12月24日、午前8時。
俺は歩き慣れたこの街の中をゆっくりと歩いている。
ほぅっと吐く息が白い靄となり、自分の歩いた場所にしばし留まる。
そうやって一つ一つの場所に標しを打つように
俺は学生時代を過ごしたこの街を、ゆっくりと巡っている。
俺が実の妹に熱烈な告白をするため多くの友人を巻き込み
その想いが成就して桐乃と恋人として過ごしたあの4ヶ月間
あの騒がしかった日々が今ではもう7年も前の出来事だ。
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あの後俺は大学に進学し、学年が上がる際に実家から遠ざかったキャンパスとの往復に耐え切れず
3年生になると大学周辺で一人暮らしを始めた。
そのことを話した時は桐乃の激しい反対にあったっけな
それでしばらく口もきかない程すれ違って、またおもいっきり酷いこと言い合って
やっぱりまた、仲直りして。
そうやって決まった一人暮らし。
案の定外食に染まった俺の食生活を見かねて、あいつが押しかけてきたりもした。
「桐乃の一人暮らしだけは親父が絶対に認めなかったな」
あの時の親父の必死さを思い出し、一人で笑った。
しばらく歩くと、昔良く遊んだ公園を通りがかった。
ここにほ事あるごとによく来たよなぁ
「あいつらは・・・」
元気でやってるかな。
町並みのいたる所に桐乃や友人との懐かしい思い出がたくさんころがっていた。
大学を出た後俺は、就職した会社でそれはもうコキ使われていて
毎日毎日新しいことを覚え、挑戦し、挫けて
まぁ充実した社畜ライフを送っている。
黒猫や沙織、あやせ、加奈子に、麻奈実。
あいつらとも長く連絡を取り合っていたものだけど
社会人になってからはお互いに忙しくて
だんだんと疎遠になっていった。
今日、そんなみんなが久しぶりにみんな集まるのだ。
それが楽しみでないと言ったら、嘘になる。
でもそれを全力で楽しみにする余裕は俺にはなかった。
12月24日。
それは7年前、俺の想いが桐乃に届いた日。
桐乃は今日この日に、結婚式を挙げる。
ゆっくり、ゆっくり
いろいろなことを懐かしみながら思い出の街を巡った。
このまま家に引き返して、あの日のままに家族で食卓を囲めたらどんなに幸せか。
でもそういうわけにはいかない。
帰りたい気持ちを抑えて俺は上着の袖を捲って時計を確認した。
「そろそろ時間だな・・・」
腕時計を見て深めに息を吸って空を見たが、逃げ場はどこにもないようだった。
あてのない散歩のようなこの歩みにも、終着点があるのだ。
「高坂京介です。」
「あ、桐乃様のお兄様ですね。お待ちしておりました。」
目的地である建物の入り口に立っていた従業員に名前を伝えると、彼女はすぐに俺を奥にある部屋まで案内してくれた。
ドアの前で待っているようにと伝えて一旦部屋に入っていった彼女は
部屋の中で聞き覚えのある声と二言三言交わした後、戻ってきてこう伝えた。
「どうぞ、お入りください。」
重厚な木製の扉を前にして改めて息を飲む。
やばい、めちゃくちゃ緊張してきた!
端からみたら多分、出来損ないのロボットのようにぎこちないうごきになってるんだろうなぁ。
ガチガチになりながら扉を開いていくと、だんだんと室内が視界にはいってくる。
この部屋に入るこの時のために、何度も繰り返した脳内シュミレーションが一瞬で吹き飛び
部屋の中の相手を見て出たのが
「よ・・・よぅ」
というかすれた声と、小刻みに震える右手を軽く上げるという情けない動きだった。
「ぷっwwwwなにそれ、だっさww」
「う、うるせぇ!めちゃくちゃ緊張したんだよ!」
普段どうりの罵声を浴びせてくる相手に、子犬のように縮こまった心身がすこし和らいだ。
協会の中でも一番奥にあるこの部屋は、現在新婦の待合室と更衣室を兼ねている。
今日この時間にここで桐乃と面会することになっていたのだ。
「元気そうだな、桐乃。」
「うん、兄貴も。」
聞き慣れた優しい声でそう言った桐乃はそこで一旦区切って、これまた聞き慣れた生意気な声で続けた
「しばらくあたしと会えなくて死んでるんじゃないかと思ってた。」
「で?」
こんな状況でいきなり生意気なことをのたまった妹は、次に腕を組み不満気な表情で聞いてきた。
「で?ってなんだよ?」
「はあ?あんたこれを見て感想の一つもないの?ばか?」
うわ、うっっぜぇ!
久しぶりに会ってもこの調子、もうちょっと大人になってるかと思っていたが。
なんの進歩もないやつだ。
そんな桐乃を見て平常心でいることは大変だった。だってこいつ、こんなに可愛いままだ。
ほんとに昔から変わらない。7年前から、なにも。
「桐乃、すっげぇ似合ってるよ。そのドレス」
「ばっ、ばかじゃん。・・・まぁ、ありがと。」
真っ白なウェディングドレスを着た桐乃は、とても綺麗だった。
不意を付かれたように俯いて黙ってしまった桐乃は、軽口を叩き合うことを望んだのかもしれなかったが
それは敢えてやめておいた。
軽口を叩き合えばお互いに気持がほぐれただろうけど、でもそんな期待を裏切ったおかげで桐乃との間に少し懐かしい時間が流れた。
心地いいような、気恥ずかしいような。無言の数秒間。
この数秒がきっとどんな言葉をかわすよりも二人を懐かしいあの時代に連れ帰ってくれる。
お互いに無言のまま、まだ登りきらない朝日の差し込む窓から協会をみつめた。
「ねぇ兄貴、楽しかったね。」
そんな柔かな静けさの中で、桐乃が言った。
漠然とした問いかけだったが、何が?なんて聞かなくてもわかる。
「あぁ、ほんとにな。」
ほんとうに、騒がしくてバカらしくて、楽しい毎日だった。
「あたしの片思いから始まって。」
「おいおい、そんな・・・」
お互いに察し合うような雰囲気をぶち破って具体的な話を始めた桐乃に俺は目を丸くした。
「いいじゃん、喋らせてよ。」
びっくりする所で空気がよめないなこいつは。本当にこれからうまくやっていけるのだろうか。
お兄ちゃん心配だわ。
「わかったよ、好きにしろ。」
まだ小さかった桐乃の淡い恋心
ほとんど話すこともなかったすれ違いの数年間
それから、人生相談
桐乃は楽しそうに一つ一つの思い出を喋った。
とても楽しそうに、少し切なそうに。
ずいぶんと話し込んだ後、高校を卒業した辺りで思い出話も一旦途切れる。
実はあの後、俺と桐乃はまだ二人の未来を諦めきれてはいなかった。
この協会で終わったはずの桐乃と俺の関係は、ただ区切るだけで簡単におしまいにできるほど
そんな簡単なものじゃなくて。
やっぱりどうしても整理の付かない気持ちを持て余した。
まだしばらくは希望を持っていたのだ。
どれだけ友人に呆れられ、世間に蔑まれ、両親を悲しませても
それでも桐乃と歩む人生がどこかにあるんじゃないかって。
そんな希望を持っていたからこそ、そりゃぁもう突っ走った
走って走ってボロボロになっても足掻いて
でもさ、わかってたはずなんだけど、これがもう見事にさっぱり。
そんな希望はどこまで走ろうが、見えてこなかった・・・。
正直最後の方はキツかった。今よりもずっとキツかったと思う。
だって現実はあんまりにも融通が効かなくてさ、逃避なんてものを許してはくれないんだ。
俺と桐乃は何もできず疲れ果てて、全てを時間に託すことしかできなかった。
時間が解決してくれるっていうやつに、自分たちの気持ちを委ねるしかなかった。
「あたしはね、今までのことに後悔はひとつもないよ。」
「うん。」
「よくあんなあたしたちをみんな苦笑いで見守ってくれたよね。」
「ほんとになぁ・・・。」
それでも、だからこそ、やっぱりあの時は楽しかったと今なら言える。
高校の卒業式の日、この協会で終わりにした夢の続きをちょっと延長して追いかけて・・・
そんな淡い夢の時間だったのだ。
俺と桐乃は結局のところ結論を先延ばしにして有耶無耶にしたに過ぎない。
それなのに時間というものは憎らしいほどに偉大で、こうして桐乃の結婚という一つの結論を導いている。
時に委ねた気持ちは移ろって変化し、落ち着いて、桐乃はきっちり彼氏を見つけた。
見つけたというか、相手からの猛アタックに折れたといった形だったが
それすらもとても自然な流れだ。ほんと、なんでも解決してくれるな。すげぇよ。
桐乃は彼と付き合うことを決めた時に何か気持ちに整理を付けたのだろう。その機会があったのだろう。
だから曖昧な気持ちを引きずっているのは俺の方で、まだこっちはどうにも決着がついていない状態が続いていて
それは桐乃にも伝わってるんだろうなぁ。情けないやら、なんやら。
この気持にも落とし所を見つけるべく、桐乃が情けない兄を気遣って用意してくれたのがこの協会での結婚式なのだろう。
今度こそ、ほんとうにさよならだ。
俺の妹との、長く続いた曖昧な関係は、終わる。
そう思うと、どうにも視界がぼやけてしまう。
いろいろなことが頭を巡っていて気付かなかったが、かなりの時間が経っていた。
もうそろそろ準備をしなければいけない。ここを出ていかなければいけない。
桐乃は思い出話を切り上げて立ち上がると窓際まで歩き
顔を外に向け、大きく呼吸をして間をとった後にそのままの姿勢で言った
「ねえ、あにき。ありがとうね、ほんと・・・ありがとう。」
窓の外を見る桐乃の顔は、こちらから伺うことはできないけれど
その少し震えた声を聞けば十分だった。
俺が思っていたほど、桐乃も気持ちに整理がついていたわけではないのかもしれない。
そう思うとますます俺が支えてやりたいなんて身勝手なことを考えてしまう。
だからそんな泣きそうな声出さないでくれ・・・。頼むよ・・・こっちも堪えるの必死なんだって。
「いままであにきのおかげでいっぱい笑って過ごせた。いっぱい楽しいことがあった。」
その揺れる細い肩を、俺はもう支えてやることはできない。
それはもう俺の仕事ではない。
立派に支えてくれる人に託すのだ。これは、そういう儀式だ。
「あたし、あの・・・」
あーあ、もうきっと化粧もぼろぼろだろう。式の前に妹をこんなに泣かせてしまっては
お袋になんて言われるかわかったもんじゃない。
「あたし・・・あの、あにき・・・」
終わりにしよう。俺達の夢を。
本当に楽しかった日々に、区切りを打とう。
これで最後。妹の人生相談から始まった長い長い物語の、最後の一言。
「桐乃。」
「っ・・・。」
桐乃は一瞬びくっとした後に、俺の考えを察したようにゆっくりとこちらに振り返った。
こちらこそ、いままでほんとうにありがとう。桐乃、俺の願いは一つだけだ。
「幸せになれよ。」
朝と同じように冷えた空気が露出した肌を刺す夕方。
来た道をゆっくりと歩いていた。
二次会はなんとなく遠慮した。なんとなく、気まぐれだ。
「やっぱあいつも、少しおとなになったかもなぁ。」
結婚式でお袋と一緒に子供のように泣きじゃくる桐乃を思い出して、そんなことをつぶやいた。
ほぅっと吐く息が白い靄になってすぐに消えた。
おれも早く、彼女の一人でもみつけないとな。
おわり。
乙
よかった。
思ったより短いけどしっかりまとまってて好感
ぉつ
>>22
あんまり長くなったらいけないかと思って絞ったけど貼ってみたらすごい短く感じたよwwww
とにかく付き合ってくれてありがとう
BADエンドか。哀れな…
>>23
読んでくれてありがとう
>>25
自分的には公式で他の男と結婚してほしいくらいだよ。
結婚式の話を見てみたい。読んでくれてさんくす!
このSSまとめへのコメント
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