結衣「雪、積もるかな……」(109)

代行 ID:LjShEgX10

冷たくて柔らかな純白が、空から舞い降りる。
それは白の帳となって、窓枠に切り取られた風景を白く彩ってゆく。


……積もるかな。


何べんか雪は降ったことはあるものの、今年はまだ一度も積もってない。
でも、この調子で行けば、多分放課後には積もってるだろう。

朝、ちゃんと天気予報を見てくれば良かった。
積もっていたら、靴がビショビショになっちゃうな、とぼんやりと思った。

雪を見てあまり興奮を覚えなくなったのは、私が大人になりつつある証拠だろうか。
小学校の頃は雪が積もるとはしゃいで、京子やあかりを連れて外に遊びに出た。
はしゃぎすぎて翌日皆で風を引いたり、あの頃は色々バカをやってたものだ。

高校生になった今は、そんな風に羽目を外すことは少なくなった。
「少しだけ大人になった」と言えば、それまでかもしれない。
じゃあ「大人」って何なんだろう。


体が成長すること?
落ち着きがあること?
思慮分別があること?
自制を効かすことが出来ること?
要領よく物事をこなせること?


考えてもよく解らない。

友達から私の事を「大人っぽい」と言われる事がある。
多分、誉め言葉として言ってるんだろう。
昔はその言葉を照れ臭い思いで受け取れていた。

でも、今は素直に受け取れない。

そう思うと、静かな笑いが漏れた。

「大人になる」っていうのは感覚を思い出と一緒に過去のアルバムに閉じてゆくことかもしれない。

昔、心を踊らせて止まなかった事も、今は思い出という過去の記憶でしかない。

昔の日々が、今が、いつか忘却の彼方に消えていくのではないか?
そう考えると何だか怖くもあった。

私の恐れは過去への執着の裏返しでもあるのかもしれない。
皮肉なものだな、と思う。

そっとガラス窓に手のひらを置く。
ひんやりと冷たくて、心地良い。




チャイムがなり、3時間目の英語の授業が終わった。

自習の時間のハズだったが、ただぼんやりとしてこの一時間を過ごしてしまった。

そっと手を離すと、窓ガラスがうっすらと曇っており、私の手形がついていた。

「おーい、結衣ー」

教室の入り口から聞きなれた声がした。
声の主は小走りで私の机の前まで走ってきた。

「どうした、京子?」

「古典の教科書貸してくんない?」

次の時間なんだけど忘れちゃってさ、と付け加えて笑った。

「しょうがないな……ホラ」

「ありがと。また返しに来る」

「私のクラスは6時間目だから忘れんなよ」

「おう、モチロン。ほいじゃ、ありがとねー」

教科書を持った右手をひらひらと振ると、踵を返して自分のクラスへと戻って行った。

クラスが違うので、一年前と比べると京子と話す時間は減った。

傍に京子が居て、京子のペースに巻き込まれて、沢山迷惑をかけられて、でもそれが当たり前で。
だからこそ「当たり前」だったことが消えてしまった所在なさや空虚さに苛まれる。

寂しい、なんて言葉を使ったら京子にからかわれそうだけど、実際そうなんだと思う。
一人暮らしを初めて人恋しくなっているときに泊まりに来てくれたのは京子だった。

今思うと、図々しいくらいに度々泊まりに来たのも、私の寂しさを解ってたからなのかもしれない。
一緒の時を過ごしていく内に、私の心の中で京子の存在は風船のように大きく膨らんでいった。

最初に言うの忘れてました。
京子、結衣は高1という設定

「本当に大切な物は失ってからその大切さに気づく」というけれども、その通りだと思う。
今の状況に「失う」という言葉を当てはめるのはかなり大袈裟かもしれない。

でも、卒業したら二つの教室の間の距離とは比べ物にならないくらいに離れてしまうだろう。
それぞれの道を歩き始めるとき、今の日々が、過去の日々が、思い出として心の奥に仕舞われたまま慌ただしく生きてゆく。
そうなってしまうのは怖かった。



私にだって大人への憧れはある。
でも、子どもでいたい。
繋がりを失いたくない。


それはただのワガママだろうか。

もう一度窓の外を見る。
私の手形は消えていた。
教室の喧騒を書き消すように、しんしんと雪が降り続いている。
風に吹かれ、梢から枯れ葉がひらひらと舞い落ちていった。

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―――

「雪、止まないね」

弁当箱を片手に、友達が呟いた。私も

「そうだね」

と返す。

「結衣、最近疲れてない?」

「……そんなことないよ」

そっと視線を窓の外に滑らせる。
体育館の屋根にうっすらと雪が積もっていた。

「嘘。なんかそんな顔してる」

「気のせいだって」

「いや、疲れてるでしょ。あんまり溜め込まないほうがいいよ」

そんなに表情に出てたんだろうか。
ポケットから手鏡を取り出して確認しようかと思ったけどやめておいた。

「放課後カラオケでも行かない?パーっと騒いだらスッキリするかもよ?」

「……ゴメン、今日はスーパーのタイムセールに行かないと」

「そっか、結衣は一人暮らしだし、色々大変だね」

「まぁ、そうかも。慣れたけどね」

一人暮らしは今年で三年目だ。だいぶ要領よく出来るようになってきたと思う。
でも、家に私以外誰も居ないせいか、独り言は増えた気がする。

「でも、たまには思いきって羽目はずすくらい遊んでもいいと思うよ。結衣はいつも真面目だし」

「……うん、また今度、カラオケ行こう」

「約束だよ」

「うん」

水筒のフタにお茶をつぎ、ゆっくりと飲む。
身体が温まるのを感じながら、心の中で友達の気遣いに感謝した

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ずっと降っていた雪はいつの間にか止んでいて、外の景色は真っ白に雪化粧している。
今年も本格的な冬がやって来たことを実感させられる。


この雪の中を行くのは億劫だが、スーパーのタイムセールに走らなくては。
食材を安く揃えるチャンスを逃さない訳にはいかない。

「おーい、結衣ー」

能天気な声がこちらに向かってくる。

「一緒に帰ろーぜ」

振り向くと京子の姿があった。
クラスが離れても、一緒に下校することは今も続いている。

「いいけど、私スーパー行かなきゃ」

そう言いながら私は荷物をカバンに詰め込む。

「いいよ、スーパーも付き合うから」

「……ラムレーズンは買わないからな」

「何故解った」

「いつものことだろ。というか何で冬にアイスなんだよ」

呆れながら訊くと、京子は急に真面目な顔になった。

「いやいや、結衣さんや、冬に食べるアイスもこれはこれで乙なもんなんですよ」

「……理解出来ん」

「冬にコタツの中でぬくぬくしながら食べるアイスは格別!贅沢!ジャスティス!!」

「……やっぱり解らん」

「そんなー」

情けない声で訴える京子を他所に、私は帰り支度の終わった鞄を肩に掛ける。

「いいから帰るぞ」

「おう!」

ああ、何かこのやり取りって落ち着くな、と思ったけど、心の中に留めておいた。
こんなこと言ったら絶対茶化されるし。

廊下の窓から外の景色を見る。
雲におおわれた空から顔を出した太陽の光が校庭の雪に反射して、眩しかった。

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誰も足跡をつけていない雪道に自分の足跡を残していく。
新雪を踏むのは何となく気持ちいいものだ。

でも、数メートル歩いたところで自分の靴が防水じゃないことに気付き、
歩行者によって既に踏み固められた所を極力歩くようにした。



「あ、京子、靴新しく買った?」

新雪に足跡を残しながら歩いている京子の足にはブラウンの少し大人っぽいブーツ。

「気づくの遅いよ結衣にゃん。今週の日曜日新調したのだ。似合ってる?」

「うん、いいと思うよ。あと、結衣にゃん言うな。」

「今日、雪が積もってよかったよ。新しいブーツ履けたし」

そう言って京子は満面に笑みを湛えて笑った。

「私もブーツ買えばよかったな……」

「そういうば結衣はスニーカーだね、防水は?」

「無い」

「そっかー、じゃあ今週は一緒に靴屋だね」

もう決定かよ、と思いつつ、特に反論もなかったので

「そうだな」

と返した。

気づくと公園の前まで来ていた。
遊具だけでなくグラウンドもある、結構広い公園だ。
小学生らしき子どもが、雪だるまを作ったり雪合戦をしたりして遊んでいる。

この公園の中を抜けるとスーパーへの近道となる。

「そういえば靴といえばさ……」

話を振ろうと隣を向くと京子の姿は無かった。

「あれ、京子?何処行った?」

キョロキョロと左右を見回しても見当たらない。
後ろを向こうとした刹那、背中に冷たいものを感じた。

>>35

誤:そう言って京子は満面に笑みを湛えて笑った。
正:そう言って京子は満面に笑みを湛えた。

「ひゃんっ!?」

これが自分の声か?と思えるほどの変な声が出た。
後ろを向くと京子が満足気にニヤニヤと笑っていた。

「イヒヒ、『ひゃんっ』だって、なんかエロい」

「オイコラ京子!」

「ひゃー、逃げろー!」

京子は雪の上を走り出した。
忍者が水面を走るように、雪の上にも関わらず、無駄に速い。
私はしゃがみこんで雪を丸め、京子へと投げつけた。

なにこの子達かわいすぎるんだけど

“ボスッ”




クリティカルヒット。
特に狙った訳ではないが後頭部に命中した。

「結衣ぃー!やったなちくしょー!」

京子も雪だまを投げつけて応戦する。

何度か肩や足にあたったが、私は京子の雪だまをかわしてゆく。

「結衣も派手に当たれよー、私みたいに」

「やだよ」

私も雪だまを投げて応戦。しかし京子はしゃがんでこれをかわした。

「これでも食らえー!」

京子は雪だまを力いっぱい投げた。
しかしその雪だまは私の頭上の遥か上を通過していった。

「全く、何処に」




“ドサドサっ”




「何処に投げてるんだ」と言い終わらない内に大量の雪が頭上から降ってきた。

「どうよ私の頭脳プレー!」

京子は雪まみれの私を見て抱腹絶倒している。

上を見ると私が居るのは木の下だと分かった。
さしずめ京子の投げた雪だまは木の枝にあたり、それに積もっていた雪を落としたんだろう。

「こんにゃろ京子ー!」

仕返しに手当たり次第雪だまを京子めがけて投げる。

「ちょっ、やめっ、痛っ、愛が重いよDVだよ結衣にゃーん!」

そう言いながら京子も雪だまを投げる。
結局、雪合戦は日が暮れるまで続いた。

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昨日の雪合戦が響いたのだろうか、何だか熱っぽいし体も重い。
昨日も今朝も何ともなかったのだが、今になって症状が出てきたらしい。
多分風邪を引いてしまった。



「結衣、大丈夫? 何か辛そうだけど」

隣の席の、昨日も一緒に弁当を食べた友達が心配して声を掛けてくれた。

「大丈夫、ありがとう」

“大丈夫”では無いんだけど、授業くらいは受けていられるはず。

「……というわけで、前回の漢文の続きが終わったから、次、古文行くぞー」

今は三時間目の古典の時間。まだ今日一日の授業は半分も終わっていない。

「まず、重要古語から聞いていこうかな。3行目の『なやむ』という語、これを……」

先生の話が何かの呪文みたいに聞こえる。
語句の意味調べは予習でやってきたのに、風邪の所為かな……。
頭がボーッとする。

「先生、船見さんは具合悪いみたいなので保健室に連れていってもいいですか」

隣の席の友達が先生に言ってくれた。
ありがとう。

「確かに顔も赤いし、しんどそうだな。なら、保健室に行っていいぞ」

「じゃあ、私、保健室まで付き添います」

「いや、君は授業受けなさい。船見も一人で行けないほどではないだろう」

「……はい。では、すいません、行ってきます」

友達の好意を無下に断ったようで申し訳ないが、あんな訊き方をされたら、そう答えるしかなかった。

私は教室を出て保健室へと向かう。
背中の方から授業の続きの声が聞こえてきた。

「ちなみに『なやむ』という語は今の船見みたいなことを言うぞ。例に出して船見には悪いが……。これを……」

ああ、「なやむ」って「病気で苦しむ」って意味だったな。

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―――――
―――

熱を測ったら37.3℃だった。
完璧に風邪を引いた。
早退するかどうか訊かれたが、しばらく休んで、様子を見てから決めると言った。

ここの保健室は初めて利用する。
保健室は意外と狭かったが、保健室の隅のドアの向こうにベッドが5台置かれた部屋があった。
誰か先客が居るみたいで、一番隅のベッドはカーテンで閉じられていた。
私はその隣のベッドに案内された。

「お昼からは授業に出れるかしら……。四時間目が終わったらまた様子見に来るわね」

「はい」

「じゃあ、安静にしているのよ」

保険室の先生はカーテンを閉めて戻って行った。

もそもそと布団に潜り込み、溜め息。
昨日は羽目を外しすぎた。





“ポスッ”




そっと目を閉じた刹那、何かが顔に落ちてきた。

――ポケットティッシュだった。

何故?と思って横になったキョロキョロと見回すと、
隣のベッドとこのベッドを仕切っているカーテンの隙間から差し込まれた手がヒラヒラと振られている。

起き上がってそっとカーテンを開いた。

「よっ」

隣のベッドの子は小声でそう言うと笑った。
京子だった。
保健室の先生にバレないように私も小声で話す。

「『よっ』じゃねぇだろ。京子も風邪引いたのか」

京子の頬は紅潮して瞳も少し潤んでいる。

「まぁね」

「絶対あの雪合戦が原因だけどな」

「ちょっ、それは言わない約束だって」

「いや、知らないし」

「でも、楽しくなかった?」

「まぁ……楽しかった、けどさ」

何となく素直に楽しかったと伝えるのが恥ずかしかった。

「なら良いんじゃない?」

「そうかなぁ?」

その結果風邪引いた訳だし。

「昔もあったよね、小学生の頃だっけ?雪が積もったってはしゃいで、翌日揃って風邪引いて」

「うん」

京子もちゃんと覚えている、そう思うと少し嬉しかった。

「何か昔に戻れた気がして、懐かしかったし、楽しかった」

確かに、言われてみればそうだった。

自分は京子と同じ気持ちだったんだ。
昔の想い出は、今も生きている。

その事が私を安心させた。

昨日の友達の言葉を思い出す。

『たまには思いきって羽目はずすくらい遊んでもいいと思うよ。』

友達の助言は的を射っていた。

「結衣とはクラス離れたしさ、思いっきりはしゃぐことが少なくなったから、その分嬉しかったかな」

「……そう」

頬に熱が集まるのを感じる。
風邪とはまったく異質の熱。

「お、結衣、照れてる?」

「……うっさいな」

何でコイツは妙なところで鋭いんだよ、もう。



「ねぇ、結衣。そっち行ってもいい?」

「そっち?」

「うん、そっちのベッド」

「はぁ?先生にバレたら困るだろ」

「先生が来ないなら良いんだ」

「バカッ、違っ……ってお前は勝手に……」

京子はそーっと音をたてないようにカーテンの下をくぐり、ベッドに侵入してきた。

「どうせ四時間目が終わるまで来ないんだし、その時までに戻ってればいいじゃん」

「……全く、しょうがないな、京子は」

許可を得た京子は嬉々として私の横にモソモソと入ってきた。

キ、キマ…?

「狭いね、意外と」

「そりゃあ、二人で寝るために設計されてないからな」

それにしても、京子の顔が近い。
京子が泊まりに来て、一緒に寝る時よりも近い。

「何か結衣の身体、熱い……」

「そういう京子もな」

風邪だし、当たり前だけど。

「……何か、落ち着く」

「え?」

「結衣の傍って、何か落ち着く」

「そ、そうか……」

急に言われると何だか照れくさい。
じっと見つめる空色の瞳から視線を反らせ、90°寝返りを打って天井を見つめる。

「私たち、ずっとこんな感じがいいな」

語尾は『いいな』という願望の形。
京子も感じてるのだろうか。



卒業したその後は……

それでも、私は今、確信した。
根拠なんて、何一つないけれど。

私は再び寝返りを打って京子の方を向く。



「大丈夫だよ」



私は京子を、京子は私を大切に思ってる。
そうしている間は長年築き上げてきたこの関係も壊れない、そんな気がする。



「二人なら、大丈夫」



きっと二人でなら、大人になっていける。

「うん」

京子はいつもの調子で笑った。

「結衣、今度泊まりに行ってもいい?」

「風邪がなおったらな」

「うん、ありがと」

「私の方こそ、ありがとな」

「え?」

「……何でもない」

また寝返りを打って天井を見つめる。

「ちょ、気になるじゃんかー」

隣の京子がユサユサと私を揺する。
私は目を閉じて答える。

「何でもないって。それに風邪引きは寝てなきゃダメだろ」

「えー……」

食い下がってくるかと思いきや、静かになった。

数分、いや数十秒くらい経って、私はそっと隣を向く。

京子はスースーと寝息を立てて眠っていた。


「ありがとな」


もう一度呟いて優しく頭を撫でる。
夢でも見ているのか、幸せそうな笑みを浮かべていた。

私はそっと目を閉じ、京子の頬にキスをした。







京子、私の傍に居てくれてありがとう。
そしてこれからも、ずっと一緒だよ。

―――――終わり―――――

最近雪が降ってきたので、書いてみたくなって衝動的に書きました。

ラストに迷って少し不完全燃焼だったかもしれません。

拙い文でしたが、読んでくれてありがとうございます。

おつ
靴屋デート編はよ!

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