ニャル子「キュゥべえ、私と契約しなさい」 (506)

・「這いよれ! ニャル子さん」と「魔法少女まどか☆マギカ」のクロスオーバーSSです。
・地の文ありです。

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1354811789

「いやあ、大漁でしたね!」

 ニャルラトホテプは、満面の笑みを浮かべてそう言った。

「それはいいけど、でもなんでわざわざ見滝原まで来る必要があるんだよ。
 漫画くらい、地元の本屋でもアニメショップでもいくらでも買えただろ」

 一方の八坂真尋は、不機嫌そうな声でそう返した。

「何を言ってるんですか真尋さん。見滝原店限定のペーパーがついてくるんですよ!」

「だからって、平日の放課後に……ってのはないだろ」

「もう、わかっていませんね真尋さん。発売日に買いに行かなければ、売り切れてしまう
じゃないですか!」

「ごめん、わからない。お前という存在が」

 ここは見滝原市内を走る電車の中。

 帰宅してゆっくりしようとしていた真尋だが、ニャルラトホテプの手によって
半ば無理やりシャンタッ君の背中に乗せられ、見滝原までやって来たのである。

「まあ、仕事も関係してるんですけどね」

 膝の上の青い袋を撫で回しながら、ニャルラトホテプはそう呟いた。

「仕事なら、買い物なんかしてないで、そっちを優先しろよ」

「ちゃんと仕事もしますよ。明日、クー子とハスター君と合流したら、本格的に始まります」

「あの2人は今幻夢境だっけ」

「そうです」

 と、そこまで話した時、ニャルラトホテプが何かに気づいたように隣の車両の方に顔を向けた。

「真尋さん、何かあちらが騒がしくありませんか?」

「そう言われてみれば……」

「見てみましょう」

 そう言って席から立ち上がり、隣の車両に移動するニャルラトホテプ。真尋もそれに続いた。

 隣の車両では、想像もしていなかった光景が繰り広げられていた。

「教えてよ……今すぐにあんたが教えてよ……」

 うつろな表情でそう呟く少女。年齢は中学生くらいだろうか。少女は青と白の奇妙な服を身にまとい、手には剣を握り締めていた。
 その視線の先には、恐怖のあまり身動きもできずに座りこむ2人の男の姿があった。

「男って皆そうなの……? 男にとって、女は皆使い捨てるものなの? あたしも……」

 真尋はやにわに駆け出した。

「ちょっ、真尋さん! 危ないですよ!」

 ニャルラトホテプが止めるが、真尋は無視して少女の許へ走っていく。
 相変わらず、真尋の異常事態への対応の速さは異常だ。

「おい、ちょっと落ち着けよ!」

 そう言って少女を羽交い絞めにする真尋。

「離してよ! あんただって……」

 少女はものすごい力で真尋を振り払った。

「うわっ!」

 車両の反対側まで飛ばされる真尋。
 それを見たニャルラトホテプは、いきなり飛び出すとフルフォースフォームに変身し、少女につかみかかった。

「私の真尋さんに何するんですかこの小娘は!」

「何なのよ……、あんたも、魔法少女なの?」

「はぁ? わけわかんねーこと言っちゃってんじゃねーですよ!」

 そう言うと、ニャルラトホテプは少女を床に叩きつけようとした。
 ようやく起き上がった真尋は、その様子を見て叫んだ。

「ニャル子、やめろよ! その子、地球人だろ!」

 ニャルラトホテプのアホ毛は邪神レーダーである。クトゥルー神話の邪神——すなわち地球外からの来訪者を探知する力があるのだ。

 そのアホ毛が反応していないということは、今ニャルラトホテプが掴みかかっている少女は宇宙人ではないということを示している。

 とはいえ、設定がいい加減なのはこの連中の常。邪神レーダーがあまり当てにならないというのも、これまた事実である。

「おっと、そうでした。私としたことが、地球の現地住民に危害を加える所でした」

 ちょうどその時、終点を告げる車内アナウンスが流れた。

「降りるぞ、ニャル子」

 先ほどぶつけた腰をさすりながら、真尋が言った。

「あっ、待ってください真尋さん!」

 ニャルラトホテプは元の姿に戻ると、片手で少女を担いだままドアの方に向かった。

「さあ小娘、私の真尋さんに暴行した理由を教えなさい」

 人気のないホームで、ニャルラトホテプは少女の胸倉を掴みながらそう言った。
 いつの間にか、少女の服装は白い上着とチェックのスカートという無難なものに変わっていた。

「やめろって」

 真尋はニャルラトホテプをたしなめた。それから、少女の方に向き直ると、落ち着かせるように優しく声をかけた。

「その……、ごめんな、こいつ、乱暴で」

「乱暴とは心外な! それに、真尋さんが謝ることないんですよ!」

 ニャルラトホテプが後ろでわめいているが、真尋は無視した。

「僕は八坂真尋。よかったら、君のこと聞かせてくれないかな?」

「あたし……、あんなひどいことしたのに……」

 少女は、うつろな表情のまま、ぽつりと言った。その声に、真尋は何か奇妙なものを感じた。

「あたしなんかに、優しくしてもらう資格なんてないんだ。魔女だけじゃなく、友達まで、
それに、知らない人まで傷つけちゃうあたしなんかに……」

「魔女?」

 いきなり飛び出てきた謎のキーワードに、真尋は首をかしげた。

「えっと……、そこの銀髪の人さ……」

 少女は、真尋の背後に立つニャルラトホテプに向かって言葉を発した。

「私ですか? 私、いつもニコニコ真尋さんの隣に這い寄る混沌、ニャルラトホテプです」

 少女は頷いた。

「やっぱり、あんたも、魔法少女なんじゃないの? さっきも変身してたし」

「だから、私は魔法少女なんかじゃありませんよ!」

 ニャルラトホテプは心底うざそうな口調でそう返した。

「大体、何なんですか魔法少女って。ここはアニメや漫画の世界じゃありませんよ」

 ニャルラトホテプのその言葉を聞くと、少女は自嘲的な笑みを浮かべた。

「漫画じゃないよ。あたしが、その魔法少女なんだ」

 そう言うと、少女は鶏卵大の青黒い宝石をニャルラトホテプに突きつけた。

「こ、これは!」

 大袈裟に驚くニャルラトホテプ。一方、少女はそんなニャルラトホテプの様子は気にも留めず、話を続けた。

「キュゥべえに騙されて、こんな姿にされた哀れな馬鹿女。それがあたしよ。
あたしはもう、魔女を殺すしか能のないただの石ころなのよ」

「真尋さん、ちょっとこっちに来てください」

 ニャルラトホテプは、真尋の手を引くと、ホームの端に移動した。そして、こう耳打ちした。

「私が見滝原に来たもう1つの理由は、とある宇宙人による人類滅亡を防ぐことなんです」

「人類滅亡? っていうと、またチャイルドガードか何かか?」

「いえ、違いますけど。それより、あの子、間違いありません。連中の被害者です。このまま放っておくと、
とんでもないことになりますよ」

「とんでもないこと?」

 真尋は訊き返した。

「ええ。あの子の持っていた宝石。あれ、あの子の魂そのものです。
 件の宇宙人は、地球人の魂を引っこ抜いた挙句、感情エネルギーを搾り取るんです。死ぬまで」

「惑星保護機構はこれまで何もしてこなかったのか?」

 真尋は当然の質問をした。

「一応、地球人への被害が大きくならないよう、最低限の介入はしてきました。
ですが、連中——インキュベーターは、惑星保護条約ができる前から地球にいましたし、
今でも宇宙連合に加盟していませんから、こちらでも対応に困ってるんです。
しかも、厄介なことに、連中は殺しても殺しても代わりが出てくるんですよ。
そこが今までの邪神連中とは違う点です」

「ちなみに、あの宝石、ずいぶん濁ってましたでしょ?」

 ニャルラトホテプは、ベンチに座りこんだ少女を指差して言った。

「うん」

「あの宝石は魂そのものですから、持ち主の感情やSAN値に応じて変化するんです。
希望を失ったり、SAN値が下がったりすると、石は徐々に濁っていき、最終的には砕け散ります」

 淡々と恐ろしいことを語るニャルラトホテプであった。

「あの子のSAN値はもはや危険が危ないレベルです。早くどうにかしないと、とんでもないことになりますよ」

「どうすればいいんだ?」

 真尋の問いに、ニャルラトホテプはにやりと笑うと、いきなり自分のスカートの中に手を突っこんだ。

「狂おしく冒涜的な謎の白い液体〜!!」

 ニャルラトホテプがスカートの中から取り出したのは、謎の白い液体が入ったペットボトルであった。

「何だよそれ!」

 真尋の突っこみを無視して、ニャルラトホテプは少女の許へ近寄った。
 そして、ボトルの蓋を開けると、中の液体を無理やり少女の口に流しこんだ。

「どうです? 正気に戻りましたか?」

 ニャルラトホテプの問いかけに、少女は無言のまま頷いた。唇からは白いものがこぼれている。

「それじゃあ、もう1度訊きます。魔法少女とは何か、そして、あんたの乱暴狼藉の理由を答えなさい!」

 ニャルラトホテプは高圧的に問いかけた。少女はゆっくりと答えた。

「あたしの名前は美樹さやか。普通の中学2年生……だった。この間までは……」

 さやかは、真尋とニャルラトホテプにこれまでの事情を話した。

 契約の経緯、思い人を友人に奪われたショック、親友を傷つけてしまったことに対する自己嫌悪……。

 真尋とニャルラトホテプは、何も言い返すことなどできずに、さやかの言葉を聞いていた。

「あたしって、本当に馬鹿だよね……。考えなしに契約して、その結果がご覧のありさまだよ。
 無関係な人を巻きこむなんて……、それじゃあ、あの時の杏子以下だよ……」

 話しているうちに、さやかの目からは涙がこぼれ落ちてきた。

「ごめんなさい、真尋さん、ニャルラト……ホテプさん……」

「まあ、間に合ってよかったですよ。でも、これで大体の事情が飲みこめました」

「事情?」

 真尋はニャルラトホテプに尋ねた。

「はい。さやかさんの言う魔法少女こそ、件のインキュベーターの被害者です。
やっこさん、メルヘンな用語を使って何も知らない子供を騙してるんですね。
汚いですねさすがインキュベーターきたない。
あ、あと、魔女というのは濁り切った石が生み出すエネルギーの副産物みたいな
もののことのようですね。魔法少女の魂から生まれるんですから、魔法少女の
成れの果てと言っても過言ではないでしょう。そもそもインキュベーターというのは……」

「すまん。わからん。3行で説明してくれ」

 真尋はニャルラトホテプの長ったらしい説明をさえぎった。

「もう、仕方ないですね真尋さんは……。

 インキュベーターと契約して魔法少女になると、魂を宝石に変えられます。
 魂は、放っておくと徐々に濁ります。
 最終的に、魔法少女は魔女になります。
 真尋さん、セックスしましょう」

「何でお前はいつも3行で済む所を4行使うんだよ! しかも何だ最後の行は!」

 真尋の怒りが有頂天になった。思わずフォークを取り出し、ニャルラトホテプに突き立てようとしたその時、

「おい、その話、本当かよ」

 背後で声がした。
 真尋とニャルラトホテプが振り返ると、そこには赤い髪の少女が呆然とした表情で立っていた。

「おや、あなたは?」

「あたしか? あたしは佐倉杏子。さやかと同じ……、魔法少女だ」

「ドーモ、杏子=サン。ニャルラトホテプです」

 ニャルラトホテプはアイサツを返した。
 アイサツは神聖不可侵の行為。
 アイサツする子に なかまはあつまる。
 アイサツする子は にんきもの。
 ACジャパンもそう言っている。

今日はここまでです。

「その人のいうことは本当よ」

 また1人、別の少女が現れた。黒く長い髪の持ち主であった。

「おや、あなたは?」

「暁美ほむら。その2人と同じく、魔法少女よ」

 ニャルラトホテプの問いに、少女は後ろ髪をかき上げながら答えた。

「キュゥべえと契約してやむなく覚醒した魔法少女は、うかつに復活してながれで侵攻するものの、
やがては呪いを生むようになり、魔女にほんのり変異する。そしてじんわり君臨してむやみに分裂するわ。
でも、最終的には同じ魔法少女の手によってあえなく昇天し、きぜんと撤退することになるの」

 ほむらのバストは平坦であった。

「そうなんだ……。魔法少女が、魔女に……」

 さやかが自嘲するように呟いた。

「それじゃあ、あたしたちの『人生』って……」

「あいつと契約した段階で終わってるのよ。私たちは、もう、生き物じゃないんだから」

 そう応じるほむら。ほむらのバストは平坦であった。ほむらはさらにこう言葉を続けた。

「美樹さやか、佐倉杏子、それからそこの2人、ちょっと時間をもらえるかしら。
ちょっと話がしたいの」

 4人は無言で頷いた。

「……大体理解したわ」

 ほむらは言った。ここは暁美ほむらの家。

「それにしても、なぜ今になるまで出動しなかったのかしら? その……、惑星保護機構とやらは」

「我々が地球の怪異に介入することは、基本的に許されていないんです。
 ……よほどの危機的状況を除いては」

「要するに……、今回は、よほどのことってことね?」

「その通りです、ほむらさん」

 ニャルラトホテプはほむらにそう答えた。

「今回我々が出動するきっかけになったのは、ずばり、そちらにいらっしゃる影の薄い彼女です」

「えっ、わたし……?」

 ニャルラトホテプの指す先には、桃色の髪の少女が座っていた。駅からここに来る途中で会い、一緒になったのだ。

「まどか、できるだけ機会を見つけて何か言うようにしないとだめよ」

 ほむらは桃色の髪の少女にそう言った。

「でないと、そのうち、『まどマギ、はっじまっるよ〜!』とタイトルコールするだけの存在になってしまうわ」

「それはちょっと、嫌かな……」

 まどかと呼ばれた少女はそう答えた。

「お2人、よろしいですか?」

 ニャルラトホテプの問いに、ほむらとまどかはこくりと頷いた。

「彼女の背負っている因果はマジぱねえレベルです。そんな彼女が契約し、そして魔女になったら……」

「言いたいことはわかるわ」

 ほむらはニャルラトホテプの発言を途中でさえぎった。

「でも、あなたたちは地球の怪異に介入することができないんでしょう。
 つまり、ワルプルギスの夜を攻撃することは許されていない」

「その通りです」

 ニャルラトホテプは頷いた。

 と、その時だった。
 今まで黙って話を聞いていた杏子が、ほむらの背後の空間を指差して叫んだ。

「お……おい! あれは何だ!?」

 そこには、どうした原理によるものか、パネルが何枚も宙に浮かんでいた。
そして、そのパネルの角からは、異臭を伴う煙が湧き出していた。

 煙はやがて、おぞましい姿を持つ四足獣の姿となった。四足獣は大きな口を開け、ほむらに飛びかかろうとした。

 事態に気づいたほむらは、慌ててソウルジェムに手をかけた。だが、もう遅い。
 四足獣の長くて鋭い舌先は、すでにほむらの目の前に迫っていた。

「イヤーッ!」

 真尋がとっさに投擲したフォークが、四足獣に命中した。

「グワーッ!」

 四足獣はのけぞった。真尋は続けざまにフォークを投げた。

「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」
「うーっ!」「にゃーっ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」

 四足獣は爆発四散した。

「今のは何なんだ……?」

 真尋は隣にいるニャルラトホテプに尋ねた。

「わんわんです」

 ニャルラトホテプは答えた。

「わんわん?」

「はい。ティンダロスのわんわんです。赤座はばんばんです」

「ああ、ティンダロスの犬か……ってちょっと待った!」

「何ですか真尋さん」

「さっきあいつ『にゃーっ!』て鳴いてたよな!? なんでよりによって『にゃーっ!』なんだよ、犬なのに」

 角ばった時間に住み、鋭角を通してこの世界に姿を現すクリーチャー、これこそが、クトゥルー神話に語られるティンダロスの犬である。
 犬といっても、地球上の犬とは似ても似つかない姿をしている。四足歩行をすることと、獲物を見つけたら執念深く追い続ける習性から、犬と呼ばれているだけなのだ。そのことは真尋も知っていた。ついでに、「クトゥルー神話」として語られる恐怖世界の実態が、かなりしょうもないことであることも承知していた。だが、さすがに「犬」と呼ばれる怪物が「にゃーっ」と鳴くことは容認できなかった。

「これじゃまるで猫じゃないか!」

「落ち着いてください真尋さん、この宇宙はこういうふうにできているんです」

「こういうふうに……?」

 いぶかる真尋。ニャルラトホテプは説明を始めた。

「イヤーッて言うと、グワーッて言う。
 うーって言うと、にゃーって言う。
 スーパードラゴン、でっていう。
 こだまでしょうか、いいえ、これぞ、宇宙の授けた光の答え。
 英語で言うと、フォーティートゥー!」

「もういい、ちゃんと説明する気がないなら黙っとけ」

 真尋はそう言い放った。


「でも、兄ちゃん、あんた強えな……」

 杏子は真尋に向かって言った。その口調には、驚きの感情がこめられていた。

「それで本当に普通の人間かよ……。実は魔法少女なんじゃないの?」

「いやあ、真尋さんはフォークを持つと実際強いですよ。普通の地球人にしておくのはMOTTAINAIくらいです。
 それに、顔も声も女の子みたいですし、魔法少女になったら絶対に似合いますよ」

 悪乗りするニャルラトホテプ。真尋は無言でフォークを振り下ろした。

「がいんっ!」

 ニャルラトホテプは悲鳴を上げた。

「僕は男だ!」

 怒りで声を荒らげる真尋。

 一方、少女たちの反応は違った。

「魔法少女になるのはお薦めしないけど……、でも、真尋さんは綺麗な顔してるわ。
女装が似合うのは間違いないわね」

と、ほむら。

「うん、わたしも真尋さんが女の子の格好をした所を見てみたいです」

と、まどか。

「ああ、それに、声なんてさやかにそっくりじゃん」

と、杏子。

「でしょ! ということで真尋さん、これに着替えてください!」

 そう言ってニャルラトホテプが取り出したのは、メイド服だった。

「お断りだ!」

 真尋はきっぱりと言った。

 その時、しばらく無言だったさやかが、おずおずと口を開いた。

「ニャル子さんと真尋さん、仲がいいんですね」

「ええそうですとも。私と真尋さんは、赤い糸で結ばれた仲ですから」

「黙れ!」

 真尋はフォークを振り下ろした。それから、さやかの方を向くと、こう言った。

「えっと……、僕とニャル子は、そんな関係じゃないから。こいつは単に仕事で地球にいるだけで……」

「うう、なんたるひどいお言葉……」

 泣き崩れるニャルラトホテプであった。

今日はここまでです。

なお、現段階で「ニャル子さん」の原作にティンダロスの犬は名前だけしか登場していません。
なので、このSSに出てくるティンダロスの犬は、ニャル子ワールド公式のものではありません。

 突然、ニャルラトホテプの顔から笑みが消えた。

「のこのことやって来やがりましたね、インキュベーター」

 そう言うニャルラトホテプの視線の先には、ただテーブルがあるのみだった。

「何しに来たんだてめえ……」

 杏子がソウルジェムから槍を出し、テーブルの上の空間に向けて突きつける。

「どうなってるんだ!?」

 真尋は驚いて辺りを見回した。少女たちの視線は、テーブル上の一点に集中している。
あたかも、そこに誰かがいるかのように。

「インキュベーター、真尋さんに姿を見せなさい」

 ニャルラトホテプはそう言った。次の瞬間、テーブルの上に、突如白猫のような小動物が姿を現した。

「やあ、僕はインキュベーター。キュゥべえと呼んでよ」

「人類滅亡を企む宇宙人っていうから、一体どんな姿をしてるのかと思えば、可愛いじゃないか」

 そう言うと、真尋はいつもシャンタッ君にしているように、キュゥべえの背中をなでた。

「真尋さん、その姿に騙されちゃいけませんよ。
 こいつはその可愛い姿で地球人をたぶらかし、契約させているんですから」

 ニャルラトホテプの言葉に、キュゥべえは心外だと言わんばかりの表情で返事をした。

「心配することはない。僕の狙いはまどかだ。そもそも、彼は男じゃないか。魔法少女にはなれないよ」

「でも、鹿目まどか、君が願うのなら、彼を魔法少女にすることもできる」

「えっ、それって……」

 思わず訊き返したまどか。キュゥべえはそれを見逃さず、説明を始めた。

「つまり、彼を少女に変え、その上で僕と契約させることができるんだ。君が願うならね」

「その必要はないわ」

 ほむらはキュゥべえの話をさえぎった。

 ほむらは真尋の前に立つと、ソウルジェムを取り出し、真尋の目の前に掲げた。
 次の瞬間だった。

「な、何だこれ!?」

 何ということでしょう。
 真尋の体が、白と黒と灰色の女物の衣装で覆われているではありませんか。

「これは私の魔法少女服」

 ほむらは説明した。

「その気になれば、自分だけでなく、他人を変身させることもできる。
 変身させるだけで、魔法が使えるようにはできないけど」

「……どういうことだ、おい? こいつ、萌えるじゃねーかよ!」

「なにこれかわいい!」

「わぁいわぁい! ニャル子わぁい!大好き」

 三者三様の喜びようを見せる杏子、まどか、ニャル子。誰もほむらの話など聞いてはいなかった。

 一方、キュゥべえは途方にくれた様子で、大騒ぎをする3人のことを見つめていた。

「やれやれ、君たちはいつもそうだね。
中性的な美少年を見かけると、決まって女装させようとする。わけがわからないよ。
どうして人間はそんなに、男の娘に萌えるんだい?」

「そんなことより暁美ほむら。過去の可能性を切り替えることで数多の平行世界を横断し、
君が望む結末を求めてこの1ヶ月間を繰り返してきたんだね」

 キュゥべえは真尋の女装には興味を示さず、ほむらに向かってそう問いかけた。
 ほむらは何も答えなかった。

「君が時間操作の魔術を使った時点で察しはついていたけど、さっきの怪物を見てはっきりした」

「どういうこと? 一体あれは何なの?」

 ほむらはキュゥべえにそう尋ねた。

「あの怪物の正体は、僕はよく知らない。多分、そこのニャルラトホテプの方が詳しいんじゃないかな。
 僕が知っているのは、あの怪物が、専ら時間遡行者を襲うということだけだ」

「そう……。わかったわ、消えなさい」

「やれやれ、つれないなあ」

 そう言うと、キュゥべえはきびすを返して部屋を出て行こうとした。

「ちょっと待った!」

 真尋はそれを引き止めた。

「何だい?」

「その……、君は本当に人類を滅ぼすつもりなのか?」

「人類を滅ぼす? まさか、僕にそんな意図はないよ」

 キュゥべえは真尋の問いに否定の答えを返した。

「僕たちがほしいのは、魔女化の際のエネルギーだけさ。
 あまりにも強力な魔女が生まれた場合、相当の被害が生じるだろうけど……、まあ、それは君たち人類の問題だ」

 あまりにも悪びれた様子のないキュゥべえに、真尋は怒るどころかすっかり呆れてしまった。

「エネルギー、ね……。それは、地球産のものじゃなきゃいけないのか?」

「そんなことはないさ。アザトースやヨグソトスのような実体とも概念ともつかない存在でない限り、契約は可能だ。
例えば、そこにいるニャルラトホテプだって、感情の相転移からは相当なエネルギーが得られることが期待できる。
だけど、継続的なエネルギーの採集を目的とした場合、惑星保護機構に加盟しているような種族は都合が悪いんだ。
高度な文明を持つ種族の場合……」

「長い! 3行で……」

 いつもの台詞を発しようとしたその時、ほむらが真尋の言葉をさえぎった。

「それ以上の説明は必要ないわ。お前たちがまどかを魔女にしようとしている。
 それだけで、敵対するには充分よ」

「やれやれ、君は短気だなあ……」

 そう言うと、キュゥべえは去っていった。

「ほむらは、キュゥべえの狙いを知ってるのか?」

「ええ」

 真尋の問いに、ほむらはそう答えた。

「だからこそ、こうやって同じ時間を何度も繰り返しているの」

「よかったら、詳しく聞かせてくれないか?」

「ええ。私ももう少しあなたたちの話を聞きたいし。でも、その前に……」

 そう言うと、ほむらは部屋の一角を指差した。床から何かがせり上がってくる。

「もうしばらく、楽しませてちょうだい」

 床から上がってきたのは、大きなクローゼットだった。中には女物の服がつまっている。

「何を……、するつもりなのかな……」

 身の危険を感じ、後ずさりする真尋。その背後に、杏子が立ちはだかる。

「決まってるだろ。着せ替えだ」

「アッー!」

 真尋は目を覚ました。そこは、見慣れた自分の部屋ではなかった。

「ここは……?」

 体を起こそうとした真尋は、自分の下半身に何かがのしかかっていることに気づいた。
 目をやると、そこにはクトゥグアとハスターの寝姿があった。

「クー子! ハス太! お前らいつの間に!」

「……ニャル子、らめぇ……」

「まひろくんの……、すごくおおきい……」

 2人は、真尋の声にも気づかず寝息を立てていた。
 都合のよい夢でも見ているのか、時折嬉しそうな声音の寝言がもれた。

「お前ら……」

 真尋の中に怒りが湧き上がってきた。と、その時だった。

「おや、お目覚めですか真尋さん」

 ニャルラトホテプの声であった。

「ゆうべはおたのしみでしたね」

「おたのしみだったのはお前らだけだろう……」

 真尋がそう答えた次の瞬間、クトゥグアとハスターが急に起き上がり、真尋に詰め寄った。

「……少年、私がいない間にニャル子とミラクル合体したの?」

「まひろくん、ぼくというひとがいながらニャル子ちゃんとつながるなんて、ひどいよ」

「お前ら、落ち着け!」

 真尋は2人を落ち着かせようとしたが、焼け石に水だった。

「……ニャル子が少年と浮気するなら、私は少年を犯すしかない。孕ませる」

「ぼくだって、まひろくんと……フュージョン……したいんだから」

「だから落ち着けって!」

 だが、真尋の叫びなどなかったかのように、2人は真尋に迫ってきた。

「……少年の子宮は私のもの……」

「まひろくん、のみこんで、ぼくのエクスカリバー……」

 ここは、見滝原市内のアパートの一室。
 真尋は昨夜遅くまで少女たちのおもちゃにされ、その後、ニャルラトホテプの手によってここに連れて来られたのだ。
 ニャルラトホテプ曰く、「惑星保護機構エージェント地球滞在拠点見滝原出張所」らしい。

「ところで、こいつらは何なんだ?」

 杏子はクトゥグアとハスターを指差して訊いた。ニャルラトホテプは答えた。

「私と同じ、惑星保護機構のエージェントです。赤毛の脳味噌固形燃料女がクー子、金髪の方がハスター君です」

「……八坂クトゥグア。クー子と呼んでほしい。ニャル子の嫁」

「ぼく、ハス太です!」

 丁寧な挨拶をした2人。杏子もまた、2人に挨拶を返した。

「佐倉杏子だ。ワルプルギスの夜を倒すまで、ここに滞在させてもらうことになった。よろしくね」

「……事情はわかった」

 そう言って、クトゥグアは頷いた。

 真尋とニャルラトホテプ、杏子は、遅れて見滝原入りした2人に詳しい状況を説明した。
 インキュベーターについては多少知っていた2人だったが、魔法少女の実態について聞かされた時には、ショックを隠し切れずにいた。

「……杏子も知っているだろうけど、私たちはワルプルギスの夜と直接戦うことはできない。
 だけど、後方支援ならできる。避難所の防御やSAN値回復の手助けはする。だから……」

「ああ、魔女はあたしたちに任せとけ。午後にはほむらたちもここに来る。詳しい作戦についてはその時に話そうぜ」

 クトゥグアに向かってそう言いつつ、杏子は右手をゆで卵に伸ばした。

「それにしても、この卵うまいな」

「ええ、今朝シャンタッ君が産んだばかりですからね」

 杏子とニャルラトホテプの会話を耳にして、真尋の顔色が変わった。

「みー、みー」

 シャンタッ君が嬉しそうに鳴いている。まるで、自分の卵をおいしく食べてくれたことに感謝しているかのように。

 ——宇宙食材だった。

「吐いてくる」

 そう言って真尋は立ち上がった。

「待て」

 真尋の前に杏子が立ちはだかった。

「食い物を粗末にするんじゃねえ」

「杏子……」

 真尋は杏子の肩に手を置くと、真剣な顔で反論した。

「あれは食べ物じゃない。食べ物に近い何かだ」

「ひどいです真尋さん。さっきはおいしそうに食べてくれてたじゃないですか!」

 外野のニャルラトホテプの抗議に、真尋は

「あれは、宇宙食材だって知らなかったから言っただけだ。
 いくらおいしくても、鱗がはえてきたり触手がはえてきたりしそうなものなんて食べられるか!」

と返した。

「……少年、安心して。シャンタク鳥の卵は地球人には無害。幻夢境を訪れた夢見る人にも好まれている。
インクアノクの食料品店では、1個1000円の高値がついている」

 真尋をなだめるようにそう言うクトゥグア。

「お前、金魚に宇宙の餌をやって足をはやしたことがあったよな……」

 真尋の言葉に、クトゥグアは小声でこう返した。

「……あれは別の時間軸の話。今は関係ない……」

「要するに、この卵はあたしらが食っても何も問題ないんだろ?」

 杏子の問いかけに、ニャルラトホテプ、クトゥグア、ハスターは揃って頷いた。

「ということだ。だから、あんたも安心して食いな」

「……わかったよ」

 真尋は、諦めて腰を下ろした。

今日はここまでです。
年内にもう1回くらい投下できると思います。

「それで、クー子、幻夢境の様子はどうなんです?」

 ニャルラトホテプがそう尋ねると、クトゥグアは、

「……蕃神の完成が10年ほど遅れる」

と答えた。

「はぁ? 一体どういうことです?」

「……宇宙オイルショックの影響で、工場の夜間操業が停止された」

「はぁ……、ここにも宇宙オイルショックの影響ですか……。
蕃神が完成しないということは、私が直々に幻夢境に行って地球の神々の世話をしなきゃいけないってことじゃないですか。これじゃあ、

忙しくて真尋さんとラブラブする暇もありませんよ」

「お前が忙しそうにしている様子など見たことないぞ」

 真尋はそう突っこんだが、ニャルラトホテプはそれを無視した。


「幻夢境? 宇宙オイルショック? 何の話だ?」

 かたわらで邪神連中の会話を聞いていた杏子が質問した。

「……ニャル子、結界は効いてないの?」

「魔法少女には無効ですよ。あ、杏子さん、惑星保護機構の仕事の話です」

 ニャルラトホテプは杏子にそう答えた。

「そうか、あんたらも大変だな」

「そうだ、ニャル子」

「何ですか杏子さん」

「昨日キュゥべえが言ってたよな。お前も魔法少女になれるって」

「言ってましたね。まあ、向こうから契約を持ちかけてくることもなさそうですけど」

「それで……だ。あんた、実は魔法少女になりたいとか……そんなこと、思っちゃいないよな?」

「ぬゎ〜にを言ってるんですか杏子さん」

 ニャルラトホテプは噴き出した。

「あんな奴のために魂を売る気なんざあありませんよ」

「それに、そもそもそんなことはご法度ですし」

「そうだよな! 変なこと訊いて悪かった」

 そう言うと、杏子も笑い出した。

「まあ、叶えたい願いってのはないわけじゃあないんですけどね。
真尋さんと結婚とか」

「やめんか!」

 横で聞いていた真尋は、ニャルラトホテプの口からおぞましい言葉が飛び出たのを聞き、思わずそう叫んだ。
 何でも願いを叶えてくれるインキュベーター。万が一ニャルラトホテプが契約したら、真尋はニャルラトホテプと結婚することになってしまうのだ。

「……そう、ニャル子。そんなことは許さない。ニャル子と結婚するのは私」

 いきなり求愛行動をとり始めたクトゥグア。

「やめなさいこの万年発情期女!」

 ニャルラトホテプはクトゥグアを蹴り飛ばした。

 八坂家の日常である。

短いですが今日はここまでです。
続きは来年になります。
それでは皆様、よいお年を。

 その時、チャイムの音がした。

「誰だ?」

 真尋は立ち上がると、玄関の方に向かった。
 扉を開けると、そこにいたのは美樹さやかであった。

「あの……、あたし、ニャル子さんと話がしたいんだけど……」

 さやかはそう言った。

「ああ、ニャル子なら、あそこ」

 真尋が指差すと、さやかは小走りでそちらへと向かった。

「ニャル子さん、あたし、ニャル子さんに教えてもらいたいことがあって……」

「おや、何ですかさやかさん」

「ニャル子さんは、どうやって真尋さんを射止めたの?」

 さやかの問いに、真尋、クトゥグア、ハスターは一斉に抗議した。

「射止めてねえよ!」

「……ニャル子は私のもの。少年とはくっつかない」

「ニャル子ちゃん、まだけっちゃくはついてないよ!」

 だが、ニャルラトホテプは外野の抗議など意に介することもなく、得意げな顔でこう言った。

「ほほう、さやかさんは私と真尋さんの馴れ初めを聞きたいということですかな?
それとも、男子の落とし方を教えてほしいということですか?」

 さやかは、もじもじしながら答えた。

「あたし、恭介に告白しようと思ってるんだ」

「ほほう、それはそれは……」

「あたしはもう生き物じゃないから、恭介とつき合う資格なんてないと思ってた。
だけど、宇宙人なのに真尋さんに積極的なニャル子さんを見て、考えが変わったんだ。
こんなあたしでも、恋することは許されるって」

「ほむほむ、もとい、ふむふむ」

 ニャルラトホテプは相槌を打った。

「あたし、恭介を仁美から奪い返したい。だけど、その方法がわからない。
でも、宇宙人なのに地球人と仲よくなれたニャル子さんなら、その方法を知ってるかと思って……」

「お任せくださいさやかさん、不肖ニャルラトホテプ、男を落とすコツをお教えいたしましょう」

「ありがとうニャル子さん!」

 大喜びするさやかであった。

「なあ、さやか。君は、僕とニャル子のこと、勘違いしてると思うんだ」

 真尋はさやかに向かって言った。

「勘違い?」

「うん。こいつらは地球で仕事をするために僕の家に居候しているだけで、
別に、男女の関係とか、そういうんじゃ……、ないから……」

「なっ、何をおっしゃいますか真尋さん!
私と真尋さんは運命の赤い糸で結ばれた仲じゃないですか!
一億と二千年後も愛してますよ!」

 ニャルラトホテプは大声で反論したが、真尋はそれを無視し、言葉を続けた。

「それに、ニャル子の求愛行動は、いつもエキセントリックすぎるんだ。
普通の地球人だったら、ドン引き間違いない代物ばかりだぞ」

「それでしたら問題ありません」

 ニャルラトホテプは自信たっぷりに言った。

「宇宙流の恋愛テクニックがいけないというのでしたら、地球流の色じかけを伝授いたしましょう。
私の友達に恋愛相談のエキスパートとして名高い子がいるんですが、彼女が教えてくれた方法ならば、
地球人相手でも安心安全アンブローズ・ビアスです」

「お願いします! ニャル子さん!」

 さやかの態度は真剣そのものだった。

「それではさやかさん、これに着替えてください」

 ニャルラトホテプが取り出したのは、真紅のチャイナドレスだった。
 以前、ニャルラトホテプが真尋にアピールするために着用したものだ。

 それを見て、さやかは顔を赤らめた。

「これって、昨夜真尋さんが……」

 昨夜、真尋が着せられた数多くの衣装の中に、確かにこれは含まれていた。

 さやかの呟きに反応したものがあった。クトゥグアだ。

「……少年、どういうこと?」

「こういうことだよ」

 返事をしたのは真尋ではなく、杏子だった。その手には数枚の写真が握られている。
 そのどれにも、女装した真尋の姿が写っていた。

 クトゥグアとハスターの目の色が変わった。比喩ではなく。

「……少年、ずるい。こんないいものをニャル子にだけ見せるなんて……」

「まひろくん、ぼくのまえでもおんなのこになってほしいな」

 邪神2人がゆっくりと真尋に迫ってくる。

「アッー!」

今日はここまでです。

再開します。

「なあ、さやか。本当にやるのか?」

 真尋の問いに、さやかは

「うん」

と頷いた。

「それ、ニャル子が失敗した作戦だぞ」

 あくまで止めようとする真尋だが、さやかは聞こうとしない。

「大丈夫、間違ってない。恭介に向かう想いは本物」

「いや、大丈夫じゃないし、明らかに間違ってるって……。
下手したら、今まで築いてきた関係だってどうにかなっちゃうんじゃないか?」

 心配する真尋。さやかは首を振ると、こう返事をした。

「あたしがあたしでいれば、なんにも壊れはしない」

 ここは見滝原中学校近くの公園。さやかの思い人、上条恭介の通学路でもある。さやかは恭介に告白するため、ここへやって来たのだ。
 さやかの周りには、杏子、真尋、そして、クトゥルー神話の邪神群の姿があった。

「でも、さやかがこんな積極的になるとはな……」

 団子をほおばりながら、杏子が言った。

「男に告白するためだけに、わざわざ学校を早退するなんて」

「ふふーん。今のあたしは昨日までのあたしとは違うよ」

 笑いながら、さやかはソウルジェムを取り出した。青く輝くソウルジェムには、一点の曇りもなかった。

 その時、後ろで声がした。

「美樹さやか、佐倉杏子、こんな所にいたのね」

 声の主はほむらだった。

「これから作戦会議だというのに……。何遊んでるのよ。特に美樹さやか、あなた、その格好は何なの?」

 ほむらは、チャイナドレス姿のさやかを見て眉をひそめた。だが、さやかは反省するどころか、得意げにこう発言した。

「どう? これなら恭介もイチコロだよね」

「ほむら、僕の格好には何も言わないのか?」

 真尋の問いかけに、ほむらは首をかしげながら答えた。

「何かおかしい所でも?」

「おい!」

 真尋は激昂した。

「言っておくけど、僕は男だぞ!」

「そう言われても、似合っているのだから仕方ないわ」

 ほむらに言われ、ミニスカート姿の真尋は憮然とした表情でベンチに腰を下ろした。
 そんな真尋に対し、クトゥグアが口を開いた。

「……少年」

「何だ? クー子」

「……きらりん! おぱんちゅ おそらいろ」

 そう言われ、真尋は初めて自分が足を開いていることに気づいた。
 真尋は慌てて足を閉じると、スカートを手で押さえた。

「そんなことより、件の殿方が来たみたいですよ」

 ニャルラトホテプに言われて、さやかは顔を上げ、遊歩道の方を見た。
 そこには、仲よく談笑しながら歩く少年少女の姿があった。

「……行ってくる」

 さやかは緊張した表情になると、ゆっくりと遊歩道の2人の方へ歩き出した。
 だが、途中で歩を止めると、後ろにたむろする6人に向かってこう言った。

「お願い。ちょっと離れた所で見ててくれない」

 6人は頷いた。

「恭介!」

「さやか! どうしてここに!? その格好は……!?」

 突然声をかけられた少年——上条恭介は、驚いた表情でそう言った。

「あたし……、恭介に言いたいことがあるの」

「言いたいこと……?」

「うん」

 さやかは頷いた。

「あたし、恭介のことが……、好き」

 その場を沈黙が支配した。

今日はここまでです。

アイエエエ! 忍殺SSじゃないのにヘッズナンデ!?

……投下を再開します。

 最初に沈黙を破ったのは、恭介だった。

「……ごめん。僕は、もう仁美とつき合ってるんだ」

 恭介は、隣に立つ少女——志筑仁美を抱き寄せた。

「さやかのことは好きだけど、その『好き』は、恋愛の『好き』じゃない。
さやかはあくまで僕の大切な友達であって……、その……、恋愛の対象にはならないんだ」

「……」

 さやかは何も言えずにいた。

「ごめんね」

 そう言うと、恭介と仁美はさやかの横を通り過ぎようとした。

「ちょっと待ちなさい!」

 しゃしゃり出てきたのはニャルラトホテプだった。

「上条さん、あんたがさやかさんを女として見られないというんなら、まずはそのふざけた幻想を……」

「ニャル子さん、それ以上は駄目!」

 さやかは慌ててニャルラトホテプの口を押さえた。だが、遅すぎた。
 上条恭介の表情は、すでにはなはだ不機嫌そうなものへと変貌を遂げていたのだ。

「君たちはいつもそうだね」

 恭介は怒りを抑制するかのような口調で言った。

「上条という名字を見ると、決まってそげぶと言う。わけがわからないよ。
百万回言われたものの身にもなってみてくれ」

 恭介は言葉を終えると、振り返りもせずに去っていった。

「待って! 恭介!」

 追いかけるさやか。だが、焦っていたため、足がもつれて派手に転倒してしまった。
 チャイナドレスの裾が大きくめくれる。

 美樹さやかはパンツをはいてない。

「さやか……、それは……」

 大きな音に思わず振り返った恭介は、顔を赤らめながら言った。
 その隣には、怒りでわなわなと震える仁美の姿があった。仁美は、汚らしいものでも見るような表情でさやかに言葉を投げかけた。

「さやかさん、あなた、そんな姿で上条君を篭絡しようといていらしたんですんね!」

 さやかは、ようやく自分が下半身丸出しであることに気づき、慌てて隠した。
 だが、すべては遅すぎた。

「さよなら……!」

 恭介は、そう言うと小走りでその場から去っていった。
 一方の仁美は、さやかに対する軽蔑を隠そうともせず、さらに言葉を続けた。

「見損ないましたわ!」

「ちょっと仁美、それは……」

 誤解だ、そう言おうとしたさやかだったが、その言葉は途中で仁美にさえぎられた。

「さやかさんが上条君を慕っていることは、前から知っていました。ですから、私は1日の猶予を設けたんです。
それなのに、何ですの!? あの時は何もしないで、今になって私たちの前に現れるなんて。汚いですわ!」

「いや、だから……」

 だが、仁美はさやかに言い訳をする余裕を与えなかった。

「しかもその格好! さやかさんがそんなに下品な方だとは思いませんでしたわ!」

「あのね、この格好は……」

「もちろん、上条君の気を引きたいというさやかさんの気持ちはわかります。
私だって、太ってしまわないよう、最近はご飯の代わりにお餅を食べたりしています。
でも、あなたのような汚い手は使った覚えがありません」

「あのさ……、仁美……。お餅って、すごくカロリー高いんだよ」

 ようやく反論のチャンスを得たさやかだったが、その反論は的外れなものだった。

 仁美は怒りを露わに

「でたらめ言わないでください!」

と返すと、そのままさやかに背中を向け、恭介と同じ方向へ去っていった。

「でたらめじゃないのに……」

 ぽつりと呟くさやかであった。

「おい、さやか……」

 杏子は呼びかけたが、返事はなかった。さやかは無言のまま立ち上がると、そのままふらふらと公園の出口へ向かった。
 だが、生気を失った今のさやかでは、右足出して左足出してもろくろく歩けない。両足の膝を一緒に曲げても座れない。5メートルほど行

った所で、さやかは体のバランスを大きく崩し、前のめりに倒れこんだ。

「おい、大丈夫か?」

 そう言ってさやかを抱き止めたのは、真尋であった。

「真尋さん……」

 さやかは上目づかいでそう言った。その目には、涙がたまっていた。


「うっ、うっ、うっ……」

 さやかは真尋の胸に顔を埋めると、声を上げて泣き出した。

「絶望した! 人生に絶望した!」

 真尋は、そんなさやかの背中をそっとさすってやった。

「ごめんな、さやか。僕がニャル子をちゃんと止められなかったせいで……」

「真尋さんのせいじゃない。あたしが……あたしが馬鹿だから……」

 泣きじゃくるさやか。

「美樹さやか、使いなさい」

 ほむらはさやかにグリーフシードを差し出した。さやかは受け取ると、素直にそれを自分のソウルジェムに当てた。

「真尋さん、転校生……、いや、ほむら、ありがとう……。あたしなんかのために……」

 そう言うさやかに、真尋とほむら、そして、遅れて駆けつけた杏子は、優しく微笑みかけた。

今日はここまでです。

 一方、隣には、気難しい表情で考えこむニャルラトホテプの姿があった。

「ふむ……。中学生男子にはぱんつはいてないはさすがに刺激が強すぎましたか……。
私だったら大喜びでむしゃぶりつく所なんですが……」

「……ニャル子」

「何ですかクー子……ってうぉい!」

 振り返ったニャルラトホテプは思わず叫んだ。目の前に、一糸まとわぬ姿のクトゥグアがいたのだから。

「何やってんですかこの痴女は!」

「……裸だったら何が悪い」

「あんたの裸なんか見たら目が腐りますよ!」

 そう言うと、ニャルラトホテプはクトゥグアを思い切り蹴飛ばした。

「……ニャル子ー! ニャル子ー!」

 足蹴にされつつも、ニャルラトホテプの名前を叫び続ける、哀れな生きる炎であった。

「おい、ニャル子……」

 愛しの真尋の声に、思わず振り向くニャルラトホテプ。

「はい、何でしょう真尋さん」

 真尋は無言で腕を振り下ろす。

「アイエエエ! フォーク? フォークナンデ!?」

 ゴウランガ! フォークがニャルラトホテプの脳天に突き刺さる。
 これぞ、真尋のイッシュン・ツキサシ・ジツ! コワイ!

「お前反省してないだろ! 魔法少女はSAN値がなくなると死ぬんだろ?
お前はさやかを殺すつもりだったのか!?」

「うう……、私はよかれと思って……」

「その結果がごらんのありさまだよ!」

 怒り狂う真尋をなだめようと、さやかがおずおずと話しかけた。

「真尋さん……、あたしは、もう大丈夫だから……」

 と、その時だった。

「さやかちゃん!」

 声がした方を向くと、そこにはまどかの姿があった。

「さっき、仁美ちゃんと上条君を見かけたんだけど、様子がおかしくて……。
上条君は顔が真っ赤で、仁美ちゃんは何か怒ってるみたいで……」

「あたしのせいだよ」

 さやかはさらりと言った。

「恭介に告白したら振られた。仁美を怒らせた。全部、あたしが馬鹿だから……」

 話しているうちに、さやかの目からはまた涙が溢れ出してきた。

「なあ、皆。今日はこれから作戦会議の予定だろ」

 場の空気を変えるべく、真尋が言った。

「そうね」「ああ」「うん」

 皆口々にそう言いながら頷いた。この場の雰囲気に耐えられなかったのは皆同じらしい。

「取り敢えず、僕たちの部屋に移動しないか?」

「私と杏子がこの辺りでワルプルギスの夜に立ち向かう」

 ほむらは地図上の一点を指差しながら言った。
 それに応ずるニャルラトホテプ。地図上の別の箇所を指しながら

「ええ。クー子は中心街、ハスター君は避難所近くにいて、被害を最小限に食い止めます。
私と真尋さんは、まどかさんと一緒にいて、インキュベーターがまどかさんに近づかないように見張っていましょう」

「……ひどい、ニャル子……。どうして私はニャル子と一緒じゃないの……?」

 抗議するクトゥグアに対し、ニャルラトホテプは冷酷に答える。

「あんたなんていちばん危険な場所でいいんですよ!」

 ここは真尋たちの滞在するアパート。別名、惑星保護機構エージェント地球滞在拠点見滝原出張所。

「美樹さやか、あなたは戦える?」

 ほむらは顔を上げると、隣でつくねんとするさやかに問いかけた。

「あっ、うん……。大丈夫……」

 さやかは答えた。

「そう……。飛び道具の使えないあなたには、使い魔の相手をお願いするわ」

「わかった」

 さやかは頷いた。

「わたし、何もしないでいていいのかな……」

 作戦会議の様子を眺めながら、まどかがぽつりと言った。

「仕方ないだろ。僕たちは一般人なんだから」

 言いながら、真尋はまどかの前に丼を置いた。
 それから真尋は、地図を囲んであーだこーだ言い合う6人に向けて呼びかけた。

「皆、そろそろ休憩しないか」

今日はここまでです。

再開します。

「この料理、うめえな」

 れんげを運ぶ手を休め、杏子が言った。

「含多湯ですか……。この間のリベンジですな」

 ニャルラトホテプの言葉に、真尋は頷いた。

「うん。しかし、暮井の腕があれほどだとは思ってなかったよ……」

「いやあ、珠緒さんはある意味……、何と言うか……、逸材ですよね。
さしもの私も、スパゲッティをラーメンにしてしまう人を見たことはありません」

 そんなこともあったのか……。真尋は、あらためてクラスメイトの破壊力に恐れ入った。

「含多湯?」

 首をかしげるまどかに、真尋は

「うん。芦別の名物料理なんだ」

と説明した。まどかは隣にいるさやかに小声で問いかけた。

「ねえ、さやかちゃん、芦別ってどこだか知ってる?」

「いや、知らない」

「北海道中央部に位置する、かつて炭鉱町として栄えた所よ」

 2人の疑問に答えたのはほむらだった。

「この間習ったばかりでしょ」

 ほむらに言われ、まどかとさやかは、互いに顔を見合わせて恥ずかしそうに笑った。

「……でも、私たちが話をしている間に1品作り上げるなんて、少年はいいお嫁さんになれそう」

「僕は男だからな」

 真尋は、クトゥグアをにらみつけながら言った。

「……少年、その格好で言っても説得力がない」

「うるさい」

 真尋はまだスカートを脱いでいない。

 数時間後。

「真尋さん、今日はありがとうございました」

 帰り際に、さやかは丁寧な挨拶をした。

「いいって。気にするなよ」

「でも……、最初に会った時、あたし、あんなひどいことをしたのに……」

 言いよどむさやかに、真尋はやさしく微笑み、こう言った。

「どうしてだろうな。さやかのことを憎む気にはなれないんだ」

 すると、さやかは急に顔を赤らめた。そして、

「さ、さよなら!」

と言うと、小走りで玄関から去っていった。

「真尋さん、ご自分と声がそっくりだからって、さやかさんのことを贔屓しすぎじゃありませんか?」

「お前は何を言ってるんだ」

 真尋は、青いプリキュアにもオレンジ色のマーメイドにも三姉妹の次女にも興味はない。

「でも、さやかが元気になってよかったよ」

「ええ。まったく、中学生は最高ですね。あのSAN値回復力、素直に羨ましいなと思います」

「お前……、よく他人事みたいに言えるな……」

 真尋に言われ、ニャルラトホテプはあさっての方向を向いて口笛を吹き始めた。

 と、その時だった。

「でもその分、ちょっとしたことでもSAN値を大幅に下げる。僕たちにとっても、中学生は最高の相手だね」

 声の主はキュゥべえだった。

今日はここまでです。

間が空いてしまいましたが、投下を再開します。

「お前……、本当に外道だな」

「よく言われるよ」

 キュゥべえは、悪びれる様子もなくそう返した。そしてさらにこう言葉を続けた。

「この際だからはっきり言っておこう。あの3人ではワルプルギスの夜は倒せない」

「だからといって、まどかさんには契約させませんよ」

 ニャルラトホテプの言葉に、キュゥべえは

「でも、君は地球の怪異を直接攻撃することはできないんだろ?
どうやってワルプルギスの夜を撃退しようというんだい?」

 明らかに不愉快そうなニャルラトホテプと一切表情を変えないキュゥべえ。
 両者の間には、不穏な空気が漂っていた。

「なあ、キュゥべえ」

 一触即発のアトモスフィアを破って、真尋が発言した。

「お前、地球人の感情エネルギーを集めてるって言ったよな」

「うん」

 頷くキュゥべえ。

「これまでの宇宙人連中の動機から察するに……、
お前、宇宙オイルショックに乗じてエネルギー商売で一儲けしようと企んでるだろ?」

「オイルショックか……。そんなことが起こってるんだね。
まあ、驚くようなことじゃない。宇宙連合に所属する種族のエネルギー浪費パターンからは、
充分予想できたことだ」

「……違ったのか!? てっきりあれが伏線かと……」

 真尋は驚きをあらわにした。
 これまでに対峙した邪神連と同様、キュゥべえも私欲のために地球に来たとばかり思っていたからだ。

「そもそも、僕には私欲はないよ」

「じゃあ、何のために……?」

「宇宙の寿命を延ばすためさ」

「宇宙の寿命?」

「……ということで、人間の感情エネルギーはエントロピーを覆すエネルギー源たりうるんだよ」

 キュゥべえは、自身の目的についての長々とした説明を終えた。

「でも、宇宙のエネルギーの枯渇云々なんて、何百億年スケールの話だろ?」

 真尋の当然の指摘。

「宇宙全体を見ればね。だけど、局地的なエネルギーの枯渇なら、もっと短い期間で起きる」

「どういうことだ?」

 真尋の疑問を聞いて、キュゥべえは説明をつけ加えた。

「この宇宙にどれだけの文明がひしめき合い、一瞬ごとにどれほどのエネルギーを消耗しているかわかるかい?
高度の文明を誇る宇宙連合の加盟惑星ならなおさらだ。地球のような員数外惑星であっても、日々文明を進歩させ、
そのエネルギー消費量は幾何級数的に増大している。その結果、近隣の星のエネルギーを使い果たしてしまうということも珍しくはない。

遠方の星から資源を輸送しようとすると、今度は輸送のためにエネルギーが必要になる。浪費の負のスパイラルだね。中には……」

「長い。3行で頼む」

「宇宙連合の加盟種族がエネルギーを浪費している。
エネルギーが使い尽くされた星も珍しくない。
僕たちはその尻拭いをしている」

 キュゥべえは、きっちり3行で言い直した。

「ちょっと待て。なあ、ニャル子」

「何でしょう真尋さん」

「地球が宇宙連合に加盟できないのは、環境問題が原因だって言ってたよな」

「……真尋さん、妙なことまでよく覚えてますね。
アニメしか見ていない人は知りませんし、原作読者にしても、8割くらいの人はもう忘れてるんじゃないですか?」

「お前は何を言ってるんだ」

 とにかく、ニャルラトホテプが以前そう言ったのは事実である。

「なら、宇宙では環境問題は解決されてるはずじゃないのか?」

「大抵の問題は解決されてるね」

 真尋の疑問に答えたのは、ニャルラトホテプではなくキュゥべえだった。

「でも、お前さっき、資源の枯渇が問題って……」

「対象は無人の星だ。守るべき住環境も、維持すべき生態系も存在しないから、
いくら派手に資源を採掘しても誰も文句は言わない」

「そういうことかよ……」

 環境破壊は、生態系や人間の居住空間に悪影響を及ぼす。だから、環境「問題」なのだ。
 誰にも迷惑をかけないのなら、いくら派手に活動しても、環境「問題」にはなりえない。詐欺のような話だ。

「でも、いくら生態系に影響がないとはいえ、宇宙のエネルギーが失われていることに変わりはない。
僕たちの観察では、宇宙連合の加盟種族の文明の発展に伴い、目に見えるレベルで宇宙のエネルギーが減少していることが
わかっている。さっきも言った通り、局地的にはすでにエネルギーが枯渇して不毛の地となった場所すらある。
だからこそ、僕たちは再生可能なエネルギー源として君たち人類の感情に目をつけたってわけだ」

「要するに……」

 キュゥべえの小難しい説明に、頭痛すら感じ始めていた真尋だったが、それでも要点だけは掴むことができた。

「こいつらの無駄づかいが原因ってことか……」

 真尋の視線の先には、ニャルラトホテプの姿があった。

「……許してにゃん」

 おどけて謝るニャルラトホテプに対し、真尋は冷たく返した。

「黙れ宇宙エネルギー問題の元凶」

「ということで、君たちにとっても僕たちにとっても、まどかが死ぬことには大きな意味があるってことだ。
そのことだけは理解してもらいたい」

「何が『君たちにとっても』ですか。まどかさんが魔女になったら地球が滅びるじゃありませんか。
それを知って、誰があんたなんかに協力するっていうんです?」

 ニャルラトホテプに言われ、キュゥべえは困ったような口調でこう返した。

「やれやれ、宇宙連合の考えは理解できないよ」

「理解できないのはこっちも同じですよ!」

「まあいいさ。ワルプルギスの夜は実際強い。そして、まどかは自分が何もできないことを思い悩んでいる。
苦戦する仲間を見て、自分が契約すれば救えると考えれば、ためらわずに魔法少女になるだろう。
これは確定的に明らかだ」

 そう言うと、キュゥべえはドアの隙間から去っていった。

「ところで、オイルショックって言ってたけど、石油って生物由来だよな。生き物のいない星にもあるのか?」

「真尋さん、宇宙石油は違うんですよ」

今日はここまでです。

再開します。

 翌日、昨日のメンバーは、再度真尋たちの部屋に終結した。

「今日、恭介と仁美に謝られたんだ」

 そう語るのは、さやかだった。

「あたしは、2人に思いっ切りビンタしてやった。それから、こう言ったの。
『2人とも、幸せにならなきゃ、あたしが承知しないぞ』ってね。ワイルドでしょう」

 努めて明るく振舞おうとするさやかだったが、その様子にはやはり無理が感じられた。
 まどかもそのことには気づいたらしく、心配そうに声をかけるのだった。

「さやかちゃんは……、何も気にしてないの?」

「大丈夫、大丈夫……」

 さやかはそう返した。

「でもよかったわ」

 さやかの様子を見ながら、ほむらが言った。

「昨日も、それから一昨日も、あなたが魔女化するんじゃないかと心配だったんだから」

「面目ない。でも、ほむらもあたしのことを心配してくれてるんだ」

「当然じゃない」

 ほむらは髪をかき上げながら答えた。

「あなたが死んだり魔女になったりすると、いちばん悲しむのはまどかなのよ」

「……って、やっぱり大事なのはまどかだけかい! あたしはどうでもいいの!?」

「なあ、さやか……」

 真尋が言いづらそうに声をかける。

「さやかのことを心配してる奴は……、その……、ここにもいるぞ」

「真尋さん……」

 さやかは顔を赤らめた。

「会ったばかりだけど……、その……、さやかのことは、なぜか放っておく気にはなれないんだ」

 真尋にそう言われ、さやかはますます顔を赤くした。

「あたしだって、会って間もないけど、さやかのことは心配してるぞ」

と、杏子。

「わたし、何もできないけど……、それでも、さやかちゃんは大事な友達だから……」

と、まどか。

「皆……、ありがとう。本当のこと言うと、あたし、失恋して落ちこんでたんだ。
だけど……、元気が出てきた」

 さやかは照れながら、それでいて嬉しそうに言った。

「それはさておき、明日はいよいよワルプルギスの夜が来るわ」

 ほむらが言うと、皆表情を固くした。

「これまで、私は何度も同じ1ヶ月を繰り返してきた。そのたびに……」

 ほむらは俯き、顔を両手で覆った。

「……そのたびに、あなたたちが死ぬのを見てきた。この時間軸でも、巴マミは……」

 その言葉は、悲しみに震えていた。

「ほむら……」

 真尋は思わずほむらに声をかけた。

「私はもう、たのしいなかまがポポポポ〜ンと死ぬ所を見たくない」

 ほむらは顔を上げ、きっぱりと言った。

「明日は絶対にワルプルギスの夜を倒す。
そして、誰も欠けず、まどかは魔法少女にならず、また一緒に集まるの」

「うん!」「おう!」

 さやかと杏子は、そう言いながら立ち上がった。

「僕たちも、できるかぎり協力するよ」

「皆が大好き、この地球を滅ぼさせたりはしません!」

「……裏方として、全力を尽くす」

「ひなんじょは、ぼくにまかせて!」

 真尋、そして邪神たちも次々と立ち上がった。

「私には、こんなに大勢の仲間がいたのね」

 そう言って微笑むほむら。

「すごく心強いわ。もう……、負ける気がしない」

「そうですよ!」

 ニャルラトホテプが応じる。

「疑いなんて破り捨てましょう!」

 その時だった。

「……ほむら、提案がある」

 クトゥグアがそっと立ち上がり、徐に口を開いた。

「何かしら?」

「……私たちは見滝原の地理に詳しくない。ワルプルギスの夜が現れる前に、戦場となる所を下見しておきたい」

「そうですね。私もアニメショップの場所くらいしか知りませんし」

 言ったのはニャルラトホテプ。真尋は突っこまなかった。

今日はここまでです。

2月3日は節分。
恵方巻きを食べた人、恵方巻きに食べられた人、いろいろいることでしょう。

それでは、投下を再開します。

「ワルプルギスの夜は、川の向こう側、工場地帯から現れるわ」

 ほむらは、対岸に立ち並ぶ工場の無骨な建屋を指差しながら説明した。

「そして、駅の方へと進んでいく」

 今度はさっきとは逆の方向を指差す。

「避難所になっている中学校は、幸い進路からは外れている。
でも、何かのきっかけでワルプルギスの夜が方向転換するかもしれない。
そうしたら、避難所も無傷ではすまないかもしれないわ」

「……敵に線路を越えさせてはいけない」

「ええ」

 クトゥグアの言葉に、ほむらは頷いた。

「最悪でも、そこで食い止めなくてはならない」

 ここは見滝原市内を流れる一級河川、姫名川の土手。
眼下のグラウンドには、野球を楽しむ若者たちの姿。遠くには、川べりを散歩する人の姿も見える。
平和な光景だ。明日にはここが凄惨な戦いの舞台となるなど、誰が想像できよう。

「私の初期位置はあそこ」

 ほむらは、グラウンドの中央部を指差した。

「杏子は橋の上ね」

「わかった」

 杏子は頷く。

「さやかは、この土手の上で使い魔が私たちに近づくのを防いでちょうだい」

「うん」

「じゃあ次は、駅の方へ行きましょうか」

「そっちはクー子のポジションだよな」

 真尋が訊くと、ほむらは

「ええ」

と答えた。

「駅の近辺で広範囲を見渡せる開けた場所となると、ビルの屋上くらいしかないんだけど……」

「……了解。私はあのビルの上に立って様子を見る。ワルプルギスの夜が近づいたら、炎で牽制する」

 クトゥグアは、そびえ立つオフィスビルを指差しながら言った。

 と、その時だった。

「ほむら、あれ!」

 叫んだのはさやかだった。その言葉に、ほむらはさやかの指す先を見る。

「魔女の結界……!」

 ほむらは呟くと、左手を前に伸ばした。中指にはめられた指輪がソウルジェムの形となる。
 次の瞬間、ほむらは魔法少女へと変貌を遂げた。

「行くわよ!」

 そう言って、ほむらは壁に向かって突進した。
 ぶつかる! そう思った次の瞬間、ほむらの体は壁の中に吸いこまれていた。

 さやか、杏子も変身して壁に飛びこむ。さらに、魔法少女でないまどかまでもが壁の中にダイブした。

「私たちも行きますよ、真尋さん!」

 ニャルラトホテプは、真尋の手を引いて壁に突撃した。真尋は思わず目を閉じた。

短いですが、今日はここまでです。

再開します。

 そこは、玉虫色の外壁と冒涜的な角度に囲まれた空間だった。
 空間の正確な形状もサイズも把握できない。周囲の様子に目を凝らすと、それだけでめまいを催してしまうほどだ。

「ここは……?」

「魔女の結界よ」

 真尋の疑問に答えたのは、ほむらだった。

「気をつけて。ここは魔女の縄張りよ。いつ攻撃を受けるかわからないわ」

 ほむらはそう言うと、左腕の盾から機関銃を取り出した。
 周りを見ると、さやか、杏子もそれぞれの武器を構えている。

「来たわ! 使い魔よ!」

 ほむらの視線の先には、猿とも鼠ともつかない小動物の群れの姿があった。

「一気に突っ切るわよ。まどかと真尋さんは、私たちの側から離れないで!」

 ほむらは銃で目の前の小動物をなぎ払いながら、吐き気を催すような空間を突き進んだ。
 真尋は左手でまどかの手を引き、右手でフォークを握り締めた。

 使い魔の群れを突破した先には、これまたいびつな世界が広がっていた。
 その中心には、人間のようなシルエット。

「あれが魔女よ」

「何だ? 今回の魔女は妙に人間くせえ姿をしてるじゃねえか」

 そう言って槍を構える杏子。相手の隙を窺っているようだ。
 真尋の左手が強く握られる。

「まどかさん、言っておきますけど、真尋さんは私のダーリンですからね」

 空気を読まない発言をしたのは、ニャルラトホテプであった。

「おいニャル子、今はそんなことを言ってる場合じゃないだろ」

 真尋はニャルラトホテプをたしなめた。

 魔女が突然姿を消した。そして次の瞬間、さやかの背後に魔女の姿が現れた。

「さやか、危ない!」

 真尋は叫ぶ。その声にさやかは振り向き、剣を振るう。間一髪、魔女の攻撃から逃れることに成功した。
 だが、さやかの剣が当たる直前、またもや魔女は姿をくらました。

 新たに魔女が姿を現したのは、ほむらの背後であった。
 ほむらは反射的に振り返ると、銃身で相手を殴りつけた。魔女が一瞬ひるむ。
 さらに、ほむらは銃を投げ捨てると、左腕の盾に手を伸ばした。

「どうなってるんだ……」

 真尋は驚きの声を上げた。周囲のものがすべて動きを止めているのだ。

「これはまるで……」

 時間凍結。

「どうして……」

 驚きの声を上げたのは真尋だけではなかった。
 ほむらが、まるで幽霊にでも会ったかのような顔で真尋のことを見つめている。

「ほむらが……、やったのか?」

 ほむらは頷いた。

「私と、私が触れたものしか動けないはず。なのにあなたはどうして……?」

「僕には時間干渉が通用しない……らしいんだ」

「そんなことが……」

「それより、ほら、今のうちに攻撃を」

「え、ええ……」

 ほむらは盾から新たな銃を取り出すと、魔女に向けて至近距離で発射した。
 放たれた銃弾は、魔女のすぐ側で動きを止めている。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 真尋は、立て続けに5本のフォークを投擲した。
 真尋の手を離れた途端、フォークは動きを止め、そのまま空中で静止した。

 ほむらが盾を操作すると、再び時間が動き出した。
 銃弾とフォークが魔女に襲いかかる。
 だが、着弾したかと思った次の瞬間、魔女の姿はまたもや失われた。

「まどかちゃん、あぶない!」

 ハスターの声。振り返ると、そこにはまどかをかばうハスターの姿があった。
 ハスターの背中には、魔女の爪が食いこんでいる。

「おい、ハス太! 大丈夫か!」

 思わず駆け寄る真尋。その声に気づいたのか、魔女がこちらを向いた。

 顔があると思われる位置には、目も鼻も口もなかった。
 ただ、深い闇があった。

「まずいわね……」

 ほむらが呟く。

「相手は自由に空間移動ができる。こちらの攻撃が届く直前に姿をくらますことができるんだから……」

 ほむらのチートめいた魔法も、真尋のチートめいた体質も、輪をかけてチートめいたヒット・アンド・アウェイ戦法を使う魔女には通用しない。
 今できることは、ただ一箇所に集まり、魔女の不意打ちに備えることだけだ。

「ハス太、怪我は大丈夫か?」

 真尋はハスターに訊いた。

「うん、なんともないよ」

 ハスターの背中を見てみると、傷はすでに大方癒えているようだった。
 さすが邪神。なまじっかな攻撃ではダメージを負わない。
 だからこそ、真尋も安心してニャルラトホテプにフォークを突き刺せるのだ。

「……少年、クロスファイアシークエンスを使う」

「やめとけ。僕たちまで焼き尽くす気か?」

 クトゥグアの提案を、真尋は即座に却下した。
 だが、かといって他の対抗法があるわけでもない。
 魔女の攻撃は一段落したが、今度はさっきの使い魔が不気味なうなり声を上げながら集まってきたのだ。

「仕方ありません。ここは私の冒涜的な手榴弾で……」

「だからやめろって。そもそも、魔女と戦うのは禁じられてるんだろ」

「緊急事態です。見逃してもらいましょう」

 そう言うと、ニャルラトホテプは徐に服のボタンを外し始めた。
 その隙にも、使い魔たちはその数をどんどん増していく。
 魔法少女たちが剣や槍、銃で攻撃しても、一向に減る気配がない。とうとう、真尋たちは使い魔に完全に包囲されてしまった。

 と、その時だった。

「キュピーーーン!」

 耳をつんざくような大音声が結界の中に響き渡った。

今日はここまでです。

再開します。

 真尋たちは、思わず耳をふさいでその場にしゃがみこんだ。

 しばらくの後、真尋が徐に立ち上がると、そこにはあれほどいたはずの使い魔の姿が全く見当たらなかった。
 あれほど恐ろしかった魔女も、床に転がってぴくぴく動くのみで、攻撃しようという動きすら見せない。

「どうなってるんだ……」

 真尋はぽつりと呟いた。

「危ない所だったわね」

 そう言いながら、玉虫色の光の中をこちらへ歩いてくる影。その正体は……

「母さん!」

 そう、真尋の母親、八坂頼子その人だった。母親は、なぜか緑色のセーラー服姿だった。

「あたしもいるよ。ちなみに、今の攻撃はあたし」

 母親の隣には、ピンク色の衣装に身を包み、右手にメガホンを構えた少女の姿があった。

「暮井!」

「この魔女、まだ生きてるようね」

 母親はそう言うとつかつかと魔女に歩み寄った。

「魔女、殺すべし」

 容赦のないストンピング。

「うーっ!」「にゃーっ!」

 魔女は爆発四散。同時に結界も消滅した。

 戦闘終了後、母親から話を聞かされた真尋は、頭を抱えながらこう尋ねた。

「……要するに、母さんと暮井も魔法少女だったってこと?」

 母親は頷いた。それから、子供っぽい甘え顔になると

「もう、ヒロ君ってば、母さんに内緒でワルプルギスの夜を倒しに行くなんて!
せっかくのリベンジのチャンスなんだから、母さんにも声くらいかけてよぉ」

と言った。

「リベンジって……?」

 驚いて聞き返す真尋。

「20年くらい前のことになるかな。八坂頼子は、単身ワルプルギスの夜に挑み、撃退に成功した」

 答えたのは母親ではなくキュゥべえだった。

「そうよ。だから、次こそは逃がさずにグリーフシードを手に入れたいと思っていたの」

「でも、20年前って、そんなに昔から魔法少女をやってたんですか?」

 横で話を聞いていたさやかがそう尋ねた。

「そうだよ」

 またもやキュゥべえが回答した。

「頼子が僕と契約したのは、もう20年以上前のことになる。それ以来、ずっと魔法少女として戦い続けてるんだ。
はっきり言って、頼子の強さは桁違いだ。ワルプルギスの夜を撃退しただけじゃない。
これだけの年月絶望することなく戦い続けられるというのも、普通の魔法少女にはできない所業だ。
現役の魔法少女の中では、頼子はいちばんのベテランだね。何たって、今年でよんじゅ……」

「うーっ!」「にゃーっ!」

 母親はフォークを投擲。キュゥべえは爆発四散した。

「もう、何回も言ってるじゃないの。私は17歳だって」

 母親はそう言うと、驚きで目を丸くする面々の方を向き、にこりと笑った。

「そうだ、せっかくだから話しておきましょうか。私がなんで17歳なのかってことを……」

今日はここまでです。

今のナカノヒトは三女だぞ、17歳ではない!
故に偽物だ!

>>210
大丈夫だ。17歳ネタはスーパーニャル子ちゃんタイムの最新話でも使われている。
問題ない。

〜再開〜



「さやかちゃん、ほむらちゃん、杏子ちゃん。あなたたちは、魔法少女の真実を知っているかしら?」

「魔法少女の真実っていうと、私たちの魂がソウルジェムに変えられていることとか、
魔法少女は最終的に魔女になるということとかでしょうか?」

 ほむらがそう答えると、母親は驚いたように

「あら、よくご存知ね」

と言った。

「いろいろ……、ありましたから……」

 ほむらは呟くように言った。

「そういうことで、私たちはもう生き物じゃないの。私が契約したのは17歳の時。
人間としての八坂頼子は、17歳で終わったってわけ。だから、私はずっと17歳なのよ」

「母さんが永遠の17歳って言ってたのは、ただの冗談じゃなかったんだ……」

 笑顔のまま深刻な話をする母親に、真尋はぽつりと言った。

「そういうこと! だから、あたしも永遠の17歳だよ」

 言ったのは珠緒だった。

「暮井は……、その……、平気なのか? 自分が人間じゃなくなったって知って」

「そりゃあ、初めて聞いた時はちょっとショックだったけど、逆に言えばメンテナンスさえしときゃ
いつまでも生きられるってことでしょ。だったら気にすることないじゃん。
それに……、契約したから、さっき八坂君やニャル子ちゃんたちを助けられたんだし……」

「さっきの攻撃のことだけど、詳しく聞かせてもらえるかしら?」

 ほむらの問いに、珠緒はソウルジェムを取り出し、再度ピンク色の魔法少女衣装に着替えた。
 そして、スピーカー型の髪飾りを取り外すと、

「これだよ」

と言った。次の瞬間、珠緒の手の上の髪飾りが巨大化し、通常サイズのメガホンへと姿を変えた。

「清めの音で、魔女や使い魔にダメージを与えるんだ。魔法少女や普通の人間は、ただうるさいと感じるだけだけどね」

「今回の魔女は、瞬間移動する奴だったじゃない。
そんな相手には、エリア全体を攻撃できるあたしのメガホンが効果的ってわけ」

 説明する珠緒に、ほむらは驚いた様子でこう言った。

「あなた、どれくらい魔法少女をやってるの……?」

「えっ、数日前に契約したばかりだけど……」

「それなのに、出会ったばかりの魔女の弱点を見抜いて攻撃を……?」

「ああ、それはあたしじゃないよ。あたしは八坂君のお母さんの指示に従って動いてるだけだから」

「そう……」

 ほむらは、安心したような表情になった。

「あの……、真尋さんのお母さん」

 そう話しかけたのは、さやかだった。

「何かしら?」

「ここへは……、ワルプルギスの夜を倒しに来たんですよね」

「そうよ」

「じゃあ、明日はあたしたちと一緒に……」

「もちろん協力するわ」

「ちょっと、母さん! そんなに簡単に承諾して大丈夫なの?」

 慌てる息子に、母親は笑顔で返した。

「そんなに心配することないわよ。大丈夫、ベテラン魔法少女にして邪神ハンターの母さんを信じなさい!」

 一方、見滝原の魔法少女たちは、頼もしい援軍の登場に興奮していた。

「キャリア20年以上の大ベテランにしてワルプルギスの夜を撃退した過去の持ち主か……。
勝利はもらったな!」

と杏子が右手を強く握り締めれば、ほむらは

「これで勝つる」

と目を輝かせる。両者とも、負けることなど信じられないような表情であった。

 と、その時だった。

「おい、何だこの匂いは!」

 杏子がそう叫んで駆け出したのだ。
 真尋たちは慌てて追いかけたが、杏子との距離はなかなか縮まらない。

「どこまで行くんでしょうかね、杏子さんは」

 ニャルラトホテプも呆れた様子でそう言いながら、疾走する杏子を追う。
 と、次の瞬間、クトゥグアの走るスピードが急に速まった。

「どうしたんですか、クー子!」

「……たこ焼きの匂い」

 果たして、クトゥグアの視線の先には、たこ焼きの屋台があった。
 そして、そこには杏子の姿もあった。

今日はここまでです。

再開します。

「この店……」

 真尋は屋台ののぼりに目をやった。

 プティ・クティ

 まさかと思ってカウンターの向こう側に目をやると、そこには見慣れた緑髪の女性の姿があった。そのバストは豊満であった。

「いらっしゃい、歓迎するわ」

「ルーヒーさん!」

 歓声を上げるハスター。

「ルーヒー!? お前、どうして見滝原に!?」

「こんな所で何をやってるんですかこの戦慄タコ熟女は!?」

 一方の真尋とニャルラトホテプは、驚きの声を上げた。

「…………だって、あなたたち昨日も今日も来てくれなかったじゃない」

 言いながら、ルーヒーはヘリ引きを投擲した。

「…………聞いたら、見滝原に行ってるっていうじゃない」

 ヘリ引きは、ニャルラトホテプのアホ毛を正確に撃ち抜いた。

「…………だったら、私も行くしかないじゃない」

 もじもじと喋りながらというのに、投げた調理具は狙い通りの場所を貫いている。タツジン!

「何をするです!」

 憤るニャルラトホテプ、だが、ルーヒーはそれを無視した。

「なあ、ルーヒー……」

 真尋はルーヒーに話しかけた。

「僕たちは、別に遊びに来たわけじゃないんだぞ。詳しいことは言えないけど、今日のうちに戻った方がいいと思う」

「あら、どうして? 八坂真尋」

「えっと……」

 真尋は口ごもった。と、その時だった。

「あんたら、知り合いか?」

 そう言ったものがいた。杏子だった。

「ああ」「ええ」

 同時に頷く真尋とルーヒー。

「もしかして、こいつも宇宙人だったりするのか?」

「あなた、宇宙人のことを知ってるの?」

 ルーヒーにそう訊かれ、杏子は頷いた。

「こいつらが宇宙人で、惑星保護機構って所から来てるってことは知ってるぞ」

 杏子は、ニャルラトホテプたちを指差しながら答えた。

「ええ、私は宇宙人よ。あなたたちから見ればね」

 ルーヒーは、たこ焼きのパックを差し出しながら言った。

「300円ね」

「やっぱりな」

 杏子は代金を渡しながら頷いた。

「ほんわほほわほうほおうぉっはへ(そんなことだろうと思ったぜ)」

 早速たこ焼きを食べ始める杏子。下品にも、口の中をいっぱいにしながら喋っている。

「あなたたちも食べていく?」

 ルーヒーは、新しいパックの用意をしながら訊いた。その視線は、真尋の隣のハスターに向けられていた。

「ふぁっ、えっと、はい、いただきます」

 急に話しかけられたハスターは、戸惑いながらそう答えた。

「ルーヒー、と言ったかしら?」

 ほむらは、たこ焼きにソースをかけるルーヒーに向かってそう話しかけた。

「あなたは、魔法少女のことは知っているの?」

「魔法少女……?」

 ほむらの問いを聞いた途端、ルーヒーはいきなり不機嫌そうな顔になった。

「その話はやめてちょうだい。私はもうステージに立つことはないわ」

「ステージ?」

 2人の話は噛み合っていないようだった。

「全く、何なのよあのショーは! 何が『ドキドキの魔法タイム』よ!
やってることはただの残虐ファイトじゃない! 見てる方もドン引きよ!」

「なあ、ルーヒー……」

 代金を手渡しながら、真尋がおずおずと言った。

「お前、何か勘違いしてるぞ」

「勘違い?」

「遊園地のショーじゃなくて、その……」

「私たち、本物の魔法少女なの」

 口ごもる真尋に代わり、母親がルーヒーに真実を告げた。
 ルーヒーはひどく赤面した。

今日はここまでです。

再開します。

「……大体わかったわ」

 ルーヒーはため息をついた。

「要するに、巨大な魔女を倒してそこの子がインキュベーターと契約するきっかけをなくすのが目的なのね」

「ええ、そうよ」

 ほむらは頷いた。

「ところで、ステージっていうのは何のことかしら?」

「それは……」

「こいつ、遊園地のヒーローショーで魔法少女の役をやってたんですよ。この年で」

 ルーヒーに代わり、ニャルラトホテプがほむらの問いに答えた。ルーヒーはニャルラトホテプをぎっと睨みつけた。

「年齢だったら、お前らだって似たようなもんだろうが」

「何を言うんですか真尋さん! 私は宇宙十代ですよ! いい年してフリフリドレスで魔法少女やってるどこぞのクトゥルヒと一緒にしな

いでください!」

「フリフリといえば……」

 真尋は、ニャルラトホテプの反論を受け流すと、魔法少女たちの方を向き、こう尋ねた。

「この前杏子が変身せずに槍を出してたけど、変身しなくても魔法が使えるなら、どうしてわざわざあんな派手な格好になるんだ?」

「理由はいくつかあるけど、最大のものは防御力ね」

 ほむらが答えた。

「防御力?」

「ええ。私たちの魔法少女服は、一見ただのフリフリ衣装だけど、実際はかなりの強度の装甲なの。
まあ、私には、盾が衣装とセットだから、変身しないと魔法が使えないという事情もあるんだけど」

「まあ、八坂君のお母さんほどのベテランになると、変身しなくても使い魔くらいなら倒せちゃうけどね」

 珠緒の補足に、母親は

「あれは、ハンティングの仕事で鍛えてるからよ。ゼミの仲間の前では変身できないし」

と返した。

「ところでハスター」

「は、はいっ!」

 突然ルーヒーに話しかけられ、ハスターはびっくりしてそう返事した。

「その……、あなたも、魔女退治を手伝うのよね」

「はい、うらかたですけど」

 たこ焼きを食べながら、ハスターが答えた。

「私も手伝うわ」

「ほんとうですか!?」

「ええ」

「おい、本気か!? 相手は最強の魔女だぞ」

 驚く真尋に、ルーヒーはもじもじしながらこう答えた。

「…………だって、ハスターを放っておけないじゃない」

「ルーヒーさん……」

 ハスターも顔を赤らめた。

「……ひゅーひゅー」

 クトゥグアが2人を冷やかせば、珠緒は

「ほほう、とうとうハス太君もお相手を1人にしぼりましたか」

と好奇心をむき出しにしてくる。2人はさらに赤くなった。

短いですが、今日はここまでです。
ある程度書き溜めてあるので、特別なことがない限り、数日中には続きを投下できると思います。

再開します。

 その晩のことだった。買い物のために外出した真尋は、突然後ろから話しかけられた。

「あのっ、真尋さん……」

 振り返ると、そこにいたのはさやかだった。

「今、ちょっと、いいかな……?」

「いいよ」

 真尋は頷いた。

「あの……、あたし、真尋さんに、どうしても言わなきゃいけないことがあって……」

「何だい?」

「この3日間、こんなあたしを心配してくれて、助けてくれて、本当にありがとうございます」

「どうしたんだ? 急にそんなかしこまって」

 すると、さやかはもじもじとこう言った。

「昨日まで恭介恭介言ってたのに、こんなこと言うなんて、節操ないと思うかもしれないけど……」

「そんなこといいから。言ってみなよ」

 真尋に促されたさやかは、深呼吸すると、こう言った。

「あたしは、真尋さんのことが好きです。つき合ってください」

「ごめん」

「そ、そうだよね。昨日恭介に告白して振られたばっかりなのに……」

「いや、そうじゃないんだ」

 真尋は慌ててそう言った。

「僕だってさやかのことは嫌いじゃない。だけど、いきなりつき合ってくれなんて言われたって、
そんな急には返事できないよ。だから、答えはしばらく保留ってことで、いいかな?」

 真尋の言葉を聞くと、さやかはほっとしたような表情になった。

「ははは、あたし、早とちりしちゃった……」

「でも、明日はワルプルギスの夜が来るでしょ。もしかしたら、あたし死んじゃうかもしれないじゃない。
だから、その前に真尋さんの答えを聞きたいの」

「大丈夫。さやかは死なない」

 さやかの両肩に手を置き、真尋はきっぱりと言った。

「皆を信じなよ。ほむらや杏子だけじゃない。暮井だって、それに、
ワルプルギスの夜と追い返したことのある母さんだっているんだ。絶対勝てるよ」

「真尋さん……」

「戦いが終わったら、まっすぐに僕の所へ来てほしい。そしたら、今の告白の返事をする」

「はい!」

 さやかは力一杯頷いた。

 ——あたしは、真尋さんのことが好きです。つき合ってください。

 その言葉を聞いた途端、盗み聞きしていた珠緒の全身から力が抜けた。

「ライバルはニャル子ちゃんだけかと思ったんだけどな……」

 そう呟くと、珠緒はきびすを返そうとした。だが、続く言葉を聞いて思い止まった。

 ——答えはしばらく保留ってことで、いいかな?

「そうだよね。まだ脈はあるよね」

 明日、ワルプルギスの夜を倒したら、真っ先に真尋に思いを伝えよう、そう決意する珠緒であった。

「大丈夫、何たって、あたしは勇気という名の魔法を持ってるんだから。
そのために、神秘の力を身にまとい、謎めく夜へ羽ばたいていく運命を受け入れたんだから」

今日はここまでです。

再開します。

 翌朝、真尋たちは、見滝原中学校の体育館に集まっていた。

「じゃあ、皆、頼んだよ」

 真尋が言うと、

「母さんたちに任せなさい!」と母親が、

「何とかなるでしょ、大丈夫」と珠緒が、

「今度こそ、旅を終わらせてみせるわ」とほむらが、

「安心してここで待ってろよ」と杏子が、

「……ニャル子、終わったらえっちしよ」とクトゥグアが、

「ワルプルギスの夜もついてないわね。私たちがいる時に顕現するなんて」とルーヒーが応じた。

 誰も、負けることなど想像すらしていないようだった。

「それじゃあ、行ってくるね!」

 さやかはそう言うと、窓を開け、校庭へ飛び出した。その他の魔法少女4名、邪神2名もそれに続いた。

「さて……」

 ワルプルギスの夜に立ち向かわんとする魔法少女たちを見送りながら、ニャルラトホテプは口を開いた。

「それでは真尋さん、まどかさん、我々は高みの見物としゃれこみましょうか」

「お前、緊張感皆無だな……」

 真尋の突っこみに、ニャルラトホテプは真剣な表情になり、こう返した。

「焦ってもどうにもなりません。真尋さんのお母様もいらっしゃることです。ここは勝利を信じて待ちましょう」

「あの……、ニャル子さん、真尋さん……」

「おや、どうしましたかまどかさん?」

「この体育館は、ハス太君が守ってくれるんですよね」

「ええ、そうですよ。ご本人もそう言って先に出発されたでしょう」

「あんな小さな子に守らせておいて、わたしが何もしないって……」

「まどか、君は勘違いしてるぞ」

 真尋は言った。

「ハス太は確かになりは子供だけど、ニャル子たちと同い年の立派な大人だから。
それに、あいつはああ見えていちばん強いんだ」

「本当に……?」

「ええ、本当です。だから、まどかさんが心配することはないんです」

 ニャルラトホテプは強くそう言った。

 河川敷。
 昨日はあれほど賑わっていたのに、今朝は誰もいない。

「来る……」

 ほむらはソウルジェムを掲げると、魔法少女の姿になった。

 どこからともなく、楽しげな、それでいて不安を誘う音楽が聞こえてきた。
 それとともにあたりに霧が立ちこめ、視界は急速に悪くなっていく。

 霧の中から、カラフルな象の大群が姿を現した。あたかもパレードのように整列して。
 象の背中には、無数のノボリが取りつけられていた。

 ノボリには、「恐怖」、「実際強い」、「マミ」、「ちょっとやめないか」、「囲んで警棒で叩く」、
「脚本家」、「彫刻門アカリエル」、「魔女の家の夢」、「フラッシュアニメ」、「明日も働かない」などの
おどろおどろしい文言がミンチョ書きされている。

 霧の彼方には、巨大な影がうっすらと浮かんでいた。

 ほむらはバズーカ砲を構えると、巨大な影に向けて発砲した。

 砲弾が命中した次の瞬間、霧が一気に晴れた。象とノボリ、音楽も消え去り、
代わりに人型の奇怪な使い魔がわらわらと姿を見せた。

「何なんだあのでかさは!」

 橋の上で杏子が叫んだ。

「あんなでかいなんて聞いてないぞ!」

 これまで何度もワルプルギスの夜との戦いを繰り返してきたほむらとて、同じ思いだった。

 川向こうの工場地帯の上空に浮かんでいるはずなのに、その威容はこちら側でもたやすく感じられた。
 小山めいた巨体を誇り、上下反転した姿で狂ったように笑い続ける魔女。
歴戦の魔法少女すらも怯えさせるほどの姿だ。

 巨大魔女——ワルプルギスの夜は、ゆっくりと回転を始めた。

 半径85メートルがその手の届く距離。だが、振り回し、飛び回り、動き回る相手から離れているわけにはいかない。
 魔法少女たちは足を踏み出した。

今日はここまでです。

間が空いてしまいましたが、再開します。

「つまりはどういうことなんだ? 3行で説明しろ」

 真尋はキュゥべえに言った。

「暁美ほむらが同じ時間を繰り返した影響で、
 因果の糸が絡まり合い、
 まどかとワルプルギスの夜が強くなった」

「2行目がよくわからないけど……、まあ、ほむらが時間を繰り返した副作用ってことか……」

「そうだね」

 キュゥべえは、表情を変えることなくそう返した。

「おいほむら! 手が止まってるぞ!」

 杏子に言われ、ほむらは我に返った。

「さっきの話か?」

 槍で使い魔を蹴散らしながら、杏子は尋ねた。

「ええ」

「気にすんな! 要は、あたしたちだけでやっつけりゃいいだけのことだろ!
そうすりゃ、あいつも契約しないし、魔女にもならないんだろ!」

「そう、だけど……」

「だったらキュゥべえの話なんか忘れて、一気にいくぞ!」

「ええ」

 ほむらは頷くと、盾から新たな弾を取り出し、素早く装填した。

 避難所での真尋たちとキュゥべえとの会話は、ほむらたちにも筒抜けであった。
 あまりにも皮肉な結果に、ほむらは大いに動揺していた。
 時間を止めてワルプルギスの夜を狙い撃とうとするも、どうしても集中できず、急所を捉えることができない。

 と、その時だった。

「ブーン!」

 珠緒の叫びが戦場の空気を揺るがした。

 清めの音は、上空のワルプルギスの夜にも大きなダメージを与えた。
 超弩級の大型魔女は、バランスを崩すと地面に落下した。大きな音とともに、砂ぼこりが巻き上がる。

「今よ! ほむらちゃん!」

 使い魔の大群に向けて無数のフォークを投擲しつつ、八坂頼子はそう叫んだ。

「え、ええ!」

 ほむらは時間を止めると、橋を駆け抜け、ワルプルギスの夜の許へと急いだ。
 そして、起き上がらんとする体勢のまま動きを止めた魔女の足元に、無数の地雷をセットした。

 相手から充分距離をとった後、ほむらは時間停止を解除した。
 地雷が炸裂。爆風を受け、魔女は再度地面に投げ出された。

「シャンタッ君、頼んだわよ」

「みーっ!」

 頼子に言われ、傍らでおとなしくしていたシャンタッ君は乗用サイズに巨大化した。
 杏子がシャンタッ君に飛び乗ると、シャンタッ君は浮上。対岸でほむらを拾うと、
ワルプルギスの夜の真上に移動した。

「ここがあいつの本体だな……」

 そう言うと、杏子は槍を目一杯伸ばし、思い切り振るった。
 多節棍と化した槍は、魔女のスカートの中で回り続ける巨大な歯車に絡まった。

 ギギッと音を立て、歯車は動きを止めた。

 すかさず、ほむらが大量の爆弾を投下。そのまま、シャンタッ君は急上昇した。

 KABOOM!!

 ワルプルギスの夜のスカートの中で爆弾が炸裂。無数の部品がはじけ飛ぶ。

「やった!」

 ほむらは思わず喜びの声を上げた。

「よっしゃあ!!」

 さやかは、剣を振り上げてそう叫んだ。
 周りに、もはや使い魔の姿はない。頼子のフォークとさやかの剣で、ことごとく粉砕されていたのだ。

「私たちもあっちへ行くわよ」

 そう言うと、頼子は対岸に向けて走り出した。さやか、珠緒もそれに続いた。

今日はここまでです。

再開します。

「この調子なら勝てそうですね」

 絶えず送信されてくる脳内映像を見て、ニャルラトホテプが言った。

「魔力の使い過ぎという問題も、まあ、あらかじめ大量の狂おしく冒涜的な謎の白い液体を渡してありますから、
大丈夫でしょう」

「あの……、その謎の白い液体って、何なんですか?」

 まどかはニャルラトホテプに訊いた。

「宇宙のなまらすげー科学力によって生み出された、マンモスうれピー感じになる薬です。
減少したSAN値に効きますよ」

「勝利確定のバトルを見てても退屈ですね」

 そう言うと、ニャルラトホテプは服の内側からタブレットを取り出した。

「どうです? ミ=ゴミ=ゴ動画でも見て待っていませんか? 私の自作曲を、真尋さんやまどかさんにもぜひ聞いていただきたいです。
こう見えて私、実はちょっとした有名Pなんですよ。ボーカロイガーC(th)UL(hu)の」

 ニャルラトホテプはタブレットを操作し、動画サイトを表示した。
 画面には冒涜的なタイトルとおぞましいサムネイルが映し出されていた。
おまけに、「SAN値直葬」などというタグまでもつけられている。

「誰が聞くか、そんな発狂しそうな歌を!」

 と、その時だった。

「まどか、こんな所にいたのか」

 振り返ってみると、そこには女性の姿があった。

「あっ、ママ」

「おや、まどかさんのお母様ですか。私、這い寄る混沌ニャルラトホテプと申します。
縁がありまして、先日からまどかさんと仲よくさせていただいております」

 ニャルラトホテプの挨拶を聞くと、まどかの母親は突然吹き出し、こう言った。

「這い寄る混沌? ニャルラトホテプ? クトゥルー神話みたいな名前だな」

「おや、ご存じで?」

「ああ、あたしも若い頃好きだったからね、クトゥルー神話。仲間とTRPGもやったぞ。
そうだ、そんなことより、まどか、さっき和子があんたのクラスの子を探してたぞ」

「わたしの、クラスの子?」

「そうだ、さやかちゃんと、あと、そうだ、この間転校してきた、ほむらちゃんって子だ」

 事情を知るまどか、真尋、ニャルラトホテプの3人は、顔を見合わせた。

「何か知らないか?」

 母親にそう言われて、まどかは無言で首を振った。

「そうか、何かわかったらすぐに和子に伝えに行けよ。それから、仲のいい人としゃべってるのもいいけど、
早めにあたしたちの所へ戻って来いよ。あんたに何かあったら大変だからな」

「うん、ママ……」

 まどかが頷くと、母親は去っていった。

 同時刻、河川敷。

「確かにかなり強くなってはいたけど……、でも、5人がかりなら大したことなかったわね」

 弱弱しく笑い声を上げ続ける巨大魔女を目の前にして、頼子はそう言った。

「でも、さすがにこのサイズだとフォークで止めを刺すのは無理そうね」

「私が止めを刺す」

 ほむらはそう言うと、盾から機関銃を取り出した。

「ちょっと待って、ほむらちゃん、それ、普通の銃よね?」

「えっ? はい……」

 頼子の問いに、ほむらは頷いた。

「あんた一体どこから持ってきたのよ!?」

 思わず突っこむさやかに、ほむらはほっかむりをするジェスチャーで答えた。

「ほむら、あんたって人は……」

「そんなものまで盗んだのかよ……。あたしの悪さなんか霞むぐらいの大泥棒じゃねえか……」

 呆れ返るさやかと杏子に対して、ほむらは

「ばれなきゃ犯罪じゃないのよ」

と返した。

「それに、まどかを守れないのなら、法なんて何の価値もないわ」

「最初から何となく胡散臭いとは思ってたし、持ってる武器もやけにリアルだったけど、
本物を盗んでたのね……。怒る以前に、まどかのために泥棒にまでなっちゃうあんたに
感心しちゃうわ」

 さやかはため息をつきながら言った。

「好きな男のために生き物じゃなくなったあなたと、似たようなものよ」

「全然違うわ!」

「そんなことより、こっちが先決よ」

 ほむらは銃を構えた。

「ほむらちゃん、その銃、ちょっと貸してもらえる?」

「えっ、何をするんですか?」

 ほむらの問いには答えず、頼子は機関銃を受け取ると、銃口をワルプルギスの夜に向け、トリガーを引いた。

 BRATATATATATAT!

 発射された銃弾が、ワルプルギスの夜の胴体に無数の穴を開ける。
 魔女は反撃すらできず、ただ弱弱しく笑い続けるだけ。何たる一方的暴力!

「快感」

 頼子は銃を下した。

 間もなく、超弩級の巨大魔女の笑い声が途絶えた。

「嘘……、倒した、の……」

「嘘じゃねえ! ワルプルギスの夜に勝ったんだ!」

「意外と……、あっけなかったね」

 歓喜に沸く魔法少女たち。だが、それに水を差す存在がいた。

「気をつけて。戦いはまだ終わってはいないよ」

 キュゥべえだった。

「うわっ、あんた生きてたの!?」

 驚きの声を上げるさやか。

「僕が死んでも代わりはいるもの」

 キュゥべえは落ち着き払った声でそう返事をした。

「よく見るんだ。魔女はまだ消えてはいない。グリーフシードだって落ちてないだろ」

「そうだね。じゃあ、止めを刺しちゃいますか!」

 珠緒はそう言うと、メガホンを構えた。一方、杏子は槍の柄を強く握ると、魔女の歯車の方へと向かった。

 2人の様子を見て、頼子は誰に対してということもなくこう言った。

「やれやれ、私ももう一働きする必要がありそうね」

 そして、傍らの鞄を開けると、中身を物色し始めた。

「あの、頼子さん……」

 ほむらが頼子に話しかけた。

「何? ほむらちゃん」

「頼子さんの武器って、もしかして自前なんですか?」

 ほむらの視線の先、頼子の鞄の中には、物騒な道具がびっしりと詰まっていた。

「ええ、そうよ。これは全部ハンティングの仕事で使ってるもの」

 そう言いながら、頼子は大型のフォークを掴み出す。

「私の能力はね、得物の威力を高めることなの。機関銃は使い慣れていないんだけど、
ちゃんとダメージを与えられたみたいでよかったわ」

「それじゃあ、そのフォークも……」

「ええ。これは特注品だけど、普段使ってるのは近所の100円ショップで買ったものよ。
ハンティングで使い慣れてるから、魔女退治でもフォークを愛用しているの」

 ほむらは何もコメントできなかった。

今日はここまでです。

再開します。

「大料理、もとい大勝利ですね」

 ニャルラトホテプは、視線を手元のモニターに落としたままそう言った。

「母さん、これでゼミでは最弱って、他のメンバーはどれだけ強いんだよ……」

 一方の真尋は、母親の大活躍に半ば呆れ果てていた。

 その時、

「そう安心してはいられないんじゃないかな」

という声がした。キュゥべえだった。

「どういうことです?」

 ニャルラトホテプは訊き返した。と、ニャルラトホテプは急に表情を変えた。

「ワルプルギスの夜が生き返って、上下反転した!?」

 ニャルラトホテプは驚きの声を上げた。

「うむむ、迂闊でした。ラスボスのお約束、第2形態を忘れるとは……。私としたことが……」

「どういうことなんだ、キュゥべえ!?」

 真尋は慌ててキュゥべえを問い詰めた。

「そのままの意味さ。ワルプルギスの夜が本気を出すと、頭を上にした第2形態へと変わり、破壊の限りを尽くす。
頼子も、おそらく別の時間軸のほむらも、あの状態のワルプルギスの夜と戦ったことはない。
彼女たちがいくら強いとはいえ、安心はできないね。それどころか、この避難所すら危ないかもしれない」

「そんな強い魔女と……、母さんが、暮井が、さやかが戦うっていうのか!?」

「仕方ないよ。それが魔法少女というものだ。いくら強くても、危険と隣り合わせであることに変わりはない」

「ねえ、キュゥべえ」

「何だい、まどか」

「あなたがいなければ、そもそも魔女は生まれなかったんでしょ」

 まどかは穏やかに、しかし怒りをこめて言った。

「そうだね。だけど、だからと言って、僕たちの行動を責めるのは間違いだ。
君たち人類の発展の陰には、常に魔法少女がいたんだから」

「どういうこと……?」

「それじゃあ、見せてあげようか。インキュベーターと人類が歩んできた歴史を……」

 その途端、ニャルラトホテプ、真尋、まどかの脳内に、強いイメージが流れこんできた。

 キュゥべえの語る魔法少女の真実は、強烈で印象的、なおかつ残酷なものだった。

「皆……、皆信じてたの? 信じてたのに、裏切られたの……?」

 まどかは思わず涙した。

「彼女たちを裏切ったのは、むしろ自分自身の祈りだよ」

 全く同情する様子のないキュゥべえの言葉。

「それじゃあ、もしあなたたちが地球に来なかったら……」

「君たちは、今でもテレビもない、ラジオもない、車もそれほど走っていない世界で暮らしてたかもしれないね」

「おい、どういうことなんだ……」

 こちらは河川敷。

 杏子は、頭上に浮かぶ魔女の巨体を見上げて呟いた。

「見ての通り、ワルプルギスの夜の第2形態だよ。それも、ほむらの魔法の副作用を受けて多分に強大化した、ね」

 落ち着き払って答えるキュゥべえ。

「噂には聞いてたけど、本当にあったのね……」

「こんなことって……」

 頼子とほむらも、目の前の光景に戸惑いを隠さない。

 魔女は、頭を上に向け、歯車を回転させていた。だが、それ以上の動きを見せることもなく、静かに低空に浮かんでいた。

「くそっ!」

 杏子は毒づくと、再び歯車を絡め取るべく、シャフト目がけて槍を伸ばした。だが、槍先は空しく宙を切った。

「ハハハハハハハハ」

 ワルプルギスの夜は、耳障りな笑い声を上げた。それと同時に、歯車の回転数もぐんぐん上昇していく。

「気をつけて、あいつの魔力も、上がってきている……」

 バズーカ砲の狙いを定めながら、ほむらが言った。

 と、次の瞬間、その場を猛烈な風が襲った。

「ンアーッ!」

 魔法少女たちは吹き飛ばされた。

「皆……、大丈夫?」

 川に投げ出される直前、とっさにシャンタッ君の足にしがみついて難を逃れた頼子は、
あちこちに飛ばされた魔法少女たちに呼びかけた。

「ああ、大丈夫だ」

 最初に返事をしたのは、地面に伏せていた杏子だった。ワルプルギスの夜の真下にいたため、
突風は真上から吹きつけてきた。そのため、幸運にも遠くへ飛ばされずに済んだのだ。

「もう1回行く。手を貸してほしい」

 杏子がそう言うと、頼子は無言で頷き、手を放して地面に降りた。シャンタッ君が杏子の許へと飛んでいく。

「お前、また頼んだぞ」

 そう言ってシャンタッ君の首筋を軽く叩くと、杏子はひらりとその背中に飛び乗った。

「みぃぃぃぃっ!」

 ガラスのこすれるようなうなり声を上げ、魔女の歯車へと上昇していくシャンタッ君。
魔女に最接近した所で、杏子は槍を伸ばし、その先を歯車に絡めた。そして、そのまま
歯車へと飛び移る。どうやら、魔女の内側から攻撃するつもりらしい。

 ワルプルギスの夜は急激に歯車の回転速度を上げた。振り落とされないよう、杏子は手足を突っ張る。

 と、次の瞬間だった。巨大魔女のスカートの深奥から、すさまじい強風が吹き出し、杏子を直撃した。

「アバーッ!」

今日はここまでです。
次回、怒涛のシリアス展開が始まります。

オチは毎回くだらないけど、その過程では死人が出ることもあるんだぜ、原作ニャル子。

ということで、投下を再開します。

 風がやんだ。だが、そこに杏子の姿はなかった。

 ワルプルギスの夜のスカートの中から、どさりと地面に落下したものがあった。ネギトロであった。

「どういうことですか、これは……」

「嘘……だろ……」

「そんな、杏子ちゃん……」

 三者三様の表情。

「これが現実だ。杏子は……」

「黙りなさい!」

 ニャルラトホテプが、キュゥべえの言葉を遮った。

「クー子、ルーヒー……。今すぐに、あの魔女をSATSUGAIしなさい」

 ニャルラトホテプは、すぐさまクトゥグアとルーヒーに呼びかけた。

「……課長の許可が取れたの?」

と、クトゥグア。

「はっ、そんなものありゃしませんよ。私の判断です」

「……こちらからの積極的な攻撃は……」

「禁じられているとでも言うんですか? それがどうしました?
法は破るためにあるんですよ!」

 真尋はふらりと立ち上がると、フォークをポケットに入れ、ゆらゆらと出口の方へ歩き出した。

「おや、真尋さん、どちらへ?」

「ニャル子……」

「はい?」

「まどかのこと、頼んだぞ」

 そう言うと、真尋は廊下へと出ていった。

「わたし……、どうすればいいの……?」

 ぽつりと呟くまどかに、キュゥべえはこう声をかけた。

「君が契約すれば、皆を救う力を手に入れられる。これは間違いない。
たとえ、願いが些細なもの、例えば、この世を羞恥心で満たしてやりたいとか、
照英が宇宙海賊から地球を守っている画像がほしいといったものでもね」

「でも……」

「『でも』や『しかし』、そういった接続詞が、皆を救う機会を邪魔している。
じゃあ、いつ契約するか」

「今でしょ!」

短いですが、今日はここまでです。

再開します。

 目の前の惨状に言葉も出なかったのは、戦場の魔法少女たちも同じであった。
 20年以上のキャリアを誇る頼子、時間を繰り返す中で数々の修羅場をくぐってきたほむらでさえ、
どうすることもできずにいた。

「あたしがやる!」

 真っ先に口を開いたのは、珠緒だった。

「シャンタッ君、お願い」

「みぃぃぃぃっ」

 先ほどの攻撃を辛くも逃れたシャンタッ君は、珠緒の足元にしゃがみこんだ。珠緒はその背中に飛び乗った。

 なお、結界のせいで、つい先日まで、シャンタッ君の正体を認識すらできずにいた珠緒だが、
今はそのウマヘッド、トリレッグ、コウモリウィングの姿をはっきりと見て取ることができる。
魔法少女になったので、ご都合主義的な結界は通用しなくなったのだ。

 シャンタッ君は、魔女の頭部付近まで急上昇した。

「ヤー」

 珠緒は、ワルプルギスの夜に至近距離から清めの音を浴びせる。

「グアァァッ……」

 さしもの巨大魔女も、これにはこたえたようで、うなり声を上げ、その回転を緩めた。

 だが、気を緩めた次の瞬間、突風が珠緒を襲った。

「ンアーッ!」

 珠緒はシャンタッ君の背中から吹き飛ばされ、ビルの壁に激突。そのまま壁を突き破り、
無人の室内へと放りこまれた。

「いててて……」

 腰をさすりながら、珠緒は壁の大穴へと向かう。外に出て、もう1度攻撃をしかけようというのだ。

 しかし、そううまくはいかなかった。

 穴から出てきた珠緒を目がけて、別のビルの破片が飛んできたのだ。慌ててよける珠緒。
だが、破片の衝突は新たな被害を生み出すこととなった。ビルの倒壊だ。なす術もなく
立ち尽くす珠緒目がけて、大量の瓦礫が降り注いだ。

「くっ……」

 珠緒は、辛うじて動く右手を頭に伸ばした。先ほどの攻撃で武器を取り落してしまったため、
もう1度生成しようというのだ。だが、珠緒の手が髪飾りに届くより早く、猛烈な衝撃波が襲ってきた。

 珠緒は瓦礫の上にくずおれた。そして、珠緒の意識もそこで途絶えた。

「やっぱり……、何度やってもあいつには勝てないの……」

 ほむらは思わず地面にへたりこんだ。だが、次の瞬間、驚くべきことが起こった。
なんと、ワルプルギスの夜の全身が氷で包まれたのだ。

「どういうこと!?」

 この場にいる魔法少女の中に、大型魔女を凍りつかせる能力の持ち主などいようはずもない。

 驚くべきことは1度だけではなかった。氷結した魔女が、今度は業火に覆い尽されたのだ。

「すごい……」

 ほむらは、攻撃の手さえ止め、燃え上がる巨大魔女の姿を見上げていた。
 炎が勢いを増すにつれ、ほむらの表情も徐々に緩んできた。だが、炎が消えた瞬間、その微笑みも消えてなくなった。

「嘘……、あれでもまだ死なないっていうの!?」

 焼け焦げてぼろぼろになった衣装を身にまとい、頭部を煤まみれにしつつも、巨大魔女は笑いながら回転を続けている。

「どうしても……、ワルプルギスの夜には……」

 その時、絶望に打ちひしがれようとしているほむらの上から、聞き覚えのない声がした。

「やはり、私も力を貸さねばならないようだな」

 ほむらが見上げると、そこには、黄色い服をまとい、蒼白の仮面をかぶった長身の人物の姿があった。
 なぜか、真尋をお姫様抱っこしている。

「あなたは……」

「ハス太だ」

「えっ、あの、小さな男の子が……? こんなに、格好よくなったっていうの……?」

「そうだ。私に惚れるなよ。いくら私でも、4Pはちょっと辛いぞ」

 黄衣の王——ハスターは、真尋を地面に下ろした。それから、ほむらの脇にしゃがみこむと

「ほむら、ソウルジェムを見せてみろ」

と言った。ほむらは素直に左手を差し出した。紫色に輝いていたはずの石は、今やどす黒く濁っていた。

「……ハス太君、来てくれたの?」

 その言葉とともに、クトゥグアが3人の側に降りてきた。その腕には、珠緒の体が抱きかかえられていた。
瓦礫の中から救い出したのだ。

「ああ。お前とルーヒーだけでは、あの魔女を倒せないようだからな」

「……でも、ニャル子がいないとトリプレットマキシマムはできない」

「仕方ない。ニャル子はまどかを見ていないといけないんだ」

 そこまで言った後、ハスターはほむらの方を向き、こう言った。

「ほむら、お前は一時安全な所に避難していろ」

「大丈夫よ、まだ薬もグリーフシードも残っているから」

 そう言って、盾に手を伸ばそうとしたほむら。だが、次の瞬間、ほむらの表情が一変した。

「どうした?」

 顔を覗きこむハスターに返事をすることもなく、ほむらは盾を操作した。周囲の時間が止まる。

「真尋さん……」

 ほむらは立ち上がりながら、自分以外で唯一動ける真尋に話しかけた。

「私はもう、魔法が使えない」

「えっ、それって、どういうことなんだ!?」

 いきなり衝撃的な告白を受け、真尋は困惑をあらわにした。

「これを見て」

 ほむらは自身の盾を真尋に見せた。

「もう砂が残り少ない。この砂がすべて流れ切ると、私は時間を止められなくなる。
……過去に戻る以外は」

 真尋は、何も返事できずにいた。

「時間停止なしでは、私は到底ワルプルギスの夜に対抗できない。だから、お願い」

 そう言いながら、ほむらは盾の中から次々と武器を取り出した。

「これを、美樹さやかと頼子さんに届けて。あの2人は、まだ辛うじて戦える」

「わかった」

 真尋は武器を拾い上げた。あまりの重さに腰を痛めそうになるが、それでも持てる限りの武器を担ぎ上げる。

 真尋が武器を取り終えるには、結構な時間を要した。だが、ほむらが時間を止めてくれていたおかげで、
安全に武器を取ることができた。

 大量の銃器を両肩に担いだ真尋は、ほむらに向かって言った。

「ほむらは体育館に戻って、まどかと一緒にいてやってくれ」

「ええ」

 ほむらは頷いた。

 実質最後の時間停止が終了した。

「美樹さやかはあっちの物陰、頼子さんはあそこにいるわ。早く武器を……」

 そう言いながら、ほむらは自らのソウルジェムを真尋の前にかざした。
 ほむらは制服姿、真尋は魔法少女姿になった。

「この格好なら、多少は安全なはずよ」

「う……うん……」

 真尋は、曖昧に頷くと、ほむらの指さす方に向かった。……と思ったら、急にバランスを崩した。
ヒールが瓦礫に挟まったのだ。真尋は焦りながら靴を脱ぎ捨てると、再び走り出した。

「……ほむら、もうすぐシャンタッ君が来る。珠緒と一緒に、安全な所へ行っていてほしい」

 そう言いながら、クトゥグアはほむらの前に珠緒の体を寝かせた。

「……幸い、珠緒のSAN値はまだ尽きていない」

 ほむらは無言で頷くと、珠緒の体を抱き寄せた。

今日はここまでです。

再開します。

「母さん、この武器を使って! ほむらからだ!」

 母親の許にたどり着いた真尋は、そう言いながら両肩の武器を地面に下ろした。

「あら、ヒロ君、ありがとう。そろそろ自前の武器も少なくなって、どうしようかと困っていた所なのよ」

 いまだ無傷の母親は、そう言いながら武器をいくつかを拾い上げた。

 母親の鞄の中の特大フォークは、最早数本にまで減っていた。

「そうそう、ヒロ君、私なんかより、さやかちゃんの所に行ってあげて。できれば、避難させてあげてほしいの」

「わかった」

 真尋はそう言うと、すぐさま方向転換した。

「ヒロ君」

「何?」

 急に母親に呼び止められ、真尋は振り向いた。

「その格好、可愛いわよ」

 真尋はひどく赤面した。

 さて、こちらは戦場の3邪神。

「クー子、ルーヒー、ここは一気に決めるぞ」

 ハスターの言葉に、クトゥグア、ルーヒーは頷く。そして、それぞれのポジションへと向かおうとした。

 と、その時だった。

「ルーヒー、この戦いが終わったら……」

「えっ?」

 ハスターに呼びかけられ、思わず足を止めるルーヒー。

「やらないか」

 いい男にそう言われ、ルーヒーは恥ずかしそうに頷いた。

「……ハス太君、それは死亡フラグ」

「私がそう簡単に死ぬと思うか?」

 クトゥグアの突っこみを笑い飛ばすハスターであった。

 一方、真尋は、スカートを翻してさやかの許へと急いだ。

「さやか! 無事か!?」

「ほむら……かと思ったら、真尋さん!?」

 さやかは驚きの声を上げた。
 真尋がさやかの許にたどり着いた途端、真尋の服が元に戻った。どうやら、ほむらが圏外に脱出したらしい。

「大丈夫か?」

「うん……」

 さやかは頷いた。

「だけど、あたしには飛び道具がないから、どうしようもない……」

 さやかは、上空の巨大魔女に目をやった。

 吹き行く風が、たゆたう水が、走る雷が、燃える炎がワルプルギスの夜を襲う。
 黄衣の王、生ける炎、星の落とし子の一斉攻撃だ。

「あれは……」

「ハス太とクー子、ルーヒーの本気だ」

 真尋は答えた。避難所にいた時は、画像修正の施されたキュゥべえのテレパシーのおかげで
巨大魔女の姿を確認することができた真尋であったが、今となっては視認できない。
 だが、攻撃が集中している点こそが魔女の居場所だということは容易にわかる。

 やがて、邪神たちの攻撃がやんだ。

「やった……のか? 僕は魔法少女じゃないし、ここは結界の外だから、何も見えないんだけど……」

 真尋の問いに、さやかは首を振った。

「まだ。かなりダメージは受けてるみたいだけど……」

「そうか……」

 その時、真尋の頭にあるアイディアが浮かんだ。

「さやか、ワルプルギスの夜の姿を、テレパシーで送ってくれないか?」

「うん」

 次の瞬間、真尋の脳内に、満身創痍の巨大魔女の姿が流れこんできた。
 最早衣装は失われ、巨大な歯車の上に黒こげの人形を載せただけの姿となっている。

 あれだけぼろぼろなら、ひょっとしたら……。

 真尋は、さやかに向かって言った。

「さやか、剣を貸してくれないか?」

「え? 剣?」

 いぶかりながらも、さやかはマントの内側から剣を取り出し、真尋に差し出した。
 受け取った剣は、思った以上に軽かった。考えてみれば、いくら魔法少女とはいえ、さやかは女子中学生だ。
何キロもある武器など扱えるわけがない。

「はっ!」

 真尋はワルプルギスの夜に向けて剣を投げつけた。剣自体に魔力がこめられていたのだろう、
剣は、少なくとも100メートルは飛び、魔女のシャフトに命中した。

「よしっ! さやか、もう1本」

 だが、

「危ない!」

 さやかがいきなり真尋を押し倒した。次の瞬間、さっきまで真尋の頭があった所を、猛烈な衝撃波が通過した。

「反撃か……」

 真尋は悔しそうに言った。いくら投擲の達人であっても、魔女の攻撃を受けて平気でいられるわけがない。
ここはおとなしく引き下がった方がいいか……。そう考え始めた時だった。

 さやかは立ち上がると、再度マントを翻した。今度は何本もの剣が出現する。
その後、さやかはいきなり変身を解き、ソウルジェムを真尋の前に差し出した。真尋は魔法少女姿となった。

「さやか……」

 魔法少女姿なら魔女の攻撃に耐えられる。先ほどのほむらと同じ配慮だ。

 真尋はさやかにほほ笑むと、地面に刺さった剣を引き抜いた。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

 立て続けに剣を投げつける真尋。最後の剣が命中した瞬間、シャフトの耐久力がとうとう限界を迎えた。

 大きな音を立ててシャフトが折れ、いちばん下の歯車が落下する。だが、地面に落ちるよりも早く、歯車は雲散霧消した。

「やったか!?」

 思わず拳を握り締める真尋。だが、次の瞬間、真尋の衣装が元に戻った。

「ごめん、真尋さん、もう限界……」

 さやかが地面に座りこんだ。真尋は慌ててポケットの中をあさる。幸い、入っていたのはフォークだけではなかった。

「ほら、使え」

 真尋は謎の白い液体を差し出した。宇宙の品だが、今さら気にしていられない。

「ありがとう」

 さやかは一気に飲み干した。

今日はここまでです。

再開します。

 こちらは避難所。

 もう魔法が使えない。この事実は、ほむらにとって大きなショックであった。

 今の状況では、勝てるかどうかわからない。杏子はすでにやられてしまった。いっそのこと、時間を巻き戻してしまおうか。
ほむらはそこまで考えていた。幸い、真尋には時間干渉が効かない。もしかしたら、巻き戻した後の時間軸でも、真尋や邪神たちが
協力してくれるかもしれない……。
 いや、それは無理だ。今までのループに、真尋や邪神たちは出てこなかったではないか。こんな強力な助っ人が現れるなんて、
滅多にない幸運なのだ。この時間軸を捨てるわけにはいかない。

 ほむらはため息をついた。

「私に、何ができるのかしら……」

 ハスターがいなくなったためか、窓の外には暴風雨が吹き荒れていた。

「暁美ほむら、力を失って、それでも君はまだ諦めるつもりはないんだね」

 背後から話しかける存在がいた。キュゥべえだった。

「当然よ」

 ほむらはきっぱりと言った。

「私は絶対諦めない。ワルプルギスの夜を倒すまでは」

「ほむら、君は大事なことを忘れている」

「何かしら、インキュベーター」

「ワルプルギスの夜を倒したからといって、物語が終わるわけじゃないよ」

「どういうこと?」

 ほむらは訊き返した。

「ワルプルギスの夜がいなくなっても、僕は勧誘を諦めるつもりはない。まどかが生きていればの話だけどね」

 そうだった。ほむらはワルプルギスの夜との戦いに執着するあまり、最大の目的を見失いかけていたのだ。

「やっぱり、お前はそういう奴なのね……」

 ほむらは力なく壁際に座りこんだ。

「どうすれば、まどかを魔法少女にせずに済むの……」

 指にはめられたソウルジェムが、段々と濁りを増していった。

「ふむ……。ワルプルギスの夜を倒しても、人類滅亡の危機は消えませんか……。どうやら、
この間の大首領の時のように、未来の人たちに任せるというわけにはいかないようですね」

 傍らで様子を窺っていたニャルラトホテプは言った。

 地球が宇宙連合に消されるとしても、それははるか未来の話だ。
 原典が正しいとすれば、イースの偉大なる種族は、2万年後、地球の甲虫類に精神を宿らせるという。
すなわち、少なくとも2万年は地球は無事ということだ。

 ひょっとしたら、滅びの日は、月日は流れ、地球が不思議な動物パラダイスになった時代のことかもしれない。

 だが、今回の問題はそうではない。ワルプルギスの夜を倒しても、強大な素質を持つまどかがいる限り、
人類に安息の日は訪れないのだ。

「大丈夫だよ、ほむらちゃん」

 まどかがほむらを抱き寄せる。

「……うっ、まどか……」

 まどかの腕の中で、ほむらはとうとう声を上げて泣き出した。

「どうしたの、暁美さん?」

 いつもクールなほむらの異様な姿に、事情を知らないクラスメイトたちが集まってくる。
だが、ほむらは周囲の様子を気にすることもなく泣きわめき続けた。

 その時、ニャルラトホテプのポケットの中から、ヴヴヴという重低音が響いた。

「おや、メールですね」

 ニャルラトホテプは携帯電話を取り出し、メールを開いた。

「これは……!」

 一方、戦場では、3人の邪神、2人の魔法少女、そして1人の一般人が巨大魔女相手に奮闘していた。

 火球が、氷柱が、雷撃が、銃弾が、巨大魔女の体に集中する。だが、最初の歯車を落としたのを最後に、
ろくろくダメージを与えられていなかった。

 さらに、再び魔法少女の格好になった真尋も、ワルプルギスの夜目がけて剣を投擲する。剣は見事命中。
だが、2番目の歯車は一向に落ちる気配を見せない。

 と、その時

「ハハハハハハハハ……」

 ワルプルギスの夜の笑声が、薄暗い戦場に響き渡った。間を置かず、瓦礫を伴う突風が襲いかかってきた。

 真尋は、とっさにさやかを抱きしめると、瓦礫の直撃を避けるべく、地面に転がった。魔力が途絶え、真尋の服が元に戻る。
さやかは背後から魔力を送り続けていたのだが、突然のことで驚き、思わず魔力の供給を止めてしまったのだ。

「大丈夫? 真尋さん」

 さやかは急いで立ち上がると、真尋に治療魔法をかけた。

 直撃は避けられたものの、瓦礫の転がる地面に倒れこんだことで、真尋は背中を痛めていたのだ。

「ありがとう、さやか」

 真尋はそう言うと、周囲の様子を見回した。

 魔女の猛攻、さらには邪神たちの攻撃の余波を受け、見滝原の市街地はあらかた荒れ野と化していた。身を隠そうにも、
適当な建物すら見当たらない。

「ひどい状況だな……」

 真尋が呟くと、さやかも

「うん……」

と頷いた。さやかの目には恐怖と絶望、悲しみが浮かんでいた。さやかにとって、ここ、見滝原は生まれ育った故郷なのだ。

 だが、その故郷も、今や瓦礫の山。まさに地獄絵図! ブッダよ、あなたはまだ立川でバカンス中なのですか!

「こんなに……、なっちゃった……」

 あらためて町の惨状に目をやったさやかは、苦しそうに言葉を吐き出した。そして、力を失い、真尋にもたれかかった。

「おい、どうしたんだ!」

「あはは……、大丈夫……」

 さやかは空疎に笑ってみせると、ポケットに手を入れた。グリーフシードはなかった。

「ほら」

 真尋は謎の白い液体を差し出す。さやかはそれを飲み干すと、真尋に向かってこう言った。

「真尋さん、もう1回、お願いします」

「やれやれ、君たちも頑張るね」

 2人の前に、白い小動物が現れた。ご存じキュゥべえだ。

「美樹さやか、まだ諦める気はないのかい? 僕の狙いはまどかだけど、
君の魔女化の際のエネルギーだって、馬鹿にしたものじゃないんだよ」

「当然でしょ! 誰が魔女になるもんですか!」

 SAN値を回復させたさやかは、怒りに任せてキュゥべえを蹴飛ばした。
キュゥべえは瓦礫に当たり、そのまま動かなくなった。

「全く、短気だなあ」

 すぐさま新たなキュゥべえが現れ、死んだキュゥべえの体を食べ始めた。

今日はここまでです。

再開します。

「ねえ、キュゥべえ……」

 ほむらを抱きしめながら、まどかは尋ねた。

「わたしが、神様にだってなれるって話、本当なの?」

「本当だよ」

「それじゃあ、あなたと契約すれば、この世界のルールを変えることだってできたりするのかな……」

「どういう風に変えたいんだい?」

「やめて……、まどか……」

 まどかがキュゥべえに願いを伝えるのを妨げようとするように、ほむらが絞り出すような声で言った。

「……過去と未来、すべての魔女を生まれる前に消し去ること」

「それは……」

「そうじゃないと、今まで信じて戦ってきた魔法少女たちが、救われない……」

「やめときなさい」

 キュゥべえが答えるより早く、ニャルラトホテプが介入した。

「あなた、デウス・エクス・マキナになるつもりですか? そんな大それた願いを叶えてしまったら、
反動としてどれだけの歪みが生じると思ってるんです。よくて発狂するか、死ぬか……。下手したら、
あなたの存在自体が消えてしまうかもしれないんですよ」

「そんなの……、認められないわ……!」

 まどかの腕の中で、ほむらが涙まじりに叫ぶ。

「それに、元凶はこいつらがやらかしたポカです。地球人であるまどかさんが責任を感じる必要なんて
アルハザード、もとい、ありませんよ。あとは私たちに任せなさい。銀河でただ1つきりの虹の降る星、
地球のでっかい未来が危ない今、戦うために選ばれたソルジャーはまどかさんではありません。私たちです」

 ニャルラトホテプは、いつもの様子とは全く違う真剣な口調で言った。

 と、その時だった。

「う〜ん、全部ニャル子ちゃんたちに任せちゃっていいんじゃないかな?」

 そう言うものがあった。今一つ出番の少ない珠緒だった。

「あたしも、魔法少女になるまで知らなかったんだけどさ、ニャル子ちゃんたちって、これまで何度も地球を救って
きたらしいんだよね」

「そう……なんですか?」

 まどかの問いに、珠緒は頷き、さらにこう続けた。

「さすがに、あのレベルの敵をあたしたちだけで倒すのは無理だわ。ここは、素直にニャル子ちゃんたちの力を借りようよ」

「そういうことです」

 ニャルラトホテプは、力強く頷いた。

「まあ、ぶっちゃけ、あのハス太君ですら倒せない相手ですから、さしもの私も正攻法で勝てるとは思っていませんがね」

「それじゃあ、どうするの……」

 涙声で問うほむらに対して、ニャルラトホテプはにやりと不敵にほほ笑むと、

「私にいい考えがあります」

と答え、出口の方へ足を向けた。

 と、その時唐突に足を止めると、まどかたちの方を振り向いた。

「まどかさんは、確かに影が薄くてキャラが弱くて出番がないかもしれません。ですがほむらさんのSAN値を上げるのは、
まどかさんにしかできないことなんですよ!」

 そう言うと、今度は振り返ることなく、ニャルラトホテプは廊下に姿を消した。

「わたしに、できること……」

 そう言いながら、まどかはほむらの指に視線を落とした。濁りのたまったソウルジェム。だが、心なしかさっきより
濁りが減っているように感じられた。

 まどかはほむらの髪を撫でると、囁くように言った。

「大丈夫だよほむらちゃん、わたしは、もうほむらちゃんを悲しませたりはしない」

 一方の珠緒は、ニャルラトホテプの姿を見送りながら、誰に対してということもなく、こう呟いていた。

「やれやれ、ニャル子ちゃんはすごいなあ……。あたしには、とてもできない」

 一方、こちらは戦場の真尋とキュゥべえ。

「なあ、キュゥべえ」

「何だい?」

 真尋の呼びかけに、キュゥべえは食事をやめて振り向いた。

「お前、いくらでも体のスペアがあるんだよな」

「そうだよ」

 キュゥべえは頷いた。

「その材料とか、体を作るのに使うエネルギーって、どうしてるんだ?」

「材料は本星から定期的に供給されている。エネルギーは、肉体の生成用も維持用も、現地調達が基本だね」

「現地調達ってことは、魔女化のエネルギーを使うってことか?」

「食事で調達することもあるけど……、大半はそうだね」

「遠い宇宙から定期的に体の材料を地球に送りこむ。採取したエネルギーを自分のために使う……。
それで、本当に宇宙のエネルギー問題解決につながってるのか?」

「どういうことだい?」

 キュゥべえは首をかしげた。

「お前らが活動してるせいで、余計にエネルギーを消費してるんじゃないか?」

「まさか、そんなことあるわけないじゃないか」

「そのまさかですよ!」

「ニャル子!」

 ニャルラトホテプが現れた。

「時に、真尋さん、ずいぶんとさやかさんと仲がよろしいようですが……」

「そんなことはどうでもいいだろ! 本題は何なんだよ!」

 真尋はニャルラトホテプの言葉を遮った。

「アッハイ、えっと、さっき上から情報が入ったんですが、インキュベーターの野郎、
自分たちの活動のコストを過小評価、メリットを過大評価していやがったんです」

「どういうことだ?」

「インキュベーターの地球での活動、肉体の生成・維持、グリーフシードからの感情エネルギーの抽出、
魔法少女契約、母星との通信、物資の輸送エトセトラに要するエネルギーを合計しますと、1人の魔法少女が
魔女になる際に得られるエネルギーを大きく上回っています。通常は1体のインキュベーターが何人もの
魔法少女を担当しますので、最終的にはエネルギー収支は黒字になっているんですが、それでも微々たるもの、
確かに人間の感情がエントロピーを凌駕する力たりうるというのは嘘じゃありませんが、宇宙レベルでは、
焼いたスシに水をかけても戻らないような話です。そもそもの原因は……」

「すまん、3行で頼む」

「連中の活動は、
 宇宙にとって、
 ほとんど無益。
 ねこ大好き」

「余計な4行目をつけ加えるな!」

 真尋は、ニャルラトホテプの眉間にフォークを突き刺した。

「それで、こいつらが数字を捏造してた理由ってのは何なんだ?
……まあ、聞かなくてもわかるけど。どうせ、金とか利権だろ?」

 真尋の言葉に、キュゥべえは心底心外と言わんばかりの口調で反論した。

「まさか、僕たちに私欲はないよ。前にも言った通りだ」

「それじゃあ、どうして……」

「計算ミスです」

 答えたのは、ニャルラトホテプだった。

「連中、魔女化の際に得られる感情エネルギーその他の量を計算する際、桁を間違っていたんですよ。
それではじき出された間違った数値を信じこんでしまったと、そういうわけです」

「はぁ〜!?」

 真尋は頓狂な声を上げた。

「ってことは……」

「まあ、多分こいつらは善意でやったことなのでしょうね。ですが、その結果地球が大ピンチなわけです」

「途中で間違いに気づかなかったのかよ!」

「普通ならば直感的にわかるんですけどね、連中、感情がない分、直感力も弱くて。で、数式がまともなら、
多分結果もまともだろうと、そう思ってしまったわけです」

 真尋はキュゥべえの方を見た。

「そんな……、まさか……」

 キュゥべえはこんらんしている。

「お前らって……、本当、馬鹿……」

 真尋は頭を押さえながらフォークを取り出すと、キュゥべえの体に思い切り突き立てた。

「何をするんだい? 体が壊れたらもったいないじゃないか。また材料やエネルギーが必要になる」

「うるさい! うるさい! うるさい! お前ら、とっととあの魔女をどうにかしろ!」

「僕に言われても困る」

 キュゥべえの無責任な態度に、真尋の堪忍袋の緒が切れた。

「イヤーッ!」

 真尋の容赦のないストンピング。

「アバーッ!」

 キュゥべえは爆発四散した。

「ニャル子、そんなことより、今はあの魔女だ」

「……今なら、トリプレットマキシマムができる」

「私も加えてクワドルプレットマキシマムにしたら、多少は威力も上がるんじゃないかしら」

 だが、ニャルラトホテプは首を振り、ハスター、クトゥグア、ルーヒーの申し出を却下した。

「私だけで大丈夫です」

 その後、ニャルラトホテプは無人の空間を見据えると、不敵な笑みを浮かべ、

「さあて、インキュベーター、いえ、キュゥべえ、出てきなさい。いい話があります。この取引は、
あんたにとっても損じゃないはずですよ」

と言った。

「何なんだい?」

 現れたキュゥべえに向かって、ニャルラトホテプは深呼吸をすると、徐にこう言った。

「キュゥべえ、私と契約しなさい」

今日はここまでです。

再開します。

「それは、どういうことだい?」

「文字通りの意味です。私を魔法少女にしなさい。魔法少女が増えますよ、やりましたねキュゥべえ」

「わかった、八坂ニャルラトホテプ。地球人以外との契約は例外的だが、不可能というわけじゃないからね。
それで、君は、その魂を対価に、何を願うつもりなんだい?」

「あんたたちインキュベーターは、この宇宙に最初から存在しなかった、そういうことにしなさい」

「な、なんだってー!?」

 ニャルラトホテプの言葉に、キュゥべえは驚きを露わにした。

「そんな祈りが叶うとすれば、それは時間干渉なんてレベルじゃない。因果律そのものに対する反逆だ!
君は本気なのか? ジョークなのか?」

「できるんですか? できないんですか? イエスかイエスで答えなさい!」

「宇宙のエネルギー問題はどうするつもりなんだ? 地球の文明は? 過去の少女たちの願いは?」

「細けえことはいいんですよ!」

 ニャルラトホテプは軽く一蹴した。

「さあ、叶えなさい!」

 天空から光が降り注ぎ、ニャルラトホテプを包みこんだ。キュゥべえは、いつの間にか姿を消していた。
 光の柱の中から、ニャルラトホテプの声がする。

「ニャンニャンニャル子 プロミネンス ドレスアップ!」

 光が消え、その中から魔法少女姿のニャルラトホテプが現れた。

「大いなる混沌の力、ニャルラトホテプ! 地球の未来にご奉仕するにゃん!」

「ひっ!」

 変身したニャルラトホテプの姿を目の当たりにして、真尋の全身に鳥肌が立った。
その隣のルーヒーは、あたかもすべての気力を消耗し切ったかのような顔で、無言のまま
ニャルラトホテプを見つめている。

「大丈夫よ、ヒロ君、ルーヒーさん」

「母さん……」

 母親の声を聞き、真尋の悪寒は若干治まった。

「ニャル子さんの目を見てごらんなさい」

 母親に言われ、真尋はニャルラトホテプの目に注意を向けた。

 いつも通りの目だ。瞳孔は渦を巻いてなどいない。

 考えてみれば当たり前のことだ。溢れるSAN値を魔法に変えるのがこの世界の魔法少女。
目がイッてしまうほどの状況だったら、戦うどころか、すぐさま魔女化してしまっても
おかしくない。

「今のニャル子さんは、昔ヒロ君が大好きだった魔法少女と同じよ」

「えっ?」

 今まで黙って様子を見つめていたさやかが、意外そうな調子で聞き返した。

「真尋さんって、魔法少女が好きだったんですか?」

「そうよ、ヒロ君、小さい頃は魔法少女アニメが大好きだったの。もっとも、今じゃ
魔法少女になるのが好きなのかもしれないけど」

「ちょっと母さん! 魔法少女の格好は、好きでしてるんじゃないんだって!」

 慌てて抗議する真尋。隣では、さやかが

「真尋さんは魔法少女が好き……、あたしは魔法少女……、真尋さんはあたしが好き……」

とぶつぶつ呟いていた。

「そうそう、ヒロ君は、特に変身シーンが好きだったわね」

 その言葉を聞いたさやかは、いきなり真尋に向かってこう叫んだ。

「真尋さん、あたしのこと、見てください!」

 真尋がさやかの方を向くと、さやかはソウルジェムを取り出し、なじみ深い魔法少女姿に変身した。

「変身シーンは、じっくり見せられてはいなかったよね」

 と、その時だった。

「ちょっと待って!」

 そう言って乱入してくるものがあった。

「暮井!」

 避難所に戻ったはずの珠緒だった。

「どうしてここに?」

「いやあ、八坂君が小さい頃から魔法少女大好きだったって聞いて……」

 それから、珠緒もソウルジェムを取り出し、魔法少女姿になった。

「へへ……、どう? あたしの変身シーン、じっくり見てもらえた?」

「ちょっと、私を忘れるとは何事ですか!?」

 ニャルラトホテプまでもが乱入してきた。

「確かに、私の変身シーンは光で隠されてて見えませんでしたけど、でも、さやかさんや珠緒さんに
負けはしませんよ! こっちは変身後の魅力で勝負です!」

「ニャル子……」

 真尋はニャルラトホテプの肩に両手を置いた。

「おお、真尋さん、とうとうその気になってくれましたか! それでは、さっそく子作りを……」

「ワルプルギスの夜を倒せ」

「え……あ……、はい……」

「それから、クー子とは仲よくな」

 そう言うと、真尋はニャルラトホテプの背中を押した。

「……ニャル子、少年の許可も下りたし、わたしといやらしいこと、しよ。ああ、ニャル子の魔法少女姿、
見てるだけでイッちゃいそう……」

「黙りなさい万年発情期女!」

 ニャルラトホテプは、名状しがたいバールのようなものの先端をクトゥグアの脳天に振り下ろした。

 その時、また別の方向から呼び声が聞こえた。ハスターだった。

「真尋、私は……」

「ハス太、ルーヒーのこと、幸せにしてやれよ。浮気はよくないぞ」

「そうか……」

 ハスターはため息をついた。一方、ルーヒーは顔を真っ赤に染め、もじもじしながら黄衣の王を見上げていた。
恋する乙女そのものだ。

「あらあら、ヒロ君もてもてね」

 母親が、事態を楽しむような調子で言った。

「それで、さやかちゃんと珠緒さん、どっちにするの?」

 邪神とくっつくのはNGでも、魔法少女はOKのようだ。

「えっと……」

「2人とも地球人なんだから、邪神云々っていう言いわけは通用しないわよ」

 同い年なの? 年下なの? どっちが好きなの?

「ええい! 真尋さん、私も魔法少女なんですからね!」

 空中に浮かぶ巨大魔女と対峙しながら、ニャルラトホテプはわめいた。

「少女……なのか……?」

「そりゃあ、私も宇宙人ですし、地球人である真尋さんとくらべたら、ちょびーっとは年上かもしれませんけど、
誰よりも可愛く思えるでしょう! いつだってティーンエイジャーですよ!」

「ああ、宇宙ティーンエイジャーってやつな……」

「とにかく、私の活躍を見ていてください!」

 そう言うと、ニャルラトホテプはワルプルギスの夜をしっかと見据え、名状しがたいバールのようなものを天に掲げた。

「魔法大変身、マード・マギ・マギカ!」

今日はここまでです。

再開します。

 戦場に、巨大な戦士が現れた。

 外見は、ニャルラトホテプのフルフォースフォームにそっくりだ。だが、その大きさが半端なものではない。
超高層ビルにも匹敵するような威容だ。説明不要のでかさだ。

「さあ、いきますよ、ワルプルギスの夜! 踏んで縛って叩いて蹴って焦らして吊るしてやります!」

 そう言うと、巨大化したニャルラトホテプは足を踏み出し、巨大魔女との距離を詰めた。

「Nyar Shthan!」

 ニャルラトホテプの全身の邪神筋肉が唸りを上げる。

「ノー・CQC(カラテ)、ノー・邪神!」

 そう叫ぶと、ニャルラトホテプは眼前の魔女に拳を打ちこんだ。

「うーっ!」

 ニャルラトホテプのパンチが、ワルプルギスの夜の右肩を打ち砕く。

「にゃーっ!」

 ニャルラトホテプは、間髪入れず次の攻撃を繰り出す。相手に反撃を許さない。

「うーっ!」

 ニャルラトホテプのパンチが、ワルプルギスの夜の左肩を打ち砕く。

「にゃーっ!」

 ニャルラトホテプは、間髪入れず次の攻撃を繰り出す。相手に反撃を許さない。

「うーっ!」

 ニャルラトホテプのキックが、ワルプルギスの夜の歯車にひびを入れる。

「にゃーっ!」

 ニャルラトホテプは、間髪入れず次の攻撃を繰り出す。相手に反撃を許さない。

「うーっ!」

 ニャルラトホテプのチョップが、ワルプルギスの夜の頭部にひびを入れる。

「にゃーっ!」

 ニャルラトホテプは、間髪入れず次の攻撃を繰り出す。相手に反撃を許さない。

「うーっ!」「にゃーっ!」「うーっ!」「にゃーっ!」「うーっ!」「にゃーっ!」
「うーっ!」「にゃーっ!」「うーっ!」「にゃーっ!」「うーっ!」「にゃーっ!」
「うーっ!」「にゃーっ!」「うーっ!」「にゃーっ!」「うーっ!」「にゃーっ!」

「さあ、これが最後の一撃です。イタリア語で言うと、ティロ・フィナーレ!」

 ニャルラトホテプの両手は、エネルギーを蓄えて青白く輝いている。

「受けてみなさい、私の魔法CQC、究極技を!」

 ニャルラトホテプの両手が、ワルプルギスの夜の体を貫いた。

「まそっぷ!」

「うおおおお!」

 ゴウランガ! 伝説に謳われた巨大魔女も、とうとうその身を打ち砕かれ、終焉の時を迎えることとなったのだ。

 ワルプルギスの夜は、猛烈な光を発して爆発四散した。

 世界は光に包まれた。

今日はここまでです。
なお、>>398-401は投稿ミスではありません。

再開します。

 光が消えたら真っ暗闇だった。

 ——ニャルラトホテプ。これで君の邪神生(じんせい)は、始まりも終わりもなくなった。
この世界に生きた証も、その記憶も、もうどこにも残されていない。君という存在は1つ上の
領域にシフトして、ただの概念に成り果ててしまった。もう誰も君を認識できないし、君も
また誰にも干渉できない。君は……この宇宙の一員ではなくなった」

 どこからともなく聞こえてくるその言葉で、真尋は我に返った。

 何もない空間、そこに真尋は浮かんでいた。全裸で。

 隣には、さやかと珠緒も浮かんでいた。全裸で。暗いはずなのに、互いの姿はしっかりと見えた。

 だが、そんな異様なシチュエーションよりも真尋を驚愕させたのは、今の言葉であった。

「どういうことだよ……」

 返事はなかった。

「これがニャル子の望んだ結末だっていうのか?」

 ついさっきまで軽口を叩いていたニャルラトホテプが、今やその存在を失おうとしている。
 真尋の脳内に、先日の事件の映像がフラッシュバックした。歴史改変によってニャルラトホテプたちが
消滅した事件だ。だが、今回はその時とはわけが違う。

「こんなバッドエンド、僕は認めないぞ」

「どういうことなの? 真尋さん?」

 声がした方に目を向けると、果たしてそこにはさやかの裸体が。真尋は急いで目をそらした。
一方、さやかは真尋の裸を目の当たりにすると、まるで石化したかのように動かなくなった。
その目は、真尋の下半身に向けられていた。

「どこ見てるんだよ!」

 真尋は慌てて前を隠した。

 しかし、落ち着いて考えると妙な話だ。

 裸の男女が相対する。その際、先に体を隠そうとするのはむしろ女の方ではあるまいか。
現在のケースの場合、さやかの方こそが、「どこ見てんのよ!」と言うべきなのではなかろうか。

 そこに疑問を抱かない真尋。すっかり邪神のいる生活になじんでしまっている。

「ニャル子ちゃんがこの宇宙の一員ではなくなったって……、つまり、もうニャル子ちゃんには
会えないってことなの!?」

 そう叫んだのは珠緒だった。

「暮井……」

 真尋は珠緒の方に振り向いた。両者の目に、互いの裸体が映る。2人は慌てて目をそらした。

「ニャル子ちゃん、さっきはあんなに真剣にでまどかちゃんの契約を阻止してたじゃない!
存在が消えちゃったら悲しいのは、まどかちゃんだけじゃない。ニャル子ちゃんだって同じだよ!」

 珠緒は、真尋に背を向けながら、虚空に向かって叫び続けた。

「あたしは……、ニャル子さんに感謝してる!」

 顔を真っ赤に染めながら、さやかが叫んだ。

「あの時ニャル子さんが止めてくれなかったら、あたし、きっと魔女になってた。今こうやって生きていられるのは、
ニャル子さんがいるからなんだ。だから……」

 さやかの声が、だんだん涙交じりになってきた。

「ニャル子さんが消えちゃうなんて、絶対に嫌!」

「さすがインキュベーター。どれだけの因果をためこんでたんでしょうね」

 3人の前に、ニャルラトホテプが現れた。全裸で。

「過去改変の余波と世界の歪みのせいで、こんなことになってしまいましたよ。まあ、ある程度覚悟はしていましたが……」

「ニャル子はこれでいいのか!?」

 あまりにも落ち着いた様子のニャルラトホテプを見て、真尋は当惑をあらわにして叫んだ。

「これでいいんです、真尋さん」

 ニャルラトホテプは首を振った。

「今の私には、過去と未来のすべてが見えるんです。だから、全部わかりましたよ。ニョグ太君に消された私たちを救うために、
過去の世界で真尋さんがなさったことも。まさか、初恋のヨグソトス先生が真尋さんだったとは思いませんでしたよ」

 ニャルラトホテプの言葉に、真尋は思わず赤面した。

「それは今はどうでもいいだろ! ニャル子……、お前、このまま帰る場所もなくなって、クー子やハス太とも離れ離れになって、
こんな場所で永遠に取り残されるっていうのか!?」

「そうだよ! せっかく友達になれたのに、あたしはニャル子ちゃんのことを忘れちゃうんだよ! そんなの嫌だよ!」

 珠緒の援護射撃。

「いやあ、こんなに心配してくれるなんて、やっぱり真尋さんは私のことを本気で愛してくれていたんですね。
ニャル子感激! せっかく生まれたままの姿なんです。今すぐセックスしましょう」

「ふざけるなよ!」

 真尋は涙声で叫んだ。

「そりゃあ、お前は鬱陶しいことも多かったけど……」

 真尋はさらに言葉を続けようとした。だが、ニャルラトホテプはそれを制した。

「真尋さん、珠緒さん、さやかさん、大丈夫です、間違ってません。そもそも、私は地球人とは違うんです。
このまま消えておしまいなんてバッドエンドはありませんよ。それに、3人ともこんな所まで来てくれたんです。
奇跡の2つや3つ、期待してもいいじゃありませんか。きっと、皆私を忘れずにいてくれます」

 と、その時、真尋の頭にとある疑問が浮かんだ。

「なあ、僕は時間干渉が効かないから、こうやって超空間に来られるのも、まあ理解できるんだ。
でも、なんでさやかと暮井まで?」

「藍と悠木、もとい、愛と勇気です!」

 ニャルラトホテプは答えた。

「ああ、深く考えちゃいけないことだったのか……」

 ニャルラトホテプの無茶苦茶な答えに、一気に日常のテンションに引き戻される真尋であった。

「ついでにもう1つ質問するぞ?」

「何です?」

「お前、さっき一旦魔法少女姿になったのに、どうして巨大化したらいつものフルフォースフォームになったんだ?」

「そりゃあ、真尋さん、魔法使いが巨大化したらごっつくなるのはお約束じゃありませんか。小津家の皆さんだってそうですよ」

「誰だよ小津家って……」

 今生の別れかもしれないというのに、こんなどうしようもない漫才を繰り広げている自分が恨めしかった。

「さて、そろそろ時間です」

 ニャルラトホテプの姿が段々と薄れていった。

「いつかまた、千なる異形の私と出会えるよう、宇宙に祈っていてください。忘れないでください。私こそは、
いつもニコニコあなたの隣に這い寄る混沌、ニャルラトホテプなんですから」

 もはや、ニャルラトホテプの姿は顔しか残っていなかった。

「真尋さん、珠緒さんやさやかさんと浮気しちゃ駄目ですよ」

「ちょっ、ニャル子ちゃん!」

「えっ……、あたしが真尋さんのこと好きなの、気づいてたの!?」

 突然の言葉に、珠緒とさやかは困惑をあらわにした。

「また会う日まで……、ちょっとだけバイバイ」

 その言葉が発せられると同時に、ニャルラトホテプの姿は完全に見えなくなった。

「ニャル子!」「ニャル子さん!」「ニャル子ちゃん!」

 3人の叫びが、超空間に空しくこだました。


「ほむらは? おい、ほむらはどうした!?」

 その叫び声で、さやかは目を覚ました。声の主は杏子だった。

「イッてしまったわ。茫漠たる無貌の狂気に導かれて」

 悲しげに答えるのは、黄色い服の少女。そのバストは豊満であった。

「暁美さん……、さっきのあの一撃に、すべての力を使ってしまったのね」

「惚れた女のためだからって、自分が狂っちまってどうするんだよ!」

 「アウトサイダー」と書かれた看板を殴りつける杏子。

「それが探索者の運命よ。この力を手に入れた時からわかっていたはずでしょう? 希望を求めた因果が、
この世に呪いをもたらす前に、私たちはああやって発狂するしかないのよ……」

 さやかは辺りを見回した。どうやらここは駅のホームらしい。周りには、赤と黄色と黒、よく見知った
3人の魔法少女の姿があった。

「マミさん? 杏子? どうして生きてるの……?」

「どうしてって……」

 バストが豊満な少女——マミは驚いてさやかに駆け寄った。

「マミさん、魔女にやられて……? えっ? ギャグ?」

 困惑するさやかの前にしゃがみこんだマミは、いきなりさやかの腹に手を伸ばした。

「サニティージェムは……、濁ってない。SAN値は大丈夫のようね」

「サニティージェム? ソウルジェムじゃなくて?」

 ますます混乱するさやか。

「おいおい、何言ってんだお前?」

 呆れたような杏子の態度。

「杏子……、あんた……、ワルプルギスの夜にやられたんじゃ……。何なの?
死にたてフレッシュだったから生き返ったの?」

 一方、少し離れた所では、ほむらがホームに力なく座りこみ、うつろな目で宙を見上げ、何やら呟いていた。
そのタイツはぐっしょりと濡れ、異臭を放っていた。ほむらはしめやかに失禁していたのだ。

「そろそろけりをつけてしまいましょう……。ドアが音を立てているわ。何かつるつるした巨大なものが
体をぶつけているような音を……。ドアを押し破った所で私を見つけられはしない。いや、そんな!
あの手は何!」

「まどか! まどか!」

今日はここまでです。

間が空いてしまいましたが、再開します。

 真尋は、自室のベッドで目を覚ました。最初に目に飛びこんできたのは、クトゥグアの姿だった。

「……おはよう、少年」

「おはよう、クー子」

 もしかして夢オチか? だとしたら、これほどまでにしょうもない話もない。

「そうだ、クー子。ニャル子やハス太はどうしたんだ?」

「……ハス太君ならウズベキスタンに出かけている」

「ウズベキスタン?」

「……そう。以前出したメロンパンの作り方の本がウズベキスタンの大統領に表彰された。カリ……」

「ああ、大体わかった」

 真尋はクトゥグアの言葉を遮った。

「……それより少年、ニャル子って……、誰?」

 あれだけニャルラトホテプに惚れこんでいたクトゥグアが、この発言だ。真尋は、この世界がかつてあったものとは
別物であることを実感した。夢ではなく、実際にニャルラトホテプは世界を改変したのだ。

「ほら、ニャルラトホテプ星人の……。知らない?」

「……少年、朝早くから変なものを思い出させないでほしい。私たちとニャルラトホテプは不倶戴天の敵。
日本書紀にも書いてある」

「そうか……、知らないのか……」

「……それより少年、早く着替えないと学校に遅れる」

「あ、ああ……」

 クトゥグアに促され、真尋はクローゼットを開けた。次の瞬間、真尋は驚きの声を上げた。

「なっ!」

 その日の放課後、帰ろうとした真尋は珠緒に呼び止められた。

「八坂君、ちょっといいかな」

 真尋が連れてこられたのは、「茶道部」という看板の掲げられた部屋だった。

 室内には畳が敷かれ、床の間には「マジカル・ガール・ウィズ・カタナ」とショドーされた掛け軸がかかっているが、
茶道具らしきものは見当たらない。それどころか、部屋の中央に座卓が置かれているなど、茶室というよりも、むしろ
一般家庭の茶の間と呼ぶべき空間であった。出されたお茶も、抹茶ではなく番茶だ。

「他の子には、今日は休みだって伝えてあるから、2人っきりで話ができるね」

 珠緒は真剣な表情で言った。

「話って……、何だ?」

「ワルプルギスの夜……」

 珠緒の言葉に、真尋は表情を変えた。

「やっぱり、夢じゃなかったんだね」

「うん……」

「ニャル子ちゃんは……、もう、いないんだよね」

「ふ、ふん、あいつなんか、うるさくて……。せいせいするよ」

「八坂君は、本当にそう思ってるの?」

「……本当に思ってるわけ、ないだろ……」

 真尋は小声で呟いた。

「ん? 八坂君、何か言った?」

「いや、何でもない」

 真尋は首を振った。

「ニャル子ちゃんが来たのはついこの間なのに、いなくなるとやっぱり寂しいもんだね」

 珠緒は言った。真尋は何も答えなかった。

「ところでさ、八坂君の好きな人って、やっぱりニャル子ちゃんだったの?」

「な、何を言い出すんだよ。そんなわけ……」

 慌てた様子の真尋に、珠緒はにやにやしながらさらに質問を投げかけた。

「それとも……、さやかちゃん?」

 真尋は口に含んでいた茶を吹きだした。しぶきが珠緒の顔にかかる。

「八坂君に……顔射……されちゃった……」

「ああ、悪い、暮井」

 真尋は慌ててハンカチを取り出すと、珠緒に差し出した。

「図星だったか」

 顔を拭きながら、珠緒は言った。

「やっぱり……、声?」

「声は関係ないだろ、声は。ただ……、さやかは……」

「ほほう、言葉にできないくらいさやかちゃんがお好きでしたか」

「うるさい!」

 真尋は顔を真っ赤に染めて言った。

 その時、茶道部室の扉ががらりと開かれた。

「……少年。浮気は許さない。少年はわたしの赤ちゃんを産むの」

 クトゥグアがあらわれた。

「落ち着け、クー子。ここにはクー音さんはいないぞ」

「……姉さんは関係ない」

「はいはい」

 真尋は頭を抱えながら返事をした。ニャルラトホテプがいない分、この世界のクトゥグアは真尋にお熱のようだった。

「それから、朝からずっと気になってたんだけど」

 珠緒が、仕切り直すように新たな質問を投げかけてきた。

「何だ?」

「どうして八坂君は女子の制服を着てるの?」

 そう言われ、真尋は再度赤面した。

「どうも、この世界では、僕は女装少年ってことになってるみたいだ」

 実際、真尋が女装していても、珠緒以外の誰もが違和感を示さなかった。

「それはそれは……、素晴らしい世界ですなあ」

 ごくりと、珠緒が唾を飲みこむ音がした。

「……大丈夫、少年は女の子。間違ってない」

 クトゥグアが言った。矛盾を含む台詞だ。

「いや、大いに間違ってるぞ……」

 真尋は吐き出すように言った。

「ただいま」

「……ただいマンボウ」

 家に帰り着いた真尋とクトゥグア。玄関の扉を開けると、そこには母親の姿があった。

「お帰り、ヒロ君」

 そう言うと、母親は真尋を抱き締めた。

「あ〜、ムスメニウムが充填されていくわぁ〜」

「母さん、娘じゃないって!」

 真尋は抗議したが、母親は聞いていなかった。

 さんざん抱き締めた後で、母親は徐に1通の手紙を差し出した。

「ヒロ君宛てに手紙が来てたわよ」

「えっ、僕に?」

 真尋は手紙を受け取ると、裏返し、差出人の名前を確認した。その途端、真尋の表情がぱっと明るくなった。

「さやか……!」

 そう、その手紙は美樹さやかからのものであったのだ。

今日はここまでです。次回はまどマギ組にスポットが当たります。

再開します。

「まどかぁ〜!」

 ほむらが、泣きながらまどかに駆け寄ってきた。

「どうしたの、ほむらちゃん」

「あの……、おしっこが……、出ちゃったの……」

「わかった」

 そう言うと、まどかは鞄からビニール袋を取り出し、続いて隣にいる友人に向かってこう言った。

「ごめんね、さやかちゃん。ほむらちゃんのおむつ、換えなきゃ」

「あ、うん……。行ってらっしゃい……」

 言いながら、さやかはトイレへと向かうまどかとほむらを見送った。

「美樹さんは、探索者がああやって発狂するのを見るのは初めてだったわね」

 さやかの脇にそっと寄り添う存在がいた。マミであった。そのバストは豊満であった。

「あっ、はい……」

「親しい人の頭がおかしくなるのを見る辛さは、私もわかるわ……。そして、いつか自分がああなってしまうかもしれないという不安も。
ひとたびああになった人が社会復帰するには……、体力と幸運、そして、長い時間が必要ね……」

「でもまあ、あいつの場合はこれでもまだましな方なんだぜ」

 そう言ったのは杏子であった。

「この程度で済んでるんだから。人によっちゃ、メールでしか会話できなくなったり、ざしきわらしになったり、加害妄想に
取りつかれたりするくらいだからな」


 ここは通学路。まどかとさやか、ほむらの3人は、下校途中、パトロールをするマミと杏子に遭遇したのだ。

「でも、美樹さんが無事でよかったわ」

「えっ?」

「ほら、幼馴染の男の子が別の子とつき合い始めた時のことよ。その時は、あなたのSAN値が0になるんじゃないかと
本気で心配したわ」

「そうだよ、さやかちゃん」

 トイレから戻ってきたまどかがそう言った。

「あんなに泣いて……、ぼろぼろになりながら魔獣に立ち向かって……」

「えっ、魔獣? ああ、魔獣ね……」

 突然出てきた未知の単語に、さやかは戸惑ったが、ややこしい事態になるのを避けるため、知ったかぶりを決めこむことにした。

「仁美が恭介に告白した時はつらかったけど……、でも、今は大丈夫」

 さやかの言葉に、安心した顔を見せる3人。

「でも、あの時あの2人がいなかったら……」

「どうしたの、さやかちゃん? 何の話?」

 急に暗い顔を見せたさやかに、まどかは思わず尋ねた。

「あたしが、ううん、あたしたちがこうやって生きていられるのもさ……」

 さやかは遠くに視線をやると、誰に対してというわけでもなしに、こう言った。

「全部、ニャル子さんのおかげなんだよ」

「ニャル子さん……?」

「さやかちゃん、何のこと?」

「誰だ、それ?」

 マミはもちろん、まどかも杏子もニャルラトホテプの名を知らなかった。

「神様だよ」

「神様?」

「うん」

 頷くさやか。

「あたしたち、まほ……じゃなかった、そうだ、探索者全員の、神様」

 事情を知らない3人は、納得できない様子であった。と、その時であった。

「まどか、おっぱい」

 そう言って、ほむらがまどかに飛びついたのだ。

「ちょっと、暁美さん!?」

 驚くマミ。マミのバストは豊満である。一方、まどかは慣れた様子でほむらを連れて物陰に隠れた。

「……いくら軽症っていっても、社会復帰は無理じゃねえか?」

 呆れた様子の杏子。

「いや、あれでもかなり回復した方なんだよ。一応学校にも通えているし……」

「本当かよ……」

 杏子は吐き出すように言った。

「なるほどね。確かに君の話は、1つの仮説としては成り立つね」

「仮説じゃなくて本当の話だってば。キュゥ……じゃなかった、まん太、あんたあたしのこと信じてないでしょ」

 さやかは、傍らの白い飛行性海洋生物に向かって言った。この生き物、喋り方こそキュゥべえに似ているが、姿はずいぶん違う。

「だって、証明しようがないんだもの。まあ、面白おかしいものを愛する僕らにとっては、興味深い話ではある」

「だから、面白い小話じゃなくて、実話なんだって……。ああ、もういいや!」

 そう言うと、さやかは立ち上がり、斜め下の世界を見やった。異形の影が集結しつつあるのが見えた。

 時は夜。場所はビルの屋上。さやかは、魔法少女ならぬ探索者としての魔獣退治の務めを果たすべく、ここにやって来たのだ。

「ひーっ、相変わらずグロいわねー!」

 変身したさやかは、剣を構えると、魔獣の群れに向かって突進した。

「まあ、魔女だろうと魔獣だろうと、戦い方は一緒よ! こいつらは元人間じゃないし、遠慮もいらないよね」

 そう言うと、さやかは思い切り剣を振り下ろした。

「SAN値!」さやかの剣が魔獣を切り裂く。

「ピンチ!」魔獣は爆発四散。

「SAN値!」「ピンチ!」「SAN値!」「ピンチ!」「SAN値!」「ピンチ!」
「SAN値!」「ピンチ!」「SAN値!」「ピンチ!」「SAN値!」「ピンチ!」
「SAN値!」「ピンチ!」「SAN値!」「ピンチ!」「SAN値!」「ピンチ!」

 魔獣の群れは全滅。

「……自分で言うのもなんだけどさ……」

 さやかは、変身を解きながら言った。

「このかけ声、どこかおかしくない?」

「さあ、僕にはどこがおかしいのかわからないな。『SAN値!』って言うと『ピンチ!』って言うのは、
日本書紀にも書いてあるほど至極当然のことだからね」

 そう答えるまん太。さやかは肩をすくめながら、地面に落ちた十数個の黒いキューブを拾い上げた。

「そんなことより、さやか、今度数日留守にするんだろ?」

「うん」

 まん太の問いに、さやかは頷いた。

「留守番と、予備のクトゥルフシードは大丈夫かい?」

「大丈夫。留守中の魔獣退治はマミさんにお願いしたし、グリーフ……じゃなかった、クトゥルフシードもまだ余裕がある」

 言いながら、さやかはキューブを地面に並べ、その中央にサニティージェムを置いた。
サニティージェムの汚れがキューブに吸収されていく。

「はい、使用済みのクトゥルフシード。処理お願いね」

 さやかはキューブをまん太に差し出す。まん太はそれをぺろりと飲みこんだ。

「まップぃ」

今日はここまでです。

再開します。

 数日後、八坂宅にて。

「ただいまー」

 玄関で声がした。行ってみると、そこには、母親と珠緒の姿があった。

「お邪魔します」

 そう言うと、珠緒は靴を脱いで廊下に上がった。

「母さん、早かったね。あと、暮井も一緒なんだ」

 真尋の言葉に、母親は

「まあ、近所の魔獣は一通り倒しちゃったからね。珠緒さんもすごかったのよ。熱々チャーハンを投げつけてくる魔獣を
一撃でやっつけちゃうんだから。もう、ひとりで大丈夫じゃないかしら」

と答えると、そのまま奥の部屋に入った。

「魔獣? それから、熱々チャーハンって……?」

 真尋の疑問に答えたのは、珠緒だった。

「この世界では、あたしたちの敵は魔女じゃなくて魔獣っていう怪物なの。今日戦ったのは、熱いチャーハンを武器にする魔獣。
いやあ、参った参った。服の中にお米が入ってくるんだもん」

「はあ……。すごい……、相手だな……」

「ちなみに、あたしたちも魔法少女じゃなくて探索者なんだって」

 珠緒はさらりと言った。

「それより、八坂君どうして今日はそんなに可愛い恰好してるの? しかもそれ、ニャル子ちゃんが着てたのと同じ服じゃない」

 珠緒に言われ、真尋は思わず両手で自分の体を隠そうとした。
 真尋が身に着けているのは、白と黒でデザインされたエプロンドレス。いささか可愛すぎる代物だ。

「なになに? 八坂君もとうとう女装の楽しさに目覚めちゃった?」

「違うよ!」

「はいはい。そうだ、女装といえば、この間話したじゃない、あたしに相談を持ちかけてきた、幼馴染の女装癖を治したいっていう他校の子のこと」

「うん」

 頷く真尋。

「昨夜、ちょっと話をしてみたんだけど、その幼馴染、そもそも最初から女装癖なんてなかったって言ってたよ」

「つまり……、どういうこと?」

「どうも、八坂君が男の娘になった代わりに、その子が最初からまともだったことになったみたい」

「そいつがまともになるのはいいけど、なんで僕が……」

 真尋は頭を抱えた。

「で、なんでそんな恰好してるの?」

 珠緒は諦めることなく、質問をぶつけてきた。

「……さやかのリクエストだよ」

「さやかちゃんの? どういうこと?」

「この間、手紙をもらったんだけど、今日、さやかがこっちに来るんだ。それで、僕に会いたいって言ってたんだけど……」

「ほほう、それで、会う時には可愛い恰好をしていてほしいと」

 相変わらず察しのよい子だ。真尋は頷くと、こう言った。

「この間の僕の恰好が気に入ったらしい」

 と、その時だった。
 真尋の頭ににょんたかと何かが置かれた。

「……少年、可愛い……。ついでに猫耳もつけるべき。猫耳エプロンドレスの少年……、いい……」

 声の主はクトゥグアであった。

「お前はどこぞの腐女子か」

 真尋は猫耳をむしり取ると、床に叩きつけた。

「……少年、勘違いしてはいけない。わたしはロボットアニメの美少年キャラでかけ算はしない。
わたしが興味あるのは百合だけ。我思う、ゆえに百合あり。だから少年、わたしとゆりゆりしよ」

「クー子、僕は出かけてくるから、留守番頼むぞ」

「……少年。他の女と会うのは許さない。それから、アプローチを無視されるのは悲しい」

 クトゥグアは、そう言いながら真尋に手を伸ばした。それをそっと制したのは、珠緒であった。

「こっちのクー子ちゃんが八坂君のことが好きなのはわかるけど……、今は、見守っていようよ。寂しいけどさ」

「……くすん」

 その時、家の奥から母親の声がした。

「珠緒さん、クー子さん、ちょっと来てくれないかしら」

 その声に応じて、2人は奥へと入っていった。その様子を見届けてから、真尋は家を出た。

 待ち合わせ場所には、美樹さやかの姿があった。

「真尋さん、めっちゃ可愛いっすよ!」

 興奮を隠さずにそう言うさやか。その姿は変身後のものだった。

「さやか、お前、その恰好……」

「真尋さんだけに恥ずかしい恰好させるのも悪いし、あたしも真尋さんの好きな魔法少女の恰好でって……」

 さやかは顔を赤らめて言った。さらに、こう続けた。

「でも、真尋さんが本当に可愛い恰好してきてくれるなんて、感激。でも、それ、ニャル子さんと同じ……」

「あいつのことは、もういいだろ……」

「あっ……、ごめん……。それで、この間の返事なんだけど……」

「えっと……」

 真尋は口ごもった。

 確かに、こうやってさやかと会えるのは嬉しい。だが、

 真尋→戦闘力低い→平和な日常→彼女ができる
 ニャルラトホテプ→戦闘力高い→キュゥべえと契約→いくえ不明

という結果を認めたくはなかった。確かにニャルラトホテプはウザい奴だったが、悪人ではなかった。少なくとも真尋に対しては。
 ニャルラトホテプがその身を賭して地球のために散ったというのに、自分だけ幸せになってよいのだろうか。

 が、

「何度も言うけど、あたし、真尋さんのことが好き、好き、大好き」

 純粋によい返事を期待するさやかの姿を見て、真尋の迷いはなくなった。

「さやか」

「はいっ!」

「えっと、僕は……」

 と、真尋が自分の気持ちを伝えようとしたその時だった。

「ちょっと待ったあ!」

 2人の間に、何者かが姿を現した。

「お、お前……」

 目の前に現れた存在に、真尋は己の目を疑った。

「ご召喚いただき、誠にありがとうございます。いつもニコニコあなたの隣に這い寄る混沌ニャルラトホテプ、
真尋さんの純潔を謹んで奪わせていただきます!」

 誰も召喚などしていない。そんなことより、

「ニャル子、どうしてお前がここに!?」

今日はここまでです。

今回で完結です。

「そりゃあもちろん、真尋さんといちゃいちゃするために決まってるじゃありませんか。それにしても、やっぱり
真尋さんの女装はいいですね。萌えます。実際萌えます。さあ真尋さん、早速カノジョ?としたい10のコトを
始めましょう! 激しく前後ですよ、激しく前後!」

「おい、お前……」

 真尋がフォークを取り出そうとしたその時だった。何者かがいきなり真尋の両胸を揉みしだいた。

「……少年、わたしとにゃんにゃんしよ」

 クトゥグアだった。ニャルラトホテプは、そんなクトゥグアを思い切り蹴飛ばした。

「私の真尋さんに何をするんですかこの万年発情期女! あんたは男と無縁のままで、(誰かと)結婚してほしい邪神とでも
呼ばれていればいいんですよ!」

「……わたしの少年に何をするの、知らない邪神?」

 あからさまな敵意を見せるクトゥグア。そんなクトゥグアを制したのは、その場に駆けつけてきた珠緒であった。

「クー子ちゃん、勝手に行っちゃったら駄目じゃない。それに……、八坂君は……。だから、ここは見守っていよう」

 そう言うと、珠緒はクトゥグアの手を引き、戻っていった。

「訊くけど、どうしてお前がここにいるんだ。その……、お前は1つ上の領域にシフトして、ただの概念に成り果てて
しまったんじゃなかったのか?」

「言われると思いましたよ。こちらの台詞を思い出してください」

 ——そんなことはないさ。アザトースやヨグソトスのような実体とも概念ともつかない存在でない限り、契約は可能だ。

 ——実体とも概念ともつかない存在でない限り

 ずいぶん前のキュゥべえの言葉だ。

「真尋さんはヨグソトス先生をご存じでしょう。あの方は、宇宙のシステムそのものですよ。システム・ヨグソトスが
いるんだから、私がシステム・ニャルラトホテプになっても何の問題もないじゃありませんか! 茫漠たる無貌の狂気ですよ!」

 興奮してまくしたてるニャルラトホテプ。

「誰がわかるか! そんな所に伏線があるなんて!」

 真尋は、思い切りフォークを振り下ろした。

「ちょっ、やめてください真尋さん! 概念でも、刺されたら痛いんですよ。うちゅうのほうそくがみだれます!」

「あのさ、あたしって馬鹿だから、難しいことはわかんないんだけど……」

 殺伐とした空気を破るように、さやかがおずおずと発言した。

「要するに、ニャル子さんはいなくなったわけじゃないってことなの?」

「ええ、その通りです。ですから、まださやかさんに真尋さんは渡せませんよ! そもそもお2人がくっついてしまっては、
あまりにヲタ画伯すぎます。主に声が」

 指を突きつけて宣戦布告するニャルラトホテプ。

「あたしだって負けないわよ! と、それはともかく、訊きたいことがあるんだけど」

「なんでしょう、さやかさん」

「この世界、前の世界とはちょっと違うんだけど、どういうことなの? 魔法少女が探索者だし、魔女が魔獣だし……」

「わかりました。説明しましょう」

「インキュベーターがいなくなったことで、魔法少女システムもなくなりました。魔法少女がいなければ、魔女も現れません。
ですが、それで宇宙から呪いが消え失せたわけではありません。宇宙の歪みは形を変えて、今も闇の底から人々を狙っています。
その宇宙の歪みが実体化したのが魔獣。そして、その魔獣と戦い、歪みねえ世界を取り戻すのが探索者なのです。ちなみに、
まん太は私の新たな奉仕種族ですよ。わざわざ笑顔で親しげに『キュゥべえ』と呼んでやってもろくに態度も変えない無感情な
インキュベーターとは違い、子供を騙したりしないいい奴です。それから、宇宙のエネルギー問題ですが、こちらは外宇宙の奥の
なまらすげーエネルギー源を発見するよう仕向けましたので、大体解決しました。魔法少女ならぬ探索者たちの願いによって
地球の文明も順調に発展してきましたので、真尋さんも田舎のプレスリーにならずに済みましたね。あと……」

「長い、3行で」

 真尋はニャルラトホテプの説明を止めさせた。

「大本の問題は私が大体解決しました。
 でも、宇宙にはまだ呪いや歪みがあります。
 それに立ち向かうのは探索者の役目です。
 真尋さん、さやかさんより私に惚れてください」

「だからいらん4行目をつけるなって言ってるだろ!」

 怒る真尋。一方の中学2年生、永遠の14歳美樹さやかは、ニャルラトホテプの口から飛び出る胡乱な単語に目を輝かせていた。

「すごい、すごいよ! よくわからないけど、ニャル子さん、あたしたちだけじゃなく、地球も宇宙も救っちゃったんだ!」

「でも、真尋さん、私のことがずっと忘れられなかったんでしょう」

 ニャルラトホテプがにやりと笑った。

「なっ……。そんなこと……」

「照れちゃって。その恰好、私の定番ファッションじゃありませんか。いやあ、私の服を真尋さんが着てくれるなんて、
真尋さんが男の娘になるよう世界を改変した甲斐がありましたよ」

 ニャルラトホテプの発言を聞いて、真尋は思わず訊き返した。

「つまり……、僕がこんな恥ずかしい恰好をする羽目になったのは、全部お前の仕業なのか……」

「いや、『幻夢郷の一存』がアニメ化されなかったことに怒った1が……ではなく。ああ、真尋さんが毎日スカートをはく世界。
なんてすばらしいんでしょう!」

 真尋はフォークを取り出した。

「これが、ニャル子をめった刺しにしたいっていう気持ちなのね……」

 真尋の全身から、怒りのオーラがにじみ出ている。

「ちょっ、真尋さん、落ち着いてください。おこなんですか? 激おこなんですか? 激おこぷんぷん丸なんですか?」

 返事の代わりに、真尋はフォークを突き立てた。渾身の一撃が、ニャルラトホテプの柔肌を破る。

「ろこもらいざーっ!」

 ニャルラトホテプの悲鳴。

「思い出したように勇者特急ネタを使うなーっ!」 >>39

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本編終了。以下、おまけ
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「食うかい? って言っても、これ、さやかの土産の宇宙食材だけどな」

 そう言いながら、杏子はまどかに名状しがたい饅頭のようなものを差し出した。

「ありがとう、杏子ちゃん」

 まどかは何の躊躇もなくそれを受け取ると、自分の口に運んだ。

「しかし、さやかも変わったよな」

 杏子のその発言に、まどかは頷いた。

「うん、さやかちゃん、今まで本なんてほとんど読まなかったのに、今日もうちに来てママのラヴクラフト全集を
借りてったよ。クトゥルー神話だっけ……の話題についていけるようになりたいんだって」

「やっぱり、男ができると違うんだな。ちょっと寂しいよ」

 杏子は、宇宙からの色に染まった菓子を取ると、口に放りこんだ。

「よかったじゃない。失恋した時のさやかちゃんの様子、もう見てられなかったもん。でも、同時にライバルも
できちゃったって言ってたけど……。今度は、うまくいってほしいな……」

「まどか、あなたは誰のものにもならないで」

 そう言うほむらの髪を、まどかは優しくなでた。

「大丈夫、心配いらないよ、ほむらちゃん」

「まどかぁ……」

 まどかに抱き着くほむら。その様子を見て、杏子は呆れたようにこう言った。

「まどかのことをどうのこうの言うより、あんたはまず、正気に戻るのが先決だろ」

「私のどこが乱心してるっていうの?」

「まともな奴は、こんな時間に『おっぱいがほしい』なんて電話をかけてまどかを呼び出したりしねえよ。
危なっかしいから、あたしがわざわざついてきてやったんだぜ」

 そう言うと、杏子はまどかとほむらから目を反らした。

「まどか、おっぱい、もっと……」

「はいはい、どうぞ、ほむらちゃん」

 そう言って、まどかはほむらを抱き寄せた。

「こいつ、もう見捨てちまえよ」

 吐き捨てるように言う杏子に、まどかは首を振ってこう返した。

「ううん、ほむらちゃんのSAN値を取り戻せるのは、わたしだけだから」

「それ、本当か?」

「うん」

 頷くまどか。

「なぜだか知らないけど、わかるんだ。ひょっとしたら、これ、さやかちゃんが言ってた別の時間軸の記憶なのかも」

「別の時間軸ねえ……」

 怪しむ杏子。まどかはそれに答えることなく、ほむらの髪をなで続けた。

Q:ニンジャスレイヤーネタが多いんですが。     A:原作通りです。

Q:暮井さんがとしのーきょーこめいているんですが。     A:原作通りです。

Q:つまらないんですが。     A:すまんのう。

 ラヴクラフト最大の誤算との呼び声も高い、「這いよれ! ニャル子さん」の噂は、
うーにゃーたるエンターテイメント銀河を横断し私の住まう辺境宇宙にまで届いた。
 かの逢空万太氏が、原作を手がけているのだと聞く。
 あのマンタ・アイソラがである。
(以下略)

 半年以上の長期間にわたっておつき合いくださり、ありがとうございました。
 途中、SAN値が下がることもしばしばありましたが、何とか完結されることができました。
これも皆様のおかげです。またいつか、新作でお会いしましょう。
 次回作は、「ジャシンスレイヤー ナコタス殺伐都市」です。嘘です。1は何も考えていません。
 

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