憂「あめ色の星」 (20)




12時が来たことを知らせる携帯のアラーム音を合図に、私の部屋にみんなの声が小さく響いた。
   
「「「誕生日おめでとう、唯(ちゃん)」」」

りっちゃん、澪ちゃん、ムギちゃんと、晶ちゃん、菖ちゃん、幸ちゃんの六人からのおめでとう。

律「夜遅いからあんまり騒げないけどなー」

紬「大きなケーキはお誕生会の時にね」

澪「プレゼントもその時にな」

晶「なんで私らまで…」

菖「素直じゃないねえ、晶は」

幸「唯ちゃん、おめでとう~」

私の目の前に小さなイチゴショートがひとつ。
一本だけ刺さったロウソクの火はさっき吹き消した。
今は深夜だしここは寮だから静かにお祝い。
夕方に改めてお祝いしてくれるんだって、二回もしてくれるなんて皆太っp…気前がいいなあ。

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律「じゃ、朝いちの授業ある人もいることだし、とりあえず今は解散!」

唯「みんなありがとねー」

「おめでとう」 「ありがとう」 「おやすみ」 「またあとで」 「寝坊するなよ」

そんなやり取りをしながら皆部屋に帰っていく。
りっちゃん達からこんな風に直接祝ってもらうのは初めての事でなんだか新鮮でとっても嬉しかった。
去年までは日付がかわった時にメールでお祝いだったから。

そう、去年までは。

いつも12時を過ぎてから初めてのおめでとうをくれるのは憂で
次がお父さんとお母さんで
朝になったら和ちゃんだったのに。

今年は違った。
もちろん皆からお祝いしてもらえてうれしくない訳がない。すごくすっごくうれしい。
ただ少し不思議な感覚にうまくなじめなくて、朝からしとしと降っている雨の音を窓のそばでぼうっと聴いていた。
ふと携帯に目をやればメールの着信ランプが点滅している。
あわてて確認すると憂とあずにゃん、元クラスメイト数名の名前と和ちゃんから。
順に開けていくと、どれも誕生日を祝ってくれる嬉しい内容だった。


あずにゃんからのメールには美味しそうな洋ナシのタルトの写真。
憂と作ったんだって。って写真じゃ食べられないよ!もぅ!

憂からのメールにはあずにゃんと一緒に二人が猫耳をつけてる写真でお母さんが撮ってくれたとのこと。
…ふぅん。あずにゃん、憂が頼んだら耳つけてくれるんだ。覚えとこ。

他の人からのメールも見て、最後に和ちゃんからのメールを開くと、
「誕生日おめでとう、唯」という簡潔な文に写真がついていた。

なんてことのない雲の写真。

あ、この形もしかして、と思った時に握ったままの携帯が震えた。

「憂!」


□ □ □



今日の憂は朝からちょっとおかしかった。
ぼんやりし過ぎて直と菫に心配されるほどだ。
本人は寝不足で、なんて下手な言い訳をしてたけど何となく要因はわかっている。
ただどうすればいいのかわからなくて、解決策を考えているうちに下校時間となってしまった。

帰り道、小さな雨の降る中、傘をさして隣りを歩く憂は相変わらずうわの空だ。
先ほど部室を出る間際の純とのやり取りを思い出す。

純『ちょっと梓、あんた憂どうにかしなさいよ』

梓『や、どうにかしなさいって言われても』

純『原因に心あたりは無いの?』

梓『まあ、一応あるけど…』

純『じゃ、多分それで間違いないって』

梓『な!っていうか、純も手伝ってよ』

純『残念ながら今日は家の用があるんだよねー。だいいち部員のケアは部長の仕事でしょ』

梓『…むむ』

純『それに、梓の方が憂の気持ちわかるんじゃない?』

梓『そんなの、わかんないよ…』

純『まあまあ。とりあえず任せた!』

そう言うとポンポンと頭を軽くたたかれた。
純にうまく言いくるめられたような気もするんだけど、どうにかしてあげたいのは本当だ。


梓「ねぇ、憂。…明日のこと考えてるの?」

憂「へっ」

梓「誕生日だもんね、唯先輩の」

憂「……梓ちゃんにはお見通しかぁ」
と、力なく憂は笑った。

憂「毎年どんなケーキにしようか考えてたから今年は手持ち無沙汰だなーって」

梓「…ふぅん」

そりゃ 、生まれた時から十何年もそばで祝ってきた相手が居ないんだから寂しいと思ってしまうのは仕方ない。
ましてこの姉妹ならなおさらだ。
でもだからといって元気のない憂を見てるのは面白くなかった。
大好きなお姉ちゃんの誕生日だというのにゆーうつだなんて、こんなおかしな話はない。

梓「憂、明日部活でケーキ食べたい。ホールで」

憂「えっ?」

梓「き、今日ウチ親いないし、私も憂の家に泊まって作るの手伝うから!」

憂「あ、梓ちゃん?」

お菓子を作るのに憂に手伝いなんかいらないことくらいわかってる。
私が居たってむしろ足手まといだ。
でもとっさに思いついたのはただのわがままみたいな提案だった。

憂「…じゃあ、お言葉に甘えて猫の手を貸してもらおうかな」

なのにそんな私の突然な申し出に憂はにっこり笑って応じてくれた。
その笑顔が見れたことに免じて、少しひっかかる台詞も今は流しておこう。


□ □ □



憂のことを考えてたら電話がかかってきた。
そんな偶然に思わず大きな声を出してしまって、慌てて声を抑える。
どうやらウチにあずにゃんが泊まりに来ているらしい。なるほど、それでさっきの写真だったのか。

憂『梓ちゃんにちょっと代わるね』

唯「あずにゃん!」

梓『こんばんは、唯先輩。お誕生日おめでとうございます』

唯「ありがとね、あずにゃん。でも写真だけじゃケーキ食べられないよ!」

梓『大丈夫です。唯先輩の代わりにロウソクは私が吹き消しておきますから』

唯「なにそれ私ものすごく腑に落ちないんだけど…?」

梓『…では憂に替わりますね』

あずキャットは逃げだした!

憂『お姉ちゃん?』

唯「ういー、あずにゃんがひどいよー」


そんなたわいもないやり取りをしながら憂の声を聴いているとなんだか安心して、さっきの違和感が薄くなったような気がした。

唯「憂のとこも雨降ってる?」

憂『うん。朝からずっと降ってるよ』

唯「じゃ、そっちも雨が演奏中だねえ」

憂『ふふ、そうだね』

唯「えへへ。じゃ、そろそろおやすみしよっか」

憂『うん。おやすみ、お姉ちゃん。お誕生日おめでとう』

唯「ありがとー、おやすみ。あずにゃんにもよろしく言っといてね」

思いがけない憂とあずにゃんからのおめでとうの電話に嬉しくなった。
お父さんとお母さんもお家に居るはずけど、あずにゃんも憂の傍にいてくれてよかった…なんて、ホッとしていると携帯がまた震えた。

唯「和ちゃん!」



□ □ □



憂「あ、和ちゃん?ごめんね、遅くなって。うん、まだお姉ちゃん起きてるよ。じゃ、よろしくね。…うん?わかった、おやすみなさーい」

お姉ちゃんに電話をかけ終わったよと和ちゃんに報告。
そうすれば電話が被ること無いよね、との梓ちゃんの案を受けて和ちゃんと事前に示し合わせていたのだ。

梓「和先輩に連絡終わった?」

憂「うん。梓ちゃんにもよろしくって」

そう、といいながら梓ちゃんは窓から外を眺めていた。

憂「梓ちゃん、今日は、その、ありがとう」

梓「…別に、ケーキが食べたかっただけだよ。ついでに唯先輩におめでとうも言えたし、御礼をいわれる筋合いはないって」

憂「それでも、だよ。でね、えっと、また猫さんの手…借りてもいい?」

梓「もちろん」

そう言うと梓ちゃんは隣りに並んだ私の手をとってくれた。
素直じゃない梓ちゃんは、このお泊りをあくまで自分の都合だと言う。
でも手から伝わるぬくもりはすごく優しくて、朝から憂鬱だった気分も溶かしてくれた。
われながら現金だなあと思いつつも頬が自然と緩む。

梓「今日は朝からずっと雨だったね」

憂「だね。お姉ちゃんは雨が演奏してるって言ってたよ」

梓「演奏…雨音がって事かな?」

憂「多分、そうだと思う」

梓「なるほど。唯先輩らしいね」

憂「えへへ」

梓「なんで憂が照れるの」


憂「あ、雨といえばね、小学生の時にお姉ちゃんと私と、和ちゃんも一緒にうちのお父さんが流星群を見に連れて行くって話があったんだ。だけど雨で中止になっちゃって」

梓「それは残念だったね」

憂「うん。それで今みたいに窓から外の雨を見てたの。和ちゃんと一緒に残念だったねって。
  そしたらお姉ちゃんがソファーの上に立って私と和ちゃんを呼んでね、ハンカチいっぱいに包んだ飴を『お星さまだよ』って空中にばらまいたんだよ」

梓「ええっ」

憂「私もびっくりしたんだけど、天井の明かりでいろんな色の飴がキラキラしてすごくきれいでね。でもすぐに飴がぽこぽこ落ちてきて」

梓「…だよね」

憂「ふふ、飴が当たって驚いてる私と和ちゃんよりも投げたお姉ちゃんの方が慌てちゃって。大丈夫だよって落ち着いた後に三人で顔を見合わせて飴の流星群だねって笑ったの」

梓「クリスマスの話といい、唯先輩の発想は驚かされるね」

憂「でしょ!お姉ちゃんすごいんだよ!」

梓「…そういうとこは素直にすごいと思う」

憂「いつも嬉しいこと貰ってばかりだからお返ししてあげたいな、って思ってるんだ」

梓「そんな事ないと思うんだけど」

憂「そうかな?うん…そうだといいな」


梓「でもほんと三人とも仲いいね。うらやましいよ」

憂「…ね、梓ちゃん。今度は純ちゃんも一緒にお泊りしようか」

梓「いいね。受験が落ち着いたら、菫と直も呼んで」

憂「そうだね、皆で」

梓「あ。先生はどうしよう…」

憂「…それもみんなで相談しよっか」

梓「だね。…そうだ!」

そう言うと梓ちゃんは何か思い出したように自分のカバンの中をごそごそと探り出した。
どうしたのかな?と思っていたら「うい」と名前を呼ばれ、同時にポイッと梓ちゃんの手から私に向かって何かが飛んできた。
慌てて受け取めてから、手の中の物を確認する。

憂「これって…飴玉?」

梓「うん。さっき純からもらったんだ」

一つしかないけど流れ星だよ、と小さく付け加える梓ちゃんはちょっと照れくさそうに笑う。
ありがとうと笑いながら時計を見るともう2時前で、時間を意識したとたんに眠気がおそってきた。
梓ちゃんももう限界みたいでかわいいあくびの声が聞こえた。
お布団敷かないでもいいよね…?と、もう半分寝ぼけてる梓ちゃんと一緒にベッドに潜る。

お姉ちゃん、おめでとう。
梓ちゃん、おやすみなさい。

おまじないみたいに唱えるとなんだか胸が温かくなって、あっという間に眠りに落ちた。


□ □ □



唯『和ちゃん!』

憂からの連絡をうけて、唯に電話するとすごい勢いで名前を呼ばれた。

和「おめでとう、唯。でも夜なんだから静かにしなさい」

唯『だって、すごいよ!今さっき憂とあずにゃんとの電話終わったばっかりなんだよ!』

和「そうみたいね」

唯『え?なんで知ってるの?』

和「実は憂と連絡しあってたの」

唯『なんと!そんなからくりが!』

唯はそうおおげさに驚いた後、なぜ雲の写真を送ってきたのか尋ねてきた。
私はなんとなく見た空に雲がきれいに浮かんでたから、と答えるとホントに~?と嬉しそうにしている。
…ああ、これはわかって言ってるのか。

唯『ハート型の雲でお祝いだなんて、和ちゃんたら大胆なんだから~』
 
和「あれは桃よ、逆さまになった桃」

唯『ハートでしょ?』

和「桃よ」

唯『むむむ。わかったよ、そういう事にしといてあげるよ。今の私は和ちゃんより年上だからね!』

和「毎年よく飽きないわね、それ」

唯『もう和ちゃんノリがわるいよ!』

和「はいはい」

唯『流された!』

和「年上になったんなら少しは落ち着きなさい」


唯『…そうだ。あのね、和ちゃん』

ほんの少しだけ唯の声の調子が変わった。どうかしたのだろうか。

唯『なんかね、憂と和ちゃんに「おめでとう」って言われてからやっと「あ、私誕生日なんだ」って思えたんだよ』

和「…澪達にも言われたんでしょ?」

唯『そうなんだけど、なんか違ってて。ようやく実感したよ』

和「そんなものかしらね」

唯『そんなものなのです』

それから、前祝いにと貰って食べたイチゴケーキやネコミミを着けた妹と後輩の話を楽しそうにする唯はいつも通りだった。
さっき一瞬見せた不安げな様子は私の思い違いか、もしくは唯の中で晴れたのだろう。
まあいいやと飲み込めるおおらかさは相変わらずだ。

唯『またおもしろい雲があったら写真に撮っておくってね』

和「そうね」

唯『えへへ、楽しみにしてるよ』

和「あら、もうこんな時間?明日も学校だし、そろそろ寝ましょうか」

唯『うん。ありがとね和ちゃん、おやすみぃ』

和「おやすみ」


□ □ □



晶「おい!唯!いつまで寝てるんだ!遅刻するぞ!!」

唯「ぅえっ?!」

和ちゃんとの電話のあといつの間にか眠ってしまっていたみたい。
晶ちゃんの声に握ったままの携帯を開いて時間を確認する。

唯「うわあああ、もうこんな時間?!?!」

晶「ちゃんと起こしたからな!」

慌てて準備をしながら和ちゃんとのやり取りを思い出して思わず笑みがこぼれる。
私もハート…桃の雲を見つけて送りたいな。

晶「こら!準備の手が止まってるぞ!」

唯「わわ!晶ちゃん、待ってぇ」

あー、とりあえず今日の誕生会が楽しみだなー!と、寝癖を直しながら急いで部屋を後にした。



おしまい!


これで終わりです。


唯ちゃん、誕生日おめでとう!!

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