玄「清水谷さんに拉致監禁されて今日で3日目かあ~」(259)

玄「…………」

竜華「どうや、気分は」

玄「…………」

竜華「手足に手錠つけられて生活すんのにも慣れたか?」

玄「…………」

竜華「なんとか言うたらどやねん」

玄(どうしてこんなことに……)

竜華「そっちの奴は? まだ寝てるんか?」

煌「いえ、起きてますよ……」

竜華「なんや、起きてるんやったらいつまでも寝転んでたらアカンで。
   死んでしもたかと思うやろ」

煌「はいはい……」

竜華「何、その反抗的な態度……ご飯あげへんで」

煌「すみません。ごめんなさい」

竜華「そうそう、それでええんや。ほな今日の食事やで」

玄(今日もカロリーメイト1個だけか……)

松実玄と花田煌は清水谷竜華、二条泉の二人によってここに監禁されていた
玄が連れてこられてもう3日になる
煌は玄が来る何日か前から監禁されていたらしく、だいぶ衰弱していた

竜華「泉ィ、この二人、お腹すかして仕方ないみたいやし。
   はよ食べさせてあげぇ」

泉「はい、先輩……」

竜華「よう味わって食べや。あんたらが食べられるんはこれだけなんやからな」

玄「……はい、いただきます」

煌「いただきます……」

食事は一日に一度、カロリーメイトとコップ一杯の水だけであった
手錠を後ろ手にかけられているので泉の手から直接食べさせてもらう

玄「モグモグ」

煌「ムシャムシャ」

竜華「あっはは、あんたら犬みたいやなあ」

まったく腹の足しにならない食事が終わる。
竜華は玄と煌のやつれっぷりを満足気に観察したあと
泉を連れて部屋を出ていった。
扉に鍵がかけられ、完全に外界と遮断される。

次に竜華と泉が来るのは、明日の朝だ。
それまでは二人はこの部屋で空腹と暑さと臭いに耐えながら
ただ時間が流れるのを待つしかなかった。

玄「…………」

煌「…………」

玄「今ごろ、みんな心配してくれてるかな……」

煌「……大騒ぎになってるんじゃないですか」

玄「そういえば、宮永さんの時もニュースで騒がれてましたね」

煌「まさか私たちまでその当事者になるとは思いませんでしたけど」

玄「そうですね……」

煌「…………」

玄「……帰りたいよ……」

煌「…………」

玄「早く、警察の人とかが見つけてくれればいいけど……」

煌「あまり期待はできないでしょうね」

玄「な、なんでそんなこと言えるんですか……」

煌「まずひとつ……結局宮永さんは救出されなかったこと」

玄「あう……」

煌「それからもうひとつ、この建物がどこにあるか分かりますか?」

玄「さあ……分かるんですか?」

煌「一度だけそこの窓から外を見ました」

部屋には窓が一つだけあった。
ただし天井近くにあり、鉄格子が嵌められていて、
手錠をかけられた状態ではそこから脱出することは不可能だった。

煌「一面、緑が広がってましたよ、ここは多分、どっかの山の中です」

玄「そんな……」

煌「ここまで捜索の範囲が広がればいいですけど」

玄「…………」

煌「……しゃべっていると、喉が渇きますね」

玄「そうですね……」

それきり会話は打ち止めになった。
他人と話していれば気は紛れると玄は思っていたが、
どうしても話題は目の前の絶望的な状況に関することになってしまうし、
それに一日一度しか水を飲めないため
喉が渇くのもなるべく防がなければならなかった。

季節は9月。
暦の上では秋とはいえ、まだ残暑が厳しい。
窓も扉も締め切られたこの密室では、
空気が熱されて、まるで蒸されているかのようだった。

汗は止めどなく溢れ、流れていく。
拉致された時から着たきりの服は汗が染み込み、不快だった。
臭いも感触も。

玄「…………」

煌「…………」

玄「私たち、これからどうなるんでしょうか」

煌「…………」

煌は答えない。玄の問いかけは愚問であった。
二人がこれからどうなるのか、この監禁がどのような結末を迎えるのかは、
部屋の奥に飾られた宮永照の生首が物語っていた。

4日目。

竜華「おーい、朝やで、起きろー」

玄「う……」

煌「おはようございます……」

竜華「ん、今日はなんか一段とクサイなあ……なんや、うんこしたんか」

煌「すみません」

竜華「ろくに食べてへんのに、出すもんは出すんやなあ」

部屋には排泄のためのオマルが一個おいてあった。
オマルが取り替えられるのも一日に一度だけ。
つまりそれまでは排泄物は部屋に置きっぱなしであり、
不衛生さや不快臭に拍車がかかる。
二人は竜華が来る時間ギリギリに排泄することにしていた。
ちなみにオマルを替えるのは泉の役目である。

竜華「ま、ええわ。まだ健康な証拠やな」

泉「今日の食事です……」

玄「モグモグ」

煌「ムシャムシャ」

カロリーメイト1個で、弱り切った体がわずかにだが回復する気がした。

竜華「泉ぃ、その汚物片付けといて」

泉「はい……」

竜華に命じられ、泉はオマルを抱えて部屋から出ていく。
泉はどうも積極的に竜華に協力しているわけではないように、玄には思えた。

煌「…………」

玄「…………」

竜華「結構痩せてきたんとちゃう? 二人とも」

煌「そりゃあ、ずっとこんな生活を続けてますとね」

玄「いつまでこんなこと、続けるんですか……?」

竜華「さあな……ウチにも分からんわ。怜の意向次第かなあ」

玄「怜……園城寺さん?」

竜華「気安く呼ぶなや」

玄「す、すみません……でも、園城寺さんは……」

煌「シッ!」

煌に静止され、玄は口をつぐんだ。
しばらくして泉が綺麗になったオマルを持って戻ってきた。
竜華と泉は部屋を出て、鍵をかける。

煌「…………」

玄「あの……」

煌「なんです?」

玄「さっきの園城寺さんの話って……どういうことなんでしょう」

煌「……どうも、あの清水谷さんは、園城寺さんが見えてるみたいですね」

玄「み、見えてる? 幽霊ってことですか?」

煌「幽霊というより、妄想でしょう……
  虚構の園城寺さんを無意識の内に創りだしているんです」

玄「おかしくなっちゃってるってことですか」

煌「そうですね。よほどショックだったんでしょう」

玄「…………」

煌「だからといって、同情する気にはなれませんが」

玄「なんとか目を覚ましてもらえれば、私たちも助かるんでしょうか」

煌「難しいと思いますけどね……」

玄「でも、なんとか……このままじゃ、殺されるのを待つだけです……」

煌「……殺されるだけで、済めばいいんですけどもね」

二人が監禁されている部屋はおよそ8畳ほどの広さがあった。
出入口は天井近くの小窓、それから竜華と泉が入ってくる扉のみ。
扉の近くにはオマルが置いてある。

また、部屋の奥には一台の椅子があり、
その上に可愛らしい写真立てに入った怜の写真が飾ってあった。
椅子の手前には、怜へのお供え物のようにして照の生首が置かれていた。
生首にはどこからか入ってきたハエがたかっている。

玄「…………」

煌「…………」

玄「殺されるだけで済めばいいって……どういうことですか……」

煌「よく見て下さい、あれを」

玄「あれって……?」

煌「宮永さんのアタマですよ」

照の生首……
見ろと言われても、直視したいものではなかった。
なるべくはっきり見ないようにしつつ、照のほうへと視線を向ける。

玄「……?」

煌「気づきませんか? 鼻と唇が削ぎ落とされているんですよ」

玄「えっ……」

玄「そういえば、鼻と口のあたりが赤黒くなってるような……」

煌「…………」

玄「で、でもこれがどうかしたんですか?」

煌「はあ……あのですね、わざわざ殺した後で、さらに死体に傷をつけると思いますか」

玄「ど、どういうことですか?」

煌「きっと宮永さんは生きている時に鼻や唇を切り落とされたんです」

玄「えっ」

煌「清水谷さんたちの目的が私たちを殺すことだけなら……
  監禁して初日にさっさと殺してるはずです。でもそうしないのは……」

玄「…………」

煌「私たちが苦しむ姿を見ることこそが彼女たちの目的だからでしょう」

玄「そ、そんな……」

頭の弱めな玄もようやく理解しつつあった。
玄と煌は最終的には殺される。
だが殺される前には、拷問の如き仕打ちを受けて
地獄のような苦しみを味わわされることになってしまうのだ。
宮永照は生きたまま鼻と唇を削ぎ落とされた。
それはどれほどの痛みと恐怖であったか。
玄には想像もつかなかった。

それに玄たちが見ている宮永照の死体は頭の部分だけだ。
首から下……胴体や手足にも、残虐極まりない行為を受けたのかもしれない。
憶測でしかなかったが、その可能性は否定できない。
そしていずれは、自分たちも。

玄「いやっ、いやっ……いやぁぁぁぁっ!!」

煌「お、落ち着いて下さい、松実さん……
  ごめんなさい、そんなに怖がらせるつもりじゃなかったんです……」

玄「やだっ、もうやだっ、帰りたいよぉ……!!」

煌「松実さん……」

玄「ううっ、いやだ……死にたくない……」

煌「死にたくないのは、私も同じです……
  こんな状況ですけど、希望を捨てちゃいけませんよ、ね」

玄「ううう……」

煌「二人で生きて帰れることを願いましょう」

玄「…………」

フォローとしてはあまりにも楽観的すぎた。
玄はその日の夜、一睡も出来なかった。

5日目。

竜華「はーい、朝やでー、起きやぁー」

泉「…………」

玄「はぁ、はぁ、はぁ……」

竜華「なんや玄ちゃん、どないしたん? 顔色悪いで」

玄「いや、こ、来ないで下さい……!」

竜華「なに、今さらウチのこと怖くなってきたんか?
   宮永照の生首でビビらせたつもりやったけど、あんま意味なかったかな」

玄「わ、私たちも宮永さんみたいになるんですか……」

竜華「うーん、そうやなあ……まあ、怜がどう言うかやなあ」

玄「と、怜、怜、怜って……お、園城寺さんはもう……」

煌「だ、ダメですよ松実さん……」

玄「お、園城寺さんはもうとっくに死んでるじゃないですか……!」

竜華「は……?」

竜華の表情が一変した。
わざとらしいほどにこやかな笑顔が消え、
隠されていた憎悪がむき出しになる。

竜華「あんた今なんて言うた? ええ?」

玄「お、園城寺さんはもう死んでるんです……!
  清水谷さんだって分かってるはずじゃないですか……」

竜華「じゃかましい! 怜は誰のせいで死んだと思ってるねん!
   言うてみい、怜を死なせたんは誰や!!」

玄「わ、私たちのせいだって言うんですか……」

竜華「そやろがぃ! 怜はなぁ、宮永照に負けんように頑張ってな、
   それで体力を使い果たして死んでしもたんや!
   あんたらが殺したんと同じや!」

玄「私は、そんなの、関係ない……!」

竜華「関係あるわ! 宮永照を殺した後になあ、怜が言うたんや。
   あのとき一緒に打ってた松実玄、花田煌……
   あいつらが弱かったから私が死ぬほどに力を使わんとあかんかったってな!」

玄「だから、園城寺さんはもう死んで……」

竜華「そうや、せやからウチは怜のためにあんたらも殺すんや」

支離滅裂であった。
もはやまともに会話は成立しない。

竜華「泉ぃ、あれ持ってきぃ」

泉「は、はい……」

竜華に命令された泉は部屋を出ていき、すぐに戻ってきた。
その手にマッチ棒の箱を持って。

竜華「あんた、まだ自分が何したか分かってへんみたいやからな。
   悪い子にはちゃんとおしおきして思い知らせてやらんとな」

玄「ひっ……!?」

泉から箱を受け取った竜華は、
マッチを一本取り出して、慣れた手つきで火をつけた。

玄「いやっ、やめてください! 謝りますから、やめてっ!」

竜華「こら、暴れんな……泉、押さえつけて」

泉「は、はい……」

泉は玄の上半身を抑えこみ、竜華は左手で足を掴まえた。
ろくにモノを食べられず弱っていたせいで、簡単におさえられた。

竜華「じゃあ行くで。これも全部玄ちゃんのせいやからな」

そう言って、竜華は玄の太ももに火の着いたマッチ棒を押しあてた。

玄「いぎゃあああああああああああああっ!!」

竜華はさらに2本目のマッチ棒に点火して、
ふたたび玄の皮膚にぐりぐりと押し付ける。

玄「あつい、あづぃぃぃっ! やめてっ、いやああっ!」

続けて3本目、4本目のマッチに火を付けて、玄の太ももを焼く。
マッチを押し付けられるたびに部屋の中には絶叫が轟いた。
綺麗だった太ももはグロテスクな火傷によって醜く変わり果ててしまった。

5本目のマッチに点火しようとする竜華を、泉が制止した。

泉「も、もうやめときましょう、清水谷先輩……
  園城寺先輩はこんなことやれって言うたわけじゃないでしょ……?」

竜華「ん……そやな、まだ怜には何にも言われてへんかった……
   これ以上やったら怜の意志に背くところやったわ」

泉「そうですよ……今日のところはこの辺にしときましょう」

竜華「まあそうやな。これだけでもおしおきの効果は充分やろうし」

玄「あづい、いだいよぉ……ごめんなさい、ごめんなざい……」

竜華「反省したか? あとで怜にもちゃんと謝っとくんやで」

玄「はい……」

玄の顔は涙と鼻水とよだれでぐちゃぐちゃだった。
苦悶に歪んだ表情を、竜華を満足そうに眺めた。

竜華「そうえいば、ご飯がまだやったな。
   罰として玄ちゃんはこれからしばらくご飯抜きやで」

泉はそれに従って煌にだけカロリーメイトと水を与えた。
そして竜華たちは部屋を出て、鍵をかける。

玄「…………」

煌「松実さん、大丈夫ですか」

玄「…………」

玄はぐったりしたまま動かなかった。
問いかけにも答えない。

煌「今の清水谷さんは狂っています……
  ああいう状態の人を否定するようなことを言うのはいけません」

玄「…………」

煌「私たちの生殺与奪の権利は、清水谷さんが握ってるんですから」

玄「…………」

煌「松実さん……」

煌は芋虫のようにして玄のもとに這い寄る。
そしてポカンと開けられた玄の口に、自らの口をつけた。

玄「んっ……?」

玄の口内に固形物が移される。
それが何かはすぐに解った。毎朝のカロリーメイトだ。

煌「半分だけですけど」

玄「は、花田さん……」

煌「……心だけは強く持って下さい。どんな絶望的な状況でも。
  なにもかも諦めなければならなかったとしても」

玄「はい……」

抗えない悪意と暴力に支配されたこの空間で
虐げられ殺されるのを待つだけだと思っていたが、そうではない。
ここにはまだ仲間がいた。
一日一度のわずかな食料を分け与えてくれる仲間が。

玄はここに連れてこられて初めて人の暖かさに触れた。
口の中のカロリーメイトは、今までに食べたどんなものよりも美味しかった。

まだ生きていられる。
助けが来るかはわからないし、
ここから逃げられるかどうかも分からないけれど。
最期の時まで支えあい、分かち合える仲間がいる。
この状況の中で、それが玄の心の支えになった。

玄「ありがとうございます……花田さん」

煌「いいってことですよ……」

玄「はい……」

玄はその日一日、火傷の痛みを耐えながら過ごした。
火傷はまったく処置も治療もされておらず、剥き出しのままである。
汗が火傷に染みて痛かった。

6日目。

竜華「朝やー、起きろー、朝やでー」

玄「…………」

煌「…………」

竜華「日曜やからって寝坊は許さんでー」

もはや曜日の感覚など二人からは失われていた。
今日が休日だろうと平日だろうとどうでもよかった。

竜華「ほら、おはようくらい言わんかい」

玄「おはようございます……」

煌「おはようございます」

竜華「よし、ほな朝ごはんや。
   昨日も言うたけど、玄ちゃんは食事抜きやで。水だけな」

泉「はい……」

泉はどうも竜華に怯えているようだった。
脅されて従わされているのか、逆らえない事情があるのか。
玄は泉を懐柔できれば……と考えたが、おそらくは不可能だろう。

食事が済むと、泉と竜華は部屋を出ていった。
鍵をかけるのも忘れない。

竜華たちが部屋を出ていった後、
煌はすぐに玄の隣へと這いずっていく。

煌「松実さん、今日のぶんです」

玄「すみません、昨日に続いて今日も……」

煌「いいんですよ、なんでも独り占めはいけませんから」

玄「んっ……」

煌は口移しで玄に食事を分け与える。
唾液で溶けかかったカロリーメイトが玄の口に落とされた。
昨日より少しだけ大きい気がした。

玄「……ありがとうございます」

煌「こういうのはお互い様ですからね。
  もし私が食事抜きになったら、今度は松実さんが分けてくださいね」

玄「はい、もちろん」

煌「うふふ」

こうして煌と話している時だけは、恐怖を忘れられた。
しかし宮永照の生首から発せられる死臭と、太ももの火傷の痛みによって、
すぐに自分の置かれた状況が思い出されてしまう。
このまま助けが来なければ二人は殺される。
気丈に見える煌も内心ではそれに怯えているに違いなかった。

――

――――

―――――――


怜『……竜華…………竜華…………』

竜華『ん…………』

怜『竜華……竜華…………』

竜華『怜……やっと出てきてくれたんか、会いたかったわ……』

怜『玄ちゃんと花田さん、だいぶ弱ってきてるみたいやな』

竜華『うん、とくに玄ちゃんのほうは今なんにも食べさせてへんからな』

怜『ようやってるやん。すごいで、竜華』

竜華『えへへ、ありがとう』

怜『でも、もうあの二人を閉じ込めるだけにしとくのも飽きてきたわ』

竜華『そうやな、もう一週間くらい経つしなあ……じゃあそろそろやるか?』

怜『うん、やっちゃって。宮永さんみたいに、うんと痛めつけてや』

竜華『わかってるよ。どっちからやる?』

ドア「バン!」

??「待たせたな!」

煌「あなたは!」

玄「阿智賀のレジェンド!」

レジェ「レージェッジェッジェ!助けに来たレジェ!」ゴン!

レジェ「うっ!…」ドサ

竜華「泉、こいつも縛っとき」

泉「はい…」

怜『そうやな、じゃあ花田さんから』

竜華『なんで花田さんからにするん?』

怜『あの人、なんか腹立つしなあ……』

竜華『まあ確かに』

怜『あの人は精神力強そうやから、まず体のほうから壊したらんとアカン。
  玄ちゃんにはそれを見せつけてビビらせるんや』

竜華『ふふ、ほんまに面白いこと考えるわ、怜は』

怜『えへへ』

竜華『じゃあまずどこからやろか』

怜『ほな、まず最初に麻雀をできひん体にしたって』

竜華『分かった。ほな、明日から早速はじめるわ』

怜『うん、ありがとう。大好きやで竜華』

竜華『ウチも大好きやで、怜……』

―――――――

――――

――

7日目。

玄はまだ日が昇り切らない内に目を覚ました。

玄(暑い……)

残暑はまだまだ続いていた。
全身が汗にまみれていたが、手を使えないため拭うこともできない。

太ももの火傷は化膿していた。
宮永照の生首にたかっていたハエが何匹か火傷に群がってきていた。
玄は体をばたつかせてハエを振り払う。

ここでの生活は不衛生なこと極まりなかった。
まず頭部だけとはいえ死体が置いてある。
そこから腐臭がただよい、どこからともなく虫が湧いてくる。
最初はハエだけだったが、
最近は見たこともないような虫が照の顔の上を這っていた。

そしてここに連れてこられてから一度も風呂に入っていなかった。
服も取り替えていないし、脱ぐこともできない。
背中や首の周りに汗疹ができて、痒くて仕方がなかった。

また排泄物も放置されたままである。
オマルの中には玄の尿が溜まっていて、それがまた強烈な匂いを放っている。

この空間にいるだけで、玄は自分の体力が削られていくのを感じていた。

玄「はあ……」

煌「溜息つくのは良くないですよ」

玄「花田さん……起きてたんですか」

煌「なんだか寝付けなくて」

玄「そうですか……」

このような環境の中で安眠しろという方が無理である。
枕もないし、床も硬い。
玄は壁に寄りかかって寝ていたが、毎朝起きると全身が痛んだ。

煌「…………」

玄「どうしたんですか?」

煌「なんだか嫌な予感がするんです」

玄「嫌な予感?」

煌「なんでしょうかね……私もそろそろ殺されてしまうんでしょうかね」

玄「そ、そんなこと……二人で生きて帰りましょうよ」

煌「そうできればいいんですけど、ね」

玄「助かりますよ、きっと……」

何の根拠もない無責任な発言であった。
しかしこれ以外に言うべき言葉を玄は思いつかなかった。

日の出と同時に竜華と泉が部屋に入ってきた。

竜華「おはよー、起きてるかー」

玄「おはようございます……」

煌「おはようございます」

竜華「おっ、もう起きとったんか。感心感心」

泉「……」

今日は竜華の様子が違っていた。
来る時間がいつもより早い、というだけではなく。
右手を後ろに回していて、こちらに見せようとしない。
何かを隠し持っているのは明らかだった。

泉「今日の食事です」

煌「ありがとうございます……」

泉「松実さんもどうぞ……」

玄「あ、はい……」

玄の食事禁止は解除されたようだった。
何日かぶりにカロリーメイトを1個丸ごと食べられた。

竜華はそのようすをにこにこ笑いながら眺めている。

竜華「さてと、食事も済んだようやし。そろそろ始めよか」

泉「は、はい……」

玄「……始めるって、な、何を……」

玄は照の生首にちらっと視線を向ける。
ついにこの時が来てしまったのか。玄は歯を震わせた。

竜華「玄ちゃんはまだやから、そんなビビらんでもええで。
   まず花田さんの方からやるさかいな」

煌「わ、私ですか……?」

竜華「うん」

煌「……な、何をしようって言うんです……」

竜華「これ、分かるか?」

竜華は右手に持っていたものを披露した。
見たこともない金属の器具。
2枚の鉄の板がネジで繋がっている。

竜華「この鉄の板の間にな、指を挟むねん。
   そんでこのネジを回したら、万力みたいにどんどん締められていってな」

煌「…………!」

竜華「あとはどうなるか分かるやんな」

煌「ひっ、いやっ……いやっ!」

竜華「あはは、アンタもそんなビビり顔ができるんやなあ」

煌「や、やめてください……殺すならいっそ一思いに殺してくださいっ!」

竜華「一思いに殺すなんて……そんなもったいないことするわけあらへんやろ。
   あんたらはじっくり苦しんで苦しんで、死ぬより苦しい思いして……
   それで初めて怜への償いになるんやで」

煌「償いだなんて……!」

竜華「泉ィ、あいつ抑えて」

泉「は、はい……」

煌「やっ、やめっ……はなしてくださいっ!」

煌は必死に暴れて抵抗したが、
両手足を拘束されている上に肉体的にも衰弱しきっていたため
すぐに組み敷かれてしまった。

煌はうつ伏せに抑えこまれ、泉が上半身にのしかかる。

煌「いや、いやああああ!!」

玄「は、花田さんっ……!」

竜華は泣き喚く花田の指に、
その拷問器具……親指潰し器をはめる。

指は人体のうちでもっとも敏感な部分の一つだ。
そこを万力でじわじわと締め上げ、最終的に潰してしまう。
受ける側の痛みもそうだが、精神的な苦痛も想像を絶する。

竜華は親指をはめた万力のネジを容赦なく巻いていく。

煌「い、痛い、痛いっ、やめてくださいいっ!!」

竜華「ちゃっちゃと済ませんと、時間かかるからなあ。
   申し訳ないけど早よやるで」

煌「いだいい、いだいっ、もう、ダメでっすっ、許してくださぃっ!!」

竜華「…………」

絶叫しながら許しを請う煌は意に介さずといった様子で
竜華はネジを締める手に力を込める。
女性の力では、骨を砕くほど締め付けるには骨が折れた。

竜華「んっ……どやっ!」

煌「ぎゃああああああああっ!!」

ひときわ大きな叫び声が部屋に響いた。

竜華「はあ……これでようやく一本か。大変やなあ」

玄「あ……あああ……」

煌「あっ、あぁぁっ、あぅっ、あっ、ああっ……」

煌は親指が潰されてしまった痛みのあまり
まともに呼吸もできなくなっている様子であった。

もう、いいだろう。
死にも等しい苦痛を、煌は味わっただろう。
頼むから、もうやめてやってくれ。
玄は心のなかでそう祈った。
しかし竜華の悪魔のような一言が耳を打つ。

竜華「よーし、次は人差し指やな」

泉「はい……」

煌「いやああっ、いやああああああっ!!」

玄「ま……まだやるんですか……!?」

竜華「ああ、うん。怜がなあ、花田煌を麻雀できひん体にしてくれって言うたんや。
   せやから指を潰すことしたんや……最低でも親指、人差し指、中指は」

親指、人差し指、中指……
つまりあと5本。
今の痛みが、まだそれだけ続けられるということ。

玄「お、おかしいよ……こんなの……」

竜華「うるさいな、あんたは黙って見とったらええねん。
   それとも、あんたが代わりに指潰されるか?」

玄「えっ……」

煌は玄のほうに顔を向けた。
涙でぐしゃぐしゃの顔。
いつも不敵な笑みを浮かべていた煌からは想像もつかない表情。

煌は懇願するような目で玄を見る。

煌の代わりに、玄が指を潰される。
そうすれば煌はこれ以上、苦痛を受けなくて済む。
でもあの痛みを自分が受けるのは嫌だ。当然である。

しかし煌は今まで玄の支えになってくれていた。
煌の気丈さがこの監禁生活での唯一の心の拠り所だった。
食事が禁止された時には、煌が自分の食事を半分分けてくれた。

今こそそのお返しをするべきではないのか。
煌を苦しみから救うべきではないのか。
だがそうすると今度は自分が指を潰されるハメになる。

煌はなおも玄に顔を向け続けている。
煌は救いを求めている。
煌は玄に代わって欲しいと目で訴えている。
でも……

竜華「どうなんや? 代わりにやるか?」

玄「い……嫌です……」

煌「…………」

竜華「そーか、ほなそこで黙って見とき」

玄「…………」

玄は煌に背を向けた。
煌のほうを見ることができなかった。
また目が合うのが怖くて。

竜華「じゃあ人差し指、いくで」

煌「ぎゃああああああああっ!!」

耳をつんざく悲鳴。
自分の背後で行われている残虐な儀式。
玄はこれが現実のものとは思いたくなかった。

顔を上げると宮永照の生首と園城寺怜の写真が目に入った。
怜は写真の中で優しく微笑んでいた。
彼女はこの状況をどう思っているのか。
本当に竜華にこんなことをしろという命令を出したのか。
宮永照はどれほどの苦しみ痛みを味わい、耐えて、
そして死んでいったのか。

いつか自分も、煌が受けているような拷問を受け、
宮永照のような首だけの死体になってしまうのか。

玄(いやだ……いやだ……こんなのおかしいよ……)

煌「ひぎいっ、いっ、いぎゃあああああああ!!!」

煌の手指が6本潰されるまでにそれほど時間はかからなかった。

竜華「ふう、やっと終わったわ」

煌「あ、あああ、ああ、あう……」

竜華「今日はもうこれで終わるけど、多分明日もまた違うことするから。
   心の準備ちゃんとしといてや」

玄「…………」

目的が済んだ竜華と泉はすぐに部屋を出ていった。
部屋は静かになったが、
玄の耳にはいつまでも煌の叫び声がこびりついて離れなかった。

煌「…………」

玄「…………」

玄はずっと煌に背を向けたまま過ごした。
自分は悪くない。
指を潰されるなんて嫌に決まってる。
あの時は誰だってそうする。
花田さんだって分かってくれるはず。

いくら自分自身に客観的かつ冷静な意見を言い聞かせても、
胸のうちにある罪悪感は拭い落とせなかった。

8日目。

食事を終えると、竜華はアイスピックを取り出した。

竜華「今日はこれやで」

煌「きょ、今日は……何を……」

竜華「怜が言うんや。あんたの目を潰してほしいって。
   あんたが私の知らない色んな物を見るのが許せへんって」

煌「やっ、やめっ……やめてくださいっ、それだけはっ……!
  なんなら残りの指も全部潰して構わないですからっ!」

竜華「あかんあかん、そんなん……
   怜はもうあんたの指なんかどうでもええみたいやしな。
   今日はこれを使うことになってんねん」

竜華はそう言ってアイスピックを指で回した。

竜華「泉ぃ、抑えてあげて」

泉「はい……」

例のごとく泉が煌を押さえつける。
明らかに抵抗する力は落ちていた。
指の痛みと出血のせいであろう。

煌「お、お願いしますっ……や、やめてくださいっ……」

頭をがっしりと固定される煌。
煌に許された最大限の抵抗はまぶたを閉じるくらいだが
なんの防御にもなりはしない。

煌「いや、いやああああああああ!!!」

竜華「ほらほらほら、刺すで~、目にぶすっといくで~」

煌「あああああっ、あああああ!!!」

竜華は煌の反応を楽しむように
至極ゆっくりとアイスピックを目に近づけていった。

竜華「あはは、その顔、最高やな……」

煌「ひいいいい、やめてえっ、もうやめでぐだざいっ!!
  なんでもじます、なんでもじまずからっ、やめでええええ!!」

竜華「えー、じゃあ玄ちゃんが代わりになってくれるんやったら、
   やめてあげてもええけど?」

玄はずっと煌に背を向けていた。
そして竜華の提案に対し、そのまま首を横に振る。

竜華「あはははは、そらそーやろなあ、あははは!」

煌「ひぎゃああああああっ!!」

アイスピックが煌の眼球を貫いた。

煌「いだいいい!! 痛い痛い痛いぃぃぃぃぃっ!!」

竜華「そりゃー痛いやろーなあ……じゃあもう片方も行くで」

煌「いやああああ、いやああ!」

竜華「そんなに嫌なんか……じゃあ仕方ないなあ。
   玄ちゃん、代わりに受けてあげるか?」

再び同じ提案を投げかけてくる竜華。
玄がどのような答えを返すか分かっていて聞いているのだろう。
そして、その答えを出すことで玄がどのような気持ちになるのかも。

玄は今度も首を横に振った。

竜華「あはは、あはははは、花田さん、あんた玄ちゃんから見捨てられてるみたいやな」

煌「はうっ、ううっ……」

竜華「ここで引き受けてれば、花田さんの片目は無事やのに。
   玄ちゃんはほんま薄情もんやなあ、ええ?」

玄「…………」

竜華「まーええわ、じゃあさっさともう片方の目も潰そか」

今度は躊躇なく、眼球にアイスピックを突き立てた。

煌「ぎゃあああああ!!!」

9日目。

竜華は一升瓶を持って現れた。
中には何かの液体が入っている。

竜華「さてと、今日の食事も終わったし……
   怜に頼まれたこと、やらなあかんなー」

泉「そうですね……」

煌はもはや何の反応も示さなかった。
指を壊され、目を潰された。
人間が生活するために最も大事な部分を立て続けに失った。
そのショックと、キャパシティ以上の苦痛を受けたことで、
煌は気力を失い、屍のようになっていた。

竜華は煌の様子を特に気にしていないようで、
一人でべらべらと喋っている。

竜華「怜はなあ、高校3年生やったけど……今まで恋人とか出来たことなかったんや。
   内気な上に病弱やったし、あとついでに女子高やったから、
   あんまり男の子と仲良うなる機会もなくてなあ。まあウチとしては安心やったけど」

玄「…………」

竜華「でも怜は生きてる内にそういうことしたかったみたいでなー。
   もう死んでしもたから手遅れなんやけど……
   でもあんたらが今後、怜を差し置いてそういう経験することになるかもしれへん。
   怜はそれが許せへんって」

竜華「あんたも女やし、生きてりゃそのうち恋人ができて、
   結婚して、女としての幸せを掴むことになるやろ。でも怜はもうそれができひん」

煌「…………」

竜華「怜ができひんのに、あんたができていいという理屈はないねん。
   わかるやんな」

むちゃくちゃであった。
もはや何の根拠もない、屁理屈ですらない。

竜華「せやからあんたの女性としての一番大事な部分をダメにしたるわ」

竜華は手に持った一升瓶を揺らす。
中の液体がチャプンと音を立てる。

竜華「ほら、泉」

泉「は、はい……」

竜華に命じられて、泉は煌の足の手錠を外した。
両足が自由になったというのに、煌は身動き一つとらなかった。

玄(花田さん、もしかしてもう死んで……?)

泉は煌の足を大きく開いた。
そして腰を持ち上げて、股間部を上向きにする。
煌はされるがままになっていた。

竜華「よしよし、ほな始めよか。そのまま支えといてや」

泉「は、はい……」

竜華はビンのフタを開けた。
中身の液体が零れないように注意しながら、
ビンの先を煌の女性器にあてがう。

煌はそこで初めてかすかな反応を見せた。

竜華「ほな入れるで~……よっと」

竜華は一升瓶を煌の女性器にねじ込んだ。
異物を初めて受け入れる煌の膣は抵抗が激しかったが
力任せに突っ込んでいく。

同時に便の中の液体も、膣内に注がれる。

煌「ひっ……あっ、あづいっ、焼けるっ、あづいいっ!!」

煌は暴れ始めた。
この拷問まがいの仕打ちによって生気を取り戻したかのように。

竜華「ああははは、これであんたはもう子供も生めんし、セックスもできひんな」

煌「ぎゃああああっ、いやっ、いやああああっ!」

ビンの中の液体は煌の女性としての部分を満たし、冒していった。

玄「…………」

竜華「あはは、そろそろええかな……」

竜華はようやくビンを膣から引きぬいた。
ビンの中にはまだ半分以上、液体が残っていた。

竜華「お腹の中、どうや?
   もうあんた一生子供生めへんな、どんな気分や?」

煌「ああ、あああう、あああ…………」

泣いているのか呻いているのか分からないような声。
もはや叫ぶこともできないようだった。

竜華「うーん、まだちょっと残ってるなあ……」

泉「まだやるんですか……?」

竜華「そうやな……服脱がして」

竜華の命令に従い、煌を裸にさせた。
煌は軽く抵抗したが、脱がせる作業に支障はなかった。

竜華は煌の胸にビンの中の液体をぶちまける。
煌の皮膚はたちまち爛れ、ケロイドのようになってしまった。

液体を使い果たした竜華たちは部屋を引き上げる。

煌はもう目が見えないが、もしも視力が残っていたなら、
グロテスクに変わり果てた自分の胸を見てどう思うだろう……
玄はそんなことを考えていた。

10日目。

竜華は糸ノコを持って登場した。
今日もまた竜華と泉による残酷ショーが幕を開けようとしている。

ターゲットの煌は昨日性器と胸に液体を注がれてからピクリとも動いていなかった。
生きているのか死んでいるのか、玄が昨夜こっそり確認してみたところ
かろうじて呼吸だけはしているようだった。

竜華は今日も一人で喋っている。
怜から煌の足を切断するように頼まれたらしい。
さっそく準備にとりかかる竜華と泉。

竜華「あっ……こいつおしっこ漏らしてるやん、くさいなあ。
   おしっこはちゃんとオマルでせなあかんやろ?」

煌「…………」

竜華「泉、ちょっと雑巾持ってきて」

泉「は、はい……」

泉は命じられるままに部屋を出ていく。

あとに残ったのは、煌、玄、竜華の3人。
ただしまともに意識がある人間という点でカウントするなら
玄と竜華の二人きりだった。

玄「あの……」

竜華「ん? なんや」

玄「まだ続けるんですか……こんなこと……」

竜華「そうや、最後までやり遂げる。これが怜への餞やねん」

玄「こんなふうに、人を殺すことが……」

竜華「そう、怜も望んでることや」

玄「嘘ですよ……園城寺さんは友達を犯罪者になんてしたくないはずです」

竜華「ウチは怜のためやったら犯罪者になってもかまへん。
   人殺しでもなんでもやる……それくらい怜が大事なんや。好きやねん」

玄「だからって……」

竜華「去年の夏」

玄「…………」

竜華「去年の夏のインハイで、怜は死んだ……
   ウチらを決勝まで進ませるために死んだんや」

玄「…………」

竜華「でも結局負けてしもて……ウチはその後ずっと家に篭ってた。
   怜のおらん学校なんか、行っても意味ない。怜のおらん人生なんか……
   そう思ってたけど、会いに来てくれたんや、怜が」

シシャガデルデー

>>110
モウデテルデー

玄「会いに来てくれた……?」

竜華「うん、今年の春頃に……ウチの夢のなかに出てきたんや」

玄(夢の話か……)

竜華「そこで怜が言うたんや。
   私はあんなところで死んでしまって悔しい、
   私を死に追いやった宮永照が許せへんって……殺して欲しいって」

玄「…………」

竜華「それで私は決意したんや……
   怜のために宮永照を殺してしまおうてな」

そこに泉が雑巾を持って戻ってきた。
手早く煌が漏らした尿を拭き取る。

竜華「よしよし、ほな始めよーか」

泉は竜華に言われるまでもなく、煌の体を押さえつける。
先程から煌はまったく身動きをとらないが、
さすがに足を切断するとなれば相当暴れるだろう。

竜華「さて、やるか」

竜華は右足で煌の体を固定し、
糸ノコの刃を煌のふとももにあてがった。

竜華が糸ノコを引くと、煌の皮膚はたやすく切り裂かれ、
赤黒い血がほとばしる。

煌「ぎゃあああああぁぁぁぁぁぁっぁあっ!!」

今まで死んだように動かなかった煌が
肉を切り裂かれる痛みに耐え切れず悲鳴を上げる。

煌はもう、こうやって体を壊されているときにしか
人間的な反応を出来なくなってしまったのかもしれない……
玄にはそう思われた。

竜華「ふう、ふう、慣れんことするのは大変やな……」

刃は肉を切り裂いていき、骨に到達する。
ゴリ、ゴリ、ゴリと骨が削られる音が部屋に響く。

煌「ひぎゃああああっ、うああああっ、うああああっ!!!」

生きたまま骨を削られ、足を切断される。
体が壊されていく感覚を、その身で味わっている。
目も、手も、足も、性器も使うことが出来ない。
もはや生きて帰れたとしても、何の意味もないかもしれない。

竜華「よいしょっ……と」

ついに煌の足が切り落とされた。
生きた体から外された足は、大根のように床に転がる。
切断面からは血がとめどなくあふれていた。

このまま放っておくだけでも失血死してしまいそうだった。
しかしそれはそれで煌にとって救いなのかも知れない。
もう死んでしまったほうがマシだと、煌自身も思っていることだろう。

竜華「はあー、疲れた……」

泉「もうやめときます……?」

竜華「せやな……両足やるつもりやったけど、もうええわ。
   続きは明日にしよか」

泉「そうですね……」

そんな会話を交わした後、二人は撤収していった。
切り落とされた足は床に転がったままだ。

煌「…………」

五体不満足の煌は、壊れて価値のなくなった人形のように
床の上に無気力に横たわっていた。
切断面から流れる血の臭いが部屋に充満した。

宮永照も、こんな感じだったのだろうか。
それとも最後まで抵抗し、命乞いをしていたのか。
玄はすでにミイラのようになった宮永照の生首に目をやった。
当然ながら宮永照は何も答えなかった。

その夜。

日はとっくに沈み、天井近くの窓からは月が見える。
この部屋には照明もなかったので、
夜は窓から差し込む月光によってのみ明かりがとれた。

いつまでも起きていてもしかたがないので、夜はさっさと寝るようにしていた。
空腹や乾きも忘れられるし、寝てしまえば部屋の悪臭も一時的にだが気にせずにすむ。

玄はいつものように壁によりかかり、睡眠に入ろうとした。
こんな狂気じみた状況の中でもいつものように眠れてしまう、
自分は神経が図太いのか、ただノンキなだけなのか、
そんなことを考えた夜もあったが、もう気にしないことにしていた。
眠れるならばそれに越したことはない。

玄が目を閉じようとした時、声がかすかに聞こえた。

玄「ん……?」

煌「………………」

玄「は、花田さん……?」

この部屋で他に声を発するものなどいない。
煌に近寄る。
唇がわずかにだが動いている。
耳を寄せて、何を言っているのか聞き取ろうとした。

煌「……殺してください」

玄「!」

煌「私はもう……ダメです……生きていてもどうにもならない……
  ならいっそ……死んでしまったほうがいい」

玄「な、何言ってるんですか……」

煌「このまま、清水谷さんに殺されるくらいなら……
  あなたに殺してほしい……」

玄「やめてください、そんなこと……
  心を強く持てって言ったのは、花田さんじゃないですか……」

煌「心が強くても、体が壊れては……どうしようもないですよ」

玄「でも……」

煌「お願いします……死に方くらいは選ばせてください」

玄「…………」

煌「18年間生きてきて、その最期がこんななんて……
  本当に夢にも思わなかったくらい最悪ですけど……」

玄「…………」

煌「でも最期に一緒に過ごせたのが、あなたで良かった……
  だから、今考えられる一番すばらな死に方は……貴方の手で」

玄「花田さん……」

すばら。
花田煌の不思議な口癖。
インハイでの対局の時はうっとうしいくらい連発していたのに
この部屋に連れてこられてからは一度も聞いていなかった。

しかしここに至って彼女はすばらと口にした。
いくら体を壊されても、心を折られても、
花田煌はまだ花田煌であると、その言葉が示していた。

玄は決意した。
花田煌を殺してあげよう。
これ以上、あの人たちに花田煌という人間が壊されてしまう前に。
花田煌のままで人生を終えられるように。

玄(花田さんはこの部屋で私を支えてくれた……
  でも私はその恩に答えることができないままだった)

玄(だから、せめて、これだけは……)

玄は立ち上がった。
そして、煌の首に足を置いた。

煌「ありがとうございます、松実さん……」

その言葉を聞き終えてから、玄は足に体重をかけた。
煌の首が圧迫される。

さらに体重をかけると、何かが壊れるような嫌な感触がした。
煌は「うぇっ」とカエルが潰れた時のような声を上げて、
そのまま息絶えた。

――

――――

―――――――


怜『……竜華…………竜華…………』

竜華『ん…………』

怜『竜華……竜華…………』

竜華『ああ、怜か……』

怜『調子はどうや?』

竜華『ああ、花田煌の足はちょん切ってやったよ……
   でも片足だけでも大変やったから、もう片方は明日やな』

怜『そっか。もう両足切ったらそれでええわ。
  そのまま放っといたら勝手に死んでしまいよるやろ』

竜華『死んだらまた生首にするんか?』

怜『うん、そんで宮永照の隣に飾っといて』

竜華『分かった、そうしとくわ』

怜『花田煌が死んだら……あとは玄ちゃんだけやな』

竜華『そや、あとは玄ちゃんを殺せば……敵討ちは完遂や』

怜『ありがとうな、竜華……ほんまにようやってくれたわ』

竜華『なに言うてんの、全部あんたのためにやったことやんか』

怜『あんた……? あんたって、誰のことや?』

竜華『誰のことって……ここにはウチと怜しかおらへんやん』

怜『怜……怜なんかおらへんで』

竜華『な、なにをわけのわからんこと……』

怜『わけのわからんのはアンタの方や。ええかげん、気付いたらどうや?』

竜華『気付くって、なんのことや!?』

怜『そう、怜なんか最初からおらん、私は、いやウチは』グニャ

竜華『!?』

竜華『あんたの夢に出てきてた怜は、全部ウチ自身の妄想や』

竜華『そ、そんな……! ちゃう、ウチは怜のために……!』

竜華『あっははは、アンタは自分に都合のええことを妄想の怜に喋らせてただけや!
   怜を失った絶望、苦しみを、他の人にぶつけて精神の安定を図るためにな』

竜華『違う、違う……! そんなんとちゃう、ウチは怜の声を聞いて、怜を……!』

竜華「うわあああああああああああっ!!!
   うわあああああああああああああああああああっ!!!」

泉「ど、どうしたんですか清水谷先輩!!」

竜華「違うっ、そんなんじゃないっ!!
   これはぜんぶ怜が望んだことなんや!! 怜のためなんや!!」

泉「落ち着いてください、先輩! どないしたんですか、いきなり」

竜華「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……はあ、はあ」

泉「い、嫌な夢でも見たんですか……?」

竜華「泉……ウチらのやってることは、正しいやんな……」

泉「えっ……」

竜華「怜のために……怜がウチにお願いしてくれたから……
   ウチは宮永照を殺して……花田煌も、松実玄も……」

泉「…………」

竜華「なあ、泉……ウチらは間違ってへんよな? なあ!」

泉「…………」

竜華「泉ィ!!」

泉「…………もう、やめましょう、先輩……」

竜華「な……何を言うてるんや!!
   ウチらはこれをやり遂げんとあかんのや、分かってるやろ!!」

泉「もうやめましょう! これ以上、死んだ人のために、
  また誰かを死に追いやっても……意味なんてないです!」

竜華「意味はある! 怜が喜ぶんや!!」

泉「園城寺先輩はもうおらんのですよっ!」

竜華「おる、ウチの夢に出てくる! あれはホンマモンの怜や!
   今日の夢は、なんかの間違いやったんや!」

泉「夢って……先輩……」

竜華「ウチは夢で怜に会えるんや……
   そんで怜の望みをウチが叶えてあげるんや、そうや……」

泉「……自首しましょう、先輩」

竜華「なっ……何言うてんねん」

泉「もう私は耐えられません……!
  あと二人も殺さんとアカンなんて、もう無理です、いやですっ……!」

竜華「泉……あんたの母親もここに監禁してること、忘れたんか?」

泉「私もオカンも、どうなっても構いません!
  とにかくもうこんなこと続けるのは、やめたいんです!!」

竜華「ふざけたこと言うな!
   あんたには最後まで付き合ってもらうで!
   自首なんか絶対に許さへんからな!」

泉「そ、それなら……もう……」

竜華「!?」

泉「清水谷先輩を殺して、私も死にますよ!!」

竜華「ま、待ちい! 先輩に包丁なんか向けんな!」

泉「うるさい、もうアンタなんか先輩やありません!
  ただの殺人鬼や!」

竜華「うわあああっ!!」

泉「待てえ!!」

竜華「ちょっと落ち着き、泉! 冷静になり!」

泉「冷静になるのは先輩の方ですよ!
  いつまでも死人の陰を追いかけて、他人を残酷な目に合わせて喜ぶ……
  それが人間のすることですか!」

竜華「ウチは、ウチは全部、怜のために……!」

泉「それが間違ってると、言うてるんですっ!」

竜華「ひゃあああ!!」

11日目。

その日の朝は竜華たちは現れなかった。

煌が死んだことで拷問の矛先が自分に向くことを内心恐れていた玄は
二人が来ないことにホッとしていたが、食事がないのはつらい。
それにオマルも取り替えて欲しかった。

そして昼になっても竜華たちは部屋に訪れず。

玄(どうして来なくなっちゃったんだろう……何かあったのかな)

玄(もしかして、二人とも逮捕されたとか……)

玄(でも、ここの場所を二人はまだ言ってない……とか)

玄(そうだ、清水谷さんたちは私たちを苦しめるのが目的なんだから)

玄(このまま放っておいて、いつか飢えて死ぬのを待てばいい)

玄(痛い目に遭わされなくて済むからまだマシかもしれないけど……)

玄(飢え死にするのも同じくらい苦しいよね……)

どちらにせよいずれ死ぬ。
玄はもう助かることは考えていなかった。
頭にあるのはいかにして死ぬか、それだけ。
そしてこの部屋の3体目の死体となるのだ。

そんなことを考えながら夜まで過ごしたが、結局誰も来なかった。

12日目。

その日も誰も来なかった。

もしかしたらもう開放されたのかと思い、
後ろ手に手錠をかけられた手で
苦労してドアノブをひねってみたが、動かない。

漫画みたいに体当たりでぶち破ろうともしてみたが、
もともと力のある方ではない上に
ここでの生活で体は弱り切っていたのでドアはビクともしなかった。

竜華、泉の出入りが失くなった今、
この部屋は完全に外界と遮断されていた。

玄(ああ、これじゃ本当に飢え死にだよ……)

玄(ごめんなさいお姉ちゃん、お父さん、お母さん……
  私はここで死んでミイラになります)

玄(お腹すいた……)

食べるものがないわけではなかった。
たくさんの肉がこの部屋にはあった。
煌の死体。

玄(いやいや、流石にこれは食べられないよ……)

頭の中に湧いた邪な欲望を振り払う。
さすがに人としての尊厳を捨てるつもりはない。

13日目。

やっぱり誰も来なかった。

14日目。

誰も来ない。
空腹が限界に達する。
もう3日以上も何も口にしていない。
本当に飢えて死ぬしかないのか。

15日目。

誰も来ない。
煌の死体にはハエがたかっている。
早く食べないと腐ってしまうだろう。
食べるなら今のうちだ。

16日目。

お姉ちゃんが部屋に来た。
幻覚だった。
いよいよヤバイのかも知れない。

17日目。

倫理感、道徳感、生理的嫌悪感。
あらゆるブレーキは生存本能の前には意味を成さなかった。
煌の死体を食べることを決意する。

床に放置されていた煌の足を手にとる。
ハエが群がっていたが、まだそんなに傷んでいるようには見えない。
何日かぶりの食料。
食べてもいいのか、よくないのか。
悩んだのは一瞬だった。
太ももにかじりつく。

肉は硬化していて、なかなか噛みきれなかったが、
飢餓状態の人間の食欲とは恐ろしいもので、
どこにこんな力が残っていたのかと自分でも驚くくらい
無意識の内にアゴに力が入り、ついに煌の死肉を噛みちぎった。

玄「おいしい、おいしいです、花田さん……」

消えかけていた命が生きる力を取り戻していく。
玄は食べる手を休めず、煌の足を一心不乱に貪り続けた。
満腹になるころにはもう骨しか残らなかった。

玄「ごちそうさまでした」

玄は生まれて初めて、何かを食べられるということに
心の底から感謝を捧げた。

そして、なんとしても生きて帰りたい、と思った。
煌から分けてもらった命だ。
無駄にしてはいけない。
誰かの助けが来るまで、ここで生き続ける。

玄「私、頑張るから……」

18日目。

玄は朝から猛烈な腹痛に襲われていた。

玄「おげええええええっ、おげええええええ」

何度も嘔吐を繰り返し、下痢も止まらない。
死体が置かれたこの部屋は吐瀉物と排泄物によって
さらに劣悪な環境へと変わり果てつつあった。

なぜこんな腹痛がいきなり起こったのか。
心当たりは一つしかなかった。

玄「花田さん、ごめんなさい……
  せっかく花田さんのお肉を頂いたのに……
  全部吐き出しちゃって……おげええええええ」

せっかく回復した気力も生命力も
嘔吐するたびにどんどん削られていくように思われた。
やはり自分はここで死ぬのだ。
人の道に背き人肉を食べたバチが当たったのだ。

玄「おげええええええ」

胃液に溶かされた煌の肉が溢れてくる。
煌の肉を食べ、こうして吐き出すという行為で
煌を二重に殺してしまったような気がして、
今さらながら人食に罪悪感が湧いてきていた。

玄「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」

ひときしり出すものを出し終えた玄は、床に倒れ込んだ。
起き上がる気力もなかった。

玄(もう、ここで死んじゃうんだな……)

玄の脳裏には、この部屋での監禁生活が蘇っていた。

学校の帰りに暗い夜道で襲撃され、薬で眠らされたこと。
目が覚めたら両手足を手錠で拘束されていたこと。
宮永照の生首に恐怖して泣いたこと。
花田煌が竜華たちの手で壊されていくこと。
花田煌を殺したこと……

ろくでもないことばかりであった。
何故自分がこんな仕打ちを受けなければならなかったのか。
こんなことにならなければ、どんな人生を歩めていたのか。
姉や友達は今ごろ、どうしているのか。

玄「お姉ちゃん、お父さん、お母さん、
  私、みんなの家族に生まれて嬉しかった」

玄「穏乃ちゃん、憧ちゃん、灼ちゃん、赤土さん、
  麻雀部楽しかったです」

玄「花田さん、宮永さん、園城寺さん……
  生まれ変わったら、今度は……」

玄「今度は……」

――

――――

―――――――


怜『……玄ちゃん…………玄ちゃん…………』

玄『ん…………』

怜『玄ちゃん……玄ちゃん…………』

玄『お、園城寺さん……?』

怜『そうや、覚えててくれてたか』

玄『そりゃ覚えてますよ……』

怜『なんかうちの竜華のせいで、えらい大変な目にあってしまったみたいで……
  マジすんませんです』

玄『いえ……たしかに大変ですけど、園城寺さんが謝ることなんて』

怜『いや、私が竜華を止められたら良かったんや……
  でも竜華の夢枕に立とうと思っても……竜華は偽物の私を作ってて、
  そいつのせいで出ていけへんかった』

玄『はあ』

怜『竜華は止められへんかった……けど、
  せめてもの罪滅ぼしとして、玄ちゃんだけは助けてあげたいんや』

玄『助ける……どうやって?
  ドアも窓も開きませんし、この部屋から出ることなんて』

怜『私に任せとき。
  玄ちゃん、あんた本気で助かりたいと思う?』

玄『そりゃあ……思いますよ。
  諦めたり、絶望したこともあったけど……
  元の日常に、みんなのもとに帰れるっていうんなら、そんな嬉しいことはありません』

怜『そうか、分かった。
  その玄ちゃんの強い気持ちこそが、私のエネルギーや』

玄『本当に……本当に帰れるんですか!?』

怜『うん、大丈夫。私があんたの、最後の希望や』スゥッ

玄『園城寺さん……!』



―――――――

――――

――

その後、玄は長い長い眠りの中をさまよい続けた。
時間に換算して何時間か、何日か、何週間かは分からなかった。
眠りの中で玄はいくつも不思議な夢を見た。

穏乃と一緒に山を駆け回っている夢。
憧と夜の繁華街で遊び回っている夢。
灼とボウリング場の店番をしている夢。
宥とこたつに入ってみかんを食べている夢。
高校時代の晴絵と一緒に全国大会に出た夢。
怜、煌、照、玄の4人で松実館の温泉に入っている夢。

いくつもの夢を渡り歩いて、そのどれもが現実ではないと自覚していた。
これは夢なのだと。
いつか醒めなければいけないのだと。

玄(そうだ、目覚めないと……)

玄(こんな夢じゃなくて、みんなのいた現実の世界に戻らないと)

玄(あの部屋じゃなくて、私の元の日常に……)



気がつくと病院のベッドの上にいた。

玄「あ……あれ……?」

宥「く、玄ちゃん……?」

玄「おねえ……ちゃん?」

宥「玄ちゃぁぁぁぁぁぁん!!」

感極まって泣きだした宥に抱きしめられる。
なぜこんな場所にいるのか、
玄は自分の置かれた状況を把握できていなかった。

もしかしてあの部屋で監禁された日々は全て夢だったのか。
夢オチだったのか。
いや、そんなことはありえない。
あんな生々しい感触を伴った夢なんて……

宥「よかった、よかった……本当に良かった……」

玄「お、お姉ちゃん……どうして私、病院に……?」

宥「覚えてないの……?
  あ、でもそうだよね、忘れたほうがいいんだよ、きっと……
  思い出そうとしなくてもいいから、ね」

玄「……私、監禁されてた……んだよね?」

宥「あう、やっぱり覚えてたの……」

どうやら夢ではないようだった。

玄「千里山の清水谷さんに監禁されてて、それで……」

宥「あ、チョット待って。その前に先生読んでくるね」

玄「あ、うん……」

そのあと医師によって延々と健康状態を検査された。
医師の話によると3日ほど意識を失っていたらしい。

あの部屋での生活は劣悪極まりないものであり、
最後には食中毒などもやらかしてしまったが、
特に健康に大きな影響はないということであった。

姉とゆっくり話しが出来たのは検査が終わってからだった。

玄「……結構大きなニュースになってたんだ」

宥「そりゃそうだよ、元高校生チャンピオンが失踪、
  それに以前の対局相手も相次いで……ってなれば騒がれるよ」

玄「そっか、そうだよね……ごめんね心配かけて」

宥「ううん、無事に戻ってきてくれただけで充分だから」

玄「ん……私は帰ってこられたけど……花田さんたちは」

宥「それは……残念だけど……」

玄「……二条さんも、失くなったんだよね」

宥「うん、玄ちゃんたちが監禁されてた場所の近くで」

玄たちが監禁されていたのは、千里山女子高校が
長期休暇中の合宿に使用していた施設であった。
合宿がない時は、管理者がたまに訪れるだけで完全に無人であり、
山の中であるため人も通らない。格好の監禁場所といえた。

二条泉は何者かによって刺殺されていた。
おそらくは清水谷竜華によって殺されたものと見られている。
たまたま通りかかった地元住民が死体を発見し警察に通報、
そこから玄たちが監禁されていた場所が分かったという。

宥「二条さんが、メモを握りしめてたんだって」

玄「メモ?」

宥「みんなはどこそこの建物に監禁されています、って」

玄「へえ~」

宥「でも、そのメモの筆跡は二条さんのものでも、
  清水谷さんのものでもなかったんだって。
  誰が書いたんだろうって、警察の人が言ってたよ」

玄「…………」

心当たりはあったが、あまりにも荒唐無稽な話だった。
口には出さずに、心のなかだけで感謝する。

玄(ありがとう、園城寺さん)

宥「どしたの? 玄ちゃん」

玄「ううん、なんでもないよ」

清水谷竜華は未だに逃走を続けているらしい。
ニュースでも連日騒ぎ立てていた。

体調が回復し、退院するころにはマスコミの報道も下火になりつつあった。
世間の関心はこの残酷な事件から政治や国際情勢に向いていた。

ただ警察の捜査にはながながと付き合わされた。
煌や照の家にお線香を上げに行こうと思っていたが、
まだそんな余裕はできそうになかった。

しかしなにはともあれ、もとの日常が戻ってきたのだ。
玄はとりあえずそれを喜ぶことにした。

穏乃「玄さーん、無事でよかったあー!」

憧「もー、ほんっと心配したんだからね!」

灼「元気で帰ってきてくれて、よかった……」

晴絵「玄ならきっと生きてるって、信じてたぞ!」

憧「嘘だあ、まっさきに諦めてたの晴絵のくせに」

晴絵「な、何を言うんだお前はっ」

玄「あはははは」

穏乃「よーし、玄さんが無事に帰ってきた記念パーティーしよう!」

憧「おっ、いーねえー」

穏乃「寿司食べよう寿司」

大好きな仲間たちと一緒に笑いあえるこの日常。
この場所に戻ってこられて、玄はその大切さを噛み締めていた。
もう二度と失いたくない、離れたくない、忘れたくない。

そしてあの監禁生活も、なかったことにしてはいけない。
極限状態の中でのあの壮絶な体験は、玄の人生観を大きく変えた。
理不尽な悪意や暴力に晒された、死と隣り合わせの生。支えあった仲間。
もう二度と体験したくはないが、あの場で得たことは玄の糧になっている。

だが、少しくらいなら忘れてもいいだろう。
友人と、姉と、恩師と、久しぶりに集まって騒げる今日この日だけは。

晴絵「よーし、今日は私のおごりだ! なんでも食え!飲め!」

憧「おー、太っ腹ー!」

穏乃「なんでもって言われると迷うなー!」

灼「私はなんでもいいよ」

宥「生ビール」

玄「そーだなー、じゃあ私はうーんと、えーっと…………」




竜華「みーつけた」

        お      わ         り

長くなりましたがこのSSはこれで終わりです。
ここまで支援、保守をしてくれた方々本当にありがとうごさいました!
パート化に至らずこのスレで完結できたのは皆さんのおかげです(正直ぎりぎりでした(汗)
今読み返すと、中盤での伏線引きやエロシーンにおける表現等、これまでの自分の作品の中では一番の出来だったと感じています。
皆さんがこのSSを読み何を思い、何を考え、どのような感情に浸れたのか、それは人それぞれだと思います。
少しでもこのSSを読んで「自分もがんばろう!」という気持ちになってくれた方がいれば嬉しいです。
長編となりましたが、ここまでお付き合い頂き本当に本当にありがとうございました。
またいつかスレを立てることがあれば、その時はまたよろしくお願いします!ではこれにて。
皆さんお疲れ様でした!

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