唯「FD空間?」 (133)

3階建ての広い家のダイニングで、二人ぼっちで食事をとっている女の子達。
平沢唯と、平沢憂。
彼女達の両親は家を空けがち。理由は、旅行好きだからとか、仕事だからとか、そういうことになっている。

唯「憂~」

憂「なあに?」

唯「次お父さんお母さん帰ってくるのいつかなぁ」

憂「うーんと…明日着くって言ってたよ?」

唯「そっか!」

翌日は金曜日。週末は家族で過ごせそう。それを知った唯の顔がほころぶ。

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………
翌日。
唯と憂が一緒に登校している。
その通学路の脇では、最近工事が始まっていた。
大きめの建物を作る工事で、骨組みが作られ、今日もクレーンが資材を運んでいる最中。
その脇を唯と憂が通りかかる。

唯「何作ってるんだろうね~」

憂「え?ごめん、音がうるさくて聞こえないよ」

唯「何を作ってーー」

その時、ガコン、と一際大きな音がした。
そのせいでまた唯の言葉を聞きとれなかった憂は、唯のほうへ視線を向け、唯のほうへ意識を集中する。
だから、気づかなかった。自分の真上に、金属の塊が落下してきていることに。

唯「あ、えっ、あぁ…ダメ、ダメーーー!」

唯は気づいた。
でも、叫ぶことしかできなかった。
私も、思わず目をつぶってしまった。

…目を開けると、まばゆい光。
叫んだ唯の額に何か紋章のようなものが浮かびあがり、唯の周りには魔法陣のような模様が現れ、あたりはスローモーションのようになって金属の塊はまだ憂の頭上にあった。

そして、意思を失い人形のような表情の唯の背中から、巨大な白い翼が出現する。
憂は、頭上の金属塊など気づかず、ぽかんと唯を見つめている。
唯が何か叫び声を上げると、光が集まってきて金属塊を包み…
一際激しい発光とともに、消滅した。

憂「……え……」

何が起こったかわからない憂。
しかし、翼が消え意識を失った唯が目の前に落下すると、我に返る。

憂「お、お姉ちゃん!?大丈夫、お姉ちゃん!!」

唯は応えない。

憂「お姉ちゃん!お姉ちゃん!!大変、どうしよう…救急車、救急車!」

憂はなんとか冷静になり、救急車を呼んだ。
工事現場の人や、光を見た通行人が集まってくる。
唯は単に意識を失っているだけで、落下時に少し擦りむいた程度で無事だった。
しばらくして救急車が到着し、唯は病院へと連れて行かれた。

………

夕方。
病室のベッドに横たわる唯のもとには、憂。そして、連絡を聞きつけてきた澪、律、紬、梓、純、そしてさわ子。
和はいない。

皆が集結してすぐ、唯は目覚める。

唯「う…?」

憂「お姉ちゃん!!」律「唯!?」澪「唯!!」紬「唯ちゃん!!」梓「唯先輩!」純「ほっ…よかった」さわ子「はぁ…一安心ね」

各人が声を上げる。

唯「あれ?なんで私寝てるの?」

憂「お姉ちゃん!お姉ちゃん!よかった…」

状況を把握できていない唯にお構いなしに、憂は唯に抱きつく。
ほとんど異常なさそうな唯の様子に、皆が胸を撫で下ろす。

律「はぁ、大丈夫そうだな、よかったよかった…」

澪「唯、なんともないのか?」

唯「え、うん別に大丈夫だよ?あれ?何してたんだっけ…」

梓「本当に大丈夫ですか?まさか記憶が…」

唯「あ!思い出した!工事の…憂、大丈夫!?」

憂「ひぐっ…えぐ…」

紬「憂ちゃんならなんともないわ、唯ちゃん。あなたが憂ちゃんを守ってくれたんだから」

唯「え、私が?」

純「なんか降ってきた鉄の塊が光って消えた…んでしたっけ?ね、憂」

憂「う、うん…」

さわ子「信じられないけど、目撃情報が多数あるのよね。唯ちゃん、覚えてないの?」

唯「…なんか光ったような記憶が…でもあまり覚えてないや」

不可解な現象が起こったとはいえ、一行にはあまり興味のないことであり、唯が無事なら何でもいい様子。
むしろ、唯はもっと気になったことがあるようだ。

唯「…あれ、和ちゃんは?」

さわ子「和ちゃんは…今日急に家の事情とか言って昼で早退しちゃったのよね。連絡は入れといたんだけど…」

唯「そっか…お父さんお母さんは?憂、今日帰ってくるんだよね」

憂「そのはずだけど…お父さんもお母さんも、連絡つかないの」

さわ子「私からも連絡入れたわ、でも返事なし」

唯「忙しいのかなぁ…」

唯の一大事に、幼馴染や両親が不在なのはやはり心細いようだ。
一同はしばらく話した後、憂を残して解散した。

………

翌日。
念のため入院していた唯と、付き添っていた憂は病院で朝を迎える。
唯はもはや何ともないぐらいに回復していた。

朝食を終えのんびりしていると、コンコン、とノックの音。

憂「はーい?」

唯「…もしかして」

唯は両親か和が来たことを予想していたようだ。しかし、現れたのは完全に予想外の人達。
自衛隊員がぞろぞろと入ってきた。

隊員「失礼します。突然申し訳ありません。平沢さんご姉妹ですね」

唯「えっ…あ、はい」

憂「な…何ですか?」

隊員「事態は切迫しています。単刀直入にお願い申し上げます。私どもと一緒に来てください。貴方がたは国が保護します」

唯「へ? どういうことですか…?」

突拍子もない話に二人がきょとんとしていると、自衛隊員の背後から見知った顔が現れた。それも、5人も。

和。そして、平沢家の父、母。
さらに、和の父、母。

唯「和ちゃん!お父さん!お母さん!?」

憂「和ちゃんのお父さんお母さんまで…一体、どうしたんですか」

和「…」

和は俯いていて、答えない。
彼女にしては珍しく、心ここに在らずといった感じだった。
和の母はそんな和を支えるように、和の手を握っている。父は気まずそうな表情のまま、下を向いている。

平沢父「唯、憂…ごめんよ…とりあえず今は、自衛隊の方々の言うことに従ってくれ…」

平沢母「お願い…後で、全部話すから…」

両親の様子からただならぬ雰囲気を感じとった唯と憂は、顔を見合わせると、両親の言葉に従うことに決める。

唯「…うん、お父さんお母さんがそう言うなら…」

隊員「すみません。御協力感謝します。ご説明は後ほど。では、自衛隊基地へと案内しま……なっ!?」

隊員が窓の外に何かを発見する。
全員がそちらを見ると、窓の外には何者かが浮かんでいた。
白いローブを来て、背中からは羽が生え、頭には輪っかが浮かんでいる。

トラブル発生したのでまた。
完成してるので連休中に投下します

唯「…天使?」

隊員「総員、戦闘態勢!」

隊員たちが一斉に銃を構える。
唯と憂は状況を把握できず、唖然としているのみ。

平沢父「2人とも、危ない、伏せるんだ!」

父の言葉で、唯と憂は隊員の銃口と外の天使の間に突っ立っていることに気づき、慌ててその場に伏せる。
銃撃が始まるのかと思われたが、なんとその天使が喋り始めた。

代弁者「我は執行者の代弁者…。宣告する。お前たち人間の技術は発達しすぎた。そしてついに、無視できないレベルに達した」

そう言いながら、代弁者は唯を指差した。

代弁者「じきに執行者が現れ、汚染区域を浄化する。我は、汚染対象を排除する」

汚染対象とは、唯たちのことを指しているようだ。
代弁者の周りに、昨日唯が出したような魔法陣が出現する。そして、高く掲げた腕に光が集まっていき…
ビームのようなものが発射されようとしていることは、その場にいた誰もが直感的に理解できた。

平沢父「唯っ!お願いだ、やってくれ!!」

唯「えっ…」

父の「やれ」が意味するところは、唯に昨日のアレをやれということだが、唯は何のことだかわかっていない。
代弁者の視線の先には、唯。

憂「お姉ちゃん、危ない!!う、う、うあぁぁっ…!!」

急に発作を起こした憂の周りに、同じような魔法陣が現れる。
それは一瞬で移動し、部屋の窓を包み、そのまま窓と同化した。
同時に、代弁者の腕から凄まじい音と共に光線が発射される。

私はまた目をつぶりそうになったが、なんとか堪えた。
光線は窓に吸収され、激しい光を放った後、消えた。窓は無傷。

唯「憂、大丈夫!?」

憂「う、うぅ…」

憂は息切れしているが、意識はある。
唯と憂、和以外のメンバーは、不可解な現象の連続にも驚くことなく、冷静だった。

隊員「総員、一時退避!窓は撃つな!屋外の隊員に告ぐ、攻撃開始せよ!」

その言葉と同時に、病院の外から代弁者へ向けて銃撃が始まる。
その銃弾のうち一部が窓に命中するが、窓はびくともせず、弾は勢いを失いパラパラと落下していった。
代弁者はダメージを受けているようだったが、死にはせず、振り返り反撃を開始していた。

平沢父「唯、自衛隊の人について逃げなさい!」

父が憂を抱きかかえ、全員が病室を後にした。

病院内を駆け足で移動する最中、母が唯に話しかける。

平沢母「唯…思い出せない?昨日、何かあったんでしょう?」

唯「う、うん…でも…あんまり覚えてない…」

平沢母「お願い、今、唯の力が必要なの。その時の感覚、思い出して…」

唯「で、でも…」

憂「…お姉ちゃん…羽根が…」

父に抱えられたままの憂が振り絞るように声を発する。

唯「羽根…?」

憂「そう…羽根が出てたよ…」

そこまで話したところで、病院の出口に到達する。
その瞬間、代弁者が放った光線が病院の出口付近を破壊し、爆発が起こった。

唯「きゃぁぁ!?」

自衛隊員たちが盾を構えたおかげで、唯達に怪我はなかった。
破壊された出口の外に、代弁者の姿。

代弁者「汚染対象を排除する。覚悟せよ」

隊員「攻撃開始!!平沢さん、頼みます…!」

自衛隊員が発砲を開始する。
代弁者の攻撃発動を妨害することはできているが、よろける程度で、倒すには至らない。

平沢父「唯…今はとにかく集中して」

平沢母「思い出して…!」

憂「お姉ちゃん…私も手伝うから…」

憂は唯の手を握る。憂の周りにまた魔法陣が出現した。

唯「これ…が…」

唯は感覚的に理解してきたようだ。

唯「羽根…羽根…う…う、うぁぁぁぁ!!」

再び、唯の額に紋章が現れる。
昨日よりも激しい光と共に、翼が生え天使のような姿になった唯が宙に舞う。

代弁者と唯、二人の天使が対峙する。

代弁者「汚染対象を確認…消え去れ!」

唯「やめてよ…やめてよぉぉ!!」

二人の天使から同時に光線が発射される。
勝負は一瞬でついた。
代弁者は跡形もなく消え去った。

唯「あ…」

自分がやったことに衝撃を受ける唯。
勝ち残った一人の天使を、物憂げな表情で見つめる一行。

和「唯…憂…」

今日初めて口を開いた和は、その場に泣き崩れた。

隊員「……助かりました。ありがとうございます。では急ぎましょう」

一旦切ります

そうです。
再開します

………

自衛隊の基地にて、説明が始まる。

隊員「お疲れのところ申し訳ありませんが、事態は一刻を争うため、すぐに説明させてください」

唯、憂、和は返事をする元気もなく、下を向いていた。

隊員「…昨日午前、日本国及びそちらの平沢さん、真鍋さん夫妻宛に、謎の勢力から通信がありました。その通信の身元は不明です。内容は、先程代弁者と名乗った者が言った通りです」

隊員「人間の技術は発展しすぎ、創造主に牙を剥くまでに達した。汚染対象を排除し、汚染区域…つまり地球を破壊する、という宣告です」

そこまで言われても唯たちにはピンと来ない。

隊員「同時に、昨日午前の平沢唯さんの事故の情報が飛び込んできました。さらに、平沢夫妻、真鍋夫妻からも連絡がありました」

隊員「ご夫妻の話と、唯さんの事故の情報から、我々はこの事態についてある程度信憑性があると判断していました。そして先程、それは確信に変わりました」

隊員「詳細は、平沢さん…お願いします」

平沢父「はい…」

唯と憂が顔を上げる。

平沢父「唯、憂、今まで隠していてすまない。そして、いつも家にいれなくてすまない。お父さんとお母さんは、科学者なんだ」

唯「科学者…」

憂「そうだったんだ…」

平沢父「真鍋さん夫妻も同じく科学者で、一緒にある研究をしていた。『紋章学』というものを」

憂「紋章…」

憂は唯の額に現れた紋章を思い出す。

平沢父「普通はこんなこと話しても信じてもらえないと思うし、実際、カルト宗教扱いされていたから、2人には言っていなかった。当然お金も出ないから、別の仕事をして…2人には苦労をさせないように…」

隊員「すみません、平沢さん、心中お察ししますが、できれば手短に…」

平沢父「…すみません。唯、憂、今なら信じてもらえると思うけど、紋章学というのは本当にあるんだ。まさに、さっき唯と憂が出した魔法陣のようなものがそれ」

平沢父「それの研究をしていた私達は、ある日、桜が丘にある公園のモニュメントが、この世のものではないことに気づいた。そしてそれの研究を続けていた結果、それは『FD空間』とこの世界をつなぐゲートであることがわかった」

唯「FD空間?」

平沢父「四次元とでも言うのかな、とにかくこの世界より高い次元の世界。そして、そのFD空間には、この世界の創造主とも言える、FD人という人類がいることもわかった」

憂「創造主…神様なの?」

平沢父「そうだよ、多分ね。それで…そこまで判明したとき、そのモニュメントが突然喋りだした」

平沢父「その内容は、さっきの内容とほとんど同じ。創造主の技術であり、禁忌である紋章学に手を出した人類を滅ぼす。これはもう決定したことで、覆ることはない。これは宣告だ、と」

平沢父「このまま滅びを受け入れるのか、神に反抗するのか…私達は、反抗することを選んだ」

平沢父「その方法は…」

父が言葉に詰まる。
母も、真鍋夫妻も、和も、固唾を飲んで平沢父を見守る。

その時、隊員の無線機に連絡が入った。

隊員「…何…!了解。すみません、代弁者と思われる天使のような姿の者が多数、付近に出現したようです。平沢さん、ご姉妹の能力の説明を手短に!」

平沢父「…わかりました。唯、憂。もうわかっているとは思うけど、2人は不思議な力を持っている」

平沢父「唯は、破壊の力。代弁者や執行者を消滅させられる力」

平沢父「憂は、改変の力。物質の性質を変えることができる。例えば、さっきは窓の性質を変えて、どんな衝撃にも耐える物質へ変えたんだ」

平沢父「お願いだ、勝手な事を言っているのはわかってる。2人の能力で、代弁者を倒してほしい!」

父は頭を下げた。
母も、真鍋夫妻も、同じく。

唯「私が…戦うの」

昨日はあっけらかんとしていた唯も、さすがに表情が重くなってきた。
のほほんとした日常が、突然、映画のような戦いの日々へと変わった瞬間。

憂「お姉ちゃん…行こう」

唯「…うん」

隊員「本当にありがとうございます。ではーー」

一同が出発しようとした瞬間。
爆音とともに、基地の天井が、壁が、吹き飛んだ。

唯「きゃぁぁぁ!!!」

一瞬で更地となった基地の中に、無傷で立っている一行。
憂の周りには、魔法陣…紋章が現れている。
憂は咄嗟に、降り注ぐ瓦礫の性質を軽く柔らかいものに変え、ダメージを防いだようだ。

隊員「重ね重ね感謝します、平沢さん。どうかご健闘を!」

隊員達は、周囲にいつの間にか現れていた代弁者達と戦闘を開始する。

唯達一同が空を見上げると、真っ黒な悪魔のような生命体が一体、飛び回っていた。
あの悪魔が、基地を破壊させた張本人のようだ。

平沢父「執行者だ…もう、来てしまったか」

平沢母「唯、あの悪魔を…」

唯「…うん」

唯はまだ慣れないが、「破壊の力」を目覚めさせる。
翼を生やし、神経を集中させ、上空の執行者に向かって極太のレーザーを発射する。
その直撃を受けた執行者は…
まだ生きていた。

平沢父「まずい!」

刹那、執行者からの反撃が来る。

平沢母「憂、そこの平べったい板を軽く、硬く!傘にして!」

憂「あ、う、うん!」

憂はそばに落ちていた大きな天井板の破片の性質を変える。
すぐさま父がそれをひょいと持ち上げ、その場にいた全員を覆い隠した。
執行者が放った光線のような何かは、その板と、その下にいた一行を残し、すべてを消し去った。

出来たクレーターの底から這い上がってきた憂は、唯がいないことに気づく。

憂「お姉ちゃん!どこ!?」

唯は上空にいた。
執行者に向かって、真っ直ぐに飛んでいく。

唯「お願いだから…もうやめてぇぇ!!」

渾身の力を込めて、唯が腕を振り下ろす。
巨大な紋章が現れ、執行者を包み、圧縮していく。
執行者はそれに抵抗し、束縛を解こうともがき続ける。
しかし、ついには唯が競り勝ち、執行者は完全に押し潰され、虚空に消えた。

唯「はぁ、はぁ…ぁ」

消耗した唯が力なくクレーターの中心に落ちていく。

憂「お姉ちゃん、危ない!」

間一髪、憂が唯の落下地点をスポンジのように変化させ、唯はボスッと包まれるように着地した。

平沢母「唯!!大丈夫…?」

平沢父「すまない…こんな重い役目を負わせてしまって…」

唯「……」

今まで以上に唯の表情は曇っていた。

唯「私…なんなのかな」

そう言い残して唯は意識を失った。

………

再び病院。
今回は自衛隊基地の中の診療所だ。
もう夕方になっていた。

唯が目覚めると、そこには憂がいた。

憂「お姉ちゃん…」

憂の声はか弱い。
唯も「うい…」とだけ言って特に他に言うことも出てこないようだ。

そこへ、自衛隊員が入ってきた。
両親はいない。

隊員「お目覚めですか…お疲れ様です。体調は大丈夫でしょうか?」

唯「……」

唯は隊員をじとっと見つめる。
このあと隊員が何を言おうとしているか、唯はなんとなく理解しているようだ。

唯「また戦うんですか…?」

隊員「…代弁者がまた多数出現しています。また、じきに次の執行者も現れると見られています。平沢さんばかりに負担をかけて、大変申し訳ありません。しかし、現時点で彼らに対抗できるのは平沢さんご姉妹だけなのです。我々の物理的攻撃では、代弁者を何とか倒せる程度で、執行者となると人類の力では対処できません」

唯「いや…」

隊員「…心中お察しーー」

唯「いや!!いやぁぁ!!どうして私なの!?私が戦わなきゃいけないの!?」

隊員「……少々お待ちください。今ご両親をお呼びします」

手に負えない状態と判断した隊員はすぐさま無線で連絡をとり、代弁者の対処中だった平沢夫妻を呼ぶ。

隊員「…ダメか…なるべく早く切り上げ、こちらに来るようにしていただきたい」

しかし、戦闘は激化しており、夫妻は対応に追われていた。
敵はいわば宇宙人であり、その生態の情報を唯一知っている平沢、真鍋夫妻は、作戦の要。
唯、憂がまだ不安定なため、夫妻からの情報をもとに通常の武器で戦闘せざるを得ない状況だった。

隊員「平沢さん。こちらから強制はできませんが、自体は深刻です。どうか、お考えください…失礼します」

唯「……」

隊員が去る。
その数十秒後、見計らったかのようなタイミングで、和が部屋に入ってきた。

唯「和ちゃん!」
憂「和ちゃん!」

和「…」

唯「和ちゃん…大丈夫?ずっと元気なかったけど」

和「ええ…正直、元気なかったわ。唯も憂も辛いでしょうに、全然サポートできなくてごめんなさい」

唯「ううん、全然そんなことないよ。和ちゃんがいてくれるだけで安心だもん」

憂「和ちゃん…何かあったの?」

和「ええ…まぁ、ね。まだ、気持ちの整理はついていないけど…でもやっと落ち着いてきたから、話すわね」

唯「…なにを?」

和「さっきの、あなたのお父さんの話の続きよ。途中で切れちゃったでしょう」

憂「和ちゃんは知ってたんだ…」

和「…そう。昨日、聞かされたのよ。きっと、つらい話だと思うけど…お父さん達が今忙しそうだから…よく聞いて」

唯、憂の2人は固唾を飲んで和を見つめる。

和「創造主であるFD人から、執行者を送り込むことを宣告された私達の両親は…それに抵抗することにした」

和「でも、相手は神とも言える存在。普通に考えたら勝ち目はないわ。だから…こちらからFD空間に乗り込んで、FD人の親玉を倒すことに賭けることにしたの」

唯「神様の世界に行くの?天国みたいなところなのかな」

和「そうみたいね。それで、それには3つの能力が必要なの。まず、FD空間とこの世界を繋ぐ力。次に、FD空間でも私達が存在できるようにする力。最後に、FD人にも攻撃が通用するようにする力」

憂「それが…お姉ちゃんと私の」

和「そうよ。憂の持ってる改変の力は、次元の違うFD空間でも私達が存在できるようにする…と言ってたわ。それをこの世界で使うと、物の性質を何でも変えられるようになるみたい」

和「唯の持ってる破壊の力は、本質としてはFD空間でもこちらの世界の物理法則を通用させるものらしいわ。それをここで使うと、羽根が生えて、破壊の力として現れる…とか」

唯「うーん…」

和「正直、難しくて私もよく分かってないわね。でも、概要はそんな感じ」

憂「…ひとつめの、FD空間とこの世界を繋ぐ力は?」

和「それが…私の能力らしいのよ」

唯「えっ!?」

憂「和ちゃんも…!」

和「…続けるわね。その3つの能力が必要だということがわかったお父さん達は、私達に…」

唯「魔法をかけたのかな?」

和「……唯……その通りなんだけど、そんな生易しいものじゃないわ」

和「お父さん達が研究していた紋章学の中でも1番の禁忌、紋章遺伝学。遺伝子に紋章を組み込むものらしいの」

憂「……」

憂の顔が青ざめていく。
遅れて、唯もその意味することに気づいたのか、無表情になる。

和「もう、わかったでしょう。FD人に対抗するために遺伝子を改造されて産まれてきた実験体…それが私達3人」

唯「……」

憂「実験体…そんな…」

和「…ごめんなさい、言い方が悪かったわ。お父さん達も、そんなつもりではないのはわかってる。でも…事実そうだと考えると、どうしても悲観的になってしまって」

憂「私も…お父さんお母さんが私達を実験に使ったんじゃないって…信じて…るよ…」

しかし、そう言いながら憂の目には涙が溢れてきた。
ショックであることには間違いない。そして、自分の破壊の能力に悩んでいた唯には追い打ちになったようだ。

唯「……」

唯はもはや言葉を失っていた。先程までの曇った表情を超え、無表情になっている。

そこへ、最悪のタイミングで、両親が到着した。

平沢父「唯!遅れてしまってごめん…大丈夫かい?」

唯「……」

唯は全く反応せず、目を合わせない。
憂はビクッとして父のほうを見たが、すぐに目を逸らしてしまう。

平沢母「唯…?憂?…和ちゃん、もしかして」

和「…はい。すみません、私から話しました…」

平沢父「!!そうか、すまない…私達から話すべきことなのに、和ちゃんにやらせてしまって…」

平沢母「唯、憂。私達のことを許してなんて言わないわ。恨まれたっていい。本当に、ごめんなさい…」

平沢父「こうするしかなかったとはいえ、人間として道を踏み外してしまったし、唯に憂、そして和ちゃんに重い十字架を背負わせてしまった。本当にすまない…」

唯「……」

唯は完全に心を閉ざしてしまったようだ。
憂も、いつものように姉を気遣う余裕もなく、視線が泳いでいて、言葉がない。

そして、緊迫した状況は続いており、姉妹にこの事実を受け入れる時間を与えてくれない。
父が何か言おうとした瞬間に、自衛隊員が入ってきた。

隊員「代弁者が多数出現しました。こちらでは対処しきれない可能性があります。…平沢さん、まだ無理なようですね」

平沢父「…すみません」

隊員「いえ、仕方ありません。ご協力いただけるならすぐに…ん?」

隊員の無線に連絡が入る。

隊員「…ご友人が面会希望?無理に決まっているだろう…いや、待て、それに賭けよう。護衛をつけて、代弁者を避けてここまで来てくれ」

隊員「…ご友人の方々がいらっしゃるそうです。危険な状況のため面会時間は限られますがご了承下さい。では」

隊員が去る。
遠くからは、銃撃の音のようなものが聞こえてくる。
代弁者の数が増えてきているようだ。隊員はしぶしぶ去ったが、今すぐにでも唯の加勢が必要なぐらいなのだろう。

平沢父「私達も行こうか…」

平沢母「そうね…唯、憂、またね」

友人が来ると聞いて、平沢夫妻もその場を後にする。
残された唯、憂、和の間に会話はない。
静かに、その時を待っていた。

一旦切ります




律「唯!大丈夫か!?」

しばらくして、律を先頭に、澪、紬、梓、純が入ってきた。

澪「和!ここにいたのか…昨日から連絡とれないから心配したよ」

梓「唯先輩…?憂…?どうかしたの…?」

純「…なんかこれ、まずい雰囲気?」

紬「唯ちゃん…」

3人の、特に唯の様子がおかしいことはすぐに分かったようだ。
しばらく沈黙が続いたが、見かねた和が口を開く。

和「…みんなは、というかこの基地の外の人達はどこまで知っているの?」

律「どこまでって、なんか非常事態だから緊急避難しろとかなんとかだけ言われて…」

紬「テロだとか、バイオハザードだとか、いろいろ噂されているけど政府からは何も発表がないの」

澪「ムギのお父さんがいろいろ調べてくれて、唯達が自衛隊基地にいるってやっとわかったんだ」

和「そうなんだ…ここに来るまでに何か変なのとは出会わなかった?」

梓「変なの…?いいえ、特に。何か変なのがいるんですか?」

和「そうね。…ねぇ、唯、憂。みんなにも、話していいかしら」

唯と憂はいまだ顔を上げず、返事もない。

和「きっと、隠し通すことなんてできないわ。事が事だもの。みんなにも聞いてもらえば、少しは楽になるんじゃないかしら」

憂「…いいよ。隠したいわけじゃないもん。和ちゃんこそ、いいの?」

和「ええ。このまま、私達だけで悩んでても解決しない気がするの。…唯?」

唯は顔を下げたまま、うなずいた。

律「いったい何だってんだよ…そんなに重い話なのか…?」

和「…そうね。信じられないかもしれないけど、聞いて」

和が経緯を説明していく。
唯に羽が生え光を放った先日の現象は本当だったこと。
天使や悪魔が現れ、自衛隊に保護されながらも唯と憂の能力で戦ったこと。
平沢、真鍋夫妻の過去の研究のこと。そして、遺伝子に埋め込まれた紋章のこと。

最初のほうでは驚きの声も上がっていたが、次第に重い空気がその場を支配していった。
最後のほうで澪が失神しそうになったが、律が支えてなんとかすべて聞ききった。

和「…信じられないわよね?」

誰も返事をしない。
信じられないような話とはいえ、唯たち3人の雰囲気がそれが本当だということを物語っている。

憂「…見てください」

憂は立ち上がると、病室にあった食器を手に取り、能力を使う。
憂の周りに現れた紋章に、一同が驚く。

梓「こ、これが紋章…?」

純「すご…ほんとに魔法陣みたい」

憂はその食器を持つ手を離す。
澪や紬があっと声を上げたが、食器は床に落下しても割れず、さらに何度もバウンドした後、落ち着いた。
傷は一切ついていない。

律「憂ちゃん…本当なんだな」

紬「ありがとう、憂ちゃん。つらいのに…」

憂「いえ…」

澪「どうしたらいいんだ…戦えっていったって…」

梓「いくら神様が攻めてくるからって、それを唯先輩達だけに押し付けるなんてひどいです!」

律「でもこのまま人類滅亡しなきゃいけないってか?うーん、だからって唯を…」

紬「唯ちゃん、和ちゃん、憂ちゃんの気持ちを無視しちゃいけないわ…ただでさえつらい現実を突きつけられたばかりなのに」

純「でもやらなきゃ滅ぼされる…って堂々巡りですね」

和「…私はだいぶ気持ちが落ち着いてきたのだけど、私の能力では戦えないわ」

澪「唯…唯は…どうーーひっ!?」

澪が窓の外を見て絶句する。
そこには天使…代弁者がいた。

澪が窓の外を見て絶句する。
そこには天使…代弁者がいた。

律「なっ!?あ、あれが…」

紬「天使…」

梓「あ、あ…どうしたら…」

純「ちょっと、自衛隊はどうなったの!?」

和「まずいわ、数が多すぎて自衛隊で対処できないのよ!」

律「ゆ、唯っ!!…いや、すまん」

律が唯のほうを向くが、まだ唯はうつむいたまま。
それを見て、律は何か決心したような顔になった。

律「……ええい、こうなったら私たちでなんとかしようぜ!」

梓「なんとか…って、どうするんですか!?自衛隊でも勝てないのに…!」

律「しょうがないだろ、このままここにいても逃げても同じだ!」

紬「わ、私も…戦うわ!」

純「やば…来ますよ!!」

代弁者が手を挙げ、光が集まってくる。

憂「…!!」

とっさに憂が紋章を発動し、窓付近の壁全体の性質を変える。
凄まじい閃光とともに代弁者からビームが発射されるが、そのビームは吸収され、逸らされた。

律「うわぁ!?」

紬「壁が…びくともしない」

純「…!それだ!ねぇ憂、私達の服を強化してくれな…あ、ごめん、勝手なこと言ったね」

憂「え…でも、それじゃ」

梓「そうか…武器と防具があれば戦えるんだ…憂、もし嫌じゃなければでいいから、私達を…」

憂「だ、ダメ!それじゃ、みなさんが危ない…きゃあっ!?」

突然、憂が強化していなかったほうの壁が崩れ去った。
開けた視界に、多数の代弁者の姿。既に囲まれている。

澪「あ、あぁ…」

律「やべっ!憂ちゃん、お願いだ!やってくれ!」

憂「…」

紬「私達も一緒に戦うわ!あなたたちだけに押し付けたくない!」

憂「…わかりました!みなさん、集まってください!」

座り込んでいる唯のもとへ憂が駆け寄り、そこへ皆が集まる。
憂が能力を発動すると、その場の全員の服や靴など全てのものが、この世のものでない性質へと変化した。

憂「みなさんの体は怖くていじれません…帽子かヘルメットをかぶってください!」

梓「ま、まずい、来るよ!」

代弁者のうちの一人が浮かび上がり、光を放ち始める。

和「服で頭を隠して!!」

次の瞬間、代弁者から衝撃波のようなものが拡散される。
とっさに、強化された服に頭を潜らせた一同は少しよろける程度で済んだが、病室の窓や壁はバラバラに破壊された。
避難用のヘルメットなどは全て吹き飛ばされてしまった。

梓「ヘルメットが…」

純「その辺に転がってるガレキを盾にするしかないっしょ!」

律「長い棒みたいなのを武器にできないか、憂ちゃん!?」

憂「はいっ、できます!」

憂がすぐに、辺りに転がっている尖った破片を攻撃的性質に、平べったい破片を盾となる性質に変える。
唯と憂を除く全員が武器防具を装備し、反撃が始まった。

律「行くぞっ!!」

紬梓純「「おおーっ!!!」」

律の号令で、四人が一斉に代弁者達に向かって駆け出して行く。
澪は恐怖からまだ動けず、和は後方で待機。

律「おりゃーっ!」

律が尖った廃材で思い切り代弁者の胸のあたりを殴りつけると、当たった部分が乱れたテレビの画像のようになった後、あっさりと切断された。
胴体が真っ二つになった代弁者がゴロッと落下し、消滅する。

律「うっ…すげぇ」

その光景に律は一瞬ひるむが、手応えを感じ次の代弁者へと向かっていく。

梓「すごい…これならいける…たあーっ!」

梓が尖った破片を代弁者に突き刺すと、あっさりと貫通し、その部分から爆散して消滅した。

その梓の背後から別の代弁者が近づき、エネルギーを込めた腕を振り下ろす。

梓「きゃあっ!?」

梓は弾き飛ばされるも、服がダメージを吸収したため無傷だった。
しかし代弁者はなおも梓を追撃しようとする。

紬「梓ちゃん危ない!…えいっ!」

紬は両手を袖に隠すと、代弁者を背後から掴み、いとも簡単に投げ飛ばす。
まるで重さを感じないようだ。

純「これ結構楽勝じゃん!」

純も軽い身のこなしで代弁者を棒で殴りつけたり、蹴りを入れていく。

和「澪…しっかり。戦える?」

澪「う…うん」

和「ここらへんに落ちてるものを投げて応戦しましょう」

澪「わ、わかった!」

2人は辺りに散らばっている瓦礫を憂に処理してもらい、代弁者へと投げつける。
命中するとその部分がやはり乱れた画像のようになり、大ダメージを与えていた。

代弁者からのビームや衝撃波などの反撃も、強化された服や盾で防ぎさえすればダメージはほとんどない。
完全にこちらが優勢なのだが、敵の数は一向に減る気配がない。それどころか、段々増えてきている。

梓「倒しても倒しても新しい天使が出てきます!これじゃキリがありません!」

もはや破壊し尽くされ更地となってしまった診療所の中心にいる唯を守るように、律達がその周りを囲む。
しかし、次第に押され、その円が段々縮まってきた。

紬「唯ちゃんを守らなきゃ…!みんな頑張って!」

皆が格闘する中、中心にいる唯がついに口を開き始めた。

唯「憂…」

憂「お姉ちゃん…?大丈夫?」

唯「ねぇ…最近、お父さんお母さんとどこに遊びにいったっけ」

憂「え…っとね、先週、一緒に買い物に行ったよ?」

唯「そう…だよね」

憂「…その前の休みは、うちでみんなでのんびりしてたし…旅行だって行ったよね」

唯「そう、だよね。小さい頃も、たくさん、色んなところに連れて行ってくれたし…あまり家には居てくれないけど、帰ってきたときはいつも遊んでくれたし」

憂「うん…。本当に、楽しかったなぁ。お姉ちゃんと、お父さんお母さんと、みんなでたくさん思い出を作ったよね」

唯「うん。だから…いいんだよね、私の勘違いだよね。私が勝手に…」

憂「お姉ちゃん…」


梓「あ、あれはなんですか!?」

梓の声に皆が上空を見上げる。
黒い悪魔ーー執行者は急降下し、律の目の前に降り立った。

律「え…な、なんだこいつ!」

律が武器で殴りかかる。
命中した部分には確かにダメージを与えられたが、倒すには至らない。
執行者は腕を振り上げ、律をなぎ払った。

律「うあっ!?」

パキン、という音がし、律が弾き飛ばされる。

律「いって…何で…」

痛みを感じることに律は疑問を抱く。
憂のかけた能力の効果が先程の一撃で壊れたようだ。

憂「あ、紋章が…律さん、危ない!」

執行者が拳を突き上げ、火球のようなものが現れる。
次の一撃を食らえば、律は消滅してしまう。一同に緊張が走った。
憂が律のもとへと駆け出す。
紬が律をかばおうと飛び出す。
純が執行者へと武器を投げつける。
そのどれをも追い越し、高速で何かが駆け抜けた。

唯「たぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」

光を纏った唯が執行者へと高速で体当たりする。
そのまま、その体を貫通した。

律「ゆ…唯…っ?」

苦しみ呻く執行者の手にある火球はまだ消えていない。すぐさま振り向き、唯に向けて巨大な熱線が発射された。
唯はすぐに飛ぶ方向を変え、すんでのところで熱線を回避する。熱線は、代弁者達を巻き添えにして、その進行方向の全てを消し去った。

唯「みんな、ありがとう!私…戦うよ!」

唯は上空で止まると、両腕を突き出し、光を集めていく。

唯「ごめんね、執行者さん!」

極太の光り輝くレーザーが、執行者を一瞬で消し去った。
さらに唯はあたりを旋回し、代弁者達を輝く翼で切り裂いて行く。

あっという間に、全ての敵が消滅した。

律「…すげぇ」

澪「天使みたいだ…」

唯がゆっくりと降り立ち、皆が駆け寄る。

憂「お姉ちゃん!大丈夫?」

梓「唯先輩!…もう、大丈夫なんですか」

唯「うん…みんな、ごめんね。私はもう大丈夫だよ」

紬「よかった…でも、いいの?」

唯「うん。みんなを助けたいから…がんばるよ。私、わかったんだ。ううん、わかってたんだ。お父さんとお母さんは…」

ちょうどその時、自衛隊員とともに平沢、真鍋夫妻も駆けつけた。

平沢父「唯っ!!」

平沢母「唯…」

唯「お父さん、お母さん。ごめんね、私、お父さんお母さんのこと疑っちゃった」

平沢父「仕方ない…疑われて当然だよ。私達は、お前たちを…」

唯「でも、思い出してみたんだ。お父さんお母さんと過ごした思い出。そしたらね、楽しい思い出しかなかったよ!」

憂「そうだよ。お父さんお母さんは、ちゃんと私達のこと好きだったんだよね」

平沢父「そ、そうだ!当然だよ!しかし、とんでもないことを…」

唯「いいんだよ?だって、私達もお父さんお母さんが大好きだもん!」

平沢母「唯…ありがとう!憂も…本当に…大好きよ」

憂「うん!」

平沢父「すまない…すまない…ありがとう…!」

和「ふふ…」

和も、言葉には出さずとも両親に向けて微笑みかける。
和の父、母も、涙ぐみながらそれに笑顔で応えた。

唯「お父さん…私、やります」

平沢父「…FD空間に行くのかい」

憂「うん…みんな死んじゃうのは嫌だから…」

梓「…あの!私もそのFD空間に一緒に行ってもいいですか?」

平沢父「ええっ!?」

梓の突然の申し出に、大人たちは目を見張る。

律「私も行く!唯だけ戦わせるわけにはいかないしな!」

純「私も行きます!」

紬「わ、私も私も!」

澪「わ…私も行く!」

隊員「しかし…FD空間は文字通りの異次元の世界です、何が起きるか…。我々から少数の部隊を出して平沢さんを護衛し、敵の親玉を目指します。皆さんは危険です」

唯「…みんなで、行きたいな。みんながいてくれた方が心強いよ」

憂「私の紋章の力を使えば大丈夫です。お願いします!」

隊員「…」

隊員が迷っていると、再び周囲に代弁者が現れ始めた。もはや、考えている時間がない。

隊員「…我々はこちらを抑えるしかないようですね。この非常事態です、危険な判断ですが、仲の良いお仲間同士のチームワークに賭けることに致します。申し訳ありません、どうかお気をつけ下さい!」

唯「はいっ!」

隊員「しかし、平沢ご夫妻と真鍋ご夫妻はどうかこちらの対応をお願いします。通常兵器での対応には夫妻のご助言が欠かせません」

平沢父「わかりました…娘達に全てを任せます。…みんな、桜が丘の公園に行こう!そこにFD空間へのゲートがあるんだ」

自衛隊員が戦闘を開始する。
唯達は平沢父の誘導で、公園へと向かった。

一旦切ります

……

日も暮れてきた頃。
公園のモニュメントの前に一同が集結していた。

梓「これがゲートだったんですか…ただの遊具だと思ってました」

純「変な形だなとは思ってたけどね」

律「てか、何でこんな所にそんな重要なものが…なんつーかさ、もっとこう外国の広大な大地に立ってるとかさ」

澪「そうだな。古代遺跡とか、海の底とかにありそうな気がするけど」

平沢母「それは私達も思ってたわ。ゲートも日本語で喋ってくるし…なんかいろいろと都合良すぎじゃないかって」

紬「神様だから、こっちに合わせて日本語にしてくれたのかしら」

平沢父「わからないけど…よし、急ごう。まずゲートを開ける。和ちゃん…いいかい?多分、手をかざすだけでいいはずだよ」

和「…わかりました」

和が手をかざすと、ゲートが鈍い音を発し、起動した。
和の周りにも紋章が出現する。

和「これが…。変な感覚ね」

平沢父「憂が紋章を発動しながら突入すれば、向こうの次元でもみんなは存在できる。でも、このゲートの先はどうなっているのかわからない。神様の世界なんて、想像できないよ。だから…唯達に任せるしかないんだ」

平沢母「必ずしも神様を倒さなきゃいけないってことはないのよ?人類のために戦えなんて強制できない…。唯達の未来は、自分たちで決めて。私達は、それを受け入れるから」

唯「お父さん、お母さん…ありがとう。行ってきます!」

憂「行ってきます!」

律「まっかせてください!私達がしっかり護衛しますから」

平沢父「うん、お願いするよ。頼もしい友達を持てて、本当によかった」

和「…繋がる…ゲートが開くわ!」

単なる四角い枠のようなモニュメントが、画面のように変化し、向こう側の世界が透けて見える。
あそこは…ここから近い!!

唯「みんな、行こう!!!」

……

私は急いで車を出した。
確かに見えた。あのゲートから見えた光景は、見覚えがある。うちのすぐ近くだ。
これなら、先回りできる。

駅前の繁華街。
電機店の外の壁に取り付けられた宣伝用のディスプレイに、ちょうどそのゲームの画面が表示されていた。
間違いない、ここだ!

次の瞬間、あの子達が…
本当に、画面の中から飛び出してきた。
わかっていることとはいえ、目を疑った。同時に感動を覚えた。
私が描いたあの子たちが、現実に…

通行人の悲鳴を聞いて我に帰る。
そうだ、今目の前で超常現象が起きたんだ。そして、あの子達は今、物騒な鈍器や盾を持った不審者である。

唯「…あれ?ここどこ?普通の街だよ!?」

律「ちょ、失敗か!?どっかにワープしただけじゃんか!!」

憂「あれ…でも、おかしいな。確かに感じるよ、ここはなんか次元が違うというか…そんな感覚が」

騒ぎを聞いて交番の警官が近づいてきた。
これはまずい、とにかく助けなけれれば!

「…平沢唯さん!」

唯「え!?誰?」

「みなさん、FD空間へようこそ」

その単語を聞いて皆の目の色が変わる。いきなり話しかけてしまったけど、これなら信用してもらえるかな。

「いろいろ説明したいことがあります。今警察に捕まるとまずい。私の家に来てください!」

半ば無理やり、一同を車に押し込むように誘導する。8人はさすがに入りきらないので、武器をうちの車に詰め込み、数名はタクシーでついてきてもらうことにした。
警察の方には、身内が迷惑かけたと適当に説明して、出発した。
まだ、関係者には気づかれていない、大丈夫。

……

一同を家に案内する。
さて、まず何から説明したものか…

唯「あの…ここは本当にFD空間なんですか?」

「…そうですよ。みなさんは、神の世界を想像していたと思いますが、ここは普通の地球、みなさんの世界と同じ日本です」

純「ギリシャ神話みたいなの想像してたから拍子抜けなんだけど…」

梓「というか、FD人は私たちを滅ぼそうとしてたんじゃ…?なんか、普通の人達にしか見えませんが」

「ええと、順を追って説明しますね。まず…」
?
紬「あ、あの!あなたは、一体…?なぜ、私たちに味方してくれるのですか?」

「それもじきにお話しします。私の名前は…まぁ名乗るほどのものでもありません、揚げ物とでも呼んでください」

澪「あ、揚げ物さん…?」

「きっとショックを受けられると思いますが、どうか聞いてください。…あなた方の世界は、私達の世界で作られた…ゲームなんです」

律「ゲームだって!?」

和「通りで…FD空間が普通なわけね」

「発端は、私が描いた…ある漫画です。これを見てくれますか」

この時のために用意していた、彼女達とさわ子先生を含めた9人の集合イラストを唯に渡す。
似顔絵を渡すような感覚で、緊張した。

唯「わぁ~、私達の似顔絵だ!すごい似てる!」

梓「これって…えっ、じゃぁ…私達の漫画…?」

「そうです。これはあなた達が主人公の漫画です。それが思わぬヒットになって、アニメ化もしてかなり人気が出ました」

みんな、唖然としている。
それはそうだよね、自分たちが漫画の登場人物な上に、主人公ときたら驚かないはずがない。

「そして、重要なのはここからです。この人気にあやかり、あるゲーム会社がこの漫画の世界を完全にシミュレーションしたオンラインゲームを開発しました」

憂「そのゲームが…私達の世界なんですね」

「そうです。このゲームは、非常に高度な技術を使っています。宇宙全体をシミュレーションしているようなもの…つまり、なんら現実世界と変わりません。このゲーム内の地球は我々の世界の地球を忠実に再現してあります。唯一違うのは、桜が丘という架空の地域と、あなた達登場人物の存在だけ」

和「ゲームっていっても、それじゃ普通の生命とほとんど変わらないんじゃないかしら」

「その通りです。あなた達を含め、そちらの世界に住んでいる人たちや生き物全ては、データであるとはいえ我々と何ら変わりはありません」

律「…ってか、そのゲームは何をするんだ?私達操作されてジャンプとかしてるの?」

「…気分を害されたらすみませんが、このゲームは単にあなた達を観察して楽しむものです」

澪「え…」

「漫画アニメでは飽き足らず、軽音部のメンバーの日常生活を3Dで見たい。そんな願いから作られたゲーム…プレイヤーは、何もしなければあなた達が自然に生活して部活動を楽しんでいる様を観察することになります」

梓「なんですかそれ…私達の家の中も覗かれてるんですか?」

「それは一部必要なイベントを除き、禁止されました」

純「今まではOKだったってこと!?信じらんない…」

「…あなた達には謝らなければいけません。私にも責任があります。単にゲーム化するとだけ聞かされていたから、あっさりと承諾したのがいけなかった…まさかこんなとんでもないゲーム、いや宇宙を作り出されるとは」

このゲームの罪について、1から説明していく。
プレイヤーは、何もしないこともできるが、自由に彼女達の人生を少しずつではあるが変更できる。
例えば、唯の担当楽器がベースだったら?
梓が軽音部に入部しなかったら?
もっと細かく、身長や髪の色、性格などもある程度変更できる。
それらは全てパラレルワールドとして、プレイヤーの数だけ存在している。

そんな生易しいものだけではなく、発売当初はもっと過激な設定も可能だった。
例えば、唯が交通事故で亡くなっていたら?
紬が貧しい家庭の出身だったら?
誰かが誰かを虐めたり、危害を加えたら?

すぐにこのゲームは世間の批判にさらされることになった。データとはいえ、彼女達は普通の人間だ。
その人生を弄び、プライバシーを侵害し、不幸な結末を強いることすらできる、人権侵害ゲーム。
ゲーム会社はすぐに対策を講じ、ネガティブな設定変更や、浴室、寝室などの閲覧を禁止。

しかし心無いユーザーはすでに改造コードを作り上げており、それはネット上に拡散されもはや手をつけられない状態になる。
今でも、世界各地で彼女達の人権が踏みにじられている。詳しくは、本人達の前では語れなかった。
今やこのゲームは世界中の人権団体から批判の対象になっているばかりか、宇宙シミュレーションという超高度な技術が各国から狙われており、日本政府もゲーム会社に改善命令を下したばかりだ。

ある程度改善され、プレイヤーのできる範囲はかなり限られるようになったとはいえ、そもそも彼女達のプライバシーを侵害していることに変わりはない。

…ここまで話して、怒りに震えている子もいれば、呆れ果てている子、羞恥心に顔を真っ赤に、あるいは真っ青にしている子もいた。澪は気絶している。

「…つらい話ですよね。すみません。続けてもいいですか?」

律「…ひっでぇ」

紬「許せないわ…」

梓「いろいろ言いたい事はありますが…それで、私達は一体どのパラレルワールドの人なんですか?」

「平沢さん、真鍋さんの両親が科学者で、さらに、この世界が作られたものであることに気づいてしまったパラレルワールドです」

唯「…お父さんお母さん、本当は科学者じゃないんだ?」

「…あなたにとっては、科学者である両親が本物ですよ。それであなた方は、こちらの世界から見ればバグとして判断されます。なのでゲーム会社はそれを消去しようとした。その消去プログラムが、そちらの世界では代弁者や執行者として見えていたはずです」

律「そういうことか。確かにあの天使殴ったとき、なんか壊れたテレビ画面みたいになったしな」

純「じゃバグが実体化してテレビ画面から出てきたってこと…?SFみたい」

憂「信じられないような話だけど…でも現実なんだね」

和「それにしても…困ったわね。私達は神様を倒す意気込みで来たのだけど」

「ここは普通の日本ですからね…ゲーム会社の社長に危害を加えたりしたら捕まります。更にあなた方はこの世界には存在しないから戸籍もありません」

紬「ゲームキャラが出てきたってバレたら、大騒ぎになっちゃうわ…」

梓「会社の人は私達が出てきたことを知ってるんですか?」

「トップ層なら知ってると思います。私も原作者としてある程度のアクセス権限を与えられているので、今回の事態に気づくことができました。向こうも秘密裏にこちらを探しているはずです」

澪「えっ…ちょっと待って、私達は戸籍がないんだろ?じゃぁ、見つかって密室に押し込まれて…ひぃぃ!」

「…確かに、もし秘密裏に殺されてしまったら、戸籍もないので完全犯罪になってしまいますが…多分そこまではしないはずです、多分…」

律「大丈夫かよ…そんな極悪ゲーム作るような連中だろ?」

「私が常に同行します、それなら簡単に手出しはできないはず。あと、変なことをしたらマスコミにばら撒くと脅すこともできます」

幸運にも、私は非道ゲームを生み出した元凶としてではなく、ゲーム会社に騙された被害者として世に認識されていて、マスコミを味方につけることができていた。
私は、被害者面をするつもりはないけれど…。

唯「じゃぁ…私たちを消さないでくださいって頼みにいけばいいのかな?」

「結局それしかないと思います。ほとんど無策で申し訳ない…私が会社まで案内するので、交渉しに行きましょう。」

……

もう夜になっていた。
私達は車でゲーム会社の本社ビルへと向かい、堂々と正面から入る。
受付に適当にゲームのバグの件でと事情を説明すると、すぐに社長に連絡してくれた。

受付「社長室にご案内します」

唯「すごーい、揚げ物さん顔パスだね!」

原作者権限で顔が利くおかげで、スムーズに事が進んでよかった。

澪「だ、大丈夫かな…社長室に入ったら黒服の男達が…」

律「落ち着けって澪、そもそも神様ぶっ倒しに来たんだろ?今更怖がるなって」

紬「でもこうも普通の世界だと、逆に怖いわ…変に手出しもできないし」

テスト

エレベーターに乗り込む。

梓「…唯先輩、うっかり能力発動しちゃダメですよ。ここは普通の日本なんですからね」

唯「わ、わかってるよ~」

憂「落ち着いて話し合いで解決しなきゃだね。緊張するなぁ、社長さんなんて会うの初めて」

純「いかにもな感じのおじさんなのかな…?ぷぷっ、スーツ来たおじさんが神様ってなんかおかしいね」

「社長は若いですよ。宇宙シミュレーションシステムを考えた天才技術者でもあります」

和「天才…過ぎて、こんな事態になってしまったのね」

「そうとも言えます。本人はどういうつもりで作ったのか知りませんが、まさに神になる行為ですからね…。彼は、諸外国からは堕天使と呼ばれ批判されています」

最上階に着いた。
社長室の入口両脇には、2人の警備員の姿。
前回、無知な私がここにサインをしに来たとき、こんな人達はいなかった。
やはり、警戒されているのは間違いない。

警備員の無言の威圧をくぐり、扉を開ける。
社長…と、なんと役員全員が勢ぞろいしていた。
私の後に続き唯達が部屋に入ると、役員達からは驚きの声が上がった。中には、後ずさりして拳を握りしめたり、睨みつけてきたり、ポケットに片手を突っ込み恐らく中に入っているであろう凶器を握りしめる者もいた。
ゲームのキャラクターが現実に現れるという怪奇現象に、やはり驚いているようだ。

社長「…にわかには信じられんが、手の込んだ偽物というわけではなさそうだ」

律「…なんだよ、それが挨拶かよ!勝手にうちらのこと消そうとしておいて…」

「お、落ち着いて…」

事を荒げては危険だ。こちらには、唯の絶対的な破壊能力があるし、向こうもそれを知っている。
向こうの役員達は、殺されるかもしれないとピリピリしているようだ。
果たしてこの空間で唯の能力がちゃんと使えるのかはわからないけれど。

唯「…お願いです、私達を消さないでください!」

憂「私達は、みなさんに危害を加えたいわけじゃありません」

和「代弁者や執行者を送り込むのをやめてください…そうしてくれれば、私達は戻って普通に生活するだけです」

社長「…消去プログラムのアンインストールが望みか。ふむ…」

役員1「しかし社長、バグを放置するわけには…」

紬「バグではありません、私達はれっきとした人間です!」

純「目の前に存在してるのにまだバグとか言うわけ…?」

役員1「話を遮るな、データの分際が!」

梓「なっ…人のことをなんだと思ってるんですか!」

役員2「落ち着け!差別的発言はよせ!話が進まなくなる」

役員1「だがどうする!バグはバグだ、ここで消去プログラムをアンインストールしたらバグは放置だぞ?また同じことの繰り返しになるのは目に見えている!」

憂「私達はそんなことしません!」

社長「そういう問題ではない。お前達が今後何もしなくても、数十、数百年後の未来や、別のパラレルワールドで同じことが起こりうるという意味だ。やるならば徹底的に除去し、再発防止プログラムを組まなくてはならない」

律「だからって…私達を殺すつもりか?」

「すべてのパラレルワールドに住む人間に人権があるはずです。全体のために、彼女達を犠牲にしてはいけません」

役員3「社長…このように、人権侵害の批判はもう防ぎようがないところまできています。今回の事件もハッカーによって暴露されるのは時間の問題です。我々が彼女達を殺したと知れればもはや会社存続の危機になります」

役員1「だからと言ってバグを放置してみろ!今度はもっとうじゃうじゃと画面から出てきて民間人に被害が出るかもしれないんだ、それこそ会社存続の危機だ」

和「結局みんな会社のことしか考えてないのね…」

紬「ひどい…」

紬が怒りに震えている。多分、家柄的に企業のトップというものを知っているから、思うところも多いのだろう。

役員2「落ち着け、落ち着け。極端に考えすぎだ。バグ消去は当然批判対象になるし、この目の前にいる人達を殺すことになる、そうそうできるもんではない。だが何も対策をしないわけにもいかない。ゲーム内の人物の人権を守るがあまり民間に被害が出たり、我が社の社員が雇用を失うわけにもいかないんだ」

役員1「ならどうしろと…」

役員2「そこが交渉すべきところだろう。この者達の命を奪いはしないが、バグは除去する。幸いにもこちらの世界に出てきてくれているんだ、こちらでの生活を保証するというのはどうだ?」

唯「…私達のお父さんお母さんは?さわ子先生はどうなるの…?」

役員2「当然保証させていただく。こちらへ移住してもらうことになるが…」

律「なんだそれ!?こっちに住めってか!?私達の家はどうなるんだよ!」

役員3「そのような方法では人権侵害に変わりはない!向こうに返して元の生活を保証しなければいけないでしょう」

役員4「彼女達のパラレルワールドを隔離するのがよい、技術的にも可能だ」

社長「それは根本的解決にならない。そもそも次元を超えてこちらの世界に出てくるような技術をもったバグだ、隔離したところで破られるのは目に見えている、イタチごっこになるだけだ」

役員4「ならそれを上回る技術を開発するのみだ。社長、どうしたんです。天才技術者の発言とは思えない」

話が難しくなってきた。確かに、どうしたらいいのか、純粋に考えてもわからない。
いやいや、何を考えているんだ。彼女達の命を、生活を取り戻すことを考えるんだ。

「イタチごっこで何が悪いんです。このゲームを生み出したのはあなた達の責任なのです。彼女達を元の生活に戻し、ハッカー対策をし続けて行くことこそが義務ではないですか?」

役員1「責任ならお前にもあるだろう、何を偉そうに!」

「ぐっ…」

澪「や、やめてくれ!揚げ物さんは悪くない!この人はちゃんと私達のことを考えてくれてるんだ!」

紬「そうよ!この方はこのゲームの中のすべての命のことを考えてくれているの!自分の身のことしか考えない貴方達とは違うわ!」

律「そうだそうだ!」

役員3「社長!どうするんです!これでも彼女達を削除するつもりですか?ただごとではすみませんよ…?」

役員1「お前はどちらの味方だ!」

憂「み、みなさん、落ち着いて…」

役員1「黙れ!データはデータらしくしていろ、親に改造された実験動物めが!」

唯「!!」

パキン!という音がして、唯の周りに紋章が浮かび上がった。
ま、まずい!!

役員2「お、おい!口を慎め!!」律「ふ、ふざけんな!」純「信じらんない…!!」梓「ひどい…ひどすぎです」紬「……!!」澪「…あんまりだ…!」憂「お、お姉ちゃん…ダメ…!」和「唯、よしなさい!」

唯「憂は…和ちゃんは…私は…!」

紋章はかなり乱れ、バチバチと音を立てて壊れたテレビのようになっている。
この世界ではうまく発現できないのだろうか。このままでは、まさか、暴走…

役員1「うわ!まずい!やる気だぞこいつ!」

役員3「申し訳ありません、こちらの失言をどうかお許しください!」

役員2「お、おい!警備員!」

警備員が慌てて入ってくるが、唯を見るなり、化け物だと言って逃げ出してしまった。

役員4「まずい。あの警備員に情報を漏らされては困る。すぐに…」

役員1「それどころじゃない!ひ、ひいっ!助けてくれ!」

ど、どうしたら…
憂と和が唯を抱きしめているが、唯の紋章は収まっていない。

「…社長っ!!早く決断を!」

社長は何を考えているのかわからない。
表情一つ変えず唯を凝視している。
しばらく両者の睨み合いが続いた。

社長「…もうよい。無礼は詫びよう。お前達の望み通り、消去プログラムはアンインストールする」

律「…へ?」

役員2「社長!?」

社長「隔離も行わない、対症療法にしかならん」

役員4「どうするつもりだ…正気か、社長」

社長「アンインストーラーを渡しておこう。これはゲーム内で発動しなければ効果がない。元の世界に帰ってから使うことだ」

社長はスタスタと歩き始めると、ポケットからスマートフォンのような端末を取り出し、唯に差し出す。

社長「…これで満足か?」

唯「……ありがとう」

それを受け取ると、唯の紋章は収まった。
社長はそのまま歩いて部屋を出てしまった。

役員1「ついにトチ狂ったか、天才とバカは紙一重とはまさにこの事だな!もうおしまいだ」

役員2「ど、どうするつもりですか、社長!?何か策があるんですか!」

役員4「堕ちたものだ。文字通りの堕天使になったな」

役員達が後を追って去って行く。

役員3「…数々の無礼をお許しください。ゲームへのログインなら、隣の客室にある端末をお使いください。…念のため言っておきますが、そのアンインストーラーは本物です。社長が何を考えているのか存じませんが、そこだけは信じていただければ幸いです。では」

社長室にぽつんと残された私達。
これは…成功なんだろうか?

憂「お姉ちゃん…大丈夫?」

唯「…うん、ごめんね。えへへ、あんなに怒ったの初めてだぁ」

和「唯…よく耐えたわ」

最悪の事態は避けられたことに、皆も私もほっとした。

律「なぁ…なんかあっさり解決したけど、ホントにこれでいいのか?」

澪「わからない…あの社長、なんか考えてそうだな」

紬「もしかして、このアンインストーラーも罠なんじゃないかしら…」

梓「でも…あの役員さんの言い方からして、アンインストールできることは間違いなさそうですね」

純「やるしかないんじゃないですか?行きましょうよ!!」

「そうですね…不安ではありますが、それを使いましょう」

一同は隣の客室へ向かう。
そこには、客へのプレゼン用だろうか、大画面のディスプレイにゲーム画面が表示されていた。
人が入り込むには十分な大きさだ。

「みなさん、私はここまでです。大してお役に立てずすみません」

唯「ううん、ありがとう揚げ物さん!」

憂「揚げ物さんが匿ってくれたり、案内してくれたお陰でここまで来れました。ありがとうございます」

「いえいえ…一応、アンインストールの様子はここから見守っています。またこちらに動きがあったら伝えます」

律「ありがとうな!よーし、じゃぁ行こうぜ!えっと、どうすんだっけ…」

澪「行きと同じで、和の能力でこの画面から入れるんじゃないか?」

和「そうね。やってみるわ」

和が画面に手をかざすと、紋章が発動した。

和「…大丈夫そうね。行きましょう!」

梓「揚げ物さん、本当にありがとうございました。またいつか!」

皆、一人一人律儀にお礼を言って画面へと入っていく。
本当にいい子達だ…。

「…みんな、元気で」

………

真っ暗な公園。
街灯に照らされたモニュメントから、唯達が出てきた。

唯「ふう~、戻ってきたぁ…って、ええっ!?」

そこには代弁者と執行者が多数、待ち構えていた。

律「げっ、待ち伏せかよ!?」

梓「しまった…武器は揚げ物さんの車に置いてきちゃいましたよ!」

紬「唯ちゃん、早くアンインストーラーを!」

唯「え、えっと、これどうやって使えば…」

澪「の、和!パソコン詳しくないか!?」

和「うーん…さすがにFD人の技術は…とりあえず唯、貸して。あなたは敵を…」

唯「う、うん!」

と、同時に執行者達が攻撃を開始する。
唯は翼を出して飛び回り敵を撹乱し、その隙に皆は逃げながら、武器防具になりそうなものを拾っていく。
それを憂が強化し、一応の迎撃態勢は整った。しかし、肝心のアンインストーラーの使い方がわからない。

和「ええと…わかんないわね、これ私の能力で何とかなるものじゃないみたい」

暗闇の公園に、戦闘による激しい閃光が飛び交う。
それを見つけ、近くで待機していた平沢夫妻が車で駆けつけた。

平沢父「唯ーっ!」

唯「あ、お父さん!ねぇ、アンイン…なんだっけ」

憂「お父さん!これ、使い方わからない…?執行者をアンインストールできるはずなんだけど…」

和「これです。ちょっと難しくて…」

平沢父「アンインストール…そういうことか…」

平沢母「なんとなく予想ついたわね。これならいけるんじゃない?」

平沢父「うん、できそうだよ。ちょっとばかり、敵を抑えててくれるかい」

アンインストール、の一言で夫妻はこの世界の真実を理解したようだ。
端末を夫妻に託すと、唯を先頭に一同の反撃が始まった。

平沢父「この世界はプログラム…そう考えればいろいろ説明がつくね」

平沢母「紋章っていうのは要するにプログラム言語のことだったのね…何でもっと早く気づかなかったのかなぁ」

平沢父「いやぁ、でもこれで大分やりやすくなった…よし、これでOKだろう」

夫妻はあっさり解析を終了し、アンインストーラーが起動される。
突然、すべての執行者、代弁者が動きを停止。もがき苦しみ始め、足元から粉になるように消えていった。

平沢父「やった!」

唯「おおーっ、みんな消えちゃった!」

梓「よかった…これで、解決したんですね」

純「…んー、あの社長は結局何考えてたんだろ?」

皆が喜ぶ中、急に地震が起こった。

澪「うわ、地震だ…!」

律「えーっと、これまさか…やっぱりそういう展開なんですかねぇ」

紬「やっぱり、罠…? あ、あそこを見て!」

紬が指差した先には、暗闇で見づらいが、どす黒いワームホールのようなものがあった。
そこから出てきたのは、これまた見えづらいが、巨大な人の形をした真っ黒な生命体。
目が妖しく光っており、かろうじてその位置を認識できる。

…やはり、社長に何か仕込まれたみたいだ。

梓「なんですかあれは…やっぱり、騙されたんですね!」

純「あの黒いの、明らかに目がヤバいって!強いんじゃない!?」

何が起きたんだろう?
確かにあのアンインストーラーは本物で、執行者は消え去った。
というか、社長はどこへ向かった…?
何を考えてる…?

平沢父「なんだあれは…!」

父が端末をいじりはじめた。
そうか、この人…この人なら解析できるのかもしれない。

黒い生命体は奇声を発しながら、竜巻を起こした。
かなり大きい。これはみんな巻き込まれてしまう!

憂「危ない!みんな逃げて!!」

憂は最大限に能力を使用する。
逃げ回る皆の服をできるだけ強化し、舞い上がる砂をできるだけ無効化し、自らも走った。
しかし、完全に無効化できないほど、その竜巻は強力だった。上空へ飛んで避けた唯以外が吹き飛ばされる。

梓「きゃぁぁぁ!!」

皆地面に叩きつけられ、呻き声を上げる。これは危ない。
離れたところにいた夫妻を除き、一気に唯以外戦闘不能になってしまった。

平沢母「憂っ!!」

憂「あ、危ない、お母さん…来ちゃだめ…」

憂のもとへ飛び出してきた母を狙い、黒い生命体が奇怪な動きで走り寄ってくる。

唯「だめぇぇぇぇ!!!」

そこへ高速で唯が突っ込んできて、背中のあたりに直撃する。
黒い生命体は勢い良く弾き飛ばされる。しかし、貫通はしていない。
すぐに起き上がると、翻って唯へ反撃を開始した。

平沢父「…わかった。アンインストールを引金に別の消去プログラムが発動するように仕組まれていたんだ。プログラム名『断罪者』…急ぎで作ったのか、荒が目立つよ。執行者より強力だけど…なんとか妨害できないか…」

…まさか、社長はこの数分の間にトラップとなるプログラムを組んでいたって言うのか!?

唯と『断罪者』の戦闘は続いているが、思ったように攻撃が通じないようだ。

平沢母「憂…大丈夫?」

憂「大丈夫…ちょっと足痛めただけ…」

唯と断罪者の一対一の戦闘が続く。
少しずつ、唯が押され始めているようだ。

平沢母「…憂、まだ能力使える?」

憂「…うん」

平沢母「うちの車に使ってほしいの…今から言う文字列を頭に思い浮かべながらやってくれないかな?」

憂「えっ、車を…いいの?」

平沢母「ふふ、さっきの竜巻の砂ぼこりでもう傷だらけよ。いいの」

母は暗号のような意味不明な文字列を憂に伝える。
この世界がプログラムだと知ったからか、憂の能力を強化するような方法を思い付いたのだろう。

憂が平沢家の車の性質を変えると、車の存在があやふやになったかのように、バチバチと音を立てて乱れ始めた。
母はそれに乗り込むと、断罪者に向けてアクセル全開で突進する。

平沢母「えええぇぇぇーーい!!!」

唯「お母さん!?」

車の直撃を受けた断罪者は不自然なぐらいに激しく吹き飛び、公園の木に衝突して落下した。
ピクピクと痙攣し、明らかにダメージを受けている。

平沢母「ビンゴね!」

平沢父「よし、解析できた!アンインストールはできないけど、少し弱体化したよ!唯!今なら!」

唯「うん、いっくよー!!」

唯の渾身のレーザーが放たれる。
今度は攻撃が効いた。断罪者は、一撃で消滅した。

唯「…はぁ、はぁ…よかった」

やっとのことで敵を倒したが、唯と憂は力を使いすぎて消耗し、仲間達も竜巻で吹き飛ばされた際の怪我で動けない。

平沢父「この端末は便利だな…全部はできないけど、ある程度ハッキングしてプログラムを改築できるよ。残酷なようだけど、私達がプログラム生命体なら、こういうこともできる…」

父が端末を操作すると、なんと皆の傷が回復した。

律「ありゃ?治った…?」

純「すご、まるでゲームじゃん!」

梓「そうだね…ほんとにゲームなんだ…」

平沢父「あ…なんだか申し訳ない」

律「いやいや、悪いのは社長ですって!ってかあの社長どこいったんだ?」

紬「社長室から出て行ったっきりね。FD空間に戻って追いかけなきゃ!」

平沢父「あ、ちょっと待ってくれ!その社長?らしき人は、こっちの世界にいるよ」

ええっ!?
…と、驚く皆に合わせて私も声をあげてしまった。
社長はどうやってゲームの中に?精神を投影しているんだろうか。
…まさか、ゲームのキャラになりきったり、自己を投影させたオリジナルキャラクターであの子達と交流したり…そういう機能もあったのだろうか、このゲーム。
批判を受け、隠していたとしてもおかしくない。

平沢父「この世界に特殊な空間を作って、そこにいるみたいだ。そこには多分、マスターコンピュータとでも言うのかな、このゲームの中枢があると思う。それでプログラムを改築して断罪者を放ってきたんだ」

なぜわざわざゲーム内に?
そのマスターコンピュータはこちらの世界よりも性能がいいのだろうか?
社長の考えが読めない…何を考えているんだ。

平沢母「そこには行けそう?管理者権限が必要なんじゃないかな」

平沢父「行けるはず。管理者権限を偽装できるよ、和ちゃんの能力なら」

和「…私が、ですか?」

平沢父「うん。桜高の音楽室の近くに亀のモニュメントってあるかな?」

唯「うん、階段のところにたくさんあるよ!」

平沢父「ビンゴだ。音楽室の近くにあるやつが、管理者の空間に入るための端末だよ。それに和ちゃんの手で触れれば、侵入できるはず」

平沢母「じゃ車で学校まで送って行くわ!みんな乗れる?」

憂「乗れるかな?8人も…」

純「あ、私後ろのトランクでもいいですよ!」

律「私は車の上でもいいぜ!こんな緊急事態でしかできないしな」

澪「いや、やめろって!車に傷つけちゃうだろ」

平沢母「何でも大丈夫!さっき断罪者に突っ込んだからもうボロボロよ」

やいのやいのと騒ぎながら、なんとか8人が車にぎゅうぎゅう詰めで乗り込んだ。
しかし、父は乗り込まない。

唯「お父さんは?」

平沢父「ごめんよ、一緒にはいけない。断罪者はもう各地に現れてるんだ。この端末で対処していかないと…」

平沢母「私もみんなを送ったら戻ろうか?」

平沢父「うん、お願いするよ。真鍋さんにも連絡しなきゃ。全力でこれを解析しよう」

平沢母「わかった!じゃぁ出発しましょう」

唯「お父さん…またね!」

憂「気をつけてね!」

平沢父「ああ、またね。頼むよ…この世界を!」

一同は桜高へと出発した。

………

夜の桜高。
いつもは無断侵入などできないのだが、何故か今日はすんなりと忍び込むことができた。
執行者や断罪者の騒ぎで警備が疎かになっているのか、プログラムが改ざんされているのか、わからない。

一同は亀の置物の前に集合していた。
各自、校内から集めた掃除用具などの武器、防具を持っており、戦闘準備は万端だ。

梓「この亀の置物、そんなに重要なものだったんですね」

律「公園のゲートといいこれといい、なーんでこんな重要なものが桜が丘に集まってるんだか…って思ってたけど、この地域がメインのゲームだからだったんだな」

澪「今も、私達のことを色んな人が見ているのか…ぞっとするよ」

…ごめんよ。
私はこのゲームが嫌いだから今まで遊ぶことはなかったけど、今回の騒ぎについては最初から見させてもらっていた。
これも彼女達のプライバシーを侵害しているのに変わりはない。

紬「断罪者を消してもらったとしても、そこは解決したことにならないのね…社長に交渉して、このゲームに干渉できないようにしてもらえないかな」

和「それも難しいんでしょうね。ハッカーがどうとか言っていたし…」

そう言いながら和が亀の置物に触れると、紋章が発動した。
次元の扉のようなものが開く。
向こう側には、真っ暗闇の中に浮かぶ一本の道。その先には巨大な扉が見えた。

純「うわ…今度こそ本当に神の世界に続いてるって感じ」

憂「本当だね…この先に、社長さんが」

平沢母「…私は戻らなきゃ。ごめんなさい、みんなに任せっきりで…」

唯「ううん。お母さん、ありがとう…私頑張るね!」

平沢母「…ええ!頼んだわよ、唯!」

母を残し、一同は暗闇へと進んで行った。

………

暗闇の中に浮かぶ光の道。
その終点にある、黄金の大きな扉。

唯「…行くよ」

皆で一斉に扉を押す。
開いた扉の隙間から眩しい光が差し込んでくる。
その先には、巨大な球状の空間が広がっていた。
まるで時計台の中のように、光り輝く歯車や機械の部品のようなものが浮かんでいる。
天井からは、長さ数十メートルはあろうかという振り子がぶら下がっている。
球の中心に向かって道が伸びており、そこには円状の広い台座が浮かんでいる。マスターコンピュータと思われる端末と、それに向かう社長の姿もそこにあった。

律「すげぇ…なんだここ…」

梓「これが神の世界なんでしょうか…」

紬「…ううん、あの社長さんが作り出したものよ」

純「なんか趣味悪っ!」

一同はゆっくりと社長のもとへと歩いてゆく。

社長「…早かったな。上位消去プログラムもこうもあっさりと破られるとは」

梓「…何を考えてるんですか?断罪者は倒しました。消去プログラムを早くアンインストールしてください!」

紬「…教えてください。あなたの目的は何なんですか?」

社長「全データの消去だ」

唯「…えっ!?」

なんだってっ!?

律「…全…って、おい!宇宙ごと消すってか!?」

澪「そんな…!?」

そんなばかな!!そんなことをすれば、精神投影している社長自身も…!

和「何を考えているの!?それじゃあなた自身も消えてしまうんじゃ…」

社長「その通りだ。私はもう満足した」

純「何が!?だからって何で消すのさ!」

社長はゆっくりと振り返ると、唯のほうを見て、語り出す。

社長「…お前の能力を社長室で見させてもらったが、その時確信したのだよ、私の敗北をな」

唯「え…?何が負けたの…?」

社長「私は自分のこの頭脳を試したかっただけだ。この宇宙シミュレーションシステムを作って公開したのもそれの一環にすぎない。私を超える頭脳が現れるのを待っていた」

社長「このシステムには各国が軍事やビジネス目的で食いついてきたが…日本のゲーム会社だけだ、アニメキャラの観察などという馬鹿げた目的で使いたいと言ってきたのは。だがそれは私にとって都合がよかった。国家間の面倒な闘争に巻き込まれずに済んだからな」

頭脳を試したかっただけだって…
天才の考えそうなことだ。それだけのために、この子たちの人生を…

社長「世界中のハッカーがこのゲームに侵入し、その力を示そうとしてきた。そのせいで様々な被害が出ているが、それは私にとって問題ではない。私がこれと思うような高い頭脳をもつ者は現れなかった。それがまさかゲーム内から現れるとはな…」

唯「それが…お父さんなの?」

社長「そうだ。お前の父親が何をしたのか、どのようなプログラムを組んでお前達が我々の世界に出てきたのか、私は理解できなかった。これが私の敗北だ」

和「だからってなぜ私達と心中しようとするのよ!」

社長「私は私の頭脳を試し、そして負けた。これで満足だ、もはやこの世界にもこのゲームにも用はない」

純「意味わかんない!そこからなんで心中につながるのさ!?」

紬「私達も…この世界の全てのパラレルワールドの命も、あなたの会社の人も!全部巻き添えにするんですか!?」

社長「このような罪深きゲームを生み出した首謀者には死を、関わった者たちには制裁を、もはや修復不能なほどハッカーに侵され全世界に拡散してしまったこのゲームには完全なる消去を。真っ当で、合理的な結末だと思わぬか?まぁ、私にとっては些細な問題だが」

律「ふざっけんな!」

律が社長に向けて駆け出す。
しかし、社長の周りには透明なバリアが張られていて、弾き返されてしまう。

律「うわっ!?」

澪「律っ!大丈夫か…!?」

律「あ、ああ…」

社長「そこで大人しくしていたまえ。無限に広がる全パラレルワールドの削除には時間がかかる」

既に削除は始まっているようだ。
わざわざ断罪者を仕込んできたのは、時間稼ぎの為だったのか。

憂「やめてください!」

憂がバリアを解除しようと紋章を発動する。
バリアが揺らぐが、しかし破るには至らない。

社長「…プログラム改竄力が増している。理屈を知らずとも精神と連動させて感覚でプログラムを理解しているのか」

和「唯、もう一押しよ!」

唯「うん!」

唯が紋章を発動し舞い上がる。
上空からビームを放つと、バリアに穴が空き、消え去った。

律「よっしゃ、今だ!かかれーい!」

律の号令で紬、梓、純が武器を構え一斉に突撃する。
さすがの社長も端末を操作する手を止めざるを得なかった。

社長「小賢しい…邪魔をするな」

社長がこちらを振り返りながら後ろ手で端末のボタンを叩くと、その体の周りに紋章が出現した。
そして、律達の攻撃をかわすように上空へと飛び上がる。
その背中からは、無機質にうごめく翼が生えていた。

律「飛んだ!?」

梓「向こうも紋章が使えるんですか!?」

紬「紋章はプログラムって言ってたから…社長もそれを操れるのね」

社長「その通りだ。ここにいる限りは私はプログラムを操り全てを思い通りにできる全知全能の神に等しい…はずだった。お前達が現れるまではな」

社長がいつの間にかその手に持っていた槍を振り下ろすと、それにそって衝撃波が発射される。

律「うわぁ!!」

梓「きゃぁぁ!?」

一撃で、律、梓、紬、純の四人が吹き飛ばされた。憂に強化された防具を持ってしても、ダメージが大きいようだ。

社長「邪魔をするのであれば容赦はしない。お前たちは所詮、かの父親に組まれたプログラム以上のことはできない存在だ。私はかの父親には負けども、お前たちは私を超えることはできない」

社長は床へと降りてくると、呪文の詠唱のような動作をした。
唯、憂、和、澪が集まっている下の床が赤黒く変色する。

澪「な、なんだこれ!?」

戸惑う澪に対し、唯達三人は直感的に何かを感知して上を見上げた。
…遺伝子に組み込まれた紋章が、社長が放ったプログラムの何たるかを感覚的に理解させているのだろうか。

唯「なんか降ってくるよ!」

憂「逃げて!」

憂と和は咄嗟に駆け出し、唯は澪を抱えて飛び立ち、床が黒い範囲から抜け出した。
直後、黒い床に目掛けて上空から大量の光線が降り注ぐ。間一髪、避けることができた。

社長「感覚的にプログラムを理解する…面白い能力だ。だが、真の理解無しに精神論や根性論だけで私を超えられはしまい」

社長は攻撃の手を休めない。
再び飛び上がると、光を纏っていく。エネルギーを溜めているようにも見えた。

社長「完全対称…全く粗がなく、つけいる隙の無いプログラムを見せてやろう。感覚で防げるものなら防いでみるがよい」

唯は皆を翼で覆い隠し守った。
憂は皆の防具、床、空気全てを変換し守った。
和は空間に干渉し、なんとか敵の攻撃を逸らそうとした。

しかし、社長が放った凄まじい衝撃波は、彼女らの妨害を無視し、球場の空間の中心から全方向に均等に拡散していった。
そして、その跡にはボロボロになった彼女達が残されていた。

社長「仕留め損なった…?わずかに対称性に乱れが生じた。かの父親に外から干渉されているようだ。つくづく理解できないプログラムを組んでくるものだ…まぁよい、これで邪魔は入らぬ」

社長はコンピュータへと再び向かう。
倒れている唯達はピクリとも動かない。
生きてはいるようだけど…これで終わりなのか…
私には彼女達がやられている様を見ていることしかできないのか…!

社長「あとはこのパラレルワールドだけか…」

社長がエンターキーに手をかける。
しかし、それに指を触れた瞬間、パチっとショートが起こり、思わず社長は手を引っ込めた。
平沢夫妻、真鍋夫妻が外部から妨害を続けているようだ。

社長「…忌々しい、まだ悪あがきをするつもりか……何っ!?」

社長が気配を察して振り返ると、高速で飛びこんできた唯が目前に迫っていた。
避けることはできず、唯の渾身の体当たりを受けた社長は数メートル先へと吹き飛んだ。

社長「ぐっ…!!」

なんと、唯だけでなく全員が復活している。完全とまではいかないが、夫妻がプログラム改竄を行って回復させたようだ。

唯「はぁーーっ!!」

唯は畳み掛けるように社長に向かってレーザーを発射する。

社長「…小癪な…っ!!」

レーザーの直撃を受けても、社長はまだ耐え続けている。
それどころか、それに逆らい唯に向かって突撃してきた。

社長「何故どんどんプログラム改竄力が増している…お前の父親がそうさせたのか」

社長が槍を振り下ろす。
唯はそれを翼で受け止める。

唯「お父さんもお母さんも、和ちゃんのお父さんもお母さんも、みんな助けてくれてるけど…私だって頑張ってるもん!」

翼が更に輝き、社長を押し返す。

社長「この翼…これが…お前の父親が組んだプログラムか…感覚で理解する…これが…これは…面白い!」

唯「え…?」

社長が唯の翼に触れたことで、何かに気づいたようだ。

社長「く、くく…ははははは!面白い!頭で考えてもわからなかったことが、わからないまま感覚で理解できるとはな!」

社長が急に衝撃波を出し、唯は弾き飛ばされる。

唯「うわわ!?」

社長「実に屈辱的だが、これでもはや妨害は受け付けぬ!」

社長がコンピュータのところへ戻り端末を操作すると、この場には似つかわしくない巨大な樹が社長の足元の床から生える。
樹は社長とコンピュータを幹の中に覆い隠し、天井付近まであっという間に伸びた。

社長「実に面白い。自分が何をやっているのかわからずとも新しいプログラムが湧いて出てくるぞ!」

大樹の根本から赤黒い瘴気が発生し、床一面を覆う。

澪「これは、またさっきの赤いやつか!?」

和「いえ…何か違うわ!」

社長「もはや誰にも邪魔はさせぬ!これで干渉はできまい、私はお前を上回ったのだ、理解できない力ではあるがな」

あたりが暗くなった。
どうやら、社長は唯の翼から「感覚でプログラムを操作する」方法を吸収したらしい。
「お前」、つまり平沢父のことだろう、その干渉を完全にシャットアウトするプログラムを組まれてしまったようだ。
本人は納得していないようだが、平沢父を上回る頭脳を持ってしまった…これでは、なす術がない。

社長「いい加減に、死んでもらおうか」

床から無数の木の根が飛び出してきて、唯、憂、和を縛り、高く吊るし上げる。

唯「ううっ…何これ、力が…」

憂「離してっ!」

和「紋章が…使えないわ…!」

3人は木の根に紋章の使用を妨害され、抜け出すことができない。
樹の幹が怪しく光り、瘴気を纏ってきた。
おそらくは…吊るし上げた3人に瘴気を浴びせてとどめをさすつもりだろう。
それを悟った他のメンバーは慌てふためく。

律「やばいっ!この、この!」

憂に強化されたホウキやモップなどの武器で木の根を叩くも、ダメージはほとんどない。

紬「やめて、やめて…ああっ!!」

紬は木の根を掴んで倒そうとするが、触っただけでダメージを受けてしまう。

梓「…このっ!みんなを、離してくださいっ!」

梓は樹の幹を攻撃するも、びくともしない。中にいる社長の姿は太い幹に隠れて見えない。

純「憂~!この根っこは弱くできないの!?」

憂「だ、ダメ…うまく力が使えないの…」

澪「あ、あぁ…どうしたら…このままじゃみんなが…」

和「澪…!落ち着きなさい…!慌てないで!」

澪「……落ち着く、落ち着くんだ…」

澪は立ち止まり、手のひらに人の字を書いて飲み込んだ。

澪「……みんな、落ち着け!唯の木の根をまず切り落とそう!!」

澪の言葉に皆が振り向く。

律「澪…よっしゃ、わかった!」

全員が集合し、唯の木の根に一斉に攻撃を仕掛ける。

律「せーの!」

澪「それっ!」紬「えいっ!」梓「たあっ!」純「はいっ!」

木の根に大きな傷が入った。
完璧なはずのプログラムに、傷をつけることができている。
これは何の力なんだろう。いや、もう理論では説明できない域に達しているのかもしれない。
あの子達と、両親達と、社長の、全力の戦いなんだ。
私は…私がここで念を送ったり、端末を操作したりしたら何か影響があるのじゃないかと錯覚する。
そもそもなぜ私のログインは保たれているのか。平沢父の干渉すら受け付けない空間になったはずなのに。その事実がさらに、私に不思議な力があるのではないかと錯覚させる。
いや、そうだと信じよう。精一杯、あの子達を応援するよ!

社長「死ぬがいい!」

律「もう少しだ、せーの!」

唯目掛けて瘴気が噴出されたのと同時に、一斉に武器が振り下ろされ、木の根は切断された。

解放された唯はすぐさま翼を出し、瘴気をすんでのところで避け、そのまま飛び回って憂と和の木の根を一撃で切断した。

澪「やった!」

唯「みんな、ありがとう!!」

社長「おのれぇぇ!!!」

瘴気は止まらず、ついに全方向にむけて噴出される。

梓「まずい、こっちに飛んできますよ!」

純「やばっ、逃げないと!」

憂「だめ、逃げないで!その場で止まって盾を構えて!」

純「…え?」

憂「お願い、信じて!」

純「…わかった!」

梓「信じるよ、憂!」

もはや社長のような天才にすら理解不能なプログラム合戦となったこの戦場では、感覚に頼るしかない。
憂の言葉を信じ、皆はその場にとどまって盾を構えた。すると、振り注ぐ瘴気は全て跳ね返され、ダメージを受けることはなかった。

唯「みんな、一緒に行こう!」

唯が皆の前に降り立ち、翼を広げる。
その言葉の意味をなんとなく理解した一同は、翼に手を触れ、力を込めた。
唯の体が輝いてくる。

…私も、力を送るよ。

唯「いっくよー!びーーーむ!!!」

最大級のレーザーが発射された。
それは瘴気を打ち払い、大樹に直撃しその幹を焼いていく。

社長「ぐ…馬鹿な…理解できぬ…何もかも…!だがもう終わりだ…!このような理解できぬ世界は…消えるがいい…ぬぅぁぁぁぁぁぁっ!!!」

激しい閃光と、社長の断末魔と共に、大樹は消え去った。
残されたのは、きれいに元通りになったマスターコンピュータだけ。
社長は…消えてしまった。

唯「……」

憂「終わったのかな…」

しかし突然、地震が起き始める。

律「なんだ、まだなんかあるのかよ!」

澪「あれ…あのコンピュータ、エラーみたいなのが出てるぞ!」

コンピュータの画面は赤く点滅している。これはもしかしたら…

紬「まさか、もう削除が始まってる…?」

梓「そんな!?」

一同がコンピュータに駆け寄って画面を見る。
何が書いてあるかわからないが、尋常ではないことはわかる。

和「操作も受け付けないわ…!」

純「これやっぱ削除ボタン押されたんじゃないですか!?」

憂「社長さん…もう終わりだ、って言ってたよ。だから…」

確かに、そう言っていた。
あの樹の中でコンピュータの操作を続けていて、唯の攻撃を受ける直前にこのパラレルワールドの消去を実行したのだろう。

揺れは激しくなっていく。
床が、壁が、波打っている。

梓「きゃぁ!?」

もう立っているのもやっとの状況だ。
天井からぶら下がっていた大きな振り子は止まり、あたりに浮かんでいた歯車のようなものは動きを止め、崩れ落ちて行く。

律「間に合わなかったのかよ!…くそおっ!」

澪「私達…消えちゃうのか…?」

床が、壁が、少しずつ透明になり、光の粒となって分解していく。
そして、彼女達の体も…

紬「体が…透けてきてる…」

どうすれば、どうすればいい。
私には何もできない。ああ、何故私はただの漫画家なんだ。
何故、社長を止められるだけの権力者でなければ、この状況を解決できるスーパーハッカーでもないんだ。
あの子達を助けることもできずに、何が原作者だ…!

純「ど、どうすんのさ!逃げれば…って扉も消えてるし!」

梓「消える…消えちゃう…」

憂「…私、信じるよ」

梓「…え?」

憂「私達は消えないって信じるよ。だって…」

唯「だって、ここにいるもんね!」

唯、憂の言葉に皆がはっとする。

律「…そうだな。消えろって言われてはいそうですかって消えられるかってんだ!」

紬「そうよ!消えるわけないわ!だって…確かにみんなここに存在するんだものね!」

紬が隣にいた澪の手を握る。

澪「そうだな…。体が透明になってる気がするけど、でもちゃんと手を握った感覚がある。消えるなんて、思えないよ」

自然と、みんなが手を繋ぎ始める。

梓「私達はデータなのかもしれないけど…ちゃんと生きてる人間なんです。ボタン一つで消されたりなんかしません!」

純「プログラム、プログラムってあの人散々言ってたけどさ、結局最後は気持ちの戦いだったし。案外気持ちでなんとかなるんじゃない?」

和「うん…もうこの際よ、信じましょう、私達自身を」

皆が手を繋ぎ、円陣を組む。
ついに、床が傾いた。
バランスを崩すものの、皆慌てることなく、絶対に手を離さずにしっかりと立っている。

唯「…揚げ物さん!」

…え!?

唯「ずっと見守っててくれて、ありがとう!揚げ物さんのお祈り、すごく効いたよ!」

…まさか、伝わっていたのか…?そんなはずは…

唯「私達、絶対消えません!さようなら、揚げ物さん!!」

唯ちゃん、それはどういうーー

律「床が崩れるぞ!みんな飛べーっ!」

唯「行くよー、せーの!」

「「「「「「「「消えるもんかーーーーーっ!!」」」」」」」」

………

唯「…う…」

憂「お姉ちゃん!よかった…」

和「やっとお目覚めね」

唯「あれ…ここ、部室?」

紬「そうよ。みんな、助かったの」

唯「あ!そうだった、消えるかもしれなかったんだっけ」

律「ま、ハッタリだったってことだな。この通りみんなピンピンだし」

澪「断罪者とかも、いなくなったみたいだ。何事もなかったみたいに、普通の街並みに戻ってるよ」

梓「結局、なんだったんでしょう…本当にFD空間なんてあったんでしょうか。夢みたいです」

純「うーん…でもはっきりと記憶あるしなぁ」

憂「データは消えちゃったのかも知れないけと、私達の心までは消せなかったんじゃないかな」

和「よくわからないけど、そうとしか言えないわね。私達がお互いのことを認識してる限り、存在が消えたとは言えない、ってとこかしら」

律「なんだか哲学的だな…」

紬「多分だけど、これでFD人からの干渉は受けなくなったんじゃないかしら…?」

澪「そうだな。全部のパラレルワールドが、FD空間から独立したんだと思う」

唯「…あれ、なんか背中に…」

憂「あ、お姉ちゃん、背中で何か潰してるよ。起きてみて」

唯「うん…あ、これ揚げ物さんの!」

梓「私達の似顔絵ですね!」

澪「当たり前だけど、似てるな…やっぱり、これを見るとFD空間は本当にあったんだなって思えるよ」

律「そだな。てかなんで唯の下敷きに…いつの間に貰ったんだ?」

唯「あれー、貰ったあとどこにやったかな…覚えてないや」

憂「揚げ物さんの車に荷物と一緒に置いて来ちゃったんじゃないかな?」

和「ならなんでここに…って、まぁ細かいことはいいわね」

紬「きっと唯ちゃんが大事だって思ったからここにあるんじゃないかしら」

梓「忘れてきたのにですか?」

唯「あう…」

澪「唯らしいな…まぁ何はともあれ、元の生活に戻れそうだよ」

純「ちょっとした冒険でしたね。人には言えないけど、私達だけの秘密ですよ」

憂「うん。辛いこともあったけど…本当によかった」

唯「そうだ、お父さんお母さんに会わなきゃ!」

和「ええ。行きましょう」

律「てか、今何曜日…?」

澪「日曜の午前だな。一晩ここで寝てたらしい」

律「よーし、じゃ唯と憂ちゃんと和の親に挨拶して、その後みんなで遊び行こうぜ!」

紬「さんせーい!」

梓「練…いえ、賛成です!」

純「…私も行っていいですか?」

澪「もちろんだよ、一緒に冒険した仲じゃないか」

純「えへへ…ありがとうごさいます!」

律「おっしゃ、出発しようぜ!」

唯「おー!!」



唯「…揚げ物さん。私達のこと描いてくれてありがとう。そのおかげで私達がいるんだよね。心配しないでね、これからは私達だけでも生きていけるから!」


憂「お姉ちゃーん、行くよー?」

唯「はーい!」


おわり

終わりです。
元ネタはスターオーシャン3でした。

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