真「アイドルとしてのボク」(206)
代行
ID:mxg0RGL60
>>1
代行ありがとうございます
タイトルの通り真ssです。
夏。太陽が最も高くまで昇り、ボクたちを照りつける季節。道路に揺らぐ陽炎が、窓の外の熱気を表していた。
時計の針は九時半を示している。いつものボクならもう現場まで出向いて、仕事をしている時間だけど、今日は事務所でファッション雑誌を読んでいた。
最近は暑いし、働きづめだったということで、久しぶりにプロデューサーが休みをくれたのだ。
せっかくの休日に事務所にいるのは、765プロのみんなと会うため。駆け出しのころから支え合ってきた仲間がいるこの場所は、ボクにとってもう一つの家のようなものだ。
「エアコンがあると涼しいなー! この前壊れたときは、どうなるかと思ったさー」
そう言いながら、響がボクの横に座る。そしてボクの広げている雑誌を覗き込んだ。
「真、またフリフリの衣装見てるのか?」
「うん。……やっぱり、こういうの憧れちゃうなぁ……」
一度でいいから、かわいい服を着て、女の子扱いされてみたいものだと思う。いつも男のような扱いを受けているボクだって、れっきとした女の子だ。少しくらい夢見たって、罰は当たらないだろう。
期待
そこまで考えて、ふと、もうすぐ自分の誕生日が来ることに思い至る。もし、誕生日だけでも、誰かがボクのことをお姫様のように扱ってくれたら……。
いや、その「誰か」は、すでに頭の中では分かっている。デスクでスケジュールの整理をしているプロデューサーをちらと見る。
いつ抱いたともわからないこの想い。ボクの鈍感な王子様は、いつか気付いてくれるのだろうか。
「ん……あふぅ」
そんなことを考えていると、向かいのソファで寝ていた美希が起き上がった。響と全く同じように、雑誌を覗き込む。
「あ、これ、一昨日出たやつだよね? ミキ、いろんなファッション誌読んでるけど、この雑誌はセンスがいいって思うな」
身内びいきを抜きにしても、美希のファッションセンスは芸能界でもかなり上位に位置している。その美希が認めたということは、この雑誌のセンスは信用に足るということだ。
そのまま雑誌を眺めていた美希の顔が、不意に訝しげなものに変わる。視線の先をたどってみると、さっきまでボクが見ていたかわいいブランドの紹介があった。
顔を上げ、何とも言えない表情でこちらを見つめてくる美希。
「な……何?」
「真くん、この服を見てたの?」
「えっと、そうだけど……」
「ミキ的には、真くんにはこーゆーの、似合わないって思うな」
……ボクが可愛い衣装が似合うタイプではないことは、いろんな人にさんざん言われてきたことだし、それのおかげで多少の自覚もある。あまり受け入れたくはないけど、それが事実というものだ。ただ、そんな似合わないものに憧れる自分が存在するのも、また事実だった。
「でもボクだって、いつかお姫様みたいな服を着て、素敵な王子様とのロマンスを……」
「真くん、面白いこと言うの。王子様は、真くんだよ?」
「そういうことじゃなくて……響はどう思う?」
「……自分、真にはもっとかっこいい服の方が似合うと思うぞ!」
「響まで……もう、プロデューサーはどう思います?」
話を振られるとは思っていなかったのだろう、プロデューサーは若干驚いた風にこちらを向いた。
「俺か? そうだなぁ……今、真がそういう服を着ると、イメージに影響が出るかもしれないからな……」
「……そうですか」
プロデューサーの出した答えは、アイドルとしてのボクの評価だった。それがプロデューサーの仕事だから、イメージ前提の考えになるのはボクも理解できる。でも、こういう時くらいは一人の女の子として見てくれたっていいのになぁ……。
「あれ? どうしたんだ、真?」
「……もういいですよーだ」
もう一度雑誌に目を戻して、フリフリした衣装を着こなすモデルを眺める。
……ボクも、こんな風になれるかな?
その笑顔に心の中で問いかけるも、返答はなかった。
それから数日。その日は、みんな現場に直接向かう日だったということで、事務所にはボクとプロデューサーの二人だけだった。
もうそろそろ、765プロ総出のライブがあるから、その告知や、各所への挨拶などで忙しいのだ。
ボクも、朝から公園でのゲリラライブの後、午後にはテレビ出演の予定が一本控えていた。
つまり、今日はプロデューサーを一人占めできるということになる。仕事上のものではあるけど、プロデューサーと一緒に過ごせる貴重な時間だ。プロデューサーのことが気になっている同僚は、枚挙に暇がない。
このような小さな機会ですら、なかなか得られるものではないのだ。
「よーし真、そろそろ行くぞ」
「はいっ」
プロデューサーの運転する車に乗って、県立の海浜公園に向かう。
「確認するぞ。今日やる曲は、『エージェント夜を往く』、『まっすぐ』、『迷走mind』の順に、三曲だ。
一曲挟まるとはいえ、ダンスの激しい曲が二つ入っている。今日はかなりハードなスケジュールだけど、今の真ならこなせると俺は思ってる。
今日が終わったら、明日はフリーだから、ゆっくり休んでくれ。それと……」
いつものように、プロデューサーが読み上げるスケジュールを記憶と照らし合わせていく。
たまに勘違いがあったりするから、こういう風にプロデューサーが送迎してくれるのは、仕事上、とても助かることだった。
……もちろん、送迎してくれること自体の嬉しさの方が大きいけれども。
「よし、今日のスケジュールはこんなもんだな。何か質問あるか?」
「はーい! プロデューサー、今日仕事が終わったら、ボクと一緒にご飯食べに行きませんか?」
「そういう質問か……って、今日か?」
「はい、ダメですか?」
こんなチャンスも、あまり無駄にはしたくない。できれば、765プロのみんながいないうちから、約束を取り付けておきたい。
「今日は、ちょっとな……真、本当に今日、食事に行きたいのか?」
「そうですけど……それがどうかしましたか?」
「いや、まあいいんだけどな……」
プロデューサーの言っていることがよく分からない。どうして今日誘うと、そんなに不思議がられるのだろうか。
車に乗っている間考え続けたけれど、その答えが出ることはなかった。
「うわぁ……もう結構沢山、人いますね」
「ああ。なんたって真は、人気アイドルだからな」
会場に着くと、耳が早い百人ほどのファンが、既にたむろしていた。運営から情報が漏れたのだろうか。
詰め寄るファンをかわしつつ、素早く舞台裏に滑り込む。ボクの登場で、会場は熱気に包まれていた。
今日のゲリラライブは、オールスターライブの宣伝も兼ねた、ごく小規模なものの予定だから、当日の情報拡散以外の集客はしない。
にもかかわらず、詰め寄るファンの数は、予想をはるかに超えるものだった。
>>26訂正です
「うわぁ……もう結構沢山、人いますね」
「ああ。なんたって真は、人気アイドルだからな」
会場に着くと、耳が早い百人ほどのファンが、既にたむろしていた。運営から情報が漏れたのだろうか。
詰め寄るファンをかわしつつ、素早く舞台裏に滑り込む。ボクの登場で、会場は熱気に包まれていた。
今日のゲリラライブは、オールスターライブの宣伝も兼ねた、ごく小規模なものの予定だから、当日の情報拡散以外の集客はしない。
にもかかわらず、集まったファンの数は、予想をはるかに超えるものだった。
昨日のうちに音響は確認してあったけれど、ここまでの入場は予想していなかった。ちゃんとみんなに歌が聞こえるか心配で、そっと会場を覗く。
視界いっぱいに広がったのは、たくさんの女の人の顔。
小学生くらいの子から、ボクと同じくらいの高校生らしき人、家では主婦でもしていそうな人など、年代問わずたくさんの女性で会場はいっぱいだった。
「……ほとんど、女の人かぁ」
思わずため息が漏れる。別に、女性のファンを軽視しているわけでも、男のファンばかりに好かれたいと思っているわけでもない。
ただ、一応ボクも女性アイドルだ。女性として、男の人にちやほやされる存在を夢見たことは、何度もある。
「どうした、真?」
「あっ、いえ、何でもありません!」
「今日のライブの評判は、今度のライブの集客にも影響が出る。一曲一曲、気を引き締めて臨もう」
「はいっ! ……あっ、プロデューサー」
「ああ、分かってる」
マッコマッコリーン
皆まで言わなくても、プロデューサーはボクの言わんとすることを察して、拳を伸ばしてくれる。それを少し嬉しく思いながら、ボクは自分の拳を軽く当てた。
「ダーン! へへっ、今日もひとつ、ガツンと決めてきますからね!」
拳を合わせる。ただそれだけの動作だけれども、それはボクの集中を高め、一気に仕事モードに切り替わらせる。
ボクのアイドルとしての形、『王子様』の菊地真へと。この形をボク自身が望んでいるわけではない。
それでも、プロデューサーに見てもらえているという歓びと、その期待に応えなければいけないという程良い緊張が、ボクの糧となっていた。
「気合十分だな。よし、行ってこい!」
プロデューサーがぐっと背中を押してくれる。ボクはその勢いのまま、ステージに飛びだした。
ステージに出ると同時に、甲高い歓声がボクの体を包んだ。お客さんの視線を一身に受ける。
今この瞬間、ボクはみんなの王子様(アイドル)だ。煮え切らない自分も心のどこかにはいる。それでも、今はこのステージを成功させることに、全神経を集中させる。
「みんなー! 今日はボクのライブに来てくれて、ありがとう!
このライブのことは、誰にも言ってなかったんだけど、こんなにたくさんの人たちが集まってくれて、ボク、凄く嬉しいよ! ……じゃあ、早速一曲目、行きます!
『エージェント夜を往く』!」
きらめくステージの上、ボクは出来る限りの力を出して、ボクを輝かせた。
ステージが終わり、ボクは車の中で息を吐いていた。
「真、よくやったな! 大盛況だったぞ!」
激励してくれるプロデューサーに、満面の笑みで応える。ライブは大成功を収め、集まったファンの数は五百人を超えたという。
ボクとしては、会心の出来、の一言に尽きるものだった。この分なら、オールスターライブもきっと成功できるだろう。
「ほんとに、よくやったよ」
頭をくしゃくしゃっと撫でてくれるプロデューサー。その様子が何だか男らしくって、何故だか少し嬉しかった。
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