あぁ、ここだ」

キュっと言うタイヤの音をさせて、乗せてもらっていた軍用の四駆車が止まった。

「悪いね」

私が言うと、補給担当のその下士官はガハハと豪快に笑って

「なに、構いやしないさ。どうせ通り道だったからな!」

と言ってから、すぐ隣にいた別の下士官に頭を叩かれた。

「バカっ!お前!すいません、少尉、こいつバカで…」

「しょ、少尉!?うげっ!す、すみません!」

二人はまるでふざけ合っているように、そう言って私に慌てて敬礼をしてくる。

ここまで乗せて来てくれるあいだ二人とも私の階級なんて気にも止めなかったのに、

ここへ来て気がついて注意するなんて、どっちもどっちだよね。

「気にしないで。良くしてくれてありがとう」

私は軽く敬礼を帰して、後部座席から飛び降りた。

目の前には「第27航空師団101戦闘飛行隊オフィス」と書かれた看板が打ち据えてある建物がある。

もっとも、同じような航空隊のオフィスが立ち並ぶ一角ではあるから、右を向いても左を向いてもおんなじなんだけど。

 「んじゃ、また何かあったらな言えよな!」

「だからバカ!少尉殿だって言ってんだろ!」

二人はそんな話をして頭を叩き合いながら、手を振る私に笑顔を返して走り去っていった。

 つい1時間ほど前に、私はユディスキン大尉に言われた通りに師団の司令部へと出頭して、そこで辞令をもらった。

この101戦闘飛行隊への異動通知書だ。

司令部へと出向く途中でエルサと会った。

エルサは心配げに私を見つめてくるので、とにかく大丈夫だと言っておいた。

どれほどその言葉を信じてもらえたかわからないけど。

エルサも私と同じく、この第27師団に配属されたようだったけど、どこの部隊かまでは聞いてない。

いや、整備班はまた別の扱いかもしれないな。でも、何しろこのジャブローなら、そうそう危険はないだろう。

早く兄貴と合流できると良いね、と言ってやったら、なんだかくすぐったそうに笑っていたのが印象に残った。

 ともあれ、私の新天地は、ここだ。

こんな私を、昨日あんなにひどいことになっていたのに、それでも拾ってくれたあのユディスキン隊長の面目を潰さないためにも、

これまで以上に気合を入れてかからないと行けない。

そうでもないと、私はまた、この隊で孤立しかねない…

そう思って、私は一度深呼吸をしてから、オフィスのドアをノックして開けた。

 中はシンと静まり返っている。

覗き込んだ私は、そこで男たちが数人、テーブルに突っ伏している姿を見た。

テーブルの上には、酒瓶と空になった料理の皿が数枚乱雑に取り残されている。

「ん…くっ」

不意に声がしたのでそちらを見ると、

ユディスキン大尉が自分のものらしい自分のデスクのイスに座ったまま大きく伸びをしているところだった。
 


「あぁ、来たな。待ってたぜ」

大尉はそう言ってまた、グッと伸びをしてから大声で言った。

「おら、お前ら!いい加減に起きやがれ!」

「ん、なんです、隊長?今日はオフでしょうに…」

「新人のエース様のご到着だ、フレート。お前、お払い箱だな」

「ん、例のカレン、って子か?って、くそ、俺今どんな顔してる?ちょ、ちょっと待ってくれ!

 トイレ行ってくるから少し待て!」

「ヴァレリオ、お前、少尉だからな彼女。うぅ、体が…こんなとこで寝るもんじゃねえな」

「ホントですねダリルさん…こないだ言ってたハンモック、本気で付けません?」

「あぁ、みんなおはよう。あれ、ベルントは?」

「いますよ」

「んだよ、お前ちゃっかりソファーで寝てたのか…つつつ、ダメだこれ、シャワー浴びてから解さねえとな…」

なんだろう、この状況は?い、いや、まぁ、昨晩かなり遅くまで飲んでたんだろうってのは、見てわかるけど…

その、なんていうか…なんだってこんなに緩い感じなの?

 私が困惑していたのを見たのかユディスキン大尉が口を開いた。

「あぁ、すまんな。昨日死んだ、カーターの弔いをやってたんだ」

大尉はあくび混じりにそう言いながら立ち上がった。昨日死んだ…?

ヒヨッコ達を庇おうとして死んだ、っていう、パイロット…?

「あぁ、お前ら、ちゃんと立て。あれ、ヴァレリオどこいった?まぁ、いいか、あいつ。よし、聞け。

 こちらが、本日づけてオメガに配属されたカレン・ハガード少尉だ。

 腕は昨日話したとおり、ジオンの地球降下作戦からこっち一ヶ月でモビルスーツ10機以上、

 敵戦闘機10機以上を叩いた実績がある。対モビルスーツ戦に関して言や、俺たちなんかよりもずっと経験があるだろう。

 ま、そこらへんは明日にでも手ほどきをしてもらうとしようじゃないか。そいじゃ、少尉、自己紹介を」

大尉はそう言って私に視線を送ってきた。私は頷いて、もう一度、小さく深呼吸をしてから口を開いた。

「カレン・ハガード少尉です。元は、バイコヌール守備隊所属でした。

 バイコヌールへジオンが降下してきてからは、撤退に撤退を繰り返しながら、ここまでたどり着きました。

 私なんかがどれだけ役に立てるかわかりませんが、よろしくお願いします」

言い終えると、まばらに拍手が起こった。一部始終を見た大尉は満足げに笑って

「それじゃぁ、いろいろと説明と行こうか。まぁ、座ってくれ。ダリル、コーヒー頼めるか?」

「はいはい、隊長。他に飲む奴いるか?」

ダリル、と呼ばれた大男の言葉に、その場にいた全員が手を挙げた。

「お前は手伝えよデリク」

「あ、バレました?仕方ない、支援しますよ」

「仕方ないってどういうことだよ、見習いめ」

「へへ、すみません、すぐ行きます」

ダリルにそう言われて何が楽しいんだか笑顔を見せたまだ若い子がのっそりと椅子から立ち上がる。

そのあいだに、他の隊員たちがそそくさとテーブルの上を片付けて、私はイスに腰掛けさせられた。
 


 「あーそういや、ぼちぼちのハズなんだが…」

ふと、大尉がそう言って、壁に掛けてあった時計をみやった。

なんのことだろう、と思ってその視線を追っていた私に気がついた大尉が肩をすくめて

「あぁ、いやな。うちの問題児と末の妹がぼちぼち戻る予定になってんだよ」

といった。末の、“妹”?

その意味はどういうことかはわからないけど、昨日、ジャブローへ戻る最中に力尽きて脱出したパイロットと、

その面倒を見るために残ったパイロットがいると聞いた。おそらくその二人のことを言ってるんだろう。

 テーブルの上が片付くのと同時くらいに、ダリルと呼ばれた大男がトレイにカップを山盛りにして現れた。

あとからついてくる小さくて若い、デリクと呼ばれていた子が、湯気の立ち上るポットを持っている。

ダリルは山の中からカップを見繕うような仕草を見せてから、大きな手でつまむように一つを選ぶと私の前に置いた。

そこに、従者のように付き従うデリクがコーヒーを注いでくれる。香ばしい、豊かな香りが私の鼻をくすぐる。

「ミルクと砂糖は?」

「いえ、大丈夫。ありがとう」

ダリル少尉が聞いてきたので、そう断る。

彼は静かに頷くと次は大尉のところに行って、カップを置き、デリクがコーヒーを注ぐ。

それからもうひとりの男にも同じようにして振舞ってから

「お前らは自分でやってくれ」

と周りを見ていった。

 「ま、飲みながら話をしようや」

大尉がそう言って私にコーヒーを勧めてくれる。

「ありがとうございます」

私はカップを口に運んで、すこし驚いた。美味しい!

豆のせいなのか、それとも入れ方のせいなのか…酸味は少ないのに、コクのある渋みが香りと一緒に口の中に広がる。

あんな大男がこんなのを淹れるなんて…すこし意外だった。

そんなことに驚いている私を知ってか知らずか、大尉は話を始めた。

「まずは、まぁ、隊員を紹介しておくか。俺はまぁ、知ってるだろう。

 順番に行くと、まずこいつが副隊長のハロルド・シンプソン中尉だ」

大尉が、ダリル少尉にコーヒーの準備をしてもらっていたもうひとりをさしていう。

「やぁ。いろいろ大変だったらしいね。

 まぁ、ここも楽なわけじゃないけど、少なくとも気を揉んだりする余裕はないだろうから、安心して」

穏やかな笑顔が印象に残る人だ。人の良さがにじみ出ているような、そんな感じがする。

「で、えーっと、次は、あぁ、そうだ、そのデカイの。3番機のダリル・マクレガー少尉。

 コーヒー淹れと、システム関係、それからトラブル起こしなんかが得意だ」

「トラブル起こしは、まぁアヤには負けますけどね」

「違いねえ」

ダリル少尉の言葉に大尉はそう言って笑う。
 


「ん、あれ、次、誰だった?4番機…」

「ベルントですよ、隊長」

「あぁ、そうだった。あれ…ベルントどこいった?」

「さっきからここに座ってます」

大尉とハロルド副隊長のやり取りを聞いていたら、どこからかボソっという声が聞こえた。

見るといつのまにかテーブルに、表情の冴えない男がひっそりと座ってコーヒーをすすっていた。

「あぁ、いたのか。そいつが、ベルント・アクス少尉。存在感のかけらもないんだが、腕は相当立つ。

 まぁ、不思議と目立たないんだがな」

私はベルントに目をやると、彼は無表情でコクっと頷いてきた。私も頭を振ってそれに応えてまた、大尉に視線を戻す。

「次が、我が隊のエース、フレート・レングナー少尉だ。まぁ、もうお払い箱だけどな」

「いやいやいや!それじゃぁまたひとり欠員になるでしょうが!」

「お前のせいで報告書の量が増えるんだよ!いい加減、弾幕に突っ込むのやめろ!」

大尉に揶揄されながら笑っているのは、一見、ヘラヘラとしている男。

だけど、不思議と安心感も覚える雰囲気をしている。エースと呼ばれるにふさわしい物を持っているのかもしれない。

「つぎは、と…ヴァレリオは…いいか、放っておけば…」

大尉がすこし呆れた風に言った。さっきトイレに行くと言った男のこと?

そう思っていたら、唐突に部屋に声が響いた。

「待った!カレン少尉、俺が、オメガ隊のヴァレリオ・ペッローネ曹長だ。

 以後よろしく頼むぜ…あんたのことは、俺に任せておきな!」

ヴァレリオ、と名乗った男は、壁に持たれて何やら物憂げな表情で私をじっと見つめてきている。

「あぁ、あいつは一種の病気なんだ。ほっといてくれていい」

「誰が病気だ!ダリル!」

「お前、アヤがいないからって調子に乗ってると、あとで痛い目に遭うからな」

「うぐっ!」

なるほど、こっちは本当にナンパ男、ってわけね。軽くあしらっておくのが正解みたい。

「それから!最後が自分です!デリク・ブラックウッド曹長です!よろしくお願いします、カレン少尉!」

最後に残った、あの若い子がハツラツとした笑顔で私に言ってきた。人懐っこい感じのする、好感の持てる子だ。

どこか、エルサに通じる人当たりの良さがある。悪い子ではないだろうね。
 


 「これが、今いるメンバーだな。あとは、アヤってのと、マライアってのがいるんだが…と、戻ってきたか?」

大尉がそう言いかけて、ふっと顔を挙げた。表でエンジン音が聞こえる。

そうしているあいだに、バタン、と勢いよくドアが開いて、飛行服に身を包んだ女性が姿を現した。

傍らには、なぜかヘッドロックを決められている金髪の女の子が悶えながら引きずられるようについてきていた。

「いやぁ、ひどい目にあったよ!」

「ははは、随分と早いお帰りだな。海水浴はどうだった?」

「どうもこうもない、捜索隊のやつらがのんびりしてたせいで、すっかりクタクタだよ!」

「アヤさん!痛い!離してってば!」

女性は、ダリル少尉と話しながら大げさに笑う。

ヘッドロックされていた子に抵抗されて、思い出したように彼女を開放してから、私に気づいた。

「あぁ、このうるさいのが、アヤ・ミナト少尉。うちの問題児でトラブルメーカーだ。

 もうひとりは、マライア・アトウッド曹長。デリクと同じく、見習いだ」

大尉がそう私に説明してくれる。それからアヤ・ミナトと呼んだ女性に私を紹介してくれた。

「アヤ、昨日の戦闘でヒヨッコ共を連れてたカレン・ハガード少尉だ。カーターの代わりにうちに来てもらうことにした」

「カーター少尉のことは、残念です。微力ながらお手伝いさせてください」

私は立ち上がってアヤ少尉に挨拶をする。すると彼女はグッと手を突き出してきて、笑って言った。

「あぁ!あんたがそうか!こっちこそよろしく頼むよ!男ばっかでむさくるしくてたまんなかったんだ!」

私がその手を握ったら、アヤ少尉は、まるで太陽のように明るい笑顔で笑って私の手をギュッと握り返してきた。

―――歓迎するよ!カレン!

 気のせいか、アヤ少尉の声が頭に響いてきたような、そんな暖かい心地が、不思議と私の胸に訪れていた。                                                                                                       


  

                                                                                                   



 それから私は、歓迎会とアヤ少尉とマライア曹長の帰還祝いと、

カーター少尉の弔い会という名目で隊のみんなと軽く酒を酌み交わした。

たぶん、飲んで騒げれば理由なんてどうでも良い人達なんだろう。

 特に騒ぐことが好きというわけではなかったけど、

アヤ少尉がダリル少尉とフレート少尉に羽交い絞めにされたナンパのヴァレリオにドロップキックを見舞ったり、

それをけしかける他の部隊員の様子を見てたら、笑いをこらえきれなかった。

 夕方前にはお開きになって、私はそのままアヤ少尉とマライア曹長に連れられて女性兵士用の兵舎を案内されていた。

「アタシとマライアの部屋はとなりだから、なんか困ったら言いに来てくれよな」

アヤ少尉は、最初の時と同じ、あの明るい笑顔で私にそう言ってくれる。なんだろう、この感じは。

不思議と、胸の奥が暖かくなるような、そんな心地だった。本当に、不思議なんだけど…

 自己紹介が終わってから、短い時間で隊についての説明を受けた。

ここのところ、このジャブローにはジオンのあの航空空母が爆弾を満載して爆撃にらしい。

でも、ジオンはこのジャブローの位置を正確につかめてはいないようで、それはてんで的外れだったりしているようだ。

ただ、要所に危険が迫ったときにだけ迎撃するんでは位置をバラしているようなもの。

ジオンが爆撃に来るたびに、戦闘機隊は大挙して迎撃に向かっているって話だ。

それが、もれなくこれからの私の任務になる。

カーターって人が死んでしまった影響で、隊の構成の変更も同時に知らされた。

私は、このアヤ少尉の率いる第三小隊に編入されることになった。

正直にいえば、指揮官でなくてほっとした。

私が指揮なんてすれば、ベネットやあのヒヨッコたちのような目に合わせかねない。

このアヤって少尉がどれだけできるのかは分からないけど、ユディスキン大尉は信用して良い、と言っていたし、

私自身も、この砕け切ってはいても、芯の通った雰囲気を持つ彼女を信頼できた。

 「なにか分からないことあるかな?」

アヤ少尉が部屋や兵舎の説明をしてから私に聞いてくる。私はハッとしてアヤ少尉に視線を戻して

「いいえ、大丈夫。ありがとう、アヤ少尉」

と返事をした。すると、彼女があからさまに不快だ、という表情をして私に言ってきた。

「少尉、だなんてくすぐったいからやめてくれよ。アヤでいい。アタシもカレン、って呼ばせてもらうからさ」

それでも彼女は最後には笑顔になっていた。

「うん、ありがとう、アヤ」

そう答えてやったら、彼女は満足げな笑顔を見せた。
 


 「カレンさん!私も、マライアでいいですからね!」

不意に、アヤにくっついていたマライアがそう言ってきた。ニコニコして、まるでしっぽを振ってついてくる仔犬みたいな子だ。

「うん、マライアもありがとう」

私が礼を言うとマライアは嬉しそうに

「でも、なんだか楽しみ!第三小隊は、女子チームになったんだもんね!これできっと、連携はばっちり!」

と言ってクスクスと笑う。

「まぁ、カレンの腕は言わずもがなだろうけどさ。マライア、あんたは足引っ張るなよな!」

「えー!?ちゃんと機動見せてくれれば覚えるから大丈夫!」

「ったく、泣き虫マライアが言うじゃないか!」

アヤがそう言うが早いか、マライアの頭を小脇にはさんでヘッドロックをかける。

「ぎゃぁぁ!痛い!痛いー!カレンさん、助けて!」

マライアは本当に助けてほしいのかどうなのか、楽しそうにそう叫び声をあげた。

そんな様子に、私はまた、クスっと笑ってしまう。本当に、どの人も賑やかで、大尉が言ったように変わってる。

でも、悪い隊じゃなさそうだね。私はそう思って、心のどこかで安心した。

 それからアヤとマライアは、私の部屋でひとしきり騒いで出て行った。

私もその日はすぐに身支度をしてベッドに入った。

 そして、今朝から、私はオメガ隊の一員として空に上がっていた。

私の腕を見るためと、それから、編隊機動の訓練だ。

 眼下には、鬱蒼としげるジャングル。中央アジアやアフリカ北部のような荒涼とした景色はどこにもない。

それは私にとっては、少し安心できることだった。

あの黄土色に乾いた大地を見下ろすと、また、ここへ来たときのような思考の連鎖にとらわれてしまいそうな気がしていたから。

 <よーし、野郎ども、準備いいか?>

ふと、先ほどから姿の見えない大尉の声がした。いや、姿が見えないのは大尉だけじゃない。

私達はこの空域で、小隊単位でバラバラに散らばって飛んでいた。

お互いの位置報告がないのを見ると、これも訓練の一環なんだろう。

<準備はいいけど、アタシは野郎じゃないって何度言えばわかってくれるんだよ隊長>

<似たようなもんじゃねえか、アヤ>

<ちょ!あたしもいますから!あたし、アヤさんよりもちゃんと女の子っぽいよ!>

<よし、マライア。あんたは後でコブラツイストな>

<しまった、ヤブヘビだ!>

訓練のときも、この調子ね。嫌いじゃないけど、すこし心配…戦闘のときは、引き締めてくれるといいんだけど…

 <よし、まずは第三小隊が仮想敵だ。第二小隊がかかれ。俺たちは上から見物だ>

大尉ののんびりとした指示が聞こえる。戦闘機動訓練なんて、と思うところもある。

モビルスーツ相手にはこんな訓練よりも、対地攻撃をメインにした方がいいとは思うんだけど…

今日のところは、私の様子見もあるようだし、

それに、ここではまだ、モビルスーツよりもあの空母と空母から出てくる頭でっかちの戦闘機がメインだって話だし、

とりあえずは、ってところかな…。
 


<了解。カレン、マライアはまだ日が浅いんだ。悪いけど、見ててやってくれると助かる」

「了解、小隊長。目を離さないようにしておく、先導は任せるよ」

<よろしくお願いします、カレンさん!>

私達はそう言葉を交わした。

 <よぅし、アヤ!吠え面かかせてやる!>

無線からダリル少尉の声が聞こえた。

<はっ、冗談止せよ!負けた方が例のやつ、だからな!>

<望むところだ!>

ダリル少尉の言葉に、アヤがそう言い返す。相手はダリル少尉の率いる第二小隊。

少尉と、それからあのナンパのヴァレリオにマライアと同じ見習いのデリク、って子のはず。

お互いの位置を分からなくしてあるのは、索敵から訓練、って意味合いみたいね。

私は、キャノピーの外へと目を向ける。とにかく、ヘマをして白い目で見られたり、居づらくなるのはごめんだ…

せっかく大尉に拾ってもらったんだから、良いところを見せないと…

そう思うと、何かに迫られるような圧迫感が私の胸にこみ上げた。

私はそれをなんとか追い出そうと深呼吸を繰り返すけど、思うようにいかない。

緊張か…いや、これはもっと違う感触…きっと、怖いんだろう…自分自身を値踏みされて、

また、認めてもらえなければどうしよう、と、心のどこかに植え付けられた感覚が、古傷が開くみたいに疼いているように思えた。

 <妙だな…姿が見えない…マライア、そっちどうだ?>

アヤの声が無線に聞こえる。私は、ハッとして辺りをもう一度見回す。確かに、ダリル少尉の隊の機影はない。

そんなに広い空域ってわけでもないから、少し飛べばどこかでは視界に入ってくるはずだと思うんだけど…

<こっちも、見えない。カレンさんはどう?>

マライアが私に聞いて来た。

 私にも見えない、そう言おうとして、ふと、見えない敵の違和感の可能性が、頭の中でひらめいた。もしかして…!

<ちっ!カレン、マライア!散開!散開しろ!>

私が気づくのとほとんど同時に、アヤの叫ぶ声が聞こえた。

私は、スロットルを押し込み“敵”から遠ざかる上昇機動を取って、高度を上げてから見下ろした。

そこには、私達よりもはるかに低い高度で私達を後方から追いかけて来ていたダリル少尉の編隊が居た。

<えー!嘘!反則だよ!>

マライアの悲鳴が聞こえる。

危なかった…あと1分でも気づくのが遅かったら、確実に摸擬射撃で撃墜されていた距離だ。

<マライア!カレンに着いて行けるか!?>

<えっ…カレンさん、どこ!?>

なるほど、私の機動を追えてなかった、か。本当にまだ見習いらしいね。

「上だよ、マライア。そのままスライスバックはマズイ。シャンデルで上昇しな!私が援護する!」

<あ、いた!了解です!>

<よし、マライアを頼む!アタシが引き付けてやる!>

マライアの返事に、アヤが反応した。

アヤはマライアのようにスライスバックの機動を取っていたけど、“敵”の位置をつぶさに確認していたんだろう。

すぐさま急旋回に入って、“敵”の後ろへと迫っていた。それなら私は、頭を押さえる!
 


 私はインメルマンターンを終えた機体をすぐさまスプリットSで降下させる。

その途中で機体を裏返し左へ、水平方向の急旋回軌道を取る。そこで、上昇してきたマライアが見えた。

下からこっちへ目がけて駆けあがってきている。

「マライア!そのまま私の後ろへ!」

<はい!>

速度と旋回角度を緩くして、マライアの合流を待つ。するとすぐに

<着きました!>

と報告が来た。眼下では、ダリル隊がアヤの接近に気付いて、編隊のまま回避行動のために旋回している。

こっちの出方を待ってる、って印象だ。向かう先を押さえて、アヤに後を託すのが上策、かな…

 そう思っていたのもつかの間、ダリル小隊は突然散開してそれぞれがバラバラに上昇を始めた。

しまった…狙われるのは、私達!

「マライア!インメルマンターン!」

私はそう怒鳴りながら機体を急上昇させる。

操縦桿を固定しながら後ろを振り返ると、私達の機動に、3機は食らいついてくる。

でも、距離はある…これなら、行ける!

「マライア!着いて来てる!?」

<はい、大丈夫!>

「ターンの頂点で、背面のままスロットルを落としてブレーキを掛ける!慌てずに、私の機動を良く見て、着いて来て!」

<え?!えぇっ!?>

そんなマライアの叫び声を聞きながら、それでも私は機体を引き揚げて、背面飛行の状態になる。

「行くよ、マライア!」

そう声を掛けながら、私はスロットルの脇に付いたボタンを押しながらレバー自体も手前一杯に引っ張って、

操縦桿をさらにグイっと引き付けた。体にGが掛かり、シートに押さえつけられる。

でも、その操作で機体は失速ギリギリのところで真下を向いた。

その真正面に、こちら目がけて上昇して来ようとしているダリル小隊の背中が見えた。

<うわっ…うわわっ!なに、今の!?>

私はマライアの声に構わずに、スロットルを再度押し込んで、訓練用の火器管制から摸擬ミサイルロックを起動させた。

HUDの中にレティクルが灯って、ダリル小隊の1機を捉えた。

と、すぐにその機体が上昇をやめて翼を左右に振りながら編隊から離脱していく。
  


<カレン、ナイス!追いこむぞ!>

「ええ、行くよ!」

アヤの声が聞こえたので、それに返事をしながら私はそのままスプリットSの要領で降下しながら“敵”を追う。

下からアヤの機体が駆け上がってきている。と、残りの2機が二手に分かれた。

<カレン、右へ!>

「了解!」

アヤの指示を聞いて私はすぐさま機体を捻って右へと旋回を始めた機体を追う。

<カレンさん!私が行きます!>

不意にマライアの声が聞こえてきた。驚いて後ろを振り返ったら、マライア機は私にぴったりとくっついてきている。

まさか、着いて来ていたの?!見習いだなんて、ずいぶんな言い方…あの機動、私のとっておきだったってのに…!

「気を付けて、マライア!」

<了解です!>

そう言うが早いか、マライアはハイヨーヨーで“敵”に迫って、“撃墜”のマークを点灯させていた。

<やった!デリク機、撃墜!>

マライアの嬌声が聞こえて来る。

<だぁ、クッソー!>

次いで聞こえてきたのは、ダリル少尉がそう呻く声。どうやら、アヤの方もダリル少尉に勝てたらしい。

これで摸擬戦闘は私達の勝ち、ってわけだ。

<ははは!見え見えだよ、ダリル!ケンタッキーバーボン、約束だからな!>

なるほど、例の、って言うのは、お酒、ね。バーボンのことは知らないけど、きっと美味しいんだろう。

 それにしても…。これで、私は、少しは認めてもらえたかな…?正直、あのアヤの機動も普通じゃない。

かなり荒削りな戦闘をするけど、まるで敵の動きを読み切ったような動き方をする。あれはすごい才能だ。

それに、私の機動にぴったりとくっついて来たマライアも、ただの見習いとは思えない。

こんな人たちに認められるのは、そうそう簡単なことじゃないだろうけど、それでも、

今日の私は、それなりにうまくやれた気がする。少し、胸を張れる程度には。

<ははは、ダリル隊が負けたか>

大尉の声が聞こえて来る。

<カレンのとんでも機動にやられました…ありゃぁ、一体どうやったんだ?気が付いたら機首がこっちに向いてやがった>

「終わってから、ゆっくり説明するよ、ダリル少尉」

私はそうとだけ答えるとダリル少尉はまたうーと唸った。

<とにかく、負けは負けだ。隊長、仇討ち頼みますよ>

ダリル少尉の言葉に、私はハッとした。そうか、このあとは、あの大尉の小隊とやりあうんだ。

小隊編成については、昨日説明されたとおり。大尉の小隊は、いわば主力の攻撃小隊。

第二小隊と第三小隊は、基本的に主力の第一小隊の援護が仕事だ、と言っていた。

大尉に、副隊長のハロルド中尉、それからエースのフレート少尉に…あれ、えっと、もう一人は…誰だっけ?
 


 <カレン>

そんなことを考えていた私の前に、アヤがそう声を掛けながら降りてきた。

<ここからが本番だ。気を引き締めてかかろう。隊長に勝てば、バーボンに高級ステーキが付いてくることになってんだ>

アヤの、楽しげな声が聞こえて来る。

なんだか、それを聞いていたら私も不安な気持ちがなくなって、思いがけずに笑ってしまっていた。

「ふふふ、ご褒美、ってわけね。良いよ、やってやろうじゃない」



 





 訓練が終わったのは、夕方近かった。私達は結局、大尉たちの小隊には勝てなかった。

ファーストコンタクトで、フレートとベルントに挟まれたマライアがやられて、

私とアヤとでしばらく奮戦していたけど、アヤが隊長にへばりつかれてしまってからは、

私には残りの3機が群がってきて、とてもじゃないけど、手に負えなかった。

摸擬戦闘が終わってからは、対地攻撃機動の編隊訓練を行って終了。

それでも、ジャブローに戻ってきたのは、夕方近かった。

 格納庫から揃って軍用車でオフィスに戻り、そこでしばらくの反省会をして解散になった。

格納庫で機体から降りてきてすぐに、アヤが私のところにやってきて、あの機動、すごかったな、なんて褒めてくれた。

なんだか、それが素直に嬉しくて、照れ笑いしか返せなかったのが、心残りだった。

オフィスの反省会でも、私の機動について取り扱ってもらった。

そこで私は、今後はモビルスーツ相手の戦闘が主体になってくるから、

あんな機動がどれくらい役に立つかは分からない、と言うほかに、

ムズムズするお褒めの言葉から逃げるすべがなかった。

そんなときになって、自分がいかに褒められてこなかったのか、ってのを実感してしまったのだけど、

でも、彼らに評価してもらえたことは、ひとまず、私にとっては安心できることだった。

 シャワーを浴び終えて部屋に戻って、そろそろ夕食かな、と着替えをしようかと思っていたときに、

コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。

「はい」

私はそう返事をしてドアを開ける。するとそこには、なんだかニヤニヤと嬉しそうな顔をしたマライアの姿があった。

「マライア、どうしたの?」

私が聞くとマライアはなんだか一人で楽しそうに

「ねね、カレンさん、夕食まだだよね?」

と聞いて来た。まだも何も、兵舎の食堂で夕食が始まる時間まで、まだ10分はあると思うんだけど…

そんなことを思いつつ、

「うん、まだだけど?」

と答えたら、マライアはなおも嬉しそうな顔で

「あぁ、良かった!あの、ピザをいっぱい頼んだから、一緒に食べませんか?!」

なんて言ってきた。ピザ、って、ここ、軍の基地だよね…?デリバリーしたって言うの?

この地下基地のためのショッピングモールやらなんてのがある、って言うのは、昨日基地に来てすぐに聞いたけど…

まさか、そんなものまであるなんて、ね。さすがは本拠地。モグラの上層部の皆さんは、考えることが違うらしい。

撤退生活の間は、食べる物も食べられないかもしれない、なんて思っていたのに、ね。

まぁ、でも、そんなことを言ってしまうよりも、今はこのかわいい仔犬ちゃんのような凄腕パイロットのお誘いに乗ってみたい。

ふと、そう言えば、これまで誰かに食事に誘われたことなんて、ほとんどなかったな、って言うのを思い出す。

それこそ、撤退の最中にエルサに食堂へ誘われたくらいなものだったかもしれない。

エルサ…そう言えば、エルサの兄貴、もうここに到着していてもいい時間だな…どこかでちゃんと再会できていると良いけど…
 


 そんなことを考えていたら、いつの間にかマライアが不思議そうに私を見つめていた。

そのことに気が付いて、私は慌てて

「あぁ、ごめんごめん。迷惑じゃなければ、ご一緒させて」

と返事をしてあげたら、マライアはまた嬉しそうな笑顔を見せてくれた。

 それから髪だけ結わいてすぐにマライアに連れられて、隣の部屋へと案内された。

部屋には、どこから持って来たのか円形のローテーブルが置かれていて、

その上にピザの箱が3つとビールの缶にバーボンらしい瓶も並べられている。だけど、アヤの姿が見えない。

マライアを見やったら、彼女も不思議そうに首をかしげて

「あれ、アヤさんどこ行っちゃった?今さっきまで居たのに…」

なんて言っている。

「おっと、悪い悪い」

急に声がしたと思ったら、アヤがドアを開いて部屋に入ってきた。

手には小さなボウル皿を2つ持っていて、小脇に大きめのクッションをいくつか挟んでいる。

「キムラのオッチャンにサラダねだりに行ってきた」

アヤはニヒヒと笑いながら、私に手に持っていたボウル皿を渡してきた。

確かに、中にはポテトサラダに、レタスに玉ねぎのスライスとトマトの乗ったサラダが盛り付けてあった。

「キムラ?」

私が聞くと

「あぁ、食堂の厨房にいる、キムラ給仕班長。大尉、だったかな?人の好いオッチャンなんだよ。

 その下のタムラって中尉のオッチャンの料理はやたら塩っぱいんだけど、キムラのオッチャンのはなんでも旨いんだ」

とアヤは悪びれる様子もなく、そう言う。そうじゃないか、とは思っていたけど、いくら所属が違うからと言って、

大尉をオッチャン呼ばわりするなんて、何と言うか、細かいことを気にしなさそうな、彼女らしい。

そう言えば、一昨日大量に酒を頼んだら何も聞かずに持って来てくれたのも、大尉の階級章をつけた中年の男だった。

あれがそのオッチャン、だったのかな?

「来てくれてありがとな!今日は小隊発足後の初訓練、初勝利の祝勝会だ」

「ふふふ、理由はどうあれ、騒ぎたいだけでしょ?」

「あはは!バレた?まぁ、いいじゃんか。ほら、座ってくれよ!」

アヤは豪快にそんなことを言いながら、持っていたクッションを床に置いてくれる。

私はボウル皿をマライアに渡して、そのクッションの上に座り込んだ。
 


 「カレンさんは、ビールで良いですか?」

「あぁ、うん」

「アタシ、どうしよっかな。ダリルにもらったバーボンにするか…

 いや、まだ早いな。まずはビールからにしとこう。バーボンは食後だ」

 私達はそれぞれの缶を手に持って栓を切り、乾杯をしてささやかな祝勝会を始めた。

 アヤがケタケタと笑ってマライアをからかっては、マライアが笑ったり怒ったりを繰り返す。

昨日の歓迎会でもあったやり取りなんだけど、二人のそんな様子はどうしてか幸せそうに見えて、

二人の姿が、エルサと彼女の兄貴の姿に重なって見えた。

まるで本当の姉妹みたいだな、なんて、そんなことを思わされるくらいだ。

 アヤは、本当に豪快で勢いに任せて動くタイプに見える。だけど、今日一緒に飛んでみて、分かった。

豪快に見える部分の裏には、すごく緻密に物事を考えられるところがある。

勢いで動くのは本質なんだろうけど、でも、単純な無鉄砲って言うわけじゃなくて、

その場その場で、臨機応変に物事に対応できる柔軟さと、

“今”に対応しながら“これから”の対策を打てる、早くそして冷静な思考が出来る力を持っている。

それはきっと、刻一刻と状況の変化する戦場では、何よりも重要な能力の一つだろう。

それに、こんなに横柄な性格なのに、どうしてか憎めない、

ううん、それどころか、引き寄せられるような優しさと明るさを持っている。

そばにいるのが、無条件で心地良くなるような、そんな感じがする。

 マライアは、新米の見習いのはずだけど、今日の反省会でもアヤが言っていたように、

たぶん、空戦の才能は誰よりもあるんだろう。それは、私が見ても明らかだった。

一度見た機動は何か説明をする前からすでに身に着けることが出来る。

もちろん、相手が見知らぬ機動をした際の対応も早い。

それは、単純に技術力によるものだけじゃなく、私には本当に才能と言うしかないくらいの、

感覚的な認識能力に寄る物なんだろうと思える。

ただし、アヤが「ビビり」だと繰り返し言っていたように、いったん状況が悪くなると、

思考が固まって身動き出来なくなる様子を、大尉達の小隊とやりあっているときに見かけた。

あの感じは、ベネットの様子に似ていて、あいつのことを思いだしてしまって、胸が痛んだと同時に、

アヤがしきりに私に言ったように、守ってやらなきゃいけない子だと思わせた。

 二人とも、タイガー隊にはいなかった、不思議なパイロットだ。いや、二人だけじゃない。

オメガ隊にいる皆が、これまで私が出会ってきた人たちとは、どこか違う印象を私に与えてくれていた。

うまく説明はできないけど…まるで、ずっと一緒に空を飛んでいた仲間だったように思わせてくれる、と言うか…

「そういやさ、カレンのあの機動、反省会でチラっとだけ聞いたけど、いまだに動き方がわかんないんだよ。

 もう一回教えてくんないかな?」

ビールをあおりながら、アヤがそんなことを聞いて来た。私は我に返って

「あぁ、うん」

と返事をしてから、あのときの動きについて説明を始める。
 


「まずは、上昇をするでしょ。そのときに後ろをみやって、敵との距離をだいたい図る。

 ターンの終わり直前くらいに、敵が上昇の機動に入るくらいの距離があれば、

 あとはそのまままずはブレーキをかけて、スロットルを引いて…それから…」

「あぁ、ちょっと、待った」

説明の途中でアヤがそう言って立ち上がる。何かと思ったら、アヤは自分の机から戦闘機の模型を2つ持って来て、

その一つを私に手渡してきた。

「アタシが追っかける方な」

アヤがそう言う。こんな席で機動イメージの教導なんて、彼女にはマジメな部分もあるのかな。

そんなことを思ったら、なんだか可笑しくなってしまって思わず笑顔になる。でもそのまま私は動きの解説を勧める。

「で、インメルマンターンならここで水平に戻すけど…

 敵との距離感にもよるけど、背面飛行のまんま、敵の動きを見ながらブレーキをかけて、

 スロットルを引っ張って速度を落として、そうしながら操縦桿をいっぱいに引き起こす…

 敵がそのまままっすぐ上がってくるようなら、そのままの慣性でクルっと回れる」

私はそう言いながら、模型の真ん中を持って、そこを中心にクルっと回転させて見せた。

すると、それを見たアヤがうーんと唸る。

「あぁ、なるほどなぁ…コブラ機動を背面でやるイメージか…」

「だいたい、そんな感じよ。機体が翻って敵を補足したら、スロットルを押し込めばスピードも戻せる」

私が言うと、彼女は自分の持っていた模型を子どもが遊ぶみたいに目の前でくるくると飛ばせてから、

「な、それ、もし敵がまっすぐ上昇してこないで旋回とかシャンデルかなんかに移行したらどう対応するんだ?」

と聞いてくる。

「あぁ、それはね。操縦桿を倒すのもそうだけど、ヨーが有効。

 敵が旋回した方向のペダルを踏み込むと、そっちだけに抵抗が掛かるから機体が自然にロールしてくれる」

私が言うと、アヤは

「あー!そうか、なるほどなぁ…!」

なんて、感心した様子で膝を叩いた。それからマライアを見やって

「あんた良くこんなこと咄嗟にやったな!」

と驚いている。

「それね、あたしも良くわかんなくって。

 とにかく、カレンさんにくっ付いて行かなきゃ、って思ったら、フワっと機体が返ってさ」

「フワっと、ねぇ…確かにあれは、木の葉がフワフワって舞うのに似てたなぁ…」

マライアの言葉に、アヤはまた感心したようにうんうん、と何度もうなずいた。

 あの動きは本当に私のとっておきだったから、褒めてもらえるのは嬉しいのだけど、

ここまでベタ褒めされると、やっぱり正直照れくさい。何とか話題を変えようと思って私は今見ていた様子を二人に伝えた。
 


「二人とも、本当の姉妹みたいだね。仲が良い」

すると、アヤとマライアはなんだか嬉しそうに顔を見合わせて笑った。それからマライアが言った。

「アヤさんはね、私のお姉ちゃんなんですよ!死んじゃったお姉ちゃんと同じくらい好きなんです!」

死んじゃった、お姉ちゃん?私は、その言葉に一瞬、体を固めてしまった。

まずいことを聞いてしまったんじゃないか、って言うのが最初の想い。私も家族を亡くしてるから、分かる。

思い出すだけでも、辛い筈なのに…

 でも、そう思っていたらアヤがヘラヘラっと笑って

「まぁ、そうだな。隊は家族だ。

 ま、アタシなんか家族ってどんなか知らないで育ってるから、本当にそうだ、なんて言いきれないんだけどな」

と言ってから、私の目をジッと見つめてきた。その眼は、私に言っていた。大丈夫だよ、そんなこと。

気にしないよ、って…。

 「カレンさんは、ご家族とかはご無事なんですか?」

不意に、マライアがそう聞いて来た。

アヤも、私のことに興味があったのか、グッと前のめりになって、私をジッと見つめてくる。

 思い出したくはないけど、でも…

二人の話を聞いて、私自身が、今までのことをこらえきれない状態になってしまっていた。

ハラリと、涙が頬を伝った。それを見た、マライアがギョッとした表情を見せる。

アヤは、と言えば、私を見つめた表情のまま、かすかな、でも安心できる表情で、私の言葉を待ってくれていた。

「あっ、あっ…その、えっと、ごめんなさい、あたし、その…」

マライアがそう謝ってきた。。

 正直、思い出したくもない、そう思っていた。

家族のことだけじゃない、死なせてしまった隊長達、バイコヌールにオデッサに、カイロにトンポリ基地の職員…

死なせちゃった、ヒヨッコの10機に…ベネットも…声が、頭の中に生々しく思い出される…

コロニーが落ちる直前に、母さんの掛けてきた電話の声…オデッサ基地の陸戦隊の声、隊長の最後の言葉…

カイロの基地長が、ヒヨッコ達を私に預けてくれた時の言葉も、トンポリの基地司令の私達を気遣う言葉も、

ヒヨッコ達が墜ちて行くときの叫び声…ベネットの、悲鳴…

 私は、いつの間にか自分の腕で身を抱いて、ブルブルと震えていた。

私は、私は、守れなかった…なにも、誰一人、大事な人を…守らなきゃいけない、ってそう思っていたのに…

死なせたくなんてなかったのに…!そんな感情が、嗚咽になって喉からあふれ出てくる。

嗚咽と涙を止めたくて、私は、口を手で覆って、もう片方の腕を目に押し付けていた。

こんなの、ダメだ…こんなの、誰かにみせちゃ、ダメなんだ…
 


 ふと、何か、温もりが私の額に触れた。

ハッとして顔を上げるとそこには、さっきまでと同じ表情のまま、

アヤが、私の前に跪いて、その手を私の額に押し当ててくれていた。

私と目が合ったアヤは、そのままその手で、私の額を前髪ごとごしごしと擦ってから、笑って言った。

「カレン…あんた、そんなにいろんなこと、我慢しなくたっていいんだぞ…アタシらは、同じ隊の仲間だ。

 アタシにとってみれば、家族なんだ。

 アタシの知ってる家族は、辛いのも悲しいのも、嬉しいのも楽しいのも分け合って行くものだって思ってる…

 だから、聞かせてくれないか?あんたの家族のことも、これまでのことも、全部、全部さ」

隊は、家族…分け合うのが、家族…?私の気持ちを、あなたは分けて欲しいって、そう思ってるの?

こんな、身を裂かれそうな感情を、受け止めてくれる、って言うの…?

 そんな言葉は、生まれてこの方、聞いたことがなかったような気がした。

私は、あの家に生まれて、自分を認められなくて、辛くても、それを言えば叱られて…

タイガー隊でも、こらえきれなくなった気持ちを表現すれば、隊から浮いちゃってた、って言うのに…

あなたは…ううん、私は、あなたに今の気持ちを、話しても良いの…?

「良いの…?」

「あぁ、うん…そうしてくれると、嬉しい」

「だって…そんなの…もしかしたら」

あなたに嫌な思いをさせるかもしれない…私の甘えだと、そう思うかもしれない。

情けない、半人前の私が、すがっているだけだって、イラつかせるかも知れない…それでも、あなたは…

「大丈夫、アタシの価値感で話を聞くつもりはないよ。

 アタシは、あんたがどんなことを感じて来たかが知りたいんだ。

 どうしてあんたが、そんな風に我慢しなきゃいけないのか、どうしてそんなに、いろんなものを溜めこんでるのかを、さ」

アヤはそう言って、また、私の頭をクシャっと撫でた。

 もし…もし、私が、彼女に、この目の前の、暖かい女性に何かを…私の気持ちの欠片でも託していいんだったら…

私は、私は…

「…聞いて、くれる?」

私は、気が付いたらそう口にしていた。

「あぁ、うん、もちろん」

アヤはそう言って笑顔を見せてくれた。

「あっ、あたしも!」

マライアもなんだか半べそになりながら、それでもそう言ってくれる。

 おかしいな…なんだか、そんな言葉だけで、そんな笑顔や泣き顔だけで、

どうしてこんなに胸が軋むんだろう、暖かい感情がこみ上がって来るんだろう…

 私は、震える唇を一度だけかみしめて、全身の力を抜いた。そして、私は、私の人生の話を始めた。

今まで、誰にも話したことのなかった、誰にも受け入れられなかった、受け入れてもらえると思わなかった、私の想いを。


  


つづく。


 


タムラ(CV:杉田智和)「塩分が足りないんですけどぉぉぉぉぉ!」

ごめん、ちょっと思っちゃっただけ。
 

おかしいな 俺はガンダムSS読んでるはずなのに、エースコンバットSSと間違えたかな? とか思ったww
いや、悪い意味でなく純粋にかっこいい 俺は空戦よくわからんからチンプンカンプンだがww
でも、このカレンの技って、零式艦戦乗りの木の葉落としなのかな?

乙!

マライアたんktkr!!!!!11
ああ、久しぶりにマライアたんの活躍が見れて満足だ
カレンさんのとっておきの機動を難なく真似しちゃう未来のエースパイロットっぷりにぺろぺろぐへへ

カレンさんもすぐにオメガ隊に馴染めて良かったなあ
つっても生い立ちやこれまでの撤退戦続きやらでたくさん辛い思いしてきたよね
アヤさん太陽にぶちまけて楽になったらいいと思うの
しっかしファーストコンタクトからカレンさんとアヤさんの関係は良い感じなのに、なんであんなに“喧嘩ばかりの悪友(でも実は認め合ってはいる)”みたいな関係になってしまったんだろう?
その辺も後々語られるかな?楽しみでならん

>キャノピが大スランプ
キャノピ様
スランプとのこと、自分は創作系・芸術系の才能に欠けているため聞いた話になってしまいますが、心中お察しいたします。
しがない画家をやっている友人曰く「スランプの時は何をやっても、どんなに頑張っても前に進めない。頑張っても前に進めないから焦って、それでまた頑張って…っていうのをリピートし続ける。ツルツルの床の上を走ろうとするような、前に進もうとする力と状況がかみ合わない感覚。」だそうです。
また、彼は「でも抜け出す時は本当にすんなりと、些細なきっかけや何かのお陰で抜け出せて、後からその時の事を考えてもなんでかみ合わなかったのかわからないくらい急にスッキリするんだ」とも言っていました。
何かが心のつかえになっているのやもしれませんし、焦らずゆっくりと療養されるのも良いかと思います。
描けない自分を責めたりなどしてしまわぬよう、どうか気を楽になさってください。
またあの素晴らしい表情の皆を見れるよう祈っております。

おつおつー

>>ん、あれ、次、誰だった?4番機…
>>あれ…ベルントどこいった?
>>あれ、えっと、もう一人は…誰だっけ?
影薄いはずなのにベルントの存在感がパネェ…

>キャノピ殿
今までの挿絵のおかげで今回の女子会のシーンもくっきりとイメージしながら読めています
↑の長文さんの言うとおりふとしたきっかけでまた復活できると思います、のんびり行きましょう!



「カレンがオメガ隊に編入」
初めからわかっていた事なのになんだこの安心感。迷子になってた動物が自分の群れに「戻ってきた」感じ。なんなんだ。
キャタピラがカレンさんお気に入り過ぎて試練を与え過ぎたせいだなww

連邦の戦闘機なら今回のような機動もできるだろうけどジオンのドップじゃ無理だよな。バラバラになりそうww

>キャノピー
人が描けなければメカを描いたらいいじゃない。
なんて冗談はともかく、
違和感バリバリのままゲラゲラ笑い飛ばしながら描きまくってスランプを強行突破する方法もあるでよ。
描かないと本当に描けなくなるとも言うし。
やり方は人それぞれでしょうが、お早い脱出をお祈り申し上げまする。
自分は本編の最後に描かれた全員集合の絵が好き。キャノピーの気配りが伝わるから好き。

>>660
おかしいですね、キャタピラもなぜこんなに戦闘機小説が書けるのか不思議で仕方ないですw
カレンの機動は木の葉落としと言うよりもフランカーあたりのやるクルビット機動のイメージです。
まぁ、パッと見、同じようなもんですがw


>>661
感謝!

マライアたんは、今回はわき役に徹してもらいますw
カレンさんとアヤさんとの関係は、これからもっと変わりますです、はい。


>>663
感謝!!

やっとベルントの正しい使い方が分かりましたw


>>664
感謝!!!

オメガ隊の暖かさをそんな感じでとらえていただけていることに幸せを感じます。まじ感謝。
カレンさんがどうなっていくのか…分かっているのに楽しんでもらえると嬉しいです。



キャノピが感謝をしておりました!
しかし、キャノピが復帰するのが先か、カレン編が描き終っちゃうのが先か…!
頑張れ、キャノピ!

てなわけで、久々にキャタピラ、バーサク状態で書きました。
続きです。

 





 ガツン、と衝撃が走って、私は目を覚ました。

 何かと思ったら、マライアの腕が私の頭に降ってきていた。

「もう…」

私はため息を吐きながらマライアの腕を押し戻す。と、大きなあくびが出た。

時計を見やると、時刻は深夜の3時を回っていた。

 私はあれから、アヤとマライアに、家のことや、ここに来るまでの経緯を話した。

マライアは途中でたまらなくなったと言いだして、なんでか私にしがみつきながら、それでも話を聞いていた。

アヤは、ただ、ひたすら私のそばに座って、黙って話を聞いていてくれた。静かに、ハラハラと涙をこぼしながら…

 あんな気持ちになったのは、生まれて初めてかも知れなかった。

その感覚は、今まで経験したことのない、暖かな感情を私にくれた。

どう形容していいかわからないけど、もしかしたら、あれが、安心感って言う物なのかもしれない、なんて、

うっすらとそんなことを考えていた。それは、同時に、今まで経験したことのない、嬉しさでもあった。

 それにしても…私はマライアの寝顔を見ながらこの奇妙な状況に、笑いをこらえきれないでいた。

まったく、いくらなんでも、三人してこんな狭いベッドに寝ることないだろうに…。

私が話を終えて、二人にひとしきり言葉を掛けられてからまた泣いて、

それからはまたマライアとアヤがふざけ合っているのを笑っていたけど、いよいよ寝るぞ、となったときに、

私はマライアに強引にベッドに引きずり込まれた。アヤもそこに無理やり割り込んできて今に至る。

それはそれで、なんだか得体の知れない暖かさがあった。まぁ、正直、寝づらかった、というのも本当なんだけど…

そんなことを思って振り返ったら、そこにアヤの姿はなかった。

それもまぁ、当然だろう。さすがにゆっくり眠れる状況ではない。起きて、どこか別の場所で寝ているのか…

私はマライアを起こさないように気を使いながら、そっと2段ベッドの下からはい出た。

するとどこからか

「どうした?」

と声が聞こえた。振り返って見上げたら、そこには上の段で体を起こしアヤが寝ぼけ眼で私と見つめていた。

「あぁ、さすがに狭くてね」

私が言うアヤは二カッと笑って

「そりゃぁそうだよな。アタシも早々に退散させてもらったよ」

と肩をすくめた。それから頭をボリボリ掻いて、

「マライアの甘ったれにも、困ったもんだ」

なんて、なんだかうれしそうに言った。
 


 「今日はありがとう。部屋に戻ってシャワーでも浴びに行ってから寝なおすよ」

私が言うとアヤはクスクスと笑って

「ああ、そうした方がいい。明日は哨戒任務だ。まぁ、出て来てもあの鈍足空母だけだろうけど…

 寝不足だと酔うしな、戦闘機動は」

なんて言う。まったく、その通りだ。

「うん、じゃぁ、また明日ね」

「あぁ、おやすみ、カレン」

「ええ、おやすみ、アヤ」

私はアヤとそう言葉を交わしてドアへと向かって歩く。そして、そのノブを握った瞬間だった。

 まるで耳をつんざくような音量で、部屋の中のスピーカーから何かの音が鳴りだす。

警報音だ、これは!私はそれに気づいてアヤを振り返る。

「空襲警報だ…ジオンめ、珍しく夜襲なんて掛けてきやがったな…!」

そう言ったのもつかの間、警報音に混じって、アナウンスが聞こえてきた。

<こちら、防空司令部。第27飛行師団98戦闘飛行隊、99戦闘飛行隊はスクランブル発進せよ!

 第100戦闘飛行隊、第101戦闘飛行隊は、至急支援準備に入れ!繰り返す…>

 それを聞いた瞬間、アヤがちっと舌打ちをした。101戦闘飛行隊…私達だ!

「ったく、勘弁してくれよな…カレン、アルコール、抜けてるか?」

アヤがそう言いながらベッドから飛び降りてくる。

「えぇ、大丈夫!」

「なら良かった。おい、マライア!スクランブル支援だ!起きろ!」

「ふぇ!?」

私の返事を聞きながら、アヤはベッドに寝ていたマライアを叩き起こす。

マライアも目を覚ました次の瞬間には、このけたたましい警報に気付いたようだ。

「よし、オフィスへ向かうぞ!マライア、走れよ!」

私はアヤの声を聞いてドアを開け放った。そこから3人で走ってオフィスへと向かう。
 


 オフィスのドアを開けるとそこにはすでにユディスキン大尉と、ハロルド副隊長、それにベルントの姿があった。

「隊長、状況は!?」

アヤが隊長に尋ねると、彼は眠そうな欠伸を漏らして

「今はまだ情報を収集中だが…31番エリアの観測所が、敵編隊らしき光跡を多数視認しているって話だ。

 いつも通り、例の粒子をふんだんに使ってレーダーはホワイトアウト。夜襲なんて、今回が初めてだが…

 やつら、目視を奪えば、機動力の差を多少は埋められるってことに気付いたらしいな。

 それに、こっちが照準用に監視ライトでも照らせば、地上設備の配置が良く見える。

 敵にもどうやら、地上戦に慣れて来てる人間がいるらしいな。ったく、迷惑な話だ」

大尉がそう言っている間に、他のメンバーも集まる。

大尉はそこで改めて事態の説明をしてから、全員に出撃命令を出した。

 すぐにトラックで格納庫へと向かい、それぞれの機体に乗り込む。

<こちら、オメガ、101戦闘飛行隊だ。司令部へ。情報の確認を要請>

ヘルメットをかぶるや否や、大尉のそう言う声が聞こえて来た。

<こちら防空司令部。現在、上空でヘイロー、ゲルプが敵空母を複数目視している。

 詳細な数は不明だが、中規模編隊以上は確実とのこと。戦闘の空母群は、対空兵器を増設しているとの情報も入っている>

<露払い機の調整をしてきたか…本格侵攻か?>

<現在、統合参謀本部が判断を勧めている>

<はっ!どうせ全員招集するのに1時間はかかる!司令部の意見を聞かせてくれ!>

<こちらでも敵の状況を確認できていない…オメガ隊は、ヘイロー、ゲルプの直掩に付け。

 レイピアに敵状の偵察を指示する>

<こちらレイピア、了解した。レイピア各機へ。任務了解。

 敵の装備、搭載物、軌道を確認し、目的と目標を割り出すよ!>

大尉と司令部との無線に、そう言う女性の声が割り込んできた。レイピア隊…?

そう言えば、ジャブローに来る際に、輸送船団の護衛を交代しに来たのが、この部隊だったはず…

一連の作戦単位なんだろう。

 そうこうしている間に出撃の準備が整った。整備員が格納庫を開いて、機体を次々に誘導していく。

私もエンジンの出力を上げて格納庫から機体を出した。計器も、エンジンも大丈夫…制動板も問題ない。

火器管制もチェック…大丈夫、ちゃんと機能している。
 


 <よし、オメガ隊、滑走路に到着。離陸指示を乞う!>

そう言った大尉の声の直後、

<こちら3番エリア管制塔。オメガ隊、離陸を許可する。頼むぞ!>

と管制塔からの指示が無線で入ってきた。

<任せろ、ヘマはやらねえさ。各機、遅れるなよ!オメガ隊、第一小隊離陸する!>

大尉の合図とともに、先頭に位置取っていた第一小隊がバーナーを吹かしてトンネルのような滑走路を走り抜け、

こちらからは見えない空へと駆け上がっていく。それを確認した第二小隊も離陸していった。

<よし、アタシら行くぞ!>

「ええ」

<了解です!>

アヤの合図にそう返事をして、私たちは機体を加速させて滑走路を走りトンネルを抜けた先で空へと駆け上がった。

 私たちはすぐに上空へとたどり着く。しかし、あたりは真っ暗。

キャノピーから見上げたはるか上空に、無数の星が瞬いているのだけが見える。

今日は新月、か…敵も、きちんと日を選んでいるらしい。

地上部隊はまだ、サーチライトを点灯させていないようだ。いや、それもそう、か。

こんな位置でライトを点灯させれば、ここに軍事施設があることがまるわかり。

それはそのまま、地下基地の位置をさらすことに等しい。

対空砲部隊の連中が暗視装置や赤外線カメラで敵を識別して打ち上げてくれれば、多少の援護にはなるだろうけど…

それすら、位置を露見させるリスクがある。可能なら、私たち航空隊だけで処理するに越したことはない…

 北の方角で、かすかに曳光弾の破線とビーム兵器らしい光跡が輝いては消えている。

<こちらヘイロー隊。敵を補足している。方位350から南下中。例のビーム砲の他、対空兵器を増設している気配がある>

先にスクランブル発信していたヘイロー隊の声が聞こえる。これは、私たちを保護してくれたあの体調の声だ。

<こちらレイピア。全機離陸完了。これより方位350へ向けて飛行する。ヘイロー、ゲルプ各隊は援護頼む>

先ほど大尉が少佐と呼んだ、レイピア隊の女性隊長の声が聞こえた。

レイピアは、敵の観察、私たちは、先行するヘイロー、ゲルプの援護、だ。

<了解した。こちらオメガ隊。第一分隊でヘイローを援護、第二分隊がゲルプの援護を担当する。

 こんな時間に、ミノフスキー粒子をバラ撒いて接近してくるような連中だ。作戦の真意がわからん。

 各機、警戒を厳にして任務に当たれ>

大尉はそう言ってから、隊の無線に切り替えて声をかけてきた。

<オメガ隊各機へ。分隊飛行に移れ>

<了解>

各機がそう無線に返事をして、いったん今の編隊を解く。

分隊についても、事前に説明を受けていたし、昨日も飛行機動の訓練の際に、実際に組んだ。
 


 私は第二分隊。ハロルド副隊長の指揮下に入って、アヤと私とマライアの第3小隊に、

ダリル少尉を抜いた第二小隊のヴァレリオとデリクが加わる6機編成。

見習い二人を引き受けているとはいえ、彼ら二人の技術は平均的な見習いとはずいぶんと差がある。

前線を戦ってきたパイロットとそれほど引けを取らないはずだ。

それでも、気を使って、らしく、こっちは6機、第一分隊は4機編成だ。

まぁ、向こうは大尉をはじめ、フレートにダリル少尉に…あとのもう一人、腕の立つなんとか、ってパイロットの4人編成。

第一小隊の攻撃的性格をそのままにした分隊だから、それほど心配はいらないだろう。

私にとっては、今はこっちの分隊でしっかりやることが何よりも大事だ。とにかく、マライアとデリクからは目を離さないほうがいいだろう。

そう思ったとき、私の脳裏に、ふっとベネットの声が聞こえてきた。私は首を振ってその声を頭から追い出す。

大丈夫、デリクもマライアも、ベネット以上に腕がいい。マライアの方はベネットに通じる気の弱さがあるけど…

今は、私ひとりじゃない。マライアが信頼しているだろうアヤもいる。あのときのようには、なりようもないんだ。

だから、大丈夫…

 <こちらレイピア隊。敵編隊の高高度上空に到達。各隊へ状況を伝える>

不意に、ブライトマン少佐の声が聞こえてきた。私は集中してその言葉に耳を澄ます。

<敵は、航空空母10機編成。先頭に4機、その後方に、3機編隊が二組、続いている。いずれもV字編隊>

<やっぱそうか…先頭の4機は梅雨払い、後ろの2編隊が主力の攻撃任務を引き受けてるんだろう。

 レイピア1、敵はどの程度の距離で編隊を組んでる?>

<編隊感の距離は、おおむね10キロ…ずいぶんと間延びしているね…>

<ふむ…何か裏がありそうだが…とりあえずは仕事にかかろう。とっととお帰り願うのが一番だ>

大尉がそうとだけ告げて無線を切った。

<了解、こちらヘイロー。迎撃を開始する。オメガアルファ、援護頼む>

<こちらゲルプ隊。こちらも攻撃を始める。オメガブラヴォーの援護に期待する>

先行の二隊がそう連絡を入れてきた。とたん、暗闇に浮かぶ曳光弾の数が増えた。空戦が始まったんだ…こんな暗闇の中で…

<各機へ、こちらブラヴォーリーダーのハロルドだ。夜間戦闘の注意事項、マライア、その1はなんだ?>

<えっと、高度に注意!>

<そうだ。デリク、その2は?>

<敵味方問わず、距離感の誤認に注意!>

<正解だ。目を凝らすんだ。でも、外ばかりじゃなく、計器にも気を配るようにな>

副隊長のハロルド中尉が見習い二人にそう落ち着いて声をかけている。

この中尉も、どこかのんびりした印象の人だったけど、いざ戦闘になると、それが頼もしさに代わるような感覚を持っていた。

 <ハロルドさん、こっちでカレンとマライアを引き受ける。デリクとヴァレリオ、そっちに頼んでいいかな?>

アヤの声が聞こえてくる。分隊内での小隊行動、ね。

確かに、夜間だし、乱戦にならないためにも細かく戦闘単位を確かめておく必要はある、か。

<あぁ、了解した。そっちは任せるよ、アヤ>

<ありがとう。そっちも気を付けてな>

二人が会話をしてる間に戦闘区域が近づいてきている。

まずは、味方機を識別しないと…ミノフスキー粒子でレーダーが効かない。もちろん、IFFもダメだ。

夜間にレーダーもIFFもなしに戦闘をするのは誤射の危険が高まる。それは敵も味方も同じこと。

攻撃にはよくよく注意をしておかないと…
  


 <真っ暗だなぁ…確か、暗闇で敵味方を正確に識別できるのは虫くらいだって話聞いたことあるな。ハチとかアリとか>

アヤが呟く声が聞こえてくる。彼女も状況の危険性は理解しているようだった。

<よし、来たぞ!各機、火器管制をチェック!無線連絡を密に!味方に発砲しないように気を付けろ!>

アヤの声が聞こえてくる。敵の放つ曳光弾の明かりがすぐ近くに見えてくる。

こちらの機体には対空ミサイルと50mmのガトリング砲に、ロケット砲が搭載されていた。

対空ミサイルは、赤外線誘導。うまくやらないと敵のエンジンには食いつかないが、

レーザー誘導兵器は照射を担当してくれる人間が同乗していないと正確にロックはできない。

今積んでいる赤外線誘導のミサイルも、昼間はこの地域の高温多湿の気候のせいで、

低高度だととくに誘導性能が落ちると聞かされていたけど、今は夜間だし多少はマシだろう。

 <こちらヘイロー!敵先頭編隊に攻撃を掛けている!こちらの攻撃の合間を縫って、支援攻撃を頼む!>

<こちらオメガブラヴォー、了解した!>

ハロルド副隊長の声が聞こえた。目の前を、曳光弾でもビームでもないない明かりがとびぬける。

味方のエンジン炎だ。

<各機、掃射!>

私はアヤの声を聴いて、敵がいるだろうあたりにトリガーを引いき機銃弾をバラ撒く。

暗闇にかすかな火花が散って、敵がフラッシュのように浮き出てくる。

なるほど、機銃弾でも敵の位置を知らせる目印になる、か。これなら、ヘイロー隊の支援になる。

<マライア、カレン!右旋回で離脱するぞ!>

さらに続くアヤの指示に従い、機体を右へ滑らせて敵から距離を取る。

私たちの回避したのとは逆側から、再びヘイローが舞い戻ってきて敵空母にミサイルと機銃を浴びせかける。

さすがに厚い装甲らしいけど、敵は無茶苦茶に撃ってくるだけ。こっちの攻撃は一方的に命中してる。

 不意に、夜空がパッと明るく光った。振り返ると、そこにはまぶしい炎を吹いて降下していく敵空母の姿があった。

<コリンがとどめを刺したぞ!>

その名は確か、あの日、陸戦隊を守ってモビルスーツと刺し違えたパイロットだったはずだ。

さすが、腕はいいらしい。
 


 <マライア!炎を直視するなよ!暗闇の視力を奪われるぞ!>

アヤの声が聞こえる。確かに…私はそう思って、敵から目をそらして暗い夜空を見つめなおす。

そんな私の視界に何かが横切った。今のは…味方?

 「アヤ!今のはどこの隊?」

私はとっさにアヤに聞いた。ヘイローは敵の上空へと抜けて行ったはず。この方向には回避してきていない。

今のはどこから?

<…!?こいつら…くそっ!各隊、各機へ!敵は戦闘機を出してきたぞ!あのデカ頭だ!>

<この状況で敵機だと!?やつら、混戦するのがわかってないのか!>

<敵の狙いだ!やつら、こっちの混乱を誘ってこの戦域を抜けるつもりだ!>

敵の狙いは正確だ。混戦になれば、この暗闇でIFFなしに正確に敵味方を識別することなんて不可能。

そうなったら、私達は戦闘機めがけては引き金を引けなくなる。

それどころか、あの空母を狙うことの危険がともなう。これは、まずい!

 <アヤさん!後方から撃ってきてる!>

<…!?いや、待て…!ヘイロー!こっちは、友軍機だ!>

<オメガか!?くそっ…すまない!>

<おい、違うぞ!それは敵機だ!>

<待てよ、じゃぁアタシらを撃ってきてるのは敵か!?>

私は後ろを見やった。機関砲の発射する炎だけが私達を追いかけてきている。あれは、敵なの!?

それとも、ヘイロー!?

「アヤ!右へ旋回しよう!」

<なに!?なんだって右なんだよ!そっちはさっき敵機がとびぬけて行ったほうだろ!捕まるぞ!>

私の意見にアヤの言葉が聞こえてくる。でも、敵味方を識別する方法がいる…

それなら、ヘイローのいない右へ旋回する必要がある…!

「いいから!ヘイロー隊!こっちは右へ旋回する!」

<了解した!合図で行け!3、2、1、いまだ!>

私はヘイローの合図に合わせて操縦桿を倒しながら怒鳴った。

「マライア、アヤ!」

<カレン!勝手なことするな!>

「だったら、ほかに方法があるっていうの!?マライアを落とさせるわけにはいかないでしょ!?」

私はアヤに怒鳴り返す。
 


 <こちらヘイロー!目標は依然、シザーズで回避している!オメガブラボー2、そっちは回避したんだな!?>

<あぁ…くそっ!こっちは回避した!あんたたちの目の前にいるのは、アタシらじゃない!>

<な、なら、行くぞ…撃つぞ…いいな、いいんだな!?>

<マライア!こっちも行くぞ!スライスバックだ!>

アヤの指示に合わせて私も操縦桿を引く。機体が翻り、眼下にどちらかも分からない機体のエンジン炎が見える。

こっちを狙ってきていたやつら、か。

<カレン、あれの後ろにつくぞ!>

「了解、アヤ!」

私はさらに操縦桿を引き続けて、目標の後ろに回る。射程距離だ。

<機銃を使う!ロックしろ!>

アヤの指示を受けて私は火器管制を起動させる。HUD上のレティクルが赤く光って目標をロックする。

そんなときだった。また、悲鳴に似た声が無線に響く。

<ロ、ロックされたぞ!?>

<ちっ!どこから湧いて出た!?>

<アヤさん!>

<あぁ!くそ!混乱しててどっちかわからない…集中しろよ、アタシ!>

アヤの苦しげな声が聞こえてくる。どうする、撃つのか、撃たないのか?今度は向こうに旋回させる?

でも、それでも正確に識別するのは難しい。この混乱で、この数だ。

同じタイミング、同じ機動で動く機体があってもおかしくはない…それなら…

<ヘイロー!こっちは撃つぞ!やられたら、すぐにイジェクションレバーを引け!>

アヤ、撃つ気なの!?味方かもしれないのに!

「待って!アヤ!」

私はそう声を掛けながらアヤの射線の前に出た。

<カレン!何してんだ!>

「待って、アヤ!」

光だ…光がいる。即席でそれをするなら、この方法が一番のはず…!

私はその位置から、敵をロックしたままスロットルを前に押し込んだ。

シザーズを繰り返しながら回避行動をしている目標の編隊がグングン近づいて来て、私はそのすぐ下を潜り抜けた。

さらにバーナーをふかして目標編隊の前を上昇する。

目標の目の前を通り抜ける機動…瞬間的に掃射されればそれまでだけど、でも真下からとびぬけるこの方法なら、

ギリギリまで敵には気づかれないはず…その一瞬だけ、目標をエンジン炎が照らし出せる。

アヤ…彼女なら、その一瞬を見逃しはしないはず…味方を危険にさらさずに確かな識別をするなら…

私ひとりが危険な目に逢うくらい、たいしたことなんかじゃない!
 


 私はスロットルレバーについたバーナーのスイッチを押した。

機体が急激に加速して、Gで体がシートに押し付けられる。それでも私は、操縦桿を引き起こした。

目標の目の前を機体が通過する。次の瞬間、アヤの声が響いた。

<マライア!掃射!>

<了解!>

暗闇に曳光弾の破線がとびぬけて、カッと爆発が起こった。

ジオンのあの頭デッカチな戦闘機3機が炎を上げてはじけ飛んだ。

<カレン!あんた、無茶をするな!>

「ほかに味方に安全な識別する方法があったんなら、聞かせてよね!」

<ふざけんな!あんたを守るアタシの身にもなれよ!>

「私を守って他の味方を死なせる気なら、私なんて守らないでいい!」

アヤの言葉に、編隊に戻りながら私はそう怒鳴っていた。

 <ちっ!撃たれた!脱出する!>

<こちらゲルプ4!混戦で…敵空母へ攻撃する余裕がない!>

<こちらヘイローリーダー!司令部へ!サーチライトの点灯を要請する!このままじゃ、攻撃ができない!>

<こちら防空司令部。敵はすでに当基地上空に差し掛かっている。

 サーチライトを点灯すれば、こちらの位置が知られる。同じ理由から、すでに増援も出せない。

 なんとか対応してくれ!>

<くそっ!地上の腰抜けども、無茶言いやがって!>

<こちらゲルプ1、レイピア、そちらから援護はできないか!?>

<こちらレイピア!こっちも敵戦闘機に絡まれて支援できない…!あぁ、もう!ねぇ、レオン!あんた聞いてる!?>

そう鳴り響いた無線に、ダミ声が響いた。

<あぁ、聞こえてるぜ、ハニー!>

<ふざけてんじゃないよ、こんなときに!>

<ははは、すまねえ!で、なんの用だ?>

大尉の声…いや、待って、今、ハニーって、そう呼んだ…?この女性少佐と大尉は、そういう関係なの?

<おい、作戦中にイチャつくなよ、オメガの旦那!なにかアイデアないのか!?>

<防空司令部へ!こちら上空のブライトマン少佐!緊急事態につき、戦闘指揮をユディスキン大尉へ移譲する!>

<こちら防空司令部…了解した。今の無線記録は削除する。ユディスキン大尉、頼んだ!>

<だぁ!ったく、どいつもいこつも!俺が一言か、諾といったかよ!>

<いいからやりな!このままじゃ、後続の空母が何をするかわかったもんじゃないよ!>

なに?これは…どういうことなの?少佐が大尉に指揮権を移譲するって…!?

 


 <あー、仕方ねえな…こういうときは、大昔の人間の発想をマネするしかねえ…各機へ、一度撤退しろ!>

撤退!?まさか、この位置でこれ以上引くっていうの!?そんなの、基地を無防備にさせるだけじゃない!

「大尉、本気ですか!?」

私はそう上伸した。でも、私の言葉に答えたのは、大尉じゃなく、アヤだった。

<カレン!あんたいい加減にしろ!いいから隊長の命令に従えよな!>

そうは言われたって、命令の真意が読めない…いったい、何を考えているの、大尉は!?

そう混乱していた私に、無線からまたアヤの声が聞こえてきた。

<カレン、隊長が何を考えてるか、なんて、気に留めるだけ無駄だぞ。

 付き合いの長いアタシでも、直前にならないと未だにわかんないんだ…でも、間違ったことは一度もない。

 だから、頼む、隊長の命令には従ってくれ>

アヤの声は、まるで懇願してくるようだった。でも…本当に、信じて大丈夫なの…?

<…そうだな…位置が位置だ。オメガ、レイピアは方位090へ、ゲルプ、ヘイローは方位270へ退避>

南下を続ける敵の両側へ?敵へ進路を開ける、とでもいうの?それとも、挟撃を掛けるつもり…?挟撃?

そうか…この布陣は…!

<なるほど、ね…さすが旦那だ。さえてやがるな!>

ヘイロー隊の隊長の声が聞こえた。ほかの部隊員も、おおむね大尉の考えていることが理解できているようだった。

<一撃離脱の波状攻撃、か…>

ダリル少尉の声が聞こえた。
 
 そうだ。これは、前世紀に起こった大戦中に、まだ、レーダーも誘導兵器もないころに考案された方法。

敵よりも高い高度から、降下しつつ接近して攻撃をしてまっすぐに離脱する。

それを隊ごとにタイミングを合わせて多方向から波状で攻撃を行えば、こんな闇夜の戦闘でも統制がとれる上に、

敵の混乱だけはあおることができる…

レーダーも誘導兵器も無力化された空でなら、こんな古めかしい戦法でも十分に有効、ってわけか…!

<そうだ。各隊、各機へ。やることはわかるな?最大推力で敵に突っ込んでとびぬけろ。

 連絡を密にとって、タイミングと方位だけには気を付けろよ。敵戦闘機が空母の直掩についている。

 衝突を避ける意味で、発砲はなるだけ早めに行って進路を切り開け>

<ははは!まるで騎士の戦い方だな!なら、一番槍は我がゲルプ騎士団が務めさせてもらおうか!>

<ヘイローはそれに続く。狙いは、先頭の露払い機でいいか?>

<いや、やつらは放っておいていいだろう。後続の空母を先に叩こう。

 何かを仕掛けてくるのなら、あいつらの可能性が高い>

<了解した!ゲルプ隊各機、いったん逃げるぞ!ついてこい!>

<こちらヘイローリーダー!ヘイロー各機、俺たちも行くぞ!ゲルプに遅れるなよ!>

<レイピア隊へ。私たちも行くよ。敵に構わず、速度で振り切りなさい!>

各隊がそう声を掛け合って戦域を離脱していく。
 


<アタシたちも行くぞ!カレン、ちゃんと着いて来いよな!>

アヤが棘のある言い方で私のそういってくる。なぜだかそれが、私には腹立たしく感じられた。

いつもの私ならきっと、凹んでしまっていただろうに…

「いちいち言われなくったってわかってるよ!あんたの指揮じゃないんなら、従うにきまってる!」

<なんだと、カレン!>

アヤの怒気のこもった返事を聞いて、私は、後悔した。

また、やってしまった…戦闘のせいで興奮していたというのもあったんだろうけど、

どうしてこうも、私は、自分を孤立させてしまうような物の言い方しかできないんだろう…

でも、そんなことに気落ちしている場合ではなかった。

私はアヤの機体を追って、南下してくる敵から東の方向へと機首を向ける。敵は追ってきていないようだ。

だけど、一息ついている暇もない。これからまだ戦闘は続くんだ。気を抜いて良いわけはないんだ。

 私はそう思って、自分に気合を入れなおした。アヤからの譴責は、降りてから十分に受けよう。

あのときの私の判断は、間違ってはいなかった。もちろん、アヤの判断も当然だった。

だけど、私たちは違う方法を選んで、私は指揮官のアヤの命令に背いて、私自身の方法を選択した。

どうあれ、私に非があるんだ。仕方ない…それを主張したところで、また孤立してしまうだけ…

それなら、私は…自分の感情や発想を押し込めていくしかない。

これまでと、変わらずに…ふぅ、とため息が出た。これが私の生き方、というやつなんだろう。

どうあがいても変えることのできない、私の運命、と言ってもいいのかもしれない。私はそれを、受け入れるしかないんだ。

 無線から、ヘイローとゲルプが攻撃を掛け、効果を上げたという報告を聞きながら私はそんなことを思ってしまっていた。



 





 それから、2時間。私たちは敵への攻撃をつづけ、

敵がそれ以上の侵入をあきらめて方向を転換してからしばらくして上がってきた別の部隊に追跡を任せて、

基地の滑走路へと降り立った。緊張感から解放されたことと、戦闘の疲労で体がぐったりとしてしまう。

それでも私は、無事に地上に降り立った9機と一緒連なって、滑走路から格納庫を目指して機体を走らせていた。

大尉が一撃離脱戦法に切り替えてからしばらくして、フレート少尉が敵の弾幕に突っ込んで火を噴いた。

フレート少尉はすぐさま脱出して、無事。少尉の機体は敵の空母をかすめて爆発し、ダメージを与えていた。

彼はすぐさま、地上を警備していた陸戦隊に保護してもらったらしい。

さすがエースと“揶揄”されているだけのことはある。私は、彼が気を噴いた瞬間は気が気ではなかったんだけど…。

 ほかの部隊にも多少の被害が出たらしいけど、幸いなことに死者は出ていないようだった。

撃墜され慣れているのかどうなのか、どのパイロットもイジェクションレバーへの反応が早い。

それは戦闘機乗りの鏡でもある。そしてそれは、私にとっては何よりもうれしい戦果だった。

 機体が格納庫の前に到達した。前の機体に続いて、格納庫へ機体を入れてエンジンのスイッチを切る。

ヒュウン、と空鳴りが聞こえて、エンジンが止まった。ヘルメットを脱いで、ふうとため息をつき、

体を襲うダルさに身を任せる。

 作戦が終わった。戦闘を切り抜けた。誰も、死なずに、無事に戦闘を終えた。

それは、私にとって初めての経験だった。

あの日、バイコヌールでジオンの奇襲にあった日から、どれくらいの時間がかかったのか…

私は…飛び立ったのと同じ場所に、誰一人欠けることなく、帰り着くことができたんだ。

 そんなかすかな充実感を胸に宿しながら、私はキャノピーを開けた。

整備員らしい姿の兵士が、ラダーを掛けてくれる。ベルトをはずしてそのラダーを降りようと思ったとき、

ヒョコっと良く知った顔がコクピットの中をのぞいた。

「少尉!」

「…エルサ!」

見間違うはずもない。それは、エルサだった。

「お疲れ様でした!無事で何よりです!」

エルサが、あの懐かしい笑顔を見せてくれる。

私はさらに胸の内の充実感が膨れるのを感じて、思わず彼女に微笑みを返していた。

「ありがとう、エルサ。あんたこそ、こんな時間に私たちの受け入れを待っててくれたんだね」

私がそう言ってあげたらエルサはエヘヘと笑って

「班長にお願いして、オメガ隊付きの班に配置換えしてもらったんです、昨日付けで」

なんて言ってきた。それから胸を張って

「また少尉の機体の整備をするために頑張って機付き長になりますから、楽しみにしててくださいね!」

とも言う。まったくあんたは、相変わらずだね…なんだかうれしくなってくるよ。

私は思わずエルサの頭をがしがしっと撫でてやってから

「ありがとう。でも、そこをどいてくれるとうれしいな。さすがに地上に降り立ちたい気分なんだ」

と伝えるとエルサはあっと言う表情を浮かべて

「すみません!」

と苦笑いでラダーを降りて行った。私はそのあとをついて機体から降りる。
 


 他の隊員も、次々に機体から降りて伸びをしたり、談笑したりしている。こんな光景をみるのも初めてだ。

これが、勝利、ってやつなのかもしれないな…。

 「カレン!」

そんな気分も束の間。そう私を呼びつける声がした。

みるとそこには、目を吊り上げて肩を怒らせながらこっちへズンズンと歩いてくる、アヤの姿があった。

傍らには、彼女を止めようとまとわりついているマライアの姿もあるが、

残念なことに役にはたっているように見えない。

 アヤは私のところに来るなり、私の飛行服の胸倉をつかんで引き寄せた。

「あんた!なんでアタシの指示に従わなかった!?」

「すまないと思ってる…でも、味方かもしれないやつを撃たせるわけにはいかないでしょ?」

私はあのときの判断をそういって説明する。わかってもらえるとは、思えないけど…

「それだけじゃない、その前もだ!敵の前に飛び込むかもしれないあのときの右旋回は、無茶にもほどがあった!」

アヤはなおも私を追及してくる。

「あれは、敵の機動からそう危険じゃなかった。

 リスクを天秤にかけるなら、あのまままっすぐ飛んでいたほうがよっぽど危険だった、ってあなたわからないの!?」

私は思い出していた。

二番目の、敵の姿を照らし出す方法は確かに無謀だったし、

アヤの警告後の射撃なら、たとえ味方でも助かる可能性が高かったかもしれない。

でも、最初のは違った。あの方向にとびぬけた敵機は、こちらに背後を見せていたはず。

それなら、あの方向への旋回もそれほど大きなリスクではなかった。

むしろ、後方にいたのが味方機ではなくて敵機だったら、そちらの方が危険だったに違いない。

 私の言葉に、アヤの顔は一層、怒りに歪んだ。その表情は、寝る前に私に見せてくれたものとは別物だった。

まるで私が憎いみたいに、家族を殺そうとした存在みたいに睨み付けてくる。

「だいたい、指揮はアタシの仕事だ!あんたが勝手なことをすると、マライアが危ないんだよ、わかれよ!」

アヤがそう言った。それは、わかる。でも、アヤ、私は、マライアだけじゃない。

あなたも死なせたくはないと思ってる。そのために、私が危険に晒されることになったとしても、ね。

そう伝えようとした瞬間、すぐそばにいたエルサが大声をあげた。

「ちょっと!あなた、さっきからなんなんですか!少尉の悪口は私が許しませんよ!」

「あぁん?なんだ、あんた?整備兵は黙ってろよ!」

「整備兵は、ってどういう意味ですか?あなた方パイロットは私たちなしでは飛べないんですよ?

 それをご理解されているのですか?

 なんなら、少尉の戦闘機だけ機銃が撃てないような整備でもしておきましょうか?

 カレン少尉は、これまでずっと、私を含めたたくさんの人を守るために戦ってきたんです。

 支援もろくにない、ジオンが攻撃を仕掛けてくる最前線の中を、です!

 あなたたちみたいにジャブローにこもってる腰抜けの兵隊とはわけが違うんですよ!」

エルサはアヤにそうまくしたてた。それを聞いたアヤは、私じゃなくエルサの方へと顔を向けて言った。
 


「整備の手抜きをしようってのか?上等じゃないか…そんなのでよく整備兵が名乗れるな!

 あんみたいにえり好みで仕事をしようってヤツが整備して、ちゃんと機体は飛べるのかよ!?」

アヤの言葉に、私は胸の内で膨れ上がる感情を覚えた。エルサが手抜き?エルサが、えり好み?

ふざけるんじゃない…私は、私たちは、この子のおかげで生きてるんだ。この子のおかげで、戦えたんだ!

あの戦場で、レーザー誘導の特性に着目して機体の改造と調整をしてくれなかったら、

この子が私の機体の後ろに乗ってくれなかったら、私も、ヒヨッコ達も、みんなみんな、死んじゃってたかもしれないんだ!

あんたなんかに、この子を悪くれる筋合いはない!

「アヤ、取り消して!この子はそんなことをはしない。この子は誇りをもって整備をしてる。

 私たちを無事に空に上げて、無事に帰ってこれるようにと願ってくれてる。この子を悪くいうんじゃないよ!」

気が付けば今度は私がアヤの飛行服の胸蔵をつかみ返していた。

「カ、カレンさん!アヤさんは、隊の…あたしや、カレンさんの安全のために…」

「あなたもこの人の肩を持つんですか!?小隊長機に乗ってましたよね?この人は!

 危険を顧みないで隊を守ろうとするカレン少尉の動きを理解できない人に、隊を指揮する資格なんてありませんよ!」

「な、なによう、あなた!アヤさんのこと何にも知らないくせに!

 アヤさんの悪口言うんなら、カレンさんの知り合いでも、あ、あたし許さないんだからね!」

マライアがいつにない鋭い目つきでエルサを見やる。でも、今はアヤだ。

「謝って、彼女に。そうでないと、私はあなたを小隊長とは認めない!」

私はアヤにそう言葉を突きつけた。アヤはギリっと歯を食いしばって、私を睨み返してくる。

そして私の飛行服を締め付けていた手にさらにギュッと力を込めて言った。

「いいよ、わかったよ…こういう時は、ウダウダ話し合うより手っ取り早い方法がある」

アヤはそう言って不敵に笑った。アヤの言っている意味は分かる。黙らせるんなら、腕づくで、ってことだろう。

「いいわよ、受けて立とうじゃない。ただし、そっちが負けたら、エルサへの謝罪と小隊長を降りるんだね」

「アタシに挑むなんて、バカにもほどがあるけどな…まぁ、その条件はいいよ。

 アタシが勝ったら以後はアタシの命令には絶対に従ってもらう。それから、そっちの子にアタシに謝ってもらうからな」

アヤが怒りのこもった形相で私を睨みつけてくる。

私も、アヤを目一杯に睨み付けてから、アヤの飛行服を突き飛ばすようにして離した。

アヤも私を小突くようにして開放する。

「ア、アヤさん、それはマズいんじゃないかな…ほ、ほら、みんなもいるし…

 ケンカすることあっても仲間だよ?同じ隊の、ほら、か、家族なんでしょ?」

マライアが猫なで声で急にそんなことを言い出し始める。

でも、アヤは無言でマライアを脇へと押しやって、着ていた飛行服を脱ぎだした。

中からは、白いランニングシャツから覗く鍛え上げられた肉体が姿を見せる。

さすがに、一端のパイロットではあるみたいね。でも、こっちは、私の方もだいぶ心得がある…

小隊長の話は弾みだったけど、エルサへの謝罪はしてもらうからね…泣きを見せてあげる…。

私も飛行服を脱いで地面に放り投げる。そして、アヤに正対する形で睨み付けた。
 


「た、た、た、隊長!と、止めてよ!」

マライアが大尉を呼んでそう頼んでいる。すると、はぁ、というため息が聞こえたと思ったら大尉が

「アヤ、カレン」

と私たちを呼んだ。私はアヤに一瞥をくれてから大尉を見やって宣言した。

「止めないでください、大尉」

「隊長、黙っててくれ。アタシの隊の不手際だ、アタシが処理する」

私はアヤと一緒にそう隊長に告げる。すると大尉はまた大きくため息をついてから、ニタリと笑っていった。

「なら、仕方ねえ。3分1ラウンドだ。それ以上は認めん」

大尉はそういうと、サっと手を振り上げた。

すると傍らにいた整備兵の一人が、どこからともなく、紐で吊り下げたレンチを取り出した。

もう一方の手には、リベットの緩みを打ち直すハンマーが握られている。

何事か、と思ったら私たちの間にダリル少尉がやってきた。

「いいか、凶器なし、急所への攻撃はなし、だ」

ダリル少尉はそう言いながら私たちの手を握って上に持ち上げさせ、ファイティングポーズを強要する。

まったく、お遊びじゃないんだ、とは思うものの、

とにかく私たちを守ってくれたエルサへの謝罪はしてもらわないといけない。力づくでも、だ。

 私はアヤを睨み付けた。ダリル少尉がその場から一歩後ろに下がって手を振り上げたと思ったら、

金属のぶつかり合う音が高らかに響いた。あのレンチとハンマーで、ゴング、ってわけね。

そう思いながら私は、ファイティングポーズをとってアヤを睨み付ける。

 アヤは軽く腕と膝を曲げて、微動だにしない。なるほど、カウンターを狙ってくるタイプみたいだね…

なら、先手を取らせてもらうよ!

 私は、息を吐きながらアヤの膝下を蹴り付けた。アヤはそれを、脚を上げて衝撃を逃がしつつ受け止める。

でも、まだアクションは起こさない。ずいぶんと冷静じゃない…でも、これを受けておとなしくしていられる!?

私は続けざまに同じローキックを二発放った。二発ともアヤの膝をとらえて、アヤの顔が一瞬、苦痛に歪む。

次の瞬間、アヤは眼光を鋭く光らせて私に飛びかかってきた。私はアヤの動きに合わせて前蹴りを繰り出す。

でも、アヤはそれを身軽なステップで躱すと、左腕を素早く伸ばして私にジャブを放ってきた。

コンビネーションが来る!私はそのジャブをガードを上げてさばきながらバックステップで距離を取る。

それでも、アヤはさらにもう一歩こっちへ踏み込んできた。さらに左のジャブが私のガードにぶつかる。

ジンとしびれる痛みが、腕に走った。これ以上、踏みこまれたら、右がくる!

とっさにもう一度ローキックを放ってアヤの出足を抑える。

でも。アヤはそれを読んでいたように踏みこもうとしていた右足を引いて、それを軸にさらにもう一発、ジャブを放ってきた。

ローを蹴った瞬間で体の開いていた私の顔面に、アヤの炸裂する。

衝撃で頭がのけぞりそうになるのをこらえる。次こそ、右が来る…!私は体制を整えながら体をそらした。

次の瞬間、アヤの右の拳が空を切った。

チャンスだ!私はぐっと一歩踏み込んで、アヤの顔面に右のフックを叩き込んだ。

ガツンという鈍い衝撃とこぶしの痛みが走る。
 


「おぉ!」

「アヤがもらったぞ!」

ギャラリーの歓声を聞きながら私は一気に攻めようとジャブを打っていく。

だけど、それをアヤはまたするりと躱して、私の目を見てニッと笑った。

くっ…!しまった!そう思ったときには、切り返してきたアヤの拳が私の左の頬をとらえた。

脳が揺さぶられる衝撃と痛みが走る。それが、私の闘争心を掻きたてた…この女…!

エルサのことなんて、この際どうでもいい…!どうにかして、地面にはいつくばらせてやる…!

ギリっと歯を食いしばって、私は右の拳をアヤの顔面にたたきつけた。

アヤはそれを避けなかった。ガツンというショックと一緒に、アヤがのけぞる。

でも、脚を一歩引いてこらえると、また、私を見てニヤっと笑う。

 なるほど、わかったよ…そういうのが希望、ってわけね…後悔しても、知らないからね…!

 体制を整えたアヤの拳を私も顔面で受け止める。くっ…まともに食らうと、なんて重さ…

でも…負けるわけにはいかない…この女には、負けたくない…!私はその一心で、またアヤに拳を叩き付けた。

それでもアヤはぐっとこらえて私に拳を返してくる。私が殴りつけるたびに、アヤは私を見て、ニヤっと笑う…

どこまでも、いけ好かない女だよ、あんたは!

私はそれを見るたびにそう思って、アヤに殴られてからもう一度殴り返すけど、その笑みは絶えない。

 もてあそばれてる感じじゃない。アヤも相当、参っているのがわかる…でも、どうして?

どうしてアヤは笑うの…?私を嘲笑しているのかとおも思ったけど、そうじゃない。

その笑顔は、まるで、何かを楽しんでいるような笑みだった。

 ガンっと、鈍い衝撃とともに、アヤがのけぞる。

体制を整え、切れた唇の端から流れ出している血をぬぐいながらアヤが低い声で言った。

「楽しいだろ?」

楽しい…?何が?この女、気でも違ったの?そう思っていた私に、アヤの拳がぶつかる。

もう、かなり危ない状況だ。ダメージもそうだけど、脳しんとうがひどい…いつ膝からくずれてもおかしくはない…

でも、私は気力で体を支えた。

「何が楽しいってのよ!」

私はそう怒鳴りながらアヤを殴りつける。

アヤは顔をしかめて、口の中の唾なのか血液なのかわからないものを吐き出して、また笑って言った。

「本気のやりあい、だ…あんたがやりたがってた、な!」

ガツンと、また衝撃。私の方も、口の中は血だらけだ。それにしても、今の言葉…

私がこんなのを望んでいた、っていうの?こんな殴り合いを?…いえ、違う…本気の、やりあい…?
 


そう、私は、初めてだ。こんなに、自分の気持ちを表現できるのが…。

私の怒りを、私の感情をここまで真正面から受け止めてもらえるのは…そう、これは、この行為は…

眠る前に話を聞いてくれた、あのときと同じなんだ…彼女は、それをわかって、私にけしかけた、っていうの…?

 そう思いいたった私は、自分でも気づかないうちに、笑みを漏らしていた。

「なに、笑ってんだよ…」

そう言ってきたアヤもニヤニヤと笑っている。

「さぁね…あんたがバカすぎて、笑えて来てるのかも…」

私はそう言い放って、アヤを殴りつけた。それを受けたアヤは、やっぱりなおも笑みを浮かべる。

 あぁ、くそっ…こんな女に…こんなやつに…またこんな気持ちにさせられるなんて…

つくずく私は、ついてるんだか、ついてないんだか、わからないね、本当に…

アヤの拳を受けながら、私は自分の胸の内に湧き起っている感情に気が付いていた。

殴られすぎて、頭がおかしくなったんじゃないか、と思うくらいだったけど、

でも、それは確かに私には感じられていた。

 私は、嬉しいんだ。

こんな私を…真正面から受け止めてもらえることが…私の戦果でも、過去でも、戦闘の技術でもない…

私の感情を、私の存在のあるがままを、このアヤ・ミナトって女が、こんな方法で、だけど、

一歩も引かずに、その体で、その心で、受け止めてくれていることが…

私が、父さんと母さんにしてもらいたかった、唯一の、最大のことを、彼女がしてくれていることが…

それなら、もう少し付き合ってよ…まだ、倒れないでよね…

 そう思って、私が拳を振り上げたときだった。

 ピーーー!という、耳をつんざくような音が格納庫内に響き渡った。

「貴様ら!何をしている!戦闘状況は継続中だぞ!」

音のしたほうを見ると、そこにいたのはMPという文字の入ったヘルメットをかぶっている一団の姿だった。

「うげっ!MPの連中だ!」

「お、おい!ダリル!例の装置!早く!」

「逃げろ!3番出口だ!」

「各員!撤退!捕まるなよ!俺の始末書を増やすな!」

フレート少尉とユディスキン大尉が叫んだと思ったら、とたんにバツン、と証明が落ちた。

「逃げろ!」

「くそっ!見えない!」

「ほら!少尉!早く!」

混乱した声が響く中で、私はそう言う誰かに腕をひっつかまれた。声色から、エルサだろうというのは分かった。

「あぁ、うん!」

私はそう言って、おぼつかない足取りを彼女に支えてもらいながら格納庫を抜け出して、兵舎へと逃げ出していた。

 顔が痛くて仕方ないし、頭はくらくらするし、

ただでさえ、戦闘の疲労が残っているような状況で散々だ、っていうのに、私は、どこか満ち足りた気分で、

兵舎へ逃げながらも、漏れてくる笑みをこらえきれずにいた。
 


つづく。



アヤ「お前、やるな」

カレン「あんたこそ」

的な。
 



二人の関係が一気に来たねw
ぶつかり合う拳に触発されて、オロオロするマライアたんの表情を安易に脳内再生出来たのは俺だけではないはず!

今夜はオロオロマライアたんのをおかずにry


おっとこんな時間に誰か…いや!アヤさんちょっと待って!!今のは言葉のギャァァァァァァァ

>>684
感謝!

って、あれ、君はいつものグフフの人じゃない気がするぞ!

アヤによる犠牲者がまた一人…?


あ、寝る間際に思いついたので、追加でなげます。
 





 エルサに支えられて部屋に戻った私は、相変わらずアヤに憤慨した様子の彼女に手当てをされてから、

そのままベッドに横になって休んでいた。顔の左半分が、ジンジンと痛む。

まったく、アヤのやつ、何度も何度も、思い切り殴りつけて来て…

私が言えたことじゃないけど、もう少し別のやり口を思いつかなかったんだろうか?

いや、でも、あれはあの場だったからこそ出来たことなのかも、とも思える、か…

何しろ、アヤの様子を受けて、私も感情が膨れ上がったのは確かだ。

それに、辛さ以上に、私は、あの理不尽さから感じる怒りを溜めこむことを強いられていたように思う。

それをちょうどよく刺激された、あの場面だからこそ、アヤはあの方法を選んだのかもしれない。

つくづく、嫌になるほど気の効くやつだと思わざるを得ない…悔しいけど、感謝の言葉以外に見つからないんだ。

 エルサが部屋から出て行く際に、飲めと言って渡してきた頭痛薬のお陰か、

顔の痛みがだいぶ引いて来たように感じて私は体を起こした。ふらつきもだいぶいい。

私はそれを確認して、替えの下着と、タオルに石鹸の類を持って部屋を出た。

さすがに、寝入る前に汗を流しておきたい。戦闘から、アヤとのケンカで、そんなことをする暇がなかったからね。

 薄暗い廊下を歩いて、シャワー室へと向かう。時刻はもう早朝。

地上では太陽が昇っているだろうし、陸戦隊の連中が戦果確認でもしている頃だ。

あと1時間でもすれば、閉鎖型コロニーで使われてるって言う人工太陽が、この地下施設にも灯るはず。

明るくなる前に、寝入っておきたいところだな。

 シャワー室に着いた。照明が消えていたので、スイッチを入れる。

隅っこのブースに入ってカーテンを閉め、着ていたランニングとパンツを脱ぎ、

下着を取ってからシャワーのコックを捻る。勢いよく、シャワーヘッドからお湯が噴き出して、私の体を包み込む。

ふぅ、と思わずため息が出た。

熱いお湯が、私の体から汗と疲労と緊張感を流して行くような感覚を覚えて、私は抜けそうな腰を支えようと、

壁に手をついてもたれかかった。

 疲労や、緊張感だけじゃない。

私の体から、心から、あの胸を詰まらせていた想いが消えて行っているように思えた。

誰にも受け入れてもらえない、っていう現実が、いや、そう思い込んでいただけだったかもしれないけど、とにかく…

そう言う意識が作り出していた孤独感や卑屈な感情が溶けだして、汚れと一緒に、排水口に流れて行っているような、そんな感覚だった。

 そうだ…私は、ただ、受け入れてもらいたかった。

私の気持ちも、私の想いも、私の存在も、ほんの少しだけでいい…

私が、この世界に存在して良いと言う確信を得るために、それが必要だったんだ、って、今になればそう思える…

それをくれたのが、あのアヤ・ミナト…

あの、態度の悪い彼女を見ているとどこか疼く苛立ちを感じていたのは、

たぶん、彼女のそんな様子が私自身に似ていたからなんだろう。まるで、うじうじとした皮肉しか言えない。

私自身に似ていた。彼女のは、本当に素直に生きて居るからああなんだろうと思うけど、

それでも、認めて欲しかった、と思う私には、それが同じもののように見えていたんだ。

 バタン、と音がした。誰かがシャワールームに入ってきたようだ。早朝のこの時間だ。

兵舎の糧食部隊の連中かもしれない。ご苦労なことだな。
 


 そんなことを思っていたら、すぐ隣のブースでシャっとカーテンが閉まる音がしたので、

私は思わずそちらを見やった。

背伸びすれば向こう側が確認できる程度の高さのついたてから、どこかで見覚えのある、ツンツンとした短い黒髪が覗いていた。

分かって隣に入ってきたのかどうか…いや、彼女なら、敢えてそうしてきても不思議ではない、か。

まぁ、別に気にすることでもない。私は、シャンプーを手に出して、濡れた髪に手櫛を通しながら馴染ませて擦る。

「あれ…なんだよ、カラッポだ…」

全体に馴染ませて、流そうと思っていたところへ、そう呟く声が聞こえてきた。

と思ったら、コンコン、とついたてを叩く音がして

「あぁ、すんません、隣の人…シャンプー、ちょっとだけ分けてくれないかな?」

と言ってきた。わざとなのか、本当に気が付いてないのか…読めない女だよ、ホント。

「はい」

私がそうとだけ言ってついたて越しにシャンプーを渡すと、それを受け取りながらついたての向こうの女は言った。

「ありがと…カレン、か?」

「知ってて入ってきたのかと思ったけど?」

私が言ってやったら、向こうから笑い声が返ってきた。

「あはは、手の内は読まれてきてる、か」

「そりゃぁね」

「あぁ、これ、ありがとな」

ついたての上からシャンプーのボトルが覗く。私はそれを受け取って、備え付けのソーサーに戻して髪を流す。

流し終えた髪をゴムで結わいて、今度はスポンジにボディソープを馴染ませて体を擦っていく。

肩に手を回したところで、首筋がピシっと痛んだ。アヤに殴られたせいだ。

「そっち、怪我は平気?」

私が聞くと、アヤはまた空笑いをして

「いやぁ、痛いよ、かなり」

と返事をしてくる。それから付け足すみたいに

「そっちこそ、どうなんだよ?」

と聞いて来た。

「最悪。バカ力すぎるのよ、あんた」

そう言ってやったら、アヤはまた笑い声をあげた。
 


 それからまた、お互いに黙った。私は体を擦り終え、シャワーでくまなく泡を流す。

もうやることはないんだけど…どうにも、出る気になれなくて、ついたてに寄りかかって、

シャワーを浴びながらアヤに声を掛けた。

「隊長って認めない、って言ったの、謝るよ…あれは、弾みだった」

「あぁ、うん…こっちも、悪かった。あの整備兵にも、ちゃんと謝るよ」

「エルサ、って言うんだ、彼女。あの子のお陰で…私は生き延びた。戦果も半分は、あの子のお陰」

「へぇ…残りの半分は?」

「それは…私を助けてくれたたくさんの人たちの戦果、かな」

「あんたの成分はなし、ってわけか」

「まぁ、そうね。自分を誇ることに、興味ないし。それよりも、私を助けてくれた人たちを、私は誇りたい」

「殊勝なことだ」

「そうでもないよ。私は、生かされた。それだけで、私には生きる価値がある。生き残る理由がある…そう思っただけ」

「…そっか、何よりだ。あぁ、なぁ、そのエルサっての。出来たら紹介してくれないかな?

 あんたの前で謝るべきだと思うんだ」

「…そうね…オメガ付きの整備班に来たみたいだし、そうしておいた方が良いかも知れないね。

 出ないと、本当にガトリング砲に詰め物でもされるかもしれないし」

「おいおい、誇り高い整備士、なんだろ?」

「その誇りを疑うような言い方したのは、あんたでしょ?」

「ちぇっ。そう言われると、何も言い返せないな、今回ばかりは」

「まぁ、根に持つタイプじゃないし、あんたみたいな人なら一言伝えれば、あの子もすっきり流してくれると思うよ」

「…だと良いけどな」

キュッと音がして、アヤのブースのシャワーが止った。

「もう出るの?」

「なんだ、もっとお喋りしたいって言い方だな」

「…そうかもしれないね」

「…やめろよ、そう言うの。くすぐったい」

またキュッと音がしてシャワーの音が聞こえだす。

「…早く寝たいんだ。手短にしてくれよな」

「あら、相手してくれるの?」

「…そうしたいんだろ?あんたの気持ちは大事にしてやりたいって、そう思う」

「…やめてよね、それ。こそばゆい」

「仕返しだ」

アヤがそう言って、またケラケラと笑う。それから、お互いになんとなしに黙り込んだ。
 


不思議な、心地良い静寂が私達を包んでいた。妙なものだ。さっきまで、殴り合いをしていたのに…

私は、彼女を、かけがえのない家族か、親友のように思っている。

それこそ、私の本当の家族にすら感じたことのない、暖かな感情だった。

「なぁ、カレン」

不意にアヤがそう私を呼んだ。

「なによ?」

私が聞くと、アヤは少し黙ってから言った。

「…あんた、我慢しなくっていいんだからな。アタシも、マライアも、隊のやつらも、

 みんなあんたを拒絶なんてしない。あんたはもう、怖がることも、我慢も、しなくたっていんだ」

アヤの言葉が、胸にしみこむように感じられた。本当に、彼女の言う通りだと、そう感じられた。

それはまるで、探し求めていた私の居場所が、私の家が、やっと見つかったような、そんな感覚だった。

「うん…その、えっと…ありがとう」

素直に礼を言うのが、こんなにも照れくさいものだなんて、思ってもみなかった。

「…つつ、悪い、カレン。体あったまったら、腫れてるとこが痛みだした。先に上がらせてもらうぞ」

「あぁ、悪いかったね。引き留めて」

「なに…隊員の気持ちを慮るのも、隊長の仕事だろ?」

「はいはい、小隊長殿はご立派なことで」

「あんたさ、その皮肉っぽいのなんとかならないのかよ?口悪いぞ」

「我慢しなくって良いっておっしゃったのは、小隊長殿であります」

「ったく…マライアにあんたもだ。苦労するよ、アタシさ」

アヤがシャワーを止めた音がしたので、私もシャワーを止め、タオルで体を拭く。

着替えを済ませていたら、また、アヤの方から呻く声が聞こえた。

「痛むの?」

「あぁ、うん」

「エルサにもらった鎮痛剤あるけど、使う?」

「そりゃ、ありがたい…あぁでも、腹減ってるし、なんか物を入れておかないと胃に来そうだな」

「確かに。なら、厨房ね」

「そうだな。あぁ、キムラのオッチャンが当番だと良いなぁ…」

私達はそんなことを話しながら、身支度を整えてシャワールームを出た。

チラっとアヤの顔を見やったら、ボコボコのひどい顔をしていたけど、

それ以上になんだか気恥ずかしくて見ていられなくて、お互いにそっぽを向いた。

それでも、一緒に歩いて厨房まで行き、パンを一斤、倉庫から盗み出して部屋に戻る。

それからまた少し、どうでも良い話をして薬を渡して、それぞれの部屋に戻った。

 ベッドに潜り込んだ私が、心地良い暖かさを胸に抱いたまま眠りに落ちるのに、そう長い時間はいらなかった。



 
 


つづく。


 

おっかしぃなぁ
喧嘩してるのは二人とも美人な女性のはずなのに、ガチムチな昭和の番長のタイマンしか見えないぞ?ww

そりゃ拳で語り合う美女なんてそうそう居ないから想像が難しいのは仕方ない
それにしてもアヤさんと互角に殴り合うカレンさんすげぇ



格闘戦(空)から格闘戦(陸)とかアツすぎる。超大好物www

ていうか物語の展開がオトコ前すぎて気が付きにくいけど、今回のカレン編、一貫してキマシタワ小説になってるな。
カレンさんモテまくりんぐwwww

そういえば気になった事がひとつ。
カレンさん、ひたすら物事を真面目に考える性格に描かれているけど、キャタピラの中では最初からそんな人物像だった?
カレンというキャラクターの肉付けをし始めたのはいつ頃なのかな?

乙!

仲裁していたはずが大切なアヤさんを貶されてプンスコしちゃうマライアたんぺろぺろぐへへ
>>665
脇役であろうとも俺はマライアたんの一挙一動に癒されるので問題ないのです

>>684
君もマライアたん好きならば邪まな気持ちを捨てるのだ
素敵に天使なマライアたんを純粋な気持ちで愛でようではないか
それはそうとアヤさんカレンさんのシャワーシーンよりマライたんのシャワーシーンはないんですかキャタピラさん
…あれ?アヤさん、今日はカレンさんもご一緒なんですね…いえいえ、覗きだなんてそんな紳士からかけ離れた非道な行為を俺がするわけがありまs待って下さい、だから人類はひじ関節とひざ関節をそちら側に曲げられるような進化を遂げてはいな痛い痛い痛い

分類的に姐御肌な二人のやり取りは見ていて楽しいですな
本心を隠さずありのまま言い合える関係というのは、何にも代えられぬ素晴らしい宝だと思うのです

>>691
スケ番のタイマンくらいに変換してもらえませんかね?w

>>692
この場合、アヤさんの真価は発揮されてませんねw

>>693
感謝!
そうですねぇ、ロマンスって話より、友情っぽい話になるので、どうしてもエルサにアヤにが必要になってきます。

カレンさんのキャラ付けは、これまで書いたいろいろを総合してみた結果、ああなりました。
特に、アヤレナスレの最後のおまけ辺りのカレンですかね。
受け入れてもらえてなかった自分を受け入れてくれたアヤとの関係や、施設に資金供出する、バリバリの社長業、という要素ですね。

>>694
感謝!!

最近思うのだが、君はマライアファンに擬態したドMなアヤスキではないのかな?w


キャノピは忙しい&スランプ脱出作業みたいで、今回も発注間に合わず!

挿絵ないけど読んでって!

ボリュームが膨れるばかりのカレン編!

ついに語られる、あの禁断のアヤ無双伝説の真実!


つづきです。
 






 それから数日後、私達は地下の洞窟基地の市街地区にあるバーにいた。

エルサの休みと、私達の休みを合わせて、今日はここで、アヤがエルサへの謝罪をする。

店は、ここに来て日が浅い私の代わりに、マライアが探して押さえてくれた。

 夕方の時刻、市街地区へと向かうシャトルバスのバス停で、私とマライアはアヤの到着を待っていた。

約束の時間からは、少し過ぎている。

時間にルーズそうな印象はなかったし、今朝早くに出掛けて行ったって話をマライアに聞いていたから、

何か用事があったんだろう、なんて思って、

マライアと戦闘機動の話をしながら時間をつぶしている間に、アヤは姿をみせた。

「ごめん、遅れちゃったよ」

アヤは私達に苦笑いを見せてそう謝ってきた。

気にしないで、と答えながら私は、彼女の表情がどこかこわばっているのを感じ取っていた。

用事がなんだったのかはわからないけど、なにか悪いことでないといいな、とそんなことを思った。

 それからすぐにシャトルバスに乗って市街地区へたどり着く。

マライアの案内で店まで行き中へ入ると、まだ、エルサ達は到着していないようだった。

 そう、エルサ達。エルサの他に、私は彼女の兄、カルロスも招待していた。

紹介するのなら、二人一緒の方が手っ取り早いし、聞けば、カルロスはレイピア隊の整備班に配属されているらしい。

レイピアとはこの基地に着いてからというもの、ほぼ毎回任務で一緒に空を飛んでいる。

アヤ達にとっても、他の部隊以上に親密なようだったので、彼も紹介しておこうと思った。

 「あぁ、良かった。待たせちゃってたらどうしようかと思ったよ」

アヤがそう言って胸をなでおろしている。

義理堅いと言うか、他人のこととなると、そう言うことをアヤは妙に気にする。

そのことを指摘してみたらアヤはあぁ、と苦笑いを見せて

「約束は守らなきゃいけない、って、昔、こっぴどく言われてきたんだよ」

と説明してくれる。アヤの親も、そういうところは厳しかったのだろうか?

いや、厳しいだけで、こんなパワフルで明かるい人に育つはずはない、か。

アヤの家族の話は、あまり聞いたことがない…今度、機会があったら聞いてみたいな、とそんな気持ちになった。

 そうこうしているうちに、エルサがカルロスを引き連れて私達の通された個室へと姿を見せた。

エルサはどんな顔をしてくるのかと思っていたけど、珍しくなんだか不安げな表情だった。

彼女なりに、こないだの一件は気にしていたのかもしれない。

エルサの言いようは、私の知っている明るいエルサとは別人のようだった。

それほどまで私のために怒ってくれたっていうのも嬉しい反面、こんな表情にさせてしまったんだな、と思うと

申し訳なくもある。まぁ、でも、それも今日ですっきり水に流してもらえるといいんだけど。
 


 エルサ達が席に着くのを待って飲み物を頼んで、それが到着するまでの間にアヤがさっそく口を開いた。

「あの、エルサ、って言ったっけ。こないだは、ひどいことを言っちゃって、悪かった…。

 あんたの話は、あのあとカレンからよく聞いたよ。カレンや、陸戦隊を守るために、一緒に戦ったんだってな…

 空にまで上がってパイロットを支援してくれる整備兵なんて聞いたことなかったよ」

「いえ…私こそ、上官に向かってあんな口の利き方で、本当に失礼しました…カレン少尉とのことは、もう済んだんですか?」

エルサの言葉にアヤがチラっと私を見やった。

私が笑みを返してあげたら、アヤはなんだか頬を赤らめてエルサに視線を戻して

「あぁ、うん。カレンにも、謝った。これからは、ちゃんと協力してやってけるよ」

と言葉にする。

「まぁ、またケンカにはなるだろうけどね」

私がそう言ってやったらアヤはやっと、クスっと柔らかい笑顔を浮かべて

「そうだなぁ。次は殴り合いはやめとこうな。任務に差し障るし」

なんておどけて言った。そんな私達の雰囲気がエルサにも伝わったようで、彼女も笑顔になってくれた。

それからマライアとエルサもお互いに謝り合って、あの日のことは全部片が付いた。

エルサは、迷惑をかけたうちの大尉達にも謝罪をしたい、と言ってきたけど、アヤが笑って

「あいつらは楽しんでたんだから、いいんだよ。

 だいたい、結果は引き分けでダリルとフレートが幾ら儲けたかを知ったら、謝る気も起きないぞ?」

なんて言った。そう。あの日、私達を見ていた隊の連中も、整備班の古株も、

私達の様子を見ながらどっちが勝つかで賭けをしていたらしい。

結果は、MPの仲裁のせいもあったけど、引き分け。

私とアヤ、それぞれの掛け金がそのまま、二人の懐に入った、って話は、翌日行った医務室で、アヤに聞かされた。

 そう思えば、即席のゴングに止める気のなかった大尉の様子にも納得がいく。

まったく、あんな状況でもふざけられるなんて、呆れるのを通り越して、なんだか可笑しくて笑ってしまった。

 お酒が運ばれてきて乾杯をし、軽食を肴にグラスをあおると、雰囲気もだいぶ和やかになってきた。

エルサが私を、マライアがアヤを褒めちぎって何かを競い合ってるのを笑ったり、

アヤがエルサとカルロスにメカニック関係のことを聞いてしきりに感心したり、

マライアがアヤにヘッドロックを掛けられたりと、話題にも、笑いにも、困らない、幸せな時間が続く。
 


 「それにしても、アヤ少尉があのときに支援してくれた部隊の方だったとは」

「あー、だから、カルロス、少尉はやめてくれって。くすぐったいんだよ、そう言うの!」

「カルロスさんは、陸戦隊にいたんですよね?」

「あぁ、そうなんだ。いやぁ、砂丘に隠れてたジオンのモビルスーツがぬっと姿を見せたときは、肝が冷えたよ」

「私とカレン少尉はそのときは、もう必死でしたね…」

「…あぁ、そうだね…まぁ、あいつらの仇は、なんとか取ってやれたって言えるくらいには叩けたって、そう思えるところが救いだよ」

「対戦車ミサイルをレーザー誘導とは考えたよなぁ。聞いた話じゃ、起動したてのモビルスーツには赤外線誘導が効かないんだろ?」

「そうなんですよ。ある程度動いた機体だと、排熱量が上がって誘導できるんですけど…」

「汎用性の無さは、不安要素でしかないよなぁ。

 排熱もこの熱帯雨林だと地上にいる目標をうまく捕捉できるか不安だし、かと言って、

 こっちじゃ、森やら障害物が多すぎてレーザー誘導は効き目薄そうだ…

 なんかこう、モビルスーツが攻めてきたときに効果的な兵器を見繕っておく必要があるよな。」

「それは少し考えてて、対戦車ミサイルの弾頭部分にロケット弾を仕込むとかどうかな、って思ってるんです」

「弾頭にロケットを?」

「はい。対装甲弾頭に比べると威力はかなり落ちるかもしれないんですけど、

 当たらなければその威力も意味がないじゃないですか。

 だから、赤外線誘導の近接信管を利用して、100メートルくらいのところで爆散してロケット弾がばら撒かれるような仕組みですかね」

「なるほど、散弾ミサイル、ってわけだ…確かにそれなら、多少なり打撃にはなるな…
 
 単純にロケットで撃ち出すより速度もあるからモビルスーツに対しては有効かもしれない…

 はは!悪くないアイデアだよ!あんた、整備じゃなくて開発局にでも転属したらどうだ?」

「開発局なんて、とんでもないです。私が出来るのはせいぜい武装の現地改修程度なので」

「はぁーなるほどな…カレンの戦績の半分はエルサのお陰、ってのも、理解できたよ」

アヤが感心したようすで私を見やった。

「でしょ?」

と言ってやったら、アヤは割と真剣な表情でコクンと頷いた。

 「カレン少尉もですけど、オメガ隊やヘイロー隊にも助けていただけましたからね、俺たちは」

不意に、そんな会話にカルロスが口をはさんだ。

「あぁ、あのときに陸戦隊にいたんだってな」

「はい。あのとき、皆さんが来てくれなかったら、斥候にすらやられていましたからね。

 カレン少尉が本隊を足止めてくれたことと、空から俺たちを支援してくれたおかげで、

 北米からの船になんとか乗り込めて俺たちは無事なわけですから」

カルロスの言葉に、ピクっとアヤがなにかの反応を示した。

彼女は、何かを思い出したように、胸のポケットから一枚の紙きれを取り出す。それを広げながら

「あぁ…なぁ、カルロス…あんたのいた陸戦隊に、こんなマークをしたのが居なかったか?」

と言って、カルロスに見せた。
 


 そこには、二匹の蛇がドクロに絡みついた絵柄が描きこまれていた。

カルロスはそれをしげしげと見つめていたけど、ややあって、首を横に振った。

「いえ…俺が一緒だったのは、オデッサの第一と第四機甲師団に、輸送部隊のかき集めと歩兵の生き残りでしたけど…

 オデッサの陸戦隊はほとんど花をモチーフにした部隊章を使ってましたから…

 少なくとも、俺が一緒に逃げてきたオデッサの部隊にはいませんでしたね」

「そっか…」

カルロスの言葉に、アヤは残念そうにそう言った。何があったのだろう?

「どうしたの?」

私が聞くと、アヤはすこし言葉に詰まってから

「ん…あぁ、いや、な…知り合いが、世話になったらしくて、礼を言いたくて探してるんだ」

と口にした。なるほど、今日の用事、って言うのは、そう言うことだったのかもしれないね。

「そうでしたか…あ、でも、待ってください…もしかして…」

「心当たりあるのか?」

カルロスの言葉に、アヤは前のめりになって先を促す。

「…確か、救助してくれた艦の中に、これに良く似たマークを付けた装甲車が乗ってました…

 それは、蛇二匹じゃなくて、ドクロに蔓が絡んでるような絵柄でしたけど…

 確か、北米の、ニューヤーク基地所属の部隊じゃなかったかな…」

「ニューヤークか…なるほどな…」

アヤはそう言って宙を見据える。まぁ、なんであれ、探しものなら見つかると良いんだけど。

私はその時はまだ、そんなのんきなことを思っていた。

 私達はそれからも酒を飲み、料理を食べて、くだらない話をしては笑った。

何も考えず、何も気にすることなく、ただただ、私はその席の雰囲気を楽しめた。

 それを感じるたびに思うんだ。

ありがとう、隊長、ありがとう、私達を逃がしてくれた、途中で立ち寄った基地の人たち、って。

この命を、決して無駄には使わないから、って。



 





 <あぁーぁー、まったく!こっちは寝不足だって言ってんのに、あいつらめ!>

無線越しにアヤがそう言っているのが聞こえて来る。翌日、私達は空の上に居た。

スクランブル待機の当番だったのだけど、今日もやはり北方の見張り台からの連絡で、

敵の空母群の接近が確認されたという報が届いたからだった。

「早く上がったのに、寝なかった自分の責任でしょ?」

私が言ってやったらアヤは怒った口調で

<あんたはいちいちうるさいんだよ、カレン!>

なんて言ってくる。でも、無線の向こうのアヤが、あの時みたいに、ニヤリと笑っている顔が目に浮かぶようだった。

「なんなら、指揮交替しましょうか、小隊長殿?」

<バカ言うなよな!あんたなんかに任せてられるかよ!>

「へぇ、言うじゃない?それなら、しっかりやってみせなさいよね。だらしないところでも見せれば、すぐに代わってもらうから」

<上等だよ。あんたこそ、命令違反したら譴責だからな>

アヤはそう言ってから、それでも小さな声で

<マライアを、頼むな>

と言い添えてきた。まったく、そういう言い方はくすぐったいからやめてってあれほど言ったのに。

「分かってる、そっちも、しっかり頼むよ」

私の方も相変わらず、だけど、あれ以来、アヤに限らず、妙にそんな言葉を投げかけるのが照れくさくなった。

それこそ、昨日わざわざ仕事終わりに出向いて来てくれたエルサ達にお礼を言うときですらこんな調子だ。

自分の気持ちを素直に伝えるというのが、こんなにも照れくさいものだなんて、思ってもみなかった。

それでも、それは私にとっては嬉しい悩みではあったのだけど。

 <だははは!威勢が良くて何よりだな!>

隊長の声が聞こえる。隊長は、私をアヤが殴り合いを演じた翌日、師団司令部に呼び出しを食っていた。

そもそも、いくら誰一人MPに掴まらなかったとはいえ、あの場所は私達の機体が保管されている格納庫。

首謀者が誰であろうが、責任者である隊長が呼び出されるのは分かっていたことだった。

その話を聞いて謝りに言った私に、隊長は今と同じように、派手に笑って言ってくれた。

「お前らは、好きにやれ。それが出来る場所を支えるのが隊長としての俺の職務だ」

って。

 アヤが家族だ、と言うオメガ隊。それなら、隊長は、私達の父親、ってことになるんだろう。

そう思ったときに、隊長のその言葉はまるで、あの厳しかった父が私にくれなかった、

本当は欲しかった言葉のように思えて、嬉しかった。

そう思ってしまうのも、全部が全部、あのアヤのせいなんだろうけど…うん、感謝しかないよ、あんたには、さ。

 だから…。

 たとえまた、命令無視をしてあんたとケンカになったとしても、

私は、あんたと、あんたの守ろうとしているものを守る。それくらいのことはさせてくれるよね…

大丈夫、無茶はしないって約束するから。
 


 <っと、レーダー、ホワイトアウト。そろそろ来るぞ。各機、無線チェックしながら、目を凝らせよ>

フレートの気の抜けた声が聞こえて来た。それが私達に程よいリラックス感をくれる。

私は無線のレベルをチェックして、それからどこまでも広がる森と空との境目に目を凝らす。

まだ敵の姿は見えない。監視台の報告によれば、今日は空母が3機だけ。

小規模だから、おそらく爆撃と言うよりも威力偵察の可能性があるだろう、と隊長は読んでいた。

私達の対応の速さや数なんかをいちいち確認しに来ているわけだ。

<レイピア。そっちはどうだ?>

<こっちも、感なし。妙だね…接敵してもおかしくない距離だっていうのに…>

隊長と、レイピア隊の隊長、ブライトマン少佐の会話が聞こえる。確かに、妙ではある…気を付けておかないと。

「マライア、アヤ、何か見えない?」

私も二人に声を掛けてみる。

<いいえ、特に、何も…>

<こっちもだ…なんだって言うんだ、一体?>

そう返事が返ってくる。そんな時、無線が鳴った。

<こちら、防空司令部。C99監視台より、敵空母が旋回し引き返していく姿を確認した、と言う報告が入った>

<どういうことだ?>

<ミノフスキー粒子の影響で付近の情報確認ができない。

 これより、当該空域に、方位090からヘイロー隊を侵入させて状況を確認させる。

 オメガ、レイピア両隊はその場に留まり、警戒活動を続行せよ>

<こちら、オメガリーダー、了解した>

<レイピア1、了解>

指令室と隊長達の会話が聞こえた。その直後、すぐに無線にあちこちからの溜息が聞こえだす。

<取り越し苦労、ってわけだ。まぁ、スクランブル訓練だと思っておこう>

<おい、フレート。まだ気を抜くな。何があるかわからんぞ>

<ふわぁぁ…眠い…まったく、飛んでるだけじゃ、キツイな。

 悪い、カレン、ちょっと旋回して目を覚ますから、進路そのままな>

フレートとダリルの会話を割って、アヤがそう言ってくる。

「どうぞ、ご自由に」

そう言ってやったら、アヤは返事もせずに編隊から離れて急旋回機動を試し始める。

そう高い高度ってわけでもないのに、アヤの機体の翼の先が、鋭く飛行機雲を引いた。

目覚ましに体を動かす、って言うのは、まぁ、良いことだろうね。

 そんなことを思っていた時だった。旋回して行ったアヤのボソっという声が聞こえた。

<な、なぁ、おい…ジャブローに、熊っていたか?>
 


<熊だぁ?おい、寝ぼけてんじゃねえぞアヤ>

<聞いたことないがな…ジャガーなら1度見たことあるけど>

<じゃ、じゃぁ、あれ…なんだよ…?>

アヤの戸惑うような声が聞こえる。私はハッとして機体を傾けて下を見下ろした。

そこには、茶色い大きな何かが、1体、川の中を動いている姿があった。

本当に熊の様だ…で、でも、待って…お、おかしいんじゃないの、あのサイズ…?!

<お、おい、ホントだ…なんだあれ、ホントに熊か?>

<ちっ!バカ野郎!サイズを考えろ!あんなバカでかい生き物がいるかよ!ジオンの新型か何かだ!

 各機へ、火器管制確認!おい!防空司令部!敵の空母が妙なもんを降下させてったらしい!

 映像データを送る!ジェニー!地上と川だ!敵はモビルスーツ!>

そう怒鳴るのと同時に、隊長は機体を翻していた。それにすぐさま第一小隊が続く。

地上攻撃は、いつもの通り。第一小隊が攻撃を掛ける間、私達第三小隊と第二小隊が援護する!

<カレン!マライア!行くぞ!>

「了解!」

「は、はい!」

操縦桿を倒して先に旋回をしていたアヤの機体に追いつく。マライアも後ろにぴったりとついて来た。

さすが、機動を再現するのはうまい!

<各機へ。一気に行くぞ。新型は何して来るかわからん>

隊長がそう指示を出した。一気に、と言うことは、私達も攻撃に加われ、とそう言うことだ。

幸い、周囲に敵の姿がないのは確認済み。地上にいるあいつだけなら、少なくとも後ろから撃ちこまれるリスクはない、か…

<カレン、マライア!敵を照準!>

アヤの指示で火器管制を始動させる…でも、熱誘導のシーカーが反応しない…排熱がかなり抑えられてる…

これじゃぁ、ミサイルは当てにできない…

<こいつ…あのトゲツキとは別物らしいな…機銃掃射でどこまでやれるか…>

私達は、あの敵空母の接近に備えていたため、爆弾の装備がない。

積み込んでいるのはみんな、赤外線誘導のミサイルだけだ。それでも、この数で撃ちこめばそうとう堪えるはずだ…

撃破とまではいかなくても、擱座させることが出来れば十分な戦果…

いえ、新型なら、その方が鹵獲もできるし、ある意味ではもってこいではあるけど、

機銃掃射するのなら、必ず接近しなければいけなくなる。それだけ、リスクは高い…気を引き締めて行かないと…。

<俺たちが先に行く。続け!>

隊長の声が聞こえた。第一小隊が隊長を戦闘にして降下していく。

<アヤ、こっちは右から行く!>

<了解した!うちは、そっちが通過直後にこのまま真後ろから行く!>

アヤとダリルが打ちあわせた。このまま、真後ろから…おそらく敵は最初の隊長達を追うだろう。

その直後だから、私達第三小隊や、第二小隊へ攻撃が向くリスクは減る。

むしろ、隊長達への攻撃を阻止するという意味でも、私達は正確に狙いをつけて、可能なら撃破するのが望ましいだろう。
 


 <いくぞ!撃て!>

隊長の合図とともに、第一小隊が機銃掃射を始めた。曳光弾が水中を移動していた物体に降りかかる。

茶色の巨大な物体は、移動をやめて立ち上がった。やはり…あれはモビルスーツ!

立ち上がったその物体は、形こそあのトゲツキとは違うけど、ピンクのヒトツメに、人型をしている。

間違いない、ジオンのモビルスーツだ…!

<こっちも行くぞ!撃て!>

ダリル小隊が立ち上がったモビルスーツの背後から襲いかかる。装甲に曳光弾が弾けた。

それに気付いたのかモビルスーツが右腕をダリル達へと伸ばして向ける。武装の類は持ってはいないけど…あの動作は…!

<ダリル!狙われてるぞ!回避だ!>

次の瞬間、モビルスーツの腕から光の筋がほとばしった。まさか…今の!

<ちっ!今の、メガ粒子砲か!?>

<だぁ!クソ!もらった!>

そう悲鳴が聞こえた。見ると、ヴァレリオの機体が煙を噴いている。

<ヴァレリオ!離脱しろ!>

ダリルの声が響いた。

<すまん…!>

ヴァレリオの声が聞こえて、機体が待機を滑って戦域を離れていく。

メガ粒子砲を食らって形が残ってるってことは、それほど出力が高くない、ってこと…

でも、あの速度と直進性はかなり危険だ。それに、こいつは隊長達の編隊を追わずに、迷うことなくダリル達を狙った。

確かな反応速度と正しい状況判断…このモビルスーツのパイロット、戦い慣れている…!

<カレン、マライア!行くぞ!>

アヤの声が聞こえる。あの腕の装備もそうだけど、それ以上に、このモビルスーツのパイロットは危険だ!

HUDに、モビルスーツの後ろ姿が映り込む。と、モビルスーツは、腕を向けるのではなく、妙な体勢でかがみこんだ。

何かしてくる気!?でも…先に撃ち込んでしまえば…!

<撃て!>

アヤの叫び声に合わせて、私はトリガーを引いた。轟音と共に曳光弾が伸びて行って、頭のあたりの装甲に弾ける。

あいつ、ヒトツメの可動域が広い作りになっている。あの隙間に弾をねじ込めば、視力を奪える…!

 しかし、次の瞬間だった。こちらに向けた頭から、発砲炎がほとばしった。曳光弾が私達の周りを飛び交う。

<加速だ!逃げろ!>

私はスロットルを押し込んで一気に機体を加速させる。モビルスーツの真上をフライパスした。

それでも、敵の攻撃は止まない。これは…最後尾のマライアが狙われてる…!くっ!この攻撃…!

うかつに懐に飛び込みすぎた!
 


<撃たれてる…!アヤさん!>

「アヤ!右へ降下だ、マライアが狙われてる!」

私はとっさに叫んだ。このまま直進方向に飛び抜けても、敵の射程を抜けるには時間がかかる。

でも…右へ旋回すれば、マライアは私達の陰に隠せる…あの機銃、トゲツキのとは違う、地上戦用に調整されてる。

射程も威力も、あのマシンガンとは別物だ…それが4門も!

このままだと、マライアだけじゃなく、私とアヤも危ない。それなら!

<くそっ…!そうするっきゃないな…!>

アヤの声が聞こえた。同時に、操縦桿を倒して旋回を始める。

傾いた機体のちょうど真上から敵の機銃弾が飛んでくる。

<マライア!あんたはそのまますぐに左旋回!戦域を抜けろ!>

<そんな!アヤさん!カレンさん!>

「早くしな!これが一番、確実な方法なんだ!」

私とアヤがそう叫んだ。でも。次の瞬間、ガツン、と鈍い音がして、機体の制御が効かなくなる。

ヘルメットの中のスピーカーに警報音が鳴り響く。コンピュータのモニタには、左翼の損傷が表示されていた。

やれた…!

<カレン!…だぁ!くっそ、あいつ…!>

そう呻く声が聞こえる。コクピットから外を見ると、そこには煙に包まれているアヤの機体が見えた。

ガクン、と言う衝撃があって、機体が急降下を始めた。左の主翼が、弾け飛んだからだった。

「た、隊長!被弾しました!脱出します!」

私は無線にそう怒鳴ってから、激しく揺れるコクピットの中でイジェクションレバーを引いた。

強烈なGか掛かって、シートがはじき出される。

空中で一瞬制止したと感じた次の瞬間には、また衝撃が走って、パラシュートが開いていた。

その状態で私はあたりを見回す。すると、旋回しながらあのモビルスーツの射程の外へと飛び抜けたマライアの機体が見えた。

良かった…アライアは、無事ね…

<くっそー!やりやがったな、あの熊!>

アヤの声も聞こえた。彼女は私よりもさらに低高度で脱出出来ていたようで、眼下に白く広がったパラシュートが見えた。

 <アヤさん!カレンさん!>

<マライア!あんた、機体は無事か!?>

<大丈夫だけど…なんであんな危ないことを…!>

<あれが一番安全だった、って言ったろ。あぁでもしなきゃ、揃って木端微塵になってたよ>

<そんな…>

「そうだよ、マライア。これはうかつに飛び込むような指揮をしたアヤが悪いんだ」

<んだと!カレン!>

「なによ、違う!?」

<分かったよ…!あんた、降りたら勝負だ!今日と言う今日は、覚悟しろよ!>

「いいわよ!受けてたってあげるわよ!」

<ちょ、ちょっと、アヤさんカレンさん!ケンカしてる場合じゃないでしょ!>

私とアヤの言い合いに、マライアがそんな声を上げる。まぁ、これで、大丈夫、ってのは伝わったでしょ…

アヤが本当に怒ってなければ、これで丸く収まるんだけど…ね。
 


 <アヤ、カレン。地上に降り立ったら、すぐにこの場を離れろ。あいつ1機だけどは思えねえ。

 すぐ近くに援護の機体が居る可能性がある>

隊長の声が聞こえる。

<了解、隊長。そっちも気を付けてくれ>

<お前に心配されるほど、ヘタレてねえから安心しろ。防空司令部!敵モビルスーツによる攻撃で被害3!対地攻撃装備の増援を寄越してくれ!>

<こちら防空司令部、了解した。ゲルプ隊を送る。それまで敵を足止めせよ>

隊長と防空司令部の無線が聞こえる。その間に、私は地上へとグングン近づいて行く。下には一面のジャングル。

どうあっても、木に引っ掛かる可能性が高そうだ。無事に地上に降り立てればいいんだけど…

 そう思っている間にも、うっそうと生い茂る森が眼前に迫ってきて、ついに私は、その木々の中に突っ込んだ。

 ガサガサと音を立てて、木の枝と葉が私に打ちつけてくる。

とっさに顔を両腕で隠してそれに耐えると今度はガツン、と言う衝撃が走った。

ベルトが体に食い込んで、一瞬息が詰まる。私は恐る恐るあたりを見やった。

 私は、案の定、木に引っ掛かって、地上4,5メートルのところに宙づりになっていた。

参ったね、これは…飛び降りるにしても、無事じゃ済まない高さだ…。

 とりあえず、体に着いた葉っぱや木の枝を払い落してあたりを確認する。

振り子の要領で近場の木にでも移れないかと思ったけど、どの方向にも手ごろな幹はない。

だとすれば、パラシュートのコードを昇って枝までいき、その枝をたどって地上に降りるか…

隊長の言う通り、この辺りにまだ敵が居ないとも限らない。

もし万が一読みが当たっていて、もしその敵が趣味の悪いやつなら、見つかった瞬間に八つ裂きにされかねない。

のんびりはしていたくない、な…イジェクションシートの下に、サバイバルキットが入っていたはず…

その中に、何かがあれば良いんだけど…でも、下手にベルトを外したら、それこそまっさかさまだね、これ…

 そんなとき、ガサガサ、っと草の擦れる音がした。

私は一瞬、心臓を握りつぶされるんじゃないかと思うくらいに驚いて、体がこわばった。

でも、その音のした方を見つめると、そこには、見慣れた飛行服を着た人物がいた。

「カレン、大丈夫か?」

もちろん、それは、私より先に降下して行ったアヤだった。

「えぇ、なんとか。脱出なんて、初めてだよ」

そう言うと、アヤはカカカと笑って、

「アタシも二回目だ。怖いよな、あれ」

なんて言って、肩に背負っていたサバイバルキットの入ったバッグを地面に置いた。

そのバッグの中からアヤは長いロープを取り出す。

「ほら、投げるから、受け取れ!」

アヤはそう言って、ロープの端をギュッと結んで玉にすると、それを私の方に放ってきた。

正確なコントロールで私のところに飛んできたロープをつかむと、それは良く見れば、

私のパラシュートに使われているのと同じコードだった。

なるほど、自分のイジェクションシートのパラシュートから調達してきたんだろう。

こういうところの機転は、さすがと言うほかにないね。

私はそれをぶら下がったシートに括り付けて、さらにそのロープで自分の体を固定し、シートの下のサバイバルキットを取り出してから、

手のひらでロープを滑らせてなんとか地上に降り立った。
 


 ふぅ、と思わずため息が出てしまう。それを見たアヤは、カカカと笑った。

「ありがとう、助かったよ」

「なに、小隊長のつとめ、だからな」

そう言ってニヤつくアヤに、私は急に不安になった。

さっきのやり取り…あの時は、きっとアヤなら私の気持ちや考えを分かってくれると思ってああ言っては見たけど…

もし、それが私の一方的な勘違いだったら…私は、また…

「ね、さっきの、だけど…」

そう言いかけただけで、アヤは私の気持ちに気付いてくれたらしい。あぁ、と声を上げたと思ったら

「どうする、殴り合いしておくか?」

なんて言って笑って見せた。とたんに、私の胸から安堵の気持ちが湧いていて、ホッとため息に変わった。

それを見たアヤは私の肩を叩いて

「気にしすぎなんだよ。ああでもやっておかないと、マライアが気を使っただろうしな…

 それに、アタシ好きだよ、あんたとする、ああいう“遊び”」

なんて言ってくれた。そう、そうだね…あれは、アヤがヴァレリオにドロップキックをかますのと同じ、ってわけだ。
それはなんだか、私も隊の一員になれている証明に感じられて、そこはかとなく嬉しい気持ちになった。

いえ、待って、今はそれよりも…

「ありがとう。それより、早くここから離れた方が良いね。

 隊長が爆装した援軍を呼んだみたいだし、敵が居なくても、爆撃があるかもしれない」

「ああ、同感だな。とりあえず、南へ向かおう」

アヤがそう言って、バッグを背負い直す。私も自分のバッグを背負ってうなずき、二人して足早にその場所を後にした。




 






 パチパチと音を立てて、たき火が燃えている。いつのまにかとっぷりと日が落ちた。

あれからしばらく、戦闘の音は辺り一帯に響いていたけど、結局戦果がどうなったのかまでは確認が出来ていない。

他の隊員が無事だと良いんだけど…

 そう心配していた私にアヤは、相変わらず笑って

「隊長の言うこと聞いてりゃぁ、みんな無事だから、心配するなよな」

なんて言ってくれていちいち私の反応を困らせた。

 私達は着地地点からまっすぐ南へ下ってきた。今は、川の水面を望める小高い岸壁の上に居た。

ここなら、見晴らしも良いから救助隊が来ればすぐにでもお互いに見つけられるだろう、って言うアヤの案だ。

人の脚だしあの着地点からそれほど離れたとは思えないのだけど、救助隊はてんで現れない。

今夜は、この美味しくないチューブ食で我慢だな、と思っていながら私が薪を集めている間に、

アヤは崖を降りて行った先で魚を2匹吊り上げて来ていた。

どこに釣道具なんて持っていたのかと聞いたら、サバイバルキットの中に入っていたハサミの手に持つループの部分と

パラシュートコードを解して作った糸と疑似餌で吊り上げたんだという。

正直、この子には本当に驚かされることばかりだけど、そのおかげで私は、少なくともチューブ食以外の物が食べられそうだ。

アヤはそれを手早くさばいて、拾ってきた木の枝に刺して火にかけた。

その間、私達は並んで星を見上げつつ、とりとめのない話をしていた。

 「あぁ、腹減ったなぁ」

「火があれだと、ちゃんと焼けるまでは時間がかかりそうね」

「そうだなぁ」

アヤがそう言って寝転ぶ。それからふわっと大きく欠伸をして

「星、綺麗だなぁ」

とつぶやいた。そんな彼女の言葉に、私も満点の星空を見上げる。

「あんなところでも、戦闘が起こっているかもしれないなんて、ね…」

「あぁ、ルナツーはまだ健在だし、な…まったく、面倒なことになったもんだよ」

アヤはそう言って、胸のポケットから一枚の紙きれを取り出した。

昨日、エルサの兄、カルロスに見せていたあの部隊章の描かれている紙片だった。

「それ、いったいなんなの?」

私が聞くと、アヤはうーん、と言葉を濁した。私はとっさに

「あ、言いにくければ、無理には聞かないけど…」

と言い添える。正直、不安が過ぎったからだ。でも、そんな私の胸の内が透けて見えたのか、アヤはニコっと笑って

「あぁ、そう言うんじゃないんだ…ただ、ちょっと胸クソの悪い話で、さ…」

と紙を畳みなおして胸のポケットにしまいこむ。胸クソの悪い話?昨日言っていたのとは、違うじゃない。

だって昨日は、世話になったから礼をしたい、って…そんな疑問が湧いてきて、私は思わずアヤに尋ねた。

「お礼をしたい、ってことじゃなかったの?」

「ん、あぁ、まぁなんて言うか…“世話になったから、礼をしたい”んだよ…」

アヤは、昨日と同じ言葉を使った。…いえ、待って、それってもしかして…
 


「つまり、あんたの知り合いに何かがあったから、その仕返しをしたい、ってそう言うこと?」

私が聞くと、アヤは少しだけ悲しそうな表情を浮かべてうなずいた。

それから、よっ、と言う掛け声とともに起き上がって、私を見やる。それから、少しだけ黙ったあと、口を開いた。

「…カレン、アタシさ…施設出身なんだ」

「施設?」

「そう。親を亡くした子どもやら、親に捨てられたり、虐待されたような子が入ってる施設」

アヤは、私から遠くの夜空に視線をなげつつ、そう言った。

施設…だとしたら、アヤも…その、私と同じで、家族に恵まれなかった子ども時代を送ってきた、って言うの…?

「家族と、なにかあったの?」

「うん…チビの頃に両親が事故で亡くなってね…ロクでもない親戚の家をたらい回しにあってから、そこに入ったんだ、アタシ。

 でも、良いところでさ…大好きな人がたくさんできた。今のアタシがあるのは、あそこのお陰だって、言い切ったっていい。

 あ、アタシをスカウトしてくれた隊長はまた別口だけどさ…」

アヤの表情には、悲しさはなかった。辛さも寂しさもない。ただ、まるで何かを懐かしむような、そんな目をしていた。

「もう、あそこを出て5年くらい経つけど…いまだに、月1回は顔を出してる。

 血は繋がってないけど、一緒に生活してた弟や妹がたくさんいてさ…かわいいんだ、あいつら」

アヤはそう言って、嬉しそうに笑う。でも、そんな彼女の表情が一瞬にしてまた、悲しみに覆われた。

「でもさ…一昨日、その妹のうちで、一番しっかりしてて、アタシが面倒を見てた子から電話があってな…

 街で、連邦兵に別の子が…乱暴されたんだ、って言って来た」

「乱暴…」

乱暴…その言葉を、叩いたり蹴られたりした、なんて額面通りに受け取るほど、私はのんきではなかった。

それはつまり…性的な暴行をされた…犯されたんだ、って意味だ…

そうか、昨日アヤが朝から出かけていたのは、その子達のところに行くためだったんだ…

「それで、昨日それを描いてもらってきた、って言うのね?」

「…あぁ」

アヤは、ついにはがっくりとうなだれた。

「被害にあった子が…こんな部隊章を見たって、描いて渡してきた。泣きながら、怖かったって…痛かったって…

 そんなことを言いながら、それでも、頑張ってこれを描いたんだ。思い出すだけでイヤだったろうに、それでも…あいつ…」

「…その子も、戦ったんだね…精一杯…」

私がそう言葉にしたら、アヤはハッとして顔を上げて私を見つめた。わ、私、何か変なことを言ったかな…?

感じたままのことを思わず口にしてしまったけど…そう思ったらアヤは、なんだか少しすっきりした表情で

「そっか…そうだな…。ただ苦しがってたわけじゃ、ない、か…」

とつぶやいた。
 


「だから、“世話になったから、礼を”ってことね」

「うん…あんまりおおっぴらにするようなことじゃないと思ったから、そんな言い方しかできなかったけど…別に嘘をつくつもりじゃなかったんだ。気を悪くしたら、謝る」

「ううん…その子のことを考えれば、当然の配慮だと思う…」

「そっか。そう言ってもらえると、安心するよ」

アヤはそう言ってまたごろん、と寝転んだ。ふう、と大きく深呼吸をしている。気持ちの整理をしているんだろう…

たとえば、もしエルサが同じ目に遭ったとしたら…私はどう思ったんだろう?

もし、妹が生きて居て、同じ目に遭ったら、私はどう感じたんだろう?

ふとそんなことが頭を駆け巡ったけど、止めた。そんなのは、ただのイメージでしかない。

そんなことで、アヤの気持ちが理解できるとは思わなかった。理解したいのなら、尋ねればいい。

アヤは、それを、我慢することなんてないと、そう言ってくれたのだから。

「どうするつもりなの、礼、って」

私が聞いたら、アヤは抑揚のない口調で言った。

「さぁな…でも、理性を保てる自身はない」

その言葉から感じられたのは、平たんに整理されていたけれど、確かに怒り、だった。

それに触れた私も、どこか落ち着かない心持ちになる。

「そう…もしそのときは…手を貸すよ」

そう言ってやったら、アヤはクスっと笑った。私が寝転んだ彼女を見やったら、笑顔で私に言ってきた。

「そのときに一緒に居たら、止めてくれよ。アタシ、犯人を殺さない自信がないんだ」

やはり、その言葉からも底知れない怒りが伝わってくる…でも、そうね。

あんたがそう言うんなら、私は、あんたの望むように在ろうと思うよ。

「分かった…半殺しくらいになったところでMPに通報して、それから仲裁に入ることにするよ」

そう言ってあげたらアヤは

「気が利いてるな。カレンらしい」

なんて言って声を上げて笑った。

 不意に、パチっと、たき火が音を立てた。

「おっと、いけね、長話してて忘れてたよ、魚」

アヤがそう言って飛び上がるようにして体を起こし、たき火に掛かった魚を確認する。

細い枝の先で突いた魚は、ボロっと身が崩れて、中からジュワっと水分をあふれさせた。

「はは、良い頃合いだ。ほら、カレンはこっちのな」

アヤはそう言って私にナマズのような姿の方を渡してくれる。アヤは、もっとこう、魚らしい形をした方を手にしていた。

「ちょっと、そっちの方が良さそうに見えるんだけど」

私がそう言ったら、アヤはニヤっと笑って

「あたりまえだろ。こういうのは釣ってきたヤツが優先的に選択で来てしかるべきだ」

と言い返してきた。でもそれからふっと真顔になって

「臭いはあるんだけど、そっちの方が脂乗っててうまいんだよ、ホントは」

なんて言ってきた。ふぅん、こんなのが、ね…

「なら、半分つずってことにしない?そっちのも食べてみたいし、アヤも、こっちが美味しいっていうんなら食べたいでしょ?」

私はそう提案してみる。今のアヤの言葉が本当なら、願ってもない提案だと思うし、

ウソなら、遠慮するふりでもなんでもして引き下がると踏んだからだ。もし引き下がれば、また“お遊び”のネタに出来て退屈はしなさそうだから、ね。
 


「いいのかよ?じゃぁ…」

アヤは素直にそう返事をして、サバイバルキットのバッグの中から、応急処置用の無菌シートを引っ張り出してきて、

その上に魚を置き、枝で器用に身を解し始めた。ふふ、本当にこっちの方が美味しいらしいね。

なら、ひとりで食べるのは申し訳ない。アヤの言った通り、これはアヤの釣ってくれた魚なわけだし、ね。

そう思って、私もアヤをマネして、無菌シートの上で身を解し、それから二人して手づかみで魚を楽しんだ。

確かにアヤの持っていた方は、パサパサとして味気ない風味だったけど、私のナマズは肉感のあるいい味をしていた。

 そうして魚の味と、尋ねてみた釣りの話や、そこから転じたアヤの夢の話なんかを話題にしていると、

私達の耳に、遠くからバリバリと言う救助ヘリのローター音が聞こえだすまで、そう長い時間がかかったとは感じられなかった。




 






 「あ、カレン、おはよう」

「あぁ、アヤ。早いんだね」

食堂で食事を受け取っていた私にアヤがそう声を掛けてきた。

「ん、ちょっとモールに買い出しに行こうかと思っててさ。そっちこそ、いやに早いじゃんか。なんかあるのか?」

「別に。蒸し暑くて目が覚めただけよ。シャワーで汗流したら、二度目する気分じゃなくなっちゃってね」

私が言うとアヤはそっか、と笑った。

 あれから、2週間が経った。私達は近づいて来た救助ヘリにサインを送って、その場で吊り上げられて基地に戻った。

オフィスに顔を出してから戻った兵舎で、マライアに無茶はしないで、と泣き付かれて、二人してなだめるのに苦労した。

それからも、哨戒任務や迎撃任務、スクランブル待機と、シフトに応じて出撃したりしなかったりを繰り返した私達だけど、

本当に幸いにして、誰一人死んだり怪我をしたりすることはなかった。

まぁ、フレートはこの2週間で3度も落とされていたけど、

彼、直撃弾を貰って爆発する機体からでも光のような速さでイジェクトするんだから恐れ入る。

あそこまで行くと、敢えて敵弾に突っ込んで行ってるんじゃないかって思うほどだ。

 今日は一週間ぶりのオフ。戦争中だ、って言うのに、休暇があるなんて、このジャブローくらいなものだろう。

まぁ、オフとは言っても、敵の攻撃が迫れば非常招集を受けてしまうのだけど、それもまぁ、慣れたものだ。

 私は席について、アヤが食事を貰って来るまで待ってから、一緒に食事を始めた。

「しかし、出撃数が減ったから、って言っても、あの訓練はちょっと堪えるよなぁ」

席に着くなり、アヤがそんなことを言ってきた。

「そうね…まさか、自分があんなのに乗って戦闘に出るなんて、考えもしてなかったよ」

私もそう返事をしてため息をつく。

 先週、私達に上層部から指令が下りてきた。

それと言うのも、ゲルプ、ヘイロー、レイピア、オメガの第27飛行師団の第2戦闘飛行戦闘単位は、

順次、新兵器への換装訓練に着け、とのことだ。要するに、連邦が開発したモビルスーツへの装備変換。

いや、ただの装備変換と言うレベルではないんだろうけど、軍上層部としては、戦車隊よりも戦闘機パイロットを優先して訓練に投入しているという噂らしい。

あんな人形の操縦なんて、戦闘機とはまるで違って、先日の初めての訓練…と言うか教科は、混乱しきりだった。

「先月くらいからそんな噂は聞いてたんだけど、まさかウチの隊にまで回って来るなんてなぁ」

アヤは相変わらずボヤく。まぁ、その気持ちも分かる。

いくらモビルスーツが強力とは言っても、自分があれに乗って戦うなんて実感は、これっぽっちも湧いてこなかった。

 「あ、そう言えばさ、カレン。あんた、モール行ったことあるのか?」

アヤが、思い出したようにそう話題を変えてきた。ショッピングモール、ね。

あの市街地区には、この間エルサ達と仲直りのセッティングをしてもらったバーくらいしか行ったことがなかった。

興味がないこともなかったんだけど、それよりも私は、隊に馴染めるかどうか、とか、

アヤとのこととかで、そんな方まで気持ちが向いてなかった。今となっては、要らない心配だったな、とは思うのだけど。

「ううん。こないだの会くらいでしかあっちには出てないよ」

私が言うとアヤは表情を輝かせて

「なら、一緒に行かないか?マライアのやつが、昨日ユージェニーさんに絞られ過ぎてバテてるから、ひとりで行こうかと思ってたところなんだ」

と誘ってくれた。断る理由なんてあるはずもない。
 


「小隊長殿のご命令であれば断れませんからね」

「あん?ご一緒で来て光栄です、だろ?」

私達はそう言い合ってから笑った。

それから手早く食事を済ませて、一度部屋に戻って財布やらを持ってから、アヤの運転で市街地区のショッピングモールへと向かった。

 先日来たバーから1ブロック先にあった大きなショッピングモールは、こんな地下に作っておくにはもったいないくらいに立派な建物だった。

 アヤは子ども服とそれから文房具を見たい、と車の中で言っていた。

たぶん、こないだ話してくれた施設への送り物なんだろうっていうのはすぐに分かった。

こんなご時世だし、ジャブローでもなければ物が揃わないなんてこともあるかもしれない。

何しろこの南米はもはや周囲の地域のほとんどをジオンに制圧されている。

ジオンは民間企業や施設を戦闘の巻き添え以外では破壊したり輸送を妨害するなどということはしていないとは聞いているけど、

それでも、物資の往来は滞っているだろう。

それに…戦闘が続き、あちこちで戦火があがっている地球にいて、不安じゃないはずなんてない。

アヤの送り物は、きっと彼女の笑顔と同じで、施設にいる弟や妹に明るい何かを灯すことが出来るだろう。

 アヤは服屋で、柄にもなくはしゃぐようにして施設の子どものことを話しながら服を選んでいた。

そんな様子が、私にはとても暖かくて、自分のことでもないのに嬉しく思えて、

気が付けばアヤに、半分出すから、もう少し選んでやろう、なんて声を掛けていた。

最初は遠慮していたアヤだったけど、私がどうしても、と言ってやったら折れたみたいで、

そう言うつもりで連れて来たんじゃなかったんだけど、なんて言いながら、恥ずかしそうに礼をしてきた。

私も改まってそんなことを言われたもんだから、ぶっきらぼうにどういたしまして、なんて返事をするのが精一杯で、

そこから先は、しばらく二人して黙り込んでしまった。

 アヤの買い物も終えて、私も自分の服や、身の回りの物を買い込んだ。

軍の支給品はもちろんあるし、そんなにいろいろと必要な物があるというわけじゃないんだけど、

何しろ、バイコヌールからは着の身着のまま、戦闘機と飛行服以外の物は何一つ持って出れなかったし、

マグやコーヒーを淹れるポットくらいはあると重宝するだろうな、なんて思っていたからね。

 それから、アヤが服と文房具のお礼にどうしても、と言うので、モール内のレストランで昼食をおごってもらった。

食後のコーヒーを飲みながら、こんなのまるで、友達同士みたいだ、と言ってやったらアヤはケタケタ笑って、

友達とかやめてくれよな、なんて茶化すので、私もおかしくて笑ってしまった。

 まぁ、そうだよね。あんたにとっては、友達なんてそんな関係であるわけがない。隊は、家族なんだものね。

マライアは妹だけど、それじゃぁ私は何?って、今度聞いて困らせてみようかな、なんて、そんなことを思っていた。

 「ふぅ、いやぁ、昼から食べすぎちゃったな」

モールからの帰り道、運転するアヤがそんなこと言いながら満足そうに笑っている。

「あそこの店、美味しかったわね。次の休みも行こうと思うよ」

「だろ?デリクとマライアが来たときも、あそこ連れてってやったんだよ。

 マライアなんか、あのでっかいやつをペロっと平らげちゃってさ!」

「へぇ、あんな小柄なのにね」

「ホントだよ。燃費悪いだろうな、あいつ。なんてったっけ、えっと、エンジェルなんとか」

「あぁ、エンゲル係数?」

「そうそう、それ!」

私が言ってやったら、アヤはなにがおかしいんだか、声を上げて笑った。
 


「あぁ、次の休みって言やさ、もしよかったら、一緒に施設に遊びに行かないか?」

笑いを収めたアヤは急にそんなことを言ってきた。

「私が?どうしてよ?」

「だって、送り物買ってくれたろ?せっかくだし、喜ぶ顔も見てもらいたいじゃないか」

私が聞いたら、アヤはやっぱり自分が嬉しいみたいな表情で、そんなことを言う。子ども達が喜ぶ顔、ね…

なんだか、くすぐったくなりそうで気は進まないけど…でも、悪くない気もするね、そう言うのもさ。

「分かった、考えとくよ」

私が答えたら、アヤは

「ああ。そうしてみてくれよ」

なんて言って、イヒヒと笑った。

 車が基地に到着した。ゲートをくぐって、兵舎のあるエリアへ続く道へとアヤが車を走らせる。

そんなとき、格納庫が立ち並ぶエリアのすぐ脇に何やら人だかりが見えた。

航空隊が多いこのエリアで、見慣れない陸戦隊の制服を着こんだ連中がたむろしている。

 「あれ、なにやってんだ?」

「さぁ…陸戦隊の輸送でもあるのかも知れないね」

アヤの言葉に、私もそんななんとなくの返事を返す。車がその一団のそばに近づいたとき、私はその中に1人、見かけた顔があるのに気付いた。

「ね、あれ、ヘイロー隊の人じゃないの?」

「えぇ?」

私が言うと、アヤが車の速度を落とした。それから人垣をジッと見やった。

「あぁ、ホントだ。6番機のニシネ少尉だ。あいつ、陸戦隊なんかと仲良かったのか?」

「仲が良い、って雰囲気じゃぁない気がするな…」

アヤの言葉に、私はそう口にしていた。何しろニシネ少尉は、壁際に追い詰められるようになっていて、

彼の周りの数人が彼に迫っている。その周りを、他の連中が目隠しするように立ちふさがっている感じだ。

「なるほど、ケンカみたいだなぁ」

アヤはそう言うと、車を一団のすぐそばに止めた。

「おい、あんたら―――」

アヤがそう声を掛けた、と思ったら、ほんの一瞬だけ、その動きを止めた。

次の瞬間アヤは私を振り返りもせずに、黙って車を降りて行った。ちょ、ちょっと…さすがに、いくらなんでもそんなの、考えがなさすぎじゃ…!

あの陸戦隊、ざっとみて1個小隊3、40人は居る。変に刺激したら、タダじゃ済みそうもないのに…

私は心配になって、車から飛び降りてアヤの後を追った。

 アヤは男たちの中の一人と、何やら話し込んでいる。知り合い、って雰囲気でもない…

いえ、アヤ、何かを見せてる…?なんだろう、あれ…遠目で良くわからないけど…あれは、写真?

 そう思った次の瞬間、アヤの拳が話していた男の腹に沈んだ。

あまりのことに私は一瞬、息を飲んでしまう。い、いったい、何がどうしたっていうの…?!

「ア、アヤ!あんたいったい何して…!」

私がそう言って駆け寄ろうと思った次の瞬間には、アヤは陸戦隊の連中に取り囲まれてしまった。

マズい、いくらアヤでも、この人数差はマズすぎる…!どうする…?なんとか、手を貸して逃げる方法を…

そう思ったときだった。私の目に、陸戦隊の軍服の肩に縫い付けらえていたワッペンが飛び込んできた。

それは、ドクロマークに、草が絡みついているデザインをしていた。
 


 この部隊、まさか…アヤの妹に手を出した、って言う…あの…?!

それに気がついた私は、とっさに車まで走って戻った。助手席のダッシュボードに投げておいたPDAを手に取って、

オフィスへとコールする。ほどなくして、電話口に誰かが出た。

「もしもし!カレンです!」

<ん?あぁ、カレン。どうした、オフの日にここへ掛けて来るなんて?>

ダリルの声だ!

「ダリル!聞いて!アヤが陸戦隊と乱闘騒ぎを起こしそうなの!」

<あぁ?そんなのいつものことだ。巻き込まれんように、とっとと離れた方が良いぞ?>

「相手は1個小隊全部よ!?」

<い、一個小隊だ!?あんのバカ!どうしてそんな…!>

「施設の子が、あいつらに手を出されたって…それでかなりキレてて…」

<施設の子…?ちっ!いつだかの電話の話か…そいつはマズイな…!カレン、今どこだ!?>

「第2格納庫のすぐそば!」

<分かった!お前、なるべくあいつを押さえとけ!隊長達連れてすぐに行く!>

ダリルはそう言うとガシャンと音を立てた。ツーと言う機械音だけがスピーカーから聞こえる。

抑える、ったって、もう手遅れだよ…!

 私はそう思いながらも車からもう一度飛び出して、陸戦隊に囲まれているアヤに怒鳴った。

「アヤ!やめな!」

「カレン!手出すなよ…こいつらは、アタシ一人でやる…!」

アヤが私にそう言ってきた。その眼は…今までに私が見たことのない眼だった。鋭い、なんて言葉では生ぬるい…

その視線だけで、相手を射殺してしまいそうなほどの…怒りと、憎しみがこもった目つき…あの子、本気だ…!

 「おいおい、お嬢さん?こいつがあんたに何かしたかよ?」

陸戦隊の一人が、アヤにそう話しかける。

「…さぁな」

「ああん?なんだ、てめえ…頭おかしいんじゃねえのか?」

アヤの静かな返事を聞いた男が、そう言ってアヤの胸ぐらをつかみにかかった。でもその刹那だった。

男は手首を握り返したアヤに地面にねじふせられ、そして…さらに捩じり上げられたその腕から奇妙な音をさせた。

「あぐっ…あぁぁぁぁ!」

男の叫び声が響く。

「こ、この女!」

「嘗めやがって…やっちまえ!」

男達が一斉にアヤに飛び掛かった。ダメだ!そう思って、アヤを助けに入ろうとした私の目に映ったのは…

信じられない光景だった。
 


 アヤは、正面から突っ込んできた男の顔面に拳を突き出した。崩れ落ちた男を踏みつけて包囲網から脱すると、

そのまま、飛び掛かってくる男たちのタックルに合わせて蹴り上げ殴りつけ、

飛んでくるパンチをかわして膝をたたき込み、横から迫ってくるのが居れば、

振り向きこともしないで正確に肘をこめかみに命中させ、

蹴りを受け止めるや、地面に倒し込んで、最初の男と同じようにメキっと音を立てるまでその脚を捻り上げた。

 あれだけの数…あれだけの男を相手に、アヤは…袋叩きにされるどころか…善戦するどころか…一発ももらってない…

い、いったい、なんなの…あの子は…?!

 不意に、キュッと言う音がした。見るとそこには一台の軍用車が止っていて、そこからダリルとフレート、

それに副隊長のハロルドさんと、隊長が降りてきた。

「カレン!」

ダリルがそう叫びながら、他の3人と一緒に私のところに駆け寄ってくる。

「お、おい、あ、あれ、アヤだよな…?」

フレートがアヤの姿を見て、そう言った。

「…アヤ、だな…」

ハロルトさんがそう言って、ゴクリと喉を鳴らすのが聞こえた。

 飛び掛かってきた男の顎をアッパーで殴りつけ、すぐ脇に居た別の男の胸ぐらをつかんでヘッドバットをたたき込み、鼻を粉砕する。

アヤの周りには、ぶちのめした陸戦隊の連中の体が足の踏み場もないくらいに転がっていた。

と、アヤがそんなやつらの一人の体に足を取られた。

次の瞬間、別の男がアヤの背後に回り込んで、彼女を羽交い絞めにする。すぐそばにいた男が、アヤの顔面に拳を振るった。

「アヤ!」

ダリルが叫んで駆け出そうとして、直後にはその脚を止めた。

 「あぁぁぁぁ!」

アヤが叫んだ。悲鳴じゃない…それは、雄叫びに近かった。

アヤは自分を殴りつけて来た男を前蹴りで蹴りつけると、

羽交い絞めしていた男の脚を踏みつけてひるませた隙に体制を入れ替えて肘を顔面に見舞った。

倒れ込む男を無視して、さらに飛び掛かってくる別の男へと拳と脚をめり込ませ、腕や足を捻り上げ、地面へとねじ伏せていく。

そんなアヤの表情が、私には…悲しみに満ちているような気がした。

「あいつ…人間か?」

不意にフレートが言った。

「そのはず、だがなぁ」

隊長が呟くように応える。それを聞いたフレートは口ごもってから、誰となしに言った。

「でも…あれ…まるで…鬼だ…」

そう…確かに、アヤから感じるこの圧倒的な威圧感と、絶望的な力は、まるで…

私の故郷の先住民に伝わる戦いの踊りの感覚に似ていた。相対している者の戦意を折り、飲み込み、蹂躙するような、

強烈なプレッシャーだ…でも、それでも私は、アヤの目から消えない悲しみを見逃してはいなかった。
 


「おい、ハロルド、憲兵呼んでおけ」

「で、でも隊長、この状況だと…!」

「カレンとダリルの話が本当なら、施設の方で地元警察に被害届を出してるはずだ。アヤがそうさせてないはずがねえ。

 だとすりゃぁ、それなりの処分を受けさせられる…それとも、あいつに最後まで任せるか…?」

「あ…い、いや…すぐに、手配します」

憲兵…MPは確かに、呼ぶべきだ。話を聞いたとき、私もそう思った。でも…そう…あのとき、アヤは言った…

 殺さない自信がない、って。

 気が付けばアヤは40人全員を叩きのめしていた。地面の上で、男たちが痛みにもだえ苦しんでいる。

アヤはその中の一人の髪を握りしめて、顔を上げさせて聞いた。

「どいつだ?」

「あ…うぅっ…」

「どいつだって聞いてんだ!」

アヤはそう叫んで、男の顔を地面にたたきつけた。

「や、やめてくれっ…言う、言うよ!そ、そいつらだ…黒髪のやつと…ブロンドのに、スキンヘッドの…」

「そうか…」

アヤはそうとだけ言うと、男を解放し、そいつが指示した一人目を見降ろした。

「間違いないな?」

「あぐっ…この、クソアマ…!」

男がそう吐き捨てたとき、アヤは勢いよく足を振り上げて、男の股間を蹴りつけた。

「うぐっ…あぁぁぁ!」

男が、子どもみたいな悲鳴を上げながら動かなくなった。

「うぅぅ…」

「痛ってぇ」

ダリルとフレートが、なぜかそう言って縮み上がっている。アヤはそれからも残りの二人にも同じように蹴りを見舞った。

 肩で息をしながら、アヤは、男たちを見下ろしている。それでも、アヤからはあの雰囲気も、表情も消えていない。

ふと、アヤは格納庫の壁際を見やった。そこには、緊急用の消火器が置かれていた。
 


「おい、あいつ―――

―――バカ!

私はとっさに駆け出していた。アヤは消火器を手に、一人目の男を見下ろしている。

不意に、両手で持った消火器を、アヤは振り上げた。

「いいかげんにしな!」

私は走ってきた勢いのまま、思い切りアヤの腹を蹴りつけた。でも。

アヤはまるで分かっていたかのように身をよじってそれをかわすと私目がけて消火器を振り下ろしてきた。

でも…怖くはなかった。なぜだかは、わからない。でも、私には確信があった。

この子は、なにがあっても私を傷つけたりなんかはしない。

彼女は、自分が守ろうとしたものに手を上げることなんて絶対にない。

「アヤ!」

私はただの一言、そう声を上げた。次の瞬間、アヤの手から消火器が離れ、ポーンと道路の方まで飛んで行った。

ガコン、ガラガラと地面に消火器がぶつかって転がる音がする。

アヤは、そのまま、私にしなだれかかってくるようにして体を預けてきた。私はグッとこらえて、アヤの体を受け止めた。

 「カレン…」

肩で息をして、汗と血にまみれたアヤが私の名を呼んだ。

「…気は、済んだ…?」

私が聞いてやったら、アヤは私の体にギュッとしがみついてきて呟いた。

「ごめん…ごめん、なさい…アタシ…アタシ…」

途端に、アヤの体が小刻みに震え始める。アヤが今、何を感じてるか、何を思っているかなんて私にはわからない。

わかるはずもない。でも、なぜだか、私の胸には、締め上げる様な悲しみがこみ上がってきていた。

私は、アヤに何も言わず、何も伝えず、ただただ彼女の体に回した腕に力を込めて、

その震えが早く止るように、と、抱きしめてやっていた。




 






 それから私は、隊長の指示でフレートの運転する車に乗り、アヤと一緒に現場を離れた。

アヤは、まるで魂が抜けたように放心してしまっていて、私にしがみつきながらうわ言のように必死になって誰かに謝っていた。

ユベールだの、ロッタさんだの、シャロンちゃんだの、そんな聞きなれない名前だ。

おそらく、混乱しているんだろう。

 そのまま車でフレートが連れてきてくれたのは、兵舎だった。アヤを担いで、とりあえず私の部屋へと向かう。

アヤのところにはマライアがいるはずだけど、アヤはきっと、こんな状態の自分をマライアに見せるのは嫌だろうと思ったから。

 部屋に戻った私は、アヤをソファーに座らせて、モールで買ってきたばかりのポットとマグで、

二人分のコーヒーを淹れて、アヤの分をテーブルに置いた。

「あ…カ、カレン…砂糖…砂糖、あるかな?」

「え?あなた、ブラックじゃなかったっけ?」

「今、砂糖が欲しいんだ…ないかな?」

「ん、買ってはあるけど…」

私はそう言って、ジュガースティックの袋を開けてアヤに差し出した。

するとアヤはその中から二本スティックを引き抜いて、まとめてコーヒーの中に注ぎ込んだ。

「二本って…多すぎない?」

「わかんない…でも、今甘いものが食べたいんだ…」

アヤは、焦点の合わない様子でカップをそう言って、カップを手にとった。

でも、震えるその手から、ステンレスのマグが抜け落ちて、床に転がりコーヒーが水たまりのように広がった。

「あぁっ…ごめん…ごめん、カレン…」

アヤはそんな風に言って、床に這いつくばったと思ったら、

着ていた軍服の袖でこぼれたコーヒーを一生懸命に拭きはじめた。

「ちょ、ちょっと!何してるの!」

私は慌てて、アヤの体を掴まえてその場所から引きずって話す。

アヤは、抵抗こそしなかったけど、またうわ言のように

「あぁ、どうしよう…どうしよう…」

と繰り返す。これは、さすがに異常だ…なんだろう…なにか、ひどくアヤが幼く見える…

まるで、幼児退行でもしてしまったみたいな、そんな感じだった。
 


 私は、コーヒーでぬれたアヤの軍服を脱がして、洗濯かごに投げ込み、雑巾でコーヒーをふき取ってから、

また、アヤを引きずってソファーに戻した。

「ごめん…ごめん、カレン、部屋…汚して…アタシ…」

アヤは、震える瞳で私にそう言ってくる。

あぁ、もう…なんだって言うんだよ、あんたさ…なんだか、その様子が居たたまれなくなって、私はアヤの隣に座って、

その両手をギュッと握って言ってやった。

「しっかりしなよ…あんたらしくもない」

でも、アヤは落ち着くどころか、私の手を力いっぱい握り返してきて

「だって…だって、アタシ…ひどいことを…あんな…なんてことを…」

と繰り返す。

「大丈夫、コーヒーこぼしたくらい、どうってことないでしょ?」

「ち、違う…違うんだ…アタシ…アタシ…あんたを、殺しちゃうとこだった…」

アヤはまた私の目を、震えの止まらない目で見つめて言ってきた。私を殺すところ?あぁ、消火器のときの話かな…

まぁ確かに、あれを振り下ろされてたら、無事じゃ済まなかっただろうな…

でも、私はあんたがそんなことするとは欠片も思わなかったよ。正気を失ってるってのは気が付いてたけど、

それでも…あんたは、私を、私達を傷つけない、って分かってた。

「バカ言わないで…あんたは、何があってもあそこで私に消火器を叩きつけるようなことはしなかったよ。

 怖くなんてなかってし、危険だとも思わなかった」

そう言ってやったら、アヤは涙をボロボロとこぼして体を丸めうめき声を上げた。いや、泣いてるのかな…。

それにしても、参ったね…これ、軍医に診せた方がいいんじゃないかな…?

やっぱり、どう考えてもまともじゃない。
 
 「あんなに…あんなに言ってくれてたのに…アタシ、なんであんなこと…」

「落ち着きなって。誰が、あんたに何を言ったっていうの?」

「ロッタさんが…ロッタさんが、いつも言ってたのに…暴力を暴力で返しちゃいけないって…それは自分や仲間を傷つけるかもしれない、って、そう言ってたのに…」

ロッタさん、か。さっきのうわ言にも出て来てた名前だな…

施設に居た、という話だし、そこの職員かなにかだろうか?

「アヤ、あんたは、妹がひどいことされて、怒ってたんでしょ?それなら、あれくらい、仕方ないじゃない」

「違う!」

私の言葉に、アヤはガバっと顔を上げて叫んだ。すこし、驚いた。急に大きい声を出されたから、だけど。

「な、なにが違うのよ?」

「カレンを…殴ろうとしちゃった…し、しかも、消火器なんかで…あれは、危ないことだった。

 それに…それに、アタシ、何人ぶちのめした?どれだけ、再起不能にした?…あんなことして、平気なはずないだろ…?

 誰かが責任取らなきゃ…ア、アタシ、軍をクビになるかな?い、いや、それくらいなら、いいんだ…

 でも、でも、もし隊長に…隊長が責任取れって言われて、クビにでもなったら…アタシ…アタシ…!」

正直、驚いた。動転して混乱して退行していると思っていたのに…

いや、実際にそうなっているだろうに、アヤは、そんな先のことまで考えていたのか…。

確かに、アヤの危惧するところは可能性を否定できない。
 


アヤが骨を折ったか関節を外したかした陸戦隊は私が覚えている限りでも15人以上。

殴ったり蹴ったり、肘や膝を入れた中にも、まだ何人かどこかしら骨折しているのもいるだろう。

そして、主犯の3人は、おそらくもう再起不能だ。

軍部にしてみたら、一個小隊を身内に壊滅させられたって認識になるだろう。

アヤは一人だったってことや、あいつらのうちの何人かが悪事を働いていたからと言って、どれほど情状酌量が与えられるかは不透明。

場合によっては降格か、悪くすればクビどころか、軍事裁判にでも掛かって投獄、ってのもあり得る。

そうなれば、アヤの上司である隊長にもその責任が及ぶだろう。それこそ降格か転属の可能性もある、か。

「どうしよう…アタシ…隊長がここにいられなくなったら…どうしよう…」

アヤが心配しているのは、きっと隊長のことだけじゃない。隊長が転属してしまえば、そこに新しい隊長が来る。

それも、隊の品行が悪くて異動になったとなれば、お堅い厳しいのがやってくるというのは目に見えている。

たぶんアヤは、私達の心配を…私達に申し訳ないと、そう思ってるんだ。

 私は、アヤの気持ちを察して、思わず彼女の体を抱きしめていた。

「大丈夫だよ、アヤ…。あんたが想像しているようになんて、ならない…

 そのためなら私が嘘の証言でもなんでもしてやれる…ダリルも、隊長も何かしらの手段を講じるはず。

 あんた達は、家族なんだろう?あんたがクビになるのを黙って見てるだけのはずがない。

 隊長が出て行くかもしれないってのに、手をこまねいてるだけでいるはずなんてない。必ず、なにか手を打つ。

 誰もあんたに責任を負わせるなんてこと、したくはないはず。そうでしょ?」

私は、アヤにそう言ってやった。慰めなんかじゃない。きっと、隊長も隊の連中も、そう行動する。

私にはそんな確信があった。この隊に来て、まだ一か月とちょっと。それでも、そうするだろう、って思えた。

そうでもなければ…こんな私が、ここまで心を開くことなんて、きっとなかっただろうから…。

「カレン…アタシ達だけが家族なんじゃない…あんたもそうなんだからな…」

私の言葉の、そんな部分にアヤは反応して、私の服をギュッと握りしめてきた。

聞いてほしいのは、そこじゃなかったんだけどね…まぁ、そんな状態でも、そう言ってもらえるのは、嬉しいよ、アヤ。

 カツカツと廊下を歩く足音がしたと思ったら、誰かがドアをノックした。ビクっと、アヤの体が震える。

私はアヤの背を一撫でしてから、

「どうぞ」

と声を掛けた。MPのやつら、ってことはないだろうね…

 そんな心配をしていたら、ギっとドアを開けて、レイピア隊のブライトマン少佐と、その後ろから隊長が姿を現した。

二人は、アヤの様子を見て、顔を見合わせ揃ってため息を吐いた。

「ごめんなさい…ごめんなさい…」

アヤが私に顔をうずめてそう繰り返している。隊長達だ、って、分かっているようだった。
 


そんなアヤに、隊長が声を掛けた。

「アヤ・ミナト少尉」

ビクっと、アヤは体を震わせた。それでも、彼女は小刻みに震えている体を私から離して、隊長の方を向いた。

隊長はそんなアヤの姿を見て、ボリボリと頭を掻いてから

「今日より、一週間の謹慎処分を下す。謹慎中の給与については、満額が手当より減額される。

 以後の処分については追って知らせる。以上だ」

とアヤに伝えて、ふん、とまた、小さくため息を吐いた。これは、伝えなきゃならない、事務的な話…

隊長、続きがあるんでしょう?

「この様子だと、後見は私じゃない方が良さそうじゃないか」

ブライトマン少佐がそう言って隊長を振り返った。隊長は黙ってうなずき、今度は私の前にススっと移動してきた。

「カレン・ハガード少尉。以後一週間、アヤ・ミナト少尉の監視役を命ずる。この命令には拒否権がある。

 不服があれば、この場で申し出てくれ」

私は首を振って、答えた。

「いえ。問題はありません。私が行います」

すると、隊長は、やっとふっと力を抜いた表情になった。それを見たアヤが、途端に声をあげる。

「隊長…隊長、ごめんなさい…アタシのせいで…アタシ、隊長を…!」

そんなアヤの様子に、隊長は少しも驚かないでアヤの肩をポン、と叩いた。

「いいか、アヤ。お前はとにかく、一週間カレンとここで過ごせ。外のやつらとは口を利くな。あとのことは、俺たちに任せておけ」

隊長は、私がこのジャブローに着いて荒れていたときと同じように、力強く、落ち着いていて、優しい声色で、アヤに言った。

 それを聞いたアヤは、うぅっと唸って、何度もうなずきならが顔を覆って泣き出した。隊長はそれから、また私を見て

「すまねえな、カレン。めんどくさいことを押しつけちまって」

と謝ってきた。

「いいえ…仲間に入れてもらえてるみたいで、嬉しいです」

私が言ったら、隊長はニヤっと笑って

「“隊は家族”、だろ?一蓮托生だ」

と答えてくれた。それから改まって

「とりあえず、これからのことは、別途指示を出すから、それまで待ってくれ。今からオフィスで打ちあわせるんでな」

と教えてくれた。アヤのことは、任せたぞ、ってことね。私はそれに気づいて、黙ってうなずく。

それから隊長はまたボリボリと頭を掻いて

「これ、マライアとデリクには黙ってた方がいいだろうなぁ…

 変に集中力を欠くようなことになれば、戦闘で死にかねんしな…ったく、そこらへんはダリルに一任することにするか…」

と面倒そうに言って、やわらかく笑った。

 「ほら、これ」

不意に、ブライトマン少佐が持っていたビニールバッグを私の前に突き出してきた。
 


 「ほら、これ」

不意に、ブライトマン少佐が持っていたビニールバッグを私の前に突き出してきた。

「なんです?」

「甘い物」

「甘い物?」

私はそれを受け取って中を確認すると、そこには売店で買ったんだろう、

チョコレートや菓子パンなんかが山ほど詰められていた。

「どういうことですか?」

「ん、アヤの古い知り合いに聞いたんだよ。甘い物食べさせてやってくれ、ってね」

「古い、知り合い…?」

ふと、さっきアヤが口にしていた人たちの名前が脳裏によみがえった。ロッタさんに、ユベールに、シャロンちゃん、か。

そのどれかなんだろうか?そんなことを思っていたら、隊長が

「んじゃぁ、俺たちは行く。あぁ、シャワーやなんかは、適当に行っていい。

 だが、ラウンジには寄らないようにしてくれ。食事も、夕飯までには手筈を整えとくから、食堂には顔を出すな」

と言い残し、ブライトマン少佐にかぶりを振って、一緒になって部屋から出て行った。

パタンとドアが閉まるなり、アヤがまるで背骨が抜けたみたいに私に体を預けて来て、メソメソと泣いた。

まったく…どうしちゃったんだよ、あんたさ。

 そう思いながら、ブライトマン少佐にもらった袋からチョコレートバーを取り出して包みを剥す。

「ほら、食べる?」

私が声を掛けてやったら、アヤはスンスン、と鼻をすすりながら顔を上げて、

私が握っていたチョコレートバーにかじりついた。いや、自分で持ちなさいよね…

「ごめん」

アヤはそう謝って、私の手からバーをむしり取った。

―――えっ? 

アヤは、一心不乱にバーにかじりついている。
 


 私は…その様子を、混乱の中、見つめていた。い、今のは、何…?私、アヤに何も言わなかった…よね?

でも、アヤは、ごめん、てそう言って、私の思っていた通りに、バーを自分で持って食べ始めた…お、落ち着いて…

も、もしかしたら、口に出ていたのかもしれないし、そ、それに、アヤが私の様子を見て言った言葉が、

たまたま会話みたいにつながっただけかもしれないし…

い、いや、でも、私、今のは本当に言葉にしてない…していない、よね?

いきなりのことに、私は、自分の頭がおかしくなったとすら感じた。でも、そんな私を見やったアヤは、

「あぁ…ごめん、びっくりさせちゃったな…」

と言ってきた。ちょっと…ね、ねぇ、それ…今…今のって…

「うん、ちゃんと説明するから、ちょっと待って。もう一本だけ食べさせて」

アヤは…確実に、私と会話していた。ううん、私と、じゃない。私の頭の中の思考と、だ。ゆ、夢でもみてるの…私?

 そんな私をよそに、アヤは、スンスンと鼻をすすりながら二本目のチョコレートバーを食べ終え、

私のマグをあおって半分ほどコーヒーを飲んでから、ふう、とため息を吐いて、また、私に寄りかかってきた。

 「ね、ねえ…アヤ…?」

私が恐る恐る聞くと、アヤは

「うん」

と返事をして口を開いた。

「アタシね、人の頭の中が分かるんだ」

「考えてることが、読める、ってこと?」

「読める、って感じでもないんだけど…なんだろう、肌に伝わってくる感じなんだよ」

アヤは私の服の裾を、まるで小さな子どもがするようにギュッとつかんで続けた。

「最初に気が付いたのは、14のとき。一緒に施設で生活してた、大好きだったユベールってのが死んだあと、

 アタシ、ヤケになったときに知り合いとケンカになった。そのときに…なんて言ったらいいのかな…時間が見えたんだよ」

「時間が…?」

「うん…相手の動きとか、考えとか、そう言うのが頭の中に流れ込んできた、って言うか。

 次の瞬間に何が起こるのか、とか、相手が何をしてくるか、とか、そう言うのがブワって、ね」

アヤは私のマグを手に取って、飲んでもいいか、みたいな表情で見上げてくる。私はうなずきつつ、その先を促す。

「それからかな。アタシ、なんとなく人の感情を感じ取れるようになった。

 最初のときほど強烈じゃなかったけど、でも…妙な感じで、さ…

 この人は、今何を思ってんのかな、とか、何を感じてるのかな、ってのは、

 自分が感じてるみたいにはっきりとわかるようになったんだ」

「そ、それで、私の頭の中も読めた、ってこと?」

「うん、そう。でも、たぶん、もうすぐできなくなる…。今の感じは、14のときのと似てる。

 ブワっと、いろんなことが頭に入ってくる感じ。でもこれ、時間が経つと戻っちゃうんだ。

 これになると、そうとう疲れるし、やたら甘いものが欲しくなるし…情緒不安定になる…」

「今のあんた、ってわけね?」

「うん、そう…」

アヤは、小さな声で、そう言った。それから、

「これ話したの、カレンが初めてだ…」

と口にした。
 


「あんまり言わない方が良いと思うよ、それ」

私が言ってやったら、アヤはかすかに笑って

「そうだよなぁ」

なんて答えてから、その笑いを収めて割と真剣な様子で私に聞いて来た。

「気味悪い、かな?」

まぁ、不思議ではあると思う…でも、世の中、人の気持ちに敏感なやつがいることも確かだし、それに…

私は、アヤの話にいろいろと納得がいった。アヤには、私が我慢していたことが分かっていたんだ。

親のことや、前の隊のこと、戦闘のことがあって、私が他の誰かに“見てもらう”ためには、

“本当の私”を抑え込まなきゃいけない、って思っていたことが。

だから、私の話を聞いてくれた。私にケンカを吹っかけて、怒りも苛立ちも理不尽な思いも、

全部受け止めてくれようとした。気味が悪いなんて、思うはずない。

その不思議な力は、少なくとも私を助けてくれた力なんだから…

「どう思うか、なんて、分かってるんでしょ?」

「うん…でも、言葉で聞きたいんだよ」

アヤはそんなことを言って、また、私を見上げてくる。情緒不安定、ね…

確かに、あんたのことを、かわいい、と思うだなんて、こんなことでもない限りはなかっただろうね…。

「気味が悪いだなんて思わないよ。それは、私を助けてくれた力なんだからね」

思っていたままを言ってやったら、アヤは、まるで屈託のない、子どものような笑顔で嬉しそうに笑った。

 それからアヤは、ジッと黙ったかと思ったら、袋に手を伸ばして3本目のチョコレートバーをかじりだした。

私は、アヤのこぼしたマグを洗って、自分のと合わせて新しいコーヒーを淹れ、

アヤのにはシュガーの代わりにハチミツを入れてやって渡してやった。

 バーを食べ終え、そのコーヒーに口を付けたアヤは、ふう、とため息を吐いて言った。

「あぁ、落ち着いて来たら、すげぇ恥ずかしくなってきた」

「あら、正気に戻ったみたいね」

私が言ってやったら、アヤはとたんにガバっと私から離れて、ソファーのアームレストに顔をうずめて

「ア、ア、アタシ!カレン相手に、何やってたんだ!」

と悶えはじめた。ふふふ、これはしばらくは、アヤをイジるのにネタの不便はなさそうだ。

そんなアヤの様子を見て、私はそんなことを思って笑ってしまった。

 「でも、その能力さ」

そのままにしておくのもかわいそうなので、さっきの話に話題を戻してあげる。

もちろん、もう少し聞きたいことがあった、と言うのも正直なところだけど。
 


「たとえば、戦闘なんかで、相手の出方が分かったりするわけ?」

「あー、うん。ほとんどの場合、ほんの一瞬だけな。

 アタシを狙ってるやつの気配を感じるくらいのことは出来るんだけど、行動まで読むのはなかなか難しくってさ。

 だから、アタシはいつも後出しなんだ」

「カウンターを狙っていくタイプよね、アヤは」

「そうなんだ。一手目を見せてくれれば、そのあとは状況と合わせれば二手目は読めるんだけど」

アヤの言葉に、ふと、先日二人して撃墜されたときのことを思いだしていた。

確かにあのときは、こっちから先制を掛けた結果、反撃を食って撃ち落された。

あれくらいのやり取りは“鬼”みたいになっていないときは読めない、ってことね。

そう思って確認してみたらアヤはなんだかイヤそうな顔で

「そうだけど…その“鬼”ってやめてくんないかな」

って苦情を出してきた。これも、可哀そうだからやめておこうか。

 そう、でも…アヤには、狙われてる、狙われる瞬間が分かる、ということ…

それは、ミノフスキー粒子のせいでレーダーの効かない戦闘に置いては、何にも代えがたい警戒手段になり得る…。

だとすれば…彼女は、小隊長なんかをしているよりも、もっとすべきことがあるんじゃないのだろうか…?

もちろん、マライアを守るという意味合いで、その力は有効だけど、

マライア一機くらいなら、私でも十分にフォローできる。

それよりも、アヤは…たとえば、隊長の僚機として飛んで、戦闘地域のありとあらゆる状況を隊長に提供して、

その判断を補助する…そうすれば、隊全体の危険も事前に排除できるし、生存率はかなり上げることができるんじゃないか…

「アヤ、あんた、小隊長私に譲る気はない?」

「はぁ!?いきなり何言ってんだよ、カレン!」

「これは、いつものお遊びじゃなくて、提案。小隊は私に任せて、あなたは隊長のそばを飛んでいるべきだと思う。

 隊長と、彼が守る、この隊の安全のために」

私が言ったらアヤはボリボリと頭を掻いて

「んー、まぁ、その発想は分かるけどさ…隊の編成は隊長の決定だし、いまさらそこに口をはさむのは難しいよな。

 アタシ、今、謹慎中だし…」

とバツの悪そうな表情で言う。

「だとしたら、私が実力で小隊長のイスを奪えばいい、ってことね?」

「な、なんでそうなるんだよ!それは負けた感じになるからイヤだよ!」

私が言ってやったら、アヤはいきりたってそう言い返してきた。

もう、割と真剣な話なのに、そうなられたらお遊びにするしかないじゃない…そんな不満を微かに感じたけれど、

でも、どうやら本当に落ち着いて来てくれているらしい。

このやり取りは、いつもの、私を対等に見て、受け止めてくれるアヤの姿そのものだ。

そう思ったら、私は、そんな不満を消し去るくらいの安心感が胸に湧いてきて、思わず、ホッとため息を吐いていた。
 


 


つづく。




アヤ・ミナト、40人無双の真実。

次回、ついに訪れるジオンの降下部隊…!

そして…!

  

乙!

時系列的にもしかしたら語られるかもなあと思ってたが、案の定アヤさんの対小隊無双が!
アヤさんが主犯を蹴り上げた時読んでるこっちまで背筋寒くなったわwwww

>>698
俺はマライアたんファンである訳で、となればマライアたんの敬愛するアヤさんも敬愛している訳で…まあアヤさんがもともと人を惹きつける魅力的な存在であることは間違いないけどな
てかそもそもマライアたんを愛でる上でアヤさんが最大の壁となることは間違いなかろうて
そして俺は断じてドMではない!ソフトSだ!
マライアたんを言葉責めで恥ずかしがらせて赤面させてニヤニヤしたいです、はい

自分のために無茶をしないでとアヤさんカレンさんに泣き付くマライアたんぺろぺろぐへへ



さすがアヤさん!ついでに>>730も再起不能にしちゃっても良いですよw
彼、極度のドMなんで死なない限り何しても大丈夫です!



ジャブローの鬼神の本格的デビューですね
40人相手の大立ち回り始めた時点で、主犯は「潰される」だろうなとは思っていたが…
うん、案の定俺も痛くなってきた…(イテテ
でもGJだ!

アライヤが久々に登場してたww



アヤ"オーガ"ミナト登場w

アヤでもカレンでもそうだけど、キャタピラの書くキャラクターは人の為に鬼になれるヤツばっかりだな。大好きだ。
もちろん状況は違うんだけど、怖くなって思わず逃げてしまったマライアと犯人追いつめるアヤさん。いい対比だね。

おつー

アヤ・鬼神・ミナト少尉に、敬礼!

消火器置いとくんで>>730やっちゃってください少尉!

>>730
感謝!

カレン編としてはやや横道なのですが、描いておかなきゃダメだろうと思いましてw
たぶん、犯人たちは再「起」不能でしょうw

あ、アヤさんカレンさん、こいつが犯人ですw

>>731
感謝!!

第二のヴェレリオ認定w


>>732
キャタピラも痛かったですw


>>733
え、誤字ってた?


>>734
感謝!!

そうですねぇ、大事なのは主義主張じゃなく、人同士のつながりなんじゃないかとキャタピラは思います。


>>735
感謝!!!
敬礼っ!



さて、カレン編最終回を投下します。

この最終回を書くにあたり、3万文字近く書き、ほぼ最後まで行ったものの、

カレンがなんか脈略なくド鬱状態から立ち直りかけてトゲツキに突っ込む、という妙な展開になったので丸々書き直すという暴挙に出ました。

金曜日に合わせてたんだけど、無念です。

まぁ、でも、書き直してしっくりきたんで楽しんでいただけると思います。

ご覧ください、カレンの生きざまと、アヤとの繋がりを。

 


あ、忘れてました。

案の定、切りどころがなくて大量投下になってます。

覚悟してお読みください。
 







 <まったく、連日連日、懲りないやつらだなぁ>

<ははは、そうだな。そろそろお引き取り願いたいもんだ>

<そういうお前は、そろそろ弾幕に飛び込むのに懲りてほしいんだがなぁ、フレート。

 お前が来て俺が書く始末書の枚数がどれだけになったか教えてやろうか?>

<よ、よーし、ジオンどもめ!今日も俺が叩き落としてやるぞ!>

<おーい、フレート、頼むから張り切らないでくれよ>

隊長たちのそんな会話が聞こえる。私たちは相変わらずのメンバーで空を飛んでいた。

<マライア、そっちは大丈夫か?>

<はい、問題なしです>

アヤとマライアの確認もいつも通り、だ。

 今日は、基地から西へしばらく行ったあたりの哨戒任務。先ほど敵の出現が報じられこうしてあたりを確認しているところだ。

10月に入ってからは何日かに一度、あの攻撃空母が爆撃にやってきて、森や地上兵器を焼こうとしていた。

諜報部からの話では、キャリフォルニアベース周辺の工業エリアが完全にジオンに抑えられ、ジオンのための兵器の生産施設に様変わりしているらしい。

だけど、つい先日、レビル将軍ってやつの率いるヨーロッパ方面隊が、総力戦でオデッサを奪回した、という報が飛び込んできた。

連邦がモビルスーツを投入し、初めてつかんだ戦術的な勝利だ。

オデッサが戻れば、そのまま南下してアフリカ大陸の入り口にある油田地帯も抑えることができる。

3月にあの場所を落とされた連邦が陥った資源不足を、今度はジオンが体験する羽目になるだろう。

この事実は、ジオンがこの地球上での資源的な補給を絶たれたことにほぼ等しい。

少なくとも地球でのジオンの継戦能力は低下の一途をたどるだろう。

 だけど、安心はできない。

それこそ、長いこと戦いをしていく力が乏しくなったとなれば、短期決戦を挑んでくる可能性も少なくはない。

ルナツーを中心に、ジャブロー上空の防衛力は整っているけど、またコロニーでも落とされればそれまで。

そうでなくとも、北米とアフリカの全軍がここジャブローを目指して侵攻してくる可能性もある。

そうなれば、私たちがどれほど抵抗できるかは、正直なところわからないだろう。
 
 アヤはあれから、一週間の謹慎の後に、オメガ隊に復帰した。

オフィスに出向いたアヤは、隊長になんども礼を言うと、隊長は笑って

「くたびれたぜ。もう二度とすんなよ」

とだけアヤに伝えていた。でも、私はダリルに事の詳細を聞いていた。かなり危険な状況だったらしい。

アヤは反逆罪を掛けられそうになっていたし、隊長の免職の話すら出たようだ。

でも、隊長たちは、MPと施設の被疑者の子との橋渡しをし、地元警察と連携をして、事件のあらましと状況を何度も確認した。

そして、写真での面通しを行い、アヤが再起不能にした三人と犯人が一致。

そこからは急展開で、アヤの逮捕は帳消しになり、むしろ、治安維持勲章授与なる表彰が行われた。

ただ、隊長に関しては監督不行き届きと判断が下され、2か月の減俸となってしまった。

それをこっそり聞いた私に、隊長はニヤっと笑って、

「金で解決できる問題なら、よかったじゃねえか」

なんて言って見せた。

やはり、彼の隊長というか、父親としての資質をみせつけられたようで、私までうれしくなったのを覚えている。
 


 そんなこんなで、とにかく、私たちはまだ、一緒だ。何度となく戦い、そのたびに全員生き残って来た。

フレートをはじめ、出撃があるごとに、被害がない日の方が少なかった、というのも事実だ。

撃墜されることはなくても、被弾して戦域から離脱したり、不時着することもあった。

そのたびに肝を冷やしていた私だけど、それでも、一日の終わりにはいつだって笑顔でいられた。

 この隊に移ってきて半年近くが経つ。いつの間にか、私はこの隊に驚くほどの居心地の良さを感じていた。

それこそ、アヤが家族と言ってはばからない気持ちが、私には十分に理解できるほどに。

だからこそ、私は出撃の度、そんな大事な家族が欠けてしまうんじゃないか、って恐怖に襲われるようになった。

その恐怖心を拭うために、毎回私は、身を賭して戦ってきた。

時にはアヤの指示を無視してまた本気のケンカになったり、無茶はするなと隊長に叱られたりもした。

それでも、私は怖かった。やっとできた、仲間を、家族を失ってしまうことが。

でも、だからこそ、と、いつしか私は思うようになっていた。

 だからこそ、私は、毎日を全力で生きるんだ。

私に生を与えてくれた、死んでいったみんなのためにも、そして、オメガ隊の全員を、大切な家族を全力で守って、

また、一日の終わりに全力で笑うんだ、って、ね。

<気を抜くなよ。何か月か前に、油断して新型に落とされたのもいたからな>

隊長の声が聞こえる。もちろん、それは私たちのことだ。

<あー、だからそれはナシにしてくれって言ったじゃないか!>

「あれは小隊長の指示のせいですよ。仕方なかったんです、私は」

<なんだとカレン!>

<だははは、なんでもいいが、とにかく気を付けろよ!>

アヤの言葉に私がつっかけたら、隊長がそう言って笑い飛ばした。

「ミナト小隊長?あんまり気を抜いてると、不信任決議出しますよ?」

私がさらに無線にそう言ってやると、怒ると思ったアヤの笑い声が聞こえてきた。

<前回のは、あんたにも責任があるんだからな!一緒に落ちたくせに、偉そうなこと言うなよな!>

「はぁ?あんたの指示に従ってみたら落ちたんですけど?私が判断してたら二人とも撃墜されるようなことはなかったと思いますけどね、小隊長?」

<このぉ…!あんた、地上に降りたら今度こそ二度と文句が言えないようにしてやる!>

「いいよ、相手になるわよ!?」

 ここまで盛り上がると、すぐにたいていマライアが慌てて仲裁に入ってきて、

地上に降りてから私とアヤに変わり順番に関節技を掛けられる約束を取り付けさせられるのがいつものこと、だ。

<あ…あの、えっと…>

マライアの声がヘルメットの中に響く。ほら、思った通り。

<か、各機、えっと、その…うぅ、あー…!あっ、く、9時!9時方向!>

仲裁してくると思ったのに、珍しい、マライアがそんな声上げるなんて。そんな感想を抱きながら私は左手を見やった。

そこにはうっそうと茂るジャングルが途中で割れていて、その間に川が流れているいつもの光景が広がっている。

別になにも見えないけど…
 


<なんだマライア、なにも見えないぞ?>

アヤのそんな声が聞こえる。

<も、潜った…水中に潜ったんです!ね、隊長!敵の水中型!>

マライアはそう主張した。水中型、ね…そういえば、以前見たあの熊みたいなやつも、

その後の諜報活動で水中型だと言う話があった。あれと同型、ってこと?だとしたら、警戒が必要だね…

それこそ、今のバカ話じゃないけど、懐に飛び込めばたちまちあの機銃4門の餌食になる…。

<おい、ほかに見たヤツいるか?>

隊長がそういう声がする。しかし、他の隊員は誰一人その姿を確認していないようだった。もちろん、私もアヤも、だ。

<隊長!私、ほんとに見たんですよ!>

マライアは必死になってそう声を上げる。

「まぁ、嘘を言ってるとは思ってないけど…」

私が言うと今度はダリルが

<それなら、いっちょ確かめに行くか…おい、フレート、付き合えよ>

と言ってから

<隊長、水中に、無誘導弾を一発、時限信管モードで投下してもいいすかね?>

と隊長に確認を取る。

<あぁ、そうだな…ダリルが投下を行え。フレートはもしものときの援護だ、了解か?>

<了解、任せてください!>

フレートの張り切る声が聞こえる。まったく…

「フレート、あんた張り切るとロクなことないんだから、気をつけなよ!」

私がそう言ってやってるっていうのに、フレートは笑って

「わぁかってる、って!」

といつも撃墜される前に言う返事を返してきて、ダリルと一緒に川の方へと機首を向けて飛び去った。

 <さて…鬼が出るか蛇が出るか…>

<はたまた、ワニかジャガーか…まぁ、いるとしたらたぶん熊だろうけど、な>

二人はそんなことを言いながら川へと近づく。ダリルが高度を下げて川への投擲体制に入った。

フレートはダリルよりも高い高度から観察している。私たちも二人の様子に目を見張った。

 ダリル機が降下し、胴体下の無誘導爆弾を川へと放り投げて上昇した。爆発は起きない。

時限信管だから、か。ダリルが上空のフレートと合流した。

<さて、カウントダウンだ…5、4、3、2>

ダリルがそこまで言った瞬間、ドン、という音とともに、川に高い水柱が上がった。

<おーい、ダリル!カウント間違ってるじゃないか!>

アヤのはやし立てる声が聞こえてくる。でもアヤは決してふざけてはいなかった。

私とマライアの先頭を行くアヤは、いつでもダリル達のいる川の方へ飛び込めるように、とヨーを効かせて微妙に機体の向きを調整してる。

 しかし、水面の変化はない。

<なんだよ、マライアの見間違えじゃないのか?>

<えー?でも、あたし、ちゃんと見たんですよ!>

フレートのヤジに、マライアが反論した次の瞬間、水面から輝く筋がバッと伸びてきて、

フレートとダリルの機体を抉り取った。
 


 <ちっ!>

<イジェクトします!>

二人の声が重なったと思ったら、空中爆発を起こす直前の機体から二人がイジェクションシートで飛び出してきた。

よかった…脱出できた…!

<隊長!こいつ、あの熊じゃない!>

ダリルの叫ぶ声が聞こえた。あの熊型じゃないっていうの!?でも、今のはメガ粒子砲…!

まさか、あの機体以外にもメガ粒子砲を撃ちだせる機体を出してきている!?

<ちっ!目標、視認!なんだ、あれ…カニだ…!!>

<熊型もいるぞ!>

見るとそこには、見たことのないカニのようなモビルスーツと、その両脇にあの熊型のが二機寄り添うようにして立ち上がった。

やっぱり、新型の水中タイプ!

<くる…!カレン、右旋回!>

アヤの叫ぶ声が聞こえるのと、カニ型が腕を振り上げたのと、ほとんど同時だった。

私はアヤの言葉に反射的に右へと機体を滑らせていた。その直後、私の機体のすぐそばをビームの筋が何本も通過していく。

う、嘘でしょ…!?なんて連射性能…!

<だぁ、こいつはヤバいな…>

隊長のうめく声が聞こえた。

<おい、隊長、やめろ!>

不意にアヤがそう叫んだ。アヤ、隊長の動きを読んだの?!何をする気…隊長!?

<悲鳴あげる暇があったら援護しやがれ!>

隊長はそういうが早いか、機首を敵のモビルスーツに向けた。発射されるビームが隊長機を掠めていく。

そればかりか、カニ型のモビルスーツは頭部からミサイルを連続して発射してきた。隊長はそれを加速して切り抜ける。

隊長…!あんたいきなりそんな無茶を…!急にどうしたっていうんですか!?

<だぁ!もう!各機!隊長を援護だ!撃ちまくれ!>

心の中でそう叫んでいた私の耳にアヤの叫ぶ声が聞こえた。

私は編隊飛行なんて無視して敵モビルスーツに機首を向けてトリガーを引いた。

他の機体から発射された曳光弾やロケットがモビルスーツに着弾する。それを受けて敵がひるんだ。

「隊長!逃げて!」

私は叫んだ。でも、隊長は回避行動なんてとらなかった。

 隊長機はモビルスーツをフライパスした瞬間に急上昇を初めて、上昇の頂点でくるりと機体を真下に向けた。

あれは…クルビット!私の得意な機動…!でも隊長は敵を撃つわけじゃなかった。

そのまま加速して真っ逆さまに、頭上から敵に迫る。まさか…特攻する気!?私は声を上げて隊長の暴挙を止めようとした。

でも次の瞬間、隊長機のキャノピーが吹き飛んで、中からイジェクションシートが弾け飛んで出た。

パイロットを失った機体は、加速をつづけたままモビルスーツの頭上から迫って、腕に衝突し、はじけ飛んだ。

爆発を起こした戦闘機には、無誘導爆弾と航空燃料にロケット弾が満載されてた。

隊長…戦闘機の機体そのものを武器にするなんて…!
 


 戦闘機の直撃を受けたカニ型のモビルスーツは、片腕を失い、それ以外のダメージも明らかに負っている様子だった。

おそらく、破壊された腕と同じ側の脚にもダメージを受けている。まともに動けている感じはしない。

 <いまだ、お前ら!とどめをさせ!>

隊長の声が聞こえてきた。隊長、あんた、無謀すぎるよ!

私はそう思いながらもトリガーを引き、ロケット弾の発射ボタンを連続でたたいた。

ありとあらゆる火線がモビルスーツ3機に襲い掛かり、慌てた熊型2機が、カニ型を抱えるようにして水中へ没していった。

<だぁ!くそ!逃げられたか!>

アヤの声が聞こえる。でも、隊長はまだあきらめてはいなかった。

<ハロルド!司令部に通報して、下流域を水中機雷で封鎖させろ!>

<了解しました、隊長!>

ハロルドさんが勇ましくそう返事をした。



   





 それから私たちはしばらく、その周辺の空域を警戒したけど、結局逃げだし3機を見つけ出すことはできなかった。

基地に戻って確認すると、どうやら仕掛けた機雷を爆破して、敵は外海へと逃げ出して行った可能性が高い、とのことだった。

まぁ、この際、撃墜できたかどうかなんて気にしない。大事なのは、また、全員が無事に生き残れた、ということだ。

 基地へ戻った私は当番だったのでオフィスで報告書をまとめていた。

まぁ、当番じゃなくたって、任務の後は用事でもない限りは隊員はみんなオフィスに集まって、

ソーダに軽食を摂りながら勝手気ままに反省会と言う名の団欒が始まるんだけど。

「いやぁ、しかし、隊長のあれにはびっくりしたよ」

ハロルドさんがソーダをあおりながらそんなことを言い出す。

「まぁ、そうですよねぇ…いきなりでしたからね、隊長」

それにデリクがうなずく。

「俺は付き合い長いが、あんなのは初めてだったなぁ。あのカニが相当ヤバいって踏んだんだろう。

 あぁでもして叩いておかなけりゃ、危ないって判断だったんじゃないかな」

ヴァレリオがいつになく落ち着いてそんなことを言った。

「でもさ!あれは、帰ってきたらちゃんと言ってやらないとダメだよな。危ないことすんな、って」

アヤがなんだかちょっと憤慨した様子で言っている。

「それはまぁ、俺の方から言っておくよ」

「いや、ハロルドさん、ここはみんなで言うべきだろ!あの人に何かあったら、困るのはアタシらなんだ!」

「そ、そうですよ…隊長に死なれちゃったら、あたしも悲しいですし…」

「あはは!そいつを聞いたら、隊長は喜ぶだろうな!」

「喜ばせたいんじゃないんだっての!」

アヤとマライアの言葉を聞いて笑い出したハロルドさんに、相変わらずの様子のアヤが声を上げた。

 そんなとき、オフィスの外で車のエンジン音が聞こえた。どうやら、ご帰還らしい。

「お、帰って来たな」

「隊長め…あんなバカ、他の誰かが許したって、アタシはそうはいかないからな!」

そういきり立っているアヤをよそに、隊長はヘラヘラと笑いながらオフィスに入ってきた。

むしろ、後ろからついてきているフレートとダリルが困惑した表情をしていた。

「お帰りなさい、隊長」

ハロルドさんがそう声をかけると隊長はガハハと笑って

「おう、心配かけたな!」

なんて悪びれる様子なんてこれっぽっちもない様子で言った。
 


 「おい、誰かなんとか言ってやってくれよ」

フレートがそんな悲鳴を上げる。

「このおっさん、さっきからずっとこんな感じで俺たちの話なんぞ聞きやしないんだ」

ついでダリルがそう言う。

「バカ野郎、あんなもんのどこが危険なんだ」

隊長はダリルの言葉を聞くなり言って笑う。まったく、あれが危険じゃないんなら他になんだったんだ、って言うんだ。

さすがにそれを聞いたアヤが隊長につかみかかった。

「あんたな!アタシらがどれだけ心配したと思ってんだ!」

そんなアヤの権幕にも隊長はみじんも動揺せずに、そっとアヤの体を押し返しながら

「ま、援護がよかったんだ。お前らのおかげだな」

なんて嘯いた。

「だぁ、もう!あんたはなんでいつもそうなんだよ!ユージェニーさんに言いつけるぞ!」

「それは勝手だが…あんなもん、別にどうってことはねえだろう?」

アヤの言葉に隊長は不思議そうにそう言って、自分のデスクに行くと飛行服を脱ぎ始める。

はぁ、まったく、お気楽というかなんというか…仮に、隊長が死なない確信を持ってあれをやったにしたって、

それを私たちが心配するんだ、っていうのは、わかってほしい気もする。

毎度あんなことをやる人じゃないし、これまでもやった試しなんかないけど、なるべくならこれっきりにしてほしいものだし、ね。

 「なぁ、カレン、あんたも何とか言ってやってくれよ!」

アヤが困り顔で私にそう協力を要請してきた。

私はちょうど完成していた報告書をプリントアウトする操作をしてから、ふん、と鼻で息を吐いてアヤを手招きした。

まぁ、とにかく。私にも、他のやつらにとっても、ここはどんな手段を使ったって、

“うん”と言ってもらわないことには気持ちがおさまらないのが正直なところ、だ。

 近寄って来たアヤと、それからマライアを引っ張って来て、思いついていた策を耳打ちする。

「えぇぇ!?それ、やんのかよ!?」

「うっ…あたし、それできるかな?」

「マライア、あんたにはできる。アタシが保証する。問題はアタシだよ、そういうタイプじゃないだろ、アタシ」

「だからいいんじゃない。ギャップよ、ギャップ」

私はそう言ってアヤとマライアを隊長の前に引っ張っていく。隊長はさすがに私らを見てかすかに身構えたような表情になった。

まぁ、マライアはさておき、私とアヤとが責めたらいくら隊長だって、ヘラヘラしているわけにはいかないだろうから、ね。

でも、私はそんなことをしようってんじゃないんだよ、隊長。
 


「ほら、アヤ」

私はアヤの脇腹を肘でつついて促す。するとアヤは、くっとかすかに唸ってから、隊長の胸ぐらをつかんでうつむいた。私はマライアに目くばせをして、隊長を引き寄せたアヤに体を密着させる。

「隊長…あんた…もう、あんな無茶しないって、約束してくれよ」

アヤがそう言って顔を上げた。私とマライアもそろって顔を上げる。

 私が二人に指示したのは、簡単。こういうときは、責めるよりも女の武器を使う方が手っ取り早いんだ。

「隊長…あたしも、お願いです。隊長に死なれたら、あたし、すごく悲しい…」

「私もだよ、隊長。あんたは、私たちの父親みたなもんなんだ。あんたのいないこの隊がどうなるか、なんて考えたくないんだからさ」

私たちは、それぞれそう言って、私の指示した通り、目に涙をいっぱいに溜めて上目づかいで隊長に“お願い”した。

 うぐっ、と隊長が息を飲むのがわかった。

「な、頼むよ?」

「お願いです、隊長…」

「…無茶はもうしないって、約束してください」

隊長の動揺がわかったんだろう、アヤがさらに隊長を引き寄せて言うので、私とマライアも隊長の目をじっと見つめて追い打ちをかける。

 すると隊長は、むぐぐ、と言葉にならない唸り声をあげてから、

「だぁ!もう、やめろ!わかった!約束する!あんなのは二度とやらんから、安心しろ!」

と声を上げてそっぽを向いた。

 とたん、オフィスが爆笑に包まれた。

「ぎゃははは!ヤバい、ヤバいぞ、隊長があいつらに落とされた!」

「お、おい、マライアとカレンは良い!アヤ、アヤが…お前はないだろ、あのアヤがっ…くっ…ぶははは!」

「ちょちょ、ちょ、待てよ!俺にもほら、もうナンパしないでってやってみてくれ!そうすれば俺ナンパやめられそうな気がするんだ!」

「女の武器、ですね…怖いなぁ…でも隊長がちょっとうらやましいですよ」

「あははは!さしもの隊長も、あれには叶わないみたいだね」

「黙れ!笑うなよ!ダリル、特にあんた今なんていった!?」

「あ、あたし、こういうの初めて…でも、けっこう使えるんですね、これ」

「そりゃぁ、あんたはかわいらしいからね。一番強力だと思うよ?」

「うわっ、お、おい、アヤが暴れだしたぞ!誰か止めろ!」

「やだよ!あいつなんかとやりあえるか!」

「よ、よしヴァレリオを盾にしろ!」

「な、なにすんだお前ら…わっ、アヤ、やめ…げふっ!」

「うわぁぁ!ヴァレリオがやられた!」

「ちょ、ア、アヤさん!ダメだってば!やめなさい!やめるって約束して!」

「マライア、アタシに上目づかいでお願いして効くと思うな!」

「ぎゃぁぁ!カレンさん助けて!」

まったく、また大騒ぎ、だ。ふふふ、でも…やっぱり、私たちの隊はこうでないと、ね。

「ちょっとアヤ!マライア離しなさいよ!」

「離すかよ!こいつ生意気だからちょっとしつけてやる!」

「離せって言ってるでしょ!」

「いだだだだだだ!痛いよカレンさん!そっちに引っ張らないでよ!抜ける!首が抜けちゃう!」

あぁ、本当にまったく…おかげで、今日も笑顔で一日を終えられそうだね。みんなに感謝、だ。

   





 それから数日が経った。私たちは本当は訓練の予定だったのだけど、珍しく直前にキャンセルになって、オフィスに集められていた。

 オフィスに入って私たちの顔を見る隊長は、いつもと同じけだるそうな雰囲気だったけど、

いつもはだらしなく腰掛けている自分の席じゃなくて、私たちの座ったテーブルの前に立っていた。

傍らには、ハロルドさんもいる。

 いったい、なにが始まるっていうんだろう?

 バタン、とドアが開く音が聞こえて、オフィスにアヤが入ってきた。

「悪い、格納庫に向かっちゃってた」

アヤが申し訳なさそうにそう言いながら席に着く。それを確認して、隊長は私たち全員の顔を見つめて言った。

「昨日、キャリフォルニア、ニューヤーク両地域に潜伏中の諜報部隊から連絡があったらしい。

 敵は、相当数の攻撃空母とモビルスーツを準備して、出撃の準備を始めているようだ」

つまり…それは今までの爆撃任務ではなく…ここジャブローを直接制圧するつもり、ってこと…

「本格侵攻、ってワケですか…」

フレートがそう口にすると、隊長は黙ってうなずいた。

「諜報からの情報によれば、敵は、明日の朝にはこちらの上空へ差し掛かるだろう。俺たちは、戦闘機で出撃し、これを迎撃する」

隊長の言葉に、みんなは一様に息を飲んだ。ついに、恐れていた事態になった。

オデッサを失ったジオンが、勝負を掛けに来たんだ。

これまでの再三にわたる爆撃の様子からおおよそこちらの位置を掴んだのか…

あるいは、先日入港したあの白い木馬の新型戦艦が探知されたのか…

いずれにしても、ジオンは北米の部隊を投げ打っての総攻撃をかけてくる。こちらも相応の戦力を揃えて戦わなきゃならない。

総力戦になる、か…。

「おい、マライア。しっかりしろよ!」

アヤのそういう声が聞こえたのでみると、そこには身を縮こまらせているマライアの姿があった。

「そうだね…考えようによっては、ここうまく守り切れば、北米のジオン戦力を相当削り取ることになるかもしれない。

 そうなったら、オデッサと中央アジアに続いて、北米の奪回も可能になる…」

私が言うと、隊長がうなずいた。

「カレンの言うとおりだ。俺たちにしてもかなり消耗はするだろうが、ここでジオンを削れれば、

 オデッサで失ったヨーロッパ方面軍の補充を完了させる時間が稼げる。

 そうなればあいつらが中心になって北米へ攻め込める。オデッサに続いて北米さえ奪回すれば、

 ジオンの地球での継戦能力はほぼゼロだ。宇宙へと追い返せるチャンス、ってわけでもあるな」

そう、確かに、そうだ。でも私は、あの日、バイコヌールやオデッサに迫ってきたモビルスーツの大群を思い出していた。

ジャブローは川と森に隠された天然の要塞。

あの日のような部隊運用はできないはずだけど、でも、ジオンは今や、水中タイプのモビルスーツもかなりの数を導入している。

こっちも、それに対応できる機体が開発された、って話は聞いたことはあるけど、正直、それほど数が揃っているとは思えない。

それこそ、日ごろモビルスーツの訓練に時間を割いている私たちの部隊にも、廉価の量産機さえ配備されずじまいだからだ。

「とにかく、そういうことだ。師団長が、俺たち戦闘隊は、今日は休んで明日に備えて英気を養え、と言ってきている。

 情報と上の迎撃作戦が発表され次第、ブリーフィングはするつもりだが、

 ま、ついでに戦勝の前祝の準備でもしておこうじゃねえか」

隊長はそう言って、ため息交じりに笑った。
 


「はぁーやれやれ、どうなることやら、だな」

「まぁ、生きていればのなんとやら、だ。そこんとこを各機忘れないようにしておかないとな」

「いや、お前がそれを言うかよ、フレート」

ダリルとフレートがそんなことを言っている。でも、私はふと、忘れていたあの恐怖感や不安感が胸にかすかによみがえるのを感じた。

一方的な攻撃力と防御力を見せつけられ、守るべきたくさんのものを守れずに、逃げるしかなかった、あの頃の気持ちだ。

入隊して、半年弱。やっぱり、私は、今まで出会ったことのない、温かい仲間…

“家族”を得られた幸福感を味わって過ごしてきて、今更思う。彼らの一人でも失うことになったら、

ううん、そんなのはダメだ…そうならないように、私はたとえ自分に危険が迫っても戦う必要がある…

 そんな私の気持ちをあの力で感じ取ったんだろう、アヤにポン、と肩を叩かれた。見るとアヤはニヤっとして私を見ていた。

「まぁ、そう意気込むな、って。大事なのは…」

「ヤバくなったら、逃げる」

「そうそう、アタシらは、それだけを考えて飛んでりゃいいんだ」

なんて、アヤは自分に言い聞かすみたいにして言った。それから、わざとらしく大きく伸びをして

「そんなら…そうだな。夕飯の準備でもしに行くか。アタシとマライアで買出しに行ってやるよ。

 飲みたいものと食いたいものあれば言えよな」

なんてみんなの顔を見て言った。ありがとう、アヤ…本当に、あんたは、いつだって私を助けてくれる…そう、そうだ。

例え敵の規模が大きかろうが、関係はない。それぞれが危険なことをしない、イジェクションレバーは常に意識して、

逃げ道だけは確保しておけば…どんな戦場だって、私たちは生還する。これまでそうだったのと同じように、だ。

「お、じゃぁ、メモ回すから、必要そうなもんは各自記入な」

「食い物やなんかは、キムラのおやっさんに頼んでもよさそうだけどなぁ」

「まぁ、いいから書くだけ書いとけ」

「俺、ワインがいいです!」

ダリルがどこからか取り出したメモ用紙に、男たちがこぞってあれこれ書き始める。それを横目に私はアヤに声をかけていた。

「私も一緒に行くよ。けっこうな荷物になりそうだし」

「ホントか?助かるよ」

私の言葉に、アヤはそう答えてくれた。それから、意味ありげに私の目をじっと見て、かすかにやさしい笑みを浮かべる。

その力は、素直にものを言えない私にとっては、本当にありがたい力だね。感じ取ってくれてるんだろう?

少し、一緒に居たいって思ってるのを、さ。別に弱気になってるわけじゃない。

でも、今の私にはすこしだけ、あんたのその明るい前向きさが必要だって思うだけだよ、うん。
  


 それから、アヤとマライアに私もついて行って、モールで食料や酒を買い込んだ。

オフィスに戻って準備をしている最中に、上層部から明日の作戦についての連絡があり、前祝いを始める前にブリーフィングが行われた。

 私たちの部隊は、他の連中と一緒に敵の迎撃のため、北部方面の第3エリアの受け持ちに割り振られ、

戦域に侵入してきた敵と交戦する割り振りになったようだ。

本部直上の防空班やら、私たちよりさらに北部の第1エリアあたりだと、対空砲の支援もないし、

かなり厳しい戦域になる可能性が高い。

私たちのエリアも敵を前面で受け止める位置にあるけど、対空砲部隊がびっしり配備されているエリアだし、

味方の支援数という意味では第1エリアとは比べるべくもない。

厳しい戦闘には変わりないだろうけど、それでも恵まれた戦域に、私は胸をなでおろしていた。

 ブリーフィングを終えてからすぐ、そのままオフィスでいつもの騒ぎが始まった。

私もアヤに絡んではケンカ遊びをしたり、マライアをアヤといじってみたり、ヴァレリオを軽く受け流したり、

ベルントを探したり、とにかくその時間を楽しんだ。

明日になったら、もしかしたらこのうちの誰かが帰らないかもしれない、そんな考えが一瞬頭をよぎったけど、すぐに忘れてしまった。

帰らないかもしれない、なんて馬鹿げてる。

私たちは、なにがあっても、全員無事に帰還して、そのときに帰還祝いでまた騒ぐんだ。

それを楽しみに、それを頼りに、私も隊も、必ず生き残る。絶対に、絶対に、だ。



  





 その晩、私は早めにシャワーに入って寝る準備を整えていた。

心がけ、というやつだ。明日になって、寝不足で動けなかったり、判断が鈍ったりしないように、自分を調整しておくのは大事だろう。

部屋に戻って髪を乾かしてから、レイピアのリンにもらった、リラックスできる葉っぱなんだというハーブのお茶なんかも入れてみた。

確かに、気持ちが落ち着く香りで、飲むよりも香りを楽しんでいたくなるような、そんなお茶だった。

 レイピアもヘイローもオメガも、明日は総動員。私たちと隣接するエリアでの戦闘になるらしい。

オフィスでのパーティーが終わった帰り際に、アヤとマライアと一緒に各隊のオフィスに出向いて行って、お互いの無事を祈ると話をした。

特に男所帯のゲルプのところではいたく歓迎されて、酒だの料理だのを無理やりに持たされた。

ヘイローにもリタとメアリーっていう女性パイロットたちがいるから、まぁ、特別扱い、ってわけじゃなかったけど、それでも歓迎してくれた。

レイピア隊に至っては、半ば同じ部隊みたいなものなので、歓迎されるというよりは、出入り自由、って感じだ。

とにかく、そうして私たちはお互いに士気を高めあって、無事を祈りあった。

 ハーブティーを飲み終えて部屋の流しでさっとすすいでから、私はベッドに腰掛けた。

アラームをセットして、横になろうと思ったとき、コンコンと、ドアをノックする音がした。

こんな時間に誰だろう、なんて思うわけもない。問題は一人か、二人か、ってことだ。

 「いいよ」

って声をかけると、シャワー上がりらしい髪を濡らしたアヤが顔を出した。

「あれ、悪い。寝るとこだった?」

「そうだけど、別にいいよ」

「そっか、よかった!」

私が言ったら、アヤはうれしそうな顔して部屋に入ってくる。アヤが後ろ手にパタン、とドアを閉じた。

あら、マライアはいないんだね。

「一人なんだ?」

「あぁ、うん。あいつはまだシャワー浴びてる」

アヤはなんでそんなことを聞くのか、って顔して首をかしげて言ってから

「ん、なんか良い匂いしないか?」

と、クンクンと鼻をならしてそう聞いてくる。

「あぁ、ハーブティー。飲む?」

「いいのか?」

「うん、貰い物だけど」

私はまだ暑いまま残っていたポットのお湯を使って、マグに二人分のハーブティーを淹れて片方をアヤにだしてあげた。

それからベッドに座りなおして、マグに口をつけながらアチチとか言っているアヤに声をかけた。

「なにか用事でもあった?」

そしたらアヤは、あーと唸って、少し言いづらそうに

「昼間さ、ちょっと様子が変だったから」

と私の顔色を覗き込むようにして言った。たぶん、少しだけ不安になってしまったときのことを言ってるんだろう。

そんなに心配するようなことでもないのに、なんとも、仕事熱心な小隊長だこと。
 


「心配してくれたの?さすが、小隊長殿はお優しいですね」

「まぁ、部下の不安を取り除いてやるのも、仕事の内だからな」

私の皮肉に、珍しくなんでもないよ、って感じで答えたアヤは、マグに口を着けて笑って言った。

「ま、気楽に行こう。明日が特別、ってわけじゃないんだ。

 今までは敵も様子見、こっちもそれに合わせて様子見で、それこそ、1戦闘単位ずつしか投入してなかったんだ。

 明日は敵も全軍に近い勢いだろうけど、こっちだって、持ってる戦力総動員のはずだ。

 絶対数が同じなら、明日の戦闘だってこれまでといくらも変わらないだろ」

ふふふ、確かに。でも、そんなに心配しなくても、私はとっくに持ち直してる。要らない心配だよ。

「まぁ、それも小隊長殿の指揮にかかっていると、わたくしは思いますが」

そう返してニッと笑ったら、アヤはようやく私が平気だってのがわかってくれたらしくて、ニヤっと笑顔を返してきてくれた。

 「それよりも、心配なのはマライアの方。あの子、たぶん緊張で固まるでしょうね」

「あぁ…そうだなぁ…なるべくそうならないように言って聞かせてはおいたけど、明日いよいよ来るぞってときになったら、わからないもんな」

私の言葉に、アヤはそう言って同意してくれる。

マライアは、まぁ、地上にいる間はアヤにくっついてるおかげか、いや、隊の連中のおかげもあるだろうけど、

とにかくのびのびしいてて、いい子なんだけど、いざ空に上がってみると、いつだって過剰に緊張してるのを、私は感じていた。

いくら私やアヤの機動をそっくりに再現できても、それを応用して独自の動き方をして私たちを驚かせても、

いざっていうときに、思考が固まって体が動かなくなることが少なくない。

そんなときには、私やアヤの怒鳴り声がマライアの硬直を解くカギになる。

でも、そんな一瞬のラグは、やはり危険であると言わざるを得ないんだ。

「まぁ、あればっかりは、なるべく目を離さないで見ててやるしかないよな」

「うん、そう思う。根本的な解決をするには、まだ時間がかかりそうだね」

私の言葉にアヤはふぅ、っとため息をついた。

「まぁ、明日はアヤがマライアを引っ張るんでしょ?ブラヴォー1の援護をしながら、私とヴァレリオで見ててやるから、なんとかなるよ」

「はは、まぁ、そうだな。ヴァレリオも空じゃぁ頼りになるしな」

「彼、なんで昇進試験受けないんだろうね?隊長も、昇進させてやろうと思えば、あの成績ならいくらでも上申できそうなものなのに」

「あぁ、それはヴァレリオ自身が嫌がってんだよ。なんでも、曹長くらいの方がナンパしやすいんだと。

 士官になっちまうと、とたんに下士官からは上官って扱いをされて、それ以上に発展しにくいとかなんとかって、力説してたことがあった」

「…人のこと言えたものじゃないけど…バカなの?」

「バカだけど、ナンパに命かけてるあいつらしいって言や、筋が通っててカッコいい、とも言えなくもない。

 いや、待ってくれ、カッコいいは言い過ぎた。取り下げる」

私達はそんな話をして顔を見合わせて笑う。
 


 それにしても。タイガー隊に居た頃も、私はフィリップっていう相棒がいた。

でも、あいつはドライすぎて、信頼はしていたけど、どこまで信じていいのか、っていう疑問が常に付きまとってた。

でも、アヤは違う。彼女のことを、私はどこまでも信頼できた。

彼女なら、口が悪くて気持ちもうまく表現できない私の思いや考えを、正確に受け止めてくれる。

いや、言葉なんて、もしかしたら要らないのかもしれない。それは、彼女の持っている不思議な能力のおかげなんかじゃない。

そんなものがなくったて、彼女は真正面から人と向き合って、理解しようと努力する。

そしてその実、私という人間をこれまで出会ったどんな人よりも理解していると思える。

私自身も、アヤのことを理解しようと思ったし、ある程度はできているって自信を持って言える。

そんな関係だからこそ、私は、彼女を信じて、彼女に背を預けて戦える。

どんなキツイ戦場になったって、私の手の届かない場所にアヤはいてくれる。アヤの手の届かないところに、私はいる。

そうやってフォローし合える、かけがえのない存在だ。これまでにだって、何度も思った。

でも、こうして話をしていると、やっぱり改めて思うんだ。アヤと出会うことができて、本当によかった。

 不意にバタバタと音がしたと思ったら、ドアをノックする音が聞こえてすぐに開いた。顔をのぞかせたのはマライアだった。

「あ、やっぱりここにいた!アヤさん、部屋にいないからどうしちゃったのかと思ったよ」

「あぁ、悪い悪い。明日の細かいことの打合せしたくってさ」

私のために来た、なんて言わないのがアヤだ。

「あれ、なんかいい匂いがする」

「あぁ、リンにもらったハーブティー。寝つきがよくなるんだって。マライアも飲む?」

私が聞いてやったら、マライアは目を輝かせて

「飲む!今、マグ持ってくるね!」

と言って一度ドアを閉めて出ていき、すぐに隣の部屋から自分のマグをもって戻って来た。

そこにお茶を入れてあげたら、アヤが嬉しそうに言った。

「さぁて、じゃぁ、オメガ隊第三小隊の戦勝祈願だ!」

「はい!」

「ははは、そうだね。明日も笑って、地上に帰ってこよう!」

「乾杯!」

私たちはそう言い合って、カチャン、とマグを打ち鳴らした。



 





 <おい、敵さん見えるかぁ?!>

<団体様でお着きだ…すげー数だな…護衛の戦闘機か>

<ははは!そんなもん、ムシムシ!狙うはあのデカブツだ!>

<おい、フレートォ!お前、今日弾幕に突っ込んだら予備機手配しねえからな!>

<わかってますって、隊長!>

そう言いながら、隊長とフレートにダリルと…ベルントが高高度へ上昇していく。

しかし、あの大編隊を見てもいつもの調子だなんて、頼もしいったらないね、まったく。

まぁ、でもあの護衛の頭でっかちの戦闘機は確かに敵じゃない。

いたところで弾幕を張ってくるとか、進路を妨害してくるのが関の山。

戦闘機動でも速度でも私たちの機体には足元にも及ばない。油断は禁物だけど、ビビるようなことじゃないんだ。だから…

「マライア、気圧されてないだろうね?」

私はそうマライアに声をかけてみる。

<だ、大丈夫です…今のところは…あの戦闘機は、いくら数がいてもそんなに怖くないですし…>

マライアの返事が聞こえてきた。そうは言っても声色は緊張の色が隠せていない。

でもまぁ、合格、ってことにしといてあげようか。

<こちら、オメガリーダー。オメガブラヴォーへ。お前らはそこで降下してきた敵モビルスーツを狙え。

 上で煽ってやりゃぁ、焦って降りてくるだろう。なるべく体制を崩させるから、そこを狙え。

 おい、対モビルスーツ攻略の基本、その1、デリク、言ってみろ!>

隊長が昨日のブリーフィングで説明した作戦をサラッとおさらいして、それから見習い二人にそう聞いた。

<はい!装甲の弱い部分を狙う!>

<おーし、マライア!その2!>

<えーっと、バーニア、スラスターなど誘爆要因となる個所を狙う!>

<ははは!おい、教育係!しつけは順調だな!>

返事を聞いた隊長のうれしそうな声が聞こえる。

<バカ言うなって!アタシはなんもしてない!これはカレンとヴァレリオのお陰だ!>

「そりゃぁ、ね。小隊長が不甲斐ないから、手を貸してやったんだよ」

隊長の声にアヤがそう返したので、すかさずそう言葉をはさんでやったら、アヤはまたいつもの口調で

<なんだと、カレン!>

なんて荒げてから、とたんにトーンを落として

<…感謝してる。今日も、頼むぞ>

なんて言い直してきた。このっ…そういうのが一番答えづらいってわかってて言ってるでしょ、あんた!

そうは思ったけど、さすがにこれを皮肉で返すのは居心地が悪い。目には目を、だ。

「わ、わかってるよ。ちびちゃん達は任せな。そっちは、上のバカ共が無茶しないように見ててよね」

まったく…こういうこと言うこと自体、恥ずかしいっていうから、その手の方法で“仕掛けて”くるなとあれほど言ったのに…

まぁ、でも、アヤも通常運転だ、っていうことだ。私の方も大丈夫だとアヤには伝わっただろう。私たちはそれでいいんだ。
 


 <おぉっと、おいでなすったぞ!露払いだ!>

ヴァレリオが言った。正面の空でキラリ光が瞬いて敵航空空母の護衛の戦闘機が無数に機体を翻してこっちに群がってきた。

<オメガアルファ、現在の高度を維持せよ。敵戦闘機は引き離せ。オメガブラヴォー、アルファの援護を頼む>

<こちらブラヴォーリーダー、援護了解。各機、小隊分散してアルファを援護せよ!>

<了解、ブラヴォーリーダー!こっちはブラヴォー2だ。カレン、マライア!遅れんなよ!>

これも昨日の作戦通り。

上空に上がった隊長達は攻撃担当、私達ブラヴォー班はそれよりもやや低空の位置で援護と降下してきたモビルスーツへの攻撃を担当する。

ハロルドさんとヴァレリオにデリクがブラヴォー1、私とアヤにマライアでブラヴォー2だ。

こっちの指揮は、もちろんアヤがとるけど、アヤは上空の隊長達に気を配らなきゃいけない。

その分、ブラヴォー1の援護をしながら私が指揮をフォローしつつ、マライアの援護をする手はずになっている。

最初は私の仕事が多い気もしたけど、ブラヴォー1のヴァレリオとデリクの分隊はマライアとアヤを援護する。

要するに私は、アヤ達を気にしながら、アヤ達を守るヴァレリオ達を援護すればいい。

意識する先が同じだから、大した労力も必要なかった。

私の援護はヴァレリオの分隊がやってくれるから、こっちも敵に食いつかれるのを気にすることはないけど、

そもそも私とハロルドさんはあの敵機に遅れは取らないと折り紙付きだから、この位置を任されてる、ってこともある。

これも、特に珍しい形態じゃない。分隊飛行するときの、オメガ隊の定石だ。

 ふと、レーダーがホワイトアウトしていることに気が付いた。私はさっそくアヤに怒鳴る。

「アヤ、レーダーがホワイトアウト!」

<ったく、手が早いやつはきらわれるぞ?各機、ミサイルは使えない。機銃掃射で弾幕はって避けつけるな!

 アタシとマライアでアルファの援護!カレンは、ブラヴォー1を見ててやってくれ!>

「任せて!」

「了解!」

<こちらブラヴォー1。こちらは、俺がアルファの援護に着く。デリクとヴァレリオにそっちの護衛を任せる!>

<了解です!>

敵機が私達に群がってくる。同時に地上から対空砲が撃ちあがって来た。敵の数はかなりのものだけど、でも、遅いね…

そんなんで私たちを落とそうなんて、甘いんだよ!私はスロットルを押し込んで加速する。

一気に敵の一団を引き離して旋回して、外から様子をうかがう。

案の定、隊長達に絡みつこうとしている敵機を狙っているアヤ達の後ろを取ろうと位置取りを決めにかかっている敵が複数。

それをヴァレリオの分隊が蹴散らしに突っ込んで行く。

私はその中で、逃げずに機動を反らしてヴァレリオ達をやり過ごした敵編隊を見つけた。まずはあんた達からだ!

私はその敵編隊に機首を向けてさらに加速した。グングンと迫ってくる機体をHUDにとらえて、機銃弾をバラ撒く。

今日は空戦がメインになるから、とエルサに頼んで、ミサイルの数は少なめにして、

その代わりにガトリング砲の弾を余分に積み込んでもらっている。あの戦闘機なら、いくらでも落としにかかってやれる!

 キャノピーの向こうで敵機3機が私の弾に縫われて爆発を起こした。さて、次だ!私は旋回をしながらさらに周囲を観察する。

と、アヤ達を援護していると悟ったのか、今度は敵機がヴァレリオ編隊に群がっている。

全部で9機…一撃で仕留めるには少し多いね…まぁとりあえず真ん中の奴らを狙って散らばせておこうか…

私は上方に居たヴァレリオ分隊を応用にシャンデルで機体を上昇させてヴァレリオ達の背後の敵機に迫る。

相手は、こっちの動きを感知してないらしい。あんな出っ張ったキャノピーしてるっていうのに、うかつすぎるよ!
 


 私は速度を上げてヨーを効かせながらトリガーを引いた。曳光弾の軌跡が敵編隊を舐めるようにして撃ちぬいて行く。

それに合わせて、敵機の編隊が次々と爆発を起こした。

ようやく私の存在に気が付いたらしい残りの敵機2機が急な機動で回避行動に入る。

でも、その機体じゃなにをやったってダメなんだよ…すまないね!

 操縦桿を倒して機体を寝かせ、次いで思い切り引っ張って急旋回の機動で敵機に2機を追う。

すぐさま敵をHUDに捕らえて私はトリガーを引いてそいつらも処理する。さぁ、次は…!?

<カレン、後ろに付かれてるぞ!>

不意に、ヴァレリオのそういう声がした。まぁ、そうだろうね。順番的に私が狙われるのは分かってる。

<カレンさん!右旋回でこっちへ!援護します!>

デリクの声が聞こえた。でも、要らない心配だよ!

「デリク、こっちは自分で処理する!あんたたちは、アヤとマライアを見ててやってくれ!」

私は無線にそうとだけ怒鳴って、さらに機体を旋回させる。キャノピーの向こうに私の機動に追従してくる編隊が2つの6機。

距離はある…なら、あれが有効だろうね…!私は機体を水平に戻してスロットルを押し込み一気に機体を急上昇させる。

強烈なGがかかり、頭が白みそうになるところで耐Gスーツが反応して下半身が強烈に締め付けられる。

十分に上昇し、あたりに敵機がいないのを確認して私はインメルマンターンの機動に入り、

そのまま思い切りブレーキを効かせて機体を翻させる。

眼下に、のんびりとこっちへ上昇してきている敵が見えた。スロットルを押し込みながら、私はトリガーを引いた。

上昇中で機動力が落ちてきた敵機は私の銃撃をよけきれずに次々と爆散していった。

ふぅ、とため息をつきながら、上って来た分の高度を降りてまたヴァレリオ分隊とアヤ達を確認する。アヤ達も隊長達をうまく守れている。

ヴァレリオ達も、そつなくアヤ達へ接近する敵機を追い払って、あるいは撃墜していっている。いい感じだ。

あとはこのまま、隊長達があのデカ物空母を叩いてくれれば、今日の夜は祝勝会だね!

<敵空母接近!アルファ隊、上から攻撃をかけるぞ!高度を300上げろ!>

隊長の声が聞こえて、アルファがさらに高度を上げていく。

<マライア!アタシらはこの高度を維持!カレン、そっちは?!>

アヤの声が聞こえた。なんにも問題はない。私はこのまま、敵を潰し続ければいいだけ…

「こっちは平気よ!上を頼むわ…っ!?」

そう答えた瞬間だった。ガン、と鈍い金属音がして、コンピュータが警報を鳴らし始めた。撃たれた…?!

いったい、どこから!?私はとっさに旋回してあたりを確認する。でも、私を狙っている敵は確認できない。

その代わりに、上空に多数飛来している敵機を落とすための対空砲の曳光弾の閃光がまるで地上から上空へ降る雨のように、

無数に立ち上っていた。まさか、今の、対空砲部隊の連中が!?

「こ、こいつら!味方がいるの見えてないわけ!?」

<カレンさん、大丈夫ですか?被弾してますよ?>

「あぁ、大丈夫、飛ぶのに支障はないよ」

私はコンピュータで被弾箇所を確認してからデリクに答える。幸い弾は、エアインテークのカバーをかすっただけ。でも…

「でも、この対空砲は…!デリク、あんたも気をつけな!」

私はデリクにそう怒鳴る。地上のやつら、ミノフスキー粒子でIFFが効かないからって、手動でめちゃくちゃに撃ち上げてきてるんだ…

一か所や二か所だけじゃない、ジャングルの中から、これだけの数でそんな攻撃をされたら…!デカ物空母がさらに接近してくる。

襲いかかってくる敵機の位置を頭に入れながら、ヴァレリオ分隊とアヤ達に群がる敵機を追い払い続けるの!?

この無数に、不規則に飛び交う対空砲をかわしながら…!?
 


 そう思っていた次の瞬間、アヤ達の背後に旋回しようとした敵機を撃ちぬいたデリク機が対空砲の曳光弾に重なった。

「あっ!」

私が声をあげるのと同時にパッと、デリク機に炎が灯った。

<デリクが被弾!おい!火吹いてるぞ!>

<くそぉ!地上の奴ら、見境なしですよ!すみません、先に出ます!>

デリクの声が聞こえた。

<了解、デリク!気を付けろ!>

<役に立てなくてすみません!みんなも気を付けて!>

ヴァレリオの返事を聞いたデリクがそう言い残して、機体からイジェクションシートで脱出した。くそっ!

地上のやつら何考えてる!味方を落としてなんになるっていうんだ!

<こちら、上空のオメガ航空隊!地上の対空砲部隊へ!射線を一定に取ってくれ!空が混乱する!>

隊長の怒鳴る声が聞こえるけど、対空砲の打ち上げが変わる様子はない。

<マライア!食いつかれてる!右旋回!>

唐突にヴァレリオの怒鳴り声がした。しまった…!地上に気を取られて、援護を…!

見るとマライアは敵機2機に食いつかれて回避行動をとっている。

<マライア!低空へ逃げろ!上で回避してると味方の対空砲につっこんじまう!>

<はい!>

アヤの指示を聞いたマライアはスライスバックで高度をさげつつ速度を稼いでさらに敵機から逃げる軌道に入る。ちょうど、私のいる高度と同じだ!

「マライア!そのまま5時方向まで旋回しな!そうすればこっちの正面にでる!私が叩いてやる!」

私はマライアにそう指示した。

<了解!>

マライアの強張った返事が聞こえた。でも、マライアは空を切り取るんじゃないかっていう鋭い機動で旋回してくる。

私はマライアの機体を横目に見ながらすれ違って、マライアを追っていた敵機の後ろに回り込むと一連射で2機を撃墜した。

「よし!排除したよ!」

<あ、ありがとうございます!>

そう返事をした次の瞬間、今度はマライアが地上から撃ち上げてきた対空砲に重なった。

とたんに機体が揺らめいて、バランスを崩す…

「マライア!」

<だ、大丈夫です!支障なしです!>

マライアの報告が聞こえてくる。よかった…そう胸をなでおろしたのも束の間、今度はヴァレリオの悲鳴が無線に響いた。 

<くっそ!こっちも下から食らった!>

ヴァレリオ…!どこに!?私は対空砲の動きに細心の注意を払いながら機体を旋回させてヴァレリオ機を探す。

そこには、白い何かを引きながら飛ぶヴァレリオ機の姿があった。

「ヴァレリオ!無理しないで、あたしの後ろへ!着いてきな!」

私はそう指示をしてやる。すると

<了解!頼むぜ!>

とヴァレリオの返事が返って来るとともに、機体から伸びていた白い筋が消えた。燃料タンクをやられたんだね…

でも、爆発しないでよかった。燃料の流出を止めれば、まだ安全に飛ぶくらいのことはできる…それにしても地上のやつら!

完全に混乱しきってるじゃないか!空の戦闘はこっちに任せてあんたたちはおとなしく援護だけしてりゃいいんだよ!
 


「アヤ!下はダメだ!バカ対空砲部隊のやつら、敵も味方もあったもんじゃない!」

私はそう思ってアヤに怒鳴った。これは危険だ…すぐにでも高度を上げて密度の薄い空域へ移動する必要がある…!

<了解!隊長!中層域は対空砲の密度が濃すぎて危険だ!高度を上げるぞ!>

<了解した!すぐに退避しろ!気を付けて来い!>

アヤも同じことを考えていたようで、すぐさま隊長に言った。隊長からの返事を聞いたアヤはすぐに

<カレン!マライア!あと、ヴァレリオも!着いてこい!上にあがるぞ!>

と指示を出してくる。でも、次の瞬間

<だぁぁ!>

という誰かの声が聞きえた。

<くっそ、悪い、エンジンにもらった!>

ハロルド副隊長の声だ。まさか、ハロルドさんも?!

<アヤ、ブラヴォーの指揮を頼む!隊長、すんません!先に脱出します!>

私は上空にいたはずのハロルドさんの機体をさがす。

するとそこには、爆発する機体から何とか脱出したハロルドさんのイジェクションシートのパラシュートが開くところが見えた。

くそっ!デリクに、ハロルドさんも、敵じゃなくて、味方に落とされてる!

本当に地上のやつらは私たちを殺す気つもりなのか!?

 <上空からモビルスーツ!撃ってくるぞ!>

アヤの声に、私はもう一度空を見上げた。そこには、通り過ぎた空母の後部ハッチから降りてくるモビルスーツの姿が見えた。

下からは対空砲、上からは、モビルスーツのマシンガンとあの空母の対地機銃…!?待って、あのモビルスーツ…まずい!

「マライア、右上方へ回避!」

私は、マライアのとびぬけるその先に、敵のモビルスーツが降下していくのを確認してそう怒鳴った。

マライアが慌てた様子で機体を旋回させるけど、その機動に気づいたトゲツキがマシンガンを撃ち下ろし始める。

<くそ!マライア、もっとパワー上げろ!>

アヤがマライアに怒鳴った。パワーを上げても、その機動じゃモビルスーツの射界からは逃げきれない…なら!

「あたしが行く!マライア!そのまま逃げな!」

私はマライアにそう指示してスロットルを押し込んで機体を上昇させた。

<待て、カレン!そのコースはダメだ!>

アヤが私にそう言ってきた。おそらく、あのトゲツキの次に降りてきたヤツのことを言ってるんだろう。

私の視界にも入っていた。でも、このまま速度を上げていけば、あいつの下を潜り抜けられる…!

「マライアがヤバいのわかってんでしょうが!」

私はトリガーを引きながらマライアを狙っていたトゲツキめがけて上昇した。

2時方向から、アヤの機体がわざわざマライアの援護のために急降下してくるのが見える。

いや、マライアの援護だけじゃない。アヤ、あの機動でモビルスーツの注意を引いて、私の援護もするつもりだ…!

助かるよ…旋回して離脱するタイミングが一番危ないって思ってたところなんだ!
 


 アヤの機体と高速ですれ違った。

次の瞬間、トゲツキが飛び抜けて行ったアヤへ注意をひかれてマシンガンをマライアから外し、私の機体からも遠ざかった。

逃げるなら、このタイミング!私は機体をトゲツキから離れる機動で旋回させる。

上空にはすぐそこに次のトゲツキが迫っていた…

でも、この機動なら背中側からあいつの下を抜けて、マシンガンの射程距離圏外まで一気に飛び去れる…大丈夫だ!

 そう思った瞬間だった。ガン!と音がして、コンピュータからまた警報がなりだした。また…また、対空砲だ!

私はとっさにコンピュータを見やる。するとそこには、左のエンジン異常の警告が表示されていた。

エンジン…!?まずい!出力が…!

 出力が落ちれば、速度は上がらない。敵の下を抜けるこのコースには、速度は…絶対条件だったんだ…

このままじゃ!私はコースを変えようと操縦桿を握る手に力を込めた。

「あぁ、くそ!」

でも、次の瞬間、私の目の前には、トゲツキの背中があった。

 激しい衝撃と轟音とともに炎にまかれた青空が見えた。私は、意識が遠のくのを感じた。

自分が衝突したのかどうかも定かではなかった。強烈な力で体が揺さぶられている感覚だけが、微かに分かった。

 あぁ、しくじった…まさか、こんなドジを踏むなんて…こんななら、アヤの言うとおりにこのコースはやめておくんだったな…

まったく、最後の最後、こんな形で命令無視の報いをうけさせられるなんてね…。

 隊長…私をオメガに誘ってくれてありがとう。

あのとき隊長に拾ってもらえなかったら、私、あれからどうやって過ごしてたかな…

きっと、あのまま腐って、どこぞの敵に特攻でも仕掛けてたか、そうでもなければ、もっと早い段階で今みたいに死んでたかもしれないね。

そう考えたら、本当に幸せな時間だったな…フレートも、ダリルも、ハロルドさんも、ヴェレリオにベルントも、本当に家族みたいだった。

デリクもマライアも、素直で健気でかわいかったな…アヤが、妹だ、弟だ、って胸を張ってたのを見て、

少しだけ優秀だった弟と妹のことを思い出したこともあったっけ。

それに…アヤ…。こんな私に優しくしてくれて、うけいれてくれてありがとうね…

あんたのおかげで、私、本当に大事なものを見つけることができたよ。ずっと見つけられなかった幸せを、

私はあんたのおかげで見つけることができたんだ…だから、ありがとう…

それから、命令守らずにこんなことになってごめんね…どうか私のように気にやまないでね。

悪いのは、いつまでも突っ張ってた私なんだから。ごめんね、アヤ…ありがとう…

―――カレン!このバカ!なんで命令守らないんだよ!

アヤの声が頭の中に響いてきた。ごめん…本当に、ごめん…


…待って…


頭の、中?

 



 けたたましい警報音が鳴り響いていた。体が不規則な方向にまるで振り回されるように揺さぶられている。

マイナスGで視界が赤らんで見える。でも…でも、私…まだ生きてる!

意識が戻ってそう気が付いた瞬間に、私はとっさにヘルメットと飛行服の隙間に手をねじ込ませて自分の頸動脈を押し込んだ。

嘘かほんとか、マイナスGのレッドアウトは、頭に血液が集まりすぎた際に起こるから、

もしものときはこうやって頭へと集まる血液を止めればいい、と言ってたのはフレートだったか…

 とにかく私は、瞬間的に気を失っていたらしい…でも、そう、でも…私は生きてる!状況は…状況はどうなってるの!?

私はそんな思いからキャノピー越しの外を見やった。時折地上が見えたり空が見えたりと目まぐるしく景色が移り変わっている。

落ちてる…落下してる!しかも、かなりの速度で、だ!

そういえば、トゲツキとぶつかる瞬間に力を込めた操縦桿に反応して機体がギリギリで旋回の機動に入っていた。

そして衝突した瞬間、薄れゆく意識の中で私が見たのは、炎と、空…

そして今私はコクピットの中にいてしかも落下しているらしい…状況的に、どうやら機首だけは衝突を逃れて、

トゲツキの脇か股の間をすり抜けて分解して放りだされたんだ…

でも、このままじゃ、遅かれ早かれ、激突死は免れない…イジェクトを…でも、この状況で脱出して、無事でいられるの?

こんな不規則に回転したまま脱出したんじゃ、射出されたシートも慣性で回転を続けるに違ない。

そうなったら、パラシュートが開くどころか、そのままパラシュートにまかれて生身のまま落下していくことになる…

それももれなく激突死…だとしらた…

 私は、まだぼんやりする意識の中で考え付いていた。とれる策は一つ。

森に突っ込む直前にこのキャノピーが空を向いた瞬間にイジェクションレバーを引く…

それなら、少なくとも落下のスピードと射出のスピードが吊り合う。

そうなれば、慣性が加わってシートが多少回転しようが、問題はない。

パラシュートが開かなくても、あの厚い木々の枝が、クッション代わりになってくれる…

そこは、アヤと一緒に撃墜されたときに、実証済み…賭けるならその一瞬しかない。

 私はそう決心をして、片手で頸動脈を抑えて視界を維持する無駄かもしれない努力をしながら、

もう一方の手でシートの下のイジェクションレバーを握った。

 そうだ…私は、生かされたんだ…

バイコヌールでも、オデッサでも、カイロでも、トンポリでも、オメガ隊と出会ったカサブランカでも…!

私は、たくさんの人が守ってくれたおかげで生きてこれた…!隊長に誘ってもらって、オメガ隊に支えてもらって、アヤに…

あんたに救われて、生きてきたんだ!こんなところであきらめてたまるか!

私がここで死んだら、私のために犠牲になった人たちの命が、アヤ達が私にくれた想いが無駄になる…

そんなこと、許されるはずがないんだ!
 


 よく見なよ、カレン!回転の方向と、落下の速度を…!タイミングが鍵なんだ…!

 見上げたキャノピーに、森が見えた。コクピットは空の方へ向かって回転をしている…!

今だ!私はイジェクションレバーを思い切り引っ張った。体がGに押し込まれ、息が詰まる。

でも…高度は…?向きはどう…!?

 私は必死になって、あたりを見渡した。森が…すぐ目の前に…!

そう思った瞬間には、私は全身を襲う鈍い衝撃とともに、生い茂る木々の中にシートごと突っ込んだ。

木々の枝が体に当たりあの時とは比べ物にならないくらいの痛みが体を襲う。

でも…でも…痛い、ということは生きてるって証拠…!

不意に、木々がなくなり…落ち葉と土と、まばらな雑草の生えた地面が見えた。

私は、そのときになって初めて怖い、と思った。想像していたよりもずっと早い…このまま衝突したら…確実に…

でも、そう思って両腕を顔の前で交差させて衝撃に備えようとした瞬間、別のショックが私を襲った。

パラシュートが、木の枝に引っかかって、落下の速度が急激に落ちた衝撃だった。

でも、そのおかげで私の体をシートに固定してくれていたベルトが食い込んで、激しい痛みが走った。

全身に力を入れて、ベルトの食い込みを抑えようとしたけど、骨が、軋む感覚があちこちに走った。

また、ガクン、というショックが来た。

あとから考えたら、それは、パラシュートのコードが切れて、再び私がシートごと地面に落ちていく前触れの衝撃だったんだけど、

そのときはそんなこと、思い浮かびもしなかった。

私はシートごと、4,5メートル下の地面にたたきつけられていた。

体が、動かなかった。痛くて痛くて、どうしようもない…

でも、それでも私は、骨が軋んで痛む腕を無理やりに動かしてベルトをはずし、シートの下からサバイバルキットを引っ張り出して、

地面に寝ころびながら、あたりを見まわした。

すぐ近くに、川が見える…この辺りって、ワニ、いたっけな?もし、出くわしたら…この腕で、拳銃、撃てるかな…?

救助が来るまで、どれくらいかかるだろう…ミノフスキー粒子の効果が薄れるまではどれくらいかな…?

ミノフスキー粒子が薄れれば、イジェクションシートの救難信号が届くはず。そうすれば、救助は必ず来る。

それまで…それまでの辛抱だ…どんなに痛くっても、どんなに苦しくても、最後まであきらめるもんか…死ぬもんか…!

みんなに生かしてもらったんだ!

また…必ずみんなのところに、

オメガ隊に、私の、大事な家族のところへ、

アヤのところへ戻るんだ…!

約束したんだ…!

死ぬもんか…絶対に、絶対に死ぬもんか…!



 





―――い





――うい





――ンしょうい!


声だ…私を呼ぶ声がする…



誰…?誰なの…?


―レン少尉!少尉!


カレン少尉!


 ハッとして、私は意識を取り戻した。目の前には、なんだか懐かしい顔が涙目で私を見下ろしている。

 見下ろしている?待って、ここは…いったい?

そう思って体を起こそうとした瞬間、全身に激しい痛みが走って思わずうめき声をあげてしまった。

「ダ、ダメですよ、少尉!動いちゃ!」

懐かしい顔の、黒髪に、色黒で、相変わらずほっぺたにオイル汚れを付けたエルサが、

そう言って私の体にそっと触れて、ベッドに押し戻した。

 ベッド…私、今…?ここは、どこなの?

「エルサ…ここは?」

私は、ようやくそう声を出して、エルサに聞いた。自分で驚くほどに、かすれた声だった。

「病院です…!」

エルサはそう言いながら、ポロポロと溢れ出している涙を一生懸命になって拭いている。

待ってよ、エルサ…泣く前に状況を教えてほしいんだ…頼むよ、エルサ…

「軍の?」

私が聞くとエルサはブンブンと首を横に振った。

「ボゴタの市民病院です。カレン少尉、2週間前にここから30キロも下流の川べりで倒れてるのを地元の漁師さんが見つけて、

 慌ててここに運んだんだ、って…すぐに基地に連絡が入って、私いてもたってもいられなくて、飛んできたんですよ」

エルサは嗚咽を漏らしそうになるのをこらえて、私にそう教えてくれる。そうか…うっすら、覚えてる…

夢で見たような感覚だけど、意識も絶え絶えで、あれがあそこに落ちてから何日目の出来事かとか、

昼なのか夜なのかもよくわからないような状況だったけど、とにかく空になった水筒に入れる水を補給したくって、

サバイバルキットの中にあった浄水器をもって川べりまで這って行って、そこで動けなくなって…

それで、そのあと…確か、小さい漁船が来て…そこまで思い出して、私はハッとした。そうだ、みんなは?

隊の連中、みんな無事なの…?
 


「エルサ、あいつらは?オメガのみんなは、無事?レイピアもゲルプもヘイローもみんな大丈夫だったの?」

「オメガは、カレンさん以外は全員無事です。レイピアも、大丈夫でした。でも、ゲルプは3人、ヘイローでも2人戦死者が…」

正直、よかった、と思ってしまった。

我ながら、なんてことを、とは思ったけど、それでも、オメガは私にとっては、他のどの隊のどの人たちよりも大切だったから。

「ヘイローとゲルプが展開した空域には、高射砲部隊の作戦域で、みんな、味方の高射砲に撃たれて死んだって、言ってました」

そっちも、か…私は、あの戦闘を思い出して気持ちが滅入った。陸上の対空兵器群を指揮してたのはどの司令部だったか…

責任問題どころの話じゃない、銃殺ものだ。そうでもなきゃ、私が撃ち殺してやりたいくらいだ…。

まぁ、でもそのことは、今は良い…

「それで、私の容体は?」

「全身15か所の骨折と、あと、肋骨が肺に刺さりかかっていて、その個所からの出血が少しあったみたいで、手術をしたって聞いてます」

「そう…奇跡、ね…」

私はそんなことを呟いていた。

エルサはいよいよ我慢の限界らしくって、痛い、って言ってるのに、私の腕に顔を押し付けて、

手をぎゅっと握ってよかった、よかったと連呼しながら泣き出してしまった。

良かった、か。本当にそうだね…まだ、あまり実感ないけど、どうやら私は生きてるらしい…

よかった…本当に、よかったよ…

「そういえば、エルサ。隊の奴らに知らせてくれないか…?あいつらの顔、見たいんだ」

連絡が取れれば、きっといの一番にアヤが駆けつけてくれる。

命令無視したこと謝って、それから、また言い合いでもすれば、本当に生きてるんだな、って実感できそうな気がするんだ。

 でも、そう頼んだ私にエルサは言いにくそうにしながら、オメガとレイピアが、北米に出立した、という話を聞かされた。

オメガやレイピアの連中がわざわざジオンを追いかけてジャブローを出ていくなんて思えなくって、なんでだと聞いたら、

エルサはさらに言いにくそうに、私に耳打ちしてきた。

それを聞いた私は、体が痛いって言うのに、笑いをこらえきれなくなって、痛くて涙を流しながら、それでも大笑いしてしまった。

 エルサが機体の整備をしようと思って格納庫に入ったら、そこでレイプされた捕虜を連れ出すんだ、

と息巻いている隊長達の姿を見たんだそうだ。

それから、オフィスで問い詰めたら白状したので、

エルサ自身も協力して、隊の連中がジャブローから北米へ向かう輸送機に乗せる荷物の中にその捕虜を隠したんだそうだ。

その輸送機が飛び立った日の午後、留守にしてたオメガ隊の留守番をしてたエルサ達整備班のところに、

私がこの病院に収容された、って情報が入ったらしい。

あいにく、オメガ本隊は作戦地域へ行っちゃった影響で連らがつかず、いまだに私が死んだと思っているらしい。

それにしても、まったく、我が隊ながら、あきれてしまう。呆れてしまうけど、オメガ隊なら、やりかねない。

何しろ、私たちは正義のためとか連邦のために戦ってたわけじゃない。

私たちはみんな大事な仲間を、大事な家族を守りたい、ってそう思って戦ってただけだからね。

うん、そう思えば、やりかねない、どころの騒ぎじゃない。

そういうことの一度や二度、必要に迫られればまよくことなくやってのけるやつらばっかりだ。

そう思ったら、またおかしくて泣きながら笑った。なんとか笑いを収めた私は気持ちを落ち着かせるために息を吐いた。

それにしても、そうか…北米に、ね…まぁ、みんなのことだ。何があったって死ぬような無茶はしないだろう。

帰ってくるまでに、私もこの体、少しは治しておかないと、ね…
 


 そんなことを思っていたら、不意に、ピリリと電子音が鳴った。

エルサがあっと言ってポケットからPDAを取り出して画面をのぞいた。

「あ、ちょっと、すみません!」

エルサはそう言って病室から駆け出て行ったと思ったら、数分もしないうちにまた慌てて駈け込んで来た。

何かと思って聞こうとしたら、エルサはバタバタとPDAを私の耳元に押し付けてきた。

なによエルサ…いったい、どうしったって…そう思っていた私の耳が、PDAから聞こえる懐かしい声を拾った。

<おい…幽霊、じゃぁ、ねえんだろうな?>

これ…隊長の声…?私はエルサを見やった。エルサはもう、ボロボロに泣きながら

「今さっき帰って来て、それで、留守番のみんなに、カレン少尉のこと…聞いた、って…それで、電話を…」

と事情を説明してくれた。

<おい、聞こえないのか?>

また聞こえる、この懐かしいダミ声。

「あぁ、ごめんなさい、隊長。エルサが泣いちゃっててね…どうやら、生きてるらしいですよ、私…」

私がそう言ってやったら、電話の向こうで盛大に歓声が上がった。

口々に電話口で何かを言っているけど、私は、と言えば、エルサと一緒に、大粒の涙を流して泣いていてよく聞き取れなった。

 生きてる…私、生きて、みんなのところに帰れる…!そんなうれしい気持ちと暖かな安心感が胸の中いっぱいに広がって、

体が痛むのも忘れてただただ、泣いていた。

 0079年の、12月29日のことだった。


 






 何かが焼ける、香ばしい匂いが鼻をくすぐる。カチャカチャと硬いものがかすかに触れ合う音や、ひそひそという話し声も聞こえる。

 うっすらと意識が覚醒してきて、私は心地よいまどろみに後ろ髪をひかれながらも目を開けた。ここは…どこ?

目に見える景色が、いまいち意識とつながらない。

まばゆい日差しが差し込んできている大きな掃き出し窓からは、青々と茂った芝生が見える。

広い部屋、大きなダイニングテーブルに、ソファーに…あぁ、そうか、ここはペンションのホールだ。私…眠ってたんだね…

 そのことに気が付いて、体を起こそうと思って手を動かした。

「あぁ、起きたな」

不意に声がかかったので見ると、キッチンから大皿を持ったアヤが出てきたところだった。

呆けている私を見て、アヤはあははと声を上げて笑った。

「大丈夫か?」

「あぁ、うん…私、昨日寝ちゃったんだ?」

「そうそう、ここで飲んでる間にな。そっちへ運ぶの大変だったんだぞ」

アヤはテーブルに大皿を置いてそう言ってくる。運ばれた記憶なんてもの、ほとんどない。

よっぽどぐっすり寝入っていたんだろう。だから、あんな夢を見たんだろうか…

懐かしい、辛かったり、怖かったりもしたけど、それでも暖かで、幸福な、あんな夢を。

「昔の夢、見てたみたいだったな」

アヤが今度は苦笑いでそんなことを確認してきた。

あの感応能力はそんなことまでわかってしまう、っていうのを今の私はなんとなく知っていた。

別に、アヤにそれを知られてしまうことになんの不快もない。むしろ、あの時間を一緒に過ごして…

私を助けてくれた彼女に知ってもらうことは、夢の中での気持ちを共有してもらえているようで嬉しくさえあった。

「うん…いろいろあったよね、あの頃は」

「そうだなぁ…ま、ケンカばっかりだったけどな」

「ふふ、そうだね。でも、それが楽しかった」

「…だから、それはやめろっての」

アヤがプイっとそっぽを向いてそんなことを言った。

そのしぐさを見て、私はハッと、自分がずいぶんと素直に、抵抗なくそんなことを口にしていたのに気が付いた。

いや、気が付いてしまったら猛烈に恥ずかしくなってくるものだと思ったけど、どうやらそんな気持ちも湧き起ってこない。

あんな夢を見たせいか…いつも以上に、気持ちが穏やかで開いているような、そんな感じがしていた。
 


 「悪かったね、こんな時間まで寝ちゃってて。手伝うよ」

私はそっぽを向いたアヤのために、そう話題を変えてやる。するとアヤはすぐに笑顔に戻って

「そっか?こっちはロビンとレオナいるから大丈夫だけど…あぁ、じゃぁ、お茶淹れといてくれよ。今一式持ってくるから」

「いや、自分で行くよ」

私はそうアヤに断って、一緒にキッチンへと入る。

レオナとロビンにおはようを言いながら、ティーセット一式を出してホールに戻って、お茶の準備をする。

この島特産の麦とハーブをブレンドしたお茶の香りがホールに漂い始めるころ、

ロビンとレオナが大皿に乗せたサラダやポテトなんかを運んできて、食事の準備が整った。

そこにレナとレベッカにマライアにマリオンもやってきて、朝食を摂る。

 昨日の島での話や天気のことなんかの、他愛のない話をしながらの食事は、それだけで気持ちがよくなるのに、

ロビンが作ったんだというこのスープの味は私が作るよりもよっぽど美味しいように感じられてさらに幸せな気持ちになった。

食事を終えてみんなで後片付けをして、食後のお茶をしながら今日はどうしようか、なんて話をする。

「あたし、昨日島に行けなかったから、今日も島に行くに一票!」

マライアがそう声を大にして言い張る。でもアヤはそれには渋々と

「いやぁ、今日はもうおとなしくしてたい気分なんだよ。二日連続で島ではしゃぎまわるのは、さすがに体力が持たない」

なんて言って反対する。そんなアヤを非難するマライアをよそに、レナがロビンとレベッカに話を振ると

「んー、アタシは美味しいのが食べたいかな」

「私は、楽しければなんでもいいよ」

なんて答えている。

「マリオンは?」

「私は…そうね、ここでのんびりしているのがいいと思う」

レオナとマリオンはそう言葉を交わしていた。

 思えば、面白い“家族”だよね。女ばかりが何人も集まって、それぞれ協力しながら毎日を楽しく過ごしてる。

オメガにいた頃のアヤがこんな生活をするなんて想像はしていなかった。あぁ、でも、違和感があるってわけじゃない。

単純に、こんな構成は想定してなかったな、って思うだけ。

これもあのニュータイプってやつの力のおかげなのかもしれないな、なんて思って、私は内心、すぐにそれを否定した。

だって、ここには私もいるんだ。

もちろん、一緒に住んでるわけじゃないし、入り浸ってはいるけど、まぁ、狭い意味で私はこの家の“家族”ではない。

でも、ここは私にとっては、あの頃のオメガ隊と同じで、どうしようもなく居心地が良くて安らげる、私の“家”そのものだった。
 


 「ねー!カレンさんも島がいいよね?ね!?」

マライアがそんなことを言って私に意見を求めてくる。私は、なんだかちょっとアヤと“あれ”をしてみたくなって

「私の意見なんて別にいいんじゃない?身内のことなんだし、身内で決めれば」

と言ってみた。するとアヤは待ってましたと言わんばかりに

「毎朝毎晩ウチで飯を食って、休みの日ごとにウチに来て一日過ごすような厚かましいヤツの言うセリフじゃないよな、それ」

なんて言ってきた。あんたが皮肉っぽい言い方をするなんて珍しい。私は内心そんな可笑しさを感じながらも

「あんた来てほしそうにするから来てやってるだけでしょ?」

と言ってやった。さて、照れるか、怒るか、どっちだろう?

「なんだと!?アタシいつそんなこと言ったよ!?母屋にあんた専用の部屋を準備してやろうか、って言っただけじゃないか!」

アヤは顔を赤くしながら、それでもそう言って私に言い返してきた。照れながら怒るチョイスだったか…

なら、乗っかっておいた方が楽しめそうだ。

「勝手に盛り上がって勝手に気を利かせただけでしょ!?そんなことされたら私居心地良くなってここに居座るよ!?」

「なんだと!?」

「なによ!?やろうっての!?」

「はいはーい、話が進まないから、それおしまいにしてね」

これから、ってときにレナがそう言って仲裁に入ってきた。なによ、レナ…

もうちょっとで二人でマライアに関節技をかけられるところだったのに…そう思いながら私はアヤと目と目と合わせて、笑いあった。

「で、カレン。なんかアイデアないのかよ?」

アヤは話をもどしてそう聞いてくる。アイデア、ね…ないこともないんだ。

ずっとペンション暮らしであんた達はあんまり遠出もできないからね…そのうち暇があったらやってやろうって思ってたことがあるんだ。

「これから私の機体でフロリダの隊長のところを奇襲する、ってのはどう?」

私が言ったら、アヤとマライアにレナがパッと表情を輝かせた。

「いい!それすごくいい!」

「フロリダかぁ、懐かしいな…!」

「それ楽しそうだけど、燃料代とかいいのかよ?」

「あぁ、うん。確か明日フロリダへ届ける荷物があったはずだから、一日早いけどそれを運ぶついでにね」

私が言ってやったら、ワッとホールが沸き上がった。それからすぐに、準備に取り掛かる。

私は空港に出ているはずの我が社発足以来の、ううん、発足前から絶大な信頼を置いている整備部長に電話をして、機体の準備をお願いした。
 


 そんなことをしていたら、すぐに準備を終えたアヤが私のところにやってきて、嬉しそうな表情で私に言ってきた。

「ありがとうな、カレン」

バカ言ってるんじゃない。感謝したいのは私の方なんだ。

あなたが私の傷を受け止めてくれたから、あなたが私を支えてくれたから、あなた私と向き合ってくれたから、

今の私はこうしてここにいられるんだよ。ありがとうなんて、そんな言葉は、私にはいらない。

それは、私があなたに向けて言う言葉だ。その代わりに、私には、アヤに言ってほしい言葉があるんだよ。

わかってるだろう、ね?

 私はそう思って、アヤを見つめた。

そのとたんに、アヤは顔を真っ赤にしてそっぽを向いたけど、でも、私は負けずに、アヤをじっと見つめて首をかしげて促してやった。

ほら、早く言ってよね。

 そしたらアヤは、くっと喉を鳴らしてから、咳払いをして口を開く。

「…その、や、やっぱりあんたは…アタシの、その…」

「なによ、はっきりしないね?マライアの弱虫がうつったんじゃないの?」

そう言って発破をかけてやったら、ムッとしたアヤはちょっとむきになって言い放った。

「あんたはアタシの大事な親友で、アタシ達の大事な家族だよ!文句は言わせないからな!」

親友、ってだけで十分だったのに…やっぱり、アヤ、あなたにとって私は家族なんだね…ありがとう…本当に、ありがとう…

夢の中の気持ちを引きずっていたのか、思いもよらずにアヤの言葉が胸に響いてきて涙が出そうになったので、

なんとかそれをこらえて声をあげて笑った。

なんでそんな誤魔化し方をしたんだか、一瞬自分でもわからなかったけど、でも、たぶん、可笑しかったんじゃない。

本当にうれしくて、頭がおかしくなりそうなくらいに幸せで、私は思わず笑っていたんだと思う。

 それから、なんだか憤慨しているアヤをなだめて、二人して他の6人の準備が終わるまでホールのソファーでのんびりと話に花を咲かせていた。

「へぇ、カルロスのやつがねぇ」

「まぁ、もともと優良物件だったしね、彼」

「そうだなぁ、ハロルドさんの次くらいに優良だよな」

「ほんと、そう」

「な、カレンはどうなんだよ、結婚とか、彼氏とか」

「私?私は、今はまだいいかなって思ってる。今はさ、ここであんた達と一緒にいる方が私には十分魅力的で幸せだからね」

「…カ、カレン、やっぱり…あんたまさかアタシのこと好…」

「あぁ!もう、だから違うって!私はストレート!そういう意味で言ってるんじゃないよ!」

そう、でも、ね。私はあなたが好きだよ。何よりも、誰よりも好き。

何にも代えがたい、誰よりもそばにいたい、私の大事な大事な、私の恩人。私の、親友なんだからね。





 





 終戦から半年とちょっと。

軍の仕事もようやく落ち着きを取り戻してきて、戦争でふくらんだ軍人の数的整理なんかも始まった。

正規軍人の早期退役をするなら、退役金は1.5倍にするぞ、なんて広報もまわってきている。

 これを機に、というわけでもないのだけど、オメガ隊のみんなも、軍を去る決断をするのが何人か出始めた。

フレートは、アナハイム社の開発部に自分を売り込んで引きをもらうやいなや、

レイピアのキーラも一緒に入れろと無茶苦茶な言い分を押しつけて、半年後には二人してアナハイム社の開発部試験課へ引き抜かれることが決定している。

さすがは我が隊のエース。やり方は本当に無茶苦茶だけど、したたかな交渉と言えなくもない。

それから、ベルントも教師になるんだ、とかワケのわからないことを言って、退役を決めたらしい。

そして何より大きいのが、今年度いっぱいで隊長も退役を考えている、ということだった。

隊長がやめれば、この隊にこだわることもないし、それぞれがバラバラの道を行く決断をしても、それは仕方のないことだろう。

私は、最初はそれをさみしく思うのだろうと少し不安だったけれど、いざそういう話になってみると、

想像していたよりもショックを受けなかった。そんな話をしたら隊長は笑って

「いつまでも子どもをやれる子どもなんていやしねえ。十分遊んだら、自然に独り立ちしていくもんなんだよ」

なんて言っていた。そうかもしれないな、なんて私は思った。

アヤとこの隊に十分に幸せをもらった私は、いつのまにか、本当の強さってやつを知らずに身に着けているのかもしれない。

それがなんなのかはまだよくわからないけど…でも、不思議とそんなような気がしていた。

 そんな0081年の7月のことだった。

かねてより計画されていた一大作戦を決行するために、私達はレイピア隊と一緒に4日間の休みをとって、

ジャブローから北の中米はカリブ海の南岸に浮かぶアルバ島という島にいた。

これをやりたいがために、隊長は私の生存を彼女にはひた隠しにしてきた。もちろん私も口止めをされていた。

この半年ほど、どれだけ会いたいかと思うこともあったけど、でも、隊長の言う計画に乗っかって、

彼女の驚く表情を見てみたい、という葛藤にずいぶんと悩まされた。

まぁ、嬉しい悩みには違いなかったけど、それもこの滞在で全部すっきりさせることができるんだ。

 到着したその日は一日島を見て回って。

ホテルに泊まった翌日の朝、食事を終えて一休みしていた私達の中にいたマライアのPDAに連絡があって、

私たちはその足で荷物を抱え、アヤが経営してるっていうペンションに向かった。

話じゃ、マライアと生活してるソフィアとは別の捕虜を連れて逃げたアヤは、

今はその子と一緒に夢だったと言っていたペンションをやっているらしい。

まったく、アヤらしいと言えばそうだけど、相手がどんなやつだろうが、たちまち心を開かせちゃうんだから、本当にすごいと思わされてしまう。
 


 ペンションについた私を、その元捕虜のレナ、って子が出迎えてくれた。

明るくてハキハキした感じの子で、物静かで毒のあるソフィアとは違った魅力のある子だった。

私達を中に案内してくれた感じはすごくしっかりしていてまじめで、なんだか私とも気の合いそうな子だな、と感じていた。

部屋に荷物を置いて、アヤの誕生会の準備で私は庭でバーベキューのコンロをセットしていたら、そこにそのレナって子がやって来た。

「あの、カレン、さん」

「あぁ、カレンでいいよ。私もレナって、そう呼ばせてもらうからさ」

私が言ったら、レナはアヤに似た、嬉しそうな笑顔で笑った。

「どんな人かと思ったら、気が合いそうな人で安心したよ」

コンロの準備を手伝ってくれながら、レナはそんなことを言ってくれる。

「ははは、私もそう思ってたところだよ。よろしくね、レナ」

「うん、よろしく!アヤがカレンのことを話すたびに、口が悪い、態度が悪い、なんて言ってたけど、全然そんなことないのにね」

「あぁ、それはアヤ相手にだけだからね。なんだか反りが合わなくってさ」

そう言った私を見て、レナはクスっと笑った。

「なにかおかしなこと言った?」

そう来てみたら、レナはにこっと笑って、私に言ってきた。

「ごめんごめん。今の顔、アヤがカレンのことを話すときとそっくりで、思わず」

レナはそう言ってからまた、クスクスっとおかしそうに笑った。

 それからまた、私はレナとお互いのことを話しながら準備を進めた。レナは思った通りの明るくてまじめでいい子だった。

そうだね、ちょうど、私とアヤの中間って感じのする子だ。私は自分で明るいなんて言えるほど明るくはないけど、

まぁ、まじめすぎるとはよく言われてきた。アヤは明るさだけが取り柄みたいなやつで、律儀ではあるけどまじめとは違う。

そりゃぁ、アヤのことを親友だと思ってはばからない私が、レナと仲良くなれないわけなんてあるはずもないだろう。

 外の準備を終えてから、こんどはホールの準備も手伝った。

なぜだか、初めてくるはずなのに、アヤが生活している気配がするからか、ペンションの中は居心地が良くて、

もうずっと長い間慣れ親しんでいるような、そんな感覚だった。準備を終えてあとはアヤが帰ってくるのを待つだけ。

隊長がまた、相変わらずのお祭り騒ぎで役割分担を決めて、それぞれの配置につく。と、表から車のエンジン音がした。

アヤが帰って来たらしい。

 レナが隊長の調子に合わせて敬礼なんてしながら、ホールの外へ出ていく。

ふと、私は自分の胸が高鳴っていることに気が付いた。緊張が少し、と、あとは、興奮だ。

アヤに会える、生きて、また彼女に会って、話ができる…そう思うと、なんだかいてもたってもいられない心地だった。

 コン、と一度だけ、ドアをノックする音が聞こえた。合図だ。

と、すぐにギッとドアが開いて、そこからひょいっと、あの、短髪で明るい顔をした、

ずいぶんとあってないように思える私の親友が顔を出した。

 けたたましいクラッカーの音とともに、オメガとレイピアの男連中が叫んだ。

「アヤミナト元少尉!ハッピーハースデーイ!!!」

「あ、あ、あ、あんた達、こ、ここで何してんだ!?」

アヤはまるで気が付いてなかったんだろう。本当に驚いて、目をまんまるにして戸惑っている。
 


 そんなアヤの前に、ソフィアを連れたキーラが進み出た。

「あ!ソフィアじゃないか!なんだよ、怪我、大丈夫なのか!?」

アヤの顔がパッと明るくなってソフィアを軽くハグして聞いている。

「おめでとうございます!マライアから話を聞いて、ぜひお祝いしたいなと思って来てみました!」

「ありがとう!すげーうれしいよ!」

なんて喜ぶアヤを見ていたら、ソフィアの隣に立っていたキーラが私とリンの方をチラっと見つめてきた。

リンがコクっとうなずいて、今度はリンが私にアイコンタクトをしてくる。わかってるよ。

じれったいけど、その方が楽しそうだってのは同感だからね。

 私はリンの陰に隠れて、ゆっくりと歩く背中についていく。

ソフィアとキーラが脇へずれて、リンがアヤのすぐ前に立って、キーラたちと同じようにふっと横へと体を移動させた。

 私はすくっとたって、目の前にいるアヤをじっと見つめた。

半年しかたってないんだからそうそう変わるようなもんでもないとは思うけど、でも、

実感的には10年も会ってないような気がしていて、私はアヤをまじまじと見つめていた。

本当に、最後に会ったあのときと変わってないアヤが、そこにはいた。

アヤはまるでこの世のものとは思えない、幽霊でも見たような、愕然とも呆然とも取れない、すごい顔をした。

その顔があんまりにも面白くって、思わずクスっと笑ってしまう。

でもアヤはそんな私に一歩、また一歩と近づいて来て、ペタペタと確かめるように私の頬を触って来た。

私には、アヤの不思議な力があるわけじゃないけど、でも、アヤが今までみたことのない、

嬉しさで涙を浮かべた表情を見て、私は、アヤに言っていた。

「ただいま、アヤ」

そしたらアヤは私の来ていたシャツの襟をぎゅっと握って、目からいっぱいの涙をあふれさせて叫んだ。

「…カレン…カレン!カレン!!あんた!生きてたんだな!!」

そう言って私に飛びついて来たアヤは力いっぱい私を抱きしめてきた。

正直、相変わらずのバカ力に参りそうになっていけど、でも、私の方も膨れ上がる喜びに体を突き動かされていて、

たぶんアヤと同じくらい強く彼女の体を抱きしめ返していた。

「会いたかった、アヤ…また生きて会えたよ…!」

私はアヤの耳元で、涙と嗚咽に混じらせてそうささやいていた。アヤも、

「うん…うん…!」

とただただ繰り返してくれていた。

 それからは、いつもどおりオメガ隊名物の大騒ぎで、久しぶりにお腹のそこから声をだして笑って怒って暴れて、

とにかく力いっぱい楽しんだ。

 戦争当時のまま、私たちは、あのとき私が願ったように、誰一人欠けることなく、同じ時間を過ごすことができた。

名目はアヤの誕生パーティーだったけど、そんなさなかにアヤは私に言ってくれた。

「あのとき言ってた、帰還祝い。やっとできたな」

って。その言葉がまた嬉しくて、私は、アヤにケンカを吹っかけて、マライアを巻き添えに暴れた。
 


 そう、そうだ。この感覚、この幸福感なんだ。私がずっとずっと欲しかったもの。アヤとオメガ隊が、私にくれたもの。

そして、たとえオメガ隊から独立したとしても、ずっとずっと大切にしていきたいもの…

気が付けば私は、そのためにはどうしていけばいいのか、なんてことを考えていた。

 その答えは、夕方、一人、また一人、と酒に倒れて三々五々の解散になったあと、

海の見える部屋で一人、外を眺めなていたら思いついた。

昼間、この島を見て回って、空港があるのに、島には運輸会社のないことに気が付いていた。

船便も航空便もそれほど数が多いわけでもなさそうだった割に、市街地には結構な人が住んでいるようだったし、観光客もかなりの数だ。

このカリブ海沿岸地域は確か、ビスト財団にボーフォート財団、あと、ルオ商会の資本が入っているホテルや旅行会社やなんかが多かったはず。

この島も、今はそれほど栄えてる、ってわけじゃないけど、昼間ここから見える海はきれいだし、アヤは泳いだりもできるんだと言っていた。

戦争も終わったことだし、観光事業もこれからは伸びてくるだろう。

だとしたら、荷物や客を運ぶ仕事は、案外、このカリブ海の小さな島々と北米や南米にヨーロッパをつなぐ航路は手付かずなところが多いんじゃないのか。

そこに、稼げるタネが転がっていそうだな。
 
 まったく、現地の状況をそんな目で見て、こんなことを瞬時に思いついちゃうのは両親譲りなのかもしれないね。

あるいは、落ちこぼれと言われて来た私だけど、それでも、たくさんのことを教えてもらってきて、

身に着けることができていたのかもしれない。

他人が聞いたら、理不尽に思うかもしれないし、私自身も頭ではそう思ってはみるのだけど、

不思議と脈略もないのに自然に私の心に、温かい気持ちがわいてきていた。

 父さん、母さん、生んでくれて、私を育ててくれて、軍へやってくれて、ありがとう…。
 


 そんな思いを胸に抱きながら、私はPDAを取り出して電話をかけていた。

<もしもーし>

「あぁ、私」

<少尉!アヤさんとの再会、どうでした?>

「あぁ、うん…泣いちゃったよ」

<あはは、そうでしょうねぇ、親友ですもんね!>

「やめてよ、それ。それよりも、ね、エルサ。相談なんだけど」

<はい?なんです?>

「私ね、軍をやめて会社を興そうと思うんだ。このアルバ島って島を起点に、お客や物を空輸する会社」

<そうですか…でも、戦争も終わったし、そういうのもいいかもしれないですね。さみしくなりますけど…>

「ううん、そうじゃないんだ。企業の資金の多少の援助と、それから空輸のための飛行機を整備してくれる人間が必要だなって思ってるんだよ」

<えっ、それってつまり…>

「うん。あんたと兄貴と私とで、さ。戦争とは違うけど、また一緒にやってほしいんだ。どうかな?」

<はい…はい!ちょっと、今兄ちゃんに聞いてくるんで、えっと…そうだ、またすぐ連絡します!>

「あぁ、うん。急ぎじゃないから、ゆっくりでいいよ」

私はエルサにそう言って、それから二、三、言葉を交わして、電話を切った。

 それから、胸の中に満ちてくる充実感に、身をゆだねていた。

 いいじゃない。

今度は、この島で、アヤ達と、エルサ達に支えてもらいながら、死ぬ心配のない新しい戦いをするっていうのものさ。

だって、私は生きているんだ。たくさんの人に助けられて、こうしてここにいるんだ。

自分のできることを、やれることを、精一杯やらないではいられないじゃない。

 生きていく、っていうのはきっとそういうことなんだ。

幸せのために、私たちは精一杯に生きて、そして、一日を笑って終える。

そう、あの頃、オメガ隊のみんなと、アヤと一緒に過ごしたあのときのように、ね。






――――――――――To be continued to their future
 


お読みいただき、感謝!
 

キャタピラ乙

なんだろう・・・
サブキャラ的なイメージしかなったカレンだったけど
掘り下げると深くいいキャラだった・・・
むしろ、俺の中ではトップに来るぐらいお気に入りになってしまったじゃないかwwwww

次回はオメガ隊の北米での戦闘を語ってくれてもいいのよ?(チラッチラッ

どーもカレン推しのおっさんです
カレン編をこんなにガッツリ書いてくれてキャタピラさんマジ感謝!!!
そして乙!!!!!



次のサブストーリーも楽しみだなー(チラッチラッ

俺は感想文とかそういうのがヘタだから、感じたことを文章に起こすのが苦手だ
だから現状を書こうと思う

このもう40近いオッサンの涙腺から、涙を絞りつくす気だな!
この悪魔めww



こんなに穏やかな締め方されたら最初の苦境部分がつらくて読み返しにくくなるじゃないか!
カレンさん、居場所が見つかって良かったねえ。

それと相変わらず空戦描写が凄いね。
ヴァレリオさんあたりが「天使とダンスだぜ!」とか叫んでいても違和感ないわw

これからほんの少しの間だけ、地球は穏やかだもんね。みんな傷を癒せると良いよね。
マライア無双が始まるけどww

ここで以前キャノピーが描いた全員集合の絵がまた見たいな。やっぱりあの絵好きだな。

乙!

それまで我慢してたのにカレンさんが両親に感謝する所で遂に涙腺が決壊したwwww
生まれやカレンさんにとっての家族の意味、軍に入った経緯やなんかを知った上であの言葉は反則に近いよww

オメガ隊という家族はカレンさんにとって本当にかけがえのないものになったね
それだけでなく生まれの家族、オメガ隊の家族、ペンションの家族、そして結婚後の家族
こんなにたくさんの家族が出来たカレンさんはずっと笑顔でずっと幸せだと思うの

こういう本編の舞台裏っぽい所大好きだ
なので次はマライアたんの舞台裏の活躍が見たいですキャタピラ先生!

あと、やっぱりカレンさんアヤさんとでキマシタワーを建設してもいいと思う
カレンさんは自分はストレートだとか言ってるけど実際本気でアヤさんに迫られたら絶対抗えないと思うんだよねwwwwww
あれ、アヤさんカレンさん御揃いで、今日も大変お美しいですね…おや?なんだか顔が赤いような…待って下さい、人体構造は真後ろを見る事が出来ないようになっていませ痛い痛い痛い

こうしてアルバの海に太陽と共に沈む>>777であった(合掌

それはさておき乙
電車の中で読んでたから涙腺崩壊寸前はマジでやばかった



>>773
感謝!

元を考えれば、カレンさんはジャブロー防衛作戦時に戦死してた人でしたからねぇ。
それがチラ裏レベルで書いた同作戦で登場させたら急に愛着が湧いて、急きょ一命を取り留め…w
キャタピラ的にも屈指のお気に入りですw

オメガ隊の戦いは1stマライア編で書いたので…あれ以上は書くことないですw


>>774
感謝!!
カレンさん、なんかいいんですよね…なんでしょうねw

書いている最中はもうこのシリーズ限界だなぁと思いつつ、書き終ると寂しくってまた書きたくなりますw


>>775
感謝!!!
泣かせてすませんw

オッサンに人気だな、カレンさんw


>>776
感謝!!!!

アヤレナマのエピソード0だと三人分書かなきゃいけないので部分ごとになってしまいましたけど
カレンは一人でガッツリ書けたので良かったと思ってます。

空戦はホント、いつからこんなに書けるようになったのか…
小説でも、空戦物なんて、「ゼロと呼ばれた男」くらいしか読んだことないし…
楽しんでいただけたのなら、良かったですw
it's time to lead a dance of the angels!!

キャノピ、SD版集合絵を描いてくれてます!
少々お待ちくださいまし!


>>777
感謝!!!!

なんででしょうね、あれ。
良くわかんないけど、あの一文はキャタピラが考えたっていうより、カレンさんの心境がキャタピラを動かした感がありました。

カレンとアヤは、そう言うことに関してはどちらも奥手だなので、ほっておいてもキマシタワーは建たなかったと思いますが…
心境的にはアヤレナとの間柄とほとんど同じなんじゃないかなぁとw

あと、マライアの裏話は1stマライア編ですw


>>778
感謝!!!!!!
キャタピラ的には、やっぱり墜落して行くシーンと、病院で隊長の声を聞いたシーンで書きながら泣きましたw


 レス超感謝です。

さて、今後はどうしようかなぁと思っています…

↑にも書いたけど、正直書いているとこのシリーズはそろそろ厳しいなぁと思うところがあり…

終わり、ってわけじゃないけど、書き続けるとしても、このまま今までのように続ける、って言うよりは

キャタピラがアヤレナに会いたくなったタイミングで書くような感じでもいいのかなぁ、とか思ったりw

 まぁでも来週くらいにまたすぐ別エピソード思いついて書き続けるかもしれないし、まだわからんです。

とりあえず、新しい何かにするにしても続けるにしても、キャタピラも休憩&メンテをしたいなぁと思ってます。


何はともあれ、またいろいろ書いてっちゃってください!
 


ちなみに、UC編の本編、ペンション日記、EP0を足したところ

ワードデフォ設定でのアヤレナからのトータルが

1687ページ

1715421文字

となりました。


あれだ。

俺、乙ww
 


本当に乙キャタピラ

書いたねえ。
自分ではひとつのテーマでこんなに文章を書いたことがないし、これから書けるとも思えないので本当に感心する。
もちろんプロレベルとかではないんだろうけど本当に楽しませてもらった。
ファースト現役世代のおっさんだけどガンダム世界の違和感がほぼ無かったもの。

キャノピー絵も楽しみにしているよ。

あと、ここでこんな事言ったら怒られるかな?
いままで書いたものまとめて、文章校正がっつりやって、キャタピラ的な設定の矛盾とか直して、キャノピーの絵も付けて、
PDFかなんかにしてどこかの同人販売サイトかなんかに置けませんかね?
5~10編に分けて1編200円位だと需要があるような気がするんだけど。
これならキャタキャノの手間以外に元手がかからないよね?

超乙!

カレンは本当にアヤに出会えて良かったなぁ…
俺は脱出後の死ぬもんか、で涙腺崩壊したわ…


もしキャタピラに余裕があったら手直し版は読んでみたい!
キャノピーの絵付きで!
金なら出す!

俺はかなり楽しめたし、プロレベルだと思うけどなぁ。
アヤレナは題材的に二次創作だからあれだけど、
キャタピラの話作りとか表現とかで現代ものとか書かれたら普通に読めるわw
百合じゃなきゃ、ガンダムエースに載っててもおかしくないと思うんだ。
1st裏編とか。

同人でも電子書籍でも本家に持ち込んで漫画原作としてでも
俺は書籍化するまで諦めんぞJoJo~

>>781
感謝!感謝!!

お褒め頂けて光栄です!

それをやろうとすると、もしかしたら荒巻氏に許可を得ないといけないかもなんですよねぇ。
あるいは、内容をちょこちょこ改変すれば、著作権別扱いになるのかどうなのか…

正直良くわからんです、やってみたいんですけど。


>>782
超感謝!

そんなに褒められるとどうしていいかわかんないぞこの野郎!(アヤ風に

書籍化、どうなんでしょうねぇ…

>>783
DIO!?
やるとしたら、電子書籍ですかねぇ、PDFで。
荒巻さん、やっていいの?どうなの?
教えてエロイ人。


あ、ちょっと思いついた読みきりです。
 





 おかしい。絶対におかしい。私は、再三にわたるチェックの末に、そのことに気が付いた。

この記録…一見すれば、なんの問題もなく処理されてはいるが…

多方の情報を組み合わせて考えると、あまりにも“取って付けた”ような処理の仕方だ。

何者かが作為的にこの処理を行い、それを隠ぺいした、と取れなくもない…確たる証拠はない。

だが、明らかに不自然な処理であるように思えてならない。

「おう、精が出るな、新人」

直属の上司が、さっきからキーボードをたたき続けている私を見て、そう声を掛けてきた。

私はまだこの地域には赴任してきたばかり。これでも、以前いたアフリカでの検挙率はトップクラスだった。

栄転へのステップとして、この中米支部の勤務を1年こなせば、あとは晴れて官僚の仲間入り。将来は安泰、というものだ。

「ターナー主任。この住民票、どう思われますか?」

私はコンピュータのモニタを指してそうたずねてみる。主任は情報に目を走らせてからいぶかしげに

「別に…普通の住民票だと思うが?」

と首をひねる。

「移民の処理の箇所を見てください。サイド6からの福祉関連職のための移民と記載がありますが、

 その際の職務経歴が、これはまるでロンダリングの手口です」

「職務暦をロンダリング、ねぇ。不正移民だと言いたいのか?」

「その可能性は否定できないと思います」

私が言うと、主任はむぅーと唸って腕を組む。それからややあって

「現在の居住地は?」

と聞いて来た。私は、キーボードをたたいて現住所を表示させる。

「…中米、ベネズエラの、アルバ、とあります」

「あぁ、あの島か…」

主任はそれを聞くなり、渋い表情をした。それからバンと俺の肩を叩くと

「あそこは、ルオ商会とボーフォート財団のお気に入りだ。不自然に見えるその経歴も、おおかたその関係からだろう。

 やるだけ無駄足だ、今日はもう帰って休め」

と言ってきた。ルオ商会に、ボーフォート財団…。

ルオ商会と言えば、先のグリプス戦役以降、地球保護を名目にティターンズと戦い、

ネオジオン関連紛争ではネオジオンとも戦ったカラバの母体であり、

一貫して地球環境と経済市場の保護と言う観点で独自の活動を行っている経済団体。

二つの紛争以降、その功績から連邦政府に大きな発言権と影響力を得つつ、

しかしそれをほとんど行使せずに地を這うような活動を続けている。

対してボーフォート財団は、宇宙世紀黎明期から、医療と福祉関連企業を抱え、

宇宙へ移民をするほどの人口爆発を起こした人類の身近な生活に根を下ろしている団体だ。
 


いずれも、政府や市民にとって重要な役割を果たしている組織。

両者とも、その強力な基盤ゆえに市場の独占疑惑などと言ったうわさが聞こえてこないでもないが、

そのあたりは我々の職務の範囲ではない。

確かに、殊ルオ商会の関係者であれば、今や連邦政府軍にとっての第三者的軍事組織として、

紛争時や戦争時の助力、仲裁を受け持つ役割を暗に認められているカラバに関連する人間である、とも考えられる…

が、移民日は、0079年の12月2日…。果たしてこの時期に、カラバと言う組織が存在したのかどうか…

そして、どんな理由でこんな処理をする必要があったのかは、調べてみる必要がありそうだ。

 アンナ・フェルザー。モニターに映る、不自然な住民記録の当事者だ。



 





 数日後、私は、住民票の職務暦にあった最初の職場のあった場所に出向いていた。コロンビアの、カリ。

住所的に、このあたりだったはずなんだが…めぼしい建物が見つからない。

 しかたなく私は、一度その場を離れて街の役場へと出向いた。受付でバッヂを見せて名乗る。

「私は、連邦移民局第9課のクラーク・アルジャーノン捜査官です。

 お伺いしたいのですが、この住所に、カリ・チルドレンホームと言う児童福祉施設がありませんか?」

用件を伝えると、受付にいた係の女性は私の示した住所を見て、あぁ、と声を上げた。

「こちらでしたら、昨年のグリプス戦役のジャブロー事件を受けて、カリブ海の…

 なんとか、ってところに移転いたしましたよ。確か…アルバ、と言う島だったと思いますが…」

アルバ…!?あの島へ?移転に伴って、あのアンナ・フェルザーもそれに着いて行ったのか…

いや、アンナ・フェルザーがアルバに移住したのは、記録によれば、移民して1年ほど。

79年に移民し、アルバに移住したのは82年のはずだ。施設がアルバに移転したのは、88年…

アンナ・フェルザーが施設移転を支援した、と考えるのが自然だろうが…やはり、なにか引っ掛かるものを感じる。

「そうか、ありがとう」

私はそうとだけ礼を言って私は役場を出た。やはり、このヤマ、何かが妙だ…よくよく調べてみる価値はある、か。

栄転前の、最後の大きなヤマになるかもしれない。

そんな感覚を胸に、わずかな興奮とともに私はオフィスのある中米移民局へと戻った。

 コーヒーを淹れてデスクに座り、思考を巡らせる。気になることは、いくつかある。

まず、やはり最初にひっかかった部分だ。アンナが移民したのは、1年戦争の真っただ中。

まだ北米がジオンの勢力圏にあった時期だ。

こんなタイミングでわざわざ中立宣言をしていたサイド6からジャブローにほど近いこの場所に移り住んできた、と言う事実。

そして、その後、職務を転々としている点だ。移民から1年間の間に、3回仕事を変えている。

いずれも福祉関係の職だが、そのどれもが4か月ほどで退職。そして、最後の仕事を辞めてからは、週職歴がない。

日付的に、仕事を辞めてからアルバ島へ移動したようだが、その後の記録がない。住民税の支払い記録はあるが…

それ以外の生活の様子を示す情報が一切ない。やはり、なにか妙だ…

この手の住民票は、テロリストの隠れ蓑として利用されてるケースがいくつかある。

あるいは、不法移民に金で取引される類の住民票の可能性もある。

いずれにしても、決定的な証拠をつかむには、アルバ島へ赴いてこのアンナ・フェルザーという人物を探して話を聞く必要がある、か…

 私は、そう決心して主任に明日、アルバ島へ出向く出張届を提出した。主任は相変わらず渋い表情で

「無駄足になるだろうから、やめておくべきだと思うが」

と言ってきたが、私は首を横に振った。無駄足になろうとも、真実を確認し不正を解き明かすのが私の職務であり、正義だ。

 デスクに戻り、明日の出張のためにアンナ・フェルザーの情報をさらに収集しようと、

スリープ状態になっていたコンピュータをキーボードをたたいて起動させたときだった。

私は、モニターに何か、見慣れぬ表示が出ていることに気が付いた。

“No Data”

…データ、なし?バカな…確かに、今の今まで…!

私はキーボードをたたいて、アンナ・フェルザーの住民票を表示させようをするが、

何度入力しても出てくるのは“No Data”の表示。データが消えたのか…?あり得ない…!
 


再び移民によってどこかに移転したのであれば、その旨の記述が載る。死亡した場合も同じく、死亡の記述が付く。

データが消えるなどと言うことは、住民票データにはあり得ない…誰かが意図的に削除したのでなければ…!

「主任!台帳サーバーにハッキングの可能性が!」

「なんだと!?」

主任はそう声を上げて慌てて私の下へ駆けて来た。モニターを覗き込み、私がしたように何度かキーボードを叩くものの、

同じ“No Data”の表示しか出てこない。

「こいつぁ…いったい…」

主任がそう口にした瞬間、突然俺のデスクの電話が鳴り始めた。

タイミングが…まるで謀られたようで、俺は恐る恐る、その受話器を上げていた。

「移民局中米支部、第9課…」

俺がそう名乗ると、受話器の向こうからくぐもった声が聞こえた。

<アルバ島ニ、近付クナ>

ボイスチェンジャーか何かで変えられている…まさか、こいつが、アンナ・フェルザーか?

「アンナ・フェルザーか?」

私はそうたずねたが、相手は一切それには答えず、一方的に告げてきた。

<アルバ島ニ、近付クナ、クラーク・アルジャーノン捜査官>

こいつ…私の名を!?

そう思った次の瞬間には、バツっと電話は切られた。


 




 翌日私は、朝一番の便でアルバ島へと赴いていた。空港に着陸し、飛行機を降りた私を強烈な日差しが襲った。

中米支部のあるニカラグアも相当の暑さだが、この島の暑さはまたニカラグアと違って強烈に感じる。

ともかく、まずは昨日頼んでおいた現地の支局員と合流しなければ。たしか、アントニオ・アルベルト、と言ったか…

 私は、滑走路からターミナルの中に入り、カラカス支局員のそのアルベルトという男を探す。

話では、旅行社の人間のふりをしている、とのことだから…あの辺りか…

私はターミナルの出口の近くで、色とりどりのサインを掲げている一団に目をつけ、歩み寄って行く。

その中に、「ニカラグア・アルジャーノン様」と書かれたサインを持っている男を見つけた。

男は、名前から感じられる南米系の人種ではなく、どちらかと言えば、東欧系の顔立ちをしていた。

服装は、ラフなシャツにハーフパンツ。頭にはサングラスを付け、見かけだけではけっして移民局の人間には見えないが…

「アルジャーノン様ですね」

彼は、スーツ姿の私を見てそう聞いて来た。

「ああ。君が、アルベルトかね?」

「えぇ、はい。その恰好は、この島では目立ちます。着替えを用意しているので、そちらにお召し替えください」

アルベルトはそう言って、私にそっと紙袋を渡してきた。ローマに至らば、ローマ人のするようにせよ、か。

ここは、この地域に詳しいこの男の言葉に従うべきだろう。

 そう思った私は、すぐさま空港のレストルームへと向かった。

紙袋の中には、アルベルトの着ていたような、ラフな服装が一式、丁寧に折りたたまれて詰められていた。

洗面台にそれを置き、ネクタイを外しシャツを脱ごうとボタンをはずしているときだった。

レストルームのドアが開いて、大柄な男が一人、入ってきた。

男は鼻歌混じりに用を足すと、そのまま私の隣の流し台で手をすすぎ、剃りこみの入った短い髪を撫でつけた。

ふと、鏡越しに男と目が合う。男はすぐさまその視線を逸らしたが、その刹那に、流し台に一枚のカードを置いて、

また鼻歌混じりにレストルームから出て行った。

 今の男…何者だ?そう思いながらも、私は男の置いて行ったカードを手に取って、中を見てみる。

「支局員アルベルトは暗殺され、替え玉の可能性あり。注意せよ。中米公安部」

こ、公安部だと!?なぜ公安がこんなところに…!?私は慌ててレストルームから飛び出してあたりを見回したが、

あの男の姿はどこにも見えなかった。

その代わりに、アルベルトがレストルームの前に立っていて、怪訝な顔をして私を見つめて言ってきた。

「どうしました…?そんな恰好で…?」

「い、いや…なにもない」

私は動揺をなんとかこらえてレストルームの中に戻り、着替えを済ませて出て行く。

私の姿を眺めて満足そうな表情をしたアルベルトは、ニタっと笑って

「それじゃぁ、車を回しておきましたんで、こちらへ」

と私を案内する。 
 


我々は、移民局でも不正移民への対応を行っている部署。

もちろん、拳銃の携帯は許可されているし、現に今も持ってはいる。

しかし、このラフな出で立ちのまま腰にぶら下げていたのでは目立ってしかたない。

スーツであれば背広の内側に隠して置けたのではあるが…

まさか、この姿に着替えさせたのは、そう言う意味があってのことか…?

もし、アルベルトが実際に暗殺されていたとして、この男が替え玉だとしたら、一体何者なのか…

あるいは、アンナ・フェルザーという戸籍を使っているのがこの男か?

いや、しかし…だとするならば私の前に姿を現す意味合いが分からない。

[ピーーー]つもりなのであれば、こんな回りくどいやり方をする必要もないだろう。

何かほかに狙いがあるのか、公安部の情報にミスがあるのか…

 そう考えているうちに、私はアルベルトの用意してくれたという車までたどり着いた。

やや古ぼけてはいるが、いたって普通のエレカだ。

「まぁ、乗ってください。まずは、どこに行かれますか?」

車のドアを開けながら、アルベルトがそう言ってくる。

「カリから移転してきた児童施設と言うのを知っているか?」

「カリから…?あぁ、あそこのことかな…はい、ではそこへ?」

「あぁ、頼む」

私は車の後部座席に乗り込みながら答えた。アルベルトが運転席に乗り込み、車を走らせる。

 空港の敷地内から出て、車は一路市街地へと向かう。

「アンダーソン捜査官、今回はどういったヤマなんです?」

「いや、なんのことはない。ただの実地調査だ」

「わざわざ、実地調査でこんなところまで?」

「ああ。9課とはいえ、いつだって不正移民を追いたてているわけではない。

 そう言った人物の温床になるような箇所をあらかじめ押さえておくのも、我らの職務の一環だ」

アルベルトが逐一、そんな話をしてくるが、私はそうしてのらりくらりと答えを曖昧にする。

この男を信用するのは危険かもしれない。そんな警戒感が働いていた。
 


 ふと、アルベルトが歩道の方に目をやった。そこには、エレカ用のパワースタンドがあった。

「アルジャーノン捜査官、申し訳ありません、すこし、充電して行ってもかまいませんかね?

 狭い島とはいえ、道端で電池切れなんてシャレになりませんから」

アルベルトはそう言うと私の答えも聞かずに車をスタンドに入れた。

「すぐすみますんで、少々お待ちください」

アルベルトはそう言い残して車を降りる。

充電ユニットを車に取り付け作業をしているところを見ると、本当に電力を補給しているようだが…

何を仕掛けて来るかわからない。気は抜かないようにしておかねば…

 そう思っていた私の鼻に、何かが香った。甘い、シロップのような香りだ。

スンスンと鼻を鳴らしてそれをさらに吸い込む。この匂い…急に、どこから…?

その瞬間、私は突然にひどいめまいに襲われた。これは…ガス!?催眠ガスか!?

そのことに気付いて、私はドアを開けようとノブに手を伸ばすが…開かない!しまった…!

あの男、やはりなにか目的があって…!私は、慌ててブリーフケースにしまっておいた拳銃を取り出そうとするが、

目の前が揺らめき、それどころではない。ブリーフケースのダイヤルロックのナンバーがゆがんで見えない。

くそっ…まずい…これ、は…まず…い…

 そうして私はまるで泥沼に沈んでいくように意識を失った。



 





 叩きつけるような衝撃と、皮膚が避けそうになるような低温で、私は目覚めた。暗い。何かで顔を覆われているらしい。

どうやらイスに体を固定され、後ろ手に縛られているようだ。脚の自由も効かない…イスの脚に括りつけられているのか…?

 私としたことが、うかつだった…やはりあのアルベルトは偽物だったのか…?

公安を名乗る男の言ったとおりだったというわけだ…しかし…ではいったいどこの手の物か…

 「お目覚めかな?」

不意に、男の声が聞こえた。先日の電話と同じく、ボイスチェンジャーで声を変えているようで、奇妙なノイズの混じった機械音だ。

「誰だ…?私をどうするつもりだ?」

私が聞くと、声の主がそばに歩み寄ってくる気配がした。と、私の右足に、何かが括り付けられる。

「勘違いするなよ。質問するのはこちらだ」

声の主はそういうと、私の頭を小突いてくる。それから私の周囲をぐるりと歩いているのがわかる。

「さて…貴様は、どこの組織の者かな?」

「私は、移民局第9課所属のクラーク・アルジャーノン捜査官だ」

私はそう伝えた。質問からして、妙だ。私をとらえているこの男は、私の身分を知らずにとらえた、というのか?

先日オフィスにかかってきた電話では、私の名を知っていた…ここへ来ようとしていることもわかっている口ぶりだった。

こいつは、それとは別口なのか…?

「移民局、だと?ふざけるなよ、なぜ移民局が我々を追う必要がある?痛い目を見ないうちに、正直に話した方が身のためだ。

 俺はまだ親切な方なんでな。軍部の人間か?それとも、治安警察や公安ということもあるまい?」

この声の主、いったい何を言っている…?軍部?公安?違う、私は…

「本当だ。私は移民局9課の人間だ。問い合わせてもらえばわかる!」

私は声を上げた。するとどこからか笑い声が聞こえる。

「貴様の名は、移民局9課には存在しなかった。我々がそんなことを調べもしないと思うか?」

同じ、ボイスチェンジャーにかかった声色だが、私の周りを歩き回っている人物とは、別の方向から聞こえた。

複数人いる、ということか…それにしても、今の話はどうことだ?ブラフなのか…カマをかけているつもりなのか…

私の名がないはずはない。だが、こいつらは、私の所属を確認できる立場にいるのか?

「おい、余計なことを言うな」

私のそばにいた人物がそう釘を刺した。ボイスチェンジャーのスピーカーだけを私の耳元に近づけてきて

「正直に答えろ。さもなくば、貴様を証拠も残さずにこの世界から抹消すること程度は、簡単なことだ」

と言ってきた。いったい、なんだというんだ…私はエージェントでもなければ、諜報員でもない。

移民局9課の捜査員、クラーク・アルジャーノンだ!

「何度も言うが、私は移民局9課の―

そう口を開いた瞬間、私の全身に何か強烈な衝撃が駆け巡った。思わぬ痛みに、叫び声をあげてしまっていた。

「あぁ、言い忘れていたが、先ほど貴様の脚には高圧バッテリーに接続したケーブルを一本結んでおいた。

 もう片方のケーブルは私が持っている。水にぬれた貴様にこれを押し当てれば、当然…」

何かが右腕に触れた瞬間、また体を衝撃が貫く。

「こうなる、ということだ」

声の人物は淡々とそう言った。それから、また私の周りを歩きつつ聞いてきた。
 


「さぁ、貴様はどこの所属だ?ネオジオン残党か?それとも、オセアニアのスペースノイド解放戦線か?

 それとも、アフリカの宇宙移民自由同盟か?」

「な…!?」

私は思わず、そう声を上げていた。私がスペースノイドの、しかもテロリストと誤認されているというのか?

だとするならこいつらは、それこそ先ほどの公安か、あるいは軍部の治安諜報部か…

い、いや、だとしたら、私の所属はすぐに確認が取れるはずだ。

現に空港ではおそらく私のことを移民局の人間だと分かったうえで、公安の大男が接近してきた。

…いや、待て。あの男は、本当に公安だったのか?

私は、思わぬ出来事と、あの手紙に記してあった文字をうのみにしてそうだと思い込んだが…

もしかすると、あれは公安なんかではなく、私をなんらかの理由で利用しようとしたテロリストの類だったのではないか?

あの男にはかられて、私はもしかするとあの男の身代わりとして本物の公安に捕縛されている可能性が…!

「ほ、本当なんだ!ちゃんと調べてくれ!私は連邦政府移民局の中米支部第9課に所属しているクラーク・アルジャーノンだ!

 ここへは、アンナ・フェルザーをいう人物を訪ねてやってきた!嘘じゃない!」

「貴様の名前も、アンナ・フェルザーなどという人間も、どこのデータベースを探しても発見できなかった」

また、体に電撃が走る。

「下手な芝居はやめておけ…もう時間がない。これは、警告ではなく、親切心だ。早く、口を割ってくれ」

機械音が私にそう言ってくる。そうだ…アンナ・フェルザーの住民情報を消したやつがいる。

そいつが、9課のデータから俺の名を消したに違いない。

身内は自分たちのデータなど見もしないから気づいていないだろうが…これは、アンナ・フェルザーが仕掛けた罠に違いない。

「本当だ!…そ、そうだ!中米支部の9課オフィスに連絡を着けてくれ!そこに私の上司がいる!ターナーだ!

 彼なら、私のことを証明してくれるはずだ!」

私はそう頼んだ。だが、声の主は、ふう、と機械音に変わったため息を漏らしてから言ってきた。

「移民局中米支部のターナー主任なら、今朝、遺体で発見されたが…?それも貴様の仕業か?

 主任を殺害し、それが露見する前に別の人間が主任のふりをしてオフィスへ入り情報でも盗もうとしたのか…

 あるいは、中の人間に丸々成り代わって、ことが公になる前にテロリスト仲間をこぞって地球へ呼び込む計画でも立てていたか?」

バ、バカ…!主任が、死んだ、だと…?まさか…アンナ・フェルザーが…?!

「違う…!私は!本当に、移民局の人間だ!」

ジジっというかすかな音とともに、全身を電流が襲う。体中の筋肉の制御が奪われ、呼吸すらままならない。

激痛と苦しさが同時に私から意思の力を奪い取る。

「なるほど…いつまでも同じ設定を貫きとおす、か。どうやら並の諜報員ではないようだな…

 それなら確かに、私の手には負えない、か…だが、覚悟しておけ。あの人の取り調べは…地獄だぞ」

あの人…?この声の主と、もう一人離れたところにいる人物とは別に、まだ来るっていうのか?
 


 そんなときだった。バタン、と物音がして、カツカツという足音が聞こえる。

バッと、素早く身動きするような物音とともに、私は、空気が緊張するのを感じていた。

「それで…何か吐いたのか?」

声がした。ボイスチェンジャーにもかかっていない。恐ろしく冷たく鋭い女の声…。

まるで感情のこもっていない…聞くだけで、意思や魂を切り裂かれそうに思えるほどの声色だ。

快楽殺人者…感情のないこの声が、私にそんな言葉を連想させた。

「はっ、大尉、それが…」

ボイスチェンジャーの男がそう言って、ハッと息を飲んだ。大尉、と言ったか?であれば、軍か、公安か…?

そう思考を巡らそうとした私は、次の瞬間には、それを意識の外へと追いやらざるを得なかった。

 私の耳に拳銃のスライドを動かす音が聞こえたからだ。

「口が過ぎるな」

あの冷たい声が響く。

「す、すみませんっ…」

ボイスチェンジャーの、明らかに激しい動揺を見せる声もする。

「…まぁ、いい。都合が悪ければ、この男を消せばいいだけだ」

再び、金属の触れ合う音がしたと思ったら、私の額に、何か冷たいものが押し当てられる感覚があった。

じゅ、じゅ、銃口…?

「さぁ、白状するんだな。貴様の所属、名前、目的だ。そうだな…まずは、名前だ。この右膝と取引しようか」

冷たい女の声が私のそう告げるのと同時に額から冷感が消え、すぐに右膝に何か硬いものが押し付けられた。

「さぁ、名前を教えてもらおうか。膝が惜しければ、な」

ゴリっと、膝に当てられた感覚が強くなる。体が震えた。な、何を答えればいい?私は真実を話しているだけだ。

私の名も、所属も、目的も、何一つ、ウソも偽りも言っていない。だが、それはここでは通じない。

私を何か別の人間と勘違いしているんだ…。わ、私は…

「私は…私は…!い、移民局9課の、クラーク・アル―――

銃声が響いた。私は身を縮めて襲い来るだろう痛みに備える。が、それはやって来ない。

代わりに、私に感じられたのは、股間と太ももの周辺が生温かくなってくる感覚だった。

「情けない、この程度で失禁とは…」

冷徹な女の声が、私を打ち捨てるような、そんな言葉を放ってきた。だが、私にはもはや、抵抗する言葉すらなかった。

「違う…私は、違うんだ…不正移民者を探しに来ただけで…」

口を開けば、そんな泣き声しか出てこない。頼む、信じてくれ…私は、本当に何も知らないんだ…!

すると、女のため息が聞こえた。

「…もういい、処分しろ」

「はっ!」

処分…?処分、だと?こ、[ピーーー]、ということか?待て…待ってくれ!私は…!

「待ってくれ、違う!私はスパイでも殺し屋でもない!ただの捜査官だ!不正移民者の取り締まりにこの島に来たんだ!信じてくれ!」

私は叫んだ。胸からこみ上げる恐怖感が、吐き気と嗚咽になって漏れでる。

どうして、どうしてだ、どうしてこんなことになったんだ!やだ…やめてくれ、死にたくない…まだ、死にたくはないんだ!

 だが、私の体には電流が流された。焼けつく痛みと、筋肉がちぎれそうな痛みが全身を襲う。

やめろ、やめろ…やめてくれ!そう叫ぼうとした瞬間、私は、後頭部に強烈な衝撃を受けて、意識を失った。 

 






「おーい、もしもーし、お客さん!起きてください!」

声…声がする…?ここは…?私は、死んだのか…これが死後の世界、というやつなのか?

「おーい、お客さん!空港着きましたよ!」

空港…?私は死んだんじゃないのか?そんな声を掛けられて、私は我に返り、意識を取り戻した。

私は、飛行機のシートに座っていた。それも、どうやらビジネスジェットのようなチャーター機らしい。

パイロットらしい女性が私の様子を心配げに見つめながら声をかけてくれている。

「…ここは?」

「お客さん、本当に大丈夫?あんた、自分でこのニカラグア空港へ行ってくれってそう言って乗り込んできたじゃないか」

「私が?」

「あぁ、そうだよ。ほら、チャーターのサインも書いてくれてるよ」

女性パイロットはそう言って1枚の紙切れを私に見せてくる。

それは、チャーターの契約内容とそれに同意したとサインが書き込まれてる。間違いなく、私のサインだ。

「…いったい、なにがどうなっているんだ…?」

「お客さん…疲れてんだよ。まぁ、大変な仕事だったろうからね。しばらくは休暇でももらうといいよ」

「仕事…?」

「えぇ?だって、ほら…これ、あんたの仕事でしょ?」

彼女は戸惑う私に、新聞紙を開いて見せてきた。その一角を彼女は指さす。そこには…

“移民局が摘発!キャリフォルニア打ち上げ基地テロ計画を事前に阻止!!”

と言う記事があった。

「…え?」

「え、じゃないでしょう?ちょっとしたヒーローだって言うのに、あなた」

「こ、これを…私が…?」

「違うの…?でも、ほら、出迎えもたくさん来てるみたいよ?」

彼女はそう言って、すでに開いていた機体のドアの外を指さした。

そこには、黒塗りの車に、スーツ姿の男たちがビシっと立っている。あ、あれは…主任か?

それに、あ、あれは…支部長…?その隣にいるのは本部長じゃないのか?!うちの人間だけじゃなく、あんな大物まで…

テ、テレビカメラか、あれは…!?取材陣もかなりいるぞ!?

「ほら、早く降りて来いってさ。私も、機体を次のフライトに回さないといけないから、そうしてもらえると助かるんだけど」

「あ、あぁ…すまない…」

私は戸惑いつつもそう返事をして、彼女に持たされた荷物を片手に、ビジネスジェットから降り立った。

そのとたん、報道陣がわらわらと私の前に群がってくる。私は理解できないままにとにかく主任のところまで歩いた。

彼の前にたどり着いた私を、彼は拍手で出迎えた。
 


「いやぁ、アルバへ向かうと言い出した時は何事かと思ったが、こんな巨悪の存在を察知していたとは恐れ入る!」

主任がそう言って私の手を握ったと思ったら、今度は支部長と本部長が私のもとにやって来て主任に握られた私の手を奪うように握り

「これは素晴らしい快挙だ!私も鼻が高い!」

「支部長に許可をもらい、君を本部の官僚として引き抜くことが決定した」

「わ、私を本部に、ですか!?」

私は、本部長の言葉に思わずそう口に出していた。それは、官僚の中でもエリート中のエリート…

願ってもない話だが…しかし…

「まぁまぁ、詳しい話は中でしようじゃないか」

「あぁ、そうだな。来たまえ」

「あ、え、はぁ…」

私は本部長と支部長に連れ去られるように滑走路に留めてあった黒塗りに詰め込まれて空港をあとにした。

支部の応接室へとたどり着いた私は、“昨日提出した”報告書について、大変お褒めをいただいた。

そんなもの書いた記憶もなければ、事件にかかわった、などと話す隙さえ無かった。

ただただ、私は、何者かに導かれるように、翌週からの本部勤務を命じられ、出世の階段を上ることとなったのだ。




 
 





 翌週、私は移民局本部のあるニューホンコンシティの本部ビルへと赴いていた。

新しいスーツに身を固め、主任たちが昇進祝いだと言って共同で購入してくれたブランド物のブリーフケースを片手に、

ビルの中へと身分証を使って入構する。

内装からして厳かで、ここがエリート階級の職場だ、ということを否が応でも実感してしまう。

そして、ここか今日から自分の職場になると思うと、嬉しくもあり、しかし、複雑でもあった。

いったい、なにがどうしてこうなったのか…私の身に何が起こっているのか、いまだに理解に苦しんでいた。

 と、とにかく、オフィスに向かわなければ。私は足を急がせ、オフィスのあるというビルの4階へエレベータで向かった。

その階は今まで仕事をしてた9課関連ではなく、単純な身元調査を行う3課。

これまでのような摘発に結びつくような職務ではないが、そんな平和で安定した仕事こそが、エリートの特権でもある。

 オフィスに入ると、早速部下となる者たちが私を出迎えた。

彼らの視線が、まるで英雄を見るように輝いていて、私はやや気おくれしてしまうが、

それでもなんとか自分の執務室へとたどり着いた。だだっぴろい部屋に、巨大な執務机。

高級なスピーカーセットに、応接用のソファーセットもある。さらには、長身で美人な専属秘書と名乗る女性が二人…。

 まるで至れり尽くせり、だ…夢ならば覚めないでほしいとも思うし、自ら何をしたわけでもなく、

最後にあるのがあの拷問の記憶だと考えると、もはやこれは死後の世界なのではないかと思いさえする。

だがしかし、どうやらこれは現実のようだ。手をついた木製のデスクのひんやりとした感覚が伝わってくる。

 ふと、私は、私を出迎えてくれた秘書に言った。

「私はただ、何もせずに気を失っていただけだ、と言ったら、君たちはどうするかな?」

すると、二人はクスっと笑って答えた。

「冗談もお上手なんですね」

まぁ、そうだろう。疑うようなら、このような扱いは受けていない、か…

 私は、黒革張りの椅子に腰かけた。座り心地は最高だ。

ふと、デスクのコンピュータのモニタの前に小さな封筒が置かれているのに気が付いた。それを手に取り眺める。

ずいぶんと高級そうな封筒だが…本部長か、支部長からのメッセージだろうか?
 


 「これは、どちらの方からかわかるか?」

私が秘書の二人に尋ねると、彼女たちはそろって首をかしげて

「さぁ…私たちが来た時には、すでにそこにおいてありましたが…」

と答える。だとするなら、セキュリティの厳重なここへはいれる本部長から、ということになるだろう。

私はそう思って封筒を開けて中身を取り出した。

 それは、ほんの小さな紙切れで、スタンプのようなもので印字されている文字列がならんでいた。


―――――――――――――――――――――

報酬ハ、気二入ッテ 貰エタカナ?

コレニ免ジテ、今回ハ見逃シテ貰イタイ。

ソシテ改メテ指示ヲスル。

アルバ島ニハ、近付クナ。


クラーク・アルジャーノン三等書記官 殿

―――――――――――――――――――――

 それに目を通し、愕然とした私の手から封筒がデスクに滑り落ちた。コトリ、と硬い音がした。

まさか、と思い、中をのぞいた私は、背中に強烈な悪寒を感じた。そこには、一発の拳銃弾が入っていた。

 こんなものを、わざわざここまで置きに来た人間がいる、というのか?

この場所のセキュリティは、そう簡単にやぶれるものではない。まして、誰にも見つからずに潜入することなど不可能だ…

この本部の中に、私をここに据え付けた者の協力者がいるということか?

いつでも監視してる、とそういう意味合いを込めて…?

 し、しかし…いったい、誰がなんの目的で…?あの時の拷問官は、まるで自分たちが連邦側の人間だと言っていた。

だが、私が追っていたのは、不自然な移民者だ。それを連邦側が隠ぺいする意図があるというのか…?

だが、あのとき私に警告を発してきた公安はなんだったのか…そもそも、あのアルベルトと言う男はなんだったのか…

 そこまで考えて、私は思考を止めた。

す、すくなくとも、相手は、私をああも簡単に拉致し、いつでも殺せる状況に置きながら、あえてそれをせず…

打ち上げ基地の爆破テロを計画しているような連中を差出すか、捕らえて私に功を乗せることができ、

セキュリティの厳重なこの場所に侵入でき、そして、こんな地位すら私に与えることのできる“なにか”なのだ。
 


 そこまでして、あのアルバ島に近づけたくない理由がなんなのかはわからない。

だが…すくなくともそれは、私なんかが命を懸けたところで、どうなるものではないだろう。

この目の前のコンピュータで、“アルバ島”と検索を掛けた次の瞬間には、私は今度こそ本当に死んでいるかもしれない…

そういう類の相手だ…。

 私はそう思い直し、拳銃弾をデスクに置き、手紙をスーツの胸のポケットにしまいこんだ。

もう、考えるのはよそう…おそらく、ロクなことにはならないだろう。

せっかく“サービス”であたえてくれたこの地位だ。正義感で命を落とし、無為にしてしまうには惜しい。

 ふぅ、とため息をついて、柔らかな椅子に腰かけなおした。うん、悪くは、ないな…

 そんなとき、一人の職員がノックをして部屋に入って来た。

「ご配属直後で申し訳ありません、アルジャーノン書記官。実は、気になる案件があり、ご報告にまいりました」

「なんだね?」

「はっ。実は、中米はベネズエラ行政区内にあるアルバ島の居住者で、奇妙な履歴のある住民登録を発見しまして…」

「…その住民の名は?」

「えぇと、アンナ・フェルザー、と言う女性です」

…これは、テストか何かか…いや、おそらくそうだろう。

私がなんと答えるか、盗聴器でもなんでも仕掛けているに違いない…。

「あぁ、その名か。私も一度調べたことがあるが、問題はない…」

「は、そうでありましたか」

「うむ…あぁ、そうだ、他の者にも伝えてくれ」

「何をでありますか?」

「アルバ島居住者には、あまり詮索をするな、とな…

 あの島には、ルオ商会や、ボーフォート財団、ビスト財団に関わる人間も少なくない…

 下手に首を突っ込むと、ヤブヘビ、ということもあるだろうから、な…」

私は、主任の言った言葉を思い出しながら、不思議そうな顔をしている職員に、そう伝えていた。




 






 「うん、うん、そうなんだ。そんな感じで手を打っておいたよ」

<ははは、気が利くじゃねえか。殺したり退職に追い込むんじゃなく、脅したうえで立場を与えてやるとはな。

 利口なやつなら、自分の身の回りにもその島にはかかわるな、と伝えるだろうよ>

「でしょ?」

<ったく、あの甘ったれがやるようになったな!>

「へへへ。隊長とアヤさんのおかげ、かな。

 あ、ね!あのときさ、生きて帰ってきたら認めてやる、って言ってたよね、隊長!今のあたし、どうかな?」

<認めるもなにも、こっちがすがってやりたいくらいだぜ>

「もうっ!隊長ってば、調子いいんだから!」

ガハハハと隊長が笑った。あたしもつられて大笑いをしてしまう。でも、隊長が笑いを収めてから、ふとあたしに聞いてきた。


<そういやよ、アヤとレナさんがそこに住み始めてから、今年でちょうど10年じゃねえか?>

「あぁ、うん、そうだったかも」

あたしが答えたら、隊長はグフフフ、とあんまり聞かない笑い声をあげて言った。

<どうだ、マライア。あいつらを楽しませる、いい案を思いついたんだが、乗ってみる気はないか?>

アヤさんたちを楽しませる案?…なんだろう、なんだかわからないけど、なんだかそれ、すごく楽しそうだよ!?

「やる!やります!やらせてください!」

<がははは!そうこなくちゃな!その島に、まだダリルとお前のとこのルーカスもいるんだろう?引き留めておいてくれ。

 お前と、ダリルとルーカスに協力を仰いで、アヤ達には一丁船旅にでも出てもらうとしよう>

「船旅?それ、どういうこと?」

<いいか?つまり、だな…>

あたしはそれから隊長の説明を気いた。

聞けば聞くほど、想像すればするほど、気持ちがワクワクしちゃって盛り上がってくるのがわかった。

こんな面白そうなこと、やらない手はないよね!

 「なるほど、今回の件をヒントにってことだね!わかったよ、隊長!こっちのことは任せて!うまくやるよ!」

<あぁ、頼むぜ。細かい内容はあとで、お前のPDAにデータで送る。しくじるなよ>

「むふふ~大丈夫!こう見えても、元凄腕諜報員なんだから!」

<ダハハハ!期待してるぜ!>

あたしはそう言葉を交わして、いったん電話を切った。

 うーん、結婚10周年記念のサプライズ企画、か…ふふふ、アヤさんびっくりしたあと、きっと喜んでくれるだろうなぁ…

楽しみ!

 私は、連日の秘密のお仕事で少しばかり寝不足だったこともあるけど、なんだか無性にテンションが上がって、

すでに楽しくって幸せいっぱいの気分になっていた。
 


 そんなとき、アヤさんがホールのドアを開けて顔を見せた。

「おぉ、マライア!帰ってたのか。もういいのか、その、カラバの招集、ってやつ」

「あ、アヤさん、ただいま!もう大丈夫だよ!ヒヨッコ達に厳しくしつけしてきただけだから!」

「あははは!あんたがヒヨッコにしつけだ、なんて、笑っちゃうけどな」

そんなことを言うので、私はぷっと頬を膨らませてやったら、アヤさんはまた、あははは、と声を上げて笑った。

でもそれからすぐに

「これから島にバーベキューのお客さんを連れてくんだけど、一緒に来るか?」

なんて誘ってくれた。あ、いいタイミングだね!

アヤさんにはあたしから話をして、レナさんには、あとでレオナに伝えてもらえるようにお願いしておこう!

「うん、行く行く!」

あたしはそう思い切り返事をして、アヤさんに飛びついた。珍しく、関節技を掛けないであたしの頭を撫でてくれる。

おかえり、マライア、なんて気持ちが伝わって来て、なんだかうれしくなって、アヤさんの腕にぎゅっとしがみついてしまっていた。

それから島に向かった私達は、いっぱい楽しんで、それから、アヤさんには旅行の話を聞いてみた。

回答をあやふやにするんで、しつこく迫ったら、海にぶん投げられちゃったけど…ま、それも込みで、楽しかったから良しとしよう!

 まぁ、こんな感じで始まったこの計画が、まさか、最後にあんなことになるだなんて…

もう、これっぽっちも想像してなかったんだよね…

 はぁ、調子に乗ると、ロクなことない、っていい例だよね。ね?
 



 


おしまい、つづかないww

手抜きですません。

なんかこう、細かく描かないで、でもなんか強大な力に弄ばれてうっすら怖い感じ、を目指した…と言う、言い訳ww

お目汚し、失礼しました。


そんな皆さんに!

復活のキャノピが!

マライアシリーズを描いてくれたぞ!

上から、

・0079~0083

・Z~ZZ

・CCA以降

の各マライアになってます!

進化したキャノピの力、とくとご覧あれ!ww

ttp://catapirastorage.web.fc2.com/marya3.jpg

 

たしかあの時、「微妙に優秀?な役人がジオンっぽいの見つけてはっちゃけたんじゃ?」って予想を書いた覚えがあるが、
なんかその通りのがktkr これはサプライズだww
しかしアレだ、拷問とか云々じゃなく、「あっという間に察知して、詮索すると深淵を覗くことになる」恐怖…
本気のマライア、コエー
そして、それなりにお歳を召されても衰えないチャーミングさ…

いや、なんでもないですよ? だからその大型拳銃を私の膝に当てるのはやめてくd



良い!こういうの大好き!
本編の読者はニヤニヤしながら
「あ~アルジャーノン君、そこに首突っ込んだらいかんよwwww」と笑い、
「ほら、見たことか。痛い目に……ってか美味しい目に会いやがって」とびっくりするのね。
このニヤニヤからのびっくりは読者冥利に尽きる。良い読み物に当たった。
とはいえ、アルバの関係者の経歴考えたら笑ってばかりもいられないんだよな。国家レベルの諜報機関が必要だよな。

この後、本気でレナさんに怒られるお調子者を見られると思うとニヤニヤが止まりませんなwww

キャタピラは海外のアクション物とかSF物とかよく読むのかな?今回の番外はそんな雰囲気あるね。

>>キャノピー
マライア、ちゃんと大人になってますな。
見た目だけはw
子供産んでも大人になりきれない甘えん坊だしねーw

電子書籍化、是非とも実現していただきたい。応援する。

お疲れ様です。このSSに出会ってから3週間、読み進めてやっと追いつきました。

アルバ島、いつの間にか着々と人材がそろってますな……ギレンの野望なら一陣営結成できそう。

電子書籍化されるならば是非購入させていただきます。その節はアヤレナの夜の生活をもっと加筆しqあwせdrftgyふじこlp
<転送が中断されました!>

乙!

いやあ、マライアたんの暗躍っぷり、活躍っぷりが最高に気持ちよかったですwwヒャッハーな気持ちですwwww
アヤさんレナさんを前にしての甘えん坊で可愛い姿とのギャップがもうたまらないですな

マライアたんから冷徹な女の声で「情けない、この程度で失禁とは…」とか言われてみたいです、はい
あれ?俺Sっ気はあると思ってたけど実はMっ気もあるのかな?おかしいな
まあいいや、アルジャーノン君そこ代われ!
…いや、やはりペンション近くで雑貨屋でもやりながらアヤレナマ一家の日常をまったり見守ってる方が楽しそうだ

そして!!復活のキャノピ様によるマライアたん3段活用ktkr!!!11(違う
未だ幼さの感じられる0079~0083期、場数を踏み技術も身に着け凛々しさの香るZ~ZZ期、そしてさらなる経験やそれらを乗り越えたことで優しさと柔らかさを感じさせ女の顔になってるACC期
素晴らしいの一言であります
スランプからの脱出おめでとうございます
またこうして愛らしいマライアたんが見られたこと、恐悦至極に存じます

キャタピラ&キャノピの次回更新に期待!


他人事ながら少し落ち着けwwwww

>>803
おぉ!CCAスレの>>551の人ですか!?>>552の方の意見ともども、アイデア使わせていただきました!感謝!
あのときのサプライズ企画は、こんな事件があったから考え付いた、と言う設定でした。

なので、時は0089、マライアたん28歳です。まだ大丈夫!ww


>>804
感謝!!

喜んでいただけて良かった!
国家クラスの諜報機関が必要ですが、その国家クラスの諜報機関はマライアたんのお友達ですww

その手の作品は特に好んで見るわけじゃないのですが…薄ら怖さを求めた結果、あんな感じになりましたww


>>805
感謝!!!

最近リツイしていただけているようで、そちらの方からいらっしゃっていただけたのかと思います!ありがとう!
アヤレナの夜の生活…か、書きたい!ww


>>806
感謝!!!!

ぐへへ、書いてないけど、君、ぐへへの人だろう?
俺には分かるぜ…

ありがとう長すぎキモイ!ww


>>808
フォロー感謝wwwwww


>>キャノピー絵
すごいですよねー!
キャタピラも絵が描けたらいいのに…
こないだ描いてキャノピにみせたら鼻で笑われたぜww



さてさて、長らく続いたこのシリーズ、ホントにそろそろ打ち止めにしたいと思います。

最後に書いておきたかった、いや、ずっと書こうか悩んでいた話をシリーズで投下したいと思います。

内容は、乞うご期待!


たぶん、週明けからチビチビやっていきます!
 


次回投下に先駆けて、キャノピよりキャラ設定イラストが届きましたので先にアップしておきます。

設定A
http://catapirastorage.web.fc2.com/A.jpg

設定B
http://catapirastorage.web.fc2.com/B.jpg


あと、関係ないけど、こっちはキャノピが製作中の漫画のキャラだってw
http://catapirastorage.web.fc2.com/C.jpg


さて、AとBは誰でしょね?
 

そうそう、その>>551が俺だ
で、奇しくも現スレでの>>551も俺だったww
なんだこれ 豚まん食えってことか?ww よし、明日の昼飯は551の豚まんだ

打ち止めは名残惜しいが、出会いもあれば別れもあるんだよな…
ラストエピソードと次回作も期待してるぞ

なんでぐへへ言ってないのにばれちまうんだよおかしいなあ
期待して待っとるでなー
キャノピ様の設定イラストによって期待度の上昇がとどまる所を知らないwwww

>>811
別れが辛いという事はこの物語との出会いがそれだけ自分にとって素晴らしいものだったという事だ
別れは惜しみ、しかしこの出会いに感謝して最終シリーズや次回作に期待しようじゃないか


>>811
>>551www
奇跡的ですなw

ラストエピソード、楽しんでください!


>>キャノピ
乙!


>>814
なんでしょうね…なんかこう、文章がネバっこいと言うか、何と言うかw
いやいやそうじゃなく、ものっそい感情移入していただいてて、いつも感謝です!

ラストエピソード、楽しんでください!



ってなわけで、1年以上にわたり書き続けてきたアヤレナのガンダムSS、とりあえず、最後のエピソードです。

どうぞ、最後までお付き合いのほど、よろしくお願いします。


 





0069年5月10日 地球連邦ヨーロッパ方面軍 ベルファスト基地



 「よう、見送りか?」

「バカ言うな。そんな色っぽいことする男に見えるかよ」

「ははは、違いねえ」

「まぁ、元気でやれや、レオン」

「そっちこそ、良い子にしてるんだな、ジャック」

俺たちはそう言い合って、握手を交わした。この男くさい野郎とも、しばらくはお別れだ。

清々する、と言ってやりたいところだが、まぁ、この際だ。皮肉はやめておこう。

 俺は、ベルファスト基地の滑走路に居た。

着替えくらいしかねえ荷物を詰め込んだバックパックを背負って、発進準備を整えている輸送機を見上げた。

この機体の向かう先は、ジャブローの連邦軍本部。やっと漕ぎ着けた転属だ。

 ジャック…あぁ、この男くさいジャック・バートレットの野郎は、しきりに

「本部様へ行って、威張り散らしたいんだろう?」

と茶化してきていたが、まぁ、そんな環境の中で良く転属試験なんぞに受かったもんだと、自分で自分をほめてやりたい。

ホントにこいつは、なんというか…いや、やめておこう。褒めるなんて、柄じゃねえし、寒気がするね。

 「官僚様にでもなるんだったら、俺もそっちへ呼んでくれたって構わねえんだぜ?」

「ごめんこうむるよ。ただでさえあっちは蒸し暑いんだ。お前みたいのにいられると、汗臭くてかなわん」

俺たちはまた、そう話をしてから唇の端を持ち上げた。

「じゃぁな、相棒。達者でな」

「あぁ。そっちも、よろしくやれよ」

俺はジャックに背を向けて輸送機に乗り込んだ。住み慣れたこの基地と、この街を後にするのは、まぁ、寂しくはある。

だが…そんなガキみたいに感傷的なことを言っている場合じゃねえ。俺には、目的がある。

いや…罪滅ぼし、と言うべき、か…。

 機内に入ってシートに着く。ややあってエンジンが始動し、機体が動き出した。

一眠りして目覚める頃には、あのジャングルのど真ん中、だ。心躍る要素はただの一つもありゃしない。

だが、俺は行かなきゃならない。そう、決めたから、だ。


 




 輸送機は物の数時間で、目的地のジャブロー本部に到着した。

木々の間の滑走路へ降りると、そのまま地下の格納庫へと機体が収納される。

俺はシートに縛り付けられていた体を動かしながら、機体が停止するのを待った。

 機体が止ってすぐ、俺は地下の格納庫へと降り立ち、そこから通りがかりのジープを掴まえて師団本部へと出頭した。

そこで、辞令交付が行われることになっている。

 本部は、格納庫から5分ほど走ったところにあった。

地下に造られたにしちゃぁ、ずいぶんと立派な建物で、モグラどもの気位の高さを示しているように感じて、妙に気分が悪くなる。

だが、そんなことを言って配属早々、上官殿の機嫌を損ねてもつまらん。

とにかく、挨拶だけはお上品にすませておくかな。そう思いながら俺は師団長のオフィスを尋ねた。

 「あぁ、君が…あー…」

師団長が俺を見るなりそう言って、傍らの秘書官に目配せをする。

「レオニード・ユディスキン中尉です、大佐」

秘書官が言うと、師団長は、あぁ、そうだそうだ、などと口にしながら

「こちらが、君の辞令だ。これより、第27飛行師団第81戦闘飛行隊副隊長に任命する。そちらが現隊長の、スミス・ジェイコブ少佐だ」

師団長が、部屋の隅に突っ立っていた中年男を指して言う。彼は俺を見るなり苦笑いで肩をすくめ

「ジェイコブだ。君には何かと世話になると思うが、よろしく頼む」

と言って敬礼をしてきた。俺も敬礼を返し、それからすぐに隊長とともにオフィスから追い出された。

 「まったく、あのオヤジにはほとほとうんざりする」

オフィスを出るや、少佐はそう言って首をバキバキと鳴らす。それから

「中尉の評価には目を通している。俺は、おおざっぱな人間だから、フォローしてもらうことも多いと思うが…

 めんどうに思わず、助けてくれると助かる」

なんてことを言って来た。なるほど、こっちの隊長さんは、話が分かる側の人間の様だ。やりやすくて助かる。

俺も、堅っ苦しいのは苦手なんでな。

「いや、自分も、どちらかと言えばおおざっぱな方ですからな。脚を引っ張らんよう、気を付けます」

俺が言ったら、隊長殿は上機嫌で笑った。

 それから俺は、隊長殿の運転で隊のオフィスへと案内される。車を降りた俺に、彼は言った。

「隊の連中を紹介しておく。細かい業務については、それから説明しよう」

「助かります。仮にもこんなんが副隊長やるっていうんで、下の連中にも良い顔しておかないとまずいでしょうからね」

「ははは、なに、気のいい奴らだ。中尉もすぐに気に入る」

隊長殿はそう笑いながら先を歩いてオフィスへと入った。

そのあとに続くと、隊の連中はオフィスの中でコーヒーを飲んだりカードをしたり、思い思いに過ごしていた。

隊長殿が入ってきたから、と言って、背筋を正して敬礼したりってこともないらしい。

なるほど、確かに要らん気は遣わなくてもよさそうな隊だな。
 


 「あぁ、聞け。あ、いや、その前にとりあえず立て」

隊長殿はそんな気の抜けた指示をして、オフィスに居た連中を立ち上がらせる。それから

「話があったように、本日付けで、我が隊に配属になった、レオニード・ユディスキン中尉だ。中尉、挨拶を頼む」

と俺を紹介し、話を振ってきた。

「あぁ、紹介に預かった、レオニード・ユディスキンだ。

 この度は、優秀なるジャブロー防衛軍への編入はおろか、副隊長を任ぜられ、恐縮してはいるが…

 古参の隊員や、隊長の足を引っ張らぬよう、努力するつもりだ。よろしく頼む」

そう俺が挨拶をすると、まばらに拍手が起こった。それから隊長殿は俺に席を勧めて、各隊員の紹介を始めた。

「彼が、ミカエル・ハウス少尉。我が隊の中じゃぁ、センスだけはピカイチだ」

「どうも、初めまして。ハウスと言います。自分もこの隊は配属されてまた半年なんで、よろしく頼みます」

彼はそう言って懐っこい笑顔を見せた。

「あぁ、頼む」

俺の挨拶を待って、また別の奴を隊長がさす。

「彼はエリック・ノーマン少尉。ハウス少尉とは正反対に、正確な技術と判断能力が売りだな」

「よろしくお願いします、中尉」

次の男は、精悍な顔立ちで落ち着いた印象のある男だ。なるほど、技術がありそうな雰囲気は分からないでもないな…

「こちらこそ」

「それから、向こうの二人が、ブラット・フェルプス少尉に、アーノルド・ザック少尉。

 この二人は訓練生時代からのコンビで、巧みな連携が武器だ。気持ち悪いくらいの仲良しなのが俺の心配のタネなんだ」

さらに隊長は別の二人を紹介する。

「やめてくださいよ、そんな趣味はありません」

「そうそう、腐れ縁みたいなもんです」

二人はそう言って笑っている。空戦における連携力はそのまま戦力に結び付く。相手にすれば手ごわいだろう。

 隊長はさらに他の隊員たちを紹介していく。そして最後の一人を指す。その最後の一人は、女性パイロットだった。

「こいつが、我が隊の問題児。ユージェニー・ブライトマン中尉だ」

中尉?俺は隊長の言葉に首をかしげた。もともと隊に中尉が居て、それでも俺を呼んで中隊長に据えたのか?

なぜわざわざそんなことを…?今言った、問題児、と言うのがネックなんだろうか?

そんな俺の疑問を感じ取ったらしい隊長が口を開く。

「こいつは、わがままと言うか、じゃじゃ馬と言うか…副隊長やれって俺の命令を辞退して、いまだに小隊長で飛んでるんだ」

「よろしく頼むよ、副隊長殿。私らを失望させないでくれよ」

ユージェニーと呼ばれた彼女は、挑戦的な視線を俺に浴びせかけてそう言った。

なるほど、じゃじゃ馬ね…面白い、勝手されると俺の評価に関わるからな…

いや、評価なんて大して興味はねえが、まぁ、しつけてみようじゃねえか。

 俺は当初の目的をいったん忘れて、こっちをにやけた表情で見つめてくる生意気な女パイロットを見つめて笑顔を返してやった。


 





 それから俺は、隊の連中と歓迎会と言う名の酒盛りになだれ込んだ。

どいつもこいつも陽気な奴らで、ヨーロッパにいたガルム隊と似たような雰囲気に、何の苦労もなく溶け込むことができた。

全体が終わってから、俺はまだ飲むんだ、というノーマン少尉にハウス少尉、

それからフェルプスとザックの仲良しコンビに捕まって、オフィスでカードをやっていた。

「うへー、まぁた副隊長殿にもっていかれた」

ザックがそう言って俺に紙幣を叩き付けてくる。俺がそいつを笑って受け取った。

ポーカーなんざ、カード1セットでやるんじゃぁ、勝敗は見える。こと、この人数だ。

二回りもすりゃぁ、カードは一巡する。

となれば、一山のうち、最初の勝負はとにかくカードを覚えるだけに使って、二度目の勝負でカマを掛けてやればいい。

自分の手がどうだろうが、相手の手の内さえ知れてしまえばあとは口から出まかせでどうとでもなる。

 「ったく、副隊長、いかさまでもしてんじゃないでしょうね?」

カードを集めてシャッフルしながら、ザックがそう聞いてくる。俺はそんなザックを笑ってやって

「いかさまなんてする必要はねえ。フェルプス少尉とコンビになられたら、さすがにちょっとは厳しいかもしれんがな」

と言ってやると

「まぁ、二人一組で一人前だもんな、お前らは」

とハウスが茶化して笑った。そんなハウスに悪態をつきながら笑うザックが、またカードを配った。

 新しい山か。ここは様子見だな…よほどのいい手がこない限り、な。手元のカードを開けてみる。

クラブの3と9に…ハートのクイーン、スペードとダイヤのジャック、か…。ジャック、ね。

あの野郎にゲンを担ぐわけじゃねえが…まぁ、ここは試しに乗ってみるのもおもしろそうだ。

俺はそう思って2枚のジャック以外のカード切って、順番を待って新しいカードを三枚引いた。

へへへ、なんだよジャック。お前、俺が恋しいのか?

 引いた三枚のカードのうちの2枚は、クラブとハートのジャックだった。

「ほらよ」

俺は前のゲームでザックから巻き上げた紙幣の倍をテーブルの上に置いてやった。

とたん、他の連中が緊張した面持ちで俺を見つめてきやがった。ブラフかマジか、見極めようとしてるんだろう。

ここは、本音はブラフ、駆け引き上は、マジだ、とふるまっておこうか。

ブラフと読んでもらって、明日の飲み代は俺に献上してもらおう。

「まぁ、こんなもんだろう、今の手なら。言っておくぜ、降りておいた方がいい」

俺が言ってやると、くっとうめき声をあげたフェルプスが俺と同額の紙幣をテーブルに出した。

「その手は食わないっすよ…副隊長、それはブタだ」

と俺の顔色を窺うように言ってくる。なるほど、自分は犠牲で、あとに続く連中の援護、ってわけだ。殊勝だな。

だが、その手は食わん。お前さんがブタだ、と読んでくれてるんなら、俺は多少の動揺を見せてやればいいんだ。

「まぁ、そう思ってくれるんなら結構だがよ。他のやつはどうだ?じっくり考えてくれていいんだぜ」

俺はそう言ってから、手元にあったグラスの中身を一気に飲み干す。

さて、どうだ?勝負を急がず、じっくり考えてくれ、と俺は言ったぞ?

俺がもしいい手を持ってるとしたら、さっさと勝負を決めにかかりたがるはずだろう?

それに、半分以上入ったグラスを一気に空にしてやった。興奮を抑えられないように見えやしないか?え?どうだよ?
 


「い、いや…俺もブラットに乗っかってみるぜ…どうだ!」

今度はザックがそう言って、同じだけベットしてきた。へへへ、お前もお生憎様だな。

「…俺は、降りとくよ。どうも副隊長の手は読めてきた。読めない、ってのが読めた」

技術と冷静さに定評のあるノーマンが言った。なるほど、冷静さはこんなところでも発揮する、ってわけか。

カモが減っちまったが、まぁいい。さぁ、残るはお前だぞ、ハウス。俺はそう思ってハウスを見やる。

やつは俺をチラっとみて、それから自分のカードをじっと見つめてから、ドン、っとテーブルに紙幣を叩き付けた。

「男には、引いちゃいけないタイミング、ってのがあると思うんすよね」

と言って再び俺を見つけてきた。さて、出そろった、とみていいんだな。

「なら、オープン、と行くか」

俺がそう言ってカードを広げようとした瞬間、バタン、と音がしてオフィスにあの女…

ユージェニー・ブライトマン中尉が入ってきた。俺たちの姿を見るや

「あんた達、またやってんの、それ」

と笑い出した。

「あぁ、中尉。いいじゃないすか、たまの楽しみですよ」

「そうですよ、どうです、中尉も?」

ザックとフェルプスがそう言って、ブライトマン中尉にも席をすすめて、カードと新しいグラスに安物のラム酒と氷を入れて差し出した。

「誰が勝ち馬なんだい?」

中尉がそう言って俺たちを見回す。

「そりゃぁ、副隊長殿ですよ、中尉」

「俺たちは負け越しです」

「あんた達、タカられてるか、接待でもしてるわけ?」

話を聞いた中尉は怪訝な顔をしてそういう。だが、それを聞いたハウスが笑って

「まったく。気を遣うよりも、挑んで行った方が喜んでくれる副隊長らしいんでね」

なんてこそばゆいことを言いやがる。

だが、中尉はその表情を崩さずにふぅん、と鼻を鳴らすと、カードを開けて見せ、クッとグラスを煽ってから、

カードを2枚交換した。2枚、ってことは、最高でも3カード。

そこへ何が来たかが問題だが、俺の4カードを超えるような役はストレートフラッシュ以上。そうそう負けはないだろう。

「オヤは、副隊長?」

「あぁ。どうするね?乗るか?降りるか?」

俺は挑戦的に彼女を見つめてやる。彼女はカードをじっと見つめてニヤリとほくそ笑んだ。

そしてポケットの中からマネークリップで止まった札束をテーブルの上に放り投げる。

「えぇ!?中尉、本気ですか!?」

「ね、ねぇ、いくつあるか数えてもいいですか?」

「あぁ、構わないよ。たぶん、10枚はあると思う」

ブライトマンの言葉を聞いて、ハウスが紙幣を数え始める。10枚。確かに彼女の言った通りの枚数があった。

この女正気か?
 


「こりゃぁ、今週分の飲み代にはなりそうだが…オヤは俺だ。レートを決めるのも俺だろう?」

「ははは、副隊長殿ほどの方が度量の狭い。いいじゃないさ、飛び入りの私に花を持たせてくれたって」

俺の言葉に、ブライトマンは笑って言う。なるほど、こいつはじゃじゃ馬だ。

ゲームのルールじゃなく、自分がルールだと言わんばかり、だな。だが、しかし…乗るかどうかは別問題、か…

ただのバカなら乗るべきだろうが、10枚となるとさすがにリスクの計算にどうしたって頭が行っちまう。

これで負けたとなりゃぁ、今日の稼ぎがまるまる吹っ飛ぶだけじゃすまないな…さて、どうする、か。

 「俺は、3スリーカード以上だが、それでもこの額でいいか、中尉?」

俺は考えた末に、思い切ってそう言ってやった。

スリーカード以上、なんてともすると弱気なくらいだが、まぁ、探りを入れるならこのくらいがベストだろう。

すると中尉は首をかしげて

「私、役は良く知らないけどね…数字が順番に何でるし、マークも揃ってるし、それなりに高いんだろう、これ」

と身じろぎもせずに俺を見つめ返してくる。なるほど、これだけの額を叩き付けてくるくらい根性は座ってる、ってこと、か。

言葉をそのまま信じるなら、ストレートフラッシュで俺より上。乗ったら最後、すっからかんだ。

「他はどうするんだ?オヤを交代するなら、もう一度選んだっていいだろう?」

俺は、とりあえず周りにそう聞いてやる。すると、少尉どもは次々と首を横に振って

「こんな怖い勝負には乗りたくありません」

「そもそも、ツーペアでしたしね、俺」

「自分も、今回はおりますよ。見てるだけでも楽しめそうだ」

と口々にそう言ってテーブルの上にカードを伏せる。ってことは、俺とこの女の一騎打ち、と言うことになる、か…

そう理解して、俺はまた中尉を見つめる。相変わらずの不敵な笑み。まったく、妙な女だ。

「副隊長、スリーカード、なんて野暮な役で勝とうだなんて思ってるのかしら?」

俺の考えを読み透かしたように、中尉は言ってきた。その誘いには乗らねえよ。

お前さんは、“役を良く知らない”んだろう?スリーカードが野暮かどうかの判断も、そう簡単じゃねえはずだ。

言ってたことが本当なら、な。そう考えりゃぁ、俺の混乱をあおろうとしてやがる、ってのは見え見えだ。

「まぁ、最低でもそれ以上だ、って話だ。役を知らないようなら、下から何番目か教えてやろうか?」

「さぁ、あんまり興味ないんでね。でも、たんぶんこの役なら勝てるだろうさ。

 もし説明してご自身の安心を確かめたいのなら、お伺いしますけどね、副隊長殿?」

中尉はそう言ってニヤニヤと俺を見つめてくる。俺の挑発に乗るほど軟な根性をしていないってのは認めてやる。

だが、俺がそんな挑発に乗るほど軽いと踏んでるんなら大間違いだ。

 情報をまとめよう。まずは、この女がポーカーを知っているかどうか、だ。おそらく、知っているだろう。

それは周りの奴らの反応からもわかる。中尉の言葉を聞いてもリアクションはなかったが、こいつらは降りた。

少なくとも、中尉のこの手のやり方を理解している。

この女がポーカーを理解している、と考えるなら、次はこれがブラフかどうかが問題になる。

この性格だ。並の奴が相手なら、勢いと口先に任せて勝負を挑み相手を負かせるのもお手の物だろう。

だが、やつの掛け金はヒントになる。10枚紙幣を叩き付けてくるってことは、リスクの計算ができない勢いだけの女か、

あるいは、それでも勝てる、と踏んでいるかのいずれかだ。

勝ち気で勢いがあり、口も良く回るのは認めてやる。

だが、そこまで頭のキレる女が、10枚を掛けてブラフのみで戦うような無茶をする、ってのは理屈にあわねえ。

だとするなら、あの手札は俺の以上の役だ、と踏むのが妥当だろうな。
 


「いや、必要ねえな。俺も降りさせてもらうぜ」

そう言って俺はカードを伏せ、代わりにフォールド代の紙幣を一枚テーブルに差し出した。

すると中尉は、ニヤリ、と笑って自分の手札を表に返した。そこには、てんでバラバラの5枚のカードがあった。

 へぇ、やりやがったな、この女!悔しいとも、憎たらしいと思うわけでもなかった。

単純に、感嘆し、面白いやつだ、とそう感じた。だが、中尉の方は次の瞬間、俺に鋭い目つきで一瞥をくれてから言い放った。

「さぁ、今日のところはおひらきにしな。明日は朝から訓練なんだ。いつまでも飲んだくれてると、ひとりずつ蹴っ飛ばすからね」

他の連中はそれを聞いて、それぞれ目を合わせては肩をすくめて

「やれやれ、とんだ水を差されたもんだ」

「ちぇっ、負けた分取り返してやろうと思ったのにな…」

「あぁ、副隊長、またしましょうね!」

なんて口々に言いながらオフィスから出て行った。部屋には、俺と目の前の中尉だけが残される。

中尉はさっきまでのニヤけた表情ではなく、鋭い視線を俺に浴びせかけている。

さて、なんだってんだ?

俺が副隊長に座ったのが気に入らねえのか…あるいは、こっちを品定めするつもりか?何を考えてんだかは読みにくいが…

俺をブラフで負かすとは、面白いやつだ。話をしてみるもの、悪くなさそうだな。

俺はそんなことを考えながら、安物のラム酒の入ったグラスを煽りながら、その目をじっと見つめ返す。

すると、中尉は口を引いた。

「あんた、あいつらに幾ら勝ったんだい?」

それが副隊長に向かっての口の利き方か、なんてクソみたいな理由に腹を立てるほどの根性は俺にはない。

だがこの中尉殿は、やはり何やらお怒りのようだ。

「さぁな…まぁ、明日の酒代程度だろうよ」

俺が言ってやると、中尉はさらに俺に鋭い視線を浴びせかけてくる。俺が勝ったのが気に入らねえ、って感じだな。

イカサマでも疑われてんのか、こりゃぁ?

 俺はそう思ってラム酒を注ぎながらまた中尉を見つめて反応を待つ。すると中尉は、俺が思っていないことを口にした。

「あんたは、副隊長だ。私にとっても、あいつらにとっても上司に当たる」

…なんだってんだ、この女?俺を認めねえ、って腹じゃなさそうだな…他に思い当たる理由はねえが…?

「だったら、何だってんだ?」

俺が言ってやったら、中尉もラム酒を一気に煽って、俺に言った。

「上官が、部下から金を巻き上げるな。勝負だなんだと理由があろうが、関係ない」

部下から、金を…?あぁ、そうか…あいつら、少尉だもんな。

俺も先月までは少尉だったが…そこまで考えて、中尉の言葉の意味がわかった。

…あぁ、そうか、なるほどね…そりゃぁ、仰せ、もっともだ…。

俺はとりあえずグラスのラム酒をまた一気に開けてため息をつき、中尉に言った。

「そうだな…軽率だった。いつまでも平隊員の気でいたよ」

別に、こんな遊びはどこでもやってる。だが、部下から金を巻き上げる、と言うのは、この女の言うとおりだ。

ゲームだろうがなんだろうが、そこには上下関係があり、力の差がある。

例え俺が仮に“良き上司”であり、“良き上官”であったとしたって、そういう間柄で金のやりとりをするのは、

たとえば権力に物を言わせて部下の金品を脅し取るのと変わりゃしねえ。

そんなのは…確かに、上の人間がやることじゃねえ、か…
 


 そう言ってやったら、今度は中尉が意外そうな表情をした。肩透かしを食らった、って顔をしてやがる。

俺はラム酒を注ぎ直し、それから中尉にも腕を伸ばしてやる。

すると彼女はハッとした様子で自分のグラスをつっと前に押し出してきた。なみなみ酒を注いでやったら、中尉は

「ありがとう」

と静かに礼を言って、今度は控えめにグラスにそっと口を着けて、また俺をじっと見つめてきた。

「意外だったか?指摘をすんなり受け入れたのが」

そう言って笑ってやったら、中尉の方もようやく余裕を取り戻したようで

「…あぁ、そうだね。もう少し、身勝手なやつだと思ってたけど…思い過ごしだったみたいだ」

と言って、さっきの不敵な笑みを取り戻した。それを見て

「おぉ、よしよし。その顔の方がいいぜ?せっかくの美人が台無しだ」

なんて言ってみたが、中尉は動じずに

「金でも取ろうか?部下がせびる分には、問題ないからね」

と言い返してくる。やはり、おもしろい女だ。

 だが、さっきの話は、しごくまっとうなことだな。

あいつらよりの階級が上で、副隊長の職を与えられてる俺が、あいつらからゲームで金を奪うのは、タカリも同じだ。

だが、あいつらのあの様子じゃ、返すったって受けとりゃしないだろうな…だとするなら、だ。

「今日勝った分で、もう少し上等な酒を買ってみんなで一杯やるってのはどうだ?

 こんなラム酒じゃなく…そうだな、北米産のバーボンが好みだ。それでチャラってことにしてやってくれないか、中尉殿?」

「そうだね、そいつはいい案だと思うよ、副隊長殿」

中尉はようやく、俺へ浴びせていた挑戦的な視線を解いて、柔らかく笑った。

良かったよ、いつまでもあんな顔されてたんじゃ、こっちも身構えちまって楽できねえからな。
 


 だが…そうか、今までのように、オフィスでポーカーやって稼ぐ、ってのはまずいな。

だとするなら…別の場所を探すべき、か。

「中尉。どこかほかに、問題なく小遣い稼げる場所を知らないか?」

「はぁ?あんた、ギャンブル中毒かなんかなの?」

「そういうわけじゃないがな…金が要り用でな」

俺が言葉を濁すと、やはり、と言うか、中尉は表情を曇らせた。

「借金でもあんのかい…?悪いけど、そういうことに興味はないんだ。あんたも、そんなことばっかりやってるから借金なんて作っちまうんだよ」

借金、ね。まぁ、借りる予定はないこともないが、今のところはゼロだ。だが、中尉がそういうだろうとは思った。

部下から金を巻き上げるな、なんて言ってくる女だ。

あれだけ挑戦的な目つきをして俺に絡んでくる割に、そういうところはオカタイらしい。

それが確認できただけ、よかった、と思っておくことにしよう。

「へいへい、ご忠告、痛み入りますよ」

悪態をついてみたが、どうやら、これは効かないらしい。中尉殿は満足そうに俺を見やって、グラスを煽った。

まったく、妙なやつだぜ。

「そういや、さっきのブラフは見事だった。あんな根性、どこで身に着けてきたんだ?」

「なに、簡単だよ」

俺の言葉に、中尉はそう言って自分の手元に一組のカードを取り出した。カード…?

おい、いや、待て。さっきまで使ってたカードは、まだテーブルにあるだろう?お前、それ、どこから…?

そこまで考えて、俺はまたハッとした。なるほど、この女…

「てめえ、俺が降りなかったら、イカサマするつもりだったな?」

「えぇ、ご名答。どうしても副隊長殿へご指摘すべきだと思いましたのでね。そのためには、どんな手を使ってでも勝たなければ、と、ね」

そう、わざとらしい口調で言った中尉は、手元で器用にカードをもてあそびながら俺を見やって肩をすくめた。

 部下から金を巻き上げるな、ギャンブルはやめろ、なんて言うくせに、

俺に説教垂れるために、自分はイカサマまでして俺を負かそうって魂胆だったのか。

なるほど、まったく、この女…やっぱり、なかなかに、面白いやつじゃないか。

 そう思った俺は、思わず中尉に笑いかけていた。




 


つづく。




A:レオニード・ユディスキン中尉(26)

B:ユージェニー・ブライトマン中尉(25)

でした!
 

イイオトコとイイオンナの邂逅か…
これはいろいろと捗るな!
キマシタワーの建設とはいかないが、問題ない、続けたまえ(偉そう

乙!

>>815
ネバっこくてごめんよwwww
前にも言ったけど、まっとうなガンダムSS、それもオリキャラが主人公の作品でここまで面白いものに俺はこれまで出会ったことが無いんだよ
そのおかげでどうにもテンション高くなって普通のノリで書き込めないんだよ許してくれwwww

そしてあのイケメン&美人さんは隊長カップルだったか
隊長達の物語、どんな事件が起こるのか楽しみ
もちろん最後までついていくので頑張ってくだされ

時間軸的にマライアたんが出てこないだろうけど…、何はともあれマライアたんぺろぺろぐへへ

そうそう
ガンダムSSっつったら
アムロ「シャアが○○だって?」とか言って、ト書き構成ナンセンスギャグやるだけのものが大半だもんな
>>828のぐへへが言うように、真っ当な作品でオリキャラ使ってオレサママンセーになってないのなんて、それこそ超レア
俺だって最初は「ジャブローでジオン兵がエロエロされるんだろうな マイサンが反応すればいいが…」とゲスなこと考えて読んだもんww
きっちり別の意味で反応できたので万々歳だww

>>826
男女のあれこれもいいですが、それ以外もいろいろ仕込みたいです、はいw

>>828
感謝!

意味わかんないと思うけど、ツンデレときます。
べ、ベツにサービスなんかじゃないんだからね!///
乞うご期待!

>>829
感謝!!

そのスレタイの話題はどこに行っても書かれますなw
エロなのか?と思って釣りたかったんです、マジで。
釣れてくれて感謝!



てなわけで、一週間ほど開いちゃったけど、続きです!

デート回!
 




 翌日は朝から訓練を行った。前日の隊長の話通り、どの連中も腕利きばかりだ。

特に、ハウス少尉の力のある機動は、見ていて見事だと感じた。

ブライトマン中尉の機動は隊長の言ったじゃじゃ馬とは程度遠いキレのあるいい動きをしていたな。

冷静な判断と技術が取り柄だ、と言うノーマン少尉の機動もなかなかだったが、まるで教科書みたいで、

俺には少しばかり退屈だった。

だが、ああいうきれいな飛び方をする奴が訓練校かなんかにいると、後進が良く育ちそうだな、

なんてことを思いながらの訓練だった。

 訓練終わりにハウスに頼んで基地内を案内してもらう。

いい具合の“賭場”はなさそうだ。仕方ねえから、酒の量をすこし削るかな…

まぁ、週4日飲んでたのを2日に減らせば、幾らかはマシだろう。

ハウスの奴はその晩もポーカーに誘ってきたが、俺は昨日の話をして乗らずに、そばで見ながら笑ってるだけにしておいた。

自分がやるんじゃなけりゃ、気楽に他人を野次れる。これはこれで、悪かねえな、と思う自分がいた。

 そして、一晩明けた今日はオフ。オフィスには人がよりついている気配はなさそうだ。

俺は朝食を終えてから、地図を片手に、少しばかり基地内を歩き回っていた。車を調達したかったんだが…

さすがに、軍のジープやなんかを勝手に乗ってっちまうと罰則ものだろうしな…

 そう思っていたとき、俺の目にある人物が映った。あの女だ。

朝から、トレーニングシャツに短パンをはいて、この蒸し暑い地下基地をランニングしていやがる。

絵にかいたような“優等生”だな、あいつ。

 俺は、そんなユージェニー中尉に向かって手を上げて見せた。向こうも俺に気が付いたらしい。

外周をグルグル回っていたようだったのに、わざわざコースを変えてこっちまで軽い足取りでやってきた。

「何か用?」

微かに息を切らせながら、中尉は俺にそう言ってくる。さすがにこんな時には、あの表情は出てこねえみたいだな。

なら、こっちも普通に対応してやるべき、か。

「あぁ、聞きたいんだが、どこかで車を借りれないか?」

「車?どこかへ行くつもり?」

「あぁ、ちょっとな…この街へ行ってみようかと思ってんだ」

俺はそう言って、手に持ってた地図を広げて見せた。

「なんだってそんなところに…?」

タオルで顔を拭きながら、中尉は俺にそう聞いてくる。

「いやぁ、日用品なんかを買い揃えたいのと、それから、一昨日の晩に話した、例のアレを仕入れてこようかと思ってな」

「ここのモールで事足りる話だろう?」

「ここはダメだ。品ぞろえが俺の好みじゃねえ」

俺がそういうと、中尉は首を傾げながら、

「オフの日に軍用車は出させてくれないよ。使うんなら、私の乗っていきな」

と言った。やっぱりな、さすが“優等生”。そう答えてくれると思ったぜ。
 


「あぁ、ついでと言っちゃなんだが、一緒に付き合っちゃくれねえか?この辺りのことは全然分かってねえし、道案内がいると助かるんだが」

俺が肩をすくめて言ってみると、中尉はようやくあの挑発的な表情になって

「ナンパのつもりなら、どこかよそでやりなよ」

と言ってくる。ははは、そうでなくちゃ、な。

「ナンパなら、もう少し準備のよさそうなときに声をかけるさ。わざわざランニング中に引き留めたりしねえよ」

そう答えてみると中尉は

「どうだか。怪しいものね」

と俺の目を見つめてから、ふっと表情を変えて

「戻ってシャワーと着替えを済ませたいから、30分だけ待てる?」

と聞いてきた。30分なら、ワケはない。

「あぁ、おめかしして来い。オフィスで待ってる」

そう言ってやったら、中尉はまた、あの表情でニヤっと笑って、女性用の兵舎の方へと足取り軽く駆け出して行った。

 その足で俺もオフィスへ向かい、古ぼけたコーヒーメーカー入れた泥水をすすっていると、ほどなくして中尉は姿を現した。

タンクトップの上に薄手のシャツを羽織り、下には作業着のようなハーフパンツと、スニーカー姿だ。

ドレスがよかった、なんて贅沢なことは言わねえ。素材がいいと、ラフでもこれほど化けるとは想像していなかった。

「へぇ、似合うじゃねえか」

俺が言ってやると中尉はふん、と鼻で笑って

「見え透いた世辞はいらないよ」

なんてことを言いながら、それでもかぶりを振って

「ほら、行くならさっさと出よう。それほど近いってわけでもないからね」

と言ってくる。俺はお言葉に甘えて、オフィスを出て、中尉の物らしい黒いSUVに乗り込んだ。

 車が基地を出て、長い地下通路を通り抜け、地上へと出た。まぶしさに一瞬目がくらむ。

中尉の方は慣れたもんで、地下トンネルを出る直前にサングラスをかけてそれを防いでいた。

あたりはまだ見渡す限りのジャングル。こんなところに、舗装された道路が走っていることの方が不思議に思える光景だった。
 


 「それで?せっかくデートに誘ってくれたんだ。楽しいお話の一つでもしてくれるんだろうね?」

ハンドルを握っていた中尉がそんなことを言い出した。楽しいおしゃべり、ね…柄じゃあないだろ、俺も、お前も、な。

「そうだな…趣味はなんだ、中尉?」

俺はそんな見え透いた話題を振ってみる。すると彼女はクスっと笑って

「ギャンブルじゃないのは確かさ」

と言って、俺をチラリと見つめてくる。まったく、かわいげのねえやつだな、本当によ。

「だろうな。お料理とお裁縫、ってとこか?」

「あははは!あんた、目は節穴みだいだね」

「そうでもねえだろ?しとやかな美人の趣味って言や、この二つだと相場が決まってる」

「それが節穴だって言ってるのさ。こんな女のどこにそんな要素があると思う?」

中尉はそう言って、高笑いを始める。まぁ、そういうな、って。俺は、ハンドルを握っている中尉の右手を指さして言ってやった。

「人差し指の腹にタコがある。そりゃぁ、包丁握ってて出来るもんだろ?」

チラリと中尉を見やる。すると彼女は、ハッとしてハンドルを握り込み指の腹を隠して

「…操縦桿を握ってるから、ね」

と小声で言った。ほう、こういう話には案外弱いんだな。

「そんなところにタコのあるパイロットなんて見たことねえがな」

追い打ちをかけてやったら、中尉はあからさまに

「そ、そりゃあんたが中途半端な訓練しかしてないからじゃないの?そんなことより…街でなにするつもりなの?」

と話題を変えにかかって来た。まぁ、いいだろう。これでまずは、俺の一勝だな。

「バーボンを仕入れるのはさっき言ったな。欲しいのは食器類と、あとはコーヒーメーカーだ。自分の部屋用と、それからオフィスにも新しいのを入れた方がいい。あんなポンコツじゃ、コーヒーじゃなく、泥水くらしか飲めん」

「そんなの、モールにだって売ってるけど?」

「分かってねえな。安物じゃどのみち泥水なんだよ」

コーヒーなんぞの対してこだわりがあるわけじゃないが、まぁ、話のタネにはなる。

ベルファストじゃぁ、土地柄か紅茶を飲むような気取ったやつらが多くて、コーヒー派の俺やジャックは肩身の狭い思いをしたもんだ。

あいつらと来たら、こっちが不用意にコーヒーを淹れようものなら、

「誰だ、そんな泥水飲んでやがるのは!せっかくのアフタヌーンティーの香りが台無しじゃねえか!」

なんて怒鳴ってきやがったもんだ。

バカ言え、どの面下げてアフタヌーンティーとか言ってんだよ。鏡見て来い、この顔面ルナツー野郎!

とか言い返してやったっけな。今考えりゃぁ、不毛なケンカしたな、俺…。

 なんてことを思い出していたら、中尉がなにか思いついたようで、俺の顔を例の表情でじっと見つめてきてから言った。

「なら、今夜はあんたの部屋でコーヒーをごちそうになることにするよ。おめかしして行くから、美味しいの期待してるよ」

色気で俺を揺さぶろうったって、そうはいかねえぞ?そんなのは常とう手段だ。真に受けると思う方がどうかしてるぜ。

「コーヒーなんかより、マティーニかなんかを用意しとくよ」

「そう?なら、シェーカーにジンにベルモットも買っておいてくれよ」

「へいへい」

「あと、そうね、ワインなんかもあると楽しめそうだね。前世紀くらいの年代物がいい」

「おいおい、ちょっと待て。それ俺が用意するのかよ!?」

「招待してくれたのはあんたでしょ?」

しまった…ここまで考えての、揺さぶりだったか。これは、俺の負け、だな。
  


 「マティーニだけで勘弁しろよな、お嬢様」

そう言ってやったら、中尉は得意げな笑顔を見せた。

 それから二時間ほど、そうして噛みつき合いをしていたが、ややあって車が市街地に入った。ここがそう、か…。

「最初はどこへ回す?コーヒーメーカーを買うんなら、家電量販店か、専門のところがあると思うけど」

彼女は街の大通りを走らせながら俺にそう聞いてくる。それを聞いて、俺はふと考えた。

いきなりこいつを連れていくのは、あまりうまくねえかもしれねえな。

いや、向こうはどうか知らないが、少なくともこいつにとっては、ワケがわからないだろうし、

俺もまだ、説明する気にはなれない。俺自身が、どう整理をつけていけるのか、不透明で判断しかねているくらいだし、な。

「あぁ、それなんだが、ちょいと野暮用があってな。一時間ばかし一人でぶらつく。買い物はそのあと、ってことで頼むよ」

俺が言うと、彼女は不思議そうな表情で俺を見た。

「なに、女でもいるの?」

いや、待て、そうじゃない。そういうつもりで言ったんじゃねえし、本当にそういうことでもねえんだ。

「いや、違う…まぁ、ごくプライベートな問題ではあるが、な」

俺が答えると、彼女はふうん、と鼻を鳴らし、

「そ…。なら、そこに止めておくよ。私はその角のカフェで時間を潰してるから」

と言うが早いか、大通りの道路わきにあった駐車スペースに車を入れた。

「悪いな」

俺は、こればかりは皮肉のひとつでも垂れられたって仕方ない、って思いでそう言ってやる。だが、中尉は、肩をすくめて

「構わないよ。詮索するのは趣味じゃない」

と言い、それから思い出したようにダッシュボードからメモ帳とペンを取り出すとサラサラと何かを書き始め、俺に手渡してきた。

「私のPDA。用事ってのが終わったら、連絡して」

中尉は、そう言って俺の目をジッと見つめてくる。

一瞬、心臓が握られた気がして、いや、これは罠だ、と自分に言い聞かせる。

「あぁ、じゃぁ、俺も…だな」

動揺を悟られると厄介だ。俺は中尉の手からメモ帳とペンを奪い取って自分のPDAの連絡先を書いて押し戻してやった。

それを中尉が受け取るのを確認して俺は車から降りた。それから、ふう、と呼吸を整える。

こんなところで、のぼせてる場合じゃないんだがな…まぁ、ともかく、行ってみるしかねえよな。

後のことは、また後で考えりゃいい…。俺は自分にそう言い聞かせて、中尉の電話番号を胸のポケットにしまい、地図を広げた。



 




 それから用事を済ませた俺は、車を止めた場所まで戻った。

気分はさえなかったが、さすがに中尉とやり合うのに今の心境では心もとない。

俺はそう思ってふう、と一つ深呼吸をしてから、PDAのディスプレイを撫でた。

呼び出し音が鳴ってほどなくして、電話口に中尉が出る。

<あぁ、早かったんだね>

「すまねえな。まださっき言ってたカフェにいるのか?」

<ええ。バルコニーの席だよ>

「分かった、今から向かう」

そう言葉を交わして電話を切り、すぐ向こうに見えるカフェに向かった。

中尉は、二回のバルコニー席でエスプレッソを飲みながらどこで手に入れたのか、新聞を読みふけっていた。

「待たせたな」

そう言って向かいの席に座ってやると、中尉は、わざとらしく今気が付きました、ってな顔をして俺をじっと見つめてくる。

探るようなその視線は、どうやら俺の様子を観察しているらしい。

「キスマークも口紅もついてねえだろ?」

別行動になる前に交わした会話を思い出して俺はそう言ってみる。すると中尉はクスっと笑って

「そうらしいね。さ、それじゃぁ、楽しいデートに行こうじゃない」

とエスプレッソを飲み干して立ち上がった。俺も椅子を引いて立ち上がり、二人して店を出た。

「そういえば、さっきの話だけど。家電の店と、コーヒーショップとどっちが好み?」

中尉は俺にそう聞いてくる。

「コーヒーメーカー以外にも見てえもんがないこともない。量販店を所望するね」

「そ。なら、通りの向こうがいいね」

通りを渡ってしばらく歩いたところに、その家電の量販店はあった。なるほど、それなりのサイズの店だ。

ここなら多少のいいものが揃うだろう。コーヒーメーカーに、部屋に置くファンに、それから…

あぁ、いや、コンピュータは必要ねえ、か。

 店の中に入って、とりあえずはキッチン回りの家電を扱っているらしいフロアへと向かう。

店員に尋ねるまでもなく、店内の一角に、結構な数のコーヒーメーカーが陳列されているコーナーを見つけた。

さすがにこの辺りはコーヒー豆の特産地。ベルファストの街に申し訳程度に置いてあるものとは段違いだな。

「割と種類があるんだね」

中尉がもの珍しそうに言う。

「まぁ、そうだな」

「で、どれがいいんだい?」

「そうさな…ミル機能が付いたもんもあるが…これは好き好きだな。豆の量と時間にそれから、濃さを調整できる機能がついてるもんがいいだろ」

俺はそう思って手頃そうなやつのスペック表を眺める。
 


「ね、私、エスプレッソが好きなんだけど、これで出来る?」

「あぁ?なんだ、おめえも買うのか?」

「せっかくだし、いいかなと思って」

俺が聞いてやったら、中尉は笑顔で肩をすくめて見せる。愛嬌あるな、なんて思うわけでもないこともないが…

とにかく、今のは負けでいい。

「なら、それかこっちのがいいだろう。オフィスに置いておく方は、ミル機能も付いたヤツの方が面倒がなくてよさそうだな。オフィスでも飲むか、エスプレッソ?」

「あるとうれしい、ってとこね」

「なら、オフィス用はこいつでいいか。自分の部屋に置くんなら、そっちのやつだな。一度に2杯か3杯までしか作れねえらしいが」

「それだけなら十分だよ。別に、大勢お客が来ることなんてないわけだし」

彼女はそう言って、俺の選んでやったメーカーの箱を引いてきたカートに入れる。

俺も、オフィス用のやつをカートに入れて、それから、自分用に手挽きタイプのミルと、

アナハイム社製の小型のメーカーを選ぶ。このシリーズは、淹れ方の細かい設定ができて、気分で調整できるから楽しめる。

 それから、同じフロアにあったファンの売り場で適当に見繕ったのを選び、会計を済ませて店を出た。

付き合ってもらった礼に、と中尉の分も出してやるつもりでいたが、どうやらそういうのは気に入らないらしく、

丁重にお断りされたんで、それぞれ自分のものは自分で済ませ、

オフィスに置くメーカーの方は経費で落とせるって話だったので、領収書を切ってもらった。

中尉は、自分のを後生大事に胸の前に抱えて満足そうな表情をしている。

そんな姿を見ていた俺の視線に気が付いたようで、俺の顔を見つめ返してきた中尉に

「そうしてると、女の子だな」

なんて言ってやったら、顔を赤くしてそっぽを向いた。なるほど、これは俺の勝ちでいいな。

 一度車に戻り、そこから2ブロック離れたところにあった建物に向かった。

そこは、1階がコーヒーショップ、2階が酒屋になっているらしい。

好都合な店だな、と思ったら、待っている間に中尉が調べて見つけておいてくれたらしい。気を回してくれたことに礼を言うと

「まぁ、楽しいデートの礼ってことにしておいてあげるよ」

なんてかわいげがあるんだかねえんだかわからない言い方をしてきた。まぁだが、ここなら酒も豆も揃いそうだ。

 一階で店員と話して、オフィス用の豆のLサイズ缶と、自分用にMサイズの好みの豆の缶を選んで買い込む。

中尉は、またもや俺の言うがままに、ミルされてるフルシティローストの豆の真空パックを幾つかと、Sサイズの豆缶を買っていた。

ここはさすがに俺が押し切って支払いを済ませた。

中尉は、相変わらず妙にうれしそうな顔していて、いつもあの挑発的な視線で睨まれている身としては、和むような、戸惑うような、複雑な思いになった。

それから、二階で昨日の勝ち分にすこし上乗せした額で売っていたバージニア州産のバーボンを手にいれた。

ベルファストだとスコッチが主流で、バーボンの上物は手に入りにくいがこっちでは比較的簡単に仕入れられそうだ。

ま、酒は控えないとならんけど、な。
 


 それから俺は中尉の買い物にも付き合ってやって、夕方過ぎには基地に戻った。

あいにく、基地の夕食には間に合わなかった。

とりあえず、オフィスにコーヒーメーカーとバーボンを置き、“好きに飲んでくれ”とだけ書置きをして出てきた。

中尉が車を男性兵舎に回してくれたんで、礼を言って降りる。ドアを閉めようとした俺に中尉は声をかけてきた。

「あぁ、ちょっと待ちなよ」

「あぁ?なんだ?」

「コーヒー、ご馳走してくれるって約束だろ?」

俺の質問に、中尉はニヤついてそう答えてくる。この女、どこまで本気なのか気になり始めてきちまった。

本気になった方が負けをみるな、こりゃぁ。

「あぁ、そういうことか。一度戻るのかと思ったぜ。ドレスにでもお召替えしなくていいのか?」

俺がそう言ってやったら中尉は笑って

「あんたがそうしてほしけりゃ、着替えてくるよ」

と切り返してくる。ったく、そういう勝負の掛けかたは反則だろう?そのやりとりじゃぁ、どうしたってこっちが不利なんだ。

いや、こいつそれがわかってて言ってきてるのか?だとしたら、相当なタマだぜ。これはしびれる舌戦になりそうだ。

「構いやしねえよ。そのままでも十分魅力的だ」

「それは光栄だね」

中尉はそう言いながら、後部座席から自分の買ったコーヒーメーカーと挽いてある豆のパックをつまんで車から降りた。

「ついでだから、使い方も教えてくれると助かるよ」

「お安いご用ですよ、お嬢様」

そう言ってやったら、中尉はまた嬉しそうに笑った。

 俺の部屋は兵舎の二階にあった。たかだか中尉とはいえ、副隊長ともなると個人部屋が与えられる。

ベッドルーム兼リビングにはベッドにデスク、ローテーブルにソファーにテレビ。

小さなキッチンには簡単な食器棚と備え付けの冷蔵庫、シャワーとトイレも完備。

ちょっとしたホテルの一室みたいなもんだ。

ベルファストの兵舎じゃ、ジャックともう一人の男と同室でむさくるしい思いをしたもんだが、そう考えりゃぁここは天国に違いないな。

 「へぇ、これが指揮官殿の部屋、ね」

中尉が皮肉交じりにそういう。

「お前は、望めばこんな部屋もとれたんじゃねえのかよ」

俺が言ってやったら中尉は笑って

「私はあいつらの上に収まるには、すこしまじめすぎるなと思ってるんだ。昇進は別の機会まで取っておくことにするつもりさ」

と言いながらソファーに座り、テーブルにコーヒーメーカーの箱を置いた。それからすぐに

「さ、使い方教えてくれよ」

なんてことを言いながら、子どもがクリスマスのプレゼントを開ける前みたいな顔をして俺を見つめてきやがる。

ったく、これを計算でやってるんだとしたら、とんでもなやつなんだがな。生憎と、ずいぶん素直にそう思っているらしかった。
 


「あぁ、とりあえず中身出しな」

俺はそう言いながら、自分の買ってきたものを食器棚にとりあえず詰め込み、

水を入れた買って来たばかりのケトルを持ってソファーの中尉のところに向かう。

 中尉は中からコーヒーメーカーを取りだして、付属していた説明書を手に取ってしげしげと眺めていた。

「とりあえず、パックの豆とフィルターだ」

俺が言うと、中尉は付属していたフィルターと豆の封を切る。皮肉の一つでも言ってくるかと思ったが、ずいぶんと素直じゃねえか。

改心でもしたのか?なんてことを思いながら

「カップを置くスペースの上の樹脂のパネルを開けろ。そこにフィルターを詰める場所がある」

と教えてやる。すると中尉は特に迷うこともなくパネルを開いて、慎重に何かを確かめながらフィルターをセットする。

「あとは、その上に豆の粉を一袋入れておけ」

中尉はまたも素直にフィルターに豆を入れる。この手のタイプは、確か、圧縮用のハンドルが付いてたはずだな…これ、か。

 俺は機械を眺めてそれを特定し

「このハンドルをぐっと押し下げて、豆をしっかりと押し込んでロックだ。それが済んだら、パネルを閉じろ」

と教えてやる。

「カフェでこんなのをやってたね」

中尉は、そんなことを言いながら、やはり素直に俺の言った手順にしたがってハンドルをおろしパネルを閉じる。

あとは、だ。

「この部分に水を入れてやって、スイッチを入れる。熱湯になったところで、ランプが切り替わったらあとはカップを置いてそのオレンジのボタンを押せば抽出するはずだ。

 クリームやなんかは俺の買って来たのがあるから、適当に使ってくれ」

そう言いながら俺は給水タンクに水を入れ、電源ソケットを壁の差込口に押し込んで、メーカーのスイッチを入れた。

静かな機動音とともに、コポコポと湯の沸き始める音が聞こえだす。

「あとは待つだけ、だね?」

「あぁ、そうだ」

俺が言ってやったら、中尉はさっきとおなじ、子どもの顔で笑った。
 


 それにしても、だ。夕飯の時間にゃ乗り遅れちまったし、なにか食っておきた気分だ。

「中尉、なにか食いたいものはあるか?食事の時間は終わっちまったし、デリバリーでも頼もうと思うんだが」

「いいね。ご一緒させていただきますよ、副隊長殿」

俺の言葉に、中尉はやっと、あの挑戦的な笑顔を見せてくれた。

 それから俺たちはケータリングの店でピザを一枚とサラダやフライドポテトやらを頼んだ。

湯が沸き、カップに注いだエスプレッソを見て中尉はまた嬉しそうな表情を浮かべる。

そいつを一緒にすすって、ようやくカップが空になったところで、玄関のチャイムが鳴り、デリバリーが届いた。

 食後には、中尉がご所望だった俺のコーヒーを淹れてやった。

わざわざ豆をミルで挽いて、そこそこに砕いた豆で、食後に合うよう少しあっさり目に入れてやると、彼女はまた喜んだ。

まったく、その笑顔ばかりにゃぁ、調子を崩されるな。

こんなところ、ジャックに見られでもしたらたちまち笑いものにされるだろう。いなくてせいせいするな、まったくよ。

 食後のコーヒーを飲みながら、俺は中尉と本当にどうでもいい話をしていた。

それは、車でしていた噛みつき合いでも、皮肉の垂れ合いでもない。

それこそ、彼女が好きらしい料理の話や、俺の趣味のことなんかについて、だ。

 妙なもんで、そんな時間が俺にはどうにも心地よく感じられていた。

いや、“そういうの”ってのは案外とこう、穏やかなものなのかもしれないなと思わされてしまうような感覚だった。

 コーヒーを飲み終え、食事の後片付けをした俺たちはそのまままた、とりとめのない話の続きをした。

だが、中尉は昼間の俺の用事については一切聞いてこなかった。

気にしていて気を使ってやがるんだか、本当に気にしてないのかは相変わらずわからんやつだが…

 そのどっちだっていい、と俺は思っていた。どちらにしたって、中尉は、俺に対してそうしてくれているんだろうから、な。

 不意に、ポーンと壁掛けの時計が鳴った。兵舎の消灯時間を知らせる音色だ。

俺たち指揮官には関係のない合図ではあるが、まぁ、話を打ち切るにはいいタイミングだ。

「もうこんな時間か」

「そうみたいだね」

さて、とりあえず、言っておくかな。
 


「こんな時間まで付き合ってくれて感謝するよ、お嬢様」

俺の言葉に、中尉はピクリと反応した。それからあの挑発的な表情を浮かべて

「意外に紳士ね。何かされるものと思っていたんだけど?」

と返してくる俺だって野暮じゃねえ。お互いにどうしたいか、なんて、たかが知れている。

だが…言い出した方の負けだろう?俺とお前はそういう間柄のはずだ。

「ずいぶんなお言葉だぜ。これでもベルファストから出てきてる身だ。分別くらいはわきまえてるつもりだ」

「へぇ、それは結構なことだね」

俺が言ってやったら、中尉はそう答えてソファーから立ちあがった。

何をするかと思えば、ダイニングから引っ張っていて座っていた俺のイスの方まで歩いて来て、膝の上に馬乗りになる。

「あのあたりの紳士は、臆病者なんだね?」

「バカ言え。相手の同意がなけりゃぁ、獣と同じだと言ってるんだ」

「私にねだれ、っていうの?あはは、とんだ紳士さまだね、こりゃぁ」

中尉は俺の首に手を回して体を近づけてくる。拒む理由はない。

だが、こっちだってその一言を簡単に口に出すほど、甘くもない。

「そうでもなきゃぁ、お帰り願ったっていいんだぜ?」

俺が言ったら、中尉はクスっと笑って挑発的に俺を見つめて言った。

「帰せるものなら、帰してみればいいんじゃない?」

彼女は、俺の鼻先に自分の鼻をこすり付けてくる。ったく、そういうのは反則だろう?

生理現象が先に起こって来ちまうじゃねえか。俺は下半身に広がるムズムズとする欲求を耐えもせずに、中尉の腰に腕を回して引き寄せる。

「なるほど…なら、まずは帰りたくない、って気持ちになってもらう必要がある、ってことだな」

「あなたにそんなことができれば、の話だけどね」

俺の言葉に、中尉はまたそう言って試すような視線を俺に投げかけてくる。なるほど、自分を虜にして見せろ、ってことだな。

安く見られたもんだ。なら、そうさせてもらおうか。勝負は、そのあとにお預けといこうや。

 俺はそう胸の内で思い、それから、中尉の唇を柔らかく食み、すぐに自分の唇を思い切り押し付けた。

 出会ってまだ3日だなんだというのは野暮ってもんだ、そうだろう?こういうのは、ピンときた瞬間が勝負なんだよ。

あとは、俺のその感覚が狂ってなかったって確信を得りゃぁそれでいい。

中尉の下が俺の舌をからめとってくる。

ほらな。何一つ、間違っちゃいなかっただろう?



 


つづく。


この二人のやりとりはなんか楽しいw
 

顔面ルナツー野郎wwwwww
月面よりデコボコがひでぇwwwwwwww 顔面ア・バオア・クーよりはマシか?ww

イイオトコとイイオンナの丁々発止
いいねぇ、シビレルねぇ

乙!

大人なイイ女かと思いきや、実は料理好きとか買ったコーヒーメーカーを抱えて満足そうとか、どうにもユージェニーさん可愛いなあ
隊長の「これは俺の勝ち」「これは俺の負け」と言ってる感じがどうにもイイなあ
隊長の野暮用がなんだったのか気になるぜ
次回更新にも期待!

>>830
うん、なんでツンデレたんすかwwww                



コーヒーのビター感がこの二人の関係とマッチして良いアイテムになってるね。

それよりもコーヒーメーカーの描写細かすぎ。好き者めwww

>>842
感謝!

酷い言いようですよね、気に入ってますw
今回は、そんな二人があんなこんなを…!w


>>843
感謝!!

ツンツンばかりじゃなく、タマのデレがいいんだと思います、ジェニーさんw

>>830のツンデレの謎が明らかに!


>>844
感謝!!!

隊長にはコーヒーが似合いそうだな、ってのはずいぶん前から思ってました!
キャタピラはコーヒー好きなんですけど、胃が痛くなるんで疲れてるときは飲めません!



お待たせしました、続き投下して行きます!

読む前に注意!

軽い性描写あります、気を付けて!

 




 その年の8月。

かねてから連邦政府との緊張状態が続いていたサイド3、10年前にジオン共和国と名乗っていたやつらが

突如として自分たちを“ジオン公国”とすることを宣言した。

それとともに、これまでにも何度か起こっていたスペースノイドによる小規模なテロが地球の各所でさらに頻繁に発生するようになっていた。

いや、地球だけではなく、宇宙もきな臭くなって行った。それに呼応するように、連邦政府と軍は軍備拡張計画を採択。

宇宙を仮想戦場とした新たな戦力の増強に入った。

新たな宇宙戦艦の投入と、戦力の補充。戦闘員の増員も計画されているらしい。

このジャブロー基地にも、宇宙軍への転属する人員を募集する旨の広告が出回った。

興味はないが、戦争だなんてのは、この際避けてほしいもんだと思ったのは覚えている。

だが、俺の思いもむなしく、事態は悪化の一途をたどっているようだった。

 俺は隊にもだいぶ慣れた。毎日訓練づけだったが、それなりの仕事をしていたつもりだし、

ジェニー、あぁ、ユージェニー・ブライトマン中尉とのことも、うまく行っていた。

毎週の非番の日には街にも通い続けていた。

この辺りのこともすっかり慣れて、そこいら中に顔見知りもできたし、

ベルファストにいたときのような居心地の良さを感じ始めるようになっていた。

 そんな0072年の冬。訓練終わりのブリーフィングで、隊長が俺たちに珍しい指示を出してきた。

明日から一週間、隊で北欧へ出向だって話だ。
 
なんのことかと思えば、週末に北欧のカウハバで行われる航空ショーへの参加の打診だった。

そんなもの、アクロバットをやるエースチームに任せりゃいいじゃねえかと文句を垂れたら、隊長は渋い顔して

「俺たちは地上待機で客の接待だよ」

なんて言った。なるほど、どうりで“お上品”な俺たちの部隊が選ばれたわけだ。

宇宙軍の拡張に動いている今、上の連中も人集めに必死のようだ。

最近じゃ、あちこちでこんなショーなんぞをやって新兵募集を触れ回っている。おそらく、これもその一環なんだろう。

まったく、面倒な任務だが…まあ、観光気分で構わないだろう。
 


 「北欧かぁ。あのあたりはきれいだからな。仕事以外の時間は退屈しなさそうだな」

ハウスがそんなことを言って笑っている。

「あぁ、それは間違いないな。副隊長、確かヨーロッパから来たんですよね?案内して下さいよ」

フェルプスが俺に言って来た。

「バカ言え、俺はベルファストだぞ。そんな離れた場所のことなんて知るかよ」

俺がそう言ってやると、隊員どもは口々にブーブーと文句を垂れてくる。ったく、うるさい野郎どもだ。

それにしたって…北欧、か…ジャックの野郎も来やがるのか?だとしたら、めんどくさいことになりそうだな。

俺はそう思ってチラっとジェニーを見やる。

楽しそうな表情でやりとりを見つめていた彼女は俺の視線に気づいて、不思議そうに首をかしげてくる。

あぁ、ったく、やめろよ、それ。

 「とにかく、だ」

無駄話を始めた俺たちを遮って隊長が口を開く。

「明日は長旅になる。早いうちに荷物をまとめて休むように」

「うーい」

野郎どもはいつもどおりにそうけだるそうに声を上げる。そいつを聞いた隊長は満足そうに笑った。

 翌日の朝早く、俺たちはジャブローから戦闘機に乗って飛び立った。

増槽を二つ抱えて、途中で空中給油機と合流して給油を行う予定だ。

まぁ、それにしたってジャブローから北欧までは8時間はかかる。

空じゃぁ最初の2時間はバカ話でもしてりゃぁ問題ないが、さすがにそれだけかかるとなるとしまいにゃぁどいつも黙り込んでしまう。

それでも俺たちは何とか、北欧の片田舎にあるカウハバヨーロッパ方面軍基地に到着した。

そこには、各地からの航空隊が出張って来ていて、まさに壮観の一言だった。

 翌日には航空祭の簡単な打ち合わせをして、さらにその次の日とそのまた次の日が航空ショー当日。

俺たちは愛機をエプロンに並べて飛行服に身を包み、寄ってくる観光客相手に機体や武装の説明やなんかをしていた。

野郎どもはまぁ、どうってことはねえが、当然ジェニーの方はあれだけ美形の女性パイロットがいる、となりゃぁ

人だかりの一つもできて、写真やら握手で二日間終わるころにはさすがにげっそりと疲れ切っていた。

野郎どもは良い気なもんで、さっさとこの田舎の基地を引き払って、ヘルシンキ基地へ行き、そこでの休暇をたのしむぞ、なんて息巻いてる。

<元気なもんだね>

と、カウハバからヘルシンキへ移動する間、無線でくっちゃべってるのを聞いてジェニーがそう言ったのがおかしくて、

俺は思わず笑い声をあげていたが。
 


 ヘルシンキに着いたのは4日目の夕方。

機体を格納庫に収めた俺たちは、兵舎に案内してくれた士官への礼もそこそこに、車を借りて総出で市内を走り回っていた。

 ベルファストやロンドン、中央ヨーロッパのあたりは、近代化されてどこへ行ってもビルばかりの街並みが続き郷愁を誘うような雰囲気はほとんど残っちゃいなかったが、

このあたりはまだ前世紀の面影がある建物がそこかしこに残っていて、雰囲気がいい。

俺の育ったキエフとは趣が多少違うが、懐かしい気持ちにさせられなくもない。

「アトランタとはだいぶ違うね」

ジェニーがそんなことを言って感嘆している。

他の野郎どもも、それぞれに思うところがあるようで、車の中からお登りさんよろしくキョロキョロとあたりを見回しながらいちいち声をあげている。

 「隊長、どこへ向かってるんだ?」

俺はハンドルを握っていた隊長に聞いてみる。

「あぁ、この先にヘルシンキ中央駅、ってのがあるらしいんだ。さっきの士官の話じゃ、大陸間鉄道の通過駅になってるらしくてね。

 見ておくと良いらしいから、とりあえず目的地はそこだ」

なるほど、市街地の中心なら、そのあとでバラけてあちこちを見て回ることもできる。それも悪かねえな。

「隊長は列車がお好きで?」

「いや、別にそんな趣味はないけどな」

俺の言葉に、隊長は苦笑いを浮かべてそう答えた。まぁ、そうだろうな。

そんなことなら、戦闘機に乗って空なんぞ飛んじゃいない。そう思って肩をすくめて見せた俺の視界に何かが映った。

あれは…煙か?

 「隊長、ありゃぁ…」

俺が声を上げるのと同時に、ふたたび沸くような勢いで煙が膨れ上がって空に立ち上った。

「爆発、か…?駅の方だ…!」

隊長はそう口にした。ったく、なんだってんだ?めんどうごとなら勘弁しろよ、こっちは休暇中なんだ!

「お、おい、あれなんだよ?」

「ただの火事、ってわけじゃないのか?」

野郎どもも騒ぎに気付いたようで、口々にそう声を上げ始める。そうしている間に、隊長の運転する車が交差点に差し掛かった。

その先に見えたのは、天井のあちこちが焼け落ち、煙と炎を吹きあげているでかい建物だった。

 それを見て、俺は一瞬、判断力を失った。一目見て、それがただの火事ではないことは明白だったからだ。

だとするなら、事故か、あるいは、故意にやらかしたか、だ。火事でなら、あんな屋根の崩落にしかたはありえねえ。

ありゃぁ、まるで、内側から爆発したような穴じゃねえか…

 「これが中央駅…!」

隊長がかみしめるように言う。隊長の言葉で、俺はハッと我に返った。

そうだ、ここは駅なんだ。救助はどうなってる!?中に人を残してんじゃねえだろうな!

「くそっ!なんだってこんなことになってんだ!」

そう叫びながら俺は思わず、停まった車から飛び出していた。あたりには警官隊と救急隊が山ほど詰めかけている。

俺は警備にあたっていた制服姿の警官を捕まえた。
 


「おい、どういう状況なんだ!?」

「あっ、ぐ、軍の方ですか!?ここは今は、テロリストによる破壊活動が進行中で…!」

「テロリストだと!?」

俺はそれを聞いて再び駅舎を見やった。でかい駅舎は、すでに穴だらけで全体が崩壊寸前に見える。

あちこちにあいてるあの穴ぼこは、爆弾か…?くそったれ!こんなことをやりやがるのがいるのか…!

政府や軍相手ならいざしらず、ここは民間の施設で民間人しかいないんだぞ!?

なんだってこんなところを標的にしやがるんだ…!俺は湧き起る怒りに体が震えそうになるのをこらえて拳を握りしめた。

政治状況なんぞは理解してる。連邦政府が、スペースノイドを食い物にしていることもわかってる。

公国と名を変えたジオンも、それ以外のスペースノイドも、多かれ少なかれ、政府や軍部に対する締め付けに反発していることだって最近始まったことじゃねえ。

だが、それがこんなことをする理由になって良いワケがねえんだ!

立ちすくんで、怒りをこらえつつそう思っていた俺の耳に、誰かが叫ぶ声が聞こえた。

「生存者だ!」

「子どもだぞ!」

「3班、保護しろ!救急隊、前へ!けがしてるぞ!」

その声に引かれるようにして、炎が噴き出している駅舎の出口を見やった。

そこには、一人の女性を背負って駅舎の出口から這い出すようにして抜け出してきた、ブロンドの少女がいた。

くそっ…寄りにもよって、子どもが巻き込まれてんのかよ!

 指示を受けた武装警官隊が少女のところへ駆け出す。

しかし、次の瞬間、駅舎の中からバリバリバリという激しい音とともに銃撃があって、そのうちの何人かがもんどりを打って倒れ込んだ。

流れ弾があたりに散らばり、広場を包囲してる警察車両に当たってカンカンと火花が散る。

俺も瞬間的に車両の陰に身を隠し、それ以上の攻撃がないことを確かめて顔を上げる。

突撃していった警官隊はひるんだのか、すぐさま足を止めて、仲間を引きずり後退していく。駅舎の入り口に、少女と女性は残されたままだ。

 くそったれ!威嚇も支援射撃もなしに突っ込んだらそうなるってわかんだろ素人め!どうする…!?

あのままじゃ、あの二人、流れ弾にでも撃ちぬかれるか、爆発か、建物の崩落に巻き込まれちまうぞ…!

だが、こいつらはただの警官だ…せいぜい、相手したことあるのは武装強盗程度だろう…

俺だって、陸戦を経験したことなんてねえが…俺たちパイロットは、敵地降下時のサバイバル訓練と戦闘訓練は一通り受けてる…

あいつらよりは、マシ、か。

ったく、やるほかにねえだろ…!放っておくわけに行くかよ!

権限だ、管轄だ、なんて細かいことを言ってるときじゃねえ…そんなもん、クソくらえだ!

俺は自分を抑えきれずに、次の瞬間には怒鳴っていた。

「おい、貸せ!」

目の前にいた警官からサブマシンガンを奪い取って、警察車両の向こう側に張られていた警戒線を飛び越えた。

「お、おい!とまれ!」

「危険だ!…あれ、誰だ!?軍人か!?」

そんな声が聞こえる中、俺は姿勢を低くしながら駅舎前の広場を駆け抜けた。

サブマシンガンを乱射しながら二人のそばに滑り込む。応射はねえな…中はヒデエ状況だ。

テロリストの連中も、息も絶え絶え、か?寄りにもよって、自爆かよ…

だとしたら、じきにこの建物を全部吹き飛ばすくらいの爆発を起こしてもおかしくはねえな…

そう考えを巡らせながら、俺は傍らの二人を見やった。
 


「おねえちゃん!おねえちゃん!やだよぅ…やだよ!!死んじゃダメおねえちゃん!起きてよ、起きてよぉ!」

少女は倒れ込んだ女性を抱いて泣きわめいていた。女性からは、明らかに出血の跡が見える。

女の子の方も血まみれだが…これは、この女性の血か?俺は少女の血まみれの背中をさする。

ケガの様子は見られない。今度は、女性の首元に手をやった。脈は、ない、か…

姉ちゃんって言ってな、この子ども…肉親、なのか?それに気づいて、俺は一瞬、脳裏に何かがよぎるのを感じた。

だが、次の瞬間、

 「レオン!あんた、なにバカやってんだ!」

と怒鳴り声がしたと思ったら、すぐそばにジェニーのやつが滑り込んできた。

手には、これも警官から借りてきたんだろう、ハンドガンが握られている。

そうだ…今は、そんなことを考えてる場合じゃねえ…とにかく、生きてるこっちの子どもだけでもここから引き離さないと危険すぎる!

「こっちの女はもうだめだ!さきに、この子を!」

俺は少女の体を引っ張ってジェニーに預けようとする。だが、彼女は動かなかった。

女性の体にしがみつき、まるでここで手を離しちまったら、この“姉ちゃん”が二度と戻ってこないだろうって確信しているような、そんな感じだった。

「おい!お前まで死んじまうぞ!早く来い!」

「やだぁぁぁ!おねえちゃんと一緒にいる!おねちゃん…おねえちゃぁぁぁん!」

ダメだ…こいつ、完全に錯乱してやがる…力ずくで引き離しちまうのは簡単だが…髪の色も、肌の色も違うが本当に肉親なのか…?

いや、だが…くそっ、生きてようが死んでようが、そんな風に呼ぶ人間と無理やりに引きはがされちまうような別れ方は御免だな…

そうされた思いを知っている俺が、それをやっちゃぁ…自分自身で証明することになっちまう。

そういう希望や、そういう想いが、現実ってやつに無残に切り裂かれる、ってことを、だ。

そいつと戦っている俺が、そんなこと、できるわけがない…少なくとも、俺自身と、あいつが許しゃしねえだろ…!

だが、どうする!?このまま俺が二人を抱えて広場を走り去るにしたって、さっきの警官隊の連中のように機銃掃射を受けない保証はない。

おそらくあれは、ライフルじゃなく、ミニガンの類だ。

補足されて狙いをつけられたら、とてもじぇねえが、人間の脚で逃げ切れるもんじゃねえ。

 そんな時だった。モーターの回る激しい音とともに、借りてきた軍用車が広場に突っ込んできていた。

車は俺たちから数メートルのところに、タイヤを鳴らして停車する。

「副隊長!援護します!早くそいつら連れてこっちへ!」

とすぐに、いつの間に降り立ったんだか、ハウスが警官隊用のシールをを構えて車のフロンに姿を現した。

ハウスめ、良いぞ!その位置なら、車を盾にして退避できる!この状況なら…!

俺はそれを確認して、ジェニーにサブマシンガンを手渡した。

「俺が二人を運ぶ!援護頼むぞ!」

そういうと、ジェニーは笑った。大丈夫だ、俺はお前になら背中を預けられる。そう思って、俺も笑顔を返してやった。

それを見たジェニーは、黙ってうなずき、駅舎の中に銃口を向けた。

 ババババと火薬の炸裂する音がする。

「走りな!」

同時に彼女が叫んだ。俺は少女と女性の体をまとめて抱き上げると、軍用車目がけて走った。

軍用車の脇で、フェルプスとザックが防弾シールドを構えて俺を迎え入れる体制を取ってくれている。

さらにその陰から、ハウスとノーマンがアサルトライフルで援護射撃もくれている。ったく、良いチームだよ!
 


 俺はそのまま広場を走り抜け、フェルプスの構えた盾の後ろに飛び込んだ。ジェニーもすぐさま俺に続いてくる。

よし、よし、無事だな!?

「ジェニー、ケガは!?」

「応射はなかった、問題ないよ!そっちは!?」

「この女は脈がない!救急隊!こっちだ!」

俺は息が切れるのも気にせずに女を軍用車の陰に引きずりながら怒鳴る。すぐさま気道を確保して心臓マッサージを始める。

この出血だ…無駄かもしれないが、とにかく、やるだけやってやる!

「おねえちゃん…おねえちゃん…!起きてよ…おねえちゃぁぁん!」

少女がまた女性にすがり寄ってくる。俺のそばに駆け寄って来たジェニーがすかさず女性に口付けて人工呼吸を始めた。

心臓も呼吸も止まってるのは知ってんだよ!くそったれ!奇跡でもおこりやがれ!

「おい、お嬢ちゃん、大丈夫だから」

ハウスが俺とジェニーのCPRの邪魔にならないようにと少女を引きはがそうとしているが、

そうすればするほど、少女は女性にしがみついて作業の邪魔になる。ハウスはあきらめて少女の頭をなで始めた。

 そうしている間に、俺たちの周りに武装警官部隊に警備された救急隊がかけつけ、女性は少女とともストレッチャーに乗せられて、

俺たちと警官隊に援護されて広場を抜けた。隊長が盾に使った軍用車も広場の外へと逃がしてくれた。

俺はジェニーと、それから最後まで様子を心配そうに見つめていたハウスと三人で、ストレッチャーごと救急車に乗せられた二人が、

後部のハッチバックを閉められて見えなくなる。

救急車は、けたたましいサイレン音とともに猛スピードで現場を離れ、俺たちが来た交差点を曲がって、姿を消した。

 あの女性は、おそらく、消防隊だった。あの特殊な防火ブーツは確かそうだったはず。

おそらく、爆発と火災の第一報を聞いて駆け付けたんだろう。

テロリストがいたのを知っていたのか…知っていたが、あの少女を助けるためにわざわざ突っ込んで行ったのかはわからないが…

そんな人間を傷つけて、あんな少女も巻き込んで…政治的主張だと…?ふざけるな…そんなのは、ただの怨恨じゃねえか。

どんなに立派な大義を掲げてようが、スペースノイドが政府にどんな仕打ちを受けていようが、

こんなのは…このやり方は許せねえ…!

―――お願い、この子を、守って…

そう思っていた俺に誰かがそう言ったのが聞こえて来た気がして、ハッとした。俺は思わず、ジェニーを見つめていた。

「ジェニー、お前今、何か言ったか?」

「いいや。何も…?」

ジェニーの言葉に、そうだろうな、とは思った。今のはジェニーの声色とは違った。だが、じゃぁ今のは…?

空耳なんかじゃ、ない感じではあったが…そう思っていた俺の耳に、バキバキ、と何かが軋み折れるような音が聞こえてきた。

ハッとして顔を上げた俺の目に映ったのは、基礎構造から崩壊してつぶれていく駅舎の姿だった。

ズシン、という鈍い音と衝撃とともに炎が吹き上がり、熱が俺たちを煽る。

だが、俺は、身を隠すことも、目を閉じることもなくその光景をジッと見ていた。バカ野郎どもめ…命を、なんだと思ってんだ。

死にたくないと思ってる連中を殺すなんてこと、どうしてしようと思うんだ。

ましてや、自分の命を投げ出してそんなことをしようなんてことを、どうしてやっちまうんだよ…。

世の中にはな、どう抵抗しようが、どんなにあがこうが、生きたくったって生きられないやつも―――

そう思いながら俺は、いつの間にか血まみれになった自分の手を握りしめて、立ち尽くしていることしかできなかった。


 





 「ふぅ」

その晩、俺は部屋で、差し入れてもらったバーボンを煽りながら、一人窓辺で星空を眺めていた。

あれから、俺を気遣ってか、隊長からハウス達が変わり順番にやって来て、どうでもいい話をしていっては部屋を出て行った。

別に、落ち込んでるわけでもショックを受けているわけでもねえ。

あんな無差別殺人を見たから、といって、腹が立つことこそあっても、ただそれだけ。一杯飲んで寝ちまえば忘れられる。

 そう思っては自分に言い聞かせているんだが、俺は妙に、あの時に聞こえた気がした声が気になっていた。

それと同時に、あの二人がどうなったのか、も。

そのせいなのか、今の俺は、ショックや怒りなんてことではない、別の感情に支配されていた。

胸に穴が空いたような、気力も、思考も、他の余分な感情さえそこから流れ出て行ってしまっているような、そんな感じだ。 

 コンコン、とノックする音が聞こえた。俺はハッとしてドアを見やる。来てくれた、か。

そろそろじぇねえかと思ってたところだ。いや、正直、少し、待ち遠しいと思っていたくらいだ。

「開いてるぜ」

そう声をかけるとキィっとドアを開けて、案の定、ジェニーが顔を出した。ジェニーは俺を見るなり苦笑いで

「ひどい顔」

といいながら、後ろ手にドアを閉めて俺の方へと歩み寄ってくる。ひどい顔、ね。まぁ、お前が言うんならそうなんだろう。

ジェニーは俺の体に腕を回してきて触れ合うだけの、微かなキスをしてくる。

それから、俺のバーボンを奪い取って口を付け、ため息をついた。

「あの女性、亡くなった、って」

ジェニーは、そうかすれた声で言った。

「そうか…」

まぁ、そうだろうな、とは思っていた。あんな出血をしていて、あの場ですでに呼吸も脈もなかった。

搬送よりも輸血を最優先にしたところで、助けられなかっただろう。だから、別に何がショックだ、ってわけじゃねえ。

だが、この押し込んでくるような感覚はなんだ?ジェニーが言うように、顔にまで出てるこの感じは…?

「子どもの方は?」

「無事だ、って話。でも、精神的なダメージは相当だろうね」

ジェニーがそう答えて、俺にすり寄ってくる。無事だった、といわれたところで、気分が良くなるわけでもねえ。
 


 それが何かは、結局のところ、わからなかった。

だが、俺はまるで何かに促されるようにジェニーを抱き寄せて、ブロンドに顔をうずめていた。落ち着かないこともない。

だが、根本的な部分は解決したようには感じられなかった。

そんな気持ちに煽られてなのか、俺は自分でも特に気にしてないようなことを、ジェニーに聞いていた。

「あの女を助けられたと思うか?」

「え?」

「もし、俺が彼女を助けられたとしたら、どうするべきだったのか…」

「あぁ…さぁ、ね。彼女が、いつどこで撃たれたのかはわからない。

 仮に、あと10分早くたどり着いてたとしたって、その時にはもう手遅れだった可能性もあるんだ」

「そうだな…」

ジェニーの言葉に、俺はそう言ってうなずいた。と、首元に顔をうずめていたジェニーが俺を見上げて聞いてきた。

「後悔でもしてる、っての?」

「いや、そうじゃない…。ただなんとなく、な…どうにかして助けてやれなかったもんか、と、そんなことを思った」

俺の言葉に、ジェニーは返事をしなかった。その代わりにまた、俺の首元に顔をうずめてくる。

ふと、そんなことをしてくるジェニーが気になった。俺のこの感覚を、もしかしてこいつも持っちゃいねえだろうな?

「お前は大丈夫かよ?」

俺が聞いてやると、ジェニーは再び顔を上げた。

「別に。やれるだけのことはやったし、仕方ないだろ。そんなことより私は、あんたが心配だよ」

ジェニーはそう、潤んだ瞳で俺を見上げながら言って来た。ったく、柄にもねえだろ、そういうのはよ。やめろよ。

そう伝える代わりに、俺はジェニーの額に口付て、窓辺を離れた。

それから、ハウス達が置いていったグラスにジェニーの分のバーボンを注いでやる。そいつを突き出しながら俺はジェニーに頼んだ。

「しばらく付き合ってくれ」

細かいことを伝えられるほど、自分自身の気持ちがわかっているわけでもない。

何かを話してすっきりできるほど、単純な物でもねえ気がする。

だが、それでもジェニーは、何も聞こうともせずに、少なくともここには居てくれるだろう。

情けねえ話だが、今はそうして欲しい気分なんだ。俺の言葉を聞いたジェニーは、意外にもクスっと笑った。

「珍しいこともあるもんだね。いいよ、甘えさせてあげるよ、僕ちゃん」

そんな挑発的な言葉に、俺は笑顔だけ返してその晩はジェニーと間借りの兵舎の一室で過ごした。



 





 翌朝、多少気分が整っていた俺は、朝食の席で隊の連中に昨日の詫びを言って回った。

どいつもこいつも、気にするな、なんてことも言わずに、妙な笑顔で俺の肩をポンポンとたたきやがった。

おめえらにそんな顔されても、嬉しくもなんともねえ、なんて皮肉を言う気にもならなかった。

まったく、ほんとに気の良いやつらだ。

 食事を摂ってしばらく経った昼前。俺たちは機内で食べるチューブ食や水を受け取って、基地の滑走路から飛び立った。

ここでも隊の野郎どもは、休暇がつぶれた不満も、疲れたの一言も言わなかった。

ただいつも通りに、無線でバカ話をしちゃぁ笑って、3時間もすれば黙りこくって欠伸なんかを漏らしだす。

良い部下を持って、幸せだよ、俺は。

 そうして俺たちは大西洋を半分以上飛行した。そろそろカリブ海が見えてくる頃か、と位置情報を確認していたところへ、

ヘルメットの中に発信音が響いた。

なんだ?こいつは部隊内の無線の発信音じゃねえ。もっと上位の部署からのもんだ。慰労のお言葉でももらえるってか?

<こちら、ジャブロー防空司令部。第81飛行隊聞こえるか?>

<こちら81飛行隊>

無線に隊長が答える。

<緊急事態が発生している。急ぎ、方位320へ転舵。ケープ・カナベラルへ向かえ>

…緊急事態だと!?

「いったい何だってんだ?」

俺は思わず、そう無線に口を挟んでしまっていた。だが、それに反応せずにまずは隊長が

<各機へ、方位320へ>

と指示をしてきた。とにかく俺もそいつに従って機体を旋回させ北北西へ進路を取る。

<で、司令部。どういうことだ?>

全機が方位を変えたのを確認して、隊長がそう聞き直す。

<緊急事態につき、情報が錯そうしているため、判明してることのみ説明する。

 2時間前、サイド2から地球へ飛行していた輸送シャトルがハイジャックにあった。

 このシャトルには政府高官が搭乗しており、SPと犯人グループ間で銃撃戦が発生。

 機体の奪回には成功したものの、銃撃戦とテロリストによる爆破工作でシャトルは破損している>
 


テロリストだと…!?昨日のヘルシンキの事件と何か関連があるのか…?同じグループの犯行か…それとも全くの別組織?

いずれにしても…また、民間人を巻き込みやがったんだ、クソ野郎どもめ…!

そんな俺の思いをよそに、司令部はさらに状況を伝えてくる。

<電気系統を一部損傷した機体は、現在、スラスターの一部と制動板への電気供給が一時ストップし、引力圏に引かれて降下中だ。

 統合参謀本部の計算だと、このままの角度で大気圏への再突入が成功した場合、南米西側の都市部周辺に降下することになる>

おいおい、待て…制動板が故障したまま滑空する、なんてことになったら、機動を変えることはおろか、着陸態勢にすら入れないぞ…!?

<そんな…それじゃぁ、そのまま市街地に突っ込むことに…>

ハウスの声が聞こえる。もしそうなったら、どれだけの人間が巻き込まれるかわかったもんじゃない…

<そもそも、そんな機体で大気圏再突入が可能なの?>

<現在、偶然乗り合わせた軍のパイロット候補生が生きているスラスターを使って進入角度の調整を行っている。

 機体の外壁自体の損傷は、宇宙軍戦闘機隊が現在確認中だ>

<パイロット候補生?正規のパイロットはどうしたんだ?>

<銃撃戦の最中に、パイロット、コパイも負傷。パイロットについては死亡しているとの情報も入っている>

<状況は芳しくないね>

「で、ケープ・カナベラルへ向かってどうしろって言うんだ?」

<当該基地で、新型のFF‐3型戦闘機セイバーフィッシュの高高度飛行仕様への換装を進めている。

 これを使い、高高度で大気圏再突入を終えたシャトルの迎えを任せる>

<迎え、って…それ…>

ノーマンの低い声が聞こえる。迎えと言ったって、そう単純な意味じゃねえのはすぐに分かった。

大気圏に突入してきたとなりゃぁ、今度はさっき言ってた市街地へ不時着するかもしれないってことだ。

もしそうなりそうなときは…

<もしものときは、撃ち落とせ、ってのか>

<その通りだ>

隊長の言葉に、司令部は乾いた口調で答えた。

 そうだろう、な…他に方法がないとなりゃぁ、いよいよそうするしかない…シャトルは核エンジンを積んでる。

不時着して万が一のことがありゃぁ、それこそ大惨事だ…それに、もし南米の西側に落ちるんなら、あの街も巻き込まれかねない…

そのときは、やるっきゃない…が…くそっ、どうしたって気持ちの良い任務じゃねえな…!

俺はそんな思いを胸の内に秘めながら、今はただ黙ってそうしているほかにないことがわかって、とにかく操縦桿を握ってケープ・カナベラルを目指した。

だが、もしものとき…本当に撃墜しか方法がなくなったとき…俺は、引き金を引けるのか…?

そんな疑問が、俺の頭の中を渦巻いていた。

 30分ほどで陸地が見えてくる。同時に、無線が音を立てた。

<こちらケープ・カナベラル航空基地。エリア286を飛行中の部隊は、ジャブロー防衛軍機か?>

<あぁ。こちらジャブロー防衛軍の第81飛行隊。スミス・ジャイコブ少佐だ>

<了解した。急いでくれ、時間がない>

そんな声と同時に、はるか先の陸地に明かりがともった。優先誘導灯だ。

他の機体の着陸を待たせてでも、俺らを下ろしたい、ってわけか。

ったく、他にも手頃な飛行隊はあるだろうってのに、どうして近くを飛んでた、ってだけで俺たちなんだよ!
 


 そんな俺の思いとは裏腹に、隊長達は次々と滑走路へと降り立っていく。俺もそれに続いて、着陸をした。

機体をエプロンに移動させてキャノピーを開けると、すぐそばに軍用トラックが止まってた。

先に降りた連中が次々とその荷台へと飛び乗っている。俺も、コクピットから這い出て、その荷台に乗り込んだ。

 トラックで連れていかれたのは、小型のロケットのようなものが並んだ打ち上げ場だった。

おいおい、ちょっと待ってくれよ…こいつぁ…!

 俺が見たのは、二本セットになったロケットに、新型多目的戦闘機、セイバーフィッシュが打ち上げられるシャトルのようにくっついている姿だった。

高高度戦闘機、とは言ってはいたが、まさか、こんな形で宇宙と地球の間まで飛ばされるとは思ってもみなかったな。

「おいおい、まるで宇宙まで打ち上げようって感じじゃねえか」

フェルプスがそうつぶやく。

すると、トラックを運転していた男が言った。

「ほとんど同義です。本来であれば、増設したブースターで高高度までの上昇が可能ですが、

 今回は有事に付き、加速と上昇の時間が惜しい。そのために、強制的に加速と上昇をさせるプランです」

「大丈夫なんだろうな?」

「えぇ、むしろ、最初からこうする形式での機体設計です。

 もちろん、コストがかかりすぎるので、普段はバーニアでの上昇が求められますが、これはこれで、あの機体の仕様です。ご心配なく」

隊長の言葉にドライバーはそう説明をする。それからすぐに

「来てください!そのフライトスーツでは危険です。新型のノーマルスーツの着用をお願いします」

といって車から降りた。俺たちはそのまま、まさに簡易で建てましたと言わんばかりのテントの中に押し込まれ、

細身の宇宙服のような全身スーツに着替えさせられた。高高度は酸素が薄いうえに、キャノピーが凍り付くほどの温度だ。

このレベルの装備は必要、か…それに離陸はあのロケットにへばりついていくんだ。

それなりの耐G性能がなきゃ、たちまちブラックアウトしちまう可能性だってある。

 「よし、全員準備済んだな?」

テントの外に出た俺たちの姿を確認して隊長が言った。

誰一人声を出して返事をするものはいなかったが、どいつもこいつも、神妙な面持ちで深々とうなずいて見せた。

それから俺たちは技術担当士官にそれぞれの機体に案内された。

新型機、ね…こんなときでもなけりゃぁ、多少は楽しめたんだろうが、今はそんなことにいちいち感心している場合じゃねえ。

連絡シャトルが大気圏に無事に再突入できたとしたって、司令部の計算が間違えてるか、

あるいは突入で多少の軌道変化でもしてくれてなけりゃぁ、どのみち俺たちが撃ち落とさなきゃいけなくなる…。

宇宙世紀元年でもあるまいし、戦争のねえこの時代に、人を殺すことを覚悟している軍人がどれくらいいるか…

いや、敵を殺すのなら仕方ねえ。だが、これから落とすかも知れねえのは民間機だ。

いくら軍人でも、そんなことを喜んでやるようなやつを前線に置いておくほど上層部もバカじゃねえだろう。

俺たちにしたって、それはおなじだ。だが、そうは言ったってそのときはやってくる可能性が高い…

そのとき、俺は何をすべきだ…?

 そんなことを考えていたら、技術士官が操縦の説明を終えてラダーで作業用の足場へと降りて行った。

それにしても、妙なもんだな。離陸しようってのに、寝ころんで真上を向いてるとは…こんなんじゃ、本当に打ち上げロケットも同じ、か。

問題はこのロケットを切り離す瞬間だろう。

スラスターに増設のバーニアもついてるが、空気も薄く引力も弱い高高度に不慣れな俺たちがそこで姿勢制御をどれだけやれるのか、が、まずは大きな課題だろう。

高度を保っていられるかすら、わからんからな。
 


 <こちら、ケープ・カナベラル打ち上げ管制室。これより、各ロケットの打ち上げを開始する。

 打ち上げはほぼリモートで行うので心配はいらない。切り離しタイミングは各ロケットごとに無線で指示を入れる。

 高高度での機動は緩慢だ。急旋回を図ると失速する危険性があるので注意されたし>

管制室からの無線が聞こえた。高高度飛行なんぞ、訓練兵時代以来だ。そんなありきたりなアドバイスでも泣けてくるよ。

<高高度飛行か、緊張するな>

<ははは、俺に着いて来いよフェルプス。俺は訓練兵のころ、この訓練だけはいつだって主席だったんだ!>

<向こう見ずのハウスらしいな。危ないことやらせたら、お前の右に出るやつはそういない>

<それは褒め言葉だと受け取っておくぜ>

野郎どもはそう言って笑っていやがる。まったく、いつだって頼りになる連中だぜ。

 <1番、2番、3番までのロケット、点火20秒前>

無線からそう聞こえてくる。俺のロケットは2番。1番は隊長で、3番はジェニーだ。

まぁ、隊長とジェニーの心配はいらねえ、か。くっちゃべってるハウス達も、おそらく平気だろう。

残りの末尾のやつらが心配だが…まぁ、そればかりは上がってみないと何とも言えんな。

 轟音が聞こえてきて、機体が激しく振動を始める。どうやら、点火が始まったようだ。

俺はスーツのグローブを確認し、操縦桿を一度握って感触を確かめてから手放し、耐G姿勢を取る。

こいつを握るのはもう少し後、だ。

 <10、9、8,7…>

カウントが刻まれていく。俺はさすがに胸を締め付ける緊張を感じていた。まぁ、こいつばかりは仕方ねえ、か。

ははは、我ながら、まだこんな気持ちになっちまうなんて、青いところも残ってるもんだな。

<6、5、4、3…>

機体の振動がさらに激しくなった。さぁ、行くぞ…!

<2、1、0!イグニッション!リフトオフ!>

無線からそう聞こえるや否や、さらに振動がおさまった代わりに強烈なGと激しい轟音とともに、機体がロケットごと浮き上がる。

見える視界なんて空っきゃねえが、それでも機体がまるで打ち上げ花火みたいな勢いで上昇してるのがわかる。

俺は体を襲う強烈な重力に歯を食いしばって対抗する。

人が宇宙へ上がるために振り切らねばならないこの重みは、俺たち人間という種が地球で生まれ育った生き物だってことの証明だ、と言っていたのは、訓練校の教官の言葉だったか。

その言葉の意味は、なんとなく分かるぜ。この星は、俺たちの故郷であり…おそらく、檻でもあるんだろうな。

良いか悪いかはとらえる人間次第だろうが…。

 <1、2、3番機、間もなくロケットをパージする。操縦桿を握り、姿勢制御に備えよ>

不意に、無線が聞こえてきた。俺は、幾分か軽くなったGに抵抗しながら操縦桿を握り、エンジンの出力をチェックする。

問題はなさそうだな。

<パージ、5秒前。3、2、1、0!パージ!>

無線の合図とともに、ガクン、と衝撃があって、機体がロケットから切り離された。

背面状態で放り出された俺は、Gがさらに軽くなっていくどころか、マイナスGがかかっているような感覚に陥った。

だが、焦るな…相対速度的には、まだ上昇を続けている。今マイナスGを感じているのは、慣性のせいだ。問題はない、はずだ。

俺はそう考えながら、操縦桿をゆっくり倒して機体をロールさせていく。空気の薄い高高度では、揚力が得られにくい。

激しい機動をすれば、失速のリスクが付きまとう。

増設したオプションのブースターは調子がいいようだし、大丈夫そうだな、俺は。
 


 やがて機体が裏返り、通常飛行の状態になる。高度も、速度も問題なし。

なんだよ、慣れてない、といっても、やりゃぁできるもんだな。

「こちら、副隊長機。こちらは準備よし。隊長、ジェニー。どうだ?」

<こちらジェイコブ。こちらも問題ない。しかし…いつ来ても、すごい景色だな>

<こっちも無事よ、レオン。それにしても、隊長の言葉、違いないわね…なんてきれいな藍色なんだろう>

俺の声掛けに、すぐさま隊長とジェニーの返事が返って来た。二人の言葉に、俺もキャノピーの向こうの空を見やる。

確かに、すごい景色だ…地球がはるか地上に見えている。

空は深いディープブルーで、地球との境目に視線を投げると、その際だけが良く見知っているあの青をしている。

戦闘機乗りでもそうそう味わうことのできない景色だ。

<ふぅ、いやはや、すごいGだな>

<おい、そっち大丈夫か?>

<問題ない…だが、スカスカする感じだな。少し不安だ>

後続のハウス達の声がする。不用意に機体を傾けると失速の危険がある。

俺はキャノピーにヘルメットを押し付けるようにしながら眼下を確認すると、下からさらにロケットをパージさせた戦闘機が舞い上がってくる。

 やがて、隊の10機が無事にこの宇宙地の境目までたどり着いていた。

末尾の連中も、なんとか大丈夫そうで俺は胸をなでおろした。

<こちら第81戦闘機隊。全機上がった>

<了解した。貴隊をレーダーで捉えている。間もなく、方位270の太平洋上でシャトルが大気圏に突入する>

隊長と管制室との無線が聞こえた。今は、北に向けて飛行している。西は左、か。

俺は現在の位置を確認しながら9時方向の空を見上げた。はるか遠くに星のような点が見える。あいつか?

<管制室へ。シャトルとの無線ラインを確認したい。突入直後からこちらで指示できる>

<了解した。シャトルは現在、宇宙軍と一般バンドで交信している。周波数は、A5チャンネルだ。

 第81戦闘機隊各機へ、方位270にヘッドオン。再突入予想付近をレーダーに表示している。その宙域へ向かってくれ>

<了解した、各機、方位270にヘッドオン>

隊長がそう指示をして、先頭で機体を翻す。俺たちも、失速に注意しながらそれに続いて方位を変えた。

全機がなんとか方位を変更したのを確認して、俺は無線のバンドをいじる。

すると、すぐにけたたましい音がヘルメットの中に響いてきた。
 


<2番スラスター起動!>

<まだだ!もう2度角度を下げろ!>

<了解…!再度、4番スラスターにトライします!…あぁ!くそ!やっぱり4番起動せず!>

<2番の維持だけじゃダメだ!>

<生きている9番を噴射して機首を下げるのはダメですか?!>

<…つんのめる危険がある…!そうなったら、その機体じゃ再度の調整は不可能だ!>

<でも、このままじゃ燃え尽きます!>

<おい!ルナツー基地!なんか良い案ないのかよ!?>

<現在、検討中だ>

<バカ野郎!突入まであと5分もねえんだぞ!急がせてくれ!>

これは…シャトルと宇宙軍のやりとりか?シャトルの方からはとりどりの警報音が聞こえている。

会話を聞くと、芳しい状況ってわけでもなさそうだ…降りてきて軌道の変化がなければ、撃墜の必要がある、が…

だからといって、無事に突入してきてくれれば、最後の最後まで何かしらの対応ができるはずだ。

今はとにかく、無事に降りてきてくれるのを祈るほかにない。

「こちら、ジャブロー防衛軍所属の飛行隊。遭難シャトルへ。こっちのエスコートの準備は済んでいる。

 頑張れよ、なんとか熱圏を突破して来い!」

俺は無線にそう呼びかけてやる。すると、すぐに

<こちら、輸送シャトル!…了解です、なんとかやってみます…!>

と声が帰って来た。なんとか、ね…なるほど、このヒヨッコ、根性だけは座っているらしい。

あとは、それに見合う技術と対処能力があればいいんだがな…

<9番スラスター、起動します…!>

<…それしか手がない、か…いいか、一瞬だぞ!2度以上角度が下がれば、弾き出されるか、出なきゃ機首から解け始める…!>

<了解です…行きます、9番、起動…!>

<どうだ!?>

<あぁ、1度足りない!>

<ちっ、ビビりすぎたか…!>

<隊長!熱圏まで、もうすぐそこです!これ以上行くと、俺たちが戻れなくなります!>

<お前たちは下がれ!あとは俺だけでいい!>

<でも…!>

<大丈夫だ。こんなときのための追加耐熱装甲だろ>

<ですが、その装甲で大気圏再突入の実績は…!>

<なんとかする!とにかくお前らは下がれ!>

宇宙軍の連中の声が聞こえる。無茶しやがる…殊勝な連中だが、いだたけないな!
 


「おい、宇宙軍!シャトルのことはこっちに任せろ!無茶するんじゃねえ!」

俺は無線にそう言ってやる。だが、この隊長というやつは

<ダメだ。ギリギリまでの調整を続けないと、燃え尽きる!>

と怒鳴り返してきて聞きやしない。そりゃぁ、こっちは状況が見えねえから指示の出しようがないが…

くそっ、お前、死ぬ気かよ!?

<もう一度…もう一度9番スラスターを使います…!>

<くっ…了解した…!慎重に行け!>

<9番起動!>

<どうだ!?>

<あぁ、1度マイナス!>

<8番起動させろ!再調整!>

<了解、行きます!…8番、頼む…!や、やった!やりました!突入適正角度!>

<隊長!>

<…!?ちっ…一瞬、遅かったか…!>

そう無線が聞こえたときだった。はるか遠くに見ている点が、徐々に赤らんでくるのが確認てきた。

野郎…!熱圏に突っ込んだか!だから言ったんだ!

耐熱装甲を付けているからって、こんな戦闘機じゃ、突入できるか保障の限りじゃねえぞ!?

「おい!宇宙軍戦闘機!シャトルの背後だ!そこで可能な限り断熱圧縮を回避しろ!」

俺は無線に怒鳴った。戦闘機に再突入時のプラズマによる電波異常を回避するための通信アンテナが装備されているとは思えねえ。

聞こえていればいいが…こうなったらもう、なんにもしてやれねえ…頼む、無事に降りて来い…!

もう、目の前で人に死なれるのはごめんなんだ!点を染めるオレンジが、明るく白んで行く。

最高温度…!耐えろよ…!

早く抜けて来い!

 不意に、ふっと明かりが消えた。い、いや、消えたんじゃない…あいつら、抜けてきやがった!

「おい!輸送シャトル!無事か?!」

<…こちら、輸送シャトル…はぁ…はぁ…俺、生きてます、よね?>

輸送シャトルをコントロールしていたヒヨッコの声が聞こえてきた。あぁ、間違いねえよ!

「あぁ、お前らは無事だ!」

俺は無線に怒鳴ってやる。すると向こうから安堵した声が聞こえてきた。

<おい、ジャブロー軍機!うちの隊長は確認できないか!?>

次いで、宇宙軍機の無線が聞こえてくる。俺も気になっていたところだ。俺は空に目を凝らす。

シャトルのすぐ近くに、別の点が見えた。飛んでいるようだ…燃え上がったりはしていないが…パイロットの様子は気がかりだ。

「宇宙軍の再突入機…聞こえたら返事をしろ。なんでもいい、合図を送れ!」

俺は無線にそう呼びかけた。生きていてくれ、頼む…!そう思った刹那だった。小さな点が、チカチカと何かを光らせた。

発光信号!生きてやがるんだな!
 


<発光信号、確認!宇宙軍再突入機も生存してる!すげぇ、やりやがった!>

<あぁ、よかった、隊長!>

<あのバカ野郎!帰ってきたらとっちめてやるからな!>

<発光信号を読み上げる…我、熱により電気系統に異常発生…通信、操縦装置に複数エラー有り…>

「その機体、イジェクションシートはついてないのか?」

俺が聞くと、またピカピカっと光が灯る。

ネガティブ…そりゃぁ、宇宙軍機だもんな…パラシュート付きのイジェクションシートなんて、ついてるわきゃぁねえか…

まったく、助けなきゃならん荷物が増えちまったようだが…仕方ねえ。あとは俺たちで引き受けてやるよ。

なんとか地上に届けてやる…!

「ケーブ・カナベラル管制室!シャトルの滑空軌道はどうなってる?」

<こちらの計算通りだ…今、再度計算を行っているが、おそらく、当初の軌道と変わらず…>

やっぱり、か…だとしたら、やはり何か策を講じないと、俺たちの手であいつらを殺さなきゃいけなくなる…

無線なんて聞いちまったしな…こりゃぁ俺たちも意地でも助けてやらなきゃなんねえ。

 だが…上の連中はそうは思わねえだろう。ギリギリまで待とうだなんてそんな肝の座ったやつがいるとも思えねえ。

おそらく、南米大陸に接近した時点で撃墜命令を出してくるだろう。

あいつらを助けるには、どう考えても命令違反をする必要があるな…しかし、もし俺がそれをしちまうと…隊長に迷惑がかかる。

どうあっても俺は今は副隊長で、すべての権限は隊長が握っている。責任を取るのも隊長だ。

俺の勝手を、隊長におっかぶせるワケには行かねえよな…。

 「隊長」

そんなことを考えた俺は隊長に声をかけた。

<あぁ、どうした、ユディスキン?>

隊長は、そんな何でもないような声で俺に聞き返してくる。

「ここは…俺に任せてやってくれねえか?あんたに任せちゃおけねえんだ>

俺は言った。隊長は一瞬黙ってから俺に返事をしてきた。

<個人無線をつないだ…どういうことだ?>

さすが隊長。察しの良さには頭が下がる。

「…俺は、何がなんでもあいつらを助けてやりてえ。何があっても、だ」

<たとえ命令違反をしたとしても、か?>

隊長はこっちを冷やかすような口調で言って来た。ったく、わかってるんなら、さっさと指揮権よこしやがれよ!

「あぁ、そうだ。あんたに迷惑をかけらんねえ」

<そうか…俺も、迷惑を掛けられるのは勘弁だからな。まぁ、俺の見てないところでお前が何しようが、俺の責任ではないか…

 ユディスキン、ここは任せる。俺は末尾の連中を連れて戦闘機の方の救助にあたる。じゃじゃ馬以下、生きのいいやつらは預けるよ>

隊長は白々しい口調でそう言って来た。

「すまない、隊長」

<なに…あそこまでして地球に降りてきたシャトルだ。上の命令で撃ち落としてしまうのは…忍びないからな。

 ただ、俺たちもすぐに連携が取れるようにしておく。何かあったら、すぐに言えよ>

「あぁ、了解した」
 


<ユディスキン>

「なにか?」

<俺がやるべきだと思うんだ、本当は、な>

「言っただろう?あんたが命令無視して左遷にでもなると、他の連中がかわいそうだってんだ。ここは俺に任せてくれ」

<了解した…シャトルを、無事に地上へ下ろしてやってくれ>

「あぁ!」

俺は隊長と言葉を交わして無線を切った。直後、再び無線に隊長の声が聞こえる。

<司令部へ。これより、隊を二分する。第一分隊で、再突入した戦闘機をエスコートし、最寄りの飛行場までエスコート。

 その間、第二分隊にシャトルの見張りを任せる>

<こちら、ジャブロー統合司令部。81戦闘機隊、了解した。各分隊の指揮官は?>

<第一分隊はジェイコブ少佐、第二分隊の指揮はユディスキン中尉が執る。何、第二分隊は第一分隊が戻るまでの見張りだ。支障はないだろう>

隊長め、口の回るやつだな。完全に別の動きをするっていうんじゃなく、俺たちはあくまでとりあえずの見張り。

戦闘機を無事に下ろしたら戻って合流する、って意思だけ見せておけば、一時離脱も上は許可するだろう。

<…了解した。戦闘機の救助は任せる。その位置からなら、北東のメキシコ、ハリスコ基地が近い。戦闘機はそっちへ誘導を頼む>

<了解した。よし、ジェミニ以下の機は俺に着いて来い。

 ブライトマン、ハウス、ノーマン、フェルプス、ザックは、副隊長の支援に回れ>

司令部、まんまと乗せられやがったな…隊長、感謝するよ…

<了解>

各機からの無線が聞こえて来た。編隊を組みなおして、隊長機が無線を入れた戦闘機とともに北へと進路を変える。

俺たちは滑空してきたシャトルからすこし離れた位置で並走するように進路と速度を固定し、状況を見守る体制を取った。

 俺はその間に、コンピュータをいじってシャトルと俺たちの部隊だけのクローズドバンドを設定した。

シャトルに何も知らせないままに、地上へ下ろすのは難しいだろう。

だが、端から命令無視をするつもりなのを上に知られるのもまずい。内緒話をするに越したことはない、ってワケだ。

「こちら、レオニード・ユディスキン中尉。シャトル、および81戦闘機隊第二分隊各機、この無線が取れるか?」

俺は設定が済んだバンドを使ってそう発信する。

<こちらハウス。取れます>

<フェルプスとザックもとれてます>

<ブライトマン。聞こえてるよ>

<ノーマンも問題なし>

シャトルからは返事なし、か…気を抜いてんじゃねえぞ…

「おい、シャトルのパイロット!聞こえてるか?」

俺はもう一度無線に呼びかける。するとややあって声が聞こえた。
 


<こ、こちら、輸送シャトル…えと、ノヴェンバー。すみません>

「大丈夫か?」

<はい、客室係が、水を持ってきてくれていて>

「なるほど。休憩中だったか、すまなかったな」

<い、いえ。こちらこそ、すみません>

「俺は、ジャブロー防衛軍のレオニード・ユディスキン中尉だ。そっちは?」

<じ、自分は、ハロルド・シンプソン軍曹です。サイド2で航宙訓練を終えたばかりの、パイロット訓練生です>

「話は聞いてる。良く頑張ったな、見事な再突入だった」

<いえ、なんだかもう、必死で…>

俺がほめてやったら、謙遜したようすでそう口にしてハロルド軍曹は黙った。謙虚な奴だな…だが、冷静だ。

これなら、こっちも、今の状況を説明しやすい。

「だが、悪い知らせがある、ハロルド軍曹」

<レオン!あんた、やめな!>

俺の言葉に、すぐさま真意に気が付いたんだろうジェニーの言葉が聞こえてきた。俺はそれを無視して、状況を説明する。

「そのシャトルは現在、南米の西側に向かって滑空中だ。

 計算によれば、そのままだと南米大陸の西側の都市のどこかに落着する可能性が高い。

 上層部は万が一のとき、俺たちに攻撃命令を出すつもりでいる」

俺は、とりあえずそこまで言って黙った。反応は、どうだ?

<…了解です…核エンジンを積んだ機体ですからね…当然の措置かと思います>

思った通り、冷静な奴だ。それとも、再突入でバカになったか?いや、まぁ、この際それでも構いやしねえ、か。

とにかく、協力してやれれば、策はないこともないだろう。

「だが、俺たちは撃ちたかねえ。命令なんざ無視する。だから、なんとか無事に軌道を変えるぞ。良いな?」

<…了解です。もう一勝負、ってわけですか>

「そうだ」

<再突入でかなり疲労してますけど…泣き言言ってる場合じゃなさそうですね>

「その意気だ。そっちの状況を教えてくれ。何か策を練ろう」

こんな状況で、よくもまぁそんな呑気なことを言ってのける。嫌いじゃねえな、そういうのは。

そんなことを思いながら、俺はハロルド軍曹に尋ねた。
 
<えぇ、と…はい。まず、機内でのテロリストの爆破により、電気系統のほとんどの部分が破壊されています。

 機体を損傷させる程度の爆発ではなかったのが幸いですが、機体腹部の配電盤が木端微塵です。

 機体の天井裏から後部へ続いている一部の電気回路は無事でした。

 現在動かせるのは、機首部のスラスターと、機体上部、背中側のスラスターの一部のみです。

 制動板は機能しません。エンジンも停止しました。

 現在、自分と一緒に乗り合わせていた整備課程の訓練生が修理を試してくれていますが、状況が状況だけに、芳しくないようです>

メイン回路をやられてるのか…だとすると、かなり厳しいな…あんなもの、修理するにしたって新しい基盤の一枚も必要だろう。

マニュアルを見ながらやったところで、どうにかなれば奇跡だ。
 


「機体の水平はどうやって保っている?」

<機体各所のスタビライザースラスターの回路を、再突入前に破壊された配電盤部分をバイパスしてつなげてくれました。

 左右の安定は保てますが制動板が機能しないので、まっすぐにしか降りれないんです>

なるほど、その整備課程の訓練生ってのもなかなかやれるやつらしい。修理個所が的確だ。

それがなきゃ、再突入の際にひっくりかえって吹き飛んで立っておかしくはなかったな…

だから、降りてきてもそいつのおかげでまっすぐ滑空はできるらしい。

空気のすべり台をただまっすぐ降りてくるしかできないヒヨッコだが、すくなくともすべり台から“外れて”しまう心配は、それほどない、ってことだな。

 「フラップはどうだ?」

だが、電気系統がそこまで損傷している、ってことは、プランAはダメだ。となりゃ、プランBの可能性を探るっきゃない。

<フラップは、おそらく動きます。電気系統とは別に、手動で開閉する方法がマニュアルにあるので…>

なるほど、フラップは使える、か…なら、もっと高度が落ちて、空気の密度の濃くなったころなら、ほんの少し開いてやれば、減速出来る。

そのまま失速ってことにならなけりゃぁ、南米よりはるか手前の海上に不時着できる可能性が高まる。

とりあえず、その手を試すかな…いや、だがそれだと、もし万が一フラップが機能しなかったら、そのあとに打つ手がねえ、か。

プランBは最後の手段、だな。だとするなら…できるかどうかは疑わしいが、プランCを試してみるしかねえか。

「了解した…ハロルド軍曹。お前、航空力学の学科は得意だったか?」

俺はそう聞いてみる。すると無線の向こうから戸惑った声色で

<えと、はい、一応、主席でした>

主席か、なるほど。まぁ、お勉強ができるから対応できる、というわけでもねえんだろうが、

力学を理解できてりゃぁ、応用はできるだろう…たぶん、な。

「よし、なら聞け。これから、俺たちの部隊が、シャトルの左前方…1000メートルのところを編隊飛行する」

<編隊飛行…?どうして…あ、いや、もしかして…!>

主席だけのことはある、気が付くのが早いな。

<ウェイク・タービュランスで!?>

「そうだ。左に位置取れば、そっちの機体の左翼を下から持ち上げる気流が発生するはずだ。そいつで、機体を傾ける。

 ただ、制動板の効かねえその機体を過度に傾けたらそのまま失速してそれっきりだ。

 だが、そっちと密に連携すりゃぁ、1度か2度ずつでも傾けていける。

 その程度の傾きなら、スタビライザーで調整可能な範囲だろうし、そうでなくともこっちが離れて通常の風を受ければ自然に水平復帰する。

 この方法で、じわじわ進路を変えるって寸法だ。どうだ?」

<了解です…お願いします!>

俺の提案に、ハロルドがそう返事をしてきた。

「よし…そういうわけだ、野郎ども!」

俺はそれを聞いて、今度は隊の連中に声をかけた。こんなことをしてるんだ。

ジェニーじゃなくても、俺がこのシャトルをどうしたいか、なんて、手に取るようにわかんだろ?

いや、それよりも、お前らだって、こいつらを撃ちたくはねえだろうな。
 


<まったく、あんたって人は…>

<だははは!さすが副隊長さまさまだ!乗ったぜ!>

<後方乱気流ね…まぁ、これだけ体の大きさが違っても、編隊になりゃぁ多少は影響力あるだろ>

<制御できるかどうかが問題だな…まぁ、スタビライザーを信用してやってみるか>

口々にそういう言葉が聞こえてくる。だが、肝心のジェニーの声だけがない。マジメなお前のことだ。

呆れてんのはわかるがよ…マジメだからこそ、こいつらを死なせるわけにはいかねえとも思ってるはずだ。そうだろう?

「ジェニー、なにか意見があれば聞くぜ」

<…ないよ。それで行こう>

俺が返事を催促したら、ジェニーは押しこもった声でそう言って来た。心配いらねえよ。

このあとする命令違反も、なるべくなら角が立たねえようにするからよ。

俺はそう言う代わりに、

「任せろ。うまくやる」

とだけ伝えて機体をシャトルの前に出した。

もう少し高度が下がらねえと空気が薄くて意味がないだろうし、空気が薄い分、少しの気流の変化で失速しかねない。

ある程度の距離は開けておかねえとな。

「各機へ。トレイルで編隊を組んでギリギリまで距離を詰めろ。日ごろの訓練の成果を見せる時だぞ」

<まさか、編隊飛行で人助けとはね>

<編隊飛行訓練が、まさか救助訓練だったなんて想像してなかったよ、俺も>

フェルプスとザックの会話が聞こえる。バカ言ってねえでさっさと近づいて来い、とは言わなかった。

まぁ、確かに突飛な発想だとは思うぜ、正直よ。

 そんな話をしている間に、シャトルはどんどん高度を下げていた。まだ、普通の飛行機が飛ぶ高度よりもかなり高いが…

このあたりならぼちぼち行動を始めてもよさそうだな。

早い分だけ軌道変更の効果が出るし、遅くなりゃぁ、撃墜うんぬん、と上から指示が飛んできて対応に気を使わなきゃならなくなる。

片手間でやれることじゃないかもしれねえ。やろう。

「ハロルド、聞こえるか?これより接近する。注意しろ」

<了解です、中尉!>

ハロルドの返事を聞いて、今度は野郎どもに指示を出す。

「おーし、お前ら、行くぞ。俺が先に位置を決める。後ろにへばりついて来い」

<副隊長のケツを見ながらなんて楽しそうじゃねえか>

<おい、ザック。お前、やっぱりそっちの趣味があったのかよ?>

<いや、そういう意味じゃねえよ!>

<ザック、俺以外のケツに興味があるなんて初耳だぞ?>

<悪乗りしてんじゃねえよフェルプス!>

にぎやかなのは結構だが、頼むぜ、お前ら…

そうは思ってはみたものの、俺の心配をよそに5機はシャトルの左翼側から1000メートルほどのところに移動した俺の後ろに、

排熱干渉圏ギリギリまで詰めて機体を並べていた。さすがというほかはないな、こればかりは。

 さて…効果があると良いんだが…
 


「ハロルド。様子はどうだ?」

<はい…今のところ、軌道に変化なしです…>

さすがに、そう簡単じゃねえか…あっちの輸送機と比べたらこっちはてんで小型でしかも同速度で飛行しているんだ。

縦に6機ならんで気流を加速させてやったところで、焼け石に水…か…?

<あ、待ってください…!>

時間にしてどのくらいだったか、そのまま飛行を続けていた俺のヘルメットのスピーカーに不意に、ハロルドのそんな声が聞こえた。

<軌道に変化あり!0.2度、南へそれました!>

ハロルドはそう叫び声を上げている。喜んでいるのか、どうなのか…だが、0.2度…か。

「ジェニー」

俺はハロルドの言葉を聞いてジェニーに声をかけた。

<計算する、待ってなよ>

ツーカー、ってのはこういうのを言うんだろう。俺の言いたかったのは簡単だ。

要するに、このシャトルが南米に到達するまでの時間、ずっとこの調子で0.2度ずつ軌道を変え続けていたら、いったいどのあたりに降下できるのか、って話だ。

計算は苦手じゃないが、俺がするよりジェニーに頼んだ方が数倍早い。

<出たよ>

ほらな。

「どうだ?」

<ダメね…コロンビアからエクアドルに場所が変わるだけ…>

くそっ、ダメか…プランCは不調…残されたのは最後の手段のプランBか…いや、まだ時間はある…焦っても仕方ねえ。

とにかく、この飛行を維持しておこう。もしかすると、もっと低空に降りれば効果が大きくなる可能性も否定できない…

俺はそう自分に言い聞かせて深呼吸をする。胸が詰まるのは仕方ねえ。だが、考えるのをやめるわけにはいかねえんだ。

 「ハロルド。効果はいまひとつだが、しばらくは続ける。逐一、変化を報告しろ」

<了解です>

俺はひとまずハロルドにそう指示を出す。さて…次のプランだ…こっちが使えるのは気流くらいしかねえ。

いや、基地に連絡して電磁石付きのワイヤーを装備させた輸送機で引っ張らせるか…?ダメだ、そんなプラン。

下手すりゃ、輸送機が揚力をなくしてシャトルを引っ張りながら落ちる。

なら、シャトルに軌道を変えさせるか?スラスターの自立制御を切らせて、こっちの気流で誘導するか…?

いや、そんな芸当、危なっかしすぎる。この案もダメだ。くそ、良いアイデアが浮かばねえ…

考えろ、紙飛行機だと思え。紙飛行機を手を使わずに誘導するにゃぁどうしたらいい?

あぁ、くそ、気流以外に思いつかねえ!だとしたら、あとはなんだ?天気ってのはどうだ?こっちはもう夏だ。

海面から上昇気流が発生してる。それに乗れれば、滑空距離を延ばせるかもしれん…いや、ダメだ。

滑空距離を延ばせば、その先にあるのは陸地だ。

上昇ができない以上、距離が延びれば街に落ちなくてもシャトルがアンデス山脈に突っ込んじまう。

狙うとすりゃぁ、海上に不時着だろうが…くそ、それだと、軌道を80度も変更しねえとならねえじゃねえか!

何か、使えるものだ…フラップか?低空でフラップの操作だけで、軌道を…いや、それだと失速の危険が高すぎる…

さっきの輸送機の案…例えば、こっちの無線操作でオンオフができるウェイトを輸送機に運ばせて…

<…!?な、なんだ!?>

ヘルメットに何かが聞こえた。今の声、ハロルドか?
 


「おい、どうした?!」

<け、警報が…なんだ?えっと…32番…?あっ…ちゅ、中尉!>

何かを確認したらしいハロルドが俺を呼んだ。まさか、トラブルか?

「どうした?」

<プロペラント燃料の残量が残りわずかです!>

「プロペラント!?スラスター用のか!?」

<はい!>

くそったれ!そいつはシャトルを少なくともまっすぐ飛ばすために必要不可欠なもんじゃねえかよ!

今はまだ高度が高いからいいが、これから下に降りるとなると、気流が出てくる。

煽られれば、制動板の効かないあいつはそのまま落ちるぞ!

いや、待て、それどころか俺たちは、スラスターを信頼して気流なんかであいつを動かそうとしてるんだ!

まずい、俺たちがいると、燃料を余計に食っちまう!

「各機、離脱しろ!無駄な気流を掛けて燃料を食わすな!」

俺は無線にそう怒鳴って機体を一度降下させ、旋回してシャトルの後方に回った。

ジェニーたちも俺に続いて降下と旋回をして、編隊を組みなおす。

「ハロルド、プロペラントはどのくらい持ちそうだ?」

<わかりません…残り、タンク5分の1ほどだと思います…

 今までの様子で減っていくとなると、あと15分か20分で底を付くかもしれません>

…短く見積もっておいた方がいいな…あと、15分…どこまで降下する?あぁ、くそ!

「ジェニー!」

<…あと15分だと、まだ太平洋上だね。このまままっすぐ進むんなら、陸地から120キロ、ってところで燃料切れだと思う>

「その段階で、高度は?」

<上昇気流の影響がなければ、おそらく5000メートル前後>

5000メートル…とてもじゃねえが、そこから降下して行くんじゃアンデス山脈は超えられねえな…

降下角は20度くらいか?それで距離120000メートル、高度は5000メートルで、速度はマッハ0.6…

ざっと計算しただけでも、地上に落ちるじゃねえか!どうする?

スラスターが生きているうちにフラップを作動させて速度と距離を一時的にでも落とさねえと、スラスターが死んでからじゃ、フラップの操作自体で墜落しかねん。

いや、そもそもスラスターなしの制動板機能せず、なんて状態での不時着自体が無理だ。

あとはもう、腹の中で修理やってるっていう、ヒヨッコ整備兵頼みしかねえのか…?

 そう考えている間にも、機体はどんどんと降下していく。やがて、水平線のかなたに筋のような何かが見え始めた。

ちっ…陸だ!
 


 <こちらジャブロー防空司令部。81戦闘機隊、聞こえるか?>

「こちら81飛行隊、第二分隊」

<シャトルは若干の軌道の変化はみられるものの依然として南米西部に接近中だ。

 こちらの計算によれば、あと30分ほどでグアヤキル周辺に到達する>

てめえら…やれってのか?このシャトルにどれだけの人間が乗ってると思ってんだ!?

昨日見た、ヘルシンキのテロでどれだけ犠牲になったか知らんが、少なくともあいつに発砲すれば乗ってる人間が確実に死ぬんだぞ!

あそこに乗ってる人間が…どれだけ怖いか、あいつらを待ってる家族が…どんな思いか…

姉に死なれて、それでもその体を引きずって銃弾の飛び交う中を這い出てくるような子どもと同じような思いが、お前らにはわからねえのかよ!

<連邦政府より、正式な命令が下りた。第81戦闘飛行隊、シャトルを撃墜せよ>

黙れ…黙れよ…黙りやがれ!そう無線に怒鳴り返そうと思った、その瞬間だった。

<…おい、聞こえないのか?81戦闘飛行隊…?応答せよ、くそ、どうなってる!?>

と、ひとりでに何かを喋り出した。あぁ?なんだ…?こいつ、何言ってやがる…?

<衛星回線をチェックしろ!アンテナは…!?エラーだと!?生きてる回線を探せ!あと30分しかないんだぞ!>

なんだ…?まるで、こっちの声が聞こえてねえみてえだが…いや、だが、無線はちゃんとつながってる…

「おい、何が起きてる?」

<…衛星が応答しないだと!?まさか、テロリストの工作か…!?おい、至急AWACSを上げさせろ!>

こいつ…まさか…俺が、無線の向こうの声の意味に当てを付けたその時だった。

ヘルメットの中に信号音が響いて、コンピュータのディスプレイに何かが表示された。

これは…電信?俺はパネルを操作してその電信を開く。そこには、慌てて打ったらしい文字列が並んでいた。

------------------------------------------

save then

-------------------------―――――――――

<おい、なんだこりゃ?“保存してから”?>

<あー…なんだ、そういうことか>

<ノーマンお前、意味わかるのかよ?>

<なるほどな…ははは、あいつらもやるじゃねえか>

<ハウスもか?なんだよ、これ、どういう意味なんだよ?>

<あはははは!わかってないのはあんただけだよザック。ね、レオン?>

隊の奴らの笑い声が聞こえてくる。まったく、そうだな。ザック、お前バカだろ。
 


「あぁ、どうやら、向こうにも粋な連中がいるらしいな」

<副隊長もわかってんです?>

「なんでわからねえんだよ!タイプミスだ!“Save Them”!助けてやってくれってこったよ!」

<えっ…?あ、あぁぁ!え、じゃぁまさか、今の無線、全部芝居だったのか?!>

<そうらしいね。あははは、やるじゃない、お堅い連中だと思ってたのに>

状況が変わったわけじゃない。いや、スラスターの残りの燃料のことを考えれば、刻一刻と事態は悪い方へと転がっている。

だが、俺は、俺たちは、防空司令部の良い様に、沸き立っていた。そうだ…こいつは意地でも無事に降ろさなきゃならねえ。

意地でも、だ。落ち着いて考えろ。手はあるはずだ。

確実な方法はもう残ってねえ。どうしたってギャンブル要素が付きまとうが、この際だ。

ジェニーには目をつむってもらうとしよう。スラスターはあと10分と持たないだろう。

その時点で高度はおそらく5000メートル前後。フラップを降ろすにはタイミングが早すぎる。

エンジンが停止しているシャトルがそんなことをしようものならたちまち失速して海面にたたきつけられるだろう。

だが、そのまま滑空していけば市街地のそばに落ちて最悪は核爆発だ。

そうでなくても、放射線物質が飛散して墜落以外の被害も拡大する。状況は最悪だ…手持ちのカードは役なしのブタに等しい。

これで勝てと言うんなら、イカサマでもするほかないな…イカサマ、か…

だとするなら…そう思って思考を走らせた俺の脳裏に浮かんできたのは、転属してきた日の夜の、ジェニーだった。

あいつ、確か、カードを隠して…そう思った瞬間、俺は最悪なアイデアを閃いてしまった。

最悪すぎて、背中に悪寒が走るのすら感じた。だが…イカサマでもなんでも、勝てばいいんだろう、勝てば!

 「ハロルド!聞こえるか?」

<はい、中尉!>

ハロルドの、落ち着いた返事が返ってくる。お前、なかなかいい度胸してるじゃねえか。ヒヨッコのクセによ!

「いいか。スラスターの燃料が切れたら、その時点でフラップを全開で下げろ」

<フラップを、ですか…?でも、この高度で出力もなしにそんなことをしたら…>

「考えがある。とにかく、残された時間と距離で、やれることをやろう」

<…わかりました。フラップを降ろすだけでいいんですか?>

「状況に応じて、角度を調整して欲しい。おそらく、失速ギリギリの状態になる。

 もし、降下が早すぎるようなら、フラップを段階的にあげて速度を保て」

<了解です…あの、中尉?>

「なんだ?」

<もし無事に降りられたら、一杯ごちそうさせてください>

「やめとけ。映画なんかじゃ、そういうことを言うやつはたいてい死ぬぞ?」

<ははは、そうですね…じゃぁ、無事に降りれたら、また誘うことにしますよ>

「そうしてくれ」

俺はそう返事をして、空笑いをしてやってから無線を切った。さて…あとは、だ。

そう思って無線を切り替えようとしたとき、そいつに割り込むようにして声が聞こえて来た。
 


<レオン…なにか策があるの?>

ジェニーだった。まぁ、話さねえほうがいいだろう。どうせまた、あきれられるのがオチだ。

「あぁ、イカサマだがな」

そうとだけ答えたが、ジェニーは当然食い下がって来た。

<何をするつもり?>

何か言や、ヤブヘビだな…まぁ、仕方ねえ、か。ここは黙っておくに越したことはなさそうだからな。

「説明している時間が惜しい。無茶をやるつもりはねえから、安心しろ。もう切るぞ」

<ちょ、待ちなさい、レオ―――

すまねえな、ジェニー。

嘘をついた…あぁ、いや、嘘をついたことじゃなく、これから心配させちまうだろうってことの方が気にかかるが…

まぁ、許せ。俺もまだ死んでやるつもりはない。生憎と、やらなきゃいけないことが残ってるんでな。

だが、ここを放っておいて自分の都合だけ大事にするってのは、どうにも気分が良くねえんだ。

俺はそう思いながら、ハウスへの個人無線をつないだ。
 
「ハウス、聞こえるか?」

<こちら、ハウス。どうしたんです?>

「お前が一番バカそうだから、相談に乗ってもらおうと思ってな」

<からかってんのなら切りますよ?>

「まぁ、そういうな。フラップを高度5000メートルで、出力のないあのシャトルがフラップをおろしたら、お前どうなると思う?」

<そりゃぁ、失速してエライ勢いで“腹打ち”するでしょうね>

「まぁ、そうだな。ときにお前、このセイバーフィッシュのエンジン出力がどれだけあるか知ってるか?」

<さぁ…出発前にスペック表はチラっと見ましたけど…え、ちょっと待ってくださいよ…>

「少なくとも、高高度を音速以上で飛べる程度の出力はある、ってことだ。

 ロケットで打ち上げられなくてもあの高度まで自力で上がれるくらいの性能がある」

<…中尉…あんた、バカだな>

「はははは!物わかりが良くて助かるぜ」

<…なるほど…確かに、そんなバカを一緒にやろうってんなら、俺くらいしか付き合わんでしょうな>

ハウスがそう言って笑う。だが、俺のアイデアには賛成してくれるようだった。

こんな無茶、頼んでやってくれるだろうってのも、やれるだろうってのも、ハウスくらいなもんだったから、引き受けてくれて安心した。

それから俺たちは無線で簡単に打ち合わせをする。

 細かいことは、やってみなけりゃわからねえ。とにかく、出たとこ勝負になるだろうが…それは仕方ない。とにかく、だ。

俺たちにも、あのシャトルにも、もうこれくらいしか方法がねえんだ。そんなら、一蓮托生。体張ってでも止めてやるよ…!

 それからすぐに、ハロルドからの無線が聞こえた。

<中尉、スラスターのプロペラント、ほぼゼロです>

よし、いよいよだな…

「ハウス、覚悟はいいか?」

<やってろうじゃないですか>

ハウスの声が聞こえる。俺一機だと確実に死ぬだろうからな…巻き込んですまないとは思うが…

まぁ、うまく行くことを祈るほかにねえ。俺は、事前の打ち合わせ通りにハウスと一緒に機体をシャトルの真後ろに向かわせる。
 


慎重に高度と角度を合わせてから、ハロルドにもう一度連絡をした。

「ハロルド。フラップダウン…とりあえず、1段下ろせ」

<了解です…>

ハロルドの返事が聞こえた。すると、少しして機体の翼の後方がゆっくりと動き始める。

とたんに、シャトルが減速して俺たちとの距離が詰まった。

「ハウス!わかってるな!?」

<ええ。高度500フィートになったら救助に行きますよ>

「たのむぜ、お前にかかってんだ」

<こんな無茶、保証はしかねますけどね>

「まぁ、何とかなるだろう…よし、行くぞ!」

<気を付けて!>

俺はハウスと言葉を交わして、スロットルを前に押し込んだ。シャトルとの距離がみるみる近づく。

もうあと数十メートルってところで速度を再度調整して慎重に接近する。

はは、空中給油見てえだが、いかんせん、この場合、俺は突っ込まれる側じゃなく、突っ込む側だからな…

そう考えりゃぁ空中給油なんかよりは楽に思える。

もちろん相手は水平飛行から徐々に角度が上がり始めているシャトルだが…

まぁ、それでも目標はでかいし、やれない理屈はない。問題は、そのあとがどうなるか、だ。

だが、ここまで来たら迷ってる暇はねえ…よし、行くぞ。

 俺はHUDの中にシャトルのエンジンノズルをとらえた。でかいのが4つに、その間を埋めるように小さいのが二つ。

狙うのはあの小さい方だ!俺は位置を合わせてスロットルを押し込んだ。

エンジンが噴いて、機首がそのノズルの中にめり込んでいく。コクピットの中にありとあらゆる警報が鳴り始めた。

だが、俺は構わずにエンジンのパワーをマックスにし、バーナーのスイッチも入れた。

めりめりと機体が音を立てているのが聞こえてくる。だが、このセイバーフィッシュは大気圏内でもマッハ5の速度を出せる機体だ。

マッハ3でぶち当たる1000℃を超える「熱の壁」に耐えられるように素材も設計も考えられてんだ!

少なくとも、この程度で機首が簡単に潰れる分けはねえし、マッハ5まで加速できるエンジンと外付けのブースターユニットのセットだ!

オーバーヒートさえ気にしなきゃぁ、たかが数分、シャトルの速度をギリギリ生かすくらいのことはできる!

俺はそう思いながらマニュアルで推力偏向ノズルの角度を下方向に調整する。

これなら落下スピードを殺しながら、失速を避けられる。あとは、この方法がどれだけシャトルを浮かせられるか、だ。

「ハウス!状況は?!」

<ははは、すごい光景ですよ、隊長。すごすぎて笑えねえ…>

バカ野郎、呑気なこと言ってんじゃねえ!

「どうなんだ?!シャトルは浮いてるか!?」

<あぁ、失速は問題ありません。いや…待って…まずいな…>

ハウスの声色が変わった。まずいって、何がどうした?おい…!

「どうした!?」

<副隊長、偏向ノズルを水平位置に!シャトルの機首が上がり始めてる!>

ちっ…このシャトル、思った以上に空力特性がいいのか!?

フラップに煽られてるのか、それとも速度が足りてねえのか?このまま機首が上がり続けると、ディープストールするぞ…!
 


 <おい、副隊長!あんたバカか!?>

この声…ザックか?

「ザック、そばにいるのか!?」

<そばもそば。ハウスのすぐ後ろを飛んでますよ。こりゃぁ、また…すげえ景色だ。本当にケツに突っ込むとは思いませんでしたよ>

「フェルプス、お前もいるか!?」

<はいはい、見学してますよ。死ぬ気じゃないでしょうね?それ、どうやって抜くんです?>

「そんなことはあとだ!お前ら、そのままシャトルの両翼にのしかかってピッチアップを抑え込め!」

<なにぃ!?>

<機首、さらに上がります!>

<中尉!機首が上がって速度が保てません…失速します!フラップアップしますか!?>

「ダメだ、ハロルド!フラップは上げるな!高度は下がってるが、このままの速度だと着水後無事じゃすまねえ!

 手を打つ!耐えろ!」

<了解です…!>

「フェルプス、ザック、急げよ!こいつは意地でも海上に下ろすぞ!」

俺は無線に怒鳴った。外の状況はまったくわからねえ。

コンピュータはもうエラーだらけで使い物になりやしねえし、速度計も高度計も、これがほんとの数字なんだかは怪しい。

あとはもう、状況判断しかできやしねえ。ハウスに、ハロルドと逐一連携するようには伝えてあるが、あいつ、やれてんのか?

<まったく!ひどい副隊長だよ、死ねってのか?>

<…いいからやるぞ、ザック。喋ってないでタイミング合わせろよ>

<わかったって。位置は…この辺りか?>

<上等だろ。はは、おい、客席が見えるぜ>

<こいつら、これから起こることみたらチビるだろうな>

<違いないな。カウント任せる。0で接地。接地したらマニュアル操作でノズルをプラス方向に限界まであげるぞ>

<了解。行くぞ…カウント、3、2、1、0!接地!ノズル方向設定、固定した!>

やりやがったな、あいつら…!これでどうだ?だぁ、くそ、水平器はイカれてる…確認を…!

「ハウス!角度どうなった!?」

俺は無線に怒鳴る。だが、返事が返ってこない。なんだ?おい、またトラブルか!?

「おい、ハウス!」

<うるさい!ちょっと黙っててくださいよ副長!今連携中だ!>

ちっ…なんだ、叱りやがったな、一丁前に!あの野郎、降りたら譴責してやる…!

<副隊長!あいつらがやったぞ!角度、正常値を維持!行ける!>

よし、よし…!大丈夫か?大丈夫だな…?他に何かトラブルはないだろうな?見落としていることも…ないな?

 機体がみしみしと音を立てている。そりゃぁ、マッハ5で飛ぶ出力と、このでかいシャトルにサンドイッチにされてんだ。

軋む音くらいするだろう。正直、いつ潰れてもおかしくはねえとは思うが…いや、もう潰れてるかもしれないな。

何しろ、キャノピーはすっかりノズルの中にはまり込んで外なんて見えやしねえ…外が、見えねえ…?お、おい、ちょっと待て!

 「ハウス!高度は!?」

俺は、ふとそのことに気づいて無線に怒鳴った。

<えっ?…あっ…うわぁっ!副隊長、今行きます!>

この野郎、忘れてやがったな!ってことは、もう1500メートル切ってるってことじゃねえか!
 


<副隊長、聞こえますか?!>

「聞こえてる!行くぞ、見ててくれよ!」

俺はハウスの無線に怒鳴り返して、シートのベルトをしめなおした。コンピュータ、動くだろうな…?

 パネルにタッチすると、まだ反応がある。ツいてるな…。俺はパネルを操作してエンジンを強制的に停止させた。

すると、推力を失った機体が物音を立てて後方にずれ始める。

しかし…思った通り、機首がすっかりはまり込んじまって抜けやしねえ。

機首から折れ曲がり機体に亀裂が入っているのがわかる。

キャノピーの後方から、微かに光が差し込んじゃいるが、この状態じゃ、イジェクションシートなんぞつかえねえ。

「ハウス、思った通り、抜けねえ!やれ!」

<了解、死んでも恨まんで下さいね!>

ハウスの声が聞こえた。こうもはまっち待ってるんじゃ、あとは引っ張って抜くしかねえが、

まさかロープでも私で牽引してもらうわけにもいかねえ。

だとするなら、だ。シャトルの滑空を邪魔しねえように、下からかち上げてもらうほかに思いつきゃしない。

この状況だ。多少力が加われば、抜けてくれるはず…

<行きます!>

「おぉ、来い!」

俺が返事をした次の瞬間、ギシギシと軋み音が激しくなったと思ったら、目の前が一瞬にして真っ白になった。

次いで体を襲うマイナスG…抜けたか!?

<副隊長!脱出しますよ!意識有ります!?>

「あぁ!行くぞ!」

それが太陽がキャノピーに乱反射している光だと気付いた次の瞬間には、ハウスとそう言葉を交わして、俺はイジェクションレバーを引っ張った。

 破裂音とともにキャノピーが弾け飛び、シートが射出されてからだに強烈なGかかかる。
 
見下ろすとそこには、絡み合うようにして落下していく、俺とハウスの機体が見えた。シャトルの方はなんとかまだ無事だな…?!

 ガツン、と衝撃があった。パラシュートが開いて、俺は空中に浮かぶ。

「ハウス、そっちはどこだ?」

<真後ろですよ、バカ副長>

声が聞こえたので振り返ると、俺より少し下を漂うパラシュートが見えた。ふぅ、とひとまず胸をなでおろす。

それからややあってシャトルを見やった。もう、海面まであと数百メートル。まるで、お手本のような降下軌道を描いている。

<そろそろ限界だろ>

<そうだな…合図で離脱して即イジェクトだ>

<じゃぁな!ヒヨッコ!救助されたら、おごれよな!>

<おい、行くぞ。3、2、1、0、離脱!>

ザックとフェルプスの声が聞こえたと思ったら、シャトルの上部からボロボロになった戦闘機が分解されながら舞い上がった。

その両方からイジェクションシートが飛び出し、パラシュートが広がる。

<よし、行け!そのままだ、ヒヨッコ!>

<いいぞ、行け!>

二人のそんな声を聴いて、俺はまたシャトルに視線を戻す。

 シャトルは海面に近づき、そしてそのまままっすぐ、白波を立てながら海上に滑り降りた。
 


<ははは!やりやがったぞ、あのヒヨッコ!>

<あいつめ、最後の30秒分のスラスター燃料を残してやがった!>

二人の騒ぐ声がヘルメットの中に響く。いや、無事に降りたが…まだだぜ。

「おい、ジェニー」

俺はヘルメットの中の無線でそう呼びかける。しかし、反応がない。

おいおい、どうした?司令部にここの位置を報告してさっさと救助艇を寄越してもらわないと、無茶したし沈みかねないんだ。

いないのか?そう思って上を見上げると、ジェニーの機体はシャトルが不時着した真上をゆったりと旋回している。

なんだよ、いるじぇねえか。

「おい!ジェニー!応答しろ!ブライトマン中尉!」

俺はもう一度無線に怒鳴る。するとハッとしたような声で

<あっ…あぁ、レオン。あんた、何てバカを…!>

と文句を言い出しそうな雰囲気になったので、俺は慌てて口を開いた。

「おい!まずは報告だ。位置情報を防空司令部に報告しろ!」

<…了解>

ジェニーは、はじけ出そうになった感情を飲み込んでそう返事をした。ふぅ、やれやれ…だ。

 俺はそう思いながら無線装置だけを取り外したヘルメットを海面にぶん投げ、大きく深呼吸をした。

潮気を帯びた新鮮な空気が肺いっぱいに満たされる。あぁ、悪くねえ気分だ。はは、隊長、見てるかよ?

やってやったぞ、この野郎!ボーナスでも申請してやるから待ってろよな!

 俺はパラシュートで降下しているシートの上で、ジェニーが防空司令部へ連絡しているのを聞きながら、そんなことを思っていた。



 






 それから、4時間と少しして、俺たちは基地に戻った。

幸い、シャトルを撃墜するために近くに展開しようとしていた艦隊が近くにいて、

シャトルも俺たちも、着水して1時間もしねえうちに拾われて、護衛艦からヘリで基地まで送ってもらった。

司令部へ顔を出して大いにお褒めの言葉をもらってからオフィスへ戻ると、隊長と末尾の連中に手荒い歓迎を受けた。

ヒーローなんて柄でもねえが、ま、悪い気はしないもんだな。

 ただ、やはりジェニーのことは気になった。

オフィスに戻った時には、俺たちに笑顔の一つも見せずにブスくれていて、取り付く島もあったもんじゃなかった。

あの様子じゃ、今夜あたりにでもひと騒動起こりそうだな…覚悟しておくか…。

 俺はそんなことを思いながら、一人部屋でバーボンを煽りながら普段は耳にもしねえ音楽なんかをラジオでかけていた。

そんな気分だったんだ。

海水に濡れちまった写真をドライヤーで丁寧に乾かし終えて、一息ついていた俺は、

ぼーっと、昨日から今日の一連の出来事のことを思い返していた。

 反省なんてことでもねえ。だが、思い返さずにはいられなかった。夢中だったから、な。

 昨日のヘルシンキでのテロは…ひどいもんだった。軍人なんぞになってはいるが、あんな現場に遭遇したのも初めて。

あんなに、自分の手に血がこべり着いたのも、初めての経験だった。

あの女性にすがり付いてた、まだ10歳にもなってねえだろう少女の声が耳に残っている。

そうだよな…あれが、命の大切さ、ってやつなんだろう。

宇宙世紀の“平和”なご時世、戦争なんて、と思ってはいたが、

どうやらそんな呑気に構えてたんじゃマズいかもしれねえ、ってことを実感してしまっていた。

もしものときは、俺だって奪う側に回るかもしれねえし、命を取られる可能性だって十分にある。

そんなのは…どっちも御免だな。だが、もしそうなったとき、俺はどうするのか…考えておく必要はあるだろう。

身に降りかかる火の粉は払いのける必要があるが…攻めてくるやつらだって、死ねば誰かが泣くだろう…

あんな、子どもと同じように、だ…。

 俺は、ふと思い出して、今度は最初にドライヤーで乾かしておいた手帳を取り出した。

ずいぶん前に書き込んだ計算式を眺めると、思わずため息が出た。

今日の働きで昇進、ってことにでもなりゃぁ、良いんだがな…この調子じゃ、あと何年かかることか、わかりゃあしねえ…。

そんなことを思っていたら、コンコンと、ドアをノックする音が聞こえた。あぁ、いよいよ来やがったな…

ジャブローの暴れ馬、だ。俺は手帳の間に写真を挟んでテーブルに置き、そのままドアまで歩いて行って開けてやる。

案の定、そこにはジェニーがいた。

「入っても?」

ジェニーは、俺の目をジッとみてそう言って来た。うむを言わさない、って面してやがる。まぁ、別に断ることもねえしな。

俺はうやうやしく手を広げて、ジェニーを中に招き入れた。

ドアを閉め彼女の方を振り返った瞬間、何かが視界の中を高速で移動してくるのがかすかに見えた。

とっさに腕を振り上げてそれを防ぐ。いやいや…まぁ、叩かれるくらいはされるとは思っていたが…左ストレートとは思わなかった。
 


 ジェニーは俺に拳を防がれるや否や、そのまま胸ぐらを捕まえて今度は右腕を振り上げた。

おい、ちょっと待てって!俺は声も上げずにシャツを握りしめていたジェニーの手を取るってそのまま押し返して距離を置いた。

「おとなしくしな!」

「やめろって!」

俺の制止なんて聞きやしない。ジェニーは振り上げた拳を俺めがけてふるって来た。

身をよじってそれを交わすと、素早くその拳はひかれ、次いで膝下に鈍い痛みが走った。

目にも止まらねえほどの速さでローキックをかまされたらしい。こいつ…言いてえことはわかるが、いい加減にしやがれよ!

だが、そう思って顔を上げた瞬間に、ジェニーの左フックが俺の頬に炸裂した。

痛みと衝撃で、視界にチカチカと閃光が走る。

 やりやがったな、この女…!こっちが悪いと思って大人しくしてりゃぁ、やりたい放題しやがって…!

ふざけんじゃねえ、こっちだってあんなことのあとで疲れてヘロヘロで帰って来てんだ!ちったぁ気を使いやがれ!

俺は胸に込みあがった苛立ちが脳まで一瞬で突き抜けて、理性が弾ける音を聞いた。

 「このやろう!」

そう声を上げてジェニーに飛びかかる。だが、その腕を妙な動きでからめとられた。次の瞬間、想像だにしていなかった痛みが関節に走って、思わず腰が引けてしまう。

これは、ジュード―かなんかか!?ふざけやがって、とことんやるつもりだな!?

は痛む関節をそれ以上持っていかれねえように反対の手で腕を掴んで固定し、ジェニーの脇腹を蹴り付ける。

「くっ!」

とうめき声をあげて離れたジェニーだが、それでも鋭い目で俺を睨み付けて来た。

「文句があるんなら口で言いやがれ!」

俺は怒りに任せてそう怒鳴っていた。

だが、ジェニーは口を真一文字に結んで、流れるような体裁きで俺の懐に潜り込んでくると、そのまま拳を振り上げて来た。

だが、そんな目で見える動きにやられるほどノロマじぇねえよ!

俺はそれをかわして、空を切ったジェニーの腕を捕まえてやって関節技をかけ返してやる。

だが、ジェニーは反対の手で俺の手の親指の付け根に自分の親指を押し込んできた。

とたんに、しびれるような痛みが走って思わず手が緩んでしまう。

そんな俺の腕を取り返したジェニーが、前かがみになっていた俺をまるで障害物を超える陸戦隊のような動きで飛び越えた。

ジェニーに捕まっていた俺の腕はとてもじぇねえが人間の構造上曲げられねえほうへと力を込められれて完全に固定されてしまう。

そんな俺をジェニーはグイグイと壁に向かって押しやってくる。

テーブルが倒れて、飲みかけだったグラスが床に弾け、手帳やペンや雑誌が散らばる。

それでもお構いなしで仕舞いにはまるで犯人を逮捕した警官のように、俺を壁に押し付けた。

「離しやがれ!」

俺は苦しい紛れにそう怒鳴る。だが、その代わりと言わんばかりに俺の脇腹にジェニーの肘がめり込んでくる。

くそっ、いくらなんだって、本気でぶん殴るわけにはいかねえが、こいつはさすがにやり返さねえと気が済まねえ。

そう思って壁についた腕に力を込めた時だった。

「…いな」

何かが聞こえた。

「あぁ!?」

「誓いな!もう二度とあんなバカをしないと、今ここで私に誓いな!」

そう怒鳴りながらジェニーは俺の腰に膝を叩き込んできた。こいつ…ふざけやがって!
 


俺はいよいよ耐えかねて、素早く身を捩って関節技から抜け出し、ジェニーを突き飛ばした。

だが、ジェニーは吹っ飛ぶどころか身軽にステップを踏んで体制を整えなおして、俺にラッシュを見舞って来た。

一撃がそれほど重いわけじゃねえ。ガードしてりゃぁ、たいしたダメージもねえが、くそ!反撃しづれえんだよ、この!

俺はガードに弾けたジェニーの腕を、今度は関節技を掛けられねえように両手でつかんで思い切り引っ張り、さっき俺がやられたのとは逆に壁に押しつけた。

「ふざけてんのか?ああでもしなきゃ、今頃俺たちは人殺しだ!」

そう怒鳴った俺の声が聞こえてんだかどうなんだか、ジェニーは俺の足を踏みつけてくる。

思わず緩んだ俺の拘束から逃れてジェニーは猛烈な勢いで突進してきて、俺をベッドの上へと押し倒してきた。

腰の上に馬乗りにされ、マウントを取られる。重いわけでもねえ、そんなんで俺を捕まえたつもりか!?

 そう思ってまた突き飛ばそうとしたとき、俺は、何が起こっているのかわけがわからなくなった。

ベッドに押し倒された俺は、ジェニーにまるで貪られるようなキスをされていた。

「お、おい」

ジェニーの体を引きはがして辛うじてそう言うが、ジェニーは馬乗りになった体勢で再び俺の脇腹に膝を入れて来た。

それから一言

「黙りな」

と言い捨てて、俺の着ていたシャツをボタンを弾けさせながら引きちぎった。

こそばゆい感覚が口元から首、胸板の方へと這うように移動していく。その感触が、腰を貫いていくような感覚を走らせる。

ったく…どういうことなんだよ、これは…さすがの俺も、ワケがわからん…

そんな俺の思いを知ってか知らずか、ジェニーは自分も着ていたランニングを下着と一緒に脱ぎ捨てて、また熱く口付てくる。

だが、ジェニーの手練は、いつもとは違った。これは俺を求めているわけでも、慕情をしめしているわけでもない。

まるで、俺を食らい、身も心も征服しようとしている感じだ。愛情なんてもんじゃねえ。

さっきまでのやり合いと変わりない、苛立ちと怒りをぶつけてきている。だが、これは、なんだ…わからねえが…悪くない気もするな…

「おい、いつまで上に乗ってる気だ?」

俺は執拗にキスをしてくるジェニーの体を引きはがしてそう囁いてやって、両脚をジェニーの腰に絡めるとそのまま横に倒して俺が上に乗ってやる。

じゃじゃ馬乗りはこっちが上だってのを教えてやるよ。

 そう思いながら、ジェニーの首筋に唇を押し付け舌を這わせる。

「…んっ…くっ…」

微かな声がジェニーの口から洩れてくるが、仕掛けられた以上、手は抜かねえ。

そのまま下へ下へと“降下”していき、胸へとたどり着く。

先端の突起もてあそびながら、片手でジェニーのベルトをはずし、下着ごと引き下ろした。

だが、それを合図にしたかのようにジェニーは体を起こすと、今度は俺の体を突き飛ばして来た。

ベッドの際にいた俺は体勢を崩してベッドから滑り落ちそうになるのを、床に足を付いてこらえる。

だが、そんな俺の両腕をつかむとジェニーは俺にタックルを仕掛けてくるように体重をかけてくる。

ベッドの脇にあったソファーに俺を押しやると、腰を下ろした俺のベルトをはずしにかかった。
 


 ズボンを脱がせたジェニーは、無造作に俺の腰の上にのしかかって来た。ジェニーの中の肉感が俺を締め上げてくる。

それどころかジェニーは、それこそまるで乗馬でもしているようにして俺を責めたててくる。

俺も彼女の腰に手を回して不利な体勢から腰を動かして対抗する。ジェニーは、俺をジッと見つめていた。

怒りから睨み付けてきているんでも、快感に溺れているんでも、ましてや、愛おしいってな視線でもない。

その目は、まるで、俺が生きてここにいることを確認しているような、そんな風に見えた。

 どれだけ経ったか、不意にジェニーが微かな喘声を上げて体を震わせた。

小刻みなその震えが俺にも伝わって来て、下腹部の緊張が緩まる。俺の方も、腰に差し込んでくる快感の波に襲われた。

 呆然としていた俺に、ジェニーがしなだれかかって来た。はぁ…まったく、とんだ目にあったな…

いや、悪かぁなかったが…一瞬、ヤられる女の気持ちってこんなか?などと思った自分がいたのは、黙っておくとしよう。

「気は済んだか、お嬢様?」

俺はジェニーの体を抱いてそう聞いてやった。また一発くらい叩かれるかと思っていたが、俺の耳に聞こえてきたのは、嗚咽だった。

ハッとして目をやると、彼女は、俺の肩に顔をうずめて泣いていた。

 「死ぬ気なのかと、そう思った…あんた、バカだから…ヘルシンキのあと、様子がおかしかったから、だから…!」

ヘルシンキのあと…?あの夜のこと、か…?あぁ、確かに…あの晩は、妙に凹んじまってたな…

そう思って、俺は合点がいった。なるほど、そうか…こいつ、そこまで心配してやがったのか…

俺が、あのときの女性を助けられなかったことを気に病んで、

次は身を犠牲にしても助けると覚悟を決めてる、くらいに思っていたのかもしれない。そいつは…想像してなかった…。

「すまん…心配かけた」

俺はそう言って、ジェニーの体を起こしてやる。それから、彼女の目をしっかり見て、言ってやった。

「誓う。もう二度と、あんなマネはしねえ。命を懸けるなんざ、二度としないと誓う」

ジェニーは、涙を拭ってうなずいた。それから、泣き止んで呼吸を整えてから、

いつもの、柔らかい、愛おしさのこもったキスをしてくれた。

 それからしばらく俺たちはソファーで抱き合っていたが、さすがにちょいとばかし、腰が痛くなってきやがった。

「ジェニー、コーヒー飲むか?」

「あぁ、うん。頼むよ」

俺がそう聞いてやったら、ジェニーは笑顔でそう返事をして俺の上から降りた。

そのまんまの格好でティッシュはどこだ、などというもんだから、とりあえずベッドの毛布を投げてやった。

俺も処理を済ませてから支給品のスエットを着て、ジェニーにもクローゼットから出したのを渡してやる。

 キッチンへ行って、ヘルシンキに発つ前に挽いた豆をドリップしてカップに注ぎ、そいつを持って部屋に戻ると、

ジェニーが荒らした部屋の片づけをしていてくれた。
 


「ほらよ」

「ありがと」

ソファーに腰を下ろしながら渡してやったカップをそうとだけ言って受け取ったジェニーは、

手に持った何かを不思議そうに眺めていた。

「なにか珍しいものでも見つけたか?」

俺が聞いてやったら、ジェニーは、

「え?あぁ…うん…」

とあいまいな返事をして、それから手に持っていたそれを俺に見せて来た。それは写真だった。


http://catapirastorage.web.fc2.com/photo.jpg


俺がベルファストにいた頃から、肌身離さず持っていた写真。さっき乾かして、手帳に挟んでおいたんだが…

そうか、さっきの騒ぎで、手帳も吹っ飛んでたか…。

 「誰なの、それ」

ジェニーは、言葉少なにそう聞いてきた。俺はチラっとジェニーを見やる。あまり、お前と一緒にいるときには扱いたくはねえんだがな…

だが、そんな俺の気持ちを察したのかジェニーは、いつもの挑発的な表情を浮かべて

「あんた、今日は私に逆らえると思わないことね」

と言い捨てた。まぁ、そうだろうな…仕方ねえ、話すよ。俺のプライベートを。

俺はそう覚悟を決めて、一度だけ深呼吸をした。

別に、ジェニー相手に緊張するわけでもねえが、この話は、誰にもしたことがないし、

妙な気持ちもくっついてくるもんだから、さすがに気が重いのが正直なところなんだが、な…

それから俺はコーヒーを一口飲んで、教えてやった。

「真ん中にいるのが、弟なんだ」

俺の言葉に、ジェニーはへえ、とだけ反応して、俺の顔色を窺ってくる。大丈夫だ。

話すのが重いだけで、お前に話したくないってわけじゃねえんだ。

「弟?」

ジェニーがそう話を促してきた。俺は、写真を見つめて、答えてやった。

「あぁ。ユベール。ユベール・ユディスキン。生き別れの、俺の弟だ」




 




つづく。
 

んなあああああああああ!?
まさかあのユベール・・・・・・?そんな縁があるんですか

>軽い性描写あります、気を付けて!
いまさらでしょう。そもそもこのシリーズの始まり、何でしたっけ?(ニッコリ

おつおつ
死亡フラグをへし折るハロルドさんマジイケメン

幼マライアたんとの縁があったのかぁ…なんて感心してたら
ユベールの兄だと!?
話が進んでいくにつれてどんどん縁が繋がっていくおまけ編すげー好きだわ
そして読み返しのループにハマって行く俺…(何度目だよww



相変わらず設定つなげるの上手いなあ。
やりすぎると世界が狭くなるけど。

あと航空機の描写も相変わらずだけど、なにか参考文献でもあれば教えて欲しいな。
エスコンだけではないよな、この書き方。

>>軽い性描写
もともともっとハードな性描写期待して読み始めたなんて言えない。言いませんとも。

マライアktkr! と思ってたらユベールだと!
世間狭すぎんぞwwwwwwww
しかし、なんてバカなイイオトコ(ユージェニー含む)ばかりなんだ!
あとベッドシーン、それ濡れ場じゃなくて、殴り合いが終わってからもずっと格闘シーンですよね?ww

このシリーズもこれで終わってしまうのかと思うと投下されるのが嬉しいと同時に寂しいな

>>886
Twitterを見るに、キャタピラは何かを決意したようだから楽しみに待とうぜ!

乙!

俺「ユベール…ユベール・ユディスキン…。ユベール?…ふぁっ!?」
3分前の俺なwwww

あれ?この頃って…列車…よっしゃマライアたんktkr!!
とか思ってたらラストのとんでも展開でなんか鳥肌立ったwwww

>>882
感謝!
あのユベールですね、はい。

このシリーズの始まりには性描写はありません!
それは心の汚れた人達が勝手に想像しただけですw

>>883
感謝!!

ループにハマってくれて感謝です!w
ということは、ハウス少尉がその後どうなるのかも、もちろんご存知ですよね?w

>>884
感謝!!!

世界観が狭くなる気もしますが…正直、これはかなり最初から考えてたんですよね。
なので、ユベールに関してだけは、最初からファミリーネームを明記してません。

隊長とユベールとの関係ではなく、これまで書いて来たオメガ隊が出来るまで、を楽しんでいただけたらと思います。

マジで戦闘機描写に参考ないんですよ…エスコンやってたのと、あとは大昔にゼロと呼ばれた男、って小説を読んだくらいで。
ウィキペディア先生にお世話になってますw

>>885
感謝!!!!

なんかあの二人ならあんな濡れ場もいいんじゃないか、と思いましてw


>>886
感謝!!!!!
最後までお楽しみください!

>>887
その件については、まだ未定ですーw

>>888
感謝!

ビックリしていただけて良かった!
隊長はなにを思っているんだろうか…



てなわけで、続きです!
 





 ジャブローに異動になって初めての休暇の日。俺は、ブライトマン中尉に連れてきてもらった街で彼女といったん別れて、街の目抜き通りを歩いていた。

パスケースからくたびれた紙片を取り出して広げる。

 そこには住所をメモしておいた。ベルファスト時代、金を作って何とか依頼をできた調査会社が突き止めてくれたユベールの居所だ。

あいつはキエフを離れてしばらく経ってから、この街にある施設に入所して、いまだにそこにいるって話だった。

 中尉と離れた交差点からしばらく歩いて、俺は住所と一致する建物を見つけた。

まるでこじんまりとしたペンションと言うかコンドミニアムと言うか、そんな雰囲気の建物で、

庭を取り囲む塀にある門のところには、「カリ・チルドレンホーム」と言う看板が掲げられている。間違いはなさそうだな。

 看板の横にはインターホンもついている。俺はそいつに手を伸ばして、ふと、胸を押し付けられているような圧迫感に気づいて、深呼吸をした。

緊張なんて、柄でもねえ。ジャックのやろうにバカにされるぞ。俺はそう自分に言い聞かせて、気持ちを切り替え、インターホンを押した。

ほどなくして、女性の声が聞こえて来た。

<はい、どちらさまですか?>

ふと、そう聞かれて考える。こういう施設は、確か、親や親族の出入りについてはけっこうナーバスだって話を聞いたことがあるな。

いや、想像してみりゃぁそうだろう。自分の都合で子どもを手放したり、殴る蹴るして保護された子どもが入ってるところだ。

これは、いきなり兄貴だ、と言ったところで、入れてくれるとは思えないな…

「あー、実は、寄付のご相談があって伺ったんだが…担当者はいるだろうか?」

<まぁ、ご寄附ですか?ありがとうございます、少々お待ちいただけますか?>

インターホンから、そんな明るい返事が返ってくる。我ながら、ちょっとばかし罪づくりな嘘だと思って、思わず顔をしかめてしまう。

だが、まぁ、この際だ。勘弁してもらおう…寄付ってんじゃないが、金の話をするのは、嘘じゃねえからな。

 ほどなくして、門のところに俺と同い年くらいの女性と、それから一回り上くらいの男性がやって来た。

女性が門を開けて、にこやかに俺を中へと迎え入れてくれる。俺はそこから案内されるがままに、建物の中の応接室だというところに連れていかれた。

 応接室へ行くまでの間に、3歳くらいのとにかく小さい子どもたちがキャッキャッとはしゃいでいる姿を見た。

建物全体に、独特のにおいが立ち込めている気がする。

それは、どこか心を絆されそうになるような、柔らかく懐かしい、小さな子どもからする乳臭さ、ってやつなのかもしれない。

ここがあいつの育った場所、なんだな…そう思うと、感慨深くもあり、胸が張り裂けそうな気持にもなった。

 応接室でソファーに座っていると、ほどなくしてさっきの中年男性と、それからお茶を持った同い年くらいの女性が戻って来て、俺の向かいに座った。

「まぁまぁ、どうぞお飲みになってください」

女性が差し出してきたカップから、ふわりとハーブのような香りが漂う。

「はぁ、こりゃ、すいません」

俺はそう答えてカップを受け取り、一口だけ飲んで喉を潤す。それを待っていたかのように、中年の男性が口を開いた。

「それで、ご寄附をいただける、という話と伺っております。私、この施設の事務長をしております、ジェームズ・ブラウンと申します」

「私は、アイリーン・ロッタです。子ども達の世話をしているケアワーカーで、事務も兼ねています」

二人の自己紹介を受けて、俺も覚悟を決めた。まぁ、警察を呼ばれるようなことはないだろうが…対応次第で、出入り禁止くらいにはされるだろう。

とにかく、俺は俺の考えをきちんと伝えて、理解してもらうほかに、手だてなんてあるわけもないんだからな…。
  


「あぁ…その話なのですが…寄付、というか、非常に限定的なご支援、という相談なんです」

俺は、とりあえずそう言いながら、ポケットに詰めてきて置いた封筒を取り出した。中から書類を取り出して、応接テーブルの上に広げて見せる。

 書類に目を落として、最初に息を飲んだのが、子どもの世話をしている、という、ロッタと名乗った女性だった。

「それから、これが俺の身分証です」

最後に、パスケースから軍の身分証を出して、テーブルの上の書類の上に添える。

 書類、と言うのは、戸籍謄本の写しだ。そこには、俺の名と、そしてユベールについてもちゃんと書いてある。

女性は、コピーを手に取り、まじまじと見つめ、それから俺の顔をジッと見た。言葉に詰まっている、って感じだ。

とりあえず…そうだな。やはり、今回の俺の目的から話すとするか。そうでないと、変に警戒でもされたら取り返しがつかんかもしれない。

「今日は…突然、申し訳ない。実は数年前に、調査会社を使ってユベールの足取りを探ってもらい、ここに行きつきました。

今日、こうして伺ったのは、兄弟として、施設に頼みたいことがあるからです」

俺はそうとだけ告げる。ロッタさんが、ブラウン氏を見やる。上司判断、ってことか。俺を追い出すも話を聞くも、この人次第、ということだろう。

 ブラウン氏はしばらくの間黙っていたが、ややあって俺に聞いてきた。

「あなたは、おいくつで?」

「今年で26になります」

俺が答えると男は口元を一撫でしてから

「彼がここへ入所したのが2歳だったかな…そうすると、君は当時は…」

と宙を見据える。

「12でした」

俺は答えた。あの日のことは、忘れもしない。片時も、忘れたことなんぞない。だから、俺はここにいるんだ。

「そうか…」

俺の言葉を聞き、ブラウン氏はふむ、とうめいて、ロッタさんにうなずいて見せた。ロッタさんはそれを確認して俺に言って来た。

「ここにいる子ども達は、けっして無理やりにここへ連れてこられたわけではありません。もちろん、強制介入で親元から引き離された子どももいます。

 ですがそれは、連邦福祉法に基づいた子どもの生存権保護のためのものです。ここにいる子ども達はみんな、その連邦福祉法によって守られています。

 ですから、ここですべてを決定できるわけではありません。いかなる場合にも、福祉局の決定を待つ必要があることをご理解ください。

 それでもよろしければ、お話をうかがいましょう」

彼女の言葉は予防線だろう、と俺はそう感じた。これからもしかしたら、俺が無茶で突拍子もないことを言い出すかもしれない。

そんなとき、ここで判断できない、ということを盾にするための物だろう。そして、それはもちろん、ここにいる子ども達を守るためのものだ。

そうでもなけりゃぁ、トチ狂った親が殴り込みをかけて来たようなときに、力づくで子どもを奪われちまう。

そう考えると、予防線と同時に警告でもあるらしい。無茶をやらかすようなら、いつだって通報する準備はできている、ということだろう。

 まぁ、だが、そんなに無理なことを頼むわけでもないと思っている。

まぁ、一目、顔を見てやりたいって気持ちもないでもないが、そうされてあいつが喜ぶかどうかは、俺にはまだ判断がついてねえしな。

「感謝します。ご心配させて申し訳ない。

 こんな訪問の仕方でこう言うのもなんですが、一緒に住みたいとか、引き取りたいとか、そういう類の話じゃねえんです。一つだけ、許可をいただきたい、ってそれだけで」

「許可?」

俺の言葉をロッタさんが繰り返す。まだ、俺のことをそれほど信用している感じじゃないな…まぁ、いい。本当に、今日のところはただそれだけなんだ。
 


「ええ。ご存知かとは思いますが、あいつは心臓の病気を持っています。

 医学的に詳しいことはよくわかりませんが、俺が調べたところだと、17になるあいつは、そろそろ症状が出始めてもおかしくないはずです…

 あいつは、心筋の移植手術をやらないと、今の俺の齢までは生きられない」

そこまで話すと、ロッタさんはハッとした表情を見せた。気が付いて貰えてよかった。そう、俺の目的は、そうなんだ。

「あいつがドナー登録をしているにも関わらず、提供者が何年も見つかっていないのは知っています。

 ですが、もしかしたら俺の体が使えるんじゃないか、と思ってるんです」

「そ、そんな!あなたは彼のために死ぬと、そうおっしゃるのですか?」

ロッタさんが声を上げた。

「いや、そうじゃありません、俺もさすがに命は惜しいですから…。ですが、別の方法が取れます。ips細胞を使った心筋の培養です。

 これなら、俺の体から取った細胞で、俺の心筋の代わりが作れます。それであいつの心臓を動かせる」

「ips細胞の再生医療…聞いたことはありますが、確かあれは保険適用外のはず。莫大な金額になるんじゃないですか?」

「金のことは、俺がなんとかします」

「それが、寄付、ということ、ですな」

俺の言葉にブラウン氏がそう呟くように言った。俺は黙ってうなずく。それから彼はまたふむ、と鼻を離してソファーに深く座り直し、

「許可、と言うのは、手術をさせてやってほしい、とそう言った内容なのですか?」

と確認してくる。彼の言葉に、俺は首を振った。

「まだ、俺の体が使えるかどうかが分からないんです。この手の移植手術では、親よりも兄弟の方が移植の適性が高いと聞きます。

 ですが、1歳のころに家を出されてしまったあいつと、俺の体が適合するかが、今はまだわかりません。なので…」

「まずは、検査の許可、ということですね」

「そうです…俺の血液サンプルでもなんでも、検査に必要なものを提供させて欲しいと思っています。そのための許可、を、と」

俺が説明すると、ブラウン氏はしばらくボーっと宙を見据えた。それからややあって、

「緊急時の生命保護のためと、日常生活的に発生する疾病、負傷に対する医療提携機関への受診および、予防、疾病早期発見のための検査、予防接種等の実施の許可」

と口にした。急になじみのない言葉を羅列され、一瞬その意味を取りこぼした俺に、彼は確信を持った表情で言った。

「要するに、検査程度なら、わざわざ福祉局に報告する必要もない、ということです。お申し出に感謝します…希望が湧いてきた気分です」

「それじゃあ!」

「えぇ、それについては、こちらでもぜひお願いしたいと思います」

俺はブラウン氏の言葉に思わず立ち上がっていた。それに合わせて、なのか、ブラウン氏もソファーを立って俺に手を差し出してくる。

俺はうれしさのあまりその手を両手でがっしりと握った。

 あの日から、ずっとこのときのことだけを考えて来た。あのとき、俺は両親を止められていればこんなことにはならなかったはずなんだ。

ユベールにも、寂しい思いをさせなくて済んだはず。力のなかった俺は、あいつを守ってやることができなかった。だが、今は違う。

 金も稼げるし、知識もユベールを助けるためにこの頭に詰め込んだ。これで俺の細胞がマッチすれば、あいつを助けてやれる。

そして、もし、あいつがこれから先も生きていけるのなら、俺はそのときには…もしかしたら…

 俺はこみ上げてくる思いをこらえようと、ぎゅっと歯を食いしばった。それでも、目頭がいやに熱くなってくる。ついに、ここまで来たんだ…!

 だが、そんな俺の思いを打ち砕くような言葉を、ロッタさんが口にした。

「それでは…今日は難しいと思いますので、近いうちに病院でお会いしましょう。きっと急いだ方が良いことだと思いますのでね…」

「急ぐ?」

「ええ…彼、一昨年に初めての発作を起こして…今はもう、病院に入院しているんです」



 





 「それが、用事、ね」

「そうだ。黙っててすまなかったな」

俺はカリの街へ向かう車の中で、最初に二人であの街へ行ったときのことを話した。

ジェニーは、無駄な質問も、茶々もいれずに、ただ無表情で最後まで話を聞いた。そして、俺が話を終えると、ふぅ、とため息をついて

「ギャンブルも、そのためだったんだね?」

と確認してくる。

「あぁ…給金はほとんど貯金に回してんだ。足りない分は、“どうにかして”稼がねえと、生活に困るんでな」

俺が答えると、ジェニーは

「そう」

とだけ返事をして、また黙り込む。おそらく、何か言葉を探してるんだろう。だが、すまねえな。まだ、この話には続きがあるんだ。

 「その翌週の休みにカリの病院に行って、細胞と血液を提供した。

 それからさらに一か月後、検査結果が出たという連絡をもらって、俺は施設に足を運んだ。これが、その結果だ」

俺はそう言ってユベール関係の書類を全部まとめてあるファイルを開いてジェニーに見せた。

「うそ…だ、だって、あなたとその彼は、兄弟なんじゃ…!」

「兄弟だよ、間違いなく。だが、兄弟でも、マッチする可能性は50パーセントだ」

「そんな…」

ジェニーが俺の渡したファイルを見て愕然としている。そういや、初めてその結果通知を見たときの俺も、同じようだったな。

別にマッチするとタカをくくってたわけじゃない。だが、正直なところ希望を掛けてた。

それだけに、その書類のただの一文、“Matching:Negative”は、俺から正気を奪い去るくらい強烈なショックだった。

今でこそ、それはそれとして捉えるしかねえと思ってはいるけど、な。

 「レオン、あんた、こんなこと抱えながら、隊じゃあんな風にふるまって…」

ジェニーは、そう俺に言ってくる。まぁ、ジェニーの言おうとしていることはわからんでもない。

でもな、もともと俺は、そう考え込むタイプじゃねえんだよ。考えるよりも動く方がいい。動けなくなりそうなときだけ頭を働かせる。隊でも同じだ。

あそこには俺のやることがあって、余計なことを考えずに済む。時間があまれば、バカ話が始まる。俺はそれに乗っかっていりゃぁ、楽でいられた。

ただ、それだけのことだ。

「いや、そりゃぁ逆だ。ああしてくれてるからこそ、持ちこたえられてるってところが大きい」

俺がそう言ってやったら、ジェニーはそう、とだけ口にしてまた黙り込んだ。ったく、そんな神妙そうな顔すんなよな。

「お前、大丈夫かよ?会いたいって言ったのはお前だからな」

俺はそう釘を刺してやる。

俺の言葉にジェニーはハッとして顔を上げ

「ううん、大丈夫だよ。ごめん、こんな顔を弟君には見せられないね」

と言って、無理やりに笑顔を見せるが、どうにも不自然に見えてしかたない代物だった。仕方ねえ、少しだけ希望の持てる話でもしてやるか。
 


「別に、これっきり手術ができねえっていう話でもねえんだ。連邦医療局に移植待ちの登録は済んでる。

 すくなくとも南米のどこかにあいつの体と合うものがみつかりゃぁ、移植はできるだろうさ。それとは別に、非公式の民間の団体にも探りを入れている」

「民間?」

「あぁ。アナハイム社とボーフォート財団が提携して出資してる会社らしい。

 こっちは脳死移植じゃなく、端から細胞培養で移植する臓器を提供する言わばセルバンク、だな。

 医療機構を通した培養移植の倍の金額は掛かるって話はされてるが、まぁ、命には代えられねえ」

「倍、って、どのくらいの額なの…?」

「そうさな…俺が軍に終身雇用されて、最終的に師団長か幕僚官にでもなって10年も働けば、なんとかなるくらいの額、だな」

正直に言うと、それでもなんとかなるかどうかはわからない額、なのだが、まぁ、ジェニーに話すには少し酷だろう。

俺はそう思って、少しだけ誤魔化す。だが、それでもジェニーには効果がなかったらしい。

「そんなの…あんたの人生を棒に振るようなもんじゃない!」

ジェニーはそう俺に訴えて来た。別に非難するつもりがある様子じゃねえが…いや、これはあの時と同じ“心配”か。

まぁ、だが、人生を棒に振る、ね…

「それを言っちまったらよ、俺はもう、あいつの人生を棒に振らせちまったのかもしれねえんだ」

「それは、あなたの両親が…」

「親は関係ねえ。あのとき、俺にもっと力があれば、もっと知恵があれば、あいつを守れていたんだ。俺にはそれができなかった。

 俺は自分の行動が、俺自身の人生を投げ打ってる、とは思いやしねえが、まぁ、それくらいしてやらないと割に合わねえだろ?」

そう言ったら、ジェニーは黙った。ぎゅっと唇をかみしめ、拳を握っている。

すまねえな、そんな風にさせるつもりじゃなかったんだが…

俺は、そんなジェニーの姿を見て申し訳がなくなって、なんとか気分を変えようとカーラジオを付けた。

いつもはおどけた調子で俺を和ませてくれるパーソナリティも、今日ばかりは白々しく感じられてしまうようだった。
 


 あの日、ユベールの写真を見て、俺の話を大雑把に聞いたジェニーは、すぐに会わせてくれないか、と聞いてきた。

検査の結果を聞いて以降、施設側の配慮で、俺は奉仕精神の旺盛な軍人として、

非番の日にユベールの入っている病室を訪れて小一時間無駄話をする役割を与えてくれていた。

最初に病室に入った日、俺は、あいつの顔を一目見て、変わってねえな、と思った。

いや、俺が最後に見たユベールは2歳になる前の顔だけで、その後はあの写真一枚っきりだったが、不思議なことに、そう思った。

おしゃべりなやつ、ってわけでもねえんだろうが、俺が顔を出すと、やれ街のカフェに行くならどこがいいだの、

裏路地に入ったら、まずはタトゥーだらけの男に話をつけろだの、施設の子どもと釣りに行ってどうのだの、

そんな話を、まるであのまぶしい太陽みたいな表情を浮かべて話していた。

俺は、なんだかそれを見て、安心したような、切ないような、そんな複雑な気分になったのを覚えている。

こんな笑顔で笑えるような生活だったのか、良かったな、という想いが半分、

もう半分は、やはりどうにもしてやれなかった気持ちが募るってくるってとこだった。

まぁ、とにかくそうして俺は、休みの日にはユベールのやつと1時間話をするために、往復四時間かかるこの道を走るのが日課になっていた。

その話をしてやったらジェニーが、自分も連れてけと言い出した、ってわけだ。どうしてそんなことをしたいのか、と聞いたら、ジェニーは顔をゆがめて、

「私にできることがあるかもしれないし、それ以上にあんたを理解してなかった、これからは、もっとあんたを理解できるようにしたい」

とか言いやがって、反応に困った。

まぁ、だから、ってわけでもないんだろうが、これだけ勝手に凹んでいるのも、俺があのとき何をどう感じたか、ってのを正確に理解してくれているからなんだろうと思える。

それなら、申し訳ないって気持ちの半分は感謝に変えることができた。正直なところ、嬉しかった。

いや、ユベールに対してそう思ってくれていることもそうだが、

それ以上に、俺がずっと一人で心の中に抱えて来た問題を話せる相手ができた、という安堵感だったんだろうと思う。とにかく、そのとき俺はそいつを快諾した。

そうしている間に、車はジャングルを抜けて市街地へと入った。ジェニーに気持ちを切り替えて顔も作っとけ、と頼み込んでおく。

さすがに今の表情で会われたら、かえってあいつに気を使わせちまう。そんな見舞いなんて、ねえよな。

 やがて、車は病院にたどり着いた。駐車場に車を停めて表に出る。来るたびに思うが山を一つ隔てただけで、気候はずいぶんと違うもんだと実感する。

もちろん標高が高いこともあるんだろうが、ジャブローの蒸し暑さとは別世界だ。

 「ふぅ」

とジェニーのため息が聞こえた。振り返ると彼女は、サイドミラーを覗き込みながら平手で頬をパシパシと叩いている。

「そんなに確認しなくても、十分美人だぜ?」

そう言って茶化してやったら、ジェニーのやつは車に乗って以来、久しく見ていなかったあの表情を見せて、

「誰に物を言ってんだ。当然でしょう?」

と言って笑った。

 うまく気持ちを切り替えてくれたらしいな。俺はそのことに少しだけ安心して、病院の方にかぶりを振ってから歩き出した。

その後ろからジェニーは少し早足で追いついてくる。

 建物の中に入ってエレベータに乗り病棟へと向かう。押しておいた6階のボタンのところでエレベータは停止し、チンと音を立てて扉が開いた。

とたんに、消毒液の匂いが香ってくる。俺はそのままジェニーを連れて、まっすぐにユベールの病室へと向かった。 
 


 「よう、調子どうだ?」

そう声をかけて中をのぞくと、ベッドに座っている少年が一人、手にしていた本から顔を上げて俺の方を見ていた。

俺の顔を見るなりユベールは満面の笑みを浮かべて

「おぉ、ライオンの旦那!そろそろくる頃だと思ってたよ!」

なんて言ってくる。ったく、その笑顔は、嬉しいような、辛いような、だ。

「ははは、お坊ちゃんはお世辞がうまいな。今日は連れがいるんだ。こないだ話したろう?」

俺はそんなことを言いながら、病室の入り口の手前で二の足を踏んでいたジェニーを中へと引っ張り込んだ。

「こ、こんにちは!」

ジェニーはそんなかしこまった返事をする。お前、なんだよそれ。誰だよ、お前…

だが、俺のそんな思いを知ってか知らずか、ユベールのやつはうぉーっと叫び声をあげて

「ホントだ!とびっきりの美人じゃないかよ!やるなぁ、旦那は!」

なんて感動してやがる。まったく、秘密にしているとはいえ、実の弟ながらどうしてこうも素直なんだよ。性格だけは似ても似つかねえな。

まぁ、顔もそれほど似てるわけじゃねえ。しいて言や、鼻の形くらいか…

 俺はジェニーを引っ張ってベッドの横にあったパイプイスをジェニーの分と2つ出して揃って座り込む。

「えっと、俺、ユベールって言うんだ、よろしく!」

イスに座るなり、ユベールはジェニーにそう言って自己紹介を始める。こいつは、俺と会ったときもそうだった。

ファーストネームについては話しても、ファミリーネームについては一言も言及しない。まぁ、それがさみしい、ってわけでもねえ。

だが、それだけでもこいつが、少なくともあの両親やおそらく俺のことも覚えてねえだろうことは明らかだし、かかわるつもりもねえってのが分かる。

今は、それでもいいと俺は思っていた。俺も本当のことを言えない以上、そんなことを気にしたってしかたねえ。

「わ、私は、ユージェニー・ブライトマンよ、よろしくね。ジェニーでいいわ」

「ジェニーさんは中尉だって、旦那は言ってたけど、そうなの?」

「ええ、そうよ。まぁ、今昇進の話が来てるから、もしかすると大尉になるかもしれないけど」

「あ、それも聞いたな!あの墜落寸前だったシャトルを不時着にまで持って行ったって話だろ?すげぇよなぁ、あれ。

 俺、ここで中継見てたけど、あんな無茶やるなんてどんなバカかと思ってたら、旦那だって言うんだもんなぁ!」

「おいおい、その話はやめてくれって言っただろう?その話になると、また蹴られる」

俺がそう口をはさんだ瞬間、ジェニーに足を踏みつけられた。

くそっ、もういい加減水に流してくれたっていいと思うんだがなぁ、女ってのはこれだから困る、ってんだ。

 それにしても…ユベールのやつは、本当にいい笑顔で笑う。確かに、そいつ見りゃぁ、気持ちが軋まないでもない。

だが、やはり、それは俺にとってはうれしいことだった。

あのとき、泣きながら車に乗せられていったこいつが、こんな笑顔を浮かべるだなんて想像したこともなかった。

それだけで、こいつが少なくとも悪い人生を送ったわけじゃなかった、と安心できる。何も、良かったとは言わねえ。

だが、それでも、家から連れ出されたこいつが、今日まで孤独や寂しさに苦しんでいたと思えないで済んだ。
 


 こいつが1歳のころ、住んでいたキエフの乳幼児検診で遺伝病を患っていることが分かった。

俺は、弟の誕生を喜んでいただけに、そいつを聞かされたときは本当にショックだったのを覚えている。

だが、現実ってのは、もっと残酷だった。それを聞いたとたん、両親はユベールの養育を拒否した。

当時9歳か10歳だったはずだが、自分の両親が言っていることがまったくと言っていいほど理解ができなかった。親父は言った。

「自分より先に死んでしまうのが分かっていて、一緒にいるのは辛い」んだ、と。

ふざけんな、と、母親を罵倒して親父をぶん殴った。

もちろん、まだジュニアスクールに通う俺が大人の親父を叩きのめせるわけもなく、返り討ちにあって痛い目を見た。

それからほどなくして、ユベールは福祉団体に引き取られて行った。あの日のことは、忘れたことはない。

キエフの家に白いワゴンで乗り付けて来て、中から降りて来たスーツの男が二人に、女が一人。

家にも上がらず、まるで忘れ物を取りに帰って来たみてえに、まだ小さくて、母親から離れて泣き叫ぶユベールを抱いて車に乗って去って行った。

その様子を、俺は二階の窓からじっと眺めていることしかできなかった。

ジュニアスクールを終えて15になった俺は、家から出たい一心で、軍の訓練校に入った。

そこで、ハイスクールの勉強をしながら最初は、配属された寮の給仕班の下働きをしていた。2年経って、今度は衛生班の下働きを1年やった。

その3年で俺はハイスクール卒業の資格と、基礎訓練を終えて、晴れて正式に軍人としてのキャリアをスタートさせることができた。

配属を希望できる、と聞いて選んだのが航空隊だった。別に空を飛びたかったわけでも、飛行機が好きだったわけでもねえ。

単純に、俸給が良かった、ってだけだ。

俺は、ずっとそのためだけに働いてきた。ユベールの病気は、細胞を金があれば治せるんだと知ったからだった。

そのためだけに、ひたすら働いて出世して、金を溜めて来た。自分の小遣いを稼ぐためにポーカーを覚えて、勝ちまくった。

ヒヨッコの訓練校を終えた俺が士官候補生として配属されたのがベルファストだった。

そこで俺は、調査会社になけなしの金を払って、ユベールの居場所を探るよう依頼を出した。

一か月もしないうちに、その会社の担当調査員だという男から電話がかかって来て、ユベールがカリにある施設にいるという情報を掴んだ。

それが、5年前の話だ。あの日、ジェニーに見つかった写真は、その時に男が入手してきたものだ。カリに一番近いのは、今いるジャブローの連邦軍本部。

ここは、コネでもない限りは希望してもまず入ることのできない“エリート基地”だ。そこになんとか潜り込むために俺は必死で試験勉強に明け暮れた。

そしてやっと、ここまで来たんだ。

「なぁ、旦那!結婚はしないのかよ?」

ジェニーと明るく話していた俺に、ユベールがそんなことを聞いてきた。
 


「お、おめえ、急に何言いだすんだ!」

「えぇ!?だってさ、もうずいぶん長いんだろ?そういうのをちゃんと決めないと女は不安だって、路地裏のねーちゃん達が言ってたぜ?」

「俺にだっていろいろと事情があんだよ…それにお前、結婚てな、金がかかるんだ。それこそ、俺みたいな薄給がおいそれとできるもんじゃねえんだよ」

ジェニーがどんな顔してるのかはさすがに恐ろしすぎて見れなかったが、だがまぁ、そう答えておくべきだろう。

ユベールのことでこれからどれだけ金がかかるかはわからん。そう考えりゃ、自分のことなんて後回し、だ。ジェニーには悪いとは思うが…

「なんだよ、旦那。あんた、あんなバカをやるくせにそういうところはヘタれかよ!しっかりしろよな!」

俺の言葉にユベールがそう言い返してくる。こいつめ、俺がまともに言い返せないところをぐいぐい責めてきやがるな。

「ふふふ、ユベールは私を応援してくれてるみたいだけど?」

不意に、ジェニーがそう言って俺をみやった。いつもの挑発的な表情だが、その視線は、何かを訴えようとしているようにも見えた。

適当に話を合わせてやれ、とでも言ってるんだろうか?すくなくとも、結婚どうのこうので怒ってる、って感じじゃなさそうだ。

「ったく、いい気なもんだ。寄ってたかってイジめるのはよくねえって、あのロッタって人から言われなかったのか?」

「こいつはイジめじゃない、説教だよ」

俺の言葉にユベールは笑顔で反論してくる。まったく、ああ言えば、こう言う。誰に似たんだか、ほんとによう。

だが、そう思っていた俺の、ユベールはそのままのまぶしい笑顔でまるで本当に何でもないかのように、口にした。

「俺たちは身近に親戚もなにもいないから、結婚式なんてそうそう呼ばれないんだよ。だから、俺、一度でいいから見てみたいんだよなぁ!

 テレビやなんかで見ると、幸せそうじゃんか!ああいう、家族になろう、って誓いってさ!」

その言葉は、俺の気持ちを一気に抉り取った。理由はいくつもあるだろう。

俺が兄だと名乗れないことも、名乗ったところで、こいつが喜ぶとはわからんということも、

家族ってものに何か幸福なものを感じているんだってことも、そして、もしかしたら自分はそれを一度も見ないままに死んでいくのかも知れない、

と案に悟っているのかも知れねえ、ってことも。

「ははは、わかったよ。結婚を決めりゃぁ、一番にお前に教えてやる。点滴棒を引いてでも式には参列してもらうから、体調整えておけよ」

俺は、ユベールの言葉に、そうやって話を合わせてやるので精いっぱいだった。



 





 ユベールの体調管理のため、話は1時間、と限度を決められていた。

名残惜しそうにしてきやがるあいつにまた来週来ると約束をして俺たちは病院を出て、車に戻った。

 とたん、ふぅ、と大きくジェニーがため息をついた。そりゃぁ、そうだろう。俺だって、最初の2、3度は思ったさ。

なんで、あんないいやつが病気になんてならなきゃいけねえんだ、って。ましてや、そいつは俺の弟ときたもんだ。

他人だったとしたってそう思うだろうに、な。

 「大丈夫か?」

エレカのモーターを始動させながら俺はジェニーにそう聞いてやる。するとジェニーはまた、ふうと息を吐いて

「あんたこそ…よくああしていられるよね」

と言葉を投げて来た。

「なに…さすがにもう慣れた。今は、ああいうのを聞いて多少落ち込んだとしても、すぐにそいつをそのまま、あいつを死なすもんか、って思いに変えることにしてる」

「そう…なら、それ、私も付き合うよ。あんたほどじゃないだろうけど、私にだって多少の蓄えはある。あの子の治療の足しにしてやってくれよ」

俺の言葉に、ジェニーはそう言ってくれた。だがそんなの…

「いいのかよ」

「構わないわ。だって、そのうち私の義理の弟になるんでしょ?」

ジェニーはそう言ってあの表情で俺を見てそう言い、笑った。

 と、不意にPDAの着信音が社内に響いた。俺の方だ。ポケットから取り出してディスプレイを見ると、そこにはカリの施設の電話番号が表示されている。

なにか、あったのか?そう思いながら電話口に出ると、向こうからはロッタさんの声がした。

<あぁ、ユディスキンさん?私で、ロッタです>

「あぁ、どうも。なにかあったか?」

<少しお話ししたいことがあって…まだ街にいるなら、施設の方に来てもらえないかしら?」

俺が聞くと、彼女はそう言って来た。施設で、話?いったいこのタイミングでどんな用事か…まさか、ユベールの体調が思ったほどよくはねえのか?

俺は湧き起ってくる胸騒ぎを抑え込んで

「分かった。今病院を出たところだから…20分、いや、15分でそっちにつく」

と答える。すると向こうから少し明るい声で

<はい、じゃぁ、待ってますね>

と返事が聞こえて来た。
 
 電話を切った俺の顔をジェニーがちらっと覗き込んでくる。

「何か用事?」

「あぁ、ユベールの施設からな。なにか話があるらしい」

俺がそう答えると、ジェニーは少し考えるしぐさを見せてから、

「またカフェで待ってた方がいいかしら?」

と聞いてくる。まぁ、それでもいいが、な。実は、別件でお前について来てもらった方が都合がいいことがあるんだ。

連邦福祉法で、独身の人間が育児放棄が理由で施設に入ってる子どもの引き取り手にはなれねえ、ってのがある。

親の事故や病気で入所してる子ども達とは扱いがまた違うんだそうだ。

まぁ、まだ手術がすんだわけじゃねえし、そんなことを考えるのも気が早いのは確かなんだが、今からそれをにおわせて置くのも悪くはない。
 


「いや、一緒に来てくれると助かる。あいつの義理の姉になってくれんだろう?」

俺がそう言ってやったら、ジェニーはクスっと笑って

「その言葉、絶対に忘れるんじゃないよ」

なんて念を押してきた。それに、な。

もし、悪い話だったときには、お前には悪いとは思うが、それでも、一緒に聞いてもらえることは、やはり少し安心できるような、そんな気がするんだ。

 俺はそのまま車を施設へと走らせた。車を停めてインターホンを押し、中に上がらせてもらう。

俺の非番はたいていウィークデーなんで、ここに来ても子ども達とはほとんど顔を合わせることはない。

もちろん、ジュニアスクールへ通学するよりも前の、4歳か5歳くらいのチビ達は何人か見たことはあるが、な。

 俺とジェニーはいつもの応接室に通された。しばらくそこで待っているとロッタさんが顔を見せる。彼女はジェニーを見るなり

「はじめまして。どちら様ですか?」

と聞いてきた。

「あぁ、ユディスキン中尉の部下で、ユージェニー・ブライトマンと言います。私も、ボランティア活動に興味があって、ご一緒させていただきました」

ジェニーはそんなことをシレっという。それを聞いたロッタさんは、やけにツンとした態度で

「そうですか」

と返事をしてそれから

「来ていただいてありがとうございます、ユディスキンさん」

と改めて俺にそう言い、俺の向かいに腰を下ろした。

「なにかトラブルでも?」

俺がそう尋ねると、彼女は複雑そうな表情をしてふうと、息をついてから俺に言った。

「実は、先日、ユベールに関する会議が福祉局の方でありましてね。あなたのこともご報告させていただきました」

俺の報告、ね…あんまり良い話でもなさそうだな…報告は義務だろう。だが、それが必ずしもいい結果に結びつくとは考えにく。

施設の生活を知っている彼女たちの報告が、俺とユベールの関わりをどうとらえているのかは、想像の域を出ない。

もし万が一、俺があいつに悪影響を与えている、と判断された日には、これまでのような交流もできなくなる恐れがある。

そいつだけは避けたいもんだ。もちろん、そんなことのねえように、印象は大事にしてきたつもりではあるが…

「それで?」

俺が先を促すと、ロッタさんは俺の目をジッと見て言った。

「会議で、あなたとユベールの関係を隠さないで良い、という方向に結論付けました」

俺は言葉を失った。それは、つまり…

「それは…要するに、あいつに、俺が兄貴だと、そう伝えていい、ってことなのか?」

「えぇ、その通りです。施設側としても、その方針に従う方向でおりますが…肝心なのは、ユディスキンさんがどうされるか、です」

「俺が?」

「はい。ユディスキンさんが伝えないと言われるのでしたら、施設側もそれに合わせてあなたはただのボランティアの軍人であるといたします。

 ですが、もし伝える、ということであれば、私も同席する場で、一緒に伝えたいと思っています」
 


そうか…それは、心臓の悪いユベールにとっては、負担になるだろう、って意味合いだな。俺はそう感じた。

いや、それもあるんだろうが、もしかすると、あいつがマイナスの方向に動揺するんじゃねえか、ってことを恐れている感じもする。

 今までは禁じられていたから、そんなことは考えないですんでいた。だが、こうしていざ許可が出るとなると、確かに難しい問題だ。

俺一人の気持ちを言えば、言ってやって抱きしめてやりたいと思う。だが…果たして今の状態のユベールにそれを伝えて、あいつが喜ぶのだろうか?

この先、あいつが確実に回復するのなら構わないだろう。

だが、もしかするとあいつは、俺が伝えてしまうことで、混乱したままに命を落としてしまう可能性もある。そいつは…避けたい。

だが、もし…いや、それでも…ちっ!今すぐに答えなんて出せるような問題でもねえな…

 「おっしゃることは、わかります…すみません、ここでは、簡単に結論を出せそうもない。良ければ、しばらく考える時間をいただきたい。

 どうするかを決めたら、必ず一番に知らせると約束します」

俺の言葉に、ロッタさんは黙ってうなずいた。それから俺は、最近のユベールの様子なんかを話した。

 だが、俺はその話をほとんど理解しちゃいなかった。あいつは、ユベールは、俺が本当の兄貴だと知ったらどんな顔をするんだ?

あの笑顔は、いったどんな変化をする?そんな想像ばかりが頭に浮かんで、それ以降、離れることはなかった。


 


つづく。


 

おつおつ

写真はアヤが初めて釣りに行った時のやつか
それにしても隊長、カッコ良すぎる!
兄貴だと名乗り出たのか気になるな

>>889
ハウス少尉は登場の時にピンときましたw 
あの小隊もオメガっぽい居心地の良さがあったもんねw

乙!

隊長二人のやりとりにはどうにもニヨニヨさせられますなあ
アヤさとの絡みもどんなやり取りがあったのか楽しみでならん
別れがくるのが分っているのがどうにも辛いが、この兄弟に少しでも幸いが待っていれば良いなあ

ヘタレだったマライアたんを心配した隊長がうまく根回ししてあの小隊に配属されたか…
マライアたんがヘルシンキの少女だと知ったハウスさんが隊長譲りのイカサマで隊に引き抜いたか…
もしくはホントに偶然の「引き」だったのか、そこらへんの背景も気になるねー

テロも戦争も怖いけど、病気も怖いよな…
こんないい少年が…なぁ…

>>903
感謝!

そうですね、ちょうどみんなで釣りに行ったときの写真です!
ハウス少尉以外にも、隊長の「古い知り合い」は名前書いてないけどたくさん出てるんですよねw

隊長は悩みます、そして…


>>904
感謝!!

そうですね…どうしたって、涙の展開です…


>>905
感謝!!!
たぶん、隊長がハウスのところに根回ししたんだと思いますw


>>906
感謝!!!!
ユベールぅ…



続きです。
 





 翌日。俺は朝から訓練で、ジャブローの空を飛んでいた。なんのことはねえ、ただの対地目標への爆撃訓練だ。

昨日の晩はロクに眠れやしなかったが、多少の寝不足でも、これくらいはワケはない。

 「各機、ぬかるなよ」

俺は率いていた第二小隊のハウスと末尾で見習いを抜けたばかりのアイバンにそう声をかけた。

<了解、副長>

<引き締めていきますよ!>

二人の返事が聞こえてくる。俺はそいつを聞いてからレーダーに映し出された仮想目標の位置を確認して、火器管制のスイッチを入れた。

訓練用のセンサー付き模擬弾はオールグリーン。いつでも投下できる状態だ。

<おーい、ハウス!どうだ、今夜の一杯賭けて、勝負、ってのは?>

<ははは、ザック、泣きを見るだけだと思うがそれでもいいのか?>

<言うじぇねえか。受けて立つってことでいいんだな?>
ハウスと、第一小隊のザックがそう言葉を交わしている。ったく、呑気な野郎どもだ。

こっちは見習い上がりのアイバンがいて不利だってことをわかっちゃいない分けでもないだろうに。

「アイバン、ハウスに無駄金使わせるわけにゃいかねえ。いつも以上に気合入れていけ」

<はは、了解です!>

俺はそんなやり取りに合わせてアイバンにそう声をかけてやる。アイバンは何が楽しいんだか、そう弾んだ声で答えて来た。

 <よし、各隊、準備良いな?まずは第一小隊が行かせてもらう>

次いで隊長の無線が聞こえて来た。同時に、第一小隊が高度を下げて、目標地点へとアプローチを掛けていく。俺は上空からそいつを眺めていた。

滑らかな軌道を描いて降下して行った第一小隊は、寸分たがわぬタイミングで模擬弾を切り離した。

レーダー上に、模擬弾が放つ位置情報の信号が爆発効果範囲として表示される。目標10個中、9個がその範囲の中に納まった。

<ヒュー!やるじゃねえか!>

ハウスの歓声が無線に響いた。なるほど、こいつはなかなかプレッシャーだな。俺は内心そんなことを思いながら

「ハウス。お前、外すんじゃねえぞ」

と無線に言ってやる。するとヘルメットの中にハウスの笑い声が響いてきた。

<ははは!任せてくださいよ、この程度、ミスはしません!>

「よし、期待してるぜ。第二小隊も行く。編隊乱すなよ」

ハウスの言葉にそう返事をしてから、俺は機体を降下させた。後ろからハウスとアイバンがぴたりと機体を寄せてついてきている。

ハウスはまぁ、このくらいは当然だが、アイバンはずいぶんと腕を上げたな。こりゃぁ、近いうちに少尉への昇進を申請してやってもいいかもしれねえ。

見習い上がりの連中の中じゃぁトップクラスだし、な。

 レーダー上の目標がグングンと近づいてくる。ジャングルの一部に木々のない禿げ上がった地面が見えてくる。

俺は速度と高度を読みつつ、レーダーを見ながらタイミングを計って無線に怒鳴った。

「投下!」

同時に、操縦桿のボタンを叩く。ガコンと音が響いて機体が微かに浮き上がる。俺は上昇軌道に入りながら、レーダーの反応を見やった。

<おいおい、どうした?>

誰よりも最初に聞こえて来たのは、隊長の声だった。それもそのはず、俺たちの投下した模擬弾は仮想目標から大きくずれて、

3つを辛うじてその効果範囲に収めているだけだった。しまったな…タイミングを間違えたか?
 


<たっはー!やっちまったな…風でも出てたか?>

<運が悪かったな、ハウス!ごちそうになるぜ!>

ザックとハウスのそんな声が無線に響いた。すまんな、ハウス…おそらく、風のせいなんかじゃねえ…俺が集中を欠いてたようだ。

 <第三小隊、行くよ>

不意に、無線にジェニーの声も聞こえた。上昇した俺たちの下を、ジェニーが率いる第三小隊が降下して行き、爆弾を投下した。

だが、第三小隊の爆弾も目標からかなりそれた位置に着地し、レーダー上では俺たちと同じ3つの目標をとらえたに過ぎなかった。

<あちゃー、第三小隊も、か>

<こりゃぁ、相当風が出てるか?第二小隊も第三小隊も、ずいぶん進行方向側に流れてるもんな。追い風だろう>

相変わらずそんなことを言っている二人だが、俺には分かった。ジェニーのやつも、おそらくは俺と同じなんだろう。

まったく、お前がそんなにしょい込むことはねえってのに…あいつのためにそんな状態になっちまってる、なんて、申し訳ねえやら、嬉しいやら、だ。

 <よし。各機、各隊。再度、爆撃軌道に入るぞ。集中して掛かれよ>

隊長の無線が聞こえて来た。その通り、だな。寝不足が堪えてるわけじゃねえ。こりゃぁ、集中力の問題だ。頭がどうにも冴えねえ。

靄がかかっているみてえに、判断が鈍いような感覚だ。

「すまんな、ハウス。俺の読みが悪かった。次は外させねえよ」

俺は無線にそう言ってやる。するとハウスはまた笑って

<まぁ、次の第一小隊の結果次第、ですかねぇ。大外しでもしてもらわない限りは、こいつは勝ち目がなさそうだ>

なんてことを言っている。呑気なのはありがたいが、さすがにこんな結果になったんじゃぁ、心苦しい。次こそは、全部潰せるようにしてやらなきゃな。

俺はそう気合いを入れなおした。

 それから俺たちは2度目の投下訓練を行い、第一小隊は俺とジェニーが外したのを風の影響と読んでタイミングをずらしたせいか4個にとどまった。

俺たちは今度は何とかタイミングをとらえられて9個。ジェニーもなんとか修正できたようで、7つ目標を捕まえていた。

 それでも、1個差でハウスの負け、だ。悔しがるハウスと、それを笑うザックの無線を聞きながら、俺は自分の気の抜けたザマを内心で責めたてていた。

まさか、ここまで自分が割り切れてねえとは思ってもみなかった。もう何年もこんなことは考え続けてきたはずだってのに、ひどいもんだ。

それだけあいつのことを思っている、と言や聞こえはいいが、それにしたって、ひどいありさまだ。

だが、そう思って幾ら気合いを入れなおしても、気持ちを切り替えようとしても、うやむやでつかみどころのない何かが俺の中に漂っていて、

どうにも、判断のキレがなかった。

 まったく…我ながら、繊細なもんだ。呆れて言葉もねえや。



 





 訓練を終え、デブリーフィングも済ませて食堂で夕食を摂った夕方過ぎ、兵舎の自分の部屋に帰った俺は、案の定、眠れずにいた。

昨日のほとんど寝れやしなかったのに明日は朝から機動訓練だ。さすがに、今夜ばかりは眠っておかないとまずいことこの上ねえ。

だが、ベッドに横になったところで浮かんでくるのはユベールのやつの笑顔だけだった。

 あの日泣いて連れていかれたあいつが、今になってあんなに明るいだなんて思ってもいなかったってのが、最初に会った正直な感想だった。

あいつにとって、施設での生活はいったいどんなだったんだろう、あいつにとって俺たち家族ってのはどう認識されているんだろう、

もしあいつが、俺が兄貴だと知ったとき俺に対する感情はどう変化するんだろうか。

俺が血のつながった兄弟だと伝えたとき、あの笑顔が消えてなくなっちまうんじゃねえか。俺はそんなことを、グルグルと考え続けていた。

 コンコン、とドアをノックする音。ジェニーの奴だろう。まぁ、来るだろうな…いや、ありがたい、と言うのが本音、か。俺はドアを開けてやる。

案の定そこには、ジェニーがいた。いつもの表情はなく、沈んだ、不安げな表情をしている。

俺が迎え入れる前に、彼女は俺の胸元にすっぽりと収まってすがり付いて来た。俺はドアを閉めながらジェニーの体をそっと抱きしめる。

 「ごめん…こんなで」

ジェニーは俺に顔をうずめながらそう言った。

「いいさ。俺も、似たようなもんだ」

俺もそう答えてジェニーの髪に顔をうずめた。

 ジェニーを開放してソファーに座らせる。

「コーヒーでいいか?」

「ううん…こっちがいい」

ジェニーはそう言って、ローテーブルに置いてあったバーボンのビンを差して言った。

グラスを取ってやったら、自分でバーボンを注ぐので、俺はジェニーの隣に腰を下ろす。バーボンを一口飲んだジェニーはふう、とため息を吐いた。

沈黙が部屋を包む。

「今、何考えてる?」

不意に、ジェニーがそう聞いてきた。何を考えているか、か…

「正直言うと、わからん。ユベールのことを考えてる、ってのは確かだがな…

 実際、具体的になにがどうなのか、って言われたら、正直なんと言って良いかは霧の中、だ」

俺の言葉に、ジェニーはしずかに

「そう」

とだけ返事をした。

 正直言って、頭が回転しているのかどうなのかさえ疑問だ。問いは、端から決まっている。

ユベールに俺が兄貴だと伝えるか、伝えないか、ただのそれだけのはずだ。だが、どうしてかそいつがうまく扱えないでいる。

本当に、ただのそれだけの問いのはずなのに、その質問自体が、まるで煙を掴むようにして扱おうと思えば思うほどに消えていく。そんな感じだ。
 


「あの子の笑顔が、頭から離れないんだよ」

不意にまた、ジェニーが言った。

「素直なことを言うとね。施設で、あなたのことを彼に伝えてもいい、って話を聞いたときに、私は、そんなことはするべきじゃないって、そう思った。

 それを聞いた彼のあの笑顔が、歪んでしまうんじゃないかって、そう思ったから」

俺は黙ってジェニーの話に耳を傾ける。だが、ジェニーはつづけた。

「でも、帰ってくる車の中で少し考えたんだ。そんなのは…ずるいんじゃないか、ってね。まるで、逃げてるみたいじゃないか。

 それが怖いから、あの子の笑顔を壊すのが怖いから、だから、伝えないでいてほしいってそう思ってるんじゃないか、って」

ジェニーの言葉に、俺は鈍い反応しか示さない自分の頭をなんとか回転させる。逃げてるみたい、ね…確かにそう言われりゃぁ、そう捉えられなくもない。
俺が兄貴だ、っていう告白が、あいつの笑顔を壊しちまうかもしれない、って思いは俺も同じだ。だが、それはあくまで可能性の話だ。

必ずしもそうはならねえかもしれん。本当の家族を知らないあいつが、それを知りたい、って思っている可能性だって、ないわけじゃねえんだ。

「だがよ…あいつが、俺たち家族をどう思ってるかなんて、わかりゃしねえ。

 あいつが姓を名乗らねえことに、どういう意味があるのかを考えると、伝えるってことは、ただの俺の独りよがりのようにも思える。

 そんなんで、あいつにリスクを負わせるのも違うだろう?」

「だけど…!」

俺の言葉に、ジェニーはそう声を上げる。だが、俺はつづけた。

「少なくとも俺は、ユベールのことさえなけりゃぁ、親に感謝もしている。お前はどうだ?自分の親、どう思う?悪く思うことなんてないだろう?

 言っちまえば、俺もお前も、そういう意味では何不自由なく育ってきちまったんだ。

 だから、伝えることで、多少の苦労があっても、家族はきっと分かり合える、なんて思えちまうのかもしれねえ。

 だから、あいつが同じ結論に至ると決めつけるのは、予測が甘すぎるような気がする」

ジェニーはグラスをギュっと握ってうなだれた。さて、どうしたもんか、な…いよいよ、行き詰ってるらしい。

俺の気持ちや思いだけを考えるんなら、答えは簡単だ。そんなもん、後先考えずに全部まとめて伝えてやればいい。だが、ことはそう簡単じゃねえ。

今のあいつは、俺のその一言が致命傷になりかねない病状だ。俺の一言がもし、あいつを悩ませ苦しめるようなものだとしたら、

あいつはあの笑顔を忘れて、そのまま死んじまうかもしれねえんだ。だが、ユベールのことを考えりゃ考えるほどに、思考は迷路に入っていく。

答えなんて見つからず、行き止まりにぶつかるだけ、だ。このままじゃ、埒があかねえ、な、まったくよ。

「仕方ねえ」

俺は、いよいよすべてを投げ出してそう呟いていた。ジェニーが俺の顔を見やる。

「こうなったら、あいつに直接聞いてみるしかねえよね」

「直接、って…彼に、何を?」

「家族について、どう思ってるかを、だ。そうでもねえと、答えなんて見つかりそうもない」

俺の言葉を聞いて、ジェニーが俺を見つめて来た。その表情は、俺を心配しているそれだった。大丈夫だ、ジェニー。苦しいし、辛いさ。

だけどな、ジェニー。なにがどうあっても、これは俺にとっては前進なんだ。言うにせよ、言わないにせよ、俺はユベールのそばにいることができる。

ただ、あいつの身を案じ、調査会社を通してしか、あいつのことを知ることができなかったあのころとは違う。

そう思や、こんな状況だって、捨てたもんじゃねえと、俺は、そう思うっきゃねえだろ?



 





 翌週の休み。俺は朝からジェニーを連れて、カリの街へと向かっていた。

あれから毎晩、ジェニーは俺のところにやってきては、何を話すでもなく過ごしていた。4日ほどたってようやく表情の冴えて来たジェニーは、

5日目の夜にはあきらめたような、何かを悟ったようなそんな表情で

「あんたの言うとおり彼と話さないことには何一つ進まなそうだよ」

なんて言って、微かに笑った。本当にその通りだと、俺も思うようにした。何しろ、重要なのは情報収集と分析、だ。

何をするにも、自分の想像と推測だけで物事を推し進めるにゃ、限界がある。

確定的でないにしろ、ある程度の状況を知っておく必要があるのは、何も戦術論だけの話じゃねえ。人と人の間だって、そいつは同じだろう。

 カリの街に入った俺は、まず病院ではなく中心街のデパートに車を走らせた。そのデパートの玩具コーナーで、ジグソーパズルをジェニーと選んだ。

釣りが好きだと四六時中言っていたから、まぁ、多少難解そうではあったが青い海の風景がプリントされているものを選び、

それに合うフレームも買い込んだ。

まぁ、話のタネにでもなりそうだし、それに、本ばかり読んでるのも退屈なんじゃねえか、と思っていたからだった。

ついでに、ユベールが食えそうな菓子も買って、俺たちは車に戻って病院へと向かった。

 エレベータを降りて病室に近づくと、珍しくこんな時間だってのにユベールの部屋から話し声が聞こえて来た。誰か来ているのか?ナースだろうか?

そんなことを思いながらドアをノックして中を覗くと、そこには、嬉々とした表情で喋っているユベールとそれを無表情で聞いているユベールと同じくらいの年ごろの、

アジア系の少女が椅子に座っていた。

「あぁ、旦那!」

ユベールは俺を見るなりそう声を上げる。

「おっと、お客さんだったか。外すか?」

俺がそう聞くと、少女が椅子を立って

「ユベール、帰るね」

と小さな声で言って立ち上がった。

「あぁ、別に気にしなくていいのよ?」

俺にくっついて部屋を覗いていたジェニーがそう声を掛けるが、彼女は微かに笑みらしき表情を見せて

「たまたま近くを通ったから寄っただけなので」

と言うと、俺たちとユベールに挨拶をすると、そのままスタスタと病室を出て行ってしまった。こいつは、ちょいとばかしタイミングが悪かったか?

 そんなことを思って、部屋に入りながら俺はユベールに謝る。

「すまんな。この時間に人が来ているなんて、初めてだったもんだから」

俺が言うとユベールは明るく笑って

「あぁ、気にしないでくれよ。シャロンって言って、施設のやつなんだ。いつもは週末の昼間か、ときどき平日の夕方に顔を出すくらいだからさ。

 タイミング悪かったのは、むしろあいつの方だし」

なんてことを言う。ふと俺は、ユベールの表情がいつも以上に明るくなっていることに気が付いた。

それこそ、見ているのがまぶしくって目をそらしてしまいたくなるほどの、満点の笑顔、ってやつだ。

「ははーん?さては、ユベールくんのイイヒト、だね?」

ジェニーがそんなことを言いながら茶化す。だが、ユベールはそんなのには一切動じないで

「あははは、そんなんじゃないよ。まぁ、親しいって意味じゃ、施設の中では1番か2番を争うくらいだけどさ」

なんて笑い飛ばす。そうか…まぁ、邪魔でなかったんならよかったよ。

俺はそう思いつつ椅子に腰かけて、デパートで買って来たパズルとフレームをユベールのベッドに放ってやる。
 


「なんだよ、これ?」

「土産だ」

そう答えて中を開けるように促すと、ユベールは袋を開いて中を覗き、パァッと明るい表情を見せた。

「おぉ!パズルだ!はは、こりゃぁ、しばらく退屈せずに済みそうだな!ありがとう、旦那!」

まったく…弟ながら、嬉しい反応してくれるじぇねえか…

俺は、そんな今日ばかりはそんな場合じゃねえっていうのに、そんなユベールを見ていたら、ふっと気持ちが緩んでしまうのを感じていた。

本当に、不思議な魅力のあるやつだ…つかめないやつだ、ともいえるが、まるで警戒心なく他人との境目を踏み越えてすっとこっちの気持ちの中に入り込んでくる。

そいつは、なぜだか踏み込まれているはずなのに心地よく感じた。本当に、妙なやつだよ、お前。

 そんな俺をよそに、ユベールはジェニーと一緒になってパズルの箱を見て話しに花を咲かせている。

「おっ!海だ!南の島かなんかか、これ?」

「そうよ。えっと、確か…モルディブ、だったかしら?」

「あ、ほんとだ、そう書いてあるな。モルディブってどこなんだ?」

「インドの南の方だよ」

「インド…がどこかもあやふやだけどな。地理には疎いんだよ」

「ふふ、まぁ、私もパイロットじゃなければ知らない場所だよ。行ったこともないしね」

「そんなもんか。あ、そういえばさ、施設にいるアヤってのが、こっから北のカリブ海ってところにある、アルバ、とか言う島がどうのこうの、っていっつも騒いでるんだよ」

「さっきの子は、シャロン、って言ったっけ?そのアヤって子が本命なの?」

「あはは、だから違うって!あいつらとは、そういうんじゃないんだ。あ、でも、アヤはシャロンと同じで特別なんだぜ?親しさの1番と2番があいつらかな」

「ふーん?どっちが一番なの?」

「あははは、そんなの決められるはずないだろう!」

ジェニーとユベールはそんなことを話しながら笑っている。

ジェニーもここへ来てユベールと話すのはまだ二度目だっていうのに、完全にユベールに心を許しているように見える。

それどころか、いつものジェニーのあの挑発的で勝ち気な雰囲気はどこにもない。本当に、まるで年の離れた弟と話しているような、そんな様子だ。

そんな、普段基地やなんかで一緒にいる俺が新鮮に思えるようなジェニーにも関わらず、それすら自然なことだと感じている俺がいる。

ユベールのあの笑顔に微笑まれりゃぁ、たとえ俺だろうがジェニーだろうが、たちどころに気持ちが穏やかになっちまう。

 こんな笑顔で笑えるこいつは、抵抗も警戒もなく俺たちの懐に飛び込んでくるこいつは、いったい、俺たち家族から離れてどんな暮らしをしていたんだ?

あの施設や、“どこかにいる本当の家族”は、こいつにとってどんな存在なんだ?

 俺は、数日前、ジェニーと一緒に頭を悩ませた疑問を思い出した。だが、その疑問は、あのときとは印象が違った。

あのとき、俺は、俺が兄貴であるかを伝えるかどうかで苦しみ、その答えをユベールに求めようとしていた。

だが、今のこの感覚はそのときのとはだいぶ違う。

俺はただ、純粋にユベールが生きて来た時間と、生きて来た暮らしのことを聞いてみたい、とそんな気持ちになっていた。

これは、おそらく俺が覚悟を決めた、とかそういうことでもねえな。おそらくは、こいつのおかげ、か。
 


 俺はそう思いながら、そのアヤってのとシャロンってのの話をジェニーに聞かせているユベールの横顔を見つめた。

「それでさ、アヤがそのチンピラに飛びかかっていくもんだから、俺とシャロンと、そのタトゥーのバリーってので止めに入って大変だったんだよ」

「あはは、ずいぶん生きの良いのがいるんだね。しつけが必要じゃない」

「それは言って聞かせてるんだけどさ、あいつ、全然聞きやしないんだよ」

ユベールはアヤってやつに少しばかり呆れたような表情で言って笑った。俺はそいつに空笑いを交えてから、気が付けばポロっと、ユベールに尋ねていた。

「お前にとって、あの施設はどういうところなんだ?」

すると、ユベールはニコっと笑って、迷うことなく答えた。

「あそこは、俺の家さ!」

「そりゃぁ、ずいぶん長いこと住んでるって話は聞いてるけどよ」

「あぁ、2歳くらいからだ、って…あぁ、この話はしたよな。まぁ、それくらいからずっとだからさ、あそこにいる連中は、俺にとっては家族なんだよ」

ユベールの言葉に、俺は、ハッとした。家族…あそこにいる連中が、そうだ、っていうのか?

「あのロッタって人や、そのアヤも、さっきのシャロン、って子もってことか?」

「あぁ、もちろん!そりゃぁ、それなりに数も多いし、普段あんまり話をしたりしない連中もいるけど、それでも俺は家族だってそう思ってる。

 で、アヤとシャロンはその中でも別格なんだよな。まぁ、二人とも、妹みたいなもんだ。ロッタさんは、母親かなぁ…

 まぁ、俺、血の繋がってる方の家族のことなんて覚えてないから、母親や兄弟がどんなもんなのか、とか、そういうの全然わかんないんだけどな」

俺の言葉に、ユベールは笑って答えた。家族…お前、今、そう言ったのか?

お前にとって、あの施設が家で、お前にとってあそこにいる大人も子どももお前の家族だって、そう言ったんだな…

「家と同じで、長いこと一緒に過ごしてきてるだろうしな」

話の流れでそう言った俺の言葉を、ユベールは笑って否定した。

「あぁ、でも、それだけじゃないんだ。一緒に居たって、家族になる、ってのは簡単じゃない。家族ってどういうものか、俺には分からない。

 だから、俺は俺なりに家族がどんなもんかってことを考えた。で、さ。ロッタさんと話をしたりなんかして、思ったんだ。

 ただ一緒にいるだけじゃ、家族だなんて言えない。家族でいたけりゃぁ、それ以上のことをする必要があるんだな、って」

「それ以上のこと?」

俺が聞くと、ユベールは嬉しそうに微笑んでうなずいた。

「あぁ!家族でいたけりゃさ、俺は、一つの物を共有するのが一番だってそう思った。何も、手で触れるものだけじゃなくてさ。

 楽しみとか、嬉しいこととか、出来事もそういう気持ちも、全部を共有して一緒に過ごす。

 そうやって、人間って繋がっていくもんだってそう思うんだ。それで、そうやって繋がって行って家族になるんだ、って、思ってずっとやってきた。

 大変なこともいろいろあったけどさ…でも、そうやって施設のやつらとも、街の人とも、はは、それこそ、路地裏の連中とも繋がって来れたから、

 俺は寂しいなんて思わなかったし、たぶん、こういうのを幸せって言うんだと思うんだ」

ユベールはそこまで言い終えて、笑い声をあげた。

「旦那、なんだよ、その顔!かわいそうなやつだ、なんて思ってんじゃないだろうな?もしそうなら、見当違いもいいところだぜ?

 俺には不満なんて一つもない。あ、まぁ、そりゃぁ、本当は病院なんかじゃなくて、施設で寝起きしたいな、とか、そういうことはあるけどさ。

 あと、飯だよなぁ。病人食って味が薄くって、施設のおばちゃん達の作ってくれるハンバーグとかコッテリした油っぽいもの食いたいとか…

 はは、そういう細かいことは上げたら切がないわ」
 


俺は、そう言われてハッとしてとっさに笑顔を作った。ユベールの言うように、別にかわいそうだ、なんて思っていたわけじゃねえ。

むしろ、逆だ。

俺には、ユベールの話を聞いて合点が行っていた。こいつは、幼いころからそうやって、自分の家族を自分で“作って来た”んだ。

だから、誰かの心に自分を受け入れてもらう方法を知っている。自分が誰かを受け入れる方法を知っている。

だから、こいつはこんなに心地良くって、不思議なやつだと思うくらいに、こっちの緊張を解きほぐすんだ。

誰かと繋がること、あらゆることを共有していくことが、家族、か…そうか、そうだろうな…だとしたら、俺は…お前の家族なんかじゃねえな。

血がつながっているから兄弟だ、なんて、そんなのはお前に取っちゃ、あまりにも短絡的で下らねえ縛りでしかないんだろう。

血が繋がってるから、と言って家族だと胸を張るようなのは、そんなことを言われたあとじゃぁ、あんまりにも滑稽じゃねえか。

確かに、その通りだよ、ユベール。俺は、お前を捨てた親を親とは思いたくない部分がある。

それはお前が言うところの、繋がりを断ち切る姿を見たからだろう。そんなのを、お前は家族だ、なんて認めやしないだろうな。

だとすれば、どんなに気持ちがあろうが、俺もそのうちの一人、ってわけか…考えてみりゃぁ、そうだろうな。

ユベールにとって繋がりが何よりも大事なら、俺も両親と変わりゃしねえ。お前を捨てた、繋がりを絶っちまった家族の一人、だ。

 そう思えば、もう自分がユベールの兄貴だ、と言おうだなんて気持ちは微かにも残っちゃいなかった。

こいつには今は、かけがえのない大切な“家族”がいる。そんなところへ俺が兄貴だと名乗ったところで…

そんなもんは、こいつにとっては何よりも白々しい、言葉だけの宣言にすぎないだろうってことが分かっちまったから、な。

 そう思い至って、俺は胸の空くようなそんな心持ちになった。何を悩んでいたんだか、今となっちゃ、バカらしい。考えてもみろ。

俺は端からユベールの幸せを望んでいたはずだ。こいつは、今、確かに言った。幸せなんだ、と。それは嘘でも虚勢でもねえ。

ユベールは確かに、自分の幸せを自分で見つけて、そいつをきちんと、手にできているんだ。

今更、20年以上も会ってねえ、顔も覚えちゃいねえ兄貴に、出番はねえよな。

 「いや、そういうことじゃねえけどよ。まったく、お前ってやつは、その年でよくもまぁそんなことを言えるもんだな、と感心しちまってたのさ」

俺が答えたらユベールはまた声を上げて笑い

「まぁな!これでも、苦労人なんだぜ?」

なんてあっけらかんとして言いやがる。まったく、年上の俺だが、そう言われちゃぁ、取り付く島もねえ。立派になったな、ユベール…

 俺はそんなことを思いながら、ジェニーの顔を見やって笑うユベールを見つめた。そうだな…俺は、お前の兄貴でなくたっていい。

ただこうして、お前のそばでお前の笑顔を見守ってやることさえできりゃぁ、それが一番だ。

いや、一番は一刻も早く、お前が快方に向かってくれることではあるけど、な。

 「そんなことよりもさ、旦那。結婚式の日取りは決まったのかよ?」

不意にユベールがそう話題を変えに来た。ったく、そう来ると思ったぜ。油断も隙もあったもんじぇねえよな。

俺はふう、とため息をついて肩をすくめて見せる。

「あのな。金の話も、仕事のこともあるんだ。おいそれと結婚なんて出来やしねえって、前も話したろう?」

「だけどさ、旦那。気持ちはもう決まってんだろ?なら、ほら、善は急げって言葉があるなじゃいかよ」

「そりゃぁ、ただ単にお前が見たい、って思ってるだけじゃねえかよ」

俺が言ってやったら、ユベールはニヤっと笑って

「ちぇっ、バレちゃぁしょうがねえな」

と嘯いた。バレるも何も、お前、先週自分で言ってたじぇねえかよ、って言葉を飲み込んで、俺はもう一度、ふう、っと深呼吸をした。

 まぁ、お前が見たい、と言うんじゃボランティア活動の一環になっちまうってことでそれまでだが…それでも、な。俺は、お前に見せたいんじゃねえ。

お前に、見ていてほしいんだ。これは、俺の自己満足に違いないがよ。それでも、弟のお前には、見守っていてほしいんだ。
 


 俺は椅子から立ち上がった。いきなり、って感じられちまったようで、急にユベールもジェニーも黙り込んで俺を見た。

パズルと菓子を買うためだけに、俺があんなデパートなんぞに足を運ぶかよ。それこそ、そのあたりのショッピングモールで済む話だろう?

 俺はそう思いながら、ユベールに言った。

「おい、ユベール。お前、立会人だからな。良く見ておいてくれよ」

「え?あ、あぁ…うん」

ユベールは戸惑いがちに、そう返事をした。まぁ、みてりゃぁわかるさ。

 俺はポケットからさっきのデパートでこっそり買い込んでおいたモノの入った小さなケースを取り出して、椅子に座ったままのジェニーの前にひざまずいた。

とたんに、俺のやろうとしていることの意味に気が付いたらしい。ガタンと音をさせて、ジェニーは立ち上がった。

その表情はもう、笑っちまいそうになるくらいに、驚いた表情をしていた。

「お、おい、旦那…!あ、あんた、もしかして…!」

黙ってろよ、ユベール。黙ってみてやがれ。俺はそう内心でぼやきながら、ジェニーを見やって買ってあった指輪の入ったケースを開け、

ジェニーに差し出した。いまだに、口をポカンと開けたままのジェニーの目を見て、俺は端的に告げた。

「ジェニー。俺と一緒になってくれ」

俺の言葉が、病室にシンと響く。ジェニーは、驚きの表情のまま、ブルブルと体を震わせて、いよいよ目に涙すら浮かべ始めた。

だが、ジェニーは相当驚いているらしく、なんの一言も俺に言って来やしねえ。おい、なんか言えよ。俺はジェニーの目を見て、首をかしげてやる。

すると、不意にジェニーの表情に生気が戻って、俺の掲げていた指輪のケースに両手を添えた。

「…えぇ、喜んで」

ポロっと、ジェニーの目から涙がこぼれる。俺はそんなジェニーの返答に笑みだけを返して、その薬指に指輪をはめてやった。

そのとたん、ジェニーはひざまずいていた俺を抱きしめて力いっぱい引っ張って立ち上がらせると、ユベールの前だってのに、

貪るようなキスを見舞って来た。俺はそれに応戦して、ジェニーを抱きすくめてやる。

「うおぉぉぉ!旦那!旦那、あんた!ここでかよ!?」

ユベールがそう声を上げた。そうだよ。ここでなきゃ、ダメだったんだ。ジェニーには悪かったかもしれねえが…

俺は、お前に見届けてほしいとそう思ってたんだ。

 どれくらいの間キスをしていたか、ようやくジェニーがぷはっと、声を漏らして、俺から唇を離した。ユベールが笑いながら俺たちをはやし立てている。
俺はそれが、なんだかうれしくって仕方なかった。だが、それ以上のことをユベールは口にした。

「よ、よし、旦那!ジェニーさん!聞けよ!」

俺たちはユベールの声を聴いて、二人してそっちを見る。

「えと、汝、レオニード・ユディスキンは、妻、ユージェニー・ブライトマンを生涯の伴侶とし、互いに幸せを育んでいくことを誓いますか?」

「あぁ、誓う。ユベール。お前に誓って、俺はジェニーと幸せになる」

「よろしい。では、ユージェニー・ブライトマン。汝もまた、夫レオニード・ユディスキンを生涯の伴とし、互いに幸せを育んでいくことを誓いますか?」

「ええ…誓うよ、ユベール。あんたの言う幸せってやつを私達はもっと深めて、広げていく、って」

「よろしい!えっと、じゃぁ、あれだ!俺の前で、もう一度、誓いのキスを!」

ユベールは、あんまり心臓にゃぁ良くなさそうだが、興奮してそう言って来る。だが、そうだな。お前の前で、俺はそいつを誓うよ。

 俺はユベールに言われるがまま、ジェニーに顔を向けて、二度目のキスをした。ジェニーが俺の体に腕を絡めてくる。

ここではちゃんとは伝えられねえが…後でで勘弁してくれよな。

俺が、お前にどれだけ感謝してるか、ってことも、俺がどれだけお前を必要としているか、ってことも、な…。
 


 やがてことが落ち着いて、俺とジェニーは正気に戻ったようにふぅ、とお互いに息を吐いて椅子に戻った。

だが、ユベールはなんだか相変わらず興奮して

「いやぁ、見たかったもんがついに見れたよ!旦那、あんたやっぱりバカだけど男だよな!」

なんて言っている。おいおい、落ち着けって。お前、それ以上興奮すると発作起こっちまうぞ。

俺はそいつが幾分か心配になっちまって、そこからはなんとかユベールを落ち着かせるために、なるだけ落ち着いて、

なるだけのんびりと話かけてどうにか落ち着きを取り戻させた。

 ひと段落してそういえば、と思って腕時計をみやると、すでに部屋に来てから1時間半以上も過ぎていた。

まずいな、興奮させちまったし、これ以上体力を使わせてぶっ倒れられたりしても良くねえ。

 「さて…ずいぶん時間も過ぎちまったし、そろそろ行くぜ」

俺はユベールにそう声をかけた。すると、ユベールは珍しく

「な、なぁ、旦那。悪いんだけど、もう少しだけいて、話を聞いてくれないかな?」

と俺を引き留めてきやがった。なんだってんだ?立ち上がろうと思った俺は、とりあえず椅子に座りなおしてユベールをみやる。

「なんだよ?あんまりお前を消耗させると、ロッタさんにうるさく言われちまうんだ。手短にな」

「あぁ…ロッタさんな。あの人、怒ると怖いよな…い、いや、そうじゃなくって、さ」

ユベールは、一瞬体をこわばらせてから、頭を振って俺に言って来た。

「変な頼みだとは思うんだけど…旦那、さ。俺の、兄貴になってくれないかな?」

俺は…言葉に詰まった。兄貴、だと…?いや、俺は、お前の兄貴だが…いや、ユベールの言いたいことは、そうじゃねえ…

そう、こいつにとって家族ってのは、繋がりを深め合っていく相手のことを言うんだ。それを、俺としたいって、そう言うのかよ…?

「なんだよ、急にそんなことを言い出して?」

「いや…正直、ずっと思ってたんだ。あんたはボランティアの人間で、こんなの迷惑かもしれないけどさ…でも、俺、ずっと憧れてたんだ。

 施設の男の職員は、兄貴っていうよりも、父親って感じだし…

 年上の連中も、俺が家族がどうの、って思う頃には、代替わりであんまりいなくなってて、時間もなかったしうまく繋がれなかったんだ。

 でも、あんたはもう1年くらい、毎週俺に会いに来ては、俺の話も楽しそうに聞いてくれたし、俺もあんたの話を聞くのずっと楽しいって思ってた。

 それにさ、俺、あれこれ父親みたいに言ってこない、年上の人間に…その、甘えてみたいな、って思ってたんだ。

 施設じゃぁ。みんな俺を頼ってくれて、路地裏のやつらもそうだから…ふと思ったんだよ。

 あんたが俺の兄貴になってくれて、今までみたいに楽しいことをなんでも喋ってくれたら…

 俺の…俺の怖さも、一緒になって抱えてくれたら、俺、それってすげえうれしいことだって思うんだ」

ユベールはそう言って、微かに目に涙を浮かべた。

怖さ、と言ったな…ユベール、お前…やっぱりわかってんだな。今のままじゃ、そう長くは持たねえってのが。

微かな望みをかけて、移植待ちしている身なんだ、ってのを、ちゃんとわかっててそいつをなんとか受け止めようとしてんだな…。

その恐怖を、お前、一人で抱えてた、ってのか。

妹だと言った施設の連中のことを思って、そんなのを口にも態度にも出さずに、ずっとそいつを抱えてきてたってんだな…。

兄貴、か…そうだ、兄貴、だ。迷うことも、ためらうこともない。

俺は確かにお前の血のつながった兄貴だけど、そいつはもう、お前には伝えねえと決めた。だが、お前の言う兄貴は違うんだったな。

繋がろうと思って繋がる、家族でありたいと願って、そうあろうとする努力をする…俺に、そういう存在でいてほしい、とそう思ってくれてんだな。

これまでと同じように楽しいバカ話もそうだが、お前は俺に、自分が死ぬかもしれねえって恐怖を一緒に抱えてほしいとそう思ってくれてるんだな…

そんなのは…願ってもない。お前が、そう言ってくれるんなら、な…

俺は、ユベールに向かって笑顔を返してやった。
 


「あぁ。俺でよけりゃぁ、兄貴とでもなんとでも呼んでくれ…俺も、そう言ってくれるとうれしい」

すしたらユベールは、ははは、っと笑顔で笑いながら、ポロッと一粒だけ涙をこぼした。

「なら、まぁ、ジェニーは義理の姉ってことになるなぁ?」

俺はなるべく軽い口調でそう言ってジェニーを見やる。ジェニーは

「ははは、そうだね。そういうのも悪くないね」

なんて言いはしたが、こめかみに思い切り力が入っているのが分かった。泣き出しそうなのを我慢している、って感じだ。

こりゃぁ、早々に退散しねえと、ジェニーが持たねえな。

 「それじゃぁ、まぁ、兄貴様は今日は撤退するぜ。また来週来てやるからよ。

 パズルが終わっちまって、また何か差し入れが要りそうだったらロッタさんに伝言でも頼んでおいてくれや」

「あぁ、うん!そうさせてもらうよ、兄貴!」

ユベールは嬉しそうに笑ってそう言った。俺はそいつを確認して、ジェニーを促して椅子から立ち上がる。

それじゃぁ、またな、と挨拶をして部屋を出ようとして、ふと、脚が止まった。

「レオン?」

「あぁ、先行ってていいぞ」

俺は、ジェニーを部屋ので口に押しやりながらユベールのところまで戻った。本当に、ただなんとなく、だった。

俺がそうしてやりたいと思ったから、と言うのもあったっては正直なところだが…

背中に視線を感じて振り返ったユベールを見て、あぁ、俺だけじゃなかったんだな、と確信していた。

「なにか、他に頼みたいことねえか?」

俺が言ったらユベールは、涙を浮かべた笑顔で、俺に言って来た。

「弟っぽいことされたいって、ちょっとだけ思った」

そうか…よかった。俺もちょうど、兄貴らしいことをしてやりてえと、そう思ったところだ。

 俺はぐっと手を伸ばして18になろうかってユベールの頭をガシガシと撫でつけてやった。

ふと、施設に入ったときに感じる乳臭さみたいなあの香りがした気がして、俺は、湧き起った「抱きしめてやりたい」って衝動をこらえつつ

「心配すんな。施設と福祉局で頼んでる医療局のルートの他に、民間企業が抱えてるドナーバンクにも軍のコネでお前のデータを登録してある。

 宇宙に人間を打ち上げる世の中だ。必ず、お前の体に合うのが見つかるからよ」

と言ってやった。それから、ポンと肩をたたいてやって

「それじゃぁ、来週な」

と声をかけてやる。ユベールは照れながら、それでもうれしい、って顔いっぱいで表現して

「あぁ、うん、兄貴!待ってるからな!」

と、満面の笑みで俺に言ってきた。そんなユベールに軽く手を振って、俺たちは病室を出た。
 


 エレベータで一階へ降り、駐車場になんとかたどり着いた。ジェニーは、車に乗るなり俺にしがみついて来て大声で泣き出しやがった。

俺は、と言えば、人のことなんて言えやしねえ。ジェニーの体をギュっと抱きしめて、歯を食いしばってあふれ出てくる涙を止められないでいた。

悲しいんじゃねえ。そういうんじゃ、ねえんだ。これは、安堵だ。そして、喜びでもあったんだろう。

俺は、戸籍上の血のつながった兄貴としてじゃなく、あいつが望む、あいつの中の“家族”としての兄貴に選ばれたんだ。

それは…それは、やはり、言いようもなく、嬉しいじゃねえか。

俺が悩んでいたことなんぞすべて吹き飛ばした挙句に、こんなことを言ってもらえるなんて、な…

こんな、こんなうれしいことはおそらくどこを探しったってねえだろう。ありがとう、ありがとうな、ユベール。

俺は心の中でそう何度もユベールに礼を言いながら、その一方で強く心に決めていた。

 あいつを死なせるわけにはいかねえ。もう、なりふりなんぞ構ってやいられねえんだ。あいつを生かすためなら…なんだってしてやる。

どんな方法でも、あいつを生かすための心臓か細胞を手に入れてやるんだ、と俺は自分に誓った。

 だが、その一か月後。俺はロッタさんから、聞きたくなかった事実を聞く羽目になる。

ユベールの体の衰弱が著しくなってきていて、おそらくは、すでに移植に耐えうる体じゃねえだろう、って医者の診断だった。

それでも、まだ希望はあった。移植ができなくても、正常なips細胞さえあいつの心臓に埋め込めれば、そこから心筋の再生が始まる。

その方法なら、ギリギリまで対処が可能だってことを俺はこれまでの調べで理解していた。

だが、時間がなくなったという事実が、俺にとって重くのしかかってくることに違いはなかった。




 





 それからも、俺とジェニーはこれまでと同じように、毎週の休みにユベールの元へと通った。

兄貴、と呼ばれるようになったから、と言って、あいつの態度が極端に変わることはなかった。

ただ、時折怖さを滲ませて「死ぬのかな」なんて言って俺とジェニーの心を締め上げた。

俺はそれを、ips細胞治療の話をしながら慰めつつではあったが、その恐怖と苦しさを受け止めていた。

それがユベールの求めた繋がりであり、家族である証だったからだ。

 ユベールの体調は、週を追うごとに悪くなっているのを、俺たちは感じ取っていた。これまでとは明らかに違う変化だった。

おそらく、心臓のポンプ機能がかなり弱くなってきているんだろう。

顔色は青白くなるし、長いことのバカ話も、体力がついてこないようできつそうになっていた。それでもユベールは、俺たちが顔を出すといつだって、

あの明るい顔で俺たちに笑いかけてくれた。

 ユベールに兄貴と呼ばれるようになってから2か月ほどしたころのある週。俺とジェニーはいつもの通り車を走らせてカリの街に来ていた。

その前の週、帰り際にあいつが「三人で写真を撮りたい」とか妙なことを言いやがるもんだから、

カメラなんて持ってねえ俺たちはいつだかにコーヒーメーカーを仕入れた家電量販店で適当にカメラを選んでから病院へと向かった。

 病室に入って顔を見たユベールは、先週にもまして青白い顔をしていたが、相変わらずいつもの明るい笑顔で笑っていやがった。

「お、兄貴、待ってた」

さすがに大声を上げるほどの体力もなく、ここのところは声色こそこんな調子だが、それでも話し始めたら終始笑顔で、そいつだけが俺を安心させてくれていた。

だが、以前ユベールの体にマッチする細胞は見つかっていない。もう時間が残り少ないのは、否がおうにも感じられてしまっていた。

「今日も元気そうでなによりだぜ」

俺が言ってやったら、ユベールは

「まぁ、な。食欲がちょっと戻ったんだ。アヤが施設で焼いたガーリックトーストをこっそり持ってきてくれてさ。やっぱあそこの食事はうまいよ。

 俺のおふくろの味、ってやつだ」

なんて空笑いをする。食欲が戻ってるんなら、良かった。体重もずいぶん落ちてる、って話だったし、持ち直してきてる兆候かもしれんな。

それを聞いて、俺はさらに、すこし安心した。

 いつもの通りにジェニーと二人で椅子に腰かける。そんな俺たちを見てユベールは

「なぁ、結婚式、まだなのかよ?」

と聞いてきた。

「あのな。そいつは、当分先だって言ってばかりじゃなかったか?」

俺が言ってやったらユベールは珍しくぶすくれた表情で

「そうだったっけか?俺、待ち遠しいんだよ。姉貴の花嫁姿なんて早くみたいじゃないか」

とジェニーを見やって言う。

「まったく、あんたはほんとに、よくそういうことを平気で口にするよね。恥ずかしいとかそういうこと思わないの?」

「恥ずかしがって物を言えないのなんて損じゃないかよ。思ったことは、その都度口にしてった方がいいに決まってるだろ」

ジェニーの言葉にユベールは笑った。まぁだが、確かにユベールの言うことには一理ある。ただでさえ、ジェニーはこのつくり、だ。

ウェディングドレスでも着せてばっちりメイクもしてやりゃぁ、

それこそ式の最中にそこら中から俺との結婚待ったが掛かって俺にジェニーを賭けた決闘を申し込んでくるやつがいないとも限らん、とさえ思う。

だが、ユベール、さすがに俺はそこまでは口に出せねえよ。素直に言えるお前がうらやましいぜ。

 ユベールが式を見たい、って気持ちはわからんでもない。だが、そればかりは申し訳ないが、お前の治療費の確保で資金がない。

どうしても、ってんなら、手作りの式でもやるしかないが、そうなってくると入籍だのなんだのと言う話になって、隊の方に影響が出ちまう。

お前の体調が予断を許さないこの時期にそんなドタバタは正直避けたい、ってのが俺の本音だ。まぁ、そんなこと口には出さねえけどな。
 


「まぁ、もうしばらくして目途がたったら、だな。それまではお前も大人しくしとけよ。式の途中で倒れられたりするとたまらん」

俺がってやったらユベールはケタケタと笑って

「そんなんじゃ、ぶち壊しだもんな。気をつけとくよ」

なんて答えた。それから、ニヤっと俺たちを見やって

「でも、約束だからな!俺だけ体のことで呼ばないとか、そういうことすんなよな!」

と念を押して来た。ったく…その話は答えづれえって言うのに。

「あぁ、約束は守る。だからお前もちゃんと整えろってんだ。今のお前は、ウェディングドレスより白い顔してやがるぞ」

俺が言ったら、ユベールはあはは、と笑ってくれた。あぁ、そう、その顔だ。やっぱりお前にゃ、その笑顔が一番似合うよ。

 そんなことを思って、俺はユベールのその顔を眺めていた。と、不意に、ユベールは何かを思い出したようにその笑いを収めて、俺たちを交互に見つめた。

「そうそう、約束ついでに、もういくつかわがまま言っていいかな?」

「なんだよ、藪から棒に?できねえこと以外のことなら、まぁ、約束してやらんこともないけどな」

俺が言ったら、ユベールはニコっと笑って

「さすが兄貴だ。器が違うね」

なんておだてながら、ベッドサイドにあったワゴンの引き出しを開けて、小さな箱を取り出した。その箱を開けたユベールは、一枚の写真を俺に見せて来た。

 その写真は、最近撮ったものらしい。場所はこの病室じゃなく、おそらく一階の裏口を出たところにある庭園のようだ。

その庭園の花壇の前に、ユベールとそれから前にここでチラッとあったシャロンって子と、それから初めて見る髪の短い少女が映っていた。

と、俺はその写真をマジマジと見つめて、思い当たった。この二人、そういや、俺が調査会社から仕入れてもらった写真に写っていた二人、だ…。

 「ほら、シャロンは知ってるだろ?それから、髪の短い方がいつも話てるアヤって方だ」

なるほど…あの写真のまだ幼かった少女がそのアヤだった、ってことか。そんなことを思っていた俺をよそに、ユベールはつづけた。

「な、兄貴達はパイロットなんだろ?ってことは、衛生学なんかは多少の知識ってあるよな?」

「ええ、基礎的なことはおおかたは初等訓練のときに習うよ?」

ジェニーが答えると、ユベールは微笑みを浮かべて手にした写真を見下ろした。

「この、シャロン、な。今、看護系の専門学校に行ってるんだ。年度末に医療局の試験があって、それに合格すれば看護師になれる…

 だけど、俺が言うのもなんだけど、こいつあんまり勉強できなくってさ。

 でも、シャロンは18で施設を出て行かなきゃいけないから、仕事を決める必要があってさ。

 資格試験に受からないと、独り立ちできないで、福祉局の保護対象になっちゃうんだ。

 そうなると、俺たちみたいな出のやつはそのあとが厳しくなっちゃってさ。

 だから、なんとか一発合格させて、今内定をもらってる病院に行ってほしいって思ってんだ」

ユベールはそう言って、ジェニーをみやった。

「なるほど、家庭教師をやれ、っていうのね?」

「あぁ、できたら頼めないかな、と思って」

ジェニーが今度は俺を見つめてくる。まぁ、看護師の資格を持ってるわけじゃねえが、俺たちパイロットは救急救命員の資格を取らされる。

ジェニーの言うように、基礎的な方医療知識なんかは頭に入っていた。

「そんなもん、言ってくれりゃぁ、いつでもやれるぜ。あぁ、ボランティア、ってことになるだろうから、また施設の方に申し出る必要がありそうだな」

「あぁ、なるほど、確かにそうか。良かったら、ロッタさんに相談してみてくれよ」

「分かった。俺よりもジェニーの方がそういうデキは良いから、ジェニーに任せる」

俺がそう言ってジェニーを見たら、ジェニーは妙に神妙な面持ちでうなずいて

「いいよ。任された」

とユベールに返事をした。と、それだけなのかと思ったら、ユベールまた写真に目を落として、呟くように言った。
 


「できたら、こっちのアヤの方も面倒を見てやってほしいんだ」

「アヤの方も?」

「うん…こいつは、本当に無鉄砲で考えなしで、シャロンよりとっぽど心配なんだよ。そりゃぁ、ロッタさんはちゃんと見ててくれると思うけどさ…

 勉強もたいしてできる分けじゃないし、やっぱり施設出身者特有の問題なんだけど、俺たちってよほど優秀でもない限りは、資格でも取って手に職つけないと、生きていけないんだよ…

 それこそ、宇宙移民としてコロニー公社に身売り同然で就職するようなやつもいるくらいなんだけど…

 前に話したかもしれないけどさ、こいつ、アルバ島って島に行って、そこに住みたい、ってのが夢なんだ。

 俺、それをなんとかかなえてほしい、ってそう思うんだよ」

そこまで聞いて、俺ははたと気づいた。こいつ…もしかして、俺たちにその二人を託そうだなんて思ってんのか?

自分の体のことがあるから…こいつらの将来を支えてやれないかもしれないから、と、そう思ってやがるのか?

「おい、ユベール、お前…」

「な、兄貴ならわかるだろう?下のやつの面倒ってのは、兄貴が見ていて、支えてやらなきゃいけないもんじゃないか」

ユベールは、切なそうな表情で俺を見つめて来た。そんな顔のお前、初めて見るな…俺はふと、そんなことを考えていた。

「こいつ、本当に呑気でなんにも考えてないやつだから、資格がどうのこうのとかそんなことできないと思うんだ。

 だから…もしできたら、兄貴に軍に引っ張ってほしいんだ。別に航空隊じゃなくたって構わない。

 ほら、軍って車両の免許とか、整備とか、そういうことの免許もとれるんだろう?そういう資格を取れればさ、あいつもなんとか生きていけると思うんだ」

軍に…か。連邦軍がスペースノイドの増長に対抗するために軍拡を進め初めてもうじき1年になる。

人材を欲してる、ってのは事実だから、まぁ、入るだけなら別に俺のコネがなくったってどうにでもなるだろうが…

それじゃぁ、ユベールの想いを汲む、とは言えねえわな。兄貴として下のやつを守って支えるんなら…

少なくとも手の届くどこか、に居てもらうのが一番ではあるが…だが、そんなことよりも、俺は気になることがあった。

「お前…そんなことを俺たちに頼んで、どうするつもりなんだ?」

俺はユベールに聞いた。そんなのは…あまりにも、遺言のようで…聞かずにはいられなかった。

そんな俺の言葉に、ユベールは突然ハラハラと涙をこぼしながら、口にした。

「俺…こいつらの未来を見ててやりたかったんだ…こいつらが好きで、本当に大好きで…ずっとずっと一緒に居たんだ。

 ずっとずっと一緒に居てやりたいって、そう思ってた…」

ユベールの言葉が、一気に胸を締め上げた。やっぱり、そうなんだな…

これまでお前の話を聞いて、お前にとってこの二人がどれだけ大切かってのは、良く知っていたつもりだ。お前がどれだけ二人を心配してたかってことも、な。

そんな二人を、俺たちに託そうとして…

「だけど…俺、もう、どうなるかわからないじゃないか。移植待ってるけど、もう4年もドナーなんて見つからない。

 俺、もしかしたら、こいつらの面倒をもう見てやれないかもしれないんだ…もしそうなったらって思うと俺、それだけがどうしても心配で心配で…だから…頼むよ、兄貴!

 俺の治療がもし間に合わなかったら、こいつらを助けくれる、って約束して欲しいんだ。別に弱気になってるとかそういうことじゃない。

 希望があるなら、俺はあきらめない。だけど、それとこれとは、別なんだ。ちゃんと安心できる誰かに頼んでおかないと、おちおち治療もできない…

 な、わかってくれるだろ?」

ユベールは俺にすがり付くようにそう言って来た。嘘だな、と俺は思ってしまっていた。

希望があるなら、なんてこいつはそんなことを思ってなんかいねえ。安心して治療に臨めねえなんて、そんなことを考えちゃいねえ…

だが、弱気になってんのも事実だろう。だが、それ以上に俺は、ユベールが自分の体のことをよく理解してるんだろうことを感じ取っていた。

おそらく、もう長くない、とそう感じているんだろう…それは…俺にとっても、想像すらしたくない結末だ…できることなら、俺は面倒なんて見たくねえ。

そんなもんはてめえでやれ、と、言い捨ててやりたいくらいだ…だけど…だけどな…っ!

「…わかった」

俺は、歯を食いしばってうつむき、こみ上げてくる感情を抑えつけて、そう答えた。
 


それから、できうる限り、その感情を誤魔化しながら顔を上げてユベールを見つめた。

「約束する。お前にもしものことがあったら、こいつらは必ず、俺が面倒をみてやる」

俺の答えに、ユベールは写真をギュっと握りしめて、祈るようにして顔を覆った。

「頼む…頼むよ…兄貴…こいつらを、俺の、俺の大事な家族を、守ってやってくれよな…!」

ユベールはそう言って嗚咽を上げながら泣き始めた。俺も、涙をこらえるので必死だった。ユベールの想いや覚悟は、もう十分に理解している。

俺だってもう、腹はくくったつもりだ。だが、いざそいつを突きつけられるとどうしたって気持ちは鈍る。

だが、そんなことを言い訳にして、俺はユベールの頼みも、思いも、拒否するわけにはいかないんだ。俺は、こいつの兄貴、なのだからな。

 「ユベール、深呼吸だよ…あんた、整えろって今レオンが言ったばかりじゃないか。泣いてると、心臓の負担になっちゃうよ」

ジェニーがそう言ってユベールの背中をさすりながら優しくそう言う。やがて、深呼吸をしながら、ユベールは泣き止み、涙を拭いて気持ちを整えた。

それから、ふぅ、とため息をついてまたあの笑顔を見せた。

 「いや、ちょっと恥ずかしいな。人前であんまり泣かないんだぜ、俺。今のは結構貴重な場面だったよ」

なんて、珍しく取って付けたような照れ隠しをするもんだから、俺もこぼれ始めていた涙を拭いて笑ってしまった。

 それからは、いつものユベールに戻った。ジェニーと話、そこに俺が茶々を入れたり、逆にユベールが俺を冷やかして来たり、

いつもの、何気ない幸せで、穏やかで、ゆったりとした時間が流れた。

そんなとき、ふと、ユベールが声を上げた。

「そうだ!なぁ、先週頼んでたカメラ、持ってきてくれてる?」

「カメラな。来る前に買い込んださ」

俺はそう言って、掌に収まるくらいのサイズのカメラを取り出して見せる。するとユベールは喜んで、

「な、撮ろう撮ろう!」

と張り切った。俺はセルフタイマーをセットしたカメラを椅子の上に置き、ベッドの方へとレンズを向ける。

シャッターを切って、ピピピ、と音が鳴る中、俺はジェニーとユベールを挟む形でベッドに飛び込んでカメラの方を向いた。

パシャっと、音がしてシャッターが切れた。カメラを持って、今撮った写真を裏の液晶に表示させてやるとユベールはさらに喜んで、しきりに俺に

「次来るときに現像してきてくれよな!絶対だからな!あ、これも約束な!」

と笑顔で言って来た。欲張りは嫌われるぜ、なんて言ってやりながらも、俺はそれを承諾して、いつだかのようにユベールの頭をガシガシと撫でてやった。

 時間も程よかったし、ユベールにも少し疲れの色が見えていた。

「さて、そろそろ引き上げるぞ」

俺はユベールに言った。2か月前に俺を兄貴と呼ぶようになってからユベールは、毎度このタイミングで少しだけ寂しそうな表情をするようになった。

そのたんびに頭を撫でてやると、まるで小さい子どものように喜んでくれるのが印象に残っていた。

「うん…早いな、楽しい時間は。また来週までお預けか」

ユベールは案の定、そんなことを口にしている。俺は毎度のごとくユベールの頭を撫でながら

「まぁ、元気出せよ。来週までに少し体重戻しておけよな」

と言ってやったら、やはりユベールは嬉しそうに笑った。
 


「じゃぁ、またね、ユベール」

「あぁ!来週も待ってるからな!」

ジェニーもそう言葉を交わしたので、俺は病室を出ようと歩き出した。

 と、そんな時だった。

「あっ」

と言う、ユベールの小さな声が聞こえた。

なんだよ、来週のリクエストがまだあったか?

そう思って振り返った俺の目に映ったのは、今の今までベッドに座る姿勢でいたユベールが、体を丸めるようにベッドに倒れ込んでいる姿だった。

 おい…おい…ユベール…お前、どうした…?発作か…?!ぎゅっと、まるで俺の心臓が止まったかのような苦しみが胸を締め上げた。

「ユベール!」

俺はそう声を上げてユベールに駆け寄った。ユベールは胸を押さえてぱくぱくと口を動かしながら呼吸をしようとしている。

「そんな…ユベール、しっかり!」

ジェニーも飛んできて、ユベールにそう声を掛けながら枕元にあったナースコールを押した。

同時に、ユベールの体に繋がれていた心電図からけたたましい警報音が鳴り始める。

 くそ…!くそ!バカやってんじゃねえぞユベール!いくらなんだって、今ってことはねえだろうが!明日にはドナーが見つかるかもしれねえんだぞ!

明日じゃなく、数時間後かもしれねえんだ!生きてりゃぁ、治せる可能性があるんだ!いきなり発作だなんて、ふざけたことになってんじゃねえ…!

俺は胸を締め上げる感覚にただただ我を忘れてそう頭の中で繰り返す。

「しっかりしろ、ユベール…!CPR…CPRだ!」

俺はとっさにそう言葉にしてジェニーに伝えた。胸を苦しがっているユベールのベッドに上がって、ユベールに馬乗りになって心臓マッサージを始める。

呼吸は…呼吸はまだできてるな!?ユベール…死ぬな…まだ死ぬなよ!覚悟してたなんて、嘘だ!俺はまだ、お前を亡くすつもりなんてねえんだぞ!

頼む…頼む、ユベール…!まだ、まだ…逝くな!

 そんなときだった。不意に、胸を押さえていたユベールの腕が俺の着ていたシャツの襟首を掴んで、俺の体を引き寄せた。

俺の頬に、自分の頬を押し当てながら、ユベールの、かすれた、囁くような、声が聞こえた。

「兄ちゃん、ありがとう」

ハッとして、頭が、思考が停止した。…兄ちゃん?兄貴、じゃなくて、か…?お前、おい…なんだよ…どうして急に、そんな呼び方を…?

 瞬間戸惑った俺の体にユベールの腕が絡みついてきた。俺は、俺は…気が付けば、ユベールを抱きしめていた。

なんでだよ…お前、まさか…いや、あり得ねえ…あり得ねえだろ…?だって、お前、あのときまだ、二歳にもなってなかったじゃねえかよ。

家族のことなんて、覚えてねえって言ってたじゃねえかよ…!なのに、なんだよ、今のは…?

おい、答えろよ…何か言えよ、ユベール!

 俺はユベールを抱く腕に力を込める。だが、まるでその反対に、ユベールの腕から、体から力が抜けて、俺の中でクタリと大人しくなった。

 バタバタと足音が聞こえてきて、病室に医者となんだかわからん機械を押したナースが駈け込んでくる。

俺はジェニーにベッドから引きずりおろされ、床にはいつくばったまま後ろから羽交い絞めのように抱き着かれる。

そのまま、俺は医者とナースが必死にユベールの蘇生措置に入るさまを、ただただ、呆然と見つめていた。

泣きわめくでも、悪態をつくでもなく、みっともないありさまで、ボロボロと黙って涙をこぼしながら。

 


 


つづく。

次回、最終投下の予定です。
 

くそう… 目から航空燃料が溢れてとまらねぇ…

アヤは、この二人の関係は知ってるのかな?
マライアも、あの駅で助けてくれた軍人が隊長だということを知っているのかな?
この漢はそんなこと絶対言わないだろうけど、この漢の思いや行動、嫁さん以外にも残っててほしいな

おつおつ
そうだな、ユベールにとって隊長とユージェニーさんは既に家族だったんだな
弱さを見せることができる兄ちゃん姉ちゃんに出会えたことは救いだったな…
それでも、やっぱり悲しいな…

乙!

兄貴になってくれって頼む所で1回
シャロンとアヤの未来を見ててやりたかった、もしもの時は二人を頼むって所で1回
「兄ちゃん、ありがとう」で1回
ユベールの体から力が抜けて…でもう涙が止まらん

マライアたんの絵を見てこの悲しみを少しでも和らげてから寝るとしよう
次回も楽しみにしとります



いままでも何度かヤバかった場面はあった。
今回も状況的にヤバそうだなとは思ってた。

ダメだよ。想定以上だよ。ついに涙腺決壊だよ。
なんだよ。わかっていたはずじゃないかよ。
アヤの過去編でも涙堪えたはずだろうよ。

番外編でやってくれて良かった。
最後はみんな家族のように幸せになってる結末を知ってるから。
ユベールの望みが叶うのを知ってるから。


今更だけど、シリーズ中、男が主人公なの始めてなんだよな。
プロポーズのシーンのユベールのセリフ、「バカだけど男だな」って最高のセリフだよ。
オトコならではのバカさ加減がすげー上手く書かれてる。
そこに感情移入しまくった結果の涙腺崩壊だよ。ちくしょう。

>>926
感謝!
キャタピラもカレン編に引き続き、書きながら泣きました…

>>927
感謝!!
ユベール、なんであんないいやつなんだろう…

>>928
感謝!!!

そんなに!?w
マライアたんの手ブライラストで癒されてくださいw

>>929
感謝!!!!

なんか文調が隊長っぽくなってるw


>>マーク
マーク忘れないで!



ってなわけで、今日で最後です。

実は今回の、エピローグなんで、前回投下分と合わせてお読み直しいただければと思います。

 





 ユベールの最後を看取った俺に、病院に駆け付けたロッタさんが聞いてきた。

「あの子は、苦しんでいた?」

俺は、首を横に振ってやった。

「眠るようだったよ」

そう伝えると、ロッタさんは静かに涙をこぼしていた。口から出まかせだが、残った人間に事実を伝えたってただ辛いだけだ。

本当のことを伝えても、ユベールのやつは喜ばないだろう。

 俺はロッタさんとそれからしばらくポツリポツリと話をしていて、ふと、ユベールの最後の言葉の意味を知りたくなって、

ロッタさんに聞いてみた。

だが、俺が伝えないと決めたことを施設も尊重してくれていたらしく、誰一人、ユベールに本当のことを伝えたやつはいない、って話だった。

 だとすりゃぁ、あれは、なんだったのか…まるで、俺が血のつながった兄貴だと知っているような、そんな口ぶりだった。

そう考えていたとき、ロッタさんが、ユベールが写真を取り出していたあの箱を手にして、その中から丸い何かを手に取った。

「…それ、ピサンキ、か?」

俺は、ふと、そんなことを口にしていた。

「知ってるの?」

「あぁ。俺の故郷の民芸品…お守りみたいなもんだ」

俺はジェニーにそう説明しながら、ロッタさんに言ってそれを見せてもらっていた。

丸く削った木の固まりに、色とりどりの線を描いて模様にしてある。俺は、ほんのかすかにも意識などしていなかった。

だが、手が勝手に、その木の塊をギュっとひねり込んでいた。そうだ…こいつは、組木細工になっているんじゃなかったか…?

そんな意識とも記憶とも取れない感覚だったが、俺のその感覚どおり、パキっと乾いた音がして、丸かった木の塊が二つに分かれた。

その中からほんの小さな紙片が出て来る。俺は、そうまでなって、ようやく遠い昔の微かな記憶がよみがえってくるのを感じた。

そうだ…これは、俺が…当時、ユベールが手放さなかったおもちゃにくくりつけてやったストラップ…。

12の俺は、翌日に出て行くあいつのために…中に、メッセージを書いて入れたんだ。

 俺は、その紙片を広げ見た。

“愛してるよ、ユベール。君の兄、レオン・ユディスキン”

汚い字で、そう書き込んであった。あいつ、これを見たのか…?もしかして…やっぱり、俺が兄貴だと知っていたのか…?

あいつは、それを知っていながら、俺が本当のことを言わない理由を暗に感じ取っていたんじゃないのか…?

俺が、あいつの幸せとあいつの笑顔を思って、それを黙っている、ってことを理解して…。

だから、あいつ、あのときに俺を兄貴と呼ばせてほしい、ってあんなことを言って来たんじゃないのか…?

 俺は、呆然とする意識の中でそんなことを考えた。

自分でも気づかないうちに、涙があふれ出していたが、そんなこと、微かにも気にならなかった。

 俺はロッタさんに断って、動かなくなったユベールの体をギュっと抱きしめた。もう、ほんの少し硬くなってやがる。

だけど、まだほんのりと温もりの残るユベールは、本当に死んじまったのかって思うくらいに、穏やかな笑顔を浮かべているように見えた。
 


 それからはいったん基地に戻り、ジェニーと一緒に一週間の休暇を取って、最初の晩は二人で泣いた。

 なぁ、ユベール。お前、知ってたのかよ?知ってたんなら、伝えなかった俺をどう思ってたんだ?

ありがとう、ってどういう意味だったんだよ…な、ユベール?お前、幸せだったのか?俺はお前に、ちゃんと償いをできていたのか?

 そんなことばかりが頭を巡っていた。そんな俺を、ジェニーがそっと抱きしめてくれる。そして、耳元で囁くように聞いてきた。

「約束、どうするの?」

「あぁ、守るさ…あいつはもしかしたら、俺を本当の兄貴だと知ってて、あんなことを頼んできたのかもしれねえ。

 そうでなくても、破るつもりはねえけどな…」

「ユベールの葬式が終わって落ち着いたら、施設に連れてってよ。シャロンって子と話をしなきゃ」

ジェニーはそう言って、俺の首元に顔をうずめる。

「いいのかよ」

「なにが?」

「こんなことを頼んじまって」

俺が聞いたら、ジェニーはクスっと笑って

「そりゃぁね。私だって義理の姉貴なわけだし」

と言い、絡めてきていた腕に力を込めた。ふっと、胸が少し軽くなるのを感じた。まったく、本当に俺はツいてるな…果報者だよ。

そんなことを思いながら俺もジェニーの体に回した腕に力を込めて抱き寄せてやった。

 数日後、ユベールの葬式に参加するためにカリへと向かった。

会場には施設の職員や子ども達に、別の支援者や、柄の悪いおそらく“裏路地の連中”なんだろうやつらも大勢いて、

どいつもこいつも、一様に沈痛な面持ちでうつむき涙を流していた。

これだけの人間が涙を流してくれるだなんて、あいつがどんな人生を送って来たのか、どんな人間だったのかを、改めて思い知らされたように感じた。

やはりそれは、俺にとっては微かに苦しいような、それでいてうれしいような、そんな感じだった。
 
 その会場で、俺はユベールに祈りながらも、会場の中の施設の子ども達から外れ、いつまでもユベールの棺にもたれて泣いている少女と、

それを一歩離れたところで見つめている別の少女に気が付いていた。泣いてる方がアヤ、見ている方がシャロン、だったな。

これから棺が運ばれる、ってのに、アヤってのはそこから離れようとせずに、しまいにはシャロンとロッタさんに引きはがされて、

それでも棺にすがろうと身もだえしていた。

あいつは特別だった、とユベールは言ってたっけな。あれをみりゃ、あのアヤってのにも、ユベールがどれだけ特別だったかはよくわかる。

だが、一方で無茶で無鉄砲で心配だ、と言っていたユベールの気持ちも分かった。

ありゃぁ、芯が強くて自分のルールには絶対にブレないようなやつだろう。だが、その芯自体はまだまだもろくて弱い。

揺らいだとき、誰かの支えが必要なんだろう。ふとそう思って、俺は自分がおかしくなり嘲笑った。

バカを言うな。そんな人間なんていやしねえ。俺がジェニーを求めたように、隊を居心地良くするためにほんの少し気を使っているように、

人間、誰かの支えなしで生きて行けやしねえ。弱い、と思うのは、あのアヤってのがそいつを理解していないからなんだろうな。

だとすりゃぁ、そいつがまずは俺の仕事、か?
 


 だが、そんな俺の心配はほどなくしてシャロンの家庭教師を始めたジェニーの話で洗い流された。

直接会うことはなかったらしいが、シャロンからアヤの様子をそれとなく聞いたジェニーは、

あの子はもう、それほど心配は要らないだろう、なんて俺に報告を入れて来た。それを聞いたころの俺は、安心して別のことに取り掛かろうとしていた。

 宇宙軍の拡張と全軍の戦備強化のため、俺たちジャブロー防衛軍にも大幅なてこ入れが始まりだしていた時期だった。

俺たち第81戦闘飛行隊は解体予定。それまで90番台までしかなかった戦闘飛行隊を130番まで増強することを前提に兵力を均等分配するためだ。

ハウスの奴は自分で志願して、あの日、シャトルを追って地球に無茶な再突入を掛けて来た宇宙軍の部隊長にくっついて行って、宇宙へと出た。

あの隊長、あれから会う機会があったが、なかなか骨のある良い男だった。

俺が言うのもなんだが、あのバカ野郎のハウスのこともうまく扱ってくれることだろう。

ノーマンはその正確な飛行が評価されて、北米のパイロット訓練校へ教官として赴任することになった。

以前も思ったが、あいつに基礎から飛び方を叩き込まれりゃ、新米どもも良く育つだろう。

フェルプスはザックとともに新設の第99飛行隊へと編入が決まっている。

先に決まったのはフェルプスだけだったが、ザックのやつがかなり無理を言ってくっついて行った格好だ。

お前らやっぱりそういう関係か、と冷やかして言ったら相手にされずに鼻で笑いやがった。

それから、末尾のアイバンも98飛行隊へと移動になる。

アイバンのやつは不安そうにしていたが、俺とジェニーで心配するなと散々檄を飛ばしてやった。

俺は、と言や、新設の第101戦闘飛行隊の隊長を任されることになった。同時に、これまで中尉だったジェニーも大尉へと昇進し、

同じ戦闘単位での活動を予定されている第100戦闘飛行隊への隊長に座った。

「めんどうなことになったよ」

なんて、憂鬱そうな表情で言っていたのがおかしかった。

ジェニーには悪いが、こうして隊長になれたってことは、幸いあのアヤってのをどうにかして手を回して俺の下に引っ張ってくることもできそうな雰囲気にはなってきた。

だが、まだ確定じゃねえ。そのための根回しは今のうちからやっておいて損はないだろう。

 そんなこんなのドタバタで、数年が過ぎた。俺はユベールとの約束を守って、あのアヤが18になる年にカリの街へ久しぶりに出向いて、

路地裏で適当なやつにケンカを吹っかけた。

案の定、アヤが駆けつけてきて俺とジェニーに挑んできたが、まぁ、そこんところはジェニー一人で十分だった。

見込みがある、と伝えて、ネームカードを押し付けておいた。アヤはそいつを見て、俺のファミリーネームに気づいたらしい。

「ユディスキン…?」

そう言って、まさか、って表情で俺を見つめて来たのを覚えている。

「なんだ?」

と言ってやったら、アヤは神妙な顔して

「ユベール、ってのを知らないか?」

と聞いてきた。俺は肩をすくめて

「知らんな。知り合いか?コーカサスじゃぁ、そう珍しい名前でもねえがな」

と言ってやったら、そんなもんか、なんて言っていた。 
 


 それから俺は、軍へ引っ張りたいとロッタさんにこっそり話を持って行った。最初は難色を示してたが、結局は、

「ユベールの縁ですものね」

と納得してくれた。

 施設を出たアヤを、ノーマンのいる北米の訓練施設に入れるように根回しをし、ノーマンに頼んでみっちりとしごいてもらった。

話に聞いていた通りそれほど勉強ができるタイプじゃないらしく座学の方でかなり苦戦していたらしいが、

訓練校で乱闘騒ぎを起こした相手とうまくつるんでいるらしく、そいつの助けを借りて何とか及第点は取れているようだった。

 そのころ、俺の隊にはあの日、シャトルに乗っていたハロルドが入隊してきたりと、徐々に隊としての個性が定まりだしてきていた。

だが、そんな俺たちは、宇宙での戦争の足音が迫ってきているのをうっすらと感じ始めていて時期でもあった。

俺たちももしかすると戦線に投入されるかもしれない。それは妄想でも悪い予測でもなく、おそらく現実だろう、って感覚とともに、だ。



 





 緑の芝生が生えそろう教会の庭で、俺たちは大きな墓石の前にしゃがみ込んでいた。

ジェニーが花を手向けて、俺はその隣に、一度持って行ったときにあいつが旨いと言ってくれた街のデパートで買ったちょっと高級な菓子を積み上げてやる。

 墓石は、あの施設に引き取られ、家族も持てず、あいつと同じように亡くなってしまった子どもたちの共同の墓だった。

 「みんなで食ってくれよな」

俺はそんなことを言ってみるが、なんとなく滑稽に思えて、思わず笑っちまった。

だが、そんな俺を見て思うところがあったのかジェニーが

「ユベール、聞いてよ。この男、あんたとの約束一つも守りゃしないんだよ。

 私との結婚もまだだし、アヤを育てるのもこれからだし、シャロンはちゃんと看護師になれたけど、あれは私が付いてやったことだからね」

なんて言って俺を見てあの挑発的な表情で笑った。肩をすくめて笑ってやったら、ジェニーはクスっと目を細めた。

 あれから、6年経った。相変わらず宇宙はきな臭いが、幸いにしてまだ“平和”ではある。

だが、これからさきは気合いを入れておかねえと、本当にユベールとの約束を反故にしかねねえ。そいつは…どうしたって居心地が悪いよな。

 そんなことを思いながら俺はジェニーと一緒に立ち上がった。悪いな、ユベール。今日はヒヨッコどもがまとめてこっちへ到着するんだ。

まぁ、長居したって楽しいおしゃべり、ってわけにもいかねえし、勘弁しろよな。

俺は、さっき自分で自分を笑いながら、それでもそうユベールに話しかけて、墓石を掌でそっと撫でてやった。

ごつごつした手触りだが、微かな悲しみと一緒に、暖かな心地が胸に広がるような、そんな気がした。

「じゃあね、ユベール」

ジェニーが昔みたいにそう言って身をひるがえす。

「あぁ、そうだな。また来る」

俺もそう言ってやって、墓石に背を向けたが、あぁ、やっぱり口にすると笑えてきちまうな。

我ながら、これほど感傷的な気分でこんなことを言えるとは、毎度のことだがこらえきれねえ。

 俺たちはそのまま教会の庭を抜けて、表通り止めてあった車へと戻った。

「用事、すみました?」

運転席に座ったハロルドがそう声をかけてくれる。

「あぁ、悪りいな、野暮用に付き合せちまってよ」

「いいえ、別に」

「ヴァレリオ曹長は大人しくしてた?」

「もちろんです、ブライトマン大尉。シスターを口説こうとしてハロルドさんに殴られたりはしてません」

「ヴァレリオ、お前それヤブヘビにもほどがあるだろう」

ジェニーとヴァレリオ、ハロルドがそう言って笑っている。俺も思わず、口元を緩めちまったが、ふと腕時計に目をやった。

おっと、こいつはちょいとまずい、か?

「ハロルド、すまん。そろそろ戻らねえと、師団長にどやされる」

「え?あ、そうですね…急ぎます」

ハロルドはそう言ってアクセルを踏み込んだ。車はカリの街を抜けて、郊外へ出た。

そこから山道を穿って作ったトンネルを抜け、川とジャングルが広がる幹線道を走って、2時間弱でジャブローの基地へと戻った。

「そのまま師団司令部へ回してくれ」

俺はそう頼む。ほどなくして車は師団司令部にたどり着いた。
 


俺とジェニーは車を降りて、ハロルドに礼と言いそれから待っててもらうように頼んで司令部の建物へと入っていく。

師団長の部屋のドアをノックして入ると、そこにはすでに若い軍服姿の兵士たちが顔を揃えていた。

「遅くなりましたかね?」

「あぁ、ユディスキン大尉、ブライトマン大尉。構わんよ、まだ他二隊の指揮官も来ておらんしな」

俺の言葉に、師団長は眠たそうな表情でそう言い、秘書に俺たちのコーヒーを入れさせる。なんだ、安い豆だな…しょせんは顔を出した部下用、ってことかよ。

そんなことを思っているとほどなくして、師団長室に第99戦闘飛行隊の隊長、フェルプスと第98戦闘飛行隊隊長、アイバンも到着した。

「あれ、旦那、早いですね」

隊長のイスに座ってすっかり生意気になったアイバンがそう声をかけてくる。生意気だ、と言って小突いてやったら、アイバンは懐っこい笑顔を見せて笑った。

末尾のアイバンは、99飛行隊へ移ってからの成績の伸びがよく、ヒヨッコの大量加入のこともあって副隊長に就任。

ついには、引退した隊長の指名を受けて、大尉へ昇進とともに隊長を仰せつかっていた。

「ザックは一緒じゃないのね?」

「あぁ、まぁ、一応、あいつは副隊長ってことになってますからね。実際、指揮官二人の部隊なんて軍組織としては認められないでしょうし」

ジェニーとフェルプスもそう言って笑っている。フェルプスの隊は特殊も特殊。

常に部隊を二つに分けてザックと共同で指揮官をやっている変わり種だ。

上の連中は訝しがっているが、こいつらのコンビネーションを知っている俺にとっては、この戦法は他のどの隊にも真似できねえ強力な武器だってのが理解できる。

相変わらずつるんでやがるのが気持ち悪いんだ、とからかってやってるんだが、それでもこいつら、やっぱりそれを鼻で笑いやがって腹が立つ。

 「さて、揃ったようだね」

不意に師団長がそう言ったので、俺たちは姿勢を正した。

同時に、部屋の隅っこで、ずうずうしくもダレていた新米どももやればできるじゃねえか、と言ってやりたくなるくらいにピッと胸を張った。

「これより配属を発表する」

師団長がそう言って、秘書から手渡された紙に目を落とした。

「あー、フレート・レングナー少尉、ダリル・マクレガー曹長、アヤ・ミナト曹長」

師団長が名を呼ぶと、三人は

「はっ!」

と気合いの入った返事をする。だが、俺とチラっと目のあったアヤは口元だけを緩ませてニヤっと笑いやがる。

ったく、こいつは…ノーマンからの報告と言う名の愚痴はたびたび聞かされてきたが、世話が焼けそうなやつだな。

そう思いながらも俺は、アヤ以上に緩みそうになった顔を隠すのにうつむくしかなかった。

「諸君らは、第101戦闘飛行隊へ配属となる。指揮官のレオニード・ユディスキン大尉だ」

師団長が俺を紹介するんで、俺はなんとか表情を引き締めて顔を上げ、うなずいてやる。俺の真顔がおかしかったらしく、アヤはさっき俺がしていたように、笑いをこらえるためにうなずくようにして俯いた。

「次に…キーラ・ブリッジス曹長、リン・シャオエン曹長、ペルラン・ジェームズ曹長」

「はっ!」

「君たちは、第100戦闘飛行隊配属だ。指揮官は、ユージェニー・ブライトマン大尉」

続いて、ジェニーの部隊に配属になる連中も発表される。

「ブライトマン大尉です。以後、よろしく」

ジェニーはさっそく、鋭い口調でそう挨拶をした。こいつらかわいそうに。ジェニーの部隊に回されたら、気を抜く暇もねえだろうな。

そんなことを思ったら、ついに思わず微かな笑い声を漏らしちまった。

とたん、ジェニーのブーツのつま先が俺の脛に飛んできてベコっと音を立てた。あぁ、悪かったって。

 さらにアイバンの隊にコリンとバージルとナロウ、フェルプスの隊にチャックとジャスティンのそれぞれ曹長が配属になる発表を聞き、

師団長からの激励の言葉を持って解散となった。
 


 建物の外に出て、待たせておいたハロルドの車に全員を乗せる。中型の車両だったが、さすがに8人も乗れば押し合い状態だ。まぁ、こんなのも悪かないだろ?

 車が走り出すや否や、ヴァレリオが唐突に声を上げた。

「みんな!俺は、ヴァレリオ・ペッローネ曹長だ!俺たちの隊へようこそ!困ったことがあったら何でも言ってくれよ!」

しまった、こいつ乗せてたの忘れてたな。ジェニーはまぁ、こいつも怖さを知ってるからいいとしても、新米のきれい所が3名、と来ている。

うるさくなる前に手を打っておくか。

「ジェニー、そのバカ、黙らせといてくれ」

俺は助手席から後ろを見やってジェニーに頼んだ。

「あいよ」

ジェニーはすかさずそう返事をして気取って付けているヴァレリオのバンダナをほどくと

そのまま抵抗するヴァレリオを制圧しながら猿ぐつわをかませた。

「うごぐおぐ」

ヴァレリオの口から言葉にならない声が漏れているが、俺はそれを気にせずに

「あぁ、新米ども。こいつは、ナンパなやつだから、口説かれるようなことがあったら蹴り倒して良い。俺とブライトマン大尉が許可する」

俺がそう言ってやったら、目の前の出来事に驚いていた新米たちも多少は安心したのか笑い声が漏れた。

「なぁ、レオンさん!…じゃ、なかった、隊長!」

「お前、それ隊長って呼び名変えただけで、全然敬語になってねえからな?」

「あ、そっか…えっと、じゃぁ、隊長殿!あの建物はなんでありますか?」

「あぁー…アヤ、お前やっぱ普通にしゃべれ。気持ち悪い」

「なんでだよ!?アタシだって丁寧語くらい使えるんだぞ!」

「ったく、こいつは相変わらずうるせえなぁ」

「あれ、そっちも知り合いなんだ?えっと、ダリル曹長、だっけ?」

「ええ、まぁ。同じ訓練校だったんですよ、レングナー少尉」

「あぁ、フレートでいいよ。階級こそ上だけど、俺はほら、昇級試験受けたってだけで、経験的には同じようなもんだからさ」

「ダリルくん、大きいね。身長どれくらい?あ、私、キーラ・ブリッジス曹長です」

「190ある。でかくたっていいことなんて一つもないけどな」

「コクピットで狭いよね、きっと」

「そうそう、でかすぎるんだよ、あんたさ。息苦しいから降りてくれよ」

「あぁ?何言ってんだアヤ。お前こそうるせえし暑苦しいからちっと黙っとけ」

後ろでそんなバカ話が始まる。俺はため息交じりにそいつを聞きながら頭を抱えていた。

そしたらハンドルを握っていたハロルドが声を上げて笑った。

「なんか言いたいことでもあんのか?」

「いえ、ね」

俺が睨んでやったらハロルドは笑って

「苦労が増えそうですね」

なんて言った。まったくだよ、ハロルド。

幾ら増員中だから、ってもうちょっと大人しいのはいくらでもいただろうに、どうしてこうもうるさいのばかりをひいちまうんだ?

まぁ、アヤとダリルはノーマンに言われて引っ張ったし、

フレートのやつも、ジャックが手を回して俺のところに送り込んでくれた、ってことはあるにしても、だ。

隊長としてこいつらを引っ張っていく苦労を考えると、頭が痛くなるな…
 


「楽しくなりそうでなによりですよ」

「バカ言え。ここは軍だぞ?楽しいところであってたまるかよ」

「こりゃぁ失礼。撤回しますよ」

ハロルドはそんなことを言ってまた笑顔を見せた。まったく…ユベール。お前、とんでもないことを押し付けてくれたもんだよ。

これからこのアヤを育ててかなきゃならんと思うと、先が思いやられる…ジェニーとの結婚はアヤが一人前になってから、と決めているがよ。

こりゃぁ、ずいぶんと先になっちまいそうだ。

 俺はそんなことを考えながら、後ろの様子をルームミラーで眺めて苦笑いをこらえきれずにいた。

「あ、なぁ!隊長!ここからカリまでどれくらいかかるかな?」

「あぁ、車で片道2時間だな」

「そんなで行けるんだ!良かった!な、車って借りられるのかな?」

「俺のをくれてやる。どうせしばらく乗れそうもねえしな」

「ホントかよ!助かる!次の休みに、久しぶりにあいつらの顔を見てやりたいんだ!それと、ユベールの墓参りとかさ!」

アヤはそんなことをはつらつとした表情で言った。

ルームミラー越しに見るアヤの表情は、まるでいつか見たユベールの笑顔と瓜二つに、俺には見えた。

 オフィス前に車を付けて、そこからはオフィスの中を簡単に案内し、そのあとは男女それぞれに分かれて兵舎を案内した。

どいつもこいつもうるさいやつらで、まったく、おちおちぼーっともしてられねえな、なんてことを、新米どものバカ話を聞いて笑いながら考えていた。

 その晩、例のごとくジェニーが部屋にやってきたんで、俺はバーボンを出してグラスを傾けながらその話を言葉少なに聞いていた。

「あのリンって子は結構見込みあるみたいね。極東の訓練校で、評価はAとSばかりだし、いい子をもらったって感じ」

「へぇ。なんなら、うちのヴァレリオと取り換えてくれるとうれしいんだがな」

俺が言ってやったらジェニーはクスっと笑って

「彼だって、腕はかなりのものでしょう?あれなら、小隊長くらい任せられると思うんだけど」

なんて言いやがる。まぁ、間違っちゃいないがよ。

「俺も昇級試験受けろって言ってんだが、柄でもねえの一点張りで拒否なんだよ。後方にいて、前を飛ぶ機体のケツを追ってんのが性に合ってんだと」

「ふふふ、彼らしい言い訳だね」

まったくだな。変な奴だが、根はおそらくクソが付くほどのマジメなんだろう。

あぁして女のケツばかり追っては白い目で見られるか茶化されているのは、その反動なのかあえてバランスを取ろうとしてるのか、

とにかく俺には、ヴァレリオの行動はそんな感じに思えていた。

あいつが来てもう半年にもなるが、声をかけた女性兵士は星の数ほどって噂を聞く半面、手を出された、ってやつは一人もいないからだ。

顔も、けして悪い部類ではないだろうにそんな話を聞くと、進んで道化を演じてるタイプだとしか思えないのが普通だろう。

「そういえば、先月配属された子はどうなの?えっと、名前が、確か…」

「あぁ…あー…あ、ベルント、か」

「そうそう、その子」

「あいつは…正直よくわからん。訓練校の評価はオールB。いや、機動試験だけはA判定だったか?

 まぁ、とにかく普通、って感じだったが…実際に空であいつと1対1での機動を見てる限りじゃ、

 俺やカーターなんかよりよっぽどいい動きをするように思える。だが、編隊戦闘になると、めっきり目立たん」

ベルントは、うちの隊で最も目立たない。あいつ、腕は良いような気がしないでもないんだが、

まとまって飛ぶと、どこを飛んでいるかわからないくらいだ。だが、考えようによっちゃ、それがあいつの武器だともいえる。

混戦になったとき、あいつの目立たなさはそのまま相手の油断を誘えるからだ。レーダーにもちゃんと映るし、機体が消えるわけでもねえ。

それでもあいつは、空にいるやつらの意識から消える。究極のステルス性能をあいつの機動は持ってるんだろう。
 


「なにそれ」

俺の話に、ジェニーはまた楽しそうに笑う。そういえば、部下ができるようになって、

いつもは俺を試すような表情ばかりだったジェニーがこうして良く屈託のない笑顔を浮かべるようになった。

いつだかにそのことに気が付いて聞いてみたら

「シャロンのことを思い出すんだよ」

と言って笑った。

 もうずいぶん昔のことになっちまったが…そうだな。ジェニーにとって、シャロンは妹みたいなものだったのかもしれん、と今になって思う。

あいつらを家族だ、と言ってはばからなかったユベールの兄貴と姉貴だ。

なら、シャロンやアヤも、俺たちの妹だって言ったって、誰も不思議には思わねえ。

いや、そう思ってやれないと、ユベールの奴がブー垂れそうだし、な。

 不意に、コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。ジェニーが俺の顔を見つめてくる。

「あぁ、ゲストだ。入れてやってくれ」

俺がかぶりを振るとジェニーは気が付いたようで、にんまりと笑顔を見せて、

それから急に眼光鋭い表情に切り替えるとツカツカドアのほうに歩いて行って、ドアを勢いよく開け放った。

「げっ!ユ、ユユ、ユージェニーさん!」

ドアの向こうにいたのは、アヤだった。アヤはジェニーを見るや、半歩後ずさってそんななさけねえ声を上げやがる。

「げ、とは随分じゃない?何の用?」

ジェニーが温度のない声色でアヤにそう聞く。

「い、いや、その、レオンさん…あ、いや、隊長が配属祝いをしてやるから来いって、だから、アタシその…」

「あんたね、こんな時間に男性兵舎の一室に呼ばれてノコノコ出てくるようなやつになっちまったの?」

「そ、そういうんじゃないだろ!隊長は、い、いや、ユージェニーさん…じゃない、えっと、ブライトマン大尉もだけど、

 アタシの恩人で、別にそんなこと思ってるわけじゃなくって…その、だから変な目的とか、そんなことは考えてないって!」

ジェニーの追及にアヤはそう声を上げた。

「おい、ジェニー。それくらいにしてやってくれ」

俺が言ってやったら、ジェニーはこっちを振り返ってヘラっと笑い、アヤの方を向いて

「疑われるようなマネはしないこと。あの人に限らず。良いね?」

と昼間と同じように、アヤの頭を撫でつけた。とたんに、アヤが安堵の表情を浮かべる。

「な、なんだよ、ほんとに怒ってるのかと思った…や、やめてくれよな、まったく…

 ロッタさんとおんなじくらいの迫力あるんだからなぁ、ユ…ブライトマン大尉は」

「私のことはいつも通りでいいよ。直属の上司ってわけでもないんだからね」

アヤの言葉にジェニーはそんなことを言って笑い、アヤの軍服の袖口をつまんで部屋の中へ引き入れた。

アヤのやつ、最初はおどおどしていたけど、ジェニーに優しくソファーに掛けなと言われてやっと安心したのか、

ふっと表情を和らげてソファーに座った。バーボンをグラスに注いでやって手渡してやる。
 


「さて、じゃぁ、お祝いしようか」

「そうだな」

ジェニーと言葉を交わして、二人してグラスをアヤの前に掲げる。そうしたら、アヤは妙に照れくさそうな顔を浮かべて

「その…ありがと」

とつぶやくように言って、戸惑いながら自分のグラスを俺たちのにぶつけて来た。

チビのころの話をやまほどユベールに聞かされていたからか、それとも、もうずいぶん長いこと面倒を見ているせいか、

俺はその表情が妙にかわいいな、と素直に思ってしまっていた。

本当に、まるで娘か妹のようだな、なんてなことも頭に浮かんできて、自然と顔がゆるんじまう。

こうして、水入らずで酒を酌み交わすのは初めてだ。しばらく、この感じを楽しんでいるのも、悪くはなさそうだな。

 それから俺たちは、この辺りのことやカリの街や施設のことなんかをずいぶんと長い間喋り続けていた。

ふと、俺はユベールの葬式の日、錯乱して泣きわめいていたアヤの姿を思い出した。

あの日のあの子どもが、今じゃ、ユベール顔負けの明るい笑顔でジェニーと話し込んでいる様子は、否が負うにも時間の経過と、

そして、このアヤ・ミナト、って女の成長を感じさせた。それと同時に、ユベールの奴が彼女に残した“何か”を俺は感じられるような気がした。

本当に、“何か”としか言えやしないが、アヤからは、ユベールと同じ感触がある。

暖かで、穏やかで、周りにいる連中を照らし出すような何か、だ。

 ふぅ、とアヤが深呼吸をしてソファーの背もたれに体を預けた。

「なに、酔った?」

「あー、うん。気分がいい」

「そう。水にしとく?」

「そうだな。明日は訓練なんだろ、隊長?」

「あぁ。朝から機動訓練だ」

「なら、ここらへんでやめといた方がいいよな」

アヤはそう言って、酒で赤くなった顔を懐っこい笑顔に変えた。

 「そういえば、アヤ。あなた、シャロンには連絡したの?」

「うん、今朝メッセージだけ打ったよ。今はボゴタの病院にいるって聞いたから、

 次の休みが合えば、施設の帰りにでも寄って一緒に飯でも食べようって思ってる。あ、なんなら、二人も一緒にどうかな?」

「私達は別の機会にしておくよ。二人で過ごしておいで」

「そっか…うん、そうする」

ジェニーの言葉に、アヤはまた嬉しそうに笑顔を見せた。それからまた大きく息を吐いて、グッと体を伸ばし、ふと、思いついたように口にした。

「二人といると、昔を思い出すんだ。まるで、ユベールとシャロンちゃんと一緒にいるみたいに感じてさ。

 アタシ、二人に目を掛けられてホントによかったって思う。そうでもなかったら、今頃どこで何してたかわかんないし…

 それにさ、ここは施設と同じだなって、ちょっと感じる。レオンさんもユージェニーさんも上司だけどさ。

 でも、なんていうかさ…やっぱり、アタシにとっては家族なんだよな。ううん、二人だけじゃないんだ、って思う。

 二人が面倒見てる連中も、みんな優しくて温かくて、安心できた。この感じは、きっと二人が作ったもんだろうって、アタシ思うよ。

 オメガ隊も、レイピア隊も、さ…まるで、家族みたいにあったかいんだ」

そう言ったアヤは、微かにその瞳に涙を浮かべた。

俺は、アヤの言葉に胸を締め付けられながら、それでもこいつは、ユベールのことを思い出しているんだろうってことを考えてた。

俺でさえ、そうなんだ。アヤがそうでないはずはない…
 


「私たち部隊が、家族、ね」

「うん、隊は家族、だ」

ポツリと言ったジェニーの言葉に、アヤはニコっと笑ってそう言った。だが、それからすぐに

「あー、ごめん、変な話しちゃったな。だいぶ気持ちがよくなってるみたいだ。そろそろ戻って寝るよ。明日、コクピットで吐いたら大惨事だ」

と声を上げた。俺はチラッと時計を見やる。時刻はすでに日付が変わって少し経っていた。そうだな、そろそろ休んでおいた方がいい、か。

いつだか、ユベールのことで眠れずにヘマやらかしたこともあったことだしな。

「そうだな。今日はこの辺りでお開きとするか」

「そうだね。じゃぁ、今夜は私も戻るよ」

「なんだよ、ユージェニーさんはここに住んでる、ってわけじゃないの?」

「ここ兵舎よ?私は通い妻なんだよ」

「なら、泊まっていけばいいのに」

「良いんだよ、今日は。あんたをきちんと部屋まで見送ってやりたいんだ」

そういうとジェニーは立ち上がって、またアヤの袖口を引っ張った。

「じゃぁ、明日ね」

「おやすみ、隊長!今日はありがとなー!」

二人はそんなことを言いながら、仲の良い姉妹みたいに喋りながら部屋を出ていった。

俺はそそくさとグラスを片づけて身支度をしてベッドに身を投げた。

 それから俺は、寝入りもせずに、さっきアヤの言った言葉を頭の中で繰り返していた。

あいつは、俺たちをユベールやシャロンたちと同じようだ、と言ってくれた。そして、隊が家族だと、そう言ってくれた。

俺は、正直意識してそんなことをしてきたわけじゃねえ。だが、俺のジェニーもどうしてか、そんな風に隊の連中を扱っていた。

もちろんジェニーはまじめで厳しいが、肝っ玉母さん、って言葉が似合う感じだ。

俺は…ずぼらな親父かそんなところだろうが、まぁ、そんなのは構いやしねえ。アヤが、そう言ってくれたことが、俺にはうれしかった。

ユベールの妹だから、俺の妹でもある、とは頭では思っていたが、カリで会ったあの日から、もう3年。

長かったのか短かったのかはわからんが、とにかく俺はあいつの兄としての振る舞いを続けて来たつもだった。

それこそ、ユベールの代わりにな。おそらく、ジェニーもそうだったんだろう。

あいつはシャロンからも、アヤのことを頼まれていたってのは、最近聞いた。

あいつにとっても、アヤはシャロンの代わりに導いて、そして成長させてやりたい妹なんだな、って思っていたことも知っていた。

だが、よ。

実際に、ああして言ってもらえる、ってのは、嬉しい限りじゃねえか。
 


 血なんか繋がってなかろうが、家族だと思い、家族でありたいと願い、そのために心をつなげて通わせることができれば、家族になれる。

ユベールのその言葉はどうやら、俺やジェニーの中にもいつのまにか落ち込んで、無意識のうちに実践しているようだった。

そしてそれは、俺たちに穏やかで暖かで安心できる“何か”を与えてくれている。それは、アヤやシャロンだけじゃない。

俺やジェニーにもユベールの奴はちゃんとその“何か”を残して行ってくれたんだな。感謝する、ユベール。

俺はお前のおかげで、お前の兄貴になれた。そして、ジェニーも、アヤもシャロンも、もう俺の妹たちだ。

それに…隊のバカ野郎どもの、同じようなもんだ。家族を見限り、絶望して家を飛び出し軍になんぞ入った俺が、その先でユベールに会い、

そういう想いを託されたことは…俺にはやはり、何よりも幸福な出来事だったんだろう。

 だからな、ユベール、ありがとう。それから、まだ、もう少し見ていてくれよ。

アヤの奴を一人前まで叩き上げて、あいつの夢を確認したら、次は俺たちの結婚の約束を果たす番だ。

お前の墓の前でウェディングドレスをジェニーに着せて見せに行ってやるから待ってろよな。

 そんなことを考えていたら、俺は自然にベッドに寝転んで一人、ほくそ笑んでいた。でもな、ユベール。

俺にはもう一つ、考えてることがあるんだ。もし、あいつが5年先、10年先、俺の元を飛び出したとき。

あいつが夢をかなえて、そのなんとか、って島に船を買い込んだら、

そのときくらいには、俺とお前との関係をあいつにちゃんと説明しようかどうか、悩んでんだ。今すぐに結論をだすつもりはねえ。

だが、俺は思うんだ。お前にちゃんと名乗れなかった俺が、あいつにそれをやることができるのか、それが正しいことなのか…

はは、答えなんてすぐには出ねえけどよ、まぁ、考えておくさ。それがどれだけ先になるか、なんて、全然見当もついてないけど、な。



 





 「ジェニー。準備大丈夫か?」

「ええ。だいたいは済んでるよ。そっちは?」

「ほとんどオッケー!あとはみんなが来るのを待ってるだけ!」

ジェニーの言葉に、ケヴィンが答えた。俺は、片づけたリビングを一回り見渡す。ま、こんなもんだろう。

あとはあいつらが来るのを待つだけ、だな。

「驚くかな、みんな?」

「そりゃぁな。まさかこっちが迎撃態勢を取ってるなんて思っても見ねえだろう」

俺がそう言ってやったら、ケヴィンは嬉しそうに笑って飛び跳ねた。妹のユリアもニコニコと楽しそうだ。

 今朝方、カレンのとこのエルサから連絡があって、これからフロリダへアヤやカレンたちが飛ぶんだ、と言って来た。

どうやら、この家を奇襲しに来るらしい。となれば、逆にこっちから迎え撃ってやるのが俺たち流ってもんだろう?

 不意に、玄関のチャイムがなった。来たか。そう思った次の瞬間には、ドアを開ける音とともに

「突撃ぃぃぃ!いぃぃ!?」

と、掛け声とも悲鳴ともつかない声が聞こえてドタドタと騒々しい音も聞こえた。どうやら掛かったらしい。様ぁないな。

「ちょ!アヤ!大丈夫!?」

「レ、レナ!その床踏んじゃだめだ!」

「へっ!?えっ!?キャー!」

「ちょ、レナっ…!うぐっ!」

また、ドタドタと言う物音。こりゃぁ、盛大なことだな。俺はユリアを肩車し、ケヴィンを連れて玄関の方へと向かった。

そこには、床に倒れ込んでいるアヤにカレンにマライアと、三人の上にのしかかる様にしているレナの姿があった。

玄関の外で、ロビンとレベッカに、レオナとマリオンが呆然と見つめている。ケヴィンとユリアはそいつを見てケタケタと笑い声を上げた。

「よう、どうしたお前ら?」

「隊長!このっ!なんで玄関に両面テープなんて貼ってんだよ!」

「エルサのやつから情報があってな。ま、歓迎代わりだ」

「エルサが!?あの裏切り者ぉ!」

「痛たたたっ!レナさん、そこ痛い!」

「ご、ごめんマライア!今靴脱ぐから待ってね…」

「なんか楽しそうー!アタシも!」

「ちょ、待てロビン!」

「行くよー」

「来るな!」

玄関先でもがいていた4人の上に、ロビンがジャンプしてのしかかった。全員からむぐふっと苦しげな声が漏れる。

俺はケヴィンとユリアと一緒に大笑いをしてから、

「まぁ、うちは素足派なんでな。そのまま靴脱いで上がれよ。歓迎してやる」

俺はそう言って、奥へと案内した。
 


 そこにはすでにジェニーが料理を準備して待っていてくれた。こいつら、やたら食うからなぁ。

その点に関してはジェニーにだいぶ迷惑を掛けちまったが、まぁ、ジェニーも喜んでいるのが分かる。

ジェニーはリビングに顔を出したアヤを見るなり嬉しそうに飛んできてアヤをきつくハグした。

「久しぶりだね、アヤ」

「うん、ユージェニーさん、ありがとう。アタシも会えてうれしいよ」

アヤに続いて、カレンにマライアに次いでと言わんばかりにレナまでハグをしたジェニーは、

「今日は楽しんで行ってよ。腕によりをかけて準備しておいたからさ!」

なんて、明るく言って、まぶしいくらいの笑顔を見せた。

 カレンが今日のうちには飛行機をアルバに戻しておかなきゃいけねえってんで、

酒じゃなくて口当たりの良い焙煎された麦を水出しにした茶をふるまって、食事を始めた。

「うわっ!これ美味しい!ジェニーさん、これ、なんて言うの?」

「鯛のパイ包みの香草焼き、ってところかね、ロビン」

「すごい!パイはサクサクでお魚も濃厚だけど、そこにこの香草が聞いてて後味はさっぱり、って感じ!」

「さすが!ロビンは料理が好きなだけあって、感想も一味違うね!」

「ちょ、なによぅケヴィンくん、そんなに褒められるとアタシ照れちゃうなぁ…」

「あの、こっちのピザに入っているのは、果物ですか?」

「あぁ、あんたはマリオンって言ったよね。そうそう、パイナップル」

「これ美味しいね!あっさりしてて、ピザじゃないみたいなのにピザだ!」

「あれ、これってコーンブレッド?」

「そうそう。そればかりは出来あいだけどね。今からスープ持ってくるから、それに浸すと美味しいんだよ。ユリア、手伝ってくれない?」

「うん!」

「ロビンさ、今度俺にロビンの料理食べさせてくれよ!みんなが旨いって言ってたからさ」

「え!?い、いいよ!じゃぁ、ペンション遊びに来てよケヴィンくん!アタシ腕によりをかけて作っちゃうんだから!」

「みんな飲ませてもらえばいいじゃない。私は構わないよ?」

「いやぁ、だってカレン飲まないのに、アタシらばっかり飲むわけにいかないだろ?

 せめてアタシくらいは、我慢してコパイの席には座っといてやらないとバチが当たっちゃうよ」

「あれ、じゃぁ、あたし達は飲んでいいの?」

「あぁ、いいぞ!隊長に言って高い酒を出してもらえよな!」

「なんだよ、突然来て俺にたかる気か?」

「ちょっ!アヤさんこれ見て!このバーボン、すごい高いやつじゃない!?」

「開けちゃいなよ。どうせそこに置いといても私とレオンとじゃ、飲み終える前にダメにしちゃだろうからね」

「あぁ、そうだなぁ。残ったら持って帰れ」

「へぇ、それ美味しいの?」

「分かんないけど、北米じゃ随一のブランドだよ!ありがとう、隊長、ユージェニーさん!」

 家族、か。俺は目の前に広がる光景を見ながら、そんなことを思っていた。
 


それはまさに、あのときユベールの言っていたこと、そのままの様に、俺には感じられていた。

結婚して、ジェニーがケヴィンとユリアを生んだ。遅い出産で多少心配したところもあったが、二人とも体にはなんの異常もない。

遺伝病だと言われていたユベールのことがあったから、多少気にはなっていたが、

いわゆる胎児期の発達段階での遺伝子異常だったな、って話を思い出して、もちろん検査でも無事に優良をもらった。

だから、と言うわけじゃねえが、俺は安心して俺の家族を大事に守って来ていた。

そうしているうちに、すこしだけ、あの時、ユベールの話していた意味が分かったような気がした。

繋がろうと努力することで、家族は家族になれるんだ、ってやつだ。

アヤが隊に来た日、俺たちはすでに家族みたいだ、ってそう言ってくれてたが、正直、自分にそんな実感があったわけじゃねえ。

言ってもらえてうれしかったがよ。そんなもんを意識して作ったってわけじゃねえんだ。

だが、いざ自分が家族を持って、繋がりだ、なんだと思い返したときに、今のこの生活は、あのときとたいして変わりぁしなかった。

大事だと思い、死なせたり危険な目にあわせるわけにはいかねえし、面倒をみて、できればこの先に自分の進みたい道へ進んでほしいと思う。

バカなことをすりゃぁ、当然叱る。特別なことなんざ、何もない。だが、ジェニーも、ケヴィンもユリアも家族だってそう胸を張ってやれる。

だとするなら、アヤが毎度言ってたように、やっぱ、隊は家族、だったんだな。

それは、アヤにとっても、いや、おそらくそれ以上に俺にとっても、だ。

 そんなことを考えていたら、ずいぶん昔に…そう、アヤが隊にいた頃に、始終俺の頭に沸いて来ていた疑問がしばらくぶりによみがえって来た。

俺とお前の関係、あいつに話しておくべきだと思うか?ユベール。

今更だが、妙な心持ちだ。アヤがまだ隊にいたころは、その疑問がわいてくるたびにまだ早え、なんて思ってはいたが、今はどうだ?

 今、アヤは、あのときのお前と一緒で、自分の力で、こんな家族を作った。あいつはもう、立派になっただろう?

だったら、黙ってやっていなくても良いような気がするんだ。

それに、お前のときのように、このことを言ってやったって、あいつの幸せが壊れちまう可能性はほとんどないだろう。

多少感傷に浸るようなことがあったって、アヤの周りにはそれをくみ取って、共感してくれる家族がこんなにいる。

こいつは、まぎれもない、アヤ自身の努力のたまものだ。そうだろう?

本当によ、アヤ、お前、よく立派に育ったよ。ユベールの棺にすがり付いて泣いていたあの頃の子どものまんまの心を持ちながら、たくましく、強くなったな…。

 俺はそんなことを思いながら、座っていたソファーの脇にあったサイドボードの引き出しのカギを開け、

アヤが来る、と言われてしまいこんでいた写真と、古びた封筒を一通取り出した。

写真は、ユベールの病室で、あいつが死ぬ直前にジェニーと三人で撮ったあの写真だ。

封筒にはロッタさんのところへ出した、戸籍謄本の写しが入ってる。

 ユベール。お前、あの時はもう、俺が血のつながった兄貴だと、そう知ってたんだろ?だとしたら、笑っちまうが、

俺があれこれ心配したのがどれだけヘタレだったか、ってのが分かっちまってなさけねえが、

もしあのとき俺がこのことをお前に言ったとしたら、お前、なんて答えたんだ?

 俺は、手にした写真立ての中のユベールをジッと見つめる。お前のことだ、「うん、知ってた」なんて、あの笑顔で答えたのかもしれねえな。

なら、言わない俺を、どう思ってた?本当は俺の口から聞きたかったんじゃねえのか?

俺は、お前の血のつながった兄貴だ、って。お前を助けようと、守ろうとして、ヨーロッパから南米なんていうところにやって来たんだ、って、

そう言ってほしかったんじゃねえか?そうだよな…家族を大事にするお前だ。俺に“兄貴”と呼んでいいか、なんて聞くお前だ。

たぶん、お前のお得意のあの笑顔で、笑ってくれてただろうな。

ははは、だとしたら、やっぱりこんなことでウダウダ悩んでるなんて滑稽じゃねえか。アヤは、間違いなくお前の妹だ。

お前の生き方を、お前の明るさを、お前の強さを全部引き継いでる。

お前からもらった全部と、あいつが持っていたものを合わせて、磨き上げて、お前以上に明るく強く生きてるよ。

そんなあいつが、俺とユベールとの関係を聞いて、怒ったり、凹んだりするわけはねえよな。
 


 俺の様子に気づいたのか、ジェニーが俺の座っていたソファーのアームレストに腰かけてきて、そっと俺の肩に手を置いてきた。

俺はジッとジェニーの目を見た。俺の意思を了解したらしいジェニーは、黙って、コクリとうなずいた。

 「なぁ、アヤ」

「ん?なんだよ、隊長?」

俺はそんな呆けた返事をしたアヤに、写真立てを手渡して見せた。収まっていた写真を見るや、アヤはパッと顔を上げて、

「ユベールじゃんか!」

と俺を見て、明るい笑顔で言って来る。それから俺は古い謄本の写しを封筒から出して、それもアヤに突き出して言った。

「俺は、な。兄貴なんだ。ユベール・ユディスキンの兄貴、レオニード・ユディスキンだ」

アヤは写真と謄本とそして俺の顔を代わる代わる見比べて、最後に俺の顔に視線を向けてきて、あの、明るくてまぶしい笑顔を見せて言った。

「うん…知ってた」

 一瞬、俺は目の前にユベールがいて笑っているような錯覚に陥って、ハッとして我に返った。

アヤはそんな俺を、まるで懐かしい誰かでも見つめるようなそんな表情で見ていた。だが、不意にプスっと笑って言った。

「なんとなく、そうなんだろうな、とは思ってたよ…って、隊長、何泣いてんだよ?!」

アヤに言われて、俺は自分が涙をこぼしていることに気が付いた。くそっ、年を取ると涙腺が緩んじまってダメだな、まったくよ。

俺は、黙れよ、なんて悪態をつきながら涙を拭いてアヤに言ってやった。

「アヤ、お前、立派になったな」

そうしたら、アヤはいつにない穏やかな表情で、俺に言葉を返して来た。

「うん、ずっと見ててくれてありがとな…兄ちゃん」


 




「おぉーい、ミナト少尉殿、あんた無事だったんだな!うれしいぜ~良かったら帰還の祝いにメシでもどうよ?」

ヴァレリオのそんな声がオフィスに響く。ジャブロー防衛線から2日目。アヤのやつが無事にオフィスに戻って来た。

一度は俺たちに挨拶をしたものの、それからは俺に休暇届を出してきて、オフィスのコンピュータに向かってしきりに何かをしている。

昨日、陸戦隊の連中から聞いた話じゃ、“カレン・ハガード”を名乗る女性兵士を連れてたらしいが…カレンのことはマライアに聞いてる。

トゲツキに突っ込んで、木端微塵だ、って話だ。良くわからんが、身元を割られたくないやつと一緒にいたんだろう。

で、帰ってくるなり、コンピュータにかじりついている。なんかあったんだろうな、と思うのが当然だ。

俺はたまたまオフィスの奥の給湯室に引っ込んでコーヒーを入れていたところだった。

「っせーーんだよ!あっち行ってろ!」

アヤの怒鳴り声がオフィスに響いた。ヴァレリオの

「お、わ、悪い」

と言う戸惑った声が聞こえて、バタンとドアを閉める音。なんだよ、あいつ。もう少し何か聞きだしてから逃げやがれ。

そう思っていたところへ、ダリルが姿を見せた。とっさに人差し指を立てて、黙れ、と伝えて引き寄せる。

「あいつが何やってるか見て来い」

俺はダリルにそうとだけ伝えた。ダリルは怪訝な顔をして

「自分で行けばいいでしょうに」

と言って来るが、俺は首を振ってこたえた。

「良いことじゃねえってのはわかる。そいつを、アヤが俺に知られねえようにしてる、ってのも、な。さっき、休暇届を出して来た。

 またなんか企んでるに違いねえ」

するとダリルは、ふぅ、とため息をついて

「隊長、あんた、いい男すぎて損だな」

と苦笑いを浮かべた。うるせえ、黙って行けよ。あいつのバカは、昔からだ。

いつも言ってるように、そのバカでいてもらうための、俺の部隊なんだ。

俺はダリルに言葉を返す代わりに立てていた人差し指をオフィスの中へ向けた。

はいはい、と言わんばかりの表情でコーヒーカップを二つ持ったダリルガ給湯室を出ようとする。

ふと、俺は何か妙な予感がして、ダリルを止めた。

「ダリル」

「なんです?」

「バカやりそうなら、伝えてやってくれ。“合言葉を忘れんな”ってな」

俺が言うとダリルは首をかしげて、そのまま給湯室から出て行った。

俺はコーヒーのカップを傾けながら聞き耳を立てる。
 


「それ、そこのコード違うぞ」

ガタン、と椅子を動かす音。

「別に隠すことなんてねぇだろ。何しようとしてんのか知らねえが、別にしゃべらねえよ」

「悪い…」

「そこの温感センサーの試験モードのコードはA-258だ、次の施錠センサーのコードがA-220…」

「うん…」

「隊長に休暇願い出したんだってな」

「うん、5日間、休みをもらう」

「帰ってくんだろうな?」

「そのつもりでいる」

「そうか」

「あぁ」

キーボードをたたく音が、静かに響く。

「隊長から、伝言を預かっててな」

「隊長から?」

「あぁ。“合言葉を忘れんな”、だと」

「ヤバいのかよ?」

「だから逃げる算段たててんだろ」

逃げる算段、ね…さて、どういうことだか…あのバカ、ついになんかやらかしたのか?

いや、まずいことならまず俺に詫びを入れに来るのがあいつだ。俺や隊に迷惑をかける分けには行かねえ、と日ごろから言っているし、な。

だとするなら、俺たちに事前に知られちゃまずいことだろう。脱走、か?あいつが敵前逃亡でもしようってのか?

ダリルのため息が聞こえた。

「作業が終わったらそのコンピュータはおいてけ。アシが付くかも知らん。俺がぶっ壊しておいてやる」

「隊長には」

「黙っとくよ」

嘘つきやがれ。俺はダリルの言い様に、思わずそう笑いそうになった声を堪える。

「すまん、迷惑かけることになるかもしれない」

「なーに、平気だろ。隊長にしてみりゃ、今に始まったことじゃねえと思うしな」

「ありがとう。じゃぁ、行く」

「おう、気を付けてな」

「うん。PC、頼む」

アヤとダリルの会話が終わった。ガタン、と椅子を引く音がして、次いでドアの閉まる音。出て行った、か…さて、結果はどうだ?
 


 俺は給湯室から出て行った。そこには、ダリルがカップを二つ手に持って、妙な表情をして俺を見つめている姿があった。

あのバカ、ダリルが困惑するほどのことをしでかそう、ってのか?そう訝しく思いつつ、俺はデスクに腰を下ろした。

ダリルがツカツカと俺のところにやって来て、じっと俺を見る。

「で、どうだ?」

「あいつ、管理棟の地下4階に用事があるようです」

管理棟の地下四階…あそこは確か、捕虜や軍法違反の奴をブチ込んでおく独房があったな…

なるほど、昨日のカレンの話ってのはそういうこと、か。

「なるほどな」

「あいつ、まさか捕虜を…」

「おそらくは、な」

俺の言葉に、ダリルはまた眉間にしわを寄せて俺を見つめてくる。

 何があったか、なんて想像の域を出ちゃいねえが…止めるか?今ならまだ間に合う…

だが、あいつが何の考えもなしにそんなことをしでかすほどバカだとは思わねえ。何か理由があるんだろう。

それを知るすべは、今はなし、か…これは、叱り倒すべきか、手を貸してやるべきか悩むよな…だが、そうだ。

アヤは俺たちに何も言わずに出て行った。家族だと言ってはばからないあいつが、家族に黙って、何の相談もなしに出て行こうっていうんだ。

それくらいの事態だってこと、か。

 俺はそう思って、デスクのコンピュータを操作し、一枚の書類を印刷した。

そこに、引き出しから取り出したアヤの作った書類のサインを見様見真似で書き写し、さらに俺のサインも書き加えた。

それから軍医殿に連絡して、至急、戦争後遺症による心神喪失の診断書を書いて送ってもらうように頼んだ。

礼に、バーボンを一本持っていく、と言づけて、だ。

 「何する気で、隊長?」

「逃げる、ってんだろ?逃げる仲間を援護するのも、俺たちの役目じゃねえか」

俺がそう言ってやったら、ダリルはやっと笑顔を見せた。

「ダリル、お前、何人か連れて管理棟の近くで乱闘騒ぎを起こして来い。MPの連中を引き付けて、あいつの退路確保してやれ」

「了解」

「他の連中には、まだ言うなよ」

「分かってます」

ダリルはそう返事をして、何やら楽しそうな表情を浮かべてフレートとデリクを連れてオフィスから出て行った。
 


 それから俺は、デスクの引き出しから大事にしまっておいたあの写真を取り出して眺める。

そこには、ユベールの両脇で、ユベールそっくりの明るい笑顔で笑ってる俺とジェニーの姿が映っている。

 これでいいだろう、ユベール。あいつは、ここを出る気らしいが、いつまでも俺の下で呑気にやってるやつでもねえってのはわかってた。

時期が時期だし、苦労するだろうが…まぁ、あいつのことだ。ヘマをして死ぬようなことはないだろう。

これであいつが無事に生き延びられりゃ、約束は果たせたことになるだろう、なぁ、ユベール?

そうしたらあとは、ジェニーにウェディングドレスを着せて、お前の墓にまた誓いを立てに行くからよ。

もうしばらく、待っててくれよな。

 しばらくして不意に、デスクの上の電話が鳴った。

出ると受話器の向こうから、男の慌てた声で、俺の部隊員がレイピアの部隊員と乱闘騒ぎを起こしてる、と報告が入った。

なるほど、あいつらも巻き込んでのお遊び、ってわけだ。ダリルの奴、気が利くな。これならいくらだって誤魔化しが効く。

俺はそんなことを思いながら、二枚目の写真を見る。

 シャロンとユベールとアヤで映ってる、調査会社から手に入れた写真だ。まったく、最後まで世話の焼けるやつだったよ、お前は。

 俺は写真をしまってデスクから立ち上がり、窓の外を見やった。

人工太陽が夕方を過ぎ薄ら暗くなっているはるか向こうに、見慣れた車のテールランプが微かに光っているのが見える。

ありゃ、俺のやった車だな。基地の一番の外側の検問を何事もなく通過した車は、その先のトンネルへと姿を消していった。

 俺は、冷めたコーヒーを飲み干して、ふと、呟いていた。

「行って来い、アヤ…気を付けろよな、バカ妹」






――――――to be continued to their future
 



以上です。

最後はちょっとあっさり目でしたが…残りレス数の関係もあり、書きたいところにピンポイント照準して書きました。

長い間ご愛顧いただき、大変感謝です。

キャタピラ、おっさんだけど、このシリーズを通してちゃんとしたのを一本書いて、どこぞの会社にでも投稿してみようかな、とか思い始めています。

まぁ、それはともかく、大変にありがとうございました。


キャタピラの次回作にご期待ください!

残り50レスほどあるんで、好き勝手にお喋りしましょ!w
 

乙です!激しく乙です!

ところであるんですね?キャタピラさんの次回作!



ああ、終わっちゃった。
このシリーズ中、何度も同じ事を書いたな。
しかし有象無象の集まるこんな掲示板(失礼)でこんなしっかりした読み物が読めるとは嬉しい誤算だった。
本当にありがとう。

一部の連邦軍士官・下士官を除いて基本的にイヤなヤツが出てこないのが俺にとってすごく良かった。
明確な「敵」を設定せずに、登場人物たちの個人的な事情や状況の解決に奔走させることに終始していたのも良。
「敵」の打倒や人類の未来なんてのは本編の主役たちがやってくれてるからねw
「『本編』という歴史の裏側で当然有り得べき個人史」というスピンオフ作品の見本みたいだ。

書き込み見るに、商業作品化を目指すということかな?
このシリーズを同人作品でいいからまとめた物を読みたい(所持したい)と思っていたけど、
キャタピラがプロの作家を目指すという夢と野望を持ったのなら応援するよ。

これまでスレの空気も読まずに執拗に文章校正にこだわったり、的外れな設定指摘したりして不愉快にさせてたら申し訳ない。
ガンダム系の小説ではもっとも楽しめた作品かもしれない。それ故の感情移入だと思って許してくれるとありがたい。

長文すぎるが、なんかまだまだこの作品の思い出書き足りない(マークさんの名前忘れてたけどw)。
キリがないからこのへんで。
本当に楽しかった。ありがとう。

乙!…心からの乙!!

長期に渡る連載お疲れ様でした
最初「なんだこのスレタイ?ガンダム系エロSSか?ww」なんて思って適当にスレ開いたのが懐かしいwwww

これ言うのももう何度目かになるけど、シリアス系のガンダムSSでここまで面白い作品を俺は他に知らんよ
二次創作系SSでオリキャラが出てくると俺は大抵冷めた目で見ちゃうんだけど、アヤレナマの登場人物達は素敵な奴らばっかりでなあ
次はこいつらが一体何をしでかしてくれるのかと毎回投下が待ち遠しかったよ
笑わされたりハラハラさせられたり泣かされたりほっこりさせられたり、全てを読み終えて“家族の暖かさ、みんなの笑顔、幸せの形”なんて言葉が思い浮かぶ素敵なお話だった

アヤレナマが終わってしまうのは悲しいけれど、何事にも終わりは付き物だしな
ここは書籍化並びにキャタピラの次回作に期待しておこうと思う
こんなにも素敵なお話を本当にありがとう

最後になるけど最近あんまり言ってなかったからさ、うん
笑顔で天使なマライアたんまじぺろぺろぐへへ!
…ダッシュ!全力のダッシュ!俺は学んだ!アヤさんに捕まる前にこの場から退避せねばなr…ぎゃああああああ

>>955
感謝、超感謝です!

次回作はきっと書きます。いつになるか、どんな内容になるかは未定です。
ちなみに次回作ではないですが、キャタピラの酉は特殊なんで検索していただければ、
どっかのまとめにアヤレナ書きながら浮気したエヴァ物と進撃の巨人物のSSが出てくるはずです←宣伝乙

>>956
感謝!!

終わってしまいました…なんだか、キャタピラも寂しいです。

「敵」がいない点は、こだわった部分でした。
世の中に絶対的はいない、いるのは相対敵のみだ…キャタピラはザ・ボスからそう言われましたw
敵味方を越えた繋がりを作る力、それがNT能力なんじゃないかなぁと思います。

オリジナルを書いてどこかに投稿してみようかなぁと思ってます。
狙うなら…すばる新人賞とかかなぁ…w
角川ってなんか賞ありましたっけね?

いやいや、誤字脱字に始まる指摘やら設定に関するご意見は、非常にありがたく受け止めさせていただきました。
悔しい思いをすることも多かったのが正直なところですが、全てキャタピラの血肉となったことは間違いありません。

本当にありがとうございました!次回作もぜひ見てね!


>>957
感謝、心から感謝!!!

まさか、アヤレナの最初のを書いているときには1年以上も連載(?)するとは思ってもみませんでしたw
ひとえに、毎度レスをくれる皆様の支えのお陰です。

NT論を突き詰めて言ったら、それがキャタピラの中で愛着論と結びついて、
結果それがアヤの“家族”を結びつけたような、そんな感じの話でした。
心理学っておもしれえですね←

次回作もご期待ください!
きっとまたかならず戻ってまいります。

感謝の想いをこめて。

長すぎキモいっ☆

 

以下、質問とか。

次回作への参考までに、書き手的にはカレン編とか、マーク編、あとアヤレナマの過去編が結構好きだったんですが、
どのエピソードが良かったか、とか聞かせてもらえるとうれしいかなぁ、と思ってたりします。

次回作のリク(投げっぱなし可)
 


上げちまった…
 

乙でした~
あの女に海中に沈められてから復活するのに今までかかったぜ…
だが次回作ではあの女もいないッ!
撮り放題だッ!!

そういえば前に綾波がシンジのやつ読んだけどあれがキャタピラさんのだったのかな
俺が読んだのは未完で終わってたけどひょっとして完結版ある…?

>>960
おまいはまさかアヤに病院送りにされた>>535!?
生きていたのか!

したらばで書いたやつですね、キャタピラですww
未完ですすみませんww



俺が好きなのは物語のギミックが良かったヤツ。
マーク編とかCCA、UC編とか。
読んでいて「おお、そうくるか!」と驚きとワクワク、たまにニヤニヤが多かった作品。
もちろんカレン編や隊長編のようなキャラの内面深く掘り下げたやつもよかったけど、
人、物、話が大きく動くアクション物が好きだな!

偉そうに言わせてもらうと、
キャラ作りやプロット、文章の組み立てとかとても上手だと思うから、欲張りすぎて肥満体型にならないようスタイルの良い作品が読みたいな。
ボンキュッボンな物語をまってるよ。
(ただし、登場人物の体型がツルンペタンでも文句は言わない!)

>>962
 ご意見感謝!
ZZ編あたりのところもきっと好いてもらえてると勝手に思ってみるww
びっくり要素とドタバタ要素のある感じですね!

 肥満体系…俺の中ではそれ、UC編がまさにそうですね。
ハマーンとナナイやっぱいらんかったなぁとペンション日記書きながら思ったですww

乙でした!

あ。。。あれ?
ミリアムと姫様の逃走劇の話はないんですか?
それとアレクとの再開後の話も読みたかったです!

>>964
感謝!

裏Z編とミリアムアレクのペンション日記も良いですね。
実は、書きたいことは他にももっとたくさんあるんですが…
やはり、キャタピラはすこしこの世界と距離を置いた方がいいと思っているところです。

この世界は好きですし、キャラクタにはみんな愛着があるのですが、
さすがに書いているとやや息苦しさを感じるというか、スランプとは違う意味で筆が進まず…

終わりというわけではなく、少し息抜きのために全然違うのを書いてみたいな、という感じです。
ですので、たぶんそのうちどこかで裏Z編とかも書くと思いますが、しばらくはちょいと休憩をいただきたいと思ってます。
 

今月末に、HTML化依頼したいと思います~
最後に何か書き逃げしてってくださいませw

そうかとうとうなくなっちゃうのか。
改めてこのシリーズをどうするのか聞いていいかな?

『全部まとめてしかるべきところへ投稿。
従ってスレのまとめサイト以外ではもう読めない。同人誌的な発表は期待出来ない』
ということになるんだよね?
残念だけど仕方ない。ログとっておけば良かった……。

あと、なにかしらの新作はTwitterをフォローしてれば良い?時々のぞいてますよ。

なんにせよ本当にお疲れ様でした。
どんな方向で書くにしても楽しみにまってるよ。

>>967
レス感謝です!

あ、いえ、当シリーズをどこぞの出版社に持ち込むつもりはありませぬ。
同人のセンはあります。時間と荒巻氏の許可さえあれば、ってところなんですが、質問しても回答ナッシン。
割と多い質問だと思うので、どっかに荒巻氏の回答があるんじゃないかなぁ、とか思っていたりしますが…

新作関係はtwitterで発表しますです。
ただ、発表するのは力を入れる作品のみになると思うので書き捨て感覚で適当に書いているものに関しては報告抜けるかも。
(現に、今もこっそりすごく適当なのやってますw)


お付き合いいただきありがとうございました!
twitterで構ってくれてもよくってよ!w
またお会いしましょう!
  

ああ、終わってしまうのですね……

最後にアヤレナの絡みを見たかった、たぶん夜はレナの方が積極的dうわなにをするやめ

>>969
お付き合いいただき感謝!
それはもしかしたら格納庫の方に書くかも…ww
twitterにURL付きでお知らせしますねww

>>960
感謝!!


キャノピーからも皆様へ感謝のイラストが届いております。
サイドストーリー含めた書くエピソードの主人公達によるカーテンコールですっ
http://catapirastorage.web.fc2.com/cc.jpg
 

お前らキャノピがイラストそっちのけでケンカしてるって拗ねたぞ!
どうしてくれんだw
あと大事なレス数を醜い争いなんかで食わないで!(懇願

そう言えば全然関係ないけど、>>968こっそりやってるって書いたやつ
【ロムが】王「魔王を倒せ!」勇者「よし行くぞ!」魔王があらわれた!【壊れた】 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1407949406/)

超手抜きなので気楽に読んであげてよね!
 

キャノピも超乙!
ホントにスランプがあったの?と思うくらい良い絵で締めてくれたね!
じゃ早速、各エピソード読み返してくるかな!(徹夜覚悟

乙キャノピー

描き込んだねぇ!
気合の入り方がすごい。
キャノピーの絵を見る機会もなくなると思うと寂しいね。

今後のキャタピラの企画にも参加してくれるとうれしいな。



パルプンテこわいよパルプンテ

>>980
感謝!キャノピも序盤から参加していればなぁとおもう今日この頃ww
徹夜乙です!

>>981
感謝!!
次回作はたぶん、最初の投稿からキャノピ挿絵を入れていけると思いますww

パルプンテ! 

あ、HTML化依頼してきました!
駆け込みかもん!

次回作はtwitterで告知しますー
@Catapira_ss

大作書き上げ乙です

去年のGWが懐かしい
ガンオンやってたなー

これからも追いかけていきますぜ
応援してます

>>984
感謝!
そういえばことの始まりだったガンオンは
いつの間にか執筆に夢中で放置してましたw

支援宣言ありがとうございます!
キャタピラの次回作にご期待ください!

お疲れ様でした。これからも応援させていただきます

ときに、アルバ島の面々の活躍を記録したのは、やはりバーニ……もとい、アーバート・ベルクマンなのでしょうか

>>986
感謝です!
よろしくお願いします!

おもしろい解釈ですねー。
ですが、この話はそういう感じではないですね。

アル乙w

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