ちなみにこれは娯楽部で話し合われていたことだ。
ちなつが注いでくれたお茶をありがたくいただいている一同。
あかり以外は冷静で、まるで事務処理でもするかのように
淡々と話を進めていた。
ちなつ「そしたら絶対キレますよね」
京子「怒りのあまり目を見開くだろうな」
結衣「おおぅ……。一両日中に決行しよう」
あかり「あのぉ? みんないきなり何を言ってるの?」
京子「お前を殴るんだよ。話聞いてなかったのか?」
あかり「……あかり、暴力とか嫌い」
京子「私はあかりのこと好きだよ?」
あかり「あかりも京子ちゃんのこと大好き。
でもどうして殴るの?」
結衣「あかり。好きだ」
あかり「あ、ありがとう結衣ちゃん」
ちなつ「私も好きだよあかりちゃん?」
あかり「それはもう分かったよ。
あかりが好きなことと殴ることって関係あるの?」
京子「関係ありまくりだよ」
結衣「そうだな。好きじゃなければこんな残酷なこと考えないよ」
ちなつ「これは罰というより救いかな?
いずれ私たちに感謝することになるよ?」
ということであかりの家に行くことになった。
あかね「あら、みんなお揃いなのね」
玄関で出迎えてくれたのは大学生のあかりの姉。
笑顔がまぶしい現役女子大生である。
しかし彼女が道化師であることを、
ちなつらは早くから見ぬいていた。
あかね「お飲み物は紅茶でいいかしら?」
ちなつ「あ、どうぞおかまいなく」
あかね「そんなわけにはいかないわ。
せっかくあかりのお友達が遊びに来てくれたんですもの」
あかりには普段通りを装うように厳命してあるので問題ない。
あかねはすっかり御もてなしモードで油断しきっている。
そろそろ作戦を実行してもよさそうだった。
京子「あかねさん!! ごめんなさい!!」
あかね「まあ?」
シュ
突きだされた左ストレートが、あかりの顔面に……
あかり「ふごぉ……!!」
直撃したのだが!!
あかね「あらまあ。あかりが吹き飛んでしまったわ」
あかねは以外にも笑顔の仮面を張り付けたままだった。
まさしく笑顔。微笑ましい笑顔。その余裕はどこから来るのか?
実は怒り心頭で、ここにいるあかり以外の三人を抹殺する計画を
練っている最中だとも考えられる。すなわち高度なポーカーフェイス。
ちなつや結衣は今のうちに遺書は残そうと決意した。
あかり「ふぇぇぇぇ!! びえええええええ!!」
京子(あかりを殴ったぞ!! 殴った殴ったなぐったなぐったなぐた!!)
京子は少しだけ赤みを帯びた左の拳を見ながら高揚していた。
ずっとやってみたかった禁忌をついに犯したのだ。
最悪の場合逆上したあかねに殺されるかもしれないだけに
最高のスリルを味わえるのだ。
あかね「京子ちゃんたら、昔は泣き虫さんだったのに
ずいぶん変わったのね。今のは悪くないストレートだったわ」
京子「へ? は、はぁ。どうも」
あかり「おねえちゃああああん!! 京子ちゃんたら、いきなり
あかりのこと、ぶったんだよおおおお!!」
あかね「よしよし。喧嘩はいけないわよねぇ。いくら思春期だからって」
あかりのセリフはちなつが用意した台本通り進んでいた。
殴られて大泣きしてあかねにしがみつく。ここまではいいのだが、
あかねならそんなあかりを見て激怒しないはずがない。
この状態でもまだ冷静でいられるのはおかしかった。
あかね「でもあかりが暴力を振るわれるなんて変よね?
もしかしてあかりが京子ちゃんを
怒らせるようなことしたのかしら?」
京子「いえ。楽しいからやりました」
結衣「反省はしてないそうです」
ちなつ「あっ、ついでに私も殴っていいですか?」
大振りのビンタがあかりの頬に降りかかる。
甲高い音が部屋中に響き渡り、あかりはさらに泣き出した。
ちなつ「あかりちゃんのお姉さん。
これを見ても何とも思いませんか?
あかりちゃんがいじめられてるんですよ?」
あかね「……私のことはあかねって呼びなさい。
最近はいじめが社会問題になってるわよね。
うちのあかりまで被害者になってるとは思わなかったわ」
あかり「びええええええええええええええええん!!
ぶっ……えぐっ……ぶわああああああああああああ!!」
京子「一つ質問なんですけど、どうしてあかねさんは落ち着いてるんですか?」
あかね「そう見える? これでも結構焦ってるのよ?
警察を呼んだ方がいいかなって思ってるの」
結衣「嘘つかないでください」
あかね「うん?」
結衣「あなたの戦闘力なら、私たちを皆殺しに出来るのは分かってるんです」
あかね「あらあら。私は普通の女子大生よ?
こんな可愛らしいお嬢さんたちに乱暴できるわけないでしょ?」
ちなつ「もうポーカーフェイスはやめてください!!」
あかね「ポーカーフェイスですって?」
結衣「あなたは昔からそうだ!! そうやって他人の前では
礼儀正しくて、笑顔を振りまいて。皆を安心させておきながら
影じゃいろんなことに手を染めてる……!!」
ここであかねに初めて反応があった。
反応と言っていいのかわからない。
眉をわずかに動かした程度である。
あかね「まるで私が悪役みたいじゃない」
ちなつ「悪役……いえ。むしろラスボス的存在ですよ」
結衣「最初に言っておきます。私たちは貴女の部屋の秘密を知ってます」
ドゴオオオオオオオオオオオオオオン
結衣のすぐ横に椅子が投げつけられた。
椅子は壁に激突した衝撃で一部が折れていた。
あと数センチ横にずれていたら結衣の顔に直撃していた。
投手のように振りかぶった体勢のあかねは、
ついに目を見開いて結衣と視線を合わせた。
あかね「今度はこっちから質問するわね。
下手な回答をしたら五体満足では帰しません」
結衣「あ……あぁ……」
あかね「返事をしなさい」
結衣「………うぅ……どうせ私たちは殺されるんでしょ?」
あかね「あなたの返答次第では助けてあげるわ。
分かったか分からないか、早く返事をしなさい」
結衣「分かりました……質問には正直に答えます。
私だってまだ死にたくありませんから」
あかね「私の部屋を勝手に覗いたはいつ?」
結衣「あ、あかりの入学式の日です。
その日はあかりが支度に手間取っていたので、
暇つぶしに赤座家を散歩してました」
あかね「おかしな表現ね。家の中を散歩?」
結衣「京子の提案です。あいつはいつもおかしなことを考えるから」
あかね「まあ。いけない子ね」
ふいにあかねの姿が結衣の視界から消えた。
京子「……ぐぁぁ」
お腹を押さえてしゃがみこむ京子。
しゃれにならない痛みに顔をしかめる。
あかねの京子の横を残像が通り過ぎたかと思うと、
容赦のない膝蹴りがお腹に当たったのだ。
あかね「ふぅ。少しだけいい汗かいたわ。
京子ちゃんは冷や汗かいてて可哀そうね」
京子「……っは……がはあぅっ……」
全神経を集中して内臓の痛みに耐えている。
いますぐ救急車で運ばれたほうがいいレベルであった。
たった一撃でこの惨状である。
あかね「次の質問ね。私の部屋のこと、誰かに話した?」
結衣「はい」
あかね「その人のお名前は?」
結衣「そこにいる吉川ちなつです」
あかねは残念ね、と言ってちなつの後頭部をつかんだ。
もちろん残像を残しながらの一瞬の動きだったので、
ちなつには何が起きてるのか分からなかった。
ちなつの視界に床が大きく映る。
ぐしゃ
という音がして冷たい床に顔面から叩き落とされた。
ちなつ「か……は……」
あかね「すぐに鼻字が大量に出るわ。
そこにティッシュがあるからよかったら使う?」
ちなつ「……え、ええ。おかりします」
あかね「ふぅん。まだ余裕がありそうね」
ちなつの首根っこをつかんで助走を始めるあかね。
部屋の一番端っこ疾走して顔面を壁にぶつけてやった。
ちなつ「……う」
あかね「大切な壁なのにちなつちゃんの鼻字で汚れちゃったわ」
あかり「お、お姉ちゃん? ちなつちゃんや京子ちゃんに何してるの?」
あかね「心配しないで、あかり。これは聖戦よ」
あかり「え? せいせん……?」
あかね「この子たちはね、お姉ちゃんのとても大事にしてる場所に
勝手に踏み入ってしまった人たちなの。悪いことした人には
制裁が加わるのが当然なのよ。分かるかしら?」
あかり「……うーん。制裁とか言われてもあかりには難しくて
よく分からないよぉ」
あかね「あかりがもう少し大人になったら教えてあげるわ。
じゃあ結衣ちゃん。次の質問ね。
一瞬で死ぬのと、じわじわとなぶり殺されるの、どっちがいい?」
結衣「……え」
あかね「お姉さん的にはなぶり殺しにしてあげたいわ」
結衣「そ。そんな……質問にはちゃんと答えたのに……」
あかね「私を怒らせた。理由としては十分でしょ?
生きてここから出られると思わないでね♪」
結衣は見てしまった。あかりのウッドコーンのレシーバー部の
上に国家社会主義について書かれた書物が置かれていたことに。
(ウッドコーンとは、ビクター製のシステムオーディオのことである。
リビングに持いてあるモデルは、EX-AR3かAR7であると推測される)
結衣はひざをついて両手を握り、あかねに祈る様に懇願した。
だが女神あかねは地獄の笑みを浮かべながら、拳を持ち上げようとしていた。
ちなつ「ゆ……結衣先輩には指一本触れさせません」
あかね「邪魔する気? あれだけ血を流したのによく
立ち向かう気に慣れるわね」
ちなつ「だって私は結衣先輩のことを愛してますから」
あかね「愛してるですって?」
ちなつ「結衣先輩を傷つけるのは私が許しませんからね」
あかね「足が震えてるくせによく言うわね。
本当は怖いんでしょ?」
ちなつ「……」
あかね「そんな顔で見ないでよ。ええそうよね。
誰だって得体のしれない存在は怖いものよ。
あなた達はまだ中学生。知らなくていい大人の世界がたくさんあるわ」
結衣「ちなつちゃん。私のことに構うな……君だけでいいから逃げるんだ」
ちなつ「嫌です!! 私は最後まで結衣先輩と一緒にいたいんです。
死んだって構いませんよ。遺書だって残しましたし」
結衣「ちなつちゃん……君はそこまで私のことを……」
あかね「その会話……聴いてるだけでむしゃくしゃするわねぇ」
パシン
結衣がビンタされたと気付いたのは音がしてから三秒たってからだった。
あかねの動きは常軌を逸していて、今回は残像すら見えなかった。
彼女はこれでも五割以上の余力を残してお仕置きを実施していた。
結衣「うあぁ……もういやだぁぁ……家に帰りたいよぉ……」
あかね「そうね。人間って窮地に立たされると弱音を言うのよね。
でも昔からね、私はそういう人間に容赦しなかったわ」
パシン パシン パシン
結衣「うっ……ぅ……」
右へ左へと平手を喰らい、その場に崩れ落ちる結衣。
まだ刑としては軽い方だったが、完全に戦意を喪失してしまった。
あかねの脚にしがみつき、必死で命乞いを始めてしまう。
あかね「結衣ちゃんの顔、涙と鼻水でぐしゃぐしゃよ?
スカートが汚れるからしがみつかないでくれる?」
結衣「お願いします……なんでもしますから……
命だけは助けてください……」
あかね「本当になんでもするの?」
結衣「はい……あかね様……どうか御慈悲をください」
あかねは冷酷にもちなつを殴る様に指示した。
結衣は聴き間違えかと思って質問したが、顔を引っぱたかれた。
あかね「ちなつちゃんを好きなように痛めつけてあげなさい」
結衣「そんなの……あんまりじゃないですか……」
ちなつ「そんな奴の言うこと聴く必要ないですよ結衣先輩!!」
京子「し、しかし……あかねさんには三人がかりでも勝てっこないぞ」
ちなつ「ここで最後の切り札、あかりちゃんですよ!!」
京子「え?」
ちなつ「それとちょっと質問なんですけど、LIGHTを和訳すると?」
あかり「光。つまりあかりの名前だね」
ちなつ「正解。あかりちゃんにあかねさんを
止めてもらえばいいんですよ」
あかね「ほんとうにこそくな子。私の血を分けた愛しい妹を
懐柔できるとでも思ってるのかしら?」
ちなつが脇腹が妙に重たいなと思ったら、
あかねのミドルキックがさく裂していた。
内臓を引き裂かれるような痛みに悶絶しながらも、
意識だけははっきりたもっていた。
ちなつ「あかりちゃんは七森中全生徒にとって希望の光なんです」
あかね「さっきのくだらない和訳の話ね」
ちなつ「あかりちゃんは純粋です。だれよりもピュアです。
ピュア音源を求めるビクターのコンポが置いてあるのも、
アニメ制作者たちが意図したことでしょう」
あかね「あれは見た目が良いから買っただけよ?
あとピュアオーディオグランプリでは
無駄に金賞取りまくってるわね」
ちなつ「うるさいです。私たちはあかりちゃんをいじめに来たんじゃ
ありません。解放しに来ました」
あかね「へー。興味深い話ね」
京子「あかねさんはすでにあかりを影から支配してるんです!!」
ちなつ「あかりちゃんに隠れて抱き枕とか妹系同人誌とか
収集してる!! それに隠し撮り写真もたくさんあるし、
制服の匂いを嗅いだり!! 最低ですよ!!」
あかね「……驚いたわ。そんなことまで知ってるのね」
京子「あかりはあなたの支配から抜け出すべきなんです!!」
あかね「失礼ね。あかりには実害は加えてないわよ?」
ちなつ「ならあかりちゃんが仮に私と付き合うことになったら
どうしますか?」
あかね「事実確認後、ネオナチにあなたの身柄を引き渡すわ。
赤の手先だって嘘の証言をしてあげる」
京子「そんなのであかりが幸せになれるわけないじゃないですか!!」
ちなつ「あなたはその年でもまだ妹離れが済んでないんですよ!!」
あかり「お姉ちゃん……。ちなつちゃんたちが言ってたこと……」
あかね「はぁ……。もう隠す必要もないか」
あかねは、自分がいかにあかりを愛してるか演説を始めた。
演説は五分程度の短い内容だったが、あかりへの愛が伝わる
名演説だった。最初はゆっくりと落ち着いたトーンで、
クライマックスでは罵倒するように大きな声で。
彼女には人の心を感動させるツボを押さえていた。
音楽で言えばダイナミクスのようなものである。
だてにヴィヴァルディのファンではないのだ。
あかね「本当は結婚したいくらい好き。私たちは姉妹だから
無理だし、あかりに嫌われたくないと思って
あんなことしてたの。本当にごめんなさい」
あかり「お姉ちゃん……気にしないで。
あかりもお姉ちゃんのこと大好きだから」
あかね「あ、あかり……こんな私のことを許してくれるの?」
あかり「もちろんだよ。お姉ちゃんはたとえ変態さんでも
あかりのお姉ちゃんだもん」
二人は抱きしめあい、涙を流しあった。
ちなつ「助かったの……?」
結衣「どうやらそうらしい。
あの二人は無事結ばれたみたいだ」
京子「はは。結局は余計なお世話だったってことか。
やれやれ。今日は帰りに病院寄ってこうぜー」
これにて赤座家の騒動は終結した。
☆終わり☆
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