千早「眠り姫の蒼い鳥」(134)

今日、春香が死にました。
自殺です。
享年十八歳。
遺書すらも残さず、春香は逝ってしまった。


雨のふる中、お通夜はしめやかにおこなわれました。
ご焼香の煙が、湿った空気のせいで鼻にも髪にもまとわりついてきます。

伊織「春香は馬鹿よ」

白くなるくらいにギュッと拳を握って、水瀬さんは言いました。

やよい「伊織ちゃん、なんてこというの」

伊織「だってそうでしょ? ひとりで抱え込まないで、わたしたちに
   一言くらい相談してくれたってよかったじゃない……なのに勝手に
   死んじゃって、わたしたち何にもできないじゃないの」

貴音「やめなさい、伊織。なにを言っても、春香は戻ってきません。
   むなしくなるだけです」

千早「戻ってこない、か」

現実感はありませんでした。

春香の遺体を見ても、眠っているようにしか思えず、
お通夜の間中、わたしはぼんやりとしていました。
頭に浮かぶのは断片的なことばかりで、思考がうまくまとまりません。

わたしが最後に春香と話したのは、いつのことだったかしら。


それすらうまく、思い出せません。
ただこの一年は、昨年以上に仕事仕事で忙しく、本音の感情をぶつけ合うことなんて
なかったように思えます。


千早「ちょっと、外に出てくるわね」

唐突に、この場から逃げ出したいと思いました。

ほんのちょっぴり本音を吐くと、
わたしはこのまま現実感のないままに、
春香の死を受けいれないままにいたかったんです。
だってそのほうが楽だから。

千早「匂い、とれそうにないわね」

小雨の濡らした肩からは、火照ったからだの熱のせいで、ご焼香の香りが立ち昇っていました。

律子「あら、千早も夜風にあたりにきたの?」

喪服姿の律子は、冷たい外気のせいで曇っためがねをぬぐっていました。

律子「現実感、ないわね。いきなりなんだもの」

千早「律子も……? そうね、わたしもなんだか夢の中にいるみたいにぼぉっとしてるわ」

律子「夢なら、覚めた時がきついわね」

千早「本物の夢だったらいいのだけど」

律子「本当にねえ、本当にそうだったらいいんだけね。
   ……ところで千早」

千早「どうかしたの?」

律子「あなた、本当に何も聞かされていないの?
   何か、相談とか、変わった兆候とかは……」

わたしには、黙って首を横に振りました。

律子「はぁ……そうよね。わかるわけ、ないか……
   でもホント、アイドルって因業な仕事よね。
   死んでもこうやって群がられるんだから」



マスコミの記者に視線をやると、そろそろ戻るわよ、と
律子は身振りでわたしに伝え、その場をあとにしました。


アイドルだから春香は死んだ。
死んだ本当の理由はなにもわかりません。
けれどもそれ以上にもっともらしい答えはないような気がしました。
そう、自分に言い聞かせました。




翌日、お葬式がありました。
やっと、わたしは泣くことができました。
泣いている自分を、どこかのさめた自分が
お葬式だから泣くんだろう、といっていました。

こうした儀式も通さないと、親友の死も認められない薄情者。
それがわたしの正体でした。

雪歩「ほら、この花もきれいだよ、春香ちゃん」

白い花は春の花。
赤い花は夏の花。

出棺する前の最後のお別れ、色とりどりの花に
囲まれて、春香は眠っています。

伊織「あん、た……みた、いな、寂しがぁ、りなッ……」

棺にいれられたぬいぐるみの黒光りする目は虚ろで、
隣で眠る少女の死が信じられないふうにも
茶番につきあいきれないといったふうにも、見えました。

小鳥「千早ちゃんも……」

音無さんに手渡された、唐紅の花を髪に刺してあげてみても、春香はやっぱり笑ってくれません。

千早「春香、とてもきれいよ。だから、ねえ、目を覚まして。いつもみたいに、笑って、ねえ」

返事は当然ありません。
春香が死んだという実感が、ようやくわたしのなかに生まれました。

頭の中の冷静なわたしはそんなことはとっくに知っているはずなのに、わかっているはずなのに、
涙は鼻水は、とめどなくあふれてきて、声が言葉になりません。

千早「なん……で、なんでよ、は、春香」

話したいことも、話さなきゃいけないこともいっぱいあるはずなのに。
謝りたいことも、文句を言いたいことも、全部涙になって流れていったのか、
いまさらわたしは何を話せばいいんでしょうか。
わかりません。

結局、みんながそうするように、わたしも棺にすがりついて嗚咽しました。









火葬の途中、わたしは外で空を眺めていました。
この世で最後となる春香の痕跡をせめて確認しようと思ったのです。
ですが、抜けるように青い空には、雲のひとつ、煙の一筋すらも見えません。



納骨の後、春香のお母さんから形見分けにリボンをもらいました。

千早「わたしには、もらう資格がありません。
春香には、いつも迷惑ばかりで……」

わたしがうつむくと、春香のお母さんは笑っていました。

春香母「あなたたちのことね、家族だって」

千早「えっ?」

春香母「大切な家族なんだって。売れ出してからは会話も減っちゃったけど
    あの娘、口を開けば、いつもあなたたちの話ばっかりだったわよ。
    だからね、あなたたちのこと、他人のような気がしないの。
    初対面なのに、娘みたいに思っちゃって」

千早「ごめんなさい」


春香母「なんで謝るのよ。ほら、泣いてないで、顔上げてってば。
    あの娘も、笑って送ってくれたほうがうれしいに決まってるわ。
    ……にぎやかしい娘だったから」

一ヵ月後、私はひとり、事務所をやめました。

高木「辞表はわたしが預かっておくとしよう。
   うたいたくなったらまた、いつでも戻ってきなさい。
   それまでは……そうだな、休職という形にしておこう」

千早「ありがとうございます」

高木「……それで、これからどうする気なんだね?」

千早「……わかりません。ただ、今はずっと眠っていたい。それだけです」

高木「今はそれでもいい。だが、目が覚めたとき、今の何倍も悲しさが襲ってくるぞ」

千早「どちらにしろ、悪い夢です。違いますか?」

高木「違う。現実だ。天海君は死んだ」

抑揚のない声で、社長はわたしに言いました。

千早「何でそんなに冷静でいられるんですか?
   春香が死んで、社長は悲しくないんですか?」

高木「悲しいに決まっているだろう。つらいのはみんな同じだよ。
   しかし、みんなそれを乗り越えようとしてる。みんなでな」

そんなのうそに決まっていました。
みんな、春香の死を必死になって忘れようとしている。
そうしなければアイドルを続けられないから。
笑ってステージに立てないから。

春香との思い出に蓋をして、のうのうと知らぬ顔でアイドルを
続けることなんて、わたしにはできないことだと思いました。

だからわたしはアイドルをやめるんです。

このままアイドルを続けていれば、
間違いなく春香のように、わたしも命を絶つことになるでしょう。
そんな、確信にも恐れにも似た予感は、お葬式以来
あの日のご焼香のように、わたしにまとわりついてきました。

でも、理由はそれだけではないような気がします。
一ヶ月の間、わたしはそれを言葉にしようと、ずっともがいていました。

千早「……春香が死んだのは、アイドルだからだと思います」

高木「なにがいいたい?」

千早「……うまくは言えません。ただ、春香がアイドルじゃなかったら、
   死なずにすんだと思います。律子は因業、っていってましたけど」

高木「因業、か。言いえて妙だな。
   ……アイドルは人間じゃない」

千早「ひどいこというんですね」

高木「言い方がわるかったな。なんというか、その、アイドルは人間であってはならないのだ」

千早「同じことですよ。わたしたちだって悲しいときは――」

高木「そうだ、もちろんアイドルだって人間だ。人間に決まっている」
   
わたしの言葉をさえぎって社長は続けました。

社長「悲しい時は悲しいし、寂しいときは寂しい。
   それでもファンの前では笑っていないといけない。それがアイドルの業だ」


千早「……だから仲間で支えあう、それが765プロじゃなかったんですか――」

言っていて、自分の唇が寒くなるのを感じました。
春香は、いつもそういって支えてくれていたのに、
そんな春香を支えてあげることは、結局だれにもできなかった。

胸のもやもやが、やっと言葉になったような気がしました。
わたしは無意識のうちに、春香に贖罪したかったのです。

高木「――実際、きみたちはわたしの理想形だった」

千早「どういう理想だったんですか?」


高木「自分たちの力で、道を切り開いていくアイドルだよ。
   もちろん過酷な業界だ。だがそれすらも、お互いに助け合って
   乗り越えていける、家族のような事務所にわたしはしたかった」


千早「……家族だって、春香が」

高木「え?」

社長の目をじっと見て、わたしは春香のお母さんから聞いた言葉を
繰り返しました。
罪の意識を感じるのは、わたしだけで十分だと思ったからです。

千早「春香が、わたしたちのこと、家族だって。
   だから、社長のせいじゃありません」

一瞬、社長の目が明るくなりましたが、だめです。
目からまた、力が喪われていくのがわかりました。

高木「そうか。天海君がそんなことを……
   ならばわたしは、父親失格だったのだな」

自嘲気味にそうつぶやく社長に、もはやかける言葉もなく、
わたしは事務所を後にしました。

事務所をやめて一ヵ月後、意外な客がたずねてきました。

千種「ひさしぶりね、千早」

千早「なにをしにきたのよ?」

千種「聞いたわ……お友達のこと。
   それからそのせいで事務所をやめたこと」

千早「関係ないわ……わたしのことだもの。放っておいて」

千種「ほっとけるわけないじゃない」

懐かしい言葉でした。

千種「ねえ、千早。一緒に暮らしましょう。それで、普通に学校に行って
   年相応に遊んで、恋愛して。
   あなたにそうさせてあげられなかったのは、お母さんの責任だけど」

普通、ということばにつよく惹かれました。
以前のわたしが、わたしには許されないと思っていた言葉です。


千早「なんで、なんで今頃になってそんなことをいうの……?」

千種「だって、わたしたち、家族でしょう?
   今まで、家族らしいこと何もしてあげられなかったけど」

ごめんね、寂しかったでしょう、と母はわたしに詫びました。

アイドルは孤独です。

仕事はどんなに華やかでにぎわっていても、
ひとりになれば一抹の寂しさが襲ってくる。

帰る場所のないわたしにはなおさらのことで、音のない
寒々とした部屋で、わたしはいつもひとり震えていました。


そんな孤独からわたしを救ってくれたのが春香でした。
わたしに手を差し伸べて、765プロという居場所をくれた。
たとえそれが、わたしにとっては春香の存在なしに成り立たない、
かりそめの居場所だったとしても、です。

それを自分から捨てた今、わたしは寂しかったのかもしれません。


母と一緒に暮らすことにしました。


贖罪のためにアイドルを辞めたはずなのに、何をしたいんでしょうか。
わたしは、自分の弱さを呪いました。

母と暮らし始めて二週間が過ぎたころ、
久々に学校へいってみることにしました。

ままごとのような母との生活は、借着みたいになじめないままで、
家族だというのにどこかよそよそしいままです。

こんな生活が続くにしろ、終わるにしろ、高校だけは出ておかねば、と思いました。
わたしは、もうアイドルではなく、普通の人間として、これからを生きていくのだから。

一月ぶりにきた制服からは、あの日のご焼香の匂いがしました。


千早「そういえば、もう卒業ね。ここには何の思い出もないのだけれど」


卒業式前に、制服をクリーニングに出しておかなきゃ。
そうひとりつぶやいて、騒がしい教室に入ると、一瞬しぃんとなり、
奇異の目がいっせいにわたしに注がれました。

学校に、友達は、いません。
わたしにとっては異世界のようにしか感じられない教室では、
目の焦点をどこにあわせればいいのかわからず、
呼吸すらうまくできないような気がしました。
今までは、たまに出席しても、こんなことはなかったのに。

千早「普通って、難しいわね」

アイドルを辞めて、母親と一緒に生活をするようになって、
わたしは自分が普通の人間になったように錯覚していました。


けれども、クラスメイトにとってはそうではないのです。
アイドルをやめていようが続けていようが、彼らにとっては
違う世界にいた、普通じゃない人間がわたしなのでしょう。
それは多分、わたしがこの教室に感じる違和感と同じようなものだと思います。


千早「これもある意味、アイドルの業なのかしら。
   ……いえ、ちがうわ。自業自得ね」


多分、春香なら学校でも友達がたくさんいたのだと思います。
仏頂面して、不機嫌そうなふりをして休み時間をやり過ごすことなんてない。

屈託のない笑顔で談笑して、たくさんの友人に囲まれて
あの娘の居場所は、765プロ以外にもいっぱいあったはずです。

そう考えると、わかりかけていたことが、またわからなくなりました。
春香は、なんであそこまで765プロに執着していたのかしら?

帰るべき家も、自分の居場所も、春香にはありすぎるくらい
あったはずなのに。
傷ついても、やさしい言葉をかけてくれる人がたくさんいたはずなのに。

退屈な授業中、わたしは夢を見ました。
765プロのみんなとの、あの日の夢です。

今の季節には聞こえるはずもない、ヒグラシがカナカナ鳴く声が聞こえました。

まばゆいスポットライトのせいで、汗みずくのみんなが動くたびに、
きらきらして見えます。

私も、春香も、ファンのためにうたって踊っていました。

春香「わたし、アイドルやっててホントによかった。
   ねぇ、千早ちゃんもそう思うでしょ」

MCの最中、突然話題を振られ、困惑しました。

千早「え、えぇ……もちろんよ。春香」

春香「ホント?」

千早「本当に決まってるじゃない……」

風の死んだ舞台では、スポットライトの放つ熱が
じりじりと肌を焦がして、痛いほどでした。

春香「ふーん。うそつき」

千早「うそじゃないわよ」

いつの間にか、ステージは真っ暗で、横殴りの雨が降っています。
観客席には誰もいません。

千早「なんだか急に寒くなったわね。
   それに……みんなは帰っちゃったのかしら」

スポットライトの熱が、急に恋しくなりました。

春香「冬だから、寒いのは当たり前だよ、千早ちゃん。
   さ、765プロに帰ろうよ。みんな待ってるよ」

千早「うん。そうね。みんな待っているわよね」


相合傘に手をつないで、下校中の小学生みたいに
わたしたちは歩いて帰りました。
こごえる体に、密着する春香の体温が暖かく感じられます。

千早「あったかいわね、春香の手」

春香「千早ちゃんの手は冷たいね」

千早「冷たい?」

春香「うそうそ。あったかいよ、千早ちゃん」

千早「本当?」

春香「うん」

千早「……うそが下手なんだから」

春香「え~ぽっかぽかだよ~」

とりとめもない話をしているうちに、
二人では狭すぎた傘は広くなっていって、わたしたちは雨にぬれなくなっていました。

いつのまにか、二人とも子どもになっています。
でも、全然不思議じゃありません。

春香「みんな、ずっとずっと仲良しがいいね」

千早「そうね」

春香「みんなでおんなじ夢、ずっと見てたいよね」

千早「うん」

春香「ずっとだよ? 約束だよ」

千早「はいはい。約束約束」

春香「あのね、千早ちゃん」

急に春香はモジモジして紅くなりました。

春香「誰にもいわない?」

千早「いわないわよ」

春香「ホントに?」

千早「はい、ゆびきりげんまん。嘘ついたらはりせんぼんのーます」

霜焼けの、小さな手を春香の前に出して、わたしたちはゆびを絡めました。

春香「指きった! えへへ。わたしね、プロデューサーさんが好きなの」

千早「そんなこと知ってるわよ」

春香「えぇぇ~なんでなんで」

千早「見てればわかるわよ」

春香「うぅ……でもね、美希もプロデューサーさんのこと好きなんだ」

千早「……それもみんな知ってるわ」

春香「美希には勝てる気がしないなぁ」

千早「選ぶのはプロデューサーでしょ?」

春香「それはそうだけど……
   美希は、自分の夢にまっしぐらだもん」

また、傘は窮屈になっていました。

千早「春香だって、夢のためにがんばっているじゃない」

だから死ぬ必要なんてない。
そう言いかけました。

春香「そうかな?」

千早「そうよ」

わたしがそういうと、傘から出た春香は子どもがそうするみたいにパシャと
水溜りに飛び込んで、わたしに背を向けました。

春香「わたしにはね、もう夢、ないのかも。
   けどね、それでもみんなとは、同じ舞台に立っていたい。
   それってわがままだよね」

顔は見えないはずなのに、わたしには春香がどんな顔をしているのか
手に取るようにわかりました。

眉毛が八の字になる、いつもの困った顔をしているに違いありません。

千早「……それとこれとは、プロデューサーとは別問題よ」

わがままじゃないとは言えませんでした。

春香「同じことだよ。どれもみんな、わたしのわがまま。
   だからね、我慢、しなくちゃだめだよね」


そう言って、雨にぬれる春香に傘を差し出そうとしたら、
傘はどこかに消えています。
さっきまで、確かにわたしの手元にあったはずです。

千早「あれ、なんで。ちょっと待っててね、春香」

いくら探しても、傘はどこにも見当たりません。

春香「少しくらい雨にぬれたって、寂しくない相合傘がわたしはいいな。
   どうせなら、十三人で入れる傘がいい」

千早「馬鹿なこといっていないで、早く雨宿りの場所を探しましょ?
   風邪ひいちゃうわ」

春香の言わんとしていることはよくわかりました。
だけど、本音は怖いものです。
わたしは聞きたくなかった。
だから話をそらそうと、わたしは必死になって言葉を取り繕って、
なのに春香はかまわずしゃべり続けて。


春香「でもね、ひとりだと傘はないんだよね。
   だから、ずぶぬれが嫌なら、寄り道したくても我慢しなくちゃね。
   ……わたしの場合、どこにいけばいいのかも、わからないんだけど。
   それじゃあね。ばいばい、千早ちゃん」

最後に一度だけこちらを振り返ってそういうと、春香は悲しそうに笑って
路地の向こうへ走っていきました。

千早「待って、春香!!」

夢はそこで終わりです。

目が覚めると、もう授業は終わっていて、帰りのホームルームの時間でした。

千早「匂い、やっぱり取れないわね」

その日の雨の中の帰り道、傘もなく、友達もいないわたしは
ひとりで家を目指しました。

千早「泣くことなら、たやすいけれど」

ひとりでも、大丈夫な強さがほしい。
もうアイドルではないけれど、強くならなくちゃ。
そう思ったわたしは、蒼い鳥を口ずさみました。

結局、わたしは歌に縋ってばかりです。


きのうには帰れない、あなたをわすれない。


ネガティブな歌詞だけが、自分の声で頭蓋に響いてきます。

千早「でも前だけを見つめてく」

最後の歌詞をようやくうたい終えると、
わたしは今の今まで、何度もうたったはずの
この歌について、何も知らなかったことに気づかされました。

千早「前なんて、とても見れないわよ。
   振り返るばかりで、そんなの無理よ……」

夢の中ですら、本音をぶつけ合うことが怖いわたしに、
前なんか見られるわけがない。

家に帰ると、濡れたわたしに、母がタオルと暖かいココアを出してくれました。


千早「いまさら、母親面しないで」

やさしさに泣きたくなって、わたしは今までの愚痴を、ヒステリックに母へぶつけました。

ただの八つ当たりだとはわかっています。
でも、誰かにぶつけずにはいられない。

そんな感情のはけ口にされても、母はただ詫びるばかりで反論すらしません。

千早「何か言ってよ、ねえ。なんで怒りもしないの?」

母は、春香みたいに困った笑顔をして、ずっとごめんというばかりでした。

千種「熱、なかなか下がらないわね……
   じゃあお母さん、仕事にいってくるから、何かあったら連絡しなさい」


朦朧とする頭に、母の声が遠く聞こえます。
もう、何日目かはわかりませんが、わたしはあれから熱を出し
ずっとうなされていました。

千早「本当、どこ行ったのよ。春香は――」


母の言葉を意図的に無視しながら、わたしはあの日の
春香を追おうと必死でした。

わかってはいるんです。
あの夢のつづきを見たって何にもならない。
この先どうすればいいのかの答えをくれるわけでもない。
何より春香は戻ってこない。

千早「大事な人は、いつもわたしからいなくなるのね。
   ……あぁ、そういうことね」

春香に会いたい。それだけです。
でも、春香はもう、夢にも出てきてくれません。


わたしは、春香に会いに行こうと思いました。

目を覚ますと熱はようやく下がっていて、学校には行けなくもない体調です。

千早「学校は、まぁいいわね。どうせいったところで」

身支度を整えて、わたしは電車に乗りました。
行き先は春香の家です。

電車を乗り継いで、もう一時間以上がたつのに、いっこうに目的地に着きません。
こんなに長い距離を、春香は毎日行ったり来たり。

その時間、春香は何を考えていたんでしょうか?
たとえば死の前日も、春香はこうして電車に揺られていたはずでした。


春香母「あら、千早ちゃん。急にどうしたの?」

千早 「お線香を上げにきました」

春香母「わざわざごめんなさいね。春香も喜ぶわ」

お線香を上げて、通されたのは春香の部屋でした。

女の子っぽい部屋で、なんだかいいにおいがしました。
たくさんものはあるけれど、適度に整頓されていて、
殺風景なわたしの部屋とは大違いです。

春香母「やっぱり、いじれないわよねぇ、部屋。
    突然帰ってきそうな気がしちゃって」

カレンダーは、春香の死んだ、あの月のままになっていました。

春香母「だからね、千早ちゃんが来たときも、お友達が遊びにきたんだって
    なぜかこの部屋に通しちゃった。変よね」

千早「ちっとも変じゃないです。わたしも、弟が死んだときはそうでした」


春香母「最近ね、わたしあの子のこと、何にも知らなかったんじゃないかって。
    そればかり考えるようになっちゃって、だめね。
    あの子の出ていたテレビとか、繰り返し見ちゃうのよ」

そういって、春香のお母さんは手帳をわたしに見せてくれました。
春香の手帳です。

春香母「あの子、こんなに仕事してたのね。疲れて帰ってくるはずだわ」

色鮮やかでかわいらしい文字が、ちいさな手帳にぎっしりと書き込まれています。
その中で不規則に張られているように見える、星や花のシールの意味を理解するのには
少しばかり時間が必要でした。


星はみんなとの合同練習、ないしみんなで集まる日。
花は誰かといっしょの仕事の日。
そして、ハートはプロデューサーが付き添いの仕事の日。

春香がどれだけみんなとの時間を大事に思っていたのかが、
悲しいほどにわかりました。

春香母「遺書らしいこともまったく書いてないし、本当、何で自殺なんか」

春香のお母さんは、はぁ、とため息をついて、手帳をパラパラとめくりました。

春香母「あの子、本当に何も言ってなかった?」

じっと真剣なまなざしで、春香のお母さんがわたしを見てきます。
思わず視線をそらすと、袋に入れられた、毛糸玉とマフラーが見えました。

きっとクリスマスに、プロデューサーに渡そうと思っていたのに、完成しなかったのね。

春香母「あぁ、それね……一体誰に渡そうとしていたのかしら……
    仕事で疲れて帰ってきても、毎日夜遅くまで、何度も編みなおして」

千早「完成しなかったから渡せなかったんですね」

春香母「完成はしてるわよ」

千早「え?」

春香母「せっかく編んだのに、渡せなかったみたい。
    だからね、きっとあの子、失恋して死んだんじゃないかって」

千早「きっと、それは違うと思います」

きっと、今の自分のままじゃあげられないって思ったから。
あの時の財布と一緒で、悩んでいる今の自分には渡す資格が
ないと春香は考えたに違いない、とそう思いました。

春香母「そうかしら? じゃあ、ますますわからないわね」

千早「ごめんなさい……わたしにもわかりません」

悩みの原因は、おそらくあの時と同じだったのかもしれません。
けれど、死ぬと決めていたならば、その前にせめて思いを伝えようと思うはずでした。

春香はきっと、死のうと決めて死んだのではなくて、悩みの末に思考停止して死んだのではないかしら。

けれどその仮説を、春香のお母さんに話すことはできませんでした。

理由はうまくいえません。
ただ、なにか決定的な原因があると信じたほうが救われると思ったからです。
事実、わたしもそのひとりでした。

千早「それでは、お邪魔いたしました。
   ……また、お線香をあげにきてもいいですか?」

生前の春香の話をしていたら、ずいぶん長い時間お邪魔していたようで、
外はもう暗くなりかけていました。

春香母「いつでもいらっしゃい。春香も喜ぶわ」



がたん、ごとんと、長い時間、帰りの電車に揺られながら、
わたしはまた、春香のことを考えていました。

いくら考えても、やはりわかりません。わかりかけても、やっぱりそれは正解ではない気がします。
そのうちに、わたしは電車の揺れに身を委ねて、浅い眠りについてしまいました。

ようやく家にたどり着いたのは、もう九時過ぎで、
携帯を見ると母からの不在着信が何件も入っていました。


千早「すっかり、遅くなってしまったわね」

外から見えるわたしの家には、灯りがともっていて、
夕食のシチューの匂いがしました。

千早「ただいま」

久しぶりにこの言葉を口にしたように思います。
ストーブに暖められた部屋の空気で、知らず知らず、わたしは安堵していました。

さっきまで、あんなに悩んでいたのに、なんでわたしは安らいでいるのだろう。


少しばかり、自分に腹が立ちました。

千種「おかえりなさい」

この言葉も久々に聞いた気がします。

千種「外、寒かったでしょう? お風呂沸いているから先入っちゃいなさい」

わたしが遅く帰ってきただけなのに、母はまだ晩御飯も食べていない様子です。
腹立たしさは、急にしぼんでしまいました。

千早「ありがとう」

千種「き、急にどうしたの? まさかまだ熱があるとか」

千早「変、かしら」

ありがたい、と素直に思ったんです


家に帰れば、待ってくれている人も、晩御飯もある。
こういう地に足の着いた暮らしで、十分だと思いました。

そう思えば、母に邪険にしてきたわたしが、急に恥ずかしくなったんです。

ところで、仕事に疲れてあの家に帰ったとき、春香もやっぱりこう思ったのかしら。

ただただ、ありがたいと。

それからのわたしは、学校には行かず、公園で時間をつぶす日々が始まりました。
たまに学校に行くことはあっても、それは卒業のための出席日数を満たすためで、
受験シーズンの学校では授業らしい授業もなく、わたしは机に突っ伏して、ただ音楽を
聞いていればいいだけです。


お腹がすけば、母の作ってくれたお弁当を食べました。

千早「今日は、はさみ揚げね」

このはさみ揚げひとつにしたって、母がわざわざ昨日から
下ごしらえをしていたものです。

千早「ん、おいしいわね。……お母さんも毎日こんな手の込んだもの
   作らなくていいのに」


母なりの罪滅ぼしのつもりなのでしょうか。
お弁当は、日に日に手の込んだ、豪華なものになっていきました。



学校へも行かず、仕事をするわけでもなく、わたしはいったい何を
しているのでしょう。

ただ、時間だけはあります。
ですから、いろいろなことを考えてしまうものです。

母の言うとおりに、このまま普通に生活して、学校を出て、今は想像も
つきませんが、人並みに遊んで、恋愛するうちに、
わたしは幸せになれるのでしょうか?

ですがわたしが幸せになればなるほど、
春香への罪の意識もどんどん強くなる気がしました。

春香の死んだ理由すらわからないのに、罪の意識だけは
確実にわたしの中で育っていくのです。

千早「いっそ、断罪されたいわね」

自嘲気味にそう言ってみました。


春香が死んでからのわたしの行動は、矛盾だらけです。

贖罪のためにアイドルをやめてひとりになったのに、寂しいから母と暮らす。
あまつさえ、人並みに幸せになろうなんてことまで考えてしまう。

そしてそれを春香に悪いと思っている。


いっそ、誰かに裁かれて、すっきりしたい、と願いました。

でも、いまさら母を捨てられない。

昼下がりの公園のベンチで、わたしはそんなことばかりを考えていました。

そんな生活が続いたある日、律子から呼び出しがありました。


律子「呼び出しちゃって、悪かったわね」

千早「いいえ。アイドルを辞めて暇だから気にしなくていいわよ。
   ……それで、みんなは元気にしているの?」

気になっていたことを、わたしは聞きました。

律子「ええ……空元気かもわからないけど、みんなもう大丈夫よ。
   千早は最近どうなの?」

千早「知っているかもしれないけど、母とまた暮らすようになったわ」

律子「そう。よかったわ、元気そうで。お母さんとはうまくやってる?」

千早「最初は、どこかぎこちなく感じていたんだけど、今は普通に母子をできていると
   思うわ。まだ不自然なところもあるといえばあるんだけれど」

しばらくは、お互いの近況や他愛のない世間話に終始していましたが、
わたしは律子の呼び出しの真意がわからず、こうした会話を次第にじれったく感じてきました。

千早「……ところで律子。今日はどういう用件でわたしを呼び出したのかしら?」

律子「なんで、春香が死んだのか、って話。もっともわたしの推測にすぎないんだけれどね」

千早「わかったの!?」

律子「推測って言ってるでしょ? まぁ聞きなさい。その上で、千早が判断すればいいわ」

あのね、アイドルになること自体が夢だった子はね、
うちの事務所だと春香くらいのものだったじゃない。

ほかの子は、みんな手段。

まぁ、本当のところはちゃんと聞いたわけじゃないから
わからないんだけれどね。

雪歩は自分を変えたい。
真は女の子らしくなりたい。
あずささんにいたっては運命の人を見つけるため。
千早は歌手になるための踏み台でしょ?

目的のためにアイドルをする。


でもまぁ、千早と春香はある意味似てるわね。

居場所って意味で、そこだけなんだけどね。


千早は、今でこそお母さんと暮らして
自分の居場所をようやく手に入れることができたけれど、
昔は違ったでしょ?

居場所なんかどこにもなくて、歌だけにすがって、
でもやっぱり寂しくて。

春香やみんなが助けてくれて、たとえかりそめだとしても、
あなたは765プロって居場所を得た。

そこは否定しないわよね?
あれから千早はやわらかくなったもの。

居場所って言うのは、自分が自分でいられる場所のことなんだから
やわらかくなるのは当たり前よね。心を許さないと、無理だもの。


でもね、春香は逆。
アイドルに固執すればするほど、
765プロ以外に居場所がなくなった。


え? 春香には他にいくらでも居場所があったはず?
確かにね、春香なら友人もたくさんいたに違いないわ。


だけどね、アイドルとして売れれば売れるほど、
学校の友人や家族とは疎遠になる。

それにそもそも春香は、アイドルになった時点で夢がかなっているでしょ?
他のみんなはアイドルになることがスタートラインなのに、ひとりだけゴールしてたのよ。

アイドルになって、みんなで楽しく、歌って踊っていたい。
それが春香の夢なんだから。

長年の夢や憧れもプラスして、春香は765プロに固執するしかなかったのよ。

でも本当、皮肉よね。

アイドルとしての仕事が増えれば
増えるほど、春香の夢は壊れていく。

対照的にみんなの夢はどんどん近づいてくる。

だから、わたしも、他の夢なり目標なりを見つけなきゃいけない。
この居場所よりも、仲間よりも、大切な夢なんて
いまさら見つけられるはずがない。ないけど見つけなきゃ、って。

変わらなきゃっていう焦燥と、
変わりたくない、戻りたいっていう願望。
その葛藤が春香を殺したの。

……さみしいだけじゃなかったのよ。
でなきゃ、あんなに固執するわけないでしょ?

おまけにプロデューサーへの恋心。
これも拍車をかけたことには間違いないわね。

恋敵の美希は、精力的に仕事をこなす一方で、自分は悩みを抱えたまま、前に進めない。
そんなんじゃ、告白なんてできないわよ。春香ったら変にまじめなんだから。


多分、本人もよくわかってなかったと思うし、がんばれば
がんばるほど、ドツボにはまっちゃうような感じだったとも思うわよ。

なんで春香は死んじゃったんだろう。
ずっとそればっかりを考えてきて、ようやく出たわたしの結論よ。

これはわたしの勝手な推測よ。
でも、いくら考えても、これ以上に納得できる答えは出なかったわ。


じゃあ、わたしたちにどうすることができたのかって。
多分、いくら考えたって答えは出ないわ。


わたしにできたのは、せいぜいニューイヤーライブの前に
みんなの合同練習の時間をとってあげることくらい。


けど、それって根本的な解決には何もなってないでしょ?
そりゃあ、気休めくらいにはなるかもしれないけれど。


……今思うとね、最初のニューイヤーライブの時、もっと本音でぶつかりあうべきだったわ。

あの時に、春香も春香なりに答えを出したんだろう、って勝手に納得して
放っておいたのがいけなかったわね。何にも解決なんかしてなかったのに。

……なんでわたしは気づいてあげられなかったのかしら。

だからね、千早が思い悩むことなんて何もない。
そもそも千早のせいじゃないんだし。


大体、弟の時もそうだったけれど、千早は自責の念が強すぎるわ。

今だって、そうでしょ?

幸せな気持ちを感じたとき、悪いことをしてるような気分にならない?

ほら、やっぱりそうじゃない。

もっと自分に正直になりなさいよ。

いや、アイドルだからとか、アイドルじゃないからとか、そういうことじゃなくて。

あなたにもちゃんと、幸せになる権利はあるんだから。


アイドルに戻る必要なんか無い。

でも、ちゃんと幸せになろうとしなきゃだめよ。
人生一回きりなんだから。

千早「ところで、なんで今頃になって?」

春香が死んで、もう三ヶ月近くたっていました。

律子「別にドラマチックな理由なんて何も無いわよ?
   この前ね、小鳥さんと一緒に飲みにいったの。
   そしたら小鳥さん、飲みすぎちゃって」

千早「音無さんらしいわね」

律子「それでね、もう七杯目ですよ、ってわたしはいったのよ。
   そしたら小鳥さん、千早ちゃん! 人生は一度きりよ、ですって。
   それで、千早に伝えなくっちゃって、そう思ったの」

千早「ふふふ、可笑しいわね」

こうした物言いは、律子なりの照れ隠しなのだと思います。
それでも、酔いつぶれて、愚痴をいう音無さんの姿がありありと想像できるので
もしかしたら本当の話かもしれませんが。

律子「でもね、本当にそのとおり。
   人生は一度きりよ?」

律子は真顔になって、わたしの目を見据えました。

千早「そうね」

律子「だからね、わたしは千早に、無意味な償いなんてしてほしくない。アイドルに復帰しろとも言わない。
   千早の人生は、千早だけのものなんだから。もっと自由に考えてみてもいいんじゃないかしら」

律子と会った次の日、わたしはまた学校をサボって、
公園のベンチにいました。


正直、まだ頭が混乱しています。

春香の死んだ理由。
幸福になる権利。
人生の一回性。

律子の言ったことは、どれもわたしにとっての答えでした。


千早「けれど、正解かはわからないのよね」

判断はわたしに任せる、と律子は言いました。
ですがいまさらになってそんなことを言われても
どうすればいいのか途方にくれるばかりです。


夕日に染まっていたはずの公園が、だんだん薄暗く
なってきても、わたしはいつもの公園のベンチで佇んでいました。

千種「帰るわよ、千早」

仕事帰りの母が、いつのまにかわたしの前に立っていました。

千早「なんで、ここにいるの?」

千種「仕事帰りだからよ」

千早「答えになってないわよ」

千種「何のかしら?」

千早「なぜわたしがここにいるのを知っているの?」

千種「ふふふ、なんだっていいじゃない。それとね、
   明日から、学校サボるのにわざわざこんなところまで来なくて大丈夫よ。
   せっかく治ったのに風邪、ぶり返したくないでしょう?」

母には全てお見通しのようでした。

帰り道、わたしは母に、自分の悩みを相談しました。
初めてのことです。

千種「千早のやりたいことをすればいいじゃない」

千早「母親の癖に、無責任な解答ね」

千種「でないと娘がこんなになるまで放置なんかしないわよ。
    ごめんなさいね」

千早「もう、謝らなくてもいいわよ……
    それで、わたしはどうしたらいいのかしら」

千種「だからやりたいことをすればいいでしょ?
    あなたは自由なんだから」

千早「自由、か……
    考えたことも無かったわ」

千種「それにね、罪滅ぼしなんかやめておきなさい。
    それがどれくらい不毛かは、わたしたち母子が一番わかっているはずよ」

千早「……それもそうね」

千種「お母さんも最近わかったんだけど、遅かったわね」

千早「遅くなんかないわ……
    遅かったとしても、今からでも間に合うもの」

千種「……ありがとう。
   でも、だとしたら千早も全然遅くないわよ。
   今からでも、自由にやりたいことをすればいいわ」


母にそういわれて、うたいたい、とまた思ってしまいました。
目が焼けそうなくらい、まばゆいスポットライトを浴びて、力の限り。

千早「本当、因業よね」


千種「あら? 何がかしら」

復帰したら、この先傷つくことは目に見えています。
もしかしたら、母すらも傷つけてしまうことになるかもしれません。

それでも輝くステージで、歓声を浴びてうたいたいなんて、
つくづくアイドルというのは因業な生き物だと思いました。


千早「わたし、またうたいたい。うたいたいの」

千種「そう」

落ちる寸前の陽を、遠くをみるような目で追いながら、母はうなずいてくれました。

あくる日の朝早く、肩まで短くした髪に
リボンをつけて、わたしは家を出ました。

千早「いってきます」

久しぶりに歩く都会の森は迷いそうで、
ひとりで歩くのが不安になるけれど、
それでも、もう歩みを止めるわけにはいきません。

晴れあがった空を見上げると、昇りたての太陽がまぶしく輝いています。

千早「雨は降らないわね」

どんな未来がまっているのかは分からないけど、幸せにならなくちゃ。

その途中で、ひとりびしょ濡れになったとしても、傷だらけになってしまったとしても、
今のわたしには帰る家があるから大丈夫なように思えました。

けれどみんなにどんな顔をして会えばいいのかしら。
それが少し不安です。

千早「はぁ……春香ならどうするのかしら」

みんなわたしの家族だよ、という春香の言葉を、わたしは思い出しました。

――そうね。ただいまって言えばいい。それでダメなら、ぶつかっていけばいいわ。


             【fin】

>>1の時点で伊織のこと水瀬さんなんて呼称をミスるというへまをやらかすわ
ラスト一レスで猿食らうわ

新年早々ぽかしまくったけど支援してくれた人あんがと

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