男「お、俺が学生寮の寮長に……!?」女友「なにか問題でも?」 (23)

男「い、いや今はあえてツッコむまい……とりあえず早く続きを」

女友「……そう?」

電話口で女友は軽く咳ばらいをした。
それを合図に説明が再開される。

女友「じゃあ、まずはあなたの配属先から。知ってるわよね、"丹生速(にゅうそく)高校"」

男「そりゃあ、なあ……」

丹生速高校……俺たちの地元ではトップクラスの進学校として有名な高校である。
この際具体的な名前は挙げないが、毎年数多くの生徒が有名私立や国立大学に合格している。
その実績を聞きつけて、他県からわざわざこの高校を受験する者もいるらしい。

まあ、つまりエリート高校というわけだ。
知らない方が珍しいだろう。

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女友「そして、気になるお給料は月30万。どう、悪くないでしょ?」

男「え、ちょ、ま?」

女友「どうしたの、なんかいつも以上に落ち着きないけど」

男「おい!地味にひどいこと言ってるよな!おまえ!」

こいつに容赦がないのは相変わらずのようだ。
いや、今はそんなことよりも……

男「さ、さんじゅうまんッ!?」

女友「……鼻息荒いわよ」

男「そりゃそうだろ!」

学生寮の寮長、せいぜい20万ぐらいだろうと高をくくっていたが、どうやら予想はいい方向に外れたらしい。
鼻息が荒いのは嬉しさのあまり興奮しているからだ。
だが、それと同時に俺は不安も感じていた。

男「ちょっと条件がよすぎやしないかねえ……オイシイ話はまずは疑ってかかれって婆ちゃんも言ってたし」

女友「いい心がけね。じゃあ、この話はなかったことに……」

ふと嫌な予感が胸をよぎった。
女友は受話器を置こうとしている。
このままでは全てが終わってしまう。釣り上げた魚が水の中に逃げてしまう。
気がつけば俺は夢中になって叫んでいた。

男「ま、待て!!待て!!ちょっと待てッ!!」

女友「なによ?相変わらずはっきりしないわね」

男「おまえは相変わらずはっきりしてるよなっ!!」

女友「はあ、バカみたい……」

女友の深い溜め息が聞こえてきた。
電話口の向こうの呆れた様子が想像できた。

こいつは何事もはっきりとしすぎているんだ。
迷いというものがまるで存在していない。ちょっと異常なぐらいだ。

だって、そうだろ。重要な決断をする時には人間だれだって慎重にいきたいものだ。
だから、俺は至って正常なんだ。

男「そりゃあ、もちろんおまえのことは信用してるぜ。持つべきものは友だよな、うん」

女友「そう、ありがと。じゃあ、契約成立ということで?」

男「いや!だからそう結論を急ぐなって!」

俺の制止の声に女友は黙った。
恐らく、このままではさっきのやり取りの繰り返しになるだけで、らちが明かないと思ったのだろう。
ちょっとの間を置いたあと、俺はゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

男「あのなあ、おまえみたいに、自分の中でこうだというような答えがはっきりと出ていたら苦労はしないんだよ。だけど、中には俺みたいに決断が遅いやつもいる。わかるか?」

女友「…………」

男「だから、少し考える時間が欲しいんだよ。今夜一晩だけでもいい。待ってくれないか?」

女友は何も言わなかった。
こいつにしては珍しく、戸惑っているような気がした。

女友が何を考えているのかは俺にはてんで予想がつかない。
だから、どうすればいいのかわからなかった。
とりあえず、俺は女友の言葉を待つことにした。

女友「無理」

男「おいっ!」

だが、聞こえてきたのは否定の言葉だった。
俺は握りしめた受話器を思わず落っことしそうになった。
たったの一晩でさえ、考える時間がろくに与えられないとはどういう了見だ。
俺には納得ができなかった。

男「わけを……わけを聞かせろ!」

俺が必死に問い詰めると、観念したかのように女友は重々しく口を開いた。

女友「緊急なのよ。前の寮長さんが昨日失踪したって」

男「……は?」

"失踪"という言葉が俺の頭の中で反芻される。
だが余りにも現実離れしていたので、俺がその単語の意味を理解するには時間がかかった。

女友「学校側には生徒を預かっている責任があるわ。もし、このことが教育委員会に露顕したらただではすまないでしょうね。
   でも、幸いまだ公にはなっていない。だから、学校側としては事が大きくなる前に新しい人員を確保して、この不祥事を揉み消したいというわけよ」

男「はあああああああああッ!?」

女友「うるさい」

俺の大声に対して、女友は不機嫌そうな声音だった。
だが、そんなことにいちいち構ってはいられない。

男「すまん!せっかく紹介してくれたところ悪いんだが、この話はなかったことにしてくれ!」

女友「……いいの?」

男「いやいやいやいや」

怪しいと思っていた俺の予感はどうやら見事に的中したらしい。
触らぬ神に祟りなしとは、まさにこのことだろう。
宝石があったからといって、わざわざ危険なところに飛び込んでいくこともない。

男「もっと他にまともな仕事は入ってないのかよ!」

女友「そうね……荷物をあるところに運搬するなんてどうかしら?荷物の中身は覗いちゃダメらしいけど。簡単な割に中々いい値段よ」

男「……他には?」

女友「一晩だけコインロッカーの見張りをするだけの仕事。交代の人が来たらそこでおしまい。これも簡単な割に中々いい値段よ」

男「俺は ま と も な仕事を紹介しろと言ったぞ?」

こいつの持っているコネの多さは尊敬に値するが、逆に恐ろしくもあった。
下手をすれば俺の命が危ない。

女友「文句が多いわね」

男「当たり前だ!!」

女友「はあ……いい、男?今からちょっとだけ厳しいこと言うわね」

女友はもう一度深い溜め息をついたあと、俺に言った。
その声音からは依然として何を考えているかは判断できそうになかった。

女友「あなたは仕事の貴賤を選択できる立場の人間なの?」

男「ぐっ!」

俺は何も言い返せなかった。
ただ受話器を握りしめた手に力を込めるだけだった。
手の平は汗でじんわりと湿っていた。

女友「お金、必要なんでしょ?高収入でまともな仕事なんて今の時代、そうそうないわよ」

男「わかってるよ。おまえには感謝してる」

それは本当の言葉だった。
もちろん悔しかったが、俺にはこれ以上文句を言う権利なんてなかった。
それに、女友に文句を言うのはそれこそ筋違いというものなのだから。
だから否応なしに、俺は用意された選択肢の中から選ぶしかなかった。

男「さっきの仕事、受けるよ。あ、もちろん学生寮の寮長だぜ」

女友「そう」

女友は短くそう言った。
俺の気のせいかもしれないが、それは寂しい声音のような気がした。

それからの女友は淡々と必要事項を説明していった。

女友「まずは初めの3ヶ月で様子を見るっていうことになってるから。本契約するかどうかはそのあとに判断するらしいわ」

男「うん」

女友「次に服装ね。これといった規定は特になし。もちろん極端に華美なものは控えるようにね」

男「うん」

女友「それ以外の詳しいことは向こうに行ってから説明した方がよさそうね。何か質問はある?」

少しの間考えたが何も浮かんでこなかったので、俺は特にはないと答えた。
それからは他愛ないことを色々と話した。
そして、どちらから別れを切り出そうかと迷って、俺がいよいよ電話を切ろうとしたその時だった。

女友「男……」

男「え?」

ごくごく自然な動作で聞き返してしまった。
俺の耳に届いたのは、女友のはっきりと聞き取れないほどの小さな声だった。

女友「月並みなことしか言えないけど……頑張ってね」

男「…………」

男「おう」

その言葉を最後に俺は受話器を置いた。
時間はもう夜の12時を回っていた。
女友と電話を始めてから3時間ほど経っていたようだ。

男「…………」

俺は自室の押入れから敷布団を出して、それを床に敷いた。
それからタオルケットに包まった。
明日から始まる生活のことを思うと溜め息が出そうになったが、しばらくすると強い眠気が襲ってきた。
そして、思ったよりすぐに眠ることができた。

とりあえず今はここまで。ありがとうございました
ゆっくりペースで進めていきたいと思います

胸糞にはなりませんよね?
ならないなら期待

>>13
救いようのないバッドエンドみたいなのは今のところありません

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2014年12月30日 (火) 23:46:03   ID: b52XhXNU

放置するなら書くな

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