私(この方が……私の次のご主人様) (15)
私(前のご主人様が病気でお亡くなりになってひと月。もう自由になれたと思ったのに)
息子「僕に、これを使えと?」
父親「そうだ。お前もそろそろこういったものを持つべきだろう。いっぱしの男なんだからな」
息子「……よりによって、あの爺さんのお下がりを僕にだなんて……あなた、自分が受け取りたくなかっただけでしょう?」
私(前のご主人様と、次のご主人様の間には祖父と孫以上に大きな確執があったのでしょうか。私を見る彼の目が怖いです)
父親「まあ、そう言うな。あの男の乱暴な扱いに耐えたのだから、多少威勢のいいお前の役にも立つはずだぞ?」
息子「……まあ、いただけるならありがたくいただきます」
私(この方が、これからの私のご主人様……怖そうな方です……私の事をにらみつけるようにみています)
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私(何か、話しかけたほうが良いのは分かっているのですが)
私「……」
私(私は生まれつき、声を出すことができません)
息子「……」
私(彼もその点を判っているのか、私に話しかける事なんてしません)
息子「……とりあえず部屋で考えるか」
私(彼は私を、強引につかんで彼の部屋へとつれていきます。これからどんな扱いをされるのか、怖くて仕方ありません)
ガチャッ バタン
私(ドアの開け閉めも、乱暴です……見た目は優等生なのに、行動が荒々しくて苦手かもしれないです)
私(声が出せなくてよかった……ただお役御免になるならまだしも、こんな内心が伝わってしまえば、余計な意地悪をされてしまいそうです)
私(……行動の荒々しさは、彼が"あの爺さん"と呼ぶ、前のご主人様に似ています)
私(嫌っているくせに、似てしまっている自覚が無いのでしょうか……いずれにせよ、私の生活は以前と同じか、よりひどいものになる気がします)
私(仕事をつづける羽目になるとしても、もっと優しい方に貰われたかった……)
息子「こいつ、どうしたもんか」
私(―――っ!! ダメ、嫌がっちゃ……私はもうこの方の物なんですから)
私(ご主人様の指であるならば、どんなに恐ろしくても隠してうけいれるしかないのです)
息子「……あの爺さんにだいぶ雑に使われてたみたいだな」
私(……少し、指の力がやさしくなりました……以前つけられた傷を、そっとなでてきています)
私(ご主人様を見ると、同情を感じているのか少し悲しげな、でも、私に対して優しい顔になっていました)
息子「人に使われるものとはいえ、もう少し優しくできないものか……いや、あの爺さんには無理だな」
私(先ほどのドアへの扱いを見ると私にはご主人様も同程度に荒い方に見えるのですが)
息子「……僕のものになったのだから、治してやるか……あの爺さんの中古とはいえ、このままほおっておくのはかわいそうだな」
私(……先ほどは、機嫌が悪かっただけなのでしょうか……自分の物と認識した途端、優しくなってくれました)
息子「そうだな、うん、そうと決まれば早いほうが良い」
私(ご主人様はそう言ってひとり納得した様子で、身支度をはじめました)
私(以前のご主人様の肉体ぐらいしか見たことのない私には、彼の若々しい体は少し刺激が強いようです……思わず目をそらしてしまいました)
私(ご主人様の身支度が終わったようです)
息子「さて、行くか」
私(そう言うと彼は、私の事を先ほどよりは優しく連れ出してくれました)
息子「……ここか」
私(ご主人様が向かったのは、私が前のご主人様に引き渡された場所でした)
息子「すみません、修理してほしいんですけれど」
店主「おや……ああ、あの先生のお孫さんじゃないか」
息子「祖父の遺品としてこいつを譲り受けたんですが、傷がひどいので」
店主「ああ、先生は物使いが荒いからね。すぐボロボロにしては買い替えていたな」
息子「良い客だったでしょう?」
私(ご主人様の愛想笑いと黒い冗談に、店主さんがけたけたと笑いました)
店主「お孫さんは良い客にはなってくれないんですかね?」
息子「こんなボロを修理してくれと言っている時点でお察しでしょう」
私(再び店内に店主さんの笑い声。傷ついた体をネタに笑われるのは良い気がしません)
店主「どれ、見せてくれ」
息子「お願いします」
私(ご主人様は私を店主さんに見せます。店主さんの指が、先ほどご主人様に撫でられたのと同じ場所を撫でます)
店主「パーツをいくつか取りかえればすぐ終わりそうだ。すこしまっていてもらっていいかい?」
息子「そんな単純に済むものなんですか?」
店主「基本の機構にまでは被害がいっていないみたいだからね」
私(ご主人様は「たのみます」と、深々と頭を下げました)
店主「少し色を変えることもできるがどうする?」
息子「そのままで構いません。今と同じような状態にはしないという心理も働くでしょうから」
店主「判ったよ。じゃ、そこでまっていてくれ」
私(私は、店主さんに連れられて工房へと向かいました)
店主「……さて、修理にかかる前にいくつか聞いておこうか」
私(私のような喋れない存在に、彼は何を聞くというのでしょうか?)
店主「おや、見くびらないでほしい。私は長年この仕事をしていてね、いくらか君の心を理解することも可能なんだよ」
私(店主さんはそういうと、ニコリと笑いました)
店主「状況を思考でまとめて理解するのは結構だが、先ずは主観的な言葉のやり取りをしたい。いいかい?」
私(……わかりました)
店主「よろしい。じゃあ最初に……前の主人に仕えていてどうだった?」
私(乱暴でした。私を連れて回るのに、私を叩きつけたりしていました)
店主「人に使えるのはもう嫌になったんじゃないか?」
私(……前のご主人様が亡くなった時、やっと自由になれた、と思いはしたのですが、今のご主人様は私を気にかけてくれるみたいですので)
店主「やさしくされると気になるということか」
私(そうみたいです)
店主「ふむふむ……いや、なかなか君の今後は面白いことになりそうだね」
私(面白い?)
店主「長いこと君たちを見てきて確信したんだが、君たちは持ち主に恋心を抱く事が多いらしい」
私(……)
店主「もっとも、本人たちもそれに気づいてない事の方が多いのだけれど」
私(私はそれを自覚すると?)
店主「乱暴者への嫌悪がきっかけとはいえ、君は自分の感情や思考をきちんと理解できているだろう?他の子はそうはいかないんだ」
私(……みんな、自身の事をただの道具としか思っていないということでしょうか?)
店主「そういうこと……道具であると思い込んでいるから恋心があってもそれ以上の感情は起こらない」
店主「だから君のような自我に目覚めている子が、今後どうなっていくか、私はそれが気になるんだよ」
私(だからといえど、面白がられるのは不本意です)
店主「けたけたけた! いやぁ、わるいわるい。……さて、修理を始めようか。少し恥ずかしいだろうが耐えてくれよ」
息子「おおっ……みちがえましたね!」
店主「いやはや、簡単な修理で感嘆の声をあげられると照れくさいね」
息子「ありがとうございます!」
私(ご主人様は、修理されて綺麗になった私を見て目を輝かせてくれました)
店主「大事につかってやってください」
息子「はい!」
私(悔しいですが、店主さんに言われた通り私は優しさに弱い上に惚れっぽいようです)
私(最初怖いと思ったはずのご主人様の笑顔が、まぶしく、心地良く感じます)
私(ご主人様の指が私に触れて、私とご主人様とを一つにしていきます)
私(前のご主人様よりも安定している鼓動を感じて、私は少しうれしくなります)
私(指が離れてもご主人様と一つでいられるようになって、私はようやく、本当に彼の物になれたのだと感じました)
店主「そういえばご存知でしょうか?」
息子「?」
店主「腕時計は恋人の象徴なんですよ。ひどいDV男に振り回されたその子を、次こそ幸せにしてやってくださいね」
~終~
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