杏「ねぇプロデューサー、おやすみしようよ」(67)

双葉杏(17)


P「だめです」

杏「けち」

P「ダメなものはダメ」

杏「ちぇっ、いけず」

P「なんとでもいえ、仕事行くぞ」

杏「まぁ、いいけど」

P「何がだ?」

杏「家からはもう、でれないから」

P「……は?」

P「何を言ってるんだ?」

杏「そのままの意味だよ、プロデューサー」

P「バカなこと言ってるんじゃない、仕事にいくぞ」

杏「仕事仕事ってそればっかり。プロデューサーは寂しい人だよね」

P「なんとでもいえ。俺は皆をプロデュースしている時が一番幸せなんだ」

杏「そっか、みんなをか……」

P「そうだ。ほら、さっさと外に……っ!?」

杏「やっと気づいた? もう。プロデューサーって案外鈍いんだね」

P「ドアノブが……無い……? 埋められてる」

杏「ほら、でれない」

P「おい、冗談はよせ。どういうことだ」

杏「割とがんばったんだよ。すごくない? 杏が働いたんだよ?」

P「こんなところに労力を使ってどうするんだ……だいたい、こんなのどうやって」

杏「別に、プロデューサーが入ってこれるように外側をふさいでなかっただけだよ?」

P「どうするつもりだ、こんなの」

杏「どうもしないよ? だって休みたいんだもん」

P「……笑えないな。電話で誰か呼べばすぐに出られるぞ?」

杏「あー、そっか。そういうのもありか」

P「そうだ。働きたくないからってこういうのは無しだ」

杏「んー、それもあるけどさ。それだけじゃないっていうか……」

P「じゃあなんだっていうんだ?」

杏「まぁ、いいよ。ゆっくりしようよプロデューサー」

P「ゆっくりだと? 今日の仕事はどうする?」

杏「仕事は休み。いいでしょ?」

P「よくないから言ってるんだ」

杏「仕事と杏、どっちが大事なの?」

P「……俺は杏に仕事をして欲しい」

杏「そっか。じゃあ今だけでいいからわがままを聞いてよ」

P「わがまま?」

杏「ご飯食べたい。作って」

P「飯……食うのか?」

杏「プロデューサーが作るなら」

P「食ったら仕事いくからな……まずは連絡を」

杏「……」グッ

P「ちょ、なにするんだ」

杏「連絡はあとでいいでしょ。ごはんだよ、ごはん……ほら、遅刻しちゃうよ?」

P「……外に出られないんだ、電話しなきゃ。わかるだろ?」

杏「だったらさっさとご飯作ってよ。お腹減って死んじゃうよ」

P「だからすぐに来れるようにだな」

杏「いいから、早く」

P「……わかったよ。簡単なものだけどな」

杏「そうそう、流石プロデューサーだね。えらいえらい」

P「はいはい……じゃあ台所借りるぞ」

杏「うん、お願い」

杏「……」

杏「プロデューサーの携帯、いらないよね」ググッ…

 パキッ

P「杏、ご飯できたぞ」

杏「あ、ご苦労様」

P「さ、携帯返せ」

杏「ごめんね、プロデューサー」

P「どうした?」

杏「踏んづけて壊しちゃた」

P「……おいおい」

杏「てへ、杏にもドジ属性がついちゃったかなー」

P「ドジは歌鈴だけで十分だ。仕方ない……家の電話借りるぞ」

杏「あ、固定電話なら置いてないよ。めんどくさいから」

P「……おいおい」

P「じゃあ携帯、携帯を貸せ」

杏「えー。プライバシーの侵害だよ?」

P「プライバシーどころの問題じゃないだろ、まったく。ほら」

杏「はぁ……ちょっとどこに置いてあるかわかんないや」

P「げっ……この部屋から探すのか……」

杏「あとでやろう。ね? そうそう、プロデューサー」

P「うん?」

杏「とりあえず杏にご飯作ってくれたご褒美に飴分けてあげる」

P「……いいのか?」

杏「うん、今日の私はすごく機嫌がいいんだ。だからいい」

P「それじゃあ、まぁ……もらっとくかな。ありがとう」

杏「いいよ、別に。まぁご飯食べたら携帯探そうね」

P「おう、そうだな……まったく、悪ふざけも大概にしとかなきゃだめだぞ?」パクッ

杏「そうだね、ふざけるのはここまでだと思うから」

P「は? 何……いってるんだ……?」

P「……ん、あれ?」

杏「あ、おはよう。プロデューサー」

P「つっ……頭いてぇ……って、あれ?」ギシッ

杏「あはは、ゆっくり寝てたもんね」

P「……ちょっと待て、今何時だ? 仕事は? なんで、手が縛られてるんだ?」

杏「ないよ、なんにもない」

P「おかしいだろ? おい、冗談はよせ……」

杏「うん、冗談も悪ふざけももうやめるよ」

P「杏……?」

杏「もう夜だもん、冷えるよね。ちょっと膝貸して」

P「杏、どうしたんだ? おかしいぞ」

杏「おかしい? 杏はいつもどおりだよ」

P「そんなわけない。いくら仕事が嫌だからってこんな監禁みたいな真似するわけないじゃないか」

杏「あぁ、お仕事が嫌だから縛ったわけじゃないよ。プロデューサー」

P「じゃあ、どうしてこんな真似を……」

杏「一緒にいたかったんだもん。仕方ないよね」

P「仕方ない……? そんなわけあるか」

杏「仕方ないんだよ。諦めようよ」

P「諦めるってなんの話だ? 今ならまだ許してやる、早くひもをほどけ」

杏「嫌だ。プロデューサー、あったかいね」

P「……なぁ、杏」

杏「何?」

P「こんなことして、どうする気だ?」

杏「どうもしないよ。こうやってるとあったかいから」

P「違う。このままいれば外にも出られないんだろう? どうする気だ」

杏「簡単だよ、外に出なければいいんだもん」

P「飯とか、あるだろう? どうするつもりだ」

杏「たくさんたくさん、買ってあるよ。大丈夫だよ」

P「それが無くなったら」

杏「……うーん、そうしたら一緒に、ずーっとずーっと寝てればいいや」

P「あん、ず……?」

杏「大丈夫だよ、プロデューサー。ただ一緒にいたいだけなんだから」

P「ただ一緒にいたいだけ、でこんなこと……だいたい、俺がいないってわかれば捜索も来るぞ」

杏「それはやだなあ、めんどくさいし」

P「そうだろ? なら、やめよう」

杏「でも、やめたくない。だからどうにかなるって思う」

P「なるわけないだろう。事務所の皆だって……」

杏「心配するかな。プロデューサーを? 杏を?」

P「両方に決まってるだろ」

杏「違うよ、プロデューサーが呼ばなきゃ私は外には出ないんだよ。だからサボっていてもあとまわし」

P「……」

杏「ね。納得した?」

P「そうじゃない……たとえそうだとしても、俺を探す人はいる」

杏「……そういうのは、もう。めんどくさいしほおっておこう」

P「俺が杏を迎えに来ていることは皆知ってるんだ」

杏「ううん、知らないよ。誰も知らない」

P「なんだと?」

杏「だって皆が知ってる杏の家は、ここじゃないから。プロデューサーが来てくれるここは、私達の家なんだよ」

P「そんな、バカな。だって唯が遊びに行ったって……」

杏「うん、遊びに来たことあるよ。杏の家に。でもここじゃない」

P「……それでも、こんな穴だらけの計画」

杏「いいよ、ぼろぼろでも、ぐしゃぐしゃでも。杏はただ一緒にいたいだけなんだもん」

P「杏……?」

杏「たぶんね、そんなにずーっとずーっとはいられないんだろうなぁって思うんだ」

杏「だけど、仕方ないよね。いっぱい考えるのってめんどくさいんだもん」

P「だったら、なんでこんな」

杏「言ったでしょ? 一緒にいたいって。それだけ」

P「だったら、いいじゃないか。一緒に仕事をしていれば、それで」

杏「ううん。ダメだよ。プロデューサーは他の人の担当もしてるから」

P「それは、俺が」

杏「うん。プロデューサーが、プロデューサーだからだね」

P「……わかっているなら、どうして」

杏「わからないから、こうしてるんだ」

P「杏……」

杏「ほら、プロデューサー。そんなことよりだらけようよ」

P「……」

杏「いっぱい話して、疲れちゃった。掛け布団あるよ。一緒にくるまろう」

P「……あぁ、そうだな」

杏「やった、流石プロデューサー」

P「……」

杏「ねぇねぇ、これさ、ふかふかで気持ちいいんだぁ。いいでしょ」

P「そうだな、うらやましいな」

杏「大丈夫だよ。これ、2人のだから。えへへ……」

P(……あぁ、仕事の最中も見せなかった笑顔だな。始めてみた)

杏「どうしたの?」

P「……なんでもないさ」

杏「そっか。じゃあ、おやすみ」

P「……」

杏「んぅ……」

P「縛られてるとはいえ、男に抱きついて寝るか……」

P「監禁か……杏は……」

P「……」

杏「……ん、ふふっ……」ギュッ…

P「……」

P「最近は……」

P「仕事を、楽しんでくれてると、思ってたんだけどな……」

P「……寝るか」

杏「あ、おはよう」

P「……おはよう。杏が早起きなんて珍しいな」

杏「まぁね。たまにはこういうこともあるよ」

P「そうか?」

杏「うん、そう」

P「……このひも、ほどいてくれないか」

杏「それはダメかな」

P「逃げないさ」

杏「うん、逃げられないけど」

P「じゃあ、どうして?」

杏「なんとなく」

P「……」

杏「それに、ほら」

P「インスタントの、おかゆ……?」

杏「杏がお世話してあげられるでしょ。口あけて?」

P「……あぁ」

杏「プロデューサーも幸せ者だね。私に面倒見てもらえる人なんて、他にはいないんだから」

P「うん、そうだろうな」

杏「えへへ……」

P(俺は、何かを間違えたのか?)

P「杏、ずっと同じ服じゃ臭わないか?」

杏「ううん、大丈夫。だからこのままでいいの」

P「……」

杏「いいにおいだよ。好き」

P「そうか……杏、俺は……」

杏「なに?」

P「……プロデューサーとして、間違っていたか?」

杏「そんなことないよ。プロデューサーは、プロデュース以外でも、いろいろしてくれて感謝してるんだから」

P「そう、か」

杏「めんどくさいことなんて、考えなくていいよ。ほら、たっぷりおやすみしよう」

P「……杏、トイレにいかせてくれ」

杏「うん、わかった。いこう」

P「……ひもを、ほどかないのか」

杏「お風呂場でしちゃえばいいよ」

P「ズボンは……」

杏「おろしてあげるから」

P「……アイドルが、そんなこと」

杏「もう、アイドルはやめたから。プロデューサーも、プロデューサーじゃないんだよ」

P「……」

杏「別に、まぁ。そういう動画や画像見たことないわけでもないし、平気だから」

P「……今日で、3日目か」

杏「トイレにも慣れた?」

P「あぁ……」

P(ただ、起きて、ちょっとの飯を食べて、杏に抱きつかれながら、なにもせずに日が沈むまでいる)

P(トイレに行く時は、杏と一緒に。腕は外されないが、抵抗しようと思えばできるはず)

P(それ以前に、杏が寝てからならチャンスもあるはずなんだ)

P(……俺は)

杏「……プロデューサー?」

P「あぁ、どうした?」

杏「何か、考え事?」

P「……少しな」

杏「そっか、そんなめんどくさいことやめればいいのに」

P「なぁ、杏」

杏「なに?」

P「風呂に、入らせてくれないか」

杏「気にならないよ?」

P「俺が、気になるんだ。杏のことも」

杏「じゃあ、洗ってくれる?」

P「……アイドルがそんな」

杏「アイドルじゃない」

P「……それでも、女の子だろう。そういうことはいうな」

杏「いいよ。杏は、どっちでもいい。しても、しなくても」

P「……」

杏「傍にいれば、それでいい。それだけでいいの」

P「……」

杏「あー、きもちいい」

P「そうか、よかった」

杏「プロデューサー、身体洗うの上手だね」

P「誰がやっても変わらないさ」

杏「変わるよ。変わってる」

P「そうか、じゃあ俺も」

杏「あらってあげようか?」

P「いや、いい」

杏「ふーん、そう。わかった」

P(俺の手のひもは、外れてる。杏の頭を洗っている時なら、簡単に逃げれたはずなのに)

P(俺は、逃げなかった)

杏「ん、さっぱりした」

P「だろ」

杏「服、はい」

P「……俺のか?」

杏「まぁ、適当におっきいの買っておいたんだ。もしかしたら着替えないといけないかもしれなかったから」

P「そうか。ありがとう」

杏「どういたしまして」

P「……ひも、もういいよ」

杏「そっか」

P「あぁ」

P「杏」

杏「なに?」

P「……俺はさ、杏にとって必要な人だったのか?」

杏「うん。プロデューサーだけで、よかったみたい」

P「そうか……」

杏「そうなんだ」

P「……飯、俺が作ろうか」

杏「できるの?」

P「初日に作ってやっただろ」

杏「そっか。買ったはいいけど使ってない食材、冷蔵庫にまだあるから」

P「あぁ、わかった」

P「どうかな」

杏「うん、美味しい」

P「そっか」

杏「プロデューサーも食べなよ」

P「あぁ、そうする」

杏「食べさせあい、する?」

P「……そうだな」

杏「じゃあ、くちあけて」

P「あぁ……ん。うん」

杏「あーん」

P「はい」

杏「うん……まぁ、味は変わんないね」

P「そういうもんだろ」

杏「でも、美味しい」

P「そうか、よかった」

P「なぁ、杏」

杏「どうしたの?」

P「今日はさ、俺の方から抱きついていいかな」

杏「……いいよ。好きにしていい」

P「いや。ただ、ぎゅっと、してたい」

杏「……何それ? 変なの」

P「そういう時もあるんだよ……それに」

杏「あっ……」

P「……うん。やっぱり風呂入ったほうがいいにおいだと思うけどな」

杏「……杏は、プロデューサーのにおいならどんなのだって、好きだけどな」

P「そういう話じゃないさ」

杏「じゃあ、どういう話?」

P「……うまく説明できないかな」

杏「そっか、じゃあいいや。めんどくさそうだから」

P「……」

杏「あぁ、うん」

P「どうした?」

杏「ううん、ぎゅってするのも、気持ちいいけど」

P「されるのだって、悪くないだろ?」

杏「うん。布団よりずっとずっとあったかい」

P「……杏」

杏「なぁに、プロデューサー」

P「俺はさ、間違えたのかな」

杏「……よくわかんないや。めんどくさい」

P「そうか、めんどくさい、か」

杏「そうだよ、めんどくさいよ。失敗とか、成功とか、難しいし、嫌になるから」

P「……」

杏「だからさ。ねぇプロデューサー、おやすみしようよ」


おわり

たまには、まぁ。次はたぶん、普通のだりーなのはず

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