月火「お兄ちゃんに歯磨きして貰いたいなあ…」(129)

月火「火憐ちゃん、すごく気持ち良さそうだったし……」

ふむ

火憐「……って、月火ちゃんが独り言を呟いてるのが聞こえたんだけどさ」

阿良々木「お前は何を言っているんだ」

面倒事が多々起こっていた今年の夏休みのとある日、僕はこのでっかい妹から妙なことを告げられた。

歯磨きをしてもらいたい?僕から?……あの月火ちゃんが?

阿良々木「……推測で物事を断定するのはよくないと羽川は言ってたが今回は断定できる」

火憐「?」

阿良々木「それはお前の聞き間違いだ」

火憐「兄ちゃん、あたしの聴覚を見くびってるな?」

阿良々木「…………」

そう、火憐ちゃんは確かに耳がいい。というか身体能力に関することなら全部いい。

単純な運動神経、反射神経、柔軟性、それに諸々のプラスα……いわゆる体力馬鹿である。

唯一の欠点は身長が高いことくらいか……いや、女の子で身長が高いってあんまりいいことじゃないと僕は思うんだ。

いや、これは決して火憐ちゃんが僕の伸長を追い越してるのを僻んでいるとかそういうんじゃなくて。

………………

…………

……ああ、分かった認めるよ。僻みです、身長が伸びずに焦りを感じている男の。

話を元に戻そう。とにかくこのでっかい妹は、色々と凄い。それは確かに僕も認めざるをえない。

火憐「あたしの耳は一キロ先で助けを求める子供の声も聞き分けるんだぞ!」

ウルトラマンか、お前は。

阿良々木「……はぁ、分かったよ火憐ちゃん。お前が聞き間違いをするわけはないよな」

火憐「ふふー、ようやく兄ちゃんもあたしの言葉を信じたみたいだな!」

阿良々木「ああ、訂正するよ。火憐ちゃん、月火ちゃんがそんなことを言ってたってのは聞き間違いじゃない」

身体能力においてはこの妹は問題がない、だとすれば問題があるのは

阿良々木「それはお前の気のせいだ」

頭だろう。

火憐「気のせいって何だよ!それじゃまるであたしが馬鹿みたいじゃんか!」

阿良々木「だってお前、体力馬鹿だろ?」

火憐「いや、そりゃあたしは体力には自信があるけどさ……」

阿良々木「じゃあ体力馬鹿で合ってるだろ」

火憐「あ、そっか。ごめん兄ちゃん、間違ってなかった。」

やはり問題があるのは頭だった。そして僕の妹は底抜けに馬鹿だった。

阿良々木「それに、万が一それが本当だったとして僕にどうしろって?」

火憐「いや、別にそういうわけじゃないけど。一応教えておいたほうがいいかなって」

阿良々木「お前の心遣いは至極ありがたいが、至極必要のない情報だったな」

火憐「まあまあ……そこでだ兄ちゃん!この大天才火憐ちゃんから一つ提案がある!」

自分で馬鹿と認めた数十秒後に天才とのたまうこの妹に僕はどう接すればいいのだ。

馬鹿と天才は紙一重とよく言うが……僕はこの妹を紙一枚めくったところで天才になるとは思えない。

ていうかどんだけ厚紙なんだ、この妹の紙一重って。

阿良々木「……分かった聞いてやるよ。で、その提案は?」

こうやって火憐ちゃんが勿体ぶって何かを言ってくるときはどうせロクでもないことに決まって……

火憐「今から兄ちゃんはあたしに歯磨きをする!」

阿良々木「…………」

本当にロクでもなかった。

火憐「ふふーん、どうだ兄ちゃん。あたしのこのナイスな提案は」

阿良々木「お前の頭の中にあるナイスの定義は僕とは違うらしいな」

ここまで意味が分からないのも久しぶりだ、何だこれ。

阿良々木「……一応、お前の提案の意味を聞いておこうか」

火憐「今は月火ちゃんが家にいるだろ?」

阿良々木「ああ」

火憐「で、あたしと兄ちゃんも家に言えると」

阿良々木「そうだな」

火憐「月火ちゃんは前、兄ちゃんがあたしに歯磨きをしている場面を見たと」

阿良々木「思い出したくはないワンシーンだがそんなこともあったな」

火憐「で、月火ちゃんは今現在、兄ちゃんに歯磨きをしてほしいかもしれない」

阿良々木「今から三十分以内にビッグバンがもう一度発生するくらいの可能性だが否定はできないな」

火憐「じゃあもう一回あたしと歯磨きするしかない!」

阿良々木「むしろお前はどうしてその結論に飛んだのか僕に説明するかないんだが!?」

火憐「前に月火ちゃんがあたし達の歯磨きを見たとき、凄い怒ってたの覚えてる?」

阿良々木「忘れたくても忘れられないな、あれは」

わあ……笑顔を怖いと思うなんてホントにあるんだぁ、って一瞬思っちゃったからな。

それくらい、あの時の月火ちゃんは迫力があった。よく生きてるな、僕。

阿良々木「つーか、前にそういうことがあって死にかけたのに何で同じ轍を踏もうとするんだお前は」

火憐「ふっ、甘いなぁ兄ちゃん。あえて同じことをするからこそ確かめられるんじゃん」

阿良々木「…………」

いきなり頼みごとをすることになって申し訳ないのだが、誰かフライパンを持ってきてほしい。

出来るなら、このでっかい妹の勝ち誇った顔を撃ちぬけるサイズのが望ましい。

火憐「ズバリ、ここであたし達が歯磨きをしてるところを月火ちゃんに見せて反応を窺うってことさ」

阿良々木「何だその残機がいくらあっても足りなさそうな作戦は」

残機が100あっても足りないぞそれ、いやむしろ

月火『100も残機があるの?じゃあお兄ちゃんは100回別な方法で死ねるんだね!』

…………止めよう、リアルな想像をするのは。

何というか、死ぬ気がする。肉体的じゃなく、精神的な意味で。

火憐「もし月火ちゃんが前と同じように怒ったのならあたしの気のせいだったってこと」

阿良々木「で、前と違うレスポンスをした場合にはお前が正しかったってことになるわけか」

火憐「さっすが兄ちゃん、頭いいな!」

阿良々木「…………」

はっきり言って、この時の僕は沈黙するしかなかった。

さっすが火憐ちゃん、頭悪いな!……と言いたいのを堪えるのに必死だったから。

火憐「というわけで、あたしの作戦は以上!兄ちゃん、分かった?」

阿良々木「ああ、よく分かった」

いやー、参ったまいった。本当によく分かったよ、うん。本当にどうしようもなく可愛い僕の妹は

本当にどうしようもないアホの子であることが。

火憐「というわけで!さあ兄ちゃん、歯磨きだ!」

阿良々木「…………」

何というか、字面だけ見ればひどく健康的であるのがひどくもどかしい。

虫歯ゼロを目指して歯磨きしよう!みたいな。

阿良々木「あのな火憐ちゃん、僕はお前の言ってる作戦を理解しただけで実行に移すとは一言も言ってないからな」

火憐「もう歯ブラシは持ってきてる!」

阿良々木「何でこういう時だけ用意周到なんだこの僕の妹は!」

火憐「ほらほら兄ちゃん!早く磨いてよ!」

阿良々木「絶対にやらないからな。もう一度言う、絶対やらないからな。大事なことだから二度言ったぞ」

火憐「ひ、ひどい!一度限りで兄ちゃんは妹を捨てるんだ!」

阿良々木「『歯磨きをしてと強要されるのを拒否する=妹を拒否する』なんて方程式はこの世に存在しない!」

火憐「兄ちゃんに傷物にされた!」

阿良々木「お前は歯磨きを断られると傷物になっちゃうのか!?」

火憐「どうだろ兄ちゃん、ここまでの一連の流れを傷物語なんて題の小説にしてみたら!」

阿良々木「こんなうっすい内容の傷物語があってたまるか!」

妹が部屋に来て歯磨きをしてと言ってきた、断った、傷物にされたと喚いた、完。

一行で終わったぞ、どうしてくれる。

火憐「……そっか。分かったよ、兄ちゃん」

阿良々木「…………?」

分かった……?いや、何が分かったって?

というか、コイツの分かったほど信用できないものはないな。

火憐「最近はあたしも勉強してさ、空気を読むってことを覚えたんだ」

阿良々木「…………」

あの火憐ちゃんが……空気を読むことを覚えた……だと?

神が与えたもうた奇跡かこれは、いや僕は神とかをそこまで信仰しているわけじゃないけれど。

せっかくだ、今はきちんと感謝しておこう。ありがとう神様。

あなたのおかげで僕の妹は人として大切なことを学んだらしい。

阿良々木「そうか火憐ちゃん、僕の言葉がやっと通じたか……大人になった」

火憐「ああ、よく分かった。ごめんよ兄ちゃん、今まで気づけなくて」

いつもなら聞く機会などないであろう、でっかい妹の心から反省した口調。

いいんだ、火憐ちゃん。お前が成長してくれるなら、ちょっと迷惑を掛けられるくらい安いモンだ。

そんな、感動の中にいる僕に向かってこの妹は

火憐「兄ちゃんがやらないって言ってるのは……『無理やりにでもやらせろ』ってフリってことだろ?」

…………

……いや、分かる。分かってるよ?

神からしてみれば、普段から信仰もしてないのに都合のいい時だけ助けろなんてのはお門違いな話なんだろうけどさ?

でもせっかくだ、今はきちんと憎まれ口を言っておこう。

ふざけんな神様。

火憐「じゃあ空気を読んで……さあ兄ちゃん!あたしの歯を磨けぇぇ!」

阿良々木「そんな、あたしの歌を聞け!みたいな感じで言うな!」

と、言った瞬間に僕はベッドに押し倒されていた。

阿良々木「ばっ……ま、待て火憐ちゃん!何で歯を磨くほうが下になってるんだ!?」

火憐「だって兄ちゃん、逃げるだろ?いざという時はこうすればいいって言われたんだ」

誰だ、僕の馬鹿な妹にそんな知識を与えた大馬鹿は!

必ずその犯人は見つけ出して火憐に二度と近づかないように……

火憐「いやー神原先生はさすがだなぁ、なるほどなるほど」

阿良々木「バルカン後輩ぃぃぃぃ!!」

火憐「ちなみに空気の読み方を教えてくれたもの神原先生なんだぜ!」

阿良々木「…………」

火憐と神原を接触させたのはやはり間違いだった……僕の完全な失策だ……

僕は、馬乗りにされて固定された体を必死に動かそうとしつつ、諦めを含んだ半ば達観状態でそんなことを考えていた。

月火「何やってるのかな、二人とも」

阿良々木「…………」

火憐「…………」

自分でも思う、すごい状況に今の僕はいるのだと。妹に押し倒される兄の図。

それをさらに別の妹に目撃されるというこの状況。

…………

……先に半ば達観状態にあると言ったが、ここでそれを修正しようと思う。

僕は、悟りを開いた。案ずることなどない、完全にすべてを達観した状態。

それも当然だと思う。

何が起こっても僕の行き着く先には地獄が待っているのだろうから。

もう、何も怖くない。

どうしよう眠い

火憐「いや、あの……月火ちゃん?」

月火「何かな、火憐ちゃん?」

火憐「何ていうかその……あの、ごめんなさい……」

月火「何で謝るの?何かやましいことでもしてたのかな?」

火憐「うっ……」

阿良々木「…………」

現状がどれほどのものなのか、火憐ちゃんの反応がわかりやすく伝えてくれている。

あれだけノリノリだったこのでっかい妹が小さい妹に完全に呑まれているのだ。

般若とかが纏ってるオーラってこんな感じなんだろうか、いやーこれはヤバい。

……一番ヤバいのは筆舌に尽くしがたい恐怖心によって逆に落ち着いてしまってる僕自身なのだろうか。

ごめんダメだ、寝る

ここまでやってあれだけどもう任せた

新・保守時間目安表 (休日用)
00:00-02:00 10分以内
02:00-04:00 20分以内
04:00-09:00 40分以内
09:00-16:00 15分以内
16:00-19:00 10分以内
19:00-00:00 5分以内

新・保守時間の目安 (平日用)
00:00-02:00 15分以内
02:00-04:00 25分以内
04:00-09:00 45分以内
09:00-16:00 25分以内
16:00-19:00 15分以内
19:00-00:00 5分以内

ここからだろうが

ふう

眠い・・・俺に一日保守は無理だったようだ

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