暦「月火ちゃん、ありがとう」 (995)

暦「火憐ちゃん、ごめん」
の続きとなります。

前スレURL
暦「火憐ちゃん、ごめん」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1365139513/)

こちらのスレが後編となるので、前編から読んで頂ければ幸いです。

全二十話構成(予定)
1スレッドで完結予定となっております。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1367036973

それでは、まずはあらすじの投下をします。

物語には、いつだって終わりがある。

それは春休みに僕が経験した事であったり、羽川翼がゴールデンウィークに経験した事であったり。

はたまた、戦場ヶ原ひたぎが蟹と出会った事であったり、八九寺真宵が道に迷った事であったり。

更に、神原駿河が悪魔に願った事であったり、千石撫子がおまじないの被害にあった事であったり。

そして、阿良々木火憐が蜂に刺された事であったり、阿良々木月火が不死身だった事であったり。

それらの物語には、いつだって終わりが訪れるのだ。

少なくとも僕はそう思っているし、今までだってそうだった。

いや、正確に言えば僕自身が春休みに経験した物語は今でも続いている。

だが、それは僕と忍が互いに痛み分けという形になる事によって、一旦の終わりは見せているのだ。

少し、前の話をしよう。

僕のでっかい方の妹。 阿良々木火憐。

彼女は僕の為に願い、そして、怪異に憑かれた。

その物語自体は本人も覚えておらず、覚えているのは三人だけしかいない。

一人は忍野メメ。 専門家でもあり、春休みに僕が助かるのを手伝ってくれた奴でもあり、お人好しでもある。

もう一人は忍野忍。 元吸血鬼であり、幼女であり、僕の罪でもある。

そして、最後の一人は僕、阿良々木暦。

ここでぐだぐだと僕という人間がどんな奴かを語るのも、別に構わないのだけれど。

自分について語るのは、やはり恥ずかしさもあるので止めておこう。

僕がどういう人間なのかは、それこそ知られているだろうし。

そして、その物語は既に終わった。 終わっている。

そう、思っていたのだ。

しかし、それは僕が勝手に思っていただけであって、実際は僕の知らぬ所で、物語は進んでいた。

恐らくは、誰も気付かなかったであろう水面下で、着実に。

僕は馬鹿だから、一段落して気が抜けていたのだろう。

今回は、そんな物語の続きを語ろうと思う。

これもまた、僕が忘れてはいけない物語。

前に話した火憐の物語では、あいつは僕の事を想っていた事が分かった。

それは火憐が兄として、僕の事を想っていてくれたという訳なのだが。

いや、そもそも異性として想われていたら、それは少し怖いのだけれど。

だが、その想いで僕も救われた部分はあるのだろう。 これは間違い無い。

だから僕はこう仮定しようと思う。

火憐の物語が、僕にとって救いのある物語だとするならば。

今から語る月火の物語は、救いの無い物語だと。

仕方が無い……そう言えば、全ては説明が付くのだろうが、少なくとも僕は納得しない。

選択肢の無い、結末。

どうしようも無く絶望で、どうしようも無く暗く、どうしようも無く終わる。

先に言っておこう。

今から僕がする物語は、大分後味が悪い物になると思う。

僕がそう思っているのだから、それは当然なのだけれど。

見る人によって変わるのかもしれないが。

それでもやはり、この物語には救いが無いのだ。

阿良々木月火。

僕のもう一人の妹。

頭の回転が早く。

不死身で。

末っ子で。

怒りやすく。

そして、捻くれている妹の物語である。

以上であらすじ終わりです。

続いて第一話投下します。

今朝もまた、いつもの様に妹達に叩き起こされた。

少し前の事もあり、僕は最近それをあまり迷惑だとは思わないのだけれど、でもやっぱり起こし方は考えて欲しい。

それに、今日のは特に酷かった気がする。

まあ、今日のに限ったと言う訳では無いが。

こんな事を思う僕は、恩知らずなのだろうか?

客観的に見てみよう。

アニメだと、技を掛けられたり、階段から突き落とされたり、バールで起こされたり等、ギャグアニメとして見るならば、まあ別におかしな起こし方では無い。

が、僕はこう言いたい。

この話を僕はギャグだと思った事が無いのだ!

と、そうは言った物の、とりあえず見て貰わなければ分からないだろう。

もう一度言う。 今日の妹達の起こし方は酷かった。

理解して貰う為には、まずは回想。

以下、回想。

火憐「兄ちゃん、朝だぞこら!」

月火「いい加減起きないと駄目だよー!」

と、いつもの様に二人揃って僕を起こしに来る。

案の定、朝にそこまで強くない僕はすぐに起きるなんて事が出来ず、妹達は次の段階へと移行するのだが。

普段通りなら、火憐は僕に何かしらの技を掛けて(そういうのには詳しく無いので、技名とかは分からないが、とにかく痛い)月火はそれを眺めている。 といった感じである。

改めて思うけれど、普段通りで既に酷すぎるんじゃないだろうか。 この妹達は、兄をもっと敬うべきだろう。

が、しかし。

今日は違った。

いや、火憐の方はいつも通りだったので、言い直そう。

今日の月火は違った。

火憐は僕の上に乗り、関節を締め上げてくる。 ここまでは普段と何ら変わり無い。

勿論、普段と変わらないからといって、僕はそれを良しとしている訳では無い事は理解して頂きたい。

んで、問題なのは月火の方だ。

普段と同じなら、月火は僕の苦しむ姿を眺め、ニコニコしているのだけれど(それはそれで、かなり酷い)

今日の月火は僕の方まで近づいてきて、なんと、髪の毛を掴んできたのだ。

掴んできたというか、毟り取ろうとしてきた。 痛いってほんとに。

月火「いつもいつもいつもいつも起こしに来ているのにさ。 何で起きないのかな、たまにはすぐに起きれないのかな。 ねえ、どうして?」

月火「今、私が掴んでいるこの髪の毛を引きちぎれば起きるかな? あはは、でもそんな事をしたら、お兄ちゃんハゲになっちゃうよね。 別に良いけどさ」

月火「あ、それともお兄ちゃん。 もっと優しく起こして欲しいとか? ならそう言ってよ。 やだなぁもう。 待っててね、今すぐに出刃包丁を持ってくるから」

どうしたの。 ねえ、月火さん。 どうしちゃったの。

てか出刃包丁って……

優しく所か、永眠コースじゃねえか。

暦「待て、待てよ待てよ月火ちゃん。 お前なに、どうしちゃったの!?」

暦「つうか何。 ゴールデンウィークの時と一緒のキャラ? それヤンデレじゃなくて狂人だからな!」

月火の怒りの原因にもなっている僕の眠気なんて物は、一瞬でどっかに飛んで行った。

月火のキレっぷりはタイミングが掴めないし、それでキレるのかよ! って部分でキレたりするのだ。

いや、ほんともう心配である。

主に、僕の体が。

月火「ほら、だから言ったじゃん。 火憐ちゃん」

火憐「うお。 すげえな月火ちゃん」

と、二人で何やら話をしている様で。

暦「あん?」

月火「作戦勝ちだよ、私の作戦勝ち」

火憐「だなぁ。 あたしも何か策を練らねえとな……」

暦「おい、おい! ちょっとそこのシスターズ。 どういう事だ」

月火「どういう事も何も無いよ、お兄ちゃん」

火憐「そうだぜ。 それに、兄ちゃん寝惚けてるのか? ファイヤーが抜けてるぞ」

月火は良いとして、火憐の突っ込みは大分ずれている気がしてならない。

えーっと。 何だコレ。

月火「私と火憐ちゃんでさ。 今、お兄ちゃんがどうやったら気持ちよく目覚められるか研究中なんだよ」

火憐「あたしはやっぱり、なんかしらの技を掛ければ気持ちよく起きれるって思ってたんだけどさ、やっぱ月火ちゃんには敵わねーや」

ええっと?

つまりは、この心優しい二人の妹は、僕の目覚めを良くする為に、二人で話し合い、今日の起こし方を実行したって事なのか?

ふむ。

なんだよー。 そうならそうと言ってくれよー。 本当にお前らは兄想いの妹達だなー。 可愛い奴らめー。

暦「ってなる訳ねえだろ!! つうか、火憐ちゃんの技を掛ければ気持ち良く起きれるって、僕は別にMじゃねえんだよ!」

暦「大体な、月火ちゃんのはもう、色々とヤバイからな! 朝起こしに来る妹って言うより、借金取りのチンピラって感じじゃねえか!」

暦「何より! 僕は普通に起こして貰えれば十分なんだよ! 変な事を研究してるんじゃねえ!」

ここぞとばかりに怒鳴り散らす。

つまり、僕が言いたい事は。

変な作戦等、考えずに普通に僕を起こしやがれ。

って事だ。

朝から随分と血圧が上がった気がするなぁ。

月火「ふん、折角良い目覚めの方法を考えてあげたのに」

暦「全然良くないって言ってるんだよ!」

まあ、目は覚めたけれどさ。

火憐「んだよー。 失敗か」

火憐「仕方ねえ、次の作戦を考えようぜ、月火ちゃん」

月火「だね。 今度はもう少しハードにしてみるべきかな……」

暦「ソフトにお願いします!」

と、今日の朝はこんな感じだったのだ。

そして今、現在。 何故か火憐が僕の部屋へと残っている。

暦「んで、作戦会議は良いのかよ」

火憐「ん? あー。 それは夜にするんだけどさ、ちょいと兄ちゃんに相談があるんだよ」

相談? つうか、これなんかデジャヴなんだけど。

暦「ふうん。 へえ。 なんだよ、相談って」

火憐「月火ちゃんの事だ」

おいおい、本格的にデジャヴじゃん。

火憐「なんかさ、最近様子がおかしいんだよ」

火憐は床に座り込み、天井を見上げながら、そう僕に言った。

暦「確かにおかしいな。 今日の朝も」

火憐「いや、兄ちゃん。 あれはいつも通りだと思うぜ」

自分が数秒前にした発言を否定する事になるが、そうかもしれない。

月火のあの態度は、確かにいつも通りである。

阿良々木暦は間違いを素直に認める男なのだ。

暦「で、それなら火憐ちゃんが言う様子がおかしいってのは?」

火憐「なんとなくなんだけどな」

前置きをし、火憐は続けた。

火憐「なんかさぁ。 兄ちゃんを避けてるっつうか、そんな感じなんだよ」

僕を避けてる? 今までの行動を振り返ってみても、避けられる様な行動したっけ。

うーん。 してないな。

僕は妹達が喜ぶ行動しかしないし。

火憐「今日の朝だってそうだぜ。 あたしは最近、兄ちゃんを起こさないと駄目だっていう使命感があるからさ、毎朝月火ちゃんを呼んでいるんだけど」

火憐「どうにも、乗り気じゃない? みたいな」

使命感ね。 変な部分を覚えているのかな、こいつは。

暦「あれじゃないのかな。 月火ちゃんも朝に弱くなったとか」

火憐「うーん。 どうだろう?」

僕に聞かれても。

暦「まあ、そうだなぁ。 それは確かに様子がおかしいと言えばおかしいし、後で話してみるよ」

てか、乗り気じゃなかったのにあの起こし方とか、ノリノリだったらどんな風になるんだ……寒気がするぞ。

火憐「おう、宜しく頼んだぜ、兄ちゃん」

暦「頼まれた。 今回は、ちゃんとやらないとな」

火憐「ん? 今回?」

暦「なんでもねえよ。 こっちの話」

火憐「ふうん。 ま、いいや。 んじゃあ、あたしはジョギングにでも行ってくるよ」

暦「あいよ」

と火憐が言い、部屋を出て行こうとする。

暦「そうだ、火憐ちゃん」

火憐「ん?」

暦「ジョギング行くんだろ? 風呂、作っておいてやるよ」

火憐「おお、おお。 優しい兄ちゃんは何だか気味が悪いけど、好意は受け取っておかねえとな。 サンキュー」

気味が悪いとか言うなよ。 僕が優しくなかった事なんて、過去に一度も無いだろ。 多分。

時間経過。

との訳で、まずは月火との話し合い。

暦「おーい、ちっちゃいの」

ソファーに座る月火に声を掛ける。

月火「ほいほい、何か用事?」

月火は僕の方へ顔を向け、そう答える。

うーん。 どう切り出そうか?

暦「お前、何悩んでるの?」

月火「……へ?」

あれ、直球じゃ駄目なのかな。

って言っても、どう聞けばいいのやら。

暦「言い方を変えよう」

暦「月火ちゃんは、僕の事が嫌いか?」

月火「うん」

言い終わるのとほぼ同時に肯定するなよ! 僕の心は不死身じゃねえんだぞ!

月火「というかさ、どうしたのお兄ちゃん。 変じゃない? 頭でも打った?」

暦「打ってないけどさ。 月火ちゃんの様子がおかしいって噂があるんだよ」

主に、僕と火憐の間で。

月火「だ、誰がそんな噂を!」

おお、良いリアクションだ。 大げさではあるけども。

月火「でも、月火ちゃんはいつも通りだよ。 お兄ちゃん」

月火「私から見れば、お兄ちゃんの方が断然変だと思うけど、どう?」

どう? って言われてもな。 自分で自分を変だと分かっている奴は、その時点で変では無いだろうに。

暦「まあ、月火ちゃんがそう言うなら僕は何も言わないけどさ。 何か悩みとかあったら、僕が乗るから相談しろよ」

月火「やっぱりおかしい! お兄ちゃんが変になった!」

暦「大声で人聞きの悪い事を言うんじゃねえよ! 僕が町内で変人扱いされたらどうするんだ!」

月火「それもそうだね。 家の中での行動が外に漏れたら、お兄ちゃん社会的にやばいからね」

暦「んな訳あるかよ。 僕は普通の行動しかしない」

月火「ふうん」

ジト目である。 これでもかってくらい、ジト目。

暦「なんだよ。 僕がいつ、変な行動をしたって言うんだ」

月火「それは物凄く難しい質問だよ。 何でか分かる?」

まるで、小学生の子供が悪い事をした時に怒られている感じ。 自分で気付く様に、質問で返してくるのだ。

ちなみに、僕はそれがあまり好きでは無い。 生徒に質問をするその姿勢は、自分では言葉が無いからとしか思えないから。

暦「さあな。 何でなんだ? 月火ちゃん」

なので僕はこの様に返す。 さあ、迷え。

月火「それはね、お兄ちゃんがいつ如何なる時でもそんな行動を取っているからだよ。 朝起きたら胸を揉む。 勉強に飽きたら妹の歯を磨きながら押し倒す。 夜は寝ている妹にキスをする。 お風呂を覗く」

月火「二十四時間、お兄ちゃんは変な行動を取っているんだよ? 理解できる?」

説明されてしまった。 見事に質問に答えられてしまった。

だけど、反論の余地が無いって訳でもない。

暦「待て、月火ちゃん。 それは間違っているぞ」

暦「さすがの僕でも、寝ている時は変な行動をしていない。 それは断言できる」

言ってから、自分の普段の行動が変だと認めている事実に気付いた。

おのれ月火、はめやがったな……やりおる。

月火「確かにそうかもね。 でも夢の中でどうせ変な行動を取っているんでしょ」

暦「僕の夢の中の行動まで決め付けるなよ!」

月火「普段の姿勢を治さなきゃ、それは無理な話だよ。 お兄ちゃん」

うぐぐ。

言いたい放題言いやがって、このチビが。

胸揉むぞコラ。

いや、やめておこう。 僕のあらぬ噂が広まっても困るし。

だけど、僕だって言われっぱなしでは気が済まない。

暦「分かった。 分かったぜ、月火ちゃん」

暦「月火ちゃんが言いたいのは、僕の普段からの行動だろ? なら、それを治せばお前は僕に平伏すと言う訳だ」

月火「いや、平伏すなんて一言も言ってない」

暦「とにかく、僕はもうお前がさっき言っていた様な行動は取らない。 阿良々木暦を舐めるなよ!」

月火「へえ。 まあ、お兄ちゃんがそう言うなら、私は応援させてもらうよ」

月火はそう言い、ペチペチと、とても力の抜けた拍手をする。

暦「おう。阿良々木暦は今日、この時から生まれ変わるんだ」

暦「それじゃあ僕はお風呂を洗うついでに、一風呂浴びてくるけど、月火ちゃんも一緒に入るか?」

月火「宣言した次の台詞で早速駄目じゃねえか!」

月火の貫手が腹に刺さった。 見事なツッコミだ。

でも、なんか割りとマジで痛い。

暦「お、おい……お前、いつからそんな腕を上げたんだよ……」

月火「お兄ちゃん対策に、火憐ちゃんから毎日教わってるんだよ」

暴力姉妹かよ、勘弁してくれ。

てか、ただでさえ切れやすい月火に火憐の力が加わったら、それこそ手に負えないんだけれど。

暦「ぼ、僕はもう駄目だ……月火ちゃん、風呂作りは任せたぞ……」

と言ってその場に倒れ込む。 月火を見習ってオーバーリアクション。

月火「さり気無く私に仕事を押し付けないで。 ほら、さっさと起きろお兄ちゃん」

そう言いながら、僕の顔をぐりぐりと踏み躙る月火。

今更だけど、こんな光景を第三者が見たらどう思うのだろうか。

妹に顔を踏まれる兄。

まあ、第三者が見る余地は無いからいいか。

等と考えている間にも、月火は未だにぐりぐりと僕の顔を踏みまくる。

それはもう、押し潰すと言った方が正しいのかもしれない。

暦「踏みすぎだろ! お前はどんだけ兄の顔が踏みたいんだよ!」

月火「あ、ごめんごめん。 踏みやすい形だったから」

暦「兄の顔を踏みやすいと表現すんなや!」

全く、お前の方がよっぽど変じゃねえか。

てか、これはふと思った事なのだが、妹にぐりぐりと顔を踏まれるのも、それはそれで。

閑話休題。

暦「んで、話を戻すけど月火ちゃん」

月火「はいはい。 というか、まだ続けるの?」

暦「当たり前だ。 月火ちゃんが変っていう話は、まだ終わらない」

月火「私が変、ねえ」

月火「というかさ、お兄ちゃん。 さっき噂になっているとか言っていたけれど、誰から聞いたの?」

暦「ん? 火憐ちゃん」

月火「あの野郎」

暦「おい、今なんて言った」

月火「あ、なんだぁ。 火憐ちゃんかぁ」

今、火憐の事をあの野郎呼ばわりしたよな!? すげえ普通にスルーされたけどさ!

月火「うーん。 別に私はそう感じないんだけど、具体的に言うとさ、どこら辺が変なの?」

暦「火憐ちゃんが言うには、僕を朝起こしに来るときに乗り気じゃないとか、そんな事を言ってたな」

月火「……はあ」

うわ、すげー呆れた感漂う溜息。

月火「そりゃーそうでしょ。 お兄ちゃん、朝全然起きないじゃん。 そりゃあ、さすがの私でも飽きるよ」

飽きたとか飽きないとかの問題だったのかよ。

暦「そんなもんか?」

月火「そんなもんだよ」

暦「でも……」

とは言った物の、これ以上なんて言えば良いのだろうか。

確かに、月火と話す限り、こいつはいつも通りだ。

僕が心配し過ぎなのだろうか?

ううむ。

でも、火憐の事もあったので慎重に動かないとなぁ。

暦「まあ、いいか。 とりあえず月火ちゃん」

暦「何か些細な事でもいいからさ、相談とかあったら言ってくれよ。 いつでも乗ってやるから」

月火「やっぱ、お兄ちゃんの方が変だよ。 いつもだったら絶対そんな事言わないのに」

暦「はは、かもしれない」

月火「ま、お兄ちゃんがそう言ってくれるなら良いけどさ。 それより大丈夫なの?」

暦「大丈夫? 大丈夫って、何が?」

月火「いやいや……」

月火はそう言いかけ、何かを思いついた様に再び口を開く。

月火「そうだお兄ちゃん、今日ちょっと出掛けるんだけどさ、何か買ってくる物とかある?」

あ? すげえ急に話題が変わったな。

暦「いや、別に無いけど……つうか月火ちゃん、そのお出掛けって」

暦「まさか、あいつか。 あの月火ちゃんのストーカー」

月火「蝋燭沢君の事を言っているなら、あの人はストーカーじゃないからね」

月火「それに、今日は一人だよ。 火憐ちゃんには内緒なんだー」

暦「へえ、珍しいな。 火憐ちゃんと別行動なんて」

月火「服を見に行くんだよ。 火憐ちゃんと一緒でも良いんだけれどさ。 火憐ちゃんって、あれじゃん」

あれじゃん。

ジャージじゃんって事だろうな、きっと。

暦「確かにそれもそうだな。 月火ちゃんと違って、あいつは女の子っぽくないからなぁ」

月火「ま、まあ。 そうかもね」

なんだ? 月火の奴、急に嬉しそうな顔をして。

良く分からねー奴だな。

暦「つか、なんで急にそんな話題になったんだよ。 前後の繋がりが無いぞ」

月火「ああ、そりゃそうだよ。 お兄ちゃんをここに引き止めるために、話題を変えたんだから」

暦「僕を引き止める為に? はは、なんだ月火ちゃん。 僕とそんなに話していたいのか」

月火「当たり前じゃん。 私、お兄ちゃんの事大好きだからさぁ」

おお、デレ月火。

暦「仕方の無い奴だなぁ。 おし、もうちょっと話に付き合ってやるか!」

と、なんかうまい事乗せられている気もしなくも無いが、僕はソファーへと座る。

月火「そうしたいのは山々なんだけどさ、お兄ちゃん」

月火「それはもう無理みたいなんだよ、残念ながら」

暦「無理? どういう意味だよ」

月火「いやぁ。 だってほら、火憐ちゃん帰ってきたみたいだし」

そう月火が言った直後、玄関の扉が開く音がする。

「たっだいまー! いやあ、兄ちゃんが風呂を作ってくれるって言うから、ついつい走り込んじまったな!」

「おっふろおっふろー。 沸いてねえじゃん!!」

と。

一人元気な妹である。

暦「あの、月火ちゃん」

月火「なあに、お兄ちゃん」

月火はそれはもう、心底嬉しそうな顔をしていた。

始めからこれが狙いか、こいつ。

暦「……いや、お前を責めるのは違うな。 悪いのは忘れていた僕の方だ」

月火「ほう、潔いね」

暦「だけど、この恩は仇として必ず返すぜ」

月火「恨み深いね」

暦「それじゃあ、火憐ちゃんに殴られてくるとしよう」

月火「かっこいいね」

くそう。

見事嵌められたと言った所だろう。 僕は多分、あの妹には敵わない。

見た目はキュートなのに、腹黒いったらありゃしないからな。

それに加え、頭の回転もやけに早いし、とにかく厄介である。

しかし。

それはそうと、月火の奴はそんな悩みなんて無い様子だったなぁ。

火憐の勘違いだったのだろうか?

まあ、今はまだ分からない。 でも、何かが起きるとするならば、そろそろだろうか。

警戒するに越した事は、無いかな。

それより、今は火憐の怒りをどうやって鎮めるかを考えなければ。

そんな目先の危険を感じながら、僕は月火に見送られ、風呂場へと向かうのだった。


つきひドッペル 開始

以上で第一話終わりです。

明日は投下できそうなので、時間は未定ですが日曜日中には第二話を投下します。

こんにちは。

第二話、投下致します。

暦「なあ、これどういう状況なんだ」

火憐「さあ?」

本人達でさえ、分からない状況。

いや、分かろうとしない方が良いのかもしれない。

それもそう、僕と火憐は何故か一緒に風呂に入っていたのだ。

暦「しかも、何で僕は服を着て風呂に入っているんだよ」

理由は勿論分かるが、当てつけみたいな物である。

火憐「あたしに言われてもな」

そして、正確に言えば風呂に入っている訳では無い。

火憐がシャワーを浴びている間、風呂桶を掃除し、沸かしているのだ。

ここまで説明すれば、分かっていただけただろうか。

つまり。

あの後、僕は火憐に急いで「今から風呂沸かすから、ちょっと待ってて。 あはは」と、うっかりしちゃってた、てへ。 みたいな感じで言った所、火憐はこう返したのだ。

「仕方ねえな。 でも、汗が気持ちわりいし、シャワー浴びてる間にやってくれよ」

と。

なるほど。

それはかなり生産的な考え方である。 同時進行とは。

で、この状況って訳だ。

火憐「それはそうと、兄ちゃん」

暦「ん?」

火憐「こう、こっちでシャワーを使っている時にそっちでお湯を出されると、水圧が弱くなるんだよな」

暦「仕方ないだろ。 同時進行にも、メリットだけある訳じゃないんだし」

火憐「なんとかならねえのかな」

暦「そんな方法があったら、今すぐやってる」

火憐「だよなぁ。 ま、いいや」

何だったんだ、この会話。

暦「まあさ、もうすぐでこっちは終わるから、後少しだけの辛抱だ」

火憐「あいあい」

てか。

滅多な事は口にする物じゃねえよな。

「風呂を作っておいてやる」なんて言わなければ、こんな事にはならなかったのに。

暦「しかし、服を着たまま風呂に入るってのも、なんかあれだよなぁ。 変な感じだよ」

火憐「んだよ、じゃあ脱げばいいじゃん」

暦「おいおい、一緒に入れってか? 僕も火憐ちゃんも、小さい子供じゃねえんだぞ」

火憐「別に嫌ならいいぜ。 兄ちゃんがぐだぐだ言うからなんだしさー」

暦「まあ、脱ぐけど」

火憐「おう、そうこなくっちゃ」

なんか気持ち悪い!

あれだ。

僕がボケても、火憐はそれに上乗せする感じでボケてくるので、なんか変な感じなんだ。

つまり、ボケとボケじゃ何も生まれない。

だけど、もう服は脱ぎ捨てたので僕の方はボケでは無いのかもしれないが。

暦「とかやってる内に、風呂沸いたぜ」

火憐「さすが、風呂沸かしの兄ちゃんだな!」

暦「なあ、それ褒めてるの? 僕にはとてもじゃないが、良い意味には聞こえないんだけれど」

火憐「褒めてるに決まってるじゃん。 あたしが兄ちゃんを褒めなかった事なんて、無いぜ」

いっぱいあると思うけどなぁ。 もしかしたら、火憐は一日一日で入れ替わっているのかもしれない。 そう考えると、間違いではないか。

暦「てか、沸いたと同時にシャワーが終わってたら、あんま意味無かったな」

火憐「良いって良いって。 結果オーライだぜ、兄ちゃん」

暦「お前、結果オーライってなんとなくで使ってるだろ」

さて。

火憐が湯船に入るのを見届け(決して、変な意味ではない)僕はシャワーを浴びる事にする。

もう風呂は沸いてるおかげもあり、シャワーの水流はいつも通りだ。

なんだか得をした気分である。 湯船を掃除していた事実がある限り、そうとは言えないのかもしれないが。

火憐「うひー。 やっぱ、兄ちゃんが沸かした風呂は気持ち良いな!」

暦「火憐ちゃんが好きな温度と、僕が好きな温度が一緒だしな。 それもそうだろ」

火憐「違う違う。 気持ち的な意味でだよ」

火憐「兄ちゃんが沸かした風呂は、正義の風呂って感じなんだ」

どんな風呂だよ! 浸かればどんな事が起きるのか気になるけどな!

火憐「兄ちゃんの心にも、正義の炎は宿っているし」

暦「なんだよそれ。 僕は別に、ただ適当に掃除して、適当に沸かしているだけだ」

火憐「ふーん。 それにしては、随分と熱くて良い感じだぜ」

暦「だからそれは温度の問題だろうが!」

火憐「いや、正義の問題だろ?」

やべえ、言葉が通じない人と会話している気分だ。

それも、ただ単に言語の問題ではない。 意思疎通さえ困難である。 例えて言うならば、人間じゃない何かと話している感じ。

暦「さて、僕はそろそろ上がるぞ」

髪も体も洗い終わったし。

火憐「ん? 湯船に浸からないの?」

暦「いやいや、だってお前入ってるじゃん。 月火ちゃんならまだしも、火憐ちゃんとはさすがに入れねえよ」

火憐「月火ちゃんとなら入るのかよ!?」

暦「違う! 例え話だ!」

暦「別に火憐ちゃんと入るのが嫌って訳じゃなくて、うちの湯船狭いじゃん。 二人は入りきらねえよ」

暦「月火ちゃんサイズなら大丈夫だけど、火憐ちゃんサイズだと厳しいからな」

今にも殴らんばかりの勢いで身を乗り出していた火憐は、それを聞き、やっとさっきまでのリラックスモードに戻る。

火憐「なんだ兄ちゃん。 そうならそうと最初に言えよ」

暦「いや最初に言ったけどもな?」

火憐「そうだっけ?」

火憐「いや、でもさ兄ちゃん。 体を小さくすれば入れない事もねえよ?」

暦「そりゃそうだろうけどさ。 そんな無理に入る必要もねえだろ」

暦「湯船は広々と入りたいんだよ、僕は」

火憐「うーん。 ま、いいや」

ま、いいやで済ますなら、最初から絡んでくるなよ。 ほんと。

火憐「あーそうだ。 それは良いとしてさ、兄ちゃん」

暦「ん? 今度は何だ」

火憐「さっき、月火ちゃんと話してたんだろ? どうだった?」

火憐が湯船から少しだけ身を乗り出し、尋ねてくる。

暦「ああ、月火ちゃんの様子が変って奴か?」

火憐「そうそう」

暦「んー。 僕が話す限り、特に変だとは思わなかったけどなぁ」

火憐「ふうん……でもいつもと違う様な気がしたんだけど」

暦「そんな時もあるんじゃね? まあ、とりあえずはいつも通りだと思うぜ」

火憐「そっか。 んじゃあ、あたしの気のせいだったのかもな」

気のせい……か。

本当にそうだとして、何事も無ければいいんだけれど。

暦「そうだな。 それが一番良いんだよ」

暦「つってもさ、火憐ちゃん」

暦「もし、また気になる様な事があったら、言ってくれよ」

火憐「りょーかい。 月火ちゃんを監視していればいいんだな」

暦「監視って言うと、すげえ聞こえが悪いけどな……」

火憐「んじゃあ、観察か?」

暦「うーん。 それもまた微妙じゃないか?」

火憐「それなら、どんな言い方ならいいんだよ!」

切れるなよ! 月火並みの切れやすさだぞ、それ。

暦「そうだなぁ。 見守るって言い方が一番じゃね?」

火憐「……なるほど。 見守るか。 確かにそうかも」

火憐「さすが兄ちゃんだぜ」

疲れるなぁ。 こいつの相手。

火憐「よしよし。 んじゃあ、そんな兄ちゃんにサービスだ」

暦「あ? サービス?」

火憐「おう」

火憐はそう言うと、湯船からあがり、僕の方へとぐいぐい歩いて向かってくる。

ぐいぐいって言うよりは、ドシンドシン。

いや、そんな言い方は駄目か。 火憐も一応は女子なのだから。

とにかくこう……僕に圧力を掛けるような、そんな感じ。

暦「え、ええっと。 火憐ちゃん?」

火憐「うりゃ!」

投げられた。 投げて湯船に放り込まれた。

しかも、頭からである。 普通に危ない。

暦「ちょ、ちょっと火憐ちゃん!!」

しかし、投げた後の僕を止める事はさすがの火憐でも出来ず、頭から着水する羽目となったのだけれど。

いや、本当にもう冗談じゃなく、溺れそうになった。

暦「お、お前! 何してんだよ!」

暦「危うく家の風呂で溺死する所だったじゃねえか! 大事件だぞ!」

妹に投げられ、兄が溺死。 それも自宅の風呂場で。

そんな紙面が世に出たら、笑い話も良い所だ。

火憐「よっと」

湯船の中から抗議する僕を無視し、火憐も湯船に入ってくる。

火憐「いやー。 さすがに狭いな!」

暦「ちょっと待て、待てよ火憐ちゃん。 これは何だ? どういう状況だ?」

火憐「だから、サービスだって言ったじゃねえかよ。 あたしと一緒に湯船に入れるなんて幸せだろ?」

暦「百歩譲って、百歩所じゃねえけどな? そうだとしてさ、僕を投げる必要があったか?」

火憐「んー。 特に無いかな?」

暦「意味も無く人を投げるんじゃねえよ!」

火憐「いやいや。 だって兄ちゃんさ、投げやすい体系してるじゃん」

してるじゃんって何だよ。

僕は一度も望んで無いからな、そんな体系。

そういや、朝は月火に「踏みやすい顔をしている」とか言われた気がする。

お前らにとって、僕は何なんだよ。

暦「……まだ昼前だけど、既に疲れ果てた」

火憐「体力ねえなぁ。 あたしはまだまだ大丈夫だぜ」

暦「火憐ちゃんと一緒にするんじゃねえ」

暦「それに、僕が言っているのは精神的な意味でだ」

火憐「あ、そうそう」

火憐「今日、兄ちゃん出かけるんだっけ?」

えー。 どんだけ話変わってるんだよ。 すげえ自由奔放だな。

暦「ああ、昼過ぎくらいからちょっとな」

その話題転換に付いていける僕も、案外捨てた物では無いのかもしれない。

火憐「えーっと、誰だっけ。 確か友達だっけ?」

暦「そんな感じになるのかなぁ……」

と言うのも、今日は忍野と会う予定だったのだ。

前に言っていたご飯を奢る約束。 である。

僕はすっかりと、なあなあになるのを期待していたのだが、意外とあのアロハのおっさんはその辺りの事はしっかりとしているらしい。

火憐「そっかぁ。 じゃあ今日はあたしと月火ちゃんで留守番か」

暦「いや、月火ちゃんも出掛けるって言ってたな。 何でも服を買いに行くらしいぜ?」

火憐には内緒とか言っていたけど、ついつい口が滑ってしまった。

ごめんな、月火。

火憐「あー、そうなんだ。 んじゃあたし一人で留守番かよ」

暦「何だよ、月火ちゃんは火憐ちゃんに来て欲しがってたけど、行かないの?」

僕は月火の先程の言葉を月火の激しいツンデレであると思う。

そう解釈し、告げる事にした。

感謝しろよ、月火。

火憐「月火ちゃんが? あたしが行くといっつも機嫌悪くなるんだけど、良いのかな」

暦「機嫌が? それは初耳だけど」

火憐「うん。 大体いつも、家に帰ってから兄ちゃんの部屋を漁ってストレス発散してるぜ」

暦「なんで僕が一番被害にあってるんだよ!」

阿良々木家に限定すれば、僕は多分、一番可哀想な奴だろう。

だよね?

火憐「どうすっかな。 月火ちゃんがそう言っているなら、付いて行こうかなぁ」

暦「いや、僕の勘違いだったかもしれない」

火憐「なんだ、そうなのかよ?」

暦「ああ」

月火はやはり、敵に回しては駄目だ。

火憐「んー。 じゃあ今日はあたし一人か。 暇になっちまったな」

暦「暇ならどっか走って来いよ。 てか、火憐ちゃんが出かけないって事の方が珍しいんだけど、今日は一日家にいる予定なのか?」

火憐「たまにの休憩って奴だよ、兄ちゃん。 ずっと動いているのも体に悪いし」

暦「なるほど。 んじゃあ暇人って訳か」

火憐「まあ、そうなるな。 それがどうかしたのか? 兄ちゃん」

暦「いや、それならさ。 僕も月火ちゃんも用事が終わって帰ったら、久し振りに、三人で何かして遊ぶかなって思ったんだよ」

火憐「おお。 良いじゃん良いじゃん。 あーそーぼーぜー」

暦「今日だけだからな。 僕が出かけてる間に、何するか考えとけよ」

火憐「へへへ。 あたしの中ではもう決まってるんだな、これが」

うわあ、すげえ笑顔だ。

多分、自分の考えた遊びに自信があるのだろう。

その自信は僕の不安に直結するんだけども。

暦「……期待せずに聞いてあげよう」

火憐「肩パンだ」

お前はどこのヤンキーだよ。

暦「それもう、火憐ちゃんがいる時点で、僕と月火ちゃんに対するいじめでしかねえからな?」

火憐「そうか? じゃあじゃんけんでもするか!」

暦「単純に遊びでじゃんけんをする奴なんて、小学生以来見たことねえぞ」

火憐「他に遊びなんて無いだろ。 ならどうしろって言うんだよ」

暦「遊びのバリエーション少なすぎんだろ!」

火憐「よっし。 じゃあ兄ちゃんに全て任せよう」

丸投げかよ。 まあ、最初から火憐には期待していなかったけどさ。

火憐「んじゃあ、あたしはそろそろ出るぜ。 兄ちゃん、風呂サンキューな」

ああ、そういや僕と火憐は風呂に入っていたのだった。

ついつい話し込むと、僕が今何をしているのかさえ忘れそうになる。

怖い怖い。

と、ここでついつい言わなくても良い事を言ってしまう。

あれだ、気付いたら口が勝手に動いていた、みたいな。

暦「なんだよ火憐ちゃん。 もうギブアップか?」

僕が火憐の背中にそう声を掛けると、火憐は当然立ち止まる。

火憐「ギブアップ? 兄ちゃん、それはどういう意味だ」

火憐から何かオーラの様な物が立ち上がる。 幻覚だろうけど。

暦「いやいや、さすがの火憐ちゃんでも湯船に浸かる時間は僕より短いんだな。 って思っただけさ、ただの感想だよ」

火憐「ああん?」

火憐「なんだ兄ちゃん、あたしが負けって言いたいのか?」

暦「うん。 まあ人それぞれ、得意不得意なんてあるしな。 火憐ちゃんが僕より我慢強くないってだけの話だよ」

挑発挑発。

この挑発に、火憐が乗ってこない訳がない。

火憐「よし、良いぜ。 その勝負受けて立つ!」

火憐はそう宣言すると、その場でくるりと体を回転させる。

火憐「先に根をあげた方が、逆立ちして一日過ごすでいいか?」

なんだよその罰ゲーム。 めっちゃ僕に不利じゃん。

暦「おう、良いぜ」

まあ、負けたら破ればいいだけだし。

暦「というか火憐ちゃん、そうやって時間稼ぎをして、体を冷ましてるんじゃないか? 僕はこうして浸かり続けてるって言うのに」

火憐「じょ、上等だぜ。 今すぐ入る!」

言うや否や、火憐は再び湯船の中に入った。

あー。

なんか自分で言い出した事なのだけど、既に面倒臭くなってきてしまった。

つうか、マジで火憐に付き合っていたら多分、僕はそのまま湯船の中で死ぬ事になるのかもしれない。

まあ、適当に満足したらあがるとしよう。


火憐「なあ、兄ちゃん。 これって先に湯船から出た方が負けって事で良いんだよな?」

暦「ん? ああ、そうだな」

火憐「ふむ。 じゃあさ、無理矢理追い出すのは駄目か?」

暦「駄目に決まってるだろ! 絶対僕負けるじゃん!」

絶対と言う辺り、なんか悲しくなってしまう。

火憐「そうか……おっけー。 じゃあ、殴ったり蹴ったり投げたりとか、暴力的な奴以外なら良いって事だよな?」

暦「あ? まあ、そうかな」

何だろう。 火憐から暴力を取ったら、何も残らないのではないだろうか。

火憐「にっしっし。 分かったぜ、兄ちゃん」

暦「分かったって、何が?」

火憐「つまりはこうだ!」

火憐はそう言うと、すぐ隣に居る僕に抱きついてきた。

火憐「うりうりうりうりうり!」

抱きつくと言うよりはしがみつくと言った方が正しいか。 いや、そのしがみつくでさえ、絞め技の様にがっちりホールドされてしまっているのだけれど。

暦「やめろ! 火憐ちゃんマジでやめろ!! お前裸だし僕も裸なんだぞ!」

火憐「んだよ。 妹の裸に欲情してんのか?」

暦「する訳ねえだろ! 気持ち悪いって言いたいんだよ僕は!」

火憐「良いじゃん良いじゃん」

暦「よくねえよ! つうか体全く動かねえんだけど、首から下が全く動かないんだけど!?」

火憐「嫌なら降参するんだな! その方が身の為だぜ」

身の為って言葉がここまで真実味を帯びていると、マジで恐ろしい。

暦「分かった。 分かった火憐ちゃん、僕の負けだ。 今すぐ出て行くから離してくれ」

火憐「おう。 でも抱き心地がいいからもうちょっとしたらな」

結局このままじゃねえかよ! 負け損だ!

暦「それまで僕の身が持ちそうにねえよ! やめてくれ!」

火憐「後少しだけだからさー。 良いじゃん」

なんで朝から妹と二人で風呂に入って、挙句の果てに抱きつかれてるんだよ僕は!

こんな場面を誰かに見られたら、あらぬ誤解を受けそうである。

んで、そんな事を考えた時点で、オチは決まっていたのだ。

ガラガラと。

風呂の扉が開く。

月火「あ?」

声の発信源を見ると、風呂に入りに来たであろう月火が居た。

恐らく、阿良々木家で一番風呂好きなのは月火である。

そうだ、こいつまだ家に居るんだった。

月火が家に居ると言う事は、つまり風呂に来る確率がかなり高いのだ。

これは今日最大のミスになりそうである。

それに対する僕は。

暦「……」

蛇に睨まれた蛙状態。 首から下だけでなく、もはや首から上も動かす事が出来なかった。

火憐「お、月火ちゃんじゃん。 一緒にはいろーぜー」

対する火憐は怖い物知らずと言った所か。

火憐のそんな性格は素直に羨ましい限りなのだが、これから起きるであろう事を考えると、あまりそうは思いたくない。

月火「十……九……八」

月火が謎のカウントダウンを始める。

いや、謎では無い。 僕には分かる。

多分あれだ。 これは十秒以内に状況説明をしろという、死刑へのカウントダウンなのだ。

火憐「あれ、月火ちゃん怒ってるのか? 兄ちゃん」

さすがの火憐も状況を理解できたのか、少しだけ冷や汗を掻きながら僕に問う。

暦「……ぼ、僕に聞くな」

よ、ようやく喋れた。

月火「三……二」

マジかよ、後二秒しかねえじゃん。 無理だろ。

暦「つ、月火ちゃん! 落ち着け!」

月火「あうとー」

アウトだ。 僕が喋った瞬間、アウトになってしまった。

てか、火憐の奴はいつまで抱きついているんだよ。 それが月火の怒りを更に加速させているだろうに。

とにかく。

こうして、僕と火憐の勝負は引き分けとなったのだった。


第三話へ 続く

以上で第二話、終わりです。

乙ありがとうございます。

明日投下がちょっと難しいかもなので、今の内に第三話投下します。

暦「なあ、これどういう状況なんだ」

前回と全く同じ出だしである。

月火「何か言った?」

暦「……いえ」

なんで僕は火憐の次に、月火とお風呂に入っているのだろうか。

暦「つ、月火ちゃん。 僕、そろそろあがりたいんだけど」

月火「火憐ちゃんとはお風呂に入れて、私とは入れないって事かな? お兄ちゃん」

体を洗いながら、僕の方を睨む月火。

暦「いえ。 そんな訳ありません」

月火「そう。 じゃあまだ入っていられるね」

どうやら、月火と入浴する事を断る権利は僕には無いみたいで。

月火「ふう」

そう溜息を付き、髪と体を洗い終わった月火が湯船に入ってくる。

勿論、僕も入っている訳だけども。

火憐は僕よりもでかいだけあり、それはもうかなりきつかったのだが、月火は体が小さいので、大分余裕があるのがせめてもの救いだろう。

月火「んでさ、お兄ちゃん。 さっきのあれはどういう状況?」

月火が横に居る僕に向け、笑顔でそう訊いてくる。

……ここからはどうやら、尋問タイム。

暦「いや、火憐ちゃんと勝負しようってなってさ、それでなんか成り行きで……」

月火「どうせ、火憐ちゃんに押し切られたんでしょ。 お兄ちゃんの事だしさ」

月火は僕の顔をじっと見つめる。

押し切られたって。 ちょっと言い方を変えて欲しいな。

暦「……まあ、そうなります」

月火「ふーん」

ん?

なんだか月火、不機嫌?

月火「ま、仕方ないかぁ」

月火「火憐ちゃんもあれで、お兄ちゃん大好きだからねぇ」

あれ? そこまで怒っていないのか?

てっきり、顔面パンチでもされるのかと思ったけど。

暦「ん? 火憐ちゃん『も』って事は、月火ちゃんもなのか?」

月火「はあ!? そんな訳無いじゃん! 妹とお風呂に入るお兄ちゃんなんて死んだ方がマシだ!」

じゃあ死ねよ! 今入ってるじゃねえかよ!

一緒に入ろうって言ったのお前だからな!? その理論だとお前も一緒じゃねえかよ!

とは思っても、口には出さない。

今出したら、多分殴られるから。

暦「いや、まあそれは良いとしてさ」

暦「もしかして、今回は月火ちゃんとお風呂で話して終わりなのか?」

月火「そうだよ。 火憐ちゃんと仲良くお話して、私とのお話はすぐに終わるなんて、許せない」

マジかよ。 話進まなくね?

正直な話、僕は雑談するならいつまででもしてて良いんだけど、それで良いのだろうか。

月火「それに、私はお兄ちゃんに聞きたい事があるんだ!」

暦「僕に? いいぜ月火ちゃん、何でも答えてやろう」

てっきり、何でもない普通の質問が来るのかと思った。

いや、それ自体は普通の質問なのだろうけれど。

月火「お兄ちゃん、幽霊とかって信じる?」

僕はそれを知りすぎていた。

暦「ゆ、幽霊……? えっと月火ちゃん、月火ちゃんは信じているのか?」

月火「私かぁ。 うーん。 半分半分って感じかな」

まず、月火が言う幽霊とは何を指しているのだろうか?

ただ単に、本当に単純な意味での幽霊ならば、ここまで気にする事も無いのだろうけど。

暦「半分半分か。 って事は、多少は信じているんだな」

月火「まあ、そりゃねぇ。 それっぽいの見ちゃったし」

今、何て言った。

それっぽいのを『見た』だと?

暦「月火ちゃん! 見たってのは、どんなのだったんだ!?」

横に座る月火の肩を掴み、問い質す。

月火「え、えっと。 お兄ちゃん? どうしたの、急に」

月火は少々驚きながらも、僕に笑顔を向けてくる。

笑顔というかは、苦笑い。

暦「あ、ああ。 悪い」

月火「やっぱり、今日のお兄ちゃんは変だよ。 急に大声を出す変人だよ」

暦「ただの危ない人じゃねえかよ!」

月火「え、違うの? お兄ちゃん、自覚無かったんだね……」

やめろ! そんな悲しそうな目を実の兄である僕に向けないでくれ!

月火「えっと、ああ。 幽霊のお話だったよね」

月火「私が見たのは、遠目だったから良く分からなかったけどさ。 お兄ちゃんに良く似た人が、小さい女の子に抱きついたりキスしたりしてる場面だったんだ」

月火「まあ、いくらお兄ちゃんが変人だとしても、そこまでするとは思えないし」

月火「お兄ちゃんがそんな事をするとは思いたくもないから、良く似た人なんだろうけど」

僕の方へ顔を向け、首を傾げ、笑顔。

ってか、八九寺じゃねえかよそれ! そして、その良く似た人ってのは僕じゃねえか!

暦「ははは」

見事な乾いた笑い。 僕も普段の行動を省みなければ。

そういえば、火憐もそんな話をしていたっけかな。 歯磨きした時に。

……少し、自重しよう。

だけど。

ふと、ここで気になる事が一つ。

暦「……ん? でも、それがどうして幽霊だって思ったんだ?」

月火「いや、それが私にも良く分からないんだよね。 なんとなーく「あれ、幽霊かな?」って思っただけでさ。 だから半分半分って訳」

暦「ふうん……」

一応の予測を立てるとするならば。

恐らく、月火は不如帰として、八九寺の正体に気付いたのだろうか? 無意識の内に、自らと同じ『怪異』だと判断して。

月火「それで、最初の質問に戻るけど、お兄ちゃんは幽霊って信じる?」

暦「僕か……僕は、どうだろう」

暦「信じているって言うよりは、知っているになるのかな」

知っているし、関わってしまっている。

月火「知っている? なになにお兄ちゃん、ゴーストバスターでも目指しているの?」

暦「はは、かもしれない」

月火「へえ。 私はお兄ちゃんがどんな宗教にはまったとしても、お兄ちゃんの味方だからね。 いつでも頼ってね」

暦「はまらねえよ!」

月火「うんうん」

うわあ、信じていない顔だなぁ。

月火「まあ、こんな質問しておいてあれだけどさ、やっぱり見間違いだったのかなぁ。 とは思うよね」

暦「月火ちゃんがそう思うなら、そうなんだろうさ」

月火「今日のお兄ちゃんは、やけに私を肯定するね。 何か裏がありそうだけど」

暦「いやいや、確かに僕には裏があるけれど、その更に裏しかないんだぜ。 つまりは表しかないって事だ」

月火「ごめん、全く意味が分からない」

暦「あはは、月火ちゃんにはまだ早い話だったかな」

月火「大人ぶって誤魔化すんじゃねえ!」

月火の貫手が脇腹に刺さった。 湯船の中だけあり、痛くはないのだが、くすぐったい。

いやあ、やっぱりボケとツッコミが揃うと、会話が弾むな。

暦「月火ちゃんは将来、僕に良いツッコミが出来るぜ。 期待している」

月火「なんで私とコンビを組む話になっているのか、理解できないよ」

暦「ああ、だからと言って、今が駄目って訳じゃないからな。 安心しろ」

月火「話聞いて無いし……」

暦「んだよ、嫌なのか?」

月火「私はコンビを組むなら火憐ちゃんしかいないと思ってるから!」

暦「お、いいなそれ。 コンビ名も既に持ってるしな、お前ら二人」

月火「ファイヤーシスターズを芸名みたいな扱いにするな!」

暦「テレビで見れる日を楽しみにしておいてやるよ」

月火「やめて! 私と火憐ちゃんをそんな存在にしないで!」

面白いなぁ、こいつ。

暦「それはそうと月火ちゃん、話が百八十度変わるが、いいか?」

月火「また急だね……まあ、それに付いていく月火ちゃんだけどね」

暦「おう。 んでさ」

前々から、少しだけ気になっていた事。

暦「月火ちゃんの彼氏って、どんな奴なんだ?」

月火「ぶっ!」

僕がそう聞くと、月火は湯船に顔を沈める。

何してんだ、こいつ。

月火「ちょ、何それ百八十度所か、七百二十度は変わってるじゃん!」

十秒ほど顔を沈めた後、ようやく顔をあげた月火は僕に向けてそう言った。

てか、七百二十度って……冷静に考えたら二週してるだけじゃねえか。

暦「兄として気になるんだよ。 月火ちゃんに相応しい奴かどうか」

月火「それは私が決める事だよ! それに、今まで存在すら認めて無かったじゃん!」

暦「別に良いじゃねえか。 僕だって、いつまでもそんな対応していられないしさ」

暦「んで、どんな奴なんだ?」

月火「うー。 どんな奴って言われても……」

なんだよ、一丁前に恥ずかしがりやがって。

月火「顔は、まあ、普通……かな」

へえ。

暦「へえ」

月火「性格は、うーん。 良い人だよ」

へええ。

暦「へええ」

月火「そ、それに、正義感が強い……かな?」

ふむ。

暦「ふむ」

あれ、やべえ。 なんかイライラしてきた。

月火「私の事は大事にしてくれるし」

ほう。

暦「ほう」

月火「……そんな感じの人」

なるほど。

暦「なるほど」

暦「えっと、月火ちゃんはそいつの事が好きなんだよな」

月火「……うん」

駄目だ! やっぱり認められねえ! 今すぐ別れろ!!

暦「駄目だ! やっぱり認められねえ! 今すぐ別れろ!!」

おっと、思った事がそのまま口に出てしまった。

直前まで我慢していたのに。

月火「もうやだ、このお兄ちゃん」

そんな兄を見て、月火は呆れ顔である。

暦「そんな話を聞かされて、僕はこれからどんな顔を月火ちゃんに向ければ良いんだよ!?」

月火「どんな顔って……今まで通り、変なお兄ちゃんで良いよ。 私はそれを受け入れよう!」

暦「駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。 やっぱりそのストーカー野郎は僕が撲殺する!」

月火「やめて! 私なんかの為に、お兄ちゃんが犯罪に手を染める事なんて無いんだよ!」

月火「お兄ちゃんの手は汚させない……やるなら、私がやる!」

お、月火の奴乗ってきた。

暦「妹にそんな役回りをやらせられるか! お前が何と言おうと、僕が始末する!」

月火「……止むを得ないね。 お兄ちゃん、ここは間を取って、二人で一緒にやろう」

暦「くっ……そうだな。 それが最善の策か」

僕の方から振っておいてあれだけど、こんな扱いをされている蝋燭沢君が可哀想である。

いや、撲殺すると言ったのはボケでも無ければ冗談でも無いのだが。

閑話休題。

暦「しかしよー。 月火ちゃん」

月火「何かな。 お兄ちゃん」

暦「最近、身の回りで変わった事とかねえか? あ、僕の事は除いて」

こう付け加えておかないと、また話が脱線する気がしてならないのだ。

月火「変わった事かぁ。 うーん」

月火「……特に無いよ。 大丈夫」

視線を下に落とし、月火は言う。

暦「そっか。 なら良いんだ」

それが多少は気になったが、一々聞いていては話が進まない所では無い。

月火なら、本当に困っている時なら言ってくれる筈だし。

暦「後、くどいけどさ。 悩み事とかあったら相談に乗るから、その時は頼ってくれよ」

月火「ほいほい。 でもさ、お兄ちゃんに相談しても、まともな返答は期待できそうに無いんだけどね」

月火「それに、私の悩みをお兄ちゃん如きに解決できるとは、到底思えないよ?」

暦「お前は僕の事を過小評価している様だな。 火憐ちゃんなんて、僕にしか相談できない体になっているんだぜ」

月火「物凄く変な意味に聞こえるけれど、訂正しなくて大丈夫?」

暦「訂正する。 火憐ちゃんは時々、極稀に、僕に相談してくれる」

月火「期待度が下落したね。 急降下だよ」

暦「大丈夫だ、こっから月火ちゃんからの期待度はうなぎ上りになる筈だから」

月火「自信満々だね。 私は坂道を転げる様な速度で落ちると思うけど……いや、ビルから飛び降りる速度って言った方が正しいかな」

暦「すげえ速度だな……だが安心しろ、月火ちゃん。 僕はいつだってお前の味方だ」

月火「はいはい。 分かりましたよお兄ちゃん」

なんだよー。 乗り悪いな。

月火「でもさ、真面目な話だけど」

月火「私は今、悩みなんて無いし、無理矢理にでも悩みを作るとしたら、お兄ちゃんの存在だね」

僕の存在を否定か!?

暦「んな事言われたって、僕と月火ちゃんは兄妹なんだぜ。 僕は死なない限り消えてやらねえ!」

月火「ふうん。 私がどんだけ突き放しても? お兄ちゃんが寝る度に、顔を思いっきり殴りつけても?」

怖いな、それ。

暦「……だけど僕は諦めないぜ。 阿良々木暦はそんな事じゃあ諦めないんだ」

月火「予想以上にしぶといね……もっと良い案を考えておくよ」

暦「お手柔らかにな」

暦「っと、つうか長風呂しすぎたな。 僕はそろそろ出るけど、良いか?」

月火「はいはい。 私はもうちょっと浸かって行くよ。 お兄ちゃんは今日出掛けるんだっけ?」

暦「野暮用があってな。 夕方には帰ると思うよ」

暦「月火ちゃんも出掛けるんだよな? 帰りはそんな遅くならないだろ?」

月火「うん。 お兄ちゃんよりは早いと思うよ。 火憐ちゃんに一人で留守番させても、不安だし」

……間違いねえな。

暦「そっか。 んじゃあ、また後で」

月火「さいならー」

暦「あ、そうだ。 今日の夜、久し振りに三人で何かして遊ぼうって話になってるんだけど、月火ちゃんも参加するよな?」

月火「お、珍しいね。 お兄ちゃんからそんな話があるだなんて。 勿論、参加するよ」

暦「オッケーオッケー。 じゃあ、何やるか考えておいてくれ」

よし、良い感じに丸投げ出来た。

でっかい妹から兄へ、兄からちっちゃい妹へ。

見事な兄妹愛だな、我ながら天晴れだ。

月火「なんか丸投げされた感じしかしないけど、りょーかい」

月火「それじゃあ行ってらっさい」

暦「おう。 行ってらっさる」

いやはや、本当に妹と風呂に入るだけで、二話も使ってしまったではないか。

つうか、軽く一時間くらいは風呂に入っていた気がする。 忍野との予定の時間には、多分遅れるだろう。

まあ、忍野だし別に良いけど。

とか、そんな適当な事を考えながら、僕は風呂場を後にするのだった。

結局。

僕はやはり馬鹿だから、てんで気付かなかったのだ。

いや、月火の隠し方という物が上手すぎたのかもしれない。

細かく言えば、そりゃあ少しは違う所もあったと思う。

が、それは本当に些細な違い。 その日の体調や機嫌で変わるくらいの、些細な違い。

しかし、やはりこれは僕の責任なのだろう。

この時は本当に、思いも寄らなかった。

僕の妹、阿良々木月火が火憐とは違う意味で、僕の事を想っていたなんて、本当に夢にも思っていなかった。

火憐の事がひと段落したので、気が抜けていたのかもしれない。

しかし、あまりにも初歩的なミスはあった。

僕はすっかり忘れていたのだ。

阿良々木火憐と阿良々木月火。

この二人は、良くも悪くも二人でワンセットなのだと。

片方が厄介ごとに巻き込まれたら、もう片方も厄介ごとに巻き込まれるのだと。

なんて。

今更こんな事を思っていても仕方ない。

前回は確か、こんな感じの僕に対し「本当に馬鹿なのはお前だよ」との言葉を贈ったのだが、今回はどうしようか。

そうだな。

「最初からこの物語は終わっている。 終わりすぎている。 だからお前は諦めろ」

「何も変わらなければ、変えられない」

こんな所だろうか。


最初に、確か僕は「物語は進んでいた」と言ったと思う。

貝木泥舟風に言うならば「あれは嘘だ」になるのだろうか。

いや、嘘って程でも無いだろう。

正しく言うならば、終わりながら続いている。

終わりを見せる、物語。

しかし、これだけははっきりと言える。

この終わりを見せる物語は、僕にとって最悪の物語である。

最悪と言うよりは、最低と言った方が正しいだろうか。

とにかく。

それだけは、断言ができるのだ。


第四話へ 続く

以上で第四話、終わりです。

乙ありがとうございます。

何か質問等、あればお願いします。

前編の時みたいに「おい、こことここの間抜けてるんじゃね?」みたいなのでも構いませんので。

見直しも一応しているのですが、気付かずスルーが結構あるので……


次回は一応、明日投下できれば明日。 できなければ火曜日になります。

投下中に遭遇出来たぜ!
おつおつー

前編でも思ったけど、最後まで見ると伏線も回収されているし、怪異関連の謎もしっかり解かれてるからなぁ

質問させてもらうなら、その執筆速度の秘密くらいだ
怪異の仕業ですか

いちょーつ火憐ちゃんと肩パンしたいお

乙乙!
神原のおばあちゃんが出るのはまだですか?
実は僕、彼女の大ファンなんです!

こんばんは。
すいません、やはり今日はちょっと投下できません。
明日は投下できると思います。

>>146
仕事中に書かせる怪異の所為だと思われます。

>>147
私は月火ちゃんに顔を踏んでもらいたい……

>>148
神原のおばあちゃんはラスボスで登場します。
役所は戦場ヶ原さんのライバルポジションです。
と、貝木さんが言っていました。

こんばんは。
第四話、投下します。

さて。

現在僕は外に居る。

勿論、それは忍野に会う為なのだけれど。

こう、僕が外に出ると必ずと言って良いほど知り合いに遭遇するのだ。

具体的な名前を挙げると、八九寺とか。

八九寺「なんだか、今日の阿良々木さんはやけに幸せそうですね」

暦「あ? 何でそう見えるんだよ。 朝から色々あって、僕は疲れ果てている所だぞ」

つまりはあの廃墟へと向かう途中で例の如く、八九寺と遭遇したのである。

無論、向こうは気付いていなかったので、いつもの様な健全なやり取りをした事後であるけれど。

確か、そういった事をしている現場を月火に見られてたんだよなぁ。 まあ、それでやめる僕でも無いが。

行動を省みたりはするが、改めようとは思わないのだ。

八九寺「いえいえ。 確かに疲れている様な気配も感じますが、それ以上に幸せいっぱいと言った感じです」

暦「それならあれだ、八九寺、お前の眼は節穴だ」

八九寺「なるほどなるほど……阿良々木さんは私の眼が節穴だと、そう言いたいんですね」

暦「そうとしか言ってない」

八九寺「分かりました。 では阿良々木さんの今日の行動を当ててあげましょう」

暦「はは、やってみろよ。 お前にそんな真似、出来るとは思わないな」

八九寺「ふふん。 阿良々木さんは私を過小評価し過ぎですよ。 八九寺真宵を侮る無かれ」

馬鹿言ってるんじゃねえよ。 羽川でもあるまいし、そう易々と僕の行動がばれてたまる物か。

八九寺「まず、朝は妹さん達に起こしてもらったのでしょう」

暦「まあ、それはお前も知ってるしな。 正解だけど」

八九寺「その後、ですね」

八九寺「恐らく、大きい方の妹さんと、お風呂に入った筈です」

……んんん?

何で知ってるんだ!?

八九寺「そして、お風呂は大分長かった様ですね。 もしかすると、小さい妹さんともお風呂に入ったのでは無いでしょうか?」

すげえ、すげえぞ八九寺! お前にそんな、羽川みたいな真似が出来たなんて。

軽く感動を覚えてしまうじゃないか。

暦「……悪かった、八九寺。 僕がお前を過小評価していた様だ」

八九寺「分かれば良いんですよ。 これからは、さん付けで呼んでくださいね」

暦「何お前、そう呼ばれるのを夢見ていたの?」

八九寺「そう言う訳では無いですが、気分の問題です」

ふむ。

しかし、なんでこいつは僕の行動が分かったのだろうか?

暦「で、八九寺。 どうしてお前は僕の行動が分かったんだ?」

さん付けで呼んでくれとは言われたが、僕はそれを承諾していないので普通に呼び捨ててみた。

八九寺「阿良々木さん、まさか本当に気付いていないのですか」

八九寺もそれにはわざわざ突っ込まず、会話を続ける。

てか、気付いていないって、何がだろう?

八九寺「まず、阿良々木さんにしては良い匂いがしたので、朝風呂を浴びた事については簡単に説明ができます」

おお、なるほど。

って、阿良々木さんにしてはって何だよ。 失礼な奴だな。

八九寺「そして、ここです。 ここを見て妹さんとお風呂で何かあったのだと、推測しました」

ここ? ここって、僕の首じゃねえか。

暦「なんだよ、髪の毛でも付いてたか?」

八九寺「付いてるには付いていますが、髪の毛では無いですね」

暦「はあ? じゃあ、何が付いてるって言うんだ、八九寺」

八九寺は、とても爽やかに笑い、言う。

八九寺「キスマークです」

ありえねえ!

火憐の奴、どさくさに紛れて何してるんだ!

人に指摘されて気付く僕もあれだけど、そんな事よりだ。

マジで洒落にならねえって……これ。

八九寺「そして、いつも阿良々木さんが仰っている妹さん達の性格からすると、その行為をする可能性がありそうなのは、大きい方の妹さんという事になるんですよ」

暦「いや、それはどうでもいい」

暦「八九寺。 ちょっと鏡を貸せ」

八九寺「生憎ですが、私は鏡を持ち歩いておりません」

くっそ、使えない小学生だ。

そんな事より、こいつの言っている事は本当なのか。

本当だとしたら、絶対に、何があっても、例え天地がひっくり返ろうと、戦場ヶ原とは会えないじゃないか。

で、そうだとしたら月火の奴も気付いてた筈だよな……あのチビ、言ってくれれば良い物を!

暦「朝から最悪の気分だな……」

八九寺「そうですか? 私はてっきり、妹さんにキスをされて、幸せそうなオーラを出しているんだとばかり思っていましたよ」

暦「僕はそんな変態じゃねえ!」

いや、実際。

よくよく考えてみると、ちょっと嬉しいかもしれない。

いやいや、それとこれとは話が別だろう。

暦「とにかく、八九寺。 戦場ヶ原が近づいてくる感じがしたら、教えてくれ。 僕はまだ一応、生きていたい」

八九寺「浮気の手伝いをさせるんですか、阿良々木さん。 酷い人ですね!」

暦「浮気じゃねえよ! 人聞きが悪い事言うんじゃねえ!」

八九寺「まあ、とは言いましても」

八九寺「あの方と会うことは無いと思いますよ。 今はお盆じゃないですか」

ん? ああ、そう言えばそうか。

確か、昨日からこの町には居ない筈か。

暦「そ、そうだった。 それなら一安心だな……」

八九寺「とは言っても、羽川さんに会ったら、私は告げ口しますけどね」

暦「やめろ、それだけはやめてくれ八九寺」

ある意味、戦場ヶ原よりよっぽど恐ろしい。

八九寺「阿良々木さんがどうしてもと言うのなら、仕方無いですね……」

八九寺「では、私の指示するミッションを一つクリアしてください。 そうしたら、阿良々木さんの首に付いているキスマークについては、私の記憶から消し去りましょう」

なんとか記憶から消してもらえそうなのだが、一体どんなミッションなんだろう。

暦「内容は?」

八九寺「どちらかの妹さんに、キスマークを付けて来てください」

暦「僕が殺されるじゃねえか!」

八九寺「仕返しですよ、仕返し。 それくらいは許されるでしょう?」

暦「いや、世間が許しても当人が絶対に許してくれないんだよ。 どっちにしろ、僕の命日は今日になりそうだ」

暦「今までありがとうな、八九寺」

涙が出そうになる。 本当に。

八九寺「全くもう、度胸が無い人ですね……まあ、良いですよ。 半分冗談でしたし」

八九寺「阿良々木さんが惨めで可哀想なので、今回の件については、私の頭から消しておきます」

なんだろう。

八九寺に翼が生えていて、その姿はまるで天使ではないか。

けど、少し考えてみる。

そもそも、八九寺には別に恩を感じる必要はなくないか?

だって、こいつはたまたまその事に気付いた訳で、それを告げ口すると言って、悪く言えば僕を脅していた訳だ。

それなら、むしろ天使では無く悪魔では無いだろうか。

んだよ、感謝して損した。

ま、でも一応体面上は感謝している振りでもしておくか。

暦「恩に着るよ……」

さて、そんな話をしていた所でどうやら廃墟へと着いた様である。

暦「それじゃあ八九寺、またな」

八九寺「ええ、阿良々木さん。 また」

と別れの挨拶を済ませ、僕は廃墟へと入っていく。

忍野に会う為、廃墟の階段を一段一段、上る。

それはそうと、火憐の奴……とんでもない事をしてくれた物だ。

これは後で、何かしらの報復をしなければ気が済まない。

あいつが嫌がりそうな事って何だろうなぁ。

大抵の事は、笑って流す様な奴だし、機嫌が悪そうって言うのは何回も見た事があるのだけど。

その機嫌が悪そう。 というのも、月火の様にヒステリックと言う感じではなく、可愛らしい物だし。


そういや、あいつが本気で怒ったのって、今年の母の日くらいじゃないだろうか?

そう考えると、火憐にとってあの日の出来事は相当な物だったのだろうな。

とにかく。

マジで戦場ヶ原が居ない時で良かったよ。 本当に、しみじみそう思う。

忍野「やあ、阿良々木くん。 待ちくたびれたよ」

そんな事を考えている間に、忍野の部屋へ到着。

厳密に言えば、忍野が勝手に住んでいるだけで、不法侵入になるのだけども。

暦「ああ、今回はその台詞、すげえ心に来るものがあるな」

だって、行けると教えた時間から二時間くらい経っているし。

忍野「別に良いさ。 僕は阿良々木くんと違って、常に予定は空けているからね」

なんだ。 僕の事を暇人と呼んでいた癖に。

忍野「それより、それ……どうかしたの?」

忍野はそう言い、僕の首を指差す。

暦「ほっとけ。 多分なんかの呪いだ」

忍野「ふうん。 ま良いけど。 それで阿良々木くん、買ってきてくれたかい?」

暦「ああ、勿論」

僕はそう答え、近くで買っておいた缶コーヒーを忍野に渡す。

暦「つうか、本当にこれで良いのか? 僕にとってはありがたいんだけどさ、なんか……これでってのもな」

忍野「構わないさ。 それに阿良々木くんも、何か話したい事がありそうな雰囲気だし」

僕にねえ。 まあ、あるっちゃあるんだけれど。

暦「一応、あるんだけどな」

暦「忍野、先に約束してくれないか。 もし、また火憐ちゃんの時と同じ様な事があっても、僕を騙さないと」

忍野「……分かった。 約束しよう」

忍野は少し考える素振りを見せ、そう言う。

その言葉が本当か嘘かは分からないが、僕には信用するしかなさそうである。

暦「本題に入るぞ」

前置きをして、続ける。

暦「火憐ちゃん……でっかい方の妹が、小さい方の妹の様子が変だって言ってるんだよ」

暦「で、僕は実際に月火ちゃんに……ああ、小さい方の妹に、話を聞いたんだけどさ」

忍野「はは、良いよ。 名前で呼んでも構わない」

忍野の提案は助かったのだけれど、やはり、少しばかり抵抗はある。

まあ、いいか。

暦「……で、月火ちゃんに話を聞いたんだけど、僕にはどうにもいつも通りにしか見えないんだよ」

忍野「ふうん。 じゃあ、変じゃないんじゃないかな?」

暦「それがそうとも限らないかもしれない。 僕が月火ちゃんの事を少し知っているとしたら、火憐ちゃんは月火ちゃんの事を殆ど知っているって事になる」

暦「それくらい、僕と火憐ちゃんじゃ、理解している範囲が違うんだ」

忍野「……なるほど。 つまりはでっかい妹ちゃんの言う事を信じた方が良いって事か」

忍野「具体的にはさ、どんな風に変なのかな? そのでっかい方の妹ちゃんから見て。 それくらいは聞いているだろう?」

暦「ああ」

暦「火憐ちゃんが言うには、どうにも僕の事を避けている感じらしい。 つっても、今日の朝も普通に話したし、ふ」

言えない、風呂に一緒に入ったとか、言えないだろ絶対。

暦「ふ、不思議なんだよ」

忍野「……そうか。 避けてる、ね。 なるほど」

忍野「けど、阿良々木くんが見た限りいつも通りって事か。 いつも通りに話すし、いつも通りにお風呂に入ると」

うわ、ばれてるし。 見透かし忍野くんのあだ名は伊達じゃない。

暦「はは。 まあ、うん。 そういう事だ」

暦「けど、あくまでもそういう話があったってだけで、本人は悩みなんて無いって言ってたんだけどな」

忍野「難しいねぇ。 が、とりあえずは様子見で問題無いと思うよ。 それこそ、厄介な怪異ってのは多いけど、阿良々木くんなら問題無いさ」

暦「それは過大評価だと思うけどな……まあ、もし何かあったときは、また頼みに来るよ」

忍野「全く、良い様に使われている気しかしないけど、僕も暇だしね。 それにこの辺りはまだ危ない。 異変を感じたらすぐに言ってくれよ」

暦「分かった、そうさせてもらう」

それじゃあ、帰るとするかな。

思いの他、話がすぐに終わったのもあり、時刻は夕方には程遠いが……火憐に一人で留守番をさせるってのは、どうにも不安要素しか見当たらない。

忍野「そうだ、阿良々木くん」

忍野「今回の事にも怪異が関わっているとして、現時点で一番可能性が高そうな奴が一つある」

忍野「聞いていくかい?」

……もう少しだけなら、良いか。

元々は夕方の予定だったし、聞いといて損な話でもないだろう。

暦「分かった。 聞かせてくれ」

忍野「了解。 あくまでも、阿良々木くんの話を聞いて、前回の事も含めて、一番ありそうな怪異だけど」

忍野「ドッペルゲンガー」

忍野「阿良々木くんは、確か忍ちゃんに聞いたんだっけ? それなら、多少は知っているかな」

暦「……ドッペルゲンガー。 忍に聞いた話だと、この前の怪異と同じ特性、呪いだったよな」

忍野「そう。 けど違う」

違う? 違うってのは、何がだ。

忍野「忍ちゃんは呪いを掛けた対象の、一番苦手とする奴の姿となって現れる。 って言っていたんだっけ」

忍野「そして、対象を殺す……と」

忍野「けどね、まず一つ目を正すと、ドッペルゲンガーの呪いは自分に掛ける物なんだよ」

呪いを……自分に?

忍野「そうだ。 そして願いを叶えるんだ。 なんともロマンチックな話だと思うだろ?」

さあ、どうだかな。 呪いって単語が出る時点で、ロマンチックだとは思えないけれど。

それにしても、願いを叶える……か。

少し前の、火憐が憑かれた怪異を思い出すな。

忍野「それに、忍ちゃんは対象を殺すだとか言っていたらしいけど、それは違う」

忍野「多分、僕の例え話をそう解釈しちゃったのかもね。 僕も大分適当に話していたし」

忍野「ドッペルゲンガーは殺し屋じゃない。 なんでも屋って所だよ」

暦「……って事は、何でも願いを叶えるのか?」

忍野「基本的には、だけどね」

忍野「翼を生やして飛びたいだとか、神様になりたいだとか、そんなぶっ飛んだ願いまで叶えてくれる訳じゃない」

まあ、それもそうだろうが。

忍野「まず、このドッペルゲンガーにはある条件を満たしている奴の前にしか、姿を現さない」

忍野「その条件については、後で話すとしようか」

忍野「そして」

忍野「ドッペルゲンガーは二つの願いを叶えてくれる」

忍野「一つ目は頼まれた願い。 つまり、表面上の願い」

忍野「二つ目は本当の願い。 つまり、深層心理の願い」

忍野「この二つを叶えるんだよ」

暦「へえ。 って事はさ、それは良い怪異なのか? 怪異に良い悪いがあるって訳でも、無いと思うけど」

忍野「はは。 厄介なのはその方法さ。 ドッペルゲンガーは手段を問わない」

忍野「例えば、一つ目の願い。 そうだね……お金が欲しいと望んだとしようか」

忍野「それくらいなら、叶ってしまう。 銀行強盗でもしてね」

忍野「勿論、本人の姿のままさ」

……そういう事か。

何か欲しい物があれば、犯罪を犯してまで、手にする。

手段を問わない、ね。

忍野「そして二つ目、深層心理の願い」

忍野「どっちかと言えば、こっちが少し面倒なんだよ。 本人も気付いているパターンの方が多いんだけど、それは大体の場合ろくでもないお願いだから。 口に出したくない願いって所かな」

暦「ろくでもない願いか……なるほど。 そいつが想っている願いを勝手に汲み取って叶えるって所か?」

忍野「その通り。 例えば阿良々木くんが心の中で、僕の事をぼこぼこにしたいと考えているとしよう」

僕を何だと思っているんだ、忍野の奴。

いや、まあ考えたことが無いと言えば嘘になるけれどさ。

忍野「その場合はそうだね……恐らく、ドッペルゲンガーは僕の先輩の姿となって、現れるだろう。 想像しただけで寒気がするよ、ほんとに」

忍野「つまり、その願いを叶えるにあたって、最適な人物となって現れるんだ」

忍野「だけど、さっきも言った様に基本は出遭った人物の姿をしているんだけどね」

って事は、忍野はその先輩とやらを苦手としていて、その先輩にならぼこぼこにされるって事か。

今度探してみるとしよう。 なんだか面白そうである。

暦「僕が驚いたのは、忍野にも苦手な奴がいるんだなって事だよ。 今日一番の驚きかもしれない」

忍野「そりゃーそうさ。 人間だし。 んで、そのドッペルゲンガーは僕をぼこぼこにしたら、消え去るって事さ」

暦「……確かに、そりゃなんでも屋って感じだな」

願いを二つ叶えるなんでも屋、か。

忍野「うん。 まあ、とは言っても所詮は呪い。 悪い方向に転ぶ方が多いよ」

暦「悪い方向……」

暦「忍野、僕にはその呪いってのが、少し気になるんだけど」

忍野「自分にかける。 の部分かい?」

暦「ああ。 勿論、そんな事をしたら……ただでは済まないだろ?」

忍野「いや、そうでもないよ」

忍野「厳密に言えばさ、さっきの願い自体が呪いなんだよ」

暦「願い自体が呪い? どういう事だ?」

忍野「ドッペルゲンガーに願い事をした時点で、その当事者は呪われるんだ」

忍野「二つ目の願いを叶えられる事でね」

暦「それが、願いを叶える行為自体が呪いって訳か」

忍野「そ。 二つ目の願いは、さっきも言った様に心の奥底で願っている事だ。 綺麗な物では無いだろうしさ」

暦「そうか。 でも、だけどさ」

暦「人によっちゃ、その呪い自体もありがたいかもしれないな」

忍野「はは、そんな事は無いさ。 人が心の奥底で想っている事なんて、くだらない事だよ」

暦「……そう、なのかな」

それには少し、賛成しかねる。

とは思っても、忍野と言い合う気は無いので、次の話題に移すことにした。

暦「つうか、そのドッペルゲンガーってのは対価を求めないのか?」

忍野「求めない。 それは忍ちゃんの言うとおりだね」

忍野「ドッペルゲンガーは呪いだけれど、基本的にはそこまで恐ろしい奴では無い」

忍野「さっきも悪い方向に転ぶ方が多いって言った様に、無害って程でも無いけどさ。 まあ、会おうと思って会える怪異でも無いんだよ」

会おうと思って会えない……それって、全部の怪異に当てはまる事では無いだろうか。

でも、忍野がそういう言い方をするって事は、会おうと思って会える怪異も居るって事なのかな。

暦「そういう事か。 それが、会う為には条件があるって事だよな?」

忍野「ご名答。 その通りだよ、阿良々木くん」

忍野「ドッペルゲンガーに会えるのは、悩みを抱えている奴だけなんだぜ」

暦「悩みを……?」

忍野「そうだ。 それも軽い悩みじゃない。 重大な悩みって言い方になるのかな。 その人間の生き方を変える様な、そんな悩みだ」

暦「そりゃ、確かに会おうと思って会える怪異では無いな」

生き方を変える悩み……

僕の場合はどれになるのだろうか。

忍の事は、とてもじゃないが悩みなんて言葉は使えない。

なら、僕には残念ながら、そのドッペルゲンガーに会える条件は整いそうにないな。

会いたいとも思わないが。

暦「てか、一つ思ったんだけどさ。 火憐ちゃんの時の奴と、なんだか似ていないか?」

願いを叶えるだとか。 本当に一部分だけだが、気になった。

忍野「根本的な部分は全く違うけど、阿良々木くんがそう思うのも無理は無いよ。 この前の怪異……あいつとは良くも悪くも、セットなんだ」

セット。

なんだか、ファイヤーシスターズを思い出すなぁ。

忍野「とは言っても、これは無理矢理にでも怪異を当てはめた結果だから、そんな気にする事でもないさ」

忍野「阿良々木くんは異変探しをすればいい。 もっとも、そんな異変が君達兄妹の勘違いだったってのが、一番だろうけど」

ふむ。

忍野がこのドッペルゲンガーという怪異を例に挙げたのも、それが前の怪異とセットだからだろう。

つまりは、それが一番危険という事だ。

それが一番、身近にあるという事だ。

暦「そうだな。 何も起きてなくて、何も起こらないのが一番なのは、間違いねえか」

忍野「その通り。 けど警戒しておく分にはデメリットは無いからね」

忍野「そんな感じで、宜しく阿良々木くん」

異変探し、か。

どこからがそうで、どこからがそうじゃないのかは全く分からないが……とにかく、ドッペルゲンガーとやらが居ると分かった以上、警戒するに越した事はないか。

とは言っても、気を張りすぎてもあれだな。

忍野にまた頼る形にはなってしまうが、連絡は小まめに取っておいて損は無いだろう。

現時点で、巻き込まれそうな可能性のある奴。

いや、既に巻き込まれている可能性のある奴。

それらの可能性が無い方が恐らくは高いと思うし、そっちの方が良いとも思う。

まあ。

僕の周りに限った話だけど、警戒しておくのは月火になるのだろう。

よし、これからすべき事は、とりあえずは月火の様子を伺う事。

今の所、僕から見て変な所は無いし、大丈夫だとは思うけれど。

そうして、その後僕は忍野と軽く話した後、帰路に就いた。



第五話へ 続く

以上で第四話、終わりです。

乙ありがとうございます。

こんばんは。

第五話、投下します。

暦「忍は、何か異変とか感じないか?」

廃墟からの帰り道、僕は隣を歩く忍に向けて問う。

忍「感じないのう。 いつも通りじゃよ」

暦「だよなぁ」

忍「お前様が妹御と朝から仲良く風呂に浸かっているのも、いつも通りじゃしな」

暦「いつもじゃねえよ!」

忍野の場合は、反論したら何か嫌な事を言われそうだったので(具体的には、妹と風呂に入った時間だとか、日数だとかだ。 忍野だったらばれていてもおかしくはない)避けたのだが、忍なら話は別だ。

忍「たまにはあると言う事かのう?」

暦「た、たまにでも無い!」

たまには無いけど、極稀にはある。

言葉のイメージ的に「たまに」と「極稀」では、比べると「極稀」の方が頻度は少なく聞こえるので、僕はそうだと思っている。

暦「つうか、話題を逸らすんじゃねえ!」

忍「お前様が朝から妹御といちゃいちゃしていなければ、こんな話はする必要の無い物じゃよ。 つまりは無用の賜物」

暦「うっせ」

暦「言っとくが、あれは僕の意思では無いからな。 ただ流されただけだ」

忍「ふむ。 だがお前様よ。 その流されるたというのもまた、お前様の意思では無いのか?」

暦「……なのかな?」

忍「知らんわ」

つうか、成り行きであんな風になるって実際やばいのか?

いや、そうでもないだろ。 他の家族や兄妹なんて、もっと仲が良いだろうし。

暦「それより、仮にだよ忍」

暦「もし、忍野の姿をしたドッペルゲンガーが現れたとして、お前はそれに気付けるか?」

忍「さあのう。 いくら最近会う機会が増えたと言っても、儂の嗅覚には引っ掛からんわい」

って事は、いざそいつが現れたとしても、すぐには判別できないって事か。

暦「てか、前もこんな話をした気がするけどさ。 どのくらい一緒に居れば分かる物なんだ? そいつがそうかどうかって」

忍「怪異と言っても色々おるんじゃよ。 前の草みたいな奴ならば、会えば分かる。 呪いじゃしな」

忍「が、その呪いにも種類があってのう。 先程、アロハ小僧が言っていたドッペルゲンガーの場合ならば、そうじゃな」

忍「十年程近くにおった奴なら、すぐに判断できるじゃろうよ」

十年かよ! 確かにお前にとっちゃ、すげえ短い期間なんだろうけどさ。

暦「それじゃあ期待はできないか……ああ、そうだ」

暦「忍はドッペルゲンガーの特性を結構誤解してたみたいだけど、忍野ってそんな適当に話していたのか?」

忍「それもあるが、儂も話半分でしか聞いておらんからじゃ」

まあ、退屈な話だったらしいし、無理もねえか。

忍「それに、言い訳では無いがの、我が主様よ」

忍「あの小僧が言っていた話は、ほとんどがドッペルゲンガーによって殺された者の事なんじゃよ」

ん? 殺された者?

暦「えっと、どういう意味? 願いを叶えるんじゃないのかよ、ドッペルゲンガーは」

忍「言葉通りの意味じゃよ。 願いを叶えると言っても、お前様よ。 人が表に出さない願い等、綺麗な物では無いじゃろ」

暦「……そう、なのかな」

つまり、大体の人間が心の奥底で願っている事は……殺意って事を言いたいのか?

だけど、僕は。

暦「悪いけど、忍。 僕はそうは思わないよ」

忍「そうかのう?」

忍はそう言い、凄惨に笑い、答える。

忍「恨み、怒り、憎しみ、嫉妬、嫌悪、軽蔑、恐怖、猜疑」

忍「人間が奥底の心で思っている事等、大体はそんな物じゃ」

忍「七つの大罪。 なんて言葉もあるしのう」

忍「傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲」

忍「この大罪は、人間の思っている事その物じゃよ」

忍「そして、これこそが人間の本質。 アロハ小僧の言う『深層心理の願い』じゃよ」

忍の言っている事は分からなくも無い。

けど、それでも僕にはそうは思えないのだ。

暦「ちげえよ、忍」

暦「火憐ちゃんは、火憐ちゃんは違ったんだ」

忍「儂から見れば、お前様の巨大な妹御も一緒じゃったがの」

暦「そうかよ。 でも」

暦「僕が火憐ちゃんから感じたのは、優しさだったよ」

忍「……ふむ。 まあ、お前様がそう思うのなら、それはそれで良いんじゃろうよ」

忍「だが、更に言わせて貰えば、儂にはあれは『恐怖』でもあると思うがの」

暦「『恐怖』? 僕がいつか居なくなる、恐怖って事か」

忍「左様。 それともう一つ『欲望』じゃな。 つまりは『強欲』」

暦「『強欲』か」

忍「お前様と一緒に居たいという『欲望』じゃな」

暦「……そうか」

忍「人間誰しも、そんな感情に支配されておるんじゃ」

暦「でも、でもさ忍」

暦「それと同じくらいに、人間は違った想いとか、感情も持っているんじゃないかな」

忍「ほう? 例えば?」

暦「喜び、感動、感謝、幸福、優しさ、信頼、信用、気遣い」

暦「そんな感情とか、想いとかも、あるだろ?」

忍「お前様の妹御は、そうだと?」

暦「そうだよ」

忍「迷いの無い答えじゃな……何故、そう思う?」

暦「僕はあいつの事をそうだと思っているからだ」

忍「そうか。 だがな、我が主様よ」

忍が口を開く前に、僕は答える。

暦「それは『傲慢』だ。 って言いたいんだろ。 知ってるさ、そんな事」

暦「僕は良いんだよ。 僕はどんな奴でも構わない」

暦「けど、あいつは……あいつらは、僕の誇りは『信頼』したいんだ」

忍「カカッ。 お前様よ」

忍「儂にはとても、お前様が『傲慢』だとは思えんわい」

そうだな。

僕はどこまで行っても『最低』なのだから。

忍「そうじゃのう……お前様には『馬鹿』がぴったしかのう」

なんか良い事を言っている様に聞こえるけれど、それってただ僕を貶しているだけじゃねえか?

閑話休題。

忍「しかし、殺し屋ならず何でも屋とは……面倒な怪異じゃな」

暦「僕はそっちより、姿を変える方が厄介だと思うな」

暦「それに、やっぱり火憐ちゃんが月火ちゃんの様子がおかしいって言っていたのも気になるし」

忍「うむ。 どうおかしいのかは分からないが……巨大な妹御は、その辺りの嗅覚は優れておる筈じゃ」

忍「気にしておくのは間違いでは無い」

そうなんだよな。 あいつ、気配だとか変化だとか、そういうのには随分と鼻が利くから。

暦「仮にさ、月火ちゃんがドッペルゲンガーに会ったとして、あいつは何を願うんだろうな」

忍「さあのう? 大方、お前様と一緒に居たいとかじゃろ」

うーん。 月火がそう想う物かね。

だけど、火憐の一件もあったから……そんな事は無いと断言できないが。

暦「月火ちゃんがか? まあ、そうだったらそうで嬉しいけどさ」

忍「カカッ。 お前様よ、妹御の前ではそんな台詞、絶対に言わないじゃろ」

暦「言える訳ねえだろ。 で、問題なのは二つ目の方か」

忍「じゃな。 大方、お前様を殺したいとかじゃなかろうか?」

暦「怖い事言うんじゃねえ!」

忍「なんじゃ、嬉しくないのか?」

暦「僕はそこまでじゃねえよ! 僕を何だと思っているんだ!」

殺したいと願われて喜ぶとか、どんな奴だよ。

さすがの火憐でも……いや、あいつならありえるかもしれない。

そう考えると、本当に火憐の将来が心配になってしまう。

暦「とにかく、月火ちゃんには注意を払っておこう」

暦「忍も何か気付いた事があったら言ってくれ。 些細な事でいいからさ」

忍「承知した。 我が主様」

忍「所で、お前様よ」

忍は空を見上げ、そう言う。

まだ、続きがあるのか?

暦「ん? まだ何かあるのか?」

忍「これは、あの小僧が言っておらんかった事じゃがな」

忍「ドッペルゲンガーは、姿を自在に変えられる訳では無いのじゃ」

暦「え? なら、一度その姿になったらそのままって事?」

忍「その辺りは少し複雑でのう。 まあ、儂もあの小僧に聞いた事じゃから、間違っているかもしれんが」

忍「願いを叶えるまでは、固定されると言うのが正しいじゃろうな」

暦「って事は、仮に僕が忍野を殴りたいと願って、ドッペルゲンガーに会ったとするだろ」

暦「そして、ドッペルゲンガーは忍野が苦手とする先輩になって、僕が願った忍野を殴りたいって願いを叶えるまでは、その先輩の姿のままって事だよな?」

忍「……まあ、基本的にはそうじゃな」

基本的に。

つまりは、例外もあるって意味だよな。

忍「ドッペルゲンガー自身にも意思がある。 意思というか、人格じゃな」

忍「前にも言った様に、考え方や性格はその本来の姿の者と同一じゃ」

忍「が、それとは別にあやつ自身の人格もあるんじゃよ」

暦「そいつの考えによって、願いを叶える最適な奴になるって事か」

忍「左様。 ドッペルゲンガーが最優先でするのが、願いを叶えるということじゃ。 それを叶える為にも、あやつは最適な人物に変わる」

忍「とは言っても、大体の願い等、その者自身の姿で叶えられるがのう」

忍「盗みを働く事や、人を殺す事。 最適な人物に変わると言っても、基本的にはどの人物でも同じじゃろうし」

忍「あのアロハ小僧や、お前様の様に若干の化物性があれば、話は変わるがの」

忍「まあ、頭の片隅にでも置いておけばよい」

暦「判別する方法とかは、無いんだよな」

忍「あるにはある」

あるのか? 忍でも、区別が付かないって言っていなかったか?

忍「例えば、お前様の妹御がドッペルゲンガーに願い、奴が妹御の姿になったとする」

忍「それを儂が怪異だと判別するのは不可能……」

忍「じゃが、お前様の妹御だと判断するのは可能じゃ」

暦「……ええっと。 悪い、どういう意味だ?」

忍「全く、少しは頭を使わんか」

忍「儂にはお前様の妹御、巨大な方も極少の妹御も区別が付くのは、知っておるじゃろ? 無論、あのアロハ小僧もじゃ」

忍「故に」

忍「ドッペルゲンガーかどうかは分からん。 だが同じ人間の匂いが二つもあったら、妙じゃろうが」

……ああ!

そうか、そうだ。

暦「なるほど。 怪異かどうかは分からないけど、匂いが二つあれば、どちらかが怪異だと分かるって事か」

忍「その通りじゃ。 本当に、頭の回転が鈍いのう」

うっせ、ほっとけ。

そんな話をしている間に、そろそろ家が近づいてきた。

忍「それでは、儂は寝るとする。 何かあったら起こして構わんからの」

忍もそれが分かっているのか、影の中へと姿を消す。

てか。

起こしても良いと言われても、どうやって起こせば良いんだよ。

まあ、何かが起きたって事は僕が動揺するって事とイコールだから、そうすれば起きるのかな?

その辺りは曖昧だけども、忍を信じるしかねえか。

んで。

家大丈夫かなー。

崩れたりしてないかなー。

火憐だけ留守番ってのは、何が起きていてもおかしくないのだ。

家が無くなっていたとしても、ありえないと事だと思えないのがまた恐ろしい。

やがて我が家が視界に入ってくる。

ふむ。 どうやら外見はなんとか保っている様だ。

まずは一安心、って所だろう。

前に影縫さんと斧乃木ちゃん、あのコンビが攻めて来た時の様に、玄関も崩壊していたりはしない。

良かった良かった。 どうやら野宿をする羽目にはならなかった。

そして、そのまま扉まで歩き、開く。

暦「ただいまー」

僕の帰りが早かったのもあり、月火はどうやらまだ出かけている様だ。

その証拠にあいつの靴が一足、玄関には無かった。

火憐「おう、兄ちゃんか。 お帰り」

僕の声が聞こえたのか、火憐がリビングから姿を現す。

何も、わざわざ出迎えなくても良いだろうに。

暦「月火ちゃんはまだ帰ってないみたいだな。 留守番ご苦労さん」

火憐「いやあ、色々と大変だったぜ。 あたしじゃなきゃ、多分無理だっただろうな」

んだよそれ。 火憐じゃなきゃ無理だったって、どんな化物が攻めて来たっつうんだ。

暦「そうなのか。 具体的には、どんな事があったんだ?」

僕がそう聞くと、火憐はやはり自信満々に言う。

火憐「電話とか来客とか、今日は忙しかったんだぜ」

電話に来客、別に普通じゃね?

火憐「よっく分からねー奴から電話がきてさ。 「もしもし、阿良々木さんのお宅ですか?」って言いやがるんだよ」

すげえ嫌な予感しかしないんだけど。

てか、言いやがるってどういう事だよ。

火憐「あたしはこう言ってやったよ。 「てめえ、阿良々木さんじゃなかったらどうするんだよ。 ああん?」って」

いきなり喧嘩売ってるんじゃねえ! なんでそうなるんだ……

火憐「そしたらさ。 「あ、はい。 そうですよね、すいません」とか言いやがってさ」

火憐「それに対してあたしはこう返した。 「謝るくらいだったら電話してくるんじゃねえ!」ってな」

もう、留守番はこいつに任せられそうにない。

暦「えーっと。 火憐ちゃん」

暦「とりあえず、その件については僕からは何も言わない。 後でパパとママとじっくり話し合ってくれ」

僕がそう伝えると、火憐は何故か笑いながら「おう」と答えるのだった。

色々と疲れるな、この妹。

僕が火憐の武勇伝(汚点だらけの)をそこそこで聞き流しリビングへ向かうと、火憐もその後を付いてきた。

よっぽど暇なんだなぁ、こいつ。

てか、そうだ。

朝の件について、火憐には話をしなければ!

暦「なあ、そういえば火憐ちゃんは、僕に謝らなければいけない事があると思うんだけど」

火憐「ん? 兄ちゃんにか?」

暦「そう。 僕にだ」

言いながら、ソファーへと座る。

火憐「うーん。 何かしたっけ?」

火憐も首を傾げながら、僕の横へと腰を掛ける。

暦「朝、風呂での事だ」

火憐「んんん……わり、分からねえ」

暦「僕の首のこれだ」

自分の首を指差す。 火憐が付けたキスマークの所を。

火憐「ああ、それか!」

おいおい、言われて思い出すって……大丈夫か、こいつ。

火憐「いやあ、でもさ兄ちゃん。 それが何で謝らなければいけない事って話に繋がるんだ?」

暦「どう考えても謝るべき事だろ!」

つうか、キスマークの付け方とか、どこで学んだのかも僕は気になるのだけど。

火憐「分からないな兄ちゃん。 サービスだって言ったじゃん」

暦「押し売りじゃねえか! お前が良かれと思ってやる事は、大体が僕にとって嫌な事なんだぜ」

火憐「んな訳あるか! 月火ちゃんがそうすれば兄ちゃんは喜ぶって言ってたんだぞ」

うわあ、月火かよ! なんか怪しいとは思ったけどさ!

暦「火憐ちゃん、よく聞けよ。 僕には一応、彼女が居るんだよ。 その彼女がこれを見たらどう思うとか、分かるよな?」

僕がそう言うと、火憐は顔を逸らし、頬を膨らませる。

どうでもいいが。

こいつ、こういうの似合わないな……

火憐「あたしは兄ちゃんの彼女なんて、知らない」

暦「この前会わせただろうが! きっちり紹介したぞ!」

火憐「知らない知らない! 認めてねーもん!」

なんでお前に認められなくちゃならねえんだ!

火憐「第一、兄ちゃんに彼女なんていらねえんだ! そんなに世間体を気にするなら、あたしが彼女になってやる!」

暦「僕は世間体の為に彼女を作ってるんじゃねえ! どんな人間だと思われてんだ!」

火憐「知らない知らない知らない。 とにかくあたしは認めない!」

めんどくせえ!

……前もこんな感じだったよな、火憐。

全く、兄の彼女の存在が気に入らないなんて、どんだけブラコンなのだろうか。

本当にもう、困った妹である。

暦「火憐ちゃんに認められなくても、居るんだよ!」

火憐が何と言おうと、僕の彼女は確かに存在しているのだ。

火憐「……だったら」

火憐「だったら兄ちゃんがあたしの彼氏を認めないのは何でだよ? あたしだって彼氏が居るんだぞ」

あ?

聞き捨てならないぞ、それは。

暦「は? あれは彼氏じゃなくてストーカーじゃねえかよ。 火憐ちゃんのストーカー」

火憐「ほらほら! 認めてないじゃん!」

暦「ちげえ! 認める認めない以前の問題だ!」

暦「火憐ちゃんが彼氏と勘違いしているそいつは、いつか僕が地獄に送ってやる!」

火憐「上等だ! それならあたしは、兄ちゃんが彼女だと勘違いしている女を地獄に送ってやる!」

暦「火憐ちゃんが言うと冗談に聞こえないから、やめろ」

火憐「あ? つまりは、兄ちゃんがさっき言っていたのは冗談だったのか?」

暦「本気だけども」

火憐「んだとこのチビ!」

暦「うるせえ木偶の坊!」

と、こんな感じで火憐と僕はしばらくの間、じゃれ合うのであった。

月火がこの僕と火憐の喧嘩を目撃するのは、もう少し後の話だ。

いや、そもそも最終的には喧嘩とは言えなくなっていたかもしれないが、それはまた次回ということで。


第六話へ 続く

以上で第五話、終わりです。

乙ありがとうございます。

こんばんは。
第六話、投下致します。

火憐との言い合い(小学生同士の喧嘩みたいだった)も、ようやく終わりを迎え、現在僕はベッドで寝ている。

その言い合いが終わったのも、月火の登場があってこそなのだが。

あの後、何がどうなったのか、その経緯は今となっては全く分からないのだけれど、僕と火憐は「恋人ごっこ」なんて事に発展していたのだ。

思い出したくないというか、それはもう数十分前の事だが、僕にとっては既に封印してしまった過去なのである。

で、その「恋人ごっこ」で僕と火憐が「好きだよ、火憐ちゃん」「好きだぜ、兄ちゃん」なんて事をやっている時に、月火が登場したのだ。

登場というよりは、降臨って感じだったけども。

要するに。

朝の二の舞って訳だ。

そしてお察しの通り、例の如く、まずは火憐が呼び出される事となった訳で。

そんな火憐は今、説教を受けている。

残された僕は死刑を待つ罪人の如く、まずはこの自分の部屋へ押し込まれ、火憐の処刑が終わってから呼び出される手筈となっている。

時折、火憐と月火の部屋から何やら叫び声が聞こえるのが多少気になるが、あまり想像しない方が良いだろう。

精神的にも、確実にそっちの方がいい。

さて。

いくらこれから刑が執行されるとは言っても、暇な物は暇だ。

僕は何をして過ごそうかなぁ。

部屋に押し込めらても、特にする事が無いしな。

どうにも勉強って気分でも無いし……さて、どうした物か。

と、ここで着信。

画面を見ると、メールでは無い事が分かる。

電話、だな。

誰だろう? 戦場ヶ原か?

しかし、そこには知らない番号が表示されている。

一応、明記しておくけれど。

これはただ単に、僕が彼女の番号すら登録しないだとか、彼女の番号を全く知らないだとか、そういう意味では無い。

見た事も無い文字列。 そういう意味での、知らない番号。

……間違い電話か?

普段なら無視しても良かったのだが。

生憎、僕は時間を持て余してしまっている。

どうせなら出るか、間違いならそう教えてあげた方が良さそうだし。 との結論に行き着き、通話ボタンを押す。

暦「もしもし?」

「お、繋がった繋がった。 やっぱ携帯ってのは慣れない物だよ、全くさ」

この声は、忍野か?

暦「あれ、お前携帯とか持ってたのかよ。 持っていないって言ってなかったか?」

「言った様な気もするし、言って無い様な気もするなぁ」

「ま、考えてもみなよ。 そりゃあ、仕事柄一応は持っているさ。 自分の番号とか分からないんだけどね」

仕事で使えないじゃん、それ。 意味ねえな。

暦「てか、まあそれは良いとしてさ。 どうして僕の番号を知っているんだよ」

「委員長ちゃんに聞いたんだよ。 あの子は何でも知ってるからねー」

僕に言わせたいのか、そうなのか?

暦「何でもは知らないだろ。 知っている事だけだ」

「はは、そうだったそうだった」

折角、忍野のフリに答えてあげたのだから、もうちょっと面白いリアクションを期待したんだけども。

……忍野だし、仕方ないか。

暦「それで忍野。 何で急に電話なんてしてきたんだよ? 僕の声が聞きたかったとか、そんな用事じゃねえだろ?」

もしそう言ったら、すげえ気持ち悪いけどな……

忍野との付き合い方も、考え直さねばなるまい。

「ああ、うん。 阿良々木くんに伝えておかなければならない事があったからね」

良かった。 どうやら付き合い方を考え直す必要は無さそうだ。

つか、僕に用事? って事はつまり、怪異の事だろうか。

「あれからさ、こっちはこっちで色々調べていたんだけど、君の妹ちゃん……小さい方の妹ちゃんかな」

「あの子は大丈夫だよ。 怪異が絡んでいなければ、怪異に関わってもいない」

「ああ、でも、あの子自体がそういう物だったか」

最後に余計なひと言を放つ辺り、少し頭に来たのだが、それよりも考える事はある。

暦「……月火ちゃんは、大丈夫って事だな」

「そ。 でも、まだドッペルゲンガーが居ないとも限らないからね。 僕の方は引き続き探してみるよ」

とりあえずは一安心、だな。 月火が絡んでいないだけで、僕にとっては十分すぎる情報だ。

「阿良々木くんも一応、無いとは今言ったけども、妙だと思うことがあったら教えてくれ」

「これから関わる可能性なんて、十分にあるからね」

忍野は最後にそう言い、電話を切る。

他にも聞きたい事はあったのだけれど、まあ、今度の機会でも良いだろう。

とにかく僕にとっては、今回の事がただの杞憂だと分かっただけで十分すぎた。

電話と共にベッドに体を投げ、安心感からか眠気が襲ってくる。

火憐の説教はまだ続きそうだし、こっちは少しだけ寝るとしよう。

三十分ほどたっただろうか。

僕は体をゆさゆさと揺らされる感覚によって、目が覚めた。

暦「ん……」

目の前を見ると……見ると。

やべえ、月火だ。

暦「あ、あはは。 おはよう」

とりあえずは目覚めの挨拶である。 挨拶ってのは大事だよね。

月火「うんうん。 おはようお兄ちゃん」

月火「すぐに挨拶するのは、褒めてあげよう」

んー?

あれ、そこまで怒ってないのか?

まあ、それならそれで良いのだけれど。

暦「火憐ちゃんの方は終わったのか?」

月火「ひと段落って所だよ。 これからまだ続けるつもりなんだけどさ」

マジかよ、もう一時間くらい経ってるじゃん。 それでひと段落とか。

月火「それより、一応はお兄ちゃんにも事情聴取なんだけど」

暦「ああ、ええっと。 なんか、成り行きで」

月火「またそうやって……」

月火「ま、どんな成り行きかは聞かないでおこう。 どうせくだらない理由だし」

まあ、その通りだけども。

とりあえずは、謝っておくに越した事は無い。

暦「……すいませんでした」

妹に頭を下げる兄。 誠実で良い奴な筈だ。 僕だけど。

つか、そうは言ってもだ。

月火にも僕に謝らなければいけない事があるじゃねえか。

具体的に言うと、火憐に余計な入れ知恵をした事だとか。

暦「けど、けどさ月火ちゃん。 元を辿れば月火ちゃんにも原因があるんだぜ」

月火「ほう。 私に?」

暦「そうだ。 この僕の首にあるこれ、月火ちゃんの入れ知恵らしいじゃないか」

暦「姉にそんな入れ知恵をするなんて、人としてどうかと思うぜ? 月火ちゃんよ」

月火「ああ、それね。 火憐ちゃんがどうしたら兄ちゃんと仲良くなれるかとか聞いてくるから、教えてあげたんだよ」

月火「それと、お兄ちゃんに人としてどうかってお説教はされたくないね。 私の言っている意味分かる?」

朝と同じくだりじゃねえか! いや、確かに僕は中途半端に化物ではあるけどなぁ。

こんな月火が怪異その物だなんて、僕も事実を知らなければ、多分一生知る事は無かったのだろう。

そんな事を考えると、昼間に忍野が言っていた言葉を思い出す。

僕が、ふと気になって聞いた事だ。

以下、回想。

「てか、忍野」

「ん? どうしたんだい」

「お前は月火ちゃんの正体について、知っているんだよな。 なら、お前も月火ちゃんを狙うのか?」

馬鹿な質問だとは思うが、聞いておかずにはいられない。

念の為。

「はは、どうしてそう思う?」

「少なくとも、僕が知っている専門家は月火ちゃんを殺そうとした。 だからだよ」

「忍野とは同じ大学で、同じサークルに居たって人だ」

「不死身の怪異の専門家かい。 まあ、その辺りは人それぞれだよ」

「それと……偽物の妹、か。 なるほど」

「けどさ、阿良々木くん」

「いくら周りが化物だと言っても、本人は知らないじゃないか」

「知らないし、知ろうとしても普通にしてちゃ、知る事すら出来ない」

「それなら僕にとっては、人間と一緒だよ。 阿良々木くんの妹ちゃんは、人間だ」

「自分を化物だと思い込んでいる人間と、自分を人間だと思い込んでいる化物」

「僕はさ、阿良々木くん」

「自分を化物だと思い込んで、凶行に走る人間の方が、よっぽど化物だと思うぜ」

つくづく。

本当に忍野はお人好しだよな。 なんて思う。

「僕だって、人殺しにはなりたくないからね。 化物殺しならするだろうけど」

そして僕には、何より……月火の事を人間だと言ってくれたその言葉が、嬉しかった。

「分かった。 変な質問をして悪かったな、忍野」

「いいさ、気にしないでくれ」

回想終わり。

そんな事をあいつは言っていた。

だから、やっぱり僕が人としてどうか、という説教をするのは筋違いだろう。

僕は少なくとも、自分を中途半端ではあるけれど、化物だと思っているのだから。

月火「お兄ちゃん、大丈夫? 考え事? キスマーク付けてあげようか?」

暦「もっと他の方法があるだろうが!」

何言ってんだよこいつは、一気に現実に戻されたじゃねえか。

月火「良いじゃん良いじゃん、減る物でもないんだしさぁ」

暦「失う物は確実にあると思うぞ……」

月火「そうかな? 増える物ならあると思うけど」

暦「そうは言ってもな、月火ちゃん」

暦「……今日既に、これだけで二人に突っ込まれてるんだよ。 僕は」

月火「おお、早速そんな効果が……」

暦「いらねえ効果だからな! 僕は望んでない!」

月火「もう、可愛い妹からのキスマークなのに、そんな見栄はっちゃってさー」

暦「見栄は張ってない。 あるのは迷惑だけだ」

暦「考えてもみろよ。 月火ちゃんが僕にキスマークを付けられたとして、そんな状態で、えっとなんだっけ。 蝋燭沢君だっけか」

暦「そいつの前に、行けるのかよ?」

月火「さあ? いざやられてみないと分からないなぁ。 それは」

暦「ほう、じゃあやってやろうか」

月火「ほれ、どうぞ」

僕の言葉に月火はそう言うと、髪を上げ、僕の目の前に首を差し出す。

首を差し出すっつうと、すごく恐ろしい意味に聞こえるな……

つうかこいつ、多分冗談なんだろうなぁ。

僕が「妹にキスマークなんぞ付けられるか!」って返すのに期待しているのだろう。

そして僕は、その期待なんざ裏切ってやるのだけど。

八九寺の出したミッションを、今こそ達成する時だろうし。

暦「ほら」

キスしてやった。 首に思いっきり。

月火が「ほれ、どうぞ」って言ってから、ここまで約二秒ほどである。 最早条件反射と言っても過言では無い。

んで。

僕はてっきり、キスをした瞬間に月火は僕の事を殴り飛ばすのだろうと思ったのだが。

月火「ん……」

あれ、予想していたのと反応が違う。

つうか、妹のそんな声聞きたくねえ!

僕はそれに多少驚いたのもあり、咄嗟に月火から離れる。

月火「んん? 五秒だけかぁ」

月火「ダメダメだね。 お兄ちゃんはやっぱりヘタレでした!」

暦「お、お前が変な声を出すからだろうが!」

くそ、この性悪妹め。

月火「え、何々お兄ちゃん。 お兄ちゃんは妹の声を変な声って表現するの?」

月火「なるほど……なるほどだよ、お兄ちゃん」

暦「納得するな! 僕は何も納得してねえぞ!」

ちなみに、僕と月火は現在、ベッドの上で会話中である。

月火「よし。 じゃあ次は私の番だ」

ん? 番って、何が?

とか思っている間に、月火は僕の方へ近づいてきて(近づくと言うよりかは、這い寄って)僕の首へと顔を近づけて。

それから。

キスをした。

暦「ちょ、ちょっと待て月火ちゃん! 何してんだ!」

月火は僕の首から唇を離し、口を開く。

月火「何って。 お兄ちゃんにキスされたから、仕返しだよ」

月火はそんな事を言いながら、僕を上目遣いで見つめる。

あれ。

あれ?

やべえ。

なんか!

……可愛い。

てか、月火は見た目が可愛いだけあり、こういう態度を取られると、ちょっと揺らぐ物がある。

具体的に言うと、理性とか。

暦「つ、月火ちゃん」

僕が何とかそれだけ言うと、月火は再度僕の首へキスをする。

暦「……」

ヤバイヤバイ。

これ、マジでヤバイって。

てか、月火の体すげえ柔らかくね?

今、胡坐を掻いている僕の上に月火が乗っている形なのだけど、すげえ柔らかくね?

首に当たっている、月火の唇も。

暦「……月火ちゃん」

そう言い、僕は月火を抱きしめる。

月火はそれを拒否する事もせず、僕の首を吸い上げる。

その柔らかい唇で。

うわあ。

あったけえ。

暦「ちょ、ちょっと一回離してくれ」

一回。

そんな事を言ってしまう辺り、僕も少しヤバイ。

そして、僕の声を聞き、月火はまた僕の首から唇を離し、口を開く。

月火「……お兄ちゃん」

うわ、目がめっちゃとろんってなってる。

ただでさえたれ目なのに、それがまた色々とヤバイ。

とにかくこう、ヤバイ。

さっきからヤバイばっかだな……まあ、でも事実なのだ。

月火「キスしよ、お兄ちゃん」

そんな顔で、月火は僕にそう言う。

月火が言うキスとは、つまりあれか。

首とかではなく、唇と唇。

マウストゥマウス。

暦「う、うん」

やべー。

いつもなんとなくで月火にはキスしている物の、こんな雰囲気でするのは初めてだ。

こんな緊張する物なのか……?

雰囲気って大事なんだね。

で。

月火は僕の首に腕を回し、顔を近づけてくる。

僕は月火の頭を手で支え、顔を近づける。

後何センチだろうか。

数秒後には、月火に触れられそうなそんな距離。

月火は目を閉じる。

さっきまでの目が見れないのは少し悔しくもあるが、仕方ないか。

僕も目を閉じ、月火と更に距離を縮める。

お互いの息と息がかかる様な、そんな距離感。

が。

こういう時に限り、邪魔が入る物である。

まるで火憐と歯磨きをした時と同じ様に、良い所で。

火憐「おーい、そろそろご飯だってさ……って何してんだー!!」

火憐「あたしも混ぜろ!!」

いやはや、ツッコミがすげえおかしいが、元気いいなぁ。

……てか。

マジで、危ない。

僕は妹と何やってんだよ!!

火憐とのあのやり取りから、自分の事ながら何も成長してねえ!!

本当に、さっきまでの感情は丸っきり消え去り、正気に戻るという事を理解する僕がそこに居た。

暦「うわあああああああああぶねええええええええええ!!」

いや、そもそもあそこまでやった時点で、アウトと思えなくもないが、まだギリギリ兄妹のスキンシップとも考えられなくも無いか?

セーフ、アウト。

よし、セーフだ。

今決めた。 僕が決めた。 これはセーフであると。

月火「むう」

月火はどこか悔しそうに、そう呟く。

お前も早く正気に戻れ!

そして恐らく、火憐の言葉から察するに両親も帰ってきているのだろう。

火憐にご飯が作れるとは思えないし。

うわー。 何分経ってるんだよ、これ。

で、結局僕の首にキスマークが一つ増えただけで、何にもならなかったではないか。

しかも、月火の首にも付いてるし。

ああ、でもそれが彼氏に見つかれば、多分別れる事になるのだろう。

兄として、見つかる事を切実に願っておくとする。

火憐「まー、あたしは先に下行ってるから、月火ちゃんも兄ちゃんも早く来いよー」

火憐「いちゃつくんじゃねえぞ!?」

暦「いちゃつかねえよ! いいからさっさと行けや!」

火憐「んじゃ、また後でー」

火憐はそう言い残し、部屋を後にする。

月火と違い、あっさりしてる辺りがまたなんとも、格好良い。

違う言い方をすれば、台風みたいな奴だ。

僕はその後、火憐が去った扉から視線をずらし、月火の方を見る。

月火は未だにベッドの上から動かず、目はまだ少しだけ、とろんとしていた。

暦「おい、月火ちゃん。 正気に戻れ」

顔をぺちぺちと叩くと、ようやく月火は正気に戻った様であり、いつものたれ目となり、叫ぶ。

月火「うわあああああああああぶねえええええええ!!」

うわ、僕と同じリアクションだ。 面白いなこいつ。

月火「てか! どうするのこれ! どうするの!?」

月火はそう言い、自分の首を指差す。

暦「いや、元はと言えば月火ちゃんから始まった事だしな。 自分で蒔いた種だぜ」

月火「うう……しばらく蝋燭沢君と会えないよ……」

暦「ははは、ざまあみろ!」

そう思うだけの筈だったのだが、ついつい嬉しくて言葉に出してしまったではないか。

月火「いつか、いつか絶対この恨みは返してやる!」

マジか。 逆恨みじゃね?

暦「おし、んじゃあとりあえずご飯を食べよう」

月火「私の話はまだ終わっていない!」

暦「いいや、終わりだ。 これから先に話す事なんて無い!」

月火「違うよ。 これから先、約一時間に渡る私の説教が始まるんだよ!」

暦「僕は全力で拒否してやる」

暦「てか、月火ちゃんが「ほれ、どうぞ」とか言うからだろ? あんな事を言わなければ、月火ちゃんの首はそんな悲惨な事にならなかったんだぜ」

月火「自分でやっておいて、よく悲惨な事とか言えたね……」

暦「んで、今更だけど今回はどんなつもりで「ほれ、どうぞ」って言ったんだよ」

月火「いや? 他意は無いよ?」

それはそれで驚きだけれどもさ! それならキレるんじゃねえよ!

暦「……まあ、行くか」

月火と話しても終わりが見えなさそうなので、僕はご飯に行くとの名目を使い、強制的に話を終わらせるという暴挙に出るのだった。



第七話へ 続く

以上で第六話、終わりです。

乙ありがとうございます。


パンツ脱いだ方がいいですか?

こんばんは。

>>299
履いてください


それでは第七話、投下致します。

火憐「んで、兄ちゃん。 考えといたか?」

暦「ん? 何を?」

暦「んで、月火ちゃん。 考えといたか?」

月火「ん? 何を?」

僕と火憐と月火は今、相も変わらずソファーに並んで座っている。

暦「何を? だってさ、火憐ちゃん」

左隣に座っている火憐に向けて。

火憐「決まってるだろ! 今日の夜、何をして遊ぶかだ!」

暦「らしいぜ、月火ちゃん」

右隣に座っている月火に向けて。

月火「んー。 そういえばそんな話もあったね」

暦「と言っているけど、火憐ちゃん」

火憐「ええ、考えてないの?」

暦「だとよ、月火ちゃん」

月火「私はこれでも忙しいからね。 そんな暇はありませんでした!」

暦「との事だ、火憐ちゃん」

暦「なあ、これって別に、僕が中継しなくてもいいよな」

なんだか成り行きだったが、三回目くらいからすげえ面倒臭かった。

僕って流されやすい性格なのかな。

火憐「えー。 じゃあどうするんだよ。 肩パンでもするか?」

だからその発想はやめろって! やるなら自分の肩でも殴ってろ。

暦「それはやらねえ! お前どれだけ僕と月火ちゃんをいじめたいんだよ!」

てか、火憐だからこういう流れになったのだけれど、恐らくこれが月火だったら、先程の「そんな暇はありませんでした!」に対して「お兄ちゃんとキスする時間はあったのに?」みたいな、突付かれると痛いツッコミがあったのだろう。

まあ、月火がこちら側の人間だったのは運が良い。

月火「じゃー、トランプ?」

暦「トランプで何すんの?」

月火「トランプタワーに決まってるでしょ」

暦「嫌だ、やらない」

月火と年齢が一緒の千石と遊ぶ時だって、トランプをやる事になっても、あいつはトランプタワーをやろうなんて事、言った事無いんだよな。

僕がこの前、トランプで遊ぶと聞いた時に「トランプタワーか?」と聞いたら千石は「暦お兄ちゃん、トランプタワーは一人でやる物だよ」と少々真剣に心配させてしまった事もあるし。

月火「我侭だなあ」

暦「お前ら言っとくけどな、トランプタワーは「トランプで遊ぼう」ってなって、思い付く範囲じゃねえからな?」

暦「そんなのに付き合ってやるのは、多分……羽川くらいだろうな」

月火「ふうん」

うわー。 興味なさそうな目だなおい。

僕は何故か、それには自信を持って言えるんだけどな。 何故か。

火憐「じゃあ仕方ない、じゃんけんでもするか」

暦「お前、僕が朝に言った事全部忘れてるよな!? じゃんけんは遊ぼうって言ってする遊びじゃねえんだよ!」

むしろ、遊びをする過程でする物だろうが。

月火「それじゃあどうするの? 恋バナでもする?」

暦「妹と恋バナとか嫌だ……」

月火「でも、お兄ちゃん。 朝、お風呂で私の彼氏の事聞いてきたじゃん」

暦「いや、あれは違うぜ月火ちゃん」

月火「と、言いますと?」

暦「あれは月火ちゃんの彼氏じゃない。 月火ちゃんのストーカーの話だ」

月火「……うわあ」

すげえ引いてる。 得意のオーバーリアクションって奴だ。

いや、つうかだな。

当初は僕も認めようと努力したんだぜ?

ただ、それを諦めたってだけだ。 諦めも肝心だろうし。

火憐「おっし! じゃあ三人で走るか!」

暦「火憐ちゃん、頼むから前後の話を繋げてくれないか。 僕には何がどうなって走る話になったのか、全く理解できない」

って言っても、何にもする事ねえよな、こう考えると。

月火「もう、お兄ちゃんさっきから否定してばっかじゃん! お兄ちゃんは何か案とかないの?」

月火の言う事はもっともである。

でも、僕に考えろって言われてもなぁ。

暦「おいおい月火ちゃん、僕が複数人でする遊びをこれまでやってきたと思うのか? そこら辺、しっかりと頭に入れておいてくれよ。 頼むぜ、ファイヤーシスターズの参謀さん」

月火「とても上から目線だけどさ、お兄ちゃん。 それ、とても悲しい台詞だよ」

うるさい。 悲しい台詞だなんて事、僕はとっくに承知しているんだよ……

月火「はあ、もう仕方ないなぁ」

月火「それじゃあ良い事考えた。 月火ちゃん閃いちゃったよ」

暦「ん? 何だそれ、トランプ関係ではないよな」

月火「違うよ。 一人一人、面白い話をしていくってのはどうかな。 面白くなかったら罰ゲームで」

面白い話か。

僕、あんまそういうのは持ってないんだよなぁ。

内容自体はまあいいけどさ、罰ゲームって単語を月火が使うと物凄く怖いんだけれど。

火憐「面白い話かぁ……あたし、あんまそういうのは持ってないんだよなぁ」

うわ、僕の思っている事と火憐の台詞が被ってる。 最悪だ。

つうか、嘘付け、お前の生き方その物が既に面白さに溢れてるじゃねえかよ。

暦「ま、とりあえずはそれをやってみるか。 言いだしっぺだし、月火ちゃんからでいいよな?」

月火「え? ほんとにいいの? 私から話したら、後で話をする火憐ちゃんやお兄ちゃんが不憫でならないよ」

暦「ほお、言ってろ言ってろ。 僕の話を聞いたら、お前ら明日腹筋が筋肉痛になってるぜ」

自分で自分のハードルを上げている気しかしないが、まいいや。

適当に布団が吹っ飛んだとか言っとけばこいつら笑うだろ。

火憐「面白い話ねぇ……」

と、こうして各自の持っている面白話をする事となったのだけれど。

時間経過。

暦「で、どうするんだよ」

月火「どうするって、何を?」

暦「このすげえ白けた空気をだ」

火憐「あっはっは。 今の兄ちゃんの発言が、今日一番面白かったな」

本気で言っているのか、こいつは。 僕の発言のどこに面白要素があったんだろう。

で。

結論から言うと、結局の所、全員が全員大して面白い話を持っていなかった。

話し終わっても「ああ、うん」とか「え? へえ」とか。

まあ、要するに盛り上がらなかった訳である。

月火「うーん。 本当にする事が無いね」

火憐「平和だしなぁ。 どっかで事件でも起きてくれねーかな」

今なんて言ったこいつ。 とても正義の味方の発言とは思えねえぞ、それ。

暦「まあ、そんなしょっちゅう事件ばっか起きてたら、僕達は今頃、こんなくだらない話を出来ていないんだけどな」

火憐「平和が一番って訳か! その通りだな!」

爽やかな笑顔だなぁ。

けどこいつ、つい数秒前に言った自分の台詞さえ忘れているんじゃねえかな。

誰に似たのだろうか?

月火「じゃあさ。 私、一つだけ聞きたい話があるんだけど、お兄ちゃんに」

暦「僕に? 何の話だよ、一体」

月火「ずばり、お兄ちゃんの彼女についてだよ!」

おい、その話はやめろ。

火憐「おいおい月火ちゃん何言ってるんだよ兄ちゃんに彼女なんていねえぞそれは妄想だ」

言葉を区切る事もせず、火憐は機械の様にそう言う。

月火「もー。 火憐ちゃんもそこら辺はしっかり認めてあげないと。 いつかは別れる訳だしさ、今くらいは認めてあげなよ」

暦「なんで別れるの前提なんだよ!!」

全くもう。 である。

暦「つうか、この話はマジでやめようぜ。 また昼過ぎくらいの展開になったら大変だ」

火憐「そうだそうだ。 月火ちゃん、この話は終わりだぜ」

月火「えー」

暦「そうだな。 仮にするとしても、まずは月火ちゃんや火憐ちゃんのストーカーの話から聞かないと、僕は自分の彼女の話をする気にならねえな」

月火「それもそれで凄い話だね……ストーカーの話を聞いた後に、彼女の話をするって」

月火「まあ、いいけどさー」

え、すんの?

月火「それじゃあ、どうしよっか?」

ああ、びっくりした。 てっきりストーカー野郎の話をするのかと思ったじゃねえか。

実際、話を聞いたらしてやるとか言ったけれど、そんな事をしたら僕は今からそのストーカー野郎の家に殴りこみに行ってただろうし。

火憐「おし! じゃあ兄ちゃんの部屋を探索しようぜ」

暦「何で僕の部屋なんだよ! 探索するならお前らの部屋だ!」

月火「女子の部屋を探索するって、さいてーだよお兄ちゃん」

火憐「そうだぜ兄ちゃん。 さいてーだ」

くそ、ぴったりと息を合わせやがって。 厄介極まりない。

で。

火憐と月火の押しにより、僕は渋々それを承諾する。

そもそも二対一では些か分が悪く、僕が負けるのは明白だったのだけれど。

けど、部屋に移動するからと言って、部屋の探索を承諾した訳では無い事だけは理解して頂きたい。

時間経過。

月火「片付けた後だったかぁ。 目ぼしい物が何も無いよ」

暦「当たり前だ。 そんな物はもう所持していないからな」

月火「へえ。 ふうん。 まあ、お兄ちゃんの部屋には無いって事だね」

暦「あ? だから持ってないって言ってるだろ」

月火「そうだね。 お兄ちゃんの部屋には無いみたいだ」

……こいつ、もしかして僕が自分の部屋以外に隠してるの知ってるんじゃね?

暦「あ、ああ。 そうだ、その通り」

月火「ふふふ」

月火の笑顔が少しばかり恐ろしい。

火憐「……ねみー」

と呟くのは、僕のベッドに寝転がる地球外生命体である。

ああいや、僕の妹だった。

ついつい間違えるんだよな。 地球外生命体と火憐。

暦「眠いなら部屋に戻れ。 僕のベッドで寝るんじゃねえぞ」

月火「手遅れだよ、お兄ちゃん。 もう火憐ちゃん寝てる」

ほんとだ、はええよ。 寝ようと思ってすぐ寝れるのは凄いけどさ。

月火「それじゃ、私はちょっと出かけてくるよー」

唐突に月火がそんな事を言い出す。

こいつも結構、思い付き発言があるよなぁ。

その辺りはやはり、火憐の妹って感じ。

暦「ん? こんな時間にか?」

月火「うん。 ハンドクリームが切れちゃってて、無いと困るからさぁ」

ふうん。

暦「そうかそうか。 んじゃあ今日はこれで解散だな。 お疲れさん」

月火「ほいほい。 おやすみなさい、お兄ちゃん」

月火はそう言い、僕にやる気無さそうに手を振ると、部屋から出て行った。

後日談というか、今回のオチ。

オチと言えるかは分からないけれど、とりあえずは一件落着と言った所だろう。

今回のは完全に僕の杞憂であったし、月火の様子も特に変わった事が無いのは事実だ。

今まで通りの月火で、今まで通りの日常だ。

まあ。

それでもオチを付けるとしたら、その日、僕は結局火憐と添い寝という形になってしまったのは、オチと呼べるのかもしれない。

まさか火憐のベッドで寝る訳にも行かず、渋々だったのだけれど。

しかし、横で幸せそうに寝ている火憐を見ていると、僕は今回、些か空回りだったのかもしれないな、等と思ってしまう。

つうか、こいつ涎垂らしてるんじゃねえよ! 汚ねえな!

はあ。

夏休みも残す所は僅かだし、僕もまた勉強しなければなるまい。

明日は多分、あいつらは揃って起こしにくるのだろう。

いや、火憐は横で寝ている訳だから月火だけで来るのか。

……月火はこの状況をみたら、また怒りそうだなぁ。

とにかく、明日の朝は大変な事になりそうである。

そして。

これにて、僕と妹達との物語は終わりだ。

少し前の火憐との話は、僕に大事な事を教えてくれた。

そして、こんな馬鹿なこいつでも、真剣に考えている事もあるのだと教えてくれた。

それに、僕の馬鹿っぷりも、教えてくれた。

これは、僕だけが覚えていれば良い話。

忍野と忍も、いつかは忘れてしまうだろう。

けど、僕だけは絶対に忘れない。

そんな話だ。

思えば本当に、夢みたいな三日間ではあったな。

火憐があの時、どの様に考えていて、どの様な気持ちになっていたのかは、今では本人が忘れてしまっているので、もう分からない。

だけども、僕の事を想ってくれた火憐の気持ちは、本物なのだろう。

僕はそう信じているし、火憐もきっと、そうだったのだから。

そして、もう一つの話。

月火の件でも、学んだ事はあるだろう。

いくら怪異と言っても、それは所詮、そこにあると思ってるからある物だ。

火憐の話を聞いて、僕は月火が怪異に巻き込まれているのでは? と思い込んだ。

結局、それは何でもない、ただの勘違いだった訳だけれど。

現にこうして、月火の様子に変わった所も無ければ、悩んでいる事も無いらしい。

なら、僕が無理に原因を作ろうとしているだけで、最初からそこには何も無かった。

無。

だが、僕はそれを後悔はしていない。

少し体力を使っただけで、それ以外に悪い事なんてのは起きていないのだから。

まあ。

こんな事もあるのだろうと。

そう思って、僕も今日は寝ることにしよう。

なんだか考え事をしている間に、時計の針は十二を指している。

明日はとりあえず、勉強だな。

火憐の事や月火の事で、最近全然できていなかったし。

月火は未だに帰って来ていないが、あいつは朝大丈夫なのかなぁ。

ま、いいや。

さて。

そろそろ纏めるとしよう。

纏める。

何を?

何か、おかしくないか?

何かなんて、曖昧では無い。

明らかに、おかしくないだろうか?

何故、僕は物語を終わりだと思った?

違う、はっきりとそうだとは思えないけれど、違うんだ。

この物語はまだ『続いている』。

終わってなんて、いない。

続いているのなら、まとめられる訳も無い。

僕は起き上がり、火憐を起こさない様、ベッドの上へと座る。

目を瞑り、思考。

どこから、おかしかったのだろうか。

今日、忍野と会ってからか?

家に帰ってからか?

それとも、夜ご飯を食べた後?

いや、風呂に火憐と入った時からか?

月火と、夕方に妙な空気になった時から?

違う。

おかしかったのは---------------------------最初からだ。

まず、そうだ。

月火は何故『一人で出掛けた』んだ?

火憐の服のセンスが無いのは、僕から見ても明らかだ。

連れて行かないと言う理由には『納得』できる。

しかし、火憐の方は何故それで『納得』した?

いつもならそれはありえない事だ。

あいつの性格から言って、無理にでも付いて行こうとした筈。

火憐と月火は常に一緒に行動をしていると言っても過言では無い。

別々で行動する。 イコール『何か問題が起きている』時。

最初の最初。

つまりはこの物語が始まった瞬間から、異変は起きていた。

火憐と月火が別行動をするのは『明らかな異変』である。

そして、僕や火憐はそれを自然と『受け入れて』いた。

更に、まだおかしい事はある。

むしろ、それ以外を探す方が難しい程に。

くそ。

繰り返しかよ、結局。

しかし、何だろうか。

まるでそれが当たり前の様な、そんな感覚があった。

月火の行動や、異変が当たり前の様な、そんな感覚。

ああ、そうか、もしかして。

忍野があの時言っていた「阿良々木くんなら問題無いさ」と言う言葉。

僕ならこうして、異変に気付けると判断したのか?

って事は、あいつは多分、知っている。 今回の怪異……恐らくは、ドッペルゲンガー。

それが現れている事を。

僕が話した際に、忍野は既に気付いていたのだろう。

あのアロハのおっさん……騙すなと言ったのに。

まあ、でも騙すってのは言い過ぎか。 あいつは言わなかっただけなのかもしれないし、まだその時……忍野と僕が話した時は確定していなかったのかもしれない。

だが、それにしてもさっきの電話は引っ掛かる。

あいつは何故、僕に月火は怪異に関わっていないと伝えたのだろう。

現状を考える限り、それはありえない。 ほぼ確実に、関わってしまっている。

僕を安心させる為、なのか?

いや、それよりも。

今、最優先でするべき事が僕にはある。

時刻は夜中、十二時半か。

そうだな。 これもまた、僕は自然と『受け入れて』いた事だ。

何故、この時間になっても『月火が帰ってこない』んだ?

そもそも、月火が出かけると言った時間は既に十時を回っていた筈。

僕は大して気にする事もせず、それを見送ったのだ。

普段ならありえない。

中学二年生の妹をこんな夜遅くに一人で外に出すなんて、僕ならありえない。

とにかく。

考えていても仕方ない。

厄介な事に巻き込まれているであろう月火。

彼女を探しに行かなければ。

それが僕の今取るべき行動だ。

……手遅れになっていなければ良いが。

僕は結論を出し、火憐を起こさない様に着替え、なるべく音を立てずに外へ出る。

まずは、連絡。

忍野に報告だ。 それに、聞きたいこともあるし。

と、僕はそう思って携帯を開いたのだけれど。

その時丁度、忍野からの着信があった。


第八話へ 続く

以上で第七話、終わりです。

乙ありがとうございます。

こんばんは。
第八話、投下致します。

「やあ、阿良々木くん。 夜遅くにごめんね」

忍野は電話が繋がった直後、そんな事を言った。

暦「丁度良かった。 忍野、異変だ」

「だと思ったよ。 けど、まず最初に阿良々木くんには謝らないとね」

「騙していたって訳じゃないんだけどさ。 前回と同じで、阿良々木くんにそう行動して貰うのが一番良かった」

今までの忍野の言動から薄々気付いてはいたが、やはりそうだったか。

大体、そんな所だろうとは思ったけどさ。

暦「ああ、大体そんな物だとは思ったよ。 って事はさ、忍野」

暦「今、この状況になっているのが最善だって事か?」

僕がそう聞くと、少しの間を開けて忍野は言う。

「……そうとは言えない」

だろうな。

それもまた、何となくは分かっていた事だ。

暦「そうか」

「ごめん、阿良々木くん。 これは僕のミスだ」

「その所為で、阿良々木くんが気付くのに遅れたって可能性も、無い訳じゃないし」

暦「んな事ねえよ。 忍野にだって失敗する時はあるだろうし。 そんな事より、とりあえずは月火ちゃんを探さないと」

「はは、そう言って貰えると助かるよ」

「まあ、その心配している妹ちゃんなんだけど」

ん?


「神社。 北白蛇神社に来てくれ。 僕は今そこに居る」




--------------------------阿良々木くんの、妹ちゃんもね

暦「忍、起きてるか?」

自転車を漕ぎながら、僕の影に向けて問いかける。

忍「お前様の動揺のおかげでな、とてもじゃないが寝れんしの」

暦「そうか、それは悪かったよ」

忍「構わん。 起こしてもよいと、言ったじゃろ」

忍野と月火は今、一緒に居る。

それはどういう意味を持つのか、なんとなくだが、分かってしまう。

暦「忍」

暦「一応、忍の意見も聞きたいんだけど」

忍「儂の意見か。 まあ、よい」

忍「……月が綺麗じゃな」

忍は自転車の籠に入りながら、夜空に浮かぶ月を眺めながら、独り呟く。

そして、月から僕の方へと視線を移し、続けた。

忍「恐らくは、お前様の妹御がドッペルゲンガーと入れ替わっておる」

忍「あのアロハ小僧の言葉から察するに、そういう意味じゃろうて」

やっぱりか。

つっても、一体それはいつからなんだ?

まさかとは思うが、僕が火憐の問題とぶつかっていた時から?

いや、今日の朝に出かけた時か?

どちらにしても、もしそうだとしたら、本当の月火は今どこに?

暦「忍に、いつから入れ替わっていたとかは分かるのか?」

忍「分からん。 言ったじゃろ? 儂には区別が付けられん。 奴はそういう怪異じゃからな」

暦「けど、人間としては区別が付くって言っていたよな? 匂いを二つ感じるって」

忍「言った。 が、儂もお前様同様、あの妹御の行動を不思議に思わんかった」

忍「無論、妹御の匂いが二つある事も、不思議に思わんかった」

不思議に思わなかった……

僕や火憐と同様に、って事か。

忍「ドッペルゲンガーには様々な都市伝説があるじゃろ? お前様がこの前言っていた様に、出会ったら死ぬと言うのも、その一つじゃ」

忍「そして、他にもある」

忍「ドッペルゲンガーの元となった人間と入れ替わり、本人に成りすます。 それもまた、都市伝説の一つじゃ」

忍「恐らくは、その特性もあるのじゃろうな。 そのおかげで儂もお前様も巨大な妹御も、極少の妹御の行動を自然と受け入れてしまった」

って事は、結構危ない所だったのだろうか。

半分程は受け入れてしまっていたし、あのまま行っていたら、誰も気付く事無く、月火は入れ替わっていたのだろう。

いや、まだ『だろう』なんて言葉は使えない。

今、この状態をなんとかしなければ、恐らくはそうなってしまう。

忍「落ち着かんか。 我が主様よ」

忍の声で、思考を一度止める。

暦「あ、ああ。 悪い。 頭がどうにかなっちまいそうだよ、全くさ」

忍「お前様の妹御なら……本物の方じゃがな、生きておると儂は思う」

本物か。

なんだか、笑えてくる話だよな。

偽物の、更に偽物だなんてさ。

暦「なんでそう思う? 気休めで言ってるのなら、さすがに怒るぞ」

忍「……全く。 お前様は本当に馬鹿じゃな」

滅茶苦茶呆れた様に言われてもな。

それは分かってるけどさ。

忍「さっきも言ったじゃろ。 儂は妹御の匂いを二つ感じておる」

忍「お前様の妹御は、不如帰の怪異じゃ」

忍「不死性だけで言えば、吸血鬼である儂以上」

忍「二つ感じておる時点で、妹御が生きておるのは確定じゃろうて」

暦「それはつまり、無事って事だよな?」

籠で揺られている忍にそう聞くと、忍は顔を伏せ、言う。

忍「分からん。 無事かどうかは、判断する事はできん」

暦「……そうか」

忍「だが、先程も言ったが、お前様の極小の妹御は生きておる」

忍「もし、万が一にでも自分の正体に気付いたとしても、お前様なら何とか出来る」

暦「それは、気休めか? 忍」

忍「違う。 儂はな、お前様よ」

忍「お前様はそういう奴だと『信じて』いるんじゃよ」

暦「……はは。 そりゃ、良い事が聞けたよ」

忍「とにかく、今は急げ」

忍「お前様の妹御はまだ生きておる。 とっととドッペルゲンガーの方を始末して、迎えに行けばよい」

忍「あのアロハ小僧は神社に来いと言っておったし、お前様に話があると言う事じゃろ?」

忍「先に本物の方を助けた方が良いのなら、あの小僧ははっきりとそう言っておるよ」

そうか。

つまり、なるべく早く向かった方が良いって事だよな。

月火を後回しにするのは、それだけでもう気が気じゃないけれど、ここは抑えなければ。

忍野はしっかりとは言えないかもしれないが、役目をこなしてくれた。 なら、僕が僕の役目……それを放棄しては駄目だ。

暦「分かった。 なるべく急いで行く」

忍「じゃな。 それが今取るべき行動じゃ」

忍「……しかし」

忍は僕の方から視線を逸らし、とても言い辛そうにそう呟く。

そして、続ける。

忍「お前様は、戦えるのか?」

忍「お前様に害を与えるにしても、与えないにしても、どの道怪異じゃ」

忍「同じ人間が二人居てはならん。 あの小僧風に言うのならば、それだけでバランスが崩れるんじゃよ」

忍「つまりは、戦わなくてはならん」

戦えるのか。

言われなくとも、分かってる。

僕は今から月火のドッペルゲンガーを前にして、戦えるのか。

妹である、月火と。

忍野に頼れば、すぐに退治してくれるのだろうが。

僕は、目の前で起こるであろうそれを……ただ見ている事が出来るのだろうか。

それがドッペルゲンガーという、怪異だとしても。

暦「ドッペルゲンガーってのは、見た目だけじゃなくて、性格や考え方も一緒って言ってたよな」

忍「左様」

暦「……はは、せめて性格だけでも、あいつより捻くれていてくれたら、楽だったかもな」

僕は苦笑いをし、忍に向けて言う。

しかし、忍は表情を変えず、口を開く。

忍「回答を避けるな、我が主様」

忍「戦えるか? 自分の妹御と」

これは多分、忍の気遣いでもあるのだろう。

その辺りをはっきりとさせなければ、僕は何も出来ないだろうから。

忍はそう思い、今この場での回答を求めている。

僕は、戦えるのか。

頭ではドッペルゲンガーだと分かっていても、戦えるのか。

見た目も、性格も、考え方も。

月火その物のそいつと。

暦「……」

忍「我が主様よ。 儂が代わりにやってやらん事もないぞ」

忍「お前様に妹御を殺すなんて真似、させたくは無いと儂は思っておるしのう」

忍「決められんと言うならば、儂が殺す。 食らい尽くす」

暦「僕は」

暦「……僕は」

くそ、ここまで言われても僕はまだ、迷っている。

八九寺真宵よろしく、辿り着けない。

いくら考えても、恐らくこの問題に対する答えは、出ない。

しかし、出さなければ進めない。

戦うにしても、戦わないにしても、どちらを選ぶにしても、だ。

なら、僕が思う事を告げよう。

暦「ごめん、忍」

暦「僕にはドッペルゲンガーだとしても、殺す事はできないよ」

怪異だとしても、戦う事なんてできない。

紛れも無く、それもまた僕の妹なのだから。

妹。

忍「……そうか。 それもまた、当然の選択じゃよ」

忍「しかし、それではお前様の妹御は、本物の妹御はどうなる?」

本物の、月火。

怒りやすく。

ずる賢く。

流されやすく。

しかし、優しく。

僕の妹の月火。

暦「結局……選ばなければ駄目って事だよな」

忍「そうじゃ」

忍「しかし、戦わないと言うならば、儂が殺る」

暦「僕が止めたとしてもか?」

忍「うむ」

忍「それに、お前様に止められたとしても、あの小僧が殺るじゃろうな」

はったり、では無いな。

忍は僕が戦わないと言うならば、自分でやるつもりなのだろう。

それでも駄目ならば、忍野が。

暦「けど、僕には無理だ」

暦「忍はさ、僕がそれを出来る奴だと思うか?」

僕の質問に対し、忍は考える素振りも見せず、答える。

忍「思わん。 お主には妹御を殺す事は不可能じゃ」

暦「……なら、どうして聞いたんだ。 僕に戦えるかどうかって」

忍「分かっておらんと思ったからじゃよ。 お前様はこれから、何をするのか」

暦「忍野に、あいつに会いに行くって事は、そういう事ってのは分かってるさ」

分かっていた。

だけど、考えようとしなかった。

問題の後回し。

僕はその問題を後回しにする事で、何を得られるのだろうか。

いや、何を失うのだろうか。

そんなのは明白。 失うのは紛れも無く、僕の妹である月火。

あいつは、月火は面倒な事を先に片付けてしまうタイプである。

夏休みの宿題は初日にやる様な、そんな性格。

僕は最終日にやる様な、そんな性格だ。

もし、僕の立場に月火が居たならば、あいつはどう考えたのだろうか。

月火は頭の回転が早い。

ちゃちゃっと簡単に、答えに辿り着けるのかな。

けど、今はそんな事を考えても無駄だ。

問題を提示されているのが、月火ではなく、僕なのだから。

忍「だが」

忍「例え、戦うと言ったとしても、お前様が妹御を前にして同じ事が言えるとは思えん。 それがドッペルゲンガーだとしてもじゃ」

忍「何せ、性格も見た目も考え方も、一緒なのじゃから」

忍「願いを叶えるという、はっきりとした目的がある以外。 だがの」

忍の言葉を受け、僕は少し考える。

確かに僕が、今この場で戦うと忍に言ったとしてもだ。 いざ目の前にしたら、そんな決意は簡単に揺らぐのだろう。

そこは否定しない。

僕も、その通りだと思うから。

そして、次の言葉。

見た目も同一。 性格も同一。 考え方も同一。

その言葉に、僕は引っ掛かる物があった。

そいつは、月火その物だ。

月火と、同一。

同じ、考え方。

ちょっと、待てよ。 それならば。

暦「忍、一つだけ聞いてもいいか?」

忍「なんじゃ、我が主様」

暦「そいつは、そのドッペルゲンガーには『自分が怪異だという自覚』はあるのか?」

忍「人格があると言ったのは覚えておるか、我が主様」

忍「故に、自分を化物だと理解し、人間の真似事をしておる」

忍「そやつにもそやつの考え方があるにはあるが、主導権を握るのは化けた人間の性格やら人格じゃよ」

忍「願いの内容を叶えるという、大前提以外だがの」

そうか。

それなら、どうやら僕の答えは見つかった。

暦「ありがとう、忍」

暦「僕の答えは見つかったよ」

忍にそう言うと、忍は小さく笑い、問う。

忍「ほう? では聞こうか、お主が出したその答えを」

簡単な話だった。

今から僕が会うそいつは、もう一人の月火なのだ。

僕の妹の、月火。

そいつは月火の様に動き、月火の様に考え、月火の願いを叶える為にそこに居る。

なら、僕は。

暦「話し合う」

忍「……話し合う?」

暦「そうだ。 僕は月火ちゃんと話す」

暦「僕の妹の、月火ちゃんと話す」

忍「だが、それはお前様の妹御であって、妹御では無い。 ただのドッペルゲンガーじゃ」

暦「知ってるよ」

暦「でも、それは月火ちゃんだ」

忍「……そうか」

忍「それで、何が起きるのじゃ。 我が主様よ」

暦「全部が丸く収まるんだよ、忍」

僕がそう言うと、忍は怪訝な顔をして、口を開く。

忍「何故、そう思う?」

暦「僕の妹だからだよ」

暦「そいつが化物だとしても、月火ちゃんその物なんだろ?」

暦「なら、説得してやるさ」

忍「儂にはとても、上手く行くとは思えんぞ」

暦「僕にはとても、上手く行くと思う」

だって、そうだろ。

暦「僕はさ」

暦「月火ちゃんの事を信じているから。 月火ちゃんなら僕の言う事を聞いてくれるだろうさ」

忍「……くく、くくく」

忍はいつもとは違い、笑いが堪えきれないといった感じで、声を漏らした。

忍「くくくく。 面白い。 実に面白い。 乗ったぞ、我が主様」

忍「やはり、お前様とはいくら話しても飽きないのう」

暦「……そうかよ。 そりゃどうも」

忍「だが、一つだけ儂からも条件を出させて貰う」

暦「条件?」

忍「儂にお前様の血を吸わせろ。 それが最低条件じゃ」

暦「それには、どういう意味がある?」

忍「カカッ。 保険じゃよ。 あのアロハ小僧風に言うのなら」

忍「仮にも怪異じゃ。 万が一の為に備えての保険」

保険、か。

忍野と同じ様な事を言うんだな、こいつは。

それがまた、おかしくて、ついつい顔がにやけてしまう。

暦「もし、僕がそれを断ったらどうなる?」

忍「どうにもならんよ。 儂の気持ちの問題じゃからな」

暦「気持ち、か」

暦「いいぜ。 分かった。 その条件は飲もう」

暦「僕も、我侭ばかりは言っていられないしな」

僕がそう告げると、忍はとても愉快そうに笑いながら、僕に向けて言う。

忍「何を今更」


第九話へ 続く

以上で第八話、終わりです。

乙ありがとうございます。

こんにちは。
本日二話投下します。
まずは第九話、投下致します。

長い階段も登り終え、神社の鳥居が視界に入ってくる。

その鳥居の下。

柱に体を預ける形で、忍野は居た。

暦「忍野、来たぞ」

吸血鬼化していたのもあり、暗くとも忍野の顔はしっかりと見える。

忍野「や、阿良々木くん。 待ちくたびれたよ」

こんな状況であっても、忍野は変わらずいつも通りであった。

暦「それで、月火ちゃんは?」

忍野「居るよ。 ほら」

そう言い、忍野は柱の影から引っ張り出す。

まるで、物を扱うかの様に。

暦「……月火ちゃん」

見ると、月火は後ろ手に縛られ、口こそ塞がれて居ない物の、意識はある様だ。

月火「お、お兄ちゃん!」

声、仕草、見た目。

本当に全て月火と一緒で、まるでこいつがドッペルゲンガーだとは思えない。

月火「どういう事!? この人に誘拐されて、でもお兄ちゃんが来て、それで……お兄ちゃんとこの人は知り合いなの?」

演技。

全て分かっていて、やっているだけだ。

けど、それでも僕は月火の顔を見れなかった。

暦「忍野、月火ちゃんと話をさせてくれないか」

僕は忍野に向け、そう言う。

だけども、忍野は。

忍野「断る。 それは駄目だよ、阿良々木くん」

暦「何故だ。 話をするくらいなら、良いだろ?」

忍野「分かってないな。 こいつはドッペルゲンガーなんだぜ。 見た目も声も考え方も性格も」

忍野「そんなこいつと阿良々木くんが話したら、どうなるかくらいは想像付くさ」

暦「僕が、僕が騙されると思っているのか?」

忍野「そうだ、その通り」

確かに、それはあるかもしれない。

けど、話くらいなら、良いじゃねえかよ。

月火「違う! 訳分からないよ……お兄ちゃん、助けて……」

涙を流して、月火は言う。

くそ、流されるな。

こいつは月火であって、月火では無いんだ。

そんな事、分かっている。

分かっているだろうが!

忍野「全く、人の心を弄ぶなんて、随分と性質の悪い怪異だよ。 君はさ」

忍野はそう言い放つ、いつもの様に笑いながら。

そして、忍野は。

月火の腹を蹴り上げる。

月火「うっ!……うぇ」

僕の耳にも届くほどの勢いで、蹴り上げた。

当たり前だが、たまらず月火が声を漏らす。

僕はそれを見て。

何もしないなんて、やはりできない。

暦「忍野! やめろ、それ以上やったら、僕は」

忍野「どうするんだい? 阿良々木くん。 君の気持ちは分かるけどさ、こいつは君の妹じゃない」

忍野「ただの人の真似事をしている、化物さ。 人間じゃないんだよ」

暦「……だとしても、僕の妹だ」

僕がそう返すと、忍野は笑い、僕に言う。

忍野「はは、阿良々木くんには、このちっちゃい妹ちゃんが二人居るのかい?」

忍野「見た目も、考え方も、性格も一緒の妹がさ」

忍野「片方は化物で、片方は人間の。 唯一の違いって言ったら、それだけだぜ」

忍野「ああ、でもあれだね。 もう片方の方も、ある意味では化物だけどさ」

暦「……それ以上は、やめろよ」

忍野「そうだったね。 今のは言い過ぎた。 謝るよ」

言葉とは裏腹に、忍野には悪びれた様子は感じられない。

忍野「けどさ、阿良々木くん」

忍野「阿良々木くんのそういった優しさが、更に人を傷付けるんだぜ」

忍野「前に言っただろ? 「優しさが人を傷付ける事もある」ってさ」

忍野「その意味が分からない阿良々木くんでも、無いよね」

分かっている。

忍野の言う事は、分かっているさ。

けど、そういう問題じゃねえだろ。

暦「だから、話をさせてくれないか」

暦「必ず、良い結末にしてやるから」

とは言っても。

そんな言葉には、説得力も無ければ信憑性も無い。

忍野もそれは、分かっているのだろう。

忍野「そうかい」

忍野「残念だけど阿良々木くん、それはお断りだ」

忍野はそう言うと、蹲る月火の腹を再度、蹴り飛ばす。

一回、二回、三回。

月火「……お、おにい……ちゃん」

僕の方を見ながら、手を伸ばし、月火は言う。

月火「た……すけ、て」

その声で、全てが吹っ切れてしまった。

ただ見ているだけの僕に向けて言ったその言葉。

未だに月火は僕の事を信じている。

ああ、駄目だ。

これが全て罠だったとしても、駄目だ。

僕は、視線を下に落とし、影に向けて呟く。

もう、どうでもいい。

例え、これで全てが悪い方向に行ったとしても。

分かっている。 忍野のしている事は正しい事だと。

けど……それもまた、そういう問題じゃ無いんだ。

暦「忍、悪い」

自分の声が震えているのが分かる。

ん。

そうだ。

これは『憤怒』って奴だろう。

暦「僕はどうやら、我慢できそうにない」

影からの声は無く、僕も返答は求めていなかった。

ただ、それだけは伝えておきたかっただけだ。

顔を上げ、忍野を視界に捉える。

暦「悪い、忍野」

忍野「おいおい、そんな敵対心剥き出しで見つめられても、返答に困るぜ」

暦「僕は、僕の思うようにやらせてもらう。 今は」

暦「お前をぶっ飛ばす事だ」

月火は意識を失ったのか、ぐったりと倒れている。

そんな状態であっても、口は動いていた。

小さくではあるが、今の僕にははっきりと見える。

お兄ちゃん、お兄ちゃんと。 月火はそう言っている。

もし、それが僕を騙そうとしているだけの物であったとしても。

それならそれで、構わない。

騙されても、別に良いさ。

ただ蹴られる妹を見ているだけなんて真似は、とてもじゃないが出来ない。

それが本物か偽物かなんて、些細な違いじゃねえかよ。

今僕の目の前に居るのは、月火だ。

忍野「全く。 まあ、こうなる事も予想は出来たけどさ」

忍野「阿良々木くんと殴りあうってのは、気が引けちゃうね」

そんな事を言いながらも、忍野は構える。

けど、良かった。

無抵抗の相手を殴るほど、気分が悪い事も無いのだから。

忍野との距離は十メートル程か、今の状態ならば、すぐに縮められる。

暦「僕もだよ。 けど、それで僕は良いと思う。 だからお前と戦うしかない」

言った直後、僕は地面を蹴る。

忍野は笑みを消さず、僕を迎え撃つべく構えたまま。

距離は近づいて行き、後二メートル程。

数秒後にはぶつかり合っているだろう距離で、僕の足を唯一止められる声が聞こえた。

月火「……やめて、お兄ちゃん」

月火?

意識を失っていなかったのか?

いや、それよりも。

やめてとは、どういう意味だ?

一瞬戸惑い、足を止める。

忍野との距離は、一メートルと少し程。

忍野にはその声が聞こえていなかったのか、僕の方を怪訝そうな眼差しで見つめる。

月火「やっぱり、これは私が、私が悪かったんだよ」

月火「……私が、あのお化けに願わなければ、こんな事にはならなかったのに」

月火「全部……全部私の責任だよ。 ごめん、お兄ちゃん」

お化けに、願わなければ?

何を言っているんだ? 月火は。

自分をドッペルゲンガーだと、認めている?

いや、それにしては言い方がおかしい。

僕の目の前に横たわる、こいつは誰だ?

暦「月火、ちゃん?」

忍野は僕の声で、ようやく状況を理解したのか、月火の方に視線を移した。

忍野「おいおい、阿良々木くん。 この期に及んでまだ、この化物の戯言に気を取られているのかい」

そんな言葉を僕に向けて言う。

けど、だけど。

何か、おかしい。

そうだ。 そうだよ。

月火はどうして『意識が回復している』んだ?

それに、どうして忍野に蹴られた部分の『傷が回復』している?

ドッペルゲンガーには、そんな特性なんて、無い。

いくら都市伝説だと言っても、そんな都市伝説は聞いた事が無い。

傷が回復していくなんて、まるでそれは。

吸血鬼。

それに、不如帰。

そして、思い出す。

忍野の言葉。

あいつは確か、さっき電話した時に言っていた。

『そう言って貰えると助かるよ』と。

おかしい。

忍野が、言うだろうか?

あいつが使う言葉だろうか?

そこまで考えた所で、月火が再び口を開く。

月火「……私は、会ったんだよ。 私自身に」

私自身。 それはつまり。

ドッペルゲンガー。

しかし、それをドッペルゲンガー自身が、言う筈が無い。

って事は、今僕の目の前に居るこいつは。

忍野「……ちっ」

忍野が舌打ちをし、月火の腕を目掛け、足を降ろす。

あまりにも一瞬の事で、僕はそれに反応できない。

目の前に広がる光景。

月火の腕は、根元から吹き飛んだ。

暦「て、てめぇええええええ!!」

僕の妹に何をしているんだよ。 てめえ。

条件反射と言ってもいい。

そのくらいの速度で、僕は忍野に飛び掛る。

しかし、そんな僕よりも早く、動く奴が居た。

忍「お前様! その妹御を連れて離れろ!」

暦「し、忍!?」

忍は忍野に飛び掛り、動きを封じる。

僕が、取るべき行動は何だ?

忍に加勢して、忍野を倒す?

いや、それよりも優先すべき事がある。

月火を連れて、距離を取る。

暦「月火ちゃん!」

月火は未だ、意識を失っていない。

月火「……お兄ちゃん」

腕は既に、再生を終えている。 その辺りはさすが、不死鳥と言った所なのだろう。

幸いにも月火の意識は朦朧としていて、自分の状況を理解できていない。

腕も一瞬で消し飛ばされたので、痛みも感じていないかもしれない。

恐らくは自身の再生能力には、気付いていないだろう。

それでも、僕は妹を守れなかった。

月火を抱きかかえ、忍野からなるべく距離を取る。

くそ、僕の理解力じゃ全然追いつかねえな。

つまりは、この月火は本物って事なのだろうか。

それは恐らく、そうだ。

忍が忍野に飛び掛ったのも、それが分かったからだろう。

そうだ、忍は?

思うと同時、忍がこちらに向けて飛んでくる。

暦「忍!」

僕はそれを受け止め、後ろに倒れ込む。

さすがに二人を一緒に抱き抱えるのには、少しばかり無理がある。

もうちょっと鍛えておけば良かったな、みっともねえ。

暦「おい! 大丈夫か!?」

忍「くっ……儂を心配する前に、この状況をどうにかする方法を考えんか。 実際、絶望的じゃぞ」

忍はそう言い、立ち上がる。

月火「お、お兄ちゃん。 これ、どういう……」

月火は大分、混乱している様子である。

まあ、無理もねえか。

こんな状況、理解出来る方が恐ろしいし。

暦「後で説明する。 だから待っててくれるか、月火ちゃん」

月火「……うん」

二つ返事かよ。

全く、お前ら姉妹はどこまで僕の事を信頼しているんだか。

悪い気分はしねえけどさ。

月火を寝かせ、僕は忍の横に立つ。

暦「忍、戦えるか」

忍「儂を誰だと思っとるんじゃ、我が主様よ」

忍「とは言ってものう……儂とお前様が協力した所で、状況は変わらない」

暦「だろうな、相手は忍野な訳だし」

忍「カカッ。 正確に言えば、アロハ小僧の姿を真似た化物じゃよ」

やっぱ、そうか。

月火にも後で聞かなければならない事もあるし、本物の忍野にも聞かなければならない事はある。

とにかく今は、目の前のこいつをなんとかしなければ。

それに約束したしな、月火と。

後で説明する為にも、ここで死ぬ訳にはいかない。

何より。

妹の前で死ぬ兄貴なんて、最悪じゃねえかよ。

だったら僕は、生きるしかない。

「ははは。 全く、阿良々木くん。 君が僕に勝てると思うかい?」

目の前のそいつは、忍野と同じ様に、同じ雰囲気を出しながら、言う。

暦「さあな。 分からねえよ、そんな事」

「やってみなきゃ? けどさ、僕は阿良々木くんが取りそうな行動なんて、大体予想が付くんだぜ」

「本当なら、そこに寝てる妹ちゃんで君を釣って、殺すつもりだったんだけど、少しばかり面倒な事になっちゃったね」

「まあ、その妹ちゃんを使ったのも、暇潰しと言えば暇潰しなんだけどさ」

「予想外だったのは、妹ちゃんも化物だったって事だよ。 まさか不如帰だなんて」

「それが無ければ、妹ちゃんも話す事なんて出来ず、阿良々木くんは今頃無様に死んでいただろうに」

ん? 記憶は忍野と一緒の筈だが、不如帰の怪異と言う事を知らなかったのか?

それも少し引っ掛かるけれど、今はそんな事気にしている場合じゃねえな。

暦「そうだったとしても、それだけじゃない」

暦「月火ちゃんが僕に伝えてくれなければ、分からなかった事だ」

暦「それに、お前じゃどう頑張っても忍野にはなれねえよ」

暦「あの電話の時から、既にお前は居たんだろ?」

「うん、そうだよ。 こんな性格の僕が携帯を持つって事自体が、おかしな話さ」

暦「だろうな。 けどな、忍野は絶対に言わないんだ」

「言わない? 何をだい?」

暦「「そう言って貰えると助かる」なんて言葉、あいつは絶対に言わない」

「ああ、そうだね。 その通りだ。 僕は絶対にそんな事は言わない」

「そうやって小さいヒントを与えている辺り、僕も阿良々木くんが言うお人好しって事なのかな?」

暦「馬鹿言ってんじゃねえよ。 お前はそんなんじゃない」

「へえ。 ま、もう良いよ。 僕も所詮は化物さ」

暦「……そうかよ」

「それよりさ、阿良々木くん。 化物って言葉で思い出したんだけど」

「知ってるかい?」

「この忍野って奴は、君の妹ちゃんの事を人間だと認識していたんだぜ」

「笑っちゃうよ。 この専門家は、僕と同様の怪異を人間だと思っていたなんてさ」

忍野の口調、忍野の姿のまま、忍野じゃないそいつはそう言った。

なるほど、そういう事か。 納得だな。

暦「そうか、そりゃ良い事を聞けた」

「はっ。 良い事?」

暦「そうだ。 忍野は内心でもそう思っていてくれたなんて、良い事を聞けた」

記憶としても、考え方としても、忍野はそう思っていてくれた。

分かったろ、忍。

人間が心の奥底で想っている事が、汚いばかりの事じゃないって。

「そうかいそうかい。 それなら僕に殺されても、問題は無い訳だ」

暦「いいや、あるね」

「へえ。 大体予想は付くけど、一応聞いておこうか」

暦「お前は忍野の真似をしている、ただの化物だ」

「はははは! 言うと思ったよ、阿良々木くん」

「けどさ、それは自分に言っている様にも聞こえるぜ?」

「人間の真似をしている阿良々木くん」

暦「はっ。 そんな事、分かっているさ。 僕はただの化物だよ」

「その言葉もまた、予想通りだ。 じゃあさ、そろそろ始めようか」

「いい加減、待ちくたびれたからね」

暦「おいおい忍野、元気が良いな」

暦「何か良い事でも、あったのかよ」

僕は皮肉たっぷりに、そう言ってやる。

忍野の姿をしたそいつは笑い、動く。

来るか、と思ったが。

動いたと認識したその瞬間には、忍野は目の前に居た。

暦「っ!」

忍野は僕目掛け、拳を振り下ろす。

反応できなくは無いが、なんだよ今のは。

動きが速いとか、そういう問題ではない。

気付いたら、そこに居た。

その飛んでくる拳を僕は体を後ろに引っぱり、なんとか避ける。

「はは、やるじゃないか。 阿良々木くん」

「てっきり今ので終わるのかと思ったんだけど、君も成長しているって事なのかな」

暦「うるせえ。 お前に褒められたって嬉しくはねえよ」

つっても、どうする。

避けるだけでも、精一杯じゃねえか。

忍「お前様。 儂が足止めをする。 その間に逃げろ」

忍野には聞こえない様、忍がそう呟く。

暦「何格好良い事言ってるんだ。 お前を置いて逃げられるか」

暦「それに、どうせ僕達はリンクされているんだ。 離れようと思っても、離れられない」

忍「多少ならば離れても大丈夫じゃ。 ある程度儂も戻っておるしな」

暦「だとしても、僕は逃げない」

忍「お前様、分かっておるのか」

忍「あの小僧。 全盛期の儂と同等とまでは行かんが、かなり危険じゃ」

忍「あの時の儂でも、まともにはやりたくない相手じゃな」

おいおい、マジかよ。

全盛期の忍から見ても、危険ってレベルなのか?

本当にそれこそ化物じゃねえか。

伊達に、忍の心臓を気付かれない内に奪っただけあるな。

暦「……そうだとしても、逃げない」

暦「妹の前で戦ってるんだ。 僕は見栄っ張りだからさ。 格好悪い所は見せられねえや」

忍「……ったく。 まあよい」

「さて、そろそろいいかな? 待っている僕の身にもなって欲しい物だけれど」

暦「ああ、いいぜ。 丁度話は纏まった所だ」

「そうかい」

瞬間、忍野が再び目の前に現れる。

くそ、訳分からない速度だ、本当に。

けど、もう後ろに避ける事はできない。

僕の後ろには月火が居るから、それは無理だ。

なら、取るべき行動は防御。

顔を狙い、振り下ろされる忍野の拳を防御すべく、僕は顔の前で腕を構える。

が。

まるで、その腕をすり抜けるように、忍野の拳は僕の顔面に突き刺さった。

暦「がはっ!」

あ? 何が起きた?

なんだ、今のは。

僕がどの様に防御して、どの速度でその態勢が出来上がるのか、分かっていたのか?

そして、その防御の合い間を縫って、攻撃してきた?

今まで戦ってきた奴とは、種類が違う。

あの詐欺師、貝木泥舟は戦わず、勝ちもしなければ負けもしない。

暴力陰陽師、影縫余弦は防御を上から破壊し、攻撃する。

そうだとするならば、忍野は。

相手の行動を全て読み、攻撃する。

僕は後ろに吹っ飛ばされる事は無く、忍野はそのまま拳を地面に打ち付ける。

ミシミシと。

ミシミシっつうよりは、メキメキ。

とにかく、骨が粉々になっていくのが、感覚として伝わる。

多分、骨を直に攻撃されなければ、分からない感触だ。

体の内部から音がして、骨が折れているというのが分かる。

あー。

つうか、月火の奴、これ見てるんだよな。

僕が化物みたいな状態ってのはまあ、別にばれても仕方ない。

それについては、一応考えてあった事だし。

それよりも問題は、あれだ。

月火はああ見えて、ホラーが苦手なのだ。

そんな月火にこんなグロ映像を見せてしまったのが、まず失敗である。

暦「ぐっ……」

忍野は僕を地面に叩きつけた事で満足したのか、距離を取る気配がした。

もっとも、今は顔が潰れてしまって何も見えないから、そう感じているだけなのだが。

アンパンマンか、僕は。

「大丈夫かい。 阿良々木くん」

耳までは潰れていなかったらしく、忍野の声が聞こえる。

「はは、とても大丈夫じゃないか。 ごめんごめん」

忍はどうしているのだろうか。

そう考えた直後。

破壊音が聞こえる。

僕のすぐ傍で。

「忍ちゃんも、随分と性格が変わっちゃったよね」

台詞と音からするに、忍もやられたのだろう。

揃いも揃って、惨めなペアだよな。

「まあ、こっちは阿良々木くんよりも厄介なんだけれどさ。 はは、どうでもいい事か」

「それはそうと、阿良々木くん」

忍野は僕の方に近づき、耳元で囁くように、言う。

「君はそこの妹ちゃんが、何を願ったか知っているかい?」

月火ちゃんが、願った事?

「阿良々木くんには、想像が付かないだろうね」

「ま、ちょっと複雑なんだけどさ」

「僕は知っているし、知らないって事にもなるんだけども」

どういう、意味だ?

それなら、どうして、忍野の姿をしたこいつはここに居る?

それは、ドッペルゲンガーとして願いを叶える為なんじゃないか?

「それは今はいいか。 とにかく、僕が頼まれた願いは」

「阿良々木暦を殺してくれって願いだったんだよ」

……僕を殺せと、願ったのか?

月火が、そう願ったのか?

心の奥底で、そう想っていたのか?

「阿良々木くんは勘違いしやすいからね。 はっきり言っておかないと」

「僕が願いを二つ叶える怪異だって事は、さすがに知っているだろうから省略するよ」

「まず一つ。 深層心理での願い」

「これは想像が付くだろ? 想像したくは無いだろうけど」

「さっきも言った様に、阿良々木暦を殺してくれ。 そういう願いだった訳だよ」

言いたい事は山ほどあったが、口が開かない。

それすらも意に返さず、忍野の姿をした奴は、続ける。

「そしてもう一つ。 表面上の願い」

「こっちの方が、阿良々木くんにとってはショックかもしれないなぁ」

「僕にとっては、面白い話なんだけど」

「阿良々木くん。 僕が頼まれたもう一つの願い」

「一緒なんだぜ。 深層心理の願いと」

「阿良々木暦を殺してくれって、そう願われたんだよ」


第十話へ 続く

以上で第九話、終わりです。

少し時間置いて、第十話投下致します。

乙ありがとうございます。

こんばんは。
第十話、投下致します。

月火が、僕を殺してくれと頼んだ?

自らの口で、ドッペルゲンガーにそう頼んだって言うのか?

そんなの、絶対に。

「ありえないって? 僕はそう思わないけどなぁ」

「だってそうだろ。 阿良々木くん」

「君はもう一人の妹ちゃんの事だって、何一つ分かっていなかったじゃないか」

言い返せない。

いや、元より今の状態では言葉を発せられないので言い返すも何も無いのだが、その言い返す言葉すら、浮かんで来なかったのだ。

「そんな阿良々木くんがだよ? そこに居る妹ちゃんの気持ちを理解できたのかい? 考えている事を分かってやれたのかい?」

その通りだ。

「僕は分かってやれた。 だから君を殺す為に、こうやって色々と面倒な事をしている訳だけどさ」

いくら反省しても、後悔したとしても、僕は変わらない。

変われない。

「で、どうするんだい。 阿良々木くん」

どうするって、何が。

「このまま僕に大人しく殺されるか。 せめて最後まで妹ちゃんの為に戦って死ぬか」

「とは言っても、その妹ちゃんは君が殺されるのを望んでいる訳だから、どの道死ぬべきなんだろうけどさ」

僕は、何をしていたのだろうか。

月火の為にやっていたと思った事が、ただの空回り。

月火が救われると思ってやっていた事が、全て無駄。

月火と一緒に過ごしたいと思っていた事が、僕のエゴ。

それなら、僕は。

暦「……僕、は」

ようやく、忍野の破壊に回復が追いついてきた。

目が見えるようになるまでにはまだ時間が掛かりそうだが、それでも言葉はなんとか発せられる。

「っと」

忍野がそう言い、僕と距離を取る。

何故だ? 今、この状況で忍野は何故、僕と距離を取った?

「おいおい、これは面白い展開だね」

「はは、なんのつもりだい?」

誰に言っている?

少なくとも、僕はずっと地面に倒れ込んでいるし、僕に対して言った言葉ではない。

忍も未だ、僕と同じ状態だろう。

リンクされているおかげもあり、忍の状態は僕に大体伝わってくるから。

なら、第三者。

今この場で言う、それは。

視力がようやく、回復する。

僕の目に入ってきた光景は、先程僕が出した『答え』を言うのには、十分な光景だった。

月火「お兄ちゃんに、手を出さないでくれるかな」

月火「これ以上、私のお兄ちゃんの顔を不細工にしてどうするつもり?」

何言ってるんだよ、こいつは。

第一、僕はそこまで不細工じゃねえし。

つか、お前、足とかめっちゃプルプル震えてるじゃねえか。

馬鹿が、何頑張れもしないくせに頑張ってるんだよ。

それに、さっき僕は言っただろうが。

待っててくれって、言っただろ。

僕の言う事が聞けない奴なんて、後でお仕置きが必要だぜ。

そうだなぁ。 まずは一緒に帰って、たっぷりと抱き締めてやる。

とりあえずは、そんな所か。

むしろ、それだけでいいか。

じゃあ、お仕置きも決まった訳だし、いつまでも寝転がっている訳にもいかねえよな。

帰るとしよう。 僕と月火の家に。

暦「……月火ちゃん、僕は大丈夫だ」

立ち上がり、月火の肩に手を置く。

月火「嘘だよ。 全然そうは見えないじゃん」

月火は僕の方に顔を向け、いつもの様に笑う。

暦「僕が嘘を付いた事があるか?」

月火「……うん。 そうだったね。 お兄ちゃん」

いつに無く素直だな。

まあ、素直でも素直じゃなくても。

僕の、妹だ。

暦「それと、家に帰ったら僕との約束を守らなかった罰を与えてやる。 覚悟しとけよ」

月火「はいはい。 分かったよ、お兄ちゃん。 楽しみにしておくね」

何が楽しみにだよ。

僕の罰は、お前のよりよっぽどこええんだぞ、月火。

暦「ああ。 僕はもう心配いらない。 後ろに下がってろ」

一度頷き、月火は僕に笑顔を向け、後ろに下がる。

それを背中で感じながら、目の前に立つ忍野を見据えた。

暦「おい、忍野の姿をした化物野郎」

「なんだい。 人間の真似をした化物くん」

暦「僕は、妹の為に戦うよ」

暦「例え月火ちゃんがどう想って、どう考えていたとしても、関係無い」

暦「月火ちゃんには今日の朝に言ったんだけどさ」

暦「そんな事で阿良々木暦は諦めないんだ」

暦「僕は、月火ちゃんにどれだけ避けられても、拒否られても、突き放されても、あいつの兄で居る事は諦めない」

本心でそう想っているかと問われれば、分からないと言うのが正しいけれども。

あくまでも優先すべきは、僕の気持ちより月火の気持ちなのだから。

だが、僕はまだあいつの……月火の口からは何も聞いちゃいない。

暦「お前になんか頼らなくても、あいつがそれを望むなら、僕は受け入れてやるさ」

暦「てめえの力なんか、いらねえよ」

だから、僕は自分に言い聞かせる様に、言う。

「……そうかい」

「じゃあ、もうお話は良いかな。 これじゃあいくら言い合いをしても平行線だ」

「そろそろ終わりにしようか。 阿良々木くん」

暦「だな。 あんまり帰りが遅いと、火憐ちゃんにも怒られちまう」

つっても、あいつは多分、まだ寝ているんだろうなぁ。

呑気な奴だよ、僕と月火がこんな馬鹿みてえな状況になってるって言うのに。

……あいつも帰ったらお仕置きする事にした。 今決めた。 連帯責任だ!

「それじゃあ、死んでくれ」

忍野は再び距離を詰め、今度は蹴りを繰り出す。

僕の肩の辺りを狙った横からの攻撃。

食らったら恐らく、根こそぎ吹っ飛ぶのだろう。

なら、食らったら終わりだ。

既に一発だけだが攻撃を打ち込まれていたのもあり、幾分か先程よりも目は追いつく。

そのおかげもあり、初撃には辛うじで反応できた。

しゃがみ込む姿勢で、頭の上すれすれを忍野の足が通過していくのが見える。

風を切る音が、はっきりと僕の耳にも聞こえた。

すげえ音だな……

まるで戦闘機か何かが通過したみたいな感じだぞ。 どんだけだよ。

けれども、動作をしっかりと見ていれば、避けられなくも無い。

とは言っても、本当にギリギリ、コンマ一秒でも反応が遅ければ、僕の上半身は跡形もなく消し飛んでいただろう。

暦「忍! 起きてるか!?」

そのまま一度後ろに退き、忍に声を掛ける。

反応は……無しか。

それもまた、無理はない。

もう少し血を吸わせておけば良かったのかもしれないが、今更後悔しても仕方ないだろう。

とりあえずは、反撃をしなければ。

防戦一方では、勝ち目なんて無い。

暦「おらっ!」

距離を縮め、忍野の足を目掛け、右足を振る。

しかし、それは失敗だった。

忍野の身体能力を僕は侮っていたのだ。

こいつは恐らく……あの影縫さんよりも、強い。

「それじゃあいつまで経っても、僕には勝てないよ」

言葉通り。

忍野は繰り出された僕の足を踏み潰した。

まるで、そうするのは朝飯前とは言わんばかりの、軽い動作で。

バキバキと言うよりは、グチャグチャ。

そんな音と同時に、激痛。

暦「ぐぁあああああっ!!」

畜生、さすがにいてえぞ。

それにしても顔を潰したり、足を潰したり、性格わりいな、忍野の奴め。

「僕もそろそろ飽きてきた事だし、終わりにしよう」

暦「はぁ……はぁ……」

暦「……はっ! 自殺でもしてくれるのか?」

「まさか。 死んでもらうのは阿良々木くんだよ」

暦「……生憎だが、僕は死んでも死なないんだ」

負けを認めては駄目だ。

死ぬにしても、最後まで。

「そうかい。 ま、いいや」

忍野は興味が無さそうにそう言い、僕の方へ一歩一歩近づく。

駄目だ。

勝てない。

しかし、諦めるってのだけはしてはいけない。

なら、どうする。 この状況。

忍野はゆっくりとした動作で、けれども確実に一歩ずつ、僕の方へと歩いてくる。

僕が死ぬのは恐らく確定。 これは避けられない。

ってなると、あいつらにお仕置きするのも、どうやら出来そうにない。

あー、心残りだな、それは。

で、その後だ。

こいつは僕を殺した後、どうするのだろうか。

目的自体は僕を殺す事なのだから、それが終われば消えるのか?

いや、そう決め付けるのは少し、危ない。

万が一。

万が一にでも月火が狙われたなら、僕は後悔しても後悔しきれないだろう。

可能性は低いが、無くもない。

なら、まずは月火を逃がす事。

忍には悪いが、一緒に死んでもらうしか、無いだろうな。

とりあえず、今やるべき事は。

暦「月火ちゃん! 今すぐ逃げ」

後ろを振り向きながら、言う。

いや、言い掛けた。

つまりは、最後まで言う前に、予想外の事が起きた。

僕が言う予想外とは、単純な事。

階段を上ってくる、人影。

それは、この状況を恐らくは知っている人物。

忍野「やあ、お待たせ。 待ちくたびれたかい?」

なんて。

そんな場違いな事を言う、本物の、忍野メメ。

暦「お、忍野!」

忍野「はは、なんだいこれは。 阿良々木くん、随分と面白い姿になってるじゃないか」

暦「お前、どうして……いや、んな事どうでもいいんだよ! 月火ちゃんを連れて逃げてくれ!」


忍野「断る。 僕はその為に来た訳じゃないし」

忍野「バランスが悪すぎるよ。 今のこれは」

忍野「君もそれは分かっているんじゃないかな。 もう一人の僕」

忍野はそう言い放つ、ドッペルゲンガーに。

「それもそうかもしれないけど、僕には目的があるからね。 阿良々木くんが死んでくれれば、僕は素直に消え去るよ」

忍野「そうかい。 でもそれは困るんだよ。 彼には色々と貸しがあるからさ」

「はは、知っているさ。 僕と君は一緒だろ?」

忍野「そうだ。 だからここは、条件を出させて貰う」

忍野「一旦退け。 今この場で戦いを継続するのは、お互いにとって不利益だ」

「……なるほど」

「確かに、そうかもしれない。 僕と君は同じ実力だ。 三対一ではお互いに不利益が生じる」

「僕の目的は阿良々木くんを殺す事。 君たちの目的は僕を殺す事」

忍野「その通り。 が、今この場で戦いを続ければ君は目的を達成できない」

忍野「それは僕も然り。 君と戦えば、いくら三対一と言っても、この場に居る誰かは死ぬだろうしね」

「お互いにデメリットしか無いって事か。 まあ、そうだろうけどさ」

「僕が一旦引いた所で、一緒じゃないか?」

忍野「そうでもないさ。 君がここで引いてくれれば、僕は次から手を出さない」

忍野「次は思う存分、阿良々木くんと殺りあってくれ」

忍野「その条件で、どうだろう?」

「……はは。 分かった。 それならお互いにとんとんって所だろうしね」

「その条件、飲もう」

「一応、二日間だけ待つ。 それで良いかい? 阿良々木くん」

暦「あ、ああ。 僕は、大丈夫だ」

忍野と忍野が会話していると言うだけで、もうそれは凄い光景なのだが。

その会話の内容が、全く理解できない。

冷静さを僕が欠いているってのもあるかもしれないが、お互いがお互いを理解しているからこそ、成り立った会話。 そんな空気を感じた。

「それじゃあ、今日の所は大人しく引き下がるよ」

「二日後、場所と時間は同じくらいでいいかな。 ここで待っているからさ」

「精々、それまでにはなんとか腕を上げておいてくれよ。 一方的ってのはあんまり好きじゃないんだ」

ドッペルゲンガーはそう言い、姿を消す。

文字通り、前触れも無く、唐突に。

そして。

忍野「それじゃあ阿良々木くん。 お疲れ様。 またね」

忍野は倒れている僕に向け、それだけを言い立ち去ろうとする。

暦「いやいやいや! ちょっと待てよ忍野!」

何帰ろうとしてるんだよ!

せめて状況くらい説明しやがれ!

暦「全く状況が分からないし、僕はどうすればいいんだ!」

忍野「今話しても良いんだけど、さすがに僕も疲れたよ」

忍野「こう見えて、色々と面倒な事を片付けてきた後なんだからさ。 年寄りには優しくしてくれなきゃ」

忍野「それに、妹ちゃんもとりあえずは休ませてあげてくれよ。 今日は色々とあり過ぎた」

忍野「明日、詳しい事は説明するよ。 適当な時間にあの廃墟へ来てくれ」

忍野「どうしても今すぐって言うのなら、そこで狸寝入りをしている忍ちゃんにでも聞いてみれば良いと思うよ」

忍野はそれだけ言い残し、階段を下りる。

暦「お、おい! あいつが、あのドッペルゲンガーがまた現れたらどうするんだ!」

忍野「大丈夫だよ、阿良々木くん」

忍野「あいつは『二日後』と言っていただろ? なら二日後にしか現れない」

忍野「僕が考える事くらい、分かるさ」

暦「け、けど」

忍野「それじゃあ、また明日」

一方的に、言い返す暇も与えず、忍野はやがて姿を消した。

暦「おい、忍」

忍「なんじゃ、我が主様」

こいつ、本当に狸寝入りしてやがった。

すくっと立ち上がり、僕の足を自らの血で忍は治癒する。

忍「儂も最初は分からんかったよ。 あそこに居る小娘が、ドッペルゲンガーだと思っておった」

忍「……まあ、途中で気付いた訳じゃが。 詳しい事は帰ってからにするべきではないか?」

それも、そうか。

僕も月火も忍も、少し、疲れた。

暦「分かった。 しっかり説明しろよ」

忍「儂も全てが分かっておる訳じゃない。 気付いた事は話す」

暦「ああ、それで十分だ。 宜しく頼む」

僕がそう言うと、忍は影の中へと入る。

さて。

暦「月火ちゃん、待たせたな。 帰るぞ」

後ろに居る月火に声を掛ける。

先程の恐怖からなのか、地面に座り込んでいて、折角の浴衣は少々汚れてしまっていた。

いや、元々あの野郎に蹴られたりした所為もあるので、汚れていない方が無理もあるか。

暦「起き上がれるか?」

僕はそんな月火に、手を差し伸べる。

月火「はいはい。 お疲れ様、お兄ちゃん」

言葉ではそう言ってはいる物の、こいつは何を想っているのだろう。

……今、考える事でもないか。

さっきの化物と戦う為に、僕は自分に言い聞かせたのだが。

それも多分、いつまでも続けるのは無理だろう。

こいつとも、しっかりと話さないと駄目だ。

暦「掴まれよ」

と言い。

月火「大丈夫だよ」

と返される。

しっかし。

こいつも僕に似て、見栄っ張りだなぁ。

しっかり立ててねえじゃん。

すげえふらふらしてるし、まだ震えてるじゃねえかよ。

暦「ほら」

僕は言い、月火の前に背中を向けてしゃがみ込む。

月火「悪いね、お兄ちゃん」

月火もそれを拒否する事はせず、僕におぶられる形となる。

暦「んじゃ、帰るか」

月火「うん。 出発だー」

僕はお前の乗り物か何かか。

まあ、別に良いんだけどさ。

もう多分、夜も大分遅い時間。

まだ問題が片付いたとは、到底言えないが。

まずは一旦、家に帰ろう。

あいつとの対戦は二日後。 この場所だ。

忍野には何かしらの策があるのだろうか?

僕があのドッペルゲンガーに勝てるとは、とてもじゃないが思えない。

しかも、次は忍野抜き。

あの場で忍野が現れなければ、間違い無く僕は死んでいた。

そして、こうも思ってしまうのだ。

僕は今、生きていて良かったのだろうか?

なんて。

そんな事を思いながら、月火の方を見る。

月火も多分疲れているのだろう、目を閉じ、僕に体を預けている。

多分、じゃないよな。

いくら月火が、さっきの化物が言っていた様に願っていたとしても、こんな事になるなんて予想は出来なかっただろうし。

化物に、願った……か。

本当に、月火は僕を殺してくれと頼んだのだろうか。

月火は僕の勘違いでなければ、僕が生きている今の状況に安堵している様にも見える。

しかし、あのドッペルゲンガーは、はっきりと言っていた。

両方の願いで、僕を殺す様に頼まれたと。

それに、そうじゃなければあいつは、ドッペルゲンガーは僕を狙う必要なんて無い。

やめよう。

暦「……ふう」

深呼吸。

今はそんな事、考えないでおこう。

とにかく、月火が無事で良かった。

今は、それだけを思う事にしよう。

背中に月火の体温を感じる。

それだけあれば、家までの道のりで体力が尽きる事も無いだろう。

そういや、僕は自転車で来たんだっけかな。

ま、月火の状態が状態だし、仕方ねえけど歩いて帰るか。

暦「何時だろうな、今」

階段を降りながら。

別に独り言だった訳では無かったのだけれど、背中に居る月火からの返答は無い。

あれ、こいつはもう寝てるのか?

はは、寝息を立ててるし。 火憐並みの寝付きの良さだなぁ……

安心して寝た、とも考えられるけど。

再び背中に居る月火に顔を向ける。

僕にはやはり、月火は幸せそうに寝ている様にしか見えなかい。

ったく、僕がどれだけ死んだと思ってるんだよ。

まあ。

それも別に良いけどさ。

僕は月火から三度視線を外し、空を見上げる。

周りに灯りが殆ど無いおかげか、綺麗な星空。

そして、所々で輝く星の中、いつもは煌々と輝いている筈の月は、何故だかどこか霞んでいる気がした。


第十一話へ 続く

以上で第十話、終わりです。

乙ありがとうございます。

こんばんは。
第十一話、投下致します。

さすがにあの神社から家まではかなりの距離があり、それに加え熱帯夜と言う事もあり、汗だらけ。

家に着くと僕は一度シャワーを浴び、着替え、リビングで寝かせていた月火を再びおぶる。

勿論、月火の方も体を拭いて着替えさせたのだが、こいつも良く起きないな……

僕はそのまま火憐と月火の部屋へ入り、背中で眠っている月火をベッドの上に寝かせる事にした。

相部屋と言っても、今その相方は僕の部屋で寝ているので、今この部屋に居るのは僕と月火だけだ。

そして、ベッドに月火を寝かせて、僕は一度ベッドの端に座った所で。

月火「……ありがと、お兄ちゃん」

暦「ああ、悪い。 起こしたか」

月火「ううん。 実はずっと起きてた」

暦「んだよ。 謝り損だ」

月火「ふふん。 でも返してはあげないんだ」

暦「そうかよ」

月火「そういえばお兄ちゃん、火憐ちゃんは?」

暦「火憐ちゃんなら、僕のベッドで寝ている」

月火「ふうん。 変な事しないようにね」

暦「する訳無いだろ、寝込みを襲うなんて真似」

月火「良くそれが言えたね。 私が寝ている時にキスした癖に」

暦「何の事だか、記憶がねえな」

月火「あんな事をしておいて……」

暦「それに、僕がそんな事をすると思うか?」

月火「いやいや、お兄ちゃんだから分からない。 というかしてたじゃん」

暦「それはお前の記憶違いだ。 お前は僕を何だと思っているんだ」

月火「ただの変態なお兄ちゃんだよ」

暦「うるせえ。 僕が変態ならお前は変人だ」

月火「私は美人?」

暦「一言も言っていない」

月火「良いじゃん別に」

暦「良くねえ」

月火「なんで?」

暦「何でもだ」

月火「そう」

暦「……何にも、良くは無い」

月火「何にもかぁ」

暦「全部だよ。 全部良くない」

月火「全部?」

暦「ああ、全部だ」

月火「……そうかな?」

暦「違うって?」

月火「うん」

暦「何が、どう違うのか教えてくれるか」

月火「何もかも、だよ」

暦「何もかもが違う、って事か?」

月火「うん、その通り」

暦「どうだかな」

月火「可愛い妹の言う言葉が信じられない?」

暦「可愛いは余計だ」

月火「素直じゃないんだから」

暦「僕は、いつだって素直だよ」

月火「そうだっけ?」

暦「そうだよ」

月火「お兄ちゃん」

暦「ん、どうした」

月火「……来てくれて、ありがと」

暦「別に、お礼を言われる事は無い」

月火「どうして?」

暦「それが正しいか分からないからだ」

月火「正しいよ」

暦「どうして?」

月火「お兄ちゃんのする事は、いつも正しいから」

暦「僕はお前らじゃねえんだよ、間違いだらけだ」

月火「言い方を変えようかな」

暦「ん?」

月火「お兄ちゃんのする事は、私にとっていつも正しいから」

暦「……そっか」

月火「お兄ちゃんは、私のヒーローだから」

暦「それは、違う」

月火「なんで、違うのかな?」

暦「僕は、ヒーローにはなれない」

月火「そう? お兄ちゃんは優しいじゃん」

暦「優しいだけじゃ、ヒーローにはなれないんだ」

月火「そうなんだ」

暦「そうだ」

月火「でも、それなら何て言えば良いんだろう」

暦「ヒーロー以外に?」

月火「うん」

暦「お兄ちゃんで良いよ」

月火「そっか」

暦「僕にはそれだけで十分だ」

月火「本当に?」

暦「本当に」

月火「そうだね」

暦「なあ、仮に僕がヒーローだとしたら」

月火「うん?」

暦「お前は、なんだろうな」

月火「そりゃ勿論、お姫様かな」

暦「馬鹿か」

月火「もう、良いじゃん別に」

暦「良くねえ」

月火「ケチ」

暦「僕に千円すら寄越さない奴が、何言ってんだか」

月火「覚えてたんだ」

暦「お小遣い半額だしな」

月火「恨み深いね」

暦「思い出深いだけだよ」

月火「でもさ、やっぱり」

暦「やっぱり?」

月火「私は、お兄ちゃんの妹ならそれでいいかな」

暦「なんだ、お姫様は諦めたのか?」

月火「お兄ちゃんの妹でも、似た様な物だし」

暦「……どこが?」

月火「全部かな」

暦「全部か」

月火「うん、全部」

暦「やけに断言するんだな」

月火「そりゃ、私はそう確信してるからじゃない?」

暦「はは、こんな時はお礼を言えばいいのか?」

月火「うーん。 そうじゃないよ」

暦「なら、なんて言えば良いんだよ」

月火「名前を言えば良いと思う」

暦「名前を?」

月火「うん、名前を」

暦「そっか、それなら良い事を考えたぜ」

月火「良い事?」

暦「ああ」

月火「聞こうかな、その良い事を」

暦「火憐ちゃん」

月火「お兄ちゃん、それ私じゃない」

暦「そうだった。 悪い、間違えた」

月火「どうやったら間違えるのさ」

暦「だって、似てるからさ」

月火「間違える程に?」

暦「間違える程に。 でも、だけど」

月火「うん」

暦「似てるけど、全然違う」

月火「おお」

暦「ん?」

月火「いや、同じ事を考えてたから」

暦「似てるけど、違うって?」

月火「うん」

暦「最近、僕はよく思い知らされたよ」

月火「忙しそうだったしね」

暦「僕が?」

月火「お兄ちゃんが」

暦「そう見えてたか」

月火「火憐ちゃんと、何かあったんでしょ」

暦「気付いてたのか?」

月火「そりゃ、当然だよ」

暦「当然……ね」

月火「何があったのかは知らないけどね」

暦「そっか」

月火「別に良いけどさ」

暦「お前とも、色々あったよ」

月火「色々あったね」

暦「聞かないのか?」

月火「何を?」

暦「僕の体の事とか、化物の事とか」

月火「聞かないよ」

暦「……どうして?」

月火「聞いても聞かなくても、一緒だから」

暦「一緒では無いだろ」

月火「一緒だよ」

暦「何がどう、一緒なんだ?」

月火「全部が一緒」

暦「全部?」

月火「お兄ちゃんの体がどうとか、そんなのどうでもいいよ」

暦「酷い言い方だな」

月火「それでも、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんだから」

暦「……そうか」

月火「逆に、お兄ちゃんは聞かないの?」

暦「それは、お前が化物に願った事か?」

月火「うん」

暦「聞かないよ、今は」

月火「今はって事は、後から聞くんだね」

暦「僕はお前程、頭が良くないからな」

月火「それは知っているよ」

暦「うっせ。 まあ、だから、口で直接言われなきゃ分からねえや」

月火「それも、知ってる」

暦「そっか。 だけど、今はいいや」

月火「そう……」

暦「今はお前が無事ってだけで、僕は良い」

月火「一緒だね」

暦「えっと、何が?」

月火「私も、お兄ちゃんが無事ならそれで良いんだ」

暦「……そっか」

月火「お兄ちゃんは、私が願った事を聞くんだよね?」

暦「ん、ああ。 いつかは分からないけどな。 少なくとも今日は何も聞かない」

月火「そっか。 じゃあ、全部が終わったら私も聞こうかな」

暦「ん? 僕の事をか?」

月火「うん」

暦「……了解、全部話すよ」

月火「えっと……お兄ちゃん、自分で気付いてる?」

暦「あ? 何を?」

月火「ううん、やっぱり良いや」

暦「……良く分からない奴だな」

月火「だから良いって、お兄ちゃんがそれで良いなら」

暦「何が言いたいんだか、さっぱりだ」

月火「お兄ちゃんが決めた事なら、私は何も言わないよ」

暦「意味が分からねえけど……なら、それで良いのかな」

月火「うん、それで良いんだよ」

暦「……そっか」

月火「ところでさ、話がちょっと変わるけど」

暦「いいぜ、付いて行く」

月火「火憐ちゃん」

暦「ん?」

月火「私、多分」

暦「うん?」

月火「嫉妬してたのかな、火憐ちゃんに」

暦「お前が? どうして」

月火「お兄ちゃんと仲良くしているのに、嫉妬してた」

暦「想像できねえな」

月火「そりゃー、表には出さないし」

暦「だろうな」

月火「ねえ、お兄ちゃん」

暦「何だよ」

月火「キスして欲しいな」

暦「嫌だ」

月火「ケチ」

暦「僕は火憐ちゃんとしかキスしない」

月火「……ふうん」

暦「冗談だよ」

月火「ふん」

暦「あからさまに顔を逸らして、不貞腐れるなよ」

月火「……」

暦「ああ、そうだ、ちょっと見て欲しい物があったんだ」

月火「見て欲しい物?」

暦「うん。 これなんだけどさ」

月火「ん? ……ちょ、ちょっと! いきなりキスしないでよ」

暦「んだよ、してくれって言ったのはお前だぞ」

月火「……騙したな、意地悪」

暦「お前のお兄ちゃんだしな」

月火「私は意地悪じゃない」

暦「どこがだ」

月火「見れば分かるでしょ」

暦「全くわからねぇ」

月火「本当は知っている癖に」

暦「本当に知らない」

月火「ま、いいけどさ」

暦「いいなら最初からそんな事言うなや」

月火「それもそうだね」

暦「うむ」

月火「あれ? ねえお兄ちゃん、あれ何?」

暦「あれって、窓の外か?」

月火「うん、そう」

暦「よく見えないけど」

月火「もうちょっと覗き込めば見えると思うよ」

暦「こうか?」

月火「そうそう」

暦「……見えないけど」

月火「そっか、じゃあ何でもない」

暦「はあ? 意味わからねえ……って、おい」

月火「仕返しのキスだ」

暦「ったく」

月火「お兄ちゃん、騙されやすいよね」

暦「かもしれない。 お前と似たような物だよ」

月火「かもね」

暦「兄妹だしな」

月火「ところでさ、あれは何?」

暦「もう騙されねえぞ」

月火「そっかぁ、残念だ」

暦「二度は騙されない」

月火「なら、良いよ」

暦「良いよって、どういう意味だよ」

月火「さあ?」

暦「嫌な予感がするんだけど……って、おい」

月火「私は何でも二倍返しなんだよ」

暦「だからって正面からキスすんなや」

月火「なんで? 恥ずかしかった?」

暦「別に、妹とのキスなんざ何回でもしてやるよ」

月火「大サービスだね」

暦「罰ゲームだろ」

月火「そうかも」

暦「なあ」

月火「何?」

暦「お前は、僕の妹だ」

月火「えへへ」

暦「何笑ってるんだよ」

月火「何でも無い」

暦「聞かないと次に進めねえぞ」

月火「そっか、なら仕方ないかぁ」

暦「ああ、さっさと吐け」

月火「なんとなく、お兄ちゃんの妹ってのが誇らしくて」

暦「……んだよ、それ」

月火「なんとなくだよ、なんとなく」

暦「僕なんて、誇りにならねえだろ」

月火「なるよ。 お兄ちゃんは私の誇りだよ」

暦「……ま、いいか」

月火「うん、続きをどうぞ」

暦「で、僕はお前の兄だ」

月火「うん」

暦「それだけで、良かった」

月火「へ?」

暦「それだけで、僕には十分過ぎて」

月火「うん」

暦「少し、辛い」

月火「辛いんだ」

暦「お前達は、優しすぎるよ」

月火「そんな事は無いよ」

暦「あるさ。 優しすぎて、僕には辛い」

月火「そっか。 でも、私は逆だと思うな」

暦「逆?」

月火「逆ってのも少し違うかも」

暦「どういう事だ?」

月火「私達が優しいんじゃなくて、お兄ちゃんが優しいんだよ」

暦「僕は、そんな奴じゃねえよ」

月火「そんな奴だよ。 お兄ちゃんは」

暦「……なのかな」

月火「うん」

暦「前に、言われた事があるんだ」

月火「優しいって?」

暦「ああ、それと」

月火「それと?」

暦「優しさが人を傷付ける事もあるって、言われた」

月火「……うん。 それは分かるかな」

暦「なら、僕は誰かを傷付けているのかな」

月火「私は誰も傷付けていないと思うけど……でも、やっぱり一人は傷付けていると思う」

暦「一人? どうしてそう思う?」

月火「簡単な話じゃないかな。 お兄ちゃんは、自分自身を傷付けているんだよ」

暦「……僕自身を?」

月火「そ。 お兄ちゃん自身を傷付けているんだ」

暦「それなら、別に僕は良いかな」

月火「お兄ちゃんは良いかもね」

暦「うん。 それだけで済むなら、別に良いさ」

月火「私は良くないよ」

暦「……お前がそう想っているのなら、僕はお前を傷付ける事になっちまうよ」

月火「そう? お兄ちゃんならなんとか出来るって」

暦「買いかぶり過ぎだな」

月火「そうかな」

暦「僕は、そんな器用な人間じゃねえからさ」

月火「弱音を吐くなんて、お兄ちゃんらしくないね」

暦「弱音なんて、いつも吐いてるよ。 けど」

月火「けど?」

暦「……こんな事言えるのは、お前の前だけかもしれない」

月火「そうなんだ」

暦「僕はさ、本当にお前らの兄なのかな」

月火「何を言ってるの?」

暦「資格があるのかなって話だよ」

月火「無いでしょ」

暦「即答って、ひでえな」

月火「そんなのに資格はいらない。 なんて在り来たりな台詞は言わないけど」

暦「うん」

月火「私がお兄ちゃん以外はお兄ちゃんと認めない」

暦「はは、あははははは!」

月火「どうしたの、急に笑っちゃって」

暦「……悪い悪い、何でもないさ。 こっちの話だよ」

月火「ふうん。 変なお兄ちゃん」

暦「ああ、僕は変なんだ。 だから構わず続けてくれ」

月火「……それで、だから、お兄ちゃんは私のお兄ちゃんで居ないと駄目だよ」

暦「……そうだな」

月火「お兄ちゃんは今日の朝、言っていたよね」

暦「なんて?」

月火「私の兄でいる事を諦めないって」

暦「それは、お前らが拒絶すれば違うんだよ」

月火「私が、お兄ちゃんを?」

暦「ああ、そうだ」

月火「私がいつ、拒絶したのかな」

暦「年がら年中じゃねえのか」

月火「あれは拒否だよ」

暦「一緒じゃん」

月火「一緒じゃないよ」

暦「自分に、そう言い聞かせてたけど」

月火「けど?」

暦「でも、そうだとしても僕は……」

月火「いつになく落ち込んでるね」

暦「……そう見えるか」

月火「一目見れば分かるよ」

暦「はは……そうだったな。 それで?」

月火「私も、同じなんだ」

暦「同じって言うと?」

月火「一緒って事」

暦「一緒?」

月火「阿良々木月火も、お兄ちゃんの妹でいる事を諦めない」

暦「そっか……」

月火「だったら、それでいいじゃん」

暦「そう、なのかな」

月火「むしろ、それで駄目ならどうするのさ」

暦「どうしようもないな」

月火「なら、今はどうしようもあるね」

暦「それも……そうだな」

月火「何だか、そろそろ眠くなってきちゃった」

暦「気が合うな。 僕もだよ」

月火「火憐ちゃんに内緒で、一緒に寝ちゃう?」

暦「明日、一緒に火憐ちゃんからの説教を受けてくれるなら」

月火「お安い御用だね」

暦「そうかよ」

月火「ほれ、どうぞ」

暦「ああ」

月火「お兄ちゃんと一緒に寝るのって、何年振りだろ」

暦「さあな、すげえ前以来じゃねえのかな」

月火「そうかもね」

暦「そうだろ」

月火「そういえばさ、お兄ちゃん」

暦「ん?」

月火「さっき言っていた、良い事って何だったの?」

暦「ああ、それか」

月火「そう、それ」

暦「別に、ただ僕が言いたい事と、お前が言われたい事を一緒に出来る言葉ってだけだ」

月火「ふうん、それで、その言葉って?」






「月火ちゃん、ありがとう」




僕を兄だと言ってくれて。

僕を誇りだと思ってくれて。

僕を受け入れてくれて。

僕の妹で居てくれて。

ありがとう。

今はただ、それだけを伝えたかった。


第十二話へ 続く

以上で第十一話、終わりです。

乙ありがとうございます。

こんにちは。
第十二話、投下致します。

月火とベッドの上で会話をする少し前の話。

僕が忍野の姿をした化物と戦った後、家に帰り、風呂に入っている数十分の間の出来事。

以下、回想。

暦「で、忍。 話を聞かせてくれるか」

忍「仕方ないのう」

忍はそう言い、僕の影から姿を現す。

忍「さて、どこから説明した物か……ふむ。 まずはお前様の妹御の話からでよいか?」

暦「ああ。 僕も最初にそれを聞きたいからな」

忍「そうか。 では話すとしよう」

湯船の淵に座り、忍は天井を見つめながら語る。

忍「お前様も、先程連れて帰ってきた妹御が、本物の妹御とは理解しているじゃろ?」

暦「うん。 それは分かるよ」

忍「そして、あのアロハ小僧の姿をした奴がドッペルゲンガーだという事も、分かっておるな」

暦「気持ち悪いくらい、そっくりだったけどな」

忍「うむ。 儂も気分が悪かったわい」

うわ、すげえ嫌そうな顔だ……

本当にこいつは、忍野が嫌いなんだなぁ。

忍「そして、あやつが言っていた言葉は覚えておるか?」

あいつが言っていた言葉。

月火が、僕を殺してくれと願った事。 だろうな、この場合。

暦「忘れられる訳がねえだろ」

忍「じゃろうな」

忍「だが、お前様にとって、これは良い情報じゃよ」

暦「良い情報? その願いが……って、そういう事では無いみたいだな」

僕も一応は、忍の性格を理解しているつもりだ。

ここで、この場面で、そんな捻くれた事を言う奴では無い。

忍「あやつが言っていた事は、半分は本物で半分は偽物じゃ」

暦「……どういう意味だ?」

忍「つまり、結論から言うと」

忍「ドッペルゲンガーは二体おるんじゃよ」

ドッペルゲンガーが、二体?

暦「ちょ、ちょっと待ってくれ忍。 それなら、月火ちゃん以外にも願い事をした奴が居るって事か?」

忍「それもまた、本当であり本当では無い」

忍「儂が言っていた事を覚えておるか? 儂はお前様の妹御の血の匂いを、感じておったんじゃよ」

そうだ。

そうだよ。 忍はあの時確かに言っていたんだ。

匂いを二つ感じている。 そう、言っていた。

それはつまり、月火の匂いだ。

って事は、どういう事だ?

ええっと。

月火のドッペルゲンガーは間違い無く居て、そして忍野のドッペルゲンガーも間違い無く居る。

そういう、事になる。

暦「つまり……月火ちゃんのドッペルゲンガーと、忍野のドッペルゲンガーが居る。 って事……だよな?」

忍「左様。 じゃが今は違う」

忍「片方は既に始末されておる。 どっちかは、言わずとも分かるじゃろ?」

忍野の姿をしたドッペルゲンガーは、二日後にまた現れる。

それはとても、始末されたとは言えない。

つまりは。

暦「月火ちゃんのドッペルゲンガーが、消えた?」

忍「そうじゃ。 お前様があの小僧と戦っておる最中、じゃな」

忍「それまで二つあった匂いの内、片方が消えた」

……そうか。

恐らく、それをやったのは忍野だろう。

だからあいつは、あんなにも疲れていたのか。

一応は怪異。

それに、忍野が人間だと認めていた月火。

忍野にとっても多分、楽な仕事では無かっただろう。

そしてその現場に僕を来させなかったのも、あいつなりに考えた結果なのだろう。

なら僕は、それについては文句なんて言えない。

忍「これで情報は十分じゃろ。 ここからは儂の推測になるが、良いか?」

暦「ああ、頼む」

そうして、忍は語る。

忍が予測した、今回の一連の流れについて。

忍「まず、お前様の妹御は悩みを抱えておった。 そうでなければ、ドッペルゲンガーに会う事すら適わんじゃろうからな」

忍「そして、出会ったのじゃ。 ドッペルゲンガーと」

忍「いつ出会ったのかは分からん。 儂も匂いを二つ感じ始めた時期が分からんからのう」

忍「今日の朝、妹御が出掛けた時かもしれんし、或いはそれより前かもしれん」

忍「これはあの小僧か妹御に聞く以外、方法は無いじゃろうな」

忍「まあ、とにかく出会ったのじゃ。 怪異と。 加えて言うならば、あやつらが最初、どの様な姿形をしているのかは儂でも想像が付かん。 会った事も無いしの」

忍「そうして出会ったドッペルゲンガーに、妹御は願いをした」

忍「一つ目の願いは残念ながら、分からん。 だが、最初の願いを聞いた時、妹御の姿に変わった所を考えると……妹御の姿になるのが一番叶えやすかったのじゃろうな」

忍「そして、二つ目の願いじゃが……こちらは大体の想像を付ける事が可能」

忍「恐らくは、お前様と離れたい。 それか、お前様と距離を取りたい。 との感じじゃろうな」

僕と、離れたい?

暦「ちょっと待てよ、忍」

忍「なんじゃ」

暦「なんでそう断言できる? そうとは限らないだろ?」

忍「かもしれん。 しかし、あの極小の妹御が家という場所自体を避けていたのは明白じゃ」

忍「巨大な妹御とは不仲には見えんかったし、お前様を避けていると言っておったじゃろ?」

忍「ならその可能性が一番あるんじゃよ。 我が主様」

暦「僕には全く分からないぞ。 つうか、なんで家を避けていたって話になってるんだよ」

忍「おいおい。 お前様よ。 まさか忘れておるのか?」

忍「朝、極小の妹御と風呂に入った時、話しておったじゃろうが」

暦「話してるけど、それがなんだよ?」

忍「……はあ」

まさに溜息って言葉をそのまま表現した様な、そんな溜息だ。

忍「思い出せ。 あの妹御は怪異を見ておるじゃろ?」

怪異を見ている……ああ、八九寺の事か。

僕も一緒に見られているけどもな。 ばれてはいなかったけど。

暦「それがどうかしたのか?」

忍「蝸牛」

言われ、気付く。

八九寺は、怪異だ。

家に帰りたくない人を迷わせる、蝸牛の怪異。

そして、そう思っている奴にだけしか見えない、怪異。

月火が八九寺を見ているという事は、つまりはそういう事だ。

忍「分かったか、我が主様よ」

暦「……ああ、そうだな。 忍の言う通りだ」

おいおい。 僕は一体何をやっていたんだ。

あんな始めに、月火の想いに気付くチャンスはあったじゃねえかよ。

忍「話を戻す」

忍は言い、続ける。

忍「何故、そんな事を想っていたのかも分からん。 それもまた、妹御に直接聞かねば分かるまい」

忍「そして、一人目のドッペルゲンガーはそれを汲み取った」

忍「覚えておるか? あやつらは願いを叶える時、手段を問わんと」

忍「二つ目の願いを叶える際、手段を問わず一番手っ取り早い方法」

忍「お前様を殺すと言う事じゃ」

忍「しかし、困った事に姿は妹御。 その姿で願いを叶えるには少し、難しい物があるじゃろうな」

忍「腕力も無ければ、体力も無い、ただの小娘なのじゃから」

忍「無論、あのアロハ小僧に姿を変える事は出来た筈なのじゃが……それをしなかった」

忍「恐らくこれは、一つ目の願いが関係しているのかもしれん」

忍「そして、ドッペルゲンガーは一つの方法を導き出す」

忍「つまり、自らと同じ怪異に願いをすると言う事じゃよ」

忍「会うのは簡単だったと思うのう。 なんせ、同じ種類なのじゃから」

忍「そして出会い、また願った」

忍「妹御の姿で、一つ目の願い」

忍「お前様を殺してくれ。 また二つ目の願い」

忍「こちらも同様、お前様を殺してくれ」

忍「そうして、あの小僧の姿をしたドッペルゲンガーが生まれた」

忍「お前様を殺す為に」

なるほど。

納得だ。 全てに辻褄が合う。

月火が何故、僕と一緒に居たくなかったのかは分からないが。

これは、本人に聞いて良いのだろうか。

聞いてしまっても、良いのだろうか。

忍「じゃが、気になる事もあるのう」

暦「気になる事?」

忍「一つ目の願いじゃよ。 これはもう、アロハ小僧に聞くしか無いが」

忍「一つ目と二つ目、どちらが先に叶うのか。 と言う事じゃ」

忍「一つ目の願いは妹御の姿でするのが一番よいと判断した。 二つ目から叶えるとすれば、そこでもう一匹のドッペルゲンガーに頼む事も無かった筈」

忍「故に」

忍「優先順位は、一つ目の方かのう?」

忍「まあ、儂が考える限り、もう一つの可能性もあるにはあるが」

暦「もう一つの可能性、ってのは?」

忍「今話しても仕方あるまい。 違う可能性もまた、同じくらいあるのじゃからな」

忍「この事も含めて、あの小僧に聞くのが一番手っ取り早いじゃろうて」

暦「まあ、そうだな」

確かに……忍の言っていた優先順位、それによってはあのドッペルゲンガーを倒したとしても、問題が解決しない可能性もある。

一つ目の願いが叶っていて、それが他のドッペルゲンガーを呼び寄せないとも言い切れない。

願いの内容は、やはり月火に聞くしか無いか。

優先順位の事は明日、忍が言っていた様に忍野に聞くとしよう。 他にも、あの化物野郎との戦い方も聞かないといけないし。

暦「大体の流れは理解できたよ、ありがとう。 忍」

忍「礼には及ばん」

暦「けど、やっぱり大事な部分は欠けている感じだな。 もっとも、あくまでも忍の推測だから当たり前なのかもしれないけど」

忍「とにかく、一度話す必要はありそうじゃ」

忍「あの小僧とも、お前様の妹御とも」

暦「だな」

暦「まあ、それも明日……聞くとしよう」

忍「儂的には、今から妹御を叩き起こしてでも聞くべきだとは思うが?」

暦「今日は良いさ。 色々ありすぎたんだから、疲れているだろ」

忍「カカッ。 お前様の方が、よっぽど疲れているだろうに」

忍「何回死んだと思っておるんじゃ」

暦「数えてねえよ。 てか、よくそんな事が言えたな。 狸寝入りしやがって」

忍「儂のは作戦じゃよ。 隙を伺っておったんじゃがのう」

その言葉に、偽りは無い。

僕にはそう思えた。

忍「お前様よ……あやつはかなり強いぞ。 隙は皆無じゃ」

暦「だと思った。 訳分からねえからな、ほんと」

忍「一つだけ助言じゃ。 聞くか? 我が主様」

暦「……頼む。 お前の方が場数なんて物、僕とじゃ比べ物にならないだろうし」

忍「良い話では無いが、それでもか?」

なんだよ、まどろっこしいな。

暦「それでもだ。 火憐ちゃんの蜂の時と一緒だよ。 方法があるなら試すべきだろ」

忍「承知した、我が主様」

笑みを消し、忍は僕に顔を向け、続ける。

忍「今までの様に戦っていては、勝つ事は不可能」

忍「お前様の考えを捨てない限り、勝てんよ」

僕の、考えを捨てる?

暦「どういう意味だよ、忍」

忍「後は自分で考える事じゃ。 儂から言えるのはここまで」

これ以上は、とてもじゃないが言えん。

と、忍は小さく付け加える。

暦「……そっか。 良く考えておく」

暦「まあ、でも。 とりあえずは忍野からの話も聞かないとな」

忍「うむ。 今日の所はゆっくり休め。 明日もまた、忙しい日になるじゃろうし」

暦「それもそうだけど、あんま時間は無いと思うけどな……」

とは言っても。

なんか、全身から力が抜けちまうな。

暦「ふううううう……」

忍「なんじゃ、突然緩みきった顔をしおって」

暦「いや、ちょっと安心したってだけだよ」

忍「安心、とは?」

暦「月火ちゃんが、心の奥底で僕の事を殺そうと想っていなかった事にだよ」

忍「そんな事は、少し考えれば分かる事じゃろ」

暦「勿論、考えたさ」

暦「でも、少し考えちゃったらさ……余計な事も、考えてちゃうんだよな」

忍「カカッ。 無理も無いとは、思うがのう」

暦「まあ、それでも」

暦「月火ちゃんが僕と離れたいと想っている事には、変わりは無いんだけどな」

忍「ふむ」

忍「恐らくじゃが、理由があると儂は思うぞ」

暦「それは、気休めか?」

忍「うむ。 気休めじゃ」

はっきり言いやがって。

せめて嘘でも良いから、気休めじゃないと言ってくれよ。

暦「理由、ねえ」

暦「やっぱり僕には、思い付かねえや」

忍「ま、それも妹御と話すしか無かろうて」

全くその通りだな。

話さない事には何も進みやしないし、変わりもしない。

それに、見えてこない。

暦「だけどさ、それも僕は」

裏切りなのだと、思う。

一応、僕は月火の事は信用していると思っている。

けど、多分。

心のどこかで月火の事を信用していなかったからこその、今僕が感じている安心感。

暦「いや、やっぱり良いや。 忍も今日は休んどけ」

忍「ふむ? お前様が言うのなら、遠慮無くそうさせてもらうかの」

そう言い残すと、忍は影の中へと消えて行く。

しっかし。

とにかく今は休む。 か。

全く以ってその通り、だな。

二日後までに、なんとかしないといけないんだ。

今の状態は、ただの後回し。

問題の後回し。

僕はその行為自体は嫌いな方では無いのだが、月火は違うんだろうな。

あいつはやはり、面倒な事をさっさと済ませてしまうのだから。

その辺りは兄妹と言っても、全然違う。

ん? ちょっと待てよ。

考えすぎだろうか?

いやいや、これは『傲慢』に値するだろう。

だけど、そうだとするならば、欠けた部分も補える……のか?

違うな。

これは、僕が答えを出す事じゃない。

忍野に話を聞いて、月火に話を聞いて。

それで初めて、答えが出る問題だ。

まずは明日。

廃墟へ行くのには、月火を連れて行くべきだろうか。

……一旦は家に居させよう。 これだけの事があって、気が動転しない方がおかしいし、そんな状態の月火を連れ出す訳には行かないし。

万が一にも、あのドッペルゲンガーが襲ってくる事もあるが、ここは忍野が言っていた「大丈夫」との言葉を信じてみるしかない。

それに、あのドッペルゲンガーの狙いは僕な訳だし、連れて歩いたらそれこそ危険だ。

まあ、それを言ったら僕はとっととこの家から出るべきなのだが、それでは何も解決出来ない。

今回の事を解決するのには、月火の力は間違いなく必要なのだから。

一番の問題はやはり、二日後。

僕がどうやって、あの忍野に勝つかって事だろう。

さっきも忍が言っていたが、僕の考え方を捨てるという言葉。

その意味は分からないが、それが重要な何かなのかもしれない。

とにかく。

月火をベッドに移したら、ゆっくり休むとしよう。

僕もベッドで寝たいのだけれど、今更僕の部屋で寝ている火憐の元に潜り込むのもあれだしなぁ。

火憐のベッドもさすがに使う訳にはいかないし。

仕方ねえか、今日はソファーで寝るとしよう。

そして今……月火は、僕の事をどう思っているのだろうか。

僕と離れたい。

それは、良い意味には聞こえない言葉だ。

勿論、僕に原因があるのだろう。

今まで月火がそんな事を思っていたなんて事は、考えすらした事が無い。

それだけに、月火という僕の妹である筈の人間が、少し分からなくなってしまう。

いや、更に分からなくなってしまう。

僕は本当に、兄なのだろうか。 あいつらの兄で居る資格が、僕にはあるのだろうか。

そんな事を考えてしまう。

火憐が聞いたら、迷わず殴り掛かってきそうな考え。

そんな火憐なら多分。

「何言ってるんだよ、兄ちゃん。 馬鹿にでもなったのか?」

うるせえ、やかましいわ。

想像なのだけれど、火憐に馬鹿って言われるとすげえむかつくな。

んで、月火なら多分。

多分、何だろう。

「私がお兄ちゃん以外をお兄ちゃんとは認めない」

こんな感じだろうか。

そんな言葉を本当に言われれば、僕はどれだけ救われる事か。

いつか火憐に言われた、分かっている振り。

今、それを実践してみたのだけれども、僕にはどうも難しい。

まあ、所詮は想像。 妄想だ。

何度目かのとりあえず。

まずは月火をベッドに移してやるとするか。

そして、僕はすっかりと忘れていた。

火憐がその時、一緒に言っていた言葉。

分かっている振りをしていれば、それは分かっているに変わる。

それが、兄妹だと。

僕がそれを思い出すのは、今から何十分か経った後の話である。


第十三話へ 続く

以上で第十二話、終わりです。
乙ありがとうございます。

そしてスレが1000行く前に終わるのか……


すごく良い!
ただ、原作では我が主様ではなく、我があるじ様なのでそこだけ気になる

こんにちは。

>>650
oh... 修正しておきます、ありがとうございます。

それでは第十三話、投下致します。

翌日。

僕は現在、あの廃墟へと来ている。

理由は勿論、昨日の出来事を忍野に聞く為だ。

あれから再び考えたのだけれど、月火は一旦家で待機させる事にした。

やはり、いつどこであの化物が出てくるか分からないし、月火も月火でゆっくりと考える事があるだろうし。

絶対に、外には一歩も出ない様に言い付けて。

月火の話は後ほど聞く予定だが、先に忍野とも話す必要はありそうだ。

僕も一応、この一件については考えている事もあるので、最終的には月火をここに連れて来なければならないのだけれど。

忍野「や。 待ちくたびれたよ」

暦「その台詞も少し飽きてきたな。 で、早速だけど忍野。 昨日の事について聞きたい」

忍野「せっかちだねぇ。 まあ、それくらいしか話す事も無いし、良いんだけどね」

だったら最初から文句言うんじゃねえよ……

忍野「忍ちゃんからも聞いているだろ?」

暦「ああ。 大体はな」

忍野「なら僕から改めて言う事も無いかなぁ」

暦「いや、必要だろ!」

忍野「ええ、はあ。 分かったよ、説明しよう」

すっげえ面倒臭そうだなぁ。

忍野「まず、阿良々木くんの妹ちゃんがいつ入れ替わっていたのかってのは、分かるかい?」

暦「……それが分かれば、僕も苦労しねえよ」

忍野「じゃあ、質問を変えよう」

忍野「阿良々木くんは、いつ入れ替わっていたと思う?」

暦「いつ入れ替わっていた……か」

いつ、だろうか?

今思うに様子がおかしいと思ったのは、朝。

昨日の朝の事だ。

月火が一人で出掛けると言った、その時。

暦「僕も記憶を辿り辿りだから、正確な事は言えないかもしれないけど」

忍野「いいさ。 構わないよ」

暦「多分、昨日の朝からじゃないかな」

忍野「……なるほどね」

暦「今思い出して、明らかに変って言えるのがその時なんだ」

忍野「ハズレだよ、阿良々木くん」

んだよ、もうちょっとタメを作ってから言って欲しい物だ。 どこかのクイズ番組よろしく。

暦「だとすると」

それなら、いつからだろうか。

ああ……てか、ちょっと考えれば分かるけれど、朝出掛けた時だ。

その時に入れ替わっていたってのが、一番可能性としてはあるよな。

夕方には、なんだか月火の様子がおかしかったし。

……僕の部屋での月火とか。

いやいや、別にあれが記憶に強く残っているって訳じゃねえよ?

まあでも、目がとろんとした月火は可愛かったけどもさ。

もう一回やってくれないかな、あいつ。

暦「月火ちゃんが出掛けている時に入れ替わって、ドッペルゲンガーとしての月火ちゃんが帰ってきた?」

忍野「残念だけど、それもハズレだ」

忍野「阿良々木くんはさ、物事を一点だけしか見てないんだよ。 もうちょっと平面的に捉えれば、すぐに分かる事だよ」

忍野「僕のこの質問の意味だとか、考えてみなよ」

忍野の質問の意味?

なんだよ、ただの嫌がらせじゃなかったのか。

それにしても、改めて考えてみて、この質問に意味なんてあるのだろうか?

忍野「正解を言おうか、阿良々木くん」

暦「……なんか負けた気分で嫌だけどな」

忍野「はは。 単純に考えればすぐ分かる事さ」

忍野は煙草を咥えながら、僕に向けて言う。

忍野「君はさ」

忍野「どうして、入れ替わっているという前提で物事を考えているんだい?」

何?

入れ替わっているという、前提?

暦「ちょ、ちょっと待ってくれ、忍野」

暦「それは必要な前提だろ? それに、それならどうして忍野はそんな質問をしたんだよ」

忍野「だから、阿良々木くんは勘違いしやすいからねぇ」

うわ、昨日のあいつと台詞が被ってる。

まあ無理もねえか、忍野その物って訳だしな。

忍野「ちっちゃい妹ちゃんは入れ替わっていないんだよ」

忍野「阿良々木くんが変だと感じた妹ちゃんは、紛れも無く君の本当の妹ちゃんだよ」

は?

月火が、入れ替わっていない?

最初からずっと、月火は月火のままだって?

暦「いや、それならおかしくねえか?」

だって、そうだろ。

ならどうして、僕は変だと思わなかったんだよ。 ドッペルゲンガーの特性で、そうなったんだろ。

僕も、忍も、火憐も。

忍野「忍ちゃんは判断基準が違うからだよ。 分かるだろ?」

忍が変だと思ったのは、匂い。

月火の匂いが二つある事を変だと思わなかった。

片方がドッペルゲンガーの匂い故に。

忍野「でっかい方の妹ちゃんは、それが変だとは思わなかったからじゃないかな?」

あん?

火憐が、それを変だと思わなかった?

暦「だから、それはドッペルゲンガーの特性でなったんだろ?」

忍野「残念ながら、阿良々木くん」

忍野「ドッペルゲンガーが入れ替わっていなかった以上、その特性は殆ど出てないんだ」

忍野「さっき言ったじゃないか。 物事を平面的に捉えろってね」

忍野「でっかい方の妹ちゃんは、それを変だと思わなかった」

忍野「それだけの事さ」

忍野「怪異の所為でも無い。 ただ単純に、そう思っただけの事だよ」

暦「いや、それがありえないんだって言ってるんだよ、忍野」

暦「火憐ちゃんが、あの状態の月火ちゃんを放って置く訳がねえだろ?」

暦「だって、火憐ちゃんは」

僕より、月火の事を理解している。

そう、か。

それならば、火憐が月火の行動を受け入れていたのも、納得ができる。 出来てしまう。

何故なら、火憐は僕よりも月火の事を理解しているから。

そして、本当に火憐が月火の事を変だと感じたのは、その前。

月火が僕を避けているという、その一点だけだ。

けど、それもまた怪異の所為では無い。

単純に火憐は月火の様子がおかしいと、怪異の所為でも何でも無く、普通にそう感じただけなのだ。

そしてその様子がおかしいというのが、火憐曰く「兄ちゃんを避けている」って事だ。

そうだとするならば。

それが、月火の悩みでもあるのだろう。

そうすれば繋がる。 全部。

月火は何かしらの僕に関係する事で悩んでいて、それが原因でドッペルゲンガーに出会った。

そして、その願いは僕と離れたいとの事なのだろう。

それが心の奥底で想っていた事、なのだろう。

暦「……そうか」

忍野「分かったかい。 阿良々木くん」

忍野「ちっちゃい妹ちゃんは、ドッペルゲンガーと入れ替わっていない。 これは確定しているんだ」

暦「分かったよ。 忍野」

暦「月火ちゃんの行動を僕はいつも通りだと思っていた。 そういう事だろ」

忍野「さあ。 それは阿良々木くん自身が考える事さ」

そうだろうな。

僕は月火の行動を変だと思わなかった。

一人で出掛けるのも、僕の部屋で妙な雰囲気だったのも、夜に一人で出掛けたのも。

心のどこかで、それは普段の月火だと。 そう思っていたから、僕は月火の行動を受け入れていたのだろう。

それは、火憐の想いとは全然違う。 方向性は、完全に違う。

火憐は月火の事を理解していたから、受け入れた。

あの時火憐は寝ていたけれど。

恐らく起きていたら、夜出掛けると月火が言った時に間違い無く、あいつは止めた筈だ。

そこが、僕との違い。

僕は月火の事を理解していなかったから、受け入れた。

だから、夜出掛けると言った時に僕は止めなかった。

その行動すらも、僕は受け入れた。

暦「……でも、忍野」

忍野「ん? なんだい」

暦「僕はどうして、月火ちゃんの行動が変だと思えたんだ? そうじゃなかったら、今頃僕は家で、未だにゆっくりしているかもしれないんだぞ」

忍野「簡単な話さ。 とは言っても、気付かせてあげた忍ちゃんは寝ている訳だから、証人は居ないんだけどね」

暦「……忍が、僕に気付かせたって言うのか?」

忍野「そうだよ。 君がこの物語を終わらせようとした所で、忍ちゃんはおかしいと思ったんだろうね」

忍野「だから、君の心に動揺を与えた。 それで阿良々木くんは気付けたんだよ」

そうだったのか。

……僕の周りはお人好しだらけかよ、ほんとに。

後で、あいつにはお礼を言わないとな。

暦「僕は、何にも分かっていなかったんだな」

忍野「そういう事だ。 物事を見る時はもう少し、視野を広く持つべきだね」

暦「……最低だな」

忍野「はは。 おいおい、阿良々木くん」

忍野「僕は別に、君を責めている訳でも無いし、悪いと言っている訳でも無いんだぜ」

忍野「それは当たり前の事だよ。 でっかい妹ちゃんは、ちっちゃい妹ちゃんと仲が良いんだろ? ならそうであって当然だ」

忍野「僕が言いたいのは、阿良々木くんは視野が狭いからもう少し広く見ようってだけさ。 それが」

忍野「今回のあいつを殺す鍵にも、なるんだからさ」

そうだった。

今は、ぐだぐだ悩んでなんていられねえんだ。

まさか忍野に慰められるとは思わなかったけれど、こいつの言う通りかもしれない。

仲が良い奴が理解していて当たり前。

それなら僕は、これから月火と仲良くなれば良いだけの、それだけの話。

深く考える必要は無い。

ただ、それだけの事。

考える必要は無いけれど、話す必要はある。

それで少しでも月火の事が理解できるのなら、僕はいくらでも歩み寄る。

あいつは多分引くだろうが、その分寄って行けば良いだけの事。

暦「忍野、教えてくれ」

暦「あの化物、お前の姿をした化物を殺すには、どうすればいいか」

僕がそう言うと、忍野は笑い、答える。

忍野「オッケー。 それじゃあ本題に入ろう」

忍野「あの格好良い化物をどうやって殺すか、だ」

前半がうまく聞こえなかったけれど、多分すげえどうでも良い事だ。 聞き返さないでおこう。

忍野「あの格好良い化物を殺す方法なんだけど」

暦「なあ、忍野」

忍野「ん? どうしたんだい」

暦「化物の前に余計な物が付いているから、省いてくれ。 鬱陶しい」

ツッコミをせずにはいられなかった。 僕は案外我慢強く無いのかもしれない。

忍野「はは、良いね。 そのツッコミ待ちだったんだよ。 ようやくいつもの阿良々木くんだ」

そうかよ。

僕には好きで付けている様にしか聞こえなかったけどな。

忍野「それで、その化物だけど」

忍野「忍ちゃんにも軽く聞いているとは思うよ。 結論から言うと」

忍野「阿良々木くんが絶対にやらない方法で、殺す」

暦「僕が、絶対にやらない方法?」

忍野「そうだ」

忍野「阿良々木くんが取りそうな方法は、全部ばれていると考えた方が良い」

忍野「なんと言っても、この僕自身だしね」

忍野「だから、正確に言うと」

忍野「僕が「阿良々木くんなら絶対にこの方法は取らないだろうな」って方法で、殺すしかない」

忍野「言って置くけど、チャンスは一度だけだよ」

暦「忍野が考える、僕が取らない方法か」

忍野「失敗したら、次は無い。 同じ方法は勿論使えないし、その後に他の方法を考えても、可能性があると感じた時点で僕は対策を取るだろうね」

忍野「だからその方法を考えて、それに加えてチャンスは一回のみ」

忍野「失敗したら、僕達の負けさ」

って言われてもな。

僕が絶対に取らない方法って、何だ?

暦「忍野には見当が付くか? 僕が取らない方法」

忍野「おいおい、僕に見当が付いたらそれは取る方法だろ?」

全く以ってその通り。 ぐうの音も出ない。

暦「考えなきゃいけないな……明日までに」

残されている時間は、多いとは言えない。

忍野「それは完全に阿良々木くん任せだよ。 僕はこれ以上何もアドバイスは出来ない」

全く、とんだ賭けだな。

けど、なんとかしないといけない。

月火は僕が死ぬのを望んでいないから、死ぬ訳にはいかない。

忍野「ところで阿良々木くん。 話が変わるんだけど」

忍野「妹ちゃんには、阿良々木くんの体の事とか、その辺りの話はしたのかな?」

暦「いや、それはまだしていないよ」

忍野「そうかい」

暦「なあ、そういえば忍野は昨日、月火ちゃんのドッペルゲンガーと会っているんだよな?」

忍野「うん。 そうだけど、それがどうかしたのかい?」

暦「そいつは、何か言っていたか?」

忍野「いいや、特には何も言っていなかったかな」

暦「そうか……」

暦「でも、そのドッペルゲンガーが僕を殺してくれと、忍野のドッペルゲンガーに願ったんだよな?」

忍野「そうみたいだね。 そうじゃなければ、僕の偽物は出てこなかっただろうし」

暦「やっぱり、分からないんだよなぁ……」

忍野「君の妹ちゃんが、どうして阿良々木くんを避けているか。 かな」

暦「ああ。 一つだけ、思い当たる事はあったんだけどさ、それは多分自意識過剰っつうか」

暦「『傲慢』だと思うんだよ」

忍野「はは。 『傲慢』ね。 それを阿良々木くんは悪い事だと思っていると」

暦「だってそうだろ。 七つの大罪とか言うくらいだし」

忍野「何度も言うけど、それが物事を一点しか見れていないって事なんだよ」

忍野「阿良々木くんの言い方から察するに、多分こんな事を言われたんじゃないかな」

忍野「君の優しさは、自分自身を傷付けている。 って」

こえー。

僕の言い方のどこからそう思ったんだよ、こいつは。

羽川の比じゃねえよな。 あいつが尊敬しているだけあるよ。

暦「言われたよ。 全く同じ事を妹に」

忍野「はは、やっぱりか」

忍野「そうだねぇ」

忍野は少しだけ考える素振りを見せ、僕に向けて再び口を開く。

忍野「阿良々木暦は、頭が悪い。 そして、他人の為なら自分に命を何とも思っていない」

忍野「見ず知らずの他人でも、助けを求められれば迷わず手を指し伸ばすだろう。 それで自分が死ぬ事になろうとも」

暦「忍野? 何言ってるんだ、急に」

暦「つうか、いくら僕でも見ず知らずの他人にほいほいと手は出さねえよ」

忍野「忍ちゃんの事は?」

それは。

そうかもしれないけどさ。

でも、僕は……今忍野が言っていた様な、そんな奴では無いんだ。

忍野「分かるかい、阿良々木くん」

忍野「これは僕が阿良々木くんに対して『傲慢』になったとして、だよ」

忍野「僕も一応は、阿良々木くんの性格は理解しているつもりだ。 だからさっき言った様に思いはしない」

暦「……ああ」

忍野「良い気分では無いだろ?」

暦「まあ、そうだな。 だからこそ、僕はその思い当たる事を前提とは出来ないんだよ」

忍野「はは」

忍野「それは違うよ」

忍野「僕と阿良々木くんは他人だ。 そんな他人に見透かされても、嫌な気分だろうさ」

いつも見透かした様な事ばかり言う癖に、良く言うよ。

忍野「しかし、それ以前に君と妹ちゃんは家族だろ?」

忍野「家族に対しては『傲慢』で居ても、僕は良いと思うけどね」

それが、家族だろ? と、忍野。

確かに、確かにそれはありなのかもしれない。

以前、影縫さんに僕が言った様に。

家族には迷惑も掛ける、借りを作る事もある、秘密を持つ事もある、恩を返せない事もある。

しかし、家族に対して『傲慢』ってのはありなのだろうか。

僕は月火に対して『傲慢』でいて、良いのか。

忍野「一つだけ言わせて貰おう、結構酷い事だけど良いかな」

暦「酷い事なら言われ慣れてるから、心配いらねえ」

忍野「阿良々木くんは多分、こう考えているんだろうさ」

忍野「僕はあいつらの事をちっとも理解出来ていない。 そんな僕があいつらに分かった様な口を聞いても、良いのだろうか」

忍野「なんてね」

忍野「ああ、これも『傲慢』に値するのかな。 阿良々木くん」

暦「……いや、その通りだよ。 僕はそう考えている」

忍野「それは良かった。 んで、それは僕から言わせると」

忍野「その行動、考え方は、君が理解しようとしていないからなんだ」

忍野「簡単に言うと、自分から距離を作っているのさ。 いや、その場から動こうとしていないってのが、正しいかな」

動こうとしていない。

理解しようとしていない。

忍野「別に僕も、君達兄妹の関係にぐだぐだ言うつもりは無いけど」

忍野「阿良々木くんは自分の優先順位を下位にし過ぎだ。 人類皆平等なんて事は言わないけどさ」

忍野「家族ってのは、もっと思った事を言える仲だと思うぜ」

暦「……それも、仕方ないだろ」

暦「こんな言い方をするのもあれだけど、あいつらは怪異なんて物には関わりが全然無かった」

暦「なら、一番関わりがある僕が、気を使わないと駄目じゃねえか」

忍野「そういう考えもありだけど、それは君の気持ちかい?」

暦「そうだ。 最初から関わるべきじゃないだろ、怪異なんて」

忍野「……なるほどね。 まあそんな考えもありなのかな」

忍野「ま、僕が言いたいのはこの位だよ。 後は経験して学べばいい」

忍野「とりあえず一度、阿良々木くんが言う「思い当たる事」ってのを妹ちゃんに話してみると良いよ」

忍野「君の体の事とか、怪異の事とかもどうせ話すんだろ?」

暦「ああ。 そうは伝えてある」

一応、伝えてある。

その時の月火の反応。

もしかしたら、あいつは。

いや、考えるだけ無駄か。 月火は良いと言っていたから、僕はそれを受け止めるだけだ。

暦「優先順位で思い出したんだけどさ」

忍野「ん? 何かな」

暦「忍野。 月火ちゃんの一つ目の願いってのは、結局何だったんだ?」

暦「それと、昨日忍とも話したんだけど。 願い事の優先順位ってのはどうなっているんだ?」

忍野「一つ目の質問については、分からない。 いや、答えは知っているけどさ」

忍野「それは僕の口から言うべき事じゃない。 分かるだろ?」

まあ、そうするべきだとは思うけど。

忍野「んで、二つ目の質問だ」

忍野「優先順位は一番目の願い事からだよ」

なるほど。

だからこそ、月火のドッペルゲンガーは二番目の願い事を叶えている……いや、正確には叶えようとしている。

それをしているという事は、既に一番目は達成されているって訳だよな。

忍野「ただし、これには例外があるんだよ」

暦「例外?」

忍野「うん。 そして、その例外が起きた場合だけ順序は逆になる」

忍野「けど、その例外を言ったら一番目の答えになっちゃうからなぁ」

忍野「伝えられるだけの情報を教えておくと」

忍野「あの妹ちゃんの姿をしたドッペルゲンガーは、一番目の願い事を叶えていなかった」

忍野「その例外が起きて、順序が逆になっていたからさ」

ええっと。

つまりは、月火の一番目の願い。 それが何かって事だよな。

そしてそれが、例外に関係しているって事だ。

考えても僕には分からないし、知る為には月火に聞くしかないか、やっぱり。

忍野「それだけだよ。 今言える事は」

暦「けど、忍野の姿に変わる事も出来ただろ? そうすれば別に、もう一匹のドッペルゲンガーに願わなくても済んだだろ?」

忍野「うーん。 まあ、そうなんだけどさ」

忍野「あのドッペルゲンガーは、卑怯だったね」

卑怯? どういう事だ。

忍野「願いを叶えなければならない。 けど、自分の手は汚したく無かったんだろう」

忍野「もしかしたら、あのドッペルゲンガーは全て分かっていたのかもしれないね」

暦「……全て分かっていた?」

忍野「こっちの話さ。 そうそう、あの怪異はひと言、最後に言っていた」

忍野「お兄ちゃんを宜しくお願いしますって、丁寧に頭を下げてね」

暦「なんだよ、それ」

忍野「さあ? 本心では阿良々木くんを殺したく無かったんじゃないかな」

暦「けどな、忍野。 仮に、もしそうだとしたら、もう一匹のドッペルゲンガーに頼む事も無かっただろ?」

忍野「かもしれない」

忍野「けど、こうも考えられる。 物事を平面的に捉えれば」

忍野「あの怪異は、今のこの状況になる事が分かっていたんじゃないか? 阿良々木くんが本当の妹ちゃんの気持ちを察して、問題を解決するんじゃないかと」

暦「僕と月火ちゃんの関係を正す為に、そうしたって言うのか?」

忍野「それはなんとも言えないよ。 怪異は出会ったら出会いやすくなる。 それもあいつは分かっていた」

忍野「だからこそ、じゃないかな」

だからこそ、月火のドッペルゲンガーは願ったのか。

これから先、月火を僕が導いて行ける様に。

けど、それは少し僕の考えと違う。 違ってしまう。

この考えが正しいのかは分からないけれど、うまくやれば全部が『無かった事』になる。

それは何よりも、望まれている事なのではないだろうか。

忍野「ま、僕達がいくら話しても、本当の所を知る奴はもう居ない。 考えても無駄な話だ」

忍野「んで、話を戻すけど阿良々木くん」

忍野「いつ、君の事は話すつもりなんだい?」

暦「ああ、一応全部が終わったら話すとは言ってあるんだけど」

忍野「だけど?」

暦「……忍野、一つ頼みがあるんだ」


第十四話へ 続く

以上で第十三話、終わりです。

乙ありがとうございます。

暦物語、5月22日に発売らしいですね!
ファイヤーシスターズのお話あるかなぁ

入れ替わるとか気付かせるとか、いまいちよくわかんね

まとめてみた

・怪異→ドッペルゲンガー
願い事を二つ叶える。 一つ目は直接頼んだ願い、二つ目は心の奥で願っている事
月火の姿をしたドッペルゲンガーと忍野の姿をしたドッペルゲンガーが存在
月火の方のドッペルゲンガーは忍野によって始末済み。 忍野の方のドッペルゲンガーはアララギくんを[ピーーー]為に待機中
願い事の優先順位は一つ目→二つ目 正し例外があった場合は変わるとの事

・月火
怪異に関わった
一つ目の願い事は不明。 二つ目はアララギくんと離れたいとの事

・アララギ君
月火が怪異に関わっている事を知る
月火には自身が吸血鬼となった事を話すと言っているが、それについては何かしら考えてあるらしい


入れ替わるっていうのは単純にミスリードかと思った
アララギ君が月火ちゃんの事を理解できていなかったから、一日の中での異常な行動を変だと思わなかったってだけじゃね?
結局気付けたのは忍のオカゲってだけで

気付かせるってのはそんな深い意味は無いかと
693が言ってる様に忍のおかげで気付けたって事が分かってればいいと思う
>>1が来るまでなんともいえんがw

こんにちは。

>>692
文章が若干ぐちゃってるので、分かり辛いかもしれないです。 申し訳ない。
>>694さんが言っている様に、忍が気付かせたには特に意味は無いです。
そのまま、なんとなくで受け取って頂ければと思います。

>>693
まとめありがとうございます。
大体はそんな感じです。
入れ替わるについては、仰るとおりミスリードになってます。 とは言っても中途半端な形ですが。


それでは第十四話、投下致します。

廃墟からの帰り道。

ポケットの中で、携帯が揺れているのに気付いた。

誰だ? あまり時間があるとは言えない状況だってのに。

携帯を開き、画面を確認。

どうやら電話では無く、メールか。

僕のアドレス自体、知っている奴は多くは無いけれど。

From 小妹
Sub 神社で待ってる

おいおい。

おいおいおいおい。

家から出ている時点で僕の言い付けは既に守られていないじゃねえか!

ああ、そうだ。 そうだった。

あいつはそうだ。

『言う事を聞くけど守らない奴』だった。

つうか、神社って事は……昨日の場所だよな?

呼ぶにしても、何でそんな場所を選ぶんだよ、あの馬鹿。

まあ、でも。

どの道、自転車は置きっぱなしな訳だし、寄って行く予定ではあったんだけどさ。

にしても、縁起が悪いな。

いや、神社に対して縁起が悪いって言うのは、なんかしらの悪い事がこの身に起こりそうな感じがする。

言い換えよう。 縁起が良い。

うーん。

良くねえよやっぱり!

時間経過。

暦「お前な、なんでよりによってこんな場所を指定するんだ……」

息を整えながら、文句。

階段の終わり。 一番上の段に、月火は座っていた。

月火「良いじゃん別に。 あのお化けは今日は出ないんでしょ?」

暦「つってもだな。 絶対に出ないとも言い切れないだろ」

月火「大丈夫だよ」

暦「何を根拠に言ってやがる!」

月火「私に何かあっても、お兄ちゃんは駆けつけてくれるし」

うぐ。

その笑顔でその台詞は反則だろ。

暦「……まあ、良いか」

若干の恥ずかしさから、顔を逸らしながら僕は言う。

暦「ところで、何で月火ちゃんは制服を着ているんだ?」

月火「なんとなく?」

暦「んだよそれ。 つうか、この場面を第三者に見られたら、僕はどう思われるんだろうな……」

月火「安心して、お兄ちゃん。 私がしっかり言ってあげるから」

暦「何て?」

月火「この人変質者です。 助けてくださいって」

暦「捕まるじゃねえか!」

月火「あはは」

はあ。

前よりなんだか素直というか、毒気が抜けたというか、そう思っていたのだけれど。

案外、そうでもないかもしれない。

暦「で、呼び出したって事は話があるんだろ?」

月火の隣に僕は腰を掛け、溜息混じりにそう言う。

月火「うん。 その通り」

月火「お兄ちゃんは聞きたいんでしょ、私の願い事」

暦「……ああ。 聞かないといけないとは、思ってる」

月火がどう想い、どう考えているのか。

その辺りはきちんと話して、すっきりとした気持ちであの化物とは戦いたい。

月火「おっけー。 じゃあ話すよ」

暦「おう、でもちょっと待ってくれ」

月火「むう。 折角話す気分だったのに」

暦「悪い悪い。 一応僕も、月火ちゃんが何を願ったのか考えてみたんだよ」

一つだけの思い当たる事。

それを言わない事には、多分僕は進めない。

忍野に言われたからってのも勿論あるけれど。

これを言う事によって、月火との関係がどうなるって訳でもないのだ。

少し考えれば分かる、簡単な話だったんだ。

身を引いていたのは、僕の方。

これを言ったら月火は嫌な気分になるだとか、そんな事を延々と考えていたから。

それはやはり、僕の思い込みでもあるのだろうな。

見る人から見れば、卑怯という事になるのだろう。

なら、まずは一歩。

月火に対して少しだけ『傲慢』になってみよう。

月火「ふうん。 お兄ちゃんに当てられるとは思わないけど……」

暦「かもな。 まあ予想なんだけどさ」

暦「あの化物が、願いを二つ叶えるってのは知ってるよな?」

月火「うん。 知ってるよ」

月火「最初に会った時、そう言っていたからね」

月火「一個目が、そのまま伝えた事」

月火「二個目が、心の奥で願っている事」

月火「だったよね?」

暦「そう。 その通りだ」

暦「で、一個目の願いってのはさすがに分からないんだけど」

暦「二個目の願いは、僕と距離を置きたい。 みたいな感じだったんだろ?」

僕がそう言うと、月火は顔を下に向け、小さく頷く。

月火「だと思うよ。 そう想ってたのは確かだし」

暦「そっか」

月火「でも、これだけは言って置くけど、お兄ちゃん」

月火が顔を僕の方へと向ける。

その顔を見て、何を言おうとしているかは分かった。

暦「僕の事が嫌いな訳じゃない」

暦「か?」

月火「あははは。 さっすがはお兄ちゃん」

暦「偶然だよ。 なんとなくってだけだ」

月火「へえ、そっか。 で、続きは?」

暦「ああ」

暦「で、そうだとすると一つ思い当たるんだ」

暦「なあ、月火ちゃん」

暦「月火ちゃんは僕と離れるのが嫌で、それをさっさと済ませたいから、そう想っていたんじゃないか?」

それが、唯一思い当たる事だった。

月火の性格からして。

嫌な事を、先に済ませようと思って。

月火「うーん」

苦笑いと言うよりかは、半笑い。 そんな顔をしながら、月火は言う。

月火「前言撤回。 過小評価してたよ」

月火「やっぱ、お兄ちゃんには適わないや」

月火「これなら、私がわざわざ説明する必要も無いんじゃないかな?」

暦「あるさ。 月火ちゃんの口からは、まだ何も聞いちゃいないから」

とは言った物の。

内心、凄く安心していた。

思い当たる事が本当だったから。

しかし、この安心感は結局、僕が勝手に生み出しているだけなのだろう。

月火「お兄ちゃんと一緒に居たい」

暦「あん? どうした、急に」

月火「それが一つ目の願いなんだよ。 言いたく無かったけどさぁ」

月火「言って置くけど、お兄ちゃんが大好きって訳じゃないからね。 ただ、最初に思い浮かんだのがそれだったってだけ」

月火「火憐ちゃんとお兄ちゃんが妙に仲良かったし、そう願ったんだろうね」

いやいや、それはつまり僕の事が大好きって訳じゃねえか?

まあ、言ったら言ったでこいつは怒るだろうし、言わないけどさ。

暦「そうか。 それが一つ目か」

月火「でもさ、不思議なんだよね」

暦「不思議って、何が?」

月火「一つ目と二つ目、矛盾しているでしょ?」

矛盾している? 一つ目と二つ目。

僕と一緒に居たい。

僕と離れたい。

暦「……ああ、本当だ」

そういう事かよ、忍野。

これがあいつの言っていた例外って奴か。

暦「なるほど。 それが、どうやら例外らしいな」

月火「例外……って?」

暦「願いを叶える順番が逆になるんだとさ。 つまりは二番目から叶えられる」

暦「僕と離れたいって願いの方から叶えられるんだよ」

月火「なるほどー。 でもさ、こうして今もお兄ちゃんと一緒に居られてる訳だし、案外一つ目も叶っているかもね」

僕もそうであって欲しいとは思う。 まあ別に、そんな願いなんて関係無く、そうしてやる。

暦「だと良いけどな」

月火「……ふうん」

暦「何だよ、人の顔をジロジロ見るな」

月火「なんかさぁ。 お兄ちゃんも性格変わったよね」

暦「僕が? 何でそう思うんだよ」

月火「いやいや、だって絶対に言わないじゃん。 私がさっきみたいな事を言った時に「だと良いな」なんて」

暦「そうだっけ?」

月火「そうだよ。 昔のお兄ちゃんだったら「うるせえボケ」くらい言っていたよ」

暦「僕ってそんな酷い事を言う奴だったのかよ!」

月火「言うだけでは済まないね。 おまけで「顔貸せよ、暇だから殴る」とも言っていた筈だよ」

暦「月火ちゃんから見た僕って最低だな! 気持ち良いくらいの最低っぷりじゃねえか!」

月火「そして、私は泣く泣く顔を差し出すんだよ……泣く泣くね」

月火「ごめんなさい、お兄ちゃん。 お兄ちゃんの拳を痛めて申し訳ありませんって」

暦「僕はとっとと警察に捕まるべきだ!」

月火「それが今までのお兄ちゃんだよ。 これが事実なんだよ!」

暦「……そろそろ止めようぜ。 ありもしない事実で自分が嫌いになりそうだ」

月火「全て現実なんだよ。 受け止めないと」

暦「そんな現実いらねえ!」

閑話休題。

月火「でも、お兄ちゃんの性格が前より素直になったって言うのは本当だよ?」

暦「そうか? 僕自身、全然分からないけどなぁ」

月火「そうなんだ。 でも、火憐ちゃんも「兄ちゃんは変わった」って良く言ってる位だし」

ふうん。

暦「けど、そう言うけどさ。 月火ちゃんも変わったよな?」

月火「私が? どういう風に?」

暦「なんつうんだろ、前よりこう……丸くなった?」

月火「え、それはもしかして、太ったって言いたいの?」

暦「太ったって言うよりは、丸くなっただな。 丸くなった」

月火「太ったって意味じゃねえか!」

月火の貫手が、脇腹に突き刺さる。

月火も月火で本気で攻撃してきた訳では無いので、痛いというよりかはくすぐったいって感じだが。

暦「いやいや、月火ちゃんは痩せてるよ」

月火「ほ、ほんとに?」

暦「うん。 枯れ草みたいだ」

月火「それ、どう考えても貶してるよね」

暦「ごめん、間違えた。 正しくは骨と皮だけみたいだ」

月火「やっぱり貶してるじゃん!」

二度目の貫手。

多分来るだろうとは思っていたので、回避。

暦「落ち着け、月火ちゃん」

月火「それをお兄ちゃんが言うのか……」

暦「僕はいつだって、どんな時でも月火ちゃんの味方だぜ」

月火「台詞は凄く格好良いけれど、今までの言動の所為で台無しだね」

暦「今までの台詞から急に格好良い事を言う事によっての、ギャップ狙いだよ。 分かるだろ」

月火「それを自分で言っている時点で、ただの最低野郎だけどね」

閑話休題。

いやはや、月火と話すとマジで話が進まない。

そろそろ僕は話を進めたいのだけれど。

暦「んで、真面目な話だけどさ」

暦「性格が丸くなったって話だよ。 僕が言いたいのは」

月火「私の性格が? 前々から、もうこれ以上無いってくらい球体だったと思うけど」

どこがだよ。 モヤッとボール並に刺々しかった気がするんだけど。

暦「まあ、誰でも変わるって事だろうな。 性格なんて」

月火「基本の部分は変わらないと思うけどね。 変わるのは良い事なのかな?」

暦「さあ。 それもまた、周りの人だとか、生き方に寄るんじゃねえのかな」

月火「へえ。 だったら、私の変化は良い変化だよ」

暦「はは、ならそれは僕のおかげだな」

半分以上。 八割方は冗談でそう言ったのだけど。

月火「だろうね」

なんて。

いつもの様に月火は言う。

暦「へえ。 じゃあ、僕の変化も良い変化かもな」

月火「それって、私のおかげかな?」

暦「だろうな」

僕が月火と同じ様に言うと、月火は嬉しそうに言う。

月火「真似しちゃって。 ま、良いんだけどね」

それに答える僕も、多分嬉しかったんだと思う。

暦「なら最初から言うな」

暦「ま、なんつうかさ」

暦「とにかく、月火ちゃんの話が聞けて良かったよ」

月火「そう? あれ、もしかしてお兄ちゃん。 私に嫌われてるとか悩んでた?」

暦「無い無い。 そんなんで一々悩んでねえよ」

月火「ふうん。 へえ」

んだよ、こっち見るんじゃねえよ。

月火「けどさ」

月火「まさか、こんな事になっちゃうなんて、さすがの月火ちゃんでも想像できなかったなぁ」

月火「あのお化け、お兄ちゃんを殺すだとか、言っていたよね」

月火「そんな事、願ってなんていないのにさ」

暦「捻くれた化物なんだろ。 月火ちゃんと一緒で」

月火「何か言った?」

暦「素直な月火ちゃんの願いを捻くれた受け取り方をして許せないって言った」

月火「せめて文脈は同じ様にしようよ」

暦「……無理だろ」

月火「そう? 私なら出来るよ」

暦「ほう。 やってみ」

月火「捻くれた化物なんだろ。 月火ちゃんと違って」

確かに同じ様な感じではあるけど、もっと捻って欲しいな。

暦「捻くれた化物なんだろ。 僕と違って」

月火「捻くれた化物なんだろ。 僕と一緒で?」

やかましいわ。

暦「……つうか、何だこれ。 何の会話だよ」

月火「さあ? わっからない」

月火はそう言うと、楽しそうに笑う。

釣られて僕も、ついつい顔が綻ぶ。

暦「僕は」

暦「月火ちゃんの事も、火憐ちゃんの事も、大好きだぜ」

月火「急に何言ってるのさ。 そんなの知ってるよー」

暦「はは、そうだったな」

暦「だから、もっと一緒に居たいし、死にたくは無い」

暦「でも、いつかは離れる事にはなるだろうけどな」

月火「うん。 分かってる」

月火「そりゃ、いつかは皆ばらばらだよ。 そんなの分かってる筈だったんだ」

月火「けど、何で願っちゃったんだろうね。 お兄ちゃんと一緒に居たい。 だなんて」

月火「お兄ちゃんと離れるのが嫌で、その嫌な事を先に済ませたくてさ」

月火「なのに、そんな想っている事とは違う事を願っちゃってた」

両手を地面に付け、空を見上げながら。

月火「弱い所、見せちゃったなぁ」

空を見上げていた顔を僕の方を向け、最後にひと言。

月火「でも、やっぱりまだお兄ちゃんとは離れたく無い」

僕と離れるのが嫌で、けれどもその嫌な事を先に済ませたい。

僕と一緒に居たいけれど、居たくない。

表面上の願いと、深層心理の願い。

どっちがより重要で、どっちがより大切なのか。

それは答えが出ない問題だ。 それに価値を付けられる物でも無いのだ。

月火の矛盾した願いを叶える方法は、無いと思う。

月火自身も分かっているだろう。

いつかは僕も、火憐も、月火もあの家から出て行く訳だし。

けど、はっきりと言ってくれた。

まだ離れたく無いと。

だったら僕は、その頼みを引き受けるだけだ。

暦「僕に任せとけ」

僕が月火にそう言うと、月火は笑い。

月火「うん。 任せた!」

と言いながら、僕の脇腹に貫手。

なんでだよ。 空気読めよ。

暦「……もうちょっと空気読もうぜ、月火ちゃん」

月火「いやいや、こういう重い空気ってのは、どうも苦手なんだよね」

暦「それには同意だけどさ。 なんつうかなぁ」

月火「だから私はいっつも火憐ちゃんと居るんだよ」

暦「ああ、そうなのか。 って結構酷い事言ってるぞ、それ」

月火「冗談冗談」

と、さぞ愉快そうに笑いながら月火は言うのだった。

月火「けど、任せたとは言った物の」

月火「勝てるの? あのお化けに」

月火「昨日も嫌々見てたけど、ぼこぼこだったよね」

こうストレートに言われると、なんか情けなくなってしまうじゃないか。

間違ってはいないんだけどさ、もっとオブラートに包んで欲しい物だ。

暦「なんとかするしか、無いだろうな」

暦「忍野……あのアロハのおっさんが言うには、僕が絶対に取らない方法を使えって言うんだけど」

暦「わっかんねえよなぁ。 そんな事言われても」

月火「お兄ちゃんが絶対に取らない方法かぁ……」

指を唇に当て、月火は考える。

ふむ。

なんだか、そんな姿を見ていたら悪さをしたくなってくる。

いや、悪って言葉を使うのはあれなので、良って言葉を使おう。 よいさ。

響きが格好悪い。 やっぱ悪さでいいか。

暦「おら」

月火の脇腹をつまんでみた。

月火「ひっ! な、なにすんの!?」

暦「おお、良い反応だな。 弱点か」

月火「真面目に考えてたって言うのに……」

暦「月火ちゃんが真面目に考えていると、脇腹をつまみたくなる病気なんだよ、僕は」

月火「それは深刻だね、病院に行った方が良いよ」

暦「そんな症状を治してくれる病院はあるのか?」

月火「あるよ。 聞きたい?」

暦「ああ、是非とも」

月火「私が知っている所だと、真っ白なお部屋に」

暦「あれ、治ったかもしれない」

月火「そう? 私にはそうは見えないけど」

暦「いや、大丈夫。 本当に」

月火「そっかぁ。 残念だ」

何が残念だよ! 恐ろしい奴だ。

閑話休題。

月火「それで、真面目な話だけどさ」

月火「私の方でもその方法、考えておくね」

暦「期待してるぜ、参謀さん」

軽く言って見た物の、実際僕よりも月火の方が良い方法を考えそうではある。

そう思えてしまう程に、こいつは頭の回転が良いから。

まあ、良すぎるってのもあるけれど。

月火「任せといて、お兄ちゃん」

暦「おう」

暦「さて、それじゃあ帰るか」

月火「だね。 今日もおんぶかな?」

暦「しねえよ。 自分で歩け」

月火「むう」

暦「つうか、お前スカート短いんだよ。 そんな状態でおんぶしたら、ワカメちゃん状態になるぞ」

月火「……改めて聞くと嫌な状態だね、それ」

月火「こういう時は、火憐ちゃんのジャージが羨ましくなるよ」

嫌な羨ましがられ方だな、それ。

暦「あーそうだ」

暦「自転車だ、僕」

危ねえ。 すっかり忘れる所だった。

月火「なら二人乗りだね。 それならスカートでもギリ大丈夫だ!」

そうなのだろうか。 女子のスカート事情については詳しくは分からないので、なんとも言えないけれど。

今度戦場ヶ原にでも聞いてみるか。

暦「ったく、仕方ねえなぁ」

時間経過。

暦「おい、フラフラしてるぞ」

月火「いや、そんな事言われても!」

二人乗りで妹に自転車を漕がせる兄がそこに居た。 僕だ。

月火「なんでこうなるの! 普通逆でしょ!」

必死に漕ぎながら、怒る月火。 実にプリティー。

暦「じゃんけんの結果だろ。 男女平等主義者なんだよ、僕は」

月火「そんな主義いらない!」

いやあ、しかし。

周りの視線が冷たい。 冷たいというか、痛い。

暦「そんなんじゃ家に着く前に日が暮れるぞ」

けど、そんなのはお構いなしだ。 家から離れた場所だし。

家の近くまで行ったら、兄らしく「そろそろ代わろうか、疲れただろ?」なんて声を掛けてから僕が漕ぎ、近所で悪い噂が広まらないよう作戦は立ててあるのだ。

月火「正に悪って感じだね……お兄ちゃん。 今度火憐ちゃんに成敗してもらわないと」

暦「はっはっはっは」

月火「むかつく笑い方だ!」

で。

そんな僕の高笑いも、あまり続かなかった。

「お? 兄ちゃんに月火ちゃん。 何してんだよ」

と、横から声が掛かったからである。

火憐「見た限り、兄ちゃんが月火ちゃんに自転車を漕がせて、高笑いしている様に見えたんだけど」

やべえ、成敗される。

月火「火憐ちゃん! このお兄ちゃんは悪いお兄ちゃんだよ。 成敗して!」

火憐「マジかよ! 分かったぜ、月火ちゃん」

暦「待て! これにはちゃんとした理由があるんだ!」

火憐「言い訳は聞かねえ!」

成敗された。

時間経過。

暦「で、火憐ちゃんはどうしてこんな所に?」

火憐「ん? ああ、ジョギングの途中だよ。 最近走るのが楽しくてさ」

僕にはとても理解できる感情じゃないな、それ。

月火「暇があれば走ってるもんね、火憐ちゃん」

暦「この馬鹿みたいな暑さの中、元気だなぁ」

火憐「暑さくらい問題にならねえよ。 燃える女だしな」

そうかよ。

火憐「で、兄ちゃんと月火ちゃんは何してるんだ?」

暦「あー。 ええっとだな」

月火「自分探しの旅って感じかな。 まあ、私はお兄ちゃんのそれに付き合ってあげてる感じなんだけど」

月火「ね?」

暦「お、おう。 その通り」

説明に困っている所だったし、正直助かった。

けど、自分探しの旅って。 春休みの事もあるし、僕がそれを趣味にしているみたいじゃねえか。

火憐「ふうん。 まいいや」

火憐「兄ちゃんも月火ちゃんも、帰る所だったんだろ? 一緒に帰ろうぜー」

暦「なんだ、ジョギングはもう良いのか?」

火憐「うん。 丁度あたしも帰る所だったし」

暦「そっか。 じゃあこっからは自転車は押して行くか」

火憐「いや、それには及ばないな」

あ? 何言ってんだ、こいつ。

火憐「兄ちゃんと月火ちゃんは後ろに乗ってくれ、あたしが漕いでやるよ」

との事で、再出発。 自転車の三人乗り。

一番前に火憐。 次に僕。 一番後ろに月火。

法令に引っ掛かっている所の話では無いと思うが、楽には楽である。

この並び順に関しては、月火の「私、一番後ろが良いな」との言葉による物なのだけれど、ついでに月火はこんな事を言っていた。

火憐には聞こえない様に、小さな声で「火憐ちゃん、汗臭そうだし」と。

それもそうだ。 走っていたのだから。

で、僕もマジでそれを聞いてから一番後ろにしたかったのだけれど、まさか当人の前で「どうぞどうぞ」なんてやる訳にも行かず、渋々この並び順って訳だ。

暦「しかし、速いなぁ」

火憐「日頃から鍛えてるからな。 兄ちゃんが後十人増えても行けるぜ」

それは多分、自転車が持たないと思うけどな。

火憐「そうだ。 帰ったら遊ぼうぜ」

暦「また急だな……」

月火「良いじゃん良いじゃん。 賛成ー」

暦「って言われてもな。 僕はちょっと忙しいんだよ」

火憐「んだよ、ノリ悪いなぁ」

月火「大丈夫だって、お兄ちゃん。 私も手伝ってあげるんだし」

火憐「ん? 何の話?」

月火「こっちの話ー! 何でも無いよー」

火憐「ふうん? ま、良いや」

火憐「で、兄ちゃん。 良いだろー?」

月火「良いでしょ? お兄ちゃん」

やはりあれだ、二対一では分が悪い。

暦「あーもう。 分かった分かった。 遊んでやるよ」

結局、僕はこんな感じで流されてしまうのであった。


第十五話へ 続く

以上で第十四話、終わりとなります。
説明不足もあると思いますので「これってどういう事やねん」というのがありましたら、質問お願いします。
答えられる範囲、答えられない範囲はありますが、出来る限り答えます。

乙ありがとうございました。

俺にこの二人みたいな妹がいないのはどういうことやねん

>>736
名前を暦に改名すれば或いは……

こんにちは。
第十五話、投下致します。

夜。

ソファーで並んで座ったり、僕の部屋だったりでは無く、今日は火憐と月火の部屋。

暦「それで、何して遊ぶんだよ」

結局はそれだ。

遊ぶ遊ぶと言っても、その遊ぶ内容を考える所から僕達兄妹の遊びは始まるのだ。

火憐「さあ? 何して遊ぶ?」

言い出したのは火憐なのだから、せめて一つくらいは考えて欲しい。

だけど、火憐だからまあしょうがねえか。

月火「それについては、今日は月火ちゃんが考えておきました」

暦「前回はそれで失敗してるけどな」

月火「同じ失敗を踏まないんだよ、私は」

はいはい。 で、何だろうか。

月火「ずばりね。 普通の会話にある制限を付けようかと思うんだ」

暦「制限?」

火憐「って言うと、何々を言ったら駄目。 みたいな感じ?」

ゴロゴロと転がりながら、火憐が言う。

月火「うん。 けど、ただ単純に禁止ワードを作るのもあれだから」

月火「私はお兄ちゃんの事を兄ちゃんって呼んで、火憐ちゃんの事は月火ちゃんって呼ぶ」

月火「同じ様に、それぞれの呼び方を変えるんだよ」

はー。

って事は、僕は月火を火憐と呼んで、火憐を月火って呼べばいいのか。

火憐「あたしは兄ちゃんの事をお兄ちゃん、月火ちゃんの事を火憐ちゃんって呼べばいいんだな」

火憐「……なんか、自分の名前を呼ぶってのは気持ち悪いな」

月火「だからこそだよ。 あ、勿論間違えたら罰ゲームね」

満面の笑み。

罰ゲームって言葉を言う時、凄い楽しそうだなぁ。 こいつ。

暦「一応聞いておくけどさ、罰ゲームの内容は?」

月火「しっぺで良いんじゃない?」

ふむ。 ってなると、怖いのは火憐に対して間違えた時か。

月火のしっぺは何回か受けた事があるのだけれど、正直言って可愛い物だし。

暦「ま、良いか。 んじゃあやろうぜ」

火憐「おし、じゃあ月火ちゃん。 合図してくれ」

月火「ほいほい。 じゃあ、スタート」

こうして、良く分からないゲームは始まった。

暦「そういや、夏休みの宿題とかどうなってるんだ?」

火憐「……」

月火「……」

暦「あー」

暦「やってないんだったら、しっかりやっておけよ。 僕みたいになっちまうからな」

火憐「……」

月火「……」

暦「あはは」

火憐「……」

月火「……」

あのさぁ。

暦「なんか喋れよ! なんで僕が演説しているみたいになってんだよ! 新学期の校長先生か!」

火憐「って、言われてもなぁ」

月火「うん。 黙ってれば安全だし」

暦「ゲームにならねえだろうが!」

月火「いやいや、一人で喋ってるのを見ているのも楽しいから、大丈夫だよ。 お」

月火「お、面白いから」

惜しい。 上手く回避しやがった。

暦「つっても無表情じゃねえか、お前ら」

お? この「お前ら」っての便利だな。

火憐「無駄な考えはしない様に努めているからな。 そうなるのも当然だよ」

暦「そんな事に努めなくて良い! お前は仙人か!」

月火「はあ……よし、分かった。 潔く会話に参加するよ。 仕方ないなぁ」

いやいや、そんな渋々言われてもな……そうするのは当たり前じゃねえのか。

月火「でもさ、ちょっと気になったんだけど」

暦「ん?」

月火「あー。 ええっと」

月火「……兄ちゃんが言っている「お前ら」っての、ずるくない?」

おお。

月火が僕の事を兄ちゃんと呼んでいる。

どちらかというと可愛い系の月火が、火憐の様に僕の事を呼ぶと、なんか新鮮だ。

暦「そうか? んじゃあ。 火憐ちゃんに月火ちゃん」

月火「同じじゃん!」

火憐「おいおい兄ちゃん、それは卑怯だぜ」

暦「んだよ。 分かった分かった。 二人同時に呼ばなければ良いんだろ?」

火憐「おう」

月火「いや、普通に会話してるけどアウトだよ。 アウト」

暦「ん?」

思考。

そういや、火憐の奴普通に僕の事を呼んでいたな……

自然過ぎて、気付かなかった。

月火「って事で、月火ちゃんアウトー」

ん?

暦「あれ。 アウトになっている間も、呼び方間違えちゃ駄目なのか?」

月火「勿論。 だから兄ちゃんも気を付けてね」

暦「……承知した」

怖い怖い。 そんな落とし穴があったなんて。

つうか、完璧に後付けのルールだよな。 恐ろしい奴だ。

暦「あーつうかさ、この場合は僕がかれ……月火ちゃんにしっぺをすれば良いのか?」

月火「うん。 そうだね」

おし。

暦「オッケー。 じゃあ、腕捲くれよ」

火憐「うう、お手柔らかに頼むぜ」

暦「言っておくが、僕のしっぺはかなり痛いぜ。 歯食いしばれ」

前置きをして、構える。

月火「いけいけー」

そして野次を飛ばす月火。 後でどうなっても知らないぞ、お前。

んで。

パチン、という軽快な音と共に、火憐の腕にしっぺ。

火憐「いっ!」

火憐「くっそ、覚えとけよ……に、に」

火憐「……お兄ちゃん」

あれれ。

やべぇ。

可愛い。

いつもは男勝りな火憐が「お兄ちゃん」って言うだけで結構な物があるのだけれど、それに加えて恥ずかしそうに言う物だから、ぶっちゃけて言うと可愛い。

これがギャップ萌えって奴だろうか。 僕も見習わないとな。

月火「それじゃあ、気を取り直して再開再開!」

暦「おし、じゃあ何かお題を決めて話そうぜ。 そっちの方が面白そうだし」

火憐「お題かぁ。 んじゃあさ」

火憐「兄ちゃんは何故、朝起きないのかって事について話そうぜ」

さすがの僕も見逃さない。 本日二度目のしっぺ。

火憐「……うう」

月火「もう、月火ちゃんしっかりしないと駄目だよ。 話が進まないよ」

暦「全くだ。 つっても、火憐」

言ってから気付く。

火憐ちゃんには難しいかもなぁ。 なんて言おうとしたのだけれど。

せめて、言い切れば良かったのだ。

変な所で止めた所為で、月火に勘付かれてしまった。

いや、そもそも言い切ったとしても、月火なら気付いていたのだろうが。

月火「どうしたの? ねえ」

暦「いや、あー。 ははは」

月火「そうだ。 良い言葉を教えてあげる」

暦「ん? 何だよいきなり」

あれ、気付かれてないのか?

月火「諦めも肝心」

ばれてた。

で。

火憐「うおらっ!」

物凄く気合いの入った掛け声と共に、火憐からのしっぺを受ける。

月火のしっぺが「ぺちん」だとすると、僕のしっぺは「パチン」だ。

そして、火憐のしっぺはと言うと、ドゴン。

いやいや、冗談とかでは決して無い。 マジで腕折れたかと思ったもん。

暦「いてえ……」

暦「なあ、つき、火憐ちゃん、この罰ゲームやっぱり不公平だろ」

月火「そう? 間違えなければ良いだけだよ。 『兄ちゃん』」

月火「後さ、さっきから何回か言い掛けてるけど、それを見逃してあげてるのは感謝してね」

って言われてもな。 お前くらいだよ、そんな器用なのは。

暦「僕のしっぺが三だとして、お前のは一だ。 んで火憐ちゃんのは百くらいあるだろ」

月火「いや、五十くらいじゃない?」

火憐「あたしを何だと思ってるんだよ! 盛っても五くらいしかねえよ」

いやいや、それは逆の意味で盛りすぎだ。

月火「よし、それじゃあ兄ちゃん、もう一回しっぺだ」

暦「は? おい、何でそうなるんだ」

月火「読み直せば分かるよ」

……文字として残るって不便だなぁ!

火憐「へへへ。 まあ何回もやって、骨折ってのも悪いしな。 デコピンでも良いか? かっれんちゃん」

言い掛けたんだな、月火って。

つうか、しっぺで人を骨折させられるのってそうそう居ねえぞ。

この分で行くと、デコピンで頭蓋骨に穴が開いたりしそうで怖い。

月火「うん。 良いよー」

火憐「おし、ってな訳で行くぜ。 お兄ちゃん」

暦「……ああ」

死刑される瞬間の人ってのは、こんな気分なんだろうなぁ。

暦「そろそろ、火憐ちゃんにも罰ゲームを与えたいな」

火憐「あん? あたしはさっきから受けてるぞ」

こいつ、マジで大丈夫かよ。 ルールその物すら忘れているんじゃねえだろうな。

暦「いや、だから逆だよ逆。 火憐ちゃんであって火憐ちゃんじゃねえだろ?」

火憐「は? 意味分からないんだけど、何言ってるんだよ」

うわあ、めんどくせー。

月火「そうだよ、何言ってるの?」

で、月火も月火で乗ってくるし。

暦「だから! 僕が言ってるのは今はゲーム中だろうが! つまり火憐ちゃんであってそれは火憐ちゃんじゃねえんだよ! 分かるだろ!?」

火憐「いやいや、ゲーム中ってのは知ってるけどさ。 火憐ちゃんであって火憐ちゃんじゃないってどういう事だって聞いてるんだよ」

暦「お前じゃねえよ! 僕が言ってるのは火憐ちゃんじゃないんだ!」

火憐「じゃあ、誰の事?」

暦「……火憐ちゃんの事だ」

火憐「やっぱりあたしじゃん!」

殴って良いかな、こいつ。

月火「ちょ、ちょっとごめん。 面白すぎる」

こいつもこいつで、笑いを堪えられて無いし。

暦「ああ、分かった! 畜生! 僕が言ってるのは月火ちゃんの事だ! お前じゃねえんだよ!」

火憐「アウトだアウト」

月火「アウトだね」

こいつら、マジで覚えとけよ。

時間経過。

結局あれから、僕と火憐が罰ゲームを受けるだけで、一向に月火に間違える空気も感じられなかった為、兄と姉の権限によってゲームは中止となった。

こう言うと、僕と火憐が月火より上の立場に居る事が分かりやすいだろう。

月火「それにしてもお兄ちゃんに火憐ちゃん。 良い土下座だったね」

まあ、土下座したんだけれど。

物は言いようって奴だ。

火憐「あれだな。 慣れない事はするもんじゃねえや」

暦「ああ、珍しく同意見だ」

月火「そうかな?」

暦「僕も火憐ちゃんも、そういうのには向いてないって事が良く分かった」

暦「つっても、火憐ちゃんは僕の事を嵌めたけどな」

火憐「そんな怒るなって。 月火ちゃんのしっぺなんて、大した事無いだろ?」

月火「そうだよ。 私は蟻も殺せない女子なんだよ?」

暦「うるせえ。 折り紙をしっぺ用に用意してる奴が何言ってるんだ」

月火「たまたまだよ。 偶然そこにあっただけ」

偶然そこにあるってのが、もう訳が分からない。

暦「で、この後はどうするんだ?」

月火「うーん」

月火「とりあえず、お兄ちゃんの部屋に移動かな」

何だよ、そのとりあえずって。

暦「別に良いけどさ、僕の部屋はお前らの部屋以上に何もねえぞ」

火憐「確かになぁ。 けど、居心地が良いんだよ。 兄ちゃんの部屋」

火憐にとっては、どこでも居心地が良いのでは無いだろうか。

道路脇とかでも「居心地良いな、ここ」とか言い出しそうだし。

……さすがにそれは無いか。 いや、そうであって欲しくは無い。 我が妹が将来ホームレスにでもなりそうで。

で、僕の部屋に移動したのだけれど。

火憐「……ううん」

暦「なんでこいつは寝てるんだ。 しかも僕のベッドだぞ」

月火「火憐ちゃん、寝付き良いからねぇ」

いやいや、そういう問題じゃねえだろ。

暦「こいつ、僕のベッドを自分のだと勘違いしてるんじゃねえだろうな」

月火「いや、そう思ってると思うよ」

月火「だってこの前「なんで兄ちゃんがあたしのベッドで寝てるんだよ」って言ってたし。 朝寝てるお兄ちゃんを見て」

暦「……はは」

ついに阿良々木家の兄妹間にも弱肉強食の時代がやってきたか。

僕の私物は多分、根こそぎ無くなるのだろう。

暦「つうか、僕は今日どこで寝れば良いんだ。 また月火ちゃんと添い寝?」

月火「それでも別に良いけど。 三人で一緒に寝ない?」

それでも別に良いって、月火も随分と棘が無くなった物だ。

やっぱり丸くなったよなぁ。 こいつも。

暦「いや、三人で寝るって言っても無理だろ。 火憐ちゃんが一人で占領してるし」

月火「大丈夫だよ。 隅に押せば大丈夫」

お前、火憐の事を何だと思ってるんだ。

とか考えている間にも、月火は火憐の体をぐいぐいと隅に押す。

月火「ほら」

暦「ほらって言われても……」

しばし眺める。

一番奥に火憐。 横に月火。

……無理だ!

色々と、無理だこれ!

暦「やっぱり、僕はソファーで寝てくる。 二人で仲良く寝とけ」

月火「良いじゃん良いじゃん。 兄妹仲良く寝ようよ」

暦「狭いだろうが。 僕は広々と寝たい気分なんだよ」

月火「じゃあほら、私は火憐ちゃんの上に重なって寝るから。 それなら大丈夫でしょ?」

いや、どう考えても大丈夫じゃないだろ、それ。

暦「そこまでしなくても良いだろ。 てか、何で今日に限ってそんなしつこいんだよ」

僕がそう言うと、月火は窓の外に視線を移し、口を開く。

月火「そりゃ、そうだよ」

月火「明日、もしお兄ちゃんが殺されたらって思うと、そうなるよ」

ああ、そっか、そうだよな。

月火は、そういう奴だ。

暦「馬鹿言ってるな。 お前のお兄ちゃんは不死身なんだよ。 月火ちゃんも見てるだろ?」

月火「……分かってるけどさ。 でも」

あー。

全く。 こうなってしまったら、僕も断るのが気が引けるじゃねえか。

暦「ったく、分かった分かった。 今日は三人で寝よう。 それで良いだろ?」

月火「うむ、よろしい」

何様だ。

で、結局流されるままに流されて、僕と火憐と月火の三人で寝る事となった。

時間経過。

暦「月火ちゃん、起きてるか?」

月火「起きてるけど、何?」

暦「さっきは、ああ言ったけどさ」

暦「もし、僕が死んだら火憐ちゃんの事頼むぜ」

月火「嫌だ」

暦「……最後の頼みになるかもしれないんだから、そこは頷いとけよ」

月火「例え頷いたとしても、私は守らないよ? 知ってるでしょ、お兄ちゃん」

暦「そうだったな。 それもそうだ」

横に居る月火は僕の方へ顔を向け。

月火「お兄ちゃんが死んだら、私も死ぬ」

聞く人が聞けば、すげえヤンデレだな、これ。

いや、殺して死ぬって言ってる訳では無いから、そうでもないか?

月火「ついでに、その時は火憐ちゃんも連れて行ってあげるね」

ヤンデレだ。

一番被害を受けているのは、間違い無く火憐だ。

月火「ってのは冗談だとしてさ」

月火「……死なないでよね、お兄ちゃん」

と言われても、約束は出来無いよな。

それこそ、本当に死ぬかもしれないんだから、簡単に引き受ける事は出来無い。

暦「まあ、努力するさ」

月火「そっか。 頑張ってよね」

暦「お前らは心配だしなぁ。 やっぱり僕が死んだらお前らも死んでくれよ」

月火「恐ろしい提案だね……」

暦「いや、僕が死ななくても死んでくれよ」

月火「むしろ私が殺してあげるよ!」

暦「声でかいぞ、火憐ちゃんが起きたらどうするんだよ、全く」

月火「……誰の所為だと思っているんだろ」

まあ、冗談はそこそこにして。

暦「僕がもし死んだらさ、泣くか?」

月火「泣くよ。 当たり前じゃん」

即答。

暦「……そっか。 なら、悪い事したよ」

月火「悪い事?」

暦「こっちの話だ。 気にするな」

春休みの事を思い出す。

あんな簡単に命を投げ出して、僕は何をしていたんだか。

あれから随分と時間は経っているけれど、火憐と月火は今も昔も、僕が死んだら泣いてくれたのだろう。

そう思うと、自分が無性に情けなくなり、どうしようも無く、この妹達に謝りたくなってしまう。

月火「ま、良いや。 それよりお兄ちゃん」

月火が声を出さなければ、考えるに考えて、暗い気持ちになって僕は泣き出していたかもしれない。

兄が突然泣き出したら何だか心配させてしまうだろうし、月火が話し掛けてくれたのは幸いである。

月火「お昼に言っていた「お兄ちゃんが絶対に取らない方法」って、思い付いた?」

暦「あー。 そういや、全然考えて無かったな」

月火「だと思った。 実はさ」

月火「私、良い方法思い付いたよ」

遊んでいる最中でも、考えていてくれたのか。

僕は禁止ワードを言わない事に必死だったというのに。 いや、それでも言っちゃったんだけどね。

暦「本当か? さすがはファイヤーシスターズの参謀さんだな」

月火「私を侮らないでよね、お兄ちゃん」

まあ、その内容自体にはあまり期待してないんだけれど。

月火「それで、その方法なんだけど」

そして月火は語る。

月火の考えた、僕が絶対に取らない方法を。

それを聞き、僕は。

暦「……はは、確かにそりゃ、僕が絶対に取らない方法だな」

月火「でしょ?」

暦「それに、今月火ちゃんが言った方法の成功率を上げる物も、ある」

暦「だけど、それ以外の方法を取りたいってのが、正直な所かな」

月火「お兄ちゃんはそう言うと思ったよ。 でも、それ位しか無いと思うよ。 私は」

暦「かもしれない」

暦「……ふう。 分かった。 月火ちゃん、明日一緒にその方法を忍野に話してみよう」

月火「やけに素直に受け入れるんだね。 それは意外だなぁ」

暦「まあ、僕も成長してるって事じゃねえか?」

月火「いやいや、どうせ身長も私に抜かれるんだし、止まってるよ」

暦「身長の話なんかしてねえ!」

そうだ。

その方法は、確かに納得できない物だ。

けど、僕には月火にも話していない方法。 最低の方法がある。

それを考えれば……今、月火が提示した案は最有力と言った所か。

月火「お兄ちゃん。 静かにしないと、火憐ちゃん起きちゃうよ」

暦「あ、ああ。 悪い悪い」

さて。

そうなってくると、月火も明日、あの廃墟へと連れて行くことになる。

結局連れて行くつもりではあったが、僕の予定では全てが終わった後の話だったんだけど。

いや、全てが終わる前、か。

まあ、大して状況は変わらないだろう。 どちらにしても。

……そういえば。

忍野は僕が考えた方法について、珍しく猛反対と言った感じだった。

反対していると言うよりは、怒っているって言った方が近いのか?

けど、僕が折れないと分かったのか、最終的には承諾してくれたのだけれど。

暦「んじゃ、そろそろ寝るか」

月火「うん。 おやすみ」

暦「ああ、おやすみ」

そして、その日がやって来る。


第十六話へ 続く

以上で第十五話、終わりです。

乙ありがとうございます。

おつ
しかしあれだな
こんだけうまい人のss読んでると原作にあった話なのか
ssで読んだ話なのかわかんなくなるときがあって困るんだよな

こんにちは。
>>779-781
それは恐らく何かしらの怪異の所為だと思います。


それでは第十六話、投下致します。

忍野「良いね。 それは確実に僕が予想出来ない方法だ」

開口一番。 珍しく静かに聞いていた忍野は、月火が出した案に賛成した。

忍野「しかし、兄妹でここまで違うと、どこで何を間違えたんだろうね? 阿良々木くん」

暦「うるせえ」

全く以って余計なひと言もあったのだが。

月火「あの、忍野さん……で良いんですよね? 一つ、気になる事があって」

忍野「ほらー、阿良々木くんと違って、目上に対して言葉遣いもしっかりしてるし」

暦「僕に似たんだろうな」

可能性の一つを提示する僕。

月火「お兄ちゃんには似てない」

反対意見を唱える月火。

忍野「うんうん。 僕もそう思うよ、妹ちゃん」

賛同する忍野。

なんだこれ、僕帰って良いかな。

てか、言葉遣いを言うのなら火憐もだろうが。 何で僕だけ責めるんだよ。

忍野「で、ええっと。 何かな?」

月火「あ、はい。 えっと、私の案を採用してくれるのは良いんですけど、大丈夫かなって」

忍野「……そう思うのも無理は無いか。 心配しているのは、成功するかどうかって事だよね」

月火「はい。 こんな私が出した案ですし」

こんな私って。

お前、絶対に何があっても地球の自転が止まったとしても、そんな事思ってねえだろ。

普段なら絶対に言わないであろう月火の言葉に思わず噴出しそうになってしまったが、なんとか堪える。

忍野「確かに、そのままだと成功率は限りなく低い。 低いって言うか、ゼロだね」

月火「ゼロって、なら不採用?」

あー。

月火の奴、イライラしてるなこれ。

さっきまでの口調と、随分と変わった。

まあ、忍野の話し方にイライラしない方が無理か。

忍野「いやいや、そういう訳じゃない」

忍野「言っただろ。 そのままだとってね」

忍野「つまりはそこから、成功率を引き上げて行けばいい」

忍野「その辺りは僕が考えるよ」

忍野が考える。 いや、それってありなのか?

暦「ちょっと待てよ、忍野」

忍野「ん?」

暦「忍野が考えたら、駄目じゃないか? それは予想されるんじゃねえのか?」

忍野「心配は要らないよ、阿良々木くん」

忍野「作戦の軸になっているのが、僕の思い付かない方法だろ? ならそこを変えない限り、あいつには予想できない」

忍野「まあ、予想は出来なくても予測はしているかもね。 けれど、この方法ならその予測を立てたとしても、本当に取ってくるとは思わないだろう」

ふむ。 なるほど。 確かに筋は通っているのかな。

忍野「ところで、今の時間は……ええっと、何時だい?」

腕時計に目をやり、確認。

暦「十八時を少し回った所だな。 時間まで後七時間くらいか」

忍野「そうかい。 それだけあれば、なんとかなりそうだ」

忍野「妹ちゃん、僕は阿良々木くんと二人で話したい事があるからさ。 少し席を外して貰っても良いかい?」

忍野「隣に空いてる部屋があるから、そこで待っててくれ」

月火「……はい、分かりました」

月火さん、月火さん。 台詞と顔が噛み合って無いです。

そんな露骨に嫌そうな顔するなよ。 人見知りかお前は。

が、さすがの月火も断る事はせず、鞄を持ち、隣の部屋へと移動する。

そんな月火が部屋から去ったのを確認すると、忍野は再び口を開いた。

忍野「阿良々木くん。 昨日言っていた事、本当にやるのかい?」

僕が忍野に頼んだ事。 だろう。

暦「言っただろ、忍野。 僕は考えを変えないし、それが一番良いと思うんだ」

忍野「いつもの僕なら「それはやめた方が良い」とか「おすすめできない」って言うだろうけどさ」

忍野「今回に限ってはこう言うよ」

忍野「それはやめろ」

いつものふざけた感じは無く、僕の目を見て、忍野は言った。

それは恐らく、警告。

暦「そうは言ってもな、忍野。 僕がやろうとしている事は間違いかもしれない」

暦「けど、それであいつが救われるなら、僕はどんな事でもするつもりだ」

暦「それが何より、あいつの為だとも思うしな」

忍野「……そうかい」

忍野「まあ、良いよ。 ぶっちゃけた話、このまま阿良々木くんが意見を通すつもりなら、張り倒してでも止めたんだけどさ」

だから昨日はあんなに簡単に引いたのか。 確かに何か妙だとは思ったんだよ。

忍野「君の妹ちゃんと会って、話して、少し気が変わったよ」

暦「何だ? 賛成してくれるのか?」

忍野「賛成はしない。 むしろ反対ってのは変わらない」

忍野「阿良々木くんも、少し痛い目を見て学べば良いって考えに変わっただけさ」

忍野が言っている言葉の意味は、深くは分からない。

だけど、僕の案には協力をしてくれるのだろう。

忍野「ま、そう言う訳で用意はしておくよ」

暦「……分かった。 頼んだぞ」

忍野「ああ、嫌々だけどね」

忍野「ま、暗い話はやめよう。 阿良々木くんはこれから殺されるかもしれないんだし」

暦「縁起でも無い事を言うんじゃねえ」

忍野「ははは。 ま、妹ちゃんのおかげでなんとかなりそうだね」

忍野「少し考えを練るから、妹ちゃんと話してきなよ。 もしかしたら」

忍野「最後のお話になるかもしれないんだしさ」

だから、縁起でも無い事を言うんじゃねえって。 ったく。

そんな事を思いながら、いつもの様に笑う忍野に見送られ、部屋を後にした。

月火「お兄ちゃん」

月火「お話は終わったの?」

部屋に入るとすぐに、月火が声を掛けてくる。

暦「ああ、一応な」

暦「てか、お前何してるんだ?」

月火は椅子に座り、何やらテーブルの上にノートを広げている。

夏休みの宿題……じゃあねえよな。 こいつはもう終わらせているだろうし。

あれ、つうか僕、宿題何もやってないじゃん。 やっべえ。

月火「ずばり、作戦ノートだよ」

暦「作戦ノート?」

月火「そ。 あの化物に勝つ為、お兄ちゃんがどんな動きをすれば良いのかってのを書いてるんだ」

暦「へえ、どれどれ」

月火のノートを覗き込む。 うわ、何だコレ。

暦「月火ちゃんって、絵心無かったんだな」

月火「何か言った?」

暦「月火ちゃんって、絵心あったんだな」

月火「それもそれで、微妙に失礼だね……」

暦「月火ちゃんって、絵心ありまくりだな」

月火「馬鹿にしてるよね、それ」

暦「つうか、昨日と同じくだりじゃねえか? これ」

月火「確かに、なんか身に覚えがあるやり取りだったよ」

暦「まあ、少しは休んどけよ。 月火ちゃん頼みでもある訳だし」

月火「大丈夫だって。 そんな心配は無用だぜ」

暦「なんの真似だよ」

月火「火憐ちゃんの真似」

暦「……そう言われてみれば似ているかも」

月火「でしょ? 毎日練習してる甲斐があったよ」

毎日練習しているのかよ。 無駄な努力だな。 何の為にもならないじゃねえか。

暦「ん? って言うと、あれもその作戦ノートとやらか?」

月火の近くに置いてある鞄。

その中に、何冊も同じ様なノートが入っている。

月火「ああ、あれもその一部だね。 まあ、ボツ案なんだけどさ」

暦「へえ、見ていいか?」

月火「良いけど、全部お兄ちゃんが死ぬバッドエンドだよ?」

暦「見ないでおこう」

月火「それが良いね」

僕が死ぬエンドとか想像しないで欲しい。 せめてバッドエンドでも良いから、僕を生かしておけ。

月火「それにしても」

暦「ん?」

月火「なんか、未だに信じられないなぁ。 夢を見ている気分だよ」

暦「僕もそうだよ。 つうか、信じられない度で言ったら、僕がこの体になった時の方だけどな」

月火「ふうん。 ああ、そっか!」

暦「どうした?」

月火「お兄ちゃんが自分探しの旅って言って、春休みに居なかったのってその所為かぁ」

鋭いなぁ。 それだけに、僕の考えも見破られてそうで。

月火「ところでお兄ちゃん」

暦「あん? 今度はなんだよ」

月火は笑顔から一変、無表情で、僕に言う。

いつもの調子から、ガラリと変わって。

月火「話す気無いでしょ。 お兄ちゃんの体の事」

暦「……へ? なんつった、月火ちゃん」

月火「だから、お兄ちゃん。 私にその体の事、話す気は元々無かったでしょ?」

あ?

ばれていた?

いつからだ。

いや、それを考えるのはまだ早計か?

余計な事は考えるな。

それよりも先に確認しておくべき事、月火は『その先にある事にも気付いているか』だ。

暦「何言ってるんだよ、月火ちゃん。 僕はしっかりと」

月火「嘘だよ。 そんなの」

月火「お兄ちゃんの嘘ってさ、凄く分かりやすいんだよ。 だからすぐに分かる」

笑うというよりか、微笑むと言った方が正しいだろう。 そんな顔で、月火は言った。

暦「……そっか」

月火「それには、理由があるんだよね」

暦「ああ、そうだ」

僕の失敗だ。

月火の頭の良さを少し、侮っていた。

月火「言い辛い事?」

暦「……そうだ」

月火「そっか」

暦「悪い、月火ちゃん。 騙す気は、無かったんだよ」

月火「知ってるよ。 お兄ちゃんの考える事なんて、私から見れば全部分かるもん」

月火「どうせそれも、私の為なんでしょ?」

黙って、頷く。

怒るかな、こいつは。

月火「そっか、じゃあ良いや。 変な事言ってごめんね」

怒らない、か。

月火「でも、お兄ちゃん」

暦「……なんだ」

月火「ファイヤーシスターズの参謀を侮っていると、痛い目を見るからね」

月火「お兄ちゃんの秘密も、いつか暴いてあげよう!」

先程までの雰囲気に戻り、元気良く月火は言い放つ。

暦「はは、そうか。 用心しておくよ」

一昨日の夜、月火は僕に「お兄ちゃんの優しさは、自分自身を傷付けている」と言った。

そして、僕が「お前達は優しすぎる」と言った時には「優しいのはお兄ちゃんだよ」と言った。

とんでもない。

僕なんかよりもよっぽど、こいつは優しい。

僕の優しさと言う物が、誰かを傷付ける物だとすると。

月火の優しさは『誰かを癒す』優しさなのだろう。

だから、だからこそ。




僕は、月火を守りたいと思うのだ。

怪異なんかに、関わらせたくは無いと、思うのだ。

それが全てで、それ以上でも以下でも、無い。

月火「お兄ちゃん? 大丈夫?」

暦「うお! びっくりした……」

考えに集中しすぎて、月火に声を掛けられている事に全然気付かなかった。 悪い癖だなぁ。

月火「さっきのおっさん、私達の事呼んでるみたいだけど」

ん。 ああ、確かになんか声が聞こえる。 場所が分かってるんだから、歩いて呼びに来れば良いのに。

つうか、月火の奴も大概だな……

当人が居ない所で、おっさんって。

暦「おし、じゃあ行くか」

月火「ほいほい」

僕と月火は忍野の部屋に入ると同時、声を掛ける。

暦「わりい、待たせたなおっさん」

月火「すいません、おっさ」

月火に足を踏まれた。 こいつ、踵で踏む物だから結構痛いんだよ。

ていうか、最初に言い出したのはお前だからな。

忍野「遅いよ。 待ちくたびれたじゃないか」

忍野「しかし、何だろうね」

忍野は僕と月火が影で何て言ってるのか知らないんだろうなぁ。 実に機嫌が良さそうだ。

暦「ん?」

忍野「こう見ると、君達は兄妹って言うよりは、カップルって感じが近いよね」

馬鹿かこいつは。 何を言ってやがる。

月火「そ、そんな事無いですよ」

それで、何照れてるんだよ、お前は。

忍野「いやいや、だってさ。 身長とか似たような物だし」

忍野「妹ちゃんの方が、まあ小さいけどね。 阿良々木くんがいつもチビチビって言うだけはあるよ」

月火「……あん?」

僕の方を睨む月火。 やめてください。

暦「言ってねえだろ! 僕のありもしない話をするんじゃねえ!」

忍野「あれ? そうだったっけ。 んじゃあ、僕のイメージの話だったかもしれないなぁ」

月火「……ちっ」

こわ。 月火さん、その舌打ち多分忍野にも聞こえてますよ。

忍野「ははは。 冗談冗談」

忍野「それじゃ、本題に入ろうか」

忍野「さっきが十八時だったから、今は二十時くらいかな? 後五時間って所だね」

忍野「構想は殆ど出来ている。 後は君達が頭に入れて、うまくやれるかどうかだよ」

忍野「それじゃ、説明を始める」

忍野が考えた作戦は、とても単純な物であった。

単純であるが故に、それしか無いと思わせる方法。

要所要所で「頑張る」とか「なんとかする」って言葉が使われていたのには不安を覚えずには居られないが、事実そうするしかないので、僕も月火も首を縦に振るしかなかった。

そんな作戦を頭の中で整理し、記憶する。

月火も真剣に耳を傾け、内容を頭に押し込んでいる様に見えた。

この作戦の鍵、支柱は月火でもあるのだから、プレッシャーは結構な物だろう。

暦「大丈夫か? 月火ちゃん」

月火「私は大丈夫だよ。 それより心配なのはお兄ちゃんだ」

暦「ああ。 いつも心配ばかり掛けて悪いな」

月火「良いよ。 お互い様って事で」

それから、僕と月火は一度家に帰り、月火は部屋に荷物(多分、さっきの作戦ノートだろう。 結局何の役にも立たなかった)を置きに行く。

僕はというと、火憐と軽く話をして、出掛ける旨を伝えた。

火憐は「あたしも付いて行く。 問題事だろ?」と言っていたが、勿論連れて行く訳にもいかないので、その辺りはなんとか月火に宥めて貰ったのだけれど。

火憐と月火がどんな話をしたのかは、分からない。

あいつらなりに、納得のいく話し合いだったのは確かだとは思うが。

僕と月火が家を出る時には、火憐はすっかり気持ちが変わっている様で「兄ちゃん、月火ちゃん、いってらっしゃい」との言葉を贈ってくれた。

そして。

時刻は二十五時。

場所は北白蛇神社。

忍に血を吸わせ、吸血鬼化。

観客は忍野と忍と月火。

大勢居てもあれなので、丁度良いくらいだろう。

手に心渡は持たず、素手同士の対決。

今日は月も綺麗に見える。

故に、天気も良い。

やがて、その時がやってくる。

暦「よう」

目の前の奴に向かい、声を掛け。

「お待たせ。 阿良々木くん」

そいつも、返事をする。

暦「遅かったな、待ちくたびれたぞ」

僕はそいつにそう言い放ち。

「僕は時間にして四十八時間も待ってるんだぜ?」

そいつはそう返す。

暦「そりゃ、ご苦労様だな」

「ああ、構わないよ。 もう時間が来たんだし、過去の事なんて気にしないさ」

暦「そうか。 それじゃあ決着を付けよう」

「そうだね。 精々足掻いてくれよ、阿良々木くん」

それではそろそろ、化物同士のバトルパートと行こうか。


第十七話へ 続く

以上で第十六話、終わりです。

なんとか1000までには全話投下できそうです。

乙ありがとうございます。

面白い後作戦って戦闘中に明かされるの?

こんにちは。

>>816
明かされます。
阿良々木くんが考えている事については、今日投下する次のお話となります。


それでは第十七話、投下致します。

「なんだい。 今日は観客が大勢居るんだね」

暦「たった三人だぜ。 恥ずかしがり屋か?」

「まさか。 見物料でも請求しようかと思っただけだよ」

暦「はっ。 どっかの詐欺師みたいだな」

「懐かしいなぁ。 とは言っても、僕自身は会ってないんだけどね」

「彼だったら多分。 こう言うよ」

「阿良々木、実に勿体無い。 お前の今日の見世物は、一人一万は取れるぞ」

「何と言っても、化物同士の見世物なのだから」

「お前は何の為に、無駄に戦う? 金も貰えず、今日の戦いで得る物は何だ?」

「こんな感じかな?」

暦「言いそうな台詞だな」

まるで本人が目の前に居るかの様な、そんな錯覚を与えるほどに。

暦「で、何だっけ。 何の為に戦うかって?」

暦「決まってるだろ。 月火ちゃんの為だ」

「そうかい。 それは君に利益があるのかい?」

暦「ねえよ。 僕は多分」

暦「人の為じゃないと、戦えない」

「だろうね。 君はそんな奴さ」

「唯一自分の為に戦ったのは、あの春休みくらいかな?」

「とは言っても、あれも別視点から見れば、忍ちゃんの為の戦いだったのかもね」

暦「どうだかな。 少なくとも僕は、自分の為に戦ったと思っているよ」

だから、だからこそ。

僕はもう、自分の為に戦わない。 戦えない。

「この前、殴りあった時」

「あの時言っていた言葉の意味は、分かったみたいだね」

「僕が願われた事について」

暦「ああ、お前も随分と性格が悪い」

暦「まあ、忍野の性格だから、仕方ないんだろうけどさ」

「あんまそう言ってくれるなよ。 君の後ろで見ている彼が可哀想じゃないか」

暦「問題ねえよ。 あいつは一々そんなのは気にしない」

「はは、そうだったそうだった」

「けど、君が殺されそうになっている原因とかは、全部分かったんだろ?」

「紛れも無く、今君の後ろでのほほんと見ている彼女が原因なんだぜ?」

暦「いいや、違うな」

暦「原因は僕だよ。 僕の頭がもう少し良ければ、こんな事にはならなかった」

暦「火憐ちゃんの時も、月火ちゃんの時も、僕が気付くのが早ければ、もっと早めに対処出来ただろうさ」

暦「そりゃ、あいつらも自業自得の部分はあるだろうさ。 けどそれ以上に、僕の所為なんだよ」

暦「それだけの話だ」

「阿良々木くんは、どうやら自分を責めるのが趣味なのかな。 どんな時でも君は自分を責める」

「いつか壊れるぜ。 そのままだと」

「いつ如何なる時でも他人に責任を押し付けない。 自分を責め、それを肯定する」

「それはつまり、自分自身を否定する事だ」

「そして、それを続ければいつかは自分を保てなくなる」

「それでも君は、自分が悪いと言うのかい?」

暦「さあ? 難しい話は分からねえな。 けど、これだけは言える」

暦「家族や仲間を守らずに責任を押し付ける方が、よっぽど自分が保てなくなりそうだよ。 僕からしたら」

暦「それと、これから先の心配をしてくれるのか? お前の予定だと、僕は今日ここで死ぬんだろ? それとも何だよ、降参でもしてくれるのか?」

「はは、良い感じに狂ってるよ、君は」

「けれどまあ、悪い方の狂い方では無いと言えるかもね」

「二つ目の言葉については、僕の失言だ」

「言われてみればそうだね。 君の将来を心配する必要は皆無だった。 ごめんごめん」

暦「そうか。 それじゃあそろそろ、ぐだぐだ話し合いを続ける必要もねえな」

暦「あんまり無駄話を続けていると、観客も寝ちまうからさ」

「分かったよ、阿良々木くん。 それじゃあ」

----------------------------始めようか。

言葉と同時、空気が変わる。

どう来る?

正面から? それとも横から?

忍野は確か「足を見ろ」と言っていた。 とは言われても、足ばっか見てもいられない。

来るとしたら……

「ッ!」

化物は身を若干屈め、上に飛ぶ。

おいおい、上かよ!

足を見るもくそもねえな、けれども。

落ち着け。 相手は飛んでいる、上空では動きなんてまともに取れやしない。

それなら、まずは回避。 間違っても防御は駄目だ。

判断すると同時、その場から離れる。

そして、化物が地面に着地すると同時、蹴り。

暦「うおらっ!」

さすがの忍野でも、着地と同時には先日の様な真似は出来ず、回避行動。

当たれば万々歳だったのだけれども、さすがにそう上手くもいかねえか。

「なんだい。 前よりも多少は成長してるね」

「とは言っても、今のままじゃ僕に勝つのは不可能だよ。 阿良々木くん」

暦「一々喋らないと気が済まないのかよ。 けど、今のままじゃってのはそうかもな」

「大方「阿良々木くんが絶対に取らない方法」ってアドバイスでもあったんだろ? 僕に勝てる方法としたら、それ位しか無いしね」

やはり、ばれてるか。

暦「ああ、そうだよ。 でもだからといって、お前は結局それが予想できない。 そうだろ?」

「まあ、そうだね。 しかし可能性としては考えられるんだよ」

「例えば……阿良々木くんが実は応援を呼んでいて、今からここに他の専門家がやってくる」

「これは無いだろう。 君はそれは絶対にしない」

暦「はは、どうだろうな。 お前がそう思うから、敢えて僕はその選択を取っているかもしれない」

「かもね。 まあさ、何が言いたいかって言うと」

「ありとあらゆる可能性は考えてある。 君が僕に勝つのは無理だよ」

「って事だ」

そう言い捨て、化物は距離を詰めてくる。

暦「……っ!」

マズイ。 話に気を取られ過ぎていた。 初動に反応出来ていない。

つうか、忍野の奴はまだ準備が終わらないのかよ。 こんなんじゃ一秒先には死んでるかもしれないぞ、僕。

そして。

メキ。 なんて不快な音が耳に入る。

見ると胸のど真ん中に、化物の腕がめり込んでいた。

暦「がはっ……!」

くっそ、意識が飛びそうだ。

足元も安定しない。 たった一発のパンチで、視界まで揺れてやがる。

だけど、倒れる訳には行かない。

火憐風に言うのなら、つまりはベストコンディションって事だ。

いやはや、あいつすげえな……

「おいおい。 もう死にそうじゃないか。 大丈夫かい?」

化物は腕を引き抜き、少しだけ距離を取りながら言う。

暦「……ふう……ふう……はっ。 心配なんて、いらねえよ」

暦「……つうか。 それよりも、精々自分の心配をする事だな」

「減らず口だねぇ。 でもさ、そんな状態じゃあ次の攻撃も避けられないと思うけど、良いのかい?」

「こうして、君が回復するのを待っている僕の優しさも、少しは理解してもらいたいよ」

暦「んな物、いらねえっつってるんだ。 お前じゃ僕には勝てない」

「それは何かな。 守るべき物があれば、強くなれるとかそういう話かい?」

「確かに、妹ちゃんは守られているんだろうね。 本来の望みから掛け離れた願いを叶えられそうになっている訳だから、それを阻止しようとしている阿良々木くんにさ」

「まあ、僕が君の立場だったら、真っ先に原因たる妹ちゃんを排除してるよ」

暦「お前には分からないよ、一生な」

「はは、そうだろう。 だけどさ」

「だったら笑える話だと思わないか? 化物が守っている物が、金銀財宝では無く、ただの化物なんだから」

「阿良々木くんはそう思わないのかい? 君の妹は、化物なんだぜ」

暦「ちげえよ。 僕が守るのは、金銀財宝でも化物でもない……ただの妹だ」

暦「ぐだぐだ喋ってないで、さっさと来いよ。 そうすればどっちが強いかなんて、分かるだろ」

「そうかい。 じゃあ、遠慮無く」

本来なら、時間を稼ぐべきなのだ。

けれど、そうする事が出来なかった。

僕の事は、別に何と言われても良い。 それだけの事をしたのだから。

だが、僕の妹の事を化物だと言われて、黙っていられるほど僕の器は広くない。 それだけは、許せない。

そして、言葉通り、忍野の姿をしたそいつは目の前まで距離を詰める。

駄目だ、体が動かない。

立っているだけでも精一杯だ。 忍には限界すれすれまで血を吸わせたのだが、それでも回復が追いつかない。

そんな時。 次の瞬間には恐らく死んでいるであろうと思った時。

忍野「阿良々木くーん! 準備オッケーだぜー!」

なんて気の抜けた声が響く。

いやいや忍野。 合図を出すにしてもだな、もうちょっと格好良く決めようぜ、本当にさ。

「ん?」

と、化物の動きは一瞬だけ止まり、顔を忍野の方へと向けた。

今だ。

これを逃したら、チャンスは無い。

動け、動け、動け。

暦「うぉおおおおおおお!!」

化物の首に腕を回し、足までも絡ませる。

そしてそのまま、地面に倒れ込む。

「くっ……」

一瞬だけ焦りを見せたが、すぐにそれも消える。

「ははは。 おいおい、阿良々木くんはそういう趣味だったのかい? 意外だなぁ」

以前、余裕を見せる化物。

恐らく、こいつはこれすらも予想していた事なのだろう。

「この後は、あの専門家任せって訳か。 だけどさ、阿良々木くん」

「あいつがここに来るまでに、僕は君を殺して動けるまでにはなるんだぜ?」

暦「……そうかよ、それは驚きだ」

暦「けどよ、お前は一つ見落としてるぜ」

「見落としている? 何をだい?」

暦「確かに、これは僕が絶対に取らない方法だよ」

暦「そして、今この状況でも、絶対に取らない方法だ」

暦「だけどな、化物野郎」

暦「今までの事があって、今があるんだ。 だから僕はこの方法を取った」

暦「今しか見てないお前じゃ、僕達には勝てないんだ」

「なるほど。 その言い方からすると、そういう事なんだろう」

「当然、それも予想しているさ。 だけど僕はそれを絶対に取らないと思っている。 今こうして、この状況になってもだよ」

「……君はその後の事を考えているのかい。 今でも今まででも無く、先の事だ」

暦「考えてあるよ」

暦「僕は-------------」

小さな声で、目の前のこいつにしか聞こえない様に。

「ははは、おいおい。 それはやめた方が良いと思うぜ。 あそこに居る僕もそう言ってただろ?」

暦「言われたな。 どれが正しいのか、間違っているのかは分からない。 だけど」

暦「それであいつが救われるのなら、僕はどんな方法でも構わない」

「そうかい。 まあ良いさ」

「どうやら僕の、負けみたいだ」

暦「ああ。 じゃあな、化物野郎」

暦「それじゃあ」

暦「月火ちゃん、やってくれ」

背中に居る月火に、僕はそう声を掛け。

月火は無言のまま、心渡で僕もろとも、化物を突き刺す。

僕がそのまま意識を失う時。

「……精々、頑張れよ、阿良々木くん」

少しずつ消えていく意識の中、最後にドッペルゲンガーはそう言った。

以下、回想。

今日の夜、廃墟での会話。

「それじゃあ、作戦会議と行こうか」

「まず、大筋は妹ちゃんの作戦で大丈夫だと思う」

「阿良々木くんが動きを止めて、妹ちゃんが止めを刺すって方法だね」

「妹ちゃん自身の手を汚れさせるなんて、阿良々木くんなら確かに取らない方法だよ」

忍野は言い、僕に顔を向ける。

こいつは『その後の事』を知っている筈なのに、いやらしい性格だよな、全く。

「忍野。 その止めを刺す方法なんだけどさ」

「忍の刀、心渡を使おうかと思うんだ」

「……うん。 僕もそれでいこうかと思ってる。 あのブレードなら、一撃でも入れれば怪異その物であるあいつは死ぬだろうさ」

「だけど、それなりには阿良々木くんにもダメージはあるぜ? 多分意識はぶっ飛ぶだろうね」

「そうなのか? 前に体に仕込んだ時は、そうでもなかったけど」

「いやいや、別に怪異性があるからって話じゃないよ。 阿良々木くんなんて、殆ど人間なんだし」

「僕が言っているのは、単純にダメージの問題だ」

「それまでのやり取りで、それなりに負傷はしているだろ?」

ああ、そういう事か。

「別に成功していれば、僕は意識が吹っ飛ぼうと、腕が吹っ飛ぼうと構わない。 それで終わるんだったらな」

「そうかい。 妹ちゃんは、どう思う?」

「私は、お兄ちゃんがそれで良いって言うのなら、やります」

「はは、信頼されてるね。 暦お兄ちゃん」

「それは千石だ。 後お前がそんな呼び方しても寒気しかしないから、やめろ」

「なんだい。 弟キャラでいこうと思ったのに。 ノリが悪いなぁ」

どう頑張っても、お前はおっさんキャラにしかなれねえよ。

「私はどう? 暦お兄ちゃん」

「やめろ! 月火ちゃんにそんな呼ばれ方すると、なんか背中が痒くなる!」

「ひどいなぁ。 まいいけどさ」

「はいはい。 閑話休題。 話を戻そう」

忍野が手を叩き、再度話し始める。

「で、問題はタイミングだ」

「まあ、ばれない様に準備をするのは結構しんどいからね。 それまでは阿良々木くんには気合いでなんとか持ち堪えて貰わないと」

「気合いかよ……」

「一応、足運びを見ていれば良いと思うよ。 それで大体は動きが読めると思う」

「分かった。 なんとか頑張れって事だろ?」

「うん。 その通り」

「で、妹ちゃんに対する合図は僕が出す。 妹ちゃんが配置に付いたら、阿良々木くんの方にも僕が合図を出す」

「そうしたら、奴の動きを止めてくれ」

「動きを止めるって言われてもな……具体的には、どうやって?」

「うーん。 抱きついて押し倒せば良いんじゃない? 阿良々木くん、得意そうだし」

「僕を何だと思っているんだよ! それにおっさんにそんな事をする趣味は無い!」

「妹である私にはキスしたり、おっぱい揉んだりするのに? 同じく妹である火憐ちゃんの事を押し倒したり、歯磨いたりしてるのに?」

「あ、あはは」

「ま、とにかくそんな感じで行こう」

「他にもやる事はあるけど、それは僕の方でやっておくよ。 君達は今の事だけ、頭に入れておいてくれ」

回想終わり。

目が覚める。

ああ、やはり忍野の言う通り、意識を失っていたらしい。

辺りはまだ暗いし、時間はそれ程経っていないのだろうか?

まだはっきりとは見えないけれど。

突然。

ぽたり、と顔の上に雫。

月火「お、お兄ちゃああああああああああん!」

おいおい、キャラ崩壊してるぞ月火。

月火「し、死んだかと思った……私の所為で、もしそうだったら、私」

暦「……馬鹿言ってるな。 月火ちゃんに殺される程ヤワじゃねえんだよ」

月火「でも、でもさぁ……」

涙目月火。

ありっちゃありだな、これ。

僕がそんな新しい可能性を見出しているとは知らず。

それからしばらくの間、僕に抱き着き、月火はわんわんと泣いていた。

時間経過。

忍野「そろそろ帰ろうか。 まずは一旦、僕の家で良いかな?」

素直に廃墟って言えよ。 僕の家ってなぁ。

暦「そうだな。 月火ちゃん、歩けるか?」

月火「大丈夫だよ。 というか、その質問って私がお兄ちゃんにするべきじゃない?」

確かに、言われてみればその通り。

今日はどうやら月火も歩けそうではあるし、実際の所、僕はフラフラである。

まあ、けれども強がりたいのだ。 この妹の前では。

暦「僕は大丈夫だよ。 それじゃ、行くか」

自然と、僕と月火は手を繋いで歩く。

月火の手は暖かく、僕の手は恐らく、冷たい。

そして、もうすぐで、この物語も終わりである。


第十八話へ 続く

以上で第十七話、終わりです。

乙ありがとうございます。

こんにちは。
第十八話、投下致します。

現在は、忍野の家。

家というよりかは、廃墟。

いや、むしろ廃墟でしかない。 家という単語を使うのは、かなり違う。

忍野「妹ちゃんは?」

忍野がそう、僕に尋ねてくる。

暦「今は隣で休ませてるよ。 あいつも疲れただろうし」

忍野「そうかい」

忍野は言いながら、窓の外に視線を移す。

忍「しかし、我があるじ様よ」

忍「本当に、それをやるのか?」

忍は僕に向け、言う。

暦「ああ、やるよ」

忍「儂も賛成は出来んぞ。 そこのアロハ小僧同様、な」

暦「忍はそう言うと思った。 だけど、それで月火ちゃんが救われるなら、良いんだ」

一般的に見ても、間違っている事なのかもしれない。

だが、それで月火が怪異と関わらなくなるのなら、僕は迷わずやる。

暦「僕は」

暦「月火ちゃんの、記憶を消す」

忍「……お前様よ」

忍野「良いよ、忍ちゃん。 自分で経験しなきゃ分からない事もあるだろうさ」

忍野「ほら、阿良々木くん。 君に頼まれていた物だ」

そう言いながら、忍野が手渡してくるのは布に包まれた花粉。

火憐の時の、あの怪異が残した花粉。

忍野「下準備は済ませてある。 後はそれを口に当てて吸わせれば良い」

忍野「ここ数日の事は綺麗さっぱり忘れる筈だ。 だから、今回の怪異……ドッペルゲンガーに纏わる事は、全て忘れられるだろうね」

暦「悪いな、忍野」

怪異その物を忘れられれば、そこにあるという事にも気付かなくなる。

つまりは、関わらなくなれる。

それが月火にとっても、一番良い方法なのだ。

忍野「構わないよ。 それより一つ、聞いても良いかな?」

暦「ん? 何だよ」

忍野「まず、前回の怪異の時はでっかい方の妹ちゃんの記憶が消される事に、阿良々木くんは反対だったろ?」

暦「うん。 それは間違いないさ。 あの時は、そう思っていたから」

忍野「あの時は、か。 それで、今は違うと?」

暦「ああ。 怪異その物を忘れれば、もう関わらなくて済むかもしれない。 生涯ずっとって訳にはいかないかもしれないけどさ、少なくとも知ったままよりは、関わらなくて済むだろ」

暦「だから、忍野のあの時の選択は正しかったんだろうな」

忍野「どうだか。 あれはなるべくしてなったんだよ。 忘れるという事も、怪異の特性の一部だったからさ」

暦「でも結果的に、火憐ちゃんは怪異と関わらずに済んでいる。 それなら、同じ様に月火ちゃんもなるだろ?」

忍野「そうだろうね。 それは間違いない」

忍野「けどそれが、阿良々木くんが言う「妹達を守りたい」って事なのかい?」

暦「少し、違うかな。 守りたいって言うよりは、守りたいって思う状況を作りたくない。 が正しいのかもな」

忍野「そうか。 だからこその、今回の記憶を消すって事なんだね」

暦「そうだよ。 僕が思っているのは、それだけだ」

暦「……話は、もう良いか? あんまり待たせるのもあれだし」

忍野「うん。 もう止めはしない。 僕から言う事はそれくらいかな」

暦「分かった。 それじゃあ、ちょっと行って来るよ」

そのまま部屋を出ようとする僕に、後ろから声が掛かる。

忍野「ああ、一つだけ言い忘れていた事があった」

暦「ん? 何だよ」

忍野「どんな結末になったとしても、君はしっかりそれを受け入れるんだ。 自分の行動に、責任を持ってね」

暦「そんなの分かってるさ」

忍野「なら、良いよ。 行ってきな」

そして、僕は月火が居る部屋へと向かう。

ゆっくりと扉を開け、部屋に入るとすぐに、椅子に座る月火が目に入った。

暦「月火ちゃん」

月火「……お話は終わったの? って、これなんかデジャヴだ」

少しだけ眠そうに言う。 もう二時を回っているし、月火の年頃ではさすがにキツイか。

暦「僕の話、聞いてくれるか」

月火「うん。 良いけど、なんの話?」

暦「月火ちゃんは、気付いていたんだろ? 僕が何かを考えているって」

月火「……まあ、なんとなくはね」

言い辛そうに。 そして少しだけ悲しそうに、月火は言った。

暦「そっか。 さすがはファイヤーシスターズの参謀だな」

月火「そりゃそうだよ。 お兄ちゃんは参謀を侮りすぎだ」

暦「……だな」

そして、僕は告げる。 妹に。

暦「月火ちゃん」

暦「今から、月火ちゃんの記憶を消す」

この時、僕が予想していたのは、パニックになる月火だったのだけれど。

月火「そっか。 その手で来たかぁ」

月火「けど、良いよ」

月火は何でも無いように、そう言ったのだ。

あっさりと、僕の行為を肯定したのだ。

何でそうなる? おかしくねえか?

暦「なあ、もっと驚いたり、他のリアクションを取るべきだろ。 こんな事言われてさ」

月火「何で?」

暦「何でって、お前。 いきなりそんな事言われて、驚かないって方が無理もあると思うんだけど」

月火「いや、一応は驚いてるよ。 けど、別に良いかなって」

暦「記憶を消すんだぞ? 別に良いかなで済む問題かよ」

多分、僕は月火に怒って欲しかったのかもしれない。

そうすれば、多少は気が楽になると思うから。

妹の記憶を消すってのは、良い気分では無い。

いや、そもそもそんな事、誰が誰に対してでも進んでやりたい事では無いだろう。

だけども、月火は怒らない。 いつもはすげえ怒りやすいのに。

月火「それで済む問題だよ。 だって、お兄ちゃんが考えたんでしょ?」

暦「……そうだけど」

月火「なら、良いかなって思うんだよ。 前に言ったじゃん、お兄ちゃんのする事はいっつも正しいって」

暦「その時、僕は間違いだらけだって返したじゃねえか」

月火「なら私はこう返した。 私にとっていつも正しいからって」

暦「でも、他になんか言う事とか、無いのかよ」

月火「無いね。 皆無だよ」

月火「私はお兄ちゃんの言う通りにする。 それで良いでしょ?」

暦「……はは。 お前は、火憐ちゃん以上の従順さだな」

月火「かもしれないし、そうじゃないかもね」

暦「……そうか。 ごめんな、月火ちゃん。 約束を破って」

月火「お兄ちゃんが約束を破るなんていつもの事じゃん。 何今更謝ってるのさ」

月火「それにどっちかって言うと、私の方が約束破ってるし。 一々気にしてどうするの?」

暦「そうだったそうだった。 月火ちゃんはそういう奴だ」

月火「いやいや、自分で言っておいてあれだけど、そう決め付けられるとちょっとイラってするね」

暦「んだよ。 じゃあ言い方を変えてやる」

暦「月火ちゃんはそういう奴じゃないよな」

月火「なんか納得行かないなぁ……」

暦「じゃあどうしろって言うんだよ」

月火「うーん」

月火「どうもしなくて良いんじゃない? ていうか、やっぱり最初ので良いや」

なら最初から文句言うなって……

月火「それにしても、火憐ちゃんどうしてるんだろ?」

暦「寝てるんじゃねえのか?」

暦「あれ、そういや月火ちゃんさ、家出る時になんて言ったんだ? 火憐ちゃんと話してたみたいだけど」

月火「決まってるじゃん。 お兄ちゃんの自分探しの旅に、無理矢理付き合わされてるって言っておいたよ」

暦「それが本当だとすると、僕はこれから、また死ぬか生きるかの戦いをしないといけないみたいだな」

月火「嬉しい事に本当だよ。 頑張ってね、お兄ちゃん」

暦「まあ、なんとかするしかねえか」

月火「うんうん。 でもね、ただの自分探しの旅じゃないんだなぁ、これが」

暦「僕的には、自分探しの旅に種類がある方が驚きだよ」

月火「名付けて、最後の自分探しの旅」

暦「格好良いけどもな!」

つうかそれだと、その後僕は死にそうな予感がしてならない。

いや、これからあるだろう火憐の追求に、果たして僕は生き残れるのかまだ決まってはいないので、本当に亡き者になる可能性はあるのだが。

月火「けどさ、正直な話」

月火「火憐ちゃんは大丈夫でしょ。 抱き締めれば一発だよ」

暦「その方法は出来れば避けたい……」

月火「それじゃあ、土下座しかないね。 お兄ちゃんお得意の」

暦「一応伝えておくが、月火ちゃん。 お前の土下座も中々の物だぜ」

月火「何言ってるのさ。 私の土下座なんて、お兄ちゃんや火憐ちゃんに比べたらまだまだだよ」

月火「お兄ちゃんは、週二くらいでしょ? 火憐ちゃんは週一かな」

月火「で、私は月一だし。 熟練度が違うんだよ」

暦「すっげえ嫌な熟練度だな……それ」

月火「この前さー。 そんな話を友達としたんだよね」

え、お前土下座の話を友達としたの!?

月火「で、そうしたらこう言われちゃった」

月火「「いや、普通の家はそんな土下座祭りじゃないよ」って」

暦「いやいや、それは無いだろ」

月火「だよね?」

恐らく、月火の友達は恥ずかしがってるだけだろうな。

というか、僕達兄妹ですら少ない方だと思うし。

暦「でも、その土下座祭りってのは良い響きだ。 なんか知らんけど」

月火「おお、私もそう思ってる所だった。 今度やろうよ、土下座祭り」

一体どんな祭りになるのだろうか。 想像できない。

暦「月火ちゃんのチャレンジ精神には、時々驚愕するぜ」

月火「そうかな? 何でも試さないと、分からないでしょ?」

暦「いやまあ、そうかも知れないけどな」

月火「って事で、ほら。 ちゃっちゃと記憶消すのを済ませちゃおう」

暦「軽い感じで言うなよ。 僕も罪悪感はあるんだからさ」

月火「へえ。 私のおっぱいに触る時は、全然そんなの感じて無いみたいだったけど」

暦「そりゃお前、月火ちゃんの胸が僕の手を揉んだ訳だし」

月火「その言い訳、もはや逮捕されても不思議じゃないよ……」

暦「それに、僕に胸を揉まれる時って、月火ちゃん嬉しそうじゃん」

月火「私がいつそんな反応をした!!」

いやいや、だってさ。

暦「それじゃあこの前のキスの時は? 夕方、僕の部屋で二人の時」

月火「あ、あれは。 その」

何照れてるんだよこいつ。 言い出した僕が恥ずかしくなるじゃねえか。

月火「……その、流されて」

月火「ってそんな事はどうでも良い!」

月火「よし! じゃあ無駄話はここまでで、終わらせよっか」

暦「都合の悪い話を摩り替えやがったな」

月火「良いでしょ、別に」

暦「月火ちゃんが良いなら、僕は良いよ」

月火「お兄ちゃんはそうだよね。 私の事が大好きだもんね」

暦「……それ、同じ事を最近火憐ちゃんにも言われたなぁ」

月火「そうなんだ。 で、お兄ちゃんは何て返したの?」

暦「決まってるだろ。 同じ様に返すとだな」

暦「月火ちゃんの事は、超大好きだ」

月火「……うん。 だよね」

笑いながら、月火は続ける。

月火「それじゃー、そろそろ頼もうかな」

月火の言葉に、僕は頷き、近くに行く。

月火「……あ、でもちょっと待って。 最後にお願い一つ、良いかな」

月火「お願いというか、提案かなぁ」

暦「良いよ、何でも」

月火「そっか、じゃあお兄ちゃん」

月火「キス、しよっか」

月火は目を閉じ、僕に顔を近づける。

僕も黙って、そんな月火にキスをした。

月火「……さすがに恥ずかしいね」

暦「僕は別に平気だけどな」

月火「本当に?」

暦「多分」

月火「本当に多分?」

暦「……やっぱり少し、恥ずかしいかな」

月火「よろしい!」

だから、何様だって。

月火「それじゃー」

暦「ああ。 これを吸えば、ここ数日の事を忘れられる」

月火「了解了解」

月火「じゃあ、またね。 お兄ちゃん」

暦「またな」

そして、僕は布を月火の口へと当てる。

次第に、月火の体から力が抜けていき。

暦「月火ちゃん」

僕に名前を呼ばれ、月火は僅かに反応をした。

暦「……ありがとう」

その言葉は、届いていなかったのかもしれない。

僕がそう言った時には、月火は完全に意識を失っていたのだから。

けれども、そっちの方が良かったのだろう。

僕はとても、月火にお礼を言える立場になんて無い。

時間経過。

暦「終わったよ、忍野」

忍野「そうかい」

忍野「妹ちゃんはそんな長い間、意識を失っている訳じゃないからね。 それにきっかけがあれば思い出す可能性もある」

忍野「とは言っても、強烈な事が無ければ、思い出す事も無いさ」

忍野「もう一度怪異に会ったり、それくらい強烈な事がなきゃね」

暦「分かった。 迷惑掛けたな、忍野」

忍野「そんな事を言っている場合じゃないよ、阿良々木くん」

忍野「これから大変なのは、君自身なんだから」

忍野はいつもの様に笑う事はせず、無表情で僕にそう言った。

忍野「阿良々木くんは、軽く考え過ぎていると思う」

暦「軽くなんて、考えてねえよ」

忍野「違う違う」

忍野「今回の行動を取った時点で、僕にはそうとしか見えないって話さ」

暦「それがあいつの為にもなるんだよ。 怪異なんて、最初から関わらない方が良いって忍野も言ってただろ?」

忍野「言ったよ」

忍野「けど、自然に関わらないのと、無理矢理関わらなくするのは意味が違うんだよ。 阿良々木くん」

暦「んな事言ったら、この前の怪異だって」

忍野「さっき言ったじゃないか。 あいつは、忘れる事まで含めて怪異だ」

忍野「考えてみなよ、阿良々木くん」

忍野「前回はそうならざるを得なかった。 だが、今回は人為的な物だろ?」

忍野「阿良々木くんの意思で、記憶を消したんだ」

人為。

確かに、意思だ。 それは僕の意思。

忍野「それがどれ程の事か、分かるかい?」

暦「だけどな、僕は……月火ちゃんの為にも!」

忍野「それを妹ちゃんが望んだのか?」

月火は、それを望んでいたか。

暦「……それは、違うかもしれないけどさ。 今後起こる事を考えたら、そっちの方が幸せだろ?」

忍野「前に言ったじゃないか。 忘れたのかい、阿良々木くん」

忍野「物事を平面的に捉えろ。 ってね」

忍野「君の視点から見て、君の視点から考えただけじゃないか」

忍野「そして、今の君にはこうも言える」

忍野「そのくだらない価値観を人に押し付けるな。 なんてね」

暦「僕は、僕は月火ちゃんの事を考えてやってるんだよ。 忍野に言われる筋合いはねえぞ」

忍野「ああ、それもそうだ。 僕にそれを言う権利は無いんだろうさ」

忍野「それに、もうやってしまった事だ。 話しても結果は変わらない」

忍野「……いや、そうでもないかな」

忍野「まあ、とにかくだ」

忍野「阿良々木くん。 あんまり話していて妹ちゃんが起きても困るし、そろそろ帰りなよ」

暦「ああ。 そう……だな。 分かった」

暦「忍野、なんつうか」

暦「……悪かったよ。 僕は間違えたのかもな」

忍野「それは君が決める事だ。 僕の方こそ間違えているかもしれないし」

忍野「でも」

忍野「いや、これを言ったら元も子も無いか。 阿良々木くん」

暦「ん?」

忍野「君の周りは本当に、良い子だらけだよ。 もし、君がずっと一人ぼっちだったら」

忍野「君もここまで、優しくは無かったんだろうね」

暦「……どっちにしても、僕は優しくねえよ」

忍野「はは、そうかいそうかい」

忍野「それでも、君の妹ちゃんは兄想いだよ。 それは分かるだろ?」

暦「そう、だな。 さすがにそれは……分かる」

忍野「それは多分、昔も今も『これから』も、だろうよ」

忍野「それじゃあ阿良々木くん、お疲れ様」

暦「おう、またな。 色々迷惑掛けた」

忍野「良いさ、構わないよ。 友達だろ?」

暦「はは、そうだったな」

そして、僕は家へと帰る。

未だに眠る月火を背負って。

僕が忍野の言っていた言葉の意味。 それを知るのはもう少し後の話だ。

具体的には家に着くまでの間、思い知る事となる。


第十九話へ 続く

以上で第十八話、終わりです。

乙ありがとうございます。

あ、ちなみに明日で最終話となります。

最終話+例の後日談にて、後編終了です。

乙後編終わったらまたなんか書くのか?

>>888
今の所、投下させて貰っている物以外は書く予定無しです。

うおおおおおお復旧きたあああ

第十九話と後日談的なアレ。
ゆっくり投下致します。

帰り道。

前に、火憐と怪異との問題が終わった後、帰った道。

その時と同じ道を歩く。 今度は月火をおぶって。

全く。 お前ら姉妹は本当に終わり方まで一緒だなんて、仲良しすぎるだろうが。

けど、これでこの長い物語も終わりだろう。

一歩一歩、僕は家へ向けて足を進める。

そして、やがて。

月火「……あれ、お兄ちゃん」

月火が目を覚ました。

暦「おう、大丈夫か?」

月火「……多分」

暦「気分も平気か?」

月火「どうだろ。 なんか変な気分だなぁ」

暦「……そっか、じゃあおぶられとけ」

月火「……嫌々だけど、仕方ないか」

真っ暗の中、外灯と月明かりだけが辺りを照らしている。

月火「なーんか。 夢を見てたのかな」

背中に居る月火が独り言の様に、呟いた。

暦「夢?」

月火「うん。 変な夢だけど、笑わない?」

暦「笑わない笑わない。 どんな夢だったんだ?」

月火「……お兄ちゃんに、助けられる夢」

僕に助けられる……か。

そういえば火憐も確か、似たような事を言っていたな。

そういう物なのだろうか?

暦「はは、なら感謝しとけよ」

月火「なんで夢の事でお兄ちゃんに感謝しないといけないのさ」

ちょっとだけ怒りながら、月火。

暦「……それもそうだな。 月火ちゃんの言う通りだ」

月火「分かればよろしい」

だから何様だよ。

月火「……けどね、お兄ちゃん」

暦「ん? 何だよ」

月火「最後、夢の最後なんだけどさ」

月火「殆ど覚えて無いし、なんとなくなんだけど」

次の言葉は、恐らく僕は予想していなかった言葉。

予想できなかった言葉。

月火「凄く、悲しかった」

……悲しかった?

暦「悲しかった? えっと……何で?」

月火「分からない。 けど、大事な物が消えていったみたいな、そんな気分」

待てよ。

ちょっと待て。

大事な、物。

月火にとって、何が大事か。

月火と怪異を関わらせない事だけを考えていて。

僕は、全く考えていなかった。

月火「なんだろうね。 分からないんだけどさ、嫌な気分だよ」

暦「嫌な、気分」

月火「うん。 何かを失ったみたいな、失っては駄目な物を失ったみたいな、そんな感じ」

月火「ごめんね。 急に変な事言っちゃって」

小さく笑いながら、月火はそう言った。

だけど、僕には悲しそうな顔にしか見えなかった。

僕は、何を思っていたんだ。

月火にとって大切なのは。

月火にとって信じる物は。

もしかして、もしかすると。

暦「な、なあ月火ちゃん。 僕も、夢を見ててさ」

月火「ほい? お兄ちゃんも見てたの?」

暦「あ、ああ。 そうなんだよ」

暦「それで、その内容なんだけど」

暦「僕が大切にしている人が居てさ、その人が僕と一緒に居たいって言ってくれてさ」

暦「で、それで。 化物が居て」

月火「……お兄ちゃん、大丈夫? もうちょっとゆっくり話してくれないと」

暦「あ、はは。 そうだよな。 悪い悪い」

暦「で、化物みたいな奴が居てさ。 そいつが僕の事を殺そうとするんだよ」

月火「ふむ。 ホラーだね」

暦「ああ、ホラーだ。 それで、色々とその大切にしている人ともあって、最終的にその化物を殺したんだ」

暦「最後はその大切にしている人が、化物を殺す形になってさ。 それは僕の中では、無しなんだよ」

月火「うん。 まあ、お兄ちゃんだしね。 分かるよ」

暦「だから、僕にはそうするしか無かったんだよ。 その方法を取るしか、無かったんだ」

月火「その方法……ってのは?」

暦「つまり、ええっとだな」

暦「僕は、最後に僕は……その人の」

暦「記憶を消したんだ」

月火「……なるほど」

暦「消さないと、また化物に会うかもしれない。 会いやすくなっちゃうんだよ」

暦「多分、その人にとっては地獄みたいな日だったと思う。 だから、そんな辛い物は消して、これからの為にもって思ってさ」

暦「僕はその人の事が、とても大切なんだ。 守りたいって、思うんだ」

暦「だから、僕は」

僕の言葉に、月火は何度か頷き、やがて口を開く。

月火「それは、正しいよ。 私は正しいと思う」

暦「そう……か」

月火「でも、思うってだけだよ」

月火「私はその人じゃないから、分からないけどさ」

月火「当たっているかもしれないし、当たっていないかもしれないけど」

少しだけ声量を抑え、月火は。

月火「それで記憶を消されるのは、絶対に嫌かな」

そう言った。

暦「そう、なのか?」

月火「その人は、お兄ちゃんの事が好きだったんだよね?」

暦「……うん。 まあ、そう言ってくれた」

月火「そっか。 なら、やっぱり嫌な事だよ。 それは」

月火「だってさ、これは結局私の視点からになっちゃうけど」

僕の首に回す腕の力を少しだけ強め、月火は続ける。

月火「その一つ一つが、大切な思い出なんだよ」

月火「地獄みたいな日だったとしても、これからその化物みたいなのに、また会うかもしれなくてもさ」

月火「その人にとっては、お兄ちゃんと過ごした時間がどの様な物であっても、どの様な形であっても、大切な思い出なんだろうなって」

月火「もしも私だったら、そう思うかなぁ」

月火にとって。

大切な、思い出。

月火「ま、結局は夢でしょ? そんな深刻な顔しなくたって、大丈夫だよ」

僕は、何をした?

月火の為に。

月火の事を考えて。

月火の事を想って。

いいや、違う。

それは、僕の勝手な価値観。

それを押し付けていただけだ。

月火の為にと決め付けて、僕がした行為は。

暦「……僕は」

それならば、何故。

何故、月火はああも簡単に僕の言う通りにした?

月火本人が断固として拒否していれば、もしかしたら僕もしなかったのかもしれないのに。

全くその様子は見られなかった。 それは、何でだ?

暦「な、なあ。 月火ちゃん」

月火「ほい?」

暦「その人はさ、僕がそれを言ったら、二つ返事で承諾したんだよ。 本当に嫌なら、拒否しているだろ? さっき月火ちゃんが言った様に、それを僕に伝えているだろ?」

けれども、月火は。

月火「うーん」

月火「無いんじゃない?」

暦「……どうして、そう思う?」

月火「決まってるじゃん」

お兄ちゃんのする事は、いつも正しいから。

その人も、お兄ちゃんの事を信じていたんじゃないかな。

月火はそう、言った。 あの時と同じ様に。

……そうだ。

月火は、そうなんだ。

「私にとって、いつも正しい」と、言っていたんだ。

だから拒否をしなかった。 僕の行動が正しい物だと信じて、拒否をしなかった。

僕の考えを正しいと思って。

僕の行動を正しいと思って。

自分の気持ちを抑えて、僕に従った。

そんな事を考えた途端、どうしようも無く涙が溢れてくる。

月火「お兄ちゃん、泣いてるの?」

暦「……泣いて、ねえよ」

月火「いや、そうは言ってもさ。 さっきから私の手に涙が落ちているんだけど」

暦「雨でも……降ってるんじゃねえか」

月火「空は綺麗だけど。 まあ、良いや」

月火「よっ」

そう言い、月火は僕の背中から降りた。

月火「もう大丈夫だよ。 歩ける」

暦「……そっか」

僕はこいつの為にと、記憶を消した。

月火の言う、思い出を消したのだ。

目の前で話した時。 最後に話した時。

月火は何を考えていたのか。

記憶を消されるのは嫌な筈だったのに。

僕との思い出を消されるのは嫌な筈だったのに。

その感情すらも、僕は読み取れなかった。

目の前で、こいつの目を見て話していたというのに。

暦「な、なあ、月火ちゃん。 ちょっと、聞いてくれ」

月火「ほい? 今度は何かな」

それ以上、僕は何も考えられず、ただ思った事を口に出す。

暦「その記憶を消したってのが僕で、記憶を無くしたのはお前なんだよ」

月火「……はい?」

暦「だから、お前のドッペルゲンガーが出てきてさ。 それで、そのドッペルゲンガーは二匹居てさ」

暦「最後はお前が僕もろとも、ドッペルゲンガーを刺して、それで最後にお前の記憶を僕は消したんだよ」

暦「な? 分かるだろ? 二日間だったけど、思い出すだろ?」

月火「えーっと。 ごめん、お兄ちゃん大丈夫?」

暦「僕は大丈夫だ! それより、月火ちゃんも化物の事を思い出しただろ!?」

月火「……疲れているのかな、お兄ちゃん。 本当に大丈夫?」

月火は苦笑いをしながら。

暦「だから……僕は」

暦「そうだ、忍!」

影に向け、僕は言う。

暦「おい、出て来いよ忍。 起きてるだろ? お前が出てくれば、月火ちゃんも思い出すんだろ? だってお前は、怪異なんだからさ」

しかし、影からの返答は無い。

暦「何また狸寝入りしてるんだよ! 早く出て来いよ!!」

怒鳴り散らす。

分かるさ、これは八つ当たりって事くらい。

けど、けど僕は。

外灯によって作り出された、地面にある影は未だに無言。

月火「お、お兄ちゃん? 落ち着いて、大丈夫だから」

暦「僕は落ち着いているさ! お前も忍を見れば思い出すんだよ!」

暦「忍! いつまでシカトしてるんだよ、出て来いって!!」

地面に膝を付け、影を叩く。

暦「おい、頼むよ。 頼むから……出てきてくれよ、忍」

何回も、何回も地面を叩く。

やがて、僕にだけ聞こえる様に、忍は。

「……お前様よ。 儂は出ない、妹御の前ではな」

暦「何でだ!! お前が出れば月火ちゃんも思い出すんだろ!?」

「あのアロハ小僧では無いがの。 自分の行動には責任を持たんか。 お前様がやった事は」

「いや……とにかく、儂も良い気分では無いんじゃ。 だが、お前様の為にも儂は姿を出さん」

僕が、やった事がなんだよ。

ああ、そうだ。 分かってる、分かってるさ。

怪異の所為でも無く、たまたまの事故って訳でも無く、月火が望んだ訳でも無く。

僕がした、僕が責任を持つべき行為。

そしてそれは、人間のしていい事では無い。

正しく化物の、怪異がするべき事。

ああ、そうか。

僕はもう、人間では無くなった。

暦「けど、けどさ。 このままじゃ、僕は……月火ちゃんは」

月火「お兄ちゃん、お兄ちゃん。 大丈夫だから、泣かないで」

月火が言いながら、背中から僕に抱きつく。

暦「うう……ううう……」

僕は何をした。 この妹に、月火に。

忍野や忍は分かっていたんだ。 こうなる事を。

なら、どうして無理にでも止めてくれなかったんだよ。

……違う、それは違う。 あいつらに責任を押し付けているだけだ。

それに、何度も言っていたじゃないか。 忍野も忍も、それはやめろと。

しかし僕は聞かなかった。 それがどれ程の事かも、分からずに。

僕は、自分のした事に責任を持つしかない。

責任と、後悔を。

忍野は確かに言ってた。 どんな結末でも、受け入れろと。

しっかりと責任を持てと。

僕がするべき行動は、それしかない。

けど、今すぐは……無理だ。

月火「ほら、もう家に着くからさ。 一日ゆっくり寝れば大丈夫だから。 ね?」

暦「……あ、ああ」

僕にそんな優しくするな。

暦「悪い。 先に、家に入っててくれ。 少しだけ、風を浴びたら僕も入るから」

月火「……うん。 分かった」

僕の言葉に、そんな簡単に頷くなよ。

月火「それじゃあ、おやすみなさい」

月火は言い、家の中へと入る。

ああ、あああ。

駄目だ。 うまく立っていられない。

僕は間違いなく、月火の為だと思っていたのに。

何がいけないんだよ。 僕の行動は間違っていたのかよ。

……そうなん、だろうな。

いや、間違っていたなんて問題ですらない。

絶対にやってはいけない事だったのだ。 これは。

僕が最善だと思い、貫いた意志。

そして、今。

その貫いた意思にすら、後悔している。

もう、無理だ。

不可能だ。

僕はあいつらの、火憐と月火の兄で居る事は、もうできない。

最早ただの、怪異なのかもしれない。 人間ですら無い。

涙は止まらず、せめて零れないように、空を見上げる。

夜空に浮かぶ月は、皮肉にも綺麗に輝いていた。


第十九話 終

以上で第十九話、終わりです。

少し時間置きまして、後日談投下します。

乙ありがとうございます。
投下致します。

後日談というか、今回のオチにもならないオチ。

あれから、一週間ほど経っただろうか。

何もする気がせず、ただずっと部屋に閉じ篭る日々。

いつ寝たのか、いつ起きたのかさえ、自分で分からない。

妹……いや、火憐と月火は僕の事を心配してくれている。

それも普通の話なのだけれど、気を遣わせているのには胸が締め付けられる様な気分だ。

そんな訳で、火憐と月火は僕の部屋にはあまり来ない。 今の僕は、放って置くのが一番だと、そう判断したのだろう。

……こう言ってはあれだけど、正直それは助かっている。

今の状態で二人の顔を見たりすれば、おかしくなってしまいそうだから。

そんな二人は最初の一日を除けば、朝起こしに来る事も無く、用事が無ければ入ってくる事も無い。

僕は、火憐と月火と一緒にご飯を食べる気分も当然せず。

とは言っても、二人の声を聞くだけでどうしようも無く情けなくなり。

悲しくもなり。

そして同時に苦しくなり、涙がぼろぼろと出てくる様な今の状態じゃ、それは絶対に無理な話だが。

そういった理由もあり、毎日ずっとここに居るのだけれど、二人はそんな僕を未だに心配して、順番にご飯は運んで来てくれる。

引き篭もりって、こんな感じなのだろうか。

ええっと。

一週間、僕は何をしていたっけ。

ある時は火憐と月火の部屋から、何だか喧嘩をしているっぽい声が聞こえた気がする。

ある時は火憐が部屋に来て、いつもの様に僕を叩き起こそうとした気がする。

ある時は月火がご飯を持ってくるついでに、何やら手紙を寄越してきた気がする。

ある時は火憐と月火が二人して、両親に怒られていた気がする。

ある時は下の階から、騒音が聞こえた気がする。

しかし、それらの事があっても僕は、ずっとここから動かなかった。

否。 動けなかった。

いいや、それも違う。 動こうとしなかったが、正解だろう。

しかしそんな僕でも、風呂には一応入っている。

皆が寝静まった頃に、見つからない様に。

一応は自分の家なのに、そんな事をしているだけで、なんだか笑い話だなぁ。

けど、僕は。

僕には。

そうするしか、無いのだ。

何もする事も無く、ただ無駄に時間を過ごす。

いや、何もしていない訳では無いか。

こうしてずっと、一日中後悔しっぱなしなのだから。

けど結局は、それで何かが変わる訳でも無いので、何もしていないのと同じか。

あの日から、忍とは会っていない。

忍は一度も姿を出していないのだ。

僕が話し掛けても、返答をしない。

会ってしまったら、話してしまったら、多分僕はまたくだらない頼みをしてしまうのだと思う。

だから、ある意味忍のその行動は、僕にとって幸いなのかもしれない。

そして。

最後の望みにと、これもまた夜中に全員が寝静まった所で、あの廃墟へも一応行ったのだけれど……忍野は既にこの町を去っていた。

それは多分、この町に来ていたという怪異が消えたからだろう。

火憐の時の怪異と、月火の時の怪異。

忍野は前回同様に、僕に任せても良いと思って出て行ったのでは無い。

こんな状態の僕に出来る事なんて、皆無だろうし。

もう流す涙も流し尽くし、後悔する毎日。

謝る事すら、僕には許されない。

月火にした事は、とても謝って済む事では無い。

それに、当人がそれを忘れてしまっているのだから、意味の分からない事だろう。

月火はあの日、僕と一緒に帰った日の事も殆ど覚えていないんだと思う。

何度か声を扉越しに声を掛けられた時も、その辺りの事は忘れている様子だったから。

あの花粉の効果がまだ残っていて、怪異に関する記憶を消そうとしているのかもしれない。

それももう、忍野が居ない今となっては分からない事だけど。

全て。

これらは全て、僕の責任で、僕が受け入れなければいけない事。

そして今は、それすら受け入れられずにこうして、部屋に閉じ篭っている。

本来ならば、今すぐ火憐と月火の元へと行って、いつも通り接してやるべきなのだろう。

僕が今の様な状態だから、あいつらに心配を掛けているのだから。

けど、それは出来ない。

だって、そうだろ。

最早。

僕は人間ですら無い。

ただの、化物。 怪異なのだから。

人の記憶を人が消すという事が、どのような結果を生み、どのような行為なのか。

いくら理解しようとも、いくら後悔しようとも、いくら嘆こうとも、結果は変わらない。

或いはあの忍野であったり、影縫さんであったり、羽川であったり。 そういう人達なら、変えられるのかもしれない。

しかし、助けを求める事も、出来ない。

ならば、自分でどうにかするしか無いのだが。

僕なんかでは、絶対に変えられない。

こんな僕でも、それにだけは確信が持てるのだ。

自分の事がとことん嫌いになったけれど、僕が何も出来ないという事だけは、胸を張って言えるだろう。

火憐なら多分「それ、自慢して言う事じゃねえよな」って。

月火なら多分「そんな事言ってて、悲しくないの?」って。

ああ、やめよう。

あいつらの事は考えない様にしよう。

じゃないと、またどうしようも無く辛くなってしまう。

前言撤回だな。 僕にでも出来る事があった。

自分自身が辛くなる事を考えない事だ。

それは多分、最低の逃げ道。

そして、別の事を考える。

もし、あそこで僕が忍野の反対に折れていたのなら。

もし、僕が月火との話で気が変わっていたのなら。

もし、僕が人の気持ちに気付ける様な人間だったのなら。

あまりにも遅い。

一週間経った今でも、責任を持つ事もせず、ただただ火憐と月火を避けている。

それなのに火憐と月火は毎日、出掛ける時には部屋の前で「行って来ます」と言い、僕にご飯を持ってくる時は「ご飯、置いておくよ」と言う。

僕に、構う必要なんて無いのに。

夏休みももうすぐ終わってしまう。

このまま、何もしない訳にはいかないだろうけど。

これだけいつまでも夏休みが続けば良いのにと思った事は、過去に無いだろう。

夏休みはどの様に過ごしましたか? と聞かれたら、僕はこう返す。

ベッドの上で、こうして膝を抱えて、後悔する事が日課でした。

いや、日課というか一日の殆どをそうしているのだから、それは過ごし方と言った方が正しいかもしれません。

なんて。

そして、そんな事を考えていた今日は最悪な出来事が起きてしまう。

あれから丁度一週間が経った今日。

僕がこうして部屋に閉じ篭るのを始めて、七日目。

突然。 唐突に。

ガチャリ。 と音がして、扉が開かれた。

ご飯を持ってくるにしては、時間がおかしい。

正確な時間は分からないけど、家中が静かな所から察するに、夜中の筈。

なら、何だ。 ついには両親のどちらかが、ぶち切れでもしたのだろうか。

「お兄ちゃん、入るよ」

と。

今、一番僕が会いたくない人物の声がした。

「電気も付けないで、気分が落ち込んじゃうよ」

やめろ、僕にそんな事を言われる権利なんて無い。

「本当に、大丈夫?」

心配するなよ。 僕がした事は、僕の所為なんだ。 月火が心配する必要なんて無いんだから。

「……悪い、出て行ってくれ」

冷たく、化物らしく、僕は言う。

「でも、毎日そうやってるのに、放って置けないよ」

やめろよ。 僕にそんな優しくするな。 僕に話し掛けるな。 僕はお前が思う様な奴では無い。

「頼むから、出て行ってくれ」

月火の顔を見る事もせず、言い放つ。

「断る。 お兄ちゃん変だよ?」

そりゃ変だろうな。 僕は人間じゃないのだから、当たり前だ。

そして。

ゆっくりと、月火が近づいてくるのが分かった。

空気で、感じる。 長年ずっと、一緒に居たから。

それが今は、苦しい。

やめろ、やめろやめろ。 僕に近づくな。

「たまには外に出ようよ。 どっか遊びに行く?」

「……出て行ってくれ」

それしか言えない。 僕が今一番望んでいる事と言ったら、月火に拒絶される事だ。

しかし、誤算があった。

部屋のカーテンを閉め忘れていたのだ。

今は夜だから、部屋は真っ暗なのだけど。

「お兄ちゃん」

そう言い、月火が僕の顔を覗き込む。

そして、月明かりで、見えてしまった。

月火の顔が、瞳が。

「……う」

声が漏れる。

やめろ、やめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろやめろ。

僕をそんな目で見るな僕はお前に見られて良い奴じゃない僕に構うな僕に顔を向けるな僕の事を兄みたいに呼ぶな僕の部屋から出て行け僕のした事を許すな僕と一緒に居るな僕に優しくするな僕に近づくな僕は人間じゃないお前の兄でも無い僕はただの化け物だ僕がした事は許されない僕に気を遣うな僕の妹で居るな僕の事を拒絶してくれ僕の事は無視してくれ僕は。





僕は。

「出て行けっつってんだろ! 早く出て行けよ!!」

そして、月火を突き飛ばす。

軽い体は当然の様にベッドから転げ落ち。

「……あ、あああ」

声が漏れる。 呻き声のような。 僕の声。

何をしているんだ。 もう全て終わった。

月火の気遣いも、優しさも、気持ちも、心配も。

全て僕は、壊した。

そりゃ、そうか。

なんせ僕は、人間ではないのだから。

当たり前の事だ。

「……お、お兄ちゃん」

驚いていた。 無理もない。 普通。

そうか。

始めから、こうしていれば良かった。

僕の方から拒絶していれば、良かったんだ。

簡単な話じゃないか。

殴るなり、暴言を浴びせるなりしていれば、やがてこいつも愛想を尽かすだろう。

そう、だ。

それをすれば、こいつとも話さずに済む。

そう思い。 僕は月火に言葉を浴びせる。

暴言を吐こうと。

「……ごめん。 出て行ってくれ」

しかし、僕の口から出てきた言葉は暴言でも何でも無く、ただの普通の言葉。

ああ。

僕は結局、化物にもなりきれない。

こんな中途半端だから、今の状態なのだろう。

もう、どうでもいいや。

今まで、何よりも楽しいと感じていた月火との会話も。 やり取りも。

今の僕には、どうしようもない苦痛でしかなかった。

未だに呆然と床に座り込む月火に、それ以上は何も言わず、背中を向けて僕は目を瞑るのだった。


つきひドッペル 終了

以上で後編終了です。

くぅ〜疲れましたw これにて完結です!

乙ありがとうございます。


ちなみに
>>889
このレスですけど、これは嘘です。


という訳で、次回予告というかあらすじというか、そんな感じのでスレ埋めします。

長い長い長い長い、長い!

長すぎるんだって、毎回毎回。

もうちょっと簡単に纏められないのかな、お兄ちゃんは。

どうせお兄ちゃんはこう思っている筈だ。

お兄ちゃんの事だから、多分。

「この物語には救いが無い」

とか思っているのだろう。 お兄ちゃんが考えそうな事くらい、分かっちゃうから。

ついでに言うなら、多分。

僕じゃどうしようも無いとか、変えられないとか。 そんな感じの事をのたまっているのだと思う。

確かに、そうかもしれないけど。

いや、実際そうなんだけどさ。

お兄ちゃんって、本当に誰にも頼らないよね。

そんなの全部、私が変えてやる。

お兄ちゃんに変えられないのなら、私が変えてやる。

だから、私はこう思う。

「救いの無いを救いのあるに変える物語」

そう、思う。

私は、私の思う物語を書いていこう。

たまにはこういうのも、良いんじゃ無いかな。

というかだよ? 暗すぎるんだって。

物語は何事もハッピーエンドが良いと決まっている(私の持論)のに。 お兄ちゃんが話した物語はどうしようも無くバッドエンドじゃん。

私はそんなの認めない。 認めませーん。

ええっと。 それじゃあ始めようと思うんだけど、お兄ちゃんはいつもどんな感じで始めていたっけ?

うーんと……確か、こんな感じ。

お兄ちゃんのお話。

私の兄で。

高校三年生で。

格好良くて。

頭が悪くて。

優しくて。

妹にセクハラをして。

人を大切にして。

心配性で。

そして最高な、ただのお兄ちゃんの物語。

合ってるかな? 大丈夫だよね、多分。

まあ、大丈夫じゃなくても始めるんだけど。

この物語は、夏休みが終わる少し前から始まる物語。

ある日、私が何故かお兄ちゃんにおぶられてて、帰った後のお話。

その日を境に、お兄ちゃんは変わった。 変わり過ぎてしまった。

理由なんて物はまだ分からないけれど、それでも私はお兄ちゃんの妹なんだ。

だから、だからこそ。 なんとかしないといけない。

それをお兄ちゃんが必要としているか、不必要としているかは知らないけど。

少なくとも……私と、それに火憐ちゃんもお兄ちゃんを必要としているんだ。

だから語ろう。 私の一週間を。

お兄ちゃんの為に動き、お兄ちゃんの為に捧げた一週間の物語を。

……ひょっとして、私ってブラコンだったりするのかな?

いやいや、無い無い。 あり得ないよ、そんなの。

だって、妹が兄の為に行動を起こすなんて普通じゃない? そうだよね?

それに、もしも私がブラコンだったら火憐ちゃんなんてもっと酷いんだから。

……お兄ちゃんの部屋で、歯磨きしてたり。

あー嫌な事思い出した。 月火ちゃんイライラしてきちゃったよ。

あれは、未だに私の中では許せない行為なのだ!

……けど、本音を言うと、羨ましかったり。

いやいや、冗談だよ? さすがにないって、そんな事。

まあ、お兄ちゃんが「歯磨きさせてくれ」って頼んできたら、別に受けてあげても良いけどさ。

っていうか、いつの間にか話が脱線している。 まずいまずい。

えっと、とにかく!

今から話す物語は、ある一日から始まる。

お兄ちゃんの様子が変になった、朝からの一週間。

それじゃあ、ミッションスタートって事で。


つきひミッション 開始

このSSまとめへのコメント

このSSまとめにはまだコメントがありません

名前:
コメント:


未完結のSSにコメントをする時は、まだSSの更新がある可能性を考慮してコメントしてください

ScrollBottom