男「明日、いっしょに海月を見にいこう」幼馴染「う、うん」(515)


男「なあ。俺、ずっと気になってることがあるんだけどさ」

男友「おう」

男「パスタとスパゲッティの違いってなんなの?」

男友「は?」

男「いや、だからさ、パスタとスパゲッティてさ、別物なの?」

男「別物だとしたらどういう関係なの?」

男「異母兄弟とかなの?」

男「それとも本名と偽名みたいな感じなの?」

男友「知らんがな」


男「知らんがなって、お前は気にならないの?」

男友「べつにどうでもいいと思うんだけど」

男「俺は気になって仕方ないよ」

男「授業中もずっとパスタとスパゲッティについて考えてる」

男「気になって授業中は眠れないし、夜も7時間しか眠れない」

男友「恋じゃね?」

男「お前阿呆なんじゃねえの?」

男友「お前に言われるとすげえ腹立つわあ」


男友「でもお前、考えてみろよ」

男「なにが」

男友「パスタちゃんとスパゲッティちゃんって名前の女の子がいたとしよう」

男「うん……うん?」

男友「パスタってなんかかわいい感じがする名前だから」

男友「たぶんパスタちゃんは清楚でおっとりした女の子だ」

男「なんとなく分かる」


男友「スパゲッティちゃんは多分」

男友「普段はキリッとしてるように見えるけど、褒められたら素直に喜んじゃうような女の子だ」

男「なんとなく分かる」

男友「ここでパスタとスパゲッティの事を考えてみよう」

男「おう」

男友「ほら。やっぱり恋だ」

男「ごめん。ちょっと分からない」


男友「この浮気野郎が!」

男「マックでいきなりそういうこと大声で言うのやめろよ」

男友「ミスドならいいのか? スタバならいいのか? お?」

男「ほら、ハッピーセットのおもちゃ持った子がめっちゃこっち見てるじゃねえか」

男友「知るか!!!」

男「そもそもなんで浮気野郎になるんだよ」

男友「なにがパスタちゃんとスパゲッティちゃんだよ!」

男「お前が言ったんだろうが」


男友「お前には幼馴染ちゃんがいるというのに!」

男「ああ、うん。そうだね」

男友「ぬあああああ! その余裕が苛つく!」

男「でも俺とあいつは付き合ってるわけじゃないし」

男友「じゃあ俺が幼馴染ちゃんを抱くって言ったらお前どうすんの?」

男友「どうすんの? んあ?」ワキワキ

男「冗談でもそんなこと言うな。殺すぞ」

男友「あ、はい。ごめんなさい」


男「お前さあ、言っていいことと悪いことがあるだろ?」

男「な? 俺の言ってることの意味分かる? ぢゅのうわらいみーん?」

男友「ま、まあポテトでも食って落ち着けって」スッ

男「……」モキュモキュ

男友「……」

男友「あのさ」

男「……なに」

男友「付き合ってないってほんとうなの?」

男「多分」

男友「多分ってなんだよ」


男「付き合ってるってどういう状態の事をいうんだ」

男友「お前ら昔からずっとべたべたしてるじゃねえか」

男友「S極とN極かよってくらいくっついてるじゃねえか」

男友「たまにお弁当持ってきてもらったりしてるじゃん。超うらやましい」

男「うん、まあ、そうだな」

男友「どう見ても付き合ってるじゃん。いつまでも新婚夫婦じゃん」

男「でも告白とかしたわけじゃないし」


男友「嘘つけ。お前らのことだから、どうせちっちゃい頃から」

男友「『ぼく、おさななじみちゃんとけっこんするー』とか」

男友「『わたしもおとこくんとけっこんするー』みたいな事やってたんだろ?」

男「まあ、何回かはしたよ」

男友「鼻の穴にカリカリのポテト突っ込んでやろうか? んのおああああ?」

男「なんでそんなに怒ってんの?」


男友「どうせ俺はお前とは違ってひとりだよぉ……孤独死だよぉ……」グズグズ

男「ああ、そういうこと……。まあ、その、なんだ。元気だせよ」

男「俺がいるだろ。な。そういうことにしておこうぜ」

男友「男……」

男「ほら、ティッシュ」

男友「さんきゅ」チーン


男友「それでさ」

男「うん」

男友「結局、どうして俺は呼ばれたわけ?」

男「相談事があって」

男友「幼馴染ちゃんに言えばいいじゃん」

男「それじゃあ意味がない」

男友「なに、相談事って幼馴染ちゃんの事?」

男「まあね」

男友「なになに。おじさんに話してご覧なさいな」

男「……」

男友「はよ」

男「……明日、あいつと一緒に水族館に行くんだけどさ」

男友「うん……うん?」


男友「なんて?」

男「水族館に行く」

男友「誰と?」

男「幼馴染と」

男友「デートじゃねえか。ラブラブチュッチュベロベロ自慢かよ」

男「そう。デートなんだけどさ、こういうのはじめてだからよく分かんないんだ」

男友「はじめてって、なにが」

男「あいつとふたりきりで遠出するの」

男友「今までデートしたことないってか? 嘘だろ?」

男友「お前ピノキオだったら今のでブラジルくらいまで鼻伸びてるところだぞ?」

男「嘘じゃねえよ。見てみろ俺のイノセントな目を。ビーディ・アイだ」


男友「なんだ、そのデートの約束は幼馴染ちゃんから言ってきたのか?」

男「いや、俺が言った」

男友「なんの考えもなしに言ったのか?」

男「まあ、そういうことになっちゃうかな。俺はただ海月が見たいと思っただけなんだ」

男友「くらげ? なんで? お前ってたまにわけ分かんないとこあるよな」

男「ほら、俺って海月好きじゃん?」

男友「知らんがな。はじめて聞いたわ」


男友「べつに幼馴染ちゃん誘わなくても海月なんかひとりで見に行けばいいじゃん」

男「ひとりで水族館行くのって恥ずかしいじゃん」

男友「だったら俺を連れて行けばいいだろ」

男「やだよ。恥ずかしいわ」

男友「うわあ。俺ちょっと傷ついたかも」

男「べつにお前と歩くのが恥ずかしいわけじゃなくてだな」

男「お前に『水族館行こうぜー!』って言うのが恥ずかしいんだよ」

男友「ああ、そういう事ね。ちょっと救われた気分」


男友「要は、結果的にデートすることになったけど」

男友「具体的にどうすればいいのかが分からない」

男友「それでどうすれば幼馴染ちゃんとチュッチュベロベロできるかを訊きたいと」

男「うん……うん? まあ、多分そういうことになるんだと思う。結果的には」

男友「お前さあ」

男友「人を見る目がないよなあ」

男「なにが?」

男友「ふつうさ、ヤマダ電機にチョコパイ買いに行かないじゃん?」

男「なに言ってんの?」


男友「お前がロッテで、俺がヤマダ電機だったらさ」

男友「お前はわざわざヤマダ電機にチョコパイ買いに行かないだろ?」

男「なにいってだこいつ」

男友「ヤマダ電機にチョコパイ置いてないじゃん?」

男友「でもロッテはチョコパイ持ってるじゃん?」

男「俺にも分かるように言ってくれない?」


男友「俺って女の子の友だちいないじゃん?」

男友「でもお前にはいるじゃん?」

男友「つまり、俺に恋愛の相談をするのは間違ってると思うわけ」

男友「人選ミスだろ! ばーか! って言いたいわけよ」

男「……」

男「……」

男「……たしかに」

男友「分かってたんだけどすっげえむかつく」


男「だったらどうすりゃいいんだよ。お前以外に頼れる奴はいないんだよ」

男友「お前らなら大丈夫だって」

男友「どうせ流れでうまく行くに決まってんだ、どうせ……」

男「そうかな」

男友「幼馴染ちゃんってちょっとぼけっとしてるから」

男友「ふらふらとどっかに行っちまわないように手え繋いでたらいいんだよ」

男「分かった」


男友「あれだな。幼馴染ちゃんはパスタちゃんにぴったりのイメージだ」

男「そんな気がする」

男友「スパゲッティちゃんはあれだ。いっつも幼馴染ちゃんの隣にいる子」

男「幼友か?」

男友「なに? お前その子とも仲いいの?」

男「まあ、それなりに?」

男友「……神様ってさ」

男「うん?」

男友「気まぐれで理不尽で、不平等だよな」

男「いきなりどうした。なに悟ってんだよ」

たぶん続くと思う




幼馴染「やばいよ……やばいよ……これリアルなやつだよ……」

幼友「あんまり似てないね」

幼馴染「も、モノマネじゃないよ」

幼友「じゃあ何なのさ」

幼馴染「あのね、今日、男にね……」

幼馴染「……」

幼馴染「むふふふふ」ニヨニヨ

幼友「嬉しそうだね」


幼友「それで、愛しの男くんがどうしたの」

幼馴染「デートに誘われたの」ニヨニヨ

幼友「おおー。おめでとう。わたしはうれしいよ」

幼馴染「わたしもうれしい。爆発しそう」

幼友「爆散するにはまだ早いよ。デートって、どこ行くの?」

幼馴染「たぶん、水族館」

幼友「たぶん?」

幼馴染「『明日、いっしょに海月を見にいこう』って言ってたから、たぶん水族館だと思う」

幼友「くらげ。なんで海月?」

幼馴染「男は海月が好きなんだよ? 知らない?」

幼友「男くんのことは世間一般の常識みたいに言われてもそんなん知らんがな」


幼友「それで?」

幼馴染「それで、といいますと」

幼友「まさかその報告のためだけにわたしを呼んだんじゃないよね」

幼馴染「うん」

幼馴染「初デートだし、どんな服を着ていけばいいのかなあ、と思って」

幼友「それでわたしを呼んじゃったの? 人選ミスじゃない?」

幼馴染「幼友ちゃんしか頼れる人はいないんだよ!」

幼友「そ、そこまで言うのなら……」


幼馴染「どんな服がいいと思う?」

幼友「どんな服って、べつにいつも通りでいいんじゃないかなあ……」

幼馴染「『こいついつも通りじゃん俺のこと好きじゃないのかなあ誘わなきゃよかった』って思われたらどうするの?」

幼友「いや、そこまで心配しなくても大丈夫でしょ」

幼馴染「大丈夫かなあ……」

幼友「あんたはいつもみたいにゆるゆるふわふわした服を着ていけばいいんだよ」

幼友「それがかわいいし、あんたらしいと思うけど」


幼友「でも下着はいつもよりかわいいやつにしておいたほうがいいかもしれない。うん、多分」

幼馴染「わ、分かった」

幼馴染「……いつもよりかわいいやつって、どんなやつ?」

幼友「どんなって、男くんがよろこびそうなやつ?」

幼馴染「ぶふぉ」

幼馴染「く、海月みたいな?」

幼友「どんな下着だよ」


幼友「……それにしても、出会って16年目にして初デートとは」

幼馴染「いや、生まれた瞬間に出会ったわけではないからね?」

幼友「似たようなもんでしょ」

幼馴染「……まあ、そうかなあ?」

幼友「……」

幼馴染「……」

幼馴染「デート……むふふふふ」ニヨニヨ

幼友「どう考えても順序おかしいよね」

幼馴染「んー? なにが?」

幼友「いや、だってさ、お弁当を作ってあげてるんだよ? もう夫婦じゃん」

幼馴染「夫婦……」

幼馴染「むふふふふ」

幼友「夫婦だよ? それなのにデートに一度たりとも行ったことがないってさ、おかしくない?」

幼馴染「そうかなあ」


幼友「家が隣同士で? ちっちゃい頃に結婚の約束とかしちゃったりして?」

幼友「幼稚園、小学校、中学校、高校、全部おなじで?」

幼友「ほとんど毎日いっしょに登校して下校して? お弁当作ってあげて?」

幼馴染「うへへへへ」

幼友「それなのに!」バァン

幼馴染「ひっ」ビクッ

幼友「一度もデートしたことがない! これっておかしいよね? 詐欺でしょ!」


幼友「いったいどこまでいってるの!」

幼馴染「ど、どこまでって……」

幼友「キスか? キスなのか?」

幼馴染「……」

幼友「手を繋ぐくらいまでか? 手を繋ぐくらいまでなのか?」

幼馴染「……」

幼友「え? 嘘? 手を繋いだこともないの?」

幼馴染「……」

幼友「ま、まあ……頑張りなよ。応援してるから」

幼友「明日からだよ。ここまでがプレリュードってことだよ」

幼馴染「うん……」


幼馴染「……」

幼友「……」

幼友「……まあ、わらび餅でも食べて元気出しなよ」スッ

幼馴染「うん……」モキュモキュ

幼友「いい食べっぷりだね。でも食べ過ぎると太るよ」

幼馴染「いいもん。そもそもわたし太らない体質だもん」モキュモキュ

幼友「いいなあ。わたしなんて気をつけないとすぐ太っちゃうよ」

幼馴染「うそだ」モキュモキュ

幼友「ほんとうだって。気づいたらアブドーラ・ザ・ブッチャーだって」

幼馴染「こわい」


幼友「はーい、お茶」スッ

幼馴染「お~いお茶みたいな言い方だ」ゴクゴク

幼友「わたしが選んだのは綾鷹だけどね」

幼馴染「選ばれたのは綾鷹かあ」

幼馴染「でもわたしは爽健美茶が好きだよ」

幼友「今度からは気をつけるよ」

幼友「でもわたしは綾鷹が好きだから、うん」


数時間後

幼友「じゃあ、そろそろわたし帰るね」

幼馴染「うん。気をつけてね」

幼友「風邪拗らせないように、あったかくして早く寝るんだよ」

幼馴染「なにそれ。お母さんみたい」

幼友「ふふん。じゃあお母さんは今から予言をします」

幼友「あんたは今日あんまり寝れない。間違いない」

幼馴染「かもしれない」

幼友「それじゃあ、良い報告を待ってるよ」

幼馴染「うん。が、頑張るよ」




幼友(うわ。外暗い。しかもめっちゃ寒い)

幼友(さっさと帰ってお風呂入ろっと……)

男「あれ? 幼友?」

幼友「んあ?」

幼友「ああ、男くん。そういえば家があの子の隣の家なんだよね」

幼友「いま帰ってきたの?」

男「まあ、うん。幼友は今から帰り?」

幼友「そうだね」


男「幼馴染の家でなにしてたんだ?」

幼友「なにって、作戦会議?」

男「なるほど」

幼友「男くんは? 結構遅くまでどこでなにしてたの」

男「マックで、作戦会議?」

幼友「なるほど」

男友「あのさ、お前ら、俺がいるってこと忘れてないよな? 俺のこと見えてるよな?」

男友「なんかすごい疎外感を覚えるんだけど?」


ビュウウウウ

男「風強い。超寒い。空暗い。お外怖い。俺帰る」

男友「おう。そんじゃ、また明後日」

男「おう。明後日だな」

バタン

男友「……」

幼友「……」

男友(あれ? なんか気まずい……)


幼友「そいじゃ」

男友「うん」

幼友「わたしはこっちだから」

男友「俺もそっちなんだけど」

幼友「そっか」

男友「……」

幼友「……」

幼友「まあいいや。どうせだから一緒に行こう」スタスタ

男友「なんかスイマセン」スタスタ


男友「幼友さん?」

幼友「なんでしょう?」

男友「作戦会議って、なにをしてたの?」

幼友「それ訊いちゃうの?」

男友「訊かないほうがいい?」

幼友「男の子に言えないような内容の会議だったらどうする?」

男友「すごいテンション上がる」

幼友「……」

男友「……」

幼友「……」

男友「……ごめんなさい」

幼友「いや、いいけど」

幼友「べつにそんな内容じゃないし」


幼友「じゃあ、男友くん」

男友「なんですかい」

幼友「そっちの作戦会議は、なにをしてたの?」

男友「なにって……パスタとスパゲッティの違いについての議論だけど」

幼友「ふうん。おもしろそうな話だね」

男友「そうでもないんだなあ、これが」

幼友「答えは出たの?」

男友「グーグル先生は偉大だ。なんでも教えてくれる」

幼友「なるほど。じゃあ、パスタとスパゲッティはなにが違うの?」

男友「なにも違わない。どっちもかわいい」

幼友「はあ? かわいい?」

男友「ごめん。今のなしで」


男友「パスタってのは、イタリアの麺類の総称なんだって」

幼友「ふうん」

男友「それで、スパゲッティはそのパスタの一種で」

男友「一・八ミリくらいの太さの麺がスパゲッティっていうんだってさ」

幼友「パスタにも色々あるんだね」

男友「パスタだって頑張ってんだ」

幼友「パスタに生まれなくてよかった」

男友「そうだな。幼友さんはパスタじゃなくてスパゲッティだ、うん」

幼友「さっきから男友くんがなに言ってるのかが分かんない時があるんだけど」

男友「男にしか分からないこともあるのさ」

たぶん続くんじゃないかな


幼友「で?」

男友「で?」

幼友「ほんとうは何を話してたわけ?」

男友「何って」

男友「男と幼馴染ちゃんのデートが成功するための話?」

幼友「ほお、奇遇だね。わたしも幼馴染と一緒にそのことについて話し合ってたよ」

男友「そうか……」

男友「そんなことしなくても成功するに決まってんのに」ハァ

幼友「だよね。あの二人だもんねえ」


幼友「あれで付き合ってないってのがおかしいよね。詐欺だ」

男友「だよな」

幼友「あんなにいちゃいちゃしてるの見せられる立場としてはたまったもんじゃないよね」

男友「まったくだ。さっさとセッ……」

幼友「セッ?」

男友「あー……さっさと結婚しろよってなるわ、うん」

幼友「そうだね」


幼友「それなのに手を繋いだこともないんだってね、あのふたり」

男友「嘘だろ?」

男友「幼友さんがピノキオだったら今のでブエノスアイレスくらいまで鼻伸びてるところだよ?」

幼友「嘘じゃないんだなあ、これが」

男友「じゃあ、あのふたりって普段はなにしてんの?」

幼友「さあね」

男友「俺はてっきり、セッ……」

幼友「セッ?」

男友「えー……」

男友「口にするのも憚られるような淫らな行為が行われているものだとばかり思ってたけど」

幼友「そうではないようだね、うん。すっごいまわりくどい言い方するね、男友くん」


男友「幼友さんはさ」

幼友「うん」

男友「いつも幼馴染ちゃんの相談に乗るの?」

幼友「まあね。男友くんも、いつも男くんの相談に乗る?」

男友「相談に乗るっていうか、惚気話を聞かされてる、みたいな」

男友「ときどきゆるい殺意が湧く」

幼友「気持ちは分からなくもないよ、うん」

男友「ということは、幼友さんも相談というよりは惚気話だったり?」

幼友「ほとんどがね」


男友「俺たちはあれだよね。縁の下の力持ちってやつだ」

幼友「だね。もっと褒められてもいいよね」

男友「ふたりが目立ち過ぎなんだよなあ」

幼友「眩いばかりに目立ってるもんね」

男友「俺たちって影みたいなもんなのかね」

幼友「今はそうかもね。でも、そういう時期があってもいいんじゃないの」

男友「いやあ、べつに、今の立場が嫌ってわけではないんだよ」

男友「なんというか……うまいこと説明できんけどさあ……」

幼友「言いたいことは分かるよ。すごく」


男友「分かってくれますか。分かってくれますか?」

幼友「分かってあげますよ」

男友「なんなんですかそれは」

幼友「なんなんでしょうねこれは」

男友「幼友さんはそういうキャラなんですか」

幼友「幼友さんはこういうキャラですよ」

男友「俺たちは何をやっているんでしょうか」

幼友「わたし達は何をやっているんでしょうね」


男友「堂々巡りだ」

幼友「ドードーの」

男友「え」

幼友「なんでもない」

男友「ドードーの堂々巡り?」

幼友「不思議の国のアリス」

男友「なにが?」

幼友「なんでもないよ」


幼友「そいじゃ、わたしの家ここだから」

男友「ん」

幼友「おぼえた?」

男友「おぼえた」

男友「そんじゃ、また」

幼友「また? またって、どういうこと?」

男友「いや、深い意味はない」


幼友「男友くんの家はどこ?」

男友「あっちだけど」

幼友「あっちって、いま通ってきた道じゃん」

男友「通りすぎた」

幼友「はあ。なぜ?」

男友「女の子をひとりで行かせるのは如何なものかと思って」

幼友「紳士だね」

男友「だろう?」


幼友「そんじゃ、また」

男友「また?」

幼友「深い意味はない」

男友「ふうん」

幼友「また学校で」

男友「おう」


幼友「あ!」ピコーン

幼友「ちょっとストップ男友くん!」

男友「どうした」

幼友「わたし、良いことを思いついちゃったよ」

男友「はあ」

幼友「聞きたい?」

男友「いや、あんまり」

幼友「なぜ?」

男友「良いことを思いついたって台詞は」

男友「その思いついた本人にとっては良いことなんだろうけどさ」

男友「大抵の場合、周りの奴にとっては良いことではないと思うんだよね」

幼友「なるほど」

男友「俺から言わせてもらえばあれだよ」

男友「『行けたら行く』とか『お前のことを思って言ってやってる』並に信用出来ない言葉だね」

幼友「そういう考え方もあるか」


幼友「それで、話は終わり? もう発表していい?」

男友「あれ? 俺の話、聞いてた?」

幼友「ばっちりだよ。まあ、とりあえず聞いてみるだけでも」

男友「詐欺師みたいなこと言うね、幼友さん」

幼友「はーい。じゃあ発表しまーす」

幼友「ええと」

幼友「明日、わたしと一緒に水族館に行かない?」


男友「……」

男友「……」

男友「はい?」

幼友「え? もう一回言わせるの?」

幼友「すごい恥ずかしいんだけど。爆発しそう」

男友「ごめん。もう一回言ってくれない?」

幼友「明日、わたしと水族館に行こう」

男友「ごめん。もう一回。録音したい」

幼友「マフラーで首締めるよ?」

男友「そういう死に方も悪くない」




男「ただいまー」

妹「おかえり、にいちゃん。遅かったね」

男「……」ジィー

妹「なに? わたしの事じろじろ見て。顔になにか付いてる?」

男「……お前はあれだな、ペンネ。ペンネちゃんだ」

妹「なにが? ペンネちゃんってなに?」

男「男にしか分からないこともある」


男「父さんと母さんは?」

妹「新年会」

男「そっか。ご飯どうすんの?」

妹「わたしが作った」

男「ペンネちゃんはちっちゃいけどしっかりものだ」

妹「だからペンネちゃんってなに?」

男「お前がパスタだったらペンネだと思うんだよね、俺は」

妹「ごめん。分かんない」


男「それで、夕飯はなに?」

妹「カレー」

男「カレー。なるほど、明日はカレーうどんか」

妹「もう食べる?」

男「いや、もうちょい後で食べる」

男「こたつでみかん食べたい」

妹「わたしもそうする」


男「なあ、ふと思ったんだけどさ」

妹「なあに?」

男「カレーとカリーってさ、なにか違うのかな」

妹「呼び方が違うだけじゃないの? コーヒーとカフェみたいな」

男「そうなんだ?」

妹「知らないよ? 多分だよ?」

男「俺の中ではさ、水っぽいのがカリーで、どろどろしてるのがカレーだったわ」

妹「分からなくはないかも」


男「おお、こたつぬくい」ホクホク

妹「さっきまでわたしが入ってたからね」ホクホク

男「……」

男「なあ、妹さんや」

妹「なに?」

男「なんで俺の隣に座るわけ?」

妹「え? だめ?」

男「いや、どうせ俺たち以外には誰もいないんだし、もっと広々と使えばいいじゃん」

妹「わたしはここがいい」

男「まあ、お前がいいのならいいか」

妹「そうだよ。細かいこと気にしてたらハゲるよ、にいちゃん」

男「そうだな。気にしないことにするわ」


男「みかん取って」

妹「うん」ヒョイ

男「皮剥いて」

妹「うん」ペリペリ

男「食べさせて」アーン

妹「ほい」ヒョイ

男「うむ」ムグムグ

男「すっぱい」

妹「あらら」


男「」ムグムグ

妹「」ムグムグ

男「ふう」

男「なんか眠くなってきたかも」ゴロン

妹「わたしも」ゴローン

男「……」

妹「……」

男「近すぎないか」

妹「そうかな」

男「これは恋人の距離だと思うんだよね」

妹「なにそれ」


男「フォークとパスタの距離だ」

妹「なんでパスタ? にいちゃんって、そんなにパスタ好きだったっけ?」

男「まあ、とにかく近すぎだ」モゾモゾ

妹「そんなことないよ」ガシッ

男「俺の脚に脚乗せないでくれない? 重いんだけど?」

妹「重い? いま重いって言った?」グググッ

男「ああっ。そんなに体重かけたら俺の踵が粉砕骨折!」


妹「大丈夫だよ。にいちゃんは頑丈だけが取り柄だし」グググググ

男「いたいいたい」

男「ふん」ガシッ

妹「うわ。妹の脚にしがみつくとか。へんたい」

男「お前が先にやってきたんだろうが」

男「うわ。お前の脚すべすべだな」

妹「あ、うん。ありがと」


男「すべすべで、俺の脚とこすり合わせると気持ちいい」スリスリ

妹「そう?」

妹「にいちゃんのはすね毛がくすぐったい」

男「あ、ごめん」

妹「でもあったかくて好きかも」

男「こたつの中だからあったかいのは当然だろ」

妹「そっか」


男「あー……」

男「眠い」グッテリ

妹「夕飯どうする?」

男「寝て起きてから食う」

妹「分かった」

妹「じゃあ、おやすみ」

男「お前も寝るの?」

妹「ひとりで起きててもつまんないもん」

男「そうかな」

妹「そうだよ」

続けばいいな


男「あのさ」

妹「なに」

男「俺、明日、水族館に行くんだけどさ」

妹「水族館。海月?」

男「そう。海月を見に行く」

妹「好きだよね、海月」

男「なんでだろうな」

妹「ひとりで行くの?」

男「いや、幼馴染と」


妹「デートだ?」

男「うん」

妹「ふうん、それで?」

男「いや、それだけ」

妹「わたしも行きたいって言ったら?」

男「いつもならいいって言うところだけど、今回だけはだめな気がする」

妹「男の子みたいにかっこいいこと言うね、にいちゃん」

男「いや、俺は男の子だろ。なに言ってんだお前」


妹「うまくいくといいね」

男「うん」

妹「あ」

妹「わたしが後ろから見守っててあげようか?」

男「お前に見守られたところでなにも変わらんだろうに」

妹「流氷の天使と呼ばれたわたしが」

妹「にいちゃんを見守るついでに幼馴染さんの胸を矢でぐさぐさと射抜いてあげる」

男「お前クリオネだったのかよ。胸をぐさぐさって、殺す気かよ」


妹「ハートをぎゅっと掴む比喩みたいなもんだよ」

男「なるほど」

男「でも多分、それは必要ないかな」

妹「その心は?」

男「たぶん、お互いに同じことを思ってるはずだから」

妹「今の台詞に恥ずかしいポイント50000点あげてもいい」

妹「にいちゃんは恥ずかしい男グランプリで優勝できる逸材だよ」

妹「今から鍛錬を積めば間違いなくギネス級だ」

男「ありがとう」

妹「褒めてるわけじゃないんだけど」


男「ていうかお前、寝るんじゃなかったのかよ」

妹「にいちゃんがデートが云々って話し始めるから」

妹「それに、にいちゃんだって寝るって言ってたじゃん」

男「言ってない」

妹「言ったよね?」

男「言ってない。俺ぜんぜん眠くないし」

妹「うそだ」

男「これはうそじゃない。もう眠気吹っ飛んじゃった」


男「だからカレー食べる」

妹「分かった。今からあっためるね」

男「うん」

妹「……」モゾモゾ

妹「あー……」

妹「ああー……」

妹「んああー……」

男「妹さんや」

妹「なに……」

男「早くこたつから出てはいかがですかな」

妹「しばし待たれよ」

妹「……」モゾモゾ

妹「むむむ……さむい……」

男「……俺が温めてこようか?」

妹「おねがい」


男「うわ。こたつから出たら寒い」

妹「がんばってにいちゃん」

男「ういうい」

ヴヴヴヴ

男「んお?」

男「メールか」

妹「愛しの幼馴染さんから?」

男「うん」

妹「なんて?」


男「『明日は何時にどうすればいいの?』だってさ」

妹「もしかして、もしかしてだけど」

妹「水族館に行くってことしか決まってなかったりする?」

男「そういえばそうだ」ハッ

妹「なんか……にいちゃんらしいね」

男「なにが」

妹「にいちゃんは昔からさ、どうでもいいところにはこだわって、肝心なところは大雑把なんだよ」

妹「ペンネとかカリーとかよりもさ、もっと大事なことがあるじゃん」

男「おっしゃるとおりです」


妹「わたしは心配だよ」ハァー

男「ありがとう」

妹「いや、褒めてないからね」

男「心配してくれてありがとうってこと」

妹「はあ」

妹(ふたりっきりで大丈夫かなあ……)

妹(幼馴染さんには悪いけど、あのひとも大概だからなあ……)


* 翌日

幼友「おそい」

男友「スイマセン」

幼友「5分遅刻だよ」

男友「5分くらい許してくれよ」

幼友「5分くらい?」ジロリ

幼友「わたしが5分間で男友くんの事をどれだけ心配したと思ってるわけ?」

男友「あ、はい。スイマセン」


男友「まあ、俺も無傷で、どうせまだ時間はあるわけだし、な?」

幼友「はあ……」

幼友「まあいいか」

幼友「次からはちゃんと時間を守ること。分かった?」

男友「はい。スイマセンでした」

男友「……」

男友「……次?」

幼友「次があったらってこと。深い意味はない」


幼友「世の中にはね、守らなきゃいけないものがいっぱいあるわけよ」

男友「はあ」

幼友「いちばん大事なのは時間を守ることで」

幼友「次に信号を守ること、その次が女の子を守ること」

幼友「それで、そのまた次が約束を守ることで、最後にルールを守ること」

男友「はあ」

幼友「分かった?」

男友「常識は? 守らなくていいわけ?」

幼友「そんなものは死ねばいい」

男友「めちゃくちゃだ」


男友「……それで、10時まであとどれくらい?」

幼友「20分くらい」

男友「そうか」

男友「それにしても、よく出発の時間なんか訊き出せたな」

幼友「まあ、あの子はちょっとばかだから、何の疑いもなしに教えてくれたよ」

男友「はあ」

幼友「それどころか、メール送ってみたらあの子も知らなかったみたい」

男友「は? どういうこと?」


幼友「あのふたりは『水族館に行く』ってことしか決めてなくて」

幼友「何時にどうするかとかはなにも決めてなかったみたい」

男友「あの間抜け男……」

幼友「それであの子も、わたしがメールを送ってからそのことに気づいたらしくて」

幼友「急いで男くんにメールを送ったみたいだね」

幼友「『明日は何時にどうすればいい?』って」

男友「間抜けカップルか……」

男友(でもまあ、そのおかげで幼友さんの電話番号とメールアドレスをゲットできたわけだけど)

幼友「だからこそわたし達が見守ってあげなくちゃね」

幼友「そいじゃあ、早速おふたりの家の前に張り付くとしよう」


男友「あのさ」

幼友「なにかな?」

男友「俺たちは休日の朝からなにをやっているんだろう?」

幼友「ストーカー?」

男友「うん、まあ、間違ってはないけどさ、自分で言って悲しくならない?」

幼友「ううん、わくわくするよ?」

幼友「あのふたりがえらいことになっちゃうかもしれないんだよ?」

男友「うん……うーん」

男友(もしかして、この子もちょっとあれなのか……?)


幼友「はーい、出発」

男友「はあ」

幼友「なに、元気ないね」

男友「元気いっぱいのストーカーってのもどうかと思うけど」

幼友「ほら、もっとシャキッと」

幼友「わたしで良ければ、デートだと思えばいいから」

男友「ストーカー同士の?」

幼友「そう」

男友「すごいシチュエーションだ」


男友「あ、だから地味なのか? 目立たないように」

幼友「なにが?」

男友「服装」

幼友「服装? これはいつも通りだけど」

男友「ふうん」ジロジロ

幼友「な、なに」

男友「なんか思ったよりひっそりとしてるなあ、と思って」


幼友「わたしが普段どんな服を着てると思ったわけ?」

男友「もっとこう、ひらひらしてる感じ?」

幼友「ないない。ありえない」

男友「意外だ」

幼友「男友くんはあれだね、ふつうって感じ」

男友「いいじゃん、ふつう」

幼友「ザ・男子高校生だ」

男友「いいじゃん、ザ・男子高校生」




男「じゃあ、行ってくる」

妹「ん、いってらっしゃい」

バタン

妹「……」

妹「……」

妹(大丈夫かなあ……)

妹「……」

妹「あっ」ピコーン


妹「もしもし?」

妹友『もしもし? 妹ちゃん? どしたの?』

妹「暇でしょ?」

妹友『え? なに、藪から棒に』

妹「どうせ暇でしょ?」

妹友『え、まあ、はい』

妹「水族館に行こう」

妹友『え?』

妹「今から迎えに行くね」

妹友『え? ちょ、ちょっと……』ブツッ




幼友「男くんがやっと出てきたよ。すでに10時を10分くらい過ぎてる」

幼友「時間を守らない男はだめだ。男くん、イエローカード」

男友「おっとりしてるからなあ、あいつ」

幼友「男友くんだって5分遅れたじゃん」

男友「……」

男友「……」

男友「……それにしても」

男友「なにが楽しくて電柱の裏なんかに隠れなきゃならないんだ」

幼友「電柱の裏って探偵っぽいよね」

男友「分からなくはない」

幼友「でも今のわたしはサム・フィッシャー」

男友「スネークじゃなくて」

幼友「男友くんがスネークってことで」

男友「どっちでもええわ」


幼友「あ、幼馴染も出てきた」

男友「どれどれ」

男友「うわ、すげえ眠そうな顔。寝癖もすげえ」

幼友「楽しみすぎてまともに眠れなかったんだろうね、うん」

男友「でもかわいい」

幼友「いつも通りの服装だ」

男友「ひらひらでふわふわでもふもふだ」

幼友「ああいうのがいいんだ?」

男友「個人的にはね」

幼友「ふうん」

ぐだぐだつづく




男「おはよう」

幼馴染「お、おはよう」ドキドキ

男「すごい寝癖だな」

幼馴染「ご、ごめんね。がんばったんだけど直らなくて……」

男「ふうん」ナデナデ

幼馴染「え?」

男「ほんとだな。ぜんぜん直んないわ」ナデナデ

幼馴染「」

男「あれ、どうした? もしかして、あたま触られるのあんまり好きじゃない?」

幼馴染「す、好き……すごく好き」


男「じゃあ、もうちょっとだけ」ナデナデ

幼馴染「うん」

男「髪さらさらだ」

幼馴染「うん」

男「いい匂いもする」

幼馴染「そうかな? ちょっと恥ずかしいかも……」

男(かわいい)


男「おし、そんじゃあ行くか」

幼馴染「うん」

男「……」スタスタ

幼馴染「……」スタスタ

男「……」

男(『幼馴染ちゃんってちょっとぼけっとしてるから』)

男(『ふらふらとどっかに行っちまわないように手え繋いでたらいいんだよ』)

男(って男友は言ってたけど、頼りにしていいのかな)

男(たしかに幼馴染はちょっとぼけっとしてるけど)


男(……)

男「……」ギュッ

幼馴染「え?」

男「手、やわらかいな。冷たいけど」

幼馴染「う、うん」

男「手を繋ぐのがいやだったらいやって言ってくれよ」

幼馴染「いやじゃないよ。すごく好き……かも」

男「そっか」

幼馴染「……」ギュッ


幼馴染「男の手はごつごつしてておっきい。それに、あったかい」

男「俺の手は岩みたいで、心が冷たいってことだな」

幼馴染「そんなことないよ」

男「そうかな」

幼馴染「わたしには分かる。ぜったいに違うよ」

男「そっか。そう言ってもらえたらうれしいけど……まあ、お前は心があったかいもんな」

幼馴染「男がそう思ってるだけで、ほんとうは違うかもよ?」

男「違わない。俺には分かるよ」

幼馴染「ありがと」


男「それにしても、手を繋ぐのってすげえ久しぶりだよな」

幼馴染「え? わたし達、今までに手を繋いだことあった?」

男「あった」

幼馴染「う、うそ? いつ?」

男「3歳くらいのとき?」

幼馴染「ほんとうに?」

男「ほんとうに。覚えてない?」

幼馴染「……覚えてない」

男「そっかあ。まあ、仕方ないよな」


男「3歳っていったら、俺がヤンヤンつけボーでお前んちの犬をやっつけようとしてた頃だ」

幼馴染「懐かしい。それは覚えてるよ」

男「なんて名前だっけ。あの犬」

幼馴染「ゴルゴンゾーラちゃん」

男「あれ? そんな強そうな名前だったっけ? それは勝てないわ」

幼馴染「うそ。ほんとうはマカロニちゃん」

男「マカロニ。いい名前だな。でもなんでマカロニ?」

幼馴染「お姉ちゃんが好きだったから」

男「納得いくようで納得できないような理由だ」


男「そっか。マカロニちゃんかあ」

幼馴染「かわいかったよね」

男「そうだなあ。勝ち逃げされちゃったけど」

幼馴染「うん……」

男「……」

幼馴染「……」

男「ごめん、なんかしんみりとした空気になっちゃった」

幼馴染「ううん、いいよ」

幼馴染「ねえ。帰りにマカロニちゃんのお墓参りをしようよ」

男「うん、行こう」




男「駅ってもっと遠いような気がしてたんだけど、すぐに着いちゃったな」

幼馴染「そうだねえ」

男「でも家を出てから30分くらい経ってるな」

幼馴染「ほんとだ。もう11時前だ」

男「5分くらいしか経ってないように感じる」

幼馴染「わたしも」

男「なんかへんな感じだ」


男「この調子だと、向こうに着く頃にはちょうどお昼くらいかな」

幼馴染「お昼は、なに食べる?」

男「なに食べたい?」

幼馴染「男といっしょのやつならなんでもいいよ」

男「なんだそりゃ。なんか恥ずかしいぞ」

幼馴染「わたしといっしょのものを食べるのは恥ずかしい?」

幼馴染「そうなんだ……」ショボン

男「いや、そういうことではなくて」

男「いまのお前の台詞を聞いた俺が恥ずかしくなっちゃった、みたいな感じ」

幼馴染「どういうこと?」

男「俺うれしい。俺照れる。俺恥ずかしい。そういうこと」


幼馴染「照れてるの?」

男「超照れてる」

幼馴染「わたしもうれしい。照れる」

男「なんで?」

幼馴染「男が照れたから」

男「よく分からん」

幼馴染「むふふふふ」


ガタンゴトン ガタンゴトン

男「思ってたよりも空いてるな、電車」

幼馴染「だね」

男「座れて良かった」

幼馴染「うん」ギュッ

男「……」

幼馴染「……」

幼馴染「……あの」

男「なに?」

幼馴染「よ、寄りかかってもいい?」

男「え? べつにいいけど……」

幼馴染「じゃ、じゃあ、失礼しまーす……」


男「……」

幼馴染「……」

男(なんだこれ。めっちゃいい匂いする)

男(なんか知らんけどやわらかいし、あったかい)

男(顔熱いし心臓バクバク鳴ってるし、これだめなやつだろ……)

幼馴染(やばいよ……やばいよ……これだめなやつだよ……)

幼馴染(男のマフラー、すごくいい匂いがする)

幼馴染(あったかくて頭がぼうっとしてきた……)

幼馴染(きのうはほとんど眠れなかったから眠い……)

幼馴染(……)


男「あ、あのさ、やっぱり」

幼馴染「」zzz

男「え? 幼馴染さん?」

幼馴染「んん……」zzz

男(寝てる……)

男(どうしよ。このままでいいのかな……)

男(……)

男(……)

男(……まあ、いいか)


男「……」

幼馴染「」zzz

男「……」

男(ちょっとくらいいいよな……)ツンツン

男(うおお。ほっぺたやわらけえ)プニプニ

幼馴染「ん……」zzz

男「……」

男「……」ツンツン

幼馴染「んん……」zzz

男(うおおおお。おっぱいやわらけええええ)プニプニ




ガタンゴトン ガタンゴトン

幼友「隠れてやってるけど、あれは所謂、あれだよね」

男友「あれだな」

幼友「痴漢ってやつだよね」

幼友「イエローカードとか手が滑ったとかそういうレベルじゃないよね」

幼友「愛じゃなくて故意だよね。社会的に追放されるレベルだよね」

男友「こればっかりは擁護のしようがないわ」

幼友「でも案外あの子はよろこんでるのかもしれない。実は狸寝入りしてるとかでさ」

男友「なにそれ。触れってこと? ちょっとテンション上がる」

幼友「……」

男友「……冗談だって」

幼友「ちょっとじゃなくて、すごいテンション上がるんでしょ」

男友「よく分かってるじゃないですか」

続くだろう、おそらく


幼友「ほんとうに付き合ってないの? あれ」

男友「みたいだけど」

幼友「朝からあたま撫でられて?」

幼友「ずっとおててつないで歩いて?」

幼友「今度は男くんの肩にあたま乗せて寝て?」

幼友「男くんは男くんで、あの子の胸さわったりしちゃって?」

男友「……」

幼友「うらやましい」

男友「うらやましいんだ?」


幼友「あこがれちゃう」

男友「あこがれちゃうんだ?」

幼友「わたしだって女だし、あこがれたっていいじゃん」

男友「まあ、そうだけど」

幼友「男友くんは憧れないわけ? 胸さわりたくないの?」

男友「そりゃあ、憧れるだろ。超うらやましい。さわりたい」

幼友「……」

男友「さわりたい」

幼友「……」

男友「幼友さんがなんと言おうとここだけは譲れない。俺は何度でも言うよ」

男友「さわりたい」

幼友「いや、わたし何も言ってないじゃん」


幼友「はあ……」

男友「もしかして、疲れてる?」

幼友「そういう風に見える?」

男友「まあ」

幼友「なぜ?」

男友「いや、朝はあのふたりがあたま撫でたり手を繋いだりする度にきゃーきゃー言ってたし」

男友「きゃーきゃー言う度に俺の背中ばしばし叩いてたし」

男友「そろそろ疲れてきてるんじゃないかなあと思って」

幼友「朝と比べたら多少は疲れてるけど、まあ若いし、まだまだ大丈夫だよ」

男友「そうですかい」


幼友「男友くんはどう? 元気かい?」

男友「誰かのせいで背中痛いわー」

幼友「ごめんね?」

男友「ゆるす」

幼友「男友くんは太平洋みたいな心を持ってるね。いいと思うよ、そういうの」

男友「太平洋って」

幼友「広くて深い、みたいな感じ?」

男友「なるほど」

幼友「わたしの心はあれだから、水溜りみたいな感じ」

男友「浅くて、ちいさい?」

幼友「そう。しかも冷たい」

男友「そうかな」


幼友「そうかなって、それはどういうこと?」

男友「どういうことって、べつにそんなことはないと思うってこと」

幼友「たまに氷張っちゃうよ? 冬の朝とかすごいよ? 寝起きも寝癖もすごいんだから」

男友「ぜひ見てみたいけど、それは関係なくね?」

幼友「たしかに」

男友「それに俺、あれだから。水溜りが凍ってたら、踏んで砕いちゃうようなやつだから」

幼友「なんか分かるかも」

男友「凍った水溜りに吸い寄せられちゃうんだよね」

幼友「なにそれ」

男友「べつに深い意味はない」

幼友「ふうん?」


幼友「それで、どうなの? あのふたりは」

男友「どうなのって、何もないけど」

男友「この調子だと、向こうに着くまでは特に何も起こらなさそう」

男友「結局、胸をさわっただけだ」

幼友「胸をさわるのは大したことじゃないみたいな言い方してるけど、相当だからね?」

幼友「しかも電車内だよ? 一歩間違えればレッドカードだよ?」

幼友「手遅れだとしてもサリーは待ってくれないし、ライラも助けてくれないレベルだよ?」

男友「はあ」


男友「あれ?」

幼友「ねえ、聞いてる?」

男友「え、うん」

男友「うーん……?」

幼友「なに、隣の車両じろじろ見て。あのふたりに何か進展があったわけ?」

男友「いや、そうじゃなくて、もうひとつ隣の車両」

幼友「ふたつ隣の車両? それがどうかしたの?」

男友「なんか見覚えのある顔が見えたような、見えなかったような……」

幼友「ふうん。まあ、休日だし、どこかに出かける知り合いがいてもおかしくはないでしょ」

男友「まあ、そうか。そうだよな」

男友「あいつの妹ちゃんが同じ電車に乗ってたって、べつにおかしいことはないよな」




ガタンゴトン ガタンゴトン

妹友「ねえ、妹ちゃん」

妹「……」

妹友「あれ、ぜったいに胸さわってるよね」

妹「……」

妹友「あれはだめなやつだよね」

妹「……」


妹友「妹ちゃん? 聞いてる?」

妹友「お兄さん、彼女さんの胸さわってるよ?」

妹「彼女じゃない」

妹友「そうなの?」

妹「そう。まだ」

妹友「まだ? じゃあ、いつ彼氏彼女の関係になるの」

妹「たぶん、近々」

妹友「ふうん」


妹友「やっぱりお兄さんだったね」

妹「なにが」

妹友「妹ちゃんがいきなり、『水族館に行こう』だなんて、おかしいと思ったんだよ」

妹友「それで、どうせお兄さん絡みだろうなと思ったら、やっぱりそうだった」

妹「だからなに」

妹友「ブラコンめ」

妹「いいじゃん、ブラコン。にいちゃんが好きで悪いか」

妹友「べつにお兄さんを好くのはいいけどさ、わたしを巻き込むのはどうなんだろうね」

妹「妹友ちゃんしか頼れる人がいないんだよ。わたし友だち少ないし」

妹友「無愛想だもんね、妹ちゃん」


妹友「でもお兄さんとふたりっきりになったら子猫みたいになっちゃったり?」

妹「しない」

妹友「しないんだ? ブラコンなのに?」

妹「わたしが良くても、にいちゃんはだめかもしれないじゃん」

妹「世間体とかいう納豆みたいにねばねばとめんどくさい言葉もある」

妹友「ブラコンなのに世間体とかそういうこと言っちゃうの?」

妹「妹友ちゃんはブラコンをなんだと思ってるの?」

妹友「それはむずかしい質問だよ。哲学だね」

妹「哲学をなんだと思ってるの?」


妹友「まあ、哲学よりもお兄さんだよ」

妹(話逸らした)

妹友「ううん、彼女さんが寝ちゃってからはとくにおもしろいことはないなあ」

妹「彼女じゃない」

妹友「だったら、あの女の人は誰?」

妹「にいちゃんの幼馴染。となりの家に住んでる」

妹友「隣の家の少女……」

妹「誤解を招くような言い方するな。となりの家の幼馴染さんだって」

妹友「となりの家の幼馴染って」

妹友「そんなありがちな関係、とっくの昔に絶滅したのかと思ってた」

妹友「でも絶滅危惧種だよね。保護されるべき」

妹「そうだね」


妹友「で? どうするの?」

妹「なにが?」

妹友「え? メグちゃん寝たから今がチャンスじゃないの?」

妹「メグちゃんって」

妹友「隣の家の」

妹「チャンスって?」

妹友「お兄さんを取り戻すチャンス。なにかするためにお兄さんの後をつけてるんでしょ?」

妹「違うよ、なにもしない。見守るだけ」

妹友「見守るって、神様みたい。マリア様だ。レリビィ」


妹友「そうかあ。見守るだけ」

妹「そう」

妹友「妹ちゃんはあれだね。好きな人が幸せなら身を引いちゃう子だね」

妹「どうかな」

妹友「わたしがため息を吐いて世に幸せを放り出しているおかげで!」

妹友「わたしの代わりに誰かが幸せになっているんだ! みたいなことを考えちゃう子だよ」

妹「かもしれない」

妹友「なんかもったいないよね。そういう考え方」

妹「そうかな」


妹「……」

妹「あれ」

妹友「どしたの」

妹友「あのふたりに何かあったの?」

妹「いや、そうじゃなくて、ふたつ隣の車両」

妹友「それがどうかしたの?」

妹「見覚えのある顔が見えたような、見えなかったような」

妹友「まあ休日だし、電車に乗って出かける知り合いがいてもおかしくはないでしょ」

妹「そうだね」

妹「べつに、にいちゃんの友だちが女の子といっしょに電車にいたって」

妹「なんの不思議もないよね」

(書き溜めも尽きたし、先の事もほとんど考えてないけど)つづくと思われる




男「おーい」

幼馴染「んん……」ユサユサ

男「起きろー。もうすぐ着くぞー」

幼馴染「んあ……?」ユサユサ

男「起きた?」

幼馴染「起きた……」

男「おはよう」

幼馴染「おはよう……」


幼馴染「わたし、寝ちゃってた?」

男「すごい寝ちゃってた。眠かったのか?」

幼馴染「う、うん。昨日はあんまり眠れなかったから……」

男「眠れなかった? なんか怖い映画でも見たとか?」

幼馴染「そうじゃなくて……その」

幼馴染「こうやって男と出かけるのが、楽しみすぎて、うまく眠れなかったの……です」

男「そ、そうなんだ?」

幼馴染「ご、ごめんね? せっかく誘ってもらったのに寝ちゃって……」

男「い、いや、大丈夫」

男(おかげで超至近距離から匂い嗅げたし。うん、大丈夫)


男「そんなに楽しみにしてくれてたんだ?」

幼馴染「……うん」

男「そっか。……なんかうれしいな」

幼馴染「わたしもうれしい」

男「俺がうれしいから?」

幼馴染「そう」

男「じゃあ結局のところ、お前が寝てたのは俺といるのがつまらないからってわけではないんだな」

幼馴染「そんなわけないよ」

男「よかった。ブルーになりかけてたわ」


男「あー……やっと着いた。電車から降りたらやっぱ寒いなあ」

幼馴染「だね」

男「それに、ずっと座りっぱなしだったからケツが痛い」

幼馴染「さすってあげようか?」

男「遠慮しとく。お前は? お尻痛くないのか?」

幼馴染「ちょっと痛いかも」

男「さすってやろうか?」

幼馴染「おねがいしてもいい?」

男「冗談だって」

幼馴染「わ、わたしはべつに男にならさすられてもいいよ?」

男「じょ、冗談だろ?」

幼馴染「むふふふふ。どうだろ?」


男「調子上がってきた?」

幼馴染「すごく」

男「それはよかった」

幼馴染「ご飯食べたらもっと上がるよ?」

男「じゃあ早く食べるか、といってももう正午だけど」

幼馴染「なに食べる?」

男「お前といっしょのやつならなんでもいいよ」

幼馴染「無計画だ?」

男「いいじゃん、無計画」

男「無計画、大雑把、のろのろ、ゆるゆる、だらだらが俺だ」

幼馴染「開き直っちゃって」


男「でも俺が、のろのろゆるゆるだらだらでも、お前はついて来てくれるだろ」

幼馴染「うん」

男「だったらそれでいいんだよ、たぶん。よく分かんないけど」

幼馴染「わたしにもよく分かんない」

男「俺の歩幅はお前の歩幅と同じくらい狭いってこと」

幼馴染「そうかな?」

男「比喩だよ」

幼馴染「どういうこと?」

男「進むのが遅いってこと。でもそれが俺のペースだから」

幼馴染「わたし達のペース」

男「そういうふうな言い方をされると照れくさかったり」

幼馴染「わたし達はゆっくりと、すこしずつ進めばいい。リルバイリル」

男「そう。たぶん、そういうこと。だから焦らなくてもいい」


幼馴染「でも焦らない事とお昼ごはんを食べない事は同じじゃないからね?」

幼馴染「結局、お昼はどうするの?」

男「うわ、今の言葉で一気に現実に引き戻された。まあいいや」

男「お昼ねえ……。駅前だし、何かあるんじゃないかな」

幼馴染「なにかって?」

男「なんでも」

幼馴染「たとえば?」

男「フォアグラとか、芋虫とか」

幼馴染「駅前ってすごい」


幼馴染「早く行こうよ」

男「そうだな。寒い。どっかの建物に入りたい」

幼馴染「わたしは男と手をつなぎたい」

男「ん」スッ

幼馴染「ん」ギュッ

幼馴染「あったかくなった?」

男「なった」

幼馴染「じゃあ行こう」

男「のろのろと、手をつなぎながら、ふたりで」

幼馴染「そう」

男「いいと思う、すごく」

ゆっくりと続くと思う、すごく




男友「で」

幼友「うん」

男友「結局はマックかよ」

幼友「まあいいじゃないの。経済的な事情からすれば無難な結果だよ」モキュモキュ

男友「俺、昨日も食べたんだけど」

幼友「でもわたしは食べてない」

男友「あいつも食べたし」

幼友「でもあの子は食べてない」

幼友「それに、わたしはポテトとマックフルーリーを食べたい気分だった」

男友「そうですかい」


男友「それで、幼友さん」

幼友「なにかな」

男友「なんでポテトにフルーリーつけて食べちゃうの?」

男友「ポテトにアイスっておかしくない?」

幼友「これはあれだよ。すき焼きのお肉を生卵につけるのと同じことだよ」

男友「どういうこっちゃ」

幼友「熱いものが冷えて、さらにおいしくなる、ってことじゃないかな。たぶん」


男友「いやあ、ポテト冷やすのはだめだと思うんだよね、俺は」

幼友「ポテトが冷えるのは副作用みたいなもんだよ」

幼友「ポテトとアイスをいっしょに食べられるのがいちばんのポイントだよ」

幼友「おいしさを追求した結果、犠牲が出ただけだ」

男友「犠牲って」

幼友「ポテトのぬくもりね」

男友「ぬくもりって」


男友「とんかつとカレーとかなら理解できるけど、アイスとポテトっておかしくない?」

男友「ほんとうにうまいの?」

幼友「おいしいよ」

幼友「もしかして、食べたことないの?」

男友「まあ、うん」

幼友「もったいない。男友くんは人生の80パーセントを損してるよ」

男友「ポテトとアイスに人生支配されすぎじゃないですかね」


幼友「まあ、そう言わずに。ひとくち食べてご覧なさいな。世界が変わるよ」

男友「ポテトとアイスで変わっちゃう世界ってなんかやだな。ダイソーに売ってそう」

幼友「はい、口開けて」

男友「それって、もしかしてあれですか? いいんですか?」

幼友「黙って開けろ。はい、あーん」

男友「あーん」

幼友「どうぞ」ヒョイ

男友「」モキュモキュ

幼友「どう?」

男友「……」

男友「……うーん」

幼友「男ならしゃっきり言う」

男友「もう一回“あーん”ってやってほしいです」

幼友「そこはしゃっきり言わなくてもいいから」


幼友「味を訊いてるんだよ」

男友「俺は、あくまで俺はだよ? べつべつに食べたほうがいいと思うな」

幼友「ふうん」

幼友「たぶん、男友くんはあれだよ」

幼友「“こんなもんがうまいわけないだろ”みたいな先入観があるんだよ」

幼友「それをなくしてリトライしてみようよ」

男友「この流れは俺が『うめえ!』って言うまで続くパターンのやつじゃね?」

幼友「はい、あーん」

男友「無視かよ……あーん」

幼友「へいっ」ヒョイ

男友「うむ」モキュモキュ

幼友「どう?」

男友「もっと食わせろ」

幼友「おいしかったんだね。よかった。分かってもらえてわたしはうれしいよ」


男友「はっ」

幼友「どしたの」

男友「恋人ごっこやっててあのふたりは放ったらかしだったけど、どうなってる?」

幼友「どうって、ふつうだけど」

男友「ふつうってどういうことだよ」

幼友「ふつうはふつうだよ」

男友「むずかしいわ」

幼友「ふつうはむずかしいということだね」

男友「わけ分からん」


男友「それにしても、こんなに雑な尾行しててもバレないもんなのかな」

幼友「実際のところ見つかってないし、こんなもんなんじゃないの」

男友「あのふたりだからバレてないって事はないのかな」

幼友「多少はあると思う。あのふたりって、おっとりしてるし」

男友「それにしてもここまで見つからないもんなのかな」

幼友「目の前の人に夢中なんじゃないの、お互いに」

男友「なんかそれちょっとイラッと来る」

幼友「あるいはわたし達の存在が薄すぎるとか」

男友「それはちょっとかなしい」


幼友「もしかすると、わたし達には才能があるとか」

男友「ストーカーの?」

幼友「そう。磨けば光るよ」

男友「あんまりうれしくないな」

幼友「これを活かして探偵でもしてみるとかどうだろう」

男友「特技は尾行って」

幼友「いや、フォックスハウンドとかサードエシュロンとかに就職したほうがいいかも」

男友「ふつうの人生を歩みたい」

幼友「ふつうとはなんぞや」

男友「わからない」


男友「はあ」

幼友「なに、疲れちゃった?」

男友「まあ、そんな感じ」

男友「なんかすっごい時間経ってる気がするのに、まだ昼なんだよな」

男友「俺は貴重な休日になにをやってるんだろう?」

幼友「わたしといるのが不満であると?」

男友「そういうことではなくて」

幼友「じゃあわたしといるのは不満ではないと?」

男友「不満ではないよ」


幼友「満足してもいない?」

男友「どちらかというと、満足してる」

幼友「ふうん? なぜ?」

男友「“あーん”ってしてもらえたから」

幼友「それだけ?」

男友「それ以外にもあると思う」

幼友「たとえば?」

男友「それは分からない」

幼友「わたしには男友くんの言ってることがよく分からないよ」

男友「俺にだって分からないさ」


幼友「ん。ふたりのお食事会が終わったみたいだよ」

男友「んじゃあ俺たちも行くか」

幼友「待ってよ。わたし、まだ食べきってないんだけど」

男友「ポテト一本つまんで、ちょんちょんアイスにつけてたらそりゃ時間かかるわ」

幼友「食べたいけど、ふたりがどうなるかも見たい」

男友「どうするんですかい」

幼友「しかたない。帰りにもう一回、男友くんに買ってもらう」

男友「いや、食べながら行けばいいじゃん」

幼友「右手にポテト持って左手にアイス持ったらなにもできないよ。逆もまた然り」

男友「俺の手が空いてる」

幼友「なにそれ。今のはわたしじゃなかったらドン引きされてるところだよ」

男友「そうですかい」

ゆっくりと




妹友「おいしかった」

妹「うん」

妹友「お外さむい」

妹「うん」

妹友「でもお兄さん達はあったかそうに見える」

妹「そうかな」

妹友「手を繋いでるからかな」

妹「どうだろ」


妹友「わたし達もやってみようよ」

妹「なにを」

妹友「手をつなぐ」

妹友「こうやって」ギュッ

妹「……」ギュ

妹友「妹ちゃんの手、あったかい」

妹「妹友ちゃんの手は冷たくてぬるぬるべとべとしてる。新感覚」

妹友「冷え性がポテトを食べた後の手だよ」


妹友「ぬるぬる、べとべと、ぷにぷに」

妹「なにそれ」

妹友「効果音」

妹「何の?」

妹友「冷え性がポテトを食べた後の手で妹ちゃんの手を握りながら揉むときの効果音」

妹「ぎゅっぎゅするな。ぬるぬるする」

妹友「どう? あったかくなった?」

妹「手がぬるぬるになった」


妹友「ねえ。わたし達って、尾行の才能があるんじゃないの?」

妹「なんで?」

妹友「だって、お兄さんたちにまったくバレてないよ。すごくない?」

妹「にいちゃんも幼馴染さんもちょっとぼけっとしてるから、べつにすごくはないと思う」

妹友「それにしても、こんなにバレないもんなの?」

妹「妹友ちゃんはにいちゃんの事を知らないからそう言えるんだよ」

妹友「妹ちゃんはお兄さんの事をよく知っている?」

妹「にいちゃんが寝ている間に寝返りをうつ回数くらいまでなら知ってるよ」

妹友「なんで知ってるの? こわいよ。いったいどこまで行くつもりなの?」

妹友「なにを目指してるの? 嫁か? 嫁なのか?」


妹「着いた」

妹友「おお。やっと着いたか水族館。長かった……」

妹「立ち止まってないでさっさと行こうよ」

妹友「ちょっと休憩しない? 歩き疲れちゃったよ」

妹「でも、はやく行かないとにいちゃん見失っちゃうよ」

妹友「お兄さんの事となると疲れ知らずになるんだね」

妹友「そんなにお兄さんが好き?」

妹「うん」

妹友「ほほう」

妹「だからはやく行こうよ」

妹友「分かった分かった」

妹友「分かったから手を引っ張らないで。脱臼しちゃうよ」


妹友「入館料って以外と高いんだね」

妹友「水族館なんて小学生以来だから知らなかったよ。こんな現実知りたくなかった」

妹「たしかに水族館は久しぶり」

妹友「小学生の頃はさ、いろいろとあれだったよね」

妹「あれって、どれ?」

妹友「はやく大人になりたーいとか思ってたよね」

妹「そうだね」

妹友「でも今はそう思わないよね」

妹「たしかに」

妹友「大人になったら入館料上がっちゃうよ」

妹「大人になったらにいちゃんが一人暮らしをはじめるかもしれない」

妹友「妹ちゃんのあたまの中はお兄さんでいっぱいなの?」

妹「わたしのあたまの中にはにいちゃんと夢とあんこが入ってるよ」

妹友「アンパンマンか、こげぱんか、それが問題だ」


妹友「おお、すごい。トンネル型の水槽だって」

妹友「きれいだねえ。すごいブルーだよ」

妹「うん」ボケー

妹友「……お兄さんが気になるのは分かるけどさ」

妹友「せっかく水族館に来たんだから、水槽を見たら?」

妹「うん……そうだね」

妹「にいちゃんならもう大丈夫だ、うん」

妹「うん、ぜったいに大丈夫。うんうん。大丈夫、大丈夫……」ギギギ

妹友「半分くらい白目になってるけど、ほんとうに大丈夫?」




男友「水族館って魚だけかと思ってたけど、なんかいろいろいるんだな」

幼友「だね。小学校の遠足以来だから、なんか新鮮かも」

男友「カワウソだって」

幼友「かわいい」

男友「オオサンショウウオだって」

幼友「かわいい」

男友「かわいいか?」

幼友「かわいくない?」

男友「べつになんとも」

幼友「分かってないなあ」


男友「どういうところがかわいいわけ?」

幼友「短い手足と、ぽこっとしたあたまと胴体のバランスかな」

男友「すげえ、ぜんぜん分かんねえ」

幼友「しかも英語だとサラマンダーだよ? サンショウウオ」

男友「だからなに」

幼友「かっこよくない? 炎とか吹きそうじゃない?」

幼友「恐怖も希望も正解も間違いもないんだよ? “過信”って言葉が似合うんだよ?」

男友「まあ、うん、名前はね」


男友「今度はラッコ。なんでもいるんだな、水族館って」

幼友「ラッコもかわいいね」

男友「どういうところが」

幼友「どういうところって、目と口元とお腹だ」

幼友「あと顔を洗ってる時。あれがいちばんポイント高いよ」

男友「どんなやつ?」

幼友「こう、目を瞑って手で顔をくしくしとやるやつ」

男友「やってみてよ」

幼友「こういうやつ」クシクシ

男友「かわいい」

幼友「なにが?」

男友「なにもかもが」


男友「幼友さんって動物が好きだったりするの?」

幼友「どちらかというと好きな方かも」

男友「ちょっと意外」

幼友「そうかな」

男友「でもそれがいい。ギャップ萌えってやつだ」

幼友「萌えちゃったの?」

男友「まあね」

幼友「素直に肯定されると返答に困るよ。しかも恥ずかしい」


幼友「で、次は?」

男友「いや、ちょっと待てよ」

幼友「なに」

男友「本来の目的を忘れてないか?」

幼友「ああ、ストーキング?」

幼友「なんかどうでもよくなって来ちゃった」

男友「なんだそりゃ」

幼友「どうせ大したことは起こらないって。わたし達もだらだらしようよ」

男友「幼友さんがそう言うのなら、まあいいか」

男と幼馴染の出番が少なくてもつづく

>>168>>169の隙間に



幼友「想像を遥かに上回る額の入館料を払い」

幼友「ガラス張りの青いトンネルを抜けると」

男友「そこは雪国だった?」

幼友「ちがう」ベシ

男友「いたい」

幼友「雪国の書き出しのあれは“そこは雪国だった”じゃなくて、“雪国であった”だよ」

男友「そうなんだ」

男友「しかしここは雪国ではなく、水族館である」

幼友「なにそれ」

男友「川端康成っぽくない?」

幼友「川端康成にあやまれ」

ここから>>173のつづき


幼友「はい、次だよ。次行こう」

男友「アシカに、アザラシか」

幼友「どっちもいいけど、抱きまくらにするならアザラシだね」

男友「まあ、そうなるか……?」

幼友「いい体型だよね、アザラシ」

男友「中年のおっさんにしか見えないわ」

幼友「陸地で寝転んでる姿はまさしくそれだけどね」

男友「においとかすごそう」

幼友「“ザ・海”みたいなにおいだろうね」

男友「分かる」


幼友「次」

男友「なんだあれ、リスみたいな。でも鼻が微妙に長いし、尻尾もリスっぽくない」

幼友「アカハナグマだって。水族館ってなんでもありだね。もはや水と何の関係もないよ」

幼友「でもかわいいから許しちゃう」

男友「それで、水中には濃い色の魚と、ハリセンボン」

幼友「針1000本って盛り過ぎだよね。万里の長城くらい盛ってる。詐欺だよ」

男友「実際の針の本数は400本くらいなんだってさ」

幼友「思ってたより多い。やるじゃん」


幼友「じゃんじゃん行こう。次」

男友「熱帯雨林のコーナーだってさ」

幼友「あ、カピバラ」

男友「カピバラって水属性なの?」

幼友「前と後ろの足に水かきがあるよ」

男友「そうなんだ? それは知らんかった」

幼友「やればできる子なんだよ」

男友「たしかに、本気出したらすごそうな顔してる」

幼友「それはどうだろう?」


幼友「カピバラの隣には……なにあの赤い鳥」

男友「ショウジョウトキ、だってさ」

幼友「その横の緑のトカゲは」

男友「グリーンイグアナ」

幼友「ファイナルファンタジーの終盤で雑魚として出てきそう」

男友「分からなくはない」

幼友「凛々しい顔してるね」

男友「でも草食性なんだと」

幼友「あの顔で? 詐欺だ」

男友「ギャップ萌えを狙ってるんだろ」

幼友「彼はアスパラベーコン巻き系男子か、なるほど」

男友「女子かもしれない」

幼友「あの顔で? 詐欺だよ」


幼友「それで、水の中は」

男友「なんか変わった魚ばっかりだ」

幼友「アロワナにピラルクにピラニア」

幼友「あとナマズみたいなやつと……なにあれ」

男友「タイガーショベルノーズキャットフィッシュ?」

幼友「虎柄で、ショベルみたいな鼻で……キャットフィッシュってなに?」

男友「知らね」


幼友「ナマズみたいなやつの方は、レッドテールキャットフィッシュ?」

男友「またキャットフィッシュ」

幼友「両方とも髭が猫みたいだからかな?」

男友「どうなんだろ」

男友「アマゾン川にはこういうのがうじゃうじゃいたりするのかな」

幼友「カオス以外の何ものでもないね」

男友「ていうかカピバラってそんなところで頑張ってたんだ?」

幼友「見た目に依らず彼はすごいやつだ」

男友「好感度上がったわ」


幼友「次は……おお」

男友「ペンギンかあ」

幼友「ああー……アザラシもいいけどペンギンもいいなあ……」

男友「なにが」

幼友「抱きまくら」

男友「幼友さんって、抱きまくら好きなの?」

幼友「ないと眠れないんだよね」

男友「なにそれ。いいね」グッ

幼友「萌えてくれた?」

男友「すごい。半端ない。さっきの比じゃないわ」

幼友「よろこんでいいのかな?」

男友「お好きなように」


幼友「あの毛むくじゃらは赤ちゃんペンギンかあ」

男友「おお。ぜんぜんペンギン色じゃない」

幼友「かわいいね」

男友「だなあ」

幼友「……」

男友「……」

幼友「……わたし達って、何しにここに来たんだっけ?」

男友「ストーカーだろ」

幼友「だよね……でもまあ、いいよね。ストーカーにだって休みは必要だ」

男友「おお、ペンギン泳ぐのはええ」


幼友「ゆるゆると行こう。次」

男友「イルカだ」

幼友「なんか眠そうな目してるように見える」

男友「疲れてるんじゃないの、イルカも」

幼友「イルカも大変なんだね」

男友「かもしれない」

幼友「まあ、部屋の壁がガラスで出来てたら発狂ものだよね」

男友「おちおちソロでのパフォーマンスもできないとか、そりゃ疲れるわな」

幼友「なにそれ」

男友「なんでもないです」


幼友「ヘイヘイ、次だ」

男友「グレート・バリア・リーフの水槽」

幼友「うわ、目がチカチカする」

男友「自己主張激しい魚ばっかりだ。色が派手」

幼友「なんかアニメとかゲームとかの世界だよね」

男友「ほんとうにこういう魚っているんだな」

幼友「あ、ウツボだ」

幼友「身体ほとんど隠しちゃってるよ。これは完全にあれだよね」

男友「いま幼友さんがなにを考えたか当ててみせよう」

幼友「どうぞ」

男友「マリオ64だ」

幼友「正解。男友くんに1000ガバス」

三組は一定の距離を開けて同じルートを歩いている感じだと思う
たぶん先頭が男と幼馴染

つづく




妹「見てよ妹友ちゃん。ジンベイザメだよ。でっかい」

妹友「ああ、うん、そうだね……」

妹友「あー……ごめん、やっぱり無理……」

妹「どしたの。ジンベイザメきらいなの?」

妹友「そうじゃなくて、大きすぎる水槽が怖いんだよね……」

妹「なんで?」

妹友「わたし、ちっちゃい頃にさ、水族館に行く夢を見たんだよ」

妹「うん」

妹友「わたしは家族といっしょに、でっかい水槽の前で、でっかい魚を見てたの」

妹友「そしたら水槽が割れて、水が吹き出して、夢の中のわたしは溺れ死んだの」

妹友「すごい怖かった。未だに覚えてる」

妹「そうなんだ。たいへんだったね」

妹友「ほんとうにそう思ってる? なんか笑いこらえてない?」


妹「いっしょにジンベイザメ見ようよ」

妹友「こわい」

妹「大丈夫だって。水槽はそう簡単には割れないって」

妹友「わかってるよ。わかってるけどさあ、割り切れないこともあるんだよ……」

妹「トンネルの方は大丈夫だったのに、ふしぎなもんだね」

妹友「わたしがこわいのは、のっぺりとしてて、尚且つ大きい水槽なんだよ」

妹「トンネルだってのっぺりとしてなかった?」

妹友「たしかにのっぺりとしてたけど、優しい感じがしたよ。でも、この水槽はよそよそしい」

妹「ごめん。わかんない」


妹「目を瞑れば怖くないって。ほら、行こ。わたしが手を握ったげるから」

妹友「ほんとうに? 離したら怒るよ?」

妹「大丈夫だよ」ギュ

妹友「ん……」ギュ

妹「れっつごー」スタスタ

妹友「ああっ、目を瞑っててもでっかい水槽の気配を感じる……」

妹「すごい」

妹友「ああっ、ああー、もうだめだ、しんじゃう……」

妹「大丈夫だって」


妹「もう目を開けてもいいよ」

妹友「信じていいの?」

妹「いいよ」

妹友「はっ!」パッチリ

妹友「……」

妹友「ちっちゃい水槽だ」

妹「ちっちゃい水槽だね」

妹友「タコだ」

妹「タコだね」

妹友「あいどらいくとぅびー、あんだざーすぃー」

妹友「いなのくとっぱすぃずがーでん、いんざしぇいど」

妹友「だね?」

妹「そうだね。オクトパス・ガーデンだ」


妹友「でっかい水槽がないのならもう大丈夫だよ。行こう」

妹「でも振り返っちゃだめだよ」

妹友「どうして?」

妹「でっかい水槽があるから」

妹友「どうして?」

妹「そういう構造の水族館だから」

妹「通路の内側にあるでっかい水槽に沿って、通路の外側のちっちゃい水槽を見るんだよ」

妹友「だったら、わたしはずっとカニみたいに横歩きしなきゃだめなの?」

妹「でっかい水槽を見たくないんなら、そういうことになるかも」

妹「でもいいんじゃないの。カニになった気分で水族館を歩くのも」

妹友「てきとう言いすぎじゃない?」


妹「カニ歩きだよ、妹友ちゃん」

妹友「これ完全に挙動不審だよね」

妹「ちょっとテンション上がって頭がおかしくなった中学生にしか見えないから大丈夫だよ」

妹友「なにが大丈夫なの? ぜんぜん大丈夫じゃないよね?」

妹「あ、見て。あの水槽の魚、きらきらしてるよ」

妹友「聞いてる?」

妹「イワシだって。光ってるね。イワシなのに」

妹友「聞いてないんだね?」

妹「イワシのくせに」

妹友「イワシになんの恨みがあるの?」


妹「つぎ行こう」

妹友「待ってよー」カニカニ

妹「ふつうに歩けばいいのに」

妹友「ふつうに歩いたらでっかい水槽が嫌でも視界に入っちゃうよ」

妹「でっかい水槽が割れるのが怖いんじゃないの?」

妹「それとも、でっかい水槽を見るのが怖いの?」

妹友「どっちも」

妹「めんどくさい」

妹友「ごめん」


妹「ウミガメだ」

妹友「うん」

妹友「あ、見てよあれ。あの金色の魚」

妹「うん」

妹友「ゴールデンスナッパーだって」

妹「うん」

妹友「いい名前だよね。ゴールデンスランバーみたいで」

妹「それはどうかな」


妹友「ゴールデンスランバーの横を泳いでるあのピンク色の魚」

妹「ゴールデンスナッパーね、うん」

妹友「ピンクマオマオだって」

妹「マオマオ?」

妹友「現地(ニュージーランド)の言葉で魚って意味なんだって」

妹「ということは、和訳すると桃色魚ってこと?」

妹友「ひねりなさすぎだよね」

妹「じゃあ、あの青い方は」

妹友「ブルーマオマオ」

妹「やっぱりそうなんだ?」

妹友「ひねりなさすぎだよね」


妹友「つぎ行こう」

妹「なにあのカニ」

妹友「タカアシガニだって」

妹「妹友ちゃんよりつよそう」

妹友「なんでわたしと比べちゃうの?」

妹「どっちもカニだもん」

妹友「じゃあどっちの方がおいしそうに見える?」

妹「妹友ちゃんかな」

妹友「よろこぶべきなのかな」

妹「勝負に勝ったんだし、よろこぶべきだよ」


妹「つぎ」

妹友「あのさ」

妹「なに」

妹友「海月は?」

妹「くらげ。海月はつぎだよ。つぎで最後」

妹友「もう最後なの?」

妹「もうって、入ってから2時間近くは経ってるよ」

妹友「そんなに?」

妹「うん」

妹友「妹ちゃんといると楽しいからかな?」

妹「なにが」

妹友「楽しい時間は早く終わるんだよね」

妹「ふうん」

妹友「照れちゃって、かわいい」プニプニ

妹「べつに照れてもいいじゃん。ほっぺたつつくな」


妹友「お。あの背中はお兄さんだね」

妹「うん」

妹友「海月の水槽の前で、彼女さんとべったりだ」

妹「うん……」

妹友「いつのまにか手の繋ぎ方がレベルアップしてるよ」

妹「……」

妹友「……」

妹「やっぱり」

妹友「ん」

妹「来なきゃよかったかも」

妹友「そうだね」


妹友「気に入らないなら壊しちゃえばいいんだよ」

妹「どういうこと?」

妹友「ふたりの間に割って入って、お兄さんの手を掴んで走るとか、どうだろ?」

妹「だめだよ、そんなの」

妹友「もっと綿密な作戦が必要?」

妹「そうじゃなくて」

妹友「そうじゃなかったら、どうなの?」

妹「にいちゃんを困らせちゃだめってこと」

妹友「いいじゃん、どんどん困らせちゃえ」

妹「だめだって」


妹友「幸せになりたいって願うだけじゃだめだよ。幸せになるためにうごかないと」

妹友「でも妹ちゃんはまた、自分が妥協することで他人が幸せになるとか考えてる」

妹友「悪い癖だと思うよ」

妹「たしかにそれは悪い癖かもしれないけど、状況は今のままでいいんだよ」

妹友「我慢はだめだよ。健康によくない」

妹「我慢じゃないよ。今のままがいい」

妹「にいちゃんが近くにいて、妹友ちゃんがいればいいんだよ」

妹友「もっと欲張ろうよ」

妹「いいんだよ、これで。わたしは幸せだよ」

妹友「むずかしい。哲学だね」

べつのスレに誤爆してめっちゃ恥ずかしいけどどうにか続くはず




幼馴染「男はさ」

男「うん」

幼馴染「くらげのどういうところが好き?」

男「うーん……」

男「神秘的というか、幻想的なところかなあ」

幼馴染「なるほど……」

男「……」

幼馴染「わ、わたしも幻想的じゃない?」

男「それはちょっと無理があるんじゃないかなあ」


幼馴染「ほ、ほかは?」

男「ほか。ううーん……」

男「……透明で、ふわふわしてて、ぷにぷにしてそうなところ?」

幼馴染「わ、わたしって」

男「うん。ふわふわしてて、ぷにぷにしてると思う」

幼馴染「でも透明じゃない……」

男「透明感はあるんじゃないかな、よく分かんないけど」

幼馴染「よろこんでいいの?」

男「よろこんでほしい」

幼馴染「やったー」ピョンピョン

男「子どもか」

幼馴染「わたしは子どもだよ」

男「今の発言は子どもっぽくないな。へんな感じだ」


幼馴染「わたしって、ぷにぷにしてる?」

男「してる」

幼馴染「どのあたりが?」

男「手とか」プニプニ

幼馴染「うん」

男「ほっぺたとか」ツンツン

幼馴染「むう」

男「あと……」

幼馴染「あと?」

男「おっぱ……」

幼馴染「え?」

男「いや、なんでもない。なにかあったような気がしたけど、なにもなかったわ、うん」


男「海月を見てるとさ」

幼馴染「うん」

男「落ち着くんだけど、感傷的な気分になる」

男「なんかいいなあって、うらやましいなあって思う」

幼馴染「わかんない」

男「儚い感じが好きなのかも。俺にもよく分からないや」

幼馴染「儚いのが、うらやましいの?」

男「それはたぶん違うと思う」

男「ほら、くらげってさ、ゆったりとぷかぷかと浮かんでるだろ」

幼馴染「うん」

男「そういうところがうらやましいなあって思う」


幼馴染「くらげみたいに、ゆったりとぷかぷかしたい?」

男「海月みたいに、身体の力を抜いて、水の中でぷかぷかと浮かんでいたい。ずっと」

男「なにも考えずに、ふたりで、時間を気にしないで、ゆっくりと」

幼馴染「うん」

男「死ぬ時はひっそりと死にたい」

幼馴染「まだ二十歳にもなってないのに、死ぬ時のことなんて考えてる場合じゃないよ」

男「海月を見てると、そういう事を考えちゃうんだよ」

幼馴染「くらげ、だめ」


男「最近さ」

幼馴染「ん」

男「『夢を見る時間は終わった』って言葉が頭から離れないんだ」

幼馴染「それは何?」

男「わからないけど、とにかく離れないんだ」

男「すごくもやもやするし、不安になる」

幼馴染「男が見てた夢って、どんな夢?」

男「夢」

幼馴染「そう」


男「夢……こうやって、お前といっしょにいること?」

幼馴染「……それだと、いつもとあんまり変わらないんじゃないの?」

男「……今は、特別な時間なんだよ。そんな気がする」

幼馴染「どういうこと?」

男「今は、夢を見てるみたいな気分だってことじゃないかな」

男「信じられないくらい幸せな夢を見てる」

幼馴染「そっか……」

幼馴染「わたしも今、すごく幸せだよ」

男「うん……ありがとう」


幼馴染「男はさ、儚いのが好きなの?」

男「場合によるかな」

男「海月みたいな儚さは好きだけど、俺たちが儚い終わりを迎えるのは嫌だ」

幼馴染「まだはじまってない、とわたしは思うよ」

男「どうやったらはじまるんだろう」

幼馴染「……」

男「……」

幼馴染「……」

幼馴染「……すき」

男「……」

幼馴染「……わたし、男の事がすき。だいすき」

幼馴染「ずっといっしょにいたい」

男「……」

幼馴染「……男は? わたしのこと、どう思ってる?」


男「どうって……」

幼馴染「……」

男「……好き。すごい好き。ずっといっしょにいたい」

男「気持ち悪いかもしれないけど、抱きしめてそのまま眠りたいって、ときどき思う」

男「いっしょにいろんなところに行きたいし……」

幼馴染「……」

男「あー……はずかしい。顔が焼けそう」

幼馴染「うん……」

幼馴染「夢を見る時間は終わったんだよ」

男「……そんな気がする」


幼馴染「手、つないでいい?」

男「うん」

幼馴染「……」ギュ

男「……」

男「……」ギュ

男「……」

幼馴染「……」

男「……ずっとこうしていたい」

幼馴染「ずっといっしょにいるよ」

男「ずっと」

幼馴染「死ぬまで」

男「俺たちは永遠に死なないような気がする」

幼馴染「むふふふふ」




男友「海月の何がいいんだろう」

幼友「海月のよさはちょっと理解できないなあ」

男友「でもふたりともうれしそうな背中してる」

幼友「わかる。手の繋ぎ方が完全にあれだ」

男友「見てるこっちがこっ恥ずかしいわ」

幼友「見る側からすればあんまり健康にいいもんではないね」

男友「さっさと出よう」

幼友「見つからないようにね」

男友「見つかるわけないだろ」

幼友「だよね」




幼友「ああー……」ノビー

男友「ううーん……」ノビー

幼友「久しぶりの外だ……」

男友「開放感があっていい」

幼友「ああいう暗くて狭いところはちょっと苦手かも。息苦しい」

幼友「やっぱり外がいちばんだ」

男友「寒いけどな」

幼友「そうかな?」

男友「寒くないか?」

幼友「おかげさまで」

男友「どういうこっちゃ」


男友「それで」

幼友「ほい」

男友「どうする?」

幼友「どうするって?」

男友「これから」

幼友「どうしようか?」

男友「解散?」

幼友「えー。もうちょっとだらだらしようよ」

男友「どこで?」

幼友「歩きながら考える。はい、とりあえず出発」

男友「足いたい。座りたい」

幼友「じゃあベンチに座って考える」


男友「なあ」

幼友「なに」

男友「近くない?」

幼友「なにが」

男友「俺と幼友さんの距離」

幼友「それはどういう意味?」

男友「いや、心がどうとかそういう事じゃないんだよ?」

男友「俺と幼友さんがベンチに並んで座ってるって、すごい事じゃないかな」

幼友「そうかな」

男友「あと5センチくらいで手が触れ合っちゃいそうなんだけど。近いよ」


幼友「いっしょに水族館に行っておいて、今更ベンチの両端に座るのもおかしい話じゃない?」

男友「一理ある。でも近すぎない?」

幼友「不満?」

男友「とんでもない」

幼友「よかった」

男友「それって」

幼友「深い意味はない」

男友「ですよね」


幼友「見てよ、あれ。でっかい観覧車」

男友「そうだな」

幼友「……」

男友「……」

幼友「あむじゃすしってぃひあうぉっちんざうぃーうずごらんだらーあうん」

男友「うん」

幼友「……回るものを見るのが好きなんだよね」

男友「つぎは『もう長い間、メリーゴーラウンドには乗ってない』って言うのかな。ジョン・レノン的な」

幼友「バレたか」


幼友「あのさ」

男友「うん」

幼友「わたし今、すごく良いことを思いついたんだけど」

男友「聞くだけ聞いてみるよ」

幼友「いっしょに観覧車乗ろうよ」

男友「あー」

幼友「なに」

男友「いや、今のやつ録音しとけばよかったなあって」

幼友「もう一回言うから、さっさと準備してよ」

男友「冗談だって」


幼友「さあ行こう」

男友「いや、ちょっとストップ。よく考えてみようぜ」

幼友「なにを」

男友「観覧車ってあれだろ、密室だろ」

幼友「うん」

男友「あの観覧車はでかいから、けっこう長い間乗ることになると思うわけ」

幼友「そうだね」

男友「俺は男で、幼友さんは女であるわけですよ」

幼友「うん」


男友「ほんとうに乗るの?」

幼友「なに、そういうことをしようと目論んでるわけ?」

男友「とんでもない」

幼友「だったらなにも問題はないよね」

男友「そうだけど、そうだけど……ううん」

幼友「わたしじゃ不満?」

男友「そういうことじゃない。ただ、個人的な問題なんだ」

幼友「なにそれ」

男友「俺にもよく分からないけど、『ほんとうに乗っていいのか?』って思うんだ」

幼友「ふうん」

男友「なんか、もやもやするんだ。今のままがいいというか……」

幼友「ごちゃごちゃ考えてないで」グイッ

男友「え」

幼友「もうちょっとだけシンプルに行こうぜ、男友くん」


幼友「行こう」スタスタ

男友「……」スタスタ

幼友「……」

男友「……」

幼友「なにか喋ってよ」

男友「幼友さんの指、ほそい」

幼友「男友くんの手首は思ってたよりも太いね」

男友「女の子に手首掴まれて引っ張られるのってはじめてなんだけど」

幼友「男の子の手首を掴んで引っ張るのははじめてだよ」

男友「いつも通りではない?」

幼友「とくべつだよ」

男友「とくべつ、ねえ」


幼友「たとえば、たとえばの話だよ?」

幼友「わたしが今、ずっと好きだったんだぜって言ったら、どうする?」

男友「相変わらず綺麗だなって言えばいいの?」

幼友「わりと真面目に言ったら? 昔から好きでしたって、ずっと見てましたって言ったら、どうする?」

男友「どうするって……よろこぶ」

幼友「ふうん?」

男友「もしかして今の」

幼友「冗談だよ」

男友「ですよね」

幼友「っていうのも冗談で、これも嘘。ほんとうは好き」

幼友「それも嘘。ほんとうはぜんぶ嘘。でもほんとうかもしれない」

男友「わかんねえ」

幼友「観覧車でゆっくり話したい」

男友「そういうふうに言われると期待してしまうのが男友くんだよ」

幼友「できるだけ期待に答えられるように頑張ってみるよ」

ゆっくりとね




幼友「観覧車に乗るのなんて何年ぶりだろ」

男友「ちっちゃい頃以来だ」

幼友「うわ、思ってたよりも揺れるね。こわい」

男友「そうだな」

幼友「あれ、超冷静じゃん。もっとどぎまぎしてくれてもいいんだよ」

男友「幼友さんだってあっけらかんとしてるし、俺だけテンション上げるのもなんだかなあと思って」

幼友「こう見えてもドキドキしてるんだよって言ったらどうする?」

男友「また冗談?」

幼友「違うよ。これはほんと。ドキドキしてる」


幼友「男友くんはドキドキしてない?」

男友「してるに決まってるじゃないですか」

幼友「なぜに敬語」

男友「だって、女の子といっしょに観覧車に乗ってるんですよ?」

幼友「あらためてそう言われるとすっごいはずかしいかも」

男友「そりゃあ誰だって敬語になりますですよ」

幼友「変わった体質だね」


幼友「……」

男友「……」

幼友「……」

男友「……」

幼友「……なんか喋ってよ」

男友「……なんかって、何」

幼友「なんでもいいよ。好きなことをどうぞ」

男友「なにそれ。むずかしい」


男友「えー……」

幼友「……」

男友「……観覧車って、どういう事をするための乗り物なの?」

幼友「景色を見て楽しむための乗り物じゃないの?」

男友「景色を見て楽しむって、俺には似合わないよな」

幼友「そうだね。メリーゴーラウンドと観覧車は男友くんには似合わないね」

男友「個人的な意見だけど、幼友さんにもあんまり似合わない気がする」

幼友「観覧車が?」

男友「うん。あとメリーゴーラウンドも」

幼友「当たってると思う」


幼友「個人的な意見だけど、観覧車って乗り物そのものには大した魅力はないと思うんだよね」

幼友「でも誰かといっしょに乗った時には、まったくべつのものになると思うわけ」

男友「誰か、ねえ」

幼友「そう、誰か。わたしの場合は男友くんだけど」

男友「俺の場合は幼友さんだけど」

幼友「当たり前でしょ」

男友「おっしゃるとおりです」

幼友「とにかく、誰かだよ。でもその誰かってさ、誰でもいいってわけではないんだよね」

幼友「わたしはそう思ってるんだよ。そういうところは分かっててほしいな」

男友「な、なにそれ」


幼友「いやさ、わたしが男友くんとまともに会話をしたのは昨日が初めてでしょ」

男友「そう考えると、今こうやってふたりで観覧車に乗ってるのってすげえ不自然だ」

幼友「でしょ。それで、誰とでもこうやって観覧車に乗ったりする尻の軽い女だって思われたくないわけ」

男友「ふうん。誰とでも観覧車に乗るの?」

幼友「乗らない」

男友「知ってる」

幼友「なぜ」

男友「観覧車に乗るのなんて何年ぶりだろって言ってたじゃん」

幼友「言ってたね」


男友「誰とでも乗るわけじゃないってのは分かったけど、俺はいいの?」

幼友「いい」

男友「なぜ」

幼友「わかんない」

男友「はあ」

幼友「たのしいね」

男友「そうだな」

幼友「そういうところがいいと思うよ」

男友「なにが?」

幼友「そういうところが男友くんのいいところだと思う」

男友「わからん」


幼友「話しやすいんだよね、男友くんって」

男友「そうかな」

幼友「個人的な意見ね。気が合うっていうのかな、なんか仲良くなれそうな気がしたんだよね」

男友「立場が似てたからじゃないの」

幼友「かもね」

男友「ヤマダ電機とコジマみたいに」

幼友「うん……うん? うーん……」


幼友「……」

男友「……」

幼友「……」

男友「……」

幼友「……だまってないで、なにか喋ってよ」

男友「なにか、ねえ」

幼友「観覧車、まだ半分も回ってないよ」

男友「でも、もうすぐてっぺんだし、外の景色でも見るとかどうかな」

幼友「わたし達には似合わないと思うんだよね、そういうの」

男友「四の五の言わずに見る」

幼友「ぶー」


男友「どれどれ……」ジィー

男友「あー、はいはい、なるほどね」

幼友「うーん。微妙だね、景色」ジィー

男友「俺もそう思う」

幼友「夜だったらもっと綺麗だったかもしれないのにね」

男友「かもしれないな」

幼友「なんかロマンチックさの欠片も感じない景色だ」

男友「ロマンチックさを感じたいわけ?」

幼友「女はみんなロマンチックが好きなんだよ」

男友「そういうもんかな」

幼友「女はみんなロマンチックが好きで、ほんとうにロマンチックなのは男のほうだって、誰かが言ってた」

男友「ふうん」

もうちょっとだけつづけたい


幼友「……」

男友「……」

幼友「……」

男友「……」

幼友「……どうぞ? 喋ってよ?」

男友「いや、待ってくれよ」

幼友「分かった。待つ」

男友「そうじゃなくて」

男友「『観覧車でゆっくり話したい』って言ったのは幼友さんだよね?」

幼友「よく覚えてるね」


男友「俺、言うよ? 言っちゃうよ?」

幼友「なにを」

男友「言いたいこと」

幼友「言っちゃいなよ」

男友「観覧車に乗る前にさ、ごまかしてたけど、なんかとんでもないことを言ったじゃないですか」

幼友「なんのことかな」

男友「好きだとか、嘘だとか、ほんとうかもしれないとか」

幼友「あー、それ言っちゃう?」

男友「あれ、もしかしてまずかった?」

幼友「かなりまずいね。やばいよ」

男友「そうだったか。ごめんなさい」


幼友「あれは、あれだよ」

男友「あれって、どれ」

幼友「どれって……」

男友「……」

幼友「……」

男友「……」

幼友「あー……」

幼友「やっぱり、あれは無かったことにしよう」

男友「え」

幼友「あれは幻聴だよ、男友くん」

男友「なにその雑なごまかし方」


男友「幼友さんってすげえ雑なところがあるよね」

幼友「失敬な」

幼友「……あれは、あれだよ。半分ほんとうで、もう半分は嘘みたいな」

幼友「深い意味はないってことにしておいて。若気の至り」

男友「雑だ」

幼友「うるさい。だまれ」

男友「雑な言い方だ」

幼友「好きです! ずっと見てました! はい、嘘です! ばーか!」

男友「雑だ」


幼友「はあ……」

男友「……」

幼友「つかれた……」グッテリ

男友「いきなりだな」

幼友「ねむい」

男友「寝ればいいと思う」

幼友「やだ、もったいない」

男友「なにが」

幼友「時間が」

男友「よく分からん」


幼友「わたしが寝ちゃわないようになにか喋っててよ」

男友「べつに眠たかったら寝ればいいじゃん」

男友「それに、降りるまで無言ってのも悪くないんじゃないかな」

幼友「なに、わたしに眠ってほしいわけ?」

男友「まあ、寝顔とか見れたらおいしいし」

幼友「べつに見てもいいけど、放って行かないでね」

男友「俺がそんな薄情な男に見えると」

幼友「見えないよ。わたしには」

男友「そうですかい」


幼友「いや、でもさ、いくらなんでもこんなところで、しかも男の子の前でとか寝れるわけないじゃん」

男友「まあ、そうかもな」

幼友「わたしが自意識過剰なだけかもしれないけど」

男友「それくらいがちょうどいいんじゃないかな」

幼友「そうかな」

男友「幼友さんはそれくらいでちょうどいいと思う」

幼友「どういう意味?」

男友「そのままの方がいいと思うという個人的な意見」

幼友「ふうん」


男友「さあ、観覧車から降りたらどうしようか」

幼友「観覧車に乗ってる最中にそういうこと考えるのはだめだと思うんだよね」

幼友「降りてからゆっくり考えようよ。どうせまだまだ時間はあるんだし」

男友「そうだなあ」

幼友「だから、もうちょっとだけこうしていようよ」

男友「そうするか」

幼友「……」

男友「……」

幼友「たのしいね」

男友「たのしいな」


男友「なにかしゃべってよ」

幼友「えー」

男友「じゃあ唄ってよ」

幼友「うーん……」

幼友「……」

幼友「えーびでーいあうぇいかあっぱんでぃつさんでーい」

幼友「わればーじんまいへーえうぉんとごーおうぇーい」

幼友「……」

男友「あれ、終わり?」

幼友「知ってる?」

男友「なにが?」

幼友「今の曲」

男友「知らない」

幼友「よかった」


幼友「もう終わりだ」

男友「もう終わっちゃったか」

幼友「早いね」

男友「こんなもんじゃないかな。もう一回乗る?」

幼友「なに、もう一回乗りたいの?」

男友「いや、今はいいかな」

幼友「今は」

男友「そう。今はいいや」

幼友「はい、だったらすばやく降りる」

男友「押すなって」


男友「あー、外だ……」ノビー

幼友「あー、さむい」ノビー

男「え?」

男友「え?」

幼馴染「あれ?」

幼友「あら」

男「……」

男友「……」

男「……なにしてんの?」

男友「なにって……」チラッ

幼友「なにしてるように見える?」

男「デート……なわけないよな」

男「男友に限ってそれはないわ」

男友「お前なんなん? 俺をなんだと思ってるの?」


男友「それに、お前らこそこんなところで何してんだよ」

男友「くらげ見に行くんじゃなかったのかよ」

男「くらげ見て満足したし、今度は観覧車に乗ろうと思って」

幼友「ふうん。たのしかった?」

男「それはもう」

幼友「あんたは?」

幼馴染「たのしい」

幼友「よかったね」

幼馴染「うん」


幼馴染「幼友ちゃんはなにしてるの? こんなところで」

幼友「なにって……」チラッ

男友「……」

幼友「説明するには時間がかかりすぎると思うから、とりあえず観覧車に乗っておいで」

男「なんか複雑な事情があるわけ?」

幼友「まあね」

男「脅されたとか?」

男友「お前ほんとなんなん? 俺のことをなんだと思ってるの?」

幼友「そう、脅されたの」

男友「しれっと嘘言うな」


幼馴染「じゃあ乗ってくる。行こ」グイッ

男「あー、男友」

男友「なんだよ」

男「踊りたきゃ踊ればいい」

男友「は?」

男「兄弟よ、チャンスを掴みとってくれ」

男友「はあ」

幼馴染「早く行こうよ」グイグイ

男「がんばれよ」

男友「おう」


幼友「……」

男友「……」

幼友「結局、見つかっちゃったね」

男友「観覧車なんかに乗るから」

幼友「ごめん」

男友「俺はべつにいいんだけどさ」

幼友「わたしだって構わないよ」

男友「そっか」

幼友「さあ、どうしよっか」

男友「ベンチに座りたい」

幼友「じゃあそうしよう」


男友「観覧車は眺めてるほうがいい」

幼友「わたしもそう思う」

男友「なんかいいよな、こういうの」

幼友「うん」

男友「お湯入れてから10分経ったカップラーメンみたいで」

幼友「もうちょっとわかりやすくおねがい」

男友「煮過ぎたお餅みたいな」

幼友「うーん……」

男友「雨が降ったあとの、ダンボール製の秘密基地みたいな」

幼友「海月みたいな?」

男友「そんな感じ」


幼友「……」

男友「……」

幼友「……」

男友「……」

男友「あー……ええと……」

幼友「無理してしゃべらなくてもいい」

男友「……」

幼友「居心地の良い沈黙もある」

男友「そっか」


十数分後

男友「……」

幼友「……あ、出てきたよ、あのふたり」

男友「いったい観覧車の中でなにしてたんだろうな」

幼友「そんなの決まってるじゃないの」

男友「決まってるんだ?」

幼友「あれだよ、『口にするのも憚られるような淫らな行為』だよ」

男友「俺のパクリじゃん」

幼友「オマージュだよ」

男友「パクリとオマージュってなにが違うわけ?」

幼友「愛の有無じゃないかな、知らないけど」

スレタイなんて知りません
もうちょいつづきます




妹友「妹ちゃん」

妹「なんでしょう」

妹友「お兄さんカップルと仲よさげなあのカップルはどちら様?」

妹「にいちゃんの友だちの男友くん。女の人の方は知らない」

妹友「ふうん。あっちも仲睦まじいオーラ出てるね。雑巾絞ってる時の水なみに出てる」

妹「そうかな」

妹友「わたしには分かるのさ」ドヤァ

妹「ふうん」


妹友「ところで、観覧車に乗ってなにしてたんだろね、お兄さんと彼女さん」

妹「景色見てたんじゃないの。あるいは」

妹友「あるいは?」

妹「そういうことをしていた」

妹友「なるほど、そういうこと」

妹「……」

妹友「お兄さん、すごいたのしそうだよ」

妹「うん……それはいいことだよ……うん……すごくいいこと」

妹友「みんなたのしそう」

妹「うん……」

妹友「……」

妹「はあ……」


妹友「あの輪の中に入りたい?」

妹「それはちょっと違うかも」

妹友「お兄さんとふたりきりがいい?」

妹「今は妹友ちゃんとふたりがいい」

妹友「今は。むずかしい年頃だ」

妹「自分でもよく分かんないよ」

妹友「もうちょっとだけシンプルに、正直に行こう」

妹「うん……」

妹友「はい、深呼吸して」

妹「」スーハー

妹友「さあ、今、どうしたい?」

妹「今すぐここから逃げ出して家に帰って布団に包まって泣きわめいてグーパンで壁に穴開けてそこに向かって大声で意味のない言葉を叫んで部屋の中を転げ回って何かの角に足の薬指ぶつけて痛みのあまり悶絶しながら自分の惨めさを噛み締めたあとに本棚ひっくり返してテレビとPCの液晶とCD叩き割って吐いてちょっとすっきりしてからもう一回布団に包まって自己嫌悪に陥りながらいつのまにか寝落ちしてそのまま一日中寝てにいちゃんとそういうことをする夢が見たいよお……」グズグズ

妹友「あー、なんかごめんね? 大丈夫?」


妹友「今のままじゃ嫌かー?」

妹「やだ」

妹友「お兄さんともっともっと仲良くなりたいかー?」

妹「なりたい」

妹友「だったら今することはひとつしかないよ! たったひとつの冴えたやりかただよ!」

妹「なに」

妹友「おーい! 妹ちゃんのお兄さーん!」

妹「え」

妹友「へーい! わたしだよー! つぶあんよりもこしあんが好きな妹友ちゃんだよー!」

妹「ちょ、ちょっと待って……」




男友「誰だあれ。男、呼ばれてるぞ。こしあん派のかわいい子に」

幼友「男くんの彼女第二号とか?」

幼馴染「え? そうなの?」

男「ちがう。うちの妹の友だち」

幼馴染「妹ちゃんの友だちは彼女第二号なの?」

男「だからちがうって」

男友「やることはきっちりやってんだな」

幼友「まあ遊びたい気持ちも分かるけど、ほどほどにね」

幼馴染「信じてたのに……」

男「なんなん? その一体感なんなん? ちがうって言ってるやん?」


男友「あれ? こしあん派ちゃんの隣のあれって」

幼馴染「男のところの妹ちゃんだ」

男友「そういや電車で見かけたな」

男「なにしてんだあいつ」

幼友「デートとか?」

男「女同士で?」

幼友「なにもおかしいことはない」

男「そうか?」

男友「そういうところには寛容なんだ? 幼友さん」

幼友「同姓でもきょうだいでも、好きになったらしかたないじゃん」

幼友「他人の恋愛の価値観にねちねち言う人は嫌い」

男友「ふうん」


妹友「お久しぶりです、お兄さん。こしあん派の妹友です」

男「いや、知らんがな。初めて聞いたわ」

男「でもまあ、久しぶり。こんなところでなにしてんの?」

妹友「かくかくしかじかです」

男「いや、ふつうに説明してくれない? 分からん」

妹友「なにって、ストーカーです」

男「はあ」

妹友「妹ちゃんといっしょにお兄さんをストーキングしてました」

男「なぜ?」

妹友「かくかくしかじかです」

男「いや、だから分からないって」


妹友「実はですね、妹ちゃんはお兄さんのことが」

男「俺のことが?」

妹「ストップ」ガツン

妹友「ひっ、いたい!」

妹「なんでそういうこと言うの」

妹友「ごめん、つい勢いで」

妹「ぜったいにやめてよね」

妹友「分かってるって」


妹友「お兄さん、これからどっか行くんですか?」

男「まあ、たぶん。ふらふらする予定ではあるけど、たぶん」

妹友「わたし達も付いて行っていいですか?」

妹「え」

男「え? 俺はべつにいいけど……」チラッ

幼馴染「わたしもいいよ。人数多いほうがたのしいこともある」

妹友「ありがとうございます」

男「べつにおもしろいことはないと思うぞ」

妹友「いいんですよ、ね?」

妹「……うん」


妹友「はい、ふぁいとー」

幼馴染「しゅっぱーつ」

男「なんかちがうぞ。まあなんでもいいけど」

男「そんで、妹さんや」

妹「なに」

男「ほんとうはなにしてたんだ?」

妹「ストーカー」

男「俺の?」

妹「うん」


男「誰が?」

妹「わたしが」

男「なんで?」

妹「心配だったから」

男「そうか」

妹「うん」

男「俺は大丈夫だって」

妹「わたしは大丈夫じゃない」

男「お前はしっかりしてるから大丈夫だって」

妹「ぜんぜん大丈夫じゃないんだよ。知らない?」

男「そうなんだ?」

妹「そうなんだよ」


男「さあ、どこに行くか」

幼馴染「どこに行くって言っても、もう16時だね」

妹友「もうそんな時間に」

妹「あ」

男「どうした」

妹「晩御飯のうどん買いに行かなきゃ」

幼友「ほう、妹ちゃんがご飯作るの?」

妹「今日はお父さんとお母さんがいないから」

男「え? そうなの? なんで?」

妹「結婚記念日。夫婦水入らず」

男「あー、なるほど。昨日の晩飯がカレーだったのはそういうことなのか?」

妹「どうかな」


幼友「男くんとこの晩御飯はうどんか」

妹「カレーうどん」

幼友「ご飯作るとか女子力高い。すぐにいい人が見つかるよ、妹ちゃん」

妹「そうかな」

男友「先生、質問です。女子力って具体的にいうとなんなんですか?」

幼友「女子が女子だと思ったらそれは女子力だよ」

男友「ぜんぜん分からん」

幼友「じゃあ訊くけれど、男らしさって具体的になんなの」

男「あー、そういう感じですか」

幼友「そう。そういう感じ」


男「うーん、16時かあ……。じゃあどうしようか」

妹友「帰ります?」

男「いや……うーん。……あー、良いことを思いついた」

幼友「良いことを思いついたってのはね、思いついた本人にとってはいいことかもしれないけど」

幼友「周りから言わせてもらえば大抵の場合、それは良いことではないんだよね」

男友「また俺のパクリかよ」

幼友「オマージュね。愛がある方だよ。そこは分かっててほしいな」

男友「なんだそりゃ」


幼馴染「それで、いいことってなに?」

男「みんなで俺の家に行こう」

男友「みんなって、この六人でか?」

男「そう。どうかな」

男友「俺に訊いてないで嫁に訊けよ」

男「誰もお前に訊いてねえよ、うどん野郎」

男友「なんでうどん野郎なんだよ」

男「お前しこしこしてるだろ」

男友「お前それうどんに謝れよ。俺のそれとうどんのそれをいっしょにしたらまずいだろ」

なんかぐだぐだしてきたけど続く


男友「それで、お前んちに行って俺達はどうすりゃいいんだよ」

妹友「まあ、いいじゃないですか。行ってから考えましょうよ」

幼馴染「そうそう、べつにこたつで寝転がるだけでいいんだよ」

男友「そういうもんかね」

男「そういうもんさ」

男友「はあ」

妹「行くんなら早く行こうよ」

妹友「じゃあ行きましょう」

幼馴染「のりこめー」

幼友「わぁい」


男友「あー、妹友ちゃん? で名前あってる?」

妹友「はい」

男友「俺たちって、きょう会うのがはじめてだよね?」

妹友「そうですね」

妹友「ちなみに言っておくと、ここにいるみんなの中だと、妹ちゃんのお兄さん以外は初対面です」

男友「素晴らしい順応性だ」

妹友「わたしは熱いコーヒーにぶちこまれたスティックシュガーみたいに周りに溶け込めますよ」

男友「ぶちこまれたとか言わない」

妹友「いまのはツッコミを誘うためにわざと汚い言葉遣いにしたんですよ」

男友「ダウト」

妹友「バレましたか。以後気をつけます」


男「おーい」

妹「早く行こうよー、妹友ちゃん、男友くん」

妹友「すぐ行く。走って行く」

男友「どっかで聞いたような台詞だな」

妹友「気のせいですよ」

男友「なんだったかなあ……どっかで見たんだったか……」

妹友「先に行きますよ。未来で待ってますよ」

男友「あー、すぐ行く。走って行く」スタスタ


男「」ペチャクチャ

幼馴染「」ペチャクチャ

妹友「」ペチャクチャ

妹「」ペチャクチャ

幼友「……」チラッ

男友「……」

幼友「……」チラッ

男友「……なに?」

幼友「いや、なんで距離あけて歩いてるのかなと思って」

男友「たまにはちょっと離れたところから微笑ましい景色を見守るのもいいかなと思って」

幼友「なにそれ。わたしもそっち行く」


男友「べつに俺なんかに気を遣わなくてもいいんですよ」

幼友「そういう事じゃない。個人的な気分の問題なの」

男友「といいますと」

幼友「ほら、あの4人」

男友「うん」

幼友「あれで完成してる感じがするでしょ」

男友「俺にはよく分からない」

幼友「じゃあ喩え話にする」

男友「わかりやすい喩えにしてくれよ」

幼友「まかせなさい」


幼友「じゃあ、あの4人を同じ長さの線であるとしよう」

男友「うん」

幼友「いま、その4本の線はつながり合って、正方形になってるわけよ。完璧な正方形ね」

幼友「しかも周りにはなにもないわけだ。真っ白な紙の上の完璧な正方形」

男友「うん」

幼友「そこへもう一本の線、つまりわたしが行くと、その調和が乱れるわけだよ」

男友「調和ってなんか大げさだな」

幼友「わたしが線だとしても、たぶんあの4人とは長さが違うんだよね。波長が違うってやつ?」

幼友「だから完璧な五角形にはならない」

幼友「歪な五角形が完成する、というか、なにも完成しない、みたいな感じ」

男友「わかりやすいようでわかりにくいような微妙なたとえだ」

幼友「けっこう頑張ってるんだけどなあ」


男友「べつにつながらなくても、周りにいればいいんじゃないかな」

幼友「真っ白な紙の上に、落書きみたいに?」

男友「たぶんそんな感じ」

幼友「それだよ、それなんだよ、男友くん」

男友「なにが」

幼友「わたしはそれが耐えられないんだよ」

男友「といいますと」

幼友「音楽だってそうじゃん。音を詰め込みまくればいいってわけじゃないじゃん」

男友「なにが言いたいわけ?」


幼友「余白を含めて、その紙の上の正方形は完璧なんだってこと」

幼友「大事なのは隙間、なにもない場所だよ」

男友「はあ」

幼友「素人目で見れば気にならないかもしれないけど」

幼友「目の肥えたお偉いさんから見れば、そういう小さな落書きは非常に不愉快なわけ」

幼友「素人目で見ればあれだよ、いてもいなくても変わらない、だよ」

幼友「わたしはそれに耐えられないって話。分かってくれた?」

男友「なんとなく」

幼友「ありがと」


男友「じゃあ、いまの俺たちは完璧なわけ?」

幼友「完璧ではないと思うよ。たぶんわたし達って、波長はかなり近いけど、長さが違うんだよ」

幼友「それに、今のところはずっと平行のまま」

男友「つながってない」

幼友「たぶんね」

男友「そうかな」

幼友「むずかしいところ」

男友「でも、いま誰かがここに入ってきたら、こういう空気は崩れちゃうわけだろ」

幼友「うん」

男友「だったら完璧じゃなくてもいい」

幼友「そうだね。ありがと」

続けようと思っております、はい




男「あー、うどん買うんだったっけ」

妹「うん。二玉」

男「どこにうどん買いに行こうか」

妹「うどん売ってるところならどこでもいいよ」

妹友「じゃあ丸亀製麺に行こうって言ったら」

妹「却下」

男「そりゃそうだ」


男「あ」

妹「どしたの」

男「いいことを思いついた」

幼馴染「それってほんとうにいいことなの?」

男「たぶん」

妹友「言ってみてくださいよ」

男「みんなで俺の家でうどん食べる」

幼馴染「みんなって?」

男「この6人で」


男「どうかな?」

幼馴染「いいと思う、すごく」

妹友「そうですかね」

幼馴染「あれ? いいと思わない?」

妹友「いやあ、家族団欒の時間を邪魔しちゃ悪いかなあと思って」

幼馴染「あー、そっかあ」

妹「いいよ」

妹友「え?」

妹「いい。みんなで家でうどん食べよう」


妹友「いいの? きょうの夜はお兄さんとふたりっきりになるチャンスだったんじゃないの」コショコショ

妹「いいんだよ、これで。こうしたほうがにいちゃんはたのしいんだって」コショコショ

妹友「またそういうこと言う」

妹「これがわたしだからね」

妹友「そういうところが妹ちゃんの悪いところだよ」

妹「いいところではなくて」

妹友「いいところでもある」

妹「妹友ちゃんも、気を遣ってくれてありがと」

妹「わたしは妹友ちゃんのそういうところが好き」

妹友「ありがとね」


妹「で」

男「で?」

妹「うどん食べるのはいいけど、誰が作るの?」

男「あー、それは女性の皆様におねがいいたします」

妹友「めんどくさいです!」キッパリ

男「じゃあ俺と男友と妹友ちゃんはこたつで寝てるから」

妹友「わーい」

幼馴染「ずるい」

妹「失望したよ、妹友ちゃん」

妹友「そこまで言わなくても」


男「まあ、とりあえずうどんを買うのは電車で向こうに帰ってからだな」

幼馴染「電車に乗って向こうに着くころにはちょうどいい時間になってるね」

妹友「また電車かあ」

妹「いやなの?」

妹友「電車内の空気って好きじゃないんだよね。エレベーターに通ずるものがあるよ」

妹「分かんない」

妹友「こう、もあっとしてて、閉鎖的な感じ? 逃げ場がないみたいな」

妹「分かりそうで分かんない」

妹友「あー、そっかあ」


幼馴染「だからって電車に乗らないわけにはいかないよねえ」

妹友「そうなんですよ。そこがエレベーターとは違うところです」

妹「どういうこと」

妹友「エレベーターと甘いお菓子は同じってこと」

妹「わかんない」

妹友「あってもなくても困るわけではないけれど、どちらかというとあったほうがいい」

妹「じゃあ電車は」

妹友「必要不可欠」

妹「そうかな。べつに電車に乗らなくても歩けばいいんじゃないの、時間はかかるけど」

妹友「電車で一時間の距離を歩けと。妹ちゃんは鬼か? 鬼なのか?」

男「いや、流氷の天使だ」

妹友「クリオネなの?」

妹「そうだよ、妹友ちゃんなんかバッカルコーンで一撃だよ」

妹友「そうなの?」

妹「そうだよ」




ガタンゴトン ガタンゴトン

男「なあ」

男友「なに」

男「女の子ってさ、すげえいいにおいがするよな」

男友「おう」

男「幼友さんってどんなにおいがするわけ」

男友「わたあめみたいなにおい」

男「なるほど」

男友「幼馴染ちゃんは」

男「チョコレートみたいなにおい」

男友「なるほど」



男友「妹ちゃんは」

男「洗剤と柔軟剤と石鹸のにおい」

男友「あわあわじゃん」

男「清潔なんだろ、たぶん」

男友「なるほど」

男友「妹友ちゃんは」

男「ここからじゃ嗅げない」スンスン

男友「なるほど」

男「お前のほうが近いからお前が嗅げよ」

男友「しゃあねえな」スンスン

男「どう?」

男友「花みたいなにおい?」

男「なるほど」


男「疲れたらころっと寝ちゃう女の子っていいよな」

男友「そうだな」

男「俺たちの周りにはそんな女の子が四人もいるんだよな」

男友「すばらしいな」

男「しかも頭を肩に乗っけてきてるんだよな」

男友「両肩に」

男「すごいよな」

男友「生きててもいいって言われたような気分だ」

男「受け入れられている的な」

男友「そう。ある意味ではほっとする」

男「たしかに」


男「ところで、幼友のおっぱいさわらないのか」

男友「ところで、じゃねえだろ。なに世間話のノリでおっぱいとか言ってんだよ」

男友「ふつうさわらないだろ。ばかじゃねえの。ただの痴漢じゃねえか」

男「ここはさわるところだろ」

男友「ここってどこだよ」

男「どこって今だよ」

男友「ここは電車だろ」

男「だからなんだよ」

男友「いや、だめだろ、常識的に考えて」

男友「それに」チラッ

幼友「」zzz

男「それに?」

男友「ちっちゃい」

男「ばかやろう」


男「おっぱいはちっちゃいとかおっきいとかそういう問題じゃないんだ」

男友「はあ」

男「大事なのはかたちだ」

男友「一理ある、かもしれない」

男「だからさわっとけって」

男友「その理屈はおかしい」

男「さわってかたちを確認しとけって」

男友「それはさわるどころか揉みしだくとかそういうレベルだろ」

男「たしかに」


男「ああー……」

男友「おっさんくさいな、いまの声」

男「あー、いや……なんかくたびれたわ」

男友「くらげ見ただけだろ」

男「そうじゃなくて、緊張したから」

男友「幼馴染ちゃんとのデートが」

男「そう」

男友「でも、いつも通りだったろ」

男「いや、かなり距離が近かった気がする」

男友「そんなの周りから言わせてもらえばいつも通りだ」

男「俺たちってどんなふうに見られてるの?」


男友「どんなふうにって、夫婦みたいに」

男「俺たちってそんなに仲睦まじく見える?」

男友「見える」

男「そうか」

男「まあ、それはいいことだよな」

男友「険悪に見えるよりはな」

男「お前と幼友もけっこう仲良くしてるように見えたけど、どうなんだ?」

男友「どうなんだろうな」

男「なんだそりゃ」

幼馴染が空気だろうがおっぱいだろうが続く


>>314訂正
男「幼友さんってどんなにおいがするわけ」

男「幼友ってどんなにおいがするわけ」


男友「だってさ、俺たち、まともに会話をしたのは昨日がはじめてなんだぜ」

男「おう」

男友「わからないことばっかりだ」

男「たとえばなにが分からないんだ?」

男友「距離感」

男「幼友との?」

男友「そうじゃなくて、幼友さんが他人に接するときの距離感」

男「わからん」


男友「近すぎる気がするんだ」

男「距離が?」

男友「そう」

男友「そんで、それが幼友さんが誰かと接するときの、普段通りの距離なのか」

男「それとも何か特別な意味を含んだ距離なのか、それがわからない?」

男友「そう、普段通りにしては近すぎる気がするんだよな。あるいは俺が自意識過剰なのか」

男「ふうん」

男友「どうなんだろうな」

男「俺が知るかよ」

男友「そりゃそうだ」


男「どっちでもいいと思うよ、俺は」

男友「あんまり気にすることじゃないんかな」

男「どっちにしろ、嫌われてるわけではないんだろ」

男友「まあ、そうだな。たぶん」

男「肩に頭乗っけてくるくらいだもんな。信用されてるんだって」

男友「幼友さんが無防備すぎるんじゃないのか、これって」

男「かもしれない」

男友「もうちょっと危機感覚えたほうがいいよな」

男「いや、お前がいるから安心してるとか」

男友「それはポジティブシンキングすぎないか」


男「まあ、実際に訊いてみるのがいちばんだ」

男友「たぶん華麗にスルーされそう。幼友さんってそういうところあると思う」

男「ふうん」

男友「雑なんだよな」

男「なにが」

男友「幼友さん」

男「ふうん」

男友「華麗で、尚且つすごく雑なスルーを見せてくれると思う」

男「意味わからん」


男「お前はどうなんだよ」

男友「なにが」

男「幼友のこと」

男友「どう思ってるのかって?」

男「そう」

男友「わざわざ言わせるのかよ」

男「それはつまり」

男友「言わない」

男「ふうん? そうなんだ?」

男友「なにも言ってない」

男「でもそれってそういうことなんじゃないの」

男友「いや、だってさ、かわいいじゃん」

男「お?」


男「かわいい。なにが」

男友「幼友さん」

男「おっぱいはちっちゃいけど」

男友「それは関係ない」

男「でもさっき」

男友「俺はちっちゃいほうがいいの」

男「ああ、そうなんだ? ふうん」

男友「そんで、居心地がいい」

男「へえ」

男友「受け入れられてると思える……錯覚できる?」

男「どういうことだよ」


男友「実際に受け入れられてるわけではなくても」

男友「俺は受け入れられていると感じることができる」

男「もっとかんたんに考えろよ。ようするに」

男友「いっしょにいてたのしい、おもしろい。たぶん、そういうことだと思う」

男「うん、それでいいじゃん」

男友「なんか恥ずかしいんだけど」

男「幼友が寝ててよかったと思えばそんなもん」

男友「たしかにそうかもしれない」


男「いま、どう?」

男友「どうって、なにが」

男「いま、どんな気分?」

男友「どんなって……」チラッ

幼友「」zzz

男友「たぶん、しあわせなんじゃないかな」

男「なにがたぶんだよ、ニヤニヤしやがって。顔も赤いし」

男友「うっせえばーか。バーカバーカ」

男「子どもか」


男「実は狸寝入りしてるとかだったらおもしろいよな」

男友「なにが」

男「幼友が狸寝入りしてて、いまの話はぜんぶ聞かれてた」

男「そういう展開がのぞましい」

男友「のぞましくない」

男友「いや、でも幼友さんだとありえそうでこわい」

男「たしかめてみよう」

男友「どうやって」

男「つんつんしてみ?」

男友「どこを?」

男「どこって、決まってるだろ」

男友「だよな」


男「……」

男友「……」

男「はやく」

男友「いや、心の準備が」

男「そんなもんいらん。勢いだ」

男友「……」

幼友「」zzz

男友「失礼しまーす……」ツンツン

男友「……」ツンツン

男友「おお、やわらかい」プニプニ

男「ばかやろう、ほっぺたじゃなくておっぱいだろ」

男友「お前がばかやろうだ、ばかやろう」


幼友「」zzz

男友「うん、寝てる」

男「いや、まだわからないぞ」

男友「そうか、そうだよな」

男「もっとこうさ、くすぐってみるとかさ、揉んでみるとかさ」

男友「いや、もういいわ」

男「もういいのか」

男友「へんな汗出てきたわ」

男「そうか。風邪ひくなよ」

男友「おう」

ちゅぢゅく


男友「あー……なんかしんどいわ」

男「もう風邪ひいたのかよ。病弱とかそんなレベルじゃねえぞ」

男友「いや、そういうしんどさではなくて、疲労から来るしんどさ」

男「ああ、そっちか」

男友「なんかつかれたわ」

男「お前も歳なんだから無理するなよ」

男友「まだ二十歳にもなってねえよ」


男「眠たかったら寝ればいい」

男友「そうさせてもらおうかな」

男「どうなっても知らないぞ」

男友「どういうことだよ」

男「俺がお前のことをほったらかしにしても知らないぞ」

男友「お前はそんなやつじゃないと思う」

男「よくわかってるじゃないか」

男友「それに、みんなもいるし大丈夫だろ」

男「みんな寝たらみんなおしまいだけどな」

男友「俺は寝るからお前は起きててくれ」

男「しかたねえな」


男友「」zzz

男(こいつほんとうに寝てるじゃねえか)

男(寝付きよすぎだろ)

男(……)

男(……)

男(なんだこれ。なんかさみしいぞ)

男「……」チラッ

男友「」zzz

幼友「」zzz

男(なんだこいつら。もたれ合ってるやん)

男(写真撮ってメールで男友に送ってやろう)パシャパシャ




ガタンゴトン ガタンゴトン

妹友「んん……」

男「お」

妹友「あれ……ここどこ?」

男「電車。あと二駅くらいで着くぞ」

妹友「早いですね……超音速です。スーパーソニックトレインです」

男「そうだな」

妹友「実はわたしの名前はエルサで、アルカセッツァーを吸ってるんです」

男「ふうん」

妹友「これはあれですね。伝わってないパターンのやつですね」

男「伝わっててもリアクションに困る時ってあるだろ」

妹友「ありますね」

男「それが今だ」

妹友「なるほど」


男「なんでもいいけどさ、みんなを起こしてやってくれよ」

妹友「みんなといいますと?」

男「俺たち以外の4人」

妹友「あれ、みんな寝てたんですね?」

男「俺以外はな。超さみしかった」

妹友「ごめんなさい」

男「べつに謝らなくてもいいよ」

妹友「でもわたしが起きたから安心ですね!」

男「そうだな。うん、そうだね」

妹友「なんですかその雑な返事は」


男「なんでもいいから、早めにおねがい」

妹友「わたしじゃ不満ですか」

男「誰もそんな話はしてないだろ」

妹友「たしかにそうですね」

男「そっちの夫婦みたいなやつらはほっといてもいいから」

妹友「いいんですか」

男「ゆるす」


妹友「じゃあお兄さんが妹ちゃんと彼女さんを起こしてあげてください」

男「なんで俺。結局俺かよ」

妹友「その方がいろいろと都合がいいんですよ」

男「はあ」

妹友「それに、目を開けた瞬間にわたしの顔が見えたら疲れると思うんですよね」

妹友「ほら、わたしって月曜日の朝日みたいじゃないですか」

男「たしかに」

妹友「そこは否定してほしかったですね」


男「しかたない」

男「起きろー」ユッサユッサ

妹「お……」ガクガク

幼馴染「んん……」ガクガク

男「もうすぐ着くぞー」

妹「ねむい……」

幼馴染「すごくねむい……」

妹友「お兄さん、がんばって。あとちょっとですよ」

男「起きろー」




幼馴染「起きたよ」

男「起きてくれて俺はうれしいよ」

妹「わたしも起きた」

男「うれしい。あいむそーはっぴー」

妹「でも起こし方が雑」

男「ごめん」

幼馴染「ひとりずつ起こそうよ」

男「はい。猛省しています」

妹「うそだ」

男「ばれた」

妹「次からは気を付けてよね」

男「そうする」


幼馴染「ふたりは起こさなくていいの?」

男友「」zzz

幼友「」zzz

男「いいんじゃないのかな」

幼馴染「男友くんと幼友ちゃんって仲良かったんだね」

男「みたいだな」

幼馴染「知らなかった」

男「まあ、まともに会話をしたのは昨日がはじめてらしいからなあ」


妹友「それなのにあんな調子なんですか?」

男「よっぽど馬が合ったのかもよ」

妹友「それにしてもじゃないですかね?」

男「そういうのもあるんじゃないの」

男「ていうか妹友ちゃんもさっき男友に凭れて寝てたけど」

妹友「ほんとうですか?」

男「ほんとう。まじ」

妹友「それはまじやばいですね」


妹友「じゃあ、あのふたりは付き合っていない」

男「たぶん」

妹友「ふうん」

男「このまま終点までほっとくとかどうだろう」

妹友「悪くないかもしれません」

幼馴染「いや、さすがにそれは悪いと思うな」

妹「あんまりやり過ぎちゃだめだよ、にいちゃん」

男「冗談だって。俺がそんなことするわけないだろ」

妹「それもそうだね」

男「だろ?」


幼友「む……」

男「お? 起きちゃったか?」

幼友「んんむ……」

男「めっちゃ眉間にしわ寄ってるぞ、大丈夫なのかこれ」

幼馴染「幼友ちゃんは寝覚めがよろしくないんだよ」

男「なんかちょっとこわいんだけど」

幼友「……」パッチリ

男「起きた」

幼馴染「おはよう」

幼友「おはよう……」ジロリ

男「目つき悪い。こわいぞ」


男「まあでも、ちょうどいいや。男友を起こしてやってくれよ」

幼友「……なんでこの男はわたしに寄りかかって寝てるわけ」

妹友「まじやばいですね」

幼友「まじやばいよ。恥ずかしいんだけど」

幼友「おーい」ツンツン

男友「」zzz

幼友「へーい?」プニプニ

男友「」zzz

幼友「うわ、男友くんのほっぺたガサガサじゃん」ガサガサ

妹友「どれどれ」ツンツン

妹友「ほんとだ、ガサガサですね。サハラ砂漠です」

男「意味わからん」


妹友「その点トッポってすげえよな」ツンツン

妹「わたしは最後までチョコたっぷりじゃない」

妹友「妹ちゃんのほっぺたはグレート・バリア・リーフだよ」プニプニ

幼友「どれどれ」ツンツン

幼友「おお、ほんとだ」プニプニ

妹「むう」

幼馴染「わたしもさわっていい?」ツンツン

妹「もうさわってるよ」プニプニ


幼友「ああっと。男友くんを忘れるところだった」ハッ

男「ひどいな」

幼友「起きろー」ユッサユッサ

男友「んああ」ガクガク

幼友「起きた?」ユッサユッサ

男友「起きた、起きた。起きたから揺らすのやめて……」ガクガク


幼友「おはよう」

男友「おはよう……」

幼友「気分はどう?」

男友「いい」

幼友「わたしの肩の寝心地はどうだった?」

男友「よかった」

幼友「それはよかった」

男友「おかげですごい夢を見れた」

幼友「どんな夢?」

男友「やばいやつ」

幼友「もうちょっと具体的に」

男友「いやらしいやつ」

幼友「男友くんって変態なの?」

男友「まあ、15パーセントくらいは変態なんじゃないかな。よく分かんないけど」

幼友「ふうん」

>>365なら続く




幼友「はあー、やっぱし外は寒いね」

男友「しかも暗い」

幼友「冬のこういう時間にひとりで歩いてると、とんでもなく寂しくなる時があるよね」

男友「そうかな」

幼友「あれ、わからない?」

男友「いまいちピコーンと来ない」

幼友「うーん……なんでわたしはここにいるんだろう、みたいな気分になったりしない?」

男友「ならないな。幼友さんはそんな気分になるんだ?」

幼友「たまにね」

男友「大変そうだな」


幼友「そういう日はものすごく早く眠れるよ」

男友「ますますわからん」

幼友「クリープを聞きながらさ」

男友「ふうん」

幼友「あったかい泥の中で寝転んでるみたいな気分になってさ」

男友「うーん」

男「なあ、さっさとうどん買って家に帰ろうぜ」

妹「だね。駅前でじっとしてても寒いだけだよ」


妹友「じゃあしゅっぱーつ」

幼馴染「おー」

妹友「しゃんぜりーぜー」

幼馴染「おー」

妹友「しゃんぜりーぜー」

男「なにしてんだ」

幼馴染「あれってなんて曲なんだろね?」

妹「オー・シャンゼリゼ」

男「そのまんまだ」

妹「おー」

妹友「しゃんぜりーぜー」


幼友「シャンゼリゼは分かったから、どこにうどんを買いに行くの」

妹「シャンゼリゼには欲しいものはぜんぶあるんだよ」

幼友「だからってシャンゼリゼに行くわけにも行かないでしょうに」

妹「そのとおり」

幼友「シャンゼリゼだけに」

妹「うん?」

幼友「なんでもないよ。妹ちゃんの肌は海月じゃー」ツンツン

妹「ごまかし方が雑」プニプニ

幼友「雑って言わないの、ちょっと気にし始めてるんだから」ツンツン


妹「うどんは家の近所のスーパーで買う」

幼友「無難だね」

妹「ふつうがいちばん」

幼友「そのとおり」

妹「でも今日はふつうとはちょっと違う」

幼友「こういうのもいいと思うけどなあ」

妹「わたしもそう思う」


幼友「ねえ、お兄ちゃんのこと好き?」

妹「うん」

幼友「ほほう、どれくらい」

妹「すごく。でもそれは兄妹としてだよ」

幼友「わかってるって、そんなおかしな勘違いはしないよ」

妹「うん」

幼友「でも、べつに男女の仲になりたいと思っててもわたしはいいと思うよ」

妹「ありえないよ」

幼友「ほんとうに?」

妹「ほんとうに」

幼友「いやあ、わたしにはなんとなく分かるよ。なんとなくね」

妹「……」


幼友「微妙な立ち位置だね。どこでもない場所の真ん中みたいで」

妹「うん」

幼友「目の前にいるのにね。檻の中と外みたいでやだよね」

妹「もう慣れた」

幼友「慣れたか、そっか」

妹「でも、檻の戸が開く時がある」

幼友「でも、妹ちゃんはその時にお兄ちゃんを檻の内側に引きずり込まない」

妹「それは駄目なことだから」

幼友「そうだね、駄目なことだ」


男「なんの話してんだ」

幼友「叶わない恋と檻の関係性についての考察」

男友「意味わからん」

幼友「たとえば、たとえばの話」

男友「また喩え話?」

幼友「比喩が好きなの。察してよ」

男友「はいはい」


幼友「男友くんが、どっかの国のお姫様に好意を抱いているとする」

男友「おう」

幼友「男友くんはどうにかしてお姫様を振り向かせようとしてやらかしてしまい」

幼友「なんやかんやで牢屋行きになってしまいます」

男友「なんやかんやって、もうちょっと具体的に」

幼友「そこは大した問題じゃない。とにかく男友くんには牢屋に入ってもらわないと、話が進まないの」

男友「だったら仕方ない」


幼友「ある日、男友くんが檻の中で寝ていると、檻の前にお姫様がやって来ます」

男友「うん」

幼友「まあ、男友くんとお姫様はなんやかんやでそこそこ良好な関係を築くわけ」

幼友「それでまたある日、男友くんとお姫様が話をしている時に、鍵が壊れて檻の戸が開いたとする」

男友「ほう」

幼友「そんで、男友くんはお姫様に一方的な好意を抱いているとする」

幼友「お姫様といっしょにいたいと思ってるわけね」

幼友「でもふたりの間には壁があるわけだよ。この場合は身分の壁」

妹「……」


幼友「男友くんはなんとしてでもお姫様といっしょにいたいから」

幼友「お姫様を檻に引きずり込むなり、いっしょに逃げ出すなりするだろうけど」

男友「その言い方だと俺がすげえ野蛮なやつみたいに聞こえるんだけど」

幼友「ちょっと黙ってて」

男友「はい」

幼友「まあ、ふたりには身分の壁があるわけ」

幼友「それを乗り越えたとしても、その先の壁を乗り越えられるかって話」

幼友「この話の中の男友くんならガンガン行けるんだろうけど」

幼友「お姫様は国を捨てて、牢屋にぶちこまれてたごみみたいなやつとくっついたって言われるわけだよ」

男友「それはつまり俺がごみみたいだって」

幼友「ちょっとだまれ」

男友「あ、はい、すみません」


幼友「話の中の男友くんはそういう後先のことを考えない人だけど」

幼友「そうじゃない人もいる」

幼友「自分は壁を越えられるけど、パートナーになる人が壁を越えられないかもしれない」

幼友「そもそもそれ以前に、檻に引きずり込む時に抵抗されるかもしれない」

幼友「そういうことを思う子がいるわけだよ」

男友「ふうん」

幼友「壁を越えられないから諦める。叶わない恋とかもっともらしい言葉で飾り付けして」

幼友「そういうのは良いことではないと思うんだよね」

幼友「わたしが言いたいのはそういうこと」

男友「なんか熱くなってないですか、幼友さん」

幼友「男友くんのせいじゃないかな、たぶん」

男友「え? 俺?」

幼友「冗談だよ」


男「よくわかんないわ」

幼友「男くんはお姫様だからね」

男「どういうこっちゃ」

幼友「男くんと男友くんはお似合いってことじゃないかな」

男「いや、それはないわ」

幼友「相思相愛とかじゃなくて、良好な友人関係みたいな意味だよ」

男「ああ、そういうこと」

男「でもまあ、わりといい関係だよな、俺たち」

男友「それはどうだろう?」

男「どういう意味だよ」

男友「深い意味はない」


男「」ギャーギャー

男友「」ワーワー

妹「幼友さん」

幼友「ん」

妹「ありがと」

幼友「なぜ?」

妹「なんとなく」

幼友「妹ちゃんはおもしろいね」

妹「そうかな」

てゅでゅく


妹友「妹ちゃんはいい子ですよ、無愛想だけど」

幼友「うん、見たところそんな感じ」ツンツン

妹「むう」プニプニ

幼友「妹ちゃんのほっぺたはやわらかいねえ」ツンツン

妹「……」プニプニ

幼友「あれ、ほっぺたツンツンされるの嫌い?」

妹「きらいじゃない」

幼友「じゃあなんで黙っちゃったの?」

妹友「照れてるんですよ」

幼友「そうなの?」

妹「そう。照れてる」


* スーパー

男「ふと思ったんだけどさ」

男友「おう」

男「肉まんと豚まんって、なにが違うんだろう」

男友「関西が豚まんで、関東が肉まん」

男「そうなの? じゃあどっちも同じもんなの?」

男友「たぶんそうだと思うけど」

幼友「551が豚まんで、ファミマとローソンとセブンイレブンが肉まん」

男「もうなんでもいいや」


男友「俺たちってさ、スーパーにうどんを買いに来たんだよな」

幼友「うん」

男友「なんでこんなに時間かかるんだ。もう入り口の前に突っ立って15分くらいになるぞ」

幼友「わたし以外の女子たちがお菓子買いに行ったからじゃないかな」

男「なにしてんだ」

幼友「まあ、たまにはこういうのもいいんじゃないの」

幼友「それに、たかが30円だか40円だかのうどんだけ買って帰るのもなんだかなあって感じがするし」

男(うどんってそんなに安いんだ?)


幼友「ほら、あれだよ。ちょっと高いお寿司屋に行って、一貫だけ食べて帰るみたいな」

男友「気まずい」

幼友「スーパーからの帰り道に食パンだけ買うの忘れたことに気づいて」

幼友「もう一回スーパーに行ったら、レジのおばちゃんがさっきと同じ人だった瞬間みたいな」

男友「ちょっとはずかしい」

幼友「そんな感じだよ。だからお菓子を買う」

男友「なるほど」

男「いや、なるほどじゃない。俺にはわからん」


男「なんかさ、お前らだけの世界が出来上がってるよな」

男友「なんだそりゃ」

男「シュールなワンダーランドみたいな」

幼友「不思議の国のアリス(R15)みたいな」

男「それな。幼友のそういうところ」

男友「おう」

男「そんでお前のそういうところ」

男友「いや、でもさ、俺はシュールなワンダーランドよりもハードボイルド・ワンダーランドが好き」

男「知らんがな」

幼友「個人的にはワンダーランドよりもワンダーウォールのほうが」

男「もうええわ」


幼馴染「ただいまー」

男「よくぞ戻って来てくれた」

妹「わたしもいるよ」

男「知ってるよ」

妹友「なんとびっくり、わたしもいるんですよねえ」

男「はいはい」

妹友「ああん、お兄さんちべたい。ドライアイス並みですね」

男「君ら、お菓子買い過ぎじゃないか? 太るぞ?」

妹「大丈夫だよ、わたしは太らないから」

男「そうか。だったらいいか」

妹友「いいんですか? わたしや彼女さんは太ってもいいんですか?」

男「好きなようにしてくれ」


幼馴染「男は、太ってる子のほうが好き?」

男「そんなことはないけれど」

幼馴染「今のわたしってどう?」

男「完璧だと思う」

幼馴染「ほんと?」

男「ほんと。そのままでいるべきだよ」

幼馴染「ありがとう、うれしい」

男「それに、ちょっと痩せたり太ったりしたからって嫌いになったりなんかしないよ」

幼友「やだかっこいい」

妹友「惚れちゃう」

男友「なんだお前ら」


妹「駄弁ってないで早く行こうよ」

男友「そうだそうだー、寒いんだよ」

妹「男友くんもけっこうだべだべしてた」

男友「ごめん」

妹「ゆるす」

男友「でもそれは妹ちゃんを含めた女子3人も悪いと思う」

妹「ごめん」

男友「ゆるす」


男友「許すから俺もほっぺたさわっていい?」

妹「べつにいいよ」

男友「失礼します」ツンツン

妹「……」プニプニ

男友「この触り心地は、いちご大福を食べたくなってくるな」ツンツン

妹「買ってきてある」

男友「さすが。じゃあたい焼きは」

妹「なかった」

男友「そっか」


男「お前うちのかわいい妹になにしてんだ」

男友「俺もほっぺたつんつんしてみたかっただけだって」

幼馴染「ロリコン?」

男友「違います」

妹友「ペドフィリア?」

男友「やめろ、違うわ」

幼友「まあ、そうでなくても男友くんは変態だからね」

男友「100じゃなくて15パーセントだからな。そこは大事なところだから省くなよ」

幼友「無駄を削ることで生まれる美しさもあるんだよ」

男友「でもそこは削ったら駄目なんだって。しかも無駄じゃないし。大事なところ」


幼友「中途半端な変態よりは完全に変態のほうが男友くんも気持ちいいでしょ」

男友「意味わからん」

幼友「なんでもいいから早く行こうよ」

男友「なんでもいいのか……まあ、なんでもいいか……」

幼友「そうだよ。男友くんがロリコンでもペドフィリアでもゲイでもなんでもいいよ」

男友「ひどい言われようだ」

幼友「男友くんがなんであろうとわたしは味方だよ」

男友「おう」

幼友「なに、その気の抜けたコーラみたいなリアクション」

男友「なんか予想外の角度から優しい言葉が飛んできたから戸惑ってるだけ」

幼友「そう。じゃあもっと戸惑えばいいよ」

男友「ありがたく戸惑っておくよ」

終わりそうで終わらない!
つづく!


* 男宅

幼友「いやさ、わたしってさ、同年代の男の子の家に上がるのってはじめてなわけよ」

男友「それがなにか?」

幼友「唇パサパサする」

男友「緊張するってこと?」

幼友「そんな感じ」

妹「でもここはわたしの家でもあるよ」

幼友「そうか、そういう考え方をすればいいんだね」

妹「でも兄ちゃんの家でもあるよ」

幼友「そう、そうなんだよ。むずかしいね」


幼馴染「おじゃましまーす」

男「じゃまするなら帰れ」

妹「新喜劇してないで早く入ってよ、寒い」

妹友「ふたつの意味で寒いです」

男「今のはハートにグサッと来た。つららが刺さったみたいだ」

妹友「じゃあわたしがハートに火をつけてあげます」

男「どうやって」

妹友「チャッカマンで」

男「殺す気か」


男「で、お前らはなにしてんだ」

幼友「心の準備だよ」

男友「だってさ」

男「はあ。まあなんでもいいけどはやく上がれよ。寒いだろ」

男友「はやくこたつでごろごろしたいわ、おじゃまします」

男「じゃまするなら帰れ」

男友「はいはい、さっさとリビングに行こうぜ、幼友さん」

幼友「うん……おじゃましまーす」

男「じゃまするなら」

男友「しつこい。お前は指にくっついたアロンアルファか」

男「どこをどう見たら俺がアロンアルファに見えるんだよ」

男友「たとえだよ。比喩」

男「へたくそが。わかりにくいんだよ」

男友「うっせえばーか」


妹「どうする? もう夕飯にする?」

妹友「それともお風呂? それとも人生ゲーム?」

男「なんでその流れで人生ゲームなんだ」

妹友「野球盤のほうがいいですか?」

男「そういう問題じゃない」

妹友「どういう問題なんですか」

男「むずかしい問題だ」

妹友「そうですか。じゃあその問題について考えるのはやめておきましょう」

男「そうだな」


妹「それで結局、夕飯はどうするの」

男「俺はもうちょい後でもいいけれど」

妹友「妹ちゃんとお兄さんに任せます」

幼馴染「男と同じタイミングで食べる」

男友「俺も」

幼友「わたしも」

妹「わかった。だったら、もうすこししてから作る」

男「じゃあ、それまでこたつでだらだらするか」

妹「うん」




幼馴染「……」

妹友「……」

幼友「こたつでだらだらするって言ったよね、男くん」

男「うん」カチカチ

幼友「なにゆえゲームを始める?」

男「続きが気になっててさ」カチカチ

幼友「だからって日本で発禁のゴアゲーをリビングで始めるのはいかがなものかと」

男「いや、ホラーゲームだし」

幼友「まあ、うん、なんでもいいよ。わたしは大丈夫だけど、彼女と妹友ちゃんかドン引きだよ」

男「持ち堪えてくれ」

妹「あ、そこにプラズマカッターの弾が」

男「おう」


幼馴染「ホラー映画とかホラー小説とかお化け屋敷とか、怖いものっていろいろあるけどさ」ガタガタ

幼馴染「どうして自分から進んでそういうものを求めるのかが、わたしには理解できないよ」ガタガタ

妹友「同感です。まったくもって意味不明です」ガタガタ

男「怖いもの見たさというか好奇心というか、そんな感じじゃないのかな」カチカチ

妹「あ、にいちゃん、あの死体っぽいの、ぜったい死んだふりしてるよ」

男「撃ってみるか」カチカチ

男「うわ、ほんとだ。めっちゃ活き活きしてる」カチカチ

妹「やっぱり」

男「やべえちょっとびっくりしたわ」カチカチ

幼馴染(ぜんぜんびっくりしてないじゃん……)ビクビク


男友「妹ちゃんは平気なんだ、こういうの」

妹「隣で見てるだけなら」

男友「ふうん。幼友さんも?」

幼友「わたしはべつに大丈夫だけど」

男友「ほお」

男「あ、死んだ。ごめんよアイザック」

妹「うわ、これはちょっとキツイ」

妹友(目に針が思いっきり突き刺さってるのにリアクションうっす……)ビクビク


* 数時間後

幼馴染「」

妹友「」

男「ふう。そろそろ飯食うか」

妹「そうだね。準備してくる」

妹「ほら、妹友ちゃん、立って」

妹友「」スクッ

妹「行くよ」スタスタ

妹友「」スタスタ

幼友「ほら、あんたも」スタスタ

幼馴染「」スタスタ


男「……なんか、一気に静かになったな」

男友「……うどんができあがるまでは暇だな」

男「そうだな、しりとりでもするか」

男友「なんでそうなる」

男「お手軽でそれなりに楽しめる遊びじゃん」

男友「まあ、そうなるか……?」

男「じゃんけんとかいう運ゲーもつまらんだろ」

男友「たしかにそうだけどさ、しりとりもどうかと思うわ」


男「だったらどうすんだ」

男友「まず目を閉じます」

男「はあ」

男友「そしてキッチンを思い浮かべます」

男「うむ」

男友「そこでパスタちゃんとスパゲッティちゃんと妹ちゃんとこしあんちゃんが絡み合っている姿を想像します」

男「カオス」

男「しかも妹だけふつうかよ。あいつはペンネだ」

男友「じゃあ妹ちゃんがペンネになりました」

男「カオス」


男「というかよくよく考えたらさ、いま家に女の子が4人もいるんだよな」

男友「そうだな」

男「しかもご飯作ってもらってる」

男友「すごいよな」

男友「でも、幼友さんと妹友ちゃんって料理できんのかな」

男「まあ、妹と幼馴染がいるし、特に問題はないだろ」

男友「だといいんだけど。なんか幼友さんって不器用っぽい雰囲気でてる」

男「そうかな」

男友「妹友ちゃんはなんか元気がありすぎてやばそう」

男「分からなくはないかもしれない」




幼馴染「あんなの見てよく平気でいられるね」

幼友「まあ、こんなもんでしょ。ね?」

妹「グロテスクなだけで、怖くはないよ」

幼友「どうせ血なんかこれから嫌ほど見ることになるんだし」

妹友「どういうことですか」

幼友「大人の女になるということだよ」

妹友「大人になるって悲しいことなんですね」

幼友「そう、大人になるって悲しいことなの」


妹「ちゃっちゃと作っちゃおう」

幼友「思ったんだけどさ、4人ここにいても仕方ないんじゃないの」

幼馴染「というと」

幼友「カレーうどん作るのに4人も必要なの?」

幼友「カレーうどんって茹で上がったうどんをカレーに入れるだけじゃないの?」

妹友「いや」

幼馴染「それは違う」

幼友「え? そうなの?」


妹「カレーにだし汁を入れないと」

幼友「へえ」

妹友「カレーにうどんをぶち込んでも、カレーとうどんの味がするだけなんですよね」

幼友「それでいいんじゃないの?」

妹友「いいえ、よくないです。うどんとカレーを別々に食べてるみたいな味がしますよ」

妹友「あれはカレーうどんじゃなくて、カレーとうどんです」

幼友「トライフォースと、タライとホースの違いみたいな?」

妹「それは違うんじゃないのかなあ」

妹「というか妹友ちゃんはなんでそんなに詳しいの」

妹友「まずい晩御飯の味って記憶に残るもんだよ」

妹「ああ、失敗したことがあるんだね。どんまい」


幼馴染「幼友ちゃんって料理ができない系女子だったんだね」

幼友「う、うるさいな」

妹友「バレンタインデイに産業廃棄物を生み出してしまう系女子ですね」

幼友「やめて」

妹「雑」

幼友「いまのすごいグサッと来た。やばいよ。軽いビンタ2発の後にローリングソバットみたいなコンボだよ」

妹友「ガサツ系女子」

幼友「もうそれでいいよ」


幼友「もういいもん。わたしここで見てるもん」ツーン

幼馴染「拗ねた」

妹友「子どもですか」

幼友「わたしまだ子どもだしー。どうせうまくいかないですよーだ」ツーン

妹「かわいい」

幼友「あ、ありがとう」

妹友(なにこれ)

(つづく)




幼馴染「幼友ちゃんは、男友くんのことが好きなの?」

妹友「え、ふたりは離婚寸前の熟年夫婦みたいな関係に陥ってるんですか」

幼馴染「まだ愛しているかとかそういう意味じゃなくて」

妹友「あー、そういえばふたりは彼氏彼女の関係じゃないんでしたね」

幼友「うん、ぜんぜん違う」

妹友「信じられないです」

幼友「どうしてそう思う」

妹友「だって電車のあれを見たら、誰だってそう思いますよ」

幼友「あれは男友くんが勝手に寄りかかってきてただけで」

妹友「そうじゃなくて、お互いに寄りかかって寝てたじゃないですか」

幼友「え。なにそれ」


妹友「幼友さんが男友さんに寄りかかって、こう……ねえ?」スリスリ

妹「わたしに頬ずりするな」スリスリ

幼友「うそ、なにそれ。そんなことしてたの、わたし」

妹「ここまではやってない」

幼友「“ここまでは”って、わたしはどこまでやっちゃったわけ」

妹「男友くんに寄りかかって、こう……肩に頭のせて」グググ

妹友「ああっ、いたい、肩重い! 体重かけないで! 脱臼!」


妹「よいしょ」

妹友「ああっ……ふう」

妹友「……ええと、とにかく未だにふたりがお付き合いしていないというのが信じられないです!」

幼友「なにそれ、すっごいはずかしいんだけど」

幼馴染「それで、どうなの?」

幼友「どうって」

幼馴染「好きなの?」

幼友「まあ、うん。好きだけどさ、うん」

妹「顔赤い。赤血球みたい」

幼友「やばいよ。はずかしすぎて爆発しそう」

妹「ほんとうに?」

幼友「ごめん、たぶん爆発はしない」


幼馴染「いつから?」

幼友「なにが」

妹友「とぼけちゃって。はやく答えてくださいよ」

幼友「やだ」

幼馴染「却下」

幼友「はあ」

妹友「いつからなんですか? いつからなんですか?」

幼友「妹友ちゃんの目、すごいきらきらしてる。蛍光ペンで描いたみたい」

妹友「ごまかさないで、さあ、はやく」


幼友「ところで、カレーうどんはまだできないの?」

妹「まだ」

幼友「ああ、そう」

妹友「まあまあ、カレーうどんができるまでゆっくり話しましょうよ。グヘヘヘ」

幼友「なんか活き活きしてるね、妹友ちゃん。エンジニアを見つけたネクロモーフみたい」

妹友「そこに山があればマロリーは登るし」

妹友「そこに人参があれば馬は走るんですよ。エポナもアグロもパトリシアもオルフェーヴルも」

妹「おしりを叩かれながらね」ペシペシ

妹友「あふん、いたい」


妹「妹友ちゃんのおしりやわらかいね」

妹友「くすぐったいよ。それに、やわらかくないおしりなんておしりじゃないよ」

幼友「一理あるかもしれない」

幼馴染「でも幼友ちゃんのおしりはそうでもなさそう」

幼友「どうしてそう思うの」

幼馴染「なんていうか、身体の線が細いというか、引き締まってる感じがして」

妹「胸もちっちゃい」

幼友「妹ちゃんに言われたくはないよ」

妹「いや、幼友さんよりはあるよ」


幼友「うそおっしゃいな」フニフニ

妹「ひっ」

幼友「ああ……ほんとだ……けっこうある……」フニフニ

妹「くすぐったい」

幼友「ごめんよ、妹ちゃんは着痩せするタイプなんだね」

妹「そう、脱いだらすごいよ」

幼友「それは盛り過ぎじゃないかな」

妹「うん、ごめん。かなり盛った」


幼友「じゃあ次は妹友ちゃんだね」

妹友「な、なんでそうなるんですか」

幼友「あっちはどう見てもおっきいからね」

幼馴染「あっちって、ひどい言われようだよ」

幼友「ほら、ちょっとこっち来て。グヘヘヘ」

妹友「いやー! たすけて妹ちゃん」

妹「どれどれ」フニフニ

妹友「ひい! くすぐったい!」

妹「む……」フニフニ

妹友「あっ、あー。あー……」

幼友「どうなの」

妹「彼女は着痩せするタイプだ。脱いだらすごいよ」フニフニ

幼友「つまり」

妹「わたしよりあるかもしれない」

幼友「なんてこった」


幼友「いやさ、べつにいいじゃん。べつにさ、ちいさくたっていいじゃん」

幼馴染「そうだよ。大きくたって重いだけだよ」

幼友「一度でいいからそういう余裕な台詞を吐いてみたいよ」

妹「吐いてみたいって、言い方がきたない」

妹友「胸には愛と夢と希望が詰まってればいいんですよ」

幼友「うん、そうだよね。脂肪なんていらないよね、うん」

妹「ちっちゃいのが好きな人もいるよ」

幼友「うん、そうだよ。でもなんか悲しくなってきたよ」

幼馴染「カレーうどんできたよー」

幼友「運ぼうか」

妹友「そうですね」

まだあとちょっとつづくんじゃないかな




男「いただきます」

妹「どうぞ」

幼馴染「召し上がれ」

男「」ズルズル

妹「カレー飛び散ってるよ」

幼馴染「ほっぺたにカレーついてるよ」

男「ごめん」

妹「おいしい?」

男「おいしいよ」

幼馴染「よかった」

妹「わたしも食べようっと」


男友「いただきまふ」

妹友「でうぞ!」

幼友「めっしゃがれ」

男友「……幼友さんってさ、料理できるの?」

幼友「な、なんでいきなりそんなこと訊くの」

男友「いや、なんとなく思ったんだよね。幼友さんって料理苦手そうだなって」

幼友「苦手だったらどうなの」

男友「べつに。まあそんな感じがしてたし、くらいにしか思わないけど」

幼友「わたしってそんなに料理苦手っぽい雰囲気出てる?」

男友「白いシャツに染み付いたカレーうどんの汁並に滲み出てる」

幼友「言い過ぎじゃない?」

男友「いやあ、そんなもんじゃないかなあ」


妹友「するどいですねえ、男友さん。上靴に仕込まれた画鋲並みの鋭さです」

男友「上靴に画鋲って、陰湿だな。俺は陰湿で鋭いのか」

妹友「たしかに幼友さんは料理が得意ではないですね」

男友「あー、やっぱりか」

幼友「ちょっと黙ってみるってのはどうかな、妹友ちゃん」ジロリ

妹友「きゃー、こわい」ズルズル

幼友「すごい、うどん啜りながらこわいってよく言えたね」

妹友「特技の腹話術です」ムグムグ

男友「すげえ」


幼友「料理で重要なものって、なんだと思う?」

妹「調味料?」

妹友「知識?」

男「クックパッド」

幼友「ちがう。愛だよ。うん、たぶん愛だ。愛が必要なんだよ」

男友「つまり、へたくそでも愛があればどうにかなるって言いたいわけ?」

幼友「要約されると恥ずかしかったりする」

妹「顔赤いよ。午後の紅茶ストレートティーみたい」

幼友「もう料理下手ネタでわたしをいじるのやめようよ。たのしくないでしょ」

妹「わりとたのしいよ」

幼友「鬼め」


妹友「じゃあ、料理下手以外のネタでいじるのはいいんですか?」

幼友「よくない」

妹友「男友さん、幼友さんはこの4人の中でいちばん胸囲が小さいです」

幼友「なに言ってんの」

男友「んなもん見ればわかるよ。俺の目で見れば一発だよ」

幼友「へんたい」

男「いいことを教えてやろう」

幼友「いきなりどうしたの」

男「まあ、いいじゃん。とりあえず聞けって、な」

幼友「ほんとうにいいことなのかな、それは」

男「たぶん」

幼友「だったらどうぞ」


男「男友は、ちっちゃい胸のほうがいいんだってさ」

妹友「へえ……ロリコンですか……」

男友「いや、ちがうだろ。なんでロリコンになるんだよ」

妹友「アリコンですか……ルイス・キャロルですか……ドン引きです……」

男友「お前ばかやろう、なに言ってんだ。だからお前はばかやろうなんだよ」

男「ばかやろうはお前だばかやろう」

男友「」ギャーギャー

男「」ワーワー

妹友「……」チラッ

幼友「……」

妹友「……よかったですね?」

幼友「……まあ、結果オーライってことになるのかな」


* 食後

幼馴染「あのさ」

男「どした」

幼馴染「提案があるんだけど」

男「うん」

幼馴染「あ、あのね……来週の日曜日にね」

幼馴染「今度はいっしょに遊園地に行きたいなあ、って思って」

男「うん、じゃあ行こう」

幼馴染「い、いいの?」

男「行こう。ふたりで」

男「もう長い間メリーゴーラウンドに乗ってないんだよなあ」

妹友「ジョン・レノンですか」


妹友「いいですねえ、遊園地。いいですねえ、ラブラブで」

幼馴染「むふふふふ」

妹友「わたしあれが好きなんですよ。100円入れたら動くあれ」

男「どれだよ」

妹友「ほら、あれですよ。レトロな感じのあれです」

妹友「デパートの屋上とかにある、100円玉で動き回るあれです」

男「ああ、あれね。あれってそんなにいいもんかな」

妹友「むかしを思い出しますよね」

男「もうちょっと歳とってからそういう発言をするべきだと思うんだ」


妹友「遊園地かあ。遊園地なんてもう何年も行ってないなあ」

妹「そうだねえ」

妹友「え、妹ちゃんも遊園地とか行くんだ?」

妹「行くよ」

妹友「ちょっと意外かも」

妹「なんで」

妹友「妹ちゃんは遊園地ではしゃぐっていうよりも、水族館とかでひっそりしてる感じがして」

妹「わたしにも子ども時代があったんだよ」

男「いまも子どもだろ。なに言ってんだ」


男友「流れをぶった切って悪いけど、いま何時?」

男「んー、20時前くらい」

男友「妹友ちゃんはそろそろ帰らなくていいのか?」

妹友「うーん、そうですねえ。お母さんに連絡は入れてるけど、あんまり遅くなるのはまずいですよね」

男友「帰るのなら送って行くけど」

男「お前なに企んでるんだ」

男友「なにも企んでねえよ。ひとりで帰ったら危ないだろ」

妹友「紳士ですね?」

男友「まあね」

妹友「見直しました」

男友「ただのロリコンじゃないのさ」

妹友「ロリコンは認めるんですね」

男友「ちがう。いまのは言葉の綾だ」


幼友「男友くんだけだといろいろと心配だから、わたしもいっしょに行くよ」

男友「俺ってそんなに信用ないの?」

幼友「万が一ってこともある」

男友「たとえば?」

幼友「いろいろだよ」

幼友「男友くんがなにもないところで躓いて鼻の骨を折って、妹友ちゃんを送るどころじゃなくなるかもしれないじゃん」

男友「俺がなにかしないかじゃなくて、俺の心配をしてくれてるわけ?」

幼友「そういうことになっちゃうのかな」

男友「ありがとう」

幼友「どういたしまして」

妹友「まあ、もうちょっとだけゆっくりしてから行きましょう。こたつぬくい」ヌクヌク


男「みかん食べようっと」

妹「ほい」

男「皮剥いて」

妹「へい」

男「食べさせて」

妹「そりゃっ」ポイー

男「うむ」ムグムグ

男友「お前いっつもそうやってみかん食べさせてもらってるの?」

男「まあ、妹がいるときは」

幼友「駄目男だ」

男「みかんうめえ。こたつ最高」モキュモキュ




妹「そんじゃ、また明日ね」

妹友「うん、また明日。お兄さんもまたいつか」

男「おう。そのときはいっしょにサイレント・ヒルでもやろう」

妹友「ぜったいにいやです」

男「サイレント・ヒル2の方がいいか」

妹友「そういう問題じゃないです」

幼友「いや、デッドスペースの続きをやろうよ」

妹友「もうあんなゲームはごめんです」

妹「アリス・イン・ナイトメアとかはどうかな。PCだけど」

妹友「タイトルの時点で嫌な予感しかしないよ」


男「背後に気をつけて帰れよ。振り返っちゃだめだぞ」

妹友「なんですかその意味深な発言は」

男「まあ、とにかく後ろには気をつけろよ」

妹友「なんなんですか、後ろになにがあるっていうんですか」

男「ライト点けてない自転車とかが突っ込んでくるかもしれないしな」

妹友「それはたしかに危ないですね。気をつけます」


妹友「それじゃあ、失礼します」

幼馴染「またいっしょに遊ぼうねー」

妹友「はい、またいつか」

男友「そいじゃあ、また明日、学校で」

男「おう。気をつけてな。変な気を起こすなよ」

男友「起こさない」

幼友「大丈夫だよ、わたしがいるし」

男「だったらいいんだけどさ」


スタスタ

幼友「月明かりふんわり落ちてくる夜はー」

妹友「ふたりっきりじゃなくて残念でしたね?」

男友「なんの話?」

幼友「こっちの話」

妹友「でもわたしが家に着いたらそうなっちゃいますね」

幼友「そうだね」

妹友「うまいことやりましたね?」

幼友「まあね」


男友「20時ともなると、さすがに暗いなあ」

幼友「でも夜道ってなんかテンション上がるよね」

男友「わかるかも」

幼友「空でも飛べるような気がしてくるよ」

男友「飛んでみてよ」

幼友「ほっ、やっ」ピョンピョン

男友「飛べてない」

幼友「飛べないに決まってるじゃん」ピョンピョン

男友「そりゃそうだ」

妹友「楽しそうですね?」

幼友「夜のテンションだよ」ピョンピョン


妹友「おぶらーでぃー、おぶらーだー、らいふごーずおーん」

男友「いきなりどうした。夜っぽくない曲だな」

妹友「たしかにそうですね。でも歩いてるって感じがしません?」

男友「うーん、そうかなあ」

幼友「オブラディ・オブラダってどういう意味なんだろね」

男友「さあ、意味なんてないんじゃないの」

幼友「ドゥドゥドゥ・デ・ダダダ的な?」

男友「そんな感じじゃないのかな、知らんけど」

幼馴染の出番がいちばん少ないような気がするけど続く


男友「ところで、妹友ちゃんの家はどこなんだ」

妹友「あっちの方です」

男友「あっちか」

妹友「男友さんの家は?」

男友「こっち」

妹友「こっちですか。わたしの家とは真逆ですね。幼友さんは?」

幼友「こっち」

妹友「そっちですか。ふたりの家は近いんですね?」

男友「まあ、遠くはないな」


妹友「なんで逆方向なのに送ってくれるんですか?」

男友「なんでって、心配だから。女の子だし、なにか起こったらどうにもならないだろ」

妹友「それはそうですけど、わたし達って今日知り合ったばかりじゃないですか」

男友「それがどうしたんだ」

妹友「……」

妹友「……いいえ、なんでもないです!」

男友「夜なんだからあんまり大きな声を出さないほうがいいと思うんだよね、俺は」

妹友「じゃあ腹話術でしゃべります!!!」

男友「うるさい」


妹友「じゃあ男友さんは、幼友さんも送って行くんですか」

男友「まあ、そうだな。そういう予定」

妹友「ふうん? よかったですね?」

幼友「そうだね、超よかった。あいむそーはっぴー」

幼友「男友くんが送ってくれるだなんて、もう死んでもいいくらいにうれしいよ」

男友「すげえ棒読み」

妹友「風邪ひいちゃだめですよ、男友さん」

男友「はあ、どういう意味?」

妹友「そのまんまの意味です。寒いですからね、“風邪をひかないように気をつけて”」

男友「おう」


* 妹友宅

妹友「送ってくれてありがとうございます! この恩は一生忘れません!」

男友「明日の朝には忘れてたりしてな」

妹友「あり得ますね」

男友「あり得るのかよ」

妹友「もしかするとですよ。この先なにが起こるかなんて、誰にもわかりませんからね」

妹友「それでは、がんばってくださいね! 失礼します!」

がちゃ

ばたん

男友「がんばれって、なにをがんばればいいんだろう」

幼友「こっちの話だよ。さあ、わたし達も帰ろうか」


スタスタ

男友「いったいなんだったんだろう、あの子。竜巻みたいな子だった」

幼友「おもしろい子だったね」

男友「おもしろいというか、個性的というか」

幼友「ミスター・ブライトサイドって感じだよね」

男友「女の子だけどな」

男友「まあとにかく、楽しそうなんだよなあ。俺もああいう風になりたいよ」

幼友「男友くんは今のままでいいよ」

男友「うーん……変わらなきゃだめな気がするんだけどなあ」

幼友「今のままの方がいいよ」

男友「そうかな」

幼友「誰かも言ってたよ、『彼らが何と言おうと、君自身でいることだ』って」

男友「ふうん」


男友「けっきょく、風邪をひかないように気をつけてって、どういうことなんかな」

幼友「たぶん、雨のことじゃないかな」

男友「雨?」

幼友「空」

男友「ほんとうだ、曇ってる。気付かんかった」

幼友「うっかりさんめ」

男友「なにそれ、ちょっとかわいい」

幼友「こっくりさんみたいでいいよね。わたしも好きだようっかりさん」

男友「うん……うん? うーん、こっくりさんかあ……」


幼友「曇ってはいるけど、雨は降らないと思うなあ」

男友「どうしてそう思うんだ?」

幼友「わたしが晴れ女だからかな? もうちょっとがんばれるよ、たぶん」

男友「ということは、幼友さんが家に着いた瞬間に雨が降り始めたり」

幼友「男友くんが“持っていない男”なら、あり得るかもね」

幼友「その時はわたしの傘を貸してあげよう」

男友「ありがとさん」


男友「幼友さんって晴れ女だったんだな」

幼友「多少はね」

男友「ほんとうに降らないの?」

幼友「わたしが家に着くまではぜったいに降らない。賭けてもいいよ」

男友「ふうん。降ったらどうする?」

幼友「男友くんの言うことをなんでも聞くよ」

男友「“なんでも”」

幼友「そう、“なんでも”。代わりに、降らなかった場合は」

幼友「次の日曜日、わたしといっしょに遊園地へ行ってほしいな」


男友「次の日曜日に遊園地って、またストーカー?」

幼友「そう」

男友「わかった。降らなかったらな」

幼友「降ったらわたしにどうしてほしい?」

男友「うーん……」

幼友「……」

男友「……うん。降ったらだな」

幼友「うん」

男友「幼友さんは次の日曜日、俺といっしょに遊園地へ行く。うん、そうしよう」


幼友「なにそれ、またあのふたりのストーカーをするの?」

男友「そう」

幼友「顔赤いよ」

男友「寒いからな、うん」

幼友「マフラー貸したげようか?」

男友「いや、大丈夫」

幼友「風邪ひいちゃやだよ」

男友「うん」


* 幼友宅

ザアアアアア

幼友「雨だね。あれだよ、バケツをひっくり返したようなってやつだね」

男友「ほんとうに幼友さんの家に着いた瞬間に降り始めた」

幼友「だから言ったんだよ」

男友「びっくりするわ」

幼友「参ったか」

男友「参ったなあ。いろんな意味で参るよ」


幼友「賭けはわたしの勝ちだね」

男友「あー、悔しいなー」

幼友「悔しいでしょう。約束通り、日曜日はわたしと遊園地ね」

男友「晴れたらな」

幼友「晴れるよ。賭けてもいい」

男友「そうだな、晴れるに違いない」

幼友「賭けないんだ?」

男友「俺って、“持ってない男”だからな」

幼友「負けたくないだけなんじゃない?」

男友「幼友さんになら負けてもいいかも、と思う」

幼友「なにそれ」

男友「なんとなくそう思っただけ。深い意味はない、たぶん」


男友「じゃあ、俺はそろそろ帰るとするよ」

幼友「……」

男友「傘、借りてもいいかな」

幼友「やだ」

男友「え」

幼友「もうちょっとだけここにいて」

男友「な、なにそれ」

幼友「そのまんまの意味。もう少しだけ、ここにいてほしい」

幼友「もしかすると、雨脚が弱まるか、止むかもしれないし」

男友「そうだな……じゃあ、もう少しだけここにいる」

幼友「ありがと」

男友「こちらこそ」


幼友「寒いね」

男友「そうだな。息も真っ白だ」ハアー

幼友「でも、雨っていいよね」

男友「そうかな」

幼友「傘とか合羽とか、水溜りとか雨上がりとか、好きなんだよね」

幼友「なんていうんだろ、子供っぽいというか、無邪気というか、純粋な感じが好き」

男友「あー、分からなくはないかも」

幼友「でしょ」

男友「長靴とかも好きそう」

幼友「そうだね、好きだよ」


幼友「雨音を聞きながら、ぼうっと雨を眺めてたいよね」

男友「そうだなあ、寒いけど」

幼友「寒いけど、ずっと眺めてたい」

男友「ずっと」

幼友「こうやって、ふたりでさ」

男友「……そうだな」

幼友「このまま寝ちゃったりしてさ」

男友「それはまずいだろ」

幼友「たぶん、すごくいい夢が見られると思うんだよね」

男友「そうかなあ」


ザアアアアア

幼友「止まないね、雨」

男友「雨脚も弱まるどころか強まってるような気がする」

幼友「引き止めちゃってごめんね」

男友「いや、俺が“持ってなかった”だけだよ」

幼友「……そろそろ行く?」

男友「そうだな、そろそろ」

幼友「ん、じゃあこれ、傘」

男友「ありがとう」


幼友「送ってくれてありがとね。それに、今日はたのしかったよ」

男友「うん、俺もたのしかった」

幼友「気を付けて帰ってね。事故なんかしたらやだよ」

男友「俺だっていやだよ」

幼友「風邪にも気を付けて」

男友「なんかお母さんみたいだ」

幼友「それ誰かにも言われた気がする」


男友「じゃあ行くわ」

幼友「寒くない?」

男友「そりゃあ寒いけど」

幼友「わたしのマフラー、貸す」クルクル

男友「いや、大丈夫だって」

幼友「いいから。長いものには巻かれろって言うでしょ」クルクル

男友「そういう意味ではないと思うんだけど」

幼友「よし、おっけー。似合ってるよ、男友くん」

男友「お、おう」

男友(なにこのマフラーめっちゃいい匂いする)クンクン

幼友「あんまりにおい嗅がないでよ。はずかしい」

男友「ごめん」

幼友「わたしがいないところで嗅ぐようにして」

男友「そうする」


男友「傘とマフラーは明日の朝返しに行くよ」

幼友「ん、風邪拗らせて学校休んじゃだめだよ」

男友「大丈夫だよ、傘とマフラーがあるし」

幼友「そっか」

男友「また日曜日はよろしく」

幼友「こちらこそよろしく。今後ともよろしく」

男友「おう。そんじゃあ」

幼友「あ、ちょっと待って。最後にひとつ訊いてもいい?」

男友「なに?」

幼友「料理のできない女は、きらいだったりする?」

男友「いや、べつにそんなことはないけど。まあ、できないよりはできる方がいいけどさ」

幼友「わかった。ありがとう」

男友「じゃあ、今度こそ」

幼友「バイバイ。また明日ね」

もうちょっとだけ続くんじゃ


* 翌日 学校

幼友「おはよう、風邪拗らせてない?」

男友「おかげさまで」

男友「これ、マフラー。きのうはありがとう」

幼友「あれ、傘は」

男友「ええと、まあ、なんというか、家に忘れちゃったというか」

幼友「うっかりさんめ」

男友「ごめん」

幼友「いいよ、べつに。たぶん今週はずっと晴れだから」

男友「そうなんだ?」


幼友「マフラー、におい嗅いだの?」

男友「まあ、はい、ちょっとだけ。ごめんなさい」

幼友「ちょっとだけ」

男友「そう、ちょっとだけ」

幼友「……」

男友「……」

幼友「……ほんとうに?」ジトー

男友「ごめんなさい、もう死ぬまでマフラーの匂いは嗅がなくてもいいってくらいには嗅ぎました」

幼友「正直でよろしい」

幼友「まあ、そんなことはべつにどうでもいいんだけどね」

男友「あ、どうでもいいんだ?」


幼友「きのうの約束、覚えてるよね」

男友「やくそく」

幼友「覚えてるよね」

男友「つぎの日曜日は遊園地に行くってやつ?」

幼友「そう、それ」

男友「それがなにか」

幼友「ううん、なんでもない。ただ確認したかっただけ」

男友「そうですかい」

幼友「たのしみだねえ」

男友「そうだなあ」


* 昼休み

男「おっす」

男友「おっす」

幼友「おっす」

男「なに、ふたりでご飯食べてんの?」

男友「まあ、そうだな、うん」

男「ふうん」

幼友「今日はそういう日なんだよ」

男「幼友も大変だな」

男友「どういう意味だよ」

男「深い意味はない」


男友「そんで、けっきょく何なんだ。どうしたんだ」

男「いや、いっしょに飯食おうかなあと思っただけ」ヨイショー

男友「愛妻弁当の自慢をしに来ただけじゃねえの」

男「半分くらいはそんな感じかもしれない」

幼友「嫌なやつだ」

男「俺はそういうやつだよ」

幼友「開き直っちゃって。それで、嫁は?」

男「部活か委員会か、なんかそれの用事だって」

男友「そんで、お前は幼馴染ちゃんから弁当だけもらってきた」

男「うん」

男友「幼馴染ちゃんも大変だ」


男「なあ、もしかして、俺ここにいない方がいい?」

幼友「なぜそう思う?」

男「いやあ、なんとなくね。出来上がったジグソーパズルみたいな雰囲気というかね」

男友「べつにいない方がいいとか、そんなことはないけど」

男「そう? だったらいいんだけどさ」

幼友「それで、愛妻弁当はどうなの」

男「どうなのって、いつもどおりじゃないの」パカッ

男友「なんかその言い方むかつくわあ」


男「……」

男友「どうした」

男「いや……なんだこの黒っぽいの」

幼友「なんだろうね、これ」

男友「どれどれ」

男友「……あー、はいはい、なるほど」

男「なんだその意味深な反応」

男友「これはあれだろ、お前の好きな」

男「俺の好きな?」

男友「キクラゲ」

男「キクラゲ?」

男友「海月だけに、みたいな」

男「……」

幼友「……」

男友「……なんかごめん」


男「どれどれ」ムグムグ

男「ああ、ほんとだ。キクラゲだわ」

幼友「なにこのリアクションに困るおかず」

男友「幼馴染ちゃんなりの愛情表現みたいなもんじゃないの」

幼友「歪んでるというか、ずれてるというか」

男友「まあ」チラッ

男「キクラゲうめえな……」ムグムグ

男友「言っちゃあ悪いけれど、あいつとお似合いの女の子だしなあ」

幼友「納得出来ないようで納得できちゃう、かも」




幼馴染「男ー?」

男「ん、おお」

幼馴染「おっす!」

幼友「おっす」

男友「おっす」

男「用事は終わったのか」

幼馴染「うん」

男「お弁当、おいしかったよ」

幼馴染「そっか、よかった。うれしい」


男友「なんか、なんなんだろうなあ」

幼友「どしたの」

男友「いやあ、平和だよなあ、と思ってさ」

幼友「いいことだよね」

男友「そうだな」

幼友「あ、そうだ。男くんのお嫁さん」

幼馴染「はい?」

幼友「あれ、もうちょっと恥じらいを含んだ返事を期待してたんだけど、まあいいや」

幼友「あんたがいっつも着てるようなひらひらふわふわした服ってあるじゃん」

幼馴染「うん」

幼友「ああいうのって、わたしが着ても似合うと思う?」


幼馴染「うーん、どうだろう。幼友ちゃんのそういう格好は想像しにくい」

幼友「そっか」

幼馴染「着るの?」

幼友「かもしれない」

幼馴染「どうしてまた急に?」

幼友「なんとなくね、なんとなく」

男友「幼友さんが、幼馴染ちゃんみたいな格好」

幼友「どうかな」

男友「いいと思う。俺は好きだよ、ああいうの」

幼友「じゃあ、ちょっとだけ頑張ってみる」フンス

幼馴染「はあ、なるほどねえ、そういうこと」


男「あー、ちょっと外の空気吸いに行って来る」

男友「おう、光化学スモッグ注意報が出てるぞ」

男「適当なこと言うな。久しぶりに聞いたわ、そんな単語」

幼友「さむいのに、よく外に行く気になれるね」

男「たまにあるんだよ、そういう時がさ」

男「なんにも考えずに、ただ散歩したい日とかあるだろ。そういうのと同じ」

男友「まあ、わからなくはないけど」


男「じゃあ行ってくる」

幼馴染「あ、わたしも行く」

男「お昼食べたのか?」

幼馴染「まだだよ。でも、あんまりお腹減ってない。それに」

男「それに」

幼馴染「男のとなりがいい」

男「そっか。じゃあ適当に散歩でもしよう」

幼馴染「うん」

男「じゃあ、あとはふたりでゆっくりどうぞ」

幼馴染「どうぞー」


男友「けっきょく、なんだったんだ、あいつら」

幼友「恋人自慢しに来たんじゃなくて?」

男友「いやあ、あいつらがそんな意地の悪いことを思いつくとは思えない」

幼友「冗談だよ」

男友「さあ、じゃあ俺もどっかに行くかな」

幼友「わたしもついて行っていい?」

男友「べつにいいけど、どこに行くかは考えてないぞ」

幼友「男友くんの行くところへ連れてってくれればいいよ」

男友「なにそれ」

幼友「連れ去られたい願望があるんだよね、わたし」

男友「はあ、そうですか」

幼友「ていくみつーざぷれいすうぇあゆーごー」


男友「うーん、図書室にでも行くかなあ」

幼友「男友くんって本なんか読むの?」

男友「読まない」

幼友「やっぱり?」

男友「でも、ごんぎつねとかは好きだよ」

幼友「それってもしかして、国語の教科書が好きなんじゃないの?」

男友「かもしれない」

幼友「そんな男友くんが図書室に行ってなにをするの?」

男友「暖房が効いた部屋で寝る」

幼友「なるほどねえ。男友くんらしいというか、なんというかね」


男友「俺らしさって、なんだろう?」

幼友「優しいところとか?」

男友「それは俺に限ったことではないし、そもそも俺って優しいの?」

幼友「優しいよ」

男友「そうなんだ」

幼友「うん、すっごく」

男友「……なんか恥ずかしいぞ」

幼友「もっと恥ずかしがってもいいんだよ。わたし、男友くんの困った顔がけっこう好きだよ」

男友「……幼友さんにはサディスティックな面もあったりするのかな?」

幼友「男友くんの困った顔はいいもんだよ、うん。すごくいいよ」

男友「うーん……」


* 屋上

男「冬に屋上なんかに来たって仕方ないのにな。でも、なんか変な魅力があるよな、屋上って」

幼馴染「誰もいないね」

男「日が出ててもこんだけさむいからなあ」

幼馴染「手をつなげばあったかいよ」

男「そうだな」ギュ

幼馴染「……」ギュ

男「……」

幼馴染「……やっぱりちょっとさむいね」

男「仕方ないさ」


男「きのうは、けっきょくワンちゃんのお墓参りに行けなかったな」

幼馴染「またいつか、ちゃんと行こうね」

男「うん。つぎの日曜日にでも行けるし、そのつぎの日曜日にでも行ける」

男「ずうっとみんなでいられたらいいのになあ」

幼馴染「そうだねえ」

男「俺たちはずっとこうしていような」

幼馴染「ずっとだよ。やくそくだよ」

男「もちろん」


男「来週の日曜日は遊園地に行って」

男「そのつぎの日曜日はどうしようか?」

幼馴染「男といっしょにいられるんだったら、わたしはなんだっていいよ」

幼馴染「男の行くところに連れてってね」

男「うん。じゃあ……」

幼馴染「なに?」

男「再来週の日曜日は、いっしょにレッサーパンダを見にいこう」

幼馴染「うんっ」

ここでおしまいということで

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年03月12日 (木) 13:11:20   ID: 5qZ3SvY2

幼友かわいい

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