梓「With-you」(175)
HAPPY BIRTHDAY AZUSA
梓「……ふう」
梓「んんー終わったぁー……ふわぁぁ」
梓「ねむぃ……けどお風呂入らなきゃ」
ホテルの部屋に戻った途端眠くなってきた。
長かったライブツアーも今日で終わり。
今後の課題も見つかったけれどそれでも成功と言えるツアーだった。
楽しかったなあ。
ライブの後はツアー完遂の記念に盛大な打ち上げが行われた。
メンバーもスタッフも友達も入り乱れて大いに盛り上がった。
それもそのはず。
何せ私達のバンド史上最大規模のライブツアーだった、と言うと大げさだけど初めて行く地方や大きめのハコで演奏が出来た。
ここまでこれたのはやっぱり地道な活動とみんなの頑張りの結果だと思う。
私だってやれる事はやってきた。
険しい道のりだったけど、その分このツアーをやり遂げた達成感は今までに味わった事のないものだ。
と言ってもここがゴールって訳じゃないし目標はまだまだいっぱいあるけどね。
……それより今は寝る準備しなきゃ。
のろのろ服脱いでたらいつまでたっても眠れないよ。
打ち上げも終わって後はお風呂に入って寝るだけなんだけど今までの疲れが出て来たのかな。
さっき騒ぎ過ぎたのもあるかもしれないけど。
あっお湯はってない……もう服脱いじゃったのに。
とにかくねむい。
梓「もうシャワーだけでいいや」
梓「でもちょっとさむいかも……暖房つけてシャワーあびよう」
梓「あっ歯みがかなきゃ……」
ねむい――
――――――――――――
――――――――
――――
梓「……」
カーテン越しに朝の光を感じた。
目覚めたくなくて、続きを見たくてもう一度目を瞑って情景を思い返す。
けれど夢の続きを見る事は出来なかった。
唯先輩と出掛ける夢を見た。
思い返すとめちゃくちゃな夢だったけど、とても楽しくて幸せな気分にさせてくれた。
場面がコロコロ変わっていたけど私達は豪華客船に乗っていたんだと思う。
それも良かったけど一番は唯先輩と二人で旅行をしていた事。
先輩と二人で豪華客船の旅か……すっごくいいな。
海で泳いで……あれ、プールだったっけ?
その後はレストランで、ええとそれから私は唯先輩と……。
目が覚めてまだちょっとしか経っていないのにもう夢の事を忘れてきてる。
やだ。忘れたくない。
記憶に留めようとしているのにうまくいかない。
そうしてベッドの中で瞑想していたけどすればするほど情景は薄れていった。
後に残ったのはものすごくいい夢だったという感覚と、豪華客船、海等のキーワードと心にぽっかり空いた穴。
昨日までのプレッシャーからくる嫌な夢も大概だったけどまさかいい夢の方が堪えるなんて。
唯先輩との素敵な時間を与えられて、疑うことなくそれを満喫していたと思ったら実は夢で、あっさり取り上げられてしまった。
梓「はぁ……」
へこむ……いい夢見たはずなのに。
あの夢の中の私達は付き合っていた。なんかそんな感じがする。
だから二人きりで豪華客船に乗って旅行とかしてたんだよ。
だからあんなに楽しかったんだよ。
おまけに唯先輩とキスまでしてた……気もする。
余計に寂しく感じるのも多分その所為だ。
あんな事現実じゃありえないもんなぁ。
ていうか欲望丸出しな夢じゃん……。
なんだか寝過ぎたかも。
目が覚めてからもベッドで物思いにふけっちゃったし。
そろそろ起きなきゃ。
唯「あっ起きた」
梓「ふぁい………………なんでいるんですか!?」
唯「え?」
梓「……」
唯「あずにゃんが中々起きてこないから様子を見に来たんだよ」
梓「何で勝手に部屋入って来てるんですか。どうやって」
唯「えーっと……」
梓「……」
唯「あっ、珍しくお寝坊さんだねー」
もういいや。
梓「疲れてましたから」
梓「それより部屋入って来たなら声かけて下さいよ。私起きてたのに音も立てないから気付きませんでしたよ」
変な事口走らなくてよかった。
唯「気持ちよさそうに寝てたから起こし辛くてつい……えへへ」
梓「うっ……」
何だかすごく見られたくない所を見られた気がする。
唯「あれ?」
梓「はい?」
唯「あずにゃん……気持ちよくなかった?」
梓「え、は!?」
唯「寝てる時と違ってなんていうか……んー……元気ない? あれ、寝てる人は元気じゃないか」
梓「あ、ああ、気持ちよく寝てたっていう意味ですか」
先輩に即気付かれる程がっかりした顔してるのかな私。
梓「……ちょっと夢を見まして」
唯「もしかしてよく見るっていうあの夢?」
梓「それではなかったんですけど……」
ライブが近付いて来た時なんかによく見る夢がある。
ライブでいきなり知らない曲をやる事になってあたふたするような夢だ。
嫌な夢なのに無駄にバリエーションがあってギターの弦がやたら太くて弾き辛かったり、
唯先輩が私の知らない曲を歌い出したり、唯先輩がライブに遅刻したり。
とにかくライブでミスするっていう嫌な夢なんだけど唯先輩はそういうライブ関係の嫌な夢を見た事がないらしい。
むしろライブを楽しんでいる夢をよく見るとか。
ちなみにうちのバンドでこの夢の事を共感してくれたのは一人だけだった。
唯「あんなにしやわせそうな寝顔だったのに」
梓「寝顔見ないで下さいよ」
唯「どんな夢だったの?」
梓「え゛っ?」
梓「いやぁ……えっと、何て言うか」
唯「うんうん」
梓「その……すっごく素敵な夢だったんです。夢だったのが哀しくなるくらいに」
唯「そっかぁ」
梓「二度寝して夢の続きを見たいくらいでした」
唯「そんなにいい夢だったんだ。具体的には?」
梓「ぐ、具体的にですか? ええと、結構めちゃくちゃな夢だったんですけど豪華客船に乗って旅行したり泳いだりする夢でした」
一部分はしょった。
唯「豪華客船! うわーいいねーそれはいい夢だねぇ」
梓「ええまあ……それでこれからっていう時に目が覚めちゃって」
私がいいと思った部分は豪華客船だけじゃなくて、むしろ他の部分が大きかったんだけどそんな事言えない。
唯「それは残念だったね。私もその夢見たかったな~豪華客船乗りたいよ」
実は先輩も乗ってたんですけどね。
唯「あ! じゃあ実際に乗ってみるっていうのはどうかな?」
梓「えっ」
唯「ほら、ツアーも終わったから11月は結構ヒマだし!」
梓「ヒマって……まあスケジュールは空いてますけど」
唯「ね? 私達もそこそこ……まずまず稼いでるしたまにはゴージャスな事しちゃってもいいんじゃない?」
梓「……一人で行っても意味ないですから」
一人じゃあの夢は再現できない。
おまけに夢の中の私は唯先輩と付き合っていた。
やっぱり無理。かないっこない。
唯「ん? それって夢の中では誰かと一緒にいたって事?」
しまったああぁぁあぁ……。
梓「いえその……っ」
どうしよどうしよごまかさなきゃ。
唯「うんうん!」
梓「それは……」
……あれ。
付き合ってた事さえ隠せば別に唯先輩だってばれても問題ないじゃん。
そうだよ唯先輩が出てくる夢なんてそこまで珍しくもない。
動揺しちゃってた。
ちょっと恥ずかしい気もするけどそれは夢の中で付き合っていたからだもんね。
そうだ放課後ティータイム全員いた事にすれば……いや待てよ。
それも捨て難いけどここから上手くすれば二人きりで旅行するような流れに出来るかも……?
夢に出て来た人は一人だけだから二人っきりで旅行しないと夢の再現にはならないんです。とか言っちゃう?
唯先輩が出て来たから唯先輩と二人きりで行きたいです……えっこれ言うの恥ずかしいな。
誰かはわからないけど二人きりで旅行してたから実際に旅行する時も二人きりじゃないととか言っておいて、
仕方ないから唯先輩と一緒に行ってあげるんだからねって……なにこれ何様なのよ私。
やっぱり唯先輩の興味を引き出してから、じゃあ一緒に行ってくれますか? って感じで。
とりあえず謎の人物と二人きりだった事から説明を――
唯「もしかして私だったりして! なんちゃってー」
梓「……」
私の言えない事を平然と言ってのけるそこに憧れる。
せっかくのチャンスなんだから言わないと。
梓「唯先輩……だったような気もしますね」
唯「そうなの!? ……ってなんかあやふやだね」
私の意気地なし。
唯「あそうだ! じゃあ豪華客船の旅に行こうよ!」
うそ!
やった――
唯「みんなで!」
梓「っ」
それもすごくいいんだけれど、でも今回だけは。
夢のせいで空いた穴を埋めるには夢の通りにしないと。
あと一歩。
勇気出して言わなきゃ。
梓「あ、あのっ! 夢だと二人旅のクルーズだったっぽいんですよね。だから……一緒に行ってくれませんか?」
唯「私でいいの!? 行きたい行きたい!」
梓「あ……ではお願いします」
唯「やったーあずにゃんと豪華客船の旅だー!」
梓「……」
もしかして大分低いハードルだった……?
意識し過ぎてたのかな。
よく考えたら女同士で旅行なんて全然普通じゃん。
私の気持ちはばれないだろうし他の人に変な目で見られたりもしないはず。
いやそんな事より二人で旅行に行ける!
言ってみてよかったぁ。
唯「えーどこいこっか! 世界一周とか!?」
梓「いやいや流石にそれは……」
唯「じゃあとりあえずあったかい所だね! 泳ぐんだし」
梓「そうですね。とりあえず続きはご飯食べてからでいいですか?」
唯「急いでねあずにゃん。今週中には出発するんだから!」
梓「はやっ!?」
突拍子もない事を言い出すのはいつもの事。
結局私もそれに乗っちゃうんだよなあ。
憎めないというかなんというか。
まあ好きなんだけど。
なんだかんだで私の手を引いてくれたり、そっと後押ししてくれたりして。
そういう先輩だから私は……。
*
突然決まったクルーズの旅は今の時期でも泳げる地域という事で東カリブ海へ行くことになった。
豪華客船やカリブのリゾート地を調べれば調べる程期待は高まり、東カリブか西カリブかで多少揉めたが11月上旬に出発する事が決定。
成田空港から出発してアメリカはフロリダ州フォートローダーデールへ行きそこから『海のオアシス』と名付けられた巨大客船に乗って10日間のクルーズへと赴く。
そして今私達がいる場所がフォートローダーデールの港。
ここ自体もリゾート地であり、年間を通して暖かい気候は住みやすく海水浴やマリンスポーツに適している。
いたるところにヨットがあったりホテルがあったりとゴージャスな雰囲気を醸し出している。
市内には運河が張り巡らされていて『アメリカのベニス』なんて呼ばれているそうだ。
後から調べてわかった事だけどこの街は自由で開放的らしい。
つまりなんというか私にとって住みやすい街……かも。
港には大小様々な船が行き来していて、その中でも一際目を引く巨大客船が停泊している。
それが今回私達が乗る豪華客船。
唯「うわー! これ本当に船なの!? どうやって浮いてるの?」
全長361メートルで容積は東京ドームと同じくらい。
一度に5400人もの人が暮らせるというホテルのような客船だ。
まさに壮観。鳥肌が立ってくる。
http://www.globeimages.net/data/media/5/image_fort_lauderdale.jpg
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/e/e7/Oasis_of_the_Seas_docked_at_St._Thomas_pier.jpg
梓「すごいですね」
唯「これに乗って旅するのかぁ」
客船を見上げて、強く暑い日射しに目を細めた。
これからの事を考えて期待に胸が膨らむ。
梓「それじゃあチェックインしに行きましょうか」
唯「チェックインかー本当にホテルみたい」
梓「プールもついてますし映画とかレストランも入ってるんですよ」
唯「うおおーすごいねあずにゃん!」
梓「……」
唯「あずにゃん?」
梓「あっすいません。なんだか夢が現実になって感無量と言いますか」
唯「ふふ、よかったねーあずにゃん」
梓「えへへ……」
唯「放課後ティータイムは夢を実現させるバンドだからね!」
梓「初耳なんですけど……それにバンドは関係ないんじゃあ」
唯「んもー細かいよあずにゃん。そこそこ大きなライブとかツアーとかしてさ、少しずつ夢を叶えてきたじゃん?」
唯「だからつまり……うん、ね?」
梓「なんですか」
唯「そ、そう! 放課後ティータイムはみんなの夢を叶えるバンドなんだよ!」
梓「はあ。先輩早くしないと置いて行きますよ」
唯「ああん待ってよー!」
唯「おあっそうだ!」
梓「まだ何かあるんですか」
唯「なんかあずにゃん冷たい……そうそういつかこの船でライブしたいなー」
梓「それは無理な気が……」
唯「夢は諦めたら終わりだよあずにゃん!」
梓「諦めたら終わり……確かにそうですね。さあ行きましょう」
唯「そうだよー夢は自分で掴みとらないとね!」
唯「でもさここでライブしたらすっごくワールドワイドじゃないかな」
唯「なんたって世界中から人が集まってるし!」
唯「ああっ! ねえねえあずにゃんあれ見て……あれ、あずにゃん?」
唯「あずにゃんどこー? おいてかないでよぉー」
こうして私達の豪華客船で行く東カリブ海クルーズの旅が始まった。
梓「着きました。ここが私達が泊まる部屋です」
ホテルの一室にしか見えないこの場所がこれからの海上生活の拠点となる。
ベッドが二つ、テレビとソファーとバルコニーまでついている。
唯「わあぁ……! あずにゃんあずにゃん!」
窓を開けてバルコニーに飛び出した唯先輩が手招きしている。
私もバルコニーへ出てみると煌めく海とフォートローダーデールの街並みが見渡せた。
船の上なのに十数階のビルから見下ろしているような感覚。
唯先輩が目を輝かせているのもわかる。
唯「今から船の中見て回ろうよ!」
梓「そうですね」
出航するまで船の中を散策して明日以降行く場所を二人で決めたりした。
とにかく巨大な船なので今回のクルーズだけでは船内を遊び尽くす事すら難しいのだ。
唯「早速明日行こうよ」
梓「でも明日はナッソーに停泊しますよ。明後日は終日クルージングですからその時にどうですか?」
唯「ナッソー……?」
梓「バハマ諸島のナッソーです」
唯「バハマ諸島……?」
梓「……潜水船に乗って海中が見れたりイルカと触れ合えたり出来ますよ」
唯「えっすごいね! うわー楽しみぃー」
梓「ハハッ」
これから唯先輩と二人で新しい事を体験していく。
そう考えるだけでわくわくする。
私の想いは15の春に出会って以来長い路を辿って大きくなりここまで来た。
きっとこの旅行でも色んな先輩を見て感じて、今日よりももっと……。
*
初日は船内を探索した後、翌日に備えて早めに寝る。
私達が寝ている間にも船はナッソーへ向かっていて、目が覚めた時には既に南国のビーチへ到着していた。
唯「あずにゃんおはよー」
梓「おはようございます。先輩早いですね」
唯「楽しみであんまり眠れなくて……えへ」
梓「ふふ、唯先輩らしいですね」
船から出て最初に思った事はとにかく海が青いっていう事。
唯「うわー青い! 青いよあずにゃん!」
もう本当に澄んだ色をしていて青って言うよりも水色な海だった。
今日は夕暮れまでこの島で過ごせるんだ。
唯「まずどこにいこっか!」
梓「落ち着いて下さい。とりあえず潜水船に乗りますか?」
唯「よしそれにしよう!」
正確には半潜水船に乗り海の中を見学する事に。
船内は明かりがついていないけれど海の中を覗ける窓から海の色の光が入って来る。
二人して窓にへばり付いて海中を観察すると日本で見られないような魚が泳いでいた。
午後は市内で昼食を取ってからイルカに会いに行く予定になっている。
唯先輩は余程楽しみだったらしくご飯の間ずっとイルカの事を喋っていた。
ナッソーの港からボートでブルーラグーン島へ移動すればイルカはもうすぐそこ。
インストラクターからイルカについての説明を受けた後、水着とライフベストを着用していざご対面。
そう水着。
先輩の水着はシックなブルーでグラデーション+ボーダー柄だった。
トップはビキニを重ね着するデザインで、ボトムにはビキニと同じ柄の水着+その上に黒のデニムショートパンツを着用。
ショートパンツの腰の部分からちらりと覗く水着がポイント。
可愛さの中にかっこよさも混ざっている所が唯先輩に合っている。
でも先輩ならもうちょっと淡いパステルカラーもしくは明るい色も合いそう……ライフベスト邪魔だな。
唯「あずにゃんイルカだよ! かわいいね~」
梓「ほんとよく似合っててかわいいですね」
先輩がイルカと触れあうのを横で眺めるだけで楽しい。
ほんと唯先輩て生き物好きだなぁ。
唯「おーしおしおしおしおしぉ」
なんていうか……ムツゴロー?
唯「わぁーイルカと握手しちゃった」
梓「かわいいです」
唯「イルカとハグしちゃった」
梓「いいなあ」
唯「イルカとちゅー出来るんだって!」
梓「なにー!?」
唯「うわっどうしたのあずにゃん?」
梓「あ、いや、ビックリしちゃって」
唯「やだなぁさっき説明受けたじゃん」
梓「あははそうでしたね……」
イルカに嫉妬してどうするのよ。
でもいいなあ……唯先輩と……。
そういえば夢の中で先輩とキスしてたような気がする。
それは叶わない夢だけどこうして先輩と二人で旅行出来てるだけで幸せなんだから……。
唯「んー」
梓「っ!」
唯先輩の屈託のないキス顔にドキッとしてしまった。
何故かこっちが恥ずかしくなる。顔が熱い。
唯「んんー……」
梓「何回もやらないで下さいよ!」
唯「ちぇー。じゃあ次はあずにゃんがイルカと遊ぶ番だよ」
……あれっ?
これってもしかして本当の意味で間接キス?
いやいや何考えてるのよ。
そもそも唯先輩がキスした相手とキスする事を喜んじゃダメでしょ。
危ない人っていうか色々ダメな人だよそれ。
ていうかイルカ相手に真面目に考えすぎだよ。
全然大した事ないでしょ間接キスとか別に普段は気にしてないし……。
梓「ん、んー……っ」
唯「……あずにゃん最初は握手からだよ?」
余計な恥をかきつつもナッソーを堪能して船へと戻った。
日が沈む前に出向して次の目的地であるセントトーマス島へ船は進む。
距離がそこそこ離れているため明日は終日クルージングとなっている。
これを利用して船内を満喫したいところ。
唯「ショーとか見れるんだよね! あっプールも入りたい! 楽しみだなー」
梓「ロッククライミングとかミニゴルフなんかも出来るそうですよ」
唯「そうなの!? いやーすっごいね」
唯先輩はこれから毎日わくわくして眠れないんじゃないだろうかと思った。
それにしても唯先輩の水着姿可愛かったな。
それにずっとはしゃぎっぱなしで、よく言えば天真爛漫だけど。
この旅行中ずっとこの調子で振り回されちゃう気がする。
まあ、それも悪くないかな。
唯先輩のそういう部分に助けられた事もある。
だから嫌じゃないし、むしろ……。
*
梓「んん……あ、れぇ?」
目を覚まして隣のベッドを見るともぬけの殻だった。
昨日は結局唯先輩がすぐに寝付いてしまって私の方が遅く寝てたからなあ。
部屋を見回してもいない。外に行ったのかな。
梓「あ……ふあぁぁ……」
んーよく寝た。
せっかくだし私も外を歩いてこようかな。
窓から差し込む南国の朝日を浴びてるとじっとしてるのがもったいない気がしてくるんだもん。
私は準備を整えてシーパスカードを持ち部屋を出た。
船の中ではこのシーパスカードがあれば大体OKなのだ。
乗客一人一人に配布されるこのカードはクルーズ中の身分証明書になり部屋の鍵も兼ねている。
それから船内での支払いにもこのカードを使うのでとても大事な物だ。
さて、どこを歩こうかな。
ここはやっぱり船の中にある公園かな。
船体中央にはセントラルパークという公園を模した並木道があってこの道を挟んで左右に客室棟がある。
吹き抜けになっていて実際に歩いてみると左右の建物がマンションに見えてここが船の上だという事を忘れそう。
ここにある草木は造花ではなく全て本物の植物で、洋上なのに花の淡い香りが漂っていた。
ここが海のオアシスというのも頷ける。
その並木道を抜けて行くとその先には――
唯「あーあずにゃんやっぱりここに来た」
前方から唯先輩が歩いてきた。
梓「こんなに広い船でまさか会えるとは思わなかったです」
唯「部屋に戻るところだったんだけどあずにゃんも散歩してたの?」
梓「はい。唯先輩に置いて行かれちゃったので」
唯「ごめんごめん散歩が気持ちよさそうでつい……でもあずにゃんもここに来ると思ってこの辺ぶらぶらしてたんだ」
梓「そうですか……」
うあ、なんか嬉しい。
唯「本当に会えてよかったよ」
梓「そ、そうですね……にへ」
唯「私お腹ペコペコでさー。部屋戻るの諦めて一人でご飯食べちゃうところだったよー」
梓「……あっそ」
唯「んひいいぃぃぃぃぃ!おまめさんきもちいいでつぅぅぅぅぅ!!(^q^)」グシャグシャプシャアア
梓「唯先輩!部室でおまたいじりしないでって何度いったらわかるんですか!」バチーン
唯「あーう!ゆいのおまたいじりじゃまするだめー!あずなんわるいこ!しーね!しーね!(`q´)」
梓「この池沼があああ…」
唯「あーう!とんちゃ、とんちゃ。ゆいのなかにいれてみるでつ!(^q^)」
トン「ジタバタ」
梓「唯先輩!やめて!」
トン「ガブ」
唯「んぎゃあああ!と、とんちゃ、おまめさんかんだらだめーーーーー!("q")」ガクガク
ブチブチブチ!
唯「あんぎゃあああああああああああああああああ!!!おまめさん----------------!("q")」ガクガク
トン「ブチブチパクパク」
梓「食wwwべwwwたwww」ゲラゲラゲラ
唯「ぁーぅ…おまめさん…ゆいのおまめさん…("q")」ピクピク
梓「イライラしたらお腹減ってきました。行きましょう」
唯「へっ? あっちょっ、あずにゃん歩くの早いよー!」
セントラルパークを歩いて手頃な店を探す。
程なくして朝食にぴったりそうなカフェを見つけた。
そこでサンドイッチを頬張りながら改めて今日の予定を立てる。
唯「プールは絶対行きたいです」
梓「じゃあプールにしましょうか。アクアシアターの予約は今日じゃないから席に座れないし」
船尾にはアクアシアターと呼ばれるプールや噴水を使ったショーを行う施設がある。
もうほんとに船っていう感覚がない。
唯「もぐもぐいいねー。はぁーごちそうさま! プール以外だと美味しい物食べたいなー」
梓「よく食べ終わってすぐに別の食べ物の事考えられますね」
唯「えへへ」
梓「褒めてないです」
まずはプールという事で一旦部屋に戻って水着に着替える事に。
とりあえず無心で着替えた。
唯「さてと、あずにゃんに日焼け止め塗ってあげるよ」
梓「えっ!?」
唯「昨日のあずにゃんの格好ちょっと怖かったし今日は私がベトベトに塗ってあげる。それなら安心でしょ?」
梓「いやっ……」
昨日はイルカと触れあうから日焼け止めはそこそこに別の方法で日射しを防いでいた。
……やっぱり変な格好だって思われてた。
その甲斐あってかあんまり日焼けしなかったけど。
そんなことより日焼け止めどうしよう塗ってもらいたい。
けどちょっと別の意味で安心できないかもしれない。
唯「かわりに私にも塗ってね」
梓「えっ!?」
唯「え、塗ってくれないの?」
塗りたい。
塗りたい塗りたい塗りたいよお。
でもなんだかまずい事になりそうな気がする。
こう、何かが我慢できなくなっちゃうっていうか。
いやいやたかが日焼け止め塗る位で……。
あっでも塗ってもらうのよさそうだなぁ。でも変な声出ちゃったりしないかな。
逆に私が先輩に塗ったら先輩が……や、やっぱり塗ってもらうしか――!
梓「せ、先輩! ……ってあれ」
唯「ん?」
梓「あの、日焼け止めは……」
唯「あずにゃんが動かなくなっちゃったから自分で塗っちゃったよ。ほらあずにゃんも早く塗って! 私プールが待ちきれないよ!」
梓「えあ……はい」
梓「……」
今回の旅行先は日射しの強い場所だから日焼け止めを新調した。
SPF30のPA+++。
SPFは紫外線B波のカット効果を表したもの。
SPF30だから約20分×30=10時間ほど日焼けするのを遅らせてくれる効果がある。
SPF50っていうのもあるけど肌への負担が大きくなっちゃうっていう話もあるからSPF30のものを適度に塗り直す事にした。
いつだったか憂がSPF200なんていう日焼け止めを持って来てたっけ。あんなのどこに売ってたんだろう……。
それとPA+++だからシワとかたるみの原因になる紫外線A波のカット効果も高い。
危ないって言われている紫外線吸収剤も無配合だから安心。
実際に塗ってみるとベタつかなくていい感じ。
塗りあいするなら多少ベタついてもいいかな……なんて。
よく塗らないと効果が出ないから多少白くなっちゃうのは我慢するとして――
唯「……まーだー? 先に行っててもいーい?」
我に返った私は唯先輩の後を追ってプールへと向かった。
プールは客室棟の屋上にあり、そこにはバスケットコートやサーフィンが出来る場所もある。
今私達がいる棟から今朝歩いたセントラルパークやプロムナートを挟んで反対側の棟を見るとそこにもプールがあって、子供たちが元気に遊んでいたり大人はカラフルなサンベッドで日光浴していたり。
船なのに公園やらホテルがあってその上にはプールやら何やら。船の外を見渡せば当然一面の青。
不思議な感覚だけどとても心地良い。
流石は海のオアシス。
唯「いっえーい!」
梓「あっ!」
唯先輩が感極まって助走からの飛び込み。
もう……恥ずかしいなあ。
唯「あずにゃんも早くー」
梓「はーい」
唯「違うよ飛び込むんだよー」
梓「いやですっ!」
プールの広さはそこそこだけどなんていうかゴージャスな雰囲気に浸らせてくれる空間だった。
身体が冷えたらお風呂代わりのジャグジーに入ったり、サンベッドで横になって話をしたり。
唯「ああっ!?」
梓「何ですかいきなり」
唯「ちょっとあずにゃん、私達って仮にも現役のミュージシャンでしょ? こんな所でのびのびしてたら大変な事にならないかな……!」
梓「ええー……あんなに目立っておいて今更ですか?」
唯「どうしよう唇紫になってないよね!?」
梓「そっちを気にするんですか……なってませんしまだ私達の知名度なんて低いから囲まれたりなんてしませんよ」
唯「それはそれでちょっと残念だな」
梓「どっちなんですか」
梓「それに日本人だって少ないですから」
唯「そっかー。もうちょっとビッグにならないとこの船でライブは出来ないねー」
梓「もしかしてそれ本気で言ってたんですか?」
唯「もちろん。私の新たな夢だよ」
梓「夢のまた夢ですね」
唯「えー、あずにゃんだって”まだ”知名度低いって言ってたじゃん。まだって事はそういう事でしょ?」
梓「う……私そんな事言いましたっけ」
唯「言ってましたー」
プールで散々泳いだ後、日が暮れてきたのでオシャレなレストランで食事を取る事にした。
が、ドレスコードが指定されている事を忘れて普段着で来てしまったため予定を変更してにぎやかなレストランへ。
こっちはこっちで美味しいし楽しめた。
はっきりくっきりとした味付けの料理に先輩も満足していたみたい。
食事の後も見たいところがあったんだけど私も唯先輩も泳ぎ疲れてしまい今日はもう寝る事になった。
明日目を覚ましたらセントトーマス島の首都シャーロットアマリーの港に停泊しているはず。
朝日と入港の瞬間も見たいけれどそれはまた今度にしよう。
唯「おやすみあずにゃん」
梓「おやすみなさいです」
……あれ本気だったんだ。
この船でライブだなんて相変わらずすごい事言う人だなぁ。
けどそんな先輩についてきたから今の私がいるんだ。
先輩が前だけ見て頑張っているから私もそれに負けないようにして。
先輩と並んで歩いて行けるようにって。
そしたら今もギターを弾けていて、それで生活出来て、こんなところにまで来れてしまった。
先輩の無茶苦茶な発言を最初は無理だって否定したのに、心のどこかでは出来るかもなんて思ってる。
先輩と一緒にいて私にもそういう所がうつっちゃったのかな、なんて……。
*
唯「海もいいけど山もいいね!」
セントトーマス島を一望出来る展望台『パラダイスポイント』からの景色を見て唯先輩が一言。
ゴンドラに乗ってここへ来る前は海で泳ぎたいと言っていたのにここへ来てコロッと考えが変わったらしい。
ここから私達が乗っている豪華客船やシャーロットアマリーの街並み、そしてカリブ海を眺める事が出来る。
海の青に山の緑、南国の風と太陽、それになんだか甘いにおいが……。
唯「良い眺めだねー。ちゅるるる」
梓「そうですね……っていつの間に飲み物なんか」
ココナッツミルクの様な物を持っていた。
なんとなく南国っぽい感じの飲み物だ。
唯「あずにゃんの分も買って来た! 甘くておいしーよ」
梓「どもです。いただきます……んく」
梓「……先輩これお酒じゃないですか。いいですけど」
唯「んんーカリブさいこー!」
その後市内へ移動した私達は街を見ながらお土産を買ったりした。
カリブ海の島だけにパイレーツなお土産や像や観光地が目につく。
唯「見て見てあずにゃんサーベルが売ってるよ! じゃっくすぱろぅ~」
梓「免税だからってそんなの買わないで下さいよ?」
唯「えーダメなの? じゃあこの海賊帽子とかどうかな。次のライブの衣装に」
梓「いやぁ……似合ってますけど……大分可愛い海賊ですね」
一通り見て回って買い物の荷物を置きに船へと向かう。
唯「さて、そろそろ海で泳ごっか!」
梓「あ……今から泳いだら出港に間に合いませんね」
唯「えー!?」
唯「そんな……こんなに海が透き通ってるのに……」
梓「まあまあ、明日行くセントマーチン島でも泳げますから」
唯「でもここで泳ぐことはもう出来ないんだよ……?」
梓「そう言われましても……またいつか来ればいいじゃないですか」
唯「……そっか。うん、そうだね! んーでも西カリブも捨てがたいですな」
梓「あれ、これってもしかして……」
唯「どしたの?」
梓「いえっなんでもないです!」
今日も楽しかったな。
先輩といると本当に飽きない。……別の意味でも。
だけどそんな先輩とこうして近くにいればいる程切なくなって。
この旅行の間だけでもどんどん想いが溢れてくる。
すごく楽しいのに辛い。
これじゃああの夢と一緒だよ。
本当にこのままでいいのかな。
このままずっと……。
*
朝の8時前。
潮風を浴びながら前方のセントマーチン島を二人で眺めていた。
船首から見ていた島はだんだん大きくなってきて港も確認できる。
そこにはいくつかの豪華客船が停泊しているけど私達が乗っている船が一番大きいんだよね。
見比べなくてもわかるのはこの船が現在世界最大の大きさを誇る豪華客船だから。
大きいという事は乗客も沢山乗せられるという事で、加えて諸々のコストダウンのおかげで私達でもこうしてクルーズを楽しめるようになっている。
唯「よし! 今日はまず最初に泳ごう。一日中泳いでてもいいね」
梓「一日中だと日焼けが……」
唯「まだ気にしてたの? もう真っ黒だよ」
梓「うっ……」
唯「ていうか一昨日から真っ黒だったじゃん」
梓「……そ、それより! ここのマホビーチは唯先輩絶対びっくりしますよ」
唯「びっくり?」
私達は早速マホビーチへ向かった。
ぱっと見は普通のビーチと変わらないだろう。
唯「ねえあずにゃんどの辺がびっくりするの?」
梓「後で分かると思うのでとりあえず遊びましょう」
唯「んー、そう?」
それほど混んでもいないし海も綺麗だしいい所だな。
唯「あーずにゃーん!」
それに唯先輩もいるし。
しばらく唯先輩と海辺でキャッキャしているとどこからともなく放送が流れてくる。
唯「……? 何だか人が増えてきたね」
梓「そうですね」
唯「それに何か聞こえるような……?」
微かにゴオオオという音が聞こえる。
唯「これがあずにゃんの言ってたびっくりする事なの?」
梓「はい」
唯「んん……? あっジェット機が着陸するのか! 浜辺の隣が滑走路だもんね」
唯「そっかーみんな飛行機を見に来たのかー。間近で見れるからかな?」
唯「おおー……」
唯「……」
唯「……あ、れ?」
梓「気付きました?」
唯「あ、あずにゃん……飛行機がまっすぐこっちに向かってきてるような気がするのですが……?」
梓「それがここの名物みたいなものなんですよ」
海からやってくるジャンボジェット機が私達のいる砂浜スレスレを飛んで隣の滑走路に着陸する。
本当に目と鼻の先を巨大な物体が飛ぶという体験ができるのだ。
もちろん私も初体験なんだけど知ってる分心構えが出来てるし唯先輩のびっくりするところを見てやろうと思って。
そんな事を思っているうちにジェット機がどんどん近付いて来て轟音が――
唯「うっひゃーー!!」
梓「う……うわあーーー!?」
私達のほぼ真上、ボールを投げたら当たりそうな場所を通って着陸していった。
思わず叫んじゃった。
唯「すっごーい! これはびっくりだよ!」
梓「そ、そうでしょう……カチカチ」
唯「また飛行機こないかなー」
梓「そ、そろそろ街の方にいきません?」
唯「やだなぁさっき来たばっかりだよあずにゃん」
梓「そうでしたっけ……いやでも」
唯「あっまた放送が流れた! これって空港の放送だったんだねー」
唯「あっちの人が集まってる所に行ってみようよ」
梓「ええっ、ちょっ」
仕方なく唯先輩の後をついていく途中で看板が見えた。
大きな文字でDANGERと書かれていてその下に飛行機に飛ばされる人間の絵が……。
注意書きと思われる文にはジェットブラストがどうとか書いてあって、最後にdeathという文字が……death!?
梓「ちょ、待って唯先輩っ!」
唯「今度は飛行機が離陸するみたいだよ!」
見ると滑走路で飛行機がゆっくりと動いている。
そして丁度私達がいる場所に背を向けて今まさに飛び立とうとしている。
周りの人はフェンスにしがみ付いたりして何かの準備をして……。
梓「待って唯先輩! なんか看板にdeathって書いてあるんですけど……」
唯「平気平気! お、なんかみんな構えてるね。よーし私もやってやるdeath!」
梓「何言ってるんですか離れましょう!」
唯「だめだよもったいない!」
梓「ここにいたら命がもったいないですよ!」
唯「だぁいじょうぶだよー。こんなに人が集まってるんだから」
梓「でも……」
そんな事を言っているうちに離陸寸前のジェット機から爆音が。
動くジェット機に比例して砂浜にはジェット機から発生した爆風が――
唯「ふおおーーー!!」
梓「ぎゃああああ!?」
砂もタオルも人も吹き飛ばす勢いでジェットブラストが襲い掛かる。
周りにいる人がみんな叫んでる。
何でそんなに楽しそうなんですか唯先輩は。
梓「痛っ!? 砂が痛い!」
吹き飛ばされない様に必死に耐えているところにぷつぷつと砂がぶつかるほんとに痛い。
ていうかほんとに風つよ……!
梓「あっ……!?」
唯「あずにゃん!?」
よろけた途端ものすごい力で海へと押し出される。
梓「ゆ、いせんぱ……!」
唯「あずにゃあああぁぁぁぁ…………」
先輩の声が遠ざかって、私はどこを向いてるのかもわからなかった。
多分砂浜をごろごろと転がって海に突っ込んだ。
口の中がじゃりじゃりしてしょっぱい。
唯「あずにゃん大丈夫!?」
梓「ぺっ、ぺっ。はい何とか……」
唯「いやー……びっくりだね!」
梓「だから言ったじゃないですか危ないって。もう行きま――」
唯「すっごく楽しいよここ!」
梓「え」
唯「私もあずにゃんみたいに飛びたいなー」
梓「危ないですから! っていうか飛んでたんですか私!?」
結局滞在時間の殆どをこのビーチで過ごした。
疲れたけど後半は私も楽しんじゃってたな、ジェットブラスト。
船に戻って一息つく頃、次の目的地へ向けて再び出港した。
この長い航路も半分を過ぎた頃だろう。
唯「はーっ、今日も遊んだねー」
梓「そうですね」
唯「よし、お腹空いた」
梓「今日はちゃんとドレス着て行きますよ」
唯「わかってるよー」
唯先輩がイブニングドレスで着飾り、それに負けないよう私もおめかししてレストランへと向かう。
それにしても先輩の正装なんてかなりレアだ。
この旅行では南国という事もあってラフな格好が多かっただけに一段と新鮮で目を奪われてしまう。
膝丈程のショートドレスやこんな時くらいしか使い道のなさそうなイヤリングとネックレスも様になっている。
可愛いんだけど素敵とか美しいって言葉がピンとくる感じ。
口を開かなければみんなコロっと騙されるだろうな……。
唯「ほぁぁ……ドレス姿のあずにゃんもかわいーよ!」
梓「そ、そうですかね」
唯「私は? 変じゃないかな?」
梓「十分似合ってますよ」
唯「へへー」
唯「それじゃあまいりましょ、あずにゃんさん」
梓「……なんです、それ」
唯「せっかくだから今晩はお上品な感じでいきましょう」
梓「唯先輩は黙ってた方が上品な感じしますよ」
唯「ええー……ひどくない?」
梓「さ、行きますよ」
上品なレストランで上品な味付けの料理を頂きました。
食後に部屋へ戻ろうとすると、
唯「この後遂にアクアシアターが見れるね!」
梓「はい! じゃあ一旦着替えてから」
唯「えーこのままで大丈夫だよ」
梓「いやでも外ですし風も吹いて……」
唯「早くしないと席埋まっちゃうよ。ほらほらー」
梓「ああもうちゃんと予約してますってば……」
とっくに上品という言葉を忘れている普段の唯先輩が私を引っ張って行く。
アクアシアター。
船尾にあるプール付きの野外ステージで最新の技術が使われているとか。
600程の客席がそれを取り囲んでいる。
周りにはアクアシアターが見下ろせるスイートルームのバルコニーや6階分のロッククライミングスペースがありそこにもお客さんが沢山。
そしていよいよショーが開始される。
海の上で行われる光と水のショーに周りのお客さんも大盛り上がり。
当然私も唯先輩も――。
梓「すごいですね!」
唯「うん! でもちょっと肩が寒いかも……」
梓「だから着替えようって言ったじゃないですか!」
唯「忘れてたけどここ海の上なんだよね」
梓「もう……」
本当にこの人は。
私は羽織っていたボレロを脱いで先輩に渡した。
薄手のボレロじゃ大して変わらないかもしれないけど、肩を震わせてるしほっとけないんだもん。
梓「これで我慢して下さい」
唯「えっでも」
梓「私は平気ですから早く着てください。ショーが終わっちゃいますよ」
唯「……ごめんね、ありがと」
先輩がボレロに袖を通したのを確認して視線を戻した。
再びショーを見ていると不意に右腕に感触が……。
梓「えっ?」
唯「こうしたらあったかくなるかなーと思いまして」
隣を見ると唯先輩が腕を絡めて私にくっついていた。
梓「っ……ちょ、私は大丈夫ですってば」
唯「まあまあ、こうすれば二人ともあったかいんだし」
梓「こんなところで恥ずかしいですよ! 他の人に見られるじゃないですか」
唯「大丈夫だよーみんなショーに夢中だって」
梓「そうかもしれませんけど……」
心臓がバクバク言ってる。
本当はそりゃあ肌寒いけど……。
それがばれているのかいないのかぴったりと寄り添ってくる。
さっきまで震えていた割にはあったかい……やっぱり体温高いな先輩。
唯「あっ、やっぱりあずにゃんあったかいや……えへ」
梓「……っ!」
間近で唯先輩の顔を見た途端、頭が真っ白になりかけた。
無邪気な笑顔と大人びたイヤリング。
アンバランスなようでいて胸が締め付けられる程の何かを醸し出していて、思わず抱きしめそうになってしまった。
唯「あずにゃん……?」
梓「へっ!? いやっ何でもないです! それよりショーを見ましょう!」
その後のショーは頭に入らなかった。
そんなこんなで楽しいショーも終わりお客さんが寝ずに次の娯楽へ向かう中、私達は席を離れずにいた。
鮮やかなショーの光は落ちて、私達のいるフロアは淡い紺青の明かりに照らされる。
夜風が少し寒いのに動く気が起きなくて先輩とぽつぽつと言葉を交わしていた。
唯先輩の温かみから離れたくないのかもしれない。
唯「すごかったねー。プールがいつの間にか無くなってたりしたもんね」
唯「ここでライブやりたいな」
梓「プールでライブですか……」
唯「プールは無くしてもらえば普通に演奏できるよ」
ステージのギミックでプールの底が上がってきて気が付いたら水がはけているのだ。
高台から飛び込める深さのプールがあると思っていたら床が出来ていてそこで役者が踊ったりしていた。
唯「やるなら絶対ここだね!」
梓「どんどん夢が大きくなってますね……」
唯「夢は大きい方がいいと思わないかい」
梓「それっぽい事言ってるだけでしょう」
唯「ばれた?」
梓「先輩の事は大体分かります。でも……夢かぁ」
唯先輩と豪華客船で旅が出来て、プールと海で泳いだしレストランにも行けた。
私が見た夢の内容は何をしたかというのを少し覚えているだけでもう情景は思い出せない。
それでも殆ど達成出来たんじゃないかな。
梓「唯先輩のおかげで夢が現実になりました。ありがとうございます」
梓「おかげで今までで一番素敵な誕生日になりました」
唯「いやいや……ん? ……ああっ!?」
唯「ああぁあずにゃん! 誕生日おめでとう!!」
唯「ごっごめん忘れてたわけじゃなくて、船の上にいると日にちの間隔がなくなっちゃってその……あっ誕プレ用意してない!」
梓「別にそんな事気にしなくても」
唯「気にするよぉ! ええっとどうしよ……あ! わ、私がプレゼントだよっ!」
梓「……」
落ち着け私。
これはジョークのあれだから。
でも謎のセクシーポーズをするくらいならさっきのまま腕を絡めてくれていた方がよっぽどプレゼントに……いやいや。
梓「……まあ、ある意味そうかもしれませんね」
唯「へ?」
梓「唯先輩がここまでついて来てくれた事が私にとって既にプレゼントです。という訳で誕プレはもう貰ってます」
唯「あずにゃん……でもそんな事でいいの?」
梓「十分過ぎるくらいですよ」
唯「そっか……じゃあ私もあずにゃんとこうしていられる事が今年の誕生日プレゼントかなー」
梓「え?」
唯「こんなすごい豪華客船に乗ってるのだってあずにゃんの夢がきっかけだし」
夢……。
唯「あずにゃんのおかげでまた私の夢が叶ったよ」
梓「豪華客船で旅行するのが夢だったんですか? それにまたって?」
唯「夢だったよ。それとあずにゃんには今も夢を叶えてもらってる最中だったりします」
梓「どういう事ですか?」
唯「放課後ティータイムでずうっとバンド続けていくのが私の夢なの」
唯「それにあずにゃんといるとどんどん夢が増えていくんだ。今回の旅行でも新しい夢を見つける事が出来たしね」
唯「それから少しずつだけど夢が叶っていくの」
梓「バンドは私だけじゃなくて先輩達も一緒に叶えてるじゃないですか」
唯「それはそうだけどさー」
気恥ずかしくて口を挟んでしまった。
唯先輩はそんな事思ってたんだ……。
言われてみれば私も一緒かもしれない。
唯先輩といるとどんどん夢が増えていって、少しずつだけどその夢が叶っていく。
今回の事だってそうだ。
先輩がいなかったら夢のまま、そもそも夢にすらならなかった。
唯先輩がいるから私には夢がある。
そして今まで叶えてきたものは私が、私達が習練して精励して苦心した路の先にあった。
何もしないで叶った訳じゃない。
動かなければそこで潰えてしまう。
……やっぱり嫌だ。
何もしないで諦めて終わりだなんて。
これ以上抑えたくない。
我慢したくない。
今私はどうしたいの。
私の夢は……。
梓「あの……」
唯「なぁに?」
梓「この旅行でまだ叶えていない夢がありました」
唯「そうなの?」
梓「ええ、むずかしいやつが残ってるんです」
唯「……なになに? せっかくの誕生日だし協力するよ?」
先輩の唇に目がいく。
その前に言う事言わないと。
唯「これも誕生日プレゼントってことで」
梓「プレゼントですか……でも私が本当に欲しい物ってプレゼントには出来ないんですよ」
唯「ふぅん……そうなんだ」
梓「もちろんこの旅で先輩から貰ったものも嬉しいんですけど、こればっかりはその……」
唯「……」
梓「私の夢は自分で掴み取らないとダメなタイプっぽいので」
唯「……そっか。それは頑張らないとだね」
梓「はい。だから」
梓「唯先輩、聞いてもらえますか――」
素敵な夢を見ても辛くならないように。
素敵な夢を見たら分かち合える様に。
あなたと一緒にいられるように。
END
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません