ジャブローで撃ち落とされた女ジオン兵が… (514)

もうずいぶん久しいが、なんとなく立ててみることにした。
ガンダムオンラインやってたら思いついた。

完結するか不明。

需要あれば支援よろ。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1367071502

喉はカラカラだし、お腹も空いたし、全身はまだひどく痛む。昼はじっとりと張り付くような湿り気を帯びた暑さに襲われ、闇夜には響き渡る得体のしれない獣の声におびえながら、私はもう2日、このどこだかもわからない、熱帯雨林の中をさ迷い歩いている。出征前に気候やなんかについては、もちろん一通り教育は受けてきたけど、聞くのと体験するのとでは、こんなにも違うなんて。
———それにしても
 私はそう思い直して空を見上げた。これでも、パイロット。幸い、脱出する機体から装備品一式は取り出すことができた。その中のコンパスと航法の学科でならった星の読み方を頼りに、とにかく北へ進んでいく。まぁ、コンパスなんて、コロニーや宇宙では、使ったことないから、初めてだけど。

ギャーッギャーッ!

び、びっくりした…今の、何?鳥かな?すごい近かった…は、離れた方が、良いかな…
急に動物の大きな鳴き声が近くで聞こえたものだから、心臓が止まった。それから、暗闇の森の中から得体のしれない恐怖感が私を襲って背中を伝っていく。
 拳銃を引き抜いて、携帯ライトとコンパスを頼りに、夜営ができそうな場所を探す。
 無謀だったんだ、こんな作戦。第一、空挺降下するのに、対空砲の位置や数をきちんと把握していないなんておかしいにもほどがある。それでは、撃墜してくれと言っているようなものじゃないか。連邦はこのジャングルの中に、どれほどの規模の兵器と兵員を持っているのか、事前に調査したんだろうか。仮に、50機のモビルスーツを投入して勝てる計算だったとしても、降下に使われたガウ攻撃空母はたったの18機。護衛の戦闘機はもっとたくさん張り付いていたけれど、対空砲火を浴びてはひとたまりもない。敵にしてみれば、50機のモビルスーツと戦う以前に、18機のガウを撃墜すればそれだけで勝ててしまうのだ。事実、私の搭乗したザクを搭載していたガウも降下が始まる前に敵の対空砲の直撃弾を受けて炎上。動力をやられてコースを外れ滑空をし始めていた空母から無我夢中で飛び降りたけれど、そんな状態で訓練のように落下速度をバーニアでうまく調整できるはずもなく、挙句には敵戦闘機に撃たれまくり対空砲火を浴びまくり、降下中に撃っていたマシンガンはとんでっちゃうし、半分衝突みたいに地面に降り立った時には、機体はもう使い物にならなくなっていた。訓練では、鹵獲されないようにと自爆させる手順も教わったけど、自爆に必要なモビルスーツの動力部すら機能していなかった。幸い落ちたのが沼地で、機体自体は、沈んでしまったから良かったけど。この作戦を立案したなんとかって将校、兵隊を駒くらいにしか思ってない士官学校出のボンボンなんだろう。
 木々の間を抜けると、開けた場所に出た。川だ。このあたりなら、夜営できそうな場所もあるかもしれない。そう思って、拳銃を仕舞い、あたりをライトで照らそうとしていたら、何かが匂った。なんだろう、これ…煙…何かが燃えているにおい…
 次の瞬間、何か固いものが背中にゴリッと押し付けられた。

「ひぃっ!」
 思わず声が出てしまう。
「静かにしろ」
 しまった、敵!?そう悟ったときには、背後から相手の腕が伸びてきて、私の口元を覆った。
「騒ぐな、動くな!死にたいのか!」
 敵は、小さな声で、私の耳元でささやくように言うとその手を離し、私の持っていたライトで5メートルくらい先を照らした。
 そこには、何かがいた。なんだ、これ?ごつごつしてて、黒っぽくて…大きい…息、してる。生き物だ。こんな大きな…そうこれは確か、動物園で見たことがある、ワニだ!
「このままゆっくり下がるぞ…」
 声の主はそう言って私の腕をつかむと、一歩、また一歩とワニから遠ざかる。しばらくそのまま後ろ向きで歩くと今度は
「足元、気をつけろ」
と言い添えて、いつのまにか背後にあった、2メートルもない崖の上へ私を引っ張り上げた。
「ふぅービビったぁ」
 声の主、それは女性だった。彼女は、そう大きな安堵の声を上げてその場に座り込む。
 手には拳銃、タンクトップ姿だが、腰から下の恰好は、汚れているけれど、何度か見た、地球連邦軍の軍服…っ!
 私はとっさに腰に差していた拳銃を引き抜こうとした…が、ない!まさか、落として!?
「あぁ、これは預かってるよ」
すぐに彼女の声がした。見ると彼女の腰のベルトに、私の拳銃が差さっていた。あのとき、奪われてしまったんだ…
 まずい、非常にまずい。どうする、逃げる?戦う?相手は同じ女性。取っ組み合いなら勝てるかもしれない。勝てはしなくても、彼女の拳銃を奪うことができれば…
 決心して、飛びかかろうとした瞬間、彼女はベルトから私の拳銃を引き抜いた。とっさに、足が止まる。彼女は、私の方を見るでもなく、拳銃をしげしげと眺めて
「へぇ、写真でしか見たことないけど、ジオンってこんなん使ってるんだね」
と物珍しそうに言い、それから
「握った感じは、ジオン製の方が好きだなぁ」
と笑いながら弾倉を引き抜いて、そこから一発だけ取り出すと、機関部に装てんして弾を全部抜き取った弾倉を戻して私に投げてよこした。
「この森、あんまり安全じゃなんだ。持っときな。あ、自殺とか、アタシを撃とうとかは、なしにしてくれよ。生身の死体見るのイヤだし、アタシはまだ死にたくはないんでね」
 彼女はそう告げるとたき火とそばまで歩いていき、木の枝のようなものを一本手に取って、その場に座り込んだ。
「あー、ちっと焦げちゃった。あんたのせいだぞ?」
 不満なのかどうなのか、そう言った彼女は笑っていた。
 彼女が手にしたのは、魚だった。この川で取ったのだろうか?いや、ダメだ、そんなことを考えている場合じゃない。こいつは敵だ!
 私は、彼女が寄越した拳銃の銃口を、彼女に向けた。
 沈黙が、あたりを包む。
「一発で、頭当たる?」
彼女は、まるでとぼけた様子で私に尋ねる。
「この距離なら、外さない」
ひるんでは、ダメだ。
私が答えると彼女は困ったような表情を見せて
「そっかぁ。んー、こんなナマズが最後の晩餐になっちまうのか…悪くはないけど、もうちょっとうまいのが良かったなぁ」
とつぶやいた。なぜ?銃弾入りの拳銃を渡せば、こうなることくらいわかるでしょ?なんで、そんなに困った顔をするの!?
「まぁ、でも、空からおっこって死んじまってたかもしれないんだからなぁ、食えるだけ、ありがたいと思っとくか」
 彼女はなおもそう言って、焼けた魚に食らいついた。香ばしいにおいが私の鼻とお腹をくすぐる。
「頼むよ。せめてこれ食い終わって、満腹になってからにしてくんないか?」
 口をもごもごと動かしながら、行儀悪く私に頼んでくる。
 おいしそう…すなおに、そう思ってしまった。だって二日も食べてない。食べれるものなら、なんだっておいしいだろうに、目の前にはあんなにおいしそうに焼けた魚がある…私も、食べたい。いや、そうじゃなくって。こいつも、お腹が空いたまま死ぬのは、ちょっとかわいそうだ。お腹が減るってのが、こんなにつらいとはおもわなかったから。今すぐこちらをどうしようと思っているわけでもないようだし、食べ終わるまで待ってやっても…
 グゥ〜
 そんなことを考えていたら、匂いにほだされた私のお腹が派手に鳴った。また一瞬沈黙が流れて、彼女が笑った。
「半分食べるか?ちょっと泥くさいけど、味はそんなに悪くない」
 彼女はそう言って、魚を指した枝を私に突き出してきた。
 良いの?いや、待って、何かのワナかもしれない…でも、でも、食べたい…
 私は考えて、拳銃を彼女に向けたまま、おずおずとそれを手にとって、半分をむしり取るように手を引っ込めた。すると彼女は満足そうな表情をして、また自分に残された分の魚を食べ始めた。
 彼女の様子を観察しながら、私も魚を口に運ぶ。パサパサとしていて、独特のにおいがする。けど、なんだろう、これ。鶏肉?うん、鶏肉に近いかもしれない…ささみとか、そういう部位だ。薄味だけど、おいしい、おいしいよ、これ。
 私は気が付いたら、無我夢中で魚にかぶりついていた。ぼろぼろと崩れやすくなっているから、両手でちゃんと持たないと…ん、おいしい。
 あれ、両手で?…あ!拳銃を!
 私はあわててあたりを手探った。手の甲に固いものがはじけた感覚があって、かつん、かつん、と音がする。そして最後にトポンと言う音も。
 私は思わず、彼女を見た。すると彼女も私の方を見ていた。
 知られた。拳銃を落としたことを…すると彼女はすぐさま自分の拳銃を引き抜くと、立ち上がった。
 殺される…っ

魚を取り落として、私は尻もちをついてしまった。に、に、逃げなきゃ…そうは思っても、とっさのことで足が動かない。そんな私に彼女は手を伸ばし、私の口を覆った。そして耳元でまた、囁くように
「静かに」
と言って、あたりを見回した。それから
「立って!」
とまた小声で言うと、私をたき火の方まで引きずっていく。彼女は息を殺して
「あいつら、水音には敏感なんだ。あたり、気を付けて…」
と緊張した様子で言う。
「あ、あいつら?」
私は思わず聞いた。
「クロコダイルだ。さっきみただろ!?」
「あ、ワ、ワニ!?」
「そうだよ!しゃべんな!警戒しろ!」
彼女は私を叱りつけるように言った。
どれくらいの時間がたったかわからない。その間、動物の鳴き声はしても、何かが近づいてくる気配はなかった。
「ふぅ、大丈夫そうだ」
彼女は改めてそう言うと、どっかりその場に腰を下ろした。私も、なんだかよくわからず、ペタンと座り込んでしまった。なんだかまだ、脚に力が入らない。
「あーあ、びっくりして魚ほうりだしちまったじゃんか、もったいない」
彼女はそう言って、自分が取り落とした魚を拾い上げ、まだ汚れていない部分を探して口に運んでいる。
「こ、殺さないの?」
「あ?」
わけがわからず、彼女に尋ねてしまう。
「あークロコダイル?」
「わ、たし、を」
「あぁ、そっちか」
彼女は少し考えるように宙を見つめてから
「あんたを殺して戦争が終わるんなら、喜んで[ピーーー]よ…あ、でもそしたら死体を引っ張ってかなきゃまずいか?証明できねえもんな。それは嫌だな。死体運ぶのなんかまっぴらだ。死体じゃなくたって、こんな森ん中、人ひとり運んで歩くなんて、ごめんだな。うん、じゃぁ、殺さない」
と割と真剣な表情で私に告げた。理解できない。私は敵なのよ?あなたを殺そうとした人間なんだよ?!
「どうして!?私は、敵!殺せばいいでしょ!」
私は、なぜだか、彼女に強い口調で言っていた。
「騒ぐなって、あいつら耳だけは良いんだよ!…、と、で、なんだ、あんた死にたいの?」
「そ、そうじゃなくて…」
「あー敵兵だから?ジオンが悪で、コロニー落っことしてきて、人がいっぱい死んだから、とか、そういう話?」
「そ、そうよ」
「別にあたしには関係ないしなぁ。どっちが良くてどっちが悪いかなんて考えて戦争やってないし」
「なによ、それ」
「うん?金がほしくって、さ」
「お金?」
「そう!あたしさ、小さいころに親死んじゃってね。で、いろんなとこをたらいまわしにされて生きてきて、で、学校卒業してからは行くトコないから、軍に入ったんだ。身元引き受けてくれるし、戦えば金くれるしさ!」
「傭兵、ってこと?」
「そうじゃないよ、ちゃんと正規軍人さ。なんつうか、さ。ほら、あんだろ、わかれよ」
「わかんないよ」
「あーもうっ!あー、あれだ、やりたいことがあるんだ」
彼女は、なんだかじれったそうな、恥ずかしそうな表情で言った。
「なにを?」
「ここより、ずっと北にいったところに、セブ島て島があってさ!海がすげーきれいなんだよ!あたし昔っから海が好きでね、そういうところで暮らしてみたいなーってずっと思ってたんだ!だから、働いて金をためて、家と船でも買ってさ。魚とって売ったり、ダイビングのンストラクターしたりして生活できたら楽しいだろうなって!」
最初はあんなに恥ずかしがっていたくせに、いざ話し始めたら、なんだか子供みたいにはしゃぎ始めた。なんだろう、この子は。これまで、何人もの連邦の軍人にあってきたけど、こんなに無邪気で、とっぽい人は始めてだ。
「あんたは?」
「へ?」
急に質問してくるものだから、私は変な声を上げてしまった。
「だから、あんたの話。スペースノイドなのか?」
私は、ジオン公国軍の地球方面軍のパイロット。サイド3で生まれ育った。軍人の家系で、父も母も兄も軍人だった。そう、「だった」。父はルウム戦役で巡洋艦と一緒に宇宙の塵に。母と兄は、最近、ラサから転戦した先のオデッサで戦死した。聞いたときはとても悲しかったけれど、軍人だし、覚悟はしていた。だから別に落ち込んでなんかいない。落ち込んで、こんな無茶な任務を受けたわけでもない。単純に、命令が下りてきたから、参加しただけ。
「そっか、あんたも天涯孤独の身か」
私の話を聞くと彼女はそう言ってすこしだけ、さみしそうな顔をした。それから
「家族のことは、残念だったね…あたしが悪いわけじゃないんだけど、一応、殺したのはこっちの身内だ。謝っとく」
と、遠くに視線を投げながら言った。
「うん、仕方ない、戦争だし…」
なんだか、言葉が継げなかった。たぶん、彼女の「残念だった」と言う言葉と、謝罪が、本心からのものだったからだろう。なんだか、気持ちがストンと落ち込んでしまった。

 そんな私を気遣ってなのか、彼女はいろいろと話しかけてくれた。
 私がモビルスーツのパイロットであることや、少尉であると階級を教えると、彼女もまた、戦闘機のパイロットで階級も同じ。被弾した機体をなんとか不時着させてみたものの、基地までの距離が遠く、簡単に帰れないことなどを教えてくれる。それから、彼女は魚取りが好きで、釣り以外にもいろんな方法を知っているんだと話すので、私が趣味は読書だと話すと、「暗いなぁ」なんて悪びれもせずに言った。年齢は22歳だそうだ。私の方が1歳下だ。なんだか、本当に普通の会話で、今が戦争中で、相手が敵軍の兵士だということすら、信じられないくらいだった。でもなんだかくすぐったいのと、なれ合っちゃいけないという変な意識で、名前は聞けなかった。
 ずいぶんと長い間話をしていた気持ちになっていた。不意に彼女があくびをして同時に大きく伸びをした。
「さて、寝るかなぁ。あんたはまた明日、味方探しに行くんだろ?あたしは、戦闘機に積んであったビーコンが直れば救助をひたすら待ってみるけど」
「うん」
そう言われると、なんだかさみしい気もした。でもまぁ、少なくとも、連邦にはこういう人もいるんだというのを知ることができただけでも良いことだろう。
「だったら、ちゃんと休んだ方がいい」
彼女はそう言って、ポンポンとお尻をはたきながら立ち上がった。
「そこに不時着させた機体があるんだ。コクピットの中なら、ゆっくり休めんだろ」
「いいの?」
だって、敵軍に自軍の兵器を見せるなんてことは、機密が漏れてしまう危険性を十分に孕んでいるじゃないか。そんなことまでしてくれるのか、この子は…。
「何日か歩いたんだろ?だったら、こんなジャングルでも、夜中にはひどく寒くなることは知ってるよな。それに、ワニもいるし、ヘビもサソリも出る。最近じゃ数も少なくなっちまったみたいだけど、ジャガーってでかいネコみたいのもいないこともないしな」
確かにその通り。昼間はあれだけ暑いのに、いざ日が沈むとどんどん寒くなっていく。昨日の晩は、墜落のショックと痛みと恐怖と寒さで、寝るになれなかった。
「じゃぁ、お言葉に甘えようかな」
たぶん、この子には機密とかそういうことも関係ないのだろう。私も、これから彼女が案内してくれる先に何があっても他言しないと、内心固く誓った。
 彼女が案内してくれた先には、木々を何本かなぎ倒して止ったと見える戦闘機らしき残骸が横たわっていた。戦闘でも、軍の資料でも良く見る、汎用的な機体だ。ボロボロになった尾翼に「Ω」のマークが描かれている。
「あれ、あのマークは?」
「あぁ、私の部隊名。オメガ隊っつって。まぁ、あたしは中隊の7番機だから、おまけみたいなもんだけどね」
彼女はそう言いながら、コクピットのキャノピーを外付けのハンドルをグルグルまわして開いた。
「そっちは、あの緑のトゲツキに乗ってたんだろう?あたしも最近モビルスーツの訓練受けてたんだけど、あたしの隊には配備が間に合わなかったんだよ。あ、今のは機密だったかな…ま、いいや、忘れてー」
連邦がモビルスーツの量産をしているという情報は手にしていたが、そうか、連邦軍の本拠地ジャブローへの配備が間に合っていないところを見ると、まだ数が多いというわけではないのだろう。でも…そのことは、聞かなかったことにする。
「うん、忘れとく」
「悪りーな」
「ううん」
「悪いついでに、もう一つ謝っとく。この戦闘機、単座なんだ。複座のタイプもあるんだけどさ。だからちょっと狭い」
「いいよ。ワニが来ないだけ、ゆっくりできそうだし」
彼女は、私がそう言ったのを聞いていたのかどうなのか、コックピットの中をごそごそといじりながら
「あーおっかしいな、このシート外れんだけど…くっそ、工具ないとダメか、やっぱ?イジェクトのこと考えりゃ、もっと簡単に外れてもよさそうなんだけど…いっそイジェクションレバー引いちまうか…いや、そんなことしたらあたし黒焦げだしキャノピーもとんでっちまうしなぁ…」
とぶつぶつ言っている。
私は、コックピットの縁に手をかけて中をのぞかせてもらう。
「そんなに狭いの?」
「あぁ、シート目いっぱい後ろに下げてもこの程度」
彼女が中を見せてくれる。足元は広々してはいるが、確かに二人が収まるにはちょっと狭い気がする。
「お、待ってくれ、このレバーか?うしょっと」
彼女がシートの脇に腕を差し込んで何かを操作すると、シートがゴトっと動いた。
「おー、やった!ちょっと手伝ってくれよ。これ、外に放り出す」
彼女の言葉に従って、コクピットに収まっていたシートを二人掛かりで機体の外へと運び出す。すると機内には、なんとか足を延ばすことくらいは出来そうな空間が現れた。
「それにしたって、まだ狭いけど…ま、さっきよりはマシか」
彼女はそう言って、私を、いや、正確に言うと、私の体を見やって、
「どっちかっていうと、あんたが上だな」
とつぶやいた。
「上?」
私が聞くのも構わず彼女は
「ほら、上がれ」
と手を差し伸べてきた。私はその手をつかんで、コクピットの中に上げてもらう。すると彼女が先に床に座って、ブーツを脱いでキャノピーの支柱に結び付けると外に垂れ下げて、体をコクピットの後ろの壁にもたせ掛ける。それから
「キャノピー、閉めるぞ」
と言ってきた。私は仕方なく、彼女の上に折り重なるようにして寝転ぶ。私はブーツを外には干さずに、足元に置いておくことにした。コクピットの内側にもあった手動のハンドルを回して、キャノピーを閉めた。私は、彼女の体にもたれる様な格好だ。
「あの、重くない?」
私が聞くと彼女は相変わらずなにかをごそごそとやりながら
「ああ。へーきへーき」
となんでもない風に答えて、どこからか大きな厚手の毛布を取り出した。
「寒いからちゃんとかけてくれよ。あたしまでかぜ引いちまう」
彼女は、私の後ろでカラカラと笑いながら言った。
 私は一度体を起こして、軍服の上を脱いで足元に畳んでから、彼女と一緒に毛布をかぶった。
「あーなんか、あれだな」
「ん?」
彼女が何か言いかけるので聞く。
「一人で寝るより、安心する」
そうだね…私もそう思うよ。たとえそれが敵であるあなたでも。
「うん」
そうとだけ返事をして、私は目を閉じる。
「アヤ・ミナト」
「え?」
「私の名前、アヤ・ミナト。あんたは?」
「えと、レナ・リケ・ヘスラー」
「そか、んじゃぁ、おやすみ、ヘスラー少尉」
「うん、おやすみ、ミナト少尉」

構成が読みづらくてすまん。

とりあえず、反応あるまで出し惜しむ。


 潮風がゆっくりとたなびいている。私は、開けたデッキの二階から、海を眺めていた。

 以前、アヤが話してくれたような、エメラルドブルーに透き通った海が、そこには広がっていた。

無限に広がる宇宙空間の星の「海」は、眺めていると空恐ろしくなってしまうのだけれど、地球のこの海は違う。

青く澄んだ空に、海。こんなきれいな景色が、自然が、これほどまぶしくて目が離せないものだなんて思ってもみなかった。

アヤがこんな海の見える場所で暮らしたいと思うのも、無理はない。こんな景色を見ながら、毎日をのんびり過ごすことができたら…

それはもしかしたら、一番幸福な生活の一つの可能性なんじゃないかと思える。

 そんな話をしようとして振り返った先のデッキベッドに腰掛けているアヤの、サングラスの奥の目は、

決してこの海にも空にも、雲にも太陽にも向けられてはいなかった。

彼女の眼は鋭く、全身から警戒感をほとばしらせている。

 それもそのはず。この船は民間船なのだけれど、軍事徴用もされていて、乗客の半分以上が連邦の軍人なのだという。

確かに、そこかしこにいる乗客のうちには連邦の軍服を着ている連中もいるし、

私服を着ている者の中にも相当数の連邦軍人がいるようで、こんなに素晴らしい景色だというのに、

どこか陰鬱で、物影でコソコソと身内の陰口をたたいている姿を見かける。

もちろん、私のようにデッキに出て空を見たり海を見たり、

陽気に飲んだくれて倒れ、豪快ないびきをかいている兵士もいる。

一口に連邦軍と言ったっていろいろだ。アヤもその一人だったように。

そして、その逆に、私のような隠れたジオン軍人を摘発する任務を受けた者や、

アヤのように脱走軍人をとらえる役割の者も当然存在するだろう。

そういう兵士や軍人たちがこの船に乗っているかどうかは定かではないから、アヤの警戒はもっともだ。

でも、今回ばかりはちょっと警戒しすぎなんじゃないかと思うところがある。

 この船に乗って、もう5日無事に過ごしている。3日目までは、ずっと部屋にいたけれど、

昨日と今日はアヤを引っ張って、こうしてデッキに出たり、船内の売店を回ったりもしてみた。

もちろん、最初のうちは警戒していたけど、まさかオーストラリアから出た船に、

ジオン兵が紛れ込んでいるなんて思ってもみないだろう、普通なら。

 3時間ほど前、船は東南アジアの民間港に入り、そこで降りる乗客と、新たに乗る乗客の乗り降りが行われた。

新しい乗客にも、とりたてて警戒が必要な感覚を受ける者はいない気がしていた。

まさかのシローとアイナにガンダイバー……だと……

SSならではって感じで良いね〜

外見はガンオンでのどういうキャラメイクかっていうイメージはあるの?

まさかの08

>>67
いろいろと調べて、なんとか時間軸を合わせておりますww

>>68
あざーす!よそのキャラを出すのってちょっと抵抗あったんで、絡みは最小限になってはいるんですが…

とは言いつつ、明日以降のアップにはオジさんにしかわからないかもしれないあんな人もお出まし願ってます^^;

ガンオンのキャラメイクですか!特に意識して考えてはいませんが…

アヤさん→茶か赤っぽいベリショ、Tシャツが似合う
レナさん→正直わかりませんが…長めの黒髪ボブ、制服以外の服ってスーツしか持ってないです…みたいな感じ?

絵師さん頼むww

>>69
シローがどうがんばってもバカっぽくしか表現できず、レナさんにバカ呼ばわりさせてしまいました。


遅くなってますが、続き投げて寝ます〜


「くはっー参ったな、こりゃぁ」

アヤが救命艇のハッチを出て、天井に上って声を上げている。

 あたりはすっかり夜だ。救命艇の中には、煌々と電池式のランプがともっている。

私たちはあれから時間を置いて一度、船が沈んだ地点に戻ってみた。

しかし、そこには生きている人影はなく、ただ無数のがれきと動かなくなった体が浮いているだけだった。

アヤの指示でその場所からすぐに離れた。海戦で連邦かジオンか、どちらが勝ったのかは知らない。

けれど、船が沈んだともなれば連邦の軍艦が来ることは明らかで、

アヤも私も、アイナさんもシローも、それと接触することは避けるべきだったから。

それから半日、ジャイロを頼りに救命艇を走らせていたけれど、夕方ごろに動力がとまった。

バッテリー切れの様だった。幸い、船内には数日分の食料と水がある。

簡易のトイレも付いているし、すぐにどうこうなる状況ではないと思うのだけれど、

連邦の救助を待つわけにはいかない私たちにとって、今の状況は決して芳しくはない。

 「星がきれいだなぁ…」

アヤの声が聞こえる。のんきなものだが、アヤのことだ。

何か策でも巡らしているのかもしれない。

「レナも来いよ!キレーだぞ!」

アヤがそう呼ぶので、私もハッチから顔を出した。

星なんて、宇宙でいやと言うほど見慣れていたけれど、地球から見るそれは、宇宙で見るのとは別物だった。

宇宙で見る星は、果てがなくてなんだか怖い感じがするけれど、

地球にいると、「自分がここにいるんだ」と実感できる、不思議な感覚があった。

「ホント…」

アヤは救助船の天井に寝転んでいた。私も天井にあがり、アヤの隣に腰を下ろす。

そうして一緒に、しばらく星を眺めてから、少しして、アヤに聞いてみた。

「ね、次のプランは?」

するとアヤは笑って言った。


「今のトコ、お手上げ。夜だからな。日が昇ったら、何か考えよう。

 救難信号発信用のビーコンは切っちまったけど、ジャイロと地図でだいたいの位置は把握してる。

 近くに島がいくつかあると思うから、そのどれかに行こう。これ、わかる?」


アヤがコンコンと、天井をたたいた。見ると、天井には奇妙な幾何学模様が走っている。これは…ソーラーパネル!


「そう言うこと。明日の昼にでもなれば、多少は船も動くだろ。

 とにかく、人の居る島を見つけて、船でも飛行機でも乗れれば良いんだけどなぁ」



「そう言えば、客船で話してた、キャリフォルニアへ行く策って、具体的に聞かせてくれる?」

これも、実は聞いてみたかったことだ。

「あぁ、うん。隊長にね、連絡を取ったんだ」

彼女は静かに言った。


「いや、本当はとるつもりはなかったんだけどね。ジャブローを出たときにIDもらったろ?

 シドニーでさ、銀行に行って、あのIDで口座作って、アタシの給金用の口座から金を移し替えようと思ったら、

 なんか増えてたんだよ、貯蓄が。で、調べてみたら、『退役金の振込』ってなっててさ」


「退役?」

「そ。負傷による退役だって。はは。アタシ休暇届は出したけど、退役届なんて出した記憶ないんだ」

「まさか、それって…」



「うん、隊長が手を回してくれたらしい。休暇を終えても帰らないアタシのことと、それから独房からいなくなった捕虜。

 まぁ、他にもいくつか残してきちゃった足跡あるけど。バレてたんだなぁ、かなわないわ、隊長には。ははは。

 隊長が、ジオン降下作戦防衛時の負傷による退役、で処理してくれたらしい。

 だからシドニーから、あんな連邦軍人ばっかりの船にも乗ろうって思った。

 アタシが大丈夫なら、レナ、あんただけ部屋に閉じ込めとけばほとんどリスクなかったからな」


「そうだったんだ…でも、あたなたの隊長はどうしてそんなことを?裏切り者じゃない…」


「あぁ、そりゃぁ、決まってるだろ。『ヤバくなったら逃げろ』が合言葉のアタシらだ。

 でもって、逃げる仲間を助けんのが、アタシらだ。軍の外だなんだと、細かいこと気にするやつはいないってことだな」


アヤはそう言ってにっこりとほほ笑んでいた。それはなぜか、どこかさみしそうにも誇らしげにも見えた。


「で、それに気づいたから連絡を取ったわけだ。シドニーで。事情と計画を話したら、連邦の反抗作戦の話を聞いてさ。

 それで困ってたら、そっちも手を回してくれるって」


「どんな?」

「極東第13支部基地へ、工作員協力の要請」

「え?」

「まぁ、平たく言えば、偽の指令書だな。それをニホンのホテルに送ってもらう約束をしてた。

 工作員のふりをしてその指令書を持って第13支部へ行って、小型機を徴用することになっててね。

 隊長の案だけど。工作員ってのは、実際良い案だ。あんたの顔は割れてるだろう?そこを利用すんのさ。

 逃亡したと言われてる捕虜に顔を変えた工作員が、これからジオン拠点に潜入し、情報を探る。

 しかも、連邦軍本部からの指令書付きだ」


「うまくいくのかな?」


「まぁ、大丈夫だとは思う。言っちゃえば、どこの軍も諜報部は汚いやり口と機密がつきものだからな。

 捕虜逃亡自体が、今回の『工作活動』を支援するためにあえて公表したブラフである、とでも言っておけば問題はないだろ」


「そっか、本物の私が、偽物に成りすますわけね」


「そう言うこと。本部に確認とか言い出したら、こう言ってやれば良い。

 『貴官らは諜報員たる我々の行動およびその情報を、漏えいの危険がある軍の汎用電波に乗せるつもりか!

 そのような漏えいを避けてこその指令書であるぞ!』ってな」


「確かに…良く考えられている、ような気がする」

「だろう?まぁ、それもこれも、無事に指令書を受け取って、13支部へいければ、の話だけど…」

アヤは、珍しくそんな弱気なことを言ってため息をついた。この事態は、アヤにとっては予想外だったのだろう。

私は、何か声をかけた方がいいのか、一瞬悩んでしまった。言葉を探していたら

「ん、お!」

と急にアヤが飛び起きた。

「な、なに!?」

「来った来た!」

嬉しそうにそう叫びながらアヤは、暗闇で何かを手繰り寄せる様な動きを始めた。

「ひゃー、こいつ良い引きしてんな!ちょ、レナ!そこのライトで海面照らして!」

私はアヤに言われるがまま、そばに置いてあったライトで海の上を照らした。何か白いものが反射してキラッと光る。

「やばいかなぁ、ライン切られそう〜!」

アヤはなおも楽しそうに一人で何かをやっている。

「いけっかな…おいせっ!」

そう掛け声とともに、アヤはひときわ大きくその腕を上に振り上げた。

すると、海面から何かが跳ね上がってきて、ハッチの脇にドサッと落ちた。

それは手のひら二つを並べたくらいの、ピンクの肌をした魚だった。

「うおぉ!鯛じゃんか!」

アヤはそれこそ飛び上がりそうなくらいに喜び始めた。

すぐさま魚をつかむと、口から、いつどこで手に入れたのか知らない釣り針を外して、

魚を救命艇の脇から海面につるされた網に投げ込んだ。

あぁ、そうか。そう言えば、アヤがさっき、自分の荷物をごそごそとやっていたのは、この釣り針と網を出していたのだ。

「すっげーよ、なぁ、レナ、鯛だぞ、鯛!あ、鯛って知ってるか?前に食わしたナマズなんか比べものになんないんだからな!」

アヤはまるで子どもみたいに喜んでいる。私もなんだかおかしくって、声を上げて笑ってしまった。

なんとか笑いを収めてから

「聞いたことないけど、おいしいの?」

と聞いてみる。

「うまいさ!天然ものだしな!刺身か…あーいや、ちょっと炙って…塩とレモンかなんかで食うのもいいかも!

 そうだ、あっついお湯かけてギュッとなったところをさっぱり系のドレッシングに和えてもうまそうだなぁ!」

可笑しい。本当に、まるで子どもだ。

「お、お、お!」

また不意にアヤが声を上げる。

「左足にも来たぁ!」

暗がりでわからなかったが、ライトを当てると、アヤの脚には何やら輪っかが付いていて、それに釣り糸を結び付けているらしかった。

まさか、自分の脚を釣竿の代わりにしているなんて。


「こっちもなかなか良い引きしてるな。あ、そうだ!レナ!あんたこれ引っ張れ!」

「え?えぇ!?」

アヤは私の返事も聞かず、手にした釣り糸を握らせた。途端に、グイっと海の方に引っ張られて天井から落ちそうになってしまう。

「ちゃんと踏ん張れ!」

そんな私をアヤは捕まえてくれて、片腕で体を支えながら、もう片方の手で、糸を半分引っ張ってくれる。

 細い糸がぐいぐいと引っ張られ、手のひらに食い込む。


「あ、待て待て、強く引っ張られてるときは無理しちゃダメだ。タイミングを見て。

 海の中であっちこっちに向かって泳いでるからな、引っ張りやすいところで引っ張って、

 逆に引っ張られるときは糸に加わる力を逃がしながらじっと我慢だ」


「う、うん!」

私はいつの間にか、アヤの指導に従って、一生懸命になって糸を引っ張っていた。

糸はブルブルといって震えたり、急に軽くなったりを繰り返す。

「ちょちょ、アヤ、アヤ!すごい引っ張られてる!!」

私が悲鳴を上げるとアヤは、海面を覗き込み

「いるいる!すぐ浅いとこまで来てんだ!あれ、ライト!ライトは?ライトどこやった!?」

とあわてだす。

「ここ、ポケット!私のポケット!!」

私も必死になって、ライトの入っているズボンのポケットをアヤに押し付ける。

アヤがポケットをまさぐってライトを取り出して海面を照らす。さっきみたいに、また何かが光っている。


「よし、ここが勝負だぞ!良いか、一瞬でも軽くなったらその瞬間に一気に手繰り寄せるんだ!

 無理に引っ張ると糸切れちゃうからな!集中しろよ!」

「うん!」

アヤに言われるがまま、私は手のひらの感覚に集中する。グイグイと引っ張って、少し弱まって、またグイっと引っ張る。

よし、いまだ!

 私はそのタイミングで、一気に糸を手繰り寄せた。アヤも手伝ってくれる。

ブルブルと強い振動が伝わってきて、次の瞬間には、すぐ目の前に銀色の細長い魚が姿を現した。

「お、サバ?や、アジか!おい、アジだぞ!」

「うん、わからない!どうなの?食べれる?」

「もちろん!こいつこそ、さっと湯引きしてマリネが良いかなぁ…

 って、アタシさっきからそんなことばっか言ってるけど、調味料なんて一切ないんだよな!悔しいなぁ!」

アヤはニコニコしながらそう「悔しがって」、魚を網に放り込んだ。それから

「今日はこんなもんにしといてやるか!大漁だ!」

と言いながら、脚に付けた輪っかを外して、それに糸を巻いて片付け始めた。

私は、と言えば、なんだか無性にドキドキしていた。

コロニーで魚なんて釣れるはずもないし、そもそもコロニーで魚と言えば、だいたいは生鮮食品売り場で見かけるだけだ。

養殖していないコロニーもある。


いきなり魚釣りの初体験をさせられ、しかも収穫があったなんて…なんだか妙に感動してしまっている。

「ん、レナ、どうした?」

糸を巻きながら、私の様子に気づいたらしいアヤが聞いてくる。

「あはは、うん、なんだか初めての釣りで、その…どきどきした!」

私が感じたままのことを言うとアヤは満面の笑みを見せ

「そっか!初めてだったのか!」

と言うなり大声で笑いだした。

 あまりに派手に笑うから、なんだか気恥ずかしくなって、

コロニーには海なんてないし、川や池があっても人口で、そこにいる魚は勝手にとっちゃまずいし、なんて話をしたら、

糸を巻き終わったアヤがにんまりと笑った。

 一瞬、背中がゾクッとした。

「ちょ、な、なに!?」

そう言ってアヤから離れようと思った次の瞬間、彼女は糸を巻き終わった輪っか二つをハッチから救命艇の中に投げこむと、

そのまま私に飛びついて来た。いや、これは!そんな程度のことではなくて!!

身の危険を感じたときにはすでに遅かった。

私はアヤに抱きかかえられたまま、救命艇の天井から宙を舞っていた。

「息だけ止めろ!」

アヤの声が聞こえたので必死になってそうした。体が、冷たい水の中に突っ込んだ。

ポコポコと耳の中で音がする。訳も分からず、苦しくなって私はアヤの首元にしがみついた。

「ぶはっちょ、レナ、待って」

アヤの黄色い悲鳴が聞こえたかと思うと、唐突にアヤの体が腕の中からスルッと抜けて行った。

でも、恐い、と思う間もなく、後ろから腕が伸びてきて私の体を支え、次いで

「もう息していいぞ?」

と言う声が聞こえてきた。その声を聴いて初めて、私は口ところか目もつぶっていたことに気が付いた。

ぷはっと息を吸い込むと同時に目を開けると、私は水面にうつぶせに浮いていて、

その私が沈まないように、アヤが背中側から抱えるようにして支えてくれていた。

「海水浴も初めて?」

後ろから私の顔を覗き込むようにしてアヤが聞いてくる。その表情は、ニヤニヤと、私を海に突き落としたときのまんま。

なんだか悔しくなったので、なんにも答えずに水をぱっと顔にかけてやった。

「ぷぁっ、何すんだよ!もう知らねっ」

アヤはそう言うが早いか、私からぱっと体を離した。

待って待って待って待って!それはまずいんだって、ダメダメダメ!!!

 私は慌てて向き直るとアヤの腕を捕まえた。

「ダメ、捕まえてて!」

いつの間にか私は彼女にすがっていた。

よっぽど必死な顔をしていたんだろう。そう言った途端にアヤがまた大声で笑い始めた。

「なんだ、レナ、あんた泳げないの?!」

だだだだ、だってコロニーで泳ぐ必要なんてこれっぽっちもないし?!

そりゃぁ、士官学校の選択に水泳の授業もあったけど、べ、別にパイロット養成にはこれっぽっちも関係ない分野だし!?

そもそも、ちょっと練習すれば泳ぐのなんて簡単だし!?

てなことを言ってやろうと思ったけど、結局は図星を付かれて、私は口をパクパクさせているだけで精いっぱいだった。

 「大丈夫ですか!?何かあったんですか!?」

船の方からアイナさんの声が聞こえる。

「あー、や、ごめん、ただの悪ふざけ!」

アヤはそう言ってまた笑う。それから

「アイナさんもどう?気持ちいいよ!」

と誘っている。

「ふふふ!いいえ、遠慮しておきます。この緯度では、この時期に水に入るにはちょっと寒いですもの」

「この辺りは南からの海流だから、暖かいんだけどなぁ」

アヤは残念そうに言っている。確かに、水温はさほど低いとは感じない。

肌に触れる温度自体はアヤが言うように心地よいほどだ。いや、そうじゃなくって!

「そうじゃなくて!私たち一応、遭難してるんだからね!?」

私が訴えるとアヤはすました様子で

「太陽電池とジャイロと食料と地図がある遭難なんてあるわけないだろ!

 今のアタシらにないのは、時間と元気!時間の方は待つしかないけど、ほら、元気の方は出ただろ?」

と言ってきた。

うん…確かに、なんだかんだで沈みそうになっていた気分をアヤは持ち直させてくれた。

まさか、私を元気づけようとしてわざわざこんなことを急に…する、必要、は、ない。

「それって、今思いついたでしょ」

「だっはは、ばれた?」

「ほらぁ!危うくだまされるとこだった!」

もう一度顔に水をかけてやろうかとも思ったけど、たぶん、いや絶対にまた私を放り出すに決まっているので我慢した。

「さーて、ま、そうは言ってもお遊びはほどほどにして…さっきの魚食べようか」

アヤの言葉にハッとした。アヤのを引き受けただけだけど、初めて自分が釣った魚だ。食べてみたい!

「うん、食べる!」

「あはは、なんだ、子どもみたいだな」

アヤに言われるとは思わなかった。と、反論しようとした矢先に

「さ、上がろう」

と言ってアヤは片腕だけで巧みに泳いで救命艇に取り付くと、私をラダーのところまで押し上げてくれた。

二人で船の上に上がって、体を拭いてから、携帯式のバーナーでお湯を沸かし、

アヤが捌いた二匹の魚をそれぞれ半分ずつ湯引きしたり、そのまま生で「刺身」と言われて食べさせられたり、

火であぶってみたり、残りの半分は「干してみようか」と言うアヤの言葉に従って、釣り糸を使って救命艇の外に干した。

アヤの言った通り、あの日に食べた魚とは比べものにならないくらいおいしかった。

でも、なぜだか不思議と、あの日に食べた魚の味も思い出されて、お腹どころか心まで満ち足りた気分になってしまった。

食べ終わったのがどれくらいの時刻だったかはわからないけど、そんな私はすぐに眠くなっていた。

いつのまにか、心地よいとさえ思い始めてしまった波の揺れを体に感じながら、私は、呑まれるように眠りに落ちて行った。

以上でございます。

イチャイチャ回、あるいはキマシタワー。

続きは明日の夜にあげられればいいなぁ。

これはいいの見つけたわ


たまにゲストがいると盛り上がるよね
オッサンはドアンさんを所望するよね

二人の逃避行が良い結末になりますように

>>78
ありがとう。
ちょいちょいレスくれるうれしいんだぜ。

>>79
なん…だと…!?
オッサン、ニュータイプか!?

続き投下しますー


「レナさん!アヤさん!起きてください!」

翌朝、私はアイナさんのそう叫ぶ声で目を覚ました。

救命艇の窓からはまぶしい光が差し込んでいる。

「どうしたんだよ、アイナさん」

アヤが眠そうな目をこすりながら聞いている。

「どうやら、どこかの島に流れ着いたみたいなんですが…」

島に?私も体を起こして窓の外を見やる。確かに、窓の外には岩陰が見えた。

アイナさんは天井のハッチを開けて外を見ているようだった。

「なにかあった?」

アイナさんの様子を見たアヤが尋ねる。

「それが…」

口ごもるアイナさんを見て私も起き上がる。

アイナさんが表に出て場所を開けてくれたので、ハッチへ続く梯子を上って表に出ると、すぐそこに陸があり、

そこから数人の子どもたちが私たちを見つめていた。

「人…」

「人だって?」

アヤも梯子を上って表に出てくる。

「ドアン!早く!こっちだよ!」

どこからか子どもの叫ぶ声が聞こえた。その声がした方を見やると、別の子ども達数人が、一人の男を先導して走ってきていた。

 男は、たくましい体つきをした、年頃20代半ばだろうか。農作業用の鍬を担いで、ボロボロになったランニング姿だった。

「救命船か?近海で沈没事故でも?」

男が私たちに尋ねてくる。

次の瞬間、アヤが腰に差していた拳銃を抜いた。

子ども達から悲鳴が漏れ、正直私も驚いた。

「あんた、軍人だな!?こんなところで何してる!?」

アヤの言葉に、私は男を見やった。ボロボロのランニングに、下には長ズボンに、ブーツ。

あのブーツ、あのズボン…あれは、ジオンの軍服?

「お、お前もドアンをいじめに来たのか!?」

「どっか行っちまえ!ドアンはなんにも悪いことなんかしてないんだぞ!」

「そうだ!帰れ!」

「かーえーれ!かーえーれ!」

子ども達が口々にそう叫び始め、数人が石ころを拾ってこちらに投げてきた。


「おい、やめないか」

ドアン、と呼ばれたその男が子どもたちをいさめた。

「元軍人だ。わけあって、今はここで子どもたちの面倒を見ている。

 君たちに危害を加えるつもりはない。俺が気に入らないのなら船を出すんだな」

ドアンはそう言って私たちに背を向けた。

「待って!」

思わず私は呼び止めてしまった。

「私たち、ニホンへ向かいたいんです。その途中に船が沈んでしまって…

 良ければ、何か知っている情報をいただけませんか?私たちも危害は加えません!」

アヤが昨日話していた計画なら、ニホンへ渡る手だてがいる。

いくらなんでも、一日走ればバッテリーがなくなってしまうこの救命艇ではたどり着くのは難しい気がする。

私はアヤの銃を下ろさせた。

「…わかった。だが、この岩場では船が傷ついてしまうだろう。北へ回れば砂浜がある。

 先に向かっているから、そちらに船を回すんだ」

ドアンはそう言って子どもたちに何かを告げると、岩場から続く森の方へと歩いて行った。

船を北に走らせると、ほどなくして砂浜が見えてきた。私は操縦桿を微妙に操作しながら、その砂浜に乗り上げてモーターを止めた。

ハッチを開けて、アヤが一番に船から降りる。私はアイナさんと一緒にシローを支えながら、それに続いて地面に降り立った。

久しぶりに踏む地面は、船の揺れの影響でどこかふわふわする感じがする。

 砂浜にはすでにドアンと数人の子どもたちが来ていた。子どもたちは、松葉づえをついているシローをまじまじと見つめている。

「にーちゃん、脚、どうしたんだよ」

子ども達の一人が口を開いた。

「あぁ、戦争でな。爆発に巻き込まれてとんでっちまったんだ」

シローが言うと、子ども達から小さい悲鳴が漏れた。

「俺たちの母ちゃんも父ちゃんも、戦争で死んじゃったんだ」

「それで、悲しくて泣いてたら、ドアンが助けてくれたんだよ!」

戦争孤児なのか、この子たちは…それを、元ジオン軍人のこの人が?

「まぁ、そうだったんですか…」

アイナさんは子どもたちの言葉に、なにか感じ入ってしまったようだ。いや、アイナさんだけではない。

私もこの子たちと同じようなものだ。思えば、アイナさんだって、身内とは死に別れてしまっている…

ふと、そう言えばアヤも、と思って彼女の顔を見た。しかし、その表情はいまだにかすかな緊張を帯びている。

 どうしたというのだろう。いつものアヤなら、ひょうひょうと相手からいろんなことを引き出して手玉に取ってしまいそうなものだが、
このドアンと言う男に対しては違う。表面上は普通そうにしているが、心のどこかに一瞬の隙も許さないような、

そんな気配を感じ取れる。

 「さぁ、着いて来たまえ。この先に、子ども達と建てた小屋がある。話はそこでしよう。船を係留するのを忘れるなよ」

ドアンはそう言ってサクサクと砂浜を歩き始めた。


 私とアヤで、船からロープを引っ張って手ごろな岩に縛り付け、島の内側へと向かった。

 砂浜を抜け、木々の生い茂る森を切り開いたような上り坂の道を進むと急に目の前が開けた。

そこには、畑が広がっていて、その真ん中に木で作られた小屋があった。

 「すごい…これ、あんたたちで作ったのか?」

畑も小屋も、とても素人が手掛けたとは思えないものだった。それに感心したのかシローが聞いている。

「あぁ。子ども達のおかげだ」

ドアンはそう言って子どもたちに目配せをした。彼らはそれぞれ照れたり胸を張ったり、ドアンの言葉に喜んでいるようだ。

「よし、お前たちは畑の水まきと草引きを頼む。俺はこの人たちと話をしてから行くからな」

「大丈夫かよ、ドアン!」

「あいつ、銃持ってんだぜ!」

「危ないよドアン」

子ども達が口ぐちに言う。まぁ、そう言われても仕方ないだろう…アヤ、子どもにも好かれると思うんだけどなぁ、本来なら…

「大丈夫だ。悪い人じゃない。いろいろあって、ちょっと心配症なだけさ。お前たちも、最初のころはそうだっただろう?」

ドアンが言うと子どもたちは戸惑ったように黙った。

「ねえ、あなたたちの畑、私に案内してくれないかしら?どんなものを育てているの?」

見かねたのか、アイナさんがそう言って畑をみやった。

「いいよ!」

「えー、めんどくせえなぁ」

「なによー!じゃぁ、あたし達と行こう!お姉ちゃん!」

「あ、ちょ、ちょっと待てよー」

ワイワイと騒ぎ出した子どもたちに手を引かれて、アイナさんは畑の方へと歩いて行った。

 「すまないな」

ドアンが静かに言った。

「いや…こっちこそ。あんたがアタシらになにかしようって気がないのは、わかった。でも、用心だけはさせといてくれ」

アヤらしくもない。私はそう思ってしまった。

「わかった。だが、子ども達を怖がらせるようなことはしないでくれ」

「あぁ。そこは、十分に気を付ける」

アヤは顔色を変えずに答えた。変なの…。

 「それで、どうしてジオンの兵士が、子ども達を?」

シローが聞いた。うん、そこは大事なポイントだ。

「通りすがりの君たちに話すべきことか…判断できんな。事情があって、と言うことで納得してもらおう。

 君たちこそ、どういういきさつで?見たところ、ただ事故に巻き込まれた旅行者ってわけでもなさそうだ」

ドアンが私たちを見やって言う。私は、チラッとアヤに目をやった。アヤも私を見ていた。

私には、この人には別に、私たちの話をして良いのではないかと感じていたけれど…アヤの目は、どこか迷っているようだった。

「俺は、シロー・アマダ。元連邦のパイロットだ。子ども達と一緒にいるのは…アイナ。アイナ・サハリン」

「サハリン?まさか、ジオンのサハリン家か?」

ドアンが少し驚いている。当然だ。サハリン家と言えば、サイド3黎明期に栄えた名家。

今でこそ規模は小さくなってしまったが、それでも、立派な家柄には違いない。

サイド3に住んでいれば、一度くらいは誰だって耳にするだろう。

「有名なんだな。そうだ、間違いない」

「そんなお嬢さんが、どうしてこんなところに?」

ドアンが聞くと、シローは珍しく穏やかな笑顔で

「もうやめたんだ。俺も、アイナも、戦争を。軍人として、敵と戦うことも、もうやめた」

と言って、アイナさんの方へ視線を投げた。

「お姉さん、ほら、このイチゴ、食べていいよ!おいしいんだよ!」

「いいんですか?ホント、真っ赤ね、おいしそう」

「あ、あ、葉っぱのトコは食べれないよ!」

「バーカ、そんなこと、言わなくたって知ってるよ。お姉さん大人だぞ」

「ふふふ、ありがとう。食べないように気を付けるわ」

アイナさんが、子ども達たちと楽しげにしている。

その表情は、まるで今自分たちのことを話したシローの穏やかな顔つきにそっくりだ。

ふと、シローに視線を戻す。シローはまだ、穏やかな表情でアイナさんたちを見つめていた。

 そっか、そうなんだ。私は気が付いた。

この二人は、私たちと同じようなことを考えて、戦闘とか敵とか味方とか、そう言うしがらみから逃げてきた人たちなんだ。

すべてを捨てて。それは、私とアヤの関係に良く似ていたけど、実際は違った。

二人から、直接そう言う話は聞いたことはなかったけど、見ていればなんとなくわかる。

二人は互いに互いを必要としているんだ。依存心やなにかではなく、もっと健全で、もっと強いもの。

たぶん、愛し合っているんだろう。とても、強く、穏やかに。だから、確信を持てる。

あぁ、この二人はきっとどこまでも一緒に行くのだろうな、って。でも私とアヤは違う。

ずっと一緒に、なんてことはない。私は、キャリフォルニアに帰ろうとしている。

無事にたどり着いたところで、アヤは連邦軍には戻らない。ジオンに亡命もしないだろう。

私とアヤの関係は、私がキャリフルニアに到着するまでの約束で、契約みたいなものだ。

アヤはあの日、それでも良いといってくれた。でも…でも、肝心の私は、それで本当にいいのだろうか?

アヤにとって、私ってなんなのだろう?私にとって、アヤってなんなのだろう…?

「アタシらも似たようなもんだ。アタシは元連邦の軍人。こっちは、元捕虜」

「ははは、そうか。脱走兵ばかりが集まるとは、奇妙なものだ」

ドアンはすこし安心したのか、初めて笑顔を見せた。それからふぅと息をついて

「それなら、俺の話もしなければなるまい…。子どもたちには、黙っていておいてくれ」

とおもむろに小さな声で語りだした。


 ドアンの話では、子どもたちの親を殺したのは、彼自身だというのだ。

戦闘の流れ弾が民家に着弾し、殺してしまったのだという。

その報告を受けた彼の上官は、反ジオン的な思想が根付くことを恐れて、子ども達も殺害せよと彼に命じたのだそうだ。

急進派の指揮官のやりそうなことだ…私は、怒りを抑えきれなかった。

ドアンも同じだったらしい。彼はザクを無断で発進させ、それを使って子どもたちをこの島に保護したのだという。

ザクは、以前にこの島に来た連邦軍に処理をしてもらったようだ。

ザクに仕込まれていたビーコンか何かが、ジオンの追手にここの位置を特定させていたんだろう。

ザクを処理して以来、戦況のこともあってか、ジオンがこの島に来ることはなくなったという。

「聞くが」

ドアンの話が一区切りついたのを見計らっていたのか、アヤが口を開いた。

「なんだろう?」

「ジオンの軍人ってことは、スペースノイドなのか?」

「あぁ、そうだが?」

「そうか…」

ドアンが不思議そうな顔をしている。私も、何を聞いているんだろう、と首をかしげたが、

当のアヤ本人もなんだか微妙な顔つきをしている。

何か気になることでもあるんだろうか。

 「ドアーン!」

子ども達の声がする。

「ドアン!見てみて!スイカ、こんなに大きくなってた!

「みんなで食べていいだろ、な!な!」

「あんまり走ると転んで落としてしまいますよ」

見るとアイナさんが子どもたちと一緒に、大きなまん丸い果実を持って駆け寄ってきていた。

「ん、良く育ったな、食べごろだ。さっそく切って食べてみようじゃないか。お客さんにもちゃんと振る舞うんだぞ」

「うん!」

「お姉ちゃん!あたい、包丁つかえるんだよ!」

「これ固いから気をつけろよ!怪我しちゃうぞ!」

「そうですね。見せくれるのはうれしいのですけど、気を付けてやりましょうね」

子ども達の相手をしているアイナさんは、まるでお母さんみたいだな、なんて思いながら、

私もなんだか、穏やかな気持ちになって、その様子を見ていた。


「見えてきた。あの島だ」

ドアンが正面の窓に見えてきた島を指差した。

 私たちは、ドアンの住んでいた島から1時間ほど走ったくらいの海域にいた。

目の前に見える島から、アヤが「隊長」に手紙を送っても

らうことにしていたホテルがある港町までの定期便のフェリーが出ていると聞いたからだ。

「そうだ、引け!引けって!」

「うわぁぁ!すごい!釣れたよ!お魚連れた!」

「お姉ちゃん見てみて!」

「すごいですね!これからは、畑仕事だけではなくて、釣りでお魚をみんなに食べさせてあげられますね!」

船尾では、アヤがアイナさんと子どもたちと一緒に魚釣りに興じている。

なんでも、トローリング?とかルアー?とかって釣り方らしいんだけど、ちゃんと説明を聞いてなくて、ちんぷんかんぷんなんだけど。

「それにしても、この船をもらってしまって、本当にいいのか?」

ドアンが私に聞いてくる。

「ええ。私たちには必要ないですし…ただ、さっきアヤも言っていましたけど、救命艇ですからね。

 誰かが来て調べられないうちに、わからないように改造しておく方がいいかもしれません…できますか?」

「ああ。工具一式は小屋にあるしな。俺もコロニー生まれで心得はないが、子どもたちと一緒に釣りでもするのに使わせてもらうよ」

ドアンは船尾ではしゃいでいる子ども達を見て、かすかに笑みを浮かべながら言った。

 船が港に着く。私は、船をなるべく人目の少ないところに着岸させた。

「ついたみたいだな」

アヤが言った。

「えーもう行っちゃうのかよー」

「もっと遊びたかったな」

「あはは。まぁ、落ち着いたらまた来るかもしれないからな。その時までに、もっと釣り練習しとけよ」

「うん!」

アヤもすっかり子どもたちと仲良しだ。

 私たちは荷物を準備して、救命艇を降りた。中から子ども達とドアンが手を振っている。

「ばいばーい!」

「お元気でね!」

アイナさんが声を張って子どもたちに答えている。私も、彼らに手を振っていた。


「ドアン!」

不意に、アヤが叫んで、船に何かを投げ込んだ。ドアンが、それを拾って、広げてみせる。

それは、布袋で、中には大きめの7分丈のズボンと、マリンシューズが入っていた。

「今着てるそのズボンと、ブーツ、海になげちまえ。あんたはもう、軍人なんかじゃない。

 いつまでもそんなもん着てると、根暗になっちまうぞ!」

アヤが叫んだ。思いがけず、それを聞いたシローとアイナが笑った。

「あぁ、そうだぞ!ドアン!俺たちも軍服は山奥に埋めてきたんだ!」

「ええ!軍服なんて脱いで、子ども達を幸せにしてあげてください!」

二人も口ぐちに叫ぶ。なんだかよくわからなかったけど、ドアンはうれしそうに笑って、力いっぱい手を振ってきた。

それから、ゆっくりと、船を岸壁から離して、海の彼方へと戻っていった。

 それから私たち4人は、フェリーが出るという桟橋を目指して歩いた。

 歩きながら、島でのドアンに対する様子がおかしかったアヤにそのことを尋ねてみた。

するとアヤは、バツが悪そうにポリポリと顔をかきながら

「いや、さ。なんていうか、あいつ、戦ったら勝ち目ないなぁと思っちゃったからね。

 いつもなら、何かしら手を思いついて、どうにかなるプランが浮かぶんだけど、あいつは違った。

 何をしても、ダメな気がして、だから拳銃を手放せなかった。悪い奴じゃないとはわかってたんだけどね。なんていうか…」

と口ごもった。

「なに?」

私が促すと、アヤはちょっと怒ったみたいな口調で

「か、考えすぎちゃってたんだんよ!その、なんつうか、さ…」

と言って、また言いにくそうに黙った。

じっとアヤの顔をみて、続きを待っていると彼女は意を決したように口を真一文字にしてから

「け、ケンカしたろ。だ、だから、守るとか、守られるのとか、そう言うのってなんだろうって考えすぎてた。

 自分を危険にしない方法で、かつ、レナを安全に守る方法を考えすぎてた。

 相手が、何をやっても勝てそうにない、あいつだったから、余計にダメになっちゃたんだよ

 それにあいつ、スペースノイドか、アースノイドか、いまいち分からない感じでうまくつかめなくって、さ」

と言い切って、ふうとため息をついた。なんだか、そんなアヤがおかしかった。

あんなにいろんなことを起用にこなす彼女なのに、こと、私を守ろうとかと言うことになると、とたんに不器用になって、

勢いだけで動いてしまう。

そんなアヤを嫌いじゃなかったけど、なんとなく、そこで悩んでいるのは、かわいそうと言うか、申し訳ないというか、

そんな感じにも思ってしまった。

 フェリー乗り場に到着した私たちは、無事にフェリーに乗り込む。2時間もしないうちに、フェリーは大きな港に入った。

そこからはアヤの案内に従っていくと、すぐに目当てのホテルに到着した。

私たちとアイナさんたちはそれぞれ部屋をとって今日はそこで休むことにした。

アヤが頼んでいたという指令書も、ちゃんとホテルに届いていた。

あとは、明日、連邦軍の基地に行って、北米大陸へ渡ることになる。

 今日も一日、楽しかった。ドアンさんたちと別れた後も、アヤがシローを茶化すのを笑ったり、アイナさんとおしゃべりしたり、

夕飯で食べた魚料理について語るアヤに、ちょっとあきれたり。

たくさん笑って、たくさんしゃべって、たくさん食べて身も心も満ち足りていくような感覚だった。

でも、私の胸にはどこか引っ掛かるものもあった。それはドアンさんのところで感じた疑問。

 私は、これで良いのだろうか。私にとってアヤとはなんなのだろうか。

 アヤにとって私とは、なんなのだろうか。

これまでたくさん、私のために協力してくれたアヤに、私はどれほどのことができているのだろうか。

アヤはこの旅をどう感じているの?

アヤは、どうしてそんなに優しいの?

アヤは、この先のことを、どう考えているの?

 そんなことを聞きたいと思っていたけれど、結局聞けずじまいだった。

夜になって、私たちはベッドに入った。もちろん、今日はツインの部屋で別々のベッド。

一人で布団をかぶって天井を見つめながら、とりとめもなく自分のことを考えていたら、

隣で横になっていたアヤの寝息が聞こえて彼女の方を見た。

アヤは手を伸ばせば届きそうな距離にいるのに、なんだか、このわずかな距離感がとても広く離れているように感じられた。

なんだろう、この感じ…

 そんな感覚を胸に抱きながら、私は眠りに落ちて行った。

ここいらで一区切りで。

頭がいたいので、バファリンの優しさのほうだけ飲んだらガンオンします。

ガンオン終わって頭痛とれてたら、深夜に再投下する…やもww

お読みいただき、感謝です。



体調悪いなら寝ちまえよw
ガンオンしてる場合か

というかキマシタワ?

今連邦のボーナスタイムだからね、仕方無いね

ドアンの島って対馬あたりなはずだけど、オーストラリア→日本での漂流(?)で辿り着くには無理がないか?

>>91
結局寝ちまったww

>>92
ボーナスタイムだったのか!連邦左官のみの俺涙目ww

>>93
ドアンの島は長崎の五島列島とか対馬とかという話です。
今回は五島列島というほうの設定を拝借しています。
沈没した船は>>47でちらっと書いているのですが
オーストラリアー日本直通ではなく、東南アジア経由の福岡の門司港あたりへ向かう想定でした。
東南アジア(ベトナムを想定)に寄航してシローたちを乗せています。

現在、最後のあたりを執筆中。

この二人は結局キマシタワーなのかどうか悩み中。

現在、書き終えた終盤が2パターン。

でもって思いついちゃったもう1パターンなう。

どれがふさわしいのやら…

もういっそ全部書いちゃうとか

>>96
それはそれで、なんだか冷めちゃう気がしてねぇ。
まぁ、最後まで書ききって、希望があれば、かな。

とりま、続きいっきまーす


「じゃぁ、元気でな!」

アヤが、アイナさんとシローと、それぞれに握手をしながらそう言う。

「そっちもな」

「さみしくなりますわ。お二人も、どうかご無事で」

アイナさんとシローもそれぞれにアヤに言葉をかけている。

「あぁ、そうだ。居場所が決まったら、これを使ってくれよ」

アヤはそう言ってアイナさんに封筒を手渡した。

「なんです?」

「知り合いに、連邦の役人がいてさ。あぁ、大丈夫、融通の利くやつだから。

 アタシ達も世話になったんだけど、そいつ宛に手紙書いて入れてある。二人の居住IDやらを作るようにってな」

「新しい戸籍、ってことか?」

「うん。新しい名前やなんかは、自分らで考えてくれよな」

アヤは笑って言った。

「ありがとうございます」

アイナさんはアヤの手を改めて握ってそう礼を言った。


「いや、良いって。アタシ、落ち着いたら中米でリゾートペンションでもやろうかと思ってるんだ。

 その手紙のヤツ、アルベルトっていうんだけど、そいつ経由でお互いの連作先を確認できる。

 そっちも大変だろうけど、落ち着いたら遊びに来てくれよ」


「はい、必ず」

「あぁ。約束だ」

二人はそう言ってうなずいた。


 次は、私がアイナさんの手を握る。

「アイナさん、会えてよかったです。母や兄のこと、お話聞かせてくれてありがとうございました」

「いいえ…私は、ご家族を助けることができませんでした…お話をして差し上げることが、私に唯一できることなのではないかと」

「そんなこと…」

アイナさんの言葉に、私はなにも言えなかった。でも、一緒にいた短い間に、母の話や兄の様子を聞くことができた。

話を聞く限り、二人は最後まで、私の知っている母と兄のままだったのがわかった。

なんだかもう、それで胸がいっぱいで、それだけで十分だった。それなのにアイナさんは


「私も唯一の肉親を失いました…これも、お母様のお導きかもしれませんね。レナさん、いつかまた必ずお会いしましょう。

 私の勝手な思いで申し訳ありませんが…レナさん、私はあなたを姉妹のように想っています」


なんて言ってくれるのだ。正直、いっぱいだった胸がもう限界で、ボロボロと涙が零れ落ちてしまった。

「はいっ…はい!」

「気を付けてな。あっちはまだ戦場だ」

「はい!」

シローにも言葉を返して私は涙をぬぐった。そんな私の肩をアヤがポンッとたたいてくれる。

「なーに、またすぐ会えるさ!」

「ええ、きっと」

アイナさんの声がした。私も、自分のことが片付いたら、アイナさんのことを探そうと、心に決めてうなずいた。

「それじゃぁ、アタシらは行ってくる。そっちも、気をつけろよ」

「はい!お元気で!」

「シローはギャンギャンわめく前に、もっと考えろよ!バカっぽいぞ!」

「なっ…!余計なお世話だ!」

「ははは。じゃあな!」

私は、ただ手を振ることしかできなかった。もっとたくさん、伝えたいことがあるような気がしたけど、それも言葉にできないまま。

 私たちはホテルからタクシーに乗って、極東第13支部へと向かった。

タクシーの中ですすり泣く私の背中を、アヤはただ黙ってさすってくれていた。

本当に、本当にアヤは…。

ほどなくして、タクシーは基地のすぐ近くに付いた。アヤが車を止めさせ、料金を払って私たちは表に出た。

「ほーら、しっかりしろ!こっからが本番だぞ!」

アヤがバシッと私をひっぱたく。

「うん…うんっ!」

いつまでも泣いてる場合じゃない。ここからは一つのミスで全部がダメになるかもしれない。気を引き締めないと…

 パシパシっと私も自分の顔をはたいた。

「うっし、じゃあ行くぞ」

「うん」

私たちはそのまま、第13支部と書かれた門の方へとずんずん向かった。


「レナ、聞こえるか?」

「うん、感度良好」

アイナさんと別れてから2時間後、私たちは13支部の滑走路の上にいた。

乗っているのは連邦軍製の戦闘機。

ジャブローでアヤが一晩泊めてくれた機体と同型のロット違い?マイナーチェンジ?

とにかく、今度のは、複座、二人乗りだ。前席にアヤが座り操縦桿を握る。

私は、一応、レーダー員用の席なのだけれど、別にすぐさま戦闘区域に行くわけではないので、今のところやることはない。

 基地を尋ねた私たちを迎えたのは、基地司令だという大佐だった。

アヤが、以前に彼女から聞いていた通り

「工作員を現地に送るための協力を願いたい」

と命令書を見せて言ったところ、司令は特に疑う様子もなく

「貴重な任務にご協力できること、光栄に思います」

と、もともと尉官であるアヤに敬礼を返していた。アヤも調子に乗ったのか


「私たちの上官、名は機密で明かせませんが、大佐のことを良く存じ上げている方です。

 上官は大佐のことを高く評価されておりました。今回のこの任も、大佐であれば必ずや遺漏なく支援くださるだろう、と」

とおだてた。大佐も大佐でそれを聞くや否や

「はっ!必ずや!どうぞ、上官殿によろしくお伝えください!」

なんて言って、またもや背筋を伸ばして敬礼する始末である。

いよいよアヤも面白くなったようでにっこりと、いつもの不敵な笑みを浮かべて


「この作戦成功の暁には、上官の昇格も決定することと思います。

 そうなれば、大佐にも遠くない将来、本部より正式な辞令が届くことになるでしょう。

 あちらのオフィスでお会いできるのを、お待ちしております」


などと言うのだ。それを言われた大佐は目を丸くして

「わ、私が、本部付きに…!」

と絶句し、傍らにいた副官までが

「え、栄転ですよ、司令!もしその時はぜひ私もお供に…」

と耳打ちしていた。

「それでは、よろしく頼みます」

アヤがピッと敬礼したのを見た二人は、まるで定規みたいにぴんぴんに伸びて敬礼をした。

 アヤのそばでずっと黙ってそれを聞いていた私はもう、笑いをこらえるので精一杯だった。



「あれは、やりすぎだったんじゃないかぁ」

機内の有線マイクでアヤに言う。

「いいんだよ、あのくらいの方が!人間、びっくりするような事態が起こったほうが、返って信じちゃうもんなのさ」

アヤはそう言って笑った。

<こちら、管制塔、フェロー大佐です。滑走路、オールグリーン>

ヘルメットに内蔵されたスピーカーから大佐の声がする。

「こちら特殊作戦機。感度良好。これより、滑走路に進入する」

アヤが答えた。それから

「あー、大佐へ。さきほどもお願いしたとおり、本作戦は軍内外いかなる方面へも機密事項であります。

 本機は離陸の後、無線封鎖を行います。また、本作戦に関するいかなる問い合わせ、情報開示も行わぬようお願いします。

 本作戦の成否は、追って本部から機密文書、あるいは暗号での報告があるかと思います。

 上官の信に答え、何卒、他言されませんように」

と大佐に念を押した。

<は!了解しております!>

まるで敬礼姿が目に浮かんできそうな返事だ。思わず吹き出してしまう。

「これより離陸する」

<成功をお祈りいたしております!>

「感謝する」

そう返事をしてアヤは無線を切った。それから、有線に切り替えると

「レナ、出すよ。準備良い?」

と聞いて来た。私は顔のニヤニヤを引き締めてシートに座りなおしてベルトを確認した。

「オッケー、いつでもいいよ」

そう返事をするとアヤはすこし真剣な声で

「モビルスーツに乗ってたんなら平気かと思うけど、結構なGがかかるから、気を付けて」

と言ってきた。

「うん、了解」

私の返事を待っていたのか、それを言った途端、エンジン音がごうごうと大きくなっていく。

 ガクン、と言う衝撃の後、みるみる機体が加速していく。体がものすごい力でシートに押し付けられて、呼吸が苦しくなる。

私は、ぐっと顎を引いてそれに耐えた。

 ふわりと言う感覚があって顔を上げると、機体はもう空に舞い上がっていた。

高度300メートル、350、400…目の前にある電子機器の表示がぐんぐんと上がっていく。

 不意に足元の方から機械音が聞こえた。車輪が格納されたのだろう。と、思っていたら、機体が急にきりもみ回転を始めた。

「わぁっ!」

「いぃやっほーーーい!」

私が叫ぶのと同時に、アヤの雄叫びが聞こえた。どうやらアヤがやったらしい。

「急にやめてよ!」

本気で文句を言うと、彼女はちょっとだけ申し訳なさそうな声色で

「あ、悪い。つーい、気持ちよくなっちゃって」

と、戦闘機を水平飛行に戻した。


 計器はほどなく高度1万メートルを指した。

 「あぁ、そうだ、レナ」

「なに?」

「レーダーの脇にボタンがいくつかついてるだろう?」

アヤに言われて確認すると、レーダーのすぐ横にボタンが4つ並んでいる。

「うん」

「それのうち、えーと、1番上と、それから上から3番目かな?押してみてくれない?」

私はアヤに言われるがまま、ボタンを押す。すると、レーダーの右上に赤い表示が映った。SEWRactivating、とある。

「アヤ、これ、なに?」

「あぁ、隠密性の高い早期警戒レーダーのスイッチ入れたんだ。これで、もしレーダーになんか掛かれば警報で教えてくれる。

 この高度まで打ち上げてくるモビルスーツはまずいないから、まぁ、あるとしたら連邦かジオンの戦闘機だと思うけど。

 IFFってわかる?」

「敵味方識別装置、よね?」

「そうそう。北米につくまではそいつで連邦機からは味方だと思ってもらえる。

 危険になるのはあっちに近づいてからだから、まぁ今のうちは安心だけど」

「これって、こちらがロックされたときも警報なる?」

「もちろんだよ。じゃないと死んじまう」

アヤはそう言って笑った。

「あとは何か準備しておくことは?」

私はアヤに聞いた。

「んー、あとはない、かな。しばらくはのんびり空の旅だ。あの太っちょの空母はこんな高度飛べるのか?

 もし飛べないんだったら、外の景色、初めてだろう?」

アヤに言われて、思わずキャノピーから外を見た。雲が、あんなに下に見える。空には青空と、太陽しかない。

船の上から見上げる空とはまた違う、幻想的な景色だった。

「すごい…」

「怖くないか?」

思わず漏らした私の言葉に、アヤが聞き返してくる。

 アヤが操縦桿を握っているんだし、恐いことなんて一つもなかった。怖いどころか、この景色…なんて表現したらいいんだろう。

地球は、こんなにも美しいんだ…

「うん、すごい、きれい」

私が言うとアヤの笑い声が聞こえてきた。

「だろう?アタシもこの高さを飛ぶのが、きれいな海の上に居るときの次に好きなんだ…ほら、空、見てみなよ」

アヤが言うので、私は空を見あげた。

「なんだか低い感じがするだろう?もうちょっと高度を上げると、宇宙との境目まで行けるんだ。

 この機体じゃぁ、ちょっと無理なんだけどね」

「宇宙との、境目…」

「あの青い空の先に、レナの故郷があるのかぁ…」

アヤがポツリと言った。


 そう、この空のはるか向こう。あの星の世界に浮かぶ小さな箱庭私の故郷。私の「帰ろうとしている場所」。

一瞬、体から意識が抜け出て、宇宙に漂うような感覚に襲われた。とてもともて冷たくて、心細くて…。

「この空の、ずっと向こうが、私の故郷…」

なんだか、その言葉が、胸に突き刺さった。わからない。わからないけど、それは、なんだか…絶望的な感覚だった。

できることなら、今すぐにこのベルトを外して、アヤに飛びつきたかった。

あまりにも突然だったけど、それくらい、心が軋んで痛くて、たまらなく、切なくなる。

 そんな私の様子に、アヤは気づいたようだった。

「おい、どうした、大丈夫か?気分でも、悪くなった?」

「ううん…大丈夫…」

私は、声を振り絞って答えた。大丈夫には、聞こえなかったろうけど。

いけない、またアヤに変な心配をかけてしまう。気をしっかり持たなきゃ…私はそう思って、ふるふると頭を振った。

そうしたら、ふと、ドアンの島から、ずっと気にしていたことを思い出した。

なんだか、今なら聞けそうな気がした。いや、今だからこそ、聞いておきたい、そんな気持ちだった。

「ねぇ、アヤ」

「うん?」

とは言え、いざ聞こうと思うと、少し怖い。いや、何が怖いのかも、良くわからないけど…

でも、今聞かないと、この先聞くチャンスはもうないかもしれない。

「アヤは、私のこと、どう思ってる?」

「レナのこと?」

「そう…」

「どうって?」

「わかんない…ただ、どんな気持ちなのかな、って」

「うーん、難しいこと聞くなぁ…」

そう言うなり、アヤは黙り込んだ。私はただじっと、アヤの言葉を待つ。

思い切って聞いてしまったら、おかしなもので、今度は早く答えが聞きたくなっていたけれど、

とにかく、急かしてはいけない、と、そう思った。

「そうだなぁ」

アヤが口を開いた。

「説明が難しいんだけど…。アタシの小さいころの話って、あんまり話したことなかったよね?」

「うん」

「なら、そこから、だな」

アヤはそういって、ゆっくりとしゃべりだした。


「アタシは、親が死んじゃってから、親戚の家とかいろいろ回って、最終的には施設で生活することになったんだ。

 まだ10歳になったばっかりのころ。そっから8年間、軍に入るまでそこで過ごしたんだけど…

 その施設に入ったころにね、ひとり居たんだ、今のレナみたいに思ってる人が。

  男の子でね、とびきり優しくて、いいやつだった。施設にはさ、親が死んじゃった子どもだけじゃなくて、

 親に虐待されてたりする子どももいて、いろいろと難しいとこではあったんだけど、でも、寮母さん達も優しかったし。

 ほら、アタシ、家族ってよくわかんないけどね、みんな家族みたいだった。



  その中でも、その男の子は特別で、入ったばっかりのアタシを、いじめっ子みたいなのから守ってくれたり、

 施設のルールやなんかを教えてくれたりさ。あと、ほら、アルベルト!あいつと知り合ったのも、その彼のおかげなんだ。

  でも、彼は生まれつき体が弱くて、14の時に、持病が悪化して入院しちまった。

 アタシは暇さえあれば見舞いに行って、元気になってもらおうとしたけど、ダメだったんだ。

 日を追うごとにどんどん衰弱して行って、子どものアタシが見ても、『あぁ、もうダメなんだな』って感じちゃうくらいだった。

  でもそれでもアタシはお見舞いに行って、いろんな話をした。で、ある日ね。彼が、言うんだ。

 みんなとなかよくやれよ、って。そんなお別れみたいな言葉聞きたくない、ってアタシは言い返してそれから

『ほかのみんななんていらない。だから、あなたはどこにもいかないで』って。

 そしたらさ、はは。怒られちゃったんだ。『一人だけしか要らないなんて、さみしいことを言うなよ』って。

『誰かひとりしかいらない人生なんか、さみしいじゃんか』って。
 


 言われた時は、言葉の意味が良くわからなかったけどね。でも、彼が死んだあと、泣いているアタシをいろんな人が慰めてくれた。

 寮母さんも、同じ部屋で生活してた子も、さっき言った、最初はアタシをいじめてた子もさ。

  そのときにようやく意味が分かったんだ。彼はきっと、ちゃんとみんなと向き合わなきゃいけないって、そう言いたかったんだと思う。

 彼が死んじゃって、みんなが私を心配してくれて、それでアタシはみんなと向き合うことになった。

 向き合って、それでやっと大事なことが分かった。そうしていることで、孤独ではなくなれるんだって。

 それからは、出会う人すべてに、ちゃんと向き合って、言葉も気持ちも交わそうって思った。

  で、ずっとそうしてきた。それが今のアタシ。レナも、アイナさんも、シローも。

 アルベルトもそうだし、それから、隊長に、隊の連中に、ドアンやあの子ども達と、それから…そうだな、

 名前も良く知らない、連邦の気のいい軍人たちもそうだ。

  血のつながってない他の子たちと生活してたアタシだからそう思うのかもしれないって思ったこともあったけどさ、

 でも、とにかくアタシは、出会うすべての人と、言葉と心をやりとして、正直でありたいって思った。

 で、きっと、そうしていれば、誰とだって家族みたいになれるんだって、思った。

 ううん、今でも思ってる。それがアタシの生き方。それがアタシの生きてる世界だ。で、その世界をくれたのが、彼だった。

 彼は、アタシの人生の、灯台みたいなもんだ。今でもずっと、心の中で輝いてて、アタシ不安も、迷いも全部照らし出してくれる」


「その彼と私が、おんなじなの?」


「うん。アタシはずっと、信じて、正直にしていれば、どんな人とでも家族になれると思っていたけど、

 でも、そううまくいかない人ももちろんいた。人間、いろんな人がいるもんね。

 馬が合わない人もいれば、いがみ合っちゃう人だっている。

  正直言えばさ、たとえばシローとか、あいつ、昔のアタシだったら絶対に大ゲンカしてたと思うんだよ。

 でも、あのときにはもうレナがそばにいて、アタシの人生を照らしてくれてた。

  アタシはさ、人に正直なばっかりで、誰かを正直にすることなんて考えたこともなかった。

 誰かに信じてもらうことの大事さを全然わかってなかったんだ。それをレナは教えてくれた。

  だから、シローとも友達になれたし、隊長が私たちを信じてくれてたんだってことにも気が付けた。

  小さいころの彼は、アタシに、誰かを信じることの大切さを教えてくれた。

 レナ、あんたは、誰かに信じてもらえることの温もりを教えてくれた。今は、この二つの灯台が、アタシの人生を照らしてる。

 だからアタシは、迷いなく歩ける。たぶん、この先なにがあっても、ね」


「…」


「あー、で、なんだっけ、長くなって忘れちゃった。えーっと…あぁ、そうだ。レナのことをどう思ってるか、だったな。

うんと、まぁ、だから、そういう意味で、レナはアタシにとって、とても大事な人だよ、ってな感じで、答えになってるかな?」


 言葉が、継げなかった。

 私はずっとアヤに助けてもらってばかりで、何かをアヤに返せるかなんてことばかりを考えていたのに…

アヤは、しっかりと私を見ててくれていた。受け入れてくれていた。そんなに、大切に思ってくれるほどに。

アヤが、大好きなこの子が、そんなにも思ってくれているなんて、想像もしていなかった。だからこそ、私は胸が痛んだ。

「…アヤは、これでいいの?」

「何がだよ?」

「だって、だって、そんなに…そんなに大事に思ってくれてるのに…私、宇宙へ帰るって言ってるんだよ!?」

「はぁ!?」

「そんな風に思ってくれてるのに、それなのに、アヤはなんで怒らないの?なんで、送り出す手伝いなんかしてるの!?」

そう。わかった。ずっと私の中に引っ掛かっていたものの一つ。それは罪悪感だ。

私は、アヤを、大切だった隊長と部隊の仲間から引き離して、世話をさせて、撃沈されるような船に乗せて、

挙句、ジオンと連邦が生死をかけて争っている戦場に連れ出しているのだ。

そんな風に、大事に思ってくれているなら、私も同じくらい、アヤを大事にしなきゃいけないはずなのに、そう、したいのに。

私はアヤを振り回した挙句に、一人で宇宙へ帰ろうなんて思っている…

そんなひどいことを、身勝手なことを、どうして大切なアヤにしているんだろう。いっそ怒鳴ってほしかった。

もっとアタシを大事にしろよ、って。散々こき使った挙句に、結局はその『彼』と同じで、アヤを置き去りにしようとしているんだ。

「あーなんだろう…それは、まぁ、何つうか…難しいんだけどさ」

アヤはまた、すこし考えてからしゃべりだした。


「さっきのさ、『彼』は死んじゃったけど。でも、ちゃんとアタシの心には彼が残ってるんだよ。

 ロマンチックな意味じゃなくて。なんだろうな…彼がさ、生きて、で、守って、大事なことを教えてくれてできたのがアタシで、

 彼の灯してくれた灯台はちゃんと、胸の中であったかく燃えて光ってんだ。

  死んじゃった人と並べるのはちょっと申し訳ないけどさ、レナ。あんただっておんなじだよ。

 あんたがどこに居ようが、あんたがくれた灯台はアタシの中であったかく燃えて光ってる。

 あんたがどこに居ようが、アタシがアタシである以上、アタシはレナを感じて、そばにいられるんだ。

  まぁ、キャリフォルニアまで送っていくっていうのは、オマケみたいなもんかもね。

 彼には、何もできなかったからさ、アタシ。少なくともレナには、今やってあげられることがある。後悔はしたくないからな。

 寂しくないっていえば嘘になるし、一緒にいたいとも思う。でもそれはアタシの想いで、レナの気持ちとは無関係だろ?

 宇宙へ帰るのも、帰らないのも、レナの考え次第だ。

  アタシはただ、アタシの人生を照らしてくれる大切なあんたの役に立ちたいだけなんだ。悔いが残らないように。

 だから、まぁ、難しいことは考えんなって。任せとけよ」


アヤのカラカラと言う笑い声が聞こえた。

まるで、何かにはたかれたようだった。アヤの中に私の存在がどれほど深く刻み込まれていたのかを知った。

そんな私をアヤがこんなにも大きくて、暖かい、緩やかで、優しい気持ちで思ってくれていたなんて…

私は、そのことがたまらなくうれしかった。

「ありがとう…ありがとう、アヤ…」

「あはは、なんか恥ずかしいな。まぁ、まだ時間かかるし、のんびりしよう」

「うん…」

もう言葉なんてそれくらいしか出てこなかった。私はマイクを切ってしゃくりあげた。

きっとマイクなしではエンジン音でアヤには聞こえないだろう。泣いているのがわかってしまったら、またアヤに心配をかけてしまう。

アヤがどんなに言ってくれたって、私はまだなにもアヤには返せていないんだ。

アヤが私にしてくれたように、私ももっとちゃんと考えなきゃいけない。そして、伝えなきゃいけない。

私はアヤのことをどう思っているのか、アヤは私にとってどんな存在なのか。私はアヤに、何を返してあげたいのか。

 そんなことを考えながら、私は、胸の内に湧き上がってきた不思議な暖かさを抱きしめるように、身を丸くしてしばらく泣いていた。

ここでひと段落。

アヤさん、大いに語る。
レナさん、錯乱す。

次回、北米大陸決戦編!(?)

イイハナシダナー

>>108
お読みいただきあざっす!

続きいきます、レナさんの妄想爆走ショッピングデート回です。


 離陸してから、どれくらい経っただろうか。

これまで、南北への長距離移動の経験はあったけど、東西へ、経度から経度への移動は初めてだったから、

離陸してしばらくして訪れた夜が、もううっすらと明け始めている、不思議な現象に目を丸くしてしまった。

どうしてこんなことが起こるのか、理屈は知っていたけれど、実際に体験してみると不思議な感じがする。

それに…高度1万メートルから見る夜明けは、まるで心の中を洗い流すみたいな、美しい風景だった。

「アヤ、すごいね…」

呼びかけたアヤは、返事をしなかった。それもそのはず、彼女は戦闘機をオートパイロットにして寝こけていたらしかった。

何度か呼びかけたら起きてくれて、景色の話をした。アヤもこんな景色はそうそう見ないようで、

「あぁ、これはきれいだなぁ」

なんて、寝ぼけた声で言うので笑ってしまった。

 そんなのんびりした時間もつかの間、私の席についているレーダーに何かが映った。

機影ではない。何かモヤモヤとした霧みたいなもの…

「アヤ、レーダーが」

「うん?あぁ、ミノフスキー粒子だな…いよいよ、北米大陸だぞ」

アヤはそう言って大きくため息をついた。それから

「ベルト締め直して。こっからは何が起こるかわからない。無事に陸のあるところまで飛べりゃぁいいけど…」

そう言っていた矢先、ヘルメットの中に警報音が聞こえた。レーダーに目をやると、小さな光点が三つ、こちらに接近してきている。

「アヤ、何か来る!」

「確認した。さーて、どこのどいつだ、お前らは…っと」

アヤはそう言いながら戦闘機の高度を下げた。眼下に広がっていた雲の海すれすれのところに位置取る。

<こちら連邦軍北米攻略隊所属のAWACS、“イーグルアイ”。ポイント、セクター7から東へ飛行中の機体。貴機の所属を報告されたし>

不意に無線からそう聞こえてきた。

「早期警戒機か…やっかいなのに出くわしたな…」

「逃げるの?」

「いやぁ、まだ騒ぎを起こしたくはない。なるべく穏便に行くと良いけど…」

アヤはそう言って無線のスイッチを入れた。


「イーグルアイ、貴官のIFFを確認した。

 当機は連邦軍本部からの指令による極秘任務中のため、所属、およびコールサインを発信できない。

 こちらのIFF情報を開示するが、以後は隠匿の必要があるため、確認後は再び封鎖し、

 貴官の方でもデータマップ上からは抹消してほしい。IFFの情報を連携する」


<了解、確認する。IFF情報識別完了。こちらに貴機の作戦コードは伝わっていない。確認のため作戦コードを明らかにせよ>

「うーわ、こいつ作戦本部の司令付きかよ…いよいよヤバいぞ」

「どういうこと?」

「この警戒機、攻略作戦を指揮してる本部の直属だ。さすがにこいつには、『機密のため言えない』なんて通じないし、

 怪しいと思えばすぐに連邦軍本部へ確認できる」

「それなら…」

「うん、はは。わかってきてるじゃんか」

私の言葉を聞いてアヤは笑った。私はシートベルトを改めて確認して、気持ちを引き締めた。

そう、「ヤバくなったら、逃げろ」だ。


「こちら特殊作戦機!敵の攻撃を受けている!今の交信で察知された模様!レーダー上では確認不能!AWACS!

 そちらのレーダーではどうか!?」

アヤはそう叫びながら機体を降下させて雲の中へ突っ込ませた。

<特殊作戦機へ、これより貴機の仮称サインをアルファとする!アルファ、こちらのレーダーでも敵性反応を検出していない!>


「下から撃たれてる!洋上に敵艦隊の可能性あり!ミノフスキー粒子散布を行いつつ回避行動に入る!

 あぁ、クソ、被弾した!友軍機は!?」

<現在、貴機の空域へ飛行中。到着まで…あと5分!>

「無理だ、撤退を!こちらはもうコントロールが利かない!友軍機を危険にさらすな!繰り返す、援軍は間に合わない、脱出する!」

アヤはそう怒鳴って無線を切った。

<アルファ、応答せよ、アルファ!>

「さって、友軍機の様子はっと…」

アヤの声に、レーダーに目を落とすと、先ほどとは違う光点が3つ、急速に接近してきている。

「くはぁ、殊勝なやつらだ。来るなって言ってんのになぁ」

そう言いながらアヤはさらに機体の高度を下げて、雲から下を覗いた。気づけば、眼下には陸地が広がっている。

「やるっきゃねぇか。脱出するって言っちゃったしなぁ」

「脱出装置を使うの?」

「うん。もうちょっと高度さげるな」

ぐんぐんと機体の高度が下がる。計器の表示が、1000メートルに近づいたときにアヤの声が聞こえた。

「さて、行くぞ、準備良いか?」

私はもう何度目かわからないけどシートベルトを確認して

「うん」

と返事をした。

「荷物抱えて。胸の前にギュッとね。キャノピーぶっ飛ばすから、そうしたら足元の黄色いレバーを思いっきり引いて」

「わかった」

「よっし行くぞ!」

合図とともに爆発音がして、頭上を覆っていた風防が吹き飛んで行った。途端に強烈な風が吹き荒れ、身動きがうまくできなくなる。

私はそれでも足元のレバーに手を伸ばして思い切り引っ張った。

 強烈なGが体にかかって、気が付いたら、シートに座ったまま体が宙に浮いていた。

まるで宇宙空間にいるみたいで、一瞬、あの空恐ろしい恐怖が身を襲う。下を飛び去っていく戦闘機からアヤが脱出するのが見える。

グンっと何かが引っ掛かったような衝撃があったので見上げると、すでに真っ白いパラシュートが開いていた。

ふぅ…どうやら無事に脱出できたみたいだった。戦闘機はそのまま降下して行って、赤く焼けただれた大地に激突して炎上した。

 「ひゃははは!怖えぇ!!!」

ヘルメットからアヤの声が聞こえる。

「アタシ、これダメなんだよ!いやぁ、恐かったぁ!」

本当にそう思っているのか、アヤは楽しそうな声色で笑っていた。

 そのまましばらく、ふわふわと空中を漂ってから、私はシートごとパラシュートで地面に降り立った。

いや、降り立った、と言うより落っことされた、と言う方が正しいかもしれない。思いのほか、着陸の衝撃が強くて体がガクガクする。

 私がシートベルトを外しているとすぐにアヤも地面に降り立った。

アヤは慣れたもので、高さ1メートルくらいになったときにはすでにベルトを外して、私みたいにガンっと着陸しないためなのか、

身軽にシートから飛び降りていた。

 「ふぅー。とりあえず、飛行服脱ごう。ヘルメットは…いいや、ここいらにぶん投げておくか」

「うん」

アヤに言われて飛行服を脱ぎ、荷物の中にしまった。

それからアヤはシートの下から何やら小さな袋をとりだして中身をチェックしている。

「どうしたの?」

「あぁ、簡易の座標計算装置。位置的には…キャリフォルニア基地から、南に2、300キロってとこか」

「300キロ…歩きでは、無理だね」

「ははは、行けるかもしれないけど、楽しいハイキングってわけにはいかないだろうな。時間のこともあるし」

「こっからは、アタシのナビは役に立てない。レナ、あんたに頼む」

アヤはそう言って私の顔を見て、地図を開いた。

「今いる位置が、ここだ」

アヤが地図上をマークする。私はそれを覗き込む。確かにここはキャリフォルニアの中心部からは300キロほど南にある場所。

待って、だとすると…私は地図を東へたどる。すぐ近くに、街があったはずだ。

「あった、ここ!」

地図上で私は街を見つけた。距離にして、10キロほどだろうか。ベイカーズフィールドと言う街がある。

確かここには何度か、休日に連れ出されたことがあった。

「良かった。とりあえずそこへ行って情報を集めよう。ここが今、ジオンの制圧圏内なのか連邦の方なのかがわかんないと、正直不安だしな」

アヤはそう言って地図を仕舞い、座標の計算装置を握って荷物を背負った。

「おーし、西はこっちだ!道路でもありゃぁ、歩きやすいんだけどなぁ」

アヤはそんなことをつぶやいてから私を振り返って

「さぁて、もう一息だ。行こうぜ!」

なんて言って、にっこりと笑いかけてくれた。


 着陸した場所から30分も歩くと私たちの目の前には道路が現れた。その道路を歩くこと1時間ほどでベイカーズフィールドに到着した。

 ベイカーズフィールドは、かつてはジオン軍の統治下にあり、休暇中のジオン兵が訪れることも珍しくない街だった。

私も何度かここへ来たことがある。

軍事拠点はさらに南の大都市に置かれたため、この街は戦火には飲まれず、一見すれば平和なところではあった。

しかし、着いてみるとそこにはすでに連邦軍の姿があり、軍事車両の数々とともに複数機のモビルスーツが街の外側に置かれていた。

 「んー、あまり長居したくない場所だな…」

アヤはその景色を見るなりそうつぶやいた。

「情報を集めるにも危険そうだ…とりあえず、車の確保と…変装でもするか」

アヤの提案で、私たちはまず、中古車の販売店に向かった。そこで、現金で買えてすぐにでも乗り回せる、

もうだいぶくたびれた小型車を買った。もちろん、アヤのお金だ。

それからその車で、街で一番大きいショッピングモールへ向かう。

 「まずは…セルかな」

「セル?」

モールに入った途端、アヤがそうつぶやいた。セル…何かの略語だろうか?

「あれ、知らない?ジオンにはないのかな…」

アヤは小首をかしげた。正直、思い当たることはない。

「うーんと、なんだろう、個人無線機っていうか、携帯式の電話なんだけど…」

「あぁ!PDAのこと!」

「PDA…は、また別じゃないのか?」

「違うの??」

「PDAってのは、ほら、電話もできるコンピュータだろう?セルは、簡単なメッセージ送信くらいはできるけど、それ以外は電話くらいしかできないんだよ」

「そうなんだ…地球ではセルの方が良いの?」

「いやぁ、ま、手軽なのはセルの方だけど。レナがPDAの方が良ければ、そっちにしよう」

アヤがそう言ってくれた。種類はともかく、少なくともここから先は何が起こるかわからない。

すぐに連絡が付く手段は持っておいて損はないだろう。

 私たちはモール内の家電量販店へ行き、そこで2台のPDAを契約した。もちろん、アルベルトに作ってもらった戸籍で、だ。

それからアヤは同じ店で、何を考えているのか、アヤはそこでカメラの機材一式と、別のお店では化粧品を買い込んだ。

私が不思議がっていると

「まぁ、あとでな」

となにか企んでいるときのあのニヤニヤ顔で笑った。

そのあと、洋服店に行って、特に変装する必要がある私にあれこれと服を着せては

「あーこれは違う」

「おぉ、これかわいいな!」

「これは…うん、なんか、ごめん」

などなど…正直、この段階ではいつものおふざけだったみたいだが。私が着せ替え人形じゃないよ!と怒ってみたら、

ケタケタ笑いながら謝って、結局、これまでの地域では必要なかった冬物の服をそれぞれ一式購入して店を出た。


 車にもどった私たちは、そそくさと着替えを済ませる。

「レナ、あんたはちょっとお化粧して」

アヤはそう言って、買ったばかりの化粧品を私に渡してきた。

「えっと…うん…あんまりしたことないんだけど…」

正直、あんまり化粧の習慣がない私にとってはちょっと戸惑うことだった。

それをきいたアヤは、カメラ機材一式を箱から出してはセッティングしつつ、

「あー適当でいいから。目はサングラスで隠すし。ファンデーションだけぬっといて」

と言う。私は、アヤに言われるがままに、ファンデーションを塗る。

その間に彼女はカメラのセッティングを終え、入っていた箱をつぶして袋にまとめていた。

 「終わったよ」

私はアヤに声をかけた。アヤが私の方を見るなりにっこり笑って

「化粧映えする顔だな。似合うよ」

なんてことを言ってきた。なんだか気恥ずかしくなってしまう。

そんな私の気持ちを知ってから知らずか、彼女はいきなりグッと私に顔を近づけてきた。

「な、何!?」

ドキッとした。な、何する気…?!と身構えていたら、アヤは両腕を私の頭の後ろに伸ばしてくる。

その手が私の髪を梳いていく。

「ちょ…アヤ!?」

そ、そう言えば、最初のころに言ってたよね。同性愛者かって聞いたら…わ、割と、どっちでも良いって…

え、ちょ、なんで!?なんで今急にそんな感じになってるの!?


「あー、やっぱ髪は結っといた方がいいな」

私の顔から20センチもないところで私を見つめていたアヤがそう言った。アヤは私の肩までの髪を後ろで束ねていただけだった。

「もう!」

思わず、アヤを突き飛ばした。

「な、なんだよ!?」

アヤはわけがわからない、と言う風な感じで私に文句を言ってきた。

私は、自分がそんなことを考えてしまった気恥ずかしさでいっぱいでアヤのことを見れなかった。

「そ、それくらい自分でできるから!」

と言うと、アヤは

「んー」

と鼻を鳴らして

「なるべくアップにしてほしいんだ」

なんてことを言ってきた。髪型にまで注文を?なんで?アヤの…好み?

「ど、どうして?」

「うなじ出しておきたいんだよ」

私が聞くと、アヤは答えた。

「そ、その方が、良い?」

「あぁ、うん。顔じゃなくて、別のとこに視線を誘導したいんだ。男ってな、うなじだの胸だのに視線が行く生き物らしいからな。」

だ、だよね、そうだよね。変装のために、だよね…なんだか、内心ちょっとがっかりしている自分がいた。

そう言えば、服屋で選んだ私の服は、確かにちょっと胸のあたりが頼りない感じのものだった。

それを思い出して、思わず自分の胸に手を当てる。サイズは…あんまり自信ないな…。

それに比べてアヤは。そう言えば、そんなことを考えてアヤを見たことはなかったけど、その、む、胸は大きいっていうんじゃないけど、

しっかりと主張しているというか、キュッとしまってる感じと言うか…なんというか、その、う、うらやましい、と言うか…。

 そんな私を見たアヤが、ははは、と笑った。

「アヤのもそれなりに見栄えするから大丈夫だよ」

「わ、私まだなにも言ってないでしょ!」

「あはは。まぁまぁ。ほら、これで髪止めて」

アヤはまるで気にしてないみたいにそう言ってヘアゴムを渡してきた。なんだかその何でもない感じに腹を立てながら、私はゴムで髪を結った。

「オッケ、じゃ、仕上げだ」

アヤはそう言って、アイライナーを取り出した。そしてまたさっきみたいに私ににじり寄ってくる。

「動くなよー」

アヤは、この子絶対半分以上楽しんでるでしょ!?と確信を得られるぐらいの笑顔で、アイライナーを使って私の口元に何かを描いている。

終わると、さっき私が使ったファンデーションをそのあたりに少し塗って

「完成!」

と楽しそうに言って鏡を私に向けてきた。見ると、唇のすぐわきにホクロがある。

「どうだ!?セクシーだろ!」

そんなことを言いながら今度は、サングラスと、いつの間に買ったのかテンガロンハットを取り出して私にセッティングした。

するとアヤはお腹を抱えて笑い転げながら

「ほーら、もう別人!」

と言って、また大声で笑った。


「フリーのジャーナリストって設定な。アタシは記事担当で撮影はレナ…じゃない、アンナの役。

 あんたはとりあえず、そのカメラを大事そうに抱えてれば大丈夫だ」

「う、うん」

「とりあえず街に出て、情報を集めよう。夕方過ぎには街を出る。寝泊まりは…この車だな、狭いけど」

アヤはそう言ってポンポンと車のシートをたたいた。

 そう言われて、思わず私も笑みがこぼれてしまった。こんな車でも、あの時の戦闘機のコクピットに比べたらまだ広いし。

それに、アヤと一緒なら、どこで寝るにしても、私は安心していられる。

 気が付けば私はそんなことを考えていた。

キマシタワー建設がレナさんの中で始まっているのかどうなのか!

こんなgdgdな展開に君は生き延びることができたのか?!

次回アップは深夜か明日の予定。
ついにあの人が登場?!

ガンオンのアプデ、ソロモンつまんねww

ここにキマシタワーを建てよう

乙!
最近読んだ中じゃ出色の出来だわ。
面白かった。別の作品も読んでみたい。

しかしなんて清々しいキマシタワー
リア充もげろ……って二人ともついてなかったw

フェンリル隊時代のシャルロッテはオペレーターしてた気が

>>165
感謝!
彼女たちの旅はまだまだ続きます…物語としては、ここで打ち止め?

>>164
あっさり風味のキマシタワーにしてみました!

>>165
感謝!
別作品はSSって言うか完全オリジナルで未完のものがいくつか。
実は、これとは別に、激甘キマシタワーエンドがありますww

>>166
シャルロッテさんはゲームだとMSに乗っけてやることも出来るらしいです。
当初はマットさんでしが、隊長以下、マットさんみたいなおっさんがいっぱいになってしまったので
ゲーム設定を持ってきてシャル嬢になった次第。

皆さん、感想感謝。

待ってる間におまけエピソードを書いてみた。

蛇足だけども、ウザくなければ投下しまする。

ばっちこい

>>169
レス感謝。

ちょっと長いけど、読みきりなんでまとめて投下して置きまする。

Extra.

 「ん〜ふふ〜ん〜♪」

隣で、レナが鼻歌を歌っている。連邦の軍ラジオで情報を聞こうと思ってかけていたんだけど、

そこで流れていた曲を気に入ったようで、おんなじフレーズを何度も何度も繰り返している。ご機嫌のようだ。

アタシだってなんとなくワクワクしてるんだ。

「ねぇ、まだかな、フロリダ!」

「昨日走り出したばっかだぞ?夜通し走ったって、あと1日か2日はかかる」

「そうなんだー」

興味があるのかないのか、レナはそう返事をした。まぁ、楽しそうだからいいんだけど、さ。

 「それにしても」

「お腹すいたねー」

まるであたしの心を見透かしたように言うので、ちょっと驚いた。

「だよな。どこかに町でもあれば、飯にしたいんだけど…」

「川ないかなぁ、また釣りでも良いよ?」

レナはいたってお気楽なようだ。いくらアタシだって、そうそう都合よく釣りあげられるわけでもないし、あれは基本的に緊急手段だ。

できれば、ちゃんと調味料使った食事がしたい。

「地図見てくれよ」

アタシが言うと、レナは、何がそんなにうれしいんだか、喜び勇んで地図を開いた。

「待ってね、えーと今は…この辺りか、な」

レナは位置計算機と地図を照らし合わせてつぶやく。それからあっと声を上げて

「町あるよ!アルバカーキ…って読むのかな?」

レナが地図をこっちに見せてくるので、アタシもそれを確認する。Albuquerque。たぶん、そう読むんだろう。

「あぁ、たぶんな。デカイ街だと良いなぁ」

「どうして?」

レナが不思議そうに聞いてくる。

 ここから先は、中西部。しばらくは大きな街はないだろう。しばらくは西に走り続けるしかないし、食料や燃料を買い込んでおいた方がいい。

連邦軍が怖くて、ベイカーズフィールドじゃぁ給油しかできなかったし。

 「買い物しておきたいんだ。この先は、下手をすると一日走っても町がないかも知れなくてな。水と食料と、あとは、燃料」

「そうなんだ…それはちょっと心細いね。お腹すくのは、イヤだし」

まったくだ。この時期だから、気温も低いしタイヤがバーストしたりすることは…さすがにこの車、オンボロだけど、タイヤは替えてあったし、ないとは思う。

もちろん、熱中症で死ぬようなこともない。問題は、やっぱり食料!

「あ、ね、アルバカーキのそばに川があるよ」

「まーだそれ言ってんのかよ!どんだけ釣りしたいんだよ、レナは!」

あんまりにもこだわるのでそう言って笑ってしまった。

まったく、興味を持ってくれるのはうれしいけど、そんなにワクワクした顔で言われるとちょっと困っちゃうじゃんか。

「えーだって…」

レナはそう言ってぶすくれる。だって、のあとは何を言うのかな、と思ったら

「だって、楽しかったんだもん、あのとき」

なんていうのだ。あーもう、この子は、どうしてこうもかわいいんだろう。

「まぁ、そんな小さい川には小さい魚しかいないだろうしさ。釣りなら、海に出たらイヤってほどできるから、今はまだ我慢しておけよ」

アタシがそうなだめてやると、レナはまるで子どもみたいに

「うん!絶対ね!」

と目をキラキラさせながら言った。その笑顔を見られるのが、今のアタシには何よりもうれしいんだ。

 そんなことを30分ばかりしている間に、車はアルバカーキに差し掛かった。

 お、これは思ってたより…

「大きい町だ!」

「あぁ、良かったよ。これならいろいろそろえられそうだ」

 とりあえず、町の入り口にあった給油所で燃料を入れて、予備の燃料も1缶だけ、買い込んでおいた。

 それから、食料を仕入れるために町を走る。走るって言っても、ほんのちょっとの距離しかないところにショッピングモールがあったし、小さい商店なんかもそこかしこにある。

それに、幸い、連邦軍の姿はどこにもなかった。アタシは良いが、レナがまだ脱走捕虜として手配されていることを忘れちゃいけない。

 とりあえず、ショッピングモールに車を止めた。レナが勇んで車から降りたので、テンガロンハットとサングラスをつけさせた。

うん、やっぱこの姿は何度見てもおかしい。

 笑っていたら肩口をひっぱたかれたけど、でも、やっぱりおかしいもんはおかしいんだ。

 そう言えば、ちょっと驚いたのが、ベイカーズフィールドで買ったカメラをレナが大事そうに抱えていたことだ。聞いたら

「アヤの写真を撮るんだ!」

とか胸を張って言った。

 なんでも、これまでのこともカメラを持っていれば写真に残しておきたかったらしい。だから、今はカメラもあることだしこれからはたくさん撮るんだ、だと。

なんだよ、それ、かわいいじゃんかよ、もう。

だからまぁ、買い物だけだし、そんなタイミングたぶんないぞ?なんてことは、言わないで置いた。

 アタシ達はモールで水とインスタント食品なんかを大量に買い込んだ。生鮮食品なんかもほしかったけど、日持ちしないし、今回はあきらめた。

あと、忘れちゃいけないのが調味料だ。これさえあれば、最悪、レナの大好きな釣りになるようなことになっても、多少はうまいモンに化けさせられるだろう。

 車に戻って走り出してから、買ったファーストフードのハンバーガーを二人で楽しんだ。レナは、

「牢屋で食べたときは泣けたなぁ」

なんて、かわいいことを言ってアタシを困らせた。

食事を終えてからレナが妙に静かになった。見やると、真剣なまなざしでPDAをいじっている。

「なにしてんだ、レナ?」

「ひゃ!ななななんでもないよ?」

声をかけた瞬間の反応を見る限り、なんでもないこともなさそうだ。

「アタシに隠しごとか?」

ちょっと意地が悪いかな、と思ったが、まぁ、この手の質問がレナになにかを白状させるには一番な気がする。

「う、うーん…」

レナは唸った。

「別に言いたくなけりゃぁ、無理して聞かないけど」

なんていえば、言いたくなるのが、レナだ。

「あのね」

ほらな。

「株やってるの」

「株ぅ!?」

これは思わぬ答えだった。てっきり、釣りのハウツー情報でも検索しているのだと思っていたけど…

「うん」

レナはなんだか気恥ずかしそうにそう言った。なにをそんなに照れてるんだ?

「もともと、そう言うことしてたの?」

「ううん、つい昨日、始めたの。もうやめるけど」

「どういうことだよ?」

いまいち要点がつかめない。

「実はね、さっきのモールにあった銀行で、偽名の方で連邦の口座作ったの」

なんだろう、アタシが派手に買い物するから、心配になったのか?

まぁ、船と家買うのにそれなりに溜めてたからすぐに困るってことはないけど、そもそも収入ないのに口座作ってどうするつもりだ?

…良く分からないけど、レナのことだ。何か気にしているに違いない。

「あはは、金の心配なら大丈夫。当面はやっていけるくらいの貯めはあるんだ。家は買えなくても、最悪、船の方だけなんとかなれば、生活はできるし」

アタシが言ってやるとレナは一層、顔を赤くした。

「そのことなんだけどね…私だって軍人で、それなりに稼いでたし、使う道も暇もそんなになかったから、それなりに貯まってたし。

 それにね、家族の…その、見舞金とかそう言うのもほら、あったし」

なんだか言いにくそうだなぁ。

「レナ、ホント、言いたくなければいいんだぞ?」

「ううん、そうじゃないから、黙って聞いてて!私のペースで説明させて!」

レナはなんだか必死に頑張っているようだ。じれったいがしょうがない、黙って聞いてやろう。

「悪い、わかった。それで?」

「うん、で、ね。ジオンのお金は、連邦では取り扱ってないし、一般では換金もできないみたいだったから、貯金の全額でアナハイムエレクトロニクスの株を買ったの。

 これが、昨日の朝の話」

「全額!?」

さすがにびっくりした。いや、待て、全額、という言葉に騙されてはいけない。もしかしたら、一か月分の家賃程度の全額、だったかもしれない。

レナに限ってそんなことないとは思うが、でも、ジオンの貨幣価値がどんなものかもわからないし…

「うん、で、その株を、ポイント12倍になってたから、全部売ってみた。連邦貨幣で、今作った新しい口座に払い込んでもらうように」

なるほど、ジオンの通貨を連邦の通貨に両替するためだったのか。でも、株なんてちょっと怖いよな。金あたりならそうそう急に値崩れすることもないだろうけど。

それにしても、ポイント12倍ってことは、0.12倍プラスってことだろ?1割増で売り抜けるなんて、やるじゃないか、レナ。

「やり手だなぁ。勝算があったのか?」

「うん、ちょっとだけ。ほら、アナハイムエレクトロニクスの本社って、キャリフォルニアにあるでしょ?

 キャリフォルニア奪回で北米全体が安定して、戦場が宇宙に移るんなら、地球は情勢が安定するし伸びるかなと思って。案の定、ぐーんと伸びてた」

「ははは。レナは経済には強いんだな。アタシは自分の小遣い計算するのでいっぱいいっぱいだってのに」

金の難しい話は正直わからない。まぁ、レナが得をしたんなら、良かったんだろう。

「で、これ、株を売って入金された連邦貨幣の額なんだけど、どうかな?」

レナがPDAを見せてきた。うん、おぉ、これは…アタシの貯金額に迫る勢い…あれ、アタシの貯金よりも多くないか?!

「すげーな、レナ!アタシより持ってんぞ!稼いでたんだなぁ!」

なんだかおかしくって笑ってしまった。いや、何がおかしかったのかわからなかったけど、本当になんだか笑えた。

「そ、そうなんだ…良かった」

レナはそう言って笑う。それからそのままPDAを私に押し付けてきた。

「じゃぁ、それあげるね」

「…は?」

え?PDAをくれるってこと?いや、そうじゃないだろ、これ。この金を、アタシに譲るってのか?なんでだ?

「レナ、別にアタシ金が欲しくてあんた助けたわけじゃないし、今までにかかった金だって大したことはないし、

 その、なんていうか、気を遣う必要もなけりゃ、なにも払うこともないし、まして…どんな理由があっても、こんな金額受け取れるわけないだろ!」

アタシはそう言ってPDAを突き返した。

「ダメ、受け取って」

「なんでだよ!」

なんかハーフトラック以降、度胸が据わってきたのかなんなのか、口答えするな、レナめ。

まぁ、マライアみたいになんでも「はい!」「はい!」って聞き分けてくれちゃうよりもよっぽど頼りになるし、

対等に思ってくれてるってのがわかるからうれしいんだけどさ。

そうは言ったって、今までのことを考えても、こんなものを貰うわけにはいかない。

だけど、そんなアタシの考えとか思いなんかより、レナは、もっと嬉しいことを考えてくれてたみたいだった。


「だって、私、船の価値とか、地球の家のこととか、わかんないから…

 その、船も、家も、アヤの夢だけど、その、だからね、それは、もう、その…わ、私の夢でもあるわけで…

 船とか家のために、それがわかるアヤに判断して、使ってほしいなぁ、とか、ね、思ってるんだ…

 あ、やっぱ船くらいは自分専用がいい?て言うか、あれだよね、図々しすぎるかな?そうだよね、アヤの夢に乗っかって、みたいな感じかもだけど…

 でも、ごめん、私そうしたいんだ。えへへ、だから、ね、わ、私たちの船と、家、買うのに、使って。あ、あげるのがダメなら、預けておくのでもいいから!」


なんだこいつ。

なんなんだ、こいつ。

なんでこんなに、健気で、素直で、かわいくなっちゃってんだよ!

ほんとやめてくれよ…そんな風な言い方されたら、こっちが照れんだろうがっ!

「私たちの夢」って、それ恥ずかしいだろ!うれしいけど、そう思ってくれんのはすっげぇうれしいけど!

そんなん、言うの恥ずかしいだろ!うれしくておかしくなりそうだけど!聞くだけでも恥ずかしいだろ!

 アタシは、事故るといけないのでとりあえず車を止めた。

「え?」

一瞬、レナが不安げな面持ちになる。怒るとか、そんなん想像してんのかな?いいや、この際どうでも。すぐに分かんだろ。

 そんなレナのリアクションを無視して、アタシはシートベルトを外し、レナに飛びかかった。

こいつはもう!ぎゅうぎゅうに抱きしめてぐちゃぐちゃに頭撫でないと、気が済まない!

「ア、 アヤ、なに?怒ってんの?喜んでんの?」

「喜んでるに決まってんだろ!バカ!大お喜びだ!バカ!」

バカは言い過ぎたかな、と思ったけど、ま、どうでもいいか。

 レナをひとしきりかわいがったあと、なぜか息が切れていたけど、私は車を走らせた。

「だ、抱きしめ殺されるかと思ったよ…」

レナが言うので

「アタシはプロレスラーか!そんな殺害方法、世界に存在しないよ!」

と文句を言っておいた。

それから、足元に転がってしまったレナPDAを、改めてレナに返す。

ただ、突き返しても受け取らないだろうから、ちゃんとアタシの気持ちも言ってやらないと。

「レナ、その…アタシたちの夢、はうれしい。すごくうれしい。そう言ってもらえるんなら、必要な分は受け取るよ。

 でも、それは船と家を買うときに相談させてくれればいい。あとは、とっておけ」

「なんでよ」

「その中にはレナの家族が『遺してくれた』お金も入ってんだろう?

 それはアタシとあんたのためじゃない、あんたとあんたの家族のために使うべきだ」

「アヤ…」

そう言ったレナは涙目になった。ホントにもう、泣き虫なやつだなぁ。

 アタシはそんなレナの頭をガシガシ撫でてやった。

「二人の船、か。良いな、それ!じゃぁ、名前も二人で考えないとな!船には名前がいるんだ!」

「名前かぁ…へへへ。なんかうれしいな、それ」

あぁ、泣き顔の次はその照れ顔かよ…やめてくれよホント。その顔はさぁ。こっちの心臓が落ち着かないだろうが。

 なんてことを考えながら、アタシは西へのハイウェイをひた走った。私たちの夢の船、は、もうすぐそこだ。


 青い海と青い空。海岸線に何本も突き出たセーリングマスト。

ウミネコの鳴く声に、鼻をくすぐる潮風!12月だってのに温かいし!やっぱ良いよな!こういう感じ!

 ワクワクするアタシとおんなじように、助手席のレナも目をキラキラさせながらあたりの景色を眺めている。

 キャリフォルニアを出てから2日。レナと交代で運転をしながらの昼夜を問わない激走で、待ちに待ったフロリダにあとちょっとだ!

 ん!

「おい!レナ!みろよ!」

「なに?!」

アタシははるか前方に発見した。あれはフロリダ州のカントリーサイン。

「あそこからフロリダだ!」

「おおおぉぉ!来た!!!」

もう、大興奮しながら、アタシ達はフロリダへの州境を越えた。

「ひゃっほぉぉー!つーいだぞぉぉ!」

「ひゃっほー!」

レナがアタシのマネをして叫んだ。もう、かわいいんだからやめろよな。

「それで、船はどこで買うの?」

レナが、それはもうキラキラとまぶしい笑顔で聞いてくる。

それについては、いくつか候補があったんだけど、もう我慢もできないし行く先は決定した。

「ペンサコーラって街だ!軍港なんかもあるデカい港町なんだ!」

「え…大丈夫かなぁ?軍がいるなら、心配じゃない」

アタシの話を聞くなり、レナは急に不安顔をみせた。

「大丈夫だって!心配ならまたテンガロンハットとサングラスかけてろ!」

アタシはアヤに笑って言ってやった。

連邦がここを奪回してもう一週間はたつ。目立つことをしなけりゃぁ問題はない、たぶん!

 それから、とりあえずペンサコーラの街に向かった。

ちょっと前まではジオンの制圧下にあった街だが、別段戦闘の形跡もなく、市民も普通に生活しているようだった。

 街をぐるっと車で見て回り、手ごろそうなホテルを選んで部屋を取った。時間はまだお昼すぎ。

ちょっと昼飯でも食べながら、レナを連れて船屋さがしだ。

 ホテルの部屋に荷物を運んで、ロビーに降りる。地元のことは、ホテルのフロントに聞くのが一番手っ取り早い。

アタシは、レナの手を引っ張って、フロントに向かい、暇そうなスタッフを捕まえて聞くと、

すぐそこにヨットハーバーがあるというので、そこに向かった。

 こうして、太陽の下で、連邦軍の目を気にしないで歩いていると、なんだかとてもすがすがしい気分になる。

軍港が近いこともあって、軍人らしい姿を目にすることはあるけれど、キャリフォルニアを制圧して北米大陸も安定してきているのか、

ここはあそこからずいぶん距離もあるし、ずいぶんとのんびりした軍人が多いように感じられた。

それもあって、なんか妙にノビノビした気分になってくる。

レナは、部屋を出るときにアタシがあんなに進めたのに、テンガロンハットはかぶってくれなかった。

代わりに、サングラスをかけて髪を結っている。あれ、おもしろいんだけどなぁ。

それにあの時は変装のためと思って進めたけど、

正直、レナに髪を結わかれると、ちょっとなんか、くすぐったいからなんかやめてほしいんだ、本当は。

 少し歩くと、すぐに海岸線に出た。道路の向こう側には、ハーバーらしい港が見える。

 道路を小走りで渡って向かってみると、確かにクルーザーやらヨットがたくさん係留してある。

あたりの船に目をやる。確かにSALEと札のかかっている船は多い。思った通りだ。

この辺りは、アフリカと海を挟んで隣同士。南にはジャブローを中心とした南米大陸がある。中米と同じく、摩擦が懸念されていた地域だ。

実際は、こんな地方都市を気にするほどの余力はジオンにも連邦にもなかったんだろうし、連邦の攻勢はヨーロッパが中心だった。

ジャブローは、ただひたすらに籠っていただけで、形勢が良くなるまでは部隊を外だしにすらしなかった。

さすが、モグラと揶揄されるだけのことはある。

でも、それが今のアタシには幸運で、結局、戦争を恐れて逃げ出したり、

あるいは、海での安全が確保できないからという理由で船を手放す人がいると踏んでいて間違いはなかった。

 物も悪くないし、値もそこそこだ。

「お嬢さん、船をお探しかな?」

不意に中年の男が話しかけてきた。

「あぁ、そうなんだ。あるかな、アタシみたいな薄給でも買えそうなやつ」

どうやら業者らしい。ここからは交渉だ、気を付けて行かないとな。

「どんなタイプをお探しで?」

どんな反応するか、試してみようか。


「40フィートくらいのクルーザーかな。ハイブリッド式のエンジンと、あと別にバッテリー式のスラスター付きだと安心する。

 メインエンジンの方で、45キロノット以上出るとありがたい。それから、客商売するんで、船腹広めで、中に15名くらい入ると嬉しいかな。

 もちろん、ギャレー、トイレ、シャワー必須。操舵はなるべくなら油圧が良い、慣れてるから。贅沢言えば、空調なんかがあると上等かな」


さぁ、どうだ?アタシがそれだけ並べてみると、男の顔は少し引き締まった。

「でしたら、こちらに係留してあるものよりも、向こうの管理用倉庫に入れてあるのをご覧いただいた方がいいかと思いますが、いらっしゃいますか?」

ふーん、なるほど、良い物はそっちにしまってあるんだな。ま、商品管理としちゃぁ、上出来だ。それなりの業者らしい。


「あぁ、頼むよ。でも、せっかくこっちにも来たんだ。

 ここにあるので、おすすめをいくつか見せてもらえると、連れにもイメージが湧いて良いだろうと思うし」

アタシは、さっきからもう、目をキラキラキラキラさせているレナにとりあえず船を見させてやろうと思った。

とりあえず船に慣れてもらわないと。交渉はアタシの仕事だけど、どうやら金関係はレナの方が強そうだしな。

「えぇ、それでは…あちらなどいかがでしょう?」

案内する業者の後ろをアタシとスキップするレナでついて行った。

 2日後、アタシ達はハーバーの隅っこにいた。

 と言っても、船を買ったバーバーじゃない。もっと南。

フロリダ半島の先にある、セントピーターズバーグという大きな港町にあるアタシらみたいな流れ者や、個人旅行者なんかが船を短期間止めておくためのものだ。

 アタシとレナはこの街で食糧なんかを買い込んで、もっと南へ向かうための準備をしていた。

目指すはカリブ海の南岸に浮かぶアルバ島。

 フロリダでの進水式は興奮した。業者数人とアタシとレナしかいなかったけど、シャンパンのボトルをたたきつけて二人で盛大に騒いだ。

もちろん、レナの新しい趣味になりつつあった写真もいっぱい撮った。良い船を、格安で手に入れることができたのもあって、アタシも大満足だ。

あの日、ハーバーの船を見た後で向かった業者の持っている倉庫の中で、アタシ達はとびっきりに気に入った船を見つけた。

価格の方は、とびっきり、っていうんでもなかったけど、それでもできるだけ残額を残したいアタシらとしては、二人掛かりで相当値切った。

結局、キャッシュですぐに払える、というところが最大の武器になって、最終的にはこっちの提示額で業者は首を縦に振った。

ちょっと青い顔をしていたけど、まぁ、それは気にしない。 

 エンジンはハイブリッドだから燃費は良いし、ソーラーもついてるから、なおのこと。

40フィートの船なのに珍しく補助用のバウスラスターなんかが付いてるのも気に入っていた。

最高速度は50キロノット。時速にすると90キロくらいか。巡航はちょっと控えめに45キロノットくらいにしたって80キロ。相当なもんだ。

内装も外装もレストアされてピカピカ。計器の類は最新じゃないけど、でも古いってほどでもない。広めの船腹で、中も広々。

トイレはもちろん、シャワーなんてバスタブ付きだ。客室って言えるほどの数には別れてないけど、広めの船室が一つに折り畳み式のベッドが4床。

ギャレーも完備。これなら5,6人の団体客でも泊められそうだし、もちろん、アタシらが生活するだけなら十分すぎるほどだ。

 名前も船首にちゃんと入っている。「フルクトライゼ号」。なんでも、ジオンの地方言葉で、逃避行、という意味なんだとか。アタシ達の船にぴったりだ。

 「もう12月29日なんだなぁ」

「うん、そうだね」

食料品を買い込んだショッピングモールを思い出してアタシは口にしてた。あと3日で新年だ。新しい年を、レナと祝うのは楽しいだろうな。

「ジオンでは、騒いだりするの?」

「うん!パーティーなんかはあるよね。もっとも、去年は戦争のこともあって、大きなことは出来なかったけど…」

「まぁ、そうだよなぁ。こっちは、はは、能天気だったなぁ」

確か、去年、アタシはジャブローの基地で前の日の晩から隊の連中とバカ騒ぎして、ひどいことになってた。

あれは、ダリルが焚き付けてあんなに飲ますからいけないんだっ。あの野郎!

 「今年は二人でお祝いだね!」

だーかーら!そう言うのはもう、ホント、やめてくださいお願いします!

「あ、あぁ、うん、そうだな!」

なんとか返事は出来たけど、顔は真っ赤だったに違いない。

 相変わらず浮かれ気分のレナと一緒に、荷物を船に積み込んだ。二人掛かりでもこれだけの荷物は骨が折れる。

こんな時は、あのオンボロがあればいいのにとも思うんだけどさすがにこの船に積むことはできない。

アタシは、船を仕入れた日に売ろうと思ったんだけど、レナが「思い出の車だから!」と言って聞かず、結局、後日船便でアルバ島に送ってもらう手筈を整えた。

 大事にしてもらえるのはありがたいが、「思い出の」とか言われるのはやっぱりどうにも恥ずかしい。

 そんなことを考えながら、なんとか荷物は積み終えた。

ふぅ、と一息。船に乗る前に、また1日か2日は踏めない陸を楽しんでおこうと思って、ハーバーの桟橋に座っていたら、ふらっと人影がハーバーに現れた。

 髪の長い長身の女で、片腕に怪我をしているのか三角巾で首から吊り下げている。

無事な方の腕でトランクをガラガラと転がして、アタシが座っているのとは向こう側。外海に面している方の岸壁に立ち止った。

連邦軍の制服を着ているが、配色が違う。あれは、どこぞの特務隊だろう。遠目で良くは見えないが、見覚えのないエンブレムではある。

感触的には、スペースノイドみたいだけど…

 「なんだろう、あの人…あれって連邦の軍服だよね?」

レナも女の存在に気付いたらしい。アタシにそう確認してくる。

「あぁ。でも前線の兵士じゃない。何か特殊な任務に就いているやつだ。教導隊か…いや、悪い、具体的には分からないな」

「そっかぁ。なんだろう、悲しいよね」

不意にレナがそう言うので、思わず顔を見てしまった。悲しい…悲しいのか、これ?悲しいっていうよりも、むしろ…

「…後悔?」

口をついて出た。アタシの言葉に、レナがハッとした表情をする。

「そうだ、後悔だ…」

レナの言葉を聞いて、アタシは女の方に視線を戻した。そう、あの女から感じられるこれは、後悔の「感触」だ。

漠然としているし、悲しさとか寂しさも相まっているけど、その中心にあるのは、後悔…。

 「ねぇ、アヤ」

「あぁ…うん」

レナが言わんとしていることは分かった。ったく、自分も追われる身だってのに、レナもああいうのは放っておけないんだろうな。

ま、アタシもどっちかっていうと、そうなんだけどさ。

 「おーい、そこの軍人さん」

アタシは女に声をかけた。

 彼女はアタシ達の方を振り向く。

「飛び込み自殺は、苦しいらしいぞ!」

なるだけ明るく笑って言ってやった。

「ああ、そんなんじゃないですよ!」

女は答えた。声色は、まぁ、明るいっちゃぁ、明るいな。

 アタシは、レナを連れて船に飛び乗り、スラスターで船を彼女の居る方の桟橋に移動させた。

「お二人の船なんですか?」

「そうさ!中古だけど!」

「良い船ですね」

女はそう言ってニコッと笑った。ふーん、近くで見るとけっこうな美人だな。

 「退役された、とかですか?」

レナが聞いた。

「あぁ、いえ。傷病休暇、ってやつ」

「あーなるほど…でも、なにか目的があってここにきてる、ってわけでもなさそうだな」

アタシは女がトランクを引きずっているのを見てそう思っていたので聞いてみた。ここへ滞在するつもりならホテルに預けてもいいだろう。

あの怪我だ、歩き回るにしたって、できるだけ身軽になりたいと思うのが普通だろう。

それをしないってことは、この街に腰を据えることを考えているわけでもない———


「ええ。ジャクソンビルに降下してきて…どこかいいところはないかって聞いたら、こっちの方は海がきれいだって聞いたから」

「あー海を見に来たのか」

海が見たくなる気持ちは、良くわかる。けど。この女の場合は、アタシとはちょっと理由が違いそうだ。

 「私たち、ここからもっと南へ行くんですけど、よかったら一緒にいかがですか?」

な、なんだって?レナ、それはいくらなんでも大胆すぎじゃないか?あんたは逃走中の捕虜で、こいつは連邦の軍人だぞ?

いくらけが人だからっつったって…いや、けが人ってのはフェイクで、スパイ狩りの連中ってこともないかもしれないだろう?

「南へ?」

「はい!ここよりもっときれいな海なんですよ!気持ちも晴れますよ、きっと!」

女は、うつむいて、少し迷っているようだった。あれは…フェイクなんかではないだろうな。

危害を与えてくるタイプでは、ない、か。まぁ、万が一のときは、怪我をしてなくても多分勝てるだろう。

「でも…良いんですか?」

女はそう言ってアタシの顔を見た。

「…あぁ!アタシらこれから南へ行って、この船とペンションで客商売しようと思ってんだ!

 良かったらお客第一号になってくんないかな?まだ向こうのこと良くわかってないし、うまい案内できるかは分かんねえけど、

 第一号記念ってことで、フリーで良いからよ!」

アタシは言ってやった。女はまたうつむいて少し考えてそれから、ぱっと笑顔を見せて

「じゃぁ、お願いするわ!」

と返事をしてきた。

 あーあ、ったく、大丈夫かなぁ…

 まだ、内心のちょっとした不安をぬぐえなかったけど、まぁ、レナがそうしたいって言ってんだ。やってやろう、うん。

 レナが船から降りて、女の荷物を受け取る。アタシもついて行って、彼女を船に乗せるのを手伝った。

 「クリスティーナ・マッケンジーです。よろしく」

「アタシは、アヤ・ミナト」

名乗ってからしまった、と思ったが、まぁ今更遅い。

「私は、レナ・リケ・ヘスラーです、よろしく!」

アタシ達のあいさつを聞くと、クリスティーナはニコッと笑った。

 「きれい…」

クリスがそう口にした。

アタシ達は、目的地であるアルバ島の北およそ500キロ。バラホナという街にいた。

でかい街なのにハーバーがなかったんで、仕方なく漁船用の港の隅を間借りして、燃料だけを調達している最中だ。

 今日は12月31日。標準時間じゃぁ、日付変更線のあたりではもう年は明けてる計算だ。

本当はこの島に腰を据えて、新年を祝うつもりだったんだけど、どうにもここに停泊ってワケにはいきそうにない。

燃料を入れたら、もうちょっと東のサントドミンゴまで出張らなきゃならないだろ。

100キロちょっとありそうだから、まぁ、2時間見ておけば釣りがくる。

 クリスは、船に乗ってからはずっと、2階のデッキで海を眺めている。

アタシも船室の中での操縦よりはこっちが好きだから、そこにレナもやってきて、3人でなんとなく話をしていた。

だけど、クリスに関することはまだなんにも知らない。特に隠している、というわけではないみたいだけど、アタシらの方が、聞いていいのか迷っているところがあった。

 なんだか、こんなアタシですら、不用意に聞いてしまっていいんだろうか、と悩んでしまうような雰囲気が、彼女にはある。

もちろん、それはアタシが感じているだけであって、クリス本人はそうでもないのかもしれないが。

 クリスティーナと呼んでいたアタシとレナに、「クリスでいいよ」なんて言うようなやつだ。

フランクなやつには違いないと思うのだけど…

 「アヤ!給油完了ー!」

漁港の係員が給油してくれているのに立ち会っていたレナの声がした。

「おーう、了解!おっちゃん、悪かったなぁ、漁船でもないのに!」

アタシはデッキから係員に礼を言う。

「なーに、ここいらのはバイオ燃料だからな。特に量に困るこたぁないから気にすんな!」

「レナ、支払い頼むよ!おっちゃんに今日の酒代もつけてやってくれな!」

アタシはレナに頼んだ。こういうとこじゃぁ、いかにコネを作っておくかが大事だ。特にこれからこの海域で仕事をしようってアタシらだ。

まぁ、目的地はまだ先だけど、フロリダみたいに連邦の基地があるデカイ街へ出るための航路にあるこの町の人間に顔を売っておいて損はない。

「ははは、そいつぁありがてえな、ねーちゃんがた。ありがたくもらっとくよ!」

「なぁ、おっちゃん、このあたりって、どんな漁をするんだ?」

「この辺は、沖に出ちまうと深いからなぁ。近海で網を投げとくのが主流だよ」

「そっか、ありがとな!」

レナと料金のやり取りをしているおっちゃんにアタシは聞いておいた。網か。毎朝毎晩投げてると、船の仕事の方がおろそかになっちまうな。

まあ、アルバに着いてから考えてみるか。向こうの状況もわかんねえし…

 「アヤ!ロープ解くよ!」

「おう!落ちんなよ!」

レナがもやい結びでくくりつけたロープをほどいて船に飛び乗った。アタシはそれを確認してエンジンを回し、船を岸壁から離す。

 湾を出る航路に船首を回している間に、レナが2階のデッキに戻ってきた。

「ごめんね、クリスさん、待たせちゃって」

「あぁ、ううん、全然。景色、見てたから」

クリスはかすかに笑って言った。それから

「今日の目的地は?」

と聞いて来た。

「ここから2時間くらい走ったところにあるサントドミンゴ、かな。新年だし、パーッとやりたいなと思ってんだ」

「そうね。楽しそう」

アタシが言うとクリスはまた笑った。

やっぱ、なんか気になるな。いろいろぐるぐると考えそうになってアタシはやめた。

これはヤバい感じじゃない。いや、踏み込んだらヤバくなっちまうかもしれないが、そこらへんは一歩を小さく進んでいきゃぁ、避けられる。

なにより、せっかくのお客だ。いや、客っていうか、もう友達になっちゃってんだけど。このまま、妙な気分で帰らせるわけには、いかないだろう。

「な、クリス、あんた、スペースノイドだよな。どこ出身なんだ?そっちにも新年のお祝いとかあったりするのか?」

アタシは意を決して聞いた。すると、クリスは思いのほか気楽に

「あー、私はサイド6出身。リボーコロニーって知ってる?」

と教えてくれた。なんだ、話せば案外と、フランクなやつなのかも。

「なんとなく、だな」

「ふふ、そっか。サイド6でもお祭りになるわよ、新年は」

「そうなんだな。良いのかよ、故郷に帰らなくて?」

「うん。今は、離れたい気分なんだ…この怪我もね、故郷で負ったの」

「サイド6で?」

「そう…あぁ、これ、機密なんだ。だから、ここだけの話にしといてね」

クリスはそうアタシ達に断った。

「そりゃぁ、約束するよ。アタシらも、人に言えないことばっかだしな」

レナの方を見ると、彼女も笑ってクリスにうなずいた。

「ありがとう。こんな話、誰にもできなくってね」

クリスは初めて、さみしそうな表情で、でも笑った。

 「私ね、テストパイロットなの。試作機の中でも…エースに配備される、特殊機体の調整が私の任務」

「あぁ、シューフィッター、か」

思い出した。劇的な戦果を挙げるエースに配備される機体を任され、そのエースのデータや実績をもとに、微調整を行い、カスタム機を完成させる特務隊だ。

噂で聞いたことがある。

「そう。でね、サイド6にその試験場があるの」

「中立宣言してるサイド6に?」

なるほど、それは機密事項だな。サイド6も、戦争の機運が連邦にあるとみて、一部で協力的に動いているんだろう。

戦争開始直後にその経済的な力を背景に中立を宣言したやり手だ。

どっちかに付いて得がある、とわかりゃぁ、こっそり協力するくらいのことはやるだろう。

そいつは、アタシから言わせればずるいんでも小賢しいんでもなく、堂々とした戦術だ。

「うん。そこに、ジオンのモビルスーツが奇襲をかけてきた。私がテストしてたモビルスーツを探知されて、ね」

「そんな…中立都市に奇襲をかけるなんて…」

レナが言う。でも、それはサイド6が連邦の試験場なんて受け入れるからだろう。戦争に関わればそう言うことだって起こる。仕方ないさ。


「それは、連邦だって、そんなところに試験場をつくるくらいだから、同じよ。私は、そのモビルスーツを撃破した。

 コロニーは、多少被害が出たけど、無事だったから良かったんだけどね」

良かったんだけど、という表情ではなかった。

 「どうしたんだよ。知り合いが巻き込まれでもしたのか?」

アタシは聞いた。戦うべきではなかったのかもしれない、彼女からは、そう感じられていた。



「正直ね。わからないんだ。あのね、私には、アルっていう幼馴染がいたの。ずっと年下だけど。

 そのアルが、連れてきてくれた友達っていう人と私も友達になったの…名をバーニィ、って言った。

 バーニィはね、記者だって言ってて、連邦の私に、新型機のことをいろいろ聞こうとしてたみたい。

 でも、仲良くなって、私、彼に恋をした。好きだったのよ、彼のことが。でもね、あの日。

 モビルスーツがコロニーに現れて、戦闘になった。

 敵の、ザクだったけど、こっちの動きを良く知っていて、相当に準備したんでしょうね。

 かなりの数のブービートラップまで仕掛けていたわ。

 私のテスト機はボロボロ。でもなんとか、そのモビルスーツは撃破できた。

 でもね、あのモビルスーツのコクピットを貫くときに、聞こえたような気がしたの。

 クリス、さようなら、アル、ごめんな、って」

「まさか…」

「うん…私の気のせいかもしれないんだけどね…それこそ、本当に、耳で聞こえたわけじゃないの。頭に響いてきた、っていうか。

 でも、それからバーニィは姿を見せなくなった。毎日みたいに会っていたのに、急に、連絡もとれなくなっちゃってね…

 もしかしたら、って思って。

 それで、なんだかつらくなって、飛び出してきちゃったの」


 自分が大切に思っていた人を、自分が知らぬ間に殺してしまう…なんて、そんなこと…どれほどのことか…アタシはハッとしてレナを見た。

レナはすでにポロポロと涙をこぼしていた。レナだけじゃない。アイナさんとシローのことも頭に浮かんできていた。

あいつらが、もし、シローがアイナさんを殺してしまっていたら…

あいつは、あのバカは、酒にでもおぼれた挙句に自分で頭を吹き飛ばしかねないだろうな…。

 アタシ自身にしても、他の誰かにしても、そんなこと、想像するだけで怖い。

だって、そうなっていたかもしれない可能性はじゅうぶんにあるんだ。

あの日、アタシが味方の対空砲に撃ち抜かれてなかったら、

もしかしたら、降下中のレナのトゲツキのランドセル狙って、ミサイルを撃ち込んでいたかもしれない。

レナが撃った弾がアタシの機体を直撃してたかもしれない。そうなっていたら、レナは、この子は、何を思って死んでいったんだろう。

家族をなくして、一人きりだったこの子が。アタシは何を思って死んでいったんだろう。

 背筋が震えた。言葉が、出なかった。

「その、ザクに乗っていたパイロットは、死んじゃったの?」

レナが口を開いた。おま…ずいぶんと直接的だな…

「わからないわ。戦闘の直後に私は気絶しちゃっていて、気が付いたときは病院だったの。

それからは、確認するのが怖くて、情報は聞いていないし、調べてもいないの。

バーニィじゃないかもしれないけど、でもほんとにバーニィだったら…って思うと、どうしても、恐くなっちゃって。

ただ、ビームサーベルで、コクピットを貫いた。誰であろうと、生きてはいないと思う」

クリスもいつの間にか、涙をこぼしていた。

 レナが、クリスの隣に寄り添うようにして座り、肩を抱いて背中をさすった。

船の操縦してなかったら、アタシも行ってやりたい気持ちだ。

「つらかったね…そんな気持ちを、ずっと抱えてたんだ…」

レナは静かに言った。

「話してくれてありがとう。いっぱい泣いて、吐き出して行ってよ。私たち、そう言う話ならいっぱい聞くしさ」

レナ、あんた優しいな。アタシはこんなとき、なんて言ったらいいかわかんなくて、すぐ黙っちまうから…いてくれて、助かるよ。

「ありがとう…」

クリスは涙をぬぐって顔を上げた。強い子だ、彼女は。シローだったら、こうは行かない。

なんて思ったら、げっそりしたシローの顔が浮かんできてちょっとだけ和んだ。

 クリスは、しばらく黙って気持ちを落ち着けていたが、しばらくして改めて礼を言った。それからアタシ達に

 「二人は、どんな関係なの?」

と聞いて来た。

 アタシは、今のクリスには、ちょっとつらいかな、と思ったけど、

でも、こんなにいろんなことを話してくれた彼女に、素性を隠しているのもなんだか居心地が悪い気がして、

「アタシは、元連邦軍で、正確に言うと脱走兵。捕虜を連れて逃げ出してきたんだ」

となるだけ明るく言ってやった。すると、アタシに続いてレナも

「で、その捕虜が私。元ジオンのパイロットだったんだ」

と笑顔で言った。

 それを聞いたクリスは、一瞬呆然としたが、しばらくしてクスッと笑った。

「そっか、なんだか、面白いな。でも、そういう選択を思いつけたんだなって思うと、少しうらやましい気がする…」

クリスはそう言って、やっぱり、すこし悲しそうに笑った。


 サントドミンゴにはちゃんとハーバーがあった。これだけのデカイ街だ。ないわけはないと思っていた。

今日はここで新年を祝うパーティーをしようという話は、レナもクリスも賛成してくれた。

ただ驚いたのは、パーティーというのがコロニー生活をしていた二人と、アタシとでこうも違うのか、ということを知ったことだ。

 コロニーなんかじゃ、パーティーと言えば、ピザやケータリングの食事なんかでやるらしい。

地球でも、そんなことをやるやつもいるが、アタシとしてはもっぱらのジャングル生活。

パーティーと言えばバーベキューだと言ったら、それはアタシだけだろとかぬかしやがった。まったく、失礼なやつらだ。

でも、コロニー組はバーベキューなんてしたことがない、っていうから、アタシは街に着いてからすぐに近場で炭とバーベキュー用のコンロと肉を買ってきた。

もちろん、酒もたんまりだ。1階のデッキにテーブルとイスを出して、コンロを固定して準備万端。野菜はレナに切ってもらう。

そう言えば、料理の方はどうなんだろうと思っていたけど、レナは意外なほど手際が良くて頼もしい。

アタシはこういうバーベキューとか魚の丸焼きとか、おおざっぱな料理は得意だけど、魚料理以外の手の込んだものは作れないから。

 クリスも何か手伝う、と言ってくれた。友達になっちゃったとは言え、一応お客なのでゆっくりしてくれていても良かったのだけど、

せっかくだから、と思ってアタシの釣竿をセッティングして、魚部門を任せたと言って船の上から釣りをさせてやった。

これなら、アタシも準備しながら一緒にやれるし、ちょうどいいだろう。クリスも釣りが初めてなようで、妙に興奮していた。

興味を持って楽しんでくれるのはうれしいけど、スペースノイドの釣好きは共通なんだろうか?

アタシがそうなのも、生まれがスペースノイドだからなのか?

 日が暮れてきたので、バッテリーに灯光器を繋いだ。クリスの方はパームヘッドっていう鯛の仲間を2匹と、良くわからん蛍光色の魚の3匹を釣り上げていた。

なかなかセンスあるな。蛍光色の方はちょっと遠慮して、パームヘッドはアタシが捌いて一匹は塩をまぶして網に乗せた。

もう一匹はホイルで包んで、中にハーブと胡椒とバターと、あと野菜なんかを入れて蒸し焼きにする。あとはもう、焼いて食って飲むだけだ。

 ラジオで音楽を掛けながら、アタシ達は乾杯した。

 肉も魚も野菜もうまいし、何より久しぶりの酒だ。うまくないはずがない。

クリスも、怪我に触るといけないから、ちょっとだけ、なんて言いながら、結構な量を飲んでいる。

レナに至っては、もうはしゃぎまくりで、1時間もしたらもうへべれけだ。

 そんな感じで楽しんでいたら、不意にラジオの音楽がとまった。


<臨時ニュースをお伝えします。連邦政府によりますと、標準時間、1月1日の正午ごろ、

月面都市グラナダにて、ジオン公国との終戦協定の調印式が行われ、両国の首脳間で戦争の終結が確認されました。

これにより、多大な犠牲を払った戦争に終止符が打たれることになりました。

それでは、両国首脳による記者会見の音声が届いておりますので、そちらをお聞きください—>


 おい…おい、今なんて言った?

 戦争が、終わった?終戦…?

アタシは思わずクリスの顔を見た。彼女も、呆然としていた。

「終戦…?終わったの?戦争が?」

クリスが口にする。

 その言葉が頭の中を駆け巡る。駆け巡るけど、うまく状況が理解できない。信じられない、と言った方が正しいのか。

 いきなりレナが飛びついて来た。びっくりして抱きとめてから顔を覗いこむと、ボロボロと大粒の涙をこぼしている。

「アヤ…アヤ…もう、もう私…」

そうだ。戦争が終われば、レナはもう連邦に追われることもない。

アンナなんて偽名じゃなく、レナ・リケ・ヘスラーとして、アタシのそばにいてくれる。

アタシもいろいろとこみ上がってきているけど、レナにとっては、きっともっと、衝撃的なニュースだろうな。

 アタシはレナを優しく抱きしめてやった。持っていたグラスもおいて頭を撫でてやる。

「がんばったな、アタシら」

声をかけてやると、レナは黙ってうなずいた。

 だけど、無抵抗にアタシにしなだれかかってくるレナをさすっていたら、ムクムクと変な気持ちが湧いていた。

酒が入ってて、おかしかったんだろうな、うん。まぁ、酒が入ってなくてもしてたかもしれないけど。

いや、でも新年だし、終戦なんて、なんにしても良かったじゃないか、うん。

こんな時はさ、目一杯、弾けといた方が、良いってもんだ。

 アタシはレナを起こして、両頬に手を添えた。涙目のレナはなにごとかと言わんばかりにアタシを見つめてくる。

アタシは、レナの顔にそっと顔を近づけていく。

レナも受け入れ態勢万全で、案の定、目をつぶった。


 バカめ!


 アタシはすかさず、レナの脇に手を入れて抱きかかえると、そのまんまデッキから海へ身を投げてやった。

「へ?ぎゃぁぁぁぁ!」

「終戦ばんざーーーい!」

そう叫ぶアタシと、今まで聞いたこともないような悲鳴を上げたレナとで、海へ落ちて行った。

 酒とレナで火照った体に、海の水はひんやりしてて気持ちいい。

「げぇっ!げほっ!げほげほ!」

水を吸いこんじまったらしいレナがむせこんでいる。あちゃ、息止めさせるの忘れた。

「大丈夫か!レナ!?」

「アヤがやっといて『大丈夫か?』じゃないでしょ!?…っ、げほげほっ!この鬼!悪魔!」

そんなアタシらを見て、クリスも大爆笑している。そして、あろうことかクリスまでデッキのふちに足をかけた。

 ちょ、待て、けが人!こら、スペースノイド!あんた、そんなんで泳げ…

「ひゃぁぁーー!」

クリスが奇声をあげて海に飛び込んできた。

 待て待て、ちょっと待ってって!クリスが泳げなかったら、さすがのアタシでも二人抱えて浮いてるなんてできないぞ!?

 「クリス!あんた泳げんの?!」

「ううん、泳げない!助けて!」

 着水したクリスは、そう言って笑いながら、すぐさまアタシのところまでもがくようにしてやってくると、

レナ同様にアタシにしがみついていた。

 だから言わんこっちゃないっ!!ヤベっ、沈むっ…死ぬ、死ぬ!!!

 必死の思いでデッキに泳ぎ着いたアタシが自分の行いに後悔したのは言うまでもなかった。

 ったく、死ぬかと思ったよ、ほんと。


 「シャワーありがとう」

クリスが船室から出てきてアタシに声をかけてくれた。

「ああ、うん」

アタシはデッキの片づけをあらかた終えて、残ったビールをあおりながら星を見ていた。

傍らには、はしゃぎ疲れたのか、すっかり寝こけているレナがいる。

「あなたは良いの?」

「アタシはあんたが入ってる間にここで水浴びしたから大丈夫」

「寒そう」

「まぁ、ちょっとな。でも気持ちいいぜ?」

アタシが言うと、クリスは笑った。

 「腕、大丈夫なのかよ?」

「わからない。でも、痛くはしなかったし、平気だと思うわ」

そのことだけが気にかかっていたから、まぁ、良かった。

 あれから、アタシが謀ったことに怒ったレナが何度もアタシを巻き添えにして海に飛び込んでは、自分は泳げないという自爆を繰り返し、

それにクリスも便乗する、という自殺行的な遊びが続いた。

アタシも命の危険を感じて、途中でウェットスーツに着替えて対応した。

生地が厚めのやつで浮翌力も十分だから、それからは死にそうになることはなかったけども、それでもレナとクリスがなんども飛び込むもんだから参った。

悪いことはするもんじゃないな。


 「ふぅ」

とクリスがアタシの隣に腰を下ろした。ビールを差し出すと笑顔で受け取って栓を開ける。

「ありがとうね」

クリスはなんだかしみじみ言った。ちらっと彼女の横顔を見やる。

「ずいぶん久しぶり。あんなに笑って、あんなに楽しかったのは。まるで子どものころに戻ったみたいだった」

「はは、そう言ってもらえると嬉しいよ」

アタシはなんだか照れくさくってそうとしか答えらんなかった。

それから、しばらくクリスは黙って、また、口を開いた。


「今、軍から連絡があって、休暇を切り上げて帰ってこい、っていわれちゃったの」

それは———

「終戦の影響か?」

「ええ。体制を整理するらしいわ。いつでも移動できるように、待機せよ、だって」

「そうか…せっかくの休暇だってのに、残念だな」

「うん。でも、あなたたちといられたから、良かったわ」

「そっか」

「私ね、サイド6に帰ったら、戦ったザクのパイロットのこと、調べてみようと思うの」

アタシはハッとしてクリスを見た。星空を見上げる彼女の顔は、以前にもまして力強く、きれいに見えた。あの悲しさをたたえた表情はない。

「あなた達と会って、話を聞いてもらえて、こうして子どもみたいにはしゃいで…なんだか、弱ってた部分が癒された感じがするの。

 怖いことから逃げ出してきてここに来たけど、おかげでやっと、向き合っていくことができそうな気がする」

クリスはそう言ってビールに口をつけると、空を見上げた。

「生きてるといいな、その、バーニィっての」

「ふふ。ありがとう。でも、あんまり期待はしていないの」

「いや、期待しとけよ。奇跡、ってやつに」

「奇跡、ね」


「うちの隊長が言ってた。『これから起こることに奇跡を期待すんじゃねぇ。

 奇跡、ってのは終わった後のことにだけ向けられるもんなんだ』ってな」

「そうかもね。願う分には、タダだものね」

「そう言うこと」

アタシはビールをあおった。クリスは、これから大変なことに向き合っていくんだろう。

それはアタシがレナを失ったり、シローがアイナさんを失ったりしたら、って想像にまとわりつくあの絶望感だ。

それはきっと、考えるよりもきついことだ。こいつは、それに向かっていくと決めた。アタシらはもう友達だ。

だとしたら、こいつがまた逃げたくなった時に、援護してやるのがアタシとレナの役目だ。

な、そうだよな、レナ…って、寝てんだった。

「まぁ、どうあれ、結果がわかったら、また会いに来いよ。悪い方に出たら、また一緒に泣いてやる。

 良い方に出たら、また一緒にこうやって騒いでやる。待ってるからな」

「うん!ありがとう。必ずまた会いに来るわ」

アタシが言ってやると、クリスは満面の笑みで笑って返事をした。

 その笑顔を見て、なんだかほっとした。そうしたら、でっかい欠伸が出ちまった。

「ふわぁぁぁ。ふぅ、寝るかな」

「そうね」

「おーい、レナ。部屋行くぞ、歩けるか?」

「むぅぅりぃぃ」

ったく、こいつは!あきれて笑ってしまった。

仕方ないから抱きかかえて船室に連れて行こうと思ったら、途端に飛び起きて叫んだ。

「ちょ!もう海は!飛び込むのはもうやめよう!」

寝起きとは思えない俊敏さに、アタシもクリスも思わず声をあげて笑ってしまった。


 翌日、アタシらは進路を変えて、クリスを最寄りの空港まで送っていった。

レナは相変わらず泣き虫で、クリスに抱き着いて「また来てね、絶対ね!」と繰り返し言い続けた。

最後の方にはアタシもクリスもちょっと引くくらいだったってのは、内緒にしておこう。


 それから2週間もしないうちに、クリスから連絡があった。なんでも地球への赴任が決まったそうだ。

アタシらは、手に入れたペンションの準備も終わって、本格的に客の受け入れを始めようとしていた時期だった。

 なんとなく、だが。クリスの声は弾んでいるように、アタシには聞こえていた。

赴任先での仕事が落ち着いたら、会いに行く、と言ってくれた。

まぁ、例のパイロットがどうだったかは、そのときにじっくり聞いてやるとしよう。

ただやっぱり、クリスの声を聴いていたら、

あの明るくてきれいなクリスが、とびきりの笑顔で笑ってアタシらに会いに来てくれるような、

そんなイメージが脳裏に浮かんできていた。






「バーニィにも挨拶をしておきたかったんだけど…アルから伝えてくれる?私が『よろしく』って言ってたって」


おまけ編1、以上です。
お読みいただき感謝&蛇足だったら失礼しました。

クリスさん、シリーズの中でも一番幸せにしてやりたくなってしまう…
アルに向けた別れの言葉、こんな解釈があっても良いのかなぁ、と、ね。

ちなみに、クリスの次に幸せになって欲しいのはシーマ姉さんですww

おつおつ!
心理描写が丁寧だったからとても受け入れやすい文章で読んでて気持ちがよかった

シャルロッテはゲーム中だとザク�FとJにしか乗れなくて、ドムとは言わないからせめてグフでも使えればと思ってたから、ちょっと胸がスッとしたね

そして、キャリフォルニアベースのHLV護衛任務がめっちゃつらかったことを思い出したww

おまけも良いね〜
終わると寂しいからもっとつづけてほしいです

乙。
きちんと書かれた小説形式はやっぱり読みやすいよね。

クリスは性格上、幸せになり難いとは思うが癒やされるべきではあるよね。

さて、二人のペンションの次の客は誰でしょうかね(チラッ

>>193
読んでいただき感謝!
フェンリル隊員きた!
火力が心もとないと評判のシャルさんをグフに乗せてあげたのは全く同じ理由ですww
あんなに出撃させてくれってブリーフィングで言ってたしね!ww

>>194
クリスさんは苦労性ですからね…
とりあえず、バーニィ生存フラグくらい立ててあげないと可哀そうですww

>>196
感謝!


続編・別作について。。。
考えていますが、正直ネタがないですww

今、イメージとしてあるのは…

1.アヤ視点で全部書き直す。←個人的にチャレンジしたい気持ちあり

2.>>194さんのレスにあるように、一話完結の人情ペンション日記的な感じ←ネタに詰まりそう&gdらないか心配

3.がんばれマライア!オメガ隊密着最戦線!←ノリだけww

そのほか、ご要望リクエスト、ネタなどあったらお聞かせ願いたいです。
よろしく!

全部やれ全部

>>197
俺、軟弱ものだからなぁ…(´・ω・`)

>>198
セイラ「頬をはたけば良いのかしら?」

ペンション物だってドアン、アイナ&アホ男、クリス、オメガの連中……
ほら本編絡みだけでもこれだけ書けるw

セイラ「南国リゾートといえば誰か忘れていません?」

自分もシーマ様には幸せになって貰いたいからシーマ様が登場する話を希望w

まあ、やるとしたら某ゲームにあるシーマが生き残ったEDの後でティターンズから行方を眩ましたその後の話になるかな

>>199
たたいてください、なるべく強く!(
そうかぁ、じゃぁ、ちょっと読みきりでペンション日記を考えてみますわ。
セイラさんもZのときに南国リゾートにいたよね…あれ、どこなんだろう…

>>200
シーマ姐さんは書きたいんだけど時系列的にもうちょっとあとだから、すこし時間を置かせてください。
何本かペンション日記を書いてからで!ww

シャルロッテはどのミッションでもすっごいアピールしてくるもんねww
サポート装備枠は部隊内で一番多かった記憶

1の後に2をやってくれるととっても嬉しいなって

>>202
漫画だとオペ専門って話だし、もうね、乗せてあげようよ、とww

1やって2かぁ…1は下地あるから、割と早くは書けそうだけど…
ちょっと1を頑張りながら2を書き溜めていくとします。

とりあえず、なんとなく思いついたので投下。


 「アヤ、アーヤ!ね、アヤ!こっち向いて!」

私は脚立の上に登って、ペンションの玄関の上に看板を取り付けようとしているアヤをファインダーに抑えながら叫んだ。

「あのな!アタシ今何やってるか、そのカメラどかしてよーっく見てみてろ!」

「どかさなくても分かるよ?看板つけてんでしょ?」

私が言ってやるとアヤはいきり立った。

「だから!看板つけてるアタシが、どうやってあんたのカメラ向けっていうんだよ!」

アヤは私を見てそう言った。てか、見れるじゃん、こっち。

「怒った顔も凛々しいですねー」

私はふざけてシャッターを切った。

「ちょ、あんたもう許さん!おとなしくしぃっ…」

アヤはちょっと本気で怒ったのか、ペンションの入り口に突っ立てた脚立の上で立ち上がった…

「いぃ!!!」

けど、バランスを崩した。

あ、これヤバイ。

 脚立の上でバランスを崩したアヤが私の上に降ってきた。どうする?!避ける!?受け止める!?

避けたらもっと怒りそうだな、アヤ。避けちゃおうか?

あーでも、それで怪我でもされたらそれはイヤだな。受け止めようか。

でも、アヤの体支えきれるかな?身長はちょっとしか違わないけど、アヤ、私なんかと体のつくりが違うんだよな。

肩幅広いし、筋肉質だし。締まってはいるんだけど、その分重いんだよね。どうしようかな…

 なんてお気楽なことを考えていた私に、避ける間も、受け止める準備もできるはずがなく。

「うわぁぁ!」

「ひゃぁぁ!」

アヤは無情にも私の上にのしかかってきた。辛うじてカメラだけは守れたけど、ひどい衝撃だ。

こんなの、ジャブローで墜落したとき以来じゃないだろうか。

「いつつ…悪い、大丈夫か?おい、レナ、怪我ないか?」

私のせいなのに、こういう時に謝って私を心配しちゃうアヤなんだ。相変わらず、優しいな。

「うん、平気。アヤも大丈夫?」

「あぁ、受け身はとれた」

アヤ、それは受け身じゃなくて私がクッションになったからだと思うよ…。

なんて言おうとしたら。私に圧し掛かっていたアヤの肩の向こう側。

入り口のドアの上に設置しようとした看板がゆらっと傾いた。

 あぁ、これさっきよりヤバイ。


 私はとっさにアヤの頭に腕を回して胸元に引き寄せた。

「ぶほっ!?レ、レナ!?」

看板は完全に私たちめがけて落ちてくる。体を起こして逃げるのは、間に合わなそうだ。これは痛そうっ!

私は思わず目をつぶった。

ガンッ!

あれ?なんの衝撃も痛みもない…私は恐る恐る目を開けると、

看板はペンションの玄関の両側から出ている手すりに乗っかる形で、

まるで私たちの上に屋根のように引っ掛かっていた。

間一髪だった…

「あの…レナ?」

胸元で…というか、アヤがその…わ、私の胸にうずもれながらうめいている。

 私はぱっと手を離した。と、とっさとは言え、じ、自分でこんなことをしちゃうなんて…か、顔が熱いっ。

 私から解放されたアヤは私の上から降りる様子もなく、落ちてきたときのまま、

私に圧し掛かりながら私の両腕をつかんで、寝転んでいるデッキに押し付けた。

「今のは、誘惑してるって、解釈して良いんだよな?」

アヤが、真剣な表情で私を見下ろしてくる。

い、いや、そ、そう言うつもりじゃないんだけどっ…

別に、イヤってわけじゃないけど、急にそんなっ…て言うか、まだ昼間だし、そ、外だし?!

それに好きって言っても、そ、そう言う感じで好きかどうかってまだはっきりしてないし、

あ、で、でも、もしアヤがそうしたいっていうなら、わ、私は全然イヤじゃないけど、

その、や、やっぱり、い、勢いとかでも、初めてそう言う感じになるときくらい、場所を選び…た…


い…

………待てよ?

 これは、違う。いつものやつだ。この雰囲気に押されて動揺して隙を作ると、

また、海に投げ込まれたり、目をつぶった瞬間に顔にいたずらされたりするあれだ。

危ない危ない。そう何度も、同じ術中にはまる私じゃないぞ!

 私は、そう思ってアヤの手を振り払うと、思いっきり脇腹をくすぐってやった。

「ちょっ…やめっ…」

アヤは抵抗する暇もなく私の攻撃を食らい、ビクンとなって上体を起こした。

ガコッ!

上体を起こしたアヤは…もちろん、屋根になっていた看板にしたたかに頭をぶつけた。

私の上からもんどりうってアヤが崩れ落ちる。

「いっっってぇぇぇ!!!」

デッキの上を、頭を押さえて転げまわるアヤを、私は写真に収めた。

 うん!よし!今日も平和で楽しいな!


続…か?く?かも?

こんな感じのショートショートっていうか激甘1コマ小説だったら乱射できるんだけどなぁww

乙!

おつおつ

>>266>>267
レス感謝!

訂正のお詫びです。
今回アップ分の中に、「アマンダ」という謎の人物が出てます。
ただしくは「マライアちゃん」です。
オメガの妹分です。
なぜ書き手の頭のなかで入れ替わったのは不明です。

謹んでお詫び申し上げますm(_ _)m

こんばんはー。

アヤ編最終回あげていきます!
ちょっと長いかもです…ご了承を!


アタシはレナの手を取った。

「行くぞ」

警備兵の脇を抜け、階段を上がり、狭い廊下を走り抜けて、さらに登りの階段。

そこから、また狭い廊下に出て、端にある食糧を主においている物資倉庫の搬入のための通用路へ出る。

前もって止めといた、隊長が格安で譲ってくれたSUVはちゃんとアタシを待っててくれた。

「後ろに乗って」

 レナを後ろの座席に押し込んで運転席に飛び乗ったアタシはエンジンをかけて車を走らせる。

管理棟の敷地を出て、軍施設中央を貫く道路に出る。アタシは周囲を警戒する。

大丈夫だ、まだ、気づかれている気配はない。あとは…この先にある営門だけ。

そこでは、アタシが直接話をしなきゃならない。

バレていないこの段階で無理矢理突破するのは逆効果だし、騒ぎを起こさずに通過したい…。

 アタシはレナ急いでカバンからアタシの服を取り出して着替えるように言った。

この先に営門があって、そこで検問されるだろうことも。

「大丈夫なの?」

レナが聞いてくる。

「あんたの顔はまだ割れてない。脱走がバレれば話は別だが、しばらくは大丈夫だろう」

そう、そのはずだ。何も落ち度はなかったはず。隊の奴らが、アタシの行動を見て不審がって通報さえしてなければ…

いや、みんなはそんなこと、しない、はず。

 やげて、目の前に金網の張られた門が見えてきた。この時間だ。すでに閉じていて、数人の兵士が警備をしている。これが最後だ。

ここを抜ければ、あとはいくらでも逃げようがある。ここさえ、越えれば…。

 アタシは大きく深呼吸をして、心を静めた。微かに、手が震えているのがわかった。

ビビってんのか…武者震いか?いや、こりゃどっちもだな…くそっ、落ち着けよ…。

 自分に言い聞かせながら、アタシは車を営門の前に止めた。

「こんばんは、少尉殿。こんな時間に、どちらへ?」

警備をしていた兵士がアタシの顔を覗く。階級章が見えたのか、格下の彼は丁寧な対応だ。


「すまない、連れが階段から落ちてけがをしたんだ。

 軍医殿が、今は負傷兵の手当てに回ってて戻らないそうなんで、街の総合病院へ行きたいんだ」


「なんですって?」

彼がレナの顔を懐中電灯で照らした。そして息をのみ

「こ、これは…す、すぐに通します。あ、いや、軍用車で先導しましょうか?」

とあわてた様子で言った。

「いや、それには及ばない。連なって走るより、一台の方がずっと早い」

「そうですか…おい!すぐに開けろ!」

兵士がそう言うと、道路をふさいでいた金網が開いた。アタシは敬礼をしながら車を走らせその門を通過する。

 車を、不自然に思われないように加速させる。ルームミラーの中で、ゆっくりと営門が小さくなっていく。

追手は…大丈夫、まだ来てない。まだ…まだ、だ。何度も何度もルームミラーで後方を確認する。車がトンネルを抜けた。

この先の街へ続く幹線道路に乗っちまえば、あとはこっちのもんだ!

 そこまで来て、ようやくふぅーーと息を抜けた。やったぞ、やってやった!隊長!


「あー緊張したぁ!」

そんな気持ちとともに、そう言葉が漏れた。

体中が固くなっちゃったみたいで、シートに座りながらモゾモゾと体を動かしてほぐしてみる。

 レナはそんなアタシを「信じられない」というような表情で見つめている。まぁ、そうだろうな。

アタシだって、半分くらい信じらんないと思ってるよ。いや、3分の1くらい?

「どうして、どうしてこんなことを?」

はは、そうだろうな、普通、聞くよな、うん。どうしてだろうな、どうしてアタシはこんなことをしたんだろう?

 アタシはレナの言葉を聞いて改めてそれを考えた。

 もしかしたら、アタシ死んじゃってたかもしれないんだよな。でも運よく生きてて、で、運よく生きてたレナと出会った。

敵同士だったけど、アタシは自分が、もう殺したくないって思えてて、レナを撃たなかった。

そんなアタシを、レナも撃たなかった。ちっぽけなことに思えるけど、あれってすごくデカイことだったんだよな。

だってそうでなかったら、アタシはレナの家族の話なんか聞けなかったし、そうしたら、一晩一緒に過ごすなんてことはなかった。

アタシとレナは敵同士だったけど、そうやってお互いの人生を「生かす」ことができたんだ。

それはアタシがレナを信じたからで、それで、レナもアタシを信じてくれたから、だ。

 そう、こいつは、レナは、アタシを信じてくれたんだ。初めて会ったアタシを。敵だったアタシを、信じてくれた。

その信頼のベースになってたのが、アタシが孤独のつらさを知ってたから、ってことなんだろうけど、

それを知ってたから、アタシはこいつを助けたいって思った。

あの気の良い陸戦隊に見つかる前の晩、アタシは、いっときでもいい、

彼のように、レナの心を照らして温める存在になりたいって思った。

もしかしたらそれが、レナに、アタシを信じても良いって、思わせたのかもしれない。そうなのかな?

そうだったら、いいな。

 こうやって、信じてもらる、なんてこと、今まで考えたことなかった気がする。

そりゃぁ、隊長やほかの隊のみんなだって、アタシのこと疑っちゃいないだろうけど。

でも、なんだろう、やっぱりこいつは特別だ。

隊の連中は、ずっと一緒にいる味方だったから、そんなこと気にしたこともなかったし。

レナは、それをアタシに教えてくれたんだ。

アタシを信じてくれたこと、たぶん、誰かに信じてもらえるってことを、このあったかい、まるで彼にもらった灯台みたいな、

明るくて暖かい、この感じを…。だから、アタシは、レナを守ってやりたいってそう思うんだ。


 アタシはこの漠然とした気持ちをレナに話した。

でもうまく入っていかなかったのか、

「あなたって、同性愛者?」

なんて、言いにくそうに聞いてくるから笑ってしまった。

 まぁ、あんまり人をそう言う目で見たことないからわからないけど、たぶんどっちでも良いんじゃないかな、なんて答えながら、

不時着したときのことなんかを交えながら、どうしてそう思うようになったか、も話した。

今度はちょっとわかってくれたみたいだった。

 でも、別のところで少し心配があった。アタシはレナを守りたいって思うけど、レナはどうなんだろう?

脱走してきたとはいえ、元連邦のアタシだ。一緒にいたら、レナに迷惑が掛かっちまうかもしれない。

アタシと一緒に行くってことは、もしかしたらジオンと敵対することになるかもしれない、と伝えた。

そしたらレナは


「勝手かもしれないけど、私は、あなたの助けなしでは、どこへも行けない。だから、お願い。

 私をキャリフォルニアの基地まで連れて行って。

 そこで、ジオンがあなたにひどい扱いをしそうになったら、今度は私が必ずあなたを助ける。

 もし連邦が追ってくるなら、ジオンに迎え入れてもらえるようにお願いもでもなんでもする」

なんて言ってくれた。レナもアタシを守ってくれる、ってのか。へへ、うれしいじゃんか、それ。

なんだか、本当にうれしかったので、アタシは珍しく照れずに胸を張って答えてた。


「もしものとき、あんたが助けてくれるっていうんなら、どこへだって行くさ!

 旅には目的地があったほうが頑張れるもんだしな。良いよ、行こう、キャリフォルニア!」


このときはまだ、胸の内にある変なあったかさに、なんとなくしか気が付いてなかったけど。

でも、しばらくして、それは、アタシのかけがえのない灯台になってくれることになる。

レナに出会えたことが、どんなにか幸運だったかってことを、あとでいやっていうほど思い知らされることになるんだ。



「ってな、ことがさ、あったワケよ」

「ふふ。改めて聞くとそのころからアヤさんは、レナさんに何かを感じてらしたんですね」

酒のせいで、すっかり長話になってしまったのだけど、アイナさんはいつものとおりの穏やかな笑顔を浮かべながら、

ちゃんと最後まで話をきいてくれた。


「そうなんだよなぁ、考えてみればあの頃から、へんなところで意地っ張りで、

 そのくせヘタレで泣き虫で、妙に気ぃ遣いなんだよな。な?」

アタシは座っているソファーの隣ですっかり寝入ってしまったレナの頭をペシペシひっぱたいた。

「ふふふ」

っとアイナさんは笑った。

「でも、アヤさんもレナさんも、お互いにしっかり愛し合っていますよね」

「それがさ、良くわからないんだよ」

「そうなんですか?」

アイナさんはキョトンとした顔をした。


「うん。ほら、愛ってさ、たとえば親子愛だったり、兄弟愛だったり、隣人愛だったり、

 それこそ男女とか恋人同士の愛とかっていろいろあるだろ?それってのは相手との関係によって形を変えるもんだと思うんだけど…

 正直、アタシにとってレナって、何なんだろうって思うんだよ。

 だってさ、たとえば恋人だと思うんなら、くっついてたいとか、キスしたいとか、その…ほら、夜のこととかさ、

 相手の子どもが欲しいとか、あれこれ思うもんなんだろうけどさ。

 でも、アタシ別にレナとどうしてもそういう恋人っぽいことしたいって思わないし、

 あぁ、いや、レナがしたいって言うんなら断ることもないんだろうけどさ。

 でもレナもおんなじなのかわかんないけど、そういうこと言ってくるわけでもないしさ」


アタシが言うと、アイナさんは少し考える様子を見せてから

「女性は自分からは言いにくいですからね。もしかしたら、

 アヤさんが言ってくれるのを待ってるのかも知れないですよ」

と割と真剣な表情で言った。


「そっかぁーそう言うもんかなぁ。レナに限ってそんなことはないような気がするんだけど…

 って、あれ?アイナさん、今サラッとアタシに暴言吐かなかった?」

「そうですか?」

アイナさんは珍しくしれっとした顔でまた、ふふふっと笑った。それからさらに

「レナさんだってもしかたら、アヤさんの子どもが欲しいって思ってるかもしれないですし」

と言って笑う。

「いや、アイナさん、もう完璧それアタシをいじってるよね?真剣に話する気ないよね?」

アタシが追及すると、アイナさんはまたまたふふふと笑って回答を濁した。もう、ずるいよ、それ。

「でも、そうですね、まじめに感じることを言わせてもらうと…」

あ、いま、まじめにって言ったよね?てことはやっぱ直前まではふざけてたってことだよね?ちょ、アイナさーん?

「どういう存在か、なんて、ゆっくり見定めていけば良いんじゃないでしょうか。

 だって、お二人でいて、楽しくて、これからもそうしていきたいって思われるんでしょう?

 だったら、そんなに焦ることもないと思いますよ」


「うん、そっか…そうだな…。アイナさんとシローはどうなんだよ?」

「えぇ、うまくやってますよ」

そう言ったアイナさんは、腕を組みかえて、隣のソファーでだらしなく伸びて寝ているシローを見た。

 ふと、アタシは気が付いた。アイナさんの手が、自分のお腹にそっとあてられていた。

———あ、まさか、アイナさん…

「アイナさん、子どもが?」

アタシが聞くとアイナさんは顔を少し赤らめてニコッと笑い

「えぇ、おそらく」

と言った。

 シロー、バカだけど、子どもの作り方知ってたんだな…

あぁ、いや、シローのバカさはどっちかっていうと、どうしたら子どもが出来ちゃうかを知らない類のバカさかもしれないけど…

って、そんなことをアイナさんの前で言ったらさすがに怒られるだろうから黙っとくけど。

「そっか…じゃぁ、安静にしてないとな」

だからアイナさん、今日は一滴も飲まないんだな。納得がいった。

「はい」

アイナさんは笑って言った。

 それからまーた思い出したように

「アヤさんは、お子さんほしいって思わないんですか?」

なんて聞いて来た。

 まぁ、ほしいような気もするけどさ…ドアンなんかを見てたら、大変だろうけど、楽しそうだし…なんて言ったら

「良かったらうちのシローをお貸ししますよ?」

なんて言うんだ。アイナさん、ごめん、シローはアタシ向きじゃないわ。っていうか、シローはごめん。

アタシが全力で断ると、

「ふふふ、冗談です」

だって。さすがにそこは、本気でたまるか。


 それからアタシはまたアイナさんと取り留めもなくいろんな話をした。

なんだか楽しくて、すごい遅くまで話し込んでしまったけど、

アイナさんが話しながら眠ってしまったもんだから、ソファーに横にして、毛布を掛けてやった。

体冷やしちゃダメだからな。

 そうしてからアタシは、ふらっと夜風にあたりに行った。ペンションから坂を下って、港にでる。

街灯のない港から見上げる夜空には満点の星。桟橋から足を投げ出してごろっと寝転ぶ。


 あれから半年もたってない。なのに、ずいぶん長い時間、遠いところまで旅をしてきた気がする。

振り返ると懐かしいことばかりで、そのひとつひとつが胸に温もりをくれる。

シローやアイナさん、ドアンや子どもたちに、クリス。

それから、隊のみんなにそしてレナ。

たくさんの出会いがあって別れがあって、寂しい思いをしたり、立ち止まりそうになったこともあったけど。

でも、ここまで来てよかったなって、心から思える。

 変わってしまったものは元には戻らないかもしれないけど、それはなくなってしまったわけじゃなくて、

形を変えて手の届くところにある。心の中にしずかに漂っている。

そんなことが、なんだかとてもうれしいんだ。

 なぁ、アタシ頑張ったろ?今日まで。これからも、まだ頑張るんだぜ。

だから、見ててくれよな。あんたが好きって言ってくれた、アタシの笑顔、まだまだいっぱい、見せてやれそうだからさ。

ありがとうな、ユベール。アタシは幸せもんだ。



 そんなことを思いながら、アタシは大好きな波の音と、潮の香りとを感じながら、

胸の中に灯った炎の温もりをひとつ、またひとつ、数えなおした。

以上です〜

おまけ2を先に終わらせて、アイナさんたちが来てる風に落としたかったのでした。

読んでいただきありがとうございました!


まとめサイトで、作者絵をクレクレしすぎてちょっと…といわれてしまったw
確かに、ちょっと欲張りすぎて反省。
でも、見たい気持ちは変わらないんだぜっw


感想、苦情などなど、お待ちしております。

やばい、ハンババーガー見直したらコーラ噴いたwwwwwwww

重さとかどっかいっちゃったwwwwwwww

>>324
見直さないで///

>>325
ス、スルーしてっ!おまいらのスルースキルならできるはずだ!///

こんばんはー!

続きアップしていきます。
誤字脱字はチェックしてないんでスルーで!www


翌日、あたし達はジャブローから北に100キロほど行ったところにある空港にいた。

朝早くに隊長の車が迎えに来た。隊長はソフィアに、大きな段ボール箱を用意していた。

こんなので大丈夫なのかと心配したが、

隊長の私物だ、と言ってダリルさんとフレートさんが移送用の飛行機の機内に運び込んでも誰も何も言わなかった。

それもそのはず、兵員輸送のためだけの小型飛行機。定員は30名程度。

そのうちの8名はあたし達オメガ隊、10名がキーラさん達のレイピア隊、

あとの残りは個人単位で志願した顔も良く知らない兵士たちだ。

ジャブローの将校たちは、自分たちの守りを手薄にしたくないようで、ジャブローからの派遣はほとんどないのだという。

でもたとえばオメガ隊やレイピア隊の直接の上官であるボイル大佐のように、

旗下の部隊を前線に派遣して功と実績を作ろうと考える者もいる。それで、この程度の増援だ。

オメガ隊とレイピア隊で座席を固まって占拠して、その隅の方にダンボールを置いた。

隅、と言っても、あたしとキーラさんの間の席にドカンとおいて、

挙句には隊長が「息苦しいだろ」と封を開けてしまったりしていたのだけど。もう、我がもの顔だ。

隊長はどうやら、今回のことをレイピア隊の女隊長、ユージェニー・ブライトマン少佐にも話していたようだ。

ユージェニー少佐は、うちの隊長とずいぶん古い仲らしく、それこそ、色っぽい噂があったりなかったり…いや、確実にあったりする。

 それから、大事な情報として、日ごろモビルスーツの操縦訓練を受けていたオメガ隊とレイピア隊に、

北米ではモビルスーツが配備されるらしい。正直、あたしは飛行機よりも苦手で、あまり乗りたくはないのだけど。

 ソフィアは隊長に箱の封を開けてもらってからは、ぼーっと虚空を眺めていた。

 昨日はあれから、フレントさんとダリルさんが部屋に戻ってきて見たあたし達の状態に驚いて、急きょ隊長が呼ばれた。

あたしもソフィアも顔はアザだらけ。

ソフィアは延々と泣いているし、あたしは放心しているし、で、相当難儀したようだったが、

その時にやってきたのがキーラさんともう一人、レイピア隊のリン・シャオエン少尉だった。

あたしはそのときには、ソフィアのガードができないと判断されて降板。自宅で出撃の準備をさせられた。

 特に悔しいとも思わなかった。いや、無力だな、とは感じていたけれど、それ以上にソフィアのあの様子が頭から離れなかったからだ。

あたしには何ができるのだろう、何をするべきだったのだろう、これからどうしていくべきなのだろう、

そんなことをとりとめもなく考えていた。

 そんなときに浮かんだのが、やっぱりアヤさんの顔だった。

アヤさんなら、どうするかな、アヤさんだったら、こんな状態のソフィアにどんな声をかけてあげるんだろう、

何をしてあげるんだろう、そんなことを考えていた。

時々、その思考から逸れて、アヤさんが助けてくれたのが、今一緒にいる人ではなくて、ソフィアだったらよかったのに、

なんてことも考えてしまって、あたしはそこに行きついてしまうたびに頭を振って、それを追い出した。

だってそれは、一緒にいる自分が何もできないから、全部をアヤさんに任せてしまいたいと思うあたしの甘えでしかないんだから。

 「あのーフレート?」

そんなことを考えていたら、周りの隊員たちと談笑していたキーラさんがフレートさんの名を呼んだ。

「なんだよ、キーラ?」

「あのね、さっきからヴァレリオ曹長が後ろの席から口説いてくるんだけど…」

「えぇぇ?!」

キーラさんの言葉に、後ろに座っていたヴァレリオさんが絶叫した。

「なんだと!ヴァレリオ!お前いい加減にしろ!」

フレートさんが声を上げる。

「い、いや!お、俺何も…!」

「あとね、ちょいちょいボディタッチしてくるんだよ。なんとかしてくれないかなぁ?」

「な…お、お前!麗しのキーラ少尉に触ったのか!?」

フレートさんが大げさに言う。あぁ、始まったな…あたしはそこまでのやり取りだけで苦笑いが漏れた。

段ボールの中でソフィアはきょとんとした顔をしてそのやり取りを聞いている。

「俺なにもしてないぞ!?」

「む?ヴァレリオ被告は容疑を否認するというのか?!おい、被告弁護人!どうなっている!?」

フレートさんがそう言ってデリクを指差した。なるほど、今日はそんな感じの茶番ですか。


「えーおほん。確かに被告は、常習的に異性に対する過度な接近をする部分があることは認めますが…

 今回の事案については、弁護の余地がありません。ただ、極刑はあまりにも厳しい!

 せめて裸踊りの刑が妥当ではないでしょうか!?」

デリクが真剣な顔つきで訴えた。

「てめぇ!デリク!」

「ふむ、では、ダリル裁判長。検察側の質問は以上です」

フレートさんは今度はダリルさんに話を投げた。ダリルさんも大げさに厳粛な雰囲気で

「よろしいでしょう。それでは、これより判決を…」

「おかしいだろ!俺はまだなんもしてないぞ!」

ダリルさんの言葉を遮ってヴァレリオさんが悲鳴を上げた。いや、「まだ」ってどういうことよヴァレリオさん。

「被告は不服があるようですね。それでは、ここは客観的立場にある陪審員からの意見を拝聴することとしましょう」

ダリルさんはそう言って立ち上がると、あろうことか段ボールの中のソフィアさんの顔を見つめた。

「陪審員の判断をお聞かせ願えませんかな?」

ダリルさんは言った。

 ソフィアは、それはもちろん、きょとんとしてあたしとキーラさんの顔を交互に見つめる。

て言うか、そういう性的な事件の陪審員にこの子を使わないであげてよ…

「え、えと、前科はどれくらい?」

ソフィアはあたしに聞いた。

「まぁ、分かっているだけで10件以上のナンパは確実だよ」

あたしが仕方なく答えてあげると、ソフィアは厳しい顔をして

「極刑がふさわしいと思います」

と小声で言った。

「なにぃぃ!?」

ヴァレリオさんが悲鳴を上げる。


「では、判決を言い渡します。被告を、飛行機からパラシュートなしのスカイダイビングの刑に処す!

 カンカン!これにて閉廷します!」

カンカンて、口で言ったよダリルさん。

 判決を聞くや否や、オメガ隊の隊員と、レイピア隊の男性隊員たちが一斉に立ち上がってヴァレリオさんを頭上高く持ち上げた。

「お、俺はやってないぃぃ!言いがかりだ!じょ、上告する!」

「む、被告は上告するとおっしゃっていますが…どうですか?」

フレートさんがダリルさんに言う。

「ふむ、では最高裁判所の判事殿に判断をゆだねましょう。最高裁判事、判決をお願いします」

そう言ってダリルさんが頭を下げたのは、もちろん隊長だ。

「被告の上告を棄却。ダリル裁判官の判決通りに刑を執行せよ」

隊長もノリノリで答えた。

「そ!そんな!」

「うおーい!野郎ども!やっちまえー!」

フレートさんがそう言って隊員たちをけしかける。

「うぉー!」

隊員たちもノリノリでヴァレリオさんを運び出そうとする。て言うか、どこに連れてくつもりよ、こんな狭い機内で…。


 それにしたって。あたしは、こんな状況でもこんなおふざけをしているみんなに半ばあきれてしまっていた。

目立ってしまったら危ないし、ソフィアに喋らせるなんてもっての外だ。もう、苦笑いも漏れない。

「こらこら、ボクちゃんたち、他の隊から来てる連中もいるんだ。おふざけも大概になさい」

不意に、ユージェニー少佐が無表情でそう言った。

 全員の動きがとまる。

「お、おい、レイピアの。マダム・ユージェニーがやめろとおっしゃっているぞ」

「そ、そうだな、おい、マズイぞ。な、オメガの野郎ども、やめよう。早くやめて席に座った方が良い」

「え、少佐ってそんな感じなんすか?怖いんすか?」

「バッカ、お前!少佐は師団の中でも、怒らせたらアヤの次くらいに怖いんだぞ!」

「え…アヤさんの次って…ヤバいじゃないすか」

「よ、よーし、野郎ども!おふざけは終わりだ!席について…カ、カードでもしようじゃないか!ポ、ポーカーなんかどうだ!」

「お、おう!」

隊員たちは一斉に返事をして、ヴァレリオさんを床に投げ落とすとゾロゾロと席に戻っていった。

 床に転げたヴァレリオさんを、ソフィアが見ている。それに気づいたのか、ヴァレリオさんはまるで泣きそうな顔で

「お、俺はやってないんだ…」

とだけ言い残して床に突っ伏し、その…なぜか息絶えた。

 「ふふっ」

———え?

 笑う声がしたので、ソフィアを見やると、彼女は、笑っていた。正直、おどろいた。

一昨日はボロボロに壊れていて、昨日は、あんなに錯乱していたのに…こんな危険な、緊張しっぱなしでもおかしくない状況なのに…

いや、こんな状況でのおふざけだったからなのか、わからないけど、でも…。

少なくとも、助け出してから、初めて、ソフィアの笑顔を見た。

まさか、ソフィアを和ませるために、なんてことは思わないし、たぶん、ただ単にふざけたいだけだったんだろうけど…

でももしかしたら…もしかしたら、みんなは、やっぱりソフィアのことを?

 それから半日ほどのフライトで、飛行機は北米大陸の南、テキサスにあるヒューストンという街に着いた。

軍港もあって、連邦軍の軍艦が何隻も停泊していた。

おそらくあの軍艦で、あたし達の隊に配備されるモビルスーツも運ばれてきているのだろう。

 ここから先は、連邦からソフィアをかくまいながら、ジオンと戦わなきゃいけない。

レイピア隊が協力してくれるにしても、厳しい生活になるだろう。

正直、隊の誰かが死んでしまうようなことになりはしないかと思い、恐怖を感じていた。


 澄み渡る空、輝く海、遠くに広がる白い砂浜に、潮の香りのする風。どれもジャブローにはないさわやかさがある。

ここはヒューストンにあるヨットバーバーのはずれ。

道路の向こう側にはオメガ・レイピア両隊の野戦キャンプ地が設営されていた。

 昨日北米についたあたし達は、現地の士官に戦況説明を受けた。

なんでも、ジオンの撤退活動は極めて早く、重要拠点を除いた地域からの撤退はほぼ完了しているとのことだった。

つまりは、北米大陸において、現在戦闘が行われているのはキャリフォルニア周辺のみ。

東海岸はヨーロッパ戦線からの連邦部隊によってそのほとんどが制圧されているらしい。

でも、北米攻略の最初の攻撃目標となったキャリフォルニアベースが、この戦況になってもまだ持ちこたえているということは、

やはりジオンの底力は侮れない。

 隊長はその士官に前線への出撃を上申したけど、受け入れてもらえなかったようだった。なにしろあたし達はここでは外様。

これまでこの戦線で戦い抜いてきた部隊にキャリフォルニアベース奪回の功をこんな段階でやってきたあたし達に任せるわけもないし、

なによりあたし達は地球連邦軍本部、ジャブロー防衛軍お抱えの部隊だ。

前線に投入して消耗させてしまえば、本部への聞こえが悪いというのも事実だろう。

 そんなわけで、幸いあたし達に与えられた任務は目下、西海岸へ向かう道中にある街でのジオン兵残党捜索および逮捕という、

前線の危険とはくらべものにならないような任務だった。

 事前情報通り、モビルスーツは配置されたが、それもオメガ・レイピア各隊に3機ずつの量産機。

そのほかには、輸送用のホバートラックが3台。本当に前線で戦闘をさせる気はないようだ。

 あたしは安心していたけど、でも、隊長は違った。

今は、ソフィアのこともあるし、何よりアヤさんは必ず徹底抗戦をつづけているキャリフォルニアベースに飛び込もうとするはずだ。

こんなところで敵兵探しをしていてはソフィアをジオンに引き渡したり、アヤさんを支援するどころの話ではない。

 そんなことで、今日はそろそろ西海岸に向けて進む。敵兵捜索をしながら、一刻も早く、西海岸周辺にたどり着かなきゃいけない。

そう言った隊長の表情は、珍しく焦燥感が見て取れた。

 不意に足音が聞こえて振り返ると、ソフィアがいた。彼女は黙ってあたしの隣に立つと、しばらくしておもむろに腰を下ろした。

 ソフィアとは、飛行機の中でヴァレリオさんの「前科」の話を除いて、一昨日の殴り合いの後から一切口をきいていない。

あたしとしては怒っているとかそう言うのでは、何を話すべきなのかわからないというのが本音だった。

何を話したって、彼女を救うことはできない…あたしには、そんな確信があった。

 「あのさ」

ソフィアが口を開く。チラッと彼女の方を見た。

「殴って、ごめん。痛かった?」

彼女はそう聞いて来た。

「まぁ…そりゃぁ痛いよ。でも、痛かった、ただそれだけ。大したことじゃないよ」

あたしは答えた。そりゃぁそうだろう。ソフィアがあいつらにされたことに比べたら、あんな殴り合いなんてただのケンカだ。

ただ、痛いだけで、大事な何かが傷ついたわけでもない。

「こっちも、ごめん。けっこう思いっきりやった」

あたしも謝った。でも、ソフィアは

「ううん。あんまり効かなかったし、大丈夫」

え、なにそれ、ここへきてまた挑発?またケンカ売ってんの、この子は?

 そう思ってぱっと見つめた彼女は、驚いたことに笑っていた。そんなあたしを見るや彼女は

「ウソよ」

と言って、また、笑った。


それから彼女はふっと海の方へと視線を投げた。

 「私ね。ジオンへは戻らない」

ソフィアは不意に口にした。

「え…?」

「もう、ジオンへ戻っても、なにもできないなって、そう思う。知っている人たちがいるところに戻っても、

 たぶん私は、自分が汚れているのを自覚してしまうだけ。それはきっと苦しいだろうから、もう戻りたくないんだ」

そんな…だって、隊長は、あなたをジオンへ送り返すためにここへ来ることを選んだのに。隊のみんなだってそうだ。

もちろんアヤさんのともあるけど、だけど、あなたは、みんなが危険を冒してまで助け出したんだよ?

 あたしはまたカッとなりそうだった。でもソフィアは続ける。


「助けてもらったことは、本当に感謝している。

 あいつらに、私っていう存在の価値は壊されてしまったけど、あなた達が助けてくれて、私は人間としての価値は壊されないですんだ。
 それはそれで苦しいんだけどね。人間として生きようと思う、でも、じゃぁ、自分がどんな人間かって考えたら、

 そこにいるのは、バラバラに壊されて汚された私の残骸が転がっているだけだから。そしてそれは多分、二度と元には戻らない。

 だから、どこか、私のことを誰も知らない場所で、静かに隠れていたいと思う。

 そうすれば、私は私がどんな存在かなんて考えなくて済む。

 もしかしたら、この汚れて砕かれたバラバラの私の上に、新しい私を作ることができるかもしれない。

 まぁ、今はそんな気、全然しないけどね。先のことなんてわからないし…。だから、今日中にこの隊からも出ていくよ。

 私がいたら、皆さんに迷惑を掛けちゃうから」
 
 まさか…ひとりで逃げるっていうの?連邦軍から、あたし達に迷惑をかけないために?

昨日お酒を飲んであんなに錯乱していた彼女が、一人でやっていけるの?も、もしかして、やっぱり死ぬ気なのかな…?

それは、ダメ、ダメだけど…でも、か、彼女がい、いなくなれば、私たちは…

いや、そんなこと、考えてはダメ。あたしは頭を振ってその思考を吹き飛ばした。違う、そうじゃない、止めなきゃダメだ!




「ひとりで行くなんて危険だよ。この大陸は今は連邦軍ばかりなんだよ?あなたの顔は手配されてる。

 今は、隊長たちが目を光らせてて、諜報部みたいに危険な軍人はキャンプ内に入る前に対応してシャットアウト出来てるし、

 顔なじみしかキャンプの中にはいないし、入れないから、なんとかなってるけど…」


「でも、もし万が一、誰かが通報したり、なにかの拍子に見られたりしたら、皆さんにまで迷惑を掛けちゃう。

 そんなことを私は望まない。だから、やっぱり私はここにはいない方が良いの」

そうだよ、そうかもしれないけど…でも、一人で行って、もし何かあったらどうするの?

そりゃ、私たちを離れて、一人で…なんていうのなら、もしかしたらあたしが心配するなんてお門違いかもしれないし、

あたしが何をできるわけでもないし、止める手立てなんてないけど…そうだ、隊長なら、きっと隊長なら、なんとか説得をして…


「黙って出ては行かないよ。ちゃんと隊長さんにもみんなにもお礼をして、説明をしていくから」

ソフィアはそう言った。そう言われてしまってあたしは、彼女になにも声をかけてあげることができなかった。


「あなたにだけは、さきに伝えておきたかった。私を助けてくれたあなたには。

 あの日、真っ暗なあの取調室であなたの声を聴いたとき、とてもホッとしたの…。

 あぁ、もう終わるんだな、助かったんだなって、そう思えた。

  昨日の夜は星を見てて、今日もこうして晴れた空と海を見ていたりするとね、感じるんだ。

 『あぁ、生きてるんだな』って。追われる身だし、イヤな記憶は…今でもぐるぐる頭を駆け巡るけど、でも、

 生きてるんだなって思う。一昨日は殺してなんて言っちゃったけど、たしかにつらいけど、だけど、幸せにはなれなくても、

 ほら、昨日の飛行機の中みたいに、楽しいなって思えることにはきっと出会えるだろうし、ここでこうしているみたいに、

 きれいな景色を見て、穏やかになることもできる。

  そう考えれば、あのまま暗い地下室で、心も体も汚されたまま死んでしまってたよりずいぶんマシだと思える。

 あのまま死んでいたら、きっと苦痛と絶望しかなかっただろうけど、もしこれから先、なにかあっても、少なくともそのときは、

 少しは『がんばったな』って思って死んでいけるような気がする。

 あなたが隊長たちを呼んでくれたから、そんなチャンスを、私は与えてもらえた。だからね、ちゃんとお礼を言いたくて。

 本当に感謝してるんだ。ありがとう」



 彼女はあたしを見て言った。あたしは、彼女のその眼を見ていることができなかった。

だって、あたしは逃げたんだ。彼女を助けようだなんてこれっぽっちも思わなかったんだ。

あたしは彼女を見捨てて、自分が、怖い、ただ怖い、そう思って、必死に走って、必死に隊長に、怖かったって伝えただけなんだ。

あたしは彼女に礼をされるようなことなんてしてない。あたしは、なにも、なにもできなかったんだ。それなのに、それなのに…

 あたしは込み上がってくる気持ちを抑えきれずに、涙を流していた。

彼女の話に、何も言葉を伝えられずに、ただただしゃくりあげていた。そんなあたしの頭を彼女は優しく撫でてくれた。

 心も体も傷だらけのはずなのに、どうして、そんなことまでしてくれるの?

あたしなんかより、あなたのほうが何倍も何十倍もつらくてくるしいはずなのに、

どうしてこんなあたしを慰めようなんてことができるのよ…

あなたに比べれば、なんにも起こってないくらいの苦しさしか味わってないのに、どうしてあたしは、なにも、何一つできないんだろう…


隊長、隊長ならこんなときどうするの?アヤさん、アヤさんならこんなときどうするの?

ソフィアに頭を撫でられながら、あふれ出てくる感情を抑えきれずに泣くあたしは、まだ、そんなことばかりを考えていた。

その日の午後、ソフィアはオメガ隊、レイピア隊のみんなの前で同じ話をした。

隊長は、最初はいろいろと説得をしようとしたけれど、ソフィアの目に迷いがないのを見て、あきらめたようだった。

苦渋に満ちた表情の隊長だったけど、せめて車を手配するから、と言って、1時間後に古ぼけた自動車を一台、運んできた。

ソフィアはそれに乗って、北へ続くハイウェイの彼方に消えて行った。

 あたしは、その車が見えなくなってからも、道路の先を見つめていた。呆然と、本当にただ、呆然として。


今回はここまでです!
アライヤがどんどんダメっ子になっていきます…
書いててちょっとイラっとしますw

読んでいただき感謝!

こんばんわーおそくなりました!
投下いきます!


 「あれがそう?」

辺りはすっかり夜。前方に明るい街が見えてきた。

「ええ、地図通り来られているなら」

ソフィアが言った。ホバーを減速させて近づく。

街の入り口には、衛兵と、警備のためだろう、ムチツキが仁王立ちしている。

 あたしは、その前でホバーを止めた。

 ソフィアがホバーから降りていき、衛兵に何かを話している。

衛兵が大きく手を振ると、向こうの方から別のジオン兵が数人走ってきた。ソフィアがホバーに戻ってくる。

「けが人を運んでもらうわ」

そう言うと同時に、ジオン兵たちがホバーに乗り込んできた。

「大丈夫か?」

「もう安心だぞ!怪我の手当てをしよう!」

「気を付けろ!」

「おーい、担架だ!担架もってこい!」

兵士たちが口々に叫んでいる。

 あたしも、ようやく一息つけた。

なんでこんなことになったのかはさっぱりわからないけど、どうやらここでは戦闘が近くには迫っていないらしい。

ジオン兵たちもあわただしそうにしているが、取り立てて殺気立ったり、緊張感があったりはしていないようにみえる。

 「お、おい、貴様!そ、そこで何をやっている!?」

不意にそう叫ぶ声がした。振り返ると、一人のジオン兵があたしに小銃を突きつけていた。

———え?なんで…どうして?あたし、なにかした???

「どうした!?」

別の兵士が駆け込んでくる。

「れ、連邦兵が、う、運転を…!」

あ。

しまった。

あたし基地から出てきたまんまで、軍服姿だった。

あたしはソフィアを見やった。

「これ、まずいかな…」

「捕虜になっちゃうかも…下手したら、レイプされたりとか…」

あたしは戦慄した。けど、そんな顔を見てソフィアは笑った。

「ふふ、ウソよ」

いや、ソフィア、それ全然笑えないから。

「この人は大丈夫よ。私が保証するわ。それよりも早くけが人の搬送を。重症者が3人ほどいた筈です」

「は、はっ!中尉殿!」

え?中尉?

「ソ、ソフィア、ちゅ、中尉だったの!?」

そう言えば、話す時間もなくてソフィアのことってあんまり聞けていなかった。

軍務に関することも、年齢とか階級とかそう言うのもろもろ全部。


「あぁ、話したことなかったわね。私は中尉よ。情報将校。スパイなんていうのじゃなくて、専門は情報分析だったけれどね」

そ、そうなんだ…聞いたことなかったから当然だけど…し、知らなかった。

「だから、ちゃんと敬語使ってね、マライア・アトウッド曹長?」

「え、あ!は、はい!」

思わず返事をしたあたしに、ソフィアは

「ふふ、ウソ」

と言ってまた笑った。なんか、ずいぶんと元気になってるじゃない…心配して、ちょっと損した。

 「お!帰ってきたぞ!」

「離れろー!邪魔だぞー!」

不意に外から叫び声が聞こえた。見てみると、大きな輸送機が垂直着陸してくるのが見える。あの小さい太っちょだ。

「あぁ、良かった、無事だったみたい」

ソフィアが言うので首をかしげると

「あぁ、さっきのモビルスーツ隊よ」

と教えてくれた。

 ホバーから降りてみると、輸送機はすでに着陸して、中からボロボロのモビルスーツが降りてきているところだった。

 モビルスーツは街の外側のふちに跪くと、コクピットを開けた。中からリフトでパイロットが降りてくる。

その中の一人が、こちらに走ってきた。

「フォルツ中尉!」

パイロットは女性だった。彼女はあたし達のすぐ前に来て敬礼をしてくる。ソフィアが敬礼を返した。

あたしも、慌てて敬礼をしてから、あれ、なんか違う気がするよ、これ、なんて思った。

「ヘープナー少尉。無事で良かったです」

「中尉こそ!」

ソフィアが言うと、彼女も満面の笑みで返答する。それから、あたしを見て

「あの、こ、こちらの方は…?」

とソフィアに聞く。

「連邦の兵士さんよ」

ソフィアは包み隠さずに言った。

 ヘープナーと呼ばれた女性パイロットは驚いていた。もちろんあたしも驚いた。

いや、こんなジオンばかりのところで、連邦の制服を着たあたしが今更驚くのもどうかと思うけれど。

「マライア、こちらシャルロット・ヘープナー少尉よ。ヘープナー少尉、彼女は、マライア。例の隊に所属しているの」

ソフィアが言った。

例の隊?なんのことだろう?

 そんな風に思っていたら、ヘープナーさんの顔がぱぁっと明るくなった。

「で、では!あの鳥のエンブレムの?!」

「え、え、なに?ソフィア、どういうこと?」

あまりにもわけがわからず、ソフィアに聞いた。なんでジオン兵があたし達の隊のエンブレムのことを知っているの?

確かに、オメガ隊のエンブレムは「Ω」の文字を抱きかかえるようにした不死鳥がモチーフになっているけれど…

どうしてそんなことをジオン兵が知ってるのだろう?

「隊長さんよ」

ソフィアは笑った。


「あなた達、戦いながらジオン兵を逃がそうとしていたって聞いたわ。

 ここにいる100人近い兵士が、あなた達と遭遇したことで、この街に流れ着くことができているの。

 他の部隊だったら攻撃を受けて撃破されて死んでいたかもしれない兵士もきっといたはずよ。

 今、ジオンの間では、鳥のエンブレムの機体は攻撃対象じゃないのよ。攻撃したら、隊長さん達も反撃せざるを得ないでしょう?

 でも、攻撃さえしなければ、退避させてくれる…いえ、攻撃したって、できる限り死者を出さずに戦ってくれる。

 この辺りではもっぱらそんな噂で、『連邦にも話の分かるやつらがいるんだ』なんてみんな言ってるわ」

「そんな…隊長のあれが…」

何かある、そうは思っていたけれど、まさか隊長はこれを予測していたの?

戦場の中で、地道に敵軍に死者を出さない方法で敵兵器だけを破壊して行ったことがジオン兵に伝わって、

命を助けてくれる、守ってくれる存在として浸透して、結果、ジオンがあたし達を敵と認識しなくなること、

味方に近いくらいの意識になって、攻撃対象から外すことを、狙わなくなることを、予測していたの?

そんなこと、嘘みたいだし、いや、普通に考えればあり得ないけど…

 でも、でも。いまこうして聞いた話が、結果が、まるで隊長が予期していたかのように思わせた。

だって、それはこの戦場の中で「もっとも安全にいられる方法」なんだ。

隊を守るために、敵からの攻撃を遠ざけるために隊長は、敵兵を殺さずに逃がしていたっていうの?こうなることがわかっていて…?


「皆さんの噂を聞いて、戦争というものの中にも人間性を持ち続けることの大切さを実感しました。

 私たちは、憎しみや憎悪で戦ってはいけないんだ、それは一時の行き違いかもしれない、

 考え方や方向性の違いで争うことになってしまったとしても、戦っているのは人と人。

 命も、心もあるもの同士なんだってことを忘れてはいけないんだと気付かせてくれました」

ヘープナー少尉はあたしの手を強引に握ってきた。

 いや、まぁ…そんな風に言われてうれしくないこともないんだけれど…たぶん、それは考え過ぎっていうかなんて言うか…

ただの隊長の気まぐれの結果だと思うんだよね、うん。そうだよね、隊長…?狙ってやってたわけじゃない…よね?

「まぁ、そうは言っても、この街をその服で歩き回るのはまずいわ。私の上着貸すから、着替えて。すこし話もしたいし…ね」

 ソフィアがまた笑って言う。そうだ、きっと、お互いに話さなきゃいけないことがいっぱいあるはずだ。

「うん」

あたしもソフィアのその言葉に、笑顔で返した。


 あたしはソフィアに街はずれにある地下のバーに案内された。

なんでもここはジオン兵の御用達で、それというのも、開戦時、この街を根城にしていたタチの悪い連邦軍に絡まれていた店主の娘を、

ジオン兵が助けて以来、店主がジオン贔屓なんだとか。

正直、ソフィアのことと言い、同じ連邦の軍人として恥ずかしい。

 「それで、どうしてホバーなんかで?」

ソフィアが聞いて来た。そうだよね、まず、説明しないとね…なにから話せばいいだろう?

隊長のことかな、それから、あたしがどう思ったかも、ソフィアには聞いてほしいかもしれない。


「あのね、隊長たちが、行け、って。隊長はあたしをちゃんと見ててくれたんだ。

 きっと、隊のみんなも。あたし、自信がなかった。何をやってもダメだろうって。

 戦うことも、何かを守ることも、できやしないって、そう思ってた。だけど、それはあたしの勝手な思い込みだったのかもしれない。

 本当は出来るかもしれないのに、できない自分を見るのが怖くてなにもしなかっただけのような気がする。

  隊長にはそれがわかっていたんだと思う。あたしが臆病なワケも、すぐに逃げちゃう理由も。

 うちの隊のルールでね、ヤバいときは逃げろ、って決まってるんだけど、それは、必ず次の手を考えて、

 いったん引いて体制を整えろって意味なの。でも、あたしのは違った。ただ、逃げるだけ、ただ臆病なだけだった。

 でもね、それじゃぁ、いけないってわかった。それじゃぁ、自分を守れないばっかりか、そばにいる誰かすら危険にさらしちゃう。

  だから隊長は、ソフィアからあたしを離したんだと思う。ソフィアにも、自分にも向き合わないあたしが、危うかったから。

 それに気が付いて、だから、あたし、今度は、ちゃんと向き合わなきゃいけないって思った。そうしたいって思った。

 自分の始めたことを、隊のみんなや、誰かに押し付けないで最後までやり通そうって、ちゃんと向き合って、

 うまくはやれないかもしれない。でも、そこから逃げてたら、何の意味もない。

 怯えてる暇なんて、もうないんだよね。そう思ったから、ソフィアを探しに来た。

  自分で始めたことを、なんとか自分でやり通そうって。あたしに何ができるかは、まだわからないけど…でも。

 もしかしたら、あなたと一緒にいたら、それが見つかるかもしれないって、そう思って」



あたしは自分の気持ちをソフィアに伝えた。ソフィアはあたしの言葉を黙って聞いていてくれていた。

それから、ふふふっと笑って

「そう、隊長さんたちが、ね…」

と遠い目をするのだ。その表情は、なんだか、懐かしいものでお思い出すような感じだった。

それ以上、彼女は何も言わなかった。

 あたしもソフィアに聞いてみる。

「ソフィアは軍にもどったの?」


「いいえ。私はもう戦いはやめるわ。

 でも、隊長さんたちが私を助けてくれたように、私もできる限りのジオン兵を助けて宇宙に上げる手伝いをしようって思ったの」


ソフィアは店主のおじさんが持ってきてくれたバーボンのグラスを傾けて言った。


「私ね、まだ、あの時のことは思い出すよ。怖いし気持ち悪いし、もう最悪。

 でもね、汚されて、壊されちゃった私だけど、助けられる人がいることに気が付いた…

 ううん、もしかしたら、私は私を救いたいのかもしれない。少しでも捕虜や殺される人を減らしたい、助けたい。

 そう思った。私のような目に遭わなくていいように。それをして、私の壊れた心がもとに戻るなんてこれっぽっちも思えないし、

 本当に全然そんな風には思えないから…だから、あの日私は、あそこで死んだんだな、って思うようになった。

  今、こうして元気にしていられるのは、あなた達のおかげ。だから、これは、いわばおまけね、エクストラ。

 そのおまけをどう使おうかな、って思ったときに、私はやっぱり誰かを助けたいって思った。

 心は壊されてしまったけど、まだ生きてる。

  だからせめて、私に唯一残されたこの命の火を燃やして、誰かの命を、誰かの心を救いたい、守りたいって思ったんだ。

 最期の、悪あがき、って言うのかな!」


なんだか、その言葉は悲しかった。

だって、ソフィアは結局、誰かを助けたって、あの傷つきを癒すことなんてできない、そう実感しているんだ。

一見明るく見えるけど、あの日、あたしに殺して、と叫んだソフィアと何も変わってなんかいなかった。

やっぱり彼女は、死を求めている。自分を壊してしまいたいって、そう思っている。

でも、ただ壊れるよりも、誰かのために働いて壊れたい、つまりはそう言うことなんだと思う。無為に壊れてしまうのではなくて。

その方が、きっと自分の命に意味を感じられるから…せっかく助けられた命を粗末にするんじゃなくて、意味のある形で失いたい、

彼女は、そう言っているような気がした。だけど、結局のところ、彼女の中に確かに存在しているのは、死への衝動だ。

そんなことで、いいんだろうか。あたしは自分に聞いた。あたしには、何ができるだろう?ソフィアを止めるべきだろうか?

でも、今の彼女を止めてしまったら、そこに残るのは死への想いだけ。

彼女にとっての意味あるものが失われるだけなんじゃないかと感じられた。

だとしたら、取り除かなきゃいけないのは、死を求める気持ちの方。

でもそれって、ソフィアの言う、「壊れたもの」を直さなきゃいけないような気がする…そんなことって、できるんだろうか…

ううん、できるのかもしれない。でも、そう簡単に行くような話では、きっとないだろう。



 カラン、とあたしのグラスの氷が音を立てた。なんだか、それが喉をそそってあたしもグラスに口をつける。

濃厚なアルコールの香りが口の中いっぱいに広がって…舌に熱い感覚が走って、喉が焼けた。

「ぶはぁっ!げほ!えほえほえほ!」

そして、盛大に吹いてむせた。そんなあたしを見てソフィアは声を上げて笑った。

ソフィアって、楽しいときはこんな顔して笑うんだな…そう言えば、声を出して笑っているのなんて初めて見た…

いや、それよりも———

「なにこのお酒!?」

「ん、スピリッツよ。一番強いヤツ。なんて言ったっけな、スピリタス?」

「そんなもの頼んだ覚えない!」

「えぇ?だって、なんでも良いって言ったから…」

ソフィアはニヤニヤと笑っている。た、確かに何でもいいとは言ったけど、これってストレートとかロックってレベルじゃないよ!?

もう…原液って感じだよ!?アルコール度数100%越えてるんじゃないの!?

 あたしが慌てて店主にお水を貰って飲んでいる様子を見て、ソフィアはニヤニヤと笑っている。もう、腹立つなぁ。

「あたしもそれ、バーボンが良い」

「へぇ、大人」

「そう言えば、ソフィアっていくつなの?」

「私?19よ。マライアもそうでしょ?ダリルさんに聞いたわ」

「19!?同い年!?」

それもびっくりした。だって、こう、元気になったソフィアはどこか大人の余裕すら感じる雰囲気を醸し出しているのに…

「そ、そうなんだ…と、年上かと思ってた、ご、ごめんね」

「良いのよ。マライアは子どもっぽいから、仕方ないわ」

ま、また…!

「ふん、またどうせあたしが怒ったら『ウソよ』とか言うんでしょう?」

「いいえ、今のは素直な感想よ」

なっ…なんだ…と…

 あたしがなにか言い返してやろうと思っていたら、ソフィアは思い出したように口を開いた。

「そう言えば。ね、蒼いモビルスーツって、知ってる?」

「蒼い?」

「そう、連邦の蒼いモビルスーツ」

ソフィアは聞いて来た。

 蒼いモビルスーツ…そんなの、見たことないな…あれ、でも待って。

前に、アヤさんとダリルさんがこっそり入った格納庫で遊んだって言う水中型のモビルスーツって、

確か青いやつだったって言ってた気がする…

「水中型の奴かな?」

聞いてみるとソフィアは首を振った。

「ううん。陸戦型よ」

そんなのは聞いたことない。

「うーん、聞いたことないよ。指揮官機で特殊なカラーリングとか、そう言うことかな?」

「いいえ、違うらしいの。確かに、パッと見た見た目は、ほら、連邦の陸戦型の廉価版あるじゃない?

 あれに似てたって聞いたけど、でも、きっと中身は別物」


「それが、どうしたっていうの?」

「うん、私たちが北米大陸に付く前に、連邦軍は、キャリフォルニアベースに総攻撃をかけたらしいの。

 でも、さすがにジオンだって黙って攻撃されていたわけじゃない。

 北米中から集めた戦力で強固な防衛線を張って、それを迎え撃ったって話だわ。

 けが人やなんかを優先的に宇宙に打ち上げる間、ね。でも、その強固な防衛線を、たった1機で突破してきたモビルスーツがいたらしいの」

「たった1機で?」

「ええ。そのモビルスーツは北から、基地北部にある防衛線を突破して、単機でミサイル基地を攻撃し、わずか数分でこれを壊滅。

 さらにそのまま南下して基地周辺で、ジオンの新型モビルスーツと会戦して、両者ともに撃破。12月の、15日の話らしいわ」

「すごいね…そんなのは聞いたことないよ」

「その蒼いモビルスーツに受けたジオン側の被害は、モビルスーツ17機に、ミサイルサイロ5基、防衛拠点の砲台10か所」

「たった1機で17機も!?」

「ええ。想像を絶することよ」

確かに…そんなモビルスーツがあるなんて聞いたことないけど…でも、それが本当なら、と思うと、怖いと思わざるを得ない。

連邦はそんな機体を開発していたって言うの?

「見た人の話だとね、あれは人間が乗ってできる動きじゃない、だって」

「どういうこと?」

「わからないわ。聞いた言葉をそのまま使うなら、『まるで、すべてを破壊することをプログラミングされた精密機械』みたいな感じ」

「そんなことって、あるのかなぁ?」

「ないこともないとは思うけど…どうなのかしらね。でも、今私たちが一番警戒しているのは、そいつなの。

 あのモビルスーツが、1機だけなら良いんだけど…

 一般兵のあなたが知らないとなれば、そんなに多くは生産されてるとは思えないけど、1機だけ、なんて保証はどこにもない。

 新鋭機ってのは、だいたいまとめて何台か、似たようなものをつくってテストするものだからね」

「うん…」

あたしは息を飲んだ。そんなのが、もう一度この戦場に投入されたら…と思うと、いや、想像すら、したくない。

「明日には連邦軍が南からこの街に進軍してくるわ」

「え!?」

その言葉にあたしは驚いた。ずいぶん急いでここには来たから、距離は開けていると思ったのだけど…

「南の、ロサンゼルスを制圧した部隊が北上してくるって情報が入ってるの。

 ここから北にあるストックトンっていう、最終防衛ラインの一つを攻略するつもりなんでしょう。

 その中に、蒼いのがいなければいいなって思ったのよ。

 そこを突破されたら、サンフランシスコのキャリフォルニアベースはまる裸になる。

 そうなったら時間の猶予はほとんどなくなってしまう。明日の朝には、ここの兵士たちも基地へ向かうはずよ」

そうなんだ…北米のジオンは、そこまで追い込まれて…

「ソフィアはどうするの?」

「あたしは、ここに残るわ」

え、ちょっと…だって…

「ここには連邦が来るんでしょ?!ソフィア、手配されてるし、こんなところに居たら、危ないよ!」

あたしは言った。言ってから、あぁ、そうだった、と思った。そうだ。彼女は死を望んでるんだ。



「少しくらい、平気よ。このバーの店主さんは、ジオンに協力してくれると言ってくれてる。

 まだ、誰かが大陸のどこかに残っているかもしれない。もしたら、連邦に紛れている可能性だってある。

 この街の、路地裏なんかにここの広告のチラシを貼ってあるらしいの。隠語を使って、このお店がジオンに協力していることを、

 ジオン兵に教えて、助けになるつもりらしいわ。だから、私もそれを手伝うつもり」

「やっぱり、帰る気はないんだね…」


「それは、前に言った通りよ…国へ帰っても、普通の生活ができるとは思えない…

 私は、戦場で誰かのために命を尽くして、きっと戦場で消えていくんだよ。

 ふふ、できれば、そのときに、つらくも苦しくもなければ良いかなって、それなら幸せかなって」

ソフィアは、なんでかわからないけど、なんでそんななのか、全く理解できなかったけど、

でも、本当にすっきりとした表情で、笑いながら言った。あたしは、あたしは、それが悲しくてしかたなかった。

 翌朝、ジオン軍は大挙して街から出て行った。

最期まで残っていた、ヘープナー少尉は、見送りのあたし達のところにやってきてあいさつをした。

 なんでも、このシャルロット・ヘープナー少尉は、所属のフェンリル隊とともに、最後のシャトルの打ち上げを見届けるまで、

この北米を離れるつもりはないらしい。シャトル打ち上げ後は、あの太った空母でアフリカに渡るんだ、と言っていた。

 言っていることは、ソフィアと同じなのに、シャルロッテには仲間を守るんだという固い意志と決意を感じたけれど…

やはり、ソフィアからは、どこか死を意識させる感じを覚えずにいられなかった。

 そして、その日の夕方には連邦の部隊が街へ押し寄せた。

とくに大きな混乱はなく、街の人たちはごく普通に軍人たちを受け入れ、軍人たちもそれを享受していた。

 それから、驚いたことに、その軍人の群れの中に、みんながいた。

オメガもレイピアも誰一人かけることなく、この街にたどりついていた。

あたしとソフィアはみんなをバーに案内し、店の主人にも紹介した。それからその日は、そこで酒盛りをした。

 相変わらず、フレートさんとダリルさんがヴァレリオさんをいじって、ヴァレリオさんが怒ったり、

それに乗っかってレイピアの女性パイロットたちが騒いだり、もうしっちゃかめっちゃかだ。

 でも、そんな中でもあたしは考えていた。ソフィアを、あの、死へ向かおうとする、傷つき感を、どうやって取り去るのかを。

きっと、それをあたしがやるってことは、それこそ死に物狂いで方法を探さないといけないだろう。

ソフィアと向き合って、自分と向き合っていかなきゃいけないだろう。

そうしていくことで、もしかしたら、あたしは、あたしの中にかけがえのない何かを見つけられるかもしれない。

 そんなことを、お酒で火照る体と頭に、心地良い微睡を感じながら、考えていた。

17日投下分は以上ですーおそくなってすみませぬ。

次回は18日夜に投下できたらいいな…

お読みいただき、感謝です!

乙!

戦慄のブルーか



ソフィアさん情報士官かよ。
敵に捕まったらレ○プはともかく拷問は覚悟しなきゃいかん立場だよな。
捕虜に関する協定なんてしばしば無視されるし、情報系の人間なら尚更だな。

EXAM始動!

>>385
感謝!

>>386
キャリフォルニアといえばこの機体、らしいのでww

>>387
そうだったんです、レナさんよりも厳しい詰問を受けざるをえない立場の人でした。
まぁ、レ○プに関しては、クソMPさんたちの趣味だったんでしょうが・・・

この世界ではありがちですよねぇ
某真っ赤な人は19で少佐、20で大佐になりましたw

ちなみにシャルロッテは19で少尉、クリスも20で中尉だったと思います。
あと、ノエルアンダーソンが当時17歳伍長で、終戦後に18で少尉になってますw

士官学校卒業した軍人は卒業時が18歳として、
そのまま入隊して18-19で少尉任官される設定なのかと思います。

こんばわ!
つづき投下しますー!

 それから、何日がたった。相変わらず街には連邦軍が詰めている。先日、北のストックトンという街が連邦によって攻略された。

ソフィアによれば、これでジオンのキャリフォルニアベースの最終防衛ラインは崩壊するだろうとのことだった。

そのあたりの高度な戦術的なことは正直わからないけど、とにかく、ジオン兵を逃がすのなら時間がない、ということは分かった。

 あたし達の隊は、この街に駐留することが決まった。

主に補給路の防衛が主任務。任務の合間、隊長たちは車でどこかに出かけて行ってはしばらくは帰らない、なんてことが続いた。

なんでも、あたしとソフィアのために、街の周囲に万が一の逃走用の仕掛けを施してくれているって話だ。

あたしたちの乗ってきたホバーもどこかに隠した、と言っていた。素直に、それはありがたいと思う。

だって、あたしにはできない芸当だし、それに、放っておいたら、ソフィアは確実に死ぬつもりだ。

 ジオンが撤退してからも、合計で3、4人くらいの私服のジオン兵が、こっそりバーにやってきて、助けを求めてきた。

あたしとソフィアはそのたびにアシを用意したり、夜な夜なジオンの勢力範囲内に送って行ったりする活動をしていた。

 そんな日のお昼過ぎだった。あたしは、店主のおじちゃんに頼み込んで、ソフィアとこのバーで働かせてもらっていた。

隊長たちのこともジオンびいきなおじちゃんに紹介して、協力してくれるようにお願いした。

おじちゃんもあの「鳥のマーク」の連邦軍だというと喜んで快諾してくれた。


 「マライアー。空ビン、外に出してきてくれる?」

「あぁ、うん」

ソフィアが言うので、空の瓶が詰まった木箱を地下から持ってあがって、ごみ置き場へとおいて戻る。

「ありがとう。ごめん、悪いんだけど、そっちのモップも片付けといて」

ソフィアが言うので、モップを店の隅においてあるロッカーに戻す。

「あと、買い物行って来てほしいんだ。塩がなくなっちゃいそうで。できれば大きい袋でお願い」

ソフィアが言うので、あたしはお店の財布を持って…て、ソフィア、人使い荒くない?!

「ね、あたしはソフィアの召使いじゃないんだよ?」

あたしが文句を言うとソフィアはまぁたニヤニヤ笑って

「だってー昼間外うろつくと、私、連邦軍に見つかって危ないって言ってくれたのは、マライアでしょ?

 それにほら、あたし、夜の下ごしらえしなきゃいけないし」

そう言いながらソフィアはおじちゃんが書き残しておいてあるという、レシピノートをテーブルに座って、

コーヒーをすすりながらめくっている。

 このぉぉぉ!最近なんかますます元気になってきてない、こいつ!?腹が立つ!腹が立つけど…買い物は、あたしがいかなきゃ…

 そのことに自分で気づいてしまった、あたしは肩を落とした。

「わかったわよ。行ってくる!」

それから、ちょっと不機嫌なふりをしてお店を出た。


 街は、いつもと変わらず落ち着いている。人々は普通の暮らしをして、何気なく過ごしている。

もちろん、街の中の通りには軍用車が走っているし、軍人もときおり街角をふらついている。

モビルスーツはたえず、街の外側に陣取って警戒を崩していないし、戦時だという雰囲気ではあるのだけど、

この街は、南にロサンゼルスという大きな拠点があった街での戦闘が主体になっていたため、ほとんど被害を受けずに済んでいる。

だから、こんな穏やかな雰囲気なのだろう。

 あたしは食料品店に行って、業務用の塩を2袋買って店を出た。

おもいビニールバッグを下げて歩いていたら、ゴゴゴゴゴと地鳴りのような音が聞こえる。

見ると、大通りをおきなトラックが走ってきていた。巨大な荷台。あれは、モビルスーツの運搬車だ。

運搬車は、大通りの真ん中で停車する。シートから、軍人が数人降りてきた。

それぞれ、伸びをしたり、近くのお店に駆け込んだりしている。

 あれはおそらく、キャリフォルニアベース攻略のための本隊の一部。

情報では、今夜にはこの街にビッグトレーが到着して、明日にはキャリフォルニアベースに総攻撃をかけるとのことだ。

周辺の街から、そのビッグトレーに搭載されるための戦力が、ここに集結しているのだ。

 ふと、運転席から降りてきた男が、誰かと話しているのが目に入った。

テンガロンハットにサングラス、手にカメラを大事そうに抱えた、ジャーナリスト風の女と、

体躯の良い、日に焼けて浅黒くなった肌の、女性…

 あれ…?

 あたしは、ハッとした。急に胸がキュンキュンと苦しくなる。

まさか、そんなこと、ね…そうは思いつつ、あたしは目を凝らす。

 いや、うん、そうだよ。間違いない…あの顔、あの、明るい笑顔…間違いないよ!


———アヤさん!!


あたしは大声で叫んでしまいそうになったところをこらえた。アヤさんと一緒にいる女性は捕虜のはずだ。

ソフィアと同じ。

だとしたら、こんなところで大声で呼びかけて注目されるのは避けるべきだ。

あたしは慌てて、震える手で自分のPDAを取り出して隊長のナンバーにコールした。

 呼び出し音が鳴る…今日は、レイピア隊の出撃の順番のはず。隊長は街のどこかか、

街の周辺にはいるはず…呼び出し音が鳴る…もう!隊長!早く出———

「おーう、マライア。なんだよ、急に電話かけてきて」

出た!

「隊長!隊長、大変!アヤさん!アヤさんが!」

「なんだよ、アヤがどうした?なにか情報入ったのか?」

「ううん、違うよ!いるの!すぐそこに!この街に来てるんだよ!」

「なんだと!?場所は?」

「えぇと…ほら、あのダイニングバーの前!あの、料理まずかったところ!」


「あぁ、あの角か。俺たちもすぐ近くにいるが、待てよ、大通り沿いだな…よし、アヤのことは任せろ。

 マライア。お前、店に行ってオヤジさんに場所貸してくれと頼んどいてくれ。こんな街中で立ち話は、さすがに怖ええからな」

「うん、了解!」

あたしはそうとだけ返事をして、お店への道のりを走った。

あたしはお店に駆け込んで、おじちゃんとソフィアに隊で使わせてほしいってことを伝えようと思った…

けど、息が切れてて、声が出ない。

キッチンで食事の下ごしらえをしていたおじちゃんとソフィアが、そんなあたしの様子を見て、呆然としている。

あたしはお水を一杯貰って、息を整えてから事情を説明した。おじちゃんは快くお店を使って良いって言ってくれた。

ソフィアは、なんだか不思議そうな顔をしていたけど、とにかく!行かないと!アヤさんのところ!

今頃、隊長たちがアヤさんと会っているはずだ!あたしも早くアヤさんと話したい!

 「じゃぁ、ちょっともう一回行ってきます!」

あたしはそう言ってお店を出ようとしてソフィアに呼び止められた。

「あーマライア!塩!塩は持っていかなくていいから!」

忘れてた。塩の袋もったままだった!あたしは、それをソフィアに渡して、また走ってお店を出て行った。


 「へいよ、お待ちどう!」

おじちゃんが、料理を持ってきてくれる。

「悪かったなぁ、オヤジさん!急にこんなこと頼んじまって」

隊長が言うと親父さんは笑って


「なーに、お前さんらの頼みじゃことわれねえよ!それに、そっちの嬢ちゃんもジオン軍人を助けたっていうじゃないか!

 俺は今まで、連邦なんて、って思ってたが、やっぱり捨てたもんでもねぇよな。

 大事なのは、どっち側かなんてことじゃく、ひとりひとりの心がけだよな!」

おじちゃんはそう言って豪快に笑う。

 おじちゃんに次いで、ソフィアも料理を持ってきてくれた。あたしはチラっとソフィアを見る。

彼女は無言で「なぁに?」とでも言いたげな目。あたしは、ソフィアに、アヤさんと話をしてほしかった。

あたしには、ソフィアの傷をどうにかすることはできないかもしれない。

でも、アヤさんならもしかしたらそれを明るく照らし出す方法を知っているかもしれない。

あたしにはできないけど、でも、だから、あたしは、アヤさんとソフィアを近づけてあげたいって、そう思った。

「んおぉ!おっちゃん!このマリネにかかってるタレ、これなんだ?」

アヤさんが運ばれてきた料理を口にしておじちゃんに聞いている。

「あぁ、俺特製のドレッシングさ。オリーブオイルと、酢と、レモンに、隠し味にちょいとばかし蜂蜜を加えてる」

「この甘味は蜂蜜か!おっちゃん、これはうまいよ!」

「そうかい?そう言ってもらえると作った甲斐があるってもんだ!こっちの男どもは料理の感想なんて一言も漏らしやがらないからな!」

「あーおっちゃん、こいつらには生ごみでも食わしときゃいいんだよ!

 ちょいと味付けしてやればうまそうに食うからさ!ごみ捨ての手間が省けていいぜ?」

アヤさんはそんなことを言いながら、まるで10年来の知り合いみたいにおじちゃんと話している。

そうなんだよ。アヤさんは、いつだってみんなの心を明るくする太陽みたいな人なんだ。

ソフィアだって、きっと、アヤさんと話せば、もっと明るい希望をもってくれるはず。

 それにしても…

アヤさんだ!無事で良かった!

アヤさんだアヤさんだアヤさんだ!!

またアヤさんに会えるなんて!

 しかも、こんなにげんきそうでいてくれて…もうっ!こんなにうれしいことってない!


 「しかし、良くもまぁ、西回りでこんなとこまでたどり着いたぜ」

フレートさんが言う。

「そうですよー!船だったんですってね?」

デリクが聞いた。

「船と言や、レナさん、こいつうるさかったろ?やれ魚がどうのーとか、船の馬力がどうのーとか?」

ダリルさんがそう言って、アヤさんの連れていた捕虜、レナ・ヘスラーに話しかける。

「あはは。もうね、すごいんですよ!魚と海と船と釣りの話になると、もう、止らなくって!」

レナさんも、笑っている。

「あーレナ!あんたやっぱそんな風に思ってたのかよ!」

「あはは!だって、アヤ、そう言う話になると子どもみたいにワクワクした顔してて面白いんだもん!

 あ、でも、釣り!私、アヤに初めて釣りやらせてもらったんですよ!一匹釣れてそれを食べたんですけど、楽しかったですよ!」

「なんだ、逃亡生活で食う物も食えないようなことになってんじゃねえかと思って料理頼んだが、

 そうだったな、アヤには自給自足生活のすべがあったな。オヤジさん、こいつらには食わさんでいいわ!」

「ちょ!隊長!食べるよ!」

「そうですよ!食べますよ!アヤのおごりで食べますよ!」

「え、ちょ!レナ!レナさん!あんた、なにサラッととんでもないこと言ってんだ!?」

「なんだ、アヤのおごりか!おーい、オヤっさん!俺ビール!」

「俺バーボン!あのうまいヤツ、ボトルで入れてくれ!おごりらしいから!」

「じゃー俺、ワインで!アヤさん、ごちになりまーす!」

「お前ら!まだ昼間だぞ!?ってか、アタシらこれからまた北の激戦地に行くから飲めないし!お前らだけ飲ませるわけに行くか!」

「おじさーん!私も何か甘いお酒くださーい!」

「あれ!レナ!レナさん!まだアタシらこれからやることあるんだぞ!」

「えー?でも、運転は結局アヤでしょ?基地に着いたら起こしてよ!」

「あんたってやつは!」

「わーー!暴力反対!」

アヤさんがレナさんの首に腕をかけてぎゅうぎゅうと遊んでいる。二人とも、すごく楽しそうに笑ってる。

仲良さそうで、楽しそうで、元気そうで、良かった。


 「ん…?」

 「あ…」

そんな楽しそうにしてた二人が不意にそう声をあげた。ちょうど、ソフィアが料理を運んできてくれたところで、二人は、彼女を見ていた。

ソフィアはやっぱり、そんな二人を見てキョトンとしている。

「アヤさん!その子、ソフィアっていうの、実はね、あたし達、アヤさんと同じことしちゃったの」

あたしが言うと、アヤさんは一瞬、ぽかんとした表情をした。それから、すぐさま何かを考える様な顔つきになって

「ま、さか…捕虜だったとかじゃないよな?」

と眉をヒクつかせながら確認してきた。

「ご名答」

隊長がそう答えて笑った。それから

「まったく。こいつらときたら、いったい誰に影響されたのやら…困ったもんだぜ、本当によう」

とまるで渋々、と言った感じで言うのだ。自分で言い出したことなのに、隊長らしい言い方だ。


 「ソフィア。この人は、アヤさん。あたしの…」

目標、あこがれ、そんなことを言おうとして、言葉を引っ込めた。

今まではそう言う存在だったように感じていたけれど、今は、それとは少し違うように感じていた。

もちろん、隊の中では今でもやっぱり一番大好きだし、頼れるし、優しいし。

でも、それはあこがれや目標なんかじゃなくて、単純な好意のように感じられていた。

「お姉さん!」

そう言うと、アヤさんはちょっと恥ずかしそうな、うれしそうな笑い声をあげた。

「それから、こっちは、えと、ジオンのレナ…リ…ケ…?」

「レナ・リケ・ヘスラー少尉です。地球方面軍、北米隊のキャリフォルニアベースに所属していました」

あたしが戸惑っていたら、レナさんはそう言って自己紹介をしてくれた。それを聞いたソフィアも笑顔を返して

「そうでしたか。私は、ソフィア・フォルツ情報中尉。

 所属はもともとオデッサ基地でしたが、任務の特性上、ヨーロッパ全域で情報分析活動をしていました。

 連邦のヨーロッパ攻勢で逮捕されて、ジャブローへ…」

そこまで言って、ソフィアは言葉を濁した。

「ソフィア」

あたしは彼女の名を呼んだ。それから、すこし迷ったけど、必要だと思ったから、思っていたことを口にした。

「ごめん、つらいかもしれないけど、話してあげてほしい。アヤさんは、この人は、とても頭が良くて、優しくて、太陽みたいな人なんだ。

 あたし達はあなたのことを理解はできても、あなたの気持ちの全部を了解は出来ない。でも、この人は違う。

 きっと、あなたを助けられる…」

「…おい、マライア、買いかぶりすぎ」

アヤさんはそう言って笑いながら、でも

「良かったら聞かせてくれないかな」

とソフィアに言う。傍らにいたレナさんも

「うん。できたら、聞かせてほしいです、中尉。私も同じような身。何か力になれることがあるかもしれません」

と言ってくれた。

 ソフィアは黙っていた。その表情には明らかに戸惑いが見て取れる。わかるよ、ソフィア。怖いの、分かる。

今は遠くに放ってある傷を、もう一回触ることになるかもしれないんだもんね…でも、大丈夫。

アヤさん達なら、きっと大丈夫だから…お願い、頑張って…。

 あたしは気が付いたら、ソフィアの顔をじっと見つめていた。ソフィアがチラっとあたしを見やった。

すると、なにか確信を持った顔つきで

「はい…」

と返事をして、うなずいた。

「でも、その前に…」

と、レナさんの方を見てソフィアが改まって口を開く。

「ヘスラー少尉。私は、軍から身を引いています。歳も、私の方が下ですし、私も気にせずにお話します。

 だから、少尉も、できたら気楽に相手をしてくれると、うれしいです」

ソフィアはそう言って、レナさんに笑いかけた。

「うん、分かった」

レナさんもそう言って笑顔を返した。

 ソフィアはそれを確認すると、ふぅとひとつ大きなため息をついて語り始めた。


「私は、オデッサ作戦でジオン本隊が撃破されてから、アフリカの小さな町に潜伏していたところを連邦兵に逮捕されました。

 11月の末でした。おそらく、ジャブロー降下作戦の前日だったかと思います。

 情報士官だったということだからでしょう、そのまま身柄はジャブローへと送られて、そこで取り調べを受けてもらう、

 と言われていました」


「拷問ね…」

レナさんがそう言って身を震わせた。


「はい。ジャブローへ着いた初日は、これでもかと言うくらいに殴られました。拳や警棒で。

 正直に言えば、私は、アフリカに潜伏しているジオン残党の情報をある程度把握していたので、それを詰問されました。

 もちろん、しゃべりませんでした。なにがあっても、同胞を売るようなマネはしたくなかった。

 でも、そんな強がりを言っていられたのも、その日まで。翌日、私は独房から取調室に引きずられて行って…その…」


ソフィアはそこまで話して、突然に両腕で自分の体を抱いて震え始めた。

あたしは、いてもたってもいられなくなって、彼女の隣へ行き、肩を抱いた。

それでも、ソフィアの震えは収まらない。

 すると、アヤさんがそっと手を伸ばしてきた。

アヤさんは、ソフィアの手を握ると、その眼をじっと見て


「無理はしなくていいよ。でも…しゃべりたい、と思うのなら、ちゃんと聞く。安心して。

 ここは取調室じゃない。ここにいるアタシらは、みんな味方だ。大丈夫だよ、大丈夫…」


アヤさんの言葉は穏やかだった。不意にソフィアの体の震えが止まった。

微かに、吐息が乱れて、ヒューヒューと音を立てているのが聞こえる。

でも、ソフィアは、一度つばを飲み込むと、テーブルの上にあったお酒のグラスに手をかけて、それを離して、

隣に置いてあった水の入ったグラスをつかんで一口飲むと、息をついた。それから、クッと力を込めて


「ごめんなさい…私は、あの日、あそこで…取り調べをする、と言って私を引きずって行ったMP3人に、代わる代わる…犯されました」


と掠れそうな声を、なるべく響かせるようにして言った。

「そっか…」

アヤさんの顔に、一瞬だけ、力がこもる。レナさんは、口に手を当てて、息を飲んだ。


「何時間くらい、続いたか、正直わかりません…30分くらいだったような気もしますし、

 もしかたら、1時間か2時間以上だったかもしれません…」


ソフィアはそう言って口をつぐんだ。ソフィアの手を握るアヤさんの手に、きゅっと力が入るのがわかった。

それから、アヤさんは、今度はすっと息を吸った。そして、さっきソフィアがしたようにクッと力を込めて

「怖かったろう」

と掠れた声で言った。

「はい…」

上ずった声でそう返事をした途端、ソフィアの目から、ボロボロと大きな涙がこぼれ出した。


「私っ…きっとそう言うことされるだろうって、覚悟はしてました…もし、そうなったら、舌を噛んで死ぬか、

 そいつらに殺されるまで抵抗してやろうって、そう思ってました。でも、いざそうなってみたら、私、怖くて、怖くて…

 なにも、なにもできなくて…動けなくなって…震えちゃって…脱がされて、あちこち触られてから、それから…

 なんども、なんども…。逃げたいのに、逃げられなくて、怖いのに、気持ち悪いのに、汚されていくのに、

 私、自分で死ぬこともできなくて…ワケわからなくて、頭が、おかしくなっちゃったみたいで…

 バラバラになっちゃんたんです、私っ…命はあるのに、心が死んじゃったんですよ…

 ばらばらに、ぐしゃぐしゃに、壊されて、荒らされて、汚されて…!もう、そこからは、なんだかもう、ただ悲しくて…

 なんで生きてるんだろうって、どうして、こんなところにいるんだろうって、そんなことばっかりが頭をぐるぐると回るだけで…!」


ソフィアがあの時、何を感じていたかなんて、初めて聞いた。ううん、あたし達は聞かなかったし、聞けなかったんだ。

だって、それがどんなにか辛くて苦しいことだったか、想像できないことが、分かってしまっていたから。

想像しようとすれば、あたし達の何かが、ソフィアによって壊されてしまいそうに感じていたから、

確信があったから、誰も、誰ひとりそんなことは聞けなかった。

 アヤさんも、辛そうだった。その表情は、まるですべてに絶望しているようだった。

悲しみと、怒りとがぐしゃぐしゃになったような顔をしている。レナさんはより一層、悲しい表情をしていた。

気が付けば、話を聞いていた二人は、寄り添うようにして、アヤさんの開いている方の手を、レナさんが両手でギュッと握りしめていた。

 あぁ、この二人は…あたしは気が付いた。

 この二人の絆は、とっても強いんだ。きっと、もしかしたら、ひとりずつでは、ソフィアの話を十分に聞くことができなかったかもしれない。

二人は今、お互いに何かを確認し合いながらソフィアの話に耳を傾けているんだ。

「そうだろうね…ソフィア…辛かったよね…良く頑張ったよ…良く、生きててくれたね…!」

レナさんもいつのまにか泣いていて、大粒の涙をこぼしながらソフィアに声をかけている。

ソフィアは、レナさんの言葉を聞いて、大きく、何度もうなずいた。


「3人が一通り、私の相手をして、二週目に差し掛かった時にマライアが来てくれたんです。

 部屋の前を通りかかって、そいつらに、脅されて、でも逃げることが出来ましたそれから、次の男が終わる直前に…急に電気が消えたんです」

「電気が?」

アヤさんが聞くと



「はい。ダリルさんが、工作活動をしてくださったらしくて、暗闇の中、隊の皆さんがと突入してきてくれて、

 私は、あの取調室から逃げ出すことができました。そう言えば、あの狭い独房と、あの狭い取調室以外の世界の外には、

 ちゃんといろんな場所が広がっていたんだってことと、外に出て感じました。

 それから、隊長たちに連れて行かれて、地下水脈のあるエリアで…」


「殺したんだな…」

アヤさんが低い声で聴くと、ソフィアは

「はい」

と声に出して返事をした。


「銃で、脚と肩を撃ってから、股の、その、急所に、銃口を押し付けて、引き金を引きました。

 それから、何度も何度も、私、そいつらの股を蹴りました。

 血を噴きださせてて、口も塞がれてたから、大声が上げてませんでしたけど、苦しんでました。

 殺してやろうと思ったわけではないんです、正直。

 でも、もうその時には正しい判断もできなくなっていいて、そんな壊れた心が訴えかけてくるのは、

 目の前の男どもを、全部、ひとり残らず、恐怖と痛みと後悔と絶望に陥れてから殺そうって、そんな感じで…

 銃が撃てなくなってからは、岩出顔面を何度も殴って、それこそ、顔が陥没据えるほどに殴って、ひとり残らず、殺しました」


「そうか…それで、多少は気が晴れた?」

アヤさんが聞くと、ソフィアはうつむいた。


「いいえ。正直、まともに物を考えていることもできない状態で…

 そのときはとにかくその気持ちで、あとは実は、細かい記憶はあまり残ってなくて、

 あいつらのうめく声と、銃の反動と、血が吹き出るようすと、蹴ったり、殴ったりした感覚だけが、妙に鮮明に残っているくらいで…」


「まぁ、そんなもんだろうな…気休めにはなるが、根本の解決にはならないし…

 まぁ、今後のことを考えても、どこかでなんらかの形で潰しておかなきゃいけないヤツらだった。

 多分そいつら、レナを殴ったのとおなじMPだ。

 あの時は、状況的に不利だったから放っておいて、レナの逃亡のことを最優先にしていたけど、

 やっぱり、あの場でアタシが潰しとくべきだったのかもしれない…ひどい役回りをやらせちまって、悪かったな」


アヤさんはそう言ってソフィアに謝った。ソフィアは首をぶんぶんと横に振った。

 それからアヤさんはチラッとレナさんを見やった。レナさんは、力強い目で、コクリとうなずいた。

まるで、無言で何かを確認しているようだった。

 それから、アヤさんはしばらく虚空を見つめていたかと思ったらふっと口を開いた。

「話してくれて、ありがとう。つらいことを思い出させちゃって、ごめんな…」

「もしかしたら、たぶんアヤが助けに来てくれなかったら、私もソフィアと同じ目にあっていたと思う。

 そう考えたら、私もさんざんに殴られたけど、それも、心を仮死状態にまで閉じ込めたって怖かったけど、

 それ以上のことがこんな身近であったなんて…あなたの言う、心がバラバラにされて、砕かれてしまった、っていう気持ち。

 想像できるよ…まるで、底の無い、ぽっかりとした真っ黒な穴が開いてしまったみたいな…

 それが、そうなってしまう経験て言うのが、どんなに辛くて、どんなに怖くて、どんなに不快で、どんなに悲しいことだったか…って」

レナさんもハラハラと涙をこぼしていた。相変わらず、レナさんはアヤさんのそばに寄り添って、手を固く握っていた。

それから、不意にアヤさんが、何かを決心したように話を始めた。


「あのさ、実は…知り合いってか、んまぁ、ちょっと面倒見てた子がね、おんなじ目にあったことがあるんだよ。

 戦争が始まった直後くらいに。

 それこそ、この北米戦線でジオンに追われて、ジャブローに撤退してきた部隊がさ、街で、そのアタシの知り合いにそう言うことしてね。

 まぁ、そいつらは、アタシが再起不能にしてやったんだけど…と、で、アタシ、それから、その子と一緒に、なんて言ったっけな、

 サイコセラピー?みたいなのに何度か着いて行ってたんだけど、その時の先生がさ、言ってたよ。

 『心の中の傷は、膿を出さないと治らないもの。だからいっぱい吐き出して。全部吐き出したころには、不思議と傷も塞がっているもの』

 だって。だからまぁ、あんたもいろいろあるんだとは思うけどさ…

  そうでもしないと、新しいこと生活つくろうったって、そんな気も起らないと思うし。

 いや、知り合いがそうだったから、ね。だから、まぁ、ほら!こいつらバカだけど、気のいい奴らだしさ!

  いっぱい吐き出して良いんだぜ!バカはバカなりに、黙って話聞いて、なんにも言ってやれない代わりに、

 あんたから離れずにそばにいてくれるからさ!ちょっとずつでいい。

 こいつらを、信じれるようになってくれれば、かならず、なんとかしてくれるよ」


アヤさんがそう言うと、レナさんも明るく笑って


「うん!私もそう思う。私もアヤに助けられた。アヤも黙ってそばにいてくれて、明るく楽しくしてくれた!

 だから、きっと皆さんを信頼していいと思うよ!あとね、なるべく太陽に当たること!元気になるし!」

とソフィアに言った。

 ソフィアは…まるで急に明るい光に照らされたみたいに、ハッとなって、そして、それからテーブルに突っ伏して

「ありがとう…ありがとう…」

と何度もつぶやきながら、泣き崩れてしまった。

 あんな気持ちを、ずっと胸の中に抱えていたんだね。ごめんねソフィア。

あたし達には、どうすることもできなかったことだったと思う。ずっと一人で抱えさせて、ごめんね。

今ので、ソフィアのすべてが変わったなんて思わない。でも、でも。

あのアヤさんが、ううん、レナさんも、二人で、ソフィアに何かを与えてくれたような感じがした。

泣いているソフィアを見ても、彼女は、何かを受け取ったんじゃないかって、思えるような気がした。

 そうだ、あたしには、こんなことはできなかった。だから、アヤさんに話してほしかった。

それが、今、あたしができた一つのこと、だ。

「あぁ、そんなことあったなぁ…ありゃぁ、ヤバかったよなぁ」

不意に隊長が言った。

「あぁ、そうっすねえ。さすがに俺も止めましたからね」

フレートさんが言う。

「お、おい!その話は…やめろ!」

アヤさんが急に顔を青くして動揺し始める。


「なにかあったんですか?」

レナさんが隊長に聞く。

「あー!レナ聞くな!隊長も…黙れこの野郎!」

「うわぁぁ!アヤが暴れ出したぞ!」

「や、野郎ども!アヤを止めろ!」

「無理です」

「いや、怖いです」

「痛いのイヤなんで俺は知りません」

「ちょ!私聞きたい!アヤ、お座り!」

いつの間にか泣き止んでいて、でも涙目だったレナさんがアヤさんを押さえつけて、イスに押し戻すと、

まるで後ろから抱き着くみたいにしてアヤさんを拘束した。いや、そんなので捕まるアヤさんじゃないと思うのだけれど…

 あれ、おとなしくなった…?


「ようし!ナイスだレナさん!じゃぁ行くぞ!」

「やめろー!」

アヤさんがジタバタと脚を踏み鳴らす。


「あれは、たしかパトロールのあとだったなぁ。アヤの知り合いってのから、そんなことがあったって連絡があって、

 アヤがその子たちのところに話を聞きに行ったんだ。それまでは良かったんだが…

 帰ってきたアヤはもう、目の色が変わってた。

 で、その子たちから聞いた、その連邦軍の部隊の隊章だけを頼りに、その部隊を特定したんだ」


「あーもうホントやめてくれ!その話!」

アヤさんはそう怒鳴る、けど、レナさんが押さえつけているからか、抵抗はしていない。

「それで!それで!?」

レナさんはすっかり興味深々そうだ。あたしも、それはまだ配属される前の話で聞いたことがない。

この様子だと、まだあたしの知らないアヤ・ミナトの武勇伝があるようだ。


「うん。で、こいつは、ある朝、基地内で、その部隊と出くわした。もちろん、俺たちも一緒で、話は聞いてたからよ。

 アヤがそいつらに突っかかっていくのを別に止めたりはしなかったんだが…それがそもそも間違ってたんだ。

 突っかかっていく、なんてぇレベルじゃなかった」


隊長はそこまで話して、わざとらしく身を震わせた。



「相手は、北米からジャブローに来た陸戦隊の1個小隊、40人。

 アヤは…そもそも全員をぶちのめすつもりだったんだろうな。

 それこそ、こっちの声なんか聞こえない様子でそいつらに殴りかかった…それから、ほんの10分もなかったと思うが…

 こいつ、ホントにそいつら全員をぶちのめしたんだ…」

 「よ…40人を…?」

「そうだ。しかも、事が終わったあと、その一人を締め上げて主犯を聞き出したアヤは…

 それこそ、本当にそいつらのナニを全部蹴り潰して『再起不能』にした…」

隊長はまるで怖い話でもするように言った。隊のみんなも、黙って、わざとらしく身を震わせている。

「アヤ、本当!?」

「…おおむね事実…」

レナさんが驚いている。


「あの時のアヤはバケモンみたいだったな」

フレートさんが言った。

「いや、悪魔だ」

ハロルド副隊長が言う。

「そんな生易しいもんじゃない」

ヴェレリオさんも口をはさむ。

「ああいうのはな、鬼神っていうんだよ」

ダリルさんが言った。

「鬼神…なんかそれってちょっとかっこいいな!」

フレートさんが唐突にそう言って笑いだした。

 何事かと思ってみたら、アヤさんが真っ赤な顔をしてフルフルと震えている。

「おい鬼神!お前、あんな無茶はもうすんなよ!事後処理大変だったんだからな!」

隊長も、笑いをこらえながら言っている。

「アヤ・鬼神・ミナト少尉に、敬礼!」

ダリルさんがそう言うと、みんながビシッとそろって敬礼してから大爆笑した。

あたしには何が面白いのかはさっぱりわからなかったけど…その場面を見たことのある人には、きっとそうとう可笑しいんだろう。

 それから夜になるまで、あたし達はみんなでアヤさんとの時間を楽しんだ。

あたしも、久しぶりのアヤさんと、もっともっと話をしたいって思った。この時間を楽しみたいって、そう思った。

今は、この幸せを感じていたい。ただ、ただ、そう思っていた。明日はきっと、激しい戦いになる。

あたしとソフィアには、行かなきゃいけないところがあるんだ。


本日は以上です!
お読みいただき感謝!

アヤセンパイ、マジパネッス!ww

そろそろストックが怪しいですが…とりあえず次回は明日!



アヤさん、ガンダムの主人公らしい無双っぷりだね@肉弾戦

13機のドムが全滅だと!?3分ももたずにか……
コンスコンさんの絶望の再現かw

おつー

ダイニングバー、ホントに不味かったんだな…ww

>>406
感謝!
コンスコンさん参考にしてますwwww
BDのすごさがイマイチ表現できなかったので
とりあえずコンスコンさんのとこ以上に落としとこうと思ってww

>>407
かんしゃー!
マジで不味かったぽいですww
てか、こんな小さなネタを拾ってくれてうれしすww

ガンダムはよくわからんけど好き
これを気に見てみようかな

>>409
そういってもらえるとうれしいです!
登場したキャラ探しとかしてみてください!ww

こんばわー!
続き投下いたします!


 食事を終えて、アヤさん達がみんなに別れを告げて店を出た。

隊長が、あたし達の乗ってきたホバーに二人を案内するとのことだった。隊長は、軍のジープに乗る。

あたしは、あたしの都合もあって、アヤさん達を追って店を出た。

「ね!アヤさん!あたしも最後まで見送らせて!」

あたしは、アヤさん達の乗った車の前に出て、道をふさぎながら言った。

「悪いよ!あんたらもまた明日任務があるんだろう?早く休んだ方が良い」

アヤさんはそう言ってくれたけど、あたしは止まった車の後部座席に無理やりに乗り込んだ。

小さい車で、後部座席は二人の荷物置き場になっていたけれど、かまってなんかいられない。

「おいおい、なんだよ?」

乗り込んだあたしにアヤさんがいぶかしげに聞いてくる。

「いいでしょ!お願い!」

あたしは頼んだ。もちろん、街の外へ行くには隊長の車に乗って行けば済む話だけど、あたしはアヤさん達と一緒に居たかった。

アヤさんとレナさんを見ていたかった。ふたりがここにたどり着くまでにどんなことを経験してきたかは、話で聞いた。

でも、経験だけじゃない。二人には、特別な絆が出来上がっていることに、あたしは気が付いていた。

あたしは、その絆のことをもっと知りたかった。あたしとソフィアが、こんな関係になりたいから、と言うわけじゃない。

でも、ここまで強く結びついている二人が、お互いのことをどう感じているのかを知りたかった。

だって、それは、あたしがいままでしてきたことのない、誰かと向き合った結果に違いないんだ。

あたしは、あたしのために、ソフィアのために、ふたりが何を思ってこうして一緒にいるのかを知りたかった。

「ったく、見ない間に、ちょっと凛々しい顔つきになってたかと思ったら、そう言うところは変わってないな!」

アヤさんはそう言って笑った。ちょっぴり、うれしかった。

やる気を出したからって、あたしがあたし以外の何かになることなんてありえない。

アヤさんの言葉はそのまま、今までのあたしが、ちょっと凛々しくなったんだと言ってくれているのとおんなじだった。

 アヤさんが車を走らせる。

「ね、アヤさんはどうしてレナさんを助けようと思ったの?」

あたしは早速アヤさんに聞いてみた。

「なんだよ、藪から棒に?」

そりゃぁ、そう思うだろうけど、でも、街の外までなんてすぐだ。時間がないんだ。

「いいでしょ!教えてよ!」

あたしが言うとアヤさんはえーと不満そうな声を上げながらすこし黙って

「そりゃぁ、あんた…レナがアタシを信じてくれたからだよ」

と言った。


「信じてくれた?」

あたしが聞くと、アヤさんは胸を張って

「そうさ!レナは、初めて会ったときに、アタシを信じて、一緒に過ごしてくれた。

 それに、アタシを守ってくれるって言った。敵だったのに!アタシはそれがうれしかったんだ。ただ、それだけだ…な?」

と言い、レナさんに同意を求めた。

「え?うん、そう、だね」

レナさんはちょっとびっくりしていたけど、そう返事をして笑った。

「じゃぁ、レナさんは、どうしてアヤさんと一緒に行こうって思ったの?」

あたしは今度はレナさんに聞いてみた。節操がないな、なんて思われているかもしれないけど…

「私?私は…うん、地球じゃ、アヤの力を借りないと、どこにも行けないだろうっていうのも正直あったんだけど…

 でも、私も同じ。アヤが、私を守ってくれる、っていうから。それなら、私もアヤを守らなきゃ、守りたい、そう思ったの」

レナさんは、すこし照れた様子だった。

 守る、守られる…確かに、それは固い絆なのかもしれない。アヤさんが隊で、あたし達を守ってくれたのと同じ。

アヤさんにとって、レナさんはきっと家族なんだ。でも、それだけじゃない気がする…

だって、アヤさんのレナさんへの感じは、隊の外の誰かとも全然違う。もっと特別な家族なんだって思える。

それは…夫婦っていうか、恋人同士に似ているけど…でも、二人は女同士だし。

そういうことでもないんだろうな。

だけど…うん。わかった。守る、なんて、口で言うのは簡単。でも、実際やるとなったら難しいことだ。

それを、二人はまるでこともなげに口にした。それは、口から出まかせでも適当でもない。

二人は本気で、心からそうしたいと思っているから、こんなことを簡単そうに口にできるんだ。

そう、本気、だ。きっと、この絆は、二人のそう言う気持ちが作ったものなんだろう。

 「なんなんだよ、マライア。そんなこと聞いて?」

アヤさんがあたしに聞いて来た。あたしは、なんだか笑ってしまった。

でも、今の二人に、これからのあたし達のことを話すわけにはいかなかった。

だって、もし知ったら、この二人はもしかしたら、すべてを投げ打って手伝おうとしてくれてしまうかもしれない。

そんなこと、正直あんまりしてほしくなかった。二人には、目的があって、それを達成してほしいと思うし。

なにより、今回あたしは、できることは全部、できないこともできるだけやろうって決めたんだ。

隊長の手も、アヤさんやダリルさんの手も借りないで、あたしがどこまでやれるのか、誰の手も借りないで、

どこまで戦えるかやってみたいんだ。命がけで。


「えへへ!ナイショ!」

あたしはアヤさんに言ってやった。

「あぁ?なんだよ、それ!」

アヤさんはさも不機嫌そうにあたしに言ったけど、そんなこと全然気にしない!

 車は、街のはずれの洞穴に到着した。昨日の夜に隊長にはここへ案内してもらった。

本当は、あたしとソフィアがまた使うはずだったホバー。

でも、アヤさん達には、これは必要だ。隊長は他にもいくつか手段を隠してくれていると言った。

手を借りない、なんて言いながら、そこはちょっと情けないけど、まぁ、細かいことはいいんだ!

 「へぇ、なんだこいつは?」

洞窟に着いたアヤさんが、車をホバーの荷台に積み込みながら隊長に聞いている。

「詳しくは知らんが、ダリルが言うには現地改修車じゃねぇかって話だ。くっついてんのは連邦軍の対戦戦艦用の120mm実弾砲。

 モビルスーツなんかでも、狙撃翌用ライフルとして装備してるやつがいるが、まぁ、その銃身を徹底的に切り詰めたもんのようだ。

 そんなんだから、遠距離での命中精度は当てにならんが…ないよりましだろう」

隊長が説明した。うん、その大砲、うるさいし、全然当たらないから、頼りにしない方がいいよ、アヤさん。

 あたしは心の中でそんなことを思いながら、隠れて、自分の指にキスをして、その指をホバーにギュッと押し付けた。

ジャブロー防衛軍が良くやる「おまじない」だ。

パイロットや整備員たちが、自分や乗り込んでいく人たちを無事に返してくれるように、ってそうして機体にお願いする。

人によっては直接機体にキスする人もいる。誰が始めたかわからないけど、とにかく、あたし達を守ってくれたホバーだ。

お願いだから、アヤさんとレナさんを、どうか無事に目的地まで届けて…あたしは、そんな願いを込めていた。それから、

「アヤさん、レナさん、どうか気を付けて」

と声をかけた。

「あぁ、わかってるよ。ここまで来てヘマしてたまるかってんだ」

アヤさんはそう言って笑い、それから

「お前も死ぬなよ、マライア。この作戦が終われば、戦場は宇宙になる。

 アタシら地上部隊はお役御免で、あとはのんびりジャングル警備生活だ」

なんて言ってくれた。うん、あたし頑張るよ!だからまた、生きて会おうね、アヤさん…

「はい!」

あたしは出来る限る元気よく返事をした。

 それから、隊長にお礼を言うレナさんにアヤさんが声をかけて、二人はホバーに乗って洞窟を後にした。夜の暗闇の中に、ホバーは消えていく。

「無事だと、いいな…」

あたしがポロッとつぶやくと、隊長がドンっとあたしの背中をはたいた。

「あいつは、お前に心配されるほどのヘタレじゃねえよ。あいつは、やると言ったらやるやつだ。信じろ」

隊長はそう言った。

なら…

「なら、隊長。あたしのことも、信じてくださいね」

隊長にそう言ってやった。すると、隊長は意外そうな顔をして、それから大声をあげて笑った。

「だはははは!なんだ、一丁前に!実績のねえやつなんか信用できねえよ!」

「ど、どうしてそんなこと言うんですか!」

「信用できねえから、勝手にやりやがれ。無事に戻ってきたら、そんときには信用してやる」

隊長は言った。もう…この人には絶対にかなわない自信があるよ、本当に。


 ザクザクという足音がした。見るとソフィアの姿あった。

「見送りはすんだ?」

「うん」

「良かった」

ソフィアはそう返事をして笑った。それから、隊長に深々と頭を下げた。

「最後まで、ご迷惑をかけてすみません」

「なに。あんたを助けたのは俺たちだ。最期まで面倒見れて良かったよ」

隊長はまたガハハと笑った。それからあたしの頭をポンッとたたき、それから、ソフィアの肩もポンっとはたいて

「やるだけやってこい。俺たちは、明日は補給隊の護衛でなにしてやれるかわからん」

と申し訳なさそうに言った。

「いえ、ここから先は、私情です。マライアに着いてきてもらうことすら、申し訳ないんですよ」

ソフィアが言うので

「もう!行くって言ったら、行くんだ、あたしは!」

と言ってやった。

「そうか。まぁ、とにかく、死ぬんじゃないぞ、二人とも。最期に、俺から手向けの言葉だ。
 
 しっかり頭の隅にメモっとけ。『ヤバくなったら逃げろ』それから、『考えるのをやめるな』。以上だ!」

「うん!」

「はい!」

隊長の言葉に、あたし達はそう返事をして、ソフィアの乗ってきた車に乗り込んだ。

 これからあたし達は、キャリフォルニアベースのあるサンフランシスコから南へ十数キロのところにある、連邦の旧軍工廠へ向かう。

そこの地下に、キャリフォルニアベースの最後のHLV打ち上げの護衛をする部隊が撤退するのに使うガウ攻撃空母が隠してある。

あたし達は、フェンリル隊をはじめとするジオンの最後の防衛隊に先だってそこへ入り、空母発進の準備と、

連邦軍の接近に備えての防衛線構築をする。連邦に嗅ぎ付けられれば、厳しい包囲戦になるだろう。

でも、ソフィアがやると言った。それなら、あたしもそれを支援する。それがあたしの決めたことだ。

 「マライア。ありがとうね」

車の中でソフィアが急にそんなことを言いだした。

「別に。あたしは、あたしがしたいことをするだけ。お礼なんていらないよ」

あたしが言うと、ソフィアはふふっと笑った。


「そう言うと思った。でもね、聞いて。あたしは、前にも言った通り、多分、無茶をする。

 なにかあったときには、自分がどうなっても、最優先で防衛隊の離脱を助けるつもり。

 だから、マライア。その時は、私に構わず、逃げて」

またそんなことを言っている。あたしは、なぜか、悲しいとは思わなかった。むしろ、なんだか腹が立った。

あたしが言うのもなんだけど、いつまでウジウジ言ってるんだ、っていう感じ。

「ヤダ!」

そうとだけ言ってやった。あたしは、死ぬつもりはない。

でも、ソフィアを見捨てるつもりも、死なせるつもりもない。

「マライア!」

ソフィアは悲鳴に近い声を上げであたしの名前を呼んだ。でも、あたしは動じなかった。


「あたしはね、ソフィア。あなたを死なせないと誓った。誓ったからには絶対に死なせない。

 正直、フェンリル隊や他の防衛の部隊がダメなら、仕方ないと思ってる。

 あなたがそう思うあたしをどう感じようが、そんなことも知らない。勝手に思ってくれていい。

 ひどいと思うのならそれでもいい。でも、あなただけは意地でも死なせない。

 もし『そのとき』抵抗するんなら、拳銃突きつけてでも、ぶん殴って引きずってでもあなたを危険から引き離す」

「マライア…」

彼女は、悲しそうな顔をした。うん、これがソフィアを苦しめることだってのは、分かってる。

でも、ソフィアには生きていてほしい。死を望む彼女を、あたしはそれでも生かしたい。

単なる同情かもしれない。もしかしたら、あたしのただのエゴかもしれない。だけど、誓ったし…罪滅ぼしだと思うところもある。

だって、あたしには、彼女を「見捨てた」罪がある。それに、同じ連邦軍が壊した彼女の心と体を救うすべはみつからない、

だけど、彼女の命だけは、せめて同じ連邦軍であるあたしが守らなきゃいけない。

あと、もっと言えば、このまま彼女を死なせてしまったら、あたしはきっと、ずっと彼女を救えなかったことを後悔する。

ホントは、あたしだってなんとかしてあげたいんだ、彼女の心を。

でも、あたしにはたぶん、それができない。

だからせめて、彼女の命はあたしが守って、いずれ彼女の心を救ってくれるなにかに、彼女が出会えるチャンスを紡ぎたい。

こんなところで死なせるわけにはいかないんだ。


「だから、いい?あたしを無事に隊長たちのところに帰したいんだったら、ソフィアも無茶はしないで。

 あたしは絶対にあなたを置いて逃げたりしない。あなたを死なせたりしない。

 あたしは、あなたが無事に、戦場を離れるまで付きまとう。どんな場所でも、あたしはあなたのそばであなたを守る」

あたしは言ってやった。ソフィアは、うるうると目を潤ませていた。

「ありがとう…ありがとう…」

ソフィアはハンドルを握って前を向きながら、なんどもそう言った。彼女の頬には涙が伝っていた。

その涙の理由はあたしにはちょっと良くわからないけど、きっとあたしの気持ちはソフィアに届いたはずだ。

 あたしにできることと言ったら、あなたの手伝いをすることと、そして、万が一の時にあなたの盾になることくらい。

だから、ソフィア。無茶だけはしないでね。もしもの時は、あたしだって命をはる覚悟はできてるけど、でも。

まだあたし、死んでやるつもりなんかないんだからね。ね、ソフィア。無茶は、本当に絶対にダメだからね。

 あたしは、心の中でそう思いながら、黙って、真っ暗な夜に伸びる道路を眺めていた。

以上です!
いつの間にか大詰め!しかし続きはまだ執筆中!ww
とりあえず、月曜日はお休みで良いよね?ね?ww

お読みいただき感謝!

カレンさんが死んじゃった辺りのアヤさんの台詞ですw
もう既にネタとして定着しちゃった感があるのでマードックさんの名前の誤字は見逃してあげて欲しいなぁとか(殴


チラ裏とは思えない完成度
カレンは無茶しやがって…

>>491
oh...
いっそ改名しようかな…w

>>492
あざっすw
カレンさん、最初名前だけだったんですが、キャラ付けしたら愛着がわきまして、登場させてみましたw

こんばんわー!
ちょろっと書いたオマケを投下します!

オマケにしてはやや長めで続き物ですが。

とりあえず、前半部!



Extra3



「嵐のー中でかがやいーてっそっのー夢をーんふふふふふーん♪」

「なんだよ、レナ、今日はいやにご機嫌じゃないか」

ワクワクしてしまって鼻歌なんか歌っていたものだから、アヤに見つかってしまった。

「そ、そうかなぁ?私、アヤと一緒にいるから毎日楽しいし、今日が特別ってわけじゃないよ?」

ニッコリ笑顔でそう言うとアヤは相変わらず顔を真っ赤にして私から目をそむけた。

「そ、そういうの、やめろって!返事に困るだろ!」

「えへへ!照れ屋なんだから!」

私はそう言って、洗濯機から出したシーツを表に干しに行く。

 危ない危ない。浮かれすぎてて、危うく問い詰められるところだった。変に誤魔化しても追及されたら私の負けだからね…

そんなときは、ああしてちょっと恥ずかしいことを言ってあげれば、アヤの方から話題をそらしてくれる。

私もだいぶ、アヤの操縦がうまくなってきたかも。まぁ、その分、私もことあるごとに操縦されまくっているのも事実なんだけど。

 シーツを物干しにピンピンに伸ばして洗濯ばさみでとめる。今日も天気が良いなぁ!

「おーい、レナ!アムロさんたち、送って来るな!」

アヤが玄関から出てきて声をかけてくれた。

「はーい!」

 このペンションは、なぜだか退役軍人や地球に赴任して来たり、休暇でやってくる軍人が良く利用する。

連邦だけじゃなくて、最近ではジオン共和国からの観光客とか、元ジオン兵なんかもやってくる。

たまに、元ジオン軍の兵士と連邦の現役の兵士なんかが一緒になると、一瞬、怖い空気になることがあるんだけど、

そこは私とアヤの得意分野だ。間に割って入って行って、

一緒にお酒でも飲みながらカードしたり釣りをしたりクルージングをすればたちまち友達にしてあげられる。

 なんで軍人ばっかりたくさんくるのか、と言ったら、まぁ連邦の方は誰が言いふらして…

じゃない、宣伝してくれているのかはだいたい想像はつくけれど…ジオンの方は、正直見当がついていない。

もしかしたら、シャルロッテかもしれないかな。

 3日前から来ていたのは、アムロさんとセイラさんっていう、連邦の軍人さんのカップル。

なんだかちょっぴり秘密の関係みたいで、あんまり直接は深い話は聞けなかった。

聞きたいような、聞いたらすごくどろどろしてて怖そうな、妙な気配がしていたので、積極的にやめておいたんだけど。

 アヤはこれから、その二人を海を渡った南側にある大きな街の空港に連れて行く。

いつものことだけれど、今日ばかりは願ってもないチャンス。実は、今日はアヤの誕生日。

これは一週間前に、マライアちゃんからこっそり連絡があって知ったことなのだけど、

予定を合わせて隊のみんなが来てくれるのだという。

アヤがお客さんを空港まで往復3時間かけて送ってくれるのは毎度のことなので、

送りに行ったすきに、隊のみんなをペンションに迎えいれて、サプライズパーティーの準備をしようと言うことになった。

 私は、ポンコツに乗って敷地を出て、港の方に行くアヤを見送ってすぐにPDAを取り出して電話を掛けた。

「もしもーし!マライアです!レナさん!?」

マライアちゃんが電話に出た。相変わらず、子犬ちゃんだな、この子は。

「うん、私。アヤ、今出て行ったよ。来るなら、このタイミング!」

「おー!了解しました!これからすぐに行きますね!」

私が言うと、マライアちゃんはそう明るく返事をして電話を切った。

 実を言うと、彼らは昨日のお昼には、通常のフェリーを使って島へ渡ってきて、島の観光用のホテルに宿泊していた。

企画はきっと隊長なんだろう。だとしたら、アヤでも察知することは困難であると言わざるを得ない。

これはどんなリアクションするか、楽しみだ。

 私はそんなことをニヤニヤ考えつつ、今日はここの宿泊する隊のみんな分の部屋の準備をする。参加者は20名と言う話だ。

オメガ隊が8人とレイピア隊が10人…あとの二人は誰だかわからないけど、

もしかしたら、隊の他にもアヤの友達がいるのかもしれない。あ、もしかしら、アルベルトあたりかな?

 「レーナさーん!」

そんな声が聞こえたので、私は慌てて下の階に降りて玄関を開けた。

ぞろぞろと20人、ペンションの前に、今や遅しと詰めかけていた。

「皆さん!お久しぶりです!いらっしゃいませ!」

一応、ペンションのオーナーBとして、丁寧にあいさつだけしておく。

「悪いな、こんな人数で押しかけちまってよ」

隊長が言った。

「いえ、良いんです。お客さん、今日から3日は予約入ってなかったので。使っていただければ、それだけ潤いますしっ!」

「おい、隊長、大丈夫か?!レナさんぼったくろうとしてないか、これ!?」

フレートさんが楽しそうに悲鳴を上げている。

「そう言えば、20名、って聞いてたんですけど…オメガ隊と、レイピア隊と他にどなたが?」

私が聞くと、みんなが一斉に笑顔になった。なんだろう、とびっきりのゲストってことなの?

 その表情を見て、私もワクワクがさらに盛り上がってしまう。

「それじゃぁ、ご紹介!まず、ゲスト一人目はこちら!」

マライアちゃんがそう言って前に押してきたのは、車イスに乗った、ソフィアだった。

「ソフィア!」

私は思わず声を上げていた。あれから、ずっと会ってなかった。

腕と脚を爆破でやられた、ってのはあの作戦の直後に聞いていて、ちょっと気にかかっていた。

「レナさん、お久しぶりです!」

ソフィアは笑顔で言った。でも、その瞳の中には、まだかすかに、悲しみが浮かんでいるのを私は見逃さなかった。

 大丈夫、ここで過ごしてもらえればきっと元気になってもらえるはず!

 そんなことを考えていたらこんどはダリルさんが

「で、第二の特別ゲストが、俺たちも驚いた、こいつだ」

そう言ってダリルさんが紹介したのは、私は見たことのない女性だった。

ぽかーんとしてしまって、首をかしげる私に、ダリルさんは笑って

「知らないよな。まぁ、無理もないか。そこんとこも含めて説明と準備をしたいからよ。できたら中を見させてくれよ!」

と言った。いけない!うれしくってたくさん話をしたくって、こんなところに立たせっぱなしだった。

今日の誕生日会の会場はホールにすることになっている。

とりあえずみんなをそこに通して、それからそれぞれにこの島の特産のお茶をキンキンに冷やして振る舞った。

それから私は、その女性について話を聞いて驚いた。まさか、そんなこと、ないと思ってたのに…でも、きっとアヤも喜ぶはず!

私のウキウキ気分はもう、はち切れ寸前だ!

お茶を終えてから私たちはいそいそとホールに飾りつけをした。

さすがに料理の準備をしていたらアヤにバレてしまうから、ケータリング少しを頼んで、

それから、庭でバーベキューだ!お酒もいっぱい買い込んだし、あと、なぜかフレートさんが絶対必要と言っていたので、

安物のバケツを3,4個買って、庭においてある。

何に使うのだろう?

それにしても。ホールに飾りつけをして、マイクとスピーカーをつけて、一番あたしが楽しみにしている、

「アヤ・ミナト、入隊から除隊までの軌跡」と言う自分がやられたら絶対にただの嫌がらせでしかないだろう、

恥ずかしい過去を暴露するというダリルさんが作ったVTRを流す準備もできた。

そうこうしている間にケーキも届いて、準備は万端になった。おっと。忘れるところだった。

部屋でカメラのバッテリーを充電していたんだ!これだけはいつでも手元に持っておかないと、

シャッターチャンスがいつ来るかわからないしね。写真だけじゃなくて、動画も撮れる高機能のカメラだから、

いっぱい撮って、で、次の誕生会まで何度も見てアヤと楽しんで…と言うか、アヤを笑ってやるんだ!

ちょっと性格悪いかな?良いよね、いつもおんなじようなことされてるし!

楽しみながらやっていれば3時間なんてすぐに経ってしまう。不意にPDAから音楽が鳴り始めた。

「もしもーし?」

「あぁ、レナ。戻ってきたよ。何か必要なものあるかな?出かけついでだし、何かあれば仕入れていくけど」

優しいんだから。でも、今日はもう、とっとと帰っておいで!

「ううん、今日は大丈夫。ちょっと早いんだけど、今日の団体のお客さんがもう到着しちゃってるからさ、

 チェックインまでの間、海とか見せてあげてほしいんだ!」

私はそう言っておいた。これならアヤは飛んで帰ってくるだろう。

「あぁ、そなんだ!わかった、すぐ帰るよ!」

アヤの明るい返事が聞こえて、電話が切れた。

「みなさん!アヤ、帰ってきます!」

私が大声でそれを伝達すると、場の空気が一瞬にして変わった。

「よし、お前ら!今日はこれより、オメガ隊隊長であるレオニード・ユディスキン少佐が全面的に指揮を執る!

 ユージェニー少佐には補佐をお願いする!では各自、所属の持ち場へつけ!作戦開始だ!遺漏は許さんぞ!」

隊長はいつになく、と言うか、いつもはしない感じの指揮を始めて、隊員たちもいつもはしなさそうな、

限りなく無駄に迅速な配置確認を行っていく。

「こちら扉前クラッカー班長!扉左手、配置完了!右手側、状況を知らせよ!」
「右手側の準備も完了だ!発射のタイミングは、班長へ一任する、オーバー!」
「中央クラッカー部隊も配置完了。目標が射程圏内に入り次第、全火力を持って迎撃する!」
「えー、こちら紙ふぶき班。もう一度確認する。紙ふぶきはクラッカーの直後で了解か?」
「その通りだ!」
「了解、では配置は完了だ」
「こちらゲスト紹介班!最初にソフィア、次に超ビックリゲストの順番で問題は?!」

「順番の件は了解だが、タイミングが命だ。クラッカーと紙ふぶきでビックリしている間に、

 立て続けに突撃して紹介せよ!目標に考える暇を与えるな!隙を与えればヤツは必ず反撃に転じるはずだ!」

「了解しました!全力で当たります!」

本当に、この人たちは…もう、笑うしかない。

「隊長!車のエンジン音を確認しました!」

「よし、誘導班!ただちに行動に移れ!」

誘導班とは、私のことだ。その任務は、帰ってきたアヤをこの部屋に誘導するだけ。

でもまぁ、ここは乗っておいた方が楽しいことくらい私だってわかるんだ。

「了解、隊長!これより目標と接触します!イレギュラー発生の場合には、非常サインを発報するので、支援願います!」

と仰々しく行って私はみんなに敬礼をしてから、ホールを出た。

アヤはすでに玄関を入ってきていて、給水器で水をコップに注いで飲んでいた。

「あーお帰り!お疲れ様!」

私の顔を見るなりアヤは首をかしげて

「なに?ニコニコして。なんか楽しいことでもあったの?」

と聞いてくる。

「うん!今来たお客さん、なんか変な人たちなんだけど、すごい面白いんだ!アヤも会って話してみてよ!笑っちゃうんだから!」

と言って私は、アヤの背中を押してドアの前に誘導する。

「そうなのか?んじゃぁ、海のリクエストもついでに聞いておくかな」

アヤは、全く疑いもしないで、ドアに手をかけてギイッと開けた。

 途端。まるでアヤが機関銃で撃たれたんじゃないかって思うくらいのクラッカーの音とともに、野太い声が中心になって

「アヤミナト元少尉!ハッピーハースデーイ!!!」

と言う合言葉が響いた。

「あ、あ、あ、あんた達、こ、ここで何してんだ!?」

戸惑うのも無理もないだろう。私はささっとアヤの横を抜けてホールに入ると、カメラを持ってアヤに向かってシャッターを切る。

 そこへ、ソフィアを連れたキーラさんがやってきた。

「あ!ソフィアじゃないか!なんだよ、怪我、大丈夫なのか!?」

アヤの顔がぱぁっと明るくなる。

「おめでとうございます!マライアから話を聞いて、ぜひお祝いしたいなと思って来てみました!」

そう言うソフィアを抱きしめるんじゃないかっていう勢いでアヤは

「ありがとう!すげーうれしいよ!」

とはしゃいでいる。そしてソフィアが退いた。立て続けにリンさんがアヤの前に立って、ふいっと横にそれた。

そこから姿を現した女性を見てアヤはもう、まるでこの世のものとは思えない、幽霊でも見たような、愕然とも呆然とも取れない、すごい顔をした。

もちろんシャッターは切った。

 いつも私に言うから、反撃だけど、本当に口をパクパク、パクパク、まるで釣り上げられた魚みたいにマヌケ顔をしてから、

ゆっくりと女性の頬に触れて、それが幻やなんかじゃないってのを確かめたのか、彼女の名前を叫んで、飛びついた。

「…カレン…カレン!カレン!!あんた!生きてたんだな!!」

そう叫ぶアヤは、本当に、本当に、子どもみたいにはしゃいで、うれしそうだ。

そんな笑顔を見ているだけで、私も気持ちが暖まる。今日はいっぱい楽しませてあげるんだからね!もう、忘れられないくらいに!

 私は、誰にも悟られてはいないだろうけど、こっそり、そう心に決めていた。


「んで、なんで生きてんだよ、あんた?」

「えぇ?なに、死んでればよかったみたいな言い方に聞こえますけど?元少尉?」

「連絡も寄越さないで!こっちの気持ちにもなれよ、バカ!」

アヤは、照れくさそうにしてプリプリ怒っている。

「仕方ないだろ、あたしだって、死んだと思ったんだよ、実際。

 旋回して銃撃避けたら上からトゲツキが降ってきて、よけきれなくてね。

 でも、なんの因果かね、機首だけが、ちょうどわきの下すり抜けたみたいで無事でさ。そのまま機首ごと地面にまっさかさま。

 そんな状態じゃ脱出したって、パラシュートに巻かれて助からないと思ったからね。

 何とか地面に激突する衝撃だけでも和らげようと思って、激突ギリギリでイジェクションレバーを引いたんだよ。

 下はジャングルで、木に引っ掛かりながら落っこちてね。重傷だったけど、一命は取り留めてた」

「へぇ、悪運強いな」

「まぁ、伝統だね」

二人はそうして笑い合う。

「そこから、救助を身動きできないまま救助を待つこと、4日。それが一番つらかったよ。

 結局意識ももうろうとしているところに来たのは民間の漁船でね。そのまま街の病院へ連れて行かれて、そこから2週間昏睡。

 で、連絡できるようになったころには、お揃いで北米に出立してて、誰もいなかったってわけさ」

「そっかそっか…大変だったんだなぁ、あんたも。

 まぁ、生きてて良かったよ。日頃の行いが悪いから、そういう目に遭うんだろうけどな」

「ばか言わないで。日頃の行いが良いから助かったんでしょう?」

「はいはい、言ってろよ」


そう言いあってからまた二人は笑う。なんだろう、変な関係だな、この二人は。他の隊員たちとはまた別だ。

お互いに「絶対に合わない」って思いながら、でも、お互いのことを尊敬していて、買っている。

憎まれ口をたたきながら、でも、心のどこかではちゃんと厚く信用している。

アヤもそうだけど、カレンさんも素直になれないタイプみたいだし、

やりとりを聞いているとなんだかおかしいけど、でも、見ているとなんだかほほえましい。

 「しっかし、ここは住むにはいいところすね」

「ああ、気候も良いし、物価も安い。おう、ジェニー、どうだ、軍をやめてここに隠居でもしないか?

 道路の向こう側の屋敷買い上げて、ペンションでも開こう」

「なんだい、そのプロポーズ?もうちょっとまじめにやってくんないと蹴っ飛ばすよ?」

隊長さんがレイピア隊の隊長、ユージェニーさんにそう言われている。え、なに、二人ってそう言う関係だったの?

って言うか、待ってそんなことされたら…

「ちょ!やめてくださいよ!それ確実にウチをつぶす魂胆じゃないですか!」

「だははは!いいじぇねえか、競争社会の方がいろいろと発展して良いってもんだ!」

「そんなのいりません!ウチは競争とは無縁のノンビリペースでやっていくのがモットーなんです!」

私が反論すると、隊長さんはまた笑った。

もし、こんな人に近くに同業なんてやられたら、策略にハメられてどうにかなってしまいそうだ。

まぁ、本気でそんなことをしてくるなんてこれっぽっちも思わないけれどね。

「でもなぁ、俺は北欧あたりの方が好きっすよ」

「まぁー確かにあっちも良いけどな、だが、物価は高いし、俺たちみたいなバカにはああいう清楚な街並みは似合わねえよ」

ヴァレリオさんとダリルさんが話している。

「そうかね?ブロンド美女も多いしさ。やっぱ引退して住むなら北欧だろ?」

「ちょ!フレートぉぉ!ヴァレリオが北欧のブロンド美女を毒牙にかけようとしてる!いたいけな少女たちの危機よ!」

不意にキーラさんがそう叫んだ。

「なんだと!貴様ヴァレリオ!まだ懲りていないのか!」

どこからともなくフレートさんが現れてヴァレリオさんに掴み掛る。

「あぁ!そうだ!アタシ、ヴァレリオのタマ潰さなきゃいけなかったんだ!」

アヤがとんでもないことを言いだした。

 あぁ、そっか、これはこういう儀式なんだな、お約束と言うか。

きっとやられるヴァレリオさんも、彼を押さえつけるみんなも、アヤも、楽しんでいるんだ。

そう思ったら、意外にも私も笑えてしまった。

 みんなの掛け声に合わせて、アヤが脚をしならせてヴァレリオさんの股の間を蹴りつけた。

ヴァレリオさんはその瞬間に飛び上がって、うまく衝撃を逃がしている。

アヤも思いっきり蹴るポーズは見せていたけど、寸止めで脚を振りぬいていないのがわかった。


 けど。


 会場が一瞬凍りついた。

「ぁぁぁ…っ!」

ヴァレリオさんが悶絶して床に転がった。

「だぁ!すまん!ヴァレリオ!久しぶりで加減を間違えた!」

アヤが床に転がるヴァレリオさんを心配して駆け寄りオロオロしている。

本気で痛がるヴァレリオさんには申し訳ないけれど、私としてはそれはそれで、

お腹がよじれそうになるほど声を上げて笑ってしまった。

 それからまたたくさん大騒ぎして、夕方には庭でバーベキュー。で、夜になるころにはホールに戻って、また騒いだ。

昼間から騒ぎ通しだったから、夜もまだ浅いうちに、ひとり倒れ、ふたり倒れ、8時にはそれぞれが部屋に入ったり、

ホールのソファーでグロッキーになってしまっていた。

 私は、外のバーベキューの片づけだけはしておこうと思って、フワフワとおぼつかない足取りではあったけど、ホールから表に出た。

 少し冷たい夜風がさらさらと私の肌を撫でていく。心地良い。

 バーベキューのコンロの炭は、もうほぼ焼け落ちている。網と鉄板だけでも洗っておこう。

ゴミ拾いは暗くなる前に済ませたから、最低限、それだけやっておけば、あとは明日でも問題はない。

 鉄板と網がちゃんと冷えているか確認して、外の散水のための水道に持っていこうとしていると、フラリと人影が見えた。

 人影は、よたよたとおぼつかない足取りで歩いたかと思ったら、急にバランスを崩したようにその場に倒れこんだ。

 「ちょ、大丈夫?」

私が網と鉄板を置いてそばに駆け寄ると、暗がりに倒れていたのは、ソフィアだった。

「レナさん…」

彼女は、私を見上げた。

 ソフィアは義足をつけていた。あの日の戦闘で吹き飛ばされた腕とともに、治療不可能なほどに損傷した彼女の左脚は、

ガウに搭乗した段階ですぐに切り落としてしまったのだという。

そうしなければ、止血がうまくできずに返って命が危険だったからなんだそうだ。

 そうは言っても…

 今の彼女を見る限り、彼女にとってそれが簡単な決断ではなかったんだろうことがうかがえる。


だって、彼女は、今、泣いているんだから…



 「大丈夫?」

私はソフィアの隣に座り込んだ。

「はい…」

彼女も、そう返事をして、立ち上がろうとするのをやめた。

 さわさわと、風が吹き抜けていく。なにを話そうかな。なにを聞こうかな。

そんなことを、煌々と輝く月を眺めながら、なんとなく考えていた。

まぁ、きっと、何も話す必要も聞く必要も、絶対にそうしなきゃいけないってことはないのだろうけど。

でも、なんとなく、ソフィアにはそうしてあげたかった。

 「あの…」

考えていたら、ソフィアの方が口を開いた。

「ん?」

「なにも、聞かないんですか?」

やっぱり、そう思う?そうだよね、まぁ、普通なら、何か言ったり聞いたりするよね。でも…

「うん」

と答えておいた。だって、私にはアヤみたいに、何かを聞き出せるような雰囲気も話術があるわけじゃない。

でも、こうやってのんびりした空気を作るのは、アヤよりも得意だ。

なぁんにもする必要のない、なぁんにも考える必要のない、体も心も、ぐったりとするくらい力を抜いてもらうこと。

とりあえずそれが、ウチのペンションのウリその1、だ。

「そう…ですか…」

ソフィアはそう言って、ゴロっと地面に寝転んだ。それからしばらくだまって、不意に

「じゃぁ、聞いても良いですか?」

と尋ねてきた。

「うん」

私もソフィアの隣にゴロっと寝転んで答える。

「レナさんは、この先のこととかって、考えること、ありますか?」

「この先のこと?」

「はい…5年先、10年先のこと…」

ソフィアは、なんだか真剣な様子だった。

 5年先、10年先、か…32歳の私、何してるかな…


「どうだろうね。あんまり、考えたことないけど…でも、ここにいると思うよ。アヤと一緒に、ここを切り盛りしていると思う。

 もしかしたら、子どもでもできて、お母さんしながら、とか、そんなのも楽しいと思うな。

 子どもの成長を見ながら、ここでお客さんを迎え入れて、料理作って、アヤと海に出たりして…

 うん、できたら、そうありたいって思ってるよ」

「子ども、ですか」

ソフィアはポツリと言って私の顔を見やった。それから少し言いにくそうに、

「あの、だって、レナさんは、その…アヤさんと…アヤさんのことが…好きと言うか、そう言う関係じゃぁ、ないんですか?」

なんて聞いて来た。思わず、笑ってしまった。

「あははは!どうだろうね、分からないかな、それ。アヤのことは好きだし、ずっと一緒に居たいって思うけどね。

 でも、じゃぁ、恋人なのかって言われたら、違うかもしれない。

 あ、でも、何に近いかって言われたら、夫婦みたいだなって思うけど。

 でも、私はたぶん、一生ここを離れないよ。あ、ここじゃなくて、アヤのそばを、かな。

 そうだね、そう考えると、たとえば他に好きな男の人が出来て、その人の子どもを産むっていうのは、

 ちょっとイメージできないかなぁ。でも、子どもは欲しいなって思うから、そりゃぁ、アヤとの子どもが出来たら、

 そんな幸せなことはないのかもしれないけど…さすがに無理だからさ。

 でも、まぁ、子どもを作るって言うのはさ、他にいろいろ方法があるじゃない?」


そこまで言って、私ははたと気が付いた。アヤとの子どもがいたら…幸せ?そりゃぁ、幸せだよ。

だって、大好きなアヤと…あれ?私今、なんかすごい大変なことに気付いたんじゃないの?!

「そっか、そうですよね…」

ソフィアは私のそんな様子に気付いていないのかどうなのか、そうつぶやくように言って黙った。

ちょっと待って、今は自分のことじゃなくて、ソフィアとの話をちゃんとしなきゃ。そう思い直す。

「どうしてそんなこと聞くの?」

「え、だって、レナさんとアヤさんを見てると、そう言う感じなんじゃないかって思ってたから…」

「あぁ、そこじゃなくて、その前。5年先、10年先のことの話」

「あ、はい…なんだか、私、なんにもイメージできなくて。こうやって、脚も腕もない自分が、何ができるのかなとか、

 誰の役に立てるのかなとか、そんなことばかり考えちゃうんですよね。

 生きてくには働いてお金を稼がなきゃいけないけど、それができるかどうかも怪しいですし…

 いっそ、ジオンに戻れば戦時負傷の保障が受けられるんでしょうけど…まだ、どうしても帰れる気分では、ないですし…」


そっか…ソフィアは、まだあのときの捕虜の傷がうまく癒えていないんだな。

それに加えて、脚と腕をなくして、どうしていいかわからなくなっちゃってるんだ。なんだか、苦しいな。

「それで、歩く練習を?」


「そう言うわけでもないんです。でも、なにかをしていないと、気がおかしくなりそうなくらい不安になることがあるんですよ。

 何やってるんだ、自分、て。毎日、寝て起きて、食べて、何もせずに、病院のベッドで寝ていましたし、

 退院してからは、今は、マライアの家に居候なんですけどね。一日ぼっと過ごしたり、そんな感じで。

 脚と同じ方の腕がないから、松葉杖もうまく使えないですし、できることって言ったら、歩く練習をすることくらいで…」

「そっか。苦しいんだね…」

「はい…」

そう言う、ソフィアのことを考えてみる。彼女は、5年後に何をしているだろう?10年後はどうだろう…?

そうしたら、今の話を聞いていたにも関わらず、私には不思議と明るい未来のイメージしか湧いてこなかった。

「私は、ソフィアは、5年後には、ニコニコ笑って生活していると思うな。

 ちょうど、今の私とアヤと同じくらいの年齢になるだろうし。

 10年後は、どうだろう?勝手な印象でちょっと申し訳ないけど…

 でも、いい人と結婚して、子どもでもできてるんじゃないかなって思う。うん、きっとそうだ!」

私は言ってやった。まぁ、脚がない、と言うところで、ちょっぴりシローとアイナさんの夫婦の印象と重なった、

と言うのもあるんだけどね。

「そうですか…なんだか、そう言ってもらえると、ちょっぴり元気が出ます。ありがとうございます」

ソフィアは、あんな勝手なことを言った私に、そう礼を言ってきた。なんだか、こそばゆいな。でも、それからため息をついて


「でも、私もそうであったら良いな、とは思いますけど…正直、1年後のイメージも付かないんですよね。

 できないことの方が多くて、それで、いろんな幅が狭まっているように感じられて。

 ほら、ジャブローでのことも、正直、まだ全然克服で来てなくて、たまに夢に出てきてうなされて、

 マライアに起こされたりするんですよ。今は、生きたい、なんとか、今の自分から脱したい、って思って、

 真剣に考えるんですけど、もしかしたら、この先、

 またあの時のように『死にたい』なんて思い始めるんじゃないかって考えてしまうことすらあって…」

「そうなんだ…」

そうなんだよね…ソフィアは、彼女の言葉を借りれば、彼女の心は一度死んでしまったんだよね…

アヤは、その心の傷の膿を出すべきだ、なんて言ってた。それも、ソフィアの言葉を借りれば、

壊れた心の破片を取り除かないとダメなんだよね…それと同時に、脚と腕を失ったショックから立ち直って、

さらには出来ることを探してそれにトライして自信を取り戻していかなきゃいけないんだね。

それでやっと、ソフィアの心に、新しいソフィアが生まれるんだ。じゃぁ、5年とか10年とか先のことじゃないよね。

今ソフィアが言っていたように、1年とか、2年とか先のことを考えてみた方が…1年先の、ソフィア、か…

 そんなときに私のイメージに浮かんできたのは、自分でも、ちょっとびっくりするような姿だった。

「ね!ソフィア!あなた、うちで働かない!?」

「え…?」

「だって、今はマライアのところにいて、なんにもしてないんでしょ?

 だったらさ、うちに来て、港からここまでの車の運転とか、あとほら、ベッドメークとかさ、シーツの洗濯とか、

 そう言うことやってくれないかな!?いいじゃない、それ!歩く練習にもなるかもしれないし!」

「で、でも…そんなこと急に…」


「なんでよー?楽しいと思うよ!朝起きてさ、アヤは船の準備で私は朝食の準備するからさ、

 ソフィアには私を手伝ってもらって、それが終わったら、アヤ達とお客さんを港に送って行ってさ、なんだったら、

 一緒に船に乗って行って、アヤの手伝いしても良いし、戻ってきて、お客さんの部屋のベッドシーツを取り換えて洗濯して、

 で、時間があったら全体のお掃除!それをやってくれるとすごい助かる!

 今は私とアヤでなんとか分担してやってるけど、正直、お客さんが増えると手が回らなくなることもあってね、困ってたんだよ!
 
 ソフィアがそっちをやってくれれば、私も料理とか楽になるし、宣伝とか備品のやりくりとか、あとお金の管理よね!

 このまま良いペースでお客さんが増えてくれたら、建て増しとかも考えられるし、

 そのための資金調達なんかも私の仕事になると思うんだ!うん!それが楽しい!ね、ソフィア、そうしようよ!」


私はいつのまにか楽しくなって、はっするしてしまってソフィアを抱き起して体をふんふんゆすっていた。

「あ、で、で、も。それって、アヤさんと相談しなきゃいけないことなんじゃないですか?」

「アヤだって絶対賛成するよ!本当はアヤも、時間があったら魚とか貝とか取って、食卓に並べたいって言ってたし、

 海に長く出られるんだったら、ずっとお客さんに勧めたがってたダイビングの体験もやってもらえるしさ!

 うん、いいことづくめ!」

「でも…私、こんなのですよ?こんな体で、良いんですか?」

「歩く練習と、義手の方もあったらいいよね!普通に歩ければ、片腕あれば洗濯も掃除も、ちょっと不便かもしれないけど、

 できないこともないと思うんだ!ね!どう!?そうしない?!そうしようよ!」

我ながら、かなり強引な勧誘だな、とは思いながら、でも、そうだ。それってなんか、楽しいじゃん!

それに、しばらく働いてもらえば、きっと動けるようになるし、自信もついてくるだろうし、

ここで1年も2年も過ごせば、心の傷だって、きっとなんとかなる気がするんだ!

「あの、じゃぁ考えて、見ます」

ソフィアはすこし戸惑った様子で言った。彼女の顔は、でも、ちょっぴり喜んでいるようにも見えた。

「絶対だよ!約束だからね!」

私は、ソフィアの手をギュッと握って、一方的にそう言い放っていた。

「あーいいなぁ、それ」

翌朝、起きてきて一緒に朝食の準備をしていたアヤに、昨晩の話をしたら、そう言ってくれた。良かった!

「でしょ?部屋の掃除とか、洗濯とかやってもらうだけでも、結構私たちの仕事も楽になると思うし、

 そうしたら、やりたかったこと、もっと出来る様になるでしょ!」

「うん!そうだなぁ!ダイビングも企画に入れられるかもしれないしな!でかしたぞ、レナ!」

アヤはそう言って私の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわしてきた。そんなとき、昨日の自分の言葉を思い出した。

———アヤとの子どもがいたら…とても、幸せ…

いやいやいやいや、落ち着け、私。アヤとの子どもは無理だから、どう考えても無理だから…いや、そこじゃなくって!

そう思う、私の気持ちだ。私にとって、アヤってなんなんだろう。今までは気持ちだけで繋がっていただけだけれど…

でも、もっとちゃんと、形式的に、なにか、二人を繋ぎとめるようなことができるのなら…

それって、すごく嬉しいこと、だよね…だから、そう言う気持ちって、その、あの…つまり…

「ん、どうした、レナ?」

考え込んでしまっていた私にアヤがそう声をかけてきた。

「い、いや、なんでもないんだ!ちょっと考え事を、ね」

そう返事はしてみたけど、たぶん、すでに顔は真っ赤だ。


「なーんかまた変なこと考えてたんだろう?まぁ、いいや、あとでじっくり聞かせてくれよ。

 ほら、スクランブルエッグと魚のマリネ上がったぞ」

「あ、オッケー。じゃぁ、私配膳の準備しちゃうね。あ、先にみんな起こしにいった方がいいかな?」

「あ、おはようございます…」

声が聞こえたので厨房からホールの方を見ると、そこにはソフィアの姿があった。

なんだか、ぎこちない笑顔を浮かべてこちらを見ている。

「お、働き手発見!」

アヤが言った。それから

「ソフィア、悪いんだけど、上に行ってあいつらに飯だって言ってきてくんないか?

 昨日結構飲んでたし、起きてくるのに時間かかりそうだからさ。頼むよ!」

「うん、おねがい!」

私たち二人に頼まれて、ソフィアは最初困惑していたが、やがてさっきのとは違う、明るい笑顔で

「はい!じゃぁ、行ってきます!」

と返事をした。

「あー階段気をつけろよ!」

アヤがそう言ってあげているのを聞きながら、私はダイニングに食事を並べ始めていた。

 それから、みんなで食事をとって、食事を終えてからは、アヤの提案で島から少し離れたところにある小さな孤島に向かった。

本当はもっと沖に出たかったのだけれど、さすがに20人も載せてしまうと、

船が定員オーバーでとてもじゃないけど長い距離を走るには不安だったし、まぁ、仕方ないところだろう。

 その島は、潮が満ちると海中にすっぽり隠れてしまうほどの本当に小さな島で、観光に来る人はめったにいないし、

地元の人にしてみれば、特段、来る目的もない島なので、のんびり過ごすには絶好の場所だ。

食料と、またバーベキューセットも持ち出して、その島でもどんちゃん騒ぎ。

 アヤは船の操縦があるからお酒は飲んでいなかったけれど、楽しかったんだろうな。

ボーっと砂浜に座って海を眺めていたソフィアに後ろから襲いかかると、そのまんま海へ飛び込んで、どんどん沖へと泳いで行った。

まぁ、いつものことだよね。

 でも、驚いたのは、アヤが調子に乗って沖で手を離したのに、

ソフィアは別になんのこともないような顔でプカプカと浮いていたことだ。片脚と片腕しかないのに!

聞けば、コロニーにいる頃から水泳が好きで、ジムのプールに行ってはよく泳いでいたのだという。

片腕片脚がなくても、浮いていたり、多少の移動をするくらい、お手の物なんだそうだ。

クリスに私のこともあってすっかりスペースノイドは泳げない!と決めつけていたアヤが一番びっくりしていた。

私もびっくりしたけれど、それ以上に、ショックを受けた。

だって、私、ここにきてもう半年以上経つのに、これっぽっちも泳げるようになってないんだ。

もっとアヤに教えてもらう時間増やしたいな…あ、ソフィアが手伝ってくれたら、そう言うことをする時間もできるかもしれない!

 私はそんなことを考えながら、仲良くなったキーラさんと一緒に、ヴァレリオさんを砂浜で引きずり回すみんなを笑っていた。

「えぇ!?ソフィアが、ここで!?」

翌朝、ペンションを出ていく見送りの際に、ソフィアのことを私からみんなに話すと、マライアちゃんが声を上げた。

「うん、レナさんとアヤさんが勧めてくれて、お願いしようかなって思って」

ソフィアはマライアちゃんにそう言った。マライアちゃんは、ちょっと複雑そうな顔をした。

「それって、あたしが、あの話をしたから?」

マライアちゃんはポツリと言った。あの話?

「なんだよ、マライア。ソフィアとなんかあったのか?」

アヤが聞くと、マライアちゃんはすこし言いにくそうにしながら

「あのね…あたし、宇宙に行こうかなって、ちょっとだけ考えてたんです」

と口にした。

「あぁ、例の、機動艦隊再建の話か」

隊長さんが思い出したように言った。

「なんだよ、それ?」

「あぁ。先の戦争で損失した艦隊を再建しようって話だ。もっとも、お偉方は軍全体のテコ入れを考えてるようだが…

 そいつは政府の承認が必要だからな。手の付けやすい宇宙艦隊の再建を先にチマチマやって行こうって魂胆らしい。

 で、最近、そっちへ回る人員を募集するってな“お触れ”が出ててな」

「それに、マライアが?」

「うん、ちょっと悩んでて、だからソフィアにも相談したんです。あたしの部屋はそのままにしておくから、ちょこっとだけ、

 宇宙見てきても良いかな?って」

「そうだったのか」

アヤが唸る。

「あーでも、たぶん、それとこれとは別のことだと思うけど」

私が言うと、アヤも気を取り直して

「まぁ、そうだな。これはアタシらから言い出したことだし。

 マライアのその話が、多少はソフィアの判断に影響してるのかも知んないけど、気にすんな」

とフォローしてくれる。

「うん。私もね、マライアと同じように、自分で決めたことをやっていきたいなって思った。

 レナさん達が働いてって言ってくれたからさ。やってみたいって、そう思っただけだよ」

ソフィアも笑顔で言う。

「でも…でもさ…」

マライアちゃんはうっすら目に涙を浮かべる。そんな彼女の頬をアヤがべしっとひっぱたいた。

「おい!マライア・アトウッド少尉!あんたはいつまでもウダウダ言ってんじゃない!」

「…はい!」

マライアちゃんは、アヤにはたかれて、半べそをかきながら、それでも口をへの字にしてそう返事をした。

アヤなりの気合入れなのかな。


 「じゃぁ、世話になったな!」

「ああ。またいつでも来てくれよ!」

「ははは!そうだな。ジャブローからもそんなに遠くねえ。まとまった休みが取れたら、また押しかけるぜ。

 そうだな、次はレナさんの誕生日だな!」

え、私の誕生日もあんな感じになるの?

いや、祝ってくれるのはうれしいけど、私はもうちょっと質素と言うか、小さい感じで良いんだけどなぁ…

私が戸惑っているのを見たみんなはドッと笑いだした。そんな私の方をアヤがポンポンと叩いてくれる。

あれ、からかわれた?今の?

「あたしは、また近いうちにくるからね」

笑い声を収めて、カレンさんが言ってきた。

「仕事は良いのかよ?」

「もう戦場を飛ぶのはこりごりさ。でも、空は好きだからね。アヤ、あんたが海ならあたしは空だ。

 この島に来る客を運んで金でもとることにするよ。そっちへも客を回してやるからね」

「そしたらウチが繁盛するだろうが!そんな頼んでもいないことされっと、どう礼を言って良いかわかんねえだろうが!」

「あぁん?別に礼が欲しくてやるわけじゃないから関係ないでしょうが!」

「関係ねえってどういうことだよ!?んだ、やんのか?!」

「良いわよ、受けて立ってあげるよ?!」

うわわっなんか急に険悪になったよ!?ていうかこれ、なんでケンカになってんの!?

繁盛して良いじゃん!?お礼くらい普通に言えばいいじゃん!?

「はいはい、お二人さん、仲良しもそれくらいにして。船の時間もあるんだ。ぼちぼち行くよ」

キーラさんがなんとなく間にはいって二人をなだめてくれる。いったい、なんだ、今の会話は…

「また来てくださいね!」

私は気を取り直してみんなに言う。

「あぁ、そうだな!待ってるからな!」

アヤもまるでスイッチを切り替えたみたいに笑顔になって言った。

 みんなもまた、口々におかしなことを言いながら、手を振って港の方へと歩いて行った。

「ふぅ」

アヤのため息が聞こえる。チラッと見ると、アヤも私を見ていた。

「楽しかったね!」

私が言うとアヤも満面の笑みで

「あぁ、うん!」

と返事をした。それからアヤは大きく伸びをして

「さーて、そいじゃあ仕事だぞ!今日は午後に別のお客だ!ソフィアにもきっちり働いてもらうからな!」

「はい!おねがいします!」

「あはは。じゃぁ、まずはアヤの手伝いしてあげて!船の準備あるんでしょう?」

「あぁ、そうだな!ソフィア、あんた運転は出来るか?」

 また、今日も忙しい一日が始まる。ソフィアが手伝ってくれれば、仕事も楽になるし、きっとまた楽しくなるかもしれないな。

それに、アヤと私と、それからこの海と空にかかればきっとソフィアの心の暗いところなんて照らしてあげられる。

だから、ソフィア。毎日はちょっと忙しいかもしれないけれど、心だけは、ここですこしゆっくり休めて行ってね。

そうしたら、きっと、あなたにも見つかると思うんだ。


 楽しい明日も、幸せかもしれない未来も!

「よーし!私、シーツ干しちゃうね!今日も天気良いし!」

私も大きく伸びをして、心も体も、準備万端。今日もいっぱい楽しむんだ!



UC0083.11.12

———イア…マライア!

「ん!あ、ごめん、ぼっとしてた」

暗い宇宙に浮かんだ戦艦のデッキで、あたしは地球を眺めていた。もうこっちに来てずいぶん経つな。

アヤさんの誕生会、懐かしいな。隊長たちもみんな元気かな、

なんてことを考えていたせいで、なんか話しかけられていたみたいだったけど、全然聞こえてなかった。

「ふざけているのか、こんなときに!死にたいとしか思えないよ」

「ごめんって、ライラ。ちょっとさ、地球を眺めてて」

「まったく。そんなのんきで、私と並ぶくらいやれちゃうんだからさ。頭に来るよ」

「戦闘が始まったら、あたしだって必死だよ!」

「良く言うよ、戦闘が始まったっておしゃべりお嬢さんじゃないのさ」

「ライラだって、いつもツンツンお嬢さんじゃない」

 緊急出撃命令が出たのは3時間前。

なんでも、デラーズ・フリートと言うジオン残党の艦隊が移送中のコロニーを奪取して

それを地球に落下させようとしているのだという。

月面基地にいたあたしとライラ中尉、それからあたし達の後輩、ルーカス・マッキンリー少尉からなる

地球圏防衛隊の第12MS小隊と他の数部隊は、月軌道上にやってきた連邦艦隊と合流して、

このテロを阻止せよとの命令が下っていた。


まったく!あんなもの落とそうとして、アヤさんやレナさんやソフィアや、隊長達にもしものことがあったらどうすんのさ!

デラーズってのがどんなのか知らないけど、見つけたらあたしがまっさきにぶん殴ってやる…

のは出来ないから、死なせちゃうかもしれないけど、ビームライフルで反省してもらうことにしよう。


<各機、出撃スタンバイ!目標、軌道上のコロニーおよび、デラーズ・フリート所属MS部隊。

 なお、敵識別については、IFFに注意せよ>


そう、戦艦のブリッジから無線が入ってくる。

さらにちょっと面倒なのが、どうやらジオン残党のなかでも内部分裂があるらしく、情報によれば、

1個艦隊はすでに連邦軍と内通し、このテロの情報を漏らしていたらしいのだ。

今のIFFに注意しろ、とはつまり、“こちら側”のジオン機は撃つな、と言う警告だ。

まぁ、そんなの戦闘中にそうそう識別できるものではないけれど、気を付けていた上でやっちゃったのなら、

それは事故で責任はパイロット個人にある、と言う、まぁ、上の言い訳なんだろう。

「いいかい、あんた達!気をぬくんじゃないよ!」

「ライラもね!」

「あぁ、分かってるよ!12小隊、発進する!」


以上、とりあえずここまでです。


次回投下から、基本設定を順守することで世界観を守ってきたキャタピラ的にちょっぴり好きではない、

ちょっとしたif展開に発展します。


ご存じのとおり、UC0083.11.12とは、あの日のことですが。

個人的には、ガンダムシリーズは1年戦争以降については、ZとZZと逆シャアしか基本として認めないもんね、

あ、でもUCは良いよ、だってミネバさまもマリーダも好きだからね、派ですw

要するに、0083存在はそのまま受け止めてしまうと、その後のつじつま合わなくなっちゃうあれで。

可能な限り、0083の世界観を壊さずに、しかし、Zへ続くために自然なように、物語をとらえようという試みです。


SSだからいいじゃーん、てなことも言われそうですが、これまで基本設定遵守でやってきていたので、

読者の方々への裏切りというか、拒否反応出る方いるだろなぁーと思いつつ、でも書きます。

ですので、これまで読んでくれた方で期待を裏切るようなことになったらすみませぬ。

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