男「ツンデレ? どこの言葉だ、それは」 (12)
――カラカラーン
女「あっ、男ー、こっちこっちー……って」
男「すまんな、少し遅れた」ガタ
女「ううん、私もさっき着いたとこだし。それよりどしたのその額。ベッドから落ちたとか?」
男「街角でたむろしていた連中に絡まれた」
女「ぶふっ!」
男「何がおかしい」ギロ
女「い、いやいや。まだアンタに絡むようなやつがこの界隈にいたんだなって――」
酒場女「いらっしゃいませー。男さん、ご注文はお決まりですかい?」コトン
男「そうだな。たまにはシチューでも――と、お前は、飲み物以外頼まなくていいのか?」
女「……う、うん、今日はあまりお腹が空いてなくって」
――グゥゥ
男「…………」
女「……あぁ、いやっ、これはその!」ワタワタ
男「……日替わりシチュー大盛りで二人分と、いつもの林檎酒をボトルで」
女「って、ちょっ、こらぁ!」
酒場女「あいあい毎度ありー! マスター、オーダー入りまーす」クルッ
女「……あ」
男「……今日も相変わらずの客の入りだな」チラ
――わいわいがやがや
女「な、なんで勝手に。私はいらないって」ボソボソ
男「男の俺だけ食ってたら傍目にも印象が悪い。それくらい察しろ」
女「……ぬ、ぐ」
男「本当に食欲がないなら残せばいい。俺の都合で頼んだんだから文句は言わんさ」
女「た、食べるわよ! 曲がりなりにも人に奢ってもらって、そこまで不義理できるかっつうの」
男「ふん。まあどう受け止めるかは個人の自由だ、勝手にしろ」
女「はぐっ、はぐっ、ずずっ!」
男「…………」モグモグ
男(この食べっぷりからすると、最近ろくな物食ってなかったな、こいつ)チラ
男(別に俺が金持ちなわけでも、こいつの金遣いが特別荒いわけでもない)
男(養う孤児たちが大勢いると大変だな、などと口にするのは野暮というものだ)スッ
女「あっ、お酒なら私が注ぐから」パシッ
男「いや、別に、手が空いているときで」
女「いーから、奢りなんだしこのくらいやらせて。ほらっ、グラス出して」
男「…………」スッ
――コポコポ
男「悪いな」
女「ううん。それより一つ聞きそびれてたんだけど」
男「なんだ」
女「アンタに突っかかってきたのって、どんなやつらだったの?」
男「どうだな、俺も他人のことは言えんが、贔屓目に見ても柄はよくなかった」
女「……そもそも、なんで絡まれたわけ?」
男「目つきがどうにも気に入らない、だそうだ」
女「それはなんというか、ご愁傷様。んで、年の頃は?」
男「俺やお前と大して変わらん。ついでにいえば、全員が初見だったと思う」
女「あー、やっぱ新顔だったのね」
男「なんだ、心当たりがあるのか?」
女「うちとは違うグループの女の子なんだけど、三日前にチャラい連中に絡まれたって」
男「耳が早いな。それで、その子は無事だったのか?」
女「うん、たまたま友さんと一緒だったらしいから」
男「……それは、同情に値するな」
女「そんなこといって、アンタが相手したやつらは無事なわけ?」
男「素手だったしな。死んではいないはずだ」
女「……デスヨネー」
女「おいしかった! ご馳走様でした!」パン
男「ご馳走様でした」ピタ
女「…………」ジー
男「……なんだ?」チラ
女「あ、ううん、なんでも!」フルフル
男「……?」
女「そ、それにしても、あんたがのした連中って、どっからやって来たんだろうね」
男「知らん、リーダーがそう遠くないうちに掴むんじゃないか。……ただ」チラ
女「うん?」
男「いや、しばらく早朝と夜間の単独行動は控えたほうがいいのではと」
女「……ええっと、男? それってもしかして」
男「妙な勘違いはするなよ? お前のことが心配だとか、そういう話じゃないからな?」
女「あらそぉ? でも、わたしこう見えてそれなりに腕は立つわよ。男だって実際にその目でも見ているでしょうけど」
男「……いや、しかし、相手が徒党を組んでいれば不覚を取らないとも限らないだろう」
女「……まぁ、それはそうだけどー」
男「武術の心得があればこそ、数の恐ろしさを真に理解できるはずだ。出来得る限りのリスク回避は」クドクド
女「注意しないとは一言も言ってないでしょ。私だって好き好んで危ない橋渡ったりはしないわ」
男「……ならいいんだが」
女「……でも、そうね。一応、諸々の対応も含めてリーダーにお伺いを立てとくのもありかしら」
男「今からか? 非番だから事務所にいるかどうかは」
女「腹ごなしの散歩がてらよ。いなかったらいなかったでいいじゃない。さっ、行きましょ!」ガタ
男「……まったく、いつもながら強引なやつだ」ガタ
――事務所
女「あらら、カーテン締まってる」
男「留守か。手紙箱のほうは?」
女「ちょっと待って――――よし、取れた」ゴソゴソ
男「……橙の紙片。依頼の交渉中か」
女「長くなるかな。どうしよ、今日は退散する?」
男「いや、そんなに時間はかからないと思う」
女「どうして?」
男「真昼間から人目を気にするくらい警戒心が強い依頼者なら、一所に長居するのは避けるはずだ」
女「……ああ、カーテン。なーるほど」
男(この場にいるのが相応しくない人物。あるいは、人目に付いたら顔が割れるような有名人の可能性もあるか)
――30分後
依頼人「ではでは、前向きな返事を期待しておりますぞ」
リーダー「……はぁ、まぁ三日以内にはお返事いたしますんで」
依頼人「くれぐれもよろしくおねがいします。――よし、出せ」
御者「ははっ、とぅ!」ピシッ
馬車馬「ひひーん!」
――パッカパッカ
リーダー「……代理人ごときが偉そうに」ケッ
リーダー「やれやれしっかし、どうしたもんかねぇ、この仕事」
男「厄介事ですか?」スッ
リーダー「…………そうなんだよ。まあ詳しくは中に入ってから説明するわ」
女「今の間……、リーダーちょっとびびったでしょ」
リーダー「だとしてもお前らのせいじゃない。連中のせいだ」
――室内
リーダー「休養日だってのにご苦労なこったな」ギシ
女「すみません。ちょっと確認しておきたいことがありまして」
リーダー「なんだい?」
男「最近この貧民街に入ってきた奴らの正体、もう掴めていますか?」
リーダー「ああ、連中かい? なんでも、王都の旧市街から流れてきたそうだが」
男「……王都から?」
リーダー「隣国との同盟締結で移民が多くなったからねぇ。新しい街をこさえる土地が要るのさ」
男「なるほど。それでついでに、汚物の処理も兼ねましょうってわけか」
女「汚物って、そんな言い方……」
リーダー「貴族たちにたびたび問題視されていたのは事実さ。同情に値する話ではあるけど」
男「虐げられたからといって、余所の土地を荒らしていい理由にはならない」
リーダー「うん、そういうことだね」ニッ
男「当面はどう対処すればいいですか?」
リーダー「いつものように、慌てず騒がず、だよ。ただ、依頼の重複だけは気をつけなきゃだね」
女「向こうから絡んできたらぶちのめしてもいいんでしょ?」
リーダー「女ちゃんは勝気だねぇ。まぁ、トラブルは極力少なめにお願いするよ」
男「了解しました」
女「あ、そういればリーダー、先ほどの依頼は――」
リーダー「あぁ、うん、アレね。正直、どうやって話したものかと思ってたんだけどねぇ」
男「難しいんですか?」
リーダー「うん、難しい。難易度ではなく、扱い方がね」
女「えっと、どういうこと?」
リーダー「……その話が持ち込まれた時点で、身に危険が及びかねない依頼も世の中にはある。そういうことさ」
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