キョン「ん?なんかこの光景見覚えが…」 (249)
既視感。
そして違和感が俺を襲う。
既視感(デジャヴ)というものをご存知だろうか?
それは実際には一度も体験したことがないのに、既にどこかで体験したことのように感じることである。
それが高校入学式で俺を襲った感覚であった。
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中学生でもなく高校生でもない職業的に宙ぶらりんな時期を特にこれと言って何もせずにのうのうとすごし、あけた高校生活第1日目。
進学した北高には学区内ということもあり、中学からの友人が割りと多い。
前の席に座る佐々木もそのうちの一人であり、特に親しかったやつだ。
「よろしくお願いします」
そう締めくくり席に着く佐々木。
今は全体入学式も終わり、各学級に分かれて自己紹介をしているところだ。
そして今まさに俺の番となった。
小、中、高と何度やっても緊張する一瞬というものである。わかるだろう?
なんとか噛むことなく脳内で用意していた文章を言い切り、開放された気持ちで席につく。
その時だった、違和感を覚えたのは。
何か、何か足りない。
なんとなく気になって後ろを向くと、鈴木なにがしと自己紹介した女生徒と目があう。
それで緊張してしまったのか、かみかみの事故紹介をして真っ赤な顔をして彼女は席についた。
なんか悪いことしたかもしれん…
俺もバツが悪くなり前を向いてなんとはなしにほかの生徒の自己紹介を聞きながら、その違和感の正体について考えていた。
なんだろうか。
夢で見た光景に重なったのだろうか?
それとも銀八先生のような学園ドラマで似たようなシーンを見たのだろうか?
はて?まあいいか。
こうして俺の高校生活は既視感と違和感から始まった。
そうだ、違和感といえば
「お前結局北高にしたのか。あの私立はどうしたんだよ」
佐々木は中学時代進学校の私立高校を目指していたはずだ。
一緒の高校なのは嬉しいが、どうしてだ?
「ああ、あそこか。残念ながらあそこじゃ特待生になれなかったんだ」
「ということはこの学校では特待生なのか?」
「まあ、そうなるな。おかげで母に負担をかけずにすむ。交通費だけで勉強できるのだからこちらを選ばない手はないだろう?」
「相変わらず俺と別次元の頭してやがるぜ、お前は」
思わずため息がでるね。なんて親孝行でいい娘なんだか。
「そんなことはないさ。君だって頭のできはいいんだ、一緒に特進クラスを目指そうじゃないか」
「ん?そういえばなんでお前特進じゃないんだ?」
また違和感。こいつの成績なら間違いなく特進クラスである。なんたって特待生なのだからな。
「あれは二年生からだろう。1年の成績で決まるはずだったと記憶しているが?」
「ああ、そうだったか?まったく自分に縁のない存在と思ってたもんでな」
佐々木が言うのだからそうなのだろう。
確かにそんな感じだった気がする。
「で、どうだい?運よく今年もこうやって机を並べることがかなったんだ。どうせなら3年間同じクラスというのも一興じゃないか?」
「俺が特進クラスなあ…。まあとりあえず勉強面で今年もお世話になるのは確実だからな。先に言っておく。よろしく頼むぜ」
「ああ、頼まれた」
やはり親友というのはいいね。あの坂をこれから毎日登るかと思うと少しうんざりするが、勉強して北高にきた甲斐あったってもんだ。
健康診断や学校説明などが終わり、平常授業に入り初めての昼休みのことである。
「お邪魔して良いかな?」
聞きなれた声が俺と佐々木にかけられた。
中学時代比較的仲のよかった国木田が弁当を引っさげてきた。
そういえばこいつも佐々木と負けず劣らず優秀だったはずだがなぜ北高にいるのだろうか。
なんか誰かを追って入ったとか言っていたような気もするが…
「どうぞご自由に」
ふと沸いた疑問に考えをめぐらせている間に佐々木が座るように促していた。
「ありがとう。こうやってみると中学生のころと変わらないね。まだ1ヶ月も経ってないから当たり前とも言えるけど」
小学生のころなんて高校生はえらく大人びて見えたもんだが…なってみると大して成長したようには思えんな。
「僕も成長したと実感できるのは背丈とできることが増えた、それくらいだね」
「そうだね、身体の成長と違い精神の成長というものは実感しにくい。実際、大人でもしっかりと精神的成長をしていない人も多いらしい」
それじゃあ精神的成長って何なんだろうな。
「キョンはどう考えているんだい?」
さあな。考えたこともねえ。少年漫画的に考えれば折れない心をゲットとかだろうが。そういうお前らは?
「この前読んだコラムなんかでは精神的成長っていうもの正解はない、って書いてあったね。なるほどと思ったよ」
と国木田。何がなるほどなのか俺にはさっぱりわからんね。
俺が漫画の質問コーナーを読んでいる間にこいつらはそういった小難しいものを読んで着実に前に進んでいくんだろうな。
「正解がない?じゃあ例の問題として成立していない問題に対して唯一の解答は沈黙であるってやつか?」
「おや、僕の台詞を覚えていてくれたのかい?光栄だね」
「いや、H×H読み直してただけだ」
「そうか。まあそれは置いておいて、僕もたぶん同じコラムを読んだから説明させてもらうとだね」
と、佐々木は前置きをして精神的成長について語り始めた。
一字一句は覚えていないが、要点だけまとめると以下のような内容だった。
曰く、精神的成長とは多様的な価値観・基準を身に着けることである。
そして、それら価値観に基づいて行動、決断できることが精神的成長である。
しかし、どのような価値観を身につけることが正解なのか、に解答はない。
というものだった。
「相手の価値観を理解する、ねえ。宇宙人相手にはどうやったらできるのかね」
「宇宙人か、相変わらず面白いことを言うな。だが、そうやって君が理解の姿勢、対話をしようとし続ける限りいつかは理解できるんじゃないか?」
そうは言うがな佐々木、世の中には問答無用で襲ってくる宇宙人もいるわけで
「なんとなく宇宙人とも仲良くやっていけそうだよね、キョンは」
「それはどういう意味だ国木田よ…」
宇宙人という単語にでも反応したのだろうか、席の近い谷口というやつが話しかけてきた。
「もしかしてお前らも宇宙人とかそういうのを真剣に信じまってるクチか?」
「例え話だ。ま、エウロパあたりに地球外生命体くらいはいて欲しいがな」
「ああ、火星の次はエウロパを探査する予定なんだっけ?」
「あそこは氷で覆われているらしいからな。プランクトンでもいてくれりゃ少しは面白いんだが」
木星の第2衛星、エウロパは表面を水の氷で覆われているが、その氷塊の中に巨大地底湖が確認され、現在地球外生命探査計画が持ち上がっている。
個人的には生きているうちに月面基地完成と木星探査は終わらせて欲しいものである。
「ああ、まともな興味か。安心したぜ」
谷口はそういうと、呼んでもないのに机を寄せてきて自己紹介をし、くだらない話を始めた。
結局宇宙人云々はその後話題に出なかったが、何故か引っかかるものがあった。
また例の違和感である。
なんだろうか?
超能力にでも目覚めるんだったら大歓迎だがね。
少しこの世界は平和すぎるってもんだ。
例の会話以来、谷口、佐々木、国木田と昼食を共にすることが習慣となった。
佐々木と国木田の会話は脳の体操のようで面白いのだが、至って平凡な話題を流れを考えずにぶっこんでくる谷口の存在は中々ありがたかった。
佐々木や国木田の私生活とかあんまり話題に上ったことがなかったからな。
が、そんなまだ入学して間もない4月中旬の休み時間である。谷口が見当外れな質問をしてきた。
「お前と佐々木は付き合ってるんだよな?」
ため息がでるね。何人目だこの質問?
「いいや違う。俺と佐々木はただの友達だ」
「おいおい嘘だろ。あんな可愛い女とあれだけ仲がよくて友達だと?冗談よせよ」
この問答も中学時代から数えるともはや足まで使っても数え切れないだろう。
大方国木田に聞いたんだろうが何故か興奮した様子で谷口は佐々木俺のエピソード事実か聞いてきた。こいつもしかして佐々木に惚れたのか?
「馬鹿野郎、俺は経験上同じクラスの女には手出ししない主義なんだ。折角の身近な美少女との関係を悪くするつもりはねえよ」
そうか、それは助かる。せめて告白するなら席替えしてからにしてくれよな。こんな近い席で変な空気になるのはごめんこうむるぜ。
「だからしねえっつうの。だがそうなるとお前の好みの女ってどんなのだよ。俺だったらそうだな、このクラスでのイチオシはあいつだな、朝倉涼子」
谷口がアゴをしゃくって示した先に、女どもの一団が仲むつまじく談笑している。
その中心で明るい笑顔を振りまいているのが朝倉涼子だった。
「俺の見立てでは1年の女の中でもベスト3には確実に入るね」
一年女子全員をチェックでもしたのか。
「おうよ。AからDまでにランク付けしてそのうちAランクの女子はフルネームで覚えたぜ。一度しかない高校生活、どうせなら楽しく過ごしたいからよ」
「朝倉さんがそのAランクなわけ?」と国木田。
「AAランクプラス、だな。ちなみに佐々木はAAランク。朝倉より低いのは喋り方が独特だからってだけだが」
えらく上から目線だな、おい。
まあ確かに谷口が言う通り、朝倉は美人である。
いつも微笑んでいるような雰囲気がまことによい。
また、性格もよさそうで、内気な女子に対して積極的に話しかけているからか、どことなく委員長気質を感じる。
さらに、授業中の受け答えなどを見ている感じでは頭のできもいいようで教師にとってもありがたい生徒のようだ。
最後に、同性にも人気がある。
新学期が始まって一週間そこそこだが、瞬く間に女子の中心人物となっている。
何かカリスマのようなものがあるのだろう。
そりゃああいつを彼女にできる男は幸せものだろうよ、と俺も思うさ。
ただ、なんとなく朝倉を見ているとわき腹が痛くなるのは何でだろうね。
「で、結局お前はどんなのが好みなんだよ」鼻の穴を膨らませながら聞いてくる谷口。
ああ、そういえば佐々木はもちろんこの場にいない。じゃなきゃこんな会話できん。
とりあえず恋愛対象をまじめに考えたことがない俺は適当に「巨乳」と答えておいた。
国木田が納得顔で「そうか本命は岡本さんだったのかな?」と呟いていたので「お前頭はいいけど結構短絡的だよな」と罵っておいた。
帰ってきた佐々木はなぜか浮かない表情をしていたのでどうしたと聞いてみると
「実を結ばない努力ほど空しいものはないだろう?もって生まれたる才能を伸ばすほうが利口だと僕は思うんだよ」
と、なにやら難しいことで頭を悩ませているようだったので、佐々木でも努力して成せないことがあるものなだな、と驚くと同時に、やはり才色兼備の佐々木といえど人の子なのだ、と一人納得した。
そんなこんなであれよあれよと言う間に4月も最終週に入ったころだった。
不可思議な贈り物が届いたのだ。
次の授業の準備をしながら、佐々木と雑談していたときだった。
「ねえ、少しいいかしら?」
先日話題に出てきた朝倉が話しかけてきた。
「どっちに用かしら?わたし?それとも彼?」
「彼。ちょっとお借りするわね」
そう言うと朝倉は俺を廊下に連れ出し、人気のない屋上前の階段まで移動した。
「こんなところで一体なんの用だ?」
朝倉と対峙するとまたわき腹の筋肉が痙攣した。
一体なんだってんだ・・・
「これ、あなたにって」
朝倉が差し出したのは簡単に包装された1冊の本だった。
「俺に?誰が?」
謎の痙攣を起こしたわき腹をさすりながら当然の疑問を口にした。
「長門有希って娘、覚えない?」
「いや…なんとなく聞いたことがあるような…ないような…」
「あらあら、これは大変…でも私にとっては好都合かも」
急に口元に手を当て考えるそぶりを見せる朝倉。
「何がだ?」
「いいえ、こっちの話よ。とりあえずそれは家に帰ってから読んであげて」
「ああわかったが…」
「それじゃあまたね、キョン君」
そう言うと朝倉は後ろ手に組んで階段を軽やかに下りていった。
おい待てお前までそのあだ名で呼ぶのか、朝倉よ…ってなんだ?
この状況もどこかで体験したような…
一体なんだったか…
まあいいか。
教室に帰ると谷口が詰問してきた。
「おいキョン、まさかとは思うが朝倉から告白なんぞされてないだろうな?」
必死すぎて怖いわお前。単に本を渡されただけだよ。帰ったら読めとさ。
「お前それはほとんど…」
と谷口が叫びかけたところで教師が入ってきたので谷口は声を落として
「ほとんど告白じゃねーか死ね」
と言ってきた。
しまった。誰からかをいい忘れたが、まあいいか。
本を鞄にしまうと佐々木と目が合った。
「佐々木、先生来てるぞ」
「ん、ああ。そうだな…」
若干上の空だったが、何を考えているのかね。
本のタイトルは『リプレイ』。著者はケン・グリムウッドという聞いたこともない名だった。
一通りぱらぱらと目を通してみたが、特に何か挟まっているわけでもなく普通の小説のようだ。
内容は中年の男がある日、心臓発作で死ぬと記憶を持ったまま学生時代へとさかのぼって目覚める。ということを繰り返していくもののようだ。
何度も繰り返していくうちにより良い人生を目指していき、最後に…いうものだ。
普通に面白かったし、主人公になんだか親近感を感じた。いや、いい作品だ。
死に方としてはあまりうれしくないが、どうせループするなら俺もこうありたいもんだぜ。
が、実は最後まで読んでいない。
というか読めていないのだ。
目次にはエピローグという章があるのにこの本にはその部分ははじめからないようだ。
落丁かね?
そして本来エピローグの始まるページには、少し神経質そうな細い字で
「 ⇒ 文芸部室へ進む」
と書いてあった。
ははーん。中々面白い勧誘方法じゃないか。
ゲームブックか?
なるほど気に入ったぜ。
文芸部室ね。OK行ってやろうじゃないか、長門有希とやらよ。
というわけで翌日のことである。
どんなやつか気になったので朝倉に長門のことをたずねると、こう返ってきた。
「それが彼女風邪をひいたみたいなのよ」
なんとも拍子抜けである。
それじゃあ今日文芸部室に行ってもそいつはいないってことか。
「ええ。あ、ちなみにあの子6組だからね」
「ああ、ありがとうな」
「大したことじゃないわ。それより、何かメッセージとかあった?」
下手な男ならコロっといっちまうような、しぐさで朝倉は俺に耳打ちする。
「新手の文芸部への勧誘だった。そういえば…図書館で会ったことあるのかもしれん」
やはりチクチクする脇腹を片手で押さえつつ考えをめぐらせてみると、確かにそんなことがあったかもしれない、と思えてきた。
「…文芸部?」
と、さり気なく言った言葉に反応した。
「何か知ってるのか?」
「うーん。あそこって確か廃部になってないっけ?」
あごに人差し指を添えながら首をかしげる朝倉。
いいね。美人は何をしても様になる。
しかし、また違和感を覚えた。
文芸部が廃部?
「そういえば確かに新歓ブースに文芸部は見なかったな」
と、本を閉じながら言う佐々木。
なんとなく気になったので佐々木にも例の小説を見せてみた。
「なかなか凝った勧誘方法だね。落丁本をこういうふうに使うとは、ユニークな人だ」
思わずよし、行って見るかって気になっちまったからな。
「しかしキョンが文芸部か。ふむ。何を書くのか読んでみたい気もする。書くとしたら何のジャンルかね。サスペンス?それとも意外にもラブロマンスかな。それはそれで読んでみたいが」
くつくつと笑いながら勝手に人の書くジャンルを予想しているところ申し訳ないが別に入ると決まったわけではないからな。
というかそもそもなんか文芸部は廃部になるらしい。
「廃部?それはまたどうして?」
それを知りたいのは俺のほうだ。放課後にでも岡部教諭にでも聞いてみるつもりだが。
「彼はそのままハンドボール部に君を引き込もうとする、にコーヒー一杯賭けないか?」
「それじゃあ賭けにならんだろうが」
じゃあ帰りに喫茶店にでもよろう、と提案してくる佐々木。
それはいいんだがお前塾とか行かないのか?
今日はこれで終わりです。
お休みなさい。
予想通り、文芸部についての聞くと彼は顧問の先生の名前を告げたあと、ハンドボールの面白いところについて熱く熱く語り始めた。
5分ほど入らないか、いえ入りません。そうかシュートの駆け引きに勝ったときなんか最高なんだがどうだ?入りません。という問答を繰り返した後にようやく開放された。
そして文芸部の顧問だという教師に
「文芸部のことで質問が…」
と言いかけたところでまた滝のように歓迎の言葉を浴びせられているうちに、文芸部の部室見学をする流れになっていた。
顧問は文芸部室へ向かう道中で文芸部の活動についてと、3年が卒業し部員数が0になり、今のままだと2学期に廃部になってしまっていたということ、入学式の次の日に文芸部へ入りたいと申し出た1年生がいたことなどを大げさにも思えるほど感情豊に語ってくれた。
そして、鍵を俺に託し、気が済んだら鍵を返しにくるよう告げて彼は教員室に戻っていくと久方ぶりの静寂が訪れる。
なんか色々すごかった…
「君は押しに弱いね」
といつも通り佐々木が隣で笑う。
鍵を開け、ドアノブをまわす。
無人とわかっているものの一応お邪魔します、と言いながら扉を開くとまた、例のあれが俺を襲う。
既視感だ。
俺は確かにこの部室を以前どこかで見たことがある。
窓辺の机にデスクトップパソコンが備えられていおり、長机二つならんでいて5、6人くらいなら快適に過ごせそうだ。
自然と窓際に目が行く。
そこにパイプ椅子が置いてあり、ショートカットの小柄な少女が本を読んでいる…。
「へえ、殺風景だがそれゆえ持込甲斐のありそうな部室じゃないか」
佐々木が脇を通って部室に入ると俺の中の時間が動きだした。
なんだ今度は、幻覚も見え始めたぞ…
ヤバイんじゃないか俺…
目をこすり、もう一度窓際のパイプ椅子を見るとやはりそこに少女はおらず、代わりに本が置いてあるだけだ。
「ふむ、『リプレイ』だね。これでようやくエピローグが読めるじゃないかおめでとう」
そう言って佐々木は俺にその本を差し出す。
ああ、そういえばそうだった。
流されてここまで来たが、元々はこのために来たんだったな。
長門さんとやらがいないのでどうしようか迷ったが、せっかくなので読んで帰ろう。
また後日風邪が治ったころに出直せばいいだろ。正直終わり方が気になっているんだ。
許せ、長門。
まあ、エピローグだけだしすぐに読み終わったな。
満足した。気になるやつは是非読んでみるといい。
『リプレイ』著 ケン・グリムウッドだ。
さて、しかし、読み終えてしまうと本格的にやることがなくなった。
長門というやつもいないし、本棚しかないとはいえ住人のいないところで色々いじるのも気が引けるしな…。
とりあえず、落丁版と正規版『リプレイ』を机の上に置いて「面白かった。また来る」と書置きを残して帰ることにした。
「じゃあ帰ろう」
本棚にある作品を見ていた佐々木に声をかけ、帰る準備をする。
「ん、もう読み終わったのか。分かった」
軽くうなずく佐々木。悪いな、つき合わせちまって。
「そんなことはないよ。ついていくと決めたのは僕だし」
忘れ物はないか一度見回し、窓の鍵を確認したあと外に出て鍵を閉める。
「よし、それじゃあ鍵返しに行くか」
「そうだな。ああ、悪いと思うのなら例の喫茶店の件忘れないでくれよ?」
「おう。覚えてるぞ」
「あそこは店で焙煎しているから前を通るだけで香ばしい香りが漂ってくるんだ。だがなかなか一人で入る勇気はなくてね」
「確かにちょっと気後れするよな、喫茶店とか。高校生にはマクドやモスあたりがお似合いって感じがするし」
「君が付き合ってくれて嬉しいよ」
微笑む佐々木はいつもよりも少し幼く、普通の女の子のように見えた。
いや、普通もなにも佐々木はれっきとした女子なのだが性別を超越したような存在として感じていたのだが、改めてこいつはそういえば女だったなと認識させられたのだ。
なんでこいつに告るやつがいないんだろうね。
不思議な世の中である。
「なにか僕の顔についてるかい?」
「いや、お前コーヒー砂糖なしで飲めたっけな、と思ってな」
「香りを楽しみに行くのだからそれは関係ないだろう?」
香りなら紅茶なんじゃないかと思ったが、口で佐々木に勝てると思えない。
賢い俺は沈黙という選択をしたのだった。
余談だが、佐々木はスプーン2杯分の砂糖とミルクをたっぷりいれていた。
あれで香りが楽しめるのだろうか…
今日は終わりです。
書きたいところは書き終わっているんですが、そこにつなげるのが難しいです。
支援ありがとうございます。
お休みなさい。
翌日も長門は体調が回復しなかったらしい。
そう告げたあと、やつはこう聞いてきた。
「ねえ、あなた達ってやっぱり恋人同士なの?」
今日のあほ。その名は朝倉涼子。
「もうこの問答には飽たんだが、違う。親しい友人と書いて親友だ」
「でも昨日カップル御用達の喫茶店で見掛けたんと思うんだけれど…人違いかしら?」
「いいえ。それは恐らく私たちだけど、付き合っているわけではないわ」
「あらそうなの?じゃあキョン君も佐々木さんもフリーってことで大丈夫?」
「ああ、まあ、そういうことになるか。それがどうした」
「ふふふ、秘密よ。ありがと。じゃあね」
そういうと朝倉は女子の一団に戻っていった。
朝倉が何か話すと「ええ!?」だの「きゃー」だの姦しい声が聞こえてきたがあいつらは何を話しているんだろうか。
「誰か君に好意を寄せる子がいるんじゃないか?普通フリーかどうかなんて聞いてきたらそういうことだろう」
そういうことならお前の方じゃないのか?俺と違って秀外恵中だし。
「秀外恵中だなんて…僕はそんな大層な人間じゃないよ。むしろ他人より劣っていると思っているし、何より本質はまだまだ幼稚で未熟な子供であることを自負しているよ」
少なくともそういう自己認識ができているところが既に同い年のやつらよりも精神年齢が上だと思うがな
「例え精神年齢が上であったとしても、やはりまだまだ子供の域を出ないさ」
そんなものかね。
「そんなものだよ。でもそれでいいと思っているんだ。なんたって僕らは正真正銘未成年の子供なんだからね」
そう佐々木は言うと微笑みを浮かべた。
やはりさっきの質問はこいつに向けられたものだろう、とその横顔を見て俺は確信した。
そしてその数日後、ゴールデンウィークが明けた日。
「やっちゃったわ。もう調子乗って片手でやるものじゃないわね」
「オムレツか。朝倉さんは料理が好きなんだ?」
久しぶりの坂にひぃひぃ言いながら教室にたどり着くと朝倉と佐々木が話していた。
「あら、おはよう。キョン君」
「やあ、今日もぎりぎりだね」
「ああ、おはよう。何の話だ?わり、朝倉ちょっと鞄かけるぞ」
机のフックに鞄をかけるときに朝倉の生脚が見えたが、いいふとももしてるぜこいつ。
この空間、谷口あたりに独占禁止法に抵触するだのなんだの言われそうだ。
今も恨めしそうな目でこっちを見ている。やめろ。情けない顔してこっちを見るな。
「ああ、ごめんなさい。今退くわね」
「朝倉さんがゴールデンウィーク中に火傷をしたらしくてね。ことの顛末を聞いていたところさ」
「火傷?ああ、その包帯か。大丈夫か?」
長袖で隠れているが若干包帯が見えている。どうやったら左手首を火傷するんだ?
「いいえ。料理中にちょっとね。オムレツひっくり返そうとしたら手首に乗っちゃって」
「そりゃ災難だな。ちゃんと病院行ったか?」
朝倉は手首を見ながら、
「ううん。そんなにひどくなかったから…痕にはならないと思うんだけど。あ、そういえば今日は長門さん来てたわよ」
そういえばゴールデンウィーク従兄弟連中と騒いで忘れていた。ずっと待たせたままにするところだったぜ。
ありありと文芸部室で来ない待ち人を待つ姿が目に浮かぶ。
いや、会ったことないけどな。
「僕も行っていいかな?」
「あら、佐々木さんも文芸部に入るの?」
「そうしようかと思ってるけど、そういえば朝倉さんはどこか部活に入っているの?」
「ええ、文芸部に」
朝倉はたおやかに微笑み、俺のわき腹はほほと同じように引きつった。
あ?今なんて言った?
朝倉の爆弾発言から6時間後。
ここは文芸部室。
中には美少女3人と俺。
一人はボブカットの僕っ娘。
頭脳明晰で大人びているがたまに笑顔が幼くなるのがポイント。
一人は標準的な委員長タイプ。
世話焼きで料理好きだけどちょっと抜けてるところもあるがそこが可愛いところでもある。
一人は新キャラの寡黙な読書好き。
人見知りが激しが、心を許すと笑顔をよく見せてくれるが、笑った自分に赤面してしまうタイプ。
そして俺。
なんの変哲もない一般人。
これはなんてギャルゲーだろうね。
とりあえず、巨乳な先輩と後輩の元気なポニテっ娘が足りないぞ。プロデュースしたやつは早急に付け足せ。
ツインテールじゃ駄目だぞ。ポニテだ。
なんて、冗談だが、本当にこれはなんの偶然かね。
こりゃ谷口じゃなくても訴えてきそうだ。
というわけで新キャラ。
名前だけは既に出ていたが、長門有希。
俺を文芸部に呼んだ張本人だ。
デジャヴで見た通りショートカットだったが、メガネをかけている。
多分メガネはずすとかなり可愛いはずだ。
いや、今でも結構かわいいけど。
朝倉は既に知っているようだが俺と佐々木に目を行ったりきたりさせてる。
「彼は知ってるわよね?こちらは同じクラスの佐々木さん。文芸部に興味があるみたいよ」
紹介された佐々木は手を差し出して
「どうも。わたしも文芸部に入りたいんだけどいいかな?」
「………」
「いや、私を見られても。今はあなたが部長でしょう?」
戸惑うように見つめる長門に、やはり困ったように苦笑いする朝倉。
なんだ朝倉とは結構仲よさそうだな。
「あなたも?」
あ、あなたって俺か。そうだな。入ってもいいと思ってる。
俺がそう答えると、ぱっと身を翻してパソコンの乗っている机からファイルを取り出し、藁半紙を2枚取り出した。
それには入部届けでいくつかの必要記入事項欄が書いてあるだけだったが、長門は外交文書でも取り扱っているかのような慎重な手つきで差し出してきた。
とても小さな声で、それでもはっきり聞こえた。
「ようこそ。文芸部へ」
これが俺たち新生文芸部の誕生の瞬間だった。
はてさて、新生文芸部が誕生したので我々の活動内容を記しておこうと思う。
とある5月中旬の活動内容。
長門は定位置でなにやら分厚い本を読んでいるようだ。
図書室にあったというそれはずいぶん古臭く、古紙独特の匂いがするが、嫌いではない。
佐々木は俺の対面で鞄から参考書をとりだして元からあった長机で勉強をしている。
俺はというと本棚にある本を手当たり次第に読みあさるのが日課となっており、本日も昨日から読んでいるSF物を机に広げた。
ハードカバーばかりなので読み応えがあるが、面白いものがそろっていて、時が過ぎるのを忘れるほどだ。
5月の心地よい風が窓から入ってくるのを感じながら静かに、緩やかに時間が流れていく。
こんな生活も悪くない。
そしてしばらくすると委員会活動やその他雑務やらなにやらをこなした朝倉がこの部室に加わり、持ち込んだヤカンや湯のみでお茶を入れてくれる。
朝倉の淹れる緑茶は適温で、熱すぎず、ぬるくもなく、さわやかな苦味がとてもよい。
その緑茶を飲みながら本を読み、これまた皆で持ち寄ったちょっとした菓子などをつまむ。
お茶を淹れたあとの朝倉は部室の掃除をしたり、俺が読んでいない作品を読んだり、料理本を見たりしている。
たまに刺繍なんかもしてる。
なんとものどかで平和な光景である。
そして大体5時になると皆で下校するのだった。
平和っていいねえ。
今日はここまでです。
むつかしー
5月下旬、少し長袖も熱くなってきた頃である。
今日も今日とて文芸部らしく読書にいそしむ俺達であったが、いつものように参考書を開いて勉強していた佐々木がふと顔をあげて
「そろそろ中間試験だが、勉強の方は大丈夫かな?」
と、問うてきた。
嫌なことを思い出させてくれるな。赤点さえ取らなければいいんだよあんなの。
「それはちょっとモチベーション低過ぎないかしら」
苦笑しながら朝倉も本から顔を上げる。
そうは言うがな、おおよそ一ケ月前から準備する気になるほど俺は殊勝な生徒ではないんだ。
どうあがいても1週間前から準備するのが関の山ってところだな。
「………会」
何か呟いた長門と目が合うと、彼女は頬を赤く染めてうつむいてしまった。
こいついつになったら俺に慣れてくれるんだろうか…
「勉強会かぁ。それいいわね、長門さん」
朝倉がそういうと長門ははにかみながら顔を上げる。
「いいと思う。実を言うと私もそれを提案するつもりだったんだけど。どうかな、キョン」
ああ、長門は勉強会って言ったのね。なるほど。
しかし勉強会と言っても俺は完全に頼る側なんだがいいのか?
「いいんだ。というより僕は君の為に提案しているんだよ」
シャーペンを指先で弄んでいる佐々木。
まあお前らが良いって言うのなら俺は構わんが。
一人じゃ確実に勉強しないからな。
勉強会をすることで全会一致した我々4人は計画的に学力向上を目指すために予定表をつくることとあいなった。
提案したのは朝倉だ。
せっかく部室にパソコンもあることだしエクセルかなんかで5組と6組の時間割を入力して、お互い被っている科目をその日に勉強しようってことだ。
「あら?電源がつかないわね」
パソコン席に座った朝倉が呟く。
カチカチと電源ボタンを押す音がむなしく響く。
今まで誰も使ってなかったので気付かなかったが、この古いデスクトップパソコンには電力が供給されていないのだった。
要はコンセントが抜けているだけなのだが、そんな単純なことに気づくまで我々は10分程あーでもないこーでもないとパソコンをいじくりまわしていた。
「考えてみれば簡単な答えだったね」
ピポっと軽快な音を立ててパソコンが起動し始める。
2世代くらい前のOSが表示されたあとやたらと長い暗転画面を経て、ようやくこいつは重い腰をあげた。
「起動するまでに3分かかってるぞ…」
「普段使いしないならこの程度でいいじゃない。ね、長門さんもそう思わない?」
少し戸惑った表情をしたあと小さくうなずく長門を見た朝倉は、「ほらね」と言わんばかりの表情を見せる。
確かにここでパソコンを使うことはそうそうないから問題はないのだが、こうも遅いとやはり気になるものだろう?
なあ?
「えーと、うん。ちょっと古いけれどちゃんとオフィスは入ってるわね」
なんの変哲もない、ワードやエクセルとエクスプローラー、それからいくつかのフォルダとゴミ箱があるだけのシンプルなデスクトップだ。
ただ、中心に位置する「SOS」フォルダを除いては。
「…なんだこれ」
他の3人も「SOS」フォルダを見て怪訝な表情を浮かべている。
「これ、長門も初めてみるのか?」
多分前髪が動いたからYESだな。というかさっきまで一緒にこのパソコンを起動させようと右往左往してたんだから当たり前か。
「そうなると卒業していった代が作ったものと見るべきだろうね」
腕を組んだ佐々木はそういう。
言われてみれば、確かに卒業した代がこの潰れそうな部活を危惧して作ったフォルダかもしれない。
「気になるしちょっと見てみようぜ」
朝倉の手からマウスを取り、カーソルを合わせてクリックしてみる。
するとエラー音が響き、注意書きが出てきた
プログラム起動条件:パスワードの入力
最終期限:7月7日
「救難信号をパスワードでロックするなんて…何がしたいのかしら?」
「もしかするとSave Our Shipじゃなくて他の頭文字なのかも」
朝倉が適当にこの部室の部屋番号を打ち込んでみるがことごとく弾かれた。
まあそうそう簡単に開いてしまうと何のためのパスワードか分からんからな。
「何か他に手がかりはないのか?」
他のフォルダをしばらく漁ってみたが、あるのは年に1度作成する冊子のデータファイルや、おそらく小説用であろう痛い
痛しい設定をメモったものばかりで手がかりになりそうなものはなかった
「これ以上は時間の無駄だね。そろそろ本来の目的を果たそう」
20分程して佐々木がストップをかけた。
気づけば予定表を作ろうとしてから既に30分も経過している。
脱線は気づかないうちにしていつの間にか深みにはまってるから怖いもんだ。
部屋の掃除をしようとしていたらいつの間にか懐かしの作品を読みふけっている、と言うのは誰もが通る道だと思う。
そういうときには佐々木みたいな冷静なやつがいるといい。
一度すべての実行中プログラムを閉じ、エクセルを開く朝倉。
5組と6組の時間割を入力し被った日にその科目を勉強することを決め、また勉強する時間を決めた。
勉強会は毎日全員そろってから1時間。
その後は各自やりたいことをやる。
そして金曜の放課後には全員で問題を出し合い、トップの者は下位3名に合計300円程度の商品を購入させることができる、というルールが制定された。
佐々木曰く
「問題を出す側になればどこを出したいか自ずと分かるようになるものさ」
ということらしい。
「科目はなんでもいいのか?」
「もちろん筆記試験のみだよ。現国なら漢字書き取り、英語なら単語か授業中出てきた構文、くらい分かりやすく正解できるものに限られるけどね」
「なら古典なら活用形とか授業で訳した部分とかになるわけね」
「あと、できれば自分が苦手としている科目から作るべきだね」
なるほど方針は解った。
しかし一人100円とはいえ微妙な金額だよな。300円って。文庫本はおろか新刊の漫画すらちょいと届かない微妙な金額だ。
それを聞いた長門がぽつりと
「ハーゲンダ○ツくらいなら買える」
呟くとと女どもは色めき立ちきゃいきゃいとどの味が旨いだの、あそこの出す新作はいつもアタリだのなんだの言ってやっぱり脱線した。
金額を漫画(410円)換算するのは男子特有なのだろうか、と彼女たちの会話を聞いていて思ったね。
ま、俺も抹茶味好きだけどよ。
結局脱線に次ぐ脱線の所為で今日は予定表を作ったりわいわいと喋っているうちに解散となった。
いつも通り佐々木を後ろに乗っけてチャリをこいで今日の晩飯に思いを馳せていた時だ
「結局、あの『SOS』フォルダには何が入っているんだろうね…」
少しばかり腰に回した手をつついて注意を引くと、そう聞いて来た。
さて、なんだろうね。プログラム起動条件とか書いてあったしやっぱり何かのプログラムなんじゃないか?
「そのプログラムとは何か、について君の考えは何かあるかい?」
ふむ、まあ普通に考えてアレを作ったのは先代文芸部員だろうし7月7日までにパスワードを入れる者がいなけりゃパソコンのデータを全消しするとかそんなんじゃないか?
「本当にそう思っているのかい?」
恐らく薄い笑みを浮かべているであろう声色だ。
1年一緒に居るだけでどうしてそこまで俺の考えが読めるかね。
ああ、確かにそうは思っていないさ。別に劇的な物語が待っているとは思っていない。
が、正直ちょっとした小話にはなるであろう面白そうな何か、が詰まってる気がしてる。
「覚えているかな。以前僕が言った『エンターテインメント症候群』。まさに君の望む変化と言う奴が来たのかもしれないよ」
赤信号だったのでブレーキをかけ佐々木の方をうかがい見ると、
楽しそうにほほ笑むどえらい美少女がいた。
明後日パソコンが戻って来次第、ヴぁっと書いちゃいます。
今日はこれでお休みなさい。
勉強会をし始めてしばらくたったある日のことだ。
英語の構文に1時間うんうん唸った後、なんとはなしにSOSファイル以外に何かないのかと思って「ファイルを全て表示」
にして検索をかけてみた。
すると、あるではないかまたもや謎の「MIKURU」フォルダが!
なんだこれは?人名でいいのだろうか?
しかしこのフォルダにはとんでもないお宝が隠れている気がする。
が、やはりこちらも暗証番号が設定してあり開くことはかなわなかった。
まあ、適当に入力した暗証番号で開いたらそれはそれで何事かと思うが。
しかしみくる、か。どこかで聞いたことのあるような名前だな…
「先生に今まで『ミクル』という名前の文芸部員がいたか聞いてみたらどうだい?」
そうだな、あとはそこにある作品集に同じ名前がないか調べてみよう。
「あら、これちょっと変じゃない?」
ちょうど席を立とうとしたところ長い髪が俺の周りをカーテンのように囲み、暗くなった。
「おうっ…何がだ?」
朝倉が後から乗り出すようにパソコンを指差していたのだ。
眼前に迫る豊かな胸部に跳ね上がる心臓を抑え込みつつ聞き返した自分をほめたいね。
というか、岡本といい朝倉といい、美人が隙だらけでもあらゆる意味で悲劇しか生まないぞ…
「ほら、ここ見て」
意識的か無意識なのかは解らんが隙だらけの朝倉が指さす場所はフォルダの最終更新日の欄だ。
「最終更新日が来年なの」
言葉通り、そこには来年の今頃の日付が記されている。
「本当だ…」
これは一体どういうことだろうか。
パソコンの内蔵時計が狂っているのかと思えばちゃんと今日の日付な上に時間もピッタリ合っている。
「…SOSフォルダの手掛かりかもしれないね」
佐々木が体を支えている朝倉の左腕の下から覗き込んできた。
「だといいなが、とりあえずお前ら近過ぎるから離れてくれないか?立ち上がれんだろう」
さっきから頭や腕にぷにぷにと何かが当たっていて、これは考えたらダメなんだろうと解っているのだが俺も健全な男子高校生なわけで色々キツイんだ。
違う何かが立ち上がる前にお前ら早くどいてくれ。
待て長門!なぜお前も立ち上がる!
天国のような地獄から抜け出し職員室で顧問に質問してきた。
結果として、『ミクル』という名前の生徒は存在するが、歴代文芸部員にはいなかった。
その『ミクル』という人は2年らしいのでもしかすると今年卒業した先輩が好きだったのかもしれない。
ちょいとその人本人を見てきたがこれまたえらい可愛らしい小柄な女性なのだ。
あれは確かにMIKURUフォルダも作りたくなるね。巨乳だったし。
…まてよ?
となるとMIKURUフォルダには何が入っているのだ?
朝比奈先輩への恋文なら全然セーフ、朝比奈先輩との妄想生活なら痛いだけだが…
もし、盗撮画像などがあったとしたら……
これは由々しき事態である。
手がかりである以上、かのフォルダは破棄せず、状態維持を決定。
結局俺たちは「SOS」フォルダの開放に集中することにし、今日の活動は終了した。
が、俺は密かに「MIKURU」フォルダも開放することを決意したのだった。
いつもの帰り道のことである。
駅から自宅へは朝と違い佐々木と一緒だ。
中学からの習慣で佐々木を後ろに乗っけて買える。
佐々木も自宅からそう近いとは言えないのだから自転車で通学しないのか、と聞くと
「知っているか?キョン。人間は歩いているときに脳の整理をしているらしいんだ。脳科学者がこの間そう言っているの見てから少し試しているんだよ」
なるほどこいつにかかれば通学路ですら己を向上させるためのツールというわけだ。いやはや感心するね。
「それに折角の特権を手放すには惜しいしね」
特権?何か朝歩くといいことでもあるのか?
「ああ。しかし君が歩いても受けられない恩恵なのだがね」
クツクツと楽しそうに笑う佐々木は最近よくみせるようになった少女らしい笑みである。
なんだそりゃ。一体どんな恩恵なのかと聞こうと思ったのだが、晩飯のメニューをいつまで遡って思い出せるか、という脳力テストをしている間に忘れてしまった。
はて、朝歩くとなにかいいことがあるのだろうか?
早起きしてみるかとそのときは思ったが、この1ヶ月で登校までの時間を最短最適化してきた俺が翌日何時に起きるかなどは推して知るべし。
先にも述べたが、朝倉のパーソナルエリアは狭い。
というか、俺に対して狭い。
それがわかったのは、今日こんなことがあったからだ。
今朝、普段通りギリギリに校門をくぐり、下駄箱で靴をはきかえようとしたとき、俺の下駄箱の中に1枚のかわいらしい便箋が入っていた。
はやる気持ちを抑え、何気ないそぶりで靴を履き替える動作の中で手紙を鞄に滑り込ませる。
これってアレか?やっぱりアレなのか?
いや待て、罠かもしれない。
谷口あたりが仕込んだヤラセではないと断言できないのだ。
期待し過ぎてはいけない。
そういえば描写するのを忘れていたが、席替えは1月に1回となり、五月である今日は既に席替えをしたあとである。
俺はその席替えで窓際後ろから2番目という中々好条件な位置に座ることができた。
ちなみ前の席はやっぱりという感じではあるが、佐々木である。
そして、これまたやっぱり、という気がなぜかするのだが、後の席は朝倉である。
文芸部の3人が窓際に集まっているわけである。偶然にしてもちょっとでき過ぎやしないかね。
さて、ここで今朝のシーンに戻る。
「おはよう、キョン。…どうかしたのかい?何かそわそわしているが」
俺の席に座る朝倉と話していた佐々木が挨拶ついでにさっそく見抜きやがった。
毎度佐々木の観察眼には恐れ入るが、今日は見逃して欲しかったね。
が、こいつに嘘を言っても無駄である以上俺は核心は伝えずに正直に話す。
「ああ、ちょいとまた不思議な手紙をもらったもんでな。また何か起きるんじゃないかとな」
「へえ、それは…」
「あ、ごめんなさい。どくわね」
朝倉が佐々木のセリフを遮りながらスッと立ち上がると、反射的に身構える俺。
「…何してるの?」
きょとんとした顔で俺の顔をうかがう朝倉。
うむ。いい顔だ。じゃなくて
「いや、なんかこう…なんだろう?」
「何それ。変なキョン君ね」
笑いながら軽く俺の胸を叩き後ろの席へ移動した。
「寝ぼけているんじゃないか?顔でも洗ってきたらどうだい」
苦笑しながら佐々木がハンカチを差し出す。
せっかくかのでハンカチを借りて脇腹をさすりながら廊下へと足を向けた。
一体…この脇腹の違和感はなんなのだろうか…
例の手紙だが、授業中になんとか上着のポケットに忍ばせ休み時間にトイレで読むことができた。
内容はというと「今日のお昼休み、生徒会室に来てください」と見覚えのある字で書かれていたのだが…お前これ昼休みまでに見なかったらどうするつもりだったんだよ。
まあいい。
とりあえず普通に飯食って授業の始まる10分前くらいに覗いてやろうじゃないか。
ただ、やはりドッキリである可能性や、単に何か重要なことを話したいだけの可能性もあるので期待せずにいくがな。
さて、長いようで短い午前の授業が終わり昼休みとなる。
朝倉は生徒会の用事があるからとか何とか言ってそそくさと出て行った。
谷口、国木田、佐々木といつものメンツで飯を食っていると佐々木が耳打ちしてきた。
「そういえば今朝言っていた手紙とはなんだったんだい?」
これまた絶妙のタイミングで聞いてくるなお前は…
「呼び出されただけでまだ内容は解らん」
「呼び出された?…これ以上は詳しく聞くのは野暮かな。この話題はやめよう」
「そうしてくれると助かる」
「…君が話したくなったらいつでもいい。聞かせてくれ」
そういうとそのあと佐々木は会話に参加せずに黙々と弁当の中身を口に運び、さっさとどこかへ行ってしまった。
「なんだ?おいキョン佐々木はどうしたんだ」
さあな。俺にも解らん。
さて、そろそろ行くか。
12時45分。トイレに寄ったついでに行けばだいたい50分になるだろう。
そう思って席を立つと佐々木が帰ってきた。
「よ、どこ行ってたんだよ」
「ちょっとした野暮用さ。君もそうだろう?」
「あ?ああ…」
そういうと自分の席にもどり、5限目の用意をし始めてしまった。
何かあったのだろうか?まあいいか。
とりあえずトイレによって、生徒会室へと向かった。
ノックをするとすぐに扉が開いた。
「やっぱりお前か」
「なんだ、解ってたのならもっと早く来てよ」
そこにいたのはわざとらしくほほを膨らませた朝倉だった。
すぐにいつもの笑顔に戻り
「さ、入って。話があるの」
と、俺を生徒会室へと招き入れた。
中は長机が何個か壁に畳んで置いてあり、パイプいすもそのそばにあるだけで他にこれといったもののない空間だ。
電気も点けず、窓から入る薄暗い教室で朝倉と二人きりである。
緊張からか背中に汗をかいている。
なんだろうか、なぜか嫌な予感がする…
「ねえキョン君…私のこと嫌い?」
唐突に朝倉はそう聞いてきた。
「いや、そんなことはないが…」
若干思っていたのと違うセリフが飛んできたので戸惑う。
「嘘。じゃあなんでわたしを避けるの?」
「…別に避けてない」
嫌いでないのは本当だ。だが、避けてないかと聞かれると無意識に避けている節はある。
どういう理屈かわからんが、ヤツがポケットや鞄から何か物を取り出すとき、言いようのない不安に駆られるのだ。
それに脇腹に何か嫌な感じがいつもする。
嫌いではないが、苦手。それが俺の朝倉に対する印象だった。
「本当?」
「ああ。大体本当に嫌いなら会話すらせずに無視する」
これも本当である。面倒なやつは無視するに限る。
何が楽しくて嫌いな奴に時間を使わねばならんのだ。
一刻も早くそんなやつのことを忘れて楽しいことをした方がいいに決まっている。
「そっか。じゃあ私の勘違いかな?」
「だと思うぞ」
あごに人差し指をあて考え込む朝倉は、写真に撮ったらそのまま何かの雑誌の表紙に使えそうだ。
と、無駄なことを考えていると
「じゃあ握手しましょ?」
そう言ってきた。
「…何故握手?」
「勘違いしてごめんなさいの握手と、これからもよろしく、の握手」
手を差し出す朝倉。ね、お願い。とこんな美人に頼まれて断れる男はこの世に何人いるんだろうね。
もちろん俺はその断れない側のその他大勢である。
「ああ、まあよろしく」
握り返すとパッと明るく笑った。
さっきの考え込む表情もなかなかいいが、やはり女の子は笑ってなんぼだ。
むっつりした顔より100メガワット並の笑顔ってな。
しかし、朝倉の手を握ってみて少し驚いた。
彼女の手は細く、力をこめればすぐに折れてしまいそうで、それがなにか不思議だったのだ。
もっと朝倉はしたたかというか、強健というか、まあようするに何をしてもくたばらなさそうな印象だったのだが…
なんでかね。
気づけば嬉しそうに笑う朝倉を見下ろしていることに気がついた。
あれ?こいつこんなちっさかったか?
「あー…で、話ってそれで終わりか?」
ニコニコ笑いながら手を握っている朝倉を見ているのも悪くはないのだが、これだけの為に俺は呼ばれたのか?
「あ、そうだった。安心したら忘れるところだったわ」
握手していた手を両手で包みこみ、祈るような形で俺の手を握ってこう言った。
「私ね、キョン君のこと好きよ」
誰か恋愛に一家言持つ奴は俺の相談に乗ってくれ。
好きだと言われただけで付き合ってくれともなんとも言われなかった俺はどうすればいい?
普通に接するべきなのか?
いや接するべきだとしてもどうやったら普通にできる?
いやマジで誰か教えてくれ。
ヴぁっと書くと言っておきながらこんだけしか進まなくてすみません。
今日はここまでです。
お休みなさい。
仕事いやだー
というわけでどうやら朝倉は俺のことが好きらしい。
それがラブなのかライクなのかは知らん。
俺が何か言う前に予鈴が鳴ってしまい、生徒会室の鍵を閉めるため朝倉に追い出されたからである。
それからの授業はもはやいつ始まっていつ終わったのかさえあいまいだ。
考えても見てくれ、ついさっき好きだと言ってきた相手が真後ろに座っているのだ。
それだけでも落ち着かないってのにその相手がさらにクラス1の美人である朝倉だぞ。
これで集中できるやつがいるとしたらそいつは仏門か修道院に入れ。
立派な宗教人になれること請け合いだ。
なんとか部活という名の勉強会を乗り越えようやく帰路である。
しかし、せっかく朝倉への苦手意識がなくなったというのに今度は別の意味で顔を合わせにくくなってしまった。
目が合うとにっこり笑ってくるのだ。
好きだと言ってきたあいつが堂々としていて見つめられている俺が恥ずかしくなってくるのがなんとも言えない理不尽さを感じるね。
いや、悪い気はしないんだが…
「はあ。どうしたものかねえ…」
「その呟きは僕が拾うべきなのかな?それとも流しておこうか」
思わず口から出ていたようで、背中から聞こえる佐々木の声は苦笑していた。
佐々木に相談してもいいものだろうか?
ちょっとこのことを相談するには朝倉と近すぎるうえに、恋愛感情を精神病の一種と切り捨てていたからこんなことを相談する相手として適任とは言いがたい気がする。
「もうすこし自分で考えてみるが、そのうち相談するかもしれん」
「そうか。なら僕は待とう。君が必要だと感じたとき、僕を呼んでくれ。いつでも相談くらい乗るさ」
「そう言ってもらえるとうれしいね。お前も何かあったらいつでも相談してくれよ」
「ああ。そうさせてもらうさ]
「ところでキョン、勉強のほうはどうだい。金曜日の成績を見る限り大体できているようだが」
「ああ、継続は力なりとはよく言ったもんだな。試験に対してまったく不安も焦りも抱かないなんて初めてだぜ」
「前にも言ったが君は頭の出来はいいんだよ。ただやる気がないだけで」
そうかねえ。お前ら三人賢女を見ているととてもそうとは思えないが…
だいたい金曜の問題の出し合いで俺はサドンデスまでたどり着いたことがないからな。
「おそらく君はあの時間以外勉強していないんじゃないかい?」
当たり前だ。こうやって学校で勉強したあとに家で勉強する気になんぞならん。
そりゃ試験直前にはするだろうが、まだやる気にはならんな。
「だろう?朝倉さんや長門さんはどうかわからないけど、僕は家に帰ってまだ勉強しているからこそあの確認テストで100点をとれているんだ。しかし君は僕たちと勉強しているあの数時間だけで8〜9割できている。これは十分頭の出来がいいと判断してもいいとおもうが、どうかな」
佐々木にそういわれるとなんだかそんな気もするが、やっぱり自分はそんなに上等な頭を持っているとは思えなかった。
ただなんとなく、佐々木が自身を凡人以下だと評価するのは理解できる気がする。
別にやればできるのは当たり前なのだ。そこまで難しいことは何もやっていない。
「やればやるほどスコアは伸びる。君が好きなゲームのようだろう?」
「経験値を手に入れるのが面倒な上に放っておくとレベルが下がるのはいただけんがな」
佐々木と何気ない会話をして少しの間忘れていたが朝倉の告白を思い出しでベッドの上でのたうち回った。
結局あいつ何がしたいんだよ。
要求をちゃんと伝えてもらわないと俺は女心なんぞこれっぽっちもわからんからなにもできんぞ。
過度な期待をされても困るのだが…俺は一体どうするべきだ…
考えても答えが見えてこないのでゲームを始めたが、それすら手につかない。
凡ミスばかりでまるで集中できていないのが丸わかりだ。
何もやる気になれず最終的にベッドにやっぱり潜り込むことにした。
気づけば朝倉のことばかり考えていて、もしやこれこそがやつの狙いか、などと思い始めていたときだ。
机の上で携帯がガタガタと暴れ始めた。
バイブレーションのパターンからおそらく電話だろう。
ディスプレイには朝倉涼子の文字が点滅していた。
「もしもし」
『えっとキョン君よね?』
「ああ、俺の携帯だからな」
『そうよね。あの、今時間いいかしら』
「構わん」
なるべく声に抑揚をつけずに落ち着いた声を出す。
そうでもしないと緊張で声が上ずってしまいそうだ。
『えっとね、今日話の続きなんだけれど聞いてくれる?』
「ああ。そうしてくれると俺も助かる。恥ずかしながらあれだけだと俺はどうしていいかさっぱりわからんからな」
『ごめんなさい。でも知っておいて欲しかったの。わたしがあなたの事を好きだってことを』
「ああ、それは分かったが」
『それだけなの』
「は?」
『それだけ。今は知っておいて貰えればそれでいいの』
「ちょ、ちょっと待て。言っている意味が分からん。それじゃあこの電話の意味がなくないか?」
『その、キョン君あんまりわたしに興味なさそうだったから先ずは意識してもらおうと思って。わたしのことちょっと気になったでしょ?』
「そらしたわ。おかげで今日一日なんも手につかなかったくらいには意識したわ」
『ふふ、よかった。わたしだけあなたを見ているのはなんだか悔しかったの』
「さらっと恥ずかしいことを言いやがって」
『これでも結構緊張してるのよ?』
どうだかね。
話しているうちに段々と緊張もとれいつものように会話することができるようになってきた。
「一つ聞きたいことがある」
『なにかしら?』
「なんで俺なんだ?」
気恥ずかしくて早口になってしまったが、もっとも気になっていたことを聞いてみることにした。
『なんで?うーん…その、佐々木さんとずいぶん仲がいいんだな、と思って見ていたの」
耳が熱い。
『そしたら…いつの間にかいつも目で追うように…』
きっとし尻すぼみに小さくなっていく朝倉の声を聞き逃すまいと携帯電話を耳に強く押し付けているからに違いない。
そうだ。
そうに違いない。
「おはよう」
「おはよう、キョン」
昨日の今日でいつも通りに朝倉と接することができるほど俺は器用じゃない。
意識しまくりである。
「おう、おはよう」
だが、それはそれで朝倉の手のひらの上で踊らされているような気がするので、思い切って正面から朝倉を観察してみることにした。
どうも俺は結構な負けず嫌いなんでな。やられっぱなしは気に食わんのだ。
「なあに?キョン君」
「いや…」
今日も朝倉は微笑を湛えやわらかい雰囲気をかもし出している。
しっかしこいつは本当に見れば見るほど顔立ちが整っているな…。
しばらくじっと見続けていると朝倉の目が泳ぎだした。
「あの、キョン君わたしどこか変かしら?」
髪や制服におかしな所がないか気になっているみたいだ。
「いいや別に。ただお返しというか仕返しというか…」
じっとりねっとり見ていると段々と顔に赤みが差してきて
「もう、ばか」
と言ってうつむいてしまった。
かわいい。
そういえばじっくり見て初めて気がついたがこいつ唇がつやつやしている。
「それなんか塗ってるのか?」
「へ?あ、く、唇?」
なんだか面白い遊びを見つけた気がする。
いや、人の恋心をおもちゃにするのはどうかと思うが楽しいのだから仕方がない。
そんな思惑を表に出さないよう努めて会話を続ける。
「ああ」
「ええ。まあグロスだけだけど」
ほう。全然分からんがたぶん化粧品だろう。
「あーキョン。グロスというのはだね、口紅の上から塗って唇の透明感や輝きを保つためのものだよ。保湿効果もあるからリップクリームの代わりに使う子も多い」
佐々木から解説が入る。
要はグロスってのはニスみたいなものか。
「いや、まあ大体あっているんだがその例えはどうかと思うよ?」
ちょっと気になったので佐々木の唇も見て見る。
薄いピンク色が朝倉ほどではないがつややかに輝いている。
「ん?」
「お前もそのグロスとかいうの塗ってるのか?」
「え…あ、ああ。まあ」
ふーん。お前も化粧するんだな。
「そりゃあ僕も女性だからね。身だしなみを整える程度には化粧もするさ」
そうだよな。佐々木も女だから当たり前にするよな……。
なにか珍しいものを見たような不思議な気分になったので佐々木の唇から目を離せない。
「ん?どうした。なんか顔が赤いぞ」
「気にしないでくれ。少し暑いだけだ」
ああ、最近暑くなったよな。
早く夏服になってほしいもんだ。
長門さん忘れたわけじゃないんです。
ちゃんとネタは書いてあるんですけど挟み込む余地がないんです。
すみません忘れてました。
今日はここまでです。
お休みなさい。
さて、もう中間試験前最後の週末である。
朝倉の告白騒動により時の流れが一気に加速したように思えたが、要は日々の生活に身が入らなかっただけである。
普段の勉強会もあってかそこまで焦っているわけではない。しかし今日明日くらいは図書館で勉強することにした。
ま、ここまできたらできるだけいい点取りたいって欲が出てくるもんさ。
やたら陽気な太陽の日差しを受けながら市立図書館に到着、いざ学ばんと思ったら北高の制服が目に付いた。
お前休日まで制服着てるのかよ、長門さんや。
「よ、隣いいか」
図書館なので抑え気味に声をかける。
急に声をかけられたからか長門は方をビクリと震わせこちらを向いた。
彼女は物静かだが、結構表情豊かでわかりやすい。
視線や眉を見ていれば大体言いたいことがわかる。
今ならこうだ。
「なぜあなたがここに」
だから俺はそれに答えてやることにした。
「どうも家じゃ集中できなくてな。図書館で勉強することにしたんだ。長門もか?」
長門は一瞬うなずきかけてから机を見て固まる。
教科書とノートの上にハードカバーの本が広げておいてある。
ゆっくりと首を振って
「するつもりだった」
と恥ずかしげに告げる。
…そうだな。お前にとっては図書館の方が誘惑多いよな。
その後は長門も集中して勉強していたように思える。
閉館時間まで苦手科目を集中的に勉強した後、一人で帰すのも不安だったので長門を送っていくことにした。
「そういえばずっと聞きそびれていたんだが、なんでお前は俺にあの本を届けたんだ?」
俺が文芸部に入るきっかけになった「リプレイ」のことである。
なぜ初対面の俺にあのような回りくどい、といってしまえば酷だが人によっては無視されかねない勧誘をしたのだろうか。
「………」
三点リーダー三つ分ほどの沈黙の後、少し立ち止まって鞄の中からなにやら取り出した。
「これ、覚えてる?」
長門が見せてくれたのはどこか見覚えのある図柄が描かれた栞だ。
「…はっきりとは思い出せんが、見覚えはある。それがどうかしたのか?」
長門の顔が残念そうな表情になる。
どうやら俺の返答はパーフェクトではなかったようだ。
「3年前の七夕。あなたがくれた」
…覚えがない。
長門の話によると、3年前の七夕に彼女は俺からこのよくわからん図形の描かれた栞をもらったらしい。
図書館で貸し出しカードの作り方が分からずに立ち往生していたところを見かねた俺が手助けしてついでにこれを置いていったらしい。
全く覚えにない。
が、だからこそ長門の名前に聞き覚えがあったのかもしれない。
カードを作る際に名前を聞いているはずだしな。
朝倉と長門の住まうマンションが近くなってきた。
「ありがとう」
ん?別に大したことじゃないさ。じゃあ気をつけてな。
「そうじゃない。けど、それもありがとう」
はて、それでは一体何のことだろうか
「あのとき助けてくれて、と文芸部に入ってくれて、ありがとう」
ああ、そっちね。
「おう。おかげで楽しい高校生活になりそうだ」
「よかった」
そういうと長門は可憐に微笑んだ。
帰宅しても、脳裏に焼きついた微笑みのせいで勉強が手につかなかったのは言うまでもあるまい。
今更かもしれんが俺の周り美少女多すぎないか?
中間試験とは、学期中間に行われる試験であり、この結果と学期末試験の結果の平均が基本的な成績評価基準となる。
試験中から「あ、これ進●ゼミでやった問題だ!」的な手ごたえがあったので期待はしていたが、平均80点台後半という自分でも夢ではないかと疑うほどのできだった。
解答用紙返却のときに
「カンニングしてないだろうな?」
と岡部教諭にそう冗談めかして聞かれたが決してしていない。
まあ、この好成績は文芸部の活動のおかげであり、『授業の復習を茶菓子と共に』という教師感激メニューを毎日続けているから当然といえば当然かもしれない。
しかし受験期よりも高校に入学してからの方が勉強しているのはなんでだろうね。
帰宅し、結果を報告すると母親が中間の打ち上げをうちでしないかとしつこく提案してくるので、仕方なく了承しておいた。
「相変わらずだね、君のご母堂は」
くつくつとのどの奥で笑う佐々木。
「断ってくれて構わないぜ。というか断ってくれ。部屋を片付けるのが面倒だ」
「それならわざわざ僕たちに話さず断られたと報告しておけばいいのに、まったく正直者だね君は」
「俺は嘘をつくのがどうやら致命的に下手らしいんでな。何を言ってもすぐばれる」
「なるほど。さて、返事だが、断るわけないじゃないか。妹君にも今度ちゃんと遊ぼうと約束したのに一行にそれを果たせていないしな」
「左様か」
「ああ、去年は勉強ばかりで結局あがったことはなかったしね」
何がそんなに面白いのか、佐々木はいつもより上機嫌に見えた。
やれやれ、あとは朝倉と長門か。
「相変わらずだね、君のご母堂は」
くつくつとのどの奥で笑う佐々木。
「断ってくれて構わないぜ。というか断ってくれ。部屋を片付けるのが面倒だ」
「それならわざわざ僕たちに話さず断られたと報告しておけばいいのに、まったく正直者だね君は」
「俺は嘘をつくのがどうやら致命的に下手らしいんでな。何を言ってもすぐばれる」
「なるほど。さて、返事だが、断るわけないじゃないか。妹君にも今度ちゃんと遊ぼうと約束したのに一行にそれを果たせていないしな」
「左様か」
「ああ、去年は勉強ばかりで結局あがったことはなかったしね」
何がそんなに面白いのか、佐々木はいつもより上機嫌に見えた。
やれやれ、あとは朝倉と長門か。
「ええ、行くわ。もちろん」
即決とはまさにこのこと。
うちで中間の打ち上げ、までしか言ってないぞ俺は。
「だってキョン君のおうちに興味あるし」
なんも面白いものなんぞないが。
「キョン君がそこに住んでいるってだけで私には興味深いのよ。ところでご家族に卵アレルギーとかある人いる?」
「いや、うちにアレルギー持ちはいないが。手土産なんていいんだぞ?」
「駄目よそういうところはきちんとしなきゃ。それに私が作りたいの。ね、何か好きなのある?」
俺の手を両手で包みながら聞いてくる。これは効くね。
思わずじゃあお前、といいそうになるから困ったもんだ。
が、そんなことおくびにも出さず俺は面倒くさそうな菓子を要求してみる。
「レアチーズケーキ」
「うんわかった。頑張るわね」
そんないい笑顔で返事されても困る。
「やれやれ」
佐々木、それ俺の台詞だ。
「いく」
これまた即決。
「お前ら男の家に行くっつうのにもうちょっとためらいとかそういのないのかよ」
と思わず口が滑った。
「………」
茹で長門の出来上がりである。
いや、もちろんそんなことしない!断じてしないが俺はお前らの容姿やなんやを考慮してもうちょっと慎重になった方がいいとだな
「ご心配なく。キョンの申し出じゃなければ受けないさ」
「キョン君が遠まわしにあたしたちのこと可愛いって行ってくれたわよ長門さん」
「ぁ……」
こら朝倉これ以上長門を赤くするな。
そのうち鼻血出してぶっ倒れるぞ。
元々女所帯ではあるが、今ほどアウェーに感じたことはないね。
初めて男子部員が欲しいと思った瞬間である。
こうなんとなく優男でぶん殴りたくなるスマイルのイエスマンとかいいと思うぜ。
おやすみなさーい
今日は答案返却から数日たった土曜日、午前11時。
場所は北口駅前広場。
本日文芸部員による打ち上げが我が家で行われるので最寄駅の駅前広場に集合することになったのである。
お袋が手料理をご馳走したいってんでこんな時間になったわけだが、余った時間で何をしろっていうんだか。
まあ、一応ゲームはあるし何とかなるとは思うが。
ああでもコントローラー二個しかねえや。どうするかね。
そんなたわいもないことを考えながら集合場所にいくと、やっぱり全員先に到着していた。
また俺の奢りか、まあいいけどな。
ん?
奢り?
何のことだ?
「おはよう、キョン君」
朝倉の声でハッと我に返る。
人を待たせておいて思考に耽っている場合ではなかった。
「おう、悪いな皆。が、時間通りだよな?」
「ああ、問題ないよ。君の言う通り時間通り。それもちょっと早いくらいだ」
「今来たところ」
おう、長門の私服は初めて見るな。
…いや朝倉もか?
ん?
いやでも冬に?
いやいや、朝倉とであったのは今年の春だろうに、初めてであってるはず…だが…
「どうかしたかい?」
「あ、いや、別になんでもない。ちょっと考え事をしてただけだ」
どうも今日は考え事が多くていかんな。
気をとりなおして改めて女性陣の服装をそれとなく眺めることにした。
とりあえず右から長門。
青と白のボーダー長袖Vネックの上の薄い水色のパーカーを羽織り、ベージュのスカート…じゃないな、あれはキュロットか。
似合っているのだが意外に活動的なスタイルだな。
もっとワンピースとかカーディガンとかTHE・文学少女的な格好かと思ったが。
「どう?いいでしょ。この間長門さんと一緒にお買い物にいったのよ」
と、長門の両肩に手を置いて自慢げに語る朝倉。
ああ、なるほどお前が選んだのか。
「足がスースーする…」
いや、お前普段制服のスカート着てるだろうが。
「あれは別」
そうかい。よく分からん。
恥ずかしそうに太ももを鞄で隠そうとしているのがどことなくいやらしく見えてきたので隣の朝倉に目を移す。
灰色のタンクトップの上に薄い緑のロング丈サマーセーター。
下はタイツかと思ったがショートパンツ履いてるな。
いや、別にガッカリしてないぞ?
見えそうで見えない何かに期待なんぞしてないさ。
それから細めのベルトをゆるく巻いて少し絞っている。
「似合ってる?」
その場でちょっと腕を広げて見せる朝倉はまるでその辺の雑誌から抜け出してきたモデルのようだ。
「ああ。いいと思うぞ」
「やった」
小さくガッツポーズするその手には少し大きめの紙袋が握られている。
「ん?それはなんだ?」
「キョン君ご所望のレアチーズケーキ。がんばりました」
胸を張って報告する朝倉。
元々豊かなその胸をさらに突き出すもんだから思わずわし掴みにしたくなるね。
が、そんな煩悩にまみれた行動をするわけにもいかないのでケーキのほうに話題を戻そう。
「本当に作ってきたのか。悪いな、面倒じゃなかったか?」
「いいえ全然。普段作らないから楽しかったわ。キョン君レアチーズケーキ好きなの?」
「いや別にそこまで好きってわけではなんだが、まあそのケーキしだいで好きになるかもな」
「あらやだ責任重大じゃない。もうちょっと練習すればよかったかしら」
今更作るのが面倒くさそうだからそれにしたとは言えん。
こいつの場合何を言っても本気で作って来かねないから次回から何か聞かれたときは簡単そうなものにしよう。
よくよく見ると3人ともなにやら紙袋やらなんやらを持っている。
「別に手土産なんて本当にいらんのにマメだなお前ら」
「朝倉さんも言ったとおり、こういうことはきちんとしておかないといけないよキョン。親しき仲にも礼儀ありというだろう」
まあ、そういうものかね。
佐々木は赤い重ね着風のTシャツに黒の七部丈のカーディガン、それに黒のフレアスカート。
胸元の白いレースが so good.
「さあ、もう全員集まったことだし行かないか?ここでいつまでも立ち話もなんだしね」
ああ、そうだな。
「皆荷物渡してくれ。自転車に乗せるから」
各々の大き目の荷物や鞄などを自転車のかごに入れ、我が家まで押していく。
なんかこの道を4人で歩いているのも不思議な気分になるな。
お袋と部員が挨拶をし、昼食をとった。
今日はクリスマスか何かかと思う程のフルコースが振舞われたが、気合入れすぎで次の打ち上げのハードルを高くしすぎである。
そして食卓には妹も一緒なので女性5名に対して男1人という超アウェー。
おとなしめの女3人を姦しいと感じたことはなかったが今日はさすがにこの漢字を作った人の感性に乾杯したい気分だ。
便利な文字だよ漢字ってやつは。
さて、そんなこんなで午後に入り、食休めをするため俺の部屋へ。
ここ2、3日をかけて掃除したので大丈夫だと思うがやはりどこかボロが出ないかと若干緊張するね。
布団も干したし、ベッドにはファブリーズもした。
掃除機をかけてゴミ箱も空。
エロ本の類はベッドのマットレスの下の収納スペースにダンボールで封印もしたが、やはりまだ不安だ。
まあこのメンツでエロ本探しをするようなやつはいないと思うんだがな。
「何しましょうか」
「ゲームするー?」
おい待てなんで妹がここにいる。
「いいじゃないか。ねえ」
「ねー」
佐々木と朝倉の間にうちの騒がしい妹がすっぽりと納まってやがった。
何してるんだかあいつは。
「まあそれはいい。しかし5人でできるゲームなんてないからな。トランプやUNOになるぞ」
「それでいいんじゃない?」
「大富豪?大貧民?」
地域によって呼び方が違うのはなんでだろうな。
とりあえずトランプでも出すか。
「…ごめん、みんなにターン行かない」
「また!?」
「この大富豪強すぎるわ」
「社会格差を実感する」
佐々木大富豪の快進撃が止まらない。
手元のカードを見るやいなや勝利の方程式を組み立てちゃっちゃと上がっていきやがる。
「最下位から一番いいカードをもらえるとなったら、よほど運が悪くない限り連勝できるさ」
「おい誰か革命しろよ」
「さっきしたけど佐々木さんそれすら計算に入れてるじゃない」
「おねーちゃん強すぎ」
「ハウスルールを追加するべき」
トランプやボードゲームというのはハウスルールを使い始めてからが本当の楽しさが分かる。
遊びってのは自分で作り出すものさ。
うちの地域じゃ「8切り」「11バック」「階段」「革命」あたりはスタンダードルールとして普及している。
と、言うわけでハウスルール『交易』。
大富豪を除く4人の間でカードのやり取りが1度に限り許される。
ただしそのカードは公開される必要がある、というものだ。
こいつを入れてから貧民でもなんとか闘えるようになった。
「あ、そろそろレアチーズケーキ食べない?」
白熱した経済戦争の最中、平和協定がおやつの名の下に結ばれた。
「食べるー!」
「食べる」
妹と長門がハモる。
「それじゃあちょっと下いくか」
ぞろぞろと廊下に出てゲームの感想を話し合いつつリビングへ。
結局7割方佐々木が大富豪だったが、朝倉摂政による妹政権が立ち上がったりと、中々楽しめたようで何よりだ。
はてさて朝倉のケーキはどんなものかね。
また夜に書き込みます。
一旦失礼。
肩出した洋服が好きなんや…
結果から言ってしまおう。
レアチーズケーキ最高。
コンビニスイーツくらいでしか食べる機会がなかったが、こりゃうまい。
ホールで持ってきたというのにあっという間に完売である。
特に妹と長門の食いつきっぷりが凄かった。
他にも佐々木や長門が持ってきてくれた菓子をつまみながら優雅なティータイムを過ごす。
今は皆の中学時代の話で盛り上がっている。
「へぇ、いいわね。じゃあ修学旅行は広島だったんだ」
「ああ、広島長崎の原爆コースだな」
「原爆ドームや平和記念館で見たものは少し刺激が強すぎたね…」
「あの人の影が映りこんだ壁を見たあと、お前死にそうな顔してたもんな」
「そんなに恐ろしいものなの?」
「俺はそこまで、って感じだったが同じ班の女子も相当参ってたな」
「じゃあこの話はやめておきましょうか。そうだ、卒業アルバムとか見せてくれない?」
朝倉が暗くなりはじめた話題を急いで変える。
しかし卒業アルバムか、どこにしまったっけな?
だいぶ前の話だから…いや、アルバムが届いたのはついこの間だろ。
そうだ。家族のアルバムがしまってあるところに一緒に入れたのはついこの間だ。
「ああ、ある。ちょっと待っててくれ」
しかし卒業アルバムなんて見て面白いものかね。
「興味ある」
そうかい。
んじゃ取って来るとしますか。
しかし、なんだ。
他人に自分の過去の写真を見られるってのはなんだか恥ずかしいな。
あほ面や、バカなことをやってるシーンが写ってると更に。
おかげで女子連中は爆笑中である。
「意外ね。キョン君て結構ノリノリではしゃぐ方だったのね」
「僕が出会った頃にはもうだい落ち着いてたけどね」
「かわいい」
どこがだどこが。
これは失敗だったかね…
「あら、これがその修学旅行の写真?」
朝倉が指差したのは俺と佐々木が写っている一枚だ。
3年の今頃、修学旅行で撮られたであろうものだ。
「ああ、そうだね。それは丁度記念館から出てきてグロッキー状態になってるところかな」
そうそう、記念館から出てくるまで佐々木の手が酷く冷たく震えていたのを思い出した。
「それは恥ずかしいから言わないでもらえるかな、キョン」
ん?ああ、すまんな。つい自分ばかりネタにされてたもんだから。
「まったく…」
朝倉のケーキに舌鼓を打ち、卒業アルバムでひとしきり笑ったあと、また俺の部屋に戻ってきた。
妹は腹が膨れて満足したのか、朝倉に膝枕をされながら眠りこけている。
そんな妹の頭をなでながら朝倉がふと、話し始める。
「この間、現代国語の授業で志賀直哉の『城の崎にて』を読んだでしょう?」
中間試験が終わってから最初に担当教諭が扱った作品で、主人公『自分』が事故に遭い、療養のために訪れた城の崎温泉で生と死について考える心境小説だ。
「そうだね。それがどうしたの?」
と、佐々木。
「死ってなんなのかなって」
ぽつりと呟く朝倉の表情は見えない。
ただ、なんとなく茶化していい雰囲気ではない。
すばしの間沈黙が空気を支配する。
聞こえるのは妹の寝息とそれをなでる朝倉の服が擦れる音だけだった。
沈黙に気付いたのかハッと顔を上げて慌てたように手をぱたぱたと振り取り繕う。
「あら、ごめんなさい。単純に文学って深いわねって話よ」
たまに宇宙のことを考え始めると寝れなくなるときとかあるよな。
しかしまるで文芸部のような会話だな。
「正真正銘みんな文芸部員」
おっと、そうだったな。
そこからは各々好きな作品を挙げていた。
「キョン君は?」
「色々読んだが、『泣いた赤鬼』ほど泣かされた作品はなかったな。まああれは児童文学だが」
これまた小学校のころに国語の授業で扱った作品である。
人間と仲良くなりたい赤鬼のために青鬼が悪役を買ってでるが、人間と仲良くなれた代わりに親友の青鬼を失い赤鬼が泣く、という物語である。
「私も好き。特に青鬼が」
長門が賛同してくれた。
「奇遇だな。俺も青鬼が救われて欲しくて続編を探したんだよ。そしたら作者は違うんだが続きがあってな」
「へえ、知らなかった。結末は?」
簡単に説明してしまうと、鬼は共にどこかへいってしまい人間は優しさとはなんぞや、というのを語り継ぐようになった、というものだ。
「ただ、探していたのはこんな教訓じみた続きじゃなかったんだよな」
「へぇ。じゃあ君はどんな物語を望んでいたんだい?」
別に難しい話じゃない。
「誤解が解けて、人間も赤鬼も青鬼もみんな幸せに暮らしました、でよかったんだけどな」
「それは難しい話よ。人間は鬼を信用できなくなるし、青鬼もどんな顔して戻ってくればいいのか分からないじゃない?」
「だから、そういう話が見たくて俺は探したんだよ。そこをなんとか解決してくれる物語をさ」
「じゃあ君が書いてみたらどうだい?僕たちは文芸部の機関紙を出さないといけないことだしね」
と佐々木。
「そうするべき」
目を輝かせながらこちらを見るな長門。
「そういえばそんなのもあったわね。私も、キョン君の解決策を見てみたいな」
朝倉まで…
「そんなことは言うがな、自分で思いつかなかったから続編を探したんだぞ?それに児童文学の続きってお前らな…」
「児童文学をバカにしてはいけない」
はいすみません。
「児童文学の続きというのに抵抗があるのなら設定を変えてリビルドしてみればいいじゃないか。そうだな適当に宇宙人とか」
これはなんだ、俺は書かないといけない流れなのか?
もう決定なのか?
「じゃあキョン君はそれでいいとして、みんなは何を書く?」
おい待て朝倉!話を進めるな!
なんやかんやそのあともあったが、結局クジ引きで書くジャンルを決めることになった。
結果は朝倉がポエム、佐々木が恋愛小説に長門がSFだ。
そして5時ごろに朝倉が晩飯の用意のために帰るのをきっかけに解散となった。
結局そのまま俺はその「泣いた赤鬼」リビルド小説を書く羽目になったが、何か書かなければいけないことには変わりないのだ。
それならばテーマがあったほうが楽だ、と自分を納得させたがいかんせん乗り気ではないためまったく筆が進まない。
まあその日のうちに書き始めようというこのやる気だけは買ってもらえんかね。
そもそも俺は読む専であって書くのは苦手なんだ。
小学生のころから読書感想文や絵日記といった書かされるものは嫌いだった。
自分の思っていることを書く分には楽なもんだが先公に受けそうな内容やストーリーやなんやを考えて書くのは面倒だ。
…どうするかねえ。
前書いたときもずいぶんと悩んだが今回はどう…
前?
前は何を書いたんだったか…
取り留めのないことを考えていたらいつの間にか晩飯の時間になっていた。
母親はえらくご機嫌で妹と誰がお姉ちゃんになって欲しいか、などと意味の分からん話をしていた。
ちなみに妹は朝倉らしい。
理由は
「おっぱい!」
実に我が妹である。
そうだよな。
朝比奈さんとかお前好きだもんな。
「あさひな?誰?」
ああ、そうか。お前面識ないっけ。
しかし、小説のほうはどうするかな…。
夕食を取って部屋に戻ると携帯が点滅していた。
携帯を手に取り、開いてみると朝倉からのメールで
『電話していいですか?』
とだけあった。
あいつメールや手紙は短文が多いな。
「OKっと」
返信を送り机においた瞬間にけたたましく携帯は鳴り出した。
来ると分かっていても携帯や電話がかかってくると一瞬驚いてしまうのは俺だけだろうか。
というか早いな。
「もしもし」
『あ、キョン君?』
「おう」
『今大丈夫?』
「だからメール返したんだ。どうかしたか?」
『あ、そうよね。えっとね、そのー…』
朝倉にしては歯切れが悪く、一瞬間が開く。
「何か忘れ物でもしたか?」
『あ、ううん。そうじゃないの。えっと、あ、そうだ。ケーキどうだった?』
「ああうまかったぞ。ちょっと好きになった」
『えっ!?あーえーとあ、ありがとう』
「おう。レアチーズケーキはいいもんだな」
『……ああ、そっち。まあそれも嬉しいけど…』
「ん?なんか言ったか?」
『なんでも。ねえ来週の日曜日空いてる?』
「ああ、基本的に暇人だからな」
『よかった。じゃあ私とデートしない?』
「おう。…おう?」
『オットセイの真似?』
違うっての。
デートってあれだよな?
あの待ち合わせして「待った?」「全然、今来たところ」とかやるやつ。
ああ、そうかじゃあ
「えーと…待ち合わせ場所と時間決めるか」
『うん』
「今日と同じ北口駅でいいか?」
『うん』
まあ北口駅の方が発展してるし場所も困らんだろう。
無難なチョイスだ。
「時間はどうするか。昼食はどうする?」
『えっと、じゃあ一緒にたべましょ?』
「分かった。じゃあこれも今日と同じ11時にしよう」
『うん。ありがとね』
「おう」
『えーっと…』
「どうした。まだ何か決めることあったか?」
『ううん、そうじゃなくて。キョン君てどんな格好が好きなのかなーって。できれば参考にしたいんだけど』
「あー…」
『…』
「ポニーテール?」
『うん。分かった。ちょっと練習してみるけど、あんまり期待しないでね?』
「おう」
『じゃあ、また月曜日』
「おう」
無心。
デートということを考えた瞬間、頭が真っ白になっていた。
脳のキャパシティを超えたことで逆に自然に受け答えできたのは幸いだったが、デートをする約束をしてしまった。
電話を切ってから現実に頭がついてきて、今になって焦っている。
ちょっと待ってくれ。
デートって何すりゃいいんだ?
どんな格好で行く?
予算は?
朝倉は一体何が好きなんだ?
分からんことだらけだぞおい。
こんなことなら谷口のお勧めデートスポット情報をもうちょいまじめに聞いておけばよかった。
そんな後悔と焦りで小説の方は完全に頭から離れてしまった。
どうするかなぁ…
眠い。
来週の日曜日のことを考えるとどうにも寝れずに起きあがってはパソコンで調べものをしたりとしていたら朝の4時だった。
昨日遊んで体力を使った上に夜更かしまでしてしまえば、起床時に日が西に傾き始めていたのも仕方がないというものだ。
あくびをかみ殺し、母に小言を言われながら遅めの昼食をとり、部屋に戻るとまたもや携帯が点滅していた。
なんでいつも俺が持っていないときに限って着信しているのかね。
内容を確かめてみると佐々木からのメールだった。
件名:一つ相談したいことがある
本文:前に君が言っていたことを覚えているかな。もしよかったら僕の相談に乗って欲しい。
ヒマな時に連絡をくれ。
とのことだ。
佐々木らしく簡潔かつ明瞭な文章である。
はてさて一体どうしたんだろうね。
あの佐々木が俺に相談とは…。
『やあキョン。電話ありがとう』
「おう。で、相談ってのはなんだ?」
『ああ、それなんだがちょっと歩きながら話さないか?』
「ああいいぞ。じゃあちょっと待ってくれ。さっき起きたばかりなんだ」
『ずいぶん遅い起床だね。まあそれはいいか。じゃあゆっくり君の家に向かうとするよ』
「おう。じゃあ着く頃に電話してくれ」
『了解だ。すまないね』
「いや、俺もちょっと相談したいことがあったから丁度よかった」
『そうか、じゃあまたあとで』
「ああ」
「やあ、すまないね」
片手を軽く挙げながら佐々木が近づいてきた。
今日は昨日と反対に全体的に白い。
薄いピンクのTシャツに白のカーディガン、それにジーパンだ。
「いやいいさ。んじゃちょっくら歩くか」
歩き慣れた道を歩き慣れた速度で歩き始める。
佐々木と歩くときは少しばかりゆっくり歩くのだ。
今日もいい天気だ。
少し北に進み川沿いに歩いた。
夏も近づいてきているのでやや日差しが強く、帽子を被ってこなかったことを後悔したが、吹く風はまだ涼しく汗をかいた体に心地よい。
10分ほど歩いただろうか、そこで佐々木が今日の本題を話し始めた。
「相談というのはね、キョン、別に大したことではないんだが、まあ聞いてくれ」
そう前置きをすると滔々と語り始める。
「昨日機関紙に書くジャンルを決めたのは記憶に新しいと思うが実はそのことでね。君も知っての通り僕が書かなくてはならないのは恋愛小説だ」
川のほうを眺めながらさらに続ける。
「しかし、僕はそれを物語として紡げるほど経験も多くない。いや多くないどころか皆無だ。男性と付き合ったことなどないからね」
ふむ。それで俺にどうしろと?
「君の体験談や考えを教えて欲しい。僕自身は恋愛感情は精神病の一種だと思っているが、それは人それぞれだろう。なるべく色々な考えを知っておきたいんだ。言ってみればこれは相談というより取材かな」
なるほどな。まあ俺も付き合ったことはないけどな。
「でも確か初恋は従姉のおねえさんだったろ?そのときの心境とか教えて貰いたいんだ」
「よく覚えてるなそんなこと。そうだなあ、じゃあまあ一応話すが…」
いやはや小恥ずかしいね。
幼い恋心を今になって理性的に解説しなければならないとは。
「つまりとにかく会いたかったと」
「そういうことになるのかね。まあ俺もそんなに人生経験豊富な人間じゃないからな、一つの参考とでもしておいてくれ。もちろん参考にしなくてもいい。というかするな」
恥ずかしいからな。
「いやいや、貴重な意見感謝するよ。それで君の相談したいことっていうのは何かな?」
後ろに手を組みつつこちらを見上げながら俺から言い出しにくいことを聞いてくれた。
こういう所本当に助かるぜ。
「実はだな…その、告白されてな…」
佐々木はさもありなんという顔で頷く。
「だろうと思ったよ。だいたい分かるから名前は聞かないでおこうか」
「ありがたい。で、まあそれだけなら自分でもう少し考えてみようと思っていたんだがな。うっかりデートの約束をしてしまった」
ピタ、と彼女は足を止め、それにあわせて俺も止まる。
「うっかりデート?」
首をかしげ確認してくる。
ああそうだ。
「うっかりデート」
「何を言っているんだ君は」
本当、俺もそう思うよ。
「いや、大方予想はつく。おそらく相手方からデートの誘いがあって流されるままに承諾してしまったのだろう?」
「相変わらずお前の推察力はすさまじいな」
まるで見ていたかのようである。
大きなため息をつきながら、
「君は押しに弱いからね、想像に難くない」
苦笑された。
「まあ、そういうわけでな…何をすればいいと思う?」
「これまた漠然とした相談内容だね」
「すまんな」
「いや、いいさ。僕の取材にも付き合ってくれたことだし…」
そこでふと台詞をとめる佐々木。
「ところで君はなぜ、何をすればいいと思う?などという相談をしようと思ったのかな?」
急に言われてもな。そりゃあ…どこから手をつけていいのかすら分からん状態だからな。
ちょっとした指針が欲しいというか、ありていに言ってしまえばお勧めのデートプランなんかあったら教えて欲しいが。
「キョン。それを僕に聞くというのは人選ミスというものだよ」
肩をすくめて歩き始めるヤツにならい、俺も足を動かす。
「だが、僕に一つ提案がある」
隣に追いつき歩調をそろえる。
「提案?」
「ああ、君のデートの練習と、僕の小説用の取材。一緒にやってみないか?」
ねまーす
すみません、教までちょっとした繁忙期だったので更新止まっていましたが、明日は代休なので書きたいと思います。
ちょっとだけ投稿して寝ます。
つかれたぁ…
「練習と取材?」
佐々木の意図が読めん。一体何をどうしたらそうなるのだ?
「キョン、君が今焦っているのは経験が足りないからさ。一度も経験したことがないからこそ何から手をつけていのか分からない」
まあ確かにな。
「なら話は簡単だ、一度体験してみればいいのさ。そしたら何が足りないのか気づくことができる」
それはそうかもしれん。しかしお前を練習に付き合わせるのは何か失礼な気がするぞ。
「だから言っただろう?僕は僕で小説の取材になるからいいんだよ」
ああ、取材ね。やけに小説に前向きだな。
「別にそうでもないよ。ただ自分の恋愛感や理想の恋愛像なんて書いても後々見返したとき身もだえするようなものになるだろうからね。それならしっかり取材してきちんとした物語にしたいだけさ」
むしろお前の理想の恋愛像とやらには興味があるがな。精神病のじゃないのか?
「キョン、精神病だって現実にある病気だ。それを患ってしまったのなら治す努力、もし治らないないのならそれとうまく付き合って生きていく必要があるだろう?別に恋愛を否定しているつもりは最初からないよ」
へえ、そうだったのか。俺はてっきり恋愛全否定かと思ってたぜ。
風で乱れた髪を直しながらそんなことはない、と柔らかく笑う佐々木。
こいつもいつか誰かを好きになるのか、と思うと頭では当たり前だと理解できても何かもやもやした気分になってしまった。
「ならここは?」
「いやさすがにUSJ行くならもっと早い時間にしなきゃならんだろ」
「そうか、じゃあやっぱりカラオケとかになるのかな」
「2人でカラオケねえ…間が持たなさそうだな…」
「ならこれから行ってレパートリー増やしてみるかい?」
今は行きつけの喫茶店で適当な雑誌を2人で覗いている。
ああ、もちろん北口駅のあそこな。
やはり大阪や神戸と違ってこのあたりにはそうそうデートスポットなんざない。
ららぽーととかそのあたりが関の山だ。
「そういえばお前は何を歌うんだ?やっぱり洋楽か?」
「いや、特にそういうこだわりはないよ。最近のはやり曲も一応歌えるけど…あまり行かないね」
だよな。
佐々木がペン以外のものを握ってるイメージがない。
「お箸くらいは印象に残っててもいいんじゃないかな。いつも一緒なわけだし」
それは誰もが持つものだろうに。
寝るます。
「それじゃあ行くか」
とりあえずのデートプランは完成したのでカラオケでレパートリーを増やすことにして喫茶店を出る。
「はい」
そう言って手を差し出す佐々木。
「ほい」
「いや、レシートはいらないよ。そうじゃなくてだね、手を繋ごう」
「は?」
小さくため息をつくと奴はこう続けた。
「キョン、『練習は本番のように、本番は練習のように』という言葉を知っているかな?」
それは知っているさ。受験の頃にも何度か塾講師が言っていたし、どこかのスポーツ番組か何かでも見たからな。
「うん。なら話は簡単だろう?練習は本番のように、だよ」
「ああ…まあ、そうだな」
「それと個人的には、君から誘ったほうがいいと思うね。一般的な女性はリードしてもらうことを好むようだよ?」
さ、やってみて、と促す佐々木。
もう気恥ずかしい所の騒ぎじゃない。
「ちょっと待ってくれ」
深呼吸をして頭を空っぽにする。
これは練習だ。
練習は本番のようにだ。
「あー佐々木よ」
「なにかな」
「手を、繋ごう」
「喜んで」
これは練習だ。
「キョン」
おう、なんだ。
「違うだろう?」
何がだ何が。
「これじゃあ普通のつなぎ方だ。世の中には恋人つなぎというものがあるんだよ?」
そういうと奴は指と指を絡めるように握ってきた。
「いや別にあいつとは恋人ってわけじゃないんだが」
「ああそうだったね。でもこれは僕の取材も兼ねてるんだ。ちょっと付き合ってもらうよ」
そういたずらっぽく笑った。
こいつこんなキャラだったか?
繁忙期がようやく終わったので頑張るます。
でも今日は寝かせてください…
その後も「よしそれじゃあ腕を組んでみよう」などと言い出したり、そこまで遠くないカラオケまでの道がえらく長いものに感じた。
意外と佐々木も胸あるなって違う、そうじゃない。
ヤツの大胆な行動に終始驚かされ心臓がつかれた俺は、昨日の睡眠不足とあいまっていつの間にかカラオケの椅子で眠りこけていた。
「やあ、気づいたかい?」
目を覚ますと佐々木に膝枕をされていた。
「うおっ!すまん寝てた!」
勢いよく体を起こそうとすると佐々木の手に阻まれまた太ももへと頭がおち、かわりに足があがる。
「まあ、待ちたまえキョン。せっかくだからこういうのも良いだろう。世のカップルはこういうこともしているようだし取材だよ」
「いやしかし…」
さすがにこれは恥ずかしい。手をつないだり腕を組むどころの騒ぎではない。
そう伝えると佐々木は俺の頭を軽くはたきながら
「だいたいデートの途中で寝るやつがあるかい?すこし反省もかねて君は僕に身を委ねて欲しいね」
と。
いやはや…
「本当にすまん」
言われた通りなされるがままになっていたら佐々木はやわらかい笑みを浮かべつつ俺の頭をなでてきた。
「もっと早くこういうことをしておくべきだったかな」
心地よい感触にまた睡魔が襲ってきて佐々木がなんと言ったかよく聞こえなかった。何か言ったか?
「いや、何でもないよ。しかしあれだね。君の寝顔は案外幼くて可愛らしいな」
何とでも言いやがれ。
寝てるときの表情なんぞ俺の知ったことではない。
「こういうのが母性本能をくすぐられるというやつなのかな?これはいい収穫だ」
そんな台詞が聞こえたような気がした。
が、既に俺の意識はあいまいで本当にそういったのかどうかは佐々木に聞いてみないとわからん。
「まだ寝たりないかい?」
耳元でささやく声がくすぐったい。
頭の位置を直しながら頷くと
「そうか、じゃあもう少しこうしていようか」
どこか遠いところから聞こえてくるような佐々木の声に誘われて俺の意識は再び夢の世界へと旅立ったのだった。
「さて、そろそろ時間だし最後のヤツをやっておこうか」
結局時間のほとんどを睡眠に費やしてしまった。
高いカラオケになってしまって本当に申し訳ないと思っているが、起こされて早々なにやら言ってきた。
「最後のヤツ?」
「ああ、キスだよ」
ああそりゃあ最後だわ。
「冗談だろ?」
「冗談なわけあるか。取材といっただろう?君が寝ている間に筋書きは大体完成したがやっぱり最後の締めくくりはキスが一番しっくりくるんだ」
確かに恋愛ものの最後にはキスシーンがつきものだが、なにも身を持って体験する必要はないんじゃないか?
「今まで全部やってきたのにこれだけ外すというわけにもいかないよ。それにこんな取材、君以外には頼めないんだ。頼むよ、親友」
取材にそこまでするってのはどうなんだ?
だいたいこういうことをするのは初めてなんじゃないのか?
「だからこそ、君がいいんだ」
へ?
「あ…」
沈黙。
それを破ったのはフロントからの退出時間10分前のコールだった。
「で、出るか」
「…」
コクリとうなずくと荷物を持って逃げるように部屋を出て行く佐々木。
あれ以来顔を真っ赤にして黙りこくってしまった。
つまり、そういうことでいいんだよな?
いや、まあ、その…あー…どうするよ…
頭の中がグルグル同じところを巡り思考がまとまらない。
支払いは入るときにしてあるのでマイクなどを返し、外にでる。
すっかり日も傾いて空はだいぶ藍色に染まっていた。
「すまない。本当はこんなつもりじゃなかったんだ」
先に出ていた佐々木に追いつくとそう謝ってきた。
何か言おうとして口を開こうとしたら佐々木に後ろ手で止められる。
「これだから恋愛感情は精神病だと僕は確信しているんだよ。まったくもって今日の僕は僕らしからぬ行動ばかりしてしまった」
パタパタと手で顔を扇いでいる。
まだ顔が赤いのだろう。
「君との関係を壊したくはないんだ。親友でいいと思っている。今でも。それは変わらない」
日が傾いたせいで少し肌寒い。
「親友として君と過ごす日々は穏やかで、心地のいいものだった。いつまでもこの関係が続けば、と思ったよ」
少し先を歩く佐々木の表情は見えない。
「だけどね、キョン。僕は君に彼女ができるかもしれないと知って、それを祝福できなかった。親友でいいと思っているのにね」
歩みをとめたのでそれにならった。
「なぜなら親友でありながら君に恋をしていたからさ」
振り返った佐々木はどこか吹っ切れたような顔で、いつもより幼い歳相応の笑顔だった。
「ああ、言ってしまった。参ったね。君の顔を真正面から見れないや」
そりゃこっちの台詞だ馬鹿野郎。
「彼女に後押しされるようで癪だが、言ってしまえば案外楽になるものだね」
クスクスと笑い、隣に戻ってくる。
「君を彼女に渡したくない。醜い独占欲だが仕方がない。それもこれもすべて恋愛感情という精神病のせいさ。そして僕はその罹患者だ」
そっと俺の手を取り、こういう。
「君にとって迷惑かもしれない。家に帰ってから後悔するかもしれない。でももうここまで来てしまったのだから言ってしまおう」
「好きだよ。キョン」
その言い方は卑怯だろう…
「ふう。案外言ってしまえば楽になるものだね」
何が言ってしまえば楽になるだ。俺は懸案事項が増えたじゃないか。まったくどうしてくれる。
「ふむ、確かにどうしようか」
そういって腕を組む佐々木。
少しの間のあと人差し指を立ててこう言った。
「そうだ、君、僕を彼女にしてみなる気はないかい?」
「考えたこともなかったな」
「うん、僕もだ。親友でいいと思っていたしね。しかし君の口からはなたれると存外ショックだな…」
しゅんとした佐々木に慌ててフォローを入れたら。
「君は甘いなぁ」
と笑われた。
何故だ。
「…何かあった?」
翌日月曜日。
何で女っていうのはこういう微妙な雰囲気の違いを嗅ぎ分けるのかね。
朝倉が俺と佐々木を交互に見ながら鋭い質問をしてきた。
「別に何も…」
と言いかけた俺の台詞をさえぎって
「キョンに告白した。それだけよ?」
言い切る佐々木。
やめて!!わたしの為に争わないで!!!
どっかでそんな台詞聞いたなぁ…
なんて、現実逃避をしている場合じゃあない。
寝てましたすみません。
決算期だったもんで…新年度くんなし・・・
おやすみなさぁい…
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