男「世界で一人になってしまった……」 (33)

朝、目が覚めると誰もいなくなっていた。

家族も友人も皆、姿を消していた。

鳥の声がどこからか聞こえてくるがここ数日の間、姿を見ていない。

私が寝ている間に一体何が起こったのだろうか。

周章狼狽してひたすらありとあらゆるところを走って回った。

誰かいないかと叫びながら。

しかし、返事が帰ってくることはなかった。

もう何日経ったのだろう。

私は今、ここで一人、生活をしている。

男「誰かいませんかー」

朝日が桜の花びらと共に道に降り注いでいる。

私が今歩くこの道はかつて私が学生であった頃に通った通学路だ。

よく幼馴染と前日に見たテレビの話をしたり、期日の迫る課題をもうしたか

してないかなど確認しあったりしてここを歩いた。

男「ん?なにか落ちてる」

男「縦笛か。苦手だったな……音楽の授業」

――

男「」ピーヒョローピーピー

幼馴染「」クスクス

男「なんだよー」

幼馴染「だって下手くそなんだもん」

男「だから練習してるんだろー!」ピーピー

幼馴染「リコーダーのテストは今日だよ。そんなので大丈夫?」

男「幼馴染ちゃんこそ!大丈夫なの?」

幼馴染「私は昨日いっぱい、いっぱい!練習したもんね~」

幼馴染「聞かせて上げようか?」

男「別にいい」プイッ

幼馴染「いいよ!聞かせて上げるって!」ガサガサ

幼馴染「あれ?」

男「どうしたの?」

幼馴染「ない!!ない!リコーダーが」

男「家に忘れたんじゃないのぉ?」

幼馴染「ううん!!ちがう!だって、確かにランドセルに入れたもん」

幼馴染「落としちゃったんだ……どっかに…」

男「」

幼馴染「探さなきゃ……探さなきゃ」アワアワ

男「へ、へへーん!リコーダー忘れた子は0点なんだぞー」

幼馴染「わかってるよー!そんなの!」

男「幼馴染ちゃんは0点だー」アッカンベー

幼馴染「一緒にさがしてよぉ……」

――


一緒に探してあげることだってできた。

だけど、恥ずかしくてできなかった。

男の子と女の子が仲良くするのはからかいの対象となってしまう。

それが嫌だった。

私は彼女を見捨ててけらけらと笑うふりをして走った。

少し走ったところで振り返ると彼女は私と反対の方向へ走って行くのが見えた。

私は今でも後悔している。

男「もうちょっと勇気があればなぁ」

男「一緒にさがしてあげられたんだけど……」

私は通学路の途中にある公園のベンチに腰掛けた。

落ちていたリコーダーはそのまま置いてきてしまった。

きっと、持ち主が泣きべそをかいてあそこへ戻ってくるはずだから。

中学生の頃、私は学校帰りにここのベンチで近くのコンビニで買ったパンやらお菓子やらを

よく食べた。

リコーダーの件から幼馴染は次第に私を避けるようになっていった。

2人が中学生になるころには会話すらしなくなっていた。

だけど一度だけ彼女と言葉を交わす機会が会った。

それは、単なる偶然の出来事で

ここで起きた。

友「さて、俺は帰ろうかなぁ」

男「え、もう少し喋ってこうぜ」

友「寒いし帰る」

男「そうか」

友「お前は?」

男「肉まん食べてから帰る」

友「そっか!んじゃぁな!ふぅ、さぶ」

幼馴染「」スタスタ

男(うわっ……なんで、ここにくるんだよ)

男(俺に気づいてないのか?)

幼馴染「!?」

男「あ」(……気づいたか)

幼馴染「……」

幼馴染「隣、いいかしら?」ハァ…

男「……どうぞ」

幼馴染「部活帰り?」

男「おぅ」

男「お、お前は?」

幼馴染「ちょっと、友達と待ち合わせしてて」

男「彼氏?」

幼馴染「あんたには関係ないじゃん」

男「……そうだな」

幼馴染「……」

幼馴染「彼氏とかじゃなくて、普通に女友だちよ」

男「そうか」

幼馴染「うん」

男「」

幼馴染「」

男「あ、あのさぁ私立ってやっぱ厳しい?」

幼馴染「ううん、そうでもない」

幼馴染「」

男「」

幼馴染「中学、楽しい?」

男「まぁまぁかな。そっちは?」

幼馴染「まぁまぁかな」

男「なんだそれ」クスクス

幼馴染「別にマネたわけじゃないもん」クスッ

男「来年から受験だよな。お互い」

幼馴染「うん」

女友「おまたせ~」

幼馴染「あっ、行かなくちゃ」スタッ

男「お、おう」

幼馴染「私、○?高校受けるよ」

男「え」

幼馴染「○?高校受けるから」ニコッ

男「そ、そうなんだ」

幼馴染「じゃぁね」

男「おう」

オマタセー
ナニナニ?カレシ?
チガウチガウ

結局、私がその高校へ行くことはなかった。

その高校は有名な進学校で私の学力では足元にも及ばなかったからだ。

本当は……

あの日を堺に私は必死で勉強するようになった。

テストの成績もどんどんと上がっていき

ついには憧れのその高校を受けることのできるレベルにまでなった。

ところが蓋を開けてみると

私は受験戦争にあっさりと敗北してしまった。

一方で、彼女は宣言通りその高校へ合格。

また、彼女との距離が遠ざかってしまったのだ。

男「さて、もう少し散歩しようかな」

男「誰かいませんかー」

相変わらず地面は桜の花でところどころが桃色になっている。

男「誰かー」

適当に声を上げてゆっくりと歩く。



「誰を探してるの?」

男「え……誰をって」

「探してるんでしょ?誰か」

「誰なの?」

男「……」

「誰でも良かった?」

男「……」

男「違う。誰でもいいわけじゃないんだ」

幼馴染「よかった」ニコッ

幼馴染は右手に何かを持っている。

リコーダーだ。

男「……」

幼馴染「ねぇ、男君」

男「今でも後悔してる……」

男「あの日……君にあんな意地悪をしなければ」

男「もっと違う未来が待っていたのかもしれない」

幼馴染「私、知ってるよ」クスクス

男「え?」

幼馴染「逃げるフリして私の後ずっと追いかけてたでしょ?」クスクス

幼馴染「私がリコーダー見つけたらすぐ学校の方へ走って逃げて」クスクス

男「そ、そんなことあったっけ」

幼馴染「ちょっと嬉しかったなぁ。心配してくれてるんだなって思って」

幼馴染「それにさ」

幼馴染「私は男君のこと避けてなんかなかったよ?」

男「……」

幼馴染「一緒に学校へ通わないって言ったのは男君だし……」

男「怖かったんだよ……あの後、なんて言えばいいかわからなくて」

男「謝る勇気もなかったし…」

幼馴染「そうだったんだ……」

男「君に嫌われるのが怖かった……本当に……本当に……」

幼馴染「だから、高校生になっても私を避けたんだ」

男「だって……一緒の高校へ通えなかったし」

男「恥ずかしいだろ。俺は落ちたのに君は受かって……」

男「第一、俺はそんなに頭良くなかったし」

幼馴染「でも、あれだけ勉強したんだからっ」

幼馴染「男君は頭わるくなんかないよ」

男「な、なんで!知ってるんだ?」

幼馴染「おばさんが喜んで話してたよ?あの子、最近、すごく勉強するようになったのって」

幼馴染「……それにね」

幼馴染「男君の部屋の電気遅くまでずっと着いてたし」ニコッ

男「……」

男「やっぱり……駄目だなぁ……俺は」

男「もし」

男「もし、俺が……こんな駄目な俺が”君の事が好きだ!!”って言ったらさ」

男「何て答える?」

幼馴染「私も好きだよって答えるよ」ニコッ

朝、目が覚めると誰かがいなくなっていた。

下の階から先に起きて支度する家族の声が聞こえる。

鳥の声がどこからか聞こえてくる。窓を開けると配電線に仲良く数匹とまっている。

私が寝ている間に一体何が変わったのだろうか。

小中高と通ったこの道は今、社会人として会社へ向かう道となっている。

私は誰かを探す。

しかし、声を上げて探すわけでもなく当然、返事が帰ってくることはなかった。

もう何日経ったのだろう。

彼女は今、どこにいるのか。

おわり

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